黒鳥答索 (鬼いちゃん)
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注意:これはリハビリ作です


 クインヴェール女学園。

 この学園は他の五つの学園とは一風変わっていて、一つに女性であること。そして戦闘能力、学力の他に整った容姿が求められる。

 さらに、規模で言えば全学園中最小であり、《星武祭(フェスタ)》の結果を見てみれば最弱の学園である。

 だがそれでも、この学園は人気で言えば六学園中最高クラスの学園である。

 

 そして此処は、その学園の応接室。この部屋のソファ、テーブル、絨毯などの様々な家具が最高級のものが使われていた。普通に生きている者なら拝む機会が限られるであろうこの部屋のソファに身を沈める者が二人いた。

 一人は私服の青年、もう一人はスーツを上手く着こなし、バイザー型のサングラスで表情を隠した女性だ。

 

「あなたにお願いしたいことは、まず一つに我がクインヴェール女学園の序列第一位であるシルヴィア・リューネハイムと、今年開催される《BC(バトルセレモニア)》に参加してもらうこと。そしてその期間中の護衛です。

 とは言え、護衛と言っても目の届く範囲でかまいません。

 報酬は五百万。引き受けてもらえますか?」

 

「・・・へぇ、クインヴェール第一位の《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》の護衛を頼まれるとは、傭兵名利、いや、何でも屋名利に尽きるが。

 にしても、五百万とは大きく出たな? やはり生徒のことがそんなに可愛いか、ペトラ・キヴィレフト?」

 

 離した依頼内容に皮肉気に言葉を返す青年を意に介することもなくペトラと呼ばれた女性は口元を緩めた。

 

「ええ、私は彼女たちのことを愛していますから」

 

 その言葉に嘘はない。

 彼女、ペトラ・キヴィレフトは冷徹で計算高い人物であるが、それと同時に学園の生徒たちを愛している。そしてその乖離を他者を信頼しないことで埋め合わせている。

 ペトラはこのクインヴェールのOGであり、理事長である。そして統合企業財体の一部であるW&Wの幹部である。

 主にW&Wの幹部であることと、この学園の理事長であるが故に、このような接し方になるのは当然の帰結だろう。

 

「それで、受けてもらえるのですか?」

 

「まあ、ここまで出してくれるのなら不足はないな

 とはいえ、いいのか? 俺に護衛なんて頼むのは《悪辣の王(タイラント)》くらいのもんだ。それに俺がお前ら企業に何をしたか忘れたわけじゃないだろう?」

 

 彼自身、報酬が支払われれば仕事に手を抜くつもりもない。だが、それと信用問題は別。傭兵を生業にしている以上、仕事を選ばなければならない。

 アスタリスクでは当時アスタリスク史上最大の人質テロとされる、翡翠の黄昏と呼ばれる事件が起きた。ただし、その事件は星猟警備隊(シャーナガルム)創始者であるヘルガ・リンドヴァルが一人で解決している。

 史上最大と呼ばれるこのテロの後、またしてもテロが起こる。これを星屑の極光と呼ぶ。

 この星屑の極光はPMC(大手民間軍事会社)に属さない独立傭兵たちが起こした反乱である。

 そしてこのテロ行為は多数の犠牲払いながらも傭兵側が一人を残して全滅したため、形式上企業側の勝利という形で幕を閉じた。そしてその一人の生き残りがこの青年である。

 そのような理由で生き残りの一人である青年に破壊や暗殺はともかく、護衛を頼む者は限られていた。

 

「ええ、そのことは十分に理解しています。

 ですが、あなたはこちらが裏切らない限りは依頼を全うする。そう伺っておりますが」

 

「誰からの情報だそれは?」

 

「さて? 誰でしょうかね?」

 

「ああ、もういい。受けるよ、その依頼。

 だけど、その《BC》ってのは傭兵生制度を復活させるつもりなのか?」

 

 疑問を疑問で返してくる姿勢にペトラに青年は若干呆れながらも、依頼を受ける旨を伝えた。しかし、彼はそれと同時に疑問に思ったことを問う。

 傭兵生制度とは星武祭においてアスタリスク外部の人間を出場させるというものである。それにも様々な制限が設けられるが実戦を経験した者も多く、ある時では傭兵生が優勝しそうになり紛糾したこともある位だ。

 そのおかげで傭兵生制度は導入と廃止を繰り返している。

 

「その点については大丈夫です。

 あなたには星導館の学生となっていただきますので」

 

「……何だと?」

 

 彼は開いた口が塞がらなくなった。何せ傭兵である青年をアスタリスクの学園にいれようというのだから。

 

「ああ、心配しないでください。星導館への入学手続きは済ませてありますので」

 

 思考を停止させた青年は意識を戻すと、身を沈めていたソファから起き上がり聞き捨てならないというようにペトラに詰め寄った。

 事実青年はそんなことは聞かされていないし、それに何よりも企業財体の一つである銀河直轄の諜報機関、影星の存在するところだ。いつ自分に牙を剥いてくるかもしれない敵の巣窟になど単身で乗り込むなどイカれてる。

 彼はそう思ったのだ。

 

「いや待て

 お前は本気で言っているのか?」

 

「? そう言ってるではありませんか」

 

 ペトラは言外に、何か不都合なことでも? とでも言うような雰囲気をみせている。それを見た青年は顔をげんなりとさせた。

 事の重大性に気付いていないのかとすら思えたのだ。

 それにもう入学手続きを済ませてると来た。断られることを考えていなかったのだろうか。

 

「お前はさっき俺と話していた内容を忘れたのか?」

 

「覚えていますが?」

 

「だったらなぜ俺を星導館に?」

 

「……。」

 

 それを聞いたペトラは数瞬の間を置くと、何か合点がいったように頷いた。

 

「ああ、身分がばれてしまうことを恐れているのですか?

 ならば、あなたが危惧しているようなことは恐らく起こりませんよ。」

 

 それを聞いた青年は怪訝そうな顔をした。

 企業財体からの評価は青年自身が十分に理解している。本人にその気がなくとも未だにテロを起こすかもしれない異分子であり、一部からは排斥したほうがいいとさえ言われている筈だ。

 そしてそれはW&Wの幹部でもあるぺトラも理解している。

 

「あなたは知らないかもしれませんが、あなたが星屑の極光の唯一の生き残りであることを知っているのはごく少数ですよ?」

 

「何を言ってるんだ? 俺のことは確かに企業財体に……、あぁ……。」

 

 青年は何かに気付いたように呆けたような声を上げた。そして何故今まで気付かなかったのかと、嘆くように片手を顔に当てながらソファに身を沈めた。

 

「理解できましたか?

 あなたがあの事件の時に顔を見られたのは私と暗部の人間。それも私と着いてきたベネトナーシュの者ぐらいのものですよ

 それも我々の中でも最重要機密事項。他の企業に知れ渡ることもないでしょう」

 

 星屑の極光、その終幕において青年はその独立傭兵たちのリーダーにある依頼をされていた。

 それは、今は亡き企業の本社の破壊任務。その最終段階に入ろうとしたところで三人の傭兵からの襲撃にあい、それを辛くも退けた後にペトラと相対するに至る。

 

「さて、これであなたの危惧するようなことは起きないと証明された訳ですので、本題に入らせて頂きます

 と言っても、あなたの身の上の話ですが」

 

 それを聞くと青年も立ち直り、ソファから体を起こす。

 そしてペトラがそれを確認すると、テーブルの上に置いてあるファイルを開いた。そして青年の写真が貼られた書類を取り出すと、その内容を確認してから青年に渡す。

 

「来週から星導館学園に入るにあたって、大学部一年に所属することになります。

 そして我が校のシルヴィア・リューネハイムと《BC》で組むにあたり、六月中には星導館の《冒頭の十二人(ページ・ワン)》に入って頂きます。

 これは、あなたの実力を鑑みた上での判断です。よろしいですね?」

 

「ああ、問題ない。」

 

 そこらの人間に聞かせたら卒倒するような内容の会話を二人は繰り広げていた。普通の人間がそれを聞いたのなら馬鹿げていると言っていい。それだけの会話だった。

在名祭祀書(ネームド・カルツ)』と呼ばれる各学園での全七十二人の枠で埋まる実力者を明確にするためのランキングリストがある。そしてその中でも上位十二名はリストの一枚目に名を連ねていることから《冒頭の十二人》と呼ばれる。

 中でも《冒頭の十二人》に関しては全員が手練れだ。それにどの学園においてもそれらの生徒は様々な所から注目されるほどだ。おいそれと順位を渡すことはないだろう。

 それに対して入学してから三カ月程度で順位を奪えというのだから、正気の沙汰じゃないとしか言えない。だが、良くも悪くもこの青年は普通ではなかった。

 

「公式序列戦は毎月一回ずつ行われますから、二カ月でどうにかなるかと。

 公式序列戦での相手生徒の指名制度はお分かりですね? 」

 

「序列外はいきなり《冒頭の十二人》に挑めないんだったな?」

 

「はい。公式序列戦では原則として、一つ上の階級区分の生徒にしか挑むことは出来ません。通常の決闘であるのなら別ですが、そうそう受けてえもらえるとは思えません。」

 

 ペトラの言う通り、序列入りしている生徒は順位が上がるほど保身的になるきらいがある。だが、順位が上がればその分の特権等が与えられるのだ。それを考えれば当然と言えば当然だ。

 さらに《冒頭の十二人》にはトレーニングルームの貸出や寮の個室、大金の支給などの特典が与えられる。それをみすみす手放そうとするような者はそうそういないだろう。

 

「わかった。七月に入るまでに《冒頭の十二人》入りして名前に箔をつけろ、ということか」

 

「その解釈で構いません。流石に無名の者がいきなり世界の歌姫とタッグを組むとなるとマスコミの方々も煩くなりますので、そこのところはご了承を」

 

 こればかりは仕方がない、と青年は首を振った。

 

「これは、面倒なことになりそうだな」

 

「何か問題が?」

 

 ペトラが青年の言葉に首を少しばかり傾けた。

 

「それは、世界の歌姫とタッグを組むなんてことになったらマスコミ紛いの連中がこっちにも来るだろうが。そうなったら色々面倒だろうが。

 しかも嫉妬まで買うんだぞ。下手すれば命まで狙われかねないだろ。」

 

「その点に関しては此方も最大限努力して収束に努めます。とは言え、彼女のファンの方々にそこまで過激な方はいないかと

 それに、それを防ぐためにあなたの名に箔をつけるのですよ?」

 

「まあ、それもそうなんだがな……」

 

 アイドルなどのファンというのは少なからず過激な行動をとるものが出てくる。そしてそれは信仰の対象の存在が大きいほど、その規模は大きくなるし過激になることが多い。

 あの方こそが至高であるから、そう信じてやまないからこそ罪悪感も感じにくい。そういう存在はどの時代になっても現れるものだ。たとえ信仰されている者がそれを望んでいなくても……。

 だが、シルヴィア・リューネハイムはそれから少し外れている。

 彼女は世界一と称される歌姫だ。それでもその明るく優しい、表裏のない性格故かそんな事案を聞くことは滅多にない。

 と言うより彼女に対して批判、批評を行う人間が少ないためだ。彼女の歌は老若男女、ありとあらゆる世代に人気を誇る。

 彼女と組むにあたり、多少なりともいることは否めないだろう。

 

「では、承諾という形で構いませんね?」

 

 ペトラの最後の確認に青年は頷いて答えた。

 これ以上考えても得られるものはなく、報酬がいいことと個人的な悦楽として体験したこともない学園生活が楽しみというのもあった。

 彼自身、学校に通ったことがない。というよりも記憶がなかった。

 

「この書類にサインを」

 

 そう言ってペトラはテーブルの上に置いてあったファイルから一枚の契約書と万年筆を手渡す。どちらも最高級品だ。

 青年はそれを手に取ると、一通り目を通した後に迷わずにサインした。

 

「これで契約成立です

 契約書にもあった通り、一週間後にまたここに来てもらいます。前金はその時に。彼女との顔合わせもその時です

 これからよろしくお願いしますね、レイヴン」

 

「止めろ。もうその名で呼ばれることもない」

 

 レイヴンと呼ばれた青年は懐かしそうに口元をわずかにゆがめた。基本無表情の彼からは想像もつかない。

 それを見たペトラは青年と同じように口元を綻ばせると、訂正するようにこう言った。

 

「では改めてよろしくお願いしますよ。ユリエル・ノークス・オーエン」




レイヴン……ある傭兵たちの別称。あるものと深く繋がっていることから、他にも《リンクス》やそれをもじった《ヤマネコ》と呼ばれることもある。

レクター君ってさ、順位的にいい位置にいると思いません?

高等部一年から大学部へ修正
主人公の口調を修正
黒猫機関のくだりを修正


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Dirty Worker

不味い、構想を思い出せないですぞ


 ペトラとの会談が終わり、ユリエルは自分の住んでいる居住区にある普通のマンションの一室に帰っていた。

 日は傾き、時期も三月の終わり際だ。まだ少し肌寒い。それでも入った玄関には暖かい風が流れ、明かりもついていた。それにテレビから流れる笑い声も聞こえてくる。

 

「ただいま。」

 

 ユリエルがそう声を発すると、部屋の奥の方からパタパタと誰かが小走りで近づいてくる。揺れる髪の毛は栗色で三つ編みに結えられていた。最近のファッションを意識した私服の上にはエプロンが掛けられ、手にはお玉を持っている。料理の途中であることを感じさせる風貌だった。

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

「遅くなって悪いな、プリシラ。少し話が長くなってな」

 

 ユリエルは駆け寄ってきた少女、プリシラ・ウルサイスの頭を撫でる。プリシラはそれを嬉しそうに受け止め、笑みを浮かべる。薄く頬を紅く染める姿は兄を慕う妹のようだ。

 明かりのついた部屋に目を向けていた。そこから流れる芳醇な香りが彼の胃袋を刺激し、意識をそこへと向けさせていたのだ。

 

「ん? 今日はパエリアか? お前のパエリアは旨いからな、楽しみだ」

 

「うんっ! お兄ちゃんお仕事入ったんでしょ?

 だから力が出るように、お兄ちゃんの好きなもの沢山作ってるの!」

 

 プリシラは新しい仕事が入ったということを通信端末でユリエルから教えてもらっていた。そのことにプリシラは、ユリエルが家を空ける時間が長くなることであろうことに一抹の不安を感じながらも、そのことを嬉しく感じていた。

 ユリエルの最も輝く瞬間は、何かに向かうことにあるとプリシラは感じていたからだ。

 

 ユリエルが開業した便利屋はここ最近仕事の依頼が全くと言ってもいいほどに来ず、依頼が来てもバイトの様なことをやらされているだけだった。

 とはいっても仕事をせずとも一生遊んでも生きている財を持っているユリエルには仕事をする必要もない。

 この便利屋は彼の傭兵時代の名残であり、それをプリシラ自身承知していた。むしろ彼女自身、ユリエルと居られる時間も多く取れる今の状態にとても満足していない筈がなかった。

 だからこれはプリシラの我儘。ただ、ユリエルの更に輝く姿を見たい為の願望なのだ。

 

「そうか。なら俺も頑張らないとな」

 

「うん! 頑張ってきてね!

 それで、どんな仕事が入ったの?」

 

「そうだな、飯食いながら話そうか

 イレーネを仲間はずれにするのも可愛そうだろ」

 

 イレーネと言うのはプリシラの実の姉に当たる人物だ。妹のプリシラを何より大事に思っている妹思いの少女である。

 そしてプリシラも姉を慕う一介の妹である。姉を放っておいて勝手に盛り上がることは、プリシラ自身も望むところではなかったので素直に引き下がった。

 

「それもそうだね。

 それじゃあ、ご飯の時に聞かせてもらうからね!」

 

「お~い、プリシラ~

 鍋が噴きこぼれそうだぞ~」

 

 プリシラが意気込むのと同時にプリシラを呼ぶ声が部屋から聞こえてくる。少し粗暴な言葉遣いが目立つイレーネの声だ。

 プリシラはそれを聞くと何度か瞬きをした後に、はっとした様子になった。

 

「えッ!? 嘘!?

 わ、私はお鍋見てくるから、お兄ちゃんは椅子に座って待っててね!」

 

 そう言ってプリシラはまたパタパタと部屋へと戻っていく。ユリエルはそれを苦笑しながら見送った。

 

「あれから五年近く経つのに変わらない」

 

 ユリエルは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてそう一人ごちた。

 ユリエルの言う五年前、それはプリシラとイレーネを拾った、否()()()時だ。

 

「にしても面倒だ……」

 

 ペトラとの会談の後、さらに詳しい概要に触れたのだが、予想以上に護衛対象は厄介ごとを抱えているようだった。

 ユリエルが聞いた話によれば、人を探しているらしい。それも二人。

 これを聞いたユリエルは思わず顔を顰めた。何故ならその二人の人物は、ある日忽然と姿を消し、今現在も行方不明らしいのだ。

 これにユリエルの危機察知能力は本能的にアラームを鳴らしていた。これは不味い、と。

 こんなことは過去に何度もあった。それこそ星屑の極光の時代には嫌というほどに経験したことである。

 

「まぁ、考えてもかわらない……か」

 

 そう、考えても先は見えないのだ。

 ユリエルにとって障害はねじ伏せるものでしかない。今までそうしてきたのだ。これからも変わることなどないだろう。

 自分のことすらも知りえない迷い人なのだから。

 

「とりあえず飯を食ってから考えるとしようか」

 

 先程までの考えを振り払うようにそう言うと、ユリエルは奥の部屋へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「「シルヴィア・リューネハイムの護衛ィィィ!?」」

 

「何だ、うるさいぞ」

 

 アパートの一室、食欲を引き立てられる香りの立ち上る食卓に、プリシラとその姉、イレーネの驚愕の声が響いた。それに対してユリエルは喧しそうな顔を顰める。

 それもそうだろう、世界一位の歌姫の護衛だ。驚かないほうが無理がある。

 それこそ最近まではフリーターやニートに近い生活をしていた人間が抜擢されるなど、イレーネとプリシラは思いもしなかっただろう。

 

「いやいや、何で久しぶりの依頼が歌姫の護衛とかなんだよ!?

 もっと軽い依頼でもよかっただろ!?」

 

 イレーネが身を乗り出しながら怒声を響かせる。

 

「そうだよお兄ちゃん!

 相手は世界一の歌姫だよ!? アスタリスクで二番目に強いって言っても、それだけ狙われやすいんだよ!?」

 

 パエリアを口に運ぶ。そして何回か咀嚼し飲み込む。いつもと変わらない味に満足しながらさらにパエリアを口に運ぶ。

 プリシラの言葉は兎も角、イレーネの言葉は確かに的を得ていた。それをわかっていた彼は小さく嘆息し、コツコツとスプーンで皿を叩きながら彼女たちに目を向けた。

 

「護衛なんてのはあってないようなものだ。この依頼の最も重要なことはBCへの出場の筈だ。それに、《王竜星武祭(リンドブルス)》準優勝者だ、そうそう護衛が必要になるような事態になる可能性はない。」

 

 三つある《星武祭(フェスタ)》にはそれぞれ違う対戦方式になっている。

 《鳳凰星武祭(フェニクス)》ではタッグ戦、《獅鷲星武祭(グリプス)》ではチーム戦、《王竜星武祭》では個人戦というように分けられる。

 この中で王竜星武祭は唯一、一対一で闘うことになる個人戦だ。このことから、王竜星武祭こそが本当の星武祭という人も少なくない。

 その大会の準優勝者。アスタリスク内では、彼女を凌いだ王竜星武祭の優勝者である《孤毒の魔女(エレンキシュガール)》や星猟警備隊(シャーナガルム)の警備隊長のような、規格外を除けば最上位に位置すると言っても過言ではない存在だ。

 

「だけどよぉ……」

 

 イレーネは心配は要らないという説明を受けるが、それでも納得のいかない様子だ。だがユリエルは、もうそれ以上言うことはないと言わんばかりにパエリアを頬張り始める。

 それを見たイレーネは大きく溜息を吐き、これ以上このことに首を突っ込むのをやめた。どうせこの義兄に心配をするだけ無駄なのだ。問題が起きようが、彼はその乗り越えられるだけの場数を踏んでいる。

 イレーネもプリシラも詳しいことは教えてもらっていないが、それを察することぐらいは出来た。プリシラがあの時、アルルカントに変わって買われたときに。希少な再生能力者(リジェネレイター)を買い取ってみせたのだ。どれだけの大金がつぎ込まれたのかは想像に難くない。そしてそれでもなお、自分たちを一生養うことの出来る大金。

 過去に何があったのかはわからないが、それでも彼女たちの中では彼はヒーローであり最愛の義兄だ。

 なんであれ、彼女たちが彼を心配するのはごく当然の話であった。

 

 

 

 

 

 

「ええ、間違いはないでしょう

 あなたの探し人の一人は彼の筈です。ですが大丈夫ですか?

 彼は恐らくあなたのことは覚えていないと思われますが……」

 

 バイザーで顔を隠したペトラは鮮やかな薄い紫色の髪を伸ばした女性に声をかける。

 夜明けの闇と光を混ぜた髪色の少女は、シルヴィア・リューネハイム。《王竜星武祭》準優勝者にしてクインヴェール女学園序列一位、世界の歌姫その人である。

 

「うん。大丈夫じゃないかもしれないけど、受け止めるよ

 ……でも実験ってどういうこと? アルルカントなの?」

 

 シルヴィアは悲しそうに目を伏せる。

 それをバイザー越しに見ていたペトラはそれから目を逸らした。

 たとえ、幹部になるために人格を矯正されたとしても、彼女は人の子であり一人の女性であった。

 故に彼女はこう答えた。

 

「……この件であなたがこちらに不利益になることをしなければ、お話いたしましょう」

 

 その言葉にはなに一つの曇りもなかった。

 ペトラは真摯にシルヴィアの問いに答えようとしているのだ。行動に移す危険性はあれど、動かないのであればその思いを汲んで機密に当たることでさえも答える。暗にそう言っていた。

 幹部としても過去のことを公にされるより、世界一位の歌姫を失うことの方が過失だと無理やり抑え込んだ。

 

「……うん、お願い」

 

 シルヴィアも彼女の思いを受け止めた。

 自分はこれを聞いても、行動に移すまいと。ただ今ユリエルと名乗る彼を受け止める為に、この話を聞こうと決意した。

 それを見たペトラは一度頷いて、一つ息を吐いた。

 

「いいでしょう、お話いたします

 あれは 落星雨(インべルディア)直後の話になりますか……。

 あの惨事の後に国家は衰退し、統合企業財体が主権を握ったということは落星工学を学んでいるのですから知っていますね? もっとも、常識的なことではありますが……」

 

「……知っているけど、それが?」

 

 分かり切ったことを聞いてくるペトラに抗議の視線を向ける。

 だがその視線もすぐに懐疑的なものに変わる。彼女がこんな詰まらないことを言う人物ではないことを知っているからこそだった。

 

「ええ、その時に星脈世代(ジェネステラ)の存在が確認されました。と言っても、落星雨以前から星脈世代は僅かに存在していましたが……」

 

 仙人、魔法使いと言われた存在はそれに当てはまる。日本にかつていたとされる否、今も社会の裏に存在する忍者の一族、それも星脈世代である。

 

「それでも主権を統合企業財体から奪おうとする国家が少なからず存在していました。むしろ数多くの国家が主権を取り戻そうとしていたのです

 それも当時発展途上、及び先進国が殆どでしたが……。それでも世界の民意の大半が統合企業財体に移っていました」

 

 これは国家に比べて統合企業財体が経済主体になってから経済成長が著しかったことによるものであり、世界の人々は疲弊した国家は当てにならないと疾うにに見限っていたのだ。

 そんな時に無数の企業が融合し新しく生まれた統合企業財体という経済主体が、世界の混迷を脱してみせたのだ。これに人々が食いつかないわけがなかった。

 自分たちに最も都合のいい、利益になることに食いつき、それが自分たちにとってより良い拠り所になるのならそれに寄生し、そしてそれが変化することを快く思わない。つまり民意とはそう言うものなのだ。

 

「その後です。《星脈世代》の存在が世間に認知され、マナダイトの研究が進みアスタリスク及び《星武祭》等での新しい経済発展の場が完成し、そして見事成功を収めて今に至っています。丁度この時に国家の人間が謀反の動きを活発化させようとしているという話を聞いた統合企業財体はある行動に移りました」

 

「ある行動って……?」

 

 シルヴィアは経済発展の場という言葉に顔を顰めるも、そう聞き返した。

 彼女にとっても見世物にされているという事実はとても不快にさせるものである。

 世界一の歌姫と持て囃される身とすると痛いほどにその事実が浮かび上がる。自分がそれを成り行きとは言え、それを望んだとしてもきついものがあった。

 

「ラディスラフ・バルトシーク教授と《大博士(マグナム・オーパス)》は知っていますね?」

 

「知っているけど、それが?」

 

 ラディスラフ・バルトシーク教授とは純星煌式武装(オーガルクス)の研究を一人で半世紀ほど進めてみせた不世出の天才である。数多くの純星煌式武装の開発に着手し、星導館学園序列二位《千見の盟主(パルカ=モルタ)の操る《パン=ドラ》やクインヴェールのルサールカの五人の少女たちが使う《ライア=ポロス》を開発した。

 

 そして《大博士》というのはアルルカント・アカデミーにおける《超人派(テノーリオ)》と呼ばれる派閥における代表、ヒルダ・ジェーン・ローレンズのことである。

 他の学園にも言えることではあるのだが、それを差し引いてもアルルカントは内部の勢力争いが激しい。優秀な人材、研究資金を巡り各派閥が鎬を削っているのだ。

 その中で最も非人道的なことをやってのけるのが《超人派》である。なお、《大博士》は四年前に犯した失態によって、ペナルティを掛けられている状態だ。

 特にレベル5指定の施設に立ち入ることが出来ない状態である。今現在彼女は研究することが出来ないことになっているのだ。

 

「《星屑の極光》が起きる二年ほど前、とあるウルム=マナダイトを発掘しました。それは極めて高純度でありとてつもなく巨大なものだったのです。」

 

 ウルム=マナダイトは万能素(マナ)が結晶化した鉱石であるマナダイトの極めて純度の高いものの総称である。通常のマナダイトよりも希少であり、マナダイトをコアに用いた武装を煌式武装(ルークス)と呼ばれるのに対し。ウルム=マナダイトを用いたものは純星煌式武装と呼ばれている。

 そしてそのアルルカントが見つけたウルム=マナダイトはとても巨大なものだった。ルサールカの扱う《ライア=ポロス》はウルム=マナダイトを五つに分割して作られたものであるが、それの十倍以上の大きさを持つものだった。名を《アレサ》という。

 

「ですがそれには一つだけ欠陥があったのです。そう、武器として扱えないという欠陥が……」

 

「それがどうしたの?」

 

 シルヴィアにはペトラの言いたいことがまるで分らなかった。武器として使えないことは可笑しなことであったが別に問題視するべき点ではない。企業の損得は別としてだが……。

 

「情報が少ないので詳しいことは分かりませんが、教授がそれを解析し《大博士》に受け渡したという話が上がっています。これが意味するのは恐らく……」

 

「……生物に影響する?」

 

「ええ、その可能性が高いでしょう

 彼の記憶喪失もそこに関わってくると思います」

 

「わかった、ありがとうペトラさん」

 

 部屋を出ていく彼女の美貌は憂えていたが、確固たる意志が瞳に込められていた。




アレサ……ライア=ポロスの十倍以上の大きさのウルム=マナダイト。武器等に転換できない。ウルム=マナダイトの中でも特に高い純度を持つ。
星屑の極光……主人公と同種の傭兵たちが起こしたテロ。統合企業財体も同じ傭兵を雇いこれに対抗する。この事件によって八つあった企業の二つはこの事件によって壊滅している。


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Smasher

5000字を目安に……


「ねーねー、なにごとなにごと?」

 

「《華焔の魔女(グリューエンローゼ)》が決闘だってよ!」

 

「まじで!? 《冒頭の十二人(ページワン)》じゃねーか! そいつぁ見逃せねーな!」

 

 野次馬がわらわらと集まっていく。その中心には薔薇色の髪の美少女と黒髪の少年が立っていた。いや、正しくは対峙しているというべきだろう。

 そしてその少年、天霧綾斗は冷汗をだらだらと流している。彼は自分自身にどうしてこうなったのかと自問するしか他に方法がなかったのだ。

 

 事の発端はほんの少し前、《華焔の魔女》ことユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトのハンカチが風に飛ばされた際、届けに彼女の着替えを覗いてしまったことだ。

 まぁ、普通に考えればその時聞こえてきた声で身支度を整えていたというのは理解できていた筈なので、有罪だろう。ユリスもそのつもりで煌式武装の細剣を抜いている。

 とはいえ、とても大事なものを届けたのだから少しは融通を聞かせて欲しいというのが綾斗の弁である。

 

 今日ここ、星導館学園に転入するというのに大した仕打ちだと綾戸は内心溜息を吐く。

 ここには味方がいない。周りは星導館学園序列五位のユリスの決闘に興味津々だ。ユリスからも戦わなければ自警団いきだと言い渡され、もはや逃げ道はない。

 誰かから投げ渡された剣を構える。

 

「さて、準備はいいか?」

 

 ユリスは細剣を貴族のように優雅な構え方で綾斗に応じた。切っ先は綾斗へとまっすぐに、迷いなく向けられている。その事実に溜息を吐くと口を開いた。

 

「……我天霧綾斗は汝ユリスの決闘申請を受諾する」

 

 今、王女と並々ならぬ変質者との戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「あー! お姉ちゃん!? ちゃんとハンカチとティッシュは持っていくって言ったでしょ!?」

 

 レヴォルフ学園近くの住居でプリシラの声が響く。

 姉が妹に怒られるという構図は毎週のごとく見られるもので、カジノで暴れた時やら喧嘩をして怪我をして帰った時やらと大体イレーネが悪い。大体と言うよりユリエルが見た時は全てイレーネが悪くなかったことが見たことがないくらい悪い。

 プリシラはイレーネにとって何よりかわいい妹であるし、何より言われていることが正論だ。絶対に強く出ることが出来ない。自分の方が姉なのに。

 

「あーもう分かったよ。分かったからそんなに大声出さないでくれよ」

 

「これじゃぁどっちが姉だかわからないな」

 

「兄貴は黙ってろ!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 妹に怒られてたじろぐ姉を見かねたユリエルが呆れてそう言うが、イレーネに一括される。それを見たプリシラが更に目を吊り上げた。イレーネが「やべっ」と言ったが、まぁ自業自得だろう。

 だがこのままお説教コースに行かれたら学校に間に合わなくなるのでプリシラを止める。

 

「そろそろ出ないと遅刻するぞ。」

 

「お、おう、そうだぜプリシラ! 間に合わなかったら元も子もねぇからな!」

 

 どもりながらそう捲し立てるイレーネにユリエルは目を覆いたくなる。

 なぜこうも生活面ではだらしないのかと。プリシラのことになるとカッコいいお姉ちゃんに様変わりするのに、もったいないとしか思えない。

 尚、それでも舎弟をいじめられたヤンキーが復讐してきた様にしか見えないのだが……。

 

「もうっ、お姉ちゃんなんてもう知らない!」

 

「あっ、プリシラッ。うぅ、兄貴~~ッ」

 

 恐らく親の顔以上に見た光景だ。ユリエル自身親の顔なんて覚えてはいないが、それほど頻繁に見る光景だ。つい二週間ほど前に見た記憶がある。

 プリシラに叱られて、ユリエルになだめられ、イレーネがそれに便乗し、プリシラがそれに対して拗ねる。それを見たイレーネがユリエルに泣きつく。

 今日は休日明けだ、本来寮生活であるユリエルは休日の日はここに泊まりに来ている。これで自分がいない日にはどうなるかなど想像したくもなかった。

 

「はぁ……、戸締まりは俺がやっておくから追いかけてやれ」

 

「うん、行ってきます……」

 

「あぁ、行ってきな。

 っとイレーネ! ハンカチとティッシュを忘れるな!」

 

 しょげたイレーネに忘れ物を投げ渡し、玄関の鍵を閉める。

 レヴォルフ黒学園ではなく星導館学園の大学部に通うユリエルは姉妹たちとは別方向に向かうため玄関ですぐに分かれることになる。

 彼女たちはユリエルと共に学校に行きたがっていたが、世界の歌姫様の《BC》に出るにあたりレヴォルフとなると流石に体裁が悪い。常識人が一割どころか一パーセント居るかも怪しい学園だ。ユリエルが知っている限りだとプリシラと《悪辣の王(タイラント)》の秘書である樫丸 ころなぐらいの者だろう。

 何故ならあの学校の校風は基本自由。ただ一つだけ、強者に従えという絶対ルールが存在するだけだ。勝ったものが強者。それを地で行く学校にまともな人間なんぞが集まる筈もなかった。

 イレーネ? 妹思いとは言え、カジノで毎回暴れてくるような奴がマトモな訳がない。それにしてもプリシラは姉がいるから仕方ないとして、樫丸 ころなは何故レヴォルフに居るのか? それより何故《悪辣の王》の秘書なんてものをを務めているのか、アスタリスク七不思議の一つである。

 

「遅くなったが、間に合うだろ」

 

 そう言うとユリエルは屋根に飛び上がり風になった。

 《星脈世代(ジェネステラ)》は常人とは違い、超人じみた運動性能を持つ。軽く自動車を超えるくらいのスピードが出せるのだ。故に法律では星脈世代の方が一般人よりも刑が重くなる。

 だがまぁ、一般人が屋根の上にいることなど早々ないのでユリエルは遠慮なく足を踏み込んだ。彼は普通の《星脈世代》とはかけ離れた星辰力(プラーナ)を持っている。それに加え精密な星辰力の操作もこなすことが出来る。

 これには界龍第七学園の道士は愕然とするだろう。針に糸を通すどころの精密さでは会得できないものだ。それを難なくこなす。道士たちは卒倒するだろう。遅刻しそうだからという理由で軽々と使われればそれはもう憤慨するはずだ。

 何せ彼らの中には傲慢でプライドが高いものが多いのだから。

 

 その日は台風張りの突風が吹き、洗濯ものやひどい場合には屋根が壊れた家もあって、ニュースになり彼が冷や汗を流すことになるはもうすぐだ。

 

 

 

 

 

「咲き誇れ―――鋭槍の白炎火(ロンギフローラム)!」

 

 ユリスが剣を振るうとその軌道に沿い、青白い炎の槍が顕れる。《魔女(ストレガ)》だ。万能素に深リンクし世界の法則を捻じ曲げる。その使い手の男性を《魔術師(ダンテ)》、女性を《魔女》と呼ぶ。そして彼女は花を媒介にして能力を扱うようだ。

 《魔術師》《魔女》は様々な力を持つ。それはユリスの様に炎であったり、星導館序列四位ネストル・ファンドーリンは氷といったように多種多様だ。だが万能素とリンクする際に何かを想像し、それを媒介にする。シルヴィアは歌を媒介し、様々な事象を操ることが出来る。故にこそアスタリスクでは最も万能な《魔女》と言われている。

 そしてユリスは先ほど言った通り花を媒介にする。今放った炎の槍はテッポウユリをモチーフにしたのだろう。

 それらはロケットのような勢いで綾斗を貫かんと突き進む。

 

「くっ!」

 

 綾斗は炎の槍を剣を盾にすることで巧く受け流す。それには周りも感嘆した。

 新参であろう少年が序列五位の攻撃を防いだのだ。にわかには信じがたいのか、ユリスが手加減をしていたのではないかと勘繰る者もいた。

 それにユリスは眉をひそめた。彼女自身手加減したつもりはない。周りの連中は知らないのだろうが、下着姿を見られたのだ。手加減するどころか本気で叩き潰す気でやったのにこの反応では多少機嫌が悪くなるというものだ。

 

「ええと、ユリス……さん? そろそろ許してもらえないかな?」

 

「ユリスでいい。で、それは降伏宣言と受け取っていいのか?」

 

「そりゃもう。それに俺としては最初から戦いたくなんかなかったんだけど」

 

 綾斗はそれはもう辟易した表情で語る。

 だがユリスは綾斗を逃がすつもりは毛頭ない。それは単に着替えを見られたから、というものだけではない。違和感だ。手加減している訳でもない。単に筋がいいという風に回りはやし立てるが、それだけではないと対峙している彼女は感じていた。

 今も尚、圧倒され此方に傷一つ付けるどころか近づくことすらできていないのに、彼はその姿勢を崩さない。その飄々とした雰囲気、穏やかなその瞳が崩れることなく自分をの挙動を注視する。

 

「まぁ、それでも構わないがな。やはりそうした場合には変質者として私にじっくり焼かれるか、自警団に突き出されることになるな」

 

 それを聞いた綾斗は飄々とした雰囲気を少し崩される。彼の背中にはこの決闘でかいた汗以外にも冷汗でびっしょり濡れていることだろう。

 さらにユリスは続けて口を開いた。

 

「ちなみに昨日の下着泥棒は、自警団に捕まった後に『おしおき』の後にカタコトでしか喋れなくなった挙句に部屋から一歩も出られなくなるほどの精神状態になったそうだ」

 

「もう少し頑張ってみようかな……」

 

 ユリスの口から出た言葉に顔を引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。どっちに転んでも地獄だ。精神的に死ぬか、身体的に死ぬか……。

 ならば戦って活路を開くしかない。

 綾斗は剣を構えなおした。

 

 ユリスは決闘を続ける意思を見せた綾斗に碧色の瞳を向ける。

 そうだ、それいい。

 このままでは納得がいかない。この違和感がはっきりするまでは付き合ってもらう。そのために強迫じみたことをしたのだ。

 次は近づけさせず、かつ一撃で仕留められる大技を繰り出す。これで終わればその違和感は杞憂ということだろう。だがもし、凌ぎきることが出来たのならば、許してやらないこともない。それで違和感が取り除けたらの話だが。

 

「咲き誇れ―――六弁の爆焔花(アマリリス)!」

 

 今度は外さない。

 これの技は着替えを見られた際に綾斗を焼きつくさんと放った技だ。結果、これを躱した綾斗は変質者から並々ならぬ変質者へとランクアップしたのだ。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 確実に当てる為に一瞬で最適な軌道を計算し、その火球を放つ。大きさは綾斗が喰らった時よりも二回り程度大きい。

 決闘を観戦するのは自由だが、巻き込まれた場合は自己責任だ。これを見たことのある生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 対して綾斗は腰をかがめて身構える。

 それを見ていたユリスは開けていた拳を強く握りしめた。

 

「爆ぜろ! あ……」

 

 命令が下された火球は確かに綾斗が交わす寸前に爆発した。だがその直前に誰かが火球に突っ込んだのが見えたのだ。出していい訳がない超スピードで巨大な火球に突っ込んだ馬鹿が。決して止められるスピードではなかった。

 ユリスは多少心配になってきたが、決闘に巻き込まれたのは自業自得だと自己完結し、焔の先を見据える。

 この距離ならば直撃は兎も角、逃れることは不可能だ。この爆発に巻き込まれたのならいくら《星脈世代》とは言え動けるはずもない。

 ここでユリスは勝利を確信している。ユリスはさっき突っ込んできた人間のこともすっかり頭から抜け落ちていた。

 次の瞬間、巨大な剣戦が焔の花弁を切り裂いていた。

 

「邪魔……」

 

 焔の煙は剣が振るわれた方に向かって流れる。そして煙が腫れ、全貌が露わになった。

 その剣はあまりに大きく、二メートル近く、そしてそれを持つ青年も背が高く百八十を超えていて長身だ。目は猛禽類を思わせるかのように鋭く、獲物を見定めるかのようにユリスの瞳を貫いた。

 そしてその者が纏う強者の空気にその場にいる誰もがその姿に畏怖を覚えた。

 何も知らない綾斗でさえそれを背中から感じ取っている。

 

「おいおい……不味いんじゃねぇか?」

 

「流石に姫様でもコレは……」

 

 吹き荒れる風に棚引く制服には焦げ跡一つすらついていない。第五位の火力をもってしても傷の一つも付けられない圧倒的な、星辰力。それは確かにユリエルの周りを球体の様に展開されている。

 星導館学園大学部一年、序列第九位、ユリエル・ノークス・オーエン。

 使用武器、純星煌式武装(オーガルクス)龍脈の血剣(ドラン=グレイン)

 そして二つ名を―――

 

 

 

「《斬哮の龍帝(ジークフリート)》……」




龍脈の血剣……星導館持ちの純星煌式武装
斬哮の龍帝……元々構想段階で既にシルヴィアがメインヒロインだったので、彼女の称号の元ネタに因んだ称号にしようとした所、コレに。シグルドリーヴァは所謂シグルド大好き戦乙女。シグルドにすると被るので、シグルドを元ネタにしたジークフリートを選択。漢字は適当


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Twist it

「《斬哮の龍帝(ジークフリート)》……」

 

 ユリスが呆然と呟いた。あり得ないものを見るかのように目を見開く。

 それに続いて周りのざわめきも大きくなる。ユリエルの後ろに控えていた綾斗も周りのか喧騒がおかしいことに気付いたのか、その背中を見上げていた。

 圧倒的だと綾斗は感じた。自分にかけてある封印、今解けるのは強引に破った鎖の一つだけ。それも五分も満たない時間の間でしか開放できない綾斗にはまるで勝てるビジョンが見えない。

 

「何の茶番だコレは?」

 

 本人にその気はないのだが、その極大剣を地面に突き刺す姿に先程まで騒めいていた野次馬は委縮する。

 だがいかに《龍脈の血剣(ドラン=グレイン)を思い切り地面に突き刺し、周りに莫大な星辰力(プラーナ)を撒き散らそうが彼にその気はまるでない。ないったらない。

 彼はその所為で一度イレーネ、プリシラを怖がらせているのにまるで学習していない。そのことでプリシラに怒られることが多々あるが、やっぱり学習しない。

 そもそも開口一番で決闘を茶番扱いだ。周りは食事の要らない上位者に「何故食事という無意味なことをやっているのか?」と言われた気分だ。

 

「ユリエル、そうやって周りを威圧しないほうがいい。

 それと、その言い方だと誤解を招くよ?」

 

 ギャラリーの暗い空気の中、呆れたような声がユリエルにかけられた。

 モーセのごとく人の波を割ってユリエルの前に現れたのは、端正な顔立ちをした一人の好青年だ。だが人の波を割って通ることの出来る程に名の知れた人物ではある。

 

「ネストルか……」

 

「ファンドーリン先輩!?」

 

 星導館学園序列第四位、《氷屑の魔術師(フリームスルス)》その人だ。周りは殆ど高等部の生徒であり、大学部の生徒でかつ《冒頭の十二人(ページワン)》なのだから騒がないはずがない。だがそれをユリエルがそれを黙らせている。本人に自覚はない。

 

「君はその誤解されやすい言葉遣いを直したほうがいいよ?」

 

「そうはいってもだな、すぐに直せるわけじゃないだろ」

 

「そう決心してから、どれくらい経つんだい?

 進歩がないから、言っているんだろう?」

 

 さっきからやれやれと呆れたように振る舞うネストルに、苛立ちを覚えるユリエルであるが正論であるが故に何も言い返せない。こんな光景を今朝見たような気がするのは気のせいだろうか。

 ネストルはユリエルの誤解を招きやすい言葉を理解できる数少ない友人だ。他には大学部のネストルの友人位しかいない。いかんせん交友関係が狭い。

 プリシラもそのことを心配しているが、友人を作る前に《冒頭の十二人》入りした彼は、むしろ恐れられる対象にしかなっていない。今のところ、ユリエルは決闘すら挑まれていない。

 

「伏せて!」

 

「む? そこか」

 

 光の矢が三本、丁度《冒頭の十二人》の三人に向かって放たれていた。

 ユリスは綾斗に押し倒されことで事なきを得、ユリエルとその近くにいたネストルに向かって放たれた矢は当たる前に霧散した。それと同時にユリエルは自分の星辰力と万能素(マナ)に少しの揺らぎを感じ取った。

 奇襲だと判断したユリエルは、袖に仕込んだダガー型煌式武装を瞬時に起動し投射する。確かな手ごたえを感じた。それでも呻き声すら上げることはなかった。大した耐久力だと素直に感心すると同時に、ギャラリーたちの歓声がユリエルの耳に入った。

 聴けば情熱的なアプローチだの、姫様を押し倒しただのと騒いでいる。その中心に目を向ければ頭を下げて平謝りしている変質者と、顔を真っ赤にしたお姫様がいる。

 ギャラリーの盛り上がりが羞恥を怒りへと変えたのだろう。周囲に焔が噴き出してくる。

 それには綾斗も只々首を横に振る以外にできなかった。

 

「はいはい、そこまでにしてくださいね」

 

 場を沈めるように手を叩く音と、深く落ち着いた声がこの場に響いた。

 

「確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが……残念ながらこの度の決闘は無効とさせていただきます」

 

 またも《冒頭の十二人》がギャラリーを割って現れた。

 目もくらむような金髪、悠然と歩み進むさまは静かな湖のように美しい。

 星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドだ。序列は第二位であり二つ名は《千見の盟主(パルカ・モルタ)。未來を観る純星煌式武装、パン=ドラを持ち、それを操る実力から名付けられた。

 

「……クローディア、いったい何の権利があって邪魔をする?」

 

「それはもちろん、星導館学園生徒会長としての権利ですよ、ユリス」

 

 クローディアは微笑むと自分の交渉に手を翳した。

 

「赤蓮の総代樽権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗の決闘を破棄します」

 

 そう宣言すると、赤く発行していた綾斗とユリスの校章がその輝きを失った。

 それを確認した綾斗は深い溜息を吐く。額の汗をぬぐい、安どのため息を吐いている姿を見れば、彼がどれだけ緊張していたかがよくわかった。

 

「ありがとうございます……えっと生徒会長、さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。よろしくお願いします」

 

 クローディアがそう挨拶すると手を差し出した。所詮握手というやつだ。綾斗もそれに気づくと慌てて手を取った。

 そして視線はクローディアの豊満な胸の方に向いていた。ユリスの物とは比べ物にならないくらいには大きい。

 多感な時期とはいえ、少々見すぎだ。やはり並々ならぬ変質者である。

 

「いくら生徒会長とはいえども、正当な理由なくして決闘に介入できなかったはずだが?」

 

 先の裁定に納得いかないのか、ユリスはクローディアをジト目で睨んでいる。

 それをクローディアは笑顔で受け流し、方便という名の正論のような何かをユリスに叩きつける。これにはユリスも唇を噛むことしか出来ない。

 ユリスは転入手続きについて詳しくない。だからそれより詳しいクローディアの言葉にうまく騙される。それを見るユリエルはすごい話術だと感心するばかりだ。決して介入しようとしない。クローディアとの付き合い方を心得ている。

 

「はい、というわけですから、皆さんもどうぞ解散してください。あまり長居をされると授業に遅刻してしまいますよ」

 

 クローディアの言葉にギャラリーたちは三々五々に散っていく。

 中途半端な結末に納得のいかない顔をしている者も多いが、生徒会長に文句を言うほどではないようだ。

 ここに残ったのは《冒頭の十二人》の四人と転入生だけだ。

 

「あっ! あの、ちょっと待っ……!」

 

「止めておけ、とっくに逃げている」

 

 光の矢を放たれたことを思い出した綾斗は、散り散りになるギャラリーたちに声をかけようとするが、ユリエルに止められる。綾斗がユリエルに目を向ければ、彼は《龍脈の血剣》を待機状態に戻し、懐に閉まっていた。

 

「そうだ、捨て置け。撃った奴だってバカじゃないだろうさ」

 

 ユリスはそれに同調するかのように首を横に振った。その顔には苦笑が浮かんでいる。

 《冒頭の十二人》が狙われることは別に珍しくない。この中では、ユリスとネストルはよく決闘、公式序列戦で挑まれることが多い。

 だがどんなことにも例外はいるもので、クローディアとユリエルはまるで挑まれることがない。二人とも中々にイイ性格をしているのか、《冒頭の十二人》に上がる際に相手の心を折りかねない程に、えげつない戦い方をしたためだ。

 ちなみにクローディアもユリエルも故意でやっている。だが、生徒たちの好感度にここまでの差があるのは一体何故なのだろうか。

 やはり物腰の違いなのだろう。

 

「とはいえ、今回はやりすぎです

 決闘中に第三者が不意打ちを掛けるなど言語道断。風紀委員に調査を命じましょう

 犯人が見つかり次第、厳重に処分いたします」

 

 その言葉に綾斗は驚愕した。先程の狙撃を見抜いていたというのだから、この少女も只者ではないと感じたようだ。ユリエルが剣戦で焔と煙を吹き飛ばしたが、それでも全てというわけではなく、視界が悪い状況でそれを見抜いていたのだ。

 まぁ、《冒頭の十二人》なのだから当然といえば当然だが、彼はこのことを知らないのだし無理もないだろう。

 

「所で、あなた方は行かなくてもよろしいのですか?」

 

「生憎、高等部と違ってホームルームとかはないからね

 そっちより始まりが少し遅い」

 

 クローディアの問いにネストルがそう答えた。

 大学部は中等部、高等部とは違う。

 基本的にアスタリスク郊外と何ら変わりはなく、自分で講義を選び履修し必要単位を取るということをするだけだ。

 クラスによって教室でホームルームをしたりすることもない。大分気が楽だ。授業時間は倍近くあるが。

 

「まぁ、そういうことだ

 それにしても《華炎の魔女(グリューエンローゼ)》が決闘とは珍しいな。それも転入生とやりあうとは、何があった?」

 

「それは気になりますね

 ユリスと綾斗君は何故決闘を?」

 

「ッ!」

 

「ええと、それは……そのぉ………」

 

 綾斗が急に狼狽しだした。ユリスに至っては庇われたときに胸を触られたこと、着替えを見られたことが記憶に戻ったのか、顔は愚か耳まで真っ赤になっている。文字通り火が出てきそうである。

 それを見たネストルは大体のことを察した。故意ではないにしろ、《華炎の魔女》の着替えを除いてしまったりでもしてしまったのだろうと。

 だがネストルは空気が読める男である。このことは胸にしまっておくことにした。

 

「ああ、着替えでも覗いたのか」

 

「「「ブッ!?」」」

 

「あらあら……」

 

 だが空気を読まないバカがここにはいるのだ。

 余りに不躾に、そしてストレートにそう言ったユリエルに、ネストル、綾斗、ユリスは噴き出した。クローディアも困ったように頬に手を当てている。

 ユリエルは昔、イレーネとプリシラの着替えを覗いたことがある。まぁ、ユリエルだから故意ではないし、何より妹のような存在に欲情するはずもないのだが、多感な彼女たちは別である。それに血の繋がっていない異性を意識するなというのには無理があった。

 そんなこともあって反応、女子寮の近くという場所を吟味した結果、その結論にたどり着いた訳である。

 だがそれでも口にしないのが場の流れを読むということである。

 

「君は馬鹿なのかい?

 そうだね、君は誤解されるような言動をやめる前に、空気を読むことから始めた方がいい」

 

 ネストルはそう捲し立てる。

 綾斗の顔は熟れたリンゴの様に赤く染まり、ユリスは最早感情のコントロールがうまくいかないのか、万能素が騒めき始めている。

 

「ああ、もう……!

 この件は貸しでいい!」

 

 ユリスが綾斗に向き、そう言い放った。

 感情は幾分か落ち着いてきたのか、赤みが抜けてきている。だがそれでも羞恥の感情は抜けない。綾斗は何のことを言っているか理解できていなかったため、頭に疑問符を浮かべているがユリスにはどうでもいい。

 今すぐここから抜け出したいがために強い語調で言い放つ。

 

「ハンカチのことが不可抗力だったことは認める。だから今回のことは貸しにするといったんだ!」

 

「全く相変わらずですね、あなたは

 もう少し素直になったほうが行きやすいと思いますよ」

 

 綾斗はそれを聞いて貸し借りだけの関係とは少しドライ過ぎないかと感じていた。

 それもクローディアは見越していたのか呆れたようにユリスにそう言った。にこやかな表情を崩した姿にユリス以外は驚いていた。

 幼いころに面識が幾ばくかあった自分には表情を崩すことがあることを知っていたユリスは驚きはない。むしろ食って掛かる。

 

「余計なお世話だ。私は十分素直だし、人生に何の支障もない」

 

「あら、でしたらタッグパートナーはもうお探しになられたのですね?」

 

「う……そ、それは……」

 

 ユリスは視線を逸らした。何ともわかりやすい。

 クローディアは常にこれくらい素直でいてほしいと願うばかりだ。さながらユリスのお母さんである。余計なお世話と言われるのもわからない話ではない。

 クローディアの言うパートナーとは《鳳凰星武祭(フェニクス)》のルール上二対二という形式上、必ず必要となってくる。

 

「《鳳凰星武祭》のエントリー締め切りまであと二週間です。あまり余裕はありませんよ?」

 

「わかっている! それまでに見つければいいんだろう!」

 

「あらあら」

 

 肩を怒らせてズンズン進む姿はまるでお姫様とは思えない。

 それを見たクローディアは駄々をこねる子供を見守る母親の目でユリスを見送った。やはり彼女にとっては大きなお世話である。

 

 

 

 

 

 ユリスが寮に戻った後、ユリエルとネストルは綾斗たちと別れた。

 大学部校舎と高等部校舎は別の場所になっているからである。

 星導館学園は中等部校舎、高等部校舎、大学部校舎に分かれている。その中でも学生数の多い高等部が最も大きい作りになっており、この三棟は広大な中庭を囲むように立っている。

 クラシックな作りだった女子寮に比べて、校舎は広大で近未来的だ。

 

「ああ、そういえば知っているかい? 少し前にすごい突風が吹いて洗濯物が飛ばされたり、屋根が吹き飛んだらしいよ」

 

 そう言ってネストルは端末からニュースのウインドウをユリエルに見せる。そこに映っていたのはレヴォルフ黒学園付近の外縁居住区を突っ切り、クインヴェール女学園付近の居住区及び商業エリアを中継し、星導館学園近くの居住区の屋根が壊れていたり、洗濯物が散乱したりするといった概要の記事と写真が映し出されていた。

 それを見たユリエルはだらだらと冷や汗を流した。それを不審に思ったネストルが声をかける。

 

「ユリエル?」

 

「そ、そうか。すごい突風だったんだな。うちの洗濯物も飛ばされてないといいが」

 

 彼はそう言ってごまかした。



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Steps

あれ? どうしてこうなったんだっけ?


 今日は休日、ユリエルは商業エリアにて待ち合わせをしている。

 相手は表向き護衛対象であるシルヴィア・リューネハイムだ。実質アスタリスクで二番目に強い彼女に護衛などいらないともわれるのだが、二番目に強いと言われているのは表側での話。アスタリスクの裏側となると話は違ってくる。

 アスタリスクの裏、即ち闇の側面に当たるわけだが、《蝕武祭(エクリプス)》と呼ばれる違法大会や、各企業の利益を最優先とする諜報機関を用いた暗躍、《翡翠の黄昏》後に放置された再開発エリアなど、叩けば叩くほど埃が出るのがアスタリスクの裏側である。

 

「やっほー、待ったかな?」

 

 よく通る美声がユリエルの鼓膜を震わせた。

 ユリエルが目を向ければジーンズとブラウス、大きな帽子を身に纏った地味な服装をした茶髪の少女だ。だが、顔立ちは美少女そのもの、もう少し着飾れば周りから注目を浴びる美少女になることは間違いない。

 とは言え彼女はこれ以上注目を浴びる必要はない。すでに彼女の名声は世界に轟いているのだから。

 

「シルヴィか、そこまで待っていない」

 

「そこは今来たところって言うべきじゃないかな?」

 

 そう言って彼女はユリエルの対面に座る。

 

「三十分ほど前にはここに来ていたからな。流石に無理があるだろう」

 

「それはそこまでの内に入るのかな……」

 

 シルヴィア・リューネハイムその人である。髪色をごまかす道具を使っているため、紫色の髪が茶髪になっているのだ。

 ここは商業エリアにある人気のない場所でひっそりとやっている喫茶店であり、シルヴィアもお気に入りに喫茶店。隠れた名店というやつだ。

 

「外縁居住区にいる義妹の家にいてな。本来は寮にいるのが普通なんだが、休日の日だけは許可をもらってある」

 

 そう、本来なら寮生活が義務付けられているが、《冒頭の十二人》の権力やらなんやらで休日だけ許された。レヴォルフ黒学園は《冒頭の十二人》に入ると寮生活ではなく、アパート等で暮らせるようになる。他の学園と比べても自由が利くのだ。

 

「まぁ、家族と暮らす時間も嫌いじゃないんだがな。あいつらは如何せん騒がしすぎる

 その点、ここは落ち着けるしな。お前にも感謝している」

 

「ふふふ……そうなんだ。そこまで気に入ってくれたってなると私も嬉しいよ」

 

 ここを紹介したのはシルヴィアだ。

 ユリエルがペトラ及びシルヴィアと正式に契約を結んだ日の後、依頼内容に沿い護衛を任さた時に待ち合わせとしてこの喫茶店を紹介してもらい、以降よくここを集合場所としている。

 

「それで、今回も人探しか?」

 

「ううん、今日は別件」

 

 シルヴィアの探し人は二人。一人は見つかったが、未だにもう一人が見つからない。その一人は《蝕武祭》にも出場していたらしい。

 生死問わずのデスマッチ。死ぬか意識を失うかのどちらかでしか勝敗が決まらない。その危険性と狂気はおおよそ表側で行えることではなく、その悪質さ故に星猟警備隊によって叩き潰された武闘大会。それが《蝕武祭》だ。

 見つかった一人も一人で記憶を失っている状態である。まだ彼女は救われない。

 

「明日から私は欧州ツアーライブがあるからね。骨休めに買い物に付き合ってよ!」

 

 遠回しに買い物と言ったが要はデートである。それどころか愛称呼びだ。

 至高の歌姫からのデートとは誰もが発狂して喜ぶところだが彼は違う。彼は異性と買い物をすることをデートと思わない。否、考えとしては浮かぶのだが、彼はそれに確信を持たない。

 

「まぁ、休むことも必要だろう。構わないぞ。」

 

「むぅ……、女の子と買い物なんてデートと同じだよ? もう少し喜んでくれないと私も自信なくすなぁ……」

 

 シルヴィアはわざとむくれたように頬を膨らませ、非難するような目でユリエルを見た。

 

「む……、面と向かってデートなどと言うな。流石に恥ずかしい」

 

「なっ……!?」

 

 無表情のまま顔を赤らめてそういう彼にシルヴィアは少し不意打ちを喰らった気分になる。180センチある長身の青年がそうしているとシュールではあるが、元がいいのだから絵にはなっている。その姿に見惚れていたことと相まって、自分の言ったことが如何に恥ずかしいことかを理解し、彼女もまた顔を紅くした。

 二人そろって仲のいいことに、カウンターでグラスを拭いている店主(マスター)もニッコリだ。

 それを受けてさらに顔を紅くするのはシルヴィア一人だけだ。少しどころかかなり常識から外れているユリエルはその意味に気付かない。

 

「もう行くよ」

 

「む? まて会計が……」

 

「先に行ってるからね」

 

「すまない店主、後で釣りをもらいに来る」

 

 ユリエルは万札をテーブルに置くとシルヴィアの横に並ぶように歩く速度を速める。それをニコニコと初老の店主は見送った。

 

「気を付けていってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

「う~、まだ顔が赤いよ」

 

「どうした? 熱でもあるのか?」

 

 真っ向から言われなければ別に何とも思わない。というかそう言う風に考えない彼には、微笑ましくみられると言う行為がどれだけ恥ずかしいか理解できない。

 そんな彼はシルヴィアの顔が赤いことに疑問を持ち、心配して声をかける。

 

「なんで君は大丈夫なのかな……」

 

 深く被った帽子の端から見たユリエルの顔は既に赤見が抜け、いつも通りの無表情だ。

 余りの理不尽にシルヴィアはそう愚痴った。

 彼女が言い出しっぺと言うこともあり、中々彼を責められないのも痛いところである。

 

「明日は欧州ツアーなのだろう? 大丈夫か? 寮に戻ったほうが……」

 

「ううん、大丈夫だから。少しすれば元通りだって!」

 

 さっきよりも真剣な雰囲気で顔を近づけてくる青年に、至高の歌姫もたじたじだ。手と顔を横に振りながら必死にごまかした。

 集合した直後に寮に帰る選択を迫る彼には多少なりとも負けた気分になる。先程のことと言い、大分負かされている気がするシルヴィアであった。

 

「……」

 

「……」

 

「なぁ……」

 

「うん、着けられてるね」

 

 シルヴィアの顔の赤みが収まり大通りにさしかかろうとした時、二人はふいに誰かにつけられている気配を感じた。正確には喫茶店を出てから気付いていたが、それでは早計だと思い、わざわざ遠回りをして大通りに出ようとした。が、未だに追手が消える気配はない。

 

「四…五人か……

 いずれも女性だな」

 

 ユリエルは路地の角を曲がった際に吸着型リコンを投げつけた。リコンとは敵の位置、及び情報を解析する偵察用の機器だ。リコンの偵察範囲内の情報は全てユリエルの脳内に送られる。

 

「あぁ……、多分ルサールカの子たちかな」

 

「あのロックバンドの?」

 

「うん、多分私の弱点でも探りに来たんじゃないかなぁ?

 あの子たちってばよく私に決闘挑んでくるから」

 

「ほう? では彼女たちから巻くのも仕事の内に入るのか?」

 

「そうなるのかな?

 それじゃぁ、よろしくね。私の王子さま?」

 

 シルヴィアは可愛らしくウインクしながらそう言った。反撃の意味も込めての言葉だった。負けっぱなしは性に合わない。存外負けず嫌いな歌姫様である。

 その言動にユリエルは低い声で唸ることしか出来ない。王子様と言われたからには()()()()行動をしなくてはならないのかと思案しているのだ。

 何ともおかしなところで気を遣う人間である。

 

「どうしたの?」

 

 何やら悶々と考えているユリエルのシルヴィアが声をかける。若干、楽しんでいるようにも見える。

 だが次の瞬間、シルヴィアの膝裏に手が差し込まれ、一瞬の浮遊感を感じた後に建物の屋上にいた。ちなみに地面に足はついていない。これが何を意味するのかと言うと―――

 

「えっ!?」

 

 お姫様だっこである。現状を一瞬で理解した彼女は顔をまたしても真っ赤に染めた。

 デートだとか強気なことを言う彼女は、それでも身持ちが固い少女である。こんなことをされれば当然恥ずかしい。乙女心が絶賛暴走中となるのだ。

 下で聞き覚えのある少女たちが困惑する声が聞こえてきても、気にならないレベルで羞恥を感じている。

 

「む? 王子様と言うのはこういうものでは無いのか?」

 

 大体この行動をとったのはユリエルの間違った知識の所為である。

 プリシラの持つ漫画、日本と言う国家で生まれたサブカルチャーの弊害であった。

 

「あの、もういいから下ろしてくれないかな?」

 

 ルサールカの少女たちも居なくなり、静けさだけが残った。そんな路地裏で羞恥に堪えた少女の声が響く。屋上からすでに降りたシルヴィアとユリエルは横抱きの状態から動けていなかったのである。

 艦所の声を聞いたユリエルはその言葉を待っていたかと言わんばかりに、すぐにシルヴィアを下した。だがその動きは落ち着いていて、かつ彼女を気遣うように優しい。

 そんな彼にシルヴィアは既に完敗といった表情だ。彼女自身、もう何と戦っていたのか分かっていないが。

 

「かなり時間を食ったな。骨休みだというのに疲れただろうし、落ち着いて昼食にするか」

 

「うん、そうだね……」

 

 シルヴィアも疲れた様子で頷いた。彼女はきっとユリエル以上に気苦労を重ねていることだろう。何故か負けた気分になっている彼女は相当に。

 そのまま大通りに出て近くにあったハンバーガーチェーン店に入る。アスタリスク郊外にもある有名な店舗だ。アメリカ生まれのジャンクフードは至高の歌姫様の口に合うようで、嬉々としてはいっていく。

 

「にしても意外だな」

 

「何が?」

 

 ユリエルは普通のハンバーガーとアイスコーヒー、ポテトといかにもジャンクフードらしいものに舌鼓を打っていると不意にそう漏らした。

 

「いやなに、こういう所を選ぶことがだな」

 

「それはまぁ、私だって昔はよく食べたりしてたからね。たまには食べたくなるよ」

 

 そう言うとシルヴィアはチキンを挟んだハンバーガーに齧り付いた。

 そうして他愛のない話をしていると、隣の席に誰かが座った。その者たちはユリエルに気付くと、たまたま会ったという風に驚いた声を上げた。

 

「オーエン先輩?」

 

「む? お前は確か……」

 

「高等部に転入してきた天霧 綾斗です」

 

「もうその様子だと知っているようだが、ユリエル・ノークス・オーエンだ

 ユリエルでいい」

 

 綾斗はそう自己紹介して、会釈する。

 それに応じてユリエルも軽く自己紹介をする。初対面の時があまりに酷すぎたのか、少々不安そうだったが、人柄が分かるとぎこちなさをなくしていく。

 綾斗の対面に座っていたユリスも、学校で聞いていた人柄と違うことに驚きながらも挨拶を交わしていた。

 

「ユリエルくん? そっちの方たちは?

 仲間はずれは寂しいなぁ」

 

「ああ、すまない。こっちはシル……」

 

 放置されたことにムッとしたシルヴィアに対し謝罪した後、紹介しようとしたが名前を出す瞬間に背中を冷汗が流れた。

 目の前の少女がスパースターであることを忘れていたのだ。名前を出し切る前に気付いてよかったと安堵していると、綾斗とユリスが怪訝そうな表情でユリエルを見ていた。そのことに我を取り戻すと、咄嗟に思い付いた名前を告げる。

 

「こっちはシルヴィア・スヴェントだ。」

 

「っ!?」

 

 急に覚えのある名前で呼ばれた彼女は息をのんだ。

 それも一瞬のことで、瞬時に微笑んで綾斗とユリスに自己紹介をした。

 

「シルヴィア・スヴェントです。二人ともよろしくね!」

 

「? よろしく」

 

「よろしく頼む」

 

 どうやら不審に思われずに済んだようだった。

 シルヴィアは内心とても驚いていた。顔の笑みを張り付けているが、心拍数はすごいことになっている筈だ。それほどまでに彼女は驚愕した。

 彼に探し人である彼女のことは教えていないのに関わらず、その名前が出てきたのだ。彼女は己を焼き焦がすような焦燥感に駆られていた。

 

 

 

 

 

「不意打ちかぁ……。良くないなー、そういうのは」

 

 自己紹介が終わった後、彼らは軽い談笑に耽っていたが綾斗の真剣な話に空気を入れ替えていた。話はユリスが襲われた一件となる。

 綾斗が転入して来た際にはユリエルとネストルも狙われたが、それ以降の襲撃はなかった。即ち元々ユリス狙いだったというわけだ。

 それもクローディアの憶測によれば他の学園の手引きという可能性が一番高いということだった。

 

「そんなわけで、しばらく一人での外出や決闘は控えたほうがいいと思うんだけど……」

 

 綾斗がそういうが断るの一言で切って捨てた。綾斗も予想の範囲内だったのか、「だよね」としか言えないようだ。

 

「私の道は私が決める。私の意志は私だけのものだ」

 

「ほぉ、相変わらず勇ましいじゃねぇか」

 

「……レスターか。立ち聞きとはいい趣味をしている」

 

 二メートル近くある大柄な男が現れた。レスター・マクフェイル、星導館元序列九位だ。元九位と言う数字で分かる通り、ユリエルに決闘で敗北し序列外へと転落している。

 その前にも、ユリスに苦汁を飲まされており、ユリスとユリエルを目の敵にしている。なお今はユリエルに気付いていないようだ。

 

「聞いたぜ。謎の襲撃者とやらに襲われたらしいな。少し恨みを買いすぎじゃねぇのか」

 

「私は人に恨まれるようなマネはしていないぞ」

 

「わからんな。私はなにも間違ったことはしていない。それで敵となる者がいるのなら、相手になるまでだ」

 

「はっ、大した自信だな。だったら今ここで相手になってもらおうじゃねぇか」

 

「何度言えばその脳みそは私の言葉を覚えるんだ? もはや貴様の相手をする気はない」

 

「いいからオレと戦えってんだよ!」

 

 レスターは声を荒げて、その太い腕をテーブルをたたき割らんとする勢いで叩きつける。その音と怒鳴り声で店は一気に静まり返った。

 彼の後ろいた取り巻きらしき二人が止めにかかるが、耳に届いていない。

 

「そのくらいにしておいたほうがいいんじゃないかな?」

 

「てめぇは黙ってろ……!」

 

 綾斗の声も黙れと一括する。

 だがそれでも綾斗は止まらない。飄々とした雰囲気を崩すことなく続ける。

 

「そうはいかないよ。先日ユリスが襲われた状況を知らないのかい?」

 

「なんだと?」

 

「今ここでユリスにケンカを売るのは、ユリスを襲った連中とみなされても仕方のないってことさ」

 

 ここで綾斗はレスターの地雷に踏み込んだ

 今度こそユリスから綾斗に視線を移し、怒鳴り散らす。

 

「ふざけるなっ! 言うこと欠いて、このオレ様がこそこそ隠れ廻ってるような卑怯者共と一緒だと!?」

 

 完全に頭に血が上ったのか、綾斗の襟首を掴み上げようとした。だがそれをシルヴィアの手が阻んだ。その細腕は間違いなくその剛腕を止めている。

 レクターは渾身の力を込めて振りほどこうとするが、まるでびくともしない。

 

「プライドが高いことが悪いことだとは言わないけど、でもそうやって暴力に頼るのはよくないよ?」

 

「何なんだてめぇは!? 」

 

 もう片方の腕で今度こそ彼女を吹き飛ばそうとするが、その腕に激痛が走る。

 

「お前、誰に手を出そうとしている?」

 

「てめぇ……、《斬哮の龍帝》!」

 

 低く凍えるような声がレスターの耳に届いた。

 視界にユリエルを入れれば彼の無表情の顔が見て取れた。レスターの怒りは落ち着くどころか、勢いを増すばかりだ。

 そのすかした面が気に食わない。自信のあった力を叩きつけても何食わぬ顔で受けて止めて見せる。それだけの力があってなお九位に甘んじるその姿勢、それら全てが気に入らない。

 自分のいた五位は、九位はそんなところではないと彼は思っている。より高みへと行き着くための《冒頭の十二人》だ。決して道楽なんぞで入られたら許せるものでは無い!

 

「ならてめぇが相手をしろよ《斬哮の龍帝》。そしたら……!」

 

 ここは引いてやる。そう続けようとした言葉は喉元に突き付けられたダガー型煌式武装によって止められた。シルヴィアでさえ、手がぶれたように見えたその一連の動作を(じか)で感じたレスターはどうだろうか。

 

「今のが見えたか? 見えないのなら止めておけ。俺には勝てんし、今のお前は―――」

 

 レスターは震えていた。恐怖ではなく、己のふがいなさ故に。

 何故だ? 何故勝てない? ひたすらに強くなることを求め、怠ることなく鍛錬を積んできた自分がなぜ負ける?

 自信のあった膂力ですら負け、自分より体格も小さく、《魔術師》としての力も持ちえないだろうこの男と何が違う?

 自問しても答えは出ない。

 レスターはまだ理解できていない。彼らにもそれぞれの戦いがある。それぞれの生い立ちがあって、譲れない願いがある。何物にも代えられない何かがある。それを自分だけが持つと決めつけ、他人の力を受け入れられない。

 だからこそ今のレスターは―――

 

「弱い」

 

「クソがぁ!」

 

 それを叩きつけられたレスターは肩を震わせて出て行った。

 取り巻き二人もまたそれに倣い付いていく。

 後には少し荒らされた店内と、静寂だけが残った。

 

 

 

 

 

「すまなかったな。そこまで休めなかっただろう」

 

「ううん、大丈夫。キミのカッコいい姿も見れたし、言うことなしだよ」

 

 申し訳なさそうに言うユリエルに、シルヴィアは笑顔でそう言った。

 日は沈みかけ、空には暗がりが広がっている。既に街灯の明かりが付き本来暗い道のりを照らしている。そんなクインヴェール女学園への道のりを二人は歩いていた。

 綾斗とユリスはハンバーガーチェーン店で別れている。

 

「でも、そうだね。キミが良ければまた一緒にデート、行ってくれる?」

 

 クインヴェール女学園の門の前につくと、横を歩いていたシルヴィアが前に出る。帽子を取って髪の色を戻した。美しい夜明けの色。それを振りまきながら手を後ろに組み、ユリエルに向き直ってはにかみながらそう言った。

 街灯に照らされ、スポットライトを浴びるかのように輝く彼女に、ユリエルの心は震えた。

 

「! ……ああ、喜んで」

 

 

 

 

 

「全く、キミには適わないなぁ……」

 

 シルヴィアが久しぶりに見た微笑む彼の笑顔は、月明かりに照らされ何物にも代えられない宝物のように美しかった。




バトルどこに行ったのー


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Dragon Dive

この作品における最大の被害者はレスター、これに間違いはない
まぁ、9の位置にいるんだもの、仕方ない


「ねぇ、夜吹」

 

「おーどうした天霧?」

 

「ユリエル先輩のことなんだけど……」

 

 夜、星導館学園男子寮二一一号室にて二人の男子生徒が話していた。

 一人は綾斗でもう一人は顔に目立つ傷のある少年、夜吹 英士郎だ。英士郎は新聞部部に所属しており、様々な情報を持ちそれを売ったりして金を稼いでいる。

 アスタリスクの学生は、本気で《星武祭》での活躍を目指す学生と、《星武祭》を疾うに諦めた学生の大きく二つに分けられる。

 前者は言わずもがな、後者は何をしているのかと言うと、《星武祭》以外の楽しみを見つけるのだ。英士郎の場合はそれが新聞部だということだ。

 ちなみに外部の報道陣が扱っている写真なんかは、その殆どが彼らの売り出しているものだ。

 

「《斬哮の龍帝》先輩か?」

 

「そうそう、序列九位の」

 

「ユリエル・ノークス・オーエン。星導館大学部一年で序列九位の《冒頭の十二人》。九位に上がってからの使用武器は極大剣型純星煌式武装《龍脈の血剣》。その前は直剣型煌式武装を使用。こんなところだな」

 

「? 随分と少ないね」

 

 綾斗は疑問の声を上げた。

 前にレスターのことを聞いた際には戦闘スタイルまでは出てきたはずだ。それと弱点や長所も挙げていた。ネットで上がっている情報だけではあるがそこまで少ないのだろうか。

 それを聞くと英士郎は渋い顔をする。

 

「あの人の情報はな、あまり外に出回ってないんだよ。だから無償で教えられるのはこれまでだな。

 で、どうする? 今回は物がモノだけにちぃとでっかいモン貰っていくぜ?」

 

「ははは、お手柔らかに頼むよ」

 

 苦笑いを浮かべながらそう言った綾斗に、英士郎は「まいどありー」と言って空間ウインドウを開いた。綾斗がユリスとレスターの関わりについて聞いた時と同じく動画のようだ。以前と違うのは途中からと言うことだろうか。

 ユリエルが無表情を崩さず、ひたすらにレスターの攻撃をいなしている。その動作は一切無駄がない。まるで流れるように斧型煌式武装が直剣型煌式武装の上を滑っていく。

 

「これは決闘の時のもんだぜ。公式序列戦じゃなくて普通の決闘だ。つい二か月前のな」

 

「普通の決闘? レスターがユリス以外の決闘を受けるとは考えにくいけど」

 

 しかもレスターに勝つ前となると《冒頭の十二人》には入っていないはずだ。綾斗は知らないが『在名祭祀書』にも乗っていなかった。

 

「聞いた話によれば煽ったらしいんだよ、先輩が」

 

「ユリエル先輩が?」

 

 あり得ないといった風に綾斗は声を上げた。

 つい今日の昼にハンバーガーチェーン店で会い、その人柄に触れた彼からすると考えられなかった。ユリエルは他人を下に見る言動はしないような人間だと彼は感じていた。

 

「なんとも、お前になら手加減しても(手の内を隠しても)勝てそうだと言ったらしい」

 

「ははは……」

 

 綾斗にはユリエルの言わんとしていることが何となく理解できた。昼時のことを考えればなんとなく納得がいった。シルヴィアの言っていた誤解を招きやすい言動と言うのがここに出ているのだ。それの所為で綾斗やユリスがどれだけ気が動転したことか。

 

「まぁ、ホントに手加減して勝っちまうんだから、手が負えないんだよな」

 

 英士郎がそう言った矢先にレスターの斧の刃が二倍近くに膨れ上がる。それは斧と言うより最早大槌だ。流星闘技(メテオアーツ)、マナダイトに星辰力を送り込むことにより煌式武装の出力を上げるもの。それは煌式武装の調整やそれ相応の修練が必要となる。

 

『喰らいやがれ!』

 

 裂帛の声を上げ、斧を叩きつける。それにユリエルは剣を上に掲げて難なく防いだ。それも片腕で、いなすことなく真正面から受け止めて見せた。

 それには綾斗も驚いた。昼間のことも先程の映像もあって、ユリエルは技量とスピードで戦いを行うものだと思っていた。だが、よくよく思い返してみれば極大剣も扱うのだから、力が強くても可笑しくはなかった。

 それでもそれは今考えればの話であって、当時のレスターにはどう映ったのだろうか。

 ユリエルはそのまま力尽くで斧を弾き飛ばし、そのまま首元に剣を突き付けた。それにレスターは降参した。

 

「えげつねぇよなぁ、先輩。技量重視の戦いと見せかけておいて、実は馬鹿力でもありますなんて絶望もんだぜ」

 

 英士郎は空間ウインドウを閉じると呆れたようにそう言った。

 そして綾斗にある事実を突きつける。

 

「しかもこれ、先輩が転入初日の日だぜ?」

 

「ええ!? 」

 

 流石に転入初日に《冒頭の十二人》に挑むなど正気沙汰じゃない。と、そこまで考えたところで綾斗は、自分も挑まれたとはいえども同じ穴の狢だということに気付いた。

 

「しかもあの煌式武装、うちの整備局のもんじゃない。聞いたところ、落星工学研究会のところでもないらしい

 もしかしたらアルルカントからの人間かもしれないって噂も流れてるくらいだぜ?」

 

 それほどまでに高度に調整された煌式武装らしい。映像越しではわからないが、落星工学研究会の人たちまでそういうのなら、それほどまでに強力な煌式武装なのだろう。

 装備局の者たちよりずっと腕もよく、カスタマイズも請け負う彼らに言わせるとは、学園随一の技術力を持つアルルカントの関与を誰もが疑うだろう。

 

「謎を追えば追うほど謎が増えるのがあの先輩ってわけだ。まぁ、アルルカントの人間ってのはあり得ないだろうがな」

 

 原則的に六学園の生徒は他校に転校できないためだ。

 そのまま英士郎はすらすらと知っていることを話し始めた。曰く、アスタリスクの上位に立てる位の実力があるとみている人も少なくないらしい。

 

「順位がすべてじゃないってことさ。《冒頭の十二人》の中にも相性ってもんがあるからな。九位だからって甘く見ないほうがいいぜ?」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 ユリスも言ってたことだった。

 戦い方、《魔術師》や《魔女》としての属性など様々だ。

 一見、《魔女》や《魔術師》などは他の星脈世代と比べて優れているように見えるが、対処もされやすく能力に星辰力を扱うために防御の点で脆くなる。例外もいるがとても希少だ。

 

「んじゃ、こんなところだな。明日の昼飯、でっかいの貰っておくから覚悟しておけよ!」

 

 次の日の昼食に綾斗の主菜がなくなった。

 英士郎曰く、この映像は学園外部には流さないように、ユリエル直々に金を積まれているらしい。しかも彼しかこの映像を録った人が居なく、「こんなもんで見られたんだから感謝しろよ」とのことだった。

 

 

 

 

 

『こんにちは、ユリエル先輩。お時間よろしいですか?』

 

「生徒会長か、構わないが」

 

 人気のない喫茶店、昨日シルヴィアとデートの待ち合わせに使った場所だ。気に入ったとユリエルが言った通り、放課後もここに入り浸っていた。

 ゆったりと情報端末に目を通しながら珈琲を啜っていると、空間ウインドウが開かれる。目の前には星導館学園の生徒会長、クローディアの顔が映し出されていた。

 

『今回は便利屋としてのあなたに依頼があってお電話させていただきました」

 

「襲撃事件の足掛かりでも掴めたか?」

 

『察しが良いようで何よりです。場所は再開発エリアの外れ、ユリスと綾斗が既に向かっています。犯人であるサイラス・ノーマンの確保をお願いします』

 

「分かった。《影星》を動かさないのか?」

 

 《影星》は星導館学園、運営母体である「銀河」の保有する諜報機関だ。

 それを動かすということは企業と学園が本腰を入れるということだ。それにはまだ及ばないのか、クローディアは首を横に振った。

 

『まだです。ノーマンくんは恐らくアルルカントとの繋がりを持っているのでしょうが、まだ確証がありませんから』

 

「そうか、なら俺はもう行くぞ」

 

『はい。くれぐれも、殺さないようにお願いしますよ?』

 

 クローディアがそう締めくくると同時に回線が切れた。

 冷め切った珈琲を一気に飲み干すと、彼は席を立った。

 カウンターでグラスを拭いていた筈の店主は消え去り、すでに前回のお釣りから今回呑んだ珈琲の値段を引いた差額がカウンターに置いてある。

 

「感謝する」

 

「お気をつけて」

 

 ユリエルがそう言って店を出る瞬間に、そう声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 痩せ気味の少年、サイラス・ノーマンが、ユリスを抱えた綾斗に恐れをなすかのように後ずさった。先程までユリスとレスターを難なく倒して見せた彼は、平静を装うと務めているが動揺を隠せない。

 

「次はこちらも本気で行かせてもらいますよ……!」

 

 大量にいた戦闘用の擬形体(パペット)が隊列を組むかのように動いた。前衛が槍や斧といった長物の武器を持つ人形たちが、後衛を銃やロングボウといった射撃武器を持つ人形たちが並ぶ。そして後衛の者たちを守るかのように、手軽な武器を持った人形が立ちはだかっていた。

 そしてサイラスは己がプレイヤーだと言わんばかりに、その最後尾に鎮座する。自分が如何にも指導者であるかのように手を広げて言い放つ。

 

「これぞ我が《無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)》の精髄! 一個中隊にも等しいその破壊力、凌げるものなら凌いでみせろ!」

 

「ほぉ? 木偶を並べた程度で策士を気取るか」

 

 穴の開いた天井から声が響いた。嘲笑とも取れる声にその場にいた誰もが上を向く。その時には紅黒い剣閃が人形たちを間引いていた。

 一瞬だ、その一瞬で隊列には致命的な穴が開いた。その剣、その二つ名に相応しい龍のごとき一撃。それは確かにこの廃ビルにいる者たちを震撼させた。

 

「「ユリエル先輩!?」」

 

「馬鹿な……、《斬哮の龍帝》!?」

 

 ここにいる三人はその者の来訪に驚いた。人形の群れの中で、あまりに巨大すぎる大剣を肩に担ぐユリエルに目を見開いた。

 それに一早く反応したのはサイラスだった。

 

「何故です!? 何故こんなにも早く……!? それよりもなぜここが!?」

 

 それにユリエルは鼻で笑った。

 そして袖に仕込んであったダガー型煌式武装を取り出し、起動し、そして投射した。《冒頭の十二人》の三人が奇襲を受けた時の様に、人形たちの合間を縫ってサイラスの脚部に突き刺さる。

 

「ぐお……!?」

 

 星辰力の守りすら易々と貫いて刺さったソレに、サイラスは苦悶の声を上げた。そのダガーを引き抜こうとしても抜けることはない。更に傷口を広げ、さらに血を噴出させる。その形は如何に深く刺さり、抜けにくく、痛みを与えるかに特化したものだった。

 さらにそれの柄の部分は赤く点滅している。それにサイラスも気づいたようだ。

 

「これは……」

 

「俺やネストルがお前の人形に奇襲をかけられたときに投げておいたものだ。気付いたようだが、それには発信機のような役割もついている

 スケープゴートにしようとした人形にずっとくっ付いていたようなのでな。お前の行動はは殆ど筒抜けだったということだ」

 

「ならばなぜ今になって!?」

 

「事が動かなければ意味がないからな。それに俺はあの時以外に襲われてはいない、だがユリスと綾斗が狙われたということを昨日の内に聞いている。それに丁度ダガーの刺さった奴の場所と時間が、襲われた時と一致している

 ならば同一犯であり、狙いはユリスということまで絞れるということだ」

 

 そこまで言われるとサイラスは押し黙った。

 

「ここで俺とネストル、ユリスの違いを比べた際に一つだけ違うことがあった。それは《鳳凰星武祭》に出場しないこと。ここまでくると話は簡単だ」

 

 サイラスは震え出した。

 何故かは分からないが、何かが彼を苛立たせていた。

 

「その擬形体はアルルカントの物だな。しかも戦闘王擬形体となると《彫刻派(ピグマリオン)》か。何の理由があるんだか知らないがユリスを《鳳凰星武祭》に出さないようにすることが目的のようだが……」

 

 サイラスは星辰力を自分と繋がっている人形たちに流し込む。

 目には明らかな憎悪と怒り、醜悪な感情が浮かんでいた。最早この男は生きて返さないと言わんばかりに殺気を内包している。

 

「まぁ、半端に賢しい奴に任せたのが失敗だったか」

 

「黙れぇぇぇぇッッッッッッ!!」

 

 ついにその感情が爆発した。

 嘲るような言い方が、完全にサイラスの怒りに火をつけた。

 立ちっぱなしだった周りの人形が一斉にユリエル目がけて殺到する。それを見たユリスは既視感のある行動に危機感を覚え、綾斗に向かうように伝えるも杞憂となった。

 

「無駄だ」

 

 《龍脈の血剣》が赤黒い炎を纏い、刀身が強烈な光を発する。

 それは龍のが吠えるかのように勢いが強く、余波だけで鉄骨やコンクリートが溶けていく。そして次の瞬間、さらに強い光が放たれた。

 流星闘技―――!

 彼らがそう感じた時には殆どの人形が地に伏していた。胴体から上が両断され、それらはすべてガラクタとなり果てていた。

 ドラゴンダイヴ。彼の扱う流星闘技だ。

 

「ですがこれは人形! 同じ人間と思ってもらっては……」

 

 人形全てを切り捨てられたとしても、なお虚勢を張るサイラスだったが違和感に気付いた。人形が自分の指示に応答しないのだ。

 サイラスの能力は印を刻んだ物体に万能素で干渉し、操作すること。たとえそれがどんなに複雑な構造であろうが、自由に操ることができる。

 そう言う能力の筈なのに、なぜかその印を刻んだ人形たちはサイラスの指示に従わず、動かない。

 

「ああ、まだ公表されていないようだが《龍脈の血剣》の能力は捕食。この能力は物体だけでなく星辰力、万能素も喰らう。無論お前の能力も例外なくな」

 

 ユリエルがそういうと平静を装っていたサイラスが取り乱した。

 

「くそっ、だが僕には奥の手がある! 行け、クイーン! 」

 

「五臓を裂きて四肢を断つ―――天霧辰明流中伝”九牙太刀”!」

 

「なぁッ!?」

 

「俺が居ること忘れてない?」

 

 今までの人形より五倍はあろうかという大きさの巨体。腕も足もこの廃ビルの柱ほどの大きさ持つ、体型は人型というよりはゴリラに近い人形。

 サイラスの後ろにあった瓦礫からそれは姿を現すも、綾斗の剣術で四肢を裂かれ胴体を抉られた。ユリスもサイラスもその剣戦が見えなかったのか声も出ない様子だった。

 

「そこで待っていてもよかったのだが?」

 

「流石に先輩だけに任せるのはちょっと……」

 

 そこまで言うと急に綾斗の目が険しくなった。サイラスが逃げ出そうとしている。

 何とか自分と繋がっている人形の残骸を探し当て、それに乗って飛んでいく。中々に素早い。怪我の痛みをこらえて星辰力のコントロールにすべてを費やしている。火事場のバカ時からとでもいうのだろうか、今までで一番俊敏に人形が動いているように見えた。

 

「ごめんユリス、ちょっと追いかけてくるから、ここで待っていてくれるかな」

 

「それはいいが間に合うのか?」

 

「……正直微妙な所だと思う」

 

 サイラスは既に最上階まで到達している。これを逃がすとなると厄介なことになるだろう。サイラスもこっちに気をかけている余裕がない様で、がむしゃらに突き進んでいる。

 

「ふん、だったら私の出番だな」

 

「え……?」

 

「言った筈だぞ?足手まといになるつもりなどないとな!」

 

 ユリスは不敵に笑う。まさに自分の本分を果たせることに嬉しそうに笑っていた。

 星辰力を集中させる。まだ星辰力には余裕があるのか、疲れた様子は見せない。

 

「咲き誇れ―――極楽鳥の橙翼(ストレリーティア)!」

 

 そう唱えると綾斗の背中に万能素が集約し、何枚もの炎の翼が広がった。それはすぐに羽ばたき、綾斗とユリスを空に浮かべた。そしてサイラスを追いかける為に先程以上に強く羽ばたく。

 

「ユリエル先輩は待っていてください! 直ぐに片づけてきます」

 

 ユリスはそう言うと爆発的な加速で屋上を飛び立っていった。その速さはサイラスの人形とは比べ物にならない。もはやサイラスに抵抗する力もない筈だ。

 そのまま捕まえてくれると助かるのだが……。そこまで考えたところでサイラスが地に落ちていくのをユリエルは見た。

 それにユリエルは溜息を吐くと、屋上から飛び降りた。依頼は捕獲、サイラスを倒すことではなかった。

 

 

 

 

 

 再開発エリアの路地裏でサイラスは壁に身を寄せながら、体を引きずるように歩いていた。綾斗に落とされた際に人形の残骸をクッションの代わりにしたが、それでも骨は何本か折れている。身を裂く痛みが彼を常に襲っていた。

 それでも動かなければならない。

 《影星》はすでに動き出していたからだ。恐らくアルルカントとの繋がりがばれたからだろう。このネタを「銀河」が逃すはずもない。

 出せるだけ情報を抜き取ってから、おそらくは処分されるだろう。

 

「くそっ! なぜだ! なぜ出ない……!」

 

 一刻も早くアルルカントの人間に保護されなければならないのに、連絡用の携帯端末はまるで繋がらない。電話に出られないという旨が機械音声で伝えられているだけだ。それを何回と繰り返しながら、迫りくる悪夢から逃れるために震えを抑えた声で悪態をつく。

 

「僕が捕まって困るのはあっちも同じだろうに……!」

 

「まだ気付かないか、お前は所詮捨て駒だ」

 

 サイラスに恐怖を植え付けた男の声が風を切る音共に鼓膜に響く。

 風を切る音を放っていたダガー型煌式武装はサイラスの端末を砕き、今度は手に突き刺さった。再び襲う激痛に今度こそ彼は地に崩れ落ちる。

 

「半端に賢しい奴は扱いやすいとは聞くが、ここまでとはな

 しかもダガーを抜かずに逃げ切れると思っていたのか。愚かな奴だ」

 

「ぎぃ…! がぁ……!?」

 

 ユリエルはサイラスの腿に察さっていたダガーを引き抜いた。血がさらに噴き出て、彼の顔も苦痛に染まるが構わずに引き抜いた。もはや歩くことすら当分叶わないだろうほどに傷口は開いていた。

 

「アルルカント《彫刻派》の会長は、エルネスタ・キューネ。いわゆる天才というやつだ。お前程度の頭脳で測れる奴じゃない

 まぁ、大方データ取りにでも利用されたんだろうが……」

 

 彼には彼女との面識があった。擬形体の耐久度の調査やその他諸々の手伝いをしたことがある。そして彼女がなそうとしている事の一端も知っている。

 

 サイラスはもう訳が分からなかった。自分は賢い筈だった。泥と血にまみれて、一心不乱に戦い続ける者より賢い筈だ。

 能力を隠し、実力を騙し、あまつさえ自分すらも偽って、己は他の奴らより利口なのだと他の奴らを嗤える存在だった筈だ!

 

「うああああああッッッッッッッ!!!」

 

 サイラスは獣のように牙を剥きだしにしながら、服の裏に隠してあったナイフを放つ。それに対してユリエルはまたしても鼻で笑った。投擲されたナイフはその場に停滞している。サイラスが能力で動かそうとしても、言うことを聞かない。何かでせき止められているかのように動かず、やがて地に落ちた。

ナイフが落ちるのと同時に、月明かりが彼らを一瞬だけ照らした。それは暗い中だからこそはっきりと見ることが出来た。球体の様にユリエルの周辺を万能素が漂っているのだ。

 

「無駄だ。ナイフ一本で俺のプライマルアーマーは破れない」

 

 プライマルアーマー、万能素を星辰力を通して安定還流させ防護膜として展開する。《レイヴン》にしか扱えない防御機構だ。《レイヴン》によってその性能は異なるが、随一の性能を持つ彼の絶対防御は生半可な攻撃では突破できない。

 

「さよならだ、サイラス・ノーマン」

 

 膝立ちのままもはや動けないサイラスに、起動した《龍脈の血剣》を振り下ろす。身体にかけた星辰力の守りも《龍脈の血剣》の捕食の前には無きに等しい。その一撃は容易くサイラスの肩口から腹部までを切り裂いた。

 ベチャリという生々しい音を立ててサイラスは崩れ落ちた。

 星脈世代が危険な戦いをしても大事に至らない最大の要因は、星辰力による守りがあるからだ。それがなくなるということは、何ら普通の人と変わらなくなるということだ。

 

「殺ってないですよね? これ」

 

「息はある。ならばあとはそっちの仕事だろう」

 

 路地裏を出ようとしたユリエルに声がかかった。顔に目立つ傷をつけた少年だ。彼が《影星》の人間だということを知っているのか、ユリエルは声を返した。

 放っておけば致命傷になるだろうが、治癒系の《魔術師》か《魔女》に任せれば息を吹き返すだろう。そういう風に調節しておいたのだから。

 

「金は前と同じ口座に振り込んでおけ」

 

「ええ、わかりました。それと、ありがとうございます。ユリエル先輩」

 

 今度こそ路地裏を出ると、次はクローディアとすれ違う。二人はそれだけの掛け合いで満足したのか、踵を返すことなく前を向いて歩いていった。

 クローディアは闇へ、ユリエルは光へ……。




龍脈の血剣……能力は捕食。万能素、星辰力なんでも食べる。能力が代償になるタイプ。ご主人の星辰力を食い続ける。


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Prescription

二巻はまるで書くことがないから無理やり詰め込んみました


 放課後、ユリエルはいつもの喫茶店による為に正門を出ようとしていた。正門周辺では結構な数の生徒が何かを取り囲んで、興味深そうにそれを見ていた。よく見れば中心には三人の人影があった。何かめんどくさそうな雰囲気を感じとったユリエルだったが、その三人はユリエルに気付いてしまったようだ。

 

「あら、こんにちは。ユリエル先輩」

 

「やぁやあ、ユリエルくん。お久しぶりー!」

 

「お久しぶりです。ユリエルさん」

 

 正門前には三人の少女がユリエルに向かって手を振っていた。そのうち二人は違う制服を身に纏っていた。校章は「昏梟」、アルルカント・アカデミーの学生である。他学園の生徒が居れば、それは学園の生徒は不思議がるだろう。

 そしてそれを見た彼は何故彼女たちがここにいるのかを察した。前回のサイラスの件だ。

 アルルカントがサイラスを使って生徒を襲わせたことは重大な星武憲章違反であり、公表すればアルルカントは処罰され、評判に傷がつく。だがそれだと星導館に旨みがないのだ。ならばアルルカントに取引を持ち込んだ方が利口だ。

 金と利益で動く社会だ。これ位は当然のことだった。

 

「お三方は既に面識がおありで?」

 

「ああ、便利屋での依頼でな、擬形体の耐久調査やらをやらされたことがあった。つい最近に似たようなものを見た記憶があったが……、気のせいか」

 

「え、ええ……、気のせいでしょう」

 

 ユリエルの煽るかのような口ぶりに褐色肌の少女、カミラ・パレートは冷や汗を流しながらそう答える。彼女からすればユリエルは底の見えない男であった。

 ユリエルの言う擬形体の耐久調査。カミラともう一人の少女、エルネスタ・キューネはある目的の為に擬形体の耐久度、及び戦闘データをとる必要があった。それも基礎となるものがであり、アルルカントの者だけでは足りなかった。そこで耐久調査と銘打って戦闘データを取得するアルバイトのようなものを行ったのだ。その時だ、彼が来たのは。

 

『ああ、その戦闘データは好きにしていい。それは契約に入れてなかった』

 

 戦闘データを密かに取っていたことがばれていた。それも心底くだらなさそうな目でそう言った。自分のデータが取られたことに危機感すら覚えないその姿に彼女は心底恐怖した。天下のアルルカントだ。全て解析されても可笑しくないというのにその態度、その程度でいいならばいくらでも、とでも言っているかのような口ぶりにユリエルの底を見ることが出来なかった。隣にいるエルネスタと同じように……。

 そこまで考えるとクローディアが口を開いた。

 

「意地悪が過ぎますよ。ユリエル先輩?

 面識があるようですので紹介は省きましょう。我が学園とアルルカントで新型の煌式武装を開発することになりました。その計画の代表責任者がパレートさんになります」

 

 それにカミラは恭しく頭を下げた。その顔には先程のことから離れられた安堵が入り混じっている。追い込まれたと感じたカミラは、この男もエルネスタと同じような領域に足を踏み込んでいるのかと思い、身の毛がよだつのを感じた。

 味方であることが頼もしく感じるのと同時に、敵に回した時の恐怖がどれだけのものかを知る。しかもそれが一端であることに、体が震え出しそうだった。

 

「はいはーい! あたし《華炎の魔女》見たいなー」

 

「エルネスタ、あまり無理を言うな」

 

 そして幾ばくか話が進むと、エルネスタがユリスに会いたいと言い出した。傍から見れば自由奔放でありながら、その内には野心のうごめく少女だ。カミラは正直なところ彼女の考えていることが分からなくなることがあった。今がその時だ。

 だからこそ生徒会長か許可が下りないことを期待していたのだが……。

 

「構いませんよ。ですが、あまりちょっかいを掛けないでくださいね?」

 

 易々と許可をもらってしまった。クローディアも思う所があるのか予防線を張っていたが、エルネスタがどこまでをちょっかいのラインとするかが分からない。カミラはそれにとてつもない不安に襲われていた。

 

「ありがとーっ、じゃぁ行こうよカミラ!」

 

「あぁっ、待て! 走るなエルネスタ、まず場所が分からんだろうが!」

 

 兎の様に跳ねていくエルネスタを追いかけるようにカミラが追いかける。奔放なエルネスタに付き合わされるカミラは、仲のいい姉妹のようだ。

 それを見ていたクローディアは、あらあらと微笑ましそうにその後ろを悠然とついていく。そして見送ろうとしていたユリエルだったが、クローディアがそれに気づいて手招きをする。今日、彼に自由時間は無い様だった。

 

「引き留めてしまって申し訳ありません、ユリエル先輩。なにせエルネスタさんが、あなたに用件があるとのことでしたので……。」

 

「別に構わないが」

 

 エルネスタが自分に用がある。これを聞いたユリエルは、また実験なのだろうかと思案していた。とは言え、エルネスタはデータの必要分は取れたと言っていたから、もう当分は彼女からの依頼は来ないものかと思っていたのだ。

 それで新しい依頼とは、やはり天才の考えることが読めないとユリエルは感じていた。

 

 

 

 

 

 そのままクローディアが軽い施設案内をしながら、ユリスとそのタッグパートナーである綾斗トレーニングルームに向かう。その間にエルネスタとユリエルは軽い雑談をしていた。カミラからすればたまったもんじゃない話内容ではあったが、まるで友人同士が何か語り合っている感じで話し合っていた。

 

「にしてもあの人形ちゃんたちは自信作だったんだけどなー」

 

「一応俺の使っている武器は純星煌式武装だからな。あの程度ならどうとでもなる。お前らの作っている奴らだと食い破ることは難しいか」

 

「あー、やっぱり? 原理的にはそうなるよねー」

 

 なにせ彼らの話していることはサイラスの使っていた人形の話なのだから。カミラは胃がきりきりと痛むのを感じていた。すれ違う生徒が襲われた者だったらと思うと、彼女にかかる心労が止むことはない。

 カミラが深くため息を吐くのと同時に、制服の襟元が引っ張られた。カミラより後ろで歩いていたユリエルがカミラを抱きかかえると、一瞬でエルネスタの隣へと後退した。

 次の瞬間、光の柱がカミラの居た場所を通過する。

 とてつもない出力でそれは扇状に掃射され、頑丈に補強されているトレーニングルームの壁をものともしない破壊力だ。

 

「―――あらあら、これはまた派手に壊してくれたものですね」

 

 ゆったりとした声でクローディアが穴の開いた壁から顔を覗かせた。目の前で壁がぶち抜かれても全くと言っていい程動揺しない。流石生徒会長である。最早パン=ドラで未来視をしていると思われても仕方がないレベルの落ち着きようだ。

 

「このトレーニングルームはあなた方《冒頭の十二人》に貸し出しているだけで、設備であることはお忘れなく」

 

「……わかっている。これはあくまで訓練中に起きた不慮の事故だ。何も好き好んで壊したわけではない」

 

「なら、結構」

 

 クローディアの注意にユリスは呆れ果てた様子で聞いていた。

 エルネスタとユリエル、そして抱えられたまま呆然としているカミラがトレーニングルームに入った。そこには青筋を立てて沙々宮 紗夜を叱りつけるレスターとユリスと同じく呆れた顔をしている綾斗が居た。

 

「いやー、でもでもびっくりしたよねぇ、カミラ。まさかいきなり壁が吹き飛ぶなんてさー。変わってるって意味じゃうちも相当なもんだと思ってたけど、やっぱり他所は他所で面白いわねー」

 

「ああ、もう、あまりはしゃぐんじゃな……ッ!? ユリエルさんも自分は大丈夫ですから下ろしてください!」

 

「む? そうか」

 

 そう言われるおユリエルは素直にカミラを下した。カミラは床に足をつけると顔を赤くしながらほっと息をつき、身だしなみを整えた。

 突然他校の生徒が入ってきたことに驚いたのか、ここにいた綾斗、ユリス、レスターは目を丸くする。そしてその制服、校章を目にした途端にユリスは鋭い目つきでクローディアを見た。レスターもまた同じように身構えている。綾斗と紗夜は何故二人がここまで緊張しているのかが理解できていない様子だった。

 

「これはどういうことだ、クローディア?」

 

 底冷えするかのような声でユリスがそう聞いた。それすらも受け流し、クローディアはにこやかに彼女たちを紹介した。そして彼女たちがここに訪れた理由も告げていく。

 それをユリスは理解した。彼女は王女であり、企業の思惑によって仕立て上げられた存在だ。汚い金のやり取りなど腐るほど見てきたのだ。嫌でも理解できてしまう。

 だが察しの悪いレスターは一人で納得しているユリスが気に食わないようだ。

 

「おいこらユリス。どういうことだ?」

 

「……相変わらず察しの悪い奴だな。つまりこいつは、サイラスの一軒の見返りみたいなものだ。大方、黒幕だったアルルカントを表立って告発しないという条件で技術提供を取り付けたのだろう」

 

「なっ……!」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

 クローディアが暈すが、それでは答えを言っているようなものだ。それでもこの場にいる者はクローディアを責められない。これは企業の正式決定だ。

 これを責めれば、公に出せば、サイラスの様に処分されることになる。

 それを理解しているのかユリスも納得した。それでも彼女は、アルルカントの者がここにいるのかが理解できない。自分たちからすれば仇敵だ。そのような存在と自分たちを会わせるなど理解できなかった。

 

「だがなぜアルルカントの関係者がここにいる?」

 

「はいはーい、それはあたしが見たいって言ったからでーっす」

 

 ユリスがそこまで言うとエルネスタがひょこひょこと跳ねながら手を上げる。そのまま綾斗を見ながら爆弾を投下。

 

「いやー、ぜひともこの目で拝んでみたくってさー。あたしの人形ちゃんたちをぶった斬ってくれちゃった剣士くん」

 

 これにはこの場にいる者の大半が驚きのあまり沈黙した。

 ユリスとレスターは顎を落とし、カミラをやってしまったと顔を手で覆っている。クローディアも流石に驚きを隠せずに口に手を当てて驚いていて、綾斗も例外なく呆けた顔をしている。ユリエルはいつもの無表情だが、目元を少し動かした。

 

「んで、キミが噂の剣士くんだねー」

 

 そんな彼らを気にすることなくエルネスタは綾斗に近づき、手招いた。意地の悪い笑みに警戒しながらも綾斗が身をかがめると、彼女が耳元で囁く。

 

「でも、次はそう上手く行かないぞ?」

 

 その言葉に反応した瞬間、頬に暖かく柔らかいものが押し付けられた。エルネスタは綾斗の頬にキスをして、迫りくる修羅たちに備えてユリエルの背中に隠れる。

 

「き、き、貴様! 一体何を……!」

 

「泥棒猫、滅ぶべし……!」

 

 ユリスは細剣を、紗夜は光線砲型煌式武装をエルネスタの隠れたユリエルに向けていた。それに対してユリエルは、エルネスタの白衣をむんずと掴み、エルネスタを盾にしようとした。それには流石のエルネスタもあわてだす。

 

「にゃはは、怖いな怖いなー。ちょっとした挨拶じゃないかー

 ……ユリエルくん、そこは男なんだしあたしを庇ってくれてもいいんじゃないかにゃー」

 

「悪いな。人を盾にするような奴に情けをかけるつもりもないものでな」

 

「うわっ、辛辣―」

 

 それでもへらへらとした様子は崩さない。

 

「せっかくなんだし過去のことは水に流して仲良くしようよー。」

 

 ユリエルがエルネスタを降ろすと、彼女は綾斗だけでなく《華炎の魔女》とも仲良くしたいと言った。だがそれをユリスは平然と蹴った。以前アルルカントと何かしらあったのか、その声は怒りに満ちている。

 

「ちぇー、残念っ」

 

「申し訳ない、このエルネスタは……まぁ、なんというかこのような性格でね。代わりに私がお詫びする」

 

 カミラが謝罪をし、頭を下げる。この人は常にエルネスタに付き合っているのか、大変なんだろうなぁ……、とここにいる殆どの者に思わせる一部始終である。

 だがそれも束の間、カミラは紗夜の煌式武装に目を付けた。正確にはその機構に。そして気付いたころにはカミラと紗夜が論争を始めていた。

 紗夜の父親はアルルカントにいたが、だがその異端さ故にアルルカント、そして《獅子派》から追い出された身だった。《獅子派》の基本思想はあくまで個人ではなく大衆のためにある。その扱いずらい性能は、皆が扱えるものでは無いため追放されたのだ。

 

「こほん」

 

 ヒートアップする論争。紗夜とカミラは一触即発の空気を纏っていたが、クローディアがそれに水を差した。そのわざとらしい咳払いはカミラを落ち着かせるには十分だったようだ。

 

「お客人、そろそろ本題の方に取り掛かるとしませんか?」

 

「そうだね……。失礼した」

 

 カミラはクローディアに促されるままに、紗夜から背を向けて歩き出した。紗夜はそれを止めようとするも、カミラは無視して去っていく。

 それまで動向を見守っていたエルネスタも口を挟んだ。自分たちは《鳳凰星武祭》に出る、だからそこで認めさせてみせろ、と。そこまで言うとカミラがエルネスタを呼んだ。

 

「じゃ、皆さんまったねー!」

 

 カミラの声に応えると彼女は入口の方から出ていった。

 そしてそれに続いてユリエルもトレーニングルームを出て、寮に戻ろうとしていた。エルネスタからの用件はここに来る前に聞いていたので、ここで別れることになっていたのだ。

 用件は簡単、《超人派》の実験の副産物がここら一体に逃げ込んだから、それの駆除をお願いするかもしれない、とのことだった。

 何とも白々しいとユリエルは感じた。まるでその副産物がこれから特定の人物を狙うと言っているようなものだったからだ。だが、それを受けてユリエルは気付かぬうちに口元を喜悦で少し歪めていた。

 

 

 

 

 

 そして天霧綾斗が星導館学園序列一位に上がり、《叢雲》の二つ名を得た次の日に予想通り依頼が届いた。《超人派》の生み出した副産物の殲滅だ。これを読み進めていくごとに、高揚感が湧き上がってくるのをユリエルは感じていた。

 ユリエルは端末に届いた詳細内容を読み終えると、瞬時に受ける旨を伝えて寮を出る。

 

 その日、とある傭兵の戦闘データを見ていた二人の女性は、その戦い方に心底恐怖したそうだ。合理的かつ圧倒的。擬形体の耐久調査、あの時取ったデータとは比べ物にならない程の技量。少し前に取った綾斗と、元序列一位であった刀藤綺凛のデータもガラクタと思えるほどに凄まじい。

 その姿はかつて最強と呼ばれていた《レイヴン》に相応しい動きだった。




《彫刻派》なの?《人形派》なの? どっちもピグマリオン
二巻だと《彫刻派》、十巻だと《人形派》……。


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Ambiguity

二巻? 前回で終わりですよ?


「なに? イレーネが捕まった?」

 

 放課後、空間ウインドウから聞こえたプリシラの声に、ユリエルは低い声で返した。彼は己の声に怒気がこもっているのに気づいていない。だが聞いているプリシラは別だ、ユリエルがキレていることに気付いたのか少し委縮した。

 

『うん、ちょっと前に歓楽街(ロートリヒト)のカジノで暴れたんだって……』

 

「はぁ、またか……」

 

 ユリエルは手で顔を覆った。そう、またである。イレーネは歓楽街に足を運んではカジノで暴れて捕まり、レヴォルフの懲罰室の牢獄に投獄されることが何度かあったのだ。

 これにはユリエルもほとほと呆れ果てた。

 

『え!? お姉ちゃん? 何でもう帰ってきてるの!?』

 

『え!? ってなんだよ!? 帰ってきちゃいけないのかよ!?』

 

『そうじゃないけど……、だってまだ入ってる筈じゃ……まさか脱獄してきたの!?」

 

 画面越しに姉妹が話し合っている。

 どうやらなぜかイレーネが帰ってきた様だった。流石に出てくるのが速すぎるのか、プリシラも脱獄を疑っている。だがそうでもないようだった。

 

『ディルクの野郎が依頼を受けるなら牢から出してやる、なんて言いやがったからそれを受けたんだよ』

 

「ほぉ……? その依頼って言うのは?」

 

 先程まで空気に徹していたユリエルは、それを聞いて声を上げた。そこでイレーネはプリシラがユリエルと話していることに気付いたようだった。

 それにイレーネは冷や汗を流し出す。プリシラとユリエルが話していたとなると、自分が何をしたかがばれたということだ。

 ユリエルの声がいつもより低いのは気のせいではないはずだ。

 

『ええと……、《鳳凰星武祭》で天霧綾斗を潰せってさ』

 

「ああ、《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》か……」

 

 依頼内容を聞いたユリエルは一人納得する。

 ディルクが今、目の敵にしているのが綾斗ではなく、《黒炉の魔剣》であることは予想がついた。ユリエルもまた、《黒炉の魔剣》の力にも理解を示していたからだ。

 綾斗の姉であろう天霧遥、彼女が使いこなしていた《黒炉の魔剣》はそれほどまでに驚異的だ。ユリエルも《蝕武祭》でそれを見届けている。

 

『兄貴……、その《黒炉の魔剣》ってのはそこまで強いのか?』

 

「ああ、天霧綾斗は持て余しているだろうが《黒炉の魔剣》自体のポテンシャルは高い。使いこなすようになれば、奴からすれば驚異的だろうな」

 

 ”触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん”とすら謡われた純星煌式武装だ。仰々しくも思えるが、それほどまでに強力なものであることは確かだった。

 煌式武装では焼き切ってしまう防御不能のの純星煌式武装。それが《黒炉の魔剣》。

 策謀ディルクも警戒するほどだ、相当だろう。

 

「まぁ、俺が教えられるのはそれ位か。そろそろ俺も用事があるからな、切るぞ」

 

『お、おう。またな』

 

 ユリエルも既に星導館学園に所属している身であり、義妹であろうが迂闊に情報を漏らせないのだ。それをイレーネも理解しているのか、深く追及してくることはなかった。

 それ以上にここで話が終わってくれることに安堵を感じていた。何故なら先程までユリエルは怒っていたのだから。

 

「ああ、説教はプリシラがやってくれるだろうから安心しろ」

 

 だがそれを見越していたのか、ユリエルが最後にそう言って通話を切った。イレーネがそれに唖然としていると、プリシラがイレーネの肩を叩く。それに対して壊れたおもちゃの様にイレーネは首を回した。

 マンションの明かりが消えるには少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 そして通話を切ったユリエルの対面には、茶髪の女性が座った。何時かとほぼ変わらない格好をしたシルヴィアだ。

 場所はいつもの喫茶店でありカウンターでグラスを磨いていた店主も、彼女が来ると紅茶を用意しだしていた。常連であるが故に、もはや言葉を必要としていない。

 今日は彼女から少し込み入った話があるらしく、ここに集合している。

 

「久しぶり。元気にしてた?」

 

「ああ、特に変わったこともなかった。そっちもライブ、ご苦労だったな。疲れてるだろう? 明日に回しても構わなかったのだが……?」

 

 シルヴィアは一昨日まで欧州ツアーの真っ最中で、つい昨日帰ってきたばかりなのだ。疲労もたまっているだろう。ユリエルとしても、無理をさせるのは忍びないと感じていた。

 

「それはうれしいけど、明日から《鳳凰星武祭》だからね。生徒会長だから出れるときは出ておかないといけないし。それだとあまり時間が取れないからね」

 

 シルヴィアはそう言ってはにかんだ。心配されたことは素直に嬉しいと感じているようだった。

 実際、原則的に各学園の生徒会長は開会式、閉会式には出る事になっているため、開会式のある明日は彼女と会うことは難しいだろう。それに、この期間中もうまく利用して人を探すようだ。

 

「ペトラさんからも話があると思うけど、今年ある《BC》についてだね」

 

「ああ、もうあと二カ月になるのか」

 

 《鳳凰星武祭》の開催は八月、《BC》の開催は十月となる。すでに二カ月を切っているが、タッグパートナーとしての練習は行っていない。そろそろ練習に入ってもいい頃合いだろう。

 《星武祭》ではない催し物だ。しかも他校との生徒でタッグを組むことなど殆どないのだから、《星武祭》にも負けない盛り上がりになる筈だ。だからいくら《王竜星武祭》のファイナリストとのペアと言えど油断は出来ない。個人戦で強くともタッグマッチともなれば話も変わってくるだろう。

 

「うちには入れないから、キミのトレーニングルームを貸してもらうって話になると思うんだ。多分これも見込んでペトラさんは《冒頭の十二人》になるように指示したんだと思うけど」

 

 《冒頭の十二人》に与えられるトレーニングルーム。《冒頭の十二人》に上がると様々な特典、褒賞が付く。その一つがトレーニングルームだ。他には寮の個室などが与えられる。

 

「まぁ、妥当か」

 

 幹部に上がるような有能な人物だ。それ位してのけるだろう。

 如何に至高の歌姫としての名声を損なわせずに、《BC] で優勝できるか。それを最優先にした結果がこの方法だったということだ。

 綾斗にはインパクトで負けたかもしれないが、それでも実績はどんぐりの背比べだ。ユリエルも転入初日ということもあるから、一存に負けたとはいいがたい。

 だがどうにも、ユリエルは《BC》以外に何か思惑があるように感じられた。企業の利益から外れた何かがあると感じたのだった。

 今の時代、昔居たような権力にはびこる蛆虫なんてものは既に存在しないのだ。私欲が、我が強すぎる者は総じて幹部には昇進できないようになっている。

 高度な精神調整プログラムによって、我欲はほぼなくなったものでしか幹部には到達できない。ある意味、企業財体に奉仕するだけの人形ともいえるだろう。

 

「転入初日で《冒頭の十二人》入り、護衛対象も健在、後は《BC》での優勝か……

 そろそろお前との契約も終わるんだな」

 

「なに? 寂しいの?」

 

 どこか詰まらなさそうにしているユリエルに、シルヴィアが意地悪そうに笑みを浮かべている。

 約半年にわたる長期契約の依頼だったが、ユリエルはそれがとても充実したモノであったと記憶している。

 ああ、とても充実していた。迷い人である自分が何か見つけられたような気がするのだ。常に自分の傍らにあった虚無感が和らいでいる。彼女と共にいれば虚無感がなくなるのだろうか。

 世界で己を見つけられず、ひたすらに周りに流されて闘い続けてきた。数え切れないほどに物を壊し、たくさんの者を殺した。それが自分を見つける為になると思って戦っていた。決して信じていたわけでは無かったが、それしか他に方法を知らなかった。

 

「あぁ、そうだな。今は満足とまではいかないが、充実していると感じている」

 

 以前のデート以降、感情を表に出してくるようになったユリエルに、シルヴィアは内心驚いていた。契約を結ぶ時に顔を合わせた時など眉一つとして動かさなかったのだ。失礼ではあるがまるで能面のようで、何を考えているかわからず質問に淡々と答えるだけ。まるでそこらの擬形体と話しているかのような気分だったのだ。

 それが確かに自分の前では笑みを浮かべるにまで至っている。それはとても彼女にとって嬉しいことだった。

 

「ふーん、それならキミには朗報かな?」

 

「なに?」

 

 何処か安心したような、穏やかな微笑みを浮かべるシルヴィアに、ユリエルは首を傾げた。それに今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「護衛期間延長だってペトラさんが言ってたよ。なんでもベネトナーシュで何かきな臭いものを掴んだって言う情報があってね、それを警戒してってことだと思うんだ」

 

 ベネトナーシュはクインヴェール女学園、及び《W&W》の保有する諜報機関だ。優れた情報操作能力を持つ、まさしくアイドルを育てるクインヴェールには打ってつけというわけの存在だ。その存在が尻尾すらつかめなかったということは、それなり以上に脅威になるということだろう。

 

「成程、結構厄介なことになったんだな」

 

「うん、そういうわけで護衛、続けてもらえる?」

 

「あぁ、任せておけ」

 

 ユリエルはその依頼を受けると言った。

 自分は何の為に闘っていたのか、何が理由で強くなったのか、何を求めて生きていたのか。

 迷い続けてきた答えが見つけられると、彼は感じていた。




この作品は六巻からが本番
それでまだ三巻の途中。死にそう


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Speed

ほんのすこしのAC要素


 動物のようなしなやかな動きで、彼女は同じレヴォルフの学生服を着た不良たちを叩き伏せている。夏だというのにまかれたマフラーが宙を舞う。着崩した制服の下にはアンダーウェアなしという奇抜な格好だ。

 今日のようにたくさんの人で賑わっている中でやれば嫌でも目立つ。だが彼女はそんなことも気にも留めずに、自分に襲い掛かる不良を素手で薙ぎ倒していた。

 時に蹴り、殴り、投げる。周りになんて配慮していない。

 レヴォルフ黒学園序列三位《吸血暴姫(ラミレクシア)》、ユリエルの義妹であるイレーネだ。

 

「ったく、しつけーんだよ、おめぇらは。今時お礼参りなんざ流行らねぇっての」

 

「う、うるせぇ! それはうちの面子が立たないんだよ!」

 

 《鳳凰星武祭》二日目にしてイレーネは早々に問題行動を起こしていた。決闘同然の喧嘩である。

 《星武祭》当日にはたくさんの客人が集まる。それは星脈世代も一般人も関係なく、世界一の観光都市として最も賑わう日なのだ。メインストリートはもちろんのこと人の波が出来るのだ。そんな中で星脈世代が決闘などしたら、甚大な被害が出る。そのために決闘は禁止されている。

 なのに平然と決闘まがいの戦闘を繰り広げている。彼女も《鳳凰星武祭》にエントリーしている身、下手をすれば失格になる恐れだってある。

 

「たかだかカジノの一軒や二軒潰したくらいで了見の狭い連中だなぁ、おい。元はといやぁ、そっちのイカサマが原因だろうに。大体あんまり勝手が過ぎると、あの子デブに怒られるぜ?」

 

 カジノの一軒や二軒と言っているが、不良たちには稼ぎに使う場所だ。報復は仕方ないのだが、それにしてもイカサマはよろしくない。それに元は違法カジノだ。イカサマなんぞして叩き潰されたのなら自業自得だろう。利用している方も悪いことに変わりはないが。

 

「あんなクソ会長のことなんざ知ったことか! オレたちにゃオレたちの―――」

 

「あーもう、うぜぇ」

 

 イレーネは腰の引けた男が何かを言い終わる前に、回し蹴りが叩き込まれ男は崩れ落ちる。それを冷たい目で見送るとイレーネは大きく息をついた。

 そして見世物になっているのが気に食わないのか、イレーネは周りに向かって一喝した。

 野次馬は彼女の周りにたかっているため、それらをぐるりと見渡したイレーネには一人の少年に視線が固定される。

 

「ぁん?」

 

 鋭い視線が一見冴えない少年に突き刺さる。そして何か思い出したようにイレーネが凶悪そうな笑みを浮かべた。

 

「へぇ……やっぱり《叢雲》じゃねぇか。こりゃいい、手間が省けそうだ」

 

 凶悪そうな笑みを浮かべたまま綾斗に近寄り、値踏みするかのような視線で彼を見る。

 敵意のない行動に綾斗はされるがままだ。隣にいたパートナーのユリスは、少し不快そうに眉をひそめている。

 そして少し時間が経つとイレーネは嘲るように笑う。彼女からしてみれば、こんな冴えない男が星導館学園の序列一位になれるほど強いと感じていなかったのだ。

 

「ふん、これがねぇ……」

 

「私のパートナーに何か用かな、《吸血暴姫》」

 

 嘲るよ撃ったイレーネに、今度こそユリスは噛みついた。自分の大事なパートナーをコケにされて、黙ってられる程このお姫様は寛容ではない。

 礼儀のなっていないような行動に彼女は我慢がならなかったのだ。

 

「―――《華炎の魔女》か。あんたにゃ用はねぇ、すっこんでな」

 

「そうはいかん。《星武祭》の開催期間中、それもこんな人ごみの中で乱闘なぞやってのける輩など、危険極まりないからな」

 

 イレーネの物言いは火に油を注ぐ結果となった。そしてユリスの放った言葉はイレーネを不機嫌にさせるには十分だったようだ。その証拠にイレーネの笑みは消え、その目が細まった。

 

「あれは向こうから吹っかけてきたケンカだ。別にあたしから仕掛けたわけじゃねぇ」

 

「だとしてもこんな場所で応戦するのはありえんだろう」

 

 ヒートアップしていく論争。周りに不穏な空気が流れ始める。周りの野次馬もそれを察したのか徐々に距離を取り始めた。

 相対しているのは星導館序列五位とレヴォルフ序列第三位だ。二人ともこの《星武祭》の出場者であり、各学園の《冒頭の十二人》だ。マークもされているだろうし、その驚異的な力も知られていて当然だ。危険を感じるのも無理はなかった。

 

「ちょ、ちょっとユリス……!」

 

 綾斗も一触即発の空気になったことを重く見て、ユリスに声をかける。ユリスはその声で冷静さを取り戻したようだが、イレーネの方はそうもいかないらしい。

 

「おもしれ―。じゃあ、あんたならどうするのか、教えてもらおうじゃねぇか!」

 

「―――ッ!?」

 

 イレーネはそう言って腰のホルダーから煌式武装を取り出して起動させる。それは身長を優に超える大鎌であり、刃の色も雰囲気も不気味で禍々しい。

 綾斗とユリスは彼女が敵意を剥き打足に巣と感じた途端に、瞬時に距離を離していた。それにイレーネは感心する。ユリスはもちろん瞬時にこちらに対応できると踏んでいたが、綾斗がユリスより早く動いたことに少なからず驚いていた。

 

「へぇ、思ったよりいい反応だな。なるほど、やっぱり人ってのは見た目にゃよらないもんだ」

 

「あれが……《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》」

 

 綾斗は喉を鳴らした。

 彼としては純星煌式武装の起動体を見るのはこれが二度目となる。《黒炉の魔剣》は禍々しさなど一切感じないのに関わらず、《覇潰の血鎌》は顕著にそれが感じ取れていた。それが彼にとっては驚くことだったのだ。

 重力を操る純星煌式武装。誰に対しても高い適合率がでるが、扱いが難しい。これまでに使ってきた者の中で、使いこなせた者は皆無だろうとすら言われるほどだ。

 イレーネが使いこなせているかは彼には分らないが、ともかく今はここから引くことが先決だ。

 

「引くぞ、綾斗」

 

「……わかってる」

 

「へぇ、こういう時は逃げるのがあんたたちのやり方ってわけかい。賢いねぇ」

 

 イレーネがケラケラと笑うが、それも鳴りを潜める。目が凶暴な光が宿り、《覇潰の血鎌》に埋め込まれたウルム=マナダイトも妖しい光を放ち始める。

 

「ま、それも逃げられればの話だけどな」

 

 寒気のするような殺気が場に放たれる。

 気を抜けば首が飛ぶであろうと思わせるほどに場の空気は重く、周りにいた野次馬もその空気に潰されなように気を強く持とうとしている。

 

「……おい」

 

「あ?」

 

 ユリスと綾斗、そしてイレーネがどこか聞き覚えのある声のした方に、イレーネの真後ろに視線を向けた。

 そしてイレーネは驚愕したことだろう。何故なら振り返った目の前に、銃口が迫っていたからだ。それにイレーネは慌てて躱そうとするが、それより先に引き金が引かれる。

 放たれた弾丸をイレーネはどうにか《覇潰の血鎌》で防ぐが、甲高い音と共に鎌が手から弾かれた。余りの衝撃でイレーネの手は感覚がなくなるほどに痺れていた。

 二十五式煌型拳銃オックスアイ。彼の持つ拳銃型煌式武装の中では最も大きい衝撃力、攻撃力を持つものだ。

 《覇潰の血鎌》はイレーネ足元に突き刺さり、やがて星辰力が足りなくなったのかその禍々しい刃を消し去っている。

 

「お前、プリシラから言われたはずだよな? 暴れるなと」

 

 いつの間にかイレーネの後ろにいたユリエルが底冷えするかのような声は、周りをさらに警戒させるには十分すぎた。

 なにせ彼が纏っている制服は星導館のものだ。今の状況でイレーネに向けて発砲したとなると大事は避けられなくなる。少なくとも義兄妹であることを認知している二人以外はそう感じたのだろう。綾斗とユリスも状況の確認を図っている。

 対してイレーネは冷や汗が絶え間なく背中を流れていた。

 ここ最近感情が豊かになっていた義兄にイレーネは喜んでいたが、それは当然彼女が怒られるという事態が増えるということを意味するのだ。

 

「え、えぇと、その……」

 

 だがどうにも歯切れが悪い返事、その弱腰の姿勢に周りの空気が固まった。目の前にいる少女が、先程喧嘩を吹っ掛けようとした人物と同じなのかわからなくっていたのだ。

 周りが唖然としていると、イレーネと同じ髪色をした少女がすごい剣幕で人込みを割って入ってきた。

 

「こらぁ―――――っ!」

 

 今度は場違いな声が響く。純粋そうな声、温和そうな顔は怒りで少し歪められているが、それは確かにこの剣呑な空気であったこの場には似つかわしくないものであった。イレーネとユリエルの妹であるプリシラだ。

 

「お姉ちゃんてば、また勝手にケンカして! あれほど大人しくしていてって言ったのに、もう!」

 

 制服はイレーネと同じレヴォルフ。

 だがプリシラが星導館の味方をしている状況に、周りは目を白黒させるしかない。ユリエルが来てからも少しはあった重い空気は完全に消え去り、もはや周りはこの進行のペースについていけていない。

 イレーネの顔は既に真っ青だ。

 

「げっ、プ、プリシラ……!」

 

「いつの間にか姿が見えなくなってるかと思えば……どうしてこんなことになってるの? 説明して、お姉ちゃん!」

 

「い、いや、それはだな……」

 

 どんどん噛みついてくるプリシラにイレーネもたじたじだ。

 ユリエルに怒られると恐怖が勝るというか、むしろ恐怖しか感じない。だがプリシラは逆に全くと言っていいほど怖くはないが、罪悪感がひどい。両極端すぎてどちらに対しても、何も言えないのがイレーネであった。

 そしてプリシラは地面に落ちている《覇潰の血鎌》を見てさらに眉を吊り上げる。

 

「しかも純星煌式武装まで展開して! お兄ちゃんが来なかったらどうする気だったの?」

 

 周りは何も話さないし、話せない。何がどうなっているのか理解できていない。

 イレーネはプリシラの剣幕、そしていまだ降ろされていないユリエルの銃口に何もできない。悪いのは自分だと理解しているからだ。

 つい先日釈放されて、そのあと家に帰ってすぐに説教を喰らって次の日にまた乱闘だ。弁解の余地はない。

 ユリスと綾斗も周りと同じように唖然としてその光景を見ていた。何より驚いたのはユリエルのことだが、なにより射撃を受けてからのイレーネの反応からもうすでに頭が追い付いていない。

 だがプリシラはそれに気づいたようで、慌てて頭を下げてくる。まず先に謝ることを忘れていたようで、罪悪感を感じた表情で謝りはじめた。

 

「すいません! うちのお姉ちゃんがとんだご迷惑を……!」

 

「ああ、いや、別に……」

 

 姉のしたことに対して健気に謝るプリシラに、綾斗もユリスも完全に毒気を抜かれてしまっていた。ユリスはプリシラの言葉に微妙な返事しか出来なかった。

 それをプリシラは悪く受け取ったのか、イレーネの頭に手を添えて深々と頭を下げた。

 そしてユリエルがプリシラに連れていくように促すと、もう一度頭を下げてからイレーネの手を引っ張って人混みに消えていった。

 

「悪いな、愚妹が迷惑をかけた」

 

「あ、いえ……」

 

 ユリエルが呆然としている綾斗とユリスに軽い謝罪をした。それにまたもや微妙な返事で返す。まだ気が動転しているようだ。

 

「あの、さっきの《吸血暴姫》とはどのような関係なのですか?」

 

 ユリスがイレーネとプリシラとの関係をユリエルに聞いてくる。今のユリスにはユリエルとイレーネたちとの会話を思い出す暇がないほどに混乱している。

 だが兄妹だということにしても、顔立ちも髪色も違うとなると何か別の関係がありそうに思うのは当然だろう。

 

「……義理の兄妹だな」

 

「……え?」

 

 ユリエルは悩んだように間をあけてからそう答えた。これはユリエルだけでなく、彼女たちの問題でもあるのだから、彼の独断で話すわけにはいかなかった。

 だがそのことに気にする余裕もなく、またしても驚きの表情を作った。基本無表情の長男に、手間のかかる長女、それの世話を焼く妹。こんな奇天烈な兄妹があるだろうか。

 まぁつまりはユリエルに兄弟がいるとは思えなかったので驚いたのだ。

 

「チッ、鼻のいい……」

 

 綾斗とユリスが驚いている間にユリエルは何かを嗅ぎつけ、舌を打った。彼の視線は衆目の外に注がれている。彼が感知したのは二人組の男性だ。だが問題はその制服にある。

 

「星猟警備隊だ。聞きたいこともあるだろうが後で話そう。さっさと行け、捕まると面倒だ」

 

「いや、でも俺たちが何かをしたわけでもないんですし」

 

「言いたくはないが、警備隊の連中は融通がきかん。この惨状を説明して納得させるのに、どれだけかかることかわかったものではないぞ」

 

 ユリスの返しに綾斗は周りを見渡した。そこには無数の不良たちが気絶して転がっている。そしてこれは時間がかかると納得した。確かにこの状況なら、まず自分たちが真っ先に疑われるだろう。

 しかもユリエルは実際に発砲しているのだから更に危ない。

 

「そういうことだ。逃げるなら路地の角を曲がってから屋上に上がれ、大抵はそれで振り切れる」

 

 まるで幾度となく警備隊を巻いてきたかの物言いだ。そしてすぐに人混みに紛れて消えていく。

 先の(イレーネとプリシラ)と同じように、まるで風のような流れに二人は苦笑いしか出来ない。成程、確かに兄妹だと二人は感じていた。




二十五式煌型拳銃オックスアイ…ACVの「OXEYE HG25」、ACVDの「AM/HGA-304」


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Prayer

結構遅くなりましたね、申し訳ない


 イレーネの住むマンションでささやかな食事会が開かれる。そしてそれにユリエルも招待されていた。

 何でもプリシラが綾斗に助けられたため、そのお礼がしたいらしい。

 義妹が世話になったのだから、おもてなしをするのが礼儀というものだろう。彼はそう考えて寮から出ていく。

 綾斗は既にマンションに着いているらしく、何故かユリスまで来ているということをイレーネから携帯端末で聞いている。イレーネはどことなく不満そうな声を出していたが、次に戦う相手の家に招待されているのだ。パートナーが心配するのも無理はないだろう。

 事実、イレーネは一回彼らを襲おうとしていたのだから警戒されないほうがおかしいのだ。しかもどこかの店ではなく、マンションに誘っているのだからなおさらのこと罠だと疑われる筈だ。

 それを考慮せずに愚痴ってくるイレーネに対して思わず彼は溜息を吐いてしまったが、何やかんやで義理堅い彼女のことだ、丸く収まるだろう。

 そんなことを思いながら歩いていると、ユリエルはマンションに着いていた。

 

「はーい。おかえりなさい、お兄ちゃん」

 

「ああ、ただいま」

 

 ユリエルがインターホンを鳴らすと、プリシラがエプロン姿で出迎える。花の開いたような笑顔で迎えるプリシラに彼は薄い笑みを浮かべた。彼に自覚はないがそれは確かにプリシラの脳裏に焼き付いた。

 プリシラもまた最近のユリエルのいい意味での変化に喜んでいたが、笑みを見たのは初めてだった。イレーネの無茶に怒ったことも少し前の連絡で感じていた。だが笑みを、喜びを表したところを見るのは今回が初めてであった。

 ユリエルの所有物になってから彼のことを常に見てきたが、表情どころか眉一つ動かさないような人物だった。そんな彼プリシラは言わずもがな、イレーネも恐れを覚えていた。何とか彼の人柄を知ることが出来たが、共に生きて三年以上の期間を要した。その合間も、その後も彼は感情を表に出すことがなかった。

 たまに受ける依頼、その時にだけ少し雰囲気が変わるとプリシラは感じていたし、それが転機になると信じていた。だからこそ彼女は新しい依頼が舞い込んだことに心底喜んでいた。そしてその依頼が確かにユリエルの転機になっていることは、もはや間違いようがない。

 最もそれがシルヴィアの護衛とは驚いたが。

 

「? どうしたプリシラ?」

 

「あ、ううん、なんでもないよ。お兄ちゃんは先に座ってて、もうちょっと作るものあるから!」

 

 プリシラはそう言ってユリエルの後ろに回って、俯きながらの背中を押した。彼女はその少し赤らんだ顔を見られるのを無性に嫌がった。どうにも彼にだけは見られたくなかったのだ。

 そしてユリエルが困惑しながらリビングに進む。黙り込んだプリシラが急に自分をせかしたのだから驚かないわけがなかった。突拍子のない行為はイレーネを叱るときにしか起こさない彼女だ。自分が何かしただろうかと考えを巡らせながら、彼はイレーネたちの待つテーブルに向かった。

 

「行ったよね……」

 

 プリシラはリビングに向かったユリエルを見届けて息をついた。彼女の胸は凄まじい鼓動を立てて、締め付けるような痛みが彼女を襲った。それに彼女はエプロン大きな皺が出来る程に両手を握りしめる。彼女の目は涙で潤み切っている。

 

「苦しい、悔しいなぁ……」

 

 だけど確かに彼女は笑みを浮かべていた。儚げだが美しい笑みを浮かべていた。

 だがそれでも胸の痛みは誤魔化せない。

 プリシラは悔しかったのだ。自分ではなく他の誰かが彼に感情を与えられたことに嫉妬していた。それは嬉しいことだったけれど、それでも彼女が成し遂げたかったことだった。

 品行方正な彼女だって疚しい気持ち位抱くだろう。なにせ彼女は女の子なのだから。

 相手はシルヴィア・リューネハイム、少年に情景を、青年に勇気を、壮年に気力を、老年に希望を魅せる至高の歌姫だ。

 他の人が比べれば仕方ないと言うだろうが、それでもプリシラは認めたくないのだ。自分と姉が何年も彼と接してきたのに、立ったの数カ月で彼の感情を引き出されたことが悔しくてたまらない。

 遂にプリシラの瞳から涙が零れ落ちた。

 

「ごめんね、お兄ちゃん……」

 

 自分の不甲斐なさにプリシラは唇を強くかんだ。嗚咽を必死にこらえ、涙を呑もうとしていた。

 ここから直ぐ近くの部屋には恩人と最愛の人たちが待っているのだから、泣き腫らした顔では顔向けができない。

 そう考えたプリシラは指で涙を払いのける。彼女は戦う力はまるでないが、それでも心は強かで芯の通った少女だ。再生能力者であっても痛みは怖いが、窮地においても冷静さを損なわない。そして何より負けず嫌いだった。

 プリシラは自分の頬を叩いた。ユリエルたちには気付かれないように、それでも自分に喝が入るように強めに叩いた。乾いた音が少し響いたが、ユリエルたちには聞こえていないようだ。

 そしてプリシラはリビングに向かって歩いて行った。感情を引き出すという点ではシルヴィアに負けた。ならばもっとユリエルに笑顔を増やしてみせようとプリシラは誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 ユリエルが来る少し前にイレーネ、ユリス、綾斗はプリシラの料理を食べながら談笑していた。

 彼らのつまむ料理はどうやらサラダなどの前菜だ。

 小皿に盛り付けられれたそれらは決して高級料理だとかではないものの、家庭的でどこか安心できる味だった。また、一工夫加えられているのが分かり、プリシラが持て成そうとしてくれていることがしっかり感じられる。

 少し前まで罠かもしれないと疑っていたユリスは、ここまでしてくれることに罪悪感を感じ始めている始末だ。

 イレーネはプリシラの作る料理がそれほどまでに好きなのか、頬張ってそれこそ幸せそうな顔で食べている。

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「兄への憧れか」

 

「うるせぇ、別にそんなんじゃねぇよ」

 

 イレーネは照れたように視線を迷わせる。頬にはうっすらと赤みが差していた。その姿を見た綾斗とユリスは、自分より年上であるイレーネに愛らしさを感じていた。

 イレーネ、ユリス、綾斗はピリピリした空気もなく、少し前に争った時の禍根も残っていないかのようにゆったりとしている。というかユリエルとプリシラに毒気を抜かれて有耶無耶になっただけだった。

 

「あ、兄貴はあたしよりも強いからな。そりゃあ目標にもしたくなるだろ?」

 

 しどろもどろになりながらイレーネはそう答えた。何気に重要なことを話していることに彼女は気付いていないのか、そのまま口を滑らせる。

 それを聞いている綾斗やユリスはぽかんとした表情でイレーネの顔を見ているが、それでも彼女は気付かない。

 

「あたしが全力で闘っても片手間で一蹴されるんだ。それにプリシラの護身術は天霧も見ただろ、あれを仕込んだのは兄貴だぜ?」

 

 急に名指しされた綾斗は驚いたが、その言葉にプリシラが不良に襲われているときのことを思い出した。

 複数いた不良に押さえ付けられようとしていたプリシラに駆け付けた綾斗は、何人かの不良が近くでのされているのを見かけたが、もしかするとそれのことだろう。

 イレーネは恨みを買いやすいからという、ユリエルからの配慮だろうと綾斗は思った。それは前回のいざこざを考えれば当然の帰結であった。

 

「《覇潰の血鎌》の能力だってすぐに抜けられちまうし、兄貴は普通の煌式武装を使っているってのに歯牙にもかけないからね。兄貴には恩もあるし、働いて返したいんだよ」

 

 淡々と口を滑らせていくイレーネにユリスと綾斗は理解が追い付かない。いつかのいざこざと同じく、この兄妹は人の頭を滅茶苦茶にするのがよほど得意らしい。

 ユリスは頭を抱えながらイレーネの話に割って入った。こうでもしないと話が進まない。

 

「いやまて、突っ込みどころが多すぎるが、ユリエル先輩がお前より強いとはどういうことだ?」

 

「はぁ? 何言ってんだよ、当たり前だろ? あたしなんかが兄貴に勝てるわけないだろ?」

 

 ユリスの言葉に怪訝そうな顔でイレーネはそう返した。まさしく「何言ってんだコイツ」とでも言わんばかりの表情にユリスは顔を覆った。

 話がかみ合っていないことに綾斗も苦笑いだ。

 イレーネはレヴォルフの《冒頭の十二人》に入っているし、その中でも三位に着く実力者だ。それを片手間で相手をしてみせるユリエルは、ユリスにとって想定外の言葉だった。

 だがイレーネはそれが当たり前だと思っているからか、ユリエルの序列を完全に失念していた。

 

「そこまでにしておこうよユリス、ユリエル先輩は《鳳凰星武祭》には出ないんだしさ」

 

「確かにそうだが……」

 

 ユリスが納得いかなさそうに顔を顰めた。

 前の試合では、レスターとその取り巻きであるランディとの戦いで圧倒して見せたイレーネが易々と負けるとは思えない。たとえレスターが《魔術師》や《魔女》のような能力持ちに弱いとはいえ、実質二対一の状況で返り討ちにした実力者だ。

 それにユリエルが純星煌式武装を持っていないとなると、何の能力も持たずにイレーネを圧倒したということになる。ユリスも綾斗もにわかには信じがたい話だった。

 

「すまない、遅れたな」

 

「おせぇよ、兄貴」

 

「お邪魔してます、ユリエル先輩」

 

 扉の開く音と共に無機質な声が部屋に響いた。機械かと疑いたくなるよな声だが、それに聞き覚えのあるイレーネは笑顔を浮かべて彼を出迎えた。それに続くようにユリスと綾斗も挨拶を交わす。

 イレーネの放つ言葉は憎まれ口だが、その表情は待ちわびたと言わんばかりの笑顔だ。妹の料理の反応といい、本当に家族を大切にしていることの伝わるいい姉だと二人は感心するばかりだ。とても自分たちに斬りかかってきた時の同一人物とは思えない。

 

「すいません、先に頂いてしまって」

 

「いや、お前たちに礼をするために開いたんだ、遅れてきた俺に非がある」

 

 ユリエルは挨拶を済ませると、すぐに席に着いた。それに続いて綾斗が謝ろうとするがユリエルは気にしていない。

 それにユリエルが言ったことにもあるように、飽くまで持て成すのはユリエルたちなのだから謝りたいと感じていたのはユリエルの方だった。

 

「そうそう。あんたらは気にすんなって」

 

「黙れ。もとはお前の連絡が遅れたせいでこうなったんだ」

 

 イレーネが調子に乗ってそう言うと、ユリエルからの厳しい指摘が鋭い視線と共に飛んできた。それにはイレーネも一瞬竦み上がる。

 実際遅れてきたのはイレーネの連絡が遅れたせいだ。しかも連絡してきたのは当日であり、これはプリシラにもしっかり怒られている。

 

「いや、悪かったって!」

 

 イレーネが手と顔を振りながら必死に謝罪するが、周りの綾斗の苦笑いやユリスのジト目に逃げ道を塞がれていた。流石に思う所があるのか二人は助けを出そうとしない。

 イレーネがそんな二人に恨めしそうな目線御向けていると、ふとユリエルが手で口を押えながらクスリと笑った。無機質な声が嘘のような緩い笑みだ。

 

「冗談だ」

 

「え? ちょっ、兄貴ィ!」

 

 イレーネが若干涙目で抗議に移る。割とシャレにならないレベルで恐かったのだからこれくらい許されるだろう。だがそれでもイレーネが連絡を怠ったのが原因なだけに攻められない。

 放置されている客人二人も微笑ましそうにその様子を見ていた。

 

「あんたらも笑ってんじゃねー!」

 

 微笑ましく見守る綾斗とユリスの目線に、居心地の悪さを感じたイレーネが頬を薄く染めながら睨みつける。それは迫力に欠けていて、二人の笑みを深めることになる。

 だがふいにユリスの脳裏にユリエルに似た存在が浮かんだ。統合企業財体の傀儡国家であるリーゼルタニア王国の王。それがユリスの兄である。

 ユリスの兄はユリスを思っているが故に統合企業財体の傀儡となった。幸いと言えるのは彼がその立場を満喫していることだが、それでも兄がユリスのためを思ってその立場になったのは間違いはない。

 彼はユリスの自由の為に我儘で憎めない王として振る舞っている。それがとても心苦しいと感じていた。

 

「ユリス?」

 

「いや、何でもない」

 

「お待たせしましたー。シーフードとキノコのパエリアです」

 

 ユリスが少し暗い考えになりかけた時、プリシラの声がリビングにいた全員に届いた。どうやらメインディッシュの到着のようだ。

 イレーネは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、ユリエルもどこか嬉しそうに見える。流石に食べ物でユリエルの表情が緩むとは思っていなかったのか、ユリスと綾斗は目を丸くした。

 

「ふふん、プリシラのパエリアは特に絶品だからな。心して食えよ」

 

「だからお前が作ったわけではないだろう……」

 

 イレーネがプリシラの料理を自分のことのように自慢する。前菜を食した時にも同じようなことを言っていたイレーネをユリスは呆れた目で見ていた。ユリエルも無表情のまま軽くため息をつき、綾斗はそれに苦笑いを浮かべる。

 プリシラは嬉しそうに笑みを浮かべながらユリエルとイレーネを急かし始めた。

 

「ほらほら、お姉ちゃんとお兄ちゃんは早く取り分けて」

 

 プリシライレーネを姉と呼び慕う姿は。綾斗に眩しいものを見たように感じさせる。

 綾斗は生死すら掴めぬ姉の姿を思う。

 綾斗の姉は彼に封印をかけてどこかに消えた。

 まだ幼かった綾斗は姉を守ると誓っていたが、その姉に力を封印された。今も何故彼女がそのようなことをしたのかは分からない。

 少し前までは気にも留めていないと思いこんでいた綾斗であったが、ユリエルとイレーネの笑いあう姿を見ていると胸がジクリと痛む。もうすでに過去のものと思っていたのに、なぜこんな気持ちになるのか綾斗は困惑していた。



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Pray for the Power

大分遅れました
今回は姉妹と主人公との出会いの話となります
一話の話を多少変えました。これからも原作の動き次第で書き換えることもあるかもしれないのでご了承ください


 イレーネは何かを守るためには力が必要であリ、何かを手に入れるにはさらに力が必要であることを知っている。力がなければ失うだけであり、それをまた取り戻すにはそれより強い力が必要だ。

 そしてイレーネはそれらを為す力を持つ者を知っている。その者と出会った時のことは今でも彼女は覚えていた。

 

 

 

 

 当時、国家の反乱は鎮圧され、統合企業財体の勢力争いは激化していた時代だ。

 イレーネの居た国もまた統合企業財体に反抗しようとした国家であり、そして他の国と同じく完膚なきまでに叩き潰された国の一つだ。

 国家反乱の時代、国の命運は二つしかなかった。統合企業財体に取り込まれて傀儡国家となり従い寄生するか、傀儡国家になると見せかけて裏で反抗の時を伺うかの二択だった。

 情勢が不安定であるが故に貧富の差が極端であり、反抗して叩き潰された国など見るまでもなく貧相な国となる。統合企業財体は反抗しようなどと考えさせない為に、国家は財源を搾取され絞りとられた。それこそ干物になるほどには。

 

 そんな少なくない国家に生まれたのがイレーネとプリシラだった。だが二人は《星脈世代》であり、プリシラに至っては再生能力者だ。

 彼女らの家族からしてみれば金のなる木に見えたことだろう。大都市から離れれば離れる程《星脈世代》への差別は顕著となる。即ち希少であるプリシラを売り払うことにより、両親は大金を得ることにしたのだ。

 それにはイレーネも激怒した。《星脈世代》として生まれた自分たちを愛していない両親に親愛を向けることなどなかったが、それでも生きるためにはその両親にしがみつかなくてはならない。そんな状況で彼らと生きていたからか家を出ることにも躊躇いはなかった。

 

 だが子供二人で生きていける程この世界は甘くない。何しろ彼らが逃避行を決行した時には《星屑の極光》により世界が今まで以上に戦乱に呑まれていた。

 ならず者共が地を這いずり回り、闘う力を持たない者が外に出ようものなら彼らの餌食になりかねない。そんな時期だったのだ。

 そんな中で外に出れば必然的にならず者共に会いまみえることになる。

 小屋に身を隠そうがそこは彼らの狩場であり、イレーネとプリシラは彼らにとって殊勝な羊に過ぎない。

 ならず者共の中には傭兵や、国の軍として働いていたものもいた。だがそんな彼らに尊厳も何もなく、ただ金や食物を殺し奪ってやろうという感情しか見えない。ただ己の欲を満たすためだけに動いていたのだ。

 イレーネはそれに反抗したが、中には自分より体格の上な《星脈世代》も居て子供ではどうしようもない。容赦なく蹴り飛ばされ、呻き声を上げながら軽い体は宙に浮く。

 イレーネもプリシラも髪を掴み上げられ、服を破られる。

 涙を目に溜めながらお互いに手を伸ばすが、同時に男たちの足に踏みにじられる。ならず者のボロボロの靴に血がにじんだ。さらに次の瞬間にはイレーネが最も危惧していたことが起きてしまった。

 

「おい見ろよ再生能力者だぜ、こりゃぁいい」

 

 プリシラの能力の露見だ。

 男が血の付いたボロボロの靴を上げると、綺麗な傷一つない肌が露わになっていた。それには周りの男たちも下卑た笑みを深める。何たる僥倖か。世界中探しても三桁に届かないであろう再生能力者だ。彼らは天運に恵まれていると言っても過言ではないと確信する。

 だがその前に彼女たちの体を堪能するつもりなのか、晒された肢体に手を伸ばす。

 抗おうにもならず者は何十人と居るのだ。軍や傭兵として生きていた者も居るなかで、子供の抵抗など簡単に押さえ付けられる。

 プリシラは既に乳房に手を掛けられていて、その嫌悪感に涙を流すも男たちをそそらせるスパイスにしかならなかった。イレーネもまたそれに続いて股間部分を触れられた。

 万事休すかと思われたその時に、突如として風を裂く音がここにいる全員に届く。それもだんだんと近付いている音に誰もが訝しむ。

 ならず者共が音の響く空に目を向けた時、何かが超高速で進んでいるのが目に入った。それもぐんぐんと此方に近づいている。

 

「何だ、ありゃぁ……」

 

 誰かが怪訝な声を出した時には、それは既に自分たちの上空に存在した。

 長い筒のような大型のブースターを取り付けた人型の何かだった。身長は三メートルを超え、傍目から見ても重厚な装甲に覆われている。だがバイザーらしきもので顔は覆われているのが見て取れたので、中には人間がいるのだろうことは分かった。

 だがそれも《星脈世代》の動体視力があってこそ見えたものだ。普通の人間には霞んで見えている。

 そしてイレーネたちの頭上に存在した何かに取り付けられていたブースターが一瞬でバラバラに分解された。飛来した何かに比べれば細かい破片ではあるが、人からすれば大きく、そして超高速で飛んできたそれは確かな殺傷力があった。

 

「ガッ!?」

 

「ゲェッ!?」

 

 前述したとおりそれらは常人が避けるには速すぎた。

 次々と降りかかる破片はならず者共に突き刺さる。四肢を持っていかれた者もいれば、腹や胸に風穴を開けられたものもいた。

 《星脈世代》の人間は煌式武装を展開し、剣で巧く切り払ったり銃で撃ち落としてるが他人を庇う余裕がないのか、それともさらさら庇う気がないのか自分の身を守ることに専念している。

 イレーネとプリシラは破片を恐れて頭を抱えるきりだ。

 長いように思えた出来事は一瞬で収束したが、周りは酷い有様であった。首を持っていかれた奴は一瞬で逝けたのだから運がいいとしか言えない。腹が裂けて贓物がはみ出し、それを抱え込むようにして苦しむ者や、喉を潰され避けた喉から空気を漏れさせ喘ぐ者もいた。

 この場所はまさに死屍累々という言葉が最も適した土地となった。

 イレーネとプリシラは廃ビルに潰された、己の、妹の能力が発覚した時の惨状を思い出して胃の中にあるものをすべて吐き出した。

 だがならず者共はそれに見向きもせずに、千五百メートルほど離れた地点に着地した何かを見た。腐っても兵士であった者たちだ。直ぐにそれに対して構えをとった。

 だがその中で身体能力の高い《星脈世代》であった者たちは、その視力をもってそれの為したことを見て嫌な汗を流した。

 

「に、逃げるぞ!」

 

 《星脈世代》が見たのはソレが武器を展開したところだ。それだけでならず者は撤退を選んだ。

 ソレは虚空から武器を顕現させた。煌式武装の起動体も手にした様子もなく、万能素がソレの手元に集約すると武器が顕れたのだ。《魔術師》や《魔女》かとも思ったが、そんなことは問題ではなかった。

 顕現した武器。それが彼らに恐怖を抱かせるには十分すぎた。兵器としては規格を大きく外れすぎていたのだ。

 五連装のガトリングに超巨大なキャノン砲。それを四メートル近くある鉄の巨人が両の手に持ち、こちらに接近しようとしていたのだ。

 馬鹿げている。それを見た《星脈世代》や伝えられたものはそう思うことしか出来ない。兵器として行き過ぎている。

 まだ動いてはいないが、それでも前傾姿勢で武器を展開しているという状況に、ならず者たちは焦燥に駆られた。

 

「ターゲット確認、排除開始」

 

 漆黒の巨人(ソレ)は機械質な声でそう言った。イレーネもプリシラもそれを見て、聴いたのだ。それも目前で。

 千五百メートル離れた巨人がいつの間にか目の前にいた事実に誰もが驚きを隠せなかった。だがそれすらもその存在にとって隙となる。

 五連装のガトリングの狙いがならず者たちに定まり、回転して一斉に火を噴いた。大気を劈くような音と共に厚い弾幕が一瞬で形成される。それはまるでまるで弾丸の壁だった。

 無数の弾丸は慈悲もなくならず者共を貫く。普通のガトリングよりも巨大で、それから放たれる弾丸もまた規格外に大きい。人に対して扱うには過剰すぎる力だ。

 普通の人間は星辰力もないために弾け飛ぶ。《星脈世代》の人間もまた星辰力を守りに回すことで耐え忍ぼうとするが、如何せん火力と弾数が桁違いで星辰力も尽きて消し炭にされていく。だがガトリングの精度が劣悪なのか弾丸は集中することなくばらけて飛んでいき、事なきを得た人間もいた。

 その中で銃型の煌式武装を持つものが前に出る。何とか弾丸の雨を掻い潜ることの出来た《星脈世代》の男だ。それに続いて他のならず者たちも前に出て抗戦の意志を見せる。

 だがそれはその存在にとってあまりに無謀だ。弾丸は着弾する前に宙で霧散し、斬撃が届居たと思いきやそれは既に残像となっていた。

 

「化け物がッ!?」

 

 ならず者の一人が思わず叫ぶ。

 その言葉すら意に介さず、巨人はキャノン砲の砲身でならず者共を薙ぎ払う。上半身は抉れて残ったのは彼らの下半身のみ。骨盤すら見えるそれは血で乾いた土壌を濡らしていった。余りにも背徳的な光景。劇場ででも見たのなら吐き気すら催すだろうそれも、実際に目にしたイレーネとプリシラはただ呆然とするだけだ。脳が、理解が目の前の光景に追いついていない。

 銃身が血で赤く染まるが、銃口に万能素が集まり銃身が熱を持つと共に蒸発して消えていく。

 銃口を残ったならず者共に向ける。五十人は居たならず者も既に半分を切っている。

 

「じょ、冗談じゃ……」

 

 ならず者の切羽詰まった言葉など届かない。声が届く前にソレは引き金を引いた。

 跡には抉られた大地だけが残る。先程までのガトリングの弾幕とは違い単発の光線だ。それでもその威力は、範囲はガトリングとは比にならない。その一発は確かにならず者共を消し、そのままイレーネたちの住んでいた集落に着弾。巨大な爆風と共にビルや住居を巻き込んで吹き飛ばした。

 無慈悲で無感情。その証拠にバイザーに覆われていない結ばれた口元は一切動いていない。

 ならず者の中にも巧く避けた者がいたようだが、巨人の目前にはイレーネとプリシラの周りにいた三人しか残っていない。巨人はこの惨状をものの一分足らずで創り出していたのだ。

 

「クソッ! どうせテメェはこのガキが目当てんだろうが! 」

 

 彼らの目に着いたのはプリシラだ。彼女が攻撃を一切受けていないのは分かっていた。というよりその近くにいたからこそ彼ら三人は被害を受けずに済んだのだろう。

 だからこそ彼、もしくは彼女の狙いがプリシラであり、彼女の身さえ譲れば己は助かると打算したのだ。だがその考えは浅はかに過ぎるというもの。それならあの速度をもって彼女を連れていくだけでよかったのだ。

 

「……勘違いするな」

 

 ここで巨人が口を初めて動かした。

 重々しく開かれた口からは、背筋が凍てつくほどに無感情な言葉が響いてきたのだ。別に特に低くもない、かといって高すぎず声変わりし始めたかのような少年の声だ。紛れもなく人間であることが確認できたはずだが、その声には何も感じさせない、虚無というのが最も当てはまる機械的なものだった。

 その声で、その声だけでならず者たちは自分たち以上にイカレた存在であると気づく。だがそれももう遅い。

 

「飽くまで俺の任務はお前らの殲滅。他に用はない」

 

 そう巨人が言った瞬間にその姿が掻き消える。そして背後に回り砲身で再び彼らを薙ぎ払おうとするも、その瞬間にその砲身が真っ二つに切断された。

 その背後にはならず者共の頭領と思われる男が肥大化した刃をもった煌式武装を振り切った姿で息を吐いていた。

 恐らく流星闘技を使ったのだろう。肥大化した刃も次第に元の大きさに戻っていく。

 両断された砲身が宙から地面に落ちる音がすると同時に男は振り返り、巨人を睨みつける。

 

「クソが! ただの見掛け倒しだろうが! おめぇらもシャキッとしねぇか!!」

 

 頭領の怒声が響き、逆転の兆しにならず者は士気を取り戻す。だが巨人はそれに見向きもしなかった。

 

「?」

 

 悪態を吐いた男を尻目に、巨人は赤熱した銃身に目を向け疑問の声を上げた。それは流星闘技が扱えるほどの存在が居たことに対する疑問の声だった。

 流星戦技は綿密な調整が必要となるし、それには設備が欠かせない。そこまで考えて巨人はその思考を放棄した。この状況にその考えは必要ないと切り捨てたのだ。

 

「おい聞いてんの―――か?」

 

 一閃。

 並んでいた彼らは上半身と下半身を別たれた。

 何時から変わっていたのか、キャノン砲を装備していた巨人の腕には大型のブレードが取り付けられ、振り切った腕には紫色の巨大な刀身が残像を引いて止まっていた。

 血しぶきは上がらない。唯両断された体は焼けつくような臭いを上げて転がり落ちる。

 

「圧倒的、すぎる……」

 

 プリシラを抱き寄せ、額に汗をにじませイレーネは思わずそう口に出していた。そして慌てて両手で口をふさぐ。自分も殺されるという確信が彼女の中にはあったのだ。

 だがそれも遅い。

 

「ひぃっ……」

 

 既に彼は彼女たちを視界に捉えていた。

 先程まで何の感情も見せなかった巨人があり得ないほどの鬼気と怒り、圧倒的な力を纏って彼女たちを見下していたのだった。



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