その手を (アイリスさん)
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sentence1 轟沈

短編です。

更新は月1で行けたらいいなぁ‥‥‥
拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。


嵐で荒れ狂う洋上。滑るように、とは行かずに鈍い速度で走る影が6つあった。前方に3人。大破状態で意識もなく、あちこちから血を流している旗艦、空母の赤城。その轟沈寸前の赤城を両サイドから支える、重巡洋艦の青葉と駆逐艦の雷。青葉も大破しているし、艤装もボロボロ。雷は辛うじて中破に留まっているが、背中の艤装は半壊して使い物にならない‥‥‥いや、辛うじて使える魚雷を1発残すのみか。青葉も20.3㎝連装砲が生きてはいるものの、次に敵に出会っても直ぐに使えなくなる程度の残弾数だ。赤城の状態は、ハッキリ言ってかなり危険。焦る気持ちとは裏腹に、速度は一向に上がる気配を見せない。

 

少し‥‥‥いや、三人からかなり後方。金剛型の二番艦、大破状態で走るのも辛い状態の比叡が、水上に立っているのがやっとの姉、ボロボロの金剛を支えて走行。その直ぐ後ろに、秘書艦でもある電が周りを警戒しながら付いてきている(電も大破に限りなく近い中破)。

 

「sorry、比叡‥‥‥帰ったら間宮のアイス奢ってあげマース‥‥‥」

 

「そんな事どうでもいいですから!身体に障りますから喋らないでください、お姉さま!」

 

赤城ほどではないにしろ、金剛ももう限界に近い。6隻の練度は、高いとは言えないものの、決して低い訳ではない。現に、秘書艦の電に至っては、初期艦という事もあってもうベテランの域。それでも、今回は多勢に無勢だった。

 

何時ものような周辺哨戒で終われれば良かった。ここ最近、遠洋の事とは言え深海棲艦の艦隊が多数出現しており、小規模である鎮守府の彼女達の提督も主力クラスを警戒に当たらさざるを得なかった。

その遠洋からの友軍からの救援要請を受け、提督の承認の元向かった6人。だが、目にしたものは絶望的な状況だった。

海を埋め尽くす程の圧倒的な数。その半数以上は駆逐級。チ級やリ級の姿も多数見える。遠目からだが、統率しているのは鬼級‥‥‥青白い不気味な肌に漆黒の装束を纏う。真っ白な髪と、それと対照的な真っ赤に光る瞳。二つの巨大な砲塔の付いた異形の頭の上に腰掛ける悪魔。空母水鬼だろうか?

 

救援要請をしてきた 味方艦娘の姿は‥‥‥轟沈寸前の大破状態の駆逐艦、卯月と長月が息も絶え絶えでその艦隊に囲まれ睨まれていた。他の艦娘の姿は見えない。つまりは‥‥‥。

 

『二人を‥‥‥助けるのです!』

 

奥底から込み上げてくる恐怖を抑え込むかのように叫んだ電の声で、睦月型の二人への道を切り開こうと進む6人。

止まる事なく最大船速で、単縦陣で一点突破。どうにか二人の元へと辿り着き、囮になりながらその隙に二人を逃がした。

 

そうして現在。嵐に紛れ、なんとか追手を振り切り撤退中の、満身創痍の6人。既に電探も役にたたず、無線すら不可能ではあったが、どうにか全員で帰艦できそうだ。

 

「金剛さん、もうすぐ‥‥‥もうすぐなのです」

 

不安そうに声をかけてくる電に心配をかけまいとして、「大丈夫ヨ‥‥‥」と振り向き笑顔を見せる金剛。だが、その目が一瞬で曇る。

 

(Shit!)

 

間に合わない。周りは誰一人気付けていない。見付けたのは荒れる海面に紛れた魚雷が6発。このままなら確実に、金剛も比叡も、電も轟沈してしまう。

 

(テートク‥‥‥せめて、もう一度会いたかったネ‥‥‥)

 

 

 

 

 

 

金剛の何処にそんな余力が残っていたのか。気付いた時、比叡は宙を舞っていた。勢いの余り電にぶつかり、そのまま二人で遥か後方へと滑り転がっていく。

金剛に放り投げられた。訳か分からず「えっ?えっ?」と声を洩らし混乱。もしかしたら金剛の身体の痛みの走る部分を押さえてしまい、その激痛で思わず投げ飛ばされたのかと思い、謝ろうと顔をあげる。

 

「お姉さ‥‥‥え‥‥‥」

 

瞬間。比叡が目にしたものは、巨大な爆発。それと、鼓膜が破れるかと思う程の轟音。

脳が、受け入れられない事態に何が起こっているのかを理解する事を拒んでいる。

‥‥‥暫しの、間。

だが、比叡と絡み合って倒れていた電が震える声で発した「金剛さんっ!!」という一言が、比叡の思考停止を溶かしていく。

 

爆発したであろう位置には、確かに金剛が立っていた筈‥‥‥筈だった。しかし、幾ら見回してみてもその姿は何処にもない。

 

「お姉さま‥‥‥?嘘、ですよね?」

 

立ち竦む比叡。爆音に気付いた青葉が、赤城を雷に任せて戻ってくる。

青葉は「今の爆音は!?」と驚き警戒しながら辺りをキョロキョロと見渡し、一人足りない事に気付いた。

 

「‥‥‥二人とも、金剛さんは?‥‥‥金剛さんっ!!」

 

慌てて辺りを探す青葉が、やがて海面のある場所で何かを見付けたらしく、止まる。その表情は青褪め、絶望に染まっていた。

 

青葉の足元に何かが浮いているのに気付いて、比叡は恐る恐る近付く。あったのは残骸。見覚えのある、間違いなく金剛の艤装の破片と、カチューシャの一部。それから‥‥‥紅く染まった『何か』。

 

「比叡さん、駄目です!比叡さん!」

 

青葉が止めるのも聞かず、比叡はその『何か』を手に取り、固まる。それは、人の左手。手首あたりから切断された掌。その人差指には、数日前に比叡がプレゼントしたシルバーの指環が確かに嵌まっている。‥‥‥紛れもなく、金剛の左手だった。

 

「嫌‥‥‥イヤア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

その場で膝から崩れ落ち、泣き叫ぶ。冷静な判断など出来る訳がない。金剛‥‥‥比叡にとって唯一無二の、愛すべき姉。その姉が、自身を犠牲にして比叡達を助けたなど‥‥‥。

 

そんな、冷静さの欠片もない比叡を後ろ横目に、電はある一点を見据えていた。

二つの瞳に確かに映っていたもの‥‥‥ショートヘアで青白い肌とは正反対の漆黒のビキニを着け、両腕に異形の頭の形をした砲門を持つ艤装のリ級が1体。その身体はうっすらと金色に光っている‥‥‥悪い事に、改flagshipだ。それから、真っ黒なミニのワンピースを纏い、その両太股にはマウントされた副砲、背中には配管のような何かから生えた双頭の大きな主砲、長い白髪をサイドテールに結い、顔の右半分が甲殻らしきもので覆われているネ級が2体。‥‥‥ネ級の身体は2体とも仄かに紅く揺らめく‥‥‥eliteだ。こんな所で会っていい相手ではない。最悪、である。

 

「青葉さん、みんなを連れて‥‥‥逃げてください。ここは電が‥‥‥止めるのです」

 

見てそれと分かるくらい震えていて、しかし決意の籠った瞳を向ける電。今の艦隊の状態で挑んでも、恐らく全滅。きっと助からない。電は他の4人を逃がすために一人犠牲になるつもりだった。‥‥‥轟沈は覚悟の上だった。後ろ髪を引かれる思いで、動こうとしない比叡を抱えた青葉は、涙を湛えて前を向く。

 

「轟沈したら許しませんからね‥‥‥絶対に」

 

「任せてください‥‥‥電の本気を見るのです」

 

泣き喚き抵抗する比叡を無理矢理引っ張り、青葉は振り返らずに走り始める。電が一人、リ級達と向き合う。

 

「ここからは‥‥‥行かせないのです!」

 

青葉達が離れていくのを気配で感じながら、電は10㎝連装高角砲を構える。魚雷の残弾は無い。勝機も無い。心残りはあるが、これも‥‥‥。電は敵を見据えながら、遠く離れた司令官を想う。これが、きっと最後だから。

 

(司令か‥‥‥ううん、山本さん‥‥‥電は、電は‥‥‥貴方に‥‥‥)

 

その時だった。上空からリ級への爆撃。それに烈風改の大編隊。上手く撤退させた卯月達が呼んだ友軍艦達の救援だった。

 

 

******

 

近隣の鎮守府が協力し、急遽大規模な連合艦隊を編成。その活躍でどうにか事なきを得た。あのまま電達が救援要請に気が付かなかったら‥‥‥卯月達を逃がせなかったら‥‥‥金剛が自らを犠牲にして比叡達を助けなかったら‥‥‥今頃どうなっていた事か。

 

 

それから数時間後。今は落ち着いて見える海上を走るのは、電達とは別の鎮守府の、重雷装巡洋艦に改装された北上と大井。それと、潜水艦の伊58。普段と変わらないポーカーフェイスの北上。その後ろを、気味が悪い程の満面の笑みで着いていく大井。時々後ろを振り向き、伊58を見て睨み付けてくる。『どうしてお前も居るんだ』『折角の二人の時間を邪魔するな』と、大井の視線が雄弁に語っている。

 

「大井っちさあ~、3人で哨戒してるんだし、もう少し仲良くやろうよ~」

 

少し間の抜けたような、しかし絶妙なタイミングで声を掛けた北上。大井は「勿論です!」とキラキラとした笑みを北上に向けた後、後ろを向いて再び睨んできた。伊58は内心(だから嫌だったのに‥‥‥文字通り罰ゲームでち)と思いながらも、これ以上面倒にならないように黙って着いていく。因みに、伊58は彼女らの鎮守府内で行われた厳正なるジャンケンの結果最後まで負け、今の任務に着いている。(主に大井のせいで)本当に罰ゲームになっている訳だ。

 

「‥‥‥あれ?」

 

一応の哨戒任務中であった北上が、何かを見付ける。洋上に人が浮いている‥‥‥否、水面に浮いているので艦娘か。

 

「昼寝でもしてるんじゃないですか?」

 

大井はそんな寝惚けた事を言っているが、そんな訳は無い。現在、海上はまだ要警戒中。哨戒艇以外は居ない筈だ。もしかしたらさっきの戦闘で傷つき動けなくなった艦娘かも知れない。浮いている、という事は少なくとも轟沈していないという事だが、油断は出来ない。

 

「‥‥‥あ、あれ‥‥‥金剛でち」

 

倒れていた艦娘に先に近付いた伊58が、思わず声を洩らした。彼女は演習時に、何度か金剛と顔を会わせた事がある。見間違いではないだろう。

 

「あぁ、あの帰国子女っていう金剛さん‥‥‥って!」

 

ノホホン、としていた大井が、焦りの表情に変わる。金剛であろう目の前の人物はボロボロの血塗れ。左腕に至っては肘から先が無くなっていて、傷口が焼けている。

 

「息は‥‥あるよね!大井っち!」

 

呼吸と脈拍を確認した北上。辺りを警戒しつつ、司令部へ救援を求めた。

 

二人とは別に、海へ潜り警戒を始めた伊58。彼女は疑うような光景を目の当たりにした。その海の中は、深海棲艦の艦積機が今まさに沈み行く最中だった。しかも、その数は10や20どころの話ではない。3桁に届こうかという数だ。

 

(何これ‥‥‥ここで何があったんでち‥‥‥?)

 

******

 

一方。

執務室。窓の方を眺めたまま微動だにしない、海軍の真っ白な制服に身を包んだ青年。この鎮守府の提督。名を山本という。歳はまだ二十そこそこの若輩で甘い所はあるが、確りと戦果は挙げてきた。

 

「あの‥‥‥司令官さん」

 

その様子を切なそうに見ていた秘書艦の電が我慢できずに声を掛けた。山本はゆっくりと振り向き、作り笑いをしてみせる。

 

「ごめんなさいなのです‥‥‥電のせいで‥‥‥電のせいで金剛さんは‥‥‥」

 

今にも泣きそうな電の頭を、山本は静かに、優しく撫でる。努めて優しく、親が子に諭すように電に話す。

 

「電のせいじゃないよ。電が責任を感じる事なんて、無いんだ」

 

「でも‥‥‥でも、司令官さん」

 

金剛は轟沈。比叡もショックで部屋に籠ったまま。赤城はまだ全回復には至っていない。もう限界で、抱き着いて泣き出したかった電。山本にその顔が触れる、という直前で、邪魔が入った。執務室のドアが勢いよく開け放たれ、青葉が興奮した様子で駆け込んで来たのだ。

 

「たっ、大変です司令官!金剛さんが‥‥‥金剛さんが見つかったって!」

 

 

 

鎮守府内の医務室に運ばれてきた彼女の元へと走る山本、電、青葉の3人。入渠済みの今は完全に治っているが、発見当時、彼女の左腕は欠損していたらしい。間違い無いだろう。

 

「金剛さんが‥‥‥金剛さんが生きてたのです‥‥‥!」

 

嬉しくて部屋に入る前に泣き始めてしまった電をあやしながら、山本は扉を開けた。ベッドには、確かに金剛が横になっていた。‥‥‥しかし、何というか、少し様子がおかしい。まるで、山本達が分からないかのような表情。

 

「大丈夫か?みんな心配していたんだぞ?」

 

山本の不安は的中だった。答えた金剛の言葉は「あの‥‥‥初めまして」だったのだ。

 

「‥‥‥金剛?『金剛』、なんだよな?」

 

改めて問う山本。彼女は少し驚いた様子をみせたあと、困った様子で答えた。

 

「はい。『こんごう』です」

 




登場人物

山本:小さな鎮守府の提督。少佐。若いが懐の大きな人物。金剛のアピールをかわし続ける堅物‥‥‥ではなく、別に思う事があるようだ。某帝国海軍の英雄の末裔。

金剛:提督LOVE。アタックとアピールを日々只管繰り返しているが、暖簾に腕押し。1話で轟沈。退場となってしまった。レベル42(轟沈時)

比叡:金剛LOVE。空回りする所はあるものの、やるときはやる人。本作ヒロイン。レベル38。

赤城:頼れるお姉さん。山本の艦隊の旗艦。でも燃費が悪い。レベル48

青葉:本作では熱血漢。顔が広いようだ。レベル39

雷:最古参の電に影響され、最近メキメキと力をつけてきた駆逐艦のホープ。でもみんなには温かい目で見られている。「頼ってもいいのよ!」 レベル28

電:鎮守府最古参にして秘書艦。優しい上に涙脆い。山本に密かな淡い想いを抱いている。レベル91‥‥‥あっ(察し)

他の艦娘の皆さん:基本的にゲスト扱いです。

『こんごう』:本作主人公。詳しい事は次回に。レベル?

山本の鎮守府:某戦車道の娘達で有名になったとある港町にある鎮守府です。


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sentence2 記憶

月1、と言っておいてこれですよ。
3話目からはまったり投稿になるかと。申し訳ありません。

少しずつ伏線が現れ始めます。
では、本編どうぞ


「金剛?『金剛』、なんだよな?」

 

目の前に立つ、真っ白な服を着た青年の問い掛け。必死に思い出そうとしても、浮かぶのは『こんごう』という自身の名前のみ。他は、何も思い出せない。どうして倒れていたのかも、起きる前に何があったのかすらも。

ただ‥‥‥自分は『こんごう』なのだ、と。その事に、不思議と誇りすら感じるくらいに。

 

「‥‥‥‥‥‥はい。こんごうです」

 

目の前にいる青年は、どうも自分を知っているようだ。聞けば何かを思い出すかも知れない。だが、隣に座るセーラー服の少女が、嬉しそうだったのが曇った表情に変わってしまったのが視界に入る。何がかは分からないが、自分の発言が少女を傷付けてしまったと思い視線を背ける。

 

青年が「電‥‥‥」と少女の頭を静かに撫でる。電と呼ばれた少女は、泣きそうなのを必死に堪え「大丈夫、なのです」とか細い声を出している。

 

電‥‥‥いなずま‥‥‥。これも何処かで聞いた気がする。思い出そうと思考を巡らせていると、急な頭痛と眩暈に襲われる。

 

「大丈夫か!?」

 

青年が、心配して慌てて覗き込んできた。少しだけ顔を顰めさせたあと、これ以上心配させまいと声を出す。

 

「大丈夫です‥‥‥ごめんなさい」

 

その言葉の直後、電と呼ばれた少女は遂に泣き出してしまった。やはり自分が原因なのだという罪悪感と、何も思い出せない事への恐怖が心を蝕んでいく。

 

丁度、コンコン、とノック音が聞こえ、担当医が入って来た。どうやら青年の到着を待っていたらしい。

 

「ふむ。さて‥‥‥山本提督、彼女の容態についてだけどね?」

 

そこまで言って、医師はチラリ、と視線を電ともう一人の少女(青葉)へと向けた。山本提督と呼ばれた青年の「彼女達は私の信頼の置ける部下です」という言葉に納得したらしく、「うん、では、説明するね?」と続ける。

 

どうも自分は、記憶喪失というものらしい。ただ、ショックによる一時的なものらしいので、そんなに心配せずとも記憶は戻るらしかった。

 

「もしも何かあった時は僕を呼ぶといいね?患者が必要とする物なら、どんな物でも用意するのが僕の仕事だからね?」

 

そう言うと微かに笑い部屋を後にするその医師に「ありがとうございます」と頭を下げる山本の姿を、少しだけ安堵し見つめていた。

 

(私の記憶‥‥‥戻るんだ‥‥‥良かった)

 

******

 

これから更に精密検査をしなくてはならない『こんごう』を医療スタッフと妖精さんに任せ、3人は部屋を出る。

 

「記憶喪失ですか‥‥‥焦りましたよ。何せあの金剛さんが流暢な日本語話してるんですから」

 

そこまでの心配は要らないとわかり、少し笑みを溢す青葉。確かに妙な、似非外国人のような訛りで話していた金剛に真っ当な日本語を話されると、もうそれだけで心配になってしまう。主に頭の中が。

 

「けど‥‥‥いつ記憶は戻るんでしょう‥‥‥電は‥‥‥いつもの金剛さんが好きなのです」

 

もう今日は泣きっぱなしの電。山本の制服にしがみ付き、肩を震わせ声を殺して泣き始める。‥‥‥その頬と耳が仄かに朱に染まっているのを、青葉が少しだけ羨ましそうに見ている。

 

「兎も角だ。金剛の事は今は専門家に任せよう。僕は書類を作成しなきゃならないし」

 

「‥‥‥いっ‥‥‥電も‥‥‥行く‥‥‥のです」

 

所々言葉に詰まりながらも発した電。電とて秘書艦。いつまでも泣いてばかりもいられない。ポンポン、と慰めるように電の頭を優しく叩く山本に嬉しそうな雰囲気を纏い付いていく電。

その二人の後ろ姿を(あーあ、私も古鷹さんに久々に会いたくなっちゃったなぁ)と不貞腐れながら、青葉はクルリと回れ右をして金剛の病室へと向かう。

 

 

 

執務室へと戻ってきた山本と電。「よしっ」と気を取り直し、溜まっていた書類に取り掛かる。電達が出撃後、通信が途絶えてから『こんごう』が運び込まれてくる迄全く手につかなかった書類の山。

 

「こりゃあ‥‥‥夜中まで掛かりそうだな」

 

「でっ、でしたら、電がお夜食作るのです!」

 

今度こそ、頬を染めている電。「じゃあ、お願いしようかな」と山本が立ち上がったところに、血相を変えた比叡が飛び込んできた。

 

「お姉さまはっ!お姉さまは何処ですか!?」

 

******

 

「え?何で?どうしてですか?」

 

青葉は驚きを隠せなかった。もしかしたら艤装を見れば直ぐに思い出すかも知れないと思い、金剛の予備の艤装を引っ張り出してきて装着させようとした。だが、どうやっても接続出来ない。

 

「だって、金剛さんの艤装ですよ?何で!?」

 

何度も試してみても同じ。妖精さんによると『この子の艤装ではないから装着出来ない』らしい。

 

「だって妖精さん、この人は確かに金剛さん、なんですよね?」

 

コクリ、と頷いて見せる、2頭身の小さな小さな妖精さん。

金剛が金剛型ではなく別人、という可能性なのだろうか。だとしたら、妖精さんの『『こんごう』は確かに『こんごう』』という言葉とは矛盾してしまう。

 

この世界において、『艦娘』とは『過去の大戦で活躍した艦の魂をその身に宿し、深海棲艦に対抗しうる唯一の存在』を指す。艦娘になるには、先ずその身に艦の魂を宿していなくては話にならない。艦娘の適合者を見分ける方法は簡単。『妖精さん』が見えて、意思疎通が出来るかどうかだ。志願して海軍へと入ってくる女性もいれば、艦娘や妖精さんがふとしたタイミングで見付けてくる時もある(艦娘になると歳を取らなくなってその容姿が艦娘になった年齢のまま固定される為、不老、永遠の若さを求めてやって来る不届き者も中には居たりする)。

 

ただし。妖精さんが人間に協力してくれている現在、軍施設以外で適合者が艦娘へとシフトすることは先ず無い。妖精さん達の間のネットワーク(詳しい原理はよく分からない)から外れて艦娘が『建造』された事例は、歴史上最初の艦娘が出現した時だけだ。

故に、目の前の『こんごう』が自然発生的に『建造』された、というのは非情に考え難い。今の所、他の鎮守府で『金剛型』が建造されたという報告も無い。それに何よりも、例え新たに金剛が建造されていたとしても、同じ容姿にはなり得ない。容姿だけは、人間であった時のまま変わらない。仮に10人の金剛が居たとすれば、その容姿は全員バラバラの10通りになるのだ。つまり‥‥‥理論的に考えて、目の前の『こんごう』は青葉達の知っている『金剛』以外には考えられないのだ。

 

悩む青葉の元へと、とある物が運ばれてきた。先の北上達がこんごうの傍で見付けたという、謎の艤装。

 

「え?何ですかこれ?」

 

それは、初めて見る物だった。何処でどう情報網を作ったのか、青葉は他の鎮守府の艦娘達にも顔が利く。だから、殆んどの艦娘の艤装は知っている。だが、目の前にあるそれは、既存のどの艦の物とも違う。

 

青葉達の知っているものと形は違うが機関砲や単装砲等の副砲があるのはまだいい。見た目もそうだが、尤も大きく違うのは、金剛の艤装になら有るはずの長く大きな砲塔‥‥‥主砲が無い。代わりに、甲板には埋め込まれたような、開閉ハッチの付いた発射口が幾つも並んでいる。それから、見たことの無い形状の電探‥‥‥他にも見たことの無いものが幾つも‥‥‥。

 

「え?待ってくださいよ。ここに運ばれてきたって事は‥‥‥まさか金剛さんの艤装なんですか?これが?」

 

『多分そうだ』という、妖精さんの何とも曖昧な返事。どうやら妖精さん達でも初めての代物のようだ。そんな艤装を、『こんごう』は先程の金剛型のものの時と同じように不思議そうに眺めている。

 

「あの‥‥‥これは何なのですか?」

 

こんごうの言葉に強烈な違和感を感じながらも、「艤装ですよ」と答えた青葉。

 

「私達が深海棲艦と戦う為に必要な力ですよ」

 

確かに姿は金剛その人である目の前の艦娘は、本当に金剛なのだろうか?青葉の中で徐々に疑問が大きくなっていこうとしていたその時。扉が壊れるかと思う程勢いよく開かれ、涙目の比叡が二人めがけて突っ込んで来た。

 

「お姉さま!!」

 

勢いそのままに比叡はこんごうに抱き着き、二人仲良くベッドにダイブ。こんごうの左手がベッドの手摺にぶつかる。少し痛そうだ。

 

「お姉さま!ご無事で良かった‥‥‥」

 

比叡の凶行に驚いていたこんごう。いきなりお姉さまと呼ばれ、困惑した様子で比叡を見つめている。比叡の方はそんな事はお構い無しに、こんごうの胸に頬擦り。

 

「お姉さま、お姉さま‥‥‥」

 

やがて何かを思い出したらしくハッとした表情に変わったこんごうが、恐る恐る口を開いた。

 

「‥‥‥‥‥‥きりしま?」

 

「ヒェェ~!こんな時に冗談なんて酷いです~!比叡ですよ、お姉さま~」

 

涙目のまま、頬擦りはそのままに訴える比叡に「‥‥‥‥‥‥はるな?」とこれまた思い出したように口にしている。

 

「比叡ですってば~!心配してたんですからね!」

 

訴える視線を向ける比叡だが、やはり頬擦りは止める気配は無い。困ってしまった様子のこんごう。

 

そのやり取りで、青葉の疑問は一時的にではあるが片隅に追いやられてしまった。何だ、記憶喪失状態でも妹の霧島や榛名の名前が出るなんて、やっぱり金剛さんじゃないか、と。

やっと笑みをこぼし二人を見ていた青葉だが、比叡がどこからか取り出した土鍋を見て表情を変える。‥‥‥嫌な予感。

 

「さっ、お姉さま!お姉さまの為に比叡が気合いッ!入れてッ!作りました!」

 

開けられた土鍋の中には、表現できない色をした何かが入っていた。‥‥‥状況から察するにあれはお粥‥‥‥なのだろうか?どうやったらあんな、異次元の色になるのだろう。

 

スプーンでそれを掬い、「はい、あーん」と食べさせようとしている比叡。記憶喪失のせいか、こんごうは「ありがとうございます。いただきます」と、何の疑問も抱かずそれを口に含んだ。‥‥‥含んだ?傍観していた青葉が我に返り、慌ててこんごうへと駆け寄る。

 

「‥‥‥だぁぁぁあ!!金剛さんっ!!吐いて!吐き出してぇぇ!」

 

‥‥‥時既に遅し。こんごうの視界は暗転。白眼を剥いて再び意識を失った。

 

******

 

こんごうが目を覚ましたのは、夜中。瞳を開いてみると、視界には椅子に座った山本の姿。他には誰も居ないようだ。

 

「起きたか。比叡の飯にやられるとは災難だったね」

 

「えっと‥‥‥」

 

山本の顔は笑っていない。寧ろ、真剣そのものだ。その頭と肩には、妖精さんが一人ずつ乗っている。その妖精さんは二人とも、見たことの有るような白い制服を着ている。

 

「ああ、この妖精は二人とも君の艤装の中で気を失ってたらしくてね。どうやら君の事を知っているようだよ」

 

山本の言葉に合わせ、妖精さんは敬礼。こんごうにはその仕草が可愛かったらしく、思わず目で追ってしまった。

 

「‥‥‥それで、だ。先ずは謝らせて欲しい。この妖精達に頼んで、勝手に映像を見せてもらった。ただ、見せてもらったのは僕だけだ。他の者には見せてはいない」

 

山本によれば、妖精さん達はこんごうが気を失って北上達に発見される迄の映像を持っているらしい。「君も見るといい」という言葉と共に、妖精さんが再生を開始し始める。

 

そこに映っていたもの。鯨のような、イルカのような異形‥‥‥駆逐イ級が三体。それと、頭に大きな口の付いた巨大な帽子のような何かを被った、青白い瞳の人型の異形。手にはステッキのようなものを持ち、上半身は真っ白、下半身は真っ黒な衣服にマント‥‥‥ヲ級が三体。

 

手にした機関砲でイ級を蹴散らす自分。手に持った何かをヲ級の内の一体に向かって投げる。ヲ級は旋回してそれを避けようとするも、その何かがヲ級の方に吸い込まれるように方向を変え、追尾。直撃。

残り二体のヲ級が帽子の口から大量の艦載機を吐き出し、発艦。自分の上空が真っ黒に染まる。

 

妖精さんが何かを伝えてくると、後ろにある自分の艤装にある発射口のハッチが開いて、何かが空に向かい多数発射される。数秒もしない内に、敵艦載機が瞬く間に撃墜されていく。

同時に、自身の太股に付いた魚雷を三発発射。もう一体のヲ級に直撃し、炎上。危険と判断したのか、ヲ級の最後の一体が撤退していく。

 

 

 

その映像の内容に、思わず「‥‥‥え?」と声をあげたこんごう。これが、全て自分のしている事とは信じられなかった。込み上げてくるのは、恐怖心。それも、こんな異形を相手に圧倒している自分に対する。

 

まだ映像は終わらない。映像が再開。ヲ級が居なくなったのを確認、落ち着いて艤装を解いた直後。上から何かが降って来て、蹴り飛ばされる自分。その何かは銃撃しながら突進してくる。その左手には魚雷らしきもの。避け切れずに衝突された、と思った直後、爆発音。どうやら持っていた魚雷を直接叩き付けられたようだ。映像に映っている限り、自身の左腕の肘から先が吹き飛ばされている。

 

何とか体勢を立て直そうと起き上がる。その映像が捉えていた相手の姿は‥‥‥相手の両手とは別に、背中から生えているような大きな腕のような物が構える砲。白い肌に、白いロングヘアー。胸元辺りに歯の付いた黒のノースリーブを着ている。スカートは穿いておらず、腰にはベルト、太股にはホルスター。頭にイ級の顔のようなヘルメットを被っている。‥‥‥鬼級の駆逐艦か。

その鬼級が更に魚雷を放ち、慌てて艤装を展開する自分。間に合わず、吹き飛ばされる。だが、鬼級は何かを見付けたらしく撤退。暫くして北上達の姿が微かに見えてきた。

そこで映像が途切れた。

 

 

 

「見ての通りだ。此方の早とちりで別人と勘違いしていて、大変申し訳なかった」

 

再度頭を下げた山本。「えっ?あの、でも‥‥‥」と何と返していいか分からなかったこんごうの方に、山本に乗っていた妖精さんが飛び移ってきた。

 

‥‥‥こんごう型ミサイル護衛艦一番艦『こんごう』。それが、妖精さんが教えてくれた自身の名前だった。




こんごうさんの装備(スロット6!?)
E 12.7㎝単装砲or20mm機関砲
E 艦対艦ミサイル
E 32.4㎝三連装短魚雷
E MK41VLS(主砲)
E MK137チャフ
E 電探(SPY-1D対空、OPS-28D水上、OPS-20航海、OQS-102ソナー)
‥‥‥なぜこれなのかの意味は後半へ。

萩か‥‥‥じゃなかった、駆逐水鬼がそれっぽく登場。


艦娘の定義~:本作ではこれでお願いします

はるな、きりしま:こんごうの頭に浮かんだのは、どちらも護衛艦の名前。

医師:友情出演。何やってんだリアルゲコ太


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sentence3 姉と妹

3月は忙しくなりそうなので、書けるだけ書きます。
‥‥‥ブレブレだなぁ

3話からは山本に少しずつ疑惑が‥‥‥

では、本編をどうぞ


食堂で並んで朝御飯を食べているのは、こんごう、雷、春雨の3人。

 

「ん?手が‥‥‥」

 

危うく春雨に『手紙』と言いそうになって、慌てて「Letter、デスか?」と言い直すこんごう。

 

「はい!夕立姉さんからです。えっと‥‥‥『もうすぐ演習でソッチに行くっぽい!山本さんによろしくっぽい!』って書いてあります」

 

駆逐艦、春雨。広島にある呉鎮守府所属の実姉、夕立に憧れて海軍に入った少女。この小さな鎮守府に配属されて間もない、実戦は未経験のルーキーである。今は雷、電と同じ部屋を割り当てられている。春雨は既に朝食は完食。その夕立から送られてきた手紙を嬉しそうに、大切に読んでいる最中。

 

「へー、夕立さんってあれでしょ?規格外の強さの駆逐艦っていう」

 

雷のいう通り。夕立は呉鎮守府の駆逐艦のエース。通称『ソロモンの悪夢』等と呼ばれている、化け物駆逐艦である。その戦闘スタイルは艦娘の常識を大きく逸脱していて、一見すれば特攻にも見えるような戦い振りで有名だ。かくいう雷としても、目標としている駆逐艦の一人だ。

 

「‥‥‥シ、Sisterデスかー?ウラヤマしいデスネ~」

 

噛み噛みの『金剛語』。冷や汗を流しながらの発言ではある。どうにか聞けない事もないが、雷が呆れを含んだ何とも言えない視線を向けてきている。

 

「雷、どうしまシタ~?私の顔に何か付いてマスか~?」

 

「金剛さんは妹の比叡さんと同室でしょ。何言ってんのよ‥‥‥それで春雨、夕立さんはいつ来るって?」

 

手紙の日付を見てみると、演習の日時は『4月12日のヒトヨンマルマル予定』と書いてある。‥‥‥幾ら姉妹の間のやり取りとは言え、こうホイホイと軍の予定を教えてしまってよいものなのだろうか。夕立は色々な意味で外れているようだ。

 

「4月12日‥‥‥ですカ?きょ‥‥‥Todayデス!」

 

どうも1テンポ遅れる。頭の中で言葉を組み立て、それを『金剛語』に変換し、発言する。これは慣れるまで辛そうだ。

‥‥‥そう。4月12日は今日なのだ。春雨が言うには、『多分手紙が当日着くように狙って送った』そうだ。夕立という人物は、そういうサプライズが好きらしい。

 

「大変!部屋の片付けしなきゃ!雷ちゃん、早く食べてください!」

 

「なっ‥‥‥何で私まで!?」

 

春雨に急かされ仕方無くご飯と味噌汁を掻き込む雷。その姿にはレディの欠片もない。

 

「消化に良くないネ~!」

 

こんごうが止める隙もなく、雷は完食。「また後で、金剛さん!」と頭を下げた春雨と共に急ぎ部屋へと走っていく。‥‥‥部屋がそれほどまでに汚いのだろうか?

 

暫くポカン、と呆けていたこんごうだが、我に返って残りを完食。(ごちそうさまでした)と心の中で手を合わせ、ゆっくりと席を立つ。

 

途中、すっかり回復した赤城とすれ違いざまに互いに会釈。赤城の手に持ったお盆の上の、身長の3分の1はあろうかという高さの山盛りカツカレーを目撃してゲンナリしながら、こんごうは自室へと向かう。

 

静かに扉を開けると、丁度朝の哨戒から帰ってきていた比叡が紅茶を淹れている所だった。今は金剛の形見となってしまったティーセットで。

 

「おかえりなさい、こんごうさん」

 

「そちらも。お疲れ様です、比叡さん」

 

‥‥‥前日の夜中のこと。こんごうが『金剛』ではない事を理解した山本提督は、こんごうを自身の鎮守府に戦力として置く事にした。手続きは簡単。『戦艦金剛、轟沈』という報告を、『轟沈改め大破帰還』に変更しただけ。これで、面倒な手続きは全て省けた。もしも、いざ新しい艦娘として正式に手続きしようものなら、身体や性能の検査、その他諸々でいつ配属になるか分かったものではない。それに、あの映像を見る限りだと、おそらくこんごうは横須賀や呉などの日本防衛の要となる鎮守府に回されるのは間違いない。

山本としても、自身の艦隊の主戦力である金剛を失っているし、こんごうには出来れば居て欲しかったのだろう。

 

しかしながら、問題もある。金剛とこんごうは姿こそ瓜二つ(実妹の比叡が判別出来ない程)だが、話し方、艤装が全く違う。話し方だけは先の春雨達との会話のように誤魔化せるが、艤装はどうしたものか。暫くは『身体の不調により実戦は控える』という事にしてあるが、その後は未定だった。

 

こんごうの素性を知っているのは、山本、妖精さん、秘書艦の電、それから比叡。他の面子には『金剛が帰還した』と報告してある。『敵を欺くには先ず味方から』と山本は言っていたが、『敵を』という部分には少し引っ掛かる。

 

そんな訳で、こんごうには今迄金剛が使っていた部屋、比叡と同室が割り当てられた。真実を‥‥‥金剛が轟沈したという事実を突き付けられた比叡の哀しみは計り知れないが、それでも今はこうして気丈に振る舞っているように見える。

 

「ごめんなさい」

 

紅茶を渡されたこんごうは、視線を下に逸らせながら謝る。比叡をぬか喜びさせた揚げ句、こんな役を‥‥‥こんごうに『金剛』を教える役をさせてしまっているのだから。

 

「どうしてこんごうさんが謝るんですか?」

 

不思議そうに覗き込んできて、笑みを見せる比叡。ただ、その笑みには何処か暗い影が見え隠れしている。

 

「こんごうさんは司令の指示で仕方無くやってるだけですし。それに、この比叡も何時までもクヨクヨしていられませんから」

 

「でも‥‥‥」

 

尚も変わらないこんごうを見かねてか、比叡が右手を前に出してグッと拳を突き上げて見せる。

 

「比叡は大丈夫ですよ!お姉さまの分まで気合いッ!入れてッ!行きますッ!」

 

その体勢のままウィンクしてみせる比叡に、漸くこんごうも微かに微笑む。やっと座って紅茶を一口含んで‥‥‥その顔がびっくりするくらい真っ青になった。

 

「比叡‥‥‥さん‥‥‥この‥‥‥紅‥‥‥茶」

 

そこまで言葉にして、こんごうは前方に突っ伏すように倒れ込んだ。動く気配の無いこんごうをベッドに寝かせ、比叡はチロッ、と自身の淹れた紅茶を舐めてみる。

 

「‥‥‥ウェッ!?化学兵器!?」

 

思わず吐きそうになって座り込む。やっと落ちついてきて立ち上がった比叡は、ベッドで気を失っている金剛ソックリのこんごうに視線を移し、込み上げてくる涙を誤魔化すように天井を見上げた。

 

(お姉さま‥‥‥比叡は‥‥‥比叡は‥‥‥もう一度会いたいです)

 

******

 

ヒトマルサンマル。やっと片付けを終えてベッドでうつ伏せに伸びていた春雨の頬に、冷えた缶ジュースが当てられた。その急な冷たい刺激に「ひゃっ」と声をあげて飛び起きる。

 

「冷た‥‥‥夕立姉さん!」

 

「久し振り、春雨。差し入れっぽい!」

 

オレンジの缶ジュースを春雨に差し出し、笑顔を向けている夕立の姿。どうやら呉鎮守府一行は既に到着しているようだ。

 

「元気にしてたっぽい?山本さんは?」

 

「司令官なら、電ちゃんと執務室だと思います」

 

所在を確認した、春雨と会えて上機嫌の夕立は、春雨の手を引き部屋の外で待っている呉鎮守府の提督、東郷の方へとパタパタと走っていく。

 

「平八さん、山本さんは執務室っぽい!」

 

豪快な笑顔で「おう、そうかそうか」と夕立に答えた人物、東郷平八。呉鎮守府の提督にして大佐である。因みにだが、夕立はこれでも東郷の秘書艦。

 

「えっ!?東郷提督!?はっ、はっ、初めまして!じゃなくって、えっとえっと‥‥‥お疲れ様です!」

 

慌てまくった揚げ句、不器用に敬礼をする春雨。「そんなに緊張しなくても平気っぽい!」と夕立はあっけらかんとしているが、普通はそうはいかない。春雨のような新米ならなおの事。「ガハハハ」と豪快に笑った東郷は、春雨と手を繋いだままの夕立と共に執務室へと歩く。

 

執務室では山本と電が直立して待っていた。

 

「そう畏まるな、山本。そんな仲ではないだろう?」

 

「そういう訳にはいきませんよ、東郷大佐。部下達の目もありますし」

 

何故か春雨もその場に混ぜられ、座って今日の演習について話す5人。それから話題は先の深海棲艦の大艦隊の事件や、金剛の帰還についてに変わり‥‥‥。

 

「そうそう、お前ん所の金剛、無事に帰還したんだってな。ウチの榛名と霧島が泣いて喜んでるぞ。『早く会わせろ』ってさっきから五月蝿くて叶わん」

 

東郷の言葉の直後。山本の表情が引き攣り、その額から冷や汗。榛名と霧島が今日の演習に来ているようだ。道中で金剛の帰還を聞いたらしい。比叡は冷静さを失っていたのでこんごうとの微細な差に気が付かなかっただろうが、榛名と霧島はどうやって誤魔化したものか。

この場には夕立や春雨もいる。少しだけ暗い表情になっている電への注意を逸らせる為、話題を変える山本。

 

「そうですか‥‥‥ところで其方の翔鶴の事、聞きました。この度は何と言ってよいか‥‥‥」

 

「ああ、翔鶴か。アイツには返せない借りが出来ちまったな‥‥‥横須賀では駆逐の萩風がやられたらしい」

 

翔鶴は呉鎮守府の航空母艦だった。少し前‥‥‥丁度2週間前に轟沈している。駆逐艦の萩風は先日の大規模作戦で‥‥‥。萩風は嘗て呉に所属しており、夕立が可愛がっていた。夕立が悔しそうに唇を噛んだのが見えた。

 

暗い話題になってしまった。「その話は、また夜にでも」という山本の発言で、話題は再度演習の話へと戻った。

 

******

 

ヒトヨンマルマル。山本達は演習場。今は誰も居ない筈の執務室には、人影が二つ。

 

「やっ、止めましょうよ、雷ちゃん」

 

「駄目よ。電は司令官に騙されてるのよ!」

 

雷と春雨が忍び込んだ理由は‥‥‥。雷の手には、R-18なお姉さん方の写った写真集が数冊。『山本提督はこんなエッチな本を持ってました!電を幻滅させよう作戦』である。

 

暁型駆逐艦としては雷は三番艦であり、電は四番艦ではあるが、人間としては電は容姿は別として18歳。雷は11歳。雷にとって、電は大好きな従姉妹のお姉さんだった。

 

そんな大好きなお姉さんの電が、山本という男に惚れている。この事実は、雷にとって由々しき事態だったのだ。何とかして幻滅させようとあれこれ悩んだ結果が、これ。

 

「大丈夫。演習だからみんな戻ってこないし。何処に隠そう‥‥‥」

 

山本のデスクに回り、引き出しを開ける。「ここがいいかな?」と覗き込んだ雷は、二重底がある事に気が付いた。

 

「あれ?何これ‥‥‥」

 

春雨と共にそれを引っ張ってみると、中にはレポート。姫級や鬼級の深海棲艦の写真が貼られている。下には、名前付き。

 

「深海棲艦‥‥‥何で隠して‥‥‥こいつ、この前の‥‥‥」

 

雷が見ていたのは、空母水鬼。長月達を何とか逃がした時の、深海棲艦の大艦隊を率いていた悪魔だ。

 

「雷ちゃん、これ捲れます」

 

春雨が、深海棲艦の写真が捲りあげられる事に気付く。空母水鬼の写真を捲ってみると、後ろには艦娘の写真と2週間前の日付の隣に『航空母艦翔鶴、轟沈』と書かれていた。それを見て、二人は絶句した。

 

「ねえ春雨、この写真の翔鶴って人‥‥‥この空母水鬼とソックリなんだけど‥‥‥」

 

「‥‥‥雷ちゃん」

 

レポートにあったのは写真が6枚。

 

『水母棲姫』、その裏には、『水上機母艦瑞穂』。

『防空棲姫』、その裏には、『駆逐艦秋月』。

『重巡ネ級』、 その裏には、『重巡洋艦鈴谷』。

『空母水鬼』、その裏の、『航空母艦翔鶴』。

そして、『こんごう』を襲った『駆逐水鬼』‥‥‥その裏には、『駆逐艦萩風』。

 

いずれの艦娘の写真にも、『●月●日、轟沈』とある。そして恐ろしい事に、いずれの深海棲艦も、『轟沈』と書かれ貼られていた艦娘と瓜二つだったのだ。

 

そして、二人が固まった写真‥‥‥。深海棲艦の写真は上から貼られてはいなかったが‥‥‥『戦艦金剛、4月11日轟沈』という写真だった。

 

「雷ちゃん、これ‥‥‥どういう事なんでしょう?」

 

「分かんない‥‥‥分かんないわよ」




人物紹介

東郷:大佐。呉鎮守府の提督。変り者だが腕は確か。某バルチック艦隊を破った帝国海軍の英雄の末裔。

夕立:駆逐艦‥‥‥の形をした何か。化け物。東郷の秘書艦。レベル138‥‥‥おい東郷www

春雨:駆逐艦。山本の鎮守府のルーキー。夕立の大事な大事な実妹。レベル3‥‥‥コラそこ、わるさめフラグとか言っちゃ駄目



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sentence4 疑惑

あー、あかんこれ。10話じゃ終わらない‥‥‥。

演習は次回です。今回は中休みみたいなものです。



「比叡姉様‥‥‥金剛お姉様は何処に?」

 

クイッ、と指で眼鏡を直した霧島の視線が恐い。榛名も心配そうな視線を向けてきている。比叡は額から冷や汗を流す。

 

「ヒッ‥‥‥ひぇぇ‥‥‥お姉さまは‥‥‥その‥‥‥今日は体調不良で」

 

しどろもどろに答えるが、霧島も榛名も納得していない様子。何せ二人は、昼の時間に食堂から出てくるこんごうを遠巻きからながら目撃している。体調不良だというのに昼食は 食べられるのか、と。演習が無理だというのなら、せめて見学くらいはできるだろう、と。‥‥‥死ぬほど心配していたのだから早く『金剛』に会わせろ、と。

 

「金剛お姉様はそんなにお身体の具合が悪いのですか?それでしたらせめて私と霧島でお見舞いに‥‥‥」

 

榛名も退路を塞いで来た。さて、どうしたものか。演習も駄目、見学も駄目、お見舞いも駄目と言われれば、この目の前の二人は『こんごう』の所へ突撃するに違いない。そうすれば、バレる。間違いなくバレる。霧島と榛名の目は節穴ではない。

 

「そっ、そうでしたっ!お姉さまはこれから身体の検査をしなければならないんです!ですからその‥‥‥暫く時間がかかるというか、その‥‥‥」

 

どうして言い訳を用意してくれていないのか、と、山本に視線で訴える。‥‥‥が、目を逸らされた。

 

(ヒェェ~、司令官の人でなし~!!)

 

心の中で叫ぶも、事態が変わる訳でもない。「比叡姉様?」と更に視線が鋭くなった霧島の威圧感に屈し「後で!後で会わせますから!」と渋々了承。だが、霧島は収まらない。

 

「私達も、金剛お姉様が心配なのです!元はと言えば、金剛お姉様は比叡姉様を庇って大怪我をなされたのでしょう!それなら尚の事、金剛お姉様に」

 

「霧島!」と榛名が間に入り慌てて止める。「申し訳ありません、比叡お姉様」と比叡の方に向き直した榛名の表情が驚きに変わる。

‥‥‥比叡は、酷い顔をしていた。

 

(‥‥‥そうだ‥‥‥私の‥‥‥私のせいで‥‥‥お姉さまは‥‥‥お姉さまは‥‥‥もう‥‥‥)

 

見れた顔では無かった。比叡の表情は青褪め、焦点が合っていない。呆けたように口を開いたまま、死んだ目をしている。

 

「比叡‥‥‥お姉様?」

 

「‥‥‥あ‥‥‥」

 

その余りに酷い表情に、心配して覗き込む榛名が視界に映る。感情を抑えられず、比叡はその榛名に抱き着いて嗚咽を洩らし泣き始めてしまった。

 

「えっ?比叡お姉様!?」

 

榛名には全く理解出来ないのも当然だ。あの比叡が霧島にやり込められた程度で泣く筈が無い。いつもならば『あははは‥‥‥』と乾いた苦笑いを浮かべて終わる程度の筈だ。それが、この反応。まさか‥‥‥と榛名に一抹の不安が過る。金剛に何かあったのか、と。復帰が不可能な程のダメージを負った、とか、脳に障害が残った、とか。兎に角、入渠で回復不可能な程の何かがあった、と思ってしまうのは致し方ない事だ。

 

「あの、まさか、金剛お姉様に何か‥‥‥」

 

榛名が恐れながらも聞こうとしていたその時。榛名は後ろからパンっと肩を叩かれた。ビックリして振り向くと、患者服姿の金剛‥‥‥『こんごう』が立っていた。

 

 

 

 

 

「Oh、榛名も霧島も、bullyingは駄目デース!」

 

こんごうは、努めて笑顔で。右手は腰に、左手は指を開いて前に。お決まりの金剛のポーズを決めながら「ワタシは大丈夫デース!」とウィンクして見せる。

 

「お姉様‥‥‥!!霧島は心配しておりました!!よく御無事で!」「榛名は、榛名は‥‥‥!」と、涙を浮かべながら再会を喜ぶ様子の二人に罪悪感を感じながらも、此処は演じ切らねばならない。

 

「No,problem!‥‥‥ミンナ待ってるネ!早く行くデース」

 

どんな時でも快活、ポジティブ。笑顔を忘れない太陽のような姉。今の自分とはかけ離れた存在の『金剛』をイメージしながら、離れ演習に戻っていく霧島と榛名を大袈裟に手を振って見送る。『こんごう』は二人にクルリと背を向け、まだ泣き止まない比叡を抱き止める。

 

「今は、一先ず落ち着いて。後で幾らでも付き合いますから。ね?比叡さん」

 

「‥‥‥はい」

 

比叡が泣き止み落ち着くのを待って、こんごうが手を離す。周りには聞こえない大きさの声で「演習、頑張って下さいね」と笑みを向けると、まだ肩の震えている比叡も目を擦りながら「はいっ!お任せ下さい!」と右手の親指を立ててみせた。

 

比叡も演習の為離れ、こんごうは座っている提督二人の方へ。東郷の左隣に座る山本の更に左隣の、空いている椅子に腰掛けた。

 

東郷に聞こえないよう小声で「これで良かったんですよね?」と山本に微笑むこんごう。山本も「ああ、上出来だ。助かるよ」と口元を微かに緩ませる。

 

「‥‥‥金剛なら『テートク!愛してマース!burning love!!』って満面の笑みで抱き着いてくる場面なんだがな」

 

山本の爆弾発言。にわかには信じがたい行動だ。流石に「‥‥‥セクハラですよ?」と目だけを向けて睨んだこんごうだったが、それが嘘でなかった事が直ぐに分かった。

東郷が「大人しくなったな、金剛。昔なら山本を見るなり飛び付いてやがったのに」と発言したからだ。

 

(え?‥‥‥金剛さんって結構大胆だったんだ‥‥‥私も‥‥‥やらなきゃ不味い‥‥‥のかな?)

 

顔を真っ赤にして悩む。『金剛』を演じ切るのなら、避けては通れない道なのだろう。しかし、『こんごう』は別に山本の事をどうこうとは思っていない。何より‥‥‥周りに大勢居るし恥ずかしい。

 

(けっ、けど‥‥‥ここでやらないと、比叡さんの立場が‥‥‥)

 

身体をプルプルと震わせ、悩む。チラリ、と演習場に視線を向けると、比叡、榛名、霧島は此方を見ているし、心配なのか電もチラチラと視線を送ってきている。仕方無く決心を固める。

 

(えっと‥‥‥自然に、自然に‥‥‥)

 

幸い、顔を赤くしてプルプルと震えている様は、抱き着くのを必死に我慢しているように見えなくもない。(うん、よしっ)と心の中で決意を決め、こんごうは山本に向き合う。

 

「Hey !テっ‥‥‥テートクっ‥‥‥」

 

山本の右腕に飛び付く。『愛してマース』とか『burning love!』とかは流石に恥ずかしくて言えなかったが、これでもどうにか誤魔化せている筈‥‥‥。多少引き攣るのは仕方無いとは言え笑顔も作り、それっぽく電に、見せつけるような素振りをしてみる。

 

(電ちゃん‥‥‥ごめんなさい、ごめんなさい)

 

電とてそれがこの場を乗り切る為の演技だと理解してくれている。他の者には見えないよう、一瞬だがニコリと笑ってくれた。

 

「金剛よ、山本に抱き着くのは構わんが‥‥‥隠すモノは隠せよ?」

 

電に気を取られ、油断していた所に東郷の一言。こんごうは「えっ?」と思わず口にして視線を自身の身体へ。今着ている患者服はピンク色のバスローブタイプのもの。勢いよく山本に飛び付いたせいであちこちズレていて、見えてはいけないモノが色々見えそうになっている。

 

「あ‥‥‥あ‥‥‥」

 

余裕はゼロ。敢えて此方を見ないようにしている山本から手を離し、こんごうは立ち上がって急ぎ服の乱れを直す。羞恥心で顔はおろか耳まで真っ赤にして、回れ右をしてその場から逃げるように退散していく。

 

 

 

 

 

こんごうが去って、再び二人となった山本と東郷。少し気不味いのか落ち着かない山本とは違い、東郷は落ち着いた様子で「ふーっ」と葉巻の煙を吐くと、ギロリと山本を睨んだ。

 

「説明しろ、山本。返答によってはお前がアイツらと演習してもらう事になる」

 

視線の先には、青筋を立てて山本を睨み殺気を飛ばしてくる霧島、何とも言えない表情の榛名、それと、顔は笑顔なのだが心なしか怒っているように見える電。

 

「流石に‥‥‥分かりますか」

 

山本の表情は変わらない。金剛が変だと勘付かれるのは想定内。『こんごう』の患者服姿はその言い訳の為の布石だ。

 

「金剛の事だけじゃ無い。山本、お前‥‥‥何を隠してやがる?」

 

今度は、山本の目つきが変わる。恐らくは此方の質問が本命か。この小さな鎮守府に、呉から態々提督自ら出向いている時点で何かある、と警戒すべきだった。

 

「答えろ、山本」

 

其々位置に着いた互いの艦隊を眺めながら「‥‥‥分かりました。演習の後に改めて」とだけ答え、山本は口を閉ざした。

 

******

 

互いに単横陣で向かい合った両艦隊。呉の方は空母の葛城を旗艦に、霧島、榛名、神通、それに夕立。此方は赤城が旗艦、比叡、青葉、那珂、電。今回は五対五。山本の方は兎も角、呉鎮守府の方は夕立以外は第3艦隊だ。神通や金剛型の二人などを見ても分かるように、今回は同型艦‥‥‥姉妹の再会を念頭に連れてきた訳だ。東郷も中々に艦娘思いの提督である。

 

「電ちゃん、どのくらい強くなったか見てあげるっぽい」

 

「お願いします、なのです!」

 

過去に何度かやりあっている夕立と電が睨み合う。この面子なら間違いなく飛び抜けて練度の高い二人。電は緊張を隠せないが、夕立は実に楽しそうだ。

 

それから、こんごうに見送られてからずっと浮かない表情の比叡。

演技が出来る程器用ではないので仕方無いかも知れないが、これではやはり『金剛に何かあった』と自白しているに等しい。

艤装の調子を確めながら、霧島がその様子を訝しげに眺めていた。

 

「ねえ、榛名。やっぱり金剛お姉様に何かあったんじゃないかしら」

 

「けれど、金剛お姉様は御無事な様子でしたし‥‥‥確かに患者服を着ていましたし、調子は良くないのでしょうけど」

 

二人とも、違和感はあった。何となく、本当に何となくなのだが、何処かおかしい。何時もの金剛の様子と何かが違う。そこまでは間違いない。ただ、まさか金剛が別人、という考えには至れない。『金剛』と『こんごう』は顔ばかりでなくスリーサイズ、身長、声まで同じ。その全く同じ外見のせいで、『何処かおかしい』という認識で止まってしまっている。

 

「やっぱり‥‥‥比叡お姉様にお話して金剛お姉様の様子について聞き出した方が‥‥‥」

 

「そう‥‥‥ね。榛名、これに勝ったらもう一度比叡姉様に確認しましょう」

 

未だ冴えない表情のままの比叡。自分の言葉が彼女の心をズタズタに引き裂いた事にはまだ気付かない霧島は、一先ず演習に集中する事にした。

 

その比叡の右隣。いつも以上に気合いが入っているのは、那珂。どうやら、演習とは言え第1艦隊で出来るのが嬉しいようだ。何故か自前のマイクを手に、神通の苦笑いには全く気付く事なく瞳を閉じて何やら感傷に耽っている。

 

「演習だからって手を抜いたりしない。だって、那珂ちゃんは艦隊のアイドル‥‥‥永遠の」

 

それらしくポーズをとって「センターだからっ!!」と那珂が言い切る前に、無情にも『演習始め』の合図が響いた。‥‥‥因みに、今の単横陣での那珂の立ち位置はセンターではなく、一番右端である。

 

******

 

ヒトヨンイチマル。こんごうは、演習場から一人歩く。工廠へは執務室の横を通る必要が有るため、その真っ直ぐ伸びる廊下を歩いている最中。

 

誰も居ない筈の執務室。その扉が少しだけ開いて、微かに光が漏れている。疑問に思い、近付いて覗いてみると、中には雷と春雨の姿。山本のデスクの引き出しをパタン、と閉めた所だったようだ。

 

小さいが声が聞こえてくる。「誰にも言っちゃ駄目」とか、「司令官の奴‥‥‥」とか。

何をしていたのかは分からないが、二人は此方の扉に向かってくる。慌ててその場を離れたこんごうは、思わず廊下の角に隠れた。

 

「‥‥‥いい?春雨。私が司令官の尻尾を掴むまで今見た事は絶対絶対言っちゃ駄目よ?」

 

「はっ、はい‥‥‥」

 

真剣な眼差しの雷と、目が泳いでいる春雨。コソコソとその場から退散していく二人が気になりながらも、今はこんごうはその場を後にする。

 

工廠に向かっているのは、妖精さんに呼ばれたからだ。こんごうの装備、『ミサイル製造専用の施設』が出来たので見に来い、と。




ニューフェイス

霧島、榛名:詳しくは次回に。金剛、比叡の実妹。人間としても四姉妹。

葛城:空母。レベル51。パイロットをしている中学生二人と同居とかはしていません。ミ●トさんと比べて色々残念‥‥‥。

神通:軽巡洋艦。那珂ちゃんの姉。レベル30。

那珂:艦隊のアイドル(自称)。山本の鎮守府の軽巡。神通の妹で地元出身の艦娘。今はまだご当地アイドルレベル。「どうしてこうなっちゃったのかしら」(神通談)‥‥‥レベル20。


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sentence5 消えない思い

演習、そして再戦。
事態は少しずつ動いていきます。‥‥‥誰も望まぬ方向へと。




「こんにちは、妖精さん」

 

相変わらずの微笑ましい仕草で敬礼してくれたこんごうの艦装の妖精さん二人にニコリ、と笑いかけると、妖精さんは促すように患者服の裾を引っ張ってくる。

 

工廠。鎮守府一階の廊下の一番奥にある、大きな両開きの扉の付いた部屋。通常の鎮守府ならば本棟とは別に専用の建屋があるのだろうが、生憎此処には別施設は無い。故に、工廠が本棟内にあるという、極めて珍しい造りになっている。深海棲艦が現れる以前は水族館だったらしい鎮守府自体はそれなりの大きさはあるのだが。

扉の先は水族館時代の名残りの、熱帯魚が泳いでいる小さな水槽が幾つも並んだ部屋。その先に地下に続く階段がある。その階段の奥に扉が更に二つ。右側に開発、改修工廠、左側に建造ドックがある。

 

因みに、この鎮守府には工作艦・明石がいない為に改修工廠はあるが使用されていない。大本営の方針で、明石は重要な鎮守府優先に回されている為だ。とは言っても全くの未使用という訳ではなく、出張で来た時に使ったりはしている。

‥‥‥これは本当に余談なのだが、横須賀を拠点にしている明石本人は山本の鎮守府に本拠地を移したいと思っていたりする。明石以外にも、山本の鎮守府に転属したいと思っている艦娘はそれなりに多い。理由は、鎮守府本棟に水族館の施設の一部がそのまま残され、今も魚の鑑賞が出来る為だ。

これは、水族館を閉めて鎮守府に造り直そうとした時に、地元の住民と電を含めた初期配属予定の艦娘が施設の存続を望んだ為。大本営にしては随分と柔軟に応じたものだ。メンタルは重要、という事か。

 

こんごうが呼ばれたのは、開発工廠ではなく建造ドックの方。右から順に並んでいるドックの一番左端、未使用の四番ドック。そこを改修し、新たにミサイル製造施設を作ったらしい。監修は、今も裾を引っ張っている、『こんごう』の艤装に居た海上自衛隊の制服妖精さん(長いので以後は『こんごう』妖精さん、と呼ぶ事にする)。

 

もうお分かりだろうが、建造ドックの方に作ったのはカムフラージュの為だ。たまにある大本営の憲兵の査察ではドックの中までは見られない(妖精さん達が嫌がるから)し、明石も余程の事がないと建造ドックには入ってこない。だから、ミサイル製造だけでなく『こんごう』の艤装のメンテナンスも出来るよう作られている。この施設をたったの半日で組み上げた妖精さんの技術、半端ない。

 

「ここ、ですか?」

 

位置を変え、こんごうの肩に其々ちょこんと座った『こんごう』妖精さん二人が『うんうん』と頷く。

閉ざされた扉を開いてみると、よく分からない機械類や工具類。それと、それらを管理する為らしい精密機器。その更に奥に、映像内でこんごうがヲ級に投げていた対艦ミサイルが並べられ、こんごうの艤装に備えられたMK41VLS用の対空ミサイルが所狭しと並べられていた。その数、凡そ100。

 

「これを‥‥‥全部妖精さんが?」

 

『どうだ!エッヘン』と胸を張る『こんごう』妖精さん。その様子にクスッと笑みを見せたこんごうは、その妖精さんを抱き上げて唇でチュッ、と頬に軽く触れる。

 

「凄いですね、妖精さん?」

 

キスされていない方の妖精さんが、キスされた方の頬を紅くした妖精さんを追いかけ回す。この微笑ましい光景と、整然と並べられた兵器のギャップが恐ろしい。

 

暫く追い駆けっこしていた『こんごう』妖精さんがやっと飽きて落ち着くと、こんごうの艤装について説明してくれた。

先ず。この装備はこんごう専用であること。他の妖精さんに協力してもらった結果、他艦娘の艤装との互換性が無いこと。それに、こんごうの艤装は『こんごう』妖精さん以外の妖精さんには使えないこと。

つまり、制空権の確保に関しては『こんごう』の独壇場という訳だ。

 

「あ、でも‥‥‥今の私に上手く使えるんでしょうか?」

 

今のこんごうは、記憶がない。果たして映像で見た時の自分のように上手く使えるのか。

 

そんな不安を抱えたこんごうに、『取り敢えず艤装を付けろ』と『こんごう』妖精さんが促してくる。艤装の装着は、艦娘の中に眠る軍艦の魂を呼び覚ます最も手っ取り早い方法なのだという。

 

装着しようとこんごうが背中を向けると、吸い込まれるように艤装が嵌まった。瞳を閉じて深呼吸をする。自然に流れ込んでくる艤装とその装備の情報とは別に、意識の向こうにとある光景が見えた。

 

 

 

 

 

――――――

水底へと沈んでいく身体。太陽が出ていないのか、水面には光は無い。

辛うじて見える右眼に映るのは、生気を失い青白くなっていく自分の肌。身体から力が、生命が洩れゆくのがわかる。

更に、少しずつ失われていく視界に映ったのは、グチャグチャに千切れ失われた下半身。それと、肩から抉れ無くなった左腕。

 

―――此処マデ、デスネ―――

 

此処で死ぬのだ、と薄れていく意識ながら理解。静かに瞳を閉じる。

‥‥‥と。誰かが泣いたような気がした。もう一度だけ右眼を開き、水面に向ける。微かに、しかし確かに誰かが泣いているのが聞こえる‥‥‥比‥‥‥叡‥‥‥?

 

―――アア、ソウデシタ―――

 

思うように動かない右手を伸ばす。指の先には、ほんの小さな、しかし暖かい光。

 

―――アナタニ―――

 

失われゆく意識と感覚に抵抗し、光へと必死に伸ばす右手。

 

―――モウイチド、エガオヲ―――

 

 

 

 

――――――

トントン、と『こんごう』妖精さんに肩を叩かれ、こんごうは意識を戻した。

 

「‥‥‥今のは‥‥‥?」

 

今のがこんごうの魂に眠る軍艦の『記憶』というものなのだろうか?断片だが、恐らくは轟沈時の記憶。右眼からのみ涙が流れる。

 

少し心配している様子の『こんごう』妖精さんの二人。艤装とのリンクの際、特に最初の頃は今のように強く軍艦の記憶が流れ込んでくる事が多いのだという。

 

「大丈夫ですよ。ありがとう、妖精さん」

 

艤装を外し、静かに床に置く。物々しい装備だし、重い筈の艤装だが、しかしこんごうにはその重さは感じられない。

 

備え付けの椅子に座ったこんごう。その太股に上がってきた『こんごう』妖精さん二人を抱き上げ、微笑む。

 

「妖精さん、これから一緒に頑張りましょうね?」

 

******

 

「攻撃隊、発進!」

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

距離を取った両艦隊。

葛城、赤城両名が弓を引き絞り、放つ。放たれた矢は次々に零戦62型へと姿を変え、飛んでいく。

 

「行きますよ、比叡さん‥‥‥比叡さんっ!」

 

赤城の零戦が空を駆けていくのをボーッと見ていた比叡の隣を、青葉が走り抜けていく。

既に電が夕立と交戦。その二人の頭上で交錯した両空母の零戦は、空でその数を減らしていく。航空戦は五分か。

 

「っぽい!」

 

その夕立が言葉通り、手に持った連装砲を電目掛け投げつけてきた。電が手でそれを払うのに気をとられた一瞬で、視界から夕立の姿が消える。

 

「夕立ちゃんは!?」

 

「頭がガラ空きっぽい!」

 

なんと頭上から夕立が降ってくる。しかも、蹴りだ。

 

電も直ぐに反応し、連装高角砲を夕立へと向ける。相手は上空。艦娘は当然飛べない。このまま撃てば、間違いなく当たる。

‥‥‥が。電は撃たずに慌てて右へと飛び込むように転がって回避。直後、先程電の居た場所を魚雷が通り過ぎていく。

 

「流石電ちゃん‥‥‥最っ高に楽しくなりそう」

 

『ぽい』という語尾付けも無く口元を緩ませる夕立の姿に、電はビクッ、と身体を震わせる。見た目の姿とは裏腹に底知れぬ何かを発する夕立に恐怖心を感じながらも、電は高角砲を握り直し魚雷に手を掛ける。

 

「‥‥‥負けないのです!」

 

 

 

那珂と神通は牽制し合い、片手で単装砲を撃ちつつ、片手に魚雷。互いの隙を窺いつつ旋回している。その神通に、青葉が後ろから連装砲で撃ち込みつつ魚雷を放った。気付いた神通がギリギリ回避し応戦。

直後、青葉に向けて41㎝連装砲の援護射撃。撃ったのは霧島だ。

 

青葉は反射的に上体を後ろに反らせる。たった今反らせた上半身があった位置を、砲弾が掠めていく。紙一重での回避に冷や汗を流す青葉の後方で、爆音‥‥‥那珂がその流れ弾に当たった。

 

「キュウ~」と眼を回しその場にへたり込んだ那珂。被弾により脱落。‥‥‥もう少し粘って欲しかった。

 

「ちょっとぉぉ!」

 

思わず声に出した青葉。視線を戻し舌打ち。神通と霧島二人を相手というのは分が悪い。

 

「‥‥‥比叡さんは!?」

 

そこで、漸く比叡が来ていない事に気付いた。チラリ、と後方を見ると、動かない比叡と彼女の方へと走る榛名の姿。

 

「ああもうっ、比叡さんっ!」

 

二人からの砲撃をジグザグに走行して避けながら、青葉は比叡の元へと急ぐ。

 

比叡は動かない。榛名が目の前まで来て砲を向けても。

 

「比叡お姉様‥‥‥?」

 

こんごうの手前『お任せください』等と言ったものの、そんなに簡単に割り切れるものではない。つい昨日だ。金剛を目の前で失った。比叡は生き延びてしまったのだ。金剛の命を犠牲にしてまで。

 

‥‥‥始めに海軍に見出だされたのは、榛名だった。金剛型戦艦の三番艦。海軍に入る前の榛名は、柔らかい物腰と嫌味の全くない笑顔、優しい性格の大和撫子を絵に描いたような少女だった。その榛名が軍へ行くのに最も反対したのが、霧島。『みんなの幸せが守れるのなら』と艦娘になる決意の揺るがなかった榛名に、霧島は『それなら私が付いていく』と言い出して。結局、霧島も艦娘として見出だされた。それならば、と大本営は二人の姉、今の比叡と金剛を召集‥‥‥彼女達は金剛型戦艦四姉妹として海軍所属となった。

ただ、金剛の参加には比叡は最後まで反対した。『お姉さまには別の道を。人として幸せになって欲しい』。それが、比叡の願いだった。

 

『ワタシの幸せは‥‥‥貴女達が笑顔でいてくれる事デース。それを守れるなら、何だってしてみせるヨ。Hellからだって戻って来てみせマス‥‥‥だから、大丈夫デース!』

 

そう言って笑う金剛に押し切られ、比叡は結局折れた。しかし、今更ながらに思う。『やはりあの時‥‥‥海軍に入るという金剛を止めるべきだった』と。

 

「榛名‥‥‥比叡は、比叡は‥‥‥」

 

 

 

今にも泣きそうな表情に戻ってしまった比叡。彼女の様子に、榛名は確信を持った。やはり、金剛に何かあったのだ、と。

 

『演習中止』の連絡が入ったのは、その直後だった。同時に、警報が辺りに響く。

 

「警報!?深海棲艦ですかっ!‥‥‥比叡お姉様!」

 

比叡の手を取り、遠洋を見据えた榛名。無線からの情報が入ってくる。敵艦隊、数24。空母6、軽巡6、駆逐11。旗艦は‥‥‥駆逐水鬼。

 

「鬼級!?この海域は比較的安全な筈では‥‥‥?」

 

情報に驚き、榛名は比叡の手を引き戻る。装備を演習用から実践用へと載せ変えねば戦えない。

戻りながら「比叡お姉様、確りしてください。比叡お姉様!」と呼び掛けるも、比叡からの返事は無い。俯き、変わらず酷い顔だ。

 

両提督の元へと戻ってきた全艦。急ぎ艤装の装備を変更。この10名ならば、恐らく撃滅できる筈。ただ、敵旗艦の姿を遠巻きながら捉えた夕立の姿だけがおかしい。彼女にしては珍しく、その身体を震わせていたのだ。

 

「‥‥‥‥‥‥萩風」

 

呟いたあと、ギリッと奥歯を噛み締め、血が出る程に拳を握り締める夕立の姿があった。

 

******

 

「今の警報は?」

 

地下に居たこんごうに、妖精さんが事態を説明してくれた。深海棲艦の艦隊が此方に向かっているらしい。それも、相手はあの駆逐水鬼。

 

「みなさんの所へ行きましょう。今の私でもきっと役に立ってみせます!」

 

こんごうは膝の上で戯れていた『こんごう』妖精さんを抱き上げ、艤装に乗せる。妖精さん達が用意してくれた、今は亡き金剛の艦服を着て艤装を装着。急ぎ階段を上がろうとする。

 

「え?あ、こっちですか?」

 

1段目に足をかけた所でクルリと向きを変え、一番ドックへ。其処から直接海へと出られると妖精さんが教えてくれた。

 

ドックの奥、海水に浮き大きく息を吸ったこんごう。レーダーには敵影が24。焦る気持ちを抑え、緊張と恐怖に震える脚を手で掴んで押さえつける。

 

「こんごう型ミサイル護衛艦一番艦こんごう、抜錨します!」

 

 




榛名:レベルは44です。
霧島:こちらはレベル43。榛名も霧島も、金剛よりもキャリアが長いので。

那珂ちゃんは残念キャラ‥‥‥じゃないです。多分。
次回は夕立と萩風、悲しい再会です。


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sentence6 約束

電達と駆逐水鬼。それと、こんごう。
事態は動き出します。

それでは駆逐艦夕立『抜錨するっぽい!』本編をどうぞ。え?タイトルが違う?‥‥‥読んだら分かります。


「‥‥‥山本、お前の所で他に艦載機を飛ばせる奴は?」

 

「生憎ですが、ウチの鎮守府の規模じゃ赤城一人抱えるので精一杯ですよ」

 

戦況は芳しくない。制空権を取られつつある。深海棲艦、ヲ級が六体。対して此方は赤城と葛城の二人。正直言って二人の零戦はよく此処まで粘っていると言っていい。もしもこのまま押し切られでもすれば、此方の艦隊は深海棲艦側の艦載機をも同時に相手にしなくてはならなくなる。空と海の両面から攻撃されるのだけは何としても避けたい。

 

「チッ‥‥‥呉からあと何人か連れて来るんだったな」

 

東郷は舌打ちし、苦虫を噛み潰して戦況を見守る。山本と東郷の連合艦隊は、今は演習メンバーに雷を加えて11人。他の所属艦娘ではまだ練度が低すぎるため、ヲ級や駆逐水鬼が相手では危険だ。かといって近隣の鎮守府からの救援が間に合うかは微妙。この面子で何とかするしかないのだが‥‥‥。

 

ヲ級6体を相手にしているのが、榛名、霧島、青葉、神通の4人。軽巡ホ級6体と駆逐ニ級11体を雷、那珂、比叡で対処している。駆逐水鬼と対峙しているのは、夕立と電。もしも敵艦載機に此方の零戦を突破されると、戦況は大きく傾く。

 

「金剛を出せ、山本。やられてからでは遅い」

 

「ですが‥‥‥」

 

分かってはいる。現状を突破するには、もう一押し出来る戦力が要る。この場に高火力の金剛がいれば、零戦が落とされる前に押し切れる。しかし、金剛は‥‥‥。

 

「大抵の事には目を瞑ってやる。早くしろ」

 

金剛が『こんごう』であること、それとこんごうが記憶喪失であること。この二つがネックとなり、山本の決断を遅らせていた。確かに記憶喪失前のこんごうならば、戦況を引っくり返せるだけの活躍を見せてくれるだろう。だが、今のこんごうは言ってしまえばルーキーと変わらない。それに、こんごうを出撃させるという事は、榛名や霧島にも現実を話さねばならないという事だ。何時までも黙っている訳にはいかないだろうが、出来るならもう少し時間を置きたい。

 

そうこうしている間にも、零戦はその数を減らしていく。

 

******

 

帽子のような何かの口を開いたヲ級が更に艦載機を吐き出す。只でさえその艦載機のせいで思うように近付けない榛名達の表情に、焦りが見え始めた。

 

「これ以上は‥‥‥。私が、囮になって艦載機を引き付けます。霧島と青葉さんは、その間に一体でも多くヲ級を」

 

このままではジリ貧だ。ヲ級とやり合う所ではない。艦載機を相手にするだけで手一杯。何時まで持つか分からない。既に青葉と霧島は小破している。空からの爆撃を抑えない事には突破口は見えてこない。

榛名一人に敵爆撃機が集中してくれれば、青葉と霧島、神通の3人ならヲ級を叩ける。

 

「榛名、正気!?あの数を一人でなんて、幾らなんでも‥‥‥」

 

霧島が瞳を見開き榛名を睨む。

既に零戦の相手にできる数は越えている。ヲ級6体全部が吐き出した艦載機の数は尋常ではない。四人で爆撃の隙間を縫うように避けながら対空砲撃を続けてどうにか今の状態。もしもそれが榛名一人に集中しようものなら、中破か大破は恐らく免れない。最悪の場合も‥‥‥。

 

「ですが‥‥‥このままでは‥‥‥」

 

榛名が真っ黒に染まった空を見上げた瞬間の事。敵爆撃機の一角に何かが多数飛んでいき、爆発。

 

「今のは‥‥‥葛城さんの‥‥‥ではないですよね?」

 

榛名の視界に映るのは、十数発の何かが、幾度も空へと上がる光景。その何か‥‥‥対空ミサイルが、ヲ級の爆撃機に吸い込まれるように飛んでいき、爆発する。それは、まるで生き物であるかのようにヲ級の爆撃機だけを追いかけ、確実に撃墜している。しかも、葛城や赤城の放っている零戦には被害はゼロ。

 

「寮艦の支援砲撃?でも、どうやってあんな‥‥‥?」

 

榛名には理解出来ない。敵と味方を見分け、方向を変え、敵を追尾して確実に撃墜する砲撃など初めて見る。しかも、同時に複数を、だ。

瞬く間に爆撃機が無くなっていく。すっかり自由を取り戻した零式62型が、ヲ級への爆撃体勢に入る。

同時に、榛名達にも視認できる位まで、砲撃の主が近付いてくる。その姿に「金剛お姉様‥‥‥!!」と感嘆の声をあげると同時に、榛名も霧島も疑問の表情へと変わる。

 

「金剛お姉様の、あの艤装‥‥‥?」

 

その背中に背負うのは、金剛型戦艦の一番艦ではなく別の軍艦。主砲である長い砲塔の無い護衛艦だ。手に持つ機関砲は兎も角、その両太股にはホルスターに三連短魚雷。明らかに金剛型の装備ではない。金剛ではなく『こんごう』なのだから当たり前なのだが、榛名達には意味が分からない。

 

自身に接近してきたヲ級の一体に向け、魚雷を放つこんごう。回避しようと左へと旋回したヲ級の方へ、その魚雷も向きを変え追尾しているのが見える。呆気に取られ砲を持つ手を止めていた榛名、霧島、青葉、神通の四人だったが、「訳は後です!今のうちに、この空母達を叩いてください!」というこんごうの叫びに我に返り動き始める。

 

「分かりました、金剛お姉様!このままヲ級を叩き‥‥‥ま‥‥‥す‥‥‥?」

 

榛名は頷きヲ級を砲撃しながら首を傾げる。違和感、どころの話ではない。金剛が、『あの金剛』が標準語を話しているのだ。

 

「えっ?えっ?」

 

一体、二体と落ち着いて撃沈。榛名が視線を移すと、爆撃機が消えた事であっさり駆逐と軽巡を片付けた比叡達が、こんごうの元へと合流するのが見えた。

 

 

 

 

「こんごうさん‥‥‥」

 

こんごうのすぐ目の前で止まった比叡の頬には、泣き腫らしたであろう跡が見える。

 

「比叡さん、ごめんなさい。私、皆さんの力になりたくて。これ以上、比叡さんに辛い思いをして欲しくなくって」

 

本来なら、演習の間はずっと病人の振りをしてやり過ごす予定だった。けれど居てもたってもいられなくなって抜錨してしまい、更には苦戦する比叡達を見て我慢できずに支援攻撃に出た。自身のせいで今後の話が拗れるかも知れないが、何もしないせいで犠牲が出る事の方が余程耐えられない。

 

「ううん、こんごうさん。貴女のお陰で‥‥‥」

 

フルフルと顔を左右に振り、比叡がこんごうの謝罪を否定する。こんごうの支援のお陰で状況を打開出来たのは確か。現に、今まさに霧島が最後のヲ級を轟沈させた所だ。

再び涙が溢れてきてしまい、「ありがとう」と口に出来ずに肩を震わす比叡。こんごうは柔らかな笑みを送りながら、演習前のそれのように抱き寄せる。その温かい胸の中で、比叡は声をあげて泣いていた。

 

******

 

電の放った魚雷を避けた駆逐水鬼が、被っていたヘルメットをそれに投げつけた。更に駄目押しとばかりに魚雷に砲撃。目論み通り魚雷が爆発する。

その行動の意味を理解出来ない電が「えっ?」と声を洩らし止まる。駆逐水鬼が不気味に笑ったのと魚雷が爆発したのが同時。その行動の意図を一瞬で理解した夕立から、電へと慌てて通信が飛ばされてきた。

 

『避けてっ!!』

 

その通信とほぼ同時。顔をあげた電の視界に映ったのは、空中で両手に四本の魚雷を握った駆逐水鬼の姿。魚雷の爆発を推進力に変え、もう電の目の前に居た。

 

「う‥‥‥え?」

 

直後、爆発。轟音と火柱が上がり、艤装を木端微塵に吹き飛ばされ血塗れになった電が、その場で倒れピクリとも動かずにゆっくりと浸水していく。

 

「電ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」

 

その電の姿に怒号をあげた夕立が、最大船速で走る。それでもスピードが足りない。夕立はあろうことか自身の艤装に魚雷を叩きつけ爆破。その爆発の勢いを推進力代わりに、半ば吹き飛ばされるような格好で電の元へと辿り着く。

間一髪、沈む寸前の電の左手を何とか掴み、引き上げ抱く。自身も大破状態になっているにも関わらず、赤く光る鋭い瞳で駆逐水鬼を鬼の形相で睨みつけ、怒りに任せ吠える。

 

「絶対許さないっぽい‥‥‥許さない‥‥‥萩風ぇぇぇッ!!!」

 

意識の無い電を抱いたまま立ち上がった夕立。その瞳は濡れていた‥‥‥電を守れず、こんな状態にしてしまった事への申し訳なさと自身に対する不甲斐なさ、それから目の前の恐らく萩風であろう駆逐水鬼を自らの手で殺めなくてはならない事への苦しさで。

夕立は駆逐艦ですら有り得ないスピードで駆逐水鬼との距離を一気に詰め、その口に連装砲を捩じ込む。

三発、四発、五発と砲撃。喉を貫通し、駆逐水鬼の後頭部の一部が飛び散り、真っ黒なオイルが血のように噴き出す。

 

それでも駆逐水鬼は倒れない。夕立はその空いた後頭部の穴に魚雷を力任せに突き立て砲撃。魚雷が轟音と業火をあげて爆発。駆逐水鬼は上半身もろとも頭が吹き飛び沈んでいく。

 

駆逐水鬼が沈み切った頃に漸く我に返った夕立。腕の中の電に未だ意識が無い事に気付いて、慌てて呼び掛ける。

 

「‥‥‥っ!電ちゃん!?電ちゃん、確りするっぽい!電ちゃん!!」

 

******

 

艦隊は電以外の11名が提督二人の元へ無事帰投。電は微かに息はあるが、夕立に抱かれたまま動く気配を見せない。

 

「山本さん‥‥‥ごめんなさい。電ちゃんを守りきれなかった‥‥‥」

 

悔しそうに、辛そうに、夕立が電を山本へと抱き渡す。宝物を扱うように電を抱き受け、瞳を閉じて大きく深呼吸した山本は、表情は固いまま「いや、ありがとう」と呟くように口にし、立ち上がる。

 

「‥‥‥電を休ませてくる。旗艦の赤城、葛城両名は改めて報告を」

 

「司令官っ!」

 

叫んだのは青葉。雷も、霧島も山本を睨んでいる。

金剛の異変と、夕立が『萩風』と呼んだ駆逐水鬼。未だにどちらも話そうとしない山本に業を煮やし、青葉はその目の前に回り込み詰め寄る。上官とはいえ山本に怒りの籠った視線をぶつけ、怒鳴る。

 

「一体どういう事なんですかっ!!司令官、答えてください!電さんをこんな目に遭わせておいて、何も知らないなんて言わせませんからね!電さんは‥‥‥電さんは‥‥‥貴方の事‥‥‥!」

 

そこまで口にした青葉を遮るように、か細い、弱々しい声が微かに聞こえてくる。発していたのは山本の抱く、電。どうやら目を覚ましたようだ。

 

「だめ‥‥‥なのです‥‥‥それ‥‥‥以上‥‥‥は‥‥‥言わ‥‥‥ない‥‥‥約‥‥‥束‥‥‥」

 

そこまで言って、電は再び気を失う。もう殆んど告白しているのと変わらないが、山本はそれには答えず。

「‥‥‥詳しい事は、執務室で話す」と静かに語った山本は、寄り添うように並び立っている比叡とこんごうの方を振り向いて「二人とも、すまない」とだけ発して、電を抱いてその場を後にした。

 

******

説明は、夜に改めてする事になった。そう提案したのは東郷だ。

『先ずは傷を癒せ。それと冷静になれ。でなければ正しい判断など出来ない』と。

両秘書艦は大破。電に至ってはそのままだったら轟沈していた程の重体。他の面々も爆撃の中の戦闘だった為、小破や中破。無事なのは空母の二人とこんごうくらいだ。確かに入渠し、落ち着いてからでも遅くはない。

 

東郷は戦闘の間に山本からこんごうの事を聞いたらしい。『初戦闘で疲れたろう。部屋で少し休んでこい』と言われた。霧島や榛名をこんごうと離し、二人の頭を冷やす意味もあったのだろう。

そんな訳で、 今はこんごうは部屋にいる。既に入渠を終えた比叡と共に。

東郷の言う通り初戦闘の緊張の糸が切れたのか、疲れがどっと出た。いいと言ったが比叡に押し切られ、比叡の膝枕で横になって静かに寝息をたてていた。

 

 

 

 

―――――こんごうが見ていた夢は、妙にリアルな夢だった。

 

 

とある部屋。夜中らしく、外には星空。部屋の中はアンティーク調の、センスの良い家具が並んでいる。椅子に深く座り、何処かで見たティーカップで紅茶を飲みながら、英語で書かれた本を読む自分。

と、これまたアンティークの電話がチリリン、と鳴る。こんな夜中に誰かと思いつつ、受話器を取る。

 

「Hello?」

 

『夏美お姉さま!』

 

どうやら妹、らしい。それにしても、何処かで聞いたような声だ。

 

「秋穂?コッチは夜中デスヨ?」

 

『ごめんなさい、お姉さま!でも、大変なんです!妹の春奈が、春奈が‥‥‥艦娘になるって言うんです!あんな海の怪物と戦うなんて、春奈には絶対無理ですって~!』

 

電話の向こうの秋穂の焦りようは半端ではない。しかし、その春奈‥‥‥夏美と秋穂の妹‥‥‥の決めた事だ。

 

「ン~、デスガ秋穂、それは春奈が決めた事デス。春奈の意思は尊重すべきデ~ス。それに、ワタシも此方に来る時に艦娘に護衛してもらいマシタ!日本の艦娘は優秀ネ!確か名前は‥‥‥speed starとblizzardデース!」

 

『え?それ本当に日本の艦娘なんですか?‥‥‥じゃなくって!それで今度は塔子が『それなら私が付いていく』って言うんですよ!何とか説得して止めてくださいよ~!』

 

「塔子が、デスカ?それなら大丈夫デスネ!塔子が付いていくなら春奈も安心デース!」

 

『ヒェェ~、お姉さま!』

 

はぁ、と溜め息。本当は妹達の意思は尊重すべき所だが、事が事だ。

 

「分かりまシタ。近々ワタシも日本に帰りマ~ス!大丈夫ネ!friendのグラーフが力になってくれマス!EUROの艦娘デ~ス」

 

 

―――――

 

「‥‥‥あれ?」

 

夢から醒めたこんごう。頭を撫でてくれていた比叡と目が合う。

 

「あ、起きました?こんごうさん、そろそろ執務室に行きましょうか?」

 

 




こんごうさんの見た夢について

speed starとblizzard:察しの通り島風さんと吹雪さんです。

夏美について:金剛「ナツミ?誰でショウネ?分から無いネー‥‥‥‥‥ハッ!!思い出しまシタ!ナツミはmust prettyでmust popularな天才女優デース!!!‥‥‥今、笑いまシタか?Shit!!後で財布持って体育館裏まで来やがれデース!!」

秋穂について:比叡「ヒェェ~!知りません!私の本みょ‥‥‥秋穂なんて人知りません!」

春奈について:榛名「あの‥‥‥どうして私だけ読みが同じ‥‥‥いえ、何でもありません」

塔子について:霧島「塔子?さあ?誰ですかそれは?ですが‥‥‥恐らく美人で賢い方なのでしょうね」


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sentence7 休息

もう7話ですか。当初の予定の倍の話数くらいになりそうです。

今回はこんごうさんと比叡さんが‥‥‥それに我らが電ちゃんが‥‥‥

では、本編どうぞ


時間まではまだ一時間程早いが遅刻よりはいい。部屋を出る事にした比叡とこんごう。こんごうが着替えをしている所を、比叡がジッと見つめている。

 

「比叡さん?」

 

「あ、いえ、その‥‥‥」

 

見つめている自覚が無かったらしい比叡が、言われて慌てて目を逸らした。何か言いたい事があったのかと思い訊ねてみると、比叡が少し紅くなりながら答えてくれた。

 

「こんごうさんは‥‥‥本当に金剛お姉さまと瓜二つだな~、って思ってたんです」

 

一卵性の双子なら兎も角、他人なのに此処まで同じ、という人は見たことがない、というくらい瓜二つ。体型まで同じなのだから比叡がついつい見てしまうのも無理はない。試しに左手人差指に嵌めてみた金剛の形見の指輪すらもピッタリなのだから。こんな偶然そうそうお目には掛かれない。最早ドッペルゲンガー、何処かの軍用クローンのレベルである。

 

遠い目で、昔を懐かしんでいる様子の比叡。そう言えば、金剛が帰国子女だったのを思いだし、その事を少しだけ聞いてみた。

 

「え?金剛お姉さまですか?はい。以前はお姉さまだけイギリスに住んでたんです。榛名が艦娘になるって時に私が大騒ぎして、金剛お姉さまに榛名を止めてもらおうと連絡して‥‥‥」

 

何だか何処かで聞いたような話だな、と思って続きに耳を傾ける。「榛名に霧島が付いていくって言い出しちゃって、それで、お姉さまに日本に帰ってきてもらって‥‥‥」

 

何かが引っ掛かるが、イマイチ思い出せない。うーん、と悩んでも靄は晴れない。

 

「こんごうさん、どうかしましたか?」

 

悩む様が顔に出ていたのだろう。「え?」と惚けた声を出したこんごうは、「あ、な、何でもないです」と隠すように否定して、止めていた手を動かし着替えを続行。

白のカットソーにジーンズ。場所が執務室だし相手も上官。正装の必要があるかと思ったのだが、どうもその必要は無いらしい。今が夜で、基本的に比叡達はローテーションの時間外だからだそうだ。この服装だと身体の線がモロに出るのだが、比叡が「凄く似合ってます!」と笑顔を見せたのでいいか、と思ってしまった。

髪は解いてポニーテールにした。そもそも、あんな複雑な髪型にしていたら時間がかかって仕方無いし、自分では上手く出来る自信が無い。今日だって、金剛の髪型にするのには比叡に結わえてもらったのだ。よくもまあ金剛は毎日あんな髪型にしていたものだ。

 

着替え終わり、比叡に視線を向けてみる。比叡が着ているのは黒っぽいジーンズに白を基調としたロングTシャツ。‥‥‥もしかしてお揃い、なのだろうか?

 

「あの、比叡さん?」

 

「え?どうしました?」

 

‥‥‥自分の気のせいか?比叡の表情からはそういった思考は読み取れない。まあ、今の服も比叡に借りている訳だし、そういうラフな格好が好みなのだろう、と勝手に納得。‥‥‥クルリと背中を向けた時に比叡が一人嬉しそうにほくそ笑んだ事には気付かない。

 

こんごうが扉を開こうとすると、「こんごうさん」と後ろから声を掛けられた。振り向くと比叡は「まだ少し時間がありますし、散歩しませんか?」と誘ってくれた。

 

「え?でも、外出するんですか?今から?」

 

「違いますよ。ほら、ここ水族館じゃないですか」

 

そう言って笑う比叡。こうしていれば、艦娘だって普通の女性と何ら変わらない。榛名や霧島もそうだが、比叡は十二分に美人のカテゴリーに入る。艦娘になる前はさぞかしモテたのだろうなと思い見ていると、見透かしたような表情で比叡がこちらを見てきた。

 

「言っておきますけど、私は金剛お姉さま一筋でしたから男の人と付き合った事なんてありませんよ?」

 

正直、それもどうかとは思う。極度のシスコン。金剛本人は山本に熱をあげていたそうなので一方通行の。(比叡さん折角綺麗なのに)等と思っていて、ふとある事に気が付いた。

 

(あれ‥‥‥?金剛さんと瓜二つの私って、見た目は比叡さんの好みって事‥‥‥?)

 

声も同じ。顔も、身長も、スリーサイズはおろか指のサイズまで同じ。違う所は比叡と姉妹ではないという事と、金剛本人との性格の差くらい。否、血が繋がっていないから尚更危険と言えないだろうか?

そんな事を考えていたこんごうの左手を比叡が握ってくる。思わずビクッと反応して、意識したせいか少し頬が染まってしまった。

 

「魚、見に行きましょう。きっと気持ちも落ち着きますから」

 

ニコッと微笑み手を引っ張ってくる比叡。その純粋な様子に、邪な考えを持ってしまった自分を反省しながら、こんごうは水族館として残されたスペースへと案内されていく。

理由がどうであれ、端から見たらそれが『水族館デート』という体を成している事には全く気付かずに。

 

そこからは比叡の独壇場。なんでも、ここは比叡が子供の時に初めて連れてきてもらった水族館らしい。鮫が有名な水族館だったとか、大きなマンボウが居たとか。電気ナマズだか電気ウナギだかとか。時々クラゲを眺めに来て癒されているとか。今ここに所属の艦娘達が使用している入渠施設は元々イルカショー用のプールだったとか。

どおりで、更衣室に何の脈絡も無くイルカの骨格の標本が飾ってあった訳だ、等と納得しながら、こんごうは促されるままにゆっくりと見学して回った。

 

******

 

それから。こんごうと比叡が執務室の扉を開けると、ホットミルクを両手で持ち、一人ソファにもたれる電の姿があった。

 

「電ちゃん!もう大丈夫なんですか?」

 

こんごうが心配そうに声を掛ける。電はまだ身体はダルそうだが、ニコリと微笑んで答えてくれた。二人をもてなそうと立ち上がった電だが、上手く立てずにバランスを崩し倒れそうになって、比叡に支えられる。

 

「まだ身体は重いのですが、怪我は大丈夫なのです」

 

まだ無理はさせられない。電をソファに逆戻りさせ座らせた比叡。電の身体の具合を見てまた昼間の事を思い出したのか、その表情が少し陰りを見せている。

 

‥‥‥と、バタン、と入口の扉が開いて夕立が駆け込んで来た。まっすぐソファへとダイブし、電に抱き着いた。

 

「電ちゃん!良かった!元気になったっぽい!」

 

電が助けられて心底嬉しそうな夕立。「夕立ちゃんのお陰なのです」と頭を下げる電。確かに夕立が居なければ、電は今頃海底に沈んでいたかも知れない。駆逐艦の身分でたった一人で鬼級を破った、とはどうにも見えない夕立がはしゃぐ姿を、こんごうは微笑ましく見ている。

 

「アタシももう元気っぽい!平八さんに優しくしてもらったお陰っぽい!」

 

頬を染めイヤンイヤンと首を振りながら話す夕立の姿。前言は撤回。夕立には純粋さが足りない。

 

「電ちゃんは?山本さんに優しくしてもらったっぽい?さっきまで山本さんと二人で一緒に‥‥‥」

 

直後、片手でホットミルクのカップを死守しつつ、もう片方の手で慌てて夕立の口を塞ぐ電。その顔は真っ赤で、過剰なくらい全力で否定の言葉を発する。

 

「ちっ、違うのですっ!山本さ‥‥‥司令官さんとは何にもしてないのです!キ‥‥‥何にもしてないのです!!」

 

何かを言い掛け、ハッとして止めた電。夕立は追及する気満々のようだったが、そこでタイミング良く?他の面子が集まってきた。実に残念そうな夕立と、ホッと胸を撫で下ろしている電。電と山本に何かあったのだろうか?

余程恥ずかしかったのか、電は全身真っ赤になり、か細い声で「無かった‥‥‥のです‥‥‥のです」と下を向いて呟くのみになってしまった。

 

******

 

そうして、やっと全員が集まった。電も夕立も浮かない表情に戻っている。やはり夕立と電の先程のじゃれ合いは、気分を一時的にでも誤魔化す為だったのだろう。

 

提督用の椅子に座っていた山本が立ち上がる。「先ずは、金剛の事だ」という一言で、全員の視線がこんごうに集まった。

 

「‥‥‥先に謝らせて欲しい。比叡、こんごう、無理を言って申し訳なかった。それから、榛名、霧島‥‥‥本当にすまない」

 

山本は榛名と霧島に向かい深々と頭を下げた。比叡は俯き、今にも泣きそうな表情へと変わっている。それを気にしながらも、山本は続ける。

 

「金剛は‥‥‥轟沈したんだ。11日のあの時。此処にいる彼女は‥‥‥瓜二つだが金剛ではない別人だ」

 

榛名と霧島の二人の視線がこんごうに向く。堪え切れずこんごうにすがり啜り泣き始めた比叡の辛そうな様子に、それが嘘では無いのだと理解したようだった。

 

「お二人とも‥‥‥騙すような真似をして申し訳ありませんでした」

 

比叡を優しく撫でながら、こんごうも頭を下げる。「ごめ‥‥‥ごめん‥‥‥なさい‥‥‥私の‥‥‥わた‥‥‥しの‥‥‥せい‥‥‥で」と泣いているせいで上手く言葉に出来ない比叡。榛名は余りのショックにその場で倒れ込み青葉に支えられ、霧島は力無くへたり込んだ。

 

「それじゃあ‥‥‥金剛お姉様は‥‥‥」

 

霧島の視界に、比叡が映る。そこで漸く昼間の事を思い出した霧島の瞳から、ポロポロと雫が零れる。

 

「そんな‥‥‥私‥‥‥比叡姉様に何て事を‥‥‥!」

 

霧島にしてみれば、あんな事を言ったのも金剛が無事だと聞いたからこそだ。それが違ったとなれば、あの言葉は比叡に対する死刑宣告と同じ。『お前のせいで金剛が死んだのだから、お前も責任をとって死ね』と言ったのと変わらない。金剛を、姉を失った悲しみと、後悔と自責の念。霧島の心は今にも押し潰されそうなくらいに沈んでいる。

 

ただ‥‥‥その説明では納得いっていない者も居る。例えば、青葉。『こんごう』と『金剛』、赤の他人というには余りにも似すぎている為だ。別人と告白されるまで、実の妹達の誰一人として見抜けない程の瓜二つさ。これが偶然、と言われても納得出来ないのは当然だろう。

 

「別人‥‥‥ですか?こんなにソックリなのに?赤の他人だと?」

 

青葉は態々こんごうのところまで来てその手を取って、そう言って山本に視線を向ける。

 

「僕にそう言われてもな。金剛の艤装も装着できないし、妖精達も金剛ではないと言っている以上、そういう事なのだろう」

 

‥‥‥とは言え、山本も『こんごう』と『金剛』が完全に無関係とは思っていないのも事実。金剛が轟沈した後に現れ、名前も同じ、姿も同じ。山本にもある程度の推測は出来る。だからこそ、自身の手元にこんごうを置いた。かなりのレアケースではある。ただ‥‥‥確証は無い為、おいそれと口には出来ないが、恐らくは‥‥‥。

 




水族館デート。それと、一途アピール。狙われてますよ、こんごうさん!

電ちゃん‥‥‥山本に何された?いや、山本に何した?
夕立さんには自制が必要らしいです。「平八さんに優しくしてもらったっぽい!」←決して一部をカタカナ変換してはいけませんよ?


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sentence8 想い

大本営への、ある疑惑。それから、電の想い。今回は電ちゃんのカットインです。
それでは、『電の本気を見るのです!』本編をどうぞ。


 

「各自休んで明日に備えてくれ。それと、こんごうの事は絶対に外には漏らすな」

 

山本が話を締めた。鎮まり返った執務室に、泣き声だけが響く。

未だに呆然として動けず、青葉に代わり神通に支えられた榛名、座り込んで瞳を濡らしたままの霧島。それにこんごうの胸に抱かれ啜り泣く比叡。他の面々も下を向き俯いて言葉を発しない。

 

重い空気の中、青葉が静かに「‥‥‥こんごうさん」と呼び掛ける。「はい」と顔をあげたこんごうの正面に立ち、視線を合わせる。

 

「こんな形になってしまって申し訳ありません。少なくとも私は貴女を歓迎します。ですが‥‥‥気持ちを少し整理したいので、時間をください。落ち着いたら、また改めて」

 

「ありがとうございます、青葉さん」

 

ぎこちないが何とか笑顔を作り話す青葉に、こんごうは申し訳無さそうに頭を下げる。

榛名と霧島は兎も角、他の者もこんごうに敵意は無い様子。寧ろ山本が巻き込み迷惑を掛けて申し訳ない、といった表情だ。この告白で嫌われた訳ではないと分かり、こんごうはほっと胸を撫で下ろす。

 

神通と葛城に支えられ、やっとのことで立ち上がって出口の扉へと歩く榛名と霧島に「あの‥‥‥」と声を掛けてはみるものの、二人はこんごうから辛そうに視線を逸らせた。無理もない事だ。「今はショックが大き過ぎるんです。こんごうさんの顔を見れば、金剛お姉さまを思い出してしまいますから」と、比叡はフォローしてくれた。霧島も榛名も決してこんごうを否定している訳ではない、と。

 

「こんごうさん、後で歓迎会しようね?この艦隊のアイドル・那珂ちゃんのオン・ステージ、特別に見せてあげるから!」

 

「え?あ、はい。ありがとう、那珂さん」

 

那珂も概ね友好的。もっと早く、いっそのこと始めから隠す必要など無かったのでは?と思ってしまう。この鎮守府の面々なら上手くやっていけそうだ。

 

「はぁ‥‥‥なーんか変だと思ってたのよね。でもこれで納得したわ。よろしくね、こんごうさん」

 

右手を出して握手を求めて来たのは、雷だ。こんごうも笑みを作り「よろしくお願いします」とその手を握る。

 

「ここじゃ私が先輩だからね!色々教えてあげるわ。分からない事があったら、いつでも頼ってくれていいのよ?」

 

握手はしたまま、ここぞとばかり先輩風を吹かせる雷。その歳相応の微笑ましい様に少しだけ気を紛らせる事ができ、こんごうは思わずクスッと噴き出す。

 

「じゃ、こんごうさん。また明日ね」

 

手を振り執務室を出ていく雷。扉を閉める直前、その視線が一瞬山本を睨んだ気がした。

 

他の者も部屋へと戻っていく。残ったのは電と夕立、それと山本と東郷。

 

 

 

 

「山本、簡潔に話せ。と言っても、おおよその想像はついたがな‥‥‥構わんな、夕立?」

 

夕立の方は振り向かず、山本を睨み話す東郷。後ろで夕立が「うん」と小さく頷いている。電はソファに座らされたまま心配そうに山本を見つめている。

 

駆逐水鬼。山本はそれに関しては先程は「分からない」で押し通した。例えその容姿が萩風と瓜二つだったとしても『知らない』と。東郷は夕立の話を聞いた事もあってか、何となくは理解しているらしい。電は先程、丁度比叡とこんごうが水族館デートをしている時に山本から聞き出した。悩む山本の姿に耐えられなかったからだ。

 

「‥‥‥夕立ちゃん、萩風さんだと思ったのはどうしてなのですか?」

 

山本が話すよりも先に、電が口を開いた。夕立は表情を曇らせながらも、ゆっくりと話し始める。

 

「顔もそうだったけど‥‥‥あの戦い方‥‥‥アタシが萩風に教えた‥‥‥それしか考えられないっぽい」

 

艦娘や深海棲艦らしからぬ独特の戦闘のスタイル。まだ萩風が呉に居た頃、彼女の憧れだった夕立に師事した結果の賜物。そのお陰で彼女は頭角を現した。駆逐艦が手薄になっていたとは言え、首都東京防衛の要、あの横須賀鎮守府に転属となったのだ。

 

夕立から聞いた、電をあわや轟沈というところに迄追い込んだ駆逐水鬼のあの攻撃には山本も東郷も覚えがあった。

先日の、深海棲艦の大艦隊を率いていた空母水鬼。何を隠そう、その空母水鬼を墜としたのは萩風だった。実はあの時。連合艦隊は後半こそ怒濤の如く深海棲艦を墜としていったが、前年は防戦一方だった。その不利な戦局をひっくり返したのこそ、萩風のそれ。‥‥‥大破状態の特攻。轟沈覚悟の突撃。爆発の勢いで一気に加速して跳躍、満載した魚雷を自身もろとも空母水鬼にぶつけた。結果、司令塔を失った深海棲艦の艦隊は総崩れとなり、辛くも勝利をもぎ取った。誰も望まぬ結末になってしまったが‥‥‥。

 

「誰かと萩風を見間違えるなんて、あるわけないっぽい!」

 

夕立がバンッ、とテーブルを叩く。電がビクッと驚いた事に気付き「ごめんなさいっぽい」と俯き座る。

 

座った夕立と入れ替わるように立ち上がった山本。自身の執務用デスクへと向かおうとしたのを、電が手を握り止めた。

 

「電が‥‥‥お持ちするのです。そのくらい出来るのです」

 

「‥‥‥引き出しの奥が二重底になってる。その奥にあるレポート用紙を、頼む」

 

電はゆっくり立ちあがり、山本に指示された引き出しを開けてみる。中にあったものを見付け、真っ赤に頬を染めて思わず「はわわわっ」と慌てふためく。勿論そこにあった物は、雷が入れたR-18な写真集数冊。

 

(おっ、落ち着くのです‥‥‥山本さんだって男の人なのです‥‥‥こんな写真集の一冊や二冊‥‥‥)

 

落ち着こうと深呼吸して、そのスタイルの良い女性の写った写真集を脇に避ける。引き出しの奥を覗くと、確かに二重底。開けてみると、深海棲艦の写真の貼られた紙。

 

それを手に取ると、電は紅い顔のまま何かを誤魔化すように急いで引き出しを閉めた。パタパタと山本の所迄戻り、レポート用紙を手渡す。

 

「ありがとう、電」

 

「いえ、司令官さん。このくらいなら平気なのです」

 

電は山本に頭を撫でられ、恥ずかしくも嬉しそうに微笑む。が、ハッと我に返り、ホワイトボードを準備しに行く。

 

******

 

ボードに貼られた、深海棲艦と対応する艦娘の写真。それが何を意味するのか、何となくは想像がつく。山本はボードに円を描き、真ん中に線を引いてそれを二つに等分。右側に『人間』、左側に『軍艦』と表記した。

 

「艦娘は、人間に軍艦の魂が宿ったもの。だが、もしも、海で轟沈して人間の魂が無くなったら?」

 

山本が『人間』と書かれた文字を黒く塗り潰す。残ったのは右半分の真っ黒な半円と、左側の『軍艦』と書かれた半円。

 

「深海棲艦だな」と東郷が呟き、夕立と電が息を飲む。轟沈した艦娘が‥‥‥人間の魂の抜けた肉体が、残った軍艦の力に侵され深海棲艦になる。分かりやすく言えば、鬼級や姫級は艦娘のゾンビ、と言った所か。

 

「ええ。元々、深海棲艦に当たるものは存在はしていたんだと思います。舟幽霊だとか、セイレーンだとか。恐らく、程度の低い駆逐。それが‥‥‥姫級や鬼級に統率されるようになって、急激に力を付けて人間を大規模に襲うようになった。それが、今の深海棲艦だと推測しています」

 

それはつまり。人間に宿った軍艦の魂が‥‥‥艦娘の轟沈が、今の深海棲艦を産み出したという事だ。電の表情が辛そうに歪んだのが見えて、山本は間を置く。

 

「‥‥‥どうして、どうして大本営は何も教えてくれないっぽい?」

 

険しい表情の夕立の疑問は尤もだ。山本が気付くくらいだ。大本営もそれを掴んでいると思っていい。艦娘のメンタル上の理由なのか、又は別の理由なのか。大本営はそれについて何も発信していない。

 

「まあ、アレだ。つまり‥‥‥艦娘の轟沈が奴らの力を増長させる、って事か。深海棲艦の思うツボだな、クソッタレ‥‥‥おい、待て」

 

東郷がある事に気付いた。最も重要で重大なある事に。

 

******

 

「電、大丈夫か?」

 

「はわわ‥‥‥だっ、大丈夫なのです‥‥‥」

 

話の終わった、深夜。執務室で残りの書類を片付けている山本と、それに付き添う電。『今日はもうゆっくり休め』と山本は言ってくれたが、頭の中を先程の話が巡っていて眠くならない。それから、もうひとつ。

 

書類に集中している山本に見えないよう、自分の胸をペタペタと触り「はぁ‥‥‥」と溜め息。電の容姿は子供のまま止まってしまっている。どう背伸びして見ても成長の遅い高校生。普通に見たら中学生か小学生くらいだ。

 

(本の女の人はみんなスタイルが良かったのです‥‥‥もしかしたら、山本さんは電よりもこんごうさんの方が‥‥‥)

 

何処かの関西弁の軽空母のような、見事なまな板。いや、確かに少しは膨らみはあるし、申し訳程度にスポーツブラ位はしている。ただ、他の18歳と比較すれば、明らかに貧相。こんごうや比叡、赤城とはとても張り合えない。同じ駆逐艦の筈の夕立とすらも(勿論、夕立は改二)。

 

「病み上がりだし、もう休んでいいよ。ありがとう」

 

山本がヒョコ、と顔を出し見ている事に焦り、電は慌てて手を後ろに回す。‥‥‥ペタペタと触っているのを見られただろうか?

 

「はわわ‥‥‥」

 

顔を真っ赤にし「まっ、また明日なのです」と逃げるように部屋を出る。

眠気などとっくに無くなってしまっている。このまま部屋に戻る前に気持ちを落ち着かせようと、鎮守府内を歩き、クラゲの水槽へ。

 

ぼんやりと照らされたクラゲの入った水槽を座って眺めながら、電は怒濤の如く過ぎた今日の出来事を思い出す。

 

演習、深海棲艦との激闘、轟沈寸前に追い込まれて重体になり、何とか復帰したのも束の間、こんごうの正体がバレて、更には深海棲艦と大本営への疑惑。これ程濃かった一日は初めてだ。

 

(それに‥‥‥。電は‥‥‥電は‥‥‥)

 

その時の事を思い出し、一人微笑む。あの時は必死だった。一人死を覚悟しみんなを逃がす為に犠牲になろうとしたのがつい昨日。今日は生死の境を彷徨った。伝えるべき事は、可能な時に伝えなくては。自分は艦娘。いつ沈んでもおかしくはないのだ。そう思ったら、自然と身体が動いた。輪をかけた奥手の電にできる精一杯の形だった。

今でも思い出せる。唇に残る柔らかな感触。誰かが『ファーストキスはレモン味』なんて言っていた気がするが、あんなの嘘だ。だって、電のファーストキスは、口の中の血のせいで鉄の味がしたから。

 

(あの時は必死だったのです‥‥‥もう一度自分からキスなんて、絶対出来ないのです‥‥‥)

 

山本も驚いただろう。何せ、戦闘直後で今にも折れそうな電がキスをしてきたのだから。

だからなのか、意識を回復しやっと動けるようになった電への扱いが、少しだけ変わった‥‥‥気がした。少なくとも、座ってホットミルクを飲んでいた電を、後ろからだが抱き締めてくれた。まさかそれを夕立に見られていたとは思わなかったが。

『すまないな、電』と、一言。肯定とも、否定とも、どうとでも取れる言葉だ。今日ほど日本語の曖昧さを恨めしく思った事はない。

 

「山本さんは‥‥‥ズルいのです」

 

一人呟いたつもりだった電だが、目の前にこんごうが居る事にやっと気付き、慌てた。自分の世界にどっぷりと浸っていて全く気が付かなかった。

 

「こっ‥‥‥こんごうさん‥‥‥」

 

「やっぱり電ちゃんは山本さんのこと‥‥‥」

 

こんごうにはすっかりバレてしまっている。会って2日目のこんごうですらこれなのだから、他のみんなはもう知っているのだろう。そう思うと、急に恥ずかしくなってくる。

 

「あのね、電ちゃん」

 

そう語りかけてきた こんごうは話してくれた。記憶は戻らないし、何故かは分からない。けれど、目の前で比叡や榛名、霧島が辛そうにしているのを見ていられない。凄く辛いのだと。それがまるで自身の事のように悲しい、と。

 

「変‥‥‥なんでしょうか?」

 

「変じゃ、ないのです。とってもとっても、大切な事なのです」

 

互いにニコリと、微笑む。そうして二人は他愛もない話をしながら、暫しクラゲの水槽を眺めていた。

 

******

 

場所は変わり、ドイツ。ヴィルヘルムスハーウェン、海軍基地。

 

「君が居なくなると寂しくなるな」

 

椅子に座ってそう話しているのは、この基地の司令官。

 

「Admiral、そんな事はないだろう。貴方にはビスマルクが居るじゃないか」

 

そう軽口を叩いている女性。銀髪の長い髪、白を基調とした凛凛しい制服に身を包みながらも女性らしい身体のライン。それに、整った顔立ち。

 

「まあ、兎も角。日本での任務頑張ってくれ、グラーフ。確か君の親友が居るんだろう?」

 

笑みを見せた司令官。正規空母グラーフ・ツェッペリンは、親友の顔を思い浮かべ、口元を緩める。

 

「ああ。ナツミに会うのは久し振りだからね。楽しみだよ。‥‥‥今は『金剛』だったか」

 




こんごうさんに一難去ってまた一難。今度の敵も強敵。金剛の親友、グラーフさんが次回日本へ。

山本提督‥‥‥読者の皆さんがお怒りですよ。


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sentence9 刺客

こんごうの不可解なスペック。電の些細な変化。比叡の焦り。
あーあ、もう9話です。これ本当に倍位の話数になりそうです。

では、本編。


 

「大和か」

 

『はい、提督』

 

早朝のこと。東郷が呉守府の秘書艦代理、戦艦大和に連絡中。

 

「大本営に寄る用事が出来た。秘書艦達だけ先にそっちに帰る。戻り次第秘書艦に仕事を引き継いでお前はサポートに回れ」

 

『畏まりました‥‥‥あまり御無理はなさらないでください』

 

どうやら東郷が無茶をするのはいつもの事らしい。大和ももう慣れたものなのだろう。秘書艦が夕立では一緒に暴走しそうだし、それも当然か。‥‥‥毎日では大変そうだ。

 

「さて。山本よ、これから大本営に行ってくる。まあ、心配するな。危険は侵さん。調べものをするだけだからな」

 

「はい。ですが、余り目立つ素振りは見せないようお願いしますよ」

 

相手が大本営となると、細心の注意が必要だ。此方の動きを気取られる事があってはならない。反逆罪で軍法会議に、等という事になっては洒落にもならない。

 

 

 

呉に向けて鎮守府を出発した夕立達と、大本営へ向けて出た東郷を見送り、山本は一息着こうと食堂へ。身体の何処に消えているのか全く分からない、文字通り山盛りの量のご飯を頬張る赤城を横目に、久し振りの食堂の一番奥の椅子に腰掛けた。

 

「おはようございます、提督」

 

振り向いてみれば、こんごうが紅茶を手に立っていた。隣には酷く眠そうな比叡。

 

「ああ。二人とも早いな」

 

まだ頭が起きないのか、比叡の方は無反応。眼も半開きで乙女が見せてはいけない顔になっている。対してこんごうの方はもう完全に目覚めているようだ。そう言えば金剛も朝は強かったな、等と考えていると、こんごうに不思議そうな顔をされた。

 

「あの‥‥‥私の顔に何かついてますか?」

 

「‥‥‥いや、何でもない」

 

こんごう、比叡は別の席へ。遠くからでも「ふぁぁあ‥‥‥」と欠伸をするのが見える比叡を苦笑いで眺めていると、今度は左手の袖口を引っ張られた。

 

「おはようございます、なのです」

 

「ああ、電。おはよう」

 

夜更かしでもしたのか、少しだけ眠たそうな電。彼女は山本の隣に座り、眼を擦りながらも今日の予定を確認する。

 

‥‥‥そんな穏やかな日常が破られのは、午後のことだった。

 

******

 

「では、今日は此処までにするのです」

 

「はい。えっと‥‥‥秘書艦」

 

肩で息をしているこんごうに「『電』で構わないのです」と笑顔で答える電。今はこんごうの性能テスト中。最大船速や馬力、火力諸々。こんごうの場合は特に、対空ミサイルの性能を見ておく必要がある。海戦に於て制空権の確保は重要だ。味方の艦載機を航空戦で失う事なく敵艦載機を撃滅できるのなら、それは大きなアドバンテージになる。

 

「はい。じゃあ、電ちゃん」

 

電は計測された最大船速に目を止めていた。26ノット‥‥‥おかしい。速度が金剛と全く同じ。実は馬力までも金剛と同じだった。『こんごう』妖精さんも首を傾げていたが、こんごうのエンジンならもっと馬力が出る筈。金剛と同じ(金剛は改である)など有り得ない筈なのだ。明らかに金剛型とは別の軍艦の筈なのに此処まで同じなんて、そんな偶然があるものなのか。

 

「こんごうさん、聞きたい事があるのです‥‥‥『こんごう型ミサイル護衛艦』の艦としての記憶ってどんな感じなのですか?」

 

「えっと‥‥‥」

 

答えに窮した。実際、妖精さんや比叡の話だと、艦としての記憶は軍艦そのものの記憶。洋上での作戦、航行の様子、乗組員達の様子や相手艦隊との戦闘、それに轟沈の時の記憶等だ。けれど、こんごうのそれは全く違っていた。明らかに人間の、それも特定の誰かの記憶。今朝夢で見ていたのも、その誰かの何気ない生活の様子だった。

 

「‥‥‥よく思い出せないんです。『こんごう型ミサイル護衛艦』の装備の使い方は分かるんですけど、どんな理由で、何の為に造られたのかとか、艦の最後とか、全く分からないんです」

 

期待していた答えが戻ってこなかった事に「そう、なのですか」と落胆した様子を見せる電。

 

こんごうとしても、せめて艦の生まれた理由位は知っておきたい。それが分かれば、今後の戦闘に活かせる。その事を意識して動けば、恐らく自身の能力を上手く発揮できるのだろう、と。

‥‥‥ただ、他にも何か大切な事があるように思えてならない。今は欠落してしまっている記憶にきっと関係がある、何かが。

 

「ごめんなさい、お役に立てなくって‥‥‥」

 

「あ、いえ、大丈夫なのです。少し休みましょう」

 

二人は港に向かう。現在の日本の港としては珍しく、魚市場が開いている。知っての通り、海に深海棲艦が蠢く現在、漁船が遠洋に出て漁業、など自殺行為だ。それが此処では、哨戒任務という名で提督が誤魔化し、艦娘が漁船の護衛に付いている。日本で消費される魚の殆んどが養殖になった現在、昔よりは少し高めにはなったが今でも天然の鮮魚が手に入るこの市場は盛況だ。

 

「司令官さんはいい人なのです。とっても、とってもいい人なのです」

 

電自身は気付いていないのだろうが、山本の事を話す時の電の表情は、恋する乙女のそれだ。頬を染め、嬉しそうに、何処か恥ずかしそうに、柔らかな表情をしている。

 

「電ちゃん‥‥‥山本さんの事、本当に好きなんですね」

 

「っ!?はわわわっ‥‥‥」

 

余程恥ずかしかったのか、電は下を向いてしまった。表情は見せていないが、真っ赤になった耳朶が良く物語っている。

 

『電さん、司令官が呼んでますよ』

 

そんな時。助け舟とも言えるタイミングでの青葉からの通信。何かあったのか、と思い急ぎ鎮守府へと戻る。

電が執務室まで来てみると、山本はなんとも言えない表情をしている。何があったのかと訊ねてみると、全くの想定外の言葉が出てきた。

 

「おかしい。おかしいんだ。今月と来月、ウチに補正予算が付いてるんだよ」

 

事件かと思えば、予算が増えた、という話だった。それなら然程問題ない。寧ろ、こんごうのミサイル建造に余計に出費がかさむ分、助かるとも言える。

 

「駆逐水鬼を仕留めた褒賞金‥‥‥という訳でもない。かと言って他に変わった事はしていない筈なんだが‥‥‥」

 

嫌な予感がする。まさか、昨日話していた事が既に大本営にバレていて、その口止め料、かも知れない。

 

「落ち着くのです。理由が、きっと理由があるのです」

 

冷や汗を流す二人の元に、電報が届いた。大本営からだ。書かれていた内容は‥‥‥『二ヶ月間、ドイツ艦の滞在を受け入れろ』という内容。どうやら、艦娘の本場である日本で色々学ばせてやって欲しい、というドイツからの受け入れ要請があったらしい。つまりは艦娘間の交流というやつだ。どうやら日本からは横須賀の戦艦、長門がドイツに行くらしい。しかも、向こうは既に1ヶ月前にドイツを出発しており‥‥‥到着は今日の午後、とある。

 

「おかしくないか?横須賀の長門が出るなら向こうさんの受け入れは普通なら横須賀鎮守府だと思うんだが‥‥‥」

 

電報によれば、日本側は当然ながら横須賀鎮守府での受け入れを準備していた。しかしながらドイツ側から再三、この山本の鎮守府での滞在の要請があったらしい。結局ギリギリで大本営が承諾。結果今日の補正予算と電報になった、と。

 

「‥‥‥大変なのです!あと30分しかないのです!」

 

到着予定時間まで、あと30分。色々と不味い。部屋の準備だとか、その他受け入れ体制を作っていない。それに、こんごうの事もある。

 

「受け入れの準備をしないとな。部屋は‥‥‥そうだな、青葉と那珂と同室で構わないだろう。こんごうと比叡に『バレないように』と一応伝えてくれ。ドイツ艦なら面識は無いだろうし大丈夫だとは思うが、一応な」

 

「はい、なのです」

 

電が自室の春雨達の所に向かおうと扉に手を掛ける。急に呼び止めるように「電」と後ろから山本に呼ばれ、電は「はい、司令官さん?」と振り向く。

 

******

 

「すまない、そこの方。鎮守府はこの辺りだろうか?」

 

哨戒任務から戻り、海岸に座り一人海を眺めていた比叡。明らかに日本人とは違う、銀髪の女性に声を掛けられた。鎮守府を探している様子だと海軍関係者だろうか?

 

「あ、私鎮守府の関係者なんです。良ければ案内します」

 

立ち上がって砂を払う。銀髪の女性はそんな比叡の顔を覗き込んできた。眼が余り良くないのだろうか?

 

「あの‥‥‥?」

 

「‥‥‥アキホ?もしや貴女の名はアキホではないか?」

 

比叡が驚く。基本的に艦娘のプロフィールはトップシークレットとなっている。軍関係者と言えども、アクセス権限があるのは一部の提督以上。もしや大本営の抜き打ちの査察か?前回の戦闘でこんごうが派手に対空ミサイルを使ったのがバレたのか?だとしたら‥‥‥もしかするとこんごうが別の鎮守府に回されるかも知れない‥‥‥。

 

(嫌ですよ、そんなの‥‥‥)

 

気持ちが顔に出てしまったらしく、浮かない表情になってしまっていたようだ。「そうだな。いきなり名前で呼ばれれば警戒するのは当たり前だな」と勝手に解釈され納得された。

 

「ヒェェ~、そういう訳じゃ‥‥‥」

 

慌て否定するも、もう遅いかも知れない。端からみれば、自分は海岸でサボっていたようにも見える。こんごう云々以前に自分が左遷されるかもとか、最悪素行不良艦として解体されるかもとか‥‥‥色々と悪い方へと考えてしまう。

 

「紹介が遅れたな。私はグラーフ・ツェッペリン。Deutschlandの空母だ。ニホンゴは勉強してきたつもりなのだが‥‥‥上手く発音できているだろうか?」

 

「‥‥‥え?」

 

益々分からなくなった。ドイツの艦娘、ということだけは理解出来たが、比叡の人間としての本名を知っている理由が全く分からない。何せ、比叡の本名は山本ですら知らない。それを何故ドイツの艦娘が知っているのか。

 

「君の所にはアカギが居るのだろう?是非とも会っておきたい。それに‥‥‥」

 

赤城に関係のある人物なのか。それなら少なくとも、この鎮守府に来る理由はあるという事だ‥‥‥等と思考していた比叡だったが、グラーフの次の一言が全てを思い出させた。

 

「ナツミも居るのだろう?早く会いたいものだな。元気にしているのだろうか?」

 

「‥‥‥‥‥‥あっ!!」

 

思わず声をあげてしまった比叡だが、思いだした。グラーフ‥‥‥以前に金剛が言っていた、ユーロの艦娘だ‥‥‥人間時代の金剛の親友の。流れる冷や汗。

 

「ヒェェ~‥‥‥あっ、えっと、その、えっと‥‥‥」

 

「もしや‥‥‥ナツミは体調が悪いのか?」

 

余りの焦りように相手を心配させてしまったらしい。誤魔化そうとして「だっ、大丈夫ですッ!お姉さまは元気にしていらっしゃいますッ!」と思わず叫んでしまった。

 

(不味いですよぅ‥‥‥こんごうさん‥‥‥司令‥‥‥)

 

******

 

どうにか笑顔を作り、鎮守府に向かう道中、グラーフの昔話を聞く。イギリス時代の金剛と撮った写真や、グラーフが金剛に貰った比叡達の写真等を見せてもらいながら。

 

ゲートに着いて中に入ると、入口で電が待っていた。「ようこそ、なのです。秘書艦の電なのです」と笑顔で挨拶をしている電。‥‥‥なんだか頬がほんのり紅い気がするし、いつもより嬉しそうな感じがする。出迎えの為に笑顔の練習でもしたのだろうか?

 

「Deutschlandの空母、グラーフ・ツェッペリンだ。宜しく頼む。他の者より一足先に来させてもらった。‥‥‥Admiralの所に案内してもらえるか?」

 

グラーフの日本語は実に流暢だ。それもこれも金剛に会うため、だとしたら‥‥‥胸が締め付けられる思いだ。比叡はチラリ、と電に視線を送る。電はどうやら分かってくれたらしい。本当に一瞬だが「不味い」という表情を見せた。

 




グラーフ・ツェッペリン:空母。イギリスに居た頃の、金剛の人間時代の親友。色々バレそうで危険。

山本提督、どうやらまたやらかした模様。


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sentence10 脅威

あ、10話だ。今回でやっとラスボスの影が。

悩むこんごう。比叡の心が少しずつ変わっていく‥‥‥次回あたりから加速していきそうです。

そんな訳で、本編です



 

「‥‥‥もしやキミがあのユウダチか!?是非会ってみたかったんだ!」

 

執務室へと続く廊下の真ん中。グラーフに捕まっているのは春雨だ。どうやら春雨を夕立と勘違いしているらしい。確かに実の姉妹だけあって似ているし、着ている制服も同じ。グラーフは夕立の顔まではハッキリとは覚えてこなかったようだ。

 

「あ、いえ‥‥‥私は春雨って言います。私の姉さんが夕立なんです」

 

「そうか‥‥‥」と残念そうなグラーフだが、春雨に悪いと思ったのだろう。直ぐに元の表情へと戻り「暫くの間、宜しく頼む」と握手をしている。

 

そんな姿を少しだけ離れ見る、比叡と電。

グラーフには気付かれていないだろうが、二人とも非常に悩ましい、困った顔をしている。

 

「無理ですよぅ、お姉さまのイギリス時代のエピソードなんて殆んど分かりませんし‥‥‥」

 

「グラーフさんには‥‥‥本当の事教えてあげたいのです」

 

比叡も電も、本当は真実を教えてあげたい。霧島や榛名の時もそうだったし、今回だって。グラーフは金剛の親友だ。親友の死を‥‥‥それも妹や仲間を救う為に犠牲になったという誇りある死を‥‥‥。

ただ、呉のメンバーの時と同じように黙っていてくれる、とは限らない。もしもグラーフが周りに話してしまったら。それが大本営の耳に入ったら。日本はおろか全世界を見ても二つと無い特殊な艤装を備えたこんごうがどういう扱いを受けるか‥‥‥。

 

春雨と談笑していたグラーフが戻ってきた。比叡と電は会話を止めて、執務室へと再び歩きだす。

 

コンコンとノックをして「失礼致します、司令官」と執務室の扉を開くと、山本は書類を捌いている最中だった。

 

「Deutschland海軍所属、空母のグラーフ・ツェッペリンだ。Admiral、二ヶ月間宜しく頼む」

 

敬礼したグラーフに手を一時止めていた山本も「この鎮守府の提督、山本十三だ。此方こそ宜しく頼むよ」とそれに笑顔で答えた。

 

「先ずは荷物を置いて落ち着くといい。君の部屋は‥‥‥」

 

「ナツ‥‥‥金剛と同室、では駄目だろうか?金剛とは昔からの友なんだ」

 

グラーフの発言が、山本が言葉を言い切るよりも早い。これは困った。こんごう達の部屋は一応四人部屋。そこに比叡とこんごうの二人が生活している。グラーフは金剛の親友な訳だし、断る理由が無い。

 

「‥‥‥あの部屋に大人の女性三人、というのは少々狭いかも知れない。折角だし赤城と同室というのはどうだろうか?」

 

赤城の部屋は現在、赤城一人で使用している。理由は‥‥‥乙女の事情(同室だと赤城に釣られて食べ過ぎて肥るから)。最初はそれが理由で別の部屋に、と思っていた所だが。青葉、那珂の二人の部屋を進めるよりは筋が通っている。

 

「それも悪くない。アカギには色々聞いておきたい事も有るしな」

 

どうやら納得してくれたようだ。態度には出せないが山本、電、比叡の三人とも心の中でホッと一息ついている。

 

「で?Admiralよ、金剛は何処に居るのだ?」

 

問題は全く解決していなかった。こんごうは今入渠中。と言っても只のお風呂中。だからまだグラーフの事を話せていない。もし何の準備もなくこのまま会わせてしまったら、全てが水の泡だ。

 

「『金剛』は今入渠中だ。あがって落ち着いたら会うように言っておく」

 

‥‥‥そういう時に限って、事故は起こるものだ。コンコン、とノック音がして「失礼します、提督」という声の後、扉が開いてしまう。

 

「提督、漁師さんにお魚を戴いたので、食堂の冷蔵庫に‥‥‥」

 

入って来たのは勿論こんごうだ。お風呂あがりでほんのり火照った紅い肌に、何時もより少ししっとりとした髪をストレートに下ろしている。格好は浴衣‥‥‥という訳にはいかないが、ロングTシャツに膝丈のスカートとラフな格好だ。

 

「あ‥‥‥こんごうさん‥‥‥なのです‥‥‥」

 

 

 

 

このコントのような状況に辛うじて反応出来たのは電だけ。山本も比叡も『あ、絶対やらかした』という表情で固まっている。

 

そんな三人を察したらしいこんごうは、新たに加わっている人物に目をやる。「金剛!久しぶりだな!元気そうだな!」と親しげに近寄ってくるドイツ人女性。

 

「‥‥‥Oh!グラーフ!久し振りデース!」

 

グラーフと抱擁。勿論、比叡も電も驚きを隠せていない。何せ‥‥‥グラーフの事はこんごうには伝わっていないからだ。伝えたのは『ドイツ艦が鎮守府に滞在するからなるべくバレないように』という事だけだ。グラーフの名前も、金剛との繋がりも知っている筈が無いのだ。

ただ、山本は然程驚いてはいない様子。寧ろ(やはりか)と納得している様子だ。

 

「イギリスからニホンへキミを送った時の護衛任務以来だな!」

 

「懐かしいネ!」

 

心からの笑顔らしいグラーフと、何処かぎこちなさのある笑顔のこんごう。手探りらしいこんごうの、見ていてハラハラするやり取りが続く。

 

「ニホンゴは私の方が上手くなったようだな。キミのニホンゴはアクセントが少しおかしいぞ」

 

「そんな事ありまセーン!ワタシだって普通の日本語ネ!」

 

******

 

談笑の後、グラーフは赤城の部屋へ。自室に戻り「ふぅ」と息を吐いて椅子に座った比叡の視界に、疲れきってベッドに倒れ込むこんごうの姿が入る。

 

「疲れました‥‥‥折角入渠したのに‥‥‥」

 

「こんごうさん、さっきの‥‥‥」

 

気になって仕方ない。何故、こんごうがグラーフを知っていたのか。やはりもしかしたら、こんごうは金剛と何か関連があるのではないか。比叡の中で少しずつ大きくなる。

 

「今朝の夢に出てきたんです」

 

比叡は絶句した。こんごうに宿る艦の記憶が普通ではない事に。こんごうが話すには、見えるのは何時も、とある人物の視点。その記憶の中にグラーフが居たらしい。姿も声も記憶の中と同じだった。何よりも先程グラーフがこんごうに『久し振り』と言った為、金剛の知り合いなのだと判断してグラーフの名前を呼んだ、と。

 

「それで、記憶の中のグラーフさんは何時も此方の事を『ナツミ』って呼んでたんです。だから、きっとそのナツミさんもグラーフさんの友達‥‥‥」

 

「‥‥‥え」

 

ナツミ‥‥‥夏美。金剛の、人としての本名だ。それを知っているのはこの場では恐らく比叡とグラーフだけの筈。それを、こんごうが‥‥‥何故‥‥‥どうして‥‥‥。比叡の頭の中を、その事だけがグルグルと廻る。

 

「比叡‥‥‥さん?」

 

「‥‥‥へっ?あ、えっと」

 

結局、こんごうに聞く事は出来なかった。聞くのが、怖かったのだ。聞いてしまったら、こんごうが消えて居なくなってしまいそうだったから。

 

******

 

場所は変わり。太平洋沖。出撃命令を受けた横須賀鎮守府の第一艦隊。

戦艦・陸奥、旗艦の装甲空母・大鳳、重巡・愛宕、軽巡・川内、駆逐・陽炎、それと戦艦・武蔵。第三艦隊との連合艦隊での出撃だった。

しかしながら、現在洋上に姿が見えるのは、既に意識の無い大破状態の大鳳、意識は有るが同じく大破状態の武蔵。それと、二人を支え走る中破の川内のみ。

 

「済まない‥‥‥私の力が足りないばかりに」

 

肩で息をしながら話す武蔵。武蔵の右腕は吹き飛ばされていて既に無い。「喋らないで!今は少しでも力を残して!」と、川内が叫ぶ。

 

「無茶だよ、あんなの‥‥‥今は戻って提督に知らせなきゃ‥‥‥大鳳だって早く入渠させないと」

 

川内は焦る。敵は追ってきている。この状態ではとてもではないが太刀打ちできない。何せ‥‥‥三人以外は全員が轟沈。それも、たった一隻の深海棲艦相手に、だ。

‥‥‥戦艦水鬼。筋骨隆々の四肢の、異形の双頭の黒い魔獣のような艤装を使う深海棲艦。ただ、後方から迫るそれは明らかにイレギュラーだ。まるで高速戦艦のようなスピード。備えた20inch連装砲二門の他、左手の代わりに生えている白い触手の先の三連装副砲。その躰の下半身には足は無く、代わりにレ級の尻尾のような真っ白な大きな触手が生えており、その先にはイ級のような異形の口のついた顔。上半身に着ている、巫女服を思わせる真っ黒な服。戦艦水鬼の突然変異‥‥‥だろうか?

 

「ひゃっ!」

 

両サイドを掠めるように、敵の砲撃。川内とて百戦錬磨の猛者、の筈なのだが、今は逃げるしかない。

 

‥‥‥と、武蔵に投げ飛ばされる。大鳳を抱えたまま水上を転がる川内。武蔵も辛うじて砲撃を避けたらしく、反対方向に転がっている。

 

「‥‥‥此処は、私が引き受ける。川内‥‥‥お前は大鳳を連れて鎮守府まで逃げ切れ。大鳳に万が一があっては提督に顔向けできん」

 

立ち上がった武蔵が後方を睨む。大破状態では勝ち目は無いのは明白だ。

 

「武蔵さんっ!」

 

戻ろうとした川内に「早く行けっ!!お前の姉妹を悲しませたいのかっ!!」と怒鳴る武蔵。涙を溢しながら前を向き、川内は走り出す。

 

「武蔵さんっ!ごめんなさい、ごめんなさい武蔵さんっ!」

 

******

 

場所は再び、山本の鎮守府。こんごうの歓迎会‥‥‥の予定が、そのままグラーフの歓迎会に変更。グラーフには他の者が次から次へと相手をして、こんごうには殆んど近付けさせていない。見事なまでの連携だった。

グラーフももう酔ってしまって酩酊状態。こうなればもう逃げ切ったも同然だ。

 

「良かったんでしょうか‥‥‥」

 

こんごうにはグラーフの事が不敏に思えて仕方ない。出来る事なら、真実を伝えたいのはこんごうもだった。

 

「仕方ない‥‥‥とは言いませんけど‥‥‥貴女の為でもあるんですよ、こんごうさん」

 

比叡はそうは言っているが、こんごうは悩む。山本も、電も、勿論比叡も。みんなこんごうの事を想ってくれているのは分かる。けれど、それに甘えているだけでいいのか。

 

「どこへ?」

 

一人食堂の出口へと向かおうとしたこんごう。当然ながら比叡に引き留められた。「‥‥‥御手洗い、です」と嘘をついて誤魔化し、一人外へと出た。

 

海岸へと出て、砂浜に座り夜の浜風に当たる。記憶が戻らないせいもあるのかも知れないが、こんごうはボーッと水平線を眺めながら悩む。

 

(私は‥‥‥誰なの?他の人を騙して、みんなに守ってもらって‥‥‥そうまでして守るものって何なの?‥‥‥私は‥‥‥何の為に‥‥‥此処に)

 

突然後ろから「此処に居たのか」と声を掛けられ、驚いて振り向く。そこには酩酊している筈のグラーフが立っていた。

 

「グラーフ‥‥‥?」

 

「ああ、酔っていたと思っていたのか?あんな程度で酩酊するほど柔じゃないさ」

 

フッ、と不敵に笑うグラーフ。慌てて金剛の真似をしようとしたこんごうを制止するように話し出す。

 

「無理はしなくていい。キミは‥‥‥金剛では無いのだろう?」

 

「‥‥‥分かるのですね」

 

「分かるさ」と答えたグラーフは怒ってはいない。金剛に何が起きたかは何となく察しているのだろう。その表情には憂いが混ざって見える。

 

「私は‥‥‥金剛の親友だったからね。それに、彼女が艦娘になると聞いた時から覚悟もしていた。‥‥‥話して、もらえないか?」

 

******

 

場所は更に変わり、夜の呉鎮守府、執務室。

 

(今日の雑務はこれで終わりですね)

 

書類を終わらせた大和が執務室から出ようとすると、電話が鳴る。こんな時間にかけてくる者など一人しかいない。3コール目で受話器を取る。

 

『大和よ』

 

「はい、提督。こんな時間にどうなされましたか?」

 

何となく嫌な予感はする。大本営に寄ると聞いていたので、そこでの用事が芳しくなかったのか、それとも何か不味い事でもあったのか。

 

『秘書艦代理は別のヤツに任せろ。夕立が戻り次第、お前と夕立二人で山本少佐の所へ行け。これは命令だ』

 

「どういう事でしょうか?」

 

大和と夕立。ここ呉の要の二人に出ろ、というのは穏やかではない。嫌な予感がする。

 

『‥‥‥横須賀の第三艦隊が壊滅。第一艦隊も派手にやられた。大鳳と川内以外は轟沈、らしい』

 

「!!」

 

大和の瞳孔が大きく開く。事は重大。何せあの横須賀の第一艦隊がやられている。第一艦隊と言えば武蔵や陸奥も居た筈。それほどの深海棲艦の大艦隊が現れた、という事だろう。大和にも緊張が走る。

 

『相手は、たったの一隻だったそうだ』

 

「一隻?‥‥‥たった一隻に連合艦隊が壊滅させられたのですか!?」

 

驚きを隠せない。あの横須賀の艦隊を相手にして壊滅させる程の深海棲艦。しかも艦隊ではなく一隻‥‥‥。それがどれ程の脅威を意味する事か。そんな深海棲艦が本格的に艦隊を率いて攻めて来たりしたら‥‥‥。

 

『そうだ。戦艦水鬼のイレギュラーだそうだ。望遠での写真だが見せて貰った。アレは‥‥‥アイツは恐らく‥‥‥』

 

 

 

 

 




横須賀鎮守府第一艦隊

陸奥:レベル95(轟沈時)
武蔵:レベル99(轟沈時)
大鳳:レベル140(大破)
川内:レベル93(中破)
陽炎:レベル99(轟沈時)
愛宕:レベル98(轟沈時)

‥‥‥全く、ここの提督どもはどいつもこいつも‥‥‥

因みに。何故ドイツとの交流メンバーに長門が選ばれたのかと言えば

電「矯正なのです」
夕立「矯正っぽい」
春雨「‥‥‥『離せ~!愛する駆逐艦達と離れるくらいなら轟沈した方がマシだ~!』って言ってたそうです」


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sentence11 戸惑い

11話。比叡とこんごうが急接近していく。
‥‥‥あー、どうして提督って奴はどいつもこいつもこんなのばっかりなのか。ね?東郷さん?

本編へ。




「そうか‥‥‥彼女は‥‥‥ナツミは‥‥‥」

 

水平線の彼方を眺め、グラーフが無言になる。彼女の表情を見るに、過去の金剛との日々を思い返しているようだった。

 

「あの‥‥‥グラーフさん。ナツミって誰なんでしょうか?」

 

グラーフの洩らした『ナツミ』という名。艦娘としての、艦としての筈の記憶に頻繁に出てくる一人称視点の人物の名。それが誰かが分かればこの『こんごう型ミサイル護衛艦』の存在意義も分かるかも知れない。もしかしたら『こんごう』の艦長だったとか、特別な乗組員だったとか。

 

「グラーフ、で構わない。‥‥‥金剛の事だ。ナツミは、金剛が人間だった頃の名」

 

「金‥‥‥剛‥‥‥さんの?」

 

全く考えなかった訳ではない。『こんごう』は『金剛』の生き写しと言っていい。金剛と関連があるだろう事は、何となくでも頭にはあった。しかし、艦娘としてはそれだとおかしい。人の身に軍艦の魂を宿したのが艦娘。その艦娘の定義でいけば、こんごうに宿っているのは『こんごう型ミサイル護衛艦一番艦』の魂の筈。定義の通りならば、流れ込んでくる記憶もその護衛艦のものの筈なのだ。それが、艦娘金剛の記憶が流れ込んでくるとなれば‥‥‥やはり、自身が宿している魂は‥‥‥。

 

「‥‥‥グラーフ、聞いてもいいですか?」

 

「ああ」

 

‥‥‥恐る恐るだが、確かめなくては。

 

「『秋穂』ってもしかして‥‥‥比叡さんの名前ですか?『春奈』と『塔子』は、金剛さんの妹さん達の名ですか?」

 

「そうだが‥‥‥アキホから聞いたのか?」

 

やはりそうだ。この身に宿るのは、艦娘『金剛』。宿した力が『戦艦金剛』ではなく『護衛艦』というイレギュラーが起きている理由はイマイチ分からないが。そうしてまで金剛のしたかった事も。

 

(金剛さん‥‥‥貴女は、どうして)

 

「グラーフ、私‥‥‥」

 

言い掛けたこんごうだったが、突然グラーフに飛び付かれ、抱かれたまま大きく右へと投げ出され、転がる。急過ぎて頭が付いていかない。グラーフの表情は真剣そのもの。

 

「グラーフ、これは一体‥‥‥キャッ!?」

 

そのままグラーフに砂浜に押し倒された。もしかしてこの場でグラーフに襲われるのかと思った瞬間、先程まで居た場所が大きく爆発。砂浜が抉れた。

 

「不味いっ、艤装が無くては戦えない!」

 

グラーフの言葉に驚き顔をあげると、近海に深海棲艦の姿。その異形は駆逐艦等ではない。双頭の怪物のような艦装、白い尾のような下半身を持った、人魚のような姿の異形。‥‥‥戦艦水鬼、なのか‥‥‥?

 

「クソッ‥‥‥走れ!」

 

グラーフに手を引かれ、走る。確かに艦娘として覚醒している二人は普通の人間よりも頑丈。だが、艤装が無ければ攻撃は出来ないし、防御面でも大幅に下がる。戦艦水鬼の一撃だけで墜ちるのは必至。

 

砂浜から海へ進水。波打ち際スレスレの水の上を走る二人。

 

(‥‥‥間に合わない!グラーフだけでも!)

 

こんごうは咄嗟に、グラーフを突き飛ばす。グラーフが大きく前へと飛ばされる。その場に留まったこんごうに、戦艦水鬼からの砲撃が襲う。

 

「こんごう!!」

 

突き飛ばされたグラーフが顔をあげ、砲撃された方を見つめる。煙が晴れてくると‥‥‥血塗れになった、動く気配の無いこんごうの姿が見えてきた。

 

戦艦水鬼が、足を止めたグラーフに砲を向ける。死を覚悟しつつもグラーフが向こうを睨み付ける。

‥‥‥砲を向けたまま。何故か戦艦水鬼は攻撃してこない。そのまま向きを変えて遠洋の彼方へと消えていく。

 

 

 

 

「どういう事だ‥‥‥今のは‥‥‥確かに‥‥‥」

 

動揺し、呆然とするグラーフは確かに見た。距離は遠かったが、他でもないグラーフが見間違う筈が無い。その戦艦水鬼の顔は‥‥‥確かに『金剛』のそれだった。

 

暫く動けなかったグラーフだが、ハッと我に返りこんごうに駆け寄る。うつ伏せに倒れているこんごうを抱き上げる。直撃は免れているようだが、身体は血塗れで流血が止まらない‥‥‥虫の息。早く治療を施さなくては間に合わなくなる。

 

「確りしろ、大丈夫だからな‥‥‥すぐに入渠させてやる」

 

こんごうを抱き、グラーフが走り出す。漸くその視界に、艤装を備えた那珂と雷の姿が見えてきた。

 

******

 

「こんごうさん‥‥‥」

 

比叡が傍に座り、両手で左手を握って回復を祈る。こんごうが艦娘なのが幸いだった。入渠し身体の方は元に戻った。しかし、意識はまだ戻らない。現在は医務室に寝かされている。

 

「こんごうさん‥‥‥比叡は‥‥‥比叡は‥‥‥」

 

高速修復材を使用した為、身体自体はもう問題ない筈。もう目覚めてもいい筈なのだ。

しかし、こんごうは目を覚まさない。

 

「こんなの嫌です‥‥‥起きて‥‥‥起きてくださいよ」

 

金剛を目の前で失った悲しみは、未だ比叡を苦しめ続けている。それなのに、更にこんごうの身にまで万が一があったら今度こそ耐えられない。

 

「駄目‥‥‥なんです」

 

初めは、金剛が帰ってきたと思っていた。けれど別人で、しかし別人とは思えなくて。会ってからたった数日間の筈なのに、もうずっと一緒に居る気がして。まるで金剛と居るかのように心が安らいだ。

 

「‥‥‥居なくならないでくださいよ‥‥‥」

 

こんごうの中に金剛を見ている自分がいた。彼女の笑顔の中に、金剛を重ねていた。そして、それがもしかしたら間違いではないかも知れないと知った。

失いたくない。もう二度と‥‥‥失いたくない。

 

「‥‥‥『お姉さま』‥‥‥」

 

比叡の瞳から涙が零れ、包み込むように握っているこんごうの手にポタリ、と落ちる。

 

「こんごうさん?‥‥‥こんごうさんっ」

 

微かに、握り返してきたのが分かった。比叡が上から覆い被さるように顔を覗き込むと、こんごうの唇が微かに動いた。

 

「分かりますか?比叡ですよ?こんごうさん」

 

静かに、潤む瞳で語り掛ける比叡。それに答えるように、ゆっくりと瞳を開けるこんごう。

 

「良かった‥‥‥こんごうさん‥‥‥」

 

まだ焦点が合わない様子のこんごう。状況を飲み込めていないのだろうか、ボーッと比叡を見つめたまま動かない。

 

「‥‥‥‥‥‥比叡、さん」

 

「はい。比叡は此処です、こんごうさん」

 

やっと言葉を口にしたこんごうの手を強く握り締める。そうしていなければ消えてしまうような気がしてならない。‥‥‥あの時の金剛のように、消えてしまう気がして。

 

「‥‥‥痛い、です」

 

こんごうに言われてやっと、思いの外強く握り過ぎていた事に気付き慌てて掌から力を抜く。ゆっくりと上体を起こしたこんごうに衝動的に抱き着くと、少し驚いた表情で見られた。

 

「もう大丈夫ですよ、こんごうさん。次はきっと‥‥‥いえ、必ず、この比叡が貴女を守ります」

 

「ありがとう‥‥‥ございます、比叡さん」

 

今度は、守る。金剛に守られてばかりだった自分だが。失わせない。必ず。

 

「‥‥‥比叡、でいいですよ、こんごうさん」

 

「‥‥‥はい、比叡」

 

******

 

翌朝。執務室から聞こえてきたのは、グラーフの怒鳴り声だ。

 

「Admiral!納得の行く説明をしろ!『アレ』は一体どういう事なんだ!」

 

山本のデスクの上には、『マル秘』と書かれた大本営からの書類。勿論、中にあったのは横須賀鎮守府の遭遇した化け物、戦艦水鬼についてと、警戒レベルの引き上げについてだ。近隣の鎮守府から何人かの艦娘を横須賀に緊急配備させる旨も書かれている。

 

その中に入れられた戦艦水鬼の写真を叩き付け、山本を睨むグラーフ。遠目からの写真だが、見る人が見れば分かる。その顔は明らかに金剛。上半身に纏う巫女服のようなものも、金剛が着ていたものを真っ黒に染めたであろうデザインだ。

 

「何とか言わないか!知っているのだろう、Admiral!どうして彼女が‥‥‥金剛が深海棲艦なんだ!」

 

山本は沈黙したまま答えない。電はそれを心配そうに、涙を溜めて見守っている。

 

「Admiral、貴様‥‥‥」

 

ギリっ、と歯軋りをしたグラーフが掴みかかろうとしたその時。執務室の扉が開く。立っていた人物は二人。駆逐艦夕立と戦艦大和だ。

 

「山本少佐、彼女には話しておくべきです」

 

静かに話す大和の隣で「言わなきゃ駄目っぽい」と何時にも増して真剣な眼差しの夕立。

 

「グラーフさん、今から話す事は口外禁止っぽい」

 

そうして、あくまでも推測の域の話だと前置きし、夕立と大和が話していく。艦娘の魂の在りかたと、姫級や鬼級の生まれ方についてを。

 

椅子に座り、呆然としているグラーフ。話を聞けばそれも致し方ない。何せ、『艦娘の轟沈が深海棲艦を生み出す』というのだから。

 

「なん‥‥‥だと‥‥‥それなら‥‥‥」

 

グラーフも、同じ疑問を抱いたようだ。『何故、その事を上層部は黙っているのか』。

それについては、慎重に慎重を期さねばならない。地方にいる山本は迂闊に動けないし、東郷だって限界がある。

 

「まだ推測の域を出ない。恐らくだが‥‥‥大本営の存在意義に関わる事なのだろうな」

 

山本の表情は重い。電も、夕立も、大和さえも顔を叛け俯く。確証が得られていない状態で、他の者にはまだ言うべきではないのだろう。

 

暫しの間。静けさに包まれる執務室。‥‥‥と、扉の外で物音がして、誰かが走る足音。電が慌てて扉を開くが、辺りには誰もいない。

 

「誰かに聞かれたのです‥‥‥」

 

******

 

息を切らせ逃げるように走る、比叡。こんごうの容態も落ち着いたので問題ない、と報告に来たつもりだった。

戦艦大和と、帰った筈の夕立の姿が見えて、思わず隠れて覗き見してしまった。

 

(そんな‥‥‥じゃあ‥‥‥)

 

戦艦水鬼‥‥‥こんごうを瀕死に至らしめた深海棲艦‥‥‥それが他でもない金剛だと言うのだ。思考は纏まる筈もない。立ち止まり、トボトボと歩き始める。

 

(こんごうさんは守りたい‥‥‥でも、お姉さまと戦うなんて‥‥‥出来る訳ない‥‥‥)

 

無意識に向かった先は、何時ものクラゲの水槽。落ち込んだり悩んだりしたときに良く来る場所だ。

 

(あれ?)

 

先客が居た。こんごうだった。彼女は座って水槽をボーッと眺めたまま身動きひとつしない。

 

「こんごう‥‥‥さん?」

 

比叡の掛けた声で、やっと瞳を動かしたこんごう。少しぎこちなくではあるが「比‥‥‥叡?」と気付いてもらえた。

 

「隣、座ってもいいですか?」

 

返事を聞かないまま、比叡はこんごうの隣に腰掛ける。暫く無言のまま二人で水槽を眺めた。

どのくらい時間が過ぎたのか。比叡の瞳から涙が溢れてきた。こんごうの手を握り、そのまま下を向く。涙は頬を伝い、太股に流れ落ちる。

 

「こんごう‥‥‥さん‥‥‥比叡は‥‥‥比叡のせいで‥‥‥」

 

こんごうも強く握り返してくれた。自身の事も有るのだろうし、比叡にも思う事は有るのだろうが、今はどう声を掛けていいのか分からないのだろう。

‥‥‥それでも、こんごうの思いを少しでもを感じる事ができ、比叡には有り難かった。

 

******

 

再び、執務室。

大和と夕立、それとグラーフ。3人を交え、今後を話す山本と電。

 

「だが二人が出てしまって呉は大丈夫なのか?呉鎮守府が襲われる可能性もあるだろう」

 

山本の心配も分かる。大和と夕立、呉鎮守府の誇る第一艦隊の主力二人が抜けていて、呉の守りは大丈夫なのか。

 

「心配要りません。暁に任せてきました。彼女は優秀です。それに、戦艦水鬼‥‥‥きっと近い内にまた此処に来ます。だからこそ、提督は私と夕立さんを派遣したのです」

 

「大和さんの言う通りっぽい。狙いはきっとこんごうさん、それに山本さんと電ちゃんっぽい」

 

大和と夕立、二人の言葉に電は首から下げて服の中に入れている御守りを握り締める。

暁は一年前にイギリスから日本へ戻ってきていた。確か最近『ケッコンした』と嬉しそうに報告してきた筈だと思いながら夕立を見るが、今はそれ処ではない。山本とこんごうが狙われる理由は何となく分かる。そこに自分も加えられる、というのなら、電に対する金剛‥‥‥戦艦水鬼の感情は恐らく、嫉妬だ。妬み、恨み。深海棲艦を動かす感情の一つだ。

 

「心配せずとも、電さんは私が全力で守ります」

 

そんな、不安の色の見えていた電の肩に大和の手が置かれた。超弩級戦艦と言われる大和。彼女と会うのは初めてだが、夕立と同じで言葉では表せない何かを全身から感じる。

 

(電のせいでもあるのです。金剛さんは‥‥‥せめて電達が‥‥‥)

 

電はもう一度、服の上から山本に貰った御守りを握り締める。横須賀鎮守府でも敗走するほどの相手だ。自分達でどうにかできるかは分からない。しかし、止めてみせる。金剛の為にも、比叡達の為にも。

 

 




暁:駆逐艦。一年前にイギリスから帰ってきた。イギリス時代の提督仕込みの理論を元に、今は呉鎮守府の作戦立案を担当。大和が言う通り優秀。レベル103‥‥‥あっ‥‥‥ジュウコンカッコカリ‥‥‥東郷のやつ課金してやがったww

大和:日本が誇る超弩級戦艦。レベル84。夕立と共に暫く山本の鎮守府に滞在する事になった。

電の御守り:山本からのプレゼント。中に入っている物は‥‥‥お察し。


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sentence12 真意

私からは一言。
良かったね、電ちゃん

今回は幕間です。

では、本編。


海上。電の肩に座り、再び首を傾げる『こんごう』妖精さんが覗き込んでいるのは、再度計測したこんごうのデータ。

身体の調子と艤装の具合を確認する意味もあって、再度計測。だが、またしてもおかしい。計器類の故障という訳でもない。

 

「最大船速30.3ノット‥‥‥最大16万馬力‥‥‥前回と全然違うのです」

 

最大船速は悪くない。『こんごう』妖精さんも、『こんごうの艤装ならこのくらい出る』と言ってくれている。ただ、馬力の方が異常値なのだ。こんごうの艤装では、本来なら出ても10万馬力だそうだ。エンジンに過負荷が掛かっているとか、オーバーヒートしそうとか、そんな兆候が全くない。

 

「こんごうさん、もう一度測ってみるのです」

 

「はい、電ちゃん‥‥‥」

 

こんごうは不意に目眩いに襲われ、バランスを崩す。一瞬にして視界がまっ黒になり、立っていられずに背中側に倒れそうになる。

慌てて電が傍に寄り、身体を支えてくれた。

 

「はわわっ、だっ、大丈夫なのですか!?」

 

「大丈夫です、電ちゃん。少し目眩い‥‥‥が‥‥‥」

 

こんごうはプツリ、とスイッチが切れるように気を失い、グッタリとして動かなくなる。「こんごうさんっ!?確りするのです、こんごうさんっ」という電の言葉も、全く届いていない。陸で控えていた大和が気付き、真っ直ぐに此方に向かってくる。

 

******

 

見渡す限り、真っ白な世界。こんごうが気付くと、そんな非現実的な世界に居た。立っている、というよりも水面に浮いている感覚に近い。ただ、水や地面は無く、足は空中に浮いている。

 

(あれ?確か‥‥‥)

 

鎮守府前の海上で、電と大和と共に居た筈。何が起こったのか理解出来ぬまま、呆然と佇む。

 

‥‥‥と、前方に何かが見える。右足を恐る恐る踏み出してみると、地面が無いにも関わらず、不思議と歩けた。

 

兎に角、前方の何かまで行かないと始まらない。走らず、ゆっくりと前へと歩く。

 

(‥‥‥違う。何も無いんじゃない)

 

歩いてみて分かった。例えるなら、ジグソーパズルの枠。まだ中にピースを嵌め込んでいない状態。その証拠に、空間の所々に映像がパズルのピースように嵌まっている。今まで見た、『艦娘金剛』の記憶の映像だ。

 

(あ、そうか。たぶん)

 

こんごうの意識、若しくは艦娘金剛の魂の記憶。何れにしてもそんな所だろう。

真っ直ぐ歩き辿り着いた先は、やはり映像。ただ、かなり不鮮明だし音も途切れ途切れになっている。こんごうの記憶喪失と関係が有るのだろうか?目を凝らし、耳を澄まして、映像に意識を傾ける。

 

 

 

『夏美お姉さま!お願いです、考え直してください!』

 

所々映像が掠れているが、恐らく比叡、だろう。という事は、話しかけられている此方はやはり金剛か。

 

『心配ないネー!ワタシがこの戦争を終わらせてやりマース!』

 

『お姉さま、そうじゃなくて!』

 

何処かの軍の施設だろうか?比叡の方は既に艦娘になっているようだが、鏡に映る金剛の姿にはその雰囲気はない。

 

『お姉さまには艦娘になって欲しくないんです!私は‥‥‥比叡は、だから艦娘になったんです!お姉さまに人として幸せになって欲しいから!お姉さまの幸せをこの手で守りたいから!』

 

こんごうは期せずして知ってしまった。比叡の想い、願い。それが全て打ち砕かれた今の比叡の心がどれ程ボロボロになっているかを。

 

涙を流し、必死に訴える比叡の姿。居た堪れず目を逸らそうとしたこんごうの耳に、『聞いてください、アキホ』という金剛の声が聞こえてきた、

 

『ワタ―――――‥‥‥貴――が――――――――――――。それを守れるなら、―――てして――るヨ。――――だって―――――みせマス‥‥‥だか――――夫デース!』

 

肝心な部分が乱れ、聞き取れない。艦娘金剛の魂が、こんごうに宿ってまでしたかった事、理由が。

 

(金剛さん、貴女の想いは‥‥‥。私は、どうしたらいいの?ねえ、金剛さん‥‥‥)

 

******

 

再び気が付いた時、自身の顔に覆い被さるように覗き込む、心配そうな電の顔があった。

 

「気が付いたのです!よかった‥‥‥」

 

心底ホッとしている表情の、瞳を潤ませる電。この少女は、本当に心優しい人なのだろう。こんな時代でなければ、戦いなど経験する必要もなく幸せに暮らせたのかも知れない。そんな事を思いながら暫しその顔を眺めていたこんごうは、慌てて上半身を起こした。大和の膝枕に寝かされていたのだ。

 

「気が付かれましたか、こんごうさん。良かった」

 

膝は折ったまま、ニコリと微笑む大和。この大和撫子の姿だけを見れば、とてもではないが超弩級戦艦には見えない。榛名もそうだったが、大和はより一層そう感じる。

 

「ありがとう、ございます」

 

ぎこちなくお礼を口にし、こんごうはゆっくりと立ち上がる。傍に置いてあった艤装に手を置いて、先程気が付くまで見ていた光景を必死に思い出す。

 

(金剛さん‥‥‥)

 

一瞬。本当にほんの一瞬。何かを感じたような気がした。ただ、それが何かが分からない。何を感じたのかさえも分からないが、確かに。金剛が何かを伝えようとしたのか。或いは別の何かなのか。

 

「こんごうさん、どうしたのですか?そろそろ皆さんが戻ってくるのです」

 

ボーッとしてしまっていたこんごうの元へ電が駆け寄ってきて手を握ってくれた。電に心配をかけまいと笑顔を作り「そうですね」と海へと視線を向ける。

 

‥‥‥海上には、比叡、雷、夕立、春雨の姿。最後の一体なのか、春雨が駆逐イ級を追いかけている。12.7㎝連装砲を構え狙いすまして砲撃。直撃‥‥‥せずにアッサリと 右に回避されている。尚も諦めず追う春雨。

どうやら練習も兼ねて春雨に仕留めさせる気のようだ。それにしても‥‥‥。

春雨が再び砲撃。今度は距離が足りず、イ級の少し後方に水柱。「春雨、頑張るっぽい!」と声援を送る夕立に焦ったのか、春雨は‥‥‥バランスを崩し転倒。

雷に抱え上げられ立ち上り、再び前を見る春雨。

「ていっ!」という、何というか和むような可愛らしい声と共に連続で打ち出された弾は、今度こそイ級に直撃。煙をあげオイル臭を漂わせながらイ級が爆発。漸く海底に沈んでいく。

 

「流石春雨!将来有望っぽい!!」

 

‥‥‥姉馬鹿というべきだろう。夕立はどう贔屓目に見ても大袈裟に評価し、手を叩いて喜んでいる。春雨のほうはそれを恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうなのは間違いない。

 

そんな、追跡劇をやっと終わらせた四人がこんごう達の方へと向かってくる。先頭の春雨は此方に手を振ってくれている。

その直後、「春雨っ!!」という夕立の声が響き、夕立の持つ連装砲が振り向いた春雨に向く。驚きと夕立の形相の恐怖に動けない春雨に向かい、夕立は躊躇なく砲撃。直後、水面から飛び上がってきたイ級に砲弾が当たり爆発。どうやら夕立はもう一匹居たらしいイ級を狙ったようだ。

春雨に抱き着く夕立。その様子をやれやれといった感じで見ている雷と、複雑な表情の比叡。

 

そうして哨戒から戻ってきた四人を、こんごうは笑顔で出迎える。「春雨、山本さんに沢山誉めてもらうっぽい!」と春雨を急かし鎮守府へと走る夕立達を見送りながら、一人離れ歩く比叡の右手を後ろから握った。

比叡が驚き振り返る。

 

「‥‥‥おかえりなさい、比叡」

 

きっと、この人を泣かせてはいけないのだ。比叡の姉、艦娘金剛はきっと‥‥‥。そう思い、こんごうは精一杯の笑顔を向ける。

 

「はい、ただいま戻りました!」

 

比叡もそれに笑顔を見せて応えた。

 

「比叡は‥‥‥こんごうさんの淹れた紅茶が飲みたいです!」

 

勿論、こんごうは紅茶など淹れた事はない。比叡が淹れるよりは幾分マシかも知れないが、金剛のそれには遥か及ばないだろう。

 

「美味しく淹れられないかも知れませんよ?」

 

「それでも、です」

 

比叡に手を引かれ、こんごうも鎮守府へと急かされ走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「こんごうさんが来てくれて‥‥‥良かったのです」

 

御守りを握り、二人を見守り微笑む電。金剛が轟沈した直後の比叡の塞ぎ込みようを知っているだけに、笑顔が見られるようになった事に安堵していた。こんごうが傍にいてくれれば、きっと比叡はこのまま前を向ける。そう思って。

そんな電の手に、大和の視線。どうやら大事そうに電が持っている御守りに興味を持ったようだ。

 

「その御守りは?」

 

「司令官さんに、貰ったのです」

 

嬉しそうに答えた電の態度で、何となく想像できたようだ。大和の表情が柔らかくなった。

 

「電ちゃん、もしかして‥‥‥中は指輪、ですか?」

 

コクン、と真っ赤な顔で頷く。当然ながら「どうして嵌めないのですか?」と聞いてきた大和に「それは‥‥‥電の練度が足りないからなのです」とお決まりの筈の答え‥‥‥。

 

「貸して頂けませんか?」という突然の大和の提案。勿論躊躇した。大和がそれをどうこうする筈は無いのは分かる。ただ、山本に貰ったものを一時的とは言え手離すのに、非常に抵抗感があった。

 

「直ぐにお返ししますから。確かめたい事があるだけです」

 

ニコリ、と微笑む大和に折れて、電は御守りを渡す。大和は丁寧に中の指輪を取り出し、翳す。

 

「‥‥‥電ちゃん、これ‥‥‥ちゃんと確認しましたか?」

 

「え?」

 

電は、大和の言葉の意味が理解出来なかった。駆け寄り、大和が翳している指輪に視線を向ける。

 

「ケッコンカッコカリ用の指輪は、練度が達していない艦娘には渡せない筈なんですよ?」

 

言葉とは裏腹に、大和の表情は穏やかだ。其れ処か、電に微笑ましい者を見るような視線を送ってきている。

 

「電ちゃん、失礼を承知で聞きます。本名のイニシャルは『M』、ですね?」

 

「えっ?どうして知っているのです?」

 

大和の言動の意図が全く掴めない。電の本名は実は『美鈴』。確かにM、だ。どうして知っているのか、とか、なぜ其れを今聞くのかとか。

 

「『“From J to M”』。この指輪の裏に彫られていますよ?それから、この指輪、ケッコンカッコカリの指輪じゃありません。プラチナ、ですかね」

 

思考が止まる。我に返り、大和の手の中の指輪の裏側を覗き込む。‥‥‥From J to M‥‥‥『十三から美鈴へ』。

‥‥‥きっと、山本もいっぱいいっぱいだったのだろう。確かに『指輪』としか言われなかった。

 

「じゃあ、じゃあ大和さん、これ‥‥‥これって‥‥‥」

 

それ以上は言葉に出来なかった。電は、そのまま大和の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。勿論、心から嬉しかったから。

 




30.3ノット、16万馬力:とある戦艦の一番艦の改二と同じ性能ですね。いやー、凄い偶然だなぁ

夕立は姉馬鹿。

こんごう:比叡を泣かせない為に、と奮闘。だが、よくよく考えると比叡は元々金剛love。比叡から見たら、こんごうがアプローチしてきているようにしか見えないかも知れない‥‥‥!?

電の本名:美鈴。因みにだが、雷の本名は美琴。ええ、もう言う必要も無いですね


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sentence13 再会

んー、やっぱり‥‥‥。
13話。盛大なるフラグ回です。何の、かは言えません。

敢えて一言言うならば『旗艦大和、推して参ります』と書きたかった。

では、本編へ。


「ああ、何時もすまないね」

 

執務室。山本が話している相手は、黒髪の少女。

白がベースのジャージらしき上着に紺の超ミニスカート。敬礼している所を見るに、やはり軍属の艦娘。

 

「いえ。今回は事情が事情ですから。皆さんに宜しくお伝えください」

 

彼女が持ってきたのは、弾薬や燃料など補給用の物質。それと、間宮特製のアイス等のスイーツ類。先の戦艦水鬼のイレギュラーの一件で、関東一帯の鎮守府を急遽廻らされている補給艦、速吸だ。

 

「速吸ちゃん、帰りの海も気をつけてくださいなのです」

 

「はい。ありがとうございます、電秘書艦」

 

心配してくれた電と山本に再度敬礼した速吸は、クルリと回れ右。「では、失礼します」という言葉と共に退室していった。

速吸にもちゃんと護衛が付いているが、もしも戦艦水鬼と対峙した時に果たして無事で済むかどうか。彼女達補給艦にとっても海上は戦場だ。

 

「しかしな‥‥‥アイツも余計な事を‥‥‥」

 

頭を悩ます山本。「そんな事ないのです。今の電達には、とっても有り難い事なのです」とフォローをしている電も、どうしたものか悩んでいるのは同じ。

速吸とは別に、横須賀からある艦娘が来てしまったのだ。因みに山本の発言の『アイツ』とは勿論、横須賀鎮守府の提督を指す。『グラーフと金剛が戦艦水鬼に襲われた』と聞き付け、態々工作艦を寄越したのだ。横須賀の提督の魂胆が透けて見えるようだ。‥‥‥大方、大鳳に『力になってあげて』と言われてふたつ返事で快諾した、という所だろう。武蔵の発言からも分かる通り、横須賀の提督は大鳳が大好きで大好きで仕方ないのだ。

因みに、横須賀の提督は(大鳳の事以外は)軍人としては優秀。今回の戦艦水鬼のイレギュラーの件に関しては彼にとっても完全なる誤算だったであろう。

 

「しかしだな‥‥‥こんごうの事が明石にバレると、なし崩し的に広まってしまう可能性もあるしな。大本営には知られる訳には‥‥‥」

 

工作艦明石。速吸と共に来て、この鎮守府に暫く滞在する事になった。主な任務はこの鎮守府の艦娘の艤装、装備品の改修。各所を回っている彼女は色々と鋭い。実は憲兵よりも厄介かも知れない。

 

「‥‥‥なのです」と困った顔で先程受け取った荷物のリストに目を通す、ソファに腰掛ける電。後ろから覗くようにそれを見た山本がある部分で目を止めて指差した。

 

「買収、してみるか?」

 

山本の指差した部分は、間宮謹製のスイーツのリスト。電は右手で山本の制服の袖を掴んで引っ張りながら、フルフルと頭を左右に振って否定する。

 

「駄目なのです。買収はやっぱり良くないのです。それに、間宮さんのスイーツは皆さんも楽しみに待っているのです」

 

「ああ、そうだな。電も楽しみにしてた、もんな」

 

本心を見抜かれて恥ずかしかったらしく、耳と頬を染める電。か細い声で「十三さんは、意地悪なのです」と抗議の姿勢だけは見せるものの、それ以上は言ってこない。

 

「ごめんごめん。後で食べに行こうか」

 

コクン、と頷きそれに同意した電。その右手の薬指には、貰ったプラチナの指輪。因みに今の二人の体勢はと言えば、物資の搬入リストを左手に持った電を、山本が後ろから抱き絞めている状態。電の右手が、山本の右手の袖を掴んでいる。‥‥‥横須賀の事は言えないようだ。

 

******

 

ピンク色の長い髪を一部おさげにし、赤いリボンの付いたセーラー服を着て、腰回りの露出したミニスカート(本人曰く、行灯袴を詰めた)からは、スラリと綺麗な細い脚が伸びる。細身ながらも女性として主張する部分は主張している。整った顔立ちな事もあり、世の男性には少々扇情的な格好の工作艦・明石は工厰へと向かっていた。

パタン、と扉を開くと、熱帯魚の水槽が幾つも目に飛び込んでくる。備えられた椅子に座り、(はぁ~癒される‥‥‥やっぱり此処に転属したいなぁ)等と考えながら暫し見蕩れる。

山本提督への挨拶は、先程済ませてきた。電の右手に光る指輪が『ケッコンカッコカリ』用の物とは違う事を直ぐに見抜き、ニヤニヤしながら二人を眺めていたら『工厰でも見てきたらどうだ?』と追い出された。

 

(全く山本提督も電ちゃんも‥‥‥少しからかっちゃおうと思ってただけなのに)

 

一人心の中で文句をいいながら、立ち上がる。階段を下りて、向かうは下の階にある開発、改修工厰へ。

 

(ドックが工事中って‥‥‥例の深海棲艦対策に大型艦が建造できるようにでもしてるんですかね~)

 

そう。建造ドックは工事中だから近付くな、と忠告された。それらしく『工事中』という札が提げられた扉。勝手に入られて四番ドックを見られては困る、という山本の苦肉の策だが、近付くなと言われれば見たくもなる。それに、もしかしたら最新鋭の設備が見られるかも知れないという、明石自身の好奇心。悪いとは思いながらも、明石は扉に手を掛けてゆっくりと開く。

 

「んんっ?」

 

見た所、改修しているような痕跡はゼロ。一番と二番は前回来た時と何ら変わっていないし、三番ドックも使われた形跡が無い。

 

(あっれ~?工事中だって言ってたのに‥‥‥)

 

不思議に思いながら四番ドックに目をやると、扉が微かに開いていて中からは光が洩れている。(ああ、此処かぁ)と一人納得し、明石はそっと中を覗く。

 

(へぇ‥‥‥随分弄って‥‥‥ん?)

 

勿論、中は建造ドックとはかけ離れた施設となっている。興味深げに見ている明石の瞳に留まったのは、今まで見たことの無い艤装‥‥‥『こんごう』の艤装。それと、夥しい数のミサイル。

 

(え?待って‥‥‥何あれ?)

 

もう少し良く見たい、と思わず一歩踏み出してしまった。つい今まで他の妖精さん達に指示を出していた『こんごう』妖精さんが気付き、目が合った。

 

「あ‥‥‥アハハハ‥‥‥かっ、変わった装備ですね」

 

『こんごう』妖精さんに、勿論聞かれた。『山本提督の許可はとったのか?』と。此処で真実を言ってしまえば、もしかしたらこの興味深い未知の艤装が永遠に見れなくなるかも知れない。そう思った明石は迷い無く、満面の笑みで答えた。

 

「勿論ですよ!取ったに決まってるじゃないですか!」

 

そこからは、得意気な『こんごう』妖精さんの説明が続いた。対艦ミサイルや三連短魚雷の性能、こんごうの艤装のレーダーなどについて。

 

「自動追尾なんて‥‥‥凄いですね‥‥‥‥」

 

感嘆の声を漏らす。この高性能電探と自動追尾する魚雷や対艦ミサイルを各艦に実装できれば、砲雷撃戦が格段に此方に有利となり、敵をより安全に、より確実に撃破できる。うんうん、と頷きながら『こんごう』妖精さんの話に聞き入る明石は「そういえば」と先程から少しばかり気になっていた事を口にする。

 

「あの‥‥‥金剛さんの口調、ブームか何かなんですか?」

 

先程から『金剛語』で話している『こんごう』妖精さんはサムズアップ。どうやら『こんごう』妖精さんの中では金剛の特徴的な話し方がブーム、のようだ。そういえばこの『こんごう』妖精さん、どことなく金剛に似ている。

 

「あ、やっぱりそうなんですね。‥‥‥思ったんですけど、どうしてこの装備って金剛さんだけなんですか?皆さんに装備して貰った方が戦力は格段に上がると思いますけど。やっぱり資材の関係ですかね?」

 

‥‥‥この質問が不味かった。明石本人にそんな気は全く無かったが、『こんごう』妖精さんから見れば『明石は今の『こんごう』の事を全く話してもらっていない』と自白しているのと同じ。『こんごう』妖精さんの表情は一瞬にして固まり、何も言わずに走って何処かへと行ってしまった。

 

(何か不味かった?)

 

首を傾げた明石。突如、背後からゾッとするような気配を感じた。ガシッ、と右腕を掴まれる。恐る恐る振り向くと‥‥‥そこには呉に居るとばかり思っていた大和が‥‥‥肩に『こんごう』妖精さんを乗せて立っていた。

 

「えっ?大和さん!?どうして此処に!?」

 

「明石さん、少しお顔を貸して頂けませんか?」

 

******

 

その頃。入渠を終えた比叡が部屋へと戻ってくる。「こんごうさん、只今戻りました!」と扉を開いてみると、こんごうは椅子に座ったままの姿勢でうたた寝していた。テーブルには料理本。開かれているのはスコーンの作り方の書かれたページ。

 

「‥‥‥こんごうさん」

 

比叡はこんごうを起こさないようそっと隣に座る。少しでも『金剛』に近付こうとしてくれているのか。きっと‥‥‥。

 

「比叡の為‥‥‥ですか?こんごうさん」

 

一人呟く。椅子に寄りかかってチラチラと見ていた比叡だったが、椅子を向かい合わせに移動し、座って正面から見つめてみる。

見れば見るほど、姉である金剛と瓜二つ。

 

「‥‥‥『お姉さま』」

 

こんごうのプニプニした頬に両手で触れる。比叡の顔は、吸い込まれるようにこんごうの唇に近付いていく‥‥‥。

 

コンコン、と突然のノック音。思わず「んびゃぁぁぁぁあ!?」と奇声をあげてしまった比叡は我に返り、慌ててこんごうの頬から手を離した。

 

「失礼します、比叡さん」

 

入って来たのは大和と明石、それに『こんごう』妖精さんの3人(?)。

 

「なっ、何もッ!比叡はッ!何もッ!してませんからッ!」

 

その余りの慌てように少しは疑問はあるらしいが、大和は動じる様子はない。「少しお時間宜しいでしょうか?」と、比叡とどうやら目覚めたらしいこんごうに問うてきた。

 

「何かお話ですか?‥‥‥って明石さん!?どうしてこの鎮守府に!?」

 

今更ながら明石の存在に気付いた比叡。寝起きのこんごうの「明石さんって、此方の方ですか?」という口調に驚いている明石の肩に座る、『こんごう』妖精さんが手に持ちヒラヒラさせている間宮アイスの引換券5枚に視線を奪われながらも、大和に答えた。

 

「これからですか?えっと、食堂で、ですよね?」

 

 

 

5人(?)は食堂に移動。赤城やグラーフ、夕立、電、山本までもが既に先客として間宮謹製のスイーツにうつつを抜かしていた。

 

瞳をキラキラさせながらアイスを頬張る『こんごう』妖精さんを横目に、各々もアイスを食べながら。大和が比叡とこんごうに視線を向けて切り出した。

 

「お二人とも。『金剛』さんと『こんごう』さんについて、明石さんにお話を」

 

当然ながら、明石には意味が理解できず。「ん?んんっ?」と首を傾げている。

 

チラリ、と山本に視線を向けた大和。山本の方も気付いたらしく「はぁ」と溜め息をついた後、コクリと無言で頷いている。それを確認し、大和は話し出した。

 

「明石さん、先ず理解して置いて欲しい事があります。今から話す事は横須賀鎮守府には勿論のこと、他の鎮守府、大本営にも一切秘密にしてください」

 

「‥‥‥理由は?」

 

大本営にも、と言われ明石の目つきが変わった。鋭い瞳がこんごうへと向く。

 

「それはですね」と大和が話そうとしたその時。警報が鳴り響く。少し間を置いて、青葉が食堂へと駆け込んできて、山本目掛け怒鳴る。

 

「司令官っ!緊急の応援要請です!」

 

******

 

明石への説明は先伸ばし。艤装を装備し海上で待機済みの六人、旗艦大和、グラーフ、比叡、夕立、電、そしてこんごうに、山本からの無線。

 

『いいか、六人とも。交戦中の北上、大井と合流、敵艦隊を殲滅してくれ。敵艦隊は12。リ級4、ヲ級2、イ級5。敵旗艦は南方棲鬼だ。一人も欠ける事無く必ず全員で帰還しろ』

 

送られてきた南方棲鬼の写真。遠くとも分かる。大和はそれを握り締め「武蔵‥‥‥私に会いに来たのですね」と密かに呟き、無線をオンにして声を張る。

 

「山本少佐、承知致しました。これより第一艦隊、敵艦隊殲滅に向かいます。‥‥‥旗艦大和、推して参ります!」

 

 

 




はい、山本の鎮守府の臨時第一艦隊(全員キラ付け済み)。

戦艦大和(旗艦)
空母グラーフ
戦艦比叡
駆逐艦夕立
駆逐艦電
駆逐艦こんごう

ラストバトルもこの艦隊になる予定。

そういえば、2015艦娘人気ランキングなるものを発見しました。1位は安定の加賀さん。2位はあざとさで初心者ホイホイの島風。3位は六駆のエース、ヴェールヌイでした。
‥‥‥あれ?この3人ってここのSSに未登場‥‥‥べっ、別に気にしてないし!4位の電ちゃんが出てるし(震え声)


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sentence14 枷

14話。話は疑惑の核心へ。


「ねえ、大井っち、イッコだけ確認したいんだけどさぁ」

 

イ級を撃ち抜き、そのまま頭上の敵艦載機に砲を向ける北上。その何時もの口調とは裏腹に、額には冷や汗。

 

「はい、北上さん」

 

答えた大井もリ級に魚雷を命中させ、一体撃破。流石に大井も手練だが、此方もその笑顔に余裕は無い。

 

「南方棲鬼ってさぁ、南に居るから南方棲鬼って言うんだよね?‥‥‥何でこんな所に居るのかねぇ?」

 

言いながらも、北上は敵艦載機を数機撃ち落とす。リ級の砲撃を避けつつヲ級に魚雷を二発放つが、これは避けられた。「チェッ」と舌打ち。

 

「どうしてですかね?‥‥‥北上さん、朗報ですよ。もうすぐ支援艦隊が到着するそうです。旗艦は『あの』戦艦大和、それと噂の化け物駆逐艦も居るそうですよ」

 

北上に合わせ45度ずれた方角から大井が放った魚雷が先程のヲ級を捉えた。爆発し、それが水底に沈んでいく。

 

「へぇ‥‥‥そりゃ有り難いね‥‥‥っと」

 

寸での所で気付いて、北上はその場でしゃがむ。たった今まで頭があった場所を、南方棲鬼の砲が掠めた。当たっていれば北上の頭は木端微塵に吹っ飛んでいただろう。危機一髪だ。

 

「あっぶな~‥‥‥早く来てくれないかね」

 

しゃがんだ体勢のまま、真後ろに砲を向ける北上。振り向かずに二発砲撃し、迫っていたイ級二体が轟沈していく。

 

とは言え、このままでは不味い。イ級は兎も角リ級とヲ級を一体ずつだが落としているのは流石だが、二人とも既に小破。何せ敵艦載機の雨のような爆撃をどうにか避けながらの反撃劇。何時ものような動きはとてもではないが出来ない。

 

突然。頭上、上空で爆発音。北上も大井も驚き慌てて上を確認すると、敵の艦載機が『何か』に攻撃されてその数を減らしていっている。

 

「大井っち‥‥‥『アレ』、なんだろう?」

 

「‥‥‥何でしょうね?」

 

敵の艦載機目掛け一度に十数発ずつ向かっていくそれは、明らかにバラバラに飛んでいる艦載機を各々が追いかけ、確実に撃墜している。それが何度も繰り返され、上空はあっという間に綺麗になった‥‥‥こんごうの対空ミサイルだ。

 

視線を水上に戻す。大井の方に、リ級二体が向かってくる。爆撃機が掃除された事もあり、大井は落ち着いてリ級に魚雷を向ける。

 

「大井っち!!」

 

大井の耳に、北上が叫ぶ声が聞こえた。それと同時に目眩まし役のリ級二体は左右に離れていく。目の前には、既に南方棲鬼の16inch三連装砲から放たれた砲弾‥‥‥避け切れない‥‥‥。

爆発と轟音は大井の目の前であがった。大和が間に割って入り、背中の巨大な艤装を敵側に向けて砲弾を防いでいたのだ。代わりに大和の艤装は半壊。大和自身も傷付き、服装もボロボロであられもない姿になってしまっている。

 

「大井さん、ですね?大丈夫ですか?」

 

それでも無事な大井の姿に安堵し、笑顔を向ける大和。「あ、はい。ありがとうございます」と呆けながらお礼をする大井から視線を南方棲鬼に向けた大和は、どうにか無事な片方の、主砲の46㎝三連装砲の動きを確認しつつ直ぐに表情を引き締める。

 

「大井さんは北上さんと共にリ級を。私達は南方棲鬼を叩きます」

 

ヲ級の方は比叡とこんごうが既に対処していた。こんごうが投げつけた対艦ミサイルを、ヲ級が持っている杖で力の限り叩きつける。爆発に巻き込まれはしたが、まだヲ級は健在‥‥‥が、畳み掛けるように放った比叡の砲撃が直撃し、ヲ級が沈んでいく。

 

******

 

グラーフの放った爆撃機、Ju87C改が南方棲鬼を襲う。鬱陶しそうに上空を狙った南方棲鬼の腕に、何かが絡み付く。

 

「離さない‥‥‥のです!」

 

電の放ったアンカー。それが絡まったままで南方棲鬼は電を引き摺るように走り始めた。電の力で止められる筈もなく、引っ張られる。

 

だが、電のアンカーが絡まったせいで思うように速度が出ない。苛ついたらしい南方棲鬼は、16inch三連装砲を電に向ける。この距離、しかもアンカーで引かれている状態の電ではきっと避けられない。

砲を発射する前に、南方棲鬼の両肩に重量感。気付いて上を見上げた南方棲鬼の視線が捉えたのは、両手に計四つの魚雷を抱えた夕立が、紅く光る瞳で不敵な笑みを向けて肩に立っている姿。

 

 

 

 

「最ッ高ォに素敵なパーティしましょう?」

 

 

 

 

夕立はその肩を蹴りつけ、宙返りしながら後方へと跳ぶ。と同時に抱えていた魚雷を、全て南方棲鬼に投げつけた。四発全てが命中。同時に、放たれていた大和の主砲が着弾し、爆発が起こる。

 

煙が晴れても、まだ南方棲鬼は立っている。流石に艤装は動かせそうにないようだが。

 

トドメとばかりに、再びJu87C改の爆撃。それと、水面を横に滑りながらの電の砲撃。流石に耐えられなかったらしい南方棲鬼は、今度こそ水底に沈んでいく。

 

「うわぉ」と感嘆の声をあげた北上。リ級を片付けた大井と合流、大和の方へ。

 

「助かったよ、大和さん、ありがとう」

 

「いえ。お二人とも、無事で何よりです」

 

大和は無線をオンにし「作戦完了。これより第一艦隊、全員帰投します」と山本へと連絡を入れた後、南方棲鬼の沈んでいった場所を名残り惜しそうに眺め、その場を離れた。

 

******

 

帰投した六人。南方棲鬼を墜としてからずっと憂いた表情のままの大和は中破の為、一人残りまだ入渠中。他の5人は既にあがり、部屋へ。

 

こんごうの両肩には、各々一人(?)ずつ『こんごう』妖精さんが座っている。そのこんごうは紅茶を蒸らしている最中だ。3分程蒸らした所で、茶葉を濾しながらカップに注ぐ。‥‥‥と、比叡がじっと見つめているのに気付いた。

 

「あの‥‥‥比叡?」

 

「‥‥‥へっ?」

 

どうやら自覚が無かったらしい。カップを受け取り、恥ずかしそうに俯いた比叡が、紅茶を口にしならがチラチラと此方を見ている。

 

「比叡、あの‥‥‥」

 

「あ、いえ、これはですね、えっと」

 

しどろもどろの比叡がカップをテーブルに置き、何かを決意したように立ち上がる。カップを口にしていたこんごうの前に立って、両手を握ってきた。

 

「こっ、こんごうさんっ!」

 

「はい‥‥‥」

 

余りに真剣な表情に、思わず返事をして固まる。比叡が続きを話そうとした所で、タイミングよくノック音。

 

「お二人とも、大和さんが入渠から戻ったのです」

 

呼びに来た電が扉を開けて二人を、主にこんごうの手を握っている比叡を見ている。顔を真っ赤にして手を離した比叡は、「ヒェェ‥‥‥わっ、わっ、分かりましたッ」と叫び走り部屋から飛び出していった。

 

「あの‥‥‥」

 

事態を理解出来ていないこんごう。どうやら気付いているらしい電に説明を求めようと声を掛けるも「電が言っていい事では無いのです」とはぐらかされた。両肩の『こんごう』妖精さんは分かっているようで右肩の妖精さんは『はぁ』と溜め息。左肩の妖精さんは『やれやれ』と困った様子で両手を広げている。

 

(比叡‥‥‥貴女は‥‥‥どうして)

 

******

 

「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」

 

逃げるように走り、比叡は気付けば何時ものクラゲの水槽の前に座っていた。

 

頭では分かってはいる。こんごうは『こんごう』であって『金剛』ではない。だが、本能がそれを許してくれない。いや、別人であるからこそ、か。こんごう本人は分からないだろうが、気のせいでは無く、その言動の端々に金剛のそれを感じてしまう。

 

(分かってる‥‥‥こんごうさんは‥‥‥お姉さまの代わりじゃないって事くらい)

 

比叡は、幼い頃からお姉ちゃんッ子だった。何をするにも、金剛の後をついて回った。何をするのも、金剛と一緒だった。比叡は金剛が大好きだったし、金剛も比叡を可愛がっていた。

金剛のイギリス行きにも、最後まで反対した。一時期離れたせいか、比叡のシスコンは一層進む事になった。勿論、金剛が艦娘になると言い出した時は全力で、文字通り力づくでも止めるつもりだった。結局、止める事は出来ずに。‥‥‥金剛を失った。

自身を責めた。自身の力の無さを呪った。もしも『こんごう』があのタイミングで現れなかったら、後を追って自殺していた、とも思う。

こんごうにすがってしまうのは、仕方無い事なのかも知れない。

 

けれど、違う。‥‥‥違う。確かにこんごうと金剛を重ねている。だが、違うのだ。こんごうと過ごしたのはたったの数日だが、今や『こんごう』は‥‥‥。

 

「比叡さん」

 

突然声を掛けられ振り向くと、電が居た。

 

「比叡さん‥‥‥誰も、比叡さんを責めたりしないのです。でも‥‥‥向き合って欲しいのです」

 

言葉を発せられず、電を呆然と眺めるのみ。身長差はあるものの、座っている為に今は電とは目線は同じくらい。

 

「向き合う‥‥‥ですか」

 

やっと発した一言。目を遇わせていられなくなって電から視線を外して、その電の右手の薬指に光るリングに今更ながら気が付いた。

 

「あ‥‥‥えっと‥‥‥司令か‥‥‥十三さんに、貰ったのです。電は‥‥‥比叡さんにも笑顔になって欲しいだけなのです」

 

その右手を差し出して、電が手を握る。促されるまま立ち上がった比叡の手を引き、電はゆっくりと歩きだした。

 

「執務室でお話するのです。比叡さんとこんごうさんにとって、とっても大切な話、なのです」

 

******

 

比叡は電に手を引かれたまま、執務室に入る。中には山本、大和、明石、夕立、それとこんごうの姿。

 

「これで揃ったか」

 

山本の言葉に合わせるように、電が入口扉の鍵を閉めた。今から話す事は、他の者にはどうやら聞かれたくないらしい。

 

「奥で話そうか」

 

山本に促され、七人は今は山本がプライベートで使用している奥の部屋へ。8畳程の広さで家具が幾つか置かれていて、全員が入ると少し狭く感じる。またしても電が鍵を掛けた。

 

「狭いが少しだけ我慢してくれ。それから夕立、悪いが『それ』は戻しておいてくれ」

 

山本に言われ、夕立は最近撮られたであろう写真が収まっているその写真立てを戻した。

 

「立たせているのも申し訳ないからね。先ずは適当に座ってくれ。話はそれからだ」

 

各々、ベッドやソファにそれこそ適当に座る。最後に電が椅子に座っている山本の膝に収まった所で、話は始まった。

既に夕立や大和、電は聞いている、艦娘の深海棲艦化の話。それに付け加え先程の南方棲鬼が恐らく先で轟沈した戦艦武蔵であろう事。それから、戦艦水鬼のイレギュラーは恐らく金剛であろう事。

 

「ちょっ‥‥‥ちょっと待ってくださいよ、艦娘の轟沈が鬼級や姫級を生み出す、って言うんですか!?」

 

明石は驚いている。当然の反応だ。そして、彼女は気が付いた。証拠に、その視線がこんごうへと向いている。

 

「じゃあ、じゃあ、ですよ?仮に戦艦水鬼のイレギュラーが金剛さんだとしたら、今私の目の前にいる彼女は何なんですか!?」

 

「こんごう型ミサイル護衛艦一番艦。それが、彼女‥‥‥『こんごう』だ」

 

山本の説明に納得がいかない明石が、バンッ、とテーブルを叩いた。これももう何度目のやり取りとなったか。丁寧に説明した山本に、明石は尚も食い下がる。

 

「いいでしょう。彼女が『金剛さん』とは別人なのは認めましょう。ですが、それを大本営に黙っている必要がある理由とは?」

 

確かに、よくよく考えてみると、大本営に黙っている理由としては弱い。普通ならば、こんごうの装備を解析、他の艦娘に普及させる為に大本営に知らせた方が戦局が有利になる筈だ。山本個人の兵器『こんごう』の独占、とも取ることができる状況だ。

 

「明石、今から話す事は絶対に口外しないでくれ。話した君にまで害が及ぶ可能性がある。みんなも、いいな?」

 

何時になく真剣な表情の山本に、全員が無言で頷く。膝に収まっている電に左腕を強く抱き絞めらた格好で、山本は衝撃の言葉を口にした。

 

「いいか、これはあくまでも推測だ。だが、恐らく確実だと思っている。世界で最初に現れた深海棲艦の姫級、南方棲戦姫‥‥‥あれは‥‥‥あれを造り出したのは、恐らく大本営だ」

 




悩める比叡の出す結論は?

12対2でも冷静なスーパー北上様。それと男前な登場の大和さん。

爆撃→アンカーでロック→夕立突撃・大和主砲のコンボは無論、暁の作った作戦の一つです。

大和さん、中破‥‥‥ぎゃああああ

夕立の見付けた写真立て:まあ、二ショット写真ですね

こんごうと比叡居なくても勝てたよね?とか言っちゃだめ、なのです


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sentence15 『始まり』

闇の真実。
漣、吹雪、そして初代雷の話。


―――――15年前、東京湾沖。

 

「漣ちゃん!」

 

ピンク色のツインテールを揺らし、青いリボンのセーラー服を着た、漣と呼ばれた少女が振り返る。鯨のような異形の口から放たれた砲撃を右に躱し、手に持った12.7㎝連装砲を向け、砲撃。異形に直撃し、それが海底に沈んでいく。

 

「よっし!」

 

ガッツポーズを決めた漣は、視線を前方へと戻す。その先に見えたのは、漣と同じ匠意のセーラー服に黒髪を揺らす少女が、同じように鯨のような異形を沈めた姿だ。

 

「吹雪~」

 

漣は海の上を滑るように走り、その少女‥‥‥吹雪に駆け寄る。パシンッ、と左手でハイタッチ。互いの無事と健闘を称え合う。

 

「戦闘にもかなり慣れてきたよね。今ならアイツの事きっとやっつけられるよ!ね?漣ちゃん!」

 

「私は、まだ自信ないかなぁ‥‥‥」

 

太平洋沖に突然現れた、人の姿をした怪物。過去の戦艦と有機物の融合したような砲を持ち、人類の持つ通常兵器の一切が効かない化け物‥‥‥仮の呼称『南方棲戦姫』。その出現に合わせるかのように海に現れた、此方も人類の通常兵器の効かない異形。その脅威によって、海と空の安全は失われつつあった。全海域の凡そ半分は、この1年足らずで近付く事すら出来なくなった。この未曾有の脅威に全力で対抗した国連軍も、為す術なく海の藻屑と消えた。

 

そんな、海を奪われていくのをただ見ている事しか出来なかった人類に、一筋の光が差したのが、一ヶ月前。不思議な妖精に導かれるように集まった3人の少女。その身に軍艦の魂と力を宿し、異形に立ち向かえる力を持った少女‥‥‥今で言う所の『艦娘』。

妖精と共にその不思議な力‥‥‥軍艦の力を振るい、東京湾沖を我が物顔で泳ぎ回っていたイ級を一掃した。勿論、彼女達は軍事訓練など受けた事も無ければ、ナイフすら扱った事も無い。恐る恐るで腰も引けては居たが、彼女達の力は確かに異形に通じた。

 

当時壊滅状態だった海軍の目にその活躍が留まり、彼女達三人は軍属となった。大本営の支援の元、彼女達と妖精は人類の敵‥‥‥仮称『南方棲戦姫』を打倒する為に力を使い始めた。

 

軍属になるにあたり、彼女達には宿す軍艦の魂の名とコードネームが与えられた。『駆逐艦 吹雪』『駆逐艦 漣』『駆逐艦 雷』の三人。勿論、三人とも初代。現代の山本提督の所に居る雷は三代目だ。

 

 

『二人とも、お疲れ様!』

 

無線から聞こえてきたのは、雷の声。「うん、これから帰投するね」と吹雪が返す。

 

各々出身は違うし、妖精に見出だされるまで会った事も無かった三人だが、今ではもうすっかり親友。

二人しか出撃していない理由は一つだけ。三人で出撃して、万が一全員やられてしまったら‥‥‥人類が対抗する手段が無くなってしまうからだ。仮称『南方棲戦姫』と相対するまでは、三人揃っての出撃はもう無い、と言ってもいい。

 

「でも不思議だよね、みんなには妖精さんが見えないっていうのもさ」

 

漣にはそれが不思議で仕方なかった。三人にしかその素質が無い、というのだからそうなのだろうが、妖精は目の前に確かに存在しているし触れもする。自分達以外は一般人は勿論、海軍の関係者誰一人として妖精が見えない。

 

「でもさ、ほら、私達‥‥‥なんだかアニメの魔法少女みたいだよね、漣ちゃん!」

 

そんな事を言っている吹雪に、漣は苦笑い。自分達のコレはどう見ても魔法等からはかけ離れている。いいところ改造人間やサイボーグ、といった機械的な何かであって、魔法の代物にはどうにも見えない。

 

「魔法少女かぁ‥‥‥私もそれだったらまだ良かったんだけど‥‥‥」

 

自身の装備の連装砲をジッと見つめる。どうして通常兵器が効かなくてコレが効くのかは全く分からない。しかし、一つだけ分かる事がある。

 

「ねえ、吹雪。雷もさ」

 

漣に「うん?」と返事をして見つめてくる吹雪と、無線の向こうで『ん?』と答えた雷。

 

「南方棲戦姫、絶対に倒そうね。みんなで!」

 

自分達は、希望なのだ。全人類の命運を背負った‥‥‥。

 

 

 

それから五ヶ月後。ハワイ沖。三人は南方棲戦姫と対峙していた。ただし‥‥‥状況は最悪だった。巨大な砲門を腕に三門、肩に三門、両腕で計12門備えた、真っ白い髪と真っ白い肌の怪物。此方の連装砲が効いているような気配が無い。

既に吹雪は動けない程のダメージを受けており、気を失ってしまっている。漣も雷も、震える足でどうにか立っている状態。

現在で考えれば、南方棲戦姫に練度半ばの駆逐艦三人で挑む等考えられない事。だが、当時は彼女達が最後の希望だったのだ。

 

「雷、どうするの?私達の砲撃じゃ‥‥‥アイツに勝てないよ‥‥‥」

 

吹雪を支えながら、涙を浮かべ雷の手を握る漣。雷は‥‥‥南方棲戦姫を睨んだまま。

 

「ねえ、漣。魚雷、あと何発残ってる?」

 

雷が捉えていたのは、南方棲戦姫の左腕。その先にある砲門の一つが、此方の魚雷攻撃でひしゃげている。‥‥‥連装砲では装甲に傷を付けられないが魚雷なら攻撃が通るかも知れない。

 

「私のは‥‥‥あと二発。吹雪のは、えっと‥‥‥一発だよ」

 

「私のは三発‥‥‥六発全部当てられれば、勝てるかも知れない」

 

雷が足に力を込め直す。「私が必ずやってみせるから。漣、お願い、魚雷を私に」と、漣の手を握り返す。その強い決意を感じ、漣は自身の残りの魚雷と、吹雪の魚雷を渡した。雷は受け取った魚雷を背中の艤装にしまい、振り向かずに走り始めた。

 

「雷‥‥‥?」

 

その違和感には直ぐに気付いた。雷は真っ直ぐに南方棲戦姫に向かっている。降り注ぐ砲撃を避ける気配すらない。

 

「雷!!」

 

『来ちゃ駄目!大丈夫よ、絶対に当たってやらないから!』

 

言葉とは裏腹に、無線の雷の声は震えている。雷は既に舵がイカれていて、急な旋回が出来なくなっていた。両腕と艦装を盾代わりに突っ込んでいく。

 

「止めて!雷!!」

 

艦装が剥がされ、左腕が吹き飛ぶ。それでも雷は止まらない。

 

『漣』

 

振り返らず、雷が無線を飛ばしてきた。その声は、先程とは別の震え方をしている。雷は、泣いていた。

 

『二人に会えて、二人と友達になれて、凄く嬉しかったよ。凄く、楽しかった』

 

「やめて‥‥‥」

 

雷が何をしようとしているのか、直ぐに理解できた。漣の瞳から、ボロボロと涙が零れる。

 

『今まで、ありがとう。私の事‥‥‥忘れないでね』

 

「止めて‥‥‥雷ぃ!」

 

直後。南方棲戦姫を巻き込み雷は魚雷もろとも自爆。漣の視界に真っ赤な炎が広がる。その中に、微かに大小二つの影が沈んでいくのが見えた。

 

「雷ぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 

その後。帰還した、失意に暮れた漣と吹雪を待っていたのは、歓声。国旗を振り、港を埋め尽くす程の人。人類の敵を撃ち破った英雄を称える観衆だった。

 

勿論、二人はそんな気分になれる筈もない。二人は殆んど何も出来なかった。南方棲戦姫に手も足も出なかったのだ。全ては、雷の犠牲があったから。親友を失った二人に、歓びなどある筈がなかった。

 

 

 

‥‥‥誰もが昔のような穏やかな海が戻ると思っていた。しかし、イ級は変わらず人を襲うし、漣と吹雪の出撃は減らない。寧ろ、以前よりも増えていく。

 

それから二ヶ月経ったある日。二人の所属する基地‥‥‥今でいう横須賀鎮守府‥‥‥にある報告が届いた。

 

「新たな敵‥‥‥?」

 

「うん、吹雪。人型‥‥‥なんだって。南方棲戦姫よりは小型らしいんだけど」

 

目撃者によれば、フードが付いた真っ黒なレインコートのようなものを着た、長く大きな尻尾の生えた、肌が真っ白な少女の姿だったそうだ。二人には直ぐに分かった。きっと、南方棲戦姫の同族だ。

 

「イ級が居なくならないのも、そいつのせいかな?」

 

「多分。‥‥‥行こう、吹雪。このままじゃ、雷が浮かばれないよ」

 

出撃命令が下り、その仮称『レ級』討伐に向かった二人。目撃された海域で『レ級』は二人を待っていた。そう、文字通り『待っていた』のだ。

 

 

 

「フタリトモ‥‥‥アイタカッタヨ‥‥‥」

 

 

 

瞬間、吹雪の右腕が吹き飛んだ。レ級が放った16inch三連装砲の一撃。

 

「逃げてっ!漣ちゃん、逃げて!!」

 

右肩を抑え苦悶の表情を見せながらも、漣の前に出てレ級の視界を阻む吹雪の姿。

 

「やだ‥‥‥嫌だよ‥‥‥吹雪‥‥‥」

 

また。また自分だけ助かるのか。また友を見捨てるのか。漣の視界は滲み、吹雪の後ろ姿が涙で歪む。

 

「いいからっ!早く逃げて!!」

 

震える左手で連装砲を撃ち、魚雷を放ち、レ級の意識を何とか自分に向けようとしている吹雪。レ級も漣が動く気配が無いのを見てか、吹雪に狙いを定めている。

 

「早くっ!!漣ちゃん!」

 

レ級の視界を塞ぐように、真っ直ぐ向かっていく吹雪に背を向け、泣きながら撤退する漣。

 

(ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥)

 

 

 

怖くて振り向く事も出来ず、只管走った。吹雪がどうなったのかは見ていないが、考えなくても分かる。

‥‥‥無理だ。例え漣に、レ級を倒せる力が有ったとしても、無理だ。見間違える筈はない。レ級‥‥‥あれは紛れもなく、雷だ。

 

 

 

基地に戻った漣は、司令官を問い詰めた。どうしてレ級‥‥‥雷が敵になっているのか。自分達‥‥‥艦娘とは一体何なのか。

 

「答えてっ!!レ級は雷なんでしょ!!ねえ、答えてっ!!」

 

当時の司令官は、漣に折れて答えてくれた。

南方棲戦姫‥‥‥それは、大本営が密かに進めてきた研究から生まれた。人の肉体に、軍艦の魂を宿し兵器とする研究。戦艦大和の魂を、ある女性に宿す事には成功。しかし、適正の無かったその女性は、実験の途中で拒絶反応を起し死亡。そのまま海に沈んでいった。そして、それは南方棲戦姫となった。大本営も、南方棲戦姫のその姿を見て直ぐに分かったらしい。人類の敵は、大本営が生み出したのだ。

 

司令官の話では、深海棲艦達は南方棲戦姫の元で力と知恵を付け、人類に攻撃するようになったのだろうという事だった。そして、人の肉体が軍艦の魂の闇に侵食されると自分達の王を造り出せる事に気付いたのだろう、と。

 

つまり、レ級は雷に間違いないのだと。

 

「そんな‥‥‥そんなのって‥‥‥」

 

その場にへたり込んで、涙を流す漣。

‥‥‥翌日、漣は帰らぬ人となった。自室で首を吊っているのが発見されたのだ。‥‥‥彼女には事実は余りに重すぎた。親友を失い、更にその親友と殺し合わなくてはならない。そして自分もいつか、その怪物になってしまうかも知れない。漣は‥‥‥耐えられなかった。

 

******

 

そして、現在。

 

「そうか。ありがとうな、妖精さんよ」

 

フーッ、と葉巻の煙を吐いた東郷。場所は、都内某所。先日引退した元艦娘の家。最古参の妖精さんの一人に、絶対に出所は言わないという約束で話を聞いていた所だ。

 

「さて、と。無理言って悪かったな」

 

東郷が立ち上がる。「あら、もうお帰りですか、大佐?」と、お茶を淹れ持ってきた女性が問う。

 

「ああ。退役したばっかりってのに邪魔して悪かった、足柄」

 

「‥‥‥もう『足柄』じゃありませんよ、東郷さん?」

 

ニコリと微笑んだ元、足柄。去っていく東郷の背中を見送りながら、妖精さんに語りかける。

 

「『あの話』、話したんですね?」

 

妖精さんが頷く。「東郷さん‥‥‥大丈夫かしら‥‥‥」と呟いた彼女。

 

「戦艦レ級‥‥‥あの子を倒したのも、もう10年以上前よね。武蔵さんもこの前轟沈したって聞いたし、残ってるのは今はもう私だけか‥‥‥」

 




足柄さん、貴女何歳ですか‥‥‥?
おや?誰か来たようです。

アレ?アナタハアシガ‥‥‥グシャッ

‥‥‥‥


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sentence16 誓い

比叡がやっと一歩。それから‥‥‥。

さてさて、本編へ。


「大本営が‥‥‥山本少佐、本気で言ってるんですか?」

 

明石が山本を睨んだ。当然の反応だ。妖精さん達と協力して艦娘を育て、深海棲艦と戦い、その艦娘の知識を世界に広め人類の反攻の急先鋒を担ってきた筈の大本営。その大本営こそが、今の深海棲艦を生み出した元凶だと言うのだから。

明石だって‥‥‥人類の為に戦う『正義』の大本営、それに賛同したからこそ、今ここにいるのだ。

 

「間違いない筈だ。艦娘は日本で最初に生まれた。そして、姫級や鬼級は艦娘が轟沈しなければ生まれない。‥‥‥最初に南方棲戦姫が生まれたんじゃなく、大本営が意図的に艦娘を轟沈させて南方棲戦姫を産み出した、と考えれば辻褄が合う」

 

「だからって!」

 

掴み掛かろうとして、明石はハッとして手を止めた。思い出したのだ。いつだったか武蔵と足柄が『漣‥‥‥辛かったのだろうな』『そうね。騙されていたのも同じだもの』と呟いていた事を。漣(二代目)は他の鎮守府所属だし、何か嘘を吹き込まれて辛い思いをしたのか?程度に思っていた話。だが、こうして山本の話の後によくよく考えてみれば『初代の漣が大本営に騙されていた』とも考えられる。初代の漣と言えば、当時の人類の宿敵、最初の南方棲戦姫を駆逐艦の身でありながら倒した英雄だ。武蔵も足柄も当時を知る人物。その漣が『騙されていた』というのなら、山本の説も急に説得力が沸いてくる。

 

「それなら‥‥‥そうだとしたら‥‥‥」

 

明石は振り上げた拳を下げ、その場に座り込んだ。他の面々も、何と言っていいのか分からない、困惑した様子。

 

「他のみんなには話さないでもらいたい。先ずは戦艦水鬼‥‥‥『金剛』を止める。事は、それからだ」

 

山本の膝に座っている電が、スカートの裾を強く握っている。比叡は動揺し目が游いでいる。大和と夕立は東郷から聞いているらしく、動揺はない。代わりに険しい表情だ。

 

「あの‥‥‥事、って?」

 

こんごうは大本営の事はよく分からない。どうやらこの鎮守府の上に当たる組織が焦臭い、程度には認識できるが。ただ、それなら気にはなる。『事を起こす』。嫌な予感がしてならないが、聞かない訳にはいかない。

 

「すまないな、こんごう。君の考えている通りだ」

 

こんごうの表情が固まる。それはつまり‥‥‥。

 

 

 

(大本営を倒す、って事?)

 

 

 

比叡の手を握った。比叡は此方に視線を向け、微かにその身体を震わせていたからだ。そのまま、落ち着かせようと後ろから手を回して抱き寄せた。

 

その二人から視線を外した山本が「それから、明石」と、鋭い視線。

明石も目は逸らさない。

 

「大丈夫ですよ、山本少佐。漏らしたりしません。ですが、約束してください‥‥‥必ず成し遂げる、と。他の全艦娘の為にも」

 

「手荒な真似をする訳じゃない。罪を認めさせるだけだ。深海棲艦、それと艦娘達が苦しむ原因を産み出した事を」

 

視線を外し、山本は天井を見上げた。まだ、証拠は足りない。恐らく時間は掛かるし、この鎮守府の艦娘達にも迷惑を掛けるかも知れない。それでも、大本営の非は問わねばならない。放置していれば、何時かまた過ちを犯すかも知れない。今度こそ、人類は滅びる可能性だってある。

 

「今日は一先ず‥‥‥解散なのです」

 

山本の膝に収まっていた電が立ち上り、扉の鍵を開けた。各々思う事はあるだろうが、部屋へと戻っていく。こんごうも比叡を支え戻ろうとしたが、山本に呼び止められた。

 

「こんごう、明日から他の駆逐艦達の訓練に混ざってくれないか?確かに君の装備の性能は目を見張るものがある。だが、君自身の練度はまだまだだ」

 

戦艦水鬼が山本、電、そしてこんごうを狙って来るのだとすれば、必ず砲雷撃戦になる。それは、避けられない。只でさえ比叡達に比べ装甲の薄いこんごう。相対した時に満足に動けないのでは、一方的にやられて沈むだけだ。比叡に、これ以上悲しい思いはさせたくない。こんごうは「わかりました」と決意の籠った返事を返す。

 

「それと、君の妖精を借りてもいいか?聞いておきたい事があってね」

 

こんごうの肩に乗っていた、『こんごう』妖精さんの一人がその場に残る。こんごう達、それと電が執務室を出た事を確認し、山本は椅子に腰掛ける。残ったのは『こんごう』妖精さんと二人だけ。山本は鋭い視線を向けた。

 

「言いたい事はわかるな?」

 

『こんごう』妖精さんがたじろぐ。ダラダラと冷や汗を流しながらも『何の事か分からない』とばかりに両手を広げてみせている。

 

「僕が気付かないと思ったのか?他でもない大切な君の事だぞ?」

 

『大切な君』という言葉に舞い上がってしまった。『こんごう』妖精さんはそれまで隠していた事を忘れ、ついつい口走ってしまった。

 

『テートクぅ!ワタシの事ちゃんと見ててくれてたんデスネ!!emotion!感激デース!やっぱりワタシのloveはテートクに届いて‥‥‥ハッ!?』

 

誘導尋問に引っ掛かった事に気付き、しまった、とばかりに口を手で抑え後ずさる『こんごう』妖精さん。山本は大きく溜め息をついて、逃げられないよう両手で捕まえ抱き上げた。

 

『誤解デス!今のは言葉のアヤって奴デース!』

 

「さて、何処から説明してもらおうか‥‥‥なあ、『金剛』?」

 

******

 

「比叡は‥‥‥比叡には‥‥‥」

 

比叡は自室のベッドにうつ伏せに横になり、枕に顔を埋めながら呟く。

 

「比叡には‥‥‥無理です‥‥‥」

 

やはり出来ない。深海棲艦とはいえ、他でもない金剛に砲を向けるなど。

 

「お姉さまを砲撃するなんて‥‥‥」

 

瞳がじんわりと滲んでくる。例え魂が抜けていたとしても、その姿は金剛。そんな戦艦水鬼を撃てるのか‥‥‥。そんな想いを巡らせていた比叡の手が、こんごうに強く確りと握られた。こんごうがそのままベッドに腰掛ける。

 

「ねえ、比叡。そうじゃ‥‥‥そうじゃない。あれは金剛さんじゃない。金剛さんの身体を無理矢理奪っている敵です。だから、金剛さんの肉体を静かに眠らせてあげないと」

 

比叡はゆっくりと顔をあげた。滲む視界には、優しく微笑むこんごう。

 

「それに、金剛さんは‥‥‥金剛さんの魂は、私の中に宿ってるんです。だから‥‥‥金剛さんは、ちゃんと貴女の傍にいるんです」

 

手を握り返し、比叡は身体を起こす。そうだ。そうだった。金剛の写し身、その魂を宿している、言わば生まれ変わりとも言える『こんごう』が居てくれる。比叡にとって、その身を懸けて守るべき人が。

 

「分かりました、こんごうさん。比叡は‥‥‥比叡は、きっとお姉さまの身体を深海棲艦から取り戻してみせます。それから‥‥‥こんごうさん、貴女を守ります。今度こそ、必ず」

 

決意を込め、比叡はこんごうを抱き締めた。今度は、今度こそ死なせない。今度は絶対に守ってみせる。こんごうと、こんごうに宿る艦娘『金剛』の魂を、必ず。

 

「こんごうさん‥‥‥」

 

比叡の唇が、こんごうの唇にゆっくり近づいていく。こんごうの方は瞳を閉じているので、それに全く気付いていない。

触れるまであと数センチ。ほんの、数センチという所で、ノック音と共に「失礼するぞ」という山本が扉を開いた。

それに驚いた比叡の顔がブレて、こんごうの頬に一瞬唇が触れた。

 

「‥‥‥比叡?今、何か‥‥‥」

 

キスされたという事に全く気付いていないこんごうは、瞳を開きキョトンとしている。一方の比叡は、こんごうを抱き締めキスしている場面を山本と『こんごう』妖精さんにバッチリ目撃されてしまい、全身茹で蛸のように真っ赤に染まって停止してしまっていた。

 

「‥‥‥あー、その、邪魔して悪かったな。僕はさっさと退散する事にする。『こんごう妖精さん』は確かに届けたからな。それじゃ」

 

バツが悪そうに撤退していった山本。目を合わせられず、呆然としていた比叡は暫くしてやっと我に返り、恥ずかし過ぎてこんごうから手を離し、ベッドに突っ伏し直した。

 

「比叡?大丈夫ですか?」

 

心配は嬉しいが、今は其れ処ではない。こんごうの顔をまともに見れない。きっと自分は、今情けない顔をしているに違いない。「大丈夫じゃないです‥‥‥」とだけ発し、比叡は現実逃避の為に寝てしまおうと瞳を閉じた。

 

******

 

そんな事のあった翌日の午後、訓練場。整列しているのは春雨や雷ら駆逐艦達とこんごう、それと、何故か夕立。

 

「夕立姉さんと一緒に訓練できるなんて‥‥‥凄く嬉しいです!」

 

嬉しそうな春雨を他所に、夕立本人は納得いっていない様子。別の鎮守府、しかも基礎訓練。疎かにしていいわけでは無いものの、今更な感は拭えない。

 

「‥‥‥どうしてアタシも参加っぽい?」

 

大本営から戻って来た、山本の隣に座る東郷に視線を向けた。夕立の表情には、明らかに不満が見えている。

 

その瞬間、夕立は後ろからポカッと頭を叩かれた。驚き叩かれた部分を抑え「叩くなんて酷いっぽい!」と抗議をして‥‥‥表情が凍った。

 

「不満そうね、夕立。基礎訓練は大切って教えた筈だけど?」

 

「あっ、あっ、あっ、足柄教官!?ごめんなさいっぽ‥‥‥ごめんなさいっ、じゃない、失礼しましたっ!」

 

「ぽい」と言い掛けたのを慌てて訂正。夕立の声には恐怖が滲んでいる。不気味な程の笑顔で立っていたのは足柄。いや、元・足柄。東郷の話を聞いた後に色々と考えた結果、付いてきたのだ。

 

「夕立‥‥‥ごめんなさい、で済んだら海軍は要らないのよ?」

 

ゴキっ、という音が響き、夕立がその場に倒れた。一瞬で何が起きたか分からなかったが、どうやら足柄が夕立に何かしたらしい。

 

「さて。これから暫く皆さんの訓練を担当します、足柄です‥‥‥いえ、引退したから元・足柄かしら。宜しくお願いしますね」

 

ニコリ、と微笑んだ元・足柄。えもいわれぬ恐ろしい程のオーラを纏っている。その足元に、完全に伸びて白目を剥いている夕立。あの夕立が瞬殺されるのを目の当たりにし、駆逐艦達が凍りついている。

 

 

 

『妖精になって本当に良かったデス‥‥‥。足柄教官の教導また受けるなんて冗談じゃ無いデース!』

 

その訓練を、山本の胸ポケットの中から顔だけを出して遠目に見ている妖精『金剛』。山本は東郷から足柄の事を、東郷の方は山本からこの金剛の事を先程各々聞いた所だ。

 

「おい、山本。それで?金剛の事は何時まで連中に黙ってる気だ?」

 

「時が来るまで、ですよ、大佐」

 

 

 

 




少しだけ短めでした。13話のフラグをここで回収。やっと妖精『金剛』が登場。構想段階では9話くらいで出る筈だったのに‥‥‥。

妖精『金剛』:艦娘『金剛』の記憶がある。魂をこんごうと一部共有している為、余りこんごうから離れる事ができない。正体はまだこんごう達には隠したまま。能力は
『こんごうの艤装を操作できる』『????の????????????????できる』
です。

元・足柄:鬼教官。駆逐艦がみんな若いのが憎い、とかでは決して無い。艤装無しとはいえ、夕立を一撃で倒せる程の実力者。日本の最古参の艦娘の一人。


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sentence17 Who am I?

17話。こんごうさん、悩む。
此処までで伏線は殆んど回収したかな?後は‥‥‥

本編へ。


 

その場にいるほぼ全員が疲れ切ってへたり込み、肩で息をしている。汗だくで立ち上がる事もままならず、中には地面に横になってしまっている者までいる。

 

「1日目だし、こんなものかしらね」

 

こんな事をさらっと漏らす足柄。彼女も周りの駆逐艦達と全く同じメニューをこなしていたにも関わらず、平然とした顔をしている。

 

足柄は周りを見回し、春雨に向かって真っ直ぐ歩いていく。地面に倒れ動けない様子の春雨を見下ろし、厳しい視線を向けた。

 

「夕立の妹‥‥‥だったわね。ハッキリ言って話にもならないわ。全然駄目。明日の朝から走り込みしなさい。それと、今日の内容の復習も、よ?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥はい、教官」

 

息も絶え絶え、やっとの事で返事をした春雨。足柄のその余りの言い種に辛くて涙を溜めていて、今にも泣きそうな表情をしている。

 

「それから、夕立」

 

そんな春雨をその場で見下ろしたまま、今度は夕立に声を掛けた足柄。「はい」と答えた、立って息を整えていた夕立の感情を逆撫でするような言葉を発した。

 

「戦艦水鬼との戦いで、万が一この子が沈むような事態になっても助けに行っちゃ駄目よ。その時は諦めなさい」

 

春雨の我慢が限界を迎え、涙が溢れ出す。それと同タイミングで激昂した夕立が物凄い剣幕で足柄に食って掛かる。

 

「幾ら教官でも言っていい事と悪い事があるっぽい!!取り消してっ!!」

 

今にも殴りかかろうとしている夕立を、こんごうが後ろから抑えた。「放してっ」と逃れようと藻掻く夕立は、近付いてきた足柄を怒りの籠った瞳で睨む。その夕立の左頬が、足柄の右掌に打たれた。

 

「自分の立場を弁えなさい、夕立。春雨が原因で貴女が沈むような事態になったら、それこそ万に一つかも知れない勝機が潰える事になるのよ?今や貴女は日本の駆逐艦のエースと言っても過言じゃ無いの。その貴女が沈むって事が他の艦娘達にどれ程影響するか理解しなさい」

 

夕立が拳を握り締め、奥歯を噛んで黙った。夕立にだって、『日本の駆逐艦最強』という自負はある。でなければ、あんな特攻紛いの突撃などしない。ただ、足柄の言うような事は考えもしなかった。もし自分が轟沈した時に周りが受ける影響。横須賀の連合艦隊が戦艦水鬼のイレギュラーにやられた、という事を聞いた時は確かに衝撃があった。しかしながら、それでも『自分なら』とか『大和と一緒なら負けない』という思いはある。ただ、それは自分が夕立だからだ。他の艦娘達‥‥‥特に駆逐艦の子達からしたら、あの武蔵や陸奥を擁した横須賀の第一艦隊で歯が立たなかった相手に萎縮してしまうのは当然。そこにもし夕立や大和まで轟沈させられた、という事態になれば、それこそ駆逐艦でなくても戦意喪失してしまうかも知れない。そうなれば、日本という国にとって危機だ。

 

「だからって!」と漸く言葉を絞りだした夕立を遮るように、足柄は続ける。

 

「みんなもいい?これは‥‥‥遊びじゃないのよ。戦艦水鬼との一戦には、この国の存亡が掛かってるって言ってもいい。だから‥‥‥打てる手は全て打つ。貴女達も、生き残りたいのなら必死に付いてきなさい。それが出来ないのなら、海軍を辞めて故郷に帰りなさい」

 

それだけ言い残し、足柄が戻っていく。こんごうが手を放すと、夕立は項垂れて「ごめん、春雨」とだけ呟いた。

 

「‥‥‥大丈夫です、夕立姉さん。私‥‥‥姉さんの足を引っ張りたくないですから」

 

涙で濡れた顔を手で拭って、春雨は立ち上がった。汚れを流そうと入渠に向かう辛そうな小さな背中を、夕立とこんごうはただ見つめる事しか出来なかった。

 

******

 

一方。此方も足柄にしごかれて、電は部屋のベッドで仮眠中。そこにソロリ、ソロリ、と近付く小さな影。

 

(Targetロックオンデース)

 

小さな身体は、隠密行動にうってつけ。金剛は電に気付かれる事無くベッドによじ登る。

 

(電ばっかりズルいネ!ワタシもテートクから指輪欲しいデース!)

 

目標、電の右手薬指。そこに嵌まった指輪だ。

 

(嵌められなくても、首から提げればOKネ!)

 

電の右手の掌の前まで来た金剛だが、ふとある事に気が付いた。ケッコンカッコカリの指輪は、左手の薬指に嵌めるものだ。にも関わらず、電は右手に嵌めている。これは、どういう事なのか。

 

(Why?そういえばどうして右手なんでしょうネ?)

 

近くでマジマジと指輪を見つめてみて、気付いた。電がしている指輪は‥‥‥艦娘の装備品では無かったのだ。

 

(What!?コレは‥‥‥!!)

 

指輪に手を掛けた所で、ガチャリ、と扉が開いた。慌てて両手を引っ込め恨めしそうに指輪を見つめた金剛に声を掛けたのは、雷だ。

 

「あれ?こんごうさんの妖精さん?こんな所で何してるの?」

 

『なっ‥‥‥何でもないデース!電の様子を見に来ただけネー!』

 

「ふーん‥‥‥」と怪しむ視線の雷から逃げるように部屋から退散。金剛は仕方無くこんごうの所へ戻ろうと歩く。

 

(テートクぅ‥‥‥電にengagement ringなんて聞いてないデース‥‥‥)

 

ガックリと肩を落とし、トボトボと歩く金剛。何処か締まりが無いように見えてしまうのは、彼女が二頭身の妖精の姿だからだろうか。

 

「金剛、いいかしら?」

 

突然後ろから声をかけられた。『What?』と項垂れたまま振り向くと、そこに立っていたのは足柄。

 

『テートクから聞いたんデスか?』

 

「あの子‥‥‥『こんごう』って何なの?」

 

表情を引き締め直した金剛が、足柄の肩に乗る。話し難い事だし、周りに聞かれるのは余り良くないと判断し、足柄が間借りした部屋へと移動。

 

『あの子‥‥‥こんごうは‥‥‥』

 

金剛は数日前の事を話した。比叡達を助ける為に自身が轟沈したこと。その際に金剛の肉体は軍艦の魂に侵され深海棲艦化してしまった事。それと、最後の力で温かい光に縋りついた事。

 

「それ、本当なの?」

 

『こんごうは何も覚えてないデース。互いの魂がfusionした時に彼女のmemoryがresetされたんだと思いマス』

 

足柄は、耳を疑った。金剛が最後に縋った光は‥‥‥初代の漣の魂だったというのだ。

つまり、日本最初の艦娘『駆逐艦 漣』の魂と『高速戦艦 金剛』の魂が混ざって生まれたのが『護衛艦こんごう』だと。

 

「だから、こんごうは駆逐艦?」

 

『Yes。ワタシの意思を尊重してくれて、姿は譲ってくれまシタ。but、どうしてこんなequipmentなのかは分かりまセンネ‥‥‥‥‥‥聞かれましたネ』

 

金剛が扉の方に目を向けた。足柄が立ち上がって扉を開けると、逃げるように走り去っていく後ろ姿。間違いなく、こんごうだった。

 

『‥‥‥problemが増えたデース』

 

******

 

(漣?サザナミって誰?)

 

勢いでついつい逃げてしまった。金剛は何となく分かるが、降って湧いたような『漣』という人物の名。戸惑うのも無理はない。

 

(どうして‥‥‥どうして言ってくれなかったの?‥‥‥金剛さん)

 

他の子とは違ってはいるものの、『金剛』の事も妖精さんだとばかり思っていた。どうして今まで、いや、今なお、こんごうに打ち明けてくれないのか。そんな思いばかりが頭を巡る。

 

(‥‥‥そうだ、もう一人の妖精さんに聞けば、教えてくれるかも)

 

妖精『金剛』とは別の、もう一人の『こんごう』妖精さん。彼女なら、きっと詳しく教えてくれる。そう思い走る。扉を開き、階段を下りて、四番ドックへ。

 

結論から言えば、もう一人の『こんごう』妖精さんは何も知らなかった。金剛の言った通り、やはり融合時に記憶が失われたのだろうか。

 

その『こんごう』妖精さんと一時別れ、トボトボと脱力して歩く。

熱帯魚の水槽の並んだ部屋の前まで戻ると、人の気配。どうやら中にいるのは足柄と金剛、それと明石。足柄達とは今は顔を会わせ難いこんごうは、部屋の外から暫く様子を伺う。声だけが聞こえてくる‥‥‥。

 

「足柄さん、あんな言い方しちゃって良かったんですか?あれじゃ足柄さんが悪人ですよ?」

 

「春雨の事?‥‥‥仕方無いわ。今、夕立を失う訳にはいかない。それに‥‥‥いざって時は私が助けに入る。命に代えても、ね」

 

昼間に話していた時と、若干だがニュアンスが違う。目的の為なら切り捨てろ、と言っていたのかと思っていたが、どうも違うようだ。

 

『教官‥‥‥春雨の事、本当はどう思ってるデスか?』

 

「そうね‥‥‥悪くない。少なくとも私よりは才能有るんじゃないかしら。まあ、本人のやる気次第だけどね」

 

‥‥‥昼間のあれは、足柄なりのエールだったというのか。何という回りくどい言い回しか。思わず部屋に入って声を掛けようとしたが、金剛とどう話していいか戸惑い、結局その場を離れドックの方へと戻る。確か、一番ドックから海へと出られた筈。海面からぐるりと回って、表から戻ればいい。

 

海を回り、浜に出た。深海棲艦が現れる前ならば、夏になれば海水浴客で溢れていたであろう砂浜。

その浜の上、道路と防波堤の間に設置されている小さな駐車場。そこに置かれたベンチに座り、今は穏やかな海を眺める。

 

『やっと追い付いたネ』

 

眺め、暫し経った頃。道路沿いにトコトコと近付いて来たのは、妖精金剛。鎮守府を抜けて此処まで歩いてきたようだ。

 

『言わなかった事は謝りマス。ワタシも自分の記憶に気付いたばかりネ。電と大和とmeasurementした後‥‥‥丁度こんごうがワタシの記憶を覗いた後デス』

 

「教えて、金剛さん。私は‥‥‥何なの?」

 

潤む瞳を向けた。金剛は柔らかな笑みを見せ、こんごうの膝に座る。

 

『元はワタシと漣かも知れまセンが‥‥‥こんごうはこんごうデース』

 

金剛の話は分かるようで分からなかった。そもそも『魂が融合して一人の人間を形成している』という事自体謎だし、妖精『金剛』がこんごうの魂の延長でこんごうの一部、という話もピンと来ない。

 

『気にする必要無いネ。『こんごう』はこんごうで、一人の人間デス。それだけ有れば充分デース』

 

「私は、私‥‥‥?」

 

『Yes!』と振り向きサムズアップした金剛に、こんごうは微かに微笑む。自分の一部に慰められるというのも不思議な感じだが、少しは気が楽になった。自分は自分。それでいいんだ、と。

 

『それと、比叡にはまだSecretでお願いするヨ。貞操の危機を感じマス』

 

比叡が放送出来ないようなニヤけ顔で妖精『金剛』に襲いかかる場面を想像できてしまい、クスッと思わず吹き出したこんごう。「はい、金剛さん」と今度は間違いなく笑みで答え、膝の上の金剛を抱き上げた。

 

 




足柄さん、今は悪役に徹するようです。全ては全員を生還させる為。とはいえ、春雨ちゃんにはちょっと辛かったようです。

これで山本を諦める金剛さんではない‥‥‥

あ、これ漣フラグじゃんよ‥‥‥

******
注意:以下のコーナーのみ作者の気紛れです。思い付きです。会話形式です。キャラ崩壊、クロス有りです。これ一回限りのコーナーです。ご注意ください。

***頑張れ古鷹さん***
ロシア:ウラジオストクにて

A「だりィ」

古鷹「提督、仕事してくださいよ」

A「ア゛ァ?お前オレの秘書艦だろうがァ。代わりにやっとけェ」

古鷹「駄目です。ロシア政府からも大本営からも提督を監視、仕事させるよう命じられてますから」

A「面倒くせェ」

古鷹「はぁ‥‥‥私だってロシア出張なんて本当は‥‥‥」

A「‥‥‥分かってますゥ。やってやるからその書類早く渡しやがれ」

古鷹「そうそう、手紙が来てましたよ?」

A「手紙だァ?」

古鷹「はい。ドイツからですね。差出人は‥‥‥あっ」察し

A「オォ、同志からじゃねェか」←差出人:ながもん

A「ア゛ァ!?何なんですか何なんですかァ!?」

古鷹「提督、どうかしましたか?‥‥‥って、何してるんですか?その『なのです掛け軸』どうして外してるんですか?あんなに大切にしてたじゃないですか」

A「もう必要ねェ。お前にやるわ‥‥‥電ちゃンのファン辞めるわ‥‥‥18なンだよ」

古鷹「え?」

A「同志の情報によるとなァ、電ちゃンは18なンだよ‥‥‥13歳以上はなァ、ババァなンだよォ!」

古鷹「‥‥‥はぁ」

A「‥‥‥手紙によるとなァ、雷ちゃンは11なンだと。雷ちゃンが11‥‥‥クカカッ、イィねェイィねェ、最ッ高ォだねェ!」

古鷹「‥‥‥相変わらず揺るぎないロリコンですね」

A「古鷹、日本行くぞ」

古鷹「一応聞きますね、どうしてですか?」

A「決まってンだろゥがよォ。雷ちゃンに会いにだ。オレは雷ちゃンと会える、お前は青葉と再会出来る。win-winじゃねェか」ドヤア

古鷹「青葉と再会‥‥‥‥‥‥駄目に決まってるでしょう」←少し悩んだ

A「チッ‥‥‥っと、仕事だ。北方棲姫が現れた。古鷹、やる事は分かるな?」

古鷹「はい、提督。‥‥‥今回も提督も出るのですね?」

A「ア゛ァ?当然だろうが。前線に出ねェと最適な指揮なんざ出来ねェだろ‥‥‥期待してんぞ、秘書艦」

古鷹「勿論です。私も、信頼していますよ、提督?」←Aとケッコンカッコカリ済み、レベル155、改二













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sentence18 交錯

18話です。やっと終わりが見えてきました。今回は各々の思いが交錯します。


 

「ただいま」

 

帰ってくるなりポスン、とベッドに腰掛けたのは雷。電と春雨が「おかえりなさいなのです」「おかえりなさい」と笑顔で返してくれている。

 

「あれ?電、今日はお仕事は?」

 

「今日はお休みを貰ったのです」

 

どうやら今日は秘書艦の仕事は休みらしい。という事は秘書艦代理で青葉が働いているという事か。

よく見れば電の額には冷却シートが貼られている。風邪、だろうか?

 

「電、風邪?駄目じゃない!ちゃんと寝てなさいよ。やる事あるなら私がやっといてあげるから。春雨も止めなきゃ駄目じゃないの!」

 

電はテーブルに書類を広げて作業をしていた。熱があるならそんな事をしないで寝ておくべきだ‥‥‥と思ったのだが、そうではないらしい。

 

「違うのです。ちょっと疲れたのでクールダウンしていたのです」

 

よくよく書類を見てみると‥‥‥数学の公式が並んでいる。状況から察するに、電が春雨の勉強を見ていたようだ。にしても、電も春雨も勉強は苦手だった、と記憶していた筈だが‥‥‥。

 

「‥‥‥なーんだ、そういう事ね。私が見てあげてもいいのよ?」

 

雷は勉強はそこそこ出来た方だ。成績もクラスでも1、2を争うくらいだった。そのせいもあってか、こんな発言をしているのだが‥‥‥そこはまだ11歳。

 

「小学生にはまだ無理なのです‥‥‥」

 

内容は高校レベル。当然雷に解ける筈がない。「大丈夫よ!見せてみて!」としゃしゃり出てはみたものの、内容を確認した雷から表情が消えた。

 

「やっ、やっぱりこういうのは自分で解かないと駄目よね。けど、どうしてもって時は頼ってくれてもいいのよ?」

 

挙動不審気味に、声を上擦らせながらの雷。どうしても見栄だけは張りたいらしい。電も春雨もそんな雷の事は心得ているので、プライドを傷つけないよう「じゃあ、どうしてもの時はお願いするのです」とニコリと微笑む。

 

「じゃあ、私は司令官に報告してくるから」

 

雷は逃げるように部屋から出て、山本の所にに何時ものように報告に向かう。

2ヶ月に一度、雷はカウンセリングを受けている。理由は、悩みがあるとか心に傷を負ったとかではない。『駆逐艦雷』の名が英雄だからに他ならない。

勿論、漣や吹雪も同様にカウンセリングを受けている。その英雄の名を受け継いだ重圧に耐えられなくなっていないか、また、その兆候が表れていないか、を確認するためだ。この制度が始まった切っ掛けは、雷の二代目が重圧でおかしくなってしまったせいだ。

 

勿論、今の3人にその兆候は無い。三者三様に楽観的なのが幸いしている。

それに、吹雪も漣ももうベテランだ。

 

(別にカウンセリングなんて要らないのに)

 

そんな事を考えながら雷が歩いていると、こんごうが妖精さん(金剛)を肩に乗せて向こうから歩いてくるのが見えた。

 

「あ、こんごうさん‥‥‥と妖精さん」

 

「おかえりなさい、雷ちゃん」

 

頚を少し傾げ微笑むこんごう。それと、もうすっかりお馴染みとなった『雷、お帰りなさいデース』という金剛訛りの妖精『金剛』。

 

「あのさ、前から思ってたんだけど、どうして妖精さんは金剛さんの喋り方してるの?」

 

明らかに狼狽、ビクッとして表情を引き攣らせている妖精『金剛』の様子に、雷は眉をひそめた。流石におかしいと思う。肩に乗る妖精『金剛』は二頭身の妖精の姿ながら、その顔や髪形は金剛のそれだ。元々こんごうの艦装の妖精だし、姿がこんごうに似ていても最早不思議でも何でもない。実際、艦娘に似ている妖精さんは結構居たりする。しかしながら、だ。声まで同じ、しかも喋り型が金剛となると俄然怪しくもなってくる。本人なのだから当たり前だが、そのリアクショク一つ一つを取っても、まるで金剛の生き写しのようなのだ。

 

『Probably、気のせいデース』

 

所々に英単語を挟んでくるのも、だ。これで気にならない人物が居るのならその人は余程の鈍感、又は余程の無関心だろう。

 

「‥‥‥こんごうさん?」

 

雷の手が、思わずこんごうの右手を掴んだ。一瞬ビクッと身体を震わせたこんごう。視線は雷に向いてはいるものの、焦点が合っていない。何か考えを巡らせているのだろうか?

 

「こんごうさん?ねえ?」

 

「‥‥‥はいっ、雷ちゃん」

 

やっと我に返ったらしいこんごう。雷は小さく溜め息をつき、「まあ、いっか」と流す事にした。どうせ二人に言っても「気のせい」と同じ答えが帰ってくるに決まっているし、何よりさっさと報告を終えてゆっくりしたい。電や春雨もそうだが、今日は雷も休みなのだ。足柄の地獄のような訓練も休みだし、カウンセリングさえ無ければ1日のんびりできる筈だった。

 

「それじゃ、またね、こんごうさん‥‥‥と妖精さん」

 

「はい」と手を振り応えたこんごうと、今度はボロを出さないようにと冷や汗混じりながらサムズアップの金剛。雷も引っ掛かりはするものの、早く休みたい一心でその場を後にした。

 

******

 

『何かありまシタか?』

 

浮かない表情をしているこんごうを、肩に乗ったまま金剛が覗き込む。

こんごうが考えていたのは、雷の事だった。前に握手した時はそんな事も無かったのだが、さっき触れられた時は確かに違和感というか、感じた。そう、悲しさや苦しさの類いの何かを。

 

「金剛さん、雷ちゃんと金剛さんって、昔何かあったんですか?」

 

『仲は良かったデス。そうですネ‥‥‥may be、初代の漣と雷の関係だと思いマス』

 

当時、幼いながらも金剛も母親に抱かれ、観衆と共に国旗を振って吹雪や漣を出迎えたのが朧気ながら記憶にある。南方棲戦姫との決戦で雷が命を落とした事も微かに記憶に残ってもいる。恐らくは、その初代の雷に対する漣の魂の記憶に触れたのだろう。

 

「漣‥‥‥の‥‥‥」

 

そこまで口にしてこんごうが黙ってしまったので、金剛もそれ以上は話さない。二人は無言のまま歩き、部屋の扉を開けた。

 

「やあ、こんごう。お邪魔してるよ」

 

「おかえりなさい、こんごうさん」という比叡の隣にグラーフが座っていた。金剛のイギリス時代の昔話でもしていたのだろう。部屋には紅茶の匂いが充満している。どうやらグラーフが淹れたらしい。

 

「こんにちは、グラーフ。私にも戴けますか?」

 

「ああ。構わない」とグラーフが紅茶を手慣れた様子で注ぐ。イギリスに滞在していた時に金剛に教わったのだそうだ。クスッと笑ったグラーフの視線がこんごう達に向く。

 

グラーフがカップを二つ用意。一つはこんごう用。もう一つは小さめの、妖精『金剛』用だ。各々に紅茶を注ぎ、手渡してくれた。

 

「どうかな?君に教わってから色々と勉強したんだ。上手く淹れられているだろうか?」

 

こんごうはそのグラーフの言葉に直ぐに違和感を覚えた。視線は間違いなく此方に向いている。ただ、こんごう自身は紅茶を淹れるのは初心者。‥‥‥気付いて金剛に合図を送るのがほんの少しだけ遅れた。

 

『上手く出来てマス!』と笑う金剛に、グラーフが畳み掛けて来た。こんごうが発言する隙は無かった。

 

「そうだろう?まあ、キミにはまだまだ及ばないけどね。なぁ?ナツミ」

 

『そんな事無いネ!グラーフのTeaもgoodデース!』

 

ほんの一瞬、場が固まった。一人気付けていない金剛が『What?』と発言したのと同時、比叡が涙で顔を台無しにしながら飛び付いて来た。

 

「お姉さまっ!!!」

 

こんごうごとベッドへと押し倒し、見事金剛をキャッチした比叡。泣きじゃくり「お姉さま、お姉さま‥‥‥」と金剛を頬擦りしている。金剛の方は苦しそうではあるものの、満更でもない表情。ただ、黙っていた事の罪悪感も同時に見てとれる。

 

こんごうへの想いから冷静に見れていなかった比叡とは違い、グラーフは金剛に気付いていた。ただ、確証が無かった為に今回のような事をしたのだそうだ。

 

「ナツミよ、私は良いとしても比叡には伝えるべきだろう?どうして黙っていたんだ?」

 

比叡に抱えられ全力でモフモフされている真っ最中の金剛。グラーフに答えようとしてはいるものの、比叡の頬が邪魔で『比え、わぷっ、ちょっ、はむっ』と喋れない。その様が更に比叡を刺激したらしく、全力モフモフは余計に悪化。

 

「お姉さま、前から思ってたんですけど、妖精さんの身体ってどうなってるんですか?」

 

暴走する、危険な目に変わった比叡の指が、金剛の服を掴み引っ張り脱がそうとする。『Noぉぉ!比叡、ヒェェ~~!』と叫び比叡の手から抜けようと藻掻く金剛。

様子を見兼ねたグラーフが、比叡の口にスコーンを突っ込んだ。

「もがっ‥‥‥」という言葉を残し、比叡が白目を剥いて動かなくなった。スコーンは比叡が作ったもの。相変わらずの破壊力だ。もう比叡の手料理を兵器に使った方が早いかも知れないくらい。どうやらグラーフも同じ事を考えたらしく、「アカシに頼めば‥‥‥いや、しかし‥‥‥」と呟きが聞こえる。

 

『Thanks、グラーフ。貞操の危機デシタ‥‥‥』

 

疲れきった様子で肩で息をする金剛。彼女が比叡に教えなかった理由は二つ。一つはこうして貞操の危機に瀕する可能性があったから。勿論、これはメインの理由ではなく、もう一つの方が問題だった。

妖精『金剛』としての自分は、果たして安定して存在できるのかどうか。これに尽きた。こんごうの魂の一部、『金剛だった部分』を共有させてもらうという、何とも曖昧な存在。この状態がずっと続けられるのか自信が無かったからだ。仮に今の自分が一時的な存在だったとしたら、比叡にぬか喜びさせる事になってしまう。それならいっそのこと、と思っての事だった。

 

『but‥‥‥知られたものは仕方無いデス』

 

今はもう開き直るしかない。妖精『金剛』としての自分が不安定でない事を祈るのみだ。

 

「成る程。やはり、キミは‥‥‥」

 

真意を知って、漸くグラーフが穏やかな顔に戻った。三人は比叡が目覚めるまでの間、暫し紅茶を嗜む。勿論、請けはスコーンではなく、部屋に常備してあるクッキー。

 

******

 

雷が報告から戻ってきたのと入れ換えで、執務室へと向かう電。手には珈琲と御菓子、それとカップが三つ。山本と青葉の仕事休めにと思っての行動。確かに電は秘書艦ではあるが、これは仕事のカテゴリには入らない、少なくとも電本人はそう思っている。

 

扉の前に着き、ノックをしようと左手を挙げた電の耳に話し声が聞こえてきて、手を止めた。

 

(あれ?青葉さんじゃないのです‥‥‥?)

 

てっきり青葉が代理で仕事しているかと思っていたが、中から聞こえてきたのは大和の声。どうやら仕事を手伝わせてしまっているようだ。(申し訳ないのです)と扉の取っ手に手を掛けた所で、電は停止した。

 

『大和、本当にそれでいいのか?』

 

『ええ。私はそれで充分です』

 

聞かない方が良さそうな口調の、中の二人。(出直して来るのです)とクルリと回れ右をした電の後ろから、大和の声が聞こえた。

 

『私は‥‥‥お二人の幸せを見守れるなら、それで‥‥‥』

 

思わずその場で停止した電(何の‥‥‥事なのです?)と、物音を立てないようそっと聞耳をたてた。山本の言葉は聞き取れなかったが、その後の大和の言葉はハッキリと聞こえた。

 

『はい。お慕い申しています‥‥‥心から』

 

その言葉の余りの衝撃に、電は思わずカップと珈琲を落としそうになった。何とか持ち堪えはしたものの、音を出しては不味いからとそっと床にトレンチを置いて、自分はその場にしゃがみ込んだ。

 

(大和さんが十三さんを?どういう事なのです‥‥‥?)

 

真実を確かめようと扉に耳を当ててみる。向こう側の会話に神経を集中させた電の耳には、聞きたくない言葉が聞こえてしまった。

 

『大和、君は‥‥‥』

 

『十三さん、今は誰も居ないのですし、昔と同じようにミユキ、と呼んで頂いて構いません。こうしてお話できただけでも気は楽になりました』

 

『だがな‥‥‥いや、僕でよければ――――――』

 

電は思わず立ちあがり、その場から逃げるように走っていた。『僕でよければ』の先までは聞き取れなかったが‥‥‥いや、聞きたくなくて逃げ出した。

 

(そんな‥‥‥そんなの‥‥‥イヤ‥‥‥嫌なのです‥‥‥)

 

流れる涙を拭こうともせず、そのまま上の階へと真っ直ぐ走った。扉を開き、屋上へと出て、手摺の前で崩れるようにしゃがみ込んだ。

 

(知らなかったのです‥‥‥大和さんと十三さんがそんな仲だったなんて‥‥‥)

 

今の自分を誰かに見られたくない。顔を両手で覆い、電は声を殺して泣く。辛い、悲しい。壊れそうなくらい辛い。いっそのこと、海に沈んでしまいたい。

 

(嫌‥‥‥嫌なのです‥‥‥十三さん‥‥‥)

 

そんな電の気持ちなどお構い無しに、警報が鳴り響いた。そうして‥‥‥決戦の時は訪れる。

 




忘れていましたが、比叡は金剛LOVEです。こんごうさんの時も胸に頬擦りしてるくらいですので、手乗り金剛さん相手ならやりたい放題‥‥‥

那珂「みんなー!昨日はお祝いありがとー!那珂ちゃんはみんなのお陰で無事16歳の誕生日(進水日)を迎えられましたー!‥‥‥え?91歳?那珂ちゃんには何の事かゼンゼン分かんないよー!」テヘ



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sentence19 決戦

少し短いですが、19話です。金剛の亡霊との決戦開始。あと少しですね。


 

「電ちゃん!!」

 

呼ばれた事に気付いて顔をあげる電。瞬間、鳴り響く轟音と視界を覆う火柱。何時かの‥‥‥金剛を失った日の事がフラッシュバックする。その直後、何かが電にぶつかってきて、一緒に大きく後方へと吹き飛ばされた。

 

「痛っ‥‥‥こんごうさん!確りするのです、こんごうさんっ!」

 

海上に仰向けに倒れた電の膝の上に、こんごうがうつ伏せに倒れていた。幸い、電の魚雷に体が引っ掛かり、こんごうは上半身の胸の辺りから上が水面に出ていて沈まずに済んでいる‥‥‥完全に浮力を失っていた。

 

呼び掛けるものの、こんごうからは返事はおろか反応すらない。グッタリとしたままピクリとも動かない。

 

「こんごうさん‥‥‥?」

 

兎に角水面から上へ引き上げようと、殆んど艤装の残っていないこんごうの背中に手を回した電の両掌には、ベットリとした嫌な感触。恐る恐る右掌を見てみた電の瞳に映ったのは、手一杯に付着したどす黒い赤い液体‥‥‥血だ。

 

「嘘‥‥‥なのです‥‥‥こんごうさん?」

 

回らない頭をやっとの事で落ち着ける。電は‥‥‥庇われたのだ。こんごうに、文字通り身を呈して。

 

「嫌なのです‥‥‥こんごうさん‥‥‥イヤぁぁぁぁあっ!!」

 

************

 

その少しだけ前の事。集められた鎮守府内の全艦娘。重い表情の山本の口から、その時が来た事が告げられる。

 

「よく聞いてくれ。戦艦水鬼のイレギュラー‥‥‥奴が現れた。今回は単艦ではない。艦隊を組んでいる。時間がないので簡潔に伝える」

 

大きめのホワイトボードに、現れた深海棲艦が書かれていく。その名が書かれる程に、全員の表情に驚きと焦りが見え、まだ練度の低い駆逐艦達には絶望にも似た表情が見れる。

 

戦艦水鬼のイレギュラー、それとは別の戦艦水鬼。それから、戦艦レ級、重巡棲姫。

それらを囲むように雷巡チ級2体とイ級が4体の計10艦。それが二艦隊に分れ此方に向かっている。

 

「詳細を送ってくれた青葉の偵察機からの通信が途絶えた。撃墜されたものと判断する。迎撃には二艦隊‥‥‥12名での連合艦隊で挑む」

 

第一艦隊、旗艦大和、夕立、電、グラーフ、比叡、こんごう。

第二艦隊、旗艦赤城、足柄、青葉、雷、那珂、それと、春雨。

 

「戦艦水鬼のイレギュラー‥‥‥便宜上ghostと呼称するものとする。第一艦隊はghostの艦隊を、第二艦隊は戦艦水鬼の艦隊を頼む。近隣の鎮守府に応援を依頼してあるが、支援艦隊が到着するまでは此方で持ちこたえるしかない」

 

これは、足柄と山本が話し合った結果だ。春雨は兎も角、他の駆逐艦は足手纏いになるだけ。轟沈の危険が大の為待機。横須賀の第一艦隊すら敵わなかった戦艦水鬼のイレギュラーには主力をぶつける。第二艦隊には足柄が加わる事で戦力をカバー。既に足柄の艤装は納入済みだ。

 

「みんないいか、この戦いには日本の未来が掛かっている。此処で負けるような事が有れば、今後日本には反攻のチャンスは殆んど残されないかも知れない。大和、夕立、分かっているな?」

 

振られた意味を理解している大和、夕立両名が強く頷いた。既に武蔵、陸奥を失っている海軍において、更に夕立、大和を失えばその戦力は大きく傾く。勿論、高速戦艦の金剛型二番艦の比叡、足柄、こんごう、とこの先の対深海棲艦戦略に於いて重要な意味を持つ艦娘達も失う訳にはいかない。

 

「二人だけじゃない。全員生きて帰ってくる事。ghost率いる敵艦隊を撃退、出来るなら殲滅する事。目標はこの二つだ。いいな?」

 

その場の全員が頷き、解散。幼い駆逐艦達は自室へと戻り、出撃予定の12人はドックへ。

 

「出来るだけの事はしました。皆さん、必ず戻って来てください」と言う明石から各々装備を受け取り、一番ドックから海面へと出た。

 

まだ敵艦隊は遠いが、このまま待機しても15分で会敵する距離。12人は二艦隊に別れ、ゆっくりと前進していく。

 

『こんごう』

 

「はい、敵艦隊は此方に向けて‥‥‥あれっ?」

 

山本からの通信に答えたこんごうは、直ぐに違和感に気付いた。レーダー上の10人の艦隊の筈の敵影が、9人分しかない。

 

『どうした、こんごう?』

 

何か嫌な予感を感じたのか、グラーフも通信を入れてきた。戸惑いつつも、こんごうは現状を伝える。

 

「あの‥‥‥敵影が9しかなくて‥‥‥」

 

途中で撤退したのか、それとも別動隊なのか。何れにしても用心しなくてはならない。少し悩んだであろう山本から、グラーフと赤城へ発艦指示が出された。グラーフの甲板からJu87C改が発艦、同時に赤城が放った弓から彗星一二型甲が次々と飛び立っていく。

だが、赤城もグラーフも顔を顰めた。理由はひとつだ。グラーフの山本への『妙だ、Admiral。此方の艦載機と全く通信が繋がらない』という通信が、この後訪れる苦境の前触れだった。

 

突然、上空で爆発。音の方に顔を向けたグラーフと赤城。二人が見たものは‥‥‥此方の艦載機が撃墜され、瞬く間にその数を減らしていっている光景。それも、何処かで見たような‥‥‥。

 

『赤城っ、グラーフっ!艦載機を戻すデース!‥‥‥対空ミサイルデース!!』

 

現状を真っ先に理解した金剛が叫ぶ。山本達が思っていたよりも事態は重かったのだ。

 

慌てて構えたグラーフ達の正面、まだ遠くはあるが、10機程の何かが近付いてくる。敵艦載機‥‥‥ではない。敵からの対艦ミサイルだ。

 

『Shit!最悪デース‥‥‥こんごうっ!』

 

金剛が舌打ち混じりに叫んだ‥‥‥こんごうの艤装のハッチが開き、同数のミサイルが放たれた。恐らくは相手側のそれも自動追尾してくる。それなら、撃墜するしかない。

丁度中間地点でぶつかり、両ミサイルが爆発。呆気に取られた一同の隙を突くかのように、声をあげる事も出来ずに何かに那珂が殴り飛ばされ、海面を大きく転がる。殴り飛ばした物体は戦艦水鬼『金剛』の尻尾だった。

 

「本当に戦艦水鬼!?速すぎるっぽい!」

 

気付いて振り向いた夕立の目前には、既に対艦ミサイル。慌てて左に転がりながら避けるが、やはり向きを変えて追ってきた。

咄嗟に魚雷を手にした夕立が、ギリギリの距離でミサイルに魚雷を投げつけた。直撃は免れたが、夕立自身は爆風で大きく後方へと飛ばされる。追撃ちをかけようとした戦艦水鬼『金剛』に向け、大和が砲撃。避けられるが後方に下がってくれたお陰で夕立と那珂を回収する隙が出来た。

電が夕立を、青葉が那珂を各々助けに走っている間、足柄と大和が戦艦水鬼『金剛』と対峙し時間を稼ぐ。今度は艤装の20inch連装砲を嵐のように放ってくる戦艦水鬼『金剛』。その名の通り鬼のような強さだ。

 

「不味いです!敵艦隊、会敵します!‥‥‥え?」

 

レーダーを確認していたこんごうの表情が固まった。他の敵9隻に関しては確かに映っているのだが、肝心の戦艦水鬼『金剛』の姿はレーダー上の何処にもない。確かに目の前にいるのに、だ。

 

レーダーに映らず、艦載機の通信を妨害。誘導ミサイルと対空ミサイル、それに戦艦水鬼そのものの耐久力、砲撃力。更には戦艦にあるまじきスピード。成る程、横須賀の艦隊がやられた理由が分かる。チートもいいところだ。言わば『こんごうと大和』の完全上位互換。文字通り化け物だ。

 

「陣形を戻しなさいっ!予定通り二手に別れて叩くわよっ!青葉!那珂っ!」

 

浮き足立っていた11人を、足柄が叱責。落ち着きを少しだけ取り戻し、艦隊が二手に別れた。足柄達は向かってくる戦艦水鬼とレ級の方へ。大和達はそのまま戦艦水鬼『金剛』と、合流した重巡棲姫と対峙。

 

「電ちゃんと比叡さん、グラーフさんは重巡棲姫を、私とこんごうさん、夕立でghostを叩きます!」

 

大和の指示が飛ぶ。比叡とグラーフが重巡棲姫を挟撃できる位置へと走り、大和自身も夕立と連係を取りながら海面を走る。

 

******

 

『この戦いが終わったら、話したい事がある』

 

電は、出撃前の山本の言葉を思い出していた。あったのは、嬉しさではなく恐怖。別れ話を切り出されるかも知れないという、怖さだ。

連装高角砲を構えつつも、心の中ではその思いが渦巻く。指示する大和の声を聞いてしまってからは尚更だ。

山本の事は好きだ。大和の事も、友人としては好き。ただ‥‥‥二人が付き合うとなると、電の心はキリキリと痛む。

 

(やっぱり‥‥‥電みたいなお子様よりも大和さんみたいな大人の方が‥‥‥いいのですか?)

 

今は戦闘の真っ最中だ。別の事に意識を割いていい筈がないし、電だって過去一度もそんな事は無かった。だが、今は‥‥‥。

 

(十三さん‥‥‥電は‥‥‥)

 

電は気付かなかった。考え事をして動きの鈍った自身に戦艦水鬼『金剛』の砲が向いている事に。戦艦水鬼とレ級に手一杯の青葉や足柄達も、気付けていない。勿論、大和や夕立だって気を抜けば一瞬で沈む。大和も夕立も、まさか自分達の外側の電が狙われているとは気付けない。

一見すれば夕立を狙ったようにも見えた戦艦水鬼『金剛』の連装砲撃。当然ながら夕立を掠め、その後方へと飛んで行く。その射線上に居た電へと真っ直ぐに。

 

 

 

 

 

気付けたのはこんごうだけだった。「電ちゃん!!」と叫んで全速力で走り、射線上に割り込む。電がやっと気付いて顔をあげたのと、こんごうが背中を向けて艤装を盾代わりに飛び込んだのとが同時。轟音と衝撃、有り得ない程の痛みがこんごうを襲った。

 

(あ‥‥‥沈むんだ‥‥‥)

 

最後に本能的にそう悟ったこんごう。直後その意識を真っ黒に刈り取られた。

 

 




イージス艦としての主な能力はマルっと金剛水鬼に奪われている事が判明。そりゃあ横須賀艦隊もお手上げです。

‥‥‥山本のせいで連合艦隊ピンチです。


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sentence20 その手を

20話です。次回が最終話になります。思ったよりだいぶ長くなりました。

本編どうぞ。


「こんごうさんっ!!」

 

電とこんごうに気付き、青褪めた比叡が声をあげた。比叡の位置からは血塗れのこんごうの背中が見える。

一瞬で頭が真っ白になった。艤装は見る影も無く、こんごうはピクリともしないし、浮力も無い。絶望的な考えしか浮かばない。もう手後れだとか、もしかしたら見えていない水面下の下半身は無くなってるんじゃないかとか。

 

当然ながら、そんな状態に陥った比叡は棒立ち同然。重巡棲姫の構えた、巨大な白蛇のような砲が向いている事も見えてはいない。流石に不味いと焦るグラーフが「ヒエイっ!」と声を張るも届かない。

 

重巡棲姫の砲が発射‥‥‥されたのと、その足元で爆発が起きたのが同時。右足に魚雷をもらって重巡棲姫はバランスを崩し、比叡を狙っていた砲が見当違いの方向へと飛んで行く。

 

「クリティカルヒットでち!MVPはゴーヤが貰うでちぃぃぃ!!」

 

海面から微かに顔を出したのは伊58。間一髪、重巡棲姫を撃ったのは彼女だ。

支援艦隊‥‥‥というにはおかしい。伊58は単艦。他の僚艦の姿は見えない。

 

「あんのクソてーとく、帰ったらドラム缶に詰めて海の藻屑にしてやるでち!」

 

伊58は彼女達の提督に他の僚艦に先行して送られた。何故彼女がエキサイトしているのかと言えば‥‥‥オリョール海から帰って来たばかりの所を休む間もなく出撃させられたからだ。伊58の気持ちは分からなくもないが、結果的にはそれが比叡を救う事になった。

 

「コイツはゴーヤに任せるでち!比叡は金剛さんと電を助けに行くでちよ!」

 

「‥‥‥ありがとうございます、ゴーヤさんッ!」

 

焦る気持ちを抑え、比叡はこんごうの元へと走り出す。伊58は「任せるでち!オリョクルの怨みを思い知らせてやるでち!」と右手でサムズアップして、魚雷片手に潜行していく。

 

こんごうとぶつかりはしていたし流石に無傷とはいかなかったが、電はほぼ無事だった。ただ、その手で必死に支えていたこんごうの方はそうはいかない。幸いまだ脈はあるし、微かにだが息もある。しかしながら、時間が無いのは火を見るより明らかだ。

 

「電さんっ、こんごうさんは!?」

 

電は動揺してしまっている。目を游がせながら「こんごうさんが‥‥‥こんごうさんが‥‥‥」と繰り返しているだけ。泣きたいのを抑え、比叡はこんごうを海中から引き揚げて抱き上げた。

 

「電さん、確りしてください!こんごうさんの代わりに、戦艦水鬼を‥‥‥っ!」

 

抱き締めるようにこんごうを抱え、まだ動揺している電の肩を叩いた比叡。やっと我に返った電が、落ち着こうと深呼吸して高角砲を握り締めた。

 

「はい、比叡さん‥‥‥電の本気を見るのです!」

 

走り出した電の背中を視界に納めながら、比叡は抱き締めていたこんごうの膝と背中に手を回してお姫様抱っこに変えて姿勢を立て直す。比叡の艤装を駆る妖精達と阿吽で連係を取りながら、重巡棲姫に向かい走り始めた。

 

「早く‥‥‥早く敵を倒して、早くこんごうさんを‥‥‥」

 

一瞬だが、比叡は今度は躊躇する事無く、こんごうの唇に唇を重ねた。必ず。必ず救ってみせる。その誓いの為に。

 

走りながら、前方で再び重巡棲姫の足元で爆発。今度のは伊58のではない。酸素魚雷。遠目だが見える姿は北上と大井、それに他の僚艦の姿もある‥‥‥支援艦隊だ。

 

『比叡、聞いてマスか?』

 

「お姉さま?」

 

艦隊に合流しようと走る比叡に話し掛けてきた金剛。どうやら妖精としての『金剛』の方は無事のようだ。しかし、その言葉には何というか、比叡が嫌な感じの決意のようなものが滲んでいる。比叡の表情が曇る。金剛はそれを敢えて見ずに、戦艦水鬼『金剛』の方をを見据えた。

 

『ワタシを、ghostの所へ連れて行ってくだサイ』

 

************

 

(‥‥‥ここ、は)

 

こんごうが目を覚ましたのは、何時かと同じような空間。丁度金剛の記憶を垣間見た、あの時のフワフワした空間とそっくりだ。立ち上がって、辺りを見回す。

 

(一面まっ白な‥‥‥ううん、違う)

 

一見、全面真っ白。だが、よく目を凝らしてみると、そこかしこに白黒だが映像が並んでいた。肩くらい迄の髪をツインテールで結わえ、セーラー服で走る姿。南方棲戦姫と思しき深海棲艦と対峙する姿。レ級と思しき深海棲艦と対峙する黒髪の少女と泣きながら別れる姿。

 

(‥‥‥これが、漣?)

 

漣のものと思われる記憶の映像を、ゆっくりと見ていく。その最後にあったのが、天井から吊るされたロープに自分で首をかける映像。足元の椅子を蹴って視界が真っ黒に染まった所で、映像は終わっていた。

 

(‥‥‥自殺、だったの?)

 

背後に気配がして、振り返った。先程までは無かった筈の画面があって、今度は水底に沈んでいく金剛が映っていた。

死に際の金剛が此方に伸ばしてきた右手。明らかに躊躇している漣としての自分。

 

(‥‥‥そっか。そうだったんだ)

 

そうだったのだ。本当は、もう二度と関わらないつもりだった。けれど、金剛の想いに触れて‥‥‥『その手』を掴んだ。もう一度。もう一度だけ。金剛達にかけてみようと思ったのだ。

 

『思い出しまシタか?』

 

「金剛さん‥‥‥?」

 

気付くと、金剛が目の前に立っていた。妖精の姿ではない、人間としての金剛が。

 

『お礼を言いに来マシタ。Thank you、漣』

 

金剛の意図が全く分からなかった。人としてまた蘇れたのだとしたら、それは金剛が居たからこそだ。金剛の事は妖精の身体に押しやってしまっているし、お礼を言われるような身分ではない。

 

「そんなの‥‥‥此方こそ」

 

『No、違うネ』

 

金剛は少しだけ大きく首を横に振った。こんごうを制止し、静かに言葉を紡ぐ。

 

『お別れを言いに来たンデス。漣とワタシのfusionが弱くなってマス。今なら、ワタシの魂だけ抜けられるネ』

 

そんな事をすれば、金剛は永遠に消えてしまう。いや、妖精の身体の方に定着するという意味なのか。それなら、今以上に自由に動けるようになるし良いことなのかも知れない。それに、今の自分は瀕死の状態。このままならきっと助からない。そんな自分の身体に居るよりは、きっと‥‥‥。

 

『ワタシは‥‥‥ワタシの身体を止める義務がありマス‥‥‥もう行くネ。漣だけでも、助けてみせマス!』

 

朧気ながらも、その意味を理解した。戦艦水鬼『金剛』は元々金剛の身体だ。霊体でなら、復活は無理にしても一時的にでも動き位は止められるかも知れない。その止まった所を一斉に叩けば、或いは‥‥‥。

だが。戦艦水鬼『金剛』を倒す事が出来れば自分は助かるかも知れないが、それは同時に金剛がこの世から消える事を意味している。犠牲の上に成り立つ生命など‥‥‥あっていい筈が無い。

 

止めようとしたこんごうだが、身体が動かない。声も出せない。笑顔で手を振る金剛の像が遠ざかっていくのを、ただ見つめる事しか出来ない。

 

『貴女は‥‥‥生きるべきデス。No problem、貴女が居れば比叡も大丈夫デース!』

 

そう言い残し、金剛が完全に消えた。それと同時に、こんごうの意識が再び途切れた。

 

************

 

「どういう事ですか、お姉さま?」

 

金剛の意図を理解できない比叡。これから戦艦水鬼『金剛』の方に向かうのは余りにもリスクが有りすぎる。瀕死のこんごうを抱えているのだから尚更だ。

 

『いいデスか?アレは元々ワタシの身体デス。それなら、ワタシならきっとあの艤装も動かせる筈デス!』

 

つまり。金剛の言い分だと、戦艦水鬼『金剛』の艤装を金剛が止めて、その隙に叩く、という事だ。それが嘘である事は、比叡が気付ける筈はない。深海棲艦の艤装に、妖精の力など必要ない。

 

「お姉さまは!?」

 

『上手く脱出するネ!大丈夫デース!』

 

サムズアップして左目をウィンクしてみせる金剛。こんごうには余り時間が残されていないのは事実。どのみち、このままでは戦艦水鬼『金剛』に勝てるかどうか分からない。ならば、一か八かだが賭けるしかない。

 

「分かりました。お姉さま、絶対に死なないでくださいね」

 

『任せテヨ!』

 

比叡は一時後退してきた夕立の元へと向かう。「分かったっぽい!」と強く頷いた夕立に金剛を託し、自らは再び重巡棲姫の方へ。

 

******

 

肩に金剛を乗せ、夕立は全速力で走る。降り注ぐ砲を避けながら、戦艦水鬼『金剛』へと一直線に。

 

「金剛さん、突っ込むっぽい!」

 

加速し、夕立は飛翔。飛んできたミサイルを足蹴にして戦艦水鬼『金剛』の胸元へ。自殺行為とも取れる突撃だ。先に砲撃を撃ち込んではいるが、戦艦水鬼『金剛』には効いている様子がない。魚雷に右手を掛けた所で、夕立の身体は戦艦水鬼『金剛』の艤装の巨大な両腕に掴まれた。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

太い両腕に締め付けられた夕立が、悲鳴をあげる。今にも骨を砕かれんばかりの腕力。ミシミシと嫌な音が響く。

と同時。肩の妖精『金剛』が動かなくなった。それはまるで魂が抜けたかのように虚ろだ。そしてその直後、夕立を締め上げていた艤装の腕も動かなくなった。

 

******

合流するなり、比叡は大井から戦線離脱を宣告された。腕の中のこんごうが危険な状態だったからだろう。

 

「此方は私達で何とかしますから。比叡さんは駆逐艦のその子を、早く!」

 

「分かりました。私は‥‥‥‥‥‥え?」

 

大井の言葉に思わず停止した比叡。それはそうだ。戦艦金剛の事は大井だって少しは知っている筈で、それ故『駆逐艦のその子』等と表現する筈が無い。そもそも、こんごうは駆逐艦には見えない筈だ。思わず抱いているこんごうへと視線を落とすと、比叡は思考停止。丁度ハッと我に返ったくらいの頃に、背中の方から聞き慣れた、叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

「さあ、ワタシの出番ネー!follow me!!全砲門‥‥‥Fire!!」




因みにですが、グラーフさんはレベル50、足柄はレベル155です。
次回がラストです。


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最終話 その先へ

最終話です。

こんごうさんと比叡のこれから。この先。



こんごうが瞳を開けると、天井が見えた。最初に駆逐水鬼にやられて運ばれた時と同じ天井。鎮守府の医務室のベッドだ。

 

身体はまだ重い。入渠で背中の傷は治ってはいるものの、まだ痛む。

「ん゛っ」と声を洩らし少し表情を歪ませて上半身を起こす。少しだけ離れた椅子に座って本を読んでいた春雨が気付き、此方に歩いてきた。

 

「春雨‥‥‥ちゃん?」

 

「気付いたんですね!良かった」

 

春雨と一緒に本を読んでいた妖精さんが部屋の外へ。こんごうが起きたのを知らせに行く為だ。

笑顔に変わった春雨が、ベッドの傍の椅子に移動。こんごうの右手を確りと握り、あれからの事を説明してくれた。

 

「私も那珂ちゃんも大破しちゃって。庇いながら戦ってくれてた足柄教官も限界に近かった時に大鳳さんや川内さん達が助けに来てくれたんです。あの時の川内さん、ちょっと格好良かったんですよ?」

 

あの時隠れ聞いた時の通り、足柄は二人の盾となって奮戦していたらしい。横須賀からの支援艦隊も何とか間に合ったようだし、どうにか全員生きて此方が勝利したようだ。それにしても妹のピンチに颯爽と登場した川内、まるで何かの主人公のようだ。

 

「あの、春雨ちゃん」

 

「はい、何でしょう?」

 

その話はそれとして。こんごうは先程から違和感を感じていた。強烈な、という程ではない。ただ‥‥‥。

 

「ちょっと背、伸びました?私、どのくらい眠っていたの?」

 

春雨はクスッ、と笑い、手持ちのバックから手鏡を出し、こんごうに差し出した。

 

「鏡を見てみれば分かると思いますよ?」

 

受け取る際に頭を少し下げたこんごうの視界の両端に、何やら見慣れない色の髪がちらついた。ピンク色の髪。

 

「あれ?」

 

その違和感に、こんごうは慌てて手鏡を受け取って覗き込んだ。鏡に映っていたのは、それまでのこんごう‥‥‥金剛の顔ではなく、記憶の中の映像でみた顔だった。ピンク色の、肩位までの髪。それと似たような色の瞳。それから、恐らく春雨と同じくらいであろう歳の容姿‥‥‥こんごうになる前の、初代の漣そのものだった。つまりは、春雨が成長した訳ではなく、こんごうが縮んだという訳だ。

 

「えっ?えっ!?」

 

瞬間、まるで走馬灯のように記憶が流れ込んできた。それはあの時見た映像の数々と同じ。漣の記憶。

 

『駆逐艦漣』は、『駆逐艦こんごう』として再び生を受けたのだ。一言で表現するのなら、奇跡。

しかし、直ぐにこんごうの表情は曇った。金剛と別れた時の事を思い出したからだ。

 

「春雨ちゃん‥‥‥金剛さんは?」

 

恐る恐る。辛い真実かも知れないが、目を背ける訳にはいかない。今度は逃げたくはない。

 

「金剛さんですか?それなら‥‥‥」

 

春雨が扉の方に視線を移した。同時にその扉が開かれて‥‥‥自身が鏡で幾度となく見てきた姿の人物が入ってきた。

 

「good morning、漣。目が覚めたみたいデスネ!元気そうで良かったデース!」

 

こんごうは「‥‥‥金剛さんっ!!」と思わず叫んで上体を跳ねさせた。背中に痛みが走って、「んひゃっ」と声をあげる。

 

「驚かせちゃいましたネ。my bodyは奪い返してやったデース!」

 

右目を閉じてウィンク、左手でサムズアップしてみせる金剛。そう、あの時。戦艦水鬼『金剛』の身体に入った金剛の魂は、格闘の末に再び軍艦金剛の魂を抑え込んで自身に取り込み、再び『艦娘金剛』として甦ってみせたのだ。

 

「比叡との約束も守ってみせたネ!‥‥‥比叡」

 

金剛も扉の方に視線を移した。その扉の向こうからおずおずと遠慮気味に顔を覗かせたのは、比叡だ。

 

「比叡、readiness決めるネ!」

 

金剛に手を引っ張られ、部屋に入ってくる比叡。手に持ったバスケットの中には、不格好ながらクッキーが入っていた。

 

「あの‥‥‥こんごうさん、よかったらコレ、食べてみてください」

 

「あ、えっと」

 

少し戸惑ったが、意を決して一口。するとどうだろう。普通に食べられるではないか。思わず比叡を見つめてしまった。

 

「あっ‥‥‥比叡、これ‥‥‥美味しい」

 

「お姉さまに教わりながら作ったんです」

 

嬉しそうな表情の比叡がこんごうの両手を握った。顔を真っ赤にして停止すること数秒。その間、二人は見つめ合った格好になっている。

 

「こんごうさん」

 

もう今更かも知れないが、『こんごう』というのはどうにも紛らわしい。隣でニコニコしながら二人を見守っている金剛が居るので尚更。少し考え、こんごうはやはり名を改める事にした。

 

「えっと‥‥‥『レン』です、比叡」

 

「‥‥‥はい、レンさん」

 

その不満の残る返事に、こんごうは態と頬を膨らませてみせた。比叡の方も理解したらしく、再度言い直す。

 

「はい、レン。あの、その、比叡は、比叡は‥‥‥‥‥‥」

 

何が言いたいのかは、何となく分かる。ただ、今すぐは返事出来ない。金剛や春雨も居るし、何より相手が女性という経験など勿論無い。

 

そのタイミングで、『カシャッ』というシャッター音。音のした方を見てみると、デジタルカメラを構えている青葉が居た。

 

「青葉、見ちゃいましたっ!」

 

言うなり青葉が猛ダッシュで走り去っていく。呆気に取られて動けない四人の元へと、入れ違いで足柄が入ってきた。その姿を見てこんごうはある事を思い出し、足柄を睨み声をあげる。

 

「足柄さんの仕業ですね!?青葉さんに余計な事教えたんですか!」

 

「あ、思い出したのね」

 

プククッ、と足柄が笑う。「笑い事じゃありませんよ!」と膨れたこんごう。理由の分からない他の3人。金剛が説明を求めて視線を向けた。

 

「漣、足柄教官と何が有ったデスか?」

 

「足柄さんに追い掛け回されてたんです‥‥‥」

 

こんごうの説明はこうだ。こんごうが嘗て駆逐艦漣として深海棲艦と戦っていた頃。足柄は漣達を狙って追い掛け回す駆け出しの週刊誌記者だった。お陰で酷い目に有った事もあった。つまり、先程の青葉は足柄にすっかり影響されてしまった、という事。

 

「教官‥‥‥盗撮は善く無いデース‥‥‥」

 

「当時はそれが私の仕事だったのよ。漣のお陰で社内で賞を貰った事も有ったのよ?『いちごパンツ事件』とか」

 

足柄の言葉に反応し、こんごうは恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて「わーっ、わーっ、わーっ!!」と喚く。「足柄教官ッ!」と比叡が睨んだので、流石にそれ以上は話さず「ハイハイ」と足柄は退散。比叡が再度向き直す。

 

「レン‥‥‥これからも、一緒に頑張りましょうッ!」

 

こんごうは予想と違った言葉にポカン、として停止。金剛と春雨は呆れて「はぁ‥‥‥」と盛大に溜め息。

 

「My sister‥‥‥とんだヘタレデース」

 

******

 

患者服姿のこんごうが、春雨に支えられて医務室から出る。単純に風呂に行く為だ。もう怪我事態は問題ないし、何よりも入浴してサッパリしたい。何故支えるのが比叡ではないかと言えば、比叡にはアレが限界だったようで、真っ赤になったまま動かなくなってしまったから。金剛は呆れながらも比叡の傍についている。

 

「そう言えば春雨ちゃん、大和さんと夕立ちゃんは?」

 

「夕立姉さん達なら、少し前に帰りましたよ。険悪にならなくて良かったです」

 

‥‥‥春雨によると、大和が夕立に宣戦布告したらしい。『東郷への気持ちは夕立には負けない、きっと振り向かせてみせる』そうだ。どうも大和は東郷の事をずっと好きだったらしく、大和の幼馴染みである山本に相談していたらしい。そのやり取りの場に居た電が何故か固まっていて、そのあと何故か電は山本に抱き着いて号泣した、と。泣いてはいたものの、電の顔は嬉しそうだったそうだ。

 

「それで、夕立姉さん、笑顔で『何時でも受けて立つっぽい!』って」

 

「そうなんですね‥‥‥」

 

‥‥‥因みに、今日は電も山本も不在。山本の両親が近くに来ているので、挨拶に行っているそうだ。それはつまり‥‥‥そういう事なのだろう。

そんな話をしながら浴場に到着。中には先客が居た。雷だ。

 

「あ、雷ちゃん」

 

「こんごうさんに春雨じゃない。良かった、目覚ましたのね」

 

雷はマジマジとこんごうの顔を眺めている。カウンセリングの際に初代の漣の写真等も見せてもらっている為だろう。

 

「どこからどう見ても『あの漣』ね‥‥‥記憶も戻ってるってさっき足柄教官に聞いたけど?」

 

こんごうが雷に答える前に、いつの間にか後ろに居た青葉が身を乗り出し「こんごうさん、『いちごパンツ事件』って何ですか?」と質問してきた。「えっ」とたじろぐこんごうだが、雷も春雨も興味があるらしい。三人には絶対に口外しないと約束させて、仕方無くこんごうは話した。亡くした母親に最後に買ってもらった苺模様の下着。ここぞという深海棲艦との対決の時に穿いていたのを、足柄にスクープされたのだそうだ。下着を撮られて国民に晒されるし、以降漣の出撃時に海岸にカメラを構えた所謂カメラ小僧共が多数現れるなど散々だったらしい。

「成る程。英雄にもそんなエピソードが‥‥‥分かりました、この青葉、絶対に口外はしません。約束は守ります」

 

この後青葉は足柄に半ば洗脳されるようにスクープを捜し走り回るようになる。その際、この事は記事になる。その時の青葉の言い分『口外はしていません。文面にしただけです!』だそうだ。

 

************

 

それからは日本にとっては怒濤のニュースの連続だった。何せ、山本の鎮守府以外の支援艦隊の艦娘達の目の前で、戦艦水鬼のイレギュラーが金剛になったのだから。そればかりでなく、重巡棲姫、もう一体の戦艦水鬼が各々愛宕、陸奥である事に大鳳達が気が付いたのも大きかった。足柄と最古参の妖精さん、それと何よりも初代の漣であるこんごうの証言を擁し、東郷達は大本営をひっくり返してみせた。当時の関係者達は逮捕。現執行部の者達も追放された。事実上のクーデターだ。

こんごう自身も大変だった。結局こんごうが初代の漣という情報は外に流れてしまい、取材や、こんごうに会うために他の鎮守府から訪問してくる等々。

 

そうして、一年経った頃。山本達は変わらず小さな元水族館の鎮守府に居たし、山本自身も少佐のまま。ただ、状況は大きく変わっていた。

 

指令室。

 

「大和さんからなのです」

 

大和からの通信を知らせに来た電‥‥‥いや、既に元電。変わらず山本の秘書ではあるが、艦娘は引退。その左手薬指には、結婚指輪。

 

「ああ、今出るよ。君も少し休んだ方がいい。身体に障るよ。お腹の子にもね」

 

「はい」

 

電は嬉しそうにお腹をさする。つい先日妊娠が発覚したのだ。

東郷の現秘書艦である大和からの話だと、南方に姫級が現れたらしい。それが、どうも臭うらしい。

 

「レンを呼んでくる」

 

「はい、なのです」

 

こんごうは登録上『レン』と表される事になった。漣の音読みではあるものの、彼女の本名でもある。二代目の漣とは分けたいし、それは金剛にも同様の事が言える。変わらず艤装はこんごう型のそれだが。

 

レンに聞きたかった事は一つだった。南方に現れた姫級‥‥‥恐らく、南方棲戦姫。それを確かめる為だ。

 

 

 

 

 

‥‥‥レンは入るなり、データで送られてきた写真を見せられた。それが何を意味するのかは直ぐに分かった。忘れもしない。あの時、初代の吹雪、雷と共に対峙し、雷が命と引き換えに撃ち破った筈の個体だ。

 

「山本司令、これ、何処で‥‥‥」

 

「南極に近い南の海域だ。その反応、やはりか」

 

生きていたのだ。16年前倒した筈の南方棲戦姫が。こんごう‥‥‥レンの表情が変わる。動揺が現れてしまっている。

 

けれど。あの時とは違う。今は全員が練度が最高に近い艦隊。戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐、それに新たに配属された潜水艦(伊58である)。

 

 

 

部屋に戻ったこんごうは比叡と向かい合った。心を落ち着ける為にその手を握って。こんごうは、震えていた。

 

「大丈夫ですよ。比叡が居ます。比叡が、レンを守ります」

 

「‥‥‥はい、比叡」

 

当時感じた恐怖は消えていない。思い出しただけで身体は畏縮する。だが。

 

みんなと、比叡と一緒になら、きっと乗り越えられる。今度こそ。

 

(吹雪‥‥‥雷‥‥‥今度こそ、今度こそ終わらせてみせるから。今度は、逃げないから)

 




ヘタレ比叡のせいで先は思いやられます。しかしながら、確りと信頼関係は築けたようです。

大和と山本の事は、電の早とちりでした。

え?いちごパンツ事件ですか?大丈夫です。次回の短編小説で、気合ッ!入れてッ!書きますッ!


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おまけ

超短話のおまけです。春雨ちゃん、大規模改修のお話。


「わっ‥‥‥私の大規模改修ですか!?」

 

驚き、飲んでいた紅茶を噴き出したのは春雨。屋外だった為に紅茶が地面に散らばった。

 

「はい、春雨ちゃん。妖精さん達と夕張ちゃんの話だと‥‥‥私の艤装が幾つか適合するらしいんです」

 

こんごう‥‥‥『レン』が言うには、春雨の艤装に組み込めるのは対艦ミサイル、新たなレーダー一式、それにVLS。それと、20㎜機関砲も。殆んど別の艦になると言っても過言ではない。いまの春雨は白露型だが、艤装を聞く限りではこんごう型のそれに近い。因みに、明石から色々教わって来た夕張は最近着任。

『こんごう妖精さん』から渡された、予定の装備を眺めていた春雨は、ふとある事に気付いた。

 

「あの‥‥‥この『SH60J』って何ですか?」

 

『こんごう妖精』さんの説明に、春雨は驚きの余り腰を抜かして地面にへたり込んでしまった。

 

「哨戒機!?哨戒機って‥‥‥あの、私、駆逐艦なんですよ!?」

 

哨戒ヘリコプター。対潜水艦魚雷も積んでいるらしい。現時点では文字通り春雨用のオンリーワン装備だ。

 

『こんごう妖精』さんの話によれば、元々『護衛艦こんごう』の存在していた世界にある装備なのだそうだ。どうして春雨だけに適合するのかは全くの謎。他の艦娘の艤装とはどうやってもリンクできないそうだ。

 

「私の艤装とデータをリンクできるらしいです。春雨ちゃん、これから一緒に頑張りましょうね?」

 

レンの持つ護衛艦こんごうの艤装のデータと、春雨が搭載予定の艤装のデータは相互リンクできるようだ。という事は、今後は春雨とレンが共に出撃する回数が増えるという事か。春雨にとってそれは嬉しいような、少し気が引けるような。

 

「第1艦隊で出られるのが多くなるのは嬉しいですけど、その‥‥‥」

 

チラリ、と春雨が向けた視線の先には、此方の話を盗み聞きしている、酷く落ち込んだ様子の比叡。金剛に慰められているにも関わらず、その効果は無さそうだ。比叡は最近本格的に姉離れ出来たらしい。それが、今だけは裏目に出てしまっている。

 

「レンさん、後で比叡さんを元気づけてあげてくださいね」

 

少しだけ苦笑いの春雨。対してレンの方はよく分かってはいない。「え?あ、はい」と何とも微妙な返事。それもこれも、ヘタレな比叡があれ以来何もアクションを起こせずにいるせいだ。金剛に言わせれば比叡は『coward(意気地無し)ネ』。

 

その後、レンと別れ、春雨は工廠へと向かう。扉を開き階段を下りていくと、油とススにまみれた夕張が待っていた。

 

「待ってたよ、春雨ちゃん」

 

「あ、はい‥‥‥」

 

時間はヒトサンイチマル。恐らくお昼を食べていないであろう夕張に彼女の好物である蕎麦を渡してあげると、物凄く喜んでもらえた。夕張はどれだけ蕎麦が好きなのだろうか?

 

「それじゃ春雨ちゃん、心の準備はいい?」

 

「お願いします」

 

春雨は夕張に手を引かれ、第4ドックへ。艤装と各々の装備のリンク、艤装と春雨自身のリンク。それと、護衛艦こんごうの艤装とのデータのリンク調整も含め、三時間。

 

「気分はどう?」

 

「生まれ変わったみたいです」

 

晴れて『むらさめ型護衛艦』の艤装を背負った春雨。その試運転、データ取りを含め、その状態のまま海へ。

海ではレンと、データ記録用の端末を持った電が待っていた。因みに電はあと一ヶ月で寿退艦の予定。

 

「春雨ちゃん、では試験開始なのです」

 

VLSの試運転、対艦ミサイルの試射、哨戒ヘリのデータ、それに春雨自身のステータス取り。結果は上々だった。

 

「春雨ちゃん、おめでとうなのです。これで‥‥‥電がいなくても安心して任せられるのです」

 

電がニッコリと微笑む。この小さな鎮守府で、電が抜ける意味は大きい。電ほどの実力なら、大幅な戦力ダウンだ。山本はその為に夕張、伊58(前鎮守府の提督と大喧嘩した為移動させられたらしい)の着任、そして春雨の大規模改修に踏み切ったくらいだ。

 

「そんな事ないですよ!私なんてまだまだで‥‥‥夕立姉さんや電ちゃんとは比べものになりませんよ!」

 

そうして、この小さな鎮守府に新たに戦力が加わる事になった。『むらさめ型護衛艦2番艦』春雨。

 




わるさめちゃんフラグをへし折ってやりました。
『護衛艦はるさめ』船内にむらさめ型の艤装を背負った春雨の絵が飾ってあるらしいので、今回は思い付きです。



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おまけ2 呉鎮の日常

おまけです。呉鎮守府のそれから。夕立、暁、大和の関係のお話。
またしても短話で失礼します。


「第一艦隊、帰投したっぽい!」

 

夕立も一応は旗艦である。敬礼し、無事に帰った事を報告。座っている椅子を夕立の方に向けて「御苦労だった」とそれを労う東郷。現在の階級、少将。クーデターの中核を担った彼が少将止まりというのも不思議な話ではあるが、東郷も山本同様、出世の為にクーデターを起こした訳ではない。クーデターの目的はあくまでも大本営の腐った部分の排除。

トップである海軍大将には横須賀の提督、木村昌を担いだ。秘書艦の大鳳が優秀だという事もあるし、何より面倒な政を木村に丸投げ、自分は自由にやりたいという東郷の本音もある。

 

呉の艦娘達もそれで納得してくれた。というより、東郷が東京に出ていって、他の人間が提督を務める姿が想像出来なかったらしい。

 

その東郷の言葉の後に「お疲れ様でした、夕立。ゆっくり休んでください」と、丁寧に労った現在の秘書艦、大和に、夕立は少しだけムッとしてみせた。その大和の左手薬指には、ケッコンカッコカリの指輪が嵌まっている。これで三人目だ。まだまだ見た目子供の暁なら兎も角、大人の女性、しかも性格もスタイルも申し分ない大和が相手だと、夕立も内心は穏やかではない。

 

「失礼するっぽい!」

 

ちょっとだけ乱暴に扉を開けて執務室を出た夕立。一直線に駆逐艦寮の自室へ。

 

一人部屋ではない。同じ部屋には吹雪、それと暁の三人部屋。再三『初代の漣さんってどういう人!?』と質問責めをしてきていた吹雪は今は遠征中で不在。つまり、夕立の目的は暁だ。

 

「ただいまっぽい!」

 

「あ、おかえりなさい」

 

暁は呑気にファッション雑誌を見ていた。見た目は子供だが中身は16歳。本人は一人前のレディーになろうと必死らしい。イギリスでの生活のせいもあってか金剛にも憧れを抱き始めた。それも、厄介な部分で。

 

「暁ちゃん、作戦会議っぽい!」

 

「またなの?でも‥‥‥うん、そうよね。ladyとして大和さんには負けられないし」

 

どうにも所々で英語を挟みたがるようになった。クーデターの後に金剛と一度対面したのが不味かった。山本への態度や所謂『金剛語』を除けば、金剛は優雅で淑女に見える。まだまだお子様な暁にはそれが眩しく見えたらしい。金剛の真似こそレディーへの近道だと思ってしまったようだ。

 

「きょ‥‥‥トゥディは作戦どうするの?この前の誘惑作戦は失敗だったし‥‥‥」

 

「これから考えるっぽい‥‥‥」

 

前回の誘惑作戦は見事に失敗。風呂上がりのバスタオルの格好のまま、二人で東郷の自室に突撃した迄はよかったが、東郷は『風邪ひくぞ、早く着替えてこい』と動揺の色は見えず。呆気なく撃退された。

 

うーん、と二人で悩むこと数分。コンコン、とノック音。吹雪が帰ってきたのかと思い扉を開けると、珍しい人物が居た。

 

「久し振りだね、二人とも」

 

立っていたのは響だ。確か古鷹、漣と共にウラジオストクに出向いていた筈。どうやら一時帰国したようだ。その辺も、クーデター後に緩くなった。それなら先程食堂の方から『メシウマ!』と聞こえて来た声は恐らく漣(二代目)か。

 

「響ちゃん、久し振りっぽい!」

 

「久し振りね、響」

 

響の左手薬指には指輪。どうやらケッコンカッコカリを済ませているらしい。それにしては改二に改修されていないようだ。

 

「響ちゃん、なんで改止まりっぽい?」

 

夕立の疑問に、響は驚きの答え。響が改二改修をするとヴェールヌイ、見た目別人になるらしい。その変化を、彼女達の提督が嫌がっているのだそうだ。『響のままで充分だろォが』だそうだ。

 

「でもそれってちょっと酷いっぽい!響ちゃんだってもっと強くなれるのに!」

 

「私は平気だよ。司令官はそういう人なんだ。今の私を大切にしてくれているんだよ。表現が少し過剰ではあるけどね」

 

それでも、響は現状で満足しているらしい。ただ、それに納得していない暁が「なにそれ。それってただのロリコンよ。ここはladyの暁が直接‥‥‥」と言い掛けて両手と両膝をついて落ち込んだ。

 

「東郷さんはロリコンじゃない‥‥‥って事は暁は相手にされてないって事‥‥‥?」

 

慌てて「暁ちゃんはレディだから大丈夫っぽい!」とか、「そうだよ、暁は16歳なんだし。ロリコンには入らないよ」という慰めを敢行する夕立と響。その慰めには小一時間を要する事になる。

 

******

 

同時刻、執務室。

 

「よう、古鷹。元気そうで何よりだな」

 

「はい、少将殿。お陰様で良くしてもらっています」

 

東郷に挨拶をする古鷹。古鷹は呉を経由し、これから山本の鎮守府へ出向く予定となっている。勿論、久し振りに青葉と再会するためだ。その青葉が、まさかジャーナリズムに目覚めているとは思ってもいない。

 

「アイツの様子はどうだ?」

 

「いつも通りです‥‥‥ウチの提督は悪戯が過ぎて困っていますよ。今頃は島風を追い掛け回している頃かと思います」

 

古鷹はお目付け役だ。その彼女が居ないとなれば、何をしでかすか分からない。日本に居た頃は頻繁に長門とつるんでいたウラジオストクの現提督。それ故に左遷されたのを忘れているようだ。

 

「俺の所にもこの前連絡してきてな?クーデターを『勝手に面白ェ事してンじゃねェ。俺も混ぜやがれ』だとよ」

 

「‥‥‥申し訳ありません、少将殿」

 

と、此処で古鷹は大和に視線を向けた。前回来た時は確か、夕立が秘書艦だったと記憶している。視線に気付いて書類を捌く手を止め「はい?」と顔をあげた大和。「あの」と声をかけようとした古鷹に、東郷からは驚きの一言。

 

「なんだ、古鷹?俺の嫁が気になるか?」

 

「‥‥‥嫁!?ケッコンカッコカリではなくてですか!?」

 

思わず声をあげた古鷹。それと頬を染めた大和と、表情の変わらない東郷。

東郷は大和と籍を入れたそうだ。混乱を避ける為、まだ呉鎮守府の面子には言っていないらしい。勿論、暁や夕立にも。つまり‥‥‥暁と夕立には勝てる見込み等無い、という事だ。

 

‥‥‥因みに、このあと雷はロシア嫌いになったらしい。

 




古鷹さんの苦労は続きます。
‥‥‥知りませんよ、友情出演?一方●行?セロリの事なんてわかりません。

横須賀の提督さん、撤退作戦の某司令官の末裔です。


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おまけ3 でち公の独白

おまけ3。

こんごうさんと足柄のその後。それとゴーヤの異動についてです。


 

ハワイ沖。アメリカの艦隊に付き添われた艦娘が二人。二人とも、手には花束‥‥‥レンと足柄だ。

 

(雷、吹雪、遅くなってごめんね)

 

レンが持っていた花束を海に投げた。同時に隣に立っていた足柄も花束を投げる。

かつて雷が南方棲戦姫と共に沈み、吹雪がレ級‥‥‥雷に沈められた場所。一度は人生ごと逃げ出したレンが、漸く戻って来れた場所だ。

 

(私は、もう逃げないよ。比叡やみんなが支えてくれるから‥‥‥大丈夫)

 

瞳を閉じて、今は亡き親友を思う。暫しの沈黙のあと目を開くと、既に黙祷を終えていた足柄がアメリカの艦娘と親しげに話している姿が見えた。それも、流暢な英語でだ。相手は戦艦だろうか?金剛なら兎も角、足柄がとは意外な姿に見えた。

此方の視線に気付き、足柄が戻ってきた。

 

「足柄さん、英語話せるんですか」

 

「え?」という表情を見せた足柄が、「はぁ‥‥‥」と溜め息。特に変わった事は言っていない筈のレンには意味が分からない。

 

「あの、足柄さん?」

 

「あのねぇ‥‥‥貴女が居なくなった後、私がどれだけ大変だったか分かってるの?」

 

あの後‥‥‥そう、吹雪がレ級に沈められ、『漣』だったレンが自殺して居なくなった後。足柄は当時の事を話してくれた。レンの『自殺という事実』は隠蔽され、漣は重い病に掛かった事になっていたらしい。吹雪が轟沈し、レンが亡くなったとなればその影響は計り知れない。少なくとも病という事にすればまだ治る可能性もあるし暫くは誤魔化せる。世間を欺いている間に新たな対策を、というのが当時の大本営の方針。

一方の足柄は漣の自殺の事実を掴み、それを記事にしている真っ最中だった。その記事を書いている時に突然憲兵に囲まれ、強制連行されたらしい。

 

「それで人を拘束するなり『コイツが見えるか?』何て言うのよ?全く‥‥‥」

 

拘束されて連行された先で見せられたのが、当時レンの艤装を駆っていた妖精さん。足柄に妖精さんが見えると分かるや否や、強制的に艦娘として開眼させられたそうだ。因みに、足柄を連行した憲兵こそ後の武蔵だったそうだ。

 

「レ級を撃沈しろだの、各国へ飛べだの‥‥‥全く人を何だと思ってたのかしらね」

 

レ級と幾度となく激戦を繰り返し、更には世界各国へと飛んで艦娘の技術提供と新人の教導。文字通り足柄は激動の日々を送ったのだそうだ。

 

「あの‥‥‥私のせいで、ごめんなさい」

 

そんな状態になっていたとは思ってもいなかった。自分さえ逃げなければ、足柄を巻き込まずに済んだかも知れない。後悔がレンの思考を覆い、表情は暗くなっていく。そんなレンに気付いた足柄は気遣ってフォローしてくれた。

 

「‥‥‥まあ、悪い事ばっかりでも無かったし。謝らなくていいわよ。お陰で何ヶ国語も話せるようになったし、こうして今でも美貌を保っていられる訳だしね」

 

表情を崩し、ウィンクしてみせる足柄。そういえば足柄はいい歳になっている筈だ‥‥‥何てレンが考えていると、ポカッと頭を軽く叩かれた。

 

「今考えていた事は忘れなさいよ?‥‥‥帰りましょうか」

 

大して痛みはないものの、ついつい条件反射で叩かれた箇所を擦るレン。「はい、足柄さん。ありがとう‥‥‥ございます」と笑顔をみせて、並走してその海域を後にした。

 

(見守ってて‥‥‥吹雪、雷)

 

******

 

その頃の山本達の鎮守府の食堂。着任したばかりの新人の駆逐艦、天津風と伊58の姿。

 

「そう言えばゴーヤ先輩って此処の前は何処に所属してたの?」

 

天津風の『先輩』発言に気を良くしたのか、伊58は珍しく話し始めた。嘗て所属していた鎮守の提督との事や、異動の理由について。

 

「仕方ないでち‥‥‥今日だけ特別に教えてやるでちよ」

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥‥あれは、戦艦水鬼のイレギュラーとの一戦の日でち。ゴーヤはいつも通り大量の資材を持ってオリョクルから帰ってきて、疲労困憊で入渠してたでち。

 

『はぁ、疲れた‥‥‥』

 

何せ装備無しでドラム缶だけ目一杯渡されたんでちよ?深海棲艦に会うたび会うたび逃げ回って、ヘトヘトになってやっと帰って来たんでち。長居する気で伸びてたゴーヤの所に、秘書艦の瑞鳳が尋ねてきたでち。その瞬間、ゴーヤには嫌な予感が電流のように走ったでち。

 

『ゴーヤさん、すみません』

 

会うなり瑞鳳は謝ってきたでち。手には‥‥‥バケツを持ってたんでち。ゴーヤはその瞬間悟ったでち。『休みなしでまたオリョクルか』って。瑞鳳だって嫌な役回りをやらされてるんだし、怒ってもどうせ決定は覆らないし、『分かったでち』って溜め息混じりに返事したでち。

 

『またオリョクル行ってくればいいんでちね?』

 

『‥‥‥戦艦水鬼のイレギュラーが現れて、山本少佐の所から支援要請があって、それで‥‥‥ゴーヤさんに出撃命令が』

 

瑞鳳は悪くないでち。でも、怒りは頂点。ゴーヤは思わず叫んだんでち。

 

『死ねって!?ゴーヤに死ねって事でちか!?』

 

戦艦水鬼のイレギュラーは横須賀鎮守府の連合艦隊を一隻だけで壊滅させた化け物でち。それが艦隊で攻めてきてる所に飛び込んでこい、って。しかもオリョクルで疲弊しきってる所に、でちよ?もう死刑宣告と同じでち。

 

その鎮守府ではゴーヤの練度が一番高かったんでち。瑞鳳も勿論一緒に出撃。怒って逆らったらそれだけ瑞鳳の立場が悪くなる。そう思って仕方なくバケツ被って出撃したんでち。

 

みんな無事に帰ってきて、ゴーヤもヘトヘトで帰艦報告しに執務室に行ったんでち。そしたら‥‥‥てーとくがイクとイチャついてたんでち‥‥‥。しかも『もうすぐゴーヤが帰ってくるのね‥‥‥駄目なの』とか『アイツの事なら大丈夫だ。イクさえ傍に居てくれれば』とか抜かしてやがったんでち!

 

『全員無事帰投したでち!』

 

それだけ伝えて思いっきり扉を閉めて、真っ直ぐ食堂に向かったんでち。怒りはあるけど、此処は全員無事だったんだし、使えなくて溜まってた間宮券使ってアイスでも食べて忘れよう、って。

そしたら、そしたらでちよ?あんのクソてーとくの奴、いきなり現れてゴーヤが食べようとしたアイスの一口目を横から奪いやがったんでち!!

 

『もう我慢出来ないでちぃぃぃ!!こんな鎮守府出てってやるでちぃぃぃ!!』

 

こうやって、ゴーヤは家出したんでち。

 

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥そのあと、グラーフさんにばったり会って、此処に置いてもらえる事になったんでち」

 

天津風は「酷い奴が居るのね!」と怒り心頭。こき使った挙げ句の仕打ちは流石に許せない様子。

 

「いつでも力になるわ、ゴーヤ先輩!」

 

「その気持ちだけで充分でちよ」

 

ウンウン、と頷いていたゴーヤの後ろから「No‥‥‥」と呆れ顔で眺める金剛の姿。

 

「天津風、ゴーヤのstoryは半分は嘘デース‥‥‥」

 

‥‥‥金剛の説明によると、真実はこうだ。オリョクル帰りのゴーヤがバケツ被って出撃、は真実。ただ、オリョクルにドラム缶装備のみ、というのは大袈裟な表現で、ちゃんと武器は持たされていた。それと、向こうの提督は執務室で伊19とはイチャついてはいなかった‥‥‥というか、アチラには伊19は着任していない。アイスを食べられたのは本当だが。伊58はアイスを一口食べられて激昂、その直前までの事もあって大喧嘩となった訳だ。

 

「‥‥‥ちょーーーっと大袈裟に言ってみただけ‥‥‥でち」

 

伊58は「あはははは」と渇いた笑いを残し退散。その場には金剛と、ポカン、とした天津風が残った。

 

「金剛さん?」

 

「‥‥‥アッチのテートクは不器用デシタネ。impatienceは禁物デース」

 




足柄さん、あれから大変だったのです。

元ゴーヤの提督さん‥‥‥金剛は察したようです。まあ、不器用にも程がある。


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おまけ4 決着を 前半

お久しぶりの更新です。今回は前半。護衛艦こんごう再び。


横須賀鎮守府から遠くない、某所。繁華街の一角にある居酒屋。看板には『酒処 妙』とある。店内は木の温かみのある落ち着いた雰囲気の和風の造りで、決して大きくはない。六人程が座れるカウンターが奥にあり、入口側にはテーブル席が8つ程。奥では仕込みを終えて一息ついている女将らしき女性。美人だが勝ち気な感じの、黒髪ロングに白のカチューシャをしている。黒いTシャツに酒屋の前掛け。スタイルも悪くない。ただ、如何せん女将というには若すぎる見た目。

 

そこへ「妙さん、ただいま」と入ってきた少女。ピンク色の髪を何時ものように両サイドで結わえたツインテールの髪、髪と同じピンク色の瞳。羽織っていた上着を脱いだ少女が着ていたのは、『妙(たえ)さん』と呼ばれた女将が着ているのと同じTシャツ。下はジーンズに酒屋の前掛けをしている。

 

 

「おかえり、レン。買ったものはそこに置いといて」

 

「はーい」

 

レンと呼ばれた少女は、手に持っていた買い出し品の入った袋をカウンターの隅に乗せた。レン‥‥‥そう。英雄・初代漣にして元・護衛艦こんごう、彼女である。

 

レンはあの南方棲戦姫との戦いの後、引退。今はこうして居酒屋の看板娘をしている。引退といっても解体はしていない。理由は簡単。レンの『護衛艦こんごう』としての能力は日本としてもおいそれと手放す訳にはいかないから。世界に二つとない力を備えたミサイル護衛艦こんごうを完全に失う事は国力に関わるから。それでもこれまでの対深海棲艦戦における実績と、英雄・漣としての立場と貢献度、旧大本営によってレンが被った不幸を考慮し今は引退という立場を得られた。とはいえ、艤装さえあれば直ぐにでも『こんごう』として戦える状態である事に変わりはない。事実、レンの姿は引退前と全く変わっていない。つまり、数年経った今でも軍からの要請があれば何時でも艦娘に戻れる状態にある。それが、引退の条件だった。

 

「レン~、オープン前にご飯食べちゃってねー」

 

「うん」

 

女将の妙に言われて、レンはカウンター内へ。今日の夕飯はカレー。妙らしく、カツカレー。

 

女将‥‥‥足木 妙。元・足柄だ。足柄は解体してレンと時を同じくして今度こそ引退。前々から艦娘としての力の衰えは感じていたらしい。酒好きと料理好きなのもあり居酒屋を始めることにしたようだ。同時に、既に身寄りのないレンを引き取って養子とした。なので、レンの方も今の名字は足木である。

 

店のラインナップは揚げ物中心、サラダ、焼魚、刺身等々。一通り‥‥‥あるにはあるがやはり揚げ物の数は多い。お酒はビールに日本酒、焼酎と足柄が好きなものが多いが、レンの提案で果実酒も少々。 勿論、圧倒的に男性客が多い。何せ、女将は黙っていれば美人の足柄、接客は美少女のレンなのだから当然。

 

横須賀鎮守府が近いせいもあって、艦娘の利用者も少なくない。今は横須賀に異動している赤城や、川内、明石達もよく利用している。それから、横須賀提督となった山本十三も。

 

「妙さん、美味しいんだけどさ、カツカレー以外のカレーも作ったら?」

 

「何よぅ、旨いんだからいいじゃない」

 

因みに足柄特製のこのカツカレー、メニューに入っている。〆に頼まれるらしく、何気に人気メニューである。

 

無論、比叡は少なくない頻度でこの店に態々通っている。当然ながらレン目当て。レンの方も最近は比叡を少し意識し始めていて、それが妙(たえ)には複雑なようだ。親心だろうか。

 

「妖精さんも。はい、アーン」

 

レンは持っているスプーンでカレーを掬い、妖精さんの口元へと運ぶ。言われるままに口を開けて美味しそうに食べているこの妖精、嘗てレンを漣として見出だし艦娘として覚醒させた最古参の妖精さんだ。今はこうしてレン、妙と共に生活している。

護衛艦こんごうの艤装を駆っている『こんごう妖精さん』達は艤装の維持と春雨のサポートの為に元水族館の鎮守府に残っている。嘗ての『妖精金剛』のようにレンと魂を共有してはいないため。

 

そうして少し早い夕飯を食べていたレン達の元に、訪問者。まだ開店前の入口が開く。思わずそちらを向いた三人(?)の視界に見えたのは、山本提督。それとその現在の秘書艦、紫がかった長い髪をミヤコワスレと大きな鈴の付いた髪止めで右サイドテールで纏めた可憐な少女、駆逐艦・曙の姿だった。

 

「ボノ!」

 

駆逐艦漣だった性もあるのだろう、スプーンを置いたレンは嬉しそうに曙の元へと走る。

 

「何よ、この前飲みに来たばっかりじゃない」

 

答えた曙も満更でもなさそうな表情だ。曙が言う通り店に来たのはつい先日。金剛と大和、また日本に滞在する事になったグラーフと共に飲みに来たばかり。

そんな様子のレンとは違い、妙の表情は渋い。山本達が来た理由が何となく理解できているようだ。妙の様子を察してか、山本の開口一番の言葉は「申し訳ありません」だった。

 

「二人とも座りなさいよ。立ったままってのも、ね」

 

そう妙に促され、カウンターに座る山本と曙。二人の表情は優れない。やはり、妙の睨んだ通りのようだ。事情を飲み込めていないレンは「あの‥‥‥二人とも?」と戸惑い気味に山本と曙の顔を覗き込む。

 

山本の「実は‥‥‥呉とウラジオストクが襲われまして」という一言で妙は確信を持った。呉、ウラジオストク。思い当たる共通点は一つしかない。呉の吹雪、ウラジオストクの漣。初代の、南方棲戦姫を倒した英雄艦の三人、漣、吹雪、雷の同型艦が所属していた鎮守府だ。妙が呟く。「レ級、か」と。

 

水の入ったグラスを二人に渡そうと思っていたレンが、乗せているトレンチごとグラスを落とした。床に割れたガラスの破片と氷、水が散乱する。

 

「レ‥‥‥級?」

 

レンの表情は固まっていた。悪夢を思い出したような、辛い記憶を呼び覚まされたような、そんな表情。

 

戦艦レ級。嘗てレンが漣だった頃、南方棲戦姫を命と引き換えに撃沈させた初代の雷の成れの果て。初代の吹雪を轟沈に追いやり、漣が自殺する原因ともなった個体。

南方棲戦姫が蘇っている事実がある以上、レ級が復活しても何ら不思議ではない。しかしながら、問題はそこではなかった。山本がレンの前でその話を切り出したという事が意味するところは一つしかない。

 

ばら蒔いた破片を片付けた妙が、後ろからレンの両肩にポン、と手を乗せた。完全に動揺して震えていたレンだったが、それで漸く我に返って少しだけ落ち着いた。

 

「ナツが‥‥‥どうして‥‥‥」

 

レンが口にした『ナツ』というのは、初代の雷の本名だ。そのレ級が現れ、呉とウラジオストクが襲われたとなれば、次に狙われる場所は予想する迄もない。現・雷の所属している鎮守府。元水族館のあそこしかない。あそこには雷は勿論の事、親友の春雨、妹のような存在の天津風や、レンの引退まで共に戦い抜いた仲間達、それに何より比叡が居る。彼女達が負けるとは思えないが、レンには黙って指を咥えている事は出来ない。

 

「山本提督、横須賀からは出せないの?赤城や葛城だって居るじゃない」

 

「すみません、妙さん。その横須賀が狙われる可能性もありますので」

 

妙が「チッ」と舌打ち。横須賀が狙われる可能性がある、というのならそれは妙のせいだからだろうか。嘗てレ級を滅ぼしたのは足柄。足柄が所属していたのが横須賀。横須賀から元水族館の鎮守府は近くはない。一度横須賀を離れれば、戻るには時間が掛かる。空母が留守にしている間にレ級に襲われては堪らない。赤城や葛城達空母が不在の所を狙われれば制空権を完全に掌握されて、幾ら曙達でも圧倒的に不利だ。

 

あの曙が本当に申し訳なさそうに「レン、ごめん」と頭を下げた。つまり、そういう事なのだ。二人はレンを迎えに来たのだ。『ミサイル護衛艦こんごう』としてレ級を迎え撃ってもらう為に。再び艦娘として海に立ってもらう為に。

 

*********

 

「妙さん、妖精さん、それじゃ行ってくるね。ちゃんと毎日連絡するから」

 

「馬鹿ね、3日に1回くらいで大丈夫よ。行ってらっしゃい。気を付けるのよ?」

 

『行ってらっしゃい、レンさん』

 

結局、レンは引き受ける事にした。勿論悩んだ。悩んだし恐怖が無い訳でもないが、仲間達や比叡が襲われるのを見過ごす等到底できない。妙と妖精さんに見送られ、着替えと少しの荷物を持って迎えの車に乗り込んだ。知らない海軍の関係者なら兎も角、運転手は青葉だし心配は無いだろう。

 

「では行きますよ、レンさん」

 

「はい。お願いします、青葉さん」

 

実は、海軍は嘗てレンが所属していた頃とは大きく変わっている。先ず、艦娘の数が圧倒的に少ない。艦娘大国だった頃からは想像も出来ないが、それも仕方の無い事。何せ、半数以上の艦娘は引退している。理由は一つ。レンや比叡達が南方棲戦姫を倒した後、深海棲艦は一斉に姿を消した。それから数年間、深海棲艦は全く姿を見せなかったのだから、その間に艦娘の体制は大きく変わるのも無理はなかった。世界の艦娘の数は急激に減り、各国の保有率は大きく下がった。束の間の海の平穏が破られたのは最近の事だ。再び深海棲艦達が現れた。まるで、世界の艦娘が弱体化するのを待っていたかのように。

 

青葉の運転で高速道路に乗って走る事、二時間程。懐かしい光景が見えてきた。海岸沿いにある大きな建物。嘗てレンが『こんごう』として所属していた鎮守府だ。今回の滞在‥‥‥一時復帰の期間は取りあえず3週間。その間に必ずやレ級は現れる、というのが山本提督の見解だ。

 

その山本に『妻を頼む』と頭を下げられた。理由はと言えば、その鎮守府の門の前で立って出迎えにいる人物。

 

「お久しぶりなのです、レンちゃん」

 

「はい、美鈴ちゃん。お久しぶりです」

 

美鈴。元・電にして山本の奥さん。嘗ての電の時の姿から少しだけ成長し、今は見た目高校生くらいになっている。幼さと大人の入り交じった感じの可愛らしい姿になっている美鈴は、訳あって今は提督になっている。山本とは月に何度かしか会えないが、抜き差しならぬ現状では致し方ない。

 

「一先ず部屋に案内するのです。比叡さんと同室で大丈夫ですよね?」

 

ニコリと微笑む美鈴に「えっと‥‥‥はい」と口ごもり紅い頬で答えたレン。3週間も同じ部屋とは、意識するなという方が無理だ。嘗てはずっと相部屋だった筈なのだが、今は心境が違う。

 

美鈴達の鎮守府は、今は新人艦娘の最終研修施設を兼ねている。成りたての新人達が演習に励んでいるのを横目に見ながら、レンと美鈴は本棟へと歩く。

 

「一先ず雷ちゃんに会って欲しいのです。口には出してないけれど、きっと不安になっている筈なのです」

 

促されるままに本棟内を歩き、作業を終えたらしき夕張とすれ違いざまに再会を喜びあいつつ、雷の部屋へ。コンコン、と美鈴が扉をノック。

 

「雷ちゃん、入るのです」

 

中から「はーい」と返事が聞こえて、美鈴が扉を開いた。中には椅子に座っている雷。髪が少しだけ乱れているし、本人は隠してはいるようだが頬に涙の跡。ベッドの毛布が乱れているので、恐らく毛布を被って泣いていたのだろうか。雷の気持ちを思うとレンの胸が締め付けられるように痛む。

 

「‥‥‥レンじゃない!久しぶりね、元気だった?」

 

「雷ちゃん」

 

言うなり、レンは雷を抱き締めた。察したのか、美鈴の姿はいつの間にか部屋に無い。雷は最初こそ驚いた様子だったものの、美鈴の姿が見当たらない事を確認すると瞳に涙をいっぱいに溜めていた。相当我慢していたのだろう。

 

「大丈夫。大丈夫だから。雷ちゃんは守るよ、絶対に」

 

レンの言葉がトリガーになったようで、雷はすがり付いて泣き出した。やはり恐怖と不安に苛まれていたようだ。

悲劇は繰り返させない。必ず、必ずレ級を止める。レンはそう誓う。

 

(ナツ、貴女の身体、深海棲艦から取り戻すよ。絶対に)

 

 




レ級との決着、過去との決着をつける為レンちゃん再び護衛艦こんごうとして抜錨する事に。

え?夕立?なんの事でしょうか?分かりませんねぇ。


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おまけ4 決着を 中盤

あっれぇ~?あれれ~ぇ?導入だけで2話も使った‥‥‥



 

 

「少し落ち着いたわ」

 

雷からは不安そうだった表情が幾分消えた。しかしながら、その笑顔はまだぎこちない。

 

漣だった頃に自殺するまでに精神的に追い込まれたレンには雷の気持ちは何となく分かる。レ級に追われる恐怖、轟沈し自分も同じようになってしまうかも知れないという恐怖。レンだって克服した訳ではない。けれど、当時よりは前向きになれている。それは金剛やグラーフ、足柄、比叡達の存在があったから。誰かが支えてあげなければ折れるのも容易い。言い換えれば、誰かと支え合えば耐える事もできる。だから、今はレンが雷を支える。嘗て自身が陥った最悪の結果に向かわないように。

 

「私じゃ頼りないかも知れないけど‥‥‥話を聞くくらいならできるから。何時でも言ってね、雷ちゃん」

 

話が上手い訳でも、カリスマがある訳でもない(と本人は思っている)。それでも、少しでも力になれたら。そう思い、レンは雷に微笑みかけた。雷も充分分かってくれたらしく「もう大丈夫だから」と笑い返してくれた。

 

「また不安になったら頼る事にするわ。ありがとう、レン」

 

雷も暫くは大丈夫そうだと思い、隣に座っていたレンが立ち上がろうとした時。タイミングを図ったかのように扉をノックする音。事が落ち着くまで待っていたのだろう、「入っても平気ですか?」と美鈴の声が聞こえた。

 

「大丈夫よ、司令官」

 

雷の確りした返事に安堵しつつ扉を開けた美鈴は「午後に改めて執務室に来てください。それまでは自由時間なのです」と促してくる。意図する所は一つだろう。雷も直ぐに気付いて「ほら、早く会ってあげなさいよ」と急かしてきた。先程までの弱気な雷はどこへ行ったのか。

 

「‥‥‥‥‥‥うん」

 

レンはニッコリと笑い、部屋を後にした。残された美鈴はその後ろ姿を見送りつつ、囁くように雷に語りかける。

 

「親友を亡くして、真実に打ちのめされて‥‥‥親友の亡霊と対峙して。きっと一番辛いのはレンちゃんなのです」

 

「私なんかがクヨクヨしてる場合じゃないわ。そうよね、お従姉ちゃん?」

 

雷も、通路の奥へと消えていくレンの後ろ姿を見つめる。その瞳に映るのは、英雄でも特別な艤装を備えた艦娘でもない‥‥‥。

 

*********

 

レン本人的にはゆっくり歩いているつもりだった。けれど、その足取りは思いの外軽いし速い。一階の通路の奥の両開きの扉に入り、熱帯魚の泳ぐ水槽群を抜けてその先の階段を下り、あっという間に工廠前の扉についた。左右に分かれた二つの扉の左をゆっくり開き、一番左端にある四番ドックへ。中は相変わらずだった。『護衛艦こんごう』の艤装はこまめに手入れされているらしく、レンが引退した当時の姿と変わらない。その『こんごう』の艤装の隣に保管されているのが春雨が現在使用している『むらさめ型護衛艦はるさめ』の艤装。

改になる前の金剛の艤装のような、中心部にマスト、両サイドにVLSと船の形状を大きく残したような『こんごう』の艤装。それとはまた大きく違う、春雨のものに近い形状でそのサイドに電探やVLS、艦対艦ミサイルの付いた『はるさめ』の艤装。その『はるさめ』の艤装の上で忙しそうに動いている『こんごう』妖精さんが二人(?)。一人は嘗て金剛の魂の器となっていた金剛ソックリな見た目の妖精さん、もう一人は今のレンとソックリな見た目の妖精さん。二人とも海上自衛隊の‥‥‥と言ってもレン達には『海上自衛隊』が何かは分からないが‥‥‥制服に身を包んでいる。

 

「妖精さん」

 

声をかけた瞬間、妖精さんは二人同時に振り向いた。手を止めてスルスルと器用に艤装から下りてきて、レンの足元に駆け寄ってきてくれた。

 

「久しぶりだね、元気だった?」

 

レンは妖精さんを抱き上げた。妖精さん達は妖精さん達で、再会を喜ぶようにレンに頬擦りしてくれている。レンにとって『こんごう』妖精さん達も最後まで一緒に戦い抜いた相棒。『こんごう』妖精さんの方もまた同じ。

座り込んでお互いの近況を話し合っていたレンの左肩が、背中側からポンポンと叩かれた。気が付いて振り返ってみると、立っていたのは微笑んでいる春雨。それから‥‥‥。

 

「比え‥‥わぷっ!?」

 

レンの顔がその人物の胸に埋まり口を塞がれた。名前は最後までは言わせてもらえず。振り返った体勢のまま抱き締められた。

 

「どうして最初に部屋に寄ってくれないんですかッ!?酷いですよぅ」

 

そう話す人物、比叡に抱き締められたまま、顔は胸に埋まったまま。レンの頭の辺りに頬擦りを繰り返しているらしく、プニプニと頬の柔らかい感覚。喜んでくれるのはいいのだが、正直、息が苦しい。

仕方無く比叡の左手を掴み2度3度引っ張る。それで漸く事に気が付いた比叡が慌てて両手を離してくれた。

 

「もうっ、比叡!」

 

「あは、あははは‥‥‥ちょっと舞い上がっちゃって‥‥‥」

 

レンが此処に来た理由からすれば、不謹慎なのだろう。けれど比叡にとってそれは嬉しい以外の何物でもないし、舞い上がるのも仕方ない。何せレンと3週間一緒に生活できるのだから。これでレ級が現れなければ言うことは無いのだろうが。

二人は顔を見合せ、クスクスと笑う。レンも嬉しくない訳は無いのだ。

 

‥‥‥離れて『こんごう』妖精さんと一緒に二人の様子を見守っていた春雨が、そろそろ頃合いかと声を掛けてきた。

「二人とも、そろそろいいですか?」

 

そこでやっと春雨も居た事を思い出した二人。恥ずかしくなって頬が紅く染まったレンと比叡は、微笑ましい視線を向けている春雨と共に工廠を後にした。

 

*********

 

比叡が今使っている部屋は青葉と同室。しかしながら青葉は最近部屋を空ける事が多い。艦娘達に顔が広かったので、今は引退している元艦娘に復帰をお願いして回っている為だ。

 

故に、今は部屋には比叡とレンしかいない。二人っきりの部屋に居座れるれる程、春雨の度胸は座ってはいない。

 

「あ、これ金剛さんの?」

 

「そうそう。お姉さまが使っていたものですよ。‥‥‥ところで、レン、あの‥‥‥」

 

 

 

‥‥‥二人がそんな会話をしている部屋の外の廊下。奥からとある人物が歩いてきて、不思議そうに比叡の部屋の前で立ち止まった。

 

「あの、皆さんは此処で何をしているのですか?」

 

話し掛けたのは、呉に居る筈の大和だった。一方の話し掛けられた如何にも挙動不審な、部屋の中の様子を聞耳をたてて窺っていた面々。

 

「違うのよ‥‥‥そっ、そう!レンが心配なの。だから様子をこっそり、ね」

 

‥‥‥雷。

 

「そりゃあ『英雄』と『御召艦』のスクープ‥‥‥じゃなくて、雷さんの言う通りですよ!」

 

‥‥‥青葉。

 

「ちょっと通りすがりなだけ、でち。天津風が用があるって言うからでち」

 

‥‥‥伊58。

 

「えっ!?ちょっと!?ゴーヤ先輩!?」

 

‥‥‥天津風。

 

「なっ、那珂ちゃんはアイドルだから覗きなんてしてないよ!」

 

‥‥‥那珂。

揃いも揃って二人の様子を探っていたようだ。「はぁ‥‥‥」と大和が溜め息を漏らしたのと同時。皆の声に気付いたらしく、扉が開かれ真っ赤な顔の比叡が現れた。

 

「ひぇぇッ!?みんな何やってるんですかッ!?」

 

******

 

そのあと。頬を膨らませた比叡とレンも含めた一行は執務室に移動。美鈴からレンと大和の臨時の着任についての説明があった。

 

「レンちゃんと大和さんは今日から3週間滞在してもらう事になりました。表向きの理由は兎も角、対レ級の為の着任なのです。明日には横須賀の川内さんも来る事になっているのです」

 

レンは兎も角。大和と川内が臨時で着任とは穏やかではない。戦艦レ級が如何に強大な深海棲艦なのかが良く分かる。レン、春雨、大和、川内、比叡。これだけの艦が揃うからには、結果は出さなくてはならない。

 

「これだけの戦力を任されています。此処で‥‥‥此処で必ずレ級を撃沈しなくてはならないのです」

 

美鈴の表情にも険しさが見てとれる。艦娘としてならいざ知らず、提督としては歴戦と言えるような実績は無い。しかしながら、その小さな肩にかかる重圧は並ではない。

と、そこで美鈴の表情が崩れた。険しいものから笑顔へと変わる。どうやら訓練の前にやることがあるようだ。

 

「それは、それとして。大和さん、レンちゃん。二人を歓迎します。勿論、お酒は控えて欲しいのです」

 

要は、歓迎会。この分だと川内が来る明日にもまたやるのだろうか?確かにレ級は脅威ではあるが、緊張の糸を張ったままでは疲れてしまう。張る時は張る、弛める時は弛める。そういう事だろう。

 

「では皆さん、食堂に移動なのです」

 

 




次回に続きます。レ級戦は多分次‥‥‥(汗)



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おまけ4 決着を 中盤その2

‥‥‥まだ続くようです。


 

歓迎会を兼ねた早めの夕食の後の比叡の部屋。久しぶりに金剛が置いていったティーセットで紅茶を淹れているレンが、食堂で焼いたらしいクッキーを持ってきた所の大和に視線を移し「そう言えば」と口を開いた。聞きたかったのは昼間に美鈴が言っていた『表向き』の理由。それに対して大和は少し困ったような苦笑いを浮かべた。どうやらあまり良いことではないようだ。

 

「ええっと‥‥‥罰、です。新人の皆さんと再研修、といった所でしょうか」

 

その大和の言葉にレンよりも驚いたのは比叡。「えっ?」と声をあげて目を丸くしている。大和の夫は今や軍令部総長である東郷平八大将だし大和自身も軍規を破るような人物とは思えない。余程の事をしたのか‥‥‥いや、せざるを得ない何かがあったのか。レンや比叡が聞けるような雰囲気では無かったのだが、意外というべきか大和の方から語ってくれた。

 

呉に着任したばかりの新提督。大和はその提督に睡眠薬を盛ったらしい。理由は、提督が無理をし過ぎていた為。その提督も元艦娘で、呉の艦隊が危険に晒された場合は自身が出撃しようとしていたから、だと。

 

「それで睡眠薬ですか?大和さんにしては強引でしたね」

 

比叡に言われて「そうですね。夫にも『他にやり方があっただろう』と諭されました。私も余裕が無かったのでしょうね」と苦笑いのまま答えた大和。その睡眠薬を盛った日こそ、呉鎮守府がレ級に襲撃された日。提督が眠りに落ちて指揮官不在となった呉の第一艦隊は壊滅一歩手前まで追い込まれた。轟沈艦が出なかったのは不幸中の幸い。その責任もあって大和は研修に参加しなくてはならないらしい。

 

「大和さんが参加したら、他の新人の子達はビックリするかも知れませんね」

 

「ええ、レンさん。かも知れませんね」

 

クスりと笑う大和の様子に、レンと比叡はホッと安堵。どうやら大和の処分は深刻な事態にはなっていないらしい。因みに川内はその研修の視察を兼ねる、という体裁になっている。

 

レ級と漣、吹雪、雷の関係を上がここまで隠す理由の一つには、国民の動揺を最小限に抑える為というのがある。他の艦娘なら兎も角。レ級が英雄艦の一人、初代の雷だと広まればその衝撃は計り知れない。英雄ですら深海棲艦に堕ちるのだと知れてしまったら‥‥‥。英雄はあくまでも英雄で留めておきたい、といった所。艦娘の立場をこれ以上悪くしない為には必要な事。

 

「新人の子達‥‥‥川内さんが来るって聞いて震えてましたね」

 

この鎮守府で研修中の新人艦娘達の話題へと移行し、川内の事をそう持ち出したのは比叡。川内は現在、引退した足柄に代わり新人達の教導官を勤めている。比叡の言葉からも分かる通り、足柄に負けず劣らずの鬼教官。受ける方の新人艦娘達はたまったものではない。まあ、川内の場合はそれもこれも全てあの戦艦水鬼『金剛』にやられた経験から来るものだが。川内の艦娘としてのキャリアにおける唯一の完敗、川内自身は中破でなんとか持ちこたえたが、大鳳以外の僚艦は轟沈という最悪の結果となったあの一戦の経験。

 

「川内さんはきっと、二度と自分と同じ思いをさせたくないのでしょうね」

 

当時の事を思い出しながら、大和は比叡の言葉にそう答えた。

誰も轟沈せずに済むように最低限の技術は授けたい。そんな川内の思いは‥‥‥。

 

比叡もあの時を思い出し、紅茶を口にしつつ「妙さんも現役当時は同じ思いで教導してたんですかね」と振り返っている。「そうかも知れませんね」とそれに同意した大和とは違い、レンは少し違う考えだった。

 

(妙さんは多分、私のせい)

 

雷の特攻、吹雪の轟沈、レンの自殺を止められなかった自責の念と自身の力の無さへの恨み。妙は多分、根底にはそれがあった。

 

(だから)

 

だから。レ級は倒さなくてはならない。記者時代とは比較にならない程に自分を律してきた妙の為にも、命を張って南方棲戦姫を沈めた親友・雷の為にも、レンの手で。

 

*********

 

翌、早朝。比叡はまだ夢の中だが、大和は既に起きて部屋にはいない。新人達と早朝訓練に参加するらしい。

レンも何となく目が覚めた。ベッドから降り、静かに寝息をたてている比叡を起こさぬようそっと扉を開けて部屋の外へ。

 

久しぶりに訪れたのもある。今もまだ設置されている各水槽を特に目的もなく見て回る。

 

(懐かしい)

 

海月の水槽の前で立ち止まる。悩んだ時はよく此処に来て海月を眺めていたものだ。レンが引退する直前の、対南方棲戦姫戦の前も。

 

(作戦の2日前、だったよね)

 

嘗てレンが『こんごう』として参加した最後の作戦、南方棲戦姫との決戦の2日前のこと。レンは当時もこうして水槽の前で海月を眺めていた。心の奥から沸き上がってくる恐怖の記憶をどうにか抑え、心を落ち着けようとして。その時に後ろから比較に抱き着かれた。と言ってもロマンチック等という雰囲気の欠片もなかったが。比叡は間違えて酒を飲んでしまったらしく、その時は酔っていた。「れ~ん~」と呂律の回っていない情けない口調で名を呼びながら正面から抱き直した比叡の目は据わっていたし比叡自身も当時の事を覚えてはいないらしい。両腕は比叡に完全にロックされてしまい動けなかったレンの唇に、そのまま比叡の唇が重なった。

‥‥‥唇を離した直後に比叡の顔は青褪め嘔吐。おかげでレンも恐怖や緊張どころではなくなった。本当に雰囲気も何も無かった。

しかしながら、それからだ。比叡を友人としてではなく意識し始めたのは。

 

そんな事を思い返していたレンの右肩に、後ろから手が乗せられた。「比え‥‥‥」と言いかけ振り返ったレンの視界に見えたのは、川内。

 

「やっ、レンちゃん。‥‥‥顔真っ赤だけど大丈夫?風邪?」

 

「えっ?‥‥‥だっ、大丈夫です!」

 

川内に言われて気が付いた。レンは頬から耳まで真っ赤だった。

 

*********

 

「‥‥‥ってわけだから。今日から3週間、またみんなの教導を視させてもらうよ」

 

その後の、鎮守府内の陸上の訓練場。正面でそう挨拶した川内に「はいっ」と声を揃え肘を張らない海軍式の敬礼で答えた新人達。気のせいではなくその表情は緊張しているようだ。新人達の隊列の一番右端に並んでいる大和の影響もあるだろうが。

 

「そうそう、陽炎型の二人。言ったことはちゃんとやってる?」

 

川内にそう問われ、慌てて「はいっ!」と答えた新人の艦娘。陽炎型駆逐艦のネームシップの陽炎と17番艦の萩風。もう一度言うが、艦娘になったばかりの新人。二人とも前任の艦娘については良くは知らない。噂で『ハイレベルな艦娘だった』と聞いた程度だ。二人の着任当時から川内は目にかけている。理由は察しの通り。二人には通常の訓練とは別にメニューをこなさせているようだ。

 

「それで。今日から暫くこの子もみんなと同じメニューをこなしてもらうから。仲良くやってね」

 

川内の紹介ののちに現れたのは勿論レン。レンも実戦から退いて長い。レ級と対峙する前に少しでもカンを取り戻す必要がある。

そのレンの顔を見た新人一同がどよめく。横須賀鎮守府で教導を受けていた新人達が毎日目にしていた、額に入った『英雄・駆逐艦漣』の写真。その英雄と同じ顔がそこにあったのだから無理もない。

 

「レン、です。えっと‥‥‥宜しくお願いします」

 

新人達はまだどよめいていたが、大和が「宜しくお願いします」と敬礼した事で集束。訓練は始まった。‥‥‥勿論、川内に手加減の文字は無く。レンはその日は動くのも辛い程にしごかれた。

 

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちょうど、その頃。同じ町内にある神社の境内にある慰霊碑の前で祈るように立つ人物が一人。その慰霊碑には菊花紋章が施してあり、『軍艦那珂忠魂碑』とある。立っているのは勿論、那珂。

 

「やっぱり此処に居たでち」

 

「‥‥‥ゴーヤちゃん」

 

探しに来たのは伊58。とは言っても伊58にはある種の確信はあった。大きな作戦の前になると、那珂は何時も此処に祈りに来ていたからだ。

 

「祈って結果が変わるなら誰も苦労しないでち」

 

「分かってるよ。けどさ‥‥‥那珂ちゃんは‥‥‥那珂ちゃんは、一番性能が低い改二だから。今度も生き残れるって保証はないもん」

 

修羅場も何度も潜った。他の鎮守府では遭わないような強大な深海棲艦とも戦ってきた。けれど、それは那珂が強かったからではない。金剛や比叡、赤城、こんごうといった錚々たるメンバーが側にいたからだ。

 

「那珂ちゃんはさ。川内ちゃんとか神通ちゃんみたいに強くないから。でも‥‥‥此処に来ると力を貰えるんだ」

 

背中に居る伊58の方は振り向かず、碑を見上げ那珂は頷く。

 

「だからね、那珂ちゃんは逃げないし、次も絶対勝つよ。だって、アイドルは沈んだりしないもん!」

 

「‥‥‥『艦の実力はスペックじゃない』ってどっかの一番艦も言ってたでち。まぁ、精々藻掻いてくだち」

 

突き放すようにセリフを吐いたが、それも伊58なりのエールだろう。那珂も理解しているようで「ゴーヤちゃん、ありがと」と珍しく真面目に返した。

 

***************

 

だが、そうそう思い通りにいかないのが常である。洋上のとある地点。暴風雨の荒れた海面に浮かぶ影。

 

『モウスグ‥‥‥モウスグネ』

 

真っ黒なフードを被った、真っ白な長い尾の生えた肌の白い少女。元・初代雷、戦艦レ級。彼女がその赤い瞳で見据える水平線の先にあるのは、恐らくは美鈴の鎮守府。ニタァ、という表現がぴったりの不敵な笑みを見せたレ級の隣に、もう一体の深海棲艦。駆逐艦の鬼級‥‥‥だろうか?しかしながらその姿は、艦娘だった頃の姿を色濃く残している。その右腕は無く代わりに触手のような白い何かが生えていて、その先に主砲が付いている。

 

『ジャア、イコウカ?』というレ級に、その駆逐艦の深海棲艦がこう答えた。

 

『ソウダネ、イコウ!‥‥‥今ムカエニイクカラ。マッテテネ、レンチャン』




新人艦娘でレン=初代漣に気付かなかったのは鈴谷さんだけだったようで。え?そんな内容無かったって?そうでしたっけ?

レ級の他にもレンちゃんを狙う影が!?何雪さんなんでしょう(棒)


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おまけ4 決着を 中盤その3

あかんこれ。レ級戦は次回です。


 

「どうかなさいまして?」

 

横須賀鎮守府の執務室。山本と秘書艦の曙は不在。秘書艦代理、執務補佐官の航空巡洋艦・熊野。栗色の髪をポニーテールで纏め、嘗ての鈴谷と同じ制服の、生まれの良さを感じさせる整った綺麗な顔立ちの、少女と女性の混在する年頃(あくまでも外見上だが)の艦娘。因みに彼女は人間としては本当に御嬢様である。入渠後に全身エステを頼んだりしているが「わたくし個人のお金で払っておりますので問題ありませんわ」との事。

その彼女の視線は今、何かに悩むビッグ7・長門に向いていた。

 

「いや、何故レ級は呉とウラジオストクを狙ったのかと思ってな」

 

「それは‥‥‥嘗て吹雪さんと漣さんが所属していたから、ですわよね?」

 

熊野からしたら長門が悩む意味を理解できない。熊野も立場上、レ級が初代雷の成れの果てという事は知っている。しかしそれは長門も同じ筈で、椅子に座り腕を組んで唸る長門の様子には疑問を抱かざるを得ない。

 

「いや、そうなのだが。何と言えばいいのか‥‥‥本当にそうなのか?」

 

「長門さん、それはどういう事ですか?」

 

長門の言い分はこうだ。レ級が今の吹雪達を狙うのは分からなくはない。レ級‥‥‥初代雷の嘗ての仲間、初代吹雪、初代漣(レン)の同型である今の漣、吹雪、それと雷を狙うという行為自体は過去にも同様の事例はあった。大和の元に現れた元武蔵・南方棲鬼や夕立の前に立ち塞がった元萩風・駆逐水鬼など、深海棲艦が生前関わりのあった艦娘に固執する事は度々ある。しかしながら、長門にはそれだけでは不満らしい。「それならば、レ級にトドメを刺した元・足柄教官の居たこの横須賀を最初に狙うのが普通ではないか?」と。

 

「それに、だ。奴ら深海棲艦は独自のネットワークで此方の動きを把握している節もある。一度体制が大きく変わっているこの日本に、果して過去の情報だけで攻めてくるのか?それに呉、ウラジオストク両方で空振りだったのだ。次を狙う、というのならレ級としても確たる根拠が必要だろう?」

 

そう。今は呉に吹雪は居ないし、ウラジオストクに漣は居ない。だから両方への襲撃は空振りだった訳で、次の三代目の雷を狙いに来るかは分からない、という事だ。

 

「そうですわね。理由としては少し弱いかも知れませんわね‥‥‥ですが」

 

熊野の表情も徐々に疑問の色に染まっていく。そもそも、一度海から忽然と姿を消した深海棲艦達が再び現れた時に最初に狙ったのは日本の観艦式、しかも各鎮守府の提督達の乗った軍艦だった。その時の大襲撃が元で当時の提督達の殆んどは亡くなってしまった。今では残っているのは山本だけ。軍令部総長である東郷は観艦式には参加していなかった為に無事。あとは現・海軍大臣である元横須賀鎮守府提督の木村くらいか。元・電で山本の妻である美鈴が提督をしているのもそういう事情がある。

 

「そうだ。深海棲艦達は今現在の我々の動きも感知している節があるのだ。それなら、吹雪や漣が鎮守府を異動している事を知っていてもおかしくはない」

 

「それは確かにそうですけれど。長門さん、それならレ級の目的は‥‥‥‥‥‥まさか」

 

熊野は気付いた。レ級の真の目的。そう。前の2件の襲撃はブラフで、次に狙われるのが横須賀か今の雷だと思わせる事。横須賀にも警戒の目を向けさせる事で‥‥‥引退していたレンを引摺りだす事。

 

「つまり、全てはレンさんを復帰させる為、ですか?」

 

「多分、な。レ級の目的は初めから『こんごう』だったのではないか?」

 

だとしたら。完全にレ級にしてやられた事になる。もし今の考えが正しいとすれば、レ級が襲撃してくるのはレンが復帰して間もなく。此方が真の目的に気付く前‥‥‥。

 

「急いで提督に知らせなくては‥‥‥あら?」

 

熊野が椅子から立ち上がろうとしたその時。執務室の電話が鳴った。相手は当然ながら山本達。その内容は‥‥‥。

 

「はい、提督」

 

『熊野か。木村大臣に会ってきた。大鳳の復帰の同意を取り付けてきた。それと、金剛、赤城に美鈴の所へ行くよう言ってくれ。彼女達なら向こうの艦隊と直ぐに連携できる。至急、だ』

 

どうやら山本も気付いたらしい。レ級を迎え撃つ為に金剛達を出すようだ。執務室内の空気が張りつめたものへと変わっていく。

 

「ええ。畏まりましたわ、提督」

 

*********

 

那珂が神社から戻った後に川内を交えミーティング。レ級についての元足柄である妙からの情報と、呉で実際に一戦交えた大和の情報を元に対策を練った。

‥‥‥但し、それはレ級が単独で襲撃してきた場合の話だが。

 

一度解散。各々が部屋へと戻る。レンも大和と比叡と共に、変わらず設置されている魚群の大きな水槽を横目に見ながら、嘗て何度も通った通路を歩く。

 

「レンさん、無理はしないでくださいね」

 

浮かない表情をしていたのだろう。大和に心配されて声を掛けられた。レンはハッとして笑みを作った。仕事柄、作り笑いなら得意だ。

 

「大丈夫です。覚悟ならしてきましたから」

 

前回‥‥‥と言っても遥か昔の話だが。前回とは違う。今度は、逃げない。今度こそ雷に安らかな眠りを。そう決意してきた。帰る場所だってある。待ってくれている人だっている。それに‥‥‥。レンの視線はチラリ、と比叡に向けられる。比叡も気付いて目が合った。合った瞬間、気恥ずかしくなって思わず目を逸らし、側にあった熱帯魚の水槽の方へと視線が逃げた。何も気にしていなさそうに泳ぐ色鮮やかな熱帯魚が羨ましい。

 

「フフッ。私はお邪魔なようですね。美鈴ちゃんと話したい事もありますし、暫く退散していますね」

 

様子を察し、大和はそんな事を言い残してクルリと向きを変えて執務室の方へと歩いていっている。残され二人きりとなったレンと比叡。周りは熱帯魚の水槽群。紅く染まった頬。「あの‥‥‥」と同時に口を開いて止まる二人。

 

「レン」

 

比叡に名を呼ばれ、立ち止まった。向き合って視線が重なる。

 

「あの‥‥‥比叡?」

 

比叡の顔が少しずつ近付いてくる。伸びてきた比叡の両腕がレンの首の後ろに回って‥‥‥思わず瞳を閉じた後。

 

抱き寄せられた‥‥‥のだが。比叡の唇はレンの顔の右側へとすり抜けた。伸ばしていた比叡の手は右手の方がレンの項へ。

「青葉さんッ!」と耳元で怒鳴る比叡の声。直後、ミシッと何かが潰れる音がした。目を開いて音の方へと視線を向けると、見えたのは比叡の右手の中にある機械の残骸。レンの首の後ろに付けられていた盗聴器。

 

「油断も隙もないんですからッ!」

 

脹れっ面を見せて憤る比叡の様子に、レンは思わず吹き出した。相変わらず締まらない。比叡は、変わらない。

 

「本当に。青葉さんってば‥‥‥ひゃっ」

 

そう思った瞬間。グイッと引き寄せられ強く比叡に抱き締められて‥‥‥。

 

*********

 

二人がそんな事をしていた頃。執務室へと入った大和と、浮かない表情の美鈴。ちょうど横須賀の熊野から連絡が入った所だ。金剛と赤城が急遽此方へと向かっている事と、レ級の真の目的。

 

「成る程。そういう事でしたか」

 

納得いった、という表情の大和。美鈴は執務室の椅子に座ったまま瞳を閉じて天を仰いでいる。

またしても。またしてもレンに背負わせてしまった。思えば呉でのレ級は本気ではなかった。呉の第一艦隊が最盛期と比べ弱体化しているとは言え、遊んでいるようにも見えた。大和自身も轟沈寸前まで追い込まれていたにも関わらず生き残ったのは、つまりはレ級にとって呉の艦隊が『どうでも良かった』からだ。呉やウラジオストクは最初からレ級の眼中には無かったのだ。

 

「また‥‥‥レンちゃんに苦しい思いをさせてしまうのです」

 

美鈴の瞳には、涙が滲んでいる。涙脆いのは変わっていないようだ。

 

「今は最善を尽くす事を考えましょう。金剛さんと赤城さんに合流していただければ、此方としてもより確率が‥‥‥」

 

大和がそう言い掛けた時だった。今度は鎮守府‥‥‥ではなく直接艦娘から通信。別の鎮守府(北上や大井、瑞鳳の居る鎮守府)に所属している筈の秋津洲から。

 

『グスッ‥‥‥エグッ‥‥‥大変‥‥‥かも‥‥‥』

 

「秋津洲さん!どうしたのです!?」

 

美鈴が慌てて通信に出るも、秋津洲は泣いてばかりで話が進まない。途切れ途切れの話からやっとの事で理解できたのは、その時が来たのだという事。

 

『レ級を‥‥‥見つけたかも‥‥‥エグッ‥‥‥大挺ちゃんが‥‥‥大挺ちゃんが‥‥‥グスッ‥‥‥やられたかも‥‥‥大挺ちゃんが‥‥‥』

 

秋津洲の二式大挺が捉えたのはレ級、それともう一隻の深海棲艦の姿。見たことの無い人型の、セーラー服姿の深海棲艦だったらしい。それはまるで‥‥‥。

 

『特型‥‥‥ヒック‥‥‥駆逐艦かも‥‥‥‥‥‥ビェ゛ェェエ゛ンッ』

 

二式大挺は墜とされたものの、遂に大泣きし始めた秋津洲自身はどうやら無事らしい。彼女の哨戒範囲から言って、レ級が鎮守府に着くのはもう時間の問題。金剛と赤城は間に合わない。

 

「不味いのです‥‥‥第一艦隊、すぐに出撃準備なのです!夕張ちゃんにも連絡なのです!」

 

美鈴の指示で第一艦隊の青葉、那珂、伊58、天津風はドックへ。春雨は既に鎮守府正面に出ていて、哨戒ヘリを飛ばしている。

 

ドックに大和が合流。少しだけ遅れてレンと比叡が合流して扉が開いた瞬間、二人が繋いでいた手を放したように見えたのは気のせいではないだろう。

 

「遅れましたッ」と息を切らせている比叡に「何やってるのよ!御召艦でしょ!」と天津風が怒鳴る。ただ、その天津風の両脚は震えている。そうして声を出しでもしなければやっていられないのだろう。相手は天津風にとって初めて経験するであろう化け物だ、無理もない。

 

「落ち着いて、天津風ちゃん。大丈夫、誰も沈ませないから」

 

そんな明らかに震えている天津風を、レンがそっと抱き締める。「こっ、怖くなんてないんだから!」と強がって見せている天津風も、それで少しだけ落ち着いたようだ。今までなら嫉妬の眼差しを向けていたであろう比叡は何故か今は大人しくしている。

 

『相手はレ級ともう一隻、特型駆逐艦の深海棲艦なのです!全員‥‥‥生きて戻って来てください』

 

祈るように指示を出した美鈴の通信。特型駆逐艦がレ級に同行しているらしい。レンの脳裏にある事が思い浮かぶ。まさか、と。

 

美鈴の通信の後。先行して出た春雨からの通信が響く。どうやら彼女のレーダーに捉えたようだ。

 

『敵艦捕捉しました!相手は一隻です‥‥‥多分戦艦レ級です!』

 

(‥‥‥えっ?今度は一隻?)と疑問の表情を浮かべたレンの右隣。最後に到着した川内がニヤリ、と不敵な笑みを見せ呟いた。

 

「さーて。最っ高に素敵なパーティ、始めようか」

 

 

 




次回やっとレ級‥‥‥と何雪戦。もう一隻の特型駆逐艦は何処に行ったのかなー(すっとぼけ)



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おまけ4 決着を 後半その1

次回!次回こそ決着‥‥‥の筈


 

徐々にその姿が見えてきた。先に牙を剥いている異形の頭の付いた真っ白な尾、黒いフードの奥で不気味に光る真っ赤な瞳。とても生者のものとは思えない真っ白な肌に、真っ白な髪。レンがまだ初代漣だった頃に対峙した恐怖の対象、戦艦レ級だ。ニヘラと笑うその顔は忘れもしない、嘗ての初代雷の顔。

 

「足柄教官の言った通りだね、前に沈めたヤツとは格が違う」

 

唇をペロリ、と一舐めして川内が呟いた。戦艦水鬼『金剛』の艦隊と戦った時にもレ級は居たが、威圧感からしてまるで違う。此処が鎮守府正面海域である事を忘れる程にピリピリと張りつめた空気。

 

「今度こそ、誰も沈ませないよ‥‥‥行くよ!」

 

相手は一隻。横須賀鎮守府の連合艦隊が壊滅した何時かの戦闘を思いだしながら海面を走り始めた川内の合図で、各艦が予定通りレ級を囲むように展開。そこから離れVLSを何時でも撃てる状態で待機する春雨とレン。

 

レ級は多数の艦爆を空へと展開、更に周りを囲む艦娘達に向けて雷撃。それと同時に一人向かってくる川内に16inch三連装砲を向ける。

 

『アハハハハッ』

 

まだ遊んでいるらしいレ級はゆっくりと川内に向かって前進、一発砲撃。砲弾は真っ直ぐに川内の心臓目掛け向かってくるが、そこは川内。レ級の砲口の向きから予想していたらしく右に身体を捻って避けた。同時に川内は腰の後ろにある魚雷を一本抜いて自身の左舷へと投げ、そのまま投げた左手で砲撃。魚雷が爆発し、その爆風に乗って右舷方向へと大きく旋回。

 

『撃てっ!』

 

叫んだ川内の通信に合わせ、レ級の雷撃を避けた面々が砲撃。その集束点に居るレ級に直撃して炎と煙が辺りを包む。

 

その様子を見て「やったわ!」と思わず声をあげたのは天津風。思いの外アッサリ攻撃が通った為だが‥‥‥これで終わるなら誰も苦労はしない。

 

『油断しないっ!天津風、構えて!』

 

一瞬の気の緩みは命取りになりかねない。川内からの通信で我に返った天津風が辺りを見渡す。レ級の姿が見えない。上空のレ級の艦爆は春雨とレンが墜とし続けてはいるものの、絶えず補充しているらしくその数は減っていかない。という事はレ級は間違いなく健在の筈。

 

直後、天津風の右舷方向から轟音が聞こえた。慌てて視線を右に向けると突き飛ばされて後方へと転がっていく那珂の姿が目に入った。それから、那珂を突き飛ばした本人である青葉が被弾してその場でしゃがみ込んでいる様子も見える。状態は中破‥‥‥だろうか?

 

(レ級は何時の間にアッチに?なんてスピード‥‥‥)

 

天津風がそう思った瞬間。息が出来なくなった。突然過ぎて思考が付いていかない天津風は、苦しさのあまりにその首を締め上げている何かを両手で掴み、必死に振り解こうと藻掻く。

 

(くる‥‥‥しい‥‥‥息が‥‥‥)

 

天津風の両足は水面から離れ、首を締め上げている何かに持ち上げられ宙吊りの状態。瞳を開いて前方に視線を向け、天津風は漸く理解した。

 

(うそ‥‥‥ヤバい‥‥‥)

 

首を締めていたのは尾の先の異形の口。何時の間に目の前に居たのか、真っ白なレ級の尾が天津風を宙に持ち上げていた。『アハハハ』とあざ笑う、間近に見るレ級の姿に恐怖し足をジタバタさせながら両手で異形の頭を離そうとするが、どうにも出来ない。

 

(くるし‥‥‥たす‥‥‥けて)

 

徐々に意識が遠退いていく。両手足は力を失っていきダラリと垂れ下がり‥‥‥。

瞬間、衝撃。呼吸を取り戻して「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」と咳き込む天津風は、走りレ級から距離を取る川内に抱えられていた。その背中は雷撃されたかのように焼けている。普通に走っても間に合わないと踏んで川内は魚雷を自身の背中で爆発、その爆風に乗ってレ級に突っこみ、尾に魚雷を食らわせたらしい。誘爆しないよう腰にあった魚雷は左に抱えているようだ。

 

「間一髪だね。天津風、大丈夫?」

 

コクリ、と頷く天津風から視線を外して辺りを窺う川内。何かがおかしい。レ級が高速艦とはいえ幾らなんでも速すぎる。瞬間移動したとしか思えない距離を一瞬のうちに移動している。

 

「気を付けて、天津風。おかしいよ‥‥‥あの距離を一瞬で‥‥‥しかもさっきからレンちゃん達に通信が繋がらない」

 

*********

 

「レンさん、おかしいですよ」

 

その攻防の外側。春雨が険しい表情を見せた。レンにも理解出来る。レンも春雨も先程から呼び掛けているのだが誰一人として通信に答えない。

 

「なんでだろう、春雨ちゃん。‥‥‥‥‥‥あれ、これ、何処かで」

 

何処かで見たような、経験したような。そう、確か数年前。こうして鎮守府正面海域で。その時はグラーフと赤城が艦載機と通信出来なくなって‥‥‥。

ハッとして遠くのレ級を思わず目で追った。まさか、という思いが過る。

不味いと思い展開している僚艦の方へと走り出したレンに、航跡が二本微かに向かってくるのが見えた。暫くして伊58が急浮上、レンの元へと近付いてくる。

 

『魚雷が‥‥‥魚雷が追いかけて来る!助けてくだち!』

 

やっと通信の繋がった僚艦、伊58は左肩を押さえ苦しそうにしている。速度も出ていない。敵の魚雷を受けたらしく、状態は芳しくない。

 

レンは確信を持った。戦艦水鬼『金剛』、その艤装。それが敵に使われている。レ級にその様子は見えないとなれば、残る可能性は‥‥‥。

 

『ゴーヤさん、落ち着いて!大丈夫だから!』

 

伊58に通信を入れてその場に停止させた。レンは自身の三連短魚雷を発射。正体不明だった魚雷と見事相殺。「ふぅ」と胸を撫で下ろした直後、背中の方から凍えるような冷たい声が響いてきた。

 

『マッテタヨ、レンチャン』

 

嘗てこの海域の水底に沈んだ筈の戦艦水鬼『金剛』の艤装を背に、ニコリと笑う特型駆逐艦のセーラー姿。レ級と同じく真っ白な肌、後ろで縛ってある肩くらいの長さの髪は黒く、その瞳が紅く怪しく光る。

‥‥‥間違いない。

 

「‥‥‥ユキ。ユキ、なんだね」

 

『ウン、レンチャン!レンチャンモ一緒ニ行コウヨ!』

 

本名ユキ、嘗てレンと共に戦った親友、初代吹雪。

 

「そっか。初めから私が目当てだったんだね‥‥‥」

 

全て理解した。ユキもナツもずっと機会を窺い、レンを沈める為だけに現れたのだ。ユキの右手‥‥‥生前レ級に吹き飛ばされた右手の代わりに生えている触手の先の主砲がゆっくりとレンに向けられる。

 

『ダカラ‥‥‥沈ンデ!』

 

砲は放たれて、辺りに轟音が響いた。

 

***************

 

「放せっ!放しなさいって言ってんのよ、このクソ提督っ!!」

 

横須賀鎮守府、執務室。扉の前で今にも出ていこうと藻掻く曙の右手首を掴み離さないのは山本。

 

「放せって言ってんでしょ!放せ!変態!変態!セクハラ!」

 

怒鳴り振りほどこうとしている曙から、山本が手を放す様子は無い。「落ち着け」と宥めるように話す山本を、曙はキッと睨みつけた。

 

「落ち着ける訳ないじゃない!狙われてるのはレンなんでしょ!?行かなきゃ‥‥‥私が行かなきゃ!」

 

「冷静になれ。今からでは間に会わない。金剛達を信じろ。レン達の事も」

 

睨む曙の瞳に涙が滲んでいる。尚も右手を振り回しながら暴れる曙の左手が、山本の頬をパシンッと叩いた。

 

「ふざけないで!鈴谷さんはそう言って帰って来なかったじゃない!まだ間に合う!行ってレンを助ける!」

 

鈴谷。曙が艦娘として横須賀に着任して一年程の時。深海棲艦との激闘で鈴谷は大破。他の僚艦も危険な状態だった時だ。『鈴谷が囮になるからさ。みんなは先に行って』と一人残った鈴谷を曙は泣く泣く見送った。『大丈夫、絶対戻ってくるからさ』と最後に不敵に笑った鈴谷の横顔は、今でも忘れない。結局轟沈し帰らぬ人となった鈴谷は、再び曙の前に現れた。‥‥‥深海棲艦、重巡ネ級として。

それからもうひとつ、軍艦としての記憶。何も出来ずに目の前で漣を失った記憶。その二つが曙の脳内で幾度となくフラッシュバックしている。

 

我慢の限界、遂に泣き出した曙の手を、山本は漸く離した。山本は椅子へと座り瞳を一度静かに閉じて、ゆっくり開いて曙を見つめる。

 

「‥‥‥分かった。金剛と赤城に直ぐに合流しろ。但し、相手が相手だ。無理だけはするなよ」

 

「ぐすっ‥‥‥分かって‥‥‥るわよ‥‥‥」

 

涙を拭いて、曙は走り出ていった。残った山本は、移動中の金剛へと通信を繋ぐ。

 

「金剛か。曙が合流する事になった。三人揃い次第、急いで目的の海域へ向かってくれ」

 

『What!?ボノもデスカ?ボノの実力は認めるケドサー、今回は賛同出来ないデース』

 

通信の向こう、金剛の言い分は尤もだった。今回の相手はレ級という化け物。駆逐艦の薄い装甲、戦闘は昼間。幾ら曙が歴戦を戦って来ていても役に立てるかは分からない。

 

「無理を言っているのは分かってるさ。ただね、僕は後悔はさせたくないんだよ」

 

『‥‥‥ハァ』と大きく溜め息をついたらしい金剛。『仕方無いネ』と呆れたように呟いた。

 

『分かりマシタ。ボノはワタシが全力で守りマース!ワタシの実力、見せてあげるネー!その代わり‥‥‥帰ったら指輪を貰いマスカラネ!』

 

 

 

 

 




思ったより話が延びました。次回決着。何雪さんは吹雪さんだったのか(棒)




金剛「Hey、比叡。何してるデース?」

比叡「あ、お姉さま。Android版艦これですよ。この前のアップデートの後ショートランド泊地に滑り込みで着任出来たんです!」(←※実話)

金剛「そうデスカ。初期艦は‥‥‥あっ‥‥‥聞くまでも無かったネー」

比叡「はい?」←初期艦:漣

比叡「ヒェェ!?正面海域突破できませんよぅ‥‥‥レンさんが大破して‥‥‥大破‥‥‥ゴクリ(゚A゚;)」

金剛「『レン』じゃなくて『漣』デース。改になったらレンソックリになるケドネ‥‥‥って、比叡!?ladyがそんな顔したらNOなんだからネ!?」






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決着を 後半その2

「旗艦川内、応答してください!何があったのです!?川内さん‥‥‥川内さん!」

 

美鈴の声には明らかに焦りが見える。先程から何度も呼びかけているものの、川内と通信が繋がらない。目と鼻の先の事にも関わらずだ。大和、比叡といった主力の面々とも。

 

最悪の事態が美鈴の脳裏を過る。考えたくは無い事だが、通信が繋がらないという事が意味するのは即ち‥‥‥。

 

「誰か応答してください!お願いなのです、誰か‥‥‥」

 

祈るような思いで呼び掛けた美鈴の通信に、応えがあった。電波の状態は良くないようだが、春雨の声がなんとか聞き取れる。

 

『こちら春雨!現在レ級ともう一隻の深海棲艦と交戦中です!』

 

「春雨ちゃん!?状況を報告してください!皆さんは?皆さんは無事なのですか!」

 

春雨の報告に依れば、比叡と那珂、天津風が小破、川内が中破らしい。と言っても正確に把握している訳ではなく、遠方からの目視での推測だが。

 

「どういう事なのです!?」

 

敵艦に通信をジャミングされているらしい。春雨とレンの艤装からの通信だけがジャミングに対処できている事実、それに春雨のレーダーにもう一隻が写らなかった事実からは、敵艦の艤装の性能が推測できる。

 

「まさか『ghost』‥‥‥なのですか?」

 

忘れもしない戦艦水鬼『金剛』、仮称『ghost』。嘗て美鈴の目の前で『こんごう』を一撃で瀕死に至らしめたそれの艤装。途端にあの時の悪夢が甦ってきた。当時は金剛が『ghost』を止めたお陰で何とか事なきを得たが、今回は違う。正面からやりあって勝たなくてはならない。しかも、レ級まで居る。どう考えても分が悪い。かと言って撤退も出来ない。

 

美鈴は瞳を閉じて両手を組み、藁に縋るような想いで一人呟く。

 

「どうか‥‥‥どうかみんな無事で居てください‥‥‥」

 

*********

 

海面が大きく膨れ上がり、大量の水が吹き飛ぶ。レンと『吹雪』双方の放った魚雷は中間地点で接触、爆発。

 

二人の魚雷と同時に春雨が放っていた艦対艦ミサイルを、『吹雪』が『ghost』の怪物のような艤装の右腕を降り下ろし叩き落とす。当然爆発は起きるものの、肝心の『吹雪』は艤装に守られ無傷。やはり装甲が厚い。

 

「レンさん、大丈夫ですか?」

 

「うん」と応えたものの、レンは言葉通りには見えない。背中の艤装のVLSは半壊しほぼ使い物にならない。故にレンの攻撃手段はまだ生きている三連短魚雷、手に持つ12.7㎝単装砲。レーダー系統がやられなかったのが幸いしている。速度も20ノットがやっと出せる程度で、ハッキリ言ってしまえば春雨の足手纏いだ。

 

先程の、『吹雪』に後ろを取られ砲撃される直前。レンは装備していた対艦ミサイルを背中に向けて放出。『吹雪』の砲とミサイルが交錯し爆発。瀕死の砲撃は免れたものの、『吹雪』との距離が近すぎた為艤装にモロにダメージを負った。その時の衝撃のお陰で距離を取る事ができ、現在は春雨にカバーされながら戦闘を続行中。

 

川内や比叡はレ級と交戦中で、支援は期待出来ない。レ級がもし川内と比叡、大和が居て簡単に倒せるような相手ならば、レンは態々召集されない。

 

的にならないよう海面を不規則に蛇行しながら移動、砲撃。当然レンの単装砲では牽制くらいにしかならないので、隙をみて魚雷を撃ち込む。ただ、魚雷を撃つからには接近しなくてはならない。自身の砲撃と、春雨の後方支援を煙幕に近付き雷撃、離脱を繰り返す。

 

春雨は前衛には出せない。もしもこれで春雨まで艤装のVLSや対艦ミサイルに損傷を受ければ、『吹雪』のそれに対抗する手段を失ってしまい、敗北を意味する為だ。

 

『レンチャン、頑張ラナクテイインダヨ?楽ニナロウヨ』

 

『吹雪』は今度は右腕の砲を向け連撃。邪魔されたくないようで、同時に春雨に向けて『ghost』の艤装から対艦ミサイルを放つ。被弾しないよう動き回るが、レンはやはりスピードが乗らない。『吹雪』の砲撃はその着弾点を修正、徐々にレンに近付いてくる。

 

「レンさん!」

 

堪らず叫んで走り出した春雨に向けて、『ghost』の艤装の背中から10数発のミサイル。それと、魚雷。どうあっても春雨の事は近付けさせない気のようだ。春雨は唇を噛んで旋回し後退しつつ迎撃体勢に入らざるを得なかった。

 

‥‥‥と。右舷側から爆発音が響いた。反射的に音の方へ顔を向けたレンの視界には、不気味に笑っているであろうレ級の姿と、ゆっくりと沈んでいくボロボロの川内の姿が映る。

 

(川内さん‥‥‥そんな‥‥‥)

 

レンがそう思った直後の事。『レ~ンチャ~ン』という凍えるような声が耳元で聞こえた。レンの身体は背中側から『ghost』の艤装に両腕を掴まれ、どうにも動かせない。

 

『ヤット捕マエタヨ!サア、一緒ニ行コウ?』

 

何とか抜けようと身体を捩り足をバタつかせ藻掻くものの、太い腕からは抜けられない。逃げようとしているのが気に入らないのか、『吹雪』が鋭く突き刺さるような視線を向けてくる。レンが底知れぬ恐怖を感じてビクッと身体を震わせた直後、左腕に激痛が走り始めた。『ghost』の艤装の左腕が締め上げ始めたのだ。

 

「やめ‥‥‥て‥‥‥やめ‥‥‥」

 

痛みのあまり言葉にならない。涙が溢れ止まらず、頭が割れるかと思う程の苦痛が脳天を突き抜けていく。

 

(駄目‥‥‥だったのかな‥‥‥私じゃ)

 

ミシミシと嫌な音をたてて軋む左腕。意識を保っているのも限界。もう駄目だ、そう思いながらも何とか瞳を開くと、レンの胸元に砲が向けられているのが見えた。『吹雪』がニタリ、と笑う。

 

‥‥‥そして、それは不意に足元から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「つ~かま~えたっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『吹雪』の表情が止まり、視線が足元へと向いている。レンも釣られて下を見てみると、海面に胸元くらいまで浸かった状態の川内が『吹雪』の両足を掴んでいた。

 

「吹雪ちゃんさあ、その艤装使いこなせてないでしょ?そりゃそうだよね、それ戦艦用だもんね。特型駆逐艦のスピードが完全に死んじゃってるよ?」

 

川内はそう言いニヤリと笑う。右腕で足首は掴まえたまま、左腕に持てるだけの魚雷を掴んだ。

 

瞬間、轟音。不意を突かれた『吹雪』が慌ててレンを離して艤装で防御しようとするも間に合わず。レンも爆発で後方へと大きく吹き飛ばされた所を、春雨に支えられた。

 

二人の視界には、下半身を失い大量に血のようなオイルを噴き出している『吹雪』が映っていた。『クッソウ、クッソウ‥‥‥』と苦虫を噛み潰した表情で、弱々しく肩で息をしている『吹雪』が。

 

「レンさん」

 

背中を支えてくれている春雨に寄りかかるように身体を預けながら、レンは『吹雪』に砲を向けた。集中している為なのかは分からないが、他の一切の音が聞こえない静寂の中‥‥‥レンの放った砲撃は『吹雪』の頭部に直撃。右肩部分のみを残して『吹雪』は飛散、消滅。『ghost』の艤装は霞のように薄くなって消えていく。

 

「ハハッ‥‥‥参ったね。まだレ級が残ってるっていうのにさ」

 

二人の左舷方向、頭以外完全に水没している川内が伊58にどうにか支えられ浮いている(勿論、ゴーヤも川内の重さのせいで一杯一杯で辛そうな表情)。

 

川内がレ級にやられた時は大破。轟沈と見せ掛け、そのまま悟られないよう伊58に無理矢理協力させて『吹雪』に接近、『吹雪』もろとも轟沈‥‥‥してもおかしくは無かった筈だったのだが、どうにか生き残る事が出来た。

 

「もう手が限界‥‥‥無理でち‥‥‥このまま退避でち」

 

伊58自身には川内を支え切れるだけの力は無い。「川内が重いでち」と愚痴をこぼして春雨の後方へと退避。『吹雪』が消えた事でジャミングが止まり、司令部の美鈴からの通信が繋がる。

 

『川内さん!?無事なのですか!?』

 

「此方旗艦川内。深海棲艦・特型駆逐艦の撃沈を確認。私は大破、かな。ごめん、ちょっと動けそうにないや」

 

まだ誰も轟沈していない事と、『吹雪』を沈めた事を知って通信の向こうの美鈴もハァ‥‥‥と息を吐いた。力が抜けたらしく、椅子に座り込んだ音が微かに聞こえた。

 

一隻沈め、ひと息つきたい所ではあるがそうは言っていられない。まだ肝心のレ級が残ったまま。大和、比叡、天津風、青葉、那珂の5人が交戦中。特に比叡と那珂は気が気ではない筈。閃光と砲撃音が聞こえる向こう側に視線を向けながら、川内が残った面々に通信を(水面に顔だけ出た状態のまま)繋ぐ。

 

「さて、っと。旗艦川内より全艦へ。『吹雪』を墜とした。コッチは全員無事。だから安心して。レ級と距離を取りつつ牽制の砲雷撃を繰り返して。もうすぐ支援艦隊が着く筈だから、何とか粘って‥‥‥後は頼んだよ」

 

川内の声の後に聞こえたのは、『川内ちゃん!?よかった‥‥‥生きてた‥‥‥せ゛ん゛た゛い゛ち゛ゃぁ゛ん゛ッ』という那珂の泣きじゃくる声、それと『本当ですかッ!』という比叡のホッとしたような声。

 

左腕を押え、春雨に支えられたまま「うん、比叡」と応えたレン。瞳を閉じ微かに口元を緩ませて「一緒に、戻ろう?」と囁いた。勿論全体通信ではなく個別に比叡に送っただけなので、それが聞こえたのは比叡の他には支えている春雨、比叡とレンの艤装を駆る妖精さん達だけ‥‥‥なかなか秘密裏にはいかないものだ。

 

***************

 

「このバカッ!私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」

 

戦闘終了後。比叡に支えられ入渠へと向かうレンに怒鳴り散らしているのは曙。結局というべきか当然というべきか、曙達は戦闘には間に合わず。こうして帰ってきた艦隊を出迎える事しか出来なかった。

 

「ごめんね、ボノ。でも、みんな無事だったから」

 

「それのどこが無事だったっていうのよ、ボロボロじゃないの!比叡さんも比叡さんよ!アンタが護らなくて誰がレンを護るっていうのよ、このクソ御召艦!」

 

曙は暫く収まりそうにないが、それもこれも心から心配していた故にだ。比叡は「ヒェェ!?ごめんなさいッ」と反射的に謝ってしまっているがレンの怪我はどう考えても比叡のせいではない。

 

「ボノもそこまでデース。二人とも大破ナンデスカラ」

 

隣で暫く黙って聞いていた金剛が、やっと口を挟んだ。「まあ‥‥‥そうだけど」という曙を嗜めながら、金剛の視線はレンと比叡を向いたまま。

 

「二人とも‥‥‥distanceが変わりマシタネ?」

 

言われて、レンも比叡も頬が真っ紅になった。クスクスと笑う金剛に「二人は早く入渠して来てクダサーイ!」と二人だけ無理矢理先に行かされた。

 

「あのさあ、私これでも瀕死の重傷なんだけど。私も先に入渠させて欲しいんだけどさ」という川内と「ちょっと!まだ話は終わってない!」という曙を交互に見た金剛は、ウィンク。

 

「Let's leave them alone、デース!」

 

******

 

結局、レ級はまたしても撤退。呉やウラジオストクの時とは違い、比叡達はほぼベストメンバー。大和と川内、天津風以外は南方棲戦姫と戦った時のメンバー。易々と崩れるものでは無い。レ級の艦爆も、あの後春雨が奮闘し何とか抑えた。支援艦隊が到着する迄の時間稼ぎ位ならどうとでもなる。と言っても、ほぼ全員が大破だったが。軍令部の東郷も各鎮守府の戦力の再考を迫られるのは免れないだろう。

 

それに。『吹雪』を失ってなお『マタ来ルワ』と不敵な笑みと共に去っていったレ級はやはり不気味だ。大和達の砲雷撃をその身に受けてもまだ余裕綽々。艦娘のように回復するのかは不明だが、その装甲の厚さと耐久力は驚異に値する。

 

そんな訳で、現在。レンは妙の元に戻って来ていた。レンが艦娘『こんごう』として出ていればレ級は再び現れるし、その場所も限定できる。しかしながら、軍令部の判断はレンの再引退。一人の命をエサにするような『前の大本営』のような事はやりたくはないようだ。

 

 

 

それはそれとして。「ふぅん‥‥‥それで?」と店のカウンター越しに居る妙の視線はレンの隣に座る比叡に向けられている。レ級と戦う前と比べ、比叡とレンとの距離が近い。互いのパーソナルスペースのかなり深い所まで踏み込んでいる。

 

「えっとね、妙さん」

 

「レンには聞いてないわよ。で?比叡」

 

口を挟もうとしたレンの言葉を遮り、妙が比叡を睨む。怒っている訳ではないようだが、比叡には気付けない。

 

「ヒェェ‥‥‥あの、えっと」

 

話す切っ掛けを探している比叡に向かい妙が「ハァ」と溜め息。それから「ま、いいわ。そうそう、これから墓参り行くんだけど、比叡も来る?」と今度は穏やかな表情で聞いてきた。

 

「墓参り‥‥‥ですかッ?」

 

「そうよ、墓参り。『吹雪』の。ね、レン?」

 

言うと、妙は一度奥へと引っ込んだ。初代の吹雪の地元にある墓。勿論死体は無いが、今回の件を報告に行くのだそうだ。

 

少しして、妙が戻ってきた。その手にはケーキ1ホールが入る位の大きさの箱を持っている。先程はどうやらそれを取りに行ったらしい。

 

「妙さん、それ何ですか?」

 

「アラ比叡、気になる?」

 

渡された箱の中には、壺が入っていた。蓋を比叡が開けてみると、何かよく分からない白っぽい色の粉が入っていた。

 

「何ですか、これ?」とそれに触れようとした比叡を、レンが慌てて止める。

 

「駄目っ!それ遺骨だから!」

 

「え?イコツ?‥‥‥ああ、遺骨ですか‥‥‥って、骨ッ!?ヒェェエッ!?」

 

あの時唯一残った『吹雪』の右肩部分。それを回収し火葬したもの。墓に埋葬するためとっておいたものだ。肩部分しかないのでほんの僅かな量ではあるが、やっと『ユキ』を埋葬してあげられる。

 

「安らかに眠れるといいですね」という比叡と「うん‥‥‥」と過去を思い返すレンに「それはいいけど二人とも。話はアッチでゆーっくり聞いてあげるから」とウィンクする妙。三人の関係は、これから少しずつ変わっていくのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************

 

それから、少しの時が過ぎ。

 

『提督さん、目標捕捉!レ級、居たわよ!』

 

偵察機を出していた瑞鶴からの通信。小型挺で指揮を執る呉鎮守府の提督は、静かに椅子から立ち上がり、通信。

 

「神通さん」

 

『はい、此方旗艦神通です。作戦通りに‥‥‥‥‥‥無理はなさらないでくださいね』

 

太平洋沖。レ級討伐作戦は呉と横須賀の合同。勿論横須賀の川内や曙、金剛達も参加している。

 

「大丈夫。分かってる」

 

そう言って通信を切り、提督はデッキへとゆっくり上がる。あったのは、提督の艦娘としての艤装。手入れをしていた妖精達が気付いて整列し、肘を張らない海軍式の敬礼。

 

『御武運を、司令官!』

 

「ありがとう、妖精さん達。大丈夫、こんな所でやられたりしないっぽいわ」

 

具合を確かめるように丁寧に艤装を纏っていく。彼女の服装も、今は海軍司令部のそれではなく艦娘としてのセーラー服。ベリーショートに切られた金髪の髪の、毛先の赤いグラデーションが海風で揺れる。

 

慎重に海面に着水。報告のあったレ級の居るであろう方角を赤い瞳で見据え、彼女はニヤリと笑みを浮かべ呟いた。

 

「さあ‥‥‥最高に素敵なパーティしましょう?」

 

 

 

 

 




レ級戦と言ったな?アレは嘘だっ!
初代『吹雪』との決着がつきました。今後は『吹雪』も安らかに眠れる事でしょう。

川内が沈まなかった理由ですか?だって、旗艦は沈みませんから。

レ級戦は‥‥‥まあその、うん。


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おまけ5 防衛戦

お久しぶりです。
今話は前話の決着を、の最後にユキの墓参りに行った後と呉、横須賀合同艦隊がレ級と対峙するまでの間の話です。


酒処 妙

~『支度中』~

 

 

 

「それでですね、今は横須賀の艦隊が討伐に向かってて‥‥‥」

 

聞いてもいないのに勝手に話しているのは比叡。黒のカットソーにジーンズという非常にラフな格好の(電探カチューシャも当然外している)彼女は、今日は勿論休暇。昼間だというのに店のカウンターの真ん中に陣取り、右手に持った猪口に入った日本酒の冷をグイと一気に飲み干している。アルコールも程好く回っているようで、頬が少々紅い。

 

「アンタまさかそうやって他でも喋ってるんじゃないでしょうね?一応軍事機密なんだからね?」

 

呆れた表情でそう話しつつも、カウンター越しにその比叡の空いた猪口に酒を注ぐ妙。比叡が他で喋ってはいないであろう事は妙も分かってはいるので、これは相槌のようなものだ。何せ川内が艦娘達の教導の事でよく妙に相談しに来たり、明石が新装備開発に行き詰まっては自棄酒するついでにその装備について熱く語ったり、大淀が酔って軍令部の愚痴を溢していたり、今はその軍令部の総長となっている東郷ですら飲みに来た時に話をしたりするので、妙にとっては『よくある事』なのだ。まあそれは勿論、妙が最古参の艦娘『足柄』だったから所以である事は言うまでもない。

 

「他でなんて言ってませんから大丈夫ですッ!それに長門さん達の事ですから、完全勝利で戻ってきますって!」

 

出撃している横須賀の艦娘は、長門、高雄、摩耶、五十鈴、曙、それに先日復帰したばかりの大鳳。大鳳はついこの間まで元横須賀提督であり現海軍大臣である木村の第一秘書をしており、重要な復帰戦でもある。

 

「完全勝利ねぇ‥‥‥それは流石に厳しいんじゃない?水母棲姫でしょ?」

 

水母棲姫。情報に依れば、やはり前回一度沈めた筈の艦娘・瑞穂の成れの果てであるという。一体どういう原理かは分からないが、深海棲艦というものは沈めても復活する余地があるようだ。

 

「慢心さえしなければ大丈夫ですよ!‥‥‥妙さん、それよりレンは何処に?」

 

比叡の言葉に、妙が呆れて溜め息をついた。今の比叡の中では『レンの様子>>水母棲姫と対峙している横須賀艦隊』らしい。まあ比叡のいう通り慢心さえしなければ横須賀艦隊なら水母棲姫には勝てるであろう。比叡もそれを充分に理解した上での発言なのも分かる。しかしながら、比叡は艦娘である。レンの事を大切に思ってくれているのは妙にとっても有り難い事だが、もう少し艦娘としての自覚を持ってもらいた‥‥‥いや、比叡はそもそもそういった重い感情を持ってはいなかったか。艦娘になったのも『金剛を守る』というのが主な理由であった訳であるし。

 

「あの子ならまだ寝てるわ。昨日遅くまで付き合わせちゃってね。無理せず寝ていいって言ったんだけどね」

 

「あ、じゃあちょっとレンの寝顔を見に‥‥‥」

 

そう立ち上がろうとした比叡の両肩を両手で上からガッチリと押さえ、ニッコリと笑みを浮かべる妙。但しその瞳は笑ってはいないが。

 

「えッ?あれッ?アレレッ?妙さん?」

 

「いいから寝かせといてあげなさい」

 

威圧感。その一言である。今の比叡(酔っぱらい)がレンの寝室にでも侵入しようものなら、睡眠の邪魔をするに決まっている。それは断固阻止せねばならない。レンが遅くまで起きていた原因は妙自身にも有るのだ。昨日は明石が来店。それとは別に大淀が来店し明石と合流、意気投合していた所に運悪く霞が来店。後は察しの通り妙も巻き込んで(寧ろ自分から霞に絡みに行ったともいう)朝までコースである。レンは眠い目を擦りながらもその面子の片付けを手伝っていたのだ。

 

「ヒエェ‥‥‥分かりました、分かりましたって。ですからその‥‥‥両肩が痛いので離してくださいよ」

 

椅子に座りなおした比叡を見て、妙は手を離した。カウンターに突っ伏して「ちぇっ」と唇を尖らせ顎を立てた比叡に水でも飲ませようと右横に視線を向けた妙の耳に「ファァ‥‥‥おはよう」と如何にも眠そうな声が聞こえてきた。と同時に、ガバッと比叡が上体を起こす。

 

「アラ、レン。もう起きたの?もう少し寝ててもいいわよ?」

 

「ううん、私も仕込みしないと‥‥‥‥‥‥」

 

 

 

レンの装備

(三スロット+増設穴)

E:寝巻き用Tシャツ

E:ハーフパンツ(高校等で良く見るジャージのアレ)

E:ウサギのヌイグルミ(抱いてる)

増設穴:寝惚け眼

 

 

 

妙がレンの方に視線を向けたその一瞬の隙。比叡が我慢出来ずにレンに抱き着いた。「エヘヘ、エヘヘ」と表情をだらしなく緩める比叡()。レンもまだ頭が覚醒していないので混乱しているが、少しずつ状況を理解してきた。

 

「比叡!?どうしてこんな時間に‥‥‥うっ‥‥‥比叡ってばお酒臭い‥‥‥」

 

頬を紅く染めつつも必死にその包容から逃げようとするレンだが、寝起きというのと比叡の力のせいで抜け出せない。「アンタいい加減にしなさいよ?」と妙が手を出す前に、レンの頭に座っていた妖精さんが比叡のコメカミを思い切り叩いて、マンガのように「ギャフンッ」と発して比叡は剥がれてその場に座り込んだ。

 

「痛い‥‥‥妖精さん、酷いですよぅ」

 

レンの肩に座り直した妖精は『昼間から発情しないでください』と呆れ顔。

 

そんな日常の風景(‥‥‥日常?何処が?羨まけしから‥‥‥リア充爆発しろ)を破ったのは、比叡への一本の通信。相手は、現在水族館の鎮守府提督である美鈴からだ。

 

『比叡さん、連絡事項なのです。空母水鬼が出現、現在呉と舞鶴が合同で撃退に当たっているのです。大丈夫だとは思いますが‥‥‥此方から連絡が有るまで比叡さんは一応そこで待機していて欲しいのです』

 

どうやら空母水鬼が現れたらしい。対応に当たっているのは呉の大和や瑞鶴、舞鶴の羽黒や利根ら歴戦の猛者の面々。三人とも流石に大丈夫だとは思ってはいるが‥‥‥空母水鬼と水母棲姫は示し合せでもしたのだろうか?

 

「空母水鬼って、確か‥‥‥」

 

レンはそう呟いて比叡の方を見る。そう、金剛が轟沈する事になり、同時にレンが蘇る事になるきっかけとなった深海棲艦、元翔鶴だ。途端に表情の引き締まった比叡は妙に渡された水を飲み干し「酔い覚ましに少し風に当たってます」と店の外へ。

 

「しかし、大和や長門達が同時に出撃ねぇ‥‥‥」

 

妙が訝し気に呟いた。呉や舞鶴、横須賀から主力が出撃。どうも嫌な予感がするらしい。

 

「妙さん、私‥‥‥」

 

何かを言い掛けたレンの頭を撫で、店の仕込みをするよう指示。自身も仕込みを開始しつつも、思考は止めない。タイミングが良すぎるというか。主力の重巡や空母、弩級戦艦が揃って出ている。偶然同時期に出撃、では腑に落ちない。何というか、深海棲艦側は何かを企んでいる気がしてならない。そして、こういう時の妙のカンは良く当たる。

 

比叡が丁度店内に戻って来たタイミングで、事態は動いた。

 

『比叡さん、事態が悪化したのです。命令があるまでそこに待機。今度はお願いじゃなく命令なのです』

 

再び美鈴からの通信。どうやら空母水鬼の方に次々と増援の深海棲艦が現れ、嘗てのような大艦隊になっているらしい。大和達も必死に応戦、海軍側も支援艦隊を送っている最中らしい。

 

「命令‥‥‥ですか。分かりましたッ」

 

比叡の酔いもかなり抜けたようだ。不安そうながらも奥で仕込みをしているレンと妖精さんを気にしつつ、妙はまだ思考を巡らせる。

一時はかなり押されていたものの、何とか持ち堪えている大和達。水母棲姫を問題なく破り、その大和達との合流を目指す長門達。それに、支援に出ていった近隣の艦娘達。このままいけば空母水鬼はどうにか撃退できる筈だ。だが、何か引っ掛かる。そうじゃない、と妙の『足柄としての部分』が訴えかけてくる。

 

「妙さん‥‥‥長門さん達や他の艦娘が合流すれば、大和さん達も大丈夫ですよ、きっと」

 

「でもねぇ比叡。何か引っ掛かる、のよねぇ。何か」

 

そして、妙の予感は当たった。暫しの後に、再度美鈴から通信。内容は‥‥‥。

 

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥それで、比叡さん。何時でも出撃出来る状態で待機なのです。いいですか、比叡さんの任務は『妙さんとレンちゃんを守る事』なのです』

 

「分かり‥‥‥ました」

 

命令には従うが、思わず唇を噛んだ比叡。確かにレンと妙を守る事は重要だし、比叡にとっても大切な事だ。しかしながら、だから此処で待機していればいい、という心境でもない。

 

心配そうな表情で「妙さん、やっぱり私‥‥‥」とやはり何か言い掛けたレンを優しく抱き締めた妙は、「あの馬鹿‥‥‥」と洩らし思わず右手の拳を握り絞めた。

 

比叡も自身に言い聞かせるように「大丈夫です、大丈夫‥‥‥『あの人』が簡単にやられたりはしません」と呟いている。

 

元初代雷‥‥‥レ級が発見された。それも、横須賀方面に向かっている所を。つまりは目的地は横須賀鎮守府、若しくはココ。十中八九レンと妙が最優先目標だろうが。

 

主力は空母水鬼戦に多数出ている。長門達も、水母棲姫戦があった為そのまま空母水鬼の所へ向かった。つまり、水母棲姫も空母水鬼の大艦隊も最初から陽動だったのだ。晴れてフリーとなったレ級がレンを潰すのは本来容易、の筈だった。レ級と横須賀の間に一人の艦娘が立ち塞がらなければ。

 

呉鎮守府、沖立提督。階級はまだ少佐。彼女はこれがレ級の陽動である事に気付き、殆んどの主力が出払ってしまった艦娘達に代わり‥‥‥否、自身を犠牲に、どうやってかは分からないが呉鎮守府を抜け出してレ級の前にたった一人で立ち塞がって迎撃を試みているのだ。本来ならば幾ら沖立提督が元艦娘と言えど、一人で交戦など無理、というのが普通だろう。では、こう書けばどうだろうか。元駆逐艦『沖立夕星(セキホ)』。そう、お分かりだろう。彼女こそ、かの化け物駆逐艦・夕立だった。

 

とは言え、幾ら夕立でもあのレ級とサシでやり合うのは無謀と言える。

横須賀の山本提督も、まだ鎮守府に残していた金剛や阿武隈、妙高達を夕立の所へ急遽向かわせている所だが、夕立が生きている間に到着できるかは分からない。

それに、夕立は‥‥‥。

正直言って、夕立が生存できる確率は際どいところだろう。

 

************

 

それから、一週間。

 

成長したお蔭で背丈があり、軍人とは思えない抜群のプロポーション。その顔も大人のモノへと変わり間違いなく美人と言える。髪はベリーショートに切られているものの艦娘当時の金髪でその毛先に赤いグラデーションがあるのは変わらない夕立‥‥‥沖立提督は、店の奥のテーブルで山本提督と何やら今後の話をしているようだ。見ての通り、夕立はどうにか生きて戻る事ができた。しかし、それは文字通り『どうにか』であり、彼女は横須賀に戻った当時は轟沈寸前で意識不明の重態、数日間生死の境を彷徨ったのもまた事実だ。金剛達が着くのがあと一分でも遅ければ、彼女は今この場には居なかっただろう。

 

「沖立さん、明日帰っちゃうんですか?」

 

「ええ。執務も溜まっちゃってるだろうし。それからレンちゃん、心配かけてごめん‥‥‥じゃなくて、心配してくれてありがとう」

 

すっかり元気になった(ように見える)沖立提督の姿に安堵し、笑顔を見せるレン。手を振り沖立提督を見送った後に戻ったカウンターには、例によって比叡が陣取っていた。

 

「なーんでアンタはまた居るのよ?この前休みだったばっかりでしょ?」という妙に、比叡は「いえいえ、『この前は結局休み処ではなくなったから、改めて』って美鈴司令の計らいですって!」と慌てた様子。

 

「美鈴ちゃんは優しいもんね」

 

レンが後ろから掛けた声に、比叡は反応。「そうそう!司令が優しいんです。私がサボってる訳じゃないですッ!」と左手の拳を握り絞め突き上げたあと、思い出したようにレンに向き合った。

 

「そうだ、今度の私の休みに一緒に温泉旅行に行きませんか?」

 

比叡の唐突な話題の転換と二人で旅行という言葉に思考が付いて行かず、「えっ!?あの、えっと」と口籠るレン。代わりに、間髪入れずに妙が答える。

 

「駄目」

 

「ヒエェ‥‥‥そんなぁ‥‥‥良いじゃないですかぁ」

 

カウンター越しの妙の方に向き直し、比叡が必死に食い下がるも、妙は許可しない。比叡とレン、というよりはレンにはまだ早い、と思っているらしい。

 

「ヒエェ、良いじゃないですかぁ!ねぇ?レンもそう思いますよね!?」

 

まあ、二人で温泉旅行という事はつまり『そういう事』であり、レンは顔どころか全身真っ赤になった。プライベートならまだしも、此処は妙の店であり比叡の声は周辺に座っている常連の人達にバッチリ聞こえている。ハッキリ言って、恥ずかしい事この上無い。

 

「あのっ、あのね比叡、そういう事は此処じゃなくて別の機会に‥‥‥」

 

か細い声で漸く絞り出したレンの言葉も、比叡は「え?どうしてですか?」と理解できていない。その比叡の右隣に座っていた常連のおじさんが「ハッハッハッ、残念だったね比叡ちゃん」と笑いだしたのを期に、レンは恥ずかし過ぎて店の裏へと引っ込んでしまった。

 

「あれぇ?あれれぇ?私何か不味い事しました?」

 

酒のせいもあり未だに合点のいかない比叡の額を「だーからアンタは駄目なのよ」と妙が小突く。

 

「まっ、仕方無いわね。私も一緒に行くならいいわよ?」

 

「妙さん、本当ですかッ!やりましたッ!」

 

派手に喜ぶ比叡のその声を、レンは耳まで真っ赤になったままで店の裏で聞いていた。その表情は微かに笑みが見えていた。

 

 




とある攻防戦の話の裏側の話でした。
思い付いたら書くしかないじゃないっ!
それと、リア充爆発しろ。


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