大惨事世界大戦――重航空巡洋艦出撃―― (Нае)
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序章
1.WORLD


はじめまして。
初投稿になります。よろしくお願いします。
あと、食事中の方は一応ご注意ください。



≪Китай≫

 

 

 ――今日も猿どもが私の体内を歩き回る――

 

 ――栄光の日々は遠く去ってしまった――

 

 

 撒き散らされるゴミにも、落書き(グラフ)にも慣れてしまったが……

 

 そんなところで用を足すな!

 

 トイレも満足に使えんのかお前らは!

 

 かつて太平洋艦隊の女王であったこの私が

 

 司令部の豚の小遣い稼ぎのために売られ

 

 消え去ることもできずその残骸をさらし

 

 糞尿にまみれて日々を送るとは!

 

 神の悪戯か?

 (今は無き祖国では存在しないとされていたのに

 ――もっとも、祖国の跡地では「復活」したらしいがな)

 

 

そしてストレス環境下の類人猿に見られる行動――トイレの壁に糞便を塗りたくる――が行われたとき彼女は意識を過去に閉ざした

 

――そう,ツシマ海峡を突破して太平洋に向かったんだ

 

  旗下の大型対潜艦、フリゲイト達を従え

 

  頭上を舞う対潜ヘリの群れ

 

  世界第二位の我が海軍でも、私たち姉妹にしか作り出せない光景

 

  南西諸島を越え、目指すは……

 

 

 20xx年,中国大陸南東部にある軍事テーマパークから目玉展示物が突如消滅 事件後は話題作りの炎上商法説,空母転用のカモフラージュ説などが囁かれたが,科学的な視点からの異常性にもかかわらず,より重大な社会事件が続く中であっという間に忘れ去られていった.

 

「嫌気がさして逃げ出したんじゃね?」

 

 ネット界隈のジョークとして流れたそれが,意外にも正解だったことがその世界で知られることはなかった.

 

≪Япония≫

 

そこに居たのはワイヤーと管に繋がれた老人。

 

平成末期の日本の病院ではありふれた光景だった。

 

心臓の脈動に合わせて鳴っている電子音も弱弱しい

 

迫っている死は、第三者から見れば(道端の溝での死ではないだけ)

 

恵まれていると評されるであろう最期

 

病院のベッドの上で医師と看護師に見守られての死だったが

 

老人の心は安らかとは言い難かった。

 

 

――悔いの残る人生だった。

 

――何も成し遂げることができなかった。

 

 その死はある意味ですでに始まっており、もしもその脳内を見ることのできるものが居れば、そこにはすでに筋道だった思考はなく、脳内ではかつて焼きついた記憶がシソーラスの垂れ流しのように再生されているだけのように見えただろう

 

こんな死に方は嫌だ~!

 

やり直しを要求する~!

 

やりなおせ~!

 

こんなのってないよ~!

 

あんまりだ~!

 

あんましだ~!

 

あんなしだ~!

 

えーい、これではまるでカバではないか!

 

いえ、バカでございます

 

ええいそんなことはわかっておる!

 

粛清!!

 

 

 益体も無い記憶の再生はじきに肉体の死によって打ち切られるはずであったが、最後におそらくは偶然、数度にわたって掛け合いのような思考が続き、そして意識がフェード・アウトしていった。

 

 

202○年△月□×日午前X時Y分 心肺停止確認

 

昨日も、今日も、そして明日からもその建物で繰り返されていく一幕だった。

 

 

だが、途切れたはずのその意識は奇妙な形で回復することになる。



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2.On the Beach

 気が付くと、目にまぶしい光が入り、視界が真っ白になっていた。

 

 反射的に目を閉じ、今度は少しずつ開いていく。

 

 記憶に残る最後の状況との違いにとまどいを感じる。

 たしか目を開ける力も失っていたはずだが

 

(オレ、生きてるのか?)

 

 前方に砂浜が見える。

 景色の見え方から感じられる視点の高さは

(立ってる?)

 さっきまでワイヤーと管に繋がれてベッドから動くこともできなかったはずだ。

不思議に思いながらまわりを見まわす。足元には青い水が波を立てていた。

 

「海?海の上に立ってる!!」

思わず声を上げる。

 

「もしかして、これが……死後の世界?」

「忘却の岸辺とか?海にしか見えないんだけど、三途の川なのか?」

「いやそれより、なんで水の上に立ってるんだ!?」

 状況の異常さに思考がついてこない。他に誰もいないのに声を出すことが止められなかった。

「とりあえず、陸に上がろう」

 浜辺に向かいたい、そう思った途端に体が陸に向かって動き始めた。

(よーし、そのまま進んで……)

 

 だが、大して進まないうちに急に抵抗が増えたような感覚があり、そのまま止まってしまった。

(どうやったらいいんだ?)

先ほどまでの進もうとする間隔はあるのだが、実際にはそれ以上進めない。

焦りからか考えが再び声に出始めていた。

「動け!動けよっ!!」

「くそっ!闘病生活で、頭がおかしくなったのか?」

「夢なら覚めろ!これが現実なら、動けっ!」

「陸へ!上陸っ!」

 そう叫んだ瞬間、体が水没した。

あわてて泳ぎ始める。さいわいわずかに泳いだだけで足がつくようになり、数分後には浜辺にたどりついていた。

 

(いったい、何が起こったんだ?)

 

 

 ようやく地上に足をつけたことで少し落ち着いて思考を巡らせる。

 

(まずは海上にいると気づく前の記憶を確認していこう) 病院のベット、取りつけられた医療器具、たしかに死を待つばかりの病人だった記憶がある。

(もちろん病院船だったなんてことはないはずだ。たしか病院の所在地は……??!)

 

 病院の所在地が思い出せなかった。病院の窓からの景色や、おそらく入院前に街を歩いていたときの景色が断片的に思い浮かぶが、地名が出てこない。

それ以前に住んでいた住居の場所すら思い出せなかった。

住居とおぼしきアパートの室内の画像は頭に浮かぶのに、何県何市なのか名前が出てこない。

(おちつけ。こういうときはなにか関連のあるものを思い出してそこからたどってみるんだ)

たとえば思い浮かんだ景色に地名のヒントがないかとか。

 

そう思って記憶をさらに掘り起こそうとしたとき

突然浮かび上がってきた。

 

――何隻もの軍艦と隊列を組んで海上を進む記憶。

 

――ヘリコプターやジェット機を「飛ばした」記憶。

 

 それはテレビのニュースで流れた映像のようにも思えたが、はるかに鮮明で、テレビを見ているのではないという感覚があった。

 

(俺が飛ばしている?)

 

 ローター音とともに飛び立つヘリコプター。

轟音とともに垂直に飛び立っていくジェット戦闘機。

 

 そしてそれが自分の中から飛び立っていったという感覚。

 

 飛行するヘリ、ジェット機もまるでラジコンヘリを飛ばしているかのように「自分が飛ばしている」と感じる。

 

(おかしい、仮に軍艦の乗組員だったとしてもこの感覚はあり得ない)

 

 さらに、轟音と共に打ち出される砲弾、ミサイル。

 

(これも俺が発射しているのか)

「これじゃまるでロボット怪獣か、改造超獣じゃないか!」

 

!?――体の中で人間が動き回っている感覚?

 

「いったいこれは何なんだ!?俺はどうなってしまったんだ!!?」

 

 次々に再生される異様な感覚にめまいを感じてその場にへたり込んだ。

 

 

 

 脳が再起動したのはしばらくたってからのことだった。

 

 記憶をたどるのは負担が大きすぎると感じて一旦中止、気を取り直して現状の確認にとりかかる。

 

(まずは自分の状態だ)

 

 おぼれかけたときにこの浜まで泳げたことから、体の自由はきくようだ。

 すくなくとも入院していたときならばとてもそんなことはできなかっただろう。

 浅瀬に辿りついてからは普通に歩くこともできたし、今もショックでへたりこむまでは二本の足で立っていた。

 

 手を動かしてみると、すこし視界に違和感はあるものの、思った通りに動いており、それを目で確かめたことによって少し心が落ち着いた。

 

(次はまわりの状況を確認しようか)

 足元はきめの細かい白い砂浜だ。

 今しがた泳いできた海に目を向ける。

 沖合に島は見当たらない。

 海岸線は緩やかに湾曲し、いずれもかなり遠方の岬で途切れていた。

 

 陸地に目をやると、ある程度砂浜が続いた先に林が見えた。

(松ではない?)

なんとなく南方の木と感じたのは陽射しの強さのせいもあった。

 

 見渡す限り人影は無い。家屋など人工物も見当たらなかった。

(日本国内の海辺でこれだけの広さがあって無人……もしかして無人島か?)

 

 よほど大都市から遠く離れていない限り、リゾート地として開発済み、あるいは元リゾート地の廃墟として何か痕跡がありそうな地形から、相当な僻地の可能性を感じる。

 

(まあ、日本本土内の僻地程度ならもう少ししたらだれか姿をあらわすかもしれない)

 

 再び意識を自分自身に戻す。今度は持ち物だ。

(携帯電話でもあれば……)

ズボンのポケットを探る。無い。

そのかわりに、もう少し小さな物体が指に触れた。

 

(これは……マッチ?)

 

 

 引っ張り出してみると、手ざわりから想像した通りマッチ箱だった。

だが、デザインに違和感がある。地味な色合い、それだけならばそういうマッチ箱を置いてある喫茶店もあるだろうが、寸法の比率が普通と感じるものと違っている。

 確かめようとして、それ以上に視界に違和感があることに再度気づく。

 目の前に持って来ようとしてもうまくいかないのだ。

 

(おちついて。正面から、ゆっくりと)

 

 再びあせりそうになる気持ちをおさえて近づけようとしたとき、手が顔に当たった。

目にうつるマッチ箱の大きさ、感じられる腕の角度、どうみてもまだかなり距離があるはずなのに、顔にぶつかってそれ以上近づけられない。

 

マッチを放り出して両手で顔をさぐってみる。

 

 違和感の正体が判明した。

 左右の目のあいだ、鼻とその前方あたりに巨大な突起があり、それがつい立てのように視界を制限していたのだ。左の目が右を、右の目が左を見ようとするとそれにさえぎられる。人類の先祖が樹上生活をしていたころに手に入れ、それまで当たり前のように感じていた広い立体視野の喪失。そしてほぼ常に目に入る鼻の何十倍もの突起。それが違和感を引き起こしていたのだ。

 

(これはなにかの器具?それとも『かぶりもの』)

 

 手の平からはなにか固いものに触っているという感覚が伝わってくるが、顔は触れられているという感じがしない。

 かぶりものならば外せるのではないかと思い、取り外そうと力を入れかけて、その手を止めた。

(もしもこれが医療器具の類であれば勝手にとるのはまずいだろう)

 

 ここにきて自分の状態すら怪しくなってきたことに再び気が遠くなりかけつつも、なんとか持ち直して調査を続ける。だが、携帯電話はもちろん、免許証や定期、カードなど自分の情報につながりそうなものは何一つとして見つからなかった。

そのかわりに見つかったのは十徳ナイフのような器具。

 

(なんだ?サバイバル・ゲームでもしろっていうのか?)

 金持ちの道楽とかテレビ局の企画で、十徳ナイフ一つ持たせて無人島に放置する。行動や体調をモニタリングするための装置を頭に取り付ける――不条理な状況をなんとか理解しようとして無理やり考えた構図がそれということは、それまでの読書歴――マンガかテレビの視聴歴かもしれない――から自分自身について推測する手掛かりだったかもしれないが、それに気付くことなく思考は先に進んでいった。

 

(テレビ局の企画ならまだましか――最悪なのは死亡エンド前提の金持ちの道楽か、ゲームじゃないサバイバル――どっちだろう)

 ゲームではないサバイバル状況で長く生き残れる能力を持っていたという感覚は無かった。テレビ局の企画であれは、視聴率のためなら人命を軽んじることがあるとしてもむやみに死者を出すことは避けたがるだろうから、いよいよとなったら助けが来るかもしれないが……

 

(だがそちらを前提にするのはそうでなかったときに危険が大きすぎる。ともあれ、とりあえずはサバイバルのつもりで行動していこう)

 

 こんなことならもっとその手の訓練をしておけばよかった、などと二重の意味で詮無いことを思いつつ――そもそも「以前」においてその種の「訓練」なり「学習」なりをする機会が身近にあったかどうかもわからないのだ――再び周囲の状況を調べ始める。

 

 照りつける陽射しを意識して、まず内陸に広がる林へと進むことを決める。

台風シーズンなのだろうか、浜には流木が転がり、林の入口にも何本かの木が倒れているのが見えた。

(杖がわりになる枝でも落ちているといいのに、これはちょっと太すぎ……え?)

 少し大きめだがまだしも使えそうなサイズの枝を持ち上げようとして、この日何度目かの違和感に気付く。昔の感覚で何とか持てそうと思った枝が、弱った体で持ち上げられなかったからではない。その逆に、力を振り絞る感じもなく、あっさりと持ち上がったのだ。バルサ材のような材質かと思ったが、見たところそうでもない。

(まあ軽くて強ければよし、軽くて弱くてもとっかえひっかえすればいいから、重くて持てないよりはずっといいか)

 

 そこまで考えたところで思いついた。

(そうだ、この木が動かせるならそれを使って)

 

 付近に散らばっていた倒木を集めて浜辺に「S」「O」「S」の文字を作る。

 健康な成人男子でも消耗する位の仕事量のはずだったが、息も切らさずに完成させ、さらに林に向かって矢印を付け加える。

(これで救助が来てくれたらいいんだけど)

 

 作業中何度もまわりを見まわしたが、海に船の姿は見えず、陸にも人の影は無かった。

 

(仕方ない。やっぱり内陸を探すしかないか)

 

 林の入口で探しても道らしい道はない。昼なお暗いジャングルというわけではなく、木々の間をぬって歩ける程度の林ではあったが、足元に気をつけながら進むうちに、精神的な疲れ(メンタル・ファティーグ)から立ち止まり、腰を下ろしてしまう。

 

小休止(しょーきゅーし)

そう自分に言いきかせて、実際には大休止、うたたねを始めていた。

 




現時点では艦名は(バレバレでも表向き)伏せておきます。

ソ連の軍艦を表現するのに「ベ□ク□ンみたいな」と言ったらはたして通じるかどうか
いずれメカO゙O゙Oの「全弾発射!」みたいな圧倒的な攻撃シーンも出せるといいのですが(もっとも「弾薬の節約が限界に達した末の最後の花火」とかの恐れも)


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3.遠征部隊

やっと艦娘が出ます(ただし同時に独自設定/設定改変も)



 海上を一列に並んで進む六つの影があった。

 

 もしも二十世紀前半の人間がその姿を見たならば驚きの声をあげただろう

「人が海の上に立って動いてる!」と。

 観察力に富んだ人間ならば、それが若い女性、少女と呼ぶべき姿をしていることと、大砲や魚雷のようなものを身に付けていることでさらに驚きの度合いを増したかもしれない。

 

 だが、現在、この海域において、それはありふれた光景であった。

 少女たちは「艦娘」と呼ばれ、沿岸部や港湾で見かけても腰を抜かしたりあわてて逃げ出したりする必要のない存在、もっとはっきり言えば「人間の味方」と見なされていた。それは裏を返せば彼女たちと違う「人間の敵」に当たる存在がいるということでもあったが、少なくともこの場には「敵」はおらず、少女たちは誰に邪魔されることもなく海上を進み続けていた。

 

「島が見えてきたのです」

 

「もう南西諸島?結局、今回の任務も何も起こらなかったわね。まる1週間何もない海を見張っていただけ」

 

「みんなケガもなくてよかったのです」

 

「そうはいうけど、これじゃ私たちも成長できないわよ」

 

「はいはい。まだ任務は終わっていませんよ。提督も言っておられるでしょう『基地に戻るまでが遠征です』って」

 

 おしゃべりを始めた少女たちを、先頭の少し年長に見える少女がたしなめる。

 だが、その少女も内心では同じことを考えていた。

 

(ここまで来ればもう戦闘になることは稀)

(今回の哨戒任務も交戦ゼロだった)

(全員無傷で済んだのはいいけれど)

(これではレベルアップは望めない)

 

 近海での哨戒任務が交戦ゼロで終わるのは珍しいことではなかった。

 最近では1度でも戦闘があれば「久しぶりの」という修飾語が付けられるのが常となっていたぐらいだ。

 それは、近海の安全が確保されたという意味では喜ばしいことに違いない。

 だが、戦って、敵を倒すことによって得られる成長のチャンスが手に入らないということでもある。

(このままでは、私たちは強くなれない。燃料も、機材も消耗するのに……)

 

「君たちが気にする必要は無い。それを気にするのは私の仕事だ」

 そう言われた記憶はあっても、現在おかれている状況を、後続の幼い少女たちよりも深く理解している少女は気に病むことを止めることはできなかった。

 

 そのためだろうか、視点の高い彼女よりも先に、後方の少女が気付いて声をあげたのは。

 

「名取さん。浜辺になにか見えます」

 

「!」

 まだ浜辺が水平線下に隠れる距離の島に目をやると、たしかになにか島の景色と異質なものが見えた。豆粒か針の先のようにしか見えないが、見つめているとかすかに動いており、ときおり光を反射しているのが見えた。

 

(あれは……艦橋?)

 

(言ったはしから自分が油断するなんて)

後悔の念を抑えて、名取と呼ばれた少女が指示を出す。

 

「艦橋らしきものが見えます。接近して調査します」

 

「こんな島に船?」

 

「いったいなんなのかしら」

 

「動けなくて困っているかもしれないのです」

 

「難破船ならば救助するわ。でも、敵艦の可能性もある。みんな、戦闘準備を」

 

「「「「了解!」」」なのです!」

 

島に接近していくと、少女たちの目に海岸線近くに停泊する船の形がはっきりと見えてきた。

 

「大きい」

 

「飛行甲板?空母なのでしょうか」

 

 もしもその場に艦娘たちのことを知らない人間がいたら、彼女たちの正気を疑っただろう。あるいは水上を立って進んでいる少女を見たということで、自分の正気を疑ったかもしれないが。

人間の目には何一つ人工物のない浜辺しかみえなかっただろうから。

 しかし、艦娘である少女たちの目には、飛行甲板をもった軍艦の姿がはっきりと映っていた。

艦娘たちだけが見、そして干渉することのできる世界。人間たちから艦界とよばれるそこでは少女たち自身も排水量数千トンの艦として存在していた。だが、今そこに存在する艦は彼女たちにとっても未知の存在だった。

 

「見たことのない形ね」

 

「こんなところで泊まって……動く気配もない。座礁でもしたのかしら」

(すでに距離は20キロを切った。敵の航空母艦だったとしても、ここまで近づけば搭載機を飛ばされる前に攻撃できる。戦うつもりならもっと早い段階で動きがあったはず)

 

「だったら――

「油断しないで。何かの罠かもしれない。むやみに接近するのは危険だわ。水偵を飛ばして周囲を調査します。それと、提督に連絡します。皆はいつでも攻撃できるように準備して」

年長の少女名取は自分自身混乱しかけながらも、リーダーとしての責任感から、救助を提案しようとしたのであろう少女の発言をさえぎって指示を出した。

 

 名取は艦としても他の艦娘たちよりひとまわり大きい。その艦体中央から飛行機が飛び出す。「水偵」と呼ばれた水上機は、軽飛行機を少し上回る程度の速度で浜辺に泊まった大型艦に近づいて行った。

 

 

ほぼ同時刻、帰投予定だった基地に対し通信文が飛んだ。

 

宛 境港要港部・尼子直久提督

発 第1艦隊・名取

南西諸島○○島海岸付近ノ艦界ニ空母ラシキ未知ノ大型艦ガ停泊中。

接近スルモ反応無シ。コレヨリ水偵ニヨル接触ヲ試ミル。

 

(それにしても、まるで見たことのない形の船だわ。あれだけ大きな飛行甲板をもっているのだから空母だとは思うけれど。敵の空母にもあんな艦型のものは報告されていないはず)

 

 その船は、彼女の知るどんな空母よりも大きかった。

 さすがに重量感ではおよばないが、船体の長さはかつて観艦式で見た戦艦大和に匹敵するだろう。

 

(それにあの艦橋。まるで重巡洋艦の大型艦橋ね――そうか!)

名取はようやく目の前の船を異様に感じた理由を理解した。

 

(あの船は前半分は飛行甲板が無い。普通の軍艦の形をしているんだわ。まるで航空戦艦のように。飛行甲板は船体後部と、張り出した形で中央部まで伸びている)

 

(その割に大砲を積んでいるように見えないけど)

 船体の前半分だけを見れば重巡洋艦の20センチ砲、いや、金剛級戦艦の36センチ砲を載せていても不思議ではないのに――そこまで考えたとき、不明艦の間近まで接近した水偵から連絡が入った。

 

「大型艦の至近距離を飛行するも反応ありません」

 

「大型艦の兵装は、船体前方に大型の魚雷発射管と思われるもの8基。その他は8センチ級の高角砲と機銃。いずれも動く気配はありません」

 

(大型の魚雷発射管?艦砲ではなく魚雷が主兵装なの?)

 

「飛行甲板はどうなっているの」

 

「飛行甲板は船体後部から中央左に張り出す形で斜めに伸びています。搭載機は確認できません」

(斜めの飛行甲板?どうやって発着艦するのかしら)

 それまで見てきた空母の発艦・着艦風景からわいた疑問は、次の報告で意識から外れていった。

 

「ここまで大型艦の反応ありません。艤装解除で放置された状態に似ています」

(放置状態――もしかして……ドロップ状態?)

 

 ドロップ、発生、誕生あるいは出現、表現はともかく、その直後の艦娘はただ浮かんでいるだけの状態でいることが多い。反応を示さない大型艦は、ドロップしたままの状態なのだろうか?

 

(ドロップ艦は普通戦場に現れる。そして、その場に艦娘がいるはず)

 

「わかりました――これから私が接近して調べます。水偵は周囲の偵察を。暁・雷・電は島を警戒。弥生と三日月は後方を警戒して。全艦いつでも不明艦を攻撃できるように照準を合わせておいて」

 

「そんな。危険なのです」

「そうよ。ここは小回りのきく私が」

他の少女たちが言い終える前に水偵からの連絡が届いた。

「海岸にSOSの文字を発見しました。流木を並べて作ったと思われます」

 

「「「!!!」」」

 

 何か言いたげな少女に対し、名取は今度はなだめるような口調で告げた。

 

「水偵から連絡がありました。接近するも大型艦からは反応なし。艤装解除で放置された状態に似ているとのことです」

 

「それって」

 

「はい。ドロップした艦娘が何らかの理由で上陸し、救助を求めている可能性があります」

 このとき、名取もまた、理解できない状態で最初に思いついたアイデアに「すがりついてしまった」のかもしれなかった。未知の大型艦と、SOSの間には別の関係――無関係を含めて――も考えられたはずだ。だが、名取がそのアイデアを口にした瞬間、残りの少女たちはこぞってそれを支持し、次にとるべき行動は決定された。

 

「助けに行かないと」なのです!」

 

 今度こそ一歩も引かないぞという意思を込めて主張する少女たちに、その意思に沿った指示が出される。

 

 名取は主砲を陸に、魚雷を未確認艦へ向けながら指示を出した。

「暁、雷、電は上陸して要救助者を捜索。弥生と三日月は海上の警戒を続けてください。水偵は島を上空から捜索して」

 

「「「「「了解」」よ!」」なのです!」

 

「くれぐれも気を付けて。敵の罠の可能性が消えたわけじゃないわ。危険を感じたらすぐに戻ってくること。いつで援護射撃できるように主砲は陸に向けておくから」

 

(本当は、酸素魚雷を持っている貴女たちを海上に残す方が良いのでしょうが)

 

名取の思いをよそに、高速で浜辺に突っ込んだ三人はほとんど速度を落とすことなく叫んだ。

 

「「「投錨!上陸よ!」なのです!」」

 

 




2016/03/04 艦の名前を変更しました。
(すみません、初回投稿時に訂正するのを忘れていました)


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4.ファースト・コンタクト

宛 境港要港部・尼子直久提督

発 第1艦隊・名取

先程ノ大型艦ハ航空戦艦ニ似タル艦型。

全長260メートル以上。

後方ヨリ中央ニカケテ斜行セル飛行甲板。

大型艦橋ノ前方ニ大型ノ魚雷発射管ラシキモノ8基

主砲・搭載機ハ確認デキズ。

水偵ガ至近距離ニ近ヅクモ反応ナシ。

艤装解除ニテ放置サレタカノゴトシ。

マタ浜辺ニ流木ヲ並ベタSOSノ文字ヲ発見。

調査ノ為、暁、雷、電ヲ上陸サセル。

 

 

「助けにきたわー!」

「聞こえたら返事をしなさーい!」

 

「聞こえたら返事してー!」

 

「助けにきたのですー!」

「返事をしてくださーい!」

 

浜辺に少女たちの声が響く。

 

上陸した三人は三方に分かれ、それぞれ声を上げて呼びかけながら進んで行った。

 

 

――――助けにきたわー!

 

 誰かが呼んでる?

 うたたねしていた意識が急激に戻り、浜辺から聞こえる声を認識した。

 

「聞こえたら返事してー!」

 

(助けが来たのか?)

 

 SOSのサインを出してからわずか数時間後、のことだったが、こんなときにはすぐに救助が来るのが当然、という感覚もあった。

 今しがた、異常な状況にあわせて考えたテレビ局の企画説や金持ちの道楽ゲーム説をあっさりと放擲して、声のする方に向かうその姿は「平和ボケ」と言われてもしかたないものだったかもしれない。だがそのような他人――それも(もしかすると全人類の中では多数派なのかもしれないが)自分の所属していた集団とは異質の――の目が意識に上がることはなく、浜辺に向かって足を動かし続ける。

 

 ほどなく浜辺と林の境界が近づいてきたところで、声の主の姿が目にうつった。

 

 

(女の……子?)

 

 歩いている間にも何度も聞こえた声から、呼びかけているのが女性であることは気付いていたし、その声質が年齢の低さを思わせるものであることも感じていた。だが、その張りのあるよく通る声と、救助に来てくれたのだという意識から、てっきり女性のレスキュー隊員かなにかだと思っていたのだ。しかし、木々の間から見えたのはどうみても10代前半、中学生か、下手をすれば小学生に見える少女の姿だった。

 

(地元の生徒も捜索に協力しているのかも)

『ロリ声の小柄なレスキュー隊員』という想像は、視野に入った三人が三人とも幼い少女にしか見えなかったことで、次の――これまた傍から見れば都合の良い――解釈にとってかわられた。

 

「おーい」

 声を上げ、少女たちに向かって歩き出す。

 

「「「!」」」

「「「大丈夫」」ですか~」

 一斉に向き直り、近寄ってきた少女たちの表情は、しかし、木陰から出た瞬間に一変した。

 

「「「!!!」」」

 駆け寄ろうとしていた動きが止まり、よどみのない動作で棒のようなものをこちらに向けてくる。

 

(棒のようなもの?)それは銃火器を撃とうとする動作のように感じられた。

 

「動かないで!動いたら撃つわ!」

 

(おいおい、どうなっているんだ?)

 

 記憶にある日本では、セーラー服を着て銃器を振り回す中学生などフィクションの世界にしか存在しなかったはずだ。

 

(とにかく言うとおりにしないと)

 反射的に手を上げかけて、その動きが相手を刺激する可能性に思い当たってあわてて止める。

 

「撃たないで。プリーズ・ドント・シュート!」

 

 目の前の異形の存在が日本語で返事をして、今度は艦娘たちが戸惑う番だった。

 人型の身体の頭部に軍艦を載せたようなその姿は、どうみても艦娘よりも深海棲艦に近かった。

 深海棲艦が艤装を外して陸に上がるなどということは、古い記録に僅かな例が記載されているだけで、彼女たちが陸戦の訓練をうけたのはごく短い期間だったが、それでも艦娘の本能から瞬時に攻撃態勢に入る。

 警告を発したのも、かつての陸上戦闘訓練が、実際には主として人間――暴徒やテロリストなど――を相手にする場合を想定したものだったことから形式的にそれを再現した部分が大きい(艦娘たちの中でも攻撃性の低い彼女たちの個性による部分もあるが)。

 次の瞬間には相手が警告を無視して攻撃を仕掛けてくる。そう思っていたところに返事が返ってきたのである。

 

「「「えっ?」」」

 艦娘たちはそろって驚きの声を上げた。

 

 

(しまった)

 自分の姿を思い出す。顔になにか器具のついた今の自分の姿は、さぞかし異様な姿に見えているだろう。

 

(姿をあらわす前に一声かけておけばよかった)

 後悔しても、今目の前には自分に向かって銃器のようなものを向けている少女たちがいる。その雰囲気からは、到底次の瞬間に「ドッキリカメラでした~」といって笑いかけてくる未来を創造することはできなかった。

 

「あ……えっと、お、おれは見た目怪しいけど、敵じゃないです。襲いかかったりしませんから。

なんなら、この場でうつ伏せになってもいい」

 手を上げかけたところで、どこの記憶だったか『両手を上げようとする動作が威嚇とみなされて撃たれる』という話を思い出して動きを止め、つまりながらも言葉をしぼり出す。

 

「そうね。じゃあうつ伏せになって。言っとくけど変な動きをしたら撃つから」

 少女の一人がこたえた。

 

 その通りに、ゆっくりと動いてうつ伏せになる。

 あいかわらず銃器らしいものをつきつけられたままだ。それが銃器の形を模しただけのおもちゃであるとか、彼女の言葉が台本にあるセリフだとかいった可能性は思い浮かばなかった。思考の奥底には存在したかもしれないが、即座に却下されていたのだろう。その場の雰囲気、そしてチップになっているのが自分の命だと思えば、五分五分ならもちろんのこと、9対1、いや99対1であっても楽観的な賭けに出る気にはならなかった。

 持っている銃は本物で、撃つと言う彼女たちのセリフは本気だ。

(子供兵士)そんな言葉が脳裡をかすめる。人生の後半期、自分の住む国の治安が悪化しかけていたとは言え、それはまだニュースで知らされる別の国の話のはずだった。

 

(ここは日本ではないのか?)

 だがいまはそのようなことを考えている場合ではない。目の前の少女たちの機嫌をそこねたら、次の瞬間にはその銃器が火を吹くかもしれないのだ。思考の流れを修正して、少女たちとの応答に集中する。

 

 

「あなたの名前は?」

 一人の少女がたずねてくる。

「私の名前は……」

(まずい、今自分の名前も思い出せないなんて言ったら……)

 だが思い出せないものは思い出せない。ごまかすセリフも思いつかず「思い出せない」と本当のことを言うしかないと思ったとき、突然言葉が口をついて出た。

 

「МИНСК――――私は重航空巡洋艦ミンスク」

 

 



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5.ピンチや!МИНСК

暁、雷、電が浜辺を捜索しているころ、海上に残った名取は要港部からの通信を受け取っていた。

 

宛 第1艦隊・名取

発 境港要港部・尼子直久

警戒ヲ厳ニシツツ調査ヲ続行セヨ。

以後、本大型艦ニ関スル連絡ハ

緊急時ヲ除キ要港部特別暗号ニテ行ウコト。

 

(特別暗号?提督はこの艦のことを隠したいの?)

名取の脳裡に、かつて短期間要港部に所属し、今はいない正規空母の姿が浮かび、そして消えていった。

 

 みずから大型艦に近づいて船体を観察、島内に向かった水偵に指示を出し、残った駆逐艦とともに海上の警戒も行う。その合間をぬって暗号文の作成と解読を行う。

 戦闘中に比べればまだ余裕があるともいえるが、戦闘中ならば目の前の敵は攻撃するだけだ。

それに比べ、今目の前にいるのは敵かどうかもわからない大型艦。

攻撃すべきなのか、観察を続けるべきなのか、それとも撤退すべきなのか。

敵だとすれば罠というのがまだしも納得のいく解釈だが、周囲に他の敵影はなく、いったいどんな罠をしかけているのか。そもそも軽巡1隻、駆逐5隻の艦隊に対し、1隻とはいえ大型空母をおとりにしてわなを仕掛ける意味があるのか。

 

(頭が沸騰しそうです)

 

『人は未決囚(サスペンス)の状態に長く耐えることはできない』

精神を削られながらその場にとどまる名取の姿は、人間に対して言われたこのセリフが艦娘にも当てはまることを体現していた。

 

 

そしてそのころ浜辺では

 

(ミンスク?重航空巡洋艦?いったい何のことだ?)

 

 名前をきかれてこたえたはずの本人が、その返事の意味をはかりかねて混乱していた。

 いったいなぜそんな名前が浮かんできたのか。自分はミンスクなどという名前ではなかったはずだし、重航空巡洋艦というのも意味が分からない。

 

 その言葉は皮肉にも発した本人よりも少女たちの方が理解出来るものだった。

 目の前でうつ伏せになった不審者の言葉を繰り返した後、質問を続けたのがその証拠と言えるだろう。

 

「みんすく?」「重航空巡洋艦?」

 

「空母じゃないの?」

「じゃあ、あの船はやっぱりあなたの?」

「外国の艦娘さんなのですか?」

 

一斉に問いかけられて、一人ずつ順番にきいてくれ、と思う余裕もなかった。

 

「す、すみません。ちょっと記憶が混乱していて。思い出せなかったり、おかしな記憶が出てきたりするんです。気が付くとこんな姿で浜辺にいて、様子を調に島の中に行こうとしたところで声が聞こえたので戻ってきたんです」

 

(ドロップ艦?)

(ドロップ直後に記憶が混乱することもあるわ)

(でもどうしてこんなところで?)

(悪い感覚もしないし、これだけ言葉が通じるのだから敵ではないと思う)

(困っているみたいです。助けたいのです)

 

「名取に連絡するわ。雷は“みんすく”の監視を、電は周囲の見張をお願い」

 

「こちら暁。大型艦の艦娘かもしれない存在を発見。頭が軍艦の形をしていて、敵を連想させるけど、攻撃してくる様子は無いわ。悪い気配は感じないし、言葉も普通に通じる。種別は重航空巡洋艦で、艦名は“みんすく”って言ってる。あと、ちょっと記憶が混乱しているみたい」

 

「わかったわ。提督に連絡する。暗号化するから、返事が来るまでその場で警戒を続けて」

 

 

「あのSOSを作ったのもあなたなのですか?」

 

「はい。見た人が助けに来てくれるかと思って」

 

 あいかわらず地面に伏せたまま少女たちの質問されつづける状態だったが、先ほどに比べると語調が和らいだ感じがした。わずかに緊張が緩んだところで、あらためて自分の状態を認識する。

 

(五体投地……)

 

 それまでの極度の緊張からか、謎の単語が唐突に浮かんできた。

 

 そして、それに続いて視覚から入ってきた情報をそのまま口に出してしまう。

 

「――白?」

 

「??――――――――――!!!!」

数秒後、意味を理解した少女が表情を変える。

 

 

「な、なに見てるのよ!変態!!!」

 

少女は手に持っていた巨大な錨のようなものを振り上げ、思い切り振りおろした。

 

「ぎゃあ!」

 

「けんかはだめなのです!」

 もう一人の少女があわてて仲裁に入るが、まにあわず錨は艦の形をした頭部にヒットする。

さらに追い打ちをかけようとする雷を二人かがりで止める。

 

「ちょっと、雷!そんなことしたら死んじゃうわよ!」

「はわわ、“みんすく”さん大丈夫ですか?」

「艦娘がこのくらいで死ぬわけないじゃない。ちゃんと手かげんしてるわよ」

 

 

「あ゛~~、死ぬかと思った」

 どこかのギャグマンガの主人公のようなセリフを言いつつも、内心穏やかではいられない。

発言から殺意はなかった模様だが、行動としては錨を頭に振り下ろすというのは殺人行為以外の何物でもない。だが、それ以上に気になることがあった。

(もしかして、いやもしかしなくても鉄製ではなく発泡スチロール製とか?)

 それならば少女が振り回せたことも納得がいくが、発泡スチロールならあの速度でぶつかれば壊れるはず。

(あの速度でぶつかって壊れない材質でできたものを頭にぶつけられて、痛いけど無事なオレって一体…………そしてあの大きさのものを軽々と振り回す少女って……)

 

「かん、むす?」

 口をついて出たのは、少女たちのことばの内、一番わからなかった単語への疑問だった。

 

「そうよ、私たちは艦娘。あなたも艦娘でしょ。重航空巡洋艦とか言ってたし。あ、私は駆逐艦“暁”。特Ⅲ型駆逐艦の一番艦よ。よろしくね」

 微妙に勘違いしつつ、一人の少女が答えたことで、残りの少女たちもそれに続いた。

 

「私は三番艦の“雷”よ」

 

「四番艦の“電”なのです」

 

「あかつき、いかづち、いなづま?――くちくかん――って、駆逐艦?」

 

 たしか、入院前に流行していたゲームの中に、兵器などの無機物を擬人化――美少女化して戦うゲームがいくつかあった。結局どれにも手を出さない内に入院するはめになったが。

(たしか陸・海・空それぞれあって『揃ったなぁ』とか思った気がする)

 

 目の前の少女たちは、そのコスプレをしているのだろうか。

(それとも本当にゲームの……)

 

「私は……」

 ここまで思い出していて、自分の名前が思い出せない。

 さらに思い出そうとすると頭痛がぶり返し、それと共に頭の中で「МИНСК」という声が響いてくる。

 

「やっばりよくわからない。ミンスク……かもしれない。重航空巡洋艦……みたいな?」

Тяжёлые авианесущие крейсеры(重航空巡洋艦)。「МИНСК」とともに頭に響く聞きなれない音は、なぜかその意味が理解できていた。

 

「ミンスクさん、夕立ちゃんみたいな話し方なのです」

 

「それと、ごめんなさい」

 

 雷と呼ばれた少女に謝罪する。

 

「あ、……、うん、もういいわ。忘れてちょうだい。あと私もごめんなさい」

 

 その頃海上では名取が懸命に暗号文を組み上げていた。

 

発:名取 宛:提督

上陸部隊ガ大型艦ノ艦娘ト思ワレル存在ヲ発見。

頭部ガ軍艦ノ形ヲシ、敵ヲ連想サセルモ攻撃ノ気配ナシ。

悪イ気配ハ感ジラレナイトノコト。

言葉モ通ジ、“みんすく”ト名乗ル。艦種ハ重航空巡洋艦トノコト。

尚記憶ニ混乱ガ有ル模様。

本艦隊ノ監視下デ日本ニ回航シテノ治療・調査ヲ具申ス。

海上オヨビ島内部ニハ異常ナシ。

引キ続キ周囲ノ警戒ト“みんすく”ヘノ尋問ヲ行ウ。以上。

 

暗号文を送信し終わったところで、錨を振り上げる雷と止めようとする電の姿が目に入った。

騒動はすぐにおさまったが、確認のため問いかける。

 

「何があったのですか?」

 

「え、えーーっと…………「“みんすく”さんが雷ちゃんのパンツを見てしまったのです」

「ちょっと!言わないでよ!」

 

 電があっさりと事実を伝えてしまい、一気にその場の緊張が崩れる。

 

「そ、それで相手の様子は?」

 もしも、本来敵ではなかったのに、これをきっかけに敵意をもたれることになったら……。

 不安から早口になった名取の質問に対し

 

「謝ってもらったし、もういいわ」

「なかなおりしたのです。そもそも偶然目に入っただけなのです」

 上陸部隊からの返事は、名取の期待していたものとずれていたが、それでも心配することはないという感覚は伝わってきた。

 

 ほぼ同時に要港部からの暗号文が届く。

 このペースで返信があるとは……名取の脳裡に提督と秘書艦が懸命に処理している姿が浮かんだ。

 

大型艦トノ意思疎通可能ナラバ監視ノ元デ秘密裏ニ境港マデ回航セヨ。

他艦隊ノ誰何ヲ避ケラレヌ時ハ「どろっぷ」セシ空母ト称セヨ。以上。

 

(本当に、内密につれて帰りたいんですね)

 

 海上にも、島内にも異常は発見されていない。イレギュラーなドロップ艦と考えてもよさそうだ。そう思ったのは、未決囚状態から逃れることを切望する精神の防衛策だったかもしれない。

この日のこの島で連続して起こっていることだが、そんなことは知るよしもない名取は上陸部隊に連絡した。

 

「その“みんすく”さんは敵ではないのですね」

 それはもう、名取にとってもなかば決まった判断を確認するだけの発言だった。

 艦娘が敵深海棲艦に感じる感覚は独特のもので、暁たちがそれを感じない時点で、たとえ見かけが似ていても、それはもう別のなにかなのだろう。まして――艦娘の…………パンツを見て殴られてあやまる深海棲艦など、名取には想像もできなかった。

 

「提督から要港部に連れてくるようにとのことです。ついてくるよう説得してください」

 

「「「了解!」よ!」なのです!」

 




>この変態!
「ロシア語に入った日本語」に“Хэнtаи(ヘンタイ)”があるらしくてショック[Wikipedia「ロシア語」より]


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6.抜錨

「みんすくは以前の記憶が無いのね」

『あかつき』と名乗った少女が、先ほどとうって変わってやわらかい口調で問いかける。

 

「まるで無いわけじゃないけど、断片的にしか思い出せないし、つじつまも合ってないような感じで。名前も本当のところはわからなくて……」

 

 “ミンスク”と名乗ったばかりなのにそれはないだろう、と突っ込まれても仕方ない返事だったが、少女たちの顔には同情が浮かんだ。

 三人ともドロップ直後から艦としての記憶があり、艦娘であるという認識もすんなりと受け入れたが、僚艦でドロップ直後に記憶が戻っていなかった艦娘から、その言いようもない不安を聞いたことがあった。それでも普通はその場に他の艦娘がいるはずで、事実その僚艦も説明を受けることができたのだが、このミンスクは記憶が戻らないまま、一人ぼっちで島に上陸し、さまよっていたのだ。

 

(すごく、心細かったと思うのです)

 

「そう、大変だったわね。でも、私たちが来たからにはもう大丈夫よ」

 『いかづち』と名乗った少女が声をかける。何が大丈夫なのか突っ込ま以下略。

 だが、自分よりずっと年下に見える少女の言葉は力強く、不安が打ち消されるような感覚があった。

 

「えっと、みなさんは、私を助けに来てくれたのですか?」

 正確に言えば最初はそうではなかった。もしも敵と判断していた場合、銃弾を浴びせていた。

そのことで一瞬あきかけた間を埋めたのは『いなづま』と名乗った少女だった。

 

「“みんすく”さん困っているのです。電たちが助けるのです」

「そ、そうよ。助けにきたのよ。それでなんだけど、これから私たちの要港部にきてもらいたいんだけど、いいかしら?」

 

「ようこうぶ?」

「そうよ、要港部。鎮守府よりちょっと小さいけど、立派な基地なんだから」

「仲間の艦娘たちもたくさんいるから、あなたの記憶もきっと戻るわ」

(チンジュフ?キチ?)

 あいかわらずわからない単語が混じっていたが、少女たちの言葉の不思議な説得力に、再びすがりついてしまう。だが、この日2度目のそれは、前回すがりついた自分の想像よりもずっと力強く感じられた。

 

「お願いします」

 

 

「こちら暁。“みんすく”を保護。これから要港部に来るって」

「こっちよ“みんすく”」

うながされるままに海に向かって歩く。

 

「えっと……船か何かで移動するんですか」

 

「船か何かって、そこに泊まってるのがあなたの艦でしょ?」

 

 暁が海をさし示す。

(いや、そこに泊まってるって言われても…………!?)

 

 指さす方向に、あった。

 

 一瞬、目がくらむような感覚の後、視界には、小型の客船ほどの大きさの、しかし一目で軍艦とわかる船が岸辺に3隻並んで停泊しているのが映っていた。

 その少し先に、その3隻が小舟に見えるほどの大きさの軍艦。

 さらに沖寄りに手前の3隻と同じか、少し大きいくらいの軍艦が数隻遊弋しているのが見える。

 

 見えるのだが、なにか見え方がおかしい。

 

「あれ?あの船?」

 

 なにか、バーチャルリアリティーのゴーグル越しに見ているような感じがして、目の前を手で払ったが、船はまだそこに見えていた。

 

「見えるでしょ」

「あ、えっと、見える、けど……」

 

「艦の世界なのです。あれが見えるのは艦娘だけなのです」

 もちろん、敵である深海棲艦にも見えるのだが、それには言及せずに電は断定した。

 

「だから、“みんすく”さんも艦娘なのです!」

 

「さ、ついてきて」

 そう言うと三人はそのまま波打ちぎわから海に向かって歩いていった。

 

 いま見えているもの、出てくる単語の現実味の無さにくらべると、足のつく深さの水に入ることに抵抗は無く、言われるままに歩いていく。

 

「このくらいかしら?」

「大丈夫でしょ。赤城さんもっと遠くてもとんでたし」

 胸まで水につかるようになって、さすがに大丈夫かと思い始めたころだった。

 背たけの関係ですでに首から上だけが水面上に出ている状態の少女が声をかけてきた。

 

「“みんすく”さん、この距離から抜錨できますか」

 

「え、ばつびょう?」

 なにそれ、と声には出さなかったが、わからないということは語調で伝わっていた。

 

「えっ?抜錨もわからないの?」

 驚いたように聞き返す。

 

「あ、はい。……というか、わかりません」

 否定疑問にどうこたえようかと、ちょっと迷ってから言葉を足す。

 三人は顔をしばらく見合わせていたが、やがて一人の少女が声を発した。

 

「まぁ艦娘ならやれば出来るはずよ。見てて。こうよ―――」

続けて叫ぶ

「抜錨!」

 

 同時に起こったことは、この日印象に残るわけのわからないことトップ3入りが確実だった。

 叫んだ少女は水面から跳び上がり、目の前の船に向かって光跡が伸びる。

 光跡が船に届くと、一瞬船体が光を帯び、それがおさまった後の船はあきらかに雰囲気が変わっていた。

 そして

「こうよ。わかった?」

船から少女の声が聞こえてきた。

 

「え?え?」

(ふ、船がしゃべった!!)

 

「もう、暁ったら。いくらなんでもそれじゃわからないでしょ」

 疑問の声をきいて、残った少女の一人が言葉を続ける。

 

「いい?あなたの艦に意識を集中して。跳びあがる感じで叫ぶの。雷ちょっとやってみて」

(いや今最大の疑問はそれじゃないんですけど)

口をはさむ間も無く、少女は話を進めていく。

 

「はいなのです。“みんすく”さん、見ていてくださいね――――抜錨!なのです!」

叫び声とともに、同じような超常現象が繰り返された。

 

「こんな感じ。あ、『なのです』はいらないから」

 

(そう言われても……)

「すみません。わかりません」と言おうとした口は、異なる動きをして声を発していた。

 

抜錨!(Сняться с якоря)

 




抜錨のロシア語については“Weigh anchor.”を翻訳サイトで英→露訳しました。
(実際のソ連/ロシア海軍でどう言っているかは置いといて)作品世界のヨーロッパではweigh anchorに相当する言葉が「抜錨」、という扱いで。

なお、逆に和訳させると
Weigh anchor.→いかりを重量測定しなさい。
Сняться с якоря.→アンカーを揚げること。
と、なんとなく正解に近づいている感じで不思議。


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7.Ура!

抜錨(Сняться с якоря)!」

 

 みずからの発した叫び声が響く中、直前まで浜辺で胸まで水に浸かっていたはずの体は、浜から離れ、高い視点から海面を見下ろしていた。

 

「これは……」

 

「ね、ちゃんと出来たでしょ」

 

 声は軍艦から聞こえていた。いつの間に向きを変えたのか、陸の方を向いていることに気付く。

 

(さっきの女の子は?軍艦に向かって飛んでいったように見えたけど)

 

 すごいジャンプをして船に飛び乗ったのか?

 すでにそれまでの常識では考えられないことを大量に経験していたため、もうその程度の非現実性はあまり気にせず、少女を探して船の上を見つめる。

 

(?!!?)

 

 再びめまいに襲われた後、そこに先ほど飛んでいった少女を発見した。

 それぞれの艦が泊まっていたところに、先に飛んでいった黒髪の少女「暁」と、後から飛んでいった茶色い髪の少女「電」がたたずんでいる。

(いや、泊まっていたところ、じゃなくて)

 今もそこには軍艦が浮かんでいるのだ。その同じ場所に、二重になったかのように少女が存在している。

 

「出来たわね。じゃ、私も行くわ。抜錨!」

 

 声と共に三人目の少女「雷」が現れる。ちょうど三隻目の艦と重なる位置に。

 

(もう、なにがなんだか……)

 

 

 

「“ミンスク”さん、ですね」

 視界の異常へのとまどいがおさまらないうちに、沖の方から別の声が聞こえた。

 振り向こうとしたが、体がうまく動かない。首はある程度回せるのだが、下半身がタールにでも使ったかのようで向きを変えられないのだ。無理やり動こうとすると、少女たちが口々に叫びだした。

 

「ちょ、ちょっと何してるのよ!そんなところで旋回できるはずないでしょ!!」

「座礁しちゃうわ!止まって!!」

「あぶないのです!止まってください!」

 

 その声の激しさに思わず立ち止まる。

 

「ホントに記憶がないのね」

「重症ね……いいわ、私の動きを真似してちょうだい――後進!」

 

 そう言うと雷はゆっくりと後ずさりでこちらに近づいてくる。

 

(後ろに向かって動く?)

 とりあえず真似しておこうと「後進!」と口にして、後ずさりする。

 今度は抵抗なく動くことができた。

 

「そう、その調子よ!」

 

「いったんスクリューを止めて――後ろに進もうとするのを止めて。すぐには止まらないけど、――そう、それでいいわ」

 

「今度はゆっくり前進して」

 

「進みながら右へ曲がる感じで。面舵一杯!」

 

 少女に指示されるままに動き、気が付くと島を背にする体制になっていた。

 

「もういいかしら。まっすぐ進むわ。前進!」

 

 進もうとする方向に広がる海原を見て、いいようもない高揚感が沸き起こる。衝動に突き動かされるままに叫び声をあげた。

「前進!――――前進!Ура!」

 

 

≪МИНСК≫

 

――――――海?

 

――――海だ

 

――海だ!

 

海だ! 海だ!! 海だ!!!

 

 ミンスクの艦体の中で、歓喜を爆発させる意識があった。

 

(神は存在したのか!?)

 帝政時代の科学者の言った通り何光年か先に神がいて、願いを聞き届けてくれたのか。

 

 かつての艦の記憶、晒し者にされる日々、そして意識が途切れたと思ったら、海の上にいた。

 

 まだ意識が覚醒しきっていない状態で、はじめからはっきりとわかっていることがあった

――私はМИНСК。重航空巡洋艦МИНСК。

 

そしてもう一つ、時間と共にわかってきたこと

――貴方が私の提督か。

 

 ゆめうつつの状態で自分を「上陸」させ、陸上を歩くというかつてない経験をさせた、もう一つの意識。今は自分に気付いてもいないその意識が、おのれの指揮官であることを、МИНСКは知覚していた。

 

Японский(日本人)?)

 かつての仮想敵国の一つだった日本。その国の人間の指揮を受けることに全く抵抗がないわけではない。

 

――だが、彼らは常に手ごわく、尊敬に値する敵だった。少なくとも私を売りとばしたロシア人の豚提督や、あの――――猿どもにくらべればずっと。

 

 まわりを囲む艦たちも、自分よりもずっと小型で、大砲中心の武装は見るからに旧式ではあったが、その動きには隙がなく、高度な訓練を受けていることが見てとれた。

(そもそもそんなことをするつもりはなかったが)たとえМИНСКが――ミサイルであれ搭載機であれ――攻撃をしようとすれば、あっとういまに砲弾の雨を浴びることになるのは明らかだった。

 

――Того(トーゴ―)の教え子たちか

 

 操艦のおぼつかない自分たちに、懸命に指示を出す小型艦の姿――軍艦としての姿と、可愛らしい少女の姿、МИНСКには両方が見えていた――を見ながら、МИНСКは微笑をうかべた。彼女たちならば、かつての海軍全盛期の僚艦たちと比べても、まさるとも劣らない艦隊を組めるだろう。

 

――ああ、ありがとう。大丈夫だ。もう自分で動ける。

 

普通に海の上をゆくのにさしつかえない程度には意識がはっきりしているのを感じる。

 

そしてМИНСКは忌まわしい記憶を振り払うように叫んだ

 

「Ура!」





人だった側の意識・外部視点→ミンスク
艦だった側の意識→МИНСК
と表記します。


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8.要港部へ(1)

2016/03/04に3話で登場した艦を変更しています。
(すみません。訂正し忘れたまま投稿していました)



「前進!――前進!Ура!」

 

 外海に向かって進み出したミンスクに、沖にいた艦娘たちが近づいてくる。

 

「では改めて。私は名取。長良型軽巡洋艦の二番艦で、この艦隊の旗艦をつとめています。よろしくお願いしますね」

 一番年長に見える少女が話しかける。船もほかの船よりも二回り以上大きい。

 

 返事を……でもなんと名乗れば――そう思ったとき、再び言葉が頭に浮かんできた。その言葉をそのまま口にする。

「ミンスク――――私はキエフ級重航空巡洋艦2番艦ミンスク――、です。よろしくお願いします」

 

 どうにも以前の名前を思い出せないまま、とりあえずミンスクと名乗っておこう、そのような形で自分の呼称について折り合いをつけることにした。その間、残りの少女たちの自己紹介が続く。

 

「初めまして。睦月型駆逐艦三番艦、弥生、です」

 

「睦月型駆逐艦三日月です。よろしくお願いしますね。」

 

 名取とともに沖合にいた艦娘たち。艦の大きさは暁たちよりもまだ少し小さめに見えたが、雰囲気は落ち着いていると感じられた。

 

「えっと、名取さんにやよいさんと三日月さん――それと、あかつきさんといかずちさん、いなづまさん――ですね。よろしくお願いします」

 

 駆逐艦の形は識別できなかったが、少女の姿は最後に呼んだ二人を除いて容易に見分けられた。

(前方の、淡い髪の色をした落ち着いた感じの少女がやよい。黒髪の少女が三日月。後方から来る、黒髪で帽子をかぶった少女があかつき、茶色の髪の少女たちがいかずちといなづま)

 

 幸い今回は正解だったようだが、おそらく最後の二人は何度か間違えてしまいそうだ、そう思いながらミンスクは少女たちに向かって頭を下げた。

 

(海外艦?聞いたことのない名前だし、さっきの叫び声も聞いたことがないわ)

 

「これから境港要港部に向かいます。ミンスクさんは私の後についてきてください。輪形陣でミンスクさんを護衛します」

 

(さかいみなと?港?堺?りんけいじん?)

 またいろいろと理解できない単語が耳に入ったが、それよりも艦娘たちが一斉に動き出す様子が目に入ってミンスクの注意をさらった。

(これは……これでぶつからないのはけっこう凄いんじゃないかな)

 おそらく幾何学的に定められた所定の位置につこうとしている動きに気を取られかけたところで声がかかる。

 

「ミンスク、ちゃんと前を見てないと危ないわよ」

「あ、すみません」

 気がつくと前方の名取との間隔が狭まっていた。

(スピード出しすぎた。安全運転。安全運転)

 

 しばらくはひたすら名取の艦尾を追って進む。まわりの艦の様子も気にはなったが

(よそ見したらまずいしなあ……自分も船だったら、レーダーとか載ってないのかな)

 

 そう思った次の瞬間、頭の中にまわりの艦の位置が浮かんできた。まるで昔のテレビに出てきたレーダーの画面のように、中心から等距離に6個の輝点が浮かぶ。

(レーダー?マジで?)

 自分の脳内にそのような画像が浮かんできたことのほうがショックで、ミンスクがその6個の輝点がきれいに正六角形を描いていたことに気が付くのはかなり後になってからになる。

(海の上を進んでいけて、レーダーみたいなことも出来る、一体俺って……)

 またしても自己の存在について考え込みかけて「ミンスク!速度出しすぎ!」怒られるのだった。「すみません」

 

「ミンスクさんは重航空巡洋艦でしたか。普段はもっと速度を出しているのです?」

 

「えっと、もっと早く動けると思うし、全力とかでなく普通に動いてももう少し速度は出せそうな感じ、です。今はちょっと意識して速度を落としている感じかな」

 

「今は戦闘中ではないので燃費を考えて速度を落としています」

 

 名取によると、ここは南西諸島の南端に近く――現在位置がやっと分かった――これから二昼夜かけて米子市の北にある境港に帰投する予定だという。

 

 

 一方、艦内のもう一つの意識は、最初からレーダーで動きを追っていた。

 

――まあこれは護衛半分監視半分なのだろうが……それにしても見事な艦隊運動だ。太平洋艦隊の全盛期でもここまでの正確さと速さはなかなか出せなかった。これはかのフィッシャー提督の艦隊にも勝つのではなかろうか。

 

 完全に囲まれた状態になっても不安にはならなかった。МИНСКの知る日本の軍艦(ああ、ゴエイカンとかいうのだったか)は、決して向こうから先に手を出してくることは無かった。

(このまま操艦の妙を見ながらЙонаго(ヨナゴ)の近くにあるというСакаиминато(サカイミナト)基地までエスコートしてもらえばよい)

 実際にはまわりにいるのは海上自衛隊の護衛艦ではなく大日本帝国海軍の軍艦であり、むしろ最初に遭遇した際に問答無用で攻撃されなかったのが相当な幸運であったことをМИНСКが認識するのはもう少し先のことになる。

 

 

≪境港≫

 

ミンスクたちが東シナ海を北上している頃、境港要港部では職員たちが艦隊の帰投まで二日あるとは思えなないほどのあわただしさで動いていた。

話は数時間前にさかのぼる。

 

宛 境港要港部・尼子直久提督

発 第1艦隊・名取

先程ノ大型艦ハ航空戦艦ニ似タル艦型。

全長260メートル以上。

後方ヨリ中央ニカケテ斜行セル飛行甲板。

大型艦橋ノ前方ニ大型ノ魚雷発射管ラシキモノ8基

主砲・搭載機ハ確認デキズ。

水偵ガ至近距離ニ近ヅクモ反応ナシ。

艤装解除ニテ放置サレタカノゴトシ。

マタ浜辺ニ流木ヲ並ベタSOSノ文字ヲ発見。

調査ノ為、暁、雷、電ヲ上陸サセル。

 

「空母ラシキ未知ノ大型艦」の報で始まった要港部の緊張は、この通信文が届いたことでピークに達した。

 

(「航空戦艦ニ似タル」だって?伊勢型ではないのか?)

 要港部のトップである提督・尼子直久の頭脳が高速回転を始める。

 水偵が至近距離まで近づいて確認した以上、伊勢型、あるいは――いきなり航空戦艦としてドロップすることは考えづらいが――扶桑型なら見間違えることは考えづらい。利根型・最上型の航空巡洋艦だとしても同様だ。だが、知識を探っても伊勢型・扶桑型以外で航空戦艦と見間違えるような艦はなかなか出てこなかった。

 

 南西諸島でのドロップは扶桑型以上に考えづらいが、大改装前のフューリアスなら後部に巨大な主砲が残っているはずだし、ゴトランドなどの航空巡洋艦を戦艦とは間違えないだろう。万が一距離感を誤っていたとしても、中口径の主砲が見えるはず。

前方に大型の魚雷発射管?そんな組み合わせは歴史上どこの国も作らなかったはずだ。もちろん秘密裏に計画されて、未完に終わった艦で、いまだに情報が公開されていないという可能性もゼロではないが……

 

(それよりは、未確認の敵艦という方が可能性は高い)

 

 敵艦も、その多くはかつて実在した艦に対応付けられる形をしているが、そこから逸脱する頻度もその度合いも艦娘よりも大きいというのが定説だった。

 

 仮に可能性が五分五分以下であったとしても、危険性を考えれば敵である場合を優先して考えるべきなのは明らかだった。だが

 

(至近距離に近づいても反応なし?)

 

 航空戦艦であれ、巡洋艦であれ、航空戦力を活かそうとするならば彼我の距離のあるうちに動くはず。敵側ではほとんど報告された例がないが、故障か燃料切れで動けないとしても――

 

(せめてもの反撃はしてきそうなものだが)

 

 これまで知られている限り、一部の潜水艦が味方に気付かれずにやりすごそうとするケースはあっても、敵の水上艦が互いに視認できる距離にあって攻撃してこないというケースは皆無だった。戦闘狂と言われる一部の艦娘ですら退避を選ぶような、戦力的に圧倒的に不利な状況ですら、逃走よりも突撃を選んでくるのが深海棲艦という存在なのだ。それが、攻撃も逃走もしないとは。

 

(罠か?だが味方はすでに雷撃必中距離まで近づいている)

 

 仮に大型の魚雷での攻撃を狙っているとしても、配下の艦娘たちはもともと水雷戦の専門家だ、停止した大型艦など怪しい動きをした瞬間に61センチ魚雷の餌食にするだろう。

 

(そもそも、大型艦を餌にしてまで罠にかけるほどの戦力ではないのだし)

 艦隊の主は、自分の艦隊が全体の中でどの程度の地位を占めているかについて、過大な評価はしていなかった。

(むしろ、もしも敵の大がかりな罠であったならば、敵がその種の罠を仕掛けてくるようになった、という行動パターンの変化の方がよっぽど重大だ)

 

 その場で名取たちが陥ったのと似たような混乱をきたしていた思考は、見返した文面の中の、ある言葉の意味に気付いたところでぴたりと止まった。

 

「斜行せる飛行甲板――――!アングルドデッキか!」

 

 『大侵攻』直前、人類の全盛期ともいうべき時代の最後に英米超大国が建造した大型空母の特徴。艦娘にせよ深海棲艦にせよ、出現するのは最新でも第二次大戦末までの艦船と相場が決まっていたがこれは……

(もしも艦娘ならば世紀の拾い物かもしれないな。それこそあいつらに一泡吹かせられる位の)

 

 提督の脳裡に、一度要港部に所属し、いまはいない大型艦の姿が浮かんだ。

 

(今度は他の鎮守府に奪われないように……)

 

「ちょっと、あんた!大丈夫なの?少しは落ち着いたらどう?」

 かたわらに立つ秘書艦が、司令官の懊悩ぶりに思わず声をかけたときには、すでに方針は決まっていた。

 

「艦隊に打電。文面は――――

 




ゲームだと、たとえば金剛型が終始「高速」だったり、艦載機に96式よりも前のものが無かったりすることから、ドロップ/建造直後の時点で第二次大戦の少し前くらいの状態になっているようですが(公式のアナウンスとかありましたっけ?)そのあたりは「設定改変」ということで。
18インチ砲搭載の航空巡洋戦艦とかも浪漫かと(本作中で出るとは限りません)


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9.要港部へ(2)

 境港要港部の提督執務室にたてつづけに声が響きわたる。

 

「工廠に新型の大型艦が入港する予定を連絡」

 

「ツイてるぞ。今週の海峡警備はうちの担当だ。味方が大型艦を連れて戻ってくると伝えといて」

 

「大型艦用に整備した桟橋はまだ使えるな?確認しておいてくれ」

 

 

(司令官、ホントに大丈夫なのかしら)

 

 未知の大型艦――艦名と艦種は伝えられてきたが、いずれも聞いたことのないものだった――に対する受け入れ準備を進めていく提督を手伝いつつ、秘書艦である叢雲は不安が湧き上がるのをおさえられなかった。

 

 初期艦として着任直後から支え、今では自分の仕える提督は能力的にも人格的にも平均を大きく上回ると評価している。その叢雲から見て、この1年間は要港部にとっても提督にとってもそれまでの着実な成長から一転して、急上昇と失速を味わう期間だった。

 

 待望の、というよりむしろ望外の成果である正規空母の入手。

 空母1隻以外は軽巡と駆逐艦だけの、むしろバランスの面では悪くなった艦隊を見事に運営してみせた提督の手腕。

 弱小から一躍中堅艦隊への道のりが見えてきた要港部の日々。

 そして――予想され、かつ、避けられなかったとはいえ――奪われてしまった正規空母。

 

 民間出身の提督としては心が折れても仕方ないような出来事の後も

「これはこれでティンカン・ネイビーとしてバランスが良くなったとも言えるし」

と、つとめて明るくふるまい、それまで以上の正確さで要港部の運営業務をこなしていた提督だったが、やはり内心のショックは大きかったのか。再度おとずれたチャンスを前にして、未知の大型艦が味方として要港部の戦力になる以外の可能性を頭から排除しているように見えた。

 

(私が気を付けないと)

 

 叢雲の見る限り、空母が奪われた後も、提督の的確な指揮のもと、大きな飛躍は無くとも要港部は着実に成長に向かっていた。再びあらわれた空母は、むしろそのペースを乱す邪魔者にすら思えた。

――それに、敵の高度な罠の可能性だって無くなったわけじゃないんだから

 

 

 

その頃の南西諸島沖

 

 色々渦巻いている目的地と対照的に、洋上のミンスクの心は、先ほどまでの反動もあってか妙に明るかった。

 

 前方にこの場で唯一の軽巡洋艦娘の名取、左右前方に駆逐艦娘の雷と暁、後方寄りには電と三日月、真後ろには弥生。囲んでいる側にとっては――その比率は艦娘によって違うにせよ――護衛に加えて監視の意味もある配置だったが、ミンスクは先ほどまでの悩みから一転して

(ZOC?――――そうか、これが噂に聞く美少女ZOCというやつか!)

などとわけのわからないことを考えて浮かれていた。

 

(ああ、でもせっかくみんな可愛いのに、横を見ていると怒られるしなあ……せめて、せめてその艤装が無ければ名取ちゃんのお尻とか、お尻とか、お尻とか、見えるのに)

 

 ある意味生命の危機にさらされて、種の保存本能が(斜めに)発動した結果かもしれなかったが、ばれたら不興を買うこと確実な内容が思考の表層を支配する。

 

 

 それでも、そうとは知らぬ名取の率いる艦隊は、ミンスクを囲んで順調に北上を続けていた。

 

 

 やがて、東シナ海に夕日が沈む時間帯がやってきた。

 

「ミンスクさん」

 

「は、はいっ!ごめんなさい!」

「??」

 

 艤装で見えない臀部をあきらめて、太腿とふくらはぎに視線を移していたミンスクの反射的な謝罪が理解できず、名取は言葉を続ける。

 

「これから日が暮れます。着いて来るのが難しいようなら船尾灯をつけますから言ってくださいね。あ、でも着いて来れるようなら無灯火で進みます。念のためミンスクさんも灯火は消しておいてください。敵に遭遇する可能性も少しはありますから」

 

「あ、ああ。多分大丈夫。レーダーで見えてるから……もしかしてレーダーも使ったらまずい?」

 

「レーダー?――ああ、電探ですね。いえ、電探の使用は問題ないです」

 

「その艦橋の上で首を振ってるのがあなたの電探?」

 

「ええ、そうです――――

 主レーダーMR(МР)-600“ヴォスホード(Восход)”、副レーダーMR(МР)-710“フレガート(Фрегат)”。

 自分の知らないはずの単語が浮かんできたが、なかば慣れてきたミンスクは、口に出すことなく返事を終わらせる。

 

「では今晩は無灯火で九州沖に向かって航行します。みなさんしっかり見張をしてください。ミンスクさんもレーダーになにか反応があったら知らせてください」

 

「「「「「了解!」」」」」

「了解――今のところレーダーの反応は皆さんだけです」

 

 

 そして暗い夜の海をひたすら航行すること10時間。

 腹時計でも体内時計でもなく、正確に時刻がわかることももはやおどろきではなかった。

(レーダーが装備されているくらいだから、時計くらいあるんだろう)

 おどろいたのは――――

(ねむくない。腹もへっていない)

 腹時計も体内時計も機能していないように思われた。意識が戻り、島に上陸してからどうみても半日以上たっているのに。意識が戻るまで長時間睡眠をとっていたとすれば眠けが無いのはまだわかるが、島の上でも相当に体を動かし、いまはどんな原理か知らないがかなりの速さで水上を動き続けている。2食、下手をすると3食抜かした状態で、空腹をおぼえないのはおかしかった。

(だがこれも「そういう体になったということ」なんだろうな)

 人間の順応力か、今回ミンスクが思考に没入したのは短い時間だったが、目ざとくそれに気付いた艦娘が声をかける。

 

「ミンスクさん。大丈夫ですか?疲れていませんか?」

 

「ああ、ありがとう。大丈夫。疲れてないです。というか、なんで疲れも空腹も感じないんだろうって不思議で」

 

「大丈夫なのです。たしかに船だったころとちがって、艦娘になると疲れたり、おなかが空いたりするけれど、このくらいなら大丈夫なのです」

 

(ふねだったころ?「船」か?じゃあ「かんむす」って「艦むす」?)

 自分の現在の状況から、何度か出てきた「かんむす」の「かん」が「艦」だと気付く。だが

「……『むす』っていったい……」

 口に出た疑問を、艦隊旗艦が引き継いだ

 

「私たちは艦娘とよばれる、昔の船の能力をもった存在です。見た目が人間の女性に似ているので、『艦』の『娘』と書いて『かんむす』です。ミンスクさんはまだこちらに来たばかりでわからないかもしれませんが、電ちゃんの言うとおり、大丈夫ですよ、もうすぐ夜が明けて、九州沖につきますし、そこからはあと一日ちょっとです」

 

 

「そうよ。私たちが護衛するから、大船にのったつもりでいなさい!」

 

「――この中でミンスクが一番の大船だけど」

 

「や、弥生ちゃん?? と、とにかく要港部についたらくわしく説明しますので、今は航行と索敵に集中してください」

 予想外だったらしい後方からの一言にあわて気味になりながら、名取は締めくくった。



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10.散々殺った弥生さんの考察とМИНСКの考察

あと2話で要港部に到着です。間に合えばそこまで今日中に投稿します。
(最初は3話くらいで要港部につくはずだったのに、どうしてこうなったのか)


「私たちが護衛するから、大船にのったつもりでいなさい!」

 

「――この中でミンスクが一番の大船だけど」

 

 

 期せずしてジョークとなったセリフの後も、弥生の思考は続いていた。

 

 弥生はこの艦隊中で一番の古株であり、戦果もあげている。初期艦の叢雲を除けば唯一改造対象になるレベルに到達した艦娘だった。

 いくたびか死線をくぐり抜けた弥生にとって、謎の多いミンスクを、雷たちのように素直に味方と見なすのは抵抗が大きかった。

 その経歴から艦隊の殿艦、千年前であればリア・アドミラルが座上する位置をまかされているが、今回は通常の艦隊の後方警戒に加え、輪形陣の中心にいる艦の監視と観察を期待される立場でもある。

(たしかに敵の感じはしないけれど)

 これまでに戦い、倒し、あるいは命からがら逃れてきた敵と相対したときに感じた感覚。空間が変わるようなその感覚を、ミンスクと名乗る艦から感じないのは事実だ。その点は弥生も他の艦娘と同感だった。しかし

『どんなときも油断するな。謎があるときはなおさら油断するな(だが謎だけに気を取られるな)』

 多くの敵の命を奪いつつ、みずからは生きながらえてきた弥生の戦訓は、状況を楽観視することを許さなかった。

 

 艦娘とは思えない見た目、対応する艦が思い当らない艦型、そして抜錨直後に座礁しかけるようなまねをしていたのに、今は無灯火での航行にちゃんとついて来ている。

(ついて来ているだけじゃない。測ったかのように正確に、輪形陣の中心に位置取っている)

 ミンスク自身は航行開始直後を除いてまっすぐ前、先頭艦の名取を見ているのに、殿艦の弥生と距離をちょうど二等分する位置を維持していた。左右の艦との間隔も同様だ。

(よほど電探の性能が良いのか。電探だけ使い慣れているとも思えない)

 

 さらに今の発言だ。

 

(普通、艦娘になって最初は、疲れたりおなかが空いたりしやすいことに驚きを感じるもの。私もそうだった)

(でも、ミンスクはそれとは逆に、疲れないこと、おなかが空かないことに驚いている)

 それがどのような意味を持つのかはわからなかったし、ミンスクから敵の気配も感じていない以上、直接の危険につながるとも思いづらかったが

(提督からなんでも一人で抱え込まずに話すように言われているから)

 弥生は自分の感じた疑問を暗号にして僚艦に送信した。

 

 暗号で送ったこともあり、返事が来るのには少し時間がかかった。また、返事の発信元は口頭であれば真っ先に反論が来たであろう電たちではなく、姉妹艦の三日月からだった。内容は

『しばらく島で暮らしていて空腹を感じたことがあったのでは?そして発見時は食後だったため空腹ではなかったのかもしれない』というものだった。

 

 陸で艤装を外した状態ならば人間に近いペースで空腹や疲労を感じるから、その感覚と比べて今それらを感じないことに驚くのであれば一応理屈は通る。だが、あの小島でいったん空腹になった後、空腹を――それも赤城以上の大型艦のそれを――満たすだけの食料を手に入れられるだろうか。

 

(どこかに隠し持っていたのかもしれないけれど)

 

 考えをまとめようとする間に、今度は暁から通信が届いた。

『ミンスクは米子を知っていた。敵が一地方都市の地名を知っているのはありえない』

 それを言うならば、海外艦であっても東京・大阪や横須賀・佐世保などはともかく米子を知っているのはおかしい。また、そもそも人間とこれだけ会話が通じる深海棲艦があり得ない存在なのだから、もしもミンスクが敵の特異種であれば地名の知識を有している可能性だってあるだろう。

 弥生の見るところ、暁の意見は姉妹たち同様に未知の大型艦を敵ではないと思いたがる気持ちの影響を受けたものだった。

 たが、――逆に、自分の意見はどうだろうか。敵と思い込みたがって偏った意見になっているのではないか――

 

(やっぱり、わからない)

 

 名取が議論を切り上げ、意見をまとめて要港部に伝えると言ったとき、異論は出なかった。

 考えれば考えるほどわからない状況だが、今回も賢明な提督がきっと正しい判断を下してくれる。

 古参の弥生から艦隊に来て日の浅い三日月まで、その場にいる艦娘は全員がそう思った。これまでその思いが裏切られることはほとんど無かったのである。

 

 

 同じ頃、輪形陣の中心。

 

 ソ連海軍の軍艦であったМИНСКには暗号文が飛び交っていることはわかっていた。

 おそらく自分について話し合いがあって、最後の大出力の通信で、結論を基地に送信したのだろう。

 わからないとなると多少気にはなるが、いきなり攻撃指令が出されるといった不安はМИНСКには無い。それは、かつて相対していた自衛隊に対する感覚もあったが

(いずれにせよもしも自分を沈めるつもりなら、あの場で雷撃をしていれば一撃だった)

(わざわざ基地に向かって護送している今、急に攻撃するように方針を変える根拠がない)

 

 そして――このあたりは艦隊の花形として生まれ、実戦を経験することなく艦としての生涯を終えたМИНСКの性格によるものかもしれない――基地についた後についても、捕獲され、解体・調査されるといった悲観的な予想はしていなかった。

 

 それは今МИНСКのまわりを囲んでいる艦娘たちを観察した結果。

 

 海上での彼女たちの動きは、敵国との交戦状態にある軍艦のそれだった。

 

――おそらくは潜水艦。発見すれば即座に戦闘に突入する態勢だ。だが――

 

 奇妙なことに、彼女たちは潜水艦に対すべきソナーを持ち合わせていないようだった。それどころか、通常の水上艦に対するレーダーすら使用していなかった。МИНСКにレーダーの使用を許可したことから考えて、電波封鎖をしているとも思えない。

 

(本当に日本の軍艦なのか?)

 かつての、目と耳の鋭さでは世界で一、二を争うほどだった相手(その一方で引き金の重さは疑問の余地なく世界一重かったが)を知るМИНСКにとって、今まわりにいる艦娘たちの装備は、同じ国のものとは信じられないほど旧式に感じられるものだった。

 

――そのような旧型艦ですら実戦に投入されているとするならば――

自分は大きな戦力となることができる。

МИНСКにとって疑問の余地のない確信だった。

 

 彼女たちの練度には敬意を表するが、装備は圧倒的に自分が上。普通に離れたところから戦えば、相手が見つけることもできない距離から6隻すべてを撃沈する自信があった。

 

(それだけの戦力をおろそかに扱うことはないだろう)

 第三者から見れば希望的観測と言われるような考えだったかもしれないが、МИНСКの思考がそこから大きく外れることはなかった。

 

(もしも彼女たちの「敵」がかつて祖国だったロシアだったら?)

一瞬生じた懸念も

(それはありえない。もしそうならばミンスクと名乗った時点で攻撃してくるか、すくなくともより敵対的な態度になるはずだ)

そう考えて意識から消えていった。

 

(サカイミナト、そしてヨナゴか……)

 かつてウラジオストクにはサカイミナトからの船が来ていたことがあり、船の客と話した乗組員たちが山陰地方では屈指の都市となるヨナゴの地名も口にしていた。

 狭い海を隔てて、半日ほどで行けるのに実際には訪れる機会のなかった日本の都市の姿を思ってМИНСКは気分を高揚させていた。

 

(それにしても……我が提督にもそろそろ私のことに気付いてもらいたいものだな)

 

 

 暗号でやりとりする間も艦隊は無灯火での航行を続けていたが、訓練を重ねた艦娘たちにとってはそれ大きな危険のある行動ではない(実際はМИНСКがあれこれ考えながらも艦娘たちの夜目を上回る電子の目で見張っていたため、さらに安全な状態だったのだが)

 東シナ海に朝日が昇るころ、艦隊は九州沖合に接近していた。

 



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11.Phantom Fatigue そしてなんとか要港部にたどりついた

(それにしても……我が提督にもそろそろ私のことに気付いてもらいたいものだな)

 輪形陣の中心で一方の意識がもう一方の意識に対して要求を出していたころ。

 

 

 要求された側、かつて人であった方の意識はそれどころではなかった。

 

「見た目が人間の女性に似ているので、『艦』の『娘』と書いて『かんむす』です」

 

(「娘」?見た目が人間の「女性」って、もしかして、いま、女になってる?)

 

 そういえば、島にいたときに用を足す機会はなく、自分が男であることの確証は得ていない。艦娘の説明を聞いて、自分の性別が変わっているかどうかすぐにでも確かめたかったが……そうもいかない。

 

(『ほーらお嬢ちゃんたち~(ボロン』とかやった日には即座に警察行きだ)

 実際にはまわりにいるのは普通の女の子ではなく、警察の何万倍もの火力を持った軍艦であり、その中の最小の1艦からでも攻撃されれば人間などあとかたもなく消し飛ぶ。そもそも目的は自分で確認することであって、まわりの艦娘たちに見せるというのは積極的に目指すことではない。

にもかかわらずこのようなことを考えている時点で、ここにきてようやく取り戻したかに見えた冷静さがあっさり消え去ってしまっているのは明らかだった。

 

 そのまま艦隊の中で一人悶々としたまま朝をむかえる。

 

 海上の夜明けに多少感銘を受けはしたが、陽の光を受けた目の前のふとももを見て楽しむ余裕などありはしなかった。

 

 そして、太陽が真上近くに来るころには、あらたな難題が意識を悩ませることになる。

いくらなんでも不眠不休での活動が24時間を超えることになるのに眠たくならないのはおかしい。その意識が重圧となって、疲労感、さらには眠気を呼び起こしていた。

幻肢痛ならぬ幻想の疲れ・眠気との戦い。疲れてる。疲れてない。眠い。眠くない。そして自分が男なのか女なのか。

 二日目の昼以降はそれらのことに頭を支配され、それ以外のことを考える余地はなかった。日没すらほとんど気にとめることなく、思考(の空回り)に時間を費やしていたのだ。МИНСКの意識が全面的に操船を担当していたため陣形を乱すことはなかったが、居眠り航海からの事故を起こしても不思議ではない状態だった。

 

 МИНСКも、それまでの思考にふける状況ではなくなっていた。

 操船に慣れて余裕ができ、艦内(じぶん)の様子を調べようとしたときのこと。

 

(そうか、お前たちも来ていてくれたんだ、……な?)

 

 艦内を動き回る存在。こちらも航海を続ける中でようやく通常の活動状態となった自艦の乗組員を感じ取ったはずだった。

(乗組員?)

 奇妙なことに、彼らは普通の人間とはいささかかけ離れた姿をしていた。まるでトーベ・ヤンソンの物語に出てくる妖精の中の人に近い見かけの方を思わせる姿をしていた。だが、その行動はかつての乗組員たちと変わらない。“妖精乗組員”とでも呼ぶべきだろうか。

 

(ああ、気付いてやれなくてすまない)

 

 自分たちに気付かないМИНСКに対して、なにやら不満げにアピールをくり返していた妖精乗組員たちも、МИНСКが彼らを意識したことを知ると、作業に戻っていった。艦内の点検、兵装を含めた状態の確認、彼らにとってやるべきことは多かった。実はМИНСК自身は自分が良好に整備された状態にあること、燃料・弾薬も充足していることを理解していたのだが、ずっと行われてきた通常の任務を止める気もなく、彼らの活動を好ましく眺めていた。

 

(おっと、砲塔を動かすのは止めておいてくれ。まわりの艦に疑われたくないからな)

 

 

 

 そして対馬海峡を(ミンスクは気づかないうちに、МИНСКは接近する中型艦に気づいたものの輪形陣の手前で反転して行ったためそれ以上追うこともなく)通過し、ミンスクの思考が空回りするままに時間の感覚もなくなったころ、二日目の夜が明け、艦隊は境港要港部の建物が目視できるところまでたどり着いていた。

 

「要港部はすぐそこよ!」

「もうすぐなのです!要港部についたらお風呂に入って、おいしいごはんを食べるのです!」

 

 輪形陣の中心に正確に位置取ってはいるものの、意識の集中が切れかかっているように見えるミンスクを気づかい、艦娘たちが声をかける。

 港の主の意見は異なるかもしれないが、ミンスクにとって幸いなことに、境港要港部は規模も小さく、出入りする船も少なかった。特にミンスクたちが帰投する時間帯、要港部の近くには警備らしき艦娘が一人と支援用の小艦艇が数隻いるだけで、他の艦娘や一般の船の姿は見当たらなかった。これが横須賀であれば、

(1) 東京湾に出入りする一般の船舶とぶつかる

(2) 鎮守府に出入りする艦娘の誰かとぶつかる

(3) 接岸する位置を間違える

のどれかひとつ、場合によってはふたつみっつやらかしたに違いなかったし、呉であれば

(4) 瀬戸内海の島で座礁

の可能性すらあったであろうが。

 

 半島の先端をさらに埋め立てたとおぼしき要港部の港湾設備の中で、迷う余地もないただ一つの大型艦用岸壁にミンスクが接岸したのを見て、名取を除く前方に位置していた艦娘たちが小型艦用の桟橋に接岸し、かけ声とともに陸に飛びあがる。

 

「「「投錨!上陸」」なのです!」

 

 ミンスクも見よう見まねで叫び声をあげ、陸に向かって飛びあがった。

 

「とうびょう!、っ、じょうりく!、っ!、なのです!」

 

べしゃっ!

 

(『なのです』はいらないんだっけ)

 そう思うのと、着地の異音、どちらが先だったか。

 スタッ!という音が似あいそうな着地を決めた艦娘たちに比べて、ミンスクの着地はお世辞にも見事とはいえなかった。海中への落下や、岸壁への激突といった事態こそ避けられたが、着地したときにはしゃがみ込み、両手をつくことでかろうじて頭からぶつかるのを防ぐありさまだった。そして

 

「――――っ!」

(体が重い!)

 

 海上にいるときはまぼろしのようだった疲労と眠気が、陸地についたとたんに現実のものとしてミンスクにおそいかかってきた。立ち上がろうとするとひどい立ちくらみを感じる。

 

 とりあえず一番耐えやすい姿勢で固まって、立ちくらみがおさまるのを待とうとするミンスクに艦娘たちが駆け寄ってくる。

 

「ミンスクさん、肩につかまって下さい」

 

「いや……だいじょうぶ……」

(オレが自分の足で立てなくなったときは、そのまま死んでしまうときだ……ってそんなキャラクターじゃなかったはずだけどな)

 

 身長の差もあって、下手に肩を借りるとそのまま倒れこみそうに思えたこともあったが、なんとか立ちくらみが軽くなったので、艦娘たちに続いて歩き始める。

 

「がんばれ! がんばれ!」

 

「がんばってください。あと少しなのです!おいしいごはんも用意しているのです!」

 

 普段の半分ほどの速さで歩くミンスクを、見まもり、あるいは声をかける艦娘たち。

 フラフラになってなお進もうとするマラソン走者を思わせる光景だったが

(……いや……メシよりなにより……ねむい……)

 

 

 

 もうろうとしつつも、最後の気力を振り絞ってかろうじて要港部の建物までたどりついたミンスクだったが、入口のポスターを見たところでひざをついてしまった。

 

 『この門をくぐる者一切の希望を捨てよ』などと書かれていたわけではない。

パステル調のポスターにポップな文字で書かれていたのは次のような文章だった。

 

 

『境港要港部では次のような人材を求めています

 

空母・戦艦(OL・JD)の艦娘をたくさん持っている提督

重巡洋艦(JK)の艦娘をたくさん持っている提督

軽巡洋艦(JC)の艦娘をたくさん持っている提督

駆逐艦(JS)の艦娘をたくさん持っている提督

・まともな奴 』

 

(だいじょうぶか、ここ?)

 一抹の不安を抱いた後、ミンスクの意識は暗転した。

 




>ポスター

かと言って、そこで

 もう一段
 生活下げて
 もう一艦

とか書かれていても嫌だし。

ちなみに境港は下から二つ目にひっかかるかな、という感じの提督が一人いるだけの状態です。(まだ一ケタだから『たくさん』というほどでもない?)


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12.敵か味方か?謎の大型艦

すみません。投稿間隔があきまくってしまいました。
また,実はまだ境港から出撃するところまで書きためが進んでいません。

活動報告で書いた

(1) 八月末か九月に再開し、
(2) 次の投稿シリーズではなんとかして主人公が出撃するところまで進めたいと思います

のうち、(1)を優先させる形でとりあえず投稿します。

後書きでこの先しばらくの流れを書いておきます。
ネタバレになりますが、出撃のめどが立たないのは嫌だという方は参考にして下さい。



「行ってくるわ」

 

 ミンスクたちが到着する少し前、叢雲は執務室を出、艤装をつけて岸壁に向かった。

 

 表向きの目的は護衛の引継ぎだが、実際に優先する目的は未確認の大型艦を叢雲の目で確かめ、監視することにある。

 

 艦隊がミンスクを連れて帰途についた後、提督と叢雲はミンスクと名乗る大型艦について、送られてきた情報をもとに調べたが、やはり艦型・艦名いずれについても該当する艦は見当たらなかった。

 艦名についてはソビエト連邦白ロシア共和国の首都の名称がミンスクであり、抜錨時やその後の叫び声も――名取たちが聞き取れた範囲でではあるが――送られてきた発音をロシア語として解釈すると納得できる意味を持っていた。「ウラー」については駆逐艦の響が同様の叫び声を上げることが知られており、ソ連艦である可能性は高いと思えた。

 

 ただし要港部の資料で調べる限り、ソ連海軍には、過去において同名の駆逐艦こそ存在してはいるものの、帝政ロシア海軍の時代までさかのぼってもそのような名前の大型艦は存在していない。一時期よりも薄くなったとはいえ、鉄のカーテンの向こう側のことであり、さすがに完成した大型水上艦の存在がこちらに漏れてきていないとは考えづらいが、未成艦であれば名前すら知られていないものがあるのかもしれない。未成戦艦に白ロシア共和国の名前を冠したものがあることはわかっているので、類似の命名基準で巡洋艦か空母に同共和国の首都の名前が付けられたとしても不思議ではないが――――

(結局、『確かなことがわからない』ということには変わりがないな)

 

 その後、航行中の名取からと、対馬海峡警備中の神通から連絡があったが、いずれにも決定的な情報は無かった。

 

(神通も『敵の感じはしない』か……)

 帰投予定日の早朝、役職の点でも実質的な機能の点でも要港部の頭脳である提督は静かに考えをまとめようとしていた。

 

(ミンスクと名乗る大型艦は、典型的な艦娘と敵のどちらとも違っている)

(どちらに近いかと言えばそれは艦娘だ)

 

(しかしながら)

(敵の方が未知の部分が多いし、判っている限りでも敵の方が形態のばらつきが大きい)

 

『これまでのどの艦娘にも無かった特徴を持つ、史上初の特異種の艦娘である可能性』

『これまで見たことも聞いたこともないが、人知れず存在していた敵の極端な変異種である可能性』

を比べて、前者が圧倒的に大きいとは言い切れない。

 

 たとえば江戸時代の印度支那では、日本人に出会う可能性よりも、本国は遠いものの海外進出の活発だった英国人に出会う可能性の方が高かった。それと同様のことが今回起きないとは限らない。

 

(もし万が一、敵による前例にないくらい高度な罠、であった場合)

(それだけのことをして敵が狙ってくるのはたかだか要港部一つの壊滅ではないだろう)

 

 アングルドデッキを持った未知の新型艦はのどから手が出るほど欲しかったし、弥生や神通を含めすべての艦娘たちが『感じ』では敵ではないといっているのも通常ならばそれだけで決断してもよいくらいの要素だったが、それでも警戒を完全にゆるめてしまうところまで冷静さを失ってはいなかった。

 

(いずれにせよ、まずは艦も艦娘も監視し、いつでも攻撃できる態勢を取って受け入れる。あとは会って、見て、話をして、それからだ)

 

 

 最終的に、到着後の方針は次のようになった。

 

1.艦隊と交替で叢雲が出港し、入港した軍艦ミンスクの監視と護衛にあたる。

 上陸した艦隊から名取が報告後再び海上に出てこれを補佐。

 

2.上陸した艦娘ミンスクは一度執務室に呼ぶが、おそらく空腹と疲労を訴えるはずなので食堂または大型艦用の寝室に案内。弥生が監視と護衛。

 

 さいわい今回損傷艦が無く、長期入渠は不要なので、全員が順次交替しながら艦・艦娘双方の監視・護衛を行う。

 

(叢雲には当面無休ではたらいてもらうことになるな)

 

「しばらく働きづめになるが、たのむ」

「まあ、いいわ。まかせて」

 

「少しでも異変があったらすぐに知らせてくれ。もしも間に合わないと思ったら、その場の判断で攻撃を加えて――――沈めてもらって構わない」

 南西諸島からはるばる境港まで護送してきた、艦隊の最大戦力になるかもしれない艦の処遇について、提督は一瞬言いよどんだが、叢雲に一任した。要港部内ではもちろん、全ての艦娘の中でもトップクラスとされ、これまでも何度か情報の不足する局面で要港部を危機から逃れさせてきた彼女の直観に頼ることにしたのだ。

 

「分かったわ――――まかせておいて」

 

「それと、米子の出張所に連絡。万一こちらからの通信が途切れた場合は――――

 

 ミンスクが味方になるならば、当面他の鎮守府には隠したいところだが、敵であれば、特に要港部を壊滅させるほどの敵であるならば、早急に他の鎮守府に知らせなければならない。万一の場合に開封すべき書類を作成し、米子にある境港要港部の出張所に送るよう指示を出した。

 

 

 

 艦隊は昼前、予定より少し早く到着した。ミンスクの様子を見た名取たちが、このまま海上で時間をかける方がまずいと判断し、速度を上げたのだ。海上に出た叢雲が近くで、連絡を受けた提督が執務室から見守る中、ミンスクは艦娘たちに続いて上陸、ふらふらとした足どりで要港部の建物に近づいた後、ちょうど執務室からの死角に入ったところで倒れ伏した。

 

 名取からミンスクが倒れたという報告を受けた提督は、以前に作った大型艦用の個室へ運ぶように指示。そこで雷にかつぎこまれたミンスクをはじめて間近で見ることになった。

 

「!!!」

(!!これは!?)

 

 首から上が軍艦の形になった異形の艤装に思わず息をのむ。

 

(よくこれを見て発砲をとどまれたものだ)

 

 自分ならば見た目から間違いなく敵と判断しただろう。

 

(艦娘たちは敵の感じはしないと言っていたが)

 

 提督自身は敵かどうかの感覚は、この距離で敵と相対したことが無いのでわからない、としか言いようがなかった。

 

(「感覚」については艦娘たちに任せるしかない)

 

(会話から情報を得て考えようと思っていたが、いずれにせよこれでは話すことはできないな)

 

 用意しておいた部屋のベッドにミンスクを寝かせると、弥生と職員の一人を残して一旦執務室に集合させる。

 

「まず、ミンスクと名乗る大型艦について、それぞれが見たことを報告してくれ」

 

 名取たちの報告を受け、かたわらに控えていた事務官が模造紙に絵を描いていく。

 

・全長は大和型をも超えており、約270メートル

・艦形は細長い巡洋艦型で、排水量は3~4万トン程度か

・後方から中央まで左に向かって斜めに伸びる巨大な飛行甲板

・搭載機は甲板上に無く、確認できず

・高雄型と比べてもはるかに巨大な艦橋

・砲兵装は8センチ級の連装砲を艦橋の前後に1基ずつ計2基と、短砲身の単装砲を船体各部に計6基

・艦橋に複数の動く網上の電探らしきもの

・前方に巨大な魚雷発射装置状の物体計8個

・各部に噴進弾発射装置らしきもの

 

 艦娘たちの知らない装備については想像で報告するしかなかったが、それに対して提督の質問が飛び、名取または他の艦娘が返答・補足する。事務官の描く絵にもときおり艦娘たちから修正意見が入り、それに応じて訂正されていく。

 大規模鎮守府のように本職の画家が担当しているわけではないものの、報告が一通り終わるころには紙の上にミンスクの詳細な艦型が描き上げられていた。

 

「先ほど見た首から上は実艦の形なのか――――写真を撮っておいてくれ。各部の接写写真も」

 

 

 事務官が撮影に向かうと、提督は次の質問に移った。

 

「各自が思ったこと、感じたことを聞きたい」

 

 この質問に艦娘たちは全員「敵ではないと感じる」とこたえたが、それに対し、あるいはそれゆえに提督が続けた言葉はそれと逆のものだった。

 

「そうか、だが――――」

 

(全員一致か――――これはかえってあやういかもしれない)

 

 全員が味方だと思っている状況は、もしもミンスクが正体を隠した敵であった場合、全員の反応が遅れてやられてしまう、という結果につながりかねない。そう考えた提督は、あえて厳しい表情を崩さずに彼女たちが到着するまで考えていた仮説を伝えた。

 

「――――従って、ミンスクが極めて特異な敵、あるいは敵とも味方とも異なる第三の存在である可能性を否定できない」

 

 

「あの……司令官さん」

 

少し重くなった雰囲気のもとでの沈黙を破ったのは、予想に反して暁型の末娘だった。

 

「ミンスクさんは敵ではないと思うのです。見た目は怖いですけど、おとなしくて、戦いたがっていないのです。私たちが砲を構えたときも反撃してこなかったし、自分から地面に伏せて抵抗しないって言ってたのです!」

 

「それに、えっと、それから、……えっと、……雷ちゃんがパンツを見られて殴ってしまったときも怒らずに謝ってくれたのです!!」

「ちょ、電、なに言いだすのよ!」

 姉があわてて口をはさもうとするのにも気付かず、叫ぶように言葉を続ける。

「ミンスクさんは普通の艦娘と違うかもしれないけど、敵ではないのです!戦う相手とは違うのです!!」

 

「――――お、おう……」

 

 普段はおとなしい少女のごくまれに見せる激情に、提督は思わず声を出してしまった。

 先ほどとは少々質の異なる沈黙の中で、一旦停止した思考を再開する。

 

 提督たちの見るところ、電も勘の鋭さでは叢雲に次ぐものを持っている。敵に対して甘くなるバイアスが無ければ、電の直観だけで大方判断を定めてしまってもいいと思うくらいに。ただ、今回はそのバイアスが直接効いてくる状況だけに、電の意見に引きずられるのは危険だと思っていたが――――

(それでも電がここまで言うのは珍しい)

 今の電の様子はこれまで何度か「敵も出来れば助けたい」と言ってきたときの抑えたような様子とは全く違っていた。

(そして「敵でも助けたい」ではなく「敵ではない」と言っていた。「普通の艦娘とは違う」と言った上で「戦う相手ではない」と)

 

(…………)

(…………)

 

 わずかな時間の後、バイアスを考えて割り引いていた電の発言の重みを上方修正することにして口を開いた。

 

「たしかにそうかもしれないな――――実際――――そう、

いまだかつて艦娘のパンツを見てなぐられてあやまる深海棲艦がいただろうか!?いや、いない!」

 

「「「し、司令官?」」さん?」

 突然一人芝居を始めた提督に、あっけにとられる艦娘たち。

 

(――おっと、これは勢いで相手を押し切るときのやり方だった。ここで自分自身を押し切ってどうする)

 

 指揮官である自分はその種のパターンに流されることなく判断する必要がある。そう考える提督の指示は、結果として当初の予定と似たものに落ち着いた。

 

「とにかく起きてくるのを待って話を聞く。全てはそれからだ」

「それまでは交替でついてもらう。何か変化があれば、それが敵対的なものでなくても即座に知らせること」

 

 そして何人かの艦娘の不安げな表情を見てつけ加えた。

 

「夜中に起きてきて『おなかがすきました』とか言い出しても困るだろう」

 

 

 

 そのころ、駆逐艦叢雲はミンスクの艦体に接近して調査を行っていた。

 

 投錨して艦娘が上陸した後の艦体は眠っているかのように反応が薄く、叢雲の感覚にひっかかるものも少なかったが、それでも監視と護衛および調査の応援に名取がやってくるころには艦体から得られた情報について判断を下し終えていた。

 

「敵の感じはしない」

 

 前置きなしの叢雲の言葉に名取がうなずく。

 

「――――でかいわね。赤城よりも大きいんじゃない?」

 

「ええ、全長は大和さん以上みたいですよ」

 

「飛行甲板も巨大。それで斜め。提督が言ってた“あんぐるう・でっき”ってやつかしら」

 提督の発言を聞き間違えたのか、異世界からなにかを召喚しそうな名称を口にする叢雲。

 

「どんな飛行機を積んでるんでしょうか。甲板上に無かったのでわからないのですけど」

 

「これだけ大きければ新型機でも余裕ね。ま、それはじきにわかるでしょ。それに艦橋も巨大」

 

「そうですよね。最初見たとき、なんだかデパートみたいだって思っちゃいました」

 

「でも砲撃を受けたらいい的よ」

 

「多分旗艦設備や、航空戦を指揮する設備が入ってると思うんですけど」

 

 辛口の叢雲と、おとなしい名取はかけ合いのように話しながら目の前の大型艦について確認を続けていった。兵装は……、電探は……

 

「それにしても、これだけ近くで調べても反応が無いなんて。ホントに眠ってでもいるのかしら」

 叢雲の知る僚艦であれば、たとえ艦娘が上陸していても乗組員妖精が気付いて出てくるはずだったが――――

 そこまで考えたところで、叢雲も脳裡に先ほどの上陸時のシーンが浮かぶ。

 

「図体は大きいけど、なんだか頼りなさそう。温若者(ぬるわかもの)って感じね。戦場(いくさば)でものの役に立つのかしら」

 

「もしかすると艦娘の方に何かあるのかもしれないからそちらを見に行くわ。予定より早いけどここは暁に替わってもらうから」

 

 叢雲は要港部にやってきた未知の大型艦に対する当座の評価を定めると、苦笑いする名取を残して岸壁に向かった。

 

 

 

 そのころのミンスク

 

 ミンスクは眠っている。

 




このあと数話分は以下のような流れになる予定です。
(それぞれが1話というわけではありません)





(ネタバレ注意)





ポエム(1)
ポエム(2)
目覚め
紹介(1)
食事(1)
紹介(2)
食事(2)
世界(設定)紹介
就寝
起床
訓練へ

出撃もしないまま延々話が続く(しかもしばしば――今回ほど長期にはならないようにするつもりですが――投稿が滞る)のが耐えられない、という方は、なにかそれっぽいタイトルが出るまでお待ちいただけると幸いです。


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