俺にだけ「手鏡」のアイテムが配布されなかったんだが (杉山杉崎杉田)
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アインクラッドでアイドルやります
1話 手鏡がない


俺はナーヴギアを被った。今日発売されたVRMMORPG…ソードアート・オンラインを始めるためにだ。今日のために金をたくさん貯めて買った。

別に誰か友達と待ち合わせたりしているわけではない。どちらかというと、ソロで上まで目指すつもりだ。

いやー、にしてもバイト大変だったなーうん。これ買うために寝る間も惜しんで超働いてたからなー。ちなみに今日でバイト全部辞めてやった。だってもう用ないもん。

 

「リンクスタート」

 

そう呟くと、ゲームが始まった。

 

 

テキトーに名前とか性別とか色々設定し、街に立った。なんというか、カンザキ、大地に立つ!的な。あ、カンザキってのは俺の名前な。ちなみに性別は女にした。だってせっかく自分がプレイヤーになるんだぜ?可愛い女の子になりたいでしょ。

てなわけで、思いっきり自分の好みに合わせました。胸は普通、あるといえばあるし、ないといえばない。黒髪で肩くらいまで。身長は155cmと低め。うん、完璧。

さて、じゃあ早速記念すべき一狩りといこうか!と思って街から出ようとしたら、どっかにワープした。

 

「は?」

 

間抜けな声が出た。気が付けば、中央広場まで飛んでいた。

 

「オイオイ、なんで?」

 

中央広場には、これから全校集会でもあるのかってレベルで人が集まっていた。

なんだ?イベント?まだ始まったばかりでイベントは速すぎだろオイ。なんて考えてると、中央広場の中央に黒い巨大な奴が出てきた。

それを見て集められたプレイヤー達はザワザワとざわつき始める。それらを黙らすように黒い巨大な奴は言った。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

あ、ご丁寧にどうも、と軽く会釈してしまった。でも、なんていうかアレだね。こうでかい黒いローブの奴見ると『超ウルトラ8兄弟』を思い出すね。キングパンドンより普通のパンドンのが僕は好きでした。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

………誰?知らないけどまぁいいや。流そう。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

え、無くなってんの?

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もありえない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

…………マジで?それ、死ぬって事だよね?繰り返す。マジで?

 

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体を心配する必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアではこの状況を、繰り返し報道している。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へ搬送されるだろう。安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

安心できるか!それで安心出来る奴はよっぽど安い心の持ち主なんだな!あれ?ってことはむしろ安い心を持ってないと安心って出来なくね?あれ、わけわかんなくなってきた。

 

『しかし、十分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》はすでにただのゲームではない。もう一つの現実というべき存在だ。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は通用しない。ヒットポイントがゼロになった時、諸君のアバターは消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

………つまり、何か?これ、HPが吹き飛んだら俺も死ぬって事か?冗談だろオイ。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べた通り、アインクラッド最上部、第百層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

おお、マジか。一応脱出の手段はあるんだな。いや待て、百層っつったか今?

 

「で、できるわきゃねぇだろうが‼︎ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!」

 

誰かがそう叫んだ。いや俺じゃないよ?確かに、そんな話を聞いた事がある。それを100層までなんて何年かかるか分かったもんじゃない。

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある』

 

なんだろ……ログアウトボタンだったらいいなーと思いながらアイテムストレージを見ると、何も入ってなかった。

 

「………あり?」

 

もしかして、今見てるのアイテムストレージじゃない?いやでも《item》って書いてあるし……あれ?

念の為、周りを見回すと、みんなて鏡のようなものを持っていた。その手鏡がパァッと光りだす。そして、出て来たのは前の顔と全く別人の顔だ。……で、俺の手鏡は?

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう』

 

そう思ってる。俺の手鏡だけないのが不思議だ。

 

『なぜ私はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と』

 

思ってねぇよ。いや思ってるけどまずは手鏡よこせよ。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。なぜなら、その状況こそが、私にとって最終的な目的地だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみわたしはナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしらめた』

 

してねぇよ!1人だけ手鏡忘れてるよ!

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

僕の僕の!僕の手鏡は⁉︎おーい!心の中で手を振って叫び続けたが、そのまま黒い影は消えていった。

 

 



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2話 戦い方が分からない

手鏡が配布されない、というのはもちろん大事件なわけだが、そうでなくても大事件なわけで。仮想世界の中に閉じ込められてしまった。脱出するにはただ一つ、クリアするしかない。ただし、死んだらそこで人生の卒業式。

まぁそれはアレだ。死ななければいいってことだよね。死なないためにはどうすればいいか、簡単だ。圏内で待機してればいい。だが、それだと退屈過ぎて死ねる。

なら、死のうとしても死ねないほど強くなるしかない。死ねないほど強くなるとか可能か?可能だ。何故なら、ここは仮想世界、現実世界じゃないからだ。

よし、結論は出た。俺はとりあえず強くなって、死ねなくなる。

 

 

そう結論を出して、俺は早速走って街を出た。ここが何処だか分からないが、とりあえずモンスターと戦いたかった。

すると、早速猪のお出ましだ。フシューッと鼻息を荒立てながら俺の前に立つ。猪かー。確か、ダイエットしてる時に肉を食いたくなったら猪の肉がいいんだったな。

いや別に俺はダイエットしてないし、猪を食った事もないけど。

ほんのりと頭の中でそんな事を考えてると、猪が突進して来た。

 

「うおっ⁉︎」

 

さ、流石野生の動物!何も言わずに攻撃かましてくるとかどんな教育受けてんだよ!頭の中で叱りつけながら、なんとか回避した。

 

「っぶないなぁ……!」

 

そう焦れたように言うと、俺は剣を抜いた。ってこの剣ダサッ!初期装備にしてももう少しかっこよくしてくれよ!モンハン3rdみたいに!

 

「お返し、だ!」

 

言いながら、ダサダサブレード(命名:俺)を振り回し、猪のケツを斬ろうとした。だが、なんだか身体を思うように動かせない。

 

「そ、そういえば初戦闘だった……」

 

ヤバイんじゃないのこれ?ピンチじゃない?

 

「って、おわ!」

 

猪の猛攻を躱す、躱す、そして躱す。ヤベェー、逆になんで躱せるんだ俺……。そんな事を考えながらも躱す。

 

「っのやろ……いい加減に、しろ!」

 

言いながら真ん前から走ってくる猪に向かって、若干右に出ながら剣を振り抜いた。スパァンと気持ちの良い音を立てて、猪に赤い閃光が通る。どうやら、ダメージは入ったようだ。

 

「よしっ……!」

 

猪の方を振り向いて、剣を構える。剣道とかフェンシングをやってたわけでもないので、とりあえず剣を使うアニメでよく見る構えを取った。脚を大きく縦に開き、剣を持つ右手を引いて、刃を顔の横に置いて、左手は猪に向かって大きく伸ばす。

 

「来い!」

 

ヤバイ、カッコイイ。今なら負ける気がしねぇ。そして猪が俺に突進して来た。さて、次で決めるッ!

………あれ?この構えから何すりゃいいかわかんねぇや。つーか何この構え、突きしか放てねぇじゃん。いやでも突進して来てるところに突きなんて放ったら腕折れちゃうじゃん。いや、ゲームだから折れねぇだろ。なんて考えてると、目の前に猪が迫っていた。あ、やべっ。

 

「まごふっ‼︎」

 

見事に跳ねられた。交通事故かよ。空中でトリプルアクセル+ダブルトゥループを華麗に舞った後、頭から落ちた。ヤベェ、リアルだったら死んでるな。ってことは、むしろこっちの世界の方が安全なんじゃないか?(錯乱)。

プルプルと生まれたての小鹿のように起き上がってると、猪が二回目の突進をして来ていた。ヤバい……死ぬかも……。若干、覚悟して目を瞑ると、その猪に線が入った。

 

「えっ?」

 

間抜けな声を上げた直後、猪が青くなり、パキィィィンと砕け散った。へぇ、死ぬとこういう風になるのか……。っと、その前にお礼を言わないと。このタイミングで何もしてない俺が助かるわけがない。

キョロキョロと起き上がって首を振ると、黒い髪の少年が立っていた。

 

「お……」

 

……おお、あんたが助けてくれたのか。サンキューな。と言いかけて止まった。今の俺は外見は女だ。そんながさつな女が二次元以外でいるはずがない。どうせバラしてもこんな状況では相手を混乱させるだけだ。

 

「……おー、ビックリしたぁ……」

 

上手くごまかした。

 

「ご、ごめんね。助けてもらっちゃって」

 

「いや、いい」

 

無愛想にそいつはそっぽを向いた。んだよその態度、助けてくれたからってお前のが目上ってわけじゃねんだぞ、と思ったら若干顔を赤らめている。あ、照れてんのかこいつ。俺も男だからよく分かる。しかも、俺の作ったキャラは超絶可愛い子、照れないわけがない。

 

「ねぇねえ、あなた名前なんて言うんですかぁ?」

 

少し甘えた声を出してみた。元々、声は高いので裏声を出す必要もない。

 

「え、き、キリトだけど……」

 

「キリトさん、ですね。うん、覚えた!」

 

パァッと満面の笑みを浮かべた。

 

「あたしはカンザキって言います。あの、良かったら、あたしに戦い方とか教えてもらえませんか?」

 

「君は、攻略を目指すつもりなのか?」

 

「は、はい。あたしだけ何もしないのはちょっと、あたし的にそういうのは許せなくて……微力かもしれませんけど、あたしは強くなりたい、から……」

 

途切れ途切れにそう言いつつ、俯く。すると、キリトはどうしようか迷ったものの、ため息をついた。

 

「戦い方は教えてあげるよ。だけど、一緒に攻略はしない。それでいいならいいよ」

 

あ?ヤケに区切りをつけてきやがるな。まぁ俺も男に色目を使う必要はないし、戦い方を教われれば、こいつは用済みだ。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

微笑みながら言うと、キリトも微笑んで「よろしく」と答えた。

 

 



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3話 友達ができた

勝手に武器作りました。


 

そんなわけで、俺は早速キリトに剣技を教わることになった。で、キリトの説明なわけだが、

 

「基本的にはイメージだ。自分の頭の中でアクロバティックなモーションを……」

 

「無理して難しい言葉使わなくていいですよ?」

 

微笑みながら言ってやった。すると、顔を赤くして俯くキリト。ああ、女子高生が男を可愛いと言う気持ちが少し分かった気がする。

 

「と、とにかく、こう、自分の体をどう動かしたいかイメージするんだ」

 

「イメージ……イメージ……」

 

「さっきだって体を動かせてただろ?それと同じ感じだよ」

 

説明が終わったタイミングで、ちょうと猪が現れた。イメージ、イメージか……。剣のイメージ……。剣……ん?ブリーチ?

 

「月牙天衝!」

 

斬撃を放つ勢いで剣を思いっきり振り下ろした。それが猪の脳天に直撃した。

 

「そうそう、そんな感じ?」

 

何故疑問系とは思ったが、褒めてくれたので流す事にした。で、その後も修行は続き、やがて俺1人でも戦えるようになってきた。気が付けば夕方になっていた。

 

「ふぅ、こんなものでいいか?」

 

「はい……わざわざすいません。あたしのために……」

 

「いや、いいよ。ここで見捨てて死なれると、俺も気分悪いからな」

 

素敵スマイル全開のキリト。今気付いたけど、こいつ中々のイケメンだ。いや別に俺が惚れる展開とかないけどね?

 

「じゃあ、俺は行くから」

 

「は、はい。また、会えたらよろしくね」

 

「ああ、会えたらな」

 

そのままキリトは何処かへ行ってしまった。さて、俺はとりあえずもう少しレベリングでもしてるか。飽きるまで猪狩りしてよう。

 

 

まぁ、アレだ。このゲームおもしれぇな。普通に楽しい。人が死ぬなんてリスクがなければガチで楽しいと思う。いや、むしろその緊張感がたまらない。

不謹慎かもしれないけど、俺は少なくともそう思った。そんな事を考えながら進んでいると、1日で次の街まで来てしまった。キリトには追い付いていないが、まぁ別にあいつと会うことはもうないだろうし、別に会いたいとも思ってない。

 

「さて、今日はもう休むか」

 

そう呟くと、どっかの宿屋に入った。

 

 

腹減ったな……。モンスターフルボッコにしたから金はたくさんあるし、どっかの店でなんか食うか。高級ステーキとかないかなー。

あるわけないよねー。だって一層だもの。

 

「……その辺でパンでもテキトーに買うか」

 

そう呟いて、パンを買いに行った。その辺に売っていたパンを買って、ベンチに座って噛む。……硬え。何これ。パンはもっとこう……モチモチしてないとパンじゃねぇだろ。

まぁ、ゲームに食べ物の味を求める方が間違ってる……のか?茅場の野郎、どうせ閉じ込めるなら飯くらいもっとマトモにしてくれよ。

 

「もっと、こう……クリームとか欲しいな……」

 

そんな事を思いつつも宿屋に帰り、パンを貪った。ベッドにボスッと寝転がって、今更になって黙り込んだ。リアルのことを思い出していたからだ。

………肉が食いたい。そう切に思った。

 

 

そんなこんなで、2ヶ月が経った。俺はといえば相変わらずソロで頑張ってる。可愛いからパーティに何度か誘われたが、バレる可能性があるので全部断った。

だが、1人だけパーティ(?)みたいな感じで組んでる奴がいる。

 

「今日は私の勝ちね。さ、パン買ってきて」

 

「はぁ……昨日はボロ勝ちしたのになぁ……」

 

アスナ、という名前のプレイヤーだ。出会ったのは1ヶ月前、珍しい女の攻略組のプレイヤーということで気に入られたようだ。1ヶ月間、性別が全くバレないとかある意味才能あるよな俺。将来はスパイにもなれそう。

ちなみに今は、1時間の間にモンスターをどれだけ稼げるかを競うゲームをしていた。勝敗はほとんど五分五分。

俺の使ってる武器は「ナギナタ」という槍。刀があればそれを使いたいのだが、ない物は仕方ない。代わりにこっちを使うまでだ。

で、アスナに言われるがままパンを買いに行って、ついでに《鼠》と呼ばれる情報屋の攻略本を貰って、アスナの待つ森の中に入って行った。

 

「お待たせ〜」

 

いつものアイドルスマイル全開で言いながら戻ると、何やら険悪な空気が流れていたので、サッと木の陰に身を隠した。

そーっと気付かれないように覗くと、俺はおもわずビビった。アスナの前に、何故かキリトが立っていたのだ。

 

 



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4話 攻略会議があるそうです

どうやらアスナは俺が消えた後も1人で狩りを続けていたようだ。

 

「今のは、オーバーキル過ぎるよ」

 

「オーバーで、何か問題あるの?」

 

「システム的なデメリットはないけど、効率が悪いよ。ソードスキルは集中力を要求されるから、連発し過ぎると精神的な消耗が速くなる。帰り道だってあるんだし、なるべく疲れない戦い方をした方がいい」

 

………なんでちょっと仲悪そうなんだよこいつら。うーわ、出て行きたくねぇー……。でも、パンのパシリどうしよう。あの後、「うるさいわね、関係ないでしょ」みたいなこと言いそうだなぁ、アスナ。

と、思ったら意外にも別の言葉が飛んで来た。

 

「……そう。ありがと」

 

そう短くお礼を言うと、アスナは再び剣を握り直して、狩りを続けた。その様子をジーッと見るキリト。何してんだよあいつ。さっさと帰れよ。

 

「………まだ何か?」

 

その視線に気付いてか、アスナはさらに質問した。

 

「いや、意外と素直なんだなと思って」

 

「素直だと、いけないの?」

 

「いや、そういうわけでは……」

 

口籠るキリト。何なんだよあいつ。何が言いてぇんだよ。いいからさっさと帰れよ。もうこのまま俺が帰ってやろうと思ったが、俺の後ろからモンスターが湧いて出たのに気付いた。

 

「……こんなタイミングで」

 

仕方ないので、ナギナタを抜いて斬りかかる。モンハンの操虫棍をイメージして、先端を地面に突き刺して跳んだ。モンスターの真上を取ると、空中からリニアーを放ち、脳天からケツの穴までを貫通させる。

見事に一撃で仕留めてやった。だが、さらに出てくるコボルトの群れ。

 

「あっ、カンザキさん?」

 

キリトにバレたがそれどころではない。一匹のコボルトを目の前にして、ナギナタの刃の付いてない方で顔面とボディに突きを連発する。

その間に別のコボルトから攻撃が来たので、後ろの刃を回してそいつを斬った。後ろに怯んだ殴られたコボルトと斬られたコボルトを二人まとめて薙ぎ払うと、さらに別の所から追撃が来た。

 

「……!」

 

だが、そいつは何もしてないのにパキィンと消滅した。一瞬、俺の超能力だと思ったが違った。後ろからアスナがリニアーを放っていた。

 

「来てたなら言いなさいよ」

 

「え、えへへ……。なにか、言い争いをしていたみたいでしたので……」

 

「お、俺も手伝うよ!」

 

キリトが言うと、横に入ってきてモンスターを斬った。……なんかこいつ急に口調が変わったな……。もしかして俺に惚れたか?やめろよ。俺はホモじゃねぇぞ。

で、三人でコボルトを片付けた。

 

 

数分後、全滅させた。ハァハァと肩で息をする中、俺はアスナに聞いた。

 

「ねぇ、アスナさん。何匹倒した?」

 

「4匹」

 

「勝った〜!あたし6匹、さっきのパンはチャラね」

 

「ち、ちょっと!勝負なんて言ってなかったから無しよ!」

 

「分かってないなぁ。人間、いつでも勝負してる気でいないとダメなんだよ」

 

「どうしてよ!意味わかんないわよ!」

 

なんて話してると、「ち、ちょっと」とキリトが声を掛けた。

 

「俺、7匹倒したんだけど……」

 

「い、今のは勝負してないからダメだよ!」

 

「言ってることメチャクチャだぞ!」

 

 

で、俺たち三人は一度、街に戻った。

 

「そういえば、カンザキ。そこのお節介の人と知り合いなの?」

 

そこの人、というのはキリトのことだろう。お節介だってー、ケラケラケラ。

 

「あ、ええ。そうですよ。キリトくんって言ってあたしのお師匠さんなんです」

 

「し、師匠⁉︎」

 

「お、大げさだな。初日に少し教えてあげただけだよ」

 

苦笑いでキリトが言った。あ、照れてる。

 

「大げさじゃないよ、お師匠さん♪」

 

♪を付けて言うと、照れたように頬をポリポリと掻きながらそっぽを向いた。

 

「あ、照れてるんですかぁ?」

 

「う、うるせっ」

 

ああ、なんか可愛い男の子を虐める女の子の気持ちがスゲェ分かるわ……。

 

「そ、それよりこのフェンサーさんのこと教えてくれよ」

 

「あっ、うん。あたしと一つ前の街で友達になったアスナさんです。クリームのクエストあるじゃないですか?アレのこと教えてあげたら友達になりました」

 

「物で釣られて友達になったような言い方やめてよ」

 

言いながらもキリトに向かってペコリと頭を下げるアスナ。

 

「良かったですねお師匠さん、こんな可愛い子2人と一層から仲良くなれて」

 

「か、からかうなよ。というかお師匠さん言うな」

 

そこを注意して咳払いするキリト。

 

「それより、2人はどうするんだ?」

 

「何が?」

 

「今日、《トールバーナ》の街で一回目の『第一層フロアボス攻略会議』が開かれるらしいんだ」

 

その言葉に俺は少なからず興味を持った。フロアボス、それはつまりここ2ヶ月の間、まったく進めていない現状を打破出来るということだ。

 

「行きます!」

 

キチンとキャラを忘れずに俺は即答した。すると、アスナも少し苦笑すると、「私も」と言った。さて、また楽しくなりそうだ。

 

 



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5話 きっちりと反論した

 

そんなこんなで夕方。相変わらずのネカマキャラで俺は《トールバーナ》の街に来た。確か、ここだったよな。ボス攻略会議ってのは。

そこの噴水広場にて、俺は一番後ろの方に腰を掛けて待機した。

集まってる人数はザッと見たところ四十人くらいかな?まだ会議まで時間があるし、そんなもんだろ。あんま俺はネトゲとかやらんからなんとも言えないけど、一万人もいる中でこれしか攻略する気のある奴がいないのなら、他の奴らは相当なチキンなんだろうな。情けない。

会議までは、あと10分くらいか。それまでの間は暇だから、地面の石の数を数えてよう。

 

「……………」

 

あっ、今の石さっき数えた。今のもっ。やめた。こんなの数え切るのなんてアインクラッドを攻略するのと同じくらい時間掛かるわ。

 

「あ、よう」

 

声をかけられた。後ろを見ると、キリトが立っていた。

 

「あ、キリトさん。さっき振りですね」

 

ニッコリ微笑む素敵スマイル。キリトのじゅんじょうなハートに100ダメージをあたえた!キリトはかおがまっかになった!

 

「お、おう……」

 

「……何デレデレしてんの?」

 

隣からアスナが冷たい声を吐き出した。

 

「あ、アスナさんもいたんですね」

 

「うん」

 

言いながら俺、アスナ、キリトと座った。

 

「……来てくれたのか」

 

「えっ?」

 

キリトが俺に言った。

 

「ええ、それは楽しそうですし……」

 

「楽しそう?」

 

「はい。学校の勉強とか、ああいう面倒なものから解放されるじゃないですか?クリアまでどれくらいかかるかわかりませんし、その間家族や友達と会えませんけど…その分メリットもあると思うんですよね」

 

「……本当に、メリットだと思ってるの?」

 

聞いてきたのはアスナだ。

 

「まぁ、少なくともあたしは勉強嫌いですからね。将来的に考えた大きなビハインドかもしれませんけど。何にせよ、こんな状況になってしまったからには、攻略しようともせずにウジウジしてるよりは、ゲームを楽しんだ方が得でしょ」

 

「……………」

 

なっちゃったもんは仕方ない。過去を後悔するより今を楽しめ。……今のフレーズカッコいいな。ちょっと声に出してみよう。

 

「『なっちゃったもんは仕方ない。過去を後悔するより今を楽しめ』」

 

「……何言ってんの?」

 

思ったより反応が冷たかった。

 

「ま、まぁあたしからの言葉ってことで?少しかっこよくないですか?」

 

「微妙」

 

「そんな即答しなくても……キリトさんはどう思います?」

 

「えっ?あ、あー……」

 

お気に召さなかったようだ。けっ、どいつもこいつもこのセンスがわからんとは。……俺もイマイチ理解不能だけど。だってこれ反省しなくてもいいって言ってるようなもんだからね。

 

「はーい!それじゃそろそろ始めさせてもらいます!みんな、もうちょっと前に……そこ、あと3歩こっち来ようか!」

 

堂々とした声が噴水の方から響いた。髪の青い片手剣持ちのイケメンが立っていた。ケッ、リア充が、爆死しろ。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!俺はディアベル、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

直後、噴水近くの一団がどっと沸いた。中には「ほんとは勇者って言いてーんだろ!」という声も飛ぶ。

 

「さて、こうして最前線で活動してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど、今日俺たちのパーティがあの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層のボス部屋に!」

 

へーすげー。いや棒読みじゃなくてマジで。だってようやく一層から突破できるってことだろ?二層の街にはまた目新しいものがあるかもしれないし。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

いい感じに盛り上がってる中、モヤットボールみたいな頭した奴が邪魔しにきた。歓声がピタッと止み、全員がモヤットボールを見る。てか古いよ、例えが。

 

「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

「こいつっていうのは何かな?まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するなら一応名乗ってもらいたいな」

 

まったく表情を崩すことなくディアベルは微笑んだ。

 

「わいはキバオウってもんや」

 

……うわあ、何その名前。たまに思うんだけど、顔や体格はまだしも名前が変な奴結構いるけど何を思ってその名前にしたのか。今出た『キバオウ』だってそれどっちかっていうと二つ名でしょ。あ、もしかして自分で自分に二つ名付けちゃう人なのかな?痛ッ。

 

「こん中に5人か10人、ワビぃ入れなかん奴らがおるはずや」

 

「詫び?誰にだい?」

 

「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや!せやろが‼︎」

 

「……キバオウさん。君の言う『奴ら』というのは元ベータテスターの人たちのこと、かな?」

 

「決まっとるやろ。ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナー見捨てて、な。奴らは上手い狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分らだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで。そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命は預けられんと、わいはそう言うとるんや!」

 

ふーん、見捨てて、ね。ここは黙ってるわけにはいかないな。そのベータテスターに教わった側の人間としては。

 

「スイマセーン、いいですか?」

 

俺は元気よく手を挙げた。こういう時でもキャラを忘れずに。その場にいた攻略組やキリト、アスナ、前のキバオウとディアベルが俺を見た。

それらを気にせずに、いや内心は緊張しまくってるけど、なんとか足を震えさせずに噴水の中心まで歩けた。

 

「あたし、カンザキって言います。えーっと、新木場駅さんでしたっけ?」

 

「キバオウや!なんや、ここは女子供が遊びに来るところやないで」

 

いや僕男の子です。はい。

 

「キバオウさんが言いたいのは、元ベータテスターが面倒を見なかったから、二千人が死んだ。だから賠償金を払えって言ってるんですよね?」

 

「せやろが。あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や。しかもただの二千ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ!」

 

「いや、甘くね?」

 

思わずキャラを忘れて言ってしまった。

 

「な、なんやと?」

 

「教えてもらえるつもりでいるのが甘いって言ってんの。あたしは自分から聞きに行って、知り合いになったベータテスターにちゃんとこのゲームについて教えてもらいました」

 

言うと、キリトはギョッとしていたが、無視して続ける。

 

「ベータテスターだって見捨てたわけじゃない。聞けばちゃんと教えてくれる。むしろ、教えてもらえるのが当たり前だと思ってるのはちょっと人としてないでしょ」

 

「んぐっ……!」

 

……言いすぎた。これじゃ向こうは逆上するだけだ。なんとか根拠を立てて別の所から攻めないと。

 

「それに、死んで行ったのはネトゲベテランの人達なんでしょう?なんで死んでいったか、あたしならこう思います。他のゲームと同一視した結果、死んで行ったんだと。つまり、甘く見てたってことだと思います。ベテランなら、尚更」

 

「……ッ」

 

うーん……俺なりに理論を立てたつもりなんだけど、まだ納得してないっぽいなー。どうしたもんか……と、思ってると、1人の黒人が立ち上がった。

 

「俺の名前はエギルだ。俺もそこのカンザキさんの意見を支持する」

 

おお、良かった。俺は外見女だし、女が言ったところで向こうは話聞かないだろう。それに、エギルは男ってだけじゃなく巨人で黒人だ。男の中の漢だ。俺とは正反対だ。あのモヤットも納得せざるをえないだろう。

 

「それになキバオウさん、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

エギル、と名乗った大男は言いながら簡易的な本のアイテムを取り出した。

 

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」

 

「もろたで、それが何や」

 

「このガイドは俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋においてあった。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」

 

「せやから、早かったら何やっちゃうんや!」

 

いや分かれよ。こいつ答え合わせでモヤットボール投げ出したりしそうだな。

 

「こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外にはありえないってことだ」

 

その台詞に、キバオウはグッと黙り込む。すると、ディアベルが口を挟んだ。

 

「キバオウさん。意味ということも理解できるよ。けど、中にはカンザキさんを助けてくれた元ベータテスターだっているんだ。今は、その事より第1層のボスのことを考えるべきじゃないのか?」

 

すると、キバオウはジッとディアベルを見たあと、頷いた。

 

「ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦終わったら、きっちり白黒つけさしてもらうで」

 

言うと、さっきまでキバオウのいた前列に引き返していった。それを見て俺もホッと息をついて、キリト達の元へ戻ろうとする。だが、その俺に「カンザキさん」と声がかかったを

振り返ると、エギルが立っていた。

 

「あんた、いい度胸してるな。この大勢の中で堂々と真ん中に来て言い返すなんて」

 

「えっ、あ、はい。それほどでも」

 

やべっ、怪しまれたか?俺はなるべく女の子らしく、逆ギレして今更恥ずかしがってるアピールしながらキリト達の元に引き返した。

 

 



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6話 壁役がわからない

 

「ふぃー……」

 

俺は息を吐きながら椅子に座った。

 

「あなた……すごいわね。この人数の中を女の子1人で言いたいこと言うなんて……」

 

アスナにエギルとまったく同じことを言われた。

 

「あたし、そこのキリトさんに助けられた身ですから。ここは言っとかないとダメかなって思ったんです」

 

「へぇ……そうなの」

 

でも、確かに今のは普通男じゃないと出来ない行動だったかもしれないな。次からはもう少し行動に気をつけるべきか。しかし、こういう時だからこそ男女差別は良くないと実感できる。これからは妹に優しくしよう。会うのいつになるかわからんけど。

 

 

数日後。再びボス攻略会議。第一層攻略メンバー全員の手元には鼠の攻略本があった。が、いつもと違う注意書きが裏に書かれていた。

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

……これはつまり、この本を作った奴が元ベータテスターだということを表していた。一瞬、キバオウがどんな顔をするのかと思って見ようと思ったが、ディアベルの声に遮られた。

 

「みんな、今は、この情報に感謝しよう!出処はともかく、このガイドのお陰で、二、三日はかかるはずだった偵察戦を省略できるんだ。正直、すっげー有難いって俺は思ってる。だって、一番死人が出る可能性があるのが偵察戦だったからさ」

 

その台詞に、ウンウンと頷くトッププレイヤー達。

 

「こいつが正しければ、ボスの数値的なステータスは、そこまでヤバい感じじゃない。もしSAOが普通のMMOなら、みんなの平均レベルが三……いや五低くても充分倒せたと思う。だから、きっちり戦術を練って、回復薬いっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。や、悪い、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、俺が騎士の誇りに賭けて約束する!」

 

その台詞に、よっ、ナイト様!と声が聞こえ、拍手も続いた。スゲェな相変わらずあのナイト様は。カリスマ性ならシャア以上なんじゃないか?

 

「それじゃ、早速だけど、これから実際の攻略作戦会議を始めたいと思う!何はともあれ、レイドの形を作らないと役割分担もできないからね。みんな、まずは仲間や近くにいる人と、パーティを組んでみてくれ!」

 

体育かよ。マズイな、俺の知り合いはキリトやアスナしかいない。このままじゃアブれる……!そう思った時だ。

 

「おい、カンザキ、だったか?」

 

後ろから声をかけられた。エギルが立っていた。

 

「あんた、俺と組まないか?」

 

「え?いいんですかぁ?」

 

「ああ、俺たちもちょうど1人足りなかったんだ」

 

それはありがたい。やったー助かったー。エギルの仲間の群れに入りながらふと後ろを見ると、キリトとアスナが一番後ろの方でアブれてるのが見えた。

俺は心の中で全力で「ザマァーwww」と、言ってやった。

 

 

ボス攻略会議が終わった。俺が入れてもらえた、エギル率いるB隊の役割は壁役だそうだ。で、壁役って何するの?だが、役割が決まってしまってから今更、「で、壁役って何?」なんて聞けない。

まぁ、こういう時に役に立つのがキリトくんだろうな。

 

「おーい、キリトさーん」

 

俺は俺のできる限りの可愛さを振りまいてキリトのところに向かった。

 

「カンザキ。君はどこかの隊に入れたのか?」

 

「うん。エギルさんのB隊です」

 

「………B隊っていうと、壁役だよね?出来るの?その装備で」

 

「えっ、できないの?」

 

やべっ、今の素だ。

 

「………今からアスナにポッドやらスイッチやらの説明するんだ。ついでに壁役の働きも教えてあげるけど、一緒に来るか?」

 

「……いきます」

 

え、なんだろ。壁役って何?なんか怖いんだけど。

 

 



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7話 ありえない

 

「で、説明ってどこでやるの?」

 

アスナがキリトに不機嫌そうに尋ねた。前から思ってたけど、なんてアスナってキリトと若干仲悪そうなんだろうか……。やめてよ、これ俺が仲裁入らないと気まずいパターンじゃん。

 

「あ、ああ。俺はどこでもいいけど。その辺の酒場とかにするか?」

 

「嫌。誰かに見られたくない」

 

だからなんで嫌悪感丸出しなんだよアスナ。俺と二人の時はむしろすごく優しい歳上の女の子じゃねぇか。……あ、そっか、僕今女の子だからか。

 

「ま、まぁまぁ。ならどっかのNPCハウスでいいんじゃないですか?」

 

俺が二人に提案すると、キリトは首を横に振った。

 

「いや、それは誰かが入ってくる可能性もある。誰かの宿屋の個室なら鍵かかるけど……、それもナシだよな」

 

「当たり前だわ」

 

アスナがサラッと一蹴する。

 

「だいたい、この世界の個室なんて、部屋とも呼べないようなのばかりじゃない。六畳とない一間にベッドとテーブルがあるだけなんて、それで一晩五十コルも取るなんて。食事とかはどうでもいいけど、睡眠だけは本物なんだから、もう少しいい部屋で寝たいわ」

 

「え、そ、そう?」

 

キリトは首を傾げた。俺もだ。が、すぐに合点が行った。こいつ、【INN】の所しか見てないんだ。俺はたまたまクエストやったついでにいい部屋を見つけられたし、キリトも今の様子だとそこそこいい部屋を見つけられたのだろう。

ちなみに俺の部屋は街の隅のNPCの雑貨屋の二階。何かオプション付きということはないが、広くてベッドがフカフカなのであーる。

 

「ああ……なるほど。あんた、【INN】の看板が出てる店しかチェックしてないのか」

 

「だって……INNって宿屋って意味でしょう」

 

「この世界の低層フロアじゃ、最安値でとりあえず寝泊まりできる店って意味なんだよ。コル払って借りられる部屋は、宿屋以外にも結構あるんだ」

 

「な……それを早く言いなさいよ……」

 

がーんっとショックを受けるアスナ。すると、キリトがニヤリと笑って見せた。うわあ、嫌な顔。自慢が始まるぞこれ。

 

「俺がこの町で借りてるのは、農家の二階で一晩80コルだけど、二部屋あってミルク飲み放題のおまけつき、ベッドもデカイし眺めもいいし、そのうえ風呂までついて……」

 

そこまで言いかけた時だ。アスナが物凄い速さでキリトの襟を掴んだ。犯罪防止コード発動寸前の勢いだ。そして、低い声で迫力たっぷりに言った。

 

「……………なんですって?」

 

 

そんなわけで、キリトホーム。キリトの部屋でアスナはお風呂を借りることにした。ついでにいろいろとキリト先生のパーフェクトネトゲ教室も。ついでなの逆じゃね?

 

「……ま、まぁ、どうぞ」

 

「……ありがと」

 

「おっじゃまっしまーす!」

 

俺は元気よく部屋の中に入った。中は大体俺の部屋と同じくらいだが、窓から見える景色が良かった。これでミルク飲み放題に風呂付き……キリト殺す。

 

「な、何これ、広っ………こ、これで私の部屋とたった30コル差⁉︎や、安すぎるでしょ……!」

 

後から来たアスナが驚愕の声を上げた。

 

「こういう部屋を速攻見つけるのが、けっこう重要なシステム外スキルってわけさ」

 

胸を張って言うキリト。アスナは一度部屋の中を見回し、ため息をついた。

 

「ま、まぁまぁアスナさん。こんな部屋があるのはごく稀ですって。そんなに気を落とさないで……ほ、ほらあそこにお風呂ありますよ」

 

「……わかってるわよ」

 

俺が言うと、アスナはすごすごと【bathroom】の方へ向かった。が、すぐにこっちを見た。

 

「あ、そうだカンザキ。一緒に入らない?」

 

なん……だと?

 

 



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8話 キ○タマがない

 

ここから先はほとんど記憶は曖昧だが、俺は天国のような体験をしたのは確かだ。後から金を取られるのかと心配になったほど。

 

 

病院。プレイヤー名「カンザキ」の身体の前には、ちょうど患者服を取り替えようとしていた看護婦が立っていた。さっそく、上半身の患者服に手をかけようとした時だ。

 

「⁉︎」

 

つうっ……と、カンザキの鼻から血液が流れた。

 

「なんっ……⁉︎」

 

なんで⁉︎と、口走りそうになったが、その前に医者を呼ぶことにした。自分が今そんな反応した所で、意味がない。すぐに医者を呼んだ。

 

 

「どうしたの?入らないの?」

 

アスナが半裸になった状態で俺に聞いてきた。

 

「い、いやいや、や、やっぱり一緒に入るのはマズイんじゃないんですかね……」

 

「女同士で何言ってるのよ。いいから早く脱ぎなさいよ」

 

女同士じゃないんだなこれが。こんな事ならネカマなんてしないで「私、例外でほんとは男なの、てへっ☆」って言った方がマシだったような……いやいやいや、そんなことをすれば周りのプレイヤーに問い詰められるのは必須だったろうが。よってこの状況は決して俺が望んだ物ではなくだな。

いや待て、落ち着け俺。そうなれば俺は状況という言葉を盾にして出会って間もない女の全裸を舐めまわそうとしてるクソ野郎だ。それでいいのか俺。

いや、俺も男だ。男子高校生だ。性欲だって性欲だって性欲だってある。無理もないだろ。いや、でも、しかし、

 

「早くしなさいよ」

 

「あ、ああ。ごめんなさ……」

 

アスナさんは意外にも、風呂前でも身体にタオルを巻かない派だった。

 

 

病室。

 

「つまり、患者服に着替えさせようとしたら急に鼻血が出たと?」

 

「そ、そうなんです先生」

 

看護婦である安岐は医者にそう力説した。

 

「……とにかく、検査の必要があるが……ナーヴギアは外せない。出来てこの場による簡易的な検査になってしまう……」

 

チラッと医者がカンザキの身体を見た時だ。ブシューッと噴水のごとく、鼻血が噴射された。

 

「」

 

「」

 

「け、血液を!血液を大至急頼む!輸血する!」

 

「は、はい!」

 

 

な、なんだ……?貧血でも起きてるのか?若干ふらふらしながら俺は浴室に突入。中はそこまで広くない。家の浴室程度だ。

目の前では、先に入浴していたアスナが栗色の長髪を揺らし、背中をチラつかせながら、ご丁寧にも石鹸を泡立て、染み込ませたタオルで自分の体をゴシゴシと拭いていた。その度に磨かれた肌がキラキラと光沢を放っているように見えた。

 

「あ、やっと来た。何やってたのよ」

 

「………ちょっと手こずって」

 

「それよりほら、洗いっこしましょう」

 

…………なんっ、だと……⁉︎

 

 

病室、カンザキの鼻は止血されていて、なんとか輸血の準備は整っていた。

 

「ふぅ……これで何とか……」

 

医者が言いかけた時だ。カンザキの鼻から真っ赤な鮮血が噴射され、止血が強制解除された。

 

「」

 

「」

 

唖然とするしかなかった。

 

 

アスナの身体を洗うのを済ませて俺は湯船に浸かろうとした。だが、その俺の肩をアスナが掴んだ。

 

「まだカンザキのを洗ってないわよ?」

 

「……や、あたしはいいです」

 

「何言ってんの。いいからこっち来なさい」

 

言われて俺は鏡の前に立たされた。そしてそこには、

 

俺の中の完璧理想型美少女、俺がいた。

 

直後、俺の意識は途絶えた。

 

 

「先生!噴血が止まりませんこのままでは、出血多量で死んでしまいます!」

 

「クソ……!一体……彼の中で一体何が起こっているんだ!」

 

そう医者が言った時だ。まるでスイッチが切れたように鼻血が止まった。

 

「……? 止まったぞ。輸血をしよう」

 

 

あれから、何時間経ったのだろうか。気が付けば、俺はキリトのベッドの上で倒れていた。

 

「うっ……!ここは……?」

 

「起きたか」

 

目の前にはキリトがいて、アスナの姿はなかった。どうやら、先に帰ったようだ。

 

「何があったんだよ。いきなり倒れたって聞いたぞ」

 

「……な、なんでもないですよ。あはは……」

 

そうか。気絶したのか。完璧美少女である俺の裸を見て。………情けねぇ。俺はおもわず自分の膝を叩いた。

 

「ど、どうした?なんか、あったのか?」

 

キリトに心配そうに言われて、「な、なんでもないです」と小声で言った。

 

「それで、どうする?今キツイなら説明は今度にするが……」

 

「や、大丈夫です……。このまま、お願いします」

 

「? お、おう……」

 

精神を鍛えなくては……自分の全裸を見ても、せめて気絶しないほど強く。

 

 



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9話 ボス戦開始です

 

夜が明けた。昨日、男だとバレたら間違いなく抹殺されそうな経験をしたわけだが、そんなことをアスナに悟られるわけにもいかず、今日はなんとか真顔で過ごさなきゃいけないわけだ。まぁ、パーティも違うし、あまり顔を合わせる機会はないと思うが。

にしても、アスナ結構大きかったな。悪ふざけのノリで揉んでも良かったかもしれない。いや、俺にとってのベストサイズは今の自分の体にぶら下がってるだろ。自重しろ、俺。

まぁ今日はボス戦当日だし、景気付けに一揉みして行くか!

 

「むっ、こ、これは……⁉︎」

 

 

「先生!また多量出血……(以下略)」

 

 

ふう、堪能した。俺はヤケにスッキリした表情で家を出た。集合場所には既にメンバーがほとんど揃っている。B隊も全員、揃っていた。

 

「す、すみませーん。遅れちゃいました?」

 

パタパタとエギルさんの元へ走った。

 

「いや、そんなことない。俺たちも今来たところだ」

 

流石、俺の作ったアバターだ。エギル含めて男達の顔がにやけてやがる。ははは、もしかしたら俺、この世界では神にでもなれるんじゃないか?キャピッ☆とかやってみようかな。

 

「キャピッ☆」

 

『ウオオオオオオオオオオオッッ‼︎‼︎』

 

B隊どころか、全隊の士気が上がった。スゲェ、本格的にアイドルでもやってみようか。攻略組のメンバーも増えるんじゃないか?

 

 

そんなこんなで、全員で出発。ボス部屋を目指して、みんなで遠足みたいな感じでぞろぞろと歩く。モンスターが出てきても、さすがは最初のボス攻略に参加してる事だけはあるというか、出てくるモンスターはほとんど瞬殺している。俺の出る幕などまるでなかった。

あっという間にボス部屋の前に到着してしまった。

 

「………行くぞ!」

 

ディアベルの台詞で、全員がボス部屋になだれ込んだ。中はかなり広く、ナイトメア同士のタイマンで使えそうなほどの広さだ。

最前列は鉄板じみたヒーターシールドを掲げたハンマー使いと、そいつが率いるA隊だ。その左斜め後方をエギル率いていて、俺のいるB隊。反対側の右側にはディアベルのC隊と両手剣使いのD隊。さらにこの後ろをキバオウ率いる遊撃用E隊と、F、G隊、さらにそのうしろにキリトとアスナの二人部隊。ザマァーwww

そして、部屋の中央に巨大なシルエットが見えた。そいつが大きく口を開き、

 

「グルルラアアアアッッ‼︎」

 

と、吠えた。獣人の王《イルファング・ザ・コボルドロード》。さぁ、始まった。このデスゲームを終わらせる第一歩が。

 

 

「やぁッ‼︎」

 

『オラァッ‼︎』

 

野太い男の声と、可愛らしい俺の声が響き、敵の攻撃を弾いた。

 

「やるな、カンザキ!」

 

パーティメンバーの一人に褒められる。まぁ、そりゃ片手盾で他の面子に負けないレベルで敵の攻撃を弾いてるからな。

 

「はぁ!」

 

その隙にA隊が攻撃する。ボスの攻撃パターンもちゃんと見切ってるし、このままいけば本当に死者なしで突破できるかもしれない。

攻略は順調に進み、一気にボスのHPを減らしていく。そして、ディアベルが落ち着いた動作でボスの攻撃を捌こうとした。フゥ……もう終わりそうだな。俺がそう思った時だ。

 

「だ、だめだ、下がれ‼︎全力で後ろに跳べーーーッ‼︎」

 

キリトの声が響いた。えっ、何?何事?前を見ると、ボスは大きく垂直に跳んだ。空中であり得ない角度まで身体をぎりりと捻り、落下しながら、それを竜巻のごとく解放した。それが水平に放たれる。

 

「ッ!」

 

ディアベル率いるC隊全員に直撃し、床に倒れこんだ六人の頭上に黄色い光が取り巻いている。スタン状態してるようだ。

 

「危ねェッ‼︎」

 

思わずキャラを忘れて俺は一番近くのC隊の一人の前に立った。追撃が来るかもしれないからだ。それに気付いて、他のB隊のメンバーが、C隊のそれぞれのメンバーの前に立ち塞がろうとした。だが、間に合わなかった。しかも、ボスが狙ったのは俺が庇った奴じゃなく、ディアベルだった。

 

「ッの野郎ッ……‼︎」

 

またまたキャラを忘れて、俺は走っては間に合わないと踏み、ディアベルの方に盾を投げ付けた。だが、意味がなかった。ボスは盾もろともディアベルを叩き斬り、思いっきりぶっ飛ばした。

キリトがポーションを手にとって、慌ててディアベルの方へ駆け寄った。だが、間に合わず、ディアベルは四散した。

 

 



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10話 リーダーがいない

 

「エギルさん!あたしがタゲ取ってる間にC隊の人を下げて!早く!」

 

「お、おう!」

 

リーダーが死んで、呆然としてるC隊をボスの眼の前で放置しとくのは危険だ。俺の指示はB隊のみんなも理解してくれたし、俺はせめて全員が後ろに引けるまでここを持ち堪えないといけない。

右手の剣を構え、ボスの攻撃をいなした。向こうの攻撃パターンは頭に入ってる。マトモに正面からガードしないで、相手の力を全部いなせばいい。流水岩砕拳ってこんな感覚なのだろうか。

 

「たっ、ほっ、とっ……!」

 

だが、俺一人でいなし切れるわけもない。ボスの刀が刀を横に構えた俺を正面から捉え、大きく斬り飛ばし、俺は地面に叩きつけられた。大丈夫だ、C隊のメンバーはB隊に支えられ、しっかり後ろに下がってる。

 

「大丈夫か⁉︎カンザキ……!」

 

キリトが慌てて俺の横へ駆け寄ってくる。

 

「は、はい。大丈夫です……」

 

たははっ……みたいなスマイルで答えた。

 

「一応、ポーション飲んどきなさい」

 

アスナにも念を押され、俺はポーションを飲んだ。ていうか、今の一撃で俺のHPは赤ゲージになってた。あっぶなかったぁ……。

 

「それで、キリトさん。どうするんですか?」

 

「……そんなの、決まってるだろ」

 

キリトは言いながら立ち上がった。

 

「ディアベルの、弔い合戦だよ」

 

………いいね、そういうの。俺も乗ったぜ。ニヤリと笑って見せて、俺はキリトの横に並んだ。

 

「私もいく。パートナーだから」

 

アスナもそう言って、キリトの反対側の横に立つ。盛り上がってまいりました!

 

「あたしもいれてください。ディアベルさんを助けようと思った時、盾投げ捨てちゃいましたから。もう壁役としての働きはできません」

 

「……ああ、わかったよ」

 

言いながら剣を構える。キリトが全員に言い放った。

 

「全員、出口方向に10歩下がれ!ボスを囲まなければ、範囲攻撃は来ない!」

 

その台詞に全員が従い、キリト、アスナ、俺はボスに突撃した。

 

「アスナ、手順はセンチネルと同じだ!……行くぞ‼︎」

 

「わかった!」

 

目の前のボスは、両手で握っていた野太刀から左手を離し、左の腰だめに構えようとしている。キリトがレイジスパイクを使いながら突進し、ボスが放とうとしていたソートスキルを相殺した。

そこで生まれた隙を、俺とアスナが攻撃する。

 

「セアアッ‼︎」

 

隣でアスナが気合を吐き出しながらリニアーを放ち、俺もほぼ同時にボスの右腹を深々とブチ抜いた。

 

「まだ、終わらね……ないよ‼︎」

 

キャラを忘れかけたが、俺は攻撃を続けた。キリトに戦い方やソードスキルを教えてもらい、キリトと別れ、ただ延々とモンスターを斬り殺してた俺が偶然見つけたシステム外スキル。ソートスキル発動時に体を意図的に動かして、技の速度と威力をブーストする技術。それでソードスキルを連発する。続いてホリゾンタル、その後にまたスラントとソードスキルを連発した。だが、それが7回ほどで途切れる。

 

「ッ……‼︎」

 

「カンザキ、退がれ!」

 

その声と共にキリトが俺の前に出た。そして、俺と全く同じことをやってみせた。オイオイマジかよ、この技俺が編み出すのにどれだけ修行したと……いや、むしろ、俺が習得する遥か前から出来たのか、こいつは。憎たらしい奴め。

しかもさらに憎たらしいことに、キリトはその連撃を俺の倍以上の15回以上は続けていた。

 

「しまっ……!」

 

毒づき、発動しかけた垂直斬りのバーチカルをキャンセルし、右手の剣を引き戻そうとするキリト。だが、そのキリトにボスの刃が振り下ろされる。

 

「やらせるかよッ‼︎」

 

その前に俺が立ち塞がり、渾身のバーチカルを放つ。ボスの野太刀が俺の剣と正面からぶつかり合い、なんとかその攻撃は弾いた。だが、さらにボスの追撃が来る。

 

「んにゃろっ……‼︎」

 

硬直する前に剣の鞘を抜いて、自分の頭の上で剣をクロスして構える。その真上にボスの刀が振り下ろされた。なんとか堪えてはいるが、いつ押しつぶされてもおかしくない。力を十分の一でも抜けば真っ二つにされる。その直後だ。

 

「ぬ……おおおッ‼︎」

 

太い雄叫びと共にソードスキルがボスに直撃した。両手斧系ソードスキル、ワールウインド。エギルがボスにソードスキルを叩き込んだのだ。ボスは大きく怯み、俺はその隙に後ろに一歩下がった。

 

「! エギルさん!」

 

俺が名前を呼ぶと、ニッと微笑むエギル。そして、キリトに言った。

 

「あんたがPOT飲み終えるまで、俺たちが支える。ダメージディーラーにいつまでも壁やられちゃ、立場ないからな」

 

「すまん、頼む」

 

キリトは短く礼を言うと、ポーションを飲む。あれっ、お前攻撃喰らってたっけ?俺の見えないところでカスダメ喰らってたのかな。

あとエギルさん、その「俺たち」には俺は含まれてないよね?

 

「お願いしまー……」

 

「お前は戦うんだよ。元々はB隊だろうが」

 

ひどいよこのオジサン!俺がエギルを睨むと、その周りにはB隊が揃っていた。仕方ないなぁ。俺は予備の片手盾をアイテムストレージから出した。

 

「「予備あるんじゃねぇか‼︎」」

 

キリトとエギルにツッコまれた。それを誤魔化すように俺は「こほん」と咳払いすると、拳を天井に突き上げた。

 

「よぉーっし、みなさん!いざ参りますよぉ!」

 

『ウオォオオオオオオオオッッ‼︎』

 

俺のその台詞に全員の士気が上がる。ちょっと宗教じみてて怖いんだけど……。それを見てキリトが全員にありったけの声で叫んだ。

 

「ボスを後ろまで囲むと全方位攻撃が来るぞ!技の軌道は俺が言うから、正面の奴が受けてくれ!無理にソードスキルで相殺しなくても、盾や武器できっちり守れば大ダメージは食わない!」

 

『おう‼︎』

 

男達の威勢良い声。その後は、キリトの素晴らしい指示と、それに従うプレイヤー達の活躍で、ボスをどんどんと追い詰めた。やがて、ボスのHPが残り3割を下回った。

それを見て気が緩んだのか、壁役の一人が足を縺れさせた。よろめき、立ち止まったのはボスの真後ろ。

あれ、ボスを囲むと範囲攻撃が来るんじゃ……俺の予想通り、ボスが取り囲まれ状態を感知し、獰猛に吠えた後、全身のバネを使って垂直に大きく跳んだ。

 

「させっかよ……‼︎」

 

俺は言うと、キリト!と声を掛け、キリトの前に立ってバレーボールの構えをした。察したキリトが俺に向かって走ってきて、ジャンプして俺の真上に着地する。

 

「ほいっ!」

 

両手を大きく上にブン上げ、キリトを上空に投げ飛ばした。

 

「う……おおあああッ‼︎」

 

吠えながらキリトはソニックリープを放つ。キリトの敏捷力に、俺の投げが加わり、ものすごい勢いでボスに突撃し、ソードスキルを使おうとしていたボスに直撃、クリティカルヒットを起こした。

 

「ぐるうっ!」

 

ボスは間抜けな声とともに床に叩きつけられる。

 

「全員、全力攻撃‼︎囲んでいい!」

 

キリトの声で、全員がボスをぐるりと取り囲み、ソードスキルを連発。これで殺しきれなかったら、範囲攻撃で今度こそ全員やられる。

俺もその袋叩きに参加し、さっきは7発で止まった連撃を12発まで続けてやった。13撃目を放とうとした時、ボスはゆらりと立ち上がった。

 

「ジッと、してろッ‼︎」

 

俺は言うと、さらにバーチカルをボスに叩き込む。その直後に14連撃目のスラントをボスの腹にぶち込んだ。その直後、ほんの一瞬だがボスの動きは遅れる。

 

「アスナ、最後のリニアー、一緒に頼む!」

 

「了解!」

 

後ろからキリトとアスナの声が聞こえた。二人のソードスキルがボスに直撃し、HPゲージをゼロにした。後ろにボスはよろめき、顔を天井に向け、細く吠えると、盛大に四散した。

 

 



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11話 ライブです

 

あの後、キリトはビーターだなんだと攻められたが、俺には関係ない。全部聞き流した。

で、今は一年と数ヶ月後。今はどっかのスタジオ。デンデロデンデロと音楽が流れる。そして、俺の身体はウイィィィンと音を立てて上に上がって行った。

上を見れば、たくさんのスポットライトが浴びせられていて、激しい音楽と観客の歓声が聞こえて来る。

そして、ステージの上に出た。さぁ、俺の舞台だ!

 

『いくよぉーーーーーッッ‼︎』

 

マイクにそう叫ぶと、ウオオオオオオオオオオッッ‼︎と観客から帰って来る。そのままトーク抜きで一曲目「ヘヴィーローション」が始まる。

そう、今日はアイドル「KANZAKI」のライブだ。全力で歌を歌う中、俺は思う。

 

どうしてこうなった……

 

と。

 

 

ことの要因は、ちょうど50階層の攻略が終わった時だ。攻略も進むにつれてモンスターも強くなる。これに関して、キリト、エギル、クラインの三馬鹿と俺が話していた時に、「アイドルでもやれば攻略組も増えるんでない?」という酔っ払ってるとしか思えない提案でこうなったわけだ。

チケットやスタジオとかは全部エギルがやり、残り三人で必死こいて資金を搔き集めまくった。ライブの広告で写真などを撮って、過去の街など全部に貼りまくった結果、そこそこ人気が出て、初ライブでは二百人集まった。

このライブのチケット購入制限は「攻略組」であること。その為にはステータスをエギルやキリトに見せ、判断してもらうしかない。

俺は最初はそんなの集まるわけねぇだろ、とか思っていたのだが、「可愛いは正義」とはよくいったもので、攻略組は馬鹿みたいに増えた。「可愛いは正義」ってこれ、そろそろことわざに入れてもいいんじゃない?

 

「お疲れ、カンザキ」

 

ライブが終わり、エギルが俺の横に座った。

 

「は、はい……お疲れ様ですぅ」

 

微笑みながら俺は言った。いやー、ネカマだってバレたらレッドプレイヤーでもないのに街に帰れなくなりそうだ。というか、俺今までよくバレなかったな。本気でスパイの才能があるかもしれない。

 

「しかし、まさかここまで人気出るとはなぁ……」

 

「ほんとですね……あたしもビックリしてます……」

 

たはは、といった感じで俺は頭を掻いた。すると、客席からアンコールの声が聞こえる。

 

「カンザキちゃん!呼んでるよ!」

 

クラインから言われて、俺は仕方なくため息をつくと、スマイル全開でステージに戻った。

 

 

ライブが今度こそ終わり、俺は楽屋のソファーに倒れ込んだ。

 

「うあー!疲れたー!」

 

「ははは、お疲れカンザキ」

 

キリトが言いながら飲み物をくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

ストローで飲み物をチューッと啜る。あー……染みるぜぇ〜……。

しかしまぁ、本当こうして見ると、超人気あるな俺。まぁ俺の理想の女の子なんだから当たり前かもしれないが、それでも少し驚いている。まさかこんな事になるなんてなぁ……。

 

「じゃ、あたし帰りますね……。もうヘトヘトなんで」

 

「ああ。またな」

 

「はい」

 

テキトーに挨拶して、俺は転移結晶を使った。……リアル戻った時には精々、バレないようにしないとな。

 

 



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12話 休日です

 

翌日、()()()は自分のホームで寝ていた。と、いうのもアイドルを始めることになってからは、外出の時は顔を隠す必要がある。それが面倒だからだ。

 

「…………暇」

 

思わずそんな呟きが出た。だって暇なんだもん。明日からはまた仕事、まぁ疲れてるから今日くらいはゆっくりしたいけどさ。どうしよっかなー。

とりあえず、お風呂でも入ろっかな〜♪と、服を全部脱いで下着姿のまま、風呂に入ろうとした時だ。コンコンとノックの音がした。

 

「はいはーい」

 

さっそくお出迎えしようとしたが、自分の姿を省みる。思いっきり着替え中だった。テキトーにアシュレイさんのワンメイク品の服を揃え、ついでに変装もして出た。

 

「はーい、なんですかぁ?」

 

開くと、アスナが立っていた。

 

「やっほー、カンザキ」

 

「アスナー。どしたのー?」

 

「ううん。ちょっと、お話」

 

「とりあえず上がって上がってー」

 

言われて、アスナはお邪魔しますと入って来た。あたしはお茶をテキトーに淹れて、ソファーに座らせた。

 

「ほいっ」

 

「ありがとう」

 

「それで、どしたの?」

 

「……言いにくい、事なんだけどさ。最近、カンザキはアイドルやってるじゃない?」

 

「うん。超やってますね。それで?」

 

「最近、攻略の方をサボってない?」

 

「…………」

 

確かに、と思わざるをえなかった。だって最近はライブだの握手会だのサイン会だのとやらされてばかりだったから戦闘をしていない。

 

「ご、ごめんなさい。でもさ、そのお陰で攻略組も増えてるんだし……」

 

「それとこれとは話が別よ」

 

ぴしゃりと言われてしまい、あたしは思わず黙り込んだ。確かにその通りだ。もう、アスナやキリトに比べてもレベルは2か3は低いと思う。

 

「ご、ごめんね。予定が空いてる日に攻略するから……」

 

「………それっていつよ」

 

「えっとぉ……ちょーっち待ってね〜」

 

言いながらあたしは手帳を取り出した。

 

「明日は次のライブの打ち合わせ……その次はエギルと踊りの振り付けの練習して……その次はクラインと歌の練習、その次はトークショー、その次は……」

 

「全部キャンセルなさい!明日……いえ、今日から攻略開始‼︎異論は認めないわよ‼︎」

 

「や、やだよ!昨日はライブで今日はもうヘトヘトなんだから!」

 

「ダメ‼︎」

 

「ウググッ……!」

 

少なくとも今日攻略だけは避けたい……!

 

「あー!」

 

あたしは窓の外を指差した。それに反応してそっちを見るアスナ。その隙を見て俺は家の外に出た。

 

「あ!こら待ちなさい!」

 

言われても無視して外に出ると、転移結晶を使って逃げた。

 

 

最前線のゲート広場。流石にアスナには悪いと思っているので、あたしはとりあえず迷宮区に向かおうとした。その時だ。

 

「頼む!みんなの……みんなの仇を討ってくれ!」

 

そんな声が聞こえた。何事かと思ったら、男の人がすれ違ういろんな人に声をかけていた。全部無視されている。

………ああいうの、ほっとけないタチなんだよなぁ、あたし。

 

「……あの、どうかしたんですか?」

 

「! あんたは……?いや、そんなことはいい。仇討ちを

してくれ!」

 

「わ、わかりましたから落ち着いて。まずはお話を聞きますから」

 

そんなわけで、近くの酒場へ。あたしはテキトーに飲み物を二人分購入し、その男の前に置いた。

 

「はい」

 

「………すまん。ありがとう」

 

言いながら一口飲むと、その男は話し出した。

 

「俺はシルバーフラグスっていうギルドのリーダーをやっていたんだ」

 

聞いたことない。中層レベルのギルドか?

 

「俺たちのギルドはまだ弱小ギルドだったけど、夢があったんだ。《KANZAKI》のライブを見に行こうって、いつもみんなで笑ってた」

 

目の前にいるんだけどね《KANZAKI》。

 

「だけど10日前、38層で《タイタンズハンド》っていうオレンジギルドに襲われ、アイテムも仲間も何もかも、奪われたんだ……‼︎」

 

ギリッと奥歯を噛む男。怒りと悲しみが痛い程あたしに届いてきた気がした。

 

「だから、頼む。あんた、攻略組だろ?あいつらを、黒鉄宮の牢獄に入れてくれ。頼む!」

 

頭を下げられた。あたしはしばらく腕を組んで悩んだあと、言った。

 

「………分かった。いいよ」

 

「! 本当か?」

 

「うん。今、そいつらが何層にいるかとかは分かる?」

 

「分からない。ただ、もしかしたらまだ38層前後にいるかもしれない」

 

「オーケー、任せて下さい」

 

「あ、待ってくれ!」

 

今度は何?と思ってみると、男はアイテムストレージからアイテムを一つ取り出した。それは回廊結晶だった。

 

「これを……頼む」

 

「?」

 

「出口は黒鉄宮に設定してある。俺が全財産叩いて買ったものだ。これで、奴らを……」

 

「………分かりました」

 

ニコッと微笑んだ後、あたしはシステム窓を開いた。これはサービス料だ。

 

「ねぇ、誰にも言わないって約束出来る?」

 

「? 何がだ?」

 

「いいから」

 

「わ、分かった」

 

その返事を聞くと、あたしは頭のサングラスと帽子を取った。つまり、《KANZAKI》の顔を晒したのだ。

 

「! あんたは……!」

 

「しーっ」

 

人差し指を口の前で立て、ウィンクをしながら言うと、男は顔を赤くして黙り込む。小声で言った。

 

「あなたの依頼は、この『カンザキ』が承りました」

 

それだけ言うと、再び頭にサングラスと帽子をかけた。

 

「次会う時は、強くなってライブに来てね。でも、無理はダメだよ」

 

言うだけ言って、あたしはその場を後にした。

 

 



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13話 依頼を受けました

久々の投稿です。今回は短めですが、また進めていこうと思います。


 

そんなわけで、あたしはとりあえず35層辺りから探すことにした。………しかし、なんかアレ……なーんか大切なこと忘れてる気がする……。なんだろう、なんか重要なことを……まぁいいか。大したことじゃないだろうし。

 

「しかし、この人数から標的を探すのは大変だよね……はぁ……」

 

あたしが顔晒せば有名人を見に行こう的な感じでみんな集まるだろうけど……釣れても捕まえられないよなぁ……。

地道に探すしかないか。

確か、タイタンズハンドとかいう名前だったな。それなら一応聞いたことはある。確かロザリアとかいう女がリーダーの小者狙いのオレンジギルドだったよね。

 

「ま、テキトーにブラブラしてれば見つかるかもね」

 

そんな事を呟きながら、モンスターを剣一振りで倒しつつ歩いてると、とあるパーティが言い争いしてるのが見えた。

 

「………?」

 

よく見れば、その中の言い争いをしている一人は見覚えがあった。あの前髪で片目を隠すダサい髪型は……、

 

「ロザリアじゃん……」

 

うわあ、見つかるの早過ぎんだろオイ。まぁ見つかるに越したことはないけどさ。

 

「ロザリアさんこそ、ろくに前面に出ないで後ろをチョロチョロしてばっかりなんだから、クリスタルなんか使わないんじゃないんですか⁉︎」

 

と、今大声で叫んだのは小さいロザリアじゃない女の子の方だ。つーかこのゲームって小学生以下はアウトとかの年齢制限はないの?あと、今のガキの台詞でロザリアは確定した。

 

「私は必要よ。お子ちゃまアイドルのシリカちゃんと違って男達が回復してくれるわけでもないし、そのトカゲがいるわけでもないしね」

 

などという口喧嘩がしばらく続くのを黙って見守る。口喧嘩などはどうでもいいが、あそこのロザリアは間違いなくタイタンズハンドのリーダーだ。しばらくはここで張ってる必要がある。

何より、あたしの聞いてる感じだと、ロザリアはあのシリカとかいう女の子をわざと挑発してるようにも聞こえる。もしかしたら、わざと仲間割れして別々の道に進んだ後に仲間を呼んで狩るつもりか……?

あたしの勘が当たったのか、シリカとかいう子の怒声が響いた。

 

「もういいです!アイテムなんかいりません。あなたとはもう絶対組まない、あたしを欲しいっていうパーティは他にも山ほどあるんですからね!」

 

えっ、ちょっ待て待たんかお主。まさか、一人で行くのか?ここは迷いの森とかいうありきたりにも程があるネーミングの森だが、他の迷いの森のは比べ物にならないレベルの迷いの森だよ?迷うよ?

せっかく見つけたロザリアを放っておくのは癪だが、あのクソガキを放置するわけにもいかない。

仕方ないのであたしはシリカの後ろを追いかけた。

 

 



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14話 見失った

 

………見失いました。んだよチキショー。もうやめちゃおっかなー面倒だし。また明日からでいいかなー。帰ろっかなーもう。

 

「………あー、転移結晶ないや」

 

補充すんの忘れてた。一回街に戻んないと。あたしは出口に向かうために出口を目指して歩く。のだが、そこで悲鳴に近い声が聞こえた。

 

「ぴ、ピナ⁉︎ピナァーっ!」

 

この幼くて甲高い苛めたくなる声……間違いない、シリだ!カが抜けた。シリカだ!

しかも悲鳴に近い声ということは、ほぼ間違いなく何かピンチということだろう。あたしは急いで声の方向へ向かう。索敵値をフル活用し、走って向かうと、ゴリラが三匹いるのが見えた。三匹とも動かず、下を向いている。

誰かプレイヤーを囲んでるのは間違いなかった。

 

「ッ」

 

走る速さをより一層上げて、木と木を踏み台にしながら接近した。だが、ゴリラはすでに木の棒を振り上げている。

このままじゃ間に合わない。

アイテムストレージからダガーを取り出し、それを思いっきり投げ付けた。ゴリラの首の後ろに刺さり、一撃で青く光って粉々に砕け散る。

 

「ッシャオラ!」

 

思わずそう声を漏らすと、そのままのノリで残りの二体を普通に剣で爆散させた。

 

「………ふぅ」

 

軽く息をついて、シリカの方を見た。

 

「大丈夫?」

 

「………は、はい」

 

おっと、帽子を深く被らねば。正体バレるとその時点でここがサイン会会場と化す。

 

「ほら、立てる?」

 

あたしは手を差し伸べた。すると、シリカは「ありがとうございます……」と控えめに手を取った。

 

「あの、あなたは?」

 

「あたし?カンザ……」

 

キなんて言ったらサイン会だわ。

 

「え、えーっと……通りすがりの勇者Aです」

 

「………?」

 

「なんでもないよ。それより、なんでこんなところでソロ狩りしてるの?見た感じの装備だと、この階層をソロは厳しいと思うんだけど?」

 

実はさっきのやり取り見てました、とは言えないと思ったので、初対面を装った。

 

「そ、その……実はあたし、ついさっきまでパーティ組んでたんですけど……でも、ちょっとしたことで揉め事起こしちゃって……その所為で、ピナも、死んじゃって……」

 

「………ピナ?」

 

マジで?誰か死んじまったのか……だとしたらあたしの所為かもしれないな。

 

「は、はい。あたしの友達です。と、言ってもプレイヤーではないんですけど……あたしにとっては、大切な友達でした……でも、もう……」

 

また目をウルウルさせ始めた。

 

「あー待った!もしかして君、ビーストテイマーだった?」

 

「そうです……。そのあたしの友達のピナが……」

 

「ちょーっと待ってね」

 

「?」

 

確かエギルかキリト辺りがそんな感じのアイテムが取れるとか言ってたような……。メッセージ、と。

 

カンザキ『エギルー。ビーストテイマーのビーストを生き返らせるアイテムってどこにあるなんて花だっけ?』

 

エギル『おお、47層のプネウマの花だが、どうした?』

 

カンザキ『サンキュー。じゃあね』

 

エギル『おい、それより明日のライブの打ち合わせの件なんだが、いいか?』

 

エギル『おーい』

 

エギル『聞いてる?』

 

エギル『見てんだろ?おーい』

 

無視。あたしはシリカのほうを見て言った。

 

「えーっと、プネウマの花っていう47層にあるアイテムなら復活させられるらしいよ」

 

「ほ、本当ですか⁉︎……で、でも、あたしのレベルじゃ47層なんてとても……」

 

ん、待てよ?あたしの勘だとロザリアは多分目の前の子狙ってるんだよね?だったら、この子のピナ助けてついでに餌にしてタイタンズハンド釣り上げればウィンウィンじゃね?

 

「ま、待った!あたしも手伝うよ!」

 

「………へ?」

 

ちょうど息抜きも欲しかったしね。

 

「あたしがそこまで案内してあげるからさ。だから泣かないで、ね?」

 

「……いいんですか?あなたに、迷惑掛かっちゃうんじゃ……」

 

「そんな事ないよ。あたしも息抜き欲しかったし」

 

「息抜き?」

 

「や、何でもない。それより、名前教えてくれるかな?」

 

「あ、そうですね。あたし、シリカっていいます」

 

「シリカちゃんだね?あたしは……」

 

あっ、どう足掻いてもこれ正体バレるぢゃん。パーティ組むからには名前も表示されるし……仕方ないか。

 

「あの、絶対に誰にもバラさないでね?」

 

「へっ?」

 

あたしは帽子を取った。直後、シリカは目を丸くしてポツリと呟いた。

 

「…………嘘」

 

 



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15話 プライド

 

「さて、この後どうしよっか」

 

シリカに声を掛けたのだが、緊張してるのか、口をガチガチ鳴らし、身体なんてブルブルと震えさせている。

 

「あの、シリカちゃん?」

 

「ふぁ、ふぁい!なんでしょうカンザ……」

 

「ちょっ、ストップ!」

 

慌てて口を塞いだ。何を言い出すんだ大声で。

 

「あのね?さっき言ったよね?あたしの正体秘密って言ったよね?ここでサイン会開かれたいの?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「さて、それじゃあとりあえず、街までもどろっか?」

 

「は、はい!」

 

 

35層主街区は、白壁に赤い屋根の建物が並んでいる、ぼっかぼっかと音がしそうなほど牧歌的な村のたたずまいだった。

あまりこの辺りの記憶はあたしには無いので、物珍しそうに辺りを見回しながら歩く。……というか、最近「あたし」という、一人称を使う度になんか違和感がするな。なんだろう。何か大切なことな気がするんだが……。

考え事をしながら歩いてると、いかにもあたしのことを好きそうな男達が近寄ってきた。

 

「シリカちゃん!大丈夫だった?心配したよー」

 

「あの、それでパーティの件なんだけど……」

 

目的あたしじゃなかった。……ちょっと、イラッとしたな。

 

「あ、あの……お話はありがたいんですけど……しばらくこの方?と、パーティを組むことになったので……」

 

シリカがペコペコと頭を下げながら言うと、そいつらはあたしの方をジロリと見た。

 

「おい、あんた」

 

「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてたんだぜ」

 

「へぇ、見ない顔、ね?」

 

プライドが傷付いた。あたしはほんの一瞬、帽子とサングラスをズラした。直後、固まる男達。

 

「あ、あんたは……!」

 

「か、カカカカンザ……!」

 

叫び掛けた二人の口をあたしは塞ぐ。

 

「…………誰にも言うなよ。言ったら後でサンドバッグだから」

 

コクコクと頷いたのを確認すると、サービスと口止め料を込めてサインを二人に渡して、シリカの手を引いて横を通り過ぎた。

 

「……すごいね、シリカちゃん。アイドルのあたしより人気者じゃん」

 

「そ、そんなことないです!カンザキさんより上なんて恐れ多い……!」

 

またまた俺は慌てて口を塞いだ。

 

「だーかーらー!学べよ!」

 

「はっ、ご、ごめんなさい……」

 

辺りを見回したが、特に誰も気にした様子はない。……それはそれで少しショックだけど。

 

「あ、それでカン……お、お姉ちゃん」

 

あ、これあかん。

 

「も、もう3回呼んで」

 

「へ?」

 

「ほら、はよ」

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん?お、お姉ちゃん……」

 

段々、恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてシリカはうつむいた。うん、お姉ちゃん呼びも悪くない。……リアルの妹には一度も「お兄ちゃん」と呼ばれたことなかったなぁ……。ん?あれ?お兄ちゃん?あれ?

 

「あ、それでお姉ちゃん。ホームはどこに……」

 

シリカに聞かれて、あたしの思考は途切れた。まぁいいや、今はお姉ちゃん呼びのが重要だ。

 

「あたしはいつも50層だけど……」

 

アスナに張られてるかもしれないからな……。

 

「い、今は帰れないからこっちに泊まろうかな?」

 

「そうですか!あそこの《風見鶏亭》ってあるじゃないですか!あそこのチーズケーキ結構いけるんですよ!」

 

「ほんと?チーズケーキ好きだから楽しみだな」

 

そんな事を話しながらその風見鶏亭の方へ歩く。だが、その途中で五人の集団が出てきた。どっかで見たと思ったらさっきまでシリカがつるんでた連中だ。最後尾にはロザリアの姿もある。

 

「……!」

 

そして、そのロザリアはこっちに気付いた。

 

「あら、シリカじゃない」

 

「………どうも」

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

挑発的に言うロザリア。

 

「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

嫌な笑いでさらに痛いところを抉ってきた。まぁ、言うだけ言わせりゃいい。明日にはこいつら引っ捕えるんだから。

だが、シリカはそうはいかない。悔しそうに唇を噛み締めていた。

 

「あらら、もしかしてぇ……?」

 

「死にました……。でも!ピナは絶対に生き返らせます!」

 

「へぇ、ってことは《思い出の丘》に行く気なんだ?でもあんたのレベルで攻略できるの?」

 

「シリカちゃん、行くよ」

 

あたしは無理矢理、シリカの手を引っ張って宿の中へ。

 

「嫌味しか言えない女と話しても、時間の無駄だから」

 

「……なんだって?」

 

あたしの言った言葉に食い付くロザリア。

 

「そのまんまの意味だよ。この子にばかり男を持ってかれて嫉妬してるの?それでも大人かよ……」

 

「なんですって……!」

 

睨み合いが始まりそうな勢いだ。けど、あたしもシリカも暇じゃない。すぐに手を引いて宿に入った。

 

「あんた、覚えてなよ」

 

………掛かった。これで、奴らの網にはあたしも入った。狙われるのは確実だ。あたしは心の中で薄く笑った。

 

 



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16話 兄?姉?

 

食事を終えて、あたしはシリカと部屋に戻った。

 

「じゃ、寝ちゃおうか」

 

「は、はい!」

 

「? 何緊張してるの?」

 

「な、なななんでもないです!」

 

………ああ、そうか。アイドルと同じベッドで寝るからか。そんな気にすることないのに。

あたしは布団の中に入ると、毛布を空けてベッドをポンポンと叩いた。

 

「ほら、おいで」

 

「は、はい……」

 

カチコチとロボットダンスのような動きであたしの隣に寝転ぶシリカ。何この子可愛い。

シリカがあたしの横に寝転んだのを確認すると、毛布をあたしとシリカの上に掛ける。すると、シリカはあたしの腕をちょこんと握った。

 

「? シリカ?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「や、いいけど……」

 

ああ、そうか。この子さっき死にかけたてたし、ペットは死んだし、明日は自分一人では攻略できない場所行くしで、今になって若干怖くなってきてるのか。これが男なら甘ったれんなと蹴り落としてる所だが、シリカだしむしろ男前に行こう。

あたしはシリカの上に手を添えた。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ」

 

「!」

 

意図を読まれて恥ずかしくなったのか、カアッと赤面するシリカ。

 

「お、おやすみなさい!」

 

慌てて反対側に体ごと回転させて寝てしまった。……さて、俺も寝るか。………ん?俺?まぁいいや、眠ぃ。

 

 

翌日、あたしとシリカは47層に来た。この層には本当はあまり来たくなかった。何故かって?腹立つカップルが腹立つほど群がってるから。うっぜーわ、けっ、爆死しろこの野郎共が。

 

「じゃ、(ムカつくから)行こうかシリカちゃん」

 

「は、はい!」

 

こっちの邪心などまるで気付かずにシリカは頷いた。二人でフィールドを進む中、モンスターが現れた。んー、どうしよっかな。こんなの、あたし一人いれば余裕なんだけど、せっかくだからシリカのレベル上げに付き合ってもいいかもしれない。この子、あたしのファンっぽいし。

まったく、あたしのライブ見てもらうためにあたしがレベル上げ手伝うなんてサービス過ぎるなぁ。エギルとかにバレたら超怒られそう。

 

「シリカちゃん」

 

「な、なんですか⁉︎」

 

「ついでだから、シリカちゃんのレベルも上げちゃおうか」

 

「い、いいんですか⁉︎」

 

「うん」

 

言いながらあたしは目の前のモンスターの前に立った。そのあたしに向かって来る触手。それを片手で受け止めると、触手をズバッと叩き斬った。

 

「っ⁉︎」

 

その調子でモンスターの触手を全部斬ると、シリカに言った。

 

「ほら、シリカちゃん」

 

「は、はい!」

 

ダガーを抜いてシリカはソードスキルを使ってモンスターを倒した。

 

「ふぅ……」

 

「な、なんかすごいですねカンザ……お姉ちゃん」

 

「ん?なんで?」

 

「何というか……戦い方が男前というかなんというか……」

 

「え、そ、そう?」

 

「それに、なんか人を守るのに慣れてるというか……もしかして、妹さんがいたりします?」

 

「あーうん。いるよ」

 

まぁ、一回だけ護ったといえば護ったことはあるけど。そういやあれ以来、妹とは話してないや。

 

「どんな子だったか、聞いてもいいですか?」

 

「知らない」

 

「………へっ?」

 

「や、ちょーっとね。色々あって、3、4年くらい前から一回も話してないんだ」

 

「な、なんで、ですか?」

 

「うん……ちょっと、トラウマに近いから話したくない、かな」

 

「そ、そうですか?ゴメンなさい……」

 

「ううん、気にしないで」

 

あー、うちの妹もこのくらい素直ならなー。あたしのことを兄と呼んでくれたのは幼稚園くらいの時までだったなぁ……というか、アニメイトに入るところ見られてから名前呼びだったっけ……。アニメイトめぇ……許さん、アニメイト……むしろ兄ロストだろ……ん?兄……?兄って……、

 

たらららーん

 

「ああああああああああああああああッッ‼︎‼︎」

 

絶叫した。

 

「な、なんですか⁉︎まさか、トラウマが……⁉︎」

 

「ち、違う違う違う!シリカちゃんの所為じゃないからね⁉︎」

 

……オレ、兄じゃん!男じゃん!わ、忘れてたあああああッッ‼︎

 

「ちょっ、何やってるんですかお姉ちゃん⁉︎」

 

「俺を姉と呼ぶなぁああああ‼︎」

 

ガンッガンッとその辺の木に頭を打ち付ける。な、なんということだ……!まさか、キャラを作ってる間に我を失い本物の玉無しになっていたとは!この俺がッ!この俺がッ!この俺がッ!

 

「お、落ち着いてくださいカンザキさん!」

 

たらららーん

 

「あ、あれ……?あたし、何して……」

 

何やってたんだろう……確か、お兄ちゃんだなんだとシリカと妹の話をしてて、それで……。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「う、うん……大丈夫……」

 

何してたんだろう、あたし……。ま、いっか。忘れよう。頭突きの練習してたと思えばいいや。

 

「行こっか、シリカちゃん」

 

「は、はい」

 

先に進んだ。

 

 



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17話 結局

 

 

少し記憶が飛んでたが、あまり気にせずにあたしはシリカと丘に連れて行った。

 

「ここが……思い出の丘……」

 

「うん。あそこに花が……あ、ほらアレ」

 

あたしの指差す先では、ちょうど花が咲こうとしていた。花が開き、水滴が飛び散る。

 

「これで、ピナを生き返らせられるんですね……!」

 

「うん。でも、ここはまだモンスターが多いから、街に戻ってから生き返らせようか」

 

「うん。お姉ちゃん」

 

あ、だめだ。お姉ちゃん呼びの破壊力は反則過ぎる。どのくらい反則かというと、サッカーの試合中にラグビーをするレベルで。落ち着けあたし、相手は女の子、あたしも女の子、落ち着こう。

 

「じゃ、もどろっか」

 

言うと、シリカも頷いた。

 

 

街の前に到着。タイタンズハンドの間抜けどもが絡んで来るとしたら、この辺りのはずだ。というか、すでにバレてる。軽く10人はいそうだ。いつでも狩れるように備えておこう……そう思った時だ。

 

「見ぃつけたぁッ‼︎」

 

物凄い勢いでフラッシングペネトレイターが突っ込んできた。

 

「っ⁉︎」

 

「きゃあ!」

 

慌ててシリカを抱えて回避した。何⁉︎タイタンズハンドってそんなに強いの⁉︎と、思っていた時だ。あたしに攻撃を仕掛けてきていたのはアスナだった。

 

「げぇっ⁉︎アスナぁ⁉︎」

 

「げぇっ⁉︎って何よ!」

 

「えっ?えっ?えっ?」

 

一人混乱してるシリカ。マズイ、このままじゃシルバーナンタラの依頼が果たせない……!

 

「ま、待ってアスナ!今は少し手が離せなくて……!」

 

「そうはいかないわよ!今日はライブの練習だの打ち合わせだの言ってこんな所にいるんだから、絶対に嘘だわ!」

 

「そ、それはホントだよ!サボったんだよ!」

 

「それは……?」

 

「あっ、いやっ、今のは言葉のアヤで……」

 

「嘘おっしゃい!何が何でも攻略させるわよ!」

 

「ああもう!面倒クセェなこの人!」

 

逃げる追うの追いかけっこが始まった。や、ヤベェー!こんなことしてる場合じゃないってのに……!ていうかアスナの姿なんて見られたらタイタンズハンドに逃げられるのがオチなんじゃ……!

 

「あ、あの……お二人とも……というか、《閃光》のアスナさん⁉︎」

 

バカ!そんな大声出したら……!

 

「あら、あなたは……?」

 

話してる所でタイタンズハンドの気配はパッタリ無くなっていた。

 

「………あーあ」

 

完全に見失っちゃったよ……。どうしてくれんの?ジロリと咎めるような視線を送るが、アスナも俺を攻めるような視線を送ってくる。

 

「なんだよ!」

 

「何よ!」

 

「こちとらあんたの所為でオレンジギルドの連中全部逃したんだからね!」

 

「………えっ?」

 

「昨日、アスナから逃げた後に1狩り行こうとしたら、仇討ちを頼まれたんだよ。捉えて黒鉄宮に入れてくれって」

 

「じゃあ、その子は?」

 

「タイタンズハンド尾行してる最中に助けた子。シリカちゃんっていうの」

 

「………本当?」

 

「嘘だと思うならシルバーフラグスのリーダーさんに聞いてみれば!」

 

「……そうね、悪いことしたわ」

 

「分かったら、タイタンズハンド捉えるの手伝ってもらうからね!」

 

「はいはい……」

 

「あ、あのー……」

 

そこで、シリカが声を掛けてきた。

 

「「何?」」

 

「それで、その……私はどうすれば……」

 

「うーん、そうだね……とりあえずピナ生き返らせてから……」

 

「もしかしたら、まだ狙われてるかもしれないから、私達がしばらく守ってあげるね」

 

「ええっ⁉︎い、いいんですか⁉︎」

 

「当たり前だよ〜シリカちゃんのためだもの」

 

「まぁ、わざとじゃないとはいえ、私の所為で犯罪ギルドを逃したんだしね」

 

「で、でも……!」

 

「大丈夫!あたしもアスナも攻略組だから!」

 

「あなたは最近サボってるけどね……」

 

「あ、あはは……(そうじゃなくて、メンバーが豪華過ぎて少し気まずい……)」

 

なぜか乾いた笑いを浮かべるシリカだった。

 



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18話 鬼の副団長様

 

 

無事にタイタンズハンドを捉え、あたしはようやく自分のホームに戻る……予定だった。

 

「ほら!スイッチ!」

 

「笛吹和義?」

 

「そっちじゃないわよ!真面目にやんなさい!」

 

しごかれながら攻略に勤しんでいた。あー、やだなー。やめたいなー。

 

「ちょっと待ってくださいよぅ……。休憩にしましょうよ……」

 

「ダメよ。つい30分前にしたばかりじゃない」

 

「そんなぁ……」

 

最近はアイドル業ばかりで攻略なんて本気で久しぶりだ。

 

「まったく情けない……どうしてそんな体力なくなっちゃったのよ」

 

「体力だけならあります。ライブやる体力なら」

 

「そんなの、攻略に何の役にも立たないでしょう」

 

本気で言ってんのかなこの人。誰のお陰でここまで攻略組増えたと思ってんの?

 

「とにかく、しばらくアイドル業は休み!私と攻略だから、そのつもりでいてね!」

 

「ええ⁉︎ヤダよ!冗談じゃないよ!」

 

1日20時間攻略とか舐めてる!

 

「駄目よ、あなたのその弛んだ精神を私が鍛え直して上げる」

 

「転移!」

 

「あっ、待ちなさい!」

 

当然、あたしは逃げた。しばらくエギルの店で匿ってもらおう。

 

「エギルさぁん♪」

 

実にあざとく音符を付けて呼ぶと、エギルは一発で出てきた。

 

「おう、カンザキ。今までどこ行ってたんだ?」

 

「KANZAKI出張サービス。それより、アスナさんが来るまで匿ってもらえませんか?」

 

「おう。任せろ。あ、スポンサーと打ち合わせしながらになるけどいいか?」

 

「いいけど」

 

「血盟騎士団となんだけど」

 

「良くないですよー!それダメなやつでしょ!」

 

「血盟騎士団のダイゼンって人だ。あと団長が直々に来るから副団長様は来ないよ。安心しろ」

 

「ならいいけど……」

 

「じゃ、しばらくここにいろ」

 

と、いうわけであたしはエギルの店の二階の部屋で寝転がった。

………にしても、途中でシリカちゃんといるときに記憶が飛んだんだよなぁ……。何か、重要なことを思い出してた気がするんだけど……。確か、兄やら姉やらの話をしてた時……。

だめだ思い出せない。何があったんだっけかなぁ。必死に思い出そうとしてると、コンコンとノックの音がした。

 

「あ、はーい」

 

入って来たのはスポンサーさんの血盟騎士団、ヒースクリフとダイゼンだ。その後ろからエギルがやって来た。

 

「こんにちは。KANZAKIさん」

 

「どうも。ヒースクリフさん」

 

お互いに会釈する。この人、あまり表立った仕事はしないらしいが、あたしと会う時は必ず来る。やっぱ男なんてこんなもんだ。

 

「じゃ、これからの方針について話しましょう」

 

話し合いが始まった。

 

 

話し合いが終わり、あたしは早速新曲の練習。聞けば、あたしの曲は、ヒースクリフとエギルが共同で作ってるらしい。スポンサーというより、ほとんどプロデューサーに近いよね。

 

「ホッ、ホッ、ホッと、ここでターン☆」

 

口ずさみながら振り付けを確認する。やっぱアレだね。攻略より踊ってた方が楽しい。

エギルの店の二階で振り付けの練習してれば、自然と時間が経つのも早く感じる。気が付けば夜になっていた。ここでステップ、ここで笑顔、また回って決めポーズ。

 

「いえーい」

 

ふう、疲れた。今日はもう終わりでいいかな。自宅は多分アスナに張られてて入れないし、エギルの家に泊まっちゃおう。

歌詞覚えるのは……明日でいいかな。そう思いながら、あたしは全裸になってシャワールームを借りて軽く浴びると、パジャマに着替えて寝た。

 

 



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19話 交信します

 

 

今日もあたしは振り付けの練習。エギルとクラインの目の前で踊らされている。

 

「よっ、ほっ、とっ……。こんな感じ?」

 

「いいぞ。この調子なら次のライブ間に合いそうだな」

 

「ああ……そりゃいいんだが、キリの字は何処だ?」

 

「さぁな。今日はアインクラッドの最高気温だなんだと抜かしてたぜ」

 

「ふーん……ま、野郎のことだから昼寝でもしてんだろ」

 

こいつら……人を躍らせといて世間話とは……。まぁいいや。あたしもライブで失敗するのは嫌だし。さて、もっと頑張ろう。

 

「あ、カンザキ。これ次の歌詞だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

お礼を言って、あたしは歌詞を受け取った。えーっと、タイトルは……お兄ちゃんへの下剋上?

 

たらららーん

 

「あああああああああああッッッ‼︎‼︎」

 

俺の絶叫が部屋中に響いた。エギルもクラインもビクッと肩を震え上がらせるが、俺はそれどころじゃない。

だから男だよ俺!何アイドルとかノリノリでやってんの⁉︎何こんな可愛い服装してんの⁉︎超似合ってるし!

 

「何やってんだ俺!この俺が!この俺が!この俺が!」

 

ガンッガンッガンッガンッと壁を頭に打ち付ける。その俺に二人が言った。

 

「お、おい!カンザキ!何してんだ!」

 

「大丈夫かよカンちゃん!」

 

たらららーん

 

「あ、あれ……?あたし………」

 

壁に頭打ち付けてた……?いや、でも薄っすらだけど覚えてる……。あたしは、確か……。

 

「おい、カンザキ?」

 

「だ、大丈夫?」

 

おそるおそる、といった感じでエギルとクラインが声を掛けてきた。あ、やばっ……シリカちゃんの時は誤魔化せたかもだけど、この二人の場合は……でも、誤魔化すしかない。

 

「あ、うん。大丈夫ですよ。ごめんなさい、具合悪いので今日は……」

 

「そ、そうだな……」

 

「そうみたいだし、今日は休めよ」

 

「はい……。すみません」

 

「「お大事に」」

 

あたしは自分のホームに戻った。

 

 

自宅。あたしはベッドに寝転がった。

あたし………男、なの?いや、そんなはずない。あたしは女だ。この世界の人間は身体も顔もリアルまんまのはずだ。胸に仄かな膨らみがあって(本当に仄かな)、股間に棒はなく、むしろ穴の空いたあたしは女だ。けど、本当にそう?むかし、妹に「お兄ちゃん」と呼ばれた覚えはあっても「お姉ちゃん」と呼ばれた覚えはない。どっちだ。あたしは一体………。

聞いてみるか、あたしと思われる方に。

出来るかどうかは分からないが、あたしは目を閉じて心の中で呼び掛けた。

確か、お兄ちゃんって呼ぶと、出て来てたよね……。

 

『お兄ちゃん』

 

直後、あたしの中にもう一人のあたしが現れた。姿はあたしまんまだ。

 

『よう、やっと会えたな。カンザキ』

 

『………あんたは?』

 

『元々、お前だった者で、お前の生みの親みたいなもんかな。その身体も顔も全部俺が作ったんだ』

 

『………なら、あんたに言いたいことが一つある』

 

『なんだよ』

 

『なんでもっとオッパイ大きくしなかったの⁉︎』

 

『…………は?』

 

『見たでしょあんたも!アスナのあのバインバインな胸!それに引き換えあたしのは何⁉︎ロードローラーの通った跡ですか⁉︎』

 

『そりゃお前、俺の好みだろ』

 

『自分の好みで他人を作らないで!そもそも何?女キャラ作るなんてあんたほんとの変態?』

 

『男はみんなこんなもんだっつーの!一回くらい女になりてーって思う時がくんの!』

 

『あたしは男になりたいなんて思ったことないもん』

 

『いやお前男だからね元々』

 

『しかも、薄っすらとま☆毛生やしてるところがマニアックだし……』

 

『ほっとけ。その身体は元々、俺がなるもんだったし、まさかこんな事になるとは思ってなかった。ましては、手鏡もらえずに一人だけネカマ通してる上に二重人格になるなんて誰が思うよ』

 

『! 二重人格……なんだよね。やっぱり………』

 

『ああ、そうだろうな』

 

『……………』

 

『ま、なっちまったもんは仕方ないよ。その身体はお前にやる』

 

『へっ………?』

 

『その代わり、リアルに戻った時の身体は俺のもんだ。いいな?』

 

『う、うん。いいけど……。良いの?この身体……あんたが自分の物にしたいから作ったんじゃ……』

 

『お前という人格が芽生えちまった以上、身体が欲しいだろ?このゲームクリアするまではその身体をやる』

 

『で、でも!このゲームクリア出来ないかもよ?』

 

『どちらにしろ、俺よりお前の方が強いだろ。俺じゃこのレベルのこいつは使いこなせんし、何よりライブとか無理だ』

 

『………なんか、ごめんね。他人の体で好き勝手やっちゃって』

 

『気にすんな。じゃ、そろそろ戻れよ』

 

『………うんっ』

 

『あ、一応行っとくぞ。万が一にも俺が必要になれば、「兄」に関係するワードを強く願え。元に戻る時は他人に「カンザキ」って言って貰えば直る。はずだ』

 

『うん、わかった。またね』

 

『おー』

 

あたしは、もう一人の自分となんとか話を付けた。

 

 



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20話 新武器が欲しいです

 

 

数日後、ライブを終えて、あたしは少しの間お休みをもらえた。

 

「はぁ……にしても、二重人格ねぇ……」

 

なんというか、二重人格って漫画やアニメの世界だけのアレだと思ってたのに……。でも実感はある。この前、もう一人のあたしと会ったのだから。いや、まぁ外見はあたしと全く同じだったけどね。リアルの身体が出て来なかったのはなんでなんだろ。まぁどうでもいいけど。

 

「久々に攻略でもしようか」

 

着替えてサングラスとヘッドホンと帽子を被って、あたしは家を出た。

 

 

最前戦。目の前にはモンスターがザッと5匹。この前、アスナにしごかれたからある程度は戦えるはずだ。片手剣を抜いて、モンスター相手に相対する。

 

「………ッ‼︎」

 

肩慣らしに、ソードスキルを発動。ホリゾンタル・スクエアの一撃目をモンスターに当てた直後、バギンッと嫌な音が響いた。

刀身がなくなっていた。その直後に、青く光って四散する剣。

 

「嘘おおおおおおおおお‼︎」

 

なんで⁉︎なんで⁉︎なん……!そうか!もうしばらく戦ってなかったから武器の耐久値が逝ったんだ。イッケネー☆

 

『グオオオオオ‼︎』

 

「あーーーーーッ‼︎ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

慌てて転がりながら攻撃を回避する。そのままBダッシュで逃げた。

今は街の前の門。………にしても、まさか武器が折れるとは……。全然武器新調してなかったしなぁ……。というかこれ、もう60層辺りから変えてなかった気もする。あれ?これ普通の武器だったら普通にアスナとかと同レベルなんじゃね?

まぁ金ならいくらでもあるし、何の武器買っても問題ないか。せっかくだからエギルの店で。

そう決めると、街に入ってあたしはエギルの店に入った。直後、固まった。中にはキリトとアスナがいたからだ。

 

「あ、カンザキ」

 

「カンザキちゃん」

 

二人してあたしに声を掛けた。にっこりとアスナがあたしに微笑んだ。「お前、今からしごく」という目だ。

そのまま固まること数秒、あたしは無言のまま一歩後ろに退がった。直後、ダッシュで逃げた。

 

「お、おい⁉︎」

 

「何で逃げるのよ!」

 

無視!無視で逃げる。当然追いかけて来るアスナと何故かキリト。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

『おい!』

 

「! え、えっと……お兄ちゃん?」

 

『お兄ちゃんって言うな。そう俺を呼んでいいのは詩乃だけだ』

 

「それで、何?」

 

『こんな逃げ方じゃ追いつかれんぞ。鬼ごっことかやったことねぇのかよ』

 

「あるわけないじゃん!あたしまだ1歳くらいだからね⁉︎」

 

『しゃーねーな。変われ!』

 

「え?うんっ。『お兄ちゃん』」

 

たらららーん

 

「っしゃ、久々に身体動かせる!」

 

そう言うと俺は入り組んだ道を使う。人の家の中に平気で上がり込んでは窓から出たりした。

 

『すごい……!アスナと距離がドンドン離れてく。やるじゃん!』

 

「いやお前より俺の方が人生経験豊富だからね?」

 

そんなことを話しながら俺はフィールドに逃げた。そこでようやく転移結晶を使う。

 

「転移!ここじゃない何処か!」

 

『あほか!そんなことできるわけないでしょ⁉︎かわんなさい!』

 

「カンザキ」

 

たらららーん

 

「転移!リンダース!」

 

あたしは55層に飛んだ。

 

 

ふぅ……助かった。エギルの店が使えない今、あたしは結局ここに来るしかない。武器のために。

 

『おい、なんでここに来たんだよ』

 

「もう引っ込んでて」

 

『アッハイ』

 

黙らせると、あたしは一つの水車付きの小屋の中に入った。

 

「リズベッド武具店へ……って、なんだ。カンザキか」

 

「こんにちは。リズさん、変装してるのにあたしだって分かっちゃうんですか?」

 

「そりゃ分かるわよ」

 

『うわっ、お前の擬態パーペキ過ぎwww誰?www』

 

『殴るぞ』

 

『ごめんなさい』

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

「ちょっと新しい武器が欲しくて……」

 

「珍しいわね」

 

「まぁ、流石に60層から変えてませんからね……。一応あたし、アイドル兼攻略組ですからっ」

 

「それで、どんなのが欲しいの?」

 

「盾持ち片手剣」

 

『えーたまには斧とかにしようぜ』

 

「だーってろカス」

 

「へっ?」

 

「『なんでもない』」

 

「あれ?今声がブレて聞こえたような……」

 

まぁいいや、とリズは店の奥に剣を取りに行った。ふぅ……危なかった。

 

『てか何なの?さっきから五月蝿いんだけどあたしの中のあたし。殺されたいの?』

 

『やってみろやこら。俺が死んだらお前も道連れだからな?』

 

『は?あんたが死んだらあんたの全てがあたしのものになるだけでしょ』

 

『いいんだな?お前リアル戻ったら股間になんか生えてんの気にならねーんだな?』

 

『上等だよ』

 

『は?』

 

『あ?』

 

「お待たせ〜」

 

「全然待ってませんよ♪」

 

苦労しそうだった。

 

 



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21話 隠れさせて

 

 

「はい、これが私の今の盾付き片手剣で一番良いの」

 

リズに渡された剣は、円形の盾にちょうど自分の腕と同じくらいの長さの、若干長めの剣。

 

「おお〜、これにしよう」

 

「あんたねぇ、仮にも攻略組ならもっとちゃんと決めた方がいいんじゃないの?」

 

「だって最高の武器なんでしょ?疑う余地ないじゃないですか」

 

スラントを軽く放ちながら呟く。うん、問題なし。

 

「そ、それでさーリズさん……」

 

「んー?どしたの?」

 

「お願いがあるんですけど……」

 

「何?し、しばらく匿ってくれないかなーって……」

 

「は?匿う?」

 

「はい……。その、色々ありまして……アスナさんが私のこと血眼になって探してて……」

 

「………あんた何したのよ」

 

「いや、その……むしろ何もしてなかったからこうなったと言いますか……。とにかくお願いします!」

 

「まぁ、いいけど……。その代わり、ここで住む以上はちゃんと働いてもらうわよ」

 

「はい?働く?」

 

「レジとか。お願いね」

 

『おいおいマジかよこの女。仮にもアイドルに働かせるとか贅沢にもほどがあんだろ』

 

『あんたほんと黙ってて』

 

ほんとうるさいな、兄は。

 

「分かりましたよ……。でも、なるべく裏方が良いんですけど」

 

「あんた鍛冶スキルあんの?」

 

「ないです……」

 

まぁ、アスナさえ来なけりゃ大丈夫でしょ。

 

 

数日後、たまに来る客の相手をテキトーにしながら、あたしはリズの武具店で安全に暮らしていた。街ではたまに、「KANZAKIっぽいのがあの武具店にいる」と噂になってるが、それもリンダース街の中だけで留まってるので、まぁ大丈夫だろう。

ちゃんと、お昼はエギルには会いに行って振り付けの練習もしてるし、この様子ならアスナの怒りが収まるまではこの調子でいけるだろう。

と、まさにこれがフラグを立てたことになっちまったんだろうな。

 

「すみませーん」

 

カランコロンと、見覚えのある長い茶髪が店に入って来て、あたしは慌ててレジの裏に隠れた。

 

「ん? 今誰かいたような……」

 

あっっっっっぶねえええええ!心臓張り裂けるかと思った。

 

「ま、いいや」

 

アスナはそう言うと、レジのすぐ横の扉を開け、店の裏に入って行った。気付かれなかったのが不思議なくらいだ。

が、これはチャンスでもある。バレないように足音を潜めて店から出て、店の裏の窓から中の様子を見た。

あたしのことを探しに来られてたら終わりだ。が、逆に武器の修理とかであれば問題ない。むしろ、今日修理したということであれば、しばらくは修理の必要がなくなるから、ここが安全である可能性は跳ね上がるのだ。

こっそりと窓から中の様子を覗く。聞き耳スキルなんてもんは付けてないから声は聞こえないが、大体は様子見れば分かる。

 

「……………」

 

どうやら、防具の修理にようだ。あと、剣の耐久値調整に。よし、これなら問題ない。そう思って息をついたときだ。

 

「何してんのカンザキ?」

 

「アヒョッ⁉︎」

 

キリトが目の前にいた。

 

「び、び、び、ビックリしたなキリトさん!」

 

「ん、悪い。何してんのかなーってそんなとこで」

 

「な、何もしてないですよ。それより、なんでキリトさんがここに?」

 

「ここの武具店アスナにオススメって言われて来たんだよ」

 

あーなるほど。鍛冶屋としての腕は確かだしね。まぁ、多分知り合い紹介したかっただけなんだろうけど。

 

「じゃ、入るか。カンザキも行くのか?」

 

「いや待った!」

 

「ん?」

 

「は、入るのはあと10分後くらいにしませんか……?」

 

「なんでだよ」

 

「ち、ちょーっと、色々ありまして……」

 

こいつ中に入れたら絶対アスナにあたしがいることチクるからなぁ。それだけは勘弁。

 

「まぁ、カンザキがそう言うなら俺もそうするよ」

 

「助かります……。じゃあ、近くの喫茶店にでも行きましょうか」

 

「おう」

 

プチデート気分だった。

 

 



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22話 金属取りに行きます

 

数分後、アスナはもう去ったと思い、あたしはキリトと再び武具店へ向かった。

ちなみに、喫茶店ではあたしはキリトに奢ってもらいました。

 

「ご馳走様です。キリトさん」

 

「い、いいよ。これくらい……」

 

何照れてんの、と思ったが照れて当然か。だってあたし、外見は可愛いもん。男が作った「可愛い」だからそこは間違いない。

 

「ただいまー、リズさーん」

 

「おかえりなさい」

 

「アスナさんいます?」

 

「いないわよ。さっき帰ったとこ……って、その人は?」

 

「あたしのスタッフ」

 

キリトをあたしは紹介した。

 

「えっと……カンザキの知り合いか?俺はキリト」

 

「あ、もしかして前にカンザキが言ってた……?」

 

「リズさん!しーっ!しーっ!」

 

やめて!あの話はしないで!

あたしの反応にキョトンと首をひねるキリト。リズは上手く話題を逸らした。

 

「私はリズベット。今日は、どのようなご用件で?」

 

「あ、えっと、オーダーメイドを頼みたいんだけど。片手剣の」

 

「予算は気にしなくて良いですよリズさん。この人、攻略組のバケモノだから」

 

「そ、そう……。まぁ、カンザキがそう言うなら……具体的にはどのような剣を?」

 

「えーっと……」

 

キリトは背中の片手剣を鞘ごとリズに渡した。

 

「この剣と同等以上の性能ってとこでどうかな」

 

受け取るリズ。直後、あやうく取り落としそうになった。

 

「それ、50層のLAだよ」

 

「へぇ……これが……」

 

興味深げに、リズはエリュシデータを眺める。そして、店の奥の一本のロングソードを外した。

 

「これが今うちにある最高の剣よ。多分、そっちの剣に劣ることはないと思うけど」

 

キリトは剣を受け取ると、ヒュンヒュンッと降り始めた。

 

「ちょっと、軽いかな?」

 

「使った金属がスピード系の奴だから……」

 

「うーん……ちょっと、試してみてもいいか?」

 

何を思ったのか、キリトはそんなことを言い出した。

 

「試すって……?」

 

「耐久力をさ」

 

言いながらエリュシデータの上にリズの最高傑作を重ねる。

 

「ち、ちょっと、そんなことしたらあんたの剣が折れちゃうわよ!」

 

「折れるようじゃダメなんだ。その時はその時さ」

 

うわあ、無茶するぅ……。リズも引いてる中、キリトは何のためらいもなく、自分の剣にリズの剣を振り下ろした。バギンッ‼︎という鋭い衝撃音の後、刀身が宙を舞った。ただし、リズの最高傑作の。

 

「うぎゃああああ‼︎」

 

悲鳴をあげてキリトの手から最高傑作を奪い取る。グリップのみとなった最高傑作は、パキィンッと青く四散した。

 

「な……な……なにすんのよこのー!折れちゃったじゃないのよー‼︎」

 

涙目でキリトの胸ぐらを掴んだ。

 

「ご、ごめん!まさか当てた方が折れると思わなくて……」

 

あーあ……なんでそういうこと言うかなー……。

 

「それはつまり、あたしの剣がやわっちかったって意味⁉︎」

 

「えー、あー、うむ、まあ、そうだ」

 

「うわっ、開き直った」

 

思わずあたしも口を挟んでしまった。リズはかなり頭に来てるのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「い、言っておきますけどね!材料さえあればあんたの剣なんかぽきぽき折れちゃうくらいのを幾らでも鍛えられるんですからね!」

 

……あーあ、リズもなんでそういう事言うのかなー。

 

「ほほう」

 

当然、キリトもニヤリと微笑み返す。

 

「そりゃあぜひお願いしたいね。これがポキポキ折れる奴をね」

 

「そこまで言ったからには全部付き合ってもらうわよ!金属取りに行くとこからね!」

 

まさに売り言葉に買い言葉。まるで子供の喧嘩のようになってる二人の会話をあたしは黙って聞いていた。

 

「……そりゃ構わないけどね。俺一人の方がいいんじゃないのか?」

 

「いいわよ別に!こっちにはあんたなんかより強い雑用がいるし!」

 

え?リズさん?なんであたしを見るの?

 

「俺より強いって……カンザキが?」

 

「そうよ!この前、カンザキが『黒の剣士に剣技を教えたのは俺だぁ〜‼︎』って言ってたわよ‼︎」

 

ジロリとあたしを睨むキリト。あたしはすぐに目を逸らした。

い、いや〜……あれは酔った勢いで言ったといいますか……。てかこの世界の酒でも酔っ払うことに驚いたわあの時は。

 

「へぇ?その話、聞かせてくれるか?金属を取りに行きながら、な」

 

「………はい」

 

あ、あははは……ははっ……はぁ………。

 



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23話 ドラゴン狩ります

 

 

「言い訳してもよろしいでしょうか」

 

人気のないところであたしは正座させられている。目の前ではキリトが仁王立していた。

 

「どうぞ?」

 

「その……酒に酔ってたんですよ。それでつい有る事無い事言っちゃって……にしてもアレですね。この世界の酒は人を酔わすことも出来るんですね。凄いですね」

 

「話を逸らして逃げようとするな」

 

「はい、すみません」

 

バレたか……。

 

「まぁ、今回は許してやる。けど、次はないからな」

 

「はい…申し訳ないです」

 

「じゃ、行くぞ」

 

確か、リズの話では雪山に住むドラゴンの腹で精製されるクリスタル、とかなんとか。

 

「腹で精製されるって、まるでウンコみたいですね」

 

「………アイドルがウンコとか言うな」

 

それはその通りかもしれない。元男だからそういうのは疎いのだ。でもウンコって言うアイドルも中々ギャップがあって可愛い気もする。

 

『お前の趣味マニアック過ぎんだろ』

 

だーってろカス。

 

「それより、今日は武器何で行くんだ?」

 

あたしのメイン武器は決まっていない。というのも、ライブではいつも振り付けにソードスキルが含まれているのだが、エギルとクラインの方針で片手剣だけでなく、他の武器のソードスキルも使えるようにしようということになった。

それのお陰か、ほぼ全部の武器を使いこなすことが可能だ。しかし、その所為か最近、妙なスキルが二つ入って来たのだが、それはみんなには秘密だ。

 

「盾持ち片手剣です」

 

せっかくこの前リズのとこから買った剣を使わない手はない。

 

「そうか。一番安定してる奴か」

 

「最初のうちはずっとこれでしたからねー」

 

「じゃあ、行くか」

 

「はい!……ね、キリトさん」

 

「ん?」

 

「まるで、デートみたいですねっ」

 

若干、はにかみながら手をもじもじさせ、顔を赤らめつつ上目遣いで言うと、キリトさんも顔を赤くして目を背けた。

 

「ば、バカ言うな!……アイドルとデートしたなんてバレたら俺殺される」

 

照れてる。超可愛い。

 

『お前マジ性格悪いのな』

 

うるさいな、黙っててよ。

 

『やるならもっとやれよ』

 

あんたも大概ね。

 

 

フィールドに出て、クエストを立ててさっそくドラゴン探し。

正直、55層ごときで負けるとは思えないのだが、肩慣らしにはちょうど良いだろう。

 

「いやー、キリトさんと二人きりなんて久しぶりですねー」

 

からかってやろうと思ったのだが、反応がない。顔を見ると、未だに真っ赤にしてる。さっきのデート発言がまだ効いているようだ。ヤダこの子ほんと可愛い。

 

「あの、キリトさん?」

 

こういうときは、目の前まで顔を近付ければいい。

ズイッと目の前まで迫ってみると、「うおっ!」と顔を背けるキリト。

 

「なっ、なんだよ⁉︎」

 

「え?あ、すみません……。驚かせちゃいました?呼んでも返事がなかったものですから……」

 

「あ、ああ……ごめん」

 

「何か考え事ですかー?」

 

「…………」

 

うわあ、「お前の事だよ」って言いそうな顔。

 

「さて、じゃあさっさとドラゴン殺して終わらせよっか」

 

山頂付近、地面からは色んなクリスタルが生えていて、一面がキラキラと光っていた。

 

「ここでライブやったら気持ち良いだろうなぁ〜」

 

『ちょっ、俺にも見せて』

 

ダメだよ。キリトにバレるよ?

 

『バッカお前、最初の方は誰が女役やってたと思ってんの?俺の擬態はお前以上に完璧だから』

 

うわっ、きも。

 

『うるせぇ、死ねぇ』

 

とにかく嫌だ。スクショ撮っとくから後で見れば?

 

『しょうがねぇな』

 

ふぅ、納得してくれた。

すると、遠くから何か聞こえた。モンスターの鳴き声のようなものが。

あたしは盾と片手剣を構え、キリトも片手剣を抜いた。

 

「来たね」

 

「ああ。壁は任せるぞ」

 

「あーい」

 

二人の前にドラゴンが降りてきた。そこにあたしは突撃した。ドラゴンのブレスを盾で正面からガードする。

 

「ックゥ〜!痺れるぅ」

 

「ナイスカット」

 

あたしの真横からキリトが飛び出て、ドラゴンの羽を斬り落とした。

正面はあたしが引きつけ、サイドからキリトが斬る。そんな流れでスマートに敵を仕留めた。

 

「ふぅ……疲れた。なんか落ちました?」

 

「いや……金属は出てないな……」

 

「どうします?もう倒しちゃいましたけど……」

 

「2体目が出るまで待とう」

 

「分かりました」

 

あたしとキリトはクリスタルの上に座った。

 

 

 



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24話 金属がない

 

 

あれから何時間経ったのだろうか。殺したドラゴンの数は20を超える。でも、出ない。金属。どうなってんの?本気で。

 

「出ねぇ……」

 

「デマなんじゃねぇのかこれ?」

 

「さぁ……」

 

冗談抜きで辛い。だが、金属を取らないとリズが怒る。キリトも困る。

 

「どういうことだ……何かしらあるはずだ。まだ条件が揃ってないのか、それとも部位破壊しないといけないのか……」

 

うわあ、キリトはキリトでゲーマーらしいや。あたしはゲームあんまやったことない、つーか生まれたのが最近なのでSAOが初ですね、はい。

 

『おい、ちょっと』

 

何?なんか用?

 

『さっきのドラゴン、腹の中でクリスタル精製っつってたよな?』

 

それが何。

 

『それ、マジでウンコ何じゃねぇの?』

 

くだらない事で話しかけんなクズ。

 

『いやお前言い過ぎだろ。てかマジだって。腹の中で精製ってそれしかないでしょ。だったらさ、そのドラゴンの巣みたいなとこ探してみりゃ出るんじゃないの?』

 

巣ねぇ……ゲームにそんなんあんの?

 

『その辺はキリトに聞いて』

 

人任せな……。まぁ、仕方ないか。

 

「あの、キリトさん」

 

「ん?」

 

「クリスタルインゴットってドラゴンのお腹の中で精製されるんですよね?」

 

「ああ、リズの話だとそのはずだ」

 

「なら、ドラゴンの巣とかにあるんじゃないですか?ほら……こう、排泄物として……」

 

「………なるほど。その可能性もあるけど……」

 

「なら、探しましょうよ」

 

「……待てよ。そういえば、さっきからドラゴンは同じ方向から飛んで来て俺たちと戦ってたな……」

 

「? そういえばそうですね……」

 

「それって、そっちに巣があるからじゃないのか?」

 

「おお、なるほど……。じゃあ、行ってみましょうか」

 

確かドラゴンが出て来る方向は……。あっちの方か……。

あたしとキリトはその方向へ歩いた。割とすぐ近くに、ドラゴンの巣穴、或いはステージトラップと思われる穴を見つけた。

 

「これは……?」

 

「これかどうかは分からない。けど……深い穴だなこれ。仮にこれだとして、どうやって金属を取りに行くんだ?」

 

「…………紐を用意とか?」

 

「長さ足りないだろ……」

 

「ですよねぇ……」

 

「それに、ステージトラップなら降りた瞬間即死だ」

 

………確かに。流石にたかだかアイテム如きで命は掛けられない。

 

「他のところにあるか探してみましょうか」

 

「だな」

 

そう言った直後、またまたドラゴンの鳴き声が響いた。

 

「っ⁉︎」

 

「このタイミングで……!」

 

あたしもキリトも、索敵をフルで巡らせる。

 

「! 穴の中からだ!」

 

直後、巨大な穴から21匹目のドラゴンが出て来た。

 

「あたしが前に出ます!」

 

「おう!」

 

そう言ってあたしはドラゴンの方に盾を構える。だが、ドラゴンは空を飛んであたしとキリトの後ろに回り込んだ。

 

「⁉︎」

 

「後ろ……⁉︎」

 

「キリトさん!」

 

あたしはキリトの前に出て盾を構えようとする。だが、突風が先にあたしに直撃、あたしもキリトも風に飛ばされた。

 

「ッ⁉︎」

 

飛ばされた先は、穴の真上。

 

「うそおおおおおおおお⁉︎」

 

「カンザキ‼︎」

 

キリトが空中であたしの手を掴む。そして、グイッと強引に引っ張り、あたしを庇うように抱きかかえた。

 

「ーーーッ⁉︎きっ、きききキリトさん⁉︎」

 

ヤバイヤバイヤバイヤバイ‼︎ち、近いよ!し、心臓がバックバクいってる!む、胸が張り裂けそう‼︎

 

『張り裂けるほど胸ないだろ』

 

お前は黙ってろ!つーかそれ誰の所為だと思ってんの?

そんな事を話しながら、あたしとキリトは穴の中に落ちていった。

 

 

薄っすらと目を開けると、穴の中だった。生きてる以上、ステージトラップではなかったのだろう。

あたしは半ば安心したようにホッと胸を撫で下ろす。

 

「生きてた、な……」

 

キリトの声が聞こえて、あたしはビクッと背筋が伸びる。

 

「? どうした、カンザキ?」

 

「い、いえ!な、何でもありましぇ……せん!」

 

な、何……?今更、キリトにドキドキしてる……。さっき、抱き締められてからずっと……。

いやいやいやいや、あり得ないから。今までからかっておいていつの間にかこっちが惚れてるとかないから。ダサいにも程がある。

 

「カンザキ?」

 

「は、はひっ⁉︎」

 

「どうした?どっか調子悪いのか?」

 

「い、いえっ!何でもありません……!」

 

「そうか……。まぁ、とにかく良かったな」

 

「? 何がですか?」

 

「とりあえず、ここはドラゴンの巣穴だ。さっきドラゴンが出てきたし、俺たちが死んでない以上、巣穴の線もない。カンザキのお陰だな」

 

ニコッと微笑まれた。ドッキーーーンとした。………今更だけど、この人ちょっとイケメンじゃない……?

 

「とりあえず、クリスタルを探そう。それから脱出方法を考えよう」

 

「そ、そそそうですね!」

 

あたしは顔を隠すように急いでクリスタルを探した。じゃないと、赤くなった顔が見られてしまうからだ。

 

 



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25話 逃げられない

 

 

「とりあえず、お互いに持ってるものを確認しよう」

 

キリトの言う通り、あたしはアイテムストレージからアイテムを出した。

・ライブ衣装

・マイク

・振り付けのメモ帳

・歌詞

・CD

・ラジカセ

 

「…………お前、何これ」

 

「し、仕方ないじゃないですか!アイドルなんですから!」

 

「いやでもお前これ……。一応攻略組だろお前。せめてポーションの一つくらい持っとけよ……」

 

「うっ……す、すいません……」

 

それに関してはその通りかもしれない。というかその通りだ。はぁ……キリトに怒られてしまった。

……あれっ?ていうか、キリトに怒られたってだけでなんで傷ついてんのあたし?バカなの?死ぬの?いや死なないけど。

 

「と、言っても俺もいい脱出アイテムがあるわけじゃないしな……」

 

「どうしましょうか」

 

「壁を走る」

 

「いってらっしゃい」

 

なんだ、ただのバカか。この人の意見などまるで無視してあたしは別の案を考える。すると、あたしの横に座ってたキリトの姿が消えた。

上を見ると、本当に壁を走り始めていた。

 

「うっそ……」

 

あの様子なら、本当に上に着いてしまうかもしれない。

………あっ、もし上に着いたらあたし置いてかれる。

 

「させるかああああ‼︎」

 

大声を出しながら、あたしはキリトにマイクを投げ付けた。それが良い感じにキリトの足に直撃する。

 

「うえっ?」

 

はっ、抜け駆けするからよ。

ふんすっ、と胸を張りながら、うわあああと悲鳴をあげて落ちてくるキリトを眺める。

あれ?これ、あたしの真上に落ちて来てない?

 

「え、うそ、ちょっ、嘘……!」

 

「ふおおおおお!」

 

「うそおおおお⁉︎」

 

ドッシーン☆とあたしの上にキリトは落ちて来て、押し倒されるようにあたしも後ろに倒れた。

 

「いったた……す、すまん。大丈夫かカンザキ……」

 

言いながら起き上がろうとするキリト。直後、あたしの胸が鷲掴みされた。

 

「ひゃんっ……!」

 

自分でもビックリするほど女の子みたいな声が漏れた。キリトの手が、自分の無い胸をしっかりガッツリもっさり掴んでいた。もっさりってなんだよ。

 

「〜〜〜っ⁉︎」

 

って、胸ぇ⁉︎

 

「き、キリトさん!早く退いてくださ……んんっ!」

 

また握った!また握りやがったこいつ!

 

「えっ?これ胸?」

 

カッチーンと来た。

 

「ふんっ!」

 

「ムグホッ⁉︎」

 

間髪入れずに、あたしの胸を触った挙句にものすごい失礼なことを言ったバカの鳩尾に蹴りを叩き込んだ。

蹴り飛ばされ、1、2回転がったあと壁に叩きつけられたキリトは、今更になって申し訳なさそうな顔をした。

 

「す、すまん……カンザキ……」

 

「さ、最低ですこの男……!セクハラしただけでなく、人のコンプレックスを笑うなんて……!」

 

「わ、笑ってはないけど……」

 

「そもそも!あたしのオッパイが小さいのはあたしを作った奴の所為で……!」

 

『ハイィィィ‼︎お前ちょっと黙ろうかああああ‼︎』

 

あたしの意思ではなく、あたしの口にあたしの手が伸びた。

 

「ちょっと!邪魔しないでよ!」

 

『するわ!お前の正体バレたらマジで殺されんだぞ多分‼︎』

 

「女としてのプライドが傷付いたの!」

 

『いやお前男だからね⁉︎いいから落ち着け!頼むから剣しまえ‼︎』

 

心の中で兄貴(仮)に落ち着かせてもらい、なんとか平常心を保った。

 

「わ、悪い……。すまなかった……」

 

キリトが改めてあたしに頭を下げる。

 

「……………」

 

なんか、ここで簡単に許してしまうと勿体無い気がしてきた。

 

「えーどうしよっかなぁ〜。あ、そうだ!じゃあSAO攻略するまではあたしに絶対の服従を誓ってください♪」

 

「前言撤回だこんにゃろ。謝って損したわ」

 

「ふぅーん、そういうこと言うんですかぁ」

 

「な、なんだよ」

 

「ほらぁ、あたしってファン多いじゃわないですか?だからぁ、あたしの胸を揉んだなんてライブでバラした暁にはみんなに……」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

『うわあ……』

 

あたしの中のもう一人が盛大に引く声が聞こえた。

そんなやりとりはともかく、そろそろ本気で脱出を考えなければ。

 

「それで、どうしますか?」

 

「そうだな……。一応、方法はあるにはあるんだが……」

 

「えっ⁉︎ほんとですか⁉︎」

 

「ああ。けど、それを実行するにはしばらくは動けない。いつ実行できるかもわからない」

 

「何ですかそれ」

 

「まぁ、その時が来れば脱出できるさ。それまでは気長に待とう」

 

「………あ、もしかして戻ってきたドラゴンにしがみ付くとか?」

 

「……………」

 

『……ぷっ、ぷははは!見破られてる!あんなカッコつけてたのに見破られとるやんけ!ぶはははは‼︎』

 

「ぷふっ……や、やめてよ……!笑わせないで……!」

 

『「それまでは気長に待とう」キリッ』

 

「ぷははははは‼︎」

 

あー笑った。楽しかった。

 



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26話 任務完了

 

 

キリトの目論見通り、あたし達はドラゴンの背中に乗って帰還した。

 

「たっだいまー!」

 

「あ、おかえりー」

 

あたしが豪快に扉を開け放つと、リズが出迎えてくれた。

 

「随分と遅かったね。何かあったの?」

 

「うん、色々ねー。これ、クリスタルです」

 

「よーし、これで二人の依頼のものは作れそうだね。片手剣と盾付きだったわよね。少し待っててね」

 

そう言うと、リズは店の奥に消えていった。

残されたのはあたしとキリト。

 

「……………」

 

「……………」

 

なんだろう、この空気。あたしもキリトも何故かモジモジしてる……。いや、動いてないんだけど、なんとなくそんな空気、みたいな?

 

「あ、あのさっ、キリトさん……」

 

「な、なんだ?」

 

「………な、なんでもない」

 

「そ、そうか……」

 

一々、どもらないと会話できないのかあたし達は……。

ああもうっ!私(の本体)はもう高校生だよ⁉︎なんでこんな中学生の恋愛みたいな空気になってんの⁉︎

 

「あのっ、カンザキ」

 

「ひゃいっ⁉︎にゃっ、何⁉︎」

 

そっちから声をかけてくるとは……⁉︎

 

「もし、良かったら、さ。今度、二人で出掛けないか?」

 

「へっ……?」

 

「狩りでも買い物でもなんでもいいから……」

 

「……………」

 

「ダメか?」

 

「い、いえいえ!全然ダメなんかじゃないです!OKです!」

 

「そうか。良かった。詳細は後日な?」

 

「は、はい!」

 

やった!デートだ!やった!

…………あれ、何で喜んでるんだろ。あたし。別に、キリトの事なんてどーでも……、

 

『おい、やめろよ』

 

へ?

 

『お前は元は男なんだからな?ホモりたいのか?』

 

わ、わかってる!………はぁ、分かってるよ。

 

『つーかお前、キリトのことアレだけからかってたくせに逆に惚れるとか……』

 

ほ、惚れてないし!

 

『はたから見たらウブな中学生だぞ』

 

う、うるさいうるさいうるさい!

 

『シャナ?』

 

違うよ!

 

『まぁ、キリトは確かにイケメンだけれどもな?本来の体を持たないお前にはどう足掻いても付き合える相手じゃねーよ』

 

べ、別に付き合うつもりなんか……!

 

『あ、リズ戻って来たぞ』

 

う、うん……。

 

「お待たせ〜!」

 

リズが店の奥の扉を開け放ち、戻って来た。

 

「はい、これキリトの剣ね。名前はダークリパルサー」

 

「ありがとう、リズ」

 

「これがカンザキの」

 

そうだよね……。仮に付き合えたとしてもこのデスゲームをクリアするまでの間の関係。

 

「カンザキー?」

 

そんなの、嫌だ。それなら、いっそ気持ちは隠し通したほうがいいかもしれない。

 

「カンザキ‼︎」

 

「オビョルホ⁉︎」

 

「な、何面白い悲鳴あげてんのよ……。はい、剣と盾」

 

「あ、ありがとう……。あれ?というかなんであたしの分も?」

 

「ついでよついで。お金はいいから」

 

「あ、ありがとうございます……。すいません」

 

「名前はダークリパルサー・デュフェンダーズ。キリトとほとんどお揃いね」

 

ちょっとやめてー!ペアルックとか恥ずかしいからやめてー!

顔を赤くして頭を抱えてると、ガチャッと後ろの扉が開いた。アスナが入って来た。

 

「リズー。カンザキここに来てな……あっ」

 

「あっ」

 

つ、捕まった……。

 

「カンザキ、みーつけた♪」

 

あたしは観念したように引き摺られた。

 

 



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27話 ラグーラビット

 

数ヶ月後、あれからアスナとフレンド登録させられたあたしは、休日なしのノンストップで攻略とライブをやらされていた。

だが、そのお陰というか何というか、ステはグングン上がり、今ではそんなに苦ではなくなっていた。リアルに戻ったら絶対に寝て過ごしてやる。

今はエギルさんとクラインと次のライブの打ち合わせをしていた。

 

「それで、次のライブはどうします?」

 

「そうだな……。10月1発目のライブは大成功したし……うん、しばらくは休みだな。次のボス攻略前のライブまで自由にしてていいぞ」

 

「マジでか⁉︎」

 

「オウよ!カンザキちゃんよく頑張ってくれてたからな!サマーライブの時とか」

 

「あー……あれはなぁ。結構際どい水着アシュレイさんに作ってもらってたからな……」

 

「あ、あの時の話はやめて下さいよぅ!」

 

「『ペチャパイKANZAKI、Fooooo!』ってすごかったもんな」

 

「殺しますよ、クラインさん」

 

「ごめん」

 

あの格好は恥ずかしかったなぁ……。今思い出しただけでも死にたくなってくる。

 

「まぁ、そういうわけだ。クライン、お前もしばらくは風林火山の連中と休暇だ。当然、俺もな」

 

「おお、そうか。そういう事になるのか。じゃあ、みんなにそう伝えてくるよ」

 

「おう。お疲れ、クライン」

 

「お疲れ、カンザキちゃんも」

 

「乙です!」

 

ビシッと敬礼すると、クラインは微笑みながら手を振って立ち去った。

その背中を眺めながら、あたしは席を立った。

 

「………じゃあ、あたしも家で寝ようかな」

 

「ああ、次の予定が入ったらまた知らせるから」

 

「はぁーい。お疲れ様です、エギルさん」

 

「おう」

 

そう言って、あたしは店を出ようとした。直後、扉が開かれ、あたしのおでこに直撃。

 

「いったぁ⁉︎」

 

「んっ、ああ。悪い、大丈夫か?……って、カンザキ⁉︎」

 

「き、きききキリトさん⁉︎」

 

二人して顔を赤くして目線をそらした。うっ……何これ、なんなのこれ……。何この感覚?

 

「おう、キリト。どうした?」

 

エギルさんがキリトに声を掛けた。

 

「いや、ちょっとアイテム売りに来たんだけど……改めるわ」

 

あたしのことをチラッと見てから出て行こうとするキリト。

………えっ?ひょっとして、あたし……嫌われてる?

 

「おいおい待てよ!」

 

エギルさんが声を張り上げて、キリトの襟首を掴んだ。あ、悪い顔してる。

 

「せっかくだからそのアイテム見せてみろよ!」

 

「え、いやでも」

 

「な?」

 

「え、うん、はい」

 

無理矢理、あたしとキリトは同席させられた。

 

「それで、なんのアイテムだ?」

 

「ラグーラビットの肉だ」

 

「おいおい、S級のレアアイテムじゃねぇか、自分で食おうとは思わねえのか?」

 

「思ったさ。多分二度と手には入らんだろうしな……。ただなぁ、こんなアイテムを扱えるほど料理スキルを上げてるやつなんてそうそういないだろ」

 

………確かに。あたしは歌スキルとその他戦闘スキル上げてて料理スキルに回す暇なんてなかった。

ちなみに、歌スキルってエクストラスキルだったりするんだなこれが。

まぁ、確かに勿体無いけど売るしかないか……。そう思った時、「キリトくん」と後ろから声が掛かった。

アスナが立っていた。

 

「シェフ捕獲」

 

「な……何よ」

 

振り向きざまにキリトはそう言った。

 

「珍しいな、アスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんて」

 

「何よ。もうすぐ次のボス攻略だから、ちゃんと生きてるか確認に来てあげたんじゃない」

 

「フレンドリストに登録してんだから、それくらいわかるだろ。そもそもマップでフレンド追跡したからここに来られたんじゃないのか」

 

言い返すと、アスナはぷいっと顔を背けた。

 

「生きてるならいいのよ。そんなことより、何よシェフって」

 

「あ、そうだった。お前今、料理スキルの熟練度どの辺?」

 

「聞いて驚きなさい、先週に《完全習得》したわ」

 

「なぬっ!」

 

「あ、アスナさん⁉︎あたしにあれだけ攻略しろって言っといて自分は料理スキル上げですか⁉︎」

 

「あら、カンザキ。いたの?」

 

「か、かかかかカンザキですと⁉︎」

 

過剰に反応したのはアスナの後ろのおっさんだ。

 

「ちょっ、何よクラディール……」

 

アスナに全力ドン引きされても、クラディールと呼ばれた男は無視して後ろで手鏡の前で前髪をいじり始めた。

そして、どういうわけかリーゼントにしたあと、あたしの前に出た。

 

「私は血盟騎士団のクラディール、以後お見知り置きを」

 

「え、あ、うん。はい。カンザキです……よろしくお願いします……」

 

引き気味に、あははっ……と苦笑いした。てか、このおっさんリーゼント死ぬほど似合ってない。死神みたいな顔してるし。

 

「クラディール、カンザキが困ってるわ」

 

「いつもライブ行ってます!」

 

「クラディール?」

 

「あ、あははっ……じ、じゃあ……」

 

鬱陶しいので、あたしはアイテムストレージからサインペンと色紙を取り出した。

キュキュキュッと音を立ててサインを書くと、クラディールさんに差し出した。

 

「どうぞ」

 

「こっ、こここここれはああああああ‼︎⁉︎」

 

「応援ありがとうございます。これからもライブ、見に来てくださいね」

 

微笑みながらそう言うと、クラディールは本気で気持ち悪い笑顔でガッツポーズした。

 

「ホオオオオオムランッッ‼︎」

 

「クラディール、いい加減になさい」

 

「これ!我が家の家宝にします!」

 

…………気持ち悪い。これが熱狂的なファンというものか……。

 

「じ、じゃあアスナ。これを調理してくれるか?」

 

話を戻すようにキリトはアイテムストレージを弄った。

 

「ラグーラビット⁉︎S級食材じゃない!」

 

「調理してくれれば、一口食わせてやる」

 

あ、バカっ。そんな上から目線で言ったら……。

あたしの心配は的中した。アスナはキリトの胸ぐらを掴んで自分の眼の前に引き寄せた。

 

「は、ん、ぶ、ん‼︎」

 

その迫力に、キリトはコクコクと頷いた。

アスナはそう言うと、クラディールを見た。

 

「と、いうわけです、クラディール。今日はもう護衛はいいです。お疲れ様」

 

「イエッサー!ドクター!」

 

「ドクター?」

 

そのままクラディールは店から出て行った。

 

「じ、じゃあ、私達も行きましょうか」

 

そんなわけで、ラグーラビットはお預けとなった。取り敢えず、家帰ったら料理の特訓しよう。

 

 



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28話 ストーキングイリュージョン

 

 

翌日、目が覚めると、あたしは寝惚けた表情のまま起き上がった。

ポケーッとしながらハナクソをほじりつつ、アイテムストレージから飲み物を取り出して一口。で、またベッドに寝転がった。

 

『おい、バカ』

 

「む、いきなりバカとは何さ」

 

『観察されてんぞ』

 

「へっ?」

 

マジで?とあたしは窓の外を見る。すると、サッと物陰に隠れた人影が見えた。

あたしは伸びをしながら欠伸をして、部屋に戻った。

 

「何あれ、誰あれ?」

 

『分からん。大体見当はついてるけどな』

 

「は?誰?」

 

『お前が昨日無用心にサインしたからこうなるんだよ』

 

「へ……?あっ……」

 

『あいつ今頃、「ふへへ、か、カンザキたんは僕にだけサインくれたんだ……ハァハァ、僕のことが好きに違いない……ハァハァ」とかなってるぞ』

 

「うえっ……マージで?どうする?」

 

『引っ越せ。とにかくあの変態に気付かれないように。エギル……いや、アスナとかに協力してもらって』

 

「なんでアスナ?エギルの方がツテはありそうだけど……」

 

『あの手のストーカーは嫉妬が激しい。エギルとかキリト殺されっかもよ』

 

「なーるほど……」

 

『まぁ、そーゆうわけだからしばらくは男との接触を控えろ』

 

「………あたしが男だってバレたらマジで殺されそうだよね」

 

『それな』

 

そんな話をしながら、あたしはとりあえず変装して部屋を出た。

 

 

なるべく、あたしはクラディールから逃げるように移動したつもりだろうけど、多分逃げきれてない。ストーカーとはそういうものだ。

 

『変わるぜ』

 

「『お兄ちゃん』」

 

たらららーん。

 

「ッ」

 

索敵スキルをフル活用した。後ろからきてるな……。俺は結晶アイテムを取り出した。

そして、曲がり角を曲がりながら大声で言った。

 

「転移、リンダース!」

 

そう大声で言ってから、物陰で隠れた。すると、後ろからも転移アイテムを使ったのが見えた。ちなみに俺の手に持ってるのは別の結晶アイテムです。

 

『どゆこと?』

 

「ストーカーなら絶対に先回りしようとするだろ。だからそれを利用した。さて、血盟騎士団本部に行きましょうか」

 

俺は転移結晶を取り出して、グランザムに飛んだ。

 

 

血盟騎士団本部。副団長様を探すならここだろう。それに、ここならクラディールの防止にもなる。流石に自分の職場でストーカー行為に及ぶことはないだろう。

 

「変わるぞ、『カンザキ』」

 

たらららーん。

 

「んっ……」

 

前から思ってたけど、「たらららーん」って何?意味あんのそれ?まぁいいけど。やるならもう少しカッコいい効果音にしようよ

 

『例えば?』

 

「卍、解‼︎」

 

『効果音でもなんでもないじゃん』

 

そんなどうでもいい話をしながらも、グランザムにお邪魔した。

 

「すみませーん、副団長いますか?」

 

「なんだ貴様。何者か知らないが、あの方は今……」

 

断られそうだったので、人差し指を立てながらウィンクして、サングラスと帽子を取った。

 

「失礼しました。どうぞ」

 

「ありがと」

 

いいながらサインを渡して通った。

 

『だからホイホイサインするなっての』

 

「ごめんごめん」

 

流した謝罪と共に中に入った。さて、副団長様はどこかなーっと……、

 

「あ、カンザキ様」

 

「はい?」

 

さっきの門番さんが声をかけてきた。

 

「アスナ様は今日は非番のため、ここにはいらっしゃいません」

 

「え、まじ?」

 

「はい」

 

「そっか……ありがと」

 

そう言うと、私はグランザムから出た。

 

『というか、フレンドなんだからそっから探せや』

 

「あ、それもそうか。えーっと、アスナは……迷宮区だね」

 

てなわけで、あたしは転移結晶を使って最前線に向かった。

 

 

最前線の迷宮区。出てくるモンスターを倒しながら進んでると、ようやく栗色の長髪を見つけた。

 

「あ、おーい!アスナさ……!」

 

声をかけようとしたところで、あたしの視界に入って来たのはキリトの姿だ。

おそらく手作り弁当を二人で仲良く食べている。

 

「……………」

 

イラっとした。それと共に、あんな幸せそうなアスナの顔を見れば、アスナもキリトの事が好きであることはすぐに分かってしまった。

 

「……………」

 

引き返そう。そう思った。あたしはキリトとは結ばれない。なら、アスナに譲るべき……そう思った。

 

「あり?カンザキちゃん?」

 

「………クライン、さん」

 

風林火山の面々を連れたクラインさんが立っていた。

 

「何してんだ?」

 

「いえ、これから帰ろうと……」

 

「お?あそこにいるのはキリの字じゃねぇか?」

 

こいつ!目はいいのか⁉︎

 

「行こうぜ、おーい!」

 

あたしはクラインに引き摺られる形で、二人のラブラブワールドに突撃した。

 

 



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29話 目の前!目の前ですよー

 

 

クラインさんに引き摺られて、あのリア充ゾーンに引き摺られた。

 

「よお、キリト!しばらくだな!」

 

「まだ生きてたか、クライン」

 

「相変わらず愛想のねえ野郎だ。珍しく連れがいるの……か……」

 

言いながら、隣に目を移す。そこには当然、アスナがいる。何こいつ、気付いてなかったの?

 

「あー……っと、ボス戦で顔を合わせているだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド《風林火山》のクライン。で、こっちは《血盟騎士団》のアスナ」

 

そのまま完全停止するクライン。

 

「おい、なんとか言え。ラグってんのか?」

 

肘で脇腹を突かれ、ようやく口を開き、凄い勢いで最敬礼気味に頭を下げる。

 

「こ、こんにちは!くくクラインという者です24歳独身」

 

頭を下げた直後、クラインはキリトの腕を引いて何かコソコソをお話を始めていたが、あたしは構わなかった。

代わりに、遠慮気味にアスナに言った。

 

「ご、ごめんなさい。お邪魔しちゃって……」

 

「……ああ、カンザキね。新しい新入りさんかと思った」

 

分からなかったのか。どんだけキリトに夢中だったんだよこの子。

そんな話をしてると、後ろの方からガチャガチャと金属音が聞こえてきた。

 

「! あれは……」

 

「軍ね」

 

軍、ってあれか。攻略で役に立たないくせにライブの時はほぼ必ず最前席で一番テンション高い連中。エギルさんもクラインもキリトもかなり嫌がってて、どう対策するか考えてたっけ。

軍にキリトもクラインも気付いたのか、キリトは道を開け、クラインは仲間に下がらせた。

軍は安全エリアの、あたし達とは反対側に止まった。先頭の体長っぽい男が「休め」というと、後ろのプレイヤーたちは倒れるように座り込んだ。

そして、リーダーっぽい奴がこっちに来た。

 

「私はKANZAKI防衛軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

「ブフッ!」

「ぷふっ!」

 

あたしとクラインがまったく同じ別の意味で吹き出した。

おい、あんた何笑いこらえてんの?殺すよ?

 

「………何か?」

 

「何か?じゃねぇよ!お前よく本人の目の前で……」

 

直後、あたしはクラインを後ろから掴んで壁に叩きつけた。

 

「うん、少し黙ってよう!」

 

「むぐーっ!」

 

なんてバカなやり取りは置いといて、キリトが代表して「キリト、ソロだ」と短く名乗った。

 

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 

「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」

 

へぇ、早いな。二人で見つけたのか。

 

「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」

 

「な……て……提供しろだと⁉︎テメェ、マッピングする苦労がわかって言ってんのか⁉︎」

 

その言い草にカチンときたのか、クラインはあたしの腕を退かして怒鳴った。

 

「我々はKANZAKI様解放のために戦っている‼︎」

 

「ブフッ⁉︎」

 

「諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

………いや、用途が狭すぎるでしょ。というかあなた達にとってKANZAKIって神様か何かなのかな。

しかも、そのKANZAKIに協力お願いしちゃってるし。

その台詞に、キリトもアスナもクラインも風林火山の面々も笑いを堪えていた。

 

「プッ……ククッ……ンンッ!ど、どうせ街に戻ったら……ぷふっ、公開しようと思っていたデータだ、構わないさ……ふはっ」

 

いや、しつけぇよキリト。殴るよ?

キリトはマッピングデータをコーバッツ中佐に渡した。そもそもなんで「親衛隊」じゃなくて「防衛軍」なんだろうな。

 

「ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」

 

キリトが引き返そうとするコーバッツに声を掛けた。

 

「………それは私が判断する」

 

「さっきちょっとボス部屋を覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃない。仲間も消耗してるみたいじゃないか」

 

「……私の部下はこの程度で根を上げるような軟弱者ではない!」

 

いや、アイドルの防衛軍が何を言っちょるのか。セイラさんに殴られるレベルの軟弱者なのでは?

 

「貴様らさっさと立て!」

 

コーバッツに怒られ、軍のメンバーはゆらゆらと立ち上がった。

そのまま安全エリアから出てってしまった。

その背中をぼんやり眺めてると、後ろから肩を叩かれた。

 

「……よ、良かったわね……ファンの方に出会えて……」

 

なーにがそんなにおかしいんだこのやろー。ていうかいつまで笑ってんの?

 

「ぶっ…あーっはっはっはっ‼︎もう我慢できねえ!本人の前でなんであんなッ、真面目にッ、性格の悪いことッ、本人にッ、言えるんだあーっはっはっはっ‼︎」

 

「ばっ、笑わすなクライン……!大体あいつら誰に許可得て防衛軍名乗ってんだよ……!血盟騎士団を親衛隊として認めたのは覚えてっけど……!」

 

こ、こいつら……!他人事だと思って!というか血盟騎士団の件、初耳なんですが。

 

「あぁん、もう。ほら怒んないの。可愛い顔が台無しよ?」

 

ふんっ、知らないっ。男二人は謝る気ゼロだし。

 

「ゲラゲラゲラ……ひぃ、あー笑った。こんな楽しいこと久しぶりだわ」

 

「殴りますよ?」

 

ニッコリ微笑むと、ようやく全員黙ってくれた。

 

「それより気になるのは、さっきの連中だよな。大丈夫なのか?」

 

強引に話題を逸らすクライン。

 

「気になりませんよ。あんな連中死んじゃえばいいんだ」

 

「おお、ブラックカンザキ。なぁ、クライン。次のライブこれ行けるんじゃないか?」

 

「キリトさん、抹殺されたくなかったら黙ってて下さい」

 

「一応、様子見に行っとく?」

 

「………そうね」

 

そんなわけで、あたし達はボス部屋に向かった。

………あれ?そもそもあたしなんでここに来たんだっけか……。

 

 



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30話 あたしの所為ですか?

 

 

運悪くリザードマンの集団に遭遇してしまい、あたし達が最上部の回廊に到達した時には安全エリアを出てから30分が経過していた。

軍の連中に追いつくことはなかった。あたしとしては非公式ファンクラブなんてあまり会いたくなかったので、転移アイテムで帰ってて欲しかった。

そんな時だ、

 

「ああぁぁぁ……」

 

悲鳴が聞こえた。あたし達は顔を見合わせると、一斉に駆け出した。

すると、案の定というかなんというか、ボス部屋の扉は開かれていた。

 

「おい!大丈夫か!」

 

キリトが中へ入って声を掛けた。中は地獄絵図だった。

真ん中で雄叫びを上げてるボス、その周りで逃げ回る軍の部隊。統制も何もあったものではなかった。

 

「何をしてる!早く転移アイテムを使え!」

 

キリトがそう声を張り上げた。

だが、一人の男性プレイヤーが絶望的な表情で叫び返す。

 

「だめだ……!く……クリスタルが使えない‼︎」

 

「なっ……」

 

ま、まじでか……。ここは《結晶無効化空間》なのか。

迷宮区で稀に見るアレだ。それがボス部屋に来た、ということはここから先、ずっとそうなるということだろう。

……うわあ、攻略やめたい。

そう思った直後、ボスの奥にいるプレイヤーがふらふらと立ち上がり、剣を高く上げて怒号を上げた。

 

「何を言うか……ッ‼︎我々、KANZAKI防衛軍に撤退の二文字はない‼︎戦え‼︎戦うんだ‼︎」

 

それを聞いた直後、あたしは胸の奥がズキッと痛んだのが分かった。思えば、自分がアイドル活動をして攻略組を増やすという事は、それだけ戦場に向かわせる兵隊を増やすという事だ。

即ち、それだけプレイヤーの死亡率は高くなる。今まではこういう軍のような連中も現れなかったし、ボス攻略戦で死者が出ることもなかったため、あまり自覚して来なかった。

………つまり、彼らが死ぬのは、私の所為……?

そう思った直後、体がブルッと震えた。余りに今まで無責任なことをし過ぎた事を、今更になって後悔し出していた。

 

「全員……突撃……!」

 

コーバッツからそう声が漏れた。

軍のメンバーがボスに向かって剣を構えて突撃した。そのうちの一人が、ボスの巨剣に殴られて大きくぶっ飛ばされた。

そいつがあたしの目の前に落ちて来た。コーバッツだった。HPが消滅していた。イッちゃってる目でコーバッツは呟いた。

 

「あり、えない……!」

 

そう言った後、無言で四散した。

これも、全部、あたしの所為………!直後、身体が熱くなった。

 

「ああああああああッッ‼︎」

 

気が付けば突進していた。

 

「カンザキ……⁉︎」

 

誰かに名前を呼ばれた気がしたが、無視した。こうなったのがあたしの所為なら、あたしの命をもってこいつらを助けるべきだ。

ボスの初撃をジャンプして回避すると、剣を構えてボスの顔面を叩き斬りながら後ろに着地した。

振り返ったところで、ボスが追撃してきていた。それを盾で無理矢理ガードすると、ボスの胸に突きを放った。

 

「早く逃げろ‼︎」

 

後ろの軍の連中にそう怒鳴ると、慌てて逃げていく軍。その間、あたしはボスの攻撃を盾で受けるかいなして、反撃する。攻防一体の剣技。

今の所、自分のHPは7割を切っていない。このまま行ければ、全員逃がせる!そう思った。

ボスがソードスキルを放った。それを盾で受け流して反撃しようとした。だが、受け流しきれなかった。

 

「ッ……⁉︎」

 

バギンッと耳に響く音がして、あたしは吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

追撃して来るボス。すると、あたしの前にアスナとキリトが揃ってボスを攻撃した。怯み、大きく後ろに下がるボス。

 

「キリトさん、アスナさん……⁉︎」

 

「一人で行くなアホ!」

 

「あ、あああアホ⁉︎」

 

そのまま二人はボスに攻撃する。だが、それでもまともにダメージが与えられるわけではない。

あたしも後ろから戦闘に参加した。

 

「二人とも退がって‼︎」

 

「何言ってんだ!お前一人で保つのかよ⁉︎」

 

キリトから当然の返しが来た。

 

「保たないけど……!こうなったのはあたしの責任だから……‼︎」

 

あたしはキリトとアスナの肩を掴んで、ボス部屋入り口に投げ込んだ。

 

「バカヤロッ……‼︎」

 

怒鳴られても無視して、あたしは一人でボスと向かい合う。

ジリジリと減っていくHP。見たところ、まだ軍の避難は半分も終わっていない。このままだと……‼︎

 

『おーい、辛そうだなwww』

 

呑気なもんだなテメェ‼︎あたしが死んだらあんたも死ぬんだよ⁉︎

 

『そう言われてもなぁ、なんとなく……こう、他人事っぽくてさ。自分で戦ってるわけじゃないから、こう……緊張感に欠けて?』

 

いいよなテメェはな⁉︎呑気な性格が羨ましいよ‼︎

 

『怒るな怒るな。俺が楽観的なのはいつものことだろ』

 

さっきから何なの⁉︎今、話し掛けないで欲しいんだけど!

 

『いいから前見ろ。ボスの攻撃は俺が読む。とりあえず言う通りに動いて軍の連中は邪魔だから逃せ』

 

はぁ⁉︎何言って……!

 

『岡目八目って言うだろ。……あれ?意味違う?まぁいいや。これは俺とお前だけの特権だ。他の奴とは違って、目は四つあるんだからさ』

 

た、確かに……!

 

『右から来てんぞ。ボスの腕を下から上に跳ね上げて隙を作った後、左に斬りながら逃げろ』

 

了解。

あたしは言われるがまま、ボスの横からの攻撃を上に跳ねあげた。思いの外、軽く上がった。正面から力をぶつけているわけではないからだろう。

大きく出来た隙に左に移動しながら、ボスの脇腹を斬った。

あたしに向かって剣を振り下ろしてくるボス。その隙に、軍の連中を風林火山の面々が誘導して、出入り口まで逃した。

 

『おk、逃げよう』

 

はぁ⁉︎なんで⁉︎

 

『大丈夫、そろそろあいつが来るはずだ』

 

あいつ?と、思ってると、キリトが片手剣を二本持ってボスに突っ込んできていた。

 

「カンザキ、退がれ‼︎」

 

そう言うと、キリトは二本の剣を振るいながら、ボスへ間を作らずラッシュを繰り返した。

ボスがいらりとしたのか、キリトの方を向いた。

 

「お前は、こっちだッッ‼︎」

 

あたしはホリゾンタル・スクエアでボスを攻撃した。再びこっちを向くボス。

すると、キリトの剣が青く光り出した。ソードスキルの発動である。見たことのないソードスキルが、ものすごい勢いでボスの体を斬り刻んでいく。

 

「うおおおおあああ‼︎」

 

叫びながら、ボスの体を刻むこと16発、ボスの胸の中央をキリトの剣が貫いた。

 

『ゴァァァアアアアアア‼︎』

 

直後、ボスが天井に体を反らしながら大声で叫んでいた。

硬直、そこから反撃が来るのか。あたしはいつでもキリトの前で盾を張れるように身構えた。

が、心配は不要だった。ボスはそのまま四散した。

 

「ほっ……」

 

息をついてあたしは尻餅をついた。

 

『いやー、お疲れ』

 

あんた、意外と頭良いというか、勘がいいのね。

 

『分かってねえなお前。俺、物理生物国語は得意なんだぜ』

 

そこは数学にしときなさいよ……。

 

 




なんか途中でヤケに重い話になってしまった……。
こんなの予定になかった。


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31話 勝負です!

 

それから、クライン達に75層の転移門のアクティベートを任せ、あたしとキリトとアスナ、それから軍のメンバーは街へ引き返した。

しかし、あたしが悪戯にアイドルなんて始めたから、攻略組でああやってバカやる人達が増えたのかなぁ。そう思うとなんかスッゲーヘコむんだけど。

 

『や、考え過ぎだろ』

 

ちょっといきなり声かけないで。

 

『いいか、君が今考えているのは、アイドルのコンサートのチケットを買うために銀行強盗したのは、アイドルの所為と言ってるようなもんだ』

 

………そう?

 

『だから気にしない方がいい。つーか気にするな。この物語的にああいう真面目なのいらねーから』

 

そ、そっか……。

 

『じゃ、俺は寝る』

 

………ま、まぁ、そういうことに、しとこうかな?

 

 

翌日、あたしはエギルの店の二階でボンヤリしていた。

 

「眠い」

 

「そうだな。ま、昨日は大変だったみたいだし、しばらくライブも休みだ。ゆっくりしろ」

 

「はーい」

 

「良かったな、カンザキ」

 

「……う、うん。キリト……」

 

「? な、なぁ、なんか少し前から神崎、俺と話すときだけよそよそしくないか?」

 

「ふえっ⁉︎」

 

「確かにな。前まではむしろキリトをからかう側だったのに。キリト、お前アイドルに何したんだよ」

 

「お、覚えがない!」

 

「むっ」

 

何それ、この前55層であたしのおっぱい揉みしだいた癖に……‼︎イラついた。

 

「ふんっ」

 

「いだっ⁉︎なんで蹴るんだよ‼︎」

 

「うるさいです。人のおっぱい揉んどいてそれを忘れてるなんてー‼︎」

 

「ちょっと待て!あったかそんなこと⁉︎」

 

「おい、キリト……」

 

ゆらりとエギルが椅子から立ち上がった。

 

「どういうことだ……。テメェ、まさか自分の所のアイドルを傷物にしようとしやがったのか……?」

 

「待て待てエギル!覚えがねぇんだって……!……あ、いや………待てよ………?」

 

思い出したな。

 

「おい、キリト、まさか」

 

「……………」

 

「心当たりがあんのか?」

 

「……………………」

 

「ぶっ殺す‼︎」

 

「あるなんて言ってねえだろ‼︎」

 

「あると言ってるようなものだ‼︎」

 

目の前でバカ男二人の殴り合いが始まり、あたしは息を吐きながらぼんやりしていた。すると、バンッと店の扉が開いた。

 

「あ?」

 

「お?」

 

「?」

 

涙目のアスナが、あたし達を見ていた。

 

「ど、どうしよう……」

 

「?」

 

「大変な事に、なっちゃった……」

 

 

どういうわけか、二刀流のキリトではなくあたしがヒースクリフに呼び出された。

アスナの後に続いて、緊張気味にあたしは部屋の中に入った。

 

「失礼します、カンザキをお連れしました」

 

「ああ、ありがとう」

 

中はヒースクリフ以外のプレイヤーの姿はない。あたしと1対1で話し合う的なあれかな。

 

「アスナくんも退がりたまえ」

 

「わ、私もですか?」

 

「うむ」

 

本当に1対1かよ。え、なんだろ。もしかしてあたしにサインとか?

アスナが部屋を出て、ヒースクリフは「座りたまえ」と声をかけた。お言葉に甘えて、椅子に座る。

 

「アスナくんから聴いたよ。大変だったそうだね」

 

「あーはい。大変でしたぁ。軍ってめちゃくちゃするんですね」

 

「まぁ、彼らも必死なのだろう。君のコンサートがみたくてね」

 

「あたしの所為だって言いたいんですか?」

 

「そんな事は無い。その時の君の様子を、アスナくんから聞いたよ。キリトくんの二刀流にも驚いたが、君の剣技はまるで攻防一体のような剣だったようだね」

 

「そうなんですよ。私もそれをイメージして戦ってるんです」

 

「…………」

 

「………な、なんですか?」

 

「ひょっとして、気付いてない?」

 

「や、だから何が?」

 

「ステータスを見てみたまえ」

 

「?」

 

言われるがまま見てみた。様々な武器の熟練度の一番下に、見たことのないアイコンがあった。

 

「………?」

 

「いや気付けよ。それは、おそらく君のエクストラスキルだろう」

 

「は、はぁ」

 

「つまり、私と同じ神聖剣だ」

 

「…………え、マジで?」

 

「何故、君がそれを持っている?」

 

「さぁ、そんなこと言われましても……」

 

「そうだな。君は今気づいたようだし。とはいえ、同じスキルを持つ者が二人、というのは私は好きではない。よって、私とデュエルしたまえ」

 

「え?」

 

「勝てば、一つ言うことを聞こう。ただし、君は負ければ血盟騎士団に入るのだ」

 

「一つ言うことって……なんでも?」

 

「そうだ。可能な限りではあるが」

 

「マジで⁉︎」

 

「うむ」

 

「良いよ、乗った!やろう、今すぐやろう!」

 

「まぁ、待ちたまえ。勝負は一週間後だ。いいな?」

 

「いよっしゃああああああ‼︎やる気出て来たあああああああ‼︎」

 

バタバタ走りながら外に出た。あれ、なんでこんなことになったんだろう。

 

 



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32話 次回へ続く!

 

「バカアアアアアアアアア‼︎」

 

第一声でアスナの怒鳴り声が聞こえた。キーンとした、今、キーンとしましたよ。

 

「な、なんですか……」

 

「なんで団長とそんな約束するのよ‼︎勝てるわけないじゃないそんなの‼︎」

 

「す、すみません……。だって、なんでも言うこと聞いてくれるって言うもんですから、つい……」

 

「つい、じゃないわよ‼︎あーもうまったく……どうしてこうなるのかしら……!」

 

「大丈夫だと思いますよ」

 

「大丈夫じゃねぇよ‼︎」

 

エギルが大声で口を挟んで来た。

 

「な、何⁉︎」

 

「お前なぁ、それはつまり血盟騎士団Pのアイドルになるってことだぞ‼︎」

 

「…………あっ」

 

「ったく、これからどうするつもりなんだよ‼︎」

 

「ご、ごめんなさい……。で、でも、勝てばいいだけだから♪」

 

「じゃあ負けたらお前マジ責任取れよ」

 

「ええっ⁉︎」

 

「とりあえず、ヒースクリフに土下座してせめて今月一杯はおれがPでライブやることを懇願しろ。あとお前に金はいかないからな」

 

「それは流石に酷くないですか⁉︎」

 

「知らん。それくらいの覚悟で勝つ気でやれ」

 

「うう、ひどいですよぅ……」

 

まぁ、勝てば良いのか勝てば。まだ、幸い一週間あるわけだし、何とかなるかな。

 

 

早くも一週間が経過した。あたしとヒースクリフは闘技場の中心にいた。それまでにキリトに修行をつけてもらったり、一人でモンスターと修行したりしてた。

なんかその間、キリトとアスナが22層でAIがどうのなんだの言ってたけど、詳しく知らない。

 

「えーっと、で、これ何?」

 

あたしはヒースクリフに聞いた。なんであたしのコンサートと同じくらい人が集まってんの。

 

「それが、色々と話に尾ひれが付いてしまったようだな」

 

「だな、じゃなくて。これ負けたらいい笑い者じゃん」

 

「安心したまえ。勝てばそのまま人気者、負ければその弱々しい可愛さによってまた人気が出るだろう」

 

「おお……確かに」

 

「まぁ、後者しかないだろうがな」

 

「あたしは勝たなきゃダメなんです‼︎今月死にますから‼︎」

 

「………そうか、まぁ好きにしたまえ」

 

ヒースクリフとあたしは剣と盾を構えた。デュエル開始まで3秒前、あたしとヒースの頭上でカウントダウンが始まった。

2、1、0。

直後、あたしとヒースクリフはお互いに突きを放った。剣先と剣先がぶつかり合い、ヒースクリフは少し後ろに退がり、あたしは後ろにひっくり返りながらすっ飛ばされた。

その隙を逃さず、ヒースクリフはあたしを追いかけて来た。

ヒースにあたしは盾を投げた。その盾を剣で打ち払われた直後、ヒースクリフに向かって走り込み、打ち払った腕を踏み台にしてジャンプし、空中で回転しながら片手剣を振るった。それを盾でガードされる。

あたしが後ろに着地した直後、ヒースクリフは振り向き様に剣を振り下ろした。横に横転しながら回避し、途中で盾を拾った。

 

「やるな」

 

「どうも」

 

さて、どうしようか。反撃するには何か隙が欲しいものだ。神聖剣の熟練度は間違いなく向こうの方が上だ。なら、神聖剣同士では打ち合わない方がいい。

 

「ッ」

 

再び突撃した。神聖剣は基本、守り重視のカウンタースタイル。なら、カウンターを成功させたと思わせてこちらの陣に誘い込んだほうがいい。

あたしは剣を振り上げて、頭に向かって振り下ろした。それを盾で打ち上げてガードされる。ガラ空きになったあたしに突きを放った。

その突きがあたしに当たる前に、横から盾で殴ってガードする。ヒースクリフの崩れた肘にあたしは突きを放った。

咄嗟にヒースクリフは剣を逆手に持ってガードしたが、大きく崩れた。

攻めるならここしかない、そう思った直後、ヒースクリフの盾が迫って来た。咄嗟に盾でガードするが、身体は大きく跳ね飛ばされ、後ろに回転しながら着地した。あの盾、どうやら攻撃判定もあるらしい。

いや、問題はそこじゃない。崩したつもりが崩されていた。ヒースクリフはその隙を逃さずに詰めて来て、駆け寄った。盾は投げられない。同じ手が通じる相手ではない。

ヒースクリフからの猛攻が始まった。

 

「ヤバイ……!」

 

盾での突進、ここまで距離を詰められると、上に回避するのは無理だ。

横に身を翻してよけると、それを読んでいたように横から剣が飛んで来た。それを盾で受けながら抑えつけつつ、回転して躱すと、蹴りが飛んで来た。

それを膝でガードすると、後ろにバランスを崩して倒れた。そのあたしに容赦なく剣を突き刺して来た。

首を横に捻って避けて、横に横転しながら躱したが、そっちにさらに剣が突き刺さる。あたしの転がった後に剣がどんどんと刺さっていった。

そして、あたしが転がってる途中に上を向いた直後、剣が迫った。ここしかない、そう決めて、あたしも動き出した。

決着はついた。

 

 



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33話 理由

 

 

ヒースクリフの剣はあたしの盾を貫通し、あたしの剣はヒースクリフの肩を貫通していた。

 

「あっぶな」

 

「………まさか、やってくれたな。最後の最後で、私が誘い込まれていたわけか」

 

「半分、狙い通りって感じかな」

 

「ふっ……私の負けだよ、カンザキくん」

 

【Winner kanzaki】の文字が浮かび上がり、闘技場は歓声に包まれた。

あたしとヒースクリフは立ち上がった。よし、これでなんでも言うこと聞いてもらえる!

 

「おーい勝ったよー‼︎」

 

『Fooooo‼︎KA・N・ZA・KI‼︎』

 

「ありがとー‼︎」

 

と、みんなに手を振った。あ、キリトとアスナ、エギル、クラインもいる。ヤバイ、ライブとはまた違った気持ち良さがある。

 

「さて、では願いを聞こうか」

 

「え?今?」

 

後ろからヒースクリフに声を掛けられた。

 

「後でいいならそうするが」

 

「いやいや!今でお願いします!」

 

うーん、どうしよっかなー。いや、こういう時はまずは冗談から言うものだよね。

 

「みーんなー、何をお願いしたらいいー⁉︎」

 

『うおおおおおおおおお‼︎』

 

「いや『うおー』じゃなくて」

 

『うおおおおおおおおおお‼︎』

 

だめだ、話にならない。別に本気で聞いてるわけじゃないけどさ。

 

『ログアウトとか言ってみろよ』

 

あ、それ面白い。と、いうわけで兄(仮)の意見を採用した。

 

「じゃあ、みんなのログアウトでお願いしまーす‼︎」

 

直後、ドッと沸く会場。「んなことできるわけねーだろー!」という声も聞こえ、あたしは舌を出してえへへーと後頭部を掻いた。

その直後だった。辺りがフッと真っ暗になる。昔のテレビがザーッとなるアレのようにあたりは白黒の気持ち悪くなるような絵が浮かび、ザーッと音を出したと思ったら、あたしの体はアインクラッドを見下ろしていた。

 

「…………えっ?」

 

大量の汗が顔に浮かんでいた。え、何これ。バグ?もしかして、あたし死んだ?人生ログアウトされちゃった?

 

『ちょっ、お前まじふざけんなよ‼︎殺すぞお前⁉︎』

 

「な、なんであんたがキレてんの⁉︎あんたがログアウトって言ったんでしょう⁉︎」

 

『提案しただけだ!採用したお前が悪い‼︎』

 

「あんた本当に最低‼︎マジありえない‼︎」

 

『うるせぇ‼︎そもそも誰のおかげでヒースクリフに勝てたと思ってんだ⁉︎俺が地の文に写らないようにアドバイスしてたからだろうが‼︎』

 

「身体動かしたのはあたしですー!」

 

ぐぬぬぬっ、と二人して睨み合ってると、あたしの横にヒースクリフが現れた。

 

「えっ……?」

 

「君の要望通り、たった今、全プレイヤーのログアウトが完了した」

 

「……………えっ?」

 

「私が、茅場晶彦だよ」

 

「『…………………………えっ?』」

 

声がブレた気がした。

………ってことは、何。あたしがみんなを助けたってことになるの……?

 

「ふあああ!マジでか⁉︎」

 

『やったなマジで!』

 

「それより、私も君に聞きたいことがあるんだ」

 

「ふおおおおお!」

 

『ふおおおおお!』

 

「聞いてる?」

 

「あたしヒーローじゃん!これいくらもらえるんだろう!国から!」

 

『どうだろうな、宝くじの一等以上はもらえないと割に合わないよな』

 

「聞けよ、おーい」

 

「とりあえず2京円と仮定して……何が買えるかな」

 

『島1個買えそうだな』

 

「君だけログアウトさせないよ?」

 

「すみませんでした」

 

「君のそのプレイヤーのデータには色々とバグが生じているんだ」

 

「は、はぁ」

 

「君は一体、どのようにナーヴギアを設定したんだ?」

 

「どのようにって……」

 

知らないんだけど。あたし、精神的には途中参加だし。

 

『あ、俺が代わろうか?』

 

お願い。「お兄ちゃん」

 

たらららーん

 

「んっ、どのようにって……普通にナーヴギアかぶって、言われるがままですけど」

 

「それまでの過程を詳しく」

 

「んーっ、と、ナーヴギアかぶって、名前とか設定して……ああ、キャリブレーション、だっけ?アレで自分の体触るの嫌だったから寝てる妹の身体ベタベタ触ったよ。あの八つ橋みたいなオッパイ、可愛かったなぁ、ふひひ」

 

『あんた、そんな気持ち悪いことしてたの?』

 

お前みたいなバカに妹の可愛さはわかるまい。

 

「それだ」

 

「えっ?」

 

「明らかに君の顔と設定された身体が別人だったから色々と不具合が起きたんだろう。もしかして、君は手鏡が配られなかったな?」

 

「はい、配られてませんけど」

 

「君の身体はゲームの中で作ることができなかった。だからだろうな」

 

「…………」

 

「よし、スッキリしたし、私はそろそろ行くよ」

 

「え、あ、はい」

 

そんなわけで、パッとしない感じで俺のSAOは終わった。

 

 



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アルヴヘイムで領主やります
1話 退院後


 

んっ、なんか身体が重い。重力を感じる、ここは宇宙じゃない。なんてことを考えなが。薄眼を開けてみた。見覚えのない天井、ドラマの中でなら見覚えのある天井、病室という奴か。

股間に違和感があるな……なんていうか、こう……ああ、ち○こか。

 

『ふえっ⁉︎ち、ち○こ⁉︎いきなり何言ってんの⁉︎』

 

うお、お前まだいたんか。そういや、お前俺にまだ股間が付いてた時は存在してなかったもんな。

 

『〜〜〜!し、しばらく呼ばないで!心の準備するから!』

 

なんだ、こいつ意外と純情なとこあったんだな。

さて、そろそろ起きますか……。

 

「お兄、ちゃん……?」

 

横から声が聞こえた気がした。なんて言われたから分からないが、声は聞こえた。横を見ると、ベリーベリーキュートなマイシスター、詩乃たんがおるではありませんか。

 

「詩乃たそー!」

 

「お兄ちゃん‼︎」

 

起き上がった直後、ガバッと抱きついてきた。え、何これ?嘘でしょこれ?う、ううううちの妹が俺に抱きついてるの⁉︎

 

「良かった、良かったよぉ……」

 

こんな事、SAO前はしてくれなかった!俺の事なんてナメクジくらいにしか思ってなかったのに!SAO最高!もう一回閉じ込めて!

………まてよ、この場面、俺は抱き返してもいい場面なんじゃないか?

 

「………詩乃」

 

優しく抱き返した。すると、詩乃は目尻に涙を浮かべて、「ばか……」と可愛く呟いた。

ふおおおおお!俺もう死んでもいい!さっきまでよく聞こえてなかった耳も完全に回復してる!

ニヤニヤしてると、いつの間にか病室に看護婦さんが来ていた。

これから、色々と診察の時間である。

 

 

それから数週間が経過した。リハビリによってなんとか歩けるようになり、ようやく家で暮らせるようになった。

 

「いやー、やっぱり我が家が一番だわ」

 

『へぇ、そういえばあたしこの家来るの初めてかも』

 

「だろうな」

 

「? 何か言った?」

 

ついうっかり声に出してしまい、詩乃に聞かれてしまった。

 

「や、なんでもない」

 

「最近、よく一人言話すけどどうかしたの?」

 

「や、マジなんでもないから」

 

SAOで妹の体触りまくってネカマになった挙句、流されて女性人格作ったなんて言えるか。

何より、今の俺は非常に萎えている。何故なら、俺がヒースクリフを倒したことによって、金はそこそこもらえたわけだが、最初は俺が倒したと信じてもらえなかったからだ。

理由は、性別と外見である。なぜそんな事になったのか説明したら、総務省の菊……菊名さん?にドン引きされました。それどころか警察だの病院の先生だのにもドン引きされ、すごく萎えている。

で、それを大々的にニュースで報道することはなおさら無理だ。何故なら、俺はアイドルをしていたからだ。正体は男でした、なんて知られたら俺は外出できなくなる。袋叩きにされるからな。

で、妹の詩乃にもドン引きされました。

 

「はぁ……」

 

『ドンマイ』

 

黙れ。

 

「じゃあ、私は勉強に戻るから」

 

「お、おう」

 

詩乃は今年受験なので、高校受験のために頑張っている。

 

「勝手に部屋に入って来たら殺すから」

 

「お、おう……」

 

よし、自殺しよう!

 

 

確か、一番いい死に方は首を吊ることだったな。亜人で読んだ。

ロープで輪っかを作り、天井からぶら下げて、そこに頭を……、

 

『させるかァッ‼︎』

 

直後、俺の拳が勝手に俺の顔面に減り込んだ。

 

『じ、自殺なんかさせるか!あっぶね!マジであっぶね!』

 

「邪魔すんじゃねぇよ‼︎詩乃たそに嫌われたらもうこの世なんてどうでもいい、首を紐で括って携帯ストラップになるしかねぇだろ‼︎」

 

『あんたのストラップなんて誰もぶら下げないよ‼︎戦隊モノでレッド、ブルー、グリーン、ピンクが人気過ぎて一番出っ張ってぶら下がってる小太りのイエローだよあんたは‼︎』

 

「それはキレンジャーのこと言ってんのか⁉︎つーか俺はピンクだろ、アイドルやってたし!」

 

『ピンクはあたしですー!あんたは……あれよ!茶色!』

 

「ちゃ、ちゃちゃちゃ茶色⁉︎どういう意味それ⁉︎未だかつて聞いたことないよ茶色‼︎」

 

そんな話をしてると、ガチャッと自室の扉が開いた。詩乃が写輪眼並みの眼光でこっちを睨んでいた。

 

「………うるさいんだけど。何一人で騒いでんの?」

 

「はい、すみません」

 

すると、詩乃の視線は俺の頭上に移った。輪っかを作った縄である。

直後、詩乃の表情はマジで鬼のような顔になった。

 

「………何それ」

 

「え?それって、これ?」

 

「そう、それ」

 

「……や、えっと、」

 

「そんな悩むもんじゃないでしょ。あんたが作ったんだから。さっさと答えて」

 

「…………く、空中ブランコ」

 

『こんな物騒なブランコがあるか⁉︎』

 

「るっせーなテメェ黙ってろよ‼︎」

 

「は?」

 

「『いえ、なんでもありません』」

 

なんでお前も謝ってんだ。

すると、詩乃はゴミを見る目になって、「そう」と息をついた。

 

「………なんでもいいけど、やめてよね」

 

「あ、はい。死ぬなら私の関係ないところでって事ですよね」

 

「………もう一人にしないでって意味よ」

 

「……………はっ?」

 

「じゃ、次うるさくしたら蹴るから」

 

俺の返事を待つことなく、詩乃は自室に戻った。

………そうか、次うるさくしたら蹴られるのか……。

 

「Foooooo‼︎ハード芸で……‼︎」

 

蹴られた。

 

 

我が妹ながら見事な蹴りを喰らい、しばらく立ち上がらずにいるも、なんとか復活してとりあえず二年ぶりくらいの自室を見回した。

何一つ変わってないなぁ。ちゃんとパソコンもある。そういや、ちゃんとうちの親とかアプデしといてくれたんかな。正直、しててくれればラッキーくらいにしか思ってないけど。

 

『意外と綺麗な部屋だな』

 

「あーまぁな。俺、こう見えて綺麗好きなんだわ」

 

『ね、パソコン付けてみてよ』

 

「あいよ」

 

電源を入れて、パスワードを打ち込む。アプデは意外にもしてくれていたみたいだ。

 

「何検索する?」

 

『「SAO カンザキ」で』

 

「だよな、やっぱそうだよな」

 

『か、勘違いしないでよね!別に、自分の栄光を見たいわけじゃないんだからねっ!』

 

「や、それ誰に対してのツンデレ?」

 

そんなことを言ってると、デスクトップが映った。並んでるアイコンの中に、「バカのタカラ」と名付けられたファイルがあった。開くと、俺が以前ダウンロードした、貧乳モノのエロ画像が出て来た。

 

「……………」

 

『……………』

 

どうやら、アプデの際に俺のいろいろなモノはバレていたようだ。あとでパスワード変えとかないと。

 

『ちょっと、』

 

「あ?」

 

『体代わって』

 

「え、なんで?」

 

『いいから』

 

たらららーん

 

へぇ、SAOだけじゃなく、リアルな体でも代われるのね。さて、早速……あたしはマウスで矢印を「バカのタカラ」に持って行くと、ファイルごと削除した。

 

『あーてめっ、何してくれてんだよ⁉︎』

 

「うるさい。あたしの貧乳の根源は全部削除します」

 

『ああああ!やめろってかマジやめてー!謝るから!後で俺の財布でパフェ食べて良いから‼︎』

 

「うるさい。黙ってなさいよ」

 

『てか俺の体で女言葉喋るんじゃねぇ‼︎そもそもSAOの身体は消えただろうが‼︎』

 

「うるさい、知らない。バカ」

 

全ての削除を済ませ、あたしはようやく本題に入った。

「SAO、カンザキ」で検索すると、もう既にかなりのスレやサイトが出来ていた。

一個ずつ、順番に見ていった。

 

「ふへへ、見て見て。『英雄アイドルKANZAKIの行方を知る人集合』だって。えへへ、英雄アイドル〜♪」

 

『まぁ、実際英雄だからな』

 

「倒したのはあたしでしょ?」

 

『指示出してたのは俺だ。じゃなきゃあんな風に予測したように避けれるか?』

 

「お、見て見て。SAO生還者のコミュニティサイトが出来てる」

 

『おい、あんま好き勝手にサイト開くなよ。ウィルスとかあるんだから』

 

「へーきへーき。………おっ、これエギルじゃない?」

 

『お、確かに。つか、あの時の名前そのまま使ってんのかよ』

 

その後も、リズだのクラインだのどっかで見たことある名前が上がっていた。K騎士団団長とかいうのも見えたけど記憶から消しました。

そのままのんびりとみんなのコメントを読んでると、急にどっかで見たことある茶髪の女が、檻に入れられている写真が流れて来た。

 

「………あれ?」

 

『おい、こいつ……』

 

これ、K騎士団副団長じゃね?

 

 



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2話 目指すは世界樹突破です

 

詳しく調べるために、一度俺と代わった。サイト内に書き込んで、いくつかわかったことがある。

どうやら、これはALOというゲームの中の写真らしい。世界樹、とかいう奴の上を目指すゲームらしいが、そこに行くために肩車して飛ぶ踏み台形式に上を目指し、そこまで行った証拠を残すために写真を撮りまくったやつの一枚だそうだ。

…………つーか、このゲーム飛べるのか。飛べるということはつまり……、

 

「下からパンツ覗き放題だな……」

 

直後、また勝手に拳が俺の顔面に減り込んだ。

 

「何すんだよ⁉︎」

 

『時と場合を考えて発言しなさいよ』

 

「………チッ、それでどうする?」

 

『何が』

 

「行くか?ここ。これが本当にアスナかなんて知らないけど、なんか見た目アスナっぽいし、見に行っても面白いかもよ」

 

『でも、SAOのプレイヤーは全員、ログアウトしたんじゃ……』

 

「意識が戻ってないプレイヤーがいるの知らないのか?」

 

『………じゃあ、まさか』

 

「いや断定はできないけど」

 

『…………』

 

「で、行く?」

 

『行く』

 

「じゃあ、ソフト買いに行くか。俺、金たくさんあるし」

 

『うん』

 

 

買い物を済ませ、俺はついでに買ったアミュスフィアを被った。

 

「じゃ、やるか」

 

『うん』

 

「リンクスタ……ふぇっくし!……リンクスタート」

 

『締まらなっ』

 

リンクスタートした。

まずは名前は前と同じ『kanzaki』、性別は女性を選んだ。

 

『女性なの?』

 

「こっちの体はお前に合わせてやるよ」

 

『………ありがと』

 

「お礼はいらん」

 

続いて種族を選ぶ。サラマンダーだのシルフだの色々あった。

 

「何がいいと思う?」

 

「うーん、ケットシーとか売れそうじゃない?」

 

「あー確かに。あとウンディーネとかも清楚さが出てていいよなぁ」

 

「シルフみたいなエロさも良いかもね」

 

俺も妹もアイドル目線だった。

色々考えた挙句、結局サラマンダーにしてゲーム開始、まずは自分の領地の上に落ちるのだ。

なんか全体的に赤くて、日本の城みたいな領地が見えてきた。

 

「おい、代わるか?」

 

『いいの?』

 

「正直、ここからはお前の領分だろ。このゲームは基本的にPK推奨らしいし、偉いハードだ」

 

『はーい』

 

たらららーん

 

「さーて、じゃあまずはどうする?」

 

『とりあえず、あそこまで行くのに必要なのは情報と数だ。領主の首を取って俺たちが新しい領主になる』

 

「その後は?」

 

『無論、領主をやるには本気でやる。サラマンダー全員で世界樹を攻略する』

 

「分かった」

 

着地した。あたしは早速、城の中に乗り込んだ。

 

 

和人はエギルの店にいた。アスナの情報を得たからだ。

 

「よう」

 

「おう、キリト」

 

「あの写真はどういう事だ?」

 

「どういうことも、そういうことだ。SAO生還者のコミュニティサイトで見つけた情報だ。詳しくはそこを見ろ」

 

「………ALO、か」

 

「そういえば、一人サイトに面白い奴がいたぞ」

 

「面白い奴?」

 

「熱心にこのアスナについて聞いてたやつだ。……ちょっと待ってろ」

 

エギルはコミュニティサイトを開くと、それを見せた。和人はそれをカチカチとマウスを使いながら読んだ。

 

「………へぇ、確かに随分と熱心だな」

 

「ちなみに、そいつのハンドルネームは『kan』だ。どう思う?」

 

「カンザキか……」

 

「あいつは助けに行ってるみたいだ。お前、カンザキに会いたがってなかったか?礼が言いたいとか何とか」

 

「…………エギル、ALOのソフトどこで買った?」

 

「どこでも売ってるだろ。行くのか?」

 

「ああ。カンザキ一人じゃ無理だ。俺も行く」

 

「分かった」

 

和人は走って帰った。

 

 

サラマンダーの城の屋根の上、そこで二つの影が同時に動き出し、屋根の真ん中で鋭い火花を散らし、通り過ぎた。

片方はあたし、そしてもう片方はALO最強の剣士というユージーンだ。が、それも今日までだ。ユージーンのHPゲージは無くなり、炎となった。

 

「おい、マジかよ……!あのユージーン将軍に勝っちまったぞ!」

 

「何者だあいつ……!強すぎる」

 

「マジでどうすんだよ……‼︎」

 

サラマンダー全員が騒然とする中、カンザキは領主のモーティマーに言った。

 

「で、あんたもやる?それとも素直に領主の座を明け渡す?」

 

「………確かに、戦闘中に勘で随意飛行を覚えて、ジンを堕とす奴とやり合うには分が悪いな。良いだろう、負けを認める」

 

「よし、じゃあ早速だけど働いてもらおうかな。ちょっと待ってね」

 

ほら、ここから先はあんたの領分よ。

 

『おk』

 

たらららーん

 

っし、やるか。

 

「まず、現状のサラマンダーの戦力を教えて欲しいんだが……その前に中入ろっか」

 

「ああ、分かった」

 

さて、世界樹クリアを目指そうかな。

 

 



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3話 会談を潰します

 

大体の戦力を聞いた。とりあえず、シグルドとかいうシルフの使えそうな奴がいたので、そいつを使ってシルフを殲滅し、全員のスキル熟練度と金や装備を揃えつつ、世界樹に向かうとことにした。

これからの方針を指示しておいて、俺はログアウトした。俺の戦闘力は見せ付けたし、

 

『あんたのじゃなくたあたしの戦闘力』

 

アッハイ。あと俺の指示力も見せ付けたし、統率力は問題ないだろう。幸い、サラマンダーは世界樹攻略に一番近い種族みたいだから、攻略完了にそう時間は掛からないだろうな。

 

「ふぅ………」

 

「ねぇ」

 

「あ?」

 

声を掛けられ、横を見ると我がベリーベリーキュートエンジェルなマイシスター、詩乃が立っていた。

 

「あ?どうしたお兄ちゃんの部屋に。あ、もしかして一緒に寝て欲しいとか?オッホッホ、甘えん坊な妹よのう」

 

「殺すよ本気で」

 

「ごめんなさい。で、何か?」

 

「晩ご飯、出来てるけど」

 

「あー、さんきゅ。今行く」

 

俺はアミュスフィアを外しながら答えた。

 

「………ねぇ、それ」

 

「あん?」

 

「あんな事に巻き込まれたのにまだゲームするんだ」

 

「まぁな。男は楽しけりゃそれで良い生き物だからな」

 

「とんだハッピー野郎ね。学習能力がないのかしら」

 

「え?今、俺のこと幸福な男って言った?」

 

「どこまでプラス思考よ!いいからご飯!」

 

「………そういや、今日母上は出掛けてなかったっけ?どうやって飯出したの?出前?」

 

「で、出前じゃないわよ!」

 

「と、いうことは……?」

 

「………………」

 

「いやっふーぅ!確かに俺は幸福な男だぁ!」

 

「ち、ちがうから!作る人がいないから仕方なくだからね!」

 

「ふひひ、まったく詩乃たそは最高だぜ!」

 

「こっの……!死ね‼︎」

 

殴られた。

 

『あんた……大概気持ち悪いね』

 

うるせーよ。

 

 

翌日、ALOに入った。サラマンダーの領地から少し離れた場所、俺はシグルドと面会した。

 

「よっ、あんたがシグルド?」

 

「そうだ。貴様が新しいサラマンダーの領主だな?」

 

「おう。カンザキです、よろしくね?」

 

「よろしくの前に、確認だ。アップデートで俺をサラマンダーにし、幹部の地位は確定、この契約は生きているんだろうな」

 

「当然だよ。ただし、他の奴から文句が上がる可能性もあるから、少し有利な位置にいる下っ端、これをスタートにする。期間は、そうだな。一週間で幹部にしてやる。これでいいか?」

 

「………まぁ、仕方ないか」

 

「じゃ、契約成立だね。じゃ、早速話に移ろうか」

 

そう、ここからが本題だ。目の前のシルフはケットシーと同盟を結ぼうとしている。そこを利用し、ケットシーを叩いてエルフとサラマンダーが組ませれば、世界樹の攻略はもっとスムーズになる。そこまで行けば、俺にとってシルフもサラマンダーも用済みだ。切り捨ててアスナの元へ向かえばいい。

これは、そのための布石だ。

 

「この前、うちの偵察隊が聞いた話だけど、ケットシーは世界樹攻略の資金とアイテムを揃えるために、あんたらシルフを陥れるつもりみたいですよ」

 

「何っ?」

 

シグルドが大袈裟に反応した。お前もう少し普通の反応できないのかよ。

 

「マジです。あたし達、サラマンダーは勢力が一番大きいだけあって、他の種族からも入りたい、と言ってくる奴が多いんですよ。それは、ケットシーも例外じゃない。そこから出た情報だから、ほぼほぼ間違いないですよ」

 

「………なるほどな。じゃあ、今回の会談でもしかしたら、」

 

「うん。動きがあるかも。でも、あんたは動かないでくださいね」

 

「分かっている。では、こちらからもこれを」

 

渡されたのは特に意味のないケットシーの女の子の写真だ。このやり取りに意味はない。目的は、シグルドの後ろでコソコソと聞き耳してるシルフくんに聞かせることだ。

 

「じゃ、余りあたし達が長く顔を合わせるのはまずいので、この辺で」

 

「うん、また」

 

シグルドが去り、俺も去った。

 

『ねぇ、今のやりとりに何の意味があったの?』

 

分かれよ。今のはいつもいつも密会してるシグルドを怪しんで、後をつけて来たシルフの奴に、あたかも真実のように嘘の情報を流したんだよ。

 

『で、何がしたいの?』

 

お前ほんとにパー子か。それでシルフとケットシーの関係に亀裂を入れて、その情報を与えたとしてサラマンダーとシルフに7:3くらいの同盟を結ぶために決まってんだろ。

そのために、わざとシグルドに頭の悪そうな奴に付けられるように振舞ってもらったんだろうが。

 

『うわあ……あんた最低』

 

うるせー。まずはアスナを助けることだ。その後は多分、このゲームやめるし、SAOでも顔は出してないし問題ない。

 

『てか、シルフとケットシーぶつけるのって今日でしょ?こんなギリギリにやってうまく行くの?』

 

仕方ないじゃん。昨日、俺初めてこのゲームやったんだから。まぁ、行かなかったら行かなかったで別の方法考えるよ。

 

『ふぅん……ま、どうでもいいけどあたしには影響ないようにね』

 

いやそれは無理でしょ。別心同体だよ?分かってる?

 

 



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