SALO(ソードアート・ルナティックオンライン) (ふぁもにか)
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本編 SALO
VS.フレンジーボア


 えー、どうも。ふぁもにかです。
 今までは徹底して読み専をやっていたのですが、この度ようやく受験勉強から解放されたので物は試しと二次創作に挑戦してみました。えっ後期受験勉強はいいのかって? ……こまけえことはいいんだよッ。


 

 少年は走っていた。

 草原地帯を赤く染める秀麗な夕日など目もくれずに。

 その顔つきはとても男らしいと言える類いのものではない。女装すれば性別をもごまかせるレベルの童顔である。相手次第では一目惚れすること間違いないだろう。……男女問わずだが。

 少年が走るのには理由があった。

 

 ――数十分前。この世界はログアウト不可なデスゲームと化した。

 それをもたらしたのは茅場晶彦。ナーヴギアをはじめとしたフルダイブ用マシンの基礎設計者にしてSAOの開発ディレクターである。

 彼によりこの世界――アインクラッド――はゲームであっても遊びではなくなり、HPがゼロになった瞬間、この世界からの消滅と現実世界での死を意味することとなった。

 

 少年は走る。茅場の演説により混乱と混沌と混迷にみちた広場を後にして。βテスターの知識を存分に利用してこの世界を有利に生き残るために。そのために切り捨てた青年――クライン――のことを脳裏から振り払うようにして。

 

 目の前には光の粒子とともに現れた豚のようでイノシシのようなモンスターが少年へと突進してくる光景がある。その名はフレンジーボア、所詮雑魚敵である。

 だが、少年にとってそれは恐怖の対象だった。判断を誤ればたとえフレンジーボアでも殺される。身がすくんで動けなくなれば殺される。極度の緊張からソードスキルの使い方から呼吸の仕方までそのすべてを忘れてしまえば殺される。

 

「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 少年は雄叫びをあげる。声を枯らす勢いで咆哮する。死の恐怖を振り払い前に進むために。フレンジーボアごときに自身の前進を止められないように。

 

「――ッらあ!」

少年はソードスキルを発動しフレンジーボアを一直線に切り裂き、体の硬直がとけると同時に再び走り出す。フレンジーボアを倒した証左として表示される獲得経験値や獲得金など一瞬たりとも目を向けずに。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 少年は叫ぶ。生き残るために。この世界に気持ちで負けないように己を奮い立たせるための魂の叫びを無意識のうちにあげる。かくして少年――キリト――は目的地へ向けて一心不乱に走り続ける。

 

 

 ……そのはずだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その時何が起こったのか、キリトには分からなかった。

 反転する視界に思考停止していると背中から地面に叩きつけられた。

 

「かはッ!?」

 この世界において痛みという概念は制限されている。それでもキリトは衝撃で息ができない錯覚を覚えてしまう。

 何が起こったのか、何故俺は倒されているのか。

 わけが分からないまま顔をあげて、驚愕した。

 

「ぇ――」

 フレンジーボアが生きているのだ。今さっき倒したはずのフレンジーボアが。クラインへのソードスキル指導の際に見本として同じソードスキルを放ったときは一撃で倒されていたはずのスライム相当の最弱モンスターが。

 ソードスキルを外してしまったのかと咄嗟に考えて、否定する。ソードスキルは発動すれば必ず敵に当たるようにできている。ここはそういう世界だ。ゆえに攻撃が命中しなかったなんてことはあり得ない。現にフレンジーボアのHPは減って――

 

「……は?」

 キリトは目を疑った。減っている。たしかにフレンジーボアのHPは減っている。だが問題はそこじゃない。キリトはたとえフレンジーボアを仕留めそこなっていたとしても精々残り数ドットの命だと思っていたのだ。だが実際は三分の一程度しか減っておらず、HPゲージも緑色のまま。フレンジーボアは今も健在である。

 フレンジーボアが困惑中のキリトめがけて鼻息荒く突っ込んでくる。

 

(なッ!? 速ッ!?)

 だがその速さが尋常ではなかった。ついさっきまでは見た目相応のとろさだったはずなのに今や時速40キロを軽く超すほどのスピードを有する巨大な弾丸と化している。

 キリトは瞬時に身をひるがえして紙一重でかわし、ふと自分HPゲージが目に入った。見てしまった。

 

「――ッ!?」

 キリトは今度こそ驚愕した。残り数ドットの命と化しHPゲージが赤色に突入していたのはフレンジーボアではなく他ならぬ自分だということに。

 

(なんで? なんでだよ!? なんで俺のHPがこんなに減ってるんだよ!?)

 

 わけが分からない。βテスト時の、さっきまでの常識が通用しない。いよいよ混乱し頭を抱えてうずくまりたい衝動にかられるキリトを、自身の突進をかわされご機嫌ナナメなフレンジーボアが睨みつけた。

 

「ひッ」

 その視線にキリトは動けなくなる。頭の中が恐怖一色で埋め尽くされ何も考えられなくなる。情けない悲鳴を漏らしたことすら気づけずに体を震わせる。

 この時。ロクに働かない頭の中で、それでも直感した。さっきの視界の反転は、自分のHPゲージが残り数ドットまで減っているのは、眼前のフレンジーボアの攻撃がもたらしたものだと。そしてもしも、もしももう一度フレンジーボアの攻撃に当たれば、いやかすりでもすれば自分は死ぬと。

 

「う、ああああああああああ!」

 再び猛烈なスピードで気迫とともに突進してきたフレンジーボアを寸でのところで避ける。その際横転し何度も草原地帯を転がったことで図らずもフレンジーボアの視界から姿を消すことに成功したキリトだったが、当の本人はそれどころではなかった。

 

(こ、殺される、いやだ、いやだ! 死にたくない!!)

 死の恐怖に身を丸めてガタガタと震える。クラインを見捨てた罰があたったんだとか他人を顧みずに自分の利益のみを求めたせいだとかと後悔する精神的余裕すらない。そんなキリトを嘲笑うように辺りをキョロキョロと見渡していたフレンジーボアはキリトの居場所に目ざとく気づき一直線に突き進んでくる。キリトの横向きの視界が偶然それを捉えた。

 キリトは弾かれたように起き上がり真横に跳躍してよける。フレンジーボアは即座にブレーキをかけ、振り返りざまに突進してくる。キリトは必死によける。何度もよけられ完全に怒り心頭なフレンジーボアの憤怒の突進を、ガタガタと震えを増す体を何とか動かしてひたすらかわし続ける。

 

 キリトの回避とフレンジーボアの攻撃。これが始まってから何度目だろうか。

 

(ダメだ、このままじゃ殺される。俺が倒さないと、殺される――)

 

 先ほどよりほんの少しだけ冷静さを取り戻したキリトの頭がフレンジーボアからの戦闘離脱不可と自身の攻撃の肝要性を結論づけた。キリトは震える手で武器をフレンジーボアに向ける。自身をどこまでも浸食しようとする死の恐怖を歯ぎしりで押さえつける。

 ここまで必死によけつづけたことで分かったことがある。フレンジーボアの攻撃があくまで一直線だということだ。キリトがよけた瞬間に方向転換ができないのだ。そうでなければキリトはとっくの昔にこの世界から消滅していただろう。

 

(なら……)

 フレンジーボアが突進攻撃しかできないのならばすれ違いざまに切りつけてやればいい。たった三分の一だけとはいえ、ソードスキルは確かにフレンジーボアのHPを減らしたのだ。決して目の前のフレンジーボアは無敵ではない。倒せない相手ではない。その事実に気づいたとき、キリトの震えが少しだけ和らいだ。後は克己するだけだ。

 

「オオオオオオオオオオオオオ――!!」

 フレンジーボアを見据え、大地を踏みしめてキリトは腹の底から叫ぶ。同時に相変わらずの速さで突っ込んでくるフレンジーボアをサイドステップでかわし、真横から切りつける。上段からの一撃だ。そしてすぐさま距離をとる。このフレンジーボアは何をしでかすか分かったものじゃない。突進以外の攻撃手段を持っていても何らおかしくない。そう思考した上での行動だ。その考えは果たして的中した。

 

(あっぶなぁ……)

 何とフレンジーボアが立ち止まるとともに突然全身の体毛をハリネズミのごとく逆立てたのだ。もしもあのまま攻撃を続けていれば確実に串刺しENDだったろう。キリトは身震いをした。フレンジーボアは全身の毛を元に戻した後、キリトへと突き進む。体毛を逆立てたまま襲ってこないのは自分を油断させるためか、ただ体毛を逆立てたままの突進ができないだけなのか。

 おそらく前者だろうとキリトは予測する。根拠は最初にフレンジーボアと対峙したときのフレンジーボアの行動だ。最初、フレンジーボアはゆっくりとキリトに向かい敢えてソードスキルを喰らった。そしてフレンジーボアを倒したものと思い込んだキリトを背後から襲撃したのだ。ソードスキルの一撃だけでは自分は倒されないと分かっていなければできない芸当だ。つまり、それだけの知能をこのフレンジーボアは有している。希望的観測など、できるはずがなかった。

 だが、今回はキリトの予測は良い意味で外れた。どうやら本当に全身ハリネズミ化からの突進はできないようだ。フレンジーボアの一挙手一投足を注意深く観察して結論を下したキリトは再び反撃ののろしを上げた。

 ワンパターンに突撃してくるフレンジーボアをギリギリまで引きつけて、かわして、切りつけて、ただただフレンジーボアのHPを削り続ける。一瞬であろうと気は抜けない。少しでもタイミングがズレれば死が確定するからだ。タイミングが早すぎたらフレンジーボアは軌道修正するだろう。タイミングが遅すぎたらなんて言うまでもない。

 

「せいッ!」

 そうして残り数ドットの命を燃やしてフレンジーボアと剣舞を繰り広げること数分。9度目のキリトの袈裟切りでようやくフレンジーボアのHPはゼロに達した。フレンジーボアは弱々しい鳴き声をあげて、登場時と同じ光の粒子とともに消え去った。

 

「やった、のか……?」

 今度はフレンジーボアの最期をしっかりと目に焼きつけながらキリトは呟く。こちらもフレンジーボア同様弱々しい声だった。

 

「は、はは……」

 キリトは乾いた笑い声を漏らし、その場に大の字に倒れこむ。生きてる。今俺は生きている。ここまで明確に生を実感したことは初めてだとキリトは笑みを浮かべて空を見上げる。赤橙の空が自分が生き残ったことを祝福しているようでなおさら嬉しかった。

 このままでいられたらどれほど良かったか。なぜあのフレンジーボアが異常に強かったのかという疑問。ついさっきまで自分が殺されそうになっていた事実。ついでに先のフレンジーボア討伐による獲得経験値と獲得金がデスゲーム開始前のフレンジーボアの軽く三倍を超えていたという新事実。それらへの思考が極度の緊張からの解放とともに脳裏から抜け落ちたキリトは今、この瞬間。誰よりも幸せに浸っていた。

 しかし幸せは、至福の時間は総じて終わる。何の前触れもなく突如として。

 

「ああああああああああああああああああ!!」

「く、くく来るなッ!? こっち来るんじゃねえええええええ!」

 キリトにとってそれは草原地帯に響きわたる男二人の絶望に満ち満ちた断末魔だった。

 幸せ空間から我を取り戻しモンスターの存在するフィールドへと意識を浮上させたキリトはハッと体を起こし辺りを見渡すと、100メートルほど先の、キリトの現在位置から比較的近い場所に捕食者たるフレンジーボアと必死に逃げ惑う若者二名の姿があった。

 彼らは確実にβテスターだろう。自分と似たような思考をたどって混迷極まる広場を後にした者達。自分と同類の、我が身が恋しい部類の人間である。

 

「……嘘、だろ?」

 だが、キリトは男二人がフレンジーボアの餌食に遭い光の粒子と化す瞬間など目もくれずにある一点を凝視し、固まっていた。男二人を囲んでいたフレンジーボアの数が多いのだ。その数五匹。キリトの視線を察知したのか、計五匹のフレンジーボアが一斉にキリトを睨みつける。

 

「うぁ――」

 刹那。一時的に和らいでいた恐怖がぶり返す。完全に忘れていた死の恐怖の復活および浸食に為す術なくキリトは飲み込まれる。そして――

 

「うあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ……そこから先のことをキリトは憶えていない。気づいた時、キリトは呆然と広場前で立ち尽くしていた。表情は幽鬼のごとく目もどこか虚ろで焦点が定まっていない。

 生きてる。今俺は生きている。そう実感すれど感じるのはただ疲れだけだ。周囲の怒号だったりヒステリックな声だったりが疲れに拍車をかけている。

 キリトは疲れ果てていた。この世界を有利に生き残るためにここ広場から駆け出した心は既にボロボロで、フレンジーボアの洗礼をもってズタズタに引き裂かれた精神はもはや修復不可能だなとキリトは他人事のように思った。

 とにかく疲れた。眠りたい。キリトは宿に泊まるという選択肢を選ぶまでもなく地面に倒れこむ。ひんやりとした地面にほんのちょっとだけ心地よさを覚えつつ、キリトは数秒後には深い眠りに落ちたのだった――

 

 




 ……というわけで、茅場さんがやらかしてしまったことはズバリ『SAOの難易度の大幅アップ』です。ホントにやらかしましたねここの茅場さん。
 キリト君マジ頑張って。


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救いの手

 執筆して初めてわかる。速筆作家さんがいかに偉大なのか。
 ふぁもにかはこの期に及んでいまだにブラインドタッチができない子なのでその素晴らしさが一層よくわかります。
 P.S.感想をくれた方、お気に入ってくれた方、評価をくれた方、ありがとうございます。しかし総合評価の基準がわからないという……


 知らない天井だ。ありがちだがキリトは素直にそう思った。

 おもむろに体を起こす。そこで初めて自分が質素なベッドに寝かされていた事実を知った。尤も、あくまで質素なベッドの体を成しているだけの寝床なのでふわふわベッドなどとは程遠い質感なのだが。

 キリトは周囲を一瞥する。質素としか表現のしようがない照明、本棚、いかにも木製な雰囲気ただよう壁、向かいに存在するベッド二号、バンダナを巻いたおっさん。

 

(ここ……どこだ?)

 念のためもう一度部屋の配置を確認して、疑問を浮かべる。目の錯覚あるいは幻覚を期待した上での確認作業だったがどうやら眼前の光景は真実のようだ。頬を割と本気でつねって痛みを感じなかったのでこれは夢だと思い込もうとするがすぐにこの世界において痛みという概念が制限されている事実を想起して止める。現実逃避、よくないとキリトは首を振る。

 そもそも自分は広場のど真ん中で眠りに就いていたはずだ。本来なら現実世界の酔いつぶれた中年男性を彷彿とさせる迷惑極まりない行為であるが、あの混沌が混沌を呼ぶ広場だ。倒れ伏す障害物など誰も気に留めないだろうと自身を正当化するキリト。その最中でもバンダナのおっさんから目をそらすことはない。おそらくキリトの現状をもたらした張本人または関係者だからだ。

 

(こいつは誰だ? 何が目的だ?)

 全身を穴が開くほど見つめる。おっさんがなぜベッド二号を使わずに床に寝そべっているのかなんてどうでもいい。気持ち悪い笑みで「カンナちゅわあ~ん♡」などと床に何度も口づけしている誰も得しない映像などさらにどうでもいい。ただ自分はここまで落ちぶれていないと認識するだけだ。余談だが『カンナちゃん』とは現実世界での某美少女超能力バトルアニメの敵キャラもといドジっ娘である。

 それはさておき、問題はこの二次元にドップリ浸かっているであろう痛いおっさんの意図だ。なぜ俺をここに寝かせたのか。行為だけ考慮すればこのおっさんは完全に善人である。この世界がデスゲームと化し誰もが自分のことで精一杯の中、他者に手を差し伸べたのだから。だが安心はできない。助けた見返りとして理不尽な要求をするかもしれない。いや確実にするだろう。こんな旨い話なんてあるはずがない。

フレンジーボアとの戦闘で希望的観測ができなくなったキリトの頭が結論を下す。キリトは音を立てずに部屋から立ち去ろうとする。善人なのか善人の皮を被った悪人なのか判別のつかないおっさんを起こさないように。

 

「ふぅ、やっと全員見つかったぜぇ。留守番ごくろうさんっと」

誰かの安堵のため息とともにキリトの前方の扉が開く。しまった、仲間がいたかとキリトは自身の想定の甘さに舌打ちをしたい衝動に駆られる。もっと早くに行動していればという後悔。同時にどこか聞き覚えのある声にキリトは首を傾げる。

 そうして開かれた扉の先。彼はいた。

 

「「――ぁ」」

 相変わらずの野武士面で。変わらない格好で。床で寝そべる謎のおっさんとはまた違うバンダナ姿で。後ろに小太りのおっさんと頬の痩せこけたおっさんを率いて。己の利益を求めて切り捨てた青年――クライン――の姿を捉えて、キリトは硬直する。それはクラインも同様のようで二人して硬直する。石像をも凌駕する硬直っぷりだ。まさに石のようだ。

 

「キリトッ!!」

 沈黙が場を支配する中、最初に声をあげたのはクラインだった。あまりの大声にキリトがビクッと体を震わせる。その間にクラインはキリトに駆け寄りその華奢な両肩を力加減を無視してわしづかむ。その際にクラインに顔面を踏みつけられ悶絶するバンダナ二号がいたことを明記しておく。

 

「ちょっ、クライン!?」

「キリト! キリト!!」

「おい落ち着けクライン! つーか放せ目が回る!」

 何度もキリトの名を叫びながらキリトを前後左右に力の限り揺さぶるクライン。回る視界を正そうと声を荒らげるが、クラインの半ば悲鳴に近い声にかき消される。至近距離で叫んでいるためキリトの耳にもよろしくない。助けを求めてクラインの知り合いであろうおっさん達に目を向ける。だがクラインの奇行に困惑するおっさん二人と顔を両手で覆ってうめくおっさん一人がいるだけだ。クラインの暴走を止められる救世主はいない。揺れを増す視界の中、キリトは絶望した。結果キリトはクラインに身を委ねることを余儀なくされた。

 ……クラインが落ち着くまで実に30分もの時間を要した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 クラインが落ち着きを取り戻した後、キリト達は互いに現状を共有することにした。

 キリトと分かれ、なんとか宿を二部屋確保したクラインは仲間の捜索を開始。一時間かけてやっとバンダナ二号を発見し、ひとまず宿の場所を確認させるために引き返す最中に残りHPが数ドットのキリトを見つけたらしい。

HPゲージが赤色に突入した状態でうつ伏せで倒れる少年の存在に一際パニックに陥る周囲。クラインは人ごみをかき分けてキリトを回収し宿へ直行。初期アイテムの回復結晶でHPゲージを緑色に戻すとバンダナ二号にキリトを託して残りの仲間を捜索。3時間かけてようやく残りの二人を見つけ宿へと先導。そこでキリトと対峙し今に至るという経緯のようだ。

つまり、目の前のひげ付きバンダナ二号は紛れもない善人ということである。キリトは心の奥底で謝罪した。「てめぇクラインなに人の頭踏んづけてんだよコノヤロー!」とクラインに掴みかかってくれたことでクラインの拘束から逃れられたことへの感謝の念も込めておく。そのせいで場の空気が混沌と化しクラインが落ち着くのに時間がかかったという事実にはちゃっかり気づいていない。

 

「それで、なんでキリトはあんな所で倒れてたんだ? ……教えてくれ。何があった?」

 一通り自らの事情を話して一息つくと、クラインが尋ねてくる。クラインを初めとする計8つの真摯な眼差し。自己紹介の際にクラインがキリトを散々に持ち上げあることないこと言いまくった影響か、残り三人のおっさんの目にはキリトへの疑念が一切感じられない。いつか騙されて何の変哲もない壺を100万程度で買わされるのではないかとキリトは心配になった。単にクラインへの信頼の証なだけかもしれないが。

 ともかく助けてもらった恩があるのでキリトはすべてを包み隠さず話すことにした。そもそも助けてもらわなくともクラインには警告のメッセージを飛ばすつもりだったが。

 

 キリトは話した。広場を出て早速フレンジーボアと対峙したこと。そのフレンジーボアが常軌を逸していたこと。命からがらなんとか倒すもすぐさま別のフレンジーボアに目をつけられたこと。必死に逃げ帰ったこと。

 

「なにがどーなってんだ、こりゃあ……」

「分からない。あのフレンジーボアだけが異常に強いだけなのか。それともどのフレンジーボアも同じくらい強いのか。正直言って情報が足りない……けど」

「けど?」

「あんまり楽観的に考えない方がいいと思う」

 

 キリトの話に困惑する見た目おっさんな四名に自分の考察を告げる。根拠はβテスト時及びデスゲーム開始前のフレンジーボアとデスゲーム開始後のフレンジーボアとの特徴の齟齬である。

 あの時キリトはフレンジーボアに恐怖した。いや威圧された。させられた。βテスターとしてVRMMOを始めた当初もリアルな身体感覚ゆえか、フレンジーボアと初めて対峙した時も確かに恐怖を感じた。いくら痛みが制限されていようとも、明確な敵意を持って向かってくる相手に怯えざるをえなかったのだ。

 だが今回はその比ではなかった。もちろんこの世界がゲームオーバー=死となったこともある。しかしそれでも。キリトはあの時の戦闘を思い出し違和感を感じていた。あの草原地帯において自身の奥底に眠る恐怖を無理やり引きずり出されたような、そんな違和感。

 己の感覚を信じるならばある可能性が浮上する。すなわちフレンジーボアが何らかのスキル、例えば『威圧』といったスキルを有している可能性だ。ソードスキルは何もプレイヤーだけの特権ではない。だからといってアインクラッド一層の最弱モンスターがスキルを使えるなど本来ならあり得ない。だがもうこの世界に今までの常識は通用しないと考えるキリトにとってその可能性は十分にあり得るものだった。

 

「じゃあ俺はもう行くよ」

「へ?」

「ありがとな。今回は世話になったけど……今度こそお別れだ、クライン」

 

 キリトは自身に使ってくれたであろう回復結晶二つをクラインに握らせると足早に部屋を去ろうとする。もしもクラインが困っている事態に遭遇したら絶対に助けると心に決めて。厄介なスキルを持ち合わせているだろうフレンジーボアとの戦闘をシュミレートしながら歩く。その歩みをクラインに止められた。

 

「……何だよ」

「待てってキリト。今回ばかりはお前さんを行かせるわけにはいかない」

「放せよクライン」

「いいから、一旦俺の話を聞いてくれ」

 

 手首をつかむクラインの手を振り払おうとする。だがクラインの強い握力によって元いたベッドに座らされてしまう。キリトは抗議しようとしたが逆にクラインの真剣な眼差しに押し黙る。その眼差しにキリトへの思いやりが多分につまっていることを確かに感じたからだ。キリトはクラインを見つめ返す。互いに視線を交錯させること十数秒。

 

「キリト。おめぇ……大丈夫なのか?」

「ああ。クラインのおかげでHPゲージも一杯だし――」

「そこじゃねえよ。お前さん、死にかけたんだぞ? 生き残ってくれたから良かったものの一歩間違えたら確実に死んでた。体は大丈夫でも、HPゲージが満タンでも、心は大丈夫なのか? なにもトラウマ負ってないって言えるのか? もう一回フレンジーボアと会って平気でいられるのか?」

「んなもん大丈夫に決まって――」

 

 クラインに心配かけまいと軽い口調で答えようとして、できなかった。クラインの問いかけからフレンジーボアとの再戦を想像したのだ。ちゃんと対策をたてて、アイテムを揃えて、錯綜するであろう情報をかき集めて精査して、初期アイテムとなけなしの所持金で万全の準備を整えて、フレンジーボアに立ち向かう自分の姿を。あらゆる事態を想定し油断の欠片も存在しない自分。負けてDEADENDとなる要素なんて存在しない。たかがフレンジーボアごとき、何も問題ない。そのはずなのに。

 

「ぁれ? おっかしいな。なんで震えてんだ、俺……」

 キリトは震えていた。思わず吐き出した疑問の声も震えていた。落ち着かせようとして両手を握りしめ歯噛みをするも、全く効果を発揮してくれない。「だろうと思ったぜ」というクラインの声が頭に入ってこない。心なしか涙を流している気がする。

 

「なあキリト。しばらく俺達と一緒に行動しないか?」

「……へ?」

「もちろんお前さんなら皆大歓迎だ。まぁ俺含め、どいつもこいつも華のある連中とはとても言えないが」

 

 ガクガクと震えるキリトの手を包み込むように掴み、クラインが提案を持ちかける。予想をはるかに超えた展開に思考停止するキリト。彼をよそに見た目おっさんな善人三人衆が「おうよ。お前いい奴だしな」「仲良くやろうぜ少年」「よろしくなキリト」と次々に答える。因みに今までは空気を読んだのか、ほとんど喋っていない。

そのまま彼らは「女装させたら紅一点になってくれそうだよな。つーか華がないってなんだよ。見えないのかクライン、俺のこの神々しい天然パーマが」「天然パーマ? ブロッコリーじゃなくて?」「実験に失敗して爆発したんじゃなかったのか?」「神々しい所か神に見捨てられた結果だよな」「……」と漫才を繰り広げる。先ほどまでのシリアス極まりない空気に耐えられなかったのだろう。順番は小太り天然パーマ男→クライン→頬の痩せこけた男→バンダナ二号→小太り天然パーマ男である。

自慢の天然パーマを貶められた小太りのおっさんは部屋の隅にのそのそと移動し膝を抱えてふてくされる。「どうせ俺なんて……俺なんて……」と皆にギリギリ聞こえる音量で呟く辺りがなんともいやらしい。

 

 暗い雰囲気を積極的に醸し出す小太りの男を華麗にスルーしてキリトは考える。クラインの提案は魅力的だ。今にも飛びつきたいぐらいに。今の自分の状態ではフレンジーボアと対峙するどころかフィールドにすらまともに立てないかもしれない。今の時点でキリトにとってクライン一行は足手まとい所か救いの手に他ならない存在だ。彼らと行動をともにすることはあてにならないβテスト時の情報を信じて突き進むよりははるかに得策だ。

 だからこそ躊躇する。クライン達は皆いい人だ。今までの言動からよく分かる。一緒にいてさっきのような冗談の言い合いができるような仲になれば楽しいことこの上ないだろう。

だが、楽しいと思ってしまっていいのか? そう思ったら、思ってしまったら、俺は動けなくなってしまうのではないか? 戦えなくなってしまうのではないか? 俺が皆のお荷物になってしまうのではないか?

 

「でも、俺は……」

「なにもずっとパーティを組む必要はない。最低限今のお前さんのトラウマが克服できるまでだ。そこから先どうしたいかはその時お前さんが決めればいい。ただ今のお前さんを一人フィールドに放り出すわけにはいかない。それだけだ」

 「どうだ?」とクラインはスッと右手を差し出してくる。キリトは何度かためらってクラインを見上げる。クラインが力強く頷いたのを見て、キリトはその手を掴む。キリトがクラインパーティの仲間入りを果たした瞬間であった。

 

「いよっし! それじゃあ改めてよろしくな、キリト先生!」

「ちょっいきなり肩組むなよ。つーかなんだよ『先生』って」

「そりゃあ決まってるだろう。的確な指導で分かりやすくソードスキルのなんたるかを教えてくれたんだ。これを『先生』と呼ばずになんと呼ぶ!?」

「いや普通にキリトでいいって。『先生』ってなんか恥ずかしいだろ?」

「じゃあ『頭』? 『組長』? それともここは『ボス』の方が――」

「いやだからキリトでいいって! そんな大げさなもんつけんな!」

「じゃあ『キリト先生』でOKだな」

「NGだ! さっき『先生』もお断りだって――」

「「「「――キリト先生ッ!!」」」」

「……」

 

 キリトは自身の呼ばれ方をなんとか『キリト』に修正しようと試みるも見た目おっさん四天王の息ぴったりな連携を前に敗退する。さっきまでふたくされていた小太りの男もちゃっかり復帰している。皆から当たり前のごとくスルーされる中、再起の機会を模索する彼がこの絶好の機会を逃すはずがなかった。当然の結果である。

 キリトはしぶしぶこの呼ばれ方を肯定した。言葉に詰まって無言を貫いた所、「やっぱ『閣下』の方がいいんじゃないか?」とか「いやいやここは『皇子』だろ」とかヒソヒソ話し合う四人の声が聞こえたからだ。これもキリトにギリギリ聞こえる音量で話し合う辺りがなんともいやらしい。

 かくしてキリトは『先生』と呼ばれつつ彼らと行動をともにするのであった――

 

 




 キリト君はクラインパーティの一員となった。
 まぁここの世界観はプレイヤー諸君に容赦が一切ないからせめてこういう展開はあってもいいと思うんだ。クラインマジいい人。
 てことで次回は割と時間軸が飛びます。割と原作キャラが登場する予定なのでお楽しみに。


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アスベルとアスナ

 前回割と原作キャラ出すといったな? ……あれ嘘です。ごめんなさい。
 登場してることはしてるんですけどほとんど地の文だけなんですよねぇ。というか今回地の文の量が凄まじいことになっている気が……


 このデスゲームが始まってから実に二ヵ月が経過した。死者は推計四千人。二万八千人の一般プレイヤーと二千人のβテスターが閉じ込められたこの世界においてこの人数を多いと見るか少ないとみるか。難易度を考慮すればかなり少ない方だろう。参加者一万人程度じゃああっという間に全滅してしまうと急遽参加人数を三万人に増やしSAOを大量に発売した茅場明彦もこの展開は意外に思っているはずだ。今頃自分が活躍する機会を今か今かと待ちつつほくそ笑んでいることだろう。清々しさを放つヒースクリフのアバターで。大方例の質素極まりない宿の一室で。

 

 さて。ここで死者の内訳を見てみよう。

 慣れない戦闘及び難易度天元突破な世界の仕打ちで順当に殺された者が約千人。茅場明彦の演説を真に受けずに飛び降り自殺またはフレンジーボアへと無防備な身をさらす形での自殺が約千五百人。中でも一際異彩を放つのは残りの約千五百人。『フレンジーボアの洗礼』を受けたβテスター達だ。

 あの日。彼らはβテスト時の情報を元に我先に広場を飛び出した。自分がより有利に生き残るために。故に突発的事態に弱い。βテスト時との少々の誤差は覚悟の上だったろう。だが、果たして彼らのうちの何人がキリトのごとく魔改造され凶化されたフレンジーボアに対応できただろうか。βテスト時の情報への信仰度に応じて死亡率が高まったのは想像に難くない。

 上手くフレンジーボア戦を切り抜けた将来有望な者達も先の初戦闘でアインクラッドの難易度上昇と自身の火力不足を実感。その大半が現状を切り抜けることのできる一筋の光明――アニールブレード――を求めてリトルネペントの巣窟へと足を踏み入れたきり誰一人帰ってきていない。その結果が全βテスターの四分の三の開始早々のこの世界からの消滅だ。今頃どこかの名前が『キ』から始まって『ウ』で終わる茶髪の男などは「ざまあみろ!」と歓喜を全身で表現していることだろう。

 

 これらの情報をキリトが入手できたのは一重に情報収集に奔走してくれた頼れる兄貴分、クラインのおかげだ。キリトが見た目おっさんな仲間三人にソードスキルを始めとするSAOの改変されていないであろう知識をレクチャーしている間、デスゲーム前に一足早くキリト先生の師事を仰いでいたクラインが自ら情報集めを引き受けてくれたのだ。あらゆる人という人に聞き込みを敢行し信憑性の高い情報を精査してくれたことは人間関係に苦手意識を有するキリトにとって非常にありがたかった。この時ばかりは典型的な野武士面に思わず神を幻視した。ちなみにクラインの集めた情報は最終的にキリトが確認し早くも情報屋を気取る善良なβテスターに譲渡してある。このβテスターもクラインコミュニティの産物である。

 

 言っておくが今現在キリトは再びソロで活動している。二週間の時を経てようやくフレンジーボアのトラウマを解消したからだ。キリトは仲間三人に知識を叩き込んだ後、人気の少ない所でクラインを交えて模擬戦を開催していた。もちろんフィールドでそんなことはしていない。キリトのトラウマは根深くフィールドと安全地帯の境界線が目に入るだけで強い嘔吐感に駆られたというのもあるが、戦闘訓練なしで『初心者殺し』の異名を持つフレンジーボアと対峙するのは無謀だというキリトの妥当な判断が主だ。

 模擬戦の対戦カードはキリトVS.クライン一行。当初「さすがにそれは俺達を舐めすぎだろう」と抗議を上げる四人。だがキリトが情け容赦なく彼らをコテンパンに打ちのめしたことで彼らは『打倒キリト先生』を目標に結託。てめえらテレパシーでも使ってんのかと声を上げたくなるほどの綿密な連携で模擬戦開始三日後にキリトを撃破した後はランダムの二対三をメインに、時々王者キリト先生と挑戦者との一対一の真剣勝負が繰り広げられた。さすがにここでキリトが敗れることはなかったが。βテスターとしての経験はダテじゃない。

 

 かくして二週間もの間。戦闘経験値を積み上げたキリト達は草原地帯へと足を踏み入れた。キリトにとってトラウマ溢れる場所のため、何度か精彩を欠き奇声を上げてあらぬ方向へと走り始めるキリトを取り押さえて落ち着かせて再び彼らは歩み始める。その作業を幾度となく繰り返したので五人の行軍はかなり遅いものだった。

 そして彼らの前にフレンジーボアが現れた。光の粒子とともに姿を現したそれを目前に機能停止になるわけにはいかないとなけなしの勇気を総動員したキリト。皆と事前に打ち合わせた通りにフレンジーボアを取り囲む。作戦は至って単純だ。フレンジーボアに狙いを定められた者が囮となり残り四人がフレンジーボアに通常攻撃でダメージを与える。その名も『数の暴力☆大作戦』。命名者はカンナちゃん大好きバンダナ二号である。☆に深い意味はない。気分の問題だ。

 行使した後に硬直するソードスキルは使わない。与えるダメージ量は魅力的だが硬直なんて隙を作りたくなかった。これはキリトの経験談もあって満場一致だった。

 五人は地道にフレンジーボアのHPを減らし続ける。多数対一ではそれほど脅威でないフレンジーボアを一分足らずで倒した彼らは獲得経験値や獲得金の表示など目もくれずに瞬時に広場へと戦線離脱する。フレンジーボアは最初の一体が倒された場所に大量発生する。クラインコミュニティからの情報を元にした賢明な行動である。

 一旦安全地帯――ここは今までの常識が全く通用しない世界なので広場だろうと100%安全だとは言えないのだが――で一時間ほど時間をつぶし再び狩りに出かける。これを繰り返し5匹のフレンジーボアを狩り、日没が近いということでこの日の狩りは終了とした。すべてが終わり互いが互いを褒めたたえる。キリトはこの時自身のトラウマの消失に気付いた。

 

 その次の日。キリトは心優しき四人と別行動を取ることにした。四人との二週間はここが絶望漂うデスゲームだとつい忘れてしまうほど有意義な時間だった。だからこそこれ以上彼らに依存するわけにはいかない。自分が自分であるために下した決断だった。

 キリトの出した答えに四人の男達は寂しそうな表情を浮かべながらも、それでもキリトの新たな旅立ちを祝福してくれた。その後「なにかあったらいつでも帰ってこいよ。離れ離れだろうが俺達はずっと仲間だ、な?」「おうよ。いつでも大歓迎だぜ師匠!」「また五人で駄弁ろうぜ」「次会った時は一対一で勝って見せる……フフフッ、首を洗って待っておけぃ」「え? おめぇがキリトに勝つの? 無理じゃね?」「無理だな」「右に同じく」「……」とキリトの健闘をたたえる言葉からすっかりお馴染みと化した漫才を繰り広げてくれる。順番はクライン→バンダナ二号→頬の痩せこけた男→小太りの男→クライン→バンダナ二号→頬の痩せこけた男→小太りの男である。小太り天然パーマ男は仲間から弄られる星の下に生まれていたようだ。当の本人は涙目だ。ここでいつものごとく膝を抱えてふてくされないのは今がキリトとの別れの瞬間だからだろう。

 キリトはそのやりとりに思わず笑って。つられて四人も笑って。そしてキリトは歩き出した。彼ら四人の温かい言葉がキリトの歩く原動力そのものと化していた。

 

 それからの6週間はただフレンジーボアを狩って経験値を上げ続ける日々だった。誰一人生存者を出していないリトルネペントの住処に近づくことはしない。草原で巧妙に隠されていた宝箱からキリトの洋服センスに合致する黒マントを偶然見つけてからは宝探しを兼ねて草原地帯に出向いていた。難易度が跳ね上がった影響か、フレンジーボアのみの討伐でも十分獲得経験値及び獲得金は手に入る。相変わらず定期的にクラインコミュニティから仕入れた情報をメッセージで飛ばしてくれるクラインに感謝しつつ、『フレンジーボアキラー』とクラスチェンジしたキリト。一体、また一体とフレンジーボアを狩り続ける。

 

 こうして。狂気のデスゲーム開始からちょうど二ヵ月の今日。キリトはアインクラッド第一層ボス攻略会議へと歩を進めることにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 キリトは今、窮地に立たされていた。きっかけは第一層ボス攻略会議を取りしきる蒼髪長髪の自称ナイト。いかにも人間関係に関する苦悩がなさそうな男――ディアベル――の「まずは6人のパーティを組んでみてくれ」の一言だ。

 

(まずい……)

 ここにクライン一行がいれば即座に5人パーティが完成する。信頼度も以心伝心度も申し分ないだろう。だが彼らはレベルの低さを考慮して今回のボス攻略会議の参加を見送った。フレンジーボア戦しか体験していない経験の少なさも理由の一柱だ。その点キリトはソロでフレンジーボア狩りをし続けたためレベルもまぁ問題ない。他モンスターとの戦闘はβテスト時に散々経験している。知識は全くあてにならないが、戦闘経験は確かなものとしてキリトの戦闘能力を底上げしている。会議に参加しない理由がなかった。

 だが今回はそれが裏目に出た。頼れるクライン一行はいない。乏しい人間関係構築スキル(※ソードスキルではない)を駆使してなんとか6人パーティの輪に入ろうとするも場所が悪かった。周りはとっくに近くの人達でパーティを組んでおり時すでに遅し。人のいない場所を好んで座っていたキリトは完全に孤立した。クラインレベルの人間関係構築スキルがあればすでに形成されたパーティへの割り込み加入もできただろうが、キリトにはハードルが高すぎた。

 こういうときあぶれ者にさりげなく手を差し伸べるのが総括者たるディアベルの役目なのではないのか? 期待を存分に込めた眼差しで精一杯はぐれ者である自身の存在をアピールするも彼が気付く様子は欠片もない。浅黒い肌をした、第一印象が情報操作するまでもなく恐怖畏怖で統一されていそうな大男が順調にパーティの一員に入れた光景にうんうんと頷いている。ディアベルにとっての心配要素はキリトではなく彼らしい。となるとディアベルからの救いの手は期待できない。

 

(やばいやばいやばいやばい――)

 キリトは冷や汗タラタラだった。いやもはやダラッダラである。このままでは自分一人孤立したまま話が進んでしまう。遅かれ早かれこの会議の参加者一同がパーティを組んでいない自分の存在に気づいてしまう。彼らから自分はどのように映るだろうか。パーティなんぞ俺様に必要あるか、なぜその辺の有象無象と連携しなければならんのだと悠然と腰を据える絶対王者もとい慢心家とみなすのか。はたまたただの哀れなコミュ二ケーション障害者とみなすのか。

 先生だの師匠だの魔王だの覇者だの選ばれし者だの光の勇者など見た目おっさん四人衆に散々言われ続けてきたキリトにとって前者として認識してくれるならなんら問題ない。しかし現実は絶対にそうはならないだろう。先の大男のような溢れんばかりの男気を放つ外見ならともかくキリトは童顔である。一部の女性を「負けた……」とorz状態にさせる程に可愛らしい顔つきをしている。相手を無差別に威圧するオーラを放ち他者から恐れられる経験などゼロだ。人付き合いのできない可哀そうな奴だと憐憫の眼差しを向けられる。それだけは何としても避けたかった。プライドの問題だ。

 いるはずだ。自分と同じあぶれ者が。キリトは必死に視線をさ迷わせて同類を捜索する。本人はディアベル等に悟られないように平静を装っているつもりだがその表情は崩れに崩れきっている。折角の童顔が台無しだ。

 

(いたあああああああああああ! 見つけたあああああああああ!!)

 必死の捜索の末、果たしてキリトは発見する。その者はフード付きの赤黒い服に身を包んでいるため顔も性別もわからない。精々華奢な体つきだなと感じる程度。はっきり言って怪しい人である。だがワラをもつかむ思いのキリトにとってその存在は救世主そのものだ。唯一の懸案事項はフードの彼もしっかりあぶれているはずなのに焦る様子が全くないことだ。そわそわどころか微動だにしていない。ディアベルを見定めるように凝視しているようにキリトには見えた。

 パーティ形成のあてがあるのかもしれない。誰かと落ち合う約束をしているのかもしれない。それらの『かもしれない』が脳裏をよぎる。思わずフードの彼との接触を躊躇してしまうが、この場の全員の憐憫の眼差しの集中砲火と天秤にかけた後のキリトの行動は早かった。座った体勢を維持しつつフードの彼との距離を一気に縮める。

 

『?』

「あんたもあぶれたのか?」

『……あぶれてない。周りが皆お仲間同士みたいだったから、遠慮しただけだ』

 その声は男にしては妙に高く女にしては妙に低い。口調から彼が男だと判断したキリトは先の彼の発言から彼を世に珍しいソロプレイヤーだと当たりをつける。

 

(――凄いな)

 キリトは純粋に彼を称賛する。あくまで心の中でだが。

 この世界においてソロプレイヤーは絶滅危惧種だ。あらゆるモンスターが理不尽に魔改造されているアインクラッドではソロプレイの利点はほぼ生かされない。確かに獲得経験値や獲得金を独り占めできるのはおいしい。しかしそれを手に入れるために多大に精神をすり減らすことを考慮するとどうしても割に合わない。この難易度MAXな世界に攻略法があるとすればそれは前述の『数の暴力☆大作戦』のような数にものを言わせたフルボッコもとい公開処刑のみである。パーティを組んで当たり前。ソロで活動しようものなら大概自殺志願者のレッテルを貼られる。キリトのソロ活動が成り立っているのはクライン達の存在がキリトの精神の大部分を支えているからだ。

 だけど。眼前のフード男はおそらく最初から一人だ。一人であの『威圧』スキルをガンガン行使するフレンジーボアの洗礼を乗り越え。フレンジーボア以外の理不尽モンスターをも倒してここまできた。たどり着いた。同じソロプレイヤーでありながら次元の違う彼。彼に対するキリトの好感度は上がる一方だ。

 

「ソロプレイヤーか。なら俺と組まないか?」

『ん?』

「ほらあのディアベルって人が言ってたろ? このボス攻略会議は彼主催だからできるだけ彼の意向に従った方がいい。第一層ボス攻略までの暫定だ」

『……わかった』

 キリトにしては滅多にない積極的な勧誘だ。いつの間にかキリトはフードの彼と純粋に関わりたいと思うようになっていた。自身よりはるかに強靭な心をもつ彼と。当初の哀れな子羊として見られたくない願望はすでに忘れ去られている。フードの彼は少し逡巡しキリトの提案を受け入れた。

 

「っと。自己紹介がまだだったな。俺はキリト」

『……ボクはアスベルだ』

 空間ディスプレイを操作してあぶれ者パーティ結成の手順を踏む中。二人は軽く自己紹介をする。といってもただ名前を伝え合うだけ。一瞬で終わるコミュニケーションだ。

 

(そっかぁ、アスベルっていうのかぁ)

 だがキリトは内心で喜んでいた。その様はさながら恋する乙女のようである。止まることなく好感度が上昇を続ける影響でキリトの彼に対する認識が『強く気高いソロプレイヤー』と化した結実だ。なにもおかしくはない。もしもこの場にクライン一行がいればキリトの変化に目ざとく気づき格好の弄り対象としていただろうが。

 一定の手順を終えたキリト。対面のアスベルが眼前に表示されたパーティ加入の確認画面の丸を押したのを確認する。アスベルのHPゲージがきちんと表示されているか。最終チェックを行って――キリトは目を疑った。

 

『? どうかしたか?』

「ッ!? ああいやなんでもない。気にしないでくれ」

『??』

 ますます首を傾げるアスベルをしり目にHPゲージをもう一度確認する。『Asuna』と書かれた部分を凝視する。今ここにおいて目の前のアスベルが偽名を使っていると証明された。分からないのは偽名を用いる目的だ。

 アスナ。明らかに女性がつけるアバター名だ。ここから考えられる可能性は二つ。一つはこのキリト憧れのソロプレイヤーが当初ネカマプレイをしていたというもの。キリトはこの人に限ってそれはないなと即座に否定する。好感度の高さは時として人の判断を狂わせる。キリトも例外ではない。もう一つはこの強く気高いソロプレイヤーが本当に女性だというもの。そこを考えてふと違和感に思い至る。さっきも気になった声の高さだ。改めて考えると意図して作られた声な気がする。口調だけで男と決めつけたのは早計だったかもしれないとキリトは己の判断を振り返る。

 しかし。たとえ目の前のソロプレイヤーが女性だったとして、やはり目的が分からない。顔を隠すことに何の意味があるのか。群がる男対策か。顔に何らかのコンプレックスを持っているのか。ただその装備がフードを被らなければ効果を発揮しないだけなのか。そもそも眼前の謎人物が女性だと決まったわけじゃない。あまり考えたくないがやっぱりネカマプレイを求めてこの世界にリンクスタートしたゆえの正体隠しの可能性も残っている。

 

 キリトは考えを巡らすも結局は分からずじまい。直接本人に聞けばいいだけの話なのだが機嫌を悪くしてそのままパーティ解散なんて展開もあり得る。それは困る。

 好奇心猫をも殺す。でも知りたい。キリトは相反するもやもやとした気持ちを抱えたまま、アインクラッド第一層ボス攻略会議終了の時を迎えることとなるのだった――

 




 うん。皆さんとっくに分かってると思いますけど『アスベル』→『変装アスナ』です。原作よりは徹底して正体隠しに励んでいます。偽名と口調&声音変えを駆使しています。なぜそうなってるかは2,3話後辺りでさらっと明かす予定。
 というわけで次回は第一層ボス攻略回です。ルナティックなボスに対して主人公勢は果たしてどのように対処するのでしょうね?


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VS.コボルドセンチネル

 ふと今までの話を見返してみて思ったのですが……あれ? これSAOだよね? ソードスキル全く使ってなくね? これってまずくないか、と。その結果できた展開が以下の通りです。
 P.S.タイトルで大体わかると思いますけど……次回はボス戦だと言ったな? あれ嘘です。ごめんなさい。


「聞いてくれ皆」

 アインクラッド第一層ボスが待ち構えるフロアの手前。現実世界ではかなりレアであろう蒼髪をなびかせる青年――ディアベル――はボス戦を前に緊張の色を見せる一同に向けて語りかける。剣を前方に突き刺し真摯な目で悠然とたたずむ姿はまさしく騎士だ。騎士団長と言ってもいいかもしれない。

 

「俺達はこれからボスと対戦することになる。……俺達はなにがなんでもここで勝利しなければならない。ただの勝利じゃダメだ。誰一人の犠牲だってあってはならない。始まりの街で待ってる人達に希望を持ってもらうためには圧倒的な勝利が必要だ。犠牲が出たら俺達は負けたようなものだ。HPゲージが危なくなったらすぐに戦線離脱。回復したらただちに復帰。あくまで自分の命を最優先にしてほしい」

 ディアベルは一人一人の目を見据えて雄弁に語る。沈黙は金、雄弁は銀などと一般には言われているがこの場合は雄弁こそが金だろう。こういう所が皆のリーダーたる所以なんだろうなとキリトは改めてディアベルを評価する。尤も、顔を隠す隣のアスベルの目までちゃんと見据えられたかどうかは微妙だが。

 

 ちなみにこのアスベルへの疑問についてキリトは気にしないことにした。元ネカマプレイヤーだろうが女性プレイヤーだろうがここまでソロで生き抜いてきたであろうことは紛れもない事実。根拠は集団戦闘の基本たる『スイッチ』の存在すら知らなかったこと。それさえ分かれば十分だった。単にアスベルの地雷原に踏み入ることが怖くてできなかったとも言える。

 話は元に戻すがディアベルの主張は尤もである。誰一人死なずに完全勝利。これがもたらす影響は大きい。現在、約二万人もの人々が未だ始まりの街で救援を待ち続けている。凶悪なモンスターに怯え、来ないと本当は分かっている外部からの救済をそれでも希望だと縋りついている。今回の圧倒的勝利はきっと彼らの多くを動かすきっかけをもたらしてくれる。一人でも多くのプレイヤーがSAO攻略に尽力すればするほどより早いこの世界からの脱出が可能となるだろう。同時にもし万が一ボス攻略に失敗し多数の死者を出してしまえば待機組は今後一切テコでも動くまい。そうなればSAO攻略は一気に厳しいものとなる。それだけ今回のボス攻略は責任重大だ。

 ディアベルの主張は大いに共感できる。できるのだがせめて語る場所を考えてほしいとキリトは内心で訴える。キリトの希望的観測ができない脳内では第一層ボスの『Illfang the Kobold Lord』略してイルファンとやらが眼前の重厚な扉を突き破ってディアベルを捕食するシーンが何度も再生されている。キリトの精神的に非常によろしくない。

 

「最後に、俺から言うことはたった一つだ。――勝とうぜ!」

 早く終わってくれ。キリトの願いが届いたのか、単にこれ以上長々しく語る気がなかっただけなのか。ディアベルの勝とうぜ宣言を最後に演説を締めくくる。それを契機に湧き上がる周囲。演説の終了に安堵のため息をつくキリトと場の雰囲気に一切流されないアスベルは完全に浮いている。あぶれ者たる所以の一端である。幸い周囲の熱気のおかげでやる気がなさそうにも見える二人を見やった者はいない。

 

「――行くぞ!!」

 かくして扉は開かれる。第一層ボスイルファン攻略し隊、計七十二人。先陣をきるディアベルを筆頭に彼らはボスフロアに躍り出るのだった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キリトとアスベル。あぶれ者コンビたる二人に与えられた任務はイルファンの取り巻き『Ruin Kobold Sentinel』略称センチネルの妨害。イルファン討伐を担う本隊にセンチネルが乱入するのを防ぐ役割だ。ここでセンチネル討伐を求められなかったのは二人程度で倒せるわけがないと高をくくられたからだろう。少々むかついたが自分が逆の立場だったら同じように考えていただろうとグッと堪えたのは記憶に新しい。輪を乱す、よくない。キリトは絶対にセンチネルを掃討しイルファン退治に加勢してやると心に決めてその場は引き下がることにした。

 だが今こうしてセンチネルを前にすると本当にセンチネルを倒していいのか疑問に感じてしまう。調子に乗ってセンチネルを大量虐殺すればイルファンの逆鱗に触れるかもしれない。結果、さらにセンチネルを大量召喚だったりイルファンパワーアップだったりがもたらされる可能性が十分にあるのだ。あくまでセンチネルを二人だけで倒せることが前提だが。

 だからといってキリトだけがセンチネルを生かさず殺さずに徹していれば他のセンチネル共が二人を雑魚認定して一斉に襲いかかるかもしれない。自分のみならずキリト憧れのアスベルにまで迷惑が及ぶ。孤高のソロプレイヤーの足は引っ張りたくない。結局この先どんな理不尽展開が待ち受けていようとキリトにはセンチネル討伐しか道は残されていなかった。

 

「行くぞアスベル!」

『ああ!』

 前方のセンチネル一体に向けて二人は駆ける。この時を迎えるまでに何とか距離を縮めたいキリトだったが見事に避けられたため連携にあまり期待はできない。仕方ないだろう。ただでさえ人付き合いに難のあるキリトが勇気を振り絞って関係の親密化を試みたのにそのことごとくを拒否されたのだ。警戒心をむき出しにされ生ゴミを見るような目つきを向けられたかのように錯覚したキリト。心が折れるのも無理はなかった。

 さて。目の前には両手に二本の棍棒を構えるセンチネル。尻尾や耳がなければ全身を鎧に覆った兵士一号に見えなくもない。腰が曲がっているので強そうだとは全く思えないが。

 

「らあッ!!」

 先陣をきるのはキリト。センチネルに防御させるように正面から剣を振り落とす。狙い通りしっかりと棍棒で攻撃を受け止めたセンチネルは反撃とばかりに「キシャー!」と反撃する。もう一方の棍棒による薙ぎ払いを敢えてキリトは剣で受け止める。

 

「グッ――」

 センチネルの攻撃に思わず吹っ飛ばされそうになるのを地面を踏みしめてこらえる。この一見無謀な行為の目的は二つだ。一つはこうしてセンチネルの一撃を受け止めたときにどれだけHPゲージが減るかの確認だ。ここにはHPゲージが満タンのうちに早めに試しておきたいというキリトの狙いがある。キリトは自分のHPゲージを一瞥。四分の一ほど減っているのをしっかりと確認。思ったよりダメージは少ないなと笑みを浮かべる。とはいえモロにセンチネルの攻撃を喰らえば半分はHPゲージが減るのだろうが。

 もう一つはセンチネルの注意をキリトのみに向けること。要はキリトは体を張った囮を買って出たのだ。センチネルがキリトを潰さんとさらに棍棒を振り上げる。

 

『――せい!』

「シャア!?」

 センチネルの攻撃は素早くセンチネルの背後をとったアスベルの強襲により中断される。センチネルは背中からの攻撃についアスベルの方を向こうとする。キリトに対して隙を晒したセンチネルにキリトはすかさず切り込み、二人はセンチネルから距離をとる。

 

「四分の一だ」

『ん』

 合流したアスベルに先ほどのHPの減り幅を伝える。レベルを初めとする二人のほとんどのステータスに明確な相違がないことは確認済みだ。つまりキリトがセンチネルから四分の一のダメージを被ったということはそのままアスベルがセンチネルの攻撃を受け止めれば同じだけHPゲージが減ることを意味する。尤も、アスベルのメインウエポンはレイピアだ。攻撃を受け止められるかは怪しい。サブウエポンの小型ナイフ二本ではさらに厳しいだろう。

 アスベルの突き技三連撃とキリトの胴薙ぎでセンチネルのHPは残り半分となりイエローゾーンに突入している。幸先いい展開だが毛ほども安心できない。むしろ緊張感は増していく。センチネルの攻撃パターンが変化する恐れが大いにあるからだ。

 不意打ちがお気に召さなかったのかセンチネルが「ギシュアアアア!」と二人を呪わんばかりの声をあげて迫る。同時に二人は二手に分かれ挟撃の構えに移行する。センチネルの標的はキリトだ。フレンジーボアほどではないがやはりスピードが速くなっているセンチネル。タイミングを合わせ棍棒をサイドステップでかわそうとして――

 

「なッ!?」

 寸での所でしゃがんでよける。キリトの顔は驚愕に染まっていた。当然だ。センチネルの射程外だと判断していた所からセンチネルが棍棒を投げてきたのだ。これはさすがに想定外。だがその武器を捨てるに等しいセンチネルの不意打ちをたぐいまれなる反射神経でやり過ごせたのはキリトだからこそだろう。武器を投げたことで片手に一本しか棍棒を所持していないセンチネル。攻撃のチャンスだとキリトは距離を詰めようとする。

 

『後ろだキリト!』

「――ッ!?」

 

 センチネルを挟んだ向かい側のアスベルが声を張り上げる。見れば別のセンチネルがキリト目がけて今まさに棍棒を投げようとしていた。HPゲージが若干減っていることから大方他のプレイヤーから標的をこちらに切り替えてきたのだろう。センチネル二号から放たれたそれを身をひねって紙一重でかわす。

 

「……嘘、だろ?」

『――ッ』

 少々HPゲージが減ったことなど目もくれずキリトはセンチネル一号の行動に無意識に呟きを漏らす。アスベルが息を呑んだ気配がしたのでアスベルも同様に驚いていることだろう。何とセンチネル二号が投げ飛ばした棍棒をセンチネル一号が空中でキャッチ。そのまま重力を味方につけて必殺の一撃をキリトに振り下ろしてきたのだ。あたかも連携はお前らプレイヤーだけの特権じゃないぞと主張するかのように。

 キリトは横っ飛びでセンチネル一号の強烈な一撃をかわす。即座に立ち上がり油断なく辺りを見渡して、真後ろから棍棒を振り下ろすまた新しいセンチネル三号の姿を捉えた。これはかわせないとキリトはダメージ覚悟で剣で受け止める体勢をとる。そのセンチネル三号の攻撃は横から乱入してきたアスベルのセンチネル三号の小手を狙った正確無比の一突きによってキャンセルされた。助かったとキリトは安堵の息を吐く。しかし二人を取り巻く状況は着々と悪化の一途をたどっている。

 

「囲まれたな」

『……』

 二人は互いに背中合わせになり敵モンスターを見やる。計三体のセンチネルが徐々にその包囲網を狭めてくる。その光景の先には第一層ボスことイルファンとイルファン攻略の本隊の姿。本隊の面々はイルファンを誘導して取り巻きのセンチネル共をイルファンに殺させつつ着実にHPゲージを減らしている。イルファンは頭があまりよろしくないのだろうか? ともかく本隊は膨大なHPゲージのうちの三分の一を減らしイルファン攻略自体は順調に見える。だが本隊の五十人は気づいていない。イルファンに同胞殺しをさせていることがイルファンの怒りをかっていることに。センチネルの召喚頻度が明らかに増していることに。本隊サポート組が軒並み窮地に追い込まれていることに。囲まれているとはいえ本隊から比較的離れた所で戦況を俯瞰できたからこそ判明した事実だ。

 どうするべきか。イルファンとは対照的に息の合った連携ができる分、センチネルの知能はかなり高いだろう。どうすれば現状を切り抜けられるか。逆境を覆せるか。キリトは少し考えて、覚悟を決めた。

 

「……アスベル。作戦Cだ。サポート頼む」

『ッ!? 待て! その作戦は――』

「ああ賭けだな。分かってる。だがこのままじゃジリ貧だ。いずれ俺達は殺される。やるしかない」

『……』

 今こうしてアスベルが逡巡している間にも光の粒子とともにキリト&アスベル包囲網にさらにセンチネル四号が追加される。これ以上増えられたら賭けすら行えない。ジリ貧の現状維持の間に本隊がイルファンを倒してくれたらセンチネルももれなく全て消滅してくれるのでなにも問題はないのだがあの様子ではまだまだかかる。その線は全く期待できない。打って出るしかなかった。

 

『……分かった。死ぬなよキリト』

「それはこっちのセリフだ。……悪いな、無茶させることになって」

『そういうのは全部終わってから言ってくれ』

「ははっ、それもそうだな」

 キリトは笑う。つられてアスベルもフフッと笑う。自らに迫る危機などまるで意に介しないように。今から行う賭けへの気負いの類いは一切感じられない。

 

「じゃあ行くぞ。さん、にー、いち――ゼロ!」

 キリトの合図とともにキリトはアスベルをおいて駆け出す。かくして二人の生死を賭けた作戦Cが施行された。キリトの標的はセンチネル一号。残りHPが半分のセンチネルだ。キリトは走りながらソードスキルを発動させる。かつてキリトがフレンジーボアを倒そうとして使ったかのソードスキルだ。ソードスキルは使用後のプレイヤーに硬直状態をもたらす。難易度が段違いに上がったこの世界においてその隙は致命的だ。特にここのようなセンチネルが大量発生している乱戦の場で選んでいい選択肢ではない。だが火力不足を補うためには、なるべく短時間でセンチネルを掃討するには、キリト&アスベル包囲網に風穴を開けるためには、リスクの高いソードスキルの使用を選択せざるを得なかったのだ。

 

 ソードスキル発動によりキリトの位置は一瞬にしてセンチネル一号の背後へと、包囲網の外へと移動する。モロにソードスキルを喰らい残り数ドットの命と化したセンチネル一号。怯んだその一瞬をついてキリトに追随するアスベルがセンチネル一号に止めを刺す。ソードスキルの速度に生身の人間はどうあがいても追いつけないので当然の帰結である。

 この世界で生身といってもどこか違和感が残るのはこの際どうでもいい。

 

『――来い! ルインコボルドセンチネル!! 君達の相手はこのボクだッ!!』 

 包囲網形成から続いていた硬直状態から解放された残り三体が包囲網を抜けた二人に迫る。アスベルは硬直を余儀なくされるキリトの手前で叫ぶ。気迫のこもったその声に三体はアスベルに狙いを定めて一斉に襲いかかる。振り下ろし。薙ぎ払い。逆袈裟。その悉くをズラしてかわしてアスベルはさも当然のように三体の隙間を通り背後に回る。

 

『どうした? この程度か? 張り合いないなぁ』

 アスベルは背後からセンチネル二号にダメージを与えて緊急離脱。レイピアをクルクルと回しながら情けないと鼻で笑う。この類いの挑発が果たして効くかどうかわからなかったのだがどうやらアスベルの言葉が理解できるらしい。三体は荒々しく叫び声をあげながらアスベルへと突き進む。その頭からはキリトのことなど完全に忘れ去られている。

 作戦C――それはキリトが攻撃力の高いソードスキルを存分に使い、生まれる致命的な隙をアスベルがカバーするというものだ。だがそれは危険なんてものではない。キリトがソードスキル使用の結果移動した先にセンチネルが待ち構えていればほぼ間違いなく死ぬだろう。アスベルに至っては複数のセンチネルの注意を常に引きつけていなけばならないのだ。一瞬でも判断が遅れれば確実に死ぬだろう。

 どこまでも勝率の低い賭け。だからこその最終手段。それでも成功させなければならない。生き残るために失敗は許されない。

 

「喰らえッ!」

「ギィッ!?」

 キリトは再びソードスキルを行使。先ほどアスベルがダメージを与えたセンチネル二号に命中させる。標的をキリトに変更しようとするセンチネル二号にアスベルが武器を切り替えて小型ナイフを投げる。見事な投擲センスでセンチネル二号の顔面にナイフが突き刺さったことでアスベルはセンチネル三体の注意を依然引き続けている。その隙に再びアスベルを狙うセンチネル二号を真横から切りつける。返す刃でソードスキルを発動しセンチネル二号を切り裂く。光の粒子と化すセンチネル二号を一瞥し、よし後二体だなとキリトは前を向く。

 

『そっちはダメだキリト!』

 アスベルの悲痛な声があがる。前方にはセンチネル四号。待ってましたと言わんばかりに棍棒を力の限り振りぬいてくる。真横からの一撃である。アスベルの投擲ナイフにも反応を示さずアスベル自身が介入しようとしてもセンチネル三号のやけに粘り強い妨害がそれを阻止する。

 

(もう作戦が看破されたのか!?)

 センチネルの知能の高さは予測していたがこうも簡単に自分達の作戦を見破られるとは思わなかったとキリトは歯噛みする。アスベルの援護は間に合わない。硬直も解ける気配はない。HPゲージを確認し一度だけならモロに受けても死なない大丈夫だと言い聞かせる。

 

「ガフッ」

 横腹を打ち付ける衝撃。HPゲージが赤色に突入する中、痛みこそ感じられないが強烈な不快感に声が漏れる。硬直が解けないことではるか彼方に吹っ飛ばされずに済んだのが不幸中の幸いだとキリトは自身を納得させようとする。だがすぐに最大級の不幸であることを知る。

 

「――ッ」

『キリトおおおおおおおおお!!』

 センチネル四号の攻撃は一度きりではなかった。もう一方の棍棒を上段から容赦なく振り下ろしてくる。残りわずかなキリトのHPゲージではひとたまりもないだろう。アスベルの声がいよいよ絶望に染まり響き渡る。センチネル三号の猛攻を切り抜けキリトの下へ向かうもあと一歩届かないように思われる。

 

(死ぬのか? 俺は?)

 硬直は未だ解けない。動きたくても動けない。迫りくる棍棒がスローモーションのようにキリトには感じられる。いやだ。死にたくないとキリトは純粋に思う。だがその意味合いは初めてフレンジーボアと相対した時とは大きく異なっている。

 この命は自分一人だけのものじゃない。思い起こされるのはクライン一行の姿。見た目おっさんな心優しき四人衆の姿。自分が死んだら彼らがどれだけ悲しむか。彼らだけではない。自分が事前に冗談混じりに語った無謀極まりない作戦に付き合ってくれ今も自分に迫る死を回避しようと危険を顧みず全力で駆けてくるアスベルもそうだ。自分が死んだら悲しみはしないだろうが憧れであるアスベルにも余計な十字架を背負わせてしまう。それは、それだけはなんとしてでも避けたい。切に思った。

 

「うっ、ご、けええええええええええええええええ!!」

 キリトは全身の力を振り絞って咆哮する。全身全霊で自身の硬直を解きにかかる。だがいくら気合いを入れた所で硬直が解けるはずがない。ソードスキル使用後の硬直時間を定めるシステムにバグを起こせるはずがない。だが。果たしてキリトの硬直は解けた。一定の硬直時間が経過したのだ。しかしセンチネル四号の攻撃をかわすにはあまりに遅いタイミング。攻撃を受け止めようとも既に手遅れなタイミング。

 キリトはせめてもの思いでセンチネル四号を睨みつける。だがその程度でセンチネル四号は止まらない。かくして無防備なキリトにセンチネル四号の渾身の一撃が振り下ろされるのだった――

 




 ……信じられるか? これ、あくまでセンチネルが相手なんですよ? センチネルマジ鬼畜。数の暴力って恐ろしいですね。
 キリトくんよりアスベルもとい変装アスナさんの方が奮闘してるように見える件については気にしない方向で。キリトくんにも一応活躍場所ありますし……いいよね?
 


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不穏な快進撃

 このSAO二次創作は基本キリト目線の三人称で地の文で構成されていますが……今回はちょっとだけ他の視点も導入してみました。チャレンジ精神って大事ですよね。あんまり多用し過ぎると話の進行が遅くなるのでそんなに使う予定はありませんけど。


 アスベル、いやアスナにとってキリトに対する印象は様々だった。

 第一印象は変わった人。この世界でソロプレイをすることの恐ろしさは身をもって体験している。さながら命綱のない綱渡り。一瞬の判断の遅れが死に直結する。それでもアスナがソロで突き進んできたのは単純な話、モンスターなんかよりプレイヤーの方が恐ろしいとこの身で確かに知ったからだ。SAO内の誰かに隙を見せたくなかったからだ。だからこそ。ほとんどの人が徒党を組む中で自分と同じソロプレイヤーらしき少年が不思議でならなかった。

 第二印象は警戒すべき人。少年――キリトというらしい――はしきりにアスナとの関係を深めようとしていた。なにか取り繕った笑みを浮かべてしきりに会話の成立を求めるキリト。自分の正体がバレたのではないかと最大限に警戒心を顕わにしていたらキリトは心が折れたのかガックリとしていた。正体がバレていたらこの程度で引き下がるだろうか? いやまだ何を考えているかわからないとアスナは警戒し続けた。同時に安易にキリトとパーティを組んだことを後悔した。パーティの解散の仕方がわからない自分の無知さが情けなかった。過去に戻って自分の愚行を止めたい思いで一心だった。その際には顔面を殴り飛ばすことも躊躇しない自信があった。

 第三印象は頼りになる人。「大事な話がある」と言われた時は本格的に身の危険を感じたのだが意を決して話を聞くとただの明日の戦闘に関する作戦の話し合いへの誘いだった。今までずっとソロゆえにキリトと連携などできるだろうかと当初は心配した。だがキリトの示す作戦はどれも分かりやすくそれでいて二人の生存を最優先にしたものばかりで、自分でもできそうだとアスナは安心した。……冗談半分の作戦Cを除いて。キリトの博識さや慎重さはアスナにとって高評価だった。話し合いの終盤には互いのステータス情報を共有するほどにキリトを信頼するようになっていた。一応警戒は解いてないが。万一のための備えは大事である。

 だからだろうか。アスナは眼前の光景に絶望していた。

 

『キリトおおおおおおおおお!!』

 自分の目の前でキリトが殺されようとしている。ソードスキル使用の対価として硬直を余儀なくされているキリトにセンチネル四号の棍棒が迫る。HPゲージが赤色のキリトがモロにそれを喰らえば確実に死に至る。どこまでも絶望的な展開。キリトが硬直を解こうと叫んでいるが効果はないようだ。

 

(――お願い、間に合ってッ!!)

 ただ今アスベルに絶賛扮装中のアスナは駆ける。センチネル四号の注意を引きつける囮となりきれなかったのは自分の責任だ。そのせいでキリトが殺される。二人が生き残るために様々な作戦を立案してくれたキリトが殺される。未だ彼の内心は分からないがそれでも彼に死んでほしくはない。アスナは精一杯に手を伸ばす。細腕を伸ばす。ようやく硬直が解けたらしいキリトの危機を救うために。届け届けと心の中で叫びながら。

 ――そして。果たしてアスナの手はキリトの二の腕を掴んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――ッ!?」

 刹那。体が右に引っ張られる感覚をキリトは感じた。同時に視界を遮る赤黒い外套。助かった、アスベルが間に合ったのかと安堵するキリト。九死に一生を得たキリトが次に見たのはアスベルがセンチネル四号の棍棒をノーガードで喰らう光景。上段からの棍棒の振り下ろしを後頭部に喰らう光景。よほどの衝撃だったのか、その手からレイピアが手放される。

 センチネル四号の攻撃を中断させるならともかくなぜ身を挺してまで自分を庇うような真似をしたのか。確かにセンチネル四号の妨害を選択すればわずかな時間差でキリトの命は失われていただろう。だがやろうと思えばキリト自体を囮にしてセンチネル四号への奇襲だってできたはずだ。アスベルは強い。先の戦闘からも手負いのセンチネル二体だけなら問題なく切り抜けられる。それなのに。なぜこの孤高のソロプレイヤーはわざわざリスクを冒す形で自分を助けたのか。アスベルからしてみれば自分のHPゲージに余裕があるがための当然の行動なのだが、アスベルに好かれていないと勘違いしているキリトにとってアスベルの行動は不可思議に映っていた。

 

「アスベルッ!?」

『~~~ッ! ボクに構うな!! あいつを狙え!!』

「けどッ――」

『いいから早く!!』

 HPゲージを半分にまで減らしたアスベルが同じくHPが半分近くのセンチネル三号を指し示す。落としたレイピアをセンチネル四号に踏みつぶされ丸腰と化すアスベル。ただセンチネル四号の猛攻をかわすことしかできないアスベルの窮地を救おうとして、その本人から止められる。確かにアスベルの下へ向かってHPゲージの満タンなセンチネル四号と対峙するよりはさっさと手負いのセンチネル三号を片付けて二人がかりでセンチネル四号を相手した方がいい。またさらにセンチネル五号が召喚されるまたは別のプレイヤーから標的をこちらに切り替えて襲ってくる可能性が濃厚にある以上、アスベルの判断は正しい。キリトの頭も十分それを理解している。

 

(アスベルは死なない! アスベルなら大丈夫だ!)

 キリトはアスベルの救出を優先させようとする感情を押さえつけてセンチネル三号目がけて走り出す。アスベルのサポートが期待できない以上ソードスキルは使えない。通常攻撃のみで、心もとないHPゲージでセンチネル三号を倒さなければならない。キリトのHPゲージは残り四分の一を切っている。攻撃を受け止めることすら許されない。本来なら時間をかけて慎重に戦うことが必要だ。だが。増殖するセンチネルに歯止めをかけるには、一刻も早くアスベルに加勢するには、一秒だって無駄にはできない。アスベルは今も命をすり減らしてセンチネル四号と対峙しているのだ。安全策などとれるはずがなかった。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!!」

「キシュアァ!?」

 センチネル三号の繰り出す二本の棍棒をかわしてズラして流してよけてキリトは剣戟を放つ。雄叫びをあげて一歩も引かずに前へ前へと突き進む。知能の良さゆえにキリトの今までにない猛攻に困惑するセンチネル三号。徐々に防戦一方に追いやられる。しかしキリトはセンチネル三号の防御すらさせない。二本の棍棒の隙間を縫うようにして確実にセンチネル本体を切りつける。

 

『しゃがめキリト!』

 アスベルの声を聞いてキリトは攻撃を中断。即座にしゃがみ込む。頭上を通り抜けるおそらくセンチネル四号が投げたであろう棍棒を一瞥し、今がチャンスと棍棒を振り上げるセンチネル三号よりも速く横薙ぎの一閃を放つ。センチネル三号を撃破した瞬間だった。

 

「アスベル下がれ! あとこれ使え!」

『っと。……重くないかこれ』

「ないよりマシだろ!?」

『……仕方ないか』

 キリトは踵を返してセンチネル四号を側面から迎撃する。上手くセンチネル四号から戦線離脱したアスベルに自分の予備の剣を投げ渡すことも忘れない。受け取った剣を重そうに両手で持ち構えをとるアスベル。不必要だと事前にレイピアを入手しなかったことを後悔しつつキリトはセンチネル四号を相手取る。敵はセンチネル一体。慣れない武器のため先ほどまでの目覚ましい活躍は期待できないが、今はアスベルがいる。新たなセンチネルが現れる気配もない。恐れるものなど何もない。全力で攻めるだけだ。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

『ハァアアアアアアアアアアア!!』

 キリトがソードスキルをメインに。アスベルがセンチネル四号の妨害をメインに。センチネル四号を翻弄し怒涛の連撃を見せる。センチネル四体との決死の攻防を通して二人の連携は段違いに綿密なものへと進化を遂げていた。相棒の一挙手一投足から次の動作を予測し互いが相手にどんな行動を求めているかを瞬時に把握しセンチネル四号を攻撃する。たかがセンチネル一体、もはや敵ではなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから。半ば奇跡的にセンチネル四体を倒したキリト&アスベルは回復結晶でHPを回復。すぐさま他のプレイヤーの下へ駆けた。増殖するセンチネルに苦戦を強いられているのは何も二人だけではない。センチネルを相手取る本隊サポート組22人。二人を除くすべてが窮地に陥っていた。その事実がセンチネル主催の『数の暴力☆大作戦』の恐ろしさを物語っている。本隊の50人からの援護はない。イルファンのなるべく早い討伐こそがこの場の全員の命を救う唯一の方策だと本隊の指揮者――ディアベル――が判断した結果だ。間違ってはいない。だがそれはイルファン討伐の瞬間まで本隊サポート組が粘り強く生き残ってくれるという希望的観測が前提である。そこまで長い時間彼らが持ちこたえられるわけがない。無理難題もいい所だ。

 絶望に絶望を混ぜ合わせたような絶望の深淵に追い込まれた彼らにとってキリトとアスベルの乱入はさぞかし嬉しかったろう。絶妙な連携プレイで次々とセンチネルを倒していく二筋の閃光に希望を見出し「負けてられない」と戦意を取り戻すのも時間の問題だった。

 

 キリトとアスベルの快進撃。ここまで上手くいったのには主に二つの理由がある。

 一つはセンチネル掃討がセンチネルと戦う他のプレイヤーへの加勢という形で行われたことだ。二人の乱入により息を吹き返した他プレイヤーを死なない程度に囮に利用し縦横無尽にセンチネル無双を敢行する。この作戦を無言のまま互いの頷きあいだけで共有し実行する辺り、なんとも凄まじい以心伝心度である。

 もう一つはセンチネル撃破に伴う獲得経験値だ。この世界は難易度が大幅に上昇したことで獲得経験値や獲得金は膨大なものとなっている。実はここアインクラッドの最高レベルはレベル999までとゲーム大好き皆の茅場晶彦もといヒースクリフによって改変されているのだがこれは余談だ。今はどうでもいい。加えて経験値はモンスターを倒したパーティのものという第一層ボス攻略会議にて主催者ディアベルが決めたルールがある。要するに二人はセンチネルの大量虐殺を通して気づかぬうちにレベルアップを繰り返していたのだ。

 

 精度を増す連携。レベルアップに伴うステータスアップ。これらが二人の快進撃を支える二柱と化した。本隊サポート組の犠牲者ゼロという本来ならあり得ない結果をもたらした。そして二人が46体目のセンチネルを華麗に討伐しボスフロアのセンチネルを全滅させる偉業を成し遂げた今現在。イルファンVS.本隊50人の攻防は佳境を迎えていた。尤も、イルファンの攻撃なんぞ喰らったら一撃で死にかねないので本隊メンバーは誰一人防御など行っていないのだが。あくまでヒット&アウェイ戦法である。

 センチネル全滅に怒りくるった残りHPゲージのわずかなイルファンは持っていた毒斧と棘付きのバックラーを本隊に向けて投げつける。想定外極まりないイルファンの行動に本隊が散り散りに後退する中、二刀のタルワールを装備し直したイルファンが逃げ遅れた一人に向けて急接近する。どうやら二刀流はここのモンスター達の共通した特徴のようだ。

 

「――俺が出る!! 下がれ!!」

 なんとしてでも犠牲者ゼロで攻略したいディアベル。指揮権を仲間に託してイルファン討伐に向かう。逃げ遅れた本隊メンバーにイルファンの凶刃が届く前にイルファンを倒そうとソードスキルを発動させる。これは賭けだ。いくらイルファンの残りHPが少ないといってもこのソードスキル一度で倒せるとは限らない。倒せなければ逃げ遅れた名前が四文字で『キ』から始まって『ウ』で終わる茶髪の男もソードスキルを行使して硬直状態に陥ったディアベルも殺される。指揮権が委譲されたとはいえディアベルが殺されれば戦況は一気にひっくり返されるだろう。

 だが。果たしてディアベルの賭けはキリト&アスベルの賭け同様成功した。HPゲージが空となったイルファンはヨロヨロとたたらを踏む。ボスフロア内の総勢72人が固唾を呑んでイルファンを注視しているとイルファンはこれでもかと断末魔をあげて――倒れる。

 

「……やった、のか?」

 誰かが震える声音で誰に聞くでもなく呟く。呟いた本人はほんの小さな声のつもりだったのだがその声はボスフロア全体に浸透する。

 

「やったぞォォォオオオオオオオ!!」

「や、ややややった!! マジで勝ったァ!!」

「誰も死んでないよな!? 完全勝利だよなッ!?」

「やりましたねディアベルさん!!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」

 次の瞬間。ボスフロアは歓喜に包まれる。誰もが全員で掴み取った勝利に雄叫びをあげる。狂喜乱舞する。仲間と肩を組み合ったり安心しきって腰を抜かした一人を周囲が弄ったりしている。軽くお祭り騒ぎである。

 

『……やったなキリト』

「ああ。ボス戦への加勢はできなかったけどな」

『誰も死ななかったんだ。それだけで十分だと思わないか?』

「それもそうだな」

 歓喜の渦に呑みこまれるイルファン攻略し隊を傍目に騒ぐ気のない二人。少し離れた所で完全勝利の余韻に浸る。一匹狼気質なあぶれ者らしい行動といえる。

 

(おかしい……)

 しかし。キリトは完全勝利を純粋に喜べない。こうも上手くことが進んでいいのか? 犠牲者ゼロなんてホントにあり得るのか? この世界はそこまで俺達に優しいものなのか? キリトを漠然とした不安が浸食していく。どうしても違和感が拭い去れない。知らず知らずのうちにキリトの表情は強ばっていく。

 

『? どうかしたのか?』

「ッ!? い、いや。なんでもない。ただディアベルにレアアイテムとられちゃったなって思ってさ」

『??』

 キリトは内心の懸念を感づかれないように咄嗟に話題を切り替える。ますます首を傾げるアスベルにラストアタックボーナスについて説明すると案の定呆れられた。その間にキリトは考えすぎだと得体の知れない不安感を心の奥底に封印する。そのまま第一層ボス攻略に成功したことをクライン達に伝えようとメッセージを飛ばそうとする。『はぁ……レイピア壊されちゃったなぁ』と今更ながらにため息を漏らすアスベルをしり目に。

 

 この時。誰も気づかなかった。いつまで経っても第二層への道が開かれないことに。ディアベルの元にラストアタックボーナスによるレアアイテムが付与されないことに。HPゲージがゼロになれば光の粒子とともに消滅するはずのイルファンが消えていないことに。犠牲者ゼロの完全勝利に酔いしれる彼らは誰一人としてこれらの違和感に気づかない。誰も気づけない。これが後の悲劇の幕開けとなるのだった――

 




 次回。絶望が加速します。アクセル・ワールドですね、わかります。とりあえず次回で絶望展開タグを最大限発動させるつもりです。このままでは終わりません。ルナティックモードマジ怖い。


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Illfang the Kobold Lord Neo

 今回。思ったより早く執筆し終えたので早速投稿しました。本日二話目です。……絶望展開になった途端に執筆速度上昇するとか人間としてサイテーだと自分でも思います、はい。


 事の始まりは歓喜に包まれた第一層ボスフロアに反響する断末魔だった。

 クライン達へのメッセージの文面を何度も何度も修正&編集していたキリトが咄嗟に顔をあげると悲鳴をあげて何者かに切りつけられる光景が見えた。切りつけられた青年二名が宙を舞い床に叩きつけられる前に消滅する。

 

「は……」

『え……』

 わけがわからないままキリトとアスベルは現状を引き起こした原因に目を向け驚愕する。立っているのだ。倒したはずのイルファンが。HPゲージがゼロになったはずのイルファンが。これは何の悪夢だと呆然と二人して立っているとさらにタルワールで一人殺したイルファンの目が向けられる。そのままイルファンが二人に迫ってくる。狙いはアスベルだ。

 

「――危ないアスベル!!」

「え……きゃっ!?」

 ハッと我に返るキリト。アスベルに迫るイルファンの凶刃をかわそうと未だ思考停止中のアスベルに飛びつき寸での所で危機を回避する。勢い余って床をゴロゴロと転がり二人は揉みくちゃとなるが命があるだけ幸いである。ちなみにアスベルはつい地の声を出してしまっているのだが状況が状況なので二人とも気づいていない。イルファンは自身の攻撃をかわした二人を見向きもせずに標的を近くの者に変える。

 

「あ、あああ――」

「うわああああああああああああああ!!」

「なんでだよ!? なんで生きてんだよ!? ふざけんなよ!?」

「いいいやだ! 死にたくねええええええええ!!」

「止めろ!! こっち来るなあああああああああ!!」

 ようやく事態の深刻さに気づいたイルファン討伐し隊は死の恐怖に各々逃げ惑う。一直線にボスフロアの入り口へと逃げる者。腰を抜かしてガクガク震える者。今まで連れ添った仲間の死に現実逃避する者。自棄になってイルファンへと駆ける者。統率などもはや取れていない。落ち着けとディアベルが声を張り上げるもイルファンの雄叫びがそれを掻き消してしまう。

 混沌と化し絶望が伝染する中。キリトはアスベルとの揉みくちゃ状態から素早く立ち上がり何がどうなっているのかを把握するためにイルファンのHPゲージを見やる。余裕のないキリトだがそれでも取り乱さないでいられるのは今自分が狙われていないゆえか。

 

「……『Illfang the Kobold Lord “Neo”』!?」

 キリトはHPが全快し縦横無尽に暴れまわる『Illfang the Kobold Lord Neo』略してイルファンネオに戦慄する。一回り巨大化した体。新たに背中に二本生えて計四本と化した腕。その全てにタルワールを所持しているため現在のイルファンネオは四刀流だ。まるで暴風雨のような猛攻に次々と同じボス攻略のメンバーが殺されていく。攻撃の余波だけでプレイヤーが吹き飛ばされていく。

 

(何だよこれ……)

 キリトの眼前で同志が殺される。イルファンネオの一撃で同志が一人、また一人と消えていく。まさに地獄絵図だ。

 

「――何だよこれッ!!」

 キリトは怒りにギリリと歯噛みする。未だ座り込んだままのアスベルがビクッと肩を震わせるがキリトは構わずイルファンネオを睨みつける。

 倒したと安堵したプレイヤーを混乱させ絶望に叩き落とす。この手法にキリトは覚えがあった。デスゲーム開始後キリトが体験した初のフレイジーボア戦だ。それと現状はまるでそっくりだ。イルファンを倒したと思わせて油断させた所をイルファン第二形態たるイルファンネオが叩く。統率をとれなくしてプレイヤーの大量虐殺を狙う。統率がとれないのならば集団の利点なんてないも同然だ。むしろさらなる混乱をもたらす分だけマイナスである。

 

(あ……)

 このままではマズい。全滅だってあり得るかもしれない。そこまで考えてキリトはふと思い至る。思い至ってしまった。第一層ボス攻略のために集まった将来有望な同志がボスの圧倒的戦力を前になすすべなく全滅する。これが茅場晶彦のシナリオなのではないかと。現にイルファンネオは近場のプレイヤーを殺戮し終えると真っ先にボスフロアからの脱出を図るプレイヤーを殺しにかかっている。イルファンネオはこの場にいる全員を逃がすつもりがないのだ。そこまで理解したキリト。その時。彼の中の何かが壊れた。

 

『ちょっ、キリト!? 待てって!』

 キリトはゆらゆらとしたおぼつかない足取りでイルファンネオへと歩き始める。アスベルはキリトの変化を直感で感じ慌てて後を追う。少し歩き「あぁそうだ」とキリトは目的地をイルファンネオから変更する。向かう先にはすでに崩壊した統率を再びとろうとするディアベルの姿がある。功は全く奏していないようだが。

 

「ディアベル。皆を連れて撤退してくれ」

「それができたら苦労しない! どうにかしてあいつを止めなければ撤退なんて不可能だ!! バカなこと言ってないで君も部隊の再編成に協力してくれ頼むから!!」

 ディアベルはキリトの胸倉を掴んで悲痛の声をあげる。その目は完全に血走っている。当然だろう。イルファン攻略し隊はディアベルが総括者だ。ディアベルが有志を募って結成した一大部隊だ。イルファン第二形態たるイルファンネオの登場という全く予期せぬ事態。次々と殺されるプレイヤー達。大方自分の責任だと自分で自分を追い込んだ結果だろう。だが今のキリトにとってそんなことはどうでもいい。

 

「わかってる。だから俺があいつの囮になる。俺があいつの注意を引きつける。殿も俺がやる。その間にできるだけ多くの人をつれて逃げてくれ」

「ッ!? 正気か!? そんなことすれば君が――」

「俺はβテスターだ。他のプレイヤーとは経験が違う。格が違う。あいつの癖は把握した。一、二分なら持ちこたえられる」

『待て! キリトが囮になるならボクも――』

「その必要はない。俺には策がある。俺一人ならディアベルが全員逃がした後で撤退できる。アスベルは来なくていい。邪魔だ」

『なッ――』

「それに。手、震えてるぞ」

『え……』

 キリトは淡々と語る。ディアベルの反論を最後まで言わせずに自分の提案を通そうとする。途中で割り込んできたアスベルには手の震えを指摘して黙らせる。圧倒的な力を持ちこちらに殺意のある敵。どこまでも得体の知れない敵。怖くなんてないはずがない。普通ならガタガタと震えて当然だ。恐怖に絶叫したって誰も責めはしない。それでもキリトは震えない。暴虐の限りを尽くすイルファンネオを光を失った目で見据えるだけだ。

 

「……信じていいんだな?」

「ああ。俺に任せてくれ。アスベルを頼む」

『なッ!? キリト!?』

「分かった。行こうアスベル」

『待ってくれ! キリト一人置いていくなんてそんなこと――ちょっ何をする!? 放してくれ! ボクはまだ納得していない!!』

 ディアベルの最終確認に力強く頷いてみせる。キリトに頷き返したディアベルはアスベルの腕を掴んで撤退を始める。アスベルは抵抗するがあの細腕ではディアベルを振り払えまい。徐々にアスベルの悲鳴染みた声が遠ざかっていく。自分の提案をディアベルが受け入れてくれたことに安堵してキリトは前を向く。

 

「来いよ雑魚。俺が相手だ」

 キリトはおもむろにイルファンネオに向けて歩みを進める。イルファンネオは自身に向かってくる哀れな自殺志願者を殺そうとタルワールを振り下ろす。イルファンネオの気迫ある攻撃をキリトはある程度余裕をもってかわす。ギリギリでかわそうものなら確実に攻撃の余波で中空に飛ばされる。身動きのとれない空中で追い打ちをかけられたらキリトは間違いなく殺される。そのような愚策をとるつもりはない。

 

(……させるかよ)

 キリトはかわす。イルファンネオの振り下ろしをサイドステップで。横薙ぎをしゃがみ込んで。今のキリトは武器を装備していない。あっても邪魔だと判断したからだ。実際キリトにイルファンネオに攻撃する意思はない。さらにイルファンネオの攻撃を受け止めただけで死に至る可能性がある以上、キリトに剣は不必要だ。

 

(……お前の思い通りになんかさせるかよ。茅場晶彦ッ!!)

 これがキリトの原動力だった。茅場晶彦への怒り。憤怒。これらがキリトの死の恐怖を麻痺させることでキリトを前へ前へと突き動かす。そうでなければ今頃キリトは呆然と立ち尽くしているかガクガクと情けなく震えていることだろう。今のキリトの目的はたった一つ。茅場晶彦の描いたシナリオ通りにしないこと。この場で第一層ボス攻略組を全滅させないこと。これ以上誰一人だって殺させはしないこと。策なんてない。イルファンネオから撤退する方策なんて端から考えていない。ただキリトは避けるだけだ。イルファンネオから一瞬たりとも目をそらさず睨みつける。キリトはイルファンネオの背後に笑みを浮かべる茅場晶彦の姿を幻視していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あれからどれだけ時間が経過したのか。キリトにはわからない。30秒のようにも3時間のようにも思えて仕方がない。ディアベルはちゃんと皆を逃がし終えただろうか。周囲の声を拾おうと思えどイルファンネオの咆哮と絶え間ない連撃によって聞き取ることができない。ちなみにイルファンネオはイルファンから進化して凶悪性を増したが同時に頭のよろしくなさをも引き継いだようだ。一度自分の視界に入った標的を駆逐しなければ気が済まないらしく躍起になってキリトを殺そうとタルワールを振り回す。四本すべてのタルワールを駆使した猛攻はさらに勢いを増していく。

 

(しまっ――)

 一瞬の判断ミスも許されない状況下。キリトは集中力を切らし誤った選択をしてしまう。キリトが移動した先はタルワールの射線上。あぁ終わったなとキリトは死を確信する。抵抗を止めて視界に逃げ遅れがいないことに不敵な笑みを漏らす。ざまあみろ茅場晶彦。俺はお前のシナリオを狂わせてみせたぞとキリトは今どこで何をしているかわからない白衣の男に内心で言葉を放つ。痛くなければいいなと迫りくるタルワールを見つめてふとそんなことを思った。

 

「……は?」

 不意に背中を押されキリトの体はタルワールの射線上からズラされる。何が起こったのかわからないままに体を捻って後ろを見ようとする。そのキリトの視線はイルファンネオの渾身の一撃によって遮られる。

 

「――ッ!?」

 攻撃の余波に耐えきれずキリトの体が宙に浮く。イルファンネオから遠ざかる視界が捉えたのは一人の人物の後ろ姿。アスベルとは対照的に頑強な体つきをしていることが遠目でもわかった。誰かが乱入してきたのか。なんでそんな無謀なことをしたのかとキリトは心の奥底で闖入者を非難する。完全に自分を棚に上げていることにキリトは気づかない。キリトは空中でなすすべもなく飛ばされる。攻撃の余波でHPゲージを三分の一減らしたキリトの体はそのまま開かれたままのボスフロアの入口を通過。外に投げ出された。

 キリトは何回転も転がり勢いが止まったところですぐさま顔をあげる。はるか先にはイルファンネオの攻撃を斧で受け止める男の姿。パワーアタッカーなのかなんとかイルファンネオの繰り出すタルワールを受け止めている。だがイルファンネオの腕は一本だけじゃない。あれではすぐに殺されてしまう。

 

『ダメだ! 行くなキリトッ!!』

「何すんだよ!? 放せ! 放せよアスベル!!」

『くッ……ディアベル早く!!』

「わかった」

 早く助けにいかないと。再びボスフロアへと駆けだそうとするキリトをアスベルが羽交い絞めにして妨害する。全力でアスベルの拘束を解こうともがくと少しずつ拘束力が弱まってくる。アスベルの細腕ではキリトは止められない。後もう少しだとキリトがガムシャラに動いていると前方と重厚な扉が閉ざされていくのが見える。扉を閉めようとしてるのはディアベルと茶髪の男。よくディアベルとともに行動していた男だ。

 こいつらは何をやっている? まだ中に人が残っていると分かっているはずなのに。わけがわからない。キリトは混乱する頭でそれでもアスベルの拘束を解こうと必死になる。いよいよアスベルの拘束が解かれそうになりキリトはこれであのプレイヤーを助けに行けると前を向く。するとキリトの視線に気づいたのか男がこちらに顔だけを向ける。

 浅黒い肌。坊主頭。相手に無意識に威圧感を感じさせるであろう巨体。キリトには見覚えがあった。あまりに第一印象が強烈だったために忘れようとも忘れられなかったといった方が正しい。名前は確か――エギル。彼、エギルはキリトを見据えてほっと安堵の息を漏らした。キリトにはそう見えた。エギルは薄く笑みを浮かべたまま動かない。無防備な彼にタルワールの凶刃が振り下ろされる。

 

「あ……」

 果たしてイルファンネオの攻撃はエギルに命中する。タルワールの凶刃が彼を容赦なく真っ二つに切り裂いたのだ。キリトは眼前の光景に絶句し硬直する。目を見開くキリトの前でエギルの消滅と同時に扉は無情にも閉められる。かくして第一層ボス攻略は失敗。43人もの死者を出した初のボス攻略戦はエギルの死を最後に幕を閉じるのだった――

 




 ――Information.【安く仕入れて安く売る】方がログアウトしました。
ということで原作キャラ死亡ありタグが発動。対象者はエギルさんとなりました。……うん。SALO妄想当初はこんな展開のはずじゃなかったんですよ。特に原作とは関わりのない勇敢なモブの方にキリト救出に向かってもらうはずだったのにいつの間にかエギルさんにすり替わってました。まさかキャラが勝手に動く理論をこの形で体験することになろうとは……


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希望として

本日。何かいい作品ないかなぁーとランキングのルーキー日間にアクセスしたらSALOがランクインしててビックリしました。絶望展開のBADENDフラグが跋扈しているSALOは正直読者を選ぶタイプの二次創作と思っていただけに、ね?


 

「あ、ああ――あああああああああああああああああああ!!」

 重々しい空気の中、真っ先に声をあげたのはキリトだった。震える手で頭を抱えて叫び声をあげる。人が死んだことに、それも自分を生かすために死んだことに絶叫する。茅場晶彦の思い通りにさせたくないキリトにとってあの場においてこれ以上誰一人だって死なせるわけにはいかなかった。あってはならなかったのだ。それが崩された今、キリトは完全に平静を失っていた。

 

「なんで!? なんでだよ!? なんでこんなことになってんだよ!?」

 キリトは狂ったように叫ぶ。いや実際に狂っているのだろう。キリトは何度も何度もなんでを連呼する。答えるものの有無にかかわらずキリトは崩壊寸前の精神状態で声を張り上げる。この場の生き残りの誰もがキリトに何と言葉を掛けたらいいものかわからず黙っている。いや誰もが信頼できる仲間の消失や暴虐の限りを尽くすイルファンネオによって精神的にズタボロとなっているためキリトの言葉など耳に入っていないといた方が正しい。ただただ響き渡るキリトの悲痛の叫びを止める者はいない。……一人を除いて。

 

『落ち着けキリト!!』

「落ち着け? ふざけんなよ。これが落ち着いていられるか! そもそもお前が俺を止めてなければあいつは――」

 アスベルは取り乱すキリトを見てられないと彼の両肩を掴んでキリトに冷静さを取り戻させようと叫ぶ。だがそれがキリトの逆鱗に触れた。茅場晶彦への憤り。自分のせいで犠牲となったプレイヤーの存在。やり場のない怒り、後悔を抱えてキリトはアスベルに激昂する。これが八つ当たりだという認識がないまま、キリトはアスベルの胸倉を掴み怒りのなすがままにアスベルに全責任を押し付けようとして――

 

『落ち着けって言ってるだろッ!!』

「~~~ッ!?」

 アスベルの渾身の頭突き。まともに喰らったキリトは放心状態になりアスベルの胸倉から手を放す。そのまま数歩下がってアスベルを見やる。キリトを見つめるアスベルの眼光が鋭さを増しているようにキリトは感じた。

 

『頭は冷えたかキリト?』

「アスベル……」

『こっちからも言わせてもらうけどな。もしもボクが君を止めなかったら君はどうなってた? あの人も君も二人とも助かってたとでも言うつもりか? ないな。確実に二人とも死んでいた。君を助けるためにボスに立ち向かっていったあの人の思いが無駄になっていた。たとえ君が自殺志願者だろうとボクの知ったことじゃないけどな――君の独善で人の思いを蔑ろにするな。あの人の思いを踏みにじるな』

 アスベルは静かに自らの思いを語ることでキリトを諭す。沸々と湧き上がる怒りを抑えて語りかけているようにキリトには感じられた。頭突きの衝撃とアスベルの言葉で少しずつ我を取り戻し始めたキリトは気づく。アスベルが泣いていることに。強く気高い孤高のソロプレイヤーが涙を流していることに。よく見ればわずかながら肩も震えている。尤も、アスベルは顔を隠しているので零れ落ちる涙が見えただけなのだが。

 

「落ち着いたかい?」

「あぁ……」

「君がいなければ俺達は全滅していた。よくて数人生き残ったぐらいだろう。本当に助かったよ。ありがとう」

 キリトが落ち着いた頃合いを見計らってディアベルが感謝の念を伝える。だがキリトは喜べない。救われた29人より失われた43人の方がキリトに重くのしかかる。ディアベルも同様なのだろう。29人ものプレイヤーが生き残れてよかったと無理やり納得させようとしているのが表情から容易に読み取れる。

 かくして第一層ボス攻略は全滅の危機こそ免れたものの参加したプレイヤーに深い傷跡を残し始まりの街で待っている大勢のプレイヤー達を絶望のどん底に突き落とす結果となった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『それで? 話って何かな?』

「……さっきは悪かった。ごめん」

『……え?』

 キリトは部屋に入ってきたアスベルに頭を下げる。気配で様子をうかがうとどうやらアスベルはキリトの謝罪に戸惑っているようだ。とりあえずアスベルが怒り心頭でないことに安堵する。ちなみに現在地は第一層トールバーナ。ここにたどり着くまで互いに一言も話さなかったキリトとアスベル。ひそかに気まずい思いをしていたキリトは「話がある」とアスベルを宿に連れ込み自分の愚行を謝罪することにしたのだ。殊勝な心がけである。

 

『い、いや。キリトが謝ることじゃ――』

「それでも俺は危うくお前を悪者にする所だった。だからここは謝らせてほしい」

 キリトがアスベルに罪悪感を抱く主な理由がそれだ。あの場にいたのは何もキリトとアスベルだけではない。もしもあのままアスベルを非難していたら。もしもアスベルがキリトの言い分に反論しなかったら。戦意を木端微塵に砕かれ仲間を喪失した生き残り組がキリトに便乗して全責任をアスベルに押し付けたかもしれない。こうなったのは全部お前のせいだと敵意をむき出しにして非難していたかもしれない。あの時涙を流すほどに参っていたアスベルの心に止めを刺していたかもしれない。

 

「……頭をあげてほしいな、キリト。それに謝らないといけないのはボクの方だ。本当にごめん。君に命を救われたってのに君に怒ったりして。本来なら君は称賛されてしかるべきなのに――」

「いや、あそこでアスベルが怒ってくれたから俺も冷静になれたんだ。だからここは俺が悪い――」

「いやいや、それでもボクの方が――」

「いや俺の方が――」

「いやボクの方が――」

 互いに自責の念を抱く二人。両者一歩も譲らず「謝らせてほしい」と謝罪合戦を繰り広げる。結局十分後に両者が相手の言い分を受け入れ互いに身を引く形で第一回謝罪合戦は終結する。勝者を出すことのない時間の無駄な合戦であったことをここに明記しておく。

 

「なぁアスベル。聞いていいか?」

「ん? 何だ?」

「あの人、確かエギルって人だったよな? なんであの人は自分の命を落としてまで俺を助けようとしたんだ?」

 キリトはずっと気になっていた疑問をアスベルにぶつける。最後に見たエギルの笑み。思い返せばあれは明らかに死を覚悟し受け入れたものの顔だった。だからこそわからない。なぜ彼はそこまでして自分を助けようとしたのか。彼とキリトとは面識はない。一言だって会話していない。全くの赤の他人である。どう考えても彼にとってキリトは命を捨ててまで助けようと思うような相手じゃないはずだ。それこそ彼が聖人君子でもない限り。

 

「……」

 アスベルは少々の沈黙の後にぽつりぽつりと話した。生き残りのその全てがボスフロアから退避してもなおイルファンネオから逃げないキリトをまさか死ぬ気なんじゃないかと思いキリトを救出しようとするアスベルに「俺に行かせてほしい」とエギルが頼み込んだこと。ルインコボルドセンチネルとイルファンネオの件で恩があるからと、彼がいなければ二度死んでいた命だ、惜しくはないと強い決意を表明したこと。キリトとアスベル、二人はSAO攻略の希望だからと、ここで失うわけにはいかないと笑みを浮かべてアスベルに言葉を残したこと。そしてディアベルに扉の開閉の件を頼んでそのままボスフロアへと躍り出たこと。

 そこから先はわかる。彼はイルファンネオの攻撃の余波を計算してキリトがボスフロアの入り口の方へと吹っ飛ばされるようにキリトの背中を押したのだ。こうして彼はキリトを救いキリトの犠牲となったのである。

 

「俺達が希望、か……」

 買いかぶりすぎだとキリトは自嘲する。アスベルに関しては全くその通りだと言える。ここまでソロでこの世界を生き残ってきたアスベルは確かにSAO攻略の希望となりうる要素を持っているだろう。だが自分はそんな高尚な人間じゃない。デスゲーム開始時にはβテスター時の情報を駆使して自分が有利に生き残るためにクラインを見捨ててまで広場を去っていたのだ。たかが一度フレンジ―ボアに殺されかけたくらいで情けなくガタガタ震えていたのだ。そんな人間を『希望』と見なすなんて勘違いもいい所だ。

 

(――けど)

 彼がキリトに希望を見出して身を投げ出したのならば。キリトをSAO攻略のためになくてはならない存在だと判断してくれたのならば。その期待に応えなければならない。いや期待をいい意味で裏切るぐらいがちょうどいいだろう。彼の犠牲を無駄にしないためにももっと強くならないとなとキリトは決意を心に宿す。

 

「ところで、これからキリトはどう動くつもりなんだ?」

「んー、そうだなぁ……」

 強者になることを心に決めたキリトにアスベルが問いかける。キリトは悩むそぶりをみせる。だが心はすでに決まっている。自分が圧倒的強者となってSAO攻略の希望の一柱となるためにはあの場所しかない。すなわち未だ誰一人生還者を出していない未知の領域――リトルネペントの巣窟だ。

 

「とりあえずホルンカの村に向かおうと思う。しばらくはそこでレベル上げだな」

「そうか。なら明日の早朝にでも出発しよう。今日はもう暗い」

「あぁそうだな……って、え!? アスベルも来るのか!?」

「一緒に行動したら何か不都合でもあるのか?」

 数々のβテスターを死に追いやっている場所なためあまり期待はしていないがもしもアニールブレードが手に入れば最高だ。火力不足が補える。キリトがアニールブレードを携えた自分の姿を想起しているとアスベルがキリトと行動を共にする意思をさり気なく表明する。キリトは思わずアスベルを凝視するが意思は固そうだ。

 確かにアスベルがいてくれれば心強い。センチネル戦を通して培ったアスベルとの綿密な連携は簡単には捨てがたいキリトの武器だ。しかし。いくらセンチネルの大量虐殺で大幅にレベルアップしたとはいえ相手は前述の通り数々のβテスターを死に追いやっているであろうリトルネペントだ。他のモンスター同様何が起こるかわからない。何をしでかすかわかったものではない。下手をすれば自分もアスベルが死ぬかもしれない。自分が死ぬだけならともかくアスベルまでも巻き込みたくはない。

 

「いやそういうわけじゃない。だけどこれから俺が向かう場所は結構危険だから――」

「だったら尚更二人で行動した方がいいんじゃないか?」

「ま、まぁそうなんだけど――」

「それに、忘れたのかキリト? ボクと君とのパーティは第一層ボス攻略までの暫定だと言ったのは君だよ?」

「あ……」

 いかにパーティを解散し各々別行動をとることをアスベルに納得させたものかとキリトが頭を悩ませているとすぐさまアスベルに揚げ足を取られる。先手必勝と言わんばかりの早業である。平行世界で『閃光』と称されるわけである。そう言われてしまえばキリトは反論できない。実際にまだ第一層ボスは攻略されていないのだから。まさかこんな形で揚げ足をとられるとは思わなかったとキリトはため息をつきアスベルの同行を承認する。

 

「それじゃあ改めてよろしく、キリト」

「ああこっちこそよろしくな、アスベル」

 アスベルから差し出される手をキリトは掴む。あぶれ者同士の即席パーティ関係はもうしばらく継続されるようだ。自然と笑みを浮かべる二人。エギルに希望と称された二人の心は第一層ボス攻略失敗直後にもかかわらず、折れるどころか強化される。SAO攻略不可能なんてあり得ない。二人の存在こそがそれを証明しているように思われた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ところでさぁ。アスベル、一つ言いたいことがあるんだけどいいか?」

「ん? 何かな?」

「アスベルは演技してるつもりみたいだけど、さっきから地の声出てるぞ?」

「ふぇっ!?」

 キリトが宿のベッドに仰向けに寝転がりつつアスベルの演技ミスについて指摘するとアスベルから何とも可愛らしい声があがる。これでアスベルが『アスナ』というSAO内では割と珍しい女性プレイヤーだと完全に証明された。キリトが今まで指摘しなかったのはさっきまでがとてもそのことを指摘できるような空気ではなかったからだ。雰囲気壊す、よくない。キリトはある程度は空気の読める少年なのである。

 

『え、えと……ナ、ナンノハナシカナー?』

「……もう手遅れだと思うぞ?」

キリトの眼前であたふたするアスベルはコホンとひいき目でもわざとらしく感じる咳払いとともに声音をアスベルのものに戻す。本人はこれで誤魔化せると信じているようだが誰がどう見てもバレバレである。救いようがないバレバレっぷりである。キリトがジト目でアスベルを見つめるのも無理はない。トールバーナの宿の一室を静寂が包む。やがて場の空気に耐えられなくなったのかアスベルは観念し「まぁキリトならいいか」と顔を覆い隠すフードを取っ払った。

 

「え……」

「? キリト?」

「――ッ!? あぁいやなんでもない気にしないでくれ」

「??」

 キリトは素顔を晒したアスベルから慌てて目をそらす。一瞬見惚れてましたとは絶対にいえない。それほどまでにアスベルの顔立ちが整っているのだ。いやここは可愛いと言った方がいいかもしれない。腰まで届いていると思われる栗色ストレートの髪も榛色の透き通ったかのような瞳もアスベルの可愛らしさを際立たせている。男除けのためにアスベルが変装しているならばきっと中身は美人なんだろうなとあらかじめ推測していたキリトだったがここまでだとは正直思っていない。首をコテンと傾けるアスベルに今のおそらく赤くなっているであろう自分の顔を見せたくはなかった。

 

「そんなことより、なんで今まで顔隠してたんだ? わざわざ変声に口調まで変えてさ」

「えーっと。……言わなきゃダメ?」

 自分の状態を悟られないよう話題逸らしを決行するキリト。だが話題が悪かったのかアスベルは嫌そうに顔をゆがめる。心なしか体も震えてるような気がする。やっぱりこれはアスベルの地雷だったかとキリトは慌てて言わなくていいことを伝える。その後、キリトはほっと安堵の息を吐くアスベルから本当の名前を教えてもらった。面倒なことにならないよう実はアスナだと最初から知っていたことを隠した上での対処である。尤も、本当の名前といってもあくまでアバター名なので現実世界の名前と一致するかはかなり怪しいが。

 かくして。その日の夜。キリトとアスベルもといアスナはしばらく他愛のない話を交わした後、明日からのおそらく激戦となるであろうリトルネペント戦に向けて休息をとるのだった――

 




 次回。再び時間軸が飛びます。リトルネペント戦省略ですね、わかります。そして次回で最も私がSALOで書きたかったシーンにたどり着きます。だというのに……ここ数日。お前いい加減後期受験勉強やれよ的な空気が周囲を漂い始めてきたのでしばらくは更新できないかもしれません。折角の一日一話更新がああああああああ!?


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勇者キリト

 親の居ぬ間にSALO執筆。というわけで第8話です。時間軸を飛ばしたので地の文の量がヤバいことになっております。サブタイトルのクオリティも一気に安っぽくなっております。



 参加者のほとんどに深いトラウマを残したかの惨劇――第一層ボス攻略失敗から一か月の時が流れた。その間、キリトとアスナの共同戦線はそのほとんどをリトルネペント狩りに費やしていた。理由は単純明快。ホルンカの村を拠点にして三日が経過した頃、キリトがやっぱりアニールブレードほしいと欲を出したからだ。二人は『森の秘薬』といういかにも他ゲームでもありがちなクエストを受けた。レイピアを愛用しアニールブレードを使うつもりのないアスナもこのクエストを受けたのはアニールブレード一本だけじゃ不安だというキリトの要望あってのことだ。その後二人はそれまでの花つきでも実つきでもないノーマルなリトルネペント単体を半ば闇討ち状態で襲撃するやり方と同時並行で花つきリトルネペントの捜索を始めることにした。そして、ここで二人は数々のβテスターを屠ってきたリトルネペントの恐ろしさを目の当たりにすることとなった。

 

 花つきのリトルネペントこそ割と頻繁に見かけるもののその9割以上が実つきのリトルネペントと行動を共にしていたのだ。だが問題はここではない。何と実つきのリトルネペントが二人を発見すると即座に自ら実を攻撃して破裂させてみせたのだ。破裂した実から独特としか言いようのない臭いが伝染することで仲間を呼び寄せ、呼び寄せられたリトルネペント達の中の実つきが二人を捕捉した瞬間に自ら実を破壊しさらに広範囲から仲間を呼び寄せるという悪循環。あっという間に集まった三ケタを超えるリトルネペントの大群からHPゲージを赤色に突入させながらも二人とも逃げ帰ることができたことはまさしく奇跡と言っていいだろう。ちなみに二人はその日の細かい記憶を覚えていない。さぞかし恐怖だったのだろう。それでもリトルネペント狩りを続ける辺りはさすがとしか言いようがない。それにしてもフレンジーボアといいセンチネルといいリトルネペントといいこの世界の魔改造モンスター達はどうも群がるのが好みのようである。

 その恐怖体験以後。二人は慎重に慎重を重ねて花つきリトルネペントを捜索&討伐していたので『森の秘薬』クエスト達成に一か月もの月日がかかってしまったのだ。といってもリトルネペントの巣窟にて何度かレアアイテム入りの宝箱を発見したので全くの時間の無駄ではなかったのだが。ちなみにここにはベッドで眠る病気の少女を一か月も待たせてしまったことに多大に罪悪感を感じた二人が中々依頼者の家に入れなかったという余談が存在する。現実世界でそのような事態になれば鬼畜以外の何物でもないので当然の反応である。『森の秘薬』クエストが時間無制限で良かったと安堵する二人であった。

 

 ちなみにアスベルことアスナは宿でキリトと二人きりでいる時以外は常にアスベルとして変装している。先述のレアアイテム入りの宝箱から顔を覆えるフードつきの強力な防具一式を手に入れたので今のアスナは純白の服に包まれている。なぜ変装しているかについてはこの一か月の間に徐々に話してくれた。簡単にまとめると当初始まりの街で待機組として震えていたアスナ。いつまでもこのままではいられないとなけなしの勇気で奮起して質素としかいいようがない宿から飛び出した所を男に襲われそうになったそうだ。必死に逃げている所で別の男に助けられ安堵しているとその男も下心満載でアスナを襲おうとしてくる。アスナを狙って襲ってくる男。善人ぶって内心では何を考えてるかわからない男。アスベルへの変装は立て続きに男に襲われかける経験をしたアスナが他プレイヤー特に男に警戒心を募らせた結果らしい。性別のことを考慮しなければ軽い人間不信である。それゆえのアスナの変装の徹底ぶり。それゆえの孤高のソロプレイヤーとしての日々。二人が出会った当初アスナがキリトをその男どもと同類に思っていた事実を知ったキリトがショックから半日使い物にならなくなったのは記憶に新しい。「キリトは特別だよ」とのアスナの言葉がなければ立ち直りはもっと遅くなっていたことだろう。

 男除けのためにアスベルという仮面をかぶり始めたアスナだが今ではもう一つの意味合いがある。ズバリ精神状態の安定化だ。一人称『ボク』の男として強がることがモンスターと対峙してもよほどのことがない限り心が折れることなく戦える不屈の精神という副産物をもたらしたのだ。現にアスベルの仮面を取っ払ったアスナは不意にガクガクと恐怖に震えることがある。強く気高いソロプレイヤーと完全無欠のソロプレイヤーとは意味が違うことをキリトは悟ることとなった。

 

 こうして一か月の時を二人三脚で歩んできたキリト&アスナコンビは今現在トールバーナへと向かっている。第一層ボス攻略のリベンジのための会議が開かれるそうなのだ。おそらく前回ボス攻略に参加した将来有望だったプレイヤー達はほとんどやって来るまい。前回は72人。今回は何人集まったものか。あまりに少ないようならボス攻略の延期を提言する必要があるなとアスナと意見を一致させ、キリト一行は前回と同じ会議場所へと歩を進めるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キリトは窮地に陥っていた。眼前には50人ほどのプレイヤー。その全員がキリトにキラキラした憧れの視線を向けてくる。さながら正義の味方を見る子供のようである。全くもって慣れない光景にキリトは引きつった笑みを隠せない。だがその引きつった笑みを都合のいいように解釈したのか、少数派であるはずの女性プレイヤーの嬌声があがる。余談だが今回のボス攻略の参加者のうち四分の一は女性プレイヤーである。どうしてこうなったとキリトは内心逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

 事の発端はキリトとアスナがトールバーナへと足を踏み入れたときにさかのぼる。キリトとアスナの姿を捉えた瞬間固まる群衆。ヒソヒソと近くの人と何かを確認しながら二人を見つめるプレイヤー達の視線に気まずさを感じていると突然彼らが二人を取り囲んだのだ。「おおおおお! キリトさんだ! キリトさんが来たぞおおおおおお!!」という誰かの叫び声によって。「本物だ! 本物の勇者キリトだ!」「キリトさんに会えるなんて光栄です!」「これ差し入れです! 受け取ってください!」「握手してください!」「サインしてください!」とキリトを揉みくちゃにする群衆達。興奮で完全に我を失っているのが手に取るようにわかる。

 『アハハ……随分と人気者じゃないか。良かったなキリト。じゃあボクはこれで』と現場から退散しようとする変装アスナの手を逃がすかとキリトが掴んでいるとキリトに向けられていた視線がアスナにも向けられる。「あ、あなたはもしかして……勇者キリトさんの懐刀、『閃光』のアスベルさん!?」との声があがり『人違いだ』とアスナが否定するも効果なし。アスナも巻き込まれる形で二人とも揉みくちゃにされることとなった。なにがどうなっているのか。わけがわからずただされるがままと化した二人を救ったのは蒼髪長髪の気持ち的にナイトをやっているディアベルだった。

 

 上手くキリトとアスナを人気のない路地裏へと連れ込んだディアベルは二人に事情を説明した。第一層ボス攻略失敗時、ディアベルは参加者にこの訃報について決して他言しないよう強く言い含めていた。だが意気揚々とボス攻略に乗り込んだプレイヤー達の変わり果てた姿に他のプレイヤー達が何も察しないわけがない。瞬く間に絶望が伝染する中、ディアベルがとった策はキリトとアスナを祀り上げることだった。確かにボス攻略には失敗した。だが希望を捨てるのにはまだ早い。俺達には勇者キリトと閃光のアスベルがいる。窮地に立たされた他のプレイヤーを救うために我が身を賭してボスと対等に渡りあった二人がいる。二人がこの世界に存在する限り俺達の希望の灯は消えない。さぁ皆。SAO攻略のために二人の光明の下に集おうじゃないか! と始まりの街の待機組を初めとする他プレイヤー達をこれでもかと煽った結果が先の騒動らしい。確かに大筋は間違ってはいないが細部で食い違いがある。こうやってプレイヤーを扇動する辺り、案外ディアベルには独裁者の才能があるのかもしれない。

 この攻略会議もキリトが招集したことになっていることをディアベルから聞いたキリト。おいお前何してくれてんだよという非難の眼差しを向けていると彼は二人に土下座と謝罪を始めた。すまなかったと。こうするしかなかったと。SAO攻略なんて不可能だという絶望的な空気を変えるには二人を利用するのが一番効果的だったんだと顔を下に向けたまま本音を吐露する。俺は無力だ。俺ではもう彼らを導けない。導ける気がしない。だから頼む。君達の力で第一層ボス攻略を成功させてくれとそのまま頼みこむディアベル。彼の真摯な思いに触れた二人は互いに顔を見合わせ仕方ないかとため息混じりに受け入れた。こうしてキリトはアインクラッドの勇者を、アスナは勇者キリトが信を置く凄腕パートナーを演じることとなり今に至るのである。

 

「皆、まずは俺の招集に応じてくれたことに感謝する。もう知っていると思うが俺はキリト。職業は……気持ち的に勇者をやっている」

 まさか一月前のディアベルの位置に自分が立つことになろうとは。キリトは尊敬の眼差しの集中砲火を受けながら前回のディアベルの演説を参考に参加者に語りかける。内心では噛まないように必死である。ユーモアに富んだ発言を考える余裕などあるわけがない。

 

「まず最初にこの第一層ボス攻略会議の参加にレベル制限をもうけたことについて謝罪させてもらう。だがわかってほしいのはそれだけ第一層のボスが手ごわいということだ」

 キリトの一言一句を聞き漏らすまいと静まりかえる会議場。そのプレッシャーは並大抵のものではないだろう。ちなみにレベル制限をもうけたのはキリトの名を騙ったディアベルだ。レベル25未満の会議に参加できなかった約100人プレイヤーが勇者キリトの役に立てなかったとトボトボと哀愁を漂わせて帰る姿は見ててやるせない思いになったことをここに明記しておく。

キリトは隣のアスナを見やる。集まったプレイヤーへの演説を全てキリトに押しつけ終始無言を貫くアスナを羨ましく思わざるにはいられない。ついでに視界の端でさっきから笑いをこらえている見た目おっさん四人衆を恨めしく感じながらキリトは言葉を続ける。今自分がどんな顔をしているかが気になって仕方なかった。

 

「厳しい戦いになるだろう。この中で犠牲者が出る可能性は否定できない。けれど。俺を信じてついてきてほしい。証明して見せようじゃないか。SAOは攻略可能な世界だということを! 俺達一人一人の力を合わせれば道は切り開けるということを!!」

 拳を振るって力強く声をあげるキリト。それを契機に会議場が熱気に包まれる。ドッと興奮に沸くプレイヤー達を見渡してこれは上手くいったと思っていいんだよなとキリトはほっと息を吐く。

 

「――それでは作戦会議を始める」

 熱気が収まるのを見計らいキリトは言葉を紡ぐ。キリトが考える不敵な勇者の笑みを浮かべて。かくして厳粛な空気の中、暴虐の限りを尽くす虐殺王――イルファンネオ――の攻略会議が始まった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はぁ……疲れた」

「同感」

 その晩。トールバーナの宿に入った二人は揃ってベッドにダイブする。タイミングが一緒な辺り二人のシンクロ率はかなりのものである。ボス対策会議、親睦を深めるための食事会を経た二人の精神的疲労は溜まりに溜まっている。主に食事会にプレイヤー達に群がれたことが原因だ。有名人がいかに苦痛を伴う立場であるかを身をもって知った二人は精神的に参っている。こんな調子で明日のボス攻略は大丈夫なのだろうか?

 二人して何も言わず沈黙を貫いていると控えめなノック音が響く。二人は目を見合わせる。よし、居留守をしよう。これ以上誰かと会えば明日のイルファンネオ戦に影響が出かねないと危惧したゆえの行動である。すると「あれ? 今留守か?」「おかしいなぁ。確かこの部屋に入るの見たんだがなぁ」との声が扉越しに響く。その声にキリトは聞き覚えがあった。

 

「なんだ。クライン達か」

「知り合いなの?」

「あぁ。会っていいか?」

『……ん。いいよ。キリトの知り合いならアスベルの仮面だけで十分そうだしな』

 アスナはベッドから壁際に移動する。腕を組み背中を壁に預ける様はまさしくアスベルスタイルだ。その早業にキリトは苦笑しつつ扉を開けた。

 

「よお皆。久しぶりだな」

「――ッて、なんだよいるんじゃねえか。居留守使うなよな」

「仕方ないだろ。こっちは疲れてんだ。察してくれ」

 不満そうにキリトの頭をガシガシと撫でるクラインの手を払いのけ彼らを部屋に招き入れる。いつもの4人だけだと思っていたのだがどうやら違うらしい。アスナ同様フードつきの黒服で身を包んだ小柄でいかにもすばしっこそうな者が追加されている。計7人が部屋の中にいるため少々窮屈に感じられる。

 

「にしてもキリトが勇者ねぇ。すっかり有名人だな。勇者キリト」

「その言い方は止めてくれ。今は聞きたくない。こっちは好きで勇者やってるわけじゃないんだよ」

 キリトはげんなりとした表情を隠せない。クラインからしてみればいつもの戯れなのだろうが今のキリトに『勇者』はNGワードだ。キリトに一瞬で多大な精神的疲労を蓄積させる魔の呪文と同義だ。一気に不機嫌になるキリト。これはマズいと危機感を抱いた見た目おっさん四人衆は巧みな連携でキリトを宥め煽てあげる。すっかり上機嫌と化したキリトにアスナはやれやれとため息をついた。

 クラインの話によると本当なら食事会でキリトと接触するつもりだったそうだ。だがキリトとアスナに群がる群衆の壁を前に突撃を断念。二人の宿で話そうとここまで追跡していたらしい。全く気付かなかった。キリトは内心で驚愕を顕わにする。同時にクライン一行に気づかないほどの自分の疲れ具合にキリトは呆れざるを得なかった。

 ひとまずクライン一行に相棒たるアスナを紹介する。当然『アスベル』としてだ。たとえキリトの知り合いであっても男に対する警戒心は健在のようで『よろしく』との言葉を最後に何も語ろうとしないアスナ。しかしクライン一行は気を悪くするどころか「くッ、何て凛々しい奴なんだ!?」「ま、負けたぜ……」などと口々に言い合っている。好評価のようでなによりである。だがキリトの知り合い=皆いい人という考えからアスナを全面的に受け入れていることをわかっているキリトとしてはいずれ誰かに騙されないか心配でならない。

 

「ところでクライン……そこの人は誰なんだ?」

 キリトはさっきから一言も話さず会話に入ってこない小柄な人物のことを尋ねる。クライン一行の新しいメンバーだろうか。キリトを招き入れたときみたいに手を差し伸べたのだろうかとキリトは視線を謎の人物に向ける。今までアスナを凝視していた辺り、自分と同じく正体を隠すアスナに同族意識でも感じていたのかもしれない。

 

「あぁこいつはな――」

「いいヨクーちゃん。自分で言うかラ。オイラはアルゴ。元βテスターの情報屋ダ」

 話題を振られたクラインが紹介するより先に謎の人物――アルゴ――が一歩前に出て自己紹介する。声の高さからして女性プレイヤーだろう。男性プレイヤーだとしてもそこまで違和感があるわけでもないが。アルゴの情報屋発言にキリトとアスナは顔を強ばらせる。クラインをクーちゃんと愛称で呼んだことは華麗にスルーしている。無理もない。二人はこの場において皆の希望たる『勇者キリト』及び『閃光のアスベル』としての仮面を捨てている。偽りの勇者像を知った情報屋たるアルゴが真実を言いふらせばどうなるか。半ばキリトとアスナを崇拝しているプレイヤー達が簡単に受け入れるとは思えないがそれでも心の奥底で疑念は生まれるかもしれない。その小さな疑念が明日のイルファンネオ戦で命取りになるかもしれない。

 

「あぁ心配しなくていいヨ。今ここで見たもの聞いたものはいくらコル積まれたって言いふらさないかラ」

「……本当か?」

「これでも現状は把握してるつもりダ。オイラだってできるだけ早くこの世界から脱出したイ。折角他のプレイヤーがSAO攻略に乗り気になってくれたんダ。今の機運を壊すつもりはないヨ」

 情報屋。βテスター。信用できない要素盛り沢山なアルゴを警戒するキリト。アルゴは肩をすくめて「それに二人の立場が悪くなるようなこと広めたらKコミュニティ出入り禁止になりかねないからナ」と付け加える。聞くとKコミュニティとはかのクラインコミュニティの進化系であり会員3500人を束ねる一大情報組織と化しているそうだ。現在そのトップに君臨し集約される膨大な情報をアルゴとともに整理しているクライン。想定外極まりないクラインの立場の変化にキリトは絶句する。クラインの人望の高さは理解していたつもりだったがまさかここまでとはといった心境だ。確かに情報屋を名乗る者にとってKコミュニティ使用不可は厳しいだろう。情報屋廃業といって間違いない。クラインがここに連れてきたということもありキリトは警戒を解くことにした。

 

「今日ここに来たのは君と末永い関係を持ちたかったからだヨ。情報屋たる者様々な人と仲良くやっていく必要があるからナ。クーちゃんに無理言って頼んだんダ。もう一人いたのはうれしい誤算だったけド。これからよろしく、キー坊。アーくん」

「キー坊!?」

『アーくん!?』

 速攻であだ名を定めたアルゴにキリトとアスナは裏返った声をあげる。何とかして『キリト』、『アスベル』と呼ばせようとする二人だが肝心のアルゴは「だって二人とも愛称で呼んでもらいたそうな顔してたかラ」と一歩も引く様子を見せる気配がない。百万歩譲って二人がそのようなわかりやすい顔をしていたとして顔を隠すアスナの顔をどうやって察知したのだろうか。両者の譲ることのできない舌戦は二人が折れることで終結した。5分間の激しい攻防である。ちなみにこの時アスナも毒気を抜かれる形でアルゴへの警戒を止めることとなった。

 

「ところでキー坊。一つ聞きたいんだガ?」

「何だ? 答えられる範囲なら答えるけど」

「正直な所、明日のボス戦の勝率はどのくらいだと見積もっているんダ?」

「……ボス攻略だけなら五分五分だな。だが犠牲者ゼロでの勝利となると一気に厳しくなる」

 アルゴの不安そうな問いに自然とキリトの表情が険しくなっていく。重苦しい空気が部屋に浸透していく。前回の攻略戦から一か月。レベルがあがった分、さすがに一撃を受け止めただけで殺されるなんてことは発生しないはずだ。だが相手はイルファンネオ。四刀流以外にも隠し玉があると考えていいだろう。茅場晶彦の性格からして不意打ちのタイミングで打ち出されるであろう別パターンの攻撃に果たして何人が対応できるか。こればかりはレベル云々の問題ではない。

 

「――けど」

「けド?」

「今の俺は勇者の看板背負ってるからな。誰一人死なせずに攻略してみせるよ」

「ほぉ~言うようになったじゃねえかキリト先生!!」

「さっすがキリト先生! ゆるぎないぜ!」

「明日はよろしく頼むな! キリト先生!!」

「だから『先生』は止めろって――」

『期待してるよ。キリト先生』

「アスベルもか!? アスベルもなのか!?」

 キリトの力強い宣言に感嘆の息を吐くアルゴをよそにキリトを弄り始めるクライン。ちゃっかり見た目おっさんなバンダナ二号と小太り天然パーマ男とアスナが便乗したことで部屋の重苦しい雰囲気が完全に一掃される。かくしてキリト以外の全員でキリト弄りを敢行した後、彼らは他愛もない話に花を咲かせる。結果、彼らとの軽いやりとりでキリトとアスナは精神的疲労の回復に成功。万全の状態で明日のイルファンネオ戦を迎えるのだった――

 




――Information.キリトが【勇者キリト】にクラスチェンジしました。
……うむ。この話は本当に書けてよかったです。そもそもSALO自体『もしもビーターさんが皆の人気者だったら……』という私の妄想から発生した二次創作ですからね。
P.S.アルゴの口調、これでいいのかな?


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VS.Illfang the Kobold Lord Neo

 今日はSALO更新できないと感想で返信したな? ……あれ嘘です。はい。やっぱり前回の勇者キリトくん関連で感想たくさんもらってよほど嬉しかったんでしょう。執筆速度にブーストがかかったんですね。わかります。


 第一層ボスフロア前にてキリトは相変わらず一月前のディアベルの位置に立っている。ボス戦を目前に控えてさすがに緊張しているのか。先ほどまでの勇者キリトと閃光のアスナ両名に向けられていた熱烈な視線は鳴りを潜めプレイヤー達は不安そうに辺りを見渡している。当然だろう。ここにいる参加者は前回のボス攻略戦に参加していない。ボス戦の初経験者だ。対する相手は四刀流の怪物『Illfang the Kobold Lord Neo』略称イルファンネオ。前回の攻略戦で過半数を超えるプレイヤーを殺戮し生き残ったプレイヤーのほとんどに深いトラウマを植えつけた悪魔といっても差支えない存在。いくら入念に攻略会議を行ったとしても得体の知れない恐怖は拭いようがない。レベル25以上だろうと怖いものは怖い。

 

(ここで皆の士気をあげるのも勇者の役割だよな……)

 キリトはため息を吐きたい衝動を抑えてボス戦参加者を一瞥する。実を言うと今のキリトの精神状態はあまりよろしくない。原因は今朝のこと。宿で変装アスナとゆったり朝食を取っている所に闖入者が現れたのだ。「私を弟子にしてください勇者様! 何でもしますから!!」と頭を地面に打ちつけて土下座を敢行するクラディールと名乗る見た目おっさんでいかにも頭の固そうな男。犯罪者ギルドもストーキング行為も知らない純真さは結構だが他のプレイヤーのことも考えてほしい。

 キリトとアスナが泊まる宿は値段の割にそれなりに設備が整っているため人気が高い。第一層の宿としては最高クラスだろう。ゆえに利用客も多い。今のクラディールを例えるならば満員電車の中で土下座を行っているようなものである。邪魔にも程がある。完全に障害物だ。いい返事がもらえるまで土下座を止めるつもりのない迷惑極まりない男の弟子入り申請をキリトは勿論丁重にお断りする。だがそれをどう捉えたのか「……そうですか。今の私では力不足、ということですか。わかりました。では勇者キリト様の弟子として認められるよう今からレベルアップしてきます! 待っててください私の勇者様!!」と颯爽と去って行ったのだ。キリトが断ったにもかかわらず全く弟子入りを諦めない男。先が思いやられるキリト。見た目おっさんな男が最後にみせたある意味で破壊力抜群な満面の笑み。精神状態が悪くなるのも尤もである。肝心の彼がレベル25未満であり今回のイルファンネオ戦に参加していないのが不幸中の幸いか。

 

「皆聞いてくれ。俺達は今からボス攻略を行う。怖いかもしれない。逃げ出したいかもしれない。けれど俺達は決して一人じゃない。ここにいる51人全員が共通の目的を持った同志だ。自分に何ができるのか。何ができないのか。落ち着いてしっかりと考えて行動してほしい。自分にできないことがあるのなら存分に数の力を頼ってほしい。俺を頼ってほしい」

 キリトはむしろ自分を慰めてほしいという願望をおさえつけてボス攻略戦参加者のメンタルケアに取りかかる。本当にクラディールとやらは空気の読めないタイミングで弟子入り申請したものである。かつてのディアベル同様に一人一人の目を見据えることも忘れない。アスナを真似したつもりなのか参加者のうちの5人がフードつきの服で顔を隠しているので全員の目を見据えることは叶わなかったが。

 

「皆は俺を勇者だと称するけど俺から言わせてもらえばこれからボス戦に挑む君達一人一人が勇者だ。始まりの街で待機するもの達にとっての希望だ。勇気ある選ばれし者達だ。自分の可能性を信じてほしい。君達一人一人の可能性が道を切り開く礎となると信じてほしい。たとえどんな不測の事態が起こっても俺達ならばボスを倒せると信じてほしい。……俺からの話は以上だ」

 

 キリトは目を瞑り雄弁に語る。未だ大量に降り注ぐ視線に慣れずひそかに冷や汗を流すキリトがここまで雄弁に語れるのはアスナ作の台本をしっかり頭に叩き込んだからだ。今のキリトなら仮にあまりの緊張で我を失ったとしても同じことが言えるだろう。アスナ式のスパルタ教育はダテじゃない。

 

「――行こう、皆。俺達の力を見せつけてやろう」

 キリトは不敵な勇者っぽい笑みを最後に扉へと体を向ける。前回のボス戦は失敗に終わった。それでSAO攻略は絶望的になると思われた。第一層ボス攻略戦の機会は二度と訪れることはないと思われた。やり方はさておきこれはディアベルが作り出してくれた正真正銘のラストチャンスだ。今回の攻略戦に失敗すれば誰もが勇者キリトと閃光のアスベルという二筋の光明を虚像だと思い込み始まりの街にとどまることだろう。今度こそSAO攻略が不可能になる。イルファンネオ攻略し隊、計51人。絶対に失敗の許されない崖っぷちの攻略戦が幕を切って落とされるのだった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ラッキーだ。ボスフロアに入って早速キリト&アスナコンビは内心でガッツポーズをする。眼前にはイルファンネオ。勇者キリト一行の登場を奥の玉座で待ち構えていたイルファンネオはキリト達の元まで一っ跳びでやってくるといった何とも派手な登場を見せつけると自らの獲物を睨みつける。今にもレーザービームが発射されそうな勢いである。相変わらず四本の腕には四本のタルワールを装備している。初めてのボスとの対面の衝撃で参加者達が一瞬思考停止になる中、二人は思わず微笑みを浮かべる。今回もイルファン戦を経由してイルファンネオ戦に挑まなければならないと予測していたのでこれは嬉しい誤算だ。イルファンネオの取り巻きが召喚されておらずイルファンネオ単体だけなのがそれに拍車を掛けている。尤も、イルファンネオ攻略し隊の隙をついて『Ruin Kobold Sentinel Neo』略してセンチネルネオなるモンスターが召喚される可能性は捨てきれないので油断は微塵もできないが。

 

「――行くぞ!」

「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 イルファンネオの鼓膜を破かんばかりの力強い咆哮。これが戦闘開始の合図となった。キリトが先陣をきってイルファンネオへと駆ける。ここにはイルファンネオの迫力に言葉を無くす参加者の戦意を奮い立たせる狙いがある。果たして狙い通りに他のプレイヤーのうちの遊撃隊が勇者キリトの後に続けとキリトに追随する。彼らの動揺が少なくて済んだのはボスを目の当たりにしてもなお動じずに悠然とたたずむキリトとアスナの後ろ姿を見たゆえだろう。二人の存在は確実に彼らの精神安定剤と化しているのである。

 

『A隊、B隊、C隊。イルファンネオに突撃!! D隊、E隊、F隊。周囲を警戒しつつイルファンネオを包囲しろ!!』

 キリトの後に続かずその場にとどまったアスナが声を張り上げる。今回のボス攻略戦においてのアスナの役割は部隊の指揮。類いまれなる戦術眼で戦況を把握し常に最良の指示を飛ばす必要のある、攻略戦の要だ。ジェスチャー付きで指示を伝えるのは前回いくらディアベルが声を張り上げてもイルファンネオの無駄に大きい雄叫びに全てかき消された経験ゆえだ。たとえアスナの声が届かなくともジェスチャーで理解してもらう。人は概して過去の苦い経験から教訓を学ぶものである。

 ここで今回のイルファンネオ攻略し隊の部隊編成を簡単に見てみよう。A~C隊は8人編成。D~F隊は7人編成。ここまでは前回ディアベルが構築したものとほとんど変わりない。変化が如実に表れたのは遊撃隊の存在。今回のイルファンネオ討伐戦においてアスナの指令を無視してボスと対峙できる特別枠だ。ここに所属するのは絶滅危惧種たるソロプレイヤー4人。これにはキリトが以前ディアベルの「まずは6人のパーティを組んでみてくれ」発言で窮地に陥れられたことが大いに関係している。自分と同じ目に遭ってほしくない。ソロプレイを勤しんできた優秀な者達を無理にパーティに組み込む必要はない。キリトの実体験を伴う思いが自由に行動できる遊撃隊を生んだのである。ちなみに我らが勇者キリトは遊撃隊に所属している。ソロプレイヤー4人が勇者キリトと肩を並べて戦えると歓喜したのは記憶に新しい。ソロプレイヤー=コミュニケーション障害者を前提とするキリトの考えを知れば少なからずショックを受けるだろうが。

 

『D隊、E隊。A隊、B隊を援護しろ! F隊。C隊とスイッチ!!』

 暴風雨のごとくタルワールを振り回すイルファンネオの注意をイルファンネオの周りを縦横無尽に駆け巡る遊撃隊が引きつける。キリトがソードスキルを発動させわざとイルファンネオに隙を見せイルファンネオがそこに目を付けた所をA~C隊が攻撃を仕掛ける。だがイルファンネオの腕は四本だ。キリトを狙いつつ他のプレイヤーを攻撃するなど容易い。攻撃の余波で吹き飛ぶプレイヤー達の穴をすかさず別部隊と遊撃隊が埋める。いくら相手がイルファンネオという圧倒的な力をもつ理不尽ボスであろうと多勢に無勢。高度に統率がとれているなら尚更である。開始早々イルファンネオの膨大なHPゲージを残り四分の三に減らすことに成功したことでボス攻略戦初参加者達は順調に進む攻略戦に当初抱えていた不安をすっかり消し去り勝利を確信し始める。

 

(そろそろだな(かな))

 だがボス戦経験者たるキリトとアスナは知っている。プレイヤー達が安堵しその安堵が油断に変わる所を見計らって相手がこちらの統率を崩壊させる策を行使してくることを。現に眼前のイルファンネオは前回よりもはるかに動きが鈍い。モンスターの弱体化があり得ない以上、イルファンネオは本気を見せるタイミングを計っているのだろう。どのタイミングで本気を見せれば一人でも多く獲物を駆逐できるか。全滅を成し遂げられるか。イルファンネオの動きが止まる。血走った目が一瞬アスナを射抜いたようにキリトには感じられた。

 

「――ッ。くるか」

『全隊下がれ! 仕掛けてくるぞ、警戒しろ!!』

 通常ならイルファンネオの硬直は大ダメージを与えるチャンスだ。ソードスキル発動し放題のボーナスタイムだ。だが先のキリトのごとくあえて隙を見せている可能性がある。いやそもそもイルファンネオが今までと全く違う動きをみせた以上、これからのイルファンネオの猛攻は先ほどまでとは明らかに変質していると見て間違いない。キリトはいち早くイルファンネオから距離をとりアスナが声を張り上げる。アスナの切羽詰まった指示に全隊はすばやくイルファンネオから退避する。

 

 果たしてイルファンネオは仕掛けてきた。イルファンネオの天井に向けての割れんばかりの咆哮。同時にボスフロアに十数体のイルファンネオの取り巻きが召喚される。HPゲージに『Ruin Kobold Sentinel Neo』と表示されているのでこちらのセンチネルネオもイルファンネオ同様センチネルの第二形態と言って問題ないだろう。身に纏う鎧は相変わらずだが腕が四本となりその一本一本には棍棒が握られている。多勢に無勢な状況からの逆襲。イルファンネオ攻略し隊主催の『数の暴力☆大作戦』を覆すイルファンネオの策略。それはわかる。キリトとアスナが事前に想定していた範囲内である。しかしイルファンネオによるセンチネルネオの召喚位置は二人の想定を軽く超える常軌を逸したものだった。

 

「なっ!?」

『――ッ!?』

 アスナを取り囲むようにして現れるセンチネルネオの軍勢。キリトの視界に映るアスナの姿がセンチネルネオによって塗りつぶされる。アスナを殺せば戦況は一遍すると判断したイルファンネオの策略によりアスナが全隊と隔離される。一刻も早く作戦の要たるアスナを潰すための万全の布陣だ。

 

「アスベルッ!!」

『来るなキリト! ボスに集中しろ!! 全隊フォーメーションγ!!』

「な、アスベル!?」

 アスナ救出に駆け出そうとするキリトを声で制しアスナが指示を飛ばす。その指示内容にキリトは目を見開く。フォーメーションγ――それは全指揮系統を握るアスナが何らかの形でイルファンネオ攻略し隊の指揮が不可能と化したときの万一のための指示だ。フォーメーションγをもってアスナの持つ指揮権は消滅。A~C隊はボス攻略を中心に、D~F隊は不測の事態への対処を中心に据えて各部隊のリーダーが臨機応変に指揮をとることになる。言ってしまえばセンチネルネオに囲まれたアスナがフォーメーションγを発動させ指揮権を手放したということはそのままアスナが自分の死期を悟ったことを意味する。

 

『ボクは大丈夫だから君は来なくて――』

「何が大丈夫だ!? アスベルお前完全に死ぬ気じゃねえか!?」

『これはチャンスなんだよキリト! ボスがボクを狙い撃ちにしてくれているおかげで他の場所の取り巻きの出現率は低い! ボクが時間を稼ぐから君はさっさとボスを叩け!!』

「けどッ――」

『君は勇者だろ!? 勇者なら常に最良の判断をしろッ!!』

「――ッ!?」

 ボス攻略初期段階でのフォーメーションγの発動。閃光のアスナ脱落の可能性。予想だにしない展開に動揺がプレイヤー陣に伝染する中、アスナを失いたくない一心で駆けるキリトの足をアスナは勇者の重みをもって止めさせる。確かに現状はチャンスといっていいだろう。アスナへのセンチネルネオの集中砲火により本来ならイルファンネオ攻略し隊全体を囲むはずだったセンチネルネオの出現は散開している。十分D~F隊で対応できる数だ。これなら残りのA~C隊及び遊撃隊でイルファンネオに集中できる。中々好条件だ。大量のセンチネルネオに命を狙われるアスナのことを考慮しなければ。勇者ならば決断すべきだろう。人一人と残り全員。どちらかを切り捨てる必要があるならばキリトはすぐさま残り全員を選択しなければならない。たとえその一人がキリトにとって特別な存在だとしてもだ。勇者たる者の責務である。

 

(けど、俺は――)

 それでもキリトは動けない。どちらか一つを選択できない。人一人と残り全員。両方とも救おうとする感情を合理的な判断を下す理性が排除できない。キリトが立ち止まっている間にも戦況は変わっていく。それでもキリトは動けない。この場の全員を救ってこそ勇者じゃないのか。誰かを犠牲にしなければどうしようもできない奴は勇者と言えるのか。やっぱり勇者なんて俺には荷が重すぎたんじゃないのか。それらの思考がキリトのあらゆる行動を蝕む枷と化す。キリトは自己否定という名の現実逃避に走ろうとする。

 

「――キリトォォオオオ!!」

「ッ!? クライン!? 皆!?」

「アスベル救出は俺達E隊が引き受ける! お前はボスに向かってくれ!! あっちがヤバいことになってる!!」

 キリトを思考の渦から引き揚げたのはよく聞きなれた声だった。ハッと我に返るとクライン率いるE隊がアスナを取り囲むセンチネルネオに突き進む姿が見える。彼らの周囲にセンチネルネオがいないことを鑑みるにあらかたセンチネルネオを駆逐した上での援軍なのだろう。

 

「……クライン。アスベルを任せた」

「おうよ! 行くぞてめえら! 数が多いから何だってんだ! 取り巻き程度に後れをとるんじゃねえぞ!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 主戦場たるイルファンネオの方に目を向けると本気を出し始めたイルファンネオに押され始めているA~C隊&遊撃隊の姿が映る。何人かがイルファンネオの攻撃の余波で吹っ飛ばされているため明らかにイルファンネオと相手取るプレイヤー数が減っている。確かにあの状況はマズい。いつ犠牲者が出てもおかしくないほどの危うさだ。クライン達なら必ずアスナを助けてくれる。根拠もなく確信したキリトの体はついさっきまでとは打って変わって軽くなっている。日頃の信頼関係の賜物である。キリトはイルファンネオへと全力で走り出す。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 キリトは咆哮とともに全速力で走る。向かう先はイルファンネオの足元にいる女性プレイヤー。逃げ遅れたのだろう。間近からイルファンネオに睨まれた黒髪のいかにも戦闘の向いていなさそうな少女は戦意をなくし腰を抜かして震えている。「――サチ早く逃げろ!!」と金髪の少年が少女を助けようと向かっているがイルファンネオの繰り出す凶刃の方が速い。このままではあの少女がイルファンネオ攻略し隊初の犠牲者となってしまうだろう。

 

(俺は誰も死なせない。誰一人だって死なせてたまるかッ!!)

「間に合ええええええええええええええ!!」

 キリトは魂の叫びをあげ少女に迫るイルファンネオのタルワールなどお構いなしにボスフロアを駆け抜ける。視界に迫る絶望しきった少女。迫る凶刃。間に合え、間に合えとキリトは精一杯手を伸ばし――そしてイルファンネオのタルワールが振り下ろされるのだった。

 




 ――Information.クラディールさんが壊れました。
 ――Information.アスナ&サチに死亡フラグが付与されました。
 前回アルゴさんを半ばゲスト出演で登場させたから今回も誰か出したいなぁーと思っていたらなぜか綺麗なクラディールさんに白羽の矢が立ちました。……時々自分で自分の思考回路がよくわからなくなります。どうしてこうなった!?
 アスナ&サチも割と絶望的な状況下ですね。DEADENDフラグが見え隠れしています。ホント、ルナティックモードマジ怖い。


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綱渡りの攻防

 ここ最近ようやくブラインドタッチ技術が上昇してきた気がするふぁもにかです。それにしても今回のイルファンネオ戦は難産です。前回の割とすらすら書けたイルファン戦と何が違うのかなと考えたんですけど……前回は何だかんだいってキリト&アスナコンビのセンチネル戦が主体でしたからね。要するにイルファンネオVS.イルファンネオ攻略し隊の集団戦凄く書きづらいです。はい。


 いずれこうなる日が来る。曖昧ながらもサチは心のどこかで確信していた。SAOがデスゲームと化しこの世界での消滅が現実世界の死に直結することとなってから、本当は4人の男友達とともにずっと始まりの街に待機していたかった。助けが来ないと直感で分かっていてもそれでも始まりの街から出たくはなかった。モンスターが異常に強いという噂を耳にしてからはその気持ちに拍車がかかっていた。けれど。二週間が経過した頃だろうか。「俺達……このままでいいのか? ずっとここで誰かがSAO攻略するのを待ってるだけでいいのか?」というダッカーの問いかけをきっかけに5人はモンスターのいるフィールドへと足を踏み入れることとなった。サチもついて行った。本当はモンスターなんかと戦いたくはない。すぐにでも逃げてしまいたい。けれど1人で皆の帰りをただ待ち続けるのはもっと嫌だった。この世界で独りの時間帯を過ごしたくはなかった。

 それから六週間の間はクラインコミュニティから会員に定期配信される信憑性の高い情報を頼りに慎重にモンスターを選んで経験値を稼いでいった。毎日のようにたくさんのプレイヤーが消滅している事実を踏まえたケイタの賢明な判断だ。次は自分なのではないか。こんな弱虫な自分がいつまでも生き残れるわけがない。次は自分が消滅するかもしれない。サチは常に自身を浸食する恐怖に震えそれを心優しい4人に悟られないよう自分の心に蓋をする日々を過ごしていた。

 

 転機が訪れたのはデスゲーム開始から二か月が経過したときだ。突如広まった一つのうわさ。SAO攻略の希望たる『勇者キリト』の話。第一層のボスから仲間を逃がすために彼が信を置く懐刀『閃光のアスベル』とともにボスに立ち向かい対等に渡り合う話。かっこいいと純粋に思えた。同時に自分もこの二人みたいになれたらいいなと思った。いい加減弱気でネガティブなことしか考えない自分に嫌気が差していたサチにとって二人はまさしく光明のように感じられた。変わりたいと心からの願望を抱くようになっていたサチ。二人と同じ次元にたどり着けたならばきっと自分は変われる。生まれ変わった自分でいられる。根拠もなく心からそう思えた。

 皆も似たような気持ちを抱いていたらしい。それからの一か月は「勇者キリトさんに続け! 追い越せ!」をスローガンに今までよりも少しだけ危ない橋も渡るようになった。ちなみにスローガンの命名者はダッカーだ。これぐらいで怖がっていたらあの二人みたいに強くなれない。変われない。サチは相変わらず自分の死の想定しかしないで震えるだけの心を叱咤してなけなしの勇気で必死に武器を振るった。その甲斐あって一月後の第一層ボス攻略戦に参加できるだけのレベルに達することができた。5人ともレベル25になったばかりだったので本当にギリギリだった。

 ボス攻略会議場で初めて意中の二人を垣間見た。自信に満ち溢れた不敵な笑みで自分達に語りかける勇者キリト。勇者キリトの隣で悠然とたたずむ閃光のアスベル。生で見た二人の印象は自分の想像をいい意味で裏切ってくれた。明日は二人と同志として一緒に歩むことができる。ボス攻略という共通の目的を胸に共闘することができる。サチは嬉しくて仕方なかった。ついに自分はここまでたどり着くことができた。変わることができたのだと歓喜せざるを得なかった。あくまで心の奥底でだが。

 

 けれど。結局自分は何一つ変わっていない。ボスのイルファンネオに間近で睨めつけられてサチは自覚した。否応がなく自覚させられた。何をどう頑張っても相変わらず自分は情けないぐらいに怖がりで弱虫だった。イルファンネオの威圧にガクガクと体を震わせるサチの心は闇に染まっていく。そもそも間違いだったんだ。私みたいな弱虫があの二人みたいな強い人になれるわけがなかったんだ。変わりたいなんて思っちゃいけなかったんだ。弱虫は弱虫らしく片隅で震えていればよかったんだ。これは罰なんだ。迫りくるタルワールを映すサチの視界は徐々に黒く染められていく。自分を救おうと走ってくるダッカーの存在をどこか他人事のように感じてしまう。サチは誰に言うでもなく「ごめんね」と目を瞑る。その視界に黒い影がよぎった気がした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「間に合ええええええええええええええ!!」

 キリトは眼前の女性プレイヤーを救おうと全力で駆ける。誰一人だって死なせない。勿論一人でも死んでしまったら流れがイルファンネオのものになってしまいかねないという懸念もある。だが。それ以前にこれはキリトの意地の問題だ。決意の問題だ。勇者を演じるなら、皆の希望として君臨し続ける気なら、誰一人だって犠牲にするわけにはいかない。誰かが死んでおいて勇者面なんてできるわけがない。

 果たしてキリトが伸ばした手は黒髪の少女――サチ――に届いた。数瞬遅れて二人を両断しようと襲ってくるタルワール。サチを抱きかかえたキリトは身を捻って間一髪回避する。攻撃の余波で吹き飛ばされこそしなかったが二人は何回転かボスフロアを転がっていく。宙に飛ばされなかったのは二人分の体重があったからだろう。

 

「え……キ、リトさん?」

「何とか間に合ったな。大丈夫か?」

「え、あ――は、はい!」

「そうか。なら――ッ!!」

 眼前に現れた憧れの勇者キリトについ呆然としてしまうサチ。キリトは素早く立ち上がるとハッと我に返ったサチに手を差し伸べ立ち上がらせる。キリトはサチに一時退避と同じ部隊のメンバーとの合流を指示しようとして前に躍り出る。イルファンネオがサチを狙って距離を詰めてきたのだ。頭のあまりよろしくないイルファンネオは一度定めた標的を簡単に変更したくはないらしい。遊撃隊の牽制によるHPゲージ減少を気にも留めずに二人に向かってくる。正確にはサチにだが。

 

「君は早く下がって!!」

 キリトは返事を聞くより先にイルファンネオに対峙する。自分一人だったらタルワールをかわせばいいだけの話なのだが今は後ろにサチがいる。イルファンネオから暴風をともなって振り下ろされるタルワール。その一つがサチの退避方向を完全にとらえている。瞬時にサチの危機を把握したキリトはサチを射線上に捉えているタルワールに向けてアニールブレードを下から振り上げる。さながら逆袈裟のごとく振り上げられたキリトのアニールブレードと重力を多分に伴ったイルファンネオのタルワールが接触する。

 

「グッ――」

 襲いかかる強烈な力にキリトは苦悶の声をもらす。今の攻防でHPゲージが残り三分の二になったことなど気にする余裕もない。視界の隅でサチが無事に他のプレイヤーと合流したのを偶然捉えたキリトは潰されまいとアニールブレードにより一層力を込める。だがそれだけでは力負けしてしまう。キリトは声を張り上げて自身の持つ一切の力をアニールブレードを握る両手に集中させようとして――

 

「……は?」

 思わず勇者らしからぬ情けない声をあげる。響き渡る金属音。キリトの眼前を舞う見慣れた剣先。一気に軽くなったアニールブレード。光の粒子とともに消えていくアニールブレード。

 

(アニールブレードが壊された!?)

 キリトは驚愕を隠せず思わず硬直してしまう。勇者キリトが見せた決定的な隙をイルファンネオが逃すはずがない。アニールブレードを折ったタルワールをそのまま地面に叩きつけ攻撃の余波で丸腰のキリトを身動きのとれない宙に吹き飛ばす。HPゲージを三分の一にまで減らしまともに回避ができない絶対絶命のキリトにイルファンネオが追撃をかける。キリトに迫る三本のタルワール。だが凶刃がキリトに届くことはなかった。

 

「させるかあああああああ!!」

「キリトさん! 今のうちにHP回復してください!!」

「俺達を忘れてもらっちゃあ困るなぁボスさんよ!!」

「足元がお留守だぜえええええええ!!」

 キリトを殺せばプレイヤー全滅が現実的なものとなりうるとキリトに攻撃を集中させオーバーキルをもたらそうとするイルファンネオ。しかし隙を狙っていたのは何もイルファンネオだけではない。キリトに意識を向けた好機を逃すまいと遊撃隊とC隊がイルファンネオの足元に一斉に攻撃を浴びせる。思わぬ集中砲火にイルファンネオはバランスを崩しキリトへの攻撃をやむなく中断する。

 

「悪い。助かった!」

 体を捻って無事に床に着地したキリトは回復結晶を使用し自分の窮地を救ってくれたイルファンネオ攻略し隊の同志に声をかける。キリトの感謝の言葉に遊撃隊&C隊のプレイヤーはキリトの方を向く余裕まではなくとも頷いて応えてみせる。勇者キリトに感謝された。内心で狂喜乱舞する彼らの動きの精度は誰がどう見ても明らかなほどに増していく。

 

 キリトはアスナにも『森の秘薬』クエストを受けてもらっててホントに助かったと予備のアニールブレードを装備しイルファンネオに向かう。自然と脳裏に浮かぶのは先ほど壊されたアニールブレードの無残な末路。耐久値に問題はなかったはずだ。イルファンネオの攻撃の衝撃をキリトが受け止められるかどうかは別にして先のタルワールとの接触だけでアニールブレードの耐久値が限界を超えるとはとても思えない。キリトの直感が訴える。ならばあまり考えたくはないが可能性は一つ。すなわち武器破壊。ソードスキルでない戦闘技術。無論簡単にできるような技ではない。だからといってイルファンネオによるアニールブレード破壊がただの偶然の産物だとは到底考えられない。イルファンネオの攻撃を受け止めない方がよさそうだとキリトの楽観的思考のできない頭が判断を下す。

 

「――俺が行く! 下がれ!!」

 暴風雨のごとく暴れまわるイルファンネオ。崩れかけた戦線をどうにか維持しようとするC隊の間を縫ってキリトはイルファンネオの懐に入り込む。どうやらイルファンネオにとってキリトはアスナ同様最優先殲滅対象のようだ。4本すべてのタルワールをキリトに向けて振り下ろす。だがキリトは当たらない。キリトはタルワールから一切視線を逸らさず攻撃をかわし続ける。当然だろう。いくら精神的におかしくなっていたとはいえキリトは一か月前の時点でイルファン攻略し隊を逃がすためにイルファンネオの猛攻をかわし続けていたのだ。あれから一か月。レベルが上がりモンスターとの戦闘経験の数もはるかに違う。さらにはわらわらと集まってきた3ケタをも超えるリトルネペントの無数に近い攻撃から逃れた体験もある。さすがにイルファンネオの攻撃をかいくぐって反撃はできないもののよけるだけならキリトにはもはや何も問題ない。キリトは一人じゃない。反撃は他のプレイヤーに任せればいい。

 

 キリトが積極的にイルファンネオの注意を引きつける囮を引き受ける中、C隊とスイッチしたA隊&B隊と遊撃隊がイルファンネオの背後に畳み掛ける。キリトから標的を変えようとするイルファンネオ。その腹部にキリトがすかさずアニールブレードを突きつけ注意を引きつけ続ける。戦況全体を俯瞰して指示をとばす役割のアスナがいないにしてはかなり高度な連携。昨日結成したにしてはかなり綿密な連携。凶化された理不尽モンスターとの戦闘経験を積んできた彼らだからこそ為せる業。数分が経過して半ば本気で暴れるイルファンネオのHPゲージが残り四分の一に差し掛かる。攻略成功の兆しが見え始めた頃、イルファンネオが再び仕掛けてきた。攻撃を中断すると不意に腰を落とし膝を曲げるとともに飛翔。天井に届かんばかりに飛び上がったイルファンネオは自身の体重でプレイヤーを踏み潰さんと落下する。

 

「~~~ッ!!」

 地震を連想させるほどの強烈な揺れがボスフロア全体を襲う。キリト達イルファンネオ攻略し隊はもちろん取り巻きのセンチネルネオまでもが強烈な揺れに巻き込まれ揃ってたたらを踏んでいる。今の攻撃で奇跡的に誰も潰されずに済んだ。済みはしたが今までとは次元の違う迫力を伴った攻撃はイルファンネオ攻略し隊を放心状態にさせるには十分すぎる威力である。流れをイルファンネオへと逆流させるには十分すぎる威力である。恐慌状態に陥り戦線が瓦解しなかっただけが救いだ。だがそれも時間の問題だろう。

 

(――マズいッ!)

 地面に落下したイルファンネオはいち早く立ち上がると心ここにあらずといった状態で立ち尽くすプレイヤー達にタルワールを振り下ろす。キリトは壊されても構わない攻撃力の低い剣に切り替えて即座にイルファンネオの元に向かいタルワールの刀身に側面から剣をぶつける。軌道をずらされたタルワール。直撃こそ免れたものの攻撃の余波で呆然としたままのプレイヤー数人が飛ばされる。

 

「俺が囮を続ける! 皆はさっきと同じように攻めるんだ!!」

 キリトはイルファンネオの四刀流を巧みにかわしながら声を張り上げる。イルファンネオのどんな攻撃にも怯むことなく立ち向かう勇者キリトの後ろ姿。心の砕けかけたプレイヤー達は寸での所で息を吹き返す。あと少しでもキリトの声が届くのが遅れていれば。キリトの言葉をイルファンネオの雄叫びが掻き消していれば。何もかも手遅れのパニック状態に陥っていただろう。実に際どいタイミングである。

 

「……ぇ」

 再び戦意を心に宿しイルファンネオ攻略を中心に据えるA~C隊及び遊撃隊。何とかなったかとキリトはイルファンネオを見上げて驚愕を顕わにする。思わず困惑の声が漏れる。キリトの視線を追ったイルファンネオ攻略し隊の参加者達も凍りつく。視線の先にはイルファンネオ。いつの間にかその腕が6本に増えており計6本のタルワールが握られている。

 

(まだ増えるのかよッ!?)

 硬直したキリトにこれ幸いとイルファンネオはタルワール二本を振り下ろす。キリトは寸前で我に返り咄嗟に横っ飛びで回避する。腕が6本に増えた。イルファンネオが六刀流と化した。だからなんだ。腕が二本追加されただけならまだ大丈夫だ。何とかなる。落ち着け。皆に動揺を見せるな。キリトは自分に強く言い聞かせイルファンネオから繰り出される6本のタルワールに一層集中を向ける。それがいけなかった。

 

「ガッ!?」

 不意に後頭部に受けた鈍器で殴られたかのような衝撃。視界の片隅にキリトに棍棒を投げたであろうセンチネルネオの姿が映る。どこかの部隊が討伐しそびれたのだろう。背後からの不意打ちをモロに受けたキリト。HPゲージを減らし数歩前に出てしまう。だがそこはイルファンネオのタルワールの射線上だ。キリトが目だけで逃げ場所を模索するも残り5本のタルワールがキリトの回避を許さない。前後左右どこに向かってもタルワールの直撃は避けられない。固まっていた遊撃隊のメンバーがいち早く奮起しキリトを救うためにイルファンネオを妨害しようとするが間に合わない。

 イルファンネオの振り下ろしだけならギリギリながら受け止められる。武器破壊で剣は破壊されるだろうが一回だけならHPの観点からも問題ない。アニールブレードでないので壊されても痛くない。だがイルファンネオの攻撃にはキリトの胴体を真っ二つに分離しようとする横薙ぎが含まれている。振り下ろされたタルワールを受け止めたならばキリトは身動きがとれなくなる。無防備になる。それは致命的極まりない隙だ。かといって他に選択肢はない。防御しなければどうなるかなんて火を見るより明らかだ。

 

 再び命の危機にさらされたキリトは舌打ちしたい衝動を抑えて全身全霊でタルワールを剣で受け止める。HPゲージが赤色に突入するが振り下ろされたタルワールの重みで行動を封じられたキリトにはどうしようもない。左右から迫る計5本のタルワール。何かないのか。この状況を切り抜けられる方法はないのか。絶望的な状況下におかれてもなおキリトは諦めることなく起死回生の策を探る。

 今のキリトは勇者の看板を背負っている。それは今回集まったイルファンネオ攻略し隊全員の命を背負っていると言っても過言ではない。キリトが死ねば部隊は確実に瓦解する。あっという間に混乱する。連携が崩壊してしまえば後はイルファンネオの天下だ。必然的に前回のボス攻略戦と同様の展開が再現されてしまう。地獄絵図が繰り広げられてしまう。いやキリトのような実力を持った上で命を賭してイルファンネオの囮をかって出てくれる者がいなければ全滅はほぼ免れられないだろう。勇者キリトの消滅はそれ程の重みを持っているのだ。だからこそ。思考を止めるわけにはいかない。死の恐怖に屈するわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかない。キリトは必死に打開策に考えを巡らせる。しかし。ひたひたとキリトに歩み寄る死の足音が歩みを止めることはない。かくしてイルファンネオの繰り出す5つの斬撃がキリトに無情にも放たれたのだった――

 




 ――Information.サチの死亡フラグが回避されました。
 ――Information.勇者キリトに死亡フラグが付与されました。
 うん。勇者キリトに降りかかる死亡フラグの量が半端ないですね。この一話だけで二度も窮地に陥っています。勇者キリトくんマジ頑張って。
 ~おまけ~
ふぁもにか「今回あなた達の出番はありません」
変装アスナ『ッ!?』
クライン一行「「「「ッ!?」」」」
クラディール「ッ!?」


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Congratulations!!

 皆さんどうも。ふぁもにかです。実はこの話で以前私が感想返信で告げた一区切りの箇所に差しかかります。SAO編完結まで続けるかここで完結と銘打つかは後書きにて。今回は割と文字数少ないです。はい。


 二度目の第一層ボス攻略戦は今まさに最悪の事態を迎えようとしていた。

腕を計6本に増やしたイルファンネオの凶悪極まりないタルワール6連撃。キリトは一撃こそ剣で受け止めたもののタルワールを重い攻撃に否応なく動きを封じられる。迫りくる残り5本のタルワールから逃れるあらゆる行動を封じられる。プレイヤー達は思う。勇者キリトがここで殺されてしまうのだと。不屈の精神でイルファンネオに怯むことなく立ち向かっていったSAO攻略の希望がここで潰えてしまうのだと。SAO攻略なんて端から不可能だったんだと。『勇者キリト』を、『閃光のアスベル』を信じてボスフロアへと足を踏み入れた彼らはまさに絶望する。肝心のキリトも決して生を諦めない気持ちの一方、これはもうどうしようもないなという諦念の気持ちをも抱いていた。

 だが。イルファンネオ攻略し隊の誰もが絶望しきったわけではない。何もかも諦めるのはまだ早いとわずかばかりの光明を手繰り寄せようと最後の最後まで手を尽くす者達が少ないながらも存在したのだ。彼らの足掻きが後の希望の発端と化す礎となる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キリトの命を刈り取ろうとする5本のタルワール。暴風を伴うイルファンネオ渾身の連撃。しかしイルファンネオが繰り出した凶刃の悉くが絶体絶命のキリトに届くことはなかった。身動きのとれないキリトの視界に剣が映る。はるか後方から投げられたであろう計4本の剣は回転しながら放物線を描きそのうちの3本がイルファンネオの頭頂部に勢いよく突き刺さる。

 

「……え?」

 思いもよらぬ攻撃にイルファンネオは苦悶の叫び声をあげてキリト殺戮を中断。数歩後ろに後退する。助かった。キリトは咄嗟にイルファンネオから距離をとり安堵の息を吐く。次に脳裏に浮かんだのは疑問。誰が窮地の自分を救ったのか。救うことができたのか。遊撃隊ではない。彼らはイルファンネオの妨害に間に合っていなかった。A~C隊でもない。彼らは六刀流と化したイルファンネオに凍りついていた。じゃあ誰が。そこまで考えたキリトの前方に駆け込む見慣れた白装束の姿。

 

『ハァアアアアアアアアアアアア!!』

 強く既視感を覚える白装束姿の人物はこれまた聞き覚えのある声でイルファンネオへと駆け抜ける。力強く大地を踏みしめて跳躍しひるんだままのイルファンネオの目に追い打ちとばかりにレイピアを突き刺すとイルファンネオの体を蹴ってキリトの隣に颯爽と降り立つ。

 

『待たせたなキリト』

 そこにはアスナがいた。相変わらずのアスベルスタイルだ。強く気高い元ソロプレイヤーはキリトへ顔を向ける。フードを装着しているため表情は伺えないのだがキリトにはアスナが微笑んでいるように感じられる。実際アスナは微笑んでいる。キリトがそれを察知する辺り二人の以心伝心度はとどまることを知らないようだ。

 

「あ、ああ――」

 キリトの歓喜の声を漏らす。アスナに輝かしい希望の光を幻視する。状況が状況でなければきっとキリトは泣き崩れていたことだろう。クライン達にアスナのことを任せていたとはいえ心の奥底ではキリトはアスナとの再会を期待できずにいた。いくらアスナを、クライン達を信じてはいてもキリトの希望的思考のできない頭はセンチネルネオに包囲されたアスナの生存を絶望的だとことさらに主張していた。それでもキリトがアスナの元を離れてイルファンネオへと向かったのは一重にアスナやクライン達の言葉を蔑ろにできなかっただけだ。

 

「どうよアスベル! 俺達の正確無比な投擲テクは!?」

『うん。上出来だクライン、皆。よくやった』

 背後からのクラインの得意げな声。アスナが首だけクライン一行に向けて満足げに答えると「うおおおおお! アスベルさんが褒めてくれたぜ!!」と見た目おっさんなバンダナ二号が喜びの雄叫びをあげる。残りの見た目おっさん三人衆も続いて喜びを全身で顕わにする。ちなみに剣をあらぬ方向に投げ飛ばし一人だけイルファンネオに命中させられなかった哀れな小太り天然パーマ男もちゃっかり歓喜の感情を全力で体現している。何とも図々しい限りである。ここまでくるともはや清々しくもある。

 

「アスベルッ!! 良かった……」

『全く……勇者がそんな情けない顔をするんじゃない。とりあえずHP回復しとけ』

 アスナはキリトの返事を聞く前に回復結晶を押しつけてイルファンネオへと躍り出る。その顔にはキリトへの呆れが多分に含まれている。目つぶしをされ憎々しげにアスナを睨みつけるイルファンネオ。そろそろ本当にレーザービームを発射してしまいそうな眼力だ。恐ろしいことこの上ない。あり得ないと断言できないことが恐ろしさに拍車をかけている。幼子が見たら一生のトラウマとして心に刻まれ毎晩毎晩うなされることだろう。

 

『全隊! フォーメーションα! センチネルネオは駆逐された。全員でボスを叩け!!』

 アスナはイルファンネオの威圧をそよ風のごとく受け止めつつ全隊に指示を送る。勇者キリトの死が回避されたこと。頼れる希望の一柱『閃光のアスベル』が戦線に復活できたこと。クライン一行の空気をぶち壊すやり取りもあってか、遊撃隊及びA~C隊のプレイヤーに生気が戻る。何度も砕かれかけた戦意が湧き上がる。センチネルネオ討伐に全力を注いでいたD~F隊と合流した彼らはイルファンネオを取り囲む。キリトは渡された回復結晶でHPゲージを満タンにするとアニールブレードを携えてイルファンネオの苛烈極まる六刀流を紙一重でかわし続けるアスナの援護に向かう。

 フォーメーションα――それは防御や回避を捨てた攻撃重視の突撃形態だ。攻撃は最大の防御だと言わん限りの布陣だ。A~F隊総勢45人が立て続けにソードスキルを発動させる短期決戦型。当然イルファンネオはソードスキルを使用し硬直したプレイヤーを狙い打ちにするだろう。それを妨害するのがキリト含む遊撃隊&アスナの役割だ。イルファンネオの頭があまりよろしくないからこそできる戦略である。知略に富んでいるならこんな無謀な作戦は行えまい。本来なら部隊を指揮するアスナがイルファンネオの囮になる必要はない。アスナがここで前に出るのは『閃光のアスベル』の存在を使ってイルファンネオ攻略し隊の士気を向上させる狙いだろう。

 

 前線でイルファンネオの猛攻をかわし続けるキリト&アスナの姿に果たしてイルファンネオ攻略し隊の士気は最高潮に達する。「おおおおおおおおお!!」と何とも威勢のいい声とともに次々とソードスキルでイルファンネオのHPを削りにかかる。遊撃隊のかく乱の術中に嵌まったイルファンネオは自棄になったのか滅茶苦茶にタルワール6本を振り回す。

どれだけタルワールを振るっても誰にも命中しない現状に苛立ちを感じているのだろう。手数こそ多いものの徐々に精彩を欠いていく攻撃。それはイルファンネオの暴風雨のごとき猛攻の中からキリトとアスナが反撃する機会を与えることとなる。

 

「『行っけええええええええええええええ!!』」

 二人は振り下ろされるタルワールを契機に二手に分かれると左右からイルファンネオを挟み撃ちにする。同じタイミングで放たれたソードスキルはイルファンネオの無防備な腹部に命中し――イルファンネオを二つに切り裂いた。

 胴体を真っ二つにされるイルファンネオ。これでもかと断末魔の声をあげる。誰もが思わず己の武器を手放して耳を塞いでいるとイルファンネオが光の粒子とともに消滅する。誰一人動かない。いや誰一人動けない。イルファンネオ攻略し隊が硬直する中、ボスフロアの中心に【Congratulations!!】との文字が表示される。

 

「やった……」

 イルファンネオ攻略し隊の一人が震える声で呟く。戦闘が終わってようやく恐怖がよみがえったのかガクガクと体を震わせている。それでも声には喜色が含まれている。

 

「や、やや、やったぞおおおおおおおおお!!」

「倒せたあああ! ボス倒せたよ俺達!!」

「勇者キリトさんバンザァアアアアアアアアアイ!!」

 その呟きを契機に歓喜の雄叫びがボスフロアに響き渡る。感情の全てを叫び声に託す者。剣を頭上に掲げる者。仲間とハイタッチする者。拳を重ねあわせ互いにニヤリと笑う者。あまりの嬉しさに「ふははははははは!!」と普段の姿からかけ離れた何とも悪役っぽい高笑いをあげる者。勇者キリトと閃光のアスベルを称賛する者。本当に多種多様だ。

 ちなみに前回の経験からイルファン第三形態の台頭を視野に入れていたキリトだったがすぐに警戒をとく。ラストアタックボーナスがちゃんと自分に支給されたのを確認したからだ。加えて前回みたくイルファンネオの末路がボスフロアに残されていることもない。消滅したのはこの目で確かに確認した。ホントに勝ったんだなとキリトは天井を見上げる。

 

『終わったなキリト』

「あぁ。これで始まりの街の皆に吉報を届けられる」

 よほど疲れていたのか床に座り込みキリトを見上げるアスナにキリトは視線を下ろして互いに見つめあう。あくまでキリトの方はアスナの目を見つめてる気分なだけなのだが。ディアベルが紡ぎあげたラストチャンス。何とか無駄にせずに済んだ。綱渡りの危険極まりない攻防だったけれど最終的には勝利をもたらすことができた。しかもかつてディアベルが目指した完全勝利の形でだ。間違いなくこれ以上ない最高の成果だろう。

 

「へへへッ。やったなキリト先生!」

「先生は止めろってクライン。……ホントにありがとな、助かったよ」

『ボクからも言わせてもらうよ。助けてくれてありがとう』

「へへッ。いいってことよ」

 キリトに得意げに肩を組んでくるクライン。自分とアスナの命の恩人たるクラインに二人で感謝を告げると後からやってきた残りの見た目おっさん三人衆が「ずるいぞクライン! てめえだけ感謝されやがって!」「万死に値する!」とクラインを揉みくちゃにする。クラインの救援要請をキリトは苦笑を浮かべて華麗にスルー。キリトは再び天を見上げる。第一層ボス攻略成功。それは最高の結果だろう。皆が狂喜乱舞するのも当然と言える。キリトもつい数瞬前までは純粋に喜んでいた。喜びを噛みしめていた。あくまで心の中でだが。勇者の仮面を被っている今のキリトはオーバーリアクションを取るわけにはいかないのだ。何とも難儀な立場である。……あることを考えるまでは。

 

(これを後99回続けないといけないのか……)

 急に自身の体がズシリと重くなった気がする。あたかも足にいくつもの鉄球をつけられたかのような心境だ。ドッと疲れを感じたキリトは憂鬱なため息を吐きたい衝動をこらえて目を瞑る。アスナ達の心配そうな声に「なんでもない」とだけ答えておく。折角皆が歓喜しているんだ。この絶望だらけの世界でこうも喜べることなんてそうそうあるものじゃない。空気壊す、よくない。キリトはふるふると頭を振ると前を見据える。

 

「そろそろ行くぞアスベル。アクティベートの役目が残ってる」

『……ボクとしては今すぐベッドに潜りたいのだが』

「アスベルだけだと思うなよ。俺も一緒だ。さっさと終わらせるぞ」

『やれやれ……』

 キリトはアスナに手を差し伸べ立ち上がらせる。二人して未だ狂喜乱舞中のイルファンネオ攻略し隊の元へと歩を進める。アクティベートをする前にまずは彼らを落ち着かせる必要があるだろう。背後から「よッ。勇者キリト。演説期待してるぜ」とニヤニヤしながら声をかけるクラインにはひらひらと後ろ手を振る。俺達の戦いはこれからだ。漫画やアニメにおいてありきたりな言葉を想起しながらキリトは前を向くのだった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 勇者キリト一行が第一層ボスを攻略した。この吉報は瞬く間に全プレイヤーの知る所となった。主な反応は二つある。勇者キリト伝説をますます信奉しSAO攻略に希望を見出す者。デスゲーム開始から三か月でようやく第一層が攻略されたという攻略スピードのあまりの遅さにSAO攻略不可能ということを再認識し絶望する者。

 

「……ふむ」

 だがここに二極化する反応とは違う気持ちを抱く者がいる。場所は始まりの街。質素極まりない宿の一室。椅子に腰を下ろしている壮年の男はおもむろに口元に手をあてる。視線の先には勇者キリトと閃光のアスベルの活躍譚を記した記事が写されている。情報源はKコミュニティだ。彼もまたKコミュニティの会員なのである。

 

「勇者キリトに彼の懐刀たる閃光のアスベル……中々面白いことになってきたようだ」

 銀色に輝く長髪を後ろに束ねた男は背もたれに身を預け紅茶をすする。かなり様になっている。初見でこの光景を見た者の大半は彼の容姿も合わさって彼をどこぞの貴族ではないかと推測することだろう。それほどに男には気品のようなものが満ち溢れている。

 

「さて。そろそろ私も動くとするかな」

 男はスッと立ち上がると武器防具を装備して究極の質素さを体現する宿を後にする。ここ三か月もの間ずっと陰でスタンバってきた男が動き出す。後のラスボス――ヒースクリフこと茅場晶彦――の出陣のときである。

 かくして物語は加速する。彼の気まぐれで難易度の跳ね上がった新生アインクラッド。その結果生じる差異がどのような化学反応を起こすのか。どのような結末をもたらすのか。勇者キリトであろうと。ラスボスヒースクリフであろうと。まだ誰も知らない。誰も知りえない。

 

 ――Fin.

 




 ――Information.アスナの死亡フラグが回避されました。
 ――Information.勇者キリトの死亡フラグが回避されました。
 ――Information.SALOは完結と銘打つこととなりました。
 ということでこれにてSALO完結です。ふぁもにかさんの次回作にご期待ください。
 ……はい。とりあえず今からSALO完結の決定下した理由を羅列しますので怒らないでください。液晶画面割らないでください。お願いします。この通りです。

・展開を盛り上げすぎた
・今以上の戦闘シーンを描写できそうにない
・ふぁもにかがSAOの原作持ってないにわかファン
・ソードスキルの種類を初めとする各種設定についてにわかにしか知らない
・アニメすら全話見ていない
・MAD&ウィキペディア&他の二次創作の知識のみで連載してきた
・これから私のリアル生活が忙しくなる
・ふぁもにかは飽きっぽい人
・長期連載途中にエタる可能性大
・もしくは別のオリジナルor二次創作に走る可能性大

 ……といったところでしょうか。特に原作持ってないのはかなり痛い。ということでこれから本編書くにはまず原作楽しんでからじゃないと無理ではないかという結論になりました。まぁ原作をあまり知らなかったからこそ思う存分世界観のぶち壊しができたともいえますが。とにかくSALO本編はここで終了です。後は私が執筆したかったシーンを外伝と称して数話投稿するぐらいですかね。本当にすみませんでした。そしてSALOをお楽しみいただきありがとうございました。ではでは。


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外伝 SAEO
メインパーティ


 はい。というわけで外伝第一話です。今回は感想返信で述べたあの原作キャラ達が登場します。外伝ゆえ色々とぶっ飛んでるのであしからず。ちなみに外伝の章題はSAEO(ソードアート・エクストラオンライン)。サージさんの感想に書かれたことをそのまま引用させてもらいました。本当にありがとうございます。
 ~おまけ~
ふぁもにか「今回あなた達の出番はありません。お引き取りください」
リズベット「ッ!?」
ロザリア「ッ!?」
赤目のザザ「ッ!?」



 第十七層圏内にて。NPCとプレイヤーが入り混じる繁華街から外れた路地裏に二人の少女が身を隠している。一人はやや短めの茶髪をツインテールに纏めた少女。多分に幼さを含んだ容姿をしている。いかにも年相応な様子が何とも可愛らしい。もう一人はちょうどうなじが隠れる程度の長さのペールブルーの髪をした少女。こちらも多分に幼さを含んだ容姿をしているのだがどこか年相応などという言葉とは縁のなさそうな不思議な雰囲気を放っている。

 

「ねぇ、そっちはどう? 宿に行けるかな?」

「ええと。こちらの繁華街にはプレイヤーが――14人いるですね。目的地へのルート検索……完了。 遠回りルートと近道ルートがありますがどちらを選択するですか?」

少々独特な口調でペールブルーの髪の少女が問いかけると「ん~、どうしよう……」とツインテールの少女が口元に手を当てて眉を潜める。いかにも一部の『ロ』から始まって『ン』で終わる四文字の性的嗜好を持つ方々が悶絶しそうな光景だ。一方ペールブルーの髪の少女は二つの選択肢を前に悩むツインテールの少女を見つめたまま微動だにしない。

 

「うん。決めた。皆との集合時間に遅れてるからね。近道でお願いピナ。……誰にも見つからないように行ける?」

「はい。お任せくださいマスター」

「ピナ。私のことはマスターじゃなくてシリカでしょ?」

「あ、す、すみません。マス……シリカ」

 逡巡の末、決断を下したツインテールの少女――シリカ――にペールブルーの少女――ピナ――は胸を張って答える。張るほどの胸はそこに存在していないが。俗にいう絶壁である。その際に無意識にシリカをマスターと呼んだことをシリカから指摘され慌てて訂正するピナ。再びマスターと口に出しかける辺り自然にシリカと呼ぶようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。シリカはため息を吐くとピナ先導の元で目的地たる宿へと慎重に歩を進めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ここ、アインクラッドがログアウト不能なデスゲームと化してからかれこれ一年が経過した。死者は約7000人。全プレイヤーの二割強が脱落した計算だ。一方で勇者キリトを中心に据えたSAO攻略は今現在までに計十六体のボスの撃破に成功。プレイヤー達は十七層まで自由に行き来できるようになっている。この世界の理不尽に跳ね上がった難易度を踏まえればこの攻略スピードは大したものと言えるだろう。十数名の死者で何とかボス戦を制していることもさすがだと言える。当の本人たるキリトは微塵も納得していないが。後悔しすぎて後々おかしな行動に走らないか心配である。

 

 さて。ここでボス攻略戦において常に多大な貢献をしている勇者キリト一行を紹介しよう。まずは勇者キリト。類いまれなる反応速度や第六感、戦闘技術によって死亡フラグの雨あられを切り抜けて他のプレイヤーに常に希望を与える元βテスターである。勇者の演技を始めてから約9か月。かなり勇者が様になってきている。

 次に閃光のアスベルもといアスナ。戦況を正確に把握しボス攻略し隊を指揮したり自身もその素早さでモンスターを翻弄しつつ攻撃したりと多方面で目覚ましい活躍を見せている勇者キリトの懐刀である。アスナの卓逸した戦術眼がなければボス攻略し隊の犠牲者は軽く3ケタを超えていたことだろう。彼女の存在意義はかなり大きい。

 3人目は守護神ヒースクリフ。攻撃に比重を置いたため常にボスの一撃で死に至る可能性を孕む勇者キリト一行を命の危機から守る盾である。勿論攻撃においても活躍しているがどちらかというと守護神としての活躍の方がはるかに目立っている。勇者キリトと閃光のアスナと出会ったのは第二層ボス攻略戦のときのこと。攻撃ばかり強化し過ぎて防御が心もとないキリトとアスナ。防御ばかり強化し過ぎて火力不足な感が否めないヒースクリフ。欠点を補うため互いを必要とするのに時間は掛からなかった。なし崩しで即席パーティを組んで以降勇者キリトのメインパーティの一人として己の立場を確かなものとしている。余談だがヒースクリフがキリト&アスナとともに行動し始めた際「なぜですか……なぜ私ではダメなのですか勇者様ああああああああ!?」と色々な意味で崩壊した顔でキリトに詰め寄るクラディールという男がいたことを明記しておく。キリトが彼の弟子入り申請を断り続けて早9か月。諦めが肝心との言葉を彼は知らないようだ。

 そしてここ最近勇者キリト率いるメインパーティに新たに加入したメンバーが二人存在する。その二名を加えた5人が今現在の勇者キリトのメインパーティなのである。

 

「遅いなぁ……」

 十七層のとある宿にて。ベッドに腰掛けた我らが勇者キリトは呟く。今日は先の5人がここに集うよう取り決めている。しかし約束の時間から既に30分が経過した今集まっているのはアスベルスタイルのアスナと悠然とたたずむヒースクリフのみ。後二名の到着は大幅に遅れている。

 

『仕方ないんじゃないか? 彼女たち人気高いから。大方人目を避けながら向かってるんだと思うよ』

 何かあったんじゃないか。時間帯が夜だということもあり途端に心配になるキリトに壁際に立つアスナが声をかける。ちなみにアスナは未だに自身の正体をキリトにしか明かしていない。キリト以外誰も信頼していないという意味ではない。単にカミングアウトの機会を逸してしまっているだけだ。ヒースクリフやこれから来る二人やクライン一行等にはいつ正体が露見しても構わないとの考えをアスナは抱いている。それだけアスナは彼らに好感を持っているのだ。

 

「お、来たな」

「――お、遅れてすみませんでした!」

「……すみませんでした」

 キリトがふと目を向けた先の扉が開かれる。既に揃っているキリト達三人に対して遅れたことに頭を下げる二人の少女。勢いよく頭を下げるのがツインテールの少女ことシリカ。ゆっくりと頭を下げるのがペールブルーの髪の少女ことピナ。

 片手剣使いキリト、レベル193。細剣使いアスベルことアスナ、レベル189。片手剣&盾使いヒースクリフ、レベル191。竜使いシリカ、レベル178。小型竜人ピナ、レベル182。現状の勇者キリトのメインパーティがここに結集した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ところで今日はどうして皆で集まったんですか?」

『ボクも聞いてないが……何かあったのか?』

 口火を切ったのはシリカ。何も聞かされていないアスナがそれに続く。ピナも尋ねこそしないものの首をコテンと傾けている。何とも小動物を想起させる姿である。事情を知らない三人にキリトは「そういえば何も言ってなかったな」と苦笑する。ちなみにヒースクリフは本日の招集の理由を知っているため相変わらず悠然とたたずむだけだ。

 五人は同じパーティとはいえ常に一緒に行動しているわけではない。キリトはアスナとの共同戦線を組んでいることが多いしシリカもピナとの二人組でいることが多くヒースクリフは基本単独行動だ。たまにアスナとシリカ、キリトとヒースクリフといった組み合わせでモンスターのはびこるフィールドへと向かうこともあるのだが全員が一堂に集うのは珍しい。集まるとすればボス攻略会議の時が常なのだが今回は違う。事情を知らない三人が疑問を抱くのも無理はない。

 

「今回皆に集まってもらったのは皆の考えが聞きたかったからだ」

 キリトはこの場の4人全員を見据えて目的を告げる。「ヒース」とキリトに促されたヒースクリフは一歩前に出る。ヒースクリフは見た目からして明らかに勇者キリトパーティ内で最年長なのだがキリト達は『ヒース』との愛称で親しみを込めて彼を呼んでいる。同じパーティなのに年の差を気にされて敬語を使われることをよしとしなかったヒースクリフからの要望あってのことだ。尤も、シリカだけは未だにヒースクリフを『ヒースさん』と呼んでいるが。

 

「先日、私とキリトでボスの偵察に向かったのだがそのボスが中々イレギュラーでね。攻略会議を開く前にあらかじめ対策を練っておきたかったのだよ」

「それほど危ない相手なのですか?」

 ピナの問いにヒースクリフは首肯する。事情を知らない三人は事の重大さに表情を引き締める。今までのボスだって多かれ少なかれイレギュラー極まりない存在だった。予想だにしないボス達の攻撃手段に何度死にかけたことか。HPゲージが残り数ドットと化したことか。キリトに至っては積み上げた死亡フラグは既に三ケタを軽く超えている。そんなボス勢を差し置いてイレギュラーとヒースクリフが称する第十七層ボス。ごくりと三人は唾を呑む。

 

「ボスの名は『The Dragonewt』。鋭利な爪と攻防一体の頑丈な鱗。自由の利く長い尾を持つ竜人だ」

『……待て。竜“人”だと? それはつまり――』

「そういうことだアスベル。今回のボスは人型だ。知能も高いし言葉も通じる。素早いし体が小さいから攻撃が当たりにくい上に当てたとしても鱗があるから大してダメージは与えられない。俺達と似たような姿をしているから攻撃するときに躊躇する可能性も捨てきれない。……本当に厄介な相手だよ」

 ヒースクリフの言葉を継いだキリトの説明を最後に部屋が重々しい空気に包まれる。当然だろう。厄介にも程がある。今までのただ図体のでかいボスとは全く種類の違うボス。力でねじ伏せるタイプのボス相手に慣れきってしまっている攻略組の常連メンバーでは多くの犠牲者が生まれるかもしれない。いや生まれるだろう。『The Dragonewt』以下ドラゴをこの目で見てきたキリトとヒースクリフは確信していた。

 ちなみにボスの情報収集目的の偵察は大抵防御力に優れたヒースクリフが担っている。予定がなければキリトやアスナも一緒に偵察に向かう。当初は勇者キリトの役に立ちたいと自ら志願してきた有志達に任せていたのだが第四層ボスを前に全滅した出来事があってからは勇者キリト率いるメインパーティが精力的に取り組んでいる。つい最近パーティに加わったばかりのシリカ&ピナは別だが。無論ボスフロアでしっかり結晶が使えるか確認した上での偵察だ。モンスターが理不尽に凶化され難易度が異常なまでに跳ね上がったこの世界では石橋は叩けるうちにできるだけ多く叩いておくくらいが丁度いいのである。

 

「それで皆の意見が聞きたいんだ。……今回のボス戦、いつも通り大部隊を編成して挑むか、それとも少数精鋭で挑むか。俺個人では少数精鋭の方がいいと思うんだけど――」

「私はキリトと違い大部隊で戦うべきだと考えている」

「……という風にヒースとも意見が分かれててさ。皆はどう思う?」

 沈黙を切り裂いたキリトの問いにアスナ&シリカ&ピナの女子三人衆は真剣に考えを巡らせる。少数精鋭か。大部隊か。どちらも長所と短所を抱えているため簡単に決断はできない。人の命がかかっているなら尚更だ。

 

『……ボクは少数精鋭に一票かな。体が小さいんじゃあ一気に攻撃できる人数も限られてくる。たくさんいるとかえって邪魔になりかねない』

「わ、私は大部隊がいいと思います。最初はボスが小さくても第二形態のときに大きくなるかもしれませんし……」

 しばし思考の海に沈んでいたアスナとシリカは相反する意見を提示する。少数精鋭の長所は人間サイズのドラゴに攻撃しやすくドラゴの俊敏さに部隊が混乱しづらい所にある。とはいえドラゴの動きがあまりに度が過ぎていればやはり混乱に陥るのだろうが。一方大部隊の長所は保険の意味合いが強い。もしもドラゴが第二形態に移行したとき巨大化すれば少数精鋭ではあまりに不利だ。図体のでかい相手なら大部隊で挑んだ方がいいに決まっている。これまでのボス16体の中で第二形態に移行したものは計9体。ほぼ五分五分の確率である以上ドラゴの第二形態をも警戒する必要がある。

 

「ピナは?」

「……そうですね。今の所は私もマス……シリカと同じく大部隊がいいと思うです。人型で攻撃を当てにくいのは確かに厄介ですがそれ以上に第二形態の方が怖いです。でも……」

『でも?』

「第二形態だからといって巨大化するとは限らないです。人型のまま強くなる可能性も否定できないです。だから断言はできないです」

「「『あ……』」」

 最後に示されたピナの的を得た意見にキリトは思わず声を漏らす。第二形態だからといって巨大化するとは限らない。キリトはその可能性をすっかり失念していた。アスナとシリカもキリトと同様のようで同じく声を漏らしている。ヒースクリフは声に出して驚きこそしていないが目が少し見開かれている。これまで対峙したどのボスも第二形態移行で一回り図体がでかくなっていた。だからだろうか。いつの間にか第二形態ではボスが大きくなるのが当たり前だと考えていた。逆にサイズが小さくなったり変わらなかったりする可能性を無意識に否定していた。その事実に気づいたキリトは戦慄する。あらゆることを想定してボス攻略戦の犠牲者を最小限に抑えなければならない勇者たる自分が人の生死に大きく関わる可能性を認識すらしていなかったことに。同時に自分の無知さ加減に内心で嘆息する。

 

「えと……とにかく今はまだボスの情報が少ないと思うです。今回は色々とイレギュラーなボスが相手とのことですから攻略会議の開催を考えているなら少し延期した方がいいかと」

「……あぁ。そうだな。もう一度偵察に行く必要がありそうだ。皆、明日の予定は空いてるか?」

『ボクは空いてるよキリト』

「私も不都合はないな」

「私も大丈夫です。キリトさん」

「右に同じくです」

 ピナの遠慮がちな提案をキリトは受け入れる。自分の想定の甘さから脳内で考えている現行の作戦の根本的な練り直しが必要だと判断したからだ。今度は5人全員で偵察に行こうとキリトは4人に明日の予定の有無を尋ねる。幸い4人とも事前に予定が入っていなかったので5人は明日の午後にボスフロアへと向かうこととなった。その後は互いに近況報告をして他愛もない話題で談笑。深夜に差しかかろうとした頃にシリカが眠たそうに目をこすっていたのをきっかけに5人の会合はお開きとなるのであった――

 




 ――Information.ラスボスヒースクリフが勇者キリトパーティに加入しました。
 ――Information.竜使いシリカが勇者キリトパーティに加入しました。
 ――Information.ピナが擬人化&勇者キリトパーティに加入しました。
 うん。改めて読み直してみるとカオスですね。凄まじくカオスな気がします。どうしてこうなった!? ……それにしてもアスナが空気な感があるのは気のせいですかね?


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キリト VS ピナ

 はい。というわけでSAEO二話目です。今回はサブタイトルが今までの中で群を抜いてカオスですね。初見の方とか絶対「ッ!?」ってなると思います。二度見とかしそうですよね。ちなみに今回は文字数少ないです。今までの中で一番文字数少ないです。……外伝だからいいよね!


 シリカの毎日が大きく変化したのはデスゲームが開始してから8か月後のことだった。偶然に偶然を重ねあわせたかのような奇跡的な確率で小さなドラゴン型のレアモンスター――フェザーリドラというらしい――に懐かれてからの日々はそれまでの不安や恐怖、寂しさに怯えるものとは全く違っていた。自分に好意を抱いてくれる存在が傍にいる。微塵も信頼などできない他のプレイヤーと違って自分に寄り添ってくれる存在がいることはシリカの心を支えるには十分だった。シリカは親しみを込めて『ピナ』と名付けた。シリカが現実世界で飼っている猫の名前と同じ名前である。ここからシリカがピナをただのテイムしたレアモンスターなどではなく自分のパートナーのように感じている一端が垣間見えるというものだ。

 嬉しいことがあったときはピナも嬉しそうに自分の周りを飛び回ってくれた。怖いことがあって震えていたときはピナは自分の恐怖を少しでも和らげようと自分の肩に乗って頬ずりしてくれた。怒っていたときはピナも共感してくれたのか全身を使って怒りを表現してくれた。悩んでいたときはピナは自分の前で「大丈夫」と言わんばかりに鳴いてくれた。ピナがいなければ。きっと自分はここまでやってこれなかっただろう。遅かれ早かれこの世界に気持ちで負けていただろう。心が折れていただろう。ピナはシリカにとって何よりも大事な唯一無二の存在と化していた。

 

 だが。いつからだろうか。シリカに欲が生まれた。隣にいてくれるだけで満足だったはずのピナがモンスターもとい動物であることに段々物足りなさを感じるようになった。自分はピナが好きだ。大好きだ。愛してると言ってもいいかもしれない。でもピナの方はどうなのだろうか。本当に自分を好きなのか。嫌々自分とともに行動しているだけではないのか。自分の思いは一方通行なのではないのか。シリカを徐々に浸食する不安はやがて一つの願望を導いた。

 ピナが人間だったら良かったのに。シリカはつい己の願望を口にした。人間だったら言葉が通じる。そうすればピナの本心がわかる。そのように考えた末の呟きだった。シリカはすぐに我に返る。ピナが傍にいてくれる。それだけでも物凄くありがたいのに自分はさらに何を望んでいる。これではピナに失礼だ。シリカは自身の願望を振り払うように何度も首を横に振る。

 

「……え? ピナッ!?」

 シリカが再び前方を見やったとき驚愕した。不意にピナが光のエフェクトに包まれたのだ。何の前触れもない予想外の事態に戸惑いを見せるシリカをよそにピナを包む青白い光は収束する。ついさっきまでピナが飛んでいた位置に一人の少女が立っていた。透き通るようなペールブルーの髪に今にも相手の本質を見抜いてしまいそうな真紅の瞳。自分と同じくらいの背丈。どこか人外染みた雰囲気。シリカの視線は少女にくぎ付けになっていた。

 

「え、えと、その……あ、あなたは一体?」

 シリカは若干しどろもどろになりつつも眼前の少女に疑問をぶつける。小型竜の姿をしたピナがいなくなっていることにシリカは気づいていない。いきなり現れた自分とおそらく同年代であろう少女。シリカは緊張すると同時になぜか安心感を覚えていた。

 

「私はピナですよ、マスター。この姿で会うのは初めてですね」

「へ? え? ……ピナ!?」

「はい。ピナです。いつもお世話になってるです」

 ペールブルーの髪をした少女は自身をピナと名乗る。ぺこりと頭を下げるピナにシリカは完全に混乱した。何がどうなっているのか。わけがわからずシリカは硬直した。手っ取り早い現実逃避の手段である。ピナの呼びかけも虚しくシリカが再起動するのに数時間もの時間を要した。

 

 シリカが平静を取り戻したのを契機にピナは説明した。自分には3つの形態があることを。話によるとピナは通常の小型竜の他に人間と大型竜に変身できるらしい。尤も、ピナが人間形態になるにはビーストテイマーたるシリカがレベル100以上である必要があるのだが。ちなみにピナが大型竜に形態変化するにはシリカがレベル600以上でなければならないそうだ。大型竜ピナを引き連れるまでの道のりは険しい。ピナは今の今まで自身のご主人様たるシリカは可愛い動物のような姿をした自分を気に入っていると思っていた。シリカのレベルがすでに136であるのに人間形態に変身しなかったのはそのためだ。だからこそ。シリカの抱える願望を知って慌てて人間形態になったのだ。

 全てを理解したシリカは嬉しくなった。これからはピナと双方向の会話ができる。あまりの嬉しさに頬が緩むのが抑えられない。シリカは頬に両手をあてる。これからのピナと二人三脚で歩む日々を想起してシリカは「ふふふ」と笑った。ピナは幸せそうなシリカに優しげな眼差しを向けていた。これがシリカと人型ピナとの初会合であった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 早朝。キリトは十六層のとある広場へと足を運んでいる。早朝といっても午前4時という朝に分類してもいいのか著しく微妙な時間帯だ。他のプレイヤーは未だ寝静まっている。キリトが繁華街を堂々と歩けるのはそのためだ。もしもこれが正午であれば瞬く間に熱狂的な勇者キリト信者に囲まれるだろうことは想像に難くない。その上最近はなぜか一部のNPCも彼らに交じって勇者キリト様と詰め寄るという謎の現象が発生しているためますますキリトが繁華街を歩ける時間帯は限られている。キリトは自然とため息を吐く。幸運が逃げようともお構いなしである。

 

「悪い。待たせたか?」

「いえ。五分程度ですので気にしないでくださいです」

「そうか。それじゃあ早速始めるか」

「お手柔らかにお願いするです」

 広場には先客がいた。精神統一でもしているのか広場の中心で目を瞑って立つピナ。キリトの声に反応するとおもむろに目を開けて返答する。キリトとピナ。この二人は不定期開催で二人きりで会うことがある。このことを知っているのは二人だけ。シリカやアスナでさえも知らないであろう二人だけの秘密だ。会員数8500人を超えるkコミュニティであっても把握はしていないだろう。とはいえ別にやましいことをしているわけでも二人がモンスターとプレイヤーとの厚き壁を乗り越えてそういう関係を築いているわけでもない。二人がそれぞれ剣を装備し対峙していることからもそれが伺える。二人の目的は模擬戦もとい半減決着モードでのデュエルだ。

 静寂が広場を包む。キリトはピナの一挙手一投足を見逃さないようピナを凝視する。いつ仕掛けたものか。ピナの戦法はカウンターが基本だ。向かってくる敵をいかに返り討ちにするかに重点を置いている。ピナが自ら攻めに出ることは稀だ。このままピナが打って出るのを待っていればあっという間に他のプレイヤーが活動を始める時間になってしまう。この模擬戦を見世物にしたくないのは双方の共通見解だ。自分が仕掛けなければ始まらない。キリトはピナへと向けて走り出す。今回は自分から攻撃を仕掛ける気でいたのかキリトと同じタイミングでピナもキリトとの距離を詰める。

 

「ふッ!」

 ピナの風を纏った突き。キリトは体を捻ってかわすとピナに剣を振り下ろすふりをする。ピナがキリトのフェイント攻撃を避けようとバックステップを取った所を狙ってキリトはすぐさまピナとの距離を詰めピナに逆袈裟をお見舞いする。ピナは剣でキリトの攻撃を受け止めるも宙に吹き飛ばされてしまう。HPを二割ほど減らしたピナは体を捻って着地。何事か唱えてHPを少々回復すると即座に迫りくるキリトへと駆ける。

 交差する剣と剣。互いの攻撃を読み合いながらの至近距離での剣舞は激しさを増していく。しかしキリトがピナの攻撃の一切にかすりもしない一方でキリトの攻撃はピナを捉えている。直撃こそ免れているもののピナのHPゲージは徐々に減っている。それでも決着がつかないのはピナがHPを回復しながら戦っているからだ。だがいくらHPが回復できるとはいえ気休め程度だ。しかも一回使用してから次に使うまでには一定の時間を置く必要がある。この世界において最強のプレイヤーといっていいキリトとの決闘が長く続いているのは紛れもなくピナの実力の表れだ。

 

「はァ!!」

「あッ!?」

 至近距離での剣舞に変化が訪れたのは決闘開始から15分後のこと。微塵も油断できないギリギリの攻防の中でピナの集中力は霧散しかけていく。ピナのわずかな変化に目ざとく気づいたキリトは全力で距離を縮めにかかる。今までのキリトは自身の8割の力でピナと対峙していたのだ。キリトの迅速と言っていいほどに強烈な剣の振り上げ。ピナは寸での所で反応して剣で受け止めようとするもあまりの衝撃の強さに剣を手放してしまう。宙を回転し地面に突き刺さる剣。ピナのHPこそまだ半分以上残っているものの勝負は決したも同然だった。

 

「……参りました。やはりキリトは強いです。今回はいけると思っていたのですがまだまだですね。とても勝てそうにありません」

「いやいや。ピナも前と比べて随分強くなってるって」

「本当ですか?」

「あぁ。本当だ。この調子だったら俺が抜かれるのもそう遠くないかもな」

 今にも落ち込んでしまいそうな様子のピナにキリトは慌ててピナを褒める。実際ピナは前回の模擬戦よりもはるかに強くなっている。ピナ相手に本気で戦うつもりのなかったキリトが全力を出さなければならないほどに強くなっている。キリトが全力を出してまでピナに勝つ選択をしたのは単なる意地の問題だ。キリトのレベルは193。対するピナはレベル182。彼我のレベル差、実に11レベル。レベルではるかにピナに勝ってるキリトが負けるわけにはいかないのである。いかなる手段を使おうともピナに勝とうとするのは当然の結実と言えよう。

 

「さて。続きやるか?」

「はい。次こそはキリトを超えてみせます!」

 ピナは突き刺さったままの剣を抜くとキリトへと剣先を向ける。キリトも半身で剣を構えてこれに応じる。再び静まり返る広場。二人の剣舞はまだまだ続きそうだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『今回もキリトの勝利だったようだね』

「……キリトさんもピナも凄かったです。全然剣が見えませんでした」

 キリトとピナ。模擬戦にて真剣勝負を行う二人を物陰から見守る二つの影があった。アスベルスタイルのアスナと竜使いシリカだ。二人はキリト達が解散しそれぞれ帰路についた頃を見計らって物陰からスッと姿を現す。キリトが時々朝早くにこっそりと外に出かけていることに気づいていたアスナは好奇心に駆られてキリトを慎重に尾行していたのだ。ピナと内密に会っている光景を見た時は「何事ッ!?」と色々とあらぬことを想定していたのだが互いに剣を構えて対峙する様子から自身の認識を修正した。それからはキリトとピナが模擬戦を開催しているときはシリカを呼んで一緒に観戦しているのだ。他のプレイヤーの知らない二人だけの秘密である。

 

「……いつか私も二人みたいに強くなれるかな」

 キリトとピナとのハイレベルな攻防の一部始終を視界に収めたシリカは眉を潜めて不安そうにひとりごちる。ですます口調が抜けていることからアスナに尋ねるつもりはなかったのだろうがアスナにははっきりと聞こえている。誰かの戦いを観戦するだけでもシリカの経験になる。アスナがシリカをわざわざ呼んだのはその意味合いが大きい。シリカを不安にさせるためではない。シリカに自分が皆に置いてかれるといったような焦燥感を抱かせるためではない。

 

『なれると思うよ。シリカなら』

「ふぇっ!? あ、アルベルさん!?」

『君は将来有望だとボクは思ってる。キリトやヒース、ピナも似たような評価を君に下しているはずだよ。君はもっと自信を持った方がいい』

 アスナがシリカの頭を優しく撫でて自身の見解を述べるとシリカは「あ、ありがとうございます!」と勢いよく頭を下げる。ここには自身の赤くなった顔をアスナに見られないように努めるシリカの思惑がある。尤も、アスナの『ちなみにボクはアスベルだ』との言葉に自分が間違えてアスナを『アルベル』と呼んだことに思い当たり恥ずかしさに顔を真っ赤にさせることになるのだが。

 

『さて。ボク達もそろそろ帰ろうか』

「そうですね」

 アスナがシリカの生み出す謝罪の嵐をどうにか収めた後、二人も解散する。勇者キリトのメインパーティのある朝の出来事であった――

 




 ――Information.勇者キリトがピナとのデュエルに勝利しました。
 ということで私が擬人化ピナを登場させたい一心で書いた外伝はここで終了です。VS.ドラゴ編なんてやりませんよ。強すぎて攻略の道筋が全然立てられませんし。次回はアドゥラさんが提供してくれたアイディアを元にした話を投稿しようと思います。私が当初思い描いていた展開とは全く別物と化していますが。


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星空を見上げて


 はい。というわけでSAEO三話目です。今回はアドゥラさんの感想を元にキリアスの甘々な話を作ろうとしていたふぁもにかですが……なぜか物凄くシリアスな話になってしまいました。精々最後の部分が微糖となっているだけです。声を高らかにして言いたい。どうしてこうなった!?
 ※今回の外伝はデスゲーム開始から半年後の話です。



 

 眼前にはオオカミのようなモンスター。グルルとこちらを睨みつける。口元から流れ落ちるよだれがオオカミがいかに凶悪かを如実に表している。冷や汗が背中を伝う感触。右手に持っている己の武器を捨ててオオカミに背を向けて逃げてしまいたい。こちらの様子を伺うオオカミとの距離を保ちながら自身の願望を無理やり押さえつける。背を向けてしまえばその先には死しか存在しない。逃亡は許されない。

 と、その時。オオカミがしてやったりと嗤ったように感じた。疑問符を浮かべていると後ろから鋭い衝撃が襲う。仰向けに倒れた視界に映るのは先ほどのオオカミとは一回り小さいオオカミの姿。仲間がいたのか。気づいた時には手遅れで。最初に対峙したオオカミが鋭い毒爪つきの前足を振り下ろしてきて――殺される。

 

 眼前には二足歩行のトカゲのようなモンスター。こちらを哀れな子羊だと見定めたのか剣を振りかぶって襲いかかってくる。中々速い。だがかわせないほどではない。トカゲの剣撃を余裕をもってかわして己の武器をトカゲに突き立てる。その武器が真っ二つに折れる。トカゲの尋常でない防御力を前に己の武器は敗れ去る。予想だにしない展開に図らずも硬直してしまいその隙を突かれて――殺される。

 

 眼前にはワシのようなモンスター。鉤爪の攻撃にかすっただけで麻痺毒に陥りなす術もなくじっくりと――殺される。

 眼前には蜘蛛のようなモンスター。その姿からは想像もつかないほどの速さで距離をつめられ抵抗虚しく――殺される。

 眼前には食虫植物のようなモンスター。地中からの根っこを使った不意打ちに対応できずに拘束されじわりじわりと――殺される。

 

 殺される。殺害される。惨殺される。刺殺される。撲殺される。殺戮される。絞殺される。扼殺される。斬殺される。圧殺される。殴殺される。いつまでも。いつまでも。終わりなど存在しない。殺されたらいつの間にか次の舞台に立っていて。眼前には当然のごとくモンスターがいて。殺されて別の舞台に移る。永遠と繰り返される。

 

 

 ――そんな夢を見た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ぅ……ん?」

 第七層のとある宿にて。キリトはふと目を覚ます。何か物音がしたような気がしたのだ。ベッドから起き上がり時間を確認すると午前1時。夜真っ盛りな時間帯である。キリトは首を傾げる。キリトがこんな真夜中に目を覚ましたのは現実世界を含めた今までの人生の中で数回程度だからだ。徹夜ならまだしも一度就寝してからこの真夜中に起きるのは非常にレアである。再びベッドに転がって目を瞑るも全然眠れそうにない。むしろ頭が冴えわたっていく。これは眠れそうにないなとキリトは就寝を諦めると宿の外へと歩を進めた。

 誰もいない主街地をキリトは歩く。誰一人プレイヤーがいないため今のキリトは勇者の仮面を被る必要はない。外聞など気にしないで圏内を歩く。いつ以来だろうか。キリトは過去の記憶を掘り起こしながら一人自由気ままに散歩する。記憶の掘り起こしといっても真剣に思い出そうとしているわけではない。暇つぶしの一環だ。

 

「……え?」

 ふと空を見上げて言葉を失った。綺麗だった。現実世界では絶対に見られないような空一面を彩る星の数々。星座に疎いキリトでもわかるようなポピュラーな星座もいくつか存在している。プラネタリウムなんかと比べるまでもない。一晩中ずっと見続けていても飽きそうにないほどに秀麗な光景。

 

(そういえば、空なんて見上げたことなかったな……)

 この世界がデスゲームと化して以降キリトは必死に生きてきた。ただでさえ自分一人が生き残るのに精一杯なのにその上勇者の看板を背負い始めてからは他のプレイヤーが死なないよう自分の命を賭してボス攻略に挑んできた。だからだろうか。相変わらず絶望的な状況にうつむくことはあっても。勇者らしい毅然とした態度で前を見据えることはあっても。空を見上げたことはなかった。精々命からがらフレンジーボアを倒したデスゲーム開始初日が最後だ。あのあまりに綺麗に感じられた赤橙の空が最後だ。

 

「……ん?」

 明日はアスナにもこの光景を見せよう。星を見上げて感嘆の息を漏らすであろうアスナの姿を想起しながら圏内を歩いているとき、キリトの視界にスッと前方をよぎる影が映る。自分の他にも夜の街を散策しているプレイヤーがいるのかと咄嗟に勇者の仮面を被ろうとして、絶句する。

 アスナだった。別にそれだけならば何もおかしくはない。驚く要素など存在しない。アスナだって自分と同じように眠れなくて気晴らしの散歩をしているかもしれないのだから。アスベルの変装なしに主街地を歩いているのも少々意外だなと感じるくらいだ。今は真夜中。誰もが明日に備えて眠りに就く時間帯だ。他人の視線がないのにわざわざアスベルスタイルでいる必要はない。キリトが驚愕した箇所はアスナの目だった。アスナの目が虚ろになっている。榛色の透き通ったかのような綺麗な瞳が今は濁っている。目が死んでいる。まさにそんな表現が今のアスナにはぴったりだった。アスナはふらふらと覚束ない足取りでまるで吸い寄せられるかのようにキリトのはるか前方を歩く。その先にはモンスターが跋扈するフィールドが広がっている。

 

「アスナッ!?」

 一切の躊躇もなく圏外へと繰り出したアスナをキリトは急いで追いかける。アスナの歩みを止めようと何度もアスナの名前を叫ぶ。だがアスナの耳には届いていないのかアスナの歩みは一向に止まる気配がない。アスナの目的がわからない。なぜアスナはこんな夜遅くに一人で危険極まりないフィールドへと向かっているのか。何か自分に言えない理由があるのかもしれない。けれど。それでも濁りきった目をした今のアスナを放っておけるはずがない。キリトは全力で走る。

 

「アスナ! 止まれって!!」

『……何だキリトか。どうかしたのか?』

「どうかしたのかって……どうかしてるのはアスナの方だろ! なんでこんな時間帯に外に行こうとしてんだよ!? 死ににいくようなもんだぞ!?」

 まもなくアスナに追いついたキリトはアスナの肩を掴む。危なげない歩みを止めてキリトの方を振り返るアスナ。アスベルの口調でさも不思議そうに尋ねるアスナにキリトはつい声を荒らげる。今のアスナはどこかおかしい。アスナの空虚な目を間近で見てキリトは確信する。夜のフィールドはモンスターの天下だ。同じモンスター相手でも昼と夜ではまるでレベルが違う。さらに夜目が利かない分だけプレイヤーが死ぬ危険性は上昇する。そのことをアスナは知っているはずだ。知っていて外へと歩を進める。全くアスナらしからぬ行動だ。わけがわからない。一体アスナは何がしたくて――

 

『うん。だから今から死のうとしているんじゃないか』

「……は?」

 キリトは固まった。当然だろう。アスナは今この場において自殺の意思を告げたのだ。第一層ボス攻略会議で出会ってから今までずっと共にSAO攻略のために歩んできた強く気高い元ソロプレイヤーのドロップアウト宣言。アスナの言葉が理解できずに立ちすくむキリトをよそにアスナは『じゃあなキリト』と再びフィールドの奥へと歩き出す。徐々に遠くなっていくアスナの華奢な背中。キリトはハッと我に返るとアスナの前方に回り込む。

 

『何のつもりだキリト』

「……本気なのか、アスナ」

『冗談で自殺なんかするわけないだろ。邪魔だキリト、どいてくれ』

「どかない。とにかく帰るぞアスナ」

 アスナは本気で自殺しようとしている。相変わらず空虚な瞳から察したキリトはアスナの要望を拒否してアスナに立ちはばかる。今のアスナは異常だ。どうにかして正気を取り戻させる必要がある。無理にでもアスナを連れて主街地に引き返そう。話はそれからだ。キリトはアスナに近づこうとして、距離をとった。

 

「あ、アスナ……?」

『邪魔をするというのなら……君でも容赦しない』

 アスナがレイピアで攻撃してきた。想定外極まりない事態に呆然としているキリトにアスナの風を伴ったレイピアがほとばしる。アスナの殺意の籠った本気の攻撃。キリトは横っ飛びでかわすと即座に剣を装備してアスナと対峙する。

 

(本当にどうしたんだよアスナッ!?)

 無言でキリトを殺しにかかるアスナ。キリトはアスナのレイピアによる連撃を剣を使って紙一重でかわす。頭の中はどこまでも混乱している。今のアスナはどこかおかしい所じゃない。明らかに暴走している。壊れている。何がアスナをここまで壊したのか。少なくともここ数日のアスナに変化はなかった。あくまでいつも通りだったはずだ。わからない。何もわからない。徐々に激しさを増していくアスナの攻撃の中でキリトの動きは徐々に精彩を欠いていく。

 

「くッ――」

 アスナの怒涛の攻撃の全てをかわしきれずキリトのHPが段々と削られ黄色へと変化していく。キリトにとって素早く攻撃の手数の多いアスナとの相性はかなり悪い。レイピアを使用した突きにより攻撃のリーチが広いのも相性の悪さの一因だ。実際何度か秘密裏に開催している半減決着モードでのデュエルではキリトがアスナに負け越している。勇者キリト信者には絶対に知られてはならない事実である。それでも。アスナを死なせないためには。いつの間にかカーソルがオレンジに変わっているアスナを止めなければならない。

 

(けど、どうやって――ッ!!)

 しかしキリトはアスナを前に防戦一方だ。アスナの暴走を止める以前にこのままではジリ貧だ。自分の命が危ない。もし仮に自分が殺されてしまえばアスナにPKをさせてしまうことになる。自殺をさせてしまうことになる。何かないのか。キリトは言いようもない焦燥感を胸に打開策を必死に模索して――閃いた。

 

「――アスナあああああああああああああ!!」

 キリトは一つの賭けに近い策を元にアスナへと駆ける。防御を捨てたキリトはアスナのレイピア攻撃でHPが赤色に差しかかっても気にも留めずに一歩も引かずにアスナとの距離を詰める。アスナの攻撃は手数こそ多いが一回一回での与えるダメージ量は少ない。そのことを考慮したゆえの行動である。キリトの無謀すぎる一手に目を見開くアスナ。レイピアの攻撃が緩んだ一瞬の隙をついてキリトは満身の力を込めた逆袈裟でアスナのレイピアを弾き飛ばす。そのままアスナの服を掴んで自分の元に引き寄せ渾身の頭突きをお見舞いした。それはかつて正気を失ったキリトに我に返ってもらうためにアスナがとった手法。キリトはアスナの正気を取り戻すために同じ方法を使って賭けに出たのである。

 

『~~~ッ!?』

 果たして賭けは成功した。キリトの頭突きがよほど意外だったのか、頭突きの衝撃で数歩後退したアスナは目をぱちくりとさせている。その目に少し生気が宿ったのを確認したキリトは剣を装備から外す。ちなみに今現在のキリトのHPは残り数ドットである。後一回でもアスナの攻撃を受けていれば消滅は免れなかっただろう。

 

「頭は冷えたかアスナ?」

「キ、リト……」

「アスナ。お前言ったよな? 自分の独善で人の思いを蔑ろにするなって。そのアスナがなんで自殺しようとしてんだよ? エギルのことは忘れたのか?」

「――ッ!?」

 キリトはふつふつと湧き上がる怒りの奔流を何とかせき止めながらあの時と同じようにアスナに言葉を畳み掛ける。あの時と違っているのはキリトとアスナの立ち位置だ。アスナを諭す立場のキリトが口にした『エギル』という名前にアスナはビクッと体を震わせる。エギルはかつてキリトとアスナに希望を見出し二人を救うためにその身を犠牲にした。大方正気を取り戻し始めたアスナは自身がこれからやろうとしたことが自らを生かしたエギルへの最大限の侮辱だと気づいたのだろう。アスナは呆然とした表情で膝をついてストンと腰を落とす。

 

「……なんで自殺なんかしようとしたんだ?」

 キリトはアスナを見下ろして尋ねる。何があるかわかったものではないので回復結晶でHPを全快した上での問いだ。今までもアスベルの仮面をとったアスナが涙を流すことはあった。理不尽という言葉を全力で体現するモンスターがもたらす死の恐怖にガクガクと震えることはあった。だが自殺の決行をもくろんだのは初めてだ。何がアスナをここまで追い詰めたのか。キリトは自身でも色々と推測しつつアスナの返答を待つ。

 

「……夢を、見たの」

「夢?」

 数分後。俯いたままのアスナが消え入りそうな声で答える。アスベルスタイルの口調はすっかり鳴りを潜めている。キリトは予想外の答えに頭に疑問符を浮かべる。

 

「うん。私がモンスターに何度も何度も殺される夢。痛みはないんだ。でも死んだと思ったらいつの間にか蘇っててまた殺されていつまでも終わってくれないの。助けてって叫んでも必死になって逃げてもモンスターに立ち向かっても殺されてまた蘇っての繰り返し。なんで私がこんな目に遭わないといけないのって、なんで私は生きてないといけないのって思ってそれで――」

「アスナ! もういい。大丈夫だから。大丈夫だから」

「――ッ」

 キリトを見上げて息継ぎもなしに矢継ぎ早に言葉を紡ぐアスナ。話すにつれて少しずつアスナの目から光が消えていく。焦ったキリトは即座に膝をついてアスナを抱き寄せることでアスナの話を中断させる。安心させるように声をかけるとアスナは堰を切ったかのように涙を流し始める。嗚咽をあげて泣きじゃくるアスナが落ち着きを取り戻すその時までキリトはアスナを抱きしめて優しく声をかけ続けることとなった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ねぇ」

「何だ?」

「キリトはさ、怖くないの? HPゲージがゼロになったら死んじゃうこと」

「いや怖いよ。怖いに決まってる」

「だったら。どうしてキリトはそんなに頑張れるの? 誰も死なせないって皆を助けようとできるの? そのせいでキリトが死ぬことだってあるかもしれないのに」

「どうしてって言われてもなぁ……」

 キリトはアスナからの不意の質問に頭を捻る。ちなみにキリトは疲れ切ったアスナのためにおんぶをしている。ところで二人の現在地は依然としてフィールドのままだ。目的地は圏内たる主街地ではなく別の村。キリトへの攻撃によって見事にオレンジプレイヤーとなってしまったアスナにカルマを回復するためのクエストを受けさせることが理由である。勇者キリトの懐刀たる『閃光のアスベル』のカーソルがオレンジだと他のプレイヤーに知れたら勇者キリト伝説が一気に瓦解しかねない。アスナがキリト以外に未だ素顔をさらしていないことは不幸中の幸いであろう。

 

「……やっぱり茅場晶彦だろうな。あいつはこの世界をログアウトのできないデスゲームにした。この世界のモンスターを強くした。だからプレイヤーが死ねば死ぬほど茅場晶彦のシナリオ通りに物事が進んでる気がしてさ。俺はそれが許せないんだと思う」

「……そっか」

 しばらく考えた後、キリトは自身の気持ちを整理しながらアスナの問いに応じる。他にもキリトの考える勇者像といったようなものが我が身を顧みずに他者を助ける理由となっているのだが一番大きいのはやはり茅場晶彦への反骨心だろう。キリトはうんうんと頷きながら歩いていく。半ば奇跡的にモンスターによる襲撃がない夜のフィールドにて沈黙が二人を包む。不快な類いの沈黙ではない。ふと幻想的な空の景色のことを思い出したキリトはアスナに「アスナ。空見てみろよ。凄いから」とアスナを促してみる。背中におんぶしているアスナが息を呑んだのか気配で分かった。

 

「な? 凄いだろ?」

「うん。綺麗……」

 アスナは空から一時も目を離さずに感嘆の息を漏らす。その様は年相応の女の子そのものだ。アスナのカルマの回復が終わったら。少しだけSAO攻略から離れるのもいいかもしれない。キリトは自然とそんなことを考えていた。レベルも所持金も十分に余裕がある。躍起になってSAO攻略なんてしないで一度アスナと一緒にモンスターの脅威のない所でゆったりと暮らしてみるのもいいかもしれない。キリトはアスナと過ごす平穏な日々を想起して笑みを浮かべる。二人の上空で一筋の流れ星が流れた。

 




 ……というわけでこの後二人は一週間の間二人でゆったりと過ごします。原作みたく家購入とかはさすがにできていませんけど。キリト&アスナマジ夫婦。そしてこの話でSAEOは終了となります。後はネタが思い浮かび次第細々と連載する予定です。今の所は全く思い浮かびませんけど。とにかく一日一話更新はここで終了です。今まで本当にありがとうございました。


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勇者様の為ならば


 お久しぶりです。ふぁもにかです。案外早めにネタが浮かんだので晴れて更新することとなりました。最低でも3か月はかかると推測していたんですけどね。しっかしヤンマーニでお馴染みのあの歌を聞いている時にこの話をふと夢想&構築するとか相変わらず私の脳内回路は理解不能ですね。はい。……とりあえず最後に一言だけ言っておきましょう。ありがとうヤンマーニ。君のおかげでここまで来れたよ。


 彼の一日は午前3時から始まる。

 他のプレイヤーが寝静まる中、彼は単身で夜の25層を駆ける。決して彼は自殺志願者ではない。常にボス攻略し隊の中心で輝く勇者キリトに追いつきたい一心なだけなのだ。自分よりもはるかに年下でありながら誰よりも強く気高く美しい勇者キリトと同じ境地に立ちたいだけなのだ。彼はいつの間にか自身を取り囲むカマキリを2メートル強に巨大化させたモンスター3体に気づき笑みを浮かべる。普通ならばこの絶望的な状況下で笑うなどあり得ない。眼前のカマキリ型モンスターは一撃の威力こそあまり高くはないものの二本の鎌による止めどない連撃が特徴的だ。ソロプレイヤーたる彼が一度でも鎌の攻撃を喰らってしまえば立て直すのは容易ではない。まして夜という時間帯によってただでさえ強く厄介なカマキリ3体がさらに凶化されているのだ。ここで笑うなど正気の沙汰ではない。

 

「……勇者様ならばこの程度軽く切り抜けられる」

 誰もが手遅れになる前に転移結晶で圏内に転移しようと即座に行動するであろう中で彼は脳裏に勇者キリトが眼前のカマキリ3体を瞬殺する映像を浮かべてニタァと笑みを深くする。ちなみに現時点のキリト(レベル275)が彼と同じ状況下に陥れば即座に逃げの一手を選択する。瞬殺などできるはずがない。夢の中の夢だ。ここから彼の脳内の勇者キリト像がどれだけ誇大化されているかが伺えるのと同時に一人でカマキリ3体と対峙することがどれだけ無茶なのかが伺えるものである。

 

「――フッ」

 彼は颯爽と活躍する勇者キリトを想起したことで高ぶる心を息を吐いて落ち着かせる。そのままスッと目を閉じて精神統一にかかる。興奮して判断力が一瞬でも鈍ってしまえば殺されてしまう。勇者キリトに追いつけなくなる。彼にとっての恐怖は殺されて消滅することではない。勇者キリトに追いつく所か勇者キリトの背中が今以上に遠くなることだ。彼は開眼すると両手剣を構えて凶笑を形作る。子供だけでなく大人までもトラウマになってしまいそうなほどに凶悪な悪魔の笑みだ。心なしかカマキリ陣も腰が引けているように見える。かくして彼、クラディール(レベル248)とカマキリ3体との命をかけた剣舞が幕を開けるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午前8時。カマキリ3体を何とか撃退したクラディールは18層にあるリズベット武具店(仮)に向かっている。(仮)なのは店主たるリズベットが店の外装や立地等をそれほど気に入っていなくいい場所を見つけ次第即座に引っ越す所存でいるからだ。そんな事情を露ほども知らないクラディールは(仮)など取ってしまえばいいのになぜ(仮)なんだと不可解さに首を傾げることしかできない。例えクラディールがリズベットの店へのこだわりを知った所で大して興味を抱くことはないだろうが。無理もない。何せ彼の脳内フォルダは勇者キリトで9割を埋め尽くされているのだから。勇者キリトグッツなどが販売されたら全財産を余すことなくつぎ込むだろうことは目に見えている。

 

「「リズベット武具店へようこそ!」」

 リズベット武具店(仮)の扉を開けて中に入ると二人の男女が元気よくクラディールを迎える。その内の一人、藍色のゆるやかな髪を背中まで伸ばした少女――ヨルコ――がクラディールの姿を捉えると「あ、クラディールさん」と柔和な笑みを浮かべる。どうやらヨルコはリズベット武具店(仮)の常連と化しているクラディールの顔をしっかりと覚えていたようだ。それはもう一人の黒髪短髪の男――カインズ――も同様らしく「今日はどのようなご用件ですか? クラディールさん」と親しげに声をかけてくる。

 

「武器の強化を頼みたい」

「わかりました。奥へどうぞ」

 番号札を渡すとカインズはクラディールを奥の作業場へと先導する。ここの所リズベット武具店(仮)は繁盛している。大繁盛と言っていい。

 きっかけは閃光のアスベルことアスナが鍛冶スキルのみをひたすらに鍛えていたリズベットと出会ったことである。リズベット渾身の出来映えたる細剣をアスナが機能面や見た目で気に入り勇者キリト一行にリズベットの素晴らしさを力説。アスナの仲介でリズベットと知り合ったキリトやヒースクリフ等もリズベットの作品を凄い凄いと称賛し、事あるごとに足しげくリズベット武具店(仮)を訪れたことで『勇者キリト一行の行きつけのお店』として瞬く間にリズベット武具店(仮)の知名度が上がったのだ。行列ができることが当たり前と化すほどの人気を獲得したリズベット武具店(仮)。店主たるリズベットが番号札制度を取り入れ度々ギルド『黄金林檎』のメンバーにプレイヤーの応対を依頼するのは当然の帰結と言えた。

 

「リズベットさん。お客さんですよ」

「ん? あ、クラディールじゃない。今日はどうしたの?」

 作業場で片手剣を研磨していたベイビーピンクの髪に青い瞳をした少女――リズベット――はカインズの呼びかけに応じてクラディールの元へとトテトテとやってくる。その容姿は赤いワンピースに白いドレスエプロンと中々に似合っている。アスナ考案のイメチェンが功を奏した結果である。当初リズベットはなんでアスベル(男)に上から目線でアドバイスされなきゃいけないのよと不機嫌を顕わにしていたのは余談の話だ。

 

「これの強化を頼みたい。鉱石は集めるだけ集めたから使えるものを使ってほしい」

「りょーかい――って、これ全部あんたが集めたの!? レアなのも結構あるじゃない!? これ全部売ったら一軒家も買えるんじゃないの!?」

「そうだろうな。だが家を買うくらいなら装備を充実させる方がいい」

「……相変わらず無茶なレベル上げしてるのね」

「当然だ。勇者様に追いつくためにはこの程度では――」

「あー。いいから。あんたにキリトさんの話させると日が暮れちゃうわ」

 カインズが接客のためにヨルコの元に戻ったのを見計らってクラディールがアイテムストレージからありったけの鉱石を取りだして床にばらまくとリズベットは鉱石の多さと希少性に目の色を変える。クラディールの実態を粗方把握しているリズベットはふとクラディールの命を憂慮するもそこは地雷が原であった。

 童心に戻ったかのように目を輝かせ拳を握りしめ破壊力抜群の喜色満面の笑みを浮かべて勇者キリトがいかに素晴らしいかを力説しようとするクラディールをリズベットはその話は聞きたくないと首を振ってクラディールの言葉を封じにかかる。ちなみにカインズが早めに接客に戻ったのはクラディールによる勇者キリト絶賛からあらかじめ退散する狙いがあってのことだ。カインズもリズベット同様、クラディールの被害者なのである。もしも二人がクラディール洗脳のきっかけとなったディアベルの存在を知れば真っ先にタコ殴りに向かうことだろう。半殺し上等、カーソルのオレンジ化上等である。

 

「それじゃあコレとコレとあとコレもありがたく使わせてもらおうかな。剣貸して」

 床に散乱する多種多様な鉱石勢から数個を回収したリズベットはクラディールに手を差し出す。両手剣を預けたクラディールは「すぐに終わるからその辺に座ってて」とのリズベットの言葉に従って椅子に腰を落ち着ける。勿論、床に大胆に散りばめた鉱石は回収済みである。抜かりはない。

 

「できたぁ――!!」

 数分後。鍛冶スキルを存分に行使するリズベットの後ろ姿を眺めているとリズベットが両手剣を掲げて喜びを体現する。リズベットは上を見上げたまま強化された両手剣のステータスを確認すると一つ頷いて自信満々にクラディールの元へと向かう。

 

「はい。無事強化できたわよ」

「ッ!? これは――」

「軽いでしょ? それで威力は元の1.8倍。耐久値は2.6倍。でもって重さは0.7倍。申し分ない出来だと思わない?」

「……素晴らしい。まさかこうも私の想定をいい意味で裏切ってくれるとは思わなかった」

「ふふん、凄いでしょ?」

「ああ。これならより早く勇者キリト様に追いつける。ありがとうリズベット様。おっと料金は――」

「いらないわよ。貴重な鉱石持ち込みで来てくれたし。あと――」

「そうか。ならば私はここで失礼する。一刻も早くこれの性能を確かめなくてはッ!!」

「いい加減“様”づけは止めて――って、もういないし」

 新しく強化されて生まれ変わった両手剣を受け取ったクラディール。リズベットの説明を聞き手に持つ両手剣を所構わず振り回したい衝動に駆られうずうずとしていたクラディールはすぐさまリズベット武具店(仮)を飛び出しモンスターの跋扈するフィールドへと駆けだしていく。バヒュンと効果音の付きそうな走り具合にリズベットはやれやれとため息を漏らす。乾いた笑みを含んだ呆れのため息だ。そういえばここ最近は陰鬱なため息しか吐いていなかったなとリズベットは表情を暗くする。

 

 原因は25層ボス攻略戦にさかのぼる。24層ボス戦まで死者ゼロとは言わないまでも限りなく少数の犠牲でSAOを攻略してきた勇者キリト一行。完璧とは言えないが順調に進むボス攻略の道筋が一変したのが25層ボス攻略戦だったとリズベットは聞いている。結晶アイテムを問答無用で無効化するボスフロアにあらゆるソードスキルを無効化する蜘蛛を巨大化させたボスモンスター。ただでさえ凶悪極まりない性質を持つボス蜘蛛にそれでも勇者キリトの体を張った猛攻にアスベルの的確な指示、ヒースクリフの鉄壁の守護、キリト&アスナ&ヒースクリフが安心して己の役目を発揮できるようあらゆる面でサポートをするシリカ&擬人化ピナによってボス攻略戦は上手い具合に進んでいた。

 

 それが絶望に転じたのはボス蜘蛛のHPゲージが赤色に差しかかった頃。何と上空からもう一体のボス蜘蛛が襲来してきたのだ。別にボスが一体しか存在してはいけないというルールは存在しない。だが誰一人予想だにしなかったあまりに理不尽な展開にボス攻略し隊の統率は見る見るうちに崩壊した。連携した攻撃が不可能となり2体のボス蜘蛛によってプレイヤーは次々に消滅に追いやられていった。結局、25層ボス攻略はキリトがボス蜘蛛一体を撃破しただけで退散することで終結。ボス攻略参加者85名の内59名が殺される大惨事となったのである。その中には擬人化ピナも含まれている。「所詮私はこの世界のモンスターです。あの蜘蛛と同類です。他のプレイヤーの皆さんとは命の重みが違うです。私のことは捨て置いてください。……最期に、私を人間として扱ってくれてありがとうです」と殺戮の限りを尽くすボス蜘蛛に単身で駆けだし生き残りがボスフロアから逃げ延びるまでの時間稼ぎに向かい、役目を果たして散ったのだそうだ。

 

 以降。アスベルは今回の責任を全て自分のせいにして宿に引きこもりシリカは奇跡的に手に入った羽の形をしたアイテム――ピナの心――を手に四六時中号泣しキリトはボス攻略の最前線から姿を消した。フレンド登録しているのでキリトが現在22層の南西エリアにある小さな村にいることは分かっているのだが何をしているかは全く以て不明だ。勇者キリトのメインパーティ内で依然と変わらずにSAO攻略を見据えていたのはヒースクリフだけだ。

 

 しかし。ボス攻略し隊も他のプレイヤーも25層ボス攻略戦での凶報を耳にしてSAO攻略はやっぱり無茶だったんじゃないのかという自問自答を繰り返す中、クラディールの心は未だに希望を失ってはいない。1時間という仮眠と言っても差し支えないほどに短い睡眠時間でレベル上げに挑んだりコーバッツとかいう全身鎧装備の中年男性プレイヤーとともにキリトのストーキングに精を出したりとあまり褒められた行為はしていないが彼、クラディールのキリトへの思いは本物だ。それぐらいリズベットにも理解できている。クラディールはただの勇者キリト信仰者とは違う。勇者キリト一行がボス攻略に失敗した程度で幻滅したりはしない。キリト達の心が折れた程度で見限ったりはしない。むしろ勇者キリトと同じ視点に立ってキリトを支える一柱になろうとますますレベル上げに力を入れている。

 

「さっさと立ち直りなさいよ。キリト、アスベル。いい歳したおっさんがあんた達の力になりたいってバカみたいに前に突き進んでるんだから。そういう奴もいるんだから。ぼさっとしてたらあっという間に抜かれちゃうわよ」

 リズベットはここにはいないそれぞれ『勇者』と『閃光』の二つ名を持つ二人に言い聞かせるように声に出す。彼らとの会話はクラディールとのやりとり同様楽しいのだ。いや年が近い分だけ二人とはクラディールよりも気兼ねなく楽しく会話している。あくまで誤差の範囲内だが。彼らがいつまでも自信を喪失し鬱になっていてはリズベットとしても楽しくない。リズベットの気持ちも沈んでしまう。

 パートナーを失って傷心に暮れていたシリカも上層には使い魔蘇生アイテムがあるかもしれないというヒースクリフの言葉に希望を抱いてピナの心が遺品にならないようアイテムで封印することで己を奮い立たせているのだ。後はキリトとアスベルだ。あの二人が復活してくれるだけでいい。一筋縄ではいきそうにもないが。

 

 しばらく作業を中止して二人の現状を憂いていると「リズベットさん。お客さんです」とカインズが新たなプレイヤーを引き連れてやってくる。ここは行列のできるリズベット武具店(仮)。ぼんやり考えてる暇なんかないかとリズベットは気持ちを瞬時に切り替え、いかにも商人らしい営業スマイルを浮かべてカインズの方へと向き直るのであった――

 




 あれ? おかしいな。綺麗なクラディールさんはただのネタキャラのはずだったのにいつの間にかメチャクチャいい人になってる? ということで今回は前半はクラディール目線、後半はリズベット目線でお送りしました。何気に初登場だったリズベットさん。出番あって良かったですね。スタンバってた甲斐がありましたね。見えない努力って大事ですね。


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