突然地獄めぐりを強いられました~俺がしたいのは自分探しなんかじゃない~ (トウノセツ)
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序章『祠と幽霊少女』
帰省


 

 

 

 

 

 

 

 

『もういーよぉ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが呼ぶ声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 プアン…。そんな音をたてて、さっきまで俺を乗せていたバスが俺を置いて去っていった。

 

 バスと言っても、町営の小さなマイクロバス。限られた路線の中で、土日祝日でも午前と午後に数本ずつあるだけで、平日ともなれば午前と午後、それぞれ1本ずつしかないようなもの。

 

 俺はそんな田舎な地元が嫌で、大学受験したときにはわざと遠方の大学を選んだぐらいだ。

 

 それでも数年離れていると意外に寂しくなってくるもので、幼馴染に「俺、今度の夏に帰るんだけど、お前は帰るの?」って連絡もらったのをきっかけに、じゃあ俺も、と便乗する形で帰って来たというわけ。

 

 蝉の鳴き声がトコロ構わず響く中、俺は「さて」とスマホをポケットから取り出した。幼馴染からの連絡は一切ナシ。

 

 あんにゃろ…。「じゃあ、向こうのバス停で待ち合せな!」なんて言って(正確には書いて?)いやがってたのに。

 

 もう午前のはさっき俺が降りたので終わってるから、あと来れるとしたら午後しかない。だから、俺はサクッと幼馴染を待つという案は捨てて、実家に向けてダラダラと歩き出した。

 

 というわけで、どうも。俺の名前は日向(ヒナタ)(ハル)。現在、某大学の3回生。黒歴史だが、1年留年シマシタ。

 

 お袋には「やる気ないならさっさと辞めて働け!このボンクラ‼」とキレられたが、セイシンセイイ謝って何とか現在(いま)も大学に通えている。………まあ、仕送りは減らされたけどな!おかげでバイト三昧(笑)また留年するぞという突っ込みはナシの方向で。

 

 ちなみに幼馴染の名前は黒井(クロイ)(ミチル)。音だけ聞くと女みたいな名前だが、正真正銘の男。しかも、かなりガサツな性格で、俺以上のルーズさを持つ。まあ、だからこんなことになってんだけどな。

 

 なのにそのミチルときたら、留年せずに現在4回生として俺とは別の大学でスクールライフを送っているとのこと。何だかムカつくな、おい。卒論が大変だとか言ってるが、知るかそんなもん。就職先なんか、もうバッチリ決まってるらしいじゃねーか。何だよ!この違い!

 

 と、いないミチルに向かってブツブツと悪態を吐いていたところで、1台の軽トラが俺の後方からクラクションを鳴らしてきた。

 

「よお、ハル坊じゃねえかっ。そんな大荷物持って歩きか?」

 

「あ、ジンジさん」

 

 それは俺とミチルがちっさい頃からよく構ってくれてた近所のオッチャンだった。

 

 名前は大山(オオヤマ)仁児(ジンジ)さん。いつも頭にねじりハチマキをしてることから、ちっさい頃の俺とミチルは『ハチマキのオッチャン』って呼んでた。現在から思えば、ジンジさんは所謂老け顔で、20年程の時を経てもほとんど変わらない。むしろ、現在の方が若く感じるくらいだ。年齢不詳だけど。

 

「いや…迎えが欲しいところっすけど、何せお袋をキレさせたんで怖くて怖くて…」

 

「ははっ、リュウネンとかいうヤツか。そりゃあ、バカ高い金出して行かせてるってのにさらに金が必要なことになればなあ。さすがのカオルちゃんも雷を落とすってもんだ。

 そりゃあ、自業自得ってヤツだあな。まあケッパレよ」

 

「ええ~~~?!乗せていってくれんじゃなかったの?‼ジンジさん‼‼」

 

 ブロロロロロ…と、低いエンジン音を響かせ、法定速度で走り去っていく軽トラの背に向かって叫ぶもムナシク、俺はものの見事に置いてきぼりを喰らった。

 

 くっそう…ジンジさんめ。昔の可愛がりっぷりはドコいったんだ。これじゃあイジメだ、イ・ジ・メ!

 

 ちなみに「カオルちゃん」っていうのは俺のお袋のこと。漢字で書くと「薫」だ。

 

 すっかり米粒となってしまった軽トラを前に、俺は仕方なく亀の歩みで実家へと向かった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「はっはっはっはっはっ!ジンジさんもなかなかに容赦のないお人だな!」

 

「笑い事じゃねえよ…親父」

 

 歩き続けたこと1時間弱。やっとの思いで辿り着いた実家で出迎えてくれたのは、長期休暇中の親父だった。

 

 下の名前は、朋広(トモヒロ)。此処から車で1時間半かかる某お菓子メーカーに勤めている。詳しい仕事内容は知らねぇけど、時々会社でつくったって言うお菓子を持ち帰ってたりしてた。聞いてみたトコロ、それは現在も健在のようで、俺がいない今は近所の子ども達に配ってるらしい。

 

「まっ、何はともあれ無事に帰って来てくれて良かった。

 実家(此処)にいる時ぐらいはゆっくりしてけよ」

 

「何言ってるの、お父さん。そんなんだから、ハルが調子に乗って留年なんかするのよ。

 ハル。アナタはお客様じゃないんだから、自分の世話ぐらい自分でしなさいよ」

 

「げっ、お袋」

 

 親父と話し込んでいたトコロ、丁度洗濯物を取り込んでいたらしいお袋が通りかかって俺にクギを刺して風呂場の方へと消えていった。何でわかったのかって?綺麗にたたまれたタオルの山を抱えてたからだよ。

 

 親父はとってつけたように「…まあ、ちょっとは家の手伝いもしような」と呟くと、そそくさと居間へと向かっていってしまった。

 

 親父の薄情者…。

 



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祠の前で

 

 

 

 さて、みなさん。ただいまの時刻、17時過ぎです。午後の最終バスはもうなくなりましたー。

 

 けれど、ミチルは未だ来ず、ということで、オバサン(ミチルのお袋さんね)が心配して俺に家電で聞いてきたけど、恐ろしいことに音信不通なんだなー、これが。

 

 どうせ、充電が切れてるんだろってのが俺の考えなんだけど、それにしても来ないというのは変だよな。何やってんだよ、ミチル…。

 

 と、思ってたトコロにミチルからLINEが入った。

 

『スマン!日程の調節が上手くいかなかった。明日のあさイチでコッチを出る』

 

 おいおい…今更かよ。

 

 俺は『オバサンには連絡したんかよ』という文と共に怒り顔のキャラスタンプを張り付けといた。返事は『イエス』。『なら許す』と送ったトコロで俺はLINEを切り上げた。

 

 さて…ミチルの生存確認も済んだことだし、どうしたもんか。

 

 悩んだ時間はそんなんでもなく、セイゼイかかったとしても1分程度だろう。ある閃きとともに俺は「あ、そうだ」と手を叩いた。

 

「裏山へ行こう」

 

 まだ全然明るいし。うん、それがいい。

 

 思い立ったが吉日、と俺は高校時代に使ってた自転車(チャリ)を引っ張り出すと、「気をつけるのよ」というお袋の声を背に颯爽とそれを漕ぎ出した。

 

 その道中、田んぼのあぜ道で「あ、ハル兄」と中学生らしき男の子に声をかけられた。背が随分伸びたせいで最初はわからなかったけど、話してみればそれは俺が悪さをする時の手下にしてたヤツのひとりで、名前は木野(キノ)龍護(リョウゴ)。表立って強い言葉は使わないからヘタレと勘違いされがちだけど、実は芯がめっちゃ強い。本気で恨まれたら末代まで祟られそうだ、と言っていたのはミチルだったか。

 

「何処行くトコだったの?」

 

「すぐそこの山。ちょっと暇つぶしに」

 

「ふ~ん。いってらっしゃい」

 

「おうよー」

 

 そんな、他愛ない会話を交わしてリョウゴと別れた俺は、更にかっ飛ばして自転車を漕いだ。

 

 久しぶりの山道は、ギリギリ青年な身体にかなり()()()()わけで。途中、へろっへろになりながらの登山だった。てか、もう、枝にぶつかりそうになっては「若干ココ獣道じゃねっ?!」と内心突っ込みマシタ。誰だよっ、この山管理してんのは!

 

 と、半分ヒステリックになった俺は、崖?に気づかず、そのままドッガラガッシャーン!と自転車と運命をともにした…要するに落ちた。

 

()ってえ…」

 

 それは軽い打ち身だろうか。全身の鈍い痛みに呻いた俺は、隣でめっちゃ泥に塗れてる自転車をみて、ヒヤリ、というより、ヘコんだ。

 

 一体どれ程の高さを転げたのだろう。そう思って見上げれば、何てことない。崖といっても、その高さはせいぜい1m前後。あってないような高さだ。

 

 うむ。かすり傷とかはあるものの、ほぼほぼ無傷で済んだのはこのおかげか…って。

 

「バカすぎるだろおおおお!俺ええええええええええええ!」

 

 ああ…俺の心は重症です、皆さま。三十路まではいかんとも、アラサーには片足突っ込んでるというのに、「自転車漕ぎすぎて道から落ちました」とか。

 

 そんな俺に追い打ちかけるように、陽気な空から1羽のカラスが「カー、カー」と鳴いた。クッソ。

 

 そんなこんなで、肉体と精神にダブルで痛みを受けた俺は、とりあえずポキッと折れてしまいそうなココロをナントカ持ちこたえて立ち上がり、自転車の安否を確認した。うむ、俺判定、無事。

 

 その自転車を転がして数歩歩いたその時。

 

「―――何だ?あれ…」

 

 それが何なのか、理解するのに結構な時間を要した俺。だって、しょうがないじゃないか。数m先にある()()は雨風に(さら)されたボロボロになってて、原形がなくなりつつあったからだ。だけど、残った柱と木枠、それからご神体らしき小さな石像がみえて。それで、何とかひねり出した答えは………。

 

(ほこら)?」

 

 いや、確信は持てねーけど。そんな気がするだけで、確信なんて全くない。

 

 だけど、そんなことなんてすぐ吹っ飛んじまうことが起こった。

 

(あれ…?女の子…?)

 

 祠の前に、人影がひとつあるのに気付いた俺は、ブシツケにもその子をじろじろとみた。遠目だからよくわかんねーけど、多分中学生くらいかな。今はボブって言うんだっけか?なんか、肩よりちょっと上ぐらいで切りそろえてる髪が陽にあたって茶色っぽくみえる。スカートなんか、ミニだな。

 

 な~んて観察してたら、一瞬も目を離してないのに、その子がすうっと姿を消した。煙のように…なんて言葉があるが、あれはそんな感じだ。

 

「?!~~~~~~~~‼‼」

 

 驚いた俺は、若干過呼吸になりつつ、もつれもつれその場から逃げ出した。

 

 やっべえ!俺、初めてみた!えっ、何?!あれってやっぱ幽…。

 

「だあ!何だよっ、もー!」

 

 俺の変人な悲鳴は、田園風景に吸い込まれていっただけだった。

 

 ………と思ってたら、道端に軽トラを停めて田んぼの仕事をしてたジンジさんに聞かれてたらしい。後でジンジさんにからかわれたのは言うまでもない?

 

 チックショー!ミチル、早く来やがれえええええ!

 



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なんで?

 

 

 

 驚き桃の木で実家へと逃げ込んできた俺は、敵から逃げる猫よろしく猛スピードで自分の部屋に滑り込んだ。

 

 窓越しに聞こえる、蝉の声。蝉時雨という言い方があるが、まさにそんな感じか。バクバク言ってる心臓を鎮めるのには丁度いいBGMだった。

 

「…はあ。何だったんだ、あれ」

 

 口から零れる、単純な疑問。だって、あたり前だろ。「あ、いるな」って思ってみてた女の子がス―――って…ス―――って…。怖いわ!

 

「…って、あれー?」

 

 しばらくガクブルな状態だった俺だったが、不意にあの消えてしまった女の子に見覚えがあるような気がして、押し入れにしまったままにしていたアルバムを片っ端から引っ張り出して隅から隅までみた。

 

 ………と言っても、不思議なことに、高校時代の写真はあるのに、幼少期から中学時代にかけて一切なかった。何故?

 

「しゃあねえな…。後でお袋に聞いてみるか」

 

 イマイチ腑に落ちないが、お袋がどっかにしまい込んでるかもしれないからな。うん、決定。と、俺はその場でごろ寝を決め込んだ。

 

 当然と言うべきか、その内強い睡魔に襲われた俺は、お袋から夕食に呼ばれるまで本気で寝てた。いや、マジで。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ハル!夕食出来たわよ!」

 

 お袋の問答無用な呼び出しに、俺は快適な夕寝から叩き起こされた。…って、なんか怒ってねえ?

 

 よくわからんが、とりあえず行こうってことで、戦々恐々な心もちで居間に向かえば、もう廊下からでもわかる程のはしゃぎ声。その野太さから、おっさん同士の宴が始まってると俺は予想した。

 

「はいはい、ハルさん来ましたよー…って、なんじゃこりゃあ!」

 

 予想していたとはいえ、入った初っ端から俺は驚いた。だって、普段は使わないテーブルまで引っ張り出してきて、ふたつのテーブルを連結(ふすままで取っ払って部屋もふたつ使ってるし)。そのテーブルの上には埋め尽くさんばかりのご馳走がずらりと並べられていた。え?なんかいいことでもあったの?

 

 入り口で()()()()となっている俺のすぐ後ろを、2Lのペットボトル2本を持ったお袋が「ちょっと、アンタ邪魔!」と容赦ない肘鉄を喰らわせつつ通っていった。さすが、カオル様。

 

 俺は頭をボリボリ掻きながら、部屋を見回した。邪魔と言われてもな…。一体、何処に座れと。

 

 部屋の一番奥、出入り口から一番遠いところ、つまりは上座。そこでは俺の親父とオジサン(ミチルの親父さん。名前は明楽(アキラ))と、それにジンジさんの男三人衆が「わはははは」と陽気に酒を飲み交わしている。あれは…完全にできあがってんな。

 

 そんな、おっさん3人の横で静々と食事しているのが、オバサンことミチルのお袋さんである由奈子(ユナコ)さん。時々、おっさん3人にお酌してあげてるあたり、あれだよな。昔でいう「3歩下がって歩く」っていうヤツ?お袋にはねーわな。

 

 俺はそのオバサンの向かいに座ると、「こんばんは」とオバサンに挨拶した。

 

「ミチル、明日来るんだそうですねー」

 

 そう、世間話的振りを口にしながら、目の前の唐揚げの山から肉の塊をひとつつまみ上げた俺。それを口の中に放り込むと、肉の旨みがふわっと広がって何とも言えない幸福感に包まれた。うむ、若干冷めてはいるが、なかなかにジューシーだ。

 

 オバサンは、「ああ」とバツが悪そうな顔をすると、お茶を一口飲んでからこう言った。

 

「悪いわね、ハル君。誘ったのはウチの子なのにね。

 ミチルったら、何をやってるのかしらね」

 

「いーっすよ、別に。いつものことなんで。

 それよりどうでした?ミチルのヤツ、元気そうでした?」

 

「ふふ…いつも通りよ。『ごめん!』って悪びれてるフリはしてたんだけど、あれね。本当は何とも思ってない感じね」

 

 俺の世間話的振りの続きに、オバサンは困ったように笑うとそう零した。

 

「あー…なんか、()()()ですね。

 俺の方もいつも通りでしたよ。しれっと爆弾発言を投げてきましたね」

 

 俺は俺宛のミチルのLINEを思い出しながら、ウンザリ感満載で言った。

 

 そこへ我が母、カオル様がおなーりー。「手でつままない」と俺の頭を一度、ペシリと叩いてから俺の前に箸を出してくれた。そして、当然のようにオバサンの横に居場所をゲット。カオル様、近い近い。オバサン、困ってる。

 

 しばらくそんなお袋を眺めながら食べていた俺だが、「あ」と目的を思い出し、お袋に尋ねた。

 

「お袋、俺の高校より前の…ガキんの頃から中学校にかけての写真って持ってる?」

 

 俺の言葉に、お袋とオバサンの間で冷たい空気がピシリと張り詰めた。

 

 奥のオッサン3人衆は論外…なのはともかく、そのふたりの様子に、俺は「え?」と頭が一気に混乱した訳で。もう、何も言えませんがな。

 

 フリーズした俺をあわれに思ったのか、お袋は()()とひとつため息を零すと、こう続けた。

 

「何処にやったか忘れたわ。時間があったら、後で探しといてあげる」

 

 ………うん、これは100パー探す気ないわ。ていうか、あるかどうかも怪しい。

 

 けれど、俺はその場の空気のあまりの重さに、突っ込むことを忘れて、「わかった」と頷いていた。

 

(何だろう…この空気)

 

 俺はもやもやした気持ちを抱えたまま、唐揚げをやけ食いした。

 



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ミチル、来たる

 

 

 

 グッドモーニング、エヴリバディ。帰省の2日目に突入しました。いやあ、素晴らしい朝ですね。お日様が目に沁みます…っていうのはどうでもいいんだよ。

 

 現在の時刻、午前8時45分過ぎ。ぬくぬくと惰眠を貪ってたトコロ、お袋に布団をはがされました。くっそう…。

 

 お袋に()()()()言われながら部屋を出ると、居間へと向かった。そこには二日酔いでウンウン唸ってる親父が自分の指定席で突っ伏していた。

 

「飲みすぎるからだよ。バッカじゃね?」

 

 親父にそんな言葉を浴びせかけて、俺は俺で昔の定位置…縁側の(ふすま)の前にドッカリと腰を落ち着けた。ちなみに俺の声は親父には届いてなさそうだ。

 

 そこへ、俺のスマホがLINEが入ったことを知らせる音を鳴らした。それはミチルだった。

 

『今、○○線乗った。昼頃には着くと思う』

 

 お、珍しい。ミチルがコマメな連絡をしてくるなんて。多分、オバサンに言われたんだな。

 

 俺は『途中、あてのない旅に出るなよ(笑)』と返してから、そこでごろ寝を決め込んだ。

 

 朝飯は…何にしよう。そんなことが頭を掠めたが、今はとにかく惰眠を貪りたかった。おやすみなさい。ぐう。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「返ってこねぇと思ってたら、寝てたの?」

 

 

 

 突然の声に、「地面が割れた〜!」と叫んでいた俺は、それが夢だったことを覚醒することによって知った。

 

「…あ?」

 

 情けない呟きを垂れ流しながら()()()()とした目を凝らせば、そこには俺の顔を覗くミチルの顔があった。

 

 ミチルの顔が退()いたトコロで俺が上半身を持ち上げると、丁度ミチルはテーブルの上にビニール袋を置くところだった。中身はわからんが、なんか四角い。

 

「それ、何?」

 

「弁当。駅で売ってたから買ってみた」

 

 俺が指さして尋ねれば、ミチルは簡単にそう答えた。

 

「ミチル、好き嫌いハゲシーじゃん。大丈夫なのかよ」

 

「ヘーキヘーキ。中身はしっかり確認済み。

 煮玉子がはいってるからそれはお前にやるけど、後は食える」

 

「…煮玉子は好きだけどよ。何弁なんだよ、それ」

 

「鶏弁当」

 

 俺はミチルの最後の言葉に「ふ〜ん…」と気のない返事をすると、ミチルが座るのと入れ違いに台所へ立った。その時、「よっこらせ」と言ってしまったが、俺は断じて年寄りじゃない(真顔)

 

 入り口のところで1度、目の端でミチルをみやれば、もう既に弁当のフタを外してそこに薄切りにされた2枚の煮玉子を除けていた。うん、通常運行だな。

 

「じゃあ、ちょっくら飲みもん持ってくらぁ」

 

「おー」

 

 ミチルに声をかけ、俺が台所に入ると、そこではお袋がそうめんをゆでるところだった。

 

「お袋、飲みもん欲しいんだけど」

 

 俺がそう言うと、お袋はコンロに目をやったままこう返してきた。

 

「母さん今、手が離せないの。勝手に持って行ってちょうだい。

 ミチル君の分もちゃんと持っていくのよ」

 

「へいへい…」

 

 やっぱり小言ですか。ウゼーウゼー。

 

 俺は心のなかでブツクサ言いながら目当てのモノをひと通り用意すると、それじゃと()()硝子に手をかけた。

 

 そこに、お袋が「あ」と声を出した。

 

「ハル。そうめんが茹で上がったところだからちょっと待って」

 

「何で?」

 

「アンタとミチル君で仲良く食べなさい。今よそるから」

 

「…ミチルは弁当持ってきてたぞ」

 

「そういう問題じゃないの、馬鹿。いいから持っていきなさい」

 

「…うん、わかったから。とりあえず飲みもんだけ置きに行かせてくれ。

 そんな、全部は持てねぇよ」

 

 俺はそんな、グダグダ感満載な会話を経て、自分の部屋に戻った。そこには既に弁当を食い終わったミチルがいたわけで。

 

 えー…そうめん、いらなくね?って思ったが、そこはカオル様の言いつけ。守らねばと、懸命に全てを準備しましたとも。

 

 ちなみに、行ったり来たりの俺をミチルが気にすることは一切なかった。

 

「…ミチル。一応聞くけど、そうめん食う?」

 

「おー、食う食う」

 

 食うのかよ!お前、「腹いっぱい」とか言って腹さすってたじゃねえか!…なんて突っ込んだところでミチルには無意味なのはわかりきってるから、その辺は完全スルーで。いいよもう…好きなだけ食ってくれ。

 

 とまあ、こんな感じで2日目の昼下がりは過ぎていった。

 

 ………正直に言おう。俺は忘れていた。昨日、幽霊をみたことを。だから、ミチルと再度裏山探険に行こうと思っていたことを。

 

 それを俺が思い出したのは、4時近くになってから。お互い、自由にゲームやったりネットみたりしてた頃だ。

 

 俺は何の脈絡もなく呟いてみた。

 

「…ミチル。一緒に裏山探険行こうって言ったら行くか?」

 

「は?何それ」

 

 だよなー。



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幽霊再び

 

 

 

 ミチルには文句を山ほどもらったが、結局また裏山に来ている俺とその道連れにあったミチル。幽霊が出たっぽいぞ、という()()()もしっかりミチルには説明した。

 

 チャー…と2台の自転車を滑らせ、山を滑走していくと、やっぱり所々枝やらなんやらで引っかかる…のは俺だけで、ミチルはうまい具合に交わしていた。ぐっ…何だ、この違い。

 

 そうやって着いた目的の場所は、昨日よりも心なしか薄暗いような気がした。風も吹いてるし。

 

「ここ?」

 

「そ」

 

 親指で祠を指すミチルに、俺は軽い調子で頷いた。

 

 ミチルはそこで真剣なんだか只の無表情なんだかわからない顔で、祠を正面から上から下から左右から…要するに様々な角度で見まくった。

 

「…ただの祠だな」

 

「祠じゃねえよ!」

 

 まさかのミチルのボケに、俺は声を裏返させて突っ込んでいた。俺の話聞いてマシタ?!

 

 だが、ミチル(ご本人様)はそんなの何処吹く風で、「わかっててボケたんだ」と言い、こう続けた。

 

「その女の子ってやつ、どんな感じだったんだっけ?」

 

 ミチルの言葉に、俺は一回した説明をもう一回した。茶髪のボブでスカートがミニなJCぽい子、という雑な説明をな。スー…と消えたのは思い出しても肝が冷える。

 

 するとミチルは黙り込んで何かを考えているようだった。

 

「それは、()()か?」

 

 沈黙からの突然のミチルの発言。最初は何を言っているのかわからなかったが、次にミチルが俺の後ろを指さしたもんだから、そりゃ見るでしょ。

 

 そしたら…。

 

「わ―――――――――――?!」

 

 まさに噂のJCが立ってました。ご丁寧に透明な身体で。

 

 俺は叫ぶと、ビビり全開でわしゃわしゃと這いずってミチルの後ろに隠れた。一方のミチルは涼しい顔で腕なんか組んでる。クッソ、何だこの違い。

 

 ミチルは腰を抜かしている俺を無理やり立たせると、こんな台詞を言い放ちやがった。

 

御堂(ミドウ)鈴音(スズネ)。未だ成仏してなかったのか」

 

『うん、そー。久しぶりだね、みっちゃん』

 

「へっ?!知り合い?!」

 

 ミチルと幽霊少女の会話に、俺の驚きを挟み込むと、ミチルはめっちゃ眉間に皺を寄せて、幽霊少女は物言いたげな顔をした。何々?!なんか意味深!!

 

 けれど、何か言いかけたミチルが言葉を発する前に、幽霊少女がこんなことを言った。

 

『キミと僕の関係をキミが思い出したその時、新しい“時”が動き出す。

 今はこれしか教えてあげられない。ごめんね?』

 

 ごめんねと言われましても。そもそもこっちは相手の記憶がない。記憶がないのに『思い出したその時』って…。

 

 けれど、ミチルの方は何か悟ったのか、「なるほど」と呟いた。何がなるほどなんだよ。

 

 こっちは混乱を極めているというのに、幽霊少女はそこまで見届けるとにっこりと笑った。笑って、ただでさえ透けている身体が更に薄さを増していった。

 

『はーちゃん。キミは大切なキーパーソンだ。

 慎重に動いておくれよ?』

 

 幽霊少女はそう言うと、昨日のようにスー…と姿を消した。

 

 これは一体何だったのだろうか。まるで夢をみていたような気分だ。

 

 そんな俺をどうみたのか、ミチルは俺の肩にポンと自身の手を置くと、こう言った。

 

「ま、頑張れ?」

 

「何をだよ?!」

 

 そして、お前は何を知っている!

 

 俺は「知ってることを全部吐け――!」とミチルに食って掛かったが、ミチルは「俺からは言えねー」とするりとかわした。それ以降、俺とミチルの、不毛な追いかけっこの始まりである。

 

 だから、何なんだ――!

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 その日の夜、俺は夢をみた。

 

 時間はわからない。あるのは、信じられないくらいの倦怠感だけ。ただ、それだけ。

 

 ()()はとても暗く、光なんて一切ない。

 

 だから、そこが何処だなんて、俺にはわからない。わからないのに、恐怖が湧いてくる。

 

 何処からだろう。ぴちゃり、ぴちゃり、とまるで雨漏りのような音が聞こえている。

 

 ぴちゃり。ぴちゃり。それは無限に繰り返された。

 

 俺は声を出そうとした。けれど、出せない。指の一本も動かせない。

 

 ぴちゃり。ぴちゃり。水音はどんどん大きくなってく。

 

 ぴちゃり。ぴちゃり。終わりない音のなか、()()()が俺の耳朶を打った。

 

 

 

 

『――――もういーよぉ』

 

 

 

 

 それは、幽霊少女…スズネの声によく似ていた。

 

 そこで俺の意識は途切れた。

 



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本章『負の世界』
反転


 

 

 

 現在(いま)は何時だ。

 

 蝉の()はなく、蒸し暑さもないこの空気。それだけでなく、人の気配もない。

 

 まだ朝が来ていないのか。そう思って起き上がって寄った窓の向こうには澄んだ空がみえた。空の下にある町並みもいつも通り。

 

 だというのに、何かがおかしい。これではまるで、秋のようだ。

 

 それ自体はかわりのない俺の部屋を出て階下に行くと、そこにいるはずのお袋と親父の姿が見当たらない。

 

 慌てて玄関を飛び出すと、そこには人の気配どころか動物の気配さえもない世界が広がっていた。家屋も、田畑も、木々もそのままに、自発的に動くものの存在がない。

 

 俺は声を出すことさえ忘れて、呆然と立ち尽くした。ただ、風とそれが揺らした木々の音だけが俺に俺は生きていることを伝える。

 

 と、その時だった。

 

「何の冗談なんだろうな」

 

 突然、声がした。人の声が。

 

 驚いて振り返れば、そこにはいつも通りの顔をしたミチルがいた。

 

「…そのわりには平常心だな」

 

 俺の言葉に、ミチルは頭を掻きながら「まあな」と応えると、さらにこう言った。

 

()()は、以前にもこういう目にあってるからな」

 

「俺達…?それに以前って…」

 

 俺はミチルの言葉にクエスチョンマークを飛ばすことしか出来なかった。

 

 ミチルの方もそれはわかっていたみたいで、別段嫌がる感じはなく、ただ淡々と話を続けた。

 

「俺達…俺とお前と、そしてスズネとコトネの4人は現在(いま)から10年程前…当時中学生だった時、町に古くから伝わる言い伝えに興味を持った。

 言い伝えとは、『山の何処かにある洞窟はあの世に繋がっている』というもの。言い伝えは本当だった。洞窟を見つけ出し、中に入った俺達は…」

 

「待て待て待て。突っ込みたいことがいくつかあるぞ。

 まず、スズネとコトネって誰だ?それに洞窟って?」

 

「…御堂鈴音と御堂琴音。彼女達もまた俺とお前がそうだったように幼馴染だった。ただ、俺とお前が赤ん坊の時からの幼馴染なのに対して、彼女らは小学校に入ってからの、だけどな。

 スズネとコトネは双子。スズネは男勝りな性格なのと対照的にコトネは物静かな性格。

 洞窟は、俺達が死者の世界に迷い込んだ後に生者の世界に戻った時に消えた。まあ、戻ってこれたのは俺とお前だけだけどな。

 そして、洞窟があった場所は――あの、“祠”があった場所だ」

 

「…祠って、幽霊少女と出会った、あの?」

 

「そうだ」

 

 いやいやいや。一気に色々ありすぎてパンクしそう。ていうか、パンクした。

 

 けれど、現実は冷たきかな。俺が口から魂を飛ばしていると、ミチルは俺に更なる追い打ちをかけた。

 

「そして、“此処”は死者の世界だ」

 

「はっ?!何でわかるんだよ!!」

 

「言ったろ。俺達は一度、此処に来ている」

 

 そう、言い放ったミチルの瞳は、戸惑いで揺らいでいた。

 

 それはそうかもしれない。ミチルの言葉を信用するとすれば、ココは死者の世界で、俺達は一度来ていて、そして元の世界に戻れた。

 

 なら、何故今頃になって、またこの世界へ呼ばれたのか。

 

 その答えを俺達が持っているはずもなく、ただ俺達の間には重い沈黙がのしかかった。それを少しひんやりとした風がさらっていく。

 

「…とりあえず、祠か洞窟を探そう」

 

 重い沈黙を経てそう言ったのは、ミチルだった。

 

 俺には“No”を言う権利はなかった。当然だ。俺には代替案となるものを出すことが出来ないのだから。

 

 そういうわけで、俺たちふたりは、黙々と歩き出した。何故、自転車(チャリ)を使わないのか。それはあるはずの場所になかったからである。それはミチルも同じだった。

 

 ミチルは「此処はそういう場所なんだ」とだけ言った。

 

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 

 自転車ならわりとすぐの道が、今は果てしなく感じた。きっと、ミチルも同じ気分になったのだろう。ミチルは覇気がないのに、無理やり絞り出すようにカラ元気な口調で話し始めた。

 

「スズネはお前が記憶を取り戻した時に何かが起こるようなことを言った。

 なら、その為に動かなきゃな」

 

「…」

 

「まだ、記憶は戻らないんだろう?」

 

 ミチルの言葉に俺は無言で頷いた。それだけだ。

 

 …どうしてだか、身体がとても(だる)い。

 

「…おい?ハル?」

 

 ミチルの声は聞こえているのに、現実感がない。――そうだ、あれだ。水の中に潜りながら外の音を聞いている感覚。そんな感じだ。

 

「ハル!」

 

 ミチルが呼んでいる。わかってるのに。返事をしなきゃって思ってるのに。

 

 声が出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もういーよぉ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声がした。

 

 その瞬間、俺は意識を手放した。



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気配

 

 

 

 熱い…。苦しい…。もう、身体の何処が熱いのかわからないぐらい熱く、息を吸うのもやっと。

 

 瞼はとても重く、開くのが億劫で、そのまま目を閉じていたら、誰とも知れない足音が葉っぱらしきものを踏みつける音が聞こえてきた。

 

 ミチルかと思って、気楽に構えていたら、その気配は俺のすぐ横で止まると、そのまま動かなくなった。

 

 何やってるんだろう。そう思っても、動くのがしんどくてそのまま放置した。その事を俺は後悔することになるが当然この時は知らない。

 

 俺の横で立ち止まった気配は、無言のまま、すうっと俺の身体に手を伸ばすと、それで俺の身体を撫でまわした。ベタベタとした手つきが気持ち悪くて、俺は悲鳴をあげそうになった。

 

 気持ちは飛び跳ねているのに、やっぱり体が怠くて、俺が出来たのは()()()()薄目を開けるぐらいで。みえたのは、垂れた黒く長い髪だった。

 

【ふふ…ふふふ…】

 

 髪だと思ったそれにはちゃんと顔があって、それは女の顔で。何処か、“スズネ”という名の幽霊少女に似ているような気がした。

 

 だけど、違うのは笑い方だろうか。裂けたように口を大きく持ち上げて笑うその顔は邪悪さに満ちていた。

 

 怖い…と、本能が叫ぶ。神経は麻痺して、まるで金縛りにあったように身体はぴくりともしない。

 

 女の手が伸びる。俺の顔へと、頬を触れようと、伸びる。それとともに、女の唇が何か言いたげに開かれ…。

 

 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなくるなクるなクるなクるなクるなクるなクるなクるなクルなクルなクルなクルなクルなクルなクルなクルなクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナクルナ――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 

【はーチャん…アたしヲ…早クみつケて…

 

 

 

 

   ミつケて…

 

 

 

 

          ミつけテ…

 

 

 

 

 

 

 

 ははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははははははははっはははあはあははははははあははははははははははははははははははははははhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh※§ΑΧΔ°Ιю℃ÅΚΘλθ※§ΑΧΔ°Ιю℃ÅΚΘλθ※§ΑΧΔ°Ιю℃ÅΚΘλθ※§ΑΧΔ°Ιю℃ÅΚΘλθ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――――????????!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 女の手と、大きく目が見開かれた顔が迫り、俺は思わず渾身の力で叫んでいた。それと同時に俺は目を閉じ、咄嗟にさっきまで全く動かなかった身体を勢いよく起こすと、渾身の力で腕をつっぱった。

 

 だが、そのままいつまでも目を閉じていても何も起こらなかった。

 

 恐る恐る目を開くと、そこには女の姿はなかった。

 

「…何だ、今の…」

 

 女は笑った。いや、嗤ったのか?…わからない。ただ、あの恐ろしい顔が目に焼き付いて、心臓が早鐘のようにドクドクドク…と脈打ち続けている。早すぎて、きゅうううう、と締めつけられる感じもある。ぶっちゃけとても苦しい。

 

「おう、気が付いたのか」

 

 俺は最初、それが誰の声かわからなくて、さらに鼓動が跳ねてしまった。おかげで呼吸困難だ!

 

 戦々恐々と声がした方に顔を向けると、そこには水が滴る布を手に持っているミチルだった。よくよくみると、ミチルのシャツの左袖が千切ったようになくなっている。あ、その手に持ってるのが左袖なんですね、今わかりました。

 

「とりあえずもう少し寝てろ。ほら、これ額に乗せてやっから」

 

「あ、どうも…」

 

 オカンだ。ミチルがオカン化してる。

 

 兎にも角にも、ミチルの言葉に従ってその場に横になると、背中に石とか木の根とかそんなんのがごつごつと当たったが、屋外なのだから仕方がない。痛いけど、仕方がない。

 

 そんなこんなでミチルに濡れた、布切れと化した左袖を乗せてもらうと、ひんやりとして気持ちがよかった。まだ熱はあるらしい。どうしたのかと尋ねれば、ミチルは「近くで湧水が湧いていたからそれで濡らした」と答えた。

 

 そっか、湧水があるのか。

 

「…どうした?」

 

 俺が急に黙り込むと、ミチルが心配そうにそう言った。

 

 俺はただ、「湧水があるんだなー」と思っただけだったのだが、どうやら今の俺の顔は相当酷いようだ。

 

 そして、そうやって心配そうにされると、不思議なもんでしっかりさっきの恐怖がリフレインされるんだから嫌になる。ふざけて忘れようとしてたのに!

 

 あまりにも恐すぎて、俺はもう、ミチルに訴える気にもなれず、つい「ほっといてくれ」と言ってしまった。けれど、ミチルは気にした素振りもなく、「そっか」とだけ言ってそれ以上は何も聞いてこなかった。

 

 ビバ幼馴染。ありがとう、ミチル。

 



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洞窟へ

 

 

 

「さて、それじゃあ行くか」

 

 改めて立ち上がったミチルが、大きく伸びをして言った。

 

 時間にして30分程度か。俺の熱は大分ひき、そこそこ動けるようになった。それに加え、周りの空気も冷たくなり、寧ろ半袖では寒いくらいになってきた。なんか着るもんください…。

 

 だが、風邪っぴき(たぶん)の俺とは違い、ミチルは元気だ。俺が寝込んでいた30分間で結構色々とみてきたようだ。

 

 そんなミチルの話によると、俺がみた祠があった辺りは、この世界では洞窟になっているそう。さすがにひとりで奥まで入ってはいないらしいが、入り口がすでに5m以上ある感じとかなんとか。

 

 俺的には中に入らずに話を進めたいが、それは無理とミチルにきっぱりと言われた。

 

 

“元の世界に戻るには、洞窟を抜けるしかない”

 

 

 これがミチルが出した答えだ。

 

 俺はミチルが破いて濡らしてくれた布切れ…元左袖をミチルに返すと、俺もノロノロと立ち上がった。いや、返す必要は無いと思うけど、何となく、な。

 

 ミチルは俺から受け取った布切れをポケットに押し込むと、それが合図だと言わんばかりにさっさと歩きだしてしまった。

 

 それからはひたすら無言で歩き続けたよ。本当に、無言。俺もそうだけど、気のせいかミチルの背からも重苦しいオーラが漂っているようだ。

 

 そしてどれくらい歩いただろうか。何せスマホがないから時間がよくわからない。15分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。

 

 それくらいした頃、それは現れた。

 

「…これか」

 

 俺は半ば無意識に呟いていた。

 

 大きな、岩と土の壁がある中で、そこにぽっかりと穿ったこれまた大きな穴。それの最奥は闇に呑まれてみえない。それのかわりと言っちゃなんだが、ひゅぅぅぅぅぅぅ…と冷たい空気が漏れだしている。

 

 これを固唾と言うのか、俺はごくりと唾を飲み込んだ。そして、ミチルはというと…。

 

「いや、待て待て待て待て!」

 

 ひとり、さっさか洞窟の中へと入ろうとしていました。

 

 咄嗟に止めた俺だけど、どっちみち入らなきゃなんないんだよな…。肩越しに振り向いたミチルの目も「何で止める?」って言ってる気がするし。

 

 俺は素直に謝ると、ミチルの後に続いた。で、わかったんだけど、洞窟の中って濡れてんだな。入って1歩目で滑ったわ。

 

 そうやって足元に気を付けること…暫く。不思議なことが起きていることを俺はようやく気付いたんだが、俺達が歩くところだけまわりが白く光ってんだ。1歩進めばその前が光り、その後ろは消える、って具合に。まあ、ミチルは相変わらずの平常心だから知ってたんだろうがな。

 

 そんなわけで、俺達…少なくとも俺は何処をどう歩いてるんだか全くわからない。ココは何処?私は…言わねえよ。

 

 くだらないことを考えていても、俺達は歩き続けている。どれくらいかはわからないが、歩き続けた。結果、何処に着いたか。それは、一種の鍾乳洞みたいなところだった。

 

 一見すると、鍾乳石と石筍と石柱が点在するそこは、それら自体が淡く光り輝き、幻想的な世界を生み出していた。淡い、白と水色。それがこの世界の色。綺麗すぎて恐い。

 

「ここに、案内人がいる」

 

 ぼそり、とミチルが言った。それには心なしか緊張を含んでいたように思う。

 

「案内人?」

 

 俺はわけがわからず聞き返したが、まあアレだな。返事がない。

 

 無言とお友達のミチルとクエスチョンマークとお友達の俺が仲良く並んでいると、そいつは現れた。

 

『やっほー』

 

「げっ、幽霊少女!」

 

『“げっ”て何?“げっ”て。僕はスズネだよ』

 

 手を挙げてかなり気さくに現れたソイツ――スズネに驚いて俺の声はある意味綺麗に裏返った。そんな俺にスズネは怒りを込めた半眼をくれた。ありがとう、いらねーけど。

 

 俺達のやり取りに呆れのため息を吐いたミチルが、早速本題に入った。

 

「お前が案内人か?」

 

『そうだよー。

 でもね、僕はヒントしかあげられないんだー』

 

「「ヒント」」

 

 スズネの言葉に、俺とミチルがハモる。

 

 スズネは『そう』と頷くと、話を続けた。

 

『ここで君達に探し物をしてほしんだ。

 それはね、全部で8つあってね、全部を集めればココを出られるんだ』

 

「探す?何をだ?」

 

『それは追い追いね。まずはついてきて』

 

 そう言われてしまっては、釈然としなくてもついていくしかない。俺とミチルは無言でスズネの後に並んで歩を進めた。

 

 そうして案内された先には、見上げると首が痛くなるくらいの高さがある大きな扉があった。それも何かの石でできているようだった。

 

『この扉の向こうで、探し物をしてもらうよ』

 

 言って、にんまりと笑うスズネ。その顔はまるで悪戯っ子のようで、状況が状況なだけに不気味さ倍増だ。お前がラスボスってオチはないよな?

 

 …逃避はこれぐらいにしておこう。さあ、深呼吸、1…2…3…。よし。

 

 何が向こうで待ち受けているのかはわからない、だけど。

 

 何でもかかってきやがれ!

 



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餓鬼の間1

 

 

 

 扉の向こうは、左右に流れる1本の水の道とそれを挟む砂利の(へり)…まあ、要はそこそこの川が流れる川沿いな感じ。その真ん中には丸太でできた大きな橋が架かってて、よくみると砂利のなかに結構な数の岩と小さな石が積み重なってできた山があちらこちらに点在している。

 

 俺の第一印象を叫ぼう。ココは賽の河原か!

 

『うん、そんな感じだよー』

 

 俺の言葉に、スズネが呑気に、すごく呑気に頷く。だが、それで和むかというとそうはならないな。寧ろ、否定を待っていた俺としては、どん底に突き落とされた気分だ。

 

 ちらりとミチルの方に視線をやると、ミチルの顔もまた先程以上に緊張しきってる感じだった。もしかしたら、記憶のない俺と違ってヘタに知ってる分、俺より緊張してるのかも。

 

「で、ココで何をするんだ?」

 

『隠れんぼだよ』

 

「は?隠れんぼ?」

 

『そ』

 

 俺のオウム返しに、スズネがこっくりと頷く。その動きはまるで小学生みたいだ。

 

 スズネ…当然な顔で言ってけど、説明が漠然としすぎてて結局何をするのかわかんねえよ…。という旨をスズネに率直に伝えると、「今言おうと思ってたんだよー』と口を尖らせた。可愛いわけが…あるかもしれない。

 

 まあ、スズネが可愛い可愛くないは置いとくとして、説明を求む。さあ話せ!

 

『此処にはね、青色の宝玉を持った餓鬼が隠れてるんだ。餓鬼をみつけて宝玉をもらってね』

 

 …うん、まあ突っ込みどころ満載なんだけどな。とりあえず先にこれを聞いておこう。

 

「…宝玉は何に使うんだ?」

 

『“8つ集めてほしいものがある”って言ったでしょ?それのひとつだよ。

 その8つの宝玉が君達が元いた世界への扉の鍵なんだ』

 

「へえ…で、どうやって集めるんだ?」

 

『だから言ったでしょ?此処ではそれぞれの‟鍵守(キーマン)”と隠れんぼをするんだ。それで、勝ったら戦利品として宝玉をもらえるんだよ』

 

「ほー…」

 

 なんかよくわからんが、隠れんぼするのは決定事項らしい。そして、ミチル。何故に会話に入ってこない。

 

 だけど、スズネは俺達の様子はおかまいなしで、コホンとひとつ咳払いすると、こう続けた。

 

『此処は餓鬼の間。主である餓鬼をみつけて宝玉をゲットしてね~。

 それじゃ、スリーツーワンGO!』

 

「いやいやいや、カウントダウン(はえ)えかギャ―――――――――――!」

 

 ほぼ、カウントダウンをしながら俺とミチルの背を押していたスズネは、「GO」という単語と同時に思いっきり俺達を押し込んだ。

 

 結果、何が起きたって?若干下り坂になっていた橋を転げ落ちたんだよ!俺とミチルのふたりともな!!

 

「ってぇ…」

 

 無様に声を出す俺と、無言で耐えたミチル。対照的な俺達だが、痛みに呻いているのは一緒だ。一緒だが…回復するのはミチルが早かった。

 

「行くぞ」

 

 ミチル…かっこよく言ってるが、根本的なことを聞いていいか?あの…何処へ行くのでしょう?そう問うと、ミチルは疲れた顔でため息を吐いてくれた。うん、何だかわからんがすまん。

 

 だが、ミチルはすぐに気持ちを切り替えたのか、近くにあった岩と小石が積み重なっているところに歩み寄った。

 

「スズネが言っただろう。此処の主を探し出せ、と。

 餓鬼は例えばこういった小さな隙間に隠れて…」

 

 俺に説明するミチルの声が不自然なところで切れた。なんでそこで切るんだよ。

 

 妙に思った俺は、ミチルの背後からミチルの手を覗き込んだ。そこにみえたのは…。

 

「なああああああああああああああああああ?!!!」

 

『キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!!!!』

 

 大量の小鬼(?)だった。体長15㎝に満たない、なのに腹が異様に膨らんだそれらは、まるで蜘蛛の仔のようにうじゃうじゃと一塊に石の陰に隠れていたようだ。ミチルがビビッて石を両手に持ったまま固まってる。うん、俺も(こえ)え。

 

 で、その無数の小鬼(?)共は奇声をあげて散り散りにどっかへと行ってしまった。その背中は必死さと哀愁と…要するに色々と混ざっていた。中には何かをクチャクチャと食べながら去っていったヤツもいる。

 

 それを見送ってミチルがポツリ。

 

「…今のが餓鬼だ。

 あの中から主を探すぞ」

 

 マジで?!何百といた気がしますけどっ?!

 

 あ…眩暈してきた…。

 

 |||olz

 



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餓鬼の間2

 

 

 

「探すって、どうやって?」

 

「地道に探していくしかないだろう」

 

 子鬼…もとい餓鬼の群れがひと通りまた隠れきった頃、俺とミチルはそんな話をひそひそとしていた。どうしてひそひそなのか。それは俺にもわからない。多分、ミチルもわからない。

 

 まあ、結論はでたわけだが。

 

「地道にかあ…骨が折れるな」

 

「ああ。だが、やるしかない」

 

 やる気満々とは程遠いが、しょうがない。だって、お家には帰りたい。そういうもんだ。というわけで、俺とミチルは手分けしてあちこち探し始めた。

 

 俺はとりあえず川沿いを攻めた。積み重なった小石の塔を蹴散らし、目についた岩を投げ捨てる。その度に餓鬼が現れたが、どれもこれもハズレ。ちっ。

 

 一方のミチルは橋の下を重点的に攻めてまわっていたようだが、そこもどうやらハズレの模様。その次は俺と同じようなところを、俺以上に細か~く探しまくった。が、収穫ナシ。

 

 俺達は示し合わせた訳ではないが、それとなく橋の近くへと集合した。

 

「どーしよ…」

 

 力なく呟く俺。それに対してミチルは「名案ではないが」と前置きしてこう続けた。

 

「あっちにも行ってみよう」

 

「あっち?」

 

「スズネがいる方…橋の向こうだ」

 

 ミチルの答えに、俺は「ああ…」と気の抜けた相槌を打った。

 

 そこが正解だなんて確信はない。けれど、こっちは見つけられなかったのも事実。

 

 だから、俺は賛成の意を示した。

 

「行こう」

 

 言うが早いか、駆けるが早いか。俺はミチルの返事を待たずして走り出した。

 

『うえええええええええええええ?!ちょっと、ふたりともこっちに来ないでよ!!』

 

「何でだよ?!」

 

 俺達が橋の真ん中あたりに差し掛かった頃、スズネがどうしてだか急にキョドりだした。

 

 よくわからねぇが、正解か?!

 

 俺達が橋を渡りきりそうに時には、スズネは幽霊らしく宙に浮いて縦横無尽に空中を飛び回っていた。楽しそうでいいな…じゃない。何のつもりだ?

 

「ハル。気にするな」

 

 俺の脳内がクエスチョンマークで埋め尽くされると、それを察知したらしいミチルが抑揚のない声でそう言った。

 

 つられて横を走るミチルの方をみれば、そこには真顔な横顔があった。

 

 ミチルはその真顔はそのままにさらにこう言った。

 

「橋を渡りきったら左右にばらけるぞ。俺は左、お前は右だ」

 

「りょおかい」

 

 会話が終了すると同時に、ダンッ、と地面を踏む音がふたつ重なった。

 

 会話通り、俺はそのまま右へ。姿はみえないが、ミチルが俺の反対を行ったのを気配で感じる。

 

『ずるいっ!』

 

 スズネがキィッと叫んだ。

 

 目の前に広がるのは、やっぱり長い長い砂利道。進むにつれて餓鬼の姿が増えていく。

 

 俺はそれらを片っ端から蹴散らしていった。けれど、その中に玉を持っているヤツは今のところ見えない。挫けそうになりながらも、さらに先へ。

 

 すると、遠くに何かがあるのがみえた。あれは――。

 

「祠?」

 

 よくわからねぇが、多分そうだ。だけど、こっちは石でできているようだった。

 

 俺はさらに速度を速め、近づいた。近づけば近づくほど、それは祠だった。

 

 その祠は大枠は石でできているが、扉は木だった。しかも、観音開き。

 

 俺は一呼吸してから、その扉を開けた。

 

【キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ!】

 

 そこには今までみてきた餓鬼よりふた回り大きい餓鬼が――黄色の玉を抱えて震えていた。

 

 俺がポカンと口を開けて固まっていると…。

 

『ゲーム終了!』

 

 スズネの、しっかりした声が響いた。

 



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牛鬼の間1

 

 

 

 扉は重かった。ホント、重かった。高さ3~4mの灰色の扉は、俺とミチルのふたりがかり…しかも全力を出してやっとこさ開く重さだった。

 

 …というのは、俺達にとっては最早どうでもいいことになっていた。

 

 扉を開けたその先にひろがっていたのは、モノクロ世界の牧草地。え~と、アレだ。色さえ気にしなければ、ホルスタインとかが草をムシャムシャ食ってそうな感じ。あと、やっぱりこれもモノクロの牛舎が数えきれないくらい点在している。

 

 正直、のどかすぎて拍子抜けだ。

 

『此処は牛鬼の間だよ~。たくさんある牛舎のなかの何処かに灰色の宝玉を持ったボスがいるから探してね』

 

 スズネ…相変わらずざっくりした説明だな、おい。まあ、要するにやることは前回と変わらない、と。

 

 そんな風に俺が納得していると、横からミチルが口を挟んできた。

 

「…スズネ、注意事項か何かはないのか?」

 

 ちょっ、嫌なこと言うなよ!フラグか、それ?!

 

 そして、スズネ!何、嬉しそうというか楽しそうというか、とにかく何不気味な笑みを浮かべてんだよ!ニヤニヤかっ?!ニヤニヤというヤツか、それは!

 

 と、戦々恐々としている俺を他所にスズネは「えへっ♡」と笑いながらこう告げた。

 

『牛鬼は基本寝てばっかだけど、起こしたら何処までも追いかけて来るから気をつけてね』

 

 Nooooooooooooooooooooooooo(ノォォォォォォォォォォォォォォォォォ)!なんだと、コノヤロウ!!まだ、牛鬼とやらをみてはいないが、名前からして牛なんだろう。それが追いかけてくるだとっ?!のどかさは何処行った!!

 

「落ち着け、ハル」

 

 ひとり錯乱している俺の後頭部を、ミチルが容赦なく叩いてくれた。うん、物凄くいい音がした。そしてめちゃくちゃ痛い。あ、涙が少し出た。

 

 だけど、そんなんじゃ落ち着けるわけもなく、ひとり珍妙な声をあげ続けた。詳しく言うと「キェェェェェェェェェェェェェェェ…」だ。もれなくスズネとミチルの生温いような極寒のような視線を頂いたぜ。

 

「起こしたらと言ったが、具体的にはどんなことをしたら追いかけられるんだ?」

 

 あ、ミチル様。俺を見放しましたね。

 

 問いを投げられたスズネは『そうだねー、色々あるけど』と前置きすると屈託のない笑みでこう続けた。

 

『尻尾を踏んだら間違いなく追いかけられると思うなあ』

 

 うわぁい…それ、イチバンやりそうなのは俺だぁ。モウドウニデモナレー…と思考を手放した俺は、ずるずるとミチルに引きずられながら、いちばん手前の牛舎に向かった。草がっ、草が背中に刺さるからっ。て言うか、刺さってるから!

 

 だけど、ミチルにはそんなことなんて関係なかった。俺を引きずり続けたミチルは、ひとつの牛舎の前に立つと、木でできた扉を躊躇なく開いた。その時「カーン…」と、とても軽そうな音がした。

 

「ふむ、なるほど」

 

 なんかひとり納得してるミチルの声に、ミチルの手から抜けた俺も野次馬精神で中を覗いた。その感想はアレだ。まさに「“芋を洗ったよう”という慣用句が合いそうだなー」だ。

 

 そこは広さが学校の体育館ぐらいかそれ以上はありそうなのに、そこに横たわる、牛、牛、牛。一面が牛だらけ。しかも全部が全部寝ているという体たらく。そのせいでオソロシク狭っ苦しい。ちなみに牛の中にはイビキをかいてるヤツや鼻ちょうちんをつくってるヤツもいる。

 

 …えっと、この中から宝玉を探せと?ある意味デジャブー。

 

 と、感慨深く(?)思っていたら、ミチルが()()()()と足を踏み入れていて、さらには牛の腹のあたりに手を突っ込んで探っていた。あ、探られてる牛、鬱陶しそうに尻尾を振ってる。でも起きる気配は全くナシ。すげ~。

 

 まぁ、突っ立っていてもアレだから、俺もミチルを見習って牛の腹を探っていく。その途中でふと思ったんだけど…腹の下にある保証って何処にあるんだ?

 

 だが、そう考えを巡らせたところで俺に代替案を出せるわけはないので、そのまま一頭一頭探り続ける。18頭ぐらいまでは数えていたが、その後は面倒になったので放棄。でも、10分の1も数えられていないことは間違いない。

 

 そうして探っていくこと暫く、俺は当然のこと疲れだした。それでも未だ黙々と作業を続けるミチルに負けるものかと意地になってのだが…。

 

「おわっ」

 

 ずるり。そんなベタな音ともにバランスを崩した俺は、早くも伏線回収をしていた。そう、俺は牛の一頭の尻尾を思いっきり踏みつけていたのだ。

 

【ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

 

 俺が起こした一頭がそんな雄たけびというか、凄まじい唸りが牛舎全体に響き渡り…その先は皆さんのご想像通り。牛舎全体の牛が起き出して俺とミチルを睨みつけ、臨戦態勢へ。まさに一触即発の状態に。これは追いかけられるのも時間の問題だ。

 

 ピ、ピ~ンチ…。

 



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牛鬼の間2

 

 

 

 俺達を刺す、視線、視線、視線。それは生け花の剣山なんてレベルではない。漫画とかでみる、地獄の針山レベルだ。閻魔様、出て来るなら相手す…いや、ごめんなさい。

 

 それは言い過ぎだとしても、かなりヤバい状況であることは変わりない。

 

 ちらり、とミチルの方をみやろうにも、この牛の群れでは最早お互い何処にいるのかわからない。不味いというのもなんか変なくらい不味いぞ。

 

 俺は硬直しきった身体が痺れ、なのに背中を変な汗が伝って緊張感MAX。だが、解決策は全くもって浮かばないというヘタレっぷりを見事に発揮。

 

 だ…誰か、助けてくれ。と、願っていたら、ヘタこいた。

 

 慄きすぎて、思わず下がった俺の右足が、牛の尻尾どころか、肉をしっかり踏んずけてしまったのである。

 

 俺のバカヤロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 

 

 

【ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!】

 

 

 

 俺が踏んずけた一頭の牛が雄たけびをあげたのを皮切りに、その場にいた牛の殆どがジッタンバッタンと暴れ通し、俺を押し潰しつつ出口へと向かって行った。

 

 それはまさに嵐が過ぎ去ったあとである。

 

 残されたのは、3頭の牛と、ペシャンコになった俺と、どういうわけかピンピンしているミチルだった。

 

「…大丈夫か?」

 

 風が吹き抜けているのが気のせいなのか現実なのか知らんが、明らかに大丈夫じゃないヤツに話しかけるトーンでミチル。

 

 そして、お察しの通り、俺は全然大丈夫じゃない。倒れたまま、俺は「おー」とだけ答えておいた。

 

 身体が(いて)ぇんだよ。すんげー痛い。ちょっとでも動かすと、関節がキシキシいいやがる。

 

 俺がいつまでも動けないでいると、すっとミチルの気配が動いた。俺を抱えるとかそういう方向じゃなくて、寧ろ正反対の見捨てる方向で。

 

「え~と…少しお尋ねしたいことがあるんですが」

 

 ミチルの声が、遠くでそう尋ねている。

 

 おい、何トチ狂って何もないとこに話しかけてんだよ、って思って上半身を起こしたら、ミチルは3頭の牛のうち、半分眠気眼なヤツに話しかけていた。他の2頭は完全に熟睡です、はい。

 

 ミチルに話しかけられた牛は、かな〜り面倒くさそうに尻尾をパタパタと振った。

 

 ミチルはそれを了承と受け取ったらしく、話を進め出した。

 

「単刀直入に聞きます。宝玉は何処ですか?」

 

 牛の尻尾の動きが止まった。

 

 ナンデスカ、コノ緊張感ハ。何かよくわからんが、いたたまれない。

 

【答エル訳ニハイカナイ】

 

 重々しく言った牛の言葉に、俺は心のなかで「だよな〜」と頷いていた。

 

 だって、宝玉は鍵なんだぞ?大事なモンなんだぞ?簡単には渡してくれねーべ?

 

 そこでまた牛が明らかにミチルの方を向いて口を開いた。

 

【ダガ、オ主次第デハ教エテヤロウ】

 

 え〜…、そんな簡単でいいんですか?って思ってたら、牛は俺を一瞥すると、【オ前ニハ教エナイ】って言いやがった。このやろう。

 

 俺は、よっこらせ、とジジ臭く起き上がると、トコトコとミチルの隣に立った。

 

 牛はすっごく眠そうな眼を数回瞬かせると、ノロノロとその口を開いた。

 

【マズ、オ主ニハ儂ノ言ウコトヲキイテモラオウ】

 

 お約束の交換条件ですね、わかりますわかります。…と、頷いてみせたところで俺は蚊帳の外だ。クッソ。

 

 だが、ミチルはそんな俺を相も変わらず無視って、「何ですか?」と耳に手を当てて牛の口元へと近づけていた。わーい、滅茶苦茶悲しい!

 

 そうして、ボソボソと言葉が交わされること、体感時間10分。聞けば聞くほど、ミチルは目を丸くしていった。

 

 そして、終いには、

 

「え?そんなことでいいんですか?」

 

である。

 

 一体どんな話でまとまったんですか?ねえ、ちょっと。

 

 置いてけぼりの俺は、ひとり寂しく混乱の渦に落とし込まれた。

 



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牛鬼の間3

 

 

 

「つまり、こういう事だ」

 

 ミチルは硬い表情で言った。言ったはいいけど、何だこの間は。はよ、続き話せ。

 

 続きを正座した上で固唾を飲んで待つ俺の姿は、かなりシュールなことだろう。何故正座なのか。それは俺にもわからない。

 

 だが、ミチルは俺の態度に対しては何も言わず、こう続けた。それは俺の予想の遥か斜めをイッていた。そもそも予想なんてしてなかったけど。

 

「この草原に水を撒いて欲しいとのことだ」

 

「…」

 

 正直に言おう。

 

 俺には意味がわからない!

 

 そんな思いは俺の顔にしっかり書いてあったようで、ミチルは面倒くさそうにため息を零すと、出口を指した。

 

「餓鬼の間に水があっただろう。

 そこの水を汲んで撒こうと思う」

 

「ちょ、おまっ…。此処がどんだけの広さかわかってんかよ」

 

 ミチルの言葉に、俺は若干引き気味で突っ込んだ。

 

 いや、正確な広さは全くもって知らんけどな。お約束の東○ドーム○○個分で済む広さじゃないことは確実。そこに水を撒くとか。

 

 マジでクレイジー。

 

 けれど、ミチル様はサラッとこうつけ加えてくれた。

 

「だが、他に方法がみつからないんだ」

 

 なんも言えねぇ。昔流行った台詞くさいけど、なんも言えねぇ。

 

 そんなわけで、俺達はサッサと牛舎を出ると、ミチルがスズネに餓鬼の間に戻れるか確認をした。スズネはめっちゃ軽いノリで「え~、全然オッケーだよ~」と答え、ついでにこう尋ねられた。

 

「でも、何するの?キミ達」

 

「戻って、向こうの水を汲んでくる」

 

「ふ~ん…よくわからないけど頑張ってね?」

 

 テンポのいい、スズネとミチルの会話に俺が口を挟む隙はなかった。まあ、別にいいんだけど。俺が何か言えるわけじゃねーし。

 

 だけどな、スズネ。よくわからないのに、俺達を見送るな。しかも、ムカつくほどの満面の笑みで。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 てなわけで、現在。俺とミチルは餓鬼の間に戻ってきていた。そう、あのクソ重い扉をまた開けてな!

 

 餓鬼の間に餓鬼の姿はなかった。またどっかに隠れてんのかな?それはどうでもいいが、とにかく座りたい。

 

 自分の気持ちに正直に生きるのは大切だ。だから、疲れ切った俺はだらけきって座り込んんだ。それとは対照的に、ミチルは戻るなり手近にあった砂利やら石やらを掴んでは、数秒眺めてポイポイ投げ捨て始めたんだけどな。

 

「何してんだよ」

 

 思わず突っ込む俺。いや、だって意味不明なんだもの。

 

 それに対してミチルの答えは実にあっさりとしたものだった。

 

「器を探してるんだ」

 

 う~ん…こう言っちゃなんだが、やっぱり俺達だけで水を撒こうなんてたかが知れてると思うんだよ、ミチル。持てる器の大きさも限られてるし、汲める水の量だって同じことだ。

 

 だけど、必死になって器を探しているミチルの背中をみていると、そんな余計なことは言えない気がしてきた。

 

 だから俺は、何も言わずミチルと同じことを始めた。

 

 小さな()()()みたいのがある岩はすぐみつかるのに、水を汲めるほどのモノというと簡単にはみつけられない。それでもひたすら無言で探し回るミチルに疲れたと訴えるのは気が引けて。俺は何時の間には流れだしていた汗を流しながら作業に打ち込んだ。

 

 それからどれ程の時間が経った頃だろうか。

 

「おっしゃあ!あった―――――――!」

 

 思わず喜びの声をあげる俺。その声が俺自身の頭に響いたのは内緒の話だ。あと、ミチルは無言だったが、遠くでこっちを向くその身体から怒りのオーラが出てる気がするのは気のせいってことにしておこう。

 

 俺もミチルもほぼ同時に離れた場所でそれぞれ目的のモノをみつけだすことができた。サイズはふたりとも似たり寄ったりで、ぶっちゃけ、抱え込まないと持てないぐらいの大きさだ。その割に水は大して入らない。

 

 それを持って川縁に近づく。すると、その川の流れが結構速いことがわかった。

 

 ちらっと脳裏に過る、足を滑らせ川に落ちる俺の残念な姿。そうして無様に溺れて死亡。享年にじゅうピー歳、南無。

 

「溺れないように、ていうか、落ちないように気をつければいい話だろ」

 

 ミチルには俺がただ黙って川を眺めているようにしかみえないはずなのに、何故か的確な突っ込みが降ってきた。幼馴染万歳。

 

 いやしかし、水を汲んで牛鬼の間に戻るのも難儀だった。なんせ、扉も器がわりの石も重いからな!

 

 そして、ジャバジャバと水を撒いた俺の感想。

 

「なんか、日が暮れるとかそーゆーレベルじゃなくて、永遠に出られない気がする!」

 

 そう思った俺は悪くないと思う。だって、殆ど撒けてねーもん。

 

 おいミチル!お前はどー思ってんだ‼コノヤロウッ!



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牛鬼の間4

 

 

 

「これはかなりしんどいな」

 

 ミチルがぽつり。その背中からは焦りというよりは幼稚園児レベルの残念さが滲みでていた。

 

 ミチル…それ、やる前からわかってたじゃねぇか。ていうかわかることじゃねぇか。

 

「どうするんだよ」

 

「いや、やるしかないないだろ」

 

 俺の問いかけにミチルが重々しく答えた。答えになってねぇけど。

 

 あのなミチル、ギャグは俺担当、お前はツッコミ担当、逆転すんな…と心のなかで突っ込んだところで何も変わりはしない。だが、俺には代替案が浮かばない。

 

 正直に言おう。詰んでるな!これっ!

 

『大変そうだね〜』

 

 俺がズゥンと重いオーラを背負っていると、スズネが軽い調子で声をかけてきた。完全に野次馬根性だな。

 

 で、俺達がどうしたかというと…。

 

 

 

「だああああああああああああ!面倒くせえええええええええええええ!!」

 

 

 

 ただひたすらコツコツと水を撒いた。そう、ちょっとしか入らないくせにメチャクチャ重い石に水を汲んで。はは…アホだな。

 

 だが、そうしているうちに草という草がみるみる元気になっていった。いや、元々そんな元気がないってわけじゃねぇんだけど。なんていうか、レベルアップ?

 

 特に牛鬼エリアの中心(多分)の草はすごくて、俺やミチルの身長の何倍もの背丈に伸びた。それどころかついでに木も生えてきて、その木が更に草の1.5倍はあるんだからびっくりだな。正直腰抜けた。

 

 て、おい。この木…なんか実がなってねぇか?林檎みてぇな、赤い実がよ。

 

【コノ実ガ欲シイ。オ前、獲レ】

 

「おわっ?!いつの間に来なさったあああああ!!」

 

 No不意討ち、Yes優しさ。いつの間にかミチルに水を撒くように命じた牛が俺のすぐ後ろにいた。しかも、命令相手、俺。

 

 このヤロウ。こんな時だけ俺かよ。

 

「任せた」

 

 ミチル、お・ま・え・も・か。お前だけは味方だと思ってたのに!

 

 俺は仕方がなく、10何年ぶりの木登りを始めた。もちろん、ブツブツ文句を言いながら。不幸中の幸いは木の幹が意外とそんなに太さがないことか。それにしたってしんどいが。

 

 えっちらおっちら木登りをして得た赤い実をひとつ、地表に投げ落とす。

 

 遠すぎて見づらいが、どうやら牛鬼は落とした実をちゃんとキャッチしてくれたようだ。何故わかるのかって?微かだけど、ボリボリという音が聞こえてきたからだ。

 

 さて、問題はここからである。登ったからには下りなければいけない。俺は行き以上にドキドキしながら、身長に木の幹をするすると下った。

 

 俺が下に辿り着いたときには当たり前の話、牛鬼は実を食い終っていた。

 

「おつかれ」

 

「おう」

 

 ミチルの労いに、俺は片手を挙げて応じた。密かに心のなかで現世に戻ったら何か奢らせよう、と決意しながら、な。

 

【オ主ラ、ヨウヤッタ。デハ、灰ノ宝玉ヲ持チシ者ノひんとヲヤロウ】

 

 牛鬼様。こんだけ頑張ってヒントだけですか?なんか割に合わないですけど…。

 

 と、心のなかでぶーたれてるのはどうやら俺だけのようで、ミチルは真剣なオーラを漂わせて「ぜひ」と先を促していた。

 

 牛鬼はそんなミチルの態度に満足したのか、厳かな空気を匂わせて重々しく口を開いた。

 

 俺?俺は見事に空気扱いされている。もう慣れた。…嫌な慣れだな。

 

【ソノ者ハ左ノ後足ト腹部ニソレゾレ一筋ノ傷ヲ負イシ者。身体ハ我ヨリ二回リ程大キイ】

 

 牛鬼の言葉に、俺とミチルは思わず顔を見合わせた。

 

 そんなやついたっけ?こいつよりふたまわり大きいとか、みてたらわかるはずなんだけどな。

 

「ミチル、いたっけ?そんなヤツ」

 

「いいや」

 

 俺の言葉に、ミチルは首を横に振って言った。だよなー。

 

 ミチルが改めて牛鬼に何処にいるか聞いてみたが、牛鬼はこれ以上は言えないという。

 

 途方に暮れる俺とミチル。さて、どうしたものか。

 



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牛鬼の間5

 

 

 

 えー、こちらハルでございます。只今の時間…わかるか!

 

 延々と牧草地を彷徨い続けてる俺とミチルだが、時間感覚はとっくに崩壊してるとして、左の後ろ脚と腹に傷か…。ていうか、それ以前に他より大きい個体が発見できん。

 

 ミチルは相変わらずの無言で、俺の4~5歩前を突き進んでいる。俺は金魚の糞か。

 

 俺がそうやって独り突っ込みしていると、ミチルが無茶ぶりしてきた。

 

「よし、もう一度木に登れ」

 

 あーうん。反論する気にもなれね…いや、なれるわ。というか、大切な話だ。

 

「ミチル、お前は肝心なことをわすれている。

 俺は信じられない程アホだ。ぜってーなんか目に入っても、それが大切なものかどうか判断できねぇ」

 

「そうだった」

 

 真顔で頷かれました。

 

 というわけで、今度はミチルが木を登った。俺より断然速かった。

 

 なあ、何故さっきは俺に登らした?

 

「あっちに他と少し違う牛舎があった」

 

 戻ってきたミチルが真剣な表情で言った。あっち…ずっと探してた方向と真反対だな。

 

 ミチルの案内のままに、俺はえっちらおっちら歩いた。どれくらい歩いたか?俺に聞くな。

 

 歩くこと延々。俺達の目の前に他とは比べ物にならないくらい立派な牛舎が現れた。いや、牛舎と言えるのかよくわからん。他の牛舎がコンクリート製(多分)であるのに対し、それは大理石製(多分)だ。

 

 それをみた俺の素直な感想は。

 

「なんか神殿みてぇ」

 

 ほんとソレ。気のせいか神々しいような…。

 

 俺の無駄な感慨を他所に気づいたらミチルはどんどん神殿もどきに入っていっていた。せめて「いくぞ」とか声かけて欲しかったな…。

 

 兎にも角にも俺もミチルの後を追って中へ。途端、黴臭さが鼻をついた。

 

 う~ん、薄暗いな!目が慣れてきてもどうにもこうにもよくみえない。

 

 俺がめっちゃ戸惑っていると、スズネの呑気な声が聞こえてきた。

 

『助けてあげようか?』

 

「あーさっさと頼む」

 

 俺の返答は速かった。ミチルが何か言いかけていたみたいだが、そんなのはどうでもいい。とにかく灯りが欲しい。

 

 だが、スズネがよこした灯りは正直、ショボかった。

 

「何だよコレ」

 

『何って、ランプだよ』

 

 じゃかしい。そんなことはわかってる。問題はなんでランプなのかという話だ。これじゃ、大して明るくならねぇじゃん。無いよりマシだけど。

 

 クエスチョンマークを飛ばしまくる俺に、スズネは邪気のない笑顔でこう言った。

 

『明るくしたら“かくれんぼ”にならないでしょ?』

 

 また自分達で探せってか?まースズネさんの笑顔のいいこと…って。

 

 ミチルは相変わらずの無表情だが、俺はうんざりだ!こんちくしょう!!

 

 だが、悲しいかな。叫んだところで現実は変わらない。うへー…。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 ひゅ~どろどろ、ひゅ~どろ。気分はザ・ジャパニーズなお化けである。要するに沈んでいる。

 

 理由は簡単だ。平屋建てとはいえ単純に部屋数が多すぎるのである。

 

 だが、奥へ奥へと進んで行くにつれて、なんかこう…貴い存在がいそうな雰囲気になっていっていたり。調度品は豪華になっていってるし、空気はやたら重々しくなっていってるし。

 

 そのせいか、ミチルはいつも以上に無口だ。ん?でも、ミチルは前此処に来た時の記憶があるんだよな?俺はねえけど。

 

 ミチルは此処のことがわかってるはずなのに、何で初めて来たみたいな行動してんだ?

 

 つらつらと考え事をしているうちに俺とミチルはとある部屋の前に立っていた(スズネはとっくの昔に何処かへ消えた)。

 

 それは王の間だった。よくわかんねぇけど、そんな感じがした。

 

 俺はごくりと唾を飲み込んで扉を押し開けようとした。けど、重くて()()()もしなかった。

 

「おい、ミチル。手伝え」

 

「ああ」

 

 ギギ…ギギ…俺とミチルで押しても重い音をたてて少しずつしか動かない扉。そうやって、ふたりがかりで開けた扉の先にあったのは――。

 

「だから、デジャヴはいらねぇよ…」

 

 芋洗いの銭湯よろしく、牛が、いや牛鬼がぎっしり詰まった空間だった。

 

 違いをあげるとするなら、牛のサイズだな。確かに外にいたヤツよりふたまわり程大きい。ただし、全部な!

 

 一頭じゃねぇのかよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 

 

 

 ――余談だが、この時の俺の叫びは外の牧草地にまで響き、眠りこくっていた小さい牛鬼の安眠を妨げたそうな。

 

 

 知るかっ!そんなの!!

 

 ていうか、俺はあと何回叫べばいいんだ!ちくしょ―――――――――――――――――おぉぉぉぉぉぉう!

 

 …はぁ、疲れた(くすん

 



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牛鬼の間6

 

 

 

 ぎっしり詰まった御牛様。そいつらの様子は様々だ。寝ているヤツもいるし、ノソノソと歩いているヤツもいるし、ボーと呆けているヤツもいる。

 

 こんな広いのにせまっ苦しい空間でよく歩けるな…と俺が感心だか何だかよくわからない感情を抱いていると、ミチルが真面目くさった表情でぼそりと言った。

 

「さて、どうするか」

 

 そうだな。どうするべな、このデジャヴの嵐を。

 

 俺は足りない脳みそで考える素振りをしてみたが、俺が答えを出すよりミチルが動き出すほうが早かった。

 

 最早おなじみか。ミチルは淡々と一頭ずつ牛を覗き出したのである。そうか、あれは独り言だったのか。俺はそう思うことにした。

 

 俺はもう、我が道を行くミチルを眺めるだけになっていた。いや、ミチルの真似をすればいいのだけれど、要は面倒なのだ。だってそうだろう。俺は既に一度、ミチルの真似をして寝ている牛の腹を探ったのだから。

 

 俺が眺めている間も、ミチルは黙々と牛を覗いていった。傷をみつけられないと残念オーラを背中から醸し出すミチルはちょっと面白い。

 

「おい、みてないで手伝え」

 

 暫くして今頃気づいたミチルが、こっちを睨みつけながらドスを効かせて言った。ウワア、コワイナー(棒読み)

 

 まあ、ミチルが本気でキレる前に言われたとおりにするか。

 

「わかったよ、手伝えばいいんだろー手伝えばー」

 

 渋々ミチルの真似っこをする俺。はは…なんか空しいし虚しい。終わるのか?コレ。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 えっちらおっちら。探しに探しまくりましたよ、例の御牛様。けど、みつかんねー。

 

 探すことをギブアップした俺は、テキトーなところに腰をおろすと、ふーとため息を吐いた。ミチルも疲れたのだろう。俺と同じように座り込み、右腕でぐっと額の汗を拭った。

 

「いねーな」

 

「そうだな」

 

 俺の呟きに、ミチルが暗い声で頷いた。ミチルの口から魂らしきモノが出ていっているようにみえるのは気のせいか?

 

 俺達の前やらなんやらを牛達が、のっそり、のっそり、と歩いていく。俺達に覗き込まれまくったので、若干お怒り気味だ。鼻息がとても荒い。

 

 ボ――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッと、汽笛ばりに牛達を眺めていた俺は、ある事に気づいた。

 

「なぁ、ミチル。あの奥ぅぅぅぅの方、何か扉なくね?」

 

「………ああ、あるな」

 

 そう、扉があるのだ。牛達に埋もれ、更には壁と同化してみえにくいが、確かに大きな扉があるのだ。あれはそうだな…このステージに来る際に開けたあのクソ重い扉といい勝負かそれ以上だ。

 

 ええー…あれを開けろってか?あら嫌だ(お姉様口調)

 

 いや、ふざけてる場合ではない。やらねばならぬのならやるしかないのだ。嫌だけど(2回目)

 

「ミチル、けっぱるかー」

 

「ああ、頑張ろう」

 

 ミチルと同意したところで、お牛様を押し退けて扉に向かう。これだけで骨が折れるわっ。

 

 扉は近くでみればみる程厄介なのがよくわかる。大きいのはもちろんのこと、叩いた感じ分厚いし、そもそも取っ手が無いし。

 

 え?マジで詰んだ?

 



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牛鬼の間7

 

 

 

 俺は途方に暮れた。ミチルは仏頂面で腕組み。御牛様はブモブモと相変わらず闊歩中。

 

 誰か、頭の悪い俺に打開策をくれ!

 

「打開策は…なくはないと思う」

 

 俺の声に出ていた独り言に対し、ミチルがブスッとしたままそんな返事をくれた。マジっすか?ミチル様。

 

 だが、ミチルは腕を組んだままなかなか何も言いださない。お〜い、頼むから俺を放置しないでくれ。寂しいから。

 

 時間にして…数分か?ミチルはようやく重々しく口を開いた。え、ちょっと嫌な予感。

 

「牛鬼を扉に突進させれば、開くかもしれない」

 

 何、この無理矢理感。どうやって扉にヒットさせるのかもわからんが、そもそも論として突進させたところで扉が開く保証はない。うへー…。

 

 俺が頭を抱えているそばから、ミチルは俺をガン無視して行動に出た。

 

 御牛様にちょっかいを出し始めたのである。具体的に言うなら、尻尾を引っ張ったり足払いしたり身体を叩いたり蹴りつけたり…もう滅茶苦茶である。当然、牛達は怒るわけでーーうわあ!こっち来たああああああああああああああああああああ‼︎

 

「ミチルのバカヤロォォォォォォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎」

 

 逃げ惑う俺。ひたすら逃げ惑う俺。何故って?何故か俺ばかり狙われているからだ。

 

 犯人は俺じゃねえぞーーーーー!

 

 

 

ドッカラガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ‼︎

 

 

 

 必死すぎて初めは何が起こったかわからなかった。が、音がした方をみて、俺は心の底からホッとした。だって、扉が瓦礫に化けたのだから。

 

 色々言いたかったことはあるが、結果オーライなので許して………やるかっ。ミチル、ここから出たら覚えておけよ!

 

 と、鼻息荒くしている俺をヨソに、ミチルはさっさと(元)扉の向こうへと行ってしまった。だから俺を置いていくなっ。

 

 扉の向こうはやっぱり広々としていた。そして豪華絢爛だった。長〜くて高〜い階段もあった。そしてそして、その長〜くて高〜い階段の上には、下からでもわかるくらい大〜きな椅子ーー王座か玉座かは知らんがーーがあった。ついでに大〜きな影もひとつみえた。

 

 え?ラスボス登場?でもアレ…人間の形してるような気がするんだが。

 

 俺の胸中には、終わるという喜びと、まだ何かあるのだろうか、という不安が場所取り合戦をしている。

 

 が、此処でもミチルが突っ走ってくれた。

 

「貴方が此処の主ですか?」

 

 かなりの声量で声を張ったミチル。うん、まあそうしねぇと届かないよな。だがな、ミチル。お前の声は俺の脳みそに大ダメージを与えてくれたぞ。

 

 そして、返す主(?)の声も大きかった。

 

【オ前達ハ何奴ダ?】

 

 叫んでる感じじゃない。だが圧倒される。これが主か。まだ確定じゃないが。

 

「俺達はただ、此処から出たいだけです」

 

【フン…迷イ者カ…。デハ狙イハコレカ】

 

 ミチルの言葉をもとに、主(仮)がさっさとと話を進めてくれた。うわー助かる〜…って、アレは!

 

【コノ“鍵玉”が狙いなのだろう?】

 

 主(仮)が片手で掲げている灰色のブツーー遠目でよくわかりづらいが、あれこそ俺達が探し求めているモノに違いない。

 

 と、俺が若干喜んでいると、主(仮)が階段を降り始めた!しかも超速ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 

 信じられない速さで降りてきた主(仮)はミチルの前に立つと、優に2メートルは超える長身でミチルを見下ろしていった。どうでもいいが、角がカッコイイっすね。

 

【持ッテ行ケ】

 

「はい、ありがとうございます」

 

 主(仮)、あっさり渡してくれるな。それにミチル、超平常心で受け取るな。と心の中で突っ込んだが、これ以上何もないのは良かった。

 

 で、出口は何処だ?すっかり方向感覚と位置感覚を失っている俺にはわからない。

 

 顔に出ていたのか、主(仮)は優しい対応をしてくれた。声のトーンはめっちゃ重かったが。

 

【次ノ間の前マデ飛バシテヤル。ダガ、扉ハオ前達デ開ケロ】

 

 主(仮)が言うや否や、俺達の身体が足元から灰色がかった光に包まれていった。まさか、テレポーテーション?

 

 俺が戸惑いと緊張で思考停止させていると、完全に光で視界が灰色になった瞬間、主(仮)の声が聞こえた。それは憐れみを含んでいた。

 

 

 

 

【此所ハ執念ノ世界…気ヲツケタトコロデドウニモナルマイ】

 

 

 

 

 ちょっと!怖ぇこと言うんじゃねぇ!

 

 



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鴉の間1

 

 

 

 俺とミチルが放り出されたのは、橙色の扉の前だった。先程の流れから言って、これが次の間の扉なのだろう。

 

 俺が何とか頭を切り替えようとしていると、スズネが声をかけてきた。

 

『次は鴉の間だよー』

 

「おまっ、何時の間に!」

 

 と、俺が驚いてみせたところで相手は幽霊。超常現象のひと言で済んでしまう。もちろん、ミチルは平常心だ。

 

 へーへー、サッサと行きますかね。

 

 扉は前回より断然小さくて、ミチルひとりで軽々と開けられた。扉の向こうからは、どういうわけか生暖かい風が吹いてきている。おまけに若干…生臭い?

 

 まあ、嫌な予感がするのは今更だな。いざ行かん!

 

【カアアアアアアアア!】

 

「ぎゃああああああああああ!」

 

 鴉⁈オレンジの鴉!しかも大量‼︎

 

「うるさい」

 

 語彙力を失った俺の頭を、ミチルが華麗に叩いた。とてもイイ音でした。

 

 俺は叩かれた頭頂部に手をやって痛みを堪えつつ、周囲を観察する。目に飛び込んでくるのは、木、木、木。ひたすら木。どうやら針葉樹の林のようだ。

 

 そういえば鴉は何処へ行った?大量の鴉が此方に飛んできたような気がしたんだが…って、ああ。木の枝にとまってますな。うへ~、大量の視線にまるで値踏みされてるみたいな感じで気持ち(わり)ぃ。

 

 気持ち悪いと言えば空気もそうだ。臭い。何て言うか、生ゴミが腐っているみたいな臭いがする。要するに悪臭が満ちている。正直息するのが辛い。吐きそう。

 

 何だか、此処は今までの処と少し毛色が違うようだ。

 

『違うよ、はーちゃん。此処からが本番なんだ』

 

 スズネ、相変わらず心を読んでくれるな。その上不吉なお言葉ありがとう。全然嬉しくねー。

 

 だが、敢えて問おう。本番ってどういう意味だ?

 

『此処はね、負の世界なんだ。怨念の世界と言ってもいい。

 此処は心を壊すために存在しているんだよ』

 

「は?心を壊すって?誰の心をだよ」

 

『存在し得る全てのモノの、だよ。だけど、特に人間は壊されやすいものなんだ。

 気をつけてね?』

 

 いや、気をつけてと言われましても。一体どうしろというんだ。

 

 だが、スズネの言葉を気にしているのは俺ひとりで、ミチルはさっさと林へと歩を進めていた。だから置いていくなって!

 

 (何故か)必死になって、俺も足を踏み出すと、地面がグニャってなった。ええとアレか?これは腐葉土ってヤツか?ミチルがフツーに歩いていっているもんだから、全然わからなかったぞ。

 

 歩いても歩いても、林に終わりはみられなかった。相変わらず奇々怪々だな、此処は。

 

 そして問題は他にも。所々に布切れが散乱しているのだ。なかには靴らしきモノもある。揃ってたり、片足だけだったり、とまちまちだったが、認めよう。あれらは靴だ。そして、それらの近くに存在する木の幹や根には、木の色というにはあまりにも黒すぎる染みがあった。ええと、その内人骨でもみつけられるんじゃね?

 

 俺は戦々恐々としたが、ミチルはひたすら無言で歩き続けていた。その歩は少しも緩まない。寧ろ早すぎる。

 

 俺の足が何かにひっかかった。盛大に転ぶ。ふかふかとはいえ、痛かった。何だか変な風に手をついてしまったが大丈夫だろうか、と他人事のように思った。

 

「大丈夫か?」

 

「だいじょおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――?!」

 

 立ち止まったミチルに問われ、大丈夫だと答えようとした俺だったが、最後まで言葉にできず、変わりに無様な悲鳴をあげてしまった。何故かって?俺の足元に人骨があったからだ。早速フラグ回収するんじゃねー!

 

 俺はわさわさとゴキブリのように地面を這って、人骨から距離を置いた。見事に眼窩の暗いしゃれこうべと目が合う。相手はもちろん無言だが、それがかえって不気味だ。

 

 涙目でミチルを見やると、此方も無言。なあ、何でもいいから言ってくれ…お願いだから。お願いだから!

 

 だが残念なことに、ミチルはなかなか言葉を発してくれなかった。ひたすら重い沈黙が俺とミチルの間に立ち塞がる。みえない壁だ。みえない壁がある。この距離感をどうしてくれよう。

 

 俺が悶々としているなか、淡々と時間が流れ。ようやく発してくれたミチルの言葉は。

 

「ホラーゲームみたいだな」

 

 いや、そんなこと言われても困ります。

 

 俺は意味もなく途方に暮れた。

 

 周囲から鴉の鳴き声が響いた。大合唱だ。しかも不協和音だ。これじゃあ、レコード大賞はとれない。

 

 俺は更に途方に暮れた。今度は1羽だけが鳴いた。短い鳴き声だった。これは味のある泣き声、のような気がした。

 

 ミチルの鋭い視線とぶつかった。だから何と言えと。

 



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鴉の間2

 

 

 

 俺は困った。ずっと困ってばかりだが、今も困っている。主にミチルの視線に。

 

「…ははは」

 

 俺はとりあえず笑った。乾いた笑いだ。頬が引き攣っているのが自分でもわかる。

 

 するとミチルは言った。

 

「早く行くぞ」

 

 はい、いつも通りですね!

 

 俺はさっさかさっさか前へと進んで行くミチルを、すっきりしない気持ちで追いかけた。腐葉土のせいで走れねぇけどなっ。

 

 俺とミチルの差は約30m。時々ミチルの姿を木の幹が隠す。あ、1羽の鴉がミチルの前を横切っていったな。

 

 しかし、それにしても臭ぇな。マスク…でも太刀打ちできなそうだ。業務用ならなんとかなるかもしれないが、現在無いモノを言っても仕方がない。

 

 首だけで背後を振り返ると、スズネがふよふよと宙を浮いていた。踊るようにまわってみたり、宙がえりしたり。とっても気楽ですね。

 

 呆れた俺が視線を前へ戻すと、遠目に建物がみえた。遠目でもわかる。でっかい洋館だ。ミチルの歩みは迷いなく洋館に向かっていた。あー…うん。其処が目的地なんですね。

 

 俺は誰がみてもわかるぐらいのため息を吐いた。

 

 洋館の扉はとてもシンプルだけど、こんな俺でも感じる格好よさがあった。そして、ミチルがひとり押し開けるのが容易である。ビバ普通。

 

 だが、俺達を出迎えたのは洋館の主人ではなく、外以上に酷い悪臭だった。やっぱり普通じゃない。

 

「うわっ、クッセ!」

 

 叫んで俺は激しく後悔した。叫んだことにより悪臭を思いっきり吸い込んでしまったのである。

 

 ゴホゴホと咽込んだ俺。涙目になりながらミチルをチラ見すると至って普通のミチルだった。ずるいな、コンチクショウ。

 

 そんなミチルは、苦しむ俺を置いてさっさと先へと言ってしまいましたとさ…って、おい!

 

 焦った俺は走ってミチルを追いかけた。結果、床の埃だか何だかよくわからんモノが舞いあがって悪臭が酷くなった。走るな危険。

 

 肝心の洋館の内部は外見通り広々としたもので、子どもが同時に駆けっこ出来そうな幅がある階段が2か所あったりする。ドアもいっぱい。

 

 だが、家具がない。絵画とかの装飾品もない。人の気配もない。ただただ埃ばかりが積もっている…と思ったら、遠くから何かの羽ばたきが聞こえてきた。十中八九鴉だな。

 

 と、そこまで思って気づいた。スズネがいない。

 

 俺は咽ることを恐れながらその事実をミチルに告げた。返事は「気にするな」だった。だよなー。結局、無駄に咽ただけだった。

 

 ミチルと話し合ったところ、それぞれ別行動することになった。

 

 まずミチルを見送った俺は思った。ミチル、お前凄すぎ。此処に来て、ミチルは1回も咽ていない。そして不満も口にしていない。もう一度言う。ミチル、スゲー。

 

 気持ちを切り替えた俺が探索に選んだドアは紫色だった。そして、ドラキュラの棺桶みたいな形をしていた。

 

 ドアを開ける。簡単に開いた。けれど、俺はすぐに閉めた。開けたら墓場があったからだ。

 

 そう、墓場。一瞬みた感じでも圧倒される程の墓、墓、墓。しかも十字架のついた、がっつり洋風な墓。色んな意味で、イミワカンナイ。

 

 もう一度開ける。やっぱり墓祭りだった。

 

「ええー…」

 

 躊躇いがどっしりと胸に座り込んでしまった。が、俺は意を決して、墓部屋に入っていった。床は歩きやすいタイル張りだった。

 

 雑に墓をみていく。何処をどうみても墓である。ただ、十字架の下の盤面には普通、名前とか没年とかそういうのがあると思うが、これらにはない。それがずっと奥まで続いている。やっぱり意味不明だ。ただし、ゾンビとかは出てこれなさそうなので、そこは安心する。

 

 俺は何気なく、十字架のひとつを叩いた。

 

【ピギャ――――――――――――――――――!】

 

「うわああああああああああああああああああああ⁈」

 

 十字架が鳴いた――――――――――――――――⁈

 

 …と思いきや、鳴いたのは十字架ではなく、バタバタと転げ暴れる謎の物体だった。そしてそれは近づいてきてわかった。それは黄色いチビ鴉だった。

 

【ピ――!やばいピ―やばいピー!】

 

「何がだよ」

 

 突然のチビ鴉の言葉に、俺は完全無意識で突っ込んでいた。だが冷静になっても思う。本当に、何がだよ、だよ。

 

 床に転がっているチビ鴉は、ハッとなって俺を見上げた。クリクリおめめが如何にもチビだ。身体は雛というにはまるまると大きいが成鳥というにはチビな鴉ではある。アレだ、バレーボールをちょっと小さくした感?

 

【大変ピー!人間ピー!生きた人間がいるピー!】

 

 チビ鴉は大いに騒いで暴れて、最後には勝手に疲れ果てた。おーい、口から魂が抜けかかってるぞー。

 

 力が抜けきって臥せっているチビ鴉を、俺は人差し指1本で突いてみた。反応なし。羽根を持ち上げてみた。ピクリと動いた。うむ、生きている。

 

 俺が手から羽根を離すと、チビ鴉は慌てて毛づくろいを始めた。それはもう、カシカシとカシカシと、これでもかというぐらいに。

 

 俺はそれを眺めながら、これからどうしようかと思った。

 

 

○選択その1…チビ鴉を置いていく

 

○選択その2…チビ鴉と話をする

 

○選択その3…チビ鴉をかっ攫って奥へ進む

 

○選択その4…どれもしない

 

 

 はぁ…ミチルが恋しい…。

 

 

 

 



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鴉の間3

 

 

 

 俺は結局、選択その2…チビ鴉と話をする、を選んだ。

 

「おい、チビ」

 

【ピー⁈】

 

 話しかけただけでビビられた。コノヤロウ。

 

 チビ鴉はガタガタと震えながら、ズリズリと尻を擦りながら後ろへと下がった。瞳からは大粒の涙がひとつ、ふたつ。これはアレだ。俺が完全に悪役だな。

 

 どうしよう、俺に害意はないと伝えるにはえーとえーと…そうだ!

 

 俺は必死に片言で「ダイジョーブデース。敵ジャアリマセーン」と何度も繰り返した。

 

 結果。

 

【ピー!怖いピー!】

 

 余計恐がれマシタ。だよな!

 

 俺は本格的に頭痛を覚え始めた。

 

 墓地では暫く、恐怖による悲鳴をあげるチビ鴉の声と、行き詰ってウンウンと唸る俺の声が不協和音を奏でた。あと、心なしか隙間風みたいなのも聞こえる気がする。

 

 仕方がないので、俺は最終手段に打って出た。

 

「俺、ハル…日向晴だ。こんな名だけど、一応男だ。お前は?」

 

【ピー…?】

 

 突然自己紹介を始めた俺を、チビ鴉がキョトンと見上げた。おい、初対面の相手には基本だろうが、自己紹介。

 

 チビ鴉はなかなか名前を教えてくれなかった。ただ、所在なさげに羽根をバタつかせたり、毛づくろいしたり、俺をチラ見したり。見事にビミョ~な沈黙が俺とチビ鴉の間に落ちた。

 

 チビ鴉はどうだか知らんが、俺ははっきり言って気まずい。ナニーモーヤダーコノ空気ー。

 

 で、俺が完全にまいって深いため息を吐いた時だった。

 

【ボクは“ハグレ”ピー】

 

「ハグレ?」

 

 俺が鸚鵡返しすると、チビ鴉――ハグレは何度も大きく頷いた。

 

【はぐれもののハグレピー】

 

「うっわ、捻りのねー名前っ」

 

【失礼なっピー!】

 

「ホントのことだろ!」

 

 やいやいギャーギャー。俺とハグレは取っ組み合いの喧嘩(?)をした。が、あたり前の話、俺の圧勝。図体のデカさからして、ハグレが俺に勝てるわけがない。

 

 俺の腕に押し潰されているハグレが、バタバタと羽根を暴れさせた。あ、マジで苦しそう。

 

「悪ぃ、悪ぃ」

 

 謝りつつ、ハグレを腕から解放すると、ハグレはやっぱりこれでもかという程毛づくろいをしまくった。だけど、俺から距離をとることはしなかった。これは仲良くなったと言える…のだろうか。

 

 謎ではあるが、とりあえず話を進める。

 

「なあ、ハグレ。此処は何なんだ?」

 

【ピ?此処は墓ピ―】

 

 俺の問いに、ハグレはわかりきった答えを返してきた。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。

 

「あのな、何の墓なんだよ。それとどういう役割か、とか。そーゆーこと聞いてんの」

 

 俺が質問の仕方を変えると、ハグレは首を傾げた。右に左に。おお、やじろべえ。…じゃなくて!

 

【此処はココロの墓場ピ―。恨むことも憎むこともできなくなったココロの墓場。

 ボクはその墓守ピ―】

 

 俺がキレかかったとき、ハグレがようやく欲しい答えをくれた。が、全然意味わかんねー。

 

 俺もさっきのハグレみたいに首を傾げてみる。ハグレもまた首を傾げる。またやじろべえだ。じゃなかったらメトロノームだ。いや違う。時間を無駄にしているだけだ。

 

 俺は理解することをサクッと諦めて、次へと進むことにした。

 

「奥には何があるんだ?」

 

【奥は怨念が渦巻いているピー】

 

 うわあ、よくわからないけどオウチカエリタイ。何でそこは即答なんだよ、ハグレ。

 

 だが、ハグレはそんな俺に構わず、というか構ってられないぐらいに慌てだした。びっくりだ。

 

 俺がクエスチョンに埋もれている間に、気のせいか空気の震えが伝わってきたような気がした。え?地響き?違うよな?

 

【早く此処から逃げるピー!】

 

 ばったん、ばったん。ゴムまりと化したハグレが床を跳ねつつ逃げ惑う。そうしている内にも音は大きくなっていく。マジで何だよ。

 

 流石に俺も焦り始めた。汗がじっとりと噴き出している。

 

 あ、ハグレが奥に逃げていった。しかも猛スピードで。何処にそんなエネルギーがあんだよ!

 

 とにかく、俺もハグレを追う。が、なかな追い付けない。

 

 進むにつれて、どんどん暗くなっていく。ハグレを見失ってしまいそうだ。

 

 音が、のそり、と追いかけてくる。音だけ。何かしらの気配は感じない。

 

 どんどん奥へ奥へ。靄のような暗さが纏わりつく。

 

 

 

 

 クライ。

 

 

 

 俺は忘れている何かを思い出しかけた。思い出しかけただけで、思い出せない。記憶が、ひっかかっている。脳という引き出しでひっかかって出てこない。

 

 何だ?何なんだよ。

 

 俺が戸惑っている間にも、ハグレはどんどん奥へ。そして、突然明るくなった。

 

「―――――――――――――――――――――――!」

 

 “其処”は骨の山だった。骨の、山、山、山。大きな山だ。その麓で、ハグレが転がっていた。

 

【ピー!怖いピー!ボクを殺さないでピー!】

 

 ガタガタと、ガタガタと、震えるハグレ。ハグレは一体何に怯えているっていうんだ。

 

 俺はハグレの近くで足を止めると、ぜぇぜぇと肩で息をした。気がついたら音は止んでいた。

 

 ハグレはずっと怯えたままだった。小さいガキが怖がっているみたいに。

 

 俺はそっとハグレの身体を撫でた。震えが俺の手にダイレクトに伝わる。

 

 何なんだよ、マジで…。

 

 



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鴉の間4

 

 

 

 俺はとりあえず、ハグレが落ち着くまでハグレの傍でヤンキー座りをして骨の山を見上げた。

 

 骨の山はいくら眺めても骨の山だ。頭蓋骨も肩甲骨も、大腿骨も…要するに全身フルセットな骨が無数に積みあがってできているようだ。あ、ちょっと崩れてるとこあるな。だがしかし、頂上は遥か彼方で全くもってその全容はわからない。

 

 それにしても…先程のは何だったのだろうか。

 

 ガキんときから中学校までの記憶がすっぽり抜けている俺。幽霊少女・スズネも幼馴染だったらしいが、それすら記憶にない。

 

 だけど、聞いた気がしたんだ。スズネとよく似た、だけど響きの違う声を。それは「ハル君、大好き」だったように思う。

 

 告白されることはぶっちゃけやぶさかではない。寧ろガッツポーズものである。が、何か単純な愛の告白というよりは、ストーカー的な…こう、粘着質なモノを感じた…ような?だとしたらクーリングオフ以前に受取拒否である。

 

 俺がそこまで考えたところで、臥せっていたハグレがむっくりと起き出した。オーラは暗いままだが、少しは立ち直ったようだ。

 

 ハグレが立ち直るのが突然なら、新たな展開になるのも突然だったが。

 

【…行くピー】

 

「何処へだよ」

 

 いきなりのハグレの発言に思わず剛速球で突っ込む俺。そりゃ、ちったあ気遣いのひとつやふたつは必要だったかもしれないが、状況が状況である。俺とハグレは以心伝心の関係ではない。それどころか初対面だ。聞くべきことはきちんと聞かねぇと。

 

 俺に突っ込まれたハグレは一瞬キョトンとして、ああそうだった的な表情をした。お前、俺の存在を忘れてただろ、ぶっちゃけ。

 

【さっきも言ったけど、向こうは怨念が渦巻いてるピー。それを閉じ込めに行かないといけないピー】

 

「閉じ込める?」

 

 俺のオウム返しに、ハグレが、うんうん、と頷く。いや、そんな納得するなよ。俺は全くピンときてねぇんだよ。

 

【アレは10年位前だったピか。4人組の人間がこの世界に迷い込んできたピー。で、そのひとりがこの世界の怨念と共鳴してひとつになって、物凄い悪霊になっちゃったんだピー。

 それ以来、此処はとても不安定になってしまったんだピー】

 

 俺は、まさか、と思った。まさか、それって中坊だった俺達じゃねえのか、と。

 

 けれど、確認して、そうだと言われてしまったら?そう考えた瞬間、俺は怖くなった。だって、そうだろう。その答えが示す結論は――御堂琴音の悪霊化、だ。

 

 

「悪霊になったコトネが俺を狙ってる…?」

 

 

【何か言ったピー?】

 

 ハグレの問いかけに、思考を思わず口にしていたことに気づく。俺は「何でもねぇ」と首を振った。

 

 これが事実なら衝撃的なモノだが、イマイチ実感は湧かない。気にしない、とまでは言わないが、とりあえず頭の片隅に追いやっておく。

 

【ならいいっピけど…人間も行くピー?】

 

 あれ?名乗ったよな?

 

 怪訝な表情はそのままなハグレの言葉にこれまでの経緯を思い出す。うんやっぱり名乗った。覚えられなかったのか覚える気がないのか…。

 

 ていうか、ハグレ。お前、ビビってるだろ。

 

「人間言うな。さっき名乗ったぞ。

 俺は日向晴。ハルって呼べ」

 

【…ハルも行くピー?】

 

「そんなに言うなら行ってやってもいい」

 

 我ながら何様な発言である。だが、ハグレが満足そうに頷くので良いことにしよう。どうやらハグレは細かいことを気にしない性格らしい。

 

 とにもかくにも、1匹…1羽?とひとりで行く道程は、あっちに骨、こっちに骨、そっちにも骨、という骨だらけなモノだった。まるで獣の食い散らかしである。何の気配もないけど。

 

 気配はないが、進めば進む程に臭いはきつくなり、息が苦しくなっていく。俺の様子に、さすがのハグレも心配し始めた。そして心配してくれたハグレは、自分の羽を1枚抜くと俺にくれた。

 

 はじめはクエスチョンマークだらけな俺だったが、急かすハグレに従い、もらった羽を自分の胸に押し付ける。すると羽は俺の胸の中に文字通り溶けて消えた。えっ?!違う意味で怖いんですけど!

 

 だが、息苦しさがなくなるという効果がすぐに出てきて、俺は納得は出来ないもののハグレに感謝した。痛みとかも特に無いし。

 

 と思ったら、ハグレが爆弾発言的な補足をしてくれた。

 

【さっきまではハルはこの世界にとっては異物だったピけど、ボクの羽を取り込んだことで拒絶反応が減ったんだピー】

 

 えー…?臭いを感じるって、拒絶反応とかそういう問題か…?とは思ったが、効果は間違いなくあるので敢えて口には出さない。かわりに、ハグレの羽を取り込んだ俺は無事に元の世界に帰れるんだろうか?という新たな問題がむくむくと湧きあがってきたが。

 

 とりあえず今は苦しくなくなったことを喜んでおこう。考えなくてはいけないはずのことは山ほどある気はするけれど。

 

 そうして、俺とハグレは再び歩き出した。相変わらず骨だらけの世界を。

 



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鴉の間5

 

 

 

「ミチルさんやーい、何処だー?」

 

 

 

 俺は時々こうやってミチルの名を呼びながら、えっちらおっちら骨の世界を歩き続けた。

 

 もちろん、「ミチルとは誰か」という質問をハグレから頂いたので、「幼馴染」と返せば、全然わかってなさそうな首傾げをされた。だが、それ以上はお互いに突っ込まなかったので、おそらくハグレのなかではミチルは謎な人物である。

 

 しかし、歩けば歩くほどに暗くなっていく。正直明かりが欲しい。だいぶ目が慣れたとはいえ、至近距離のハグレさえロクロク見えないこの現状は如何なものか。

 

 と、俺がウンザリしていると、前方に明かりがみえ始めた。光の色が紫という、何となくおどろおどろしさはあるが、この際贅沢は言ってられない。

 

 ん?何だかバイオリンのような音色が聞こえてくる気が…。

 

【掴み難きは真実の愛。得やしきは憎悪。巡る情念は地の底…】

 

 俺とハグレが踏み込んだ其処では、タキシード(だと思う)を着たバイオリン弾きがいた。ただし、人間ではなく、全身オレンジが基調の鴉だったが。

 

 鴉のバイオリン弾きは俺達に気づくと、歌と演奏を止め、こちらをみた。本人に睨んでる自覚はないのかもしれないが、地味に目力があって怖い。

 

【おや、客人ですかな?】

 

 鴉のバイオリン弾きはそう呟くと、恭しくお辞儀した。うむ、俺にそういう知識はないから何とも言えないが、此れは優雅なお辞儀と言うのだろう…多分。俺的には気障すぎて心が痒くなってくるが。

 

 顔を顰めながらハグレのほうをみると、ハグレも(下手くそだが)お辞儀をしていた。ナニコノヤリトリ。

 

【ウタスキー、久しぶりピー!】

 

【ハグレも元気そうで何よりです】

 

 どうやら、ふたり(?)は知り合いらしい。俺は完全に蚊帳の外である。ちっとも寂しくないが。…嘘だ。正直寂しい。

 

 俺が心の中どころか顔いっぱいにいじけていると、ウタスキーとやらが此方をみた。あまりにも突然なのでびっくりだ。

 

【それで、此方の方は?】

 

【ハルだっピー!この世界に迷い込んじゃったみたいピー】

 

【それはそれは難儀なことですね】

 

 うわー、俺のことなのに、全然話に加われねー。益々寂しいぞー。…口に出しては言わねーけどな!

 

 ウタスキーは此処の管理人らしい。ウタスキー曰く、此処は『怨念のゆりかご』。たくさんの怨念が、何かの卵みたいな丸い膜に包まれて眠っているらしい。

 

 確かに、辺りを見渡せば、何だか蛙とか蟷螂とかを思わせる卵の群れが幾つも点在している。正直気持ち悪い。

ていうか、何故蛙の卵を鴉が管理してるんだよ。相変わらずカオスだな、おい。

 

 と、ひとりグルグルと考えていたら、今度ははっきりとわかるくらい睨まれた。こわっ…。

 

【怨念が随分と騒いでいると思ったら、貴方という存在が原因ですか。

 先程、幾つかの怨念が逃げ出しましたし…】

 

【あと、ミチルってヤツもいるらしいピー!】

 

 ハグレが余計なことを言ったせいで、俺はウタスキーに更に睨まれた。とても忌々しそうである。何だかよくわからないけど、ごめんなさい。

 

 俺が委縮しまくっていると、ウタスキーは深く長いため息を吐くと、疲れた声音でこう言った。

 

【まぁ、貴方に文句を言っても仕方がないでしょう。どうやら貴方には因縁が纏わりついているようですし。

 仕方がないので、ついてきなさい】

 

 突然のことだった為、ボケーと突っ立っていると、【早くしなさい!】と怒られた。ちなみにハグレは既にドタドタと弾んで…もとい歩き始めている。

 

 ウタスキーの後をくっついて歩いた道中には、ずっと卵の群れがあった。おかしいな…俺は建物の中に入ったはずなのにな。今更だが。

 

 そして一体どれくらい歩いた頃だろう。小さな建物が現れた。それは平屋で、多分ひと部屋ぐらいしかないのだろうな、と思うぐらい小さい。

 

 ウタスキーに促されるまま建物に入ると、やっぱりひと部屋しかなかった。そこにキッチンやらテーブルやら椅子やらを始めとして、謎の瓶だとか謎の宝飾品だとかがゴチャゴチャと置かれている。あ、楽器の類だけ隅の方にきちんと整頓してある。

 

【此れを持っていきなさい】

 

 そう言って、ウタスキーが俺の方に放り投げたのは、小さなロケットペンダントだった。正十字が円で囲まれている飾りだ。

 

 意味が分からず、俺がしげしげと眺めていると、ウタスキーはそれまで手に持っていたバイオリンをテーブルに置いて、隅にあった新たな楽器を手に取った。今度はフルートか?

 

 ウタスキーはフルート(?)を弄びながら言った。

 

【其れは魔除けになります。貴女の因縁に対して如何程の効力を発揮してくれるかはわかりませんが無いよりはマシでしょう】

 

 言って、ウタスキーはフルートを吹き始めた。綺麗な音色だった。

 

 ハグレが、気持ちよさそうに小さく鳴いた。

 

 



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鴉の間6

 

 

 

 俺とハグレはウタスキーと別れ、またもや仄暗い道をえっちらおっちら進んでいた。

 

 遠くから聞こえる物音と何かの鳴き声。鳥が鳴いているっぽいが、この世界じゃ俺の常識は通用しないので限定はしない。

 

 それにしてもハグレはかなりのビビりだ。何かの音が聞こえてきた時は勿論のこと、何もなくても急にビビりだして俺にしがみつく。半ば突進状態なもんだから地味に痛い。ていうか、ボールみたいな身体でよくしがみつけるよな。

 

 たった今も俺に思いっきりしがみついたところで、勢いに負けた俺がコケかけた。

 

「あっぶねぇな!」

 

【ごめんピー…】

 

 俺にキレられ、ハグレが力なく謝罪する。が、今もなおしがみついたままだ。

 

 ベルトよ、ありがとう。ハグレの怪力に負けずに仕事してくれて。おかげで俺はパンツを披露せずに済んでいる。…まぁ、此処には俺とハグレしかいねぇけどな!

 

 俺は怒りに任せてハグレを剥がした。その様は、ベリッという擬音がピッタリだった。

 

 ハグレはぷるぷると震えながらも歩き出した。その歩みはミミズ並みだが。

 

 俺はひとつため息を吐くと、仕方なしにハグレの歩調に合わせる。1歩進んでは止まって、そしてまた1歩。気の遠くなるような速さだが、多分此処は地球とは時間の進みが違うのだからと諦めて気長に待つ。

 

 しかし、それにしても此処は出口がない。違う部屋にさえいけない。

 

 どうしたものか。俺が首を捻った、その時だった。前方の奥の奥、目には見えないところから何かがザワザワと迫ってきているのを感じたのは。

 

「逃げろ!」

 

 俺は無意識に叫んで、ハグレをガッと抱え上げていた。

 

 俺の腕の中で驚いたハグレが暴れる。だが、俺はそんなことは一切合切気にする余裕はなく、ただひたすらに元来た道を駆けた。

 

 気配はずっと追ってきている。寧ろ追いついてきている。身体中から汗が噴き出す。息があがる。ハグレが大人しくなる。

 

 だが、逃げ切りたい、という俺の思いは叶わなかった。

 

 

 

――ズアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

 

 影が、背後から覆い被さるように俺を呑み込んだ。それは濁流に似ていた。闇の強い流れに、俺の腕からハグレが零れ落ちる。

 

【ハル!】

 

 ハグレが俺の名を叫んだ。が、それもすぐに聞こえなくなった。

 

 苦しい。ガパゴポと息が俺の口からに逃げていく。目を開けていられない。手が、足が、思わぬ方へと暴れる。本当に水の中にいるみたいだ。

 

 ねっとりとした気配は俺をがっしりと掴み、捕らえ、逃がさなぬよう更に深く深く絡みつく。頬を撫でられ、胸を撫でられ、内股を撫でられる。

 

 気持ち悪い。鬱陶しい。そう思うのに、拒絶らしい拒絶を示す力さえも奪われていく。

 

【ハル君…】

 

 クスクスと笑う声が俺の耳元で囁いた。スズネに似ていて、それなのに粘着質な声が。

 

 コトネなのか?顔もよく思い出せない、俺の3人目の幼馴染。俺が記憶から消してしまった幼馴染。

 

【そうよ】

 

 クスクスと気配が答えた。同時にねっとりとした闇が俺から離れ、人の形になっていく。

 

 髪の長い、美少女というに十分すぎる容姿を持った彼女は、うっとりと俺の胸に手を伸ばした――が。

 

【ギヱアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁈】

 

 少女は俺に触れる直前、奇声をあげた。

 

【おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁああああああああああああ!】

 

 叫び、悶え、そして再び粘着質な闇へと姿を変えた少女は、黒い煙となって俺を捕らえた時よりも早く去っていった。まるで引き潮のようだ。

 

 何が起こったのか全く分からず、呆然としていた俺の背後にまたもや気配がやって来た。俺の背中に緊張が走る。

 

【…やれやれ、もう出番が来てしまいましたか】

 

 それはハグレを小脇に抱えたウタスキーだった。

 

 俺がウタスキーの言っている意味が分からず、ウタスキーをしげしげと見つめると、ウタスキーは片羽で俺の胸を指した。そこにはウタスキーにもらったロケットペンダントがぶら下がっている…って、ん?ヒビが入ってる…。

 

【早速怨念から貴方を守ったので、弱ってしまったのですよ。もう、それは使い物になりません。

 そして、替えもありません】

 

 やれやれと首を振るウタスキーから、ハグレがピョンと飛び降りて俺の方へと駆け寄った。しかも俺の名前を大絶叫しながら。

 

 俺は予想していたとはいえ、ハグレのハグという名のタックルに、受け止められず豪快に背中から倒れ込む。痛すぎて声が出なかった。

 

 しかし、ハグレが泣きながら俺に抱きつくもんだから、文句を言いそびれた。ウタスキーは呑気にバイオリンを弾いている。どうやらウタスキーはバイオリンが1番好きらしい。俺はどうでもいいことを考えながら、ハグレの背中を撫でた。

 

 …ひとついいだろうか。何の解決にもなってねぇ!

 



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鴉の間7

 

 

 

 結局、あれからどうしたか。結論は、俺とハグレ、そしてウタスキーの3人パーティーになったということ。寧ろ俺だけ人間で、俺が浮いている。正直納得いかない。

 

 色々な、色々と言いたいことはある。ミチルとスズネはどうしているんだよ、とか、アレはマジでコトネの怨念なのかよ、とか。だけど、それ以上に言いたいことがある。

 

「おい、ウタスキー。何時になったら演奏をやめるんだ」

 

 ウタスキーは歩いているにもかかわらず、未だに器用にバイオリンを弾いている。しかも、明らかに同じ曲をエンドレスで弾き続けているので、こっちとしてはお腹いっぱいである。やめてくれという訴えは何度もしているのだが、ガン無視されている。ダレカタスケテ。

 

 ちなみに、1度はハグレにウタスキーを止めるように耳打ちしてみたが、ハグレの答えは【大好きな曲ピー!】だ。俺は今、孤軍奮闘を強いられている。本当に誰か助けて。

 

 仕方なしにウタスキーのバイオリンをBGMにひたすら歩いているわけだが、ひとついいだろうか。俺達は一体何処に向かっているんだ?

 

【鴉の間の心臓部ですよ。其処にいけば、次への扉の鍵がありますから】

 

 今度も無視されるんだろうなーと、諦めの気持ちで呟いた問いかけに思いがけず答えが返ってきてびっくりだ。びっくりすぎて足が止まりかけた。

 

「心臓部?てか、カラスノマ?」

 

 俺が聞き返すと、ウタスキーが明らかに「そんなことも知らないのか」オーラ全開のため息を吐いた。コノヤロウ。そしてハグレ、小声で【そんなことも知らないピー?】って言うな。

 

 俺は右手で頭をガリガリと掻きながら、口を尖らせて言い訳という名の弁明をはかった。

 

「しょうがねぇだろ。急にこの世界に連れて?こられたし。案内役はどっか行っちまうし」

 

【責めてはいません。ただ呆れていただけです】

 

 ウタスキー…俺的にはどっちも大して変わらんぞ。

 

 ウタスキーの説明のよると、この世界は「暴食」「怠惰」「強欲」「憤怒」「傲慢」「嫉妬」「色欲」の全7つの世界からなるらしい。それで、「暴食」が【餓鬼の間】、「怠惰」が【牛鬼の間】、そしていま現在いるのが「強欲」の【鴉の間】、というそうで。へー、としか言えない。何故ならよくわからないからだ。ウタスキーもそれに気づいて俺を半眼で睨む。ちっとも怖くねーけど。

 

 ハグレは全くこちらの会話に参加せず、絶賛毛繕い中だ。

 

【つまり、この世界は負の感情の世界なのですよ】

 

 ウタスキーがやれやれとそう言った。何処かで聞いたような聞いていないような話だ。聞いたんだとしたら、何処だったかなー…。

 

 とにかく、話はこれでおしまいのようで、ウタスキーはそれまで止めていた歩みを再開した。その後を、ハグレが慌ててボムボムと追う。あれだ、JKが半分棒読みで言う“カワイイ”だ。俺はちっとも萌えないが。

 

 道は相変わらず長く、そして暗い。何故か俺は、頭のなかで「行きはよいよい帰りは怖い~」と歌っている。全てはこの世界が悪い、以上。

 

 などと俺がふざけているうちに、目的の場所に到達したらしい。ウタスキーの歩みが少しだけ早くなる。気のせいか、胸がドキドキしてきた。間違っても恋心じゃないのが残念だ。

 

 其処は仄暗い場所だった。目が慣れて、よくよく目を凝らさないと其処に何があるのかわからない。そんな処。だけど、俺がウタスキーと初めて出会った場所からちょっと先に行った処とよく似た場所。

 

 卵が、連なっている。ずうっと奥まで。終わりはみえない。その、卵の中で得体の知れない何かが蠢いている。

 

 俺は呟いた。

 

「おどろおどろしい…」

 

【それはそうでしょう。此処は怨念の揺り籠なのですから】

 

 ウタスキー…お前にとってはあたり前のことでも、俺にはあたり前じゃねぇんだよ。そしてハグレ。俺の足にしがみつくな、重い。

 

 ウタスキーは此処では演奏する気はないらしい。尋ねたところ、返ってきた答えは【怨念を起こしたくはありませんから】。え?何それ、よくわからないけどコワイ。

 

 ぐるり、と首を回して上を見回したウタスキーの視線が俺に着地する。すっごく嫌な予感がするんデスケド。

 

【さあ、この中から“鍵”を探してください】

 

 はいきましたー、む・ち・ゃ・ぶ・り。

 

 あまりのことに俺の身体は硬直した。あと、声が出ない。あ、身体が戦慄(わなな)いてきた。

 

【大丈夫ピー!ハルならできるピー!】

 

 俺が無言でいると、ハグレが恐怖に震える片羽をあげてそう言ってきた。

 

 ハグレ、気持ちだけ受け取っておこう。だが、お前は俺にプレッシャーを余計に与えたということを自覚しろ。

 

 俺はウタスキーの「さっさとしろ」という視線とハグレの「頑張れ!」オーラを一身に浴びながら、半ばやけくそにその1歩を踏み出した。

 

 神様のバカヤロー!

 

 



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鴉の間8

 

 

 

 俺が1歩を踏むたびに、怨念が薄目を開けてギョロリと睨んでくる。いや、彼方としてはそんなつもりはないのかもしれないが、それでも俺の恐怖ゲージはうなぎ登りだ。限界突破しても覚醒はできないという悲しい現実が俺を余計に苦しめる。

 

 鍵…ウタスキーが言うには今回は橙色だそうで。ていうか、今までの流れでいくと、鴉がいるところを探すべきなのでは?

 

 そう思って、俺はウタスキーに向かって大声で叫んだ。そしたら、淡々とキレられた。

 

「ウタスキー!まず鴉がいねぇんだけどっ!」

 

【十分聞こえてますのでボリュームを落としてください。怨念を起こしますよ】

 

 確かに俺が叫んだことによって、卵のなかの怨念がグルグルと唸り始めた。マジで御免なさい。静かなだけに余計背筋が伸びる思いデシタ。

 

 俺はそろそろとウタスキーの方へと近づくと、小声で改めて尋ねた。すると、こう返ってきた。

 

【此処は鴉が育てている怨念の巣です。鴉の群れを探すより、此の巣の合間を探した方が確実にあります】

 

 へーそうなんだー。と、俺が心の中で呟いたら、ハグレが俺の足元で【へぇー、そうなんだピー!】と感心していた。ハグレ、お前はこの世界の住人のクセに色々と難ありだな。

 

 俺は胸に重いモノを抱えたまま作業を再開した。正確には作業を進めた。怨念の揺り籠は掻きわけると、ゴムのようで粘着質だった。触る度に、ブヨブヨぐちょぐちょ、とホラーにありがちな感触が伝わってきて、いっそ奇声をあげてしまいたい気分だったが、堪えてひたすら無言で作業を繰り返す。何の意地だか自分でも全くわからないのが正直なところだ。

 

 そんな苦労をしているのに、鍵はなかなかみつからない。ただ俺が粘膜塗れになっていくだけだ。きっと、ウタスキーとハグレには俺が真っ白にみえているに違いない。

 

 嫌気がさしてきた俺は、粘膜塗れのままウタスキーの前に立っていた。

 

「なんかヒントとかねーのかよ」

 

【ありません】

 

 ヤンキーのメンチ切りよろしく睨みつけた俺だったが、ウタスキーには全く効果がなかったようだ。あっさりとしたウタスキーの返答が俺の脳裏で木霊する。ジーザス!

 

 何だか俺の口から魂が半分抜け出てる気がする。が、此処で諦めては俺は帰れない。ていうか、ホントにミチルは何処だよ。なあ、鍵探すのやめて、ミチル探さね?…全部口から出てるわ。ウタスキーとハグレはスルーしてっけど。

 

 ぐちょぐちょネチョネチョ。これはアレだ。スライム触ってる感じだ。スライムの方が断然触り心地がいいけどな!

 

 俺が心の中でぶちキレたその時だった。地響きのようなものが聞こえてきたのは。

 

【――まずい!ハグレッ、ハルッ、逃げましょう‼】

 

 ウタスキーが大きく取り乱しながら叫び、なりふり構わず走り出した。

 

 あまりに突然のことで、俺は突っ込むこともできないままウタスキーを追いかける。ハグレも走りにくいなりにボムボムと跳ねながら俺と同じくウタスキーを追いかける。

 

 ウタスキーが選んだのは今まで1度も通っていない穴だった。其処を駆け抜ける俺達の背後から、唸りの多重音声が聞こえてくる。数が多すぎて全く把握できない。

 

 恐すぎて後ろを振り向こうとしたら、ウタスキーが【みてはいけません!】と前方を向いたまま叫んだ。お前は後ろに目がついているのか。

 

 ちなみに、ウタスキーと俺の間をボムボム弾むハグレは【もう走れないっピー!】と音をあげている。

 

 不安に駆られたまま走っている間にも、背後からズゾゾ…と何かが迫ってきている気配は続いている。心なしか、その距離は縮まっているような…?

 

 道は相変わらず続いたまま。否、続いているのは真っ黒な穴だ。ぽっかりと開いた穴が、走り続けている俺達を呑み込んでいっている。

 

 前方にも後方にも逃げ場がないんじゃないか。そんな思いが脳裏を過ぎったその時、背後の気配がスピードを上げたのを感じ――。

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~⁈」

 

 

 

 俺は闇に絡めとられた。視界が一気にブラックアウトし、ウタスキーの姿も、ハグレの姿も、何もかもがみえなくなってしまって、おまけに身体のどの部分も動かせなくなった。

 

 ガツン、と頭に痛みが走る。追いかけるように痺れが頭を含む全身を襲う。

 

 闇は激流に似ていた。そうだ、俺は1度経験している。ついさっきのことだ。

 

 けれど今回異なる点がある。それは叩きつけられるような映像だった。それがどんなモノかきちんと認識する前に次から次へと新しい映像が叩きつけられてくる。

 

 俺が認識できたのは、幼児だったときのこと、小学生のときだったこと、中学生のときだったこと、ミチルがいること、スズネがいること、そして…。

 

 

 

『ハル君、助けて!』

 

 

 

 コトネらしき少女の悲痛な叫び声と苦悶に満ちた表情だった。

 

 

 



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鴉の間9

 

 

 

 ――まず鼻についたのは生臭さだった。

 

 

『ぎゃはははは!やべーぜ!』

 

『それなー!』

 

 

 “コレ”は何だ、と問う間もなく、映像が脳裏を過ぎっていく。否、現実なのか?だって、音だって、臭いだって、信じられないくらい鮮明なのに、まるで黒味の強いセロハンテープにでも遮ら得ているかのように視界だけが悪い。

 

 先程からガキふたり分の声が五月蠅いが、姿形は捉えられていない。声だけで推測するに中学生と思しきソイツ等は、ゲラゲラと馬鹿笑いをあげ、何かを蹴りつけたようにみえる。

 

 視界を振る。ぼんやりとした視界に乱雑に置かれた角材が入り込む。瞬間、鈍い音が俺の耳に届く。そして、あがる悲鳴。女子の声。

 

 俺の身体は、悲鳴をあげた女子のもとへ駆け寄るどころか、足首から先も、手の指も、ピクリと動かない。とても気怠い。

 

 また、男子が声をあげた。

 

『コイツ、××だな!』

『×××が×××してっぞ!』

 

 下品な笑い。ガキそのものの笑い。相手に心があることをわかってないヤツの、笑い。――反吐が出る。

 

 何が何だかわからないのは相変わらずだが、今すぐ笑ってるソイツ等をぶっ飛ばしてやりたい。ぶっ飛ばして、ぐうの音も出ない程に痛めつけてやりたい。…ああ、動かない身体が恨めしい。

 

 その時、誰かの声を聞いた・

 

『ハル!コトネ!』

 

 何だか中坊の時のミチルの声に似てんな、と頭の隅で思った。瞬間、俺は再び闇に呑まれた。

 

…………………………………………………

…………………………………………

…………………………………

…………………………

…………………

…………

……

 

 音が混ざっている。ザワザワとガヤガヤと色んな音が混ざっている。まるで雑踏だ。

 

 やっぱり身体が重くて、指1本動かすのもとてもしんどい。指1本動かしただけで身体がビリビリと痺れる。

 

 やっとの思いで瞼を持ち上げる。明らかに自然じゃない光に眼を刺された。痛い。

 

【長老!起きやした!】

 

 ようやく視界を取り戻した俺の目に飛び込んできたのは、オレンジ色の鴉の群れ…しかも、着物着て二足歩行というシュールなことになってるもんだから、俺のダメージはでかい。

 

 先程の声の主は若衆というのか、ソイツが引き連れてきたのはジジイ鴉だった。着物で二足歩行に加えて眼鏡と髭である。マジやめれ。

 

 驚けばいいのか笑えばいいのかそれとももっと違う感情を抱くべきなのか全くもってわからない俺が、沈黙し突っ伏したままジジイ鴉を見上げていると、ジジイ鴉が厳かに言った。

 

【人間よ、何故この地に参られた】

 

 うん、それにはすっげー答えてやりたい気もするが、まず此処は何処だよ。そう言おうと思って口を開いたが、口から出たのは呻き声だけだった。

 

 俺が何も答えない(というか答えられない)でいると、ジジイ鴉は勝手に話を進めやがった。

 

【困ったのう。此れでは埒が明かぬ】

 

 そうですね、わかりますわかります。けど動けねーんですわ、はは…。

 

 俺がピクリとも動かずいると、ジジイ鴉が【こやつを運べ】と若衆に命令した。ちょ、待て、え?俺このまま引き摺られるの?いでででででっ!やめっ、石が!石がああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 

 

 ――シバラクオマチクダサイ――

 

 

 

 

 

「ぷはー、うめっ!」

 

 俺は何故かジジイ鴉の屋敷で丁重に扱われていた。それはもう、風呂を提供され、着るものを提供され、いい茶を出されている。だから現在の俺は着物だ!…だから、何故こうなった。

 

 何だか皆さんのもてなしが良いので苦痛はないはずだが、何せミチルとスズネとハグレとウタスキーがいなくて絶賛心細い。あれだ、迷子センターの呼び出しが欲しい。かなり切実に。

 

 心細さの正体はアレだろうな。皆さん、優しいには優しいんだけど、ピリピリした空気は隠しきれてねーんだわ。ホントは陰口言いたいのに無理やり呑み込んでる感じ←伝われ

 

 何時地雷踏むかわかんねーわ。もう踏んでるかもしれねーけど。

 

 俺が行儀悪く音をたてて茶を啜っていると、俺の前のながーいテーブルの向こう側で座っているジジイ鴉が俺に話しかけてきた。

 

【人間よ、今一度聞く。なにゆえこの地に参られた】

 

 む、やっぱりこの質問か。

 

 俺はもう1度ズズーとお茶を啜ると、かくかくしかじかをもってジジイ鴉に説明した。それはもう、知ってることは全部。途中、若衆の【そんなことがあるはずがない!】というヤジもあったが、ジジイ鴉の一喝が無かったことにした。さすがジジイ。

 

 俺が話し終えたと悟ったジジイ鴉は、ふむ、と低く頷いて宙をみた。うわー、怖い沈黙だわー。

 

 一頻りご自分の世界に入っていたジジイ鴉だったが、その後面倒くさいひと言を俺にくれやがった。

 

【お主、我らの手伝いをしてくれんかの】

 

 ジジイ鴉さま。それ、質問形式ですが強制じゃないデスカ。…アーメン\(^o^)/

 



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鴉の間10

 

 

 

 俺に限らず、皆が歩けば、ザリザリと草鞋の裏で小石が擦れる音が響く。…ども、ジジイ鴉のお願いという名の命令でオレンジ色の鴉の皆と絶賛山登り中のハルでございます。ドウシテコウナッタ。

 

 背には何だかよくわからない籠を背負わされている為、あたり前の話フツーに山登りするより滅茶苦茶辛い。重いのもしんどいが、中身が何なのか知らされていないのも精神的にくる、という出来れば実感したくなかったことを経験してしまっている事実に、俺は戸惑いを禁じ得ない。

 

 色々突っ込みたいことはあるが(というか心のなかでは既に突っ込んでいるが)、如何せん口に出来る空気じゃないのだ。

 

 下を向いていた顔を上げると、先を行くオレンジ色の鴉の、頭、頭、頭、頭だらけ。うむ、かなりわちゃわちゃしている。俺が列のどの辺にいるのかはわからないが、先頭集団ではないことは確かだ。

 

 ――休憩してぇ。そんな言葉が俺の喉元から頭頂部を出そうとしていたその時、隣の優しいオバサン鴉が言ってくれた。あたたかい声だった。

 

【もうすぐ山頂でさー。堪えんしゃい】

 

 そうか、もうすぐ山頂なのか。なら頑張るしかな…いのか?頑張る以外にも道はあったような気がするぞ。まあ、今更だが。

 

 どんなにあたたかい声で言ってもらったところで釈然としないものは釈然としない。が、ジンジさんの言う“けっぱる”というのを思い出して頑張ってみることにした。…要するに黙々と歩くだけだ。それでもオバサン鴉は満足そうに頷いている。何が満足なのかさっぱりわからないが、いいことにしておこう。ジンジさん…懐かしいな、元気にしてるかな、してるだろうな。お袋とか親父とかも…やっぱ、帰らなねぇと。

 

 俺がホームシックというか、タウンシックになっている内に先頭集団の動きがゆっくりになってきた。山頂に着いたのか?周囲がザワザワとしてきた。そのザワザワに俺は背中を押されて前へ前へと進んだ。うむ、まごうことなき山頂である。そして何だかひひらけている。

 

 皆が横に長い集団をつくり出したところで、ジジイ鴉が軽く咳払いをして重々しく口を開いた。

 

【よう耐えてくれた、皆の衆。それでは此れより場の安定を試みる】

 

 そこで言葉を区切ったジジイ鴉がちょいちょいと指を動かして誰かを呼んだ。それが俺だと気づくのに10秒程。5,6回は同じやり取りをしただろうか。その間の沈黙は珍妙なモノだった、とだけ言っておこう。現在の俺はジジイ鴉に引き摺られてそれどころではない。

 

「いでででででっ!」

【早く来んか!】

 

 俺、客人だよなっ?何だか俺の扱い雑になってねーか?!理不尽にもほどがあるぞ‼

 

 そんな俺の疑問・文句をよそに、ジジイ鴉はザリザリと俺を引き摺って、大衆の前面に曝した。え?俺、さらし者の刑?聞いてませんけど⁈俺が謎テンションだけど、突っ込むヤツが誰もいねぇ!ていうか、まともなヤツがいねぇ!

 

 俺をさらし者のしたジジイ鴉は、俺から手を放すと、改めて咳をした。何だよ、その間。意味わからんし。そして、その謎の間の後に人…否、鴉を呼んだ。5人という、思ったより多い人数が来た為、若干引き気味である。引くことは今までたくさんあった?それは言わない方向で。

 

 俺が度重なる逃避をしている間もジジイ鴉は俺の背負っている籠をガサゴソと漁った。ちょっと待て、せめて俺が籠をおろしてからにしてくれよ、このくそジジイ。

 

 俺の予想を遥かに超えた時間をかけたジジイ鴉が取り出したのは、ジジイがどうして持てるのかわからないくらいのずっしり感を伴った石だった。しかもなんか、俺の知ってる灰色がかった石じゃなくて、赤黒い血みたいな色したヤツだ。

 

 その石が出てきた途端、皆拝みだすし。何なの?何かの宗教なの?まあ、置いてけぼりなのは俺だけだけどな!

 

 ジジイ鴉は恭しく赤黒い石を掲げると、そのまま壊れ物を扱うかのようにそっと地面へとおろした。そして、何事かを呟き出した。アレだ、宮司さんがあげる祝詞だ。あってるか知らねぇけど。って、皆も唱えだしたしっ。

 

 ぽかーんな俺を他所に、儀式らしき何かがどんどん進んでいく。同時に天気が悪くなり、遂には雷様までお越しだ。

 

 そして、俺が理解するということを放棄した瞬間、その雷様が謎の石に落ちた。

 

【うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!】

 

 うん、例えるならうっかりボリューム大にしたまま動画つけちゃいましたー的なボリュームな皆様の歓喜の雄叫びが怖い。怖すぎる。特に男の野太い声が渦を巻くようだ。ちなみに俺の声は完全ログアウトである。

 

 …で、何が起こった?

 



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鴉の間11

 

 

 

 恐る恐る、雷様の落ちた赤黒い石を覗き込むと、ぱっくりと割れた断面がドクドクと脈打ってた。え?ナニコレ、心臓?うわぁ、俺の心臓まで鼓動が早くなってやんの(他人事)

 

 当然ながら困惑してるのなんて俺だけで、周りは平然と…ではなくむしろ興奮冷めやらずのまま着々と次へと移っていた。

 

 まず若い鴉達が何処から出してきたんだかわからい如雨露を抱えてる。その中の水(多分)を割れた石に恭しくかける。うん、相変わらずの謎行動。

 

 で、俺は何の関係で連れて来られたんだろうか、などと呑気に考えてたら(逃避ともいう?)、両脇から二人がかりでがっちりと抑え込まれてしまった。ふぁっと⁈

 

【お主にはコトシロ様の依り代になってもらう】

 

 ジジイ鴉が両手に赤黒い石の欠片を持って、俺の正面に迫ってる。ちょ、その石、さっきより脈打ってね?!てかうねってる!!

 

 逃げ出そうと必死に暴れにかかる俺。だけど、抑え込みが凄すぎて1mmも動けねぇ。呻き声だけだ虚しく俺の口から漏れ出る。

 

 その時だった。物凄い勢いでジジイ鴉が横殴りに吹っ飛んだのは。

 

【ハル!大丈夫ですかっ?!】

 

 さっきまでジジイ鴉がいたところにウタスキーが立っている。立って、俺の安否を気遣っている。んん~?

 

【ハル!逃げるっピ!】

 

 可愛い声に視線だけ下にやる。ウタスキーの足に隠れながら震えているハグレが俺を見上げている。ん~?

 

【何だ!お前はっ】

 

【まさかウタスキーか?!】

 

 俺を抑え込んでいる両脇の鴉ががっつり俺の抑えを強化しながら叫ぶ。だよな、ウタスキーだよな。ウタスキーって、戦闘要員だったけ?

 

 だがしかし、俺の脳みそは甲高い金属音に思考を中断させられた。ウタスキーが乱暴にバイオリンを弾いたらしい。

 

 抑えが緩んだ瞬間、俺はウタスキーに半ば引き摺られていた。

 

【逃げますよ!】

 

 逃げますよ。そう言われ、文句のひとつが口から飛び出しそうになったが、結局舌を噛んで何も言えなかった。

 

 ウタスキーに引っ張られながら山を駆け下りていく。途中、鴉達が行く手を阻んできたが、ウタスキーが足を引っかけたりハグレが鴉の足にタックルしたりで強引に突破していく。

 

【待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!】

 

 遥か後方からジジイ鴉の声が響いてくる。此処からでも身体がビリビリして、足が止まりそうになる。だが、止まったら終わりだ、とも本能が訴える。

 

 どれくらい走っただろうか。山を下り、藪を掻き分け、グイグイと道なき道を進んで行く。途中、ウタスキーの手は離れたが、必死にウタスキーの背に喰らいつき、そうして辿り着いたのは、ウタスキーの住処だった。

 

【ひとまずは安心していいでしょう】

 

 ウタスキーは深いため息を吐いて言った。やれやれと扉を開け、バイオリンを部屋の奥にそっと置く。

 

【こ、怖かったピー…】

 

 消え入りそうな声でハグレ。ウタスキーの足元に寄ると、せっせと毛繕いを始めた。

 

 そんなふたり(?)の様子に、すうっと俺の足から力が抜けていく。膝がガクガクと笑い、崩れる。早鐘のような、とは言うが、まさにそんな感じで心臓がバクバクと暴れている。幾ら吸っても呼吸が追いつかない。

 

 ふと、腰…いや太ももあたりを擽られているのに気がついた。目線を落とせば、ハグレが小さな羽で俺の太ももに触れていた。擦っているつもりだろうか。だが、完全に擽りだ。

 

「…ハグレ、擽ってぇんだけど」

 

【ピッ?】

 

 俺に注意され、「そんなつもりはなかった」という顔でハグレが触れていた羽を離した。そして何故か自分の羽をしげしげと見つめる。此処は萌える場面だろうか。俺にそんな趣味はないが。

 

 俺は俺で謎の思案をしていた時、後ろがガタガタと騒がしくなった。振り返ってみたら成程、ウタスキーが楽器の山をひっくり返していた。

 

【う~ん、此れはイマイチですね…】

 

 ひっくり返しながら、何かブツブツ言ってやがる。え、何、お経?いや違うか。

 

 ウタスキーは結構な時間、楽器をひっくり返したり、引っ掻きまわしたりした。多分大切なモノのはずなんだろうけど、真剣オーラ全開でやられるとどうも突っ込めない。ハグレすら黙っている。

 

 ウタスキーの謎作業が終わった時、俺とハグレは仲良く寄り掛かって半分夢の世界だった。

 

【お待たせしました。行きますよ】

 

「ほえ?」

 

【ピー?】

 

 寝ぼけ眼でみたウタスキーはバイオリンのでっかい版…多分コントラバズなんだろーなというブツを担いでいた。何故担ぐのかはわからないが、きっとウタスキーの秘密兵器なのだろう。

 

 だが、一体何処に行くというのだろうか。そんな俺の気持ちを視線で悟ったウタスキーは深いため息を吐いて言った。

 

【鍵を取りに行きますよ。鍵を取って、次のステージに行きたいのでしょう?】

 

 そうだった。

 

 俺はまだ少し気の抜けている足に活を入れて立ち上がった。

 

 

 



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鴉の間12

 

 

 

「待ってくれ。ミチルを探さねぇと」

 

 俺はズボンをはたきながら言った。ズボンは少し、じっとりとしていた。汗だな、きっと。

 

 コントラバズを担いだままのウタスキーが、「誰だ、それ」的な目をして、実際言った。

 

 俺は、俺の幼馴染でーとか、この世界に一緒に来てーとか、はぐれてーとか、こう色々グチャグチャと話してみたが…おーけー?話してる途中も話し終わった後も反応がないから、伝わってるかどうかまったくもってわからん。

 

 ハグレがつぶらな瞳で「ピ?」って鳴くと、ウタスキーが「ふむ」と唸った。ウタスキー、それはいいからコントラバズおろせ。みてるだけで重い。

 

 まあ、俺は言うべきことを言うだけだけどな。

 

「だから、俺はミチルを探して、一緒に次のところに行きてぇ」

 

 だって、幼馴染なんだ。

 

 本当はスズネだって一緒に連れていってやりたい。だけど、スズネはこの世界の存在になってしまった。なら、せめて生きてるミチルだけでも一緒に帰りたいじゃねーか。

 

 けど、ウタスキーは渋い顔をしたままだ。

 

【簡単なことじゃありませんよ】

 

 長い長い沈黙の後、ウタスキーがぽつりと言った。その声には、なんだか呆れが含まれているような気がした。

 

 ウタスキーはコントラバズを担ぐのをやめて、今度は脇に抱えた。どっちもどっちだが、ウタスキーはそのまましれっと【それでは行きましょう】と言って、一歩を出した。

 

 ウタスキー、格好つけてるところ悪いが、何処行くつもりだ?

 

 ウタスキーはすたこらと俺を置いて先を行く。何ならハグレにも置いて行かれる。仕方ないので俺もついていく。…本当に何なんだ。

 

「おい、ウタスキー。俺が言うのもなんだけど、あてはあるのか?」

 

【ミチルという人物が貴方と同じ、生きた人間なら臭いでわかります。

 きっと、遠くにいるのでしょう。此処ではわかりづらいですが、行けばどうにかなると思いますよ】

 

 俺の問いかけにウタスキーはあっさりと答えた。ざっくりしてるうえにあてになるのかよくわからない答えだが。

 

 ふと視線を落とすと、ハグレが小さな羽を精一杯に伸ばして準備運動をしていた。何だか逆に申し訳なくなってきたが、此処はふたりの親切さに乗っかることにした。

 

 俺は、何故か俺を置いて先を行ってしまったウタスキーを足早に追いかけた。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「…疲れたぁ」

 

 どす黒い空間で情けない声がひとつ。勿論、とは言いたくないが、声の主は俺だ。

 

 行けども行けども、相変わらず不穏な世界が続くばかりで、一向にミチルに会える気配がない。言葉には既に出ているが、俺は正直疲れた。それに俺を捕まえたジジイ鴉達の動向も気になる。

 

 因みにウタスキーはフンフンと鼻を鳴らして、現在もミチルの臭いを探してくれている。ハグレは相変わらずビビッて俺の足にしがみついている。俺の疲労の要因のひとつだ。

 

 そんなこんなで俺達は、鍵を探せとウタスキーに案内された、怨霊の揺り籠とやらにまたもややって来ていた。

 

 俺が首を傾げていると、ウタスキーは言った。

 

【此処に貴方とは違う魂の臭いがあります。ですが、貴方の探している人物とは断定できません】

 

 俺は小さくため息を零した。安堵すればいいのか、それとも緊張すればいいのか、はたまた違う感情を抱かなければいけないのか。それがわからないから。

 

 ただ、ハグレだけは変わらず俺の足にしがみついていた。何だか、それで少し安心できていた。非常事態ってすげぇ。

 

 三者三様、その場に無言で立っていると、何処からともなく地響きのようなモノが聞こえてきた。何だかデジャヴである。

 

 訳が分からず、俺が半ば逃避をしていたら、ウタスキーが乱暴にコントラバズを弾いた。驚いたハグレがゴム鞠のように俺から飛び退いた。

 

 ズズズ…と何かを引き摺るような不穏感満載な音が闇を裂いていく。その裂け目から、人型をした何かが今まさに現れんとしている。まるで魔王の御出ましのようだ。

 

 そこから現れたのは――。

 

「ミチルッ…⁈」

 

 闇と悪意を背負ったミチルだった。

 

 



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鴉の間13

 

 

 

 ミチルだとわかるのに、ミチルだと確信したくない。何故ならミチルの身体を、どす黒い煙みたいのが取り巻いているから。

 

 どす黒い煙はすっごい嫌な感じがして、まだまだミチルと距離があるというのに、俺は無意識に足を引いていた。

 

 ウタスキーはコントラバズを構えながら、低い声で言った。

 

【ハル。アレには触れないでください。命をとられます】

 

 …あーうん、めっちゃそんな気がしてた。だけど聞きたくなかったー。

 

 ハグレは無言でブルブル震えている。怖すぎて声が出ないのか。

 

 俺はちらり、とウタスキーにアイコンタクトを送った。「どうすればいいんだ」という意味を込めて。

 

 しかし、ウタスキーの視線はミチルに向いている。弦を構える指は緊張でガチガチだ。

 

 気配が、動いた。ソレ(・・)がミチルだと気づいたのは、それまでいた場所(ところ)にミチルの姿がなくなったからだ。

 

 動けない俺を置き去りにして、ウタスキーが大きく踏み込む。ぬめった風が空間を蠢き、一部は俺の肌を舐める。ハグレが甲高く鳴いた。

 

 ウタスキーが乱暴に弦を弾いて、ウタスキーのコントラバスが奇声をあげる。あまりの不快さに頭が痺れた。だが、耳を塞ぐ暇もなくウタスキーが二度目の奇声をコントラバスにあげさせる。

 

 ミチルが苦し気に声をあげた。それは――人ならざるモノの声だった。

 

【ハル!今のうちに鍵を探しなさい!】

 

 ウタスキーが叫んだ。その手は弦を構えたまま。視線はミチルを射抜いたまま。

 

 俺としては「へ?」である。確かに鍵を探し出して次の部屋へと行くのが目的だった。が、何故今なのか。

 

 俺が思考の沼に落ちると、ウタスキーが【早く!】と切羽詰まった声で急かしてきた。

 

 ウタスキーとミチルが動くたびに、生臭い臭いが掻き乱れ、俺の吐き気を刺激する。鍵を探すために視線を泳がせると、えづいて(・・・・)いるハグレがたまたま目に入った。ハグレさえ駄目なのだから、俺は言わずもがなだろう。

 

 ゲホゲホと激しく咳き込みながら、亡者の如く彷徨う俺氏。あてがわからないから大変だ。

 

 空間が、ねじれている。何故そう思ったのかはよくわからない。けれど、確かに空間がねじれている。

 

 俺が1歩踏む度に、粘膜に包まれた卵がグニャりと歪んでいく。なのに、触れるとその歪みは感じられない。ただただ。ねっとりとした手触りが返ってくるだけだ。

 

 俺は必死になって粘膜を探った。ウタスキーが“ある”と言う鍵を求めて。

 

 やっぱり、手と言わず腕というわず、頭からつま先までねっちょりと粘膜に塗れながらの探しもの。なかな見つからないのは、消えてしまった俺の記憶に似ている、そんな気がした。

 

 遠くでハグレの甲高い泣き声が。粘膜を被って鈍くなってしまった聴覚をそれでも刺す、攻撃的なウタスキーの弦の音が。

 

『お前の美徳はしつこいことだな』

 

 不意に甦る、ミチルの言葉。それは何時のことだったか。

 

 そして、それは突然だった。まさぐり続けた指先に感じた、硬く滑らかな感触。俺は夢中になって“ソレ”を粘膜の沼から引っこ抜いた。

 

 “ソレ”は、橙色に輝く玉だった。

 

「ウタスキー!見つけた!見つけたぞっ!」

 

【早く扉を開けなさい!】

 

 俺の歓喜の声を、ウタスキーの御尤もな台詞が見事にぶった斬った。え…ちょ…もう少し分かち合ってくれても…。

 

 だが、現実は無常。ミチルのどす黒い煙が今まさにウタスキーを呑み込まんとしているところだった。ウタスキーは今一度弦を乱暴に弾いて、ミチルを威嚇する。煙は怯えたように引き下がった。

 

 扉…次への扉。もう、粘膜塗れの俺は何が何だかわからず、手探りで周囲を探る。

 

 粘膜の中の卵がギュルギュルと蠢いている。胚がギョロリと俺を睨む。それらが何時俺に牙を剥くのかわからず、思わず身震いする。だが、時間はない。

 

 俺が乱暴に粘膜をこじ開けると、どっしりとした扉が現れた。

 

「おいっ、見つけ――」

 

 ウタスキーに報告を、そう思ったのに、そのウタスキーが見当たらない。

 

 何処だ、と視線を巡らせる。ボロボロになり、宙を舞っているウタスキーが目に入る。

 

 俺はガムシャラに鍵を嵌めるべき場所に嵌めると、人生でこんなに瞬発力のいい走りをしたことがあっただろうかという速さでウタスキーの身体を掴んでいた。

 

 こちらもボロボロとなったハグレが俺の足にしがみつく。ダブルの意味で重くなった身体を、歯を食いしばって扉へと走らせる。

 

 扉は――まるで此方を待っているかのようにパックリと開いていた。

 

 俺は、そこへ夢中になって飛び込んだ。

 



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人狼の間1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこは、真っ赤な世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ーーおおおおおおおおおおおぉぉぉぉうぬわあああああああああああっ?!」

 

 浮遊感といまにもなか(・・)のモノを吐き出してしまいそうな気持悪さに謎悲鳴をあげる俺。ちょっと待って。この白っぽいのって雲?!若干ピンクなんですけど!……………ってそうじゃなくってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 

「タスケテ――!へるぷぅぅぅぅぅ!」

 

【ピ―――――――――――――!】

 

【…………………………………………喧しいです】

 

 俺のまともになった悲鳴を、ハグレとウタスキーの声がそれぞれの調子で追いかける。

 

 うむ、ハグレは同士だな。ウタスキー、弱々しい声だがディスってんな。

 

 なんて、考えていたのがまずかった。

 

 俺は―――――――――真っ赤な壁に正面から沈んだ。痛すぎて悲鳴も出なかった。

 

【ハルッ、大丈夫っピ?!】

 

 ハグレの心配そうな声が俺の上から聞こえてくる。規則的なリズムで背中に感じる地味に痛い重み…ハグレお前、俺の背中でピョンピョン跳ねてるな?

 

 ズモモモモ…と壁から剥がれた俺。ズザザザザ―――――と俺の背中を何かが滑っていく音が聞こえるが、多分いや絶対ハグレだ。そして、赤い壁だと思っていたモノは赤い地面だった。

 

 ぶっちゃけどっちでも大して変わらない気もするが、とにかく何この血の色の土。ヤダナーモー。あ、よくみたらこの土、ちょいサラサラ。イチゴシロップかけたかき氷ともいえなくはない…かも?触ってもちっとも冷たくはないが。むしろちょっとホカホカしている。

 

 俺がベシベシと身体中についた赤い埃をはらっている横で、ハグレがぴょこたんぴょこたんと先程の俺同様に地面で死んでるウタスキーの周りを跳ねまわっている。元気だな、お前。

 

【ハグレ…落ち着きなさい…目が…回ります…】

 

 ハグレのウザさにウタスキーが文句を言った。あ、若干吐きかけてる。お前は二日酔いのオヤジか。

 

 黙って観察していたら、いったんは起き上がろうと上半身を少し上げたウタスキーだったが、駄目だったらしい。すぐにベシャリと地面に倒れた。行き倒れ?

 

 俺は理解した。俺達はすぐには動けない。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

【…眩暈は何とかおさまりました】

 

 それでもやっぱり二日酔いよろしく【うっぷ…】といまにも戻しそうなウタスキー。俺としては水のひとつでも飲ませてやりたいが、ちょっと周辺を探った感じ、ない。ないというか、干からびてるぞ、この世界。太陽強すぎ。

 

 岩がいい感じの段差になってるとこに腰掛けてる俺は、めいっぱいダラけることにした。マジあちー。

 

 ハグレも気持ちは同じなのか、弱々しく【ピー…】と鳴いている。このままじゃ俺達が干物になるので雨プリーズ、ホントに。

 

 かなり具合悪そうなウタスキー(顔色は全くもってわからないが)には悪いが、俺はちょっと確認しておきたい。

 

「なあ、此処は何の間だ?」

 

 俺の問いかけに、ウタスキーはまずゲップ(?)で返してきた。やはりまだ吐き気がキツイらしい。その後に訪れた長い沈黙が地味に重いのはご愛敬だろうか。

 

 ちなみにハグレは、小石の周りはひたすらグルグル回るという謎の遊びをしている。幼児か、お前は。

 

 とりあえず暇なのでハグレが回った数を数えてみることにした。8週目ぐらいから数えてる俺があやしくなってきた。ハグレ、途中からスピードあげるのやめてくれ。

 

 俺の目が回って目頭をほぐしていたとき、ウタスキーが口を開いた。

 

【…此処は恐らく、人狼の間でしょう。人狼の種族カラーは紅ですから】

 

「種族カラーとかいうのがあるのか」

 

 初耳である。

 

 だが、ウタスキーは俺の呟きには答えず、何度目かわからない吐き気を催していた。いっそその辺で吐いてしまえばいいのに。何の意地なのか、俺には全くもってわからない。

 

 俺とウタスキーが、そんな会話なのかなんなのかわからないものを交わしている間に、ハグレはべチャリと転んでいた。【痛いピー!】と騒ぎだしたので間違いなく大丈夫だ。

 

 俺がウンザリとため息を吐いたその時、それは聞こえてきた。

 

 

 

【――グルルルルルッルルウルルッルルルルルルルル】

 

 

 

 これはえーと多分…アレでですね。今までの流れからすると。

 

【ハル、頑張って逃げましょう。人狼のお出ましです】

 

 神妙なオーラを醸し出しながら、ウタスキーがそんなことを言ってきた。

 

 あのな、いちばん不安なのはお前なんだよっ!

 



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人狼の間2

 

 

 

 グルグルと獣の唸り声が聞こえてくる、砂漠(多分)のど真ん中。感じからして1体なんだろうけれど…いやいや十分ピンチだから。

 

 ウタスキーもそれがわかっていて、ズタボロな、でもって手ぶらな身体で身構える。そういえばコントラバスどっかいったわな。はわはわと身体を震わせているハグレは勿論、戦力外である。

 

 …って、違う。俺達は逃げるんだった。何故戦おうなんて思った、俺。

 

【ハル。人狼はおそらく6時の方向…つまり背後にいます。

 私が人狼の気をひきますから、その隙にハグレを連れて逃げてください】

 

 いや、お前ズタボロじゃねーか。気をひくとか、この状況じゃ無理ゲーだろ。そうは思うのだが、口には出せなかった。

 

 俺が答えないのを了承ととったか。ウタスキーは唸り声のする方に身体全体を向けると――大きく踏み出した。

 

【ハルッ。早く逃げるっピ!】

 

 半ば呆然とウタスキーの影を眺めていた俺の頭を、ハグレの叱責に似た声が揺さぶった。

 

 俺がぼやぼやしている内に、ハグレはウタスキーとは真逆の方向に進んでいた。

 

 相変わらずボムボムと弾みながら先を行くハグレを追いかける為、無理やり足を動かす。くっそ、役に立たねぇな、俺。

 

 乾燥してるから走りやすいかと思えばどっこい。砂に足をとられてコケそうになること幾ばく。ホント勘弁してください。

 

 ハグレ、頼むから俺を置いて行かないで。哀しくなるから。

 

 俺の妄想モードがいけなかったのか。大きな影が俺とハグレをまたいで落ちたかと思ったら、今度は巨躯がハグレを塞ぐ形で落ちてきた。――紅い狼の身体が。

 

【びぎゃあああああああああああああああああ!】

 

 ハグレが素晴らしい大絶叫をあげてズベリと砂の上に倒れ込む。うむ、急ブレーキに失敗したものと思われる。

 

 だが、俺は別のところで…現在起きてることの延長線であることには変わりないが、驚いている。何故なら巨大な狼はウタスキーをくわえているから。ウタスキーはまるで死んでしまったかのようにピクリともしない。

 

 狼は、ペッとウタスキーを砂の上に吐き出すように落とすと、ゲジゲシと自身の舌で毛づくろいを始めた。そして。

 

【なぁんで鴉がいるのかと思えば、アンタ、迷い人だね】

 

 どんなマジックか、狼の姿は消え、かわりに紅髪が超絶似合う、ダイナマイトボディ(死語)なお姉さんが現れた。見た目年齢はアラサーだな。細かいことは…俺の口からは言えない。

 

【ウタスキーが殺されたっピィ~~~!】

 

【おやおや、坊や。勘違いしないでくれる?

 あたしはこのでっかい鴉を殺していやしないよ。ほら、生きてるだろ?】

 

 ハグレの絶叫に、お姉さんは真顔でそういうと、未だ砂の上で転がるウタスキーを…その鋭いピンヒールブーツのヒールで足蹴にした。ウタスキーは一瞬ビクリと身体を震わせて【うっ…!】と呻き声をあげたが、それだけだった。後はまた死体になりにけり。

 

 ハグレは親をようやくみつけた迷子のように大泣きしながら走ると、ウタスキーの身体の上にダイブした。ウタスキーの【うっ…!】という呻き声はさっきよりも強かったが、やっぱりウタスキーは死体に戻った。

 

 ウタスキーの身体の上でおいおいと鳴き続けるハグレを眺めながら、俺は言った。

 

「えっと…それで、貴女はなんですか?」

 

 敵だったら嫌だな。強そうだし。

 

 そう思ってたら、お姉さんはこう言った。

 

【はじめは敵だと思って排除しようと思ったんだけどねぇ…。

 なんだか訳ありな匂いがプンプンするからさあ、一緒について行ってあげてもいいよぉ】

 

 …は?

 

 ヤバい。誰もツッコミ役がいねぇ。

 

 炎天下にはただ、倒れて動かないウタスキーとそのウタスキーの上で泣き続けるハグレと訳の分からないドヤ顔するお姉さん(人狼?)と呆気にとられて何も言えない俺だけがいる。

 

 太陽がヤケに熱いなあ…。

 



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人狼の間3

 

 

 

【一緒について行ってあげてもいいよぉ】

 

 紅髪のお姉さんはこう言ってくれたものの、果たして俺が返事していいことなのか。ウタスキーは相変わらず死体だし、ハグレはおいおい泣き続けてるし。

 

 あ、遠くでビニール袋的な謎の物体が風に吹かれて地面を転がっていった。何故此処にビニール袋があるのか。いや、そんなことはどうでもいい。

 

「…お姉さん、強いんですか?」

 

 どうしてそんな質問を投げかけたのかはわからない。

 

 ただ、お姉さんは一瞬呆気にとられた顔をした後、ケタケタと笑い出した。

 

【もちろん強いさぁ。少なくともそこに転がってる鴉よりはずっと強い】

 

 そっかー強いのかー…という心の声はもはや棒読みである。何故なら、どう受け止めればいいのかわからず心が色々と大渋滞を起こしているからだ。

 

 あ、ハグレがむっくりと起き出した。

 

【オネーサンはなんて名前っピ?ボクはハグレっピ!】

 

【あたしはアーデルソミ。アディって呼んでおくれよ】

 

【アディ、よろしくっピ!】

 

【よろしく】

 

 なんということでしょう。流れるような、ハグレさんとお姉さん――アディの会話。見事すぎて…魂消たなぁ。

 

 と、逃避してたら、アディに【アンタはなんて言うんだい?】って聞かれた。だから、「日向晴です」と答えた。何故フルネームなのかは俺もわからない。

 

「ハルって呼んでください」

 

【おっけぇ、ハル。さっきも言ったけど、あたしはアディって呼んで。

 それで?アンタは何処を目指してるんだい?】

 

「俺は…もとの世界に戻りたいです」

 

【人の世だね、了解。

 あと、敬語はナシにしてくれる?なんかこそばゆくて嫌なンだよねぇ】

 

 アディはそこでケラケラと笑うと、砂地を歩いているとは思えないほどの素早い動きでウタスキーに近寄ると――勢いよく蹴りつけた。うむ、相変わらずヒールが痛そうである。

 

 ウタスキーはやっぱり【うっ…!】って呻いたが、先程と違うのはむっくりと上半身を起こしたことである。起きて大丈夫なのだろうか。

 

【話は聞いてただろう?】

 

 アディさん、腕組みの仁王立ちでウタスキーを見下ろしてそんなこと言ってますけど、ウタスキーはさっきまで死体でしたよね?聞こえてなかったんじゃないですか?

 

 …と思ったら、ウタスキーは小さくだがかなりナチュラルに頷いた。なんでだ。

 

【私は所詮鴉です。人狼である貴女が味方になっていただけるのなら、この上ない僥倖です】

 

 なんだろう。俺の扱いとゼンッゼン違う気がする。俺がむむっと唸っているその足元ではハグレが【やったピー!】とちっさい羽でバンザイしてるし。なんだか納得いかない。

 

 駄菓子菓子、拗ねた俺を他所に話は進む。

 

【人の世に帰るなら鍵だな】

 

 と、アディさん。

 

【目星はついておりますか?】

 

 と、ウタスキー。

 

 それからなんやかんやとしばらく話し込んでいたふたりだったが、アディさんが突然叫んだ。

 

【とりあえずあたしの巣に来な。先を行くのはそれからだよぉ】

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 アディさんはウタスキーを治療してくれると、道すがらで言った。

 

 歩けど歩けど続いた広大な砂漠はまるで終わりがないようだった。“よう”ではなく、本当に終わりはないのかもしれない、と思うのはこれまでの経験だ。

 

 一体どれくらい歩いたか。広大な砂漠は変わらないが、俺達は巨大な岩が点在する場所に着いた。

 

【さー此処があたしの巣だよぉ。入りな】

 

 アディさんの巣はその中でとりわけ大きな、それはそれは大きな、天を突き抜けるような岩の下部を、その大きさにしては控えめな大きさでくりぬかれた空間だった。どうやってくりぬいたのだろうか。

 

 俺がほえーと間抜け面で見上げているその傍らで、アディさんとウタスキーがさっさと岩穴へと入っていくのが気配でわかった。ハグレもボムボムと元気に弾んでいる。いや、砂場だからボムボムではなくザリュザリュか。

 

 その、ザリュザリュが何故か俺に近づいているのが、何となくわかった、嫌な予感がして、首と肩だけ後ろに振り向かせる。迫るハグレ。やっぱり軌道の直線状は俺だった。横にずれようと左足をあげたその時、ハグレがスピードを信じられないくらいあげた。結果、俺はハグレに右足を膝カックンされた。俺は、ハグレを下敷きにひっくり返った。

 

「イッ、でぇ!」

 

 悲鳴だか非難だかわからない声をあげる俺の下で、ハグレがバタバタと羽を羽ばたかせる。

 

 倒れているせいで見えはしないが、アディさんとウタスキーのぬる~い視線がひしひしと俺を刺しているのは十分伝わってきているが、何でだ。

 

 俺、なんか悪いことしたか?

 



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人狼の間4

 

 

 

【へぇ、アンタの連れが闇堕ちねぇ】

 

 アディさんは、ドロリとした濃い緑色の何かをウタスキーに塗りたくりながらそう零した。何かが何かはわからないが物凄く臭い。あまりの臭いに、ハグレが低く呻いている。ちなみに、そのドロリとした謎の液体は火にかかってる巨釜の中身である。

 

 俺は、ミチルが狂ったことを悲しめばいいのか、それとも臭いに咽ればいいのかわからず、とりあえず咳き込んだ。あ、余計臭いを吸った。クッセ。

 

 目を瞑って咳き込んでいると、視線を感じた。若干咳は残りつつ、感じた方をみれば、アディさんが目を細めて此方をみていた。うん…?なんだか憐れまれているような…?

 

【残念だけど、闇堕ちした人間は救えない】

 

 アディさんは最後にウタスキーを包帯らしき布でミイラ男にすると、ウタスキーの背中を勢い良く叩いてこう言った。物凄く痛そう。ウタスキー、【うっ…!】って呻いてるし。

 

 その口調はまるで、「ごめん、頼まれてた牛乳買い忘れちゃった(笑)」みたいなニュアンスだった。要するにアディさんは、俺に諦めろと言っている。ミチルは捨て置けと言っている。

 

 俺はそれに対してどう感じればいいのかわからなかった。悲しいはずなのに、心の何処かで「そうだろうな」と思っている俺もいて。それでも完全に「ミチルを切り捨てる」と言える程の覚悟は持てなくて。

 

 結局、俺はすぐ傍で毛繕いをしていたハグレをわしわしと撫でまわした。

 

【何するっピ!】

 

 嫌がって逃げるハグレ。それを追い回してしつこく撫でる俺。最早“撫でる”を通り越して掻きまわしている。結果、ハグレに顎を蹴り上げられ、俺は顎をおさえて悶絶した。

 

【何やってるんだろうねぇ、このバカは】

 

【恐らく何も考えていないでしょうねぇ】

 

 えーと、アディさんはともかくウタスキー酷くね?「何も考えてないだろう」って、そこまで言わなくてよくね?

 

 あ、ハグレがウタスキーの腕(羽?)のなかにおさまった。薬が臭くないのだろうか。…大丈夫なんだろうな。俺をガン睨みしてるから。

 

 俺がジト目でハグレを睨み返していると、アディさんが困ったように笑ってこう言った。

 

【経緯を全部わかってあげられたわけじゃないけど、アンタを人の世に還すくらいはできるよ。

 …アンタが本気でそう願えば、ねぇ】

 

 本気で願えば。そう言われると、まるで俺が本気で帰ることを望んでないと言われているみたいで、なんだか複雑な気持ちだ。

 

 そんな、こっちの感情をまるでわかっているみたいにアディさんはこうつけ加えた。

 

【大切な連れだったんだろう?】

 

 俺は無言で俯いた。自分の汚れた靴がやけに臭うような気がした。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 それは静かな時間だった。

 

 ウタスキーは横になり、そのウタスキーの羽に潜り込んだハグレは大きな寝息をたてて眠り、アディさんは謎の巨釜の中身をお玉らしきものでかき混ぜ、俺はそんな面々をぼんやりと眺めながら大欠伸をした。

 

 しばらくそれぞれ無言で過ごしていた俺達だったが、突然アディさんが緊張した面持ちで立ち上がった。表情は威嚇する獣そのもの。犬歯を唇の隙間から覗かせて唸るその姿は、やっぱりアディさんは人狼なんだなぁ、と思わせた。

 

 するすると巣穴の入口へ歩をにじり進ますアディさんの後ろを、ウタスキーも肩を緊張させて追う。

 

 ハグレはまあ…俺の足に抱きついている。相変わらず重い。だからぶら下がるなって。

 

 一体何があったのか。問いかけるにも、場があまりにも緊張していてそれどころじゃないのが痛い程わかる。

 

 俺も息を潜めて耳を研ぎ澄ませると、荒い呼吸があるのがわかった。数は不明。

 

 アディさんが勢いよく前進した。ウタスキーも怪我人とは思えない速さで駆けた。

 

 アディさんとウタスキーの姿が消えたと思った瞬間、ひとつの情けない声が響いてきた。

 

【いででででででででででで!アディ、やめろ!やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!】

 

 ――は?

 

 しばらく乱闘してるんだろうなーという感じの物音(ドスンドスンとか、バタンバタンとか、ガスンガスンとか)が聞こえてきていたが、そのうち静かになった。静かになったと思ったら、ズルズルと明らかに何かが引き摺られている音が聞こえてきた。

 

 俺がハグレと抱きつきあいながら戦々恐々としていると、アディさんがひとつの人影(?)の首根っこを掴んで現れた。あ、後ろにつてるウタスキーが深~~~~~~~~~~いため息を吐いてる。あ、うん。何か知らんけど苦労様。

 

【さあ、話を聞かせてもらおうか】

 

 人影(?)を巨釜の前で落として仁王立ちで言うアディさん。あの…顔も怖いです。

 

 人影(?)は二足歩行ができそうな身体をしてる狼だった。性別は多分男だろうなぁ。えっと…誰?

 



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人狼の間5

 

 

 

 一波乱はあったものの、現在は落ち着いて皆で円になって巨釜を囲んでる。俺を起点に時計回りに言うと、俺、ハグレ、ウタスキー、男の人狼、アディさんの順である。つまり、俺の左側にハグレ、右側にアディさんがいる形。

 

【コイツはエンディアル。あたしの、まあ弟分みたいなもんだねぇ。

 エンって呼んでやって】

 

 アディさんは男の人狼の頭をワシワシと撫でながらそう言った。アディさん、それ地味に痛いんじゃないんですか?男の人狼――エンだっけ?がすっごいしかめっ面で巨釜を睨んでますよ。

 

 結局エンっていう人狼は、人狼の長老の使いだった。なんなら長老の息子だった。

 

 何故、長老はエンをよこしてきたのかというと、アディさんが俺達に気づいたみたいに、長老も俺達の存在に気づいたからで、エンは「お前様子見てこい」とパシられた模様。

 

 エンの姿は本当に狼が二足歩行してる感じだから年齢はわからないが、声の感じからして俺と年が近そうに思った。それを素直に口に出したら、ウタスキーに【人狼にとっての1年は、人間にとっての15年ですよ】と言われた。ウタスキーが言いたかったのは、エンも俺よりは長く生きてるぞってことだったのかもしれない。

 

【で、アディ。どうすんだよ、コイツら】

 

 ぶすっとエンが言う。巨釜が邪魔でエンがどんな様子なのかはわからないが、声のトーンからして唇を尖らせてる。多分、いや絶対。

 

【あたしも此処でじっとしてるのは飽きたしねぇ。そこの迷い人を人の世に戻してやろうと思ってるところさ】

 

 アディさんが立って巨釜をかき混ぜながら言った台詞は、間違いなくエンを黙らせた。空気が重てぇ。

 

 あ、ハグレが【ピッピッ】と小さく鳴きながら俺のところに来た。来て、俺の背中にぴったりくっついた。ハグレ、そのまま毛づくろいするのやめれ。くすぐったい。

 

【…親父を敵に回すぞ】

 

 エンが低い声で言った。アディさんの巨釜をかき混ぜる手は止まらない。

 

【わかってんのか!一族を敵に回すって言ってんだ!】

【それでいいさ】

 

 エンの鬼気迫る怒声に答えたアディさんの声はとても落ち着いていた。落ち着いていたのに、なんだか投げやりな感じがした。

 

 低い唸り声が聞こえてきた。きっとエンの唸り声だろう。ハグレが【ピィー…】と弱々しく鳴いた。

 

 そして、舌打ち。

 

【わかったっ。俺もアディと行ってやらぁ!】

 

 おお、エンも投げやりになった。

 

 アディさんの手は止まって、ぽかーんからのニヤリ。え、不吉。

 

【いいんだね、エン?】

 

 アディさん。貴女悪役ですよ、完璧。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ウタスキーの傷がまぁまぁ癒えたところで、俺達はアディさんのねぐらをあとにした(ちなみにアディさんは巨釜の中身の一部を瓶らしきものに詰めてた)。

 

 現在俺達がいるのは、水辺の傍ら。いわゆるオアシスらしく、たたみ三畳分ぐらいしか面積がない。なお、深さは不明。

 

 ハグレは水にはしゃいでピョンピョン…いや、ビョンビョンと跳ねて【ピー!ピー!】と鳴いている。ご機嫌だな。

 

 あ、エンが掌で簡単に包めそうなくらい小さい瓶にオアシスの水を汲んだ。エンの傍に立つアディさんはゆっくりと視線を巡らせ、周囲を警戒してる。

 

【ほらよ】

 

 水を汲み終わったエンが、何故かその水の入った小瓶を俺に放り投げてきた。慌てて放物線を描いた小瓶を両手でキャッチする。ちょっとよろけたのはご愛敬。

 

 俺が視線を小瓶とエンの顔の間で往復させていると、エンが頭を掻きながら説明してくれた。

 

【それが次の扉への鍵を得る為の鍵だ。それを然るべき場所に収めねぇと次に進めねぇ】

 

 なるほど。で、何処に行けばいいんだ?

 

【何処に行けばいいのかは伝承でしか伝わってない。伝承では“太陽が沈む場所”となっているが、この『人狼の間』は太陽が沈まない。そもそも伝承が正しいかもわからない】

 

 さんきゅーエン。俺の顔に書いてあった疑問に答えてくれて。だけど、解決にはなってねぇ。

 

 俺が呆然としていると、アディさんがエンの後を引き継いだ。

 

【とりあえず東に進もう。

 此処は死の世界だ。人の世とは摂理が反対だからね】

 

 アディさん、逆に人間の世界の摂理を知ってるんですね。それがびっくりです。

 

 あ、水面にボチャリと落ちたハグレをウタスキーがすくいあげてた。ふたりとも水でびっちょりだが、大丈夫だろう。此処ならどうせすぐ乾く。

 



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人狼の間6

 

 

 

 Q.現在何をしていますか?

 

 A.歩いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっちらおっちら歩き続けても、あるのは赤い赤い砂漠。俺、自分が何処歩いてるのかわかってねぇぞ。

 

 前をみれは、俺の三メートル先をアディさんとエンが乱れのない足取りで進んでる。後ろを振り返れば、俺の五メートル後ろを肩で息をするウタスキーとピィピィ鳴くハグレがダラダラとも言えなくない足取りで歩いてる。うん、両・極・端☆

 

 俺はというと、足取りこそそこそこだが気持ちはウタスキーと一緒である。何ならきっと、ウタスキーよりだらけてる。

 

 というわけで俺はアディさんに向かって叫んだ。

 

「あのー、どっか休む場所ねぇっすか?」

 

【ねぇよ!】

 

 返事をくれたのはエンだった。しかも超塩対応。俺は遠慮なく舌打ちをした。

 

 俺の無礼に、肩越しに振り返ったエンがグルグルと唸りながら補足する。

 

【此処はまだまだ西よりだ。しかも、腐喰が出る。早く此処は抜けておきたい】

 

「フグイ?」

 

【死肉を食い荒らす獣さ。ときには生きているモノも襲われることもある。

 腐喰の体は爛れてて、臭いがすごい】

 

 俺が引っかかったワードを鸚鵡返しすると、アディさんがざっくりと答えてくれた。

 

 体が爛れてうんぬんかんぬんはともかく、つまりハイエナみたいな感じか?ハイエナもよく知らねぇけど。

 

 俺のクエスチョンマークを見抜いたアディさんは、幼児に言い聞かせるみたいにゆっくりと続けた。

 

【匂いがすごいということはあたし達の鼻が利かないということさ。

 いまも臭いがキツくて、腐喰が何処にいるのか掴めない】

 

 あ、そういうことっすか。

 

 しかし、この腐喰ゾーン。なかなかに広いらしく、このまま強行軍(?)で行くらしい。俺、ウタスキーが心配になってきた。

 

【大丈夫です。このまま行きましょう】

 

 言ったウタスキー、どんどん歩行速度を速めていく。速めたはいいが――あと十歩でアディさん達に追い付くというところで、盛大に顔から砂丘にダイブした。全然大丈夫じゃない。

 

【困ったねぇ…仕方がない、少し休もう。

 何処か丁度いい場所があったら、其処でウタスキーに薬を塗ろうか】

 

 アディさんはそう言うけど、丁度いい場所なぁ…。

 

 とりあえず、直射日光があたらなくてゆっくり座れるところなら何処でもいいです。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 結局俺達が落ち着いたのは、カラッカラな巨木の下だった。カラッカラだから葉はないが、巨木だから枝が太くて陰になって直射日光に当たってるよりは楽である。何故カラッカラなのに巨木なのかはこの際どうでもいい。

 

 今回はエンが見張りで、アディさんは例の瓶に詰めた薬をウタスキーに塗りたくっている。ウタスキーはうっとりとまではいかないが、目を細めて満足そうだ。

 

 で、俺とハグレはというと。

 

「ハグレ!俺で股抜けするな!」

 

【ピッ♪ピッ♪】

 

 もめていた。いや、俺が一方的に怒ってるだけだが。

 

 何事かというと、仁王立ちで三人を眺めていた俺の股をハグレが延々と潜る、という遊びをハグレがやっているのだ。おかげで俺は動けない。

 

 ハグレ、腐喰の存在を忘れてるだろう。俺も今思い出した。

 

 腐喰のことを人狼組ふたりに尋ねると、ふたりともブスッと渋い顔になった。どうやら相変わらず臭いは酷いらしい。

 

【ウタスキー、少し仮眠を取りな。見張りはあたしとエンでやる】

 

 最期のひと塗りを終えて、ペシッとウタスキーの背中を叩いたアディさんが言う。

 

 律儀なウタスキーさん。断りを入れようとしたのか一瞬もごもごと口を動かしたようだが、アディさんににっこり笑いかけられて黙った。遠目でもわかる。アディさんの笑顔超恐い。

 

 しばらくは横になってももぞもぞとしていたウタスキーだったが、わりとすぐに寝息をたてはじめた。そりゃ疲れてるよなぁ。

 

 俺は相変わらずハグレとじゃれていた。俺も寝ようと横になったところで、今度は俺をジャンプして飛び越えるという遊びをハグレがまたもや始めたのである。うぜぇ。

 

 やっとハグレが遊ぶのを止めて俺の脇で丸まって寝始めたとき、それは起こった。

 

 突然、ガバリッと臨戦態勢でグルグルと唸り声をあげ始めるエン。アディさんの身体も強張る。

 

【――おでましだよ】

 

 低い低いアディさんの声。そして。

 

【グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!】

 

 ドンッ!と地響きのような音をたてて空から落ちてきたのは、頭が三つの体がひとつの獣だった。ハイエナかと思ってた腐喰はケロべロスだった。大きさは一般的な大型犬よりふた回り大きいぐらい。そして噂にたがわず臭う、爛れた体。体液らしきものが体のあちこちから垂れ落ちている。

 

 飛び起きたハグレが、同じく飛び起きた俺の足にしがみつく。気づけば、ウタスキーも気怠そうに起き上がっていた。

 

【悪いねぇ、ウタスキー。アンタにも戦ってもらうよ】

 

【望むところです】

 

 アディさんの言葉に、ウタスキーがかすれた声で応じる。

 

 俺は――ハグレと一緒に巨木の幹の裏に隠れた。それしかないだろ!

 

 

 



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人狼の間7

 

 

 

 ケロべロスもとい腐喰は、重低音でグルグルと唸ってはいるが、すぐには仕掛けてこない。どうやらこちらを警戒している模様。

 

 アディさんは長くサラサラな髪に軽く手櫛を入れると、狼の体に変身した。頭を低くし、グルグルと唸る。

 

 エンはもともと狼の頭を持った人型だからか、変身することはなかった。が、此方も同じく唸り声をあげ、いつでも狩ってやると言わんばかりに手先足先に力がこもってるのが木の陰からでもよくわかる。

 

 で、ウタスキー。お前は何をしてるんだよ。

 

 ウタスキーは枝に蹴りを入れていた。ただただひたすら枝をキックだ。すっごい脚力だな、色んな意味で。

 

 ウタスキーがわけわからないことをしている間にも事態は動く。腐喰が激しい咆哮をあげたのが合図の如くアディさんとエンが大きく駆け出す。

 

 ガンガンというウタスキーが枝を蹴る音も、腐喰の唸りとアディさんが地面を大きく蹴って宙に浮く音、それにエンの叫びに掻き消されていく。

 

 アディさんが腐喰の首に喰らいつく。すぐさま腐喰が激しく頭を振る。アディさんが勢いで飛ばされる。続いてエンが大きく振り被って腐喰を引っ掻く。だが、腐喰は涼しい雰囲気でその大きな足でエンを踏み潰しにかかる!

 

 その時だった。

 

 ――ガガがガンッ、ガンガンッ!

 

 かたい音がリズムを持たせようという意思をもって聞こえてきた。ウタスキーが太い枝二本を使って叩いているのだ。どうやら枝を打楽器にしているらしい。

 

 俺としては何のこともないという思いだが、摩訶不思議。腐喰は大きく口を歪ませ、地面に伏し始めた。

 

 追い打ちをかけるように、アディさんが力強くひと咆え。張り合うかのように腐喰も咆えたかと思うと、腐喰は後ろに大きく飛びずさると、何処かへと駆け去った。

 

【さすがウタスキーッピ!】

 

 巨木の陰から飛び出したハグレがゴロゴロと喉(?)を鳴らしながらウタスキーの足元に弾み寄る。そんなハグレの頭を慣れた手つきで撫でるウタスキーをみると、やっぱり長く付き合ってる相棒なんだなぁと思う俺がいて。どういうわけか、俺はミチルを思い出した。

 

 だが感傷に浸りきる前に突然、俺の膝が折れた。誰だ!膝カックンしたのはっ⁈

 

【キショいんだよっ、てめーは!】

 

 犯人はエンだった。

 

 俺はエンをぶん殴りにかかったが、如何せん相手は人狼。颯爽と避けられまくって結局一発おみまいすることすら叶わなかった。ちくしょう、おぼえとけ。

 

【やっぱり先を急いでおきたいねぇ。さっきのヤツとまた遭遇してしまうかもしれないし。

 すまないね、ウタスキー】

 

【いいえ。協力してもらっているのは此方のほうです。

 私としても先を急ぐ方がいいと思います】

 

 先を急ぐ方がいい、そう言って、ウタスキーは何故か俺の首根っこを掴んだ。反対の手には二本の枝。ウタスキー…今更だが器用だな。

 

【というわけでハル。じゃれてる時間はありませんよ】

 

「おー…」

 

 ウタスキーのひと睨みに、俺は小声でそう返事した。俺が一方的に悪いことになってるのは気に入らないが、突っ込んだら余計面倒くさそうな展開が待ってる気がするので仕方なく口を噤む。

 

 歩き始めれば、あとはザクザクと俺達が歩く音が響くだけ。

 

 ウタスキーの歩みは、アディさんの薬のおかげかだいぶしっかりしてきた。アディさんの薬はどんなことにでも効くのだろうか?疑問には思うが、残念ながら今は聞ける雰囲気ではない。

 

 それは一体どれ程の時間が経った頃だろう。俺の足がしびれ、休憩を要求しようとしたその時、エンが遠くを指さして声を張り上げた。

 

【おい!アレじゃねぇかっ?】

 

 エンの声に、遠くをマジマジと凝視する。

 

 一瞬、それは蜃気楼かと思った。疲れで目はかすんではいるが、確かに何かはあった。俺にはそれが大きな洞窟にみえた。何だか見覚えがあるような気がする。

 

 記憶を辿ると、俺はあるひとつに思い至った。そうだ、あれはまるで、餓鬼の間に辿り着く前に入った洞窟のようだ。

 

 不思議な既視感に、俺の足が自然と止まる。【どうしました?】というウタスキーの声が耳をすり抜ける。

 

 何でもない。そう言おうとした瞬間、眩暈がした。

 

【ハルッ。どうしました?!】

 

【大丈夫かい?!】

 

【冗談じゃねーぞ?!】

 

【ハル!死んじゃ嫌ッピ!】

 

 皆の声が弾丸のように俺の耳に届く。だけど、「大丈夫」とか、「何でもない」とか、言おうと思ったことは頭に浮かべた傍から霧散して――俺の足は俺を支えることを放棄した。

 

 皆が俺へと駆け寄り、誰かが俺の体を揺さぶる。感覚はあるのに、意識は薄れていくばかり。

 

 視界が霞んでいくなか、俺はひとつの声を聞いた。

 

 

 

 

【ハル君――みぃつけた】

 

 

 

 

 

 それは、御堂琴音の声だった。

 

 

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人狼の間8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――暗闇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処は何処だ、というのは愚問だと頭の奥でもうひとりの自分が囁く。

 

 視界が利かないなか、かさかさと、ぞわぞわと、耳元を何かが這っている感触が身体を侵食していく。虫のようなそれを排除したくて身体を動かしたいのに、指の一本も動かせない。おまけに声を出せない。

 

 なのに、耳はよく聞こえているという事実を次の事象が俺に教える。

 

 

【ハル君】

 

 

 突如として頭に響いた御堂琴音の声。ぬるぬると、ぬたぬたとした声。

 

 それを追いかけるのは覚えのない…いや、少し前に聞いた男子の声。少なくともふたり。

 

『コイツ、名前もだけど、顔も女みてぇ。ネコみたいに鳴くんじゃね?』

 

『ヤッちまおうぜ』

 

『あっちの女も?』

 

『あとでヨウタ達と輪姦(まわ)そうぜ』

 

 幼さの残る声の会話の後。ビリッと何かが破けた音と、ひやりとする俺の身体。そして、異常なまでの生臭さ。

 

 何かが俺の身体を這う。ぞわぞわと、ずるずると。虫みたいに。

 

 また、何かが破ける音がした。今度は何かがベタベタと俺の身体を這って――その何かの這う感触は俺の下半身を蠢いた。やっぱり虫みたいに。虫みたいに。

 

 其処に響く、女の――御堂琴音のつんざくような悲鳴。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやダいヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダぁぁあああぁああああああああああああ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【しっかりしやがれ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の頬の痛み。ベチンッ、と割と強めな衝撃に、俺はハッとなった。

 

 目は開けてるはずなのに、視界がイマイチはっきりしない。

 

 俺を覗き込む顔がひとつふたつみっつ…よっつ。エンとアディさんとウタスキーとハグレ。皆泣きそうなぐらい顔がクシャクシャで、ハグレに至ってはぶわぁっと泣いてる。あれ?俺、死んだ?

 

【いや、死んでない】

 

 どうやら声に出てたらしい。エンが真顔で答えをくれた。

 

 俺はエンに抱えられて横になっていた。まぁ、俺はウタスキーと身長がどっこいで、ハグレはサイズ的に論外で、女性のアディさんに抱えられるのも何だか変だし、エンは俺からしたら身長めっちゃあるから妥当な線だとは思うが…男に抱えられても嬉しくない。全くもって。

 

【そんだけ毒が吐ければ大丈夫だな。あーあ、心配して損した】

 

 またもや声に出てたらしい。一体どの辺から漏れたというのか。そしてエン。ぽいっと俺を地面に捨て置くな。あ、眩暈がまだする。

 

【怨霊と精神で繋がってるっていうのは厄介だね。其処を含めてなんとかしたものだけど…】

 

 アディさんは短いため息を吐きながらそう零した。ついでにアディさんの手が俺の額を撫でる。子ども扱いされている気分だが、ひんやりとして気持ちいい。で、いま気づく。俺の身体、汗でベッタベタだわ。あ、汗でベッタベタなのは人狼の間にきたときからだった。たいようあつい。

 

 …そういえば俺、夢をみた気がする。みた気はするのに思い出せなくて、でも思い出そうとするとぞわぞわして………ひたすら嫌な気分になる。

 

【―――――――――――立てるか?】

 

 起き上がりかけた俺に差し出されたエンの手に、俺はどういうわけかどう表現していいのかわからない悪寒が背筋を駆け抜けていった。

 

()ってっ?!】

 

 エンの悲鳴じみた声に、俺が知らず知らずエンの手を叩き落としていたことに気づいた。「(わり)ぃ」そう言おうとしたのに、唇が震えて思うように言葉にならない。唇どころか、手、足――全身がガタガタと震えだした。

 

 悪いのは俺なのに、【えっ?!俺、なんかした?!】ってオロオロとしたエンの声が聞こえて、気づいたらアディさんに抱きしめられて――また子供みたいに今度は頭を撫でられた。

 

【大丈夫。あたし達はアンタを傷つけないよ。…約束する】

 

 アディさんは何度もそう言って、何度も俺の頭を撫でた。

 

 恥ずかしいから、「もういい」って言いたいのに言えなくて、身体の震えは酷くなる一方で、俺はボロボロと泣き出してた。

 

 それでも二十代という意地がわんわん泣くのは拒んで、結局嗚咽になって。自分で自分がわからなかった。何が怖いのか何に嫌悪してるのかわからなくて、それが更に涙を呼んで。

 

 俺は俺がわからない。俺の過去がわからない。俺はどういう人生を歩んだ――?

 

 ウタスキーの、トコトコという枝の打楽器の演奏が、泣きすぎた頭にじんわりと染みていった。

 



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