はくのんの受難 (片仮名)
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プロローグ
プロローグ


EXとCCCを最後にやったのが数年前……
忘れておかしなことになってたら教えてくだせぇ……


 

 

 どうしてこうなった。

 自覚してしまえばぶっちゃけいつものことではあるけど、いい加減にしてほしい。

 長い間眠っていたような倦怠感がさらに気分を落としていく。

 ……気分を落としていく、というか意識が完全に飛びそうです。

 

 ――どうして目が覚めた瞬間、制服一式で雪原に放り込まれなければいけないのか。

 

 寒い、というか痛い。

 幸いなのは旧女子制服ではないため、生足は避けられたことか。

 だからといってこの状況を乗り切れるなんてことありはしないのだが。

 

 ――――おまけにいつも通り、記憶があいまいである。

 

 もう何回目だろうか、こんな状況に陥るのは。 

 悲しいことに慣れてしまったのか、いつもにまして驚きが少ない。

 まぁ大雑把ながらに月の聖杯戦争の記憶が残っているのも一因だろう。

 自分が何者なのか、岸波白野という自分の名がわかっているのだから。

 それだけ分かれば今は上出来である。

 

 ――そんなことより、現状を打破せねば!

 

 死ぬ、本当に死んじゃう。

 ほら見たことか、走馬燈が見えてきてしまった。

 紅い弓兵、赤い皇帝、青い妖狐、そして眩い黄金の王。

 温かいなにかが懐かしいと胸の中を這いずり回る。

 同時にその思い出の中で死にかけた回数を自然とカウントし……両手の数を超えたあたりで目をそらした。これはダメだ、今の状況がまだ生ぬるいと思えてしまうとか私の人生は波乱万丈すぎる。

 と、いうか。

 聖杯戦争はマスターとサーヴァントの二人組での戦い。

 その記憶が複数あるというのは一体どういうことなのか。

 

 ――いや、考えるのは後回しだ。寒い、本当に寒い。

 

 ありすと闘った氷の城より寒い!

 まさか幾多の死線を越え聖杯を手に入れた私が、こんな死にかたをしようとは。

 最強なのは人ではなく自然だった、まる。

 

 ――あぁ、今なら全部食べれる気がする……殺人、まー……ぼ……

 

 もしくは、、エリザベートの料理(温かいスープ限定)

 それを思い浮かべたが最後、私の意識は薄れていった。

 何故か最後に、いたずら好きそうなカラフルな男の人を幻視して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャウ!」

 

「ま、待ってくださいフォウさん! 勝手に施設の外に出てしまうなんて、バレたら所長に怒られてしまいます! あぁもう、雪を掘り返して……遊びたかったのならば施設の敷地内でも……」

 

「キャウキャウ! キューウ!」

 

「ここを掘れと? ……仕方ないですね。こんなこともあろうかと持ち運び用小型スコップが――何でしょうか、今突き刺した部分が柔らかかったような……」

 

「キューウ!」

 

「ひ、人が埋まって!? いいいい急いでカルデアへ運ばないと――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、生きているって素晴らしい。

 正確には室温が氷点下よりも温かいことが素晴らしい。

 

「いやぁ、流石に手遅れかと思ったんだけど半端じゃないね、君の生命力は」

 

 ギィ、と椅子を回しながら笑顔を浮かべる男性。

 どうやら凍死寸前で拾われた私を救ってくれた恩人の一人らしい。

 

「あんな寒いところで雪に埋もれて生きてるだなんて……もしかして似たような経験があって耐性ができてるとか」

 

 ……言われてみるとあながち否定できないような。

 何せ、今の体かどうかは分からないが冷凍保存されていたこともあるのだ。

 そのせいかと言われれば否定できないような……いや、それで耐性出来るって適応力おかしい。

 まぁ何にせよ生きているのだから過程は気にしないことにしよう。

 

「おまけに死にかけたというのに、精神のバイタルは正常値って……流石に驚いたなぁ」

 

 あはははと笑う男性はロマニ・アーキマンというらしい。

 私が運び込まれたこの場所、カルデアという組織で医療をつかさどる人間のひとりだという。

 

「っと、マシュに君が起きたら教えてほしいって言われてたんだっけ」

 

 そういいながらドクターは端末を手に取る。

 それにしてもマシュ?とはいったい誰のことなのか

 

「ん、あぁ。君を雪原から掘り起こした子だよ。随分と心配しててね。」

 

 成程、私を掘り起こして……。

 これはお礼を言わなければいけない。

 

「うん、そうしてあげて。っと、やぁマシュ、君が連れてきたお嬢さんだけど目が覚めたよ。うん、バイタルもすべて安定していて医師である僕からみても驚きだよ――ってありゃ、切れた。まぁまもなく到着するだろう」

 

 と、そういえば現状の確認ですっかりと忘れていた。

 

「うん? どうかしたのかい」

 

 ――助けてくれてありがとう。

 

「――あはは、そう真っすぐに言われると照れるなぁ。うん、君はいい子だ、間違いない」

 

 うんうんとうなずくドクター。

 そんな様子を見ていると、パシュとドアが開く音がした。

 視線を向けてみれば、そこには眼鏡をかけたパーカーをまとう可愛らしい少女が立っていた。

 ……なぜだろう、彼女を見ているとやたら保護欲がわいてくる。

 まるで『桜』のような――

 

「おはようございます、先輩。ご無事なようで何よりです」

 

 後輩キャラだと――――! 

 それに加えて眼鏡だと――――!

 ここは楽園だったのか!

 

「ひゃう!? え、え?」

 

 驚く少女を見て正気を取り戻す。

 あぁ、すまないちょっと興奮してしまった。

 

「いやぁ、ちょっとじゃすまなかった気がするけど……もしかして業が深いのかな」

 

 後輩キャラって素晴らしい。

 私は今まで生きてきてそれを学んだ。

 そして今、その素晴らしさを再確認したのである。

 

「いやぁ君とはいい酒が飲めそうだなぁ!」

 

「ダメです、ドクター。先輩はおそらく未成年、何より病み上がりですので体に毒です」

 

「あはは、冗談だよマシュ」

 

 二人の会話を聞きながら、ジ、と少女を見つめる。

 淡い桃色の髪に白い肌、儚そうなその容貌は『桜』を彷彿とさせる。

 守りたい、その笑顔。

 

「うわぉ、男前だね。彼女に合わせたら気に入られちゃいそうだ」

 

 彼女とは誰のことか。

 まぁ私の場合、気に入られた相手は相当に厄介というパターンが多いので会わないで済むならそうしたいところ。

 代表? ヤンデレとか良妻賢母とか……あとアイドル?

 

「あの……熟考中に失礼します。先輩、体調の方はいかがですか?」

 

 言われて、体を動かしてみる。

 痛みも気だるさもなく健康そのものである。

 本当に死にかけたのか疑問に思えるほど。

 これまた聖杯戦争ではいつものことなので動揺なんて今さらできない。

 

「良かった。フォウさんが見つけてくれなければ、先輩が地上に出てこれるのは数世紀も後だったかもしれません」

 

 ぞっとしない話である。

 30年先でも取り残された感があったというのに数世紀とか考えるだけでも恐ろしい。

 本当に感謝してもしきれない。

 

「いえ、私はフォウさんに言われた通りにしただけですし……」

 

 それでも救って、ここに連れてきてくれたのは君だ。

 それは間違いないことで、おかげで私が救われたのも間違いないことだ。

 

「そう、ストレートに言われてしまうと、照れてしまいます」

 

 頬が赤く染まるその表情、プライスレス。

 ……どうしたのだろう私は、後輩に飢えているのだろうか。

 と、そういえばフォウさんとやらはどこにいるのだろうか。できることならフォウさんとやらにも一緒に感謝の言葉を伝えたいのだが。

 

「あぁ、フォウさんなら先輩の布団の中に」

 

 なんだと。

 バッと布団をめくってみれば、そこにはなんだかよく分からない生き物が身を丸めて寝ていた。

 なに、このかわいい生き物。

 狐とか目じゃない。

 ご主人様!? と抗議の声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。

 

「経緯を説明するならば、フォウさんが散歩のすえついに施設外へ脱走。それを追った私がフォウさんの言うとおりにその場所を掘ってみたら先輩発見、という流れになります」

 

 つまりこのフォウさんとやらが脱走しなければ今もまだ雪の下だったということか。

 たらればの話は今はよそう、無事だったことを喜ぼう。

 何にせよ、私が助かったのは二人のおかげということだ。

 

 ――だから、ありがとう。

 

「先輩は真っすぐすぎます。あって間もない私でも、先輩が善性の存在であると確信できるほどに」

 

「フォウ! フォーウ!」

 

 いつの間にか目を覚ましていたフォウさん――フォウが私の上で飛び跳ねる。

 重い、かと思いきや自然と軽く、ちょっとした肩叩き程度の衝撃が体をくすぐる。

 

「こら、フォウさん! 先輩は病み上がりなんですからダメですよ!」

 

「あはは、マシュは心配性だなぁ。でもマシュがこうして面と向かって先輩と呼ぶ子は珍しい。何か思うところでもあったのかい?」

 

「そうですね……しいて言うのなら、先輩を見ていると落ち着くというか、どこまでも人間らしいというか……あぁ、この人は人畜無害だと」

 

 何だろう、人畜無害の下りをいつだったか聞いたことがあるような。

 別に馬鹿にされているわけでもないしいいのだが。

 

「あはははは! マシュがそう評するなんて珍しい。カルデアは良くも悪くも癖が強い人間が多いからね。逆にノーマルな人種というのは貴重だよ。それこそ隙を見せてもつかれることはないっていうのはね」

 

 ……ここは魔窟か何かなのか。

 隙を見せたら突かれるって、魔術師のようだ。

 

「――――予想はしていたけど、やっぱり君も魔術師なのか」

 

 シン、と先ほどとはまるで空気が変わる。

 ドクターが私を見る目に確信が浮かび、マシュはフォウを捕まえようと格闘している。

 ……ドクターに私もつきあったほうがいいのだろうか。

 

「その目はやめて! なんだよもう、せっかく真面目にしようと思ったのにさ! まぁマシュが安全と評した以上、魔術師としての危険性もないとは思ってたけど」

 

 喜んでいいのか微妙なところである。

 何にせよ、敵対の意志はないので穏便に事を済ませてほしい。

 

「って、そういえばまだこの場所のことを話してなかったね。カルデアのデータベースに君のデータが無かったってことは、元々やってくる予定の魔術師ではないってことだろう。察するに君は、カルデアがどういう場所なのかを知らないと思うんだけど」

 

 正解である。

 先ほどからちょくちょくと耳にする言葉――カルデア。

 それがここだということは分かれど、その意味までは分からない。

 

「ではドクター。先輩はやはり外部からの……しかし、マスター候補ではないとすればなぜこんな雪山に?」

 

 正直に言えば私もなんであんな所にいたのか分からない。

 流石の私だって、氷点下に繰り出すともなれば制服一式だけでなく厚着をしていた。

 

「そういう問題じゃないんだけどね……まぁ君が状況を理解していないのはよく分かった。先ずはここ、カルデアがどんな役割を持っているかから始めたほうがいいかな」

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは頭の中を整理するのでいっぱいいっぱいだった。

 まずいえることがあるとすれば、案の定ここは私の知っている月――ムーンセルではなかった。

 というかムーンセルが存在しているのかも分からない。

 並行世界の一つ、以前誰からか聞いた可能性の話。

 ここは、私が知っている世界とは異なる場所のようだった。

 

 人理継続保障機関「カルデア」により人類史は100年先までの安全を保証されていた世界。

 その保証が覆り、何の脈絡もなく人類は2016年で滅び行く事が証明されてしまった世界。

 同時に西暦2004年日本のとある地方都市に今まではなかった、「観測できない領域」が観測されたのだという。

 話の中にシバだとかなんとかレンズとかでてきたけど取り合えずは割愛しておく。

 

 ――要するに、人類が滅ぶのが確定した世界。

 

 世紀末である。

 だからこそカルデアは原因を追究し、とある地方都市の「観測できない領域」が原因の一つだと仮定した。

 そしてそれを取り除くために実験中であった過去への時間旅行を決行しようと踏み切った、と。

 

 この計画の中枢を担うのが、どうやら世界中から集められた稀有な資質を秘めた魔術師らしい。

 ……ちなみにこの世界、魔術は確かに存在しているらしく私の知っているコードキャストとは別物であった。

 

「さて、と。そろそろ考えはまとまったかな? 確かに衝撃の大きい話だけど、間違いなく世界は終わりに向かっている」

 

 あ、別に世界が終わりに向かってるのは何時ものことだからあんまり気にならない。

 

「……なんか今すごいことを聞いた気がするけど、ねぇマシュ」

 

「何故でしょう、先輩が言うと説得力があるような気がしてなりません」

 

 それで、そんな大事な話を私にしてしまっても良かったのだろうか。

 ぶっちゃけ部外者だと思うのだ、私。

 

「いやぁ、このカルデアに足を踏み入れた時点でもう元の生活には戻れないからね。それとも記憶を消去して外に帰る? ぶっちゃけ今日の記憶どころか大雑把に消えちゃう可能性があるけど」

 

 ――お断りします。

 

「だよねー。まぁ今回のは人命救助というのもあって例外でね。君には選択肢が用意されてる」

 

 参加するか、記憶を消すかの二択だろう。

 それだったら私は――

 

「あぁ、時間はまだ残ってるからゆっくり考えても――――」

 

 ――参加する。

 

「決断は早っ! 男前すぎる!」

 

 だって記憶なくすのはもう御免だし。

 

「え、君、以前にそんな経験が? って、現状がそうなのか。うーん、でもバイタルに異常はないしなぁ……かといって嘘をついている反応もない、か」

 

 まぁもう過ぎたこと。

 今の私は、今日まで生きてきた中で手に入れた思い出で出来ているのだから。

 忘れてしまった過去は惜しいとは思うが、悔やみはしない。

 

「……僕が女だったら惚れちゃうんじゃないかってくらい男前だね。マシュが呆けちゃってるよ」

 

「いえ、先輩のように前向きな方は初めて見たもので……」

 

 それが私の取り柄である。

 最弱であり、過去すらなかった私の唯一の。

 

 ――で、参加するとしてこれから私はどうすればいいのだろう。

 

「ああ、それなんだけどね。君――――って、まだ名前を聞いてなかったね。教えてくれないかい?」

 

 そういえばすっかり忘れていた気がする。

 

 ――私の名前はフランシスコ……ごほん、岸波白野。

 

「なんか偉人の名前が出てきたような気がしたけど……岸波白野ちゃんね、綺麗な名前だ。それで岸波ちゃんなんだけど……うん、やっぱりか。カルデアのデータベースに名前がないから、マスターの適合者ではないと思うんだけどその魔術回路の質は魅力的だ。できれば色々と手伝ってもらいたいんだけど……」

 

 魔術回路?

 いや、でも、あれは電脳の話である。

 ならば今この体にあるという魔術回路は一体?

 

「……名前は憶えている、そして魔術師は知っているけど魔術回路は知らない? もしかして岸波ちゃん、魔術的な要素で記憶を消されたか改ざんされたか……時間があるときにもうちょっと詳しく検査してみようか」

 

 たぶん無駄だとは思うが、よろしくすることにした。

 そんなことよりも魔術回路である。

 

「魔術回路というのは、魔術を使うためには必須ともいえるものです。魔術を使用するための魔力を生み出す機関で、生命力を魔力に変換する為の「炉」であり、基盤となる術式に繋がる「路」でもあります。どうやら先輩はその魔術回路が通常よりも質がいいみたいですね」

 

 ――まさかここに来て、岸波白野のターンがきたか!

 

「とはいえ、上には上がいるものですが」

 

 ――岸波白野のターンしゅうりょーう!

 

「ああ、落ち込まないでください先輩。それでも先輩の回路の質だけは平均を上回っていますから」

 

「そうそう。だからこそ君の力を借りたいんだ。戦闘訓練然り、メンタルケア然り、君は周りに良い影響を与えてくれそうだ」

 

「人間アロマセラピーのようなものでしょうか」

 

 一攫千金狙えるのではないだろうか。

 そう、お金は大事である、チョー大事。

 お金があればアイテムが買える、おいしいご飯が食べられる。

 ああ、あの時回復アイテムが買えていればもう少し楽な戦いに、リターンクリスタルが買えていれば一瞬で帰れたのに!

 すべては遠坂マネーイズパワーシステムとかとち狂った存在が悪い。

 あと借金取りの太陽の騎士とその主。

 

「おーい、戻ってこーい! 取り合えず君の処遇は所長が決めるだろうけど、悪いようにはならないよ。優秀な人材には比較的寛容な人だからね、比較的」 

 

 果てしなく不安である。

 とはいえ現状、頼れるのはここしかないのだから何が何でもここに置いてもらおう。

 断固としてここを離れるわけにはいかないのである。主に屋根ある生活のために!

 

 

 

 

 

 世界の滅亡は、まぁ、ホント、いつもの事である。

 なるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一話

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が正体不明の厄介者? まったく、こんな忙しいときに。まぁいいわ、貴方は魔術回路の質だけは優秀だから素性に問題が無ければここに置いてあげる。万が一の時に使えるよう、マスター候補が到着する前に貴方は戦闘訓練をしておきなさい。それと雑用ね。一応言っておくけど、変な真似をしたら即刻たたき出すわ。あなた程度の魔術師、片手で仕留めることぐらい訳ないから気をつけなさい」

 

 所長、オルガマリー・アニムスフィアはそういいながらため息をつく。

 どうも彼女の生家であるアニムスフィア家は魔術の大門らしく、魔術回路の質と量ともに一流なのだという。

 前所長、現所長の父が何らかの理由で没してから引き継ぎ今日まで所長として頑張ってきたらしいのだが、残念なことに彼女にはマスター適性がなかったらしく、時間旅行――レイシフトが行えないことが分かったのだという。

 結果、重責は重なるばかり。

 何だろう、シンパシー感じちゃう。

 

「えぇ……所長を前にそれで済むとか……君のメンタルやっぱりおかしいんじゃ……」

 

「ちょっとロマニ、失礼じゃない!? というかこんなところで油を売ってないでさっさと自分の仕事に戻りなさい! それと素性を洗うのも忘れないようにっ!」

 

「や、やだなぁ僕は岸波ちゃんを案内してただけさ! もちろんこの後しっかりと仕事に戻るつもりだったさ! さ、行こうか岸波ちゃん!」

 

 焦ったように私の背を押すドクターに抵抗する間もなく、中央指令室から飛び出した。

 それにしてもあの所長、ちょっと凛に似てるような気がした。ツンデレか。

 

「さて、予想通り許可はもらえたわけだし先ずは部屋に案内するよ」

 

 ありがたい。

 ありがたいのだがドクターは仕事をしなくてもいいのだろうか。

 

「平気平気、たまには息抜きも大切さ! ほら、先にマシュが部屋を整えておいてくれてるはずだから急ごう!」

 

 ほう、マイルームをですか。

 まともなマイルームといえば月の裏側、赤い皇帝の部屋くらいしかまともなとこなかったけど今回はどうだろうか。

 

「あ、おかえりなさい、先輩」

 

 ――うん、ただいまマシュ。

 

「な、何でしょうか、今なぜかときめいてしまったような……」

 

「僕も。旦那の貫禄というかなんというか……」

 

 あぁ、ここが今日から私の部屋になるのか。

 マシュが整えてくれた内装は際立つものこそないが、機能的である。

 私の手が届きやすいようにと配置に心遣いを感じ取れる……!

 

「ま、まさかそこまで理解してもらえるとは。う、嬉しい反面、恥ずかしいです」

 

「後輩キラー……」

 

 ドクターが何かつぶやいていたが、はて。

 と、ここでのんびりしているわけにもいかない。

 取り合えず最低限のことは終わらせておきたい。

 

「あぁ、戦闘訓練の話だね。とはいえ岸波ちゃんも今日は疲れてるだろうし翌日からでいいだろう。所長は雑用って言ったけど、とりあえず僕の手伝いをしてもらえると助かるかな」

 

 ドクターの手伝い?

 私には医療の知識はないし、できることは限られると思うのだが。

 

「ここでそう大怪我をする人はいないからね。主に心労からくる精神的なものが多い。とはいえ僕一人で話を聞くこともできないから、岸波ちゃんにもお願いしたいんだ。ほら、人に話すだけでも心は軽くなるっていうだろ? ここはカルデアだから、外にストレスを発散しにいくなんてこともできないからね」

 

 成程、そういうことか。

 そういうことなら引き受けたい。まぁ私の場合聞くというより問い詰めて暴くタイプなのだが。

 

「さてと、マシュもご苦労様。後は僕が説明しておくから部屋に戻っても大丈夫だよ?」

 

「いえ、ドクターだけでは不安なので先輩さえ良ければ私も同席を。後、フォウさんも」

 

「フォウ!」

 

「あれ、今何気に僕ディスられた?」 

 

 いつの間にか現れたフォウがステップを踏む。

 愛嬌があって可愛らしいのだが……なんて生き物なのだろうか。

 マシュ曰くリスのような何か。特権生物らしいのだが。 

 まぁこの世の中ネコの形をしたナマモノとかもいるらしいし、今さらか。

 

「ま、まぁ今は気にしない方向でいこう。それよりも岸波ちゃんの話だ。岸波ちゃん、戦闘訓練を受けることになったけど魔術は使える?」

 

 魔術が使えるかどうか、か。

 正直なところ使えるかどうかはわからない。

 そもそも私が使えたのは礼装に記録されていたコードキャストだけで、私固有のコードキャストなんて使えなかった。

 おまけにコードキャストが使えたのは月での話で、今私の手元には礼装の一つもない。

 

 ――無理じゃね?

 

「取りあえずは今日は検査だけしておこう。魔術回路の本数は分かったけど、その他がどうなっているかまでは検査してなかったからね。もしかしたら岸波ちゃんの記憶喪失の原因がつかめるかもしれないし」

 

 ごめんなさい、記憶喪失じゃないです。

 いやまぁ曖昧なところはあるのだけども。

 記憶喪失というのは並行世界からきて常識が異なるが故の艇のいい言い訳でして。

 ま、まぁしょうがないよね、うん。

 

「それじゃあ移動しようか。マシュ、ちょっと検査の手伝いをしてもらってもいいかい?」

 

「はい、ドクター。それではフォウさんはお散歩に戻られてください」

 

「フォーウ!」

 

 特権生物はとてとてと歩いて行った。

 さて、では自分たちも移動しよう。

 ……部屋の場所は忘れないように番号を頭に刻んでから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてたどり着いたのはドクターが務める医務室。

 中をのぞいてみたが職員はおらずドクターのみがこの部屋を使用しているようだった。

 

「あぁ、フロアごとに医務室があるんだ。ここは比較的人が少ないフロアだから僕一人でも回していけるからね……っと。マシュ、岸波ちゃんに着替えと機材の装着を」

 

「了解しました。では先輩、こちらに」

 

 マシュに案内され医務室の奥へ。

 そこには簡易的なロッカールームがあり、ここで着替えろということなのだろう。

 いそいそと制服を脱ぎ着替えを済ませて外に出る。

 

「では先輩、次にこちらを」

 

 何やらよく分からない機材を装着されていく。

 なんだかこそばゆいが少しの我慢である。

 そうして一式装着し終えて案内されたのはベッドの上。

 あとは力を抜いて眠っていていいそうだ。

 というわけで――――おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに眠ってしまってもいいとは言ったけど、こうもあっさり意識を手放すとは……まぁ疲れていたのかもね」

 

「というか、死にかけた当日にその陰すら見せない先輩がタフすぎるのでは?」

 

「だよねぇ……おまけに記憶が無いっていうんだから……まぁその真偽は分からないけどね」

 

 そういいながらロマニは機材を操作する。

 現在、ロマニが検査として集めていたのはCT画像に加えて魔術回路の本数とその質。

 加えて何らかの魔術刻印を所持していないか。

 魔術刻印は魔術師の家系が持つ遺産であり、生涯を以って鍛え上げ固定化した神秘を礼装や神秘の欠片の一部などを核として刻印としたものだ。その効果は様々であり、術者をサポートする機能を持つものまで存在する。

 その魔術師の家系における修練と研究の結晶、それが魔術刻印だ。

 その刻印から魔術を読み解くことはできないが、それを持っているか持っていないかで異なることがある。

 それは岸波白野が白か黒か。

 

「魔術刻印を持っているなら、何かしらの門派に属してることになる。そこから生家にコンタクトを取るのも難しくはない。まぁ、岸波ちゃんが何か大きな計画を抱えていて暗躍のためにここに来たって言われても信じられないけどね」

 

「先輩に暗躍は無理では? 私なら先輩という人を知った上で、極秘裏にことを進める命令は絶対に出しません」

 

「まぁ案の定行き倒れて、僕たちに保護されてるからね。となれば暗躍の可能性は低い。ただ所長は可能性をできる限り絞りたいみたいだから一応ね」

 

 マシュはどこか不満げにベッドで眠る白野を見る。

 ロマニは珍しいマシュの反応にいい変化だと思いながら、検査結果が表示されるモニターを見て、

 

「――――――――――なんだ、これは」

 

 マシュには聞こえない声で呟いた。

 これはマシュに見せられるものではないと検査結果をバッグラウンドに隠し平静を装う。

 

「…………ドクター、検査の結果はどうなりましたか」

 

「うん、まぁそれは本人がいる場――って言っても、刻印に関してはコッチの独断で本人の了承を得てないからなぁ」

 

 ロマニはそう説明しながら、どうしたものかと思考する。

 正直に言ってしまえば、検査結果は『異常あり』だった。

 ロマニにとっても衝撃的な話ではあったが、白野の記憶喪失にも納得がいく異常の一つ。

 

「これは要相談かなぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか眠っていたらしい。

 マシュに体をゆすられて覚醒した私は、マシュに連れられて着替えを済ませた後ドクターの前へと連れ出された。

 何故か張本人である私よりもマシュの方が検査結果を待ちきれない、そんな様子がおかしかった。

 

「コホン、それじゃあ検査結果を伝えるけど……うーん、どうしたものかなぁ」

 

 どこか、話すべきか迷っているドクターの様子にマシュが戸惑う。

 これまた何故か私以上の反応である。すごい心配されていると思うと、この先輩思いの少女がとても愛おしく見える。

 健気な後輩少女とか私にクリティカルヒットである。何にとは言わない。

 

 ――取りあえずなんでもいいので結果を

 

「本当に男前だよね、岸波ちゃん……これじゃあ相談する意味もなかったかなぁ」

 

 ドクターは目の前のモニターに一つの検査結果を表示する。

 と同時にその隣には何らかの説明が書かれたもう一つの資料が提示された。

 

「岸波ちゃん、検査結果が出た。君の記憶喪失の謎が解けたよ」

 

 そういって検査結果を拡大する。

 ああ、そういうことか、そういうことなのか。

 

 ――私は、アムネジア・シンドロームだった。

 

「そう、君はアムネジア・シンドロームだったんだ」

 

「……それは、以前蔓延したウィルスが原因の? 確か症状は――記憶の、喪失」

 

「その通り。難病でかつては治療方法がなかった。とは言え現在は治療法が確立され、以前と違って完治可能な病気だ。当然のごとく岸波ちゃんも治療済みではあった。ごく、最近の話だけどね」

 

 ふむ、ちょっと暗い顔をする二人をおいて整理しよう。

 確かに本体であり冷凍保存されていた私はアムネジア・シンドロームにかかっていたのは間違いない。

 だがそれはコピーである私ではなく、本体のはずである。

 そこから見いだせる結論は一つ。

 

 ――この体、本体のじゃないか! 

 

 なんで、どうして!?

 確かに本体にはもう記憶の欠片も残らずまっさらな状態だったけどどうしてこうなった!

 

「これは憶測だけど、岸波ちゃんは少し前の時代の人間なんだと思う。当時、治療法が確立されていなかった難病にかかった魔術師だったんだ。そうして徐々に記憶を失っていき、治療法が確立されない状況で追いつめられた。君自身か、それとも周りの判断かは分からないけど、治療法が確立されるまでコールドスリープでその時を待つことにしたってところじゃないかな」

 

「だから先輩の記憶はちぐはぐで……」

 

 なんというご都合主義!

 私にとっては非常に都合がいいので助かるのだけども!

 というか優秀である、このドクター。大体あってる、九割は当たってる。

 

「ごめんね、岸波ちゃん。今の科学技術は進歩してるけど、失った記憶までは取り戻せない」

 

 申し訳なさそうなその表情に申し訳ない。

 それ私じゃなくて本体の話なんだ。

 いやまぁ今となっては本体に私が入ってるんだけど。

 

「先輩……大丈夫ですか?」

 

 ぐはぁ!?

 岸波白野に9999ダメージ。

 違うんだ、心配されることは本当はないんだ。

 純粋で健気な後輩をだましているというこの罪悪感が胸をえぐる!

 サーヴァントの殺気に充てられるよりもキツイかもしれない……。

 それでも、

 

 ――大丈夫だよ、マシュ。私も頑張っていくから。

 

「――――先輩」

 

「うん、そうだね。よし、それじゃあこれから一緒に思い出を作っていこう! 改めてよろしくね岸波ちゃん!」

 

「改めまして、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、先輩」

 

 ――改めて、岸波白野です……よろしくお願いします!

 

 いつか、本当のことを話そう。

 こんなにも私に親身に接してくれる彼らには、話さなければいけない。

 そのためにもなぜ私がこうなっているのか、この状況の原因を探らなければ話すことさえできない。

 並行世界、太陽系最古のアーティファクト、どれもそう簡単に信じることができる代物ではない。

 ましてや、並行世界の壁を越えてきたなど怪しさ満点である。間違いなく私一人の力では不可能なのだから、その後ろには何かがいるはずなのだ。まぁ、もしかすると? どこかのお狐さんがまたやらかしたとか? 世界最古のジャイアニストがまたやらかしたとか? 下手するとBBが事を起こしたとか? 可能性が否定できない人物わんさかである。

 今、自分が語れる自分のことがあまりに少ない。

 

 まるでかつての聖杯戦争である。

 違うのは記憶は完全ではなく曖昧で、複数の記憶があることか。

 しかし自分のことが分からないという一点、これは何も変わらない。

 

 ――また、探すことになる。

 

 どうして自分はこうも自分を知らないのか。

 まぁ私にできることなんて、諦めないことくらいなのだから今までと同じように手探りで歩いていこう。 

 それが私が他人に誇れる数少ない一点なのだから。 

 

 

 

 

 だからその、しみじみとした表情をやめてください。

 後ろめたくて堂々と外を歩けなくなりそうです…………! 

 

 

 

 



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二話

プロローグで誤字とは恥ずかしい(;´・ω・)
きっとこれからも誤字は多発する(確信)

こんなところでなんだけど、FGOのイベントでやらかしました。

オールチョコとクラスチョコを交換できるじゃん?
クラスチョコを原料チョコに交換できるじゃん?
原料チョコを各種モニュメントと交換できるじゃん?

ライダーチョコがあったから、原料チョコにしようとしたら……ライダーモニュメントを選択していたのである。
気づかぬ私はスライダーをマックスに引き上げ、交換をポチリ。
メルティ用の原料チョコおよそ1800がモニュメントになって消えました……

絵で気づけよ私!
深夜の眠たい時間に惰性でぽちってたのが悪いんですかねぇ……






 

 

 

 

 さて、翌日である。

 検査結果の後、私の事を考えてか一人で考える時間が必要だとその場で解散となった。

 当の本人である私にしてみれば、罪悪感に打ちふるえていたにすぎないのだが。

 何にせよ解散、ならば部屋にと戻って……ベッドに転がってからの記憶が無い。

 どうやら私は思っていたよりも疲れていたらしく、検査時に少し寝たにもかかわらずその後も爆睡してしまったらしい。

 私の意識が覚醒したのは、結局起きてこない私の様子を見に来たマシュに起こされてからである。

 朝から後輩が覗き込むようにこちらを見ている光景には和まされた。

 

「あの、先輩……本当なら一緒に戦闘訓練に付いていきたいのですが、少々、その……」

 

 そういってマシュは廊下の向こうをチラリと見る。

 方角的に中央指令室、ということは所長関連の話なのだろう。

 これ以上時間を割いて所長にマシュが怒られるのはいたたまれない。

 だから気にしないで行ってほしい。

 

「うぅ、ドクターに変なことをされたらすぐに言ってくださいね……それではまた、後程」

 

 マシュはそういって廊下の向こうへと姿を消した。

 さて、それでは私も一度ドクターのところへ向かわなくては。

 ……それにしても、戦闘訓練とは物騒な話である。世界が終わりに向かっているとのことだからそれなりの脅威があるというのは分かるのだが、マスターでもない小娘まで戦力として当てにしなければいけない状況が起こりうるのか。

 そんなことを考えながらドクターのラボへとたどり着く。

 

「ん、やぁおはよう岸波ちゃん。うん、顔色は良さそうだね。昨日の今日だけど、所長から戦闘訓練のメニューが届いてね。まぁさすがの所長も素人に無茶な訓練はさせないってことで、最低限押さえておくべきとこを抜き出してくれたみたい」

 

 何だろうか、これで所長に感謝の言葉を伝えたら

 

 ――べ、別に貴方のためじゃないわよ! 使えるようにしておけば便利と思ったから、暇つぶし程度に考えただけ!

 

 とかなんとかツンデレな言葉が返ってきそうである。

 

「所長と出会って、そんな感想を持てる君は本当に稀有だと思うよ。しかもこれが案外いい線ついてるしね。と、まぁ雑談はここまでにしておこう。予定時刻までに訓練のレポートを提出しないと怒られちゃうからね」

 

 それは避けたいところである。

 ならば早速その戦闘訓練とやらを始めるべきだろう。

 

「それじゃあ場所を移動しようか。カルデア内にはアリーナがあってね、そこを使うんだ」

 

 アリーナか。

 ぶっちゃけ記憶の中にあるアリーナは碌な思い出がないのでちょっと……。

 いつだってあのアリーナは私たちの戦場であった。まぁここはムーンセルじゃないし大丈夫だろうけど。

 

「ここがアリーナだ。更衣室はあっちだから、そこでこの制服に着替えて。カルデアが作った戦闘服なんだ」

 

 このオレンジ色のぴちっとしたのが?

 なんだろうか、かつて見た凛の相棒である青いランサーが一瞬脳裏をよぎった。

 いやいや、あれも立派な戦闘服だし、うん。青タイツじゃないし。

 

「着替え終わったら更衣室の奥からアリーナに入れる。僕はモニタールームに行ってるね」

 

 そういってドクターもまた別の部屋へと姿を消した。

 取り残されるのも気まずいので私もさっさと更衣室の中に入り――かつてマイルームで着替えた要領で高速着脱!

 この間わずか五秒……!

 以前よりも早く着替えができるようになったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わってアリーナである。

 何もない広い一室、本当にこの部屋には何もない。

 ここで一体どうやって戦闘訓練を受ければいいというのだろうか。

 

『モニター室から失礼するよ! うん、やっぱり疑問に思うよね。でもこのアリーナ、何にもないけど中々凝っててね?』

 

 マイクの向こうで機械の操作音が聞こえた。

 するとそれに連動して何もなかったアリーナの地下から何か人形のようなものがせりあがってきた。

 ……なんだろうか、あの人形。とっても嫌な予感がするの。

 

『じゃーん! 戦闘訓練用に開発されたドールだよ! このアリーナは表面上は何もない広い場所だけど様々なギミックがあってね。地下にはこういったドールが多く収納されているし、ホログラフによる魔術の訓練だってできるんだ!』

 

 やっぱりかー!

 この人形と私が闘うことになるのか! 一人で!

 あの絶望的な光景を思い出さずにはいられない!

 

 応えてくれた、赤い弓兵の背中。

 応えてくれた、赤い暴君の声。

 応えてくれた、青い妖狐の踊る尻尾。

 

 ここに彼らはいない。

 

 ……まぁ流石にあの、サーヴァントでないと倒せないような戦闘力は誇らないだろう。

 大丈夫大丈夫、きっと大丈夫。

 

『ちなみにそのドールは英霊――まぁカルデアを説明したときに出てきたかつての英雄のことだけど、彼らでもってして余裕で倒せる。魔術師だったら一流じゃないと倒すのに時間がかかるかなってくらいには性能がいいものだよ』

 

 ――殺す気か、貴様。

 

『あっはは、大丈夫だよ。ギリギリは見極めるし、ギリギリを見極めるためにこのドールが選ばれたんだから。ちなみにマスター候補はこれらを一人で打倒するのが最終的な目標になる予定だよ』

 

 マスターってバケモノの総称だっけか。

 これを一人で打倒するとかありえない。

 

『勿論、魔術を使ってさ。このドール、戦闘能力があるとはいっても肉体的なものだから魔術は使えないんだ』

 

 なるほど……で、ここに魔術も使えない人がいるのだが。

 

『当然、ドールの性能は制限するよ。命にかかわるような危険はない、断言する。それに今日は岸波ちゃんがどれだけ動けるかの確認だから、無茶なことはしないよ』

 

 この流れ、絶対に戦わないといけないやつだ。

 ぶっちゃけ私の素の戦闘能力なんて――――うん? ちょっとくらいなら戦えるっぽいぞ?

 そういえば私、生前のアーチャーに戦闘訓練を半年程マンツーマンでみっちり教えられてたっけ?

 ……今更だけど、本当になんなのだろうかこの記憶の混雑は。私が契約したサーヴァントは一騎なのに間違いはないのに、四騎の記憶がこの体の中にはある。そのどれもが間違いなく本物であると自身が認識している。どれも私が経験した事実なのだと。

 

『それじゃあドールを起動するよ。準備はいいね?』

 

 っと、考えている場合じゃなかった。

 取りあえず武器、武器を所望する!

 

『武器かい? うーん、まぁいいんだけど……使えるの?』

 

 使える――――はず!

 あの記憶が本物であるならば、私はある程度双剣ならば扱えるはず。常に双剣を使用した英雄の手ほどきを受けたのだから。彼は天才ではなく、己の修練であの領域に至った。そんな彼の手ほどきを彼の戦いをずっと後ろでみていた私が受けた。

 結果とすれば、当然ながら彼の領域には至らなかったが、まぁ、うん、暴徒くらいなら相手できるかな。二人くらい。

 

『取りあえず、要望通りに双剣を用意したよ』

 

 手に持ってみるが、なじまない。

 そりゃあ量産品だろうし、かつての双剣にくらべれば格が違うのだからしょうがない。

 兎に角準備は整った――!

 

『よし、それじゃあドール起動! 怪我をしないように気を付けてね!』

 

 今日こそ人形を打ち倒す!

 かつてのトラウマを克服する時である。

 

 ――かかってこいやー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分後。

 

 

 

 ――無理だー!

 

 記憶はあれど、経験はあれど、体がついてくるはずがなかった!

 イメージは浮かんでくるのにその通りに体が動いてくれない。

 ぶっちゃけ反応が悪いのである。コントローラーの反応が悪くてコマンド入れてるのにキャラが動くのにラグがある感じ。

 いやもうほんと、今の今までよく持ったものだと自分をほめてあげたいくらいである。

 

『……ちょっと驚いたな。まさか岸波ちゃんがここまで戦えるなんて。機能制限するって言ったけど、様子を見ながらちょっとづつ制限解除してたんだけど』

 

 聞き捨てならぬこと聞いた気がする。

 弁明があるなら聞こうじゃないか。

 

『上司の命令』

 

 ……何にも言えない。

 しいていうなら覚えてろよ所長。

 

『いや、僕も反対したんだけどこれがやってみるといい線行っててね?』

 

 じゃあもういいだろう。

 今日は様子見だったというのだから、大体のデータはとれたのでは?

 

『あはは、そうだね。それじゃあ今日はここまでにしようか。そのうち岸波ちゃんもドールの制限無しに挑んでもらうことになるから頑張ってね』

 

 ちなみにアレでどれくらい解除されているのでしょうか。

 

『半分くらいかな……うん』

 

 半分で受け止め避けるで手いっぱいだったのにフルパワーとかないわー。

 絶対に開始数秒で意識を刈り取られる自信がある。

 

『あ、あははは。でも大丈夫さ。岸波ちゃんもその時には魔術が使えるようになってると思うよ』

 

 だといいのだが。

 ……それで、もう十分だとのことなので終わりたいのだがどうすればいいのだろうか。

 

『うん? 普通にアリーナから出てくれて大丈夫だよ? シャワールームは着替えた部屋に併設されてるから自由に使ってね』

 

 気遣いありがとう。

 でもそうではないのだ、そうでは。

 

『あれ、まだ何かあった? ああ、着替えだね! それじゃあマシュに頼んでおくよ』

 

 ああ、うん、それも必要だった。

 でも――――その前に、ドール止めてください。

 

『――――――え、止まってないの?』

 

 止まってないの。

 というかなんかうぃんうぃん言って、先ほど以上に元気はつらつなの。

 

『いや、でも確かに僕ドールは停止させ――』

 

『――フォーウ!』

 

 ああ、わかった犯人分かった!

 もう犯人は分かったから今すぐ止めてほしい!

 

『そ、それがコンソールが操作を受け付けなくて! かといって破損があるわけじゃ!? って、アリーナにロック!? これじゃあ出られないぞ?!』

 

 死刑宣告ですか。

 いやいやいやいや、どうしてこうなるの。

 ドールはすごいやる気で、私はもうヘトヘトでろくにうごけはしない。たとえ動けたとしてもアリーナの入り口がロックされているらしいから、出ていくこともできはしない。うん、詰んだ、どうしようもなく詰んだ!

 いつだってこの世は理不尽ばかりである。

 

『岸波ちゃん、少しだけ頑張って! 応援を要請したから!』

 

 もうドクターの声を気にしている余裕はない。

 振りかぶられたドールの拳が眼前に迫る。轟音、そしてその速度に怯え尻もちをつくことで偶然ながらに回避する。

 しかしドールは手を緩めてくれるなんてことはなく、無機質な瞳が私をしっかりととらえている。

 

 

 ――ああ、またこうなるのか。

 

 

 私という人間の始まりは、間違いなくこうだった。

 ただの学生のように生活し、嘘で塗り固められたその生活を脱却し、死が付きまとう殺し合いの中に身を置いた。その始まりは間違いなくこうして、何の感情もないだろう人形との命のやり取りから始まったのだ。

 ここには何もありはしない、誰もいはしない。

 

 

 ――だからと言って、諦める理由にはならないが。

 

 こんなことで諦めていたなら、私はとうの昔にデータの海に溶けていた。

 私が今もこうしていられるのは、諦めない自分と支えてくれた仲間がいてくれたからだ。

 

 ――なら、私がやることはいつも通りである。

 

 前を視ろ、決して折れるな、その過程はきっと報われる。

 ここに彼らと縁を結ぶものはない。この場を乗り切るのは自分自身。

 イメージするのは最強の自分。そんなことを言っていた赤い弓兵がいた。私が想像できる最強の自分は当然、トワイスと戦った自分や魔性菩薩と戦った自分。言ってしまえばマスターとしてレベルを最大限まで上げた上に礼装全部回収して装備、焼きそばパンとプレミアロールケーキなどアイテムいっぱいの自分。

 

 ――この体には魔術回路がある。

 

 真の魔術がどんなものかは未だよく把握してはいないが、コードキャストに近いものだと思う。

 確かコードキャストと魔術は肉体に備わった魔術回路の使い方が違うだけだと誰かが言っていた。月で使用していたのはムーンセルのマナであったが、ここで使うのは自分自身の魔力だ。私は間違いなく、魔力の使い方は知っているはずなのである。

 問題があるとすれば、魔力は使えても魔術として行使できるかどうか。

 何にせよ、回路を起こさなければ始まらない。

 起動の合言葉は人それぞれだというが、私にはこれがふさわしい。

 

 ――『再開(スタート)

 

 体に眠る魔術回路が悲鳴を上げる。

 長いこと使われていなかったため錆びていたかの如く、回路の起動と共に痛みが走る。起動した魔術回路は魔力を生成し、閉じていた回路を強引に開き続ける。体の中を削られているような、何かを引き剥がされているかのような想像を絶する痛み。

 しかし、この程度の痛みでは私は気絶なんてできはしない。

 痛みを感じながらも、体を走る回路を認識できる。

 

 ――同様に、この体に走る刻印が何かなんて知らない。

 

 赤く、令呪のように刻まれた刻印たち。

 一つだけではない、およそ40にも及ぶ刻印が体のあちこちに刻まれ熱を放つ。これがドクターの言っていた魔術刻印とやらなのかは知らないが、意識を向けてみれば嫌でもわかる。これが一体なんなのか、どう使う(・・・・)のか。

 ああ、そうだ、これは間違いない。

 

『岸波ちゃん!? なんか全身真っ赤だけど! って、魔術回路が開いてるし、全身のそれって検査時に(・・・・)確認できた魔術刻印!?』

 

 検査時に私の体の状態を知っていたドクターがどこかにいるらしい。

 この件はあとできっちりと聞かせてもらうとしよう。

 

『しまった、口が滑った!? いや、こうなった以上説明はさせてもらうけど、岸波ちゃんにも説明を要求する!』

 

 説明も何も、回路起動したらこうなっただけである。

 実際のところ、この刻印たちがなんなのかを理解しているだけで、なぜこれらがここに、この体に宿っているのかはわからない。

 

 コードキャスト。

 

 そう呼ばれ、礼装に登録されていた戦う術。

 今思うと魔術刻印と呼ばれるソレと、魔術を記録する礼装はよく似通っていると分かる。

 だからだろうか、礼装の能力(・・・・・)魔術刻印(・・・・)としてこの体に刻まれたのは。

 

 何にせよ、この場を切り抜ける力であることに変わりはない。

 かつて使用していた礼装をリストアップし、このさび付いた回路でも使用できるランクのものを選び抜く。敵にダメージを与えるもの、自分自身を強化できるもの、条件を絞った中で見つかったのは序盤でお世話になった礼装の一つ。

 

 ――コードキャスト・守り刀『hack(16)』!

 

 光る骨子でできた見せかけだけの刀。

 しかし発動する魔術は敵に対して確実に効果を発揮する。

 私のこぶしなどと比べるまでもない速度で放たれる魔力の塊が、様子を見るかのように停止していたドールへ着弾する。

 サーヴァントにもほんの僅かながらダメージを与えた魔術がドールの体を吹き飛ばした。

 

『まだだよ岸波ちゃん! それじゃあドールは破壊できない!』

 

 そんなことは分かっている。

 元々、敵エネミーに当てても倒せる威力のものではなかった。

 今欲しかったのは距離である。

 

 ――コードキャスト・強化スパイク『move_speed』!

 

 刻印から魔術を引き出し、両の脚へと魔力の骨子がまとわりつく。

 アリーナで、迷宮で非常によくお世話になった非常に便利な礼装の効果は――移動速度の上昇!

 

 

 

 

 ははははは、この速度についてこれるのならば追いかけてくるがいい!

 

『あれぇ!? かっこよく覚醒とかそんなシーンじゃなかった!』

 

 私に無双とか無理ゲー。

 そもそも私の回路の量じゃ使用できる魔力量少ないし、一度に生産して使用できる魔力もこのレベルが限界だし。

 よって私が選べる選択肢は結局一つ。

 

 ――早く早く応援早く! 強化が続いてるこのうちにー!

 

 この後めちゃくちゃ鬼ごっこをした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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三話

今日一日、弓の修練超級に行って手に入ったのはピースが五、六個と石が何個か。
10回行ってモニュメントが一個も出ないとか、相変わらずですね畜生!
後一個、一個でいいのに……!


 

 

 更に翌日である。

 あの激闘の末、応援がやってきたのが三十分後。

 流石に私の体力も限界だったし、魔力も切れかけあれこれやばいんじゃないだろうかと思った。

 幸い駆け付けてくれたカルデアの職員が暴走ドールを瞬殺してくれたので大事には至らなかったのだが、なんかこう、自分が必死に戦ってた相手をサクッとやられるとくるものがある。いや、本当に感謝しているのだが。

 何にせよ、私はあの試練を乗り越えたのである。

 

「それじゃあ説明してくれるかな、岸波ちゃん」

 

 そして次の試練がやってきた。

 私を取り囲むのは珍しく真面目な表情のドクターと、興味深げに視線を向けてくる所長。唯一マシュだけが心配そうに私を見つめていた。フォウくん? 所長につまみだされてた。

 

「手荒な真似をするつもりはないし、君がアムネジア・シンドロームで記憶を失っているのも理解しているつもりだ。それでも、覚えていることを話してくれないかな」

 

 実際、覚えているというか分かっていることは少ない。

 これがかつてコードキャストと呼ばれていたものであること、それが何らかの理由で刻印として私の体に刻まれていること。その効果は大体把握しているものの、私のさび付いた魔術回路では十全に扱うことができないということくらいだ。

 

「40近い刻印なんて、頭がおかしいんじゃないの? それだけの数の神秘を体に刻んで反動がないわけないじゃない。貴方の記憶喪失、アムネジア・シンドロームだけが原因じゃないのかもしれないわね」

 

「それに、コードキャストか……データベースには載ってないなぁ。秘匿された特殊な門派なのかな……うーん」

 

 二人はそれぞれ考察するが、私からは何とも言えない。

 本当に知らないのだから仕方がないのである。

 

「先輩、本当に体への異常はないんですか?」

 

 うん、それはない。

 怖いほどに体になじんでいるし、どの刻印がどんな魔術を記録しているのかまで把握できる。

 

「それ本当? ならいくつかどんな魔術なのか言ってみなさい?」

 

「ですが所長、魔術師にとって魔術はそう簡単に開示できるものでは……」

 

「そんなこと言ってる状況じゃないでしょ? それに格下の魔術を嫌がらせで公開なんて真似しないわよ。一応、ロマンも個人的に記録しておくだけにしなさい」

 

「うわぁ、所長が所長らしい」

 

「ロマン!」

 

「はい、分かりました! 取り合えず岸波ちゃん、言える範囲でお願いできないかな」

 

 それは構わないのでちょっと待ってほしい。

 基本的に私が使えるのは、

 

 ――回復系小・中・大、味方の攻撃力アップ、防御力アップ小・中・大、あとスタン付与と弱体化全解除と、

 

「ちょちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、他人に対して強化が使えるの!?」

 

 使えるのかといわれると微妙だが、そういう効果の魔術は確かに使える。

 他にも私自身を強化するものもあるが、大体の魔術は能力を強化するタイプ。

 

「嘘でしょ、こんなのほほんとした草食動物みたいなのが他人の強化ができるとか……」

 

 草食動物と言われてもくじけない。

 そんなのはエリザベートに言われなれているのである。ギルガメッシュにはもはや雑種扱いされていたのだから。

 

「岸波ちゃん、強化の魔術って生きているものには通りにくいんだ。かつ、それが他人ともなれば難易度は跳ね上がるんだ。強化魔術の最高難易度の技術なんだよ」

 

 いや、でも、私の知り合いはみんなこうやってサーヴァント強化してたような……と思ったけど、聖杯戦争に参加してたマスターってみんな一流のウィザードだった。むしろ一族固有の魔術をコードキャストで再現した規格外もいたくらいである。その中で私は最弱だったのだから、他のみんなはできて当然か。

 そんなことを考えていると、所長がなにか思いついたらしい。

 

「もしかしたら貴方の門派、限界が来ていたのかもしれないわね。魔術刻印は成長するけど、限界を迎えてしまえば後は衰退していくだけ。そこでアムネジア・シンドロームに浸食されていた貴方に白羽の矢が立ったとか」

 

「……成程。既に限界が近かった先輩なら、今さら負担がかかってもコールドスリープで眠るから問題はないと。果てに衰退する魔術刻印を未来まで残すことで何らかの打開策を見出そうとした……それまで刻印をつなぐ金庫が先輩だったのかもしれません」

 

「魔術師らしいと言えば魔術師らしいね……でも岸波ちゃんを回収しようという動きはどこにもなかったことからすると……」

 

「この子が眠った後、協会の粛清にでもあったのかもしれないわね」

 

「岸波ちゃん……」

 

「先輩…………」

 

 なんか勝手にバックストーリー出来上がってる――!

 違う、きっとそれは違う! どうせ私がこうなってるのは聖杯のせいだって! 青い狐かAUOのせいだって!

 

「大丈夫だよ岸波ちゃん。君はもうカルデアの仲間だからね。ね、マシュ」

 

「はい。カルデアは私にとって家のようなものです。同じ家に住む先輩は、その、家族のようなものですから」

 

 ――勘違い、されててもいいかな。

 

 うん、マシュと家族になれるならそれでいいや。

 きっといずれ、そのうち、真実がわかる時が来るだろう。

 

「……まぁ別に私も追い出したりはしないわよ。どうやら後衛としてはソコソコ使えるみたいだし、バックアップ要員として働いてもらいましょう。ロマン、彼女の訓練内容を変更するから後で確認しておきなさい。勿論、貴方もよ」

 

 何だろうか、心なしか所長からの視線が柔らかい。

 でもしっかりと打算もいっぱい。

 まぁ利用価値がはっきりしていたほうが私としても安心なのでどんとこいである。

 

「ああ、それとカルデア内ではこれを着なさい。カルデアの制服よ」

 

 そういって手渡されたのは白を基調とした制服である。

 しかしこの制服、基調といいベルトといい少しだけ嫁王の事を思い出す。

 

「一応、マスターに支給する予定の魔術礼装よ。丁度いいからデータ取りも兼ねて使いなさい」

 

「あ、勿論あの戦闘服がいいっていうならそっちでもいいよ。耐久性なら戦闘服、礼装としての効果なら制服かな」

 

 選択の余地はない。

 当然ながらこちらの制服を使わせてもらうことにする。どうせ戦闘になったら耐久力なんて紙も同然である。敵がどのレベルか分からないが、サーヴァント級ならば何を装備していても攻撃を受ければ結末は変わらないし。

 

 ――ちなみに、サイズは。

 

「先輩の検査時に、ドクターがしっかりと」

 

 オーケー、覚えた。

 それと検査時に隠し事した件も思い出した。

 

「あ、岸波ちゃんの目が座ってる。……さってと、僕は仕事に戻らないと! マシュを部屋まで送り届けてあげてね!」

 

 逃げた!

 脱兎のごとく逃げた!

 乙女の数字を暴くとは許しがたく!

 ……ちなみにマシュは、

 

「検査はドクターに一任されていますので……」

 

 マシュのもか!

 ましゅまろもか!

 ちょっと本格的にお話がしたくなってきた今日この頃。ここに女の医療関係者はいないとでもいうのか。

 

「取りあえず一度部屋に戻りましょう先輩。部屋に戻り次第、マッサージでもいかがですか?」

 

 マッサージか、確かに体は疲れているからうれしい提案だ。

 迷惑でなければお願いしたい。

 

「はい、ありがとうございます。お任せください――東洋のツボは既にいくつか押さえてあります」

 

 それは楽しみだ。

 そういえばここの施設、お風呂は存在するのだろうか。

 

「共用ですがこのフロアに用意されています。勿論男女別かつ、防衛機能は万全です」

 

 防衛機能はよく分からないが、お風呂があるのはうれしい誤算だ。

 マッサージをしてもらった後でゆっくりと入らせてもらおう。よければマシュも一緒にどうだろうか。

 

「い、一緒にですか? ……でも、いえ、良ければ、ご一緒させていただければと思います」

 

 よし、そうと決まればまずは部屋に戻ろう。

 東洋のツボを押さえたというマッサージ、楽しみである。  

 私はマシュと共に自分の部屋へと足を進めた。

 

 

 

 

 その五分後、私の部屋からは私の絶叫が放たれることとなる。

 

 

 

 

 

「……申し訳ありません、先輩」

 

 ちゃぷんとお湯に沈む音を立てて、マシュがつぶやく。

 何に対して謝っているのかといえば、間違いなく先ほどのマッサージの一件についてだろう。

 正直に言おう――――ヤバかった。

 気持ちよくてとか、体全体がほぐされてとかではなく、人体の急所を網羅した匠の技だった。エネミーの攻撃やサーヴァントの攻撃で外傷を負うことはあったし、毒を受けたり分解されそうになることもあった。しかしあの痛みはそれらとはまた違うもの。

 体の血行はよくなれど、精神的疲労が倍プッシュ。

 

 ――仕方がない。次がある。

 

「先輩……はい、頑張らせていただきます。復習と予習、加えてドクターを実験台として完璧を目指します。当面の目標は、先輩に気持ちよかったと言ってもらうことですね」

 

 頑張ります、とこぶしを握るマシュ。

 元々色が白いマシュの頬はお湯の熱さからはほんのりと色づいていて、よく見れば肩なども同様だった。

 色っぽい、艶やか、そしてそのポーズ。うん、可愛い。

 というか、よく見てみるとマシュって、着やせするタイプのようである。

 パーカーと制服の上からでは分からなかったが、無駄なところなどないようなスラリとした肢体に素晴らしいものをお持ちである。やっぱり『桜』と何かしらの共通点が見られるような気がしてならない。

 後輩ってみんな天使なんだね。

 

「……あの……私の体に、興味深いところが?」

 

 恥ずかしそうに体を沈めるマシュ。

 どうやら視線が露骨すぎたらしい。同性といえど気を付けなくてはいけない。

 

 ――いや、ただ綺麗だなって思っただけだよ。

 

「……何でしょうか、こういった対応に慣れたこの感じ。記憶を失う前の先輩はもしかしてプレイボーイならぬ、プレイガールだったのでは……」 

 

 プレイボーイは錬鉄の弓兵である。

 あの女慣れしているような余裕の表情。

 執事のごとく気遣いにもたけ、ホントにサーヴァントなのかと思うくらいだった。

 そんなことを考えているとマシュは私の全体を確認するように視線を動かし、ほっと息をついた。

 

「それにしても、先輩に怪我がなくてよかったです。戦闘訓練用のドールが暴走したと聞いた時には、血の気が引いた思いでした」

 

 あれは当の本人である私の血の気も引いた。

 我ながら悪運が強いというかなんというか、最終的に生き残れたのでまぁ良し。

 

「ですが先輩、あの事故は最悪死につながるレベルの危険なものでした。訓練用といえどリミッターが解除されてしまえば人間一人の命を奪うのもわけないものです。この施設は機密保持の観点から、多数の防衛機能が備わっています。あのドールも緊急時にはああやってリミッターを外して外敵の迎撃にうつるものです」

 

 ……そんな物騒なものだったのか、あれ。

 確かに死にそうとか思ったけど、まさか外敵用にリミッターが外れている状態だとは。要は寸止め機能が無くて敵の反応が消えるまで殴るのをやめない機械だったわけだ。もしコードキャスト――じゃなかった、魔術が使えなかったらマウント取られておしまいだった気がする。

 

「はい。ですので先輩が魔術を使用できたのは複雑ながらも喜ばしいことです。ただ、魔術が使えると証明されてしまったがために、バックアップ要員として起用されてしまったのが……」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、バックアップ要員だからそう危険はないはず。

 あくまで私の役割はファーストオーダー発動時、この拠点に残って支援の魔術を使用するだけなのである。つまるところ直接戦闘に巻き込まれるわけじゃないので危険性は非常に低い。おまけに所長が訓練内容を変えると言っていたから、魔術の修練が増えるのだろう。

 

「いいえ、先輩。たとえバックアップ要因とはいえ戦闘訓練は行います。むしろ先日の先輩以上に戦闘訓練の割合は多くなるでしょう」

 

 なんで!?

 

「バックアップ要員はカルデアの主力が出払っている際、カルデアに残る二次戦力です。作戦中にどこかしら、何かしらの妨害工作が入った場合戦闘の主体となるのは先輩方になります」

 

 と、いうかである。

 やっぱりこのカルデアって狙われてたり?

 

「はい。カルデアは科学と魔術の入り乱れた特殊な団体です。古きを好む門派や一部の宗教団体から目をつけられています。その為このカルデアは人知れぬ山奥に存在しているんです。レイシフトを実現させる装置や魔術は精密なため、妨害工作が入らないように」

 

 人類の危機に人類がいがみ合うとか、どこかで見た光景である。

 あれは聖杯によって操作されていた事象であるから仕方がないと言えば仕方がないとは思うが。

 

 

 それにしても、そんな状況下にあるカルデアをまとめる所長のすごさを実感できた。

 前所長の後を継ぎ、適性がないと魔術師としてのプライドを嘲笑され、それでもなおこうしてカルデアを存続させているのだから。

 どうやら私が知り合う魔術師はみな優秀で、そしてどこか親しみやすい人ばかりのようだ。

 

「……その言葉、所長に直接言ってあげてください。本当に先輩は……もう」

 

 マシュはそういうと、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 




次話はちょっと忙しくなるので日が空きます(;´・ω・)


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四話

ようやく一息。
ここ数日の忙しさと言ったら。
切羽詰まって胃が痛む、そんな数日でした(;´・ω・)

いやぁ、それにしてもコラボが始まりましたね!
式さんは回しても出ないね!出てくるのは赤雑魚とスプリンターばっかりだね!
赤雑魚が凸ったよ……便利だからまだいいですけど。

というか、今回はモニュメントが交換じゃないという。
アーチャーモニュメント交換できるかと期待してたんですけどね。
故にミッションをかんばります。

後は必死にゴーストランタンかき集めねば(使命感


 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日、私に課せられた戦闘訓練は苛烈を極めた。

 あの暴走した訓練用のドールと同型のものを相手に体術をメインとした訓練を行いボコボコにされ、終わったと思ったら魔術で傷を治され体力の回復と共にもう一戦。その後は同じ型のドールを二体用意し、片方は私の味方という設定で支援魔術の重ね掛けと戦闘を行った。

 これを一日に三セットである……つらい。

 特につらいのは体術の訓練だ。私の記憶にある通りの動きが実現できず、以前の自分ならできたなどと歯がゆい思いが胸を占める。やはり今の私の体は目覚めたばかりなのか全体的に能力が低下しているようだ。それはさび付いた魔術回路にも言えることである。

 

 ――また、最弱からやり直しかー!

 

 なんという理不尽!

 月で命を懸けて戦い続けた末に、マスターレベルはMAXに身体だって鍛えられていたというのに!

 それが裏に落ちた途端にリセットとか、そして今回もとか悪意しか感じられない!

 確かにこの体は現実のものであるから仕方がないと言えば仕方がないが、そう簡単には割り切れない。唯一の救いは今まで必死にかき集めた礼装が魔術刻印という形で残っていることくらいだろう。残念なことに、プレミアロールケーキはなかった。あと桜弁当の空箱。

 それともう一つ、引き継がれているものはあった。

 それは私が今まで生き抜いてきた末に手に入れた、戦いの経験である。相手は毎回のように格上で、私たちは常に情報を集め使えるものを利用し仲間の協力を得て戦ってきた。その中で培ってきたこの『眼』だけは今もなお失われてはいなかった。

 そのおかげか魔術による支援は所長のお墨付きをもらえたのである。

 

『なに、なんなの、何も考えてない脳内お花畑みたいなのほほんとしたこの子が、こうまで……突然変異かなにかなの?』

 

 とお褒めの言葉をいただいた。

 これにより次回からは後半は少し緩くなる予定である。

 ……前半はマシュと一緒に筋トレが追加されることとなったが。

 と、そういえば最近になってカルデア内にもう一人知り合いができた。名前はレフ・ライノールという男性でとても紳士的な人であった。

 

 ――紳士的ではあったが、見た目と態度の裏に何が隠れているのかはわからない。

 

 かつての魔性菩薩のような最悪のパターンもあれば、レオのように本性さらけ出すとあれこれ誰だっけと知らない人、と早変わりするパターンもある。凛とラニの場合はちょっと特殊な性癖というかなんというかごにょごにょ。

 兎に角、私は今まで人の裏に隠れたSGを暴いたりする過程で、その人の表面だけを見ていても分からないことばかりだということを学んだ。

 だからだろうか、敵意のない笑みの裏からこちらを見定めるガラスのような目を幻視したのは。

 私は彼から差し出された手を取るのに、一瞬の間を空けてしまったのである。慌てて手を取ればにこやかに笑ってくれはしたが、なぜだか腑に落ちなかった。そこでドクターなどにレフという男性について聞き込みをしてみたが、どうやらドクターは彼と学友であるらしく信頼しているようだった。

 所長にも聞いたがのろけにも近い何かが延々と放たれ続けたので、偶然通りかかったドクターに擦り付けておいた。

 結論から言えば、私は魔性菩薩などの一件から少々人の本性に過敏になっていたのだろう。実を言えば刻印として刻まれる礼装の中に、純粋な礼装ではなく私が月で渡された万色悠滞という最悪のコードキャストも入っている。これを使えばもしかしたら対象の本性を暴けるかもしれないが、万色悠滞の本来の使い方を知ってしまった今では選択肢から除外するほかない。というか、桜たちのサポートなしで使えるものじゃない。

 それにカルデアにあるシバという設備を作ったのはレフ教授であるというし、味方であるのは違いないのだから。

 というわけでこの話はここで終了である。

 

 続けて私が気になって調べていたことである。

 それは勿論、この世界には月で出会った友人たちが存在しているのかどうかである。

 まず調べたのは当然ながら西暦である。当時の月は確か2030年代のことであり、私が罹患していたアムネジア・シンドロームのワクチンを発見したトワイスが死んだのが1999年である。それを踏まえてマシュに聞いてみたところ、

 

『今は西暦2015年になります……先輩? 顔色が優れないようですが……』

 

 うん、過去だった。

 この世界と月での戦いがあった世界が並行世界であることは理解しているものの、これはちょっと厳しいんじゃないだろうか。確かにこの世界に遠坂凛は存在しているのだろうが、まだまだ子供で会話が成り立つ年齢ではないだろう。ラニに至っても同様である。

 ちなみに西欧財閥はアトラス院と同様に存在しているらしい。

 他にも『遠坂家』や『間桐家』といった魔術師の家系は存在しているようだ。もしかしたら桜の再現元である人物が実在しているかもしれない。非常に気になるのでよく調べてみようと思う。これでも電脳世界を駆け抜けたウィザードの端くれであるから、意外とハッキングなんてものもできてしまう事実が判明した一件である。確かに月の戦いで何度かハッキングモドキもしたけど、こうもうまくいくとは。

 岸波白野のターンが来たか。

 

 ……いや、フラグになるのでやめておこう。

 

 そんなこんなで充実した生活を送り早数週間。

 私は習慣となった戦闘訓練を終え、余った時間をドクターの手伝いに充てる日々である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなドクターの仕事のお手伝いであるがその前に。

 

 ――このゆるふわ系、何気に医療部門のトップだった!

 

 ゆるふわで仕事をさぼってアイドルにはまるマダオ一歩手前かと思っていただけに驚きである。

 以前に訪れたドクターの仕事部屋に一人しかいなかったのは、たいていの事なら一人でことがなせる程の腕を持っていたからなのだという。まぁ最近はさぼりがよく見られるので監視役でも派遣しようかと思ったところに――私が来てしまった。

 つまり私の仕事はドクターの手伝い兼さぼらないように見張ること。

 

『あはは……ま、まぁわざわざ僕のところまで診察に来る人は少ないし、デスクの仕事が多いんだ。だから息抜き程度にね? いやぁほら、どうせなら各フロアにあるラボに行ったほうが効率いいでしょ? ……え、それを考えたうえでここにラボを置いたのかって? ――――まっさかー』

 

 とのことである。

 実際にドクターの手伝いを始めた数日の間はデスクの仕事が大半で、報告書やらを医療部門のトップとしてまとめている場面が多かった。その手伝いの一環で端末を借り受けることができたおかげで、『遠坂家』やら『間桐家』などの情報を集めることができたのである。

 と、まぁその一件は置いておいて。

 前述のように、最初の数日間はそうして端末を使って資料を纏めるお手伝いが大半だった。

 しかしそんな日々に変化が起こり始めたのが、たまたま疲れ果てげっそりとした一人の職員が運び込まれてきた一件があってから。

 疲れ果てたその職員の青年は、ブラックってなんだっけとケタケタ笑いながらベッドにダイブして動かなくなった。こっそりとベッドを除いてみればピクリとも動かない青年の姿が。いったい何があったのかとドクターに聞いてみれば、

 

『ああ、近いうちにマスター候補が到着するんだ。その際に使用する機器の設定に連日連夜と時間をかけててね。流石に限界だったんじゃないかな……』

 

 そりゃあこうなるよね、と乾いた笑みをドクターは浮かべていた。 

 ああ、これは近いうちにドクターも駆り出されるやつだと察しながらピクリとも動かない青年にこっそりと魔術を行使した。勿論コードキャストは癒しの香木のcureである。さすがに魔術でスタミナは回復させられないので、疲れをとるという意味でこちらにした。

 それから数時間後、青年は目を覚ますとどこか驚いたようにこちらを見た。

 どうやら彼には私の仕業だと分かったらしく、流石はエリートと思いながらもどうしたものかと考え、

 

 ――内緒でお願いします。

 

 ドクターにバレぬようジェスチャーで返した。

 だってこの魔術が効果的だってわかったら、絶対にドクターが目の色を変える。探求心がうずきだすか、より仕事が増えててんやわんやになるかのどれかだ。所長に漏れでもしたら人権何それおいしいのってレベルで酷使されるに違いない。

 へまして自分を追いつめない程度に、岸波白野は賢くなったのである。

 青年はジェスチャーを理解してくれたらしく、首をやたら激しく振りながら早足に去っていった。その際にドクターがほほうと興味深そうに私を見ていてバレてしまったのかと一瞬冷や汗をかいたが、いやぁ青春だねぇとかいいつつ自分の仕事に戻っていった。

 今までの一連の流れのどこに青春要素があったのか。

 ちなみに私の青春は間違いなく殺伐としていて選択肢を間違えると開始数分でバッドエンド確定のクソゲーである。もしくは相手方と仲良くなってもヤンデレライバルに無残に惨殺されるか、私のストーカーに拉致監禁されるか。

 そのすべてを乗り越えた先に私の幸せがある――と思ったら、一部のルートでは嫁が分裂したりするのだ。

 行きつく先は、先の見えないカオスである。

 ……他にも数パターンがあるがやめておこう。

 

 

 話を戻す。

 

 

 その数日後から、ラボに訪れる職員に変化があった。

 

 

 

 ――なんか、数が増えてたのだ。

 

 

 

 一人二人ならばまぁ分からなくはない。

 しかしそれが十や二十ならば話は別で、何かしら原因があるに違いないと私だって理解する。しかし原因に予想がつかなかった私はドクターと共に勤務時間終了後に原因の究明をしようと考えた。ドクターも同じだったらしく快諾を得てラボに残り会議が始まった。

 そして、始まると同時にドクターが、

 

「さて岸波ちゃん。今日来た職員が結構いたけど……リピーターがいたことに気づいた?」

 

 そういわれて、数日前にも来ただろう職員が中に混じっていたのを思い出す。

 うなずいた私を見てドクターはやっぱりかーと頬を描きながら笑っていた。

 

「今日来た職員に対して、岸波ちゃんがしてあげたことを思い返してごらんよ」

 

 と言われて思い返すものの、私がやった事なんて魔術の一つも使わず話を聞いて相槌を打って、素直な感想を返したに過ぎない。たまに意見を求められるから、私ならばこうするだろうということを伝えただけ。後はドクターにコーヒーを入れるタイミングでお客が来たからついでにもう一つ追加したくらいか。

 

「そう、それそれ。いやぁ、岸波ちゃんって話を聞くのがうまいから、彼らも思いのたけを話せてしまうみたいだね。あのプライドの塊たちがポロポロと不満や不安をぶちまけてさっぱりして帰っていく姿には目を見張ったよ!」

 

 いや、しかし、それだけでリピーターになんてなるものだろうか。

 

「彼らには十分すぎる理由になるんだよ。ここにいる魔術師たちはエリートだからね、たとえ同じ職場の人間であろうと周りは全員ライバルみたいなものなんだ。だからこそ本音をさらけ出せる相手は少ないから、日を追うごとに鬱憤はたまってく。仕事の疲れと一緒にね」

 

 加えてドクターは続ける。

 

「それに岸波ちゃんと話すと体が軽くなるってもっぱらの噂だよ。おまけに岸波ちゃんって結構美人さんだからね。男性職員のリピーターが多いのはそれもあると思う。まぁ、不思議なことに女性職員も同じくらいいるんだけどね? 普通、自分よりかわいい子がいたら妬みの一つは抱くと思うんだけど……これが人徳かなぁ」

 

 さらりと美人と褒められた。

 何気にこうはっきりと容姿について褒められるのは初めてではないだろうか。

 ウチの男どもは貧相の一言で片づけてきた記憶しかない。

 これが、悪い気はしない、というやつだろうか。

 

「まぁかくいう僕も岸波ちゃんに淹れてもらったコーヒーが美味しくて手放せなくなってるんだけどね。不思議だよね、本当に同じインスタント?」

 

 ふふふ、どうやらアーチャーから学んだかいがあったようだ。

 本当なら華麗においしい紅茶でも淹れたいところではあったが、どうも私は紅茶を入れるのが苦手らしい。アーチャーに教えてもらい挑んでみたものの、どうも中途半端になってしまいイマイチだったのだ。じゃあ別のはどうかと始めたコーヒーの方が適性はあったらしい。

 アーチャー曰く、

 

『……やはりか。朝食を作る私の隣で、静かに笑って新聞を片手にコーヒーを淹れる君を幻視したときはもしやと思ったが』

 

 それ、普通は逆じゃないか。その立場って朝食を作るほうが私で、コーヒー淹れて新聞読んでるのがアーチャーじゃないだろうか! 

 嫁か、アーチャー!

 

 ……まぁ、アーチャーなら問題はないのか。基本的にアーチャーはおかん気質だし。

 って、あれ、キャスターの時も良妻賢母はキャスターの方で私はどちらかというと……あれ。

 いやいや、セイバーの時は……ああ嫁王だった! 私どちらかというと新郎だった!

 愕然とする私を前に、ドクターは言った。

 

「いやぁ、岸波ちゃんはいい旦那さんになれるよ! ……って、あ、岸波ちゃんの場合はお嫁さんか。あはは、違和感を全然感じなかったね!」

 

 ――――………………ほう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日、コーヒーを差し入れるのは自重した。

 以降ドクターは稀にだが、診察を終えた職員の人にラボの外に連れていかれ、帰ってくるとボロボロだったりしたが私は関与していない。

 それと以前に魔術を使用した青年がラボでの診察を終えるとこちらを見ているので手を振るとこれまた全力で頷いて早足で去っていった。

 ……なんの儀式だろうか、これ。

 

 

 

 






青年はもう二度と出てこないでしょう……。
いろんな意味で。


そろそろ本編に入りたいころ。
次か次の次か辺りには入れればと思ってます。


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五話

な、長かった……ラプンツェル辛い。
林檎が三個は砕けました。
まぁおかげでミッションが複数個同時にクリアできましたが。





※Aチームに関して勘違いがあったので修正。
 内容に変化はなく、読まずとも支障はありません。


 

 

 

 

 

 あれからまた時は流れ、数日後には外部から呼ばれるエリートの集団が到着する予定である。

 ちなみにマシュはカルデア選抜のAチームに入る予定だということなので、Aチームは身内といえどしっかりと見極めておかないといけない。マシュを襲う野獣がいる可能性は捨てきれない。何としてでも後輩の柔肌は私が守って見せる。もう奪われる前に奪っちゃうのも、なんて考えて思考を停止させる。

 ダメだ、最近の私はナニカに飢えている。

 ああ、後輩と穏やかな空間でゆっくりとくつろぎたい。

 

 ――と、後輩といえば。

 

 驚くべきことに見つけたのだ。

 誰をと聞かれれば、遠坂凛と間桐桜の両名である。

 同姓同名、顔立ちなんかもそっくりの、こちらに置いての二人である! ……あぁ、桜に関しては再現元であるから少し違うのか。加えて凛もまぁたしかに凛なのだが、凛の写真を見たときにふと思い出したことがあったのだ。

 

 ――そういえば凛って、本体は金髪だった。

 

 そして写真の凛は月の凛と同じ黒髪。

 おまけに容姿は大人びていて、その隣には仲睦ましく歩くどこか見たことがあるような男性が写っていた。いつの間に男ができたのか、と驚いていたらデータベースの年齢の欄を見てさらに驚いてしまった。なんと既に二十歳を越えていたのである。

 

 それはつまり、この遠坂凛は容姿こそ一緒ではあるが厳密には別人ということだ。

 何故こんなデータが出てきたのか、それはドクターの手伝いで資料を纏めていた際に、招集をかけたマスター候補とされる優秀な魔術師のリストも混ざっていたのだ。当然優秀な魔術師である凛にもお呼びがかかっていたというわけである。

 ちなみに桜も同様で、他にもロードと呼ばれる男性やらとかつてあった(・・・・・・)聖杯戦争の参加者が記載されていた。驚くべきことに、というかよく考えれば予想はついたのだが、案の定この世界でも聖杯戦争は起きていたのだ。

 そこに参加している凛は、なんというかさすがである。

 どこに行っても聖杯と関わる運命にでもあるんじゃないだろうか――人のこと言えなそうだけど。

 加えてレオにも要請が言ったようだが、跡取りを出せるかと断られているらしい。いやいや、月じゃまんまその人が殺し合いに出張ってましたからね? 負ける可能性なんてゼロであるとばかりに威厳を保って太陽の騎士と参加してたからね? 

 あ、門司にも要請は行っていた。どうやら門司、常識はずれの破戒僧っぷりは相変わらずのようであちこちの遺跡やら神社やらに出没しているらしい。ただその神出鬼没であるため要請を出しても届かないらしい。物理的に。

 残念だったのがラニについて欠片も分からなかったことだろう。アトラス院はだいぶ閉鎖的らしく、演算装置を貸し出してもらえただけ奇跡だとドクターが言っていた。

 と、まぁそんな感じで友人たちの近況である――と、二人ほど忘れていた。

 なんとシンジを発見したのである! しかも本体の年齢は桜の一つ上で、月とは違ってすでに成人していた。違いがあるとすれば他には、彼は魔術の才能がからっきしであるということか。月において私よりもはるかに優れていた彼がと思うとやるせなくなるが、それで彼のいいところがなくなってしまったわけじゃない。

 私はできるシンジを知っている!

 それとジナコも確認した。ジナコが食いついてきそうなスレを建て、餌をぶら下げて待ってたらそれはもう見事に釣れた。相変わらずゲームに関しての腕前はすさまじいらしく、彼女のネームは世界中にゲーマーが知っているレベルであった。流石である。

 そのウチ大会でも見に行きたいものである。

 

 ――ちなみに、凛も桜も要請は断っていた。

 

 桜はもう魔術師ではないらしいし、凛はよく分からないが『世界の危機とかお人よしが食いついたら止められないから二度と来んな!』と返事が返されてきたらしい。どうやら凛はまた厄介な人物に捕まってしまったらしい。世界の危機に食いついたら離れないお人よし……あれ、なんで今ギクリとしたのだろうか。

 どちらかというとそれはアーチャーだと思うのだが……まさか?

 

 ――何にせよ、どうやら私は今回彼らとの接点を持つことは難しいらしい。

 

 ま、すべてが終わった後に押し掛けるとしよう。

 

 

 

 

 また、最近になってまた私の周囲に変化が起きている。

 どういうわけかここ数日間、ずっと私の傍にマシュがいるのである。

 確かに最近は午前のトレーニング後は仕事が忙しくて会話したりゆっくりとすることができなかったが、どうしてこうなったか。いや、私としては可愛らしい後輩が親ガモの後ろをついてくるかの如く離れない姿は至福である。

 しかしトイレの前で待機しているのはいかがなものか。

 そこで何があったのかをマシュに聞いてみたのだが、

 

「先輩の身辺警護のためです」

 

 と言ってチラチラと廊下の向こう側を注視していた。

 その視線の先に誰かいたような気がするが、慌てたように走り去っていった。

 うん、わからん。

 

「それでは先輩、行きましょう。この後、何かご予定が?」

 

 いや、特にない。

 今日はドクターも受け入れ準備で忙しいらしく、私も久しぶりにお休みである。

 なので部屋に戻ってゆっくりしようかと思っていたのだが……

 

「……! あ、あの、先輩。それでしたら……マッサージでもいかがでしょうか! ここ数日の特訓を得て、ドクターが滝のように涙を流すレベルから、ドクターの顔が引きつるレベルまでランクアップしました」

 

 却下で。

 

「そんな……!?」

 

 それよりも一緒にのんびりしよう。

 ここ最近はマシュとの時間も取れていなかったし、久しぶりにマシュとの時間を過ごしたい。

 

「そ、それはずるいです先輩。はい、私でよろしければ、お付き合いさせていただきます」

 

 一人こっそりと拳を握る。

 あっぶねー、危機は脱した。

 いや、できるならばマッサージを受けたいとも思うのだ。しかし先日ドクターが、

 

『ははは、なんだか最近ね、痛みに……慣れてきちゃってね……このままだと僕の到達点が心配で心配で』

 

 と引きつった顔で言っていた。

 私がマッサージを受けるのは、ドクターを笑顔にできるようになってからでいいんじゃないかな!

 

 ――ドクターの犠牲を無駄にはしない。

 

「それで、どちらにいかれるのですか? 今の時間ならばカフェテリアも空いていると思いますが……」

 

 カファテリアもいいが、それよりも私の部屋へいこう。

 月では私的な時間を過ごせる場所がマイルームしかなかったからか、ゆっくりしたいと思うと真っ先に浮かび上がってくるのが自分の部屋だった。それにマイルームならば外部からの邪魔は入らない。二人でのんびりするにはちょうどいい空間なのだ。

 マシュを連れて自室へ入り、ひょいとベッドへと座らせる。

 

「な、流れるように、抵抗もできずに座らされてしまいました……」

 

 今日のマシュはお客さんなのだから、もてなすのは私の役目である。

 以前聞いたところマシュはあまり『外』のことを知らないのだという。そこにどのような事情があるのかは分からないが、私にできることがあるのならば『外』にはどのようなものがあるのかを伝えたい。

 まぁこの世界の外がどうなってるのかは私も良く知らないんだけどね!

 そこで大した違いがないと分かった食べ物でも作ってみようと思ったのだ。材料は既にそろえてあるし、機材もドクターに頼んで搬入済み。アーチャーが見ても及第点はもらえるだろう料理道具を準備してあるのだ!

 あ、お金はカルデアからお給料をいただいているので支払いはそれ。

 何気に追いはぎや宝探し以外で初めて自分の力で手に入れたお金だったりする。まぁここにいても使い道はないので、今後の自分のため後輩のためと思えば痛くもない出費である。ここには取り立て人もいないようだし。

 

「先輩の部屋が、こう、見たことがないほどに生活感があふれています……!」

 

 そうだろうそうだろう。

 マイルームの改ざんなんてできなかった私が、どれほど模様替えというものに憧れていたか! 

 一応いっておくけど私も女だ――!

 

「ああ! 落ち着いてください先輩!」

 

 む、そうだった。

 こんなことをしている場合じゃない。

 今日はマシュに、私の好きなものを食べてもらういいチャンスだと思って誘ったのだった。

 

「先輩の好きなもの、ですか。とても興味があります。ウドン、オスシ、オソバ、テンプラ……先輩の出身地である日本の食べ物ですね」

 

 確かにそれは日本の食べ物である。

 しかし、今日は日本関係なくデザート系で攻めていこうと思う――プレミアロールケーキで。

 それ以外の選択肢とかない。

 

「ロールケーキ……スポンジを丸め、中に生クリームを入れた食べ物……ですか?」

 

 うん。

 至高の甘味。

 

「今、先輩の変わらない表情の中から少しだけ読み取れた気がします……先輩をそうまでさせる食べ物なんですね」

 

 そうなのである。

 あれには何度命を救われたことか。

 大量購入した果てに消されかけたので、購買の店員に貴方からマーボーを奪うようなものと言ったら固定化してくれた。それからはMPが切れそうになるとモシャリと食べ、同時にカロリーも摂取し体重計が怖くなるのだ。

 

「ですが先輩、材料はどうするのでしょうか。ここは最果て、材料なんてどこにも……」

 

 ドクターに頼んで通販してもらった。

 

「一応ここ、機密いっぱいの人類の重要拠点なんですが……」

 

 何にせよ準備は整っている。

 そこで見ていてほしい。

 

「うぅ、先輩一人に負担をかけてしまうのは……いえ、マシュ・キリエライト、待機します」

 

 うん、そうして欲しい。

 何気に私も誰かのために手料理を作るなんて初めてなので緊張した。

 

「先輩の……初めての手料理……何でしょうか、胸の奥が温かくなりますね」

 

 頬を染め、クスリと笑うマシュが可愛すぎる。

 ああ今すぐ道具を放り投げて抱きしめたい衝動に駆られてしまう……!

 しかしそんなことをすればアーチャーにお説教されてしまうので自重する。

 

「……あ、ですが先輩、緊張したと表現が過去形のような気がするのですが」

 

 いいところに気が付いた。

 まぁ見ていてほしい。ドクターに見せてもらった料理番組をちょっと真似してみたのだ。

 まず生地ですが――――完成品があるのでそれを使います。

 

「スポンジ用の粉の意味が……!」

 

 大丈夫、ちゃんと完成品も手作りである。

 続いて生クリームですが――――これも完成品があるのでそれを使います。

 

「あぁ、生クリームまで……と、ここまでの流れならばフルーツも……?」

 

 うん、すでにカット済みなのでちりばめるだけである。

 それをマキマキすれば完成。

 

「何でしょうか……嬉しいのですが何か寂しいような……先輩は、色々な感情を体験させてくれますね」

 

 褒められているのか褒められていないのか。

 まぁ何にせよ後は巻くだけなのだが――――これもすでに完成品がある。

 

「あぁ。遂に唯一残された作業まで……」

 

 冷蔵庫から取り出してマシュの元へ。

 あれ、違ったのだろうか。ドクターが持っていた動画だと、大抵のものがすでに準備されていたのだが。

 まぁ、元々の目的は食べてもらうだけではないので一先ず置いておく。

 

「とても美味しそうです。できるなら最初から先輩の料理姿を見てみたかったという思いもありますが、それはそれ――――いただきます」

 

 そういいながら一口。

 するとピタリとマシュは動かなくなり、どうしたのかと不安になる。

 私の味覚がおかしくなければ、いい感じに再現できていたと思うのだがさて。

 ちょんちょんとマシュをつついてみれば、突然胸に頭突きを食らった。

 

 ――ふぐぅ。なんの、これしき。

 

「美味しい、です……美味しいです、先輩。私も初めてだと思います。こうして誰かに、私のためだけに料理を作ってもらえたのは。嬉しいのに、涙が流れたのは……初めての体験です」

 

 その言葉に、一瞬だけ思考に空白が生まれる。

 つまりマシュは今の今まで、誰にか何かを作ってもらうという経験をしてこなかったということか。私だってただのコピーであったから、そのような経験は最初こそなかったが、私のために誰かが何かをしてくれるなんてことが良くあった。

 凛もそうだしラニだってそうだ。

 自分のサーヴァントたちだってそう。

 アーチャーの料理はどこか懐かしいような味がしたし、キャスターの料理は心が満ち足りた。

 エリザベートだってアレだったが、実は結構嬉しかったりしたのだ。

 

 ――そんな気持ちを、私はマシュに与えられたのだろうか。

 

 なんだかおこがましい考え方だが、嬉しいと思ってしまう自分がいる。

 自然とマシュのサラリとした髪に手が触れて、腕の中に閉じ込める。

 

「なんだか、先輩と出会ったから、色々と貰ってばかりな気がします」

 

 ――マシュが望んでくれるなら、私にできることは何だってして見せる。

 

 かわいい後輩が笑ってくれるなら、多少の苦労くらいどうということはない。

 何せ世界を救うためとかいいつつ桜のために戦って、魔性菩薩を滅ぼしたくらいだ。それに比べれば大半の事はどうということはないのである。温かい料理が食べたいというのなら、大したことのない腕前の私でいいのなら心を込めて作り上げよう。

 

「先輩はきっと、気づいていないのだと思いますが――私は先輩にいろいろなものを貰ってばかりです。何かを返したい、はっきりと私自身がそう感じています」

 

 そういってマシュが顔を上げれば、そこには尊いと思える笑顔があった。

 見上げるように私を見て笑顔を浮かべるその姿は――――ちょっと私の理性を崩しにかかってきてた。

 おっと、びーくーるだ私――セイバーのときの過ちは繰り返さない。

 

 ――なら、マシュも私に作ってほしい。

 

「――――――――――え」

 

 幸い、材料ならば丁度ここにある。

 スポンジは作ってあるし、生クリームだって、カットフルーツだってある。

 一からとは言えないが、私が作ったものの材料がすべてそろっているのだから。スポンジにクリームを乗せカットフルーツを散りばめる。それを綺麗に巻いて何等分かに切り分ければ完成である。

 

「……ですが先輩。やっぱり私は――――」

 

 ――最初の一歩を踏み出すのなら、これくらいがちょうどいい。

 

「最初の一歩……ですか?」

 

 そうだ。

 相手に何かを作る体験、そのはじめの一歩。

 それはどんな感覚なのか、どんな思いを抱いているのか、それらを知る一歩。

 

 ――それを理解して、最初から作りたいと思ったのなら……一緒に一から作ろう。

 

 スポンジを一から、生クリームを一から、フルーツを切ろう。

 その原材料だってまだ私の部屋に残っている。

 作りたいと思えたのなら、今すぐにだって作れる環境はすでに整っている。

 

「先輩――――もしかして、その為に材料を……」

 

 考えすぎである。

 ドクターが見せてくれた料理番組がなんかBBチャンネルに似てるような気がして魅入っていただけだ。

 その結果、よしこれで行こうと決心した結果に過ぎない。

 巡りあわせが良かった、それだけなのだ。

 

「――なんで先輩がああまで気難しい職員の方々と仲良くなれたのかが、よく分かった気がします。よろしくお願いします、先輩……!」

 

 マシュはそういいながら、今まで見たことがないような笑みを浮かべてそういった。

 その笑顔が見れただけで、私は報われたような気持ちになるのであった。

 

 

 

 その後、一緒に一から作ってクリームまみれになって互いに笑って、完成品を冷蔵庫に入れて一緒にお風呂に入った。お風呂上りに牛乳を飲み、冷えたロールケーキを食べてその美味しさに口元が弧を描く。

 一心不乱にパクパクと食べるマシュが可愛くて、昔セイバーにやったように口元へとケーキを運べば視線を迷わせ恥ずかしそうに口に含む。何か訴えるような視線を感じたが、ただ可愛いだけで私的にはノーダメージである。

 途中でドクターが様子を見に来たが、ドクターは嬉しそうに笑いながらこそこそと帰っていった。その後、私とマシュにお呼びがかかることはなかったことから、ドクターが気を利かせてくれたのだと思う。ずるい上司である。

 その日はずっとマシュと共に過ごした。

 疲れてうとうとするマシュを制服のままベッドに放り込んで抱えて眠る。

 抵抗する様子もないのでそのまま布団を被れば、

 

「温かいです……せんぱい」

 

 そんな可愛らしい声が私の耳をくすぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、マシュがまた廊下の向こうを注視していたのでどうしたのかと見てみれば、なぜかマシュは勝ち誇った顔をしていて、視線をずらすとまた走り去っていく影が見えた。行きましょうと声をかけられたので移動を再開したが、あの影の謎は深まるばかりである。

 

 

 

 

 追伸:私にマスター適性がみつかったらしい。

 




追伸との温度差よ


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六話

書いてたら文字数がね……? 
いつもよりちょっと多め。急いだのもあって誤字あるかもです。

なにより導入部分は難しい。



単発してたら式こないのに金色のライダーカード。ワンチャンありかと思ってたらマリーさん(二枚目)とか金色バサカでキャット(二枚目)と金色アサシンでカーミラさんがいらっしゃいました。

アサシン枠はヒロインと式とカーミラさんで安泰です。

……イベ用の星5礼装でなかったのが残念です。
NP50%は魅力的。


 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、先ずは説明しなければなるまい。

 私にマスター適性があったことが唐突に判明したその経緯を。まぁ理由はどうせムーンセル云々のせいだと思う。一度マスターとして聖杯戦争に参加した身だからとかそんな理由に違いない。ムーンセルの聖杯戦争とこっちの聖杯戦争は仕組みから別物だけど。

 何にせよ、そのような理由があったにせよ、適性があるのは変わらない。

 ではなぜ、適性が判明したのか。

 Aチーム着任を確認した私はふと、マシュもマスターであったと思い出したのだ。同時にマシュはどこのチームなのだろうかと疑問が生じた。そこで直接マシュにどこチームに所属する予定なのかを聞いてみたところAチームだと伝えられた。

 

 Aチームはエリートだ。

 しかしその優秀さから特異点へのレイシフトで最も先に送られるチームであり、その危険度は計り知れない。共に戦闘訓練を行ってきたマシュだったが、身体能力の方は実際に私の方がよさげであり、そのことから少々不安になって言ってしまったのだ。

 

 ――私もマシュと共に行けたらよかった。

 

 するとドクターが、適性がない岸波ちゃんじゃ難しいかな――といったところで固まった。

 マシュと二人ではてと首をかしげていると、

 

『あ、あれ……そういえば岸波ちゃんって――適性検査受けてたっけ?』

 

 思い返して、

 

 ――あ、私受けてねー。

 

『そ、そうだった!? 最初、カルデアのデータベースから岸波ちゃんの情報が見つからなかったから、マスターになれない、もしくはなれなかった部外者だと思ってたんだ! そのあとで岸波ちゃんが魔術師だってわかったから……!』

 

 ことの顛末。

 カルデアに来たけどデータがない。つまりマスター適性のない一般人などの部外者。しかし保護した後で魔術師だと判明し、その後の検査も調べたのは健康状態と身元を調べるための魔術刻印の有無に関して。マスターなにそれおいしいの状態であった。

 そもそも大したことのない回路数の私が適性ありだとは思わなかったのだろう。

 質はいいんだからね、質は!

 と、そんなこんなで検査を受けたら見事にヒットしたわけである。

 

『なんで、なんでよ。なんで私になくてこの人畜無害で凡人の理想形みたいなのが適性あるのよー!』

 

 涙目の所長がなんだか可愛かった。

 と、そんなこんなで適性が見つかったのだ。

 後にドクターは、

 

『ドクター……取り返しのつかないことを。先輩が……先輩がもっと危険な道に!』

 

 と私を心配し怒ってくれているマシュに連れていかれた。

 その後ぞろぞろとスタッフも抜けていったが彼らが何をしに行ったのかは分からない。

 

『もういいわ……なんだか貴方と張り合おうとすると私だけ一方的に疲れていく気がするから。いい、貴方もマスターの適性が発見されてしまった以上、戦闘訓練はより密度の高いものになるから覚悟しなさい』

 

 と、それから数日はより密度の濃い戦闘訓練を受けさせられた。

 サーヴァントとの共闘を想定したドールでの訓練はもちろん、他マスターとの連携や支援魔術の運用方法。霊脈の見つけ方やら簡易拠点の設営方法だとか、それはもう一月で終わらないような内容をみっちりと。隣に癒しのマシュがいなければ力尽きていただろう。

 流石に力尽きて倒れたときの膝枕はHP全回復の効果があった。状態異常『魅了』つきだったけど。

 その後、急遽現れた新しいマスターということで霊子筐体(クラインコフィン)の用意がされておらず、仕方なく一般枠の一名を減らし私用に調整することと相成った。作業を突貫で行ってくれた職員の方々には感謝である。

 

 ――そして、その時は来た。

 

 今私の目の前には、各地より選ばれてやってきた魔術師たちがずらりと並んで所長の話に耳を傾けていた。幸い、所長の予定していた時間通り(・・・・)にことは進んでいるため時間のロスは見られないし、何より所長の機嫌が悪化することもない。

 話の途中、所長のあんまりな言い方に反発する声が上がりはするが、現在世界がどのような状況なのかを説明すると理解力のある彼らは息をのみこんだ。ほら見なさい、これが正しい反応よと言わんばかりに所長の視線が飛んでくる。

 だって経験したことあるんだもの。

 そして所長たちは世界が滅亡に向かう原因ではないかと予想される特異点の話をする。本来なかった場所に生まれた特異点Fは、西暦2004年の日本のとある地方都市――ぶっちゃけ冬木と呼ばれる凛の生まれ故郷である。加えて、カルデアの召喚システム『フェイト』を開発するにあたって参考にされた、この世界の聖杯戦争が起こった場所でもある。

 それを聞いたとき、冬木って呪われてるんじゃと思った。

 

「ではこれより一時間後、初のレイシフト実験を行います。仮想訓練はもう十分でしょう」

 

 そういいながら所長の視線はまたも私に。

 当然うなずくことで返す。

 

「まず第一段階として成績上位者8名をAチームとし、特異点Fに送り込みます」

 

 ちなみにこの8名、カルデア内から選抜されたマスター適性者である。

 要するに私たちの身内から出たマスター。

 かといって贔屓とも言えず、一月ほど前からチームとして訓練を行っている為彼らの練度は高いものとなっている。私もその内の一人に入れればよかったのだが、ほぼ完成した連携に新人が入ってきても数日で修正できるはずもなくあえなく待機組。

 それも待機組の更に後発組である。

 

「Aチームは先行しベースキャンプを設立。後に続く貴方たちの安全を保障します。Bチーム以下は彼らの状況をモニターし、第二実験以降の出番に備えなさい。……ではさっそく霊子筐体(クラインコフィン)の個人登録を行います。いい、代用の利くものではないから丁寧に扱いなさい」

 

 そういって所長は指示を出していく。

 BからDのチームは今回のレイシフトでは待機組で、Aチームに異常が発生した場合に備えて待機するため霊子筐体(クラインコフィン)の中でずっと待機しなければいけないのだ。私も事前に登録する際に入ったが、なんとも息苦しいような、どことなく懐かしいような感覚に陥った。

 と、それはともかくである。

 待機組といえど私にも今回は仕事があるのだ。

 

 ――じゃあ一人づつ並んでください。

 

 ス、と手を上げて存在をアピールすると、マシュを筆頭にAチームが終結。

 その統率の良さに感心しながら、これとこれとこれ、などと今から使用する魔術を選択する。

 そう、今回の私の役目は万全を期すために支援の魔術をガン積みすることである――私のMPが空になるのを承知で。まぁ私がヘトヘトかつ動けないほどに疲弊したとして、人の命が助かる可能性がグンと上がるのなら安いものである。

 どうせ私は待機組だし。

 こういう理由もあって、待機組が出撃する状況でもさらにその後からだ。

 

 ――gain_lck(32)で幸運強化!

 

 ――gain_mgi(16)で魔力強化!

 

 ――gain_str(16)で念のために筋力強化!

 

 ――gain_con(16)で耐久力強化!

 

 それを8人にかけ――力尽きる。

 途中で魔力が切れかけて、プレミアロールケーキを食べて回復したものの魔力の残量が心もとない。かつてのマスターLvMAXの私ならプレミアロールケーキを食べずとも余裕があったかもしれないが、最低限の強化だけで今の私ではこのざまだ。

 

「ありがとうございます、先輩。必ず無事に帰ってきます」

 

「よし、それじゃあ岸波ちゃんは僕が医務室へ連れていくよ。マシュも気を付けて」

 

 駆け寄ってきたドクターが予定通りに肩を貸してくれる。

 しかし、プレミアロールケーキで回復した魔力がまだ少しだけ残っている。どうせ私はしばらくの間動けないし、レイシフトに参加できないのだから使い切ってしまうのが吉だろう。もはや贔屓にしかならないが、私にとってマシュはかけがえのない人の一人なのだ。

 そんなことを考えていると、表の聖杯戦争で二人のうちどちらを選ぶのかという最悪の選択肢が浮かび上がる。私は確かにその時、自分のエゴで選び自分勝手に生きることを押し付けた。それまでの戦いで何人ものマスターを倒したうえで。

 それでも私は変わらない、変われない。

 

 ――gain_con(32)!

 

「――――先輩!? それ以上の魔術行使は……!」

 

 先ほど以上の耐久強化。

 使用した魔力は1.5倍近くだが、その効果はよく知っている。

 代償として回路に痛みが走るが、

 

 ――これくらい、大切な人を失う痛みに比べれば大したことなんてない。

 

「岸波ちゃん……君って子は。僕、男として自信を無くしそうだよ。でもここは医者として言わせてもらう。自分の限界を超えた魔術の行使は危険だ。最悪の場合制御ができないし、岸波ちゃん自身に悪影響しか与えない。これ以上の無茶はもうしないこと」

 

 ドクターに言われ、反省も込めて黙ってうなずく。

 声音から心配してくれているのだと感じてしまった以上、無碍にできるはずもない。

 

「それじゃあ僕は岸波ちゃんを連れていく。早く帰って来て、岸波ちゃんを安心させてやってくれ。じゃないと自分を顧みず乗り込んじゃいそうな気がする」

 

「はい、必ず帰ります。先輩。帰ってきたらまた、ロールケーキを」

 

 ――うん、また作ろう。チョコとか抹茶もいいかもしれない。

 

「抹茶……日本の飲み物ですね。楽しみです――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、気づけば私は自分の部屋にいた。

 おかしい、確かドクターは私を医務室に連れていくとのことだったが。

 

「あ、起きたかい? いやぁごめんごめん。実は医務室、コフィン内のバイタルデータを映し出してるから音がうるさくてね。これといった異常もなかったし、医務室じゃ気疲れしてしまうと思ったから岸波ちゃんの部屋に連れてきたんだ――っと、勿論カギは所長が開けてくれたんだよ? 不法侵入じゃないよ?」

 

 成程、そういうことか。

 しかし医務室から私の部屋までそこそこの距離があったはずだが、重くはなかったのだろうか。

 

「いや、まぁ、機材に比べれば全然軽い――アイタァ!?」

 

 別に重いとか疲れたとか言われても運んでもらった手前黙っているつもりだったが、機材と比べられるとなけなしの乙女のプライドが唸りを上げる。ダメだこのドクター、女心のおの字すら理解していない。研究職ってみんなこうか!

 

「ごめんごめん、こういう時なんて返せばいいのか僕には経験値が足りないね。もっと勉強しないとなぁ」

 

 それはゲームで?

 

「ゲームで」

 

 脳内から改革しないとダメだなこれは。

 と、それよりもレイシフトの実験はどうなっているのだろうか。

 

「あぁ、それはまだ何とも言えないかな。実際、岸波ちゃんが意識を失って回復するまでにそう時間は経ってない。僕も現場にいると空気が緩むって追い出されたし、もう始まるだろうね。僕、しっかりとお仕事してるつもりだったんだけどなー」

 

 それは何となくわかる気がする。

 ドクターが近くにいると気が緩むのは確かだ。

 

「あれ、それって褒められてる?」

 

 私としては褒めているつもり。

 近くにいて気が張ってしまう人よりも私としては接しやすくていいと思う。

 

「……あれ、涙が。うぅ、人のやさしさってこうまで心の染みるんだね」

 

 グスと鼻をすするドクターだが、どんな過去を送っていたのか気になるところ。

 しかしここでコールが鳴り、ドクターが応答する。

 纏めてしまうと、レフ教授が新任のマスターのバイタルがよろしくないので一応来てくれとのこと。二分で。

 

 ――30秒で支度しな!

 

「無理だからね!? ここから急いで走っても5分はかかる! ああ、見栄を張らないで追い出されたって素直に言うんだった!」

 

 ――まぁ冗談として。取りあえず私も同行してもいいだろうか。

 

「岸波ちゃんが? いや、でも体調は平気かい?」

 

 全然大丈夫である。

 これでも痛みには耐性がついている方だし、そもそも魔力の使い過ぎは慣れっこだ。今すぐ激しい戦闘に巻き込まれさえしなければ問題ないと断言できる程度には回復している。

 

「タフというかなんというか。わかった、連れて行こう。でも少しでも体調が悪くなったら言うこと。約束できるなら連れていくよ」

 

 約束するという意味を込めてうなずくと、ドクターは疑わしいとばかりに視線を送ってくるが諦めたように立ち上がる。私もそれに続いて部屋を出るが――その瞬間、事態は急変した。

 館内の明かりが消失し暗闇に包まれる。続いて鳴り響くのはカルデア中に響き渡る大きな爆発音。それを追うように管内全体に緊急事態発生のアラームが鳴る。耳を澄ませてアナウンスを聞けば、中央発電所と中央管制室で火災が発生したとのこと。

 

「一体何が起こっている!? モニター、映像を――――」

 

 ――気が付けば走り出していた。

 

「岸波ちゃん!? せめて君は隔壁が下りる前に避難を――!? って速い、速いって!」

 

 中央管制室はマシュや所長が、Aチームの仲間や新しくやって来た魔術師たちもいる場所だ。そこで起きた火災――恐らくは爆発音がしたことから何かが爆発したのだろう――なんて嫌な結末しか運んでこない。爆発に巻き込まれたのか、その後の火災にその身を焼かれるのか、どちらにせよ人が死ぬ。

 いつの間にか肩にしがみついていたフォウをわきに抱え走る。

 そしてたどり着いたその先は――

 

 ――地獄そのものだった。

 

 所長が誇らしげに語っていた『カルデアス』を中心とした管制室は赤い火の海で覆われていた。見渡せばコフィンも大きなダメージを受けており、ひしゃげていたりガラスが飛び散ったりと中を覗き込むのが怖いものが多い。

 後から息を切らせて走って来たドクターは、その惨状を見て息を飲むがすぐに自分のやるべきことを確認し私に指示を出す。

 

「見ての通り、無事なのはカルデアスだけだ。生存者は絶望的……どうやら予備電源の切り替えも上手くいってない。僕はこれから手動で予備電源への切り替えを行いに行く。岸波ちゃんはすぐに避難するんだ。爆発の起点から見て、事故じゃない。あそこに爆発するようなものを置くほど、カルデアの技術者は馬鹿じゃない」

 

 ――つまり、人為的な破壊工作?

 

「恐らくね。もしかするとその下手人がまだ潜んでいる可能性もある。せめて無事だった君だけでも戻るんだ。万が一のシェルターの場所は分かるね? いいかい、寄り道なんてしてる余裕はないぞ! 外に出られなければシェルターに、外に出られれば外部の救助を待つんだ!」

 

 そういってドクターは予備電源へと切り替えるために姿を消した。

 私はどうすればいいのか――自問自答する意味もない。

 問うまでもなく私がすることは、可能性にすがって生存者を探すこと。

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木』

 

『ラプラスによる転移保護――成立』

 

『特異点への因子追加枠――確保』

 

『アンサモンプログラム――セット。マスターは最終調整に入ってください』

 

 アナウンスが何かを言っているが、頭になんて入ってこない。

 しかし体は勝手に動き、以前職員の人から聞かされたコフィンの冷凍保存機能の話を思い返す。緊急時用の生命維持手段。本人たちの了承が無ければ重罪行為とされるらしいが、本人たちも何もわからず焼け死ぬよりはマシなはずだ。

 無事な端末から元ウィザードとしての技量を最大限に発揮し、全コフィン内の絶命の危機にあるマスターに対し冷凍保存の処置を実行。幸い死者の表示は一つもない、まだ無事なのだ。しかしエラーが続発し原因はと調べれば圧倒的電力不足。仕方なしに電力復旧と共に処置の開始を予約し再び足を動かす。

 マシュがいない。

 端末から調べたコフィン内のマスターにマシュがいなかった。

 汗が流れ落ちる。

 喉が焼けるように熱い。

 所長は、レフ教授は、カルデアの職員たちはどこにいる――――!

 

「――――……なん、で。せん、ぱい?」

 

 ガラリ、瓦礫が崩れる音がして、声が聞こえた。

 慌てて振り向けばそこには血を流しふらりと歩くマシュがいた。

 

 ――無事か、マシュ……!

 

「私は、なんとか。いくつか、骨が折れては……いますが、生命活動の維持に支障はありません。私はコフィン外で、レイシフトの立ち合いをしていたのが幸いでしたが、他の皆さんは……」

 

 ――良かった、本当に良かった。

 

「せんぱい……何故、来てしまったんですか。隔壁も閉鎖、電源も戻りません……このままでは」

 

 ――大丈夫だ。ドクターが電源を戻しに行った。それよりも、本当に大丈夫なのか

 

「は、い。恐らく、先輩のかけてくれた魔術のおかげかと。耐久は勿論ですが、飛んできた破片が致命傷にならなかったのは……先輩の不思議な魔術のおかげです」

 

 ――そうかgain_lck(32)か。

 

 あれは幸運を上げる魔術だ。

 ということは、他の7人のAチームも無事な可能性がある。とはいえコフィンの中で逃げ場はなかっただろうから、せいぜい死ななかった程度で重症の可能性が高い。後は電力復旧後のコフィンの判断に任せるしかない。

 取り合えず一段落――とはいかない。

 再び耳障りなアナウンスが鳴り響く。

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます』

 

 無機質なその声に嫌な予感がする。

 こういうときの私の勘は大抵外れてはくれない。

 

『近未来百年までの地球において、人類の痕跡は『発見』できません』

 

 マシュと共にカルデアスを見上げれば、赤く染まり人類の痕跡がかき消されていた。

 これは不味いと思うものの、現状を打破しなければ関係のない話となる。

 

 ――しかし、隔壁はもう閉まってしまった。

 

「これでは、もう……そと、には」

 

 障壁をあける手段はない。

 

『コフィン内のマスターのバイタル、基準値に達していません』

 

 アナウンスが淡々を響く中、マシュの手を握り締める。

 この程度の危機がなんだ、神霊を越えるだろう相手との戦いより、女神の集合体と戦うより、自分たちよりも格上の存在たちと戦うより、今のこの状況が絶望的であるはずがない。あるはずが、ない。――でもここには、そのすべての時を共有した、仲間がいない。

 身体が震えた気がした。

 

 ――せめて、マシュだけでも。

 

 魂を燃やして、魔術を行使しよう。

 『アトラスの悪魔』か『赤原礼装』の一度くらいなら行使できそうだ。

 この世界に来てからこんな強引な魔術の使いかたは初めてだが――――

 

「――――だめです、先輩。私にも、今のせんぱいの次の行動が、わかります」 

 

 そういって、マシュの体が寄りかかってくる。

 温かく、鼓動の音が心地よい。

 

「せんぱい、私にとってせんぱいは――――今の私のすべてです」

 

 ――言葉を失った。

 

「今の私なら、わかる気がします。せんぱいがいない世界なんて考えられないし、その中で前を向けるほどの精神強度がありません。私にとっての世界の割合はカルデア2、フォウさん2、せんぱい6です」

 

 ――あ、重かった。めっちゃ重かった。でも何だろうか、心地よい重さだ。

 

 よく考えると、『桜』にも同じように愛されていた、愛してくれていた。その好意がとてもくすぐったくも心地よく、私の原動力の一つともなっていた。マシュの好意が家族としてか、桜と同じものかは別としても嬉しいことに変わりはない。

 その想いだけで、まだ私は立ち上がることができる。

 ああ、やっぱり後輩って――――いいものだ。眼鏡も素晴らしい。

 

「だからせんぱい……手を、握っていてください」

 

 手を握る。

 寄りかかってくる体を、骨を痛めないように抱きしめる。

 失ってはいけない温もりがここにある。守らなければいけない世界がここにある。

 その世界のうちに私も入っているというのなら――意地汚く生きて見せる。

 

 ――早く復旧、復旧はよ!

 

 そうドクターに強く念じれば、

 

『レイシフト開始まで 3、2、1――全行程完了。ファーストオーダーの実証を開始します』

 

 再び聞こえた無機質な声。

 それを最後に、私の意識はあっけなく落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 





次は週末か週明けか。

ガンダムとかやらないよ、進撃とかやらないよ!

だからきっと次のお話しは週末か週明けか。


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特異点F 炎上汚染都市 冬木
七話


眠い、恐ろしく眠い。
つまり誤字率上昇中……一度見直してはいるんですけどね。

さて七話でようやく冬木に到着と。
いやぁ、ようやくスタート地点ですね。
鯖の召喚は近いぞはくのん。



今更ながら、お気に入り登録してくれた多くの方々ありがとうございます。
少しづつ増える数字は励みになっております。

そしてコラボイベ完走完了。
ランタン、大変美味しゅうございました。


 

 

 

 

 

 

 

 

「……揺すっても起きてくれません。この危機的状況の中、流石です」

 

 ――――……誰かの声が聞こえた気がする。

 そして、何かに頬を舐められたような感覚。

 徐々に徐々に、私の意識が覚醒していく。

 

「おはようございます、先輩。その様子だと快眠できたご様子、なによりです」

 

 ――あぁ、おはようマシュ。それとフォウ。

 私の頬を舐めていたのはやはりというか、リスっぽい生き物であるフォウであった。彼、彼女はなぜか嬉しそうにステップを踏んでおり、そのふわふわもここもした尻尾が宙で踊る。無意識に手が伸びかけるが、取りあえず自重する。

 

「……先輩、あの、少しよろしいですか?」

 

 そういわれて、私はようやく地面に横たわっていたことに気づく。

 道理で背中が痛いと思ったが……はて、一体ここはどこなのだろうか。あれか、また雪山に放り込まれたときのように今度は真逆の灼熱地獄か。流石の私も主犯格を起訴せねばならなくなってきたようだ。私の人権はどこ行った。

 と、言うかである。

 

 ――マシュがコスプレしてる件。

 

「ち、違います! これには少々事情が……!」

 

 何故か眼鏡は外れていて、なかなかに露出の高い軽装の鎧のようなその姿は懐かしい面子を思い出す。何より、私の知っているマシュと比べてその身が秘める魔力の質が別物だ。そして私は近い存在をこの目で見続けてきた。敵として、味方として。

 うん、まぁ事情はあるのだろう。

 何せ私たちは先ほどまで目の前に死が迫る危機的状況下にいて、今度は場所こそ違うが辺り一面火の海の都市にいるのだから。明らかに室内とは異なる空気、空間、黒い煙が覆いつくす赤い空――本当にどこなのだろうか。

 まぁ取りあえずマシュがこうして無事だったことに安心だ。フォウが着いてきてしまったのは、直前まで私の傍にいたからだろう。……今思えば火の中に飛び込む私についてくる獣って、どれだけ度胸のある生き物だ。

 

「まったくブレないその様子、見ていると私も安心してしまいます……いえ、そうではなく。今はそう悠長に説明している時間はありませんので、端的に」 

 

 マシュの前置きに、体を起こす。

 そうしてマシュは、私の後ろにいるナニカを指さして言った。

 

「――――どうやら、未だ死地からは抜け出せていないようです」 

 

 後ろを見れば――そこにいたのは形容しがたい、僅かながらに人の形をとる化け物。

 かつて私が闘ってきた純粋な殺意のみの敵性エネミーとは違う、生き物らしい殺意と怨嗟を含む現実味を帯びたナニカだ。

 思考がカチリと切り替わり、考える。

 

「先輩――いえ、マスター。私に指示を。事情の説明をするためにも、この場を乗り切ります」

 

 マシュが前面に展開するのは、体よりも遥かに巨大な盾のような武装。

 あれで戦うとなると――――やっぱり殴るのだろうか。ああ、私の可憐でおしとやかで無垢な後輩が……!

 

「あ、あの、マスター。できれば指示を……! 正直に言ってしまえば私、自身を前面に出しての戦闘経験はゼロです。それはもう草食動物と同等レベルです」

 

 大丈夫、私もだから。

 しかしあの敵性エネミー、一体何なのだろうか。聖者のモノクルでも使ったら情報が読み取れはしないだろうか。いや、今は時間が惜しいからこの場を乗り切ることを最優先としよう。先ず、マシュのステータスが知りたいところだがそんな余裕はない。

 であれば、マシュを信じるのみである。

 恐らくだがマシュは――――サーヴァントになっている。

 あれだけ共に過ごし、戦った仲間たちと似通った感覚を、私が間違えるはずもない。随分前にドクターや所長の言っていたカルデアの研究の一つである人とサーヴァントの融合というやつではないだろうか。

 そうであるならば、あの程度の敵は最早敵ではない。

 念には念を入れて、回路は起動しておくが。

 

 ――gain_mgi(16)で魔力強化!

 

 ――gain_str(16)で筋力強化!

 

 ――gain_con(16)で耐久力強化!

 

「マスター、流石にこれはその、過保護なような……! 回路起動、むしろすでに魔術実行済みというか」

 

 まずは小手調べだ。

 ここであの敵が実は強くてマシュが致命傷とか、私が私自身を許せなくなる。

 だからせめて、最初の戦いは今持てる最大の支援をするのが私の仕事だ。ただ、今の強化で回復しつつあった魔力の大半を消費してしまったので、最低レベルの回復魔術を後一回程度使えるかどうかレベルの魔力しかない。

 ダメだと思ったのなら即撤退。

 

「小手調べを優に超える過剰戦力のような気もしますが、了解しました。――――マシュ・キリエライト。シールダー、行きます……!」

 

 瞬間、か細い足に踏み抜かれたコンクリートは、粉々になって空へと舞った。

 巨大な盾が縦横無尽に振るわれる。先端の分厚いプレートの部分で敵を分割し、迫る複数体の敵に盾を突き出し粉砕する。その光景に唖然としながら頭の片隅では冷静に敵を分析する私がいる。敵性エネミーに比べて一個体の戦闘能力は非常に低く耐久力もない。ただ武装がそれぞれ違う個体が存在し、遠距離の個体が持つ弓は少々危険か。

 とは言えあの程度の弓ではサーヴァントの体は易々と貫けない。

 問題があるとすればそれは――――(弱点)だろう。

 しかしアリーナと違い、ここには身を隠す遮蔽物が多く存在している。

 岸波白野は華麗に瓦礫に隠れます。

 あ、敵が弓構えてるから一応防御ね。当たり所次第ではダメージが入ってしまうから。

 

「了解しました。続いて迎撃に移ります――――!」

 

 次、大振りの一撃。

 回避後に反撃――――後、再度防御。

 弓が邪魔だから先に排除しよう。

 うん、基本的に攻撃パターンも単調でサーヴァントとは比べ物にならない。

 

「マスター、次は――――」

 

 弓もいないし、敵にマシュの攻撃を阻めるものもなし。

 確実に敵を仕留めて、この場を離脱しよう。

 

「はい。マスター、いえ、先輩。やはり先輩がいてくれれば、何でもできてしまう気がします」 

 

 そういいながら、マシュは最後の敵を粉砕した。 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了後、マシュが緊張した面立ちで戻ってくる。

 その視線は私の全身に向けられていて、怪我がないかを確認していることがすぐにわかる。この状況下で他人の心配をするとは、何とも優しい後輩か。そんな後輩を安心させるために軽く体を動かして健全であると伝える。

 

「お怪我がなくて何よりです、先輩。加えて、戦闘での的確な指示ありがとうございました」

 

 別に感謝されることでもない。

 矢面にマシュを立たせているのだから、私は後ろからサポートするくらいでなければ釣り合いは取れない。というか、現状では釣り合いなんて取れていない。危険度は圧倒的にマシュの方が高いのだから当然である。

 ……さて、取りあえず一段落着いたところで。

 

「……はい。先輩の考えている通りかと。一緒に訓練していた先輩はご存じだと思いますが、私の運動神経は並み以下。居残り訓練が日常のインドア系研究員。それがかつての私です。その私がこうして戦えたのは一重に――――」

 

 その時、マシュの言葉を遮るかのように電子音が鳴る。

 それはいつもドクターから連絡を受けるときの音で、もしやと考えていると案の定だった。

 

『よ、ようやく繋がった! こちらカルデアの管制室だ、聞こえるかい!?』

 

「ドクターですね。こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、先輩と共に特異点Fにシフトしています。両名、心身ともに問題はありません」

 

 ん、あれ、今、特異点Fって聞こえた気がする。

 それって確か元々レイシフトする予定だったあの――――あ、そういえばアナウンスがそんなことを言っていた気がする。つまりは、あの危機的状況下でもファーストオーダーは開始され、あの場にいたマスターである私たちがこうして送られたということか。

 あれ、でもレイシフトって霊子筐体(クラインコフィン)が必要だったと思うのだが、まぁおいておこう。

 

「レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。流石は先輩です」

 

『あー、やっぱりか。やっぱり岸波ちゃんもレイシフトに巻き込まれたのか。どうせ逃げてって言っても素直に出ていくとは思わなかったけどこう来たか! いやまぁ、コフィンもなしに意味消失に耐えてくれたのは幸いだ。……なんでか、意味消失くらいなら岸波ちゃん耐えきっちゃうんじゃないかって心のどこかで思ってたけど』

 

 意味消失……あぁ、成程。なんかぐわんぐわんしたやつか。

 悟り開いた人に消されかけたあの時より遥かにマシである。

 

『お、おーい、岸波ちゃん? なんだか遠い目をしてるけど……? と、そうだ、マシュ! 無事だったのは良かったんだけど、その恰好はどういうことなんだい!? ハレンチすぎる、露出が多すぎる! 僕はそんな子に育てた覚えはないぞ! 岸波ちゃんってばちょっと怪しいから食べられちゃうぞ!』

 

 ――よし、帰ったら覚えておけ。

 この体に刻まれたツボというツボを押してやる。

 

『あ、目が座った。表情変わらないのに目だけ座った。これはマズイパターンだ、僕でも分かる! と、まぁ冗談はこのくらいにしておこう』

 

 む、うまく逃げられてしまった気がする。

 まぁいい。今はそれよりもマシュの話を聞いておきたい。

 

「先輩は肉食ではなく、どちらかといえば草食です。いえ、正確には雑食なのですが……そうではなく。どこから話せばいいのでしょうか。先ず私の格好ですが、こちらでの戦闘を考えカルデアの制服では先輩を守れないと判断し、変身した次第です」

 

『戦闘、変身……? その物言いだと、マシュが戦ったように聞こえるけど――そういえば、岸波ちゃんにマスター適性が確認されたけど……適性を確定させたサーヴァントがいない。となれば消去法で……キミ、なのか?』

 

「はい。身体状況をチェックしていただければすぐにわかるかと。身体能力、魔力回路、すべてが向上しています」

 

 焦ったようにドクターがデータをチェックすれば、それは間違いないと証明された。

 どうやら私の予想は的中していたらしく、マシュはサーヴァントと融合しデミ・サーヴァントと化したらしい。

 おまけにその経緯というのが、怪我を負い戦闘もままならないマシュと直接的な戦闘力を持たない私が特異点に送り込まれてしまうという事態が起こった。そんなとき、マスターとの契約を失い消滅間際の英霊が契約を持ち掛けてきたのだという。

 

『体を碌に動かせない私が先輩を守るためには、私自身が盾になるのが最も効率的と判断しました。サーヴァントとの契約を引き継ぐことも考えましたが、やはり負傷した私では足手まといです。先輩は優しいですから、危険に陥っても一人で逃げてはくれないことが先ほど証明されましたし』

 

 とのことでなんか、反論ができなかった。

 特に後半部分のところとか。 

 その後、詳しく話を聞いてみたがマシュの中に英霊の意識はなく消滅してしまっているらしい。おまけに宝具はあるのだが、英霊の真名を知ることができなかったのでその身がどのクラスなのか、宝具の名前も分からないので使用不可とのことだった。

 どっかで似たような状況を見たことがあるネ!

 

『さて、状況は理解できた。これより先、マシュと岸波ちゃんは運命共同体だ。マスターを失えばサーヴァントが、サーヴァントを失えばマスターが同じ道をたどる。二人とも気を抜かず……む、通信が安定しない。予備電源に切り替えたばかりだからしょうがないか。取りあえず、霊脈を探してほしい。そうなればこちらからの通信も安定するだろうから』

 

 そして最後に、無茶はしないようにといって通信は切れた。

 さてそれでは移動しようかと思ったところで唐突に肩に重みが。

 

「フォーウ! キューゥ!」

 

 そうだった、フォウがいたんだった。

 というかドクターとの通信が繋がっている間、どこにいたのか。

 おかげで報告し忘れてしまったが……まぁ、後でいいか。

 若干ドクターの扱いがとも思ったが、今は余裕がないということにしておく。

 

 ――じゃぁ、その霊脈を目指して歩こうか。

 

「はい、先輩。では私が先輩の周囲、地中と上空含め360°完全にカバーさせていただきます。入り込む隙間なしです」

 

 拳を握る後輩の姿、プライスレス。

 何だかドクターすらもハレンチというこの姿に慣れてきた自分が少し悲しい。

 身近なところにもっとハレンチな恰好の女の子いたからね。セイバーとかキャスターとか、桜ズとか。寧ろ穿いてないエキゾチック美少女もいたからね!

 ただ正直に本音を言うのなら――――悪くない。

 この微妙な露出のもどかしさ、悪くない!

 

「先輩、あの、どうかしましたか?」

 

 ――なんでも。さぁ、目的地は近いようだし向かうとしよう。

 

 そうして私たちは、ドクター指定の霊脈を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「キャ――――! なに、なんなの、コッチに来ないでー! って、貴方たち!? ああもう、何がどうなってるのかわかんないけど手伝いなさいー!」

 

 

 

 

 

 のだが、道中、なんだか聞き覚えのある悲鳴が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 



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八話

ついに召喚。
まぁなんというか……うん、こうなった。

今後の更新についての報告があります。
次話は時間があれば今週の土日か週明けに。
時間が無ければ、恐らくは来週か再来週中に一話というペースになると思います。

えぇ、アホみたいに忙しいのです、来週と再来週。
なんでこうも予定が詰まるのかと不思議でしょうがないですぜ……。

まぁFGOにはログインするけどね!


 

 

 なんだかよく分からないバケモノにモテモテだった所長を救助し幾ばくか。

 三人でその場を離れて身を隠せば、未だに目をぐるぐると回す所長がいた。まさに混乱の極みと言わんばかりのその様子に、ほんの少し悪戯心が顔を出すが空気を読んで落ち着くまで待つことにした。

 数分もすれば所長も現実に戻り、

 

「……貴方よりも取り乱してた自分が恥ずかしくなるわ」

 

 と、忌々しげにつぶやいた。

 何だか所長が現実に戻るにあたりダシに使われたような気がするがまぁよし。

 

「さて、ええと……そう、先ずはマシュ・キリエライトの状態ね。見ればわかるんだけど、デミ・サーヴァントになったってことでいいのかしら」

 

「流石です、所長。お察しの通り、現在の私はサーヴァントとしての能力を譲り受け、先輩と押し掛け契約中です」

 

 押し掛け契約何それ可愛い。

 私が知ってる押し掛けって、もっと切羽詰まったカオスなものだった。

 

「まさか、本当に適性があったなんて……今になってようやく納得できたわ」

 

 どうやら所長、本当の意味で私がマスター適性があったということを認められたらしい。

 確かに私の回路の数では一流には程遠く、そもそも魔術師としての心構えもあったものではないから認められないのも無理はないだろう。というか、月にいた当時、本当に私がマスターなのかと疑ってかかっていたのは自分自身である。  

 そこからマシュがデミ・サーヴァントとなった経緯に、今現在の状況を所長へと伝えていった。

 今現在、遭遇できたのはバケモノと所長だけ。しかし、所長がいることでもしかしたら他のメンバーもこうしてレイシフトしているのではないか、そんなことを思いながら所長を見ると察してくれたらしい所長はため息をつく。

 

「……言っておくけど、私だってこっちで遭遇した人間は貴方たちだけよ。それに、恐らく私たち以外のメンバーはいないでしょうね――ここにいるの、全員がコフィンに入っていなかった人間ですもの」

 

 そう言われて、マシュと目を合わせる。

 成程それは確かにそのとおりである。

 あの時私もマシュも外にいて、コフィン無しでレイシフトしてきたのだ。そもそも、コフィンの端末をいじっていた時に、起動に必要な電力が足りないという情報を目にしていた。あのレイシフト時、コフィンは起動しておらず休止状態だったのだ。

 所長曰く、

 

「成功率が95%を切った時点で電源が落ちるわ」

 

 との事で、そもそも傷を負っていたマスターたちのコフィンは電力が足りてもレイシフトは行えなかった可能性が高い。

 まったく、所長が合流してからというもの疑問が次々に氷解していく。流石はこれまでカルデアを支え続けただけはある。

 

「……貴方、恥ずかしくないの?」

 

 本音だからもーまんたい。

 既に羞恥心など、『はかせない』のせいで薄らいでいる。

 

「調子が狂うわね……! まぁいいわ。礼装を持ち出せなかったのは残念だけど、マシュがいれば問題はないでしょ」

 

「自信はありませんが、お任せください。先輩の安全を第一に、頑張らせていただきます」

 

「貴方も変わったわよね、ええ、ホント変な方向に変わっちゃったわよね! 所長たる私よりそっちの草食動物を優先する辺りが特に! もし岸波白野がマスターでなかった場合、貴方は誰を優先して守るべきか分かってるでしょうね!?」

 

「先輩ですね。判断を間違えたりはしません」

 

「間違えてるじゃない、初っ端から全部間違えてるじゃない! はぁ、もう、なんで私の周りはこうもおかしなのばっかりなの。レフ、レフ、貴方だけよ。ホント」

 

 所長、所長レフ教授とかどうでもいいから――ベースキャンプつくろ?

 

「ああ――――っもう! まともなの私だけ? 私がおかしいの? 誰一人私を慰めてくれないけどどうなってるのよ! いいわよ、さっさと終わらせて休ませてもらいます! 霊脈探して――ってここかァ!」

 

 ああもう嫌だ調子狂う、そういって虚ろな目で私を見る。

 おおう、ガラス玉のような無機質な目はちょっと怖い。というか、今のは私ではないと思うのだ。

 

「もう、疲れたからさっさとしましょ。マシュ、貴方の物騒なそのデカイ盾を置いて。触媒にして召喚サークル設置するわ。貴方はその間、しっかり周囲をマシュと一緒に見張ってなさい。一匹でも通したら、貴方の頭にガンドぶち込むわ」

 

 ガンドって、あのガンドか。

 よーし、しっかりと見張りをさせていただきましょう――黒い弾幕怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして設置されたサークルは、カルデアで見たものと非常に酷似していた。

 設置と同時にドクターとの通信が回復し、所長がドクターになんで貴方が仕切ってるのと突っかかった。

 そしてドクターの口から語られたのは、あまりにも悲惨なカルデアの現状であった。

 

「――――貴方より階級が上の人間が、いない? え、でも、レフは……レフはどこ!?」

 

『――――レフ教授はあの爆発の中心で、レイシフトの指揮を執っていた。生存は絶望的だ。ただ、コフィンに入っていたマスターたちに関しては何とか一命をとりとめることができました。それと……岸波ちゃん、コフィンに凍結保存を命令したのは君だね?』

 

 ――その通りだ。

 

「……先輩、それは――――それは、了承なしに行えば犯罪行為に当たります」

 

 ――それも承知の上だ。例え本人たちに非難されようと、見捨てるという選択肢が浮かんでこなかった。それはきっと私に深く根付くあの選択肢が原因。だからだろう、マシュの口から犯罪行為だと伝えられようと、欠片も後悔なんてしていないのは。

 

「先輩……私は、先輩を攻めているわけではありません。寧ろその行動に、不謹慎ながら喜んでいる自分がいます」

 

『それは、僕も同じだよ。死んでさえいなければやり直せる。寧ろ、君にそんな役回りをさせてしまった自分が情けないよ……皆が起きたら、一緒に事情を話しに行こう。大丈夫、時間はかかるかもしれないけど、外部から応援が届けばすぐに治療を開始できる』

 

「取りあえず、生きていればそれでいいわ。珍しくファインプレーね……でも、レフがいないなんて。おまけにカルデアは機能の八割を失ってるですって? 取りあえず、レイシフトとシバの現状維持は絶対だから、そちらに人員を割くロマニの方針で問題ないとして……はぁ。納得はいかないけど、私が戻るまでそちらは任せます」

 

 ――と、言うことはこちらは。

 

「ええ、その通り。特異点Fの調査を続行します」

 

『ち、チキンが進化した……?』

 

「帰ったらぶっ飛ばすわよ。レイシフトの修理に時間がかかるんでしょ? 先ほどの戦闘で、マシュがいれば問題がないことは分かったからこのまま進みます。……これより岸波白野、マシュ・キリエライトの両名は捜索員として調査を開始……異論はないわね」

 

『ね、ねぇ岸波ちゃん。なんだか所長、やたらタフになってないかい?』

 

 ――激しく同意である。

 

「誰のせいだと思ってるの!? ほぼ一般人がこうものほほんとしてるのに、一流である私が取り乱すわけにはいかないでしょう! いい、今回の捜索は異常事態の原因の発見! 解析や排除はカルデア復興後、第二陣を送り込んでからの話よ――いいわね!」

 

 ――あいさー!

 

『了解です。健闘を祈ります、お気をつけて。岸波ちゃん、マシュも無理はしないこと。緊急事態にはぜひ連絡を』

 

 それを最後にドクターとの連絡は途切れる。

 これからはいつでも連絡は取れるのだから、心配はいらない。

 

「いい? 何が何でも結果の一つや二つ出さないと、カルデアが協会の連中に取り上げられる可能性があるわ。そんなことになれば破滅よ。連中を黙らせるには明確な成果が必要なの。ギリギリまでは付き合ってもらうわよ――白野、マシュ」

 

 ――おお、何気に初めて所長に名前を呼ばれた。フルネームでなく、貴方とかでなく。

 

「なんだか、先輩がやる気に満ちているような……呼び方ですか? 呼び方なんですか?」

 

「マシュ、落ち着きなさい。取りあえずは周囲の探索から始めます。いい、違和感でもなんでもいいから何か感じたら報告すること。貴方たちには違和感程度に見えても、私ならそれが本当にただの違和感か否か判断できます。経験の差、実力の差ね」

 

 ふふんと胸を張る所長。

 その姿は確かに頼りになる――大人の背中だった。

 

「では探索するにあたり、戦力を増強しましょう。幸い召喚サークルは設置できたし、新しいサーヴァントを召喚します」

 

 新しい、サーヴァント……だと?

 一体誰がマスターになるというのだろうか。私は既にマシュと契約しているし、所長はそもそも無理だし、マシュだって今ではサーヴァントなのだからマスターにはなれない。となれば候補は限られてくるのだが……フォウなの?

 

「……そんな訳ないでしょう、貴方よ貴方。安心なさい、マシュは非常に低コストでほとんど貴方のリソースを奪っていないから。おかげでカルデアのバックアップ無しでも一体くらいならサーヴァントを召喚しても問題はないわ」

 

 そういいながら所長は先ほど設置した召喚サークルへと私を押し込む。

 いやいや待ってほしい、本当に待ってほしい。そもそも召喚ってサークルあればできるほど単純なものなのだろうか。

 本来ならば複雑な儀式なのだと聞いていたが。

 

「だから、それを改良したのがこの召喚サークルです。以前に説明したでしょう。このサークルがあれば触媒を用いることでサーヴァントの召喚は可能よ。本当はもう少し複雑な過程を得てからサーヴァントは召喚されるけど、貴方に言っても分からないだろうし」

 

 ――反論できねー。

 

「先輩…………」

 

「さ、それじゃあ始めるわよ。触媒はないから、聖晶石でも使いましょう……幸い、道中で拾ったものがあるわ」

 

 ――先生、質問です。

 

「……なんか薄気味悪いけど、まぁいいわ。それでなに?」

 

 ――聖晶石ってなんですか。

 

「召喚サークルを開発した前所長が見つけてきた触媒の代用品のことよ。比較的よく落ちてるし、召喚に必要な魔力をある程度肩代わりしてくれる優れものよ。まぁ使い捨てで狙いのサーヴァントを確実に呼べるわけじゃないから万能ではないけれど」

 

 成程、プレミアロールケーキか。

 

「成程、わかりやすい例えですね」

 

「ごめんなさい、私には理解できないのだけど……一々気にしてたらキリがないわね。さっさと始めましょう。……私はここに至り、『流す』という生き方を手に入れました」

 

 所長がレベルアップしたらしい。

 それはとても素晴らしいことである――――特にそのテクは必須。

 まともに取り合ってたらコチラの身が持たないなんてことよくあるから。

 

「元凶は貴方だって、直接言わないとわからないのかしら!? 早く召喚して、探索して、さっさと帰るの! これ以上貴方といたら致命的な何かが狂いそうだわ!」

 

 ひ、ひどい言われようだ! 冤罪だ!

 しかしさっさと帰るのには激しく同意するので召喚とやらをしてみよう。

 何だかトゲトゲした虹色の石を四個受け取り、サークルの上に置く――――と、何故か後ろから視線。

 

「あの、先輩……私も、頑張りますので、新しい方が来ても、そのー、そのですね――――?」

 

 ――ああ、新しく仲間になるサーヴァントと一緒によろしく頼む。

 召喚されるサーヴァントがどんなサーヴァントか分からない以上、最後の頼りはマシュなのだ。コチラに来てから長い時間を共にしたマシュは、私にとって最も信頼がおける仲間で、次いで所長とドクターと職員のみんな。だからこそ、この状況下で最後に頼るのはきっとマシュだろう。

 

「はい――――……はい、先輩。先輩の言葉一つで簡単に気分が高揚する自分が、単純で少し恥ずかしいですが、悪くないのだと思います」 

 

 ああ、身を少し縮めるマシュが可愛い。

 たとえサーヴァントになったとしても、やはり可愛い後輩は可愛い後輩であった。

 報酬に夜の時間をいただこう――――!(添い寝) 

 

「わ、私でよければ喜んで。以前同様、サーヴァントになってはいるものの全身の筋肉に変化はなく……はい、変わっていませんので」

 

 つまりマシュマロですね?

 幸せいっぱいのマシュマロなんだね?

 よし――――早く終わらせて帰ろう。

 

「単純で結構。少しうらやましく見えてくるわ」

 

 さて、それでは最後に私の魔力を流し込むことで召喚が開始される。

 

 ――『再開(スタート)

 

 私を示す、起動ワード。

 サークルに魔力が到達し、体を揺らすほどの風が巻き起こる。

 特別な呪文なんていらない、ただこうして魔力を注ぎ願いを込めればいい。

 

 ――焼失していく人理を守りたい。

 

 ――共に過ごしたカルデアの皆を助けたい。

 

 ――何より、何度も頼りになる仲間たちに助けられたこの命、無駄に散らせるはずがない!

 

 魔力の嵐が収束していく。

 眩く目に焼き付く魔力の輝きは、一本の柱となって空へと延びる。

 心のどこかで、期待もしていた。

 

 昔の出来事、しかし今もなお色あせない、差し出されたその救いの手。

 

 

 

 ――剣を携えた男装の少女

 

 ――赤い外装に身を包んだ武人

 

 ――妖艶な半獣の女性

 

 ――黄金の輝きを持つ最古の王

 

 

 私の手をつかんでくれた、その人は――――

 

 

 

 

 

 

 ってこれ、誰選んでも角立つじゃんか!

 選べないよ、これ選んじゃいけない奴だよ。

 もっと別の――――よし、選択肢オールチェンジで。

 

「――――ほう、この我に助けを求め、挙句の果てにチェンジだと? は、随分と偉くなったものだな白野よ。少々会わぬ間に、この我に払うべき敬意を忘れたか――――よし、仕置きだな。この我が直々に躾けなおしてやろう。喜べ、仕置き道具の原点を味わわせてやる」

 

「またぬか金ぴか! ここは余と奏者の感動的再会の一幕であろう! 危機的状況の奏者の前に颯爽と現れ敵を薙ぎ払う余と、そんな余を見て奏者が頬を染め余に対する愛情を再確認するシーン……うむ、ミリオン余裕だな!」

 

「みこーん! お待たせしましたご主人様! はいよる良妻、タマモここに爆☆誕! さぁさ、その他大勢は放っておいて新婚生活の続きと参りましょう! もう二度とあの女狐どもには邪魔させねー!」

 

「……なんというか、流石だな君は。気づけば、簡単に命を落とすような戦場に立っている。挙句の果てに周りに集まるのは誰もかれもが曲者ぞろい……まともなのは私くらいではないか? 私ならば君にそう心労をかけることもないと思うのだが……?」

 

 ――あぁ、懐かしい声が脳裏に響く。

 知らず知らずのうちに、彼らとの契約の印であった令呪へと手が触れる。

 まぁギルガメッシュに関しては例外で、ほぼ全部持ってかれた上に渡されたのはギルガメッシュが保有していた令呪だったが。

 と、まぁそれはおいておいて。

 

 この状況はいかがなものか。

 

 なんか目の前の魔力の柱が荒ぶってる、超荒ぶってる。

 それはもう何か巨大な塊が内側から外に出ようと争っているかのように荒ぶってらっしゃる。

 

「セイバーさんと金ぴかさんが争っている内に失礼しますね。油揚げを掻っ攫うは狐の仕事……NTRとかやらせません! さぁ抱きとめてくださいましご主人様――って、何ですかこの鎖! 私のご主人様専用悩殺ボディーに絡みついて!?」

 

「ほざけ獣畜生が! 貴様に欲情する日が来ればその日こそこの世も終わりよ。獣は黙って野生か檻へと帰るが良い! それにしても、相も変わらずこの我を愉しませる人生を送っているものよ。此度も存分に足掻き、この我を愉しませよ。さすれば、そうさな。前回はこの世の愉悦を教えてやった……では貴様には、この我自らがこの世のありとあらゆる快楽をくれてや――――む、なんだこの粗末な布は。どこかで見覚えが……身体が、動かんだと!? 贋作者、貴様の仕業か!」

 

「英雄王、流石に聞き捨てならんぞ。君も気苦労が絶えないな、マスター。まぁ安心してくれ、ああいった手合いの者から君を守るのも私の役目だ。力不足ではあると思うが、ここは私を召喚して場を収めてしまうのも一手だと思うぞ。……失礼、少し待っていてくれ。どうしたのかね、セイバー。取りあえず、剣を収めないか?」

 

「ぐぬぬ、アーチャー貴様、赤いだけでなく余のポジションまで奪おうというのか! 奏者の剣は余が務め、奏者の嫁も余が務め、奏者の夫も余が務め! 取り合えず一番の障害はさっさと沈むがよい、うん、それがいい。赤は二人もいらぬ」

 

 なんというカオス。

 案の定こうなってしまったか――!

 というか私、霊媒なんて一つも用意してないのにどうして皆がやって来たのか。

 逆か、逆に私がサーチされたのか!

 ということはこの後いくら召喚する機会があろうと現れるのはあの四人に限られるのか。いやまぁ別に嫌じゃない、むしろ嬉しいのだが新しい出会いというものにも少し期待があったりなかったり……いや、やめよう。下手するとヤンデレ一派が現れたときガチで監禁されかねない。

 うん、出会いとかもうおなか一杯かな!

 何だかガヤガヤと念話が脳裏に響いているが、もうカオスすぎて訳が分からない。

 誰がやってくるのか――――安定ならアーチャーなのだが、リア充爆ぜるべしと悟った一件もあったところだし迷いどころ。キャスターはとても甲斐甲斐しく可愛らしいのだが、一度暴走し始めると世界を巻き込む規模で事件が起きる。となるとセイバーか。可愛いし、甘えられると離せなくなる……突拍子のない想像を超えた行動力は困りものではあるが。

 ならば――英雄王か。

 ない、それは、ない。

 確かに心強いのだが――――彼は不味い。共にムーンセルを飛びだし、似た環境の場所へと乗り込み共に過ごした。三日後には征服完了。朝起きてギルガメッシュがいないからどうしたのかと外を見たら黄金の玉座を人々に担がせ、その上で尊大に笑う彼がいた。訳が分からなかった。

 ギルガメッシュの行動は、常人である私には予測なんてできはしないのだ。

 

 だからもう、

 

 ――――AUO以外なら誰が来てくれても大歓迎です。

 

 

 

 

「ふはははは! 雑種どもめ、この我を出し抜こうなど片腹痛いわ! 精々貴様らは負け犬のごとく、そこから我を見上げているがいい。そもそも、打ち捨てられたこの娘をもらい受けたのはこの我だ。この世全ての一部ならば、それはつまり我のものよ! さぁ白野よ、その生きざまその続き、この我に示すが良い! 我の満足度――AUOポイントによって褒美を取らす。最高位は純正ダイヤにも勝る我が裸体よ!」

 

 

 ――はい、フラグでした! 

 だよね、そうなるよね、あの王様を止められるわけがないよね!

 

「そう喜ぶな、白野よ。ふむ、その態度に免じ先ほどの仕置きは見送りとしよう。ゆめゆめ忘れるな、貴様は我の物であり我の者である。であればこそ、我を称え奉るが当然であり世の理よ。次は無いと胸に刻み、その歩みを以て我を興じさせよ。さぁ、我らが旅の続きとゆくぞ!」

 

 魔力の渦より聞こえるは、耳をふさいでいても通るだろう王の声。

 ああやっぱりこうなったかと苦笑いしながらも、次の瞬間にはきっと私の表情はだらしのないものになっていただろう。

 

 眩い黄金。

 堂々たるその姿。

 圧倒的なその存在感に、懐かしさを感じ安堵する。

 まさか再度力を貸してくれるとは夢にも思わなかった。

 

「ふん、言ったであろう。貴様に愉悦は教えたが、今だ足りぬものが多くあると。我のマスターたるもの、我に及ばぬは当然として求められる格がある。我の右腕という、本来なら身に余る場に貴様はいるのだ。であれば裁定者たる我の右腕は、我が裁定する世界を存続させる義務がある」

 

 ――な、なんという無茶ぶり!

 

「無茶だと? 貴様は一度、神を破り願いを叶えたであろう。未熟故、我が手を貸してやったとしても真実は変わらん。そして此度も貴様の未熟は変わりはせん。そも、完成された存在は天上天下にただ一人であるからな」

 

 だから、力を貸してくれるというのか。

 未熟な私が世界を救うために、完成された英雄の王が?

 というか、何気にその立ち位置の話は初めて聞いた気がする……!

 

「我が今、ここで決めた。貴様はどうも、こう、地に足がつかん。放っておけば勝手に蔵から飛び出しどこに行くか想像もつかん。ならば――――我が直々に手綱を引いてやればよいと考え至った。これ以上の良案は他にあるまい。そら、称えよ」 

 

 その思い付きで世界救うことになったのか、私は!

 

「当然よ。無論、無様をさらせば直々に仕置きしてやる。殺さず、やり直す機会を与えてやるのだ。この我にしてはあまりに慈悲深いとは思わんか。まぁ、仕置きにかんしては手加減はせんが。我に仕える悦びというものを教えてやる」

 

 いやまぁそもそもの話、こうして特異点と人理焼却は止めようと思ってたけど、ギルガメッシュに言われるとなんだか規模が違って見える。これは何が何でも人理の焼却を防がないと、どんな目にあわされるのか想像もつかない……!

 彼はやると言ったらやる、間違いなくやる!

 

「ふはははは! よく理解しているではないか、白野。そら、手始めにこの特異点とやらを見事に治めて見せよ」

 

 腕を組み、そういう黄金の王。

 ただその無茶ぶりは懐かしく、自然と心の内が満たされていく。

 その無茶ぶりが、信頼の裏返しだと分かってしまっては断れない。

 

 ――――ギルガメッシュが力を貸してくれるなら、出来ないことなんてきっとない。

 

 その日、私は再び月の裏で出会った破格のサーヴァントと契約を結びなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何気なく地面を見てみると三枚の手紙が。

 

『今回は金ぴかにしてやられたが、次は余の番だ! 余は既に準備万端、いつでも奏者の呼び声に応えよう……いつでもと言ったが、なるべく、いや、可能な限り早くせよ。拗ねるぞ、遅いと余が拗ねるからな! 拗ねたら一週間は余と寝食を共にするのだぞ!』

 

『ご主人様と会えるせっかくの機会が――――! 流石は最古のジャイアニスト、あそこでアーチャーさん妨害のため、マグダラから解放しなければ……! よよよ、タマモちゃん反省。――と、言うわけで私正座をして粛々とお待ちしております。ですので、私の脚が痺れてしまう前にお呼びくださいまし! あ、部屋はご主人様と同じで結構でございます。というか、それ以外は認めねー!」

 

『すまない、マスター。私の力が至らぬばかりに、最も厄介な者を行かせてしまった。この失敗は、召喚され次第すぐに取り返す。恐らくあの英雄王と対抗できるとすれば、相性的に私くらいのものだろう。故に、手遅れになる前に呼んでほしい。それと、生活習慣には気を付けたまえ。君は放っておくと――――クドクド』

 

 

 

「なに、なんなの、本当になんなのよ! 英霊ってこんなのばっかなの!? まともだったのは二号だけか――――!」

 

「あぁ、落ち着いてください所長! 私も混乱していますが、今の所長を見ていると落ち着かなくてはと使命感が!」

 

 

 

 

 

 ――――取りあえず、この場を収めてから世界を救おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そういえば、今回のイベはアレですね。
礼装は取り合えず先生貰っとけば間違いないかなと至り先生をいただきました。
そして呼符で読んだらキスユアという。

取りあえず星5礼装より子ギルよこせぇ!


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九話

今週って三連休でしたっけ(諦観

ああ、今週も終わりましたね……ええ。
そして来週を乗り切れば穏やかな日々が戻ってくるのです。




今回もあまり話は進まず。
まぁ説明云々入れないといけないのでしょうがないね!











 

 

 

 

 現在、私は所長たちと顔を突き合わせてコソコソと話をしていた。

 だって、プライドの高い所長を何も知らないままギルガメッシュと対面させたら首ちょんぱされてしまいそうだし。下手なことを起こすとホントにギルガメッシュの機嫌を損ねかねない。口を慎め雑種、王の前だぞと言い出したらアウト。

 というか、もう限界。

 

 ――取りあえず、正座はもういいですか?

 

「ダメに決まっているでしょう!? ああ、もう、並行世界、月の聖杯戦争、そして最古の英雄王!? どうして並行世界の住人がこっちに来てるのとか、なんで月で聖杯戦争が起こってるのかとか色々聞きたいことはあるんだけど!?」

 

 いや、そこんところよく分かってなくて。

 気づいたらいつも通り知らないところにいて、命の危機にあって。

 まぁ大分いつもの事と化しているので私的には問題ないかなって。

 

「大あり、大ありよ! というか貴方、記憶喪失って嘘ついてたわね!?」

 

 いやいや、嘘ではない。

 実際に、こうして並行世界に飛ばされる直前の記憶はない。何があって私がここにいるのか、何のために私がここにいるのか、一体誰の仕業なのか、これらに関して私が知っていることは一切ないのである。

 というか、まぁ、私――――記憶喪失とは言ってない。

 

「……はっ! そう言えばそうでした!」

 

「……じゃあなに、並行世界からきた為、こっちの常識を知らないから記憶が無いと勘違いした挙句、アムネジアの痕跡が見つかったから記憶喪失って? ええ、理解したわ――――全部あの馬鹿のせいね! まぁハッキリ訂正しなかった貴方も同罪だけれど!」

 

 いや、ちょっと、ちょっとだけ言い訳させてほしい。

 正直に言えば私の記憶は失われてこそいないが、混雑というか、混乱はしているのだ。

 本来有るはずのない記憶が四つあり、それこそ並行世界の記憶が私一つにのしかかってるみたいな!

 

「意味がよく分からないけど、要は自分が選んだ選択肢とは別の選択肢を選んだ時の記憶があるってこと?」

 

 おお、流石は所長。

 言いえて妙、というかまさにその通り。

 

「言っておくけど、褒めても許しはしないわよ? とは言え、貴方を問いただしたところでこれ以上は何も分かりそうにないし……かの英雄王なら何か知ってるんじゃなくて?」

 

 うーん、多分何か知ってるというか察してはいると思う。

 ぶっちゃけ性格こそあれで慢心の塊だが、それは知っているからこその慢心だ。

 彼の洞察力はまさに王そのものなのだ。

 

 ――そしてその態度も傲岸不遜。

 

「……何が言いたいの」

 

 要するに、あの王様はもったいぶって教えてくれない。

 もしくは私自身が察するまではヒントを小出ししてくれる程度だろう。

 

「話を聞く限り、本当にあの英雄王のことをよく知ってるみたいね。まぁ、召喚時の会話から分かっていることではあったけど、並行世界の移動なんて生きている内に見ることがあるなんて……もう何があっても驚かないわ、私」

 

「そういえば先輩。記憶喪失ではないということは、魔術の記憶もあったのでは? 先輩が魔術を知らないということから、ドクターは記憶喪失ではと勘違いしたわけですし。はい、私もですが」

 

 それに関しては本当である。

 私がいた世界では、すでに神秘は薄れてしまったため現実世界で魔術を使えるのはほんの一部だけだったのだ。そして当然ながら私はその一部に入ってなどいなかった。だから私は魔術なんて知らないし使えるなんてこともなかった。

 例外として、月での聖杯戦争ではコードキャストという魔術の代替品のようなものが使えたが、それも用意された礼装に記録されているもの限定だった。まぁそれがまた何でか魔術刻印としてこの体に刻まれているのだ。

 

「成程……あ、申し訳ありません先輩。もう一つ、確認したいことがありました」

 

 うん、なんだろう。

 もうこの際だから何でも聞いてほしい。

 多分、聞かれないと、まあ大丈夫だろうと勝手に判断して自己完結してしまうことがよくあると思う。

 何気に、サーヴァントの仲間以外と戦場に出るのとか初めてだからついつい忘れてしまうのだ。彼らとは不思議なことに意思の疎通がいつの間にかできていたし、もはやツーカーだったし。あ、ギルガメッシュは一方通行ね。無論、ギルガメッシュが何を考えているのか察するのが私。

 

「では遠慮なく。……先輩、これ以上の隠し事はありませんか?」

 

 ……おっとマシュ、顔が近いぞう。

 大丈夫、逃げないからその手は一旦放してください。それにこれ以上に隠していることなんてない。まぁ私が自覚していないだけかもしれないが、それこそ私が意図して伝えてないことはもうないと断言できる。

 

「わかりました、先輩を信じます……実は、少し不安でした。ギルガメッシュさん――英雄王と言葉を交わす先輩が、とても手の届かない遠くにいるようで……」

 

 マシュの手に、ほんの少し力が加わった。

 そんなにも私の様子が違ったというのだろうか。

 

「そりゃあ貴方ね、過去の英雄と何故か親しげに話していれば知らない方からすれば異様にしか見えないわよ」

 

 むぅ、そういうものか。

 ならば私がやることは一つ――変わらぬことを証明するほかあるまい。

 だから私は声高々に叫ぼう。

 

 ――――私は、可愛い後輩が大好きだー!

 

「せ、先輩!?」

 

 ――――後輩のましゅまろボディが大好きだー!

 

「あ、あの先輩!? は、恥ずかしいので――」

 

 ――――鯖化してから露出されたおなかも好きだ! ただし眼鏡は返せ!

 

「あうっ!? す、すみません、すみませんでした先輩! 何一つ変わらぬ愛情をありがとうございます! ですのでそろそろお口チャックを――――!」

 

 うむ、わかってもらえたのなら何よりだ。

 

「ふはははは! 何を喚いているのかと思えば、ついに頭が逝ったか! だが良し! お前は少し欲に対して素直になるべきであったからな。白野に影響を及ぼすとなれば――未熟者であるデミ程度でも存在価値があるというものよ」

 

「は、はい、英雄王! 未熟な私ではありますが、先輩を守り抜く所存です!」

 

「ふむ、まぁ未熟ではあるが見る目はある。いい従者を見つけたではないか白野よ。これで我も少しは自由にやれるというものよ」

 

 確かにそうかもしれない。

 今の今までギルガメッシュには、私という重しがあったのだ。そりゃあ自由に戦うこともままならなかっただろう。だが、今はマシュというディフェンスの達人がいるのだからギルガメッシュの火力が全て前面に回せる。

 

「思いあがるなよ白野。貴様を守りながらの戦いが、我にとって重しであっただと? ハ、我は王だぞ? 国一つを懐に収めるのに比べれば貴様一人どうということはない」

 

 ――――と、このように実はいい王様なのである。

 

「そのようなこと、言わずとも分かっていたことであろう」

 

「流石です、先輩。今の一連の流れでよく分かりました」

 

 ――ただ、調子に乗るとお仕置きされる。

 

「……調子に乗れる先輩を尊敬してしまいます、本当に。そのメンタル強度、もはや宝具の域ではないかと疑ってしまいます」

 

「もし何かの間違いでサーヴァントになることがあればきっとそうでしょうね。私も認めるところよ、呆れながらね」

 

 呆れたような視線を背に、私はいつの間にか近くに来ていたギルガメッシュと相対する。

 相変わらず黄金の鎧をまとったその姿は眩く輝かしい。この地獄の中でも、彼の周囲だけは彼の色に染め上げられている。

 そんな彼が私を見下ろしながら、とある一方向に視線を送った。

 

「いい加減、変わり映えせんこの場も飽きてきた。それに向こうもそろそろ動くころだろうよ、白野」

 

 飽きてきたとか、相変わらずである。

 というか、向こうもそろそろ動くころとは一体どういうことなのか。

 

「……まさかとは思っていたが、貴様衰えたな? 元々みすぼらしい回路がマシになって来たと思った矢先にこれか。だが良しとしよう。この地獄を抜けたころには見てくれだけは整うだろうよ。おまけに他のサーヴァント共と共に鍛え上げたソレではないのはポイントが高いぞ?」

 

 えっと、それはつまりセイバーたち三人とそれぞれ戦い抜いた結果出来上がったスーパー白野ではなくて良かったということだろうか。ちなみに、そのスーパー白野状態だったら私はどうなっていたというか何をされていたのだろうか。

 

「決まっている。我のものが雑種ごときに染められたのなら、この我自ら染め直すしかあるまい。幸いここに、かつてこの身に浴びたことのある醜い泥がある。これでも飲ませればあらかたの痕跡は消えようよ。まぁ安心しろ。我との記憶くらいならば保証してやる。それ以外は知らん」 

 

 そういいながら彼の蔵から取り出されたのは一つの杯。

 同時にその杯から漂う気配に、どこか身に覚えというか似たものを知っているような感覚を抱く。それを見ていたギルガメッシュは面白そうに鼻を鳴らし、その杯を自らの蔵に押し込めていった。

 

「我としては、貴様が我以外をサーヴァントとした記憶の全てを消してしまいたいとは思っていたが……まぁいい。考えても見れば、恐らく此度の戦いもまた貴様にとって厳しいものとなろう。アレら雑種との記憶の中に役に立つものもあるやもしれん。事が済んでから消せばいいことよな」

 

 ――――この英雄王、ついに私の人権否定しやがった!

 

「モノに人権も何もあるまい? しいていうなら、我が法だ」

 

 ごらんのありさまである。

 これこそが世界最古の英雄王にして世界最古のジャイアニスト。

 まぁ取りあえずはすべて終わってから考えよう。

 

「先輩!? 思考を放り投げてすべて後回しにした気配があるのですが!」

 

 いいの、これでいいの。

 そのウチ忘れてくれる――――――そう信じよう。

 

「こうやって、先輩の鋼鉄のメンタルは完成していったのですね……納得です」

 

「納得しちゃうのね。いえ、私もちょっと納得してるんだけど」

 

「む、貴様、そうお前だ女。白野よ、どこかで似たような女と会ったことはなかったか?」

 

 ふむ、所長と似た人か。

 それはきっとプライドが高くて強気、でもちょっと抜けてるところがあるツンデレ。

 

「――――……あの小娘か」

 

 うん、その小娘だ――胸の事じゃないよ!

 聞かれてたらガンド間違いなしだから言い訳はしておく。

 全てはあの英雄王が悪いんだ。

 

「成程……まぁ、貴様の同行も許そう。あのタイプの人間は思わぬところで役に立つからな」

 

 ああ、これで一つの懸念事項がなくなった。

 これで全員一緒に行動を共にすることができる――――って、あれ、何か忘れているような。

 

「先輩。恐らくは、向こうも動き出す、といった英雄王の言葉に関してだったと思います」

 

 そうだ、そうだった!

 あまりに私の人権を否定する発言に、疑問がすっとんでしまった!

 

「何、向こうと言えばこの状況下では一つしかあるまい――――敵襲だ」

 

 その言葉と同時に、ドクターから緊急コール。

 

『みんな、急いでその場を離れるんだ! 敵性反応がすごい速度で向かってる――――って、あれ、見慣れぬまぶしい人がいるけどどちら様で?』

 

「ドクター、説明はあとで! 無礼はダメです、絶対に!」

 

 下手すると剣山になるから気を付けて。

 

『なにそれ怖い。って、兎に角今はその場から――――!』

 

「よし白野よ。コチラに来てから初めての実戦だ――――我を失望させるなよ!」

 

『あ、だめだ人の話を聞いてくれないタイプの人だ! いいかい、向かってきている反応は前までの敵とは比にならないほどに強力だ! 恐らくはサーヴァントクラスの化け物がやってくるぞ!?』

 

 ――サーヴァント、だって?

 

 いや、でも、サーヴァントが召喚されることなんてありえるのか?

 それこそ私たちのように独自の召喚術を行える組織か、もしくは聖杯戦争――――聖杯戦争?

 

「その通りだ、白野。まぁ正確には召喚された挙句、無様に泥に飲み込まれた雑種に過ぎん。貴様が戦い下してきた英霊とはまた格が違う――――我と貴様なら相手にもならん」

 

『え、ちょっと待って!? 岸波ちゃんにサーヴァントとの戦闘経験? 一体、何を言って……』

 

「ロマニ、貴方にはちょっとお話があります。帰ったらその場で待機――――逃げないことね」

 

『あれ、所長が激おこなんだけど、僕なにかしたっけ!?』

 

 慌てるドクターに心の中で謝りつつ――――目の前に音もたてずに降り立った黒い影へと視線を向ける。

 先ほどまでの敵とは比べ物にならないほどの魔力の凝縮体。

 そして、狂気に飲まれながらも向かってくるその意志ある行動。

 マシュが体を震わせ、所長が顔を青くする中――――ふと、比較している自分がいた。

 

 ――ああ、あれは……違う。

 

「それでこそ我のマスターだ。恐れることなどあるまい? そも、敵が何であれこの我が貴様に力を貸すのだ。醜き神すら殺す我の力――――存分に振るうがいい!」

 

 敵はサーヴァントで、意志こそあれど思考なんてできていない。

 私が戦ってきた彼らは自らの意志を持ち、人としての思考を駆使し、人に称えられ奉られた英雄として力をふるっていた。そんな彼らに比べれば、ただ力をふるうだけのサーヴァントに満たない存在なんて怖くない。

 

 ――――私一人でなければな!  

 

「ええい、それが余計だというのがなぜ分からんか! まあいい、見ているがいいそこのデミ・サーヴァント。これが真の英雄、真の王の戦い方よ!」

 

 ギルガメッシュの背後、その空間が揺らぐ。

 そこから姿を現すのは、神秘の具現。

 本来、英雄が自らの生涯の中で成し遂げた偉業、その集大成。

 それを惜しげもなく両の手を超えるほどに展開させる。

 

 マシュ、これが世界最古の英雄だ。

 世界全てを一度手に収め、人の作り出す宝の全てを自らの蔵に封印した王の偉業の具現。

 故に彼はその蔵の中にこの世の全てともいえる宝具の原典を所持している。

 

「さて、ではいくぞ? 我もいささか、狐のいう逆サーチとやらのせいで力を削ぎ落としてきた……見事に補えよ、白野!」

 

 ――――そういうことは早く言えー!

 

「ははは、反省はしていない。そら、来るぞ。デミ・サーヴァント、貴様もせいぜい白野に見限られぬよう働くがいい!」

 

「勿論です。先輩に見捨てられた私は、鼻をかんだ後のティッシュに同じ! 全力で先輩を守ります!」

 

 

 

 

「で、私は相変わらず放置されると……いいわ、もう、慣れちゃった」

 

 ――――大丈夫、所長は私が全力で守るから。

 

「そんなこと言って、絆されると思わないことね! あ、でも本当に耐久やらかけてくれるの……そう」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、僅か二分足らずで戦闘は終了した。

 たった一騎のサーヴァントがギルガメッシュを前に二分も持ったとなれば相当なものなのだが実際は違う。その後も何かにつられるように現れたサーヴァントが二騎もおり、それをギルガメッシュとマシュで殲滅して、かかった時間が二分。

 攻撃力上昇の魔術を重ね掛けしたギルガメッシュの無双っぷりはやばかった。

 そして、

 

「ったく、こいつはどういう状況だ? アイツらが走り出していくから何事かと追いかけてみれば……こりゃあ助太刀なんていらなかったか」

 

 聞き覚えのある軽快な声。

 かつてのライバルが従えた、英雄の声だ。

 

「ま、やるじゃねぇか嬢ちゃんたち――――って……おいおい、見たことがあるような気がしたが、どうもどこかで縁があったマスターか?」

 

 

 

 

 

 私たちは、かつての敵と再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のイベのアヴェさん……来ないね。
何故か単発でアタランテさんが来たよ……違うんだよ。
何だか最近、イベの度に単発☆4が多い。


ちなみにはくのん、マシュに言いそびれている事実があることに気づいておらず。


そして虚気さん、兼任仙人さん、ザインさん、多くの誤字修正報告ありがとうございます。


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十話

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に立つ、フードを被った一人の男。

 私は間違いなく、彼という男を――――英霊を知っている!

 

「あぁ、思い出したぜ。あのすかしたアーチャーのマスターか……んで、何の因果かこの英雄王のマスターでもあると。なぁ嬢ちゃん、もしかしてアンタお仲間(幸運E)か?」

 

 え、あの……え。

 その不憫な人を見る目は一体なに。

 というか、やっぱり貴方はあの時、凛と組んでいたサーヴァント――――クーフーリンなのか。

 

「おうよ。まぁ本来なら真名をばらすのはご法度だが、嬢ちゃんたちなら問題ない。ただ、俺は嬢ちゃんの知るランサーじゃなくて、今回はキャスターだけどな」

 

 ああ、なるほど。

 だから今回はとってもまともな恰好をしているのか。

 

「…………な、なんか聞き捨てならないことを聞いた気がするが、まぁいい。って、なぁ嬢ちゃん、悪いんだけどよ……そこの殺す気満々の英雄王を止めちゃあくれねえか? 今の俺じゃあまず瞬殺されちまうからよ」

 

「我は犬は好かん。特に青い犬はな……見ている分には非常に愉悦だが」

 

 ギルガメッシュの殺気は収まらない。

 というかこの感じ、ギルガメッシュもランサーじゃなかった、キャスターと知り合いだったのか。

 しかし出典は別のはずだから、これまた可能性があるとすれば、

 

「そうだ。我ではない我が、また別の聖杯戦争でこやつと共に召喚されていた。まぁ実際は少し違うのだが……結果的に我自らが手を下した時もある」

 

 そういうことか。

 だからこうやって殺意満々で背後の空間を揺らしているわけか――――いややめてください。

 せっかく仲間になりたそうにこっちを見てるのに殺すことはないでしょう!

 

「いや間違っちゃいねぇがなんだ、いや、いい」

 

 何だか諦めたようにキャスターが肩をすくめる。

 その光景に首をかしげながら、とりあえず先ほどから私の背中をつつく所長へと振り返る。

 

「……無視されてるのかと思ったわ。ねぇ、貴方まさか、あのキャスターとまで知り合いなの? いきなり真名当てるし、もしかして月の聖杯戦争とやらの相手だったのかしら?」

 

 その通りである。

 半神半人のケルトにおける大英雄であり、因果逆転の必殺の槍を持つランサーだった男。

 今はキャスターとして召喚されているようだが、人となりは真に英雄のものだ。

 簡単に言うと、口は悪いけど面倒見のいいお兄さん。

 

「なるほど。先輩の翻訳はとても分かりやすくて為になります」

 

「俗物じみてるっていいなさい。いえ、おかげで分かりやすいんだけど」

 

 まぁ俗物だからね。

 平凡なクラスから三番目の女子高生だからね。

 

「で、どうする白野。この犬は今すぐ挽肉にし、そこいらの怨霊にでも喰わせるか?」

 

「テメェはどうしてそう物騒な発想しかできねぇんだ!? こっちに敵対の意志はねぇよ! ちょいと面倒な事態で俺一人じゃあ手におえねえから、こうやって出てきたんだろうが! 俺は事情を説明する、お前らはなんでこの町がこうなったかを知る、悪い条件じゃねえだろ?」

 

「ふん、大方すべての原因は大聖杯だろう。あの雑種共が泥に反応し群がってきたのがその証拠よ」

 

 泥に群がって来た?

 この中に泥なんてものを持っている人はいないはずだが――――まさか。

 

「先ほど見せてやったであろう。あの泥もまた汚染された聖杯からあふれ出た、聖杯の一部だ。目敏くも聖杯の気配を嗅ぎ付け、愚かにも誘われた雑種共を見ればすぐに分かろう」

 

 あれか――――!

 あれ聖杯の一部か、なんてものを飲ませようとしているのだこの英雄王は!

 おまけに汚染されてるとか、完全に私の事を変なので上書きしようとしたな!?

 

「問題などない。あの程度の泥、貴様が飲み干せんはずもない。セイヴァーの光を退け、『この世全ての欲』を退けた貴様には害にもならん。あれで『この世全ての悪』だというのだから傑作よな」

 

 ああ、もう、こういう人だったけど、こういう人だったけど!

 なんだかどんどんハードルが上がり、同時に命にかかわる危険度も倍プッシュだよ。

 

 ――――というか大聖杯ってなんぞ?

 

「この聖杯戦争には二つの聖杯があった。人形に埋め込まれた小聖杯、そして大本たる大聖杯とな。それぞれが持つ役目など、今となっては何の意味もあるまい。ただ大聖杯さえ破壊してしまえば全て終わると知っていればよい」

 

 じゃあ大聖杯壊せば終わりか。

 ならば私たちの目標はその大聖杯の元へと向かい破壊することとなるわけだ。

 まったく、知っていたならもったいぶらず早く教えてくれればいいものを。 

 

「あの、先輩。突っ込みどころは他にもあると思うのですが……」

 

 いいんだ、なんでそんなものの泥を持っているのかなんて大した問題じゃない。

 この世の宝を蔵に収めた英雄王は何を持っていてもおかしくはないのだ。

 

 ――――いいね?

 

「あ、はい」

 

 マシュが反射的にうなずく。

 それを見届けた後、どうやってギルガメッシュにキャスターの同行を許してもらうかを考える。

 何か、何かギルガメッシュが納得するような利点はないだろうか。

 純粋に手数が増えるのはいいとして、それ以外は大抵ギルガメッシュ一人でカバーできてしまうのが痛い。

 いや実際には素晴らしいことなのだが、こういう時には困ったものである。

 

「何を悩む必要がある。大方そこの犬はこの元凶たる大聖杯の場所を知っているのだろうが、それは我も知りえることだ。精々、どのようなサーヴァントが召喚されていたのか聞き出してしまえばもう用などあるまい?」

 

「……今決めたぜ、絶対に敵サーヴァントの情報は明かさねぇ」

 

 素晴らしい判断だと思う。

 私は全面的に応援しよう――――形だけな!

 

「清々しいな、というか開き直ったな!? 昔の嬢ちゃんはまだ初々しいガキだったってのに……まだこっちのデミ・サーヴァントの方が初々しいぜ?」

 

 何度も死にかければこうなる。

 一つの事に執着するのもいいが、ただそれだけを見ていては何かを見落とすのだ。

 そう、例えば今のように――――

 

 ――――マシュのマシュマロは私の物だー!

 

 光る骨子でできた守り刀を片手に魔術、hack(16)を発動。

 その光は、マシュを初々しいとか言いつつそのお尻に手を伸ばすセクハラサーヴァントに向かう。

 

「うぉ!? ちょ、今の俺は対魔力ねぇんだから勘弁しろよ!?」

 

 ――――マシュに手を出そうとするからだ。というか避けるな。

 

「表情変えずに言われてもな……躊躇もなくなってやがる。愛されてるな、デミの嬢ちゃん」

 

 マシュの頬が赤く染まるのが初々しい。

 その表情が見れただけで私のMPは大幅に回復した――気がする。

 本当ならあそこでギルガメッシュを差し向けて消滅させてしまおうかとも思ったのだが、私はそこまでキチってないのだ。気に入らないから取りあえずぶっ殺してしまおうでは、今まで出会ったおかしな人たちとなんら変わりないのだから。

 

「……すまん嬢ちゃん。称賛するぜ、いやホント。そっちに入らず手前で踏みとどまるその精神力は恐れ入る」

 

 私がそっちに入ったら終わりだと思ってる。

 止めてくれそうなの、アーチャーしかいなそうだし。

 まぁ取りあえずその話はここまでとしよう。いい加減ギルガメッシュをどうにかせねば。

 ねぇキャスター、何か自分にしかできないことってないの。

 

「面接が始まりやがったよ。いやまぁ、今の俺にできることと言えばルーン魔術くらいのもんなんだがよ――――と、そうだデミの嬢ちゃん。ちょいと聞きたいことがあるんだが、嬢ちゃんはその宝具は使えるのか?」

 

 するとマシュ、ピクリと体を揺らして申し訳なさそうに口を開く。

 

「すみません先輩。黙っているつもりはなかったのですが、私は現在、この宝具を使用することができません。そもそも元の英霊の真名も分からないため、この宝具の名を分からず……」

 

「まぁそんなこったろうと思ったぜ。デミの嬢ちゃんにすべてを託したその英霊が何を考えてんのかは知らねぇが、丁度いい。デミの嬢ちゃんが宝具を使えるよう、俺が稽古をつけてやるよ。そこの英雄王じゃ加減が効かねぇだろ?」

 

 ちらりとキャスターがギルガメッシュを見る。

 するとギルガメッシュは意外なことに顎に手を当てどうやら思案気味。

 キャスターがそれを肯定と取ったのか、何故か所長に近づいて行った。

 

「所長ってこたぁ、まぁ指揮官みたいなもんだよな? 本当なら嬢ちゃんにルーンを刻みたいところだが、んなことすりゃあ針山にされちまうからよ。じゃあ次に優先度の高いアンタに刻んでおこうってな。よし、厄寄せ完了」

 

「――――え、え? なにしてるの、何してるの? なんで私のコートに禍々しいルーン刻んでるの?」

 

「安心しろ、アンタならまぁ襲われても自力で何とかなる程度の腕前はあるだろ? あのデミの嬢ちゃんの頑張りに期待しな、そうすりゃ早く済むだろ」

 

 愕然。

 そんな二文字がよく似合う所長の表情を見て、ギルガメッシュがニヤリと笑う。

 あ、これはアレだ、愉悦を見つけてしまったときの悪い顔だ。人の泥くさい足掻きを見て楽しもうとしているのだ。

 

「良し、許すぞ。精々我を愉しませよ。結果次第では犬、貴様の現界を認めてやろうではないか。ふはははは!」

 

「相変わらず歪んでやがんなァ…………まぁそういうこと何で頑張ってくれや」

 

「いいいい、意味が分からないんですけど――――!?」

 

「ああ、魑魅魍魎の類が、街灯に誘われる虫のように――――!?」

 

「よしよし、こんだけ集まれば十分だろ。修行における鉄則にこうあるだろ――――理性を捨てろって」

 

 ないよ。

 

「ないわよ!?」

 

 あったとしてもなんで巻き込まれるの私、そう叫ぶ所長が可愛そうになってきた。

 

「いやいや、やってみりゃ分かる。俺も昔はこうやってギリギリまで追い込まれ、気づいたらこのザマだ。なぁんか修行の途中から記憶がなくなってやがんだが、はっと気づけばこれ俺死ぬんじゃねって修行も終わっててな。実体験があるから安心だろ?」

 

「英雄と一緒にしないでくれる!? いやマシュは英雄だけど、デミだけど!」

 

「……? じゃあ問題なくねぇか? 修行すんのデミの嬢ちゃんだし」

 

「」

 

 言葉を失った所長の目が濁っている。

 ああもうこれ、いつぞやの私を思い出して切なくなってくる。

 

 ――――大丈夫、私も付き合うから。

 

「……一番まともなのは、やっぱり人なのね」

 

 ほろりと涙を流す所長を見て、なんだか私も悲しくなった。

 心が痛いとかじゃなく、なんて的を射た発言なんだろうと実感して。

 

「取りあえず、ケルトは信じちゃだめね。あの戦闘用スーツ、帰ったら仕様変更させてやるわ」

 

 円卓もね。

 あそこバケモノの巣窟だから。

 と、所長所長、進展があったようだ。

 

「もしかしてもう使用できるようになったの?」

 

 いや、なんだか敵が増量してマシュを素通りするのがちらほらと。

 要はヘイトUP的な、盾より視線集めちゃってる的な。

 

「いや――――!? コートね、コートを脱げばいいのね!? かかったお金より命よ! 私はそれを今ここで学んだわ!」

 

 所長、コート貫通して刻まれてる。

 それはもう禍々しいのが所長の背中に。

 脱ぐの、それも脱いじゃうの?

 

「何をワクワクしているの!? 脱ぐはずがないでしょう!? というかなんでアナタは余裕なの!?」

 

 だって、ギルガメッシュがいるし。

 ふはははは、こんな雑魚どもはギルガメッシュがいれば敵ではない――――いれば。

 左を見る、右を見る、前に後ろに、金ぴかはいない……うん?

 あれギルガメッシュどこー?

 

「はははは! 良いぞ、その生き汚い足掻きは見物である。どうした白野、その程度の雑魚、敵ではないのだろう。ほれ、我はここにいるぞ――――手は貸さんがな! うむ、その上がって落ちる愕然とした表情が見たかった。いつみてもそそる表情よな!」

 

 廃ビルの上、私では到底届かないその頂上に彼はいた。

 それはもう何かに満たされているかのような輝かしい笑顔で。

 

「英雄王には貴方の鉄仮面も読み取れるのね……元気出しなさい」

 

 反射的にヒシッと所長に抱き着く。

 これが大人か、大人の抱擁感か……泣ける。

 ごめんよ、頼りないなんてこっそり思っててごめんよ! 

 やっぱり所長はこの場におけるただ一人の大人だよー!

 

『あ、あれ、僕も大人の枠だと思うんだけど……というか、僕の知らない間に何があったの』

 

「せせせ先輩!? 所長が少しというかうらやましいというかああでもそんな余裕もなくなってきてますが取りあえず終わったら私にもなにかご褒美をー!」

 

 その後、ギルガメッシュはマシュが宝具を発動させるその時まで、一切手を貸してくれなかった。

 同時に私はキャスターの言が正しかった事を知る――――だって気づいたら終わってたんだもの。

 

 この時私は心に誓った。

 ケルトとは関わらないようにしよう、と。

 

 

 



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十一話

ちょっとケルト駆逐してました。
今回はノーコンいけましたね。
フレンド機能が改善されたおかげで困ることがなかったのが大きいです。
ヘラクレス宝具レベルMAXの方が大活躍してくださいました。


いやぁケルトの脳筋と物量とかタチ悪い。
迷路があったら壁ぶち壊して進むぜとばかりの屈強な軍団がワラワラととか怖すぎる。
同時にはくのんは

ケルト からは にげられない。

が確定した模様。


 

 

 

 

 

 さて、マシュの宝具が発動できるようになって数時間後。

 私たちは休憩しながらも仲間となったキャスターからあらかたの流れと情報を得ることができた。

 本来ならあまりのんびりしていられる時間はないと思ってはいたのだが珍しくギルガメッシュが、

 

「どうせ最後に待ち構えているのはセイバーであろう。奴の事だ、ただ聖杯の前に立つだけで使おうとは思っていまい。まぁ、泥に汚染されていない元来のセイバーであれば分からんがな。あれは愚かで哀れ、それでいて美しい女だった。別の我が見初めるほどにはな」

 

 そんなギルガメッシュの発言に驚きつつも、次の瞬間にはこの王様ならあり得る話かと納得してしまう。

 だって愉悦大好きなこの王様だ、そのセイバーが必死になって聖杯を手に入れようとあがく様を見て、これは我のものにしようと思い至ってもおかしくはない。と、ここで何故かニヤニヤとギルガメッシュが私を見下ろしてくる。

 いや、まぁ愚かですよ、私も……。

 

「……先輩先輩、きっと英雄王の望む反応はソッチではなくですね」

 

「デミ、口を閉じよ。白野め、もう少し我の偉大さというものを刻み込んでおくべきであったか。我がセイバーに寝返り、貴様と敵対すればどうなるかも考えられんとはな……やはり記憶か?他のサーヴァントとの記憶の影響で、我に関する記憶の優先度が下がっているとでも?」

 

 やはり消しておくべきか、そんな物騒なつぶやきが耳朶へと届く。

 いや別にギルガメッシュとの記憶に齟齬があるわけでもないし、優先度が下がっている訳ではない。実際に最近、というかギルガメッシュが召喚されてからはよく彼と駆け抜けた日々を思い返すことが多くなっている。

 ただ私は、そのセイバーに寝返るギルガメッシュという姿が想像できなかったに過ぎない。

 

「……ほう、では貴様は我が寝返るはずがないと?」

 

 寝返るはずがない……ある意味ではそうかもしれない。

 ギルガメッシュは相手が気に入らなければ確かに裏切って相手につくことだってあるのだろう。

 それでも、私が知っている王様は――――別の自分が惚れた女のためだけに立場を変えるような王様じゃない。

 何より、

 

 ――長い時間を共にしてくれたギルガメッシュが、ぽっと出について行ってしまうとは思えない。

 

 まぁどっちがぽっと出なのか分からないけど。

 でも彼はかつての聖杯戦争でサーヴァントに見捨てられた私を、財宝を削ってでも助けてくれた。

 その果てにともに勝利を掴み、消されるだけの私をまたもや彼は救ってくれた。

 そんなにまで救われて、私が彼を信じられないはずがない。

 私が彼を信じたい、うん、これが一番合っている気がする。

 まぁ飽きられたらそれまでの話ではあるが。

 

「――――――ふむ、そうきたか。相も変わらず愚かというかなんというか、まぁ我的には80点くらいか。ああ、貴様が我に信を置くその様は以前にも一度見ている。自分の身が溶かされようと手足がなくなろうと、我に元へとたどり着かんとその進む姿を、我はぼんやりと覚えている」

 

 そういうとギルガメッシュは愉快そうに笑い、背を向けた。

  

「うむ、そういうことならば許すぞ白野よ。贋作者やアホ毛、化け狐の悔しそうな顔が目に浮かぶわ……!」

 

 ……どうやら他のサーヴァント達でも同じようなことがあったのは伝えない方がよろしそうである。

 もしおんなじことがあったと伝えてしまった日には恐ろしい罰ゲームが待っているだろう……あれはひどいものであった。何故あんなものが宝具にまで昇華されたのか理解できないほどにひどい宝具であった。一体何人の人が犠牲になればあれ程までの神秘を秘めるようになるのか。

 思い出すのもアレなのでやめておこう。

 

「……英雄王の手綱を握るか。そりゃあ勝てないわなァ」

 

 キャスターもまた面白そうに笑っていた。

 そりゃあギルガメッシュに勝てる英霊なんて数えるほどいるのか、いないのか。

 

「そういう意味じゃねェんだが……まぁ嬢ちゃんだからな」

 

 人のよさそうな笑みを浮かべて、キャスターは離れていった。

 ギルガメッシュはご満悦なので放っておくとして……マシュと所長を労わっておこう。

 マシュは私のためにと命を懸けてその宝具の力を引き出してくれたのだから。所長も巻き込まれた上に、ちょくちょくやってくる魑魅魍魎を倒しつつ、私の手助けをしてくれていた。だからこそ戦いの途中、所長に感謝の言葉を口にすれば所長は照れた顔をして、

 

『べ、別に貴方のためじゃあなくてね!? 少しでも同じ境遇の人がいればこの魍魎どもが私に殺到する数が裂かれるというか……ええ、裂かれてないわね! 殺到してあぶれたのがソッチに行ってるだけね! ああもう、それこそ私のせいで死んだなんて御免だからね!?』

 

 そこまで言われては私も全力全開で所長と共に戦うほかなかった。

 あれだね、やっぱりツンデレはきゅんとくるね。

 特にあれだけツンツンされてた期間が長かったからひとしおだね。

 カルデアに帰ったら所長の手伝いもできるよう、仕事を覚えることにしようと思う。

 

「あ、先輩。お疲れ様です……それと申し訳ありません。私が宝具を使えないばかりに、先輩に負担をかけてしまいました」

 

 それこそ気にすることじゃない。

 マシュと私はもう一心同体なのだから、マシュに負担がかかるのならば相応の負担を私も背負うべきだ。

 

「ありがとうございます、先輩。先輩が一緒ならば心強いです。……それで、なのですが、えっとですね。どさくさ紛れの発言で先輩の耳に届いていたか分からないのですが……」

 

 ああ、ご褒美の話か。

 

「うぅ、や、やはり聞こえていましたか。いえ、当時の私はそれはもう必死で余裕もなく、咄嗟に口から出てしまった素直な欲望なので聞かなかったことに――」

 

 私に出来ることならば、可能な限り頑張ろう……あ、聞かなかったことに? 分かった、じゃあ聞かなかったことに――

 

「――しないでいただけると大変喜ばしいです!」

 

 え、あ、うん?

 まぁマシュが喜んでくれるというならば私も頑張りがいがあるというものである。

 それじゃあこの戦いが終わるまでに考えておいてほしい。

 そして、全部終わったらカルデアに帰って、私にそれを伝えてほしい――キチンとマシュの口から。

 

「はい、必ず。必ず帰りましょう、先輩」

 

「……なぁ所長さんよ。嬢ちゃんのアレは相変わらずか?」

 

「ええ、恐ろしいほどのプレイボーイもといプレイガールっぷりよ。人に敏感なマシュがコロリといくほどには……最近は私も危ない気がしてならないわ」

 

「戦歴まとめりゃあ、数こそフェルグスに劣るだろうが質なら優に超えてんじゃねぇか?」

 

 こそこそと向こうでキャスターと所長が話していた。

 どうやら仲良くなれたようで一安心である……ケルトにトラウマ持ったら大変な気がするし。

 私? まぁ私は理不尽に耐性があるので問題はない――できる限り私からは関わらないようにするけど無駄になるに決まっているのだから。抑止力か何か働いていそうで怖すぎる。何故私の歩む道はいつもこんなんばっかなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまたしばらく。

 大方のメンバーが回復し、私たちはついに敵の本拠地と思われる洞窟の中へと足を踏み入れた。

 先頭を行くのはキャスターで、彼は迷う様子もなくスイスイと足場の悪さなど気にした様子もなく進んでいく。

 

「まぁ英雄王は知ってるだろうが、大聖杯はこの奥にある。元々は聖杯戦争のために用意された場所……地下工房だ。侵入者用のトラップが多いからはぐれないように注意しな。はぐれさえしなけりゃこの程度のトラップ、踊りながらでも解除してやるよ」

 

 ありがたい。

 流石はキャスターのサーヴァントと言ったところか。

 ……ぜひ、この調子でお願いしたい――――じゃないとマシュが宝具を使えるようになった以上、ギルガメッシュが動きかねない。主に誰かを針山にせんとして。

 

「……最大の敵が俺の後ろを歩いてるとか、一番危ないパターンじゃねぇか! おいおい勘弁してくれよ!?」

 

 い、今のところは大丈夫だと思う。

 どうもギルガメッシュの機嫌がいいみたいだし、すっかり忘れているのではないだろうか。

 こうまで機嫌がいいのは珍しいし、もしかしたらこの先に待っているというセイバーとの対面が楽しみなのではないだろうか。なんだかんだでこの聖杯戦争にセイバーが参加していると確信しているくらいには、彼女のことを知っているようだし。

 

「まぁそれもあるんだろうがよ……っと、そういやまだ残ってるサーヴァントの情報を伝えてなかったな」

 

 いや、でもそれ伝えたら消されない?

 

「だから小声で、嬢ちゃんにだけ伝えんだろ。ほれ耳を貸せ――いや、やめとくか。ちゃんとこの距離で聞き取ってくれ。じゃねぇとせっかく伸びた時間が消し飛んじまうからよ。取りあえず、残ってんのはセイバーにアーチャー、そしてバーサーカーにこの俺だ」

 

 ふとアーチャーと言われて思い浮かべたのは当然ながらあの紅い弓兵だ。

 まぁそんなことは早々にないとは思うのだが。

 

「アーチャーは、いけすかねぇ野郎でな。アイツの性格とはまず相いれねぇ。そんで能力の方だが……これもまた変わっててな、アーチャーのくせに剣を使いやがる。どこにそんな弓兵がいるんだよって話だが事実でな。おかげで正体がつかめねえ」

 

 ……うん、ああ、もしかするともしかするのかもしれない。

 とはいえもし居るのだとすれば、それは私の知るアーチャーではないだろう。

 割り切れるかは別として、敵として現れるのならば覚悟しておかなければならない。

 できるかどうかは別として。

 

「んで残るバーサーカーだが、コイツはハッキリしてやがる。尋常じゃないバケモノ――なんだがこれまた奇妙でな。セイバーに消されたのか知らねえが足取りがつかめなかった。だから警戒するのはこの奥にいるだろういけすかねぇアーチャーと、堂々構えてるだろうセイバーだ」

 

 そのセイバーだけど、真名はなんというのだろうか。

 この前の休憩時間に聞いた限りだと、圧倒的な火力で他のサーヴァントを殲滅したくらいしか分からなかった。

 

「あぁ、まぁ嬢ちゃんなら平気か。正直、中途半端な奴じゃその真名を聞けば腰が引けると思ってよ。だがあの英雄王と一緒にいる嬢ちゃんが驚くようなことがあれば、それこそ師匠が召喚された時とかあり得ない場合くらいだろうよ。だから教えてやるよ、アイツの真名とその宝具を――」

 

 もったいぶるその様子に、どんな大物が出てくるのか息をのむ。

 

「その宝具の名はエクスカリバー。この世でもっとも名の知れた聖剣であり、セイバーはその担い手であるアーサー王だ。まあそのアーサー王、実は女だったりと色々あるけど省くぜ?」

 

 うん、そこはいいや。

 ウチのセイバーとかもそうだったし。

 でもそっか、円卓か……円卓かァ……嫌な予感しかしない。

 

「つうか、あんま驚いてねぇな? もうちょっとこう反応があると思うんだけどよ?」

 

 だってその姉妹剣を知っているし。

 その担い手である太陽の騎士とも戦ったことあるし。

 でも驚いてないわけじゃないのだ――だってあの円卓だよ、アレを治めた王様だよ?

 

 ――どんな筋肉ダルマさんです? 精神は正常な人?

 

「だよなぁ、そう思うよなぁ……まぁ会って確かめな。見た目はアレだが、腕は間違いなく超一流の域だ。サーヴァントとしてもな」

 

 ですよね、ガウェイン級だよね。

 それがこの先にいるとかクライマックスじゃないか。

 

「まぁ安心しな。俺もいるし、認めたくはねぇが超一級のサーヴァントが嬢ちゃんについてんだ。それに俺の見立てじゃ、あのデミの嬢ちゃんの宝具はセイバーと相性がいい。嬢ちゃんがいつも通りやれば問題ねえ」

 

 その通りだ。

 私が動揺してしまえば、それはマシュにも伝わってしまうだろう。

 やるべきことは一つ、いつも通りに前に進むこと。

 

 ――相手が誰だろうと、負けてやるつもりなんて欠片もない。

 

「――――はは、ははは! 威勢のいい嬢ちゃんだ、ああ、それでこそってなぁ! 畜生、キャスターとして召喚されたこの身がもどかしいぜ! よし、行こうぜ嬢ちゃん。この先、あのアーチャーが待ち構えてる。さっさと叩きのめして、終わらせるぞマスター!」

 

 ――応!

 

「ちょっと、ケルトに染まってない!? 思ったより影響を受けやすいというか、だから対応できてるのかしら……」

 

 

 

 

 

「ここは一応敵地なのだから、少し声を抑えてはどうかね?」

 

 

 

 

 

 ドクンと、心臓が鼓動を打つ。

 とても聞き覚えのある声、ああ、この声を知っている。

 何時だって前に立ち、その背で私を導いてくれた、心の底から安心できる彼の声だ。

 彼はきっと、いや間違いなく――――

 

「――――去ね、贋作……ではなく雑種。貴様ならばなんの遠慮もなく消し去れるというものよ……この溜まった鬱憤をその身で受け止め塵と化せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

「む、英雄王!? 何故貴様がここに! いや、そんなことよりも慢心をどこに置いてきた!? おまけにそこのマスターと思わしき少女を見たら摩耗した記憶がやけにうずくだと!?ま、待たんか、こんなところでその宝具を放ってみろ生き埋めになるぞ。分かった、通って構わんからそこのマスターを巻き込むな――――!?」

 

 次の瞬間、赤い奔流が視界を覆う。

 同時にスっとキャスターに見ちゃいけませんとばかりに目をふさがれた。

 

「ふん、我が我のものを操れぬとでも? この程度の加減なぞ児戯にも等しい……うむ、我の輝かんばかりの魂がより一層美しいものとなった。具体的に言うと八つ当たりできてスッキリした」

 

「な……なんでさ………………」

 

 私がキャスターの目隠しを解き視界が自由になったころには、そんな切ない声と共に金色の粒子が溶けていく瞬間だった。

 

 ――さっき、贋作者言わなかった?

 

「言っていないが? 所詮は雑種、我にかかれば一瞬であったな。称えても良いぞ?」

 

 何だか無性にアーチャーに会いたくなった。

 安否の確認を兼ねて。

 

 

 



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十二話



遅れて申し訳ない。
いやぁイベントで忙しくて(;´・ω・)
二種類あると迷う迷う……。

そしてジャンヌ・オルタさん!
まぁ来なかったけどね、いつも通りだね。
ただどういうわけか孔明さんがいらっしゃった……ピックアップェ。
これで星5は三体目、喜ばしいけど何か違う。

そして超級アサシン面倒くさい。
三ターンで宝具は痛い、痛すぎる。リリィとアンデルセンとフレ孔明もしくはジャンヌでいくけれど自分も死なず、敵も死なず。バサカ仕込んで交代させよう。


と、まぁ雑談でした。

実際遅れたのは、書くのにあたりストーリー読み返してたら所長への愛着が倍増。テレ顔可愛い。
でも死ぬしなぁ、死なせたくはないけど生きてたら今後にどう響くか分からないしなぁと至りました。

無限に死に続ける→助けるから世界滅ぼせ→所長「死ぬよりまし。誰も助けてくれないし」

的な流れ、もしくは近しい流れで今後のストーリー中にキーパーソンとして出ないよね?
所長救済ルートの怖いところはそこ。







 

 

 

 

 

 

 

 この足は止まらない。

 例えこの奥にかの騎士王が鎮座していようと、止まることはない。

 だって私は――――

 

 ――――早く戻ってアーチャーの無事を確認せねば!

 

「何故でしょうか……そのアーチャーさんがちょっとは傷ついていてほしいと思ってしまうのは」

 

「ははは、デミの嬢ちゃんと嬢ちゃんは見てて飽きねぇな! 特に外野から見る分には……当事者はもう御免だぜ」

 

 どこか遠い目をしてキャスターは進む。

 ハリーハリー、目指せ最奥!

 そして召喚ポイントを設置するのだ!

 

「一応、やるべきことの優先順位を失ってないから何も言わないけど……そういうところは英雄王のこと信用してないのね」

 

 信用してるよ?

 彼はやるときは本当にやる王様なのだから。

 それが善行だったり悪行だったりは本人のさじ加減なのだ。

 そしてアーチャーとギルガメッシュの性格を知っている私に言わせてもらえば、まさに水と油。保護者気質のアーチャーに唯我独尊我様ギルガメッシュの組み合わせとか合うはずがない。おまけにアーチャーは贋作を、ギルガメッシュは真作を扱うのだからなおさらだ。

 つまり、ギルガメッシュはアーチャーが気に入らないはず。

 そして気に入らない奴にたいしてギルガメッシュは容赦しない。

 

「まぁ、あのアーチャーが気に入らねぇのは俺も同感だけどよ」

 

 確かに皮肉屋ではあるが、そこも含めてアーチャーだ。

 最初こそむっとすることはあれど、彼を知れば知るほどその言葉の裏の本意が分かるようになる。そうなってしまえば凛と同じようにツンとした言葉の裏に真意が見いだせる。ここまで来てしまえば彼の皮肉は笑って流せる。

 

「嬢ちゃんが特殊なんだと思うんだが……もう何も言うまい。取りあえずは安心していいと思うぜ。あの英雄王と言えど、本気で嬢ちゃんを悲しませるようなことはしねぇよ。いや、嬢ちゃんだからこそか……」

 

 そう信じたい。

 そう思いながら愉快に笑い前を進む金ぴかの背中を見る。

 まぁギルガメッシュも、あの『アーチャー』じゃないと分かっていたから開幕ブッパしたんだろうし……少し落ち着こう。

 今さらながらこの奥にいるのは、かのガウェインを従えていた英雄なのだ。

 

「切り替えが早いのはいいことだ。おまけに諦めは悪いし後ろに引かない……何より運もいい。そういうやつこそ星の加護ってのが得られるもんだ」

 

「すでに受けているではないか。この我が守護してやっているのだ、星の守護と相違あるまい」

 

「尊大なのに否定できないのが痛いわね。……それで、どうするつもり? この先にいるのは最も有名な聖剣と担い手。策もなしに突っ込んでどうこうできる相手とは思えないんだけど……」

 

 所長の言うとおりである。

 ガウェインだって聖者の数字とかいうチート能力を持っていたのだ、かの騎士王はそれ以上の可能性だってある。

 

「先輩、その聖者の数字というのは……伝承の?」

 

 太陽出てたら能力が三倍になるの。

 そのスキルを破らないと掠り傷一つ負わせられないこともあった。

 

「何よ、その壊れ性能は。おまけに聖剣持ちですって……?」

 

 場合によってはその聖剣を二連撃ってくる。

 その攻撃範囲の広いこと広いこと――――拡散とかあんまりだ。

 加えて、彼のマスターが決着術式「聖剣集う絢爛の城」とかいう、聖剣の一撃でようやく破壊できるだろう高出力の炎壁で囲ってくるのだ。その中で拡散型の聖剣とか本当に地獄だった。なんで表の聖杯戦争で使用してくるのか……。

 きっとギルガメッシュが強すぎたから、レオも本気中の本気になったのだ。

 

「よく……よく勝てたわね。いくらサーヴァントが英雄王だからって、その組み合わせはマスター殺しじゃない」

 

 流石に死にそうだったから、魔術をガン積みして耐えきった。

 アトラス使って赤原使って、ロールケーキ食べて……。

 回復アイテム買い忘れ、挙句の果てに魔力切れの時にふと思いだしたロールケーキがなかったら危なかった。

 

「まぁ我にかかれば決着がつくのは一瞬であったがな」

 

 よく言う。

 あの炎壁に興味を取られて、強制テレポートで私と離されたくせに。かといって私が外からギルガメッシュを中に引き入れようとしても炎壁に遮られるのだ。向こうはいいけど私はダメとか本当に絶望的だった。

 そして対魔力はどこへいったのか。

 

「あの程度の距離、あってないようなものだ。事実、お前に傷一つつけさせなかっただろう」

 

 実際はいきなり赤い奔流が炎壁ごとガウェイン削り取ったんだけど。

 右上半身を削られ、霊格が破壊されながらも最後にレオの元へと戻ったガウェインはまさに騎士の鏡だった。

 

「……む? 何やら我より、アヤツの方が評価が高いような?」

 

 気のせい気のせい。

 そんなことよりも先に進もう。何気に禍々しい気配が近づいてきている気がする。

 ただなんというのだろうか、今まで私が相対してきた『悪』に属する英雄たちとは何かが違う。

 気が狂っているかのような寒気も、背筋を凍らせるような殺意も、圧倒的な暴力にも感じ取れるその存在感も感じ取れない。ただ何かがそこにある。厳かで、波のたたない静かな水面のような魔力の塊がそこにある。

 初めての経験だったのかもしれない――敵として相対しているのに、こうまで落ち着いてしまっているのは。

 

 ――いや、敵として私が認識できていないのか。

 

 口にしてみて、ストンと胸に落ちる。

 しかし同時に、何故という疑問が浮かび上がるが……ギルガメッシュの笑い声にかき消される。

 

「どうやら此度の戦い、予想以上の収穫が得られそうではないか。流石は我が見込んだセイバーよ。いいか白野、今回は許すが次は許さん。ソレを次に向けるのは――他の誰でもないこの我と心得よ」

 

 そういうと彼は先ほど以上に愉快愉快と歩き出す。

 もうなんというか流石というか、彼は私が抱いた疑問の答えを理解してしまったらしい。

 こういう場面を見ると、本当に彼は偉大な偉人の一人であるのだと再認識できる。

 普段はただの我様だけど。

 

「おい嬢ちゃん、考え事もかまわねぇが到着するぞ――――ほれ、あれが大聖杯ってやつだ」

 

 キャスターの声で我を取り戻し、視線を前に向ければそこは大空洞の入り口だった。

 そしてその正面にある巨大な物体――――何と表現するべきなのか分からないソレは、表現こそできないがあれこそが聖杯なのだと理解できる代物だった。私の知っている聖杯――ムーンセルとはまた別の神秘の塊。

 

「もう驚かないとは思ってたけど、何よこれ。超抜級の魔術炉心じゃない……なんでこんなとこに置いてあるのよ……」

 

 所長の隣ではマシュも愕然としている。

 ぽかんとした表情は可愛らしいが、それを眺めていられるほど余裕はないらしい。

 ガシャリと金属のぶつかる音がした。

 経験上、それは鎧の音であると知っている。

 

 ――来た。

 

「――――――――」

 

 一目で、その存在に魅入られた。

 言葉を発さず佇むその姿に、私の目は釘づけにされていた。美しい金色の髪、白い肌、華奢な体、人間とは思えないような美しさ。それを飲み込むがごとく溢れ出る覇者の風格。身にまとう魔力は可視化され、黒となって彼女の周りに浮遊する。

 太陽の騎士たるガウェインとは真逆の月を思い浮かべてしまう。静かに全てを見下ろし包み込む王。

 彼女の瞳を目が重なり――――『王』という存在を知った。

 ギルガメッシュとも違う、セイバーとも違う、初めて出会う新しい王様。

 しかし、

 

 

 

 

 ――――でも、なんかうちのセイバーとそっくりなんですけどー!

 

 

 

 

 

「女だとかソッチに驚くんじゃないのが貴方よね、知ってた」

 

 そんな驚きで全部吹っ飛んだ。

 いやだってあれそっくりさんとかいうレベルじゃないんですけど。

 パーツとかほぼ一緒だよね?目の色違うくらいじゃない?

 あ、でもスリーサイズが違うのか……? 赤王はB83・W56・H82だったはず。

 何で知ってるかって? 言わせるなよ恥ずかしい。

 ちなみに正面にいるアーサー王より間違いなく胸は大きかった。

 

「――――面白いサーヴァントがいると思えば、何だ貴様は。いきなり喧嘩を売られるとは思わなかったが――買ってやろう」

 

 あ、地雷だった。

 というか思ってたより物騒な人だった!

 誰だ波立たない水面とか言ったのは……!

 

「つうか喋れたのか、アイツ……」

 

「いえ、流石に今のは先輩が……」 

 

「ふはははは! 流石のアヤツも貴様には言われたくは無かろうよ! 貧相さはいい勝負なのではないか……?」

 

 よし、言ったな、言っちゃったな――戦争だ。

 私のは貧相というのではない、スレンダーだ!

 

「その通りだ。別に私が貧相であることを認めるわけではないが――――む、まさか貴様、その忌々しい黄金は……」

 

 先ほどまで私に殺気を向けていたセイバーのソレが全てギルガメッシュに移る。

 もしかしてわざと殺気を逸らすために、なんて考えもしたがそれはないなと愉悦を浮かべるギルガメッシュを見て考え至る。

 

「英雄王……忌々しい貴様が何故ここに。一度この聖剣の餌食となったはずだが……?」

 

 どうやらこの聖杯戦争に別のギルガメッシュもいたらしい。

 そして不意打ちを食らって聖剣の光に飲み込まれたと。

 

「いえ、正面から戦った可能性も……」

 

 正面から戦ったのなら、ギルガメッシュに敗北はない。

 彼の蔵の中には、聖剣の光すら切り裂くあの宝具だってある。そんなギルガメッシュが敗北するのだとすれば、戦闘中に横から宝具を撃たれるなどという意識外からの攻撃くらいだろう。彼の認識外からの聖剣による一撃ならば、自動防御の宝具が稼働していたとしてもそれごと飲み干せるだろう。

 

「先輩は、英雄王を本当に信頼しているんですね」

 

 何だかんだ言って長い付き合いだ。

 そして多くの修羅場を潜り抜けていたパートナーでもある。

 彼の性格こそああではあるが、惹かれるところはとても多い。

 

 ――あんなふうに生きられたなら、なんて思ったことだってある。

 

 勿論、ただの血の迷いである。

 あんな風に生きられるのは彼だけの特権であり、そもそも私は彼のように世界を背負えない。

 だからこうして彼を眺めているのは、実は結構楽しかったりするのだ。

 

「嬢ちゃん……変わってるとは思ったがそこまでか! 懐が広いというか広すぎて際限ないというか……時代さえ違えばコッチに来てるんじゃねぇか?」

 

 キャスターの言葉に同意するように、所長がうなずきため息をはく。

 そして彼女は私を見ながら真剣な表情で言う。

 

「何にせよ、貴方、今のは英雄王に言わないこと。とんでもないことになるわよ?」

 

 同時に、私以外の皆がうなずいた。

 当然私も先ほどの話をギルガメッシュ本人に話すつもりはない。

 最悪、針山にされかねないし。

 

 ――と、こんな話をしている暇はない。

 

 視線をギルガメッシュとアーサー王に戻す。

 しかしそこには予想外ともいえる光景が写っていた。

 ギルガメッシュが私を見て笑い――――アーサー王が私の方へと歩いてきていた。

 

「……ちょっと、ねぇちょっと。どういうこと」

 

「申し訳ありません所長、流石に私も状況が読み込めず……ですが、アーサー王から敵意は感じません」

 

 マシュ、そしてキャスターはいぶかしみながらも動けるようにと武器を構える。

 私はこっそり回路を起動しておき、不意打ちに耐えられるように魔術をピックアップ、待機させておく。そんな私を見ながらアーサー王は感心するようにうなずき――地面を蹴った。いや、蹴ったという表現は適切ではない。彼女が立っていた地面は、彼女を中心にクレーターができていた。

 早い、速い、そんな次元のものではなかった。

 

「先輩、逃げ――――ぐぅっ!?」

 

「ち、あの金ピカは何考えてやがるッ」

 

 その一瞬で彼女は私たちの懐に踏み込み、そして聖剣を一閃していた。

 流石、サーヴァントであるマシュとキャスターは何とかその一撃を凌いでいたが大きく吹き飛ばされてしまう。

 

 ――――所長! move_speed()!

 

 アーサー王の速度に対し、強化したところで意味なんてないかもしれない。

 それでもほんの少しでもプラスになるのならば良し。

 光の骨子が足を包み、所長を回収して下がる――――

 

「――――判断は早かったが、この危機に際しその女も救おうとするか。傲慢だな」 

 

 ことは出来なかった。

 彼女は静かに、私と所長の間に立っていた。

 

「理解はしているはずだ。この場において、貴様が死ねばすべてが終わる。何があろうと貴様一人は生き残らればならないと」

 

 驚きはしない、これが英霊だ。

 凛のランサーなんてもっと早かったかもしれない。

 更に待機させておいた魔術を起動させる。

 

「わ、わわ私の事なんて放っていきなさい! 貴方が死ねば必然的に私たちも死ぬんだからっ!」

 

 そんな声が耳に届く。

 精一杯の虚勢、それが何よりも温かい。

 怖いのに、死にたくないのに、大人だからと気丈に立つその姿が眩しく映る。

 そんな所長が好ましい。

 

 ――――でも、あんな思いはもうごめんだ。

 

 白い骨子で出来た小刀。

 それは魔力放出を持たないサーヴァントにその効果を付与する魔術。

 しかしその対象は、別に自分でもいい。

 素人の適当な一振り――――当たらないとは理解している。

 

 だから、一撃に全部込めて私の正面全部ぶった斬る。

 

「神代ならばいざ知らず、現代の魔術師の一撃が対魔力を越えられるはずが――――む!?」

 

 そう、越えられないはずなのである。

 こちらの世界の知識では。だが、月では違うのだ。

 対魔力があろうと――――ダメージはともかく状態異常は叩き込める。

 

 ――確かにダメージは通らないけど、『スタン』なら入る。ガウェインでも経験済みだ。

 

「貴様、最初から時間稼ぎが目的で……恐れしらずか?」

 

 別に怖いものがないわけじゃない。

 ただ私は近しい誰かが消えてしまうのが、人一倍怖いだけだ。

 私に多くは救えない、だから手の届く人たちだけは全力で守りたい。三流の魔術師である私に出来ることなんて限られすぎていて泣けてくるけど、何もしないよりはマシだと信じてきたのだ。

 一人では無理だが、二人なら話は変わる。

 私一人でサーヴァントには勝てないが、マシュとならば勝てるかもしれない。

 月だって、生徒会の仲間がいたからこそ、あの場までたどり着くことができた。

 

 負けるその時まで、命断たれるその時まで、私は勝つつもりで立ち続ける。

 そこの黄金の王との旅路に恥じぬように、これまでで得た仲間との旅路を汚さぬように。

 

 

 

 

 ――例え相手が神であろうと、そう簡単に私を折れるなんて思うなよ。

 

 

 

 

 この状況でアーサー王に啖呵きるとか馬鹿じゃないの!?

 そんな声を聞きながらも、アーサー王は動かない。

 駆け付けるマシュ達を見て、彼女は静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 






追伸:骨折しました。



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