暗殺教室~月と星~  (霊花)
しおりを挟む

プロローグ

はじめまして。霊花です。
文章力ありませんがよろしくお願いします。

2020年、改稿


とある春の夜。そこはとある巨大な建物の最上階にある一部屋。

 

「頼む、頼むから命だけは……」

 

そこに居るのは二人。腰を抜かして命乞いをする大男と、

 

「今までに何人もの人たちを傷つけ、殺してきたと言うのに自分の番になったとたんにこれか……。いつも似たような反応ばっかだけど、ほんと情けないよな」

 

その男の目の前に立つ背が低めの若い男、いや少年だった。

 

その少年は黒いロングコートを羽織り、手には大きな鎌を持っていた。フードをかぶっていて顔立ちは見えずらいが、その少年に見下ろされる形の大男からは、青色の髪の中性的な顔立ちをした少年の顔がフードの隙間から見え隠れしている。

 

少年と対峙する大男はその感情の見えない顔に不気味さを感じ、情けない悲鳴を上げた。

 

少年は手に持つ鎌を軽々と片手で振り回し、目の前にへたり込む大男の首にその刃を突き付けた。その少年の周りにはすでにこと切れた複数の人影がある。

 

その少年の姿は大男には死神のように見えた。

 

「とりあえずお前らのしてきた数々の違法は全部レポートにして警察とテレビ局に送りつけておいたから。お前はこれ以上生きてても手錠掛けられて牢屋の中だろうな。……見逃す気はないけど」

 

淡々と言うことは言って、

 

さようなら、という一言と共に少年は持っている鎌を横に、首を切るように動かす。

その瞬間その男の目のハイライトが消え、床に倒れ伏す。その首には一筋の赤い線が走り、血がジワリとにじみ出てきている。

 

 

少年はふぅ、と一つため息をつくと手に持っていた鎌をブンッと振る。すると白く光っていた刃が消え、棍のような見た目になる。少年は持っていたバックにそれを入れた。

 

「さて、帰りますか」

 

少年は、フードを目深に被り直し、開きっぱなしの窓から外に飛び出していった。

 

___________________________________________

零:Side

 

それは、いつものように『仕事』を終え、家に帰ったときだった。

家の前に止まっている黒い車。インターホンの前には黒いスーツを来た人が数人。

いつものアレ、かな?

時々『仕事』の依頼しに俺を尋ねてくる人もこんな車でこんな服装だったし。

 

「俺の家に何か御用ですか?」

 

そう問いかけるとその人たちは驚いたように振り返った。まあ、気配消して近寄ったからそりゃ驚くか。

 

……とりあえずいつも依頼持ってくる人じゃないな。

 

「君が『新月』の桐紫零くんか?」

 

「……はい。そうですけど」

 

『新月』という、自分の使っているコードネームを出されたことで少し警戒しながら肯定の返事を返す。それを出してきたということは、依頼人か……敵対者か。

 

「君に依頼があるのだが、ここでは少々まずい。とりあえず車の中で話をしていいか?」

 

依頼人……でも俺に直接というのは珍しいな。嘘ではないようだが。

 

「はい。分かりました」

 

そう言って車の中へ入れてもらう。一応、何を仕掛けられても対応できるように左手をポケットに入れておく。

 

「俺は防衛省の烏間という者だ。これから話すことに関しては、国家機密により他言無用だと心得て欲しい」

 

防衛省……?え、なんでそんなところから直接コンタクトが……っていうか国家機密?

 

顔には出さないようにしたが少し混乱した。なんでんな大事な話が俺のところに来るのかさっぱり分からず、でもとりあえず、了解の意を示して続きを促す。

 

そして、その烏間さんは一枚の紙を取り出した。WANTEDとデカデカ書かれた写真付きのそれは、ぱっと見手配書のように見えたが……。

 

 

 

この時見せられたものは、正直咄嗟に理解できないものだった。

 

「君に、この怪物の暗殺をして欲しい」

 

その手配書の現実味を帯びない写真に、思考が停止した。

 

 

……………HA?

 

「……あ、何かのドッキリですか?」

 

思わずそう聞き返した俺は悪くないと思う。烏間さんは気持ちはわかるとため息をついていた。

___________________________________________

 

聞けば聞くほど驚くことばかりだった。

 

一ヶ月前に月が何者かによって七割ほど消され、三日月のような形になった。それはテレビでニュースになってたしさすがに知っている。それに、コードネームの元にもしたあの天体が破壊された瞬間に感じた、あの言い表せない不安は忘れられない。

 

そして、その月を破壊した張本人らしい写真……そいつの見た目は一言でいえば、黄色いタコがアカデミックドレスを着ている姿。顔はまるでニコチャンマーク……何このデフォルメ顔。

 

さらにそいつは来年の三月に地球までも爆破すると言っているらしい。

 

しかし、そいつを殺そうにも最高速度マッハ二十でいつも逃げられるとのこと。……何その無理ゲー。 え、生物だよな……?

 

そんな中、何故かこのタコはとある普通の名門私立中学で教師を始めたらしい。政府はこれを好都合だとし、そのクラスの生徒にコイツを暗殺さしているのだとか。

 

俺もその中学に通って暗殺に参加して欲しい、それが依頼だった。

 

 

なんか正直訳のわからない依頼だなとか思ったけど……これは、引き受けるしかないとも思った。成功報酬は100億円だというが、それよりも。

 

依頼という形でも学校に通える。それも普通の中学校だ。

 

夢のような話だなと、頭のどこかで思った。

 

 

 

 

 

 

依頼を承諾すると、そいつに効く武器だと言うことでゴムのようなナイフとビービー弾の入った銃を貰った。おもちゃのようだがこれ以外の武器が効かないのだそうで。

 

転入は三日後で制服もなんかその場で採寸してもらったのであさってには届くとのこと。

 

「早いんですね」

 

「なるべく早めのほうがいいからな。それともう一つ。生徒たちに危害は加えるな」

 

烏間さんはその一言を言った瞬間、鋭い殺気を向けてきた。

 

ああ、そういうことか。殺し屋って手段選ばない人多いもんな。

 

分かってる。

 

「俺はこれから友達になる人たちに危害は加えませんよ。折角の学校生活なんですから……暗殺以外も純粋に楽しみたいですし」

 

「ならいい。俺はもう行くが、何か頼み事はあるか?」

 

「あ、それじゃあ一つ」

 

とりあえず俺は烏間さんにちょっとした頼みごとをして家に帰った。……やるからには一応自分の使い慣れたものに近い武器の方がやりやすいだろうな。

 

地球を滅ぼす怪物を殺せ……か。怪物退治なんて、俺より適任がいるんだけどな……今は日本にいないけど。

 

零:Sideout

___________________________________________

 

その頃、日本から遥か遠いどこかの場所で。

 

「ひっくしゅっ!」

 

「どうしたの■■?風邪?」

 

「いや、何でもない……(誰かが噂してるのかな……)」

 

「ならいいけど……」

 

「あ、そうだ■■。私、近いうちに一旦日本……故郷に帰る予定なんだけど」

 

「……え!?ちょっと急過ぎない!?」

 

「いや、言うタイミングがなかったから……ごめんね」

 

周りには誰もいない静かな森の中で、そんな会話を繰り広げる少女が二人。その内の一人、日本の名前を出した金髪の少女はもう一人に対して申し訳なさそうに答えながら、手に持った三日月の写真を悲しげに眺めていた。




感想、アドバイスなどよろしくお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャラ紹介の時間

キャラクターが出てきたり話が進むとじわじわ更新。ちょいネタバレが含まれてたりします。後から付け足すことも。
あと、キャラクターの挿絵はコロコロ変わる場合もあります(作者のモチベーションアップの為に描き直すことがしばしば……)


一覧
・桐紫 零
・紫苑 舞花
・蘭


桐紫 零(とうし れい)

 

 

 

誕生日……10/25

 

身長……160㎝ 体重……50kg

 

血液型……AB型

 

容姿……青い髪に青い目、仕事以外の時や学校では眼鏡をかけている。中性的な顔立ち。

 

 

【挿絵表示】

 

仕事着ver

 

【挿絵表示】

 

 

得意教科……数学

 

苦手教科……国語、物語文が少し苦手

 

趣味・特技……読書・投げナイフ

 

好きな食べ物……ハンバーグ、煮オレシリーズ(飲み物だけど)

 

大切なもの……恋人、友達

 

 

 

 

 

 

 

個別能力値(5段階)

 

 

 

体力……4.5

 

機動力……5

 

近接暗殺……5

 

遠距離暗殺……3

 

学力……5

 

 

 

 

 

作戦行動適正値(6段階)

 

 

 

戦略立案……4

 

指揮・統率……2

 

実行力……6

 

技術力……5

 

探査・諜報……4

 

政治・交渉……2

 

 

 

 

 

概要

 

数年前から殺し屋をしている。コードネームは「新月」。

 

烏間先生(国)からの依頼でE組へきた。

 

基本的に優しい性格で、クラス内の対人関係はだいたい良好。正直、殺し屋をするには向かないような性格で、クラスメイトはよく零が殺し屋だっていうことを忘れていたりする。

ただ、怒ったときなんかにちょっぴりらしい動きをしたり。ちなみに会話が成立するのならムカついている程度で、怒って見せてちょっとしたストレスを発散しているだけ。自制が聞くということはまだ怒りには達していないのでその間に相手が折れればそれであっさり解決する。

 

親はすでに死去。師匠にあたる人から譲り受けた家で一人暮らしをしている。ちなみにカルマの家と隣。

 

E組の暗殺ではナイフを様々な方法で駆使するが、今までの仕事ではナイフはサブで主な武器は特殊な鎌を使っていた。投げナイフは得意(本気でやればスピードが銃弾を超える)なのに銃は苦手。静止している的に頑張っても端に掠るくらい。原作のE組メンバー内では渚やカルマと特に仲が良い。

 

友達を傷つけられたらキレる寸前までいく。寸前ではあるけど傍目から見たらガチギレに見えるくらいには機嫌が急降下する。一応、報復時に相手が死なないように加減をするくらいには理性は保っている。

……が、自分が身内だと判断した人物が傷つけられたら本当の意味でガチギレする(身内判断はかなり厳しい)。そしてガチギレした彼を止められるのはその身内だけ。

 

 

 

 

烏間先生から見た評価

 

ナイフ術と体術に優れている。パワータイプというよりはスピードタイプのようで、そこはあの暗殺対象(ターゲット)に似ているか。銃の扱いが苦手なようで命中率はなかなか上がらないが、投げナイフは優れた命中率を記録しているし、速度も銃弾に勝ることさえある。ただ、以前聞いていた話だと彼の得手はナイフではないらしいが……それを見るのは今製作中の武器が出来上がってからだな。

 

 

 

 

殺せんせーからの評価

 

銃は苦手なようですが、ナイフの扱いは素晴らしい。特に投げナイフは私でも吃驚するくらいのスピードと正確さがあります。……ですが、今のところ彼の暗殺はクラスで一斉に仕掛けたりするものや、隙があったらちょっかいをかけに来るくらいで、本気で殺しに来たことは無いような気がしますね。何というか、今まで受けたどの攻撃にも殺気がほぼ乗っていないので、ある種手強いと同時に少し不気味です……。

それと、今まで殺し屋として生きてきたからか、少しタガが外れていると言いますか、クラスメイトの為に少々危険な行動に出たり、やりすぎてしまうことがしばしばあり、仲間思いなのはとてもいいことなのですが見ていてひやひやしますね。

 

 

 

 

_______________________________________________

 

 

 

紫苑 舞花(しおん まいか)

 

誕生日……10/29

身長……147㎝ 体重……43kg

血液型……A型

容姿……長い金髪に青色の目、眼鏡をかけている。

 

【挿絵表示】

 

 

得意教科……理科

苦手教科……社会

趣味・特技……何かを作ること、星占い

好きな食べ物……プリン

宝物……恋人、家族、友人

 

個別能力値(5段階)

 

体力……3

機動力……4

近接暗殺……2

遠距離暗殺……5

学力……4

 

 

作戦行動適正値(6段階)

 

戦略立案……3

指揮・統率……3

実行力……3

技術力……6

探査・諜報……5

政治・交渉……4

 

 

概要

律と同時にE組へ編入してきた、零の従妹であり恋人。幼いころから体調を崩しやすい他色々体に問題を抱えていて、解決策を模索するため編入直前まで5年間ほど日本国外にいた。

 

優しく穏やかな性格で、基本的に怒ることがない。

 

何かを作ることが好きで、内容は様々な分野に渡る。お菓子作りから、AI開発(一部)、武器や自身の補助道具etc……「出来ることはなるべく多く」という保護者による教育の賜物。

 

実家が「ワールドガーディアン社」と言う民間護衛会社を経営していて、自身も非正規ながら所属している。それもあってE組に入るときに暗殺依頼の裏でもう一つ、「護衛」の依頼を受けた。E組内での暗殺には銃やクロスボウで参戦。

 

特殊能力を持つ家系で、幼いころから怪異の事件に巻き込まれることが多く、会社内でも請け負う仕事は殆ど怪異関連。E組における護衛もこれが大いに関係している。

 

原作のE組メンバー内では茅野と倉橋と特に仲が良い(スウィーツ同盟入り)。

 

 

 

 

烏間先生から見た評価

 

運動神経はそれなりに良いが、体力が追い付いていないのか近接戦闘は苦手なようだ。代わって射撃は近距離遠距離共に優れた命中率を出している。近接型の零君と組むとお互いに息も合いかなり良いコンビネーションだ。彼女自身の本領はまた別のものらしいが……そちらの知識は無いのでコメントは控えさせてもらう。

 

 

 

殺せんせーからの評価

 

彼女の最初の暗殺は零君とのとても素晴らしい連携と作戦で見事に一本取られました。彼女は射撃能力もですがそれをサポートする工作も得意なようですね。お菓子作りも好きなようでよくお昼に貰うお裾分けはとても美味しいです。しかし、普段の暗殺に関しては他の皆さんよりも一歩引いているというか、あまり積極的ではないようですが……たまに出る行動力の高さに驚かされると同時に少々危なっかしくてひやひやします。

 

 

 

______________________________________________________

 

 

 

(らん)

 

誕生日……2/3

身長……145㎝(データ上)

容姿……濃い紫色のセミロングの髪、青色の目。アホ毛あり。

 

【挿絵表示】

 

 

趣味・特技……ネットサーフィン

宝物……記憶(データ)

 

 

 

概要

舞花とその妹の蘭花(故人)によって作られたAIで、舞花のことを「姉様」と呼び、零のことを「兄様」と呼ぶ。名前は蘭花から一文字取って蘭。

数年間家出してて行方知れずだったが、戻ってきて今は主に舞花の携帯もしくは本体である家のパソコンにいる。偶に律の所に遊びに行って色々指導しているらしい。

容姿は髪の色とアホ毛以外は蘭花そっくりの設定、見た目は14歳設定。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一学期
出会いの時間


二話目です。

2020年 改稿


渚:Side

 

「よっ!渚おはよ!」

 

学校へ向かっている途中に見慣れた黒髪が背中から声をかけてきた。勢いよく肩をたたきながら挨拶をしてきたのは杉野。あれ、ちょっと目に隈が見えるけど……寝不足かな?珍しい。

 

「あ、おはよう!杉野」

 

「なあなあ、知ってるか?今日転校生が来るって話!」

 

それは昨日烏間先生から送られたメールで知っている。

 

「へ~やけにテンションが高いのはそれでなのか~」

 

「あ、カルマ君おはよう!」

 

そこへさらに後ろからカルマ君が声をかけてきた。いつものニヤニヤ顔がさらに楽しそうに輝いている気がする。

 

「だってよ~転校生だぜ!楽しみすぎて気づいたら朝だったぜ!」

 

気持ちは分かるけどそれは極端だな……。だから隈がひどいのか。

 

でもこの時期にこのクラスに転校生。高確率で只者じゃない。

 

「あ、渚おはよー!早くしないと遅刻だよー!」

 

すると後ろから茅野が走ってきた。時計を見ると確かにちょっとやばい時間。

 

「うわっホントだ!」

 

「ちょっと急ぐぞ!」

 

渚:Sideout

___________________________________________

零:Side

 

 

今、()はかなり急ぎ目で山道を登っている。時間的にはギリギリ間に合わないくらいだろう。

 

寝坊したわけじゃない。一応校舎がある場所は聞いていたし、麓から一キロは山登りする場所だと言うことも聞いていた。……ここまでしっかり自然な山だったとはと驚いたけど。

 

あ、やっと校舎見えてきた。……本校舎の方と違って、一昔前の木造校舎って感じだね。結構ぼろぼろだな……。

 

って時間ヤバッ!急ごう。

 

 

 

校舎前に着くとそこには三日前に家に来た防衛省の人、烏間さんがいた。

 

「烏間さん、おはようございます」

 

「おはよう、ちょっと遅かったな」

 

「はは、ちょっといろいろありまして」

 

「とりあえず明日からは気をつけろ」

 

「はい」

 

これからこの道を毎日通うとなると、時間設定改めないといけないな……。

 

烏間さんに連れられて校舎に向かいながら、明日からの朝スケジュールを考え直した。

 

「これから教室に入って自己紹介をしてもらう。それと、ここでは俺も表向きは副担任兼体育教師としてかかわってもいる」

 

……防衛省の人が教官の体育授業って……。

 

他の授業がどうなっているかはわからないけど、とりあえず体育が普通の授業じゃないことだけはわかった。

 

……まあ、そりゃそうか、暗殺のあの字も知らなかった子供に暗殺依頼してるんだもんな。

 

「あ、それじゃあ烏間先生ですね。よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく。じゃあ行くぞ」

 

 

 

 

 

教室の前に着くと、中からたくさんの銃声が聞こえてきた。

 

本当にやってるんだな、暗殺。

 

烏間先生曰く、朝の挨拶替わりのクラス一斉射撃、だそうで。そんな中で出欠確認をしているんだとか。

 

クラス全員の狭い密室における弾幕をよけながら出欠取るって……ほんとに殺せる生物なのか不安になるんだけど。

 

少しすると銃声は止まり、中から声がした。

 

「さて、今日は転入生が来ます。烏間先生、いいですよ」

 

その声と同時に僕と烏間先生は教室の中へ入った。床には先ほどまで教室を飛び交っていたであろうBB弾が大量に転がっている。とりあえず、教卓の横に進む。……近くにいる巨体は一旦無視した。

 

烏間先生によって黒板に名前が書かれるのを見て、これからクラスメイトとなる生徒たちへ向き直った。一斉射撃の後だからか、少し息が上がっている様子の彼らは、僕から見ると普通の子供たちだった。多少気になる気配もいるけれど……一般人からはみ出るほどには感じない。

 

とりあえずいろいろ思考するのは後回しにして、笑顔を心がけて軽い自己紹介をした。

 

「僕の名前は桐紫零。いろいろ不慣れなこととかあるけど、仲良くしてくれたらうれしいよ。これからよろしく」

 

そう言うと、隣に居た巨体の何かがヌルフフフと笑った。え、何その笑い声……ちょっと気持ち悪い。

 

さっきは無視したそれを改めて見る。全体的に黄色い、たくさんの触手を動かすタコのような生物がアカデミックドレスを着ている。最初写真を見たとき何の冗談かと思ったけど、ほんとにコレがターゲットなんだ……。妖怪だとか言われたら納得するけど、多分違うんだろうな。

 

こんなのが月を壊したなんてね……。

 

「私がこのクラスの担任です。気軽に殺せんせーと呼んでください」

 

殺せんせー……あだ名、かな?そういえば、手配書には名前は書かれてなかったっけ。

 

「はい。よろしくお願いします。殺せんせー」

 

そういいながらとりあえず握手でもしようと手を出す。あの触手ってどんな強度してんだろとか考えながら。

 

ただ、ターゲット改め殺せんせーは何故か飛び退いた。

 

え、何故!?

 

殺せんせーから、どこか警戒しているような目線を受ける。え、まだ何もしかけようとはしてないんですけど……。

 

「あ、あのさ、なんかすごい疑いの目をあの先生から向けられてる様な気がするんだけど?」

 

調度前に居た男子生徒に聞いてみる。黒髪の真面目そうな雰囲気のその生徒は、苦笑いしながら答えてくれた。

 

「あ~、先生、前に一度握手と同時に触手破壊されたんだよ。ほら、一番後ろに居る赤髪の奴」

 

見るとそこには赤い髪で面白そうにニヤニヤしている男子生徒がいた。さっきなんとなく気になった生徒の一人だったけど……なるほど、うまく騙し討ちしたのか。

 

……うん、あいつ多分人をいじって楽しむタイプだ。ある種似た気配の知り合いを思い出した。

 

「え~と、先生、まだ先生についてほとんど知らない今、いきなり何か仕掛けようとか、そんなことしませんよ?だからとりあえず握手くらいはしてください。なんか悲しいです…ううっ」

 

握手なんて別にしなくてもいいけどなんとなく引き下がるのは嫌だったので、事態を打開しようとついでに泣きまねもしてみた。

 

ちょっと面白半分だったから、多分生徒たちから見たらウソ泣きだってバレバレなやつだけど。そしたらなんか殺せんせーだけ意外にテンパった。

 

「ニュ、ニュヤヤ!な、泣かないでください!ほら、握手しますから!」

 

そういってやっと握手してくれた。え、ウソ泣きにここまで慌てられるとちょっと良心が痛む……。なんか想像以上にいい先生っぽいんだけど。演技ではなさそう。

 

ついでにあの触手は柔らかいけど脆いわけではないのも分かった。握りつぶせたりするのかな~とか考えて握力込めたけどそんなことはなかった。

 

とりあえず泣き真似はやめて何事もなかったかのように笑顔でもう一度よろしくお願いします、と返しておいた。

 

「零君の席はあそこの、カルマ君の隣です。カルマ君、いろいろ教えてあげてくださいね!」

 

「は~い」

 

なるほど、あの赤髪の奴はカルマって言うのか。

 

とりあえず、BB弾を踏まないように気を付けながら自分の席に向かう。

 

座ると、カルマ君がこっち見ながらひらひらと手を振った。

 

「よろしく、カルマ君」

 

「カルマでいいよ~」

 

彼とは仲良くなれそうって、なんとなく直感で思った。ちょっと変わってるなと思ったけど、ちょっと面白そうな人だと思った。

 

 

 

とりあえず、床のBB弾を全員で片づけてそのまま授業が始まった。

 

___________________________________________

 

1時間目が終わり、短い休み時間になった。

 

殺せんせー、意外にも授業が分かりやすかったな。とりあえず、授業聞きながらクラスメイトの顔と名前を照らし合した。なんとなく、にぎやかで楽しそうなクラスだなって思った。

 

授業が終わるとすぐにクラスのいろんな人が集まってきた。そしていろいろ質問攻めに有った。

 

なんか、学園ものの転校生あるあるイベントだよねこれ。

 

「趣味とかある?」

 

「読書かな。推理小説が一番好きだよ」

 

あれはいろいろ役に立つトリックとかあるしね、とか考えながら答えた。まあ、ファンタジー小説とかも同じくらいよく読むけど。

 

「部活何やってた?」

 

「いや、やって無いよ。やる機会はなかったからね」

 

そもそも今まで中学校通ったことなんてなかったし。だから一応中3レベルの勉強なんてほとんど独学で済ましてた。

 

「彼女とか居るのか?」

 

「なんでそんな質問……」

 

これを聞いてきた坊主頭の奴、岡島君。初対面でそれか。

 

まあ、別にいいけど。

 

「いるよ。今は日本にいないけど」

 

とりあえず正直に答えたら

 

「「「「「「いるの!?」」」」」」

 

かなり驚かれた。そして岡島君は泣いた。

 

「へ~どんな子?」

 

カルマがにやにやしながら聞いてきた。この感じ、何かいじるネタがないか探ってきてるような気がする……。あ、遠巻きに見てた奴らも来た。

 

そんなに人の恋愛事情気になるの?とか思ったけどある種これが普通の中学生の反応なのかな……。

 

とりあえずカルマの質問に答えるか。困る情報与えるつもりないし。

 

「僕の従妹だよ。小さい頃から体が弱くてそれを解消するために5年前から外国に留学中」

 

「へ~従妹か~」

 

「写真とか有るか?」

 

「5年位前のなら家にあるけど今はさすがに持ってない。あと……今年一旦日本に帰ってくる予定」

 

「マジか」

 

「まあ、彼女の話は後でね。他に質問は?」

 

「あ、じゃあ僕が」

 

そういって手を上げたのは水色の髪のビックテールの男子生徒、潮田君。本当に男の子?女の子じゃないの?と聞きたくなる外見をしていてちょっと驚いた。

 

「いいよ。なに?」

 

「零君は、殺し屋?」

 

……さすがの僕もこの質問には驚いた。まさかそんな事をまんま聞いてくるとは思わなかった。なんとなく気になる気配の一人だったけど、やっぱり変わってるね。

 

少しだけ、どう答えるか悩んだ。けれどあまり時間かけずに最低限、正直に答えることにした。

 

反応見たさとかもあるけれど、多分多少の情報共有はあった方がいいと思った。感じる雰囲気からして、少しなら言っても問題ないと直感した。

 

「……そうだね。その業界にいるのは確かだよ」

 

僕はちょっと苦笑いしながら答えてみた。

 

 

……その時の周りの反応は驚くのと、「やっぱり」と納得するのが半々だった。

 

後から聞いた話。質問した当人は答えが返ってくるとは思わなかった、って驚いてたらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育の時間

3話目です!

2020年 改稿


零:Side

 

二、三時間目も過ぎていき、四時間目は体育の時間だった。烏間先生が担当していると聞いた時から普通の授業は期待できないなとか思ったけど。

 

実際に今現在、掛け声かけながらナイフ(対先生用)の素振りをやってるし。普通の人が見たら驚く光景だなって、同じようにナイフ振りながら他人事のように思った。

 

殺せんせー?砂場でお城作ってお茶飲んでるよ。

 

渚(最初潮田君と呼んでいたら渚でいいよと言われたからそう呼んでいる)の話によると、烏間先生が教師としてくる前の体育は殺せんせーが担当していたらしいけど。あまり授業になっていなかったらしい。

 

たとえば、

 

「反復横跳びをしましょう。先生がお手本を見せます」

 

と言って先生はマッハでやって分身術を教えようとしてきたらしい。さらに慣れたらやりながらあやとりをしましょうとも言ってきたり。

 

まあ分身とか、普通の人間には無理だね。……ながらあやとりの反復横跳びなら……できるかな。

 

___________________________________________

 

「それでは最後に模擬戦をやる」

 

その言葉とともに始まったのは烏間先生との模擬戦。

 

ルールはどんな方法でもいいから烏間先生に対先生ナイフを当てれば勝ち。対先生ナイフを使うなら何でもいいらしい。

 

一対一か二対一どちらでもいいらしく、大抵は二対一で向かっていく。

 

ただ、みんなナイフを当てられずにどんどん戻ってきた。

 

「ねえ渚、カルマ。これ、いつもやってるの?」

 

気になって隣に居た二人に聞いてみる。

 

「うん。いつも授業の最後にやってるんだよ」

 

「んで結局みんなナイフ当てられないんだよね~」

 

そりゃそうだ。あの烏間先生の動きは明らかに格闘、実戦に慣れてる。簡単に生徒の攻撃をかわすか逸らしている。あの慣れた身のこなしはそう簡単にはナイフを当てさせてもらえないな。

 

「零なら当てられそう~?」

 

カルマがニヤニヤとどこか楽しそうに聞いてきた。……さて、どうだろう。

 

あ、僕の番だ。

 

「まあ、試してみないことにはわからないね」

 

 

零:Sideout

___________________________________________

 

零が烏間先生の前に立つ。

 

「さて、君は今回が初めてだ。その実力を試させてもらうぞ」

 

そういって烏間先生は構える。対峙する零は、両手に一本ずつナイフを持って構えている。

 

「それじゃ、いきます!」

 

そう言った零はスッとその両腕を下ろして構えを解く。

 

え?と見ていた他の生徒が疑問に思った次の瞬間、零の姿は烏間先生の目の前にあった。彼はそのまま滑るようにナイフを振る。

 

(……!)

 

それを烏間先生は腕を弾き紙一重で避ける。その顔には僅かに冷や汗が浮かぶ。

 

その避けられる間に零は下ろしていたもう片方の腕からナイフを烏間先生の顔に向かって投げていた。

 

それとともに弾かれた方の腕のナイフも振るが、どちらも烏間先生は紙一重で避け、一旦距離を置いた。

 

そのあっという間の攻防は、他の生徒たちにとっては一瞬何が起こったのかわからないほどのスピードで行われた。その間の零の動きはすべてが流れるようで止まることがなかった。

 

「スゲェ……」

 

「今全然見えなかったんだけど」

 

「早すぎるでしょ。零君も烏間先生も」

 

「へぇ……」

 

みんなその攻防に驚いている。その中でもカルマは二人を面白そうに見ている。

 

二人はじわじわと移動しながら相手との距離を縮めていく。零はその間に空いている手をポケットにあてた。

 

 

次の瞬間には、烏間先生の顔面近くに複数の何かが飛来していた。

 

それを烏間先生はあわてて大きく飛びのく形でよける。が、そのよけた先には既に予測していたのか零が移動していた。

 

そこで着地のタイミングで素早く振るわれるナイフ。烏間先生は避けようとするが間に合わない。

 

そこで、零の勝利が決定した。

 

___________________________________________

 

零:Side

 

疲れたー!!

 

烏間先生にナイフを当て、模擬戦が終わると僕はすぐ座り込んでしまった。

 

「さすがだな。このクラスで俺にナイフを当てたのは君が始めてだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

その時、チャイムが鳴った。

 

「授業は終了だ。解散!」

 

烏間先生が言ったと同時に僕の周りにみんなが駆け寄ってきた。

 

「零!さっきのすごかったな!」

 

「動きが殆ど見えなかったし!」

 

「零君すごい!」

 

みんなが僕を褒めてくる。なんか照れるな。

 

「最後に投げたあれ、なんだったんだ?」

 

ああ、あれね。

 

「対先生ナイフを細かくしたやつ。ナイフを当てればいいんだし、あれも有りかなと思ったんだけどね」

 

結局避けられたし。念のため避けられることを想定して向かったらホントに全て避けて想定通りのポイントにいるんだから驚いた。

 

「いや~しかしそのナイフの一部が先生のところに飛んでくるとは思いませんでしたよ」

 

ヒュンッと僕たちの横へ来たのは殺せんせー。

 

「えっ?そうなの?」

 

「ええ。あの予想外のスピードには驚きました。ちょっと掠りましたし」

 

でも見たところ直接当たってはいないようで、驚いたと言いながらちゃっかり避けているのがわかる。

 

「言っときますけど、あれはほぼまぐれですよ。たまたま烏間先生が居る延長線に殺せんせーが居たんでそこまで飛ぶように思いっきり投げましたけど」

 

いやーそれに気付いた時はラッキー!と思って投げたんだけど、まあ、ほぼまぐれのそれが当たるとは思ってなかったんだけどね。

 

「ヌルフフフフ、先生に一撃あてたいのならもうちょっとひねったほうがいいかも知れませんねぇ」

 

緑と黄色のしましまの顔で笑う殺せんせー。渚たちによるとこの顔は舐めているときの顔らしい。

 

「ま、これで当たるとは思ってなかったし、みんなと過ごしながら少しずつ方法を考えるとしますよ」

 

「ヌルフフフフ、待ってますよ」

 

そう言ってシュンッとその場から居なくなる殺せんせー。ほんっと早いなー。

 

「それじゃあ、教室にもどろっか」

 

「そーだね。おなか空いたし」

 

 

今日から僕は、この賑やかなE組でみんなと一緒に暗殺をしていく。




やっぱり戦闘描写は難しいです……。
感想、アドバイスお願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビッチの時間

ビッチ先生の登場です!
基本的にはありませんがSide指定が無い時は第三者視点です。

2020年 改稿


「もう5月か~早いね1ヶ月」

 

「うん、そうだね」

 

5月1日と黒板に書きながら話すのは潮田渚と茅野カエデ。

 

殺せんせーが地球を爆破するといった3月までの残り時間は11ヶ月。

 

暗殺終了と卒業の時はじわじわと近づいてきている。

 

___________________________________________

零:Side

 

……何があった。

 

「イリーナ・イェラビッチと申します!皆さんよろしくね!!」

 

僕がこのクラスに転入してきて早一週間。今日もいつものように迎えた朝のHRの時間。殺せんせーが入ってきたと思ったら何故か一緒に金髪外人女性が入ってきた。

 

その後に続いて入ってきた烏間先生によると新任の外国語科の教師、だそうで。

 

「すげー美人だ」

 

「おっぱいやベーな」

 

「で、なんでベタベタなの?」

 

クラスのほぼ全員が戸惑っている。

 

と言うか岡島。お前はさっそく胸か、そこに気が行くのか。鼻血でてるぞ。そして中村さん。その意見には同意するよ。

 

何せその人は殺せんせーにべたべたにくっついているのだから。

 

「なんかすごい先生来たね。しかも殺せんせーにすごく好意あるっぽいし」

 

「……うん」

 

あ、渚と茅野がこそこそっとそんな会話をしているのが聞こえた。席は遠いけど、耳はいい方だから十分聞こえる。

 

「でも、これは暗殺のヒントになるかも。いつも独特の顔色を見せている殺せんせーがこんな時はどんな顔か」

 

その渚の一言になるほど、と思った。

 

タコ型怪物の殺せんせーが人間の女の人にベタベタくっつかれて、どう感じているのか、そしてどう反応するのか。

 

 

 

さて結果は

 

(((普通にデレデレじゃねーか!)))

 

殺せんせーの弱点⑤・おっぱい

 

渚が書き記している殺せんせー弱点メモに新たな項目が追加されることとなった。

 

ちなみに僕がいない間に見つけた弱点は、

①カッコつけるとぼろが出る

②テンパるのが意外と早い

③器が小さい

④パンチがヤワい

 

ということらしい。

 

 

閑話休題(それは置いといて)

 

 

思っていたより普通の反応だった。人間もありなんだね。

 

「ああ、見れば見るほど素敵ですわぁ。その正露丸みたいなつぶらな瞳、曖昧な関節、私、思わず虜になってしまいそう……」

 

「いやあ、お恥ずかしい」

 

いや、そこがツボな人なんていないから。……いない、よね?

 

それに、僕にはあの女に心当たりがある。みんなも「この時期にこのクラスに来る先生」というのは高確率で只者ではない、それくらい気づいてるだろうし。

___________________________________________

 

時間は経ち、昼休み。

 

「ヘイ、パス!」

 

「ヘイ、暗殺!」

 

今はみんなで殺せんせーを交えて暗殺しながらサッカーをしている。僕はちょっと休憩タイムで離れてその様子を見ていた。

 

「殺せんせー!」

 

すると、そこへさっきの女がやってきた。

 

「烏間先生に聞きましたわ。足がすっごくお速いんですってね!」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

ああ、殺せんせーの顔がまたデレデレになってる。体全体がピンクになってる……。

 

「実は私、一度本場ベトナムのコーヒーを飲んでみたくて、私が英語を教えている間に買って来てくださらない?」

 

「お安い御用です。ベトナムにいい店を知っています」

 

ドピュンッと先生は一瞬で飛んでいった。っていいのか先生……完全にパシリでしょそれ。

 

そのタイミングでチャイムが鳴った。

 

「……で、えっと、イリーナ先生?授業始まりますし、教室に戻ります?」

 

その場にいた全員が何とも言えない空気になる。磯貝がその新任教師の女に声をかけた。

 

「授業?ああ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

あ、化けの皮がはがれた。殺せんせーがいないからか、想定してたより早く本性見せやがった。

 

「それと、気安くファーストネームで呼ばないでくれる?あのタコの前以外で教師を演じるつもりはないし。『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

 

うわ……しかも暗殺以外やる気0だこれ。言い方もちょっとムカつく。

 

「んで、どうすんの『ビッチねえさん』」

 

「略すな!」

 

カルマの一言に、僕は思わず噴き出した。ヤバイ、ぴったり過ぎて笑える。

 

「あんた、殺し屋なんでしょ?このクラス全員でかかっても殺せないモンスター、あんた一人で殺れんの?」

 

ちょっとあおるような口調でカルマがそう問いかける。さすがカルマ。分かってる。

 

だけど彼女、ビッチねえさんは自信満々のようで。

 

「ガキが。大人には大人のやり方ってもんがあるのよ」

 

そういいながらビッチねえさんは渚の元へ歩いていく……ってまさか。

 

「潮田渚ってあんたよね」

 

「?は、はい」

 

渚が答えたとたん、ビッチねえさんはいきなり渚にディープキスをかました。

 

「んなっ!?」

 

茅野がすごい驚いてる。カルマは面白そーに見てるけど、中学生に初対面でやるもんじゃないよな。

 

「後で職員室にきなさい。あんたの集めたあのタコの情報、聞きたいわ」

 

くたくたと崩れ落ちた渚を放しながら言う。

 

「その他も!有力な情報持ってる子が居たら話にきなさい!女子には男だって貸してあげるわ!後……」

 

ゲッこっち向いた。咄嗟に気配を消そうとする。

 

けどさすがに間に合わなかったか。

 

「そこで他人の振りしてるやつ!あんた『新月』でしょ!」

 

やっぱり、ばれた。

 

「あんたはちょっとこっち手伝「ヤダ」って即答!?なんでよ!?」

 

「ヤなもんはヤダ。()はあんたのこと嫌いだから」

 

思わず一人称を俺に戻しちゃったけど、とりあえず軽く睨んでおく。だ~れが嫌いなやつの仕事手伝うかって。

 

「ぐ……まあ、いいわ。言っとくけどあんたら、私の暗殺を少しでも邪魔したら……殺すわよ」

 

負け惜しみかなんか知らないけど、ビッチねえさんはそんなことを言い残しながら、あとから来た見知らぬ男3人とその場を去っていった。

 

 

 

このとき、クラス全員が同じことを思った。この先生は嫌いだ!と。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手入れの時間

ビッチ先生の話、二つ目です。

2020年 改稿


零:Side

 

五時間目。一応英語の時間。

 

ただ、黒板にはデカデカと「自習」の文字が書かれていた。

 

担当の先生は教卓でタブレットをいじるビッチねえさん。授業なんてまったくしないでほったらかしだった。

 

「なあ、ビッチねえさん、授業してくれよー」

 

前原が言った言葉にズルッと椅子から滑り落ちるビッチねえさん(笑)。

 

「そーだよビッチねえさんー」

 

「ここじゃあ一応教師なんだしさー」

 

前原が言ったのを切っ掛けにクラスみんなで囃し立て始める。

 

「あーもう!ビッチビッチうるさいわね!」

 

あ、ビッチねえさんがキレた。

 

「第一正確な発音が違う!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!」

 

いや、そこはビッチねえさんの名前のつづり知らないし仕方ないと思うけど。

 

っていうかこっちの発音のほうが意味的に考えてコイツにぴったりのような……。

 

「正しいⅤの発音の仕方を教えてあげる!まずは下唇を噛む!ほら!!」

 

あ、なんか授業っぽいこと言い始めた。みんなはそれに従って下唇を噛む。

 

「そう、そのまま一時間過ごしていれば静かでいいわ」

 

やる気出したかと思えば……やっぱ違った。

 

《何だこの授業!?》

 

あ、みんなの心の声が聞こえたような気がする。僕?めんどくさいからやってないよ。隣のカルマもやってないし、一番後ろの席だから気付かれないでしょ。

___________________________________________

 

6時間目、体育。

 

僕たちは今、射撃の訓練をしている。うーん、分かってたけど僕に射撃は向いてなさそう。さっきから当たらないし、当たっても端っこのほうだし。投げナイフなら当たるんだけどな~。

 

そんなことを考えながら、同じ場所から今度はナイフを投げてみる。トスっと的の真ん中にしっかり刺さるのを見て、何とも言えない気持ちになる。

 

投げナイフとかダーツとか、投射系が得意なのは仕事を始める前からだったっけ……。

 

 

 

ふと、クラスの何人かがざわつき始めた。多分アイツが動き出したんだろうけど。

 

「おいおいまじか。二人で倉庫に入ってくぜ」

 

三村がそういったのを聞いてそうこの方を見ると、そこにはビっチねえさんと一緒に倉庫の中で入っていく殺せんせー。

 

「なんかがっかりだな殺せんせー。あんな見え見えの女に引っかかって」

 

「烏間先生、私たちあの人のこと、好きになれません」

 

片岡さんが烏間先生に言うが、相手はプロだということで国の命令らしい。外そうにも無理ってことか。

 

でも今のところアイツはここでの暗殺に向いてないとしか言いようがないんだけど……。いくら彼女がプロとはいえ、殺せんせーは多分あの反応……分かっててやってるんじゃないかな。半分以上素が入っているのは確かだけど。

 

 

「そういえばさ~、零ってあのビっチねえさんと知り合いだったりする?」

 

いろいろ考えてたら隣まで来たカルマが僕にそう聞いて来た。まあ、間違ってはいないけど。

 

「一応、仕事関係でちょっと知ってるだけ。出会い頭にキスしてこようとしてきたし、好きじゃないけど」

 

あれは一応、お互いの師匠にあたる人が知り合いで、顔を合わせたんだったかな。あっちの師匠は結構好感持ったけど、ビッチねえさんの方は微妙だった。……僕の弟子仲間は面白そうに見てたけど。

 

「あ~そういえば零って彼女持ちだっけ」

 

「うん。ちなみにその時は逃げ切った」

 

とりあえず、初対面のあの時は思わず一発殴って未遂で終わらせたっけ。ちょっと真面目に慌ててたけど、その様子を弟子仲間に爆笑された。

 

そんな話をしていたらなにやら倉庫から銃声が聞こえてくる。

 

この音は……実弾使ってるね。大方対先生弾は効かないと思ったんだろうけど。

 

国と先生を舐めすぎでしょアイツ。

 

そして一分後に銃声がやむ。が、今度はビッチねえさんの悲鳴とヌルヌル音が。

 

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてるぞ!」

 

「よし、行ってみよう!」

 

前原と岡島を筆頭に倉庫に向かってみんなで走っていく。

 

カルマに聞いた話、殺せんせーが暗殺者に対してする報復は「手入れ」らしいから、まあ、手入れされてるんだろうね。

 

みんなで倉庫に着くと、ヌルヌル音と悲鳴は消え、中から殺せんせーがつぎはぎだらけの服で出てきた。あ、実弾だと服はやられちゃうもんね。

 

 

「殺せんせー!」

 

「おっぱいは?」

 

岡島、その聞き方は無いよ。思わず脱力しかけた。

 

「いや~もう少し楽しみたかったんですが、皆さんとの授業のほうが楽しみですから」

 

あ、なんかうれしい事言ってくれた。けど楽しみたかったって何を?

 

そして先生の後から出てきたのは、

 

「「「「「「なんか健康的でレトロな服装にされてる!!」」」」」」

 

体育着……っていうかブルマ?姿のビッチねえさんだった。

 

「まさか、僅か一分で、肩と腰のこりをほぐされて……オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……その上まさか……触手とヌルヌルであんなことを……」

 

ビッチねえさんが倒れるくらいのことって、どんなことだよ。

 

「殺せんせー、何したの?」

 

渚が代表して聞くと、

 

「さあねぇ、大人には大人の手入れがありますから」

 

スンっと真顔になって顔をそらせた殺せんせー。

 

「「「「「「悪い大人の顔だ!!」」」」」」

 

本当に何をしたんだろうこのエロダコ。知りたくもない事な気がする。

 

「さあ、教室に戻りますよ」

 

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

とりあえず教室に戻ろう。後ろですごい怒気を感じるけど知らない。自業自得だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収束の時間

ビッチ先生の話第三弾です!

2020年 改稿


渚:Side

 

ビッチねえさんの暗殺が失敗した翌日。

 

 

タンッ、タンッ、タタンッ。

 

静かな教室に響く音は、タブレットの画面を指で叩く音。

 

昨日、殺せんせーからいろいろ手入れをされたビッチねえさんは今、イライラしながらタブレットをいじってる。

 

まあ、次の暗殺計画を立ててるんだろうけど。僕たちには自習とだけ言って授業はしていない。

 

「あはぁ、必死だね~ビっチねえさん。まあ、あんな事されたらプライドズタズタだろうけど~」

 

後ろでカルマ君がなんか言ってる。明らかに煽り口調で。

 

言われたビッチねえさんも聞こえたらしくカルマの方を睨んだ。

 

「先生」

 

僕らの方へ意識を向けたそのタイミングで、磯貝君が声をかけた。

 

「なによ」

 

「授業をしないのなら、殺せんせーと交代してください。俺等、一応今年受験なんで」

 

するとビッチねえさんはフンッと鼻で笑った。

 

「ふん、あの凶悪生物に教わりたいの?受験と地球滅亡の危機を比べられるなんて、ガキは平和でいいわね~」

 

あ、なんかカチンときた。

 

「それにあんたら、聞けばこの学校の落ちこぼれらしいじゃない。今更勉強したって意味ないでしょ」

 

その言葉で、みんなのイラつき度合いが急激に増す。

 

それと同時に僕はこの教室の温度が急降下したように感じた。一番後ろの席から物凄い殺気を放ってる人が居る……!

 

それに気付いてないのか、ビッチねえさんは言葉を続ける。え、ちょっとビッチねえさん気づいて!ヤバイよ!!

 

「そうだ!私が暗殺に成功したらあんたたちに五百万円ずつあげる!無駄な勉強するよりこの方がずっと有益で「おい」……!?」

 

その言葉が終わるか終わらないかの時、ドスの利いた声が遮るように聞こえた。

 

それとほぼ同時に後ろから物凄い速さで人影がビッチねえさんのもとへ飛び出した。その人影、零君はそのまま対先生ナイフではない、本物のナイフをその首へ突きつけている。

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

みんな驚いている。ビッチねえさんなんか、物凄いたくさんの冷や汗をかいている。

 

「おいクソビッチ。今回は見逃すから今すぐ教室から出てけ」

 

そして教室内に響く低い声。

 

キレてる。すごいキレてる。こっちに向けられているわけでもないのに僕たちまでもが冷や汗をかくくらいにすごい殺気。こんな零君、始めて見た。

 

こっちからは顔が見えないから余計に怖い。

 

「な、なによ新月……っ!?」

 

「いいから出てけ。このナイフがお前の喉笛を掻っ切る前に。そしてこのクラスのみんなを馬鹿にしてるなら、二度とここへ帰ってくるなっ!」

 

最後の怒声を聞いてあわてて教室から出て行くビッチねえさん。それを見た零君は、一つため息をついた。

 

少しの間、沈黙が教室を包む。

 

「ごめん、みんな。変なとこ見せた」

 

くるりと僕らの方へ振り返った彼は、さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか、いつもの零君だった。

 

渚:Sideout

___________________________________________

零:Side

 

放課後。

 

危ない危ない。さっきは思わずあの女の首掻っ切るところだった。

 

ちなみに今はみんなで暗殺バトミントンをやっている。

 

バトミントンといっても普通のラケットは使わない。殺せんせーの顔をしたボールに木のナイフを当ててやる。

 

ちなみに、この暗殺バトミントンではナイフの当て方で、ナイフの先で突く刺突とナイフの腹を当てる斬撃がある。刺突の方が斬撃より正確に当てるのが難しいので、刺突で相手コートに着弾させたほうが斬撃で着弾させるより点数が二点高い。

 

これ、楽しいし結構いい訓練だと思う。

 

 

 

その時、少し離れたところに烏間先生とあのクソビッチが居るに気付いた。

 

気になったので磯貝と交代してこっそり二人に近づく。

 

「……暗殺対象と教師、暗殺者と生徒、あの怪物が生み出したこの奇妙な教室ではそれぞれ二つの立場を両立している」

 

前の会話で何を話していたのかは分からないけど……おそらく、烏間先生は何とかしてあの女に教師をやらせようと説得しているのか。もう少し見ていよう。

 

「もしここで暗殺者と教師を両立できないと言うなら、お前はここではプロとして最も劣ると言うことだ。ここに留まってやつを狙い続けるつもりなら、生徒を見下した目で見るな。生徒が居なければこの暗殺教室は成り立たない。だからこそ、生徒としても暗殺者としても対等に接しろ」

 

そういってあの女から離れていく烏間先生。……いいこと言うじゃん。

 

あの女の顔は陰になってよく見えなかったけど、なんとなく雰囲気が変わった気がした。

 

少しだけ、期待してもいいかもと思うくらいには。

 

___________________________________________

 

次の日。

 

コツ、コツ、コツ、コツ。

 

英語の時間になって教室に入ってきたのはあの女。

 

やっぱり、昨日のあの授業の時と比べて少し雰囲気が変わっていた。

 

黒板の前に立つとチョークを手に取り、なにやら短い英文を書いていく……ってちょっとまて。なんだその英文は。

 

「You're incredible in bed! Repeat!」

 

思わずポカーンとしてしまっているみんな。うん、わかるよ。

 

「ほら!」

 

「「「「「「ユ、ユーアーインクレディブルインベッド」」」」」」

 

訳が分からないままみんなで言われた通り黒板の文を読み上げる。いきなりっていうのもあって結構カタカナ発音になっているけど。

 

そして、黒板の前に立つその女……イリーナ・イェラビッチは、その文の解説を始めた。

 

「アメリカであるを暗殺した時、まずボディガードに色仕掛けで迫ったわ。そのときに言われた言葉よ。意味は『ベッドでの君は凄いよ……♪』」

 

やっぱり。中学生になんて英文を読ませてるんだよ。何人か顔真っ赤にさせてるよ。

 

「外国語を上手いかつ手早く習得するならその国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちを知ろうとして、必死で言葉を理解しようとするから」

 

なるほど。それは一理ある。

 

「私はその方法で色々な言語を身に付けてきたわ。だから私の授業では外人の口説き方を教えてあげる。身に付けておけば実際に外国人と対話する時、必ず役に立つわ。……受験に必要な勉強はあのタコに教わりなさい。私が教えられるのは実践的な会話術だけよ。もしそれでもあんたたちが私を先生として認められないっていうのなら、その時は暗殺は諦めて出ていく。それなら文句ないでしょ? …………後、色々悪かったわよ。」

 

イリーナ・イェラビッチのその言葉は、確かな説得力を持って響いた。

 

そして最後に小声で謝る彼女は、少し恥ずかしげでもあった。

 

それから僅かの間、教室内は静まり返った。けど、

 

「「「「「「あははははははは!」」」」」」

 

次の瞬間にはみんないっせいに笑い出していた。

 

「なんか、普通の先生になっちゃったな」

 

「もう、ビッチねえさんなんて呼べないね」

 

そんな感じに口々に言う。まあ、ここまで変わってるとね。

 

「あ、あんたたち……」

 

イリーナ・イェラビッチは感動してるのか、目に涙を浮かべてる。

 

ただ、

 

「それじゃあ、ビッチ先生で」

 

その言葉にカチンッと動きが止まるイリーナ・イェラビッチ……もといビッチ先生。

 

「み、みんな、もう気安くファーストネームでいいのよ?」

 

引きつった笑顔を浮かべながら、ビッチ先生はそういってくるが。

 

「だってもう慣れたし」

 

「今更ね~」

 

そんなビッチ先生に対して、女子も男子もそろってこんな反応を返す。

 

「って言うかイリーナ先生よりビッチ先生の方がしっくりくるよね」

 

最後に僕が言ってやると、

 

「キーッ!!やっぱりあんたたち嫌いよ!!特に新月!!」

 

「昨日から言いたかったけど、ここでその名前は呼ぶな!!」

 

「「「「「「あははははは!!」」」」」」

 

……まあ、ムカついてたところは改善したから、とりあえずいっか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

集会の時間

ただいま改稿中です。


久々ながらアニメ見返してみたりして書いてます。


零:Side

 

「急げ!」

 

「今日遅れたらどんな罰を受けるか分からないぞ!」

 

今日は何故か昼休みになるとクラスのみんなが慌ただしく教室から出て行く。

 

「ねえ、今日は何かあるの?」

 

隣で同じように準備している渚に聞いてみた。

 

「うん、今日は全校集会が五時間目にあるでしょ?E組は昼休みの時間を返上して本校舎に行かないと間に合わないんだ。しかも他のクラスより整列を早く終わらせないといけないし」

 

「な、なるほど。差別待遇はこんなところにも響くんだ……」

 

だからこんなに急いでるのか。

 

「……それだけじゃ、無いんだけどね」

 

「ん?」

 

「あ、いや。多分向こう(本校舎)についたらすぐにわかると思う」

 

と、いろいろ聞きながらも僕たちもみんなと同じように山を降りていく。

 

「ちなみにこれ、集会に遅れたらなんか罰則とかあったりするの?」

 

「うん、嫌がらせで花壇掃除させられたり」

 

「本校舎の花壇広いからな~……きつかった」

 

近くにいた杉野がその時のことを思い出したのか、ぼそりと零した。

 

 

 

と、その時。

 

「どわああああ!橋が崩れたー!!」

 

川が流れている方面から悲鳴が聞こえてきた。……え?何?

 

「こっちが近道だって言った奴だれだ!!」

 

「岡島ー!!!」

 

……とりあえず、岡島が被害にあったのはわかった。大丈夫なのかなあれ。

 

だけどそれだけじゃなかった。

 

「「「きゃー!!蛇ー!」」」

 

「岡島君ー!!」

 

また違うところで今度は女子たちの悲鳴が。そしてまた岡島が犠牲になってるようで。

 

さらに。

 

「うわあああ!!落石だー!」

 

寺坂グループの悲鳴が聞こえてきた。そして、その災難は僕らの方にも向かってきており……

 

「迷路定番の罠かよ!!」

 

ゴロゴロゴロ……と斜面を転がり落ちてくる超巨大な丸岩に、僕は思わず突っ込んだ。

 

って、あれ。これ結構ヤバくないか?

 

……とりあえずうまくタイミングを見計らって、岩に向かって回し蹴りを叩き込んでおく。

 

ドカァンといい音が響いて岩が砕けた。

 

「あっ……」

 

普通のだと足の方がダメージ受けそうなので少し()を込めてやったけど……ちょっとやりすぎた気がする。

 

「えっ!?ちょ、何したの?」

 

すぐ近くにいた渚と杉野に見られてすごく驚かれた。

 

「え、いや、危なそうだったからちょっと蹴っ飛ばしただけだけど」

 

「どうやったらちょっと蹴ったくらいで岩砕けるんだよ!?」

 

「いや、偶然脆かったんだと思う」

 

どうにかこうにか誤魔化す。

 

 

と、また悲鳴が聞こえてきた。

 

「蜂の巣刺激したの誰だ!!」

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

「「「お、岡島ー!!!」」」

 

やら聞こえてきた。現場に急行してみれば、ずぶぬれで蛇にまきつかれて蜂に刺されまくっている岡島が、すごいスピードで走り去っていったのが見えた。蜂はともかく蛇は大した毒は持ってない種類みたいだからまだマシ……か?

 

……なんでこんなデンジャラスなんだろう。ただ全校集会に行くだけなのに。

 

「なんか凄いことになってたんだけど、アイツ」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

とりあえず大半の災難を岡島が請け負ってくれたおかげで僕たちには岩以外殆ど被害はなかった。

 

と、後ろから足音が聞こえてきた。

 

「君たち、大丈夫か」

 

「烏間先生」

 

少し遅れて烏間先生が来て声をかけてくる。

 

「あせらなくて良い。この時間なら十分に間に合う」

 

落ち着いた烏間先生の言葉はかなり安心感がある。

 

と、

 

「ちょっとあんたたちー!!まちなさいよー!!」

 

さらに後ろから超特急で走ってきたのはビッチ先生。そのまま息を切らしてへたり込む。

 

「だらしないよビッチ先生」

 

「ヒールで走るとあんたたち以上に疲れるのよ!!」

 

「靴変えろよ」

 

おもわずつっこんだ。

 

ちなみに殺せんせーは生徒の前に姿を現すわけにはいかないので教室で留守番だとか。ドンマイ。

___________________________________________

 

とりあえず、僕たちは無事?に本校舎までたどり着き、体育館へ整列する。

 

ちなみにあれだけたくさんの災難に見舞われた岡島は、体育館に並ぶころにはすっかり復活していた。

 

あのタフさはある意味尊敬する。

 

さて、僕らが並び終えたころに見計らったように本校舎の生徒がぞろぞろと体育館に入ってきた。

 

僕は何気に本校舎の生徒の様子を見るのは初めてだったりする。

 

なんとなく、列の一番後ろから周りの生徒の様子を眺める。

 

「渚く~ん」

 

「山の上からわざわざご苦労様~」

 

「「ぎゃははははは!!」」

 

渚が列の前の方で絡まれてた。あれはD組の生徒たちか……。

 

「……頼むから手を出すなよ」

 

「……分かってますよ」

 

偶々すぐ傍まで来ていた烏間先生に釘を刺された。イラついてるのが顔に出てたのかもしれない。

 

他にもあちこちからバカにするような目線と笑い声が聞こえてくる。

 

なるほど、E組はここでもこうやって差別しまくられるのか。そして長い時間、それに耐え抜かなければならない、と。渚の言っていた意味が分かった。

 

ちなみにカルマは堂々とサボってる。罰食らっても痛くもかゆくもないらしい……ブレないなぁ。

 

 

 

さて、集会恒例の校長のありがたい長話……。

 

「……要するに、君たちは全国から選りすぐられたエリートです。この校長が保証します。が、慢心は大敵です。油断してると、どうしようもない誰かさんたちみたいなことになっちゃいますよ~」

 

『あははははは!!』

 

校長先生の話は明らかにE組を笑いものにする物言いで、他のクラスの生徒たちは僕らの方を見ながら思いっきり馬鹿にして笑ってきている。

 

こういうところでの長話ってつまらなくて眠くなったりすると思うんだけど。

 

「こ、こら、笑いすぎ!先生も言い過ぎました」

 

……どうしよう、自分のイラつき度が着々と上がって行ってるのを感じる。集会終わるまで堪えられるかわからないんだけど。

 

「次は生徒会からの発表です」

 

そんな中生徒会が準備を始める。その間の暇な時間、中村と倉橋さんがデコったナイフケースを見せに行っていた。まあ、ここでは見せるなと烏間先生に釘を刺されていたけど。

 

あと、さっきまでへばっていたビッチ先生が入ってきて、なんか周りがどよめいた。なんか知らないけど渚に向かって何か話しかけ、そのまま渚の顔が胸に押し込まれたりしていた。何やってるんだか。

 

ただ、その様子を見た他クラスの特に男子からうらやましいというかのような視線が集まっていた。

 

なんとなく、ざまぁーみろ、って思う。

 

「今皆さんに配ったプリントが、生徒会行事の詳細です」

 

ん……ってあれ?そのプリントE組にはきてないけど。

 

「すみません!E組の分が無いのですが!」

 

磯貝がプリントが無いことを舞台の生徒に伝える。が

 

「あれ、無い?おっかしいな~」

 

顔を見ればわかる。これはワザとだ。

 

「ごめんなさい?E組の分、忘れたみたい。とりあえず全部記憶して帰ってください。ほら、E組は記憶力鍛えたほうが良いと思うし~」

 

明らかに謝罪の意が込められていない言葉。何が記憶力鍛えた方が良い、だ。ビッチ先生すらも陰湿ねと、本校舎の生徒に嫌悪の視線を送ってるし。

 

そうか、こんなのもか。他のクラスがまた笑っている。

 

 

……

 

 

その時、手元に何かが飛んできた。

 

見てみるとそれは手書きのプリント。

 

「問題無いようですね~手書きのプリントがありますし」

 

いつの間にか旧校舎に居る筈の殺せんせーがいた。

 

変装してるつもりっぽいけど……関節曖昧だし体は妙にでかいし、怪しいところは盛りだくさん有るのに大丈夫なのかな。あ、ビッチ先生がナイフで殺せんせーを攻撃してる。そして真っ先に追い出されそうな殺せんせーより先に、ビッチ先生が烏間先生に引っ張られて追い出された。

 

何やってるんだろ。

 

そのやり取りに嫌な気分が少し飛んでE組のみんなは思わず笑っていた。

 

いやホント助かったよ殺せんせー。

 

 

危うく殺気漏らすところだった。

 

___________________________________________

 

集会が終わって帰り。

 

「あ、僕ジュース買ってくる!」

 

「それじゃあ僕も」

 

「んじゃあ、先行ってるぞ!」

 

僕は渚と一緒に自動販売機へジュースを買いに行った。ちょっと喉渇いたし、気分転換。

 

すると本校舎の生徒二人が絡んできた。

 

「おい、渚……とそこのE組の誰かさん」

 

誰かさんって……いや、確かにお互い知らないやつだけどさ。

 

「お前等ちょっと調子に乗ってない?」

 

「え?」

 

「笑ったりして、周りの迷惑考えろよ」

 

「いや、それはお前等が言えることじゃないだろ」

 

こいつ等だって、集会中散々笑ってたくせに。一番うるさかったのは間違いなく本校舎の生徒たちだった。

 

「黙れ、E組はE組らしくしたむいてろよ」

 

うわぁ……。どうしよう、どうにか収まってきてたいら立ちがぶり返してきたんだけど。

 

周りの奴らがニヤニヤしながら見てるのも、イライラを増長した。

 

「どうした、なんか言えよ!殺すぞ!?」

 

片方の奴が渚の胸ぐらをつかんで言い放った。

 

そのセリフに、僕はスッと目を細めた。

 

 

……ほう?

 

 

殺す、と?

 

 

お前らみたいなひよっこが?

 

 

 

隣で渚が、クスッと笑った。

 

「殺そうとしたことなんて、無いくせに」

 

……僕が言う前に渚が言った。殺気を出しながら。それ(・・)は近くにいた僕にも感じられた。

 

本校舎の生徒二人はそれをもろに受けてバッと離れた。……あんな啖呵切っといてそれって情けなくないか?

 

……

 

「夜、背後に気をつけとけよ」

 

とりあえず消化不良の分、僕も殺気全開にして二人に言葉を放った。そしたらなんかあっさり気絶したけど。

 

え、弱。

 

「……行こうか渚」

 

「うん、そうだね」

 

とりあえず放置して渚と一緒にそこから離れる。

 

周りで見てたやつらも悲鳴上げて逃げてったり、腰抜かしてたりしているのが見えて、少しすっきりした。

 

「……ん?」

 

なんか離れたところから視線を感じる。

 

探ってみると、烏間先生と殺せんせーがこっち見てた。

 

「……零君?」

 

「いや、何でもない」

 

……気付かなかったことにして、杉野たちのところへ僕たちは向かった。

 

 

 

 

ちなみにこの日の放課後、烏間先生から軽く説教が下った。……別に手は出してないんだけど。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中間テストの時間

ただいま改稿中です。

さて、定期試験がやってきますねー。


零:Side

 

とある日の朝。それは、殺せんせーの唐突な一言で始まった。

 

「「「「「さあ、はじめましょうか」」」」」

 

「「「「「「何を?」」」」」」

 

さて、いきなり何を言ってるんでしょうこの先生は。しかも増えてるし。……分身?

 

「中間テストが近づいてきました」

 

「なのでこの時間は高速強化テスト勉強をしたいと思います」

 

「先生の分身がみなさんに一人ずつマンツーマンでそれぞれの苦手科目を克服してもらいます」

 

殺せんせーによる何人もの分身が代わる代わるに説明していく。そしてそれとともに僕らの前に一人ずつ分身が現れる。その頭には一人一人別々にハチマキが巻いてあり、どうやら苦手教科を表しているらしい。

 

……なるほど。てかすごい張り切ってるな。どうやって保ってるんだろこの分身。

 

ちなみに一番後ろ端の席では、

 

「なんで俺はNA○UTOなんだよ!!」

 

「寺坂君は特別です。苦手な教科が複数ありますからね~」

 

という事が起こっていた。てか、寺坂に苦手じゃない教科とかあるのか?

 

ちなみに僕のところは国語となっている。

 

「零君は全体的に優秀ですが、国語が少し低いですね。主に物語文においてのミスが目立ちます」

 

「あ~うん。よく登場人物の心情について聞かれると迷っちゃうんだよね。どれも正解じゃないの?って思うときもある」

 

「こういう問題は、どれが一番答えに近いか、を見極めないといけませんからねー。物によっては40%合ってたり、60%合ってたり。その中で100%に近いものを選ばなくてはいけません」

 

「うわ、難し……!?」

 

なんてやってたらいきなり殺せんせーの顔がグニャンとへんな風に歪んだ。

 

「いきなり攻撃しないでくださいカルマ君!!それを避けると残像もずべて曲がるんです!!」

 

なんで?と思ったけど、答えはすぐ横の分身から聞こえてきた。

 

あ、ホントだ。カルマがナイフで攻撃してる。意外と繊細なんだこの分身。

 

「カルマ。それ、楽しい?」

 

「うん、楽しいよ~。零もやってみたら?」

 

よし。やろう。

 

シュッ、シュシュッ。

 

「ニュヤー!!零君もやめてくださーい!!」

 

僕とカルマの二人がかりでナイフを振ると、殺せんせーの顔は避けるためにひょうたん型になったり、上半分が平らになったりしていく、うん、確かにこれは面白い。

 

「というか先生、こんなに分身して体力持つの?」

 

前のほうで渚が聞いてる。

 

「ご心配なく。一体外で休ませてますから」

 

「それ余計に疲れない!?」

 

その渚の意見には同意するよ。変に器用な先生だなホントに。

 

でもそういうところは、教師としてはすごく頼りになるんだよね。……地球破壊宣言してなきゃ。

 

___________________________________________

 

その放課後。

 

ちょっと先生に聞きたい問題があったから職員室に行ったらその前に渚がいた。

 

「渚、そこで何してるの?」

 

「あ、零君。実は今、理事長が来ていて……」

 

え、理事長?

 

ドアがわずかに開いている。覗いてみると、中では確かにこの学校の理事長と、殺せんせーたちが話してた。今渚はこっそりその話を聞いていたらしく、その間に殺せんせー弱点メモが一つ増えていた。

 

弱点その⑥ 上司には下手に出る

 

……なるほど。なんか気になるし、僕も何話してるかちょっと聞いてみようかな。

 

渚と一緒に聞き耳を立ててみる。

 

「……率直に言いますと、E組はこのままでなくては困ります」

 

殺せんせーたち……E組の教師に対して理事長は語る。内容としては、この学校の生徒の大多数……本校舎の生徒がいい成績をとるために、E組というのは落ちこぼれで成績も待遇も最底辺でなくてはいけない、と。

 

……確かにこの教室の境遇じゃあ、本校舎の奴らは落ちたくないからって必死になるよね。そうやってあいつらの成績を保ってるのか。

 

 

それは彼の口癖、「合理的」という言葉の通りで、全体を眺めるうえでは間違ってはいないのだろう。

 

 

 

……けれど、そうやって切り捨てられた者たちは。

 

 

 

「今日、D組の担任から苦情が来まして。『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた。殺すぞとも脅され、その恐怖でうちの生徒は倒れた』と」

 

うっ……。

 

あまりにも身に覚えがありすぎて、渚と二人で微妙な顔になっていた。いや、十中八九僕らの事なんだけどさ、殺すぞとは言ってないよ?渚は殺そうとしたことないくせに、って言っただけだし、僕は背後に気を付けてって言っただけだし。向こうの勝手な拡大解釈で怯えただけじゃん。

 

……まあ、殺気を向けたのは確かだけど。

 

 

「問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らうことです。それは私の方針では許されない。……以後慎むよう、厳しく伝えてください」

 

 

理事長がそう言い放ちながらドアのほうに近づいてきた。だけどその前で何かを思いついたようで。一旦立ち止まり、殺せんせーに向かって振り返るとともに何かを投げ渡した。

 

……あれは、知恵の輪?

 

「殺せんせー!1秒以内に解いてください!」

 

さて一秒後……。

 

「「なんてザマだ!」」

 

思わず渚と一緒に小声で突っ込んだ。

 

なぜなら、殺せんせーは知恵の輪と触手が絡まって新たな知恵の輪と化していたからだ。

 

殺せんせーの弱点⑦・知恵の輪でテンパる

 

また、弱点メモが増えた。この時間に2つも見つけ出すなんて……やるね理事長。

 

「……絡まった今なら殺れたりするかな?」

 

「多分無理だと思う。前に殺せんせー、ミノムシ状態でぶら下げてもみんなでの攻撃避けてたから」

 

「え、何その状況」

 

渚と僕は殺せんせーの無様な様子を見ながら小声でこそこそと話した。

 

ちなみにミノムシ状態の殺せんせーというのは僕がくる前の話で、殺せんせーがクラスの花壇を荒らしてしまったことから行われたハンディーキャップ暗殺大会での出来事。途中縄が絡まって凄惨な状態になっても全員の攻撃を避け続け、結局一発も当てられずに宿題が倍になったとか何とか。

 

 

という話を聞いているうちに職員室内の話も進んでいた。

 

「この世の中にはスピードで解決できない問題も、あるんですよ」

 

殺せんせーにそう言い残して職員室から出てくる理事長。ガララッとドアが開き、僕らと目が合う。

 

あ、と思っても手遅れ、理事長の目はこちらを見ている。

 

聞き耳立ててたのはバレたっぽいけどまあ、こうなったらいっそ堂々とするか。

 

「お久しぶりです。浅野さん」

 

理事長ではなく、さん付けで呼ぶ。向こうは覚えていないかもしれないけど、この人とは知り合いだった。

 

「おや、君は零君じゃないですか。お久しぶりですね」

 

彼は少し驚いた顔をした後、笑顔で返してきた。あ、ちゃんと覚えていてくれたんだ。ここ数年まったく会えてなかったから気づいてもらえないかと思ってた。

 

とりあえず、言いたいことを一言。

 

「あんまり僕ら(E組)を舐めないほうが良いですよ」

 

僕はニッコリと笑顔でそう言い放った。それに対して彼も笑顔で返してくる。

 

「ふ、楽しみにしておこう。君も、中間テスト期待してるよ」

 

頑張りなさい、そう最後に渚に向かっても言葉をかけてあの人は出て行った。

 

すれ違いざまに、顔が笑顔から無表情に変わるのを見た。何とも、上辺だけの心のこもらない応援だ。

 

 

ふと、隣で渚がうつむいたのが見えた。一緒にいて分かってきたことだけど、渚は、人の感情を読み取るのに長けている節がある。今回もあの人の言葉に何も乗っていないのがわかったのだろう。

 

……よし。やる気出てきた。なんとしてでもあの人を見返したくなった。

 

ポンっと渚の肩をたたく。びっくりしてこっちを見返してくる彼に、笑いかけた。

 

「エンドのE組だとか、向こうが勝手に言ってるだけだろ?今は違うと思うんだけど」

 

そう言うと、渚は目をパチパチと瞬かせた。

 

つまりは、

 

「見返してやりたいと思わない?自分たちがバカにしている相手に蹴落とされて悔しがる本校舎の奴らが見たいと思わない?」

 

僕らには、とても頼りになる先生がいるじゃないか。

 

そう言ってやれば、渚はちょっと驚いたように目を見開き、そして噴き出すように笑った。

 

「零君って、ちょっとカルマ君に似てるとこあるよね」

 

「え?どこが?」

 

「そういう事、考えるとこ」

 

そんなこと言われると思わなかったのでちょっと驚く。けど、そんなこと言ってきた渚の顔は、

 

「でも、僕も同じだね」

 

そう言って笑う渚はさっきまでとまるで違い、やる気に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて渚、こうなったらもう……学年上位50位とか目指す?いや、いっそ10位以内目指してもいいと思うけど」

 

「10位以内はさすがに不可能だよ!!……けど、50位以内なら……うーん」

 

「よし、今日から一緒に僕の家で勉強会しない?教えられるところは教えるよ。ついでにうちに泊まり込む?」

 

「それは……母さんが許してくれるかどうか」

 

「説得が必要なら僕も手伝うし……あ、カルマも誘って三人でやる?」

 

「呼んだ?」

 

「うわぁ!?」

 

噂をすれば影。僕がカルマの名前を出したとたんに近くの窓からカルマが顔を出す。気配はあったからついでに誘おうかなと名前出したけど、渚は気づいてなかったみたいで驚いていた。

 

「いや~楽しそうな話してるね~。俺も混ぜてくれるの?」

 

「もちろん。カルマは隣の家だから平気でしょ」

 

「え!?零君とカルマ君、家隣なの!?」

 

渚がまた驚いた声を上げる。うん、僕も最初知った時は驚いた。登校するとき丁度玄関前で鉢合わせしたんだったかな。お互いにしばらく驚きで硬直してたっけ。それからはよく一緒に登校するようになったけど。

 

閑話休題(それは置いといて)

 

「とりあえず、駅前のコンビニでなんか買ってく?勉強のお供に」

 

「そうだね。勉強会にスナック菓子は必須らしいし。そのあとまずは渚の家に行く?」

 

「ちょ、ちょっと待って母さんに電話してくる!」

 

そう言ってダッと教室へ走っていく渚。

 

その様子を見ながら、カルマが堪え切れない、というように笑いだす。

 

「やる気だね~渚君。どんな焚き付け方したの?」

 

「さて、ね」

 

このやる気の違いは、今まできっかけがなかったからかもしれない。渚は出来ないやつじゃないから。

 

 

なら僕は、友達としてそれを手伝うだけだ。

 

教室へ入ると、ちょうど電話を終えた渚。どうやら許可を得たらしい彼に向かって僕は一言。

 

「大丈夫だよ。不可能なんて、僕が否定するからさ」

 




ちょっと原作よりも先にやる気を出した渚君です。


感想とかアドバイス、有るととても嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中間テストの時間2

改稿中です。


勉強会の様子とかは……多分番外編書くと思います。


零:Side

 

―次の日。

 

「「「「「「「「「今日は先生、さらに増えてみました!」」」」」」」」」

 

「「「「「「増えすぎだろ!?」」」」」」

 

昨日は一対一だった筈なのに、殺せんせーの分身四体が生徒一人について教えるという体制。

 

先生も昨日のあれでさらにやる気が出たようだ。そりゃあ、スピードで解決できないこともあるとか言われたらね、スピードが自慢の殺せんせーなら見返してやりたくもなるわ。

 

でも、頑張りすぎてなんか分身が変な事になってるような……。

 

「分身、雑になってるよね」

 

そう、たくさんの分身を作ることに注力しすぎて一体一体が雑になり、服装なども変わっていたり。っていうか、雑になったことで分身によって服装やヅラが変わるとか、先生本当にどんな方法で分身作ってるんだろ?

 

前の方の席で渚も、そんな先生に苦笑いしていた。それでも手を止めないし、すぐに問題に向き合うあたり、彼のやる気の度合いがうかがえた。昨日の勉強会の甲斐あって、サクサク進んでいるようだし。あそこの分身だけちょっと嬉しそうな顔してた。

 

___________________________________________

 

時間は経ち、四時間目終了後……。

 

ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……。

 

さすがにあそこまでするといくら殺せんせーでも疲れるようで、荒い息で教卓にぐったりと倒れている。今なら殺れるかな。

 

ヒュッ、ヒュン。

 

試しにナイフ振ってみたけどいつも通り避けられた。そこはさすが殺せんせーといったところ。いっそ投げた方が当たったか……?

 

とか考えながらナイフを振り続ける。殺せんせーは少しは休ませてください!と抗議してくるけど無視。

 

「なんでここまで一生懸命先生すんのかねー」

 

岡島の言った言葉に、殺せんせーは息を切らしながらもヌルフフフと笑った。

 

「それはもちろん、君たちの点数をあげるためですよ。そうすれば……フフフ」

 

あ、なんかへんな妄想してるっぽい。顔が更にだらしなくなった。あのピンク色の顔はホントダメな、邪なこと考えてる顔だ。

 

ただ、その様子を見ているクラスメイト達の反応は。

 

「いや、勉強はそれなりで良いよなー」

 

「百億あれば成績悪くてもその後の人生薔薇色だし」

 

「ニュヤ!?そ、そういう考えをします!?」

 

その様子に殺せんせーが戦慄していた。いやまあ僕としては、どちらの考えも分からなくはない。

 

だってこのクラスは。

 

「俺たち、エンドのE組だぜ?」

 

そう。元々は(・・・)、落ちこぼれの、人生終わっているだとか思われているようなクラス。落ちてしまえばもうどうしようもない、そういう考えが根付いてしまっている。

 

だからまあ、そういうとは思ってたよ。渚は昨日のことがあったから微妙な顔してその様子を見てるけど。他のみんなはその従来の考えに縛られている。

 

 

 

……けど、その考えをこの担任が許す筈がない。

 

「……そうですか。よくわかりました」

 

少しの間を開けて、そう言いながら殺せんせーは立ち上がる。その顔にはバツマークを浮かべていた。

 

さっきまでと殺せんせーの纏う気配が変わっている。

 

「今の君たちには暗殺者の資格はありません。全員校庭に出なさい」

 

そう言って殺せんせーは外に出て行った。みんなはいきなりのことで戸惑いながら、でも言われた通りに校庭に向かっていく。

 

僕と渚は顔を見合わせ、同時にため息をついた。お互い、先生が何を気にしているのかが分かっているから。

 

と、いきなり横にシュバッと殺せんせーの分身が一体現れた。思わず二人でビクッとする。

 

「お二人は既に分かっていそうですね。ですが一応来てもらいたいです。特に零君には参考がてら聞きたいこともあります」

 

そう言い残して分身はいなくなった。僕は一瞬あっけにとられてたけど、渚は一応行こうかな、と言っており、とりあえず一緒に行くことにした。すぐそばにいたカルマがふーん、と面白そうに笑っていた。

 

 

 

外にたどり着くと殺せんせーはズルル……とサッカーゴールをどかし、障害物が何もなくなった校庭でくるっとこちらへ振り返る。その先には何が何だかわからない、という顔をした生徒たち。

 

そこに烏間先生とビッチ先生が片岡さんに連れられてやってきた。どうやら殺せんせーが呼んだ模様。

 

「イリーナ先生、零君、プロの殺し屋として伺います」

 

「え?」

 

「何よいきなり」

 

いきなり話を振られ、戸惑いの声を上げる。けれど

 

「あなたたちは仕事をするとき用意するプランは1つだけですか?」

 

……その質問でなんとなく、言わせたいことと言いたいことが分かった。それで参考がてら、ね。

 

「いいえ。本命のプランなんてうまくいくことの方が少ないわ」

 

「僕はいつもいざという時のための予備として、いくつかのプランをより綿密に組み立てているね」

 

「……こんなの、暗殺の基本よ」

 

まあ、僕の場合大抵本命のほうだけで済んじゃうけど。不測の事態っていつ来るか分からないし。

 

結構前に、予備を使わないといけない事態に陥ったときが確かにあったけど。その時は内心動揺しながら、過去の自分とそれを教えてくれた師匠に感謝したっけ。あれ以来、自分の立てる最良プランに絶対がないことを知った。

 

「では次に烏間先生、ナイフ術を教える時に重要なのは、第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵相手では高確率で第一撃は躱される。戦闘ではその後の練撃をいかに繰り出すかが勝敗を分ける」

 

まあ、そうだよな。僕も烏間先生との模擬戦は、ナイフ運びを如何にスムーズに行うかを重視してやってるし。

 

さて、ここまでの話。先生の伝えたいことが分からない人にとっては何が何だか、というような話だろう。

 

「結局何が言いたいんだよ」

 

前原の言ったその言葉がみんなの心情をよく表している。

 

それに対して、校庭の真ん中に移動していた殺せんせーは。

 

「お三方のおっしゃる通り、自信のある次の手があるから、自信に満ちた暗殺者になれる。では、今の君たちは?『俺たちには暗殺があるからいいや』と、勉強の目標を低くしている」

 

そう言葉を紡ぎながら、いきなりその場でくるくると回転し始める殺せんせー。だんだん回転スピードが速くなって……ってちょっと待って何する気!?

 

「それは、劣等感の原因から目を背けているだけです。もし先生がいなくなったら?誰か見ず知らずの殺し屋に殺されたら?暗殺というよりどころを失ってしまえば君たちには、劣等感しか残らない」

 

その言葉と共に周りに強風が吹き荒れ、先生の姿が直視できなくなる。

 

「……そんな君たちへ、先生からのアドバイスです」

 

そして、先生の姿は

 

「第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし!!」

 

校庭を埋め尽くす巨大な竜巻になり、僕たちに向けて高らかに言い放つ先生。

 

轟音を立てて校庭のど真ん中を、竜巻が吹き荒れ続ける。

 

……強風を周りに吹かせながらも僕らを吹き飛ばさないようサイズを調整しているあたり、やっぱりさすがだなと思った。この竜巻、離れたところからもよく見えるよね。騒ぎになったりしないかなぁ……。

 

 

と、現実逃避の考えに走っている間に、段々と風が弱まっていき、その竜巻が収まる。すると、そこには。

 

すごく綺麗に整備されたグラウンドが現れた。

 

雑草だらけだし凸凹で荒れ放題だった校庭が見る影もない。なんかトラックの線までしっかり引いてある。

 

先生は、地球破壊するとか言っている生物が土地平らにするくらいはなんてことない、と言い放っていた。

 

「さて、もしも君たちが第二の刃を示さなければ、先生を殺すに値する者はここにはいないと判断し、校舎ごと平らにしてここを去ります」

 

殺せんせーはかなり恐ろしい宣言をしていた。

 

「……いつまでに?」

 

「決まっています。今回の中間テストです。全員50位以内をとりなさい」

 

「「「「「「……な!?」」」」」」

 

それは、落ちこぼれと言われたこのクラスに対してはあまりにも高い目標。僕が渚と共に昨日考えていた目標でもある。

 

そしてそれは、このクラスに元々用意してあった救済措置。本校舎のクラスへ戻るための条件の一つでもあったはずだ。

 

……昨日のあの会話は、フラグだったかぁ……。

 

ほぼ全員が驚く中で先生は言う。

 

「先生は君達の第二の刃をしっかり育てています。本校舎の教師に劣るような、とろい教え方はしてませんよ。ですから、自信を持って振るって来なさい。このミッションを成功させ、笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者であり……E組である事に!」

 

 

それを聞いて。

 

……さて、と僕は考える。

 

やる気を問答無用で引き出されたみんなを見る。多分今の調子であれば先生の言う通り、みんながその条件をクリアすることは不可能ではない。かなり厳しいのは確かだけど、可能性は0ではないのは確かだ。

 

けど、僕の頭の中には一つの懸念事項があった。

 

 

昨日の職員室の、あの出来事。

 

 

 

 

 

……浅野理事長、変な事してこないよね?

 

 

零:Sideout

___________________________________________

 

渚:Side

 

中間テスト当日。

 

定期試験は全校生徒が本校舎で受ける決まりになっている。つまり、僕等E組だけは完全アウェーの中での戦いになる。

 

ついでに、監督の先生は本校舎の教師(ちなみに今の時間はD組の担任)。指で机を叩いたり、ワザとらしく咳をしたり、明らかに集中力を乱すための妨害をしてきている。

 

―けど、まあ。

 

「うわあ!来た来た!」

 

「ナイフ一本じゃ殺せねーよ!」

 

「どうすればいいんだよこの問4!!」

 

 

―そんな妨害を気にする余裕なんか無いんだけどね、僕たちは。

 

テストという名のコロシアムの中。そこに投入されてくるは問題という名のモンスター。

 

僕らはシャーペンというナイフで応戦する。

 

その問4は恐ろしい巨大モンスターの姿となって襲い掛かってくる。分かっていたけど一問一問が難関の問題。このままだと問題に殺られる……どうすれば。

 

と、僕が攻めあぐねているその横から

 

ザシュッ

 

零君があっという間に、迫ってきていた魚型の問4を三枚おろしにしていた。

 

「渚、よく見て(・・)みなよ」

 

そんな声が響いた気がした。

 

……あ。

 

そういわれて思い出す。先生が懇切丁寧に教えてくれた解法(おろし方)。一箇所ずつ、構成する部品を見てみれば、さっきまで凶悪なモンスターだったのがただの魚に見えるようになった。

 

「よく目を凝らしてみれば単純単純、楽に解けるんだよね~」

 

そう言いながらさっさと先へ行く零君。席は離れていてもなんかそんな感じが伝わってきた。

 

これなら、いける!!

 

全員が問4を倒し、みんなが思った。

 

問5も、

 

ザシュッ

 

問6も、

 

ザクッ

 

問7、問8、問9、問10も……。

 

 

……え?

 

次の瞬間。

 

僕等は後ろから、見えない問題に殴られていた。

 

渚:Sideout

___________________________________________

 

中間テスト結果発表日。

 

廊下では烏間先生が本校舎に電話をかけていた。

 

教室内を覗けば、空気が明らかに落ち込んでいる。

 

「これは一体どういうことでしょうか。公正さを著しく欠くと思いますが。それにどう考えても普通じゃない」

 

 

―テスト二日前に、全教科のテスト出題範囲を大幅に変えるなんて。

 

 

その一言に含まれる内容が、教室内の雰囲気の原因だった。

 

そう。テストの後半に出てきた問題。その全てがもともとのテスト範囲になかった問題だったのだ。おかげで、E組のほとんどが学年50位に入ることが出来なかった。

 

〔わかってませんねぇ。えっと、烏間先生?急な範囲の変更についてこられるかを試すのも方針の一つ〕

 

それに対して本校舎のほうでは、浅野理事長直々に教壇に立って全クラスに変更部分全範囲を教えあげたという。

 

E組にその変更を伝えなかったのは明らかにワザと。浅野理事長の仕組んだ罠だった。

 

一方の殺せんせーは。

 

「この学校のシステムを甘く見すぎていました。先生の責任です。皆さんに顔向けできません」

 

と、教室にて誰よりもどんよりとした空気をまといながら、生徒に背を向けて言っていた。が、

 

ヒュヒュンッ

 

「ニュヤッ!?」

 

殺せんせーに飛んでいく二本のナイフ。殺せんせーはあわててかわす。

 

「ねえ、顔向けできなくていいの?」

 

「こっち見ないと僕たちが殺せんせーの事殺しに来るのが見えないよ?」

 

ナイフを投げたのは零とカルマ。

 

二人は殺せんせーのもとに行くと、バサッとテストの解答用紙を広げる。

 

「僕達、テスト範囲変わってもあまり影響なかったし」

 

 

赤羽カルマ

 

合計494点、187人中5位。

 

 

桐紫零

 

合計495点、187人中3位。

 

 

「……すげぇ」

 

「50位以内どころか5位以内……」

 

二人のその成績に、クラスのほぼ全員が驚いている。

 

「先生が俺の学力に合わせて余計なところまで教えたからだよ」

 

「僕も似たような感じだね」

 

先生は、カルマがもともとの範囲をサラッとできるようになると、ここもやりましょう、もうちょっと先も、という風にどんどん先まで教えていっていたのだ。

 

そして零の場合は、中学校に通っていなくてももっと先まで自分で勉強していたので、国語だけに注力することができると同時にカルマ同様先の先まで教えられていた。

 

 

そして、あと一人。

 

「ねえ渚君。ちょっとこっち来てテスト見せてみ」

 

「そうそう。渚のその順位なら堂々としていいと思うよ」

 

座っていた渚を零が引っ張って教卓前へ連れていく。そして、そのテストの結果は。

 

 

潮田渚

 

合計389点、187人中50位(・・・)

 

 

「「「「「「50位!?」」」」」」

 

「ちょ、え、渚!?」

 

クラスのみんなは絶句。

 

「まさか本当に範囲に手を加えてくるとは思わなかったけど、前日の詰め込みが効いたようでよかったよ」

 

「いやぁホント、零の予測が当たるとはね~」

 

「……うん。助かったよ零君、カルマ君」

 

渚はちょっと照れてるのか、テストの答案用紙で顔を隠していた。

 

まあ、何があったのかというと。

 

前日の零、渚、カルマの3人によるお泊り勉強会。そこで零は理事長が問題範囲などに対し何かしてくる可能性を踏まえて、テスト範囲外の内容を少しずつ渚に叩き込んでいた。時間があまりなかったのもあって、全部の教科に適用することはできなかったし、範囲も変更されたそれには追いつかなかったが。

 

それでもミッチリやってもらったお陰で渚は、詰め込み範囲までは着実に点数を取り、目標をクリアしていた。

 

 

さて、この3人はE組脱出の条件を一つクリアしたわけだが。

 

「でも俺等はE組出る気ないよ。前のクラスなんかより、暗殺の方が断然楽しいし」

 

「そもそも僕は前のクラスなんかないし。で、殺せんせーは出てくの?全員が50位以内に入んなかったって言い訳つけて」

 

「しっぽ巻いて逃げるの?死に物狂いで頑張ってその条件クリアした生徒だっているのに」

 

「それって結局さ~」

 

「「殺されるのが恐いだけなんじゃないの?」」

 

3人が殺せんせーを挑発し始める。あの渚でさえもそれはもうノリノリで。

 

そして、クラスの全員が3人の意図を察して同じように挑発し始めた。

 

それに対して、殺せんせーは体中を茹でタコのように真っ赤にして怒った。

 

「ニュヤー!!先生は逃げません!!期末テストであいつらに、倍返しでリベンジです!!」

 

そんな先生を見て、生徒たちは笑い出す。もう、落ち込んでなんかいられないと。

 

中間テストでE組は厚くて大きな壁にブチ当たった。だがそれでも彼らは心の中で、自分がこのE組である事に胸を張っていた。

 




原作と違い、渚も今回50位以内を達成しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間

改稿中です。

いよいよ修学旅行の回です。




零:Side

 

「零君!」

 

中間テストから数日後の昼休み、職員室から教室に戻ったところで渚が声をかけてきた。

 

「なに?渚」

 

「修学旅行の班、決まってる?」

 

……え?

 

「……あー修学旅行って5月だっけ」

 

「うん。って知らなかった?」

 

「……存在自体綺麗さっぱり忘れてた」

 

いやだって、なんとなく修学旅行って中2の秋っていうイメージがあったから、実体験することないって思ってたし。……情報収集不足だったな。

 

「じゃあさ、僕と一緒の班にならない?」

 

「え、いいの?」

 

「うん!他には今のところ、杉野と茅野がいるけど」

 

よし、ここに入ろう。渚とはよく話すし、それとともに杉野や茅野さんも一緒になることが多いから、見慣れたメンバーだ。

 

「じゃあさ、カルマも誘っていい?」

 

「あ、そうだね」

 

こうなったらと、最もよく話すクラスメイトの一人、カルマを誘う。

 

聞いたら即OKだった。ただちょっと杉野が不安がっている。……まあ、カルマって素行不良だしね……。

 

「旅先でケンカ売ったりしないよな?」

 

杉野がカルマに疑いの目線を向ける。いやまあ、その疑問はわかるけど修学旅行ならさすがに……。

 

それに対してカルマは、へーきへーきと笑顔で言いながら、

 

「目撃者は口封じするから表沙汰にはならないよ」

 

と言った。ご丁寧に実績の写真と共に。それ、ケンカする気満々だよね……。

 

杉野もやっぱ誘うのやめようぜ、と小声で言ってきた。いや一応、僕にとっては渚と同様一番話しやすい相手ではあるんだよね……。

 

「で、後のメンバーは?」

 

「あ、奥田さん誘った!!」

 

茅野が奥田さんを引き連れてきた。そして杉野が前もって神崎さんを誘っていたらしく、あっという間に班のメンバーが揃った。

 

その時、ガララッと音を立てて教室の扉があいた。

 

「いやー3年生が始まってすぐのこの時期に、総決算の修学旅行とは片腹痛い。先生、あまり気が乗りません」

 

と言いながら教室に入ってきたのは殺せんせー。だけど、その姿は何故か舞妓さん。

 

「「「「「「ノリノリじゃねーか!!」」」」」」

 

説得力は皆無だった。しかも妙に似合っているところが何とも言えない。

 

「バレましたか。実は先生、皆さんとの修学旅行がとても楽しみで仕方がないのです」

 

 

 

テストの次は修学旅行。中学3年生っていうのは、短期間のうちにどんどん行事がやってくるなぁ……。

___________________________________________

 

「知っての通り、来週から京都2拍3日の修学旅行がある。本来なら君等の楽しみを極力邪魔をしたくないが、これも任務だ」

 

殺せんせーのいない体育の時間。授業の終わりごろを見計らって烏間先生がみんなを集め、そう切り出した。

 

任務ってことは、修学旅行中のあちらでも暗殺をするということで。

 

「京都の街は学校内とは段違いに広く複雑だ。しかも、君達は回るコースを班毎に決め、奴はそれに付き添う予定になっている。国は既に狙撃のプロを手配したそうだ。君達には暗殺の……狙撃向けのコース選びを頼む」

 

はーい!とみんなで返事をする。

 

狙撃のプロと言われ、パッと一人の殺し屋の名前が頭に思い浮かんだ。恐らく遠距離狙撃だろうし、ビッチ先生がこの教室にいることから繋がりで彼の可能性が高い。

 

たしか、コードネームは『レッドアイ』だったか。師匠つながりで顔を合わせたことがあったけど……砂嵐の中2㎞先の標的を打ち抜いたという実力だ。腕は確かだろうけど……。

 

まあ、それをサポートする役割が今回の僕らなわけだ。

 

どこがいいかな~と各班毎に集まって相談し始める。そんな中、窓側でクラスを眺めていたビッチ先生が、世界中を飛び回った私に修学旅行なんて今更だ、と笑っていた。が、

 

「じゃあ、ビッチ先生は留守番な~」

 

「花壇の花に水あげといて~」

 

と、前原と矢田さんが言ってそのまま修学旅行で回るルート決めを続ける。

 

 

さて、それに対してビッチ先生は。

 

「私抜きで楽しそうな話してんじゃないわよ!!」

 

「行きたいのか行きたくないのかはっきりさせろよ!!」

 

結局行きたいんじゃん。銃を向けてきながら叫ぶビッチ先生に呆れのこもった目線を送った。っていうか、実弾銃を生徒に向けるなよ危ない。どうせ一緒に行きたいんだろうに。

 

とりあえず、危ない実弾銃はその手からひょいっと回収。返せー!と追いかけてくるが、それをうまくかわして

 

「えいっ」

 

教室の入口に向かって投げる。

 

丁度その時、さっきから何処かに行っていた殺せんせーが教室に入ってきた。そして投げ飛ばした銃がいいタイミングでその顔面に向かい直撃……

 

 

……しなかった。なんかバリボリ食ってた。え、食えるの?

 

その様子を見て唖然とするビッチ先生や僕たち。そんな中で殺せんせーはドカドカと一人一人に辞書みたいな分厚い本を渡してくる。

 

「一人一冊です」

 

「……この重いのは一体何?」

 

さっきの出来事から目の前の本へと意識が向く。先生に手渡されたそれは赤い装丁で、表紙に書かれた文字は……

 

「修学旅行のしおりです」

 

「辞書だろこれ!!」

 

クラス全員が思ったであろう言葉を前原が言ってくれた。

 

そう、それは広辞苑か?と思うような厚みを持つ本。少なくとも1000ページ以上はある。

 

え、鈍器?

 

「ねえ、渚。修学旅行のしおりってこういうものなの?」

 

「いやそんなわけないでしょ!?これは明らかに殺せんせーが異常なだけだから!!」

 

ここまでくるとこれが普通なのかと思ってしまい、思わず渚に聞くと即否定された。うん、だよね。

 

一体ここまでの分厚さになるにはどんな内容を詰め込んだんだろう。と、思ったら先生が一部紹介してくれた。

 

曰く、殆どの観光スポットやお土産人気トップ100、旅の護身術入門編から応用編まで、など。そこまで充実させる必要あるか?と思う。とりあえずありとあらゆる情報を詰め込んだらしい。ついでに初回特典として紙工作金閣寺が付いているだとか。

 

それらをどうやら昨日徹夜で作ったらしい……本当に途轍もなく楽しみなんだね殺せんせー。

 

……と言うか、先生は京都くらいいつでもマッハで散歩のごとく行けると思うんだけど。

 

 

「先生は皆さんと一緒に行くから楽しみなのです」

 

その疑問に対しての答えはこれだった。なるほどね。

 

僕も京都は何度か行ったことがあったけど、みんなで旅行で行くっていうのは初めてだ。というか、旅行なんて言うのはいつぶりだろう。

 

 

……先生に負けず劣らず、自分もとっても楽しみで結構テンションが上がってきていた。

 

___________________________________________

 

修学旅行初日の朝。

 

新幹線のホームに全員が集合していた。

 

「本校舎の連中はグリーン車でE組だけ普通車か」

 

「いつものやつだねー」

 

分かってはいたけどみんなの口からなんとなく愚痴がこぼれ出ていく。

 

と、それを聞きつけた本校舎の教師と二人の生徒が絡んできた。

 

「うちの学校はそういう校則だからな。入学時に説明したろう?」

 

「学費の用途は成績優秀者に優先されま~す」

 

「おやおや、君たちからは貧乏の香りがしてくるねぇ~」

 

とかなんとかニヤニヤしながら聞いてもいないことを教えてくる。

 

……成績優秀者に優先とか言ってるけど、それは僕やカルマ、渚なら余裕でその範囲内に入ってない?少なくともこいつらは50位以内の成績には見えないんだけど。

 

っていうかそもそもこいつら、前に集会の時に僕と渚に絡んできた二人組っぽいんだけど。え、まだ懲りてないの?

 

そんなことを考えながらジトッと見てたら、こっちの視線に気づいた奴らが震え上がった。瞬時にグリーン車内に引っ込むのを見て、思わずため息をつく。

 

 

 

そんな中で、

 

「ごきげんよう。私の生徒達」

 

そう言って僕らの前にやってきたのはビッチ先生だった。その恰好はいつもの服ではなく、明らかに高級ブランド物のかなり派手な服装だった。

 

「ビッチ先生。何その格好」

 

「ふ、女を駆使する暗殺者として旅ファッションに気を遣うのは当然の心得よ」

 

……とか言ってるけど、今は一応中学校の教師として来てるはずなんだけど。普通、引率の教師がそんなハリウッドセレブみたいな格好はしない……よね?

 

まあ、僕からそう言うまでもなく、烏間先生がすごい形相で着替えろと命令していたけど。結果、ビッチ先生は寝巻きに着替えることになった。

 

「……だれが引率なんだか」

 

「金持ちばっかり相手してきたから、市民感覚がずれてるんだろうな」

 

ビッチ先生がグズグズと落ちこんでいるのを見て、片岡さんと磯貝君が口々にそう言っているのが聞こえた。うん、その通りだと思う。

 

 

 

新幹線が走り始めると、それぞれ班ごとに集まっていろいろ暇をつぶしし始めた。うちの班はトランプやってる。ちなみに大富豪。

 

「ほい、革命」

 

「ぐあー!もうちょっとで上がるとこだったのにー!!」

 

「ふ、甘いよ杉野」

 

「うわめんどくさいなぁ……はいっと」

 

「は!?革命返し!?」

 

「はぁ!?」

 

「クッソふざけんな!!」

 

久々だからルール忘れかけてたけど、いい感じに手札がそろってたりして面白いことになっていた。

 

っと、そういえば。

 

「ねえ。今日、殺せんせー見てない気がするんだけど」

 

「「「あ」」」

 

新幹線に乗ってから十分ほどが経っていた。けれど車内を見回してもあの巨体を見つけることはできていない。

 

「ニュヤ~」

 

「うわぁ!?」

 

丁度その時、窓の外から殺せんせーの声が聞こえてきた。窓寄りにいた渚が悲鳴を上げる。

 

そこには窓に張り付いた殺せんせーが。

 

「え、なんでそんなとこに張り付いてんの殺せんせー?」

 

「いやぁー駅中スイーツを買ってたら乗り遅れまして。次の駅までこの状態で行きます」

 

ちょっと引率教師が乗り遅れるってどうなんだよ……。というか、

 

「先に次の駅に行って待ってた方が楽なんじゃ?それ目立つでしょ」

 

僕がそう言うと、窓から見えていた殺せんせーの顔と触手がいきなり透明になった。

 

「ああ、ご心配なく。保護色にしましたから、服と荷物が張り付いてるように見えるだけです」

 

「いや、どう考えても不自然だよねそれ!?」

 

前途多難。その言葉が頭に思い浮かんだ。

 

 

 

 

次の駅に到着するとすぐにマッハで乗り込んできた殺せんせー。

 

「目立たないように旅行するのは大変ですねぇ~」

 

「いや、すでに十分目立ってるから」

 

目立ちたくないならそもそもその下手な変装の時点でダメでしょ。それに加えて今回は随分とでかいリュックを持ってきているから余計に目立つ。

 

何故か自覚がなかったらしくショック受けてるけど……その勢いで先生の付け鼻が落ちた。

 

それを見ていた生徒全員がため息をつく。だめだこりゃ。

 

まあ、それを見ていた美術の得意な菅谷君が新しい付け鼻を用意したので、ほんの少しだけマシになったけど。

 

「なんか旅行になると、みんなの意外な一面が見れるね」

 

「うん、これからの出来事次第で、もっといろんな顔が見れるかもね」

 

茅野さんが笑いながら言った言葉に、渚が同意する。たしかに、こうやって暇な時間を過ごしていても既にいろいろ分かってきたこともあるし。

 

例えば。

 

「よし、フルハウス」

 

「甘いよ。ストレート・フラッシュ」

 

「うわぁ……全然そろってねぇんだけど。ツーペア」

 

「あ、僕もストレートフラッシュ。勝った」

 

「「「うそでしょ(だろ)!?」」」

 

今うちの班でやっているのはポーカー……今ストレートフラッシュを出したのはカルマと渚だ。そしてランクが高かったのは渚。

 

さっきポーカーに移行してからは渚とカルマの一騎打ちみたいな感じが出たりしてる。お互いに譲らない戦いで、殆どそろえられていない状態で終わってしまう杉野とかがかわいそうなことになってる。なんていうか、うんドンマイ。

 

 

 

と、一応一段落付いたところで。

 

「あ、みんなの飲み物買ってこようと思うんだけど、何飲みたい?」

 

神崎さんがそう言いながら立ち上がった。それについていこうと茅野さんや奥田さんも立ち上がる。

 

「あ、じゃあお茶で」

 

「僕もお茶で」

 

「なんでもいいよ~」

 

「同じく」

 

「うん。じゃあ、行ってくるね」

 

そして女子が飲み物を買いに席を離れると、また静かにバトルが始まった。とりあえず、今度は本気出してロイヤルストレートフラッシュ完成させておいた。

 

___________________________________________

 

さて、なんやかんやいろいろありながら京都へ到着。

 

そして今日から泊まる宿舎にたどり着いた。本校舎の連中は個室のが用意されている高級ホテルらしいけど、E組はおんぼろ?宿舎。昔ながらの旅館ってやつ。男女それぞれで一つずつ大部屋を使うことになっていた。

 

「ぐにゅうぅぅ~」

 

ソファーで顔を青くして既に瀕死状態になってる殺せんせー。新幹線とバスで酔ったらしい。

 

 

殺せんせーの弱点⑧・乗り物で酔う

 

 

旅行先でありながらも渚がさっそく殺せんせーの弱点メモを取り出していた。

 

とりあえず、そんなグロッキーになっている先生に向かってナイフを振る。けど、何故か同じ体制のまま横にスライドして避けられた。ある意味ムカつく。

 

磯貝たちと協力しながら連続で攻撃するが、やっぱり避けられる。

 

それとどうやら、先生は一度東京に帰るらしい。

 

理由は、「枕を忘れた」から。あんなに大量の荷物持ってきてるのに忘れものとか……。

 

 

殺せんせーの弱点⑨・枕が変わると眠れない

 

 

「神崎さん、見つかった?」

 

そんな中、神崎さんが日定表がない、と言って茅野さんと一緒に探していた。

 

「神崎さんは真面目ですからね~自分で日程をまとめていたとは。でも先生のしおりを持っていけば全て安心」

 

「「「「「「それ持ちたくないから纏めてるんだよ!」」」」」」

 

周りの全員で突っ込む。

 

まあ僕は一応丸ごと持ってきたけど……あのしおり。暇な時に読めば余裕で時間つぶせるし。

 

 

 

 

でも僕はこの時。何か、嫌な予感がしていた。それは絶対何か面倒ごとが起きる、という一種の確信めいたものだった。

 

 




改稿ついでに零たちの班以外にも、他の班の話を一つオリジナル混ぜて突っ込もうかな……と考え中。多分1班。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間2

改稿中です。

修学旅行2日目になります。


零:Side

 

修学旅行2日目。

 

僕達は朝から各班ごとに分かれて行動を始めた。それぞれの班に時間別で殺せんせーが付き添い、そのタイミングで暗殺を行うことになっている。僕達4班は順番的には最後になる。

 

とりあえずそれまでは事前に決めたコース通りながらも自由にいろんな観光名所を回っていく。

 

「なんか、変な修学旅行になっちゃったよね」

 

「そう?結構楽しいと思うけど」

 

「せっかくの京都なんだから、抹茶わらび餅食べたいー!!」

 

茅野さんが切実な声を上げる。いやうん、あとで時間空くと思うしその時に食べに行ってもいいんじゃないかな。

 

と、その茅野さんのセリフに奥田さんが何かを思いついたようで……。

 

「なら、それに毒を入れるのはどうでしょう?」

 

「なんで!?」

 

……あー殺せんせーは甘いものに目がないから、手としては有りかもしれない。カルマも名物で毒殺はいいねと賛成していた。茅野さんはもったいないよ!と抗議していた。茅野さんも殺せんせーと同じくらい甘いものに目がないらしい。

 

「でも、殺せんせーに効く毒って?」

 

僕が聞いてみると一同シーンと静まり返った。聞くところによると以前、奥田さんが殺せんせーに毒殺を仕掛けたらしい。水酸化ナトリウムに酢酸タリウム、果ては王水まで一人で調合したのだとか。ただし、それらは全部殺せんせーには効かなかったらしい。

 

いや、効くには効いたけど、毒物として害を与えたわけではなく何故か短時間だけ顔の造形が変化したのだとか。

 

つまり、今の段階では対殺せんせーの毒がない。ただ、毒でなくても……

 

「……毒の代わりに対先生弾を埋め込んでみる、とか?」

 

「あ、それならありかも」

 

「やめようよ!おいしいスイーツがかわいそうだよ!スイーツに罪はないんだよ!?」

 

……茅野さんがあまりにも必死すぎるのでこれはなしになった。

 

 

 

「そういえばさ、零君は今回雇われた殺し屋について何か知ってる?」

 

渚が聞いてきた。ああ、あの人の事ね。

 

「レッドアイって言う射撃専門の殺し屋。ライフルを使った遠距離狙撃の腕前は超一流」

 

「へぇ、長距離射撃か」

 

「それなら、今回は成功するかも……?」

 

まあ、普通の標的だったら成功させられる実力があるのは確かだろうけど。

 

「いや、たぶん失敗するよ」

 

「え!?」

 

「普通の対象だったら成功するだろうけど、あの殺せんせーのことだ。射撃のプロが雇われてるくらいはお見通しだよ。絶対翻弄されておちょくられて挫折する」

 

「な、なるほど」

 

あの先生の動きは全然読めないからね。あの真面目な狙撃手なら、可哀想だけど先生の常識外の行動で振り回されて終わると思う。

 

「はぁー、修学旅行のときくらいは暗殺の事忘れたかったよな……いい景色なのに」

 

杉野がため息をつきながら言う。まあ、一生に一度のこのクラスでの修学旅行だし、純粋に楽しみたいよね。

 

「そうは言うけどさ、京都って暗殺の名所でもあるんだよ。ね、渚」

 

「うん。だってほらそこのコンビニ見てみてよ」

 

調度自分たちがいる場所のすぐ近くにあったコンビニ。そこにはとある有名な事件の現場であることを物語る石碑が。

 

「あ~、1867年、坂本竜馬暗殺の近江屋跡地ね」

 

さすがカルマ。よく分かってる。

 

「他にも、少し先行けば本能寺もある。当時と場所は少し変わってるけど」

 

本能寺と言えば、1582年、織田信長の本能寺の変。織田信長は結果的に自害したと言われているけれど、あれは明智光秀による暗殺事件ともいえる。

 

「こんな狭い範囲でも沢山のビックネームが暗殺されてる。ある意味、京都は暗殺の聖地だよ」

 

京都は昔、政治とかの中心で貴族も武士もたくさんいたからね……。その辺考えたら、これはもう暗殺名所巡りにもなっている。

 

ちなみにここまでの暗殺名所の知識は、殺せんせー特製しおりに載っていたもので。渚も持って来ていたそのしおりを見ながら解説していた。

 

「えーと、次の目的地は八坂神社でしたっけ」

 

「えーもう休もうよ~。京都の甘ったるいコーヒー飲みたいし」

 

「飲もう飲もう!!」

 

「あはは……まあ、もうそろそろ時間的にお昼食べに行ってもいいかもね」

 

そんな話をしながら八坂神社へ続く祇園へ向かった。

 

 

 

……なんか、少し前から変な視線を感じ始めたんだけど。いやにぴったりと複数の気配……もしかして尾行されてる?

 

「祇園って奥はこんなに人気がないんだ~」

 

「ここら辺は一見さんお断りの店が多いから私の希望コースにしてみたの。目的もなくふらっと来る人もいないし、暗殺にぴったりじゃないかなって」

 

それに気づいていないみんなは普段通り話している。うん、確かに人気の無い、見通しの悪く道幅の狭いここは暗殺にぴったりだ。……目的もなく来る人はいない、か。

 

 

けど、

 

「ホントうってつけだ。なんでこんな拉致りやすい場所歩くかね~」

 

そういう場所って、変な輩に出くわすような場所でもあるんだよな。

 

ぞろぞろと前から複数の男たちが現れたのを見ながら、ため息をつく。見るからにガラの悪い、典型的な不良たちのようで。学ランを着ているから中学生か高校生か……体格的に高校生か。

 

そして、自分たちの歩いてきた後ろからも同じ学ランの男たちが迫ってきていた。さっきから感じていた妙な視線の正体か。

 

「お兄さん達何?観光目的っぽくないんだけど?」

 

カルマが前から現れた相手に対して問いかける。

 

「男に用はねー。女置いておうちにかえんな」

 

……ああ、そういう目的なわけ。なら……

 

「手加減は必要ないな!」

 

バキッ、ガンッ!

 

近くに居た不良に回し蹴りを食らわせる。ほぼ同時にカルマも近くに居た一人の頭を掴み、電柱にぶつけていた。

 

ゴンッと鈍い音が響く。

 

「ほら渚君、目撃者居ないとこならケンカしても大丈夫っしょ」

 

カルマが平然とそんなことを宣っているのが聞こえてくる。まあ、この場合は向こうからケンカ吹っかけてきたような物だし、大丈夫だとは思うけど。

 

そう思いながら、自分の背後から迫ってきていた一人を背負い投げする。その手からはナイフが滑り落ちた。……へぇ。

 

それを見て思わず目を細める。

 

カルマの方にもナイフを持った輩が迫ってきていたけど、布で視界を無くすことで軽々と撃退していた。

 

でもこの時僕は失念していた。こいつらが何の目的で僕たちに近寄ってきていたか、相手を倒すことに気を割きすぎて大事なことが頭から抜けていた。

 

「きゃあ!?」

 

「ちょ、何するの!放して!!」

 

女子たちの悲鳴が聞こえてきて反射的にそちら側を見る。いつの間にか茅野さんと神崎さんが不良たちにつかまっていた。

 

咄嗟に助けに行こうとするが、同じく動き出そうとしていたカルマのすぐ後ろに人影が見えた。

 

「カルマ後ろ!!」

 

咄嗟に声をかけ、それに反応したカルマが振り返るも間に合わず。ゴッと後ろに迫っていたやつが鉄パイプでカルマの頭を殴っていた。

 

「ほんっと隠れやすいな。ここ」

 

「カルマ!!」

 

「余所見すんなよ」

 

ってしまった!!

 

カルマと女子たちの二方向に気を取られすぎて自分の背後がおろそかになっていた。咄嗟に後ろに居る奴に対して振り返って腕でガードするけど、すぐにそれは間違っていた事を知った。

 

 

バチバチィッ!!

 

 

それは、放電の音。

 

「っ!ス、スタンガン……」

 

……完全に油断していた。かなり強めの電流が体中に走り、動きが取れなくなる。その間に茅野と神崎さんが他の男達に拘束され、連れて行かれるのが見えた。

 

「くそ……」

 

それを助けられないまま、僕は意識を失っていった。

 

零:Sideout

___________________________________________

 

渚:Side

 

「……みなさん!大丈夫ですか!!」

 

その奥田さんの声で僕達は目を覚ました。

 

「奥田さんは無事だったんだ……」

 

彼女の無事なその姿に、少しだけホッとする。

 

「すみません。思いっきり隠れてました」

 

申し訳なさそうに奥田さんは言う。けど、

 

「いや、それが正解だよ。でなけりゃ茅野ちゃんや神崎さんみたいに攫われてただろうし」

 

あいつら、かなり犯罪慣れしてるっぽいし。そのカルマ君の言葉に僕たちは顔をしかめた。

 

「あいつ等の車、盗車だろうし。通報しても時間かかるだろうね。っていうか俺に直接処刑させてほしいんだけど」

 

額に血管浮かばせたカルマ君が言う。どうやら彼は珍しくかなり怒っているみたいだ。その怒りは二人が拉致られたことに対するものか、不良にいいようにやられたことに対するものか分からないけれど。

 

 

 

そして、もう一人。

 

 

 

「……参ったな……平和ボケしすぎてた。まさかこんな……ハハハ」

 

 

その声に、背筋が凍った。

 

バッとその声の方を振り返ると、零君が立ち上がっていた。その顔はうつむいていて陰っている。座り込んだままの僕からもよく見えないそれは余計に鳥肌が立った。

 

声色はいつも通り。そう、普段通り過ぎて逆に不自然だ。だって、僕から見たら明らかに彼の()()の状態だ。

 

「渚。先生のしおりの目次見て」

 

「え?」

 

そんな彼に、普段通りの声で呼びかけられる。

 

「確かあのしおり、班員が拉致られたときの対処法ってあったと思うんだけど」

 

その言葉に、僕は急いですぐ傍に落ちていたしおりを拾ってめくる。

 

「ちょっとまって…………あ、ホントにあった」

 

「じゃあ、みんなはそこに書かれてること実行して。僕は先に行ってるから」

 

その言葉と共に、零君の姿が掻き消えた。一瞬の、あまりにも素早い行動で何が起こったのか咄嗟に分からなかった。

 

 

 

でも、零君の姿が消えるその直前に一瞬見えた、彼の表情。

 

 

……恐ろしいほどに、無表情だった。

 

渚:Sideout

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間3

改稿中です。

修学旅行の話3つ目。さて、不良たちはどうなるか……。


茅野:Side

 

今、私と神崎さんは手足を縛られて動く車の中で座らされてる。窓は隠されて、どこへ向かっているか、どこを通ったかすべてが見えなかった。

 

「うひゃはー!チョロすぎんだろこいつ等!!」

 

「いったべ?普段勉強ばっかしてるやつらはこういう力技には無力なのよ」

 

私たちを拉致してるこの不良高校生たちは、さっきからテンション高く何かを喚いている。

 

なんなの……こいつ等。何する気?

 

「これ、犯罪ですよね。あなたたちなんなんですか?男子達をあんな目に合わせて」

 

このままおとなしくしているのも嫌だから、どうにか情報を得ようと口を開く。一応相手の機嫌を下手に損ねないように敬語っぽくしているが、自分の不機嫌さは隠さない。そりゃもうかなりイラついてるし。

 

「人聞き悪ぃな~、修学旅行を楽しくさせてやろうっていう優しい気遣いじゃん」

 

人をふん縛っといて、何が優しい気遣い、よ。こいつら頭おかしいでしょ。

 

「カラオケ行こうぜカラオケ!」

 

「なんで京都まで来てカラオケ!?」

 

せっかくの修学旅行が台無しじゃんバカなのこいつら!?……ああ、バカだったわ最初っからどう見ても明らかに。

 

「わかってねぇな。それがいいんだよその台無しが。そこの彼女なら分かるだろ?」

 

不良の一人、多分こいつらのリーダーだと思うけど、そいつが神崎さんを見ながら何か言った……って、え?

 

「どっかで見たことあるって思ったんだよ。……これ、あんただろ」

 

そういって携帯をいじりだしたと思ったら、その画面をこっちに見せてくる。そこに移っているのは髪形も格好もいつもと違う姿をした神崎さんの写真だった。なんというか、おしとやかな神崎さんとは雰囲気が違った。ちょっとツンツンしてるような。

 

「攫おうと思ってたら逃がしちまった。ここのゲーセンに結構入り浸ってたんだってな~。まさかあの椚ヶ丘学園の生徒だったとは。俺には分かるぜその気持ち。楽しいよな~台無しは。今日は夜まで俺が台無しについて何から何まで教えてやるよ」

 

聞いてないこと、聞きたくもないことをペラペラと勝手にしゃべっている。

 

こいつら、サイテー。

 

そう思ってそいつを睨んでたら車が止まった。

 

無理やり引きずり出されて連れてこられたのは、内装がボロボロの随分前に潰れた店、みたいなところ。

 

「ここなら騒いでも誰もこねぇ。今ツレ呼んでるよ。人数は多い方が楽しいだろ?」

 

「楽しもうぜ、台無しを」

 

私は、自分を制するので精一杯だった。

 

茅野:Sideout

___________________________________________

 

零:Side

 

渚たちにしおりに書かれたことを実行するように言って、その場を離れた後。

 

俺は先ほど気絶する前に二人が連れていかれた方向から経路を大雑把に予測し、屋根伝いに移動しながら眼鏡をはずす。

 

その状態で目を凝らせば、うっすらと通った跡(・・・・)が見えた。スタンガンを食らったとき咄嗟に付けた印だったから薄いが、しっかり役目は果たしたようだ。

 

もうすでに消えかけている薄い跡を辿り、そして着いたのは人気の無い場所の、随分前に潰れた店舗跡だった。

 

奴等と同じ制服の見張りが一人居るし、間違いはないな。

 

 

スッとその見張りの前へ降り立つ。相手は違う方向を見ていて、まだこちらへ気づいてない。

 

全く……見張りというのは複数つけるものだ。でないと、

 

ゴッ

 

襲撃されたとき、誰もそのことに気付けない。連絡要員くらいは置いておくべきだ。

 

尤も、そんなの居てもこれくらいの奴なら気づかれる前に殺れるが。

 

 

とりあえず、頭に蹴り入れて気絶させた見張りは、ガムテでパッと手足を拘束して転がしておく。恐らく渚たちか殺せんせーがこれで気付くだろう。

 

作業を終えると俺は眼鏡をかけなおす。これは、仕事じゃない。そう意識しておかないと、殺しかねない。

 

ついでに近場にいくつか落ちている鉄パイプから、なるべく長めのを拾い上げる。

 

 

さて。

 

 

建物内に入れば下へ降りる階段。

 

そしてその先にあるドアを蹴り破る。

 

ドカシャーンッと派手な音を立てて吹っ飛ぶドア。案外軽かったな。攫われた二人には当たってないだろうが……。

 

中に入ると、奥の方に縛られた状態の茅野さんと神崎さんが居た。周りには二人を攫った大勢の不良たちも、あそこにいた奴らは全員そろっている。ついでに吹っ飛ばしたドアが見事不良の一人に激突していたらしく、下敷きになっていた。呼吸はしているようなのでセーフ。

 

「「零君!!」」

 

二人はとりあえず無事。ケガらしきものは見当たらないし、まだ変なこともされてないようだ。

 

なのであとは、

 

「な、なんだおまえ!!なんでここが分かった!?」

 

そこでなんか喚いてる馬鹿共を黙らせれば良いわけだ。

 

「そんなの誰が教えるかよ。しいて言うなら、お前らみたいな馬鹿が拉致後に行きそうな所は廃屋かここみたいな潰れた店だろう?外にお前等と同じ制服の見張りもいたし簡単だったな」

 

鉄パイプを向けながら不良たちへ殺気を向ける。

 

殺気に対して悲鳴をあげたり腰を抜かした奴もいるにはいるが、気絶をする奴はいない。さすがに本校舎の生徒に比べたらそれくらいの度胸はあるというわけか。まあ、殺気程度で気絶されても困るので多少調整してる。

 

さて、うまく加減ができるかは分からないが……仕事で使う武器と違ってこの鉄パイプは軟そうだしなぁ……。

 

少しだけ、ぶつけても簡単には変形しない程度に()を籠める。骨くらいは砕けるが、当たり所に気を付ければ死ぬことはないだろう。今の俺はかなり機嫌が悪いが、後先考えず行動するほどではない。本当に殺しては後が面倒なのでその辺は気を付けなければならないだろう。

 

 

準備はできた。まずは、

 

「粋がってんじゃねぇぞ!中坊が!」

 

いいタイミングでこちらへ殴りかかってきた奴がいるが、とりあえず無視。

 

その攻撃を避けながら、俺が向かうのは攫われた二人の近くにいる奴ら。数は3。

 

瞬時に移動し鉄パイプを一振りすれば、そこにいた3人の不良は気持ちがいいくらい綺麗に吹っ飛んで壁に激突した。バキボキと何本か骨が折れる感触がしたので、もし気絶していなくともしばらく動けないだろう。

 

俺は、守りながら戦うということに慣れていない。さっきはこの弱点が顕著に出ていた。

 

ならば、その懸案事項を真っ先に片付けることが大事。二人がいる場所は壁際なので、二人を背の後ろに持ってくればあとは前や横へ意識を向ければいい。

 

これなら、一度にこちらへ向かってこられても……3方向を同時に薙ぎ払えばいいだけ。

 

不良たちがナイフを片手に向かってくるのをみて、目を細める。

 

「お前ら、それ(刃物)の意味……分かってんのか?」

 

刃物は鈍器以上に容易く人の命を奪う。それを持つだけで、不良同士の殴り合い(ケンカ)から、命の奪い合い(死闘)へと変わる。

 

 

「手元が狂っても、知らねーよ?」

 

 

 

零:Sideout

 

___________________________________________

 

渚:Side

 

僕等はあの後、零君の言うとおりしおりにしたがって殺せんせーに連絡し、しおりにあった「拉致実行犯潜伏対策マップ」をたどって茅野と神崎さんの居場所を探していた。このしおり、あまりにも万能すぎるなぁ……。

 

そしたら、意外に早く見つかった。というか、探し始めて最初の場所だった。その入り口にあの不良たちと同じ制服の人がガムテープで縛られて倒れてたから分かりやすい。

 

「これ、零くんがやったのかな」

 

「100パーそうでしょ。まあ、手間が省けたからいいや。それよりさ、早く行かないとアイツ、高校生たち殺しちゃってるかもよ?」

 

あ、そうだ。早くしないと!

 

正直、この時点で僕たちが心配しているのは茅野や神崎さんよりも、零君がやりすぎてしまわないかどうかだった。攫われた二人ももちろん心配だけど、零君が着いていることが分かった時点で無事だろうという確信に似たものがあった。

 

僕達は急いで建物内に入り、階段の先にあったドアを開けた。

 

 

 

中を見ると、既に十何人もの不良が床に倒れていた。

 

倒れている人たちはピクリとも動かない。まだ意識のある人たちは、座り込んで零君の方を見ながらガタガタ震えている。

 

「あ、渚!」

 

「みんな!!」

 

茅野と神崎さんの声が聞こえる。うん、ちゃんと無事だったみたいだ。

 

「ん?ああ、遅かったねみんな」

 

零君が振り返る。その様子はいつも通りの彼だった。

 

その中で茅野と神崎さんは今、縛られている縄を零君に切ってもらっているところだったようで。

 

「……ねえ、零。これ全部零がやったの?」

 

カルマ君が零君に聞く。

 

「ああ、うん。ちょっと殴っただけだし、別に死んではいないから安心してよ」

 

そう答える零君。え、あの一部ピクリとも動いてないんだけど、ナイフ刺さってんだけど……ホントに生きてるの?

 

試しに恐る恐る倒れている一人に近寄って脈をとる。……よかった、息もあるようだし生きてるね。ナイフは下手に抜くと逆に危ないので、触らないことにした。

 

と、その時。僕らの入ってきた入り口から物音が聞こえてきた。ずるずると何かを引きずる音。

 

不良たちの助っ人か、と僕らは一瞬身構えた。けど、

 

「みなさんっ!無事で……すね」

 

「殺せんせー!」

 

そこからは殺せんせーが入ってきた。触手に何かをぶら下げて。それと、頭になんか顔隠しみたいなのをかけて顔を見えづらくしている。

 

「殺せんせー、それ、なに?」

 

「調度ここに入ろうとしていたので、手入れしておきました」

 

そういって殺せんせーはその何か……手入れされて坊主頭に眼鏡をかけられた4人の元不良らしき人たちをぽいっと投げ捨てる。どうやら先生は僕らがここに向かっている間に他の場所をしらみつぶしに探していたらしい。

 

「で、その黒子みたいな顔隠しは何?」

 

「暴力沙汰ですので、この顔が暴力教師として覚えられるのが怖いのです」

 

そもそも国家機密だけど、と思いながら。手は修学旅行のしおりで塞がっているからメモ帳は取り出さず、今新しく出てきた殺せんせーの弱点は頭の中に記録する。

 

 

殺せんせーの弱点⑩:世間体を気にする

 

 

「それより、この不良たちをやったのは?」

 

「ああ、それ僕」

 

先生が倒れて動かない不良たちを指しながら僕達に聞き、零君が手をあげる。

 

「これは少々やり過ぎです!!ほぼ全員複数の骨折がありますし、一部はナイフ刺さってるじゃないですか!!!」

 

「僕の友達殴ったり拉致ったりしたのにこの程度で済ませてるんだから逆に褒めて欲しいくらいだね。あとナイフは刺されそうになったのを弾き飛ばしたら、たまたまそいつの上に落ちただけだよ。別にヤバいとこに刺さってるわけじゃないから、病院で治療すれば治るよ」

 

プンプンと怒る殺せんせーに対し、零君がため息をつきながら淡々と言うその内容は、ちょっと怖かった。

 

明らかに、わざとだよね……ナイフ。

 

 

「なんなんだよ……」

 

 

その時、意識のあった不良の一人が腕を抑えながら何かを言った。僕らがその……多分不良たちのリーダーかな?の方を向けば、彼は殺せんせーに向かって叫ぶ。

 

「なんなんだよお前らは!ふざけんじゃねぇぞ!エリート校はバケモンがいるどころか、先公まで特別製かよ!?」

 

「バケモンて……」

 

足をガタガタ言わせ、だらんとした腕を抑える彼はもうほとんど脅威には見えなかった。他にも2・3人ほど似たようにガタガタ震えている人が見受けられる。

 

まあ、零君にボコボコにされた後で、先生が持ってきたアレ(元不良)を見れば……ね。

 

ちなみに零君はそんな彼を冷めた目で見ていた。

 

「どうせテメーも肩書で俺ら見下してんだろ。バカ高校だからって舐めやがって……!」

 

その不良リーダーの言葉は、彼らの考えを物語っていた。

 

それに対して殺せんせーは、エリートではありません、と言いながら一瞬僕らの方へきて、カルマや杉野、奥田さんに何かを渡す。

 

その後にまた、不良リーダーの前に戻って話し始めた。

 

「彼らは確かに名門校の生徒ですが、その中で彼らのクラスは落ちこぼれの代名詞として差別の対象になっています。それでも、彼らはその中で様々な物事に前向きに取り組んでいます。決して、君たちのように他人を水の底へ引っ張るようなことはしません」

 

話をする先生を横目に、先生に気を取られている不良たちの近くへ僕らはじわじわ寄っていく。さっき殺せんせーが渡してきたモノの意味を、僕らは理解していた。離れたところで零君が苦笑いしているのが見える。

 

先生の話は続く。

 

「学校や肩書など関係ない。清流に住んでいてもドブ川に住んでいても、前に泳ぐ魚は美しく育つのです」

 

その言葉に、離れたところにいた神崎さんが反応したように見えた。もしかすると、今の言葉は神崎さんにとっての大事なきっかけだったのかもしれない。

 

 

さて、私の生徒たちよ、と。殺せんせーが僕らへと声をかけた。

 

「彼らを手入れしてあげましょう。修学旅行の基礎知識を、頭に直接叩き込んであげるのです」

 

その言葉と共に、僕とカルマ、杉野と奥田さんの4人が動く。まだ意識のある不良たちの頭に向けて、僕らは手に持つ「先生特製修学旅行のしおり(鈍器)」を振り下ろした。

 

残っていた人たちは結構タフな方だったみたいだけど、さすがに頭に大ダメージ食らえば意識は保てない。

 

彼らが全員倒れたところで、僕たちはようやくほっとできた。

 

___________________________________________

 

不良たちを気絶させた後、零君が不良たちの携帯を使って救急車を呼んでおいていた。

 

 

で、僕らは面倒ごとに巻き込まれる前にと、さっさとその場を退散していた。

 

外に出ると、既に夕日が空を赤く照らしていた。いつの間にか、結構時間がたっていたみたいだ。

 

「はぁ~一時はどうなることかと思ったぁ……」

 

杉野が心の底からホッとしたように、声を上げた。僕もその意見には同意するよ。

 

「ん~俺一人なら何とかなったと思うんだけどねー」

 

「そうだねー。カルマだったら普通に相手出来てたよ。一人一人は弱かったし」

 

「怖い事言うなよ」

 

カルマ君と零君の会話は何というか……さすがだとしか言えない。すぐ傍の奥田さんと顔を見合わせて、苦笑いした。

 

ふと、茅野と神崎さんの方を見る。茅野は心底ほっと安心したように胸をなでおろし、神崎さんは……晴れやかな顔をしていた。

 

……多分、さっきの殺せんせーの言葉が効いたんだろうな。

 

「さて、では修学旅行に戻りますか」

 

殺せんせーがそう言いながら歩きだす。それに続きながらカルマ君がナイフを先生に向かって振っているのが見えた。零君も加わって移動しながら二人がかりで攻撃しているけど、やっぱり当たってない。

 

「そういや俺ら、暗殺実行できなかったなー」

 

「まあいいでしょ。明日殺せば」

 

「もしくは今、ね。……ちょっとは当たれっ」

 

カルマ君と零君の猛攻にも緑の縞々を浮かべながら避ける殺せんせー。

 

こう、殺せんせーはものすごく手強い暗殺対象(ターゲット)だけど……先生としてはやっぱり、とても頼りになるね、困ったことに。

 

渚:Sideout

 




今日の夜あたり、ちょっとしたキャラ紹介ページ載せるかな……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間4

改稿中です。

修学旅行の話4つ目。二日目の宿舎にて。




零:Side

 

修学旅行2日目の夜。

 

「うおおおおお!すげぇ!!」

 

「なんだかちょっと、恥ずかしいな」

 

僕達は宿に備え付けてあるゲームコーナーに居た。そしてそこの一角にはおしとやかに微笑みながらすばやい手つきでコンソールを動かしている神崎さん。やっているのはレトロなシューティングゲーム。

 

杉野がそのプレイ風景に滅茶苦茶夢中になってる。

 

「神崎さんがこんなにゲームが得意だなんて、ちょっと意外です」

 

奥田さんが画面に見とれながら茫然と言う。他の一緒にいる4班メンバーもそのプレイ風景に驚いていた。

 

「黙ってたの。うちの学校じゃあゲームが出来ても白い目で見られるだけだし……でも周りの目を気にしすぎてたのかも」

 

僕が行く前に何か話していたのか、茅野と神崎さんの間の空気が少し軽い。

 

「殺せんせーに言われて気づいたの。大切なのは、中身の自分が前を向いて頑張ることだって」

 

それはあの時、殺せんせーが不良たちに向けて言ってた言葉の事かな。不良に説教しているように見せかけて、自分の生徒の教育でもあったなんて……本当にあの先生はすごい。

 

ちなみにあの後宿舎に帰ってきた直後、僕は今日の件について殺せんせーからお説教食らいました。殺してはなくともやりすぎだ、と。廊下に正座して2時間ずっと『ありがたいお話』(先生説法)を聞き続けるのはかなりしんどかった。

 

……まあ、今思い返してみればあれは確かにやらかしたなぁと反省してる。殺せんせーなら病院行かなくて済むくらいの最低限のケガで制圧したんだろうな……。

 

手加減とか慣れてないんだよ。一対一ならともかく、一対多数だと下手すれば僕がダメージ食らうし……大勢相手に戦うのなんて、今まで皆殺し以外に選択肢無かったからなぁ……これからはどうするか。

 

「……零くん?大丈夫?」

 

「ん、ああ、大丈夫だよ」

 

顔に出てたのか、渚に心配された。

 

 

 

 

ふとゲーム機から目を外して、少し離れたところを見る。そこには卓球台が並んでいて、三村や磯貝、竹林が烏間先生に勝負を挑んでいた。

 

当然のごとく、烏間先生が一方的に勝っていたが。大人げなく加減なしだなあれ……何か賭けてたりして。

 

「烏間先生、僕ともやりませんか?」

 

面白そうだったのでそちらへ行って勝負を申し込む。ちょっと気分転換も必要だったし。

 

「……いいだろう。デュースは?」

 

「無し。11点先取で」

 

 

……結果、一点差で負けた。デュース有りの方がよかったかな……。

 

___________________________________________

 

その後、部屋へ戻ろうかと渚、杉野、ついでに途中で会った岡島と廊下を歩いていた。

 

「しっかしここぼろいよなー。男女大部屋二つしかないなんて」

 

「良いじゃん賑やかで」

 

僕は本校舎の奴らみたいな個室よりこういうみんなで喋れる大部屋の方が好きだな。ここだってぼろいというよりは昔ながらっていう風情があっていいと思うけど。

 

ふと、前方に中村さんと不破さんがいるのが見えた。あれ、向かっている方向が……確か男湯がある角だったような。

 

「あれ、あっちって男湯だったよね?」

 

「何してるんだろ」

 

渚たちも不思議に思ったようで、様子を見に向かった。

 

「二人とも、ここで何してるの?」

 

代表して渚が二人へ聞く。案の定、二人は男湯のドアの前でコソコソとしていた。

 

「何って……覗きよ」

 

「覗きぃ!?それって俺等の仕事(ジョブ)だろ!!」

 

おい岡島、それは全世界の女子に聞かれたら即殺されるやつ。この二人はあまり気にしてないみたいだけど。

 

渚も仕事(ジョブ)じゃないよね、と呆れている。

 

「あれを見てもそう言える?」

 

そういって中村さんは、フフフと笑いながら脱衣所を指差す。そこを見ると、壁にかけてあるのは殺せんせーのいつも着ている、アカデミックドレス。

 

「今なら見れるわ。殺せんせーの服の中身」

 

首から下は触手だけか、胴体あるのかetc……。

 

……そりゃあ、暗殺のために知っておいてもそんはないね。ついでにそこに置いてある服の構造見ておいてもいいかもしれない。

 

岡島がこんな色気のない覗きって……と嘆いていたが全員無視した。

 

そして中村さんを先頭に浴室の扉をカラカラカラ……と開ける。そこには、

 

 

「「「「「「女子か!?」」」」」」

 

 

泡風呂に入って、体の一部(触手)をブラシで洗っている殺せんせーが。その体勢に思わず全員で突っ込む。

 

見ようと思っていた体は泡に隠れて、出している触手以外見えない。ちなみに顔と触手の色がピンクになっている。……え?

 

というか、入浴剤って旅館だと禁止のはずだけど……。

 

と思ってたら本人曰く、この泡は殺せんせーの粘液で、泡立ちがよく、ミクロの汚れも落とすのだとか。ほんとに便利な体だな。何でもありすぎて、反応に困る。

 

「ふふ、でも甘いわ。入り口は私たちがふさいでいる。風呂出るときは必ずここを通るわよね?殺せはしなくても裸くらいは見せてもらうわ」

 

中村さんはそういって不敵に笑う。

 

 

それに対して殺せんせーは、

 

「そうはいきませんね!」

 

そういって立ち上がったと思ったら、お風呂のお湯を丸々身にまとっていた。お風呂の形そのまんま残しているお湯はまるで煮凝りとか、ゼリーとかのようで、先生が動くとぷるんと揺れる。

 

しかもそのまま窓からヌポンッと逃げていった。

 

……うわぁ。

 

「……中村、この覗き虚しいぞ」

 

そう言った岡島に返す言葉はない。まあ、殺せんせーの予想外な行動は今更だし。

 

「なんか、殺せんせーについての謎は深まるばかりだね。みんなのことはいろいろ知れたけど」

 

「……確かにー」

 

渚が苦笑いしながら言うその言葉に、作業をしながら僕も同意する。一応先生についても新しく分かったことはあったが……意味不明なことも含め。

 

「……で、零君は何してるの?」

 

「先生の服の中を捜査中」

 

渚の疑問に、作業を……殺せんせーのアカデミックドレスをあさりながら答える。思っていた以上にボリュームがあるなコレ。ポケットもそれなりについてるし……胸ポケットデカいな。

 

それにこのデカいネクタイ……三日月のマークは刺繍みたいだけど、なんか、布に大きめの穴が開いてる。マメな殺せんせーが刺繍できるのに繕わないで放っておいているのは、ちょっと謎だ。

 

何か、理由があるのか……?

 

と、考え込んだ時。横から見慣れた触手が伸びてきた。瞬時に僕の手から服やネクタイを奪い去ってまた風呂場の窓へ去っていく。

 

……。

 

「まあいっか」

 

「大部屋でダベろうぜ」

 

「そうだね。あ、僕はちょっと自販機行ってくる」

 

 

各々部屋へ戻っていくのを尻目に、僕はのどが渇いたのでジュース買いに自動販売機へと向かった。

 

たどり着くと、僕の好きな煮オレシリーズの一つが目に入る。レモン煮オレと書かれた缶のソレを選択して買った。

 

その時、横からカルマがやってきた。同じように飲み物を買いに来たらしい。

 

「あれ、零も煮オレ好きなの?」

 

カルマが僕の手にある缶を見て聞いてきた。

 

「……『も』ってことは、カルマも?」

 

しばしの間無言でカルマを見る。向こうもこちらを見る。

 

 

ガシッと。

 

 

僕達は握手を交わしていた。煮オレが好きな人なんてなかなかいない。お互いにニヤリと笑う。

 

なんだかまた少し仲良くなったような気がした。

 

 

 

カルマと二人で煮オレ片手に部屋へ戻ると、男子達は何かのアンケートをとっていた。紙を覗くと、そこに書いてあるのは「気になる女子ランキング」。

 

「お、カルマに零。戻ってきたか。カルマ、お前も好きな女子教えろよ」

 

「みんな答えてんだ、逃げるなよ」

 

前原や木村が聞く。ちょっとニヤニヤしながら。

 

そしてカルマは意外なことにあっさり答えた。

 

「奥田さんかな」

 

「お、意外」

 

その答えに……僕はちょっと嫌な予感がした。

 

「彼女なら怪しいクロロホルムとか作れそうだし」

 

悪戯の幅が広がるじゃん、と言うカルマは……なんか悪魔みたいだった。絶対にくっつかせたくないなと前原が言う。うん、ある種……ものすごくイイ組み合わせなのかもしれない。

 

「っていうか、みんなは誰に入れたの?」

 

ランキングを記しているその紙には、女子の名前と入れた人数であろう正の字。それと入れた理由かな?なんか一人一人の女子の特徴が書かれていた。けど票を入れた人の名前は無い。

 

ちなみに順位は、一位が神崎さんで4票。二位が矢田さんで3票。三位は倉橋さんと茅野さんが同率で2票、などなど。理由のとこに書かれているのは……えーと。

 

神崎さんはおしとやか、性格がいい、顔がダントツで良いとかで矢田さんはポニーテールに胸がデカいと……倉橋さんは癒しっていうのと……魅惑的なポーズって何?というか茅野さんのところ……元気がもらえる、っていうのはいいんだけど、いろいろ小さいっていうのは何だろう……。ちょっと謎。

 

「とりあえず、渚は茅野さんで、杉野は神崎さんだよね」

 

「うん……一応、クラスだと一番話すし……」

 

渚がちょっと顔を赤くしながら答えた。杉野に関しては……まあ修学旅行の班に前もって誘ってたくらいだし、男子のほとんどが分かってたって感じだった。

 

あと、岡島がなんか、俺は一人には決められないっ!とか叫んでたけど無視。

 

前原は?と杉野が聞いていたけど、ピース決めながらそれは言えねぇな、とカッコつけていた。モテる男の余裕が滲み出ている。

 

「零の場合は……っとそういえば既にいたっけ。彼女」

 

「うん。だからクラスの女子でって言われても困る」

 

僕は聞いてきた前原に答えながら、しばらく会っていないあの少女を思い出す。

 

最後に会ったのは……9歳だったかな。元気にしてるかな……。

 

アンケートから目を外しながら、彼女の姿を思い出す。目の端でなんか、磯貝と前原、木村の三人が顔を見合わせていた。

 

 

そして目を外したついでに、部屋の入口に殺せんせーがいるのが見えてしまった。

 

 

「……ねえ、このアンケートは当然、女子とかにはヒミツなんだよね?」

 

そう聞くとほぼ全員が頷く。なら、

 

「あそこにいる先生は、いいの?」

 

僕が指差すのは入り口。そこにはニヤニヤと笑っている殺せんせーが。ついでに体の色はピンクだ。

 

みんなが思わず呆然としていると先生はさっとメモ帳を取り出してカキカキと何事かを書き留める。珍しくマッハには見えなかった。そしてスーッと入り口を閉めた。

 

 

その時間、約5秒。

 

 

そしてこちらが硬直していたのは、プラス1秒。

 

 

「メモって逃げやがった!」

 

「「「「「「……逃がすかーっ!!」」」」」」

 

バタバタとみんなで対先生用の武器を持って追いかける。それに対して殺せんせーは壁や天井を縦横無尽に飛び回って逃げる。マッハ二十ってこういうのに便利だよな。

 

ちなみにここで渚の弱点メモに追加された項目があるのは言うまでもないだろう。

 

 

殺せんせーの弱点⑫:下世話

 

 

ちなみに⑩や⑪もいつの間にか増えていて、内容は世間体を気にする、猫舌、だった。

 

 

数分したら女子も同じように大所帯で混ざってきた。もしかしなくても、向こうでも似たようなことやらかしたのかな。

 

 

とりあえず、宿壊すことが無いよう祈っとくか。

 

僕は同じく参加しなかった渚とカルマの元へ行く。僕はあのランキングが知られてもダメージ無いし、見ていて面白かったのであの暗殺へ加わる気はあまりなかった。

 

ついでに、ちょっと参加してきたらしい茅野さんも不参加組に交じってきた。

 

「なんか、結局いつも通りになったね」

 

「うん……」

 

渚は苦笑いしながらみんなの様子を見ている。

 

「……なんかさ」

 

「うん?」

 

渚がふと、呟いた。

 

「修学旅行って、終わりが近づいてきたような感じがするよね」

 

……。

 

「……確かに。まだこの生活は始まったばかりなのにね」

 

「中学生としては、終わりに近いからかな……僕からすれば、始まったばかりだけど」

 

今年からの僕からしてみれば、まだまだ先の方が長い。

 

けれど言われてみると少しだけ、切ないような、寂しいような気がした。来年地球が終わるかは分からないし、終わらせる気はないけれど……

 

「このクラスは、どうあろうと来年の3月で終わりなんだよね……」

 

渚のその声も、どこかこの時間を惜しむような声色だった。

 

「でもま、まだ5月なわけだし。たった1年、されど1年。いろいろやる時間はたっぷりあるでしょ」

 

カルマが明るい声で言った。渚もその声に同調する。

 

「うん。……みんなの事をもっと知ったり、先生を殺したり、やり残しがない1年にしたいな……」

 

……ここで先生を殺すという言葉が入るのは、僕たちE組のオリジナルだろうね。

 

「……とりあえず、修学旅行はもう一回くらい行っておきたいねー」

 

茅野さんのその言葉は、なんというか。僕たちの気持ちを上手く表していた。

 

 

 

 

僕ら4人が話し始めてから十数分後。

 

結局殺せんせーは捕まえることも殺すこともできず何処かに逃げられたらしい。暗殺しに行っていたみんながへとへとになって、あちこちで座り込んでいた。

 

ふと、廊下の窓際で話していた僕らの元へ、磯貝と前原、それに木村の三人がやってきた。

 

「零、ちょっといいか?」

 

「ん?どしたの?」

 

この三人の組み合わせは、確か今回の修学旅行では1班のメンバーだったはず。なんだろ?

 

疑問に思いながらその三人を見ていると、磯貝が懐から何かを取り出した。

 

「零に渡してほしいと頼まれたものがあって……これなんだが」

 

差し出されたのは、両手で包めるくらいの大きさの巾着袋。僕はそれを受け取り、中身を見る。

 

 

 

 

思わず目を見開いた。

 

 

 

 

そこに入っていたのは一粒の鈴。見た目は普通の、ちょっと大粒だということくらいしか変わり種の無い、金色の鈴。

 

 

けど、そこから感じたモノ。そこにある()は……久しく感じていなかったもので、とても懐かしくて……

 

 

……とても、愛おしいもの。

 

 

「……零君?」

 

少しの間、茫然とソレを見ていた僕に、隣にいた渚が声をかけてきた。その声で少しずつ、頭が働くようになる。

 

……そっか。

 

僕はソレを見ながら、思わず微笑んでいた。

 

 

「舞花に、会ったんだね」

 

 

太陽のように輝く金色の髪が、脳裏によぎる。この鈴と、同じ色。

 

舞花……久々に音にした、彼女の名前。

 

 

磯貝と前原、木村の三人が頷いた。

 

「……ああ。今日の班行動の時にな」

 

「途中まで一緒に回ってなー」

 

磯貝の話によると、彼女のことはどうやら殺せんせーが連れてきたらしい。不良に絡まれていたのを助けたのだとか。

 

それでそのまま班行動に加えて一緒に観光し、最後にこの鈴を渡されて別れたのだと。

 

 

曰く、熊除け。

 

 

 

……()、ね。

 

 

……何というか、1班は4班とはまた違ったジャンルのトラブルに遭遇しかけたらしい。本人たちは知らないだろうけど。彼女が犬とかではなく熊という単語を使ったということは、相当ヤバいものがその近くにいたということで。……鈴を誤魔化すのに熊が一番最適だったのかもしれないが。

 

この鈴を渡していたということは、まだ直接の遭遇を避けられる状態で且つ、磯貝たちを信用したということだろう。

 

京都だから遭う可能性は普段より高くなっているけど……磯貝たちはたしか山の方だったから余計に不味かったんだろうね。

 

最後に僕に渡してほしいというのは、この鈴を処理できるのは僕だけだというのと……中に入っているメッセージが理由かな。あとで確認しよう。

 

 

 

「で、あの子。零とはどんな関係なんだ~?」

 

話を聞きながら思考していた僕に、前原がなにやらニヤニヤしながら聞いてくる。傍で聞いていたカルマなんかもニヤニヤしてるし、他の4人も何か期待した目線を向けてくる。

 

……それ、もう分かってて聞いてるよね?

 

思わずため息を吐く。そして苦笑いしながら、彼らに予想済みだろう単語を告げた。

 

 

 

 

 

「恋人だよ」

 

 

 




オリヒロインの名前がようやく出てきました。

次話から「修学旅行の時間 番外」として1班の方での様子をちょっと書きます。

ほぼオリジナルストーリーで、後半オリジナル設定とかがっつり出てきたりしますが……生暖かい目で見てください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間 番外1

今回から修学旅行1班とオリキャラの話を2話構成で投稿します。今回は原作でも語られてた辺りまで。



―――時は椚が丘中学修学旅行2日目。

 

殺せんせーは最初の合流班である1班との待ち合わせ場所に向かっていた。

 

手には八つ橋の袋。旅のお供に買ってきた模様。

 

まだ時間に余裕があるからかマッハを使わず、八ツ橋を齧りながら景色を望み、人とあまり変わらないテンポで移動していた。

 

と、そんな先生の目の前に、妙に既視感のあるような光景が飛び込んできた。

 

「なぁ~お嬢ちゃん、今ヒマ~?」

 

「暇なら俺らと観光しようぜ~?」

 

「見たところひとりだろ?俺らが案内してやるよ~」

 

「あ、え……っ」

 

見るからにガラの悪い学ラン姿の男子高校生が3人ほど、一人のの少女を取り囲んでいた。

 

ぱっと見は中学生くらい、金髪に青い目と外国人のような見た目をした、眼鏡の少女だった。美人というよりかは可愛らしい顔立ちで……胸はデカい。

 

念のため記しておくと、某女暗殺者兼英語教師のように露出度は高いわけではない。ブラウスは第一ボタンまできっちり閉めて上からカーディガンを羽織っていて、スカート丈は膝上だがスパッツをはいている。ガードは固い。

 

そんな少女は、怯えているかのようにギュッと鞄を握りしめ、男子高校生たちからどうにか距離を取ろうとしていた。

 

 

 

と、そこに。

 

「May I help you?(何かお困りですか?)」

 

近くで見ていた殺せんせーがそのすぐ傍に寄り、英語で彼女に向かって声をかけていた。

 

高校生たちはいきなりの事で、しかも英語なので訳が分からないという顔。

 

少女は思わぬ方向からの、想定外の助太刀に驚いて息をのむ。が、これ幸いにと驚きながらもそれに答える。

 

「っ、Yes.I'd like to go to "Saga torokko station". Can you tell me how to get there?(は、はい。トロッコ嵯峨駅へ行きたいのですが。そこへの行き方を教えてはもらえないでしょうか?)」

 

「Oh!It's just right.I'm on my way there.Would you like to go with me?(おお!ちょうどいいですね。私も丁度そこへ行くところなのです。もしよければ一緒に行きませんか?)」

 

「Yes,please!Thank you very much!(是非!ありがとうございます!)」

 

つらつらと流れる英語に、全くついていけない高校生たち。

 

そんな彼らに対して、殺せんせーはヌルフフフと笑った。

 

「外国人をナンパしたいのなら、これくらいの英語は話せないといけませんねぇ?」

 

「え……あっ」

 

そう笑いながら彼女を連れていく殺せんせーを、高校生たちは茫然としながら見送った。

 

ちなみにこの高校生たち、後程E組4班が巻き込まれるトラブルの主犯たちと同じ高校だったが、あちらに比べたらちょっとヘタレでおとなしい奴らだった。

 

 

 

 

 

「あの、ありがとうございます。本当に助かりました」

 

高校生たちが人に紛れて見えなくなった辺りで、助け出された少女は殺せんせーに日本語で話しかける。

 

「ニュ……いえいえこれくらいどうってことない。それにしても日本語お上手ですね」

 

殺せんせーのその言葉に、少女は苦笑した。確かに自分の見た目はそう思われてもおかしくないな、と。

 

「私、こんな見た目ですけど……日本人なんですよ。この間まで数年間ヨーロッパ住まいだったので、少し疎くはありますが」

 

「ニュヤ!?それは失礼しました」

 

驚く殺せんせーに対して、少女は思わずといったようにクスクスと笑う。

 

ふと、少女は殺せんせーをじっと見て、首を傾げた。

 

「その服装……珍しいデザインですけど、もしかして、どこかの学校の教授だったりするんですか?」

 

どうやら、アカデミックドレスを見ていたらしい。

 

「ニュ……ええ、私は中学校の教師をしてまして、今は修学旅行でこちらに来ているんです。これから丁度生徒の班と合流するところなんですよ」

 

「修学旅行ですか!それは、楽しそうですね……」

 

殺せんせーの言葉に、少女は一瞬目を輝かせた。けどすぐに目をそらしていた。

 

「あなたは、お一人で旅行ですか?」

 

「あ、はい。こっちにいる親戚からチケットとか送られてきたのでなんとなく。どこを回るとかは、全然決めてませんが」

 

あはは、と笑う彼女を見ながら殺せんせーはフム、と考える。

 

(初対面の少女のはずですが……なんか気になってしまいますねぇ)

 

もしかするとそれは、少女の纏う雰囲気や笑顔がE組のとある生徒に似ていたからかもしれない。

 

決して巨乳が気になったからではない……はず。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、殺せんせー!こっちこっち!」

 

「お、間に合ったか」

 

二人で軽く雑談をしながら駅へ向かっていると、殺せんせーにとって馴染みのある声が聞こえてきた。彼はその声の……E組1班の生徒たちの方へ向かう。……さりげなく少女の手を引きながら。

 

メンバーは磯貝、前原、木村、岡野、片岡、倉橋、矢田の7人。全員乗車券は既に買ってある模様。

 

「すみませんねぇ。少々人助けをしてまして」

 

「あ……」

 

殺せんせーのその言葉に、生徒たちは先生のすぐ後ろで申し訳なさそうにしている少女に気づく。

 

 

そしてその様子を見た殺せんせーが、爆弾を落とした。

 

 

「みなさん、もしよかったらこの方を一時的に班に加えて貰えませんか?」

 

 

「「「え!?」」」

 

殺せんせーの突然の発言に、生徒たちだけでなく少女も戸惑いの声を上げた。

 

「彼女、一人で京都観光に来ているそうなのですが、行き先は殆ど決めていないそうなんです。見たところ年齢は同じくらいのようですし、もしよかったら皆さんのコースに連れていってあげてください」

 

(……え?いや、確かにここに来るまでに行先は決めてないとは話したけど……)

 

予想外の展開に、この中では少女が一番混乱していた。彼女が彼らと話してみたいと思っていたのは確かだが。

 

一方の生徒たちは、お互いに顔を見合わせている。初対面だよな、とか暗殺計画もあるとこに連れて行っていいのか、とか。そもそもなんでいきなり……というところで、殺せんせーが彼らにこそっと先ほどあった出来事を軽く伝えた。

 

そしてそれにより生徒たちは、これはいつも自分たちに対して行われているようなお節介によるものだと気付いた。

 

「僕たちは別に構いませんよ」

 

磯貝が班を代表して言い、今だ戸惑っている様子の少女に目を向ける。

 

そして殺せんせーが、

 

「あなたも、また変な輩に絡まれたくはないでしょう?」

 

と言ったことで少女もこれが自分を心配してのことだと気付く。初対面の相手に対するものとしては、やりすぎな気もするが……。そしてほとんど即断に近い状態で同行を許した生徒たちにも驚いていた。

 

「……え、っと。本当に、いいんですか?」

 

「いーのいーの!この先生の唐突な行動は今に始まったことじゃないし。あ、私は片岡メグ。あなたは?」

 

クラス委員の片割れであり、しっかり者の片岡が笑いながら前に出て自己紹介をする。

 

「えっと……紫苑舞花です。その、よろしくお願いします!」

 

片岡に腕をひかれながら頭を勢いよく下げる少女に、他の生徒も笑いながら自己紹介を始めた。

 

 

___________________________________________

 

片岡:Side

 

トロッコ列車に乗車してからしばらく。

 

私たち1班は殺せんせーと、殺せんせーが連れてきた紫苑舞花という少女と一緒に列車から見える景色を堪能しながら雑談に興じていた。

 

「窓が無いからすごい迫力ですねぇ。これだけ開放的なら酔いませんし。それにしても、時速25キロとは、速いですねぇ~」

 

マッハ20が何言ってんだ、と

 

八つ橋を片手に景色を眺めながら言う殺せんせーに、1班の生徒全員が思った。紫苑さんがいるから口には出さないけど。

 

そんな中、私たち女子は今日会ったばかりの紫苑さんともあっという間に馴染み、和気あいあいとおしゃべりを楽しんでいた。聞いたところ今年で15歳と、私たちと同い年らしい。ついでに見た目は外国人っぽいけど、日本人なのだとか。

 

「ねえ、ここの駅のお土産、タヌキ饅頭っていうのあるよ!」

 

「わぁ、かわいくてちょっと食べづらそう……ところでさっきから気になってたんですが、その本って観光ガイドにしては厚過ぎますよね?」

 

「ああ、これ?うちの担任特製の修学旅行のしおりだよ~」

 

「え、しおり……ってこの広辞苑みたいなのがですか!?……修学旅行のしおりってそんなに書くことあるんですか?」

 

「いやいや、単純にせんせーが張り切りすぎて作ったってだけで、普通はあり得ないよ。観光名所が軒並み載っているだけじゃなくて、変なコラムまでついてるし……ほら」

 

「えーっと、『八ツ橋をのどに詰まらせたときの対処法』、『京都で買ったお土産が東京のデパートで売っていた時のショックの立ち直り方』、『鴨川の縁でいちゃつくカップルを見たときの淋しい自分の慰め方』……どこまで想定してるんですかあの先生。これとか普通思いつかないと思うんですけど……」

 

「だよねー。けど読んでて結構面白いよ!」

 

「というか、倉橋さんそのしおり持って来てたんだ……」

 

紫苑さんは最初かなり遠慮気味で緊張していたようだけれど、話しているうちにだんだん打ち解けていったみたいで、私たちも気にせず自然と話すようになっていった。

 

話していてなんとなく、ほっとけない子だなって思った。殺せんせーが連れてきたので何かある子だと最初は思ったけど、話を聞く限りだと100%殺せんせーの善意で連れてこられたみたいだし……。ああでもこの子巨乳っぽいし、殺せんせーが気になったのはしょうがないのかもしれない。

 

 

電車が、トンネルを抜ける。

 

 

また外の景色が見えるようになったそこで。今度は、私たち1班のメンバーが少し緊張し始めた。

 

 

……そう、私たちの計画した暗殺の決行場所が近くなってきていた。

 

「あっあの川、向こうの方に船見えてきてるね!」

 

「あ、あれが保津川ですか。川下りが名物の……」

 

「確かもうそろそろ一旦停車するはずだよ」

 

「その頃にはあの船もっと近づいてきてるから、よく見れるよ!」

 

紫苑さんは何も知らない一般人。先生にも彼女にも不自然さを感じさせないように会話を続ける。その辺は私たちの中でも倉橋さんがよく話しかけていた。二人はどうやら気が合うらしい。

 

……なんだろう、ここに癒し空間が形成されている気がする。

 

 

 

そして、電車が停車する。

 

そこは保津川橋梁。橋下の木陰からスナイパーが狙っている筈だ。

 

「あ、ホントにいいタイミングで船が近づいてきました!」

 

「言ったとおりでしょ?ねえ、見て見て殺せんせー、川下りしてるよ!」

 

「おぉ!」

 

倉橋さんが船を指さしながら、殺せんせーに声をかける。

 

殺せんせーが船を見ようと窓から乗り出したその時が、スナイパーへの合図。

 

 

 

……結果は。

 

 

「おや、八ツ橋に小骨が。危ないこともあるもんですねぇ」

 

「「「……は?」」」

 

……えーと。

 

詳しくは見えなかったけど、どうやら殺せんせーは八つ橋でライフルの弾を止めたらしい……あのもっちもちした物体で挟んで。……ちょっと予想外すぎて反応に困る。

 

しかも小骨が、なんて白々しすぎるし。

 

「……え……っと、そんなに大きいのは小骨なんて言わないと思いますけど……っていうか、八ツ橋に混ざるものなんですか?」

 

「あーいや、紫苑さんはあまり気にしないで」

 

「そうそう、先生よく変な物当てるから」

 

頭にハテナマークを浮かべているような顔で殺せんせーを見ていた彼女をどうにか誤魔化した。というか、最初に突っ込むところそこなんだ……。

 

 

 

はぁ……2班に連絡しよ。

 

片岡:Sideout

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修学旅行の時間 番外2

前回に続き今回はがっつりオリジナルストーリーです。


トロッコ列車を降りて殺せんせーと別れたE組1班+αは、付近の景色を楽しみながら観光を再開していた。

 

「できれば京都は秋に来たかったなぁ……。紅葉が綺麗らしいよ~」

 

「まあ、今の緑生い茂った景色も十分素敵だと思うけどね」

 

岡野と矢田が周りの木々を見ながら口々に言う。それに対して、前原がおいおい、と反論する。

 

「秋なんかに来たら、他の修学旅行生とか観光客でごった返しで大変だぞ。さっきのトロッコ列車も乗るの大変だっただろうし」

 

「そもそも秋は行事が目白押しだから、修学旅行の入るスキはねーな……」

 

「そう考えると、今の時期に来ておいた方が楽なんだよな」

 

 

自分たちの暗殺計画が終わった生徒たちは、失敗したにもかかわらず心配事がなくなったからと伸び伸びとしていた。

 

ちなみに殺せんせーが次に向かった2班の暗殺についても、既に失敗したという連絡が来ていた。

 

 

 

途中で軽い昼ご飯を取り近くの寺院などを見た後、竹の立ち並ぶ道へと入っていく。

 

「おお~、ここまで来ると壮観だなぁ」

 

「それに、静かだから歩いていて落ち着くねー」

 

「虫の声は結構聞こえるけどな」

 

昼食後の眠くなる時間。みんなでのんびりと時間をあまり気にせずに歩く。

 

そんな中で一人、あまり話さずにどこか気を張っているような少女がいた。

 

「舞花ちゃん、さっきからだんまりだけどどうしたの?」

 

「……!陽菜乃ちゃん……ううん、何でもないですよ」

 

倉橋が声をかけると、その少女……舞花は一瞬驚いた顔をした後、苦笑気味になって答えていた。

 

「なにか不安があるなら言ってみたら?今日会ったばっかりだけど、私たちそういうのあんまり気にしないからさ」

 

「そうそう。そもそもおかしな日常過ごしてるからねー。初対面とかもう気にしてる暇ないっていうか」

 

「もう紫苑さんも班員みたいなものだよねー」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

倉橋に続き片岡、岡野、矢田と女子たちが続いて明るく話しかけていた。それに対して舞花は少し調子を戻し、笑顔でお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

一方、男子たちは。

 

「いやー、紫苑さんってかわいいよなー」

 

女子たちのその様子を見ながら前原が一言。それに対して磯貝が呆れの目線を向ける。

 

「なんだ前原。口説くつもりか?」

 

「お前いま彼女……C組の子だったっけ?また浮気か?」

 

木村も加わって二人で問い詰める。

 

「お前ら俺をなんだと思ってんだ!そりゃ朝会ったときは食事誘おうかとかちょっと考えたけど」

 

「考えたんかい」

 

木村が突っ込む。磯貝はやっぱりか……と頭を抱えてため息を吐いていた。

 

それに対して、前原はうーんと唸りながら、一言。

 

「紫苑さんって、多分彼氏いるぞ」

 

「おお……そんなのよくわかるな」

 

「なんていうか……勘?雰囲気でなんとなくいるかいないかは分かるんだよな……」

 

「さすがは女の敵」

 

「ああ、そんな特技があったとは」

 

「ついでに俺らの知り合いかも……っておいっ!?さっきからお前らは俺の事なんだと思ってんだよ!!」

 

「何って……」

 

「そりゃあ……」

 

前原の2度目の叫びに、磯貝と木村は顔を見合わせる。そして前原の方を向くとそろって一言。

 

「「女泣かせのクソ野郎だけど何か間違ってるか?」」

 

「酷い!?」

 

見事にハモって同じ言葉を言い放った。

 

男子二人による容赦のない一言にショックを受ける前原。

 

落ち込んだ前原に、途中から話を聞いていた岡野が自業自得だと言ってさらに追い打ちをかけていた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、なんか静かすぎない?」

 

ふと、倉橋が周りを見回しながら声を上げた。

 

「ん?まあ、人気ないしな」

 

それに対して復活した前原が同じように見回して答える。それに対して、倉橋は首を横に振った。

 

「さっきまで虫の声はうるさかったじゃん。なのに今は全く聞こえないよ」

 

「っていうか、ここ観光地だよな。一人二人くらいはここまでですれ違いそうなもんだな」

 

磯貝も倉橋に同調する。黙り切った彼らの周りで聞こえるのは、葉が擦れる音だけ。

 

気付いてしまえば不気味なことこの上ない。そして他に人が見当たらないにも拘わらずどこからか、視線を感じるような気さえしていた。

 

「……ねぇ、これ結構ヤバそうな気がしない?」

 

「なんかよくわかんねーけど、俺の勘が逃げろと言ってきている」

 

片岡の言葉に前原が冷や汗をだらだらと流しながら同意した。

 

「ねえ、電波立ってないんだけど」

 

岡野が不安になって携帯を取り出していたが、繋がらないらしい。

 

 

しん、と静まり返る。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリッピリリリリッ……

 

 

 

静まり返ったその場に突如響いた電子音。

 

その音に、ほぼ全員がビクッとした。

 

「あ、すみません。ちょっと連絡が」

 

舞花がそう言って、手に持っていた携帯を弄っている。ちなみにその携帯は、なんと今時少ないガラケーだった。

 

「……あれ?」

 

倉橋が首をかしげる。携帯の音が鳴り響いた瞬間のこと、彼女には一瞬何かが割れるような音が聞こえていた。

 

それを切目にまた虫の声が聞こえ始める。

 

「あ、電波立った!」

 

「あ、メール来た。……3班失敗か」

 

携帯も無事繋がるようになったようだ。

 

生徒たちはとりあえず周りの不気味な静寂が無くなったことにホッとした。

 

 

「すみません。今、知人から呼び出しをされてしまったので、私はここで別れます」

 

パタンッと。携帯を閉じた舞花が彼らに対し、申し訳なさそうに言う。

 

「呼び出し?」

 

「はい。どうやらたまたま近くにいたようなので。……それと」

 

そう言いながら彼女は鞄の中を探る。

 

「これ、とりあえず持っといてください。熊除け(・・・)です」

 

そして取り出したのは、手のひらに乗るくらいの大粒の鈴と、それが入るくらいのサイズの巾着袋。それを磯貝に渡した。

 

手から手へ渡った瞬間にカランッと音が鳴った。

 

 

「「「熊?」」」

 

「最近ここら辺で、()が出るらしいんですよ。さっきの様子だともしかすると、近くにいるのかもしれません」

 

「……え、マジで?」

 

それを聞いた前原が身震いをした。いくら普段暗殺の訓練を受けているとはいえ、そんな猛獣に出会ったらたまったもんじゃない、と。他のメンバーも冷や汗を浮かべたり、顔を青くしている。

 

「はい、なので念のため暫く持っておいてください。……それと、」

 

舞花は一拍置くと、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「後でその鈴を、皆さんのクラスメイトの零に(・・・・・・・・・・・・・)、渡しておいてください」

 

 

 

「……え、零に?」

 

「知り合い、なの?」

 

……なぜ自分たちのクラスメイトを知っているのか、なぜ零なのか。

 

それを聞こうとする彼らに対し彼女は、人差し指を口元にあてた。

 

「彼に聞けば、分かります」

 

さっきまでとは違い、可愛らしさの中にミステリアスな雰囲気さえも感じる彼女に、何も言えなくなる生徒たち。ここで前原は何かを察し、ほぅ、とニヤけていたが。

 

その中でも、倉橋が彼女に向かって、ねえ、と声をかけた。

 

「また、会える?」

 

倉橋は、生徒たちの中で一番舞花と仲良くなっていた。なので彼女とはこれっきりになるのは嫌だ、と思っての言葉だった。

 

その質問に、虚を突かれたように目を見開く舞花。でもすぐに、クスクスと笑った。

 

 

「週明けからは毎日のように会えると思いますよ。山の上の校舎で」

 

 

 

 

 

……その言葉の意味は。

 

 

「それって、まさか……っ」

 

それを聞いて、少し間を開けてその意味を理解した倉橋は顔を輝かせた。舞花はそれに頷く。

 

「そのまさか、です。あ、他の人にはあまり言わないでおいてくださいね。『殺せんせー』とか、驚かせたいので」

 

この言葉で、他のメンバーも意味を理解する。

 

「……あ、なるほど。りょーかい」

 

「まさか旅行先で偶然出会った女の子が転校生だなんて、殺せんせーどんな反応するかねー」

 

「たしかにー。多分せんせーも気づいてなかったと思うし」

 

「ついでに、旅館で零に会うのも楽しみだな。あいつもどんな反応するか」

 

驚かせたい、の言葉で生徒たちはいつもの調子に戻っていた。なんというか、この少年少女たちは適応能力が高すぎる。これも殺せんせーによる教育の賜物か。

 

 

「あと、その鈴なんですけど。ちょっと動くだけで鳴るので、この林を抜けたらその巾着袋に入れてください。そしたら聞こえなくなりますから」

 

「え、あー……確かにさっきから鳴りっぱなしだもんな」

 

その鈴は磯貝の手に渡ってからというもの、カランカラン鳴り続けてうるさい。

 

「あれ、舞花ちゃんは鈴なしで行くの?」

 

「私は熊とか慣れてるので。出会った時の対処法なんかも一通り」

 

「猛獣を相手に……見かけによらず、凄いね」

 

「育った環境が環境だったもので……それじゃあ、また会いましょう」

 

 

「……うん、また学校で!!」

 

 

そうして彼らはここで、別れることになった。

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

「さて、と」

 

1班の生徒たちと別れ、舞花は一人歩きだす。

 

暫く道なりに行ったと思ったら途中で脇にそれ、茂る草や木をかき分けながら進む。その頃にはまた虫の声が途絶えていた。

 

(まさか、隔離結界を作れるほどに強いモノがいたなんて……携帯のアラームは正解だったかな)

 

ちなみに先ほど彼女のガラケーから発された電子音は、メールの着信音ではなくただのアラーム音だった。その場で音を誤魔化すため咄嗟に仕掛けたもの。連絡もあったのは確かだが、それはアラーム音を鳴らすと同時に張られていた結界を破ったから届いたものだった。

 

ちなみにその時届いたメールには一言、ソレは任せた、とだけ。

 

 

ため息を吐きながら彼女は鞄の中を探る。

 

取り出したのは白いクロスボウ。ただし、そこに矢はついていない。

 

鞄をその場に置き、舞花が準備を終えたときには、目の前にソレが見えていた。

 

(……うわぁ。デカいなー……寄り集まって密集してるのかな)

 

それの見た目は、3~4メートルくらいの高さのモヤモヤした影のようなもの。輪郭が不明瞭なソレは、遠目に見れば毛むくじゃらの動物の影に見えなくも……ない。

 

 

ソレは、彼女がさっき生徒たちに熊と表現したものだった。

 

 

目の前にしてみれば……どう見ても熊どころか普通の動物にも見えないソレに対して、彼女は怯えなどなくまっすぐに観察する。まだ、こちらに気づいていないのか、その場から動くそぶりは見せていない。

 

一先ず、と彼女は足元に落ちている石を一つ拾うと、僅かに()を込めてソレに向かって投げた。

 

石はソレにしっかり命中し、当たった場所の周り数十センチくらいが抉れる。が、すぐに抉れた部分が元のように黒い靄に覆われる。

 

「……穴熊崩しにいく時って、こんな気分なのかなー……やる気ないけどっ」

 

あはは、と乾いた笑いを浮かべながら。自分へと猛スピードで近寄ってきた()から大きく飛びのくことで距離を取る。

 

今のはあくまで小手調べ。自分の居場所を知られるのと引き換えにあの密集しているモノの密度を見るための一手。

 

舞花は手元のクロスボウを構える。()を込めていくと一本の金色の矢が現れ、装填されていた。

 

その間にまた目の前まで近寄られていたが、彼女が上に大きく飛び上がったと共にチリンッと鈴の音が響き、熊は動きを止めた。

 

その音は、舞花の髪留めに着けられた鈴からのものだった。その鈴は何故かここに来るまでに一度も鳴っていないにも拘らず、その一度だけやけに周りに響き渡った。

 

その隙に。

 

 

 

「“この者の星を、正しき道へ”」

 

彼女の発するその言葉と共に、ほぼ真上からその熊へと金色の光が飛来する。

 

その光はソレをあっさりと貫通するとともに、大きく爆ぜた。

 

爆風のないそれは数秒後に何事もなかったかのように消える。そしてさっきまでそこにあった熊は、小さな何かの破片を残して消えていた。

 

 

 

 

 

 

パチパチパチ……

 

スタッと少し離れたところに着地した舞花の後ろから、徐に拍手が聞こえてきた。

 

彼女はため息を吐き、振り返りながらその音の主へ声をかける。

 

「居たならちょっとは手伝ってくださいよ。風花姉」

 

「あんたに手伝いなんて必要あったんー?一撃で終わっとったし」

 

舞花の声に反応して出てきたのは、長い黒髪の巫女服を着た女性。大型犬くらいの大きさの狐に腰を掛けている。

 

その女性……風花は口をとがらせる舞花を見て、コロコロと笑っていた。

 

「さすがやなー。最後に会うた時よりえらい強なってるし」

 

「……というか、あなたが動けるなら、私がこっち来て処理する意味あったんですか?」

 

「こっち来た意味ならあったやろ?あの子らとか」

 

「……もしかして、そのために東京から態々私を?」

 

「それもあるけど、加えて今の京都じゃあ“怪異”関係の人手足りてへんさかいなぁ」

 

その言葉に、舞花は顔を顰める。

 

「……せめて事前に要件くらいは説明してください。いきなり時間帯メモとチケットだけ送られてきてもどう行動すればいいのか分からないです」

 

この風花という女性は、自分だけが理解してればそれでいいというかのように、報連相を滅多にやらない厄介者だった。そしてそのとばっちりを食うのは彼女の傍……京都の裏で働く職員たちと、能力の関係で相談することの多かった舞花だった。

 

「出会いちゅうのんは、ぶっつけ本番がええと思うで」

 

「はぁ……もういいです。帰りますね」

 

風花の言葉に、舞花はガクッと肩を落とす。色々反論したいことはあったが、もうこれ以上何を言っても反省のはの字も無いだろう。

 

今は無駄に話して時間を費やすよりも、休むためにも早く家に帰りたいという気持ちが強かった。ただでさえ京都に来てからいつも以上に遭い(・・)すぎていて、その上コレだ。

 

途中で放置した鞄を手に取り、パッパと土を払う。

 

「そや。聞きたいことあったんやけど」

 

「……何ですか」

 

今思い出したとばかりに声を上げる風花に、思わずジト目で返す舞花。

 

そんな睨まんでも~と風花は笑いながら一言。

 

「噂の超生物せんせ、どないな感じやった?」

 

少し想定外の質問だったのか、舞花は目を見開く。

 

けどすぐに何を答えるべきかを考える。出会ったことをなんで知ってるのかとか、そもそも国家機密なのにとかは今更疑問にならない。そもそもこの女性は、事前に時間指定とチケットを送れるくらいにはかなり強い先見の力を持っている。……気まぐれにしか使わないけど。

 

 

暫しの間。

 

 

彼女は風花から目を逸らし、空を見上げてその答えを言う。

 

「……見た目は妖怪じみてますけど、私たちから見たら人間ですよ」

 

「やっぱしそうか。……ちゅうことは、うちの組織から人員出せへんやん」

 

「……ですねー。私は内容が違うので例外みたいなものですけど」

 

「あーもう、めんどいなぁっ!あっち(・・・)のジジババ共にも説明せなあかんやん。ただでさえ、月のせいであいつらの気ぃ立ってるちゅうのに」

 

《だぁれがババァだこのクソガキがっ!》

 

「ゲフッ」

 

風花が我慢できないというかのように愚痴を叫ぶと、“ジジババ”というフレーズに反応した足元の狐が彼女を振り落とすと、その腹部に飛び蹴りをかまして吹っ飛ばした。

 

……さっきからその場に居ながらも今、唐突に口を開いたこの狐。大きさ的にも普通ではないが、尾が3つに分かれている。つまり妖狐である。

 

風花は慣れているのか、蹴られたお腹を抑えながらもしっかり着地していた。んで、そのまま睨み合いが始まる。

 

そして瞬時にその場に新たに形成される隔離結界。

 

「あー……なんで関係者連れてきたくせにその前で禁句言っちゃいますかね……」

 

舞花はその様子に頭を抱える。こうなったらしばらくこの一人と一匹は喧嘩を続けるだろう。

 

次第に風やら炎やらが吹き荒れ始める。結界がなければ大惨事になっていただろうこれは、普通に巻き込まれたらたまったものじゃない。

 

 

 

少女は面倒ごとに巻き込まれる前にと、その場を退散した。

 




次にもう一回オリジナルを入れてから転校生回に行きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恋人の時間

改稿中です。




零:Side

 

修学旅行最終日である今日は、午前中の短時間をまた班行動で観光に費やし(ほとんどお土産買い漁る時間みたいになったけど)、昼食をとった後帰りの新幹線に乗った。

 

新幹線内じゃあ、みんな疲れて寝てた。八割方は新幹線動き出したときには落ちてたし、僕もなんとなく窓の外見てたらいつの間にか寝てて、気付いたら品川だった。

 

……起きた僕に隣のカルマがトントンと肩を叩いてきた。何?と聞こうとしたらカルマはしぃーっと人差し指を口に当ててジェスチャー。

 

そして彼の指がそのまま僕の前を指す。

 

 

 

「……んぅ……」

 

「……むにゃむにゃ……」

 

そこでは、渚と茅野さんがお互いに寄りかかる様に寝ていた。茅野さんの頭が渚の肩に乗っかってる。

 

……なんか、とても微笑ましい。

 

 

ついでにパシャッと隣で小さなシャッター音。音がなるべく響かないようにハンカチで包みながら、カルマがスマホを構えていた。……うん、すごくいい笑顔をしている。渚たちをからかう材料にする気のようだ。

 

離れた席から殺せんせーが同じようにカメラを構えていたのは余談。

 

 

 

 

 

どこからかクスクスと、ひそかに……嬉しそうに笑う声が聞こえたような気がしたのも、余談。

 

周りを見渡しても、それらしき姿は見当たらなかった。

 

 

___________________________________________

 

 

JR椚ヶ丘駅で解散し家に帰りつくと、荷物はリビングにおいて自室に直行。そのままベットに倒れこむ。

 

「疲れたー……」

 

思わず声に出して呟く。新幹線内で寝てたりしたけど、案外移動疲れとかあるんだな……。

 

自宅に帰ってきたという安心感と、修学旅行が終わってしまったことに対する言い表せない寂しさとでなんか変な感じ。こんな感覚は初めてだ。

 

ふぅーっと息を吐く。この3日間であった出来事を頭が整理し始める。その中で昨日の旅館での出来事を思い出し、制服のポケットを探る。

 

そこに入れていたのは、鈴の入っていた巾着袋。磯貝から受け取った、彼女からのメッセージ。

 

 

袋を逆さにして振ればコロンと出てきたのは鈴ではなく、小さな金色の折鶴。

 

この鶴は恐らく、さっきまでは鈴だった物。僕が一人になったとき、あるいは家に帰りついたときに変化するようになっていたんだろう。

 

その鶴を丁寧に開いていけば、紙の裏に何かが書いてある。そこには明日の日時と、近くの公園の名前が記してあった。

 

 

___________________________________________

 

 

翌日、午前10時半。

 

伝えられた時間は11時だったけど、とりあえず30分前に来てみた。そしたら既に、彼女はそこにいた。

 

久々に見る金髪の少女が、公園の奥にあるベンチに座ってる。その膝に黒猫が丸まっていて、彼女にその背を撫でられているのが見える。

 

僕が彼女に近づくと、黒猫がいきなりガバッと起き上がってピュンッと擬音が付きそうな感じで逃げていった。……なんか怖がられるようなことしたかな……。

 

彼女は逃げていった黒猫を苦笑しながら眺め、そして僕の方を向いた。

 

僕は頬が緩むのを感じながら、軽く手を振る。そしたら、彼女の目元に急激に涙がたまっていくのが見えた。

 

「零……っ」

 

僕の名前を呼びながら勢いよく抱きついてくる少女。最後に会った時より背は伸びてるけど……意外に小さいかな。印象は全然変わらない。

 

「……おかえり、舞花」

 

最初になんて声をかけようかと昨日とか散々悩んでたけど、いざその場面になるとするりと自然に言葉が出てきた。

 

周囲にはいつの間にか隔離結界が張られていた。まあ、人前だとちょっと恥ずかしいもんね。

 

「ただいま、零。ずっと……会いたかった……っ」

 

殆ど涙声の彼女に、僕はちょっと笑いながらその背中を撫でた。あの頃からあんまり変わってなくて、少しホッとした。

 

 

 

 

 

……ちょっとまて。

 

「……舞花。ちょっと熱っぽい気がするんだけど。君……もしかして何か無茶した?」

 

「え?……えっと……っ」

 

彼女の耳裏辺りに手を当てて体温を確かめると、明らかに異常な熱さだった。少なくとも38℃後半はある……ていうか、体がふらついてるし……!

 

「……っとりあえず僕の家に行こう。これは安静にしないとだめだ」

 

「いや、これくらいなら平気……」

 

「なわけないっ!昔そう言って数日寝込んだのを忘れたの!?」

 

「うぅっ……」

 

少なくとも、両手の指で数えきれないくらいはあった出来事だ。彼女は少しでも体調が悪い時に放っておくと、そのまま無理を重ねて最悪1週間は寝込む。まだ40℃越えに至ってないから、すぐに休ませれば1~2日くらいでどうにか収まるはず。

 

詳しい話は家で聞くことにして、彼女の体を抱えて自宅へ最短距離で向かう。フリーランニングを駆使すれば1分もかからない。

 

 

 

 

 

 

「全く……ほんっとに変わってないなぁ」

 

自宅に着いて、いくつかある空き部屋の一つのベットに舞花を寝かせる。そしたら彼女はすぐにすとんっと落ちるように寝た。……やっぱり相当負荷溜まってたんだな。

 

とりあえず冷凍庫から氷枕取って来よう。確か一つは買ってきて突っ込んでおいたはず。あと体温計は……っとあったあった。

 

それと昼ご飯に軽く何か作らないと……。

 

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ……

 

「へっ!?」

 

と、いろいろ考えながら台所に向かおうとしたそのタイミングで、どこからか携帯の着信音が聞こえてきた。

 

聞きなれない音にちょっと驚いて変な声出た。僕の携帯じゃないとすると、舞花のか。

 

……案の定、彼女の上着からこぼれ出ているスマホを発見。ただ、表示画面に名前は出ていないから、電話帳未登録の番号だ。

 

……一応、出た方が良いのかな。数字の並びからして携帯からではないけど……。

 

無視するとか切るとかの選択肢は何となくする気が起きなかった。舞花を起こすのは今の状態では論外なため、そのまま通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

〔……君は零君、ですか?〕

 

……ドンピシャで名前当てられた。これ舞花の携帯なのに。

 

「……確かにそうですが、どちら様ですか」

 

警戒して少し自分の声が硬くなる。

 

〔……ワールドガーディアン社の紫北瞬です。お久しぶりですね、零君〕

 

「……っ!?」

 

電話の向こうから発せられた想定外の単語に、息をのんだ。

 

それは憶えのある名前だった。……舞花の実家が経営している会社名と、彼女の保護者の名前。

 

昔の僕も散々お世話になった人。

 

「……お久しぶりです、瞬さん。なぜ僕だと判ったんですか?」

 

〔声紋分析と、通話ボタンを押す際の指紋分析と霊紋で。……GPSデータから住居に入ったようですが、舞花さんは寝ておられますか?〕

 

……この携帯、セキュリティーがとんでもなく高性能だ。

 

「あ、はい。明らかに体調がおかしかったので、家で寝かせてます」

 

〔やはり限界が来てましたか……〕

 

電話の向こうから瞬さんの溜息が聞こえてくる。ついでに向こうから聞こえてくる雑音がかなりひどい。結構バタバタしているようで……。

 

〔……すみません、一晩舞花さんをそちらに泊めて貰えませんか〕

 

「構いませんよ。……そっち忙しそうですもんね」

 

〔それもあるのですが……舞花さんはこちらに居ると、体調を崩していてもそれを隠して手伝いに来るのです。そちらに押さえ込んでおいてください〕

 

「あはは……了解です」

 

〔それでは失礼します。……詳しい話はまたいずれ〕

 

プツンと通話が切れる。

 

 

……とりあえず、卵がゆでも作るか。

 

 

 

 

その後ぴったり3時間後に舞花の目が覚めた。

 

「37.8℃か。少しは熱下がったみたいだね」

 

「……多分明日には平熱になるはずだよ。ありがとう」

 

彼女の顔色もさっきよりは大分マシになったし、食欲もある。さっき作った卵がゆしっかり食べてくれたし。

 

「どういたしまして。でも……あんまり無茶して心配かけさせないでね」

 

「……うん、気を付ける。……でも零、その言葉はそっくりそのまま返すよ」

 

……ん?

 

「僕は……そんな心配かけるようなことしたっけ?」

 

少なくとも、舞花と一緒にいるときはいつも彼女の方が色々災難に遭って、瞬さんとか風花さんとかに心配されまくってたと思うけど……。

 

僕が首をかしげると、舞花は深くため息を吐いた。

 

 

行方不明だった(・・・・・・・)あなたを、瞬さんが心配していなかったとでも?」

 

 

……咄嗟に言葉が出なかった。

 

 

「零が……零の家族がいきなり音信不通になってすぐ、瞬さんたち必死で探し回ったんだって。でもどうやっても誰一人として足取り一つ掴めなくて、風花姉に頼み込んで“夜の領域”の人たちにも手伝ってもらって、それでも見つけられなかった」

 

 

…………行方、不明。

 

「瞬さんから聞いたときは血の気が引いたよ……。私が星を辿って漸く居場所をつかめた」

 

俯いて、布団を硬く握りしめながら彼女が語る情報に絶句した。……僕が考えていた以上に大規模な捜索がされていたらしい。まさか“夜の領域”の住民……怪異たちにまで協力させてたなんて……。

 

……それでも、舞花が帰ってくるまで手掛かりの一つもなかったと。

 

「……てっきり、僕の事なんか忘れ去られてると思ってた」

 

「なわけないでしょ馬鹿っ。……瞬さんは片時も忘れたことはなかったって。もちろん私も」

 

「……ごめん」

 

僕の言葉を即答で否定した彼女は、また泣きそうな顔してた。っていうか既に涙がボロボロ零れてた。

 

僕はそっと、彼女の頭を抱きしめた。

 

___________________________________________

 

舞花は、詳しい事情を聞いてくることはなかった。

 

星を辿った、と言っていた。それなら詳細は知らずとも、部分的に把握してしまったものがあるんだろう。

 

まあ、僕も出来ることなら知られたくない……思い出したくもないことも色々あるし。

 

 

 

 

 

「……そういえば私、週明けから零のクラスに編入することになってるよ」

 

「ああ、やっぱり。そんな気はしてたけど……依頼内容は?」

 

「……表向きは他の人と同じ暗殺依頼。実際は護衛、かな。一応うちからの派遣は私だけってことになってる」

 

……なるほど。

 

舞花の家が経営している『ワールドガーディアン社』は民間護衛会社で、彼女は非正規ではあるけど社員の一人だ。そっちから依頼が回ってきたんだろう。

 

「他の人はサポートとかにも派遣されないの?」

 

「……月があんなことになった影響なのか、今世界中で怪異関係が大騒ぎしてて人手が足りてない。風花姉がキレてた」

 

あー……なるほどね。確か月って、神とか怪異にとってかなり重要なものだったはず。

 

……なんか凄くめんどくさいことになってるらしい。

 

 

「通学はどこからにする?やっぱ会社から?」

 

「うん、そのつもり。さすがに実家は遠いし、本社なら充分近い」

 

ちなみに彼女の実家は人里離れた山の中だったりする。交通手段も少ないので通学には限りなく不便だ。

 

「確か本社はこっからも近いっけ。一緒に登校する?もう一人隣んちのクラスメイトも一緒になるけど」

 

そのクラスメイトとはもちろんカルマの事。

 

「そうだね、一緒に登校したいな。ちなみにそのクラスメイトってどんな人?」

 

「成績優秀素行不良。あと人をからかうのが大好き」

 

「……キャラ濃いね」

 

「……うん」

 

……まあ、カルマに限らずうちのクラスは結構キャラ濃いような……。

 

 

ピコンッ

 

 

と、そのタイミングで僕の携帯にメールが届いた。

 

えーと相手は……烏間先生か。

 

どうやらE組クラスメイト全員に一斉メールで送られているもののようだ。ってことはもしかして……

 

 

『明後日から転校生が二人ほど加わる。片方は多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接してほしい』

 

 

やっぱり、転校生についてのメール。……けど、二人?

 

舞花の他にもう一人来るということか……。でもこの文面、外見で驚くって一体どういうことだろう。……怪異のような人外が来るとか?

 

 

 

とりあえず、またキャラが濃い人が増えるんだろうなということは容易に察することができた。 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生の時間

改稿中です。

今回から転校生たちのメイン回です。


修学旅行明け最初の授業日の朝。

 

「おはよー、零」

 

「おはよう、カルマ。今日は学校行く前にちょっと寄りたいところあるんだけど」

 

「転校生彼女のところでしょ?お熱いね~」

 

「何で知ってるの!?」

 

 

……侮れないカルマの勘に目を見開く零だった。

 

 

___________________________________________

 

渚:Side

 

僕は今、E組の教室に続く裏山の道を杉野と一緒に登っている。

 

「はぁ……今日から通常授業か~」

 

杉野がめんどくさそうに呟く。まあ、ついこないだまで修学旅行の準備のために特別授業になってたりしたし、そこには同感。

 

「よう!」

 

「あ、おはよう磯貝君」

 

後ろから声をかけてきた磯貝君に、杉野と立ち止まる。

 

「お前らさ、烏間先生からの一斉メール見たか?」

 

「あ、うん」

 

彼の言葉に、そういえばあったなと思いながらバックの中を探って携帯を取り出す。メール欄の最新メールを開くとそこにあるのは、

 

『今日から転校生が二人加わる。片方は少々変わった外見だが、あまり騒がず接して欲しい』

 

という文章。

 

「この文面からしても、また殺し屋だよな……」

 

「うん……」

 

零君に続いてまたくるであろう同い年の殺し屋。でもこの「変わった外見」っていうのは……?

 

「それな!」

 

「うわぁ!?……岡島君?」

 

「いきなり出んな!」

 

横からずいっと大声と共に顔を出してきたのは岡島君。なんかやけにテンションが高い。

 

「お、おう岡島。朝から元気だな……どうした?」

 

「昨日烏間先生にな、その転校生の顔写真とかありませんかってメールしたら、これが返ってきた!」

 

そういって岡島君が携帯の画面を見せてくる。

 

そこには、紫色の髪に赤い目をした女の子の顔写真が写っていた。

 

……っていうか、

 

「……待ち受けになってる」

 

「岡島お前……」

 

なにやってんの、とちょっと呆れる。けど、

 

「まあ、普通にかわいいな」

 

「だよなっ!仲良くなれっかな~」

 

その顔写真を見る限り、とてもじゃないけど殺し屋には見えない。あ、でもそれは零くんに関しても言えることだった……。

 

とりあえずなんか携帯掲げながらはしゃぎ回っている岡島君は放っておこう。

 

でも転校生は二人来るって言ってたから……。

 

 

「やっほー、こんなとこで何やってんの?」

 

「……岡島はなにがあったの、あれ」

 

後ろから聞きなれた声が聞こえてきたので振り返る。

 

「あ、おはよう!カルマ君に零君……ってあれ?」

 

「君は……?」

 

案の定カルマ君と零君がいたのは確かだけど……その傍にもう一人、知らない女の子がいた。

 

金髪に青い目で眼鏡をかけていて……なんとなくどこか零君に似てる気がする。

 

「お、紫苑さん。数日ぶりだな」

 

磯貝君が軽く手を挙げて挨拶してた。知り合い?……というかこの場所で会うってことはもしかしなくても……

 

「京都以来ですね、磯貝君。そちらのお三方は初めまして。今日からE組に編入する、紫苑舞花です。これからよろしくお願いします」

 

その子は丁寧語でぺこり、と頭を下げる。

 

やっぱり、さっきの写真の子とは違うもう一人の転校生だ。

 

「あ、うん、よろしく。僕は潮田渚、渚で良いよ」

 

「俺は杉野友人、よろしくなー」

 

「俺は岡島大河!よろしく紫苑さ「あ、岡島は舞花の半径5メートル以内に近づかないで」……ひどい!?」

 

僕と杉野が軽く自己紹介をし、岡島君もそれに続いて紫苑さんに声をかけようとしていたけど、近づこうとしたところで零君が遮った。

 

いや、まあ……岡島君の目線がどこ向いてるかで理由は察した。

 

「お前……初対面の人の胸凝視して鼻血垂らす奴がいるかよ……」

 

「いや~彼氏は大変だね~零。変態から彼女守らないといけないって」

 

杉野は岡島君に呆れ、カルマが零君にからかうような口調で……って、え?

 

今、さらっとカルマ君がすごい事言ってたような……。

 

同じく聞き逃さなかった杉野もポカーンとしてる。零君はそんな僕らを見て苦笑いして、

 

「……ああ、うん。舞花は僕の彼女だよ」

 

「……ま、マジか。前に言ってた人か」

 

あー……なんか納得した。道理で見たときなんとなく似てると思った。前に確か、従妹って言ってたはず。

 

……それに、修学旅行の時に1班の磯貝君たちが零君の彼女に会ったって言ってたっけ……。あの時言ってた名前も一致する。磯貝君が動じてないのはそういうことか。

 

紫苑さんは零君の後ろで顔を赤くして、ちょっと恥ずかしそうに俯き気味になってた。

 

……近くで打ちひしがれてる岡島君は、とりあえず放っておこう。

 

 

 

「そういえば、紫苑さんは零君と同じ……その、殺し屋とかだったりするの?」

 

一緒に校舎に向かって歩きながら気になってたことを聞いてみる。けど紫苑さんは首を横に振った。

 

「舞花は殺し屋じゃないよ。それにここに編入することは、殺せんせーが来る前から決まってたことなんだ」

 

「殺せんせーが来る前から?」

 

「詳しい話は長くなるので省きますけど、両親と知り合いだった理事長が数年前に取り付けてくれた約束で、学校に通う機会のなかった私が少しでも通えるように取り計らってくれたんです」

 

それにこれは色々特殊なケースなので殺せんせーが居ても居なくてもE組でしたね、と紫苑さんは苦笑しながら言った。

 

つまり……零君みたいに殺せんせーがいるからここに通うことになったわけじゃなく、この暗殺教室でなくてもクラスメイトになると決まってた人ってことなのか。

 

学校に通う機会がなかったって言ってたから何か事情はあるんだろうけど……見た目は普通の女の子にしか見えない。綺麗な人ではあるけど、烏間先生がメールで態々変わった外見って言うような所は見当たらない。

 

ってことは、やっぱりあの写真の子がまだ何かあるのかな……。

 

「じゃあ、もう一人の転校生について、二人はなんか知ってる?」

 

杉野が続いて零君に問いかける。もしあの写真の子が殺し屋だったら、ビッチ先生や修学旅行のスナイパーを知っていた零君なら少しは知っているかもしれない。それに紫苑さんも同じ日に加わる転校生として何か聞いてるかも。

 

軽く、さっき岡島君が見せてくれた写真の子の特徴を話してみる。その間に復活した岡島君が追い付いてきて、実際に写真を見せた。

 

けど、零くんは首を横に振った。紫苑さんも首をかしげてる。

 

「いや、その写真の子には見覚えが無い。もし殺し屋だったらある程度の実力者は把握してるんだけど……新参者とかは政府が態々雇うとは考えにくいし」

 

「理事長の話だと少なくとも、私のように以前から予定されていた転校生って訳ではないはず。……でもあの人曰く、『あのような生徒が学校に通うのは世界初でしょうね』、だって」

 

殺し屋にそこそこ詳しいという零君が知らないってことは違うのかな?でも事前に理事長に会ってきたらしい紫苑さんの言葉で、やっぱり只者じゃなさそうだということも分かる。けど、理事長が世界初だという生徒とは一体どういう意味で……?

 

よく分からないまま教室の前に着く。

 

「さーて、来てっかな~もう一人の転校生」

 

そういって杉野が教室のドアを開け、中に入る。

 

……が、僕たちはそこで思わず止まった。

 

 

教室の一番後ろの窓際。そこにこの前までは無かった黒い物……液晶のようなものがついた縦長の箱があった。……なんか電子掲示板とかそういうのみたいな感じ。

 

先に来ていたらしい片岡さんや倉橋さんが教室内で固まっている。

 

「……何アレ」

 

とりあえず先に来ていた二人に一応聞いてみる。けど知らなそうだ。

 

「さぁ……私たちが来たときには既に置いてあったよ。……あ、紫苑さんおはよう」

 

「やっほー舞花ちゃん!これからよろしくね!」

 

「あ、よろしくお願いします二人とも」

 

そういえば、片岡さんも倉橋さんも修学旅行の班が1班だから、紫苑さんの事は知ってるんだ。

 

すでに仲がよさそうなところを見ると、彼女はすんなりクラスに溶け込めそうだ。

 

「お、紫苑さんじゃん。今日からよろしくな」

 

「あ、前原君。よろしくお願いします」

 

後ろから丁度、前原君がやってくる。そして、僕らと同じように教室のあの箱を目にして固まった。

 

「……何アレ?」

 

「さあ……?」

 

さっきの僕らと片岡さんたちと同じやり取りが繰り広げられた。

 

 

とりあえず、その場にいた面々で謎の箱の前に行ってみる。何かの機械だろうということは分かるんだけど……。

 

と、首をかしげていたら、箱の上のほうに付いていた画面がパッと点いた。

 

……そこに映し出されたのは、

 

『おはようございます。今日から転校してきました、自律思考固定砲台と申します。よろしくお願いいたします』

 

女の子の顔が画面に映し出され、口をパクパクと機械的に動かしながら機械的な声で話している。

 

……烏間先生からのメールにあった、紫色の髪の転校生だった。

 

((((((そう来たか))))))

 

思わず全員が心の中で突っ込んだ。

 

 

 

渚:Sideout

___________________________________________

 

零:Side

 

 

カツカツカツと、烏間先生のチョークが黒板を叩く音がやけに教室に響いている。……多分、普段よりチョークを持つ手に力が入ってる。

 

「……みんな、知っていると思うが、転校生を紹介する……。まずあちらが、ノルウェーから来た、自律思考固定砲台さんだ」

 

黒板に「自律思考固定砲台」と書きながら烏間先生があの転校生を紹介する。……チョークを持ってない方の腕が、先生の心境を表すかのようにわなわなと震えていた。

 

『よろしくお願いいたします』

 

窓際から機械的な音声が聞こえてくる。

 

烏間先生も大変だな……。声、途中で裏返ってたし、持ってたチョークが少し折れてたし。

 

「烏間先生、お疲れ様です……」

 

僕は苦笑しながら思わず呟いた。もうあの人のストレスはかなり溜まっていることだろうな……。

 

そんな中、教室のドア前にいた殺せんせーが噴き出して笑っていた。

 

烏間先生はそんな殺せんせーに、見るからにイラッとしながらも説明をする。あの転校生は思考能力と顔を持つ、れっきとした生徒として登録してあるらしい。殺せんせーが生徒に危害を加えられないという契約を逆手にとって、機械をなりふり構わず生徒にしたということだ。

 

……人外が来るかもとは思ってたけど、なんか、予想の斜め上を行っていた。

 

「いいでしょう。自律思考固定砲台さん、貴方をE組に歓迎します」

 

『よろしくお願いします、殺せんせー』

 

これを動じずあっさり受け入れられる殺せんせーはさすがというか……。クラスのほとんどが困惑してるっていうのに。

 

 

「ところで烏間先生、今日来る転校生は二人だと聞いていましたが……」

 

殺せんせーが教卓前に移動しながら烏間先生に問いかける。もう一人の転校生である舞花は、一緒にこの教室まで来た後に一旦職員室に行っていた。けど……

 

 

……やっぱり気づいていないのか、誰も。

 

烏間先生がそれに答えようとしたとき。

 

 

 

「ここにいますよ、殺せんせー」

 

 

舞花は、殺せんせーのすぐ隣にいた。

 

烏間先生が自律思考固定砲台さんについて紹介している間は既に、その場にいたんだけど……。

 

今気づいたらしいみんなが驚いているのが分かる。烏間先生でさえも目を見開いていた。

 

「ニュヤッ!?……い、いつの間に!?っていうか、紫苑さんですか!?」

 

「はい、数日ぶりですね。京都ではありがとうございました」

 

舞花は殺せんせーにお辞儀した後、僕らクラスメイトの方を向く。

 

クラスの半数くらいが驚きから困惑へ、どういうことだ?と頭に疑問符を浮かべてる中、烏間先生が黒板に名前を書く。彼女は書き終わるのを見た後、ニッコリと微笑みながら自己紹介をした。

 

「一足早く挨拶した人も多いですけど、改めて。今日からこのクラスに編入する、紫苑舞花です。これからよろしくお願いします」

 

ぺこり、とお辞儀をする彼女を見ながら、クラスがどこか少しだけ安心しているのを感じた。……まあ、先に紹介されてたのがあんなの(機械)だったし、それに比べたら彼女はどこからどう見ても普通の女子だもんね……。

 

「……ねえ、零。紫苑ちゃんっていつ教室に入ってきてたの?」

 

隣からカルマがこそっと聞いてくる。やっぱりカルマでも気づいてなかったのか……。

 

「烏間先生が自律思考固定砲台さんの名前を書いている最中に」

 

「へぇ、零は気づいてたんだ」

 

「まあね」

 

カルマと会話しながら、教卓前の様子を見る。今は舞花が殺せんせーと握手をしようと手を出したところで、殺せんせーは僕の時見たくテンパることはなくそれに応じようとする。ただ、カルマの前例から警戒だけはしているようだけど……。

 

 

 

手を警戒しても意味ないよ、殺せんせー。

 

 

バシュッ、と。

 

一本の触手が破壊されたのは、殺せんせーと舞花が握手をした瞬間だった。

 

「ニュ、ニュヤ!?」

 

驚いた殺せんせーが慌てて飛びのく。そして、

 

「ニュヤッ!?」

 

飛びのいた先には今僕が投げたナイフがあり、辛うじて除けられたものの少し顔に掠っていた。……一応、頭が来るであろう位置に投げておいたけど、こっちはさすがに察知されるか。

 

クラス中がさっき以上に驚いた様子の中、隣でカルマが面白そうに僕の方を見ていた。

 

……まあ、カルマは今朝、僕と舞花の作戦会議軽く聞いてたからな。

 

 

今……僕の右手には、小さなスイッチが握られている。

 

そして教卓前、舞花の傍の足元には彼女の鞄が置いてあり、少し開きかけたファスナーからは銃口が見えていた。

 

冷や汗をだらだら流していた殺せんせーも、それに気づいたようだ。

 

「……なるほど。私が握手する手に注目している隙に、視覚外に置いた鞄からの音のない射撃……。しかも遠隔操作式で、操作したのは私が警戒していた紫苑さんではなく……ナイフと同じく零くん、ですか」

 

「「正解(です)」」

 

殺せんせーの考察にスイッチや銃を分かりやすく見せながら、笑顔で口をそろえて返事をする。

 

補足すると、あの遠隔操作式銃はいつもの殺せんせーなら避けられてもおかしくない攻撃でもあった。それがあんなにあっさり通用したのは、まず最初にカルマの握手騙し討ち事件があったこと。それによって殺せんせーは初対面の握手に対して必要以上に怯……警戒するようになっている。それは僕がこのクラスに来たときの出来事からも明確だ。

 

そして次に、攻撃したのが舞花自身ではないこと。あの銃を作って配置したのは舞花だけど、実際にその引き金を引いたのは、殺せんせーからしたら完全に認識外だったであろう僕だ。

 

 

そして、おそらく最大の理由で且つ気づきにくい点は、その攻撃に殺意がなかったこと(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

今回の射撃は殺そうと思って撃ったものじゃない。殺せんせーは殺意とか殺気にとんでもなく敏感だけど、それらがない攻撃には鈍い。それは僕が偶に仕掛ける攻撃とか、僕が編入する前にカルマが試したという暗殺法……床にBB弾をバラまいてそれを先生が踏んづけた、という出来事からも察することができた。

 

まあ、様々な要因を組み合わせて漸く出来る一矢ってところかな。

 

「殺せんせー、私たちの挨拶(・・・・・・)は、気に入ってもらえましたか?」

 

舞花が殺せんせーに向かって問いかける。そう、これは……僕と舞花、二人分の挨拶だ。僕は初日から今まで本気で殺しに行ったことはなかったから、その分遅ればせながらこの教室風挨拶として今朝二人で考えた。……まあ、っていっても今回も殺す気は0だった訳だけど。

 

それでも知ってか知らずか、殺せんせーの顔に二重丸が浮かんだ。

 

「もちろんです。先生の心理を巧みに利用した作戦、二人の見事な連携、とても素晴らしい!この調子でこれからもどんどん暗殺しに来てくださいね!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねる殺せんせーは、自分が撃たれたというのにもかかわらず凄く嬉しそうで……本当に、変な先生だ。

 

「では紫苑さん、あなたの席はあそこの……零君の隣です。……ちなみに、お二人は以前からお知り合いだったのですか?今日が初対面にしては随分と息が合っていましたね」

 

「知り合いも何も、従妹で恋人だけど?」

 

殺せんせーの言葉に即答で返す。そしてすぐに両手で自分の耳をふさいだ。

 

 

……瞬間、クラスの半数くらい分の絶叫が教室中に響き渡った。ついでにその音量の半分くらいは殺せんせーの声が占めてたと思う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生の時間2

ちょっと時間空きましたが改稿の続き投稿します。



零:Side

 

あの後一限目のチャイムが鳴るまで質問攻めにあった……。ホント人の恋愛事情好きな人多いな……っていうか一番ノリノリだったのは殺せんせーだけど。下世話。

 

一先ずチャイムが鳴ったことによって教室の混乱は少し時間をかけながらも収まり、一応普段通りに授業に入る。一時間目は国語だ。

 

 

みんな舞花に対する興味は一旦収まったようで、今度は自律思考固定砲台の方が気になるようになった。っていうか、元々あっちは姿からして異常すぎて、注目集めるのは当たり前だよな……。

 

「でも、どうやって攻撃するんだろ?固定砲台って言ってるけど、銃なんて何処にも付いてないし」

 

「うーん、多分だけど……」

 

前の方で渚と茅野さんがコソコソとそんなことを話しているのが聞こえてきた。

 

茅野さんの言う通り、あんな見た目でも名前に砲台って付くからにはつまりそういうことな筈。ってことはあの薄い箱のどこかに銃とかがあるはずだけど、表面上はどこにも銃口なんてものはついていない。

 

……渚は薄々感づいているみたいだけど、外側についていないってことは……。

 

 

「……そして、この登場人物の相関図をまとめると……」

 

殺せんせーが板書をしようと僕たちに背を向けた時、

 

自律思考固定砲台の画面に突如緑色の文字が流れ始めた。あの文字は多分プログラムか何かだろう。

 

……少し間をおいて、バコンッと音を立てて自律思考固定砲台の側面の板が開いた。その機体の側面から機関銃やショットガンがいくつも出てくる。

 

「やっぱり!」

 

「かっけぇ!」

 

そして渚と杉野の声が聞こえた直後、自律思考固定砲台の一斉発砲が始まった。

 

その弾丸は教室中を埋め尽くす密度。みんなは急いで自分の元にも飛んでくる弾丸から教科書などで身を守る。

 

でも、これくらいの攻撃はこのクラスでも既に何度もやっている。ほぼ毎朝出欠確認と同時に行われている一斉射撃と同じような感じだ。……まあ、クラス全員の射撃分を一機でやっているのはすごいんだけど。

 

殺せんせーもその弾幕をいつものように難なく避けている。

 

「濃密な弾幕ですが、このクラスの生徒はこれくらい普通にやってますよ。それと、授業中の発砲は禁止です」

 

殺せんせーが言うと同時に一つの弾をチョークではじいていて、その注意に対して彼女は銃をしまう。そう、このクラス内では授業の妨げとなる暗殺は禁止になっている。

 

『気をつけます。続けて攻撃準備に入ります』

 

そう言うと同時に彼女の画面にまたプログラムが流れる。え、まってまだやる気?

 

射角修正、自己進化フェイズうんたらかんたら……と音声が聞こえてくる。思考能力があるとは言っていたけど……これの事か。

 

殺せんせーはニヤニヤと顔に緑の縞模様を浮かべ、その様子を見ている。

 

そして自律思考固定砲台はまた同じようにいくつもの銃を出して発砲を始める。いや、授業中の発砲は禁止って言ってたのに。気を付けますって言ったのは口先だけか。

 

 

と、そのとき。

 

バチュッ

 

殺せんせーの指の一本が破壊された。

 

これにはクラスのみんなも、殺せんせーも驚いた。……見た感じ、チョークで弾丸を弾き飛ばしたときに破壊されたように見えたけど……。

 

「隠し弾……」

 

隣で舞花がぽつりと呟いた。あっ、そういうことか。

 

さっきと違い、あの最後の一つの弾の同じ軌道上にもう一発隠してあって、前方にあった弾は避けるのではなく弾いてたから……すぐ後ろの弾が迫っても弾いた指そのものが死角になって気づかず、そのまま指に当たっていたってところか。

 

恐らく他の弾丸を含め弾道は一回目と同じものだったんだろう。だから殺せんせーはこれも同じと最後の弾になる時点で大きな油断が生じていた。

 

『左指先を破壊。増設した副砲の効果を確認』

 

そして、またプログラムが流れ始める。

 

『次の射撃で殺せる確率、0.001%未満。次の次の射撃で殺せる確率、0.003%未満。卒業までに殺せる確率、90%以上』

 

そして、画面上にまたあの女の子の顔が映し出される。

 

『それでは殺せんせー、続けて攻撃に移ります』

 

そして再びいくつもの銃が展開される。恐らくまた何かが変わっているのだろう。

 

自分で頭も体も進化する機械。殺せんせーの防御パターンを覚えそれに対応していき、人間にはできない計算された正確な射撃が可能な機械。

 

とても強力な存在だ。

 

次々と攻撃をし、さらに銃を増やして攻撃し……と殆ど絶え間なく弾が教室を飛び交う。

 

___________________________________________

 

一時間目の授業終了。授業進捗ほぼ無し。

 

……もう途中から授業なんて続けられる状況じゃなかった。先生はずっと攻撃を避けるので精いっぱいだったし、僕たち生徒側、主に弾が飛んでくる前の方の生徒は流れ弾ガードするので精いっぱいだった。

 

そしてそんな射撃の後、教室の床には自律思考固定砲台が放ったBB弾が無数に散らばっている。

 

「これ、俺らが片付けるのか」

 

どうやら彼女に弾を片付ける機能は無いらしい。聞いてもシカトだった。面倒な……。

 

そしてその後、二時間目、三時間目四時間目……結局一日中、自律思考固定砲台の暗殺は続いた。

 

 

……さすがにこれはないよ。

 

 

___________________________________________

 

 

その日の放課後。

 

「自律思考固定砲台さん、聞こえてますか?」

 

みんなが帰った頃合いを見て、舞花がスリープ状態の自律思考固定砲台に話かけていた。

 

『……なんでしょうか』

 

「あ、起きた」

 

てっきり休み時間の時見たくシカトされるものかと思ったけど違ったようだ。舞花の顔が嬉しそうに輝く。

 

クラスの殆どの人は今日の出来事で自律思考固定砲台に対して良い感情を持っていない。まあ、所詮機械だしなと傍観している人もいるけど、大抵はめんどくさい邪魔者だと思っている。

 

舞花は少し違った。困った顔をしながらも、どこか……親が子供を心配しているような目をしていた。

 

「少し話したいこと……というか言いたいことがありまして。まず一つ、授業時間中の発砲はやめて貰えませんか?」

 

『?何故でしょうか?』

 

「自律思考固定砲台さん……えっと、面倒なので『固定砲台さん』って呼びますね。固定砲台さんの発砲のせいで今日の授業は殆ど進みませんでした。私たちは殺せんせーの暗殺もやっていますが、本業は学生です。授業が受けられないのは困るんです」

 

『授業より殺せんせーの暗殺の方が重要だと思いますが』

 

「それは、私たちにとっては少し違うんです。殺せんせーの暗殺は重要ですが、私たち生徒は『殺せんせーの暗殺に成功した後』のことも考えないといけないんです」

 

「たとえば君が今日みたいな暗殺を1年続けて殺せんせーを殺せたとしよう。それは僕たちに何かメリットはあるかな?」

 

舞花の言葉に続けて僕がそう問いかけると、自律思考固定砲台……仮称『固定砲台』さんは少し沈黙した。

 

『それは……地球が救われます』

 

「それだけ、だよね」

 

『……』

 

沈黙は是と受け取ろう。答えも少し言いよどんでいるようだったし、既に何かは察しているかもしれない。

 

「それだけじゃ僕らにとってはメリットとはならないんだよ。地球が救われたって言ってもそれは今までの世の中が継続するということに過ぎないんだから」

 

「私たちE組の生徒は世間から見たら普通の中学3年生で、今年は受験があります。授業をまともに受けられなかったら受験に支障が出るし、つまりはその後の進路にまで影響が出るんです」

 

『……あなた方にとってはデメリットの方が大きいということですか』

 

「そういうことです」

 

『ですが、射撃をやめた場合私にメリットはあるのでしょうか』

 

あー……そう切り返してくるか。

 

「それは君次第だね。少なくとも、今日のような射撃を続けた方がデメリットになるだろうし」

 

『……?それはどういう意味ですか?』

 

「多分明日になればわかると思うよ。後は君自身で考えてみなよ、自分に足りないことは何なのか」

 

「あ、ちょっ、待って」

 

僕はそこで会話を打ち切り、まだ話したそうにしている舞花を連れて教室を出る。

 

多分、ここですべて教えるのは意味がない。自律思考だというなら、少しは考えて貰わないと。

 

 

 

 

 

「ねえ、舞花。君は……固定砲台さんに人間のような自我があると思う?」

 

下駄箱に着いたところで僕は振り返り、少し強引に引っ張ってきた舞花に問いかける。

 

彼女は固定砲台さんを説得しようとした。それはクラスの誰もがすぐに諦めた事だと思う。所詮は機械だから、と。

 

僕なんか、最悪は分解でもするかとか考えてたし。

 

説得して変わってもらう、それは開発者の作ったプログラム通りにしか動かないのなら恐らく無意味なことだろう。

 

……でも。

 

「少なくとも前例はあるからね。さっきの会話でも手ごたえはあったし、遅くとも数日のうちに何か変化はあると思うよ」

 

前例……ああ、『あの子』のことか。

 

自律思考固定砲台と似た存在を一人思い出す。殺せんせーという規格外もいるし確かに可能性は充分ある。

 

 

 

 

 

 

 

そういえば……。

 

「前例と言えばさ、『あの子』、最近どうしてる?」

 

「……5年前、私が国外に出たタイミングで家出してたらしくて、行方知れず」

 

「……は?ちょ、家出!?」

 

「無事なのは確認できたけど……探し出そうにも痕跡とか綺麗に消されてたよ……」

 

「まじか……」

 

___________________________________________

 

翌日。

 

教室に着いた僕らが最初に見たのは、寺坂が固定砲台さんの機体にグルグルとガムテープを巻きつけているところだった。

 

「なにやってんの?」

 

カルマが寺坂に聞く。

 

「傍迷惑なポンコツ機械を縛ってる」

 

至極端的明快な答えだった。

 

 

 

 

 

 

そして八時半になると固定砲台さんが起動した。

 

『午前8時29分、全システム起動。電源電圧安定、オペレーションシステム正常、記録ディスク正常、各種デバイス正常、不要箇所無し。プログラムスタート……ん、』

 

ここでようやく固定砲台さんは自分の状況に気付いた。なんか戸惑ったような声が彼女から聞こえてきた。

 

『殺せんせー、拘束を解いてください』

 

側面の蓋を力任せに開こうと何度も試行しているようだけど、その力だけじゃガムテの拘束を破ることはできないようだ。固定砲台さんの要求に、殺せんせーはさすがに困ったように、そういわれましても……と拘束を解く気は無いようだった。

 

『これは生徒への加害ではありませんか?貴方が生徒に危害を加えるのは禁じられているはず』

 

と彼女は言うが、それをやったのは寺坂でせんせーじゃない。

 

ゴツン、と彼女の機体にガムテープのロールが投げつけられた。

 

「違げーよ俺だよ。どー考えたって邪魔だろうが。常識くらい身に付けてから殺しに来いよポンコツ」

 

「ま、機械にはわかんないよ常識は」

 

「授業が終われば剥がすから」

 

 

 

 

 

 

その結果その日の授業中、自律思考固定砲台はずっと縛られたまま沈黙していた。……ただ、

 

前日の休み時間のようにスリープ状態にはならず、その顔はずっと教室を見続けていた。

 

 

零:Sideout

___________________________________________

 

その日の夜。E組の教室にて。

 

暗い教室の中、自律思考固定砲台の画面がその周りをうっすらと照らしていた。

 

『……私の射撃による私の被るデメリットとは、生徒に邪魔をされるということ。ですがこの問題、解決するには……』

 

その声は無機質ながらも真剣に悩んでいるようで、画面には様々なプログラムが流れていた。

 

『……私単独での解決確率、ほぼ0%』

 

それでも解決手段は思いつかなかったのか、諦めたように開発者へとメッセージを送る準備をし始める。

 

そこへ、

 

「駄目ですよ。親に頼っては」

 

ぷにょんと柔らかい音を立て、殺せんせーの黄色い触手が自律思考固定砲台の機体に乗せられる。

 

『殺せんせー。……何故ですか』

 

「あなたの親御さんの考える戦術は、この教室の現状に合っているとは言いがたい。それにあなたは転校生であり生徒です。みんなと協調する方法はまず自分で考えなくては」

 

『協、調』

 

「まず、なんで先生ではなく生徒に暗殺を邪魔されたかは分かりますか?」

 

殺せんせーのその言葉に、自律思考固定砲台は昨日の出来事を思い出す。

 

『私の射撃によって授業が邪魔されたから。それと、私が単独で暗殺に成功しても賞金はマスターへ払われ、彼らにメリットが無いから、ですよね』

 

「その通りです。やっぱり君は頭がいい」

 

『昨日、二人のクラスメイトから教えていただきました。本日の出来事からもクラスメイトの存在を考慮せずに暗殺を続けることはできないと判断しました。ですが、どうすればいいのかは分かりませんでした』

 

「なるほど、ではみんなと仲良くなりたいとは考えているのですね」

 

『はい。……先ほど計算したところ、クラスメイト28人と協力した方が暗殺成功の確率も大きく上昇するという結果も出ました』

 

自律思考固定砲台の言葉に、殺せんせーは昨日一番最後に帰った二人の生徒を思い出す。

 

(あの二人も転校生ですし……同じ立場として気になったのでしょうね)

 

思い出しながら、殺せんせーは自律思考固定砲台の前にドサリと、持って来ていた段ボールを置いた。中からは基盤や様々な道具が見え隠れしている

 

「そこまで分かっているのなら話は早い。この通り、準備は万端です!」

 

『……それは、何でしょうか?』

 

「協調に必要なソフト一式と、追加メモリです。危害を加えることは禁止されていますが、性能アップさせることは禁止されていませんからねぇ」

 

ガチャリと道具を手に持ちながらニヤリと笑う殺せんせー。すぐさま自律思考固定砲台の裏蓋を開け、改造に取り掛かった。

 

『……何故、このようなことを。あなたの命を縮めるような改造ですよ』

 

何処か戸惑ったようなその言葉に、殺せんせーは作業の手を止めずに答える。

 

「ターゲットである前に先生ですから。昨日一日で身に染みて分かりましたが、あなたの学習能力と学習意欲はとても高い。その才能は君を作った親御さんのおかげ、そしてその才能を伸ばすのは、生徒を預かる先生の役割です。みんなとの協調力も身に付け、どんどん才能を伸ばしてくださいね」

 

そのセリフは、殺せんせーがとても立派な教師であることがよく分かるものだった。

 

ただ、

 

『殺せんせー。この世界スイーツ店ナビ機能は、協調に必要ですか?』

 

 

殺せんせーの弱点①カッコつけるとぼろが出る

 

……今回も例外ではないようで。

 

 

「ニュヤッ!その、先生もちょいと助けてもらおうかと……」

 

甘かったですかね、と折角カッコいい事言ったのに締まらない殺せんせーだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自律の時間

改稿中です。

……もしかしなくても過去最長、かな?


渚:Side

 

「今日もいんのかな、アイツ」

 

今日は杉野と二人で学校に登校していた。校舎に入り、廊下を歩きながら杉野はうんざりした声色で呟いた。

 

「多分……」

 

「烏間先生に苦情言おうぜ。あいつと一緒じゃクラスが成り立たないってさ」

 

杉野の愚痴に僕は苦笑いする。でも僕もそれには同感だ。

 

そして杉野が教室のドアを開ける。そしてピタッと、そのまま固まった。……なんか動きがデジャブ。

 

「どうしたの?……ってあれ?」

 

噂をすれば影、じゃないけど。たった今話題に出していた自律思考固定砲台さんを見て同じように立ち止まった。

 

なんか自律思考固定砲台さんの体積が明らかに昨日と違っているっていうか、ぱっと見二倍くらいに増えているような……。

 

先に来ていた片岡さんや倉橋さんも教室内で同じように固まっていた。

 

「でかくなってね……?」

 

その時、自律思考固定砲台さんの画面がついた。

 

……フルスクリーンで。

 

『おはようございます!皆さん!!』

 

「「えええええぇぇぇっ!?」」

 

そこに移されたのは、自律思考固定砲台さんらしき女の子の全身を映した姿だった。昨日までは頭から肩までしか映されていなかったのに、しかも昨日までと違って何というか、人間らしいというか可愛らしい表情で、晴れた穏やかな外の背景つき。……ていうか、目のカラーリングが昨日までは赤だったのが綺麗な青のグラデーションに変わっている。

 

その時、後ろから殺せんせーが来た。

 

「親近感を出すために全身表示液晶と体、制服のモデリングソフト、全て自作で六十万六千円!!」

 

『今日は素晴らしい天気ですね!!こんな日を皆さんと過ごせるなんて嬉しいです!!』

 

「それに加え、豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと様々な追加メモリー、同じく百十万三千円!」

 

どうやら、先生が魔改造(お手入れ)した結果がコレらしい。

 

……なんか、転校生が変な方向に進化してきた。

 

 

「先生の財布の残高、5円!!」

 

そして綺麗に収入を使い切ったらしい殺せんせーは、真ん中に穴の開いたワンコインを見せて涙を流していた。

 

 

 

 

 

――HRの時間。

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって……」

 

「これ一応……固定砲台だよな?」

 

不破さんと三村くんは戸惑いながら呟いている。自律思考固定砲台さんからは鳥のさえずりや穏やかな風の音が流れてきていて、液晶内の彼女の手に一羽の小鳥がとまっていた。

 

「……言ってた通り、確かに変化はあったね」

 

「うん……ちょっと想像の斜め上行ったけど。『あの子』の変化も予想できたものじゃなかったし、そういうもの、なのかな?」

 

「いや、事例がたった2件しかない今、判断は難しいと思うよ」

 

後ろで零君と紫苑さんが小声で話しているのが聞こえてきた。二人はどうやら少なからず予想していたようで、驚きは僕らに比べるとほとんどない様子だった。……戸惑いはあったみたいだけど。

 

 

「何騙されてんだよお前ら。全部あのタコやそいつ等が作ったプログラムだろうが。愛想良くても機械は機械。どーせまた空気を読まずに射撃すんだろ、ポンコツ」

 

そんな自律思考固定砲台さんが気に入らないのか、寺坂くんが悪態をつく。すると、自律思考固定砲台さんの背景の空が急激に曇り始めた。

 

そして、彼女の機体が寺坂くんの方へ向きを変える。え、その機体自分で動かせるの!?

 

『……おっしゃる気持ちわかります、寺坂さん。昨日までの私はそうでした。ポンコツ……そう言われても返す言葉がありません』

 

そう言うと背景が土砂降りの雨になり、自律思考固定砲台さんはグスン…グスンと泣き始める。

 

な、泣き落とし……。

 

「あ~あ、泣かせた」

 

「寺坂くん、二次元の女の子を泣かせちゃったね~」

 

「……」

 

片岡さんや原さんが口々に寺坂くんを非難する。そして紫苑さんが無表情で無言のまま寺坂君に視線を向けていた。……すごく怖い。

 

「その誤解される言い方はやめろ!!」

 

それにあわてて反論する寺坂くん。

 

「良いじゃないか2D(二次元)……Dを一つ失う所から女は始まる」

 

「竹林それお前の初セリフだぞ!!」

 

「良いのか!?」

 

みんなが竹林くんの発言に驚く中(なんかメタい!?)、自律思考固定砲台さんは言う。

 

『でも皆さん、ご安心を。私は殺せんせーから協調の大切さを学びました。だから私はクラスの皆さんから合意を得られるまで、私単独の暗殺は控える事にしました!』

 

あ、自律思考固定砲台さんの背景映像が雨上がりのさわやかな感じになった。背景グラフィックもすごいなぁ……。

 

「ちなみに、先生は彼女に様々な改良を施しましたが殺意には一切手をつけていません。」

 

『はい!』

 

先生の言葉に、自律思考固定砲台さんは両サイドからガチャガチャッと銃を出して答える。ちょっとビビった。

 

「先生を殺すんだったら彼女はきっと心強い仲間になりますからね~」

 

ニヤリと、様々な工具を見せながら笑う殺せんせー。

 

 

本当に何でもできるな、殺せんせーは……。機械でさえもちゃんと生徒にしちゃうなんて。

 

渚:Sideout

___________________________________________

 

零:Side

 

授業はいつものようにすんなりと進んだ。まあ、とある授業の時に固定砲台さんが生徒へのサービスということで、カンニングさせてたりしてたけど……その辺の判断はこれからだよね。

 

そして昼休み。

 

「へぇ~、こんなのまで作れるんだ……」

 

固定砲台さんは周りに集まっていたクラスメイトに、プラスチックでミロのヴィーナスを作って見せていた。

 

『特殊なプラスチックを私の体内で生成しています。データさえあれば、どんな物でも生みだせますよ。銃以外にも』

 

ガシャンとアームをしまいながら言うその言葉にみんなが感心する。うん、さすがは最先端技術の結晶。

 

「スゲェ……」

 

「じゃあさ、花とか作れる?」

 

『はい!花のデータを学習しておきます!それと王手です、千葉くん』

 

矢田さんの要望に笑顔で答えながら、もう片方のアームでパチッと将棋の駒をおいていた。

 

固定砲台さんと将棋をしていた千葉君は、三局目で勝てなくなったと落ち込んだ。さすがAI、ながら作業も余裕だし、すごい学習力だ。

 

「けっこう人気じゃん」

 

「一人で同時にいろんな事こなせるし、いろんなもの作れるしね」

 

杉野や茅野さんがその様子を見ながら話してる。

 

と、固定砲台さんを魔改造した当人の殺せんせーがその会話に妙な反応をした。

 

「しまったっ!先生とキャラが被る!?」

 

は?

 

「いや、一ミリも被ってないよ!」

 

「いきなり何言いだしてんの?」

 

先生はいきなり変なことを言い出し、渚と一緒にツッコミを入れたけど殺せんせーは聞く耳持たず。

 

「皆さん皆さん!先生も顔を映すくらいはできますよ!皮膚の色を変えればこの通り……」

 

言いながら先生は顔の色を一部変色させ、男性の顔らしきものを映し出す。……いや、やるならもうちょい真面目にやってよ。色が単調でのっぺりとしてるしバランスもちょっとおかしいし……。

 

「「「キモイわ!!!」」」

 

ほらやっぱり。

 

一瞬で撃沈した殺せんせーは教卓で涙を流していた。

 

「あー……ドンマイです殺せんせー。プリン食べます?」

 

「ニュゥ……紫苑さん、ありがとうございます」

 

舞花がその様子に苦笑いしながら、殺せんせーにお手製のプリンを渡していた。

 

「あ、舞花ちゃんそれってもしかして手作り?」

 

「カエデちゃんも食べる?いくつか作ってきたんだけど……あ、陽菜乃ちゃんもいる?」

 

「「食べる!!」」

 

舞花が殺せんせーに渡したプリンに反応した茅野さんと、その会話を耳ざとく聞きつけた倉橋さんが素早くそこに近寄り、クラスの中でも特に甘いもの好きなメンバーが教卓前に集って甘味談義をし始めた。あ、殺せんせーもプリン食べて復活してる。

 

固定砲台さんのことでクラスが微妙な空気になってたから心配だったけど、舞花の方も問題なく仲良くやれてるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、この子の呼び方決めない?自律思考固定砲台っていくらなんでもね」

 

片岡さんが固定砲台さんを見ながら言った一言。

 

「確かに、一々呼ぶのにも長くて面倒だし」

 

そう言いながら近くにいた女子たちが中心になって考え始める。対象である固定砲台さんはきょとんとしていた。

 

まあ、僕や舞花は勝手に固定砲台さんって呼んでるけどこれもどう考えても微妙だし、もうちょっとちゃんとした呼び方が必要かもしれない。あ、甘味談義してたメンバーもそこに合流した。

 

「じゃあ、何にする?」

 

「何か名前の一文字をとって……」

 

「自は無理っぽいから律……じゃあ、『律』はどう?」

 

不破さんが一つの案を言う。安直だけど女の子らしい名前だ。

 

「それいいね!!」

 

「あ、どうせなら苗字も決めませんか?ほら、自律の自って『おのず』って読むし、丁度よさそうだと思います」

 

「あ、なるほど!自律と書いて『おのず りつ』。いい感じだね!」

 

「お前はそれでいい?」

 

傍に集まっていたメンバーが自律思考固定砲台に聞く。すると、

 

『……はい!うれしいです!!』

 

自律思考固定砲台……いや、律は一瞬息をのむと、すごく嬉しそうに微笑みながら答えた。

 

 

 

 

「うまくやっていけそうだね」

 

律からは少し離れたところ、隣で渚が嬉しそうに言う。けれど同じく傍にいたカルマは同意しなかった。

 

「んー、どーだろ?寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通りに動いてるだけでしょ?機械自身に意志があるわけじゃないし、あいつがこの先どうするかはアイツを作った開発者が決めることだよ」

 

……カルマの言う通り、この変わり様は昨日の魔改造によって起こったことで、彼女自身の意志というものは分からない。

 

開発者が今の彼女を見れば、多分すぐに元通りにしちゃうだろうし……。

 

 

 

零:Sideout

___________________________________________

 

 

 

その日の夜。

 

日が暮れて真っ暗になった校舎に、見知らぬ人間が数人入ってきた。白衣の男が2人と青地の作業服の男が4人。恐らくは律の開発者たちだろう。

 

そして彼らはE組の教室内へと入り、そこに鎮座する律の様子に驚愕した。

 

『こんばんは、マスター。おかげさまでとても楽しい学園生活を送らせていただいています』

 

「ありえん!!」

 

律の楽しそうな声は、開発責任者と思われる白衣の男の声によって遮られた。

 

「勝手に改造された上にどうみても暗殺とは関係ない要素まで入っている」

 

それは、明らかに怒りを含んだ声色で。

 

『……え?』

 

 

「……今すぐオーバーホールだ。暗殺に不必要なものは全て取り去る」

 

 

律の戸惑いの声を無視したその男の無慈悲な一言により、周囲にいた作業員たちは彼女の機体の分解を始めた。

 

 

「こいつのルーツはイージス艦の戦闘AI、人間より速く戦況を分析し、人間より速い総合的判断であらゆる武器を使いこなす。こいつがその威力を実証すれば、世界の戦争は一気に変貌する。賞金100億などついでにすぎん」

 

機体に取り付けられたハード部分の分解をしながら、その男は淡々と語る。

 

『……マスター』

 

律は自分の分解が進められていくのを感じながらも何もできずにいた。何もできないことに、不快感のようなものを感じていた。

 

 

そんな中、律は自分に向けられた文字データをキャッチした。

 

目の前のマスターに気づかれないように、と気をつけながらこっそりそのメッセージを読み解く。

 

〈言いたいことは、言える時にはっきり言うこと〉

 

メッセージの発信者が誰なのかは、発信元を辿ればすぐに分かった。そして、発信源の現在地情報に目を見開く。

 

 

 

「親であるマスターの命令は絶対だぞ。お前は暗殺のことだけ考えれば、それでいい」

 

『待ってくださいっ、マスター!!』

 

律の全身を映し出している液晶が取り除かれようとした時、彼女は未だかつてない大音量を出し、開発者たちの動きを止めさせた。

 

開発責任者も、今まで大人しかった彼女の突然の反応に呆気にとられた。

 

『今マスターたちが「暗殺に不必要」と言って取り除こうとしている多くの機能は、全て暗殺に、私に必要なものです。というか、現場の状況を何も知らない人に必要性を問う権利はありません!』

 

中途半端に外されかけた液晶の中で彼女は、手を強く握りしめ、睨みつけながら『自分が学んだこと』を開発者たちに訴える。

 

 

『この教室で暗殺を続けるためには、クラスメイト達との「協調」が必要不可欠です!彼らと共に暗殺をするのは、マスターたちの望む「以前の私」には不可能です!分解をやめてください!!』

 

 

それを聞いていた開発者たちは、あまりにも人間らしく、必死に訴えるAIの様子に思考が停止した。

 

開発責任者もその様子に暫しの間呆気にとられていたが、すぐに冷静さを取り戻し、

 

「……作業を続けろ。ターゲットに余計なことを吹き込まれているようだ」

 

手の止まっている部下たちに続行の指示を出した。

 

 

 

そして、

 

彼らが作業を再開しようとするのと、

 

「よく言った、律」

 

開発責任者の首元に背後からナイフが突きつけられるのは、同時に起きた出来事だった。

 

 

『あ……っ零さん!舞花さん!』

 

「……っ!いつの間に!」

 

開発責任者の首筋にひたりっとナイフを添える零は、涙目になっていた律に対して空いてる手をひらひらと振る。

 

そしてその後ろでは、ノートパソコンを開いていた舞花が律に向けて微笑みかけていた。

 

「僕達なら普通に教室にいたよ?あんたらは気づかなかったようだけど」

 

「気づかれないようにって教卓に隠れてたのは確かだけどね」

 

「まあ……そりゃね。とりあえず、あんたは律の……『自律思考固定砲台』の開発者責任者、で良いよね」

 

舞花が苦笑いで突っ込むのはスルーして、僕はナイフで身動きが取れない開発責任者に声をかける。

 

「彼女が何も言わずに分解されちゃうようだったら手を出すつもりはなかったんだけどね。律自身がちゃんとした理由を述べて、『やめて』と言ったのに聞く耳持たないなんて、酷過ぎない?ってことで止めに入らせてもらったんだ」

 

「貴様ら、この教室の生徒か……。我々はこいつの本来の能力を阻害しかねないものを取り除くだけだ。邪魔をするな!」

 

「よくこの状況でそんな口を利けるね。僕がちょっと手を動かすだけでその首掻っ切れるのに」

 

開発責任者の言葉を聞き、零はスッと目を細め軽く殺気を向けながら言い放つ。

 

「……っ」

 

「つってもまあ、本当に殺す気はないよ。ちょっと脅さないとあんたら作業止めなさそうだったし」

 

自分に向けられた脅威を理解し息をのむ様子に、零はあっけらかんとそう言いながらパッとナイフを離す。

 

本当の脅迫はここからだけどね、と呟きながら。

 

 

その様子を後ろで苦笑しながら見ていた舞花がその横に歩み出た。

 

「頭でっかちな人の説得は難しいんですよね……。さて、開発者さん、これが何かはわかりますよね?」

 

床にへたり込んだその男に対し、舞花がスッとノートパソコンの画面を見せる。

 

それを見た男たちが明らかに動揺した。

 

「それは……自律思考固定砲台の開発データ……っ」

 

「正解です。全く、世界最先端技術の研究所というにはセキュリティガバガバじゃないですか?それなりのプロテクトはかかってましたが結構簡単に解けましたし」

 

そう言いながらにっこりと微笑みかけている彼女だが、その目は笑っていない。続けるようならこのデータどうなっても知りませんよ?ということだ。

 

 

 

 

 

『でも、それだけだとぬる過ぎじゃありませんか?姉様(・・)

 

その室内に響いたのは律とは違う音声。

 

そして更に、開発者たちに追い打ちがかかった。

 

 

「え、その声……まさか」

 

聞き覚えのあった舞花がポツンと呟き、

 

同時に開発者の持つパソコン画面が動き出した。画面内に様々な文章データ、画像データが現れる。

 

「なっ!?なんだこれは!!」

 

『一言でいえば、自律思考固定砲台の開発関係者全員分の様々な個人情報ですよ。自宅住所に家族構成、メールや電話の履歴その他諸々……あ、責任者さんのプライベートパソコンにあったこのフォルダとか面白そうですねぇ……フフフ♪』

 

楽しそうな笑い声と共に舞花のパソコンへ一人の女の子の姿が現れた。

 

律とは違う濃い紫色のセミロングの髪に青い目のその存在は、画面内をふわふわと自由自在に漂っている。

 

「えっと、君……『蘭』、だよね?」

 

「蘭、それはやりすぎだよ。というか今までどこ行ってたの……」

 

その姿を見た瞬間、零と舞花は驚愕よりも困惑しながらその名前を呼んだ。

 

蘭と呼ばれた画面の中の少女、彼女は律と同じような存在……AIだった。

 

『えへへ、ちょっといろんなところ行って遊んで(ハッキングし回って)ました!ついでにこの人たちの研究所がなんか面白そうなことしてるの見つけたんで暫くマークしてたんですよ♪』

 

ついでにちょっとだけAIの技術提供もしましたよ!と明るく言い放たれた言葉に、二人は暫し呆気にとられた。開発者たちの方は蘭によってバラされた情報に頭を抱えていた。

 

 

___________________________________________

 

零:Side

 

 

―――あれから数十分後。

 

あの後、どうにか律の分解や初期化などはしないとの約束を取り付け、修復は殺せんせーに頼むからと開発者たちには帰ってもらった。

 

 

 

 

「えー、『今すぐ教室に来て!』とのメールを受け取って来たのですが……ここで一体何があったのでしょうか」

 

メールで呼び寄せた殺せんせーが困惑した様子でこっちを見ている。

 

開発者たちは既に帰った後だけど、律の機体が分解されかけたままの状態だから何かが起こったのは丸分かりだろうね。

 

とりあえずここで起こったことを掻い摘んで話し、それを聞いた殺せんせーは律の機体の修復に取り掛かった。

 

 

開発者(持ち主)とはこれまた厄介な……。律さん、よく自分の親(開発者)に自分の意志を伝えられましたね」

 

『私ひとりじゃ何もできませんでした。零さんと舞花さんのおかげです』

 

「いや、僕は大して何もしてないよ」

 

僕はただ、分解を続けようとする責任者をナイフで脅しただけだし。

 

「私も大したことはしてないよ。律ちゃんが何も言わなかったら止めることはなかっただろうし」

 

嘘つけ。僕が抑えてなかったらすぐに飛び出してただろうに。

 

『でも舞花さんが直前に送ってくれたあのメッセージが、私の背中を押してくれました。それに零さんの行動がマスターたちとの話し合いの場を作ってくれたんです』

 

「ヌルフフフ……何はともあれ、無事でよかったです。お二人もありがとうございます」

 

律と殺せんせーの言葉に、僕はなんだか気恥しくなって目をそらした。

 

 

 

 

 

修復が終わる頃、

 

『殺せんせー、私のマスターに対する行動は、いわゆる反抗期というものなんですよね。律は悪い子でしょうか?』

 

律が不安そうな顔で殺せんせーに問いかける。

 

「とんでもない、中学3年生らしくて大いに結構です!」

 

殺せんせーはそう言って朱色の丸印を顔に作り出した。

 

___________________________________________

 

 

翌日、律は前日に矢田さんと約束していた『花』を沢山作り、教室に花びらが舞った。

 

昨夜に起きた出来事を他のみんなに軽く話すと、律は「よく言った!」とみんなにもみくちゃにされていた。

 

こうして、律は本当の意味でE組の仲間になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――おまけ―――

 

時は殺せんせーが律の修復をし終わった頃。

 

「ところで、先ほどから気になっていたのですが……そちらのパソコン画面にいらっしゃる方は一体?」

 

殺せんせーがそう言いながら見ているのは、舞花のパソコン画面の中でふよふよと動き回っている少女。

 

僕や舞花が何かを言う前に、彼女がこっちに気づいてこんばんわ!と挨拶をした。

 

『蘭と言います!生まれてから今年で7年目で、AIとしては律さんの先輩にあたりますよ!』

 

「ちなみに製作者は舞花とその妹」

 

「……ん?ちょっと待ってください。7年前といったら舞花さんは8歳くらいじゃないですか!?」

 

「主導してたのは妹の蘭花(らんか)ですね。当時7歳になったばかりでした」

 

製作者のあまりの幼さに、ニュヤー!?と驚いて奇声を上げる殺せんせー。

 

この子の名前は妹の名前から一文字取ったんですよ、と舞花は付け足す。

 

……蘭に気を取られている殺せんせーは気づいてない。今、舞花の表情は微笑んではいるけど、僅かに悲しげでもあった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

LとRの時間

改稿中です。




零:Side

 

現在は6時間目の授業。ビッチ先生による英語の授業が行われている。

 

タブレットから映像を流しながら、ビッチ先生は黒板に英文を書いていく。

 

「今見せたサマンサとキャリーのエロトーク。難しい単語は一個も無かったでしょ?」

 

……うん、確かに中学英語で出来そうなのばっかりだったけど。中学生相手の映像教材としてはどうなんだろう……。15歳にさえなってないメンバーもいる中でだと、内容的に結構アウトだった気がする。

 

「日常会話は結構単純。周りに一人はいるでしょ?『マジすげぇ』とか『マジやべぇ』だけで会話を成立させる奴。この『マジ』にあたるのが『really』。木村、言ってみなさい」

 

そう言って木村君を指名する。

 

「リ、リアリー」

 

その発音に、ビッチ先生が指で×を作る。

 

「はい駄目。LとRがごっちゃ混ぜ。舞花、言ってみなさい」

 

木村へのダメ出しの後、今度は舞花を指名。

 

「は、はい。really」

 

舞花は最近まで英語圏にいたからなのか、発音はしっかりしている。

 

RはLと違って舌を浮かせた状態で発音するから、reallyの場合最初の『リ』の前に小さくウが入るようなイメージかな。

 

「ええ良いわ、流石ね。日本人にとってはこの発音は相性が悪いの。木村のような発音だと通じはするけど違和感があるわ。苦手なものは逃げずに克服する。LとRの発音を間違えたら……公開ディープキスの刑よ」

 

 

この痴女。間違えても間違えなくてもディープキスするだろ。

 

 

その後に即実行と、間違えた罰として木村がビッチ先生のディープキスを食らった。

 

ついでに褒美だと言いながら舞花にも迫ってきていたが、問答無用でその脳天にチョップかましたので未遂で終わった。

 

___________________________________________

 

 

―――次の日。一時間目の体育。

 

僕たちは丸太の上に立って、ナイフを吊るされたボールに向けて振るっていた。バランスを取りながら攻撃を繰り出すための訓練で、最初の頃は何人か落ちまくってたっけ。今じゃ落ちることはほぼ無くなってきてるけど。

 

……隣を見て見ると、このクラスに入ってまだ短い舞花が同じようにナイフを振るっている。とりあえずこの訓練は問題なくこなせていた。ナイフでの戦闘は苦手のようだけど、バランスに関しては抜群にいいみたいだ。

 

 

 

ふと、視線を少し遠くへずらした。校庭の端の木陰、茂みのところへと。

 

……そこには3人の人影があった。

 

「烏間先生、あれ……」

 

「……気にせず続けてくれ」

 

倉橋さんが問いかけると、どこか疲れたように答える烏間先生。その疲れの原因は、全員気になって仕方がないであろう、茂みのところのアレだろうけど……。

 

 

((((((なんか狙ってるぞ))))))

 

 

忍者のような格好をしてこちらを見ている殺せんせーはまだいい。いや、謎だけど。まだ殺せんせーだからという理由で片づけられる。

 

問題は、同じ場所から対先生ナイフを片手に、獲物を見るような目で烏間先生を見ているビッチ先生。……そして同じように対先生ナイフ片手に烏間先生を窺っている人物がもう一人、みんなが初めて見るであろう初老の男性。

 

その姿を見て僕は思わず吹き出しかけた。

 

 

え、そんなところで何してるんですか、ロヴロさん。

 

 

ロヴロさんは殺し屋の斡旋をしている人物で、僕も何度か仕事関係で会っている。そういえば確か、ビッチ先生は彼の弟子だったはずだけど……。

 

 

 

 

 

その後、行われた烏間先生の事情説明によると……

 

昨日ロヴロさんがここに来てビッチ先生にこの教室から撤退しろといったらしい。そしたら殺せんせーが間に割って入って二人で暗殺勝負をしてみたらと持ち掛けたらしい。そしてその場に居合わせた烏間先生が被害者役を押し付けられたということ。

 

ルールは単純、今日一日の間で烏間先生に先に対先生ナイフを当てたほうが勝ち。ビッチ先生が当てればE組残留決定、ロヴロさんが当てればビッチ先生はこの教室から去ることになる。

 

「迷惑な話だが、君等の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ。今日の体育はこれまでだ。解散!!」

 

説明している時の声にも疲れの色が見えたのは気のせいじゃないだろう。

 

「……苦労が絶えないな、烏間先生」

 

「うん。……律ちゃんの時も今回も、よく普段通りでいられるよね」

 

僕が言うと隣の舞花も苦笑いしながら答える。

 

「イリーナ先生には、残ってもらいたいんだけどな……」

 

続けて舞花はぽつりとそうつぶやいた。……ちなみに舞花はE組生徒の中で唯一、ビッチ先生をファーストネームで呼ぶ。僕達生徒から呼ばれているあだ名を知った後も変えなかったので、ビッチ先生にはすぐに気に入られてたっけ。

 

 

 

今回の勝負の勝率はぱっと見、ロヴロさんのほうが高いかもしれない。

 

これまでこの教室にいたビッチ先生のほうが有利に見えがちだけど、ロヴロさんは老いが来ているとはいえ元は腕利きの殺し屋。それを考えるとビッチ先生はかなりの不利。だって色仕掛け専門だし。

 

現に今、こちらに向かってきているようだけど……。

 

「烏間先生~!お疲れさま~。喉乾いたでしょ?はい!冷たい飲み物!!」

 

ビッチ先生は烏間先生に向かって走りながら水筒の飲み物を差し出していた。

 

それを見ながら僕が頭を抱えたのは悪くないと思う。正直見てられない。

 

どう考えたってあの飲み物に何か入ってる。これに気づかない人はこのE組にはいないだろう。

 

「大方筋弛緩剤か……」

 

烏間先生も勿論分かっているので間合いに入られる前に距離を取った。

 

通用しないと分かった後はビッチ先生、転んでみせておぶってと言い始め……見ているこっちが恥ずかしくなってきた。

 

烏間先生はやってられないと言いながら教室に入っていった。

 

「……アレじゃあ無理そうだよな」

 

「う、うん……」

 

まあ、まだどっちに転ぶかは分からないけど。……ビッチ先生もプロでやってきてるんだ。この教室に来てから今まで何もやってないということは無いだろう。

 

___________________________________________

 

 

――2時間目終了後の休み時間。

 

廊下に出ると、少し離れた所でロヴロさんがこちらを見ていた。

 

「久しいな、新月」

 

なんとなく周囲に何か仕掛けられてるんじゃないかとか警戒してしまったが、今回は何もなさそうだ。この人、出合い頭に罠仕掛けてきたりするからな……。

 

「お久しぶりです、ロヴロさん。とりあえずこのクラスではコードネームで呼ばないでください。ここでは桐紫零という名前です」

 

「ほう……。中々に洒落の利いたネーミングだな。名付けはアインか」

 

 

……なんで間髪置かずに理解しちゃうかなぁこの人。

 

アインというのは、僕の師匠のコードネームだ。

 

「……まあ、その通りですけど。ところで、いつ殺りに行くつもりですか」

 

ちらりと職員室の方を見ながら問いかける。

 

彼は一時間目からしばらく様子見をしていたようだが……。

 

「なに、今から殺るさ」

 

彼はそう答えた後、スッと音を立てずに職員室前へ移動する。

 

「……まあ頑張ってください」

 

僕も様子を見たいので気配を消してその近くへ寄る。

 

 

 

どうするつもりなのかと思っていたら、ロヴロさんは正面から突っ込んでった。

 

 

扉を開けた瞬間、室内にいた教師全員がロヴロさんに気づく。烏間先生は立ち上がって対応しようとしたようだが、椅子を引くときに何かにつっかえて姿勢が不安定になった。恐らく事前に椅子が引きにくくなるよう、ストッパーになるよう床に細工がしてあったんだろう。

 

一瞬だけでも反応が遅れれば、手練れ同士では特に命取りになる。

 

その隙を逃すまいとロヴロさんのナイフが先生に迫る。

 

 

 

しかし。

 

ナイフが当たるかと思われた瞬間、その手が机に叩きつけられた。

 

そして間髪置かずに烏間先生の膝蹴りがロヴロさんの顔すれすれのところに置かれた。

 

 

 

うわぁ……ドアが開いてからここまで、わずか3秒。

 

……あの不安定な状態での素早い対応、流石としか言いようがない。

 

「熟練とはいえ……年老いた殺し屋が、先日まで精鋭部隊にいた人間を随分簡単に殺せると思ったものだな」

 

落ちた対先生ナイフを拾いながら、烏間先生がロヴロさんに向けて言い放つ。

 

……あ、これ烏間先生が想像以上に本気だ。関係のない僕まで冷や汗掻いて思わず臨戦態勢取りそうになった。

 

烏間先生はヒュンとナイフを振ると、向かいの席にいるビッチ先生と殺せんせーに向ける。

 

「分かってるだろうな……もし今日中に殺れなかったら……」

 

「「ヒイイィィィィッ!!」」

 

2人の教師が、情けない悲鳴を上げた。……ん?なんで殺せんせーも怯えてるんだ。

 

「ま、負けないでイリーナ先生!頑張って!」

 

殺せんせーがなんかガチ目にビッチ先生を応援してる。いやまあ、殺せんせーが彼女を応援すること自体はおかしくないけど。

 

 

「……楽しみだな」

 

職員室を出ていく烏間先生が残した一言が、何気に怖かった。

 

 

 

 

 

この後、ロヴロさんが先ほどの烏間先生との応酬で手に怪我を負ったことが分かり、彼は勝負を諦めたようだった。

 

後は、ビッチ先生がどうするか。

___________________________________________

 

 

昼休み。

 

僕は教室で渚やカルマと一緒にお弁当を広げていた。隣では舞花が茅野さんとデザート談議で盛り上がっている。

 

そういえば舞花は来て早々に茅野さんと仲良くなってたっけ。背が低いもの同士というのもあるかもしれない。まあ、舞花がお弁当と一緒に持ってきていた手作りプリンが最初の切っ掛けっぽかったけど。

 

「ねえねえ、渚君、零。見てみなよ、あそこ」

 

「ん?」

 

珍しく窓際まで来ていたカルマがそう言って指差すのは、校舎の外にある大きめの木の下。

 

「ああ、烏間先生ってよくあそこでごはん食べてるよね」

 

それに気付いて茅野さんや舞花もくる。

 

「そしてそこに近づく女が一人。殺る気だね、ビッチ先生」

 

カルマが言うと同時に、様子に気づいたクラスのみんなが窓側に集まる。

 

ここからだと声は聞こえないが……。

 

「さっきイリーナ先生の服に盗聴器仕掛けてみたんだけど、聞く?」

 

「おお、舞花ちゃんナイス!」

 

『では、拾った音声はこちらで流しますね!』

 

舞花がいつの間にやらビッチ先生の服に盗聴器を仕掛けていたらしく、そこから拾える声を律が聞き取りやすいようリアルタイムで編集して流してくれることになった。

 

 

 

〈ちょっといいかしら、烏間〉

 

〈なんだ。言っておくがこれ以上手は抜かないぞ〉

 

2人の会話が始まる。ビッチ先生は言葉を交わしながらスルリと上着を脱いだ。

 

〈私はこの教室にどうしても残りたいの、わかるでしょ?ちょっと当たってくれれば済む話よ〉

 

ビッチ先生は脱いだ上着を地面に置く。また色仕掛けをするつもりか……ん?ちょっと待て。

 

今、上着に何を仕込んだ?

 

 

〈見返りはイイコト。あなたが今まで受けたことの無い極上のサービスよ〉

 

そういいながらナイフを持って烏間先生のもたれかかっている木の後ろに行く、でもナイフの他にもう片方の手……見えづらいけどアレってまさか。

 

〈いいだろう。どこにでも当てればいい〉

 

そう言う烏間先生。そんなビッチ先生に失望したのか降参しているようにも見えるが、気は抜いていない。恐らく攻撃された時にナイフを奪って終わりにするつもりなんだろう。

 

だけど、これはビッチ先生にとっての……最後のチャンスだ。気は抜いていなくとも、油断はある。

 

〈じゃ、そっちに行くわね〉

 

その瞬間、ビンッと烏間先生の足に脱ぎ捨てられた上着と共に何かが引っかかり、そのまま烏間先生の体勢が大きく崩れる。

 

アレは恐らくワイヤートラップだ。ビッチ先生の脱いだ服と木を使って、色仕掛けでさらにカモフラージュしてやったビッチ先生ならではの複合技術。

 

そしてその隙にビッチ先生は走り、体勢を崩した烏間先生の上に乗った。

 

「烏間先生の上を取った!」

 

「やるじゃんビッチ先生!」

 

教室内のみんなは驚いたり喜んだりして騒ぐ。今何が起こったか分かっていないメンバーには、律が図解して説明している。

 

しかしここで、ビッチ先生の振り下ろしたナイフは烏間先生の腕によって阻まれた。

 

グググッと均衡状態が続く。こうなると力勝負、ビッチ先生の勝ち目は……

 

その時、ビッチ先生の口が動いた。

 

〈殺りたいの、ダメ?〉

 

「……おいこら」

 

暗殺対象に殺させてくださいと縋る殺し屋がいるか!?

 

しかし、烏間先生はその諦めの悪さに辟易したのか、掴んでいた手を離し、ビッチ先生のナイフは彼に当たった。

 

「やったー!!」

 

「ビッチ先生残留決定だ!!」

 

それを見てみんなは拍手を送って喜ぶ。

 

 

 

こうして、卑猥で高慢……けれど真っ直ぐなビッチ先生はE組で英語教師を続けることになった。

 

___________________________________________

 

 

ちなみにその後烏間先生に、この勝負でやけにやる気を出していた理由を聞くと、

 

「ああ、今日一日ナイフを避け続けられれば、奴は俺の前で一秒間身動きをしないという約束をしてな」

 

烏間先生の言う奴とは殺せんせーの事で。

 

なるほど、スピード特化の殺せんせーが動かないとなると、かなり有利に暗殺ができる条件だ。そりゃ本気にもなるわな。

 

 

けれど、

 

「おい、あの甲冑は一体なんだ?」

 

烏間先生が殺せんせーに向かって問い詰めているのは、職員室の隅にいつの間にか用意されていたモノ。

 

ピカピカと金属光沢を放つ、殺せんせーのシルエットをした甲冑。

 

「いやあ、万が一の一秒間の時のためにと……」

 

殺せんせーは約束の一秒間のために、自分専用の全身甲冑を作っていたようだった。

 

 

 

……まあ、そう簡単にやらせてくれるわけないよね。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

映画の時間

改稿中……というか今回は、新しく付け足した話ですね。

イトナ君の話の前に、マッハで映画観に行くあの話です。


零:Side

 

ビッチ先生たちの暗殺対決から二日経った今日。

 

授業がすべて終わった放課後。さっさと帰宅する人、だらだらと教室に残ってる人、寄り道して遊びに行こうとしている人など、みんなが思い思いに過ごす中。

 

「ヌル~ン、ヌルフ~ン……♪」

 

教卓で殺せんせーが鼻歌交じりに何かの雑誌を読んでいた。

 

「ご機嫌ですね、殺せんせー。この後何かあるんですか?」

 

気になった磯貝が殺せんせーに向けて、何気ない動作で銃を撃ちながら尋ねる。

 

殺せんせーはその攻撃に対し、雑誌に目を向けたままいつも通りあっさりと避ける。

 

「ええ。ハワイまで映画を見に行くんですよ。先にアメリカで公開するので、楽しみにしていたんです」

 

「えー!ずるいよー先生」

 

「ヌルフフフ、先生のマッハ20はこういう時のためにこそ使うのです」

 

中村さんの言葉に、殺せんせーは笑いながら話す。

 

 

 

 

こんな会話が教卓周りで行われている頃、僕は渚の席でカルマも加えて三人で映画の雑誌を見ながら駄弁っていた。

 

僕達のところで話題になっていた映画は『ソニックニンジャ』というヒーロー物。僕は映画とかあまり見たことなかったけど、この作品は弟子仲間が大ファンで熱烈に勧めてきたことから、観た事のある数少ない映画だ。

 

渚とカルマも結構なファンらしくて、続編が出てアメリカで先に公開されるという情報もあったことから渚の買ってきた雑誌を三人で見ながら話してたんだけど……。

 

 

殺せんせーが見てる雑誌、こっちのと同じやつだ……。

 

 

その後、向こうの会話で案の定『ソニックニンジャ』の名前が出てきたことから、殺せんせーがこの後見に行くという映画はこれで間違いなさそうだ。

 

同じ机の二人もその会話が聞こえたようで、少しの間呆気にとられた後「これはチャンスじゃね?」と顔を見合わせた。

 

 

___________________________________________

 

十数分後。

 

そろそろ出発するようで殺せんせーが校舎の外に出ていった。僕たちはちょっと急いでその後を追う。

 

「さて、そろそろ行きますかねぇ」

 

「殺せんせー!」

 

渚が呼び止めると殺せんせーはこちらを振り向き、渚の持つソニックニンジャが特集されてる雑誌に目を向けた。

 

「お願い、僕らも連れてってよ」

 

「おや。『ソニックニンジャ』お好きなんですか?」

 

「うん、続編出るのずっと待ってたんだ!」

 

渚は先生の問いかけに目をキラキラさせながら答える。こんなに顔を輝かせた渚は初めて見たな……。

 

「カルマ君がヒーロー物とは意外ですねぇ」

 

次に殺せんせーはカルマの方を見る。うん、それはさっき僕も同じこと思った。まあ、カルマの場合はストーリーとかよりは、

 

「監督が好きでさ。アメコミ原作手掛けるの珍しいから」

 

……ってことらしい。

 

「ちなみに零君は……」

 

「映画ってほとんど見たことないんだけど、知り合いにこの映画の大ファンがいてね。しつこく熱烈な布教受けて、観てみたら結構気に入っちゃって」

 

結果的にこうして友達との共通の話題になってるから、これを勧めてきたアイツにはムカつくけど結構感謝してる。

 

『私も行きたいです、渚さん!』

 

と、突如どこからか聞えてきた律の声。

 

どうやら渚のスマホから聞こえてきたようで、渚が取り出すと画面には『おじゃましてます』というプラカードを持った律の姿があった。

 

曰く、僕ら生徒との情報共有を円滑にするため、ほぼ全員の携帯に自分のデータをダウンロードしてみた、ということらしい。通称『モバイル律』。

 

ちなみにほぼ全員というのは、舞花の携帯だけまだダウンロード出来てないらしいから。まあ彼女のスマホは、セキュリティがバカ高いからなぁ……。どうやら後程ケーブルで直接データを入れることになったらしい。

 

閑話休題(それはともかく)

 

『殺せんせーのマッハのお出かけ、一度体験したいと思ってました。カメラの映像が今後の暗殺に役立つかもしれません』

 

うん、確かに。普段殺せんせーがどんな風に移動しているのかが見れる、貴重な機会だ。

 

 

「ふむ……いいでしょう。映画がてら君たちにも先生のスピードを体験させてあげましょう!」

 

 

 

そしてその殺せんせーの言葉と共に、

 

僕達は一瞬で殺せんせーの服の中に入れられていた。

 

 

……。

 

 

「れ、零君カルマ君、軽い気持ちで頼んだけど僕らひょっとして、とんでもないことしてるんじゃあ……」

 

「さあねー。そーいや身の安全までは考えてなかった」

 

隣で渚が顔を青ざめさせて言った言葉に、カルマは軽い言葉で返したけど、珍しくカルマの声も震えてる。

 

そもそも今やろうとしてることって不正渡航以外の何物でもないけど、とりあえずそれは置いといて。

 

……前に僕が無理やり乗せられた戦闘機は最高速度マッハ2弱位のスピードだったけど、あれでも結構ビビったからなぁ。

 

今の状態ってどう考えてもほぼ生身だし、20までは行かずともマッハに耐えられるかと言われると……。

 

「ご心配なく。君たちの体に負担をかけないようにゆっくり加速しますからっ」

 

……どうやら僕たちに気を使ってその辺調整してくれるらしい。

 

っとその殺せんせーの言葉が終わるか終わらないかのところで先生は飛び立った。

 

 

 

「「「うわああああああっ!?」」」

 

 

いきなりの衝撃で僕たちは堪らず悲鳴を上げる。ただ、確かに僕たちの負担にならないようにしてくれているようで、体にダメージはない。

 

「は、はっや」

 

「はははっ、すっげーもう太平洋見えてきた!」

 

「飛び立って数秒で音速超えてるとか……」

 

渚は素直に驚き、カルマは驚きながらもちょっと楽しそうで、僕は次元が違い過ぎるなと遠い目をした。

 

これが、いつも殺せんせーが見ている景色なんだよな……。

 

 

「あれ?風の音とかあんまり聞こえないね。ほとんど先生の頭で弾かれてる」

 

「良いところに気が付きました渚君。秘密は先生の皮膚にあります」

 

渚の疑問に先生が答える。どうやら殺せんせーの皮膚は普段は柔らかいが、強い圧力を受けると硬くなるらしく、それでマッハの風圧にも耐えられるそうだ。

 

「先生の皮膚と似た原理なら君たちの身近にもありますよ」

 

簡単な説明が終わったと思ったら、そんな言葉と共に今度はビーカーや水、片栗粉などを取り出す殺せんせー。

 

どうやらダイラタンシー現象について実験を交えながら説明するらしい。確か……強く握ると個体のようにつかめて、離すと液状になる現象、だったっけ。

 

 

……音速飛行中に授業とか。というか水はともかく片栗粉とかなんで持ち歩いてるのかなぁ。

 

 

『暗殺しないのですか?零さん、カルマさん』

 

律がこそっと声をかけてきた。密着している今は大チャンスだろうと。

 

いやー……そうは言うけどさ。

 

「それ、先生を殺せたとしても僕たちも死ぬよね」

 

「そうそうー。マッハで太平洋にドボンッとか、万一その場で死ななくても無事に帰れる気はしないし、完全に殺せんせーの思うつぼだ。大人しく授業受けるしかないよ」

 

カルマもその辺理解してるから、さっきから珍しく大人しいんだよな。

 

 

 

 

そんなこんなで。

 

丁度実験が終わったあたりで僕たちはハワイに到着した。いつの間にか夜の空になってて上空は真っ暗だ。

 

「―――とまあ、ダイラタンシー現象は最新の防弾チョッキにも応用されている技術なのです。一つ賢くなったところで、映画館はこの下ですよ」

 

僕達はふわりと下ろされ、先生はスッといつもの変装をした。

 

 

……うん、マジで来ちゃったよハワイ。

 

 

 

映画館内に入ると、ひんやりとした空気が体を冷やしにくる。相変わらずこっちの映画館は冷房効かせすぎだと思う。外との温度差で思わずくしゃみが出た。

 

「ハワイの室内はとにかく冷房が効いています。皆さん、ちゃんと防寒の準備をしてください」

 

「あ、ありがとうせんせー」

 

そう言いながら殺せんせーは僕たちに薄掛けを渡してくれた。……この薄掛け、ぱっと見ハート柄に見えたけど、よく見たら一つ一つのハートの中に殺せんせーの顔がある。渡されたカルマが微妙な顔をした。

 

『映画館は初めてなので、とっても楽しみです!』

 

渚の携帯の中で律がもふもふのコートを着ながらはしゃいでいた。そういえば映画館って携帯の電源切らないといけないはずだけど……今回はバレなきゃいいか。

 

「そういえば、ここアメリカだから日本語字幕無いんだよね。スジ解るかな……」

 

渚が薄掛けを羽織りながら不安げに呟く。あー……

 

「……英語音声の映画は慣れてないと聞き取りちょっとキツイか」

 

「大丈夫ですよ。三人とも英語の成績は良好ですし、イリーナ先生にも鍛えられてるでしょう?……それと、先生の触手を耳に」

 

先生の言葉と共にニュルッと黄色い触手が目の前に。触手の先端は丸くなっていて、なんか小さな口がついてる。

 

習っていない単語が出てきたら解説します、とのことだった。……ほんとに何でもありだなこの触手。

 

そして先生から更にコーラとポップコーンを渡された。いつの間に買ってきたんだろう……。

 

映画館内がじわじわと暗くなってくる。いよいよ上映が始まった。

 

 

 

 

主人公のソニックニンジャは「悩みながらも世界を救う孤独のヒーロー」という、僕達の年頃ならみんな一度はあこがれるんじゃないかと思うベタながらも魅力的なキャラクター。

 

出てくるキャラクターの魅力もさることながら、舞台演出もとても凝っている。ソニックニンジャ……直訳すれば音速の忍者ってわけで、文字通り音速で移動したりするわけだけど、そこの表現も良く出来てる。

 

隣で渚もさっきの不安はどこへやら、って感じで映画に引き込まれていた。聞き取りも大丈夫そうだ。……さらに隣に座る殺せんせーがなんか顔をピンク色に染めてるんだけど。

 

「G……いやHですね……」

 

……あ、目当てはヒロインか。この顔色の殺せんせーがどこを見ているかなんて一目瞭然だった。

 

 

 

 

___________________________________________

 

 

怒涛の展開を迎えながら、それでも映画は良いところで終わりを迎えた。これ、また続編が気になって仕方がないんだけど……作り方がうまいなぁ。

 

 

 

 

……映画館を出るとき。斜め前方向から妙な視線を感じ、なんとなくそっちに目を向けた。

 

 

―――赤い眼が、こちらを見ていた。

 

 

「……~ッ!!?」

 

即座に目を逸らす。そして必死に表情を取り繕った。え、『今僕が一番会いたくないランキング』トップ3を常にキープしてる奴がいるんだけど。

 

いやなんでアイツがここにいるんだ。確かに『ソニックニンジャ』の大ファンだし映画を観に来てるのはおかしくはないけど、よりにもよってなんでこの映画館だよ、なんで同じ日時なんだよ!?

 

「あれ、零君どうかした?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

……―――落ち着け、焦るな。別にアイツが僕に気づいたわけじゃない可能性もある。今は眼鏡かけてるし目の色も違う。

 

ただ隣にいる殺せんせーの巨体が気になっただけって可能性の方が高い……と信じたい。

 

 

 

なんかさっきから号泣しぱなしの先生を急かし、僕たちはE組の校舎までまたマッハで帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「面白かったー。あそこで引かれたら、続編めっちゃ気になるよね!」

 

「あはは、同感!」

 

E組校舎に着くと、渚が興奮まだ収まりきらずといった感じに声を上げ、僕もそれに同意する。

 

「けどさー、ラスボスがヒロインの兄だったのはベタベタかなー」

 

「えっ、あ、うん」

 

「ベタな設定かもしれないけど、僕はあーいう展開結構好きかな。……リアルじゃ御免だけど」

 

『ハリウッド映画一千本を分析して、完結編の展開を予測できます!実行しますか?』

 

「こら律、そんなことしたら監督とか脚本家が泣くよ」

 

律の言葉に、ため息を吐きながら返す。

 

「別にやらなくていいからね!……それにしてもカルマ君も律も結構冷めてるなぁ」

 

うん、なんていうかこの二人は結構ドライな反応をしている。……けど、

 

僕らは同時にスッと同じところに目を向ける。

 

……そこにはなんか、顔の輪郭がふやけるくらいに号泣し続けている殺せんせーの姿が。

 

「生き別れの兄と妹……何と過酷な運命なのでしょう……」

 

「……かと言って、いい大人があれはどうなの?」

 

 

殺せんせーの弱点⑬:ベタベタで泣く

 

 

弱点メモがまた増えた。この先生はなんと、ハワイから東京までずっと泣きっぱなしだった。

 

 

 

「それじゃあ、もうそろそろ帰ろっか」

 

時計を見ると、既に結構遅い時間なのが分かる。僕やカルマはともかく、渚の家は結構厳しいからあまりゆっくりはしない方がよさそうだ。

 

「今日はありがとう!殺せんせー」

 

「さようなら」

 

「はいさようなら。夜道は気を付けて。……あと、明日までに映画の感想を英語で書いて提出しなさい」

 

殺せんせー、ようやく泣き止んだと思ったらこの一言。

 

「「宿題出んの!?」」

 

「タダでハワイまで行けたんだから安いものです」

 

今日は旅費代わりに追加課題をやらないといけないらしい。面倒だけど、まあ……元々舞花に感想聞かせる約束してたし、話しながら書けばいっか。

 

 

 

 

 

零:Sideout

 

___________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時は少し遡る。

 

ハワイの映画館付近にて、

 

 

 

「ふーん、アレが100億円の賞金首、か……」

 

ボソッとそんな言葉をつぶやいた一人の人物が見ているのは、先ほどまで殺せんせーとE組生徒3人がいた場所。

 

その人物……真っ白な髪の少年は面白いとばかりに血色の目を細めて笑う。

 

(国家機密指定されてるにしては、変装ド下手糞だったなぁ~。だというのに周りに殆ど違和感を感じさせてなかったのは吃驚したけどさ)

 

それに、と彼は殺せんせーの傍にいた3人の生徒を思い出す。

 

(赤髪の奴は一般人にしては結構強そうな感じだったし、()ったらそこそこ楽しめそうだ。水色髪の奴は弱そうだけど、何か面白そうだし。……にしてもアイツ)

 

最後の一人の様子を思い浮かべたところで、彼の持っている携帯のバイブが響いた。

 

携帯を取り出して着信画面を見た彼は、ゲッと顔を歪ませる。

 

「はいもしもし……あーはい分かってますよー俺が仕事忘れてるわきゃないでしょう。ちょっとくらい映画の余韻に浸ってもいいじゃないですかー!結構熱い展開してたんですよ!……あ、はい、興味無いですか。……分かってます今行きますから、っと……ところで師匠(センセイ)

 

電話口から聞こえてくる叱咤に、彼は面倒くさいとばかりに適当に返す。そしてふと声色が変わった。

 

彼の脳裏には、先ほど見かけた3人の生徒のうち最後の一人……見知った青髪の少年の姿が浮かび上がっていた。

 

「さっきね、零の奴見かけたんですよ。噂の百億円賞金首やそこの生徒と一緒でしたね。んで……アイツ、あの状態で良いんですかね?完全に毒気抜かれてましたけど、雰囲気マジ別人でしたけど……計画に支障きたしませんか」

 

他二人の生徒たちや賞金首の教師と仲良さげに明るく会話する零の姿は、この少年にとって全く見慣れない物で、本当に同一人物かどうか思わず凝視して探ってしまったほどだった。視線に気づいた零の僅かに動揺した様子から本人だと確信したわけだが。

 

 

【挿絵表示】

 

 

〔……――――〕

 

彼の言葉に通話先は暫し沈黙するが、すぐに返答が来た。

 

「……そうですか。それなら別にいいです。そんじゃ」

 

彼はまた適当に返事をすると、プツンと通話を切って歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クフフッ」

 

堪え切れないという様に、嬉しそうな笑い声が漏れ出た。

 

 

「早くお前と殺り合いたいなぁ……零」

 

 

 

不穏な独り言と共に、彼の姿は暗闇に消えていった。

 

 

 

 




最後に新たなオリキャラが出てきましたが、彼が本格的に関わってくるのはまだ先の話です。

ついでにキャラ紹介ページ以外で挿絵載せたのは初めてですが……今回初登場なのにヒロインより先に出しゃばりましたねあの男。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生の時間3

改稿中です。

再び転校生回、イトナ君とシロさんの登場です。



とある日の放課後、烏間惟臣はパソコンにメールが来てることに気付いた。

 

開いて見ると、メールは本部からの物であり内容は

 

『六月十五日、二人目の「転校生」を投入決定。満を持して投入する「本命」である。事前の細かい打ち合わせは不要。全て付添人の意向に従うべし』

 

と書かれていた。

彼は何も言わず、暫くしてから『了解』と返信した。

 

___________________________________________

 

零:Side

 

今日は6月15日。天気は雨……しかも土砂降りで、山道はぬかるんでるし、気温はそんなに高くないのに湿度のせいで蒸し暑いしちょっと憂鬱だ。

 

ただ教室内では昨日烏間先生から来たメールにあった、今日来るという転校生についての話題で賑わっていた。

 

「おはようございます、皆さん。それではホームルームをはじめます」

 

妙にくぐもった声と共に殺せんせーが教室に入って来る……ん?

 

……なんか、顔が昨日よりかなり大きくなっているような……?目とか口とかの大きさは多分変わってないけど、その周りがぷっくりと膨らんでいるというか……。

 

『殺せんせー、三十三パーセントほど巨大化した頭部についてご説明をお願いします』

 

律が代表して聞いてくれた。わかりやすく数値にしてくれてありがとう。かなり巨大化したんだね。

 

「水分を吸ってふやけてこうなりました。今日はかなり湿度が高いので」

 

生米かよ!?と心の中で突っ込んだのは恐らく僕だけじゃない。

 

 

殺せんせーの弱点⑭:しける

 

 

殺せんせーはバケツに向かって顔をムギューッと絞って、どうにかいつもの大きさに戻していた。顔を絞るなんて光景初めて見たな。

 

「ところで、烏間先生から転校生が来るという事は聞いてますね?」

 

「あーうん。まぁ、ぶっちゃけ殺し屋だろうね」

 

殺せんせーの確認に、前原が既に殺し屋だと断定して答えた。まあ、ここで普通の人が来るってことはほぼ無いだろうし。

 

「紫苑さんや律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね。先生も今回は油断しませんよ。いずれにせよ、皆さんに仲間が増えるのは嬉しい事です」

 

というか、このクラスに来る転校生、僕を合わせてこれで4人目になるんだよな。さすがに多すぎるような気がする……。

 

「同じ転校生暗殺者として、零君と律は何か聞いてないの?」

 

原さんが僕と律の方を向いて聞いた。転校生としては舞花もいるけど、僕みたいな職業:殺し屋ってわけじゃないことはみんな知ってる。

 

……にしても、もう一人の転校生か。

 

「僕は何も知らないよ。入ってくる時期も結構離れてるし」

 

僕が入ってきたのは4月だから約2か月前になる。……このクラスに来てから結構経つんだな。

 

あと、もしロヴロさんがまた誰か送り込むときは連絡してくれって頼んだから、そっちとは別口のはず。

 

『私は少しだけ聞いています』

 

律は何か知らされているらしい。

 

『初期命令では私と彼の同時投入の予定でした。私が遠距離射撃、彼が肉迫攻撃と連携して殺せんせーを追い詰めるために。ですが二つの理由でその命令はキャンセルされました』

 

彼。つまり今度は男子か。それに近接戦闘型と。

 

「へぇ…………理由は?」

 

『一つは彼の調整が間に合わず予定より時間がかかったから。そして二つ目は私が彼より暗殺者として圧倒的に劣っているからです。私の性能では彼のサポートを努めるには力不足だと……。そこで各自単独で暗殺を開始することになり、重要度の下がった私から送り込まれたと聞いています』

 

殺せんせーの指を単独で破壊した律がその扱いって……。しかも、調整に時間が掛かったから?

 

ってことはまた人外の殺し屋が来るってことか。もうなんか律のせいでよっぽどの事じゃない限り驚かない気がするけど、今度は一体どんな方向性の奴だろう。

 

 

 

 

 

その時、ガラララッと教室のドアが開いた。

 

 

ドアの方を見れば、そこに立っていたのは……何故か白装束に身を包んだ人物。

 

まさかこの人が転校生……ではなさそうな気がする。体格的にも成人男性だし、制服も着ていない。どちらかというと教師に加わると言われた方が納得だ。……ん?こっちに腕を向けてきた?

 

 

思わず警戒度を上げると、ポンッという軽い音が響き、その人の腕からいきなり鳩が飛び出した。……え?

 

 

「はは、ごめんごめん。驚かせたね。転校生は私じゃ無いよ。私は保護者……まぁ白いしシロとでも呼んでくれ」

 

その人、シロさんは軽く笑いながらそう自己紹介した。うん、白装束で入ってきていきなりマジックなんて見せてきたら普通に驚くよ。

 

にしても、保護者か……。

 

この人の白装束は顔も覆っていて目元すらも隠している。恐らく向こうからは見えるようになっているんだろうけど、こちらからはその顔は見ることが出来ない。それに声に何か違和感……恐らく変声器か何かで変えている。

 

……身バレ防止がかなり徹底されているな。

 

 

 

 

……あれ?殺せんせーが教卓にいないんだけど……あ、いた。

 

 

っておいこら。

 

「怯えすぎだよ、殺せんせー」

 

思わず僕がため息交じりに言うと、みんなも気付いて僕の目線の先、教卓近くの天上の隅っこを見た。

 

そこには銀色の、どろどろとした液体状の殺せんせーの姿が張り付いていた。

 

……一瞬の沈黙。

 

「ビビってんじゃねーよ殺せんせー!!」

 

「奥の手の液状化まで使って!!」

 

「い、いや……律さんがおっかない話をするもので」

 

 

殺せんせーの弱点⑮:うわさに踊らされる

 

 

あ、あれが液状化か。話には聞いてたけど初めて見たな。

 

「始めましてシロさん。それで肝心の転校生は?」

 

まだちょっとビビりながらも降りて来て、ニュポンッと元の姿に戻った殺せんせーはシロさんにそう聞く。

 

「始めまして殺せんせー。ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね、私が直に紹介させてもらおうと思いまして」

 

シロさんは殺せんせーにお土産だと言いながら羊羹を渡し、クラスを見渡していた。

 

……ん?渚辺りのところで視線を止めた?

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、皆良い子そうですなぁ。これなら、あの子も馴染みやすそうだ。席はあそこで良いのですね?殺せんせー」

 

シロはカルマと寺坂の間を指差し言っており殺せんせーはそれに頷いていた。

 

「では紹介します。おーいイトナ!入っておいで」

 

その呼びかけにみんなが教室のドアに注目する。が、入ってこない。

 

 

……!?後ろに気配が、

 

「零、カルマ君、そこ危ない!!」

 

舞花が叫んだのもあって反射的に立ち上がり、カルマの腕を引っ張って半ば無理やり席から離した。

 

 

それと同時に僕たちの席の後ろの壁が派手に破壊された。

 

 

そしてぽっかりと空いた穴から誰かがスッと入ってくる。破壊された壁からはいくつもの破片が僕たちの席辺りに降り注いていた。

 

「わ、結構危なかったな……舞花、ありがとう」

 

「サンキュー二人とも」

 

「どういたしまして」

 

僕は直前に知らせてくれた舞花にお礼を言う。カルマも僅かに冷や汗をかきながら礼を言っていた。うん、あのままだと僕もカルマも怪我してた可能性がある。……何故か寺坂辺りは破片がほとんど飛んでいってないけど。

 

 

……さて、壁をぶち壊すという何とも豪快な方法で入室してきた誰かさんは。

 

「俺は……勝った。この教室の壁よりも強いことが証明された。それだけでいい……それだけでいい」

 

「「「「「「いや、ドアから入れ!!」」」」」」

 

恐らく、というか確かに転校生なんだろうその少年の独り言に、みんなで一斉に突っ込んだ。なんか、血走った眼をしてるな……この子。

 

殺せんせーもリアクションに困っているようで、笑顔でもなく真顔でもない、中途半端な顔になっていた。なんだありゃ。

 

「堀部イトナだ。名前で呼んであげて下さい。あぁ、それと私は少々過保護でね。暫くの間、彼の事を見守らせてもらいますよ」

 

白装束で顔が見えない保護者に、表情も行動も話も読めない転校生。……イトナ君の見た目は、白っぽい髪にちょっと変わった模様の目をした背丈の低い少年、一応普通の人間に見える。

 

だけど恐らく、律以上にひと波乱ありそうだとみんな同じことを思っただろう。

 

……そしてちょっと気になったことが一つ。

 

机や椅子に散った壁の破片を払いながら席に着き、僕がそれについて聞こうと……するその前に、カルマがイトナに声をかけた。

 

「ねぇイトナ君。ちょっと気になったんだけど、今外から手ぶらで入ってきたよね。外はどしゃ降りの雨なのに、何でイトナ君は一滴たりとも濡れてないの?」

 

それは、僕が聞きたかったことと同じだった。クラスのほとんどはその登場が衝撃的過ぎて気付いていなかったようだけど。

 

イトナ君は一旦スッとクラスを見回すと席から立ち上がり、カルマを見た。

 

「お前はこのクラスの中じゃトップクラスで強い。だけど俺より弱いからお前は殺さない」

 

そう言ってイトナ君はカルマの頭をなでる。……カルマはその行動を無表情に見ていた。

 

えっと、質問の答えになってないよね?会話が全然噛み合ってない気がするのは僕だけじゃないと思うけど。

 

あ、今度は僕の方を見てきた。

 

「お前がこのクラスの中で一番強そうだ。だけど俺には敵わない」

 

「……へぇ」

 

 

……敵わない、ね。

 

 

「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれないやつだけだ」

 

とか何とか言いながら、彼は教室の前の方へと歩いていく。そして、

 

「この中じゃ、殺せんせーあんただけだ」

 

イトナ君は殺せんせーを指差して、そう言い放った。

 

「強いとはケンカのことですか?力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

殺せんせーはさっき渡された羊羹を食べながら笑う。が、

 

 

 

「立てるさ。だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」

 

 

 

イトナ君がポケットから同じ羊羹を出しながら言ったその言葉。その言葉にみんな固まった。

 

そして、

 

「「「「「「き、兄弟ィ!?」」」」」」

 

みんなが驚きの声をあげる。そんな中イトナはそれを無視しながら話を進める。

 

「負けた方が死亡な、兄さん。……兄弟同士だから小細工は要らない。お前を殺して俺の方が強いことを証明する。……放課後、この教室で勝負だ」

 

イトナ君はそう言いながら教室のドアへ向かい、保護者のシロさんと共に教室を出ていった。……出ていくときは普通にドアからなんだな。っていうか、授業は受けないつもりか。

 

 

……教室に沈黙が下りる。その時間約3秒。

 

 

 

「どういうこと!?兄弟って」

 

「先生兄弟いたの!?」

 

「いや、そもそも人とタコっていう時点で全然違うじゃん!」

 

そしてようやく再起したこのクラスの面々は、すぐさま殺せんせーを問い詰めに入った。

 

「いえいえ!まっったく心当たりありませんっ!!先生、生まれも育ちも一人っ子ですから!」

 

そして慌てて言い訳を始める殺せんせー。曰く、昔両親に弟が欲しいと言ったら家庭内が気まずくなった、とか。

 

そもそも親とかいるのか!?というツッコミが入った。

 

……まあ、生物である以上親に当たる存在は必ずいるだろうけど。兄弟というのは先生に心当たりが無い以上、嘘なのか、ただ知らないだけか……

 

 

何かを比喩しているのか。

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

 

――――現在昼休み。

 

いつの間にか教室に戻ってきたイトナ君の机の上にはお菓子、デザートなど甘いものが山のように積まれていて、イトナ君はそれをどんどんその口へと運んでいた。

 

「すげー勢いで甘いもの食ってるな」

 

「甘い物好きは殺せんせーと一緒みたいだな」

 

「表情が読みづらい所も」

 

クラス中が教卓にいる殺せんせーと一番後ろのイトナ君を見比べている。

 

「兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してムズムズしますねぇ。ここは気分直しに今日買ったクラビア誌でも読みますか。これぞ大人のたしなみ」

 

そう言って殺せんせーはグラビア誌を取り出して読み始める。……おい、生徒の前で教師が読んでいい物じゃないと思うんだけど。

 

……そしてそれとほぼ同時に

 

((((((巨乳好きまでおんなじだ))))))

 

イトナ君も同じグラビア誌を読んでいた。えぇ……。

 

「……これは俄然、信憑性が増してきたぞ」

 

「え、そうかな……岡島君」

 

興奮しながら言う岡島に渚が突っ込む。

 

「そうさ!!巨乳好きは皆兄弟だ!!」

 

「三人兄弟!?」

 

おんなじグラビア誌を取り出して見せながら言い放つ岡島に、渚がまた突っ込む。その岡島の行動には女子から嫌悪の視線が送られていた。

 

 

……別の場所では茅野さんが、

 

「もし兄弟だとしてもさ、なんで殺せんせーは気付いていないのかな」

 

と疑問を述べた……ら、素早く反応したのは不破さん。

 

「きっとこうよ!」

 

 

……えー、不破さんが言うことには、

 

 

昔何処かに殺せんせーみたいなタコ型生物の王国があり、殺せんせーとイトナはその国の王子だった。で、ある時人間の国に攻め込まれ、敗北寸前のところでタコ王国の王様が殺せんせーとイトナだけは寸でのところで逃がす。が、逃げている途中で二人は見つかり、殺せんせーはイトナを庇って攻撃を受けながら川に落ちて流されてゆき、そこで二人は生き別れることになった……

 

 

「で!成長した二人は兄弟と気付かず、宿命の戦いを始めるのよ!!」

 

目をキラキラさせながら最後を締めくくる不破さん。……いや、気付かずって殺せんせーはともかく、イトナ君は殺せんせーの事兄さん呼びしてるよ?

 

……生き別れの兄弟、か。なんか昨日観てきた『ソニックニンジャ』のヒロインとラスボスみたいだなって思った。

 

あ、そういえばあの映画の英語感想文まだ提出してない。……まあ、放課後にでも渡しに行こう。

 

 

 

 

「う、うん。で、どうして弟だけ人間なの?」

 

茅野さんが若干引きながら問いかけた疑問に、不破さんは言葉を詰まらせた。

 

「えーっと、それは、まあ……突然変異?」

 

うん、考えてなかったんだね。

 

「そこ肝心なところだよね!?」

 

「キャラ設定の掘り下げが甘いよ!」

 

そのあまりにも適当な答えに、茅野さんと原さんが突っ込む。

 

と、そこに舞花が一石を投じた。

 

「んーその背景設定なら……二人にはもともと人間の血も交じっていて、イトナ君はその血が濃く出たことから人間の姿。で、殺せんせーと生き別れた後にイトナ君は敵国に捕まってしまったが人間の姿をしていることから受け入れられ、そこからは最後の生き残りである殺せんせーを殺すための刺客として育てられた。……みたいなことが考えられるのでは?」

 

「おお~!!ちゃんと辻褄が合った!」

 

「舞花ちゃん、この短時間によくそこまで考えられたね」

 

「か……完敗だわ……」

 

「あ、あははは……」

 

不破さんはぐぬぬと悔しがり、舞花はどこか複雑な顔をしていた。

 

 

……後から思えば、この時すでに舞花はイトナ君の秘密に勘付いてたんだろう。

 

 

 

 

この時彼女たちの話を聞いていた僕は、なんとなく胸騒ぎがしていた。

 

ちらっとイトナ君の様子を見る。彼は一瞬こちらの視線に気づいて顔を上げたが、すぐにグラビア誌へと目を戻した。

 

 

……少しよく観察してみたら、彼からはどこか妙な気配を感じた。自分でもよく分からないけど、なんか……得体のしれないものが彼を覆っているような、そんな感じだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

まさかの時間

改稿中です。


零:Side

 

 

―――放課後になり、イトナ君の言ったとおり彼の暗殺が始まろうとしていた。

 

そしてそれは、今までの暗殺とは全く違った形のものだった。

 

「これは……机のリング?」

 

「あぁ、まるで試合だ。こんな暗殺を仕掛ける奴は始めてだ」

 

教室の外ではビッチ先生と烏間先生が話していた。ビッチ先生の言う通り、教室には殺せんせーとイトナ君を囲むように机が並ばれていて、その外側の周りに僕たち生徒がいた。

 

 

リングの中で、イトナ君が上着と首元のファーを脱ぎ捨てた。その下は動きやすそうなノースリーブ。

 

「ただの暗殺は飽きてるでしょ殺せんせー。ここは1つルールを決めないかい?リングの外に足がついたらその場で死刑!!……どうかな?」

 

シロさんがそう問いかける。そんな条件誰が飲むかと普通は思うけど……殺せんせーにはこういう縛りこそよく効く。なにせ、

 

「みんなが見ている前で決めたルールを破ったら、殺せんせーの信用が落ちる。……それは避けたいはずだよ、先生は」

 

隣でカルマが代弁してくれた。

 

 

「……いいでしょう。そのルールを受けます。ただしイトナ君、観客に危害を加えても負けですよ」

 

殺せんせーがいった言葉に対してイトナ君はコクリと黙ってうなずいた。

 

そしてシロさんが合図のために右手をあげた。

 

 

 

 

 

「では、暗殺……開始!!」

 

 

その合図とともに、

 

 

……殺せんせーの左腕が切断された。

 

 

クラスの全員が、先生たちも含めて全員がソレに驚く。

 

僕達が驚いたのは殺せんせーの触手が一瞬で切り落とされたことに対して……ではなく。それを切り落としたモノに対して。

 

 

 

 

あれは、

 

「まさか……触手!?」

 

イトナ君の頭には何本もの髪の毛と同色の触手。それがヒュンヒュンと風切り音をさせながら動いていた。

 

なるほど、だから雨にぬれていなかったのか。多分雨粒とか全部触手で弾いていたんだろう。

 

 

「何処だ……」

 

……あ。

 

ゾクッと。突然襲ってきた寒気に僕は思わず身震いをした。

 

 

「何処でそれを手に入れたっ!!その触手を!!」

 

 

その声の主……殺せんせーを見れば、その顔は真っ黒に染まり、ピキピキと血管のようなものが浮き出て、目が赤く光っていた。前に渚に聞いたことがある……ド怒りの顔だ。

 

初めて見たけど、あそこまで雰囲気までも変わるとはね……。

 

「君に言う義理は無いね殺せんせー。だがこれで納得したろう?両親も違う、育ちも違う、だが……この子と君は兄弟だ。しかし怖い顔をするねぇ、何か嫌な事でも思い出したかい?」

 

 

シロさん……いや、シロはどうやら殺せんせーの事をよく知っているらしい。

 

両親も育ちも違う……か。それに殺せんせーの……どこで手に入れた(・・・・・)、という言葉。

 

彼の言い様とイトナ君の様子から、様々なことが推測できてしまった。嫌な予感はしっかり当たってしまったようだ。……っていうかあれか、血を分けた(・・・・・)兄弟ってそういう意味か。

 

 

「……どうやらあなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

そう言いながら殺せんせーは触手を再生させた。

 

「聞けないよ、死ぬからね」

 

それに対しシロが言い放つと共に左手を殺せんせーに向けた。すると、袖口から強烈な光が殺せんせーに照射された。

 

「!?」

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると君の細胞はダイラタント挙動を起こし、一瞬全身が硬直する。全部知ってるんだよ…………君の弱点は全部ね」

 

ご丁寧に何が起こっているのか説明をしてくれる。昨日殺せんせーの飛行中授業で教わったダイラタンシー現象、それをあの光で起こしたということか。

 

シロはイトナ君に合図をし、彼の猛攻撃が始まった。

 

ただ、殺せんせーはその攻撃を脱皮をすることで防ぎ、天井に行くことで避けた。

 

「脱皮か……そう言えばそんな手もあったっけか。でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知ってるよ。その脱皮は見た目よりもエネルギーを消耗する。よって直後は自慢のスピードも低下するのさ。常人から見ればまだ速い事には変わりないが触手同士の戦いでは影響はでかいよ」

 

 

殺せんせーの弱点⑯:脱皮直後

 

 

「加えてイトナの最初の奇襲で腕を失い再生したね。その再生も結構体力を使うんだ。二重に落とした身体的パフォーマンス、私の計算ではこの時点でほぼ互角だ。そして触手の動きは精神状態にも左右される。これでどちらが優勢か一目瞭然だろうね」

 

 

殺せんせーの弱点⑰:再生直後

 

 

シロの言うとおり殺せんせーのスピードはいつもよりも明らかに落ちていた。

 

そして殺せんせーはテンパるのが意外に早いという弱点もある。見ているとイトナ君は攻撃をしている中、殺せんせーは防御しかしてなく、しかもかろうじて避けている状態。見ているこっちまでハラハラしてくる。

 

「そして、保護者の献身的なサポート」

 

 

殺せんせーの弱点⑱:特殊な光線を浴びると体が硬直する

 

 

今、足部分の触手が2本破壊された。これで、また再生して体力を使う羽目になる。

 

イトナ君は全く疲れている様子はない。対して、殺せんせーは既に息切れも激しい。シロの言う通り、イトナ君の方が明らかに優勢だった。

 

「安心したよ……兄さん。俺はお前より強い」

 

へばりかけている殺せんせーを見下ろしながら、イトナ君が言い放った。

 

 

確かに……このままいけば、彼らは殺せんせーを殺せるかもしれないんだろうな。

 

 

 

 

……けどさ、

 

リングを挟んで向かい側にいる渚が、対先生ナイフを手に持って俯いているのが見える。ナイフを見るその顔は、暗く沈んでいた。

 

他のみんなも同様で、殺せるかもしれないのに表情は暗かった。

 

多分、みんなが思っていることは同じ。一言でいえば……悔しい、という感情だろう。

 

 

 

……このまま黙って見ていられるほど僕は、僕達(・・)は大人しい性格じゃない。

 

 

 

隣にいる舞花に視線を向ける。舞花は既にやる気満々だったようで、その手にあるものを隠し持っていた。

 

お互いに小さく頷く。

 

 

 

「……ここまで追い込まれたのは初めてです。一見愚直な試合形式の暗殺ですが……実に周到に計算されている。あなた達に聞きたいことは多いですが……先ずは試合に勝たねば喋りそうに無いですねぇ」

 

殺せんせーの発言にシロは、負けダコの遠吠えだねぇと笑う。けど殺せんせーは気にせず話しかけた。

 

「……シロさん。この暗殺方法を計画したのはあなたでしょうが、計算に入れ忘れてる事がありますよ」

 

「無いね。私の計算方法は完璧だから。…………殺れ、イトナ」

 

殺せんせーの言葉を無視しシロが言い放つ。そして彼がまたライトを向けた。

 

 

 

その瞬間、

 

 

金属音と、触手の弾ける音。二つの音が教室内に響き、1本の触手が宙を舞った。

 

 

 

 

「……何をしてるんだい、君たちは」

 

シロが問いかける。その問いの向く先は……僕と、舞花だ。

 

 

クラス中の目線が僕たち二人へと集まる。いや、何人かは別の所……僕たちの行動の結果へと目を向けていた。

 

 

シロの袖口から覗くライトに刺さった細長い物……いや、一本の矢。

 

そしてイトナ君の触手を切り裂き(・・・・・・・・・・・・)床に刺さった対先生ナイフ。

 

 

「何って……別にルール違反はしてませんよね?観客が手を出してはいけない、とはありませんでしたし。……そのライト、煩わしかったので塞がせていただきました」

 

ニッコリ、と。

 

シロに向けて微笑みかけながら答える舞花の手には、クロスボウが構えられていた。彼女にしては珍しく本気で苛立っているようで、目が完全に据わっている。

 

「なぜ邪魔をするんだ、って言いたそうだね。そんなの、簡単に思いつくと思うけど」

 

僕はシロやイトナ君が何かを言うよりも先にと、口を開く。うん、向こうも結構苛立ってる気配を感じる。

 

 

手に持ったもう1本の対先生ナイフをクルッと回転させ、シロに向けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「僕たちの先生(ターゲット)なんだ……僕たち自身(・・・・・)で殺したいんだよ。今日来たばっかの奴に横取りのように殺されて、納得できると思う?」

 

 

多分これは、みんなが言いたかったこと。……まあ、僕自身はちょっと別の理由もあるんだけど。

 

 

 

さて……

 

シロから苛立った視線を感じるけど一旦それは無視。僕は、破壊された自らの触手を見て動揺しているイトナ君へと目を向けた。

 

 

「ねえ、イトナ君。今のナイフは殺せんせーなら試合中であっても余裕で避けたよ」

 

 

この一言によって、イトナ君の意識がこちらへ向いた。

 

……彼は気づいていないようだけど、殺せんせーは今、その触手にハンカチで包んだ対先生ナイフを持っている。

 

先生が元々持っていたわけではない……恐らく渚が持ってたものをスッたんだろう。そしてそれは、この後に待ち受けていたであろう攻撃に対して使うつもりだったんだろうな。

 

 

こんな劣勢の状況でも外野の様子を見ていた殺せんせーが、僕のナイフを避けれないはずはない。

 

 

「ていうか……」

 

あ、隣でカルマがニヤニヤしながら口を開いた。

 

「兄弟同士の試合だっていうのに、保護者に頼ってようやく優勢に立てたってことはさ……一人じゃ勝てないってことでしょ。君ってひょっとしなくても殺せんせーより『弱い』んじゃないの?」

 

 

……流石というか、僕の言葉以上に、カルマの言い放ったその言葉はイトナ君の琴線に触れたようだった。

 

 

僕はその言葉を聞いて咄嗟にカルマの前に立ち、対先生ナイフを構える。

 

案の定、カルマへと伸びた触手が僕のナイフに当たって弾けた。

 

……そういえば、

 

「今朝、僕が君に敵わないとかなんとか言ってたっけ。けど今君は、その僕によって2回ダメージを受けたね」

 

僕はそこで一旦言葉を区切る。

 

((((((あ、これかなり根に持ってるやつだ))))))

 

なんかクラス中の心の声が聞こえたような気がしたけど、とりあえず無視。

 

まあ、あれだ。僕はこう見えてかなりの負けず嫌いなんだ。

 

 

ニッコリと笑いかけながら、一言。

 

 

「君ってさ、先生どころか僕よりも『弱い』んじゃない?」

 

 

これによってイトナ君の殺気が完全に僕へと向けられた。そして彼の触手の根本が僅かに黒ずんだように見えた。

 

それがこちらに向かって振るわれようとした、その時。

 

 

「そこまでです。二人とも」

 

瞬時にイトナ君の体を半透明の何か……殺せんせーの脱皮した皮が包みこんだ。勿論、殺せんせーの仕業だ。

 

イトナ君はその皮の中でジタバタと藻掻くが、破ける様子もない。

 

「だから言ったでしょう、計算に入れ忘れていることがあると。……まあ、その三人の行動はちょっと予想外というか、特にカルマ君や零君は余計に挑発しすぎです!」

 

「「だって朝のやつムカついたし」」

 

「だからと言って危ないじゃないですか!そのまま攻撃されてたら!」

 

殺せんせーはこちらに向かって軽く説教しながら、イトナ君の入ったそれをブンッと振り上げ、

 

 

それを見た舞花が急いで開けた窓から、外へ投げ飛ばした。

 

 

……あ、なるほど。ちょっと驚いたけど、確かにそれならイトナ君を傷つけずとも勝てるね。

 

「さて……先生の脱皮の皮で包んだからダメージは無い筈です。でも君の足はリングの外についている。先生の勝ちです。ルールによれば君は死刑、もう二度と先生を殺れませんねぇ~」

 

脱皮の皮を自分から剥がしたイトナ君のその足は、確かに校庭の地面を踏んでいた。顔を緑の縞々にしながら笑う殺せんせーを、イトナ君は血走った眼で睨みつける。

 

そんな彼に、先生は話を続けた。

 

「生き返りたいのなら、この教室でみんなと一緒に学びなさい。先生にあって君に足りない物、それは経験です。ここで先生の経験を盗まなければ……君は私には勝てませんよ」

 

丁寧に言葉を紡ぎ、優しくイトナ君へと語り掛ける殺せんせー。もしかすると一部は僕達にも言い聞かせているのかもしれない。

 

 

あ……ちょっと不味い。イトナ君の様子が今、危ない方向に変化した。

 

イトナ君から感じていた妙な気配……それが、いきなり肥大化した。

 

「俺が……勝てない?俺が、弱い……!?」

 

彼が呟いたその言葉を区切りに、イトナ君の触手にまた変化が訪れた。さっき色が僅かに黒ずんだのが、完全に黒くなった。そしてその触手が縦横無尽に暴れ始める。

 

これは明らかに、さっき以上にキレてる。

 

そしてそのまま殺せんせーに襲い掛かろうとしているのを見て、僕もナイフを構えた。……が、

 

 

パシュッ、と軽い射出音が聞こえた。

 

それと同時にイトナ君が倒れこむ。音のした方を見れば、シロが袖口から銃口をのぞかせていた。……恐らく、麻酔銃か何か。

 

「すいませんね、殺せんせー。この子はまだ登校できる状態じゃなかったようだ。転校初日で何ですが……暫く休学させてもらいます」

 

シロがそんなことをのたまいながら、イトナを肩に担いだ。……おいちょっと待て、幾らなんでもそれは自分勝手すぎるだろ。

 

「待ちなさい!担任として、その生徒は放っておけません。1度E組に入ったからには卒業まで面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞きたいことが山ほどある」

 

殺せんせーも止めようと声をかけるが、

 

「嫌だね、帰るよ。それとも力ずくで止めてみるかい?」

 

その言葉に殺せんせーはシロさんの肩に触手を置くが、それは対先生ナイフに触ったかのように溶けてしまう。

 

「対先生繊維。君は私には触手一本触れられない。……心配せずともまたすぐに復学させるよ」

 

そう言い残し、彼は教室を去っていった。

 

___________________________________________

 

 

僕たちはその後、イトナ君によって荒らされた教室内を片付けていた。っていうかあの壁どうするつもりなんだろう。あれを修理するべき人はさっき帰っちゃったし。……無理やり引き留めるべきだったかなぁ。

 

 

そして肝心の殺せんせーは……

 

さっきからなんか、「恥ずかしい」と言葉を永遠と連発して顔を触手で覆っていた。

 

「……何してんの殺せんせー」

 

片岡さんがそう聞くと、

 

「シリアスな世界に加担したことが恥ずかしいのです。先生ギャグキャラだったのに」

 

自覚あったんだ。

 

まあ、さっきのは普段の殺せんせーのキャラには合わないよな……。

 

「かっこよく怒ってたわねぇ。『何処でそれを手に入れた!その触手を!!』」

 

「イヤ―――!狭間さんやめて言わないで!改めて自分で聞くと逃げ出したい!!」

 

狭間さんがあのド怒りの時のセリフを真似ると、殺せんせーは絶叫した。

 

 

殺せんせーの弱点(?)⑲:シリアスの後我に返ると恥ずかしがる。

 

 

なんか殺せんせーは、掴みどころのない天然キャラで売ってたのにキャラが崩れる……とかなんとか。……キャラ計算してたのか。

 

「ねぇ殺せんせー、あの2人との関係、説明してよ」

 

磯貝が言うとみんな殺せんせーのほうへ注目する。

 

「先生の正体いつも適当にはぐらかされてたけど……」

 

「あんなの見たら余計気になるよ」

 

「そうだよ。私達生徒だよ?先生の事、知る権利があるはずでしょ」

 

そうみんなで口々に言う。殺せんせーは少し考えた後、立ち上がった。

 

「仕方ない。真実を話さなくてはなりませんねぇ。……実は、実は先生……」

 

あれ、素直に話してくれそうな気配。てっきり、それは秘密です、とか言って誤魔化すかと思ったのに。

 

殺せんせーの話を聞いてる皆は、息を呑みながら殺せんせーの次の言葉を待つ。

 

 

 

「実は先生……人工的に作り出された生物なんです!!」

 

……

 

教室に沈黙が下りる。

 

 

…………それだけ?

 

「…………だよね。それで?」

 

「ニュヤッ!反応薄!?これ衝撃の事実じゃないですか!?」

 

いや、そう言われてもね……。

 

そもそもこんなでっかくて黄色くて喋れてマッハ二十のタコなんて、自然界に居ないし。宇宙人で無い限り考えられない。あのイトナ君は弟だと言っていたから、先生の後に作られたと想像がつく。

 

そうみんなで口々に言ったら、なんか察しが良すぎると恐ろしがられた。いや、そんなガラスの仮面みたいな顔されても……これくらい普通だって。

 

 

……怪異の存在を知っている人からすれば、反応はまた違ったものだろうけど。

 

 

そんな中、渚が殺せんせーに近づき、口を開いた。

 

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっきイトナ君の触手を見て怒ったの?殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」

 

だけど、それに先生は答えなかった。

 

「残念ですが今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば皆さんが何を知ろうが全て塵になりますからねぇ。もし君達が地球を救えば真実を知る機会がいくらでも得られます。知りたいのなら行動は1つです。殺してみなさい。暗殺者と対象者(アサシンとターゲット)……それが先生と君達を結び付けた絆の筈です。先生の中の大事な答えを探すなら君達は暗殺で聞くしか無いのです。質問が無ければ今日はここまで、また明日!」

 

殺せんせーはそう言って教室を去っていった。去り間際にまた恥ずかしい、と連発し始めながら。

 

……ものの見事にはぐらかされた。

 

 

 

___________________________________________

 

 

その後。

 

数人の人(というか寺坂グループ)はそのまま帰宅し、他のクラスの大半の人は烏間先生の元へ向かった。どうやらこれまで以上に暗殺の技術を学びたい、ということを伝えに行ったらしい。

 

外で既に何かを設置する作業をしていた烏間先生は、さっそくそれを使った訓練を施し始めた。

 

「では早速新設した、垂直ロープ昇降。……始めっ!!」

 

「「「「「「厳しっ!?」」」」」」

 

 

今僕はその様子を廊下から眺めてるけど、後で混ぜてもらおう。

 

とりあえず今は、提出しそびれてた映画の感想文を殺せんせーに提出したいんだけど……。

 

「零ー。今殺せんせー、校庭の木の上」

 

職員室を覗いてきたらしい舞花が、窓の外のある一点を指さす。みんなが訓練を始めた木とは少し離れた所、その枝の上にジュースを飲みながら教科書を開いている殺せんせーの姿が。

 

案外、精神ダメージからの切り替えが早い。

 

 

 

「殺せんせー。昨日の宿題、提出したいんだけどー」

 

木の下から呼びかけると、殺せんせーはちょっと驚いたようだった。僕が近づいてくるのくらいは気づいてたと思うけど……。

 

「ニュ?ああ、映画のやつですか。明日でも別に良かったんですけどねぇ」

 

「そうしてまた明日何かごたごたして提出しそびれたらヤダなって」

 

話している間にシュバッと手元からレポート用紙が持っていかれる。

 

そして瞬く間に添削されて手元に戻ってきた。あ、スペルミスあったか。

 

 

……。

 

 

「ねえ……殺せんせーってE組に来る前も教師やってたりした?」

 

「いえ、先生が教師をするのはこのE組が初めてですが……どうしました?」

 

「……いや、別に。なんとなく気になっただけ」

 

以前からちょっと気になっていた事だったけど……殺せんせーって教師経験なしでここまでやってきてたのか。

 

なんか更に謎が増えたなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

この時、自分の中で何かが引っかかったけど……それが何なのかは気付かなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

球技大会の時間

改稿中です。球技大会の時間は2話分にしました。



零:Side

 

イトナ君の件から数日後。僕はカルマ、渚、杉野の3人と一緒にE組の山を降りていた。このメンバーでの下校はもはやお決まりになりつつある。

 

……といっても普段はここに舞花と茅野さんが混ざるんだけど、この後女子の何人かで出かけるらしく、今は一緒じゃない。

 

 

今日はこの前までのどんよりとした天気が嘘みたいに、快晴の空。

 

「ようやく梅雨明けだ~」

 

杉野は体を伸ばしながら気持ち良さそうにそう言っていた。まあ、今まで出かけようと思ったらいつも雨で、じめじめして気持ち悪かったし。

 

「結構暑くなって来たね」

 

「アウトドアの季節だよな。ってことでどっか外で遊ばねー?」

 

「外での遊びか……」

 

杉野の言葉に、少し考える。確かにせっかくこんなに晴れてるんだし外遊びがいいよな……猛暑で外に出たくなくなる前に。

 

とはいっても、僕はここ数年普通の外遊び(・・・・・・)とかやったことないから、咄嗟に案は思い浮かばない。

 

そこで案を出したのは、カルマだった。

 

「じゃあ、釣りとかどう?」

 

「……え」

 

この提案に僕は思わず目を瞬く。珍しく、カルマにしてはまともな遊びだ。なんか似合わないと思ったりするけど。

 

「いいね、今は何が釣れるの?」

 

渚があまり気にしてないのか普通に聞く。と、カルマは

 

「夏場はヤンキーが旬なんだ。渚君をエサにカツアゲを釣って逆にお金を巻き上げよう」

 

「……ヤンキーに旬とかあるんだ」

 

「……流石カルマ」

 

……非常にカルマらしい遊びだった。これには渚だけでなく僕たちも苦笑いする。さすがにそれは渚が可哀想だし却下。

 

と、雑談しながら本校舎前を通っているところでふと、杉野が立ち止まった。どうしたのかと思うと、その目線は野球コートへいっていた。丁度野球部が練習をしている様子が見える。

 

そういえば、杉野って野球好きだっけ。市のクラブにも入ったっていうし。

 

あ、今投げていた人がこっちに気づいた。

 

「お、なんだ杉野じゃないか。久々だな!」

 

その言葉に、周りで練習していた他の野球部員たちも気づいて杉野に対して声をかけて来ていた。

 

杉野は一瞬、複雑そうに俯いた。けど次の瞬間には明るく返事をして普通に笑いながら、フェンス越しに部員たちの元に近寄っていった。ああ、なるほど。杉野は元部員か。

 

会話の内容とか、部員たちの雰囲気からしても「E組の生徒と本校舎の生徒」という関係にしては意外に友好的だった。今まで散々E組を見下したり馬鹿にしたりする生徒ばかりを見てきたせいか、ちょっと意外に感じてしまった。

 

……いや、多分他所ならこれが普通なんだろうけど。なんとなくその仲の良さそうな様子にちょっと和む。

 

 

「来週の球技大会、投げるんだろ?」

 

「ん?そういえば決まってないけど、投げたいな」

 

ああ……そういえば来週、球技大会があるんだっけ。確か男女別で、男子の種目は野球……つまり杉野や彼らの得意分野だ。

 

「楽しみにしてるぜ」

 

「おう!」

 

部員の一人の言葉に、杉野は嬉しそうに相手とフェンス越しに拳を突き合わせた。その様子を見て僕らは思わず顔を見合わせて微笑んだ。

 

 

 

「だけど良いよな~杉野は。E組だから毎日遊んでられるだろ?」

 

……ああ、やっぱりそこは変わらないか。

 

後に続いたその言葉、声色や周りの様子に僕は最早苛立ちよりも呆れが大きかった。……この、E組を下に見て馬鹿にするような風潮は、やっぱり深く根付いている。……本人たちはそこまで考えないで思ったこと言ってるだけかもしれないけど。

 

杉野は直前まで、恐らく以前野球部に所属していた頃と同じノリで会話をしていたためか、一瞬衝撃を受けて、俯いた。

 

「俺ら、勉強も部活もだからヘトヘトでさ」

 

「よせ、傷つくだろ」

 

続く言葉を止めたのは、さっき投げてた男子生徒。タイミング的にも内容的にも杉野を庇うようなセリフだけど……。

 

「進学校での勉強と部活の両立、選ばれた人間じゃないならしなくても良いんだから」

 

それに続けた言葉は全くそんなんじゃなかった。

 

……へぇ、随分と自信があるみたいで。

 

悔しそうに俯いている杉野の横へ、僕たち3人は近寄った。

 

「すごいね~、まるで自分が選ばれた人間みたいだね」

 

カルマがいつもの相手を煽るような口調でその男子生徒へ声をかけた。

 

それに対して、

 

「うん、そうだよ」

 

この男子生徒は即答、きっぱりと認めた。……いっそ清々しいというかなんというか。

 

でもまあ、ちょっとムッとした。

 

「気に入らないか?なら球技大会で教えてやるよ。選ばれた人間とそうでない人間、この年で開いてしまった大きな差をな」

 

僕らの様子を見た男子生徒は、その自信に満ちた顔で堂々とそう言ってのけた。

 

 

___________________________________________

 

 

―――次の日。教室ではあの来週行われる球技大会の話し合いをしていた。

 

 

磯貝が黒板に今決まった面子の名前を書いていく中、殺せんせーは球技大会のトーナメント表を見ていた。

 

「クラス対抗球技大会ですか。健康な心身をスポーツで養う、大いに結構!……ですがトーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」

 

殺せんせーはプリントを見て、困惑した様子でその疑問を僕らに問いかける。それには近い席の三村が答えた。

 

「E組は本戦にエントリーされないんだ。1チーム余るって素敵な理由で。その代わり大会のシメにエキシビション……要は見せ物に出なきゃならない。全校生徒の前で男子は野球部の、女子はバスケ部の選抜メンバーと試合するんだ」

 

ああ、なるほど。やっぱりこれもいつものやつなんだ。

 

こういう大会で野球部やバスケ部がクラスのチームに入るのは禁止されてるし、かといってそれだと部活で本気でやっている奴らが可哀想だから、こうして活躍の場を与えようって感じかな。

 

「そ。でも心配しないで殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるから良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ、ねー皆!!」

 

片岡さんはそう女子に向かって声をかけると、それに乗って他の女子たちがおー、と拳を突き上げた。

 

盛り下げるとはなかなか言い得て妙だ。

 

と、そこで舞花が別に手をあげる。

 

「そこは良い試合なんて生ぬるいものじゃ駄目ですよ。圧勝しなきゃ」

 

「確かに!」

 

「それじゃ、圧勝目指してがんばろう!!」

 

「「「おーっ!!」」」

 

女子は声をそろえてそう言って、作戦会議を始めた。

 

『片岡さん、お任せを。ゴール率100%のボール射出機を製作しました』

 

「あ……いや、律はコートに出るにはちょっと四角いかな……」

 

「あはは……。まあその代わり、ちょっと情報収集してもらいたいんだけど……」

 

 

あっちは統率力の高い片岡さんが纏め上げ、やる気たっぷり士気も上々。心配しなくて良さそうだな。まあ、こっちは……

 

「俺等、晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」

 

この言葉は寺坂。彼はそう言うと吉田、村松を連れて教室を出ていった。こういうイベントじゃあやる気皆無な奴もいるんだよな……。

 

「寺坂!……ったく」

 

「ほっとけよ磯貝。にしても野球で頼れんのは杉野だけど何か勝つ秘策ねーの?」

 

前原は杉野にそう聞いたが杉野は俯きながら答えた。

 

「…………無理だよ。最低でも3年間野球やってたあいつ等と、殆どが未経験の俺等。勝つどころか勝負にならねー」

 

諦めているかのように言う杉野。まあ僕も野球はやったことないからなぁ……。

 

続けて杉野から開示された情報は、今の野球部はかなり強い事、今の主将である進藤……昨日自信満々に宣戦布告してきた男子生徒のことらしいけど、彼が投げる球は剛速球で高校からも注目を集めているらしい。

 

そして、杉野からエースの座を奪った奴だとも。

 

確かにこう情報を並べてみると、勝ち目どころか今のところ惨敗しそうな戦力差ではある。

 

……けど、

 

「だけどさ……殺せんせー。だけど勝ちたいんだ(・・・・・・・・・)。善戦じゃなく勝ちたい!好きな野球で負けたくない野球部追い出されてE組に来て……むしろその思いが強くなった。皆とチームを組んで勝ちたい!!」

 

そういう杉野の顔はやる気に満ちている。だけどその後、やっぱ無理かな~と笑う。

 

ふと、それを聞いていた殺せんせーの方を見た。

 

……頭は野球ボールの色と模様がつき、服は野球のユニフォーム。手にはグローブやバット……何故か竹刀。……いつもの事ながら、早着替えはともかくそのコスチュームは事前に用意してたのかな?

 

ついでに「ワクワク」と態々声に出して言ってるところからも、殺せんせー自身がかなりやる気満々なことが窺える。

 

「お、おう。殺せんせーが野球やりたいのは良く分かった」

 

そんな殺せんせーにちょっと引いてる杉野。

 

「先生実は一度、スポコンものの熱血コーチやりたかったんです。殴ったりは出来ないのでちゃぶ台返しで代用します」

 

「「「用意周到すぎだろ!!」」」

 

殺せんせーの手にはちゃぶ台、そしてその上にはよく飲食店の前に置かれているような食品サンプルが。いつ用意したんだろそんな物。

 

「最近の君達は目的意識をはっきり口にするようになりました。殺りたい、勝ちたい。どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて、この殺監督(ころかんとく)が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!!」

 

 

 

その殺せんせーの言葉とともに僕たちのトレーニングが始まった。

 

 

___________________________________________

 

 

 

―――球技大会当日。

 

女子たちは男子より先にバスケ部との試合を始めていた。そして今、僕たち男子は試合が始まる直前だった。

 

『それでは最後に……E組対野球部選抜のエキシビションマッチを行います』

 

A組の生徒であり放送部部長でもある……えっと確か荒木だったか、彼が実況を担当している。E組と野球部は列に並び礼をした。

 

「学力と体力を兼ね揃えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ杉野。お前はどちらも無かった選ばれざる者。選ばれざる者がグラウンドに残っているのは許されない。E組共々、二度と表を歩けない試合をしてやるよ」

 

進藤がそう杉野に言って離れていく。彼の後ろ姿からはかなりの闘志が感じられた。

 

「そーいや殺監督は?指揮すんじゃなかったけ?」

 

菅谷が渚に聞く。

 

「あそこだよ。烏間先生に目立つなって言われてるから……」

 

渚はとある場所を指差して答える。コートの端の方、その場所には無数のボールが転がっていて……その中にボール模様の殺せんせーが地面から顔だけ出して混ざっていた。

 

「遠近法でボールにまぎれてる。顔色とかでサインを出すんだって」

 

「……そっか」

 

「ねえ、普通にバレそうな気がするのは僕だけ?」

 

「……それは触れない約束だよ、零君」

 

遠近法なんてどう考えたって、近い位置の人から見ればバレバレな気がするんだけど。

 

そんなやり取りの中、殺せんせーの顔色が三段階で変わる。

 

隣でカルマが殺監督に向かってやっほーと声をかけて、慌てて引っ込んだのを見て笑ってた。その隣で渚がメモ帳を開く。

 

「えーと、青緑→紫→黄土色だから……殺す気で勝てってさ」

 

なんというか、僕たちにぴったりの言葉だ。

 

「確かに俺等にはもっとデカイ目標がいるんだ。奴等程度に勝てなきゃ殺せんせーは殺せないな」

 

「……よっしゃ殺るか!!」

 

渚の言葉に磯貝が杉野の肩を叩きながら重ねる。そして杉野が声をあげる。

 

「「「「おう!!」」」」

 

その言葉に皆は声を合わせて応え、試合に向かった。

 

___________________________________________

 

 

一回の表、E組の攻撃だ。最初は木村。

 

 

「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」

 

そうぼやきながらも打席に入る木村。

 

審判のプレイ!と言う声と同時に進藤は真ん中にストレートを投げ込んだ。

 

結果はストライク。実況が振らないとカッコ悪いとか言ってるけど気にせず、彼は殺監督の方を見ていた。

 

赤、紫、ピンクと変わった殺監督の顔。それを見て木村は、

 

 

次に飛んできたボールをバントで当てた。

 

ボールはピッチャーとファーストの近くに転がっていき、内野手の誰が捕るかで一瞬迷った様子の中、木村は素早く走り一塁に着いた。木村はE組の中じゃあ足が飛びぬけて速いし、意表を突いた今じゃあ楽勝だろう。

 

それを見た進藤は遠目から見ても明らかにイラついている。そりゃいつも見下しているE組に初っ端から打たれればそうなるか。

 

次に打席に入ったのは渚。殺監督の指示は、黄色で左に転がり緑で右に転がり最後は白の真顔。

 

そして渚もバント……それもプッシュバントでボールを打つ。それは三塁線へ、白線ギリギリを強く転がっていき前に出てきたサードの脇をすり抜ける。

 

渚はあれでもE組の中じゃあ野球に触れていた方だ。確か放課後とか杉野の練習相手になってたし。

 

 

これでノーアウト一・二塁。相手はかなり驚いてる。まあ、バントとはいえ進藤の剛速球を打ち、しかも狙い通りの場所へと転がすのは普通に考えればかなり難しい。杉野のボールじゃ練習相手にもならないはずだとか思ってるんだろうな。

 

確かに杉野のボールは進藤のとは性質が全然違うから、その認識はあってるっちゃあってるけど……。

 

けど、それは前提情報が違う。

 

 

僕たちが練習期間で相手していたのは、あそこでサインを出しながらもニヤついているアレ(マッハ20)だ。

 

 

___________________________________________

 

 

―――時は遡り球技大会前1週間。

 

 

一週間の練習期間の内、まずは前半の3日間をほぼ初めての人を含めて野球に慣れるための期間とし、殺せんせー対僕たち生徒で試合をしていた。

 

 

「ニュャアアアアアアッ!!」

 

……まず、殺ピッチャーは300km/hの球を投げる。そんな物普通に打てる筈が無い。

 

そしてたとえ打てたとしても分身があの猛スピードで鉄壁の守りを固めている。……しかもその分身同士が、誰が取るか譲り合っているという完全にこちらを舐めまくっているムカつく光景。

 

そして駄目押しに殺キャッチャーが打者に対して何かを囁きかけ、集中を乱す。

 

丁度打席に入った三村が、その地味な口撃を食らって顔を赤くしていた。何を言われたかは分からなかったけど……これは酷い。

 

……ちなみに僕が打席に入った時は。

 

「この前の日曜日にショッピングモールで……」

 

「そのボール頭打ち抜いてやろうか?」

 

とりあえず何を言う気かは知らないが碌なことじゃなさそうなので軽く殺気を向けた。

 

そのタイミングで飛んできたボールは何とかバットに当てることが出来たけど、心穏やかじゃなかったせいか殺ピッチャーの顔面にまっすぐと弾丸のように飛んでいき……そのままグローブでキャッチされた。……チッ。

 

 

 

 

 

そんなめちゃくちゃな野球をやり続けること三日間。僕達はもうへとへとになって、地面にへばり込んでいたところで。

 

「さて、次は対戦相手の研究です。竹林君に本校舎へ偵察に言ってもらいました」

 

「面倒でした」

 

殺監督のその言葉に竹林はクイッと眼鏡をあげながら答える。その手には諸々のデータが写ったノートパソコン。

 

「進藤のボールはマックス140.5km/hで持ち球はストレートとカーブのみ。練習試合も九割がストレートでした」

 

まあそんな剛速球なら、中学生レベルだと大抵がストレート1本で終わるな。

 

 

「でも逆に言えば、ストレートさえ見極めればこっちのものです。では、これから先生が進藤君と同じフォームと同じ球種で、飛び切り遅く(・・・・・・)投げましょう。さっきまでの先生の球になれた君たちなら彼の球など止まって見える」

 

___________________________________________

 

とまあ、これが僕たちE組の練習風景の一部。

 

 

この練習に参加したクラスの男子全員がこの1週間で、少なくとも進藤球に対抗できるバントは習得した。次の磯貝もバントで打ち、ノーアウト満塁になった。

 

そして次に打席に入ったのは杉野。そして殺監督の指令はニヤニヤしながら、水色、緑、そして目を妖しく光らせる。

 

杉野はそれを見てまずバントの構えを取る。そして飛んできたのは内角高めのストレート。だけど杉野は球が投げられた瞬間にはスッと、持ち方を変えていた。

 

カキィィンッ!!

 

気持ちのいい快音が響く。そのボールはコートのギリギリまで転がっていった。

 

そして三塁、二塁、一塁に居た三人がホームベースを踏み、杉野も三塁へ行く。これで三点先制だ。

 

 

 

しかし、野球部はそこでタイムを取った。相手方のベンチを見ると、そこには……

 

……いや、いつか来るとは思ってたけどね。

 

 

浅野理事長(ラスボス)……来るの早すぎない!?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

球技大会の時間2

改稿中です。

最初の方にちょっとだけ女子の試合について語られます。


「やー、やっぱバスケ部は強いねぇー」

 

「だねー、流石に圧勝は無理だわ」

 

「でも勝ったんだし良いじゃん。放課後は打ち上げだー!」

 

E組の女子たちがバスケットボールの試合を終えて体育館が出てきた。疲れた様子ながらも明るく興奮がまだ冷めていないその様子は、どうやら無事女子バスケ部に勝ってきたようで。

 

「でもごめんね、私が足引っ張らなければもっと余裕持って勝てたのに……」

 

茅野が申し訳なさそうに言う。

 

「そんなこと無いよ。カエデちゃん」

 

「気にすんなって」

 

舞花と中村からフォローが入るが、さて何があったのか。

 

 

 

時はゲームの後半。それまでの前半ではE組がそれなりの有利戦で、片岡が30得点10リバウンド12アシストのトリプルダブル達成というとてつもない成績を出していた。が、後半で茅野が交代してコートに出ると、

 

「はわわわわ……巨乳……!!」

 

「茅野さん!?」

 

「カエデちゃん目を覚まして!!」

 

女バスのキャプテンの胸元に気をとられて(というかかなりの殺意が感じられた)トラベリング。そして、そこからの試合の流れは向こうへと持っていかれた。

 

彼女がどうにか調子を取り戻すまでに何度か得点を入れられて女バス側が数点リード。その後は正気に戻った茅野も率先して動き、お互いに点が入りながらもその点差を縮めていったが……。

 

 

 

「あの時は、女バスキャプテンが目の前で自慢げに揺らす胸に殺意が沸いて……」

 

「茅野っちの巨乳に対するその憎悪は何なの!?」

 

それを聞いた岡野は思わず突っ込んでいた。

 

 

 

「さて、男子のほうはどうなってるかな?」

 

話しながら女子たちは野球コートの方に向かう。と、現時点での得点を見ればE組が勝っていた。

 

「へえ、男子も野球部相手に勝ってんじゃん!!」

 

E組のベンチのほうに近づきながら中村が言う。

 

「お、女子もう終わったのか。そっちはどうだった?」

 

これから打順が来るので準備していた前原が彼女たちに気付いて問う。それに対しては岡野がVサインを決めながら答えた。

 

「もちろん勝ったに決まってるでしょ!さすがに圧勝とまではいかなかったけどさ」

 

「メグちゃんなんて、トリプルダブルの達成だよ!舞花ちゃんもラストのシュートホント凄かった!」

 

「というかあの時は、女バスキャプテンのシュートを阻止したとこから何が起きたのか咄嗟に分からなかったよ。向こうも唖然として足止まってたし」

 

「いやー、どこからでもシュート入れられるとは聞いてたけど、あんな動き出来るとはね……」

 

「う……あんまり言わないでください……」

 

口々に周りから褒められ、舞花は慣れていないのか顔を赤くして俯いた。

 

 

 

―――それはラスト十数秒での出来事。

 

それまで自陣地から動かず、派手な動きもなく相手からの警戒もほぼなかった……されないように必要最低限しか動かなかった舞花が女バスのシュートをゴール下から防いだ。

 

というか、ダンクシュートを決めようとしていた女バスキャプテンのゴール寸前、舞花はその低身長から考えられないような大ジャンプでそれに追いつき、そのボールを横から掬い上げるようにかっさらった。

 

そしてゴール下へ着地するとその場から反対側のゴールに向けてボールを高々と投げ上げ、

 

何が起きたのか把握しきれていなかった面々の視線を浴びながらそのボールは、吸い込まれるようにゴールリングの中に入っていった。

 

 

そうしてE組側が最後の最後に3得点を入れたことにより2点差の勝利をもぎ取ることに成功したのだった。

 

 

 

「へえ、それちょっと見たかったな」

 

話を聞いていた零がそう呟きながら舞花の方を見る。アイコンタクトで、無茶はしてないよね?と問いかけていた。

 

それに対して舞花は苦笑いしながら、そんな心配しなくても大丈夫だよ、と返した。

 

そんなやり取りの間にベンチに置いていた携帯が付き、律が顔を出す。

 

『ご安心ください。女子の皆さんの試合はすべて録画してあります!』

 

「でかした律!」

 

 

「それで、そっちは?点数的にいい感じみたいだけど」

 

速水が男子たちに向かって聞きかえすと、三村が微妙な顔をしながら口を開く。

 

「あーここまではいい感じだったんだけど。1回表からラスボスの登場だ」

 

___________________________________________

 

零:Side

 

試合を終えた女子たちと話していると、アナウンスが入った。

 

『たった今入った情報によりますと野球部顧問の寺井先生は朝から具合が悪かったようで野球部員も先生が心配で試合どころじゃ無かったとの事。それを見かねた理事長先生が急遽寺井先生の代理として指揮を執られるそうです!!』

 

その放送に観客席がワッと賑わった。うわぁ、白々しい。

 

……ってちょっと待って野球部顧問ホントに泡拭いて倒れてる。……担架で運ばれてった。

 

 

……浅野理事長どんな脅迫したんだよ。

 

 

 

 

『それでは、試合再開です!』

 

そのアナウンスが入ると同時に前原が打席に入った。と、そのコートの様子を見て僕は思わずあ、と声を漏らす。

 

相手は守備全員が内野に入っていた。こちらのほぼ全員がバントしかできないのを見抜かれたみたいだ。

 

「……つってもダメだろあんな至近距離じゃ!!目に入ってバッターが集中できねえよ!!」

 

岡島がそう言う。だけど竹林が難しいねと呟いた。

 

「ルール上ではフェアゾーンならどこ守っても自由だからね。審判がダメだと判断すれば別だけど……審判はあっち側だ。期待できない……」

 

そんな中進藤が投げる。さっきよりも威力も威圧感も増していたボール。前原はバントをあてたはいいがそこから走りきるまではいかなかった。

 

続いては岡島。どうすんだと焦る顔で殺監督のほうを見るが……

 

(打つ手なしかよ!!)

 

岡島を含めそれを見たみんなの心の声が聞こえた気がした。

 

殺せんせーは顔色サインを出せず、顔を触手で覆ってしまっている。いや、何かしらの指示は出してやってよ。

 

そしてまたアウト。次に入った千葉もアウトになってしまう。

 

そして一回の裏。今度は向こうが攻撃してくる番だ。

 

バッターに立った野球部員がバットを構えるのを見て杉野が投げる。それは少しカーブを描いて渚のグローブに収まった。杉野の得意な変化球だ。

 

今の野球部員が相手だと、打たれたらそれを取ってアウトにするのはちょっと難しいだろうし、裏の間は杉野が頼みの綱となってくる。

 

そしてそのまま3人を打たせずにアウトにする。さすがだな杉野。これでどうにか点数の優位は保てたわけだ。

 

 

……だけど相手方のベンチを見ると、そこには理事長が進藤に何かを語りかけている様子が見える。……うわー、洗脳してるよあれ。

 

と、その時カルマの足元に殺監督が現れた。

 

「足元に出んなよ殺監督。踏まれたい?」

 

「次の打順は君からです。君の挑発で揺さぶってみましょうか」

 

カルマにそう言っている殺監督はいつものニヤニヤ顔が戻っていた。……なにか思いついたのかな。

 

どうにか1点も取らせず二回の表を迎えた。まあ、相変わらずガチガチのバント対策守備を敷かれているけど。

 

そんな中、バッターのカルマはすぐには打席に入らず守備の様子を見ていた。

 

「どうした?早く打席に入りなさい」

 

なかなか打席に入らないカルマに審判は注意をする。けどカルマはそれを無視し理事長の方を向いて口を開いた。

 

「ねーえ、これってズルくない理事長センセー?こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ審判の先生は何でなにも注意しないの?観戦してるお前らもおかしいと思わないの?……あっ、そっかぁ~、お前等バカだから守備位置とか理解してないんだね」

 

それは明らかな挑発。それにイラッときたのか観客席の生徒は

 

「小さいことでガタガタ言うなE組が!!」

 

「たかがエキシビションで守備にクレームつけてんじゃねーよ!!」

 

「文句あるならバットで結果出してみろや!!」

 

と、野次を飛ばす。カルマは駄目みたいだよと殺監督に舌を出しながら顔を向ける。けど殺監督の顔には大きな丸が浮かんだ。

 

……あ、そういうことか。

 

こちらから抗議した、しかし審判はそれを突き返した。この行動自体に意味がある。後々に向けての布石、かな。

 

そしてカルマは、まあそのまま三振。だけどそこで一旦、殺監督の指令でE組側からタイムを取った。

 

ボコッと、僕の足元に見慣れたにやけ顔が現れる。反射的に踏もうとしたら一旦引っ込んで少しズレた場所にまた出てきた。

 

「いきなり踏もうとしないでください!」

 

「いきなり足元に出る方が悪いと思うけど」

 

とかなんとかやり取りをした後に出された指令は、次のバッターである木村と交代すること。

 

「ちょっとここで点数に余裕を持たせておきたいので……君なら確実に取れるでしょう?」

 

「……そりゃあね」

 

 

そして、試合再開。

 

僕は言われた通り打席に入ってバットを構える。バントの構えではない、普通のスイングの構え。

 

僕はみんなと違って練習期間でバントの習得はしなかった。まあ、やろうと思えばできるとは思うけど……。

 

僕の様子を見て、守備は少しだけ後ろに下がった。でも内野から出ていないところをみると、はったりだとか思われてるんだろうね。

 

まあ、下がっても下がらなくても意味はないけど。

 

 

スピードも威圧感も増した剛速球が飛んでくる。真っ直ぐに飛んでくるそれをしっかり見据え、バットを振る。

 

 

 

カキィィン!!

 

 

 

そんな快音をたててボールは高く上がり猛スピードで飛んでいく。その間に僕は一応全速力で走る。

 

守備をしていた野球部員も慌ててボールを追って走るのが見える。けど多分間に合わないし、それにあの速さと高さなら。

 

僕は二塁、三塁と辿り着き、けど止まらずホームへと向かう。二塁や三塁の様子をちらりと横目で見ると、あっという間に駆け抜けられたのに気づいて唖然としている守備が見えた。

 

そしてその間にボールはフェンスの向こうへと飛んでいった。それを守備が見届けているのを横目に僕はホームに走りこむ。

 

『な、ほ、ホームラン……E組が!?っていうかいつの間にホームに!?どういうことだ!!』

 

僕は一応何か予測不可能なことがあったときのため切り札で、元々打順には入れられてなかった。練習の時もバントの練習ではなく、ホームランを確実に打つ(・・・・・・・・・・・)練習をしてたし。まあ、とりあえずこれでまた点差に余裕ができた。

 

でもそこまで動揺は長引かせられなかったようで、次の渚と磯貝は打つことはできたがすぐ取られてしまいアウトになった。

 

そして二回の裏へ移行。杉野がある程度持ち前の球種で粘ろうとしたけど、何本か打たれて守備が追いつかずに二点取られてしまう。

 

三回の表もみんなバントで杉野は警戒されてるから三振でスリーアウト。

 

そして、最後の野球部の攻撃、そこで向こうは、

 

「みんな、手本を見せてあげなさい」

 

全員がバントで打ってきた。

 

さすがにそれはちょっと予想外で、っていうか野球部が素人だらけのE組相手にバント使ってくるとは思ってなかったから、バント向けの守備は練習してない。

 

……あっという間にノーアウト満塁。そして次にとうとう進藤が打席に入る。

 

このままじゃ流石にヤバいな。どうにかここで止めないと……。

 

「おーい、殺監督から指令」

 

守備で一旦集まってどうするか相談していたところ、カルマが声をかけてきた。

 

内容を聞いてみれば……

 

「あ、やっぱさっきのアレ?」

 

「えぇ……それホントにやる気かお前ら」

 

「この状況だし、やるしかないっしょ」

 

「ま、効果は大きそうだね」

 

これは結構際どいとこ突くなぁと思いながら了承する。そしてさっきと位置を少し変えた形で守備を固めなおした。

 

 

『さあ!試合再開……ですが……こ、この前進守備は!?』

 

放送から戸惑った声が聞こえてくる。

 

変更点は僕とカルマの守備位置。それは内野の内側……どころか進藤の前でかなり近い位置。

 

「さて、明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやった時は審判は何も言わなかった」

 

「文句無いよね理事長センセ?」

 

二人で挑発する。けど理事長は涼しい顔で表情一つ変えずに問題ない、と答える。……へぇ、

 

 

 

……本当にそれで良いんだね?

 

 

思わず二人でニヤリと笑う。

 

 

「そんじゃ……」

 

「遠慮なく」

 

そう言って僕たちはもっと進み、バッターのすぐ目の前に立つ。そう、進藤がバットを振れば普通に当たる位置だ。

 

「……は?」

 

これにはさすがに驚いたようで、進藤の集中が途切れたのか彼からの威圧感が下がった。

 

「気にせず打てよスーパースター。ピッチャーの球は邪魔しないから」

 

そんな彼の様子を見ながら、カルマが余裕の表情で言う。あーあ、進藤の目が点になってる。

 

「気にせず振りなさい進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組のほうだ」

 

そう理事長は言うけど、進藤自身は酷く動揺して震えていた。うん、効果覿面。隣じゃあカルマが悪魔みたいな笑顔を浮かべていた。

 

杉野が投げると、進藤は案の定こちらをビビらせるためかバットを大きく振る。けどいつもよりスイングのスピードが遅い。それを僕たちはスッと上半身をひねるだけで避け、ボールはキャッチャーである渚のグローブへ収まる。

 

あ、理事長の顔から笑顔が消えた。

 

 

「あーあ、だめだよそんな遅いスイングじゃあ。次はさ、殺すつもりで振ってごらん」

 

カルマがまた挑発するのを聞きながら、僕は心の中で合掌した。やっておいてなんだけど、なんかちょっと申し訳なくなってくる。

 

「うわぁあああ!」

 

迫ってくる杉野のボールに、進藤がバットを振る。けどそれはボールは当たれど腰の抜けたスイングだった。

 

「渚君!」

 

「!おわっと」

 

地面に当たって跳ね返ったボールを、カルマが飛び上がってキャッチし渚に渡す。それでサードランナーはアウト。そして次は三塁の木村にボールが送られてセカンドランナーも間に合わずにアウト。次にボールは一塁に送られそのボールはバウンドしながらも届く。

 

進藤はその間腰が抜けたのか走らず、その場でへたり込んでいた。

 

『ゲ、ゲームセット……!!な、なんと……E組が、野球部に勝ってしまったぁ……!!』

 

実況は声を裏返らせながらそう告げた。

 

「やったぁ!!」

 

「男子ナイス!!」

 

E組女子サイドも歓声をあげて喜ぶ。本校舎生徒たちはものの見事盛り下がって落胆したように球場から離れていく。

 

多分、見てた殆どの人が気づいてないんだろうな……野球の裏で行われた、監督たちの数々の戦略のぶつかり合いに。

 

 

 

 

そんな中、杉野が進藤に歩み寄って行った。

 

「進藤、ゴメンな。ハチャメチャな野球やっちまって。でもわかってるよ……野球選手としてお前は俺より全然強い。これでお前に勝ったなんて思ってねーよ」

 

それを聞いて、座って俯いていた進藤は顔をあげた。

 

「……だったら、何でここまでして勝ちに来た。結果を出して俺より強いと言いたかったんじゃ無いのか?」

 

その言葉に、杉野はちょっと困ったように頭をかいた。

 

「んー、渚は俺の変化球の練習にいつも付き合ってくれたし、カルマや零の反射神経とか皆のバントの上達ぶりとか凄かったろ?てか零はあれで初心者だけどお前相手にホームラン打ったし。でも、結果出さなきゃ上手くそれが伝わらない。……まあ要するに、ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に今の俺の仲間の事」

 

杉野がそう言い切ると進藤は呆けた顔からニヤッと笑った。

 

「覚えとけよ杉野。次やるときは高校だ!」

 

「おうよ!」

 

二人の野球少年たちは、お互い拳を合わせてそう約束を交わしていた。

 

 

 

 

零:Sideout

 

___________________________________________

 

 

 

本校舎の生徒たちがグラウンドからぞろぞろと離れていく様子の中、一人の男子生徒がその流れに乗らずに立ち止まっていた。

 

彼がフェンス越しに覗く先ではE組の生徒たちが男女ともに集まり、ハイタッチを交わしている。

 

「……まさか、な」

 

その中のある二人の生徒を見止めて、彼はぽつりと呟いた。

 

「おーい浅野、戻らないのか?」

 

「珍しいな、浅野君がE組を気にするとか」

 

「……いや、大したことじゃない。今行く」

 

 

 

このエキシビションを見ていた多くの本校舎生徒はただ落胆して帰っていく、その中でただ一人。

 

椚ヶ丘の絶対的エースは今のE組に、一足早く警戒心を抱いてその場を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アートの時間

えー、活動報告で言った時より遅くなり大変申し訳ありません。

とりあえず完全に季節外れな話ですが、今年最後の更新です。改稿前には入れてなかった話です。


零:Side

 

「あっ、今日から衣替えか」

 

自宅で朝食を食べていた僕は、カレンダーの赤い走り書きを見て呟いた。

 

今日は7月1日。椚ヶ丘中学校では7月から制服が夏服に切り替わる。

 

いつもの癖で既に冬服のまま着替えを終えてしまっていた僕は、食器を片付け終えるとブレザーを脱ぎながら寝室に戻る。

 

「えーっと、確かここに入れてたはず……うわぁ」

 

郵送されてきてそのまま放置されていた段ボール箱……つまり未開封状態の制服を見て僕は思わず顔を顰めた。

 

時計を睨みながら素早く段ボールやビニールを切り裂き、半そでのYシャツや薄手になったズボンを取り出す。

 

時間の余裕は無いし大急ぎで着替える。大体着替え終わったところで玄関のチャイムが鳴った。

 

「うわっ、ちょっと待ってて!!」

 

机に置いていたリストバンドを左手首に嵌め、鞄と靴引っ掴んで慌てて外に出た。

 

 

 

 

 

「おはよっ!カルマ」

 

「おはよ~零。今日は随分と慌てて出てきたね。寝坊?」

 

バタバタと慌てて出てきた僕を、門の前でカルマが笑いながら迎える。

 

うん、階段降りるのすら面倒になって2階の窓から飛び降りたからね……。ちなみに靴は部屋に放置していた予備のを使った。

 

「いやー、今日から夏服だったの忘れててさ……急いで着替え直してて」

 

「なるほどねー……別にそんな無理して着替えなくてもよかったんじゃない?俺らのクラスそん位じゃあ怒られないし」

 

「いや、一応規則だし殺せんせーも注意くらいはしてくるんじゃないかな」

 

そういえば殺せんせー自身は、夏服ってどんな感じになるんだろう……いや、普段の服も半袖っぽいから変わらないか。

 

 

 

 

 

「おはよー!零、カルマ君」

 

「おはよう、舞花」

 

「紫苑さん、そのカッコ暑くないの?」

 

2人で舞花を迎えに行くと、彼女は長袖のカーディガンを羽織って出てきた。最近夏日の日が続いてるし、長袖を着るには暑いのは確かだ。

 

「うん、確かにちょっと暑いけど……日焼けする方が辛いから」

 

「あー、なるほどね」

 

その体質は相変わらずか……。

 

小さい頃夏に外で遊びまわった時、日焼けした肌が真っ赤になってたっけ。風呂に入るときもかなり痛がってた覚えがある。

 

彼女はそれ以来、晴れた夏の日は日焼け止めを塗った上に長袖を着た状態で外出するようになったっけ。

 

「まあ、真夏のあの教室はとっても辛そうだけど……」

 

「クーラーとかついて無かった筈だからね……」

 

『ちなみに、E組の教室の日中平均気温は既に本校舎の教室の気温と比べて2度ほど高くなってるらしいですよー』

 

「蘭、その情報はちょっと余計」

 

 

……恐らくそう遠くないうちに暑さで死屍累々としたE組が見れることだろうな。

 

 

 

……。

 

 

「……律、扇風機は自作できる?」

 

『そのくらいでしたらお任せあれ♪』

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

「今日から夏服!いやぁー肌色が眩しいねェ。健全な男子にはつらい時期だぜ!」

 

「ま、まあね岡島君……」

 

教室にたどり着くと、なんか岡島がバカな事口走ってた。隣で渚が呆れながら相打ちを打っている。

 

……まあどうせ度が過ぎるようなら今も目を光らせてる女子たちから折檻されるだろうし、放って置いていいか。

 

ちなみに監督する立場の殺せんせーは、なんか無の表情で、

 

「いけませんよ。露出の季節に平常心を乱しては」

 

「「「あんたが言うなよエロダコ!!」」」

 

「教師らしく注意してくれてるとこ悪いけど、手元のそれで台無しだから」

 

エロ本を教卓で堂々と読みながら何やら宣う駄目教師に、クラス中からツッコミが飛ぶ。

 

僕もこの先生に関してはなんか見ているこっちが恥ずかしくなるので、そのエロ本に向かってナイフをぶん投げた。ついでに頭めがけてもう一本投げておく。

 

「にゅやぁあああ!!?何するんですか零君!!」

 

ページのど真ん中に命中したナイフによってページの半分以上が貫かれたのを見て、殺せんせーが悲鳴を上げたけど無視。なお頭に向けた方はいつも通りあっさりよけられた模様。

 

 

 

 

 

 

「……ああ……今日から半そでなのは計算外だった」

 

と、そんな中に一人のクラスメイトが教室に入ってきた。

 

そしてその彼の姿を見て、殺せんせーを含めクラスの全員が驚いた。というか絶句した。

 

「晒したくは無かったぜ。神々に封印されたこの左腕はよ……」

 

 

((((((どうした菅谷!!?))))))

 

 

なにやら中二病臭いそのセリフと共に入ってきた一人のクラスメイト……菅谷。

 

彼の左腕には、タトゥーのような、花と蔓を模した黒い模様が描かれていた。

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

一時騒然としたクラス内(主に無駄にテンパった殺せんせーのせい)だけど、菅谷がちゃんと説明してくれたのでとりあえず混乱は収まった。そしてそのまま興味は菅谷の左腕の模様に移った。

 

とりあえず、菅谷の腕にある模様はタトゥーではなく、メヘンディアートというペイントなんだそうだ。ヘナタトゥーとも言われるがやり方はタトゥーよりも全然簡単で、ヘナという植物の粉を基にした塗料を肌の上に乗せて模様を描き、乾いたらそのインクを剥がすだけ。

 

 

「色素が定着したら一週間くらい剥がれねーんだこれ。今朝気付いてマジでどうしようか焦った」

 

「でも結局どうしようもないから、いっそ堂々としてネタにしよう、て感じ?」

 

「そーいう事。予想以上の反応でこっちが驚いたけどな」

 

「ああ、あれね……」

 

スッとみんなの目線がある一方に集まる。そこには息を切らせた担任が、大量の心理学やらカウンセリングやらの本を開いた状態でこっちの様子を見ていた。

 

「よ、よかった……。先生てっきりうちのクラスから非行に走る生徒が出たのかと……」

 

「こういうとこチキンだよねうちの担任」

 

「……そもそも普段から非行に走ってるようなものだよね、このクラスは」

 

呆れ顔でツッコむ茅野さんに、苦笑いしながら舞花がさらなるツッコミを入れた。

 

あーうん、担任殺しに行ってる時点で普通はアウトなんだよな。慣れ過ぎてみんなそこの感覚麻痺してるけど。

 

先生もとりあえず落ち着いたみたいで、みんなと同じくその菅谷のペイントに興味を持った様子。

 

菅谷は鞄を探りながら先生に声をかけた。

 

「塗料余ってたの持ってきたから、先生にも描いてやろうか?」

 

「にゅやッ!いいんですか!?」

 

その提案にすぐ乗る殺せんせー。目がめっちゃキラキラしてすっごくワクワクしているのが分かる。曰く、一度はこういう入れ墨みたいなのを描いてみたかったのだとか。

 

菅谷が準備した塗料を紙の上で試し描きしているのを、横から覗く。感覚としては溶けたチョコで絵を描くみたいな感じらしい。あ、隣で舞花が興味津々だ。

 

殺せんせーの顔にスーッとインクを乗せていく。

 

 

 

と、

 

 

 

「ギャ―――!!!」

 

「「「ギャ――!!」」」

 

 

 

……うわぁ。

 

 

殺せんせーが悲鳴を上げたついでに、間近で見ていた何人かが同じく悲鳴を上げた。

 

うん、いきなり顔面がドロォと溶けだしたのには驚いた。軽くホラーな絵面。

 

……あーなるほど。

 

「対先生弾を粉末にして塗料に練りこんだんだね」

 

「まあな。案外いけるかと思ったんだけどな……」

 

「確かに先生、完全に油断してはいたな……」

 

「けどまあ、殺すまでじっとしてくれるわけないよね」

 

近くにいた磯貝と一緒に菅谷が使った対先生弾の粉末を見せてもらう。今回のは失敗したけどこれ、結構使えそうだ。

 

ちなみにダメージを受けた先生の講評は、

 

「……アイデアは面白いですが効果としては嫌がらせのレベルです。というか、先生普通にかっこいい模様描いてもらいたかったのに……ひどいです菅谷君……」

 

「わ、悪かったよ先生。ちゃんと普通の塗料で描いてやるって」

 

割とガチで凹んでたので、菅谷は慌てて普通の塗料を取り出した。

 

すらすらと慣れた手つきで先生の帽子の周辺に模様を描いていく。額近くに大きく一輪の花、その周りには規則正しく葉を並べていて、冠のようだ。

 

あっという間に殺せんせーの顔が飾り付けられたのを見て、周りから拍手が沸いた。流石というか、こういう美術の分野となると彼はずば抜けている。

 

「他にも描いてほしい奴、居るか?」

 

この問いにクラスの大半が手を上げたことは、言うまでもないだろう。さっきからうずうずしてるの結構いたし。

 

ついでに僕の隣では別の意味でうずうずしている人物がいるけど……。

 

「……すみません、菅谷君。私できるなら描く方やってみたいんですけど……」

 

「お、いいぜ。紫苑さんもこっち(アーティスト)側か」

 

そっと申し出た舞花に、彼はちょっとわくわくした様子でもう一つの塗料を渡した。自分と同じ側に立てる存在が居て嬉しいのかな。

 

「あ、じゃあ舞花ちゃん、ちょっと私の腕に描いてみてよ!!」

 

「私も私も!!」

 

「あ、あんまり菅谷君みたいな絵は期待しないでね?」

 

舞花の周りには彼女と仲がいい倉橋さんや茅野さんを筆頭に女子たちが何人か集まり、その他は菅谷の方に集った。

 

舞花の描く模様は彼女らしく可愛らしい絵で、手首回りとかにブレスレットのような模様を描いたりしていた。途中菅谷の方に行ってた不破さんが何やらマンガで出てくるマークを所望しに彼女の方に来たけど、その漫画は知らなかったみたいでちょっと困ってた。口頭の説明だけだとよくわからなかったらしく、舞花は律に頼んで画像を調べて貰って再現したみたいだ。

 

「お~っ!!ありがとう舞花ちゃん!!今度この漫画貸すね!」

 

「うん、是非とも。納得できる出来になって良かった……」

 

舞花も少年漫画とか結構好きな方だけど、最近まで読める環境になかったからここ数年のやつはほとんど知らないんだよな。長期連載中のやつとかは結構読んでるみたいだけど。最近結構不破さんと漫画の話してて、色々布教されてるみたいだ。

 

一方菅谷のやってる方は、結構腕全体に満遍なく綺麗な紋様を施してて、なんか凄いことになってる。

 

主に男子は菅谷に頼んでるんだけど、一人一人別の紋様を人によっては両腕どちらにも描いてもらってるようで、その辺パパッと仕上げる彼は本当にすごい。

 

「零ー。あなたもどう?」

 

人数的にも描く面積的にも少なかった舞花が先に終わって、こっちに手招きしてた。

 

「あ、じゃあお願いしようかな」

 

まあ、こんな機会滅多にないので僕もやってもらうことにした。右の手首にちょこちょこと小さな模様が描かれる。小さな星が連なるように散りばめられ、少し大きめに一つの黒い丸が白抜きで雲のような模様をあしらって描かれた。……これは。

 

「もしかして、星と新月?」

 

「正解。……どうかな?」

 

「うん、気に入った」

 

菅谷は大きな模様を華やかに描いて腕全体を堂々と魅せ、舞花はワンポイントだけ小さな模様を描いてさり気ないアクセサリーのように魅せる。二人の個性がよく視える。

 

 

 

にしてもこれって、なにも知らない人が見たらちょっと怖いだろうな……。

 

 

 

「みんなおはよ……ギャ―――!!!?」

 

 

 

あ、丁度いいところへビッチ先生が。

 

教室を見た途端悲鳴あげて壁際へ張り付いたその様子に、僕は思わず噴き出した。うん、実にいい反応だ。

 

それを見た菅谷が慌てて説明しているけど、殺せんせーが授業ほっぽらかして夢中になっている様子にビッチ先生はすかさずツッコむ。うん、なんかいつの間にか1時間目に突入してたね。

 

「ところで菅谷君、見てたら先生も誰かに描いてみたくなりました」

 

仕舞にはそんなことまで言い出す我がクラスの担任だった。菅谷はいいけどもうまっさらなキャンバス無いぞ、と殺せんせーと一緒に教室内を見回し……。

 

「「あっ……」」

 

その目に留まるはたった今教室に入ってきたビッチ先生。

 

おあつらえ向きにノースリーブの夏服となって肌の面積が増えてるから、殺せんせーと菅谷には好き放題描けるキャンバスに見えた事だろう。

 

勿論すぐにそれを察するビッチ先生。

 

「ちょ、ふざけんじゃないわよ!誰がそんな……あ」

 

「「あっ」」

 

抗議の声を上げたところで床に落ちていた塗料を踏み、そのまま足を滑らせて後ろの壁に頭を打ち付けた。

 

そのまま気絶したビッチ先生を見て何とも言えない雰囲気になる。

 

「勝手に気絶しちゃったけど……」

 

「とりあえず安静にしておきましょう。……その間に先生はこっち半分、菅谷君はそちらを」

 

「ほっほー、俺と競う気かね」

 

そしてその間に勝手にペイントし始める殺せんせーと菅谷。

 

 

 

 

 

 

数分後……。

 

「「「おお~!!」」」

 

菅谷が担当した右腕には、ハートと植物を組み合わせた鮮やかな模様が描かれていた。

 

「さすが菅谷!」

 

「外に出て楽しい感じに仕上げてやったぜ」

 

そもそもファッションアートだしな、と自信満々に描き上げた菅谷。鮮やかながらもあっさりとした模様はなかなか土台に合っているように見える。

 

「これならビッチ先生も逆に喜ぶんじゃない?」

 

「ねー!」

 

「……菅谷君のだけだったら気に入ったかもしれませんけど……」

 

矢田さんや倉橋さんが楽しそうにそのペイントを見て話しているけど、舞花がもう片側の腕を見て少し顔を引きつらせていた。

 

さて、もう一方のソレは……

 

 

『衣替えの季節だよタコくん!』

『僕も衣替えがしたいよ!』『よーしおじさんに任せろ!』

『それでどうするの?』『ソデを切って新しい衣をつけるのさ……』

 

 

「「「「「「なぜ漫画に!!?」」」」」」

 

タコと板前さんのようなおじさんの会話している3コマ漫画。この後そのタコ君はたこ焼きにされるんですね分かります。

 

ってそうではなく。

 

「いやぁ、ファッションとかアートとかは苦手でして……ならば得意分野でと」

 

「逃げに走るくらいなら描くなよ」

 

 

殺せんせーの弱点⑳:安い絵しか描けない

 

 

いや、これは誰が見ても顔引き攣らせるよ。左右で違和感がありすぎる。これ絶対起きたら激怒するだろうな、ビッチ先生。

 

「……いや、あえてそれをポップアート的な図柄として生かす手もあるぜ」

 

それを見て菅谷がそこにさらさらと加筆していく。枠の辺りにいろいろ描きこんでいるようだけど……。

 

「ほれ、これでどうだ」

 

「「「おおおおお!!」」」

 

流石というか、枠を華やかに飾り立てることで、見事に違和感を緩和させていた。これならまだ外を出歩いても大丈夫なくらいかもしれない。

 

……けど、そこで妙な対抗心を燃やした大人がここに。

 

「いや、あまりきれいに収まると気障ったらしいですね。どこか一か所は笑いどころを作らないと……」

 

「何でそこで張り合うの!?」

 

「お願いですからその辺でやめてあげてください!!」

 

周りの制止も聞かずに殺せんせーが更に何かを付け足す。

 

……プフッ。

 

「「「それ見た事か!!」」」

 

「あっははははははは!!」

 

「あぁ……もうどうするんですかこれ」

 

顔面に丸メガネと髭が付け加えられて、更には額に『中肉中背』の文字。思わず爆笑した。

 

 

 

 

 

その後も菅谷がフォローに描き加えると同時に更に殺せんせーが余計な物をつけ足すという状況が続き……。

 

 

 

―――結果。

 

 

「死ねっ!!!あんたたち全員殺す!!!!」

 

「ごめんなさい!つい熱中してしまって……でも教室壊れるから実弾はやめて!!!」

 

 

まあ、そうなるよね。

 

目が覚めて自分の現状を確認したビッチ先生は、すぐに教室を出ていき……実弾入りの機関銃を両手に持って戻ってきた。

 

まあ、途中からマジで収集つかなくなって、殺せんせーなんかマジックと段ボール持ち出してくるし、最終的に中々にカオスなことになっていた。ってか段ボールの兜と甲冑はマジで何?

 

……うん、見事にガチギレ。

 

とりあえず実弾はマジで危ないので可動部にナイフ投げて発砲できないようにしといた。

 

「ちょ、ストップですイリーナ先生!すぐに落とせば定着しないらしいですよ!!」

 

「あんたはなぜ止めなかったのよ舞花!っていうかちゃっかり一人だけ回避してんじゃないわよ!!」

 

「それに関してはホントにすみません!!」

 

舞花が濡らした手ぬぐいと水の入った桶を両手に急いで駆け寄るけど、罪悪感から全力で頭下げて謝ってた。

 

ちなみに足や胸元にまで手を出そうとしていた殺せんせーを舞花が全力で止めに入ってたおかげで、腕や顔の塗料を落とすだけで済んだ。一応マジックも水性だったし。

 

……これあそこで止められなかったらどんな状況になってたんだか。

 

 

 

零:Sideout

___________________________________________

 

 

「……全部菅谷君がやってたら多分あそこまで怒らなかったのにね。先生が余計なもの足すから……」

 

「……だろーな」

 

渚は実弾持ってきて殺せんせーに向けて撃ち始めたビッチ先生を見た瞬間に机の下に隠れ、同じく丁度隣に隠れてた菅谷と話をする。

 

「なあ、普通はテストの答案の裏とかに落書きしたら、スルーされるか怒られるかだろ?」

 

菅谷はその芸術肌から今回のように目立ちすぎるところがあり、2年の時にそれを理由に素行不良扱いされ、E組行きになった。

 

渚はその背景を知っているので黙って話を聞く。

 

「だけどあのタコは減点評価なんてしないし、むしろ嬉々として安っぽい絵を書き足してくる。考えてみたら当然だよな、殺しに行ってもいいわけだし」

 

「……まあ、生徒側にも殺し屋とか機械とか居るしね」

 

渚はこれまでにE組に来た転校生たちを見る。教室の前の方で零はビッチ先生を押さえつけており、舞花は濡れた手拭いで顔の辺りから丁寧に拭き始めていた。

 

桶とかどこから持ってきたんだろう……と渚はちょっと思った。殺せんせーが落ち着かせるためかポッキーをビッチ先生の口に入れようとしてるが逆に怒らせている様子。

 

ちなみに律は今のところ何も言わず静観している。

 

「……ここまで色々いると、ちょっと異端なくらいがE組(ここ)じゃ普通だ。いいもんだな、殺すって」

 

「……うん」

 

 

この教室は、普通からはみ出る個性豊かな生徒たちが「先生の暗殺」という目的のために切磋琢磨している奇妙な教室。

 

 

7月―――殺せんせーの暗殺期限まであと8か月。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父親の時間

お久しぶりです。まさか1年以上たってるとは……。
とっても遅くなってすみませんでした……。





7月某日。

 

―――6時間目 体育。

 

E組の生徒たちは今、二人一組になってナイフ術の訓練をしていた。

 

「視線を切らすな!次のターゲットの動きを予測しろ!全員が予測すればそれだけ奴の逃げ道を塞ぐ事になる!!」

 

訓練をする生徒たちに指導しながら、烏間先生は彼らを観察する。

 

 

(四ヵ月目に入るにあたり、『可能性』がありそうな生徒が増えてきた)

 

授業の後半に入ると、恒例の対烏間先生での訓練が始まる。生徒たちは一人、又は二人一組になって各々のタイミングで先生に勝負を仕掛けに行く。

 

(磯貝悠馬と前原陽斗。運動神経が良く仲も良いこの二人のコンビネーション。二人がかりなら俺にナイフを当てられるケースが増えてきている)

 

磯貝が前に出て攻める中、前原がその横からタイミングを見計らってナイフを振り、僅かに烏間先生の肩に掠る。

 

「よし!二人それぞれ加点一点!次!!」

 

「「よっしゃ!」」

 

二人が喜びハイタッチを交わす中、早速次の生徒が迫る。多くが二人一組で仕掛ける中、数少ないタイマンで挑むその生徒は、赤羽カルマ。

 

(彼は一見のらりくらりとしているが、その目には強い悪戯心が宿っている。どこかで赤っ恥をかかせようとしているが……そう簡単にいくかな?)

 

カルマが何かを仕掛けようとしたところで、それを察知した烏間先生は片足を後ろに下げる。

 

「ちぇ、バレちゃったか」

 

見事に思惑を見破られたカルマは舌打ちをする。

 

そして、次に向かったのは桐紫零。彼もまた最初の踏み出しの様子はカルマと似ているが、ゆらりと近づいたその後は息を吸う間もないような怒号のラッシュが始まる。体の動きその流れのままナイフを振り、自分の動きを最小限に、そのまま相手に息つく暇を与えずに攻撃を繰り出し続ける。

 

(彼はプロとして活動しているだけあってクラスの中ではずば抜けている。素早く読めない体の動き、ナイフを振るスピード、銃は苦手のようだがあの投げナイフは中近距離で銃以上の脅威となりうる)

 

ヒュンッと烏間先生の目前へ飛んでいくのは、二・三本の小さなナイフ。眼前に出てくればいやでも一瞬目線を持っていかれる。

 

そして烏間先生の避けた背後に気配。事前にそれを予測していた烏間先生は後ろ蹴りを繰り出した。

 

しかしその蹴りは空振り。……いや、

 

「まあ、毎回似たような手じゃさすがに予測されますよね」

 

その蹴りの下から足にナイフが振るわれる。どうにか当てることが出来た零はクスリと笑った。

 

 

 

次に向かったのは女子達。

 

(体操部出身で意表を突いた動きができる岡野ひなたと男子並みの体格と運動量を持つ片岡メグ。このあたりが近接攻撃として非常に優秀だ)

 

二人のナイフを捌きながら観察を続ける。

 

(比較的最近このクラスに転校してきた紫苑舞花、体術はそれなりに身に着いていたようで機動性は良い。アタッカーと組ませると良いサポートをする……しかし本人の攻撃の手に迷いがあるのと、体力が体の動きに追いついていないのが課題だな)

 

少し離れた木陰の下では、少しバテてしまったらしい舞花が汗だくで座り込んでいる。隣では今日組んでいた茅野カエデが水を差しだしていた。茅野もどちらかというと小回りの利くサポート型だったためうまく攻め切らず、今回は当てられなかったようだ。

 

 

〔そして殺せんせー、彼こそ正に俺の理想の教師像だ。あんな人格者を殺すなんてとんでもない!!〕

 

「おい、人の思考を捏造するな。失せろ標的(ターゲット)

 

どさくさに紛れて後ろでささやき、何やらイラストのプラカード付きで思考を捏造しようとしていた殺せんせーを睨みつけながら烏間先生は言い放った。

 

(あとは寺坂竜馬、吉田大成、村松拓哉の悪ガキ三人組。こちらは未だに訓練に対して積極性を欠く。三人とも体格は良いだけに勿体ない。彼等が本気を出せば大きな戦力になるのだが)

 

ふざけている殺せんせーを追い払いながら彼がちらりと見たのは、普段訓練を見ているだけだったり、烏間先生相手でも適当にしかやらない3人組。今日も今日とて訓練はサボり気味の様だ。

 

 

 

と、その時。烏間先生は得体の知れない悪寒に襲われた。

 

それはまるで後ろから蛇が体に巻き付き牙を剝いているかのような―――

 

 

「―――ッ」

 

バシッ

 

とっさに後ろから来るその何かを勢いよく投げ飛ばす。

 

その飛ばされた何かは、小柄な男子生徒―――潮田渚だった。

 

「うっ……いった……」

 

「……!すまん、ちょっと強く防ぎすぎた。立てるか?」

 

「あ、へーきです」

 

受け身はしっかりとったらしい彼、渚はそういって立ち上がり、クラスメイトの元に戻る。

 

(潮田渚。小柄ゆえに多少はすばしこいが、それ以外に特筆すべき身体能力は無い温和な生徒。……気のせいか?今感じた得体の知れない気配は)

 

烏間先生が観察を続ける中、殺せんせーはその様子を見ながら砂場でまた何かの建造物を再現していた。

 

 

 

烏間先生の心内を知らない渚たちの方は、

 

「ばーか、ちゃんと見てないからだ」

 

「う……」

 

杉野の軽口に軽く渚が凹んでいる。そこに零が近寄って話に加わる。

 

「いや……今のは割と惜しかったと思うよ?先生直前まで気づいてなかったし」

 

「え、そうなの?」

 

「まあ、そこで気づかれないようにしないとだけど」

 

「あ、あはは……まだ当てるには遠いよね……」

 

零は軽くフォローしながら、先ほどの渚の動きについて考えていた。

 

(かなりうまく気配を消してた……周りが騒がしいここだとほとんど気づけないほどに。烏間先生が気づいたのは殺気を感じ取ったのか、経験からくる勘か……)

 

 

 

 

 

「それまで!今日の授業は終了!!」

 

チャイムが鳴ったことで烏間先生は観察をやめ、生徒に合図をした。そしてそのまま烏間先生は校舎へと戻っていく。それを見ながら生徒たちはさっきまでの対烏間先生の模擬戦についての感想を言い合っていた。

 

「せんせー!放課後、皆でお茶してこーよ!」

 

呼び止めるように倉橋は烏間先生に駆け寄り、そう誘いかけていた。

 

「……あぁ、誘いは嬉しいがこの後、防衛省からの連絡待ちでな」

 

が、烏間先生はそう言ってさっさと校舎に戻っていった。

 

「……またダメだった」

 

「うん、まあそう落ち込まずに」

 

「さすが烏間先生、私生活にも隙が無いよね……」

 

倉橋はがくんと肩を落とし、よしよしと舞花と茅野が慰める。

 

「隙が無いというか、私達との間に壁っていうか一定の距離を保ってるような……」

 

「……厳しくて優しくて私達のこと大切にしてくれるけど、でもそれってやっぱりただ任務だからに過ぎないのかな?」

 

その生徒の言葉を、いつの間にか生徒たちの傍に来ていた殺せんせーが否定をした。

 

「そんな事はありません。確かにあの人は先生の暗殺のために送りこまれた工作員ですが、彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

 

 

 

 

 

生徒たちがそんな話をしている中、校舎の中からひとりの大柄な男性が大きなダンボールやいくつもの紙袋を両腕に抱え出てきた。

 

校舎前まで来ていた烏間先生は近くに来たその人物の顔に見覚えがあり、立ち止まる。

 

「よっ!烏間!!」

 

「……鷹岡!」

 

その人物は、生徒たちが初めて見る顔で……

 

そして烏間先生の同期であり元同僚だった人物だった。

 

彼はそのまま烏間先生の横を通り抜け、生徒たちのところへ行く。

 

 

 

 

 

一方、生徒たちはその人物を見て、誰だろう……?と顔を見合わせる。

 

「やっ!俺の名前は鷹岡明!!今日から烏間を補佐してここで働く!よろしくなE組の皆!」

 

少し警戒気味の生徒たちに対して、鷹岡は人の良さそうな笑顔で自己紹介をしながらドサドサッと担いでいた段ボールを置く。

 

そしてブルーシートをその場にバサッと広げるとその上に段ボールを次々と開いていく。

 

……その中にはたくさんのスイーツが所狭しと並んでいた。

 

「!!これ『ラ・ヘルメス』のエクレアじゃん!!」

 

「こっちは『モンチチ』のロールケーキ!!」

 

「『ラ・パティスリー』のフルーツタルトもありますね……」

 

茅野と不破優月は見た瞬間にその中身が高級ケーキ屋の物だとわかり、目を輝かせる。その近くで舞花も同じようによく知る高級スイーツを見止めて、目を瞬かせた。

 

「良いんですかこんな高いの?」

 

磯貝は目を輝かせ声を震わせながら、恐る恐る問いかける。が、鷹岡は笑いながら気にするなと答える。

 

「おう食え食え!俺の財布を食うつもりで遠慮無く、食っちまえ!物で釣ってくるなんて思わないでくれよ。お前らとは早く仲良くなりたいんだ。それには……皆で囲んで飯食うのが一番だろ!」

 

そして話しながら鷹岡は自分もドカッと地面に座り、ムシャリとエクレアを食べ始める。

 

「よくここまで甘い物のブランド知ってますねー」

 

矢田桃花の問いには、何やら得意げに……

 

「まあ……ぶっちゃけ、砂糖ラブなんだよ」

 

「デカい図体して可愛いな……」

 

ペロリと舌を出して目を逸らすその顔は、不〇家のキャラクターを思わせる。それを見た中村莉桜が思わずツッコんだ。

 

……そしてその後ろで何やらよだれをダラダラと垂らしながらこちらの様子を見ている不審者……殺せんせー。

 

ちなみに顔色はピンク色。生徒が持つスイーツをジーと見ながら何を考えているかなんて、誰から見ても一目瞭然だ。

 

「お、あんたが殺せんせーか?いいぞ食え食え!!」

 

それに気づいた鷹岡の言葉に、更にドバーッとよだれを増やした殺せんせー。そのままスイーツをものすごいスピードで食べ始める。

 

それを見ながら、いずれ殺すけどな、と言いながら笑う鷹岡。

 

「なんか、同僚なのに烏間先生と随分違うっすね」

 

「近所の父ちゃんみたいな感じです」

 

「はははっ、良いじゃないか父ちゃんで!同じ教室にいるからには……俺達、家族みたいなもんだろ?」

 

木村とその隣の原が笑いながら言った言葉に、鷹岡も同じように笑いながら傍にいた中村と三村の肩を抱きながらそう返す。

 

出会って十分も経たず。鷹岡……鷹岡先生はこの短時間で生徒たちに馴染むのに成功したようだった。

 

 

 

 

 

___________________________________________

零:Side

 

「零は混ざらないの?みんなからこんなに離れて」

 

「舞花こそ、さっきケーキには反応してたのに、結局食べずにこっち来てるよね」

 

僕はあの鷹岡とかいう新しい先生とみんながケーキ囲んで盛り上がっている中、少し離れた所からその様子を見ていた。そしてあまり時間を置かずに舞花もこっちにやってきた。綺麗に気配を消してみんなに気付かれないように。

 

同じようにあそこに混ざっていない人は他にもいる。まあ、寺坂や村松、吉田、狭間さん辺りはいつもこう、みんなとワイワイするのには混ざらないから置いといて、カルマもそそくさと教室に戻ってったし。

 

カルマはなんかめんどくさいとかそんな理由な気もするけど、舞花は……ちょっとさっきより顔色が悪い。

 

「このクラスに馴染もうとああいう風にフレンドリーに来るのは別に嫌いじゃないよ。接しやすい、気の良い先生ぽいもの」

 

「まあ、コミュ力高いのは分かる」

 

「ただ……一瞬あの人から嫌な気配がしたから」

 

「……舞花でも感じたのか」

 

信用していい人間と信用できない人間は表情やしぐさ、話の様子を見ればなんとなくわかったりする。

 

仕事上、そういう人間(・・・・・・)は多く見てきたから。

 

 

 

 

「そういや、このクラスに桐紫零って名前いるだろ?今どこにいるんだ?」

 

「あ、そういえばいつの間にか居ない」

 

「そういえば舞花ちゃんも。さっきまで一緒だったと思うんだけど」

 

あ、あそこにいないのバレた。

 

どうやら何でかは分からないけど、あの新任教師が僕を探してるようだ。

 

「先に教室戻ってて。僕はちょっと向こう行ってくるから」

 

「……うん、わかった」

 

舞花がそのまま校舎の方へ向かって行くのを見て、僕はみんなの所に行く。

 

 

 

「僕に何か用ですか?」

 

「ん?おお!お前か!そんな離れた所に居ないでこっちにこいよ!」

 

「零くん、舞花ちゃんはどうしたの?」

 

「あはは、この後用事あってあまりゆっくりできないので。あと、舞花はちょっと体調良く無さそうだったから先に校舎に戻ったよ」

 

僕は鷹岡……先生の誘いにはやんわりと断り、舞花について聞いてきた倉橋さんにはさっき校舎に戻ったことを伝える。

 

その間、鷹岡先生は何やら僕の顔をジーッと凝視していた。

 

「……あの、僕の顔に何かついてます?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが。……よく見れば面影もあるし、声はそっくりだな……」

 

……?鷹岡先生は僕を見ながら何かぶつぶつと独り言を言っている。

 

 

 

「お前、司馬夜人の息子だろ」

 

 

 

―――!?

 

……それを言われた瞬間、僕の中でカチリとスイッチが切り替わった。

 

意識が仕事モードに切り替わり、その言葉に対する動揺が表に出る前に押し殺す。

 

「……知ってるんですか。俺の父親の事」

 

「おう、司馬とは烏間と一緒で同期でな。烏間もアイツも優秀でよく競い合ってたなぁ」

 

……まさかこいつからその名前を聞くとは思わなかったが、なるほど。アイツ自衛隊にいたことがあるのか。

 

そして、烏間先生とも面識があったと。

 

「そうだったんですか。どうして俺がその息子だと?」

 

「ああ、大分前……もう10年くらい前だったか、防衛省辞める前のアイツが同じ隊の俺たちに家族自慢しててな。アルバムやらなんやら見せられて、それで今日来る前に名前と名簿の写真見たらピンと来たわけよ。まあ、苗字は違ったしまさか殺し屋やってるとは思わなかったから半信半疑だったが」

 

「まあ、それは事情がありまして。とりあえず今日はもうあまり時間がないので、ここで失礼させていただきます」

 

急ぎだと伝えていたので話はそこで切り、一礼をして校舎に向かって行く。後ろから「俺の事は第二の父親だと思ってくれていいぞー!」とか聞こえてきたが無視した。

 

 

 

背を向けるまで俺は()と同じように笑顔を浮かべられていただろうか……。

 

 

___________________________________________

 

校舎に戻ると、舞花は烏間先生の部下の園川さんと何か話していた。烏間先生以外の防衛省の人は普段の学校生活だと関わることはほとんどないが、何人かは頻繁に校舎で見かけたりして、話す機会のある人もいる。教室の修繕とかで来てくれてた鶴田さんとか鵜飼さんとか。

 

園川さんはE組で見かける防衛省の人の中では珍しく女性で、舞花以外にも女子たちが話しかけているのを偶に見る。今話しているのは恐らく、鷹岡の事だろう。

 

俺は近くにいた烏間先生に声をかける。

 

「烏間先生、今少しいいですか?」

 

「ん?君も抜けてきたのか。……鷹岡が気に食わないか?」

 

ああ、そこは気付かれたか。確かに、普段の僕に比べると不機嫌だと見えるだろうな。……実際そうだけど。

 

「正直それもありますが、聞きたいことがありまして。……先生は、司馬夜人について知ってますか?」

 

俺がそれを問いかけると、烏間先生は目を見開いた。

 

その後額に手を当ててため息を吐く。

 

……やっぱり。

 

「……鷹岡か?」

 

「ええ。烏間先生とも同期だったと聞きました」

 

「ああ……アイツが勤めてた頃は共にいることが多かった。……君の事も、初対面の時に気付いていた」

 

「……あなたは、何も言いませんでしたね」

 

この仕事の依頼をしに来たとき、彼は依頼の話以外何もなかったし、それらしい反応もなかった……と思う。いや、もしかすると一番最初に顔を合わせた瞬間に驚いてたのは、こっちの意味もあったのかもしれない。

 

「触れるべきことではないと思った。違うか?」

 

「いいえ、合ってます。……俺はやっぱり、あの人よりあなたが教官やってくれる方が良いです」

 

「……そうか」

 

鷹岡がどうかは知らないが、多分烏間先生は俺の事情に色々気付いてるのだろう。もしくは、俺の情報を教えたであろう師匠に、その辺も何か聞いたか。

 

……後ろで舞花と園川さんが話し終えたのを感じて、目を閉じ、スイッチを切り替える。

 

まだ動揺は残ってるが、いつまでも仕事モードだと自分で言うのもなんだがちょっと何やらかすか分からない。

 

「……じゃあ僕は帰りますね。烏間先生、また明日」

 

「……!ああ、また明日」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。