Fate/Grand Order 騎英の絆 (乃伊)
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第1話 英霊召喚(未遂)

某FGO湖の騎士転生作品を読んで、「英雄転生マスター! そういうのもあるのか!」と思い立って書いてみました。
初投稿なのですが、約5000字書くだけでかなり時間が……皆すごいな……


カルデア通信記録

20150731_hhmmss

 

【再生】

 

 ペガサスを駆って天を目指した僕、つまりベレロポンは、結局のところ天上……神の国へは辿りつけなかった。そして地に堕ち、人として生きることを神々に強いられた僕は、人として死んで終わりにするつもりだった。

 「座」にだって行かなかった。それは只人の在り様を逸脱することだから……意地を張っていたのかもしれない。

 

 え、話が長い?

 ああ、ごめん。この話をするのは初めてだから、どうにも要点が掴めなくて。

 まあ、人類文明の灯が観測できないなんて状況に比べれば、僕みたいな人間の一人や二人、転生したところで大したことじゃあないのかもしれない。

 

 うん。こっちも病室からDr.ロマンに無理を言って繋いでもらっている状況だし、冬木も霊脈地から一歩外に出たら辺りは敵だらけなんだろう?

 

 ――手短に行こう。

 

 カルデアの資料によれば、2004年の冬木……聖杯戦争が起こったその時その場所で、()()()()()()()()()――天馬が目撃されている。

 

 ……ただの天馬ならまだいい。だけど、もしその個体が()()()()だったら、どうか気をつけてほしい。それを伝えたかった。

 

 アレは神代から存在し続ける幻獣で、生半可な神秘じゃ対抗すらできない。君の契約したサーヴァントの、一番強い宝具を全力全開で叩きつけて相殺する……そのくらいの覚悟で挑んで欲しい。

 

 もちろん、他にも強大な英雄たちがいると思う。ただ、現地のサーヴァントにだって、事情を話せば協力してくれる者もきっといるはずだ。

 

 なぜって?

 「座」に至るほどの英雄が、人の……人類存亡の危機を見過ごせるはずないだろう?

 英雄っていうのはそういうものだよ。「座」にいない僕が言うのも何だけどね。

 

 ……とにかく、君だけが頼りだ。幸運を祈る。

 

【一時停止】

 

------------------

 

 

「と、こんな様子だったわけだけど……ダ・ヴィンチちゃんはどう思う?」

 

 そう言って、ロマニ・アーキマン……通称Dr.ロマンは、通信記録を一時停止した。二人がいるのは人理継続保障機関・カルデアの一室。現時点の所在地は施設内の誰にも伝えていない。

 問いかけの向かった先、密談相手たるカルデア技術部の統括者、モナ・リザの生き写しめいた美女レオナルド・ダ・ヴィンチは興味深げにうなずいた。

 

「ふぅむ。ヒッポノオス君、か。いやはや、ぐだ子ちゃんといい生き残り組は一癖も二癖もある子たちばかりだね! だからこそ生き延びたのかもしれないが」

「ペガサス乗りの英雄ベレロポン、その生まれ変わり……カルデアの面接ではそんなこと一言も言ってなかったのになあ」

「まあ、言われても信じないだろう? ロマニ、君が同じ立場ならどうする?」

「うーん、羨ましいけど教会に知れたら異端扱いマッタナシだよね……アカシャの蛇と類似の現象なのかなあ」

 

 むむむ、と悩むロマニ。強くてニューゲームとは、この世全ての厨二病経験者に秘された欲望である。

 

「……いずれにしても、今重要なのは彼の記憶の真偽ではないだろう? カルデアのマスターとして適性があるか否か、そこはどうなんだい?」

「ああ、彼はとても優秀なマスター候補だよ。何故かギリシャ系のサーヴァントしか召喚適性が無いのが玉に瑕だけど」

「へぇ。その前世とやらの補正かな」

「かもね。とにかく、色々あったけど冬木特異点の聖杯は回収したし、次なる特異点……オルレアンに向かう前に、彼にもサーヴァントを召喚してもらおうというわけさ」

 

 そう言ってロマニが机上の小型金庫を開くと、ジャラリ、と硬い音を立てて虹色に輝く宝石が顔をのぞかせた。

 聖晶石。守護英霊召喚システム・フェイトの動力源である。

 カルデアの施設および物資は、先日起きた事故でその多くが損なわれ、辛うじて無事だったものをかき集めながらの運用が続いている。決して余裕のある状況ではなかったが、戦力の拡充は何より優先すべき課題であった。

 

「当然、ギリシャゆかりの英霊を引くのだろうね。ヘラクレスあたりが来てくれると嬉しいが」

「それは芸術家としての興味かい? でもベレロポンとヘラクレスって縁あったかな……『イリアス』によればベレロポンとカリュドーン王オイネウスには友誼があったそうだから、そこから娘のデーイアネイラ、その夫ヘラクレスと辿っていく……? 友人の娘婿はちょっと遠いねぇ」

「望み薄か……彼の肉体を鑑賞してみたかったんだけど、残念だ。他にも祖父のシーシュポス、孫のサルペドンあたりは有名だね」

「シーシュポス? 神々を欺いた? タルタロスから出てこれるのかなあ……サルペドンはヘラクレスと同じゼウスの子だし、来てくれたら心強いね。あとはポセイドンの子供かな、オリオンとか……」

 

 どうにも真剣さの足りない憶測を交わしながら、ロマニは聖晶石を4つ数えて摘み上げ、別の容器に移す。およそ一回分の召喚をまかなえるだけの量だ。

 

 

 

 

 平素、ロマニは軽佻浮薄な男である。柔和というよりは軟弱、冷静というよりは臆病な類いの人種であるとダ・ヴィンチは判じている。

 だが、それは決して彼の無能を誹謗するものではない。彼は間違いなく有能な医療スタッフであり、現在カルデアを襲う非常事態においても、臨時責任者として十全に責務を遂行していた。

 

 ヘラヘラと緩んだ表情は内心の悲哀も恐怖も覆い隠し、垂れ流される軽口は諦めの言葉が口をついて出ることを認めない――それが意図したものであろうとなかろうと。

 しかし、それゆえダ・ヴィンチは、彼が今言及しなかった問題の深刻さを推察することが出来た。彼が密談を設定した理由も。

 

「なるほどなるほど。よく分かったよ。それで――ドクター・ロマニ・アーキマン。ヒッポノオス君の容体はどうなのかな?」

 

 ぴくりと、ロマニの肩がわずかに痙攣した。よく抑えたほうだ。

 

「治らないんだね?」

「ああ……ああ。そうだよ、レオナルド。ヒッポノオス君は事故の直前にコフィンを飛び出し、爆心地に自ら突っ込んだ。手足がくっついているだけでも大したものさ。直感と自己保存スキルは英雄の嗜みってことかな?」

 

 ははは、と力なく笑う。

 

「眼はある程度補正できるけど、脚は駄目だ。神経接続も魔術回路も切断されているから、治しようがない。そして、そうまでして彼が助けた――保存した所長の肉体も、依然仮死状態だ」

「仮死状態?」

「レフ・ライノールは所長を殺さなかった。()()()()()無限の死を味わえと――だから、医療機器で生体機能を補う限りは肉体も死なないということだろうね」

「……」

「肉体を殺せば、所長を解放できるのかな」

「……レフ・ライノールの介入は、肉体と精神が切り離された状況下で行われた。おそらく、肉体の生死にもはや意味は無いだろう」

「……そうか」

「……」

「ボクは無力だよ。救うべき患者たちが目の前にいるのに、誰にも手を打つことが出来ずにいる」

「ロマニ。君はよくやっている」

「ありがとう、レオナルド……そう、そうだね。今は落ち込んでいる場合じゃない」

 

 そう言って、ロマニは聖晶石の入った容器を手に席を立とうとした。

 

 ……確かに、状況はよくないのだろう。

 だが――だからこそ、一時の強がりに頼ってはならないとダ・ヴィンチは考える。

 

「ロマニ。繰り返しになるが君はよくやっているし、もっと気楽になるべきだ。ある意味、時の流れから切り離された我々にとって、時間こそ最大のリソースなのだから、せいぜい楽しまなければいずれ耐え切れなくなるぞ」

「気楽……だって? レオナルド、ボクたちの双肩には人類存亡がかかっているんだぞ」

「だからこそ、だ。何、いずれ嫌でも分かるさ。英雄、かつて人類の希望であった者が、皆しかつめらしく人や世界について考えていたわけではないということを。彼らは時にもっとずっと適当に、思う様生きて、しかしそれゆえ偉業を為したのだということを――」

「……ボクは只の医者だ。英雄じゃない」

「君はそうでも、カルデアは違う。カルデアの一員として、英雄に至る者がどれだけ理不尽な存在か認識した方がいい」

「理不尽って、あのさ」

 

 

 そのとき。

 

ピピーピピー。ピピーピピー。

 

 激昂しかけたロマニを、携帯通信機の着信音が遮った。そして、

 

「ッ……はい、こちらDr.ロマンだよ。どうしたの? …………は? 所長が目を覚ました?」

 

眉間にしわを刻んでいたロマニの表情が、愕然としたものに変わり、

 

「ぐだ子ちゃんが所長の精神体をサルベージした? は? カルデアスの中に腕を突っ込んで直接? ……いや、冗談はやめてくれないか。悪いけどこっちはシリアスなんだ」

「なぁ、ロマニ」

「ちょっと黙っていてくれレオナルド! ……え、所長!? 本当に……ええ。こちらは何とか。所長も無事でよかった。電話に出て大丈夫なんですか? すぐそっちに行くから、少し待ってて!」

 

そう言って駆け出そうとした彼を、ダ・ヴィンチは再び引き止めた。

 

「ほら、ポケットティッシュだ。眼と鼻を拭ってから行きたまえ」

「君は……いや、ふふ、はははははは! なるほど、理不尽、理不尽ね! 確かにこれは君の言うとおりだ!」

「うん。多少はマシな顔になったね……ロマニ。これから君が目にするのは、荒唐無稽で最新未踏の英雄譚。人類の未来を守る、マスターと英霊たちの物語だ。君も私同様主役じゃないのだし、いつも通り気楽にサポートしてあげればいい。楽しく愉快に人類を救おうじゃないか」

「楽しく愉快に、か。ああ、そうなのかもしれないな――――」

 

 

------------------------

 

 

「それでDr.ロマンは来れないんですか?」

「オルガマリー所長は一応絶対安静ってことでね、彼もつきっきりさ。まあ、私がいれば召喚はできるから大丈夫」

「そうですか。……じゃあ、もう始めていいんですね?」

「いや、ちょっと待ってくれないか。ぐだ子ちゃんも来たいと――」

 

 ついに僕も召喚ができるということで、病室から車椅子を転がしてやって来たのだけれど、Dr.ロマンは忙しいようだ。

 ダ・ヴィンチちゃんが見届け役になってくれるというので、召喚の準備を手伝いながら最近の病室生活や車椅子の使い心地なんかを話していると、廊下から声が響いてきた。

 

「たーんぱつ! たーんぱつ!」

「先輩、ちょっと待って下さい先輩! 確かに聖晶石は用意しましたが、今回召喚するのは先輩じゃなくてヒッポノオスさんです!」

「なん……だと……? ……チッ」

「あっ……やめて下さい先輩、舌打ちしながら無言でまさぐらないで……そこは……ひゃぁ!?」

「おぅおぅ! いい呼符もってんじゃねぇか!」

「ダメです! それは明日のログインボーナスで……!」

「よーびーふ! よーびーふ! よーびーふ! よーびーふ!」

「うぅ……じゃあ明日もちゃんと来てくださいね……」

「おっけー!!!」

 

 プシュゥ、と音がして扉が開く。

 そこに立っているのはもう一人のマスター・ぐだ子さんと、彼女と契約しているデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトさんだ。マシュさんが赤面しながらやけに息を荒げているが……放っておくべきだろう。

 

「召喚しに来たよー!」

 

 がちゃーがちゃーと謎の効果音を発しながら、ぐだ子さんが近づいてくる。

 

「ぐだ子さんも召喚? 良いサーヴァントが来るといいね」

「……」

 

 と、挨拶がてらに声をかけた途端。

 ぐだ子さんの目が「はぁ~~~、こいつ分かってねぇなぁ~~~」みたいな感じに変わった。それはもう。ありありと。

 

「ああ、新規の人? 悪いけど、『良いサーヴァント』……そんなこと言っちゃう時点で駄目。ガチャなめてる。ガチャっていうのは、もっと……」

 

 そして、そんな意味深な台詞を呟くと、彼女は僕の前に進み出た。

 

「おや、ぐだ子ちゃんが先に召喚するのかい? 私は構わないが……」

「あ、僕も大丈夫です。お先にどうぞ」

 

 ぐだ子さんに先を譲る。正直、初めての英霊召喚なので少し緊張していたのだ。彼女はそれを見ぬいて、先にお手本を見せてくれるつもりなんだろう。きっと良い人に違いない。

 

「よし、準備完了。ぐだ子ちゃん、いつでもいいよ」

 

「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」

「先輩、それ無くても大丈夫です」

 

 なにやら謎めいた呪文を唱えたり唱えなかったりしながら、聖晶石の代替エネルギー源『呼符』を召喚装置にセットする。

 

 その装置の名は、守護英霊召喚システム・フェイト。過去に疾走する魔術と未来へ邁進する科学の融合が生んだ、人理継続保障機関フィニス・カルデアが誇る第4の発明。

 人々の信仰を受ける英霊たちを召喚しサーヴァントとして使役する、驚異の術式を実現するもの。

 

 一言で言うなら、「座」に至った英雄たちを呼び出すための装置だ――

 

カッ!

 

 召喚装置から光が溢れ、視界を白く染める。思わず目を閉じた僕が次に目を開いた時、眼前にあったのは英雄の姿――ではなく。

 莫大な魔力を感じさせる、大きな真紅の宝石をあしらったペンダントだった。

 




シリアスは死んだ! もういない!
ライダーさん召喚まで行きたかったけど、長くなってしまったので次回に分割。

参考資料(しょちょーを救出するぐだ子の勇姿):
http://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic01.html

FGOカルデア勢の中では、Dr.ロマンが「ダ・ヴィンチちゃん」と「レオナルド」を使い分けてるのが好きです。

あとヒッポノオスの容姿ですが、ベレロポンは一応イアソンの血の繋がらない親戚に当たるので(といっても、ギリシャ勢は主に某主神ゼウスのせいでだいたい親戚みたいなものですが)、まあ「柔和な感じのワカメ」的なイメージで……あれ、ライダーさんの周り、ワカメだらけだな


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第2話 マスター訓練初級(絆レベル0)

ぐだ子の口調が難しい……どう足掻いてもそれっぽくならないので諦めました。
てきとうです。てきとう(下姉様並感)


 前略、父上(ポセイドン)様。

 ぐだ子さんが何やら曰く有りげなペンダントを引き当てました。

 

「……先輩、先輩? し、しんでる……」

「私が言うのも何だが、星3概念礼装は何度引いても心胆寒からしめるものがあるからね……龍脈ならまだ良かったのだろうが……」

「ペンダント……アゾット剣……なけなしの十連からのたれ(星4最低保証)……遠坂絶対許さないよ……桜は尻がいいから許す……」

「ぐだ子さんが謎のうわ言を……よくわからないけど、召喚というのは大変なんだね……」

 

 真っ白に燃え尽きたぐだ子さんと、彼女を復活させようと奮闘するマシュさんを横目に、ダ・ヴィンチちゃんと再召喚の準備を進める。

 

「今見てもらったのは比較的アレな結果だが。要するに、サーヴァントが召喚されるとは限らないということは覚えておいてほしいな」

「あのペンダントは一体何なんです?」

「あれかい? 遠坂家……この守護英霊召喚システム・フェイトの元になった冬木聖杯に関わる三つの家の一つだけど、そこに伝わるものらしいね」

「……? それが、なぜここに?」

「あれは実物そのものじゃないんだ。いつかどこかで聖杯に関わった人、物、あるいは出来事や事象。そういうものもシステム・フェイトは概念として抽出し、拾い上げる。想像として強固な概念であれば、それを纏って概念礼装にすることも可能だよ」

「なるほど。マ◯ック:ザ・ギャザ◯ングの呪文みたいな感じですね!」

「…………君のセンスは、意外とぐだ子君似かもしれないね?」

 

 さあ、準備ができた。

 そうダ・ヴィンチちゃんが告げ、僕はシステム・フェイトの前に進み出る。

 と、ぐだ子さんが近寄ってきた。いつの間にか復活していたようだ。

 

「ぐだ子さん、とても参考になったよ。概念礼装なんてものも召喚できるんだね。まあ、もちろん僕は英霊召喚を目指すけど……」

「……ねぇ」

 

 不意に、ぐだ子さんが僕の耳元に顔を近づけた。ふわりといい匂いがして、柄にもなくドキドキしてしまう僕。そして彼女は、

 

「金鯖ァ引いたら…………す」

「え?」

「せ、先輩! 邪魔になりますから! ね、一緒にこっちで見学しましょう、ね!」

 

 マシュさんがぐだ子さんを引きずっていく。鯖がどうとか聞こえたけど、何と言っていたのか上手く聞き取れなかった。実に残念だ。

 

 

 ――この肉体は、ベレロポンとして生きていた頃より随分鈍感で、時々とてももどかしくなる。

 でも、それが普通の人間として生きるということなのかもしれない。

 

「では――」

 

 今度こそ、システム・フェイトに聖晶石を投入する。

 願うのは英霊の召喚。「座」に至りし、輝ける霊長の綺羅星。

 

 ――人を救うのは神ではない。

 地上にはびこる不義不正は数あれど、悪逆災禍は絶えるを知らねど、それでも人だけが人を救いうる。

 この身は神に拒まれ地に落ちた愚者。だが、僕はそう信じ続けたからこそ、ここにいる。

 

 騎英の英雄ベレロポンとは、矛盾した英雄だ。

 神の子に生まれ、神の庇護を受けながら、しかし神に絶望し、その存在を疑い試し、やがて狂気に侵され果てた。

 運命を恨み、世界を呪いながらの無様な死だ。……だが、人の心と愛に絶望だけはしなかった。

 

 何度でも言おう。人を救うのは、人だ。

 神は在る。だが、救済を神に縋ってはならない。

 神は我らを愛するが、神は我らに助力し給うが、救済と幸福は、ただ人の内なる()()()の心のみがなしうるものだ。

 だから、僕は一人の人間として、人を逸脱した英雄達を使役してでも人の未来を救済しよう。

 

 召喚装置に光が満ちる。エーテルが渦巻き形を為さんとする。そこに立つのはいかなる英雄か。

 

(我が父、大地を揺するポセイドン、時を越え再び戦いに挑む息子の勇姿を御照覧あれ――)

 

カッ!

 

 先ほどの焼き直しめいて、光の奔流が部屋を満たす。

 だが、ぐだ子さんの時よりずっとそれは大きく――()()()()()()()()、そう確信させた。

 

 そして、光が収束し――

 

「私を召喚するとは物好きな人ですね。生贄がお望みでしたら……おや、懐かしい気配ですね」

「え? ……ひょっとして、メドゥーサ……さん?」

 

 僕の前に立っていたのは、奇妙なバイザーで両眼を覆った、長髪長身の知人女性(ゴルゴーン)だった。

 ……あれ。英雄って、なんだっけ?

 

 

-----------------------

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんは召喚の後始末があるというので、ひとまず邪魔にならないよう僕の部屋へ移動する。メドゥーサ(さん付けで呼んだところ、「サーヴァントに敬称など不要です」と断られた)が車椅子を押してくれたので、行きに比べてだいぶ楽な道のりだった。

 

「間取りは同じなのになんか広い気がするなー」

 

 後ろに付いて来たぐだ子さんがそんなことを言う。

 

「荷物が少ないからね。本棚の一つでも置けばいいのかもしれないけど」

「なるほどなー」

「……忘れてた。お茶菓子もないや」

「では、わたしが適当に見繕ってきますね」

「マシュ、私お団子食べたい」

「お団子ですか? 厨房に行けばあるのでしょうか……」

 

 マシュさんが首をひねりながら部屋を出て行った。これで部屋には、男一人の女二人。そしてどちらも顔見知り以上の仲ではない。

 この現状、ひとことで言うと……気まずい。

 

(何てことだ、僕が行くべきだった!)

「……マスター。気持ちはわかりますが、客人を置いて部屋の主がいなくなるというのは些か問題があるかと」

「こ、心を読まれた!?」

「ああ、そうではなく……マスターがあまりに気まずそうな顔をしていたので、つい」

「よかった、契約するとテレパシー機能まで付くのかと思ったよ」

「いえ、それは付きますが」

「!?」

「失礼、正確には念話も可能だということです。私は魔術の心得もありますので」

「あ、契約のパスが通ると相手の過去を夢で見ることがあるんだって。つまりちっちゃいマシュのあんな姿やこんな姿も見れるってことだよね! 楽しみだなー」

「へえ、過去? 過去かー」

 

 意外と会話が進んで、内心胸をなでおろす。それにしても、僕の過去って今生の過去だろうか。それともベレロポン?

 

「マスター、私の過去を見たいのですか?」

「え、うーん、どうだろう……見たいような見たくないような」

 

 バイザー越しでいまいち表情から真意が読めないけど、そもそもメドゥーサって父上(ポセイドン)の愛人だったわけで。そんな人の過去を覗いたら、自分の父親との濡れ場を目撃しちゃうんじゃないだろうか……?

 

 ちらりとメドゥーサを見やる。そもそも、どうしてあんなに露出度の高い服なのだろう。

 僕の記憶の中のギリシャ人達はもっとこう何というか奥ゆかしいというか、あーでも昔ステネボイアが僕を誘惑してきた時はあのぐらい露出した服着てたかもしれない……えっあれ愛人装備なのか!?

 

「マスターは随分面白い表情をするのですね。英雄らしからぬというか」

「英雄じゃないからね」

「おや。てっきり知人の息子の英雄殿かと思っていましたが、人違いでしたか」

「………………間違っては、いないけど。でも、その辺区別してるんだなあってスタンスは今の返事で察して欲しかったな!」

「気の利かない女ですから」

 

 実にそっけない返事である。

 というか。

 フツーに考えたらその英雄殿(ベレロポン)が西暦2015年に生きてるわけ無いじゃん!

 魂が同じでも見た目は若いし、その辺なんか事情があるのかな~って察する感じでスルーしてくれてもいいじゃん!僕だって「そのバイザーって例のアレ(石化の魔眼)対策ですよね?」って聞きたい気持ちを押しこんでるんだぞ!

 あと愛人(ポセイドン)のことをその息子の前で知人って表現するのやめて! なんか生々しくて嫌!

 

「……つくづく飽きない顔ですね。そしてこのバイザーはご想像通り、例のアレ対策ですよ」

「また心を読んだ!」

「ふふふ……気のせいです」

「嘘だ!」

「ヒッポノオス……それ、(メドゥーサ)(清姫)を掛けつつ龍の要素を竜宮とか竜騎士に絡める高度なギャグだよね? うわー面白いな―」

「ぐだ子さん、時々見えちゃいけないもの見えてるようなこと言うよね……」

 

 まるで先でも見てきたような。いや、先など既に焼失したのだが。

 とはいえ僕のかつての故郷(古代ギリシャ)も予言者の宝庫だったし、このくらいは意外と珍しくもない……かも。人のジョークを解体する奴は流石にギリシャにもいなかったが!

 

「ところで、マシュ遅いなー?」

「ぐだ子さん、お団子はすぐには用意できないんじゃないかな」

「その辺、生真面目というか融通のきかなそうな子でしたね。個人的にはむしろ好みですが」

「マシュいいよね……」

「いいですね……」

 

 何やら通じあっている女性二人を胡乱な目で見る僕。

 そういえば父上も結構な頑固者だったなあ。いや、そういう意味で言ってるんじゃないと思うけど。たぶん。

 

「……生き様が不器用な者というのは、共感しあうのですよ」

「本当!? 私もマシュと共感したい!」

「貴女はその……器用不器用とはちょっと違う次元にいるようですが」

 

 昔、貴女みたいな人たちと(基本全裸で)ぐだぐだトークするお仕事したことありますよ、などとのたまうメドゥーサ。……英霊って、意外と扱い雑なのか?

 と、扉がノックされた。

 

「ヒッポノオスさん、マシュです。開けていただけますか?」

「はいはい」

 

 扉を開けると、マシュさんはトレイで両手が一杯のようだった。トレイの上にはお団子が山積みになった大皿、そして全員分のお茶。

 

「ありがとうマシュさん。意外と早かったですね」

「はい。厨房の方が手伝ってくださって」

「このお団子もその人が? さすがカルデア、サポートスタッフも優秀ですね」

「ええ。ただちょっと見たことが無い方だったような……」

「新人さん?」

「新人さんだったのでしょうか……でも、熟練の主夫を思わせるあの風格は……」

 

 もにょもにょ呟くマシュさんを促してテーブルにつく。

 

「いっただっきまーすもぐもぐおいしい!!!」

「健啖家ですね、グダコ。知人を彷彿させます」

「あー、古代ギリシャの人は皆よく食べたよね。特に戦士はさ」

 

 僕も含めて。昔はこんな大皿余裕だったけど、今は無理かな。前ほど動けないから、摂取カロリーも気を使わなきゃだし。

 

「いえ、そうではなく。というか、生前に知り合った戦士たちは基本飲み食いできる状態ではありませんでしたし……」

(その飲み食いできなくされた戦士の中には、僕の知り合いもいるんだろうなあ……)

「……まあ、こうしてサーヴァントとして呼び出されれば、出先で知人も増えるというものです」

「へー、じゃあギリシャ神話以外の英雄も面識があるってこと?」

「ええ。もっとも、私が聖杯に呼ばれたのは冬木で行われた第五次聖杯戦争くらいでしたが」

「「!」」

「あっ」

 

 一瞬固まるぐだ子さんとマシュさん。最近、2004年冬木にレイシフトしたばかりである。

 彼女たちの報告によれば、そこにはカルデア同様ライダーとして呼ばれたメドゥーサがいたはずだが……

 

「先輩! このお団子美味しいですね!」

「レアお団子だ! 今度食べるときは独り占めしようっと」

「先輩最低です」

 

 団子ネタを展開しつつ全力で話をそらすぐだ子さん主従。いったいなにがあったのか。

 

「グダコ、マシュ。私は貴女方に存念はありませんよ? あの炎上した冬木で貴女たちに出会った時点で、私に私自身の意志はほぼ残っていませんでしたし」

「ああ、シャドウサーヴァントってやつだね。Dr.ロマンに聞いたよ」

「そう名付けたのですね。確かにあれは、サーヴァントの影のような存在です。スキルや戦闘方法こそ同じですが、宝具の真名開放はできませんし」

「……ん?」

 

 真名開放できない? それはつまり、宝具が使えないということで――――

 

「役に立たないアドバイスだったよ」

「せ、先輩……もう少しオブラートに包んで……」

「すまない……」

 

 ペガサスには気をつけろとか、そもそも必要なかった!

 

「まあ、備えあれば憂いなしといいますから。実のある采配を期待しますよ、マスター」

「含みのある励ましをどうもありがとう!」

 

 どうにも態度の端々にうっすらトゲを感じさせるメドゥーサさんである。

 ……彼女からすれば、僕=愛人が他所で作った子供なので、ある意味当然かもしれないが。

 

「絆レベル0だからね、仕方ないね」

「そういうぐだ子さんはマシュさんと仲いいよね……」

「あ、それは違うよ。マシュって絆レベル全然上がらないんだよね。なんだか心のカベ感じちゃうよね? こんなに仲良くしてるのにマシュは何とも思ってないんだよ、こんなに……こんなに!」

 

 ねぇねぇ私とひとつにならない? とマシュさんに迫るぐだ子さん。心の壁が砕け散りそうな扇情的光景に耐え切れず目を逸らした先、

 

「……ぺろり」

 

 舌なめずりする蛇がいた! コワイ!

 

「えっ、ていうかそういう趣味なの!? 父上は!?」

「ふふ。どちらもイケルのですよ、マスター」

 

 メドゥーサさん、ここで今日一番の笑顔を見せてくれました……

 




とりあえずキリのいいところまで。
次回からは更新間隔が長くなります。書き溜めが捗らない……

そして話が進まない! 早くオルレアンに行きたいな!(むり)
ヒッポノオスは神様絡みになるとこじらせ気味ですが、詳しくはもう少し先の話で。

以下メドゥーサさんステータス。基本は第五次冬木と同じで、スキルランクに変動あり。

クラス:ライダー
真名:メドゥーサ
マスター:ヒッポノオス
出典:ギリシャ神話
地域:ギリシャ、形のない島
属性:混沌・善
性別:女性
《ステータス》
筋力:B
耐久:D
敏捷:A
魔力:B
幸運:E
宝具:A+
《保有スキル》
魔眼:A-
怪力:C
《クラススキル》
対魔力:B
騎乗:A+
単独行動:C
神性:C

ポセイドンの子ベレロポンの魂を持つヒッポノオスによって召喚されたため、ギリシャ神話統合以前の地方神話において信仰された「主神ポセイドンの妻神メドゥーサ」、あるいはギリシャ神話における「海神ポセイドンの愛人メドゥーサ」としての側面が強めに出ている。
具体的には神性が上昇、魔眼および怪力が低下。好きなものにポセイドン追加。身長に上方修正。
冬木の記憶はわりと覚えている方。


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第3話 お見舞いに行こう!

どうにもシリアスから抜け切れない大人たち……を、ギャグ展開にぶち込んでいく子どもたち。


「……そう。ヒッポノオスの召喚は上手く行ったのね」

「うん。メドゥーサ……正当な英雄ではないけど、第五次冬木でも呼ばれていたし実力にはお墨付きのサーヴァントさ」

「システム・フェイトは冬木聖杯と違って、設計の時点で反英雄も召喚可能よ。だからそれ自体は驚くほどのことじゃないけれど……」

 

 なぜ、数ある候補の中からそのサーヴァントが召喚されたのかしらね。

 そう呟いて、オルガマリーは寝台からロマニを見やる。

 

「ははは。何でだろうね? あはははは」

 

 分かりやすすぎる程に挙動不審だ。なにか隠している。

 オルガマリーの内に、じわり、とこみ上げるものがある。

 これまでもこんな風に、色々なことを隠されてきたのだろうか。甘い言葉だけが自分に届いていたのだろうか。

 

「……ロマニ。あなたも、わたしを軽んじるのね」

「ッ違う!」

 

 弾かれたように、ロマニが振り返った。

 

「ボクたちはあのレフ・ライノールとは違う! 今回のこともいずれ伝えるつもりだった! ただ、あなたは九死に一生を得たばかりだし、こちらとしても情報が足りていないし……」

「……もういいわ」

「所長!!」

「アニムスフィア当主でも駄目。カルデア所長でも駄目。……あははっ、いまや人類はうちの職員20人くらいしか生き残っていないのに、馬鹿みたいだわ。とんだ張子の虎よね」

「……」

「わたしを認めなかった連中も、わたしを嫌っていた連中も――わたしが嫌いだった連中は、みんなみんな死に絶えた。よくよく考えれば小気味良い話だわ」

「所長、それ以上は」

「オルガマリーよ、ただの。今更肩書なんて。……どうせもう半年もすればここも全て滅ぶんでしょう? 身分も地位ももう意味が無いんだし、せいぜい自由にやらせてもらうわ。ああ心配しないで、仕事はします、もう何の意味があるのか知らないけど」

「……」

「寝ているのももう沢山。ヒッポノオスは居室かしら? 直接聞くことにするわ」

「……居室にいるはずだ。ただ、何かあったら呼んでほしい。すぐ行くから」

 

 ロマニの返事を聞いたオルガマリーは無言で立ち上がり、病衣のまま部屋を出ていこうとする。

 ドアを引き開けようとした、そのとき。

 

 

バァン!!!

 

 ものすごい勢いでドアが開き、朱と白色の弾丸がオルガマリーの土手っ腹にズドンと突っ込んだ。

 

「ンキャー!!」

 

 ふっとばされるオルガマリー。それに絡みついて一緒にごろごろする朱と白色の弾丸(ぐだ子)

 

「所長!! また会えてすごくうれしい!!」

「え!? な、なに? ぐだ子、どうしてここに!?」

「所長、お元気そうでよかったです」

 

 混乱するオルガマリーをいいことに全力でスキンシップを取りに行くぐだ子。

 そしてそれをサラッと流して後ろから登場するもうひとりのマスター・ヒッポノオス。

 

(ヤバイ、ヤバイ級の大物だよこの子たち!)

 

 ロマニは戦慄しつつ、理性を保っていそうな方(ヒッポノオス)に問いかける。

 

「やあ、ヒッポノオス君。召喚が上手く行ったようで何よりだ。それで、皆そろってどうしたんだい?」

 

 見覚えのない美女――サーヴァントだろう――に車椅子を押されたまま、ヒッポノオスはにっこりと微笑み、

 

「所長のお見舞いに伺いました。みんな心配していたんですよ」

 

 そう告げた。

 

 

----------------

 

 

 やや遡って。

 

「ふい~お腹いっぱいだ~」

「美味しいお団子でしたね、先輩」

「このお茶もすごく良いな……ジャパニーズ・グリーンティーはお団子によく合うんだね」

「ええ。懐かしい味です」

 

 コクコクと頷きながらお茶を啜るメドゥーサ。なぜか、やけに様になっている。

 

「って、そうか。メドゥーサは日本の冬木で暮らしていたことがあるんだよね」

「ええ。当時はこういった和菓子をよく食べたものです」

「いいなあ~」

「そういうぐだ子さんも、日本風の名前だよね。生まれは日本なの?」

「どうだっけ?」

 

 うろんな返事を発しながら床に寝そべってごろんごろんするぐだ子さん。そのたびに揺れたり潰れたりする胸部のマシュマロが実に目に毒だ。

 

「いっぱい食べたら眠くなっちゃったなあ……」

「お部屋に戻って仮眠を取りますか? 先輩は今日このあと特に予定がありませんが」

「うぅ、まだ寝れない……今寝たら溢れちゃうから……エルピーとかスタミナとか溢れちゃう……」

「スタミナ?」

「元気が有り余っているのですね、グダコは」

「それはすごいな、僕はもう召喚疲れでヘロヘロだよ」

「マシュ……スマホ取って……」

「マスター、健康管理も貴方の仕事の内ですよ。自らを健康に保ち、サーヴァントの状態を万全に保つ。それがデキるマスターなのだそうです」シャンシャン

「むむむ。そう言うところを見るに、君の前のマスターは相当優秀な人だったみたいだね」シャンシャン

「? ええ。確かに私の前のマスターは良き魔術師でした。が、先ほどの台詞は私のマスターのものではありませんよ?」シャンシャン

「そうなの? じゃあ誰が?」シャンシャン

「――――居候です」シャンシャン

「居候!?」シャンシャン

 

 すごいな冬木の居候は!? 聖杯戦争の助言も出来るなら、ぜひカルデアにも居候してほしい。

 

「それはどうでしょうか。彼女はあまり冬木を離れたがりませんから…………まあ、当てもなく仕事を探す日々よりはこちらの方がマシでしょうが(小声)」シャンシャン

「仕事を探す? マスターとして以外に、ってこと?」シャンシャン

「冬木ではマスターがサーヴァントを食わせなければいけませんでしたから。お金のため、そして一社会人としての尊厳のため、マスターは働くべきだと、彼女はそう主張していたのです」シャンシャン

「居候が」シャンシャン

「居候が、です」シャンシャン

「……」シャンシャンシャンシャン

「……」シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン

 

 返答に窮した僕の耳に沈黙が痛い! でもさっきからぐだ子さんがやってるゲームの音で辛うじてセーフ! サンキューグッダ!

 

(うぅ、先輩、さっきからヒッポノオスさん達の好意的解釈が心に痛いです……)

 

 何やら心苦しげな様子のマシュさん。ああ、いけない、つい彼女をおいてメドゥーサと話し込んでしまった。

 

「マシュさんはどう思う? サーヴァントとして、マスターにはどんな風でいてほしい?」

「わ、わたしですか? そ、そうですね……先輩には先輩の好きなようにしていただければ、わたしはそれで……」

 

 健気である。

 

「……メドゥーサ、なにか物言いたげな視線を放ちながら僕の髪の生え際に注目するのをやめろ。君に見えてなくても毛根が死滅しそうだ」

「ご命令でしたら。ときにマスター、縮毛矯正に興味はありませんか?」

「天パは嫌いとおっしゃる」

「剃髪も似合うと思いますよ」

「態度がマシュさんと正反対過ぎる……」

 

 坊さんになれというのか。酷いサーヴァントもいたものである。

 そもそも僕って人種的にはギリシャ人だし、ブッディズムはちょっと東すぎるぞ。

 

「というか、君も元女神なら私を信仰しろくらい言いなさいよ」

蛇髪の女(メドゥーサ)を信仰すると、頭のワカメがもっとうねうねする()()()がありますよ」

 

 さすがに耐えられません、と悲しげにうつむくメドゥーサ。

 やっとわかった、この(ワカメ)が君の召喚触媒だったのか……!

 最終決戦前夜あたりに明かされるはずだった想定外の事実に打ち震える。

 決め台詞はきっと、「あなたが、僕のカミだったのですね――」

 うん、ラストっぽいな。

 

 黄金の朝焼けを妄想していると、いつの間にかぐだ子さんがゲームを終えていた。

 

「マシュ、スタミナ消費してたら目が覚めちゃった」

「あ、先輩終わったんですね」

「うん。さっきから暇だった」

「じゃあお開きにしようか。僕らもこのままぐだぐだしているのも何だし……さて、どうしようかな」

「マスター。それでしたら、貴方が従事する作戦行動……グランドオーダーにおける上長に面会しておきたいのですが」

「上長……上司? Dr.ロマンかな」

「そうですね。所長が復帰するまでの一時的な立場ということになりますが」

「可能であれば、両方に会っておきたいですね。作戦系統の乱れは容易に敗北を招きますから」

「所長か。安静とはいっても、面会謝絶じゃないんだよな」

「……お見舞いだ」

「ん?」

「お見舞いだ! しょちょーのお見舞いに行くぞ!」

 

 突然ハッスルするぐだ子さん。マシュさんを巻き込んでお見舞いダンスを踊りだした。

 

(そうか。所長を助けたのはぐだ子さんだもんな。そりゃあ、心配だよな)

 

 ときどき異様にハイになるのも、もしかしたら心配のあまり精神状態が不安定なのかもしれない。

 今後はもっと優しくしてあげよう。そう思う僕であった。

 

 

-----------------

 

 

「そんなわけ、ないでしょう――――この子は素でこうなのよ!!!」

 

 病室にて、ベッドの上でもみくちゃにされる所長。色々すごいことになっている。

 

「冬木以来ですね! よく考えたら生所長は初めてですね! やっぱりナマはモノが違いますね!」

「同じよ同じ! レイシフト先でも生身と同じ構成情報を保持してるから、何も変わらないわよ!」

「えぇ~ほんとにですかぁ~? ちょっと確かめますね」

「ちょっどこ触ってるの! ぁ、駄目、みんな見てるから……!」

 

 あ、Dr.ロマンが壁を向いた。あまり見ないであげよう。

 というか、僕もできれば視線を逸らしたいんだけど。

 

(メドゥーサ、ちょっと車椅子の向き変えてくれない?)

「……!…………!!!」

(聞こえていない……)

 

 メドゥーサさん、バイザーで見えないのをいいことにガン見の構えである。ガン"見"……うぅん、見てはいなくても知覚できてるんだからガン見で良いのかな? どうやら二人はメドゥーサのお眼鏡に叶ったようだ。確かに、所長ってマシュとは違う意味で不器用そうな生き様の人だが。それにスタイルもいいし美人だし。

 マシュさんはと見れば、「先輩と所長が仲良しさんで良かったです~」的な雰囲気を漂わせつつ、でも恥ずかしいのか両手で紅潮した顔を覆いつつ、それでもやっぱり気になるのか指の隙間からチラチラ覗いているようであった。

 

(マスター。なぜ艶めく二人をおいてマシュばかり言及するのでしょうか)

(そこしか目のやり場がないからだよ! そのバイザーちょっと貸してくれない?)

(私からバイザーを取り上げるとは……石化趣味ですか? 確かに永遠に留めるには良い睦み具合です。なかなか上級者ですね、マスター)

(初めて褒められたけど、全然嬉しくないや……)

 

 やっと念話が通じてくれたが、ベッド上では既に色々一通り終わったあとである。合掌。

 

「ふぅ、ふぅ……それで、何の用なの」

「ですから、お見舞いに」

「こんなお見舞い、聞いたこともないわ……」

 

 満足気なぐだ子さんを引き剥がし、息遣いと服装を整える所長。

 こんな美人をいじめるなんて、レフ教授こそ稀代の大悪人であろう。

 

「それに、メドゥーサが所長とDr.ロマンに会いたいというので」

「ライダークラスで顕現したメドゥーサです。お世話になります」

「ああ、貴女が。所長のオルガマリー・アニムスフィアよ。……確かに、女神が嫉妬したと言われても頷ける髪ね」

「ありがとうございます、アニムスフィア所長」

「そんなにかしこまって呼ばなくていいわよ。誰が見ているわけでもなし」

 

 おや? あの堅物所長が随分砕けている。

 良くも悪くも周囲の人間が(物理的に)いなくなったので、プレッシャーから解放されたのだろうか。

 

「そしてボクが医療スタッフのロマニ・アーキマンだ。みんなからはDr.ロマンと呼ばれているよ」

「よろしくお願いします、Mr.アーキマン」

「他人行儀!?」

 

 ショックを受けるDr.ロマン。

 メドゥーサのそっけない態度って僕にかぎらず男全般が対象なのかな? 少しほっとする僕。

 

「そこ、打ちひしがれるボクを見てほっこりするの禁止!」

 

 禁止された。横暴上司である。

 

「ともあれ、お見舞いには感謝するわ。都合も良かったし」

「都合、ですか?」

「ヒッポノオス。あなた、所長である私に言っていないことが色々あるんじゃないかしら」

「? ……ああ、転生のことですね。Dr.ロマンから聞いたんですか?」

「……………………転生?」

 

 聞いてねぇぞ、とばかりにギロリとDr.ロマンを睨む所長。震えるドクター。

 むしろ彼はいったい僕の何を話したのか。

 

「……話が見えないわね。ヒッポノオス、最初から……その転生とやらから、反英雄メドゥーサを召喚するに至った経緯まで、今ここで説明しなさい」

「……長くなりますよ?」

 

 メドゥーサがどこからともなく椅子を人数分運んできた。

 こういうところは意外に気が利くというか、普段は単に気を回すのが面倒臭いだけなんじゃ……?

 

「さて、どこから始めたものでしょうか――」

 

 全ての始まり。それは騎英の英雄ベレロポンの始まりであり――

 

「――ヒッポノオス。僕がそう名付けられたのは、僕自身にとって二度目です」

 

 これは、コリントスの少年ヒッポノオスが英雄ベレロポンとなり、死して再び只人ヒッポノオスとしての生を得るまでの物語だ。

 

 




オルレアンが遠い! 遠すぎる!
次回もカルデアかな……

>メドゥーサのそっけない態度って僕にかぎらず男全般が対象なのかな?
 →ヒッポノオス氏、男&(元)英雄&ワカメ族の三重苦の模様。なお右に行くほど致命的(クリティカル)


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第4話 幕主他間(マスタア)の物語

過去話とか。ぐだ子の霊圧は消えた。


「――先に結論から言いましょう。なぜ僕がメドゥーサを召喚するに至ったのか。

 おそらく僕の前世が、かの海洋と地下水そして全ての泉の支配者でありメドゥーサと情縁深き海神ポセイドンの息子ベレロポンであったためではないでしょうか。」

「はぁ!? 寝言言ってんじゃないわよ!?」

 

 まあ、そうなるよね。

 

「ええ。疑うのはもっともです。順を追って話しますから、質問はその後に」

「…………続けなさい」

「ありがとうございます。では――

 

 ――ヒッポノオス。僕がそう名付けられたのは、僕自身にとって二度目です」

 

 

 コリントスの少年ヒッポノオス、つまり僕はコリントスを支配する王グラウコスの元で育ちました。生まれの父を違えたポセイドンの子たる僕に対して、育ての父グラウコスがどのように思っていたかは、もはや知るすべがありません。

 ただ、グラウコス自身、夜天に輝くプレイアデス7姉妹の末妹たるメローペーの子として生まれながらに神性の欠片を宿す者でしたから、一概に人の倫理を当てはめられるものでもないでしょう。

 いずれにせよ、子どもの僕はそんなことを気にすることはありませんでした。

 

 あるとき、僕はベレロスという少年を誤って死に追いやってしまいました。

 その罪を償うため、僕はティリンス王プロイトスの元へ赴き、清めを受け――

 

 ――その過程で、いくつかの試練を乗り越えました。

 

 名をベレロポン(ベレロスを殺した者)に改めたのも、そのときです。

 クー・フーリンですか? ああ、マシュさん、良い例ですね。

 彼もまた、子供時代セタンタと呼ばれていた頃にクランの番犬を殺してしまったことから、その番犬の子が育つまで番犬の代わりを務め、クー・フーリン(クランの猛犬)と呼ばれるようになったそうです。

 ……アイルランドの大英雄を引き合いに出されるのは少し恥ずかしいですが。

 

 ともあれ、試練を乗り越えたベレロポンは英雄と呼ばれるようになりました。

 その一つが、アテナ神に授かった黄金の手綱を使って天馬ペガサスを御し、怪物キマイラを殺したことです。他にもいくつかの戦いを乗り越えて――ついにはリュキア王の娘ピロノエーと結婚し、後に王の座を継ぎました。

 

 これで終わりならハッピーエンドだったのでしょうが。

 英雄ペルセウスのようにはなかなかいかないもので――失礼、彼女(メドゥーサ)の前で言うことではないですね――麒麟も老いては駑馬に劣るとはよく言ったものです。

 

 僕には一人の娘と二人の息子がいました。

 息子は戦争で死に、娘はかの女神アルテミス――月を支配し狩猟と貞潔を守る、しかし遠矢射る疫病と死の運び手でもある女神の手にかかりました。

 

 ……人は死ぬものです。

 でも、やはり、内心になぜという気持ちは残りました。()()()()()()()

 怪物を殺し、襲い来るアマゾネスを殺し、たくさんの人を助けました。王としても、道を誤ったとは思いません。

 それなのに、なぜ。なぜ。なぜ――

 

 それを神に問うために、僕はペガサスに乗って天を目指しました。

 

 そのあとは、ご存知の通りです。

 大神ゼウスは一匹の虻を遣わしてペガサスを刺し、僕はその暴れる背中から振り落とされました。

 視力を失い砕けた脚で地上をさまよって、誰に知られることもなく死んだのです。

 天罰覿面というやつでしょうか。

 

 まあ、その当人がこうして転生なんてしているのは、全く締まらない話ですけどね。あはは。

 

 

「――終わり? じゃあ、いくつか質問があるわ」

 

 僕の作り笑いを遮ってクールに発言を求める所長。

 我ながらちょっと引くくらい鬱気味な話だったので、こういう対応は逆に嬉しいとすら感じる。

 

「ひとつめ。あなたの話が事実だったとして、メドゥーサはあなた(ベレロポン)が生まれるずっと前に死んでるはずよね? なぜ召喚したその場で分かったのかしら」

「それはまあ、知識半分感覚半分といいますか。僕の時代にも怪物になる前のメドゥーサの容姿とその美しさは語られていましたし、あとはポセイドンに連なる神気を感じましたから」

「神性スキルのこと?」

「そういう形で再現されているみたいですね。ベレロポンにもあるはずですが、この身体ではどうにも。……なにより、これほど美しい髪を持つ女性は滅多にいませんよ」

「……そう。一応納得してあげる」

 

 あとバイザー越しの魔眼の圧力と身長な。言わないけど。

 

(不要なことを口にしないのは美徳ですよ。……ふふ。私の中で絆ポイントが1上がりました)

(やった!?)

(次のレベルまであと9999ポイントです。頑張ってくださいね)

(ちくしょう!)

 

 召喚初日にして、心が読めるのを全く隠さなくなったメドゥーサさんである。

 曰く、いわゆる念話こと精神連結システムのちょっとした応用らしい。魔術ってスゴイナー。

 

 というか絆ってポイント化出来るんだな……まあサーヴァントの能力値自体パラメータ化されてるし今更か……

 

 ……いや、まてよ。本当に心理状態をパラメータ化することなんて可能なのか?

 器たる霊体のスペックではなく、その内なる英霊の心の有り様を再現し、読み取る?。

 本来無数のニューロン群が演算すべき、曖昧模糊にして厳然たる出力結果を?。

 

 ならば、それを可能にする絆ポイントとは。

 心の演算装置の一側面を完全に再現する、すなわち魂の記述、かつて至りし第3の残滓――否。

 

 ヒトの業で、魔術で以って英雄(ヒト)を再現する? 絆をも? 心をも?

 ヒトがヒトを再現できるなら、内なるココロに手が届くなら。

 その至る先、心の望む終極とは――

  絆ポイントが生み出す未来とは――

   ソレはヒトの幸福。全てのヒトを記録し、再現し、絆を紡ぎ心を幸福に至らしめる。

    すなわち、全人類のしあわせ。ヒトに残された、サイゴの――アッアッアッアッ!

 

――忘れよう。

 

  ――忘れた。

  

    ――いやだなあ、絆がポイント化されるなんて、ゲームじゃないんだから!

 

 英霊への深刻なゲーム脳汚染を憂える僕に、所長が再び質問を投げつける。

 

「ふたつめ、いいかしら?」

「あ、はい。どうぞ」

「ベレロポンの話は分かったけど、転生について何も話していないわね」

「ああ、それですか……」

「そもそも、英霊の座っていうのは行くとか行かないとかそういうものじゃないでしょう」

 

 まあ、確かに。希望者制なら反英雄のサーヴァントなんて存在しないだろうし。

 とはいえ、何事にも例外はあるもので――

 

「シーシュポスの神話をご存知ですか?」

「……神々を欺いた罰として永遠に上り坂で岩を押し続ける羽目になった人だね。ベレロポンのお祖父さんでもある」

「ありがとうございます、Dr.ロマン。所長、シーシュポスは座にいると思いますか?」

「…………いない、わね。座であれ何であれ、『罪人シーシュポスが罰を受けていない』状態が許容されるとは思えない」

「ええ。だから、行かないことは可能なんですよ。行かせない、かも知れませんが」

 

 シーシュポス。あるいはシジフォス。ベレロポンなんかよりずっと有名人である。主に不名誉な末路の方で。

 あれ、そういえば外の世界まるごと焼却されたけど、お祖父様はどうしてるんだろう……? まだタルタロスで岩運びしてるのか?

 

「シーシュポスの例はいいわ。でも、それは特例中の特例でしょう? あなたに適用されるとは思えない」

「――ゴネたんですよ」

「え?」

「我は神が天に昇るを認めざる者! 只人として死すべき運命にある者! もし神の意に背くを強いるならば、今すぐ我が祖父を座に送ってみせろ! ……と、こんな感じで」

「「「……」」」

 

 一同呆れ顔である。あ、訂正、メドゥーサが何かキラキラした視線で僕を見てる。

 

(神の横暴を逆手に取って要求を押し通すとは素晴らしい気概です、マスター! 私の絆ポイントが更に上昇しましたよ!)

(ああ、また1ポイント? いちいち言わなくていいよ、面倒だし……)

(いえ、5000ポイントです)

(神さま大っ嫌いすぎる……)

 

 まさかの特大ボーナスであった。敵の敵はなんとやらとか言うアレだ。

 

「――で、転生したのはよく分かりませんが、まあなんか嫌がらせじゃないですか? たぶん」

「嫌がらせで転生できるなら二十七祖番外位(ミハイル・ロア・バルダムヨォン)は魔術師やめてクレーマーになったでしょうね!」

「あはははは」

「笑い事じゃない!」

 

 ぷんすか怒る所長。まあ、とりあえず納得してくれたようだ。

 

「はあ……なんだか疲れたわ。少し休みます。あなた達ももう戻りなさい」

「了解です」

「あ、所長。メドゥーサの現界についてなんですが」

「ああ、それを言うのを忘れていたわね。マスターが二人しかいない現状、サーヴァントは現界させたままカルデアの電力で契約維持した方が効率的だわ。ぐだ子、あなたもサーヴァントは呼びっぱなしにしていいわよ」

「やったー!」

 

 マイルームへ駆け出していくぐだ子さん。そういえば彼女のサーヴァントってマシュさん以外知らないな。

 僕もメドゥーサに車椅子を押してもらって退出する。戦闘時のみの召喚とかだったら日々の生活にちょっと困ったので、現界維持の許可は非常に助かる措置だった。

 と、Dr.ロマンが僕を呼び止めた。

 

「あ、ヒッポノオス君。ダ・ヴィンチちゃんが呼んでたから顔出してあげて」

「はい、了解です」

 

 なんだろう?

 

 

-------------------------

 

 

「ようこそ、ダ・ヴィンチちゃんのステキなショップへ。早速だけど、何か忘れていることはないかな?」

「忘れてること、ですか?」

 

 メドゥーサにカルデアの施設案内をしつつ、ダ・ヴィンチちゃんの工房にやって来た。

 工房とは言うが、半分購買部というかなんというか、ここの主のダ・ヴィンチちゃんがあれこれ作ったり仕入れたりしたものをメロンゼリーと交換しているのである。好きなのだろうか、メロンゼリー。

 工房にも購買部にも不釣り合いな豪奢絢爛な衣装に身を包んだダ・ヴィンチちゃんは、逆に布面積が足りなすぎるメドゥーサをちらりと見やると、僕に要件を伝えた。

 

「そう、大事な確認事項だ。君は、その車椅子でオルレアンの大地に降り立つつもりかい?」

「あ」

 

 確かに。百年戦争当時のフランスに、車椅子に適した地面を求めるのは無茶というものだ。

 とはいえ、レイシフトは明日に迫っている。今からどうこうする時間はない。

 

「どうしましょうか。まさかメドゥーサに背負ってもらうわけにも行かないし」

「……(無言で頷く)」

「まあ、そうだよね。そこで、こんなものを用意してみたよ」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんはポケットからジャラジャラと虹色に輝く聖晶石を取り出し……聖晶石?

 

「え、それで何しようっていうんですか?」

「もちろん、召喚に決まっているさ」

「……本気で、僕を背負うためのサーヴァントを?」

「あはは。そんな非効率な真似はしないよ」

 

 快活に笑うダ・ヴィンチちゃん。だが、突然周囲を見渡すと声を潜めて、こう言った。

 

「これは、とある人に聞いた話だが。ルーマニアのユグドミレニアという魔術師一族に、降霊術と人体工学の天才がいたそうだ。彼女は脚が不自由だったため、魔術戦において代わりの脚となる特殊な魔術礼装を開発したと言われている――」

「……すごいですね。あ、もしかしてその礼装がカルデアにあるんですか?」

「いや?」

 

 ……思わせぶりな話のわりに、着地点が見えない。

 混乱する僕に、ダ・ヴィンチちゃんは再び満面の笑みを浮かべると、聖晶石を差し出した。

 

「引きたまえ」

「ヒキタマエ?」

「『求めよ、さらば与えられん』。真にその礼装を求める気持ちがあるなら、きっと概念礼装として召喚できるさ」

「いやいやいやいや!? 無茶言わないでくださいよ!」

 

 そもそもそれ実装されてるの!?

 

「実装? 何のことかわからないな……まあ、理屈上は可能なはずだよ。システム・フェイトは実在する礼装そのものを抽出することもある。マグダラの聖骸布なんかが確認されているが……ともあれ、案ずるより産むが易しと言うよね!」

「適当過ぎる……」

「まあまあ。やるだけやってみたまえよ。この聖晶石は私達から新米マスターの君へのプレゼントだ。スタートダッシュキャンペーンと言ってもいい」

「はぁ。そこまで言うならやってみますけど」

 

 

――というわけで、メドゥーサ召喚以来の二度目の召喚儀式である。

 

「ところで、これでまた英霊召喚できたらどうするんです?」

「その時はその時だね。もしかしたらその礼装に変身できるサーヴァントが来るかもしれないし」

「そこまで想定するとは……やはり天才か……」

 

 ガチャガチャガチャガチャ、聖晶石を投入する。前回のような緊張感が、悪い意味で全く無い。

 

「じゃあ十連続でいきますよーえいっ」カッ!

 

「黒鍵? 悪魔祓いは専門外だなあ」

「えぃっ」カッ!

 

「これは千年黄金樹……まさにユグドミレニアゆかりの概念礼装だ! 近いぞヒッポノオス君!」

「えぇ~ほんとにですかぁ~……えいやっ!」カッ!

 

「む。遠坂家のペンダントだ。ぐだ子ちゃんとお揃いだね!」

「ぐだ子さん、それ引いてショック受けてましたけどね……えい」カッ!

 

「む。また遠坂家のペンダントだ。マシュちゃんにプレゼントしたら喜ぶんじゃないかな?」

「彼女には悪いですが、プレゼントならメドゥーサが先ですよ……えいっ」カッ!

 

「(何か嫌なものを見たような表情)」

「メドゥーサ……?」

「……偽臣の書か。私もサーヴァントだから、あまり関わりたくないね……なんかワカメ臭いし」

「ワカメへの風当たり強すぎません? 僕ちょっと泣きそうですよ……ぇぃ」カッ!

 

「サクラ!?」

「メドゥーサ、突然何!?」

「おや、虚数魔術とは珍しいね……サクラっていうのはこの使い手の女の子かい?」

「え、なに、何で感極まった感じで泣いてるの……怖い……」カッ!

 

「サクラ!!!!!!!!」

「イマジナリ・アラウンド? ちょっと大人びてるけどさっきと同じ女の子が写っているね、骨格が同じだ」

「叫ばないで、叫ばないでね、心臓に悪いから……」カッ!

 

「(何かとても嫌なものを見たような表情)」

「えっ何その表情……星4だけど外れなのか……?」

「鋼の鍛錬。十字架を掲げた宗教者だね、なかなかいい肉体だ。信仰は強しというものかな」

「そういえばサーヴァントが来てないですね、誰か強そうな……」カッ!

 

「龍種! お望み通り強そうなやつだぞ!……というか君はもう目的を忘れたのかい?」

「えっやだなぁ覚えてますよ、なんでしたっけ、移動手段を調達できる何か……」カッ!

 

「!!!きたぞ、サーヴァントだ!」

「(ほう、という表情)」

「(どきどき)」

「あら、随分と可愛らしいマスターなのね」

「「「!」」」

「キャスターのサーヴァント、メディアよ。ところで後ろの大雑把な造形の女は誰かしら?」

 

 あ、メドゥーサがすごくイラッとした表情になった。知り合いかな?

 

 

---------------------

 

 

「……明日の作戦からはわたしも復帰します」

「了解です、所長」

「……その申し訳なさそうな顔をやめて。報告を怠った事実はともかく、保留するだけの事情があったことは把握しました」

「その、すみませんでした」

「やめなさいって言っているでしょう。……はあ、まったくアレな連中ばかり生き残ったものね。わたしがいなかったら、一体どうするつもりだったのかしら」

「あはは、耳が痛いなあ……でも、ヒッポノオス君なんか真面目で頼れそうじゃないですか」

「真面目? ……どこが」

 

 オルガマリーの声が、先ほどとは別種の冷たさを帯びる。

 それは怒りや苛立ちではなく、魔術師であればよく見慣れた冷徹な――

 

「ロマニ、ペガサス乗りの英雄の名前を言ってみなさい」

「えっ、ベレロポンでしょう。さっき言っていた」

「本当にそう習ったのかしら」

「ああ、()()()()()()()以外の表記は見たことないですね。でも、それはぐだ子ちゃんが召喚したアーサー王が女の子だったのと同じで、よくあることじゃないですか?」

「全然違うわよ。アーサー王の場合は、アーサー王だった人がアーサー王として呼ばれた。それが青年(アーサー)でも少女(アルトリア)でも、本人であることに変わりはないの。でも、ベレロポンは違う。傲慢故に天を目指し墜落した英雄と彼のパーソナリティは違いすぎるし、そもそもペガサス乗りの英雄の伝承に『ベレロス殺し』なんて改名の逸話は存在しない。なによりBellerophon(ベレロポン)の名前が残らずベルレフォーンという誤記だけが残るとは考えにくいわ」

「……ベルレフォーンとベレロポンは別人だと?」

「さあ。確かなのは、座やら転生やらを含めわたし達が知らない何かが残っているということよ」

 

 そう言って、オルガマリーは不貞寝するようにベッドへ潜り込んだ。

 




次回オルレアン突入だ! やったぜ!
とりあえずメドゥーサ、メディア、ストーリー鯖の3人戦闘で行く予定。

<十連結果>
黒鍵(青)
千年黄金樹
凛のペンダント
凛のペンダント
偽臣の書
虚数魔術
イマジナリ・アラウンド
鋼の鍛錬
龍種
メディア

星4礼装がいっぱい! なんて幸運なマスターだ!


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第5話 実証開始(前編)

毎週末更新くらいのペースを保ちたいなあ。
さて、前回メドゥーサはベレロポンが生まれる前に死んだという話がありましたが、

ペルセウス:メドゥーサを殺す
ヘラクレス:ペルセウスの子孫
イアソン&メディア:ヘラクレスと一緒にアルゴー号で冒険
ベレロポン:育ての父グラウコスがイアソン主催の競技会で事故死

という感じの時系列を採用。下にいくほど若い設定(ヘラクレスとイアソン夫妻は同じくらい)。
尚あれこれ調べていくと色々つじつまが合わなくなり作者の頭はばくはつした


「降霊術を利用した脚の代わりになる魔術礼装……面白いことを考える魔術師もいたものね」

「メディア、その礼装って作れる?」

「無理ね」

 

 即答であった。

 

 召喚装置のある部屋からマイルームに場所を移して、本日二度目のお茶会中。

 なぜかDr.ロマンが参加希望したので、合計4人で座卓を囲んでいる。

 

「Aランクの道具作成スキルを持つ神代の魔術師でも再現不可能なのか!? ユグドミレニアのフィオレ女史だっけ、凄まじい才能だなあ」

「そこのなぜここにいるのか良く分からない優男、誤解しないように。足りないのは技術でも知識でもなく、材料よ」

「なぜってそりゃあ――――って、材料?」

「ええ。マスターが欲しがっている接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニュピレーター)は、四本の義腕にそれぞれ動物霊を憑依させて自動操縦を実現するのでしょう――降ろすべき動物霊がどこにいるというの?」

「……なるほど」

 

 カルデアの外は一面真っ赤な焦熱地獄である。

 そこにある全てを灼き尽くし、地球の呼称が青の惑星から赤の惑星に変わりかねないレベル。

 

「もちろん、人間を使っていいなら話は別だけど。貴方、やってみる気はない?」

「ボク!? いやぁ~ちょっと気が進まないなぁ……ほら医療スタッフのお仕事とかあるし!」

「そう。残念ね」

 

 事も無げにDr.ロマンを生け贄に捧げようとする神代の魔女。やばい、文化が違う。

 と、メドゥーサが妙に冷ややかな口調でメディアに言った。

 

「……ふ。手も足も出ずとは、ヘカテーの弟子の名も地に落ちたものですね」

「……何か言ったかしら?」

「いえ、お気になさらず。あくまで個人的な感想ですので」

「……そもそも、貴女がマスターを載せて運べば済む話じゃないの? その無駄にでかい図体、こんなときでもなければ一体いつ活かすというのかしら」

「ほう、騎兵を馬扱いするのですか。キャスタークラスがライダークラスを侮辱しようとは、背中に気をつけないと後悔しますよ」

「ふん。敵味方の区別もつかないサーヴァントなど、駄馬扱いで十分でしょうに」

 

 バチバチバチバチ。

 飛び散る火花。威嚇しあうサーヴァントふたり。そしてその脇で震える人間たち。

 怖い。超怖い。こんなサーヴァントペアを引いたのは誰だ! 僕だ! 本当にすまない……!

 

「……チッ。とにかく、礼装を作って欲しいならレイシフト先で適当な動物でも拾ってくることね」

「となると、オルレアンに行かないと話が進まないわけか」

「まあ、一時しのぎくらいはしてあげるわよ」

 

 そう言って、メディアが僕の車椅子に杖先を向ける。

 

「『軽量化』『慣性軽減』『浮遊』『動力増幅』『推進力生成』……こんなものかしら」

「うわっ!? 車椅子が地面を滑った!?」

「地面からほんの少しだけ浮くようにしたわ。押すなり車輪を回すなりすれば勝手に進むから、とりあえずオルレアンではそれで移動しなさいな」

「これは要特訓だなあ……」

 

 例えるなら、エアホッケーのパックにされた気分。

 反応性と加速性がAランクだけどハンドリングとブレーキ性能がEランク的な。

 生前からしてモノを乗りこなすことには定評のある僕でも冷や汗必至の、超絶ピーキーマシンであった。

 

「メドゥーサ。何その視線は」

「……少々、ライダークラスとしての本能を刺激されまして」

「貸さないからね」

「……(眼力を強める)」

「視線の暴力反対! 君の場合、それリアルに暴力だからな!」

 

 圧制には屈しません! なぜマスターの僕が圧制されているのか、そういう理不尽にも!

 残念そうな顔で視線を和らげるメドゥーサ。バイザー越しでも石化しかねない凄みがあった……

 

 ……ん?

 ……本当に見えてないんだろうな? 殺気か邪気かしらないけど、視線を視線めいた何かとして感じられる以上、その自己封印バイザーって長い年月を経て弱まったりしてないか?

 僕の脳裏にいつかどこかでアニメで見た「妙にひょろ長い身体でシスコン全開な魔眼の学生(ルルーシュ)with封印のコンタクトレンズ」や「妙にひょろ長い縛るのに使うアレっぽいけど実は一途でシスコン気味な魔眼の学生(トオノシキ)with封印の眼鏡」など、魔眼封印が効かなくなった人々の姿が浮かんでくる。メドゥーサが「妙に長い身……ごほん、妙に長い髪でシスコンこじらせた魔眼の女性with封印のバイザー」として加わらないことを祈るばかりだ。

 というか、そのときって、たぶん第一犠牲者=僕だし。願わくば父上(ポセイドン)みたいな雄々しいポーズで石像になりたいものだよ。

 

 閑話休題。空気の緩んだ今のうちに人間関係の把握に努めるとしよう。

 この二人、それぞれ別方向に劇薬過ぎて放っておくと大惨事になりかねない気配がある。

 

「あー、ところで、二人はお互いやけに遠慮がないというか……知り合いなのかな?」

「知り合いと言うには些か血なまぐさい関係ですが」

「……冬木の聖杯戦争でやりあったのよ。まあ、『この私』にとっては別の時間枝で起きた実感のない記録にすぎないけれど」

「実感がない? その割には――随分、鍛え直したようですね?」

「ッ……そりゃあ、あんな負け方、認められるはずないでしょう!? 座で閲覧しながら質の悪いヤラセを疑ったわよ! ……まあ、一番目を疑ったのは出先の私が男と……ったことだけど……」

 

 なにやらゴニョゴニョ言っているが、とにかく今のメディアのステータスは筋力Dランクに耐久Cランク。キャスタークラスには不必要すぎる恵体ぶりである。

 第五次聖杯戦争、そこで一体いかなる屈辱的敗北が彼女を襲ったのか――

 

(冬木の時より1ランクずつ上がっています。スペック上は冬木のアーチャーと同ランクですね)

(三騎士クラスと同じ!? 流石にやりすぎじゃ……あれ、むしろそのアーチャーが低すぎない?)

(弓兵も本来直接やりあうクラスではありませんから)

(……そこ、こそこそ密談しない!)

(うわぁ!? 盗聴されてる!?)

「私に言わせれば、その程度の念話なんて小声でひそひそ話しているのと何も変わらないわよ」

「……まあ、そこはキャスターたる貴女に分があるでしょうね」

「え、突然何の話?」

 

 神代の魔女恐るべし。そして話題に置いて行かれたDr.ロマンが混乱してる。

 でも、サーヴァントのスペックって上げようと思って上がるものなの?

 

「冬木で召喚された時は身体能力にスペック振る必要を感じなかっただけで、本来私は現代未来のお嬢さんや坊やに打ち負けるほどひ弱じゃないのよ」

「マジですか」

「そりゃそうさ、ヒッポノオス君。なにせメディアといえばアルゴー号クルーの一人だ。当時の過酷な船旅を成し遂げた彼女の身体能力が低いはずがない」

「あら貴方、意外と見る目はあるのね。意外だわ」

「それは光栄……あれ、何で二回言ったのかな?」

「意外だから」

「三度目!?」

「確かに意外ですね」

「意外だ……」

「君たちも乗らなくていいよ!」

 

 いやあ、Dr.ロマンがいると空気がほぐれていいなあ。魔術師なんて気難しいか陰気かのどちらかしかいないと思っていたから、彼みたいな人がいてくれるのは素直に嬉しい。

 僕? 僕は魔術師じゃない。魔術回路はあるけど生前の在り方からして騎兵か槍兵といった所だ。

 

 ……ふむ。もしベレロポンがライダークラスのサーヴァントになったなら、宝具はメドゥーサ同様に黄金の手綱、ランサークラスならキマイラ殺しのときの槍と鉛が宝具になるのかな? スキルはもちろん騎乗、神性、戦闘の仕切り直しも出来るだろうし、あとは……リュキア王としてのカリスマとか取っちゃう? 取っちゃう系? だったらいっそステータスも、アテナ神とポセイドン神の祝福補正とかなんとか理由つけてガッツリ盛っていく方向で……

 

 

 …。

 ……。

 ……いけないいけない。ついフリーダム英霊ズに当てられて、有り得るはずなき僕の考えたさいきょうのサーヴァント・ベレロポンを妄想してしまった。想像するのは常に最強の自分かもしれないが、それはそれとしてその先はジゴクですよ。

 今日は二回も召喚したので頭の具合もいい感じにヘタってきている僕。正直そろそろ寝たい。

 と、そのとき。メディアがポツリと呟いた。

 

「……まあ、筋力耐久の代わりに幸運が2ランクダウンしたんですけどね」

「それ一番下げちゃ駄目なやつだ!?」

 

 一気に目が覚めました。

 幸運。ぶっちゃけそれだけ有れば良いと言っても過言ではない、むしろ低ランクだとまずロクでもない結末が待っているとでも言うべきか、とにかく最重要ステータスであることは間違いないのだ。この神代の魔女、本来Bランクあったはずの幸運をDランクまで投げ捨てるとは――

 

「――愚かな」

「なっ何よメドゥーサ文句あるの!? 仕方ないでしょう、サーヴァントである以上は限りある魔力の器の範囲でステ振りしなくちゃいけないんだから!」

「なるほど、そうかもしれませんね。ところで……"エミヤ"(幸運E)

「ッ!?」

"クー・フーリン"(幸運E)

「!!」

「そして私こと、"メドゥーサ"(幸運E)

「!!!!」

「メディアよ、毎度毎度、貴女のナイフはなぜ外れるのか」

「……そこまで言うことないじゃない!?」

「予言は私の領分ではありませんが――あえて予言しておきます。冬木と違って、今回の貴女はロクな男に巡り合わないでしょう。何かと貧乏くじをひくでしょう。そのうち自分の黒歴史とか昔の男とか出てきたりして」

「やめて!!!」

「幸運とは、かくも大事なものなのです。次があったら大切に。経験者からの忠告ですよ」

「うぅぅ……あんまりよ、あんまりだわ……」

 

 さめざめと泣き出すメディアさん。作戦前夜にして既にお通夜の様相を呈している。

 そしてあまりの居心地悪さに撤退を始めるDr.ロマン。

 

「さ、さぁ~てと、明日も早いし、ボクはそろそろ御暇しようかなあ」

「僕を置いていくんですかドクター!?」

「ヒッポノオス君、サーヴァントの精神ケアも君の大切な仕事だ。頑張ってくれ」

「うわぁ、せっかくのドクターっぽい台詞がシチュエーションのせいで台無しだ!」

「マスターもこう言っていますし、もっと長居してもいいんですよ? 貴方からドクターの称号を取ったらロマンしか残らないでしょうに」

「あはは、男の子に必要な物はいつだってロマンだけさ!」

「……」

「……ごめん、今のボク(XX歳)にはちょっとキツイかも」

「伏せ字がおじさん臭いですよ、ドクター……」

 

 僕とメドゥーサにからかわれつつも断固撤退の意思を崩さぬ我らがドクターである。

 仕方がないので、メディアを介抱することにした。ほら、ちょっと目を離した隙に異形のナイフで自分刺そうとしてるから。それ召喚リセットボタンじゃないから。死ねば助かるとかそんなことはないので存分に生を謳歌して欲しい! 少なくとも例の魔術礼装が完成するまでは!

 

「さあ、メディア、このハンカチで涙を拭いて……君に涙は似合わない」

「うぅぅ……嘘くさい笑顔の裏に損得勘定が透けて見えるわ……やっぱり外れマスターだわ……」

「HAHAHA、何を言っているんだ君には期待しているのだぜ」

「メデューサの予言大当たりじゃない……いきなりロクでもない男1号2号じゃない……」

 

 こうして、作戦前夜の貴重な休息時間は胡散臭い笑顔(マスター)後悔の涙(サーヴァント)のディスコミュニケーションに費やされたのであった……

 

 

 

「……帰るのを止めはしませんが、結局貴方は何をしに来たのですか」

「あ、やっと聞いてくれた。いやあ、美しい女性サーヴァント二人で両手に花のヒッポノオス君がちょっぴり羨ましいから押しかけちゃおっかなーって……あっごめんなさい嘘ですバイザー取らないで」

「見つめ合えば素直にお喋り出来ますよ?」

「ひぃっ支配する女(メドゥーサ)! 正直に言います、超有名魔術師メディアさんがやって来たって聞いたから、生前のエピソード聞いたりあとサインとか欲しいな―って! 出来心で!」

「……なるほど。しかし、魔術師が軽々に自分のサインを与えるとは思えませんが」

「ぐぅの音も出ないコメントをありがとう! ……ハッ、待ってくれ、その理屈だと、あのネットアイドル "マギ☆マリ"のサインが全く出回らないSSR級レアアイテムなのも、まさか彼女の正体が魔術師だったから……? そうか、"マギ☆マリ"のマギは魔術師のmagi……ならば"魔術師☆マリ"の正体とは……そう、旧世紀日本の文献にその存在を確認される、機動兵器(モビルスーツ)『1日ザク』に搭乗するジオン公国の魔法少女『魔法の少尉ブラスターマリ』! ここまでくれば分かっただろう、人理焼却とはすなわち月光蝶による文明埋葬のことだったんだよ!!!」

「……」

「そこは『な、なんだってー』と返して欲しかったなあ……なんちゃって」

「そこまでにしておけよロマニ」

「SSR!?」

 




長くなったので前後編に分割。……前編のこいつら茶しばいて駄弁ってただけだ!

ちなみに、ヒッポノオスがメドゥーサの視線を認識できるのは彼女の自己封印が弱まっているためではなく、ヒッポノオス自身の直感に似た危険察知能力が働いています。サーヴァントじゃないのでスキル化されたりはしませんが。

以下メディアさんステータス。
第五次冬木に比べて筋力耐久1ランクずつ上昇、幸運2ランク低下。もう肉弾戦も怖くないね!

クラス:キャスター
真名:メディア
マスター:ヒッポノオス
出典:ギリシャ神話
地域:ギリシャ、コリントス
属性:中立・悪
性別:女性
《ステータス》
筋力:D
耐久:C
敏捷:C
魔力:A+
幸運:D
宝具:C
《保有スキル》
高速神言:A
金羊の皮:EX
《クラススキル》
陣地作成:A
道具作成:A

……コルキス王女だからてっきりコルキス出身だと思い込んでたんですが、上を書くのに改めてFGOのステータス画面確認したら、この人Fate世界だとコリントス出身になってる!?(コリントス→ギリシャ、コルキス→グルジア(ジョージア)なので、だいたいアルゴー号の出発地と目的地くらい離れてる)
確かにメディアの父ことコルキス王アイエーテースはコリントス出身だったらしいんですが……そうか、ヒッポノオス君と同郷になるのか……


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第6話 実証開始(後編)

 昨日の続き。


 眠い。

 翌朝である。眠い。

 結局、昨晩はメディアの自棄酒に付き合わされた。

 それで、落ち込みっぱなしのメディアに良い物をあげようと思って、コリントス仕込みのオリジナルカクテルその名も「アイオニアン・ホワイトヴェール<意訳:紺碧のイオニア海に舞う純白のウェディングヴェール>」を披露したところ、一気飲みした後でまた泣きだしてしまった。メドゥーサは一通り味を褒めてからメディアと一緒に僕をなじった。そういえばコリントスはメディアの出身地かつイアソン&メディア夫妻の離婚記念地だったなあと後から気づいた。郷愁とか嫌な思い出とかを想起してしまったんだろうと、正直反省している。てっきりコルキス出身だと思ってたんだよ、コルキス王女だし。

 召喚時に知識をインストールされるサーヴァント達と違って、僕には自前の知識しかないので知らないことは知らないし忘れることは忘れるのだ。どうか責めないで欲しい。

 ちなみに味の評判は良かったので今度は因縁なさげな人たちに振る舞ってみようと思いました。

 

 そんなことをつらつら考えているとドアがノックされた。メドゥーサだ。彼女も昨晩はだいぶ飲んだはずだが、酔ってもさっぱり乱れなかった。蛇繋がりでウワバミなのだろうか。

 

「おはようございます、マスター。酒気は抜けたようですね」

「おはようメドゥーサ。メディアは?」

「二日酔いでシャワーを浴びてくると言っていましたが」

「二日酔い……そうかぁ、二日酔いかぁ……」

 

 なんとも残念な気持ちになる。アルゴー号といえばギリシャに煌めく英雄たちが集結した超大冒険の舞台であり、そこでヒロイン?的な立ち位置を務めたメディアには生前からソンケイの気持ちを抱いていたのだが……うん。

 と、そこにメディアがやってきた。湯上がりということもあり生来の美貌が輝かんばかりだが、二日酔いウーマンフィルターを通せばそれさえくすんで見えるのだった。

 

「おはようメディア。二日酔いは大丈夫?」

「ええ、おはようマスター。あとその女の言葉を額面通りに受け取らないように。二日酔いと言っても気分の問題よ、気分の」

「?」

「あの程度のアセトアルデヒドの毒性でサーヴァントが侵されるわけないでしょう。酔いたかった、潰れたかった、二日酔いになってシャワーで治るところまで自棄酒の1プロセスってこと」

「……? よくわからないけど、とりあえずもう大丈夫ってことだね」

「そうね。さて、朝食を食べたらレイシフトでしょう。ふふ、カルデアスを早く見てみたいわね」

 

 自棄酒で吹っ切れたのか、昨晩とは打って変わって何やら楽しそうなメディアさんである。

 

 メドゥーサに車椅子を押してもらって食堂へ行くと(穏やかな字面に見えるかもしれないが、魔術強化車椅子のピーキーっぷりは想像以上に凄まじく、その実態はぶっちゃけ「マスターを食堂にシューッ!超!エキサイティン!!!」的な大惨事。やらかした本人(メディア)も軽く引いていた)、既に朝食が用意されていた。

 

 テーブルが指定されていたのでそこに向かうと、見事なギリシャ風朝食が並んでいる。昨日のお団子といい、ここの調理スタッフの腕前は相当なものと見える。更に僕達ひとりひとりに合わせて多少献立を変えているようで、ややトルコ風なオーソドックススタイルで提供されている僕に対して、メドゥーサには追加でタコのカルパッチョの小皿、メディアには……黒パンとザジキ(ギリシャ料理、前菜。肉料理のソースや付け合せとしても使われ、米国ではキュウリソース(cucumber sauce)とも呼ばれる)かな? どこから材料調達しているのだろう……

 

「……あの弓兵も来ていると。これは挨拶代わりというわけね、相変わらずいけ好かない男だわ」

「昨日は団子を作っていましたね。思い返せば、あの団子もサクラ風の味付けに寄せてあったのが嬉しいやらやり過ぎやら、という感じですが」

「今回の召喚は、よくよく昔の敵と共闘する縁があるわね」

「カルデアのマスターと契約しているわけではないようですよ。厨房に篭もりきりのようです」

「そうなの? グランドオーダーなんて誂えたような『人助け』を前にあの弓兵が躊躇するかしら」

「彼の矜持と信念は、余人には測り難いものもありますから。それにもう一人のマスター、グダコが騎士王と契約しているそうですから、戦闘は任せてバックアップに徹しようとでも考えているのでは」

「こじらせているのも相変わらずね」

 

 そんな男はどうでもいいけど騎士王が来ているなら楽しみが増えたわ、とますます上機嫌なメディアさん。どうせこの先ロクな目にあわないだろうから、と小さなしあわせを見つけていく方向にシフトしたようだ。昔誰かの手記で読んだのだが、サヴァイヴァルのプロに言わせれば、"日々の中で小さな楽しみを出来るだけ見出すのがサヴァイヴァルに肝要なところである"とのことらしい。なるほど実践的なインストラクションである。

 

 それにしても、厨房スタッフはどうやら彼女たちの知り合いのようだ。ということはサーヴァント? ダ・ヴィンチちゃん的な立ち位置なのかな? そして、僕すら知らないぐだ子さんのサーヴァントを把握しているメドゥーサの情報網はどうなっているのか。

 

「おや、聞いていなかったのですか。グダコ自身が病室で所長に報告していましたよ」

「ああ、あの時の」

 

 睦言だろうと思ってシャットアウトしていた。あれ進捗報告だったのか……

 

 

----------------------

 

 

 朝食を終えてカルデアスの元へ向かうと、既にぐだ子さんたちが揃っていた。マシュさんと並んで立っているのは、蒼銀の戦装束を纏った少女。彼女がぐだ子さんのもう一人のサーヴァント、騎士王なのだろうか。

  

「はじめまして。カルデアのマスター、ヒッポノオスです。君もぐだ子さんのサーヴァント?」

「……(無言で頷く)」

「はい、セイバーのアルトリア・ペンドラゴンさんです。とても頼りになる方なんですよ!」

「おはようマシュさん。騎士王が少女だったとは……というか、ええと、無口な人なのかな?」

「……」

「あら、本当にセイバーね。貴女と一緒に戦うことになる日が来るとは思わなかったわ」

「同感です。しかし、貴女の実力を知る身としては心強いですね。セイバー、よろしくお願いします」

「わたしも改めまして、シールダーのマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします! ……ところで皆さん、今回はクラス名で呼び合わなくても良いのでは?」

「「「!」」」

 

 うん、また癖が強いのが来たようだ。

 ……メドゥーサ&メディアを引き連れてる僕が言えたことでもないが。

 さて、久闊を叙しているサーヴァントたちを置いて、所長とぐだ子さんのもとへ向かう。何やら物陰に隠れて姦しく賑やかな様子だが、その前に――

 

「よそ見すると危ないですよ、ドクター」

「うわっ何その車椅子!? 動きが気持ち悪いよ!」

 

 慣性の法則を無視する華麗な動きでDr.ロマンをかわしたが、向こうは肝を冷やしたようだ。

 オルレアンから戻るまでにダ・ヴィンチえもんにお願いして安全対策用のクラクションを用意しておくと言われてしまった。オルレアンから戻ったらこの車椅子ともオサラバの予定なんだけど……まあ、いらなくなったら適当なライダークラスに譲ればいいか。

 一瞬、爆走する車椅子とけたたましいクラクション、そして跳ね飛ばされるDr.ロマンまで幻視したが……きっと白昼夢だろう。見なかったことにする。何かあってもデータ引き継ぎしておけば大丈夫さ。

 ……ドクターはどうでもいいんだ、今は所長とぐだ子さんだ。

 

「おはようございます。所長、なにしてるんですか?」

「ああ、おはよう……じゃない! こっち来ないで!」

 バゴン!

「なっ」「えっ」

 

 いきなり所長に突き飛ばされた僕は慣性無視車椅子に乗ったまま真後ろに吹っ飛んでいき――

 

 ちょっぶつかる! カルデアスに突っ込んじゃう! 生きたまま無限の死がやってくる!!!

 現世でお世話になった皆さんありがとうございました――

 

「……!」

「あ、ありがとう……」

 

 わりと本気で死を覚悟した僕を引きずり戻したのは、一瞬の内に僕の横まで移動していたアルトリアさんだった。極まった直感と魔力放出による高速移動が実現した未来予知的な救出劇である。

 

「……」

 

 くい、と僕のお礼に返答するように頷いて元の位置へ戻っていくアルトリアさん。

 超クール。超カッコいい。英雄ってのはああじゃなくちゃな! やはり騎士王は格が違った!

 

「……ぐすっ」

 

 おっと、所長の元に戻らなくては。なんかめっちゃ泣きそうな顔してるし。ただでさえ病み上がりの所長のメンタルにこれ以上負担をかけるのはあまりにもマズイ。

 と、そこへこちらも申し訳無さそうな表情で僕の車椅子を押しに来たのはメドゥーサ。いやまあ、君も仕方ないよ。君のそばを離れたのは僕だし、今のも一瞬すぎる出来事だったし。

 

「あ、あの、ヒッポノオス……わたし、そういうつもりじゃ」

「ええ、分かってますよ、所長。車椅子の仕様を伝えてなかったこちらも悪いですから。それで、何があったんです?」

「……あ、新しいマスター用の魔術礼装を用意したのよ、それをぐだ子に着てもらおうと」

 

 なるほど、着替え中だったわけか。先にひと声かけるべきだったな。

 

「へえ、どんな……うわぁ」

 

 やばい。なんか所長への思いやりとか今後への反省とかそういうものがあまりのインパクトに消し飛んだ。なぜって、ぐだ子さんが着ていたのは、SFで出てきそうなスペース戦闘服的な魔術礼装だったのだ。

 え、これ着てオルレアン行くの!? なんていうか、レフよりひどい歴史改変にならない? 主にUMAがやって来たぞー的な意味で……

 

「カ、カルデア戦闘服よ! 人員の入れ替えや全体の攻撃力を強化ができる攻撃的な礼装なの。ガンド撃ちで直接戦闘のサポートもできるわ」

「……あー、素晴らしい性能だとは思うんですが、ちょっと今回の任務には向かないのでは」

「ヒッポノオスもそう思う? 私もそう思ってたんだよな」

(良かった、魔術師的ファッションセンスこじらせてる所長と違って彼女は常識人だ……)

「やっぱり動きにくいし、裸で良いんじゃないかなって」

「あれ、こっちも駄目な人だ!?」

 

 まて、まってくれ、これまでの話を思い出してくれ!

 確かにここ最近のぐだ子さんは過去回想やらなにやらで影が薄かったかもしれないが、君はカルデアのゆかいな仲間たちと違って常識人枠だっただろう! サーヴァントのマシュさんとアルトリアさんもめちゃくちゃ良い人だし、彼女らを召喚できる人格者である君が魔術師こじらせてはいけない! 目を覚ますんだ、ぐだ子さん!

 

(ちょっと見ない内にマスターからグダコへの評価が天元突破していますね……そして暗に私は常識人枠ではないと?)

(!? 背後から恐ろしい気配が!)

 

「……とにかく。今回はこの魔術礼装を着て行ってもらいます。特異点を修復した時点で修正に至る歴史も失われますから、ヒッポノオスが懸念したようなことは起こりません!」

 

 断言する所長。そういう問題じゃない気もするけど……まあ、そこまで言うなら。

 

 

 

 

 着替えて戻ってくると、既にレイシフト用のコフィンの準備ができていた。

 いつでもいけるよ、というDr.ロマンに介助されながら自分のコフィンへ向かう。

 ……そうだ、特異点修復を始める前に、所長に聞いておくことがあった。

 

「所長、作戦の前に確認しておきたいことがあるのですが」

「何?」

「人理焼却は『既に成された』と考えて良いのでしょうか」

「……なぜそれを聞きたいのかしら」

「スタンスの問題ですよ。僕達の行いが崖っぷちからの逆襲なのか、あるいは既に勝敗の決した盤面を丸ごとひっくり返そうとしているのか、一応はっきりさせておきたくて」

「……カルデアは、『既に焼却された未来を視認している』。そうね、確かに時の流れの外から盤面をひっくり返しに行くようなものだわ」

「では、グランドオーダーが成功したとしても人理焼却された時間枝の分岐は存在し続ける?」

「意味のない問いね。理屈としてはそうだけど、それを認識できるのは第2に至った宝石翁くらいでしょう。……まあ、人類が絶滅した世界なんて、フィクションではお馴染みすぎて在るのが当然のような気もするけれど」

「ありがとうございます、やる気が湧いてきました」

「普通逆じゃないかしら。英雄は試練が好きだとでも?」

「そんなところです。……いや、今の僕は英雄(ベレロポン)じゃないですけどね」

 

 ベレロポンはもう死んだ。これはヒッポノオスの戦いだ。そこは切り分けておきたい。

 それは、今の僕を育ててくれた父母のためでもある。まだ事情も感謝も伝えていないのに、人理焼却なんてことが起きたせいでそれさえ出来なくなってしまった。よくわからない公募に乗ってカルデアなんて辺鄙な研究所に赴くことを許してくれたというのに。その理由すら話せなかった僕を、きっと心配してくれただろうに。

 ――そもそも、カルデアが観測する人理などに興味はなかったのだ。

 僕がここに来たのは、ただそのレンズを通して確認したいことがあったからだ。マスターの才能があったこと、レイシフトの才能があったこと、それも自分の望みが正しいと確信させるピースに過ぎなかった。レフ・ライノールが人類の未来を滅ぼすなどという邪悪な欲望を露わにするまでは。

 

世の理の外(タルタロス)に囚われたお祖父様(シーシュポス)。カルデアのレンズなら、あるいはタルタロスの灯だけでも覗けないかと思っていたけれど)

 

 タルタロスに囚われ続ける祖父を、遠く遠くからでも一目見たいという僕の望み。レフ・ライノールが放った炎がそれを変質させたのに気づいたのは、つい昨日のことだった。

 

(人理焼却、そんな手段があったとはね)

 

 人理焼却。人の歴史の全てを歪め、2016年から先の未来を行き詰まらせる最悪の改変。

 人類史を遡り改変する。ゆえに、その時点から先の偉業も愚行も繁栄も衰退も、

  全て全て()()()()しまう。あるいは、()()()()()()()なってしまう。

 

 考えるだけでも恐ろしい冒涜だ。だが――もしその炎が、許されぬ罪まで焼き滅ぼすならば。

 

(……永劫の罪人(シーシュポス)。西暦2015年に貴方を恨む者はもういない。貴方は既に、物語られるだけの古き神話の罪人、ツケを払わされた愚者だ。もう、解き放たれてもいいでしょう。この期に及んで神の裁定に従う必要など、どこにも)

 

 『人理焼却は既に成った』。ゆえに、人理定礎を歪められたその世界では『シーシュポスが罪を犯さない』可能性が存在する。

 その世界がたとえ2016年を迎えられない絶望の世界だとしても――そこでシーシュポスは自由のままだ。正しく生きて英雄となれば、そこから座に至ることも出来るだろう。だって、罪人ではないのだから。

 あるいは、タルタロスの苦役から抜け出すことも可能かもしれない。たとえアリアドネの糸より細い可能性でも、神すら欺ききる男ならば、可能性さえあれば如何ようにもできそうに思われた。

 

 そして何より、これから僕らがレフ・ライノールの野望を止めたとしても、僕らが生存する分岐が生まれるだけで、既に確認された焼却の未来への分岐がなくなることはない。

 

(やる気が出てきましたよ、本当に)

 

 レフ・ライノール。僕は貴方に感謝する。感謝して、感謝して――殺す。その野望を打ち砕く。

 

「アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します」

 

 さあ、戦いを始めよう。レフと彼の「王」が何かはしらないが、それが神でも構いはしない。

 

「全工程完了。グランドオーダー 実証を 開始します」

 

 神に救いを求めるな。

 神に許しを求めるな。

 人だ。人がやるのだ――カルデアが。仲間が。この僕が。

 

 

-------------------

 

 

 黒い聖女が嗤っている。

 7騎の従者を侍らせて、かつて己を処刑した聖職者を跪かせて、黒い聖女が嗤っている。

 

「さあ、我が愛しき悪鬼(サーヴァント)たち。破壊と殺戮、それが私から下す尊命(オーダー)です。

春を騒ぐ街を、春を歌う村を、全て殺し、壊し、灰燼に帰しなさい。

それがどれほどの邪悪であれ、どれほどの残酷であれ、()()()()()()()()()()()()()()()()

罰をお与えになるならば、それはそれで構いません。

それは神の実在とその愛を証明する手段に他ならないのですから――」

 

 邪悪が、龍が、人の歴史を歪めていく。百年戦争はまだ終らない。

 

 

--------------------

 

 

 前略、父上様。

 僕たちは今、1431年のフランスに来ています。戦争中とは思えない豊かな土地で――

 

「おい、いたぞ! こっちだ逃がすな!」

「また見つかりました! どうしましょうドクター!」

「とにかく逃げろ! タイムパラドックスの心配はないけど、現地民との敵対は避けよう!」

「どこからともなく軽薄な声が聴こえるぞ! 体を覆う謎の服装(ピッチリスーツ)といい、怪しすぎる!」

「やっぱりこの魔術礼装、駄目駄目じゃないですかー!!!」

 

 前途多難な予感がします。

 




 オルレアンに着いたぞ!(滑り込みセーフ)
 厨房の弓兵ですが、本当はメディアにカッパ巻きを提供したかったけど、全体の調和を崩すのもプライドが許さないのでそれっぽいものに留めたという設定。
 ちなみに、ぐだ子のサーヴァントは基本FGO準拠のステータスです。

参考資料:SF風ピッチリスーツことカルデア戦闘服
http://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic08.html


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第7話 小説で分からない!フレンド申請

オルレアン編開始。
ジャンヌは英雄王ピックアップの時に銀ルーラー演出を経て作者のカルデアへ来てくれたので、思い入れがあります。一瞬何が起きたか分からなかった。


 1431年、フランス。

 戦火絶えぬ時代でありながら、その地は未だ緑に満ち、風は穏やかに草原の薫りを運ぶ――

 

「ジャンヌゥゥゥゥッ! ジャンヌ、ジャンヌ、ジャンヌジャンヌ、ジャアアアアアアンヌ!」

「なっ、その熱狂はジル……じゃない!? どちら様ですか……?」

「……おおぉ! この顔をお忘れになったのですか!? 私です! 貴女の親愛なる友人(フレンド)、ぐだ子です! あの炎上する冬木で共に戦った日々を、本当にお忘れになったというのですか!?」

「フユキ……? いえ、あの」

「アァ神よッ、これは如何なる悲劇か! おぉォォォォ■■■■■■■■■■――――!」

「とっとにかく! また敵が来ました! 共闘をお願いできますか、お話はその後で!」

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!」

 

 

---------------

 

 

 時間は少し遡る。

 

「付近に生体反応無し。逃げ切りましたよ、先輩」

「つーかーれーたー」

 

 ぐでん、とマシュさんに向かって倒れこむぐだ子さん。人間相手の逃走とはいえ、サーヴァントの体力についてくるとは、その肉体はやはり只者ではない。……いや、断じて二人の間で押しつぶし合うマシュマロについて言及したわけじゃあないよ。

 

「フォーゥ」

「フォウさんもお疲れ様です。相変わらずの健脚ぶりですね」

「あ、第一動物発見。走るのも得意そうだし一匹目の動物霊はあれでいいかしら、マスター?」

「あのリス的な生物、マシュさんのペットらしいよ。だから駄目」

「残念。私が見るに、食べても薬効がありそうなのだけど」

「食べるの!? リスを!?」

「あらマスター。リスは食べられるわよ。こうやってナイフで脳みそごと挽肉にして……」

「メディアストップ! チタタプの乱用は許されない!」

 

 なお惜しそうな目で異形のナイフ(ルールブレイカー)片手にリスのフォウ君を見つめるメディア。怯えるフォウ君とマシュさん。いや本当にそのへんの野生害獣でいいから。僕も心苦しいから。

 

 ぴぴー。

 

 と、そのとき不意に電子音が鳴り、Dr.ロマンの姿が通信機から映し出された。一瞬驚いたが、なんでも作戦中はこうして通信を取り合うことで円滑な任務達成をサポートするのだとか。

 

「さて、お疲れの所悪いが、やることが色々あるんだ。君たちが逃げている間に周辺の解析を進めたんだが……まず、空を見てくれないか」

「これは……」

「ほう……」

「……貴方、仕事モードだと意外に真面目なのね」

「あ、驚くのそこなんだ」

「大丈夫だよ、そのうち事態が深刻になったら通信とか繋がらなくなるから」

「フォローするのそこなんだ」

 

 驚きを隠せない僕らギリシャ組と、経験者ぐだ子さんによる貴重なフォローシーン……フォローってこういう使い方で良いんだっけ、ドクター?

 ともあれ、空を見上げる。 大気汚染が深刻化する現代フランスではなかなか見られない抜けるほどに蒼い空だが、そこに異様なほど巨大な光帯が浮かび上がっていた。

 

「あれは衛星軌道上に広がる何らかの魔術式だと思われるわ。そこから見ても距離感がつかめないでしょうけど、直径はおそらく北米大陸と同程度。言うまでもなく、こんな現象が1431年に起きたという記録はありません。間違いなく未来消失の原因の一つでしょう。こちらで解析を進めますから、あなた達は現地の調査に専念するように」

「突然の所長! 通信越しでも美人ですね!」

「お疲れ様です、所長。レイシフト前に管制室にゴマ饅頭とお茶を用意しておきましたから、どうぞ召し上がって下さい。わたしと先輩の分は取っておいてもらえると助かります」

「……え。このゴマ饅頭ってマシュが用意したの? てっきり厨房からの差し入れだとばかり……もしゃもしゃ」

「ちょっとロマニ!? それ最後の一個じゃない!」

「……所長。ドクターの処分はお任せします。戻ったら厨房の赤い人にいっぱい美味しいスイーツを作ってもらいましょう。もちろん先輩とヒッポノオスさんも一緒に。ドクターは抜きで」

「楽しみにしておくわ。さて、ぐだ子は分かっているでしょうけど、まずやるべきは霊脈の捜索と召喚サークルの設置。支援体制が整い次第、現地の人間と接触し事態の解明を目指します」

「了解です!」

「こちらも了解しました」

「な、なんてスムーズな進行……もしボクだけだったら句読点代わりに『敵が来たぞ!』とか言いながらぐだぐだ話を進めることになったかもしれないな……」

「馬鹿なこと言わないで。基本的なサポートはロマニに任せるわ。わたしはレオナルドと一緒に解析に専念するから、聞きたいことがあったら呼びなさい」

「……そうですか。了解しました」

「ぶー」

「露骨に不満そうな顔しない!」

 

 

 

 そんなこんなで和気藹々と探索を始めた我らカルデア一行。しかし、この超怪しいSFスーツでは現地民との接触を避けざるを得ず、捗るものも捗らない。

 ……こういうときは、ゴリ押ししても駄目だ。手を変えないと。

 

「ドクター、提案があります」

「ん、何かな、ヒッポノオス君?」

「こちらから現地民に接触しましょう。あの怪しい光帯を調査する謎の魔術組織の方から来ました――とかそんな感じで開き直れば、逆にいけるんじゃないでしょうか」

「……確かに現状は手詰まりだね。よし、試してみよう。ちょうど近くに砦があるし」

「了解です。じゃあ行きましょうか、ぐだ子さん。謎めいた感じのノリでお願いしますよ」

「おっけー!」

 

 というわけで、すぐ傍の砦――逃げまわる内にドンレミからヴォークルールまで移動していたらしい――へとアプローチを試みる。お、ちょうど外から戻ってくる兵士の一団がいるな。彼らを説得して砦に入れてもらおう。

 ぞろぞろと彼らに近づくチーム・カルデア。ぎょっと顔をこわばらせて戦闘態勢に入る兵士たち。ちなみにチーム・カルデアの構成員はSFピッチリスーツ×2、クール系騎士×1、露出マシュマロ盾ガール×1、フード目隠れ魔術師×1、ボディコン両眼バイザーお姉さん×1である。

 うむ。実に怪しい。

 そして、怪しい集団代表ことマスターぐだ子が前に進み出て、大音声で――

 

「我々は、断異夢派徒路追流(タイムパトロール)だ!!!」

「ぶっ」

 

 つい吹き出してしまった。すまない。

 だが、兵士たちへのインパクトは絶大であったようで。

 

断異夢派徒路追流(タイムパトロール)……聞いたことがあるぞ! 未来からやってくる過去改変絶許集団だ!」

「なにっまさか俺が毎晩ベッドで妄想してる転生俺TUEEEモテハーレムを断罪に来たのか!?」

「もう大人なんだからそういうのやめなよ」

「馬鹿言え、夢の中でくらいドラゴンスレイヤーにならなきゃやってらんねぇよ!」

「しかし未来とは……いや、確かにこんな破廉恥衣装は狂人か未来人にしか不可能だ」

「未来ってアレだろ、『イルカがせめてきたぞっ』ってやつだろ! 俺は詳しいんだ!」

「えっじゃあこいつらイルカってことじゃん!?」

「ワイバーンに溢れたこの世界で、イルカかどうかを精確に定義するのは難しいね」

「じゃあどうすんだ」

「ソンケイを信じるんだ!」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 

「……ストーーップ!!! そこまで!」

 

 敵対されなかったのはいいが、このままでは話が進まない!

 

「……ゴホン。繰り返しますが、僕達は……あー、断異夢派徒路追流(タイムパトロール)です。未来の知的で素敵な技術を使って、あの空に現れた異常な光帯の調査に来ました」

「どうもー、サポート役のDr.ロマンです。最近、何かおかしな事とか起きてないかな?」

「なにもないところから声が! しかも見られてる!? これが未来の技術……!」

「おい見ろ、あの車椅子……地面から浮いてるぜ」

「ハッ待てよ、この技術を組み合わせれば、どんなところも覗き放題侵入し放題……」

「あーダメダメ、風紀が乱れすぎます」

「なるほど。見られ慣れてるから、平気であんな服装が出来るんだな」

「……ゴホン、ゴホン! とりあえず質問に答えてもらっていいだろうか! あと僕らも好きでこんな格好してるわけじゃないから、そこらへんヨロシク!」

(好きでやってるわけじゃない……?)

(特殊性癖……?)

(ヤベェ、こいつら未来に生きてやがる……)

(ああ、『未来から来た』ってそういう……)

「……異邦の方々、確かに貴方がたは何らかの未来から来たようだ。現在、この国では異常な現象が多々発生している。砦まで来てもらえれば、状況を説明できるが……」

「ありがとうございます。ぜひ、同行させてください」

 

 渋い中年の隊長から許可をもらった。やったぜ、状況が進んだぞ!

 ……それと引き換えに何か大切な尊厳が失われた気がするが、気にしたら負けだ!

 

 

 

 

 ヴォークルールの砦は酷い有様だった。外壁は無残に崩れ落ち、兵士たちの表情も暗い。

 僕たちは中年隊長に案内されるまま、指揮官室へ向かった。

 

「お茶もお出しできず申し訳ない」

「いえ、お構い無く。……この砦の損害は、イギリスとの戦いで?」

「……いいえ。……正直、我々も我々が戦っている敵が何者であるのか分からないのです」

「……詳しくお聞かせ願えますか?」

 

 中年隊長から語られたオルレアンの現状は、実に奇妙なものだった。

 処刑されたはずの聖女ジャンヌ・ダルクの復活。魔性に堕ちたジャンヌが使役する竜の襲撃。徘徊する骸骨やゾンビといった死体たち。

 

「裏で動いてる奴がいるわね。間違いなく魔術師よ。……あの光帯との関連は分からないけど」

「あ、所長。解析の方はどうですか?」

「さっぱりよ。情報が少なすぎるわ」

「その件なのだけど、ひとついいかしら」

「メディア?」

「あら、神代の魔術師にご指南いただけるとは幸いね」

「別に大したことではありませんわ、オルガマリー所長。……今、アレの解析に労力を割くのは時間の無駄です。やめておきなさい」

「メディア、それはどうして?」

「意図が見えないからよ。魔術を解析するなら、術式そのものより術者の思惑から辿る方が早いもの。術式が千変万化でも、術者の頭は人間の範囲を越えないでしょう? ハウダニットに意味が無いとまでは言わないけれど、まずはホワイダニットに注目するべきよ」

「……随分、現代的な考え方をするのですね。まるで現代魔術科の君主(ロード)のよう」

「ふふ。貴方たち近代の魔術師が、やっと私達の思考に追いついたのではなくて?……まあ、実感の無い記憶とはいえ、私が一時期21世紀の冬木にいたのは事実ですから、『現代的な』思考も影響したかもしれませんわね」

「……忠告、ありがたく受け取っておきます」

 

 魔術師同士の会話というのは、物事の明言を避けるというか猫の被り合いというか、どうも僕の性には合わない。なので、この空気をぶち壊してくれる何かがないかなあ、と――

 

「――お話中に悪いが敵襲だ! 骸骨兵とワイバーンが砦に向かっているから迎撃してくれ!」

 

 GJ(グッジョブ)ドクター!

 

 

 

 砦の外に飛び出すと、既に兵士たちが戦闘態勢に入っていた。周囲にいるのは骸骨兵たち。ワイバーンは未だ姿を見せていないが――

 

「危ないっ!」

「なッ!?」

 

 突然メドゥーサに車椅子ごと引っ張られた僕は、自分のいた場所を衝撃波めいた突風が通り抜けていくのを見た。……おいおい、あれ直撃したら怪我じゃすまないぞ。

 

「ご無事ですか」

「ああメドゥーサ、ありがとう」

「その車椅子で戦場に滞在するのは難しいでしょう。離れて指揮をお願いします」

「分かった、そうしよう」

 

 ぐだ子さんと一緒に、砦の外壁ギリギリまで下がる。マシュさんが僕らのガードに付いた。これで戦場にはメドゥーサ、メディア、アルトリアさんの3人。一方、敵は既に骸骨兵だけではなく、

 

 ギャオォォォン!

 

「あれがワイバーンかあ、いっぱい飛んでるなあ」

「……竜を見るのは生前ぶりだな。相変わらず厄介そうだ」

「ヒッポノオスさん、何か対抗策はあるんですか?」

「直撃を避けること、だね。たいてい魔術が効きにくいからメディアには厳しいか……」

 

 ハラハラしながら見守っていると、メディアはワイバーン相手をやめて骸骨兵駆除に専念するようだ。メドゥーサとアルトリアさんは連携しながらワイバーンを相手している。だが、幾ら何でも多勢に無勢であり――

 

「あぁっメディアさんが後ろから飛んできたワイバーンの衝撃波で吹っ飛ばされました!」

(メディア、一旦下がれ! とりあえずその毛皮をさすって体力回復するんだ!)

(金羊の皮! ただの毛皮と一緒にしないで!)

(あ、意外と余裕?)

(そんなわけ無いでしょう――キャアッ!)

(メディアッ!)

 

 念話中に、一匹のワイバーンが突っ込んできた。突撃(チャージ)だ、躱せない!

 

「ッ……! 令呪を以って命じる! メディア、緊急回避――」

「そこですっ!」

 

 令呪発動の直前、メディアに喰らいつかんとしたワイバーンが頭上から地面に磔にされた。それは槍……否、槍状の穂先が付いた戦旗であった。

 

「戦場の皆さん、加勢いたします! どうか私と共に武器を取ってください!」

 

 戦場を裂くその声は、しかしどこまでも清冽であり、何人も汚すことのできない美しさを感じさせた。兵士たちの間に沈黙と困惑が広がる。しかし、介入者はそれに応えることなく彼らを骸骨とワイバーンから救い出そうとしていた。

 

「ヒッポノオス君、ぐだ子ちゃん、あれは――」

「誰でも構いません、メディアを助けてくれた恩人です! メドゥーサ、メディア、共闘しろ!」

「先輩!」

「マシュ、私は大丈夫だから行っていいよ。あの時と違って戦えるんだってこと見せてやろう」

「はい! マシュ・キリエライト、戦闘行動開始します!」

 

 僕には良く分からないやり取りを交わし、マシュさんが戦場へ駆けて行く。

 見送るぐだ子さんの表情は、とても柔らかく微笑んでいた。

 

 

 

 そして第一の戦いが終わり、失意の再会が訪れる。

 ぐだ子さんは再会を喜ぶことも悲しむことも出来ぬまま、再び襲い来る敵襲に投げ込まれた。

 

 

---------------------

 

 

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!」

 

 敵の再来。戦場に戻るサーヴァント達。

 狂乱するぐだ子さんの、憤怒と悲哀と歓喜の入り混じった咆哮が戦場に響く。

 

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!!」

 

 彼女から魔術回路の励起を感じる。マシュさんとアルトリアさんに強化魔術が発動した。

 

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!」

「……約束された(エクス)……勝利の剣(カリバー)!」

 

 そして、解き放たれる聖剣。ワイバーンも骸骨兵も、敵の全てを消し飛ばしていく。

 共闘者……旗を翻す美しい女性サーヴァントが、マシュさんとともに僕らの元へやってきた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。マスターのお二人も、ご助力ありがとうございました」

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!!」

「……あの、これは」

「ぐだ子さんは泣いている……貴女という戦友を失った悲しみで心を痛めているのだろう……」

 

 困惑する共闘者――もう疑う余地はない、彼女は間違いなくオルレアンの戦乙女ジャンヌ・ダルクだ――に、自らの推測を告げる。ギリシャの神々も、ときに英雄達の心を惑わせ、そこから幾多の物語が生まれてきた。戦いに身を投じる者ならば、誰もが知る痛みだ。

 

「……ごめんなさい。マスター・ぐだ子、私はあなたを覚えていません。でも、私はあなたに悲しんで欲しくないと、そう思います」

「■■■■■■■……ッ!」

「マドモアゼル・ジャンヌ。先輩はきっと……あなたと友達(フレンド)になりたいのではないでしょうか」

「私と、友達に……?」

「はい。覚えていらっしゃらないと思いますが、わたしたちは別の時代においてルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルクと共闘したのです。先輩もわたしも、あなたにはとてもお世話になりましたから――」

「……そうだったのですね。ぐだ子、今の私はサーヴァントとしての力を十分に発揮できません。でも、そんな私で良ければ――友達に、なってくれますか?」

「■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!!!」

「あはは、先輩、そんなに喜んで抱きつかなくても、ジャンヌさんはいなくなりませんよ」

「ええ、共に征きましょう。私の、異邦の友達……」

 




実はアルトリアさん初セリフ回。次セリフ回の予定はまだない。

参考資料:炎上する冬木でぐだ子を助けるジャンヌ・ダルク
http://www.fate-go.jp/manga_fgo/comic06.html


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第8話 彼とか彼女とかあと諸々の事情

今回はシリアス多め?


 日が落ち、僕らは野営の準備を整えた。

 場所はヴォークルールの砦から少し離れた林の近く。砦を離れたのはジャンヌの希望で、処刑されたばかりの人間、そして竜の魔女かもしれない人間が近くにいては兵士たちも休まらないだろうと、そう彼女は語った。少し悲しそうな、あるいは困ったような、あるいは心配しているような、そんな表情で。

 

 ……聖人とは、自分を恐れる人々について語る時も、あんな表情ができるものなのか。

 メドゥーサとメディアは既に会話に参加していない。しばらく無言無表情で彼女の話を聞いていたが、ふいと離れていってしまった。彼女たちもまた、生前周囲に恐れられた存在であったが、果たしてジャンヌのような表情をすることがあっただろうか。

 二人は野営地のはずれに集まって何やらガリガリゴソゴソしている。マスターとしてちょっと心配しつつ、気の利いた言葉を考えながら近づいてみると――

 

「さあ、これが最新版:マジカル車椅子メディアカスタムの設計図よ!」 

「成る程、ワイバーンの霊を組み込んで空陸両用を実現するのですね、素晴らしい考えです!」

「ふふふ。メドゥーサ、貴女に褒められるというのも意外と悪い気はしないわね」

「それで――スピードはどのように?」

「ええ、それはもちろん……マッハよ、マッハ3.5!」

「エックセレント!!!」

「名前ももう考えてあるわ。翼持つ車椅子、その名も――完全被甲大鷲(フルメタルイーグル)!」

 

「心配して損したよ! 喰らえ、多重クロス禁止拳――!!!」

「あっ」「あぁっ!」

 

 二人がその辺の棒切れで地面に書いた謎の設計図を素早くデリートした。著作権のない時代に生きた英霊たちはこれだから……! あっそうだ、Fate/Apocryphaの著者であり、Fate/Grand Order第一章ライターでもある東出祐一郎先生の著書『ケモノガリ』好評発売中! 超カッコいい変形車椅子が登場するから超必見! よし、これでオッケー!?

 

「何もOKではありません! 貴方は今、偉大な発明を無に帰したとお分かりですか……!」

「黙れスピード狂! 時代は常に速さよりも防御力と火力だよ! 少しはペガサスを見習え!」

「成る程、いっそ車椅子の形にこだわらず、人型ロボットにでもしてみようかしら……」

「「!?」」

 

 

 

「マシュ、あちらは何やら楽しそうですね」

「はい。ヒッポノオスさんとサーヴァントの皆さんの関係は、先輩とわたしたちの関係とはまた違っていて、とても勉強になります」

「あのように信頼関係を築けるのは羨ましいことです。私は……」

「ジャンヌさん?」

「……いえ。夕食の準備をしましょうか」

「はい!」

 

 

-----------------

 

 

 ジャンヌ&マシュ謹製の夕食を終えた僕らは、車座になってジャンヌの話を聞くことにした。

 相手役は専らDr.ロマンだ。僕らは横で話を聞きつつ疲労回復に専念している。もし今日もう一戦あったら魔力不足でぶっ倒れる自信があった。

 

「では、貴女は処刑されたジャンヌではなく、召喚されたばかりのサーヴァントであると?」

「はい。詳細は分かりませんが、この時代にはもう一人『私』がいるようです。そして、そのジャンヌ・ダルクは国王を殺害し、この国中で虐殺を行っている……」

 

 同じ人間の多重召喚。そんなことも、サーヴァント召喚のシステム上は起こりうるのだという。サーヴァント召喚とは、いわば魂の器たる霊体を用意し、そこへ座にある英霊の情報を複製してダウンロードする儀式。それが二度起きた結果、虐殺者である竜の魔女『ジャンヌ・ダルク(1)』と僕らの目の前にいる『ジャンヌ・ダルク(2)』が出来てしまったというわけだ。

 

 ……まあ僕らの知る伝承から言えば、そして今起きている歴史改変から言えば、むしろ先に現れた竜の魔女ジャンヌのほうが2pカラーという感じであるが。

 ともあれ、本来ジャンヌ・ダルクの活躍によって戴冠しフランス王位の正当性を保つはずだったシャルル7世は既に死去し、竜や魔物たちの登場もあって戦火の収まる気配は遠のいている。

 

「もう一人のジャンヌと竜によってフランスという国家の成立が阻まれ、そこから生まれるはずだった思想も失われる……自由、平等、人権思想。確かに、我々の世界の礎の一つだね」

「そのとおりでしょう、魔術師ロマン。しかし、この国を襲う惨事が今の時代だけでなく、人類史全体に関わる事態だとは思いもしませんでした」

「歴史は時代の積み重ねだからね。これから先の特異点でも、きっとそれぞれの時代に生きる人々の想いを利用して、あるべき歴史を捻じ曲げているのだろうな」

 

 そう、問題はそこだ。レフ・ライノールは力任せに歴史改変を行うのではなく、現地の状況に合わせて歴史の流れに介入しようとしている。

 Dr.ロマンの言うとおりフランスの成立を遅らせるだけなら、「謎の竜の軍団が突如やって来てフランスを全て焼き払いました」でも良いはずだ。わざわざ「非業の死を遂げたジャンヌ・ダルクの復讐」という形を取るのはなぜだろう。聖杯なんてチートを所有するなら、どうにでも出来るだろうに……

 

 ……ん、逆か? どうにでも出来るからこそ、「愚かな人類は自ら破滅しました」というシナリオを演出しているのか。レフ・ライノールも言っていた「人類は自ら袋小路に入り込んだ」という彼らの思想に則るなら、各時代の改変も人類同士の争いの結果として行われるべきだ。それがあくまで思想のためなのか、歴史の修正力や抑止力を逃れるためなのかは知らないが。

 

「歴史の改変。それが事の背景であるなら尚更、私のやるべきことは決まっています。オルレアンの奪回、竜の魔女の排除。道のりは険しくとも、絶対に成し遂げねばなりません」

「伝承以上の人格者ぶりだね。……さて。我々、人理継続保障機関カルデアは、ルーラーのサーヴァント『ジャンヌ・ダルク』との共闘を希望します。お受けいただけるだろうか?」

「……! こちらこそ、よろしくお願いします。感謝いたします」

 

 というわけで、現地サーヴァントであるジャンヌとの共闘が決まった。冬木でも、現地で召喚されていたキャスター……といってもメディアではなくクー・フーリンだったそうだが、彼と共闘し聖杯回収を成し遂げたと聞いている。聖杯を用いてサーヴァントを召喚する手法を使う以上、カウンターとしてのサーヴァントが出現するのだろうと、所長が推測していた。

 

 結局のところ、敵も味方も聖杯戦争のための術式を流用しているのだ。

 冬木の御三家とは思惑も過程も異なるとはいえ、その戦いの在り方はどうしようもなくサーヴァント同士の戦いに、すなわち聖杯戦争の様式に収束していくのだろう。

 

「戦闘時の基本的な指示は、ぐだ子ちゃんかヒッポノオス君に従ってもらう。マスター&サーヴァントで構成する2チーム戦術を基本にする予定だから、適宜どちらかに加勢して欲しい」

「わかりました。では、よろしくお願いしますね。ぐだ子、それにヒッポノオス」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「Jnn……」

 

 おおう。ぐだ子さんは友情復活からというもの完全にジャンヌのひっつき虫と化している。

 ……ならば。

 

「とは言え、ぐだ子さんもその調子ですし、基本的に貴女の指揮は彼女に任せますよ」

「そうですか? 私は構いませんが……」

「JJJJJJJeaaaannnnnnnnnnnnnne!」

「ええ。仲が良い同士で組んだ方がいいでしょう……さて、これ以上はちょっと目の毒ですし、散歩に行ってきます。メドゥーサ、車椅子を頼むよ」

「はい」

「配慮に感謝します、ヒッポノオス。敵には気をつけてくださいね」

 

 ジャンヌに見送られながら、その場を離れる。マシュさんとDr.ロマンが会話に加わって、背後はますます賑やかだ。

 さて、とりあえず近くの林にでも行こうかな。

 

 

------------------

 

 

 ガサリ。ザサリ。

 魔術強化車椅子は林の草むらを容易くかき分けて進む。

 元は人通りのあった林道と見えて、下生えもまだ地面の色を覆い尽くしてはいない。むせ返るような草木の香りと澄み渡る空気を胸いっぱいに吸い込んで堪能する。

 

「ああ、ギリシャの潮風も良いけど、たまにはこういうのも悪くないな」

「そうですね、この空気は私にとっても好ましい」

 

 ポツポツと、雑談という程でもない言葉を交わす。

 遠くにワイバーンの気配を感じるとメドゥーサは言う。近づいてくるようなら、皆のところへ戻る必要があるだろう。

 

 

 

 ガサリ。ザサリ。

 ふと木立が途切れ、ポッカリと開けた空間が姿を見せた。頭上には満天の星空。どちらともなく車椅子を止めて、しばらく空を眺めた。

 

「……ジャンヌを、グダコに押し付けましたね」

 

 メドゥーサが呟いたのは、疑問形ですらない、事実を確認するだけの一言。

 

「ああ……やっぱり、分かる?」

「ジャンヌは気づいていないでしょう。グダコも。彼女たちはまず人の善性を信じ、そして人への愛の為に殉じられる人間ですから」

「ひどいな。僕だって人の善性も愛も信じているさ」

「ええ。……ですが、神は信じていないのでしょう?」

 

 それを、元女神はどんな気持ちで問うたのか。いずれにしても、僕の答えは変わらない。

 

「存在は信じているけどね。いや、知っている、かな? 神は奉り敬意を払うし、苦難の際には助力を請うさ。でも、神が僕らの世界を良くしてくれるとは思っちゃいない。それだけだよ」

「……」

「ジャンヌは良い人だ。さっきも僕らを助けてくれたし……ただ、ちょっと僕には眩しすぎる」

「彼女の信仰が、ですか?」

「うん。ジャンヌ・ダルクは神の啓示を受けてフランスに勝利をもたらし、英雄になった。でも、それで彼女は救われた? 違うだろう? じゃあ、神の啓示は一体誰のためのものだったんだ?」

「……私が見る限り、あのジャンヌ・ダルクに後悔はないようですが」

「知らないよ、そんなことは。彼女が自分の生涯に満足しているとして、彼女を救ったのはあくまで彼女自身の信仰と行動だ。僕はその手柄を神が持っていくのが気に食わないってだけさ」

 

 早口にまくし立てているのが自分でも分かる。感情的になりすぎている。それでも、言葉の向かう相手――背後で車椅子を押すメドゥーサの表情は見えないが、僕が言葉を切って息を継いだ瞬間、彼女がクスリと笑ったのが分かった。

 

「マスターはギリシャゆかりのサーヴァントしか召喚適正がないと聞きましたが……なるほど、その様子ではそもそも信仰に殉じる人間とは大概相性が悪いのでしょうね」

「仕方ないだろ、そういう人間なんだから」

 

 その点、ぐだ子さんは僕のように固執するポリシーなどどこにもないように見える。それは、あらゆるサーヴァントを受け入れられるマスターとして最高の資質なのだろう。

 

「まあ、神様抜きの個人として付き合う分には話は別さ。仲良くやれると思うよ、きっと」

「……大した自信ですね。でしたら、戻って親交を深めるとしましょうか」

 

 メドゥーサが車椅子の向きを反転させる。

 ふと気づけば、敵の気配もどこかへ消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 白刃が闇を斬る。3つの円弧を描いた切っ先が、まさに咆哮をあげんとしたワイバーンの首と両翼を()()()切り落とした。

 

「ふむ、こんなところか。さても南蛮とは奇怪千万の土地よな。空を舞えども鳥にあらず、爪牙を持てども獣にあらず。はてさて、こやつは如何に調理すれば食えたものやら」

 

 

---------------------

 

 

「そうか。英霊ジャンヌ・ダルクはぐだ子ちゃんの指揮で戦う事になったか」

「予想通りといえば予想通りね。それで、レオナルド。頼んでいたものは見つかったかしら」

「うん。確認したまえ」

 

 そう言ってレオナルドはオルガマリーに紙束を渡す。

 そこに書かれているのは、演劇の脚本だ。しかし、ページは飛び飛びで話は繋がっていない。

 

「大部分は散逸してしまったからね。これ以上を求めるなら、それこそ作者を召喚しなきゃ」

「いいえ、これで十分よ」

 

 その脚本を書いた者の名は、エウリピデス。古代ギリシャが誇る三大悲劇詩人の一人であり、『メディア』などの代表作で知られる。

 そして、今オルガマリーの手にあるかつて散逸した演劇の題名は……『Bellerophon』。

 

「結局、これが一番ヒッポノオスの在り方に近いというわけね」

 

 脚本は語る。ペガサスを駆る英雄Bellerophonは天上を目指した。それは、地上に横行する不義不正のあまりのおびただしさに神々の実在を信じられなくなったからである……と。騎英の英雄は、もはや天上の神の国を直接実見せねば善なる神など到底信じられなかったのだと。

 しかしてペガサスに振り落とされ地に落ちたBellerophonは、なお神の正義と公正を信じることができなかった。彼こそ正に神の血と庇護を受けた英雄であるというのに。

 

「εἰ θεοί τι δρῶσιν αἰσχρόν, οὐκ εἰσὶν θεοί. 《神々が恥ずべき行いを為すならば、それは神ではない》」

 

 オルガマリーは深くため息を吐く。そこに記されていたのは、神話にあって神の権威を否定する英雄の姿だった。

 

「騎英の英雄ベレロポン……いえ、ヒッポノオスの正体は――――西()()()()()()()()()よ」

 




というわけで、オリ主ことヒッポノオスの説明回でした。

各所で神様をディスっていた彼ですが、まあこういう背景があったということで。エウリピデスの脚本&元のギリシャ神話&型月世界観を悪魔合体させたので、どうも奇妙な立ち位置になってしまいました。
なお無神論者的なのは悲劇詩人エウリピデス(と彼が描写したベレロポーン)であって、別に神話中のベレロポンが無神論者なわけではありません。

次回から本格的に黒ジャンヌと戦っていく予定。


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第9話 ヴラド3世、妄執の果て

3/19 サブタイトル変更。



 新しい朝が来た。人類史希望の朝だ。

 喜びに胸を開き、青空を仰げば……どこからか、声が聞こえる。

 

「……直す……り直す……やり直す……やり直す……やり直す……やり直す……」

「……朝から怖いな!?」

 

 フランスの大地に低く染み込む呪詛めいた声。その音源を探してみると、

 

「やり直すやり直すやり直すやり直すやり直すやり直すやり直すやり直すやり直す――!」

「せ、先輩! もうやめてください! それ以上は先輩の身体が!」

「フォーウ!」

「フォウフォウさえずる暇があるなら走れよう! 私は絶対に辿り着くって決めたんだ!!」

「無茶です! ただでさえ不安定なカルデアの通信回線を使ってスマホゲームなんて!」

「走れ、走れ、走れ、走ってよう! 今やらなきゃ、今走らなきゃ、ログボ切れちゃうんだ! フレンド切りはもう嫌なんだ! だから――!」

「フォフォ―ウ!」

 

 ……見なかったことにしよう。

 

 

 

 さて。朝食を終えたカルデア一行は、オルレアンを目指してヴォークルールを出立した。

 昨夜その旨をヴォークルールの砦に言付けはしたのだが……

 

「オルレアンへ向かわれると聞きました。我々も同行いたしますよ」

 

 昨日の中年隊長の部隊がわざわざやってきて僕らへの同行を申し出た。危険だというのに何故かと聞けば、僕らだけではどこの街でも兵士にとっ捕まるだろうから、という。反論できない。

 

「霊脈を見つけて召喚サークルを確立させれば、服を含め物資の受け取りができるのですが……」

「この辺には無いんだろう? 仕方ないよ、ありがたく提案に乗らせてもらおう」

 

 困り顔のマシュさんだが、実際早めに召喚サークルを確立させないと、いずれ食べるものにも困りかねない。そういう意味でも霊脈探索は喫緊の課題であるし、何より。

 

「所長……私ちゃんとグランドオーダーやってるのにFGOにログインできないってオカシクないですか……?」

「も、もう少しの辛抱よ! 召喚サークルさえ確立すれば通信が安定するから、いくらでもFGOできるわよ!」

「あ、手が震えてきた……ガチャ引きたいなぁ……ガチャ……」

 

 ぐだ子さんが壊れる前に頑張ろうと誓い合う僕とマシュさんであった。

 一方、ジャンヌは何やら兵士たちと話している。彼女も心中複雑なのだろう。

 

「……ご同道には感謝します。……しかし……良いのですか? 私はジャンヌ・ダルク。処刑されたはずの異端者、魔女なのですよ……?」

「ええ、もちろん。分かっておりますとも。竜の魔女ジャンヌはオルレアンにいる、ここにいるはずがありません。そして貴女は断異夢派徒路追流(タイムパトロール)の皆さんに協力している……これらの事実が導き出す貴女の正体は!」

その設定(タイムパトロール)まだ覚えてたんですね。もう忘れていいと思いますよ」

「貴女の正体は!」

「あっはい」

「竜の魔女ジャンヌを呪滅する必殺の存在矛盾術式、すなわち奴変留幻我(ドッペルゲンガー)――!!」

 

 奴変留幻我(ドッペルゲンガー)。「二重の歩く者」の意味を持つ、自分にそっくりなもうひとりの自分。アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンやロシア女帝エカチェリーナ2世、あるいは日本の作家芥川龍之介も遭遇したと言われており……それを見たものは死ぬとされる!

 

「考えてみれば、最近の変事は竜の魔女が現れてから起こったことです。つまり、竜の魔女は人の歴史の営みにおいても何か間違った邪悪な存在で、断異夢派徒路追流(タイムパトロール)の皆さんともう一人のジャンヌ様がそれを排除しようとしている! そうでしょう!!!」

「過程は色々間違ってるのに結論だけ完全に合ってますね……」

「合っていると申されましたか! 素晴らしい! これは救国の戦いということですな!」

「ウォー! 俺は聖女様と一緒に戦えなかったが、これで故郷に帰ったら自慢できるぜェー!」

「生涯に2度も聖女様の旗の元で戦えるとは、光栄の極み……」

「うわぁぁん! ジャンヌ様、私は貴女があんな悪虐を為すはずがないと信じておりましたァ!」

「み、みなさん……」

 

 何やら誤解と信頼がうんだハッピーエンドの気配である。いや、エンドではないが。

 

「……ふん。魔女を気取るには良い子ちゃん過ぎるのよ。百年早いわ」

「へえ。じゃあ、そんなメディアさんオススメの魔女アクションは?」

「『突如逆ギレして全殺し』」

「キレたナイフすぎる……というかメディア、それジャンヌに直接言ってあげればいいのに」

「イヤよ、魔女は意地悪だと相場が決まっているんだから」

(そういうところを直せば素直にかわいいと思うんだけどなあ……)

(そこは神話の時代から語り継がれた筋金入りですから)

(メドゥーサ、こじらせてるのは君もだぞ)

(そしてマスターもですね)

(うっ……)

 

 

 そんなこんなでオルレアンへ向かう僕達であったが、フランスの東端、神聖ローマ帝国にほど近いヴォークルールからオルレアンまでは相当な距離がある。サーヴァントの脚があるとはいっても、一般人の僕らとヴォークルール兵を連れての旅であり、一気に攻め上がるというわけにも行かない。ひとまず、途中のラ・シャリテで情報収集を行うことを目標にした。

 

「――それじゃあ、今のジャンヌにはサーヴァントとしての記憶がない?」

「はい。『私』が死んで間もないからか、あるいは不完全な召喚だったのか。英霊の座にある記録に触れることも出来ませんし、召喚時に起きるはずの現地知識の提供も受けられません。サーヴァントとして振る舞うのは難しいでしょう」

「そうか……」

「サーヴァントとして邂逅した知人にでも会えば、何か思い出すかもしれませんが……」

 

「……むむ? ちょっと良いかい、この先のラ・シャリテにサーヴァント反応が接近中――速いぞ! なんだこれ!?」

「ドクター?」

「敵方のサーヴァントでしょうか? だとすれば――ラ・シャリテが危ない!」

「マシュ、急ぐぞ」

「はい、先輩!」

「――待ってくれ、敵の移動が止まった……? いや、この動きは……戦闘か! 君たち、ラ・シャリテを回りこんでその先の森へ向かってくれ!」

「了解!」

 

 

 

 

 白刃が踊る。その長刀は木立の中で振り回すにはあまりに長すぎるように見える。しかし、使い手たる長髪の男が有する超絶の剣技は、周囲の木々など何の障害ともしなかった。

 

「えぇい、ちょこまかとッ!」

 

 相対するのは無手の女。その両手には無骨な手甲が嵌められているが、本来の得物と思しき十字の杖はやや離れた場所に突き立てられていた。

 

「……さて。翼竜どもはどうにも食材にならぬと難儀していたが、そなたの亀竜は実に良い出汁が取れそうだ。その上、斬り甲斐も申し分ない」

「ハッ、アンタ……アタシのタラスクを斬れると思ってんの!? 竜殺しの大剣でも持って出直しなさい!」

「我が細腕ではこの刀が精一杯でな。それに……これも存外、よく切れる」

「ッ! タラスク!」

 

 構えを変えた男の姿にゾッとするような寒気を感じた女は、自身と男の間を遮るように、自らに付き従う大鉄甲竜タラスクを召喚する。そして次の瞬間、

 

「秘剣――」

 

 その声を脳が理解するより早く、三重の剣閃を女は見た。それは一瞬前に出現した巨竜の鉄殻に吸い込まれ――

 

「ふむ。斬鉄は極めたと思うたが……材の見切りが甘かったか。修練の道は果てなきものよな」

「そう、残念ね。大した腕前だとは思うけど……もう降参でいいのかしら?」

「否。この身も刀も未だ歪み無きゆえ……次は斬る」

「上等ッ――!」

 

 再び、拳と剣が交わる。男の剣は木々の間をすり抜けるように動きまわり、女の拳は周りの木々を撃ち抜き砕く。さながら、互いに喰らい合う二つの竜巻のようであった。

 

「その拳にも興味は尽きぬが、得物を持っても構わぬのだぞ?」

「あの杖は()()()()()には過ぎたモノだし――第一、余裕ぶるには早いんじゃないッ!?」

「おぉっと!」

 

 一層の捻りを加えて撃ち出された女の右腕を、男は真後ろに飛び退いて躱す。あれが直撃すれば、竜の硬皮ごときは容易く穿ち抜くだろう。

 間合いの開いた両者は息を整えながら機を伺う。しかし……突然、二人の全身から殺気が失われた。上空に竜の気配。そして、近づいてくる同類(サーヴァント)たち。

 

「最後までやり合いたいのは山々だが……そちらのお仲間が来てしまったかな」

「そうですわね。残念ですが……水入りということでしょうか」

「そうして猫を被っておれば可憐という他なかろうに」

「……これが猫に見える男に用はないわ」

「それは残念だ。では、また刀でもって相まみえるとしよう」

 

 そう言って木陰に飛び込んだ男の気配は、一瞬後には完全に失われた。一種の気配遮断スキルを持っているのだろう。

 

「……街に行かずに済んだのは良いけど――結局は時間の問題ってわけか」

 

 女が見上げた空には、こちらに向かって飛んで来る竜たちの姿がある。その先頭で歪に嗤う召喚者の姿を想像し、女は悪態をついた。

 

 

 

 

「――なんて、滑稽なんでしょう」

 

 ラ・シャリテを通り過ぎた先で、黒いジャンヌは僕らの前に姿を現した。

 いや、黒いジャンヌだけではない。その後ろには、付き従うサーヴァントの姿がある。

 

「ああ、なんて哀れな小娘。こんな羽虫みたいなチッポケな人間に縋るしか無かったなんて……あは、この国って本当に屑なのね!」

 

 黒いジャンヌ……面倒だな、黒ジャンヌでいいか。黒ジャンヌは勝ち誇っているが、彼女が油断している隙にこちらは何か手を打たなければいけない。向こうは戦る気で来ているかもしれないが、こちらは完全に遭遇戦なのだから。

 

「敵は全部で5騎……駄目だ、なんて戦力だ! 一対一なら戦っても良いだろうが……」

「あの、ドクター……」

「何だい、君たちは全力で生き残ることを考えるんだ!」

「いえ、ドクター……その、同数ですが」

「え?」

「サーヴァントの数……同数ですよ?」

「え、だって敵は5騎いるのにこっちは……マシュちゃん。アルトリアちゃん。メドゥーサちゃん。メディアちゃん。ジャンヌちゃん。ひい、ふう、みい、よお、……あれ?」

「どうでもいいけど、ちゃん付け続けるようなら殺すわよ」

「うわっ!? 分かった、分かったよ、確かに同数だ! だが敵には竜もいる! 避けられるなら避けるべき局面だぞ、そこは!」

 

 ドクターは撤退指示。マシュさんの話を聞くに、ぐだ子さんは交戦も視野に入れているようだ。

 

「私はジャンヌ・ダルク。主の声は既に失われました。それはすなわち、主がこの国を見捨てたということに他なりません。ならば――主の嘆きを代行し、私がこの愚かな国を焼き滅ぼさねばならない」

 

 黒ジャンヌの声がうるさい。何かジャンヌ頼りのフランスはネズミの国にも劣るからどうこうとか言っているが、そんな国家のマスコット戦略はどうでもいいし例のネズミに勝つとか絶対無理なので、今のうちに打開策を考えなければ……

 

「……話をッ! 聞きなさいッ!」

 

 絶叫。堪忍袋の尾が切れたようだ。仕方ない、忠告してあげよう。

 

「あー……黒ジャンヌさん? 人間がネズミに勝つのはたぶん無理だし、黒い服の怖い人が来る前に諦めたほうが良いと思いますよ?」

「何を言っているのです……? ハッ、黒い服も怖い人も私の事でしょうに。私がそんなに怖いのですか? 逃げても良いのですよ。今この一瞬でよければ、命だけは見逃して差し上げます」

「やばいな、さすが人類史を捻じ曲げようとするだけはある……怖いもんなしか」

 

 戦慄する僕らの前に、こちらのジャンヌが進み出る。そして、問いかけた。

 

「……貴女は……貴女は、誰ですか?」

 

 ざわり。周囲にざわめきが広がっていく。なぜなら、彼女の言葉は存在の根本を問うもので。

 

「それはこちらの台詞ですが――いいでしょう。私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ、もう一人の“私”」

 

 黒ジャンヌの答えは、どうしようもないほどにジャンヌとはかけ離れていた。

 

「救国の聖女……? 馬鹿なことを――貴女がジャンヌであるならば、ジャンヌ・ダルクが聖女であるなどという妄言を吐くことは出来ないはずだ!」

「――ハ。貴女は、そうでしょうね。人の悪意から目をそらし、騙され続けて尚変わることの出来ない哀れな小娘! 私は違う。私は今度こそ、竜の炎を以ってこの国を焼き払い主の嘆きを代行する。それこそが、死を超えて成長した新しいジャンヌ・ダルクの救国なのです!」

 

 黒ジャンヌが嘲弄する。……主の嘆きの代行ね。実にまったく気に食わない話だけど……それより。

 

 

「おい、竜の魔女は無傷だぞ……?」

奴変留幻我(ドッペルゲンガー)が効いてないってのか……?」

「まさか、存在否定への対抗術式を見出したのでは!?」

「あれか、『我は影、真なる我』ってやつ!」

「やべぇぞ、それ乗っ取られるじゃん!」

 

 それより、この中世ピープルをどうにかしなければ。

 

「さて、あちらもジャンヌ、こちらもジャンヌ。どうすればいいと思いますか、ぐだ子さん」

「ジャンヌしか知らないことを聞けばいいんじゃない」

「よし、そうしよう」

「そうしよう」

 

 そういうことになった。

 

 

------------------

 

 

「では……第一回、クイズDEジャンヌ決定戦を行いたいと思いますが」

「……は? 殺すわよ?」

 

 

 ……まあ、そうなるよね。というか、ジャンヌしか知らないことを僕が知るわけないし。

 

 要するに、僕は主とやらが嘆かなきゃ復讐も出来ないこの少女がどうしようもなく気に食わないだけなので、その辺実際どうなんでしょう? 第一問いきますよ、黒ジャンヌさん?

 

「……気性が荒いですねー。ぶっちゃけ聞きますけど、貴女、主の嘆きとかジャンヌの救国とか関係ないんでしょう? 許せないから殺すんでしょう?」

「はぁ!? ……何を言っているのですか? 馬鹿馬鹿しい」

「古代ギリシャ人はまだもう少し復讐に素直だったけどなあ……文明が進むと難しいのかなあ」

「チッ……もういいわ。話しても無駄、殺す。貴方達、あの田舎娘とマスター共を始末なさい」

 

 そう言って、黒ジャンヌが一歩下がる。ジャンヌクイズはお預けのようだ。

 代わりに、後ろに控えていたサーヴァントたちが前に出た。まず二人、壮年の男性と仮面の妖しい女性。

 

「では――私が。さあ、血を戴くとしよう」

「あら、いけませんわ王様。美しき者の血肉は私のものです。ふふ。魂は差し上げますわよ」

「……よろしい。では、私はあの美しき魂を」

 

「……はあ。メドゥーサ、メディア、ひとりずつ抑えろ。まずは敵の出方を見よう」

 

 何やら一瞬、敵の間に険悪な雰囲気が漂ったが、敵対の意思に変わりはないようだ。

 サーヴァント戦において最も重要なのは、敵の素性すなわち真名を見極めることである。だが、こんな遭遇戦ではそれも不可能。後方に控える敵サーヴァントたちの動きが読めない以上、迂闊な行動はできない。ならば、なにか敵の情報があれば良いのだが――

 

「あは! では征きなさい、私のサーヴァントの中でも一際血に飢えた悪魔(ドラクル)たちよ!」

「……え?」

「ドラクル……?」

「ドラクルだと……?」

 

 勝ち誇る黒ジャンヌに対して、途端にざわざわし始めるヴォークルール兵たち。ん、そういえば1431年って……

 

「な、何よ!? 彼こそは悪魔(ドラクル)! 万人が恐れる最凶最悪の存在よ!?」

「ドラクル……やはり本当にドラクルなのか……?」

「あ」

 

 そうか。確かにドラクルには悪魔という意味があるが、今この時においては――

 

竜公(ドラクル)! ドラゴン騎士団の竜公(ドラクル)ヴラド2世! そうだ、あの堂々たる威風は間違いなくミルチャ1世の子、騎士ヴラドじゃないか――!」

「なっなぜ彼がここに!? ハンガリーにいるはずでは!?」

「いや、そもそもなぜ竜の魔女に味方するのだ!」

「何よ、何なのよ一体……」

 

 ざわざわ。ざわざわ。黒ジャンヌの戸惑いをよそに、混乱し騒ぐヴォークルール兵たち。

 

 1431年。それは、吸血鬼ドラキュラで有名なヴラド3世の父である()()()2()()竜公(ドラクル)の異名を受けた年である。そもそもヴラド3世が自称したドラキュラとは「竜公(ドラクル)の子」の意味であり、悪魔の子(ドラキュラ)とは後世の読み替えにすぎない。

 特に、ヴラド2世自身が存命・現役であるこの時代では。

 ざわざわ。ざわざわ。混乱覚めぬ僕ら一行に、壮年の男……ドラクルは激昂した。

 

「えぇい止めよ雑兵共が! 我こそはワラキアの王、ヴラド3世である!」

「……ドクター!」

「ああ、聞こえているよ。ヴラド3世、通称"串刺し公"。ルーマニア最大の英雄だ!」

「……チッ。自分から真名を晒すなんて、所詮はバーサーカーね……」

「ヴラド3世……あれ? 何か……」

 

 ……初っ端からトンデモナイ相手が出てきたものだ。他の連中も彼と同格だったとすれば、それはかなり厳しい状況であるが……そして何やら奥歯に物の挟まったような顔をするジャンヌ。まさか、記憶が!?

 

「……ジャンヌ、もしやサーヴァントとして彼と戦ったことがある?」

「……すみません、思い出せません。何か、こう、インパクトの大きい出来事でもあれば……」

 

 彼女の記憶の助けは期待できないか。ならば、実力でやるしか無いが……

 

「ヴラド3世……?」

「ヴラド3世だと……?」

 

 再びざわざわするヴォークルール兵たち。一体何かと考えて……ああ。思い当たった。

 ヴラド3世。誕生日は1431年11月10日……つまりジャンヌ処刑の半年くらい後。

 今頃は、母親のお腹の中ですくすく育っている頃合いである。

 

「風の噂で、お子を身籠ったとは聞いていたが……」

「ヴラド・ザ・サード……誕生していたの!?」

「いや、それでもまだ0歳だ! それがあのヒゲダンディ……東欧の育児技術はバケモノか!?」

「貴様、余を……余を、バケモノと呼んだかッ!」

 

 ヴォークルール兵の一言に、ヴラド3世は激怒した。それは、死後その名を吸血鬼として貶められ続けたゆえの繊細さか。猛然と飛びかかるヴラド3世は、兵士を脳天から股下まで串刺しに――

 

「……ッ!」

 

 その瞬間、アルトリアさんが飛び出して兵士を庇った。だが、ヴラド3世の異様な腕力で弾かれた彼女は、木々の彼方へ吹き飛ばされてしまう。そして一瞬、こちらに数的な不利が生まれた。

 

「くっ……メドゥーサ、時間を稼げ! メディア、彼女に支援を」

 

 メドゥーサが前に進み出る。が、敵サーヴァントが一斉にかかってくる様子はない。数を頼む気はないということか。舐められたものだ。

 

「ならいいさ……メドゥーサ、新しい礼装だ!」

「この『イマジナリ・オブジェクト』を外すのは名残惜しいですが、致し方ありませんね!」

 

 長期戦用の概念礼装、これでもってアルトリアさん復帰までの時間を稼ぎだす! それ行け、先日引き当てたばかりの耐久特化礼装「千年黄金樹」――!

 

「――って、あれ?」

「マスター、ちゃんと投げてくれませんか? テレビの前の子供が泣きますよ?」

「いや、まっすぐ投げたつもりなんだけど……」

 

 ピカピカ光る杖を持った知らないおっさんが描かれた概念礼装は、魔球もビックリのカーブを描いてまっしぐらに敵ヴラド3世へ――!

 

「なっ何だこれは! ……ダーニックだと!? 馬鹿な、なぜこんなものが……寄るでない!」

 

 何やら必死に「千年黄金樹」を回避するヴラド3世。ピッタリ張り付くようにその後をつける「千年黄金樹」。あの絵に描かれてるの、ダーニックさんって言うのかあ……ヴラド3世と縁があったのかなあ、あんなに追いかけるなんてよっぽど執着していたんだなあ……あ、くっついた。

 

「ぐ、ぐわぁぁぁ! 我が魂ぃぃぃ! ダーニック、貴様の妄執、未だ果てぬというのかァ!!!」

「こ、こうかはばつぐんだ……?」

「あれ、ダーニック……魂……あれぇ……?」

 

 苦悶するヴラド3世。戸惑う僕ら。そしてまた何か思い出しそうなジャンヌ。

 

「AAAAARRRRRRRRGGHHHHHH!!!」

 

 ついに人語さえ失ったヴラド3世は、太陽にその身を焼き焦がしながらも異形に変じていく……

 

 

「ヴラド3世から強大な魔力反応! マズイぞ、正真正銘、本物の吸血鬼になろうとしている!」

「そ、そんなの有りなんですか!?」

「目の前で起きているんだから有りに決まってる! 吸血鬼伝承の宝具じゃなく、概念礼装が魂と癒着して吸血鬼化が触発されるなんて、そんなのボクだって信じたくないけどさ!」

「あはははは!!! よくわからないけどいいザマね、ヴラド公(バーサーカー)! そのままアイツラの血を吸い尽くしなさい!」

「AAAAAAARGHHHHH……」

 

 そして吸血鬼めいた不定形の怪物と化したヴラド3世が僕らに襲いかかろうとした……その時。

 

「あっ思い出しました! これ聖杯大戦(アポクリファ)でやったやつだ! ……洗礼詠唱!」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 歌うような声で、聖句が紡がれる。バシュゥゥゥゥ……ヴラド3世から蒸発音が響き渡る。

 

 ……無言。

 その場にいた誰もが、言語機能を忘れたように呆然とその光景を見ていた。

 

“―――去りゆく魂に安らぎあれ”(パクス・エクセウンティブス)

「ARRGHHH……AA……アァ……喜劇の吸血鬼とは……道化、ゆえ……これもまたドラキュラの終わりか……ふ、次は……王としての我を呼べ……喜劇の、紡ぎ手よ……」

 

 ……ヴラド3世は、消滅した。

 

「……ふぅ。恐ろしい相手でしたね。もし本当に宝具を用いて吸血鬼化していたならば、私の洗礼詠唱では対抗できなかったかもしれません……」

「あ、そう……というか、何だったんだ、今の……?」

「さあ……?」

「……まあ、確かなことがあるとすれば……」

「何か?」

「また、同数だ」

「チッ……」

 

 アルトリアさんは未だ戻ってこない。あるいは深手を負ったか。だが、ヴラド3世が退場したことで、盤面の均衡は元通りだ。ならば、まだ勝機はある。

 

「馬鹿馬鹿しい! サーヴァント一人に勝ったくらいで思い上がって! 元からあんな奴には頼っちゃいないわ……竜よ!」

 

 グギャァァァ! ギャオオオオオ!

 

「竜の咆哮……まずいぞ、完全に周囲を囲まれている!」

「ふん、サーヴァント数人が粋がったところで、この数に敵いはしない! さあ、殺しなさい! とどめをさした奴から喰らうがいいわ!」

 

 竜が押し寄せてくる。咆哮の重圧を、その翼が巻き起こす突風を全身に感じる。そして同時に、残る敵サーヴァント達も前に進み出た。

 

「さようなら、みじめなジャンヌ、私の残りカス! フランスはこの『ジャンヌ・ダルク』が燃えさしひとつ残さず焼き尽くしてあげるから、安心して死になさい!」

「くっ……」

「さすがに、これだけ竜がいるとキャスターには手の打ちようが無いわね……」

「マスター、撤退するなら早急に指示を。ペガサスを使えば突破口を開くことはまだ可能です」

「駄目だ、ついてきてくれた兵士たちを置いていくわけにはいかない……!」

 

 ……どうする。どうすればいい。完全に手詰まりだ。この状況を打破するには、駒が足りない。知識が足りない。時間が足りない。そして何より、竜を殺せるだけの力が足りない――

 絶望が僕を支配する。それでも、ここで諦めるわけにはいかない。

 人の未来を守る、僕らが生きる世界を守る、そのためには、力が――――

 

 

 

――――その時。

 

 

 

「待てい!」

「!?」

 

 突然、頭上から声が降ってきた。その場の全員が一斉に声の主を振り仰ぐ。

 ()()は、先ほどアルトリアさんが吹き飛ばされた方角にある樹の上に立っていた。

 折しも逆光。眩い太陽と彼女の被る帽子によって、その顔を窺い知ることは出来ない。

 だが、ただ一つ、この場にいる全員が無意識のうちに理解したことがある。

 

 それは――彼女が、この窮地を覆しに現れたヒーローであることだった。

 

「――時間を越え空間を越え、想いを叫ぶ者がいる。想いだけでも力だけでも駄目だけど、それでも守りたい世界があるのだと。そして、彼らを守る者がいる。それは最優にして無敵にして素敵。この世全てのマスター達の輝ける希望。人、それを……『セイバー』という!」

 

「誰ですか貴女はッ!」

「貴様らに名乗る名前はないっ!」

 

 逆上する黒ジャンヌを一声の元に切り伏せる謎のヒーロー……女性だからヒロイン?

 

 ……細かい事は良い! とにかく決まったッ! 完全にヒーローの登場演出だ!

 これ以上は何も削れず、何も付け足すことの出来ない完全なる英雄(ヒーロー)の様式美――

 

「――ですが、それも不便ですし、とりあえず謎のヒロインXとでも名乗っておきましょう!」

 

 

 …………まあ、そうだよね。

 この期に及んで真っ当なヒーローキャラが来ると思った僕が間違いだった。

 

 とぅっ! という掛け声とともに、謎のヒロインXが軽やかに舞い降りる。

 黒ジャンヌと対峙するように。僕らをその背に庇い、竜とサーヴァントの脅威から守るように。

 

()()()()()()ですね、カルデアのマスター。なるほど敵は強大にして多勢、くじける気持ちはよく分かります。しかし――セイバーを諦めてはいけません! セイバーとは最優! セイバーとは無敵! この程度のドラゴン風情、真なるセイバーの剣が切り伏せてご覧に入れましょう――!」

 

 次回、セイバーの逆襲が始まる――!(かもしれない)

 




・一人目退場。ストーリー上の役割がない鯖はどんどん仕舞っちゃおうね~……という話でした。

・マリー「あら、ラストのシーン、わたしの出番ではなくて……?」待て次回。

・謎の長髪剣士、一体何者なんだ……?

というか彼、先週までは出す予定なかったんですが(ワイバーン対策は今回のラストで出てくる人とか、主にネタ方面で処理する予定でした)、ホワイトデーガチャで「プリンス・オブ・スレイヤー」なんて礼装追加されちゃったし出すっきゃないじゃん!? ということで、ねじ込みました。ねじ込まれたせいで原作では滅んでいるラ・シャリテの人々が生還しました。良かったね。


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第10話 名も無き白百合/祈りの鉄拳/追撃のアタランテ!(前編)

 また長くなってしまったので2話分割。



 ……状況を整理しよう。

 今さっき樹上に現れ敵陣に切り込んでいる真っ最中の謎の助っ人Xを除けば、こちらのサーヴァントはメドゥーサ、メディア、マシュさん、ジャンヌの4騎。

 対して敵方はというと、黒ジャンヌ、ヴラド3世と険悪そうだった怪しい女、後方に控えるレイピアを構えた剣士、弓を携える狩人風の女の4騎。

 謎のヒロインXが味方してくれている現状は悪くないが、そもそもラ・シャリテに向かっていたはずの敵サーヴァントの姿が未だ見えない。近隣に潜んでいるのだろうか。

 

「素早くッ!」

 

 謎のヒロインXがワイバーンの首をまた一つ切り落とす。圧倒的な速度だ。多数の竜を相手に無双するその姿は、さながら熟練のアサシンのようであり、

 

「セイバー!!!」

 

 熟練のセイバーだね。うん。

 

「何をしているのです! あの闖入者諸共さっさと殺しなさい!」

「!」

 

 あまりの展開に呆けていたのか一瞬動きが止まっていた敵サーヴァントたちが、黒ジャンヌの一喝で動き始める。メドゥーサ、ジャンヌ、マシュさんは既にワイバーンと戦闘中、こちらを守るのはワイバーンと相性の悪いメディアだけだ。

 

「では、敵マスターを守るサーヴァントは私が。()()が立った女などまるで好みではありませんが……せめて良い絶望を聴かせなさい。我が名はエリザベート・バートリー。かつてカーミラと恐れられた吸血鬼!」

「私だって貴女みたいな年増は御免だわ……!」

「年ッ……今……何と言いました……? ぶち殺すわよ……?」

「それも私の台詞! 黙って死ね!」

 

 ギリギリギリギリ、バンバンバンバン。睨み合う視線、飛び交う光弾。

 高度な魔術戦、そして同じくらい高度な……いや低度か……とにかく舌戦が繰り広げられている。メディアの相手はカーミラか。ヴラド3世と同じく吸血鬼として知られた名前だが……

 

「ああ……年増の血は全く、全く好みではありませんが……その血に満ちる魔精は悪くない」

「宝具!?」

「させるか!」

 

 カーミラがその背に負う巨大な聖母像――考えるまでもなく彼女を象徴する拷問器具、鉄の処女(アイアンメイデン)だろう――がずるりと前方に滑り出そうとする。効果こそ分からないが、苦痛を与えることと殺すことに関しては折り紙つきであるはずだ!

 

「全ては幻想の血、けれど少女は……「遅い! ガンド!」

「ッ! 吹き飛びなさい! コリュキオン!」

 

 宝具の発動を、かろうじてガンド撃ちでインタラプトする。その一瞬をついてメディアが攻撃魔術を叩き込み、カーミラを吹き飛ばした。カルデア戦闘服、初めて役に立ったな。

 

「助かったわ、マスター」

「ああ。でも、まだやってない」

「次はこちらから仕掛けます。宝具使用の許可を」

「好きなタイミングでやってくれ……いや、別なのが来るぞ!」

 

 こちらの間合いが離れた一瞬を縫うように、新たな敵が1騎飛びかかってくる。美麗な風貌の、男とも女ともつかぬ剣士だ。

 

「さあ、次は私だ! せめて誇りある戦いを!」

「セイバーか! やれるな、メディア!」

「キャスターなら接近戦で倒せると思った? 今回の私を舐めないことね!」

 

 言葉に違わず、恐るべきスピードで繰り出されるレイピアをメディアはいなしていく。召喚時のステータス向上に加えて身体強化魔術を使っているにしても、凄まじい格闘能力だ。

 

「投影魔術で使われる、憑依経験再現の応用かな? 見たことのない武術系統だけど」

「ドクター、こっちの解析はいいですから! 状況はどうです!?」

「ワイバーンの方は、ぐだ子ちゃんの指揮で善戦中だよ。でもこのまま押し切るのは無理だ。乱戦で上手く解析できないが、周囲のサーヴァント反応が増えているようにも見えるし、離脱できるタイミングは見逃さないでくれ!」

「了解です!」

 

「……奇妙な拳だね。暗殺拳かな? でも……練り込みが甘いよ!」

「くっ! なら……これはどうかしら!」

「なっ、構えを変えた!?」

 

 メディアが構える型が変わった。今度は僕にも分かる。あれは古代ギリシャの型だ!

 

「ボクシング……アルゴー号でポルックスの技を見てきた私は甘くないわよ!」

「魔術師風情が、こちらの間合いでよくやる!」

 

 繊細精密な蛇拳から豪腕豪速の直拳へ。しかし、メディアの思惑はそこではない!

 

「!? また変化を!」

「そうか、メディア……まさに変幻自在の構え、伝承の通り……」

「知っているのかい、ヒッポノオスくん!?」

「ええ……かつてコルキス王家に伝わるとされた90の戦闘術、王女メディアはその継承者であり……英雄イアソンとの逃避行においては、王子アプシュルトスを自らの拳で引き裂き時間を稼いだと言われています! ……万華鏡の如き多様な構え、この目で見ることが出来るとは」

「これまでの流れをぶった切る胡散臭さだね! ……いや、でも聞いたことがあるぞ! 近代軍におけるマーシャルアーツ“CQC”はその源流を古代ギリシャに持つと!」

「乗ってくれてありがとうございます。そしてその通りです、Dr.ロマン! あれこそ、コルキクス・コッパ・コンバット(Colchicus(コルキス流) Qoppa(90の) Combat(戦闘術))……全てのCQCの原典!」

 

「あまり使いたくはないのですけどね……」

 

 古代ギリシャボクシング奥技・デンプシーロールを駆使して∞軌道を描きながらそう呟くメディアの手には、いつの間にか異形のナイフが握られている。

 

「あれは! あらゆる魔術防御を穿つと讃えられた必中必貫の奥技の構え!」

「何――お前、よもやそこま――」

 

 異様な気配に剣士は慌てて防御態勢に入ろうとするが、既に遅い。

 いかなる歩法か、メディアは一瞬にして相対する敵の懐に滑り込み……怪しく光る刀身を突き立てた。

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

「ガッ――――!!!???」

 

 破戒すべき全ての符。それは裏切りの魔女として生きたメディアの人生を具現した一撃だ。

 ゆえに、それを受けた者は享受してきた全ての加護に裏切られ、見放される。

 

「まさか、私の護りを打ち消すなど――」

「終わりよ」

「――まだだ!」

 

 裂帛の気合とともにメディアを振り払った剣士は、レイピアを構え直す。

 その膂力は凄まじいの一言、スキルに頼らぬ身体能力だけでもキャスタークラスのサーヴァント相手には十分だというのか!?

 

「そこだ……!」

 

 払い飛ばされ、体勢を崩したメディアを仕留めるべく、剣士は引き絞られた右腕を解き放つ。

 だが――

 

「――いいえ、終わりと言ったでしょう」

「ッ!?」

 

 

 レイピアがメディアに届くことはなかった。

 剣士がその身に残る力の全てを振り絞った渾身の一撃は、しかし、背後からその身体ごと地面に縫い止める白黒の双剣によって阻まれたのだ。

 

「魔女を相手にしながら背後への油断、セイバーにあるまじき不覚です。さぞや名のある騎士とはお見受けしますが……セイバーに呼ばれたその身を呪うがいい!」

「馬鹿な……私はまだ何も……いや……何も成せぬことこそ、私に残された唯一の……ああ、王家の白百合よ……」

 

 突如背後から奇襲をかけた謎のヒロインXに霊核を貫かれ、剣士が消滅していく。名も知らぬ相手ではあったが、タイミングひとつ違えば相当な強敵となっていただろう。

 

「チッ……最優のクラスが、名前負けもいいところね!」

「おっと、セイバーへの侮辱は許しませんよ!」

 

 嘲る黒ジャンヌに言い返すも、謎のヒロインXは混戦の戦場に戻ろうとはしない。

 逆に、こちらのサーヴァントたちが僕らの元へ戻ってきた。かなり消耗しているが、まだやれないことはないはずだ。

 

「キリがありません。このままではジリ貧、いえ、ジリー・プアー(徐々に不利)です! 一点突破による離脱を提案します!」

「マシュさん、アルトリアさんが戻るまで撤退するわけには行かないよ」

「セイバーなら大丈夫だよ。この前マナプリ売って星4経験値カードいっぱい食べさせたし」

「はい先輩! バレンタインガチャはジゴクでした!」

「呼符、全然再入荷してくれないからな~」

「私は全く無関係で飛び入り参加の謎のヒロインXですが……彼女ほどのセイバーならば、この程度の窮地は突破できるでしょう。ええ、私は彼女のことを全然何も知りませんが」

「む……皆がそこまで言うなら……」

「いや、皆ちょっと待ってくれ、新しいサーヴァント反応だ! こちらに来るぞ!」

 

 撤退を覚悟した次の瞬間、森の中からふたつの人影が飛び出してきた。

 

「おっと、森から逃げればこっちも戦場か。まったく、なんて大亀だ!」

「あら、アマデウス。わたしは嬉しくてよ。タラスコンのお祭りに名高い怪物の出し物、その実物を見れたのだもの!」

「そうかい、じゃあ今度はお祭りのお囃子でも作曲してみようか?」

 

 軽口を叩き合うその二人は、いかにも貴族風の出で立ちである。

 

「……迷い込んだなら疾く失せなさい。敵対するなら殺します」

「貴女が、我が愛しの国を荒らす竜の魔女さんですね? 無駄でしょうけど、まずは質問を。貴女はこのわたしの前で、まだ狼藉を働くほど邪悪なのですか?」

「……貴女が誰かは知りませんが、貴女に我々の憎しみが理解できるとは思いません」

 

「あら! では名乗りましょう。わたしの名はマリー・アントワネット、この国の王妃です! さあ、改めてその真意を問いましょう、竜の魔女ジャンヌ・ダルク。こちらのもう一人のジャンヌの考えはとっても分かりやすいのに、竜の魔女たる貴女の心は意味不明。こんな争いを起こす理由が不明、真意も透明。何もかも消息不明だなんて、日曜日にでかける少女のようでしてよ?」

「な……」

 

 現れるなり場をかき回す乱入者、いや、フランス王妃マリー・アントワネット。なんというか、自由人である。

 しかし、確かに彼女の言うとおりだ。こんな事態を引き起こした黒ジャンヌの意図は不明で、というか、有り体に言って八つ当たりにしか見えない。さっき我々の憎しみとか聖女にあるまじき台詞をポロッと言ったしね。うっかり系ガールか。神の嘆きを代行する救国の聖女じゃなかったのか。

 あー、でも、こちらのジャンヌだって敵であったイギリスへの憎しみが無かったわけではないはず……はず……? うーん……あれ、なんか彼女が憎悪をたぎらせてる姿が想像できないぞ……?

 

「―――茶番はそこまでだ。いいでしょう。ならば。貴女は私の敵です」

 

 黒ジャンヌが困惑から立ち直ったようだ。しかし、なお機先を制したマリーの方が一手早い。

 

「ええ。語らいはここまで。でも、まずは貴女が殺めた人々への鎮魂を……アマデウス」

「任せたまえ。宝具、『死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)』!」

「ちっ……重圧か」

 

 戦場に鳴り響く鎮魂歌。同時に、敵対するサーヴァント達には重圧がかかっているようだ。離脱するならこの隙だが――

 

「逃がすものですか! 竜よ!」

 

 ギャォォォン!!! ……竜は健在、と。

 

「くっ……せっかくのチャンスなんだ、どうにか切り抜けられないか!?」

「竜の牽制は、このセイバーにお任せを。撤退ルートの選定を急いでください」

「ドクター!」

「はいはい、こちらドクター。南東ルートと南西ルートがあるよ」

「じゃあ僕とぐだ子さんの二手に別れよう。追手が分散するならやりやすい」

 

「それなら、賑やかな方と静かな方に分けましょう! 皆を惹きつけ応戦しながら逃げる役と、少人数でスピード任せに逃げる役!」

「良い提案だ、マリア。でも、それだと僕らは間違いなくチンドン屋の役回りだね」

「あら素敵! わたし、お祭りの乱痴気騒ぎを王宮の窓から眺めるのも大好きでしたのよ?」

「はあ、こりゃあ止まらないね。それじゃあ、僕らは大人数の方に同行しよう」

 

「ぐだ子さん、少人数の方は僕らに任せてもらえないか。メディアと3人なら、いざというときにメドゥーサの宝具で逃げられる」

「いいよ。新しいサポートも使ってみたいし」

「すまない、よろしく頼んだよ!」

 

 そんなこんなで、ぐだ子さんと僕の二手に分かれる。ぐだ子さん側にはマシュさん、ジャンヌ、謎のヒロインX、マリー・アントワネット王妃、アマデウス氏。僕の側にはメドゥーサとメディア。ヴォークルール兵はぐだ子さん側に随行する。

 

「話が決まったところで、牽制射撃といきましょう。―――セイバー忍法『支援砲撃』開始!」

「なっ!?」

 

  Kaboom! Kabooooom!

 

 

 轟音激震。

 謎のヒロインXの合図とともに虚空から突如無数の砲撃が飛来し、敵方は恐慌状態に陥った!

 未知の砲撃音に混乱し逃げ惑い、あるいはゴアめいて血肉を撒き散らすワイバーン!

 サツバツ! なんたる恐るべきテックとジツの融合スキルであろうか!

 

「今です! 離脱を!」

「そちらのマスター! もし途中でジャパニーズ・セイバー・アサシンにあったら回収しておいてくれ! 彼は味方だ!」

「アマデウスさん、それは一体!?」

「説明している暇はないし、見れば分かる! とにかく頼んだよ!」

「参りましょう、マスター!」

 

 メドゥーサに引かれて撤退を開始する。乗り心地完全無視の超特急便だ。

 みるみる敵勢の姿が小さくなっていき――

 

「さて、ここからが本番だ」

 

 ワイバーン地獄と化したフランスを生き延び、再びぐだ子さん達と合流しなければならない!

 

 

 

 

 その女……バーサーク・ライダーが森から出たとき、既に戦闘は終わっていた。

 最後の砲撃にはよほど手酷くやられたようで、むせ返るような血肉の臭いが残っている。

 

「随分遅い到着ですね。私、貴女にはラ・シャリテ殲滅の先兵を任せていたと思うのですが?」

「そうだったわね。でも、たった一人で3騎もサーヴァントの相手をしたのだもの、文句は言わせないわ。……それに、そういう貴女は一体何騎のサーヴァントを引き連れて、何騎を討ち、何騎を失ったのかしら?」

「ッ……!」

 

「隠すこともあるまい。5騎で挑み、2騎を失い、全員逃がした。そうだろう?」

「ッ! バーサーク・アーチャー! 傍観していただけの貴女が何をのうのうと!」

「そう怒るな、我がマスター……もう一人のジャンヌ・ダルクよ。追撃戦こそ我が本領、追い込みの美学こそ狩人の誉れだ。さあ、このアタランテに追手を命じるがいい。『先にゆけ。しかるのち吾、疾風(はやて)となりて汝を抜き去るべし』、見事彼らの背に我が矢を立ててみせよう」

 

「……いいでしょう。ただし、敵は二手に別れた様子。片方はバーサーク・ライダー、貴女に任せます。必ず追いつき、彼らを殲滅なさい。私はここを離れて追加の召喚の準備に入ります」

「分かったわ。命令ですもの、従いましょう。私は女のマスターの方を任せてもらいます」

「よし、では男のほうだな。獲物は逃がさん。戦果を期待するが良い」

 

 そう言うが早いか、バーサーク・アーチャーは既に走り出している。その真名をアタランテ。月女神アルテミスの加護を受けるギリシャ有数の女狩人であった。

 

「さて、じゃあ私も出立しようかしら」

「待ちなさい。バーサーク・ライダー……いえ、聖女マルタ。先ほどの戦闘で、その後生大事に抱えた杖を使わなかったのは何故かしら? 神の子から直々に授かった杖は、私ごときの命令では使えないとでも?」

 

「……あら、聖女ジャンヌ・ダルクともあろう方が、そのように己を卑下されることはありませんわ。『ルカによる福音書』第10章38節……かつて『彼』が我が家を訪れた時のことをご存知ですか? 『彼』の言葉に聞き入る妹を置いて、私はただただ接待に追われていました。そして、不満をつのらせた私は『彼』に言ったのです。妹に、私を手伝うよう言い聞かせてください、と」

「……お優しい聖女様、この私に説法をするつもり!?」

 

「いいえ。私はただ、貴女の問に答えるだけです。『彼』は仰いました。貴女は多くのことに思い煩っているが、本当に大切なことはただ一つしかないのだと。そして、それを正しく選んだ妹から取り上げてはならない、と。……主の御言葉に聞き入ること、そして祈ること。それこそが大事なのだとお示しになったのです」

「長ったらしい説教はうんざりです。 何、貴女、あの愚かで哀れなピエール司教の同類なの?」

 

「言葉はお嫌いですか? でしたら、この拳でお話しても構いません。そちらの方が早いかもしれませんね」

「はァ!? 馬鹿じゃないの!?」

 

 眼前に突き出された拳を前にして、流石にジャンヌも聖女然とした態度を崩した。しかし、マルタの表情は真顔のままである。

 

「ええ。貴女の言うとおり、祈るだけでは、語るだけでは生きていけませんものね。私はマルタ……日々の奉仕の中で神に祈る、かつての町娘。御言葉はこの耳に。信仰の喜びはこの胸に。されど、我が両手は日々を生きるために奉仕する。……ですから、杖の有無など些細な事なのです。それは誓いの象徴。私の行い、私の拳こそが私の祈りなのですから」

 

「チッ……もういいわ。さっさと行きなさい。求めるのは結果のみ。御託も言い訳も不要です」

「もちろん、命令には従いましょう。ですが、せっかくですから一言だけ」

「……何よ」

 

「例え偽なる聖杯を行使し、何騎の従者を従えても……彼女(ぐだ子)の首は、貴女よりもずっと太い」

「は?」

「『ウェイト/鍛えないと』……言いたい事はそれだけよ。御達者で」

 

 

 土煙を上げて現れた大鉄甲竜タラスクが、聖女マルタをその背に載せて去っていく。

 

「首……ウェイト……?」

 

 後には、困惑だけが残された。

 




・後編に続く!

・デオンくん? ちゃん? 退場。ヒロインXがあの場に出てしまった以上、セイバークラスが生き残る道はなかった……そしてあそこまで盛られて尚トドメを持っていかれるメディアさんは、本作品ではそういう立ち位置だと思ってもらえれば。なお言うまでもないですが、CQCは捏造設定です。

参考資料:失われし日曜の秘儀『マスター訓練』を通じて首が太くなったぐだ子
http://www.fate-go.jp/manga_fgo/comic12.html


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第11話 名も無き白百合/祈りの鉄拳/追撃のアタランテ!(中編)

 前回の続き。
 カルデア側の描写を入れたら2分割で収まらなくなったので、適当なところで3分割!


「ふう……」

 

 大きく息を吐いて顔を上げると、疲れた目に部屋の内装がぼやけて見えた。気づかないうちに、随分と集中していたようだ。

 思い切り背中を反らせば、あちこちで骨の鳴る音が聞こえる。疲労を心地よいものだと感じるのは、本当に久々のことだった。

 

「やあ所長、少し相談したいことがあるんだが、休憩がてらにコーヒーでもどうだい」

「レオナルド、いつの間に」

「ドアをノックしたけど、返事がなかったからね。勝手に入らせてもらったよ」

 

 そう告げると、侵入者レオナルドはさっさと応接用のソファに身を沈める。カルデアは自分の庭で、この執務室は己の魔術工房ではない。そう思って最低限以上の結界(セキュリティ)を施したりはしていなかったのだが、考えを改めるべき時がきたようだ。

 そういえば、こういう自由気まま過ぎる振る舞いは芸術家肌のサーヴァントに時折見られるものだから気にするな……そう忠告してくれたのはレオナルド自身だったか、いや、厨房にこもりきりの赤い弓兵だったかもしれない。

 

 彼……エミヤと名乗るサーヴァントは、ふと気づいたらカルデアに現界していた。その存在に気づいたのが彼の料理を食べた後だったからか、誰も彼を追いだそうとはしなかったのだ。今も、厨房で黙々と次の仕込みをしているのだろう。

 いや、あるいは、エミヤという魔術師、もとい魔術使いの在り方を知る者がいたからかもしれない。エミヤシロウ。第五次聖杯戦争の勝者である彼は2015年において未だ存命だったはずで、それがサーヴァントとして、しかも守護者として召喚されているというのは随分奇妙な状況である。聞けば、あちこちの聖杯戦争に顔を出す歴戦のサーヴァントであると言うし……

 

 まあ、もっと重大かつ深刻かつ奇妙な事態に陥っているカルデアの職員たちは、最早誰もそんなことを気になどしないのだが。

 

「……レオナルド? 休憩はともかく、肝心のコーヒーの姿が見えないのだけど」

「ああ、そろそろ来るはずだよ」

 

 言葉に違わず、ドアをノックする音が響く。返事を返すと、まさに赤い外套を纏った男がコーヒーとケーキを盆に乗せて運んできた。

 

「ご注文の品は以上かな?」

「ああ。払いはロマニにツケておいてくれたまえ」

「……いや、別に金は取っていないのだがね」

 

 苦笑するような表情が、随分と似合う。というか、それ以前にウェイターみたいな立ち居振る舞いの馴染み方が尋常ではない。

 

「所長、呆けていないで座ったらどうだい」

「え、ええ。いただくわ……いい香りね」

「それは良かった。とはいえ、私はコーヒーにも覚えがあるが本領は紅茶でね。興味があれば、またの機会に注文してくれ」

 

 ちゃっかり宣伝しながら踵を返すその男を呼び止めたのは、この部屋にロマニを含めて部下の職員が誰もいなかったからだろうか。

 

「何だね? メニュー変更の希望なら、まだ受け付ける時間はあるが」

「……それはいつもどおり任せるわ。味も栄養バランスも文句のつけようがないし……じゃない! ええと、あなた、聖杯戦争の経験が豊富なのよね?」

「そうだな。我々サーヴァントは時間空間を越えて呼び出される存在であるし、特に私のような守護者は体良くあちこち駈けずり回されるものだ。ああ、マスターとしても多少の経験はあるが……そちらは余り参考にならないと思うぞ」

「その……今、我々がオルレアンの特異点修復を行っているのは知っているわよね? 現地では随分苦戦しているようだし、サポートのロマニもそういう訓練を受けているわけじゃないから……もし良ければ、彼らに助言をしてもらえないかしら」

「ふむ……」

 

 エミヤは何やら難しい顔をして黙り込んだ。対面で何も言わずにコーヒーを啜るレオナルドの妙に優しげな視線が鬱陶しい。なに、何か問題のあること言った?

 

「……評価はありがたいが、やはり辞退させてもらおう。それは、今の私の役割ではない」

「……役割?」

「ああ。今の私はカルデアのマスターと契約しているわけではないからな。君たちの任務に直接口を出すべきではない。料理を振る舞うのも、わりとぎりぎりの線だと思って欲しい」

「線?」

 

「ここは、部屋がやや狭いのを除けば概ね居心地の良い場所だが……人理焼却の影響で2015年における周囲の時間から切り離されてしまっているからな。ある意味ではここも特異点みたいなものだ。だから、よーく心眼を凝らせば、そこらにサーヴァントたちの姿が見えるはずだ。君たちのまだ出会っていない、契約していないはずのサーヴァントの姿が……」

「なにそれこわい」

 

「そういう出来事(イベント)も起こり得るということだよ。いずれカルデアで出会うなら、サーヴァント側から接触しない限りは現地(カルデア)に先乗りしてもいいだろうとか……いや、開き直ってマスターに売り込みをかける奴すらいるかもしれないな」

「……ねえ。それって、これから知らないサーヴァントが出てきますよって布石?」

「さて? 私が言えるのは、私同様未契約の彼らを差し置いて、私だけが君たちに協力することはできないということだ。モテモテというやつだな、ここのマスターは」

 

「……納得はできないけれど。貴方の立場を理解はしたわ。それで、厨房にこもっていたのね」

「…………………………ああ。その通りだよ」

 

 沈黙。気まずい沈黙。

 

「……じー」

「その目をやめたまえ! 私はただの赤い料理人だ、後ろめたいことなど何もないぞ」

 

 誤魔化そうと言うのか。ならば、当方にも迎撃の用意がある。

 

「……第五次聖杯戦争の勝者は衛宮士郎という日本人で、アーサー王を召喚したそうね?」

「……そうだったかな。あいにく、記憶が摩耗してしまってね」

「そういえば、うちのぐだ子も冬木特異点でアーサー王を召喚した気がするわ」

「ほう。それは頼もしいことだ」

「あなたが厨房で目撃されるようになったも、ちょうどその頃じゃなかったかしら……」

「……」

「あなたの料理にはとても感謝しているの。だから、オルレアンの人理修復が終わったら、一緒に彼らをお出迎えしましょう?」

「おおっと、鍋の様子を見に行かねばな。料理が焦げては一大事だ。すまないが失礼するよ」

 

 すたすたパタン。

 無駄に熟練のウェイターめいた動きで空の皿とカップを回収し、エミヤは去っていった。

 

「……はあ。結局、変人が増えたわけね」

「英霊なんて大概変人さ。さて、では私も御暇しようかな。良い物も見れたしね」

「?」

「こんなに根を詰めてあれこれ解析したり、経験者に助言を頼んだり。カルデアのスタッフは良い上司に恵まれたようだ」

「!」

「ロマニも、向こうで遭遇戦からの離脱が長引いているみたいでつきっきりだが、所長の心配りを伝えてあげれば元気百倍というものだね!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

「うん?」

「違うの、そうじゃない、ほら、ぐだ子は私をカルデアスからサルベージしてくれたし、ヒッポノオスも私の肉体を救出してくれたわけでしょう? そう、借り、借りがあるのよ! 等価交換! 私が借りを返す前に彼らがレイシフト先で死んでしまったら、アニムスフィアの名折れでしょう!」

「……さて。何がどう違うかわからないが……」

「違うの! いいから! 休憩終わり! 出て行け!」

 

 ニヤニヤ笑うレオナルドを部屋から締め出そうとするが、ソファに張り付いたようにビクともしない。自分の知る限り、最も無意味にサーヴァントの筋力が発揮された場面だ!

 

「いや、そういうわけにも行かなくてね。実は、新しい商品を入荷しようと思っているんだが」

「……? 予算は与えているでしょう」

「まあ見てくれないか、これだ!」

「これは……」

「モナ・リザ! 私の私たる所以(ゆえん)だ! しかも5枚セットで全部集めればパワーアップ!」

「……でも、お高いんでしょう?」

「そこを何と! お値段ポッキリ1,000マナプリから! さらに1枚買うと200マナプリ高くなる!」

「……? …………いや、高いし逆でしょう!?」

「値引きはしないよ、するわけがない! この光り輝くモナ・リザを見たまえ、安売り(ダンピング)など許されるはずがないからね!」

「不良在庫を抱えるだけだと思うのだけど……」

「そこはほら、商人の知恵さ。他の商品の入荷を止めてしまうとかね。まずは呼符から……」

「悪党! 悪徳商人がいるわ!」

「そこは鷹の目と呼んでくれないか! 天賦の叡智と讃えてくれても構わない」

「で! て! い! け!」

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

「へえ、あんたもMarie(マリー)っていうんだ」

「はい! ぐだ子さん、わたしのことは気軽に『マリーさん』って呼んでくださいね!」

「……ま、いっか。所長は所長だし」

 

 オルガマリー・アニムスフィア所長。Dr.ロマンを含め、親しい人は彼女のことをマリーと呼ぶことがある。……先輩はともかく、自分には無理だとマシュは思う。

 

 相手の混乱が予想より長引いたのか、すぐに追っ手が来るということはなかった。逃走中に霊脈地を発見したこともあり、召喚サークルを確立して休憩することになった……その夜のことだ。

 

「ヒッポノオスさんの方は大丈夫でしょうか……」

「うん? もう一人のマスターの彼かい? 僕らは話す時間もなかったけど」

「はい。……そういえばアマデウスさん、別れ際に言っていたジャパニーズ・セイバー・アサシンって何のことだったんですか?」

「ああ、彼か。いや、僕もこんなところで会うとは思わなかったんだが……」

 

 と、そこにマリーさん……マリー・アントワネット王妃が割り込んできた。

 

「コジローはわたしたちの味方よ。ちょっと色々あって、今は離れているのですけれど……」

「コジロー……、ですか?」

「はい! わたし、サーヴァントとして召喚されたのですけど、馬車もなく供も付けずに歩き回る事って生前はなかなか無くて。それで、あちこち歩いていたらお腹が空いてしまったの。うふふ。サーヴァントなのにお腹が減るって、おかしいかしら?」

「そんなことはありません! カルデアの赤い人は皆のコックさんですから!」

「あら、素敵なのね。……でも、パンも無いから困ってしまって。そうしたらコジローは、『パンが無ければドラゴンステーキを食べれば良いでござろう☆』と言ってフラッと旅に出てしまったのよ。きっと今頃、美味しいドラゴンを探しているんだわ!」

「こ、個性的な人ですね……」

「土とか花とか、そういうものが好きな男でね。まあ、ドラゴンがいる場所に現れるだろうから、こっちか向こうのどっちかで遭遇できるんじゃないかな?」

「はあ……」

 

 

 よくわからないままに、夜が更けていく。

 

「……」パサリ

「あ、毛布ですか。ありがとうございます、アルトリアさん」

「……」コクリ

 

 そう。彼女が戻ってきたのは、逃走を開始してすぐのことだ……

 

----------------------

 

(以下回想)

 

 

 ピコーン! ピコーン!

 

「警報!? ……いや、カルデアじゃない? そっちで何か……」

「非常にまずい状況です! この私、謎のヒロインXの現界時間がそろそろ限界です!」

「何その設定!? 初めて聞いたんだけど」

 

「言ってませんので。それでは、本邦初公開と参りましょう!

 宇宙の果てからやって来た素敵で無敵なセイバーこと謎のヒロインXは、衝突事故によって一体化(ユナイト)してしまった地球ブリテン人少女の身体から宇宙エネルギー・アルトリウムを用いて変身しているため、3 waveしか活動できないのだ!」

 

「wa……いや、え、じゃあそのピコーンピコーンは?」

「タイマーですよ! 色と音で変身時間を告げるカラ……ごほん、カラフルタイマーです!」

 

 謎のヒロインXさんはバタバタと焦り出し、そして、傍らのジャンヌさんに告げる。

 

「今回は事情が事情なので見逃しますが、貴女がそういう顔(アルトリア顔)であるかぎり、次があるとは思わないことです! では、さらば!」

「……えっ?」

「そんな! 謎のヒロインXさん!」

 

 非常に強力な戦力である謎のヒロインXさんの突然の離脱に動揺する一同!

 ……しかし、その十秒後にアルトリアさんが戻ってきたので事無きを得たのでした。

 

(回想終わり)

 

--------------------------

 

「はぁ……それにしても、お礼も言えなかったのはとても残念です。謎のヒロインXさん、また会えるでしょうか……」

「……」ナデナデ

「アルトリアさん……慰めてくれるんですね、ありがとうございます……」

「……」ナデナデ

 

 

 ……ちなみに先輩は、召喚サークルが確立したので喜び勇んでガチャを回して、「爆死した」そうです。ダ・ヴィンチちゃんに呼符をねだる先輩と、再入荷の予定を教えず新商品の「モナ・リザ」を宣伝するダ・ヴィンチちゃんが夜遅くまで駆け引きを交わしていたので、あまりよく眠れませんでした。

 




コジロー……小次郎? 小次郎。


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第12話 名も無き白百合/祈りの鉄拳/追撃のアタランテ!(後編)

 ところで、ぐだ子の所持鯖は基本的に『マンガで分かる!~』に登場したサーヴァントです。
 なので、3/22現在では

・マシュ ・アルトリア ・マルタ ・エリザベート
・綺羅星(レオニダス・黒ひげ・アステリオス)
・バレンタインガチャ負の遺産(荊軻・ブーディカ・エウリュアレ)

 となります。更新に応じて適宜追加予定。謎のヒロインXは……何だろうね……?


 ……翌朝。

 

「ひとのものをとったら! どろぼう!」

 

 フランスの大気を、先輩……ぐだ子の叫びが震わせる。

 考えてみれば既に色々おかしかったのだ、とマシュは改めて思う。ぐだ子の契約するサーヴァントは既に十を数える。召喚サークルの確立していない状況でこそ呼び出せなかったものの、霊脈を見つけた今なおエリザベート・バートリーと聖女マルタが召喚不可なのは、明らかに異常な事態だった。

 

(まさか、こんなことになっていたなんて)

 

 霊脈のそばで一夜を明かした明け方に、襲撃者は竜に騎乗してやってきた。すなわち、ドラゴンライダー。そんな英霊は、人類史上でも数えるほどしか存在しない。

 

「『汝盗むなかれ』……その通りですね、『別の私』のマスター・ぐだ子。このような形で対面するのは、とても残念に思います」

「マルタさん! なぜ貴女が敵に!?」

「マシュ、貴女も元気そうですね。……私もまた、この時代に召喚されたのですよ。貴女方の敵対する、あの壊れた聖女ジャンヌ・ダルクのサーヴァントとして」

「じゃあ、先輩が貴女を召喚できなかったのは」

「存在が重複するからでしょうね。……特異点においては、先に召喚された者と同一のサーヴァントを後から持ち込むことは出来ないのかもしれません。自分対自分が頻発するなんて、悪夢以外の何物でもないでしょう? あのジャンヌ・ダルクのように別の側面を呼んだなら、話は違うのでしょうが」

「わたしたちと一緒に戦ってはいただけませんか! マルタさん!」

「残念ですが……今の私は、狂化を付与されています。こうして理性を保ちながらお話するのが精一杯。悔しいけれど、陣営を違える貴女方を見逃すことも難しいでしょう」

 

「マルタ。やるしかないってこと?」

「はい、ぐだ子。ふふ、聖女の誓いを守る私は、マスターとしての貴女にこの拳を披露する機会もありませんでしたね。今の私は狂ったサーヴァント。在りし日の誓いもまた、理性と共に遠く、遠く。でも、この特異点に貴女がいるのなら。私の祈りだけは、まだ……」

「そうか……みんな、構えて」

「はい、先輩……マシュ・キリエライト、対サーヴァント戦闘に入ります!」

 

 一斉に武器を構える圧倒的多勢のサーヴァント達を前に、なおも穏やかな表情を崩さないバーサーク・ライダー。もちろん、それが虚勢でないことを、彼女を知る者なら皆よく知っている。

 

「では、こちらも……さあ出番ですよ、愛を知らない悲しき竜……タラスク!」

 

 巨竜が。かつて数多の勇士を喰らい、聖女の祈りによってのみ調伏されたという古の大鉄甲竜が、その姿を表す。その威容は、これまで戦ってきたワイバーンたちとは比較にもならない。

 

「……戦う前に一個だけ教えて。黒ジャンヌは、どんなサーヴァントでも狂化付与できるの?」

「おそらくは。彼女の持つ偽なる聖杯の力でしょう」

「そっか。じゃあ、絶対に黒ジャンヌを倒して、どうやるのか教えてもらわなきゃな。そんなのは私だけの秘密にして、種火周回の時だけ全体宝具持ちを狂戦士(バーサーカー)にするんだ」

「ふふ、誰も人を傷つけない、素敵な使い方ですね。それに、あの金腕たちを一掃できるのならばタラスクも喜ぶでしょう。……さて。どこまで本気かは知りませんが、良い気概を見せてもらいました。あとは拳で語り合うとしましょう。見事このマルタの屍を乗り越え、あの黒い聖女を打ち倒して見せなさい!」

 

 

 

 

 

 ……数刻の後。激戦を経てバーサーク・ライダーは消滅した。黒いジャンヌの切り札である究極の竜種の存在と、それに対抗できる竜殺しの英雄の存在を示唆して。

 

 新たなる目的地は、リヨン。

 おそらく、他のサーヴァント達もこの大地に召喚されているのだろう。未だ召喚できない槍兵エリザベート・バートリーも、きっと。

 

 

-------------------------

 

 

「敵サーヴァント、未だ距離を維持してこちらを追走中……いや、近づいているぞ!」

「引き続き解析を頼みますッ……メドゥーサ、まだ行けるか!?」

「走るだけならば。振り切るのは難しいでしょう」

 

 全力逃走中のはずが、いつしか敵に追いこまれようとしている。メドゥーサは速度を落とさぬまま、素早く周囲の地形を探知して逃走経路を選んでいく。平野の多いフランスであるから辛うじて速度の出せる地形を選べているが、森や街に突き当たったらすぐに追いつかれるだろう。

 

「ちょっといい? 追跡者は徒歩かしら? それとも何かに騎乗している?」

「徒歩だよ! いったい何なんだあのスピード! オリンピックもビックリだ!」

「そう。……マスター、()()から逃げ切るのは不可能よ。迎撃の準備を」

「知っているのか、メディア!」

「ええ。おそらく追手は、かつて私と同じ船に乗っていた者。婚姻を望む男たちを、その俊足で片端からねじ伏せ続けた女……真名をアタランテ」

「黒ジャンヌの後ろにいたあの女狩人か! 同じ船、つまりアルゴナウタイだって……?」

「獲物を追う戦いにおいて、彼女の真価は最も発揮される。このままでは森の獣同様、狩り殺されるのを待つだけよ」

 

 マスター……ヒッポノオスとメディアが、追手の正体について検討している。メドゥーサはメディアに比べて古い時代の存在で、アタランテという英雄を直接知るわけではない。だが、メディアと共にアルゴー号の冒険を果たした英雄であるなら、相手もこちらを知っているということだ。

 

「そうね。向こうも私を知っている以上、容易に魔術戦に持ち込ませてはくれないでしょう」

「石化の魔眼による足止めは?」

「こちらの視界より、向こうの射程のほうが長いでしょうね」

「くっ、どうしたものかな……」

「検討中に悪いが、前方にワイバーンだ! このまま進むと挟み撃ちになるぞ!」

「ありがとうございます、ドクター! ……ここで迎撃するしかないか。メディア、長距離射程の攻撃魔術と、メドゥーサに身体強化の準備を。メドゥーサはペガサス召喚の準備。こちらから一気に間合いを詰めて、近接戦でケリを付ける!」

 

 足を止めて十秒も立たない内に、その気配はやって来た。いや、気配より先に、無数に飛来する矢の雨が。

 

「狙いも付けずに乱れ撃っても、そう当たりなどしませんよ!」

 

 一人の弓から放たれたとは思えないほどの矢の嵐とはいえ、未だ牽制にすぎないのか、着弾地点の間には辛うじて隙間がある。それを縫うように駆け回り、なお近づきつつある相手の位置をメドゥーサが捉えた瞬間。

 

「この災厄を捧がん――二大神に奉る! 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 敵の宝具の発動。一瞬にして矢が天を覆い尽くし、大地を埋め尽くさんばかりに降り注ぎ。

 

「あ――」

 

 身を挺してマスターをかばうメドゥーサとメディアは、ヒッポノオスの目から光が失われるのを見る。そして、一瞬の後。

 

「訴状の矢文――二大神に奉るだと!? あれは……あれは! かつてニオベの子らを尽く射殺した()()()()()だ! その矢を……僕の娘ラーオダメイアを殺したアルテミスの矢を、今度はこの僕に向けるのか!! ふざけるな! アタランテェェェッ!」

 

 己のマスターが真に激昂する姿を、そのサーヴァント達は初めて知った。

 

「令呪を以って命じる……あの女を生かして返すな! 宝具の開帳も許可する! 絶対に殺せ!」

 

 

 

 

 メドゥーサは、怠惰な……柔らかく言えば面倒くさがりな性格である。

 できることなら何もせずに日々が過ぎれば良いと考える彼女の思考が、平穏を保てなかった在りし日の故郷『形なき島』に由来するものであるかを知る術はないが……あるいは、彼女を象徴する動物=蛇のごとく、動かざるを良しとするためかもしれない。

 

 蛇が活発に動き回らないのは、それが変温動物であるからか、食べ物の消化に時間がかかるからか、あるいは獲物を待ち伏せするのに都合が良いからか……いずれにせよ、動かない方が良いときがあるからであろう。

 

 繰り返しになるが、メドゥーサは怠惰で……そう、今日と同じ明日が続くことをこそ望む。

 それゆえ、彼女が自ら余計な口出しをすることは少ない。

 いつだって、藪をつつくのは蛇ではなく人間なのだから。

 

 だから彼女は、自分の持つ「ある宝具」の真名を、これまで己の主に伝えていなかった。というよりも、主であるヒッポノオス自身が聞こうとしなかった。聞くまでもないと思ったからだろうと、メドゥーサは考えている。

 その宝具の名を、『騎英の手綱』という。騎英とは、かつてペガサスに乗ってキマイラ殺しの偉業を成し遂げた英雄のこと。メドゥーサは彼の武勇譚を手綱を通じて借り受けているにすぎない。

 

 つまり、メドゥーサの主たるヒッポノオスは、その黄金の手綱のことを彼女本人よりもずっとよく知っているのだ。

 

 ……だが、その宝具を()()()()()……おそらく、彼は知らない。

 否、自分の名前(ベレロポン)だと思い込んでいる。騎英の英雄とは己の事だ、と。

 

 違う。

 違うのだ。

 

 その宝具の名は、()()()()()()()

 在りし日のベレロポンとは別人の名前であり、しかし同時に、間違いなく騎英の英雄の名前であった。

 

 ベルレフォーンとは誰か。メドゥーサは(ベルレフォーン)を知っている。英霊の至る「座」は静謐であると言うが、それでもなお交流をもつ者たちがいる。ベルレフォーンは、己の愛馬ペガサスの母の姿を見に訪れたのだ。その時のことを思い出せば、

 

(……容姿が、ワカメ。性格も……ワカメ。全てが……ワカメ……!)

 

 なんという傲慢な英雄であっただろうか。己に神の国へ入る資格があると豪語し、墜落し、なお反省せぬ男。しかし、彼はそれでも必要な存在だった。

 

 なぜなら……ホントウの騎英の英雄が、座に来ることを拒んだからだ。

 

 ベレロポンは何らかの方法で――神の裁断の矛盾を付いたのだと知ったのは、ごくごく最近のことだ――「座」に昇らないことを選んだ。しかし、騎英の英雄の存在を忘れ去るには、その乗騎……すなわちペガサスは有名になりすぎた。人々の信仰を浴びすぎた。今更その伝説の始まり(オリジン)たる英雄譚を時砂に任せて風化させることなど、出来なかったのだ。

 

 そして、新たな英雄が生まれた。

 人々が語り継ぎ信じた通りの、傲慢なるペガサス乗りの英雄……ベルレフォーンが。

 世界は神をも畏れぬ世捨て人ベレロポンの名を忘れ、代わりにベルレフォーンの名を刻んだ。

 

 ゆえに。ゆえに、その宝具の名は騎英の手綱<ベルレフォーン>。

 

 嗚呼。すべてを投げ捨てて只人としての死を選んだベレロポンが、そのまま冥界に留まったなら万事が上手く行っただろう。しかし、彼は転生してしまった。新たな肉体にその魂を宿し、あろうことか、『騎英の手綱』をもつサーヴァント・メドゥーサを召喚してしまった。

 もはや、世界の欺瞞は破れた。メドゥーサが自身の宝具の真名を解放した瞬間、ヒッポノオスは全てを悟るだろう。英雄ベレロポンの末期の決断が、ベレロポンという英雄の存在そのものを亡き者にしたのだと。

 

 

 ……それでも。それでも、とメドゥーサは思う。

 ヒッポノオスならば。今日まで幾許かの時間を共にしてきた己の主ならば、この不細工な真実を受け入れられるのではないか、と。

 今更、(ベレロポン)の名を世界に刻むことは出来ない。それは既に完成し終わった物語だ。

 だが、ベレロポンではなくヒッポノオスならば……再び一人の人間として未来を救うグランドオーダーに身を投じる彼ならば、過去を受け入れながら未来に進むことが出来るのではないか。

 

 ……それが結論。内なる魔力の滾りを解放し、メドゥーサは自身の仔ペガサスを召喚する。

 ペガサスが駆ける先にいるのは、マスターの過去の後悔だ。

 

 子を殺された。だから、怒り猛る。それは正しい感情だ。だが、それに囚われ続けてはいけない。なぜなら、怒りのままに暴虐を振るう者は報いを受けるからだ。かつてトロイアの英雄ヘクトールの遺体を冒涜したアキレウスのように。

 

 

 ……マスターはまだ未熟だ。だから、もう少し見守ろうと思う。

 いつか人類により良い未来を取り戻すまで。まずは、過去に向き合うところから。

 

 

「優しく蹴散らしてあげましょう――――騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

 

----------------------

 

 

「マルタ、そしてアタランテが消滅しましたか。口ほどにもない……」

 

 黒い聖女は悪態をつきながら、聖杯の元へと向かう。

 新たなる手駒を召喚し、邪魔者たちを排除せねばならない。

 

「さあ、来なさい!」

 

 聖杯が光に満ち、再びサーヴァントを招く。その姿を見て……黒い聖女は笑い出した。

 

「あはは、あはははは! 何よ、何なのよ、貴方! その顔は!」

「……ランサーだ。俺の顔に、何か?」

「……だって貴方……()()()()()()()()()()()()()じゃない!」

「……?」

「はぁっ、はぁ、駄目、もう、笑いすぎて死んでしまいそう! ねえ、真名を貴方の口から聞かせてくれないかしら?」

「アンタ、ルーラーだろ? そんな必要無いだろうに」

「いいから! 早く!」

「……ランサーのサーヴァント、()()()()()()()。これでいいか」

「ええ! ええ! 最高よ、最ッ高! まさか、ご同類に会えるとは思わなかったもの!」

「あぁ?」

「偽物は殺さなきゃいけないでしょう……私も、貴方も!」

 




・オリ鯖登場。もう黒聖杯の泥めいて真っ黒だぜ!
 ……まじめに言えば、ベルレフォーンが仲間になったり1章以外に登場したりはしないので、黒ジャンヌと絡めるためのイベント戦闘用オリ敵だと思ってご勘弁いただければ……

・マルタさん退場。チュートリアルガチャで作者のカルデアにやって来た彼女は最速で最終再臨を終え、耐久力の高さもあって敵クラスにメタ貼れない時は「等倍? とりあえずマルタ!」していた程の愛着あるサーヴァントです。お月見でも登場させたい。というか、そこまで続けたい。

・アタランテちゃん退場。「言葉を交わさず退場」したので、彼女の考えや聖杯に託す願いをヒッポノオスが知るのは3章で仲間として再登場してからになります。敵とは言っても一方的な断罪は駄目! 絶対!

・>……特異点においては、先に召喚された者と同一のサーヴァントを後から持ち込むことは出来ないのかもしれません。
 →捏造設定。

・>自分対自分が頻発するなんて、悪夢以外の何物でもないでしょう?
 →(作者にとって)悪夢以外の何物でもないでしょう?


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第5章公開間近記念:暫定最終話

※警告※ 第4章ロンドン編ラストのネタバレが含まれます!

 作者は怖れていた……明日から始まる「AnimeJapan 2016」で第5章の情報が公開されるのは嬉しい……だが、もしかしたら雑魚敵としてベレロポン(ゴースト)とかシーシュポス(ゴースト)が出てきて即退場するかもしれない……致命的矛盾……更新停止な……?

 そこで作者は思った……いっそ先手を打って第4章ロンドン編までこの作品が進んだと仮定し、暫定版の最終話を適当にでっち上げれば5章がどうなっても大丈夫なのではないか……?
 よし、書こう。書いた。どうぞ。おたのしみください。



「さらば黒幕! 魔術王ソロモン、ロンドンに死す」

 

 

(前回までのあらすじ)

トイレに立ったはずの魔術王ソロモンは何故か19世紀ロンドンに迷い込んでいた! ここに公衆トイレはないぞ、どうする魔術王! ……ところで、上空の光帯はソロモンの物らしいよ。すごいね。

 

 

 ロンドンの地下深くにて、魔術王ソロモンと相対する僕達。その圧倒的な力を前に、心挫けそうなほどの絶望が襲いかかっていた――

 

「あの光帯を構成する幾億の光の一条一条が、アーサー王の聖剣(エクスカリバー)ほどの熱線だ。即ち――対人理宝具。この宝具の火力を上回るものなど、地球上に存在すらしない!」

 

 フハハハハ! ギャハハハハハハ!

 哄笑する魔術王。いっそ清々しいまでのインフレっぷりである。

 

「すごいなーあこがれちゃうなー」

「ぐだ子さん(ちゃん)!?」

「ほう……存外見る目があるな、人類の生き残り……ぐだ子よ。だが、貴様の選ぶべき態度は尊崇ではなく諦念だ。ここですべてを諦め、滅びを待つが最上と知れ。 (あまね)く人の(うから)は我を恐れ、奉り……しかして、死ぬのだと!」

 

 なぜか魔術王をおだてに行くぐだ子さん。

 そして状況に取り残される僕らカルデア組と、舌の滑りが良くなる一方の魔術王。

 まさかぐだ子さん、魔術王の圧倒的力に屈して、これまでの特異点の黒幕たちのように彼に恭順を……?

 

(……って、あれ?)

 

 ぐだ子さんの背中から、二本ほど剣が覗いている。白い剣と、黒い剣が。

 

(あの剣って、確か……)

 

 どこかで見たことがあるような……いや、思い出してはいけないような……うっ頭が。

 魔術王は気づいていないのか、それとも歯牙にもかけていないのか、「人類滅ぶべし! 慈悲はない……否、これが慈悲だ!」的な事を得意気に語っている。

 

(そうだ、あれはあの自称宇宙から来た暗殺者(セイバー)、謎のヒロインXの(エクスカリバー)だ!)

 

 そう思い出した瞬間!

 

「突然ですが幾億本のエクスカリバーと聞いて! エクスカリバーを複数形で語る者みな滅ぶべし! やぶかぶカリバー!」

「ッ!」

 

 ガキィン!

 ぐだ子さんの背中から突如飛び出した狂戦士(セイバー)、否、暗殺者(セイバー)。相変わらず何を言っているのかワカラナイ。だが、魔術王はその奇襲すら察知して彼女の双剣を受け止めた。

 

「我が演説を遮るとは……理性すら失ったか蛮族が!」

「無駄口を聞く耳はありません! セイバーはひとり! エクスカリバーもひとつ! いっぱいあるような表現は断固撤回していただく!」

「ならばその双剣は何だァ!」

 

 魔術王に払い飛ばされ、こちらにひらりと舞い戻ってきた謎のヒロインX。

 ちょっと良いこと言ってやったぜ的な顔してるけど、君は事態を悪化させただけだぞ!

 というかぐだ子さん、いつの間にこの子と契約してたんだろう……?

 

「クククッ……救えぬ。救いようもない屑どもが。ここには気まぐれで訪れただけだったが、そんなにエクスカリバーが好きというなら……お望み通り、その下らん剣ごと焼きつくしてやろう!」

 

 ゾクリ。

 異常な悪寒が背筋を駆け抜ける。眼前の魔術王から、恐ろしいほどの圧力を感じる。

 

「不味いぞ、戦闘態勢に入る気だ!」

「ドクター! レイシフトは!?」

「すまない、まだ無理だ!」

 

 カルデア側のサポートは期待できない。独力で切り抜けることも出来ない。

 正直言って、怖い。かつて騎英の英雄として直面したどんな困難よりも、ずっと。

 アレに逆らってはイケナイ。本能が全力で全面降伏を訴える――そのとき。

 

「「「「下らん剣……だと?」」」」

 

 謎のヒロインXがド低音ボイスで静かにガチギレし……あれ、いまエコーかからなかった?

 

「下らん剣は下らん剣だ。選定の剣だと? 約束された勝利の剣だと? この私に言わせれば所詮は田舎蛮族の玩具にすぎぬ」

 

「「「「「「「「「そうですか……」」」」」」」」」

 

 謎のヒロインX……さん? なんかめっちゃエコーかかってません?

 

「「「「「「「「「「「「では、その玩具の力……お見せしましょう」」」」」」」」」」」」

 

 彼女の後方で空間が歪み、何かが次々と突き出してくる……って、あれ、エクスカリバーじゃないか!?

 

「なんだその小細工は? そんなものが多少増えた程度で我が力に対抗できると思うのか?」

 

 いまだ余裕を崩さない魔術王。だが、空間から剣先を覗かせるエクスカリバーの数は幾何級数的に増加していき……!

 

「知っていますか、魔術王。この地球の外の外。異次元謎時空サーヴァント界(サーヴァント・ユニバース)において、深刻な社会問題が発生していることを」

「何……?」

「セイバーの増加。セイバーのとんでもない増加。セイバーがセイバーでなくなるほどの……セイバーの、増加です!!!」

 

 もはや僕達の周囲はエクスカリバーで埋め尽くされている。重なりあって見えないが、その背後にも、そのまた背後にも、きっと――

 

「エクスカリバー幾億本分と言いましたね、魔術王。しかし――この宇宙(ユニバース)(セイバー)()()にいる! そして、その全てが――貴様の暴言に怒り昂ぶっている!」

 

 謎のヒロインXの背後に広がる空間。それは、真のセイバーのみがアクセスできる世界。全てのセイバーの原典を収め、それゆえ全世界の過去現在未来に派生するあらゆるセイバーを保有する、絶対セイバー特異点である!

 運命を知るものよ、セイバーを知るものよ、今こそ刮目するがいい! 世界はセイバーに生まれ、セイバーに還る。原初のFate創世神話が、今再び始まろうとしているのだ……!

 

「さあ、(illus. 武内崇の)宝物庫の鍵を開けてあげましょう!」

「ぐあああ! なぜ私の千里眼EXはメイドを引き連れた作務衣男性を幻視しているのだ!? 神よ! これは何だ! どうなっている!?」

「……神は言っている! セイバーを増やせと!」

「!?」

「……そして! 非アルトリア顔に神はいない!」

「!?!?!?」

 

 それは、原初の神話に謳われる王の財宝のごとく。

 ロンドン地下の大空洞は、尽きる事なくエクスカリバーを顕現させ続ける。

 そう。この空間に広がるのは、既に可算の域を超越した、見渡すかぎりの聖剣の結界――

 

「本来相容れぬ、我ら無限のセイバー……しかしこの一時、貴様の傲慢を誅すべく、一同怒りにまかせて手を携えた!」

「馬鹿な……なぜこんなモノが現界できる!? なぜこんなモノが世界に認められる!?」

「魔術王ソロモン、いえ、グランドキャスター……『人』ではなく、『世界』に対するサーヴァントよ。ならば我らも、『世界』となって貴様を討とう!」

「『世界』だと……!?」

 

 空間の全てが、エクスカリバーに埋め尽くされる。

 天にエクスカリバー。

 地にエクスカリバー。

 エクスカリバーの荒野に墓標めいて林立するのもまた、エクスカリバーであった。

 

 それは、この世界の一角に現出したエクスカリバーの小宇宙――

 

  ――すなわち、無限の聖剣<アンリミテッド・エクスカリバース(Unlimited Excaliburs/Excaliverse)

 

「おのれ――――おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれ……!!!」

「ご覧の通り、貴様が挑むのは無限のエクスカリバー、星光の極地。死力を尽くしてくるがいい――!」

 

 

 ……嗚呼、ソロモンよ、絶対なる力を持つ魔術の王よ。

 しかし、この物語はここで終わってしまうだろう。

 なぜなら、これは転生したる騎英の英雄ベレロポンの物語。

 かつてエウリピデスが紡ぎし舞台の残滓を拾い上げた、(つたな)(つたな)い英雄譚だ。

 

 ゆえに、その物語の結末は。

 ……やはり、かつて同じくエウリピデスが世に知らしめし、御都合主義にして救済の技法『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』こそが相応しい。

 

 

 ――さあ、幕を下ろすときが来た。

 

 美しき少女の姿をとった機械仕掛けの神が……謎のヒロインXが、その手の聖剣を掲げる。

 無限のエクスカリバーが、無限の剣先をソロモンに向けた。

 

 

「いくぞ魔術王――――宝具の火力は充分か」

 




エクスカリバー大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!(完)

 というわけで、暫定最終話という名の爆発オチ(寸止め)、別名:増殖性アンリミテッドアーサーをお送りしました。魔術王が途中から英雄王化していた気もするけれど……
 ちなみに、本当に第4章まで行けたら今回の内容へ話が収束する……わけがないですね。要するに。てきとうです、てきとう(下姉様並感)

 なお次回更新は(書き上がれば)3/27(日)0:00予定です。イベント風の季節ネタをやろうと思うので、本編は進みません。間話の連続になりますが、連載当初からやりたかったネタなので本編はもう少しお待ち下さい。


◆後日談(ソロモンファンの方はBAD END注意!)

ソロモンをたおした。

ソロ「クハハ……! 無為な勝利に浮かれる愚か者どもが……だが、この私の邪視が貴様を『視た』ぞ……! もはや救えぬ! 復讐鬼が! 二つの塔が貴様を殺すだろう!」
ぐだ「そうか……お前があのイベントの原因だったのか」

ガッ(ソロモンの顎を鷲掴みにする音)

ソロ「……オゴッ!?」
ぐだ「私を見ろ(もっとイベントよこせ)」
ソロ「!!!」
ぐだ「私を見ろ(もっと素材よこせ)」
ソロ「!!!!!」
ぐだ「私を! 見ろ! (新鯖実装が来ないとガチャ回せないんだよガチャアァァァ!)」
ソロ「!!!!!!!」

BAD END



メドゥ「邪視ですか。生首にして盾に括りつけるといいと思いますよ、メドゥーサ的な意味で」
メディ「stay night本編のDEAD ENDでおなじみ士郎生首杖ならぬソロモン生首杖を作りましょう。これでいつでもイベント出来るわね!」

DEAD END


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3月27日 安珍カーニバル!

オルレアン編途中ですが、与太話です。
時系列的にはオルレアン完結あたり? あまり細かいことは気にしていません。
本日限定の一発ネタですが、おたのしみください。


「三月二十七日は、全世界的に、安珍様の日です」

「!?」

 

 清姫が突然、そんなことを言い出した。

 

 

 僕らが彼女と合流したのは、今から36時間……いや、1時間40分前だったか? とにかく、僕にとってはつい昨日の出来事だが、この話を聞く皆さんにとっては多分来週の出来事だ。彼女は最初から僕の言うことを聞かなかった。僕の言う通りにしておけばな……まあ、良い人ではあるが。

 

 と、清姫の紹介を終えたところで。

 僕らが現在いるのは1431年初夏のフランス。3月とは一体? ぜんぜんわからないな。

 

「何言ってるのさ、今日は三月二十七日なんかじゃないよ」

 

 そんな当然の疑問を投げかける僕に彼女が返した返答は……

 

「ちょっと? 黙っていただけますか? あなたさま?(喉を鷲掴みにする清姫)」

「……オゴッ!?(気道を圧迫されて声が出ないヒッポノオス)」

 

 数秒後、悶える僕から手を離した清姫は、くるりと身を翻し宙に向かい。

 

「もちろん、画面の向こうの安珍様(マスター)ならお忘れでないと思いますが、念のため……

 

http://www.minyu-net.com/tourist/fukei/fukei48.html

 

この通り、本日、三月二十七日は全宇宙的に安珍忌ですわね」

 

 そう言って、ニコリと笑った。全宇宙も何も、どう見たって安珍様とやらの出身地における地域密着型のローカル行事にしか見えないし……いや、もう何でも良いから好きにしてくれ。

 

「まあ嬉しい。わたくし、今日はマスターのお友達であるヒッポノオスさんに御用がありましたのよ?」

「既にロクでもない予感しかしないけど……何?」

「安珍忌には、安珍念仏踊り(福島県無形民俗文化財)を奉納しなければなりませんの」

「……踊れと!?」

「はい! もちろん、ヒッポノオスさん御自身にとは言いません。歌って踊れるサーヴァントたちを三、四人ほど連れて来てくださると嬉しいのです」

「……あ、一人思い当たった。歌って踊れる自称アイドルことエリザ「却下で」

 

 ……注文が厳しい。さて、どうしたものか。

 

(メドゥーサ、いるんだろ?)

(……すみませんマスター、今回私はお役に立てないようです)

(ん、なぜ?)

(……その、アンチンという仏僧は蛇や龍……長い生き物を怖がるそうでして)

(ああ……)

(清姫から直でお留守番を頼まれています)

(なるほど。ええい、ならばメディア! メディア助けてくれー)

(……私も別件で手が放せないわ。今そっちに竜牙兵が向かってるから、少しお待ちなさい)

 

 ガシャンガシャン。

 あ、言葉に違わず骨が地面を叩く音が聞こえる。メディアお得意の竜牙兵だ。

 

「あら、時間厳守ですわね。時間に嘘をつかない……なんて素敵な響きでしょう……」

「あ、君が何か依頼してたのか。道理でタイミングが良いと思った」

「ええ。特注した、神代の魔術師によるリアルタイム完全同期バックダンサー集団ですわ」

「……すごい気合だね」

「それはもちろん! 年に一度のことですから!」

 

 ふんす、と力む清姫。東洋の宗教儀式はよく知らないけど、念仏踊りというのはバックダンサーを使うのか……大掛かりだね。まあ言われてみれば、確かにインド映画とかすごいもんな。

 

「では、準備も整いましたし、人員確保と参りましょう」

「このフランスで?」

「いえ、とんでもない! 安珍様に捧げるのですから、全世界全時空から集めても足りませんわ」

「……ドクター」

「レイシフトだね! こっちはいつでも準備オーケーさ! もしゃもしゃ」

「……いつになく手際がいいですね? そして何食べてるんです?」

「これかい? 安珍清姫伝説で有名な道成寺名物・釣鐘饅頭さ。差し入れでもらったんだけど、鐘の形を模した皮の中に黒いアンコが詰まっていて、とっても美味しいよ。もしゃもしゃ」

「……その鐘の中の黒いアンコは、いったい黒焦げの何を模しているんです……?」

「ははは、気にし過ぎだよヒッポノオス君! さてレイシフトだね、どこへ行こうか?」

「とりあえずカルデアへ……一人心当たりがありますから」

「オッケー!」

 

 

-----------------------------------

 

 

「……事情は把握したが。それで、私に何をしろというのかね?」

「踊っていただきたいなと」

「なぜ私が踊れると思うのかね?」

「え、だって日本人名でしょう、エミヤって」

 

 厨房にて。食材の仕込みを黙々とこなす赤い外套の料理人に話を持ちかける。

 どこかで小耳に挟んだ話だが、彼は幼少期にジャパニーズ・ヤクザと縁があったそうだ。

 YAKUZA = SHINOGI = MATSURIである。MATSURIとは神事。彼が踊れないはずはない……!

 

「……はあ。君の推測は的外れだが、まあ、やってやれないことは無いだろうさ」

「引き受けてもらえますか!?」

「ああ。女難をこじらせて死んだ例の仏僧殿には、同情の気持ちが少なからずあるのでな」

「よし、あと二、三人か。同じ日本人なら、次はサムライのコジローかな……」

「それはやめておけ」

「え?」

「何かとても嫌な予感がする……いや、奉納される方は喜びそうなのだが……うむ……」

「???」

 

 よくわからないが、やめておくことにする。

 

 

 だが、そうなると後の候補は……

 オルレアン特異点までに僕らが出会ったサーヴァント達、ただし、清姫からの要望でぐだ子さん(アンチンサマ)には内緒にして欲しいとのことなので、マシュさんやアルトリアさんに頼むことはできないだろう。

 と、なれば。

 

「めぼしい候補はマリーさん一行と聖人勢か……そういえば、さっきから何してるんです?」

「見てわからないかね? 復活祭(イースター)の準備だ。ラムローストがもうすぐ出来るぞ」

「ああ、そういえば今年の復活祭は今日、3月27日でしたっけ……あれ? ってことは」

「マルタも、ジャンヌ・ダルクもゲオルギウスも、今日そちらに関わる時間はないだろうな」

「……そうですか」

 

 これ以上長居しては邪魔になりそうだったので、早々にお礼を言って厨房を辞去する。

 しかし、これは不味いぞ。早速、候補が大幅に消えてしまった。特にジャンヌ・ダルク。農村育ちの彼女ならば、こういう地元密着型の祭礼には強いかと期待していたんだけど……

 

「マリーさん一行か。カルデアの部屋にいるかな?」

 

 まあ、華やかなフランスの王妃様ならば、清姫も文句はないだろう!

 

 

 

----------------------------------

 

 

 

「……」

 

 カルデアの廊下を行く。

 

「…………」

 

 復活祭の準備に忙しいというのは本当のようで、人の姿もサーヴァントの姿も見えない。

 人理焼却の窮地にあっても、なお人々は祭りを楽しみ明日の幸せを願う。それはサーヴァントもカルデアのスタッフも同じで、僕を含めナザレのイエスの教えに服していない者たちだって、それが今日ではないだけだ。

 

「………………」

 

 さて、目的のマリーさんの部屋はこの先にあるはずなのだが――

 

「……いや、重いよ!? なんだこの胃にズンと来る感覚は!?」

 

 空気が重い! あまりの重圧に、この空間を満たす空気は知覚可能なレベルで物理的な重さを有するのかと錯覚しかねない、更に心なしか廊下の照明もだんだん暗くなってきた気さえする。

 そして廊下の先から聞こえてくるのは、かすかな歌声……

 

「Joyeux anniversaire…… anniversaiere……」

 

 コワイ!

 

「(ドクター! ドクター! 応答してください、ドクター!)」

「はいはい、なんだいヒッポノオス君。そんなに小さな声で」

「(音声解析お願いします! たぶんフランス語!)」

「うん? これは……ああ。『誕生日おめでとう』だね! 誰の誕生日だい?」

「(分かりません! マリー・アントワネット王妃の部屋から聞こえてくるんですけど)」

「ふーむ? 彼女の誕生日は11月だったと思うけど……あれ、もしかして……」

 

 ガサゴソ。ガサゴソ。通話先から何やら資料をひっくり返す音が聞こえる。

 ……これ、もう帰っていいんじゃないか? この空間、明らかに異様だし……

 

「(ヒッポノオス君! 今マリー王妃の部屋の近くにいるのかい?)」

「(はい、清姫からの頼みごとで、ちょっと……)」

「(直ちにその場から撤退しよう! 復活祭やら何やらでつい忘れていたけど、今日3月27日は彼女の息子()()1()7()()の誕生日だ……!)」

「!!!」

 

 ルイ17世。あるいはルイ=シャルルと呼ばれたマリー王妃の息子は、国王一家をフランス革命が襲ったのち、監獄に幽閉され病死した……詳しく知りたい人は自己責任でwikipediaでも読んで欲しい! 僕は一切責任を取らない!

 

「Joyeux anniversaire…… anniversaiere……」

(……音を立てるな……ゆっくり静かに、落ち着いて車椅子を反転させろ……)

 

 車椅子の両輪をつかむ両手に、じわりと汗がにじむ。もし今彼女がここに姿を表して、それが泣いていたなら僕は到底いたたまれない気持ちになるだろうし、いや、彼女がこの状況でもいつもの笑顔で僕に笑いかけたりしたら……! 僕はきっと罪悪感で死んでしまうだろう!

 

(メディア……今日ほど君の仕込んだヘンテコ車椅子に感謝したことはないぞ……!)

 

 宙に浮かんだマジカル車椅子は音も無くその場で向きを反転させ、僕を明るいほうへ……のんきな復活祭会場へと運んでいく……ああ、空気が軽くなってきた……

 

 

-------------------------------------------

 

 

「助けて、シロウえも~ん!」

「ええい、私をどこぞの国民的アニメキャラクターのような名前で呼ぶな! いったい何事だ?」

「実は、かくかくしかじか……」

 

 進捗状況を報告する。流石に、アレを見知らぬ他人の供養に勧誘するのはちょっとナシだ。そして、他のフランス勢も普段のマリーさんLOVEっぷりからして、今日一日は皆あんな感じだろう。

 

「なるほど、そんな事情があったとは知らなかったな。姿を見ないので気にはしていたが……」

(気配りがオカンだ……)

「その分では、食事もまともに取っていないだろう。後ほど機を見て何か差し入れるとしよう」

(完全にオカンだ……!)

「何だね、その目は?」

「いや、頼りになるなあ、と」

「心身の健康は健全な食生活からだ。厨房を預かる者として、為すべき事をしているにすぎんよ」

「ははぁ……」

 

 厨房から見える食堂の風景は、既に復活祭一色だ。清姫、何が今日は全世界的に安珍様の日だ……この光景を見てから言って欲しい!

 

「あら。ヒッポノオスさん……勧誘の調子はいかがですか?」

「って清姫!? ……ああ、順……いや、まあまあだね。このエミヤが快諾してくれたよ」

「微力を尽くそう」

「……曖昧なお返事ですが、嘘はついていないようですね? うふふ、私も、たった今お願いを聞いていただいたところです」

「え?」

「……清姫、エミヤ……やはり、日本人の日本人による日本人のための祭りに俺は場違いではないか……? 空気を読めず参加表明してしまう男ですまない……」

「こ、この先手を取ってすまながっていくスタイルは!」

「勿論ご存知でしょう! ジークフリートさんです!」

 

 ネーデルラントの王子にして大英雄、参戦である!

 ……聞けば、キリスト教化前に成立した『ニーベルンゲンの歌』に謳われる英雄である彼は、復活祭の賑わいに溶け込めず、すまない思いをしていたところを清姫に拾われたという。

 

「なるほど。つまりキリスト教関係者ではなく、フランス王家関係者でもないサーヴァント候補を探せばいいってことか……」

「……ヒッポノオス? 君の言った条件に当てはまるサーヴァントに心当たりがあるのだが」

「本当かい、シロウえもん!?」

「教えてほしかったら即刻その呼び方を止めたまえ……ほら、いるだろう。アイルランドの大英雄にして非キリスト教徒、飲んだり踊ったりが大好きなケルト勢が」

「ああ、彼ですか。でも、あれは……」

 

 僕とエミヤが見やった先にあるのは、巨大な……そう、人間一人くらい余裕で入りそうな巨大な箱だ。それが、内側から声を漏らしながら揺れている。

 

「おい、畜生、いい加減ここから出しやがれ! 出さねぇって言うならこっちから……アンサズ! 燃えろ! ……チッ、しょうがねぇ、奥の手だ……『原初のルーン・マトリクスオーダイン』!」

 

 ガタンガタン! ゴトンバタン!

 おお見よ、あれこそはカルデア七不思議の一つ『動くプレゼントボックス』である……!

 

「冬木特異点以来ずっとあんな状態だが、いい加減出してあげてはどうかね」

「いやあ、それはぐだ子さん次第というか、『マンガでわかる!~』次第というか……」

 

 あるいは、待て、しかして空の境界コラボを希望せよ?

 

 

「とにかく、これで二人目確保だ。正直もう他の候補もいないし、良いんじゃないか?」

「むぅ……できれば後一人くらい欲しいのですけど……」

 

 口を尖らせる清姫。そうは言っても、これ以上は……

 

「私にいい考えがあります!」

「うわっジャンヌ!」

「はい! 『待て、しかして『ジャンヌです!』でお馴染みのジャンヌ・ダルクです!」

「台詞の中で割り込み芸良くない!」

「話は聞かせていただきました。今日暇なサーヴァントをお探しなのですね!」

「あ、ああ……そうだけど」

「宗派を違えるといえども、死者を弔う気持ちは等しく尊いものです。私も直接協力こそ出来ませんが……ついてきてください」

 

 そう言ってジャンヌは僕をカルデアスの元へ連れて行く。

 ……え、カルデアス?

 

 

----------------------------------

 

 

「……いや、ないから。どの面下げて私のところへ来たというのですか」

「どの面であろうと、魂の冥福を祈る気持ちに変わりはありませんよ、ジャンヌ・オルタ」

 

 そう。ここは地獄の一丁目……もとい煉獄だ。なんやかんやあってオルレアン最終決戦で打倒された黒ジャンヌは、ここに舞い戻って霊基を上げているのだとか何とか。

 

「ええ、それに霊基を上げるというなら人助けはうってつけです! どうでしょうか?」

「どうもこうも! 私が貴女の頼みなど聞くわけがないでしょう――!」

「それなら、僕からもお願いするよ。それに、カルデアの皆も敵視はしないと思う。やりあったのは君だけじゃないし」

「……」

「……ジャンヌ・ダルクにとって、村娘としての体験は一つの礎です。それを、異なる形とはいえども体験してもらえればと思ったのですが……貴女にはその記憶が「「ストップ!」」

 

 シンクロしてジャンヌを止める僕と黒ジャンヌ。頭上に?マークを浮かべるジャンヌ。これだから空気の読めない聖女様というやつは……! 君が安易に岩窟王のネタバレかましたせいで、格好つけてた某エドモンさんが泣いていたんだぞ!

 

「はあ……わかった、わかったわよ。その話を受けたらその女は帰ってくれるんでしょうね?」

「あ、ああ。ジャンヌ」

「もちろんです! 貴女ならそう言ってくれると信じていました!」

「……」イラッ

「(ありがとうジャンヌ、後は任せて! ほら、早く戻らないと復活祭始まるよ)」

「?」

 

 イライラゲージが臨界に達しようとしている黒ジャンヌを背に、ジャンヌを見送る。背後から凄まじい憤怒が吠え立てているが……とにかく三人揃った! これで依頼は完了だ!

 

 

-------------------------------

 

 

「さて、それでは安珍忌を始めるといたしましょう!」

「……そうは言っても、清姫。僕らはその肝心の安珍念仏踊りとやらが何かを知らないのだけど」

 

 オルレアンの大地に設営された安珍忌会場。そこに集まったのは、ギリシャ人(僕)、日本人(記憶摩耗)、ネーデルラント人、フランス人である。当然ブッディズムの舞踊など知るはずもなく……そして、清姫は。

 

「あら、わたくしも存じ上げませんわね」

「はぁ!?」

「……だって、夫の地元に押しかけるなんて。わたくし、恥ずかしくて……」

 

 照れ笑いを浮かべながらくねくねする清姫。

 いや。いやいやいやいや。ここまで延々やって来た話は何だったのか!

 

「……はあ。そんなことだろうと思ったよ。供養の踊りなら盆踊りでも何でも、とにかく踊れれば良いのだろう? こんな事もあろうかと、誰でもできる踊りをバックダンサー担当のメディアに渡しておいた」

「エッエミヤ! なんて先見の明だ……まるで某宇宙戦艦の真田志郎さんのようだ……」

「シロウ繋がりかね? あれ実は本編では言ってないらしいが」

「マジですか!」

 

 そして、竜牙兵たちが一斉にフォーメーションを組み……音楽が流れ出す。

 こ、この底抜けに楽しそうで踊りたくなるBGMは……!

 

「『カーニバル・ファンタズム』! 祭りにはふさわしかろうよ!」

「まさに鷹の目だ、さすがは正義の味方を体現した男エミヤ……む、女子パートが多いな、すまない、俺は役に立てるのだろうか……?」

「ちょっ待ちなさい、こんなカワイコチャンぶった振り付け私にやらせるつもり!?」

「さあさあ、さあさあさあさあ、黒ジャンヌさん。わたくしもオルレアンでの諍いは水に流しますので、踊りましょう! さあさあさあさあ」

 

 カオス! カオスである! いや、選曲は良いと思うけど! 車椅子でも踊れるしね!

 

「ほらほら、安珍様も喜んでおりますよ! ほら!」

「会場に無造作に設置された釣鐘が振動している!? こ、この中に安珍様が……」

「なるほど、よく震えているな。カニファン未出演の身ですまないが、俺も全力を尽くそう!」

 

 ガタガタガタ! 震える釣り鐘、ヒートアップするBGM、踊り狂う僕達! まさに狂宴である!

 

「宴と聞いては黙っておれんな! 此度は山門抜きで顕現したゆえ、書割に頼らず踊れるというものよ!」

「あぁっ、突如どこからともなくサムライのコジローが乱入! そして釣鐘がすごい振動してる!?」

「ふっ、見せ所よなぁ!」

 

 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!

 今にも弾けそうなほどに震えだす釣鐘! 乱入者コジローによって宴の熱は最高潮に達した!

 

「わたくしの熱も最高潮です……! またですか! そんなにイケメンが好きですか! その性癖ごと何度でも燃やし尽くせ、バーニング安珍ー!!!!」

「火は、火は駄目だ清姫ェ!!!」

「あら、その程度の炎で燃やし尽くせと……? 身を焦がす炎とは、こういうものでしょう! 『吼え立てよ、我が憤怒』!!!」

「うわあああ! 駄目な方向に引火した!?」

 

 

 

 宴の狂熱は冷めることなく。

 その日、人理焼却を免れたはずのオルレアンの大地に火が絶えることはなかったのだった……




3月27日ネタでした。
……次回は、本編に戻ります。


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第13話 その男、小次郎

「ベルレ……フォーン?」

 

 目も眩むような光の奔流が、彼方へ伸びていくのを見る。生前……ペガサスに騎乗し、黄金の手綱を繰り、その光の中に在った頃の僕には見ることのできなかった光景だ。神代から生きる幻想種ペガサスが放つ光の圧倒的な美しさは、僕の感情の全てを……抑えきれなかった激昂さえ白く塗り潰し、押し流した。後に残ったのは、疲労にも似た、呆けたような放心状態だけ。

 

 ――しかし、その美しい光芒の余韻にさえ、耳に残る違和感がこびりつく。

 あの宝具の真名……メドゥーサに叫ばれるべきは、己の名(ベレロポン)であったはず。これまで幾千幾万回と耳にしてきた自分の名前の響きを、聞き違えることなどありえない。

 だが、だとするならば……

 

「ゥ……」

 

 うめき声が耳に届き、我に返る。アタランテの矢から身を挺して僕をかばったメディアは、全身に矢傷を負っていた。おそらくは、アタランテの元へ駆けて行ったメドゥーサも。サーヴァントの強靭な身体とは言え、早めに治療を行わなければ現界の維持も危うくなるだろう。

 

「ありがとう、メディア。メドゥーサが戻ったら休憩にしよう」

 

 追手は消え、矢で覆われた戦場には一瞬の凪が訪れた。これからどうすればいいだろうか。

 

 

-----------------------------

 

 

 Dr.ロマンから提示された逃走ルートは、ラ・シャリテから見て南東ルートと南西ルートの二つ。南東ルートを選んだぐだ子さん達は現在ジュラで召喚サークルを確立し、休息を取っている最中だという。南西ルートを選んだ僕らは、ロアール川を渡った先の荒野で同じく休憩中だ。このまま進めば刃物の町ティエールに辿り着くだろうが、行動の指針はまだ立っていない。

 

「……待ってくれ。メドゥーサ、君の言っていることは分かった……『座』に登らなかった(ベレロポン)の代わりに、人々がペガサスの伝承から想像した通りの騎英の英雄、ベレロポンとは似て非なるベルレフォーンという男が世界に記憶された、そういうことだろ? ……でも、それはおかしいんだ。理屈に合わない」

「……いえ、理屈ではなく、私が実際に見てきた事の話なのですが」

「ああ、そっちじゃない。それは良いんだ。いや、全然良くないんだけど。僕が言いたいのは、つまり……『騎英の英雄ベルレフォーン』なんて存在が確立されているなら、今ここに転生しているのも忘れ去られた(ベレロポン)じゃなくベルレフォーンでないとおかしいってことで……」

「はあ……?」

 

 理路整然とした説明――きっと、既にどう話すか考えていたのだろう――とは裏腹に、胡乱げな返事を返すメドゥーサ。しかし、事情を掴めていないのは僕も同じだ。そして、それ以上に混乱している。

 

 全部、無かったことになった? 友人ベレロスを失うに至った愚行も、死した友への弔いも、贖罪の戦いの日々も、英雄そして王としての治世も、全て全て……ベルレフォーンという男に置き換えられたというのか? それが僕の「座」に登らなかったことへの罰だというなら、今ここにいる僕は何だ? まさか、その事実に絶望させるために世界が転生させたとでも言うのか……?

 

「待ちなさい。さっきから訳の分からないことばかり言わないで。これ以上続けるなら、まず私に事情を説明してもらえないかしら?」

「ん、メディア……あれ、そういえば説明してなかったのか?」

 

 不満気な顔をしているメディア。僕が彼女を召喚したのは……所長の病室で転生云々の話をした後のことだった。それから部屋で飲んだくれて、そのまま翌朝レイシフト、フランスに来てからはそんな話をする余裕なんてなかったし……あ、本当だ。説明してないや。

 

「すまない、機会がなかった。ええと、どう話せばいいかな……」

 

 中途半端に話を聞いてしまった彼女に、どう整理すればいいかを考え、

 

 

「……戦の気配を嗅ぎつけて来てみれば、なんとまあ奇遇なことよ」

「「「!?」」」

 

 見知らぬ声に、一斉に振り返る。休息中とはいえ、他人の接近を許すほど気は抜いていないはず……!

 

「はっはっは。そう睨むな。この身はお主らのよく知るサーヴァントの一人であろう」

 

 呵々と笑うその男は和服に陣羽織を重ね、異様に長い長刀を帯びている。……何ということだ。その姿を、僕は知っている!

 

「ま、まさか貴方がジャパニーズ・セイバー・アサシンのサーヴァント……!」

「……いや、そんな奇妙な代物ではないがな。艶やかなる毒花を左右に従えるマスターよ、私はアサシンのサーヴァントだ。名は小次郎と呼んでくれればそれでよい」

「なっ……なんで貴方がここにいるのよ!?」

 

 小次郎と名乗ったアサシンを、メディアは知っているらしい。メドゥーサも訳知り顔で頷いている。……この2人の直接の接点は第5次聖杯戦争だったはずだけど、冬木で召喚されたアサシンは山の翁ハサンではなかっただろうか。

 

「まあ、色々あったのですよ。可能性の坩堝なのです、あの冬木の時空は」

「そうなのか……確かに特異点になる程だもんなあ」

「そんなことはどうでもいいわよ! 何なの貴方、フランスくんだりまで来てその格好、農民なんだから農民らしく改める気とか無いわけ!? というかそもそもフランスに呼ばれる縁とか無いでしょう――!?」

 

 メドゥーサと僕が話している脇で、メディアが大混乱に陥っている。そして、それを気に掛ける風もなくズカズカと僕らの輪に加わり背に負った荷物を降ろすアサシン小次郎。優男めいた風貌にそぐわず図太い性質(たち)であるようだ。

 

「ちょうど良い。そろそろ食事にしようと思っておったのだ。女狐、火を起こせるか」

「その呼び方やめなさい!」

「ふむ? あいにく今の私は野良サーヴァントでな。主の言葉ならば従おうが……どうかな?」

「僕と仮契約ってこと? こちらは構わないけど……うん、メディア、とりあえず火をお願い」

「きぃーー!」

 

 奇声を上げながらも焚き火を起こしてくれるメディアさんは、律儀なキャスターの鏡です。

 

 

-----------------------------------------

 

 

 焚き火を囲み、食事の支度をする。食材は小次郎が持ち込んだワイバーンの肉だ。曰く、「要はトカゲやらワニやらと同じで、適切な身の捌き方と下処理を覚えたら意外と食えるようになった」らしい。

 調理の間に、ぐだ子さんが確立した召喚サークル経由で治療スクロールをもらい、メドゥーサとメディアを治療する。それにしても、ぐだ子さんのタイミングの良さが神懸っているな。さすがはぐだ子さんだ、略してさすぐだ。

 

「ふむ、焼き加減はこんなところだろう」

「……貴方、料理とか出来たのね」

「ははは。冬木では山門に縛られておったゆえ披露する機会もなかったがな、それに此度の現界に当たり、現地料理の知識も与えられたようだ」

「なにそれ単独行動スキルも持ってないくせに! チートじゃない!」

「己の料理下手を他人に当てつけるでない。まあ、此度はちと特殊な現界であったのも事実だが」

「特殊?」

 

 そう尋ねると、小次郎は手にしていた酒瓶を脇に置き、こちらに向き直る。僕も食べかけの肉塊を皿に戻した。ああ勿体ない、冷めてしまう。食後にすればよかったかな。

 

「あいにく草双紙の類は読まぬのだが……仮のマスターよ、『ノックスの十戒』というものを知っておるか?」

「ノックス……いや、知らないな?」

「どこかで聞いたわね……小説の話だったような……メドゥーサ、貴女は詳しいんじゃないの」

 

「ええ。ではマスター、私から説明してよろしいですか。良いですか。では……『ノックスの十戒』とはその名の通り、推理小説家ノックスが提唱した推理小説におけるルール集です。推理に超自然能力を使わないことや、推理に必要な手がかりは全て提示しておくこと、双子の存在は事前に提示すべしなど、フェアに謎解きを楽しむための規範とされています。もっとも、後年にはそれを逆手に取った十戒破りのミステリーも多く生み出されていますし、そもそもノックス自身が十戒を破った小説を書いたりもしているので、ある種の自主規制というべきでしょうか、要は楽しめれば良いということなのですが……そうですね、例えば私のオススメを上げさせてもらえれば」

 

「分かった、分かったメドゥーサありがとう!」

「……まだ半分も話していないのですが……」

 

 不満気な顔のメドゥーサを黙らせる。このサーヴァント、普段は無口な癖して本の話になると急に早口になるんだな……

 

「あー、ええと、要するに、何?」

「……すまぬ、例えが悪かったな。その『ノックスの十戒』とやらには、『中国人を登場させてはならない』というルールがあるのだ。別に人種差別などではなく、東洋人は気功やら仙術やら不可思議な技を使うので、謎解きも何もなくなってしまうという話だな」

「なるほど……『壁越しに気功の遠当てで殺した』なんて言われたら本をぶん投げるもんな。あれ、でも“探偵が知らない魔術”とか“本物と見分けの付かない人形”とかが出てくる小説を知っているんだけど、それはどうなんだろう。『ロード・エルメロイ2世の事件簿』っていう……」

「……その話はやめなさい。というか、あれはあれでちゃんと楽しめるように出来てるわよ」

 

「その通りです! ライトなミステリーを中心に、魔術を含め不可思議な現象を前提にして、その上で論理と証明を楽しむものも様々に書かれています。マスターが挙げた本もそうですし、例えば『折れた竜骨』は日本推理作家協会賞を受賞しています。コミック分野では『絶園のテンペスト』等が近年アニメーション化されたので記憶されている方も多いのではないでしょうか。それに」

 

「メドゥーサストップ! 分かったからありがとう! ありがとう!」

「……まだ1割しか話していないのですが」

 

 明らかに話し足りなそうなメドゥーサを黙らせる。三度目はないぞ。というか令呪だぞ。

 

「……で、何を話していたんだっけ?」

「……つまりだな。『中国人を出すな』などというネタがまかり通るほどには、西洋の人間にとって東洋人は神秘的な存在だと思われていたのだ。世間に広く通用する妄想は、ある種の信仰とも言えよう? そういう『不可思議な技を使う東洋人』として私は召喚されたのだな」

 

 そう言って、ぐいと酒瓶を呷る小次郎。なんか色々どうでも良くなってきたので、僕も肉塊に齧りつく。メドゥーサの皿は既に空だが、一体あの長口上の間のどのタイミングで食べたのか。蛇だからといって丸呑みしてなければ良いのだけど。

 

「もぐもぐ……で、小次郎っていうのは謎の東洋人代表としての名前なの?」

「ごくごく、ぷは……いや、そうではない。そこなライダーとキャスターとは冬木の聖杯戦争で関わったのだが、そのとき私は『佐々木小次郎』として召喚されていてな」

「佐々木小次郎……! それは僕も知ってる、あの剣客の!」

「ああ、それも違う。私は佐々木小次郎の代名詞『秘剣・燕返し』を披露できるという一点から、かの剣客のガワを被せられた名も無き農民に過ぎぬ。此度は、再び尋常ならざる秘剣の使い手、謎のSAMURAI小次郎として召喚されたということだな」

「……秘剣じゃなく魔剣よ。剣術の範疇で第2の域に到達されてたまるものですか」

「第2!? え、あの宝石翁の第2!?」

「魔術師共はそう言うが、知らぬ事。燕を斬ろうと棒振りしておったら剣が増えた、それだけよ」

「はあ……いや、それは、何というか……心強いよ」

 

 本人は何でもない事のように言うけど、剣が増えるって何事だ!? ギリシャにひしめく英雄達だって……それこそ僕たち皆が憧れた大英雄ヘラクレスだって、見えない程の超高速で剣は振るっても剣そのものが増えたりはしなかったぞ……!

 

「まあ、此度は厳密には佐々木小次郎として呼ばれたわけではないからな。秘剣の名も変えねばなるまい。燕ならぬ『ワイバーン返し』というのはどうだろう」

「秘剣の扱い軽いな!?」

「ははは。元々私は特に名づけていなかったからなあ」

「ギリシャにはいないタイプの武芸者だな……あ、そういえばマリー王妃に同行してたって聞いたけど」

「彼女と合流したか、それは重畳。いや、彼女たちと分かれてフラフラ歩き回っていたら、自分がどこにいるか分からなくなってしまってなあ。ひとつところに縛り付けられるのは勘弁極まるが、土地勘がないのも厄介なものだ」

「彼女たちとも共闘することになっている。いずれ合流するよ」

「そうか、ならばその時こそ、約束の料理を振る舞うとしよう」

「……冬木にいた頃と違って、ずいぶん料理にこだわるのですね。あの赤い弓兵でもあるまいし」

 

「む? ああ。可憐な花には然るべく栄養を与えるべきであろう。そこな毒棘魔女花と違うてな……おっと仮マスター、そこのキレる魔女に短剣をしまうよう言ってくれ……それに、第六天魔王・織田信長を知っておるか? かの信長公に仕えたとされる料理人、『信長のしぇふ』のケンという男は素手で鴨を捌いたそうだ。私も負けておれぬと思うてな、せっかく貴人に会うたのだし、マリー・アントワネットの料理人を気取ってみたというだけの話よ」

 

「……色々言いたいことはあるけど……やばいな、日本。魔境過ぎる」

 

 小次郎だけでもヤバイのに、なんか更にアレな料理人の存在を示唆されてしまった! いや、召喚されないとは思うけど!

 

「いやいや、そうも限るまい。そら、刀を指して『人斬り包丁』と言うであろう。肉を斬るならSAMURAIもRYORI-NINも同じよ。我が長刀とて、実は鍔の付いたマグロ包丁であるやも知れぬぞ?」

「包丁で戦うアサシンとか嫌すぎる……」

 

 皿の上の料理がなくなった。小次郎の酒瓶も空になったようだ。あとで召喚サークルから取り寄せて上げよう。

 ……さて。ここまで小次郎の話を聞いて、一つ気づいたことがある。それは、

 

「……小次郎。要するに君は、英霊として召喚されたわけじゃないってことだね」

「その通りだ、仮のマスター。この宇宙には人類のデータベースとでも言うべきものがあるそうでな、そこから秘剣を使える人間として呼び出されたようだ。英霊ではなく亡霊というべきだな」

「……そうか」

 

 それなら、一応の理屈が通る。英霊召喚の儀式で、英霊ならざる亡霊が召喚されうるなら……()()()()()()()()()()で「座」にいないはずの亡霊が転生することも、ありえるのだろう。

 ……何故そうなったか、は未だ分からないが。僕の一族は……両親は、「僕」……ヒッポノオスに一体何をしたのか。英霊ベルレフォーンではなく亡霊ベレロポンが呼び出されたのは何故だ。小次郎の秘剣・燕返しのように、ベレロポンにしか再現できない何かがキーになったのか?

 

「……マスター?」

「ああ、すまない、考え事をしていた」

 

 ……今考えても分からないことだ。そして、考えても一文の得にもならない。今やるべきは、敵サーヴァントの全てを倒し、黒ジャンヌの手から聖杯を取り戻すことだけだ。出会う機会もないだろう英霊ベルレフォーンなど、人理焼却の危機の前には些細な事にすぎない……

 

「ヒッポノオス君、休憩はもういいかい?」

「ドクター……ええ、大丈夫です。もういけますよ」

「そうか、じゃあ、このまま進んで刃物の町ティエールに向かってくれ。ぐだ子ちゃんが契約したサーヴァント『エリザベート・バートリー』がこの世界に召喚されて、そこにいるはずだ」

「!? ……はい、了解しました。でも、何でそんなことが分かるんですか?」

「……実に、言いにくいことなんだが」

 

 僕の質問に、Dr.ロマンは言葉を濁す。ややあって、こう繋げた。

 

「召喚サークルが確立されただろう? それで、通信回線が安定した……スマホゲームがプレイできるようになったんだ。ぐだ子ちゃんも喜び勇んでガチャを回してね、ずっと待っていたし耐えられなかったんだろう。ガチャ沼というのは恐ろしいよ、ヒッポノオス君も気をつけて」

「ドクター、話がそれてます」

「……ごめん」

 

 どうにもシリアスに決めきれない人だ……ゴホン、と咳払いをしてドクターは告げる。

 

「エリザベート・バートリーも同じさ。このフランスに召喚されて以来お預けを食らっていた彼女は、もう耐えられなかった。回線が復活するなり『ガチャを引いてしまった』。で、課金通知がカルデア宛に来てね……そこから居場所がわかったのさ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ……課金ガチャは、程々にネ!

 




・というわけで、飛び入り参加の「小次郎のようで小次郎でない少し小次郎なアサシン」でした。

・昨日のエイプリルフールFGOリヨ祭りは驚きましたね! あとリヨぐだ子ならソロモン鷲掴みにするくらい平気でやりかねないと思っていましたが、本当にやるとは! さすぐだ!

参考資料:ガチャ沼に嵌まるエリザベート・バートリー
http://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic15.html


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第14話 幸運鯖、不幸鯖、そんなの人の……

 休憩を終えた僕たちは、所在が確認されたサーヴァント「エリザベート・バートリー」と接触するため、刃物の町ティエールへと向かっている。あちこちにワイバーンや骸骨兵などがうろついているが、全てを相手取ることなど到底不可能で、ひたすら戦闘を避けながらの道程になった。

 

 フランスは既に敵地。竜の魔女こと黒ジャンヌの暴虐を受け入れない者も多いとはいえ――というか、この時代の情報伝達技術を考えれば、オルレアンの外ではジャンヌの処刑と黒ジャンヌの叛乱についてさえ把握できている人間は少ないんじゃないか――こうも我が物顔で怪物どもに跋扈されては、溜め息の一つもつきたくなる。

 

「浮かない顔だね、ヒッポノオス君。でも、そんな君に朗報だ!」

「……なんです、ドクター」

「うん。君も知っての通り、我々カルデアによるレイシフトは冬木に続いて二度目。ぶっちゃけ言ってぶっつけ本番だし、病室暮らしだった君に関しては尚の事……で、僕らも初めて知るデータばかりなんだけど、君は意外とマスターの才能があるようだよ!」

「そうなんですか?」

「※ギリシャ系サーヴァントに限る、だけどね。さっきの戦闘で令呪を使いきっただろう? ぐだ子ちゃんに比べても回復が早いようだ。あと半日もすれば、1画は回復すると思うよ」

 

 ……そうなのか。サーヴァント召喚を含めた降霊術も、使い魔の行使も、魔術の才能など僕には縁のないことだと思っていたけれど……案外そうでもないらしい。

 

 先のアタランテとの戦闘で、僕は手持ちの令呪を全て放出した。彼女の宝具による矢の嵐はあまりにも激しく、身を挺して僕をかばったメドゥーサとメディアの負傷を回復させつつ『騎英の手綱』発動の魔力を補うには、どうしても3画全てを使う必要があった。回復しながら矢の雨の中にペガサスで突っ込まされたメドゥーサには、申し訳の言葉も無い。

 

 ……しかし、本当に全滅の窮地に立たされた時の非常手段である「令呪の全開放」、その切り札を早々に切ってしまった僕が、その回復速度に関してマスターの才能を見出されるとは。なんとも皮肉な話である。

 

「しかし本当か? 正直、私はマスターからの魔力供給の恩恵をイマイチ感じぬのだが……」

「悪いね小次郎、僕の魔術回路はギリシャ用なんだ」

「……まあ、星1は星1らしく適当にやるでござるよ。束縛せぬ分、女狐よりはマシでござる」

 

 やる気が削がれたのか、雑なござる系SAMURAI口調で拗ねる小次郎。こればっかりは僕にもどうしようもないので、ぐだ子さんと合流したらマスター替えでも提案してみようか。契約の一方的解除、またの名を裏切りといえば、こちらにはプロフェッショナルがいることだし……

 

「できないわよ」

「えっ」

「システム・フェイトの召喚術式はカルデア式というか……科学と魔術をブレンドして色々いじってあるみたいだし、敵方も冬木聖杯とはちょっと違うやり方で召喚してるみたいね。ほら、ラ・シャリテで戦った女剣士に宝具を使った時も、契約解除なんて出来なかったでしょう?」

「えぇ……」

「残念そうな目で見るのをやめて。とりあえず敵の聖杯を回収したら調べてみるから」

 

 そうか……メディアが無理というなら無理なんだろうなあ。僕が密かに脳裏で思い描いていた「石化の魔眼(足止め)→ルールブレイカー(契約強制解除)」の極悪コンボは成立しないようだ。思いついた瞬間はこれで無敵だと思ったのだが。

 

「おっと、前方にワイバーンだ!」

「……メドゥーサ、進路修正。これは戦術的撤退ではなく逃走である」

 

 戦闘開始後の撤退はスタミナの無駄だが、最初から逃走するなら状況が動くだけまだマシだ。

 ……とにかく、手持ちのカードで何とか遣り繰りしていくしかないらしい!

 

 

-----------------------------------

 

 

「……と、そんなこんなでティエールに着いたわけですが。ドクター、解析お願いします」

「お疲れ様。街の中にサーヴァント反応が2騎、戦闘状態ではないようだけど……」

「本当ですか? 一石二鳥かな?」

「エリザベート・バートリー1騎のはずが、もう1騎……ろくでもない予感しかしませんね」

「え」

 

 一瞬喜びかけた僕に冷水を浴びせたのはメドゥーサだ。無表情系の彼女が、珍しく口元を険しくしている……あの一見平和そうな街に、一体何が?

 

「……来ますよ、マスター。ビリビリ来ます。メドゥーサ的に……ピット器官的に!」

「なっ、街から炎が……! 急ごう、というかメドゥーサ、君ってそこまで蛇だったのか!?」

「……冗談です! ろくでもないのはまず間違いありませんが!」

 

 強引に話を打ち切ったメドゥーサに押されるまま、釈然としない僕を載せて車椅子は町の門を突破し、尚も疾走する。メドゥーサが事務的じゃない発言をしてくれたのは嬉しいが、蛇ジョークは人間には早すぎ……否、遅すぎる! いつか爬虫類より哺乳類が格上なのだと知らしめてやらなければいけないと思いつつ現場に辿り着けば、

 

「シャー!」

「キシャーッ!」

 

 ……ティエールの街中、通行人から遠巻きにされる爬虫類(サーヴァント)が二匹。

 かたや火を吐き、かたや怪音を撒き散らす迷惑ぶりである。どうやら喧嘩中のようだが……うん、十中八九ろくでもない連中だね!

 

「そこまでだ野良サーヴァントたち! 神妙にお縄についてガチャ結果を報告せよ!」

「は?」

「……ガチャ? ナンデスッテ?」

 

 和服の少女とヒラヒラした洋服の少女、どっちも血の伯爵夫人エリザベート・バートリーとは程遠いが、というか血の伯爵夫人こと吸血鬼カーミラとはこの間戦った気がするけれど! とにかく「ガチャ」という言葉に動揺して片言になった洋服ガールが、きっとぐだ子さんの同類だ!

 

「よし、確保ーッ!」

「確保ーッ!」

 

 

 ガチャン!

 ……手首に掛かる、冷たい金属の感覚。

 アレ、オカシイナ? 確保するのは僕らで、確保されるのは目の前にいるガチャ廃サーヴァントのはずなのに……僕に手錠をかけつつ険しい表情で睨みつける衛兵さんはナンダロウ?

 

「……そこまでだ、不審者共。街の門番を強行突破したばかりか、市中で婦女子を召し使い(サーヴァント)扱いするような暴言を吐き散らすなど! 竜どもに好き勝手されているとはいえ、街の平和だけは我らが守る! 後ろの怪しい格好の連中も、全員ひったてよ!」

「……ち、ちょっと待ってください! これには事情があって」

「問答無用! 言い訳があるなら詰所で聞こう!」

「あっ手荒に扱わないで、その車椅子、素人が扱うと……ぐえーっ!」

「な……なんだこの不可思議な手応えのなさは!? ええい、なんと怪しい……絶対に貴様らの化けの皮を剥がしてくれるわ!」

 

 車椅子を引き寄せようとした衛兵にそのまま吹っ飛ばされ、カエルめいて家の壁に叩きつけられた僕を、周囲の衛兵たちが無慈悲に回収していく。さっきまで爬虫類ズに向けられていた通行人の冷たい視線が、いまや僕に向かって突き刺さるようだ!

 

「くっ……だが、僕を逮捕してもいずれ第二のマスターが」

「組織犯だと!? なんと悪辣な……」

 

「ちょっと! そのむさ苦しい格好で私に近寄らないで! それ以上近づいたら呪うわよ!?」

「隊長ー! この物騒な女どうしましょう、隊長―ッ! あ、突然の動悸・息切れ・めまい・関節痛が……」

「……待って、まだ呪ってないのに体調崩されると女として割とショックなんだけど」

 

「……(無言でバイザーに手をかける)」

「隊長ー! この物騒な女どうしましょう、隊長―ッ! あ、突然の全身疲労・倦怠感・肩の関節が固く腕が上がらな……」

「メドゥーサ魔眼はやめろォ―ッ!」

「……いえ、まだ何もしていないのですが……」

 

「……なんということだ、主犯格の貴様ばかりか供回りも凶悪とは……くっ、犠牲になった兵士の仇は絶対に取ってやるからな!」

「……いや、あの、たぶんあれ勝手に威圧されてるだけっていうか気のせいっていうか……プラセボって知ってます?」

Placebo(私は喜ばせよう)だと……死者への挽歌の一節ではないか! 苦しむ兵士を前になんたるおぞましい言葉! うわさに聞く竜の魔女もここまで呪わしき外法は使わなかろうに……!」

「あ、ダメだこれ。署で話しましょう、署で」

 

 厳戒態勢で衛兵詰所にドナられていく僕ら。何だったのアレ的な表情で見送る野良サーヴァント二人。僕が不審者判定ならあの和服ガールだって違和感アリアリなのでは……? カワイイは時空を超えた正義だとでも言うのだろうか!

 

(……って、あれ、小次郎は?)

(気配遮断で逃げたようですね)

(…………マスター、アレはそういう男よ。やたら高い敏捷&幸運ステータスに物を言わせて都合の悪いことは全スルーする系の無責任野郎よ。……自分で言ってて胃が痛くなってきたわ)

(僕は先のことを考えただけで胃が痛いよ……)

 

 次回、取調室編! 僕たちのグランドオーダーはこれからだ!

 

 

 

 

「……なんだったのアレ。清姫、知ってる?」

「さあ……わたくしも存じ上げませんが、なんというか、破廉恥な格好の方でしたわね」

「確かにね。サーヴァント的に変な格好の連中は見慣れているけど……あの全身ピッチリ感はケルト系かしら?」

「ギリシャと言っておったな」

 

「「!?」」

 

 気配を感じなかった二人は、びくりとして振り返る。そこに立っていたのは、少女の片割れと同じ和装に身を包んだ長髪の剣士である。

 

「ああ失敬失敬。それがし小次郎と申す者だが……えりざべぇと・ばぁとり殿はどちらかな?」

「……私だけど」

「ふむ。我がマスターの上司(Dr,ロマン)経由で伝言を預かっていてな。ぐだ子という女子からだ」

「え、子ジカから!?」

 

 うむ、と首肯した剣士は、懐から書付を取り出した。

 

「では、読み上げよう。

『拝啓、えりざべぇと・ばぁとりぃ様。(マスター)の金で引くガチャは楽しいですか?  ぶっ殺』

 以上だ。……おや、随分と震えているが大丈夫か?」

 

「ど、どどど、どうしよう!? 私ぶっ殺されちゃう!?」

「落ち着きなさい、はしたない。エリザベート、貴女はサーヴァントでしょう。人間のマスターを恐れる必要などないでしょうに」

「き、清姫は知らないから言えるのよ! あの子ジカはやるといったらやる……そういう『凄み』がある子ジカだわ……ちょっと一緒に来なさい! 一緒に謝って!」

「えっ!? わたくし無関係」

「いいから早く! この私が素直に謝ろうっていうのよ!? 素直と正直は貴女の大好きな言葉でしょう――!?」

「……はぁ。仕方ありませんわね……」

「ぐだ子殿は、()()()という街に向かっているそうだ。合流するならそこへ向かうがよかろう」

「え、ええ、そうするわ! ありがとう、知らない日本の人!」

 

 震える少女に、その主人の居所を示す。剣士自身は、ぐだ子というマスターについて面識あるわけではないが、ふらふら彷徨い歩くサーヴァントを招き寄せる手段として『恐喝』を選んだその女は……どこか、かつての冬木で教会を牛耳っていたという少女を思わせた。

 

「では、わたくしもお暇を……ああ、そういえばお侍様、エリザベートのマスターの出身地では『拝啓』『ぶっ殺』が手紙文の定形なのでしょうか? 今度安珍様にお送りする手紙の参考にしたいのですが」

「……そのような物騒な習慣はないのでやめておけ。其の方が言うと本当に洒落にならぬ」

「あら残念。でも、そうですわね。『ぶっ殺』などと書く暇があるなら、その間に焼いた方が早いですものね。『ぶっ殺した』ならありかもしれませんが……」

「うむ……? うむ…………まあ、なんだ。連れが待っておるぞ、早く行ってやると良い」

 

「そうよ、ほら、清姫はやく! 一刻一秒を争う事態なのよ!?」

「あら、では頑張って走るといたしましょう。エリザベート、私に着いてこれまして?」

「当然ッ! アイドルは身体が資本なんだから! じゃあね、お侍さん、今度会ったらお礼に私のライブを最前席で聞かせてあげる!」

「はっはっは、それがし田舎者ゆえ音楽を解さぬ。おぬしの主人を詫び代わりに招待するが吉」

「それもそっか! またねー!」

 

 口早に礼を述べた少女は、小次郎と同郷であろう和服少女の手を引きながら騒々しく走り去っていった。清姫といえば、道成寺の安珍清姫伝説で知られる「蛇・龍に転じた女」の名であるが……

 

「ふっ……花を見る目より先に地雷を見分ける目が肥えるとは。サーヴァント界の女性事情はまことに修羅同然であることよなあ……」

 

 「嘘つき焼き殺すガール」こと清姫の嘘つきセンサーに接触することなく、エリザベートのライブ招待フラグを立たせることもなく、見事に爬虫類ガールズとの円満離別に成功した小次郎。低幸運揃いのギリシャ勢とは一味違う、幸運Aランクサーヴァントの面目躍如であった。




・続きは土曜か日曜に。

・アタランテ戦は、
  アタランテ宝具発動→
  矢の雨で味方のHPが0まで削られる前に令呪3画使用→
  HPNP全回復からの騎英の手綱(味方はアタランテ消滅まで矢の継続ダメージを受け続ける)
という流れでした。二次創作だからこその敵ターン令呪割り込みということで……ゲームで例えるなら、MOTHER2で致命ダメージを受けた後ドラム式HPが0になる前に回復した感じだと思っていただければ。えっ古いですか? そうですか……


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第15話 契約

今回は真面目な話。


「待ってください、話を聞いて! 貴方がたも見たでしょう、あの二人が火を吐いたり怪音波出したりしてたのを! それを差し置いて僕らだけ投獄されるのはおかしくないですかー!?」

「ああ、話は聞いてやろう。だがそれは『先生』が来てからだ。それまでは大人しくしていろ」

 

 そう言うと、衛兵たちは僕らをまとめて小部屋に放り込み、扉に鍵を掛けて去っていった。留置場代わりとはいえ、元は普通の空き部屋だったものを使い回しているようで、メドゥーサの怪力なりメディアの魔術なりを使えば無理やり出て行く事も出来そうだ。もちろん、扉の外で見張り番をしている兵士には即座に気づかれるだろうが……

 

「どうしましょう、ドクター」

「とりあえず、強引な手段はなしかな。ティエールの街は、今のところ散発的な竜の襲撃があるくらいで、今日明日にどうこうなるような状況じゃない。ぐだ子ちゃんに同行してるヴォークルール兵の皆さんに来てもらえるよう手を打つから、ひとまず休憩しておこう。この街までは強行軍だったし、君らも疲れただろう?」

「……そうですね、分かりました」

 

 ラ・シャリテでの戦闘からというもの、状況に流されるまま無理を重ねてきたけれど、サーヴァントとの遭遇戦がいつ起きるとも知れない状況でこれ以上の無茶はできない。切り札たる令呪も未だ回復しきっていないし、何より僕自身の体力がかなり限界に近い。車椅子で押されての旅程ではあったが、積み上がった疲労は既に全身を凝り固まらせている。留置場とはいえども、屋根と床のある場所で落ち着いて休息を取れるのは、正直ありがたかった。

 

「じゃあ、ボクはぐだ子ちゃんのサポートに回るから何かあったら連絡して……って、所長? どうしたんですか?」

「こちらは一旦わたしが受け持ちます。聞きたい話があるのよ」

 

 通信先に所長が来ているようだ。前回話をしたのは、レイシフトの少し後……ヴォークルールの砦で空に浮かぶ光帯についてだったか。そういえば、あれも結局上空で輝き続けるまま、何が変わったというわけでもない。と言っても、この特異点は黒ジャンヌと竜に焼かれているのであって、あの光帯が直接何かしているというわけでは無さそうに思うのだが……

 

「そう決めつけるのは早計というものよ。ヒッポノオス、貴方も一応魔術師の家系の出でしょうに……わざわざあんなものを作り出した以上、何らかの必然が存在しない方がおかしいわ。魔術師は無駄を嫌う生き物なのだから」

 

 呆れ顔でそう言う所長に、曖昧な相槌を返す。

 魔術師としての僕は落第生もいいところだが、それでもその手の話は耳にタコが出来るほど聞かされて育ってきた。……もっとも、所長が最後に付け加えるべき一言を省略したのは、神代の大魔術師メディアに遠慮してのことか、あるいは魔術の大家アニムスフィアを継ぐ者としての矜持なのか。

 

 所長の言うとおり、魔術師は無駄を嫌う生き物ではあるが……同時に、魔術師が最初に学ぶのは「オマエがこれから学ぶことは、全てが無駄なのだ」という絶望だ。そして絶望が深ければ深いほど、その絶望を共有する先祖からの妄執も一層深まり……無駄だと知りながらも、大元の一、究極なる空白、すなわち「根源」に向けて悲しいほどに些末な小石を積み上げ続けるのだ。

 

「まあ、確かにあの光帯には何の動きも見られないわ。とりあえず、現状において優先すべき脅威ではないでしょうね」

「何か推測とかはあるんですか?」

「それはもう、推測だけなら、いくらでも。時間の無駄だとは思うけど」

「あら、そうでもないわ。カルデアの見解、伺ってみたいわね」

 

 割り込んだのはメディアだ。魔術関係の話をできる相手がいて楽しいのだろうか、機嫌が良さそうに見える。僕もメドゥーサも魔術は本業じゃないからなあ。

 

「……メディア、貴女がそう言うなら。そうね、まず、あれは見ての通りの光の帯だけど、全体としては地球全体を囲む巨大な()()()なのよ。空に浮かぶ光輪……モチーフとしてはあまりにも安直なのだけど」

「天使、かしら」

 

「ええ。『天使の光輪』、あの光帯をそう仮定すれば、この時代にそれが存在する理由も考えられるわ。聖女ジャンヌ・ダルクは、天啓を受けたその時に『聖マルガリタ』、『聖カタリナ』、そして『大天使 聖ミカエル』を幻視した……上空の光輪はその再現であり、それゆえジャンヌは天啓を受けた聖女として時代を焼却するほどの力を振るうことが出来る」

「……」

 

「付け加えるなら、ジャンヌが幻視した聖人……聖カタリナの象徴は()()であるし、聖マルガリタは竜に飲まれながらも十字架の加護で無事生還したとされる聖人よ。竜絡みの逸話なんて持たないジャンヌが竜を使役できるのは、そのあたりが理由かもしれないわね」

「あの光帯が存在していることが、黒いジャンヌ・ダルクの力の源泉だと?」

 

「かもしれない、よ。繰り返すけど、推測ならいくらでも立てられるわ。……いずれにせよカルデアには衛星軌道上の光帯に干渉する手段がないし、サーヴァントと竜については貴方達の力で十分対処できるでしょう」

 

 そんなことより、と話題を打ち切った所長が僕を呼ぶ。いっそ昔のロボットアニメみたいに通信映像そのものが動いてくれれば、いちいち話し相手を呼び出したり周囲から「姿無き声」とか疑われずに済んだり楽なんだろうけど……魔術的に再現とかできないものだろうか。

 

 ああ、昔のロボットアニメといえば、宇宙に浮かぶ「天使の光輪(エンジェル・ハイロゥ)」で人類抹殺しようとする作品があったなあ。あれは人類平和のために地球人類を丸ごと安楽死させるとかいう話だったけど、案外こっちの黒幕もそういうトンチキなことを考えているのかもしれないな……

 

「ヒッポノオス。せっかく時間ができたんだから、例の転生の話をきちんと聞かせなさい。……ただし、隠し事はせずに」

「……いやだなあ。かくしごとなんて」

「そう。……ここに、あなたが冬木特異点のぐだ子と会話した通信記録があるのだけど」

「!」

 

 あ、駄目だ。一瞬で既に状況がどうしようもないことを悟る。この展開は、駄目だ。

 

「通信記録にはこうあるわね。『カルデアの資料によれば、2004年の冬木……聖杯戦争が起こったその時その場所で、翼の生えた空飛ぶ馬――天馬が目撃されている。』……さて、あなたは一体どこでその『資料』とやらを見たのかしら?」

「あー……そのですね……」

「あなたは最初から、カルデアとは無関係に『2004年の冬木聖杯戦争でペガサスが現界した』ことを知っていた。そうでしょう?」

「……はい」

「説明、してもらえるかしら?」

「……はい」

 

 そうか、そりゃあ通信記録くらい残っているよなあ。まさかそんなところから見つかるとは……いや、でもメディアにも転生の話をしろと言われていたし、身動きの取れない現状は、話をする良い機会なのかもしれない。

 

「……前置きしておきますが、僕も、自分が置かれている状況全てを理解しているわけではありません。それに、こちらにレイシフトしてから初めて分かったことも色々ありますし」

「いいわ。続けなさい」

 

「メディア、最初に結論だけ言っておく。僕は、君らと同じギリシャの神代で生涯を終え、色々あって現代に転生してしまった元・英雄だ」

「は? ……いえ、転生……英霊の受肉ではなく?」

「その辺を今から話そうと思うんだけど……とりあえず、生前はベレロポンと呼ばれていたよ」

「ベレロ……ポン? 聞いたことないわね。というか、そこのメドゥーサのペガサスに乗っていた英雄の、某国製パチモノ版みたいな名前に聞こえるのだけど」

 

 小首を傾げるメディアさん。知らぬとはいえ酷い感想もあったものだ。

 実際、「座」の登録担当……なんて奴がいるのかどうか知らないが、そいつは一体何を考えてこの絶妙に違和感を覚える名前の英雄を創り出したのか。

 

「……そうだな。メドゥーサ、最初に君から説明してもらえないか? ……ベルレフォーンについて、さ」

「私ですか?」

「それは僕も知らなかった話だから。認識を共通にしたほうが話しやすいんだ。頼む」

「……わかりました」

 

 首肯し、メドゥーサが語り出す。それを聞きつつ、何をどう説明したものか思考を整理する。

 

「――()()然々(しかじか)と、そういうわけで、ベルレフォーンなる英雄が生まれたわけですが……」

「……なるほどね。道理でベルレフォーン以外の記録が存在しないわけ」

 

 所長、僕の知らないうちにかなり色々調べていたらしい。そもそも、最初に前世の名前を名乗った時点で怪しまれていたのか。全く気づかなかった……

 

「――実際、容姿は今のマスターと瓜二つでして。正直、彼に召喚されたのかと思いましたが」

「ヒッポノオスは貴女の神性でメドゥーサだと分かったと言っていたわね。貴女が違うと気づいたのはなぜかしら」

「……それはもう。あのベルレフォーンに、マスターみたいに内心筒抜けの百面相を晒すような可愛げがあるはず無いですから」

「……おい」

 

 僕は口を挟まないだけで、何を言ってもいいと許可したわけじゃないぞ! 君が「不要なことを口にしないのは美徳」とか言っていたのを忘れたわけじゃないんだからな!

 

「――メドゥーサ、貴女の話はとりあえず分かったわ。でも、同じサーヴァント同士もう少し早く教えてくれても良いと思うのだけど」

「メディア……それは貴女の運が悪かった、換言すれば幸運ランクが足りなかったのでは?」

「はぁ?」

「何か?」

 

「……やめなさい、二人共。メディア、貴女は何か思うところはなかったの?」

「……別に。マスターがまともで目的もまともなら、あえて従わない理由もないでしょう。メドゥーサの態度を見れば、とりあえず信用できそうだとは思えたし」

「私を?」

「あら、気づいてなかったの? 貴女、意外と顔に出るわよ。あのマキリのワカメ君と妹のお嬢さん、衛宮の坊や、遠……とにかく、不満があると貴女やたら事務的になるもの」

「……」

 

 無言で押し黙るメドゥーサだが、どうも本当に驚いているようで……不満がないなら、僕としてはマスター冥利につきるというものだけど。

 

「ありがとうメドゥーサ。それで、ここからが僕の話なのですが。……とりあえず最初に言っておきますが、この話は必要がない限り他言無用にしてもらえると助かります」

 

 全員が頷くのを待って、僕は口を開く。愚直に愚直を重ねた魔術師一族が思いがけず至ってしまった、失敗作の話をするために。

 

 

-------------------------------

 

 

「僕がギリシャの魔術師一族の出身だということは、先ほど所長が仰ったとおりなのですが……実は、さらに遡ると英国のとある『霊園』の一族に行き着きます。と言っても、ずっとずっと昔に袂を分かって、分家としてギリシャに移住したそうなのですが」

 

 英国、霊園。その二つのキーワードだけでも何か察するところがあったのだろう、所長の眉がピクリと動いたのが見えた。

 

「その霊園は、英国に数ある『アーサー王』の墓所の一つでした。グラストンベリーやブリタニー、コーンウォールに比べればずっとマイナーと言ってもいいのですが……そこの墓守の一族が魔術師の家系で、僕の遠い先祖にあたるわけです」

 

 アーサー王……アルトリアさん。ギリシャ人ヒッポノオスの昔語りに突然登場した知人の名前に、メドゥーサとメディアの視線の色がやや変わる。ああ、続けたくない。

 

「……実のところ、その霊園の墓守一族は、魔術師としては異端もいいところでして。彼らは『根源』を目指すことをやめ、ひたすらに『とある宝具』を扱えるヒトを作っていたのです。それが何なのか僕は知りませんし、知りたくもありません。

 とにかく、その宝具を扱えるヒトを作るために、彼らは()()()()()()を模すことにしたのだそうです。父親と母親の遺伝的組み合わせに始まって、顔のつくりを真似、四肢の骨格や筋肉の構造・発達具合を整え、魔術的な介入による調整を行い、あるいは見立て、とにかく使える手段を全て利用して、ひたすらに……彼らは本来の持ち主、つまり墓所の主たる『アルトリア・ペンドラゴン』を再現しようと挑み続けてきた」

 

 何十年も。何百年も。あるいは……人理焼却の起きるその瞬間まで、その霊園ではアルトリアさんに似て非なる者が生み出され続けていたのだろう。既に神秘の時代はどうしようもなく遠ざかったというのに。彼女の持つ竜たる因子を再現するなど、不可能に決まっているはずなのに。

 彼らは失われた神秘を前に完全な模倣を諦め、しかしそれでも何らかの光明を求めて、報われるはずのない失敗を続けてきたのだ。……せめてヒトの部分だけでも、と。

 

 それは、何という恐ろしい妄執か。彼らをそこまで駆り立てるものは何であったのか……その『宝具』の正体を知れば、あるいは分かるのだろう。

 英国に今なお残る、神代と幻想の最後に立ち会いし円卓の騎士王が遺した、一族の過去現在未来の全てと引き換えにしてもいいほどの……宝具。

 

 ……それは、きっとエクスカリバーではない。その聖剣の担い手は未だにアルトリアさんであるのだから。ならば、それはきっと、かつて彼女が手放したというもう一つの神造兵装なのだろう。エクスカリバーと同じく星の光を束ね、しかし最果てにて輝ける……

 

「……続けましょう。しかし、あるとき。僕らの先祖は、その挑戦を諦めました。

 ……いえ、魔術師としては正道に戻ったというべきでしょう。先祖は墓守の一族と手を切り、霊園を出て、遠くギリシャの地へと移りました。再び、『根源』を目指すために」

 

 言葉を切り、一度深く呼吸する。ここからが、本題だ。

 

「『根源』。あるいは『根源の渦』。冬木の聖杯戦争を含め、魔術師の営みは全てそこに到達するためにあります……って、所長やメディアの前で言うことじゃないですね。

 ……ギリシャにおける神秘が語るところの、万象の始まり『根源』とは、すなわち原初の混沌たる神『カオス』に他なりません。……しかし、カオスの本質は混沌ではない。Chaos(カオス)を形作る語根Cha-とは、『口を開けた』『何もない広がり』『もやもやとした無限』……要するに何もない空隙そのものを意味します。それゆえ、かの神を言い表すならば……言い表せないこと、つまり「 」、あるいは(カラ)とでも言えばいいのでしょうか」

 

 ずっと格上の魔術師相手に、こんな講義めいた話をすることになるなど、カルデアに来た頃は思いもしなかった。今だって、心底から逃げ出したいと思っている。

 

「その「 」を目指して、僕の先祖は再び歩みを始めたわけですが……しかし、彼らが知る方法は、既に『アーサー王を模したヒトを作ること』しか残っていませんでした。霊園の一族は、ただひたすらにそれだけを突き詰めてきたのですから。……そこで、彼らは……発想の転換を行いました。アーサー王の似姿を、ギリシャ神話に求めたのです」

 

 ちらり、とメドゥーサを見る。表情はいつもの無表情だ。

 

「……ご存知でしょうか。ギリシャ神話は、その知名度に反して『名のある剣』が非常に少ないということを。せいぜいがペルセウスの用いた鎌剣ハルペーくらいのもので、もちろん大英雄ヘラクレスの剣とされるマルミアドワーズやトロイアの勇士ヘクトールの剣とされるドゥリンダナも知られていますが……どちらも、後世に別の伝説でその名を言及されたものです。

 ……しかし、一人だけ、選定の剣『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を抜いたアーサー王に見立てられる人物がいました。その名を、クリューサーオール。『黄金の剣を担う者』を意味する……メドゥーサの、もう一人の子」

 

 メドゥーサの表情を盗み見る……表情筋が全く動いていない! どうする。どうしよう!?

 

「……もう、話すことはあまりありません。僕の先祖は、袂を分かったはずの墓守達と同じことを再び繰り返しました。クリューサーオールはメドゥーサの子。メドゥーサの母は海神ケートーであり、ケートーの母は大地神ガイア……原初の混沌カオスに続いて生まれ出た存在です。『根源』への道が見える分だけ、同じ無謀といえども幾分目があると思ったのでしょうか」

 

「クリューサーオールを作り出すため、彼らは生まれてくる子……既にアーサー王に近い要素を持った子に対して、『クリューサーオール的な要素』を片っ端から魔術的に付与しました。いくつか挙げれば、『其は海神ポセイドンの縁者である』『其は怪物メドゥーサの縁者である』『其は天馬ペガサスの縁者である』『其は武勇に優れ』『其は馬と縁があり』『其は怪物と近しく』……あはは。どこか僕と似ていると思いませんか? ……そして、何がどうなったかも分からない無限の試行の果てに、ヒッポノオスが生まれたのです」

 

 留置場の中は、物音一つ無い静寂である。扉の外の兵士はどうしただろうか……もう注意を振り向ける余力もない。既に、僕は引き返せないところまで来てしまった。もはや降りることはできない。口を開く。

 

「ヒッポノオスは、平凡な少年でした。間違ってもクリューサーオールなどではなく、両親もそれはそれと存分に愛情を注いだものです。

 ……しかし、約10年前の2004年。突然、ヒッポノオスの肉体は変貌します。成長痛とは違う肉体の変化する音、骨と肉がきしみを挙げて別のナニカに組み上がっていく感覚、肉体が変わるに伴って変わりゆくココロ……」

 

 言葉を切り。また継ぎ直す。

 

「そして、それらすべてが終わったとき。僕、つまりベレロポンは限りなく完全に再現され、目覚めました。彼らは成功したのです。その源流たる墓守たちがアーサー王を模してアーサー王を作り上げようとしたように、英雄を模して、英雄を蘇らせることに成功したのです。

 ……ただし、それは彼らが臨んだ英雄ではなく。そして、依代たる『偶然ベレロポンと適合率が合ってしまった』少年ヒッポノオスが目覚めることは二度とありませんでした。彼の幼い精神と肉体は、もう一つの……元英雄の魂を受け入れるには、きっと脆弱すぎたのでしょう」

 

 話は、終わりだ。

 

「両親は、僕を一族から隠しました。何が起きたのか、おそらく察していたのでしょう。そして僕もまた、前世で背負ったベレロポンの名を下ろし、今生で僕が奪い去ってしまった少年の名前……ヒッポノオスの名を選んだ。……それで、全てです」

 

 

----------------------------------

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が降りる。僕にも、付け加えるべき言葉はない。

 きっと誰もが分かっている。英雄の、しかも神代の英雄の似姿を作るなど、到底できることではないのだ。彼らが愚直に築き上げたのは、多少似ているかもしれない程度の、粗雑な模造品だったのだろう。

 

 だが、2004年の冬木において、本物に近しい存在が現れた……すなわち、天馬ペガサスが。そして、無数の因子がたまたまベレロポンに近い形で発現していた少年ヒッポノオスは、彼の乗騎の顕現に引きずられるようにして、ベレロポンそのものを自身に呼び降ろしてしまった。

 ヒッポノオスは勇敢だったのだ。痛みに耐え、苦しみを見せず、父と母に笑顔だけを見せていたのだ。それを。……それを、僕が。

 

「……昔、聞いたことがあったのよ」

「……所長?」

「10年以上前、それこそ第五次聖杯戦争の少し前に、現代魔術科のロード・エルメロイII世のところへ内弟子が入ったって。その内弟子は英国のとある霊園の出身で……いつもフードをかぶっていて、誰にも顔を見せず。でも、噂では、神秘を宿す武器を扱えたって。……どんな顔を隠していたんでしょうね」

「……その、内弟子さんは?」

「知らないわ。ずっと前のことだもの」

「……そうですか」

 

 再び、沈黙。僕はメドゥーサに視線を向けることが出来ない。

 

「この身は、クリューサーオールを宿すために作られた魔術回路です。だから、ギリシャの英霊の魂とは総じて相性が良い……僕のマスター適正が高いのは、それが原因でしょうね」

「マスター」

 

 静寂を割るためだけに発した言葉に、メドゥーサが返事を返した。

 

「では、マスターからは、そのヒッポノオス少年の要素は全て失われているのですか?」

「……正直、分からない。容姿としては、限りなくベレロポンに近いと思う。身体能力が高くないのは……再現度が不十分だったせいかと思っていたけど、英雄としての能力を全てベルレフォーンに持って行かれたのかもしれない。

 ……心は、たぶん混ざっている。人格はベレロポンでも、ヒッポノオスの記憶が残っているんだ。だから、僕はベレロポンであり、同時にヒッポノオスでもある。……そう、信じている」

「……そうですか」

 

 でしたら、と言ってメドゥーサは僕に向き直る。何らかの念話が交わされたのか、メディアが僕に向かってその杖を向け、何かを呟いた。

 そして、メドゥーサがその手をバイザーに伸ばし……取り払う。

 

「! ……」

 

 ずぐん、と胃の腑がひっくり返るような、それでいて脳天を押し潰されるような重圧が内外から生じる。まだ()()()()で済んでいるのは、メディアが何かしたのだろう。

 身体の制御を失った僕を支えるように、メドゥーサが両手を僕の頬に当てる。視線が、僕を射抜く。……そして、唇が開いた。

 

「マスター。私は、ヒッポノオスのサーヴァントです。ベレロポンのサーヴァントになった覚えはありませんから、このような話を聞かされてはどうしようかと思いましたが……ええ。しかし、貴方は依然ヒッポノオスであると言い切った。

 ならば、私の立場もまた変わりません。私はヒッポノオスのサーヴァントです。貴方がグランドオーダーに挑み続ける限り、私は貴方の力になるでしょう」

 

 魔眼が。異形の瞳が僕をまっすぐ見据えている。僕の瞳も、彼女の目を見つめているだろう。

 全身が乾き、固まりゆくのを幻覚する。……耐えられる時間は、もうわずか。

 だから――僕は、ヒッポノオス(マスター)として、メドゥーサ(サーヴァント)に、応えなければ。

 

「……ぇ、m、め、どぅーさ。――――告。げる、

 なんじ、の身、は我が下、に。

 ……我が、命、運、は、汝の……け、剣に」

 

 回らぬ舌を無理矢理回して、言葉を紡ぐ。

 もはや僕の脳はメドゥーサの瞳しか映さない。時間が淀み、凝り、白く固まっていく……

 

「―――我に、従え。ならば。この、命運、汝が、剣に、預、けよう……!」

 

 言葉を終えた、その瞬間。バチン! と音がして、時間が弾けた。

 身体をよろめかせた僕を、メドゥーサの腕が支えているのに気づく。その目は、すでに見慣れたバイザーで覆われていた。

 

 ……だが、まだだ。この契約は、一人では成し得ない。

 僕は語り、メドゥーサは僕を視た。僕は契約の誓詞を以って直視に応えた。

 だから、今度はメドゥーサの番だ。

 

 メドゥーサが、その唇を開く。

 カルデアでは本来不必要な契約の言葉を、その舌に載せるために。

 未来を取り戻すその日まで、共に歩んでいくために。

 

「ライダーの名に懸け、誓いを受けましょう。

 貴方を我が主として認めます、ヒッポノオス―――」




予想以上に長くなりました。
「英国のとある霊園」については、『ロード・エルメロイII世の事件簿』が詳しく扱っています。そしてグレイが可愛い。


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第16話 地獄にまで響け我が愛の歌

 オルレアン。いまやその住人を竜と死者に変えた魔都。その惨状を窓越しに見下ろしながら、黒き聖女にして竜の魔女ジャンヌ・ダルクは従僕たちに告げる。

 

「次は私自らが出ます。もちろん、貴方達にも彼らを殺す助けになってもらいますので、そのつもりで」

「そりゃあ、構わねぇが。……そこのオッサンはいいのかよ」

 

 言葉を返したのは、竜の魔女に先刻召喚されたばかりのランサー・ベルレフォーン。彼を含め追加で召喚されたサーヴァント達と、リヨンに向かわせたアサシン……ファントム・オブ・ジ・オペラには、最初に召喚されたバーサーク・サーヴァント程の狂化は施されていない。

 しかし、それにも関わらず新たに呼ばれた英霊は皆どこかタガが外れたような者ばかりで、戦略・戦術を語れるのはこのベルレフォーンと最初に召喚されていたキャスターくらいのものだった。

 

「ジルには、ここオルレアンの護りを任せていますから。そも、キャスターは前に出るものではないでしょう」

「聖女よ、お任せあれ。このジル、命に代えても使命を果たして見せましょうぞ!」

 

 大仰な身振りで竜の魔女に応えたその男こそ、生前からジャンヌ・ダルクに従い続け、死後なお竜の魔女と化した彼女の従僕たらんとするキャスター……ジル・ド・レェその人である。

 

「ま、好きにしろよ。俺は、俺の強さ偉大さを証明するに相応しい敵がいりゃそれでいい」

「同感ですね、ランサー。求めるのは、断罪すべき悪、斬首すべき罪人、それだけです」

「Arrr……」

「へいへい、愉快なお仲間だぜ」

 

 投げやり気味のベルレフォーンに同意するよう発言したのは、新たに呼ばれたアサシン。その真名をシャルル=アンリ・サンソン、おそらく人類史上最も有名な処刑人であろう。平和主義かつ死刑反対論者であったはずの彼がその在り方を歪めているのは、狂化の影響か、はたまた処刑人としての側面が極端に強く呼ばれたのか。

 そして、サンソンに続いて唸り声――その意図は不明である――を発したのは、バーサーカー。黒い靄を纏う全身鎧によってその素性は完全に秘されているが、彼の者の真名こそアーサー王伝説に名高き湖の騎士ランスロットである。その武勇に比肩する者はないとまで讃えられた英雄は、バーサーカーとして理性を失ってさえ、その技量に一点の曇りも見られない。

 

「なあ聖女さんよ。もし敵のマスターが期待はずれで俺が全員殺っちまったら、その時はそこのランスロットと()らせてくれねぇか。例のデカブツでもいいぜ」

「油断するなと言ったはずですが。……まあ、武勲を挙げたなら然るべき報酬を与えましょう」

「よっしゃ、それなら来た甲斐があるってもんだ」

「Arr?」

 

 竜の魔女は、嬉しそうなベルレフォーンを侮蔑の目で見る。戦うために戦う、典型的な英雄。敵を殺して喜ぶその有り様は、復讐者たる己と同じはずなのに……殺せば殺すほど憎悪を掻き立てられる自分と違い、なぜこの男はそんなにも楽しげなのか。

 

「ああ、そうだ。ワイバーンを借りていいだろ? 俺はアレに乗る」

「勝手にしなさい……落ちても知りませんが」

「へっ、俺のテクを知らねぇと見た」

「……」

 

 ……別に、知らないわけではない。召喚者にして裁定者(ルーラー)たる彼女は、自身のサーヴァントのステータスくらい把握している。幻想種である天馬を乗りこなすベルレフォーンの騎乗スキルは非常に高い。だが、この男はそれにも関わらず、召喚に際して自身の乗騎を持ってこなかったのだ。ペガサス乗りの英雄がペガサスを持ってこないなど、ジャンヌ・ダルクが戦旗を忘れてくるようなものではないか!

 

「伝承に名高い乗騎ペガサスすら持ち込めないとは。天高くから振り落とされた挙句に愛想まで尽かされたのですか」

「そうじゃねぇよ、わざと連れてこなかったんだ。俺一人いりゃ十分だからな……それに、竜に乗れる折角の機会だ。ギリシャの連中にだってドラゴンライダーなんて中々いるもんじゃねぇ」

「……馬鹿にしているのですか? その傲慢、だから貴方は墜落したのでしょうに」

「…………ありゃあ、俺が悪いんじゃねぇだろ。おい、俺の伝説ちゃんと知ってるんだろうな?」

「知っているも何も。傲慢なる英雄様は、天上の神の国に至る資格があると豪語してペガサスで飛び出した挙句、神の遣わした虻に馬を刺されて無様に墜落した。愚劣の極みですね」

「そこまで知ってるなら分かるだろ。あれ、どう見ても悪いのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうよ。あと少しで天に届いたっていうのにな」

「……呆れた」

 

 どこまで傲慢な男なのだ。神の怒りを受けて地に落ち死んだというのに、この悪びれなさはどうなのか。己に下った神の裁定を、他の者(ペガサス)になすりつけるなど。

 

 ……そんな欺瞞が許されるなら、このジャンヌ・ダルクが処刑されたのだって、捕虜になったジャンヌの身代金を用意できなかった貧乏なフランス王家が悪い、後世には聖女として広く認められるようになったジャンヌの聖性を無視したピエール・コーションが悪い、囚われの自分を救出する気概もなかった傭兵どもが悪い……

 ……否。否! そんな弁舌がいったい何になるだろうか! 神は沈黙し、(ジャンヌ)は処刑された! その事実を、憎悪を、復讐の炎を言葉遊びで消すことなど、出来るものか!

 

 ……そうだ。結局のところ、そういうことなのだ。復活せしジャンヌ・ダルクは、裁定者にして復讐者。怒りと憎悪を以って、この国を焼き滅ぼす……もはや沈黙を続けるだけの神の意など察してやる必要はない!

 

 そこまで考え至ったとき、竜の魔女は、同じことを眼前のベルレフォーンと瓜二つの顔をした男から既に言われていたことに気づく。

 

『ぶっちゃけ聞きますけど、貴女、主の嘆きとかジャンヌの救国とか関係ないんでしょう? 許せないから殺すんでしょう?』

『古代ギリシャ人はまだもう少し復讐に素直だったけどなあ……文明が進むと難しいのかなあ』

 

 ……見透かしたようなその言葉が、只々不快だった。

 

「不愉快です、ベルレフォーン。二度と私の前でそのような言を弄さぬように。……さて、そろそろ征きましょう。先刻、アサシン『ファントム・オブ・ジ・オペラ』が敗北しました。敵はリヨンです」

「そうかい、気をつけるさマスター……じゃ、そっくりさんとやらの顔を拝見してやろうかね」

「はい。我が断頭の刃の冴えをご覧あれ」

「Arr……」

「いってらっしゃいませ。どうぞ、ご存分に蹂躙を」

 

 出撃の意を告げた竜の魔女へ、従僕たちが口々に返答する。

 最後に激励の言葉を送ったジル・ド・レェへ、竜の魔女は尋ねた。

 

「ジル。貴方は、どちらが本物だと思います? 私と……あのジャンヌ・ダルクと」

「もちろん、貴方に決まっています! 思い出してください、救国の聖女を救わんとする者が誰もいなかったことを! その結末、その理不尽の原因は何か、それは神だ! 神が我らを嘲ったのです! ゆえに、我らは神を否定し、神の裁定を只々受け入れた愚かなフランスを焼き滅ぼす! そう、いまや貴女こそが裁定者(ルーラー)なのですから!」

「……そうね。あの処刑の日、すべての人々が私を否定した。ならば、否定されるべき私によって生きながらえた彼らもまた、否定されねばならない。もはや神の言葉はなく、奇跡もなく。全てが間違いだったのなら、せめて全てを無かったことに」

 

「…………ジャンヌ、そこまで思い詰めないでいただきたい。貴女が救った国だ、貴女が滅ぼそうと誰にも責める権利など無いのですから」

「…………そう、ね。ありがとう、ジル」

 

 そう言って、竜の魔女ジャンヌ・ダルクは飛竜に騎乗する。

 聖女の進軍を、先頭で(ひるがえ)る黒竜の戦旗を、ジル・ド・レェは無言で見送った。

 

 

----------------------------------------------------------

 

 

「く……」

 

 アサシンのサーヴァント……異形の刃をその両手に生やした仮面の怪人は、時を越えて現れた敵対者であるカルデアのマスターによって打倒された。そしてそのマスターは、自身のサーヴァントを背後に控えさせ、もはや消滅を待つばかりのアサシンと対峙している。

 

 彼女が連れているサーヴァントは、セイバー、シールダー、ルーラーの3騎。

 実はここまで同行していた2騎、マリー・アントワネットとアマデウスはヴォークルール兵を率いて、ティエールで逮捕されたもう一人のマスター・ヒッポノオスの元へ向かっているのだが、その離脱を経てさえ、ファントム1騎と戦うには十分な戦力であった。

 

「……しかし、務めは果たしたぞ。我が歌はここで途絶えよう、されど地獄はここから始まる」

「ああ、時間稼ぎね」

「身も蓋もない女だな、カルデアのマスター! だが刮目するがいい、そこな聖女の内なる邪悪は、真作(オリジナル)以上に成長したぞ!」

「黒ジャンヌが来るってさ」

 

 黒ジャンヌの接近。告げられた事実に、その場の全員が気を引き締める。

 

「ぐだ子ちゃん、今サーチを……接近するサーヴァントが5騎!? まだ遠いが、二方向からだ!」

「エリザベートは?」

「ああ、一方は彼女だ。何とか合流できれば……」

「ふうん。接近しないサーヴァントはいる?」

「え? あ、古城に弱い反応が」

「ジャンヌ」

「はい!」

 

 動かないサーヴァント。それこそ、この街に潜伏するという竜殺しのサーヴァントであろう。

 走り去る聖女をどこか悲しげな表情で見送ったアサシンは、更に言葉を続ける。あるいは、黒ジャンヌに呼び出された彼の所業は、彼自身が真に望むものではなかったのか。

 

「……竜が来るぞ。悪魔が来る。お前たちの誰も見たことのない、邪悪な竜が!」

「竜はもう飽きたんだけど。どうせ爪も逆鱗も落とさないし」

「ならば逃げろ。竜殺しを諦め今すぐ逃げれば、運次第で生き延びる可能性もあるだろう……」

「と言ってもな。もうすぐジャンヌが連れてくるだろうし」

「ではせいぜい足掻くがいい。あの瀕死の男一人ではどうにもならぬだろうが……」

「え、ここで治療イベントなの。面倒だなー」

 

 嘆息するカルデアのマスターを、アサシンは怪訝な顔で見る。

 奇妙な……実に奇妙な錯覚があった。この女の憂いを帯びた声は、己の渇望するそれにどこか似ている……そんな気がしたのだ。

 

「まさか……まさか、クリス……ティーヌ……?」

「誰?」

「先輩……おそらく、彼は精神汚染スキルのせいで先輩を誰か知人の『クリスティーヌさん』と誤認しているのではないでしょうか……?」

「そうか……そうだというのか……クリスティーヌ……この召喚も、クリスティーヌ、このフランスに生み出された地獄さえ……クリスティーヌ……君と出会うために……」

「えぇ……」

 

 嫌そうな目でアサシンを見るカルデアのマスター。だが、その虫を見るような目が、どこかクリスティーヌに似ていた!

 

「クリスティーヌ! そうだ、君はクリスティーヌ! おお、時の果てにて我ら邂逅せり……」

「待ってください、先輩は先輩です! クリスティーヌさんではありません!」

「先輩、先輩か。お嬢さん(マドモワゼル)、それもまたクリスティーヌだ……クリスティーヌ先輩……おお、クリスティーヌ、君こそは無限の可能性……」

「せ、先輩、どうしましょう!? 一息にとどめを刺しましょう!?」

 

「……まって、マシュ。私、こういう人間を知ってる」

「え!?」

「クリスティーヌ! やはりクリスティーヌ! 私が名乗らずとも君はこの身を知るだろう!」

「せ、先輩……そのお知り合いとは」

「……歌姫への異様な愛と飽くなきプロデュース可能性の模索。間違いなく……こいつは、P(プロデューサー)だ!」

「「P(ファントム)!?」」

 

 異口同音に驚くシールダーの少女とアサシン……その真名はファントム・オブ・ジ・オペラ(Phantom of the Opera)。オペラ座の怪人として知られた、悲劇中の人物である。

 かつてオペラ座の怪人は、無名の少女クリスティーヌに歌唱レッスンを施し、彼女が昇る舞台を用意して歌姫への道を作り上げた。その結末は悲劇的なものであったが……現代の価値観に照らし合わせるならば、特にぐだ子がプレイしているスマホゲーム的な価値観に照らし合わせるならば、かの怪人こそは古きアイドルマスター。彼とクリスティーヌの関係は、プロデューサーとアイドルのそれにも例えられよう!

 

「まさか、まさかそこまで私の本質を見抜くとは……そう、私こそがP(ファントム)(クリスティーヌ)の美声に寄り添い、世界一の歌姫への道を拓く者」

「やはりP(プロデューサー)か……」

「ああクリスティーヌ……しかし、我らは敵対してしまった! 何たる悲劇か、もはや私の現界時間は幾許もない……また別れを繰り返すというのか!」

「……だったら、カルデアへ来なよ」

「!」

「カルデアに来たら私が一緒にいてあげる。(全体攻撃宝具アサシンは)Pしかいないんだ」

「おお、クリスティーヌ……何という……ああ、しかし、私は、私は醜い……美しき君とともに日向の道を歩むことなど」

 

 嘆きを露わにするファントム。彼の仮面の下に隠された容貌、その醜さをファントムは憎み続けた。その憎悪の炎は彼自身の精神すら歪ませ、『オペラ座の怪人』の悲劇へと至るのだ。

 

「……P(プロデューサー)なら、アイドルにとって重要なことが何か分かるよね」

「クリスティーヌ……?」

「Vo(ヴォーカル)、Vi(ヴィジュアル)、Da(ダンス)。確かにViは低いかもしれない。でもVoはすごい高いし、Daなんてサーヴァントなんだから何も問題ない」

「な……」

「そんなことより、問題なのは」

「そ、そんなこと!? この醜い顔が、そんなこと……?」

「ねえ。いつから、笑ってない?」

「!!!」

 

 ファントムは愕然とする。嘆き、悲しみ、怒り、絶望……彼とともにあった感情は、その全てが暗く淀んでいた。ああ、なんということだろう。咲き誇るクリスティーヌの華やぎに、この笑顔さえ忘れた己の有り様が似合うとでも思ったのだろうか!?

 

「アイドルに一番大切なもの。それは『笑顔』だって、アニメでも言ってたよね。低Viコンプレックスは分かるけど、笑えなかったら歌もダンスも台無しだ」

「……笑顔……」

「カルデアに来るときには治してきなよ。気兼ねなく来れるように、私の知ってる最高のアイドルの歌で送ってあげる」

「……クリスティーヌ……君の、アイドル……?」

「うん。もう、来るよ」

 

「…………先輩。ここに来るのって」

「はい、耳栓」

「……やっぱり、そうなんですね……」

 

 耳栓主従が見やった先、町の入口から砂埃が舞い上がっている。猛烈なスピードで駆け込んできたのは……

 

「はぁいマスターお久しぶりね! いきなりだけど全開ライブよ! 心からの謝罪の気持ちを込めたわ、私の気持ち、受け取ってちょうだい――――!」

 

 鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)。壊滅的なまでに低いVo値を誇る乱入者エリザベート・バートリーが、監獄城チェイテをステージに歌い上げる最凶の殺人歌曲(ヒットナンバー)。物理的な破壊力すら得た音波がリヨンの街並みを破壊していき……

 

「……ああ。これが、君の認めたアイドル。何たるおぞましきVo……しかし、輝くばかりのViとDa……ああ。醜い私も、あんな風に輝けるというのか……」

「じゃ、今度は友情ガチャで」

「……クリスティーヌ……私は……」

 

……ファントム・オブ・ジ・オペラの霊体もまた、地獄めいた歌声とともに崩れ去った。

 

 

----------------------------------------

 

 

「で、これが竜殺し?」

「……すまない」

 

 ジャンヌに背負われた美形の男。彼こそが竜殺し、ニーベルンゲンの歌に名高き大英雄ジークフリートであった。

 

「セイバーか……竜殺しならアサシンがよかったんだけど」

「……すまない……」

 

 苦しげに顔を歪めるジークフリート。竜血を受け無敵の肉体を得たはずの彼を苦しめるもの、それは、このフランスで彼と戦った何者かによる呪いである。

 

「オルレアンに呪いなんて使える敵いたっけ」

「……何?」

「ジークフリート、誰に呪われたの?」

「……すまない、よく覚えていない」

 

「せ、先輩! そのへんは気にしちゃ駄目です! ほら、もう消滅した敵かもしれませんし!」

「へえ、ジークフリートを呪えるほどの敵を警戒しないんだ。マシュ、私を守る気ある?」

「う……すみません……」

「冗談だよ。でも罰として私の攻撃を動かず耐えること。1分ね」

「そ、それ攻撃じゃ……ひぁッ?!」

 

 罰を実行中のぐだ子に代わり、ジャンヌがジークフリートの身体を改める。

 

「誰にやられたかはともかく……そうですね、とても強い呪いです。私一人では解呪できないでしょう。せめてもう一人、聖性を持つ者……聖人がいれば」

「おや、タイミングがいいね! 今、所長からヒッポノオス君の様子を聞いてきたんだが……向こうで彼らは聖ゲオルギウスと出会ったそうだよ!」

「本当ですか、ロマニ!」

「うん。ジャンヌ、君と彼の二人ならジークフリートの呪いも解けるだろう!」

「ぐだ子!」

 

 ジャンヌがぐだ子に呼びかける。全身を紅潮させたマシュから離れたマスター・ぐだ子は、サーヴァント達に次なる行動目標を示した。

 

「竜とサーヴァントが来てるんだよね。まずはそれを皆で何とかする」

「ぐだ子、共に頑張りましょう!」

「で、ヒッポノオスと合流する」

「……すまない、よろしく頼む」

「あとは分かるよね。マシュ」

「はい!」

 

 ぐだ子とマシュは同時に、

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で呪いを解く」

「聖ゲオルギウスさんと呪いを解く」

 

「「……え?」」




地獄にまで響け我が愛の歌<エルジェーベト・エルジェーベト>

こうやって黒ジャンヌを出していくことで召喚触媒を生み出す……そんなFGOガチャスタイル。
(追記)ランスロットが来ました。確かに召喚触媒として機能したようです!!!


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第17話 罪と剣(前編)

何やかやで間が空いてしまいましたが、再開です。


「へぇ~、サーヴァントの契約、そんなことがあったでござるかぁ~。それがし蚊帳の外でござったなぁ~」

「いいから貴方は街の外でワイバーン狩りしてなさいよ。あ、牙は回収しておきなさいね」

「マスターでもないのにどうしてそんなに偉そうでござるかなあ、この女狐は」

 

 小次郎の溜め息が、留置場の壁を通して伝わってくる。

 衛兵たちの言う「先生」がやって来るまで、僕らはこの部屋で一回休みというところだ。小次郎には時々留置場になっている部屋の外まで来てもらって、当座の指示を与えたりしている。

 

 あのエリザベート・バートリーへの伝言についても小次郎が代行してくれたそうで、爬虫類ズは既にぐだ子さんと合流するためリヨンへ出立したとのことだ。いやあ、あんなクセモノさえ従えるぐだ子さんのマスター振りには参っちゃうね!

 

 ……まあ、癖のあるサーヴァントということなら、こちらも負けてはいないのだけど。

 

 

「――で、マスターの話を聴き終わったメドゥーサが私に念話で言ったのよ。『直接目を見て話したいので邪視避けをお願いします』って! 何、何なの、少女漫画なの!? 」

「愚痴のわりには楽しそうでござるなあ」

「た……楽しくなんてないわよ! 見なさい、今にも砂糖吐きそうなんだから!」

「味気ない壁しか見えぬでござるなあ」

 

 メドゥーサは再び無言になり、壁の外の小次郎相手にマダム・コイバナと化したメディアさんを横目にしながら、何やら思いつめたような表情である。

 ……しかし、僕の目は見逃さなかった! メディアが念話内容バレをかましてからというもの、メドゥーサの耳朶がかすかに紅潮し続けていることを! え、フラグですか!? メドゥーサフラグ立ったんですか!?

 

 

---- 

 

 

 ……実に17話目にしての告白になるが……こう見えて、僕もかつてはギリシャ神話時代に生きた男だ。言ってみれば大神ゼウスの同期あるいは後輩であり、率直に申し上げて美人には弱い。

 

 正直に言おう。いまや僕の双肩には人類の未来があり、かつて殺めた友ベレロスの名があり、今生にて背負わねばならないヒッポノオスの生がある。シリアスな、実にシリアスな人生なのだが……それはそれとして、彼女も欲しい。わりと本気でそう思っている。

 

 もちろん人妻(ステネボイア)と不倫しないくらいの倫理感は持ち合わせているが、前世も転生後もギリシャ生まれギリシャ育ちだったし、魅了耐性については我が事ながらお察しの有り様であろう。他人の女に手を出すほど恥知らずではないが、据え膳ならば拒む理由もないのだから!

 

「……何かしらマスター、当事者コメントの希望でも?」

「いや、なにもないよ」

 

 思考を空転させながら、人妻とバツイチの境界線を行く女性(メディア)をなんとなく見ていたら、視線を察知された。そういえば、彼女の恋愛事情もやや複雑だ。伝承は様々だが、イアソンと離婚した後のメディアさんはあちこちを放浪していたそうで、再婚したとかしなかったとかゴシップ的なネタがかなり存在している。極まったものにはエリュシオンで英雄アキレウスと結婚したとかいうものまであり……現代日本風に言えば、フライデー常連といったところか。

 

 

 とはいえ、人の枠を超越した死後の存在である英霊に人間倫理を求めるのは案外難しい話で、なにせ彼ら彼女らは既に自分の人生を完結しているのだ。『病める時も、健やかなる時も~』とはキリスト教の誓詞だが、添い遂げ、召され、天上の狭き門をくぐった先でまで婚姻届が効力を発揮しはすまい。死後には死後の生き方(?)があって然るべきだろう。

 

 ――ごほん。

 長広舌になったが、要するにサーヴァントって第二の生みたいなものだし気兼ねなく恋愛したって問題ないじゃない! って話である。では、問題ない方じゃない方……僕はといえば、

 

(これ、父上の愛人NTRってことになっちゃうのかな……?)

 

 大問題であった。

 

 

 

 

 ――オヤジの愛人。

 

 父(神)とはいえ、このパワーワードは強烈だ。高速思考を展開する僕の脳内で、前世のギリシャ神話時代的価値観と今生の西暦2015年リアルタイムな価値観がせめぎ合うのを感じる。

 

 ……ああ、見ろ、脳に、脳に……!古のテーバイから僕の脳裏に向かって、あの母親と結婚したオイディプス王が微笑みながらサムズアップしてる! せめてカルデアに来てから物を言ってくれ!

 

 

(……いや、でも相手から求められた上に具体的問題もないのに応えないなんて、ギリシャの男としてどうなんだ? 本来、姉二人同様愛されるために生まれたメドゥーサだ、神秘(ポセイドン)なき西暦2015年に彼女へ愛の喜びを与えるのは、この僕にこそ相応しい役目ではないか!?!?!?)

 

---

 

 ……高速思考終了。決断はなされた。

 すまないメディア、現在独身の君には申し訳ないが、此処から先はFate/Grand Order(メドゥーサ編)だ。ギリシャ人の情熱(意味深)を色々と見せつけることになるだろう!

 

「メドゥーサ! 恥ずかしがることはない、幸い時間はいっぱいある! まず『友人以上』辺りから……」

「申し訳ありません、マスター」

「えっ」

 

 断られた! 言い切る前にごめんなさいされた! すごく冷たい声だった!

 石化の魔眼並のスピードで心が凍てついていくのを感じながら、僕は何とか返事を返す。

 

「あ……いや……勘違いしてすまなかった……」

 

 ……恋は当たって砕けろ、黙って見てても売り切れるだけだと言っていたのは誰だったか。フランス初夏の太陽にのぼせたのか、フライング気味にうぬぼれ温度が急上昇してしまったようだ……もう大丈夫。心は冷えた。今の僕の前には涙すら凍るだろう。

 と、メドゥーサが再び何やら難しげな表情になり、

 

「……なぜそこで貴方が謝るのです?」

「え?」

 

 質問された。いや、この状況で何故と言われても困る。

 困惑する僕に困惑しつつ、メドゥーサは改めて口を開いた。

 

「……その。申し訳ありません、マスター。場の流れに乗せられたとはいえ、あまりに浅慮でした。人類存亡の瀬戸際でマスターを魔眼に晒そうなど」

「え?」

 

 さっきから、「え?」しか言ってない僕。ふと気づくと横でメディアが笑いをこらえている……なんだこれ。

 

「貴方を見定めなければならないと思ったのは確かです、しかし、この窮地において我らサーヴァントが自ら危害を加えるなど……」

「いや、あの、あんまり難しいこと考えなくていいんだよ、後々マスター危険に晒す奴らが出てきたとき気まずいから……」

 

 そしてメドゥーサの悩みに気づかず恋愛脳してた僕も気まずいから!

 

「ふふ、ふふふ、随分真面目なのねメドゥーサ。そんな真面目な貴女の大事なマスターが何を考えていたのか、教えてあげようかしら」

「やめろメディア―ッ!?」

「ふふふ、力尽くで止めてもいいのよ、マスターの資質が試されるわね?」

「う、うう……」

 

 そうして手も足も出ず唸る僕の眼前で、

 

「え…………えぇと…………はぁ……なるほど……」

 

 ああ、メディアに耳打ちされたメドゥーサの声音がどんどん冷たくなっていく! さっきとはカテゴリの違う冷たさだ、凍るというよりは沁みる! 心に沁みて痛い!

 

「……はぁ。マスター……好意は嬉しいのですが」

「いや、すまなかった、気の迷いだ! 忘れてくれ!」

 

 残された手は一つ。平謝りして信頼の失墜を防ぐのみである!

 

「………………………………気の迷い?」

 

 あれ? メドゥーサの声色が変わった。

 なんというか、サディスティック? 表情に愉悦が混じっている気がする……

 

「主従の絆、あるいは愛、なべて仲良き事は善きことと思っておりましたが……そうですか、マスターの好意は気の迷いと。ゆえに忘れろと。そう仰るのですね?」

「ッ違う、そうじゃない! いや、分かって言ってるだろ!?」

「さあ、何のことやら……」

 

 愉悦を孕んだ真顔のままメドゥーサはすっとぼけた事を言うと、するりと僕の耳元に寄り、そっと囁いた。

 

「……私の好みの殿方は、信念を貫ける人、そして、守るべきものを守れる人……ですよ」

「………………努力します」

 

 正しく蛇の甘言だった。頑張ります。

 

 

【絆レベル0→1】

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

「おい、お前ら。『先生』がお着きになったぞ、外に出ろ」

「ああ、やっとか」

 

 それから暫く。留置場に漂う変な空気が換気されきった頃になってようやく、衛兵たちが僕らを留置場から出してくれるようだ。先生とやら、よほど街の住人から信頼されていると見える。

 

「ああ、『先生』はこの街の恩人でなあ。いや、竜が襲ってくるようになってからというもの、『先生』に恩義を感じぬ者はこの辺りにはいねぇよ」

「それほどですか」

「ああ、そうさ。お前らが巻き込まれたあの女の子らの喧嘩もな、最初に見た時は俺らでとっ捕まえようとしたんだが、『先生』が大丈夫と仰るんで放置してたんだ」

「……大丈夫? あれが?」

 

 急に不安になってきたぞ。頭は大丈夫か、その先生。あるいは図抜けた善人なのか。

 そしてやっぱり迷惑だったんじゃないか、爬虫類ズ。

 

「……と、着いたぞ。失礼のないようにな」

 

 しばらく廊下を歩くと、先導の衛兵が立ち止まる。ノックして扉を開いた先には人影が一つ。

 

(ヒッポノオス、サーヴァント反応よ。注意なさい)

(了解です、所長)

 

 「先生」。それは、鎧にサーコートを纏った、時代にそぐわぬほどに騎士らしい騎士だった。

 

 

 

 

「……さて、彼らが街で騒ぎを起こしたと伺いましたが」

「ああ、いや、そりゃあいいんです先生。ただ、街を街とも思わぬ様子があの女の子らと似た感じがしたんで、知らない顔だし一応先生にお伺いをと思ってですね」

 

 衛兵が「先生」の問いかけに答え……いいって何が!? 「そりゃあいいんです」って何も全然良くないよ!? その「一応お伺いを」が人類滅亡の決定打かもしれない、そして僕らを爬虫類の仲間扱いするのを今すぐやめろ!

 

「ふむ。確かに、彼女たちの同胞のようですね」

「あ、そりゃあ良かった。じゃあ、後はお願いしまさあ」

 

 そう言って、衛兵は部屋を出て行った。その間1分。延々待たされたのに対して――体感だが、何故だか3週間近く待っていた気さえする――その後の面通しの短さときたら、さながら遊園地の乗り物待ちである。

 

「では、自己紹介を。私の名はゲオルギウス。ライダークラスでこのフランスに顕現したサーヴァントです」

「……ゲオルギウス……聖ジョージ?」

「英語読みならば、そうなりますね」

 

 そう言って、ニコリと笑うゲオルギウス。

 伝承に名高い聖人である聖ゲオルギウスは、その高潔な精神を具現化したかのように清廉たる装いであり……そして、腰に吊られた剣こそ、かの聖剣アスカロンであろう。

 

「私もサーヴァントですから、こうして見れば一目了解です。ようこそフランスへ、聖杯戦争ならざる聖杯戦争のマスター」

「ゲオルギウス、じゃあ貴方は、やはり黒ジャンヌとは関係のないサーヴァントなのか?」

「ええ。かの竜の魔女に一人で挑むはあまりに無謀、困窮する民を見捨てて負け戦に出ることも出来ず、こうして辺りの街を巡っては竜退治を続けていたわけです」

「だったら、力を貸してくれないか。僕らは未来……カルデアというところから来た。あの黒ジャンヌを排除しないと人の未来が崩れるんだ」

「なるほど……いいでしょう、お引き受けします」

 

 話が早い。

 …………話が、早い!

 

 なんだこのサクサク感は! こんなに話が分かるサーヴァントがいるなんて!

 フランスに来てからというもの個性派揃いのサーヴァントに続けざまに出会ったせいか、色々こみあげるものがある。

 メドゥーサとメディアの冷ややかな視線を感じつつも感動に震えていると、ゲオルギウス……否、ゲオルギウス先生……長いな、ゲオル先生! ゲオル先生はこう言った。

 

「……しかし、協力するにあたって、まず一つ質問に答えてもらわねばなりません」

「質問?」

 

 首を傾げる僕らに、ゲオル先生は微笑みながら告げる。

 

「なに、簡単な質問ですよ。………………『汝は竜?』」

 

 あ、やっぱり個性派一人追加だわ。

 

 

-----------------------------------

 

 

 刃物の町ティエール、その門のそばにある衛兵詰所。その一室で、中世魔女裁判ならぬ竜裁判が開かれようとしていた!

 

 被告人は僕ことヒッポノオス、メドゥーサ、メディアの3人。対して検事・弁護士・裁判長を兼任するのは、西洋が誇る守護騎士にして聖人・ゲオル先生である…………司法は死んだ。

 

 胡乱な目をした僕らの前に裁判官ゲオル先生が立ち、まずメドゥーサに問いかけた。

 

「それでは……ご婦人、汝は竜?」

「いえ、蛇ですが」

「よろしい」

 

(いいんだ!?)

 

 僕の困惑をよそに満足気な顔で頷いたゲオル先生は、続いてメディアへ向かい。

 

「汝は竜?」

「魔女かしら、不本意ですけど」

「む、魔女……まあ、悪魔と契約はしていないようですし、今生において悪行を成していないのであれば、今すぐ私から言うべきことは特にありません」

「それで終わり?」

「いえ、お手持ちの毛皮から竜の気配がします。嘘はいけません……では改めて。汝は竜?」

「金羊の皮はコルキスの眠らない竜からぶんどってきたのよ。むしろ竜の敵じゃないかしら」

「よろしい!」

 

 再びゲオル先生は満足そうに頷いた。そして、今度は僕の前に。何がしたいかよくわからないが、とりあえず彼が竜の気配を感知できるのは確かなようだ。

 竜の因子をもつアルトリアさんと契約しているぐだ子さんなら一悶着あったろうが、今の僕らのパーティに竜はいない。さあ、さっさと終わらせて娑婆に出よう!

 

「さて、最後は貴方だ……汝は竜?」

「これ以上ないほど人間です」

「ほう……繰り返しますが、嘘はいけませんよ?」

「え、嘘なんて」

「汝は竜?」

「違います」

「残念です。貴方からは竜の気配が垂れ流されています、申し開きがあれば聞きましょう」

 

 あれ、引っ掛かってしまったようだ。

 しかし竜の気配? 知らないな……僕は元・神の息子で怪物殺しで王様で転生者で魔術回路持ちでサーヴァントを使役できるマスターだけど、竜要素なんてどこにもないはずだ。その竜チェッカー、ちょっと壊れてません? どこぞの毒チェッカーとか、相当ガバガバだって聞いてますよ?

 

 僕の不満気な様子を察したのか、ゲオル先生は腰に佩いていた剣を抜き、僕に突き付ける。彼の代名詞とも言える剣、誰もが知るその真名を彼自身が口にする。

 

「さあ、この力屠る祝福の剣(アスカロン)の前に真実を明かしなさい」

「……冤罪だ。無罪を主張します」

「……ふむ。あくまで何も知らないと。……こういうとき、素直にならない相手に対して貴方の時代ではどうするのでしたか。……確か……そう、『おい、ちょっとジャンプしてみろ』?」

「少なくとも、僕の故郷にそれをやる聖人はいなかったね」

 

 要するに、さっきのメディアみたいに持ち物全部出してみろということだろう。

 荷物をひっくり返して手持ちのアイテムを示す。大量のメロンゼリーと青水晶(QP)が転がりだしたのを見たゲオル先生の目がちょっと胡乱な感じになったが……突然、ポケットの一つを指差した。

 

「そこです」

「え、ここには予備の概念礼装しかないけど」

「それです」

 

 そう言って、ゲオル先生は礼装を出すよう促した。高レア礼装は切り札なので未契約の相手に晒したくはないのだが、仕方ないのだろうか。

 

「じゃあ……黒鍵。ペンダント。ペンダント。偽臣の書。千年黄金樹……は成仏しちゃったから、えっと、次の赤いのは…………あ。竜、種」

「お分かりいただけましたか? …………さて。汝は、竜?」

 

 ギラリ、とアスカロンが鈍い輝きを放つ。今宵の聖剣は血に飢えているに違いない。そして前言撤回、ゲオル先生の竜チェッカー、まことに高性能であるようだ。

 

「えーと。竜種にも(主にメディアの宝具(ナイフ)が)お世話になっていますが、あくまで僕は人間です」

「ふむ。では、人と魔女の違いをお聞きしましょうか」

 

 第二の質問が飛んできた。人と魔女の違いか。魔女といえば隣のメディアさん……じゃない。いや、それも間違っちゃいないが、キリスト教の聖人が魔女と言ったら、

 

「悪魔と契約して邪悪な魔性の術を扱う者を、魔女と呼びますね」

「よろしい。では……人の手に過ぎたる力である英霊を契約・使役し、竜種の概念さえ礼装として利用する貴方は、いったい何者でしょうか?」

 

 ……そうくるのか。

 ヴラド・ドラクルが悪魔扱いされるように、竜と悪魔は似た概念だ。存在自体が邪悪で、それに関わった者もまた邪悪の一端を担ぐ者、あるいは魔女ともみなされよう。

 カルデアのマスターとして、この質問にだけは真面目に答えなくてはいけない。僕らの存在そのものの是非を問われているのだから。

 

「――ゲオルギウス、カルデアのマスター・ヒッポノオスが答えよう。僕は魔女じゃないし、僕のサーヴァントも礼装も悪魔の類じゃない。僕らは人と人の未来を救うためにこの地を訪れた……僕の力は悪魔殺しの剣であり、それ以上の何物でもない」

 

 ゲオル先生は目を細める。

 

「……いいでしょう。マスター・ヒッポノオス、そしてカルデアといいましたか。力の行使者として、貴方達と竜の魔女ジャンヌを隔てる壁はあまりに薄い。『人の未来を救う』、その目的と意思を見失ったならば、強大過ぎる力を持つ貴方達は容易に人類の敵となるでしょう。それだけはお忘れなく」

 

 ……釘を刺されたが、取り敢えずは及第点だったようだ。まあ、僕らに同行するということは僕らも彼に試され続けるということなのだろうが……

 

 

 

 ゲオル先生が入り口の扉を開くと、外で待っていた衛兵たちが各々謝罪の言葉を口にしながら入ってきた。ゲオル先生がいる安心感からだろうか、だいぶフランクなノリである。

 

 街の周りのワイバーンも小次郎が掃除してくれただろうし、いやあ、色々あったがわりと良い感じに状況が進んでいるのではないだろうか……

 

 

 

 

 ピピー。

 

「ヒッポノオス! ティエールに向かっていたマリー・アントワネットとアマデウス・ヴォルフガング・モーツァルトが敵サーヴァントに襲われたわ! そこからの距離では間に合わないかもしれないけれど……全速力で急行して!」

 

 ……そう上手くはいかないようだ。




・今回、大して凝った展開でもないのに大変迷走しました。出来と手間は比例しないんですね……ボツネタは大量にできたので、そのうちどこかでリサイクルします。

・15話「契約」最後で唐突にメドゥーサさんが眼帯外した件について。今回の話で出てきた理由も勿論ありますが、メタな理由としては第一再臨後に眼帯外すのを一時的にでも再現したかったというのがあります。……なんでFGO本編では平気で目を晒せるんだろう……マシュの耐毒スキル?


(余談・一方その頃)

小次郎「はあ……全くマスターも女狐も、ブラック労働が過ぎるでござるよ」
町人1「あ、見て! あの方が最近ワイバーンを狩ってくださっているKOJIRO様よ!」
町人2「わあ、あんな細身なのに、すごく頼りになるのね……素敵だわ……」
町人3「それにそれに、エキゾチックっていうのかしら。彼、イケメンじゃない?」

キャーコッチミター! キャー! KOJIROサマー! カタナナガーイ!

小次郎「……剣を振るうだけで黄色い声が上がるとは。生前の待遇とは似ても似つかぬ、所変われば品変わると言うべきか…………うむ。もうワンセット狩ってくるとしよう」

キャー!


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