私の幼なじみはルーピー (アレルヤ)
しおりを挟む

私の幼なじみはルーピー

 私には、一人の幼なじみがいる。

 

 「徐庶ちゃん、私ね、みんなの笑顔が好きなのッ!」

 

 「え、そうなんですか」

 

 「徐庶ちゃんはどう?徐庶ちゃんもみんなの笑顔が好き?」

 

 「どうでもいいです」

 

 「そ、そっかぁ」

 

 天性のお人好しだ。

 

 「徐庶ちゃん、私ね、すごい言葉を教えてもらったのッ!」

 

 「何ですか?」

 

 「『愛』って言う言葉なの!徐庶ちゃんは知ってる?」

 

 「知ってます」

 

 「じゃぁ、徐庶ちゃんも世界で一番大切なものだと思わない?」

 

 「そうですね、『愛』を有効に活用し、利用すれば素晴らしい成果を得られますから。それに『愛』という言葉が素晴らしい。『正義』と同じく、非常に耳障りのいい言葉です。馬鹿な連中を煽ったり使ったりするのに、実に役に立ちます」

 

 「そ、そうだね」

 

 お人好しというか、それを超えた何かだ。

 

 私は気がついたら、現代文明の欠片も感じない村にいた。

 今の日本であればどんな田舎だろうが電気や水道が通っており、ガスがあるはずなのだが、そんなものはなかった。

 年上の子供たちが学校に行っている様子もなく、母に義務教育の件について尋ねた。そんなものはなかった。

 

 流石にここまでくれば、周りではなく自分が異常なことに気が付かされる。

 意識というものを明確に自覚してから、ようやく現状の事態が把握できた。

 

 ここが、日本ではないということに。

 

 日本ではなく『漢』、天皇はおらず『皇帝』がいる。

 馬鹿馬鹿しいかつ、気を違えたのだろうかと苦悩したのだが、悩もうが苦しもうがなんにも変わることはなかった。

 ここは大昔の中国なのだろうと、いろいろと葛藤はあったが諦めた。こんなの諦めるしか無かったのだ。

 

 日本に帰りたいと思ったが、恐らく今現在の日本は軽いグンマー状態だ。

 蛮族以上文明人未満、卑弥呼が活躍している時代なのだから、この中国よりも未発達な国だ。というか、文字があるのだろうか。

 

 故郷は帰るのではなく、おもうものとは誰が言ったのか。

 もう確認する術もない。泣いても笑っても、手元にスマフォは無いしインターネットだってない。

 

 仕方がなく、自分はここで生きていく決意を固めた。

 

 と、悲観していたのだがそんなにこの暮らしも悪いものではない。

 勉強なんてしなくていいし、空気は美味しくご飯は美味い。飯が美味いのは良いことだ。山から新鮮な魚、動植物の恵みが得られる。

 あとラーメンも麻坊豆腐もあるし、都からたまに来る行商人はファッション雑誌を持ってきてくれる。

 

 現代病なんて無縁で健康的な生活も悪くないものだなぁと、のんびり気ままに過ごしていた。

 

 結論から言えば、過ごせなくなった。

 同じ村の幼なじみがいろいろとおかしかった。

 

 まず髪が桃色だ。

 子供ながらにもう染めているのか。これはひどい親を持ってしまったのだろうと、最初に同情してせめて一緒に遊んであげようと善意で付き合ってあげているうちに、地毛だということに気がついた。

 

 人体の神秘に感動した。やべぇな、私や周囲の子供は全員黒だぞ。浮いているというレベルじゃなかった。

 想像して欲しい、日本の幼稚園で黒髪の幼児たちが駆け回っている中。一人桃色の髪の美少女がいる光景を。

 

 私だったら関わりたくない。

 

 あと名前が劉備だった。そして何かオーラのような、人を引き付ける雰囲気がある。

 劉備が笑うと周囲の子供たちが楽しそうに笑うし、劉備が落ち込むと周囲も落ち込む。

 

 うわ、これあかん奴だと気がついて逃げた。何故か取り巻きを引き連れながら楽しそうに追ってきた。本人曰く「追いかけっこだね!」とのこと。

 気分はルパンだった。一人の逃げ役に対して、鬼十数名とかおかしいことに気づけ。

 

 抗議したがまったく解ってもらえなかった。

 「楽しかったね!」とか満面の笑みだ。解ったわ、こいつ阿呆の類だ。顔は可愛いが頭は残念なやつだ。頭の中が桃色で、年中チョウチョ飛んでいるやつだと危機感を覚えた。

 

 そしてそのうち何が気に入ったのか、私の後をついて来るようになった。

 まったく意味がわからない。いや、理由を子供に求めてもしょうがないことは解る。解っているのだ。

 

 「徐庶ちゃんってすごく可愛いよね!」

 

 と、魅力値100オーバーが70ちょっとの私にのたまう。嫌味か貴様。

 

 「村の男の子の初恋を全部かっさらう貴方に言われたくないです。それはあれか、嫌味か、嫌味だろ。劉備の横にいる余計な付属品、みたいな扱いを村の男子に受けている私に謝れ」

 

 「ご、ごめんなさい?」

 

 こんなあれな幼なじみが、あの『劉備』なわけがない。

 最初に名前を聞いた時は、マジかと愕然としてしまった。時代が時代だ。

 あの三国志の英雄、『劉備』が存在しても決しておかしくはない。だがこいつは絶対違うわ。

 

 女だし、ゆるふわ系幼女だし、なんか髪がピンク色だし。

 

 『劉備』は狡猾な英雄だ。あの混沌とした後漢を生き抜き、国を創生した紛うことなき英雄。

 演義では仁義だとか言っているが、実際の劉備は恐ろしい世渡りの化け物だ。絶対性格が悪い、あと人間的におかしい。

 

 この劉備は人間的におかしいのが共通点なだけで、そこら辺の感じがまったくない。

 最初は演技かと思ったが、二年も付き合えば解る。こいつ天然だわ。無自覚オタサーのハイスペック姫だわ。

 つまり最高に質が悪い。あれだ、付き合っていると胃もたれする人間だ。

 

 「徐庶ちゃん、あの、私ね」

 

 「何ですかルーピーさん」

 

 「あはは、徐庶ちゃんの私の名前を呼ぶ時の発音。いつも面白いね!」

 

 せめてもの反抗心、こいつを劉備と呼んだら負けという感情から、劉備ではなく悪意を込めて『ルーピー』と呼ぶ。何か響きが似てるし、ピッタリだとほくそ笑む。

 

 結論、だめだった。

 もうなんとなく解っていたがまったく通じない。いい加減諦めてそろそろ普通に劉備と呼ぼうかと思ったが、普通に呼んだら悲しそうな目で見つめてくる。

 

 お願いだから、良心の呵責に悩まされた私が普通に呼んであげたいって思っているの察して欲しい。

 これからずっと『ルーピー』とお前を呼びつづけにゃならんのか。

 

 「だって『ルーピー』って響き、すごい不思議で可愛いと思うんだ!」

 

 訂正しよう。何かいらっときた。

 もうずっと意地でも『ルーピー』と呼ぶ事を決意する。

 

 「あ、それでね!私、徐庶ちゃんと真名を交換したいの!」

 

 このルーピーの言っている『真名』とは、特別な名前である。いわばこの国の厳格な伝統的風習なのだ。

 お互いが信頼している存在にしか教えてはならず、許されなければ知っていたとしても呼ぶことすら許されない。もし許されぬ存在が真名を口走れば、殺されてもおかしくはないという。

 

 「私の真名は『桃香』。徐庶ちゃんは?」

 

 通常、親兄弟しかそれを知らない。

 これを他人に教えるということは、己の命を相手に預けることに等しい。

 

 つまり、魂を切り預ける。ハリーポッターにおける分霊箱みたいなものだ。おじぎをするのだ。

 

 劉備はそれを私に預けると言ってきた。言外に私を信用し、貴方になら託せるのだと述べたのだ。

 今私達がいるのは小高い丘。夕日が丁度地平線に沈むような、幻想的な光景。時と場を選び、ルーピーは私を誘い、自らの心を打ち明けてその魂を差し出した。

 

 その誘いを受け、私は心が震えるのを感じた。

 こいつ、私の逃げ場を断ってきたと。

 

 私の言葉を一切無視してマイワールドを展開し、何を言わせること無く自分の真名を先出しすることで、私も自分の真名を捧げなければならない状況を作り上げた。

 ここで私が断ったら、なんていうか私が悪い流れだ。全部私が悪いことになる。

 

 村の連中は元気いっぱい天真爛漫なルーピーが大好きだ。

 そして私が知るかぎり、今日までルーピーが他者に自分の真名を呼ばせることは無かった。

 

 つまり、私が初めての相手なのだ。

 ルーピーは私を初めに選んだのだ。なんだろう、全然嬉しくないこの退路が塞がれた感じは。

 

 もし私が拒否し、それが村全体にばれたら私が生きづらくなる。

 村社会なんざ、一回のミスが十数年その後に引きずるのだ。そして劉備は同世代のアイドルでありヒロイン。もう悲惨な未来しか見えない。

 

 恐らく、そうなったらそうなったで、ルーピーは私をかばうだろう。

 

 そうなると流石劉備だお優しいなどと、あの色ボケ男共はぬかすだろう。そうして私のただでさえ低い株は取引出来ない段階まで下がり、劉備株はスーパー急成長をしていくのだ。

 これを無意識でやってやがるのだから笑えない。流石は無自覚オタサーハイスペック姫。えぐい、なんていうかえっぐいわ。

 

 「……ルーピー、それは、できない」

 

 「……え?」

 

 おい。緊張感溢れる場面なのに、呼び方がおかしいせいで私が馬鹿みたいになってるじゃないか。

 あれか、これが実は狙いだったのか。心中では煮えくりかえるほどに恨んでいたのか。やるじゃないか、私の心はボロボロだよ。もう許してよ。

 

 「私は、る、ルーピーから、たくさんのものを貰ってきた」

 

 あれだ、『恩』じゃなくて『怨』のことな。

 

 「る、る、ルーピーから貰ってばかりで、情けなくて、私は、私は自分を許せないんだ」

 

 情けなくて涙目になってきた。何で俺がこんな辱めをうけるわけ?というかもう笑っていい?笑いたいんだけど?君がそんな真剣な顔している程、この変な呼び方を続けなくちゃならん私は惨めになってくんだけど。

 

 「そんな、私だって徐庶ちゃんからいろんなものを貰った!」

 

 奪ったの間違いじゃね?

 

 「私が間違った時に怒ってくれたのは、お母さん以外に徐庶ちゃんしかいなかった。私が悩んでいた時に、厳しい言葉で私を諭してくれたのは、徐庶ちゃんしかいなかった!」

 

 そりゃ嫌いな相手に好意的に優しくとか嫌だったからです。

 すげぇ、私の小さじいっぱい分の良心を的確にえぐってきやがる。心が痛いわ。張り裂けそうだわ。

 

 「だから他でもない徐庶ちゃんに、私は、私の真名を受け取って欲しい!」

 

 ツモ、リーチ、一発、タンヤオ、ピンフ、ドラドラ!

 

 「私が、私が大好きな徐庶ちゃんに!」

 

 裏ドラぁッ!

 

 「……ゴファ」

 

 血を吐いた。

 すげぇなルーピー、お前◯才の幼女に胃痛で血を吐かせるとか。鬼かよ。

 

 意識が遠くなって体が傾き、倒れる。

 焦った表情で私を抱きしめ、必死に声をかけながら揺さぶるルーピー。五月蝿い、そして気持ち悪さのボルテージが急上昇。頭が痛くなってきた。

 

 「ゲホぉ!?」

 

 「そんな、徐庶ちゃん!?しっかり、しっかりしてぇ!」

 

 あの、トドメさしに来てるの貴方だからね。揺さぶりすぎてなんかもう、あかんからね。

 何とか目を見開くと、そこには涙目のヒロインである超絶美少女のお顔が。すごいキラキラしてる。周りに何か百花繚乱が幻視できるんだけど。何この私との差。

 あ、容姿コンプレックスの記憶がぶり返してきた。さらに私の胃にダイレクトアタック。

 

 「ガハァッ!?」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 お願い、もうちょっと静かにして。あと揺らさないで。

 

 薄れていく意識の中で私は決意する。

 こいつ、いつかぜってぇぶん殴ってやると

 




主人公(徐庶)
①TS
②メンタル弱
③小者
④知恵者(笑)

劉備
①美少女
②性格乙女
③すごく優しい
④魅力チート

これが格差社会かぁ。続かない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみにTRPG

 私は徐庶、村の男子からは『劉備の付属品』と呼ばれている。

 

 呼んだ奴は例外なくぶん殴ったことから、最近は『狂犬』と呼ばれ始めた。

 女に狂った犬以下のダンスィ共に、どうしてそんな巫山戯た呼ばれ方をされにゃならんのだと憤る。

 

 あの私がストレスが原因で血を吐いた事件以降、私には『病弱』という設定がついた。

 別に体が弱いわけではない、むしろ健康そのものだ。あの天然サドスティックオタサーの姫がいなければ、私は元気いっぱいアンパンマンな女児である。

 

 だから、心配して私に近寄ってくるなルーピー。

 

 あれ以来、ただでさえ多かったルーピーとの接触回数と接触時間が増えた。

 真名の件はなし崩し的に無くなったが、私が血を吐いた事に相当な衝撃を受けたのだろう。ほぼ毎日私の様子を見に来て、私と一緒に時間を過ごそうとしてくる。

 

 また村の中でルーピーのお株は私を助けた事で急上昇。そして私を気遣う健気な姿からさらに急上昇だ。

 村の大人連中は、私の後をくっついて回るルーピーという光景を微笑ましげに見守ってやがる。頭がおかしいのではないのか。みんなが幸せそうなかで、私だけが不幸のどん底なんだが。

 ついにルーピーの桃色ウィルスは、村の中でバイオハザードを起こしたようだ。この村はもうダメだ。誰か燃やせ。

 

 「徐庶ちゃん、体調は大丈夫?」

 

 「貴方に気遣われる程、私は落ちぶれてはいません。大丈夫です。というか貴方の存在が私の胃痛の原因です。貴方は私に構わず、思春期に入り始めた村の男子共と遊んできなさい。そして襲われろ」

 

 「よ、よく解からないけれど、大丈夫そうだね!」

 

 お前、私のこのストレスフルな顔を見て、よくもまぁそんな事言えるものだ。

 とっとと永遠に十七歳のウサミン星や、コリン星にでも移住したらどうですか。少しはマシになるかもしれない。というか私の心の平和のために、どっか行ってくださいお願いします。

 

 「それで、今日は何をしよっか?山にでも遊びに行く?水浴び?」

 

 「水浴び……?」

 

 「うん、気持よくて楽しいよ!」

 

 それはあれか。

 既に胸も尻もまったく成長の兆しがない私に対する嫌がらせか。将来性なんて言葉は、ルーピーの発育状況をみて木っ端微塵に砕け散ったわこんちくしょう。

 その胸はなんだ、将来は牛にでもなるつもりか。そうか。出荷されればいいのに。

 

 「私はまったく気持ちよくありません。むしろ不快です」

 

 「そ、そっかぁ……」

 

 そんな不安げな顔で見るな、心にくるだろ。その瞳をウルウルさせるのを止めろ、変なオーラと混ざって私が悪いみたいな気持ちにさせられるわくそったれ。

 ああもう、仕方ない。私はポッケから、いくつかの種類のサイコロを取り出す。ちなみにこれは全てお手製だ。

 

 「あ!それってサイコロっていうんだよね?わぁ、何するの?」

 

 「時にルーピーさん、貴方、伏羲と女媧の話をご存知で?」

 

 伏羲と女媧の話というのは、簡単にいえば中国版イザナギ・イザナミ神話だ。

 

 実際成立するのはもう少し先の話だが、それでも民間伝承として神や天地創生の話は広く知られている。

 ルーピーは「知ってるよ!」と嬉しそうに拙い言葉で私に説明してきた。……そこまで近寄る必要ないんじゃない?答えられて嬉しいのは解ったから、いい加減に落ち着け。いい香りがして負けた気分になる。

 

 「なるほど、物知りですね……」

 

 「えへへぇ……お母さんに教えてもらったの」

 

 さて、じゃあ。あれを始めようか。

 私もいい加減ストレス発散しないと、また血を吐きそうだし、ルーピーもノッてきたから条件はクリアしている。

 私が楽しいと思う遊びをさせてもらおう。ルーピーめ、覚悟するがいい。

 

 「では、クトゥルフ神話というのはご存じですか?」

 

 「……くとぅるふしんわ?えーと、ごめんね。私はそれは解らないかな」

 

 「同じように神々、しかし天ではなくこの宇宙に存在する、偉大で醜悪な神々の神話です」

 

 シナリオは……初心者だから、『毒入りスープ』でいいか。

 ちゃんと後漢の時代に当てはめて、シナリオを改変しないとな。いや、かえってえぐいものが出来そうだ。楽しみだなぁ。

 

 ルーピーはまっさらな初心者だし、日本のヲタ的な話は一切解らない。だから他のアニメやゲーム、小説、ドラマからNPCはそのまま持ってこよう。ルーピーに負けない個性豊かな連中だ。

 うん、これは愉快なことになりそうだ。気分はニャル様だな。

 

 「ルーピーさんはその世界で探索者を演じてもらい、ある物語を解決してもらいます」

 

 「え、わ、私が!?えーと、徐庶ちゃんはどうするの?」

 

 「私は進行役になりますよ。ルーピーはこのサイを振ってもらい、それによって運命を切り開くんです。大丈夫ですよ、初めてですから、今回はそこまで厳しい物語ではありません」

 

 ま、クトゥルフの時点で既に足どころか、全身をふっ飛ばしに来る地雷なのだが。

 

 「やりますか?すごく楽しいですよ?」

 

 「へー、面白そうだね!やってみたい!」

 

 「それじゃ、まずはルーピーさんが演じてもらう登場人物を作っていきますか」

 

 この深遠なる悍ましき世界で、どうか頑張ってくださいと心の中で私は嗤った。

 

 結論から言わせてもらいたい。大惨事になった。

 サイの出目は悪くはないのだが、もうルーピーさん騙されまくりであった。

 すぐに信用するものだから、犯人やら教団に捕まったり殺されたり。サイの出目はいいものの、それだけではこのクトゥルフ神話の悪意から生き残っていくのは難しいわけで。

 

 毒入りスープですら、三回目でようやくクリアだった。私の加減の問題もあるのだろうが……あの、ちょっと正直すぎませんかルーピーさん。

 軽い悪意のジャブをぶち込んだらすぐに引っかかる。信じるものが救われるのは、足元だけだという言葉を彼女は知ってくれ頼むから。

 

 でも本人は何だかんだで楽しかったのか、それとも私と遊べるのが嬉しかったのか。

 この後も何回か通して行うことで、少しずつこのTRPGを理解していったらしい。

 

 「ふふーん、もう徐庶ちゃんの罠にはひっかからないもんね♪」

 

 と、調子にノッてきたようだ。何かがキレる音が聞こえた。

 

 いいだろう。これまでは何だかんだで同情してしまい、簡単なシナリオや悪意のないNPCに包まれたほんわかクトゥルフを演じてきてしまった。

 もう容赦しない。悪徳と不義理と裏切りにまみれた、友人から「お前のGMは虚淵」と称せられる世界に招待してあげよう。

 

 『「おろか」?そんなことは思いはせん。おまえ達人間は地を這いずる羽虫を見て「おろか」と思うか?虫ケラが足掻いてもレベルが違いすぎてなんの感慨もわかないだろう?私がおまえ達人間に思うのはそれと同じだ 』

 

 『今は悪魔が微笑む時代なんだ!』

 

 『弱者は強者の糧となるべき。糧にすらならない弱者は存在する価値すらねえ』

 

 『正義は勝つって!?そりゃあそうだろ、勝者だけが正義だ!!!!』

 

 『だって僕は自分を信じてるもん。自分を信じて夢を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!』

 

 『勇気あるあなたであるからこそ!!神の与えしこの試練ぜひとも乗り越えていただきたあい!!!』

 

 『我が心と行動に一点の曇りなし……!全てが「正義」だ』

 

 『さあ? 強いて言うなら愛のため、でしょうか。私は私の愛のために、人という人をみんな溶かしてしまいたいようなのです』

 

 ルーピーが泣いた。

 

 やべぇやり過ぎたと思った頃には、もう遅かったらしい。

 ルーピーにこれが悪意だと言わんばかりに、既存の豊富な悪役をシナリオに合わせてぶち込んだ。ヒロインに裏切られ、助けた子供に背中を刺され、ルーピーが最善だと思った行動でNPCが悲惨な最後を遂げていく。

 

 私の友人だったら、「NPCを盾に。はぁ?このNPCのCON(頑健さ)の設定してないの?困るな、できれば全てのNPCにCONの設定しておいて」とか、「これヒロインぶっ殺せば、召喚されないんじゃね!」とか言う外道だったのに。

 

 しかしルーピーは説得しようとしたり、なんとか全員を救おうとしたりと素晴らしい真人間であった。

 私の友人って全員糞だったんだなと思い返される。でもそれができるほど、ルーピーは器用にはなれなかったわけで……。

 

 その、なんかごめんなさいという気持ちにさせられた。

 

 「えぐ、えぐ……」

 

 「ルーピー……」

 

 だからこの呼び方変えていいかな。台無しだよ。これじゃ私は追い打ちかけてる屑だよ。

 

 「私って、本当にダメなんだね。えぐ、みんなを助けたいのに、みんなに幸せになってほしいのに、誰も、助けられなかった……ッ!!」

 

 いや、お前クリティカル連発してたじゃん。すげぇよ、運だけでここまで追いつめられるとか、前世含めて初めてだよ。

 私もクリティカル出さなかったら完全敗北だから。なんていうか、もう世界に愛されてるレベルのオカルトをルーピーから感じる。並のシナリオとボスでは、もう対抗できないレベルだぞお前。逆境で進化したのか?まるでゲームの主人公だな。

 

 「ルーピー、違います。貴方は本当に上手くやっている。私も幾度と無く追いつめられましたから」

 

 こいつマジで理不尽だ。可哀想だからと義理で用意した5%を的確に成功してくるとか、チートでも使ってんじゃないかって思う。運命力が高すぎる、どこのデュエリストだお前は。

 

 「……時に、聞きたいことがあるのです。ルーピー、貴方はみんなが幸せになってほしいと思っています。それは素晴らしいことです」

 

 「徐庶ちゃん……」

 

 「ですが、一方で貴方は悪意を嫌います。悪をはねのけようとしますね」

 

 「だって、それは悪いことなんだよ?それで苦しめられる人がいるのなら、なんとかしてあげないといけないから」

 

 「ルーピー、人を愛したい、信じたいのであるのならば……その人間の醜さも愛するべきです」

 

 なんだこれ、何で私は新興宗教の勧誘みたいなことやってるんだろう。

 

 「この世界は理不尽と悲哀に満ちています。人はいつだって正しい行動をとれる生き物ですか?人はいつだって合理的な行動をとれる生き物ですか?そう思うのであれば、それは大きな間違いです」

 

 いや、ルーピーは泣き止んでおり、真剣な顔でこんなどうでもいい話を聞いている。

 これはチャンスだ。一気に押しきれるぞ。

 

 「人は迷います。人は間違います。人は非合理な行動を取ります。そうすればいいのに、そうであればいいのにと解っているのに、彼らはまったく別の行動を取るのです。誰もが正義を知らないわけがないのです。誰もが悪を知らないわけがないのです。解っていても、己の醜さを知ってもなお、非合理に自身の欲望を選ぶ。そんな世界が、いえ、人の世がどうして理不尽ではないといえるのでしょうか」

 

 まくし立て続け、考える暇を与えてはならないと某詐欺師も言っている。

 考えさせるのは、既に相手が自分の術数にハマってからだ。

 

 「なればこそ、そこに生きる人全てが理不尽な欲望を抱えている。人の世に生まれた限り、この悲哀と理不尽からは逃れられません。彼らは被害者でもなければ、加害者でもない。だからこそ貴方は人の悍ましさを、醜さを知らなければなりません。人は善業をなします、自らを切り捨てて人を助け、愛します。そしてもう一方では悪業をなし、他人を切り捨てて自分を選びとるのです」

 

 いけ、やるんだ徐庶。

 論点を逸らして私は悪く無いとでっち上げるのだ。

 

 「貴方が見てきた世界で悪をなすものも人間、そして貴方も又同じ人間。物事の片方だけを見るのは止めなさい。人の醜さを愛し、正義を悪を愛する。貴方はそれができる人間です。そうして相手を見定め、周囲の人間の弱さに気が付き、認めることが私は大切だと思うのです。その上で自身もまた彼らと同じ人間であると知り、考えればいい。私の両手はどれだけの人間を救えるのかと」

 

 何言ってるんだ私は、と吹き出しそうになったが、なんとかやり切ることが出来た。

 さあどうだとルーピーを見ると、何だか目を輝かせて私を見つめてきた。

 

 「ありがとう……。ありがとう、徐庶ちゃん。私、今の徐庶ちゃんのおかげでわかったの。人の醜さを愛するということを、そして押し付けるんじゃなくて、理解していくことの大切さを」

 

 ……止めろ、その純粋な眼差しを私に向けるな。

 なんか私のいろんなものが浄化されそうになる、止めろ、やめるんだ。なんでこいつは善性100パーセントで受けれるのだ、心が痛くて吐き気が。

 どうしてSAN値を減らす側が、SAN値を減らされてるんだろうか。

 

 「みんな、みんな人間だったんだ。あの物語の中でね、私はあの人達が同じ人間じゃない、恐ろしい何かなんだって勘違いしていた」

 

 いや、そうだろ。あいつら全員イカれた連中じゃん。恐ろしいというか、悪って言葉がこれ以上ないぐらい当てはまる連中だからね。悪意十割だからね。

 

 「でも、みんな同じ人間だったんだ。……私は、そこに気がつけなかったんだね」

 

 え、何で決意を固めた顔になってるの。何か後ろから光が指しているように見えるんだけど。

 

 「徐庶ちゃん、私頑張る。私だけの力じゃ、どうしようもならないけれど。この両手はすごく小さいけれど、仲間がいればきっと多くの人に手を伸ばし助けることができるから」

 

 すげぇ、何か意味がわからないけれど、私なんかよりもよっぽど素晴らしいこと言っているように感じる。

 もう私の自尊心とか先程までの優越感は砕け散り、その破片で私の心はズタズタですわ。こいつ徹底して私の自信を折っていくスタイルだわ。

 

 「よし、もう一回やろう!今度こそ、今度こそ私はやってみせる!」

 

 「わ、解りました。でもそろそろクトゥルフ系は胃もたれしてきたので、すこし違う物語もやりませんか」

 

 これで完敗したら立ち直れる自信がないわ。ルーピー、なんて恐ろしい子……。

 ええと、あと私が知っているものでやれるやつと言えば……。

 

 「え、他のものもあるんだ。すごい楽しみだよ!」

 

 「はい、ええと『パラノイア』と呼ばれるものでしてね……」

 

 二刻後。ルーピーがまた泣いた。

 そしてそれを見つけた私の親にゲンコツを食らわされ、私も泣いた。この世界はやっぱり理不尽だ。

 




何か続いてしまった。

思いっきり趣味を交えた話。
友人の言っていたセリフは実話、なおヒロインが殺されたおかげで邪神が降臨せずクリアした模様。お前らヒロインだぞ、ヒドインじゃないんだぞ、救えよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみと先生

 季節が移り変わる中。

 私は私塾のようなところに通うこととなった。

 

 ……ルーピーと一緒に。

 

 何でも素晴らしい先生の私塾があるということで、ルーピーはそこで勉強することになった。

 当然のようにルーピーは「徐庶ちゃんも一緒にいこうねー」とか言ってほんわかしていたが、一瞬の迷いもなく私は断る。

 

 理由は簡単であった。ルーピーと一緒にいたくないのだ。

 

 何で私がお前の世話をそんなところに行ってまで、いちいちやらなければいけないんだと述べる。

 四六時中もルーピーと一緒に生活していたら、私もいずれ「ハイール劉備様!」みたいになりそうで怖い。只でさえトンでもなかった桃色ハッピーオーラが、最近成長を始めているように感じるのだ。

 

 ともかく勝手に行ってください、と伝えて一息つく。

 

 涙目になっていた。ルーピーの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。しまった言い過ぎた。こいつガキか、いやガキだったわ。

 

 慌ててハンカチを取り出して涙を拭って、鼻をちーんとさせて。仕方がなくそれっぽい言い訳を取り揃える。

 

 「一つ目、私の家は裕福ではありません。貴方のイメクラ衣装みたいな服装を着れるほど……じゃなくて、私塾に通えるほどのお金はありません。この芋臭い服装見て察してください、というか察しろ」

 

 「そうなんだ……。ところで、いめくらってどういう意味なのかな?」

 

 「気にしないでください。二つ目、私ももういい年なので家計を支えるべく、農作業や狩りなど手伝っていかなければなりません。そんな私に私塾に通う時間などありません」

 

 「……ごめんね、徐庶ちゃん。無理を言ってしまって」

 

 本当だよ。まったく家計のために働くつもりがなかったというか、親からせっつかれたとしても、この年までゴネて言い訳をし続けたというのに。これから本当に働かなければいけなくなったじゃないか。くそったれ。

 

 しかしルーピーと一緒に過ごすよりは数百倍はマシだ。

 私塾の友達と過ごす時間の中で、私のことは忘れて生きていって欲しい。

 

 そう言って私塾に落ち込みながら向かうルーピーを、私は満面の笑みでハンカチを振りながら見送ったのであった。うう、これで私の冬の時代はようやく終わりを告げたのだ。嬉し涙が出てきたので、ハンカチで拭う。

 

 ……ぬちょり、と嫌な肌触りがした。思い出した。このハンカチ、ルーピー汁が大量に付着していた……。SAN値チェック。失敗。

 あいつがいないのに、その日は一日中欝だった。

 

 その翌日。ルーピーが朝っぱらから、大声でうちの家に駆け込んできやがった。

 安眠妨害だと水をかけて追い払おうかと思ったが、見つかって水を無駄遣いするなと親に怒られた。全部ルーピーが悪い。

 

 「それでね、先生が私の知り合いだったら、お金とか気にしないで来てくれていいって!」

 

 おい、お前今なんて言った。

 

 「……はい?」

 

 「だからお金は大丈夫だよ!あ、でも徐庶ちゃんは家のお仕事をしなくちゃいけないんだよね……」

 

 なんてことをしてくれたのでしょう。いや、それどころではない。

 

 こいつ、確信犯だ。いや、天然なんだがエグいしゲスい。私の親の目の前でこんな会話しやがるとは。

 このままではまずいと思って口を開こうとすると、話を聞いていたうちの母親の声に遮られた。

 

 「気にしないでいいわ劉備ちゃん。こんな娘だけれども、良かったら連れて行ってあげてね」

 

 「本当ですかッ!?」

 

 スリザリンは嫌だスリザリンは嫌だスリザリンは嫌だ。

 

 「ええ。……お金、かからないのよね?」

 

 「はい、無料です!」

 

 「ならばよし!」

 

 グリフィンドォォォォォォォォォォル!

 

 大徳がうちの母親にクリーンヒットした。

 そりゃウダツが上がらない娘と、超絶美少女魅力チートの女の子だったら、私だって後者を選ぶけどひどくないかこれは。

 あと知ってるぞ母上、あんた最終的には無料って言葉に惹かれただろ。流石私の母親だ、どうしようもなく俗物である。

 

 放心する私と手を繋いで私塾に向かうルーピーは、本当に嬉しそうだった。見ていて吐き気がした。

 

 件の私塾に到着して意識が戻り、仕方がなく詳しく話を聞いてみる。

 

 なんでも盧植という先生が中心の寺子屋らしい。マジか。

 盧植と言えば南夷の叛乱を鎮圧し、張角を連破して首級一万余人を上げたとされるスゴイお方だ。あと一歩まで追い詰めたところで徴還されてしまったが、もし徴還されなければ張角を討伐していただろう。

 

 テンション上がってきた、これは期待できると思って扉を開ける。

 するとルーピーと同じく、ゆるふわほんわか系の眼鏡巨乳が出迎えてくれた。これでもないくらい属性を盛ってやがる。何かキャバ嬢みたいな格好をしている女性だ。これはお近づきになりたくない……嫌な予感がした。

 

 結論から言えば、このキャバ嬢が盧植だった。テンション急降下、マイナスまで落ち込んだ。なんかもう、みんな燃えればいいのに。

 

 大きな胸がコンプレックスだそうだが、だったらもっとしっかり隠せよ。何で男子の股間がセントヘレンズ大噴火する格好してんだよ。

 思わず突っ込んでしまったが、胸が大きすぎて収まる可愛い服がないらしい。どいつもこいつも出荷されればいいのに。

 

 「んー……あなたが、桃香ちゃんが言っていた徐庶ちゃん?」

 

 「はい、ご配慮を頂けるとのことで。ありがとうございます」

 

 もう勉強はいいから胸が大きくなる講義をして欲しい。そうすれば馬鹿な男共を騙して金銭を稼げるかもしれない。

 盧植は何かウンウンと唸っていたが、不思議そうな様子で口を開いた。

 

 「風鈴はね、桃香ちゃんからあなたのお話を聞いていたの。それで何とかなりませんかって相談も受けてね」

 

 「ルーピーさん……」

 

 「もう先生、内緒にしてくださいって言ったのに~……え?どうしたの徐庶ちゃん」

 

別にお前との友情フェイズとかいらない。そんなものは犬にでも食わせとけばいい。それよりも重要なことがある。

 

 「今の盧植先生が言ったのは、ご自身の真名ですか」

 

 「あぁ、ごめんね。そうだよー、風鈴は風鈴の真名なんだ」

 

 いい年して自分を自分の名前で呼ぶ女性。

 なんてことだ。ここも桃色バイオハザードに巻き込まれていたというのか。

 ルーピーに負けず劣らずの猛者ではないか。つまりそれは私の精神的安らぎはこれっぽっちも存在しないようだ。

 

 「でも、風鈴が想像していた子とはちょっと違ったなぁって……」

 

 ごめんなさい。正直貴方の想像と外れて安心しています。ゆるふわほんわかキャバ嬢スタイルのお姉さんの想像人物像がマッチしたとか、ちょっと発狂を抑えられる自信がありません。

 

 「……聞いてもいい?」

 

 「答えられることであれば」

 

 どうして貴方のお胸は小さいの、とでも聞くつもりか。泣くぞ。

 

 「……桃香に人の道を説いたあなたに聞きたいの。今後、この国は、未来はどうなるのかな?」

 

 ……はい?

 思わずぼぅっと呆けてしまった。何だこの質問は、何が聞きたいのかまったく解らない。

 え、これは察せられない私が悪いのだろうか。なんか悔しいので、解っているふりをして目を瞑る。

 

 ……ちらりと目を開けてルーピーを見たら、何か真剣な顔で私達を見ていた。え、お前そんな顔できるの。どうしたんだルーピー、道で何か拾い食いして気がおかしくなったのか?ただでさえおかしくなっていた気が、ひっくり返ってまともになったとでもいうのか?

 

 不気味に思いながら前を見ると、盧植先生も真剣なご様子。

 あ、これ中途半端なこと許されない雰囲気だ。

 

 「……どうにも、ならぬでしょう」

 

 「どういう意味?」

 

 それは私のほうが言いたいよ、だって何も考えてないんだから。何か雰囲気とノリで流されて言っているだけなんだよ。察しろよ。

 

 「ならぬものはなりません。それだけです」

 

 「……桃香ちゃんがいても?」

 

 「先生はルーピーさんに何を望んでいるのですか」

 

 「るーぴー?」

 

 そこは突っ込まないでもらいたい。あなたに人の心は無いのか。人の心があるのなら、そんなことはできないはずだ。もう何か泣きたい。

 

 「もしかして、桃香ちゃんのこと?……可愛い呼び方だね♪」

 

 そう言って笑う年齢不詳の痴女教師に、思わず憤死しそうになる。

 私の呼び方を気にするよりも、ご自身の性格と服装を見直すべきだと進言したい。おい、そこで何故か嬉しそうにしているルーピーも他人事じゃないからね?

 

 「風鈴はね、桃香ちゃんはきっとすごいことをしてのける思うんだ」

 

 まだ子供であるのにも関わらず村の男の子達の初恋を総ナメにして勘違いさせ、幼女だった私をストレス性胃腸炎にして血を吐かせているこいつが、これ以上すごいことをするというのか。悪夢以外の何物でもないじゃん。

 

 「桃香ちゃんはやれば出来る子だって、英雄にだってなれちゃうって風鈴は思ってるよ」

 

 「え、本気で言ってるんですか?」

 

 目を見開く。思わず素が出てしまった。

 

 この年中脳内春で蝶々が狂ったように飛び回っている天然ほんわかオタサーの姫に、何を期待しているのだろうかこのいい大人は。

 あれか、同類にのみ感じる何かがあるのか。じゃあ私はわからなくていいです、いや、わかりたくないんで本当に勘弁して下さい。

 

 「こんな私が血を吐いたぐらいで取り乱して、止めろって言ってんのに体を気絶するぐらい揺するやつが英雄になんてなれるわけないでしょう」

 

 「あの、徐庶ちゃん。あの時の事……まだ、実は怒っているんじゃ」

 

 当たり前だろ、十年経ってもまだ覚えていられる自信がある。絶対に忘れない。

 

 「英雄になるためには万の屍を築いていかなければならないんですよ。死んだ人間の意志を背負っていかなくちゃいけないんですよ。時には非情の選択をしなければならないんですよ。ルーピーさんにそんなのできるわけないじゃないですか」

 

 「桃香ちゃんはまだ子供、でも成長して大人になる。そうなったらわからないよ?」

 

 「無理です無理無理。多分二十歳過ぎようが、三十路過ぎようが、こいつ絶対に『天から運命の人が私を迎えに来てくれるの』と言っちゃうぐらいには、脳内ほんわかしてるでしょう」

 

 「うわぁ、それって素敵だね!」

 

 「ルーピー、お願いだから黙っていてください。あと息しないでください」

 

 命かけてもいい。こいつ三十超えても「私、女子力高いんだ♪」とか言いそうで怖い。

 

 「ルーピーはどこまで行ってもルーピーです。成長するには多くの糧が必要です。でも、彼女はそれを受け止めるどころか、そもそも耐えていける人間じゃありません」

 

 これも自信がある。

 クトゥルフやっている時、毎回NPCが死ぬ度にSAN値チェック入れてやろうかと思える程に落ち込んでいた。

 しかも終わってもそのキャラの名前呟きながら、ごめんなさいとかぐずってるし。

 

 「……そうかもしれないね。でも桃香ちゃんはとても魅力あふれる子だよ。だからきっと多くの人達が桃香ちゃんを助けてあげると思うんだ。だから私はきっと大丈夫だって思うの」

 

 え、なにそれこわい。

 

 確かにこいつは魅力値が溢れている馬鹿だ。そしてそんな馬鹿に引き寄せられていく馬鹿共。すごいな、馬鹿のデススパイラルだ。全然大丈夫じゃないぞ。

 

 そいつらがルーピーを中心に集まり、集団を形成し、なんの罪も無い人々を洗脳して馬鹿の和が広まっていくと。この世の終わりではないだろうか。中国大陸全員脳内お花畑計画とか、地獄絵図もかくやという有様だ。なんというディストピア。そうなったら私は死を選ぶぞ。

 

 「絶対に、絶対にそんなことはさせません」

 

 只でさえ村全員が既にルーピー菌に感染してしまい、バンデミックが起きているというのに、さらなるパンデミックを起こさせるわけにはいけない。くそ、中国の未来は私の肩に託されたというのか。誰かに押し付けたくて仕方がねぇ。

 

 

 

 

 

 決意を込めた一言。その一言に盧植は暖かな微笑みを浮かべた。

 そしてほっとするように、吐息を吐き出して笑った。盧植の心配は、徐庶のこの一言で消え去ったのだ。

 

 不安があった。教え子は英雄なる力を持つが、優しい少女であるがために危さを秘めていた。

 だが、彼女がいれば大丈夫だと確信する。己ですら心酔しかねない劉備の魅力に酔うこと無く、ありのままの劉備の姿を確かに捉え、そして大人である私に対しても臆すること無く堂々と言い切った。

 

 この子が劉備の親友でよかった。

 劉備が一番の親友がいる、どうか助けて欲しいと聞いた時には、彼女を利用する存在かと僅かばかり疑ってしまったのだ。大変に浅ましく、そして愚かしい話であった。

 

 このような怪しき騒乱の兆しがある時代、英雄の素質がある人間が放っておかれるほど甘くはない。例え本人にその気がなくとも、周囲によって祭り上げられていくことだろう。

 

 それでも、それでもだ。

 きっとこの徐庶は、英雄ではなく一人の友人として劉備と共にあり続けてくれるだろう。

 

 「……徐庶ちゃん、桃香ちゃんをよろしくね♪」

 

 「そのお願いされたルーピーですが、ずっと息止めてて顔色やばいことになってますね」

 

 「桃香ちゃんッ!?」

 

 ……たぶん。




劉備→徐庶
「わたしの、最高の友達」

徐庶→劉備
「ルーピー」

盧植とか恋姫に追加されてたんですね、一応と思って調べてたら驚きました。
予定が詰まってきたので、次回があるとしても先になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみはフリーター

 「徐庶様、この竹簡なのですが……」

 

 「む、わかりました。……ふむ、もう行って結構ですよ」

 

 「はい、よろしくお願い致します」

 

 礼をした後に部屋を出ていく文官を見ながら、のんびりと背を伸ばして窓を見る。

 外では小鳥のつがいが快晴の天の下で飛び交っていた。その穏やかな様子を見ながら、ほうっと感嘆の吐息。

 

 そろそろお昼の時間かと、広げていた竹簡を整理して片付け、僅かばかりのお金が入った袋を持つ。

 今日は城の中ではなく、町で食事をしようと考えながら廊下に出る。するとしばらく先に見覚えがある姿が目に入った。

 

 それは私の人生における清涼剤だった。天使だった。神だった。

 

 「あれ?白蓮さんじゃないですか。何かありましたか?」

 

 彼女の名は公孫サン。今の私の主君だ。

 

 史実では人間不信のコミュ症だった。どれぐらいコミュ症かというと、一人城の奥に戦争中に引きこもり、誰にも会いたくないと言い切って最後には滅亡したレベルのコミュ症だ。

 人当たりが良かった劉虞を、あいつ好かれていて妬ましいからとぶっ殺す。そして周囲やら部下にまで総スカンくらったイッちゃった系コミュ症だ。

 

 かなり控えめに言っても末期である。

 この時代引きこもりコミュ症は山ほどいたが、その中でも歴史に名を残した人間不信引きこもりイッちゃった系コミュ症は公孫サンぐらいだろう。

 

 しかしここにいるのは違う。才能は有能だが充分に平凡レベル、容姿はそれなりに美人。性格も普通で、本当に良い人だ。まさに私の癒やし、親友、真の友だ。

 

 ……ルーピー?あれは人生における灰汁とか垢とかそんなレベル。

 

 「いや、そろそろお昼の時間だろ?だから一緒に食事でもと思ってさ。せっかくだし私が奢るぞ」

 

 「そうまで言われては断れませんね」

 

 おいしい店を知っているんだ、と微笑む公孫サンと共に城下町へ向かう。くだらない冗談を交えながら談笑し、道行く人の挨拶に手を共に振る。

 

 この主君であり友人の下で働き始め、先日には齢十八を迎えた。

 ある程度の学を修め終わって帰ろうとした友人に、文字通り噛り付いてこの幽州の城にまで無理矢理ついてきたのだ。しばらく歯形が消えなかったらしい。すまん。

 

 ルーピーは徐庶ちゃんが行くならあたしもと何やら必死なようであったが、あれの母親は厳格で途中で寺子屋を辞めることを許さなかった。加えて盧植もルーピーには特別に教えたい事がまだまだあったのか、反対の立場をとった。

 

 まさに時勢は私に味方していた。これ幸いとばかりに、私はルーピーをあの手この手で説得。とりあえず、「私たちの友情は永遠だよ……ッ!」と涙を流して口説き落とす。ちなみに涙は本当の涙だ、こんな嬉しかったらそりゃ涙だって流れるわ。

 

 あと最初から無いものは、別に永遠でも何でもない。グッバイルーピー、フォーエバールーピー。ぜってぇもうここには帰らねぇ。

 

 こうしてルーピーとの感動の別れを経て、友情という名のコネにより就職。今や安穏なる日々を送っていた。

 

 「いやぁ、徐庶がここに来てくれて本当に良かったよ。でもいいのか?お前はここに来てから一度も家に帰っていないじゃないか。休暇ぐらいだすぞ」

 

 と、目の前でチャーハンを食べながら公孫サンが突然そんなことを言い出した。

 

 「いえ、戻るわけにはいけません。」

 

 そうかと意味深げに頷く公孫サン。いや、石にしがみ付いてでも絶対に帰らねぇぞ。

 せっかく胃が回復して穏やかな日々を過ごしているというのに、どうしてあいつの顔を見なければならんのだ。今でも思い出すだけで胃液どころか胃が逆流してくる。

 

 「……でも、桃香はきっとお前の事を待ってると思うぞ」

 

 だろうな。あいつは嬉々として私の胃をデストロイしてくる。恥知らずのカイ使いとか笑って玉を蹴り抜く猛者に違いない。もうとっとと拾い食いでもして食あたりおこして歴史の陰に消えてほしい。

 

 「実は、お前宛てに手紙が来たんだ」

 

 なるほど、紙飛行機の素材が来たわけだな。

 

 「私にも手紙が来た」

 

 あいつそんなに紙飛行機が好きなのか。

 

 「その中に、お前に手伝って欲しい事があるから帰郷を許してほしいと書かれていたんだ」

 

 あいつ紙飛行機に文字を書くのか、やっぱりルーピーだわ。ちゃんと私が空を飛ばしてあげないと……って、今なんて言ったおい。

 

 「お前が私に気を使っているのは解っているんだ。私だってお前を手放したくなんてない。でも桃香も私の友達なんだ。悩んだけど、やっぱり私はお前に桃香の手伝いをやってあげ」

 

 「いやです」

 

 「そうか、そう言ってくれるか……へ?」

 

 「絶対に私は帰らない、絶対に、だ。お願いします勘弁してください」

 

 「どうした徐庶!?口調が変だぞ!?」

 

 そうだ、これは夢なんだ。

 きっと私が目を覚ましたら、私は大金持ちの社長さんで、BMWに乗って金に目がくらんだ女共の頬に札束を叩き付けて遊んでいる最中に違いない。

 

 そんな私の前に突き出される手紙。

 妙に丸っこい字は、間違いなくルーピーのものだ。見ているだけで正気度が削れる、内容が頭に入らない。やばい、動悸と息切れが。

 

 「白蓮さん、解りました。解りましたからそれをしまってください。話聞くからそれしまっていやマジやばい意識が薄れてきた」

 

 「お、おう」

 

 あ、危なかった。もう少しで「世界で一番大事なのは愛」みたいなことを口走る人間になるところだった。

 

 「そ、それで何が書かれているんですか?」

 

 「え?いや、今見せたじゃないか」

 

 「私が見たのは死神が大鎌を振りかぶっている姿です」

 

 めっちゃいい笑顔で鎌を振り上げていた。

 

 そして「お、ついにこっち来るのか」と、すごいフレンドリーだった。実はルーピーと知り合ってからの第二の幼馴染は、あいつじゃないかと思ってる。かれこれ十五年の付き合いだ。もう熟年夫婦レベルの顔見知りだ。思い返すと涙でてきた。

 

 頬を引き攣らせながら説明してくれる白蓮さんによると、「苦しむ人たちの姿があまりにも多すぎるから、なんとかしたい」と考えているらしい。

 そのために「一番の友達である私に力を借りたい」ということだった。

 ようするに旗揚げしたいってことなんだろうが、なんかいろいろ突っ込みどころが多すぎて辛い。誰か助けてはくれないだろか。

 

 そして白蓮さんや。これ見てどうして感動している感じなん?笑いどころしかないんだけど。

 まぁ一番の笑いどころは、これに私が巻き込まれそうになっているところだ。あはは、笑えよ。

 

 「やっぱり、あいつは凄いよな。自分勝手な連中が多い中、そんな事を考えられるなんて」

 

 だよな、すごいよな。まともじゃないよな。というか私を勝手に数に含めて定職を奪おうとしているルーピーは、自分勝手以外の何物でもないだろうと思うんだがどうだろうか。

 

 「……やっぱり、あいつにはお前が必要なんだよな。お前を手放すのは、はっきりいって惜しいさ。でも、桃香のやつも私の大切な友達なんだ。支えてやってほしい」

 

 「嫌です」

 

 「え?」

 

 「嫌です」

 

 「ちょ」

 

 いやだってお前、やっと手に入れた就職先だぞ。命令できる立場だぞ。ナンバー2に幼馴染というコネを使ってなれたんだぞ。

 お金ももらえて、ストレスも無くて、平穏な日々を手に入れたんだぞ。どうしてそんないらぬ苦労をしなければならんのだ。

 

 「というか白蓮さん、貴方ずいぶんとまた勧めてきますけど、何かあったんですか?」

 

 「え、あ、別にそういうことは」

 

 「ただでさえ人が足りないって言ってたじゃないですか。いくら友達だからって、そんなに簡単に送り出せるとは思えないんですけど……」

 

 言っては何だが、ここは人手不足が激しい。

 大体の優秀な連中は、袁紹や曹操のところにいく。それに以前にこんな辺境に好き好んで来たがるやつは、まずなかなかいない。

 優秀で俗っぽい連中は、羽振りの良い袁紹のところに行く。優秀で信念がある連中は、それこそ曹操のところにいくのだ。

 

 結果、うちに来るのは三番手四番手ばかり。間違っても、人が足りているなんて事はない。

 にも関わらず、白蓮さんがここまで惜しまずに言ってくるという事は……。

 

 「……その、風鈴先生からも桃香を手伝ってくれるようお願いする書簡が」

 

 ああ、最近中央と繋がりがより太く著しくなったあの露出教師ですね。

 授業中もあのデカイ胸をユッサユッサさせて、男子どもの視線を釘付けにして、集中をかき乱してはみんなの成績が上がらないと心配していたあの盧植先生ね。

 

 やっぱり巨乳は敵だ。

 普通に人が良くて情がある白蓮さんを、巨乳共がよってたかって食い物にしやがったのだ。

 

 「……ほかにも何か?」

 

 「……中央からの優遇と、人材の紹介。……ごめん。いろいろ、その、足りない」

 

 「……そうですね」

 

 普通に世知辛い理由だ。現状を知ってるが故に納得できる。あれだ、リアルに全部政治が悪い。くそ、なんて時代だ。

 

 「あの、その、本当にごめん」

 

 「謝らないでください。白蓮にはお世話になりました。私が、私が恩返しを……」

 

 儚い幸せの日々だった。すごく、すごく楽しかった。

 

 「……白蓮さん、私の真名をお預けいたします」

 

 「そんな!?お前、あれだけ真名に関しては!?」

 

 「もう、ここを出ていったら帰ってこれないかもしれません」

 

 他人に対して何一つ与えたくないを信念としている私でも、流石に最後になるかもしれないと思うと考えるところがあるのだ。

 急性胃炎、慢性胃炎、逆流性胃腸炎とか、十二指腸潰瘍とか、PTSDとか。心当たりが多すぎて生きて帰れる気がしない。

 

 「私の真名は花琳(ファリン)です。白蓮さん、私は、私たちはずっと友達。ズッ友だよ!」

 

 「うぅ、ぐす。ああ、花琳!私達はずっと、ずっと友達だからな!」

 

 こうして互いに抱き合い、最後のお別れをして私はここを去ったのだ。

 

 いやぁ、裏帳簿とかいろいろと処分しやすいようにしていて良かった。どうせ白蓮さんは袁紹に負けるだろうし、いつでも動けるように少しずつ積み立てをしていたのだ。まぁ真名あげたし許してほしい。

 ぐっばい白蓮、フォーエバー白蓮。貴方が信頼してお金を任せてくれた事、絶対に忘れない。例え君を忘れたとしても、君がくれたお金は絶対に忘れないからね!

 

 私は手を振る白蓮に、大きく手を振り返してルーピーの下に向かったのだった。

 

 村に到着したのは、あれから二十日後であった。

 白蓮は優秀な白馬をくれたので、普通よりもかなり早い到着だ。この馬には感謝の念を込めて白蓮と名付けた。こら、白蓮。こんなところで粗相するんじゃない。

 

 出迎えてくれる母は笑顔で両手を広げてくれた。流れで感動してしまい抱き着こうとしたら、お前はいいからお土産を寄越せと言われた。泣いた。流石、私の母だ。

 殴り合って再会を喜んでいると、誰かが知らせたのかルーピーが家に飛び込んできた。ノックぐらいしろや。

 

 「本当に、本当に帰ってきてくれたんだね!」

 

 その気は無くても追い込んだ末にこのセリフである。なんていい笑顔だ、満面の笑みだ。こいつのせいで定職を失った私は殴っていいと思う。むしろ殴りたい。

 

 「ありがとう、ほんとうに、ありがとう!徐庶ちゃん!」

 

 抱き着かれた。すごい良い匂いがした。なんか女として負けた気分になった。何かキラキラしてるし、すげぇ美人だ。あれだ、死にたい。

 

 わかったよ、わかったよルーピー。もう私が悪かったからこれ以上は……私の自尊心が死ぬ。あとお前が押し付けてくる胸。それ私のアバラにくるから止めろ。心理的にも物理的にも痛いわ。心が叫びたがってるわ。

 

 「はい、そろそろ止めてください。死にます」

 

 「もう、冗談ばっかり……。あは、本当に、徐庶ちゃんだ。まったく変わってない」

 

 より一層、押し付けられる胸。胸。胸。

 そうかそうか、まったく変わっていないか。ははは、泣きてぇ。

 

 「あっはっはっは、そうですかそうですか。まったく変わっていませんか」

 

 「うん……。あの頃と同じ、変わらないままの徐庶ちゃんだよ」

 

 ふと視線を感じて横に目を動かす。うちの母親が私とルーピーのハンバーガーを見て、必死に笑うのをこらえていた。私の顔を見て心情を察し、さらに顔を喜悦に歪めていた。

 私がマクド○ルドで、ルーピーがモ○のボリューム。こんな世界は滅びればいい。

 

 「ルーピー、離れなさい」

 

 「もう少し、このまま……」

 

 突き飛ばした。

 

 若干不満顔だったが、私は不満どころじゃないぞ。この世界の格差社会に絶望させられたぞ。お前、いつもみんなが笑顔になれる世界になればいいって言っていたじゃん。幸せになれる世界にしたいって言ってたじゃん。

 

 私、真顔なんだけど。すっげぇ絶望してるんだけど。全然、幸せじゃないんだけど。

 

 「それで、何ですか。聞きましたけど、旗揚げしたいんですって?」

 

 「うん、困っている人たちの力になりたいの!」

 

 今ちょうどお前の目の前に困っている人がいる件。

 

 ルーピーはそこからしみじみと語りだした。

 国は酷い状態だとか、涙を流す人が多いとか、困っている人を助けたいとか。言葉に力が宿り、悲哀が込められ、決意の意思が乗せられている。本当に、心からそう願っているのだろうと思った。

 

 ……すごいな、なんていうか、お前あれからずっとこじらせ続けたのか。びっくりだわ。

 

 「あぁ、別にそこらへんはどうでもいいです。困っている人を助けたいだったり、有名になりたいであったり、金が欲しい男にモテたいであったり、旗揚げの理由はどうでもいいです」

 

 「え?」

 

 なんかルーピーが唖然としているが、私が聞きたいのはそういうことじゃないのだ。別に今は馬鹿共が周りにいるわけじゃないんだから、耳障りのいい言葉はとっておけ。

 

 それより重要なのは、支援者の存在だ。金と人脈と兵隊だ。見た目はすごいんだから、もうきっとそこらへんも目処がついているのだろう。仮にもこいつは劉備なのだ。魅力値オーバーチートだ。

 ほら、お姉さんにその胸で何人誑かしたのか教えなさい。

 

 「……し、えん、しゃ?」

 

 え、何でそんなぽかーんとしてるの。いや、だって。お前、仮にも一勢力からナンバー2を引き抜いてるんだからさ。ヘッドハンティングしてるんだからさ。

 

 ……え?マジ?

 

 「その、一緒に最初からがんばりたいなって思ったら、いてもたってもいられなくて!これから一緒にがんばろう!大丈夫、私達だったらきっといけるよ!」

 

 徐庶、十八歳。長年勤めた職場を奪われたと思ったら、無職になりました。

 唯一の相方は行動力だけ無駄にあるフリーター。しかも、なんか世界が平和になって欲しいとか言っている。

 

 「ぐ」

 

 「ぐ?」

 

 「ぐふっ」

 

 ストレスで胃が限界に達して吐血。膝から崩れ落ちた。

 頭が割れるように痛い。長年かけて少しずつ癒してきた古傷が、完全に開ききったのだろう。数年かけて癒した傷が僅か十数分でこれである。

 私を抱きかかえて涙目になりながら、何かを言っているルーピーを見て思った。

 

 ルーピー、お前、私に何か恨みでもあるのか。




すいません、感想返し現実忙しくて途中であきらめました。
全部見てます。嬉しいです。しかしモチベがやばかったんで逃げました。チーズ蒸しパンになりたい。
無理せず返せる分だけ返していこうと思います。

徐庶「十八歳になったぞ……十八歳になったぞ!」

※追記
次、もし更新するようなことがあれば連載に変えます。
元々一話から四話ぐらいで終わりのつもりでしたが、五話で短編を名乗るのは流石に厳しい気がするので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみは教祖

 夜が明け、頑張るぞと無駄に元気なルーピーとは反対に、私のやる気は完全になくなっていた。

 

 旗揚げをするとはいっても、なかなか容易ではないのだ。根回しも必要だし、コネも金も兵隊もこの時代は必要なのだ。

 

 あの盧植先生は中央の仕事で忙しく、全く動きようがないらしい。そりゃそうだ、中央にいる連中なんざ、人の皮を被った魔物だ。

 それ故に、ルーピーを助けるべく自身が認めた人材をそばにおいてあげたかったのだろう。何故かそれが私だった。死にたくなった。盧植先生は恐らく善意百パーセントだったんだろうが、もう巨乳恐怖症になりそうだ。おうち帰りたい。ここがおうちだ。死にたい。

 

 「それで私達って何から始めたらいいのかな?」

 

 始まる前から終わっている。

 尻尾を振り振りしている姿が幻視できるほど、何故か嬉しそうなルーピー。私は疲れた顔で口を開く。

 

 「……ルーピー、貴方、昔やっていたお遊びで最後の敵がニャル様だったらどうしますか」

 

 「……ニャルラトホテプだったら、必ず乗り越えられるように設定されている方法があると思う。ただどの段階で動けるか、何を手に入れて如何に他の人達の協力を仰ぐか、交渉していけるかが大切だね。それほどの大物だと、序盤から積極的に動いて……。あぁ、でも徐庶ちゃんの進行の様子を見て判断してからでも間に合うかな。儀式からの降臨なら防ぐ方法も、待って、既に現界しているのならニャルラトホテプは恐らく何か役割を楽しんでいる可能性が――――」

 

 目が鷹のように鋭くなり、甘ったるい話癖が消えうせ、饒舌な口調で自身の考えを次々に述べていく。雰囲気が完全に別人になっており、感情を交えず冷静な判断で選択を増やしていく姿は……誰だお前。

 

 「あ、愛とか友情でどうにかなるんじゃないですか?」

 

 かるーく皮肉りをいれる。ほーらお前が大好きなやつだぞー、と釣り針を垂らしてやる。返ってきた視線は、緊張を含んだ真剣なものだった。

 

 「……あれは、私の理の外にある存在だからね。難しいと思う。愛も、友情も通じないのなら、別の形で通じ合うしかないから」

 

 もう一度言おう、誰だお前。何か悪いものでも食ったのか。昨日、おみやげのちょっと酢飯化していたおにぎりをご馳走してあげたのだが、もしかしてあれが原因だったのだろうか。

 

 「……例えば」

 

 「うん?」

 

 「ある農民が、旗揚げしたいと思ってます。世の中は乱世に近い状態です。友人一人と一緒に立身していきたいようですが、何をしたらいいでしょうか。ちなみに農民は戦闘能力はほぼありません」

 

 「あ、それ新しい世界の物語?すごい面白そうだね!まず技能の一覧を教えてほしいかな~♪」

 

 久しぶりのルーピー節によって、軽い右フックをぶち込まれる。すごいな、軽いのにもう致命傷とかわけわからんぞ。

 

 「技能は後からでいいから言ってみなさい。言え」

 

 「そ、そうだね。農民から始めなくちゃいけないから足りないものは多いと思う。それはどんな世界なの?」

 

 「今、私たちがいるような世界です」

 

 「じゃあまず欲しいのは名声……?お金も人も物資も大事だけど、それを手に入れられる信用それ自体が、農民だから足りないと思うの。だから名前を広めて、一気にのし上がる環境を整えるのが良いはずだよ。誰かの下で下積みしてこつこつっていうのもあるけれど、ちょっと時間がかかり過ぎるんじゃないかな?」

 

 「と言いますと」

 

 「うーん、そうなると手っ取り早いのは優秀な人材の確保かなぁ?やっぱり名声を上げるのなら華々しい活躍が必要だよね。武勇が高い人を引き連れていれば、その人が頑張る分だけ引き連れている人の名声も上がると思うの」

 

 ルーピーは「もしかして、かなりいい線いってたかな!?」とノリノリだ。私も笑顔でルーピーに視線を返した。

 

 じゃあそうしろや、と言ってルーピーを自宅からたたきだした。

 何で私はここにいるんだろう。やべぇ、涙出てきた。もうなんだ、出家したい。森で静かにニルヴァーナしたい。

 

 「わぁ、そう言えば昔もこうやって突然外に投げ出されたっけ?思い出すなぁ、懐かしいね!」

 

 扉を挟んでも解る無駄なポジティブオーラに追加ダメージを受ける。

 

 「それで徐庶ちゃん、私は何をしたらいいのかな?さっき、そうしろやって言われたけど、よく解らなくて……」

 

 こいつ仮に国を建てても、一日で潰れるんじゃないだろうか。明智光秀も大爆笑だな。

 

 「だから人材集めて来てくださいよ、なんかすごい人。ビームとか空飛んだりとかソーラーレイしてそうな三國無双連れて来てください」

 

 「ごめん徐庶ちゃん、まったく意味が解らないんだけどッ!?」

 

 意味が解らない人に意味が解らないって言われて私憤死五秒前。横山周瑜提督もこれにはニッコリ。

 

 「ほら、脳味噌の代わりにベビースター頭に詰めてる貴方でも劉備なんですから、大徳とその無駄にでかい胸でたくさん捕まえてくればいいんですよ」

 

 「そんなに大きいのかなぁ?……これ」

 

 そうかそうか、そんなに大きいのかなぁか。

 久しぶりに会った村の男共から、「全く育ってないな……」みたいな憐みの視線をくらい親切にされた私に謝れ。泣くぞ。

 

 「うぅ、ごめんね徐庶ちゃん。どうやって、誰を探せばいいのかまったく解らないの」

 

 「関羽とか張飛とか探せばいいじゃないですか?なんかたぶんめっちゃ強いし、私のちょっかんとかあれで相性抜群な気がしますよ」

 

 「う、うわーい!な、なんかすごいふんわりした情報……」

 

 声がどんどん萎んでいったルーピーであったが、「関羽さんと、張飛さんっていう人を探せばいいんだね」と一人心地に呟くと、感謝の言葉を述べて駆け出したようであった。感謝の言葉は嫌に長かったが、面倒くさかったので全部聞き流した。多分ラリホーとか言っていた気がする。どうりで眠くなったわけだ。

 

 もう寝ようと布団に入る。あいつが頑張る中、布団で寝られるとかもうこれ最高だわ。そうだ、奴の苦労をつまみに酒を飲もう。

 一瞬だけルーピーが義兄弟を連れてきやがる可能性を考えてしまったが、そりゃ無理だと笑い飛ばした。

 

 だってあいつに連れてこられるという事は、とどのつまり関羽と張飛も頭が桃色化しているという事になる。そんな馬鹿な話があるわけがない。

 

 関羽は最後の大進撃にて、英雄曹操の統一を諦めさせた猛将。張飛はそれに並ぶ武勇を誇った荒くれ者だ。おしもおされぬネームド三国志武将なのだ。

 そんな名将があれに絆されて、みんな幸せになればいいのにとか言い出したら、もう三国志大崩壊である。愛と勇気の国が中国大陸に大登場である。桃色パンデミック大爆発だ。もう核でも爆発させて世紀末にした方がマシなぐらいである。

 

 本当に馬鹿なことを考えたものだと酒も入って大爆笑。あいつ無理なのが解って、いったいどんな顔して帰ってくるのだろうか。しょうがない、白蓮さんのところに戻ったら靴磨きでもさせてあげよう。私は優しい。

 

 そんな事を考えながら酒を飲んで寝た一ヶ月後。

 

 「あなたが、桃香様が語られていた徐庶殿でございますか。私は関羽、どうぞよろしくお願いしたい」

 

 「鈴々は張飛なのだ!お姉ちゃん、よろしくね!」

 

 結論からいえば、もう核を落とすしかないようだ。私もついにヘアースタイルをモヒカンにする時が来たらしい。ふふ、手が震えてきやがった。

 

 なんてことをしでかしてくれたのでしょう、と何やらやり遂げた顔をしているルーピーに視線を向けると、嬉しそうに、誇らしげに頷かれた。

 

 「徐庶ちゃん、ありがとう。おかげで私、はっきりとしたものが見えてきたよ」

 

 それは世界の終わりか何かでしょうか。

 

 いや、まだだ。

 そもそも関羽や張飛が本当にこいつらかどうかは解らないではないか。

 

 もしかしたら源氏名かもしれない。ほら、きっと『イメージクラブ三国志』とかの店員に違いない。この関羽とか人気上位の風格があるような気がしてきた。

 張飛は……つ、通報しとこうか?え、お前十八歳なの?ああうん、そうだよね、触れちゃいけない業界の闇なんだね。ここ、中国だし。

 

 「鈴々はもう大人なのだ!」と叫ぶ張飛をなだめながら、冷静さを取り戻すことに成功する。

 そうだ、似非劉備であるルーピーが連れてきた相手は、同じようにただ名前が同じなだけではないか。髭フェチ関羽は髭が無い、おまけに女だ。粗暴でガハハな張飛は、そもそも感情が管理できない天真爛漫な子供で少女だ。

 

 そして二人とも美人だ。私のタダでさえルーピーにかき消されていた存在感が、さらにマッハで消えていく気がした。死にたい。

 

 しかしよくもまぁこんな個性が強そうな連中を連れてきたものだ。

 どこから見つけてきたんだろうか。きっとバミューダトライアングルの中心から拾ってきたのだろう。あそこ、お前の生まれ故郷だもんな。

 

 ほら、お前らが本当に関羽と張飛なら模擬仕合やってみろよと、ニヤニヤしながら二人にお願いする。

 こう見えても長年の間、白蓮さんの下で文官と武官を兼任していた身だ。多少取り繕ってもこの私の目はごまかせない。さぁ、私に見せられるもんなら見せてみろイメクラガールズ。

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁーッ!」

 

 結論から言えば、見せられなかった。というか、私の目で見えなかった。

 明らかに物理法則を無視している体捌きと、シパッとかシュバッとか時折消える武具。

 

 すごいすごい、と無邪気に喜ぶルーピーとは反対に、私の顔は真顔だ。

 

 「如何でしたか、徐庶殿」

 

 「すごかったですね。貴方、本当に関羽なんですね」

 

 「……へ?あ、いや。はい、他にも同名のものがいるのかもしれませんが、私の名は間違いなく関羽です」

 

 吐きそう。

 

 「鈴々も頑張ったよ!」

 

 「すごいですね。ご褒美に、ちょっと消費期限が切れたおにぎりはいりますか?酸っぱいですよ?」

 

 「い、いらないのだ」

 

 なら後でこれはルーピーにあげよう。

 

 ちなみに二人に対して、どうしてこんな奴についてきてしまったのか尋ねた。明らかに人生をしくじってしまっている。若林もコメントできないレベルだ。

 そして何やら色々言われたが、要するにルーピーの志に惹かれたらしい。つまりルーピー最高ってことらしい。手遅れらしい。

 

 それぞれの挨拶を改めて行い、決意を確かめ合う。

 

 何やら感極まったのか、声高々に演説を行うルーピー。恐らく洗脳により桃色ウィルスの活性化を図っているのだろう。すごいなこの三人のアンハッピーセット。幼児も泣くぞ。私もなんか涙が出てきた。

 

 「……ッ!徐庶ちゃん、私のために、泣いて……くれたの?」

 

 涙しかでないわ。今すぐ陸遜呼んでこの場でキャンプファイヤーして欲しいぐらいだ。薪はお前らな。

 

 「私も、頑張る!頑張ろう徐庶ちゃん!」

 

 「止めてください」

 

 「ありがとう。でも心配しなくても、もう私は大丈夫だから」

 

 「いや、今すぐにでも帰りましょうよ。ほら、このおにぎりあげますから」

 

 「みんなが、笑顔でいられる国を創るために……私はッ!」

 

 あらやだまったく話を聞いてくれない。そうだ、昔からこいつは感極まるとまったく話を聞かねぇ奴だった。

 もう私だけかえりたい、この際かえるばしょが土でもいいから。

 

 やたらと気合を入れまくっているルーピーの背後には気炎。

 どうやら一ヶ月の旅を経て、何があったのかパワーアップを果たしたようだ。そういえば一人旅している中で、いろいろな無力感と寂寥感に苛まれたとか言っていた。この世の悲哀と理不尽と見つめ合った結果、多くのものを得たという。

 

 嘘だろお前。

 

 それでパワーアップできるなら、それ全部含まれているお前という存在で、今頃私はスーパーサイヤ3ぐらいに到達しているはずだ。

 何が悪いのだ。胸か、胸なのか。それとも美少女じゃないからか。魅力値が足らんとでもいうのか。お前は私をいじめて楽しいのか。やだ私劣等感で憤死しちゃう。

 

 そうして意気投合したルーピー、関羽、張飛の三人は、そのまま世直しの旅へと出発。当然のように私も連れて行かれる。胃痛で動けないところを、馬に乗せられてそのまま発進。

 「徐庶ちゃんは昔から体が弱いから」と言って、優しい眼差しになるルーピー。お前、わざとやってない?

 

 再び別れる故郷。あれだけ帰りたくなかったのに、今ではすぐにでも帰りたい不思議。

 母親が手を振って見送ってくれる。片手を腰に当てて、もう片手を精一杯振る母親の姿。遠ざかるその姿に、あれな母親であっても、やはり母であったと心が震えかけた。

 

 すぐに収まった。おい、その腰からちかちら見える袋。それ、私が白蓮さんとこから持って来た私の財布だよな。私が帳簿を一生懸命に、工夫に工夫を凝らして捻出した財布だよな。

 流石は私の母だ、諸々の処世術を教えてくれた人生の先達だ。やりやがったなこんちくしょう。

 

 「何で他の三人まで馬を持っているんだろう、持ってなかったよな?」とか呑気に考えていた自分を殴りたい。いや、馬三匹買ってもまだまだ余裕があるはずだ。

 さらなる胃痛に苛まれながら、弱々しく暴れる。だが私の馬の白蓮は優秀なので、私の動きにしっかりと合わせて落ちないようにしてくれた。あとルーピーが時たま慈悲の笑顔で私を支えてくれる。お前マジでなんなの?

 

 完全に見えなくなった我が故郷。伝い落ちる涙。

 職場を失い、さらには無一文。あるのは桃色教宗祖とその信者二名。これが絶望か。

 

 ――――まだだ、まだ私の心は耐えられる。

 

 白蓮さんの所で長期休暇を得た私は、精神力を大幅に回復させていたのだ。昔だったらとっくに気絶しているが、今の私はまだ耐え切れる。

 

 それに私が倒れたら、誰がこいつを止めるというのだ。これ以上、この天然無自覚オタサーの姫に好き勝手させてはいけない。

 がんばれ私、ネバーギブアップ私。曹操や呂布が来るまで、私が頑張らなければ誰がやる。どうせみんな桃色になるとか、そんな未来はあってはならぬのだッ!

 

 「ルーピー」

 

 「何かな徐庶ちゃん?」

 

 凛として慈母を思わせる笑顔。思わず浄化されそうになるが、何とかこらえる。

 

 「こ、これからどうするのですか?お金も無いし、兵士もありません。さらに名声もなく、信用も足りない。いったい、どうするつもりなんですか?」

 

 この十八年間の人生、その全てを賭けて。おら、かかってこいやッ!

 

 「うん、実はね。……私にいい考えあるの」

 

 「いい考え?」

 

 「それはね――――」

 

 自信満々な様子で、劉備は口を開いた。徐庶は思わず息を呑む。

 さらにその様子を見て、静かに聞き耳を立てていた関羽と張飛にも緊張が走った。

 

 「天の御遣い様を探すの!」

 

 ……はい?

 

 「天の御遣い様を探して、私達のご主人様になってもらう。そうすれば天が私達の味方をしてくれているって事にならない?」

 

 あ、空が綺麗だなぁ。

 

 「旅をする中で、天の御遣い様が現れるっていう噂をたくさん耳にしたの。もし本当なら、天の御遣い様と一緒に行動すれば民心や評判も掴める、多くの人が私のお話を聞いてくれる。多くの人と一緒に、多くの困った人達を助けてあげられるようになる!そうすれば支援だってたくさん受けられるし、名声とか信用もちょちょいのちょいだよ!」

 

 小鳥が空を飛んでる。わーい、私も混ぜて欲しい。

 いや、現実を逃避している場合ではない。何を言い出すんだこいつ。え、何を言い出すんだこいつ。怖くて体が震えてきたぞ。

 

 天の御遣い?噂?

 お前は世紀の大予言を信じて、世界はどうせ滅ぶからと仕事辞めて、お金をパーって使いきって、世界滅亡当日が終わって、普通に次の日が来て、人生パーってなるあれか?あれなのか?

 

 想像を超える一撃は見事に急所に滅びのバーストストリーム。

 一瞬、視界が暗くなりそうになった。だがなんとかこらえきる。がんばれ私。ここで暗くなっても、半分になるお金はないのだ。なんだろう、余計に暗くなってきた。心が痛い。

 

 そうだ、私は子供の時は一人だった。一人でこいつと戦わざるを得なかった。

 しかし今は違う。ここには軍神関羽と、燕人張飛がいる。いくら桃色教の熱烈な信者と言っても、ここまでのトンチキ発言を聞けば流石に――――

 

 「それは素晴らしい考えです!流石桃香様!」

 

 「桃香お姉ちゃんはすごいのだッ!」

 

 じょしょは めのまえが まっくらになった!




劉備「え、『言いくるめ』や『説得』の判定が厳しい?時間をかけてゆっくりお話して、いろんな情報を集めて、確定の鍵を掴んでしまえばいいんだよ!そうすればサイをふらなくても大丈夫になることだってあるんだから!」

関羽・張飛「さすとう」


TEDのデレク・シヴァーズさん「社会運動はどうやって起こすか」は中々面白いと思います。
中心が中心足りえれば外的要因が相まって爆発、その連続が歴史なんだぁって思いました(小並感

※追記

忙しくて投稿しばらく無理そう。感想返しも前回フルで返せたヤッホイしてましたが、もう無理そう。
残業代は良いからお家帰りたい、温泉行きたいという日々。

※追記2(5月3日)

お金はいいから家に帰りた(ry
まだまだ無理そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北郷くん頑張る

 北郷一刀は混乱していた。

 

 急に光に包まれ、気がつけば夜の星空の下に立っていた。

 見渡す限り荒野であり、人や建造物は一切見当たらない。遠くに山が連なるのが見えるばかりであった。

 前後の記憶がはっきりとせず、いったい何が起こったのかと唖然と佇んでいると、遠くから馬に乗った人影が此方に走り寄ってくるのが見えた。

 

 そうして現れたのは四人の女性。

 

 「貴方が、天の御遣い様ですか?」

 

 一人は桃色の髪をした嫋やかな女性であり、名を劉備を名乗った。

 

 「これは、なんと……ッ!」

 

 一人は長い黒髪を横に一つに束ねた凛とした女性であり、名を関羽と名乗った。

 

 「すごいのだ、服が光っているのだッ!」

 

 一人は短い赤髪をした元気な笑みを見せる少女であり、名を張飛と名乗った。

 

 いずれも人生で一度会えるかどうかという美しい少女達。そして最後の一人は……。

 

 「もうみんな◯ねばいいのに」

 

 などと呟く死んだ魚のような目をした女性だった。

 鬱屈とした雰囲気をまとい、目は死んだマグロのよう。人として言ってはいけないことを、人前でマジな目をしながら言っているあたりにそのヤバさが感じ取れる。

 

 途中まで夢心地な様子で、美女三人と接して挨拶を交わしていた北郷はすぐに現実に意識を返された。

 というか目の前の女性から放たれる負のオーラにより、返らざるをえなかった。なんかもういろいろと目の前の女性はやばく、北郷は大きな衝撃を受けた。

 

 「え、えーと、君達は?というかソコの人、その、だ、大丈夫かな?」

 

 明らかに大丈夫では無い。踏切飛び込む五秒前みたいな顔をしている。どうしたらこんなピカソの泣く女も真っ青になる顔になるんだろう。

 あいも変わらず壊れたスピーカーのように怨嗟の声を吐き出し続ける女性の姿に、北郷は言いようのない恐怖を感じた。

 それでも頬を引きつらせながらも何とか笑顔を浮かべるあたり、彼の涙ぐましい努力が垣間見える。

 

 「死にたい」

 

 北郷の心優しい努力は爆発四散。ナムアミダブツ。北郷の頬がさらに引き攣る。

 一方でそんな北郷に気がつかない劉備は、嬉しそうに徐庶へ飛びつき、抱きついた。

 

 「徐庶ちゃん、やったよ!本当に天の御遣い様に出会えるなんて……ッ!」

 

 「もう嫌だ……おうち、いや、帰れねぇ。帰りたくねぇ」

 

 「これで、これでようやく私達も本当の意味で一歩を踏み出せるんだね……ッ!」

 

 「酒飲んで寝たい、全部忘れたい」

 

 「あ、天の御遣い様!この子は私の友達の徐庶ちゃんです、ちょっと緊張しているみたいですけど……。ほら、徐庶ちゃんしっかり!」

 

 「みんな不幸になればいい」

 

 恐ろしいくらい会話が噛み合っていない様子が、北郷の心にダイレクトアタック。既に心労の影響が出てきたのか、頭が痛くなり始めた。

 

 「そ、そうか。徐庶さん、初めまして」

 

 それでも何とか笑顔を取り繕いつつ、手を差し出して友好の意を示す。いい男、北郷一刀十八歳。妹よ、お兄ちゃんは頑張ってるぞ。

 

 「……チッ」

 

 初対面で気遣った女の子に、お兄ちゃん舌打ちされた。妹よ、お兄ちゃんそろそろゴールしたい。

 

 北郷は混乱に揺れる心を何とか落ち着かせつつ、大きく一息をつく。

 そうだ、この人もちょっと疲れているだけかもしれない。見た目も一番四人の中で落ち着いているように見える。本当はきっと悪い人ではないのだ、ただ今ちょっとネジが四・五本とんでしまっているだけかもしれない。あ、ダメだわこれ。どうにもならんわ。

 

 ……いや、まだだ。まだ諦めるな北郷一刀。あのフランチェスカを、男女比が一対四十とか狂った超お嬢様校で親友達と生き抜いた日々を思い出せ。

 紳士に、優しく、落ち着いて女性とは接するんだ。そうやって友人と共に多くの修羅場を潜りぬいて来たじゃないか。

 

 及川、早坂……ッ!俺に、俺に勇気をッ!

 

 「あ、どうも優男さん。私の名前は徐庶です、早速ですけどこいつら全員引き取ってもらえませんか。ほら、見た目だけならこいつら美人なんで。ほら、見た目は文句なしですよ。人生の残飯市に並んでるような連中ですが、すごい美人ですよ。宿代ぐらい出すんでちょっと一晩どころか一生こいつらと売春契約結んでくれないですか」

 

 勇気は折られるためにある。妹よ、助けてくれ。

 

 なし崩し的に近くの村に連れてこられ、飲食店らしき店に入る。

 村の様子を見るに、ここはどうにも田舎だとかそんな物とは程遠い世界のようだ。

 電化製品も無ければ車も無く、移動手段は馬で服はマンガでしか見たことないような布服。建物は土壁で、文字は漢字を使っているが日本語ではない。

 

 そう言えば、と振り返ると四人の名前に聞き覚えがあった。

 劉備と関羽、張飛はあの三国志の有名な人物だ。義兄弟の契りを得て、蜀を建国した大昔の人物。

 ただ、彼らは男であったはずだが……。

 

 目の前にいる彼女を見ると微笑み返され、思わず頬が赤く染まる。……可愛い。

 三人とも見目麗しい美女だ。なんていうか、とても武人だとか英雄だとか、つまり劉備にはまったく見えない。

 しかし三人の話を聞いていると、どうしてもここは三国志の世界としか思えない。

 

 「今はすごく世の中が乱れていて多くの人が苦しんでいます。ただ、私一人だけではどうにもできないのです。だからアイシャちゃんと鈴々ちゃん、そして徐庶ちゃんの力を借りてここまで来ました」

 

 『漢』という国。荒れる政治に、乱れる世の兆候。そして劉備と名乗る少女。

 否定するのは簡単だ。しかし肌に触れる空気と目で見てきた全てが、これが紛れもない現実であると教えてくれる。

 

 ……そう言えば、あの徐庶と言う女の子はあれ以来会話していない。徐庶も確か、孔明が来る前の劉備軍で軍師を務めていた人物だったはず。横山先生のマンガで見たことがあるような気がするのだ。

 そう思い至って一刀が視線を動かすと……。

 

 店の角の席にて酒を飲み荒らしながら、怨嗟の声を吐き続けている徐庶の姿が目に入った。

 

 「何だよ天の御遣いって。どう考えても頭がクルクルパーな、時代遅れの非科学的な脳内春爛漫宗教連中の戯言でしかありえないじゃないですか。脳内妄想豊かな連中を内心馬鹿にして嘲笑っていたらこれだよ。なんだよこれ。どうして世界は私に優しくないんだよ。ちょっとくらい優しくしてもいいじゃん。しかも天の御遣いって、どう考えても見てもあれじゃん。そしてフランチェスカ学園とか聞いたこともないよ、どこのFラン偏差値低レベル高校ですかって話だよ。はい、そんなお嬢様学校とか私の知る世界にはありません、やっぱり私に世界は優しくない。みんな滅びろ。しかもイケメンだった。イケメンも美女も滅びればいいんだよ。私に厳しい世の中なんて、みんなブサイクだらけになってしまえばいいんだ。そうすりゃ私が自動的に一番美人に……。そうまでしないとなれない私に嫌気がさしてきたわ死にたい。お酒に溺れながら死にたい」

 

 一刀は危機を感じて静かに顔を三人へ戻した。我が身が可愛かったのだ。

 

 「天の御遣い様のお力が必要なのです、どうか、どうか私たちに手を貸してくれませんか……ッ!」

 

 視線の先には、真剣な決意を秘めた眼差しを向ける劉備。

 そしてその両隣で、固唾を飲んで二人を見守る関羽と張飛。言葉にできる全ての想いを劉備は語り尽くした。後は北郷がそれにどのような形で応じるのか。ただそれだけである。

 

 そして――――

 

 「……うん、良いよ」

 

 「本当ですかッ!?」

 

 「だから……」

 

 「……?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 そろそろ徐庶さんのこと、どうにかしたほうがいいと思う。その一言が空気を読める故に言えなかった北郷は、顔色が悪く机に俯せになっている徐庶を見て頬を引きつらせた。

 いや、重大な話なのは解っている。しかし徐庶の暗い怨嗟が気になり、気になって話の半分も覚えていない。

 喜びを分かち合う三人を余所に、こっそりと椅子から立ち上がって徐庶のもとに歩み寄る。

 

 溢れんばかりの負のオーラに北郷は、家に帰りたくなった。この時代に自分の家はないから帰れない。死にたい。

 

 とりあえず劉備はこの国よりもまず、頬を膨らませて汗をタラタラと流し始めている友人を救った方がいいと思う。

 

 「あ、徐庶さん。だ、大丈夫?」

 

 「これが大丈夫な顔に見えるとか斬新な発想してますね……うぷ」

 

 「いや、無理に話さなくていい。その、水はいるかな?」

 

 静かに頷く徐庶を見て、北郷は水を店員に注文する。

 

 「えーと、俺は北郷一刀というんだけど。その、よろしくな?」

 

 「ようこそ。別に歓迎はしませんが、私の心労の一割でも肩代わりしてくれれば、もうこの際文句言いません」

 

 「ざ、斬新な挨拶だね」

 

 おかしい。俺は歴史的に有名な英雄の下に来たはず。

 なのに彼女の顔を見ていると、どうしてまっくろくろすけに入社したような気分になっているんだろう。不思議だ。不思議すぎて吐き気がしてきた。

 

 「……あぁ、もう今日は寝ます。帰る」

 

 「あ、あぁ。その、お疲れ」

 

 そう言って水を飲む徐庶さんの姿は、栄養ドリンクを飲むサラリーマンの姿として重なって見えた。人生に疲れ、先が見える苦労に圧し潰されそうな、人間の苦悩の姿だった。

 

 三人は見たところ問題は無いのだが、この人だけ別の世界に生きているように見える。なんていうか、あまりかかわらないほうがいい種の人のなのだろうか。

 

 戦々恐々とする北郷。

 徐庶は飲み終えるとじっとそんな北郷に視線を向けた。緊張で肩がこわばり、喉が乾く。また何か変なことを言われるのか、そう思って慄く北郷へ対して徐庶は。

 

 「……お水、ありがとうございます」

 

 儚げな笑みを浮かべると、言葉少なめに礼を述べた。

 

 ガツンとした衝撃を北郷は感じた。それが何かは解らない。ただ目の前の徐庶の微笑みは本当に綺麗だった。徐庶の素直な心からの感謝の言葉が、北郷の心を震わせたのだ。

 この人は、もしかしたら悪い人じゃないのかもしれない。そう北郷は思い、同時に酷いレッテルを貼り付けた自分を恥じた。そしてこれが本当の徐庶の姿なのかもしれないと気づく。

 

 誰だって余裕が無い時はある。心が追い詰められていれば、言葉は荒々しくなり尖る。体がつかれていたり病を患えば、顔色が悪くなるし行動も異常なものになる。

 

 そうだ。目の前の徐庶さんはまさにその状態だ。だって顔が真っ青で、目元に隈があって、肌ツヤと髪ツヤがよく見れば荒れていて、目が今でも微妙に虚空を見つめていて死んでいて、何か変な汗が額から流れ落ちていて、体がプルプル震えているのだ。どう考えたって心と体に余裕があるように思えない。……大丈夫かこの人。

 

 「……そうですね、では、一つお礼をしましょうか」

 

 「あ、へ?お礼?」

 

 徐庶の言葉に鸚鵡返しする北郷。そんな北郷に徐庶はクスリと笑うと耳元へ唇を近づける。思わずどきりと鼓動がなった。

 

 「あいつら」

 

 「あいつら?」

 

 「ルーピー達ですよ、そのですね、あいつら全員」

 

 さっきから微妙に劉備という発音がおかしい気がする。

 そんな事を気にしていた北郷は、次の言葉で全身が凍りついた。

 

 「お金、持ってないですよ」

 

 いま、このひと、なんて、いった。

 

 「は、はぃぃぃぃぃぃっ!?じょ、徐庶さんッ!?それってどういう……」

 

 お金がない?え?だって飯屋であれだけ歓迎とか言いながらたくさん飲み食いして、徐庶さんだってお酒たくさん飲んでて、ほらあの張飛ちゃんとか「お祝いなのだー」とか言いながら、大盛りチャーハンをおかわりして、口にかきこんでて。

 

 「あいつらお金持ってないんですよ」

 

 「だ、だって、え?は?はい?」

 

 混乱する北郷へ、徐庶は頭に手をやりながら苦言を発する。

 

 「普通、人助けしたらお金もらうじゃないですか。でも大体あいつらお礼を言われたら、現物受け取らないで満足して帰ってきやがるんですよ。ガキのお使いじゃないんですけどね、ああ、もう諦めたんでそれはどうもいいです。考えても胃が痛くなるだけなんで。そんなもんで私が経理管理してなかったら、まともな飯すら食えない状態です。一応小遣いぐらいは欲しがるんでくれてやってますけど、既にあいつら使い切ってるんでお金なんて持ってないです」

 

 「あー、その、どうして」

 

 「村の子供に菓子恵んだりとか、傷ついた村人とかに薬代とかくれてやってますからね。私はもったいないんでそんなことしませんけど」

 

 わー、劉備さん達は優しいんだなぁ。

 

 現実逃避を試みる北郷を余所に、徐庶さんは店員を手で呼ぶと、懐から『徐庶』と墨で書かれた革袋を取り出す。そして硬貨を取り出すと、店員さんに握らせて「ごちそうさまでした」と言って手を振った。

 

 ……あの、徐庶さん。それだけじゃ絶対五人分に足りないよね?

 それ多分二人分ぐらい、いや、徐庶さんの分だけだよね?

 この時代の硬貨に詳しくない俺でも、何故か不思議とそうわかってしまうのは何故だろう。汗が止まらない。

 

 「自分が財布を握る以上、少しだって無駄遣いはしません」

 

 というかしてたまるか、と徐庶さんは続けた。

 

 「今後の旅程を省みても、お金足りなくなります。この食事を経費として落とすつもりは絶対ありません」

 

 つうか無理です、と徐庶さんは鼻を鳴らした。

 

 「で、私のこれまでのあいつの付き合いからその桃色な考えを見るに。恐らく貴方の身なりを見て、久しぶりに美味しいものが食べられるかも、とか考えてこの店に入ったに違いありません。ルーピーの見た目に多くの馬鹿共が騙されがちですが、あれはあれでしたたかですからね。横の二人に関しては特に何も考えてません。流される先を考えずに、場の空気に流されてこの店に来てますね」

 

 貴方の服装はキラキラしているし、まぁそうも見えますかと徐庶は一人呟く。そんな徐庶を見て嫌な予感がヒシヒシと募っていくのを感じる。名探偵に追いつめられる犯人は、きっとこんな気持ちだったんだろか。

 

 「お、俺……この世界のお金は持ってないんだけど」

 

 「それは当然です。貴方は何一つ負い目を感じる必要は無いのです。ただ、貴方も流される先を考えずに、彼らと同じようにここにきちゃったんですよね」

 

 徐庶はまるで聖母のような笑みを浮かべて、解ってます解ってますよと頷く。

 

 「あ、ちなみに珍しい物は持ってるかもしれませんが、それを買い取ってくれるような奇特な人はこんなど田舎じゃいませんよ?いや、宝石とか金や銀ならともかくとして。妙なもの押し付けられそうとか考えるぐらいの教養は、彼らも当然ありますから。そういうのはそういうところや、おかしくない場を用意して売らないとダメです」

 

 まるで真綿で首を絞められるかのような、そんな心持に北郷はさせられた。

 別に徐庶は悪くないのだが、なんだろう。この逃げ道を一つ一つ、確実に潰されていくような感覚は。

 

 「その、徐庶さん」

 

 「なんですか」

 

 「お金、貸してくれたりとか……。うん、ごめん、謝るからその養豚場の豚を見るような目は止めて」

 

 「嫌です。というか私だっていろいろと悲劇が積み重なったおかげで、碌に持ってないんですよ。持っていても貸しませんけど。あ、でもお水は感謝してるんでそれぐらいは勿論お渡しします。はい、これが水代です」

 

 思わずありがとうと慌てて受け取った重みは、あまりにも軽すぎた。いけねぇ、何か涙出てきた。

 

 そうか、ここは後漢だもんだ。水だって現代の日本みたいに、ただではないのだろう。現代の海外でも、水は有料なところはたくさんある。……って、問題はそこじゃない。いや、多すぎてもう何だかわからない。なんだこれ。なんだこれ。

 

 「じゃ、頑張ってください。たくさんの書物を見ると冒険と聞いてワクワクする人って多いですけど、現実は冒険って始まる前に終わることが多いんですよね。兵隊さんに捕まらないように祈るぐらいの慈悲は私もありますから、北郷さんの無事を祈ってます。祈るだけです。まぁあれです、がんばれ」

 

 そう言って徐庶さんは実にいい笑顔で俺の手と握手すると、嬉しそうな足取りでふらふらしながら出て行ってしまった。俺に感謝を述べた時の数十倍はいい笑顔だった。

 

 「いやー、マジで天の御遣い最高。久しぶりに一人でのんびり出来ますね。釣りでも行っちゃおうかな~」

 

 何かを呟きながら、鼻歌と共に背を伸ばして去っていく徐庶さん。

 その後姿を見送りながら北郷一刀は大きくため息を一つ。そして打って変わって決心を固めた男の顔になると――――

 

 「土下座の練習でもしようかなぁ」

 

 今も目の前で喜び合う劉備たちを見て、次に積もりに積もったお皿の山を見てそう呟いた。

 

 結果から言えば、全員で数日お店で働いて許してもらえた。

 なんだかんだで楽しそうにお店で給仕として働く劉備達。一人茶屋で毎日お茶を楽しむ徐庶。そして、一人だけ厨房を任せられ、お前スジが良いじゃないかと店主に褒められる北郷。

 

 波乱を感じさせる前触れに、北郷は三国志ってこんなんだっけと天を仰いだ。




北郷「……三国志ってなんだろうな?」(調理中)

劉備「へぇーお客さんって、そんな遠くから来たんですね♪あの、あっちでどんな感じなんですか?へぇーそうなんだ……」(接客中)

徐庶「やべぇ、久しぶりの一人の休日マジ最高」(釣り中)

早坂くんは前作主人公で、北郷と同じフランチェスカの男子生徒。イケメン。
及川は……その、良いやつです。

今回は北郷くん、次からはまたいつも通り。別に徐庶といちゃこらしたりしません。恋愛描写めんどい。
最近忙しいんで余裕が有るときに、気が向けば、のんびり書いていきます。いや、それにしても最近は面白そうな二次見てると時間が過ぎるの早いわ(白目


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみと覚悟

 諸葛孔明と龐士元。

 

 孔明先生って言えば歴史創作モノやら、マリオや某聖杯で大戦争なあれやら、ともかく引っ張りだこな大有名人である。実際蜀の建国を支え、劉備の大望を受け継ぎ、あの化け物である司馬懿仲達をして『天才』と言わしめた偉人。また鳳雛は序盤で消えてしまったものの、それに並ぶ知恵者であったと称される大物だ。

 

 少なくとも私の中では孔明と鳳雛は、「はわわ」とか「あわわ」とか言わない。マジカルイメクラコスチュームは着ない。というか当たり前ではあるが、クリクリお目々の幼女ではない。

 

 ましてや私は他人に対して、「孔明と鳳雛ってドジっ子で可愛くて幼女だよなッ!」とか、「『はわわ、ご主人様敵が来ちゃいましたッ!』とか言っちゃうんだよなッ!」とか言ったことはもちろん無い。あってたまるか。

 そんな阿呆なことをぬかしやがったら、一般人からは黄色い救急車を呼ばれるだろうし、三国志が好きな人間からは殴られても文句は言えないと私は考える。

 

 「はわわッ!ご主人様、作戦通り山賊の人達が来たようですッ!」

 

 「え、ええと。その、今です。……ふぇぇ」

 

 つまり私はこいつらを黄色い救急車で轢いて殴っても文句は無いはずだ。

 

 「あ、あぁ。そうだな。ところで徐庶さん、その……大丈夫か?顔が苦虫を噛み潰して反芻してるってレベルなんだけど」

 

 「幼女に『ご主人様』と呼ばせる特殊性癖の方はちょっと黙っていてください」

 

 人間社会とはえてして理不尽と決まっているが、こんな理不尽はいろいろとベクトルを間違っていると思う。

 最近、この世界は神様がドラック吸いながらケツで酒飲んで作った世界のように思えてならない。

 多分、神様はゲイで頭がイカれているから、私のような一般思考の善良市民が損する世界になってしまったのだろう。

 

 何やらぶつぶつと「俺だって何回も止めてくれって言ったけど、やめてくれないんだよなぁ……」と、落ち込んでいる変態の尻を蹴飛ばして目の前の賊退治に集中させる。戦場で気を抜くな変態。

 

 それにそんなことを言ったら私は何回も「呼吸を止めてくれませんか」ってルーピーに言っているのだ。

 なのにあいつときたらすぐに許可してないのに息を吸い始めて、赤ら顔でこれ以上は無理だよぉとか照れてのたまって周囲の村の男共から歓声を浴びるのである。もうなんていうか爆発すればいいのに。

 

 ちなみに私がやっても、普通に「そうか」と言われて終わった。その男子は前歯が二本ほど消えたのだが、ルーピーの使用済み箸でこの件は闇に消えている。

 私の幼少期のお小遣いはあいつの使用品で賄われていたことから、私の中ではルーピーは本人よりも使用品が役に立つという公式を発見している。

 この発見はりんごが木から落ちることを発見した、息子がダメな物理学者も大賞賛だろう。きっと喜んでルーピーをりんごの木に吊るしてくれるはずだ。

 

 「その、徐庶さんはこれからどのように私達が動くべきだと考えますか」

 

 賊討伐後の夜、全員が集まって作戦会議の中。幼女一号、別名孔明が私に尋ねてきた。

 見た目はペドフィリア大歓喜だが、中身は素晴らしく優秀だ。天才以上に頭もよく、ルーピーと同じく道徳的正義感に燃えている。吐き気がする。

 

 「え、私ですか?」

 

 「はい、桃香様から信用が厚く、また広い視野をもっているとみなさんから伺っています」

 

 「うぅ……。実際、管理能力の高さは私達も、その、経験がない私たちは参考にすることが多くて」

 

 「私達ではまだまだ解らない、気が付かないことが多いと実感してるんです。だから是非、徐庶さんの考えを聞かせて頂きたいのですが……」

 

 数週間前に賊退治中、孔明と鳳雛という二人の幼女を拾ったのだがもう私がいらないレベルですごい。

 

 というか、もう全部こいつ一人でいいと思う。おまけに幼女二号もいるし、なんで私はここにいるんだろう。私がここにいる意味はなんだろう。気分は極めて優秀で弁が立つ新人が入ってきた上司のそれだ。死にたい。

 

 なにやら緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込む幼女二人。周りに男がいればペドでなくとも、その可愛らしい仕草に頬を緩めて微笑んでしまうだろう。

 生まれて一度もこの方男共にちやほやされてない私に喧嘩売っているのだろうかこいつら。

 

 「これ以上、人助けしていても無意味でしょうね」

 

 戸惑いの視線を浴びるが、そもそもこいつらの第一目標は国家建立だ。

 

 いくら人助けしても、キャリアや金、人や物が手に入るシステムを作らなければただそれだけで終わる。

 NPOから金儲け組織に転向するのはなるべく早い段階が好ましい。そうでないと面倒くさい考え持った人間に囲まれて、ただの慈善活動で終わる。人生をムダにするようなものだ。

 

 というわけで、そろそろただの慈善団体集団から組織へと変貌するべきなのだろうが……。

 

 「まあ、極めて難しいでしょう」

 

 悪いなのび太。ここは超コネ&経歴&学派社会なのである。金もコネもねぇ貧乏人は帰って欲しい。

 いや、マジでそうなのだから仕方がない。こいつらの冒険は此処で終わりである。

 

 ステップアップするとすればコネ作りであり、地盤を手に入れるために誰かに取り入るのが常道。

 しかし早い話が、ルーピーが有望な人材揃えすぎて取り入る先がほぼないのだ。

 

 誰だって欲しいのは自分の下でずっと働いてくれる有能な人間であって、間違っても「みんなが笑って暮らせる国を創りたい」とか余計な事をぬかす独立願望満々な人間ではない。踏み台とかいい度胸だなって話である。

 

 優秀なブレインも引き連れたルーピー達は魅力的だが、それ以上に爆弾である。一度爆発したらヒロインの好感度が軒並み大下落するどころか、ゲーム機自体がぶっ飛びかねないレベルだ。早い話が国も人も金も、全て持って行かれかねない。

 

 こんな明らかに見え見えというか、埋まる気がこれっぽっちもない地雷。愚鈍で馬鹿な連中であっても自分のところに招き入れようなんてしないだろう。いるとすればとんでも馬鹿か、相当なお人好しぐらいである。

 

 と、言う旨を全員に伝えるとお通夜状態になった。わっほい、内心笑いが止まらねぇ。

 騙すという選択を取れれば話が違うのだが、関羽やら張飛やらはそういう手段を好かない。ルーピーも立場は基本的に反対の方に回る。

 

 というわけで、ルーピーは自らの魅力チートでその生涯に終止符を打ったのである。

 孔明鳳雛も有名な私塾出てるからツテはあるだろうが、付属品というルーピーは明らかにいらない。中央で頑張ってる盧植先生は、そんな隙を見せたら十常侍にやられる。八方ふさがりだ。

 

 長い茶番であった。多分これほど人生を無駄にした時間は無かっただろう、とほっと一息。

 

 「どうにかならないかな、徐庶さん」

 

 「北郷さん、天の御遣いお疲れ様でした。次の就職先、見つかるといいですね。ほら、料理の腕前は素晴らしいとタダ食いやらかした店の店長さんも褒めてましたし、料理人になられては?」

 

 「お兄ちゃんのご飯は美味しいから、鈴々もそれは賛成なのだッ!」

 

 張飛ちゃんすごく嬉しそうですね、でも気がついてますか。あなたの言っているそのお兄さん、めっちゃ複雑な顔してますよ。

 

 全員をあきらめムードに誘導した中、ルーピーだけは頑張ってカニ味噌詰まってる頭を捻らせてるが無理だろう。そのカニ味噌は既に腐ってる、食べられない。

 

 「というわけでして、私は幽州に帰りたく――――」

 

 お前らと違って私はコネがたくさんあるのだ。伊達にあそこでナンバー2で頑張ってお金稼いでいたわけじゃないのだ。

 さらばだ貧乏人共。あれだ、小銭ぐらいなら地面に放おってやるから拾えと内心で大笑いしつつ、帰るべく腰を上げる。

 

 「それだッ!」

 

 突然ルーピーが叫びやがったので、思わずひっくり返ってしまった。頭をぶつけて涙目な私の手を取り、ルーピーが無駄に輝いた顔を付き合わせてきた。

 止めろ、吐き気を催す。

 

 「徐庶ちゃん、私も白蓮ちゃんのところで頑張ればいいんだよッ!」

 

 よし、こいつを殴ろう。

 

 おい北郷、私を止めるな。そんな青い顔で首を振るな。

 ほら、もうなんていうか、一回ぐらいいいだろう。一回良いということは、二三発、ひいては数十発は許されるということだ。

 

 そんな私と北郷の競り合いを余所に、ルーピーはやたらキラキラした目で口を開く。

 

 「私や徐庶ちゃんと友達だし、それに徐庶ちゃんが働いていたところだもの。きっと私達を助けてくれると思うのッ!」

 

 何を抜かしてやがるんだ、と呆れてため息を吐き出した。

 白蓮さんは確かにお人好しで、抜けていて、身内に甘くて、頭の方もお世辞にもいいとも言えず、後先を考えない展望の甘さを見せることはあるが……。

 

 うん、駄目だ。完全にアウトである。

 『義理1』こと松永久秀もこれには大爆笑。お前、あの話の流れからよくもまぁ白蓮さんの名前出したなおい。

 

 「えー、ルーピー」

 

 「ん、どうしたの徐庶ちゃん?」

 

 「それって、要するに友人を踏み台にしてません?」

 

 「徐庶ちゃん。白蓮ちゃんのところには人が足りないんだよね?」

 

 そうだな、お前のせいで私が引きぬかれて数は入っただろうが、それでもとびきり有能な連中はまずいないだろう。そんな余裕は国にはない。

 

 「だから私達でお手伝いしてあげるの。愛紗と鈴々ちゃんは大陸でも有数の武の持ち主だって、本物だって徐庶ちゃんは初めてあった時に言っていたよね?」

 

 なにを余計なことを言ってんの私。

 

 「あのお店で情報を集めている時に聞いたけれど、水鏡先生の私塾ってすごい有名なんだってッ!そこを出てる朱里ちゃんと雛里ちゃんはやっぱり頭がすごく良いし、身も保証されているから大丈夫だよねッ!白蓮ちゃんも喜ぶと思うッ!」

 

 そうだな、血の涙を流して羨ましがるだろうね。

 

 「白蓮ちゃんに会うのも、かつて働いていた徐庶ちゃんがいれば大丈夫。そして徐庶ちゃんが私のところに来てくれたってことは、きっと今でも私の知っている白蓮ちゃんなんだと思う。そしてきっとみんなは白蓮ちゃんの役に立つ、そして私達も大きく動いていけるッ!」

 

 物は言いようだなぁと感心した。あと胃が痛くなった。お前、私の最後のユートピアをデストピアに変えるつもりか。やらせはせん、やらせはせんぞ……ッ!

 

 「しかし、それでも白蓮さんは大迷惑です。彼女の友の一人としてそんな事は認められませんッ!」

 

 どうせ白蓮さんは袁紹に滅ぼされるからまぁ仕方がない。グッバイ白蓮。

 しかしそれは別として私の唯一の安寧の場であり、私腹を肥せる理想郷(アヴァロン)に踏み入るなど冗談ではない。

 幽州の平和は私が守ってみせるッ!

 

 そう意気込む私に、ルーピーは決意を秘めた瞳で向き直る。え、なにこいつ。スゴイ凄みがあるんだけど。

 

 「ありがとう、徐庶ちゃん」

 

 へ?

 

 「徐庶ちゃん……。白蓮ちゃんはそれでも現状、人手が足りなくて困っている。そうでしょ?」

 

 「うぐッ!?し、しかし……」

 

 「どんな方法にも、必ず損は存在する。しかしそれ以上に大きな得る物があるなら、それは充分な交渉としての余地があると思うの」

 

 ね、と笑う顔はいつも通り変わらない。が、なにか纏っている空気が違うというか……誰だお前。

 

 「そしてそれに魅力を感じ、相手が認めたらそれは『取り引き』になる。そう、これは『取り引き』なんだよ。物事の片方の面だけを見たら、確かにこれは徐庶ちゃんの言うとおりかも知れない。でも、私はこれを『取り引き』だと思うし、そうであると信じる。そして白蓮ちゃんもこれを取り引きであると、そう解ってくれると信じている」

 

 いともたやすく説明されるエゲツナイ行為に、お前はどこの大統領だとツッコミたくなって思いだした。

 あ、そういや私が子供の頃にこいつに付き合わされ、遊んでいた時にTRPGモドキをやっていて、それで――――

 

 『我が心と行動に一点の曇りなし……!全てが「正義」だ』

 

 ――――そういや、あいつをモデルにしたボスがいたなぁと思いだした。子供の頃の私をぶん殴りたい。はっはっは、胃が痛いわくそったれ。

 

 「物事の片方の面だけを見てはいけない、これ、徐庶ちゃんが昔私に教えてくれたことだよ」

 

 そんな感動した顔で見るな、胃液が胃で猛威を振るっていてそれどころじゃない。

 

 「私、すごいと思った。その言葉の意味は解らない、でも、子供の頃に私はこの言葉には大きな『覚悟』を感じていた」

 

 それ、漆黒色してない?

 

 「今、私は解る。言葉ではなくて心で理解したの。徐庶ちゃんがまた私に教えてくれた。確かにこれは白蓮ちゃんを踏み台にすることかもしれない。大切な友人を困らせることになるかもしれない」

 

 なんか頭が痛くなってきた。

 

 「でもその可能性を、恐怖を、迷いを私は認める。私はそれでも白蓮ちゃんを助けたいし、それでも私はより多くの人達が笑い合える世にするために大きな存在になりたい。そのために、私は覚悟を、今この場で決めたのッ!」

 

 決めなくていいから肥溜めにでも頭を突っ込んで冷した方がいいと思うな。

 

 「……ありがとう、徐庶ちゃん。そこのことを教えてくれて。徐庶ちゃんがいなかったら、きっと私はその覚悟を決められなかった、いや、気がつくことさえ無かったと思うの」

 

 お前に感謝される度に意識が飛びそうになるのだが。その度に私の第二の幼なじみが鎌を片手に手を振ってるのだが。

 

 「私は、幽州の白蓮ちゃんのところに行くッ!」

 

 その言葉に私は泡吹いて卒倒した。私の理想郷(アヴァロン)終了のお知らせ。袁紹来襲まで保たないとかクソゲーである。

 かと言って、他に行くところも金もないので私の人生地獄へダストシュート。もうなんていうかヤダ。

 

 翌日には幽州へ出発。

 こいつら全員賊の慰め者にでもならないかなと思っていたが、普通に賊達は関羽と張飛になで斬りにされ、無事に白蓮さんのところへ到達したのであった。

 

 「あら、徐庶様。お久しぶりでございます。……ええと、体調がどこか優れないのですか?」

 

 「おう、徐庶ちゃん!随分と顔を見なかったが……。その、顔色悪いが大丈夫かい?」

 

 「ぐふふ、これはこれは徐庶様。もうこちらへお戻りになられるとは。また前のように便宜を図っていただければ……。その、この漢方は如何ですか?ええと、御代は結構です、はい」

 

 「げへへ、徐庶のお嬢様じゃないですかい。また頼んでくれりゃ、いつものように話を聞かねぇ連中に話をつけて……。だ、大丈夫か?早く寝たほうが良いんじゃないか?」

 

 「わぁ、流石は徐庶ちゃんッ!人気者だねッ!」

 

 そうだろそうだろ、多分お前が来たから全部壊れる光景だぞこれ。

 魅力チートがこの声援を全て無意識にかっさらっていく光景が、まるで目に浮かぶようだこんちくしょう。

 

 「いや、その、桃香さん。最後辺りの人達は絶対にまともな人達じゃ……。徐庶さん、解ったから睨まないでください」

 

 「北郷さん。彼らは欲望にちょっと忠実なだけで、実に話がわかる良い人達です。そんな人達の悪口を言うもんじゃありません」

 

 お金を持っている連中は良い奴で、使い勝手が良く扱いやすい連中も良い奴である。

 つまり全くそうではないルーピー達は産業廃棄物である。

 

 「そうだよご主人様、見た目で人を判断したらいけないよ?」

 

 「……ご、ごめん。あとお願いだからご主人様は止めてくれないかな?その、町の人からの視線が強いというか、殺気がこもっているというか」

 

 「ふむ、確かに不思議ですねご主人様」

 

 「愛紗さん、俺の話聞いてた?」

 

 頬を引きつらせて、顔に若干の怯えを見せる北郷。

 そりゃ見た目は最上級な女共にご主人様呼ばわりされてる男がいたら、世の男共が妬み羨ましがり呪うのは当たり前である。

 

 「え?ご主人様はご主人様だよね」

 

 「……はい」

 

 煤けた顔を見せる北郷に同情を禁じ得ない。こいつに関わったのが運の尽きだ。

 私も同じ穴のムジナであるが、それでもまだ諦めない。諦めた瞬間に、人は生きていても本当の死を迎えるのだ。

 

 旅の途中で解ったことが一つ。北郷のおかげで、ルーピーの注意はこいつに向くことが多くなった。

 ルーピーの今一番の感心は、イケメンな天の御遣いだ。旅の最中における私との割合は六対四ほど。おかげでここ最近は気絶していない。胃は相も変わらず悲鳴をあげているが。

 

 ここでルーピーとの接触機会を徐々に減らしていき、最終的には北郷に完全な身代わりになってもらう。私の安寧の為に犠牲になってくれ北郷。安心しろ、体と見掛けだけならこいつら一級品だから。

 

 そんな事を考えつつ、兵達に話を通して白蓮さんとの面会の機会を取り付ける。

 

 久しぶりにあった白蓮さんは驚きと、旧友に会った喜びに溢れていた。そしてすぐにルーピーの受け入れを了承。お人好しな白蓮さん、ルーピーと歓談してる姿に、もうなんていうか涙を禁じ得ない。

 

 「でも本当に桃香はスゴイよな、こんな連中を引き連れてくるなんて。いや、本音を言えばありがたいよ。盧植先生からの助けがあったとはいえ、やっぱり上に立てる人間はまだまだ足りないからな」

 

 「もちろん、沢山働くからよろしくねッ!」

 

 「花琳もよろしくお願いするよ。やっぱり一番勝手が解るのはお前だからな、桃香達にいろいろと教えてやってくれ」

 

 ふと涙を拭って顔をあげると、何やら戸惑いの気配を感じた。

 白蓮が不思議そうにしているのだが、何かあったのだろうか。

 

 「……その、白蓮ちゃん。今呼んだ人って、誰のことなのかな?」

 

 「え、いや、徐庶の『真名』だろ?」

 

 何やら陶器にヒビが入ったような幻聴が聞こえた。

 気まずげに自分に視線を向けてくるルーピー以外の連中に、私は首を傾げる。揃いも揃ってなんだ、新手のいじめかと眉をしかめる。

 

 と、ルーピーの肩がプルプル震えているのが目に入った。どうしたルーピー、故障でもしたのか。関羽と張飛は全力で斜め四十五度叩き込んでやれよ。私が喜ぶ。

 

 途端、ルーピーが私に向かって全力で駆け寄ってきた。胸へと飛び込もうとするその姿に、迷いなく回避を選択。石畳に顔をダイブするルーピーに思わずガッツポーズ。

 

 「な、何で避けたのッ!?」

 

 「いや、そりゃ避けますよ」

 

 鼻血と唾が飛んできて汚ねぇ。仕方がなく、ルーピー専用と化した例の鼻水付きハンカチで顔を拭ってやる。

 素直に顔を拭かれるルーピーは、何故かほにゃらとした表情。お前私を煽ってんのか。

 

 「ありがとう徐庶ちゃん」

 

 「いいですよ、これ、あなた専用みたいなものですから」

 

 「えへへ、そうなんだぁ……。じゃ、なくてぇーッ!?」

 

 何だ騒がしい。情緒不安定で……あれか、生理か。

 

 「徐庶ちゃん、私の名前はッ!?」

 

 「ルーピー」

 

 「そうだけどそうじゃないッ!?」

 

 「お、おいおい。花琳、お前桃香に何かしたのか?」

 

 「失礼な。白蓮さん、どうして自ら毒沼で沐浴しなくちゃいけないんですか」

 

 「そう、それッ!それなんだよ徐庶ちゃんッ!」

 

 「お前は何を言ってるんだ」

 

 あまりの取り乱しっぷりに周囲は唖然としている。関羽なんか口全開だぞ。

 いったいどうしたのだろうか。確かに変に真面目なお前はお前ではないが、かと言ってそんなキャラでもないだろう。気味が悪いなおい。あと唾を飛ばすな。

 

 この日以降、何故か北郷と私に対する絡み具合が一対九になった。やっぱりこいつ碌なもんじゃねぇ。




劉備「『覚悟』が、道を、切り開くッ!」

徐庶「誰だこいつ(引き気味)」

劉備「アイエエエエ!?ナンデ!?」

徐庶「誰だこいつ(引き気味)」

気がついたら一年の半分が終わる、やべぇ、何か湧き上がるこの暗い気持ち。

※誤字報告してくれる方、ありがとうございます。いや、本当に嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみとゼクシィ

 幽州に戻ってからいろいろあった。主にルーピー関係で。

 

 「徐庶ちゃんッ!一緒に新しい服を買いに行こうよッ!」

 

 「店員が貴方の着せ替えに夢中になり、私が空気になるのが目に見えているので嫌です」

 

 「じゃ、じゃあ一緒にご飯でも食べに行こうよッ!」

 

 「貴方のご飯にだけおまけつけられるから嫌です。私は平等を尊ぶので」

 

 「……じゃ、じゃあ遠乗り」

 

 「ごめんなさい、明日の天気を考えるのが忙しくて無理です」

 

 ルーピーがやたらと襲撃をかけてきたのだ。まるで強引なセールスマンや宗教勧誘の如く、笑顔で襲来してやれ一緒にご飯食べようだの、やれ一緒にお出かけしようだの。

 

 お前、隣に美少女連れて歩く女の気持ち考えた事あるのかと言いたい。

 

 誰が好き好んで弁当の黒豆を見るような視線を、男共から受けなければならんのだ。男共から「ほら、みろよ。あの可愛い女の子の方」と言外に除外される発言を貴様は受けたことあるのか。キツイんだぞ。泣くぞ。

 

 ルーピー係の北郷は一体何をやっているのだ。お前の仕事だぞ。サボるんじゃない。

 

 そんな北郷は「俺にも出来ることがあれば」と、最近は漢文を覚えて必死に内政を覚えようとしているようだ。

 

 そんなん求めてないのだ。さっさとあのピンク脳を誑かしてほしいのだ。ズッコンバッコンしていてほしいのだ。それともお前はゲイなのか。男が好きなのか。もうみんな滅べばいい。

 

 最近の私が思うに、もうあいつは妊娠して長期休暇にぶちこむしか無いのではないだろうか。そうしないとあいつ止まんない。

 幽州に来てから、あいつの勢いが恐ろしいことになっているのだ。

 

 これまでノホホンとしていたのだが、最近のあいつは飢えている。

 何を焦っているのかわからないが、これまで嫌いだった竹簡の整理等事務的なことの他に、自らも兵法や戦術、内政の勉強にも寝る間を惜しんで精力的に身を尽くしている。

 

 この前廊下ですれ違った時に、目にクマをこさえながら私に向かって「私、頑張る」と宣言された。意味が解らないが、見た目はゴール寸前だ。そのまま過労でぽっくり逝くのではないかと感動した。

 

 が、その状態で書かれた書類は案の定酷いものであり、結果的に立場的上司にあたる私の負担が増えた。

 私の激おこプンプン丸が超新星爆発した。テメェマジでふざけんな。

 

 無理やりくっそ苦い漢方を飲ませて、ベッドに顔面から放り投げる。ルーピーは鼻血流しながら、笑顔ですぐに夢の世界へ旅だった。そのまま二度と帰って来ないで欲しかった。翌朝には帰ってきた。畜生。

 

 また、戦場においてもルーピーは変わった。

 

 戦場に出るだけで、戦場の流れが一気にルーピーへと流れるのだ。あいつが剣を掲げるだけで兵の気勢が爆発。演説や宣揚等の言葉を掲げれば、全員が静かな興奮状態に突入して戦気満々。

 

 そして一人だけ冷めている私は、取り残されているという孤独感を味合わされている。

 気分は修学旅行の組み分けで一人余って、既存のウェーイ班にぶち込まれたそれである。内心で賊を応援した自分は悪くない。

 

 そんな兵士達が関羽や張飛といった武力お化け、そして孔明鳳雛の知力お化けに率いられていくのだ。賊退治は賊側にとって、酷いクソゲーである。毎度、賊がまるでゴミや羽虫のように散っていくのだ。人権擁護団体発狂モノの光景だ。

 というかあいつら応援してやってるんだから、お前らもう少し頑張れよと言いたい。

 

 もう戦場での癒やしは、馬の上で吐きそうになっている北郷くんぐらいのものである。

 「この光景に、俺は慣れていかなくちゃいけないんだよな」と言っているが、優しく背中を撫でて「そんなことはない」と言ってあげる。

 

 言っちゃ何だが、あれに仲間入りしたら人間として終わりである。いや、だってあいつらやべぇもん。

 

 君までそうなったら、もうまともなのは私一人しかいなくなってしまう。だから君は変わらず吐きそうになる君でいて、と伝えると複雑な顔をされた。

 

 そうして賊討伐の日々が続き、最近ではルーピーや関羽達の武名を知らぬ者は殆どいないまでになった。世の中にルーピーという恥を晒すことになった私の苦悩は大きい。陸遜、早くこいつを燃やせ。

 

 まだ見ぬ陸遜さんに思いを寄せて、ルーピーが大炎上する日を願う日々を送った。

 そんな事を願っていたら、見事に燃えたのである。……漢の大陸全体が。そっちじゃねぇよ。そういう意味でもねぇよ。

 

 地方太守の暴政に耐えかねた民が、民間宗教の指導者に率いられて武装蜂起。官庁を襲撃したのだ。

 官軍に制圧されて終わるかと思われたが、鎮圧に向かった官軍は反撃を受けて全滅。もう一度言おう、全滅した。どうやらこの国において、官軍とはただの給料泥棒の事を指すらしい。

 

 それに調子に乗った暴徒は、周辺の街へと侵攻を開始。

 あっというまに大陸の三分の一は暴徒たちに乗っ取られてしまい、動乱の時代を迎えたのだ。

 地方の反乱と多寡を括っていた漢王朝は、討伐軍全滅に大混乱し恐慌に陥ったらしい。

 

 そして地方軍閥に討伐を命じたのが、つい昨日の話。私の手元には洛陽の知り合いの宦官から、そのことが竹簡として届いている。ちなみに内容が嬉しげであったのは、あいつがドMだからだろう。やっぱこの国もうダメだわ。

 

 「と、いうわけで官軍があまりにも弱すぎたので、私達にしわ寄せが来ました」

 

 「その、お前、怒ってるのか?」

 

 王座に座る白蓮が、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

 下陣のルーピー達も目を丸くしている。どうやらここまで怒気を発する私に驚いたらしい。

 当たり前ですと鼻を鳴らして口を開く。

 

 「ええ、これも全て民の苦しみが浮き出たようなものです。多くの馬鹿な指導者が、民達から搾取することばかりを考えてこうなったのですから」

 

 歯なりを噛み締め、手を握りしめる。

 他の面々も沈痛な面持ちで私の言葉に同意した。

 

 私も本当に馬鹿な事しやがったと思う。

 

 搾取というのは、バレないようにするものなのだ。嫌悪や憎悪の対象を他に向けさせ、煽り、先導して根本的な原因から目をそらさせるのだ。そうすれば馬鹿で学の無い連中なんざ、自分が搾取されていることすら知らず、不満の矛先を他に向けて吠えるばかりになる。

 

 なのに自分に矛先を向けさせたまま搾取するとか、自殺志願者としか思えねぇ。搾取することばかり考えてて、足元が疎かになっている。

 馬鹿なのだろうか。馬鹿なんだろうな。私を見習ってもっとやるなら上手くやれよと言いたい。

 

 おまけに戦争だ。ふざけるな、私は戦いが大っ嫌いだ。ろくに金になりやしない。

 もっと平和に民は搾取されるべきなのだ。気がついたら全人類一パーセントに富集中とか、私の心が豊かになる。

 

 目指せ平和、目指せその富裕層一パーセント。

 

 「そうだな。そして多くの民が苦しむことになった。まったく、やりきれない」

 

 「うん、きっとまた多くの人達が悲しい涙を流すんだろうね」

 

 白蓮と劉備がそう言って暗い顔になった。私も暗い顔になる。気がつけば全員が悲痛な面持ちだ。

 

 「戦いは、いつも虚しいばかりです」

 

 何人かが私も同じだと、同意を表す視線を送ってくる。が、私は無視した。

 何故に虚しいのか、簡単だ、そんなん金が飛ぶからにきまっている。

 

 「それで、私は既に参戦することを決めているのだが……」

 

 白蓮が唐突に言葉を区切り、何かを迷い躊躇う素振りを見せる。

 数秒の後、やや緊張気味に白蓮は口を開く。

 

 「これは、桃香達にとって好機だと思うんだ」

 

 全員が「好機」という言葉にそれぞれの反応を見せた。

 そんな空気を読み取ってか、自身の考えを白蓮は述べていく。

 

 「黄巾党鎮圧で手柄を立てれば、朝廷より恩賞を賜ることになるだろう。桃香達がその気になれば、きっとそれなりの地位になれるはずだ。そうすれば、もっともっと多くの人達を守ることが出来るだろう?」

 

 ルーピーが権力を手に入れる。

 すごいな、猫に小判だ。小学生に核爆発のボタン持たせたほうが、まだ安眠できるレベルだ。震えてきやがったぞ、おい。

 

 「残念ながら、今の私の力はそれほど強くない。……そりゃもちろん、もっともっと力をつけて、この動乱を収めたいとは思っているけど」

 

 思うだけならタダである。

 ニートだって、フリーターだって思うだけならタダだ。つまりそういうことである。

 

 「でも今すぐは無理だ。そんな私に桃香を付き合わせる訳にもいかない。時は金よりも貴重なんだから」

 

 「ようするに白蓮さんがここまで長々と話したのは、『お前ら邪魔だからとっとと出てって』ってことです。最近、ルーピー人気が激しくなってきてついに尻に火がついたのだと思います」

 

 「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 話が長い。

 

 要するにルーピーの人気が大爆発して、反対に白蓮の不甲斐なさが対比されるようになったのだ。

 実際、白蓮さんは無難に統治を行っている。この時代に無難にやりこなす事のなんて難しいことか。

 普通に考えれば充分なのだが、それはある一定の視界を持つものだからこそ解ること。民衆は解りやすく、派手な結果を出す者を好む。

 

 そんな民衆からみて白蓮さんはどうその姿が映るのか。

 平穏な時代ならともかく、今は世が乱れて人々の心は不安に揺れている。減点法では100点満点だが、加点法だとゼロ点な白蓮さんでは、その精神的支えには成り得ないらしい。

 

 悲しいことにステータスをオール70で振っている白蓮が、魅力特化型で様々なスキル持ちのルーピーと比べられたら敗北は決定的に明らか。

 

 悲しみで白蓮の必死さは有頂天になっていたのだ。おかげでここ最近の夜は絡み酒が非常に多かった。寝させろよ。明日も仕事があるんだぞ。体壊すぞ、早く寝ろ。

 

 おまけにルーピーの悪口は一切言わず、自身の身の至らぬさを嘆く辺りまだ人が良いいのだろうが、私としてはこれっぽっちも楽しくない。

 ルーピーの悪口ガールズトークだったら、一晩中語り尽くせる。むしろこっちが寝かせないぐらいだ。

 

 「え、えーと。その、ご、ごめんね?」

 

 流石はルーピー、無自覚による素晴らしい追い打ちだ。

 そこで謝ることで、白蓮さんのプライドはバッキバキだ。粉しか残らない。

 

 白蓮が笑顔になってるが、あれは人間が精神的に追いつめられた末の笑顔である。目尻にうっすらと涙が湧き出てきた辺り、それがはっきりとわかんね。

 

 「いろいろ、白蓮さんには辛い思いをさせてしまったんだね。本当に、本当にごめんね」

 

 が、私は知っている。

 ここで終わるのはタダの空気読めないやつだが、あいつは空気よめない魅力チートだ。

 

 「……いや、これはこっちの勝手な言い分なんだ。私は、私は自分が桃香にお願いしておきながらこんなことをしている。ははは、本当に、なんだろうなぁ」

 

 「違う、違うよ白蓮ちゃんッ!」

 

 ルーピー劇場、開幕。

 

 最初に思いっきり心を折っておき、相手を肯定してあげて言葉を引きずり出し、そこから欲しい言葉を与えて共感させて自分色に染めていく。最後には仲直りと言う名の「さすルピ信者」の完成だ。

 

 色を覚え始めた村の少女達が、ネトゲ姫状態のルーピーに激怒。嫌がらせや言葉による攻撃を行ったことがあった。思春期の女の情念は恐ろしい。私はその少女達を応援していた。

 

 しかし、その時にもこのルーピー劇場が開幕したのだ。

 

 翌日には全員が洗脳完了し、仲良く鬼ごっこしていたのは今でも忘れねぇ。

 翌朝に「劉備ちゃん、すごくいい子だよッ!」とか言い出した少女達から、果てしない疎外感を覚えて精神的に孤立していった。この壮絶なトラウマを持つ私は思い出すだけでむしゃくしゃして胃が痛い、訴えたら勝てると思う。

 

 そしていろいろとルーピーパンデミック後。

 

 「……うん、やっぱり、桃香は器が大きいなぁ」

 

 こうなる。ひゃっほい、世界が滅べばいい。

 

 これを幼少期から見せられ、周囲が侵食される過程を見続けた私は、よく精神を保ったものだ。今の私は邪神降臨しても、SAN値チェックする必要がない精神力があると自負している。ただしルーピーは除く。

 あと白蓮さん。その器は100円ショップ中国製陶磁器ルーピー印だぞ、白蓮。呪いの品だ、割っちまえ。

 

 「せめて、せめて私にできることはないか?」

 

 「……そんな、これ以上の迷惑は」

 

 「友人への餞別だ、遠慮せずに持ってけよ」

 

 「え、いや、白蓮さん?」

 

 「止めるな花琳、いいんだ」

 

 結果として義勇軍の募集させてとか頼まれて、そんなものでいいのかと白蓮は了承。私は頭痛。知ってた。

 

 後日、涙になって私をチラチラ見てきた白蓮。ノリと勢いによる完全な自業自得であるが、私は聖人君子だ。

 博愛主義な私は「口頭での約束なんざ、クソです。勝手に徴兵し民心を乱したとして、あとなんか黄巾党と通じていた大罪人とか、デッチあげて都の素敵なお部屋に梱包してあげましょう」と提案した。

 

 却下された。何故だ。

 

 沢山の義勇兵を見てテンションを上げるルーピー達。私のテンションは急下降だ。吐き気がしてきた。

 と、和気あいあいと姦しい女性達の中から、北郷が私に近づいてきた。何やら緊張した面持ちだ。

 

 「ええと、徐庶さん」

 

 「……何ですか」

 

 「FXで破産した人の顔みたいな顔をしてるっていうか、いや、何でもないです。その、大丈夫?」

 

 お前、死体蹴りの趣味でもあるのかと睨む。視線をそむけて、冷や汗たらすぐらいなら、放っておいてもらいたいなこの野郎。

 

 「そ、そういうわけにも行かないだろう。徐庶さんも一緒に俺達と行くわけだからさ。これからの方針もみんなで話さなくちゃいけないと思うし……」

 

 「え?私は行きませんけど」

 

 「……え?」

 

 「……え?」

 

 呆けた顔をしている北郷と白蓮。

 数秒後に我を取り戻したのか、二人が慌てて私に詰め寄ってきた。

 

 「ちょ、徐庶さんッ!?それってどういうことだよッ!?」

 

 「そ、そうだぞ花琳ッ!い、いや、嬉しいけどさぁ」

 

 顔に滲ませる感情は違えど、何故どうしてという疑問は同じらしい。

 

 「白蓮さん、私、漢から爵位もらいましたよね?」

 

 「爵位……?あ、ああそう言えば確かに」

 

 この幽州は統治に問題はなく、極めて平穏そのものである。

 また、史実の公孫サンは『異民族絶対許さないマン』だったが、白蓮さんはそこまで悪感情を持っているわけではない。そのため異民族とうまい具合に交渉が勧めているのも、ここの平和の要因としてあげられる。

 

 窓口は勿論、提案実行締結させた私オンリー。

 

 それ以降はほぼ顔パスにより、異民族との交友が育まれている。

 おかげで間抜きし放題、着服し放題。懐がガッポガッポ。やっぱり清貧とかクソだと思う。毎日フカヒレ定食バンザイ生活だ。最近は一周回って、野菜炒め定食が食べたくなってきたぞ。

 

 それはともかく、私はそこで稼いだお金を洛陽に送っていた。

 内政官として一定の間、洛陽に滞在していたことがある私は、特別なツテを持っている。

 

 ドMな宦官、趙忠との縁もその一つ。

 何が悲しくて、書きたくもない罵倒を凝らした文の遣り取りを書かなければいけないのだと思ったが、我慢して交友を続けた成果が実ったのだ。

 

 その窓口から賄賂を送りまくり、私は爵位を買った。あとその他任命等々、十常侍からいろいろ優遇してもらったのである。この国、本当に腐ってるな。

 

 「で、簡単にいえば。私、この幽州の文官として国の為にいろいろ働かなくちゃいけないんですよねー。国の宦官さんも、私が幽州で働いてくれたら安心だって言ってくれるんですよねー。つらいわー、ルーピーと別れるのつらいわー」

 

 二人が頬を引き攣らせて私を見ている。

 

 あの盧植先生も、国自体には太刀打ち出来ない。ましてや水鏡門下生がルーピーの家臣に入ったため、本分に戻ると言えば無理も言えまい。というか、十常侍が言わせねぇ。

 こうなれば公的な立場から、義勇軍という名の野良犬についていく訳にはいかないのだ。どれだけ周りが声を上げようが、こうなればもう私はルーピーについていけないのである。

 

 しかしルーピーと離れるだけでは、結局のところ問題の先送りだ。

 これでは幼少期と同じ過ちを犯す事となってしまう。

 

 「と、言うわけで北郷くん」

 

 「は、え?」

 

 「私は貴方を応援してます。うん、頑張ってね。これあげる」

 

 手渡した皮の袋に入っているのは、いくつかの小瓶。

 そこには鮮やかな色をした液体が入っている。

 

 「これは?」

 

 「媚薬」

 

 「ブホォッ!?ゴフ、ゴホッ!?」

 

 咽ている北郷くんの抗議の視線を受け流しながら口笛を吹く。

 何やらわからんが、私がルーピーと一緒にいれば、ルーピーは何故か私と一緒に居続けようとし、胃の壁を破壊してくる傾向が最近特に多い。

 

 これでは北郷くんとの間が深まらず、北郷くんはルーピーにエメラルドスプラッシュ、じゃなくてホワイトスプラッシュできないだろう。

 若い北郷くんにはかなり辛いはずだ、男子高校生とか私も猿だったからな。

 

 解っていると慈愛の視線を北郷くんに送ると、首を必死に横に降っていた。解っている、解っているさ。恥ずかしいもんな。

 

 ルーピーにはとっとと産休に入ってもらい、その間に孫策やら曹操に天下をとってもらうしか、最早私ができるルーピーを止める方法は存在しないのだと私は気がついた。

 気が付かされるぐらいに、ルーピーの最近の向上は恐ろしいのだ。なんていうか、キモい。

 

 幸いにもこの世界は歴史の流れと展開が早い。であれば妊娠期間中にあまり動けないルーピーは、曹操や孫策に大きな遅れを取るだろう。それこそ取り返しがつかないほどに。

 私がもう止めれないと判断する以上は、こうして少しでも孫策や曹操にチャンスを与えるしか無い。

 

 私の悲痛な覚悟に北郷くんも胸を打たれてくれたのだろう。

 必死に首を横に振っていた。まだ横に振ってるのか。おっちょこちょいな北郷くんのために、正しく縦に首を振らせる。何か変な音がなったが気のせいだろう。

 

 ルーピーには涙ながらに己の立場を伝える。勿論歓喜の涙だ。

 ルーピー達も涙し、最後に抱きついてきたが優しく受け入れた。大切な母体だからな、前みたいに避けて子宮がやられたら大変なことになってしまう。

 

 北郷くんならみんなを預けられると、彼が気絶している間に勝手に私が考えた『天の御遣い~イケメン!抱いてエピソード』を披露。

 みんなが魅力的な素敵な女の子だ、とか意識させる発言をしていた等捏造満載。存在自体がゼクシィなルーピー達の頬を染めて、全てが準備完了である。

 

 頑張るぞと手を振るルーピー達に、(子作りを)頑張れと手を振る。

 人生の墓場に向かうとは気が付かずに、のんきに気絶している北郷くん共々。私は笑顔で送り出したのであった。




北郷「ウソダドンドコドーン」


気がついたら8月中旬とか、焦る。時間が流れるのが早い。変わらないのは仕事忙しいことだけとかなにそれ怖い。

夏はソーメンが美味しいですね、私の家にはソーメンしかありません。
前話でハンダクという新単語を作ってたみたいで、気がついて先ほど直しましたが、真面目にハンダクってなんだと私自身が悩みました。

毎度誤字報告の方、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみは桃髪

 黄巾党は漢の大陸全体へと喧嘩を売った。

 さながら昔のプロレスラーの如き節操の無さに、多くの野望に燃える者達が立ち上がる。

 

 結論から言えば、黄巾党は滅んだ。

 

 黄巾党VS曹操・孫策・袁紹・袁術・公孫サン・董卓・官軍・その他大勢の太守に野良犬集団のルーピー達とか、そんなドリームチームに勝てるわけがないだろ。コーエイの紙AIなNPCじゃないんだぞ。

 

 見ていて悲しくなるほどの負けっぷりに、お前らなんの為に生まれてきたのだと、同情を禁じ得ない有様だ。

 例えるなら、俺はビッグな男になるんだと言っていたサトシ君が、フリーターで三十路を迎えたようなものだ。ポケモンGOやってポケモン探す暇があるなら、職を探したほうがいいじゃないか。そんな悲哀を黄巾党から感じられた。

 

 ぐっばい黄巾党。張三姉妹非公式グッズで大分稼がせていただきました。

 

 「徐庶殿は何故に、黄巾党の本拠地への攻勢に参加なされなかったので?白蓮殿も誘っておられたでしょうに」

 

 今日の内務処理をこなしている私に、艶めいた生足をチラ見せしながら趙子龍が問いかけてきた。

 

 趙子龍。蜀の五虎将軍に数えられる猛将。

 だが、女だ。美人だ。肌が綺麗だ。ノーメイクだ。呪われろ。日々ケアに必死になっているノーマル系乙女に謝れ。

 

 私が来た時には、何故か既に幽州にいた。何でも雇用に成功したらしい。白蓮が自慢気に話していた。

 直接話を聞くと、様々な勢力を渡り歩き、仕えるべき主君を探しているそうだ。うちでは客将であり、一時的な雇用である。いずれ出て行くそうだ。白蓮を見ると落ち込んでいた。生きろ。

 

 しかし毎度思うのだが、こいつらネームド女体化武将は服装センスがイカれていると思う。渋谷やら歌舞伎町の裏路地でしか見れない衣装だが、何故かこいつらが着ると栄えるのだ。

 昔、私が着たら親にクソ似合ってないと爆笑されるだけだったというのに。こんちくしょう、夢を見るぐらいいいだろうが。涙出てきた。

 

 「あんなお風呂にも禄に入れない、美味いものも食べられない汗臭いところなんざ、好き好んで行きたくないですよ。実際、白蓮と貴方がいれば充分じゃないですか。留守番が一人ぐらいいた方がいいでしょう」

 

 「後半だけだったら素直に頷けたのですが……。相も変わらず難儀な性格のようで」

 

 「性格が三回半ひねりジャンプした挙句、着地失敗してる貴方みたいな性格の人間に言われたくありません」

 

 「ふむ、何か酷いことを言われていることはわかる」

 

 ははは、と笑って仕事中の私の前で酒を煽る趙雲。帰れ。

 

 「それに」

 

 「何か?」

 

 「ルーピーや孫策がいやがりますからね。絶対行きたくない」

 

 私は次にルーピーと会う時は、ブサイクが生まれるように願掛けした安産腹帯持参と決めている。

 北郷とルーピーは所謂美形カップルだから、生まれてくる子供もそうなる可能性は高い。しかし、私は正しい者の願いが報われるべきだと信じているのだ。

 

 ……やっぱり赤ちゃんが可哀想だから、普通の腹帯にしといてあげよう。生まれてくる命に罪はない。おのれルーピーめ、貴様への憤怒で道を誤るところだった。精神が清らかな私を誤らせるなど、恐ろしい女だ。そんな女と子供を作る北郷には同情せざるを得ない。

 

 と、趙雲が怪訝な様子で私を見る

 

 「劉備殿……はいつもの通りとして、孫策殿?あの江東の麒麟児の?」

 

 「ええ」

 

 「何か因縁でもあるのでしょうな?」

 

 「あいつとも、それ以上に母親ともいろいろあったんですよ」

 

 「母親、というと現在隠居なされている江東の虎。孫堅殿ですか。ほぅ、これは面白そうですな」

 

 ニヤニヤと面白そうに先を促してくるが、話すつもりは絶対無い。

 

 まだ幼い時に見識を広めるためと称して、嫌な仕事を白蓮に全部押し付けて見聞出張した事があった。ついでに新鮮な焼き魚を食いたいと向かったのがあの地。見たのが大量の血。

 

 『いくぞッ!奴らの命を食い散らかせッ!』

 

 『おのれ黄祖ッ!おのれ劉表ッ!私をはめおったなッ!?許せん……徐庶、切り抜けるぞッ!……おい、どこにいくつもりだ。来い、共に奴らを殺すぞッ!』

 

 『あぁ?酒が苦手?関係あるか、飲め』

 

 あの暴虐無人な江東の虎を思い出す。全身から汗が噴き出る。

 発汗が止まらない。震えも止まらない。顔面ブルースクリーン。

 

 「……徐庶殿?どうなされたので?」

 

 「止めろ、止めてください。あんなん無理やん。ほら、矢が雨のように降ってきて、石も沢山落ちてきて」

 

 「じょ、徐庶殿?」

 

 「もう無理だから諦めましょうよ。ほら子供だから、私一人ぐらいなら生かしてもらえるでしょうから。ね、貴方はこの可哀想な子供を救うと思って、格好良くちょっと散っていってくださいよ。ああだめです、いや、無理ですって、どうして貴方はこんな状況で怒り狂っとるねん。落ち着け、落ち着いてくださいお願いします。カームダウン、チルアウト、目を覚ませ馬鹿。馬から降ろせ。あっち突撃したら死ぬから、一人なら別にいいけど私もいるから。あの何重にも張り巡らされてる陣形が目に入らないんですか。あなたの目はガラスか何かですか。こっちに行きましょう、こっちはまだ綻びがあって可能性がありますから。話聞け、だからなんでそんな敵が沢山いるところに突撃したがるんだよクソッタレ。あの数は無理だろ、あんた血だらけだろ、いや、『殺す』じゃ無くて逃げようよ馬鹿。もうやだ私死にたくない助けて白蓮」

 

 趙雲は「あ、これは面倒くさいやつですな」と内心で呟いた。

 からかいがいのある同僚なので、趙雲からすればいつものように煽っただけだったのだが。踏んだのは地雷だったようだ。

 ついには外の世界の神に祈りだした徐庶に、趙雲は冷や汗を流す。

 

 と、執務室の扉が勢い良く開く。慌てた様子で飛び込んできたのは、幽州太守の白蓮であった。

 「おい、大変だぞッ!?」と言った矢先、目に入った光景に困惑し佇む。視線で趙雲に説明を求めるも、彼女は首を傾げて困った様子。同時に徐庶もその音にハッと我に返った。

 

 「ええと……。どうした?」

 

 「い、いえ。古い心の傷が少し切開されてしまって。それで、何かありましたか?」

 

 極めて冷静に務める振りをして、白蓮の要件を尋ねた。

 興味よりも自分の身の安全を取った趙雲も、何事もなかったかのようにして、白蓮の言葉に耳を傾けた。

 

 「あ、そうなんだよっ!これを見てくれ!」

 

 「ええと……」

 

 「ふむ、これは……」

 

 漢の皇帝、霊帝の死。

 国の支配者が亡くなったことで、かねて黄巾の乱より朝廷で燻っていた権力争いがいよいよ激しくなった。

 

 朝廷内では宦官の十常侍と、軍部を握る何進が、自分達の懐中にある皇太子を即位させようと、血で血を洗う権力闘争を起こしたのだ。

 

 霊帝の崩御に伴って、皇妃の何太后とその兄である大将軍何進によって擁立された弁太子こと少帝弁。

 宦官一派と霊帝の母である董太后に擁立された、聡明と評判の良い次子の劉協。

 

 この皇位争いは、軍という実行部隊を持つ何進の勝利となる。その力を背景に、妹の息子である弁を即位させることに成功したのだ。

 

 だが十常侍達もこれに黙ってはいなかった。

 何太后の名を騙って何進を呼び出し暗殺。その後は後ろ盾を無くした何太后も洛陽より追放され暗殺。こうしてお肉屋何進洛陽本店は閉店した。

 

 ただこれでは終わらない。これを聞いて黙って入られなかったのが、お肉屋何進従業員の将軍達であった。

 報復とばかりに十常侍を強襲して、その数名を翌日の新鮮なお肉コーナーに並べることに成功する。

 

 しかしこれを予期していた十常侍の張譲が、洛陽から劉協を連れて脱出。その逃亡の途中に実行部隊の必要性をした張譲は、政治力を駆使して、涼州に駐屯する部隊を率いていた董卓を引き込んだ。

 そして意気揚々と洛陽へ凱旋しようとしたものの、すぐに董卓に裏切られて皇帝を剥奪され、用済みとしてあっさりと殺されてしまった。これには盧植先生もガッツポーズ。きっと年齢から目を背けたあの服で、あの無駄にでかい胸を揺らして喜んだに違いない。爆ぜたらいいのに。

 

 権力の中枢を握った董卓は、少帝弁を廃位して手元に抑えてある劉協を王座につけ、傀儡とし、自らを相国という廷臣の最高職の位につけて、朝廷内を支配していった。

 

 しかしこれを不服としたお肉屋何進従業員は、各地のお肉屋何進フランチャイズ店を独立化。徹底的に董卓に対抗する構えをとった。

 

 そして今回、白蓮が見せてきた書状はその檄文。反董卓連合結成の檄文であった。

 

 「……これ、多分書いたの田豊ですね。袁紹の名で書かれてはいますけれど」

 

 「あー……。そうだろうな」

 

 こんなしっかりとした檄文を袁紹が書けるわけがない。

 仮に袁紹が書いたら、例えば『董卓さんをやぁっておしまい』みたいに、知能指数が北京原人なDQN共でさえ真顔になる文面になるだろう。

 必死に主人を抑えて書いた田豊の達筆な文字に、哀愁の念を感じる。相変わらず苦労しているようだ。

 

 「参加しないと此方が潰されるでしょうね」

 

 「日和見的な行動は許さない、と言わんばかりの文面ですな」

 

 感心するように「ほうほう」と檄文を読み進める趙雲。まったくの同意見である。

 

 彼女の言うとおりだ。実際これは大陸を二分するだろう。

 この二分とは、つまり董卓とそれ以外だ。董卓に味方するものだけではなく、中立の立場を保持したい者も許されないという意思を感じる。

 

 「元々参加するつもりだったけど、これはすごいことになるな……」

 

 「……っげ。宦官の残党の賛同まで得ているじゃないですか。ただでさえ無くなってしまった権力を、なんとか保持しようと必死みたいですね」 

 

 うちからは白蓮と趙雲が兵を率いて参加することになるだろう。

 

 私は黄巾党の時と同じく留守番を選択する。別に名声とかいらない。

 戦争なんて野蛮なことは、物騒な事が大好きな人達に任せるに限る。ただでさえ子供時代のトラウマを思い出してしまったのに、そんなところへ行こうなど考えたくもないぐらいだ。

 

 「あ、徐庶も今回は参加だから」

 

 机に私の頭が激突した。

 

 机の表面が破損してクレーターになり、趙雲が爆笑してるがそれどころじゃねぇ。

 何を言ってやがるんですか白蓮さん。殴るぞ。

 

 「い、いや。だってな、ほら、これとは別にお前に書簡が」

 

 「見せてくださいッ!」

 

 白蓮から奪い取って、血眼でそれを読みとく。

 

 見れば宦官の残党共が、親しかった有力な者達へ助けを求めている文面がそこにあった。具体的に言えば官位を与えられ、尚且つ自身の手が及んでいる者達だ。つまり私だ。

 

 どうやって書かせたのか解らないが、きっちりと劉協こと献帝の印が押されている。つまりこれは袁紹の檄文なんかよりも恐ろしい程の効力があり、なおかつ国からの絶対命令。おい董卓ふざけんなちゃんと献帝見ておけや。

 

 袁紹もこれを自身の正当性を示す為の材料としており、拒否したらそれこそ私の人生バッドエンド。

 目の前がまっくろくろすけ。お腹が痛いおくすりどこだ。

 

 ようやく意識が戻って覚醒した時には、既に幽州を出発した後であった。どうやら口の端からヨダレを垂らしながら、遠征の指示を行って準備を完了させたらしい。

 いっそ精神が壊れてしまえばどれほど楽かと思ったが、私の精神は無駄にルーピーのおかげで鍛えられてしまっている。つまりもう全部ルーピーが悪いと思うのだ。

 

 陰鬱な気分のままに、反董卓連合の集合陣地に到着。

 始終趙雲が私を見ていて愉快そうだったので、あいつが持参してきたメンマを全て食ってやった。唖然とする趙雲の前で、空になったメンマの壺を逆さにする。

 

 結果。死ぬかと思った。目がマジだった。

 

 帰ったら特選高級メンマを百壺奢ることを約束。私の命は高級メンマに救われる程度のものらしい。

 イラッときたので、一つだけ割り箸で代用したやつをくれてやろうと、固く決意した。メンマみたいに、あいつの体も萎びて醤油臭くなればいい。

 

 軍議に参加するために、白蓮と趙雲は主たる者が集まる幕舎に向かった。

 私はお留守番である。幽州に篭もれぬ以上、せめて私の陣幕に篭ってやる。何人たりとも我が聖域を侵させはしない。

 

 白蓮が戻ってきた。顔には異常な疲れが見えるため、いつもの人の良さで曲者揃いの太守達をまとめていたのだろう。

 

 袁紹が盟主になったらしい。まぁそうだろう。

 作戦は『雄々しく、勇ましく、華麗に前進』というものらしい。それはスローガンだ。いつもの袁紹だな。

 ルーピーが軍議が終わって此方に向かっているようだ。私は陣幕を飛び出した。

 

 後ろから白蓮が私を呼ぶ声が聞こえたが、最早一刻の猶予もなし。

 あいつは常にゴジラとかジョーズとか、イビルジョー等のBGMを伴って現れる系女子である。こんなテントでは耐えられない。核シェルターを持って来い。

 

 この逃避は明日という希望への逃避である。

 辛い現実にも負けず、希望を持ち、夢は叶うのだと。絶望には負けないのだと意志を貫き、生き抜く。

 

 あのダンガンで論破な主人公も言っていただろう、希望は前に進むのだと。

 だから私は前に進むのだと、足を踏み出したその瞬間。目の前には大きな褐色の胸が。避けることがかなわず激突するも、無駄に柔らかいそれのおかげで衝撃は無い。

 

 「……胸?」

 

 疑問符で一杯になった頭。思わず手を出して掴むと、確かにそれは胸である。

 

 誰だ、こんなところに褐色の巨乳を置いた奴は。普段であれば絶対に許しはしないが、今はそれどころではない。早く逃げねばとそれを押しのけようとした。

 

 が、それは叶わなかったのだ。

 

 「あ、み~つけた♪」

 

 雷が落ちたような衝撃を感じた。

 この声、この雰囲気。

 

 覚えのあるそれに、目が見開かれた。

 

 「公孫瓉軍が来てるって言うから、もしかしたら貴方もここに来ているんじゃないかって思ったけれど」

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!

 

 汗が額から流れ落ち、現実を受け入れられず笑みが溢れる。

 私はそっちのシンジくんに自分を重ねたつもりはないのだ、瞬間心重ねたつもりはないのだ。私が希望を託したのはシンジくんはシンジくんでも、アンテナ張ってるシンジくんなのだ。

 

 「でも、昔の幼なじみに出会った挨拶にしては、ちょっと酷いんじゃない?……不躾に胸を掴むなんて」

 

 脳内の神様緒方様、私をお助けくださいと視線を上にあげていく。私に、私に希望をくださいと。シンジくんは嫌だと。

 

 「本当に、久しぶりね。徐庶、元気にしてた?」

 

 緒方は緒方でも球磨川とか狛枝だったらしい。これが絶望だと肩パッドの姿を幻視し、顔が悲痛に染まった。引き攣った頬が戻らない。

 

 ルーピーとは異なる、別のベクトルの絶望。思い出すのは賊の首が宙を舞い、血の嵐が吹き荒れ、大地に押し倒され向けられた情欲の瞳。

 

 深い桃色の長髪。褐色の艷やかしい肌。宝塚のようなキリッとした顔立ちに、陶磁器のようにピンとした鼻。腰に身につけた宝剣は、母親から譲り受けたであろう忘れもしない南海覇王。

 

 そこにいたのはどこか懐かしむようにして、顔を覗き込み微笑む美女。

 血を浴びるのが大好き肉食系女子、孫策の姿だった。




劉備「あれ?私の出番は……?」


次回からです。

私のお盆休みは今日の一日だけでした。もうお盆じゃない気がしますが、気のせいでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の幼なじみと汜水関

 『徐庶……。私、もう、なんだか、体が熱くて、熱くて、我慢が……できないッ!』

 

 脳内でフラッシュバックする光景。体内を駆け抜ける電撃。

 

 思い出すのは周囲に散らばる損傷の激しい賊の死体。血に濡れ湿った土。その上で押し倒され、返り血を浴びた孫策に押し倒される自分。情欲に濡れて揺れる眼。吐き出される興奮の吐息。

 

 何一つ忘れてはいない。そう、何一つ。

 

 「久し振りですね、孫策」

 

 「ええ、本当に。連絡一つも寄越さないんだから、お母様もだいぶ気にしていたわよ?」

 

 「私はあなた達の事は、江東での思い出は、一度も忘れたことがありませんでした」

 

 「私もよ。本当にひさしぶりね。……。いろいろと伝えたい事があったんだけど、おかしいわね。なんていうか、言葉が見つからない」

 

 頬をかいて、目を彷徨わせる孫策。

 喜色を隠し切れない様子で、そわそわと落ち着きが無い様子に、連れられた配下二人の美女達は苦笑している。なんというか、とても暖かくゆったりとした雰囲気だ。

 

 私はそんな孫策に微笑み返すと、一歩、そして二歩と後ろに下がった。

 

 「そうですか、私はすぐに言葉が見つかりましたよ?」

 

 孫策が刹那の驚きを見せると、嬉しそうに笑った。華が咲いたような笑顔だ。

 後ろに連れている二人の配下達も、再開を喜ぶ主人の姿を見守っている。

 私はそんな三人を見ながら、大きく口を空け、息を吸い込む。

 

 そして……。

 

 「クセモノだァァァァァァァァァァッ!?出合え、出合えェェェェェェェェェッ!?」

 

 「ちょ」

 

 私の鬼気迫る声が陣内に轟き渡った。

 

 慌てた表情の孫策を余所に、周囲の公孫瓉軍の兵士が武具を持って集まってくる。

 孫策が困惑する隙に、私は後ろに向かって猛ダッシュ、今の私はボルトすら置き去りにするだろう。そのまま一般兵士くんを盾にして、囲まれた孫策達と向き合った。

 

 あの時必死に貞操を守るべく、命をかけたキャットファイトを演じた事は絶対に忘れねぇ。てか忘れられねぇ。ルーピーの強烈さに遠ざかっていたもう一つの心の傷(トラウマ)、長年放おっておいた為に反動で大きく開放されてしまった。あばばばば。

 

 「……雪蓮、これはどういうことだ」

 

 「あ、あはは~。あれ~?お、おかしいなぁ。感動の再会だと思ったんだけど」

 

 「感動の再会ッ!?どこがですかあんちきしょうッ!」

 

 「……のう、ああ言っておるが。儂が聞いていた話と、だいぶ違うのではないか?」

 

 じっとりとした視線を配下二人から浴びせられ、困ったように笑う孫策の目は右往左往している。

 そうこうしているうちに、私の声と騒ぎに気がついた趙雲と公孫瓉が、陣幕から勢い良く飛び出してきた。目の前に集まった殺気立つ兵士達。その中心に在っても余裕を崩さない、悠然と佇む孫策達の姿を見て唖然となる。

 

 「これはこれは……。何やら面白そうな予感がしますな」

 

 「ど、どうしたんだッ!?なんだこの騒ぎはッ!?」

 

 ただただ、アタフタと戸惑うばかりの白蓮達。

 徐庶が突然飛び出していったと思ったら、こんな事態になっているのだから当然の事だろう。

 

 「緊急事態です、私の貞操の危機です、白蓮さんも剣をとって戦ってください。さぁッ!」

 

 「いや、『さぁッ!』って言われても……」

 

 「おぉ……。徐庶殿があそこまで公然で取り乱している姿は珍しいですなぁ」

 

 公孫瓉軍の兵士もそんな主と徐庶の姿を見て、殺気を潜めて躊躇いを覚え、顔を合わせてどうするべきかと視線を交わす。

 混沌とした状況の中、さらなる核爆弾が投下された。もうむちゃくちゃだよこれ。

 

 「徐庶ちゃんッ!」

 

 徐庶の背伸びが条件反射的にピンと伸び、思わず苦悶の声が飛び出た。

 振り向くとそこには関羽と張飛の義姉妹と、天の御遣いである北郷を連れたルーピーの姿が。そう、アトミックボムのルーピーがついに到着してしまったのだ。帰れ。

 

 「何があったの、いや、もう大丈夫だよッ!」

 

 大丈夫じゃねぇよ、余計面倒くさいことになったよ。

 

 「私が、助けに来たからッ!」

 

 お前の中では『助ける』と『嫌がらせする』が同義語なのか。

 

 だがここで徐庶の中で悪魔的ひらめきが起こった。

 脳内の荀彧大先生が「あいやー」と徐庶に伝えたその計略、その名も『二虎競食の計』である。

 強大な敵二つを争わせ、共に滅ぼすきっかけを与えるという恐ろしい計略だ。少なくとも、幼なじみにやっていいものではないが、あいつらは廃棄物なので問題ねぇ。ありがとう荀彧先生。

 

 「頑張れルーピーッ!お願いです、共倒れしてくださいッ!」

 

 もう余裕が無さ過ぎて本音駄々漏れだが、今の劉備の耳には入らない。

 

 これまでずっと頼り、支え続けてもらった親友。

 与えられるばかりで何一つ満足に返せない己自身に、申し訳無さを感じた事は両手ではとても足りない。

 

 自分が何かを徐庶にしてあげようにも、気遣われてしまって結局は何もできなかった歯がゆさ。それをずっと劉備は悔やんでいた。そして情けなさと、恥ずかしさをその度に感じていたのだ。

 何か自分が大切な親友に出来ることはないか、何か自分が大切な親友のために支えになってあげられることはないか。想いは募れど、一向に果たされない歯がゆい日々。

 

 そんな親友からの初めて助けを求める言葉に、劉備の胸は歓喜の気持ちでいっぱいになった。いっぱいになったのだッ!

 

 「徐庶ちゃんが、徐庶ちゃんが初めて私を頼ってくれた……」

 

 「あの、桃香様。今その、恐らくは気のせいですが……。徐庶殿から物騒な単語が聞こえたような気が」

 

 「い、いや、鈴々も聞こえたのだ」

 

 「こんな気持ち、初めて。もう何も怖くないッ!」

 

 「ちょ、桃香それは言ったらいけないやつだからッ!?」

 

 マンガやゲーム、アニメに理解がある北郷が止めるも、劉備は止まらない。

 

 これまで自分の為に尽くしてくれた大好きな友人が、助けを求めている。

 徐庶には多くの恩を受けてきた、なればこそ私はその一端でもここで返すのだと顔を引き締め、孫策と徐庶の間に立ちふさがった。

 

 大徳の王気が溢れ、場を支配した。

 物音一つ、呼吸の音一つ聞こえない。否、音は生まれど劉備がいるが故に、誰も劉備が発する音以外に耳を傾けられないのだ。

 

 関羽、張飛が機敏に感じ取って表情が切り替わる。

 もはや周囲を取り囲む兵士達は皆、劉備に呑まれ立ちすくむのみ。ただ孫策だけがそんな劉備を見定め、目を細めた。

 

 「これ以上、徐庶ちゃんをいじめるのは許さない。私が徐庶ちゃんを守る」

 

 「あー、何か解らないけど。やるっていうんだったら、やってあげてもいいわよ。ただ、負けても恨まないでね?」

 

 目がマジな孫策は、顔だけ笑いながら桃園三姉妹を見定める。

 

 北郷くん?彼は私の隣でさっきから「これ、やばいんじゃ」と肩をしきりに揺すっている。うん、あの二人のデケェ気のぶつかり合いで目が覚めたわ。これマズイわ。

 

 ちょっと何とかしてきてと視線で伝えると、北郷くんは首をぶんぶん横に振った。

 白蓮に……。あぁ、うん、無理だよな。だからそんな潤んだ瞳で私を見ないでくれ。

 

 「……むッ?その口振り、まるで我らが負けるかのような物言いですな」

 

 「あら、そう言っているんだけど。ごめんね、解らなかったかしら?」

 

 関羽と孫策の間で、空間が軋む音が聞こえた。勿論、実際にはそんな音は存在しない。

 だが、この光景を見てその音が聞こえなかったという人間は、この場にはいないだろう。

 関羽だけでなく、張飛の額にも怒りの四つ角が浮かび上がっている。

 

 「徐庶ちゃんは私の大切な幼なじみです。お願いです、帰ってください」

 

 ルーピーの顔が能面みたいになってるんだけど。いつもののほほんとしたバカ面はどこに落としてきたのだ。

 

 この言葉にはカチンと来たのか、孫策も雰囲気が一変する。

 孫策側の人間もこれはマズイと思ったのだろう。「おい、雪蓮」と眼鏡をかけた褐色の女性が声をかけるが、孫策は腕と視線でそれを制した。

 

 「私も徐庶とは一緒にお風呂に入ったり、一緒に野山を駆けまわったりした古い幼なじみ。そしてお母様と私を救ってくれた大切な孫家の恩人でもある。その言い方、ちょっと癪にさわるわね」

 

 ルーピーが何やら必死な様子でこっちを見てくるが、悲しいことに事実だ。ただあいつが無理やり引っ張って連れ回しただけで、私は宿でぐうたらしていたかった。やっぱり巨乳は碌なもんじゃねぇ。

 

 否定しない私に、ルーピーの中で戸惑いが生じたようだ。それを『勘』に長けた孫策はすぐに感じ取ったのか、鼻で笑って口を開く。

 

 「子供の頃に一緒に刺客と戦い、血だらけになりながら助けあって生き残った事だってあるのよ。共に危機を乗り切った戦友であり、命の恩人である徐庶に真名だって預けているわ。」

 

 おいこら、それは聞き逃せねぇぞ褐色乳袋。

 

 「その後すぐに私を押し倒しやがったじゃないですか。肌は噛むわ、唇奪おうとするわで、石で顔面殴ってようやく気絶させたこと。今も忘れてませんよ、てか忘れられねぇよ。あとテメェの真名は一度だって呼んだことはない、これからも呼ばない」

 

 「……雪蓮、お前」

 

 「血を見ると高ぶる悪い癖が昔あったとはいえ、やはりお主が悪いのではないか」

 

 「あ、謝ったわよッ!?ちゃんとその後にもいろいろと、お礼とお詫びもしたんだからッ!?そ、それと私だって顔面から腫れがしばらく引かなくて、母さんから顔面お饅頭だってずっとからかわれた挙句。徐庶に負けたからって、鍛錬の厳しさも倍になって本当に大変だったのよッ!?」

 

 「雪蓮、全部自業自得だ」

 

 「自業自得じゃ戯け」

 

 刺客とは勿論、孫策に対する刺客である。私は巻き込まれただけである。理不尽過ぎて死にたい。

 

 孫家の娘を見捨てて逃げるとか、死ぬしか未来が見えねぇから半泣きで剣を奮ったんだぞ。お前を連れて帰らなかったら、下手すりゃ私の首が飛んでしまうから、必死に背負って帰ったんだぞ。思い出すだけで涙がでそうになるわクソッタレ。

 

 あと血を浴びると興奮するとか、お前は悪魔超人の生まれ変わりか何かか。助けてキン肉マン、私が許すからキン肉バスターを孫策にお願い、ついでにルーピーも。

 

 「そんな酷いことをする人を、やっぱり徐庶ちゃんに近寄らせるわけにはいきませんッ!」

 

 「……へぇ?そういう貴方だって、徐庶におんぶに抱っこだったって聞くわよ?徐庶には結構な迷惑をかけていたみたいね。貴方こそ、徐庶にとっては負担になってるんじゃないのかしら?」

 

 お前らどちらも言っていることは正しいが、五十歩百歩という言葉は知ってるか?

 等しく胃の負担だから、というか今も現在形で胃の負担になってるから。ちょっと草葉の陰に消えてきてくれないだろうか。

 

 関羽と張飛が武具を握る手に力が入り、孫策がいつでも抜刀できるよう自然体の構えをとった。

 

 「あ、これあかんやつだ」と逃げようとするが、趙雲に羽交い締めにされる。メンマの恨みか離せと言ったら、いやここで中心の貴方が逃げてはいけないでしょうと正論を説かれた。変態メンマに正論説かれるとか世も末だ。

 

 ドンドンと高まっていく大きな二つの気に、白目を向きかけたその時。

 

 「これは一体なんの騒ぎかしら」

 

 殺伐とした空気の中、凛とした声が全員の耳に飛び込んできた。

 

 兵士達が後ろを見て驚いた表情を浮かべると、円の中心へ向かい進んでくる存在に道を開けていく。さながらモーゼの海の如く割れた兵士の波、そこから見えるのは三人の影。

 青と赤、対象的なチャイナ服を来た姉妹を連れた、金色の髪が揺れる少女。漂わせる風格が、その鋭い目が、英雄の達の中に在っても、一際その存在を際立たせていた。

 

 「劉備と関羽に会おうと出向いてみれば、随分と面白そうな光景ね」

 

 徐庶の目が見開かれた。

 その威容は、幽州という中央から遠い地にあっても聞こえている。

 

 曹操。

 三国志で言うラスボスであり、公式チートであり、史実チートである。つまり存在自体がチートだ。

 

 それはその偉容からも充分理解することが出来る。

 なんていったって、髪型が縦ロールなのだ。金髪ドリルなのだ。しかも二つ。あんなケアが面倒くさそうな髪型にわざわざするなんて、まともな精神がなせるものではない。

 

 あのドリルで一体何を掘削するつもりなのだろうか。曹操はレズだと聞く。女性の下半身の穴は二つ。つまり、きっとそういうことなのかもしれない。

 あんな全身で性癖を表すなど喜ぶのはフロイト先生ぐらいなものなのだが、全く気にしていない辺り深遠な恐怖を感じる。頭おかしい。

 

 つまり、この状況がより一層混沌となってきたので私は逃げたい。レズと一緒にいれば、きっと私もレズになってしまうに違いない。

 だから離せ趙雲。おい、白蓮も腕を離せ。北郷くん貴様もか、セクハラで訴えるぞテメェ。

 

 「部外者は黙っててくれないかしら。私は劉備達と話しているのよ」

 

 孫策の瞳の奥に見え隠れする強い警戒。だが反応したのは曹操ではなく、姉妹の片割れであった。

 

 「貴様ぁ……華琳様になんて口の聞き方をッ!?」

 

 「控えなさい春蘭。……同じ轡を並べる者として忠告してあげる。これ以上騒ぎを大きくするというのなら、董卓よりもあなた達に対して先に剣を向けることになるわね」

 

 三国設立者が、公孫瓉軍の陣地にて戦闘開始。素晴らしいとばっちりっぷりに、白蓮さんに同情を禁じ得ない。誰が悪いと言ったら孫策とルーピーが悪い。私は悪く無い。

 

 「そして何よりも、これから先に並び立つ可能性がある貴方達を、こんなところで倒すなんてもったいないわ」

 

 曹操はドヤ顔しながら覇王オーラ満々であるが、私は知っている。

 

 そう言っておきながら、曹操は史実では存命中に蜀と呉を倒しきれてない事を。息子と司馬懿の息子達が頑張った事を。

 しかも呉に至っては、国を既に晋に乗っ取られて、魏が潰れた状態で占領して滅ぼしている。

 

 あれだ。三国志のはずが、最終的に残ったのは晋でしたという終わり方は、三国志初心者ポカンポイントの一つである。どこいった三国、どこから来やがった晋と思ったのは私だけではないはず。

 

 なんていうか、司馬懿さんには悪いけど、言いようのない残念感が漂う終わり方だ。

 

 「随分と吠えたものね、曹操。孫家の血も甘く見られたものだわ」

 

 孫策は犬歯を見せながら獰猛な笑みを浮かべているが、私は知っている。

 

 お前の所の孫呉の血、史実では後半になるにつれて劣化速度が半端ないことに。

 魏が世代交代するに連れて国が乱れるであろうその時まで、じっくりと耐え忍び牙をむくというのが孫呉の大計であったのだ。

 

 そしていろいろあった結果から言えば、牙がボロボロになったのは孫呉の方で、総入れ歯にすることになった。ちゃんと歯を磨いとけよ、なにやってんだお前。

 しかもなんとか総入れ歯にするも一噛みする間もなく、晋により歯どころか国まで木っ端微塵になった。どうしてこうなった。

 

 歴史を知る身として、格好つけている二人を見ていて悲しくなってきた。

 なんていうか、お前ら、もういいから帰れ。なんかお前ら見ていると、私は悪くないのに申し訳なくなってくる。

 

 「……」

 

 その一方で、ルーピーは無言。

 

 いつの間にか笑顔の仮面を貼り付けたまま、曹操に視線を向けている。すごい切り替えである。女って怖ぇ……。

 それに気がついた曹操が、口の端を歪めながらルーピーへ笑った。

 

 「……あら?またその顔に戻ったのかしら。私の軍と一緒に戦っていた時の振る舞い、そしてあの袁紹を煽てて譲歩を引き出した話術。それなりの食わせ物だと思っていたけれど、想像以上に中々、先ほどは面白い顔をしていたわね」

 

 ルーピーの英雄としての器を計るように言葉を投げかけ、そして見定めようとする曹操。孫策も自身の舞台に上がった今、ここが天下の問答を交わす場であると決めたのだろう。お前も逃さないという意が、強く込められている。

 

 言葉を受けたルーピーは顔をふにゃっと変え、困ったように微笑んだ。

 

 この時点で私は気がついた。他の奴は気がついていないようだが、私は分かる。あいつ、孫策との会話を邪魔されてキレた。

 

 「えと、あの、ごめんなさい。騒がしくしちゃって。そうですよね、みんなで仲良くしないといけないのに。本当にごめんなさい。孫策さんもごめんね、曹操さんもわざわざありがとうございます」

 

 謝罪という体裁を整えた、曹操の会話をぶった切って地面に捨てていくルーピースタイルが炸裂。場の空気総ポカン。

 

 剣を構えて「さぁやるぞ」と意気込みを見せたら、「ごめんそんなことよりおうどん食べたい」と言って逃げられたようなものだ。

 実際、現実として一番の問題は、劉備が連合で第一陣を飾るのにも関わらず、他人の陣営で孫策と口論しているところにある。それは劉備が行ったように、劉備の謝罪で解決出来る問題なのだ。よって解決した。早い。

 

 だが曹操の意地というか、誇りというか、そこらへんは全部宙ぶらりんである。そんなん知るか貧乳、胸でかくして出直してこいである。意図的にそれをやっている辺り、なんていうかエゲツナイ。

 

 ほら見ろよ、あの孫策一行だって「マジかよ」と頬引き攣らせてるぞ。

 

 「……へぇ、あくまでしらを切るつもりかしら」

 

 見ろよあの曹操さんの姿を。

 冷静さを装っているが、内心すごい怒ってるぞ。だって右手が握りしめられてるもん。後ろの二人も冷や汗を流してるもん。

 

 「孫策さん、また後でこの話はしようね。白蓮ちゃんもごめんね、久しぶりなのにこんな事になっちゃって」

 

 「……え、ええ。そうね」

 

 「い、いや、あはははは。いや、まぁいいよ、うん」

 

 スルーである。

 

 三国志における魏の覇者であり、奸雄と呼ばれた少女をスルーである。人のよい公孫瓉が、さり気なく視線で曹操の方にルーピーを誘導しようとするもガン無視である。

 

 曹操とか、ただのツルペタツインドリルのレズ女でしょと言わんばかりのルーピーの態度に、曹操のバックオーラが荒れ狂っている。背後にいる顔面蒼白の赤青二人が可哀想になってきた。

 

 「徐庶ちゃんも、また後で会おうねッ!」

 

 そして私に向けられる純度百パーセントの笑顔。怖ぇよ。

 

 純粋に喜びを表し、シッポを振る犬のような大歓迎ムード満載に、こちらへと手を振ってくる。ウザい。

 そしてそれは視線が私に集まることを意味するのだ。おい、こんな雰囲気の中でふざけるな。

 趙雲、ちょっと私を離してくれ。数秒でいい、そんなの一切関係無いと手を振るあいつを殴りに行くから。

 

 徐庶は内心激怒したメロスばりの憤りを見せていた。しかしこの中でより一層激しい、身を焦がさんばかりに怒り狂ったのは、実は曹操その人であった。

 

 己と並び立つ存在かもしれないと期待し、見定めた両雄。それが一堂に会する機会であると考えた。

 だからこそ意気込みを見せ、喜色を押し殺して、公孫瓉陣営に絶対の信をおける二人の配下と共に現れたのだ。天下に覇を唱える王であると示し、お前達の壁であり、敵であると宣戦布告する為に。そして立ちはだかるであろう二人の英雄が、どれほどの存在かその目で見極めるために。

 

 その結果がこれである。曹操はキレた。

 

 だがしかし有象無象の凡人ではなく、曹操は覇王である。

 彼女の冷徹な思考は怒りの最中に在っても、狂うことは決して無い。彼女の精神は苛烈にしてドがつくサディスティック。やられっぱなしは許せない性分だ。

 

 この小娘を舞台に釣り上げるだけでは、受けた侮辱と到底釣り合うものとは考えられない。痛恨なる一撃を与え、この曹操の存在を示し、劉備という存在に二度と忘れられぬような深い杭を撃ちこんでくれよう。

 

 曹操は状況を改めて整理し、見聞きした情報を統合し、如何に自分が動くべきか結論を出す。

 そして……。

 

 「……へぇ、あの子が孫策と劉備が今ここで言っていた徐庶なのかしら?」

 

 「「ッ!?」」

 

 標的を徐庶に定めた。見事に孫策と劉備は釣れた。

 

 「あの子、それだけ貴方達が目をかけているのね。あらあら、どうしてか私も気になってきたじゃない」

 

 凍るような視線をねっとりと徐庶に向け、そして劉備と孫策に向かわせる。劉備の目の奥に大切な者を守らんとする炎が燃え盛り、孫策は虎のように目を光らせ剣呑な雰囲気を漂わせ始める。

 これを見て自身が想定した可能性が事実であることを確信し、曹操の口に浮かぶ弧が三日月と見間違わんばかりに釣り上がった。

 

 後に三国へと繋がる王達が、初めて一同に介し、互いの道が相容れぬ存在であると見極めた瞬間であった。

 己の道を悟り突き進むと決意と覚悟を秘め、人々を導く王としてその輝きを体現し、頭角を現して相対した三人。これが後に歴史に語られる、三国志の真の始まりだったのかもしれない。

 

 一方で遠回りなとばっちり受け、理解し、胃酸が荒れ狂って徐庶の顔は死んでいた。

 

 その後、連合は虎牢関と共に難攻不落と並び称される汜水関に到着した。

 先陣は最も少ない兵力である劉備軍。袁紹に陥れられた哀れな犠牲かと、諸侯から同情の念を向けられた。

 だが劉備は密かに孫策と共謀。袁紹の命令を逆手に取り、『華麗』に戦うべく孫策が劉備と協力することになった。

 

 これに異を唱える者もいたが、静かに笑顔のまま淡々と袁紹の言葉を借りて、隙がない理論を述べる劉備の前から自然と消えていった。ちなみに横にいる軍師二人は、何故か体が凍ったようにカチカチだったと聞く。

 

 汜水関に立て籠もる董卓軍は、猛将華雄を筆頭とした五万の兵士。装備と兵の質共に高く、士気も盛んである精鋭達。

 厳しい戦いになるだろうと予想されたが、結末は意外なものであった。

 

 孫策の苛烈極まりない挑発、というか半ば罵倒に近い言葉の乱撃を汜水関の華雄にぶつけたのだ。まるで何かの鬱憤の晴らすように存在を全否定され、耐えかねた華雄はついに怒り心頭となって打って出た。元々猪突猛進、突出する気質があった華雄。その心の隙を見事に孫策は突き、難攻不落と名高い汜水関から引きずりだしたのだ。

 

 これも劉備と孫策の作戦のうちである。ただ呉の武将達はそんな孫策から、何故か一歩精神的な距離をおいていたように周囲から見えたらしい。

 

 劉備と孫策は周囲から見ても解るほどのやる気と勢い、そして気炎を纏って咆哮。配下を鼓舞して将を動かし、その進撃を受け流した。

 華雄の進撃の先は、高みの見物を決め込んでいた袁紹軍。劉備と孫策は目の前の新たな獲物に食らいつき、夢中になる華雄軍を側面と背後から蹂躙したのだ。

 

 そう、それは蹂躙だった。

 

 華雄は目を見開き、我に返った。なんだこれは、と。

 連合に嵌められたと気づくも、我を止められるものなしと全滅させる心構えで戦いを挑んだ。しかし押し負ける自軍、そして戦場を渦巻く異様な気配によって、歴戦の勇士の勘があらん限りの警報を打ち鳴らす。

 

 肌が張り詰めるような大きすぎる気配。それは敵なしと見定めた劉備軍であり、許さぬと誓った憎き孫策軍から発せられていた。

 

 そこから現れた三人の将。華雄は彼らと相対したその瞬間に、身を凍らせるような畏怖に打ち震えたのだ。

 孫策の偉容は「人か魔か」と思わんばかりであった。身に纏う闘気でその姿は歪んで見え、幾倍かに膨らんで見えたのだ。

 

 さらに気づく。その目に自分の姿は映っていない。孫策はこの華雄を通して誰かを見ているのだ。

 巫山戯るな。どこを見ているのだと憤るも、己の手が震えているのを見て全てを理解した。私は既に負けているのだと。己を見ていない相手に、この華雄の積み上げた武人としての本能が負けを認めたのだと。

 

 同じく現れた劉備軍の関羽と張飛は、そんな華雄の恐怖をより一層誘う。

 二人にではない。その後ろに見え隠れする、大きすぎて見えない何かの存在を恐れたのだ。

 そして、その存在もまた華雄という存在を見てはいないのである。

 

 「この、華雄を……舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 生物としての生存本能を、身に纏わりつく死の気配を振り払い、華雄は吠えて立ち向かった。

 

 汜水関は落ちた。

 華雄は決死の突撃を敢行した張遼により救い出され、満身創痍のままに虎牢関へと逃げ去った。

 あとほんの少しでも張遼の助けが遅れていれば、その首は胴体と泣き別れになっていただろう。

 

 撤退する董卓軍の土煙を見送りながら、孫策は静かに心を落ち着かせて目を細めた。

 

 「これで曹操の奴も少しは解ったかしら。まったく、人から興味本位で大切な親友を奪おうとするその精神は、少しも理解できないわね」

 

 苛立ちのままに不満を口にして、曹操がいるであろう方向を睨みつける。

 眼鏡をかけた褐色の美女、周瑜は胸に渦巻く例えようのない感情を息に乗せ、大きく吐き出した。

 

 「雪蓮、無理をするな。お前はまだ孫呉に必要な存在だ」

 

 「大丈夫よ、全然問題なし。心は炎のように熱く、頭は氷のように……。ま、この言葉は徐庶のものなんだけど、その言葉通りな感じかしら。徐庶と子供頃にやった訓練の経験は、今も生きてるのが実感できる。大丈夫よ、もう二度と我は忘れないから安心して」

 

 「私とて徐庶が苦労してお前の衝動を抑えつけていったのは、間近で見ていたから解るさ。ただ今日の荒々しさは昔を思い出したぞ」

 

 「それは曹操に言いなさい、まったくあのちびっ子は碌なもんじゃないわね。戦っている時もずっと視線を感じたわ」

 

 孫策はそう言って剣についた血、華雄の血を振り払う。王の証である愛剣、南海覇王を布で拭い、刀身に映る自身の眼の奥を見つめた。

 

 一方、劉備軍もこの大戦果に沸き立っていた。

 少数にも関わらず、強敵であった董卓軍を手玉に取り、華雄を打ち破り敗走させたのだから無理も無いだろう。

 

 「殆どの軍で本陣救援の動きがありましたが、曹操さんの陣に動きはありませんでした」

 

 「え、えーと……。作戦中は私達の思惑に気づき、静観しているのかと思いましたが、恐らくは思惑を見ぬいた上で、効果的な参戦時期を量っていたと思われます。でも……」

 

 思考の海に沈む孔明と鳳雛の言葉を受け、北郷は唸り推測を口にする。

 

 「大きな動きはしなかった……かぁ。まぁ俺達や孫策さん達が予想以上の動きの速さを見せたわけだし、動けなかったのかなぁ?」

 

 あれだけの覇気を纏った少女が、それだけに終わる。その不可解さに、劉備軍の諸将は悩み首を傾げた。

 ただ劉備だけが、曹操の意図を知って大きくため息を付いた。ぷりぷりと怒り出す劉備に、全員が困惑する。

 

 「もうッ!まんまと曹操さんに乗せられちゃったかなぁ。あの人、こういうの好きそうだもん。でも私達が見せつけた分、きっとどこかで見せつけてくるだろうし……。ま、みんなも気にしなくていいよ」

 

 「ええと、桃香様は曹操さんのお考えが解るんですか?」

 

 「たぶんね。自分のところに発破をかける為だったんじゃないかな。ただご主人様の言うとおり、みんな本気をだしたからね。孫策さんもすごかったし、予定外なところもあったと思うよ」

 

 未だ機嫌があまり良くならない劉備に、北郷が苦笑した。

 

 あの場で、あの時に曹操が言い放った言葉。それがここまで二人の英雄の心を動かし、諸侯に劉備軍と孫策軍の名をより一層知らしめた。そう思うとなんというか。

 恐らく徐庶の心情を一番理解している自分からすれば、徐庶が哀れに思えてならない。

 

 大丈夫だろうか。あの時白目向いていたから、絶対気絶していたと思うのだが。

 

 「それに、『それなら徐庶ちゃんを私も欲しい』とか。そんなついでのように私の大切な人を言う曹操さんの気持ちなんか、よくわからないもんね」

 

 曹操軍の方向を睨みつけて、劉備があっかんべーと舌を出した。




曹操「へぇ、面白いじゃないの……ッ!」

劉備「孫策さん、ちょっと曹操さん調子のってるよね」

孫策「あんたもね」


真ん中辺りで分けられるけど、次は虎牢関行きたかったので長めになってしまった。次回で連合終了まで行けるかな。
チープでありきたりな展開ですが、そういうの好きです。徐庶は次回からフル出勤で、今回は後半休息(失神中)の模様。

※9月10日
 どうしたんだワグナスッ!まるで仕事が終わらないぞッ!?

 10月5日
 修羅場の合間にキーボードを叩くも、スランプで執筆中小説が10を超えたぞワグナスっ!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。