魔法剣士そらね☆マギカ (あかぞらの人)
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第0話 「こんな結末、変えてやる」

 

 

 

―アハハハハハハ!!―

 

 

 

 空に浮かぶ巨大な怪物は、甲高い笑い声をあげてい

る。ドレスを着た怪物は、下半身の三つの歯車をキリ

キリと回転させ、付近のありとあらゆる建造物を燃や

し、砕き、破壊した。

『ワルプルギスの夜』

 魔法少女からそう呼ばれ、そして恐れられている最

強の魔女。人を、魔法少女を、そしてこの世界を──

自分の思い通りにならないものを憎み、その圧倒的な

力で粉砕する。

 彼女はすべてを戯曲に変えるまで止まらない。彼女

を止めようとするならば、その力の前に敵わず、自ら

の無力さに絶望して戯曲に取り込まれてしまう。

 

「…………」

 

 

 蒼と黒の衣装を着た少年は一人、崩れて地上で崩れ

たビルの破片の上から、ワルプルギスの夜を見上げて

いた。

 表情は無に近く、感情を察することはできない。少

年はただまばたきひとつせず、ただ紅い瞳でワルプル

ギスの夜を見つめているだけだった。

 少年の周りには、眠りについているかのように安ら

かな顔の、横たわる魔法少女たち『だった死体』が散

らばっている。

 

 左手に砕けたソウルジェムを握りしめた桃色の少

女、

 

 我が子を守る母親のように緑色の少女を抱きしめる

赤色の少女、

 最後の瞬間に抱きしめられて嬉しかったのか、微笑

みながら息絶えている緑色の少女、

 

 前後の瓦礫で挟まれ地面と垂直になるように押し潰

されてながらも、赤色と緑色の少女に手を伸ばす青色

の少女、

 

 瓦礫に寄りかかり、手を重ね合わせている黒色と白

色の少女、

 

 彼女たちはこの見滝原を守るため少年と共にワルプ

ルギスの夜に挑み、命を、ソウルジェムを散らした少

女たちだった。

 

「どうやら、残った魔法少女は君だけのようだね」

 

 どこからか、場に不釣り合いの明るい声と姿の生き

物が現れた。体毛は白く、一見猫のような頭部からは

長く垂れ下がった耳が生えており、さらにその両耳に

は金のリングが付いている。そして、少年と同じ紅い

その瞳はまっすぐ少年へと向けられている。

 

「キュゥべえ……今さら何をしに来た?」

 

 少年は声の主であるキュゥべえに問いかける。

キュゥべえはさも当然そうに答える。

 

「このあと、君がどうなるかを見届けようと思って

ね」

「……嘘つくんじゃねぇよ。どーせ、俺が魔女になるの

を見に来ただけだろ?」

「同じことじゃないか」

 

 少年が吐き捨てるように言うと、キュゥべえはそう

切り返す。

 

「でも酷いなぁ。僕は君を心配しているっていうの

に」

 だが言葉とは裏腹に、キュゥべえの 口調は感情の一

つである”嬉しさ”を 感じているかのようだった

 キュゥべえ─インキュベーターである彼に感情はな

い。感情がある人間では、彼の言葉の真意には気付け

ないだろう。

「……でも、君が魔女化するのは時間の問題だろうね。

見ての通り、見滝原の魔法少女は全滅し、残るは君だ

け。君だけじゃ、ワルプルギスの夜は倒せないよ」

 キュゥべえはワルプルギスを仰ぐように眺める。

 動き続ける巨大な舞台装置。それを止めるには、今

の少年はあまりにも小さすぎた。

「ワルプルギスの夜は数人の魔法少女で撃退できれば

いい方だ。今の君の状態じゃ、おそらく不可能に近い

だろうね。

 そう、勝敗は戦う前から決まっているようなものさ

─」

 

 キュゥべえが言い切った瞬間、ワルプルギスの夜を

中心に黒い球が大量に発生し、そこから魔法少女の姿

を模した使い魔が一斉に出現した。

 その数は数えきれないほど膨大で、もはや少年一人

でどうこうできる数ではない。

 ワルプルギスの夜は、使い魔を引き連れ少しずつ少

年に近づいていく。その光景は……まるで、迫る死を具

現化したようだ。

 

 

「──終わったんだよ、すべてね──」

 

 無力となった少年に、キュゥべえは非情に宣告し

た。

 

 

「まだ……終わっちゃいねぇ。

 俺が、変えてみせる」

 

 ワルプルギスの夜は少年に少しずつ、だが確実に近づいていく。ワルプルギスの使い魔は手を繋ぎ、少年を取り囲むかのように環(わ)になった

 少年は右手で自分の武器である赤い刀を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「何を変えるんだい?」

 

「こんな最悪な、終わりの迎え方だ」

 

 キュウベえは不思議そうに訊ねると、少年は目の前をキッと睨みながら答える。

 

 ワルプルギスの夜の顔らしき部分は、少年のすぐ目の前にあった。

 

「それは無理だ。周りを見てみなよ。もう終わってしまったんだ。それを君は、どう打破するというんだい?」

 

 至極当然に、嘲笑するかのように、キュウベえはそれをキッパリと否定した。

 

「まだ終わってねぇよ。俺には、こいつがある」

 

 少年の左手甲の紅いソウルジェムが輝き、光を放つ糸が生成されていく。それはソウルジェムを中心に渦巻くように回り始め、円盤を形成していく。

 光が拡散し、糸だったそれはダイヤ形の小盾になった。小盾には時計と歯車を連想させる装飾がある。

 

「それは……まさか、暁美ほむらの!」

 

 無表情のまま、キュウベえは驚きをそのまま声に出す。

 

「その通りだ。まぁ正確にいえば、あいつの小盾にアレンジを加えたものだけどな」

 

 少年は答えながら、左腕に小盾を装着する。

 装着したその隙を狙ってか使い魔が何体か攻撃してきたため、素早く右手で使い魔を切り捨て吹き飛ばす。それのついでで、キュウベえの身体を切り刻みただの肉片にした。

 

「あとは…戻るだけだ」

 

 刀を適当に投げ捨て、右手で小盾に触れようとした。

 が、あと数センチのところで止め、後ろを振り替えり少女だったものの一つを見る。

 

 

 それは、巴マミだったもの。

 

 

 

 

『ねぇ―――君、ワルプルギスの夜を倒したら、またみんなでお茶会を開かない?きっと、とても楽しいお茶会になると思うの。美味しいお茶とケーキを用意してね?それからあとは────』

 

 

 

 

「マミ……必ず助けるからな。そしたらさ、ちゃんとお茶会しような」

 

 マミだったものに微笑み、少年は正面を向いた。

 

 

「そのために俺は……」

 

 

 前には少年に向け火炎を吐こうとするワルプルギスの夜が、周りには少年に一斉に攻撃を仕掛ける使い魔が迫っている。

 

 

 

 

 

 絶体絶命の状況の中、少年は静かに呟く。

 

 

 

 

「こんな結末、変えてやる」

 

 ワルプルギスの夜と使い魔の攻撃が当たると同時に、少年は右手で小盾に触れた。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、何かの歯車がバキッ、と噛み合わず壊れ──

 

 

 

 

 

 

 

 時間の迷路の入り口である中心に向け、歪な円を描きつつ近付いていく小盾だったが──

 

 

 

 

 

 その小盾の中に歯車の壊れた破片が流れ込み──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の意識は──────

 



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第一章 その名は魔法剣士
第1話 「願いを・・・叶える?」


ワルプルギスの夜が見滝原市に姿を現す2年前・・・・


 

「願いを・・・叶える?」

 

 戸惑った俺は、目の前の生き物(多分、白い狸?)

から目を離せずにいた。

 

「あぁそうさ。僕と契約すれば、どんな願いでも一つ

だけ叶えられるよ」

 

 白い狸は、赤い瞳で俺を見つめながら言う。

 こういうときは「喋ったぁ!?」とか「人の言葉が分

かるの!?」って驚くのが普通なんだろうけど、今の俺

はなぜか妙に落ち着いている。何でだろ、こいつとは

どっかであった気がする。

 

「…どんな願いも、ねぇ」

 

 握りこぶしを額に近づけ、うーんと唸る。

 

「信じられないのかい?」

「そりゃ当たり前だろ。つーか、目の前の白い狸が

喋ってる時点で信じられないし。

 念のために聞いておくけど、これはなんかのドッキ

リとかじゃないよな?」

「これはドッキリなんかじゃない。現実に起こってい

ることだよ。

 それと、僕は白い狸じゃなくてキュウベぇさ」

 

 喋る白い狸改め『キュウベぇ』は、俺が言ったこと

を首を横に振りながら即座に否定する。

 

「そっか、キュウベぇか…とりあえず、よろしく」

「うん、よろしくね」

 

 俺とキュウベぇはほぼ同時に軽く頭を下げた。

 そして頭をもとの位置に戻した俺は、ふと思った疑

問を口に出す。

 

「で、聞きそびれたけど、契約ってなんの契約だ?」

 

 

「魔法少女になる契約さ!」

 

 

「魔法、少女…?」

 

 魔法少女、その単語を訊いた俺の脳裏に、覚えがな

い情景が一瞬だけ浮かんだ。

 手下を従える巨大な怪物。

 それに立ち向かう女の子たち。

 ……アニメの見過ぎかな。

 それはともかく、魔法少女か。魔法少女ものやプリ

キ○アじゃ勧誘なんてよくありそうだし、キュウべぇ

はマスコットっぽいからなんかすんなり受け入れられ

るな。

 俺は返事を…いや、質問を待っている様子のキュウ

べぇに、一言こう言った。

 

「・・・ごめん、帰る」

 

 回れ右をして、寄り道せず家に帰ることにしよう。

 

「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってよ。なんでいきなり帰

るなんて言うんだい?」

「……俺、昔から魔法少女とかいやなんだ」

「…? それはなぜだい?」

 

 キュウベぇは首をかしげる。

 

「…魔法少女の衣装って、かわいいのとかだろ?

 そういうの、俺は苦手だから」

「なるほど、そういうことか。

 でも意外だね。君みたいな子はかわいい格好を好む

のに」

「ッ!」

 

 一番、言われたくないことを言われた。

「急に顔を恐くしてどうしたんだい?」

「嫌いなんだよ!かわいいとかって言われるの!」

「それはなぜだい?」

「……まぁ、お前みたいなやつになら言ってもいいか。

 簡単に言うと、俺は体は女だけど心は男なんだよ」

「つまり、性同一性障害ってことかい?」

「まぁな」

 

 性同一性障害・・・簡単に言えば、自分の身体の性

別と性格の性別が違うってこと。

 俺の場合は、さっき言ったように体は女だが性格は

男……って感じだ。

 

「なら、『自分の体を男にしてくれ』って願えばいい

じゃないか」

 

 キュウベぇは普通っぽい、軽い感じで言う。

 

「え、そんなのもできるのか?」

「うん。そのくらい簡単さ。

 君の魔法少女としての素質は、今までの魔法少女中

で一番といってもいいくらいだ。だから君が願いさえ

すれば、神にだってなれるかもね」

「よせよ…つーか、俺にそんな素質あるわけないだろ」

 

 というか、あってもぜんぜん嬉しくない。

 

「でも、現に君は僕と話せてるじゃないか」

「は?」

「僕の姿は、素質がある人にしか見えないんだ」

「マジ?」

「大真面目さ」

 

 キュウベぇは言い終わるとゆっくりと近づいてき

た。

 

「まぁ急ぐ必要はないよ。契約して叶えたい願いが決

まったら、いつでも呼んでね」

 

 俺はしゃがんでキュウベぇの頭を優しくなでる。

 

「あぁ、そうするよ。なんかごめんな」

なでなで

「別にかまわないさ。決めるのは僕じゃなくて君だか

らね」

なでなで

「そっか」

なでなで

「うん」

なでなで

「・・・・(俺)」

なでなで

「・・・・(キュウベぇ)」

なでなで

「……そろそろ僕をなでるのをやめてもらえると嬉しい

んだけど」

「あ、ごめん。なでてると気持ちよくて、つい」

 

 俺は惜しみながらもキュウベぇから手を離した。

 

「…じゃあ、僕は行くよ。また会える日を楽しみにして

いるね」

「うん。またな、キュウベぇ」

 

 キュウベぇは俺に背を向け、とことこどこかに歩い

ていった。

 

「……あ、ゲームのこと忘れてた!」

 

 そう、俺は今日新作のゲームを買いに外に出ていた

のだ。

 予約の受付が数日で終わり、即日完売とも噂されて

いたゲームだ。急がなければ…!!

 俺は慌てて近所のゲーム屋へ走って向かった。




※この第1話は初期に書いたものをそのまま載せています
 ある程度話を投稿したら再編集をします


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第2話 「なるつもりはないから」

 とある働く女性が『新しいものと古いものがとてもうまく融合している、住むには最高の町』と評価しているここ、見滝原市。

 そんな見滝原にある、いたって平凡な、ごくごく普通の、青い屋根の二階建てでそこそこ広い庭付きの一軒家。

 同じような形の家に左右を囲まれているこの家が俺の家だ。

 

「はぁ・・・・」

 

 俺はため息をつきながら、右手でドアノブを掴む。

 …動かない。どうやら鍵がかかっているらしい。ということは、母さんは買い物かな?

 家の玄関前にあるドアに鍵を挿し込み右に45度回して解錠し、再度右手でドアノブを掴む。

 …本来なら、この右手にはゲームという名の勝利を掴んでいるハズだった。

 だが、あの白い狸、自称キュウベぇのせいで掴み損ねてしまった。

 

 キュウベぇと別れたあと、俺は新作のゲームを買いに行きつけのゲーム屋へ向かった。

 ゲーム屋に着くまでの間、たしかいろいろルートあるんだよなー、戦闘はダンジョンみたいなのなんだよなー、マジ楽しみだなー、などと考えながらゲームへの期待を膨らませていた。

 

 

 …………だが、

 

 

『・・・・・・・は?今なんて?』

『まことに申し訳ありませんが、数分前に売り切れてしまいました』

 

 

 ゲーム屋に到着した俺を待っていたのは、売り切れという名の敗北だった。

 即日完売どころか、即分販売(?)だったのだ。

 

 

 

「くそ…キュウベぇが来なければゲーム買えたのに……」

 

 そんなことを呟きながら、ドアノブをおもいっきりひねって玄関に入る。

 

「僕のせいにされても困るなぁ。仮に僕が君に話かけなかったとしても、君は間に合わなかったんだしね」

 

 玄関の靴箱の上に、キュウベぇがちょこんと乗っていた。

 まるでよくできた置物のようだ。

 

「……おい、ちょっと待て。どっから入ってきた?鍵は閉まってただろ」

 

 俺はそう言いながらも、玄関のドアを閉めて同時に靴を脱ぐ。

 自分で言うのも変だが、俺はこういう変なことに順応するスキルが高いようだ、

「ここの二階の部屋の窓からさ。いけなかったかい?」

「当たり前だろ!お前がもし人間だったら俺は躊躇なく警察呼んでたぞ」

 

 その後に、不法侵入の疑いでな、とも付け加えた。

 

「ひどいなぁ。僕はただ話をしに来ただけなのに」

 

 キュウベぇは靴箱からぴょんっとジャンプして俺の肩に乗り移った。

 

「話って、魔法少女関連の話か?」

「そうだよ。ここならゆっくり話せるからね。

 早速だけど、君の部屋につれていってもらえないかな?」

「……わーったよ。俺も魔法少女について少し聞いてみたいと思ってたしな」

 

 俺はキュウベぇを肩に乗せ、階段をのぼって二階の自分の部屋へ向かった。

 

……つーか、二階で窓ついてる部屋って俺の部屋だけだぞ?

 

 

───────────

 

 

「へぇ…ここが君の部屋なんだね。改めてみると、精神が男性である君らしいね」

 

 俺の部屋に入ったキュウベぇは、室内を見てそう評した。

 

 俺の部屋はだいたい4m×4mくらいの広さで、青と黒で装飾されたベッド、長年愛用している勉強机と椅子、小説やマンガや教科書が詰め込んである本棚、小さめの薄型テレビがあり、テレビの近くに置いてあるかごの中には数種類のゲーム機などが入っている。

 部屋が散らかっているのは嫌いなので、すべてきちんと片付けてあるし掃除もこまめにしている。

 ベッドの真上には窓が一つついているが、予想通り開きっぱなしだった。多分、キュウベぇはここから入ってきたのだろう。

 

「さて…んじゃあ、魔法少女についていろいろ教えてもらっていいか?」

 

 そう言いながら椅子に座る。

 長い話になりそうだからな。

 

「うん、いいよ」

 

 キュウベぇはベッドの上に座っている。

 そういえばこいつ、靴とか履かないで外にいたけど足洗ったかな……。

 

「…僕に選ばれた女の子は、契約をすると願い事をなんでもひとつ叶えられるんだ。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」

「─キュウベぇ、ここでひとつ質問。契約ってなんだ?」

 

 俺が話の途中でそう尋ねると、キュウベぇはどこか得意気に説明し始めた。

 

「僕が君たちの願い事をひとつ叶えると、それと同時にソウルジェムが出来上がる。ソウルジェムを手にした者は、魔女と戦う使命を課せられるんだ。それが契約さ。」

「なるほどな……ソウルジェム、つまり魂の宝石か。てことは、自分の魂が宝石になっちまうってことかなぁ……」

「…!」

 

 俺がテキトーな一人言を言うと、なぜかキュウベぇは少し驚いたように耳をビクッとさせた。

 

「君は鋭いね。驚いたよ。

 ほとんどの子はそれを知らずに、と言うより、『聞かずに』魔法少女になるんだけど」

「え?てことは、俺が今言ったことが当たってるってことか?」

「うん。そうだよ。

 ──魔法少女との契約を取り結ぶ僕の役目は、君たちの魂を抜き取ってソウルジェムに変えることなのさ」

 

 キュウベぇは俺をじぃっと見ながら、冷たく言い放つ。

 

「でもね、契約したあとに事実をありのままに伝えると、みんな決まって『騙してたの?』って同じ反応をするんだ。聞かれなかったから言わなかっただけなのにね。

 人間は生命が維持できなくなると、精神まで消滅してしまう。そうならないように、僕は君たちの魂を実体化し、手に取って、きちんと護れる形にして、少しでも安全に魔女と戦えるようにしてあげたっていうのに。

 訳がわからないよ。どうして人間は、魂の在処にこだわるんだろうね」

 

 淡々と話すキュウベぇは、どっかの反宗教派の大人見たいだった。

 というか、そんな大事なことは契約前に言わないとダメだろ…完全に詐欺じゃねえか。

 

「……でもさ、ポジティブに考えたら、それって魂が体から出ただけってだけで、完全に人を辞めたわけじゃないんだろ?」

「うん。人間が魔法少女になって変わってしまうことといえば、魂がソウルジェムになることと魔力が使えるようになるくらいだからね。ちゃんと子供だって残せるよ。

 まぁ大抵の子は君のような考え方が出来なくて、魔法少女をゾンビや不死身の化け物って言うけどね」

 

 つまり考え方がポジティブかネガティブで魔法少女がどういうものか変わるのか。

 

「なるほどなー……っておい、子供を残すってまだ俺たちの年齢じゃ早いだろっての」

 

 キュウベぇにノリツッコミしながら頭に強く空手チョップする。

 痛いなぁ、とキュウベぇは呟き話を進めた。

 

「魔法少女は魔女と戦うから普通の子なら短命なんだ。死ぬ前に子孫をつくっておいて損はないはずだよ。

 それに過去に契約した少女たちの中の願いには、『子供が生める体にして』というのもあったしね」

 

 …俺に近い年齢でそんな願いをするってことは、身体が弱かったのかな。今度その子の話を聞いてみよう。

 

 

 まぁとりあえず、ソウルジェムについてはこれくらいか。

 

「よし。キュウベぇ、ソウルジェムの話はもういいや。

 次は、お前の話の中でさっきからチラチラ出てる魔女について教えてくれ」

 

「うん、いいよ」

 

キュウベぇは俺の気も知らず、また得意気に説明し始める。

 

「願いから生まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから生まれた存在さ。

 魔法少女が希望を振り撒くように、魔女は絶望を撒き散らす。しかもその姿は普通の人間に見えないからタチが悪い。不安や猜疑心……そういう禍いの種を世界にもたらしているんだ。

 理由のはっきりしていない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なんだよ」

 

 キュウベぇはそこで一度話を区切り、困ったようにさわったらふさふさしてさわり心地がよさそうなしっぽを丸めて話を再開した。

 

「しかも、魔女は常に自分の結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね。

 魔女と、魔女の結界の中は多種多様。おまけに結界には魔女の使い魔も多い。普通の人間が入り込んだら、生きて帰るのは不可能に近いね」

「ふーん…つまり、そんな魔女を倒すために魔法少女がいるわけか」

 

 俺の言ったことに、キュウベぇは首を縦に振って肯定する。

 

「そうだよ。それに加えて、魔法少女は魔力を使うとソウルジェムに穢れが溜まるんだ。穢れが溜まっていくと魔法が使えなくなるから、魔女を倒すと手に入れることができるグリーフシードで浄化する必要がある」

「なるほどな……ん?待てよ…」

 

 確かグリーフは悲しみや嘆き、シードは種だから、グリーフシードは『嘆きの種』。

 魔法少女は『魂の宝石』ソウルジェム、魔女は『嘆きの種』グリーフシード………。

 

「なぁキュウベぇ、まさかとは思うが、魔力の使いすぎで穢れが溜まると、魔女になる、なんてことは……」

「あるよ」

 

 キュウベぇは、また冷たく言い放つ。

 

「マジかよ……」

 

 俺は、自分の心の中が冷えていくのを感じた。 つまり、魔法少女は魔女を狩らなきゃ魔女になるのか……?

 

「君はすごいね。そんなことに自分で気づくなんて、やっぱり他の魔法少女とは違う。

 魔法少女としての素質が高いからかな?」

 

 そう言うキュウベぇは、なぜか少し嬉しそうだった。

 

「素質があるのとはまた別だろうが……さっきから素質素質うるせぇ!」

 

 言葉に怒気を含め、キュウベぇをキッと睨む。

 

「言っとくが、俺は今のところ魔法少女になるつもりはない。というか、今の話を聞いて、なおさらなりたくなくなった」

 

 こいつと知り合ってまだ1、2時間ぐらいだけど、信用できないやつなのは分かったし、まだ隠し事をしてるかも知れない。だから契約は無理だ。

 

 キュウベぇは耳を垂らして、いかにもしょんぼりしたようにした。

 

「そうか…なりたくないなら、仕方ないね」

 

 キュウベぇは開きっぱなしだった部屋の窓にジャンプして、こちらに顔を向ける。

 そしてキュウベぇの赤い瞳と目が合った。

 

「また明日来るよ。待たね」

「え、ちょっ待てよ!」

 

 キュウベぇはそう言うと、窓から飛び降りた。

 俺は慌ててベッドの上に移動して窓から顔を出したが、キュウベぇの姿は見えなかった。

 

「…なんか、あっさりと帰ってったな」

 

 キュウベぇがいないのを再度確認し、窓を閉める。

 一息ついて、俺はベッドの上にだらしなく寝転んだ。

 

「はぁ……なんか疲れたぁ」

 

 キュウベぇとの話で、一気に気力を消費した気がする。……ま、当たり前か。あんないやな話を聞かされたんだし。

 

 よし、考えるのは疲れるしもう寝よう。

 どうせ母さんはもうすぐ帰ってくるだろうから、夕ご飯の頃には起こしてくれるだろ………。

 

 

 

 

 

(あ、そうそう。一つ聞き忘れてたんだけど……)

 

 突如、頭の中にキュウベぇの呑気な声が響いた。

 

「うわぁ!!キュキュキュキュウベぇ!?」

 ビックリした俺はベッドから跳ね起き、

「へぶっ!!」

 床に顔面をぶつけた。「いってぇー……くそぅ、キュウベぇが脅かしたりなんかするからだ!!つーかいきなり変なことすんなよ!!姿表せ白狸!!」

 

 一番痛かった鼻をさすりながら、見えないキュウベぇに向けて文句を言う。

 

(ちょっと、落ち着いてよ。これはただのテレパシーだよ?)

「て、テレパシー?……まさか、魔法少女の素質が高いと契約せずに魔法が使えるのか!?」

(ううん、違うよ。これは僕が中継しているのさ。

 これなら、少し離れた魔法少女と会話もできるし、聞かれたくない内緒話もできるから便利だろ?

 頭の中で、言いたいことを一語一語しっかり思い浮かべれば君にもできるよ)

「ホントか?」

 

 キュウベぇがアドバイスしてくれたので、せっかくだしやってみることにした。

 キュウベぇは信用できないけど、一応嘘は言わないようだ。

 

(……あ、こんな感じかな?)

(うん。うまいじゃないか)

 

 キュウベぇに言われた通りにやってみたら、案外簡単にできてしまった。

 

(しっかし、頭ン中で喋るのって、なんか変な感じだな)

(そのうち慣れるさ)

(だといいけどな……で、聞きたいことって?)

(名前だよ)

(はい?)

 

 キュウベぇの言った意味が分からず聞き返す。

 

(君の名前。普通、僕が魔法少女に接触するときは名前などは調べてるんだけど、僕が君を見つけたのは約2時間30分前だから、時間の都合で調べれなかったのさ)

(あー、そういえば俺、お前から名前で呼ばれてなかったな)

 

 というか、2時間30分てよく覚えてられるな……。

 とか思ってると、キュウベぇが催促してくる。

 

(というわけで、早速君の名前を教えてくれないかい?)

 

 別に黙ってる理由もないし、教えとくか。契約するつもりはないけどな。

 

(あぁ。俺の名前は──)

(キュウベぇ!昨日取り逃がした魔女の結界を見つけたよ!)

 

 名前を言おうとした直後、聞いたことのない女の子の声が入ってきた。

 

(え、誰?)

 

 女の子の声に向けて俺は聞いた。

 

(え?あなたこそ誰なの?

 まさか、新しい魔法少女?もしそうなら私の後輩かな?)

 

 女の子も、俺に聞き返してきた。彼女の聞き方からすると、どうやら彼女はすでに魔法少女になっているらしい。

 

(いや、今はまだ魔法少女にはなってない…というか、まだなる気がないけど……)

(あぁ、そういえばエリにはまだ言ってなかったね。

 紹介するよ。彼女──『彼』は、僕が見つけた魔法少女の素質を持つ少女さ)

 

 俺と魔法少女との会話に、いきなりキュウベぇが割り込んできた。

 

(へぇ……てことは後輩候補か。私は日向エリ。よろしくね)

 

 日向エリさん──今後は日向さんと呼ぼう──は、自己紹介と挨拶をしてくれた。

 

(日向さん、こちらこそよろしく)

 

 俺も挨拶を返す。

 

(さてと、後輩候補くんとの挨拶も済んだことだし、私は魔女の結界に入るね)

(待ってエリ)

 

 日向さんをキュウベぇが引き留める。

 

(今からそっちに君の後輩候補と向かうから、待っててほしいんだ)

(え?)

(え?)

 

 俺と日向さんはほぼ同時に疑問を持つ。

 そこで、日向さんがキュウベぇに質問してくれた。

 

(ちょっとキュウベぇ、どういうつもり?早くしないと魔女逃げちゃうよ)

 

 

 

 

 

 

キュウベぇは、少し間をおいてから、堂々と答えた。

 

 

 

 

 

 

(君の後輩候補に、魔法少女がどういうものか教えてあげるのさ!)



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第3話 「もう、慣れちゃったから」

 成り行きで魔法少女体験ツアー(日向さん命名)をすることになった俺は、俺の家の前でテレパシーを中継していたキュウベぇの案内で日向さんのいる場所へ走っていた。

 どうやら家から近い位置にある路地に、魔女が作った結界があるらしい。

 

「さぁ、こっちだよ!」

「ちょ、早いって!!」

 

 前を走るキュウベぇを俺は必死に追いかけていた。

 あいつ、走ると見た目からは想像できないくらい速いから追い付くのに一苦労するんだよな。

 

「………そういえばキュウベぇ、お前の体の構造どうなってんの?そんなに速いってことは、実は筋肉とかすごかったりするのか?」

 

 なんとなく気になったので、走りながら聞いてみた。

 

「…それよりも、ほら、エリを見つけたよ」

「え?」

 

 キュウベぇがそう言ったので、目を凝らして前をよく見てみる。(誤魔化された感があるが気にしないでおこう)

 

 

「ん~……」

 

俺たちが着いた先にいたのは、綺麗な薄紫色でサイドテールにしてある髪の女の子だった。俺たちのことを待っていて暇だったのか、とてものんびりと猫のように背伸びをしている。

 俺が通う見滝原中学校の制服を着ているので、どうやら同じ学校の生徒のようだ。

 

 女の子の前でキュウベぇが止まったので、俺も習って息を整えながらゆっくり止まる。……この人が日向さんか。年上かと思ったけど、背は俺より少し低いから同年代、かな?

 日向さんは背伸びを終えると、こちらに気づいたのか声をかけてきた。

 

「あ、キュウベぇ遅ーい!早くしないと魔女逃げちゃうよ?」

「ごめんごめん。ちょっと迷ってしまってね」

 

 嘘つくな、この白狸。なんの迷いもせずにここにまっすぐ来たくせに。

 ……という本音は心に押し留め、日向さんに改めて挨拶をする。

 

「日向さん、はじめまして。俺は貴女の後輩候補になるかもしれない者です」

「あれ、君が後輩候補くん…?

 テレパシーでの会話からボーイッシュな子かなって思ってたけど、意外にかわいい顔してるんだね」

「ッ!」

 

 また言われてしまった。日向さんは誉めてるつもりなんだろうけど、正直嬉しくない。

「ん?どうしたの?」

 

 日向さんが俺の顔を覗き込んできた。あ、かわいい……て、ちぐぁう!!つか顔近い!

 

「い、いえいえ!なんでもないです!!」

 

 俺はあわてて顔を反らし、なんとか顔の距離を離す。

 

「……なら、いいけど」

 

 日向さんは俺の行動を見て不思議がりながら、首をかしげて顔を離していった。

 

「なぜ君はエリから顔を離したんだい?別にくっつく距離でもないのに……訳がわからないよ」

 

 キュウベぇも首をかしげた。

 

「うっさい喋んな白狸!!つーかお前は理由知ってんだろ!!」

 

 軽くカチンとした俺は、怒ってキュウベぇに反論する。

「そうか。君は性同一性障害だったね」

 

 キュウベぇはどうでもいいことのように言う。

 こいつ、本気で殺ってしまおうか……。

 

「へぇ……ということは君、心は男ってこと?」

 

 握りこぶしを額に当てながら、日向さんが聞いてきた。

 いきなりのことだったので俺は戸惑いながらも答える。

 

「え……あぁ、はい。そんなとこです」

 

 だが答えたあと、俺は後悔した。

 小学生のころ、俺はクラスのみんなに自分が性同一性障害なのを教えたことがあった。教えた動機は、本当の俺を分かって欲しかったからだ。

 だが、その日を境に俺を見るクラスのみんなの眼が変わり、気味悪がられるようになった。

 『女の身体なのに男の精神は気持ち悪い』というのがそうなった主な理由らしい。

 

 その日から中学に上がるまで、周りからの視線がずっと辛かった。

 だから、これからは自分が性同一性障害なのを絶対にばらさない、と決めた。

 

 ……ハズだったのに、日向さんの質問を肯定してしまった。バレてしまった。

 また気味悪がられるのかな…。

 

 

 だが、そんな思いはよい方向に裏切られた。

 

 

 

「あはは、んじゃあ私の妹と同じだね」

 

 日向さんは苦笑いを浮かべた。見ててわかるほど、とても無理やりでかわいそうな苦笑いだった。

(え?妹と同じって?)

 

 気になった俺は、ためらいつつも日向さんに聞くことにした。

 

「あの、それってまさか……」

「そ。私の妹──あ、リコって名前なんだけどね──

 あの子も、心が男の子だったんだ。

 二年前に自殺したから、もう死んじゃっていないけどね」

「ッ! すみません!聞いてはいけないことを聞いてしまって……」

 

 俺は日向さんに向けて頭を思いっきり下げる。

 

「あ、別に謝らなくてもいいよ。君は知らずに聞いたんだし。

 それに、もう慣れちゃったから」

 

 そして日向さんはまた苦笑いを浮かべる。今度は少し目がうるうるしていた。

 それで慣れてるって言うんですか?と言いそうになったがなんとか引っ込めた。そんなことを言ってしまったら、日向さんを傷つけることになるだろうし。

 

「…さて、んじゃそろそろ魔女の結界に入ろっか。魔女逃げちゃうし」

 

 日向さんが話を切り替えた。

 

「はい。わかりまし…」

「はいストーップ!」

 

 言いかけたところを、日向さんに腹パンされて止められた。

 

「痛ぁ!?い、いきなり何するんですか!!」

 

 俺は痛むお腹をさすりながら抗議した。

 そんな俺を見ながら日向さんはあははと笑っている。

 くそぅ、リアルに痛いんだぞこれ……一応体はか弱い女の子なんだぞ?

「私、敬語使われるのは苦手だからさ。だから、次からはタメ口でいいよ」

 

 そんな理由で腹パンされたのかよ俺……とりあえず敬語はやめよう。

 

「……うん、わかった。

 こんなんでいいなら別にいいけど」

「うわぁ、見た目とのギャップが凄い……ヤダなぁ」

「なんかひでぇ!!」

 

 敬語は無し、ということなので遠慮なくツッコミさせてもらった。

 

「あはは、冗談だよ冗談」

 

 日向さんはにかっと笑う。

 そのおかげか、俺は少しホッとした気分になった。

 やっぱ女の子は笑顔が一番だよな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……君たち、本来の目的を忘れてないかい?」

 

 ずっと黙っていたキュウべぇが、俺と日向さんに訊いてきた。

 



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第4話 「せめてもの罪滅ぼし」

「まずは結界の入り口を開かなきゃね」

 

 日向さんの付けていた指輪が光り、卵のようなものへと変化した。

 

「それがソウルジェム?」

「えぇ、そうよ。奇麗でしょ?」

 

 日向さんはソウルジェムをこちらに向けてくれた。

 

 ソウルジェムは淡く紫色に輝いていて、芸術品みたいだなと思った。

 同時によく見てみると、ソウルジェムの下部分がほんの少し黒く濁っている。これが穢れなのかな……。

 

 

「でね、これを持ってこうすると……」

 

 日向さんは右手のひらにソウルジェムを乗せ、何もない前方へかざす。

 すると、奥に気味の悪い空間が広がる入り口らしきものが現れた。

 

「こんな風に、結界の入り口をこじ開けることができるの」

「エリ、『こじ開ける』というよりは『開く』の方が正しいと思うよ?」

 

 キュウベぇが間を入れずに訂正を加えた。

 

「うっさいなぁ、あんまり変わんないんだし別にいいでしょ」

「やれやれ、どうやら正しいことを言っても君には無駄のようだね」

「ムカつくー……」

 

 キュウベぇが皮肉を言うと、日向さんはキュウベぇを睨みながら頬を膨らませた。

 この二人、いつもこうなのかな?

 

「……後輩候補君。キュウベぇなんかほっといて私たちは結界に入ろっか?」

 

 こちらに顔を向けた日向さんは、微笑みながら聞いてきた。

 

「賛成」

 

 俺は即答で答える。……だってキュウベぇウザいしな。

 

 

───────────

 

 

 キュウベぇを置いて魔女の結界に入った俺と日向さんは、周りに気を配りながら奥へと進んでいた。

 魔女の結界の中は、つぎはぎのぬいぐるみだらけで、足場はまち針を重ねたものだった。

 

「……なんか、凄いところだな」

 

 いくらか進んだところで俺は日向さんにそう話しかけると、日向さんは少し笑った。

 

「いやいや、こんなのまだ序の口だよ。凄いとこはもっと凄いもん」

「例えば?」

「うーんそうだねぇ……前私が入った結界は血まみれの棺桶が並んだ場所だったし、前の前のは満開の薄気味悪い紫の桜だらけだったよ」

 

 日向さんは嫌な顔をしながら教えてくれた。

 

「………すごく嫌だな、それ」

 

 というか、そんな場所で日向さんは今まで戦ってきたのか…そう考えると、日向さんを尊敬してしまう。

 だって、人々を守るために戦うってかなりかっこいいことだしね。

 

(……まぁ、敵である魔女は魔法少女の成れの果てみたいなものらしいけど)

 

 と考えていると、日向さんがスッと立ち止まった。

 考え事を一度放棄して、あわてて俺もその横に並ぶ。

 

「……見つけた」

 

 日向さんが真正面を見つめながら、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

 日向さんの視線の先、約100mくらいの場所に、『何か』がいた。

 その『何か』は、片目が取れた熊のぬいぐるみに翼が生えたような可愛らしい外見だった。手にはおもちゃのような三ツ又槍(トライデント)を握っている。

 どうやら、まだこちらには気づいていない様子だ。

 

 他にもいるか念のため周りを見回してみるが、同じようなものはいない。どうやらここには一個体だけいるようだ

 

「日向さん、あれが魔女なのか?」

 

 『何か』に気づかれないよう、ひそひそ声で日向さんに聞いてみる。

 だが、日向さんは横に首を振った。

 

「あれは使い魔。簡単に言うと魔女の手下みたいなやつだよ。手下と言っても、ほっとくと魔女になっちゃうんだけどね。

 …魔女は…多分、いたとしたらこの奥だね」

 

 日向さんはそう言いながらしまっていたソウルジェムをそっと取り出し、上に思いっきり投げた。

 

「変身!」

 

 日向さんがお腹の底から声を出すと、上空に浮かんでいるソウルジェムが静止し、下にいる日向さんに向けまばゆい光を放つ。

 光を浴びながら日向さんはくるくると回り始め、光を衣のようにまとっていく。

 

「…ハッ!」

 

 気合いに満ちた声と共に、ピタッと止まると同時に日向さんは光を振り払う。

 そこにいたのはさっきまでの日向さんではなく、紫色のソウルジェムが付いた虹色の丸い髪飾りを付け、アジサイのような美しくかわいらしい衣装を着た日向さんだった。

 

「後輩候補君、私の華麗な攻撃ちゃんと見ててね!」

 

 そう微笑んだ日向さんは、両手にナックルがついた大きな刃渡りのダガーを召喚した。

 すごくかっこいいなあの武器…あんなのマンガぐらいでしか見たことないぞ。

 

「いっくぞー!!」

 

 日向さんはそのまま使い魔にダガーを向けて走りだした。

 接近してくる日向さんに気付いた使い魔は手にしていた三ツ又槍を構えようとしたが、

 

「おそいっての!!」

 

 日向さんのダガーによって真っ二つに切り裂かれ、数秒後に消滅した。

 

「日向さんすごいよ!」

 

 日向さんに近づきながら俺は話しかけた。

 

「そ、そうかな……えへへ」

 

 日向さんは顔を赤くしてまんざらでもないように照れた。

 しかし、数秒後にはコホンとわざとらしく咳払いをして普通の顔に戻った。

 

「どうやらここの使い魔はそこまで強くない、というより雑魚みたいだね。このまま進むからついてきて」

「了解」

「素直でよろしい。あ、一応念のためにこれ持ってて」

 

 日向さんは二つのうちの一つのダガーを差し出してきた。そのため俺は戸惑ってしまう。

 

「え…いいのか?だってこれは日向さんの武器なんじゃ……」

「大丈夫だよ。使い魔があんなんなんだし、魔女も弱いと思うからさ。

 それに私気づいたんだけど、私って接近型だから君のこと守りながら戦えないんだよね。だから自分の身は自分で守れ…ってね」

 

 日向さんは片目でウインクをする。

 あ、ちょっとかわいいな…て、そうじゃなくて。

 

「……わかった、使わせてもらうよ」

 

 俺は日向さんからダガーを受け取る。

 ためしに軽く斬る真似をしてみたが、見た目に反して結構軽く、ちょうどいい重さで扱いやすい。持ち手のグリップもしっくりくる。

 

「結構様になってるね」

「そう、かな?」

「うん。なんだか『孤独の美少女剣士』かんじ」

「どこの深夜アニメだよそれ…というか、剣士って言うには武器が短すぎるから」

 

 とりあえずツッコミをしておいた。つーか美少女とか言われたくないってば。

 

「…よし、おふざけはここまでにして、こっからはまじめに行こう。この先、使い魔でも油断したら危ないからね」

 

 日向さんは、さっきとは一変して真面目な顔つきになった。

 

(……ここからは本当にあぶないってことか……)

 

 日向さんの言動と表情からそう読み取った俺は、気持ちを切り替える。あと自然とまじめな顔になった気がした。

 

「…よし、行こうか」

 

 日向さんはコツコツと足音を鳴らしながら奥へ進んだ。俺もナイフを右手に持ち直し、その後に続く。

 

 

─────────

 

「とりゃ!!」

 

 日向さんは数回のスキップで使い魔の後ろへ回り込み、使い魔本体を紙のように切り裂いた。

 真っ二つに切り裂かれた使い魔は、小さな悲鳴をあげ消えていく。

 それとほぼ同時に結界が崩れ、風景は徐々に結界の入り口があった場所へと戻っていく。

 どうやら無事に生き残れたらしい。

 結局日向さんがダガー片手に無双しすぎて、俺が日向から借りているダガーを使う場面は訪れなかったな。 

 

「あちゃー、やっぱハズレかぁ」

 

 日向さんは崩れていく結界に目をやりながらふぅとため息を付き、ソウルジェムに触れ変身を解く。俺が持っていたダガーも形を光の球体に形を変えてソウルジェムへ吸い込まれていった。

 

「日向さん、ハズレって?」

「え?…あぁ、今日みたいに使い魔だけの結界で、グリーフシード取れなかったからハズレなの。まぁ今回は私が結界に入った頃にタイミング悪く魔女が移動しただけっぽいけど」

「へぇー」

 

 そんな会話をしていると、キュウべぇがとてとてと駆け寄ってくる。どうやら結界があった付近で俺達を待っていたようだ。

 

「エリ、お疲れ様。今日はもう帰るのかい?」

「うん。引っ越しの準備があるし」

「引っ越し?」

 

 日向さんの引っ越しという言葉にちょっと驚いた俺は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。

 

「実は私ね、一週間後には福島に引っ越すんだー。親の都合でさ」

 

 残念さが混じった笑顔で、日向さんはそう言う。

 

「そうだったんだ…」

 

 それを聞いた俺は、日向さんとは友達になれそうだったのに、と少し悲しい気分になり落胆する。

 

「魔法少女になるにしてもならないにしても、もう少し日向さんに教えてほしいことがいろいろあったんだけどなぁ…」

 

 言ってもどうにもならないと分かっていたが、口からそんな言葉がこぼれてしまった。

 そんなしょぼくれた俺を見てか、日向さんは励ますようにこう切り出してくれた。

 

「そうへこまないで。後輩候補君がよければ、私がこっちにいる間は魔女退治に連れてってあげるからさ」

「え、いいの?」

「うん。今回逃がした魔女は私が倒さないと後味悪いし」

「…それってつまり、魔女退治のオマケか」

 

 なんだろ、俺の方が優先順位が低いって思うとちょい悲しい…。

 まぁ面倒みてもらえるだけありがたいと思うべきなんだろうけどさ。

 

 

 

───六日後────

 

「オリャァァァ!!」

 

 日向さんは目の前にいる使い魔数体にダガーを構えて突撃し、あっという間に切り刻む。

 使い魔たちはちぐはぐに縫われたような布地の地面に倒れて、スッと消えた。

 

「日向さん、大丈夫ですか!?」

 

 俺は日向さんに駆け寄った。日向さんは、軽く息をを付きながら、こちらに顔を向ける。

 

「うん、なんとかね」

 

 軽いため息を吐きながら答えた日向さんは、辺りを見回して使い魔がいないのを確認すると、地面にペタンと座り込んだ。

 

「さすがに雑魚相手でも、連続で戦闘するのは疲れるなぁ…」

 

 日向さんは今日この結界に入ってから、次々と襲い掛かってくる使い魔を倒している。倒したその数は、さっきのを含めて約60匹だ。

 俺もなんとか日向さんの役に立とうと戦うが、一匹を相手にするのが限界だ。我ながら情けない……キュウベぇが俺の家で「普通の人間が入り込んだら、生きて帰るのは不可能に近いね」なんて言ってたが、あれは本当なのだと実感する。

 

 

「後輩候補くんも私の隣に座ったら?今使い魔いないし」

 

 いつの間にか座っていた日向さんが、俺を見上げながら自分の横を指差す。

 

「…じゃあ、お言葉に甘えて。よっと」

 

 日向さんの右横に座った。以外に座り心地がいい。例えるなら干したての布団かな。

 

「……ねぇ、後輩候補くん」

 

 ナイフを指で器用にくるくる回しながら、日向さんが話しかけてきた。

 

「ん?何?」

「後輩候補くんはさ、魔法少女の秘密って知ってる?」

 

 日向さんは、唐突にそう質問してきた。すごく真剣な眼差しだった。

 

「秘密、か?」

「うん。……このソウルジェムが、私たち魔法少女の魂だってこと」

 

 日向さんは自分のソウルジェムを持ち、俺の顔へ近づける。六日前と比べ、穢れによる黒さが微量だが増している。

 

「……日向さんとはじめて会う少し前に、キュウベぇから聞いたよ」

 

 俺は小さく頷く。

 日向さんはそんな俺を見て、くすりと笑った。でも目は笑ってない。

 

「そっか……魔法少女が魔女になることも?」

 

 日向さんはそう訊きつつ、回していたナイフをピタッと止める。

 

「あぁ…」

 

 返事をすると、なんだか気が重くなってしまった。心の中にもやもやが広がって、重りとなるような……そんな感じだ。

 

 

「私ね……妹が死んだ後すぐに魔

法少女になったんだ」

 

 そう言う日向さんは、泣き顔と笑った顔が混ざったような表情で──傷つけたらあっという間に崩壊しそうな、脆い存在に見えた。

 

「私の妹はね、キュウベぇに『俺の心を女にして』って願いで契約したの」

 

 俺は理解した。日向さんはいつも笑ってるけれど、それは自分を励まそうとしているからなんだろう。

 そんな日向さんを、俺はただ黙って見ていることしかできないでいた。

 

「それで晴れて完全な女の子になった妹は、頑張って毎日魔女と戦ってたんだけど、ある日他の魔法少女から自分達魔法少女の秘密を知ってしまった。そしたら『せっかく心が女になったのに、身体は魔女製造機になったのなんて嫌!』って言いながら、結局私の目の前で魔女化した」

 

 眼には涙が溜まって、今にも泣き叫んでもおかしくない。

 

「妹だった魔女は私を殺そうとして、私はとっさにキュウベぇと契約した。私がその時願ったのが、とっさに思い付いた『この魔女の存在を消して』っていう願い。それで魔女は消えたけど、妹の存在も生まれていないことになって消えてた。みんな忘れちゃったんだ、妹のこと」

 

 原因がなければ結果もない。日向さんの弟が生まれていなければ魔女も存在しない。つまり原因である日向さんの弟を消して、結果である魔女を消したってことか。

 

「なんだよそれ……楽しかったことや悲しかったこと、思い出も無かったことになるなんて、酷すぎる」

「そう、後輩候補くんの言う通り。お父さんもお母さんも、妹のこと忘れてた。私も、妹の名前しかは思い出せない。それは心にぽっかり穴が開いたみたいで、残酷なんだ。

 けど、妹が武器として使ってたナイフだけは残ったの。今後輩候補くんが持ってるのがそれ」

「これが?」

「そう」

 

 俺は今持っているナイフと日向さんの持っているナイフを見比べた。よく見るとグリップや刃の部分にところどころ違いがある。

「……そんな大事なもの、俺に使わせていいのか?日向さんの妹の形見なんだろ?」

 

 俺がそう尋ねると、日向さんは優しく微笑んだ。

 

「うん、大丈夫だよ。なんだか後輩候補くん、妹に似てる感じがあるから安心感があるんだ。私が妹の話してるのだってそういう理由からだしね」

 

 似てる?日向さんの妹と俺が?

 

「見た目が、って訳じゃなくてね……何て言うんだろ、何かが似てるんだ。君が妹と同じ性同一性障害だってのもあるんだろうけど」

「…何かって、ずいぶん曖昧だなぁ」

「むぅっ…だって思い付かないんだもん」

 

 俺が呟くと、日向さんは可愛らしく頬をぷーっと膨らました。だがすぐにさっきのように微笑む。

 

「ふふっ……後輩候補くんと話すとさ、魔法少女になる前の妹を思い出すよ。あの子ともこんなやり取りしたから……」

「日向さん……」

 

 日向さんは、微笑みながら泣いていた。多分、日向さん自身は泣いていると気づいていないだろう。

 

 

 

「……私さ、妹の存在が消えたときに決めたの。妹の分まで魔女と戦って、妹の分までちゃんと女の子をして、妹の分まで長生きするって。せめてもの罪滅ぼしだったりするんだけどね」

 

 

 

 

 そう俺に言う日向さんは、不安を抱えながらも、自分なりに頑張って生きようとする中学生そのものだった。

 

「……あっ」

 

 涙を流しているとやっと気づいた日向さんは、服の裾で眼をごしごしと拭いた。

 

「……よし!」

 

 拭き終わった日向さんは力強く気合いを入れ、勢い良く立った。

 その顔はさっきとは打って変わって、自信に満ち溢れている表情だった。

 俺も日向さんに続いてパッと立つ。

 

「後輩候補くん、気を取り直して、魔女を倒しに行くよ!」

「おう!」

 

 日向さんが結界の奥へ走り、俺もあとに続いた。

 俺から見える日向の背中はとても頼もしいく、かっこいいものだった。

 

 日向さんがあんな辛い話をしてくれたのは、きっと自分がいなくなってしまったあとの見滝原を俺に託そうと思っているからだ。

 後悔しない願いを叶えろって、遠回しに伝えてるんだ。

 

 俺がもし誰かのために契約して、見滝原を守るために魔法を使えるようになったら…あんな風に頼もしい存在になれるのかな。

……いや、あれは日向さんが後悔しつつも前を向こうと頑張った結果だ。今の俺に…そこまでの勇気はない。

 

「あの、日向さん」

「ん?」

「これからも、暇なときは魔女退治に連れてってもらえませんか?」

「ふふ、もちろんいいよ。引っ越したあとでも、ここに新しい魔法少女が生まれるまではたまに来ると思うし。安全は保証

──」

 

 安全は保証する。そう言いかけた日向さんは、その笑みを一瞬強ばらせ、瞬く間に焦りの表情へと変わる。

 

「──危ないッ!!」

 

 突然日向さんは叫ぶと同時に俺をドンッと進路とは逆方向に突き飛ばしてきた。

 

「うわっ!?」

 

 突き飛ばされた俺はしりもちをつき、痛がりつつ視線を地面から日向さんへ移す。

 

「いってー……日向さんいきなり何を────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔をあげた俺が見たのは、とてもとても大きな裁縫用の針が、腹部中央に貫通した日向さんの後ろ姿だった。

 



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第5話 「私も、変わったわね」

 

「くっ……!」

 

 私は左足を押し潰している瓦礫をなんとかどかし、身体を起こす。

 目の前にあるのは荒廃した見滝原。その上空で高らかに笑う、反転し本気を出したワルプルギスの夜。

 まだまだ余裕なワルプルギスの夜に対し、残っているのは私とまどか、そしてあの人だけ。

 他の魔法少女は、皆魔女化寸前なったところをまどかに「止」められてもう動かない。

 私は戦いの最中に時間停止が使用不能になったため待避していたのだが、穢れを溜め込みすぎて戦えなくなったまどかに残っていたグリーフシードを渡そうと前へ出た。だがその瞬間をワルプルギスの夜に狙われ、コンクリートの塊となったビルの破片が接近、回避できず直撃してここまで吹き飛ばされてしまった。

 

「早く…まどかのソウルジェムを……」

 

 私は立ち上がるが、左足が折れていて使い物にならず、バランスを崩して倒れしまった。私は回復の魔法が使えないため、治すことは不可能。もうどうしようもない。

 おそらくこの時間軸のまどかは他の時間軸のまどか──私と約束を交わしたまどかと同じように魔女化する前に自ら死を選ぶだろう。

 だとしたら……

 

「ここも、私の戦場じゃない」

 

 もう、この時間軸は捨てるしかない。

 私は左手の小盾に手を触れる。これを回せば私は他の時間軸へと移動し、一ヶ月前に戻れる。

 私はたった一人の友達、まどかを救うために、何度でも繰り返すと決めた。だから何の後悔も……

 

 

『お前は、俺が救ってやる。だから暗い顔すんなって』

 

 

 

「……―――先輩、あなたを一人

残すようなことをすることになって、ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 ……ない。

 

 

 私はためらいなく小盾を操作する。

 かちり、と時間の歯車が嵌まり、急速に逆回転を始めた。

 

 

─────が、

 

 歯車がバキッ、と何かが壊れたような音がした。

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 気付いたときにはもう遅く──

 

 

 

 

 私の意識は……弾けとんでしまった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「暁美さん、佐倉さん。二人ともお疲れ様」

「えぇ、お疲れ様。今回のは少し手強かったわね」

「そうか?あたしは全然楽勝だったけどなー」

 

 変身を解いた巴さんと私、そして杏子。杏子はどこから取り出したのか、誰もが知っている棒状のスナック菓子(ちなみにコンポタージュ味)を頬張っていた。

 

「じゃあさっさとマミん家行ってケーキ食おうぜ」

「もう、いつも佐倉さんの分のケーキも買う私の身にもなってほしいわ」

 

 杏子に巴さんはため息をつきつつも、どこか楽しげな表情をしていた。それを見て私も嬉しくなり、少し微笑む。

 同じ時間を繰り返していた時の私に比べたら、今の私はよく笑うようになったと思う。それはきっと、私が黒髪につけている赤いリボンをくれた彼女、まどかのおかげだろう。

 

「巴さん、今日のケーキは昨日買ったモンブランよね?」

 

 私は昨日、巴さんに連れられて一人2個の限定モンブランを一緒に買いに行ったことを思い出す。

 

「今日はモンブランか。ゆまは食べるかな?」

 

 杏子はにかっと笑いながら呟く。

 

「あらあら。すっかりゆまちゃんのお母さんね」

 

 巴さんは笑う杏子を見ながら微笑む。

 

「なっ……別にそんなんじゃねぇよ!」

 

 杏子はムキになって反論するが、全く意味をなさない。というより、どうみても図星だ。

 ゆまとは、最近杏子と暮らし始めた新しい魔法少女、千歳ゆまのことだ。かつての時間軸で一緒に戦ったことがあるため存在は知っていたが、まさかこの世界でも魔法少女になっていたのには正直驚いた。おそらく魔獣に襲われたところを杏子に助けられ、拾われたのだろう。

 ちなみに、現在ゆまは巴さんの家のベッドを借りてぐっすりと眠っているため、杏子もマミさんの家に泊まるらしい。

「巴さん、杏子。また明日」

「おぅ、またなほむら」

「じゃあね暁美さん。明日も頑張りましょう」

 

 巴さんの家でケーキを食べた私は見送りの二人に別れを告げ、一人暗い道へ進んでいった。明りは点々とあるが、あまり役立っているとは言えない。

 先ほど殲滅したばかりなので気配はないが、いつ魔獣が出てもおかしくないような不気味な道だ。もし現れたら被害が出る前に倒さなきゃ・・・。

 

「…こんなことを考えるようになったなんて……私も、変わったわね」

 

 いい意味でも、悪い意味でも。

 もしも弱気だったころの自分が今の私を見たら、とても同じ人間だとは思えなくてびっくりするだろう。そしてなんでもできる私を尊敬するだろう。

 でも、ときどき私はあの頃の自分に戻りたくなる。死と隣り合わせの生活を送らずに済むのだし、なにより平凡でいられる。ただの臆病で病弱な、まどかに守られていた自分に――

 

 

『アハハハハ・・・』

「ッ!?」

 

 突如暗闇の中に、笑い声が響く。

 この聞き覚えのある不気味な笑い声は…まさか――

 

「ワルプルギスの……夜!」

 

 そんな…あいつはもうまどかの願いで浄化されたはず……いや、考えてても仕方ない。また現れたのなら倒すだけのこと。

 私は瞬時に変身して黒と灰色の衣装を身に纏う。そして弓を構え、あたりを警戒する。

 

「…いない」

 

 ワルプルギスの姿はどこにも見受けられず、気配も無い。ただ笑い声が聞こえるだけだ。それしか感じられない。

 

「姿を隠しているのかしら…」

 

 なら探すしかない。

 私は笑い声が聞こえる方向へ走り出した。一瞬巴さんたちに連絡することも考えたが、仮に本物のワルプルギスだったとしたら危険すぎるのでしないことにした。

 かつて『先輩』を加えたベストメンバーで戦っても惨敗し、最終的に最後の時間軸で概念化したまどかでやっと倒せたような相手。もし全滅でもしてしまったら、見滝原を守る魔法少女がいなくなってしまうもの。

 

 

 

「勝負よ、ワルプルギス…!」

 

 私は姿が見えない敵に向かって宣戦布告する。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 私は、その時巴さんたちに連絡しなかったという判断を後に激しく後悔したと同時に、感謝することになる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 辺りを探していると、魔法少女のような姿をしたワルプルギスの使い魔を発見した。

 空中に浮かぶワルプルギスの使い魔たちは私に気づくと、一斉にこちらに接近してくると同時に光弾を放ってきた。

 

「ッ!!」

 

 私は使い魔が放った光弾を回避しつつ、弦を引いて矢を放つ。接近していた使い魔たちは一斉に散らばり、矢は何もない空へと飛んでいく。

「残念ね、散らばっても無駄よ」

 

 矢は進む反対方向に拡散し、まるで巨大な棘のように広がった。

この技は『イラザルスィ・ダルド』。拡散する矢、という意味で、巴さんが私のために考えてくれた必殺技だ。さすがにイタリア語の技名を叫ぶのは恥ずかしいのでしないが……。

 イラザルスィ・ダルドは数体の使い魔を貫き、消滅させた。残った使い魔は矢を避けて逃げだそうとする。

 

「逃がさないわ」

 

 魔力で複数の矢を生成し、

 

「スターライト…アロー!」

 

 同時に構え、発射する。

 矢はそれぞれ広範囲に広がり、残りの使い魔を一掃した。

 …まどかの技名は別よ。

 

「…使い魔は全て倒せたみたいね」

 

 だが肝心のワルプルギスがどこにもいない。

 まさかすでに結界を…いや、それはありえない。ワルプルギスは身を守るために結界を作る必要がない強力な魔女だ。となると、いったいどこに……。

 私は雲に埋め尽くされたような星一つさえない黒い空を見上げるが、そこにワルプルギスの姿はない。本来のワルプルギスなら、巨大な身体を空中に浮かばせ──

 

『見ぃつけたぁ♪』

「誰っ!」

 

 突然背後から声が聞こえ、反転し矢と弓を構える。

 そこにいたのは、黒いマントで全身を覆って西洋の魔女の帽子を深々と頭に被った、背丈からして同い年くらいの少女だった。顔は帽子で隠れてよく見えず、口元には笑みを浮かべていた。

 

『さぁだれかなぁ?アハハハハハハハ!』

 

 少女は狂ったように笑い、まるでワルプルギスのような笑い方だ。いや、これはワルプルギスそのもの……まさか。

 

「……念のため聞いておくのだけれど、あなたは、ワルプルギスの夜なの?」

『んー、否定はしないよ』

 

 私の確認を、少女はあっさり認めた。

 

『ちゃんと説明するなら、まだワルプルギスになる前のワルプルギスかなぁ?ほら、今の私はまだ歯車もないしドレスも着てないでしょ?』

 

 ……どういうこと?ワルプルギスになる前ということは、彼女は魔法少女なの?でも彼女は自分をワルプルギスだと認めているし、この世界に存在しないワルプルギスの容姿についても知っている。矛盾が多すぎる……わけがわからないわ。

 

『ま、細かいことは気にしないでもらえるとありがたいかなー』

「残念ね、私はそう言われると気にするタイプなの」

『そっか。たしかにそうだよね。アハハハハ』

 

 少女のようなかわいらしい笑いだが、同時に不吉さを感じさせる。何より、妖しい。

 

『ところで、貴女に質問があるのだけれど』

「何かしら」

『貴女は一体、過去の時間軸で何度ワルプルギスの夜に負けたの?』

「!? なぜそれを知っ──」

『質問に答えて』

 

 少女は先程の笑いとは真逆の威圧的な物言いになり、私は一瞬たじろぐ。

 

「……数えたくないほど、かしらね」

 

 正確に言えば、数えきれないほど。

 当時の私は、『騙される前の私を助けて』というまどかの願いを『まどかを魔法少女にしない』という勝手な解釈をし、さまざまな時間軸を渡り歩いた。

 

『そう…今の様子からすると、結局まどかを魔法少女の運命から救えなかったんだね』

「まどかを知ってるの!!?」

 

 少女はゆっくり、口元を刃物で切れ込みを入れられたような鋭い笑みに変えながら頷く。

 そんな…この世界にはまどかはいない。唯一覚えていると言えるのは私以外ではまどかの弟だったたっくんだけ。

 なのにまどかを知ってる……こいつ、何者?

 

「あなたは……誰?」

 

 少女に訊ねた私は、無意識に少女に反転した本来のワルプルギスの夜の姿を重ねていた。

 

 

『………にぱー』

 

 少女は薄気味笑みを浮かべながら、左手をマントから出す。

 その手の甲には、黒く染まりきった、ひし形のソウルジェムが装着していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はね───────』

 

 少女が自分のことを語ろうとした、まさにその時だ。

 

 

 ズズズズ・・・・ゴゴゴゴゴ!!

 

 

「何!?」

『…………ちぇっ』

 

 地鳴りのような音が、少女を中心にして突如辺りに響く。その音がなった瞬間、少女は動きを止めた。

 

『時間切れ、か』

 

 少女は左手を握った状態からぱっと開く。すると、万の前触れもなく少女の少し後ろに直径5メートルもある黒い渦のようなものが生まれ、渦巻いた。

 

「ブラックホール……?」

 

 私は黒い渦と、それを簡単に生み出した少女から眼が離せなかった。

 ワルプルギスはその巨大な体に見合った強大な力を有していたが、こいつは見た目から想像できないくらいの力を秘めている…。

 

『ブラックホールか。確かにそう見えるかもね』

 

 少女は私に言いながら後ろを向き、黒い渦の方へ歩いていく。すると黒い渦は急激に回転を始め、周囲のものを吸収し始めた。

 

『もう会うことはないだろうから、さよなら。まどかがいない世界のために、せいぜい頑張ってね』

「待って!貴女はなぜまどかを──」

 ──知っているの?

 私がそう訊ねようとしたが、

 

『「愚かな貴女に教える必要は無いわ」』

 

 少女はノイズ混じりの声で吐き捨てるように言った後に、黒い渦へ飛び込んだ。黒い渦は少女を呑み込むと、少しずつ小さくなっていく。

 

「…どうするの暁美ほむら……」

 

 私は自分自身に語りかけ、気持ちを落ち着かせる。

 あいつは『もう会うことはないだろうから』と言っていたから、恐らくもう接触できない。ワルプルギスに関係があるのならば、ここで排除しないといけない。

 けど、あんなやつを相手に私一人では戦えない……いや、恐らくさっきマミさんを呼んで三人で挑んだとしても勝てないだろう。

 

「どうすればいいの……!!」

 

 黒い渦はどうすればいいか分からない私を急かすように、どんどん小さくなって行く。

 

 あいつはもうこの見滝原に来ることはないのかもしれない。

 

 けど……もしこのままあいつを逃がしたら、またワルプルギスによる悲劇がどこかで起こるかもしれない。

 

 

 私やまどかのような子が生まれてしまう可能性だって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────

 

魔法少女は───

夢と希望を叶えるんだから。

きっとほんの少しなら、

本当の奇跡があるかもしれない。

……そうでしょう?

 

───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫よまどか……私はみんなを守るわ」

 

 舞台装置の悲劇なんて、そんなの絶対に許さない。まどかが……あの子が守ろうとした世界は、もう壊させはしない!

 

 

「!!」

 

 私は少女を追い、黒い渦へ勢いよく飛び込む。

 



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第6話 「わけがわからないよ」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 気が付くと、私は見知らぬ場所にうつ伏せになって倒れていた。

 

「ここは……」

 

 上半身をゆっくり起こし、ぼうっと周囲を見回す。

 見えるのは、つぎはぎのぬいぐるみとまち針──ここは…魔女の結界内?見たところワルプルギスの夜の結界内では無さそうな雰囲気だけれど(もともとワルプルギスが結界を作ることなんて無いらしいが)、あの渦に入ったせいでここに飛ばされてしまったようね。

 

「でも、どうして魔女の結界が……もう魔女はいないはずなのに……」

 

 もしかしてここは、まどかが浄化しきれなかった魔法少女から魔女の結界なのかしら?

 だとしたら、ここの魔女を『救』わないと。それに早く結界を出て、ワルプルギスを名乗っていたあいつを探さないといけないし──

 

「ッ、この感じ……誰かが戦っている?」

 

 私は魔法少女と魔女の気配を右方向から感じた。そちらを見ると、布で作った扉のようなものが一つだけポツリとあった。

 

「とりあえず行ってみましょう」

 

 先に戦っている魔法少女は、魔獣と違う存在である魔女に苦戦しているのかもしれないわ……急ぎましょう。

 

「……?」

 

 左手をついて立とうとすると、重みを感じた。不自然に思い、目を左手に向ける。

 

 

 

 

「そんな……どうして……?!」

 

 

 左手に付いているそれは、私が失った時間操作の能力を司る小盾だった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 しりもちをついた俺の目の前には、俺をかばって腹部に針が刺さり貫通した日向さんが立っていた。針を伝い、血がぽたぽた床に滴り落ちる。

 

「日向………さん?」

 

 声にならないような、そんな小さすぎて聞こえない声で俺は呟く。でもそれは意味があって言ったわけじゃなく、ただ頭の中が真っ白になって他に何も思いつかなかっただけだ。

 

「あはは……なんか、無様なところ、見せちゃった、ね」

 日向さんは俺に向けて笑ってみせた。だがその直後に針がずぶっと素早く引き抜かれる。

 

「────っ」

 

 日向さんは糸が切れた人形のように、俺に覆い被さる形で倒れた。同時に針が刺さっていたところから大量の血が溢れだし、俺の顔と服を濡らす。

 

「…さすがに…痛いね…」

 

 右肩にもたれ掛かる日向さんは、苦痛で歪み、今にも泣きそうな悲しい顔をしている。

 

「ひ、日向さん!?大丈夫か!?」

「…あぁ、大丈夫大丈夫。痛覚遮断すれば、平気だから」

 

 慌てて駆け寄り日向さんを抱き抱える俺に、日向さんは微笑みつつ頭をやさしく撫でる。

 

「そんな心配そうな顔しないで。ちゃちゃっと終わらせるからさ」

 

 日向さんは俺に言いつつ、ダガーを握り締めながらゆっくりと立ち上がる。

 腹部にある痛々しい穴は塞がってなく、血がどくどくと流れている。

 明らかに普通ではない血の量で、普通なら立てないほどの痛みが日向さんを襲っているはずだ。死んでも、おかしくない。

 なのに、日向さんの顔ははまるで傷など最初から無いかのような不適な笑みを浮かべるようにいつの間にか変化していた。

 そんな日向さんを排除しようとするかのごとく、多数の裁縫針が出現する。そしてその中心には、蛇の様に動く幾つもの毛糸に絡まった人形の目玉が浮遊していた。

「やっと姿を表したね、魔女さん。さしずめ今回は『裁縫の魔女』といったところかな?」

 

 日向さんは穴が空いた背を俺に向けつつナイフの矛先で魔女を捉える。

 

「さてと……じゃあ仕返しさせてもらおうか!」

 

 日向さんは一気に駆け出し、血を転々と滴ながら魔女に突撃した。

 

 

───────────

 

 

「さてと……じゃあ仕返しさせてもらおうか!」

 

 私は重い痛みに耐え、『裁縫の魔女』に向けて全速力で走る。

 

 痛覚遮断すれば、なーんて嘘ついちゃったけど、本当は痛覚遮断なんてどうやったらいいかなんてわかんないんだよね。だからもう泣き叫ぶくらいお腹は痛いけど、ここで私が戦わないと後輩候補くんが死んじゃうからね。頑張れ私!

 

(来たっ!)

 

 魔女は周りに浮遊する針を一斉に向けて、まるでマシンガンの弾みたいに射ってきた。それを余裕でかわしつつ、回避しきれない邪魔な針はダガーで切り裂いて、消滅させながらもっと加速する。

 今度は針が壁みたいに並んで、私の前方に突き刺さった。足止めのつもりだろうけど──

 

「無駄だよ!ブラック・エッジ!!」

 

 私はダガーを素早く逆手に持ち変え、ズバッと一気に横に振り払う。すると黒い衝撃波が刃から放たれて、針が作った壁を薙ぐように真っ二つにして全て消滅させた。

 

 私の固有魔法は『消滅魔力』。ダガーで攻撃することで敵の中に消滅魔力を蓄積させて、それが一定数を越えると敵を消滅させる魔法。雑魚なら蓄積数が少ないからほぼ一撃で倒せる。

 針程度で、止められなんかしないんだから!

 

 

 もう針は魔女の近くには残ってなくて、魔女を守るものは無い。

 

(無茶な動きしてるせいで傷がかなり痛くなるだろうし、血がなくなる前にこのまま一気に決める!)

 

 魔女は宙にふわふわ浮いて、私から逃げようとしている。もちろん逃がす気なんてさらさらない。

 右足に消滅魔力を込めつつ走る勢いを利用し斜め上にジャンプし、そして空中に跳びながら蹴りの構えをとる。

 そして空きになっている魔女の中心にある目玉に向けて降下し、右足を思いっきりめり込ませた。

 名付けて……

 

「急降下日向キィィィック!!」

 そのままの状態で魔女を重力のまま地面に落とし、私の蹴りと地面でサンドイッチにする。魔女からめりめりっとヒビが入る嫌な音が聴こえ、魔女についていた毛糸もへなっていた。

 

───────────

 

 日向さんが魔女と戦う中、俺はまったく動けなくなっていた。

 別に『日向さんの邪魔になるから』、とかみたいに何か考えがあって動かないわけじゃない。

 

 

 

 ただ、怖くなってしまったんだ。

 

「………」

 

 俺は震える手で、恐る恐る頬に触る。日向さんの血でべっとりと濡れていた。

 血の匂いは不思議としない。きっと感覚が麻痺して匂いを感じられないんだろう。

 

「……日向さんがいなかったら、俺は──」

 

 ──針に貫かれて、死んでた。

 …俺は、戦いを甘く見ていた。『魔法少女』なんていう現実味がない言葉で騙されて、軽い気持ちで来てはいけない世界に来てしまったんだ。

 魔法少女と魔女の戦いは、勝てば生き残る。負けば死んでしまう。

 

 人は一歩間違えれば、簡単に死ぬんだ………あの時みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────私は君を嫌わないよ────だって、君はただ人としての器が違うだけでしょ?────だったら君は男の子だよ────よし、せっかくだし私が友達になってあげる!────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────私、もう疲れちゃったからさ────────だからもうお別れ────────でも、君の友達になってよかった────────ただの気まぐれで友達になった私の隣にいてくれて────────すっごく嬉しかったんだよ?────────君が体も男の子だったら────────好きになってたかもしれないね────────じゃあ、私の分まで元気でね────────もし、私みたいな人がいたらさ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━私みたいになる前に、助けてあげてね?━━━━━

 

 

 

────────────

 

 

 私は魔女から右足を引き抜き、軽く指で小突いてみる。反応はない。どうやら、倒せたみたいだね。この様子だと、消滅するまでもうしばらくかかるかな。

 

「ふぅ、なかなか手強かったかな」

 

 最初針が刺さったときはどうなるかと思たけど、どうやら攻撃頼りの魔女だったみたいだね。

 一撃で倒せるように消滅魔力を限界まで纏わせた蹴りを食らわせたんだ。逆に倒せなかったら、しばらく魔法使えないし死んでたかも……いや、そういうの考えるのやめよ。

 さて、とりあえず後輩候補くんを安心させなきゃね。

 

「後輩候補くん、魔女は倒し─」

 

 

 

 

 ──あれ、なんか力が抜けてく──

 

 

 

 

 

「日向さん!!」

 

 慌てて走ってきた後輩候補くんは、倒れそうになった私を受け止めてくれた。

 

「あはは…ちょっと無理し過ぎたかな?」

 

 私は穴の空いたお腹に手を当てる。傷は塞がって来たみたいだけど、やっぱりまだかなり痛いなぁ……。

 

「だ、大丈夫ですか!?早く病院に……」

「その必要はないよ。こんくらいなら魔法つかって半日で回復できるし」

「でも、日向さんそんなに苦しそうにしてるじゃないか!」

「いやぁ…これは気を抜いたから痛覚遮断切れちゃってさ。まぁすぐ治るって」

 

 もちろん痛覚遮断ってのは嘘だよ。気ィ抜いたら一気に痛みが来ただけなんだよねー。

 

「なら、いいけど……無茶はしないでくれよな?」

 

 後輩候補くんはホッとした表情を見せる。

 

「りょーかいりょーかい。…あ、座らせてもらっていいかな?痛みが辛いし」

「あ、うん」

 

 後輩候補くんは私を気遣って、私の身体を支えながらゆっくりと座らせてくれた。これで幾らかマシかな。

 

「あの、日向さん……」

「ん?」

「ごめん、俺のせいで怪我負わせちゃって。それに俺……魔法少女のこと軽く考えてたみたいだし……」

「……きみが責任感じる必要はないよ。魔法少女の私が早く気付くべきだったこともあるだろうしさ。ね?だから元気だして」

 

 暗い顔で下を向く後輩候補くんに私は明るく言って、頭を撫でてあげた。私もその気持ち、分かるしね。

 

「……うん、ありがとう日向さん」

 

 後輩候補くんは顔を上げて少し微笑む。

 

「どういたしまして。あっ、グリーフシード……」

 

 グリーフシードないと魔力回復できないじゃん……。

 私は顔を魔女がいる方へ向ける。もう魔女の身体は消滅してるからグリーフシードが残ってるはず……。

 

「……あれ?」

 

 

 

 おかしなことに、そこにグリーフシードは落ちていなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「もう入ってもいい頃かな」

 

 キュウベぇはビルの屋上からある場所を見つめながら呟き、ひょいっと飛び降りてその場所の前に着地する。そこは裁縫の魔女の結界の入り口がある場所だ。

 キュウベぇは入り口に向かいながら、まるで誰かに訊かせるような独り言を始めた。

 

「…まさかあんなに素質を秘めている子がいたなんて盲点だったよ。けれど、あの子が契約すればもうエリに頼る必要はなくなる。

「エリには絶望のエネルギーを期待していたのに、いつまでも魔女化しない。なら、エリが死亡してあの子が契約することになってもしかたないよね。

「正直エリを犠牲にしてあの子を契約させるのは残念だし、何より勿体ないとは思うけど、今後の宇宙の為だ。長い目で見れば彼女の犠牲は宇宙を救った一人になるんだ。

「人間の中では誰かを救うことは正義なんだろう?だったらこの宇宙に無数にある星に住んでいる生き物を救うことに繋がるんだ。本望じゃないかな。

「なのに、どうして人間はその事に気付かずに『嘘つき』や『酷い』なんて言うんだろう。自分達の都合で地球上の生物を管理する君たちの方が酷いとは思わないのかな?」

 

 結界の入り口前に辿り着くと、結界へ通じる小さな穴が開く。

 

「人間は本当におかしな生き物だ。感情を持つと、僕たちもああなるのかな……わけがわからないよ」

 

 キュウベぇはしっぽを振りながら結界内へとことこ歩いていき、しばらくすると穴は何も無かったかのように消えた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 グリーフシードが、ない?そんなまさか。じゃああれは使い魔ってことなの?いや、あの攻撃力は魔女のものっぽかったし…。

 

「日向さん、あれって…魔女じゃないか!?」

 

 後輩候補くんがなにかに気づき上空を指差した。私は素早く魔女がいたところから、後輩候補くんが指差した方向へ視点をずらす。

 

 

 

「あれは…蜘蛛?」

 

 

 糸切り鋏の口、巨大な綿の身体、裁縫針の六本足。そんな出で立ちの巨大な怪物が天井からぶら下がっていた。

 糸切り鋏の持ち手に当たる部分には、さっき私が倒した魔女の目玉がくっついている。

 

「まさか、第二形態ってわけ?嘘でしょ……弱かったのは本気を出してなかったからってこと!?」

 

 ヤバい…まだ戦えるほど傷も魔力も回復してないのに!

 

『カチカチカチ……』

 

 蜘蛛の姿に変わったらしい裁縫の魔女は、口の鋏を不気味に動かしつつゆっくり降下してくる。

 それはまるで、糸に引っ掛かって動けない虫を追い詰めた蜘蛛みたいだ。

 

「ちぇっ、仕方ないか!」

 

 私は痛みを抑え立ち上がり、右手のダガーを逆手に持ち変えた。

 

「私がこいつの相手するよ」

「日向さん、俺も戦います!」

 

 後輩候補くんは私の右に並んで、さっき渡したダガーを両手で構える。私を気遣うその気持ちはありがたいけど、このままじゃ二人とも殺られちゃう。

 

「後輩候補くんは下がって!!」

「でもそしたら日向さんが!」

 

 その間にも魔女は地上に着地しており、こちらを一つ目で睨み付けている。

 

『キシャァ!!』

 

 魔女はその大きさからは想像できない速さでこちらに突撃してきた。

 

「いいから早く!」

 

 私は怒鳴りながら後輩候補くんを右肩で後方に押して、魔女の突撃する軸からずらす。

 

「うぁっ!!」

 

 私も回避しようとしたが間に合わず、敵の体当たりを回避しきれなかった。

 私は端の壁まで吹き飛ばされ、さらにダガーを落としてしまった。

 

「くっ……これはかなりピンチかなぁ」

 

 私はお腹を庇いつつ、ふらふらと立つ。全身打撲かなこりゃ…。

 

『カチカチ!カチカチカチ!』

 

 魔女は笑っているかのような音を出し、こちらにどんどん近づいてくる。

 この距離だともう逃げても間に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アハハ、死ぬかも。ごめんね、後輩候補くん」

 

 

 私は軽く、死を覚悟した。

 

 

 

 

───バシュッ!

 

 

 空を切る音が聴こえ、淡いピンク色の光の矢が私と魔女の間に突き刺さっていた。

 

「危なかったわね」

 

 聞き覚えのない女の子の、凛とした声が訊こえる。

 

「灰色の…魔法少女?」

 

 後輩候補くんの声も同じ方から聞こえた。私はそちらを見てみると、黒髪をピンクのリボンでツインテールに縛った、灰色の衣装を着た見覚えのない魔法少女が弓を構えていた。

 

『ギシャァァァ!!!』

 

 魔女も灰色の魔法少女の方に体を向け、食事を邪魔された獣のよう咆哮しながら魔法少女に突進する。

 魔法少女はその場から動かず、左手についている小盾を構えている。

 あんなのじゃ、防御しきれない…!

 

「危ない避けて!!」

 

 私は思わず魔法少女に叫ぶ。

 

「その必要は無いわ」

 

 魔法少女はそう言うのと同時に姿を消し、いつの間にか私のすぐそばにいた。

 魔女は突進の勢いを殺せず、派手に壁に激突して顔の鋏が突き刺さったみたいだ。

 

「きみ、いつの間に…」

「私は時間停止の魔法が使えるの」

 

 時間停止…ずいぶん強力な能力を使えるなこの子は。まぁ私の消失魔力も劣ってないけどね。

 魔法少女は私のお腹の傷に左手のひらを当てると、優しい光が手のひらから出て傷口を覆う。

 

「貴女はこの傷が治ったら、あの子と一緒にこの結界を脱出しなさい。あいつの相手は私がするわ」

 

 魔法少女は少し離れた場所にいる後輩候補くんをチラッと見る。

 

「え、いいの?」

「構わないわ。」

 

 魔法少女は手のひらを離す。すると傷口は完全に塞がっていた。痛みは少し残っているが、これなら動ける。

 

「じゃああの蜘蛛は任せたよ。この借りはいつかちゃんと返すね!」

 

 私は後輩候補くんの方へ向かって走る。

 でもあの魔法少女の名前を訊いてないことに気づき、途中で止まり振り返る。

 

「私は日向エリ!きみの名前は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暁美ほむらよ」

 

 魔法少女、暁美ほむらは魔女に向けて矢を引きながら静かに答えた。

 



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第7話 「力が、欲しいかい」

「くらいなさい」

 

 私は突進する蜘蛛のような魔女の右前足に矢を狙いを定め、力を溜め込んで射ち放つ。

 魔女に放たれた矢は右前足、右中足、右後ろ足、左後ろ足、左中足、左前足の順に貫き全てをもぎ取った。

 この技は『トゥラパッサーレ・ブリッラメント』、訳すと『貫き通す閃光』という意味になる。技自体は私が戦闘中に作った物だが、名前はもちろん巴さんが考えたものだ。

 

『キシャァア!』

 

 足という支えを失った魔女は無駄に大きい図体を床に叩きつけ、身動きが取れなくなった。

 

「終わりよ」

 

 私は時間停止に触れることで時を止め、魔女を中心に走り回りながら矢を乱れ射つ。

 矢は空中で静止し、魔女を取り囲む。

 

「……巴さんなら、この技をサエッタメント・ダルド(射殺す矢)と名付けそうね」

 

 そう呟くと同時に時は動きだし、大量の矢が無慈悲に魔女を襲った。

 

『ギャァァァァ!!』

 

 大量の矢が身体中に突き刺さった魔女は見た目からは想像できない甲高い女性の悲鳴をあげ、数秒後にグリーフシードを残して消えた。

 

「倒せたようね……」

 

 日向エリと名乗った魔法少女はどうして傷を負うほど苦戦したのだろうか。……状況から考えて、一緒にいた子を庇いながら戦っていたから?

 だとしたら。かつての巴さんみたく魔女に殺されなくて良かったわ。

 日向エリが目の前で死んでしまったら次はあの子が殺されていただろうし、なにより生き延びたとしてもトラウマとなってしまったでしょうから。

 

「…それにしても、魔女の結界って魔女を倒したらすぐ消えたはずよね…」

 

 確か私の記憶が正しければ、結界の中心にいる魔女か使い魔を倒せれば結界は崩壊している。だがこの結界は魔女を倒したがなんの反応もない。

 この結界が特別なのだろうか…。

 

「…とにかく、急いで日向エリと合流して結界を出ないと」

 

 私は網目の模様がついたグリーフシードを拾い、日向エリたちが向かった方向へ急いだ。

 

 

───────────

 

 

 ほむらって子に魔女を任せ、私と後輩候補君と一緒に結界の出口へ急いでいた。

 せっかく助けてもらったんだもん。生き残らなきゃ勿体無いしね。

 

「日向さん、大丈夫か?」

「ん?何が?」

「お腹の痛みだよ」

「あぁ、大丈夫だよ。さっきの子が治してくれたから」

 

 私はさっき穴が開いていた場所に触れる。傷が魔法で完治したからか、痛みは走ってる間に消えたしね。

 傷を塞いでくれたほむらに感謝だね。いや、ほむらじゃ可愛くないしほむほむと呼ぼうかな……。

 

「どうかした?」

「あぁ何でもない。考え事」

「そっか…あ、日向さん。あれって扉だよな?」

 

 後輩候補君が目の前に設置してある、お皿の刺繍が付いた扉を指差した。

 扉なんてあったっけ…?私たちが結界を進んでたときはあんな扉なかったし、明らかに怪しいな。

 

「後輩候補君はここで待ってて。調べてくる」

 

 扉から少し前の地点で後輩候補君を待たせる。

 私は自分のダガーを新しく生成して右手に持ち、慎重に扉に近付く。

 一応覗いてみるか……。

 

『ギィィ……』

 

 そっと扉を押して、隙間から扉の中を覗く。

 

 

 

「───嘘でしょ?」

 

 私はあまりの光景に眼を疑った。

 

 扉の中に広がる部屋には私が倒した形態の裁縫の魔女と使い魔が無数に宙に浮いていて、その下には第二形態らしい裁縫の魔女が数体群がって何かを喰っていた。

 喰われていたのは、この結界に取り込まれたらしい男の人と女の人だった。

 

「ひっ…!」

 

 私は反射的に数歩後退る。

 あんなの、人の死に方じゃない…まるで、餌じゃない。

 

「日向さん、どうかしたの?」

 

 私の様子を心配してか、いつの間にか後輩候補君が私のすぐ後ろにいた。

 扉の先の魔女たちは『餌』を食べ終えると、犬みたいに辺りを嗅いでいた。

 

「後輩候補君、来ちゃダメ!」

 

 私は後輩候補君に中を見せないよう慌てて扉を閉める。

 さすがにあの中は見せられない。まぁ魔法少女になるんだったら見慣れたほうがいいんだろうけど。

「今そこに魔女が…とにかく逃げるよ!!!」

「え、ちょ……日向さん?」

 

 私は右手で後輩候補君の左手を取り、扉から急ぎ足で離れる。けど、扉から地鳴りのような音が聞こえた。

 まさか、気づかれた!?

 

「後輩候補君、走って!!速く!!」

 

 私は空いてる手にダガーを持ち、扉を警戒しつつ走る。

 

「わ、わかった!!」

 

 後輩候補君も切羽詰まった状況を感じ取ってくれたのか、私を追うように一生懸命走ってくれた。

 けど間に合わない……

 

『シァァァ!』

『シァァァ!』

『シァァァ!』

 

 案の定すぐに扉が開き、中から大量の魔女第2形態が私たちを追ってきた。

──嘘でしょ…ざっと見えるだけで10匹?並みの数じゃない!

 

「冗談でしょ!?あんな数相手したことないわよ!」

 

 悪態ついたところで何も変わらないけど……どうすればいいの?このままじゃ私はともかく後輩候補君が……

──あーもう!──

 

「こうなりゃ仕方ない。後輩候補君、先に逃げてて」

 

 私は後輩候補君と繋いでいた手をほどき、左手に魔力を集中させる。まだ完成してない技だけど、使うしかない。

 

「私は、ここでこいつら全滅させるから」

「何言ってるんだよ日向さん!!あんな数倒せるわけが─」

「いいから行って!後で必ず追い付くから!」

 

 私はついかっとなり後輩候補君に怒鳴る。でも心配してくれるその気持ちは嬉しいよ。ありがとう。

 

「──約束、できるか?」

「もち!」

 

 そう言って私は笑ってみせた。

 

「………分かったよ。日向さん、死なないでくれよ!まだ教えてもらいたいことがあるんだからさ!」

 

 後輩候補君は私に背を向けると、出口の方へ走っていった。その時チラッと見えた後輩候補君の表情は、悔しそうで悲しそうだった。

 

 これでいいんだよね、私。この街を任せられる子に出逢えたんだし。私がいろいろ教えたから大丈夫だと思うけど、もし何かあってもキュウベぇがいろいろ教えてくれるだろうからね。

 後輩候補君は私がいなくても立派になってくれるよ。

──見滝原と、『妹』の形見のダガーをよろしく頼むよ。

 

「ごめんね後輩候補君。君との約束、守れそうにないかも」

 

 私は左手を後ろにもっていき、左手の魔力を球状へと形作る。その状態からさらにさらに魔力を込め、限界まで込める。

 未完成だけど、これなら数体は倒せるかもだし、倒せなくても足止めくらいにはなる!

 

「いっけぇ!まどぉだぁぁんッ!!」

 

 私は右手に込めた魔力の弾『魔導弾』を魔女の群れに向け、一気に放った。

 

 

 

─ドオォォォォォン!!─

 

 

「うわ、思ったより凄い爆発……」

 

 私は魔導弾が魔女の群れに直撃し、爆発した爆風でくずれた前髪を直す。息が少し荒い。今の一発で魔力使いすぎちゃったかな…。

 

「あなた、まだこの結界から出ていなかったの?」

 

 私の隣に、ほむほむが前触れもなく現れた。

 時間停止使ってここまで来たみたいだね。便利そうでいいなぁ。

 

「どうやらここの魔女、大群みたいでさ」

「…私が魔女を倒しても結界が崩壊しなかったのはそういうことのようね」

「お、あいつ倒したんだ」

 

 私は魔女の群れがいる方を見る。魔導弾が着弾したところから広範囲に煙が立ち込めていて、話す余裕くらいはあるみたいだ。

 

「…そいつらから逃げ切れそうにないから、後輩候補君─あ、さっきいた子ね─を先に逃がして私が相手してたんだ」

「なるほどね…ところで日向エリ。1つ質問していいかしら」

「なに?」

「あなた、なぜ魔女を知ってるの?」

 

 ほむほむが弓を構えながら、そう聞いてきた。ん?いきなりなに言い出すんだこの子?

 

「当たり前じゃん。魔女を倒すのが魔法少女。その魔法少女が魔女知らなかったらおかしいでしょ?」

「……えぇ、そうだったわ。ごめんなさい」

 

 ほむほむは少し間を開けてから、魔女の大群がいる方向へ顔を向けた。

 あの反応の仕方、明らかにおかしいな…。

 魔女倒したあとで聞いてみよう。魔女倒したときに生きてたらの話だけど。

 

『キシャァァァァア!!』

 

 煙の中から、右前足が欠けた魔女が吼えながら出てきた。どうやら、未完成の魔導弾は見た目はすごいけど威力はたいしてないみたいだ。あれじゃ他の個体へのダメージも期待できそうにないな……ほむほむが来てくれてよかった。

 

「そういえばさ、さっきの魔女はどのくらいで倒した?」

「数えてないけど…多分一分半くらいで片付けたわ」

「おー、なかなか凄いね」

 

 右前足が欠けた魔女を先頭に、ぞろぞろ別個体が続いてくる。ん、なんか数増えてね?

 まぁいっか。

 

「また君に借りを作ることになりそうだ」

 

 私はダガーを握り直し、魔女に向けて構える。

 

「別にかまわないわ。魔法少女同士、助け合わないと」

 

 ほむほむは私に微笑みかけながら、左手に弓と小盾を装備した。右手には魔力でできた矢が握られている。

 

「いいこと言うじゃん……じゃ、こいつら蹴散らすよ!!」

 

 私とほむほむは、魔女の群れへと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、そういえば。後輩候補君の名前──訊いてなかったなぁ。

 

────────────

 

 

 俺は日向さんを置いて、出口がある方向に走った。泣きそうになるのを我慢して、地面を蹴るように走った。

 

「……ちくしょう!」

 

 眼に溜まる涙を堪えつつ、むしゃくしゃになった感情を吐き出す。

 ──悔しかった。

 俺は何もできずに逃げ回って、この間にも女の子に戦わせている。

 俺が安易な考えで誘われるがままについてきたせいで日向さんは傷ついてる。

 俺が来なければ、きっと日向さんはあんなに苦戦しなかったはずなんだ。

 

『私の友達でいてくれて、ありが───』

 

 俺の脳裏に、かつて聞いた言葉が思い出される。

 ───あの時と一緒だ。手が届くのに手を伸ばさないで逃げてる。知ってるから、手を伸ばしても意味がないことを。

 けど、手を伸ばさなかった、そのことに後悔してる。

 

───俺は……なんて役たたずで……無力なんだ───

 

 

 

 

「力が、欲しいかい?」

 

 不意にその声を耳にし、俺は足を止める。視線を上に向けると、結界の外にいたはずのキュウベぇが壁に突き刺さった待ち針の上に乗っていた。

 キュウベぇは赤い眼で俺の顔を見つめる。そこには暖かさはなく、冷たいものだ。

 

「キュウベぇ……どうしてここに」

「心配で様子を見に来たんだ。君が一人でいること、君の表情を見るに、どうやらエリは危険な状況のようだね」

 

 俺が来た方向を眺めるキュウベぇは、俺のすぐそばに跳び降りる。

 

「エリの魔力が少なくなっている頃だ……あと数分、というところかな」

 

──あと数分?あと数分でエリさんはどうなる?──

 そう心の中で訊ねる俺に、

──死ぬ──

 心の中で俺は無情に答える。

 

「君はどうする?助けられるエリを見捨てるのかい?」

「助けられるわけがないだろ!!俺には、誰かを助けられる力なんてないんだ!!」

 

 俺は、堪えきれなくなった涙を流しながら、耐えきれずそう叫ぶ。

 

「僕は事実を言っただけなのに、どうしてそう感情というものを剥き出しにするんだい?理解できないな」

 

 キュウベぇは淡々と話す。そこに、感情なんてもの感じられない。

──そうか……こいつ、感情なんて知らないんだ。よくよく考えてみると、思い当たる節はいくらでもあった。

「それともう一つ。君が言った『誰かを助けられる力なんてない』というのは間違いだよ」

「え……?」

 

 俺はキュウベぇが何を言いたいのか分からなかった。

 それを察したのか、キュウベぇは頷いて言う。

 

「君にはあるんだ。エリを救える力を手にする方法がね」

 

 

『僕が君たちの願い事をひとつ叶えると、それと同時にソウルジェムが出来上がる。ソウルジェムを手にした者は、魔女と戦う使命を課せられるんだ』

 

『君はすごいね。そんなことに自分で気づくなんて、やっぱり他の魔法少女とは違う。

 魔法少女としての素質が高いからかな?』

 

 

 家にいたときにキュウベぇが発した言葉が脳裏を過る。

 

「………契約しろってことか」

 

 方法──キュウベぇが言うそれは、契約して魔法少女になるということを意味していた。

 キュウベぇはまるで嬉しそうに喋りだす。

 

「そうさ。僕と契約して魔法少女の力を手にすれば、その力でエリを救える。

 今の君には、叶えたい願い、そして手に入れた力の使い道が揃っているじゃないか。あとは契約さえあれば問題ないよ」

 

 キュウベぇの言うことは、今の俺に正しく訊こえる。

 別に魂が宝石になってしまうことなんて構わない。

 けれど、契約してしまえば魔女と戦う日々が始まる。魔女が強かったら死ぬかもしれない。死の恐怖が襲いかかることになる。

 そして最悪の場合、魔女へと変貌してしまう。この結界の中にいる魔女のように人を襲うことになる。この手で、幸せな日々を送っている人を殺すかもしれない。

 それを知った上で契約する覚悟は───今の俺にはあるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もし、私みたいな人がいたらさ。私みたいになる前に、助けてあげてね?』

 

 昔、景色が綺麗な病院の屋上で、好きだった女の子と俺は約束した。

 文字通り死の淵にいた彼女との約束。それは今でも覚えてる。忘れるはずがない。

 ………今が、その約束を果たす時なんだ。

 

「──キュウベぇ。決まったよ」

 

 俺は涙を拭い、深呼吸して落ち着かせる。

 そうだ、別に覚悟なんてカッコいいものじゃなくたっていい。ただ、昔交わした約束を護る。そしてエリさんを助ける。

 それだけで十分だ。それだけで、死や魔女化への恐怖心なんて乗り越えられる。あの約束は、それくらい大切なものなのだから。

 

「俺、お前と契約する」

 

 エリさんから渡されていたダガーを強く握り、決意を固める。

 あの時みたいに辛い現実からは逃げない。現実と真正面から向き合って、覆せばいい。

 

 

「俺の身体を、俺が望む姿へ──」

 

 

 いや、いっそ覆すのではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──改変しろ」

 

 

 

 そんな現実、変えてしまえばいい。

 



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第8話 「俺が、あなたを護る」

 

 

『キチキチキチ!!』

 

 不快な鳴き声を出す魔女が跳び、真上から私を襲ってきた。私は冷静に狙いを定め、矢を魔女の胴体に貫通させる。

 さらにその矢を反対方向に拡散させてイラザルスィ・ダルドを発動、運悪く矢の近くに浮いている幼態の魔女(日向エリは第一形態と呼んでいたわね)を数体貫いた。

 使い魔は先に全滅させたから、残りは魔女が6体、魔女の幼態が10体ってところかしら。

 

「おー、やるねー」

 

 さっきの私の動きを見ていた日向エリは口笛を吹く。

 

「口笛を吹く余裕があるなら、残りの魔女を全て倒してくれないかしら」

 

 そう言いつつ、日向エリを後ろから狙っていた魔女の右足を全て矢で砕く。

 日向エリは巴さんとは違った油断の仕方をするタイプのようだ。

 

「残念ながら魔力が残り少なくて…ね!」

 

 右足が砕かれた魔女の目玉に、日向エリは淡い紫色の魔力を纏わせたダガーを力を込めて突き刺した。

 

『キシャァ……ァァァ!』

 

 苦しい鳴き声を上げた魔女は、数秒後に姿をグリーフシードへ変えフッと消えた。それを日向エリはすかさずキャッチし、短い時間でソウルジェムを素早く浄化させる。

 彼女の固有魔法は敵を跡形もなく消滅させる魔法のようだ。私の時間停止と同じくらい珍しい魔法ね。

……彼女は、どんな願いで契約したのかしら。

 私は幼体が撃ち出した針を回避しつつ、後方に矢を乱射。幼体を半分撃破した

 

「残りは…あと少し」

「まどぉだん!!」

 

 残っていた幼体も、少し離れた場所にいる日向エリが放った魔力を受けて全て消えた。あとは成体の魔女だけね。

 

「よし、ちょっと威力上がった!」

 

 そう嬉しがる日向エリは、小さくガッツポーズをした。

 

 …それにしても、日向エリはかなり優秀な魔法少女ではないだろうか。彼女は油断することが多いけれど、ほとんど無駄がない戦い方をしている。正直、見滝原の魔法少女たちから一線を越える実力──

 

『ガァァァァ!!!』

『キシャァァァァ!!』

『キリキリキリ!!』

 

 よそ見をしていた私に3体の魔女が襲いかかってきた。

 

「ちっ!」

 

 私は左にスキップして回避するが、間に合わず魔女の足が右手を深く抉った。

 

「ッ!」

 

 私は痛みで思わず膝を突く。しかもその傷口からは、魔女が植え付けた糸が増殖し、地面と私の足は縫い合わされた。

 その瞬間待ち構えていたかの如く、魔女2体が左右から戦車が走行するかのように走ってくる。

 

『キシャシャシャ!!』

『シャァァア!!』

 

(だったら、時を止めて…)

 

 私はとっさに小盾に触れる。だが、時は止まらない。

 

「どうして!?」

 

…まさか、触れることに加えもうひとつ制約ができたというの?

 

(このままでは回避も反撃も間に合わない…お願い、入ってて!)

 

 私はそう願いつつ小盾から、かつての時間軸で杏子に使った『あれ』を取り出した。

 というのも、時間停止は魔力の消耗が激しく、あまり多用はできないからだ。

 

「あった!」

 

 それはM84閃光手榴弾。やはり予想通り、まどかが概念化する前の時間軸での盾の中身も引き継がれたらしい。

 

「喰らいなさい!」

 

 私は口でピンを抜き、地面に叩きつけて爆発させる。爆音と閃光を撒き散らし、魔女を一瞬怯ませる。その間に眼を瞑りながら前に駆け出した。

 

(このまま一気に……!)

 

 私は爆音が消えるのと同時に眼を開く。

 

 だが、そこには残っていた最後の魔女が立ち塞がっていた。

 先ほどからの魔女の動き…まるでこちらに隙を与えないよう連携しているようにしか思えなかった。

 

(まさか学習してるというの!?)

 

 呆気にとられた私に向けて、魔女は右前足による突き刺しを繰り出す。

 

「ぐっ!!」

 

 小盾による時間停止と防御は間に合わず、私の右肘から肩を巨大な針が重く突き刺さった。肉が、間接が、骨が一瞬にして貫かれ、同時に鈍い音が響く。

 

 

『キシャァァァキシャァァァ!』

 

 魔女は狂喜が混じった鳴き声を轟かせる。そして私は宙に持ち上げられ、叩きつけられる形で投げ飛ばされた。

 床に叩きつけられる形になった私は───

 

「あぐっ……!」

 

 

──上半身の痛みで、全く動けなくなった。目をやると、穴が開いた左肩から血が溢れるように流れ出していた。魔力を限界まで使用しているが、傷が回復が間に合わない。

 まさかと思いソウルジェムを見ると、9割ほど黒に染まっていた。

 

 ──ワルプルギスの使い魔たちとの交戦─使用可能になった時間停止─日向エリを回復──

 

 

「魔力を使い過ぎたみたいね……」

 

 どうやら今の私の時間停止の魔法は、時間をかけ穢れていくらしい。

 ソウルジェムを浄化しようにも、右腕が使えなければグリーフシードやグリーフキューブは使えない。

 このままでは、本当に死んでしまう。

 

 

 

──まだ、まだ諦めるわけにはいかない…お願いまどか…私に力を──

 

 

 

「ほむら!!」

 

 私の身を案じてか、分断されていた日向エリがこちらに走ってきた。

 それをあらかじめ予測していたのか、全ての魔女は一斉に日向エリに針を吐き出す。日向エリはそれを難なく回避し、私に近付いてくる。

 だがその光景に、私は違和感を覚える。

 それはまるで、日向エリを誘導するために攻撃を″当てない″ような──

 

「まさか──」

 

 気付いた私は上を見ると、魔女が一体だけ、結界の天井に貼り付くように待機していた。

 

 ──このままでは、日向エリは──

 

「──日向エリ!来てはダメ!!」

 

 こちらに駆け寄る日向エリに、最後の力を込め私は叫ぶ。

 しかしその叫びは、降りてきた魔女に遮られ届かなかった。

 

「──え?」

 

 日向エリが気付いたときには、もう遅く────

 

 

 

 

 

 

 

 

─────日向エリを大きな口の鋏が裁ち切ろうとしている光景を最後に、私の意識は消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ったく……ほむらのやつ、どこ行きやがった」

 

 あたしは一人町中を跳び回り、ほむらを捜した。ほむらは髪にピンクのリボンをいつも付けている。こんな夜中に歩いていたらリボンが目立ってすぐ見つかるはずだった。

 けどそれらしい姿は無く、気配も同じように感じられない。

 

(佐倉さん。暁美さんは自宅にはいなかったわ)

(キョーコ、病院にもいなかったよ)

 

 脳内にマミとゆまからのテレパシーが響く。これだけ捜しても見つかんねぇのか……まさかとは思うが、魔獣か魔法少女に襲われたんじゃねぇよな……。

 

(おいマミ、さっき感じた魔力の方は?)

(それは今キュゥベえに捜してもらってるわ)

 

 キュゥベえか…あいつならなんか見つけられるかもしれねぇ。一応期待しとくか。

 

(マミ、あたしは駅の方を捜す。ゆま、お前も来い!)

(うん!)

 

 あたしは跳躍力を生かして、駅に向かった。

 

 

 

 

 

 異変が起きたのは、ほむらが帰ってすぐだった。

 

『…マミ!今の魔力って……』

『佐倉さんも感じたのね…』

 

 のしかかるようなバカデカイ魔力。明らかに並の魔獣を越えていた。

 それを感じたと同時に、キュゥベえからテレパシーが入った。

 

『大変だ!ほむらの気配が消えた!』

 

 キュゥベえの話からすると、キュゥベえもあたしたちのように魔力を感じた直後に、なんの前触れもなくほむらの気配が消滅したらしい。

 

『まるで何者かに襲われたようなんだ……』

 

 キュゥベえのその一言で、ゆまを叩き起こしてあたしたちは一斉に家を出てほむらを捜し始めたんだ。

 

 

 

 

 ………あたしたちみんな、ほむらをさやかみたいにしたくはないからな。

 駅前に着いたあたしは、慎重に中に入る。駅員はもう帰ったらしく、人の気配がしない。

 

「魔獣の気配も…ねぇな」

 

 念のためソウルジェムを駅のホームにかざすが反応はない。

 ここもハズレみたいだな。

 

「しゃーねー……ゆまが来るまで待つか」

 

 設置してある椅子に座って食べかけのロッキー(チョコがコーティングしてある棒状の菓子)の箱をポケットから取り出し、一本つまんでかじる。

 

「……そういや、ここでさやかは──」

 

 ロッキーを食べつつ、あたしは消えちまった友達──さやかのことを思い出した。よく一緒にロッキー食べてたからかな。

 

 

『あたしは美樹さやか。よろしくね、杏子!』

 

『こら杏子ー!万引きしちゃダメって言ってるでしょ!ゆまちゃんが真似するじゃない!』

『あんた、学校行ってないんだったらバイトしたら?ちょうど知り合いのパン屋さんがアルバイト探してるんだよ』

 

 少し前にさやかには万引きはやめろって言われてからというものの、どういう偶然が重なったのやら、することになったパン屋のバイト。このロッキーはそこで稼いだ金で買ったもんだ。

 最近は食べものを盗まなくなったし、誰かのために働くのも悪くないなと思うようになった。そしてなにより、天国に逝っちまった家族に顔向けできるようになった。

 さやか、あんたのおかげだよ。

 

 

『杏子、マミさん、ほむら………短い間だったけどありがとう──見滝原を、お願いね』

 

 

 

「………ホントお前って、すごいやつだよ」

 

 最後まで他人のために、さやかは頑張っていた。あいつは私がなりたかった魔法少女そのものだった。

 多分、いや、絶対あいつとは最高の友達だった。

 

「さやか、大丈夫だ。ほむらは必ず見つけるさ」

 

 あたしはホームから見える綺麗な月に、ニカッと笑って見せた。

 

「キョーコー!」

 

 駅の出口から魔法少女姿のゆまが走ってきた。思ったより早かったな。

 

「ゆま、おせぇぞ」

「えー……走ってきたのにぃ」

「冗談だよ」

 

 がっかりしたゆまの頭にポンと手をのせる。ゆまはえへへと嬉しそうな表情になった。

 かわいいやつだなお前は……。

 

 

────────────

 

 

 私は今、佐倉さんたちとは別に見滝原中学の中を探索していた。

 中学校は魔獣が出現しやすいから、というのもある。けれど理由は他にもある。

 同年代の魔法少女との戦闘があったのではないか、ということだ。

 私は過去に双子の魔法少女に出会ったことがある。彼女らといざこざはなく、それ以降会ったことはない。だが彼女らは去り際にこう言っていた。

『魔法少女はみんなライバルみたいなもの』『善意で戦ってるってわけじゃない』のだと。

 そして魔法少女は十人十色。それぞれ願いを叶え、それを反映した固有魔法を持っている。空間を人ごと切り離す、なんて魔法もあっておかしくない。

 

 例えば、私たちから縄張りを奪おうと他の街から来た魔法少女と、暁美さんが戦ったとしたら──

 

 

「暁美さん、無事かしら…」

 

 祈るように呟きつつ、そっと扉を開ける。

 そこは見慣れた私の教室。どうやら特に怪しい点はないみたい。念のため中に入って、教室内を詳しく調べてみる。

 黒板、机、椅子、床…目立った変化は見受けられない。

 

「魔力の痕跡も…ここには無いみたいね。じゃあ次は隣の教室を──」

 

 私は違和感を感じ、一つの机に目をやった。

 そこは私の席のとなりの席で、たしか空きの席のはずだ。

 そう、たしか空きの席のはず───

 

 

 

 

 

 

 

『マミ……必ず助けるからな。そしたらさ、ちゃんとお茶会しような』

 

 

 

 

 

 

 

「……気のせい…だよね」

 

 今の違和感はなんだったんだろう。頭の中に、何かが引っ掛かる感じがした。

 

「ハァ……私、疲れてるのかな」

 

 額に手を当てながら気休めに軽く息を吐き、教室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

(みんな、あることが分かった。今すぐ僕のところに来てくれ)

 

 キュゥべえからテレパシーが届いたのは、それからしばらく経ってからだった

 

────────────

 

 

 

「間に合え……!」

 

 俺は結界内を走り、日向さんの所へ急いでいた。日向さんが俺を逃がしてから時間が経ってるから心配だし、それにその前に助けてくれた黒髪の魔法少女のことも気になる。取り返しの付かないことになる前に──

 

『グギャァァァァァァ!!』

 

 その俺を妨害するかのように、魔女と使い魔数体が進路方向を塞いでいた。

 魔女と使い魔たちは一列に並び、壁のように迫ってくる。

 

「お前らに構ってる暇は……」

 

 突き出した右手甲の蒼いソウルジェム。それに左手を添え左にスライド、軌跡を描くように生まれた蒼い光を右手で握ると、光は蒼い刀身の剣に形を変えた。

 

「無いんだよ!!」

 

 突撃してくる魔女たちを紙一重で回避し、さらに間髪入れず斬撃を叩き込む。

 俺が魔女たちの攻撃をすり抜けた時には、背後で重いものが落ちる音がした。

 気にせず走り続け、進路にあった扉を剣で切り捨てる。

 

 

「……あれって…!」

 

 扉の奥に広がるフロア…そこには数体の魔女、気絶している黒髪の魔法少女、魔女に殺される寸前の日向さんの姿が見えた。

 魔女の口の鋏はゆっくりと日向さんの首に迫り、命の糸を断ち切る恐怖を具現化しているようだ。

 だが対称的に日向さんの横顔は優しく、自らの死を受け入れるような、諦めた表情だった。

 

 

 

《私さ、妹の存在が消えたときに決めたの。妹の分まで魔女と戦って、妹の分までちゃんと女の子をして、妹の分まで長生きするって》

 

 頭に浮かんだのは、日向さんが話してくれた言葉。あの時の日向さんの決意を…簡単に諦めさせはしない。

 

(今度は俺が、あなたを護る!!)

 

 その気持ちを力にして空中へと飛び、右足に全魔力を集中させる。右足は蒼く輝き、全てを照すような光を放つ。

 

 

<font size="4">「やらせる…もんかぁぁぁ!!」</font>

 

 

 その言葉と共に一直線に急降下し、蒼い光の一撃を魔女へ突き込んだ。

 魔女は右足がめり込んだ中心から潰されるようになり、光から生まれた衝撃により吹き飛ばされた。

 

『キリ……キリキリ』

 

 壁に激突した魔女はゆっくり床へと墜ちていき、しばらく痙攣すると動かなくなった。

 

──あと数秒遅かったら、日向さんは命を裁ち切られてた。ほんと…間に合ってよかった。

 

「日向さん、大丈夫?」

「え……あ、うん」

 

 ぺたんと地面に座り込んでいた日向さんは、首を縦に振った。何が起こったのか理解できないという表情へと変化しており、息も荒かった。まぁ、無理もないか。

 

「もしかして…君も魔法少女なの?男の子にしか見えないけど……」

 

 日向さんは俺をじっと見つめながら言う。

 その言葉はこの俺にとって凄い嬉しい言葉なんだけれど、今の状況じゃ喜んでられない。

 

『ギリギリ…』

『キリキリキリ』

『ガァァァァァァ!』

『ガギギギギギギ』

『キシャァァ!』

 

 おそらく、日向さんたちとの戦いで生き残っていた魔女が五体。魔女たちは俺を獲物として狙いを定め、今にも襲い掛かろうとしている。

 

(いいぜ…相手になってやるよ)

 

 俺は日向さんと気絶している魔法少女を背に、右手に持つ剣を構えながら日向さんに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は悠木そらね────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───通りすがりの魔法剣士さ」

 



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第9話 「絶望するわけにはいかないんだ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 まるで呪いが具現化したような、という表現が似合う黒い空間。大小様々な歯車が浮いており、その中の一つに西洋の魔女の帽子を被る少女は座っていた。

 少女は手のひらの白い水晶を覗き、小さく笑みを浮かべている。

 

「やっぱり先輩も契約しちゃったんだぁ…アハハハ、ちょっと計画が狂っちゃったかな?」

 

 水晶に映るのは悠木そらね、そして対峙する魔女たちだ。

 少女は水晶を回すと、暁美ほむらと日向エリを映す。

 

「せっかくあの魔女たちを操作して邪魔な方のほむらちゃんとエリさんっていう変な魔法少女を殺せそうだったのになー……ふふっ、まぁいいや☆」

 

 残念そうな表情になった少女だが、すぐにニヤリと笑う。同時に水晶を手で潰し粉々に粉砕した。

 

「まだ聖カンナとかいう人間もどきから貰った『コネクト』には、使い道はあるものね」

 

 少女は左手の穢れきったソウルジェムを眺めつつ、何もない自分の真後ろに話しかける。

 

「まだ始まったばかり……焦っちゃったらもったいないよね」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ『神様』……そう思わない?アハハハハハハハハハ!!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「日向さん、あの黒い子を連れて下がっててくれ」

 

 俺は魔女たちを威嚇しつつ、日向さんに言う。

 戦えない後ろの二人を今すぐにでも逃がしたいけど、出口は魔女たちが塞いでいて通れない。だからここは二人を下がらせ、俺一人で魔女を全て倒し結界を解かないとな。

 

『ここの魔女は『蜘蛛の巣の魔女』といって、結界そのものが魔女という珍しいケースだ。この魔女自体は戦いはしないけれど、親となり変わりに大量の使い魔を生む。

 その使い魔が成長して繭になり、人間を捕食して蜘蛛のような姿の子魔女へ変化する。この結界から抜け出すためには一度魔女を全滅させたあと、結界へ直接攻撃するしかないよ』

 

 先ほどキュウべぇはそう俺に教えてくれた。教えてくれるのは大変ありがたいが、そんな分かりやすい助言をされると、何か裏がありそうで怖くなる。けど、今は他にどうすれば日向さんたちを無事に結界を抜けるか思い付かないから、それを当てにするしかないんだがな。

 とりあえず、あの白狸を信じることにした。

 

「俺はこの結界ごと魔女を倒すから、早く」

「あ、うん、ありがと。……頑張ってね、魔法剣士さん!」

 

 日向さんは黒髪の魔法少女を担ぎ、出口と反対側の通路へ下がっていった。

 直接見たわけじゃないが、彼女らのソウルジェムはかなり穢れてるだろう。数日前に訊いたが、日向さんは何個かグリーフシードを持っているらしい。なんとかそれで浄化してくれればいいけど…。

 

『グガァァァ!!』

 

 魔女たちはそれを逃がすまいと、一斉に走り出す。獲物に集中して眼中にないってことか…けどな──

 

「二人はやらせないぜ!」

 俺は剣を左手に持ち変え、右手を前方に突き出す。そして右手甲のソウルジェムに魔力を込め、蒼い輝きを灯す。輝きは辺りを照らすと同時に光は形を形成し、徐々に糸状に変わっていく。

 

 これが俺の魔法……

 

「名付けて、光弦糸!!」

 

 ソウルジェムから大量の光弦糸を作り出し、魔女たちに向けて一気に展開させる。糸は直進する5体のうち3体を拘束し、その胴体を締め上げた。

 俺は捕らえた3体を宙に浮かびあがらせ、結界の壁めがけて思いっきりぶん投げる。派手な音をたてて魔女たちは結界に激突し、さらに3体に結びつけた光弦糸を壁と同化させ動きを封じた。

 

「お前らの相手はあとだ」

 

 そうしている間に逃がした2体は、危険だと判断したのか狙いを俺に定めたようで、1体は宙に飛び、もう1体は地面を滑るように襲いかかってきた。

 

「動きが単純なんだ…よッ!」

 

 俺はやり投げの要領で宙に飛んだ魔女に剣を投げ、それが突き刺さると奴が飛んだ勢いを相殺され、地面へ叩き落とされた。

 さらに俺は地ならしをしながら一直線に走る魔女に向き直り、両手で魔女両前脚を受け止めた。

 ズドンと想像以上の大きな衝撃が腕から肩へ伝わるが、なんとか両足に力を入れ踏ん張って耐えのけた。じたばた暴れる魔女を抑えつけつつ、俺はソウルジェムに力を集中させる。

 

(こいつの脚を…紙に作り変える!!)

 

 俺は魔女の脚を掴む両手から光弦糸を直に流し込み、魔女の脚を紙質なものへ作り変える。

 そのまますかさず紙となった両前脚を千切り、バランスを崩した魔女の鋏のような口に連続で蹴りを入れ、最後の回し蹴りで顔面を完全に粉砕した。

 

 『ギャ!!?』

 

 魔女は奇妙な声を発して崩壊し消えた。

 

『どうやら君は作りかえる魔法が使えたようだね』

 

 これは別れ際のキュウべぇの言葉だ。俺の魔法の作り変えること、改変だ。どう使うのかわからなかったが…なるほど、何となくやればできるものだ。

 

「さっきのやつらは…」

 

 先ほど動きを封じた3体は光弦糸の拘束から解放され、すでに俺のすぐ近くまで迫っていた。

 俺は焦らず、光弦糸を大量に生成し、左掌からから光弦糸を巨大な防御壁のように展開する。それは光の防壁…名付けて、

 

「フィリフォルメ・バルアルド!」

 

 叫ぶと同時に俺は頭にダイヤモンドをイメージし、一瞬でフィリフォルメ・バルアルドの硬質をダイヤモンドと同じまで引き上げる。

 

『ギギャ!?』

 

 魔女たちはスピードを落とせずフィリフォルメ・バルアルドに激突し、破片を撒き散らしながら後方へ吹っ飛んだ。

 俺はその隙に走り出し、先ほど投げた剣を回収する。そして一番近かった魔女へ光弦糸を放ち拘束、そのまま引きよせ剣身で胴体へ叩きこむ。

 その衝撃をまともに受けた魔女は胴体が砕け、上半身と下半身が分離し動かなくなった。

 残りは二体だ。

 

 

 生き残っている内の一体は戦意を喪失したのか天井から垂れた糸を伝って逃げようとしており、もう一体はフィリフォルメ・バルアルドにぶつかった時のダメージが大きかったらしく、必死に動こうともがいていた。

 俺は地面に這いつくばる魔女にゆっくり近づき、その魔女の目玉へ、剣を勢い任せに突き立てる。

 

『ギャァァァァァァ!!!!』

 

 ずぶり、と鈍く気味の悪い感触が剣を通じて手に伝わる。その蜘蛛みたいな姿からは想像できない肉の感触。

 その感触は、この魔女が元は人だったことを思い出させた。

 

「今のお前には同情はするよ……けど───」

 

 俺は剣を抜こうとじたばた抵抗する魔女を力任せに持ち上げて、剣を抜くと同時に天井にぶら下がっている魔女へ蹴り飛ばす。

 

『ギィ!!?』

『グギャァ!!』

 

 魔女同士が大きな音を出してぶつかり、蹴り飛ばした勢いが無くなると徐々に落下してきた。

右手に持ち直した剣の刃に左手を添え、静かに真上から重なって落ちる魔女2体に狙いを定める。

 

「───俺はまだ、あんたみたいに絶望するわけにはいかないんだ」

 

 そう一言を呟き、俺は蒼い光を宿した剣で哀れな魔女二体を一瞬で貫いた。

『ガアアアアア!!』

『キシャアアアアア!!!』

 

 俺が魔女二体に突き刺すとほぼ同時に奇声を上げて力尽き、黒い何かを1つだけ残して消えた。

 

「………」

 

 俺は足元に転がってきた黒い何かを拾う。それはまるで球体に針が付いたようなものだ。球体の中心には網のような交差線が模様として浮き上がっている。

 

「これがグリーフシード、だよな……正直、こんなのが俺や魔法少女の魂であるソウルジェムの成れの果てとは思いたくねぇな」

 

 けど、この絶望した成れの果てのおかげで希望を持つ魔法少女は成り立ってるのも事実だ。プラスマイナス0の完璧な食物連鎖──気持ちのいい話ではない。

「ま、割り切るしかないよな……つーか、数体いてたった一つかよ…」

 

 さて、日向さんたちに早くこいつを持ってかないと──

 

 

 

「──けどその前に」

 

 俺は光弦糸を生成して剣に集中させる。纏わせた光弦糸は刀身に沿うように波打ち、原形より大きな光の剣へと変化した。

 それを逆手にに持って軽く足を開き、腰を落として剣と右手を後ろへ引いた。

 

 

 

 

 

 

 

「無限光──アインソフアウル!!」

 

 

 その言葉と共に、俺は真後ろに向けて剣を思いっきり振り払う。

 剣からは蒼く輝く衝撃波が放たれ、この結界全て、結界そのものである親の魔女を一瞬で昇華させた

 

─────────────

 

「ほむほむ、起きないなー」

 

 私は隣で静かに眠るほむほむのほっぺを軽くつねる。少し嫌がった顔をしたから、死んではないね。

 グリーフシード三個も使って浄化させたから、もう大丈夫なはずだけど…疲労かなぁ?この子魔女になりかけだったしね。

 なお、私はすでに浄化済みです。おかげで予備のグリーフシード全部消えたよ…。

 

「結界が…消えてく」

 私たちがいた裁縫の魔女の結界は、役割を終えたみたいにゆっくりと蒼い光を発しながら消滅した。それと同時に景色はさっきの路地に戻る。

 

「あ、日向さん!」

 

 さっきの私たちを助けてくれた男の子、そらねくんがこっちに走ってきた。左手には裁縫の魔女のものらしいグリーフシードが二個、握られている。この子、様子からしてさっきの魔女を全部倒したみたい。

 さっきは魔法剣士って名乗ってたけど……一体何者なんだろ。

 

「さっきはありがとね」

「どういたしまして」

 

 魔法剣士くんは私の目の前に止まり、グリーフシードを差し出した。

 

「これ、よかったらもらってくれ。多分、グリーフシードの予備はもうないだろ?」

 

 ……人のこと言えないかもだけど、お人好しだねこの子。というかなんで予備なくなったの知ってんの?

 私はちょっと動揺しつつ、グリーフシードを受け取った。

 

「えっと……い、いいの?」

「あぁ。俺だってさっきは日向さんに助けられたしな」

 

 さっき?助けられた?いやいや…私とこの人って初対面のはずだよね?でもこの人私の名前知ってるし……もーワケわかんない!

 

「…あぁ、そっか。まだ日向さんに言ってなかったっけ」

 

 私の表情を見て何を察したのか、魔法剣士くんはごめんと謝ってきた。

 そしてその次に魔法剣士くんから発せられた一言に、私は三十秒ほど頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

「俺、さっきの元後輩候補だよ」

 

 

 

 

 

「ええええええええー!!!??」

 



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