ドラゴンクエストモンスターズ≒ (名無しのスライム)
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ジョーカー編
冒険の書1[未踏の異世界]


「この程度か、呆気無いものだね」

 

 玉座に座ったまま彼は誰にでもなく呟く。彼の青い衣と美しい銀髪、灰色の瞳が彼の冷めた心情を代弁しているかのようだ。広大な石造りの部屋の真ん中で長い髪を一本に結わいた男がその仲間の魔物と共に倒れている。

 

「テリー様、ゾーマの蘇生は行いますか?」

 

 入口から声が聞こえてきた。ふよふよと浮かんでいる人型のそれの肌は緑色で角も二本生えている。その姿は第五の冒険譚に登場した魔王"ミルドラース"そのものだ。

 

「いや、いいよ。それよりオルゴ・デミーラの肉体の用意と魂の捜索をしてほしい」

「仰せのままに」

 

 異世界にて敗れた魔物使い(モンスター・マスター)は各国の精霊が勝手に回収する。放っておけば倒れている男もじきに失せるだろう。

 

「僕を満足させられるマスターはいないのか?」

 

 先ほどまで死闘を演じていた彼の魔物は既に眠り、その言葉を聞き届けた者はいなかった。

 

 頂点というのは非常に退屈でつまらない。立ち向かう者は皆自分の足元にも及ばず、蚊を叩き潰すように軽くあしらうだけで退けられる。現存するマスターの頂点に立ったテリーはそれでもまだ見ぬ魔物達を求めマスターとして究極の域の手前までたどり着いた。

 だが彼は自らが生み出した魔物によってその道を踏み外すこととなる。魔神デスタムーアを名乗る魔物によってもたらされた究極の配合"邪配合"を可能たらしめる秘法によって彼は力だけを求めるようになる。

 野性の魔物というのは繁殖能力が低く、また天敵となる存在も多いため自然にいれば絶滅してしまう存在だった。しかし魔物もまた生態系の中の一部として自然界の中でその機能を果たしていた。

 人間と魔物、お互いがお互いの脅威であると同時に共生関係をも築いていた。両者の橋渡しを行ったのが魔物使い(モンスター・マスター)と樹木の精霊。マスターが飼い慣らした魔物は樹木の精霊が宿る樹上の国で力をつけ、そして配合によって子を成し、本来以上にその力を高めていく。そんな関係が存在した。

 しかしその関係もテリーの手にした秘法により破壊され"邪配合"が放つ"邪の波動"により精霊はその力を失い始める。

 マスターと共にいた魔物もその多くが野生へと帰り、ごく一部のマスターと魔物だけがテリーに立ち向かう意思を持っていた。

 

 今、テリーの目の前で倒れている男もその一人、有翼族のヴィルトだ。相棒の鳥獣系の魔物達と共にテリーの腹心、ゾーマを討ち取りそのままテリーへ勝負を仕掛けたがこの有様だ。

 

「クリオ君はどこまで強くなってくれるんだろうね」

 

 自らがかつて共に戦った相棒のスライムを従える少年に思いをはせながらも次の計画について考える。

 次なる目標は第七の冒険譚に登場した魔王"オルゴ・デミーラ"の再現だ。部下のひとつめピエロ、ピューロがバズズの肉体を作り出し、そこに次元の狭間をさまよっていたロンダルキアの悪魔の魂を閉じ込めることにより、疑似的な再現を行い、更にその力を引き出した事例を元にした実験だ。

 ピューロは反乱分子としてゾーマが粛清を行ったが、テリーはピューロの実験を黙認していた。おかげで新たな試みへの糸口をつかめたのだから泳がせた甲斐があったものだ。

 伝承によるとミルドラースは世界をいくつにも切り分けたそうだ。テリーはその力を再現することができれば今まで発見すらされていない世界の強力なマスターと邂逅できると踏んでいた。

 そしてその推測が正しいという事は実験の成功を以って証明された。

 

「流石ね、テリー様。ごく一部の魔王にしか成し遂げられない次元の狭間の認識を人の身でしてのけるなんてね」

「大したことじゃないさ、僕だけの力じゃない」

 

 ヴィルトの敗北から一週間と経たない内にオルゴ・デミーラの再現は完了した。現在は人間に蝙蝠の羽が生えたような姿を取り紫色のスーツで着飾り、髪も入念にセットされている。噂に聞く通りのナルシストのおネエのようだ。端麗な容姿が台無しだ。

 

「多分ミルドラースから話は聞いているけど、君には未踏の異世界を探して欲しい。勿論タダでとは言わない」

 

 そう言ってから指を鳴らし、新たな腹心ミルドラースに指示を出す。

 

「例の物を」

 

 すると部屋の上から二匹の魔物が振ってきた。片や筋骨隆々として蝙蝠の羽を生やした人間の上半身に鳥獣のごとき爪を持つ四脚の青緑色の魔物。方や大きな胴に四つの足と八つの首を持つ緑色の蛇の魔物だ。前者はセルゲイナス、後者はやまたのおろちと呼ばれている。

 

「これを邪配合で取り入れれば元々の力の7割くらいは取り戻せるはずだ。悪くない取引だろう?」

 

 テリーが交渉の成立を確信しているのはこの取引に差し出した魔物の質がいいからでもある。しかし今は眠っているがテリーの背後には強大な魔物ジェノシドーが構え、部屋の外には腹心ミルドラース、そしてこの城の中にはテリーに忠誠を誓った魔王の模倣体が数多く存在する。従わなければ殺す。というある種の脅しじみた武力を背後にちらつかせていることが彼の確信に拍車をかけている。

 

「勿論引き受けさせて頂くわ。期待して頂戴」

 

 オルゴ・デミーラはそう言いながら降ってきた二匹の魔物を邪配合で取り込み始める。掃除機に吸い込まれるように二匹の魔物は吸い寄せられ、そしてその形を歪ませながらオルゴ・デミーラの体の中に入り込んでいく。

 邪配合が終わるとオルゴ・デミーラは部屋を後にして、城の外、次元の狭間へと向かう。

 オルゴ・デミーラもこの取引は満更でもないと考えていた。未踏の世界の魔物を邪配合で取り入れれば自分の生前以上に力をつけることも可能だと考えていた。

 

「できたわよ、未踏世界の捜索」

「流石だね、魔王の中で最も本願に近づいただけはある」

 

 いつもの部屋にオルゴ・デミーラがやってきて、頼まれていたことが終わったことを報告した。したり顔にも疲れ顔にも見える表情がその激務を物語っているように思える。

 

「ミルドラース」

「如何致しましたか」

 

 満足げな顔をしたテリーが腹心を呼びつける。

 

「しばらく留守にする。君たちに留守番をしてほしい」

「仰せのままに」

 

 不完全だったゾーマの模倣体はヴィルトによってあっさりと討ち取られてしまったが、この数の魔王相手に連戦を行えるマスターなど早々存在しない。

 テリーの心は躍っていた。久々の未知と冒険に思いをはせ、童心を思い出していた。そして今自分を追いかけ力をつけているマスターの事を思い浮かべる。

 

「クリオ君はいつか僕を追い越すだろう。だから僕だって前に進む。君の心をへし折るためにね」

 

 究極の一歩手前まで近づいたマスターが忘れていたものがそこにある。そう信じてテリーは足を踏み出す。

 

「オルゴ・デミーラ、旅の扉を繋げるかい?」

「勿論。わたしを甘く見ないで欲しいわ」

 

 オルゴ・デミーラが軽く腕を振るうと何もない空間に突如青白く輝く渦が出現する。一般に旅の扉と呼ばれる異世界や遠く離れた地へと繋がる門だ。

 

「折角だし初心に戻って冒険してみるとしよう。来い、シルバーデビル」

 

 読んでから数秒の間をおいて部屋の上からそれは飛んできた。シルバーデビルは白い体毛の猿に蝙蝠の羽が生えたような姿の魔物で、その素早さ、狡猾さ、呪文の威力から多くの中堅勇者を葬ってきた中級の悪魔だ。

 

「何の御用で」

「未踏の世界へ行く相棒に君を選んだ。拒否権はない」

「ありがたき幸せ」

「さ、行くよ。もう待ちきれない」

 

 そう言うテリーの顔に、魔王テリーの面影はなく、純粋に冒険を夢見た少年の日の面影があった。

 未踏の世界を既知の世界へと変える冒険が始まった。




・ミルドラース≒
 邪配合によって生まれた魔王ミルドラース。配合や邪配合によって生まれた魔王の類の魔物は伝承などに伝わるそれそのものでなく、同じ器をもっただけのただの魔物である。
 しかしながら何らかの形で本物と繋がっていて、本来その個体が知らないはずの記憶を本物を介して手に入れることがある。

・オルゴ・デミーラ≒
 ドラゴンクエストⅦに登場する魔王。
 美しさに異様なまでの執着を持つ様は他の伝承に伝わる魔王とは異なる狂気を垣間見せる。

・セルゲイナス
 能力低下や息吹に対して高い耐性を持つドラゴン系の魔物。
 見かけに反して呪文が得意。

・やまたのおろち
 5つの頭と高度な知能を持つドラゴン系の魔物。
 強力なブレスもさることながら狡猾さも併せ持つ。

・シルバーデビル≒
 邪配合によって生まれたシルバーデビル。見た目こそ普通のシルバーデビルだが、バズズの模倣体の器として作られたため、その潜在能力はムドークラスの魔王に匹敵する。
 得意とする特技はベギラマとイオナズン、他にもマヌーサ、ルカナン、ボミオス、マホトラ、だいぼうぎょ、ルーラ、リレミトを使うことができる。


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冒険の書2[バトルGP協会]

「ここは…神殿か?」

 

 巨大な石造りの柱と強固な屋根、背後には文字の大半がかすれた石碑がある。神殿に隣接して巨大な樹木があるが、テリーがかつていた樹上の国と比べれば赤子にも等しいものだ。

 周りを見渡せば360°海が目に入ってくる。どうやらここは小さい島にある小高い丘の上らしい。南中する少し前の太陽が差し込んで少しまぶしさを感じる。ともかくこの世界の人か魔物と接触を試みたいため、こんな丘にいても仕方がない。神殿の出口から軽く整備された道があるのでテリーは道なりに進んでみることにする。

 道なりに暫くあるくと少し急な坂があった。これを上手く立ったまま滑り降りて進むと少し平らな土地に出た。しかし進もうにも坂を歩いて登るには無理があるし、飛び降りるには高すぎる高台に思える。

 

「テリー様、ここに梯子が」

 

 シルバーデビルの指す方を見ると赤い梯子が掛けてある。触ってみると少しひんやりと冷たい。恐らく金属製であることがうかがえる。

 

「文明人がここを訪れたみたいだね。この世界はアタリみたいだ」

 

 仲間の魔物に語りかけても仕方ないのだが、静かに気持ちが昂るのを抑えずにはいられない。梯子を下りて、また高台で、もう一度梯子を下りる。やっと地に足がついたようだ。

 

 一応先ほどからスライムがいるのは見えているのだが、近くに来て初めてその違和感に気付く。この世界のスライムは少しサイズが多きい。テリーのいた世界のスライムは頭に乗せられるくらいだったが、この世界のスライムはむしろ人間を乗せられるくらいだ。たったそれだけの発見だがテリーの心を躍らせるには十分だった。

 だがそれだけではなかった。次の瞬間、スライム達が何かから逃げるように一気にの前を通り、川の向こう側へと向かっていく。スライムが向かう方の逆から大きな足音と揺れが伝わってくるのを見るに強大な魔物から逃げているのだろう。

 

「シルバーデビル。もしかしたら君は死ぬかもしれない」

「テリー様がお望みならそれもまた」

「冗談だ。なるべく頑張ってくれよ」

 

 足音と揺れの主のもとへ向かう。走る内に巨大な焚火の後と朽ち果てて打ち捨てられた巨大な棍棒が目に入ってくる。

 

「ギガンテスかな?」

 

 心当たりが一つ。青い一つ目巨人の魔物、ギガンテス。焚火をできるほどの知能もあるし、大きさも妥当と思える。朽ち果てた棍棒の形状もギガンテスが好んで使うものに良く似ている。

 

「テリー様、ドンピシャのようです」

 

 少し離れた所からギガンテスがこちらを見つめているのがわかる。敵だと認識されたようだ。

 

「さあシルバーデビル。肩慣らしに蹴散らしてやれ」

「仰せのままに」

 

 彼の後背にいた魔物が前へと出てギガンテスと対峙する。両者が向き合い、一瞬にも永遠にも感じられる短い時間が過ぎ、ギガンテスがしびれを切らして右手の棍棒を振り上げる。

 

「いろいろやってみるんだ」

 

 その様子を見たテリーがシルバーデビルに指示を飛ばす。シルバーデビルもその指示に従い呪文の詠唱を始める。それは邪配合によって、高名な魔法使いをして習得が困難という魔法すら使いこなす。その高い知能も相まって下級呪文の詠唱など一瞬で終わってしまう。

 

「マヌーサ!」

 

 詠唱したのは幻惑の呪文。野生のギガンテスならば大した呪文も剣技も持たないと踏んでのことだ。

 

「喰いますか?」

 

 視界を奪われ、闇雲に棍棒を振り回すギガンテスをよそにシルバーデビルがこちらに話しかけてくる。邪配合の材料にするかの相談のようだ。

 

「死なない程度に弱らせてくれ、肉を用意しておく」

「仰せのままに」

 

 肉を用意しておく。つまり仲間にするつもりということだ。相手に力の差を認めさせ屈服させる。そうやって野生の魔物を仲間にしていくのがテリーの知るやり方だ。肉は主に和解の証として差し出すものだ。

 肩から下げている鞄から骨付き肉を取り出している内にもシルバーデビルがギガンテスへと攻撃を加えている。火炎を呼び寄せる呪文のベギラマ、爆発を引き起こす呪文のイオラと連続で攻撃を加えていく。相手は上級の巨人、手加減すればシルバーデビルがやられる所だ。迂闊に近づくこともできず距離を取り呪文で攻撃せざるを得ない。

 ギガンテスはAランク、シルバーデビルはDランクに分類される魔物だから(もっともこの世界のシルバーデビルはBランクに分類されるが)シルバーデビルは格上相手に挑んでいるということになるのだが、それを感じさせない戦いぶりを見せている。しかしそれはこのシルバーデビルがバズズの模倣体の素体となる予定だった個体のため本来よりも邪配合で強化され、その潜在能力はSランクにも匹敵する。

 瞬く間にギガンテスは膝から崩れ落ち、その力の差に屈した。空かさずテリーが駆け寄り目の前に肉を差し出す。

 

「僕に付いて来るがいい。本当の力がそこにある」

 

 直後にギガンテスが肉を喰らい、立ち上がる。己を負けを認め、テリーに従うことを決めたようだ。

 

「そうだ。それでいい」

 

 この世界でできた最初の仲間に心を躍らせ、再び歩みを進め始める。

 

 更に道なりに進んでいくと坂があり、それを下れば砂浜に出た。少し先には木製の簡素な桟橋と金属質の小型の船、そして崖にめり込む形で"GPit"と大きな文字で装飾された建物の入り口がある。どう考えても真新しい人工建造物のそれの中にはきっと人がいるはずだ。

 

「シルバーデビルとギガンテスはここで待っていてくれ」

 

 今まで訪れた異世界の場合魔物使い(モンスター・マスター)に対して理解のある人が多かったがここもそうとは限らない。重厚な作りの扉を開けて中へと入る。

 

 中は松明とは異なる照明によって照らされ明るく、目の前にはフキダシの中に"?"と書いてある看板が立てかけられたカウンターがある。カウンターの向かい側にはスーツをキッチリと着こなした若い男がいる。恐らくこの施設の職員だろう。左右どちらに行っても奥へと通路が通じているようで、廊下にはカウンターの男のように正装の女と、冒険者らしく丈夫そうで動きやすい服装をした男がいる。テリーは一先ず職員と思しき男に話しかけることにする。

 

「すまない、ここはどんな施設なんだ?」

「こちらはGPit(ジー・ピット)、アロマGPに参加するモンスター・マスターに様々な設備を提供する施設です」

 

 この世界にもマスターは存在するようだ。

 

「僕は遠い国から来たんだ。この辺りについては明るくなくてね、アロマGPについて教えてくれないかい?」

 

 適当に話を合わせてこの世界の情報を集める。マスターが多く参加する大会ならば強力な魔物との出会いもあると予測できる。

 

「アロマGPは現バトルGP協会会長のアロマ様が主催しているマスターの大会です。2つの条件を満たしたマスターのみが挑戦を許可されています」

「条件?」

 

 つまりは星降りの大会優勝者と配合士のエキシビションマッチのようなものだろう。

 

「闘技場SSランクでの優勝、そしてお題に沿った魔物を連れてくるスカウトQファイナルの突破です。後者はこの島で開かれています」

「それじゃあ早速行ってみるよ、ありがとう」

「いえ、お待ちを、アロマGPを含め協会主催の大会に出るには協会に登録する必要があります」

 

 大きな組織がバックにいる以上煩雑な手続きが必要らしい。

 

「扉を出てすぐに桟橋があります。水上バイクに乗ってアルカポリス島にある教会本部で登録を行ってください」

「ありがとう。これを」

 

 鞄から100ゴールド金貨を取り出してカウンターに置く。未踏の異世界名だけに同じ貨幣が使えるとは思っていないが、金貨ならば金としての価値がある。チップとして渡すには十分だろう。

 

「いえ、規則でチップは受け取れないことになっています」

 

 協会の管理体制はかなり厳しいようだ。

 

「そうか、すまなかった。用があればまた来るよ」

 

 そう言ってテリーはGPitを後にした。

 

 

「水上バイクっていうのはこれのことか?」

 

 桟橋に浮かんでいるのは寂れた漁村にあるような小型の漁船よりも小さく、人ひとり乗せるのがやっとに見える金属質のボートだ。桟橋にある看板には"水上バイクは自動操縦で目的地に向かいます"と書いてある。

 全くもって未知の領域だが、それはテリーが初めて異世界に来たときだって同じだ。恐れずに前に進む。それこそが未知への冒険の醍醐味なのだから。

 

「シルバーデビルは僕が島に着いたらギガンテスとルーラで追いかけてくれ」

「仰せのままに」

 

 指示を伝え終わるとテリーは水上バイクに跨りハンドル状の手すりを握り、そこにある"START"と書かれたスイッチを押す。

 モーターが回り始め、ガタガタと機械的な音がする。数秒間徐々に加速したのちガコンと大きな音と振動を感じた直後急加速。テリーは慣性の法則の為に大きく海老反りすることになった。

 

「うわあ!」

 

 数秒後には並の人間では桟橋からそれが誰であるか認識できない距離に至ることになったが、シルバーデビルはその高い視覚能力とテリーの持つ邪の波動を感じる能力を使い、未だ見失ってはいなかった。アルカポリス島と思しき島も見えている。そこにテリーがたどり着くまで見届け、そして移動呪文のルーラでギガンテスと共に島まで飛んでいく予定だ。

 

 

「気持ちが悪い、目が回る。腰が痛い。なんだこれは…」

 

 テリーは慣れない乗り物に乗ったことによって疲弊していた。随分遠い島までものの数分でたどり着けるのはいいがその速度が様々な弊害を生んでいるように思える。

 

「とにかく、登録を…うっ」

 

 テリーは海に身を乗り出し胃の中身を吐き出した。そこに究極に近づいたマスターとしての威厳の欠片など全くなく。初めて旅の扉に入って酔った日の彼の姿と重ねることができる。

 

「テリー様、まんげつ草ならありますが」

「いや、いい。さっさと登録を済ませよう」

 

 この島の桟橋は港の一角にあり、先ほどの島(ノビス島というらしい)と違い石造りだ。煉瓦造りの建物の横には木箱、壺、ロープ、錨といったものが無造作に置かれた天幕がある。GPitにいた職員と同じ服装の人や、マスターと思しき服装の人、ガタイの良い港の労働者と思しき人など多くの人がいる。

 

「すまない、協会はどちらだ?」

「そちらの階段を上ってすぐ左です」

「ありがとう」

 

 目の前にある大きな階段を上り終えてすぐ左を見れば一際大きく高い建造物が目に入る。入口は一方向を除き、人工の滝で囲われていて、広場にある噴水や人工の滝も相まって文明的な街の中で自然を感じられる。

 

 

 広場を通り過ぎ、協会本部の入り口に至る水のトンネルを潜り抜けると金属質のドアが横にスライドして開く。中は非常に狭い部屋が一室だけだ。階段もない。

 

「どういうことだ?」

 

 訝しげな顔をしながらも部屋に足を踏み入れる。仲間の魔物は外で待機させた。

 部屋に入って数秒後に扉が独りでに閉まり、ゴウンと何らかの装置が動いた音がした。直後テリーは一瞬だけ体が重くなるのを感じ、しらばらく経って一瞬体が軽くなるのを感じた。すると扉が開き、広々としたラウンジが目の前に広がる。これが昇降機という乗り物だという事はテリーには知る由もなかった。

 

「何だこれは…新手の旅の扉か?」

 

 再び乗りなれない乗り物に酔い少し気持ち悪くなってしまったようだ。しかし自分より強いマスターを探す旅をこれしきの事で諦めるわけにはいかない。なんとか床を踏みしめて目の前のカウンターへ向かう。

 

「こちらバトルGP協会本部です。本日のご用件をどうぞ」

 

 近づくとカウンターにいた職員の女が事務的に対応してくる。

 

「僕をマスターとして登録してほしい」

「かしこまりました。こちらの用紙に必要事項を記入してください」

 

 差し出された用紙に目を通す。姓、名、性別、年齢などをスラスラと書き入れてから用紙を差し出す。

 

「では申請が通るまで一週間ほどかかります。それまで研修を…」

「待て、これでも僕は異国の地でマスターをしていた。その国では誰もが名を知るようなマスターだったんだ。だから…!」

「しかしこれが規則です。スカウトリングをお持ちなら話は別ですが…」

「そんなものは持っていない、しかし…!」

 

 一刻も早くアロマGPへの参加を望むテリーとしては一週間の生殺しなど耐えられたものではない。声を荒立て抗議するテリーによって職員や教会に用事のあったマスター達がざわめき始める。

 カウンターの職員も困り果て周囲の職員へ目配せをする。アイサインを受け取った職員が入口に警備員が二人ほどいる部屋へと向かっていった。

 

「とにかく規則に従わなければ協会から追放し、永久にGP参加権を得られなくなりますよ!?」

「しかし…!」

 

 平行線の交渉は一切進まず、同じ所をぐるぐると回っている。しかしある人物がここに訪れることによって状況は大きく変わることになる。

 

「うるさいわよ、アンタ」

「ゲブ…アロマ会長?」

 

 アロマ会長と呼ばれた16歳程の青髪の少女は旨の前で腕を組みいかにも不機嫌そうな顔をしている。

 

「アンタはさっきから何が気に入らないの?」

「僕は既に仲間の魔物を連れていて、祖国ではマスターとして名を馳せたんだ。それが一週間も研修だなんて気に入らないだけだ」

 

 会長が目の前だろうと怖いものなしに口答えするテリー。しかしアロマもまた不機嫌になるわけでもなく、テリーに興味を持っているかのような表情へと変わっていく。

 

「そんだけ大口叩くなら結構な魔物連れてるんでしょ?何連れてんの?」

「殆どは祖国に残してきた。今はシルバーデビルとギガンテスだけだ」

 

ラウンジ内が今まで以上にどよめく。

(おいギガンテスってまさかノビス島のか?)(どうせ王族の七光りだろ)

(不正だ!不正に決まっている!)(ホラ吹きが…)

 

「へぇ…アンタの魔物を見せなさい。どこにいるの?」

「外にいる」

「それじゃあ表出なさい」

 

(まさかバトルか?)(アロマ会長が勝つに決まってる)

(俺はあのいけ好かないマスターに200ゴールド!)(俺はアロマ会長に600ゴールド!)

 

 

 アロマに言われるがままに外に出て自分の魔物を彼女に見せた。

 

「このシルバーデビル…相当頑張って育てたのかしら、Sランクモンスター並の潜在能力があるわね」

「よく分かってるじゃないか」

「ギガンテスはノビス島現生の野生種ね、寄り道して捕まえてきたって所かしら」

「ノビス島がどの島かは知らないけど多分そうだね。まあ期待外れだったよ」

「随分大口叩くじゃない、それじゃあそのシルバーデビルを連れて付いてきなさい」

 

 アロマに先に行くように言われ、入口へと入るが扉が閉まらない。アロマが職員を呼びつけ何かを伝えてから入口に入り、壁に貼り付けられているパネルを弄りってからカードを取出し近づける。すると扉が閉まり昇降機が動き出した。先ほど上り下りした時よりも長い時間扉が開かない。少し気まずい空気にテリーが口を開く。

 

「君は…」

 

 と言った瞬間に体が一瞬軽くなり、扉が開いた。

 

「ウダウダ言ってないでさっさと行くわよ」

 

 気づけば大分先にアロマが進んでいた。渡り廊下と言うにはあまりに整備されていなくて少し足を踏み外せば真っ逆さまに地上に落ちて大怪我は確実。最悪死ぬような道を平気な顔をして渡っている。

 

「これって…」

「安心して、透明度の高い硬質ガラスの柵が付いているわ」

 

 見かけ倒しだったようだ。渡り廊下の先には宙に浮いているスタジアムの様な場所があるが、これも恐らく透明素材で下から支えているのだろう。これからここで戦えということだろうか。足が少し震えているのは気のせいだと自分に言い聞かせて足を踏み出していく。

 スタジアムには200人は収容できるような客席と二人ほど入れるような席がある。テリーとアロマはスタジアム中央で向き合うように立っている。

 

「ここで戦えばいいのか?」

「まあ待ってなさい。じきにわかるわ」

 

 しばらく待つと先ほどの昇降機の方向から老若男女様々な人がなだれ込んでくる。誰もが近くの物と顔を見合わせあれやこれやと話している。断片的に"身の程知らず"とか"ビッグマウス"だとか"田舎者"とか"井の中のプチアーノン"だのと言い放題に思える一方"生意気な会長"とか"第二のブレーキ"とか言う声も聞こえる。若くして会長になったのだからある程度反発もあるのだろう。

 

「出番よ!ファニー!」

 

 とアロマが叫んだ瞬間空から両手に剣を持った人型の魔物が降ってきた。正確にはこれは一匹の魔物ではなく四匹の魔物が集合しているだけだが、その見事な連携によって一匹の魔物のように動いている。

 

「未知の…魔物…!」

 

 この世界においては比較的一般的に名の知れた上位マスター御用達の魔物だがテリーにとっては全くなじみのない魔物だ。バベルボブルと呼ばれるそれは強力な剣技と呪文、そして高い耐久力を誇るが素早さはやや低い。

 対してテリーのシルバーデビルは耐久力にやや難はあるが打撃、呪文、素早さにおいて高い能力を誇る。

 テリーは自己戦力を分析すると同時に、バベルボブルの何気ない仕草からその潜在能力を推し量ろうと試みる。剣を持った手を動かす速度、平時の構えの剣の角度、呼吸のリズム。マスターとしての究極の力の一歩手前まで至ったテリーはおおよそだが相手の能力を予測することに成功していた。

 一方アロマもまた今まで見たことないほど育成されたシルバーデビルがどのような戦法をとるのかを予測していた。スピードを活かして撹乱してから呪文などで攻めてくるというのが定石だが、前例のない潜在能力を持つそれの戦法を自分の手元の物差しで量れるのか。謎は尽きぬばかりだ。

 更に最も謎なのがスカウトリング無しに一体どうやって魔物を従えているのかである。スカウトリングは仲間の魔物から一時的に殺傷能力を取り上げ、その状態で野生の魔物に攻撃させることでその力の差を見せつけ相手を屈服させる道具だ。

 伝承の中にはそういった道具をなしに魔物を手なずけた者がいないわけではなかった。第五の冒険譚の主人公に代表される。彼は特殊な出自の為に魔物と心を通わせる能力があったということだ。

 もしかすると彼の国ではそう言った才能を持つものだけがマスターになれたのだろうか。だとすれば彼にはマスターとして一握りの者だけが持つ才能があるのではないのだろうか。

 

(もしかして大口を叩いたのはわたしの方かしら?)

 

 考えれば考えるほど嫌な汗が出てくるのを感じる。もしかして自分はとんでもない相手を目の前にしているのではないだろうか。

 

紳士淑女の皆さん(レディース・アンド・ジェントルメン)!マスター登録でのゴタゴタがとんでもないエキシビションマッチを呼び寄せたぞ!挑戦者は遠い異国より来た謎のマスターテリー!」

 

 実況担当の男が大声でアナウンスを行う。声が複数の方向から聞こえることから、声を増幅させる装置を使っていると考えられる。

(会長をぶっとばせー!)(いよ!ダークホース!)

(チャンピオンの再来!)(ホラ吹き!見栄っ張り!)

 罵声と期待の声が混じって聞こえてくる。だがテリーはそんなことを気にも留めない。既にテリーには外野など視野の外であり、今彼の世界の中にはアロマ、バベルボブル、シルバーデビル、そして自分しかいない。ただ試合の事だけを考えている。

 

「俺らの事は眼中に無いって顔をしているぞ!まさしくマスターの鑑!それに対するは我らの会長ゲブズリン!

「本名で呼ぶなって何回言えばわかるの!?」

 

 アロマは通称・自称であり、本名はゲブズリンというらしい。テリーはそれを無意識的に記憶の隅に留めておく。

 

「それではいざ…試合開始!」

 

 実況者の掛け声と共にゴングが響き渡り戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 

「「絶対に負けない!」」

 

 

 一流のマスター同士の意地と意地がぶつかり合う試合が始まった。




・スライム
 テリーのいた世界のスライムは熟練すればマダンテすら覚えるのだが、ここのスライムはライデインが関の山。

・ギガンテス
 ノビス島に生息する原生種なので潜在能力は決して高くはない。
 この魔物とヘルコンドルという鳥獣の魔物以外はノビス島は至って平和である。
テリーにスカウトされた個体の所持スキルは「VSメタル」「攻撃力アップ」

・ファニー(バベルボブル+?)
 アロマによって育成されたバベルボブル。
 ダウンオールとイオナズンが使うことができ、並ならぬタフさを持つ。
 パーティーでは中衛を務め、仲間のフォローに徹することが多い。


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冒険の書3[星降りの勇者達]

「シルバーデビル、まずはご挨拶だ」

 

 先に動いたのはテリーとシルバーデビル。ご挨拶(ベギラマ)で様子を見ろという事のようだ。

 

「仰せのままに」

 

 シルバーデビルは飛び上がり太陽を背にして火炎の呪文、ベギラマを放った。直上から放たれたことや太陽に目が眩んでいることもあり、為す術も無くバベルボブルは炎に包まれた。

 

「それで呪文のつもり? 本当の呪文を見せてあげなさい!」

 

 負けじとアロマも指示を出し、反撃に転じようとする。確かにベギラマの威力ではバベルボブルに致命傷を与えることはできない。しかしこの世界に"ギラ・ベギラマ・ベギラゴン"は存在しない。アロマにとっては全く未知の領域の魔物が未知の呪文で攻撃してきたことになる。口こそ強気だがその心は焦りに支配されていた。

 バベルボブルは両手の剣で炎を振り払うと目の前で交差させて呪文を唱える。古代の言語の文章がバベルボブルを囲い、それが激しく発光すると同時に消えた瞬間に空中で爆発が起こる。一瞬遅れて音、更に一秒もない僅かな時間だけ遅れて衝撃と爆風が会場に届く。イオ(爆発)系上級呪文"イオナズン"だ。この世界には更にその一段上"イオグランデ"が存在するのだがテリーはまだそれを知らない。

 アロマも当然これで勝ちを決するとは考えていなかった。相手の高い潜在能力を感じ取り、最上級剣技"ギガスラッシュ"を当てなければ決定打になりえないと感じていた。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。これは相手を空から引きずり降ろすための作戦でもあり、ギャラリーを喜ばせるパフォーマンスでもあった。

 その狙い通り派手な攻撃にギャラリーも沸き立ち、どよめきが会場を包み込んだ。

 

「ファニーのイオナズンが炸裂!これにはテリーのシルバーデビルもたまったものではないか~!?」

「本当のイオナズンを見せてやれ!」

 

 会場をまくし立てる実況者をよそにテリーが大声で叫ぶと、爆発の煙が吹き飛ばされシルバーデビルが姿を現す。先ほどのイオナズンを大防御で耐えていたのだ。テリーのシルバーデビルは邪配合によって耐性や潜在能力が高められているだけでなく、キラーマシンのように他の魔物が一回行動する間に複数回行動する能力も身に着けていた。

 

「―――ッ!」

 

 何と言っているか聞こえないほどの早さで終わる呪文の詠唱。瞬時に二回分のイオナズンを唱え、地上にいるバベルボブルを先ほどシルバーデビルを襲った爆発よりも二回り大きな爆発が包み込んだ。

 これにはバベルボブルも倒れるかと思った次の瞬間、重そうな巨体からは想像もつかないような跳躍でバベルボブルはシルバーデビルの目の前に迫りつつあった。

 

「これは爆発の勢いを利用したのか!?凄まじいジャンプだ!」

 

 バベルボブルの両手に握られた剣が薄紫色の光を纏っている。間違いなく勇者の剣技"ギガスラッシュ"だ。振り下ろされた剣はシルバーデビルを切り裂き、スタジアムの地面へと叩き落とす。シルバーデビルが地面に落ちてから数秒遅れてバベルボブルも着地する。

 シルバーデビルが立ち上がりバベルボブルを睨みつける。闘志は消えていないようだがその身体は満身創痍だ。一方バベルボブルもベギラマと二発のイオナズンが重なり万全と言える状態ではない。相当無茶をしていることはギャラリーの目からでも分かった。次の一撃で勝負が決まるという瞬間だった。

 

「うわあああ!」

 

 上から聞こえてくる声に全員が振り向いた。会場に大きな影が落とされる。三つほどの大きな塊が降ってくるのが見えるが如何せん逆光でよく見えない。

 

「助けてえええええ!」

 

 近づいてきてわかったがドラゴン系の魔物三匹と一人の少年が落ちてきているようだ。

 

「やれるか?」

「テリー様がやれと言うなら成し遂げるのが私の役目です」

「やれ」

「仰せのままに」

 

 シルバーデビルは試合を放棄し、バベルボブルに背を向け落ちてくる少年を抱え上げる。首に巻いた船乗りのようなスカーフと腰から下げた鍵束が目に入る。

 

「あ、ありがとう。とりあえず降ろしてくれるかな?」

 

 シルバーデビルは一切答えずに地面へと降り立って少年を下ろす。既にドラゴン系の魔物三匹はテリーとアロマの間に落ちている。一匹は金色の鱗に覆われたいかにも竜、といった風貌のドラゴン。もう一匹は紫の鱗に覆われ、金色の龍に比べるとトカゲ感のあるドラゴン。最後の一匹は足こそ無いが羽を持ち、蛇に近い姿をしている。

 

「グレイトドラゴンと…知らない魔物ね…」

「紫のがアンドレアル。足が無いのがコアトルだ。そんなことも知らないのか?」

「うるさい!協会のデータには無い魔物なのよ」

「あのー」

 

 きっと今一番状況が呑み込めてない少年が困惑しているのに気付き、アロマがわざとらしく大きく咳払いをして話を切り替える。

 

「えー皆様、トラブルが発生しちゃったけど、とりあえず今までの試合の流れを見てテリーがマスターに相応しいと思った人は拍手!」

 

 一瞬会場が静まり返り、それからはち切れんばかりの拍手がテリーを包み込んだ。星降りの大会の最終決戦決着後の拍手にも負けず劣らずの喝采がテリーに懐かしい記憶を思い出させた。

 

「勝負はお預けよ、会長室まで付いてきて。落ちてきたアンタ共々色々話しを聞かせてもらうわ」

 

 

「僕はテリー、"元"タイジュのマスターだ」

「僕はルカ、マルタの魔物牧場の跡継ぎです」

「改めてわたしはアロマ、バトルGP協会の会長よ」

 

 テリーとルカは会長室と呼ばれる豪華な絨毯が敷かれ、高級そうな机とその後ろの壁一面を本棚が埋め尽くしている部屋に迎えられた。机を挟んで入口側にテリーとルカが並んで立ち、その反対にアロマが立っている。

 テリーもルカも知った国の名前を聞きどこか安堵の息をもらす。しかしルカはその直後訝しげな顔をして隣に立つテリーの方を横目で見る。

 

「協会の情報によればタイジュもマルタも存在しない国よ。お伽噺の本の中から出てきたとでも言いたいの?まして主人公の名前を使うなんて」

「お伽噺?どういうことだ?」

 

 テリーが尋ねると、アロマは後ろの本棚へと向かい一冊の本を取出し机に置く。

 

「星降りの冒険譚。第一章の主人公の名前はテリー、第二章の主人公の名前はルカ。まさか本人だなんて言わないわよね?」

「「本人だ(よ)」」

 

 アロマが頭を抱えて机の上に上半身を乗せ崩れ落ちる。

 

「頭痛が痛いわ…アンタはどんな経緯と理由でここに来たの?」

 

 顔だけテリーの方に向けてアロマが尋ねる。

 

「自分より強いマスターに会いたいとオルゴ・デミーラに頼んでここに繋がる旅の扉を作ってもらった」

 

 アロマはわざとらしく呆れたような溜息を吐いてから姿勢を正した。

 

「とにかく。アンタをマスターとして登録してやってもいいわ。ただこの島々は協会のもの、変なことをしたらタダじゃおかないわ」

 

 一流のマスターとして、そして会長としてテリーに念を押す。

 

「もちろん、君を敵に回せばここにいられなくなるんだろう?」

「わかったなら良し。これを受け取りなさい」

 

 そう言ってアロマは机の引き出しの中から青い宝石の嵌められた銀の指輪を取り出してテリーに渡す。指輪には"No.000"と刻印されている。

 

「マスターの証、スカウトリングよ。戦闘中にその指輪を掲げればスカウトアタックができるわ。簡単に言えば峰打ちで力を見せつけて相手を屈服させる道具よ。多分アンタには必要ないけど協会施設の利用に必要だから持ってなさい」

「ありがとう。受け取っておくよ」

 

 テリーは指輪を受け取り、左手の人差し指に嵌めた。青い宝石はが映すテリーの顔はどこか嬉しそうだった。

 

「それで、次はルカ君。どういう経緯でここに来たの?」

「マルタの精霊ワルぼうから渡された"みらいのカギ"を不思議な扉に使ったら空中に放り出されて…」

「何のために?」

「テリーを倒すために」

 

 空気が凍りつく音が聞こえた気がするような沈黙が訪れる。アロマはルカとテリーの顔を交互に見て、それから首をかしげる。

 

「テリー、アンタ何やらかしたの?」

「ちょっと禁忌に手を出しただけさ」

「はあ?」

 

 誰一人として状況を理解できていない惨状に(この中では)常識人のルカが打開を試みて口を開く。

 

「それじゃあ、テリーや僕がいた世界について話すよ」

 

 

 そっちの世界の伝承としても伝わっているから知っているかもしれないけど、僕たちは精霊の加護を受けた樹上の国でマスターとして活動していた。テリーはマルタの精霊に攫われた姉を探すために樹上の国のマスターの頂点を決する星降りの大会で優勝するために奮闘し、見事優勝して姉と再会。その後もマスターとして活躍していったんだ。

 その数年後に僕は家族と一緒にマルタの国に引っ越してきた。魔物牧場の経営を行うはずが訳あってマルタの生命エネルギーが漏れ出すのを防いでいる"マルタのへそ"を壊してしまったんだ。その代用品を求めて僕はマスターとして様々な異世界を旅したんだ。そしてその冒険の末に狭間の世界にいた魔王"ドーク"から"ふしぎなへそ"を奪い取ってマルタを救ったんだ。

 そしてそれから一年くらい経ってからテリーが"邪の波動"っていうとんでもない力に手を出したみたいで、その影響で樹上の国の精霊は力を失って、タイジュ、マルタ、カレキ、タイボク、どの国も衰退して魔物は野生に帰り、配合を軸とした人間と魔物の共生関係は崩された。

 魔物と強い結束で結ばれていた一部のマスターがテリーを倒し、邪の波動をこの世から消し去ろうと努力しているんだ。僕もその一人としてマルタを救うためにテリーを探していたんだ。

 それで、うちの精霊のワルぼうがこのカギの世界にテリーがいるって言って"みらいのカギ"を渡してきたんだ。早速その世界に旅立ったらテリーと君が戦っていたんだ。

 

 

「アンタ…やっぱスカウトリング返しなさいよ」

「嫌だね」

 

 凍りついた空気は棘付いた空気へと変わっていく。

 

「この世界でも邪の波動を使うつもりなのかい?」

「いいや、一匹だけ連れてきてちょっと初心に帰ってみようと思ってね」

「あのシルバーデビルが初心?ま、いいわ。私を負かしたアイツよりは弱そうだし、万が一何かあればアイツと一緒にぶっ飛ばしてやるから覚悟しなさい!」

「そっちこそ、僕の邪魔をするなら容赦しないよ?」

 

 再び困惑するルカをよそにテリーとアロマが火花を散らし始める。

 

「僕だってその時は倒します。もし本当に普通のマスターに戻ると言うなら僕はテリーを応援したい」

 

 ルカが二人の間に割って入り、テリーを牽制すると同時に擁護する。彼自身、テリーに直接の恨みなどないのだ。

 

「それじゃあ今度手合せ願おうかな。今の仲間じゃあちょっと力不足だしね」

 

 テリーもその答えに満更でもなく、挑発や皮肉を抜きにルカに対戦の約束を取り付ける。

 

「というわけでアロマさん。僕もマスターに登録してくれませんか?」

「はぁ…何で次から次へとこんなことばっか…」

 

 聞こえよがしに愚痴をこぼすアロマに一瞬ルカは顔を歪める。それを見たアロマは母性的な庇護欲を刺激された。

 

「べ、別にダメじゃないわ。ちょっと混乱してるだけよ。テリー共々明日には協会の施設を使えるようにしてあげるわ」

「ホントに!?」

「嘘はつかないわ。ほら、スカウトリングよ」

 

 机の引き出しからもう一つリングを取り出してルカへと手渡す。

 

「ありがとう!」

 

 

 かくしてこの場は収まり、ルカの落下沙汰は不良品のキメラの翼を使ったことによる事故であると後日報道された。テリーはその日のうちに協会本部にある図書館の本の1割を読破し、自分のいた世界と違う魔物の成長の仕方を入念に調査した。一方ルカはGPitに向かい、預り所の職員と一緒に魔物の管理法について話し合い、日が暮れる頃、アロマに分厚いレポートを提出した。異例の事態が相次ぎ疲弊したアロマが再び溜息と愚痴でルカの顔を曇らせたのは想像に易いだろう。




・グレーラ(グレイトドラゴン+42)
 ルカのパーティーでは最も古参の魔物。
 使用可能な特技はしゃくねつ、かがやくいき、ばくれつけん、まじんぎり、たいあたり、ちからをためる、いきをすいこむ、におうだち

 ・アンドレ(アンドレアル+36)
 ルカのパーティーにおいて主に補助と追撃を行う。
 使用可能な特技はジゴスパーク、マダンテ、スクルト、フバーハ、マジックバリア、あまいいき、やけつくいき、もうどくのいき

 ・コル(コアトル+34)
 ルカのパーティーにおいて、サポートと回復を主に行う。
 使用可能な特技はしゃくねつ、がんせきおとし、ビッグバン、バイキルト、ルカナン、ぶきみなひかり、ひかりのはどう、ベホマラー


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冒険の書4[勇者の資格]

それにしてもどの作品にもあらくれマスクっているもんですね。


「熱い…」

 

 テリーは砂漠の島の中、汗まみれで歩いていた。厳しい日差しと乾燥が水分を奪っていく。

 この島はサンドロ島。ノビス島の普通の魔物が相手では不足となってきた駆け出しのマスターが来るような島だ。島の外周に狭い平地、島の中央を囲うような少しばかり高い丘を越えれば急な傾斜があり、大きな窪地が広がっている。中の海抜は負の値に突入しているのだが、協会による地盤調査などで安全が確認されている。

 窪地の中央には先住民族か何かの儀式で使われていたと思しき石造りのステージがあり、簡素なテントが併設されている。ここで闘技場が開かれていて、ここでSSランクに挑戦して勝利することがアロマGP出場の条件となっている。

 

「こんなのでヘバっていたら持ちませんよ」

 

 一方ルカはピンピンとしていた。

 

「シルバーデビル、凍てつく波動でコイツのフバーハを消し飛ばせ」

「生憎私は凍てつく波動を使えません」

 

 テリーはルカのアンドレアルがフバーハを使うところを見ていた。フバーハは戦闘中に使う炎や吹雪を防ぐ呪文だが、このように極端な寒暖を防ぐ方法として使うこともできる。

 二人は闘技場へと向かっていた。この世界の標準的なマスターの力量を計る、SSランクを突破する、未知の魔物との出会いなど目的は多々あったが、一先ず行き先が一致した二人は共に闘技場を目指すことにして今に至る。

 窪地へと向かう急な傾斜は協会によって整備され、ぐるりと回るように緩い斜面が作られ、危うげなく降りることができる。

 二人はテントの入り口から中へ入って様子を窺う。中には人が三人いた。一人は同業者と思しき若い男、もう一人はここに来るマスター向けに何かを販売している様子の女、そして最後の一人は入口からまっすぐの奥に佇む男。

 その男は筋骨隆々とした上半身を惜しげもなく晒しているにも関わらず、顔を角が付いたフルフェイスのマスクで覆っている。いわゆる"あらくれマスク"と呼ばれるタイプの人間だ。

 

「兄ちゃんたちマスターかい?どのランクに挑戦する?」

「「SS!」」

 

 テリーとルカが声をそろえて言う。その直後、互いに顔を見合わせた。

 

「僕が先にこの世界に来たんだ!僕が先だろう!」

「いーや僕が先だ!そっちは二匹しか連れてないじゃないか」

「僕のシルバーデビルはキラーマシンみたいに二回行動できるから二匹分だ」

「そんなの認められるもんか!何でもいいからもう一匹捕まえてから…」

 

 そんな二人を見て呆れたのか、あらくれマスクの男が恐る恐る声をかける。

 

「二匹しかいないってんなら悪いことは言わねぇ、やめときな。今回はそっちの兄ちゃんに譲るべきだ」

 

 テリーは一瞬何か言い返そうとするが言葉に詰まり、そっぽを向き舌打ちした。

 

「不本意だけど、ここは君に譲ってあげるよ」

 

 そう言って不機嫌そうにテントを後にした。それを見届けてからルカが参加手続きを始める。

 

「えーと、それじゃあ僕がSSランクに参加しますね」

「スカウトリングのナンバーは?」

「156です」

「OK、それじゃあ外で仲間の魔物と作戦会議をしててくれ。始まるころになったら呼ぶからな」

 

 

 テントの外ではふてくされたテリーがシルバーデビルとギガンテスと共に窪地に生息する魔物を探していた。上から見下ろしていたときは二足歩行で羽をもたないドラゴンの幼体、コドラが生息しているのが見えていた。しかし今は見る影もない。上位のドラゴン三匹と通常よりも遥かにに高い潜在能力を秘めたシルバーデビル、野性がまだ残るギガンテス、こんな化け物がまとまってやってきたのだから下位のドラゴンは逃げる他ないだろう。

 

「エントリーは終わったか?」

「作戦会議をして、呼ばれたら試合開始みたい」

 

 ルカはテリーを横目にテントの外に待機させた魔物の元へ駆け寄る。聞いた通りならば作戦会議をしているのだろうがテリーにはよく聞こえない。

 

 

 結局テリーは試合が始まるまでに魔物を捕まえることはできず、仕方なく観戦することにした。

 ステージの脇にあらくれマスクの男が立っている。ルカのドラゴン達と向かい合うようにどこからか連れてこられた魔物が三匹。巨大なイカの魔物、タコの下半身に鎧を着て槍と盾を持った人間の上半身が付いている魔物、人間の腕が生えていて槍を持った魔物。最初の一匹はオセアーノン。第八の冒険譚で主人公達が使う予定の航路を塞いだ魔物として知られている。実際は操られていただけで根は心優しく愉快な魔物だ。最後の一匹はグラコスという第六の冒険譚に登場する海底を支配する魔王の一角だ。テリーの知らない二匹目の魔物はオクトセントリーという魔物で、第八の冒険譚の世界に存在するのだが、特筆すべき存在ではないので省略され、テリーが知る機会はなかった。

 

「それじゃあ一回戦目、はじめ!」

 

 あらくれマスクの男が試合開始の合図を出すと同時に両者が動き出す。

 ルカのコアトルが先制してバイキルトをグレイトドラゴンにかけて攻撃の準備を整え、続いてアンドレアルがフバーハを唱える。グレイトドラゴンが動き出す前にオクトセントリーが槍に氷を纏わせグレイトドラゴンを突き刺す。しかしグレイトドラゴンはこれをものともせずに尻尾を振り回しオクトセントリーを吹き飛ばす。

 ステージの端に追いやられたオクトセントリーを横目にグラコスが呪文を唱えるとルカの魔物達の真上から巨大な氷が降り注いだ。ヒャド()系最上級呪文"マヒャデドス"だ。テリーの知る世界の魔物では習得はできない呪文で、マヒャドをも超える威力を誇る。

 フバーハによって防ぐことができるのは火炎と吹雪の"息吹"だけだ。最上級呪文が一切軽減されずに襲い掛かれば如何に上位のドラゴンといえど効果が目に見えて表れる。どの魔物も鱗の一部が剥がれ、息を切らしている。しかしその一方で相手を鋭くにらみつけ、その闘志が潰えていないこともわかる。

 オセアーノンは動かずに様子を見ているように見えるが、よく見れば息を吸い込み、息吹を放つ準備をしている。

 コアトルがベホマラーを唱えて傷ついた仲間たちを癒し、体制を立て直す。ルカはジリ貧を恐れ、アンドレアルにも攻勢に加わるよう指示を出す。アンドレアルは上を向いて思いっきり叫び、地獄の稲妻を呼び寄せる。ジゴスパークと呼ばれる強力な技だ。禍々しい紫色の稲妻がステージを包み込み、オクトセントリーはそのまま倒れた。

 グレイトドラゴンも続いて追撃を仕掛け、グラコスを倒すことに成功する。オセアーノンが灼熱の息を吐き出すも、ルカのドラゴン達が持つ高い火炎耐性によって一切のダメージを与えられずに終わってしまう。

 コアトルがトドメに灼熱の息吹を吐き出してオセアーノンも倒れた。

 

「試合終了!」

 

 あらくれマスクの男を合図にルカの魔物達も攻撃の手を止める。テントの中にいた女が倒れた魔物達を尻尾を生やした白い毛並みの丸々とした魔物に運ばせている。ももんじゃと言われる魔物で、鳥の様なくちばしを持っているが獣系に分類されている。

 

 

 その後にあらくれマスクの男が次の相手となる魔物達を連れてきた。一匹目は紅い肌の人型の魔物で、四本の腕に剣を二本と斧と棍棒を持っている。二匹目は雪だるまのような体型で、頭の毛をちょんまげにまとめ、ハープを持ったネズミの魔物。三匹目はカラフルな法衣を纏い、杖を持ったゾンビだ。

 一匹目はまおうのつかいと呼ばれる魔物で、キラーマシンやテリーのシルバーデビルと同じように他の魔物が一度行動する間に二度行動する能力を持っている。二匹目はドン・モグーラという魔物で、第八の冒険譚において、とある国の秘宝を盗み、その国宝を必要とした主人公たちに退治された魔物だ。ネズミに見えるがモグラの一種らしい。三匹目はワイトキングという魔物だが、テリーの知るそれとは少々姿が異なっている。

 いずれもテリーの知る魔物だが、上位マスターの連れているそれと遜色ないほどに訓練されていることが見て取れる。その一匹一匹が自分のシルバーデビルに引けを取らない力を持っていることを感じることができ、ルカの魔物達と比較して、その勝ちを確信することができない。

 

「それじゃあ第二回戦…」

「棄権します!」

 

 試合が今にも始まるという瞬間にルカが棄権を宣言する。

 

「この戦いに勝てても…もう後がない…」

 

 闘技場は三連戦に勝利することでクリアを認められる。合間での回復は認められていないため、ルカはそのことからこの消耗度では次の戦いを突破しても、その次の戦いを突破できないと判断した。

 

「甘えるな!ルカ!」

 

 しかし外野から唐突に喝が飛ばされる。テリーが珍しく熱くなっている。

 

「お前の魔物はお前のことを信じているんだ!お前が魔物を信じられなくてどうする!」

「でも…!」

 

 ルカは魔物牧場出身のため、マスターとしては優しすぎた。自分の魔物が傷付くさまを見るのがつらくて、強くなろうとした。ルカには勇気がなかった。自分の魔物では勝てないかもしれない可能性がある相手には挑むことを躊躇い、尻込みしてしまう。魔物を慈しむ気持ちはマスターにとって重要ではあるが、ルカの優しさは最早甘さの域に達している。マスターには優しさも必要だが、もう一つ大事なことがある。それは仲間に対する信頼だ。

 ルカは幼いころから魔物と触れ合っていたがばかりに、その見る目が必要以上に磨かれ、見た魔物が自分の分析を上回ることも下回ることもなく、戦う前からその勝敗について九割方予想がついてしまった。自分の分析能力を信じるがあまり、自分の魔物を信じることができていなかった。

 

「信じれば応えてくれる!それがマスターと魔物だ!」

 

 時に魔物を信じるマスターの気持ちが、魔物を成長させることがある。テリー自信にそういった経験もあったし、近い記憶では自分がけしかけた竜王と戦ったマスターとその仲間のスライムが本来以上の力を出したこともある。

 

「で、兄ちゃん棄権すんのか?」

「取り消します。試合を開始してください!」

 

 強者へと果敢に挑み、仲間を信頼する勇敢なマスター。その姿はまさしく伝承に伝わる勇者そのものだった。

 

「第二回戦…はじめ!」




・コドラ
 小型のドラゴン系の魔物であり、潜在能力は高くない。
 おとなしい性格なので駆け出しのマスターでも比較的楽に手なずけることができる。

・オセアーノン
 その巨大な触手から放たれる打撃も、口から放たれる息吹も強力な魔物。
 その楽天的すぎる性格がマスターの悩みの種。

・オクトセントリー
 他二匹に比べ潜在能力は低いものの、知能が高く、訓練次第でその実戦能力は本来の能力をはるかに上回る。

・グラコス
 その小さい体格と、伝承の中でもダーマの神殿で得た力でアッサリ倒されたエピソードのため、あまり強いイメージが無い。
 実際はヒャド系呪文の適性などに優れていて

・まおうのつかい
 魔王系の魔物の配合材料となる魔物。
 多数の腕と武器を使った器用な戦い方が魅力的で、主人にも従順だが如何せん配合先の人気が強い。

・ドン・モグーラ
 ネタキャラのように見えるが案外侮れない強さを持つ。
 オセアーノンと同じく楽天的な性格のせいで手なずけにくい。

・ワイトキング
 ゾンビ系なので意志が弱く、基本的に命令には忠実。
 呪文攻撃が得意だが肉体的には撃たれ弱いのでフォローが必要。


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冒険の書5[最強のマスター]

「ハハハッ清々しいくらい綺麗に負けてくれたね」

 

 ルカは結局第三回戦まで善戦したものの、暗黒の魔人による痛恨の一撃によってコアトルを倒され、残り二匹も奮闘するもあえなく敗退してしまった。テリーはそれを見て今の自分の魔物で勝算は無いと考え、挑戦を辞退した。

「それでも、自分たちの限界を超えられた気がするなぁ」

 

 仲間を信じ切って、一見無茶にも見える戦いに挑んだ勇者はマスターとして一回り成長し、その外見も心なしかたくましく見える。

 

「それで、どうするんだい?」

「まだ会ったことのない魔物を仲間にしたいし、仲間を強くしたいし…」

「それならテントの中にいたマスターから一つ良いことを聞いてね」

 

 

 アルカポリス島行きの水上バイクのある桟橋から島を反時計回りに少し進んだところに、謎の遺跡があり、そこにはこの島にしてはかなり強い魔物が生息しているらしい。

 二人は来た道を戻り、GPitで軽く休息を取ってから遺跡へと向かった。重厚な扉は思いのほか軽い力で開き、二人を迎えている、あるいは誘い込んでるように思える。

 中に入ると綺麗な石のタイルによって整備された部屋があり、すぐ先にまた扉がある。魔物の住処として協会が定期的に清掃しているらしい。

 再び扉の先に行くとまた正面に扉がある。

 

「からかっているのか!」

 

 痺れを切らしたテリーが次の扉に向かい走って扉を開けて部屋の中に入った。

 

「待って!」

 

 とルカが言うのも、実はすぐ左に行けば上に続く階段があるからだ。急いでテリーを追いかけるが、扉は固く閉ざされて開く様子は無かった。

 

「無事でいてくれればいいけど…」

 

 

 テリー達が部屋に入ると扉が独りでに閉まる。直後部屋の松明が灯り暗闇は照らされ、部屋の主が現れる。

 目の前にいるのは両で大きなスプーンを持った、雄牛の様な顔を持つ悪魔の姿をした黄色い魔物と、それが引き連れる二匹のフォークを持った紫色の小悪魔。後者はベビーサタンという魔物で、強力な呪文の扱い方を知るが魔力不足によってそれを使うことはできない哀れな魔物として知られている。前者の魔物はテリーは会ったことが無いが、協会の資料でデザートデーモンという魔物であると知っている。

 

「これが例の強い魔物か」

 

 この部屋は遺跡荒らしを退けるための罠なのだがテリーはそんなことを気にもせず目の前にいる魔物に興味を寄せる。ギガンテスよりは弱そうだが、外にいた魔物よりは強いことはわかる。

 相手が逃げる様子がない事を確認し、仲間に指示を出す。

 

「シルバーデビルはルカナン、ギガンテスはバイキルトだ!」

 

 スカウトアタックは相手の防御力が低く、自分達の攻撃力が高いほど成功しやすくなる。ルカナンで防御力を下げて、バイキルトで攻撃力を上げて、準備を整えていく。

 ベビーサタンは炎を飛ばす呪文"メラ"を唱えてくる。テリーの知るベビーサタンはイオナズンを唱えようとしては失敗してばかりなので一瞬困惑するが、すぐにそれは好奇心へと変わる。

 

「君も気になるけど、やっぱり今回は大物の方を頂くよ」

 

 スカウトアタックが成功すると、一緒に現れた魔物は逃げてしまう。そのため複数の仲間にしたい魔物が同時に現れた場合、マスターは苦渋の選択を強いられてしまう。

 ベビーサタンに続いてデザートデーモンも呪文を唱える。イオ(爆発)系下級呪文"イオ"だ。テリーの魔物達はこれを物ともせずにもう一度呪文を唱え、準備を整える。

 ベビーサタンは呪文を使わずにフォークで突き刺しにかかるが、ギガンテスの強靭な肉体にはまるで歯が立たない。デザートデーモンも呪文で攻撃するが相手が格上であることに気付いたのか後ずさりを始めた。

 テリーはすかさず左手を掲げ、スカウトリングを使う。その直後、シルバーデビルとギガンテスが青白い光に包まれた。

 

「デザートデーモンだ!やれ!」

 

 先にシルバーデビルが二回連続でデザートデーモンを殴りつけ、続いてギガンテスが棍棒で殴りつける。デザートデーモンはのけぞる様子こそあるものの、傷は見受けられない。

 相手の魔物が戦いの手を止め、数秒後にはベビーサタンが部屋の奥の扉に逃げ、デザートデーモンがテリーへ歩み寄ってくる。スカウトアタックは成功したようだった。

 

 ベビーサタンが逃げて行った扉の脇に、何やら文字の刻まれた石碑があった。何やらよくわからないことが書かれているので気にせず扉を開けると目の前にルカがいた。その先には先ほど自分が通ったはずの扉がある。

 

「何も警戒せず行くなんて…って何か増えてますね」

「そっちこそ、おおきづちと…踊る宝石じゃないな」

「わらいぶくろっていう魔物らしいです」

 

 自分がデザートデーモンと戦っている間に二匹も仲間にしていたようだ。テリーはその非情さと行動力に驚くとともに呆れた。

 

「僕は目的を達成したから別の島に移動するつもりだけど、そっちにアテは?」

「なんでもこの島は夜、闘技場のステージに珍しい魔物が現れるらしいですよ。ドラゴン系なので是非仲間にしたいと思ってて…」

「それじゃあ決まりだ」

 

 

 二人は遺跡を出て、夜になるまでサンドロ島のGPitで休憩した。

 夜の砂漠は昼とは打って変わって雪山のように寒く、凍え死ぬ程だ。辺りを闊歩する魔物も昼とは違い、海辺にカニの魔物、窪地には翼をもった魔物のキメラがいる。昼間、ルカが戦った闘技場のステージの上に、骸骨の魔物がいることが上からでも確認できる。死霊の騎士や骸骨剣士などと違い、その骸骨は二足歩行の竜の姿をしている。スカルドラゴンと呼ばれるその魔物は夜行性で洞窟を好み、稀に外に出るらしい。運よく今日はその日で遭遇することができた。

 二人は他のマスターがいないことを確認し、ステージへと向かう。

 

「グレーラはみんなを庇って、アンドレは甘い息、コルはバイキルトだ」

 

 相手に先手を取られた場合の保険としてグレイトドラゴンに仲間を守る壁の役割を任せ、アンドレアルには相手を眠らせるべく息吹を使わせ、コアトルには攻撃力の増強をさせる。ルカらしく慎重な判断だ。

 先んじて動いたのはコアトルで、グレイトドラゴンにバイキルトをかける。アンドレアルが甘い息を吐き出すが、スカルドラゴンには聞いてないように見える。スカルドラゴンも反撃するが、グレイトドラゴンの強固な肉体に阻まれ攻撃は不発に終わる。

 

「今だ!スカウト!」

 

 慎重だった一手目とは打って変わって大胆な手に出るルカ。今まで裏目に出ていた慧眼はルカが一皮むけることにより、魔物の力をより引き出すことのできる強力な武器になっていた。

 魔物達もそれに応えるように全力でスカウトアタックを行う。ドラゴン系の魔物は強靭な肉体を持ち、直接的な殴り合いに長けている。ルカの魔物の一匹一匹がテリーのギガンテスを上回る怪力を以ってスカルドラゴンを屈服させにかかる。

 これにはスカルドラゴンも参ったと言わんばかりに戦いの手を止め、ルカへと歩み寄った。スカウトアタックは成功したようだ。

 

「やったぁ!」

「おめでとう。ルカ君」

 

 

 二人はその後GPitに戻ってから荷物を職員に預け、マスター向けの休憩室で夜を明かした。寒暖が極端な砂漠の中とは思えない程快適な温度の室内にはテリーやルカの他にもほんの数人のマスターが仮眠をとっていた。その中にはかのアロマを打ち負かした唯一のマスターもいたのだが、この時は誰も気づくことはなかった。

 

 

 時は遡り、テリー達が闘技場で戦う少し前、アルカポリス島からかなり離れた位置にある樹海の島、モルボンバ島の桟橋に彼はいた。一流のマスターですら危険の島を自分の庭のように闊歩する彼は、この島々の中で唯一の現バトルGP協会会長アロマに勝利した男だ。灰色の髪は整髪料によって重力に逆らい前向きに尖っていて、シルバーアクセサリーやラフな格好をしている彼の格好は親の愛を受けず育ったせいであった。

 連れている魔物は三つの目と青い翼をもつ鳥獣の魔物"ジャミラス"や巨大な棍棒を両手で持ち、強靭な巨体と貧相で飛ぶことのできない翼をもつ魔物"おにこんぼう"そして青白く美しい毛並みを持つ狼のような姿で、額には緑色の輝く"宝具"と呼ばれる角を持つ伝説の魔物"神獣JOKER" そのどれもが限界近くまで鍛え上げられた最上級の魔物で、彼の勝利が偶然ではない事が見て取れる。

 つい先ほど彼はGPitでアロマを追い詰めたマスターの話を聞き、今いる魔物の中で最も強いものを連れてアルカポリス島へと向かおうとしていた。

 

「昨日から嫌な気配を感じる。主よ、気をつけろ」

「俺がそう簡単に負けるはずがねーよ。お前こそまた洗脳されんなよ?」

「あの話はもう掘り返さないでくれ」

 

 かつて元バトルGP協会会長カルマッソによって魔物を凶暴化させる原因である"マ素"を大量に浴びせられた神獣はその自我を失い、カルマッソの配下となってしまったことがあった。神獣の主の父が作った道具によってマ素を吸い出し事なきを得たが、その記憶は未だに神獣の心に深い傷を残している。

 一方で彼はこの事件を通し父の愛を感じたのだが、慣れ親しんだ服装を変える気はないようだ。

 

「さて、それじゃ行くぞ」

 

 キメラの翼を放り投げ、アルカポリス島へと飛んでいく。久々に骨のある奴と戦えると心を躍らせていた。

 

 

 

「もうどっかに行った!?」

「そうよ」

 

 協会本部の会長室に顔パスで入った彼は机を両手で叩きアロマに詰め寄る。アロマはそれを意に介さず書類に目を通してはサインをしたり破り捨てたり仕分けしたりと忙しなく手を動かしている。

 

「どこ行ったんだよ」

「知らない、町の人に聞けば教えてくれるんじゃない?」

「無責任な」

「会長にそんな義務はないわ」

 

 舌打ちをして彼が部屋を出ていく間際にアロマがわざとらしく大声で独り言を発した。

 

「あーそういえばアイツらナントカ島に行くとか言ってたような…あー思い出した!」

「どこだ!教えろ!」

「教えて欲しいなら、いつものアレに付き合いなさい」

「やっぱそうなるのな…」

 

 "いつもの"というのは当然モンスター・バトル。自分と戦えということだ。現在8勝2敗でアロマが負け越しだが、毎回互角の戦いを繰り広げていることもあり、両者の魔物の戦力差は殆どない。

 あるとすればそれはマスターの采配や、魔物との信頼関係だろう。魔物を自分の道具、良くて手足に思っている高慢なアロマの魔物は土壇場で応えてはくれない。

 そのあと一歩の差がテリーとの一戦で掴みかけた気がして、すぐにでも誰かと対戦したかったが、異世界から来た二人の来訪者によって書類仕事が増えてしまった。

 そんな最中に来た彼は彼女にとって格好の対戦相手だ。彼の欲しがる情報をチラつかせればまんまと食いつくと見込んでのことだ。

 職員に魔物を連れてくるよう言いつけてから昇降機へと向かう。

 

「今日のわたしは一味違うわよ」

「どうせ今日も同じだ」

 

 昇降機でスタジアムへと移動し、魔物が運ばれてくるのを待つ。テリーとの戦いでは手っ取り早くキメラの翼を使ったり人間用昇降機に乗せたりしたが、経費でキメラの翼を買うことができない以上、自腹を切る羽目になる。毎回使うわけにもいかないので魔物用昇降機を作動させている。

 油圧を用いているため、力は非常に強いがその移動速度は非常に遅く、毎度毎度退屈することになるので、対戦が始まるまでの間は適当に会話するのが慣例となっている。

 

「今日はどんなの連れてきたのかしら」

「前々回と前回に連れてきたジャミラスとおにこんぼう、あとは神獣だけど。そっちは?」

「アトラス、バベルボブル、メタルカイザー」

「いつも通りじゃん」

 

 他愛もない事を話しながら時間を潰し、仲間の到着を待つ。相手のメンバーが分かっていれば戦い方も大方予想がつく。手の内がわかっているのだから実力の差が如実に表れるだろう。

 最大のライバルを目の前にお互い気分が高揚し、冷たい風に晒される中でも体温が上がるのを感じる。

 満を持して大型の昇降機の扉が開き、魔物達がスタジアム中央へ集まる。実況や観客はいない。そこにいるのは一人のマスターと一人のマスター。再びこの場所で意地と誇りをかけた一流マスターの戦いが始まろうとする。

 

「それじゃ、始めましょうか」

「望むところだ。何度でも倒してやる」




・ギガンテス
ノビス島に生息する原生種なので潜在能力は決して高くはない。
この魔物とヘルコンドルという鳥獣の魔物以外はノビス島は至って平和である。
テリーにスカウトされた個体の所持スキルは「VSメタル」「攻撃力アップ」

・デザートデーモン
サンドロ島の遺跡に生息する原生種…ということになっているが実際は遺跡から産まれているのではないかと言われている。
サンドロ島に来たてのマスターにはかなり強い相手で、ビギナーキラーとしてマスターの間で有名。
テリーにスカウトされた個体の所持スキルは「ガード」「かしこさアップ」


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冒険の書6[陰謀の影]

 真っ先に動いたのはアロマのメタルカイザーだった。呪文を唱えて放つのはメラ(火炎)系最上級呪文"メラガイアー"だ。巨大な火球が真っ直ぐ神獣へと迫っていき、神獣は炎に包まれる。しかし神獣はそれを振り払い、涼しい顔をしてメタルカイザーへと一直線に突進する。メタルカイザーの更迭の体をも貫く技"メタル斬り"だ。反撃に対応できないメタルカイザーは神獣の攻撃を受け止めわずかに後ずさる。どうやら効いているようだ。

 決死の攻撃を行い隙を晒した神獣を目掛けアトラスが棍棒を振り下ろす。メタルカイザーですら数発で、メタルスライムなど一発で打ち砕く必殺の一撃が神獣を狙うがジャミラスがマヌーサを唱え阻害し、攻撃は不発に終わる。そうして隙を晒したアトラスに向かってジャミラスが飛翔し、鋭い爪で引き裂こうと飛びかかる。その両手の爪をバベルボブルが両手の剣で受け止め、弾き返す。一瞬のけ反ったバベルボブルに向かいおにこんぼうが渾身の力を込めた棍棒を振り下ろし、命中する。攻撃を受けたバベルボブルの巨体はステージの端まで吹き飛んだ。今の技は"魔神斬り"当てることを考えずに全力の力を込めて攻撃する技だ。

 

「腕を上げたか?」

「別に?」

 

 彼はアロマの瞬間的な判断力の成長をひしひしと感じていた。初動こそ彼が優勢だがお互いがこうも強いと一瞬で覆る可能性も高くなる。彼は様々な可能性を考慮し現状を分析する。バベルボブルは消耗、アトラスはマヌーサ、メタルカイザーは僅かに手負い。メタルカイザーは回復技の"ハッスルダンス"を使えたはずだと思いだし、優先して排除しにかかる。

 

「バット、メタルカイザーだ!」

「させないわよ!」

 

 他の追随を許さない圧倒的な力を持つおにこんぼうは代わりにアトラス以上に鈍重だ。当然阻止しようと思えば様々な方法があるだろう。おにこんぼうを支援するように彼は指示を飛ばす。

 

「JOKER!ジャーニー!」

「わかっている」

「御意」

 

 神獣は攻撃力を増大させる呪文"バイキルト"を唱えおにこんぼうを支援、ジャミラスは呪文を封印する呪文"マホトーン"でバベルボブルのイオナズンを封じる。アトラスの攻撃は虚しく空を切り、バベルボブルの剣もまたジャミラスによって防がれてしまう。メタルカイザーへとおにこんぼうが肉薄し、全力で棍棒を振り下ろす

 

「今よ!」

「それが狙いか!」

 

 メタルカイザーが至近距離のおにこんぼう目掛けてメラガイアーを放つ。この場の誰よりも素早いメタルカイザーがじっと動いていなかったというわかりやすい兆候を見逃した自分に腹が立ち彼は舌打ちした。

 圧倒的な魔力を誇るメタルカイザーのメラガイアーは流石のおにこんぼうも堪えたようで足元が少しおぼつかないように見える。

 

「本当はメタルカイザーを始末してからにしたかったんだが…」

「本気か?主よ」

「大マジだ」

 

 彼は神獣に合図を出す。アロマもその合図を理解し最善策が何なのか瞬時に考えた。神獣を倒し阻止するか、はたまた耐え忍ぶか。

 その一瞬の迷いが支持の遅れを産み、優勢に傾きかけた戦況を反転させることになる。

 

「ぶちかませ!JOKER!」

「その目に焼き付けろ!」

 

 全ての魔力を解き放ち、暴走させる究極の呪文"マダンテ"を使い、無防備な敵を倒しにかかる。ステージ中央付近で起きた魔力の爆発はその場にいる魔物の全員を飲み込み蹂躙する。

 その直後には一転して静寂が訪れ、煙に隠されたステージの様子は誰にも認識できない状態にある。呪文を唱えた神獣と全ての呪文を無効化するメタルカイザーが無事なのは確実なので両者共に気を抜かない。

 

「気配を探ってイオナズンよ!」

 

 アロマはその安否が定かではないかとバベルボブルに支持を出す。最初に魔神斬りを受け消耗したバベルボブルがこの攻撃の中で生きている可能性は極めて低い。だがアロマはそれを知った上で冷酷にも支持を出す。仲間を信じることで生まれる力を確かに知っているからだ。

 マダンテの煙に包まれたステージのどこかで再び爆発が起こる。バベルボブルは生存していたのだ。第二の爆発がマダンテの煙を吹き飛ばし、いまだ健在の5匹の魔物を映し出す。メラガイアーとマダンテの直撃を受けたおにこんぼうは既に倒れている。

 

「馬鹿な、あの中で生きていただと?」

「一気に決めるわ。ガンガンいきなさい!」

 

 アトラスにかかっていたマヌーサの効果は消え去り、反撃の時間が訪れる。メタルカイザーが先陣を切ってメラガイアーを唱え、神獣を攻撃する。

 

「怯むな!ここで攻めないでどうする!」

 

 彼もまた体勢を立て直すことを放棄して勝負に出る。神獣はメラガイアーを突きぬけて直進し、メタルカイザーに肉薄する。咄嗟にメタルカイザーも距離を取ろうとするが気付いた時には時すでに遅く、会心の一撃によって甚大なダメージを受けてしまう。

 攻勢に出て無防備になった神獣にアトラスの棍棒が迫り、ジャミラスがそれを防ぎにかかる。おにこんぼうにも匹敵する力で振りぬかれた棍棒はその防御ごと突き崩し、神獣を巻き込みながらジャミラスを吹き飛ばす。

 二匹が止まった瞬間にバベルボブルがイオナズンで追撃し決着はついたかに見えた。

 

「最後まで諦めるな!ぶちかませ!」

 

 ジャミラスの下敷きとなっていた神獣がジャミラスの死体を吹き飛ばし、目にもとまらぬ速さでバベルボブルへと突進する。これに耐え切れずバベルボブルはその場に倒れ、神獣はそれを蹴りって方向転換し、メタルカイザーへ突進する。これもまたクリーンヒットし、決定打となってメタルカイザーは倒された。

 最後に残った神獣とアトラスが正面から向き合う。両者のマスターが瞬時に、しかし冷静に現状を分析する。神獣は魔力を使い果たしていて、アトラスの攻撃とバベルボブルのイオナズンのダメージが蓄積している。一方でアトラスはバベルボブルのイオナズンに巻き込まれていなければマダンテのダメージしか受けていない。ジャミラスを殴りつけた攻撃の威力からコンディションを推察すると巻き込まれていないと考えられる。

 互いに最善を考えることを放棄し、次の一撃に全てを賭けることにした。

 

「「ぶちかませ!」」

 

 他に何の要素もない体力と力のぶつかり合い。棍棒と宝具とがぶつかり合い周囲に衝撃が迸る。凄まじい風量に二人のマスターは目を閉じ、顔を背ける他なかった。

 

 

 風がやみ、目を開け、二匹がぶつかり合った場所を見る。神獣もアトラスも立ったまま動かない。二人が怪訝な顔をして近づいていくと、驚くべき事実を目の当たりにした。

 

「立ったまま気絶してやがる…」

 

 

 

 倒れた魔物はGPitへと運ばれて治療を施されている。さほど時間はかからないが、彼とアロマは会長室で少し話をすることにした。

 

「んで、例のヤツはどこにいんだ?」

「教えてもいいけど、その前に話しておきたいことがあるの」

「焦らすなよ」

「急かす男は嫌いよ」

 

 例のマスターはテリーって名前の男。Sランクの魔物に比肩する潜在能力を持つシルバーデビルを連れていたわ。

 彼の話すところによると異世界から来たみたいで、その世界では邪の波動っていう禁忌の秘法に手を染めたみたい。そうして敵無しになった彼は初心に戻るために仲間を1匹だけ連れてここに来たらしいわ。

 キメラの翼の不良品事故も実は彼と同じ世界のマスターが彼を追って来たことによって起きた事故よ。表向きの発表と事実は違うわ。彼の名前はルカ、ドラゴン系の魔物を三匹連れているわ。戦ってはいないけどかなりやり手よ。グレイトドラゴンを連れていたわ。

 彼らの話はどこまで本当かわからないけど、アンタの神獣クンが狙われるかもわからないわ。

 邪の波動の性質についてルカ君から聞いた話をまとめると伝承の中の秘法"進化の秘法"に似ているし、マ素とも似ている。気をつけなさい。

 

「アンタに話すことは以上。ソイツらはサンドロ島に向かったわ」

「ありがとよ、また来るぜ」

 

 そう淡白に返事して彼は部屋を去る。部屋の入り口を見張る警備員の挨拶にすら耳を貸さずに件のマスターの事しか考えていない。全く危機意識の無い彼と裏腹にアロマの胸は不安で埋め尽くされていた。

 

「折角心配してるのに。ホント無愛想なんだから…。"強くなったな"とかもっと言う事あるんじゃないの?」

 

 と悪態をつき執務に取り掛かり数秒後に顔を紅潮させて机に突っ伏した。

 

「何言ってるのよ。これじゃまるで…」

 

 "恋人みたいじゃない"などとはとても口にはできなかった。

 

 

 

 魔物の治療にはあまり時間はかからない。彼ほど有名なマスターならばその魔物は優先的に治療されるし、そもそも治療などと大層なことを言っていてもその実協会が保有する魔物に蘇生呪文"ザオリク"と回復呪文"ベホマズン"をかけさせているだけだ。治療は一分と掛からずに終わる。

 彼は急ぎサンドロ島へと向かう為に協会本部を出てまっすぐ進み、大通りの脇にあるGPitに立ち寄って魔物を引き取る。GPitを出てから大通りを進んで第二の港へ向かう。第二の港は大型船舶は停泊できない小型の港だ。砂漠の島"サンドロ島"行きの水上バイク乗り場と最果ての島"ヨッドムア島"行きの水上バイク乗り場がある。

 

「その男はシルバーデビルしか連れてないと?」

「いや、ノビス島でギガンテスを仲間にしたみたいだ」

「それにしては妙だな。嫌な気配は3つあるのだが」

 

 彼はアロマから聞いた話を神獣と共有しつつ鞄の中身を確認する。回復用品から状態異常の治療用品まで十分にあることを確認し終えてから歩みを早くする。

 

「言ってみればわかることさ、これもお前の言う使命の内じゃないのか?」

「カルマッソの件は前座か、勘弁してほしいものだ」

 

 その口調は決して冗談を言うものではなく、心の底から発せられた言葉であることを示していた。

 正午を過ぎたが季節は夏。まだ一日は長い。良からぬことが起きる予感を胸に彼はサンドロ島行きの水上バイクに跨った。瞬間的な加速度に身を委ね、風を切り裂き海上を突き進む爽快な気分を満喫する。

 だが重病も経たぬ間に難の予兆もなく空が暗雲に覆われ、周囲は雷雨に包まれた。

 

「またお前か…」

 

 およそ船として機能するとは思えないボロボロの大型帆船が彼の目の前に現れる。

 

「キャプテン・クロウ!」

 

 彼はその船の主の名を嵐にかき消されないような声で叫ぶ。幽霊船の船長にして海賊。その名はキャプテン・クロウ。全ての海を制し、全ての宝を手に入れたがたった一つたどり着けなかった幻の大陸に未練を残し、自らの意思を継げる者を探し彷徨い果てた末にこのグランプール諸島へたどり着いたと言われている。

 

「会いたかったぞ、随分と探した」

「ストーカーかよ気持ち悪い」

「散々なな言い様だな」

 

 などとは言っているが気にしているようには思えない。会話しているにも関わらず二人の目は合わない。キャプテン・クロウは先程からしきりに周囲に目を配っている。

 

「何を探している」

「神獣だ。お前が連れているのだろう?」

「いいぜ、お望みなら」

 

 彼は右手を振り上げスカウトリングを起動させる。

 スカウトリングにはスカウトアタック以外にも様々な機能がある。協会関連施設での会員証としての役割の他に仲間にした魔物を呼び出す機能などがある。

 彼の目の前にジャミラスが現れ、彼はそれに跨り幽霊船のデッキへと向かう。

 着地すると同時にジャミラスから降りながら右手を横に振り、神獣とおにこんぼうを呼び出す。

 

「ほう、それが件の」

「間違いありません、ゲマ様」

 

 デッキの奥から聞こえる声にキャプテン・クロウが応える。

 

「それがミルドラース様の仰った神獣とやら。確かに凄まじい力です」

 

 声が近づくにつれその霧に包まれた姿が浮かび上がってくる。一見は法衣を着た人間にも見えるがその緑色の肌から魔物であることがわかる。第五の冒険譚に登場する魔王の腹心"ゲマ"だ。主への忠誠は厚く、主の邪魔になる可能性のある者は徹底的に排除することで知られている。勇者の祖父"パパス"ですら(卑怯な手を使われたとはいえ)為す術もなくその命と身体を燃やすこととなった。

 

「主よ、これが三つ目の気配だ」

「逃げるか?」

「ここで倒すべきだ」

 

 神獣とその主が軽く目配せし、次の一手について相談する。狙われている神獣が自ら前線へ立つのは危ういが、神獣こそこのパーティーの要という事も確か。

 

「ジャーニー!」

「御意!」

 

 即座にジャミラスが彼の前に躍り出て、大きく息を吸い込む。強力な息吹を予感したキャプテン・クロウとゲマは身構えようとするがその前に灼熱の息吹が放たれた。

 

「逃げるぞ!」

「しかし…!」

「黙れ!」

 

 彼は右手を振り払い、スカウトリングの送還機能を使って神獣とおにこんぼうを協会へと送り届ける。

 

「付いて来れるか?」

「無論」

 

 幽霊船のデッキから飛び降り、水上バイクへ跨って急ぎサンドロ島へ向かう。カルマッソ以上に危険な匂いを感じる相手にやや形勢不利と判断してのことだ。

 

「例のマスター達の力を借りられれば…」

 

 嵐の海を水上バイクで駆けて行く最中にも海中のキャプテン・クロウの部下の魔物が妨害を仕掛けてくるが全てジャミラスによって防がれている。

 嵐を抜けて視界がクリアになると同時に目の前にサンドロ島の桟橋が見えた。彼は水上バイクにブレーキをかけ、サンドロ島へと降り立った。




・JOKER+26
"彼"がノビス島の祠で会い、サンドロ島の洞窟で道を同じくした神獣。
魔界の扉を閉じる使命を終えてなお宝具の輝きが絶えることは無く、神獣もまた不吉な予感を感じていた。
所持スキルは「せいなるふぶきSP」「VSメタル」「エース」

・おにこんぼう+34
ノビス島で捕まえたギガンテスやスカウトQの景品のサイコロン、名も無き島で捕まえたリザードファッツから産まれた個体に転生の杖を持たせ繰り返し配合した個体。
パーティーの中で物理アタッカーを担当しており、メタルキングだろうと軽々と粉砕する力を持っている。
所持スキルは「せんし」「マヌーサガード」「こうげきアップSP」

・ジャミラス+28
サンドロ島のデザートデーモンとレガリス島のダンビラムーチョから産まれたアークデーモンとサイレスを配合して生まれた魔物に転生の杖を持たせ繰り返し配合した個体。
主に補助と妨害を担当し、時にブレス系攻撃で援護する。
「グランドブレスSP」「サポーターSP」「げんじゅつSP」


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