剣と魔法のファンタジーな世界で世界一の剣士目指します。 (旧) (キン肉ドライバー)
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第一章幼年期
プロローグ


 空が茜色に染まり、周りの建物から漏れだした光が町を照らす中、山野武流(やまのたける)は自転車で赤信号待ちをしながら腕時計を一瞥する。

 

「随分遅くなったな、やっぱり自転車で帰ろうとしたのは失敗だったかな?」

 

 車のエンジン音が聞こえる中、自転車の後部座席にある、大量の景品を一瞥する。

 もう夜も近いからか、片付け始めた露店を見ながら溜め息を吐いた。

 

「この癖は何とかならないかな?」

 

 この台詞が武流の心中を明確に表しているだろう。何しろその癖と言うのは、浪費癖(ろうひくせ)で有り体に言えば買い物依存症だからだ。

 この大量の景品も露店で必要以上に買いすぎたものだ。

 

「あーあ、何時もだったら買いすぎないように気を付られるんだけどな~」

 

 武流は今日、某県で開催されている高校最後の剣道大会で初優勝をして浮かれていたため、胴着と防具を父親に預け、そのまま自転車で帰ったのたが。

 自身の浪費癖を失念したのが、運の尽きだった。

 全国大会の会場と言うこともあり、辺りには少なくない露店が出ている。

 そんな所に 浪費癖を持った人間が行けば どうなるのか? その疑問の答えは手元にある軽い財布が全て物語っていた。

 

「はぁ~、この大量の景品見られたら詰むなー」

 

 このままでは父さん達に怒られると、どうにかお説教から逃れる方法を考えているうちに、信号が赤から青に変わったのに気が付き、再び自転車を走らせた。

 

「あ~、ヤバイな流石に家族全員に襲われたらアウトだな。

 最終的には元値より多少儲けてるんだから、見逃してくれてもいいと思うんだがな」

 

 武流は後部座席にある景品を見ながらそう呟いた。

 実はこれが浪費癖が無くならない理由である。

 武流は何時もこうして露店やゲームセンターなどで散財するのだが、クレーンゲームで高値の商品を捕ったり、 露店のくじ引きで当たりを複数出したりなど。

 最終的には散財した額と手に入った商品で相殺するため、本格的に治そうと思わないのである。

  ――その為に家族全員にしばかれるのはご愛嬌だろう。

 

「はぁ、しょうがない大人しく怒られるとするか……」

 

 家に帰った後、怒られる覚悟を決めて落ち込んだときだった。

 人の流れが変わったことに気が付いた。

 そして何の気なしにその流れの上流を見つめると、ナイフを持った男がサラリーマンにナイフを突き立てていた。

 

 ――その瞬間、辺り一面に悲鳴が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 周りを見回せば先ほどまで、普通に歩いていた人々が逃げ惑っていた。

 急な出来事で、思考停止寸前だった武流は、混乱した頭で訳も分からず立ち(すく)んでいた。

 

「――お母さん……お母さんっ!?」

 

 だが、聞こえてきた女の子の声で我に帰った。

 そして女の子にも、凶刃を向けようとしている男の元へと、竹刀袋から竹刀を取り出しながら走り出した。

 

(これ以上、殺させてたまるかっ!?)

 

 口元に笑みを浮かべながら、人を次々と殺していく男を睨み付けると、さらに走るスピードを上げた――。

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、起きてよ……これから里香(りか)とお買い物しにいくんでしょ、お母さん起きてよっ!!」

 

 ――母親の身体の下で必死に話し掛け続けている女の子に、ナイフを持った男が近付いていく。

 その姿は不気味なほどに自然体だった。ナイフからは血が滴り落ち、服には大量の血が着いているのにその佇まいはまるで散歩でもしているかのような雰囲気を感じさせる。

 唯一、この男が異常であることを示すのは、口元に浮かんだ歪んだ笑みだけだろう。

 

 ――男は女の子の泣き声を聞くたびに笑みを更に深くしていく、そして女の子の頭上で振り上げられたナイフは女の子に……

 

 ――キンッ!!

 

 当たらなかった。

 ナイフを弾き飛ばされ、男が驚き振り返ったの同時に……

 

 ――バキッ!!

 

 俺の蹴りが男の顔面に突き刺さった。

 

「大丈夫か……っ!?」

 

 男がぶっ飛ぶのを横目に捉えながら女の子に話し掛けたが、女の子の母親の身体が目に入ると余りの光景に怒りで奥歯を噛み締めた。

 ――母親の身体には数ヶ所の刺し傷や切り傷があり、女の子を庇うように抱き締めたまま事切れていた。

 

「……」

 

 俺はゆっくりと男の方へと視線を向けた。

 男は俺が怒っているのに気が付いたのだろう、不思議そうな顔をした後、母親に視線を向けて理由を悟ると更に笑みを深くした。

 

「この、クズヤロォォォォッッッッ!!!!」

 

 その笑みが目に入った俺はそう叫ぶと、男に向かって突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は懐からもう一本ナイフを取りだすと、右手で俺に向かって横に切り払った。

 俺は竹刀でナイフを弾き飛ばすと、その勢いのまま男の顔面に肘打ちを食らわした。

 

「ッ!?」

 

 鼻の骨が折れ、顔に手がいった男を背負い投げ(せおいなげ)の要領でコンクリートへと投げ飛ばした。

 

「ゲホッ」

 

 顔からコンクリートに突っ込み男は口から血を吐いた、そのまま固め技で完全に動きを封じようと腕の間接を()めた。

 

「っ、なっ!!」

 

 だが、男は肩の骨を外しながらも無理矢理関節技から脱出した。

 

「ハハハ、ハハハハっ!」

 

 そして、男は急に笑いだすとそのまま立ち上がり、懐から何かを取り出した。

 

「……ッ!?」

 

 俺は男が不気味に笑いながら取り出したのが拳銃だと気が付き、横に避けようとしたが。

 後ろから何かが立ち上った音がしたため、慌てて振り返った。

 

「クッ、」

 

 そこにはいつの間にか、母親の下から這い出ていた女の子が立っていた。

 

「クソッタレェェッッッ!!!」

 

 そして銃身が俺ではなく、女の子に向けられていることに気が付くと同時に走り出した。

 俺が女の子を覆うように抱き締めたのと、男が引き金を引いたのはほぼ同時だった。

 

 ――ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!

 

「ガッ!!!」

 

 俺は男に喉、右腕、左腕、右の太もも、胸の五ヶ所を撃たれ前のめりに倒れた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「容疑者確保ッ!?」

 

 そんな声が聞こえてきた、どうやら警察官が漸く駆け付けてきたようだ。

 

「君、大丈……」

 

 俺の方には医療関係の人が来たようだが。

 俺は五ヶ所も撃たれたんだ助からないだろう。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

 俺は口から血を吐き、身体中から血を垂れ流しながらも、なんとか男の方に視線を向けた。

 男は駆け付けた警察官に取り押さえられていた。必死にもがいているようだったが、片腕しか使えない上に警察官三人がかりで組伏せられては逃れられないようだった。

 

「ぁ、」

 

 安堵から思わず声が漏れた。

 その時、身体が冷えてきたのに気が付き。あぁ……俺は死ぬのかと、他人事のように思った。

 鉛のように重くなってきた体を無理矢理動かして周囲に視線を向けると、霞んできた視界に必死に俺を治療する人達と、俺に泣きながら話しかけ続ける女の子が映る。

 

「よ、か、っ、た……」

 

 俺は女の子の顔を見ながら穴の空いた喉でそう途切れ途切れに呟いた。

 そして段々と意識が薄れていくのを感じながら俺は――この世を去った。

 



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どうやら! 転生したようです

 目覚めると、思うように動けなかった。

 なんとか手先や足を動かすことはできる。

 だが、少し動かしただけで体中を脱力感が襲ってきたため、早々に身体を動かすのは諦めた。

 

 先ほどまでの出来事を思い出し、よく助かったなと他人事のように思うと、周囲の状況を確認しようとして、視界がぼやているのに気が付いて溜め息を吐いた。

 

(あれだけ派手に撃たれたんだから、後遺症の一つや二つ残るか)

 

 そう割り切ると、今度は耳を使い周囲の様子を探ると、頭上から女性の声が聞こえてきた。

 その声の方に意識を集中し、何を言っているのか聴くと――俺は固まった。

 

 何故かと言うと……

 

「レウル〜、お母さんですよ〜〜」

 

 と、明らかに自身の名前ではない名前で呼ばれたのと、その女性の声が日本ではなく外国の物だったからだ。

 

「オ、」

(どっ、)

 

 その事に気が付いた俺は、

 

「オギャアァァァーーーー」

(何処だ!? ここハァァァーーーー)

 

 力の限り叫んだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くそうして訳も分からず混乱していると、誰かに抱き抱えられた。

 

「あらあらレウル、急に泣いてどうしたの?」

 

 女性に優しい声でそう話かけられ、多少落ち着くと、女性の方に視線を向ける。

 女性が近付いたからか、ぼやけるが何とか顔を確認する事ができた。

 女性は黒髪黒目で、日本人に比べると目の辺りが多少堀の深く、肌の色も白いので日本人ではないと一目で分かった。

 

「ッ?!」

 

 女性の顔が綺麗で思わず見惚れてしまい、慌てて視線を反らした。

 

「まぁっ! かわいいっ!!♪」

 

 女性は俺のその姿を見つめると、そう言いながら俺を抱き締めた。

 ただ、俺は今女性に抱き抱えられている訳でして、抱き締められると女性の胸が当たるわけで、女性に対する経験がほとんどない俺がそんなことをされてどうなるのかと言うと……

 

(ちょっ、タンマ。えっと今どうなってるんだ!! とっ、取り敢えず素数を数えるんだ。

 2、4、6、8って、これは偶数だっ!!)

 

 こうなります。

 そして俺はそのまま、女性の腕の中で気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レウ…ル、レウル大丈夫っ!?」

 

 起きると、女性が心配そうな顔をして俺のことを見ていた。

 女性の話を聞くと、どうやら丸一日俺は熱を出して寝込んでいたらしい。えっマジで。

 

「もうっ! レウルったら具合が悪いんだったら、泣かなきゃダメじゃない。

 ……心配したんですからね」

 

 女性の泣きそうな顔が目に入り、申し訳なくなった俺は謝ろうと話し掛けようとして、「あぅ」と言う赤ちゃん言葉が自分の口からしたため驚いた。

 その時、視界に入ってきた自身の手を見つめたまま固まった。

 

(ハァッ!?)

 

 その手はとても小さくすべすべしていて、まるで赤ん坊のようではなく赤ん坊の手そのものだった。

 

「ミエール様、その様なお顔ではレウル様が驚いてしまいますよ。

 こちらでお顔をお拭きください」

 

 俺が手を見つめたまま固まっていると、女性の声以外の声が聞こえ、慌ててその方向へ視線を向けた。

 そこにはメイド服を着た青い髪と黄緑色の目の女性が、ハンカチの様なものを持って立っていた。

 

「あら、アイシャありがとう」

 

「いぇ、大したことではありません」

 

 この二人の女性の名前はどうやら、ミエールとアイシャと言うらしい。

 女性だとややこしいし、俺もミエールとアイシャと呼ぼう。

 

 俺はアイシャとミエールを見ながら、少し情報を整理する事にして記憶を振り返った。

 

 まず、朝から剣道大会に参加して優勝した。

 そのあとは大会からの帰り道であの男と遭遇し、女の子を庇って拳銃で撃たれ気が付いたらこの場所にいた。

 最初は何処かの病院かと思ったが、俺の名前がレウルになっていること、声や手が赤ん坊のようになっていることからして違うらしい。

 そして今更気が付いたが、女性達が喋っているのは日本語ではなかった。何故か意味が分かったため気が付くのが遅れた。

 

 ここまで考えて漸く気が付いたが、外国の何処かに俺は生まれ変わったらしい。

 何故、記憶を持ったまま生まれ変わったのかは分からないが、取り敢えずは疲れたので睡魔に従って俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 生まれ変わったと気が付いてから三ヶ月がたった。

 

 食っちゃ寝てをこの三ヶ月繰り返してきただけだったが、俺の体は順調に成長していた。

 少し前までぼやけていた視界も今では普通に見えるし、体も多少は動かせるようなった。

 だが、食事のたびに顔を真っ赤にしながらミエールの母乳を吸うのは我ながら情けなかった。

 

 そして現在も食事中なのだが、

 

「レウル♪ かわいい!!」

 

 ……どうやらミエールはそんな俺の姿がかわいいらしく、毎回俺の顔を胸と胸でサンドイッチしてきて、そのたびに俺は気絶していた。

 

「あぅ……」

(もう無理……)

 

 今日も俺の気絶と同時に食事の時間は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は起きると、また気絶したのかと溜め息を吐いた。

 

「あぅ……」

(ハァ、毎回毎回男として情けないな……)

 

 俺が先ほどまでのことを思いだし落ち込んでいると、足音が聞こえてきた。

 その方向へ視線を向けるとアイシャが立っていた。

 

「レウル様起きたんですね、よかったです。

 あれ? レウル様ひょっとして落ち込んでいますか??」

 

 アイシャは俺が落ち込んでいることを当てると、俺を抱き抱えた。

 

「レウル様、先ほどのことでしたら気にしなくても大丈夫ですよ。

 ミエール様も反省しておりましたし」

 

「あぅ…」

(はぁ…)

 

 アイシャは俺がまだ落ち込んでいることに気が付いたのだろう。

 困った顔をしたあとこちらを見てくださいと言うと、何故か呪文を唱え始めた。

 

「闇夜を照らす炎よ、出でよ『ファイヤ』」

 

「ッ!?」

 

 アイシャが呪文を唱え終わると、火の玉が現れた。

 驚く俺を他所にアイシャが説明を始めた。

 

「レウル様、これは魔法と言って呪文を唱えることによってこのように火の玉を出したり出来るのですよ。

 あと魔法はこんなことも出来ますよ!」

 

 アイシャがそう言ったかと思うと、ただ浮いていただけだった火の玉が急に動きだし、俺とアイシャの周囲を飛び回ったあと飛び上がり花火のように弾けて消えた。

 

「どうですか? これが魔法です。

 少しは元気に出ましたか?」

 

 唖然としていると、アイシャがそう言って小悪魔のように薄く笑いながら俺の頭を撫でてきた。

 その言葉で俺は先ほどまで落ち込んでいたのに、今は魔法に対する興味しかない自身に気が付いて現金なものだなと苦笑した。

 

「あ、やっと笑った、レウル様はかわいいのですから、笑っている方がいいですよ。

 まぁ、そのせいで毎回ミエール様に抱き付かれるんですけどね 」

 

「あぅっ!」

(言うなっ!)

 

「あら、すいません余計なことを言ってしまいましたね。

 申し訳ございません」

 

「あぅ……」

(うっ……)

 

 態態(わざわざ)元気付けてもらっておいて、この態度はないとばつが悪くて視線を反らすして気が付いた。

 

 あれっ? 魔法があるってことはここ……地球じゃなくね??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれ変わったと気が付いてから半年がたった。

 

 首がすわり、ハイハイ移動が可能になった。

 漸く寝たきりのお爺さんのような状況から解放された俺は色々な所を見回り、情報を集めていった。

 その結果、俺が生まれ変わったのは外国何かではなく『異世界』だと判断した。

 

(この状況を確か、学校の友達が言っていたな『異世界転生』だっけ? まさか俺が体験するとはな)

 

 他にも調べたお陰で家族について、色々と分かった。

 

 俺のフルネームはレウル・クラインハルトと言うこと。

 そしてどうやらミエールの子供らしい。まぁ……何となく分かってはいたが。

 

 いつも俺の面倒を見てくれているミエール、本名ミエール・クラインハルトは俺の母親だ。

 ミエールは国の魔法使いとして働いている。

 今の時期は五年に一度あるモンスター達の大移動する年らしく、ミエールも魔法使いとして本来はそのモンスター達と戦う人達の治療をするためにその戦いに参加しないといけないのだが、俺の出産と時期が重なったために戦いへの参加は免除されたらしい。

 

 俺の所に来てミエールと一緒に俺の世話をしてくれるアイシャは何でも、この家にいるメイド達の上司に当たるメイド長だと言うことが分かり驚いた。

 見ていた感じは自分にも他人にも厳しい感じの人だ。

 だが、そんな厳しさも自分の仕事に誇りを持っているためで、以前俺にこの家に仕えられていることが何よりも嬉しいと俺に言った時の顔はとても綺麗だった。

 ――その顔を見てしまった俺は顔を真っ赤にしたが。

 

 そして俺が一度も見かけたことのない、父親の名前はラグニス・クラインハルト。

 剣帝という称号を持っている剣士で、現在はモンスター達との戦いに明け暮れているそうだ。

 

 そして今現在俺は……

 

 

 

 

 

 

「あぅぅぅ」

 

 泣いていた。

 

 何故なら、今日から遂に母乳を卒業し、離乳食になったからだ。

 

「レウル様、そんなにミエール様に気絶させられるのが怖かったんですか」

 

 若干アイシャが引いているのに傷付いたが、そのまま離乳食を全て食べた。

 

「あぃッ!」

 

 そのまま御代わりをアイシャに要求した。

 

「レウル様これっ、普通の物より多く入れたんですけど……」

 

 アイシャは俺が御代わりを要求すると、更に引きながらも御代わりしてくれた。

 そしてミエールは「そんなに怖かったのね」と、机に顔を伏せながら落ち込んでいた。

 

 御代わりを泣きながら食べる俺に、その姿を見ながら落ち込んでいるミエール、俺たちの様子を見ながら引くアイシャというカオスな食卓に一人のメイドが飛び込んで来た。

 一体何だと思いながらそのメイドを見ていると、メイドはこの状況に一瞬唖然としたあと俺達へ……

 

「ラグニス様がお帰りになりました!」

 

 と、言った。

 どうやら俺のお父さんが帰ってきたらしい。

 

「あぅっ?」

 

 えっ、マジで。

 



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父親との対面

 俺はメイドからお父さ…いや、ラグニスが帰ってきたと伝えられ、ミエールに抱き抱えられながらエントランスホールに到着した。

 

 エントランスホールは建物三階ほどをぶち抜いた吹き抜け構造になっていて、天井には巨大なシャンデリアがあった。

 そして、視線を上から下に戻すと、ずらっと数多くのメイドが並んでいた。

 

 メイド達を見た後、ミエールに視線を戻した時だった。

 

 ガチャリと、ドアが開く音がして慌てその方向に視線を向けると、深々と頭を垂れるメイド達と見た目二十代くらいの赤い旅装束のようなものを着て腰にサーベルを吊るした、赤髪青目の男性が立っていた。

 

 男性は辺りを見回し俺達を見つけると、俺達の所へと近付いてきた。

 

(ッ!?)

 

 だが、近付かれると男性の服は赤い旅装束ではなく、大量の血で赤く染まったものだと気が付いた。

 

 ナイフ男を思い出し、思わず男性を警戒したが、すぐに必要ないと悟った。

 何故なら……

 

「ラグニスおかえりなさい……」

 

「あぁ、ただいま……」

 

「ラグニス、無事で良かったわ。

 怪我はしていない?」

 

「大丈夫、ミエールと怪我しないで無事に帰ってくるって、約束したんだから。

 俺がミエールとの約束を破る分けないだろう」

 

「ラグニスッ!」

 

「ミエールッ!」

 

 こんな会話(イチャイチャ)をしだしたからだ。

 俺が目の前の会話(イチャイチャ)に顔を真っ赤にしながら反らしていると。

 

「ラグニス、貴方の息子のレウルよっ♪」

 

「あぅっ?」

(ヘっ?)

 

 ミエールに無理矢理、会話(イチャイチャ)に巻き込まれた。

 そして、ラグニスは俺へ視線を向けると、

 

「ミエールに似てかわいい子だね」

 

「私はラグニスに似て凛々しいと思いますけど」

 

「そうだね、きっと僕と君との愛の結晶だから二人のいい所を一つにしたかのようだね」

 

「まぁっ、ラグニスったら」

 

 俺を使って更に会話(イチャイチャ)しだした。

 助けを求めてアイシャの方へ視線を向けると、アイシャを含めてメイド達は全員二人を見つめていた。

 

「あぅぅぅッッッ!!!」

(た、確かに微笑ましいが、見てないで助けてくれェェェッッッ!!!)

 

 俺の懇願(こんがん)は届くことはなく、助け出されたのは二人の会話(イチャイチャ)で俺が瀕死の状態になった頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 エントランスホールでの会話(イチャイチャ)が終わると血で赤く染まった服を着替えるためにラグニスは一旦離れ、俺とミエールは屋敷の別室へ移動した。

 

 その部屋に着くと、アイシャがドアを開けた後、脇に控えるように移動した。

 

(ッ!)

 

 俺はアイシャのドアを開けるという、単純な仕草が余りにも洗練されていて驚いた。

 これが本物のメイドなのかと、アイシャの技量の高さに舌を巻いていると、いつの間にか部屋の中にいた。

 

 ふかふかのソファーの上にミエールが俺を抱き抱えたまま座り、その隣に着替え終えたラグニス。

 アイシャはソファーの脇の方に控えている。

 

 そうして、ミエールに抱き抱えられながらじっとしていると、ラグニス達が話し始めた。

 

「ミエール、僕が居ない半年間レウルはどうしてたんだい?」

 

「特に変わったことはありませんでしたよ」

 

「そうか、それはよかった」

 

「ラグニスの方はどうでしたか?」

 

「それがね……実は良くないことが起こりそうなんだ」

 

 また、会話(イチャイチャ)が始まるんじゃないかと、俺は警戒していたが。

 真剣な話のようだと分かると、話を聴こうと意識を集中した。

 

「ミエール、今回のモンスター達の大移動する時期が例年よりかなり早かったのは覚えているね?」

 

「えぇ、覚えています」

 

「まだ可能性の段階だけど、今回の騒動に魔族が関わっているのではないかと、僕は疑っている」

 

 俺はラグニス達の話を聴きながら、メイド達から聞いた話を思い出していた。

 ――モンスター達の大移動。

 原因は分からないが、森や河川などに住み着いているモンスターが、五年周期で大規模な移動をすることをそう呼ぶらしい。

 そして、この大移動で群れから(はぐ)れたモンスターや狂暴化し襲い掛かってくるモンスターを群れに戻したり倒したりするのが、ラグニスの仕事らしい。

 

 ここまではメイド達の噂話で聞いたことがあったが、魔族? という新しい単語が出てきたことで俺は内心首を傾げた。

 

「まぁッ! それは本当ですか!!」

 

 魔族? という単語について考えていると、ミエールが驚きの声をあげた。

 

「あぁ、今回のモンスター達の様子はおかしかったんだ。

 まるで何かに追い立てられるようにね」

 

 ラグニスはそう言うと、ミエールから俺を受け取り抱き抱えた。

 

「まぁ、例え魔族達が相手だとしても、ミエールやレウルには指一本触れさせないけどね」

 

 ラグニスがそう宣言した所で、魔族? についての話は終わった。

 その後はミエールとラグニスにずっと構ってもらっていたが、魔族? という単語に言い様のない不安を感じながらも眠った。

 

 ――ラグニスに対して憧れと嫉妬を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、俺は空を飛んでいた。

 

 ……どうしてこうなった。

 いや、理由は分かっているけども。

 

 以前魔法をアイシャに見せてもらって以来、たまにアイシャに魔法を使ってもらってはよく観察していた。

 

 今日も、アイシャの魔法を観察していると、ラグニスが部屋に入ってきてその光景を見られた。

 それだけだったら何の問題もなかったのだが、

 

『アイシャ何をやっているの?』

 

『ラグニス様、これはレウル様に魔法を見せているんです』

 

『魔法を?』

 

『えぇ、以前落ち込んでいた際、魔法を見せたら気に入られたようでして。

 時々、こうして魔法をお見せしているんです』

 

 と、いう会話がありその際ラグニスに「レウル、お父さんの魔法も見せてあげるよ」と言われ気付いた時には空の上だった。

 

「あぅ……」

(ハァ……)

 

「レウル、」

 

 俺が思わず溜め息を吐いていると、ラグニスが話し掛けてきた。

 

「これから僕が見せる魔法は普通の魔法とは少し違うんだ。

 攻撃系の魔法は基本的に相手に火の玉や氷などを遠くからぶつける遠距離攻撃なんだけどね」

 

 ラグニスはそう言いながら、空中で止まり辺りを見回すと何かを探しはじめた。

 

「この魔法はどちらかと言えば近距離攻撃が主体だからね。

 お、あれがいいかな?」

 

 ラグニスは巨大な鉄鉱石が地面から突き出ているのを見つけるとその側に降りた。

 俺は少し離れた場所へ降ろされた後、どんな魔法を使うのかワクワクしながら見ていると、ラグニスはサーベルを(さや)から取り出し構えた。

 何故サーベルを構えたのかと、不思議に思いながら首をかしげていると。

 

「『炎竜刃(えんりゅうじん)』」

 

 目の前が赤い光に包まれた。

 思わず目を閉じ、再び目を開けるとそこには――

 

「あぅッ!?」

(ハァッ!?)

 

 真っ二つになった、巨大な鉄鉱石があった。

 

 

 

 

 

 

「レウル」

 

 余りの光景にフリーズしていると、ラグニスの声が近くから聞こえ慌てて視線を向けた 。

 そして、先ほどの魔法? は何なのかと疑問に思いよく見てみると、ラグニスの持っているサーベルが赤い炎に包まれていた。

 

 恐らくこの炎が魔法なのだろうと思い、炎に包まれているサーベルを凝視していると、ラグニスが話し掛けてきたため緊張しながらラグニスの言葉を待っていたのだが。

 

「レウルどうだった? お父さんの魔法、凄かっただろう!」

 

 ラグニスから言われた言葉に思わずコケそうになった。

 俺の感想を聞くためにこんなにすごい魔法を見せてくれたのかと、返事を待っているラグニスに苦笑しながら。

 

「あぅッ!」

 

 と、満面の笑顔をラグニスへ見せた。

 



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俺! 剣士目指します

 ラグニスの魔法を見てから三ヶ月がたち、俺は一歳になった。

 

 三ヶ月前にはハイハイしか出来なかったが。

 近頃は足腰もしっかりしてきて、危なげないが両足で立って歩けるようになった。

 

 この世界の言葉は片言だが、喉がきちんと出来てくると自然に喋れるようになっていた。

 

 三ヶ月前に聞いた魔法と魔族のことが忘れられなかった俺は、魔族と魔法について知るため。

 語学力を身に付けることにし、本をミエールに読んでもらい、この世界の文字を覚えていった。

 

 そうして文字を読めるようになると、魔族と魔法について調べていった。

  魔族については何も分からなかったが、魔法のことは少し理解できた。

 

 まず、魔法とは世界中に満ち溢れる魔力というエネルギーを使って起こす現象だ。

 魔力は目には見えないが、この世界に存在する全ての生命体がもつ、生命エネルギーの一種らしく。

 呪文を詠唱することによって、体内にある魔力を消費し、火の玉や水球に変えるのが一般的な魔法らしい。

 

 と、ここまで調べたところで俺は行き詰まってしまった。

 何故ならここまで魔法について知ったのは生前の絵本のようなものからだったからだ。

 大人が読むような本は錠前がきちんとかけてあるところにあり、調べるのを早々に諦めた。

 絵本の内容を頭の中で繋げ整理することでここまで理解したのだが。

 一人ではここまでが限界と判断した俺は誰かから習おうと思い絵本をおくと、ゆっくり歩きだした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいちゃ〜」

 

 俺は片言な言葉でアイシャを呼んだ。

 アイシャは名前を呼んだのが俺だと気が付くと、小走りでこちらに近づいてきた。

 

「なんでしょうか? レウル様」

 

 俺の前で屈み視線を合わせると、アイシャが不思議そうに首を傾げながら訊いてきた。

 そんな、アイシャの姿に苦笑しながら、俺は用件を切り出した。

 

「まほーについちぇ、おちぇえてくだしゃい!」

 

 だが、自身の口から出てきた声に落ち込んだ。

 

(おちぇえてくだしゃい、って俺がこんな声を出していると思うと涙が……)

 

 俺は内心で涙を流しながら、アイシャからの返事を待った。

 

「……理由を訊いてもよいでしょうか」

 

 てっきり、その場で断られると思っていた俺は、意外に思いつつも理由を言った。

 

「あいちゃとやくにすみちゃいにすこいまほーをつかっちぇみたいからてすッ!」

 訳※アイシャとラグニスみたいにすごい魔法を使ってみたいからです。

 

 俺がアイシャの顔を見ながらそう言い切ると、アイシャは微笑みながら……

 

「いいですよ…」

 

 と、笑顔で言うと俺の頭を撫でた。

 

「ほんとでしゅか!」

 

 俺は嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねて喜んだ。

 

「えぇ、本当ですよ。

 ただし、教えるのは知識(・・)だけですよ? それでもいいですか」

 

 アイシャがそう念を押してきたが、俺の目的は魔法について知ることだから問題ない。

 

「わかりまちた!」

 

 俺は大きな声で返事をすると頷いた。

 

 かくして。

 アイシャによる魔法レッスンが幕を開けたのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイシャに魔法を教えてもらう約束をした次の日。

 俺は子供用の小さなイスに座りながらアイシャの話を聴いていた。

 

「いいですか? レウル様。

 まず魔法には七つの属性が存在します」

 

「そくちぇー?」

 

「はい、属性には火、水、雷、風、土、闇、光があります。

 そして火、水、雷、風、土には相性があり、水は火に強く火は風に強いというように、この五つの属性は……」

 

 アイシャの難しい言い回しで説明してきたが、なんとか理解できた。

 

 纏めると、闇と光以外の五つの属性はお互いに相関関係であり、闇と光は二極化されている、ということらしい。

 

「やみちょひかりがいちぇはんすこいってこと?」

 訳※闇と光が一番すごいってこと。

 

 俺が聴いたことを自分なりに理解し、アイシャに話すと一瞬目を丸くした後。

 

「さすがレウル様! 幼い身で早熟にして賢明、これは教えがいがあります!」

 

 と、言うと先ほどよりも更に言い回しが難しくなり、詳しく説明しだした。

 

「いいですか、レウル様。

 魔法を使う者は主に二種類に分類されます。

 まず、掌から魔法の火の玉などを飛ばしたりする遠距離型の魔法を使うもの達のことを魔法使いと言います。まぁ、例外として召喚獣などを……」

 

 普通だったらいらない豆知識のようなものをアイシャが喋り出したので、重要な部分だけ頭の中で纏めることにした。

 

 まず、魔法を使う者は掌から魔法を繰り出す遠距離型の”魔法使い” と剣や体に魔力を纏わせ闘う近距離型の”剣士”に分類されるらしい。

 

 次に、魔法は主に

 

 ・攻撃魔法:相手を攻撃する

 ・防御魔法:魔法を防御する

 ・治療魔法:相手を治療する

 ・剣闘魔法:剣を使って相手を倒す

 ・精霊魔法:精霊? を使って攻撃する

 ・召喚魔法:何かを呼び出す

 

 の六つに分けられることができるらしい。

 

 剣闘魔法について気になったため、アイシャに質問することにした。

 

「けんちょーまほーはやくにすがつかっちぇちゃまほーこちょでしゅか?」

 訳※剣闘魔法はラグニスが使っていた魔法のことですか?

 

 俺の質問にアイシャは少しの間考えた後、頷くと剣闘魔法についての詳しい説明をしだした。

 

「はい、恐らくはそうだと思います。

 剣闘魔法は全身の魔力を自由自在に操り、剣と体を強化する魔法です」

 

「この魔法は『闘気(とうき)』という魔力の鎧で相手の魔法を防御し、『爪竜刃(そうりゅうじん)』という属性を宿した刃で相手を斬り裂く攻防一体の魔法です。

  そしてこの魔法を使い闘う人々のことを剣士と呼びます」

 

「剣士はとても勇敢で誰も敵わないモンスターからでも私達を守ってくれるんですよ」

 

 剣士のことが気になった俺はアイシャに剣士の詳しい知識が欲しいと頼むことにした。

 

「あいちゃ、けんちについちぇもっちょおしへてくだしゃい」

 訳※アイシャ、剣士についてもっと教えてください。

 

「わかりましたっ! このアイシャ不肖の身ですが頑張ります!」

 

 俺がそう言うとアイシャは後ろの棚にあった本を取り出し、本の内容を丁寧に説明してくれた。

 

 結構色々な話を聴いたが纏めると、剣士とは昔に黒の神という神が世界を支配しようとした際に立ち上がった人々が開祖となった生前の絵本等に出てくる勇者の様なものらしい。

 剣士には四つの階級があり、強さは剣聖→剣王→剣帝→剣神となっているようだ。

 

 そうして、剣士の話を聴きながら、俺は半年前ラグニスと初めて会った時に考えていたことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 俺は此方の世界に生まれてから心の何処かであの時女の子の母親の元へ駆けつけるのを躊躇(ちゅうちょ)したことをずっと後悔していた。

 

 今でも思う。あの時もっと早く助けに行っていれば、女の子の母親は死ななくて良かったんじゃないか? と。

 

 だからこそ、ラグニスが俺を守ると宣言した時の強い意思を宿した目を見たとき。

 ラグニスに対して強い憧れと嫉妬を抱き、自分もラグニスのようになりたいと思った。

 

「レウル様?」

 

 俺はアイシャの方を見ながら力強く宣言した。

 

「あいちゃ、おれぇけんちになりましゅ!」

 

 ……言葉が片言なのが締まらなかったが。

 



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ラグニスとの模擬戦

 アイシャに剣士になると宣言してから二年がたった。

 

 俺はあの宣言の後、直ぐ様ラグニスの部屋に押し掛け剣闘魔法を教えてくれと頼みに行ったのだが。

 

 剣闘魔法はある程度は剣の腕がないと使えないと言われたので、剣術の指導をラグニスにしてもらっている。

 その際、前世で使っていた剣道の型を練習で誤って使用し、かなり焦ったがラグニスは「この歳でもう剣の型があるなんて凄い才能だ!」と、見事な親馬鹿を発揮したため何とか助かった。

 

 アイシャから習っている魔法については

「魔法を使いたいのでしたら、基礎を身に付るのが一番の近道です!」

 と、言われたので魔法に関する大体の基礎的な知識を、ラグニスの指導と平行して習い、一年かけて何とか身につけた。

 

 そして、二歳の頃には簡単なものだったら、大体の魔法を成功させることができた。

 

 そうして、魔法を覚えて剣術もラグニスから一時的な合格を貰えたため、俺はあるお願いをすることを決め。

 剣術の指導をするために庭で待っているラグニスの元へとむかった。

 

 

 

 

 

 

 

「僕と模擬戦(もぎせん)をしたい?」

 

 朝方、日課の剣術の指導を終えた後。

 家に向かって歩いている最中に俺は話を切り出した。

 

「はい、俺も三歳になり剣術の腕も少しは身に付きました。

 なので、父様のように立派な剣士へなるために、目標である父様と一度模擬戦をしてみたいのです!」

 

 何となく、ラグニスが悩んでいる気がしたため。

 決して、ラグニスから目を離さないようにして言い切った。

 

 ラグニスは少し考えた後に、

 

「僕のような剣士か……理由はそれだけかい?」

 

「…………いいえ、違います」

 

 真剣な顔をしながら俺に本当の理由を訊いてきた。

 俺は心の中で鋭いなと、苦笑すると本当の理由を言うことにした。

 

「父様のようになりたいのは本当です。

 ですが、一番の理由は後悔したくないからです」

 

「後悔?」

 

 俺の言った理由が以外だったのか、ラグニスは目を丸くしていた。

 まぁ、それは驚くだろう、まだ生まれて三年しか経っていない子供の言うことが後悔だ。

 

 だが、これは俺の本心だ。

 生前の出来事のように自分の力が及ばないで後悔するのはもう真っ平御免だ。

 だから、強さが欲しい。守りたいものを守れる強さが。

 

 ラグニスは俺の真剣な様子からこれが本心からの言葉だと分かったのだろう。

 暫く互いに視線を交わしていたが、急にラグニスは両手を上げ溜め息を吐いた。

 

「ハァ、分かった模擬戦してあげるよ」

 

「ありがとうございます、父様!」

 

 何とかオーケーを貰うことが出来た。

 ラグニスに模擬戦は今日の昼頃から始めると言われ、万全の状態で(のぞ)むために自身の部屋で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎ、俺は模擬戦を行うために庭でラグニスと向き合っていた。

 ラグニスは木剣を、俺は魔法で木を削って作った木刀を持ちながら、真剣な表情で互いに黙しながら睨み会っていた。

 

 俺は木刀を剣術の指導時と同じように晴眼(せいがん)へと構えた。

 ――晴眼。剣を中段に構え剣先が相手の目と目の間につける、剣道の基本の構え。

 

 俺が構えを取ると、ラグニスは暫く構えを観察し、木剣を同じように中段に構えた。

 

「……」

「……」

 

 互いに構えた後は無言でその場から動かなかった。

 本来ならば、教えてもらう立場の俺から仕掛けなくては行けないのだが、ラグニスの隙を見つけられず攻めれなかった。

 

「…ッ」

 

 だが、いつまでもそうしているわけには行かず、真っ直ぐにラグニスへと踏み込んだ。

 ラグニスに隙がない以上、大振りの技は危険だと判断し足へと突きを放った。

 

 普通は、突きは危険な技なので使わないのだが。

 今回は相手が格上なのと治療魔法の存在により、かなり本気でやった筈だ。

 

「なっ」

 

 なのに、ラグニスは半身になっただけで交わした。

 俺が一瞬動揺するとラグニスは直ぐ様切り下ろしを放った。

 

「クソッ」

 

 力では勝てないと判断し。

 木刀で受けながら体を一回転させて木剣を受け流し、その力を利用してラグニスの胴体目掛けて切り上げた。

 

「ッ!」

 

 ラグニスは一瞬驚愕を顔に浮かべたが、冷静に戻した木剣で俺の木刀を受けた。

 

「チッ」

 

 俺は本気の一撃を二度も当てられ無かったことに思わず舌打ちすると、後ろに下がり一旦距離をとった。

 その際、脚を切りつけたが簡単に受け流された。

 

(クソッ、力の差があるとは分かっていたけれど、ここまでだとさすがにショックだな。

 おまけに相当手加減されてこれかよ!)

 

 まさか本気の一撃を二回も放って二回ともかすりもしないとは思わなかった。

 しかも打ち合って分かった事だが、力だけでなく技術面でもかなりの差があるようだ。このままでは確実に負けることが理解出来た。

 

 だから、思いついた”奇策(きさく)”を実行することにした。

 俺は構えを晴眼から脇構(わきかまえ)に変えると限界まで屈んで踏み込んだ。

 ――脇構え。右足を約半歩引き剣先で後方に半円を描くようにまわし右脇へ構えることで、剣先を隠し柄頭(つかがしら)だけを見せることにより太刀筋(たちすじ)を相手に分かりにくくする構え。

 

「なっ!?」

 

 俺が踏み込むと一時的に俺を見失い、ラグニスは始めて動揺し一瞬の隙が出来た。

 

「せあ!」

 

 俺はその隙をつき、ラグニスの脇腹(わきばら)を切り上げた。

 

 ラグニスは動揺していて反応出来ない、当たったと。無意識に思った時だった。

 

 視界にラグニスの木剣が映った――。

 

 

 

 

 

 ――カラン

 

 硬い木刀が地面に落ちる音が辺りに響いた。

 その事をぼんやりと認識したとき、手へと強い痺れが走った。

 

「イタッ!」

 

 思わず手を押さえ周囲を確認すると、ラグニスが木剣を持ったまた唖然(あぜん)とした表情で立っていた。

 

「父様?」

 

 ピクリとも動かないラグニスを不思議に思い体を揺すっていると、ラグニスはゆっくり視線を動かし俺を見つけると。

 

「レウル、凄い! 君はやっぱり天才だ!! って大丈夫かい! ああ、こんなに手が腫れて。

 す、すまない僕が力を入れすぎたのが悪いんだ。

 今、家のメイド達に見てもらうからなッ!!」

 

 そう早口で喋り、家に向けて全力で走り出した。



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闘気の修行

 家に着き、過保護なメイド達とラグニスによる念入りな手の診察が終わった後。俺はソファーへ座ったラグニス抱き抱えられていた。

 

 男として、これは恥ずかしいなと、顔を赤くした俺の顔をラグニスが心配そうにのぞきこんできた。

 

「レウルどうした? まだ手が痛いのかい」

 

 そう言いつつも、俺の手を水属性の魔法でずっと冷やしているラグニスへ。違うッ、そうじゃない! と、怒鳴りそうになりつつも何とか冷静に返事したが。

 

「いえ、手はもう大丈夫です。

 父様に先程の模擬戦の注意点などを訊きたいなと思いまして……」

「もちろんだよ! まず、レウルの最初の構えは知っていたけど、とても完成度が高かったなぁ。

 他にも、レウルの足運び一つ一つも綺麗で思わず見惚れそうに――」

 

 ラグニスが大袈裟に()めるから、恥ずかしくて余計に顔が赤くなってしまった。

 そのまま暫くラグニスの評価を聴いていたが、特に悪い点は無いようだった。

 

 ある程度喋った後、ラグニスは此方を向いて。

 

「そう言えば、レウル最後のヤツは何をしたんだい?

 急にレウルが視界から消えたんだが」

 

 と、質問をしてきた。

 恐らく、かなり気になっていたのだろう。とても綺麗な笑顔を貼り付けていた。

 ――話は変わるが家にいる人達は全員世間一般で美男美女言われるような人達だ。

 その中でもラグニスとミエールは飛び抜けて顔の造りが整っている。

 

「あぅ……」

 

 そのため、ラグニスの笑顔を同性にも関わらず顔に見惚れてしまい思わず(うつむ)いてしまった。

 

「どうした? レウル、大丈夫か」

 

「ッ!」

 

 そうして、俯いているとラグニスが俺の顔をのぞきこんで来たため。

 急いで顔を上げると先程の模擬戦でやったことについて説明を始めた。

 

「えぇと、模擬戦の最後にしたことですか。

 少し、構えを変えて屈んで近づいただけですが」

 

 俺の説明が終わるとラグニスが納得したように頷いた。

 

「成る程、構えで太刀筋を分からなくした後に体格差を逆手にとって死角に入りこんだのか」

 

「そのため、僕はレウルの姿を見失い懐に入り込まれ、太刀筋が分からない状況でレウルの木刀を受けなくてはならなくなったと」

 

 ラグニスはそのまま納得したようだったので、俺も気になることを質問することにした。

 

「父様、質問なのですが父様はどうやって木刀を弾き飛ばしたんですか?」

 

「あぁ、簡単だよ。

 木剣を少し早く振っただけだよ」

 

 あぁ、成る程木剣を少し早く振っただけなんだ――って、え。

 

「えぇ、それだけですか!」

 

「それだけだよ?」

 

「……」

 

 淡々といった様子で不思議そうに返事をしたラグニスに押し黙った。

 ラグニスの言う通りならば作戦でもトリックでもなく単純な早さで敗けたことに気が付いたからだ。

 

「……はぁっ」

 

「あぁ、レウル明日から新しい修行を始めるからね」

 

「本当ですか!」

 

 俺は余りの差に溜め息を吐いていたが、ラグニスがとても魅力的なことを言うと急に機嫌をよくした。

 ラグニスはそんな俺の姿に苦笑した後。

 

「明日からは闘気(とうき)の修行を始める」

 

 大きな声でそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺はラグニスから闘気を習うために再び庭へと来ていた。

 

「レウル、これから闘気の修行を始めよ。

 まずは僕が手本を見せるからしっかり見とくんだよ」

 

「はい!」

 

 俺が返事をすると、ラグニスの体をゆっくりと透明な炎のようなものが覆っていった。

 

「なっ」

 

 俺が驚いていると、ラグニスの体を完全に透明な炎が覆った。

 

「レウル、闘気は纏えば身体能力を強化して攻撃からは鎧のように体を守ってくれるんだよ」

 

 ラグニスはそう言うと手刀を庭にあった大きな石に叩き込んだ。

 すると、石は文字通り真っ二つになった。

 

「ッ!」

 

「ね、何ともないでしょ」

 

 ラグニスはそう言うと手を開いたり閉じたりしながら見せてくれた。

 驚いたことに石に叩き込んだ筈の手には傷一つ付いていなかった。

 

「……」

 

 俺がその事に戦慄(せんりつ)していると、ラグニスは此方を向き。

 

「どうだいレウル、これが闘気だよ」

 

 と、言いながら笑顔を向けてきた。

 俺はラグニスの方を見ると唇を震わせがら。

 

「と、父様。

 いえ、師匠! 修行宜しくお願いします!」

 

 ラグニスへと土下座をした。

 ラグニスは多少驚いた表情をした後。

 

「分かった、でも師匠と呼ぶ以上は本気で鍛えるからね!」

 

「はい! 分かりました!!」

 

 俺にそう言うと、闘気を引っ込めた。

 

「まぁ、こんな感じかな。

 レウルも実際にやってみようか」

 

「はい!」

 

 俺はラグニスへと返事をした後、ラグニスの指示に従って闘気の修行が始まった。

 

 

 

 

 

 

「レウル、その調子だ!

 そのまま、闘気を安定させるんだ」

 

 修行を始めてから半年が過ぎた頃、(ようや)く俺の体を不安定な炎が覆っていた。

 

 何とか、闘気を安定させようとしたが、闘気は一際大きく揺らめくと消えてしまった。

 闘気が消えるのと同時に俺は地面へと大の字に倒れた。

 

「ハァ、ハァ」

 

「レウル、大丈夫かい?」

 

 ラグニスは息も絶え絶えな姿を見かねたのか、俺を抱えて日陰へと連れていくと果実を絞った飲み物を飲ませてくれた。

 

「し、師匠。

 ありがとうございます、もう大丈夫です」

 

 俺は飲み物を飲ませてくれたラグニスへ感謝しながら、今日までの修行を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 闘気の修行を始めた後、ラグニスは言葉通り一切手を抜かずに指導をしてくれた。

 ただ、闘気の修行は中々難しく大変だった。何故かと言うと闘気は魔力を全て自力で操作しなくてはならないからだ。

 例えば、攻撃魔法である『ファイア』を使う際は火の玉を頭の中で『イメージ』する。

 その後は魔法を発動するのに必要な魔力の流れや量を『詠唱』によって操作する。

 これが魔法を使う際の手順だ。

 

 闘気が何故難しいかと言うと、闘気は『イメージ』だけではなく本来は『詠唱』でやる魔力の流れや量の調整を全て自分でやらなければならないことだ。

 そのため、魔力の操作とイメージの両方をしなくてはならない闘気の修行はかなり苦労をした。

 

 近頃は不安定とはいえ、闘気をだいたい五時間ほど維持することが出来ていたが。

 闘気を上手く安定させることが出来ず行き詰まっていた。

 

「レウル、」

 

「はい! 師匠なんでしょうか?」

 

 そうして、過去を思い返しながら悩んでいると、ラグニスに話し掛けられ振り返った。

 

「闘気の修行は行き詰まっているようだし、明日の修行は一旦休んでレウルの剣を選びに行かないかい?」

 

 一瞬、予想外のことを言われたために思わず固まったが。

 ラグニスの言った意味を理解すると、俺は嬉しさから大きな声で「はいッ!!」と返事をした。

 

 ――だが、俺は忘れていた。

 買い物をする際の悪癖(・・)を。そして、そのために面倒ごとに巻き込まれるなんて、この時の俺は思いもしていなかった。



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迷子と謎の少女

 ラグニスと剣を買う約束をした次の日。

 多くの人が絶えず行き交うとても活気のある中規模の街・ファスタリトへと俺達はやって来ていた。

 

 俺達はファスタリトに着くと、早速武器屋へ行こうとしたが。

 ちょうど腹が空いたため、街の食堂で昼食を摂っていた。

 

「レウル、初めての街はどうだい?」

 

 ラグニスは食事を摂りながら、多少緊張した様子の俺に声を掛けた。

 

「そうですね、初めて街に来たので多少緊張していますが。

 それ以上に父様と出かけるのが楽しいですかね」

 

「そっか、じゃあ僕が緊張を解いて挙げないとね」

 

 ラグニスはそう言って頬を緩めた後、俺が一口食べたばかりの揚げ物を食べた。

 

「ごちそうさま」

 

 そして、悪戯(いたずら)の成功した子供のような顔をしながら微笑んだ。

 俺は以前と違い何とか耐えることが出来ていた。何故なら、闘気の修行をしている間も似たようなことをされ、ある程度は免疫(めんえき)が付いたからだ。

 

「……」

 

「それじゃあ、レウル武器屋に行こうか」

 

 俺が免疫が付いたことに泣くべきか喜ぶべきか悩んでいると。

 いつの間にかラグニスは料理を食べお代を払い終えていた。

 俺もそのことに気が付き、慌てて料理を食べると店を出た。

 

 

 

 

 

 

 食堂から暫く進むこと数分、目的の武器屋が見つかった。

 武器屋の見た目は普通の建物だったが、所狭し (ところせま)しと置いてある武器や鎧が自己主張しているため店を間違えることはなかった。

 

「すいません、この子の武器を買いたいのですが」

 

 ラグニスは店にいる店員に話し掛けると会話を始めた。

 

「はい、分かりました。

 剣士用の物と戦士用の物、どちらをお買い求めでしょうか?」

 

「剣士用でお願いします」

 

「分かりました。

 それでは、此方の剣の中から御選び下さい」

 

 ラグニスは話を終えると、言われた物の中から剣を選び出した。

 

「うーん、やっぱりレウルは体が出来ていないから軽い物が良いよな。

 よし! これだ!」

 

 ラグニス暫く悩んだ後、俺に三本の剣を渡した。

 渡された剣はショートソード、ブロードソード、サーベルを更に短くしたような剣だった。

 

「……これがいいです」

 

 俺は三本の剣の中からサーベルを選んだ。

 正直、前世から持つことを憧れていた日本刀を持ってみたかったが、店を見回してもないようだったので、一番日本刀に近いサーベルを選んだ。

 

「分かった。

 すいません、このサーベルを買います」

 

「はい、此方ですね。

 10000ゴーネになります」

 

「はァっ!?」

 

 まぁ、何はともあれやっと自分の剣を持てると、浮かれていたがサーベルの値段に驚き思わず叫んだ。

 何故かというと、この世界では通過の単位をゴーネと言うのだがそれぞれ、

  銅貨(10ゴーネ)←大銅貨(100ゴーネ)←銀貨(1000ゴーネ)←大銀貨(10000ゴーネ)←金貨(100000ゴーネ)←大金貨(1000000ゴーネ)

 と、なっていて前世の日本円に換算すると10ゴーネ大体百円位だ。

 つまり、サーベルの値段10000ゴーネは日本円に変えると十万円になる。

 

 はっきり言ってまだ俺は幼く、今の体に合わせた物にそんなに使う必要はないと思い。

 ラグニスへ別の店で買おうと言ったのだが。

 

「何を言ってるんだい、いくら小さな時しか使わないとはいえ。

 安物を買ってレウルの身に何か遭ったらどうするんだい!」

 

 と、親馬鹿(ラグニス)に力説され、それでも何とか食い下がったが自身の浪費癖(わるくせ)に敗北し結局受け取ってしまった。

 

「……」

 

「レウル、買うものは買ったから、近くの店を見て回ろうか。

 あ、小遣いを渡すから買いたいものを買っていいよ」

 

「本当ですか!」

 

 俺は自身の浪費癖(わるくせ)について落ち込んでいたが、ラグニスの提案に勢いよく顔をあげた。

 

「あぁ、本当だよ。

 レウル、何処か行きたい所はあるかい?」

 

「本屋へ行きたいです!」

 

 俺は行きたい場所を訊かれたため、以前から一度本屋へ行きたいと思っていたのを思い出し本屋を選んだ。

 

「分かった、本屋だね。

 それじゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 ……と、武器屋を出て本屋へ向けて移動したのだが、今現在俺は”一人”で知らない場所に立っていた。

 

「……はァっ、またやっちまった」

 

 俺は手元にある大量の土産へと視線を向けて溜め息を吐くと、こうなった経緯を思い出していた。

 ――俺はラグニスに連れられて本屋に着くと、家には無かった剣闘魔法について詳しく書かれた本、モンスターについての本、植物についての本の三冊を買って貰った。

 その後にラグニスから小遣いを貰い、ミエールやメイド達へのお土産を買おうとした時に問題が起こった。

 お土産を買う際、この世界で初めての買い物で舞い上がってしまった。そのために浪費癖(わるくせ)が出てしまい、お土産を必要以上に買った挙げ句、ラグニスから(はぐ)れるという最悪な状態になっていた。

 

「まぁ、落ち込んでいてもしょうがない。

 取り敢えず、何処かで待っているか」

 

 何時までも考えごとをしていてもしょうがないなと、思い出すのを止めると座る場所を探すために歩き始めた。

 

「お、ちょうどいい場所があったぞ」

 

 少し歩いて探してみると、ちょうど近くにカフェがあったので少し休もうと店内に入った。

 

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか」

 

「はい、そうです」

 

「それでは此方へどうぞ」

 

  店内に入ると女性のウェイターが丁寧に応対してくれ、歩道の方の窓の見える席へと案内してくれた。

 

「それでは、ご注文がお決まりになったらお呼び下さい」

 

 ウェイターはそう言うと別のお客の所へと給仕に行った。

 俺は暫くメニューを眺めた後、軽食とコーヒーを一杯注文した。

 

「美味しそうだな〜」

 

「そうだね、美味しそう」

 

「うん、そうだね――って、はァっ!」

 

 そして、俺が出てきた料理をナイフで切り、フォークを使って口に運ぼうとした時、真横から急に声が掛かって来た。

 思わず叫びながらそちらへと視線を向けると、そこには青色の目と白く肩まで伸ばした髪がとても綺麗な少女が座っていた。

 

 俺が混乱した頭で少女の顔を見ながら同じくらいの歳の子だな〜と、呑気に思った時だった。

 

「美味しい〜ー!」

 

「なっ」

 

 少女は俺が持ち上げたままだった料理をパクりと食べてしまった。

 あまりのことに唖然としていたが。

 

「もっとくださ〜〜い」

 

 少女が俺に顔を寄せて、そう言った所で現実に戻ってきた。

 

「あ、あぁいいよ」

 

 取り敢えず、俺自身はまだ昼食を摂ったばかりだったため、少女に料理を渡した。

 

「本当! それじゃあいただきま〜〜す」

 

「…………」

 

 どうやら、少女はかなりお腹が空いていたようで、俺から受け取った料理を恐ろしいスピードで食べていった。

 俺はその様子をコーヒーを飲みながら見ていると、ちょうどコーヒーを飲み終えたタイミングで少女も料理を食べ終えた。

 

「料理ありがとう、私お腹がものすごく空いてたんだ。

 私はエレナだよ、よろしくね!」

 

 軽食とはいえ飲み物を飲むのと同じスピードで食べた少女に俺が頬をひきつらせていると、少女が話し掛けてきた。

 

「俺はレウルだ、よろしく。

 けど、エレナは何故お腹を空かせていたんだ?

それから親は何処だ(はぐ)れたのか?」

 

 俺は話し掛けられため、少女へ幾つか気になったことを訊いてみた。

 俺みたいに親と(はぐ)れたのかと、軽い気持ちで訊いたのだが。

 

「えぇ〜と、ごめんなさい。

 私、名前と魔法についてのこと以外はあまり覚えていなくて……」

 

「はァっ!」

 

 少女――エレナから予想していなかった言葉が返ってきて驚いた。

 俺は驚きのあまりエレナの肩を掴み大きな声で話し掛けた。

 

「あまり覚えてないって、自分の家や家族のことをかっ!」

 

「ひゃうっ! そ、そうです!」

 

「自分のことも覚えてないのかっ!」

 

「そ、そうだよ。

 あぅ、肩が痛いよぉ……」

 

 俺はエレナの声で肩を掴む手に力が入っていたことに気が付き慌てて手を放した。

 少し涙を見せながら声を上げたエレナにあの時の”女の子”が重なり慌てて謝った。

 

「ぁ……ご、ごめん」

 

「ぇ、えぇーと、あの、大丈夫だよ。

 ほ、ほら、痕も残ってないし、えっと、ぁ、あの! 痛がっちゃってすいません!」

 

 そうして、俺が謝ると今度はエレナが慌ててフォローをしようと、何故かオロオロとしながら半泣きで謝って来た。

 

「ぷっ、あはは! 何でエレナが謝ってるんだよ!」

 

 前世の出来事を思い出し、落ち込みながら謝ったが。

 慌てるエレナの姿が可笑しくて、俺は顔を背けながら笑った。

 

「……ほぇっ?」

 

 エレナは何故俺が笑っているのか分からないようで、間抜けな顔をしながら首を傾げていた。

 俺はその仕草に止めを刺され、口に手をあてがって大笑いをした。

 

「ハァ、ハァ……ふぅ。

 なぁ、エレナお前ものすごく面白いやつだな、もしよかったら俺と友達に――!」

 

 ひとしきり笑った後、俺は今だに間抜けな顔をしているエレナに話し掛けようとしたその時だった。

 俺とエレナが座っている席の回りを、いつの間にかフードに身を包んだ十人の男達が取り囲んでいた――。

 

 

 

 

 

  「あれっ、お兄さん達ひょっとして相席希望ですか?

 流石にそんなに座れませんし周りにいると暑苦しいんで、早くどっかに行ってくれませんか??」

 

 エレナを守るために俺は敢えて男達が注意を向けるように挑発したのだが。

 

「……」

 

 男達は挑発に乗る様子はなく、殺気を放ちながらゆっくりと距離を詰めてきた。

 俺はその事実に思わず舌打ちをした。

 

「チッ」

(クソッ、こいつら揃いも揃って挑発に乗らないってことは何かしらの組織か。

 不味い、最悪闘気で体を強化すれば大人とも闘えるがエレナを庇いながらなんてとても無理だ。

 おまけにまだ闘気は不安定で併用して魔法を使うことが出来ねぇと、よしだったら!)

 

「敵を焼き尽くす地獄の業火よ、出でよ『ヘルファイア』」

 

 頭の中で考えを纏めると、回りにいる男達ではなく天井(・・)へ向けて攻撃魔法を発動した。

 

「……ッ!」

 

 俺が魔法を発動して天井に大穴が空くと同時に男達は俺とエレナに襲い掛かった。

 

「エレナ! しっかり捕まってろよ!」

 

「う、うん」

 

 だが、それよりも早く俺は体を闘気で強化してエレナ抱き抱えると、天井に空いた穴から外へと飛び出して逃げ出した。



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魔に魅入られし者達

「ハァ、ハァ、ちくしょう。

 まだ追ってきやがる」

 

 カフェから逃げ出して二時間たった頃、俺は建物の屋根を走っていた。

 そして、後ろから追ってくる男達の姿に悪態を付きながら走る速度を上げた。

 

「……」

 

 後方へ一瞬だけ視線を向けると、男達は機械の様に息一つ乱れることなく俺を追い掛けてきていた。

 

「クソッタレ! このままじゃ追い付かれる、どうにかしないと」

 

 俺はこのままだと男達に追い付かれることを悟って考えを巡らせた。

 俺達は相手を振り切れず男達もまた俺達に追い付けないという早さな為、本来(・・)ならどちらも相手に手を出せないのだが。

 男達は息切れをする様子すらなく、此方は息切れに加え闘気が後一時間しか持たないため、この追いかけっこが一時間以上続いた場合はジ・エンドだ。

 

「なっ!」

 

 俺がこの状況を何とかしようと考えながら、次の屋根へ移ろうと屋根を蹴った時だった。

 目の前から更に男達が現れた。

 

「チッ」

 

 男達の中の一人が剣を構えて飛び上がると、空中で身動きが取れない俺へ切り下ろしを放った。

 

「ガハッ!」

 

 エレナを咄嗟に斬撃から庇ったため、俺は切り下ろしを避けられず人の居ない歩道へと落ちた。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

 幸い、闘気のお陰で致命傷を避けれたため、何とか意識を保っていた。

 だが、どうやら内臓を幾つかやられたようで、俺は口から血を吐いた。

おまけに平衡感覚(へいこうかんかく)がおかしくなり、体を起こすことが出来なかった。

 

「……」

 

「だ、大丈……」

 

「ッ! 敵を焼き尽くす地獄の業火よ、出でよ『ヘルファイア』」

 

 倒れた俺を起こそうと手を差し出したエレナへ、男達が近付いて来ているのが視線に入った瞬間。

 俺は男達へ向けて無我夢中(むがむちゅう)で攻撃魔法を放った。

 発動した巨大な炎は男達を飲み込んだ。

 

「なっ」

 

 だが、攻撃魔法を放って闘気が解けた俺へと、男達の一人が剣で切り掛かってきた。

 

「クソガァァァッッッ!!!」

 

 俺は雄叫(おたけ)びをあげ、腰に付けていたサーベルを火事場の馬鹿力で抜くと男の首を貫いた。

 

「ハァ、ハァ」

 

 男の首からサーベルを抜いた後、やっと平衡感覚が戻って立ち上がった。

 そして、先程攻撃魔法を放った男達の方を一瞥すると、男達のフードが焼けていく所だった。

 

「……」

 

 男達は自分の体と衣服が燃えているというのに声一つ漏らさなかった。

 流石に気味悪く感じて男達を観察していると、男達のフードが完全に燃え尽きた。

 

「なっ!」

 

 俺は露(あらわ)になった男達の姿に声をあげて固まった。

 そこには口からは牙を、頭には捻れた角を生やし、手には長い爪があり、体をどす黒く変色させた男達が立っていた。

 

 ――ズリッ

 

 俺が男達の姿に固まっていると、足元から何かが這いずってくる音がした。

 

「ッ!」

 

 その時、まるで底無し沼に引き摺りこまれるような嫌な予感が過った。

 俺は直感に従って地面を蹴り、エレナの方へと移動した。

 その数舜後、俺はその判断が正しかったことを悟った。

 

 俺が先程まで立っていた場所では、サーベルで喉を貫いた筈の男が石でできた歩道を歯で抉(・)っていた。

 俺はラグニスの闘気ならば兎も角、俺の未熟な闘気で防げないことを理解して頬がひきつった。

 

「……クソッ、まさかこいつら全員こんなことが出来るのか。

 ――冗談だろう」

 

 俺が思わず弱音を吐くのと同時に男達は再度襲い掛かってきた。

 

「チッ、こうなっ……」

 

「敵を焼き尽くす地獄の業火よ、出でよ!『ヘルファイア』」

 

 

 俺が玉砕覚悟で闘おうとした時だった、後ろに居るエレナが先程俺の使った攻撃魔法を発動した。

 ただ、数が違ったエレナの周りに数十の巨大な炎が広がると、俺達を取り囲んでいた男達を焼き尽くした。

 

「うぉっ、凄いな! エレ――! 危ねぇぇぇッッッ!!!」

 

 俺は凄い魔法を発動したエレナへお礼の言葉を言おうと振り向いたが。

 エレナへと男達の一人が斬り掛かろうしているのが目に入り、エレナを庇うように抱き締めた。

 

「ガァッ!!」

 

 男の剣は、闘気を纏っていた俺の背中を容易く切り裂いた。

 俺はあまりの激痛に声を荒らげると、再度の斬撃に備え体へと力を入れた。

 

「……?」

 

 しかし、何時まで経っても斬撃が来なかったため、後ろへと振り向いた。

 すると、そこには、

 

「……!」

 

 剣を振り上げた姿勢で固まっている男と。

 

「ねぇ、僕の大事(・・)な宝物(・・)になにしてるのかな? ゴミ虫君」

 

 男の剣を”人差し指と親指”で挟(・)んで止めている鬼(ラグニス)がいた。

 

「ふんっ」

 

 ――バキッ

 

 ラグニスは鼻を鳴らすと男の剣をへし折った。

 

「ハァッ!」

 

 そして、左手に持ったサーベルを振るった。

 すると、男が六等分に斬れた。

 

「ハァァァッッッ!!!」

 

俺は自分がてこずっていた男の呆気なさ過ぎるやられ様に驚いて大声をあげた。

 慌ててその”男”を斬ったラグニスへ視線を向けると、サーベルを鞘に納めながら此方の方に歩いてきていた。

 

「うぅっ」

 

 俺はその姿にラグニスと逸れた時のことを思い出し、気まずく立っていると。

 

「あぁ、無事でよかった。

 背中の傷は大丈夫かい! 今すぐ治療の出来る場所に行くからね!!」

 

 ラグニスはかなり慌てた様子で俺の肩を掴みながら早口で捲し立てた。

 

「と、父様。

 俺の治療よりもエレナを……」

 

 俺はそんなラグニスの様子に安心し、エレナのことを頼もうとしたが。

 

「あれっ?」

 

 体の疲労が溜っていたためか、緊張の糸が切れると同時に倒れた。

 

「なっ、レウル大丈夫か! レウルゥゥッッ!!」

 

 慌てた様子で叫んでいるラグニスを見ながら俺は意識を完全に失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ラグニスがレウルに向けて叫んでいた時、ファスタリトから少し離れた山の上からその様子を確認(・・)している3つの影があった。

 

「あちゃー、どうやら失敗したようだよ。

 あの死体達(・・・)つまんないの」

 

 そのうちの一人である女がラグニス達の足元に転がっている肉片へ視線を向けると、不満そうに唇を尖らせた。

 

「まぁ、仕方ないでしょう。

 所詮は影の一族を捉える片手間に造った物ですからね。

 また造ればいいじゃないですか」

 

「それもそうね! 次の死体(おもちゃ)はもっと面白いといいのだけど……」

 

 もう一人の男が不満そうにしている女の機嫌を直そうとまた同じものを造ればいいと話し掛けた。

 女も男の話を聞いて機嫌を直すと、次の死体(おもちゃ)のことを思い浮かべ愉悦(ゆえつ)に浸った笑みを浮かべた。

 

「おい、貴様ら死体(おもちゃ)にご執心なのは結構だが。

 仕事はきちんして貰わないと困るぞ!」

 

 話し続けている男女に痺れを切らしたのか、最後の一人の男が叫ぶと女は煩(わずら)わしそうに耳を塞いだ。

 

「わかってるよ〜ーだ。

 お仕事はお仕事、遊びは遊び、きちんと分けてるわよ!」

 

「それならばいい。

 ……だが、今回影の一族の者を逃がしたのは失敗だったな」

 

 男は女の返事を聞くと直ぐに視線をエレナへと向けた。

 

「とは言え、現段階であれ程の実力者の相手をするわけにはいきません。

 ここは後回しにするべきでしょう」

 

「まあいい、幸い記憶(・・)は奪(・)えた。

 我らのことが露見することはあるまい」

 

 男はエレナの方を向き残念そうな顔をしていたが、もう一人の男からの意見を聞いて視線を反らした。

 

「だが、あの歳で死体達(あいつら)の相手をできるとはな。

 ……面白い、成長したあの者と何時か闘いたいものだ」

 

 男は遥か遠くのレウルを一瞥し、愉快そうに笑うと二人を連れて次の目的地へと歩きだした。

 



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曇った心

「イタッ」

 

 薄暗いまどろみの中、体からの痛みで目を覚ました。

 先程までのことを思い出し、周りを見回してみるとラグニスとエレナがいた。

 

「レウル! 大丈夫、何処か痛いところはないかい」

 

 そう言って体中を手で触るラグニスの姿に思わず苦笑していると、エレナが俺の目の前に移動した。

 

「ぁ、あの、その……」

 

 エレナは俺に何かを言おうとしたが、口籠(くちご)もると俯いて黙ってしまった。

 

「エレナ、どうしたんだ?」

 

 そんなエレナの様子を不思議に思い話し掛けると、地面へと一滴の涙が零れ落ちた。

 

「えっ」

 

 俺はその涙を見つめて混乱し、思わず声をあげた。

 

「わたじの、ぐずっ、ぜいで、ぐずっ、じんじゃっがどおもっだ」

 

  急いで視線をエレナへ戻すと、エレナは嗚咽を漏らしながら青い目から止めどなく涙を流していた。

 

「え、エレナ。

 ほ、ほら俺は全然平気だよ〜〜」

 

 俺は慌ててエレナを泣き止ませようと体を動かして平気だと伝えたが、全く泣き止まず困り果てた。

 

「エレナ!」

 

「ひゃうっ! ……え?」

 

 俺は泣き止まない様子のエレナの歩み寄り、優しく抱き締めた。

 

「エレナ、俺は生きてここにいるぞ!

 しっかりと俺の鼓動が聞こえるだろう!」

 

「ッ! ぅ、うん、ぐずっ、ぶじでよがっだ」

 

 俺が話し掛けるとエレナは嗚咽を漏らしながらもしっかりと返事をし、俺の体を強く抱き返した。

 

「心配してくれてありがとう、エレナ」

 

「ぅ、う、あ……ああああああああああ……」

 

 俺はエレナへと感謝の言葉を言うと、まだ涙が止まらないエレナの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経ったのか。

 エレナは泣き疲れて俺の腕の中で眠りについていた。

 

「ふぅ、寝たか」

 

 俺は安堵からそう呟くと脱力し、痛む背中を無意識の内に撫でた。

 

「レウル、そろそろ僕も喋ってもいいかい?」

 

 そうしてエレナのことが何とかなって安堵していると、エレナと俺が話している間。

 目で任せてくれるように訴えた俺にエレナのことを任せ、ずっと黙っていてくれたラグニスが話し掛けてきた。

 

「はい、父様。

 エレナも眠りにつきましたし大丈夫です。

 俺にエレナを任せて頂きありがとうございました」

 

 俺はラグニスにお礼を言うと頭を下げた。

 

「嫌、役に立てたのらよかったよ。

 それにその子にはレウルの怪我を治して貰った恩もあるしね」

 

「え、本当ですか父様!」

 

 俺はエレナが背中の傷を治したと聞き、思わず大きな声でラグニスに話し掛けた。

 

「本当だよ。

 僕は治療魔法が苦手でね、レウルの怪我を治すことが出来ずかなり慌てたんだ。

 幸い、その子が治療魔法を使えたから大事にはならなかったけどね」

 

 俺はラグニスの話を聞き、もしエレナが治療魔法を使えなかったらと考えて顔を青くした。

 

「まぁ、そんなことよりもレウル――君は何か僕に訊きたいことがあるんじゃないかい」

 

「えっ――どうしてそう思うんですか?」

 

 俺が最悪の事態を想像していると、ラグニスはそんな俺の考えを切り捨てた。

 そして、その後に言われた確信を付いた問に思わず疑問の声を漏らした。

 

「ふふ、レウル。

 それは殆ど認めているようなものだよ」

 

「あっ」

 

 俺はラグニスに認めているようなものだと指摘され、思わず声が漏れてしまい。完全にラグニスの言葉を肯定してしまった。

 

「質問に答えるとね、レウルの雰囲気が微妙に暗かったから鎌をかけたんだけだよ」

 

「……ハァ」

 

 俺はラグニスが言った内容に溜め息をついた。

 そして、ラグニスの方に観念して視線を向けると口を開いた。

 

「父様、俺は本気で人を殺すつもりであの男達と闘いました。

 エレナを守れたので、その事に後悔はありません」

 

「……」

 

「男達との闘い終わった後は無性に悲しかった。

 だけど――俺には何故悲しいのか分からないんです」

 

 俺はラグニスへ正直に思っていたことを打ち明けた。

 ラグニスは俺の話を聞き少し考えた後、俺の頭を優しく撫でた。

 

「と、父様!?」

 

  俺は急に頭を撫でられ驚きの声をあげたが。

 

「レウル、それはとても大事なことなんだよ。

 どんなに悪いやつや憎いやつでも生きている命なんだ、だからその気持ちは大事にしなさい」

 

「……ぁ」

 

 その後、ラグニスに言われた言葉が心に響き目から一筋の涙を流した。

 

「はい! これからもこの気持ちを大事にしたいと思います!」

 

 俺はその涙を服の袖で拭いながら、ラグニスへと頭を下げ感謝の言葉を告げた。

 

「……そうか。

 さてと、もう夕方だし家に帰るのは諦めて宿を取るか」

 

 ラグニスは俺の言葉を聞き、悲しさと嬉しさが混ざった表情をした後。

 エレナを抱き抱えると宿を取るために歩き出した。

 

「?」

 

 その表情が目に入った時、何故かラグニスが小さい子供に見えた。

 何でそんな風に見えたのかと不思議に思ったが、遠ざかっていくラグニスの背が目に入ると慌てて追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はラグニスがとった宿の個室の窓から、空が茜色に染まっていくを見ながら俺はあの男達について考えていた。

 

(……一体あの男達は何だったんだ、姿から明らかにエルフなどの亜人ではなかったが)

 

 俺はあの男達の姿を思い浮かべがら、アイシャから教えられた亜人達についての知識を思い起こした。

 ――亜人。人間以外の人形の生物の総称、エルフ族や獣族などが亜人に当たる。

 黒の神が剣士によって討たれる以前に存在した教会という組織が主導となり、人間は亜人を迫害していたが。

 黒の神を打倒した初代剣神により亜人を迫害していた教会は解散し、事実上の廃教となった。

 そして、初代剣神によって亜人達は人としての権利を獲得した。

 

 だが、少なくとも知る限りではあの男達のような亜人はいなかった。

 

(どういうことだ。

 少なくとも実在している以上、必ず文献か何かに残っている筈だ。

 流石に全く正体が分からないなんてありえな――まてよ)

 

 俺はあることに気が付き、考えを変えてみた。

 

(もしかすると残っていないのではなく、文献(・・)()えて()さなかったのか。

 あの男達のような存在が露見すると何か不都合なことがあるから)

 

「……まぁ、これ以上考えても意味はないか」

 

 そこまで考えた所で思考を打ち切ると背伸びをした。

 

「はぁ、それにしても父様無理しすぎでしょう……」

 

 ソファーに座りながら俺は溜め息を吐き、部屋を見回した。

 部屋には二つ大きなベッドとソファーがあり、此方の世界だと殆どないお風呂が完備されているとても大きな部屋、そこに俺とエレナの二人で泊まっていた。

 勿論犯人はラグニスだ。一応、もっと安い宿にしようと説得したのだが。

 

『もし警備の殆どない安い宿に泊まって、僕が寝ている間に襲われたらどうするんだい!』

 

 と、自信の浪費癖(わるくせ)と男達に背を斬られた負い目から言いくるめられてしまった。

 ちなみにラグニスは元々俺達の部屋の隣に泊まっいたお客と賄賂(おはなし)をして移動してもらい、俺達の隣の部屋に泊まっていた。

 

「ふぁ……さてと、もうそろそろ寝るか」

 

 俺は軽く欠伸をすると、エレナが寝ているベッドとは別のベッドへ移動して横になって眠った。

 



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はじめての友達

「う〜ん、よく寝たぁ!」

 

 空もまだ暗く日が昇り切らぬ時間帯、俺はゆっくりと目を開けて背伸びをするとベッドから体を起こした。

 そして、もう一つのベッドで寝ているエレナを起こさないよう、ゆっくりとベッドから降りる。

 

「さてと……」

 

 そのまま衣服の入っているクローゼットから普段着ている旅装束を取り出し、寝間着から旅装束に着替えた後。

 俺はエレナを起こさないよう静かに部屋の外に出ると、修行をするために宿にある大きな庭へと移動した。

 

 庭でジョギングと剣術の訓練をした後、闘気の修行を始めた。

 体を覆う闘気はまだまだ不安定だったが実戦で使えたためか、以前よりも少しだけ安定していた。

 

「レウル〜そろそろ朝食の時間だぞ〜」

 

 そうして暫く闘気の修行に集中していたが、宿の中からラグニスに呼ばれ漸く暗かった空が明るくなっていることに気が付いた。

 

「分かりました、今いきます」

 

 俺はラグニスへ返事をすると、宿に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、う、う〜ん」

 

 俺が宿の個室へ着きドア開けたると、ちょうどエレナ眠そうに目を擦っているところだった。

 

「エレナ、おはよう」

 

 俺はそんなエレナの様子に苦笑しながら朝の挨拶をした。

 エレナは話し掛けられて漸く俺に気が付いたのか、きょとんと目を丸くした。

 

「ぇ、えぁ」

 

「エレナ、もう朝御飯の時間だから食堂に行こう!」

 

「あ、うん」

 

 昨日と同じようにエレナが泣きそうになったことに気が付くと、俺はエレナの手を強引に引っ張り食堂へと移動した。

 

「……」

 

「エレナ、どうした? 料理が美味しくないのか」

 

 食堂へ着くと、俺達は食事を摂っていた。

 だが、俺はエレナが最初に会った時と違って静かに食事を食べている姿を不思議に思い、顔を近付けながら話し掛けた。

 

「ぁ、あのね、」

 

 すると、エレナが顔を暗くしながら話し掛けてきたので、昨日のことがトラウマになったのかと。

 俺は神妙な顔でエレナの話に耳を傾けていたが、

 

「――あの時、私を助けたせいで危ない目に遭ったのに、どうしてそんな風に接してくれるの?」

 

「ぷっ、ふふふ――な〜んだそんなこと気にしてたのか。

 心配して損した」

 

 エレナの言った内容に思わず笑い転げそうになるのを慌てて堪えると、エレナへそう言って背伸びをした。

 

「……えっ、そ、そんなことって後もう少しで死ぬところだったんだよ!」

 

 エレナはそんな俺の様子に口を開いて固まったが、直ぐに立ち直るとそう言いながら捲し立てた。

 

「そんなことだよ。

 そもそも、それで後悔するくらいだったら始めから助けないよ」

 

 だが、俺はそんなエレナの主張を切り捨てると、はっきりと自分の意見を言った。

 それでもエレナが何か言おうとしたが、

 

「いいか! エレナ、今回お前を助けたのは俺がお前を助けたいと思ったからだ。

 つまり、自己満足だ。

 だからその為に死んでも後悔は全くない!」

 

「……」

 

 と、俺がエレナを指差しながらそう言い切ると押し黙った。

 俺はそんなエレナの様子を見ながら言うのなら今しかないと口を開いた。

 

「――なぁ、エレナお前ものすごく面白いやつだな、もしよかったら俺と友達にならかいか?」

 

 俺は以前男達に邪魔された台詞を一語一句違わずに言うとエレナへと腕を差し出した。

 

  「ぇ、ぁ、う、うん! 宜しくお願いします!」

 

 すると、エレナは戸惑いながらも俺の腕を力強く握った。

 

「ヒュ〜」

 

 その時、近くから誰かが口笛を鳴らした。

 その音に気が付き周りに視線を向けると、周りの席に座った人達が朝食を途中で中断し、俺とエレナをニヤニヤと笑いながら見ていた。

 

「……あっ」

 

 この時此処が宿の食堂だと気付いたが後の祭りだった。

 俺とエレナは周りの客達に散々揶揄(からか)われ続け、朝食を食べ終わると顔を赤くしながら急いで部屋へと逃げ帰った。

 

 

 

 

 

 

「くくく、レウル災難だったね」

 

 俺とエレナは部屋へと逃げ帰ると直ぐ様帰る準備をすると宿を出た。

 すると、ラグニスは離れた位置で一部始終を見ていたようで、軽く笑いながら話し掛けてきた。

 

「……ハァ」

 

 だが、俺に返事をする余裕はなく、顔を下に向けたまま溜め息を吐いた。

 

「あぁ、そうだ。レウル、これ」

 

 ラグニスはそんな俺に視線を向けると、苦笑しながら紙袋を手渡した。

 

「……ぇ、これは」

 

 俺は渡された紙袋に疑問符を浮かべたが、紙袋の中身が目に入ると驚愕した。

 何故なら、紙袋の中にはカフェへ置いてきた筈のミエール達へのお土産が入っていたからだ。

 

「と、父様どうして置いてきた筈のお土産があるんですか!」

 

「実はあのカフェが爆発したことにレウルを探している時に気付いてね。

 カフェの定員から話を聴いて、レウルのお土産だって分かったから、少し賄賂(おはなし)をして渡して貰ったんだ」

 

 俺は驚きのあまりラグニスに詰め寄ったが、ラグニスの話した内容に脱力した。

 

 頭を振って考えを切り替えると、エレナに訊くつもりだったことを思い出しエレナの方に顔を向け質問した。

 

「そう言えばエレナはどうするんだ? 記憶がないんだったら家も分からないんだろ?」

 

「ぇ、う、うん……の、野宿でもするよ」

 

 俺の質問にエレナは言葉を詰まらせると、少し考え野宿と言った。

 俺はその姿にエレナを家に泊めることを決めると、許可を得るためにラグニスへ話し掛けた。

 

「父様、確か家に使っていない部屋が幾つかありましたよね。

 ――エレナを家に泊めることは出来ませんか?」

 

 ラグニスは俺の言葉を聞き少し考えた後。

 

「う〜んそうだね、エレナちゃんにはレウルを助けて貰った恩もあるし、何よりレウルの友達だしね。

 いいよ、家に帰ったらメイドに言って部屋の掃除をしてもらわなくちゃね」

 

「ありがとうございます、父様」

 

 ラグニスにエレナが家に泊まるのを許可して貰い、俺はラグニスへお礼の言葉を言った。

 すると、ちょうどファスタリトの外に出たようだった。

 

「さてと、それじゃあ話も終わったことだし、さっさと家に帰ろうか」

 

「はい、父様」

 

「ほぇっ?」

 

 ラグニスはそう言うと、俺とエレナを抱き抱えて空に飛び上がった。

 足で地面を蹴るように空を駆けると、そのまま家へとものすごい早さで移動を始めた。

 

「う〜〜〜ん、気持ちいい!」

 

「はぅぅ……」

 

 俺はその早さが心地よく声をあげて喜んだが、エレナには刺激が強すぎたようで気絶してしまった。

 

「そうか、レウルそれじゃあもっと早くするぞ!」

 

「はい、父様!」

 

 気絶しているエレナを他所に、俺とラグニスはこのスピード感を満喫した。

 ――そして、その三十分後俺達は無事帰宅した。

 



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疑惑と新しい予定

 ラグニスと一緒にスピード感を満喫して家に帰った後。

 俺とラグニスはエントランスホールで正座させられていた。

 

 それと言うのも、エントランスホールで待っていたミエールに、エレナの説明をして家に居る許可をもらった後。

 気絶したエレナと背中の怪我を見られたからだ。

 

 そうして、俺は過去を思い返して現実逃避をしていたが 、

 

「ラグニス! レウル! 聞いているんですか!! そもそも、ラグニスがしっかりしてください! 貴方は女性を何だと思ってるんですか!!!」

 

「ご、ごめんよミエール。

 すっかり忘れてしまって――」

 

 ミエールの叫び声で意識を現実へ戻した。

 

  「忘れてしまって、じゃありません! ラグニスがそんなんだからレウルがこんな怪我を――ぐずっ」

 

「えっ!」

 

 そして、視線をミエールへ向けると、俺の方を見ながら目に涙を溜めていた。

 

「れうるに、ぐずっ、なにかあったらどうじようがど」

 

「か、母様。

 こ、こんな怪我平気ですので、泣き止んで」

 

 俺はつい最近似たようなことがあったな〜と思いながらも、ミエールが泣き止むまで必死に話し掛け続けた。

 

「すぅ〜」

 

 最初からずっと眠り続けているエレナを羨ましく思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐずっ、レウル。もう大丈夫ですよ」

 

「はい、分かりました」

 

 小一時間程俺はミエールに話し掛け続けていたが、ミエールが泣き止んだため、体から力を抜いた。

 俺がそうして脱力しているとミエールはラグニスの方へと顔を向け、

 

「とにかく! ラグニスはしっかりしてください! 分かりましたね!」

 

「……はい」

 

 そう言いきった。

 ラグニスが返事をすると、視線を俺の方へと向けた。

 

「それから、レウルは心配を掛けたんだから、罰として今夜は一緒に寝ましょう」

 

「えっ」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、言葉を理解すると急いで立ち上がった。

 

「か、母様。

 何故一緒に寝るのが罰なんですか?!」

 

「私がレウルと一緒に寝たいからよ?」

 

「……」

 

 俺は慌てて罰の理由を確認したが、そう言い切られて押し黙った。

 

「いぇ、俺の罰はもっと重いも「私もレウルと一緒に寝たい〜」のに……」

 

「そう、じゃあレウルこれで決定ね」

 

 俺は何とかそれだけは勘弁して貰いたいと、必死に反論しようとしたが。

 いつの間に起きたのか、エレナまで賛成したことで俺の意見は潰されてしまった。

 結果、俺は。

 

「――はい、」

 

 と、返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 俺達はエントランスホールから移動し、応接間のような部屋へと来ていた。

 俺は椅子に座りながら今夜のことを考え放心していたが。

 

「レウル〜このお菓子すごく美味しいよ〜」

 

「ぷっ、ふふふ、そうだな」

 

 メイド達に出されたお菓子でリスみたいに頬を(ふく)さらませながら、話し掛けてくるエレナの姿に少し落ち着くことができた。

 

「ふふ、そんなに頬を膨らませてると、お菓子が口から零れるぞ?」

 

 俺はその姿に悪戯心を覚え、頬を人差し指で突いた。

 

「むぅ〜」

 

「ぷっ」

 

 すると、エレナから変な声が漏れ、思わず吹き出した。

 俺は必死にお菓子を零さないよう、耐えるエレナを可愛く思い暫くそうしていたが。

 

「レウル、それくらいにしとかないと嫌われちゃうよ?」

 

 ラグニスからそう諭され頬から手を離した。

 エレナは俺を恨みがましそうに見ながらお菓子を全て食べ終えた。

 

「もう! 何するのよレウル!」

 

「あはは、悪い悪い。

 あまりにも可愛く食べていたから悪戯したくなってね」

 

「えっ、か、可愛い――あぅっ」

 

 エレナは食べ終えるとそう言って叫んだため、俺は正直に理由を言ったのだが。

 何故かエレナは下を向いて黙り込んでしまった。

 

「? エレナ、どうしたんだ??」

 

 俺はそんなエレナの様子を不思議に思い話し掛けたが。

 エレナは俺の声が聞こえないのか返事をしなかった。

 

「……ミエール、レウルは天然の女たらしだな」

 

「……えぇ、将来が少し心配です」

 

 俺がエレナの様子に首を傾げていると、ラグニス達から訊いたことのない単語が聞こえてきた。

 

「父様、母様。女たらしって何ですか?」

 

 俺はその単語について気になったので、ラグニス達へその単語について訊いたが。

 

「レウルはまだ知らなくてもいいんだよ!」

 

「えぇ、そうです。

 レウルはまだ知らなくて大丈夫ですよ!」

 

「……分かりました」

 

 慌てた様子で知らなくてもいいと言われたので、少し気になったが返事をした。

 取り敢えずその単語については一旦保留にし、エレナへ再び視線を向けた。

 

「エレナ、大丈夫か? 具合が悪いんだったら寝室へ連れていくけど?」

 

「えっ? ぁ、だ、大丈夫何ともないよ!」

 

 俺はエレナの具合が悪いのかと思い顔を覗き込むと。

 エレナは顔を赤くしながら大きな声で叫んだ。

 

「そうか、もし具合が悪くなったら言えよ。

 メイド達に頼んで薬を持ってきて貰うから」

 

「う、うん。分かった」

 

 俺は赤い顔が目に入り、やはり具合が悪いのではないかと思ったが。

 エレナ自身が問題はないと言ったためその言葉を信用し、具合が悪くなったら言うことを約束させるだけにした。

 

「それにしても、レウルってまるで大人みたいだね?」

 

「えっ」

 

 俺は話が終わりお菓子を食べようとしたが、エレナの言葉に固まった。

 

「? そうかな? 確かにレウルは少し大人っぽいと思うけど。

 ミエールはどう思う?」

 

「私達は子供を育てるのは始めてですし、よく分からないわね?」

 

 俺はラグニス達の会話を聴き冷や汗を流しながら、この状況をどうやって打開できるかと考えた。

 

(不味い、そういえば俺は言葉使いとか態度が殆ど前世の時と変えていないぞ。

 ど、どうしよう)

 

 俺は焦りながらこれまでのラグニス達への言葉使いや態度を思い起こした。

 ――レウルが自身の大人の様な態度を直そうとしなかったのには三つの理由がある。

 まず、ラグニスとミエールが始めての子育てというのと、親馬鹿だったため態度などについて注意されなかったいうこと。

 次にアイシャに「丁寧な言葉使いで素敵です!」と、言われ調子に乗ったため。

 最後に全く家から離れたことがなかったため、そもそも言葉使いや態度を直す必要がなかった。

 以上の三つの理由により、言葉使いや態度はどんどんと大人のものに成っていった。

 

 俺は何とかしなければと、考えを巡らせたが。

 中々、打開策が浮かばず困り果てた。

 

「ねぇ、レウルって何でそんなに大人みたいなの?」

 

 俺がそうして考え込んでいると、エレナがラグニス達との会話を終え目の前にいた。

 

「そ、そうかな。

 そんなに大人っぽくないと思うけど……」

 

「ううん、とっても大人っぽくてカッコいいよ!」

 

「うっ……」

 

 俺は何とか誤魔化そうとしたが、エレナにキラキラとした眼差しを向けられてたじろいだ。

 だが、あることを思いつきエレナへ話し掛けた。

 

「あぁエレナ、ひょっとしたら俺が大人っぽいのって。

 本の言葉使いや態度を無意識に真似しているからかも知れないな」

 

「? そうなの、だったら私も大人っぽくなりたい!」

 

 俺の話を聞きエレナは納得したようだったが、今度は自分も大人っぽくなりたいと言い出した。

 

「ぇ、えっとエレナ、大人っぽくなると言ってもどうするんだい?」

 

「……え〜と、そうだ!」

 

 俺がどうやって大人っぽくなるのかと、質問するとエレナは少し考えた後。

 何かを思い付いたのか声をあげると俺を指差し。

 

「レウルに教えて貰う!」

 

 そう言って叫んだ。

 

「へぇ、俺に教わるのかって、え。

 ちょっと待ったエレナ! 俺なんかよりもっとちゃんとした人に習った方が……」

 

「やだっ、私レウルがいい」

 

 俺はエレナにちゃんとした教師に習うように言おうとしたが、意見をバッサリと切り捨てられた。

 

「……それともレウルは、私なんかに教えるの嫌?」

 

「ッ! そ、そんなことないよ! 喜んで教えさせて貰います! ――あっ」

 

 俺は何とかエレナを説得しようとしたが、だんだんと泣きそうになるエレナに思わず教師を引き受けてしまった。

 

「本当? やった〜」

 

「……」

 

 俺は今の言葉を取り消そうとしたが、喜んでいるエレナの笑顔が目に入り開きかけた口を閉じた。

 ――こうして、俺の毎日の予定に新たにエレナの教師が追加されたのだった。

 



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巨大な怪鳥

「キュァァッッ――」

 

 空が茜色に染まった頃、エレナの教える内容について考えていた俺の耳に大きな鳴き声が聞こえてきた。

 

「ッ! 父様! 何事でしょうか!?」

 

 俺は突然のことに慌ててラグニスへと話し掛けたが、何故かラグニスは苦笑していた。

 

「レウル、安心していいよ。

 これはアイシャが帰ってきただけだから」

 

「えっ、アイシャですか?」

 

 俺はラグニスに言われ、此処一月程アイシャを見掛けていないことに気が付いた。

 

「確かに此処一月程見掛けていませんが。

 父様が用事を頼んでいたのですか?」

 

「う〜ん、そうだね……」

 

 俺がラグニスへ疑問に思ったことを訊くと、ラグニスは少し考えた後。

 何かを決意して俺の方へ視線を向け、

 

「もう既(・)に会(・)ったんだから、レウルも訊いといた方がいいね。

 それじゃあレウル、行こうか」

 

「えっ? と、父様!」

 

 そう言い切ると俺を抱き抱え、エントランスホールへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 数分後、俺はラグニスに抱き抱えられたまま、エントランスホールから外に出た。

 

「待ってよ〜レウル〜。

 ふにゃっ、きもちいい〜」

 

「うふふ、可愛らしいわね♪」

 

 俺とラグニスがエントランスホールから外に出ると、エレナとミエールも後ろから歩いてきた。

 

「父様、アイシャは外にいるのでしょうか?」

 

 俺は出来る限りミエールに頭を撫でられ、力の抜けきったエレナの顔を見ないようにしながらラグニスに質問した。

 

「そうだよ、もうそろそろ降りてくると思うよ」

 

「降りてくる? それは――」

 

 俺がラグニスの言葉を不思議に思い、どういうことかを訊こうとした時だった。

 

「キュァァァァッッッッ!!」

 

 上空から部屋で聞いた鳴き声が響き急いで上を見上げると、巨大な鳥が雲を蹴散らしながら急降下してきていた。

 

「なっ!」

 

 巨大な鳥は羽根を広げ勢いを殺すと、地面へと優雅に降り立った。

 俺は驚きのあまり固まっていたが、

 

「――ラグニス様、ただいま帰還しました」

 

 聞こえてきた馴染みのある声に我に返ると、その方向へ慌てて視線を向けた。

 

「あっ」

 

 ――そこには、巨大な鳥の背中に乗ったアイシャがいた。

 

「レウル様!」

 

「うわっ」

 

 アイシャは俺の存在に気が付くと巨大な鳥の背中から飛び降り、俺の目の前に着地した。

 

  「このアイシャ! ずっとレウル様にお会いしとうございました!!」

 

  「そ、そうかところでアイシャこの巨大な鳥は? 何処かで見たような気がするんだが」

 

 俺はアイシャの勢いに驚きながらも何とか質問した。

 すると、アイシャは、

 

「あぁ、この鳥は雷鳥(サンダーバード)という私の召還獣でして、雷が主食という変わった鳥です」

 

「あぁ、なんだ雷鳥(サンダーバード)か――え。

 ハァァァッッッ!!!」

 

 さらりと、とんでもないことを言ってくれた。

 俺はアイシャの言ったことを理解すると、開いた口が塞がらなかった。

 何故なら、雷鳥(サンダーバード)とは本来は雲の中に住み、姿を見ることすら奇跡とさえ言われるほどの珍しいモンスターで。

 尚且つ、その雷鳥(サンダーバード)を召還獣にしているということはアイシャはかなりの召還魔法の使い手ということだからだ。

 ――召還獣。本来ならば高いプライドと知性を持った高位モンスターに召還者として認められ、契約を結ぶことで召還できるようになった高位モンスターの総称。

 

「それではレウル様! 私はラグニス様に報告があるので」

 

 アイシャは雷鳥(サンダーバード)の説明をすると、ラグニスの方へ向かった。

  俺が巨大な鳥の正体に思わず警戒していると、

 

『なるほど、アイシャの言うとおり神童と呼ぶに相応しい少年のようですね』

 

「ッ!」

 

 頭の中に声が響いた。

 俺はその声に反応して闘気を体に纏い、腰のサーベルへ手をかけた。

 

『あぁ、警戒しなくてもいいですよ。

 私の認めたアイシャが神童と呼ぶほどの少年が少し気になっただけですから』

 

「頭の中で声がしたんだ、警戒しない方がおかしいだろ」

 

 俺は頭の中の声にそう返事をすると、声の主を探すため辺りを見回した。

 だが、肝心の声の主が見つからず冷や汗を流していると、

 

「キュァァッッ!」

『ふふふ、何処を見ているのですか、私は貴方の目の前にいますよ』

 

「なっ――まさか!?」

 

 頭の中に声が響くのと同時に雷鳥(サンダーバード)が鳴き声をあげた。

 俺が慌てて視線前に戻すとそこには……

 

『うふふ、随分可愛らしい反応をしますね。

 未来の剣士君は』

 

 まるで笑っているの誤魔化すように羽根で嘴(くちばし)を覆い隠している雷鳥(サンダーバード)がいた。

 

「さ、雷鳥(サンダーバード)!?」

 

『私の名前は雷鳥(サンダーバード)ではなく、レティスですよ。

 未来の剣士君』

 

 俺が驚きのあまり叫ぶと、名前に関する訂正が入った――って、そうじゃなくて。

 

「何で雷鳥(サンダーバード)――レティスは喋れるんだ?」

 

 俺は慌ててレティスに何で喋れるのかを訊くと、レティスは少し考えた後。

 

『いいえ、私は喋っているのではないですよ。

 魔力を使って相手にメッセージを伝えているだけです』

 

 と、答えた。

 

「魔力を一体どうやっ「レウル、これから大事な話をするから家にはいるよ!」て――ちょっ、父様!」

 

 俺は説明がよく分からず再度を質問をしようとしたが、ラグニスに再び抱き抱えられた。

 ラグニスが家へと歩き出すとアイシャがレティスに近づき、レティスを元の場所へ送り返すための魔法を詠唱しだした。

 

『それでは、また会いましょう。

 剣士君』

 

 レティスは俺の頭の中にそう話し掛けた後、光に包まれて元の場所へと帰っていった。

 



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魔族

 レティスが帰った後、俺達は再び応接間のような部屋へと戻り、アイシャの報告を聴いていた。

 色々な報告を聴いたが要約すると、以前聴いた魔族という者達が最近活発に動き出したというものだった。

 

 俺は魔族という単語から昨日襲われた際に、垣間見た男達の姿を思い出し、ラグニスへ話し掛けた。

 

「父様、その魔族とは俺とエレナを襲った男達と関係あるのでしょうか?」

 

「う〜ん、関係あると言えばある、関係ないと言えばないかな?」

 

 ラグニスは俺の質問に対し少し考えた後、不思議な答えを返した。

 俺が意味が分からず考え込んでいると、ラグニスは少し迷った後。

 

「ん〜、レウル。

 実はあの男達(・・)は全員死体(・・・・)だったんだよね〜」

 

「なっ!」

 

 と、軽い感じで衝撃の事実を語りだした。

 ラグニスの話によると、魔族とは初代剣神が黒の神と闘った際の配下だったようだ。

 そして、魔族には多種族を魔物と呼ばれる簡易的な魔族に変える力を持っているものがいるらしい。

 

「……つまり、あの男達は魔族達に姿を変えられた魔物ということですか?」

 

 俺はラグニスの話からあの男達が元は普通の人間だったと聴き、思わずあの男達も助けられたのではないかと考え、落ち込みながらラグニスに話し掛けたが。

 

「……違うよ、あれはそれよりも最悪なものだ!」

 

「えっ……」

 

 ラグニスは俺の予測を切り捨てると、苛立ちを隠せない様子で机を叩いた。

 ラグニスは一旦落ち着くと静かに魔族達のしたことを語り始めた。

 

「……あの男達は君とエレナを襲おうとするよりもかなり前に息絶(いきた)えていたんだ。

 恐らく、魔族が遊び半分で死体を弄(いじ)くり回(まわ)したんだろう。

 見た目と力だけは魔物だったが、体中が滅茶苦茶に弄られていたせいで他は人間以下だったよ」

 

「なっ!」

 

 俺はラグニスの語った内容に背筋が凍った。

 何故なら、ラグニスの言った通りならあの男達の命を、魔族はまるで玩具で遊ぶように弄(もてあそ)んだということだからだ。

 

「なっ、なんでそんな奴らが野放しになっているどころか! 文献に載ってすらいないんですか!」

 

「――載っていないんじゃない、僕達剣士が隠しているんだ」

 

 俺は苛立ちからラグニスに怒鳴り付けたが、ラグニスは冷静に俺へ事実を語った。

 

「父様! それは一体どういうこ――おぁっ!」

 

「レウル、少し冷静になりなさい」

 

 俺はラグニスの話を聴き再び頭に血が昇り、再び怒鳴り付けようとしたが。

 ミエールに顔を胸と胸でサンドイッチされて喋ることが出来なかった。

「ん〜、ん〜」

 

「まだダ〜メ、ラグニスの話が終わるまでこうしているからね」

 

 俺はミエールから何とか離れようと手足をばたつかせたが、ミエールからそう言われて仕方なく抵抗するのを止めた。

 

「レウル、僕達剣士が魔族のことを隠しているのには勿論理由があるんだ」

 

「んっ??」

 

 ラグニスは俺が大人しく成ったのを見計らって静かに俺に話し掛けた。

 俺はラグニスの言葉の意味が分からず、不機嫌そうな声をあげたが。

 

「その理由と言うのは――魔族が人間の負の感情で更に強く凶暴になるからだ」

 

「んっ!?」

 

 ラグニスの言った理由に驚きの声をあげた。

 何故なら、人間の負の感情と言うことは、もし仮に魔族の存在が明るみになった場合。

 只でさえ厄介な魔族が多くの人間の恐怖などの負の感情によって更に強力になると気が付いたからだ。

 

「はい、それじゃあもう動いてもいいわよ。

 レウルちゃん♪」

 

「……すいませんでした」

 

 俺は衝撃的な事実に放心していたが、ミエールに約束通り放してもらうと。

 直ぐ様ラグニスに頭を下げた。

 

「えっ」

 

 ラグニスは俺が謝ると驚いた様子で声を上げた。

 

  「父様が隠しているのには理由がある筈なのに訊こうともせず。

 ――俺は自分自身への憤りから怒鳴り付けてしまいました。

 ……本当に、申し訳ございませんでした」

 

 俺は頭を下げたまま、ラグニスへ更に謝ると怒られる覚悟で目を閉じた。

 だが、

 

「まって、レウル。君が謝ることはないんだ!

 そもそも、僕がレウルから離れないようにしていればよかったんだ!」

 

「父様!?」

 

 ラグニスはそんな俺の頭を慌てた様子で上げさせると、逆に俺に頭を下げた。

 俺は頭を下げたラグニスに驚くと、今度は俺がラグニスに頭を上げさせた。

 

「父様! 俺はなんともないので平気です!!」

 

「あぁ、そうだね。何はともあれ無事で良かった」

 

 ラグニスは必死に大丈夫だと、伝え続ける俺の姿に苦笑すると俺を抱き締めた。

 そうして、俺はラグニスに暫く抱き締められていたが、

 

「「レウル、もうそろそろお風呂に入りましょうか!(入ろうよ!)」」

 

 突然、ミエールとエレナの二人から同時に話し掛けられた。

 

「……!?」

 

 その時、窓から目に入る外の景色が薄暗くなってきていることに気が付き、あの約束(・・)を思い出した。

 

「ッ! ――なっ!?」

 

 俺は反射的に逃げだそうと闘気を纏とったが、何時の間にか体を見えない鎖の様なもので拘束されていた。

 俺が動かない自分の体に冷や汗を流していると、

 

「「レ〜ウル♪ 駄目だよ逃げちゃ♪ まぁ、体を風の魔法で拘束しているから逃げられないわよね?(逃げられないでしょ?)」」

 

 エレナとミエールが示し会わせたかのようにそう俺に告げた。

 

「ちょっ、ちょっとまって。

 母様とお風呂に一緒に入るのは少し恥ずかしいし、エレナは女の子なんだから俺みたいな男とお風呂に入るのはまずいと思うんだけど……」

 

 俺は何とか二人と風呂に入るのだけは回避したいと、二人へ俺と風呂に入るのはまずいと言ったのだが、

 

「大丈夫よ! 何時もはラグニスとお風呂に入ってるかもしれけど、私もきちんとレウルの体を洗ってあげるから!」

 

 ミエールは俺が体を洗ってもううから恥ずかしがっていると勘違いするし。

 

「うん?? ――なんでレウルとお風呂に入ったらいけないの?」

 

 エレナはそもそも話が通じなかった。

 

「……はぁっ、分かった。一緒にお風呂入るよ」

 

 二人に追い詰められた俺は溜め息を吐くと、結局そのことを了承してしまった。

 ――そうして、俺は二人に連れられ家の風呂場へと移動したのだった。

 



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報告と凶報

 レウル達が風呂場へと移動した数分後。

 先程まで和気藹々(わきあいあい)としていた応接間は静寂に包まれていた。

 使い終わった食器を片付け終えると、アイシャはラグニスへ視線を向けた。

 

「ラグニス様、食器の片付けが終わりました」

 

「アイシャ、ご苦労様」

 

 ラグニスは食器の片付けを終えたアイシャへと労いの言葉を掛ける。

 アイシャはラグニスの言葉に軽く会釈した後、真剣な表情になるとラグニスへ話し掛けた。

 

「 それでは、”報告の続き”をしましょう」

 

「――あぁ、分かった」

 

 アイシャはラグニスが真剣な表情で返事すると。

 先程報告した時と同じように、ラグニスへと報告を始めた。

 

 一つ違うのは話している内容だった。

 レウルやミエールのいた時には、魔族の配下である魔物が各地で暴れたり、各地で増え続ける魔族の目撃情報などが主だったが。

 今のアイシャの報告には漆黒(しっこく)の闇(やみ)という、魔族達を裏で支援している組織のものが大半を閉めていた。

 ――漆黒の闇。黒の神が倒され間もない頃。剣神によって廃教となった教会の中でも、亜人を嫌悪していた強硬派と教会に雇われていた生き物を殺すことしか考えていない狂った傭兵団が魔族と手を組んだ組織。

 

「――と、いうことです」

 

「クソッ」

 

 ――ガンッ

 

 アイシャからトライデント王国の一部の重鎮や大商会などの大規模の組織が漆黒の闇に与している可能性があると、報告を受けたラグニスは思わず悪態を付いて机を蹴った。

  ――トライデント王国。黒の神と闘った剣士の一人である、ガイオス・トリントスが黒の神が倒された後。

 建国した王国。王国にはガイオスの武器であるトライデントの名前がつけられた。

 

「予想よりも漆黒の闇の影響力はこの国の深くまで及んでいるらしい。

 ――魔族が活発に動いていることも考慮すると、かなり警戒したほうが良いかもしれないな……アイシャ、その旨を他のメイド達にも伝えておいてくれ」

 

「分かりました。

 ラグニス様、これで報告は以上です」

 

 ラグニスは考えを纏めると、アイシャに指示を伝え報告は終わった。

 

「……報告を終えた所で一つ、訊いても宜しいでしょうか?」

 

  報告が終わるとアイシャは、ラグニスへ質問する許可を求めた。

 

「あぁ、いいぞ」

 

 ラグニスはアイシャへ質問する許可を出すと、アイシャの言葉に耳を傾けた。

 

「はい、それではラグニス様に訊きたいのですが――」

 

 アイシャは一瞬だけ、獲物(・・)を捕捉(・・)した捕食者(・・・)のような目をするとラグニスへ訊ねた。

 

「レウル様が魔物擬(・・・)と闘っていた際に、ラグニス様は”既にレウル様を助けられた”筈なのに何故? ラグニス様は傍観(・・)していたのでしょうか?」

 

「なっ?!」

 

 ラグニスはアイシャから言われたことに驚愕して固まった。

 

 

 

 

 

 

 ラグニスは固まってから数瞬経って冷静になるとアイシャへ話し掛けた。

 

「……あの時、お前は漆黒の闇について調べていた筈だが、どうしてその事を知っているんだ?」

 

「ふふふ……」

 

 アイシャはラグニスの言葉聞くと薄く笑い、

 

「――簡単なことです。

 ミエール様とレウル様には私が不在の際には、”何時も”召還獣をつけているからですよ」

 

 そう言い放った。

 

「何!?」

 

 ラグニスはその言葉を聞いて再び驚いたが、今回は固まることなくアイシャへ話し掛けた。

 

「……はぁっ、アイシャがあの時のレウルの状況を知っていた理由は分かった。

 それから僕が傍観していた理由だけど、単純にレウルが成長する機会だと思ったからだよ」

 

「――その結果、レウル様は怪我をしたのですよね」

 

 アイシャはラグニスの言い分を切り捨てて睨み付けた。

 

「もし、レウル様が死んでしまったらどうするつもりだったのですか?

  まったく、召還獣からレウル様が怪我をしたと聴いた時は肝を冷やしましたよ」

 

 アイシャは汗を拭うように手を動かした後、呆れて溜め息をついた。

 

「――そうだな、はっきり言ってあれは僕も肝を冷やしたよ。

 だが、レウルは“エレナを庇わなければ"怪我をすることは無かったと思うよ」

 

 ラグニスはアイシャの言葉を聴いて同意した後、追憶しながらラグニスはそう吐き捨てた。

 

「……剣士が、それも剣帝がそんなことを言って良いんですか?」

 

「あぁ、良いんだ。

 僕にとってはレウルとミエールが一番だからね、二人以外はどうなろうが知らないよ」

 

 アイシャはラグニスの言葉を咎めたが、ラグニスは意に介さずに己の意思を伝えた。

 

「……ふふふ、そうですか」

 

 アイシャはラグニスの言葉を聞くと薄く笑い、

 

「――私もです」

 

 ラグニスへと同意を返した。

 

「ふ〜ん、アイシャこそ仮にもクラインハルト家のメイド長がそんなことを言っても良いのかい?」

 

「これは失礼しました。

 一介のメイドの戯(ざ)れ言(ごと)と思って見逃してくれると嬉しいです」

 

 ラグニスは先程までの異種返しをしようとアイシャへ話し掛けたが。

 綺麗に流されたため、不満そうな表情になって溜め息を吐いた。

 

「何が”一介のメイドの戯れ言”だ。

 アイシャ、”今は”をつけ忘れてるぞ」

 

「……」

 

 アイシャはラグニスの言葉を聴くと、視線を鋭くして睨み付けた。

 

「分かってる、レウルには言わないよ」

 

 アイシャはラグニスからそう言われると視線を和らげ、睨むのを止めた。

 

「さてと、これで話は本当に終わりだ。

 アイシャはメイド達に魔族のことを伝えた後、仕事に戻ってくれ」

 

「はい、失礼しました」

 

 アイシャはラグニスの指示を聴き、片付けた食器を持つと応接間の扉の取っ手に手を掛けた。

 

「あ、そうでした」

 

 アイシャは取っ手に手を掛けた状態であることを思い出すと、ラグニスへ視線を向けた。

 

「ラグニス様、トライデント王国へ行った際にフラッド様から伝言を預かりました」

 

「…………えっ」

 

 ラグニスは予想外のことを言われたのか、アイシャの言葉を聞くと再び固まった。

 

「”いい加減、孫の顔を見せにこい”とのことです。

 これで報告は以上です、失礼しました」

 

 アイシャは言うことを言うと応接間から出て、メイド達へ魔族のことを伝えるために廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 一方、応接間では言われた言葉を漸く理解したラグニスが、

 

「な、何ィィィィィッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 大絶叫していた。



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感謝と才能の片鱗

「「レウル! お風呂場についたわよ!(ついたよ!)」」

 

「……はぁっ」

 

  応接間を出て数分がたった頃、俺達は風呂場の入り口に立っていた。

 俺は目の前ではしゃいでいる自身の母親と友達の姿に思わず溜め息を吐いた。

 

「レウルと一緒にお風呂♪ お風呂♪」

 

「……そんなに俺とお風呂に入るのが楽しみなのか?」

 

 俺はエレナの楽しそうな声が聞こえ、思わず話しかけた。

 

「うんっ! レウルと一緒にお風呂入るのすぅぅぅっっっごく楽しみ!

 ……それに助けてもらって、友達にもなって。私、とっても嬉しかったから、お礼にレウルの体を洗うの!」

 

「……そうか」

 

 俺は正直二人と風呂に入ることに乗り気ではなかったが。

 笑顔で可愛らしいことを言ってくるエレナのために、少しだけ付き合ってあげようと思って頭を撫でた。

 

「これ〜、気持ちよくて好き〜」

 

 エレナは俺が頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

 

「二人とも仲良しなのはいいけれど、お風呂入らないの?」

 

「そうですね、早くお風呂に入りましょうか」

 

 俺はそのまま頭を撫でていたがミエールに話し掛けられて風呂のことを思い出し、二人と風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 数分後、腰にタオルを巻いた俺の目の前には巨大な温泉広がっていた。

 温泉はレジャー施設のプール程の大きさがあり、天井へは大量の湯気が立ち上っていた。

 

「レウル! ものすごく広いね!」

 

 体にタオルを巻いたエレナが嬉しそうに石造りの床の上でジャンプしている。

 

「……あぁ、そうだな」

 

 俺はジャンプするたびにエレナのタオルが舞い上がるのを見ないようにしながら返事をした。

 

「――エレナちゃんはお風呂が好きだったのかしらね」

 

 広い風呂を見ながら喜んでいるエレナの姿を見ながら、悲しそうな表情でミエールは言葉を溢した。

 

「――さぁ、どうでしょうね。

 ……ひょっとしたら、記憶喪失になる前もあんな感じで風呂場で、はしゃいでたんじゃないですか」

 

 俺は楽しそうにしているエレナが記憶喪失だと言うことに、遣り切れない思いを抱きながらミエールへ話し掛けた。

 

「ねぇねぇレウル! 此方に来て!」

 

 俺とミエールがエレナのことでもの悲しげな表情をしていると、エレナが駆け寄って俺の腕を引っ張ってきた。

 

「ふふふ、分かった」

 

 そんなエレナの姿に先程まで考えていたことを頭から打ち払うと、俺はエレナに手を引かれて風呂場の中央へと歩いた。

 

「うん? ――エレナ、一体此処で何をするんだ?」

 

 俺が何をするのかと不思議に思っていると、エレナは俺から数歩離れると俺の方を向いて姿勢を正した。

 

「わ、私を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

「えっ」

 

 俺はエレナが何を言うのかと首を傾げていたが、想定外の言葉が帰ってきたため驚きで固まった。

 エレナは俺が固まっているのも気にせず、俺の近くにくるとそのまま抱きついた。

 

「うわっ! エレナ、あぶな――ッ!」

 

「ほ、他にも、ぐずっ、記憶のない私をお家に連れてきてくれたり、ぐずっ、私を助けようとしたことに後悔ないって、ぐずっ、言ってくれて、ぐずっ、嬉しがっだ」

 

 俺は急に抱きついてきたエレナに注意をしようとしたが。

 顔を俺の胸板に擦り付けて泣いているのを必死に隠しながら、俺に感謝の言葉を言い続けるエレナに口を閉じるとエレナを抱き締めた。

 

「――エレナありがとう、こんなに嬉しいのは初めてだよ。

 誰かに感謝されるのってこんなに嬉しいんだな」

 

 俺はエレナの感謝の言葉に改めて目の前の少女を守れたことを実感すると頬に一筋の涙が流れた。

 

「エレナは、俺の大事な友達だ、例え何があっても守ってやる! 約束だ!」

 

  俺はその涙を腕で拭うと、エレナの目を見ながら大声で叫んだ。

 

「うん、私も約束、レウルのことは何があっても守るね!

 ――そ、それじゃあ、体を洗いに行こう!」

 

 エレナは俺と同じように俺の目を見ながら約束した後。

 恥ずかしそうに顔を赤くすると、俺の手を引いて風呂へと歩き出した。

 

「え、エレナちょっと待って、桶(おけ)を持っていかないと」

 

「オケ? オケってな〜に??」

 

 俺は体を洗うための桶を持たずに直接温泉へと向かっていくエレナを慌てて呼び止めたが。

 再び想定外の言葉が帰ってきて混乱した。

 

「え、エレナ。

 桶って言うのは、彼処に沢山積んである木で出来た器のことだよ」

 

「これ?? どうやって使うの?」

 

 俺は混乱しながらも何とかエレナへ桶の説明をしたが、使い方も分からないようで更に混乱した。

 だが、一つだけおかしいことに気が付いてエレナへ話し掛けた。

 

「うん? そう言えばあの宿屋でエレナはちゃんと食器を使えていたよな?

  気にも止めなかったけど、どうして使えたんだ? 」

 

「あれはね〜レウルの見て真似っこしたの〜、すごいでしょ!」

 

 すると、また想定外の言葉が帰ってきた。

 エレナが言うには真似っこ、つまり俺の使い方を真似しただけの様だが、少なくとも俺が見ていた限りではエレナの食器の使い方は完璧(・・)だった。

 つまり、エレナは俺の仕草を完璧にトレースしたことになる。

 

(ッ!)

 

 はっきり言って驚いた、記憶喪失であるエレナは少なくとも食器の使い方は素人同然の筈だ。

 それを”真似(・・)るだけ”であそこまで“完璧に食器を使える"ことに、とてつもない才能の片鱗を感じて圧倒された。

 

 そのまま、暫く立ち尽くしていたが、

 

「レウル〜、早く体洗ってお風呂入ろうよ〜」

 

「ぁ、あぁ、そうだな。それじゃあ行こうか」

 

 エレナに話し掛けられたことで我に帰った。

 そして、再びエレナに手を引かれて歩き出そうと足を上げたが、

 

「うわっ!」「きゃっ!」

 

「エレナちゃんも、レウルちゃんも、私を忘れるなんて酷いわ〜」

 

 後ろからミエールに抱き抱えられた。

 そのまま二人ともミエールに体を洗われ、風呂に入った。

 



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精霊魔法

「ぅ、ううう」

 

 ミエールに体を洗われてから数分後、エレナは体を洗われた際に俺に体を見られたためか。

 風呂の中で泣きそうな顔になりながら俯いていた。

 

「………………母様、エレナは女性なのですよ? なのに、男性の俺と一緒に洗うなんて何を考えているんですか」

 

 俺はそんなエレナの様子を見ながら眉を潜めると、ミエールへと咎めるように視線を向けた。

 

「……確かに私の配慮が足りませんでした、次からは気を付けますね」

 

 ミエールは俺に注意されてエレナへ謝ったが。

 俺とエレナへ視線を向けると、微笑ましい光景でも見たかの様に目を細めた後、

 

「だけど、エレナちゃんは満更でもなかったんじゃないかしら?」

 

 エレナへそう言って首を傾げた。

 

「……ぁ、ぇ、あ、う」

 

 エレナはミエールの言葉を聴くと、顔を茹(ゆ)で蛸(だこ)のように赤くして固まってしまった

 

「母様!」

 

「レウル、冗談よ。

 そんなに怒らないで頂戴」

 

 俺は反省してない様子のミエールを睨み付けたが、ミエールは軽く謝るだけで受け流されてしまった。

 

「エレナ、大丈夫か? 母様はエレナをからかっただけだから気にするなよ」

 

「う、うん、分かったけど……」

 

 俺がミエールに注意するのを諦めてエレナへ謝ると、エレナは俺へ何かを言いたそうに口をもごつかせた後。

 

「レ、レウルと、ぃ、一緒に体を洗うの、ぃ、嫌じゃないもん……」

 

 体に巻いてあるタオルを少し開(はだ)けさせながら、上目使いで俺にそう言った。

 俺はそんなエレナの姿に見惚(みと)れて固まった後、

 

「ぅ、ううう、ウォオオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 ――バシャンッッ!!

 

 絶叫しながら顔を思い切り湯船に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「プハッ」

 

  俺は湯船に顔を叩き込んでから暫く経ち、冷静になると顔を湯船からあげた。

 そのままエレナへ謝ろうと視線を向けて、

 

「レウル、ごめんね。

 私なんかと一緒に体を洗うなんて、嫌だったよね……」

 

「ちょっ、エレナそんなことないよ。

 うん、…………ちょっと全身でお風呂に浸かりたかっただけだよ。

 あぁ、キモチヨカッタナー」

 

 落ち込んでいるようでかなり慌てた。

 だが、エレナへ見惚(みと)れたと正直に言う恥ずかしさから咄嗟(とっさ)に嘘をついたが。

 自分でも呆れるほどにバレバレな嘘だったため、失敗した! と、再度言い訳を考え始めたが。

 

 ――バシャン!

 

「えっ?」

 

 隣からお湯が跳ねた音がして思考が一瞬止まった。

 音のしたほうへ視線を向けるとエレナが湯船に顔を浸けていた。

 

  「プハッ、レウルッ! 本当にとっっっても、気持ちがいいね!!

 レウルは記憶のない私と違って色々なことを知ってるんだね! すごいよ!!」

 

 エレナは湯船から顔をあげると俺へ、まるで向日葵(ひまわり)のように微笑みかけた。

 

「………………うん、そうだね」

(……ごめん、エレナ。

 エレナの笑顔に見惚れたって、正直に言うのが恥ずかしくて嘘をついたんだ。

 ――本当にごめん)

 

 俺はさっきのバレバレな嘘をエレナが信じたことに気が付くと。

 目の前の純粋な存在を騙したことに言い知れぬ罪悪感を感じて心の中で謝った。

 そうして暫く嘘をついたことを後悔していたが、

 

「……」

 

 ――ギュッ

 

「うぉッ!? ……エレナどうしたんだ。

 急に抱き付いて」

 

 エレナが無言で俺に抱き付いてきたことで我に返った。

 

「なっ、ぇ、エレナ。

 た、タオルが……」

 

「……レウル、悲しそうな顔をしてたから」

 

 俺はエレナのタオルが更に開(はだ)けたのに気が付き、慌ててエレナを放そうとしたが。

 心配そうに俺のことを見つめてくるエレナを放すことができず、溜め息を吐きながら天井を仰ぎ見た。

 

「エレナ、少し考え事をしていただけだよ。

 心配を掛けてごめんな、もう大丈夫だよ」

 

「そう! 良かった!」

 

 俺はエレナへ考え事をしていただけだと伝えると、心配を掛けたことを謝った。

 その後は暫くの間、互いに無言で湯船に浸かっていた。

 

「…………あぁ、そういえばエレナ」

 

「な~に?」

 

 俺は無言の空間に耐えられずに話題を探していたが。

 あることを思い出してエレナに話し掛けると、エレナが抱き付いたまま俺へ視線を向けた。

 

「いや、たいしたことじゃないんだが。

 ――あの時、エレナの使った魔法は『ヘルファイア』の筈なのに、何で数十の炎が出てきたんだ」

 

「何でって………………う~ん、攻撃魔法を使っただけだよ??」

 

 エレナは俺の質問に困った顔をした後考え込んだ末に、俺に“攻撃魔法を使っただけ"と告げた。

 

「攻撃魔法ってどんな感じに?」

 

「どんな感じって言われても……普通に攻撃魔法を使っているだけだよ?? 本当に」

 

 俺は詳しく訊いてみたが、何度訊いてもエレナは攻撃魔法を使っただけと答えるだけだった。

 俺はエレナの攻撃魔法について考え始めた。

 

「……」

(エレナは男達を『ヘルファイア』を使い数十の巨大な炎で焼き付くした。

 本来、あれほどの数の炎を放つためには卓越した魔力の制御が必要だ。

 何故なら魔力の制御がおざなりでは魔法そのものが暴走し、術者の身が危険に曝されるからだ。

 そして、あんな数の魔法を操るとなると、どうしても魔力の制御に時間を掛け隙だらけになるため、一般的に一度に使う魔法は”単発または数発”だ)

 

 そこまで考えたところでエレナが男達に自分自身が魔法を放ったのと、それほど変わらない時間で魔法を放っていたことを思い出して更に考え込む。

 

(だが、エレナは短時間で数十の魔法を使うと言うことをしたにも関わらず、“魔法を使っただけ"と言う。

 ……これはどういうことだ、エレナのしたことは三十分程時間を掛ければ俺でもできる。

 しかし、短時間となると無理、か……分からない、どうやって、それこそ複数人でやりでもしなければ出来るわけが……!? “一人ではなく複数"。

 そうか! 分かったぞ、エレナが使った魔法は……)

 

 俺は魔法についてある程度の予想が纏まると、確認のためにエレナへ話し掛けた。

 

「エレナは小さい空を飛ぶ人間の様なものを見たことはあるかな?」

 

「あるよ、何時私とお話ししてくれるお友達なの♪」

 

 俺はエレナが予想していた通りのことを告げたため、エレナへ魔法のことを話すために口を開いた。

 

「……ハァッ、エレナがあの時使った魔法はどうやら攻撃魔法じゃなくて『精霊魔法』のようだね」

 ――精霊魔法。精霊と呼ばれる意思を持った魔力生命体(まりょくせいめいたい)に魔力の制御を手伝ってもらうことで、数十の魔法を効率よく同時に操ることの名称。

 ――魔力生命体。人間やモンスターなどの肉体を持つ者とは違い、肉体を持たず魔力と魂だけで生きている生命体の総称。

 

「精霊魔法? ってどんな魔法??」

 

 俺はエレナが精霊魔法を知らないようだったので、精霊魔法について詳しく説明した。

 エレナは精霊魔法について聞き、自分の友達が魔法を使う際に助けてくれていたと知って自然に笑顔になった。

 

「精霊さーん! 何時助けてくれてありがとう!!」

 

 エレナは視線を風呂の一角へ向けると、笑顔でお礼の言葉を言いながら手を力一杯振った。

 俺はそんなエレナの姿を見ながら、

 

「……」

(エレナ、笑顔でお礼をするのはいいよ、うん。

 たださ――俺に抱き付きながら手を降ってるせいでタオルが更に開(はだ)けてるですがッ!? いや、もはや開(はだ)けているというか、大事なところ以外全部見えてるのですが!

 これはあれか、前世でも今世でも女性に対する免疫のない俺への新手の虐めか! くそ、今世は赤ん坊の時のミエールからのサンドイッチハグといい、女運が悪すぎるだろうが!?

 後、ミエールは微笑んでいないなで助けてくれ! 頼むから!)

 

 内心で大絶叫していた。

 俺は先程まで後悔して落ち込んでいたのが嘘のように、心の中で絶叫しながらエレナを体から放す方法を考え始めた。

 

「エレナ、ちょっとタオルが開(はだ)けてるから一旦離れようよ」

 

「うん! 分かった」

 

 俺は考えた末に普通に話し掛けるのが一番だと、出来る限り普通の態度で話し掛けた。

 エレナは俺の言葉を聞くと元気よく返事をして俺の体から離れた。

 だが……

 

「なっ!?」

 

「えっ?」

 

 俺の体から勢いよく離れたせいで辛うじてエレナの大事なところを隠していたタオルは完全にエレナの体を離れ浴槽の底へと沈んでいった。

 

「「……」」

 

 俺とエレナは沈んだタオルを見つめた後、視線を交わすと互いに顔を赤く染め上げた。

 暫く、互いに顔を赤くしたまま固まっていたが。

 

 ――バシャッ

 

 と、音をあげながらエレナが浴槽の底からタオルを拾い上げ、拾ったタオルを体に巻いて俯いた 。

 

「……………………あァ~、エレナ。

 そ、そのなんか、ごめん……」

 

「う、うぅん、私が急に離れたのが悪いんだから、謝ることないよ」

 

 俺は未だに俯いているエレナが見るに絶えず、思わず謝罪をしたが。

 エレナも俯むきながら俺に謝罪をしたことで、風呂場の空気がなんとも言えないものに変わった。

 そして、そのまま互いに喋ることなく湯船に浸かっていたが、

 

「エレナちゃん、レウル。

 そろそろ上がりましょうか、このままだと逆上せそうですし」

 

「「分かりました」」

 

 ミエールに話し掛けられたのを切っ掛けにその空気から解放され、俺とエレナは風呂場を後にした。

 



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眠る少女と新たな修行

「ふぁ〜、んん〜」

 

 何時も起きる時間より遅い夜がほのぼのと明け始める頃、俺は覇気の無い動作で目を擦りながら目を冷ますと欠伸をして変な声を漏らした。

 目を冷ましてから十数秒がたった頃、俺は漸く頭が働くようになり、部屋の窓へ視線を向けた。

 

「不味い! 完全に寝坊し「もう、たべれにゃいの〜」た?……」

 

 俺は窓から差し込む微かな光で寝坊したことを悟り、急いで着替えるためにベッドから降りようとしたが。

 俺の側で誰かの寝言が聞こえたため、動きを止めた。

 そして、左半身に誰かが抱きついているのに気が付き、寝言の聞こえる方に視線を向けると、

 

「れうりゅ〜おふろっちぇきもひいいねぇ〜」

 

 満面の笑みを浮かべながら、俺の左腕に抱き付いている少女(エレナ)がいた。

 

「………………取り敢えず昨日の記憶を辿るか」

 

 俺は状況を理解すると、冷静に昨日の記憶を辿っていった。

 そして、風呂から出た後の出来事を思い出して「あっ」と、思わず声を漏らした。

 

「思い出した――確か二人同時に寝るのは嫌だと断って……それでエレナと寝ることになったんだっけ?」

 

 俺は風呂場を出た後、俺の部屋に突撃しようとする二人を説得することに成功し、エレナと一緒に眠りに就いたのだった。

 

「……にしても、心臓に悪いぜ。

 女に対する免疫がないってぇのに、俺はなんで女運が悪いんだよ、ハァッ」

 

 俺は自身の女運の悪さに溜め息を吐くと、眠っているエレナへ視線を向けたが。

 エレナはすやすやと赤ん坊のよう眠っていた。

 

「くはっ、ふふふ、可愛い顔で寝てるな、くくくくくく」

 

 ニヘニヘとだらしない笑みを浮かべながら寝言を呟いているエレナに俺は腹を抱えて笑った。

 

「はぁ、はぁ、相変わらずエレナは面白いな。

 さて、このまま寝ていてもいいのだが……」

 

 ひとしきり笑った後、俺はこのまま寝ていてもいいかもと一瞬思ったが。

 修行は一日でも怠れば意味がないと考え直し、エレナへ視線を向けた。

 

「どうしたものか……出来れば気持ちよく寝ているエレナを起こしたくはないのだが。

 ここまで綺麗に関節を極(き)められていてはな」

 

 エレナは無意識にだろうが、俺の左腕を柔道や合気道で言う関節技を使って押さえ込んでいた。

 おまけに関節技は完全に極まっていて返すのは不可能ということを悟り、俺は溜め息を吐いた。

 

「仕方ない……エレナを起こすか、無理矢理返して骨折や脱臼をするのも嫌だしな」

 

 俺はエレナを起こすことを決めると、右腕でエレナの体を揺さぶった。

 

「エレナ〜もう朝だぞ〜〜起きろ〜〜〜って、うぉっ」

 

「れうりゅ〜」

 

 俺がエレナを起こそうと体を揺さぶりながら話し掛けたが、エレナは何故か関節を極めたまま寝返りを打った。

 

「ィ、イテェェェェェェッッッッッッ!!!!!!」

 

 俺は寝返りを打ったエレナに関節を逆方向へ曲げられ悲鳴をあげた。

 暫くそのまま叫び続けていたが、エレナが何かを呟いているのが聞こえて耳を傾けた。

 

「れうりゅ〜だいしゅき〜」

 

「なっ!」

 

 俺はエレナの言葉に顔を赤くして固まったが、直ぐに腕の痛みで我に返った。

 

「だ、だったら腕を放してくれェェェッッッ!!!」

 

 俺はエレナへ腕を放してくれるよう懇願したが、眠っているエレナへ届くことはなく、部屋中に俺の叫び声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、ぁ、後もう少しで腕を折られるところだった」

 

 数分後、俺は何とかエレナの関節技から逃れることに成功し、ベッドから離れた絨毯(じゅうたん)の上に荒い息をしながら座り込んでいた。

 そして、自分自身がさっきまでいたベッドの惨状(さんじょう)を横目に捉えると顔を青くした。

 

「咄嗟に枕を生け贄にしなかったら、俺がああなるところだったのか……」

 

 俺が視線を向けるベッドの上には相も変わらず、すやすやと寝ているエレナと。

 そのエレナによって捻(ね)じ切られた枕の布と中身である何かの羽が散らばっていた。

 

「……この世界に柔道や合気道は存在しない筈なんだがな。

 何故、エレナは関節技をここまで完璧に扱えるんだ?」

 

 俺はエレナの関節技について不思議に思って首を傾げたが。

 藪(やぶ)をつついて蛇を出すこともないと判断すると、クローゼットを開けて旅装束に着替えて急いで部屋を出た。

 

「ふぅ、何とか五体満足で部屋を出ることが出来たな。

 だけど、これからどうするか……」

 

 俺が頭を掻きながら外の様子を眺めるともう朝日が昇るのか、辺りを温かな光が包み始めていた。

 かなり遅くなってしまったようだったが、まだ修行するには間に合うと判断した俺は家の庭へ移動して修行を始めた。

 

 庭ではジョギングと剣術の訓練をした後に闘気の修行と、いつも通りのメニューをこなしていたが。

 

 ――ガサッ

 

 と、後ろから誰かの足音が聞こえ振り向いた。

 

「誰だ、って、父様じゃないですか」

 

 後ろにいたのはラグニスだったため、俺はほっと息を吐いた。

 

「どうしたんですか? 父様も修行中ですか??」

 

 ラグニスが庭にいる理由が思い当たり、確認のため質問するとラグニスは苦笑しながら答えてくれた。

 

「レウルの言う通り、さっきまで修行をしていたんだけど。

 レウルの姿を見かけてね、ちょうど伝えたいこともあったからレウルのところに来たんだ」

 

 ラグニスが庭にいた理由が予想通り修行だと聞いて、模擬戦をもう一度申し込もうかと思ったが。

 伝えることがあるというラグニスに首を傾げた。

 

「父様、伝えたいこととはなんでしょうか? 俺には覚えがないのですが……」

 

 俺がそう訊くとラグニスは悪戯っぽく笑った後。

 

「伝えたいことは”新しい修行を始めるよ”だね」

 

「本当ですか!」

 

 俺は首を傾げたままラグニスの話を聞いていたが、“新しい修行"の言葉を聴くとラグニスへと飛び付いた。

 ラグニスは俺のそんな反応に笑みを深めると、俺の頭を撫でた。

 

「あぁ、本当だよ。

 ただ、少し修行の順番が変わると思うんだけど、良いかなレウル?」

 

「順番が変わるって、どういことですしょうか? 父様」

 

 俺は新しい修行という言葉に聴いた嬉しさからニヘニヘとだらしない顔をしていたが。

 ラグニスに修行の順番が変わると言われ、再度首を傾げながら質問するとラグニスは一つ一つ丁寧に説明してくれた。

 

 ラグニスの説明をよると、そろそろ俺に爪竜刃を教えようかと思っていたが。

 あの男達との出来事で俺が怪我をしてしまったため、爪竜刃の後に教える予定だったことを、魔族対策も含めて先に教えることにしたらしい。

 

「分かりました。

 ですが、新しい修行とは何をするのでしょうか?」

 

 俺が新しい修行は何をするのかと、心を踊らせながらラグニスの返事を待っていると。

 ラグニスはそんな俺に優しく微笑んだ後。

 

「これからレウルに教えるのは五感強化(ごかんきょうか)と魔力感知(まりょくかんち)の2つだよ」

 

 と、告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 数分後、俺は五感強化と魔力感知を習うため、目隠しをしたラグニスと木刀を持ちながら庭で向かい合っていた。

 

「さて、レウル。

 君に五感強化と魔力感知について教えてあげよう、好きに打ち込んでいいよ」

 

「分かりました! 師匠!!」

 

 目隠しをしているラグニスに好きに打ち込んでもいいと言われ、俺は獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた後。

 晴眼の構えをとると目隠しをしているラグニスへ木刀で切り下ろしを放った。

 

 目隠しをしているラグニスには交わせないだろうと思っていたが。

 

「なっ!?」

 

 ラグニスは目隠しをしているにも関わらず、正確に木刀の軌道を読み取り。

 木刀を掌(てのひら)で受け止めてしまった。

 

「クソッ!」

 

 俺は目の前の光景が信じられず、一瞬固まったが。

 直ぐに我に返えると、木刀で突きを放った。

 

「嘘だろ……」

 

 だが、ラグニスは俺の突きを意図も簡単に掴かみ取ってしまった。

 直ぐにラグニスから距離を取ろうとしたが、木刀は力強く掴まれていて動くことが出来なかった。

 

「だったら!」

 

 俺は闘気を纏うと、逆に掴まれている木刀を起点にして地面を蹴って空中に跳び上がった。

 

「おりゃっ!」

 

 そのまま空中で一回転するとラグニスへ踵落としを放った。

 今度こそ完璧に入ったと、確信したが。

 

 ――ガシッ

 

「えっ、うぉっ?!」

 

 ラグニスは素早く木刀を手放し、俺の足首と襟首(えりくび)を掴み取ってしまった。

 

「クソッ! この!」

 

 俺は暫くそのまま体勢でラグニスへ蹴りなどを放って抵抗を続けたが。

 ラグニスにそれらの攻撃を全て避けられ、もうこれ以上の抵抗は無意味だと悟り「こ、降参です! 師匠!」と、叫び声をあげた。

 



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魔族の脅威とデコピン

「ふふふ、どうだい? レウル。

 目隠しをしている僕に攻撃を一回も当てられなかった感想は」

 

 先程の模擬戦が終わり、疲れて地面に寝そべっている俺に視線を向けた後。

 ラグニスは薄く笑うと俺に感想を訊いてきた。

 

「……ちょっと、ショックでした」

 

 俺は正直な感想をラグニスへ唇を尖らせながら伝えると、ラグニスは大きな笑い声をあげた。

 

「父様!」

 

「ふふふふふふ、ご、ごめんねレウル。

 く、わ、悪気があった訳じゃないんだ、くくく」

 

 俺は笑い出したラグニスへ大声で叫んだが、ラグニスは笑い声をあげ続けるだけだった。

 

「と~お~さ~ま~」

 

「くくく、もう笑うのは止めにするから怒らないでよ」

 

 俺が笑い続けるラグニスへ恨みがましい視線を向けると、漸くラグニスは笑うのを止めて真剣な表情になった。

 

「さて、レウル。

 先程、体験して分かったと思うけど、五感強化と魔力感知は相手の動きを読むことに特化した技術なんだ。

 質問だけど……なんでこんな技術が出来たと思う?」

 

 そこまで説明したところで、ラグニスは俺にそう質問してきた。

 俺は数瞬考え込んだ後。

 

「……不意討ちに対応するためですかね? 流石に常時闘気を纏っている訳にはいきませんから」

 

 と、ラグニスの質問に返答した。

 ラグニスは俺の返事に「半分正解かな?」と、呟きながら俺の頭を撫でた。

 

「半分、ですか? それではもう半分は何でしょうか?」

 

「あぁ、それはね……」

 

 俺がそう質問すると、ラグニスは頭を撫でるの一旦止めて俺から距離を取ると。

 ――一瞬で姿を消した。

 

「なっ?!」

 

「これがもう半分の答えだよ、レウル」

 

 俺は後ろからラグニスの消えたラグニスの声が聴こえ、慌てて振り向いた。

 すると、そこには何時の間にかラグニスが立っていた。

 そのままラグニスは俺の目の前に右手を差し出さすと、

 

 ――ビシッ!

 

 強烈なデコピンを放った。

 俺は額に強烈な痛みを感じながら意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、俺はデコピンされた額を手でさすりながらラグニスを睨み付けていた。

 

「……ぃ、痛ッ〜〜、何をするんですか! 師匠!!」

 

  俺は急に額をデコピンしたラグニスに対して額を撫でながら叫んだ。

 

「ごめんごめん、ちょっと痛かったね。

 ――だけど、魔力感知(まりょくかんち)と五感強化の重要性を知ってほしかったんだ」

 

「魔力感知と五感強化の重要性、ですか?」

 

 俺はラグニスの言った”魔力感知と五感強化の重要性”という単語を聞き取ると首を傾げた。

 ラグニスはそんな俺の様子に苦笑した後、赤く腫れた額を優しく撫でた。

 

「そうだよ、レウルは昨日の夜に魔族の話をしたのは覚えているかい?」

 

「……はい、覚えています」

 

 俺が”魔族”という単語に眉を潜めながら返事をすると、ラグニスは「よく覚えていたね……偉いよ、レウル」と、苦笑しながら頷いた。

 

「君は先程、この二つの技術が出来た理由を“不意討ちに対応するため"と、答えたね。

 その答えは正解だけど、もう半分――魔族という存在が足りていないんだ」

 

「”魔族”、ですか……」

 

 俺はラグニスに”魔族”の存在が足りないと言われ、手を口に当てて考え込んだ。

 そして、先程ラグニスが急に消えたのを思い出し、そこに魔族という存在を加えた結果。

 恐ろしい可能性に気が付き「あっ」と、声をあげた。

 

「その様子だとレウルもある程度見当がついたようだね」

 

「………………はい」

 

 ラグニスが俺を見ながらニヤニヤ笑っているのが目に入り、俺は自分の考えが正しかったのを悟って表情を険しくした。

 ラグニスはそんな俺の様子に満足したように笑った後、俺の頭を撫でながら微笑んだ。

 

「それではレウルも分かったようだし答えあわせをしようか。

 レウルの考えている通り、先程見せた一瞬で消える技術――加速(ブースト)は”全ての魔族が使えるんだ”、僕達人間が歩くのと同じようにね」

 

「ッ!? ……そう、ですか」

 

 ラグニスから当たってほしくなかった予想が的中していると伝えられ、俺の実力では魔族の攻撃に反応することすら出来ない理解し、苦々しい思いを抱きながら返事をした。

 ラグニスはそんな俺の様子に苦笑すると、俺を抱き抱えて頭を撫でた。

 

「レウル、気にすることはないよ。

 確かに今の君では力不足かもしれないけど、それは修行をすることで改善出来るからね」

 

「ッ!? はい! 師匠! 修行、宜しくお願いします!」

 

 俺は実力が足りないことに表情を険しくして考え込んでいたが。

 ラグニスの言葉で修行によって実力はあげることが出来ると思い出し、頬を手で叩くと力強く返事をした。

 俺が返事をすると、ラグニスは真剣な表情になって俺の顔を見つめた。

 

「よしっ! レウル、それじゃあ……」

 

「ッ!」

 

 俺もラグニス同様、真剣な表情になるとラグニスの次の言葉を待った。

 そして俺は――

 

「そろそろ朝食の時間だし、一旦家に帰るか!」

 

「だあぁっ!?」

 

 ラグニスのいった言葉に脱力した。

 ラグニスはそんな俺の様子を丸っと無視しすると、朝食を摂るために家の方向へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べ終わった後、俺達は五感強化の修行するために再び庭へと来ていた。

 

「レウル、これから五感強化の修行を始めるよ」

 

「はい! 師匠!」

 

 俺が返事をするとラグニスは優しい微笑みを浮かべながら頷いた。

 

「さて、レウルのやる気も十分なようだし、早速五感強化を身に付けるための修行を始めよう」

 

「分かりました! 師匠! ですが、五感強化を身に付けると言っても、どんな修行をすれば良いのでしょうか??」

 

 俺は力強く返事をした後、ラグニスへそう言って質問した。

 ラグニスは俺の質問を聴くと、加速(ブースト)を使って一瞬で姿を消した。

 そして、次の瞬間には――

 

「へっ?!」

 

  俺の額に右手を突き出していた。

 俺は先程、額にデコピンを受けたのを思い出し、右手が視界に入ると同時に後ろへ跳んでデコピンを避けた。

 

「師匠! 何をするのですかっ! 危ないでしょうが!!」

 

「ふふふ、レウルこれが修行だよ。

 君はこれから僕の放つデコピンを五感強化――目や鼻や耳などに魔力を集中させて避け続けるんだ」

 

 俺は急に額をデコピンしたラグニスに対して顔を赤くして怒ったが。

 ラグニスはそれだけ言うと再び加速(ブースト)を使って一瞬で姿を消した。

 

  「なっ?!」

 

 俺は突然消えたラグニスに驚き、一瞬動きを止めてしまった。

 そして、ラグニスは俺のそんな隙を見逃さず、

 

 ――ビシッ!

 

「痛ッ〜〜!!」

 

 後頭部へと強烈なデコピンを放った。

 俺は後頭部を襲った強烈な痛みに地面へ座り込んで悶絶(もんぜつ)した。

 ラグニスはそんな俺を見ながら苦笑した後、

 

「さぁ――修行開始だよ、レウル」

 

 そう宣言するのだった。

 



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くすぐり地獄と嵐の予感

 ラグニスは宣言した次の瞬間、加速(ブースト)を使って姿を消した。

 俺は急な出来事焦りながらも闘気を纏うと、言われたとおりに魔力を目、鼻、耳に集中させた。

 

「ッ!」

 

 すると、微かにラグニスの姿を捉えることができ、その姿を頼りに左に跳んで避けた。

 ――だが。

 

「よっと!」

 

「なっ?!」

 

 ラグニスは避ける方向を分かっていたかのように、俺の目の前に姿を現した。

 そして、再び俺の額に右手を差し出すと、

 

 ――ビシッ

 

 強烈なデコピンを放った。

 

「痛ッ~~!! クソッ」

 

「甘い甘い」

 

 俺は額の痛みで一瞬動きを止めた後、再びラグニスの微かに見える動きを頼りに後ろへ跳んで避けたが。

 何故か後ろからラグニスの声が聞こえてきた、そして次の瞬間、

 

 ――ビシッ!

 

「痛ダッ!?」

 

 宙で身動き出来ない俺の後頭部へラグニスのデコピンが放たれた。

 俺はラグニスのデコピンによってふらついたが、何とか持ち直してラグニスの方へ意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ――や、やっと避けれた」

 

 修行を始めて五時間程経った頃、俺は漸(ようや)くラグニスのデコピンを避けることに成功した。

 地面に倒れ込み体に纏い続けていた闘気が揺らめきながら消えていくのを感じ、俺は満足感から大きく息を吐いた。

 

「レウル、大丈夫かい?」

 

「ふふふ――はい」

 

 ラグニスは優しく微笑みかけながら、地面に倒れ込んでいる俺に右手を差し出した。

 俺は修行中の真剣な表情とは違うラグニスの笑顔に苦笑しながら、差し出された手を取った。

 

「レウル、すごいよ! 本気ではないとはいえ、修行を始めたばかりで僕のデコピンを避けるなんて!!」

 

「いえ、父様そんなことはないです。

 デコピンを避けれたのは一回だけ、その一回も残像しか捉えられない中を直感で避けたものですし……」

 

 ラグニスは微笑んだまま俺のことを褒めたが、俺はその賛辞を素直に受け取れなかった。

 何故なら、ラグニスに使った加速(ブースト)という技術はあの男達を裏から操っていた魔族と同じ技術だと聴き、修行の中で何としても攻略しようと意気込み五時間程粘ったが、デコピンを一回避けるのが精一杯だったからだ。

 このままでは魔族に出会ったとき際に抵抗すらできずに殺されるのではないか? と、顔を曇らせていると、

 

「ていッ」

 

 ――ギュウッ

 

 ラグニスに頬を両手で引っ張られた。

 

「ほうちゃま、ひふぁいへす。

 へほははひてふははい」

(父様、痛いです。

 手を放してください)

 

「ははは、レウルがなんて言っているのか分かんないな、どうしたんだい?」

 

「ふぉ、ふぉの~~!!」

(こ、この~~!!)

 

 俺はラグニスに頬から手を放してくれと頼んだが、肝心のラグニスは俺が何を言っているのか分からないとそのまま頬を引っ張りつづけた。

 ラグニスの態度に苛立ち、足を折りたたんで俺とラグニスの立っている間の狭い隙間に押入れ顎を蹴り上げようとしたが。

 ラグニスが同じように足で迎撃したことで失敗に終わった。

 

「ぃ、いちゃ~~!! こにょぉぉっっ!!」

(痛ッ~~!! このォォッッ!!)

 

「ふふふ、危ない危ない――もうそろそろいいかな。

 それじゃあ、手を放すよ」

 

 俺が足をぶつけ合った際の痛みに声をあげて悶絶していると、ラグニスは俺の頬から手を放した。

 数分後、足の痛みが大分引いてくると、ラグニスへ咎めるような視線を向けた。

 

「父様、どうして急に頬を引っ張ったのでしょうか、きちんと説明して欲しいのですが!」

 

「いやぁ~~、レウルが悩み過ぎていたようでしたから、リラックスしてもらおうと思ってやったんだけど。

 レウルの頬が柔らかくてとてもさわり心地だったからついテンションが上がちゃってね……」

 

 ラグニスはそこまで説明したところで気まずそうに口を閉じた。

 そして、俺が視線を鋭くすると首を傾げながら口を開き、

 

「ちょっと、やりすぎましたかね?」

 

「やりすぎですッッ!!」

 

 と言ったため、俺は怒りの叫び声をあげながら仕返しをするためにラグニスに跳び掛かった。

 だが――

 

 ――バシッ

 

「へっ?」

 

 ラグニスは逆に空中で俺を受け止めると、脇に両手を差し入れてくすぐり始めた。

 

「く、くはははははっ、と、父様、やめ、ははははははっ」

 

「う~ん、やめてもいいけど、レウルの声が可愛いからもっとやりたいんだよね! そういうことだからごめんね♪ レウル♪」

 

 俺は脇をくすぐられて笑いながらラグニスにやめてくれるように頼んだが、ラグニスは止める気が全くないようでくすぐり続けた。

 俺は何とかくすぐりをやめさせるために闘気を纏おうとしたが、くすぐられているせいでイメージに集中することが出来ず失敗した。

 

「ははははははっ、く、クソ、おらぁッ! ははははははっ」

 

 それでも、諦めずに足でラグニスの鳩尾(みぞおち)を蹴り上げたが、闘気で強化していない三歳児の蹴りが鍛えているラグニスに効く筈もなく、ポカポカと情けない音が響くだけだった。

 

「ははは、そ、そんなぁ、あはははははっははははははっ」

 

 俺が目の前の現実に絶望していると、ラグニスのくすぐりが更に激しくなった。

 

「ははははははっ、だれ、ははははははっ、か、はははっ、たす、けて、ははははははっ」

 

 俺とラグニスの二人しかいない庭で俺は助けを求めたが、その声は自身の笑い声にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははははははっははははははっ、ハァハァ、と、とう、さま、ハァハァ、もうやめ、ははははははっははははははははっ」

 

「だ~め、レウルの声が可愛いからまだ止めない! 」

 

 三十分後、俺はまだラグニスにくすぐられ続けていた。

 そして更に数分経ち、もう笑い声をあげる力もなくなってきた時、ラグニスは漸くくすぐるのをやめてくれた。

 

「ケホッ、ケホッケホッ、ハァハァ――」

 

「あははっ、またやりすぎてしまったようだね、大丈夫かい?」

 

 俺が息を荒げながら身動きすら出来ずにラグニスの腕にぶら下がっていると、ラグニスが心配そうな表情で話し掛けてきた。

 俺は一瞬「あんたのせいだよ!」と、怒鳴ろうと思ったが、そもそも喋ることが出来てないし、何よりも言って再びくすぐられるのは嫌なので口を噤んだ。

 

「――あぁッ! そう言えばレウルに言い忘れたことがあった」

 

「ハァハァ――言い忘れたこと、ですか?」

 

 ラグニスはぶら下がったままだった俺を抱きかかえて、家の方向に歩いていると突然大きなに声をあげた。

 そして、言い忘れたことがあるというラグニスに、俺は笑いすぎで息切れしながらも質問をした。

 

「そうなんだ、レウルのおじいちゃんである、糞爺(おとうさま)から連絡があってね。

 今から半年後に王都にいくことになったんだ」

 

「は、半年後に王都へですか、た、楽しみです」

 

 俺は今世のおじいさんへ会いに行けると聴いてとても楽しみに思ったが。

 ラグニスの放っている空気が明らかに"おとうさま"と言った時に険悪なものに変わったため、戸惑いながらも再度質問をした。

 

「えぇ~と、父様。

 お爺様はどんな人なのでしょうか?」

 

「う~ん、そうだね。

 糞爺(おとうさま)は僕と同じ剣士でね、王都で重職に就いている方なんだ」

 

「ははは、そ、それはすごいですね」

 

 ラグニスはおじいさんのことについて話している間ずっと”笑顔だった”が、目は全く笑っていなかったため逆に恐ろしかった。

 俺は笑顔のラグニスを見ながら、これは一波乱ありそうだと現実逃避気味に空を仰ぎ見るのだった。

 



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理不尽と馬??

 ラグニスに王都へ行くことを伝えられてから半年が経ち、俺は四歳になった。

 

 半年間前にはラグニスの加速(ブースト)の動きを捉える事が出来なかったが。

 最近は五感強化の習得に成功し、完全ではないが加速(ブースト)の動きを捉えることが出来るようになった。

 

 この半年間でエレナには約束通り、修行の合間に大人っぽい言葉使いや態度を教えたが。

 スポンジの様に教えたことを覚えていき、今では大人顔負けの礼儀作法を身に付けている。

 

 半年前にラグニスに買って貰った剣闘魔法について詳しく書かれた本、モンスターについての本、植物についての本の三冊の本は、モンスターの生態や剣闘魔法の様々な修行方法や危険な植物の見分け方などの知らなかった知識を覚えることが出来たため、今では鞄に入れて持ち歩いている程に気に入っている。

 

 そうして、俺は魔力感知の修行をしながら半年間の充実した日々を振り返っていたが、此方へと向かってくる足音が耳に入った。

 その足音で王都へ行く為の準備が終わるまでの暇つぶしで修行をしていたのを思い出し、修行のために閉じていた目を開けて足音の主が到着するのを待った。

 

「レウル、馬車の準備が出来ましたよ。

 他の方々はもう馬車に乗り込んでいますので、少し急いで向かいましょう」

 

「……分かったよ、エレナ。

 それじゃあ、行こうか」

 

 俺は足音の主――エレナが以前と違う丁寧な言葉遣いで要件を伝えてくるの聴きながら、今の大人っぽいエレナも好きだけど。

 元気なエレナがもう見れないのかと思うと寂しいなと、俺は一抹の憂いを覚えながらゆっくりと立ち上がったが。

 

「レウル、そんなにゆっくりしていては遅れてしまいますよ!」

 

「えっ、ちょっ、グヘッ!!」

 

 エレナはそんな俺を緩慢(かんまん)としていると判断したようで、以前と同じように風属性の魔法で拘束した後。

 その応用で俺を浮遊させると、庭へ向けて移動し始めた。

 

「エレナ、拘束がきついって!! エレナ!!」

 

「ッ!!」

 

 体を魔法がガチガチに拘束してきたため、俺はエレナに拘束を緩めてくれるように言ったが。

 エレナは急いで庭に着くことで頭の中が一杯になってしまったようで、俺の声を完全に無視して走るだけだった。

 

「あぁ、なるほど……」

 

 俺は今の状況に妙な既視感(・・・)を覚えたが、エレナの性別(・・)を思い出して既視感の正体を把握した。

 そして、負け犬のように項垂れた後、

 

「クソガァァァァァッッッッッ!!!!!」

 

 この世の理不尽(オンナ)達へ向けて獣のような雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の理不尽(オンナ)達に向けて雄叫びを上げてから数分後、俺はエレナに庭へ連れてこられていた。

 そして、視界へ入った馬車(・・)に遠い目をした後、ラグニスに視線を向けた。

 

「…………父様、”これ”は何でしょうか?」

 

「うん?? 何って、”馬”だけど??」

 

 俺は明らかに前世で見たことのある”馬”とは全く違ったため、ラグニスに目の前の”これ”が何かを問い掛けた。

 そして、ラグニスから目の前の”これ”が馬だと伝えられて頭を抱えたが、ひょっとしたら見間違えだったかもと淡い希望を持って再び視線を”馬”へ向けたが。

 

「そ、そうですか。

 あははは」

 

 そんな俺の淡い希望は真正面から踏み潰された。

 馬(・)は前世の馬の三倍程の体格を持ち、足も前世の馬のように細いながらも屈強な体つきと言うよりも一本の柱と言った方がしっくりとくる程のものだった。

 そして、体には馬自身と同じく前世のものより三倍程大きい車を引いていた。

 

「……」

 

「よし、みんな乗ったね。

 それじゃあ、出発だ!」

 

 俺は目の前の馬について考えるのを止めると、二人のメイドが御者をしている馬車へ乗り込んだ。

 そして、最後にラグニスが乗り込んで御者に出発の合図を出した後、馬車は王都へ向けて出発した。

 

「うわっ?! ――すげぇ!!」

 

 馬車は出発してすぐに前世のジェットコースター並の速度まで加速し、体にものすごいGがかかってきた。

 俺は一瞬でここまで加速した馬車に驚愕した後、前世の人と同じほどの速さで移動する馬車とは違うと結論付けて純粋にその速度を楽しんだ。

 

「レウル、少し窓の外を見てみなさい」

 

「はい、分かりました」

 

 俺がジェットコースターのような速度を楽しんでいると、ラグニスから窓の外を見るように言われた。

 何故窓の外を見るように言ったのか不思議に思いながらも窓の外を見てみると――馬が進路に立ち塞がったモンスターを跳ね飛ばしながら進んでいた。

 

「本来は街道に立ち塞がったモンスターの相手をするから旅は時間が掛かるんだけど。

 馬車はああやってモンスターを止まらずに跳ね飛ばすことで、旅に掛かる時間を短くしてくれるんだよ」

 

「父様、確かに馬はすごいのですが。

 跳ね飛ばされたモンスターは大丈夫なのでしょうか?」

 

 俺はラグニスの話を聴いて跳ね飛ばされたモンスターのことが気になり、ラグニスにモンスターは大丈夫なのか訊いた。

 すると、ラグニスは俺の言葉に目を丸くした後、相好(そうごう)を崩した。

 

「やっぱりレウルは優しいね、大丈夫だよ。

 モンスターはアレくらいでは何ともないし、尚且つ街道に出でくるのは凶暴なモンスターだけだからね」

 

「そうですか――あれ??」

 

 俺はラグニスの言葉に安堵した後、何時もならこういう時に一番元気なエレナが今日は一回も声を上げていないことに気が付いた。

 エレナの方を見てみると、目を回して気絶していた。

 

「エレナ! 大丈夫か!?」

 

「あぅ……」

 

 俺は気絶しているエレナのところへ慌てて行って話し掛けたが、エレナは苦しそうな顔で小さな声を漏らすだけだった。

 俺は前世の記憶を呼び起こしてこういう時の対処法を探し、脈と呼吸を図った後に楽な姿勢を取らせるという方法を思い出して実行した。

 

「えっと、呼吸と脈は大丈夫。

 後は楽な姿勢を取らせてと――ふぅ、これでよし!」 

 

「レウル、呼吸と脈ってなんだい?」

 

 俺は対処法を使ってエレナの顔が少し楽になったのを確認し、満足げに頷いていたがラグニスからの質問で固まった。

 そして、壊れたブリキ人形のようにラグニスへ視線を向けると、ラグニスは満面の笑みで此方を見ていた。

 

「えぇっと、分からないです。

 無我夢中だったので、変なことを言っていたようですいません」

 

「……いや、僕も変なことを訊いてしまって悪かったね。

 あまり気にしないでくれ」

 

 俺はラグニスの質問に咄嗟に考えた言い訳をし、ラグニスからの返事を待っていたが。

 ラグニスはどうやら納得したようで、一回大きく頷いて俺に謝罪をしてきた。

 

「はい、分かりました。

 父様、そう言えば母様は馬車が出発してからずっと寝ていますが、どうしたのでしょうか?」

 

「あぁ、ミエールは馬車が苦手でね。

 何時も魔法を使って眠たまま過ごすんだ」

 

 俺は先程のことを再度聞かれるのが嫌で誤魔化すようにミエールのことを訪ねると、ラグニスはミエールが馬車が苦手で魔法を使って寝ていると教えてくれた。

 その後もラグニスと二人きりの空間で取り留めのない会話を続け、ちょうど話題がなくなり始めた頃に馬車は王都へと到着した。

 




どうも、キン肉ドライバーです。
この話で今投稿している分の話を更新し終えたのですが。
私は今リアルの方が忙しくて、小説家になろうの更新が出来てないんですよねorz
出来る限り早く更新を再開出来るように努力して、新しい話の執筆が終わり次第直ぐに更新したいと思います。



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王都と馬鹿親子

 トライデント王国の王都・ベルメーア。

 極大(きょくだい)の山脈を天然の城壁とした地形と南部に広がる海が特徴的なこの都市は、外部からの攻撃や侵入を防ぎやすく、水質資源が豊富なため。

 他国との交易が盛んに行われており、別名・水の都とも呼ばれている大都市である。

 

 俺達は馬車を王都の厩舎に預けた後、早速おじいさんへ会いに行こうとしたが。

 おじいさんとは昼下がりに会う予定だとラグニスから伝えられたため、時間潰しに王都見物をしていた。

 

「……エレナ、大丈夫か。

 辛そうだし、何処かで休むか?」

 

「大丈夫です、確かに体調は悪いですが。

 休まなければならない程では――キャアッ」

 

 俺は青い顔で歩いているエレナのことが心配になって休憩を取るか訊いたが、エレナは大丈夫だと言って速足で歩きだした後。

 見事に足を縺(もつ)れさせたため、俺は溜め息を吐きながらエレナを支えた。

 

「ハァっ――歩くことすら出来ないのに大丈夫、ね。

 この嘘吐きめ、嘘を吐くのはこの口か? ふふふっ」

 

「いふぁいへふ! れふぁす。

 ほべんなはい、もうひはいのでひるひてくふぁさいっ!!」

(痛いです! レウル。

 ごめんなさい、もうしないので許してくださいっ!!)

 

「……」

 

 俺はエレナが大丈夫だとバレバレな嘘を吐いで無理をしたことに青筋を立て、エレナの頬を引っ張りながら抓(つね)った。

 すると、エレナは頬からの痛みに泣きながら謝ってきたが、俺はエレナが無理をしようとしたことがどうしても許せずに頬を引っ張り続けた。

 

「はははっ、レウル。

 あ、あんまりやりすぎると可愛そうだよ、くくく、て、手を放してあげなさい、ぷぷっ!

 うん、ミエールどうしたん――ギャァッ!?」

 

「ラグニス、一人の父親として、子供を叱る時くらいは真面目にしてください」

 

 俺がそのままエレナの頬を引っ張っていると、ラグニスはエレナの歪んだ顔に爆笑しながら俺に手を放すように諭したが。

 冷笑を浮かべながらミエールが使った風属性の巨大な追(づち)によって押し潰された。

 

「ハァっ――もういいや。

 それにしても、前から思っていましたが、母様は風属性の攻撃魔法が得意なのですか?」

 

「いえ、私は防御魔法と治療魔法が得意ですよ、人を傷つけるのは苦手ですから……

 まぁ、エレナちゃんやアイシャのように攻撃魔法の全属性を網羅しているわけではありませんが、風属性の攻撃魔法は少し人よりできますよ」

 

 俺は二人の漫才のようなやり取りに気をそがれてエレナの頬から手を放した後、ミエールに以前から気になっていたことを質問したが。

 ここまで使える風属性の攻撃魔法が得意ではないと返され、尚且つアイシャが攻撃魔法の全属性を網羅しているという予想外の情報に目を丸くした。

 

「えぇ~と、エレナが全属性を攻撃魔法を使えるのは知っていますが、アイシャもというのは初めて聞きました。

 アイシャは何で使えるのを黙ってたんだろう?」

 

「ふふふ、きっとレウルに知られたくなかったのよ、あの子「初めて打算なしの笑顔を向けられました!」って喜んでましたからね。

 自分のことを知られたら、レウルからの見方が変わってしまうかもしれないと思ったのよ」

 

 俺は何で全属性を網羅していることをアイシャが教えてくれなかったのか首を傾げていたが、ミエールが教えてくれた理由に「そんなことで俺の見方が変わるか!」と心の中で叫びながら唇を尖らせた。

 そうして、俺が不平不満を身体で表しながらそっぽを向いていると、ミエールが「本当に知られたくないことは恐らく”あのこと”でしょうが……」と小さく呟いたのが耳に入った。

 

「母様、”あのこと”とは何でしょうか? とても気になるのですが。

 勿論、答えてくれますよねっ?」

 

「えっ――私はそんなこと言ってませんよ、恐らく聞き間違いですね。

 そういえばここの近くにラグニスの親友が営んでいる鍛冶屋があるのですよね、会いに行きましょう? 面白いものが一杯見れますよ」

 

「……分かりました。

 この質問はアイシャ自身に答えてもらうことにします」

 

 俺は先程の呟きからまだ隠していることがあると悟り、ミエールへ”あのこと”についての説明を満面の笑みで求めたが。

 ミエールは虚を突かれた筈なのに一瞬動揺しただけで、直ぐにラグニスの親友へと話題をそらしたため。

 ミエールからこのことを聞きだすのは骨が折れそうだと判断し、質問対象(ターゲット)をアイシャに変更した。

 

「母様、早く魔法を解除してください。

 このままでは父様を助け起こせません、エレナも何時までも座り込んでないで手伝ってくれ」

 

「……魔法は解除しましたよ、それでは皆でラグニスの親友へ会いに行きましょうか」

 

「うぅ~、頬っぺたが痛いです」

 

 俺は数日前に先触れとして王都へと旅立ったアイシャを問い詰めることを決意した後、頬を引き攣らせているミエールと頬を抑えて座り込んでいるエレナに協力してもらってラグニスを助け起こした。

 そして、俺達は立ち上がったラグニスと共に、ラグニスの親友が営んでいるという鍛冶屋へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分後、俺達は看板に大きく”鍛冶屋”とだけ書かれている店を訪れていた。

 鍛冶屋の見た目は以前と同じで普通の建物だったが、置いてある武器や鎧の練度は前に訪れた武器屋よりも遥かな高みへと至っていたが。

 不思議なことに置いてある鎧が僅(わず)かしかなく、鍛冶屋にも拘(かか)わらず服などが数多く置いてあった。

 

「父様、何故こんなに鎧が少ないのでしょうか? 以前訪れた武器屋はもっと多くの鎧が、もっと置いていた筈。

 それに何でこんな沢山の服が? ――ハァっ、考えていたら余計に分からなくなってきた」

 

「レウル、この服は闘衣(とうい)と言ってね、モンスターの素材で作られた特別な服なんだよ。

 魔力を流すことで闘気の効果を強化できる上、とても軽くて機動性も抜群なんだ」

 

「それから鎧と闘衣の置いてある数の違うのは簡単に言うと、お客さんの種類が異なるからだよ。

 例えば武器屋は冒険者などの剣闘魔法を使えないお客が多いから鎧の割合が多くなり、逆に鍛冶屋は剣闘魔法が使えて闘衣が使えるレベルに達しているお客が多いから闘衣の割合が多くなるんだ」

 

 俺は服と鎧の釣り合いが取れていない奇妙な配置のことが気になり、服と鎧の謎について考えても分からなかったため。

 ラグニスに鎧と服の謎について訊いてみると、ラグニスは服は闘衣という特別な服だということや鎧と服の謎について教えてくれた。

 

「おぉ~~!! 闘衣ってすごいんですね、俺も着てみたいですっ!

 父様、俺は闘衣が欲しいんです……買って♪」

 

「そうかそうか、それじゃあ早速”クラリス”の工房から闘衣を一着貰おう。

 5000000ゴーネぐらい置いていけばきっと大丈夫さっ!」

 

「はい! 俺もそう思いますっ!!」

 

 俺は闘衣について知ると何時もの浪費癖(わるくせ)が発動し普段ならば我慢するが、今回は心の底から欲しかったので遠慮なくラグニスに甘えた。

 すると、ラグニスは予想通りに買うと言ってくれたため、俺はラグニスと一緒に鍛冶屋のドアへと向かった。

 

「「レウルッ!(ラグニスッ!)逃げてェェェッッッ!!!」」

 

「えっ?」「うんっ?」

 

 俺達がラグニスの持っていた合鍵で鍛冶屋の鍵を開けてちょうどドアノブに手を掛けた時、後ろで話していた筈のエレナとミエールから逃げるように伝えられた。

 慌てて周囲の気配を探ってみると、此方へ何者かが爆走してくるのに気が付き、馬鹿親子(ふたり)は闘気を纏って逃げ出そうとしたが、

 

「ダメに決まってんだろう! このバカ共がァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」

 

「「ギャァァァァァァッッッッッッ~~~~~~!!!!!!」」

 

 時すでに遅し。

 馬鹿親子(ふたり)は逃げることが叶わず、 ” 亜人の女性”が放ったドロップキックを食らうのだった。



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怪力女と狂気の片鱗

「痛ッ〜〜!! 一体何が、って――ヒャァァァッッッ!!!!」

 

 何者かに蹴り飛ばされた次の瞬間、俺は鍛冶屋の窓を突き破っていた。

 そして、陳列(ちんれつ)してある武器群へ突撃すると、素っ頓狂な叫び声を上げながら武器の一部と共に床へと落下した。

 

「ケホッ、何とか助か――ッ! うわッ!?」

 

 俺が舞い上がった埃に咳き込みながら立ち上がった後、以前のように内臓を痛めなかったことに安堵して一瞬気を緩めた時だった。

 背後で何らかの”武器”が俺の頭へ向けて振り下されたのを感じ取り、咄嗟にサーベルで攻撃を受け止めながら後方へ跳躍することで、背後からの攻撃を受け流した。

 

「……サーベルで受け止めながら後ろへ跳ぶことで、私の攻撃を受け流したか。

 生意気なクソガキだと思ったが、存外腕が立つらしいなッ!」

 

「なッ! その声はさっきの――ヤバッ!?」

 

 俺は態勢を立て直しながら視線を前方へ向けると、そこには金色の髪を腰の辺りまで伸ばし、エメラルド色の目を勝気に細めた亜人の女性が巨大なハンマーを手に持ちながら立っていた。

 そして、女性の声がつい先ほど俺を蹴り飛ばした何者かの声と似ていることに気が付き、俺は先ほどの女性と同一人物かどうかを訊こうとしたが。

 女性がそれよりも早く、ハンマーで再度攻撃を仕掛けてきたため、サーベルをハンマーの側面に当てることで攻撃の軌道を逸らした。

 

「中々やるな! 久しぶりに楽しめそうだ!」

 

「クソッ、なんつうバカ力だ! 反撃する(すき)がない!」

 

 俺はハンマーを逸らした際に掛かってきた重圧で腕が痺れたことに驚愕し、このまま攻撃され続ければ腕が持たないと悟り、攻撃を受け流しながら反撃に出ようとしたが。

 巨大なハンマーを枯れ木のように軽々と振り回す女性に隙を見つけられず、逆にサーベルを弾き飛ばされてしまった。

 

「どうする! 武器はなくなったぞッ!!」

 

「武器ならここにある! おりゃぁッ!!」

 

 俺は天井に突き刺さったサーベルを一瞥した後、目の前から迫ってくる女性のハンマーにサーベルの回収を諦めると、床に散乱している武器を二つ蹴り上げた。

 そして、両手で武器――ショートソードと小振りの盾を掴み取ると、盾で攻撃を受け流しながらショートソードでカウンターを仕掛けた。

 

「ハハハッ! 鋭いカウンターだな!! だが、甘いわぁ!!!」

 

「んな?! クソォッ!」

 

 だが、女性はショートソードを掴かみ取ると、力づくで俺を引っ張り上げた。

 俺は一瞬で逆転した視界に動揺したが、女性がそのまま石造りの床へと叩き付けようとしていることに気が付き、自分からショートソードを手放した。

 

 ――ズドンッ!!!

 

 女性が俺の手放したショートソードを石造りの床へ叩き付けると、石造りの床へ重いものが落ちたかのような音と共に円形のクレーターが作られた。 

 

「ほう……自分から剣を手放すことで、床に叩き付けられるのを免れたか。

 おまけに天井へ刺さったサーベルの方向へ投げ飛ばさせるという機転の良さ――あっぱれ! 実にあっぱれよ!! (わっぱ)、私はお前が気に入ったぞッ!!!」

 

「ハァっ、急に攻撃しといて何を――って、人の話を聞けよッ?!」

 

 俺は女性の怪力によって空中へ放り投げられた後、何とか天井に突き刺さったサーベルの方向へ飛ぶことに成功し、サーベルに掴まりながら女性を警戒していたが。

 急に此方を称賛しだした女性に唖然としながら女性の真意を問い掛けようとしたが、女性が大きな叫び声を上げながら俺目掛けて突撃してきたことで中断し、悪態を付きながら天井(・・)を蹴り上げた。

 

「吹き抜けたる風よ、ここに集え『ヴィント』ッ!」

 

 そして、その反動でサーベルを引き抜きながら女性の突撃を避けると、背後で巻き起こした突風に勢いづけられながら女性に体当たりを仕掛けた。

 

「ワハハハッ! (たぎ)ってきたわッ!」

 

「グハァッ?!」 

 

 だが、女性は天井を蹴り飛ばして無理やり方向変換すると、体当たりを回避しながら俺へとハンマーを振り下ろした。

 俺は女性に自ら突っ込む形になったことに焦りながらサーベルと盾でハンマーを防御したが、防御を突き破ってきたハンマーによって叩き落された。

 

「なんだ、もう終わりかよ……まぁ、(わっぱ)にしては頑張った方かな?

 お~い、手加減したんだから平気だろ? もっと闘おうぜ、それとももう限界か??」

 

「この野郎――好き放題! 言いやがってッ!!」

 

 落ちる寸前にイメージのみの簡易的な風魔法で衝撃を和らげれたため、俺は女性のハンマーを受けながらも何とか立ち上がることが出来た。

 だが、水の入った器をひっくり返したかのように力を失った身体では一歩も動けず、サーベルと盾を構えながら意識を保つので精一杯だった。

 

疲弊(ひへい)した身体でまだ立ち上がるか。

 (わっぱ)、いい根性だ!!!」

 

「――再生する命が宿りし盾よ、我を守りたまえ『リバースシールド』ッ」

 

 俺が攻撃どころか防御もままならないことに冷や汗を流していると、女性は追い打ちをかけるようにハンマーを振り下ろした。

 ただ、先に身動きが取れないことは分かっていたため、冷静に防御魔法を発動した。

 

「邪魔だァァァッッッ!!!!」

 

「何ッ?!!」 

 

 次の瞬間。

 俺の目の前にエメラルドグリーンの防壁が展開され、ハンマーによる攻撃を防いだが。

 女性は再生し続ける防御魔法を力尽くで打ち壊し、俺へと一直線にハンマーを叩き付けた。

 

 ――しかし、ハンマーは俺に命中することなく、飛来した”炎”の斬撃によって弾き飛ばされた。

 

 俺と女性が突然の出来事に固まっていると、轟音と共に”何か”が目の前に現れた。

 

「ぃ、一体何が……起き、た」

 

 俺は突然の出来事に動揺しながらも、なんとか”何か”の方に視線を向けたが。

 直ぐに見てしまったことを後悔した、何故なら――

 

「なぁ――クラリス。

 色々と言いたいことはあるんだけどさ――」

 

 抑え切れない凄まじい怒りを表しているかのように燃え盛る炎剣と、

 

「取り敢えず、死ね」

 

 それを振り下ろしたラグニスの声に狂気めいた殺意を感じ取ったから。



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