宇佐木時麻の短編集 (宇佐木時麻)
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このすば この素晴らしい世界に凍結を!

このすば!を見て思ったこと。爆熱魔法の使い手がいるなら凍結魔法の使い手もいてもいいじゃない! あと可愛いよめぐみん


 凍結魔法―――それは究極にして至高の魔法である。

 その放たれる魔法は時の呪縛から切り離されたように景色を止め、刹那の風景を永遠に変える。紡ぐ出される氷結は無から有を生み出し、森羅万象総てを形作る事が可能とする。そこから生み出される光景はもはや究極の芸術(アート)と言っても過言ではない。

 つまり、誰がどう見ても分かる真理であり、

 

「―――凍結魔法こそ最強の攻撃魔法であると!」

「―――爆裂魔法こそ最強の攻撃魔法であると!」

 

 世界の真理を高らかに宿屋の窓の外に広がる世界へ宣言していると、横からとても不愉快な言葉が聞こえた気がした。

 顔を横に向けると、そこには紅い瞳の幼い容姿をした少女が同じように首を傾げながらこちらの言い様に疑問を持っていた。この少女こそ我が憎き宿敵、紅魔族であり爆裂魔法などという二流魔法を最強などとほざくアークウィザード、めぐみんである。

 

「はぁ……あのな、めぐみん。何度も言っているだろう、最強の攻撃魔法は凍結魔法だって。お前は何常識知らずなことを大声で叫んでんだ? 頭大丈夫か?」

「ゼロさんの方こそ、何をトンチンカンな事を世間に言いふらしているのですか? 爆裂魔法に勝る魔法など存在しないというのに、ましてやただ凍らせる凍結魔法如きが最強? 寝惚けているんですか?」

 

 ……ほう、凍結魔法如き、だと? 爆裂魔法風情が何を偉そうに。

 眉間に皺を寄せて怒りに震えていると、めぐみんも頬を引き攣らせながら怒りを露わにしていた。

 

「あんな周囲に被害を出すところか二次災害まで引き起こす爆裂魔法が最強? あれは単なる醜い暴走って言うんだよ。それに比べて凍結魔法はどうだ。一瞬で敵を凍らせ、周囲に被害を出さず一瞬で砕くことも可能。それに凍結魔法から生み出される氷像はまるで時を止めたような美しさ……あれこそまさに究極のアート! 敵を倒すだけではなく、無から有さえも生み出すことの出来る凍結魔法こそ最強にして至高の攻撃魔法だろうが!」

「何を言っているんですか! あの一瞬の煌めきの中にだけ見せる輝き……それこそが爆裂魔法の美しさです! それに凍結魔法は周囲の気温を急激に下げて周りの人々の行動を妨げますし、そして何より威力が低いじゃないですか! その程度で最強を名乗るなどおこがましいにも程があります!」

「笑止千万! 貴様は凍結魔法の素晴らしさを理解できないからそんな事が言えるんだ!」

「そっちこそ! 爆裂魔法の真髄が分かればとてもそんな口がきけるとは思えませんね!」

 

 ぐぬぬぬ! と至近距離でメンチを切り合う。数々の凍結魔法の侮辱に我慢の限界を迎え、互いに杖を手に取る。

 

「いいだろう、ならばどちらが真の最強の攻撃魔法であるかここで白黒はっきりつけてやらァッ!」

「望むところです! 爆裂魔法の真髄、その威力を骨の髄にまで刻むがいい……!」

 

 魔力を魔法に乗せ、いざ最強の魔法を放とうとして、

 

 ―――グギュウウウウウウウウウウウゥゥゥ……!

 

 共に胃からまるでこの世の地獄のような呻き声が聞こえ、同時に膝を付いた。

 

「……とりあえず、休戦にして朝飯食いにいかね?」

「そうですね……よくよく考えれば、昨日から何も食べていませんでした」

 

 よろよろと杖を足代わりにしながら、俺とめぐみんは荷物を背負って宿屋を後にするのだった。

 宿屋から出て、いつものパン屋さんで一番安くて歯ごたえのあるパンを二つ買い、近くのベンチに座る。片方をめぐみんに渡し、もう片方を口で齧りながら懐から財布を取り出し縁を外してひっくり返す。上下に振ってやれば、落ちてくるのは埃だけだった。

 

「とうとう無一文になっちまった……」

 

 所詮歯ごたえがるといっても売れ残り程度の大きさでしかなく、三口で食い終わると両手で頭を抱える。何故だ、どうしてこうなった。

 本来ならばこんなはずではなかったのだ。アークウィザードとなり凍結魔法を極めたこのゼロの輝かしい冒険譚が待っていたはずだ。それが気が付けばどのパーティーからもたらい回しにされ、否応無く同じ売れ残りだった爆裂魔法などという二流魔法が最強だと自称するめぐみんという紅魔族のアークウィザードとパーティーを組むはめになり、依頼(クエスト)はほとんど達成できず金は減る一方。やむおえずこのちんちくりんと節約で一室を二人で借りるはめに、更にベッドは一つしかなく狭いベッドで丸まって二人で眠らなければならない生活。起きる度に身返りが打てず身体の間接が固まってここ最近まともに寝れたことがなかった。

 何故だ、どこで間違えたらこんな転落人生になるんだ! 神よ、俺がいったい何をしたというんですかッ!

 

「こうなったら、新たなパーティーを作るしかありませんよ、ゼロさん!」

「……はぁ?」

 

 自分の不遇に絶望していると、唐突に何を思ったのかめぐみんが叫びだした。本人は物凄いドヤ顔を決めているが、先ほど食べたパン滓が口の周りに付いて非常にアレである。

 

「おまえな、それ何度も失敗して結局お前と組むはめになってんだろうが。そりゃ凍結魔法を操るこの俺が選ばれないのは世界の真理並の謎だが、いまさら俺らと組んでくれるパーティーがいるのかよ」

「確かに爆裂魔法を操るこの私が選ばれないのは究極の謎ですが、今はパーティーを探すことが先決です! 大丈夫、私を信じて下さい!」

 

 何を根拠にそう言い切るのかは不明だが、そう告げて胸を張って満面の笑みを浮かべるめぐみん。そのパンくずのついた間抜け顔に思わず苦笑してしまった。

 

「……まあ、とりあえずクエスト探すために結局ギルドに向かわなきゃ行けないし、ついでに探してみるか。あとその口周りのパンくずいい加減落とせや」

「はわぁっ!? こ、これは違いますからね! あの、その、そう! ズバリこれはあなたを欺く為の演技だったのです!」

「いや何を欺くんだよ全然欺けてねえだろうがむしろお前がアホだとしか分かんねえよ」

 

 

 

     ◇

 

 

 

 冒険者ギルドにきた俺達はそのままクエスト欄が並ぶ掲示板の前に立つと、それぞれが出来そうなクエストを探すことにした。無一文の身としては、ここで何か見つけられなければ今夜は野宿をするはめとなる。それだけは避けなければ……!

 

「しっかし……ここ最近魔王軍のせいか禄なクエストがねえな。ジャイアント・トード狩りとかマンティコアとグリフォン狩りとか。前者は敵の数が不定数で一発しか放てない俺やめぐみんじゃ無理だし、後者はそこまで行く旅費がそもそもねえし……参ったなぁ」

 

 究極を極めるとは、そう安々なことではない。長い年月を掛けてそれのみを追求してようやく到れる極致だ。ならば余計な遠回りなどしている暇などなく、もし本当に凍結魔法を極めたいのならばただそれだけを駆使していく他ないだろう。たとえ身体が耐え切れず、魔力が足りないとしても。

 そもそも俺、凍結魔法以外嫌いだし。

 とりあえず何とか俺でも出来そうなクエストを上位だろうが下位だろうが何でも構うことなく探す。

 

「む……これは湖の浄化クエストか。報酬は三十万エリス、か。これなら俺の凍結魔法で一度湖の水を凍結させて浄化させれば……ああいや、そうなると凍結を解除したら湖の水が消滅しちまうな。ならめぐみんの爆裂魔法で溶かして貰えば……いや、そもそもあいつの爆裂魔法風情じゃ俺の凍結魔法を溶かすなんて百年あっても無理だな。うーん、どうするか……」

「ゼロさん! ちょっとこっちに来て下さい! はーやーくーッ!」

 

 何かいいクエストはないか重なっていないかクエスト紙を捲ったりしながら探していると、先ほど別れためぐみんが何やらこちらを大声で呼びながら忙しかけてくる。俺は見つからなかったが、もしかしたら何かよい物件でも見つけて来たのかもしれない。

 

「何かいいクエストでも見つけたのか?」

「クエストではありませんが、見つけましたよ! 見てください!」

「ん、もしかしてパーティー募集の張り紙か? どれどれ……」

 

 まるで答えが解った生徒が先生に自慢してくるように見せてくる張り紙を受け取り、中に書いてある文章を読む。

 そこには、

 

 

 

『急募!アットホームで和気藹々としたパーティーです。美しく気高きアークプリースト、アクア様と旅をしたい冒険者はこちらまで!』

 

 パーティーに加わったAさん

『このパーティーに入ってから毎日がハッピーですよ。宝くじにも当たりました』

 

 同じくBさん

『アクア様のパーティーに入ったおかげで病気が治ってモテモテになりました』

 

『採用条件、上級職に限ります』

 

 

 

「…………………………うわぁ」

 

 怪しい、溢れた感想はその一言だった。詐欺師でもここまで疑って下さいという文章は書かないだろう。

 これにホイホイ付いて行くような輩は間違いなく知力が低い奴だろう。もしそんな輩がいるなら是非一度この目で見てみたいものだ。

 

「上級職なら私達は大丈夫ですね! さっさく話を伺いに行きましょうか!」

 

 居たよここに、しかもパーティー内に。

 人を疑うという事を知らないのか、めぐみんは純粋な笑顔を浮かべてパーティー募集の張り紙を眺めている。

 どうしよう、こいつの行く先が物凄く不安になった。いつか騙されて借金の保証人とかになりそう。

 だが、実際の話もう俺達には後がないのが事実である。ここは死地に自ら飛び込む覚悟も必要だろう、いざとなればこの俺の凍結魔法で何とかすればいいだけの話だし。

 

「まあ、とりあえず話だけでも聞きに行くとするか。パーティーを組むかどうかはそこで決めればいいんだし」

「何を言っているのですかゼロさん! アークプリーストなんて上級職とパーティーを組めるチャンス滅多にありませんよ。ここは意地になってでもパーティーを組んで我が爆裂魔法の偉大さを知らしめる時です……!」

「俺はお前の行末が不安になってきたよ。あと凍結魔法の偉大さには劣るだろうがな」

 

 とりあえず張り紙に書かれてあった集合場所に向かうと、そこにはテーブルに屈伏しながら頬を膨らませて文句を言う青髪の少女と、何処かここらでは見慣れない緑色の衣装に身を包んだ黒髪の少年がいた。

 あれがおそらくメンバーを募集していたパーティーなのだろう。

 

「募集の張り紙、見させてもらいました」

 

 どうやって声を掛けるか悩んでいると、横に居ためぐみんがズイッと身を乗り出して背中に背負っていた赤い外套を翻しながらそう宣告した。その声に反応するように彼らは振り返る。

 

「我が名は、めぐみん! アークウィザードを生業とし、凍結魔法など目でもない、至高にして究極である最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操るもの! 貴方達とのこの邂逅を私は那由多の果てまで待ち望んでいた!」

 

 ―――ほう? いったい、何が、最強の、攻撃魔法、だってぇェイ?

 

「……えっと?」

「随分と都合のいい妄想をしているじゃないかめぐみん。いったい、何が、最強の、攻撃魔法だと? 寝言を言っていいのは寝ている時だけなんだぞ? 見ろ、お前が常識知らずな事を言うからそちらの人が困っているじゃないか」

 

 困惑する少年に向かって手助けをするために声を遮る。全く、子供が自分の夢を語るのは勝手だが、いい加減現実を見て欲しいものだ。振り返れば俺が手助けした少年が困惑した表情でこちらを見ている。なるほど、どうやらこの俺が誰だが知りたいようだな!

 

「おっと、自己紹介が遅れたな。我が名は、ゼロ! アークウィザードを生業としている、根源(アルファ)にして終焉(オメガ)、虚無にして永劫を司る究極にして至高である凍結魔法を操りし者! 我が力を借りたいならばいつでも呼ぶがいい!!」

 

 決まった……! これ以上ない素晴らしい自己紹介文。きっと目を開けて少年の方を見ればこれ以上ない憧憬の表情を浮かべているに違いないな!

 

「…………うわぁ、また変なのが増えた」

 

 なんか凄い面倒臭そうな声が聞こえてきたが、たぶん気のせいだろう。

 

「えっと、とりあえず行くか? ジャイアント・トード狩りに」

 

 そんな訳で、俺達は即急のパーティーを組んでカエル狩りに向かうのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 場所は変わって街から離れた広い草原。蒼い青空の下、どうやらこの付近でジャイアント・トードが出現するそうだ。俺は自慢の蒼球が付いた杖を握り締めると獰猛な笑みを浮かべる。

 ここならば誰にも迷惑を掛けることがない。ここでこそ俺の凍結魔法の真髄が発揮される時……!

 

「よし、それじゃあ俺とアクアが時間を稼ぐからその最強魔法を頼んだぞ」

「フッ、任せろ」

「はい、任せて下さい!」

 

 ……ん? こいつは何を言っているんだ?

 

「ここは俺の凍結魔法の素晴らしさを見せつける場面だろ? お前は下がってろって」

「いえいえ、ここは我が爆裂魔法の真髄をお見せするところでしょう。ゼロさんの方が下がって下さいよ」

「あ゛ぁ?」

「はぁ?」

 

 ピシリ、と顳かみに皺が奔る。いつもいつも人の邪魔ばかりするコイツだが、流石に今回ばかりは俺の図太い堪忍袋の緒が切れた。最強魔法っていったら当然凍結魔法、つまり俺の出番だろうが。それがどうしたら二流魔法である爆裂魔法しか操れないド三流であるめぐみんの出番と勘違いするんだ馬鹿か?

 

「じゃあさ、いっそ両方撃ってみればいいじゃない」

 

 グルル、と額がぶつかり合う距離で睨み合っていると、ふと思いついたように肩をぐるぐる回しながら準備運動していたアクアが提案してきた。その提案に俺達の背後で稲妻のエフェクトが奔り抜ける。

 

「おい、そんな事を言ったら―――」

「フッ、いい加減貴様とは白黒はっきり着けたいと思っていたところだ。いいだろう! 凍結魔法と爆裂魔法、どちらが真の最強攻撃魔法であるのか今ここで雌雄を決っしようじゃねえかッ!」

「望む所です! 我が爆裂魔法の真髄を今度こそその身に刻むがいい……!」

「……ほら、言わんこっちゃねえ」

 

 何やらカズマが頭を抱えて項垂れている気がするが、もはやそんなことは心底どうでもいい。今意識にあるのは如何にして凍結魔法を放つかただそれのみ。

 杖を構え、現れたジャイアント・トードに魔法の矛先を向ける。全魔力をこの一撃に注ぎ込み、今こそ史上最強の魔法を発動する……!

 

「黒より黎く、闇より昏き漆黒に、我が真紅の昏黄を望みたもう。覚醒の刻来たれり、無謬の境界に堕ちし理、無業の歪みとなりて現出でよ」

「白より皓く、光より輝かし白銀に、我が深蒼を請い願う。起源と終焉、虚無と永劫、相反する理さえも内包する世界よ、今ここに現出せよ」

 

 空が漆黒の白銀の魔力に彩られ、魔力の奔流が世界を満たす。

 空の景色さえも変貌させてしまうその力は、正しく最強に相応しい。

 

「踊れ、躍れ、踴れ! 我が力の放流に望むは崩壊なり。並ぶものなき崩壊なり。万象等しく灰燼と帰し、深淵より来たれ!」

「閉じよ、閉じよ、閉じよ! 我は永遠の刹那、無限の瞬間を掌握せし者なり。森羅万象よ、我が世界に閉じよ。無謬の刹那をその身に刻め!」

 

 それこそ究極にして唯一無二。

 全にして一を司る最強の攻撃魔法。

 今、前哨を高らかに謳い上げる。

 

「これが、人類最大の威力にして攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法!」

「これが、人類最大の威力にして攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法!」

 

 見るがいい、そして慄くがいい。

 他を競わぜず、圧倒的な力を前に平伏せ……!

 その呪文の名前は―――!

 

 

 

「―――エクスプロージョンッ!!」

「―――エターナルフォースブリザードッ!!」

 

 

 

 刹那、極限にまで高められていた魔力がその呼び声を糧に魔法へと変貌し、二つの極限魔法はまるで絡み合いながら食い合うカドゥケウスのように互いを破壊しながら天へと昇っていく。

 爆発で灰燼が舞えばそれを一瞬で氷結させ、宙に舞った氷華は刹那に蒸発して白い煙と化す。それが触れれば万象を滅ぼす攻撃魔法だと理解していても思わず見惚れてしまう刹那の煌めきがそこには存在した。

 

「昇華ッ!!」

「砕け散れ……」

 

 二人の声が重なり、二つの魔法は使用者の意志に従うように最後に死に様を誇るように一際輝きを見せると跡形もなく消え去った。残ったのはその威力が証明されている巨大なクレーターのみ。

 それを見届けて―――

 

「スっゲェ……これが魔法かぁ。って、さっきの魔法で別のジャイアント・トードが目覚めたのか!? めぐみん、ゼロ! いったんその場から離れ、て―――」

 

 ズザァーと、身動き一つ取れずそのまま草原の地べたを這いつくばりながら滑り墜ちた。

 

「……へぁ?」

「……我が究極の魔法である爆裂魔法はその絶大なる威力ゆえに魔力消費も激しく、つまり私の魔力量を超える魔力を使うのでこのように魔法を撃った後は動けなくなります」

「同じく。つまり逃げれません。あの、カズマさん割りとマジで助けて下さいお願いします。このままだと俺らマジで喰われて―――あ」

 

 暗転し、生暖かい感触に身体が包まれる。

 結論―――カエルの中は、以外に温かった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「……カエルの中って、生臭いですけど以外に温いんですね」

「……ああ、そうだな」

 

 夕方、太陽の日差しがすっかり沈み赤色に染まった頃に俺達のパーティーはカエルの粘液でドロドロになりながらもようやく街に帰ってくることが出来た。

 背中に背負っためぐみんのドロドロとした生臭い臭いに嘆息付きながらもトボトボ歩く。

 

「そういや、ゼロはめぐみんと違って歩いているけど大丈夫なのか?」

 

 自身も食われ泣きじゃくるアクアを慰めていたカズマがふと俺の様子を見て問いかける。

 

「ん? ああ、それならこの杖のおかげだな。この杖には所持者の魔力をほんの少しだけ回復させる効果が付与されているんだ。つっても、せいぜい歩くのが限界で走ったり魔法を使うのは無理だけどな」

「へぇー……。まあそれはさておき、二人共これあらは爆裂魔法と凍結魔法は禁止な。これからは他の魔法で頑張ってくれよ」

「使えません」

「使えねえよ」

「……は?」

「だから、私は爆裂魔法しか使えないんです」

「同じく、俺も凍結魔法以外使えん」

「……マジ?」

「マジです」

「マジだ」

 

 何やらカズマの視線が今まで俺達をたらい回しにしてきたパーティー達と同じような視線になってきたが、その理由を天高く腕を突き上げながら宣言する。

 

「確かに他の魔法を覚えれば冒険が楽になるでしょう」

「だが、駄目だ。それを追求しているからこそ俺は俺なんだ。凍結魔法を使わないゼロなどゼロじゃないんだ」

「例え、一日一発が限度だとしても」

「例え魔法を撃った後倒れるとしても」

「私は―――」

「俺は―――」

 

「「爆裂(凍結)魔法を使うためだけにアークウィザードになったのだから―――!!」」

 

 それは魂の宣告。

 我が我であるため、己が己であると理解する為の契約。

 ゆえに、この誓いが破られる時はこの身が死す時だけだろう。

 

「と、言うわけで、これから宜しく頼むぜ、カズマ」

「これからも末永く爆裂魔法を宜しくお願いします!」

 

 満面の笑顔でそう言ってやれば、何やらカズマは頬を引き攣らせながら何かを言おうとしていた。だがその面は何度も俺達をパーティーから引き剥がす時に見ているので想定の範囲内である。

 

「いやいやいや、ちょっとそれは―――」

「めぐみん、噛み付くだ。行け!」

「ガブゥッ!」

「え、ちょ待っギャアアアアアアァァァッ!?」

 

 こうして、俺達は駆け出しパーティーと組む事になった。

 これから先、いっあいどうのような冒険が俺達を待っているのか。

 その未来に不安と希望を入り混ぜながら、俺は杖を天に掲げながら背後から聞こえてくる悲鳴をBGMに空へ叫ぶのであった。

 

「この素晴らしい世界に凍結を!」

 



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ダンまち 雷焔獣憑依逆襲譚

 ―――気が付いたら、俺は見知らぬ幼い少年に壁ドンしていた。

 え、なに、どういう事? ついに俺の性欲は無意識に男さえも襲うほど肥大化してしまったと言うのだろうか。それは流石に首を釣りたくなるんだけど。てかここ何処だよ。

 周囲を見渡せばまるで洞窟のような地形をしており、石の無機質な手触りが手のひらを撫でる。少なくともこんな場所に見覚えなどなく、とりあえず今俺の足元で震えながら怯えている白髮の少年の誤解を解こうと口を開こうとして、ふととっさにその場から離脱した。

 それは何気ない直感。スロットをしてボタンを押し結果が出る前に「あっ、外れた」と悟ってしまうような未来予測。だが俺がそういった予感が外れた事はほとんど無かった。

 

「――――」

 

 それを証明するかのように、白銀の鋼鉄が右目を切り裂いていく。焼けるような激痛に目元を抑えながら訳も分からず叫びだしたくなるが、悲鳴を奥歯を噛み締めることで何とか抑える。

 悲鳴など上げている暇はない。先ほどの一撃、間違いなく回避していなければそのまま胴体をやられていた。

 ―――恐ろしい。

 それは殺されかけた事への恐怖ではない。何より恐ろしいのは、その一撃に何の殺意も意志も込められていなかったからだ。

 まるで路傍に落ちている虫を踏み潰すように。

 何の感情も抱かず人を殺そうとするその意志が恐ろしい……!

 

「避けられた……!?」

 

 右目を切られた痛みに耐えながら困惑した犯人の声がした方向の正反対の位置へバックステップで距離を取りながらいきなり斬り掛かってきた犯人の姿を捉える。

 そこにいたのは、まるで御伽話にでも出てくるような時代遅れな洋鎧に身を包んだ金髪の騎士だった。

 まるで金絹のような一本一本がそれだけで輝いているように錯覚するほどの金髪に、人形だと錯覚してしまうほどの端正な顔立ち、鎧に包まれたその姿は、まるで自分が時代外れな世界にタイムスリップしてしまったのではないかと思うほど似合っていた。

 他にも様々な感想が脳裏を過ぎったが、言葉に出来たのはそこまでだった。俺が何をしたのかは定かではないか、命を奪いにきた少女は再び剣を振りかかってきて、

 

 ―――刀身が視界から消えた。

 

(―――は?)

 

 在り得ない現象にアドレナリンが大量分泌して視界の時間がスローになった世界でも呆然としてしまう。バットのスイングでもボクシングのシャドーでも一応残像は見えていた過去がある。それでも充分に速いと思っていたが、これは桁が違いすぎる。

 腕から刀身が無い。そこにあるはずなのに、俺の動体視力ではその片鱗すらも掴めることが出来ない。こんなもの―――燕がいきなり至近距離に現れて襲い掛かっていたに等しい……!

 無理だ、避けられない。このまま死―――

 

(んでたまるかァああああああ山育ち舐めんなああああああァァッ!!)

 

 腕が見えないなら別の箇所を見ろ。

 視線の先、重心の位置、体重移動、他の部分から剣戟を予測しろ。

 不可能ではない。そんなこと、ガキの頃は日常茶飯事だっただろうが―――!

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「なっ―――」

 

 唐竹斬りと予測し、その通りの軌道に振り下ろされた剣戟を紙一重で前のめりで躱し、少女の背中を足場代わりにして一気に跳躍する。背後で体勢が崩れた音がするが今はそんな事に意識を割いている暇はない。

 とりあえず今は逃げなければならない。ここが何処であの少女が何者でどうして俺は狙われているのか聞きたい謎は山程あるが今は逃げる事に専念しなければ間違いなく殺される。

 山でガキの頃から育った俺の持論、勝てない敵と出会った場合は三十六計逃げるに如かず―――!

 

「逃げすかこの牛野郎がァッ!!」

 

 誰が牛野郎だ! と声を荒げて返答してやりたかったが、それを口に出す前にとんでもない速度で前方からコスプレか狼耳を生やした銀色の男が蹴撃を放ってきていた。

 幸いこちらは先程の少女とは違い殺気が向けられていたので事前に察知することができ受けの構えを取る。

 迷いなき良い蹴りだが、真っ直ぐ過ぎる。視線や体重移動から何処を狙っているのか丸わかりで、さばいた直後にカウンターを叩き込んで時間を稼ぐために身体を逸らしながら右手を足に添えて、

 刹那、俺の身体は三十メートル近く吹き飛ばされていた。

 

(…………は?)

 

 衝撃が背中から肺に突き抜け、間抜けな声が吐き出す息と共に溢れる。確かにさばこうとしたはずだ。カウンターを決めるために右手を添えて、足に触れた瞬間―――俺の身体はきりもみ回転しながら吹き飛ばされ遠くの壁に叩きつけられた。

 触れた右腕がねじ曲がっている。こんなの、熊の突進をさばいてたってこうはならない。こんなの、通過列車を受け流そうとしたのと同じようなものだ。人間が放てなる威力などではない。

 ピシリ、と尋常ではない威力で叩きつけられたせいか背後の壁から嫌な音がして、崩れ落ちる壁に飲まれて背後へ倒れ込む。本来ならば足場が存在するであろう箇所に至ってもそのまま止まることなく更なる深淵へ落下していく。

 恐らく壁が崩れた事で地面が割れたのであろう、一人分空いた落ちてきた穴を見上げながらポツリと呟く。

 

(……この、化け物、が)

 

 呟きは声にならず口から漏れたのは血だけだった。身体から力が抜けていき、思考さえも暗闇に沈んでいき、最後に死にたくねえなとぼんやり思いながら―――

 

 ドボンッ!! と液体の中に落下した。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「何だったんだ、今のミノタウロスはよォ……」

 

 崩れ落ちた瓦礫の後を見ながら、ロキ・ファミリア幹部の一人であるベート・ローガは思案していた。

 『遠征』の帰還途中、ミノタウロスの集団が突如揃って逃亡したのでそれを追い掛けて階層五階まで昇ってきて、最後の一体を同じくロキ・ファミリア幹部であるアイズ・ヴァレンシュタインが発見しそれを討伐しようとして、突如異変が起こった。

 まるで先ほどまでのただ逃げ回っていた無様な様子から一変し、あのアイズの剣戟を躱し更に蹴撃を与え、それを足場代わりに跳躍し逃亡しようとした。

 その動きはどう見ても怪物(モンスター)のする動きではなく、人間の武人がする動作だった。

 それに、とベートは自身の足を見る。先ほどの一撃、ミノタウロスを殺すために放った一撃は普通のミノタウロスなら反応すら出来ず即死していたはずだ。しかしあのミノタウロスはその一撃に反応し、あまつさえそれをさばこうとしていた。足に触れた感触から、ほぼさばきは完璧だったと言えるだろう。Lv.2とLv.5という絶対的なステータスの差が無ければの話だが。

 だが、もしも。あのミノタウロスがLv.3以上だったならば。或いは―――

 

「まさかな……そんなぐだらねえ事考えちまうとは、どォやら俺も遠征でだいぶ疲れてるようだな」

 

 頭を振って意識を切り替える。どちらにせよ蹴り飛ばした際に壁が崩れて姿が見えなくなったため、今から見つけ出すのは困難だろう。とりあえずアイズと合流しようと声を掛けて、

 

「おいアイズ、そっちはどう―――」

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 だがそれは、アイズから悲鳴を上げて逃げ出した少年に笑いを持って行かれ、ミノタウロスのことすら忘れてしまうほどベートは大爆笑してしまうのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ああ、生きているって素晴らしい―――

 最初に意識が戻って感じた事は、その一言だった。水辺から上がり息を整えながら俺は生きている実感を盛大に味わっていた。

 とりあえず一息吐けた事で状況を整理する。まずここは何処で、これからどうするか。

 頭上を見上げれば俺が落下してきた穴が先が見えないほど高く、軽く見積もっても先ほどの場所から三十メートルはあるだろう。本当に落下地点に水場があって良かった。これが冷たい地面だったら間違いなく落下死していただろうし。

 それらを含めても、少なくとも俺の住んでいた山ではない事が分かる。こんな広い洞窟があればとうの昔に知っているだろうし、何より村の皆が危険だと教えてくれているはずだ。

 そしてもう一つの疑問が、先ほど俺を襲ってきた人達。まるで中世のような格好をして、何故俺を襲ってきたのか。確かに幼い少年を壁ドンしている絵面は犯罪的で怪しむのは当然だが、いきなり斬り掛かって来るのは流石におかしいだろう。

 しばらく思案していたが、ここで悩んでいても良い回答が出るはずなどなく、とりあえず地上に出ることにする。少なくとも地上に出ればここが何処だか分かるだろうし、色々話も聞けるだろう。

 そうと決まれば善は急げだ。立ち上がって地上への道を探そうとして、ふと気づく。

 

(……あれ、そういえば俺ってこんなに視線高かったっけ)

 

 というか、こんなに俺の腕って太かったっけ。

 というか、こんなに俺の足って細かったっけ。

 というか―――こんなに俺って胸毛酷かったっけ!?

 それは違和感。自分の身体だというのに、まるで別の種族のような骨格の変化に突如背筋に冷や汗が流れた。嫌な予感が、在り得ない妄想が脳裏を過ぎり、ふと鏡のように水面に浮かぶ己の姿を見た。

 

 そこにいたのは―――紛れも無い、完全無欠に何処から見てもミノタウロスだった。

 

(――――)

 

 ついに声どころか思考さえも白紙に染まり呆然とその姿を見る。

 身体は人間だが、何処からどう見てもその頭は牛だった。ペタペタと触って感触を確かめてみても、細長い顔立ちは紛れも無い真実だった。

 牛のように荒い鼻息だけが無音の中に木霊し、しばらく時間が経過してようやく俺の思考は現実を捉え、ただ思いの総てを声に変えて吐き出した。

 

『ウヴォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?(俺ミノタウロスになってるううううううううううっっ!?)』

 

 何で!? What!? どうしてなんでこうなった!? 俺の素晴らしいハンサム顔は何処へ!? というか何でモンスターになってんの俺!?

 思考は混乱する一方だったが、同時に解けた謎もあった。

 ――そりゃ子供が怪物に襲われてたら殺そうとしてでも助けようとするわな! つーか手加減する必要皆無だったわ! なるほどなるほどこれで一つ事件が解決したぜ! けど俺の問題は解決するどころか悪化してるけどな!?

 頭を抱えながらパニックに陥る思考を何とか踏み止ませていると、ふとある問題が思いついた。

 

 Q.もしこのまま俺(モンスター)が地上に出たらどうなるでしょうか?

 

A. Welcome♪(モンスターだな、死ね!!)

 

 地・上・に・戻・れ・な・い。

 というか、先ほど襲ってきた人間が闊歩している所に俺が一人で行ったらそれこそ死ににいくようなものだ。とりあえず様子を見るのもいきなり地上に出るのではなくこの付近を探索してからでも遅くはないだろう。

 とりあえずこの付近を調べるかと意識を切り替えて立ち上がって、

 

 ギュルルるるるる……! と俺の腹から凄まじい音が鳴り響いた。

 

 ……そういえば食事はどうしよう。地上に行けないから店にも行けないし、とりあえず狩れる獲物がいればいいんだが―――

 そう思案して腹の空く胃を撫でていると、カサカサと何やら蠢く音が近くの壁から聞こえてきた。一瞬あの黒いGが居るのかと身構えたが、そこにいたのは巨大なヤモリだった。

 巨大なヤモリといっても足の裏サイズなどというレベルではない。まるで犬並の大きさを誇る巨大なヤモリだった。そのもしこれが本物だったら間違いなくギネス世界記録に乗るであろうヤモリを見て、思う事はただ一つ。

 

(いただきます……!)

 

 ―――だいたいの生物は焼けば食える、これが山で生きてきた俺の持論である。

 気配を殺し、足音を殺し、呼吸を止めて自然な足捌きで歩いて行く。自然界に生きる生物は、人間が思っている以上に敏感である。周囲を察知し、気配を察知し、そして何より死を察知する事に長けている。これを習得しなければ自然界で待っているのは死だけだ。

 俺もこの技術は自然から学んだ。俺がまだガキの頃、春のある日に食料を探していると、何気ない感覚でふと横を見た。そこには、まるで自然と同化していると錯覚するほど全く気配を感じ無かった熊が腕を振り下ろそうとしているのが見えた。

 あれほどの巨体にも関わらず、足音を立てず周囲に気付かれる事なく獲物を狩る事が出来るのだ。それこそが自然を生き抜くために必須な技術であり、それを覚えたからこそ俺は山での生活を生き抜く事が出来た。

 まさか、その経験がこんなところで役に立つとは夢にも思っていなかったが、人生解らないものだ。

 背後から忍び寄り音も無く首の骨をへし折り即死させる。泡を噴いてしばらく痙攣してから動かなくなるのを見て死亡した事を確認し、とりあえずどうやって火を焚くか考えながら死んだ巨大ヤモリへ手を伸ばし、

 

 石だけ残して消滅した。

 

(…………えっ?)

 

 突然の獲物の消滅にまたしても俺の常識が粉砕されて思考が停止する。

 つまり、先ほどのヤモリは今の俺の身体がミノタウロスという本来ならば存在しない生物……つまりモンスターという事なのだろうか。だから死亡したあとはアイテムだけを残して消滅する。それはまるでRPGのドロップアイテムのようだった。

 そこまで思案が思いついて、思うこと。それは、

 

 ――そこはハンター風に剥ぎ取り式にしとけやァ! せめてドロップするなら肉落とせよコンチクショウッ!!

 

 唯一残った石を手にしながら嘆息する。とりあえず、食えるかどうか確かめてみるか。幸い今の俺の身体は人間ではなく怪物なのだ。ならば案外イケるかもしれないというか空腹でもう何でもいいから腹に詰め込みたい。

 空腹状態特有の暴走した思考がその石を口に運ばせ、ごくりと飲み込む。すると意外な事に、石を食べた直後胸辺りが温かくなり空腹も少しだけ失せた。どうやらこの身体はあの謎の石を食べる事で空腹が満たされるらしい。後気のせいか四肢に僅かだが力が漲る気がする。

 とりあえず、今後の課題は見つかった。ここが何処なのか、何故俺はミノタウロスになってしまったのか、謎は数多く残っているがとりあえず今は生き延びる事を先決しよう。

 俺のサバイバル生活は、まだまだ始まったばかりだ!!

 

 

 

    ◇

 

 

 

 こうして、本来ならば死すべきだった怪物は生き残った。

 この変異がどれほど変化を生むかは、まだ誰にも解らない。

 ただ、いずれ『隻眼の雷焔獣(アステリオス)』と畏れられる『未完の少年(リトル・ルーキー)』の宿敵となる怪物の逆襲譚は、間違いなくここから幕を開けたのだった。

 

「上々だ、お前に決めたぞミノタウロス」

(えっ、なにこの熊耳男。もう強いとかそういう次元じゃないんだけど。逃げても戦っても瞬殺されるビジョンしか浮かばないんですけど!? こいつの方が絶対化け物だって!? というか何でこの人俺に剣を渡してきてんの? あれか、武人として尋常な戦いを望んでいるとかか。なにこれどう足掻いてもBADEND一直線じゃないですかヤダー。フッ、いいぜ、やってやらァ。どうせ死ぬなら最後まで惨めに無様に足掻いてやるさ! 野郎オブクラッシャーッ!!)

 

 ……開けたのだった!!

 



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ダンまち ブレイク ブレイド1

 扉を開けたら、目前で土下座している少女がいた。

 しかも部屋の扉は引き戸なので部屋を出る直前まで気づかず、そのまま踏み込んだ足が容赦無く少女の後頭部を踏み潰す。

 「フギャッ」と、悲鳴を上げながら床と額をドッキングさせる少女がいて足を上げる。正直このまま放置して出て行きたいが、幼い餓鬼を踏んづけておきながら放置したのが他の団員に知られれば面倒事に成りかねないからだ。

 

「確か、アイズ・ヴァレンシュタインだったか?」

 

 起き上がって額を両手で押さえながら涙目でこちらを睨む金髪の少女の姿を見て記憶を辿る。確か一ヶ月程前にロキが新人として皆に発表したのを夕飯を食べながら聞き流していたのを思い出す。彼女のような幼い少女が冒険者としてウチに入団するのは珍しいので記憶の片隅に残っていたようだ。

 

「それで、朝っぱらからひとの部屋の前に居座って何のようだ、クソガキ」

「……クソガキじゃない、アイズ」

「何のようだ、クソガキ」

 

 訂正を無視して再度問う。どのみち誰であろうとどうでもいい。仲間など必要としない俺にとって、名前などすぐに忘れる記号でしかない。

 無視されて苛立ったのか、ただでさえ感情が乏しい人形じみた表情が無機質に、眼が半眼となる。少女は俺の眼を真っ直ぐ見ると言った。

 

「私を、貴方の弟子にして」

 

 返答は、決まっていた。

 

「断る。さっさと出てけ」

 

 少女の腕を掴み、そのまま窓の外へ放り出した。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 冒険者という職業は死にたがり屋の別名だ。

 神と契約することで恩恵を戴き英雄の力を得るとしても、実際に英雄として名が広がるのはごく一部だ。その大多数は途中で力尽きるか、あるいは挫折するか現状で満足する。

 所詮、そんなものだ。誰もが特別などではない。どれほど祈っても願っても神様は選んだ奴しか祝福しない。それも祝福した人間は英雄として開花するまでに多くの試練を乗り越えなければならない。どちらにせよ、冒険者を選ぶ者は狂人と言うのが正解だろう。

 もっとも、そういう己自身が冒険者をやっているというこの上ないブーメランなのだが。

 

「ありがとうございましたー」

 

 ダンジョンに潜る前にポーションを買い懐に仕舞う。色々と買い込んでしまったためポーチはパンパンに膨れてしまっているが、これも必要具なので仕方がないと割り切るしかない。

 と、そこで一回背後へ振り返る。

 すると金色の髪を靡かせながら慌てて物陰に隠れる人影が目に映った。

 

「……あれで隠れてるつもりなのか、あの馬鹿は」

 

 金髪は物陰からはみ出しているし、腰に差している剣も隠しきれていない。まさに頭隠して尻隠さず状態でこちらを伺っている少女に呆れて嘆息する。

 話し掛ける気も起こらずそのまま無視して大通りを進む。周りからヒソヒソと声と共に指を刺されるが、十中八九後ろからストーキングしている奴のせいだろう。傍から見れば怪しさ全開なのだから。

 しばらく進んでいると、いつも朝に利用している屋台が見えてきた。食堂は居心地が悪いのでこうして安くて腹持ちのいいここは重宝している。

 

「おじさん、じゃが丸小豆クリーム味をひと―――」

 

 いつも通りに一個だけ買っていこうとしたところ、背後から自己主張するかのように猛烈な腹の音が響き渡った。振り返れば、そこにはお腹を押さえながら屈伏す少女の姿が。

 朝一で部屋の前に待っていたとすれば、今まで何も食べていなかったのだろう。そして屋台の匂いにつられてお腹が鳴ったといったところか。

 

「……はぁ、おじさん、二つくれ」

「はいよ。妹さんかい?」

「そんなんじゃねえよ」

 

 手間を掛けさせるストーカーだと言ってやりたかったが、言ったところで照れ屋なだけだと思われるだろう。この手の相手は適当に流すに限る。

 じゃが丸を二つ受け取るとお腹を押さえて唸っているストーカーガールの首袖を掴んでベンチに移動する。途中少女が何やらもがいていたが無視してベンチに放り込んだ。

 

「ほら、食え」

「…………」

 

 ベンチに座り隣で不貞腐れている少女に熱々のじゃが丸を袋から取り出して押し付け、もう一つを口に運ぶ。噛んだ食感は出来立てなのか熱く、口の中を僅かに火傷する。しかしそれを差し終えてでも美味であり、つい口に含んでしまう旨さだった。

 しばらく俺の様子を眺めていた少女も、目の前の誘惑には勝てなかったのか意を決っしてじゃが丸を口に運んだ。

 

「……! おいしい……ッ!」

 

 今まで食べた事がなかったのか、目を爛々と輝かせながら次に次へと食べていく。途中勢い余って喉に詰まらせてしまい何度か咳き込んでいたが。

 

「それで、いったい何のようなんだ」

 

 じゃが丸を食べ終わり、咽ていた少女を落ち着かせるために買ってきたジュースを飲みながら問うと、少女はキョトンと不思議そうな目で言う。

 

「私を、貴方の弟子に」

「それはさっき聞いた。俺が聞きたいのは、どうして俺のようなLv.2を選んだっていう事だ。だいたいお前はリヴェリアから教わってただろ。教わるならそっちの方が効率いいだろうが、俺のような雑魚に習うよりはよぉ」

 

 俺の弟子になりたいというが、そもそも俺もLv.2の雑魚に過ぎない。彼女の親代わりであるリヴェリアはLv.6という冒険者の中でも数人しかいない最上位の冒険者だ。教えを受けるならば断然そちらの方がいいだろう。少なくとも俺ならそう思う。

 当たり前の疑問を投げかけると、少女はあっさりとその解答を口にした。

 

「フィンが、習うならヴォルフがいいって。彼なら強さの本当の意味を知ってるからって」

「チッ、あの小人族のせいか……!」

 

 小生意気な笑顔を浮かべる団長の姿を思い出して舌打ちする。

 だいたい、俺が強さを知っているだと? 莫迦か、俺ほどそれから遠い者が他にいるか。

 臆病者で、人間不信で、勇気のない、典型的な弱者。それが俺を表わす相応しい言葉だ。

 

「お前、俺の二つ名知ってるか?」

「…………?(フルフル)」

 

 首を傾げて尋ねる少女に対し、皮肉げに自身の二つ名を告げる。

 

「――【折れた剣(ブレイク・ブレイド)】だってよ。要するに、もう折れちまってんだよ、俺の信念とやらは。だから俺から習うことなんて何もねえよ。フィンに言っとけ、それはお前の勘違いだってよ」

 

 勇気が無いから、上層にしか潜れない。

 臆病者だから、仲間の命を背負えなくてソロで潜る。

 人間不信だから、仲間を信じ切れず背中を預ける事が出来ない。

 そんな俺が、強さの意味を知っているだと? 在り得ない、なんて莫迦莫迦しい。むしろ俺が教えて欲しいというのに。

 なあ、強さとは何だ?

 勝利とは、何なんだ?

 どうすれば俺はそれを手にする事が出来るんだ――?

 

「分かったかクソガキ。ならお前はとっととホームに帰って他の奴らとパーティーを組んでこい。もう俺には関わるな」

 

 知ったら、死んだ時悲しくなるから。独りの方が気楽だから。

 名前も顔も覚えたくない。俺は他人を背負えるほど強くなんてないのだから。自分独りでさえ押しつぶれてしまいそうなのに。

 だから頼む――放っておいてくれ。

 

「……クソガキじゃない、アイズ。それに、私がクソガキなら貴方もクソガキだと思う」

「くッ、はははは! 精神年齢が違うんだよ」

 

 細めた目でこちらを見る少女に苦笑する。屋台に掛けられた鏡が反射して自身の姿を映す。

 そこにいたのは、少女と年端の変わらない少年の姿だった。

 

「ああ、本当に―――気持ち悪い」

 

 ()()の容姿に、鏡に映った少年は皮肉気な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 人は死んだ時、何処に往くのだろう。

 往くとすれば、それは誰に導かれるのだろう。

 少なくとも、俺が知る限りそれを行う者を()と呼んでいた。

 なら、俺がここにいるのは神のおかげと言うべきなのか。

 仮に、神のおかげだと言うのなら、俺をここに誘った神様とやらはきっと性格最悪の神だろう。こんな俺を、ダンジョンに呼ぶような輩は。

 

 ――なら、何故戦うんだ?

 

 それは、死にたくないからだ。

 

 ――なら、どうして死にたくないんだ?

 

 きっと、生きていたからだ。

 

 ――なら、なぜお前()は生きていたいんだ?

 

 それは、今までいいことなんて何一つなかったからだ。

 

 ――つまり、理屈がなければ生きていけないのだな、お前()は。

 

 ああ、そんな未熟な生物俺を、どうして俺のまま転生させたんだ。

 総て忘れていれば――無かった事にすれば良かったのに。

 



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ダンまち ブレイク ブレイド2

まさかの続き……!


 ダンジョンとは戦場だ。

 山や森のように自然の環境ではない。モンスターと呼ばれる魔石を埋め込んだ怪物達は皆明確な殺意を持って侵入者である冒険者を襲う。

 本来ならば違う種族で対峙すれば敵対するか従順するかどちらかだと言うのに、彼らにはそれがない。在るのは冒険者を殺すという明確な”個”の殺意だ。

 だからこそダンジョンにおいて安息の地など何処にも存在しない。安全階層(セーフティポイント)などと呼ばれる階層もあるが、そことてイレギュラーとして幾度かモンスターに襲撃された過去がある。

 故に、ダンジョンに一歩踏み込んだ瞬間から意識を極限にまで張り詰める。常に意識を前後左右上下に張り巡らせ、手に固定するように短刀を逆手に掴み、感情を殺す。

 感情が昂ぶって強くなるのは選ばれた者だけだ。大多数は下手に興奮すれば動作が疎かになり注意も鈍る。そうならないように凡人は己の性能を把握してそれ相応に掌握する必要がある。

 臆病者で震えて動けなくなる身体に何度も大丈夫だと言い聞かせて、能力(スキル)の一部を発動させる。

 

「――索敵振(ソナー)

 

 身体から伝わる振動は、空気の波紋を引き起こし壁との反射を繰り返して周囲を索敵する。動いているモノ、その体型と大きさ、人なのか怪物なのか、現在どこに居りどこに向かっているのか。記憶の地図と照合して把握する。

 だが、それでも恐怖は無くならない。未知を回避し、Lvも格上なのにも関わらず、やはり俺はダンジョンに来る事に恐怖を覚える。

 いや―――命を掛けることを、怖がっている。

 

『フィンが、習うならヴォルフがいいって。彼なら強さの本当の意味を知ってるからって』

「……こんな俺の、どこを見たら強さの本当の意味を知ってるなんて思えんだよ」

 

 怖い。出来ることなら逃げ出したい。

 嘗てとは比べ物にならないほど力を得ても、何も変わらない。力への耐性がないから、それを誇る事すら出来ない。

 何処まで行っても宙ぶらりん。なのに変わりたいと無様に願っているから、ダンジョンに潜るしかない。

 なあ、教えてくれよフィン。お前はどうしてそんなに正しく在れる? 俺はどうしたら――

 

「往くぞ」

 

 撃鉄が落ちるように無駄な思考を切り離し、鼓舞するように呟いてダンジョンを潜る。

 背後から近づいてくる、小柄な少女の気配を無視しながら。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは先月冒険者になったばかりの新人冒険者だ。

 冒険者になると決意してからリヴェリアからダンジョンの仕組みとモンスターの特徴を頭に叩きこまれ、フィンには武器の扱いをボロボロになるまで教え込まれた。

 逸る気持ちを押さえて一ヶ月、ようやく基礎が固まりフィンにも合格を受けてダンジョンに潜ろうとした矢先に、フィンに一つ命を受けた。

 

『ダンジョンに潜るなら、ヴォルフに戦い方を習うといい。彼は今の君に必要なモノを持っているからね』

 

 ――【折れた剣(ブレイク・ブレイド)】ヴォルフ。

 ロキ・ファミリアにおいてその名前はアイズも幾度か聞いた事がある名前だった。

 二年前ロキが勝手に拾ってきた子供。パーティーを組む事は決してなく、ソロで潜り続け一年半でLvアップした最年少記録者。ただその無愛想な態度や皮肉屋な性格からファミリアの中でも疎まれているのを何度か見た。

 そして、アイズ自身も彼の事が苦手だった。何度か顔を合わせる事があったが、その度に思う事が一つ。

 

 ”この人は、どうして生きているんだろう?”

 

 子供だからこそ直感的に理解したのか。彼の瞳には光がなく、まるで生きる屍(リビングデッド)。目的も理由もなくただ機械的に生きているに過ぎない。子供だというのに未来へ希望を持つ事無くただ終焉を望んでいるかのような赤く淀んだ瞳。

 その瞳を覗き込んでいたら、いつか深淵に取り込まれてしまうのではないかと思うような――絶望の色。

 故に、アイズは彼に苦手意識を持っていた。だがここで引くわけにはいかない。彼女の目的のため、ダンジョンに消えていった両親を見つけるためにも、アイズは強くならなければならない。それをヴォルフが知っているならば、何としてでも聞き出さねばならなかった。

 関わるな、と言われたがそれを聞いてはいはい従うほど従順ではない。アイズはバレないように姿を隠しながらダンジョンに独り潜ろうとするヴォルフの背後を追いかけた。

 ダンジョンに潜り先行するヴォルフの姿を見つける。だが、その姿は先ほどまでとは一変していた。

 

 ――()()()()()

 彼が前方を歩いているのは視認できる。しかしそれだけ。視覚を除く直感を含めた五感では彼の気配を感じ取るにはあまりに困難なほど現在の彼は希薄と化していた。

 少しでも視線を逸らせば、他の音に気を取られれば、それだけで何処に居るのか判断できなくなるほどに。

 暗殺者(アサシン)――そう表現するのが適しいほどに、彼は透明だった。

 

「あ……っ」

 

 しばらく進んでいくと、モンスターの集団に出くわした。『コボルト』と呼ばれる犬頭の典型的な怪物の数は八体。未だ気付かれていないが、そのまま進めば戦闘となるだろう。

 初めて見たモンスターの姿にアイズは思わず息を飲む。姿も戦い方も既に習ってはいるが、実際に見るのと聞くだけではやはり違う。自身と同じ背丈を持つ怪物を目の当たりにして、アイズは一瞬恐怖を覚え――

 

 ――鮮血が、舞い落ちる犬頭と共に散った。

 

「えっ……?」

『『『グルオァッッ!?』』』

 

 首から鮮血を吹き出し崩れ落ちるコボルトの背後に佇んでいたのは、短刀を振り切った暗殺者(アサシン)。悲鳴を上げさせる間も与えず断頭した彼は、誰にも気付かれる事無く怪物達の背後に最速で忍び寄り暗殺を成功させていた。

 異常事態に気付いたコボルト達が振り返り襲撃者の姿を捉えようとする。しかし彼らに映ったのは、蹴り飛ばされて突撃してくる首のない同胞(コボルト)の遺体だった。

 激突した衝撃となまじ本能で生きているために同胞の死体を眼前で見る事で意識を僅かにそちらに向けてしまう。そして、その隙は襲撃者にとってあまりに恰好な獲物でしかない。

 

『『『ギャウッ!?』』』

 

 死体と激突し硬直した三体のコボルトは、天井を利用した三次元移動を駆使して背後に回ったヴォルフの一薙によって豆腐でも裂くかのように実に呆気無く胴体と首がおさらばする。残り三体もようやくヴォルフの居場所を把握し慌てて振り返るが――あまりにお粗末だった。

 跳躍した姿が残像を残して疾走する。地を這う蜘蛛の如く超低空飛行のままコボルト達の横を通り過ぎ、白銀に閃く刃が虚空に白い残像を示す。

 安心も安息もなく、作業をこなしたように残心から立ち上がったヴォルフの背後でコボルト達の上半身が胴体から離れ地に落ちる。

 この間――三秒。

 

「凄い……」

 

 思わず漏らした声は、彼女の感じた総てだった。

 全く無駄のない殺人手法(キリングレシピ)。戦う事を前提としたものではない、いかに効率良く殺すかそれを突き止めた一種の完成形。

 並の冒険者ならば背筋が凍るであろうその感情を感じさせない機械じみたその姿を見て、アイズは何処か感銘すら受けていた。

 ――だからだろうか。

 

『グゥウウウウ……ッ!』

「――ッ、くぅッ!」

 

 背後から近づくコボルトの姿に、アイズは直前になるまで気付けなかった。

 背後から獣の荒い吐息が聞こえ、咄嗟に前方に飛ぶ。後方を鋭い爪が掠める気配を感じながら何とか回避に成功する。

 しかし、無理な回避は相応の代償を引き起こした。

 

「痛ッ……!」

 

 ズキッ、と足首に痛みが奔る。痛んだ箇所を探ればそこはブーツ越しでも不自然なまでに膨れて腫れていた。

 しまったと、後悔で奥歯を噛み締める。冒険者がしてはならない肉体の行動を阻害する怪我。あれほどフィンからは受け身の訓練を施されてきたというのに、肝心な時に失敗してしまった。

 

「それでも……!」

 

 こんなところで、負けるわけにはいかない。まだ、私はやらなければならない事があるのだから――!

 意思を奮い立たせ、痛み足首に耐えながら立ち上がり剣を構える。ファミリアに置かれていた基本のロングソード。訓練で何度も扱ってきた手慣れた剣を構え、アイズ・ヴァレンシュタインは初めてダンジョンでの戦いを開始する。

 

『ギュアッ!!』

 

 飛び込んでくるコボルトに対し、攻撃を終えた直後の隙を狙うためにカウンターの構えを取る。振り上げられた爪が袈裟斬りに振るわれ、アイズは普段通りに剣で逸らそうとするが、ここで一つ誤算があった。

 彼女が足首を捻っているという誤算。それは普段ならば捌けた攻撃に対して完全に捌ききれず、攻撃を受け止めてしまった事で支えていた足首に負担が掛かり痛みが彼女を襲った。

 痛みには二種類ある。一つは持続する痛み。そしてもう一つは、()()()()()()()だ。この場合、アイズの受けた痛みは後者の方だった。

 

「――ッ!?」

 

 足首に激痛が走った途端、糸が切れた人形のようにアイズの足は崩れ膝が地に付く。咄嗟に剣は手放さなかったが、突然の事態に彼女は絶賛混乱中だった。

 だがその混乱を待ってくれるほど相手は甘くない。

 

『グォオオオッ!!』

 

 勝利を確信したコボルトが今度こそトドメを刺さんと叩きつけた腕とは反対の腕を振り被り顔面を抉り抜かんと刺突する。

 迫る爪を前にして、アイズは目を見開きながら歯を食い縛る。

 こんなところで、死ぬ?

 まだ、始まってすらいないのに?

 私は、まだ、まだ、まだ――

 

「――まだだ!」

 

 死ねない。終われない。こんなところで負けるはずがない。確信に近い意思は少女の瞳で勇気という形と成して燃え上がり、実行する。

 確かに足首には力が入らなかった。けれど膝でなら――この体勢ならば、回避できる!

 ――見切ろ。

 迫る死の爪を。

 ――剣を構えろ。

 生きる意思を乗せて。

 ――四肢に力を宿せ。

 ()()()()を始めるために!

 

「うああああああッ!!」

 

 生きる意思は何よりも強い。そう言ったのは誰だったのか。

 首を逸らし頬の皮膚を削りながら死の爪を回避し、捻った足首とは反対の足を地に突き立てながら前方に体躯を押し出し、受け止めていた剣で腕を捌きながら一点を穿つ。

 狙うは喉元、すれ違うように放たれた一撃は彼女を祝福するかのように、コボルトの喉元を貫いていた。

 

『ギァ……』

 

 短い悲鳴を洩らして、コボルトは仰向けに倒れながら絶命する。初めて肉を刺した感触と勝利に戸惑いながら、アイズは言葉を漏らした。

 

「勝った……の……?」

 

 初めての事で実感が抱けない。様々なアクシデントがあったが、それでも初の白星に感情の乏しいアイズでも思わず口角を吊り上げ――

 

『『ガアアアッッ!!』』

 

 聞こえてきた獣の咆哮に、反応出来なかった。

 

「――ぁっ」

 

 何故一体だけだと決めつけてしまったのだろう。ダンジョンに潜る以上最悪を予想して行動しろとフィンやリヴェリアにあれほどしつこく言い聞かされてきたのにも関わらず忘れてしまっていた。

 ダンジョンを侮れば、その代償は死。

 前方から飛び掛かってくる二体のコボルトをアイズはどこか遠い出来事のように眺めていた。回避も防御ももはや間に合わない。二つの死の顎と爪は容赦無く少女の身体を蹂躙するだろう。

 

「 」

 

 死を前にして、アイズは何かを言おうとして口を開いて、

 

「――増幅振(ハーモニクス)全力発動(フルドライブ)

 

 死神の声によってかき消された。

 アイズの背後から首のない胴体だけのコボルトが飛来して空中で襲い掛かっていた二体のコボルトを巻き込んで吹き飛ばす。しかし変化はそれだけに収まらず、飛来してきた死体が突如振動を引き起こし、それに共鳴するかのように引っ付いていた二体のコボルトの身体も震えだす。

 振動は肉体の限度を超え、怪物達は悲鳴さえも上げる間も無く――水風船のように、水の代わりに鮮血を撒き散らして木端微塵に破裂した。

 

「おい、クソガキ」

「……ッ!?」

 

 その様子を呆然と見つめていたアイズは突如背後から聞こえてきた声に反応して振り返る。そこには幽鬼のように光の無い目で彼女を見下ろすヴォルフの姿が。

 

「俺はパーティーを組んで来いって言ったはずだぞ。何でお前は独りでここにいる」

「ご、ごめん……ッ……!」

 

 彼の気迫に押され咄嗟に謝罪しようとするが、その前に捻挫した足首を見るように足を固定されて強引にブーツを脱がされる。その際に激痛が奔り顔を顰めるアイズだが、ヴォルフは彼女の様子など一切気に求めず診察する。

 陶器のように透き通った白い肌の中では激しく自己主張する赤く腫れた足首は、明らかに異常を訴えていた。

 

「……立てるか?」

「だ、大丈……ッ!」

 

 ヴォルフから離れるように立ち上がろうとするが、捻挫した足で無理に立とうとして重心が崩れヴォルフの胸元に倒れ込む。その様子から歩けないのは明白だった。

 

「クソガキ、ポーションは持ってるか」

「……ない」

「はぁ? フィンやリヴェリアに必要だと言われなかったのかよクソが」

「…………」

 

 ヴォルフの舌打ちにアイズは答えない。

 ……言えない。ヴォルフの追跡に夢中になっててダンジョンの必需品を総て買い忘れていたなんて……!

 

「……チッ、面倒臭ぇな」

 

 やれやれと辟易するようにヴォルフは嘆息して、アイズのお腹にブーツを乗せて彼女の背中と膝に腕を回すとそのまま持ち上げた。

 それは俗に云う――お姫様抱っこだった。

 

「お、降ろして……!」

「五月蝿ぇ黙ってろ。独りで碌に動けなくなるようなら来んじゃねえよ莫迦が」

 

 恥ずかしげに頬を赤く染めるアイズを無視してヴォルフはそのままダンジョンの出入り口に向かう。生身の人間ならば自身と同じ背丈の人物を腕で抱えて運ぶことなど困難だが、恩恵を与えられLvが強化されているヴォルフにとって造作もない事だった。

 ヴォルフの剣呑な態度にアイズは抵抗を止めて無言のまま大人しく運ばれていく。何だか気恥ずかしさを覚え彼女は顔を隠すように彼の胸元に額を押し付けた。

 その時嗅いだ匂いが父親とは違う”異性”の匂いに、更に頬が熱くなったが。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 付いてきた少女の負傷で俺は否応無く【ロキ・ファミリア】の本拠に向かっていた。ポーションで回復させるという手段もあったが、正直こんなところで使いたくないという点が一つ。もう一つはあれ以上付き纏われたらダンジョン内で支障を来す恐れがあったからだ。

 流石に子供を見殺しにする訳にもいかないだろう。もっとも、同じような事態が発生し不利な状況になれば容赦無く見捨てるが。誰も彼も救えるほど英雄などではないのだから、俺は。

 

「……ヴォルフは、強いね」

 

 この少女を送り返してからダンジョンに潜るかとこれからの予定を立てていると、腕に抱かれていた少女がふと呟いた。

 

「あァ?」

「フィンの言っていた通りだった。あんな綺麗に敵を倒して。それに比べて私……」

 

 腕の中で聞こえる声は今にも泣き出しそうで、震えていた。

 そういうのは、勘弁してくれ。餓鬼が泣きそうになるのも、勝手に憧れられるのも迷惑なんだよ。

 

「勘違いしているようだから言っとくけどな、俺の戦い方は臆病者の戦い方なんだよ」

「臆病者……?」

 

 理解できない、というように上げられた顔にある瞳は金色に透き通っていて、その眩しさに目を逸らしたくなる。

 

「そうだ。敵と戦わなくて済むように、少しでも体力の消費を抑えるために、怪我をする確率を下げるために、一方的な攻撃で終わらせるためだ。お前も思っただろ? 卑怯な戦い方だってな。良く言われるから分かるさ」

 

 俺がパーティーを組まないもう一つの理由。それは戦いが恐ろしいからだ。命を掛ける事が、危険に晒されるのが怖い。だから独りで不意打ちを狙う。少しでも戦わなくて済むように。命の危機から逃れるために。

 そんな戦い方をしていれば、周りから臆病者と呼ばれるのは当然だ。だがおかしい事はない。実際に俺は臆病者なのだから。俺の戦い方を見て、臆病者と呼ばなかったのはフィンぐらいなもので――

 

「ううん。凄いなって、思った」

 

 ここに新たに増えた。

 

「……まあ、お前がどう感じたかなんてのはどうでもいい。俺が言いてぇのは、そんな臆病者の俺から習うことなんざねえって事だ。俺はな、心が弱いんだよ。どうしようもないほど臆病者だだからフィンが言うような強さなんて持ってねえよ。分かったらフィンに言って俺に関わらず別のパーティーでも組め。いいな?」

「……ヴォルフは、強いよ?」

「あのなぁ、人の話聞いてたか? 俺は――」

「だってヴォルフは、強くなりたいんでしょ?」

「――――」

 

 ――止めろ。

 

「フィンが言ってた。欠点は利点にもなるし、利点は欠点になるって。だから、自分の性能を理解しているヴォルフは凄いと思う。それに、臆病者だとしても変わりたいからダンジョンに潜るんだよね? だから、ヴォルフは強いよ」

 

 ――その眼で、俺を見るな。

 

 英雄でも見るような憧憬の眼で俺を見るなよ。違うんだ、俺はお前らのように強くないんだよ。背負えば背負うほど強くなるような超人なんかじゃない。背負った重みに潰されちまう凡夫に過ぎないんだよ、俺は。

 

 だから頼む、やめてくれ――また、縋っちまうだろうが。

 

「――黙れ」

 

 思わず零れ落ちた声は、氷のように凍り付いていて。

 見下ろした少女の瞳に映る己の姿は、まるで人形のように無感情だった。

 

「……ごめんなさい」

「……別に、謝ることじゃねえよ」

 

 沈んだ少女の声音に自己嫌悪する。餓鬼にみっともなくキレて何してるんだ、俺。

 

「……あの、助けてくれて、ありがとう」

「……別に、礼言うことでもねえよ」

 

 その言葉に、ほんの少しだけ――救われた気がした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 そして―――

 

「ヴォルフ。しばらくアイズとパーティーを組んでくれないかい? 頼むよ」

「……諒解」

 

 団長命令という絶対命令を受けて、俺はとうとう逃げ場を失った。

 



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ダンまち ブレイク ブレイド3

まさかの続きの続き……!


 その日の事を、ロキは今でも鮮明に覚えている。

 久方ぶりの『宴』で羽目を外しすぎたロキは千鳥足で本拠に向かっていた。途中で雨も降り出し、屋根が突き出ている店の傍で雨を避けながら歩く。

 途中、吐き気がピークに達し脇道に逸れて――『彼』を見つけたのだ。

 

「うえぇ~、なんやねん、どいつもこいつも。そんなにあの無駄乳がええんか。あんなの脂肪の塊やんか! ドチビの分際でええええッ! ……おっ?」

「…………」

 

 大通りから逸れた脇道。薄汚れた光の差さないその場所に、一人の少年が座り込んでいた。

 白い髪は塵や汚れで薄汚れ、赤い瞳は光を失い淀んでいる。黒いボロ布を身体に丸め、もう震える気力すら残されていないのか雨に打たれたまま硬直していた。

 その姿を見て、薄く細められている眼が僅かに開かれる。捨て子か、と思うが別段珍しい話でもなかった。

 オラリオにおいて、その大多数が冒険者である。故に冒険者同士が結婚して子を持つ事は珍しくなかった。そしてその両親がダンジョンで死亡し、子供がファミリアから追い出されるのも良く聞く話だ。

 子供を育てるには時間も費用も掛かる。わざわざ他人の子供を慈悲のみで育てるなど資金に余力がある大手ファミリアでなければ困難である。だから子供がこうして道端に転がっているのは珍しい話ではなかった。

 その子供を見て、そっと手に持っていたお土産を差し出す。神の気紛れと言うべきか、普段ならば憐れんでもそれだけで済ませていたロキは珍しく慈悲を与えた。

 

「なあ坊主、これやるわ。好きにせい」

 

 きっとお腹を空かせた子供は我先にと食い付くだろう。それで神の気紛れは終わり。後は何処で野垂れ死のうと知ったことではない。偽善の気紛れ。

 少年が食べるのを見て去ろうとして、

 

「……いらない」

 

 老人のように寂れた声で、少年は施しを拒否した。

 まるで、人生の悲観と哀絶と憎悪と絶望を総て流した後のように。

 これから未来がある子供が言ったとは思えないほど、その声はどうしようもないほど()()()()者の声だった。

 

「どうせ、変わらない。生きていても、死んだとしても、これが夢だとしても、何一つ変わらない。どうせ――総て無価値なんだから」

 

 絶望に身を浸した者の声ではない。

 それは希望も絶望も流し尽くした、『虚無』の声音だった。

 その声を聞いて――ロキは初めて、少年に興味を持った。

 

 ロキは子供が好きだ。『ファミリア』の皆を愛していると言っても過言ではない。だからこそ、見てみたいと思った。

 

「なあ坊主、名前は?」

「……ヴォルフ」

「ヴォルフ……狼、人狼(リュカオン)か。いい名前やんか。ますます気に入ったわ」

「……?」

 

 不思議そうにロキを見上げるその顔と初めて目が合う。赤く淀んで血のような瞳。いつかその目が――満面の笑顔を浮かべるところを、見てみたいと思った。

 

「なあヴォルフ――自分、うちのファミリアに来うへんか?」

 

 これこそが、本当の神の気紛れだったのだろう。

 そしてこの出会いこそが、彼の人生における最大のターニングポイントだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 早朝五時。まだ太陽でさえ昇りかけの時間帯で、人気の離れた迷宮都市を囲う巨大な壁の上である市壁に二人の少年少女が立っていた。

 一人は首に巻いた黒い襟巻きを靡かせながら赤い瞳を睥睨させて、ジッと先を見つめている少年。もう一人は眠たそうに目蓋が落ちる目を起こすために何度も頬を叩いたのか赤い頬を更に赤くする金髪の少女。

 ヴォルフとアイズ。

 パーティーを組んだ二人は、もはや日課となっている早朝訓練行おうとしていた。

 

「……時間だ、来い」

「うん……ッ!」

 

 アイズは腰の鞘から剣を引き抜いて肩の位置まで持ち上げると刺突の構えを取る。対するヴォルフは獲物を持たず腕を保護するガントレットを両腕に装着しながら僅かに肩幅ほど足を開いて右脚を後方へ下げ、半身だけ見せる体勢を取った。

 ヴォルフは武器を使わないのは手加減しているからではない。訓練時に全力を出すために必要な処置だったからだ。

 訓練と実践は違う。訓練は戦闘の経験を積む事が目的であり、実践はいかに生き残るかを目的とする。だからこそ、殺害に特化しているヴォルフが得物を持てば基本が殺すことになってしまう。殺さずに得物を揮うなど、それこそ手加減だろう。

 故に、殺傷力のないガントレットを装着しているのだ。殺さなくとも全力が出せるように。

 

「往くよ……ッ!!」

 

 自身を鼓舞するように告げて、アイズは前へ踏み込む。そこから繰り出されたのは疾風の突撃だった。

 ヴォルフの目許に目掛けて放たれた刺突は寸前で回避される。だがそんなことは分かりきっていた。この程度、簡単に避けられることぐらい。

 

「あああああああァァッ!!」

 

 意思を咆哮に、力に変えてアイズは怒涛の連撃を繰り出す。額、肩口、上腕骨隙間、膝、金的と容赦無く人体の急所に向けられた連撃。幾ら訓練用に刃引きされて斬れないとは言え、鈍器が直撃すればただでは済まないだろう。並の冒険者ならばその怒涛の連撃に足が竦むかもしれない。

 

「――――」

 

 だが、ヴォルフは揺るがない。ただ無言に、光の宿さない無感情な赤い瞳で攻撃を見切りながら最小限の動作で回避する。

 ヴォルフが戦闘中に喋るところをアイズはほとんど見たことがない。まるで言葉を吐く呼吸さえも惜しいと言わんばかりに呼吸を止め戦う。

 息を止めたまま動くのと、呼吸しながら動くのでは性能の差が出る事ぐらいアイズでも知っている。前者は確かに息苦しいが、その分機敏に反応することが可能である。

 しかし、人間が無呼吸でいられる時間は限られている。その瞬間は確かに明確な隙となるが、それを悟らせてくれるほど目前の男は甘くないことも百も承知だ。

 だから――

 

「―――ッ!?」

 

 呼吸の途切れ目、再度刺突を繰り出そうと腕を引いたその瞬間に、地面から何かが飛来した。

 反射的に首を逸らして回避に成功する。顔部に飛来したのは、石床の破片だった。恐らくアイズが何度も踏み込んで刺突を繰り返している間にブーツで踏み潰されて罅の入った地面をヴォルフが蹴り上げたのだろう。

 回避に失敗していれば眼球に直撃して失明する危険があっただろう。しかしそれは、意識が僅かにヴォルフから石に向けられた事を示し、

 

「ガァああッ!?」

 

 初めから意識が逸れると理解していたヴォルフにとって、明確な隙だった。

 軽装の隙間である右肩に手刀の構えを取ったヴォルフの右手が突き刺さり、一捻り。

 ゴギィッ、と鈍く嫌な音が響き渡り――アイズの右肩が外された。

 

「――――ッ!!」

 

 間接を外され、激痛で漏れる悲鳴を歯を食い縛って耐え、力が抜け零れ落ちようとする剣を死に物狂いで握り締める。ヴォルフとの約束。剣を取りこぼしたら訓練は終了。ここで終わらせないために、アイズは何とか剣を放さなかった。

 そして、剣を取り零さなかったという事はまだ訓練は続行という訳で。

 

「――――」

 

 ズドンッ!! と全身に突き抜けるような衝撃が人体の急所の一つである膀胱を殴る鋼鉄の腕から浸透した。

 視界が白と黒の点滅を連続して繰り返す。息を吸いたくても肺が痙攣して呼吸を行えず、痛覚の容量を超えた痛みが衝撃となって体躯に襲い掛かる。

 しかも、それだけで終わりではない。Lv.2の腕力が、急所を更に抉りながら身体の捻りを加えて少女の身体を吹き飛ばす。五Mもの距離を宙に浮かび、地面を背中で削りながら停止して、ようやく衝撃が痛みへと変換され少女の全身に襲った。

 

「――、――――ッ!!」

 

 身体を丸め込んで痛みに耐えたい衝動を奥歯を噛み砕くほどの勢いで食い縛る事で耐え、身体を捻って横に跳ぶ。これが彼ならば、絶対にこれで終わりになどしない。

 確信に近い予測通りに、アイズが寸前までいた場所に容赦無くヴォルフの蹴撃が叩き込まれていた。回避していなければ、陥没した地面から上げている足がアイズの頭部を粉砕していたところだろう。

 

「……終わりか」

 

 尋ねるように口を開くヴォルフ。それは彼にとってアイズが戦闘続行不可能と判断したという事。

 その態度にアイズは吼える。

 

「まだだ……たかが肩が外れただけッ!!」

 

 外れた右肩を掴み、習ったやり方で強引に肩を嵌める。ゴキンッ! と骨が塡まる音と同時にまたもや悲鳴にならない激痛が襲い掛かるが、動けないほどではない。腹部の下がズキズキ痛むが、それでもまだ戦える。

 アイズはダンジョンに潜って改めて自身の考えが甘い事に気付かされた。誰しもが万全の体制で動けるはずではない。予想外のアクシデントや未知との遭遇、そのせいで時には怪我を負ってしまう可能性がある。

 その時に、怪我をしたからという理由で治療に専念できるとは限らない。時には怪物に襲われ、或いは回復道具が破損もしくは尽きているかもしれない。そういう時は、痛む身体を引き摺ってでも戦わなければならない時がある。

 だから有り難かった。フィンやガレスは助けてくれて、リヴェリアは守ってくれた。けれど無茶はいけないと言ってここまで戦ってくれる人はいなかった。

 痛む身体に鞭を打って奮い立たせる。目前の少年。アイズと年端の変わらない子供でありながら、何処までも前に突き進んでいる冒険者。

 彼に追い付きたい――彼の事を知りたいと思うのは、時間の問題だった。

 

「そうか。なら続きだ、さっさと掛かって来い、クソガキ」

「クソガキ、じゃない……私は、アイズ!」

 

 ――とりあえず、絶対に名前を呼ばせてやる。

 子供特有の怒りを燃やしながら、再度アイズはヴォルフに跳びかかった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 みぞおちを抉り抜き、確信した手応えを感じる。少女は短い嗚咽を洩らして震える手でこちらの肩を掴もうと腕を伸ばすが、掴む前に力を失い宙を横切るだけだった。

 気を失い脱力して倒れかかってくる少女を受け止めて、そのまま肩で担ぐ。ようやく終わった戦いに安堵を覚え、そして周囲を見渡して相も変わらず過保護な保護者の気配を感じて声を掛けた。

 

「居るんだろ、リヴェリア」

「……相変わらずの気配察知だな、お前は」

 

 市壁の出入り口である階段付近から現れたのは、緑色の髪を持つ麗美なエルフ。冒険者の中でも随一の魔法使いと謳われるロキ・ファミリア最強の一角。

 九魔姫(ナイン・ヘル)――リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

「回復魔法、掛けといてくれ。数本骨折っちまったから」

「お前は……あまり無茶をさせないでやってくれ」

「それを言うならこのクソガキに言えよ。俺はいつでも止めていいって言ってんだからよぉ」

「言っても無駄だからお前に言ってるんだ、ヴォルフ」

 

 この問題児共が、と辟易するように嘆息しながら少女に回復魔法を掛けるリヴェリア。骨折やら打撲のせいで酷く腫れていた少女の身体はみるみる内に綺麗な白肌へと戻っていた。

 

「…………」

 

 リヴェリアは魔法を掛け終えると、そっと彼女の頭部を自身の膝に乗せた。

 膝枕と呼ばれるそれを行いながら、そっと髪を撫でる。その二人の様子は端から見れば親子と言っても過言ではないほど似合っていた。

 

「……ん? どうした、お前もして欲しいのか? 何なら半分(こっち)でしてやろうか?」

「冗談、親代わりはしたいならクソガキで満足してろ。子供役はそいつ一人で充分だろうが」

 

 いつまでも見ていたせいで自分もして欲しいと勘違いしたのか、リヴェリアがポンポンと空いている膝の部分を叩いて催促してくるが、精神年齢大人の俺がするとかどんなプレイだ、冗談ではない。

 

「アイズが時間内に起きたならいつもの場所にいるって伝えといてくれ。時間が過ぎても目覚めなかったら、今日はフリーって事で」

 

 それじゃあなー、と背中を見せて腕を振って別れる。市壁の出入り口である扉を閉める寸前、

 

『お前も……子供だろうに』

 

 聞こえてきた心配そうな声に、鼻で嗤った。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ――強くなりたかった。

 

 見下されるのが嫌だった。舐められるのが嫌だった。

 そして何より――弱い己に憎悪を抱いた。

 

 お前らと一緒にするな。冒険者になっただけで満足するような雑魚なんかと、英雄気取りで死にそうになったらすぐ命乞いして泣き喚く屑なんかと。

 吼える覚悟すらないなら引っ込んでろ。オレはてめえ等とは違う。もっと強く、強く強く強く強く強くなって――必ず、オレをナメた眼で見やがる奴を、一人残さず叩き潰す!

 

 そう誓った。誓ったのに――

 

「クソがァ……!」

 

 額から流れる血が眼に入り視界を赤く染める。血を流しすぎたせいか、重心がふらつき定まらない。意識は白濁し、立っているのが精一杯。

 目前では、まるで死肉を漁るハイエナのように囲んだモンスター達がオレが死ぬのを今か今かと待ち望んでいる。

 それは正しい行動だろう、放っておけば勝手に死ぬ相手に本気で襲い掛かる必要はない。

 だが、

 

「こんなところで、死ねるかよォ……!」

 

 まだ、何も成し遂げてないというのに。

 まだ、何も変われていないというのに。

 こんなところで、死ねるはずがない……!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!!」

 

 決死の覚悟で最後まで抗い抜こうと最後の力を奮い立たせ、死中へいざ行かんと四肢に力を籠めて飛び掛かろうとして、

 

 ――その時、彼女は現れた。

 

 まるで一陣の風のように、彼女が横切ったのと同時にモンスター達は崩れ落ちる。金色に靡く髪は、血に赤く染まった視界でもはっきり見ることが出来た。

 

 ――その時のことを、たとえ地獄に落とされても覚えているだろう。

 

「……本当に、置いて行かなくてもいいのに。ヴォルフの莫迦」

 

 振り返った少女の顔立ちは造形のように整っており、髪と同じ色の瞳はどこまでも透き通っている。綺麗だ、とそれ以外の表現が浮かばなくて初めて自身の語彙の貧弱さを嘆いた。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 血塗れにも関わらず手を差し伸ばしてくる彼女に感じたのは、未だ感じたことが無かった感情の放流。

 

 ――その日。ベート・ローガは初めて”恋”をした。

 




男女平等暴行……!
ところでこれは連載の方に乗っけた方がいいだろうか?


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ダンまち 迷宮都市と悪魔の子の子

 一つのお伽話を語ろう。それは神々が地上に降り立つ前の物語。

 世界は闇より生まれた。

 果てなき闇、混沌の坩堝(るつぼ)

 だがその世界にも一条の光が差し、やがて世界は二つに分かれた。

 闇の世は魔界。

 光の世は人界。

 二つの世界は共にあり続けた。長い永い間。

 だが、やがて闇の世に現れた王が言う。

 

”元は一つだったこの世界、再び統べんとして何が悪い?”

 

 その時から闇は光を覆わんとし、光は闇から逃れんと抗った。

 だが人は脆く弱く、魔界の住人である怪物の力になどかなうべくもない。

 深淵なる闇に光は食らわれ人界の命、尽きようとしたまさにその時。

 その者は現れた。

 

 ――SPARDA(スパーダ)

 

 魔の世界の住人でありながら誇り高き魂を持った者。

 スパーダは同胞に仇なし光の世のために剣を取る。か弱き人のために剣を振る。

 その剣は魔界の王さえ斬り伏せ、王を失った闇は力を失う。

 スパーダは闇の再来を恐れその世界を封じた。闇に与した悪しき人々や忌むべき己が闇の力と共に――

 永らえた人々は彼を崇めた。人の世を救った英雄と。そしていつしか彼をこう呼び始める。

 

 スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 だが、スパーダは人知れずその姿を消し人々は次第に彼の存在を忘れゆく。

 実在したはずの英雄はやがて伝説となり、伝説はやがてお伽話となり――

 

 

 

     ◇

 

 

 

 迷宮都市オラリオ。

 ダンジョンと呼ばれる地下迷宮が存在する都市は、未知と浪漫に溢れ人間や神々と差別なく興味を引き大陸屈指の大都市と化していた。

 ダンジョンには魔石と呼ばれる鉱石を基盤としたモンスター達で溢れかえり非常に危険な場所だった。しかしそれでも未知に、希望に夢を馳せる愚か者どもが現れる。そんな彼らを娯楽とし、神々は『恩恵』という神の奇跡を人間に授けた。

 恩恵をその身に宿し、危険なダンジョンに潜る愚か者達の事を、いつしか人々は『冒険者』と呼ぶようになった。

 

 そんなダンジョンの中を一人の青年が歩いていた。黒の外套を羽織り、付属された赤いフードを目深く被っている。背中には身丈ほどの片手剣を担ぎ、翻した外套の隙間から見えたホルスターには銀色に閃く拳銃が仕舞われていた。

 ダンジョンに居るからには当然冒険者なのか。だが断言するには彼の様子はあまりに異質だった。

 青年の右腕には包帯で固定されたギブスが嵌められており、端からどう見ても怪我人だった。しかし彼はそんな不安を感じさせない軽快な足取りで進んでいく。まるで、身体の調子を確かめるように。

 やがて青年は広く開けた空間に出た。周囲には剥き出しの岩石で出来た壁だけが存在し、草の根一つ生えていない。十七階層と呼ばれるその場所を一通り眺めた後、彼はそのまま奥から漏れる光の場所へ向かおうと足を進めるが、

 

『グォ……』

 

 微かに聞こえたのは、呪詛のような産声。

 それは聞き間違いではないのだと証明するかのように、大地が脈動し壁が震え始める。

 ダンジョンの震えが頂点に達した時、その異変が姿を顕にした。

 壁から現れたのは巨人の腕。それはまるで胎児が親の腹から突き出るように壁を裂きその巨体を完全に顕にする。

 その巨体は総身七Mを上回り、灰褐色に包まれた体被を震わせながら巨人は高らかに生誕の産声を天へ轟かす。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!』

 

 それこそが、階層主。

 十七階層に君臨する迷宮の弧王(モンスターレックス)

 Lv.4モンスター――ゴライアス。

 

 ゴライアスの放つ咆哮は大気さえも震わせて、青年が被っていたフードが零れ落ちる。本来ならば冒険者でもパーティーを組んで挑むのが基本とされている階層主を前にしながら、彼の表情は恐怖に歪む事無くむしろ辟易しているように靡く銀髪の隙間から覗かせる睥睨した蒼い眼で吼える怪物を睨んでいた。

 

「ゴライアスか……運が悪かったな。普段ならまだしも、今は気分が悪いんだ」

 

 青年は階層主を前に屈する事無く左手で背中の剣を掴むと、そのまま数回捻る。すると剣は呼応するように蒸気を吹き出しながら振動し、刀身に熱を帯び赤く染まる。

 レッドクイーン。そう名付けられた剣は、三十七階層主『ウダイオス』の持つ刀身と五十八層の砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』の魔石で造られており、魔石を燃料に「イクシード」と呼ばれる剣撃の速度を向上させるための推進噴射装置が備え付けられていた。

 レッドクイーンは主の不満を言葉にするように爆音を轟かせながら振動し、青年はそれを肩で担ぎながら一歩踏み込む。

 

「悪ぃが、少しばかり憂さ晴らしに付き合って貰うぜ!」

 

 宣言と共に男の身体は一陣の風となり、加熱された推進力によって旋風は焔の渦と化し回転しながらゴライアスの体躯を薙ぎ払った。

 予想外の熱にゴライアスはよろめきながら後退し、その隙を見逃さないように彼の推進力で更に加速されたレッドクイーンが容赦無く連撃を胴体に食らわす。

 最後の横薙ぎ。大きくのぞけったゴライアスに対しフルスロットルで最大推進噴射で加速したレッドクイーンが、荒ぶる力の総てを解放するようにゴライアスに逆風で叩き込んだ。

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!?』

 

 吹き飛ぶ巨体に対し、青年は冷静に剣を宙に手放すと外套を翻し腰回りに巻き付いているホルスターから銀色の鈍い光を放つ拳銃を取り出す。

 拳銃、それは神々が地上に降り立つ前の世代――いわば人間世代に存在したとされている古代の遺物。その製法と技術は古き文面には残されているが、もはや古き遺産と化していた。

 それは何故か。理由は単純である。そもそも、銃とは()()()()を効率よく殺すために作られたものだ。怪物退治のものではない。だからこそモンスターを倒すには値せず、時代と共に寂れていった武器だった。

 故に、彼の持つ拳銃は彼自身が設計、作成したこの世に一つしかないオリジナルカスタムだった。大口径リボルバーを改造されて設計されたその拳銃にはもはや原型を留めてはおらず二つの銃口が存在している。それは決して同時に発射されるのではなく、コンマ秒単位で僅かにズレが生じるように設定されている。

 その連装バレルの理由は、種類の違う二種類の弾丸に秘密がある。僅かに先に発射される弾丸は、体表に大きくダメージを与えるタイプの弾丸。そして後からの弾丸には、貫通力の高いタイプの弾丸が装填されている。これにより、たとえ外殻の硬いモンスター相手でも打ち抜ける事が可能となった。

 もっとも、コンマ秒単位の誤差で同じ箇所に弾丸を叩き込み、かつ大の大人が両手持ちですら発射の衝撃で後転するほどの威力を秘めている拳銃を片手で連射する技量が無ければ使用できないという欠陥品となってしまったが。

 本来ならば存在しない銃という意味を込められて青い薔薇と名付けられた「ブルーローズ」の撃鉄を降ろし、引き金を引いた。

 刹那、二種類の銃口から放たれた二つの弾丸は寸分の狂いもなく宙に舞うゴライアスの閉じられた右目に向かい、一発目の弾丸が閉じられた目蓋を裂き、二発目の弾丸が容赦無くモンスターの右目を抉り潰した。

 

『グォォオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 

 モンスターからして見れば困惑の連続だろう。自身よりも小さい人間が回転しながら突撃してくればその身を吹き飛ばすほど力強くかつ炎を纏っており、地面に着地した途端右目が潰されていた。

 ただでさえ知能が低いゴライアスは何が起きたかさえ検討もつかぬまま驚愕と共に激痛でのた打ち回り、それを見ていた青年は用心金(トリガーガード)に人差し指を掛けるとクルクルと回転させ、ホルスターに仕舞うと宙から回転して落ちてきた剣を受け止め背中に担いだ。

 

「こっちの調子も問題なしっと。残るは……」

 

 青年が周囲に人の気配が無いか確認し終えるのと、ゴライアスが憤怒に怒り狂いながら分け目も振らず襲い掛かってくるのは同時だった。

 人間に虚仮にされ、ここまで弄ばれた事に怒りの頂点に達したゴライアスは身体に蝕む痛みどころか我さえも失いただ赫怒のままに振り上げた拳を叩き込む。

 その単調な動きは簡単に回避が可能だった。しかし青年は決して躱そうとはせず、何を考えているのか皮肉気(シニカル)な笑みを浮かべてまま佇むのみ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!』

 

 積年の恨みを晴らさんとばかりに振り絞られたゴライアスの渾身の拳が不敵に笑う男のギブスが嵌められている右腕に叩きこまれた。衝撃の振動。確実な手応えにゴライアスは歪な笑みを浮かべ――凍り付く。

 

「……どうした? 今のが全力かよ」

 

 声が聞こえてきたのは、ゴライアスの拳の下。殴り付けた衝撃でクレーターと化した穴場で、ゴライアスの意思とは関係なく振り下ろした拳が持ち上がる。

 持ち上がった拳の下にいた青年は、無傷だった。怪我していただろうと思われていたギブスの下から現れたのは、怪我している腕などではない。いや、そもそも()()()()ですら無かった。

 現れたのは異形の腕。掌が青白く発光し、二の腕付近まで赤黒い外殻で覆われている。もしこの場に他の人間がいれば、きっとその腕の事をこう評しただろう。

 

”まるで、悪魔の腕(デビルブリンガー)のようだ”――と。

 

「もう終わりか? なら次はこっちの番だな!」

 

 青年は鼓舞するように一際大きく吼えると、ゴライアス拳を握り締めそのままその巨体を持ち上げた。

 

『――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 あまりの事態にゴライアスは声にならない悲鳴を上げる。自身よりも何倍も小さい人間に持ち上げられるという異常事態。夢のような出来事だが、しかしバタつく足が大地に付かず宙に藻掻く様がこれが現実だと証明している。

 

「おおおおおおおォォォォッッ!!」

 

 青年は咆哮と共に、何度もモンスターを地面に叩きつける。振り回す際にゴライアスが声なき悲鳴を上げるが彼はそんな様子少しも気に留めず周囲の地面が陥没するほど強烈な攻撃を叩き込む。

 一段と大きく振り上げられ、ゴライアスの身体が地面にめり込むほどの威力を持って大地に叩き込まれる。その衝撃にゴライアスが肺らしき臓腑から酸素を吐き出し、朧気な視界で無事な左目を開く。

 開かれた眼。そこに映ったのは、ここまで討ち倒された人間が跳躍し異形の右腕を振り被り――その背後に浮かぶゴライアスよりも更に巨大な青白い振り上げられた腕だった。

 

「喰らいやがれ!」

 

 それが、十七階層主ゴライアスの聞いた最後の言葉だった。

 青年の背後に浮かぶ巨大な腕は虫を潰すように拳を叩き付け、身動きの取れなかったゴライアスの全身に衝撃が浸透した。その衝撃はゴライアスのどこかに存在した魔石にも伝わり、強靭な破壊力に耐え切れず魔石はひび割れ砕け散った。

 魔石を壊されればモンスターは死亡する。ダンジョンに生息するモンスターの共通点である事実はゴライアスも例外ではなく、魔石を残して消滅していった。

 ただ、一時の間。ゴライアスの瞳から光が消え虚ろへと変わりゆく間に、もしゴライアスが人間の言葉を話せていたならばこう語っていただろう。

 

”化物は、どっちだ――”と。

 

 その眼から逃れるように、青年は再びフードを眼深く被るのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「うおおおおおォォッ!! 往くぞてめぇ等ァ! ゴライアスだろうが何だろうがここはオレ様達の街だ! 何度来ようが何度でもぶっ倒して……ってなに? もう倒されてるだと? それに魔石も放置されっぱだとォ!? よっしゃあ! どこのどいつか知らねえがラッキいいいいィィッ!!」

 

 十八階層『リヴィラ』から現れた冒険者達がゴライアスの魔石を発見するのを見届けると、青年は踵を返した。右腕を隠すように折り曲げられた外装の袖を伸ばし、ポケットに手を突っ込んで見えないようにする。

 だが、こうして隠すのも時間の問題だろう。ここまで不審な態度を取っていればいつかバレる。だが、今は正体を知られる訳にはいかなかった。

 Lvアップした訳でもないのに急激な力の上昇。それが皆に知れ渡れば必ず問い質される。そうすればこの問題が気付かれるのは避けられまい。

 そう思案しながら彼はポケットから右手を抜くと、嫌悪するように顔を歪めながら右手を眺める。

 彼の右手が異形の姿へと変貌したのは三ヶ月前。前回の『遠征』の際に同胞である『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインを庇った時に負傷してからだった。それまでは普通の人間の腕だった。

 今や異形と化してしまった右腕を眺めて、苛立ちをぶつけるように傍の壁に右手を叩きつける。嘗てならば痛むはずの右手は今や自身の身を傷つけるどころか壁を粉砕するほどの威力を秘めていた。

 

「……チィッ!」

 

 その光景に、不安と焦りが積もる。先ほどまでゴライアスとの戦いで高揚していた気分は水でも浴びたように冷え切っている。

 先ほどの戦い。あの様では、どっちが怪物なのか分からない。

 それとも――俺の方が、怪物なのか? 俺は、本当に人間なのか?

 

「……ああ、くそッ! んなこと考えても仕方がねえだろうが!」

 

 嫌な思案を振り払うように頭を横に揮い、これからの事を考える。そこでふと、今日の日付とファミリアの予定を思い出した。

 

「そういや、今日だったか。『遠征』から帰ってくるのは」

 

 異形と化した腕を隠すためにギブスを嵌めていたら重症だと勘違いされて留守番を言い渡され、遠征組に参加できなかった事と、その帰還予定日が今日だったのを思い出して青年は辟易とした様子で嘆息する。

 一応怪我人扱いされている彼が連絡無しでダンジョンにソロで潜っているのがバレれば面倒事間違いなしだろう。

 騒がしいアマゾネスやいつもイチャモン付けてくる狼人、そして遠征前に酷く心配してきた()()の彼女の事を思い出し、青年は薄暗いダンジョンの天井を見上げながらポツリと呟いた。

 

「帰るか、拠点(ホーム)に」

 

 踏み出した足と共に、外套の二の腕付近に刻まれた()()()の顔が皺で喜悦に歪む。

 

 青年――迷宮都市最大派閥【ロキ・ファミリア】Lv.5の一人、ネロは地上へ足を進めるのであった。

 



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ダンまち in フロム

 日が沈んだ夜の酒場。静寂が包む夜空とは裏腹に酒場は活気で栄えており、野郎達の笑い声で今日も賑わっていた。

 

「なあ、こんな噂知ってっか?」

 

 ジョッキに注がれた酒を一気飲みして豪快に机に叩きつけた男が隣の席に腰掛けていた男に話し掛ける。二人は初対面だったが、酒の前ではそんなこと些細なことだ。むしろ酒を飲んで陽気な気分になることで一気に仲が良くなる。

 

「噂だぁ?」

「応とも! 何でも最近ダンジョンで霧が出るって噂なんだがな」

「はぁ? ダンジョンに霧が出るのは当然だろうが。今更噂することでもねえだろ」

 

 噂を語る男に対し訝しげな視線を向ける。実際、ダンジョン十回層は霧に覆われた階層だ。今時霧に覆われているからといって格別珍しい話ではない。

 聞き手の疑う視線に気付いたのか、語り手の男はチッチッチッと立てた人差し指を左右に振って否定する。

 

「そうじゃなくてだな。普通霧っていうのは薄く視界が悪く広がるだろ? だが噂の霧っていうのは、何でも壁のように一箇所にだけ立ち込めているのさ。まるで、その先に行くなと警告するように。実際、地図で調べたらそこには道なんてなかったらしい」

「……で? その警告された先には何があんだよ?」

 

 続きを言いたがっている語り手に乗るように、聞き手の男は続きを促す。その言葉を待っていたと言わんばかりに語り手は神妙な面持ちとなって続けた。

 

「―――その先には、異界に繋がっているのさ。語るのも恐ろしい、怪物の元へな。故に、その霧に入って生きて帰ってきた者は誰一人としていないらしい」

 

 男の語った噂話に聞き手は僅かに沈黙した後、

 

「いや、帰ってきた奴がいなかったら噂になんねえだろ。何処行ったか分かんねえのに」

「まあそりゃ噂だからな! ガッハッハッハッハ!!」

 

 当然指摘された矛盾に語り手はさも当然のように同意し、近くを歩いていた店員に酒をお代わりを注文する。

 そう、所詮噂に過ぎない。誰が語ったのかすら分からない真実性の欠けた話。いずれ誰の記憶にも残らない有象無象の泡沫。

 だが。

 仮に、何百万もの噂の内に、たった一つの真実が隠されていたとすれば―――

 

 

 

   ◇

 

 

 

「―――、―――ッ、――――!」

 

 薄暗い左右を壁で囲まれた洞窟のような通路を、一人の男が駆け抜けていた。

 服装は騎士甲冑に片手剣と、冒険者の服装とはオーソドックスな品物。ガチャガチャと音を立てて走る様は、しかし騎士というのはあまりにかけ離れていた。

 身体を守るはずの鎧はひび割れ、至る箇所がはだけてしまっている。手に持っている銀色に輝くはずのロングソードは半ば折れ、顔を守るヘルムは脱ぎ捨てられ恐怖と絶望と困惑で歪んだ無様な形相が浮かんでしまっている。

 男は息を吐く時間さえ惜しいとばかりに全力疾走をしていた。しかしそんな状況が長くも続くはずがない。

 

「――が、ッ!」

 

 何かに躓き男の身体が地面へ叩き付けられる。怒りと恐怖で苛立ちながら早く逃れようと足元を見て、何が自身を引っ掛けていたのか気づき恐怖で声無き悲鳴を上げる。

 そこにいたのは、人間の死体だった。

 ミイラなのではないかと錯覚するほど痩せこえた骸の数々。そのどれもが絶望と狂気に歪んだまま固定されており、まるで自身を招き入れようとしているのではないかと錯覚に陥る。

 そこで、男はようやく尻付いている液体が泥ではないことに気付いた。泥のように赤く泥濘んだそれは、死者達から零れ落ちた―――

 

「ヒ、ヒヒィッ! 離せ、離せよクソ! 糞糞糞ォォオ!!」

 

 発狂したように引っ掛かった脚を引き抜こうともがくが、ビクともしない。むしろ沈んでいるような錯覚に陥り余計に手こずってしまう。

 そんな中、ズルズルと何かを引き摺るような音と共に、周りの腐臭とは比べ物にならないほどの匂いが近づいてくるのが理解できた。

 

「あ、あ……あァ……!」

 

 男の表情が、周りの死者達と同じよう面持ちに変化していく。

処刑台に昇るような死へのカウントダウン。もはや男は抗う気にもなれずただその時を待った。

 どうしてこうなったんだと、何処か目前の光景を夢のような心地で眺めながら男は回想する。

 狂ったのは、何処からだったのか。男はつい最近ランクアップを果たし有頂天だった。これでもっと深い階層に潜れる。これでもっと認められる。いつか俺も英雄になれる―――。

 そう思い、粋がっていた。慢心していた。だからこそ、今まで見たことがなかった霧の篭ったダンジョンの通路を見て、宝の匂いがするなどと思って入ったのだ。

 そうだ、霧だ。総てはそこから狂ってしまった。霧の中に入った瞬間、辺りは一変した。まるで死体置き場にでも紛れ込んだような腐臭漂う空間。今まで見たことがないような血肉と臓物で汚れた壁や床。引き返そうにも霧は先程までとは違い結界でも張られたかのように壁となって触れることすらできない。

 まるで愚か者を招き入れるように。去る者を拒むように。

 そこで、現れたのは―――。

 

「……ハ、ハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 通路から現れたそれを直視して、とうとう男の精神は崩壊した。正気でいることよりも、狂気に飲まれる事こそが救いと感じた。

 通路から現れたのは、名状しがたき怪物。獣というにはあまりに骨格が人に近く、人というにはその有様はあまりに酷く醜悪だった。

 男の全長など軽く上回る巨躯。開かれた口の中には無数の目玉が蠢いている。身体に巻かれた布らしきものは血肉を浴びすぎて赤黒く変色し、背中に突き刺さった刃が何故かどこか救いに見えた。

 見たことがない怪物。この名状しがたき怪物こそが、男をここまで追い詰めた存在。そして、とうとう追い詰められた。

 

「ヒヒ、クヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 

 口端から涎を垂れ流し、血走った瞳で怪物を見つめる。うわ言のように「これは夢だ、そうだ夢なんだ」と呟く男を前にして、怪物は巨大な爪を振り上げた。

 この怪物が何なのか。そういえば、この空間に入ってきた時に、何か聞こえてきた気がする。あれは、確か―――。

 

「……醜き、獣……ルド―――」

 

 男の意識があったのは、そこまでだった。

 振り下ろされた爪が、一押しで甲冑ごと引き裂いて押しつぶす。まるでトマトを潰したように辺りに飛び散った肉片は、悪夢のような光景だった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 そこは闘技場のように四方を円のように壁で囲まれた空間だった。

 生い茂られた草木が時の経過を告げており、永らく使われていないのが明白なほど風化してしまっている。

 そんな時代遅れの闘技場の中で、

 

 ―――また一人、骸へと散った。

 

「カンナァあああああッ!!」

「おいアリサ! まだ出れねえのかよ!?」

「うっさい! 出来たらもうやってるわよ!」

 

 悲痛めいた叫声が響き渡る。五人いたはずのパーティーはもはや三人にまで減り、白い霧の前で必死に体勢を整えている。アリサと呼ばれたパーティーにおいて魔導師の役割である少女は霧に触れて少しでも早くこの場から脱出しようとも解析を試みるが、悲痛に歪んだ表情がその成果を何より示していた。

 

「何なのよこれ……! 魔法でも結界でもない、何かが塞いでいるワケでもない。なのに触れることも出来ないなんて……!」

 

 怒りに任せて振り被った杖を振り下ろす。杖は霧を貫通し通路の先に振り下ろされるが、何故かアリサの腕は霧の向こう側へ振り下ろしたのにも関わらず脚が下がったように霧の目の前で振り下ろされている。

 魔法を撃っても無駄。道具を投げたところで通り抜けるだけ。

 まるで、人だけ逃がさないようにしているような―――。

 

「くッ……ガァアアアアアッ!?」

「カイトォおおおおお!!」

 

 また一人、鮮血を撒き散らしながら骸へと変わっていく仲間。カイトは大盾で防御していたのにも関わらず、まるで無駄のように盾を、鎧を引き裂いて胴体を分断した。

 背後に熱の篭った熱い血が飛び散った事に耐え切れず、アリサは霧の解除を中断して振り返った。その瞳は同胞殺しの姿を捉える。

 そこにいたのは、巨大な狼のような鎧を着込んだ騎士だった。

 左腕の箇所は潰れてしまって無気力に垂れ下がっているが、それ以外は未だ顕然。狼を象徴するような騎士甲冑は、素人の目先でもかなりの品物だというのが分かる。そして何より目を引くのは、肩で抱えるように背負う一振の大剣。大人でも両手で揮うのは難しいその巨大な大剣を、狼騎士は左腕のみで軽々しく揮い、仲間達を虐殺していった。

 

「は、ハハハ。悪いアリサ、俺のせいだ。俺が欲張ったばかりに……」

「団長……」

 

 団長と呼ばれた青年の悲痛な笑声が虚しく響く。本来ならば、彼等はこんな所になど来る予定はなかった。

魔弾(タスラム)』の二つ名を与えられランクアップを果たしたアリサと、彼女と同じLv.2であるカイト達三人、そしてLv.3である団長で組んでいたパーティーはこの日、アリサがランクアップを果たした事で冒険をしてしまったのだ。

”冒険者は冒険をしてはならない―――”。

 冒険者ならば何度も聞かされてきた誓約を、この日彼等は破ってしまった。ダンジョン上層という慢心もあり、彼等は霧が立ち込める未知のエリアに突入してしまった。

 愚か者の末路がこの有様。霧を抜けた先には闘技場が広がっており、脱出不可能。更に襲い掛かって来る敵は最低Lv.5以上。

 自分の油断が仲間を殺してしまった。その罪悪感に団長は膝を屈伏し、

 

「―――なに、勝手の諦めてんのよ馬鹿団長!」

 

 後輩の激励に、寸前でとどまった。

 

「アリサ……!」

「私達はまだ生きてる! なら諦めちゃ駄目でしょうが! あいつらだって最後まで諦めなかった。なら私達はなおさら抗わなきゃいけないでしょうがッ!!」

「……ぁ、ッ」

 

 そうだ、彼等は最後まで団長(自分)を信じてくれた。なら、そのリーダーである己が諦めてはいけないだろう。

 

「ああ……そんな当たり前のこと謂われるなんてな……情けねえ」

「フン、目は覚めた?」

「ああ……勝つぞ。勝って、生きて帰るぞ!」

 

 団長の目に、もはや迷いはなかった。背中に背負ったバスタードソードを右手に、左手に魔剣を構える。その背後でアリサが魔法を放つべく詠唱を開始する。

 二人の心は今や一つ。生きて、帰るために―――

 

「行くぞォォォおおおおおッ!!」

 

 団長は自己を奮い立たせるために咆哮し、腕を十字に交差させた構えで前へ突撃し、

 

「―――えっ」

 

 その姿が、影に覆われる。

 覆ったのは、狼騎士の巨体。つい先程までは間合いの範囲外に居たのにも関わらず、僅かに重心を落としたと思えば、まるで狼のように俊敏な動作で飛び上がり、宙を一回転して大剣を振り被っていた。

 振り下ろされる大剣を前に、出来たことといえば間抜けな声を漏らすだけで。

 まるで悪い冗談のように、団長は剣や魔剣ごと一刀両断されたのだった。

 

「――――――ッ!!」

 

 その光景を前にして、最後に残ったアリサは絶叫したい衝動を抑えこんで詠唱を続けた。

 許せないという赫怒を魔力に変えて。魔力暴走寸前にまで魔力を流し込んで。

 完成するのは、彼女の二つ名の由来。発動すれば目標に当たるまで追尾し、破壊力はLv.1の時でさえミノタウロスを一撃で葬るほどに。

 ランクアップを果たした今の彼女は、かつての何倍も凌ぐ。

 

「【我が魔弾から逃れる者はなく】」

「【我が信念に揺るぎなし】」

 

 その魔法の名前は―――。

 

「【撃ち穿け―――タスラァァァム】ッ!!」

 

 アリサの渾身の咆哮と共に、彼女の背後から砲弾のような巨大な光の球体が飛翔する。その球体は狼騎士さえ包むほどの巨大で、大剣を振り下ろした狼騎士には回避も防御も間に合わない。

 直撃する―――そう確信しアリサは仲間を失った悲しみと敵を討てた喜びに涙を流しながら端を歪め、

 

『―――UAAAARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッッッ!!』

 

 混沌が、光を飲み込んだ。

 

「―――――」

 

 人は真に絶望した時、何の声も出ない事をこの瞬間アリサは知った。

 獣の咆哮、とても人の声帯が出せる声量ではない叫びが轟いた瞬間、狼騎士の足元から何かが溢れだしアリサの魔法を打ち消したのだった。

 突然溢れだしたそれを、アリサは表現できる言葉を知らなかった。

 黒より黒く、漆黒よりも漆黒で、溢れ出したそれはこの世のものとは思えない。それを見つめていれば何処か引き摺りこまれてしまうような―――まるで、それがこちらを覗き込んでいるかのような―――

 

「グゥッ、あぁ……!」

 

 そこまで思考し、注意を引き取られていたせいだろう。アリサは首を狼騎士に掴まれるまで気づかず、掴まれた後はもはや手遅れだった。

 

「ヒィ……ッ!?」

 

 至近距離で狼騎士と目が合う。ヘルムの下から覗く眼がある箇所には、黒い窪みだけが写り、その視線の意味を理解する。

 

「い、嫌、それだけは嫌ァ……!!」

 

 もがくように宙に浮かぶ脚で狼騎士の鎧を蹴るが、無駄。

 嫌だ、それだけは嫌だ。死ぬのはまだいい。けれどそこに連れて行かれるのは死ぬことより恐ろしい……!」

 

「嫌、イヤイヤイヤ嫌ァァァァああああああああああああああああああああッ!!」

 

”おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ”

 

 アリサの断末魔は吹き上がる禍々しい霧に飲まれ、消えていく。

 残ったものは、ただ静寂のみだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 異なる世界、異なる時空。それを繋げしは、真実を覆い隠す霧。

 恐れるがいい、冒険者よ。その先に待つのは救いなき絶望。それでもなお求めるというのならば、覚悟せよ。

 例え、救いなくとも。希望なくとも。残酷な真実が待ち受けていようとも。

 

 さあ―――

 

 

 

「ソウルを求めよ」

 

「絶望をくべよ」

 

「獣狩りの夜を始めよう」

 



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ハイスクールD×D 英雄は何処へ往く

アカン、完全にスランプに突入してもうた……!
最近ラノベを書こうと思って文章力上げるために色々写していたら、そもそも文章が書けなくなるという事態に陥りました。
誰か、ヘルプミイイイイィィィィッ!!


 貧民層(スラム)と呼ばれる街外れに位置する地域。そこは血と闘争だけが法と化した獣の住む檻の中だった。

 元は舗装されていたコンクリートで出来た道は無残に破壊され、並び立つ建造物は今や雨風を凌ぐだけの廃墟と化している。とてもではないが人が住まう環境とは思えない。

 そんな中を、一人の男が悠々と闊歩していた。服装はアロハシャツに丸レンズのサングラスを掛け、五分刈りの頭を掻く様はどう見ても貧民層の住人にはない気品があった。ただ奪うだけの獣でもなく、ただ奪われるだけの弱者でもない。言うなれば()()()()人間だ。

 普段ならばそのような人間など格好な獲物だ。しかし今回だけはチンピラも乞食さえもその男と関わらないように道から避け家の中に閉じこもっていた。

 此処は貧民層。暴力だけが全てを決定させる弱肉強食の世界。故に彼らは察していた。どういう存在から奪い、如何なる者から奪われるのか、そういう危機的察知に敏感だからこそ彼らは男が如何なる存在なのか言葉にしなくても理解していた。

 

 ――これは、捕食者だ。ただ喰らい飲み干す、食物連鎖の頂点に君臨する覇者。彼にとって我らなどテーブルに並べられた料理でしかないと。

 

「しっかし、臭くて寂れてる場所だなァおい。こんなところに長居してたら服まで臭っちまいそうだぜ。後でこの服は捨てるとしようかねー。あーあ、結構お気に入りだったのによォ」

 

 有象無象の視線など眼中にすらなく男は臭いを払うようにアロハシャツを叩く。サンググラの奥から覗かせる鋭利な眼を細めながら、こればかりは何処であろうと変わらない晴天を仰ぎ嘆息する。

 

「果たして、こんなところに本当に居るのかねー。伝説の神滅具(ロンギヌス)使いとやらは」

 

 暇潰しにしても今回ばかりは失敗だったかねー、と独りごちていると、ふと男の嗅覚が漂ってきた匂いを瞬時に察する。

 新鮮な血の匂い。しかしそんあものはこの貧民層においては日常茶飯事だ。しかし今回だけは何かに導かれるように男は歩みを進める。

 向かった先で見つけたのは、小さな王だった。数多の死体で出来た玉座に座り込み、奪ったであろう金属品を袋に詰めている。しかしその姿は周りで椅子と化している骸となった男達と比べ、どう見ても小柄な子供にしか見えなかった。

 体格差があり、且つ集団で挑まれて無事なはずがない。しかし少年の格好を見るからに付着している血は返り血のみで、怪我をしている様子はない。

 

 ただ普通の子供と違う点を上げるとすれば、それは少年の手に握られている黄金に輝く槍の存在だろう。

 赤い鮮血でその身を染めながらも、決して輝きが鈍る事はない。むしろ少年を祝福するかのように太陽の陽射しに閃めいていた。

 

「――jackpot(大当たり)

 

 漏らした声は、歓喜の産声か。

 背後から聞こえてきた声に反応して少年は振り返る。黒髪に黒い瞳、しかし瞳は貧民層に住んでいるにも関わらず澄んでおり、まるで深遠を覗き込むように底が知れなかった。

 

「……おじさんは、敵?」

「おじさんって、出来ればそこはお兄さんと呼んで欲しいなーて。もしくは帝釈天さまでも可!」

「…………」

「無視ですかそうですかそうかいそうなんですねの三段活用。くぅ~、最近の若者は年上を敬う心を忘れてるなァおい! ……とまぁ戯れ言はこの辺にしといて、どうして見ず知らずの俺が敵だと思ったんだ?」

貧民層(ここ)じゃ昨日の味方が敵になるのも当たり前だし。それにおじさん、人間じゃないでしょ?」

「――へぇ」

 

 すぅっ、と帝釈天と自称した男の瞳がサングラス越しに睥睨する。

 空気が僅かに重くなった。しかし少年はそんな重圧を感じないように受け流していた。

 いや、そもそも――障害とさえ感じていなかったのか。

 

「おじさんみたいなのが前にやって来た事があるし。その時はカラスの翼が生えたのと蝙蝠の翼が生えてたけど」

「HAHAHA! 俺を堕天使や悪魔と同扱いかよ! まあ人間にしちゃどっちも人外なのは違ぇねえか!」

 

 突如腹抱えて哄笑し出した彼に少年は疑問符を浮かべながら頭を傾げた。

 その様子が更に帝釈天を刺激する。この少年からすれば、神である帝釈天ですら小癪なカラス共と同じ扱いなのだろう。人間ではないという点ならば。

 

「あ~久しぶりだぜ、こんな愉快な気分になったのわよォ。それで、そのカラス共はどうした?」

「……別に。あいつら神器使いは危険分子だから排除するとか良く分かんない事言いだして妹弟達に襲ってきたから――いつものようにしただけ」

「いつものようにねえ……」

 

 いつものように、というのは少年の回りに散らばっている骸と同じ結末を迎えたのだろう。ここは貧民層、理由もなく襲われるなど日常茶飯事だ。それよりも一つ気になる情報があった。

 

「どうやら、このガキ以外にも神器使いがいんのか」

「……おじさんも、あいつらと同じなの?」

 

 ギリィッ、と黄金の槍を握り締める手に力が込められる。

 その眼に宿るのは、強い意志。済んだ瞳の奥底から燃え上がる業火は決して揺るぎない決意を顕にしていた。

 だからだろうか。その様子があまりに愛らしいかったから、ついちょっかいを掛けたくなった。

 帝釈天はわざとらしく嘲笑の笑みを浮かべると、目前の少年に向けて告げた。

 

「だとしたら、おまえさんがどうする?」

「――禁手(バランス・ブレイク)

 

 返答は、破滅の輝光だった。

 周囲に散らばっていた屍が力の解放に巻き込まれ跡形もなく消失する。少年の殺意に呼応するかのように大気が軋みを上げ、帝釈天の肌に突き刺さる。

 その様子を見ながら、彼は笑っていた。愉快に軽快に、びっくり箱でも見るように。アロハシャツを翻しながら、サングラス越しに見つめる睥睨された瞳は喜悦に歪んでいた。

 力の解放と共に舞い上がった土煙が、渦を巻いて一点に収束していく。それは急激な力の上昇によって大気が吹き飛ばされ真空となった空間に回りの大気が戻ろうとして起こる現象。

 やがて煙は晴れ、その中心で佇む少年の姿を見て、ポツリと呟いた。

 

「英雄、という奴か」

 

 それも千年に一度現れるという逸脱者。努力や才能といった凡人ではどう足掻いても到達できていない境地に初めから辿り着いているまさに運命に選ばれたとしか表現できない存在。

 それも、今まで帝釈天が見てきたどの英雄よりも凄まじい素質を兼ね備えている。「所有するものに世界を制する力を与える」とされる伝説の神槍の正統後継者に相応しい。

 

「『原型・神葬の聖槍(ロンギヌスランゼ・アークタイプ)』」

 

 土煙の中から現れた少年が手に持っていたのは、黄金の神槍。生身の人間ならばそれを直視しただけで魂が焼け焦げてしまうほど聖性を発するその姿を前に帝釈天は笑みを浮かべる。

 

「俺はあいつらの一番上で、お兄ちゃんだ。俺があいつらを守らなくちゃいけないんだ。だから―――」

 

 構えは刺突の構え。足を大きく広げ、顔面を地面寸前まで近づけて槍を構えるその体勢は豹の如く。地面から見上げる双眸は男の姿を捉えて逃さない。

 帝釈天は何も語らずただ右手を突き出して手の甲を少年に見せつけ、人差し指だけをくいくいっと曲げる。

 ”とっとと掛かって来い――”。その挑発に少年は眼を見開き、踏み込んだ地面が陥没するほどの勢いで跳躍した。

 

「おまえが、死ね―――ッッッ!!」

 

 繰り出される突撃は、流星そのもの。

 黄金に輝く神槍が少年の姿を掻き消すほどに輝き、少年の踏み込みは武術でいう縮地と呼ばれる移動術と同義であり、誰にも教わる事なく身に付けたその素質は天賦の才と言えるだろう。

 並の者ならば躱すことなど理解する間も無く即死させる一撃。

 

「いい攻撃だ。だが、()を殺すには才能だけじゃ不可能だぜ? クソガキ」

 

 だが、その刺突は決して帝釈天に突き刺さる事なく寸前で回避され、振り切った無防備な少年の頭にポンっと男の掌が置かれていた。

 

「――、ッ――――!!」

「HAHAHA! 照れんなよクソガキ」

 

 それを瞬時に察した少年が神槍を横に薙ぎ払うが、帝釈天は既に間合いにはおらず、少し離れた廃墟の柱があった箇所の上に佇んで笑っていた。

 少年が次こそはと再び槍を構えるが、帝釈天はやめとけと手をひらひらと動かして静止させる。

 

「今のおまえじゃ何百回やっても俺には傷一つつけらんねぇよ。素質だけで殺せるほど俺は弱くねえってさっきのでおまえさんも理解してんだろ?」

「……だから、どうした」

「はァ? 言っても分かんねえのかよ。無駄だって言ってんだよ俺は。それともそんなことも分かんねえくらい頭アッパッパーかクソガキ?」

「無駄だとか、そんなことは関係ない」

 

 ギリィ、と少年の握り締める槍が力みによって震える。少年の眼には不安と恐れが宿っていた。力に酔っているわけでも、現実を理解していないわけでもない。

 目の前の存在との力量差をはっきしと理解した上で、それでもなお挑もうとしている。

 それは何故か? ――そんなものは決っている。

 

「俺以外に誰が、あいつらを守るっていうんだ。俺が逃げたら、誰があいつらを守るんだ。別に、勝てると思って戦っているんじゃない。勝たなきゃいけないから、戦うんだ……!!」

 

 全ては、守る者のため。

 この貧民層において、ただ奪われるだけの弱者である彼らを守るために、少年は戦おうとしていた。

 その姿に、帝釈天の口角が吊り上がった。

 

「――――く、か」

 

 ――ああ、何となく分かった気がする。

 今まで他の神々が英雄に力を貸している様を見てなんと愚かなと嘲っていたが、その気持ちが僅かに理解できた。

 なるほど、これは()()()()()

 この人間がどういう生き様を見せるのか。どのような死に様を迎えるのか、見たくなった。

 この人間の―――英雄譚を見てみたい。

 

「呵々、カカカカッ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァッッ!!」

 

 愉悦が零れ落ちる。神としての本質がざわめき、少年の持つ神槍にも劣らない覇気が大気を震わせる。

 眼前で荒れ狂う神気を前に、少年は覚悟を決めた表情を浮かべ槍を構える。その姿に更に笑みが深まる。

 帝釈天は哄笑を止めると、目の前の小さな英雄に向けて言った。

 

「クソガキ、おまえ世界に興味はねえか?」

「……は?」

 

 唐突に告げられた言葉に少年は首を傾げる。

 

「おまえほどの才能が在るなら世界でも充分にやっていけるぜ? なんでこんなくそったれなところにいつまでも燻っているんだよ」

「……俺がいなくなったら、あいつらが死んじまう。それに、俺はずっとここで生きてきた。ここが俺の居場所だから……」

「そうかいそうかい。――なら契約しねえか?」

「契、約……?」

「そう、カミサマとの契約。カミサマは基本嘘つきだが、契約にだけは絶対だ。おまえん所のガキ共を俺が引き取ってやるよ。温かい寝床に飯、なんなら教育だって受けさせてやるよもちろん、対価は貰うけどな」

「……おじさんは、俺に何を求めている?」

「なに、簡単なことだよ」

 

 帝釈天は柱の上から飛び降りると、少年の目前に居りさった。そして彼と視線が合うようにしゃがみ込み頭に手を乗せ、

 

「―――おまえの覇道を見せてみろ。俺はおまえの紡ぐ英雄譚が見たくなった」

 

 高らかな笑顔を浮かべながら、彼は少年に言った。

 その言葉に、少年は思案するように眉を潜めたが、やがて決心したようにこくりと頷いた。

 

「その、覇道っていうのが何なのか分からないけど……あいつらを助けてくれるなら、何だってしてやる。ただし、もしあいつらを傷つけるような真似をしたら、絶対にお前を殺す」

「HAHAHA! 言っただろう? カミサマの契約は絶対だって。他に嘘ついてもそれには絶対に嘘つかねえよ俺は。とりあえず、契約成立だな」

 

 呵々、と帝釈天は笑うとみすぼらしい格好の少年にお土産で買っておいた服を懐から取り出すとそれを被せた。

 「わっぷ」と歳相応の驚いた声を上げて少年がそれを受け取ると、おずおずと上に羽織る。

 その仕草が先ほどまでとは違い愛らしかったから帝釈天は失笑すると、ふと未だ少年の名前を聞いていなかった事を思い出した。

 

「そういうや、おまえ名前は何ていうんだ? いつまでもクソガキが味気ねえだろ」

「……ない」

 

 ポツリと、聞き逃してしまいそうな声量で再度少年は呟いた。

 

「名前なんて、ない。生まれてすぐに捨てられたから」

「へぇ、じゃあ仲間からは何て呼ばれてんだよ」

「お兄ちゃん。俺が皆の中で一番年上だから」

「呵々! そいつは難儀だなァ。そうだな、何なら俺が名付け親になってやろうか? うんそうだなそれがいい!」

「……何でもいいけど、人の話聞いてからにしろよ」

 

 不服そうに少年が愚痴を零すが、もはや帝釈天の耳には入っていなかった。

 子供に名前を付けた経験などなく、初めてだったのでどうしようかな~と色々思案していると、ふと視界に少年に羽織らせた漢服が目に止まった。

 それを見て、この少年が名乗るに相応しい名前を思いつく。

 

「よし、決めた。―――曹操。お前は今日から曹操と名乗れ。覇王には相応しい名前だろう」

 

 彼を見上げる瞳は曇りなく、何処までも透き通っている。

 この少年――二代目曹操となる覇王の物語を、見てみたくなった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 中国の仙人が住むとされている山脈の奥深く。誰も入らぬ未開の地と化したその場所で、爆撃で受けたかのように焼け野原と化した広場に二人の男性が立っていた。

 一人は丸いサングラスを掛けた五分刈り頭をした上半身は裸で短パンを着た半裸の男性。

 もう一人は学生服の上に漢服を着込んだ、黒眼黒髪の()()

 

「だァ~、もうやんねえ。あー疲れた。ったく、何が最後に稽古をつけて欲しいだ。とんだくたびれ損じゃねえか」

 

 男性はもう一歩も動かないと宣言するように大の字で寝転がった。その様子を見ていた青年は苦笑すると手に持っていた槍を落とした。

 

「十年掛けて、傷一つか。ままならないものだな」

「な~にがままならないだ、クソガキが。何の神秘も宿していない棒きれだけでこの俺様に傷付けておいて何様だよこんちくせう。数十世紀生きている自分が情けなくなるだろうが」

 

 男性はしばらく愚痴を続けると、やれやれと嘆息しながら起き上がった。そして目前で荷物を背負って出ていこうとしている青年に向けて言った。

 

「それで、おまえさんはこれからどうする気だ?」

「……まだ。俺には覇道がなにか分からない」

 

 だから、と青年は静謐に微笑を浮かべ、

 

 

 

「―――手始めに、世界を救ってみるよ」

 

 

 

 傲岸不遜に、大胆不敵に、青年――”曹操”は宣言した。

 

「……呵々ッ」

 

 その様子に、男性――帝釈天は口角を吊り上げ喜悦を浮かべる。

 それでこそ、この男だと。

 それでこそ、俺の見込んだかいがあるのだと。

 

「手始めにしちゃ、随分壮大じゃねえか」

「といっても、まだ何も考えていないんだけどな。どうやって救うか、まあ大きい事を考えていればその内小さな事を見つけられるかもしれないし、とりあえずの第一目標に過ぎないさ」

「まあ、やってみろよ。案外おまえなら楽勝かもしれねえぜ?」

「仮に、(あんた)を殺すとしても?」

「神を殺す英雄譚ってのも珍しいしな。まっ、俺様は死なないけど」

 

カカカ、くくく、と二人の笑い声が木霊する。するとそこへ、「曹操ォ――!」と彼の名前を呼ぶ声と共に一人の少年が飛び込んでくる。

 

「なにしてるんだよ曹操! もう皆準備万端で、残りは曹操だけなんだよ! ほら、そこの胡散臭い駄目男なんか無視して早く行こうよ!!」

「ああ、悪かったなレオナルド」

「HAHAHA! 誰が駄目男だチビ助。また女装させんぞォ――!」

「いやァァァァ!! 犯―さーれーるー!!」

 

 逃げろォおおお! と叫びながら走り去っていくレオナルドと読んだ少年を見つめながら、曹操はそっと嘆息した。

 

「……本当なら、俺一人で行くつもりだったんだけどな」

「まあ仕方ねえだろ。言っとくが俺は契約違反はしてねえからな? あいつらがお前に付いて行くか決めたのはあいつら自身だ。俺に文句を言っても意味ねえぞ」

「分かっているさ。……まったく、あいつらは普通の生活を送れるようになったのに、どうして俺なんかと一緒に来たがるのかね」

「愛されてるからだろ。それに、英雄の元には英雄が集うもんなんだぜ?」

 

 故に諦めなと帝釈天が哄笑すると、曹操はやれやれと諦めたように苦笑混じりの笑みを浮かべる。そして、ふと告げた。

 

「帝釈天。一つだけ、何がしたいか決めたよ」

「何だよ?」

「まず、仲間を集めてみるよ。あんたが俺にしてくれたように、俺も特別な力のせいで迫害されている奴らを守ってみる。余計なお世話かもしれないけどな」

「……そうかい、まあ言っとくが俺が助けたのは面白そうだったけどな」

 

 帝釈天は訂正はしたが、否定はしなかった。夢物語だと笑わなかった。

 もし、仮にそれが実現できたら。それをなせたら、彼は間違いなく英雄だろう。

 

「で、何て名前にすんだよその組織名は。英雄教団とかか?」

「いや、一つ考えている名前があってな。人間も怪物も関係ない、神に、運命に抗う者達――『バベル』っていうのは、どうだろうか?」

 

 嘗て、まだ言語が一つしかなかった時代。

 そこで人々は互いに手を取り合って神にも負けないよう一つの塔を建てようとした。

 それは確かに神の怒りに触れてしまったかもしれない。それでも、彼らは手を取り合って彼らだけで天からの救いに頼らず生きようとしたのではないか。

 そう思うからこそ、曹操はその名前こそが相応しいと感じた。

 

「……そうかい、おまえがそう思うなら、それでいいんじゃねえの」

 

 それを横目で見て理解したからこそ、帝釈天は微笑みながら頷いた。

「曹操ォ――!」と彼を呼ぶ声が遠くから響く。声の方を向けば、そこには彼を待つ貧民層の頃から苦難を共にしてきた仲間達の姿が。

 特別な才能があろうがあるまいが、たとえ奇形だろうと化物だったとしても、彼らは互いを信じ、励まし合う真実の絆の姿がそこにあった。

 故に、もう迷うことなど何一つ無く。

 

 

 

「それじゃあ、行ってくるよ、おじさん」

「おう、精々暴れてこい、クソガキ」

 

 

 

 別れの言葉は端的だった。

 それでいいのだ、これが永遠の離別になる訳でもない。歩く後ろ姿に嘗ての姿を思い出し、懐かしみながら彼らの後ろ姿を見えなくなるまで帝釈天は見送った。

 

「……あーぁ、これじゃあアザ坊の事も馬鹿に出来ねえなァ」

 

 帝釈天が曹操を拾ったように、同時期に白龍皇を拾ったと噂されている堕天使の総督の事を思い出し苦笑交じりの笑みを浮かべて天を仰ぐ。

 爛々と輝く太陽は、まるで嘗てのような憎たらしい晴天だった。

 

「まあ、精々気張れやクソガキ共。おまえらの未来は険しいが、まあ何とかなるだろ。今回ばかりは碌でなしなこの神仏様がおまえらの旅を祝福してやんよ」

 

 だから、抗ってみせろ―――俺のガキならな。

 

「さあ―――退屈せずに済みそうだぜ。なあ、曹操?」

 

 太陽を握りつぶすように陽射しを手で遮り、サングラス越しに睥睨した瞳で彼らの行く先を眺めながら、帝釈天は嘲笑の笑みを浮かべた。

 




何番煎じか分からないハイスクールD×D曹操改変。


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ダンまち 畜生狼は光に焦がれる

 ああ、夢を見ている―――五年間もの間、絶えず見続けてきた悪夢を。

 酒に逃げても逃げられなかった過去のトラウマがフラッシュバックし、今も鼓膜と網膜に焼き付いて離れない。

 爆音、絶叫、悲鳴。幾度と絶え間なく響き渡る音がより鮮明に鼓膜に伝わる。視界はとうの昔に爆撃をまともに見て一面真っ白。時折見える鮮血の赤と恐怖と歓喜に歪んだ死人の面が脳裏に深く深く刻まれていく。

 

『この命イリスのもとにぃ―――!!』

 

 敵の絶叫と共に、爆撃音がまた一つ木霊し仲間の肉体がまた一つ骸へと帰る。一人敵の首を切り落とす頃には、既に二人以上仲間が死んでいく。

 別段、仲が良かった訳ではない。ただ同じファミリアで、同じクエストに参加しただけの赤の他人。名前だった知っている方が少数だし、ほとんどが顔も知らない人達だった。

 だけど、ここで死んでいい奴等なんて誰一人いなかった。冒険に夢を、ロマンを追い求めて笑っていた今を生きる尊い者達だった。

 ましてや、こんな―――

 

『同士よ、恐れるな! 死を迎えた先こそ我々の悲願だ! さあ、我らが主神に忠誠を―――!!』

 

『―――うるせぇ、黙ってろ。死人が口を聞くなよ』

 

 俺やお前のような、生きているだけで害になるような亡者がアイツ等の命を奪う資格なんか何処にもないのだから。

 突如視界に潜り込んだ俺に驚愕するように一瞬息を呑んだ致命的な隙に、逆手に握り締めた短剣を振るい顎を切り落とす。宙を舞う狂気に歪んだ死人の面を掴み、能力の一部を発動するのと同時に首から下の爆弾である火炎石を身体に巻き付けた死体を一番混雑している空間へ蹴り飛ばして、その遺体に頭部をぶつける。

 

増幅振(ハーモニクス)

 

 激突した頭部と遺体は突如震え出し、まるで内側から破裂するように粉々に吹き飛んだ。同時に、身体に巻き付けられていた爆弾もその破裂に連鎖するように爆発する。

 ましてそれが身体中に爆弾を巻き付けた集団の中心部ならば、連鎖爆発は先ほどまでの比ではない。

 鼓膜が突き破られたのではないかと錯覚するほどの爆発連鎖が発生し、あまりの衝撃に大地が震える。常人ならば立っている事さえ不可能な現状こそ、最大のチャンスと化す。

 振動で体勢を崩す奴等の頸を片っ端から切り落とし、お望み通りの死へと送ってやる。宙を舞い、死が確定した首の無い自身の身体を見て彼等の瞳に宿るのは―――安堵。

 

『愚かなるこの身に、祝福を……』

『どうか、どうか我等の望みをォ!!』

『死よ! 死による祝福をぉぉおおおおッ!!』

 

 彼等の瞳に映るのは、死の恐怖からの解放。死してなお、自分達は救われるのだと信じて疑わない狂信者の色。

 それを前にして、刃を揮う腕が震える。噛み締めた奥歯はとうの昔に噛み砕け、荒ぶる感情の放流はとうに手綱から離れていた。

 

『ふざけんなよ……! 死にたいなら一人で勝手に自殺しろよ! 関係ない奴等巻き込んでんじゃねえよォッ!!』

 

 死は恐ろしい。そんなものは当たり前だ。誰だっていつか訪れる終わりが恐ろしいに決っている。恐怖を乗り越えろだとか、そんな英雄染みた事を思えなんて言う方が無理難題だろう。

 だからと言って、自分以外の誰かに命を捧げる事が正しいはずがない。ましてや、関係ない誰かを巻き込んでいい道理があるはずがない。

 そして何より―――あんなモノが救いなはずがない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

『あああああああああああああああああああああああああああああァァァァッ!!』

 

 口から溢れたのは悲鳴か咆哮か、もはや分からない。ただ一秒でも早く終わらせるべく敵を殲滅する。

 誰一人逃さない。ここで逃してまた被害が繰り返させないためにも、逃げまとう者であろうとも容赦無く頸を刎ねる。

 一人殺す度に、短剣が重くなる。血が刀身に纏わりつくはずもないのに、まるで命を吸っているようにズッシリと重く感じる。

 殺した相手の面が網膜から離れない。鼓膜の裏に仲間の悲鳴と敵の絶叫が染み付いて離れない。

 ああ、もう無理だ―――魂に罅が奔る音が聞こえる。英雄ならば、この状況でどう思うだろうか。この悲劇を、涙を明日の笑顔に変えるのだと決死の覚悟で更に前へ突き進むのだろうか。少なくとも、俺には無理だった。もう、戦おうという気概さえ浮かんでこない。

 それでも刃を揮うのは、ここに俺以外の誰かがいるから。少なくとも俺以上に価値のある人がいるなら、少しでも助けないと。

 

 もう、終わってしまった俺とは違うのだから。

 

『―――ああ、凄いな。オレの眷属達がほとんど殺されちゃったよ。流石はロキ・ファミリアの次世代の”エース”というべきかな? ゼノ・フォルスちゃん―――いいや、”吟遊詩人(オルフェウス)”』

『タナ、トス……!!』

 

 声がする方を向けば、そこにいたのは黒いローブを羽織る死神(タナトス)の姿が。ほとんどが衣類に隠され唯一正体を窺えるのが顔だけだが、その姿を見間違えるはずがない。

 匂うのだ。死に絶えろ、死に絶えろと、死の腐臭が奴から漂ってくる。その匂いを纏わりつかせている者を、俺が見間違えるはずがない。

 

『その名で、俺を呼ぶんじゃねえ……!』

『ああ、それなら死想恋歌(エウリュディケ)の方がいいかい? どちらにせよ、大した差じゃないしね。……ああ、今ならフレイヤの気持ちが良く分かる。彼女もこんな気持ちだったのかな? だとしたら、なるほど例え駄目だと分かっていても手を伸ばしたくなるわけだ』

 

 死神は笑う。その空虚な瞳に虚空の色を宿しながら俺の魂を見抜く。

 

『見せてくれ。死者の色をしながら、我が掌から零れ落ちた”生きる死者”よ。―――さあ、今こそ竪琴を弾いて我等の慟哭を癒しておくれ』

『―――アア、ああああああああああああああああああああああァァァッ!!』

 

 死んだ者は生き返らない。

 無くした物は返って来ない。

 それでも残り続けるモノなど―――”亡者(カイブツ)”以外の何モノでもないだろう。

 故に、俺は誰よりも俺を嫌悪する。憎悪する。

 

 “転生者(しにん)”など―――気持ち悪いに決まってる。

 

 突き付けられた”同類”だという真実に、気が狂ったように絶叫を上げながら身体能力、スキル、魔法の全てを駆使して死神に突撃する。

 ただ死ねと、俺の視界に入るな塵がと呪いを込めながら。

 そして、あと一歩で刃が届くという寸前で、グラリと視界が滲んだ。重心の感覚が曖昧になり、奇妙な浮遊感と共に何もかもが消えていく。

 それは当然の結末だ。何故なら俺はこの先の結末を知らないのだから。故に夢が写すのはここまで。再び悪夢は繰り返される。

 最後に見えたのは、ただ熱の籠もった瞳で嘲笑う死神の面と。

 

『―――さあ、怨みの叫びを天に轟かせよ。虚しく闇へ吼える竪琴を』

 

 まるで呪詛(カース)のような呟きが、『27階層の悪夢』から逃さないように心身に深く傷跡を残すのだった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 先ず初めに感じたのは、金槌でも打ち込まれたような鈍痛だった。

 

「おおおぅ、おあああぁぁ……」

 

 まるで鐘の内にいた状態で鐘を鳴らされたように、鈍痛が頭の内部で乱反射して目眩と吐き気が収まらない。全方位どこを向こうと気持ち悪さが消える事なく、吐き気を催して口元を抑える。

 寝惚けと吐き気のダブルパンチを喰らいつつ霞む視界を死に物狂いでこじ開け周囲を見渡して、ようやく現状を把握する。

 

「……ああ、そういや昨日はロキが酒持って乱入してきたんだっけ」

 

 周囲を見渡せば、空となって床に転がる瓶が二桁以上。初めは明日に備えて早く眠るために柄でもない酒に手を出して呑んでいた所に我等がロキ・ファミリアの主神であるロキが乱入してきて気が付けばこの有り様である。

 

「むにゃははは……まだや、酒が足らへんでぇ……」

「……こんなんでも、神様だからなぁ」

 

 足元で空となった酒瓶を大事そうに抱き締める残念女を眺めながら、その真実に軽く目眩がする。あっ、ヤバイホントに吐きそう。酒の飲み過ぎ、二日酔いダメ、絶対。

 

「やっぱ酒になんて頼るんじゃなかった。つーか何で耐異常のアビリティが働かねえんだよクソがアルコールだって人体には害だろ毒を癒やすならアルコールだって癒やしてくれよ割とガチで」

 

 ブツブツと文句を口にしたところで何も変わらないと自覚しているが言わなきゃやってられないのである。とりあえずシャワーでも浴びて少しでもさっぱりしようと扉を開けて、

 

「おーいゼノー! 早く朝ご飯食べないと遅れってうわ、酒くさっ!?」

「ティオナ……頼むから耳元で叫ばないでくれ……頭ガンガンするんだよ」

 

 開口一番にとんだ言い草な仲間に頭を押さえながら文句を言う。言われた少女は不満そうに頬を膨らませ、彼女が感情に豊かな天真爛漫な少女だという事が窺える。もっとも、アマゾネス特有の露出の高い服装からしてそういう性格なのは理解できるが。

 

「えー、だってゼノが悪いと思うよ? 今日みたいに大事な日にそんな酒に酔い潰れちゃてさぁ」

「あー……? なんか在ったか今日?」

 

 いかん二日酔いが酷くてろくに思考が回らん。頭痛と吐き気で足元さえ落ち着かない悪循環の中記憶を遡ろうとして、ティオナの声で理解する。

 

「何って、今日は大事な『遠征』のだよ! ほら、前回もそうやって二日酔いでサボったんだから今回はシャキッとするの!」

 

 そもそも、俺が酒に手を出す事など宴会の時か遠征の前日以外滅多にないのだから、考えるまでもなかった。

『遠征』という言葉に酔いで曇っていた思考が一瞬で覚め、鈍い熱を持っていた身体は一気に氷点下。カラカラの喉の乾きは唾を幾ら呑んでも消えやしない。

 そうだ、俺達はこれから―――命を掛けた戦場に赴くのだ。”ダンジョン”と呼ばれる迷宮地下に。

 

 迷宮都市オラリオ―――此処がそう呼ばれる謂われは、この都市が唯一ダンジョンと呼ばれる迷宮の上に建てられているからだ。

 遥か昔、まだ人類こそが地上の覇者だと懐疑の念さえ持たなかった時代。一つの穴が存在した。その穴から人類に敵意を持った怪物であるモンスター達が溢れ出していた。人類は必死に抵抗したが、人成らざる力を持ったモンスターに為す術もなく、次第に追い詰められていた。

 そんな時に、救世主として彼らは現れた。地上である下界に降り立った天界の超越存在―――神々が。

 娯楽として、神々は人類にある力を提供した。『恩恵』と呼ばれる奇跡は、人類に急激な力を与え地上に蔓延るモンスター達を次々に打ち倒し、やがて『穴』であったモンスターの吐口に封印を施しその上に都市が建てられた。

 その都市こそ迷宮都市オラリオ―――その都市の中でも、神と契約して集ったファミリアの中でも更に優秀な迷宮都市最大派閥なのが俺が住んでいるロキ・ファミリアなのであった。

 そんなファミリアならば、必然的にダンジョンの奥地を探求するものであり、階層が深部へ下がるほど命の危険が増すのは当然の摂理だ。

 

 だから、目の前でにこやかに『遠征』を楽しみに笑うティオナの姿を見て―――未だ震えを必死に隠そうとする自分自身に吐き気がする。

 そうだ、怖いんだ。命を掛ける事は恐ろしくて、今すぐ逃げ出したい。何が第一級冒険者だ、何がLv.5だ。どうして皆わざわざ痛い思いをしにに行く。本当に勘弁してくれよ。頼むから放っといてくれよ。

 それでも逃げ出さないのは、最後に残った残り滓のような矜持だからか。歳下であるこいつらが命掛けているのに、歳上である俺が逃げる訳にもいかないだろ。酒には逃げるけど。

 

「あーぁ、ほんと世知辛い世の中だわぁ……」

「ゼノ? どうしたのそんな天井見上げながら目許を抑えて」

「んにゃ、別に何も。つーかあんま俺に構ってないで他の奴等の所に行かなくていいのか? 遠征まであんま時間ねえんだろ」

「あーッ! そうだった、アイズがいつまで経っても食堂に来ないから迎えに行ってたんだ。じゃああたしは行くから、ゼノも遅刻しちゃダメだからねぇ――ッ!!」

「はいはい、分かったからとっとと行きな」

 

 またねー! と元気よく腕をブンブン振りながら去っていくティオナに適当に手を振ってあしらいつつ、胸の縁に宿るどうしようもない感情を吐き出すように嘆息する。

 顔を上げれば、そこにはガラス越しに映る自分の顔が。何年もの付き合いのある嘗てとは違う他人の顔に嫌気がして、同時にガラスの顔も嫌悪に歪んだ。

 寝癖の酷いボサボサの黒髪に、死んだ魚のような濁った赤い瞳。着崩された衣服は俺の心を表しているようで、何処からどう見ても駄目駄目なおっさんにしか見えなかった。

 これでも23歳なんだけどなー、とボヤくが十中八九この死んだような眼のせいだろう。仕方ないかと吐き捨ててガラス越しの空を見上げて見れば、曇一つなく青空に爛々と輝く太陽の姿が。

 

「ホント、忌々しいくらいにいい天気だなぁ、おい」

 

 どの世界であろうと、地上を照らすその輝きは変わらないようだ。

 



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僕アカ 偽りの爆破1

 ――意識が覚醒する。

 触覚が目覚めた直後の事もあって鈍く、まだ微睡みの中にいたいと思う弱音を我慢し目蓋を開く。

 暗い目蓋の裏側から視界が広がれば、そこに視えたのは天井だった。

 もう、見慣れてしまった天井を睨み付けるように暫し睥睨してベッドから起き上がる。壁に掛けられた時計の時刻を確認すれば、朝の六時過ぎ。

 窓の外を見て、雲一つない晴天なのを確認するとクローゼットからジャージ一式を取り出し寝間着から着替える。自室から出て足音を立てないようにして玄関に向かう。

 扉を開けて早朝の事もあってか人がいない道の前で、軽くストレッチを行い、一度深く深呼吸をする。

 

「――行くか」

 

 準備は完了。俺はもはや日課となっている朝のランニングを開始した。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 “個性”と呼ばれる超常現象を起こせる人々が生まれるようになってから早数年。個性を使用し犯罪行為に奔る者が増え始め、崩壊する社会秩序の中、ある職業が脚光を浴びるようになった。

 それは一度は誰しもが憧れ、けれど破れ忘れるはずだったもの。けれどそれはもはや夢ではなく現実となった。

 

 ――その職業の名は、“ヒーロー”。

 

 弱気を助け強気を挫く、善を愛し悪を憎む。そんなヒーローに誰もが憧れた。

 

 ()()()()()、俺はヒーローに成らなければならない。

 それが、俺の唯一の贖罪なのだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

「ふっ――、はぁっ―――ッ」

 

 片道五キロの位置にある川の付近にある開けた広場で呼吸を整え、荒ぶる鼓動を抑えていく。目に入った汗を袖で強引に拭い、ジャージの上着を脱いでほてった身体に爽やかな朝の風が吹いて心地いい。

 だが、いつまでも休んでいる訳にはいかない。呼吸を整え終えると、周囲に人がいない事を確認してから両足を肩幅に開いて前後に構え、眼前を見据える。

 そして、個性を発動した。

 

「はぁアアアッ!」

 

 瞬間、掌が爆発する。

 焼ける匂いと舞う粉塵。前方で爆発した熱に冷えてきた体温は上昇し、更に爆発を繰り返す。

 

 ――個性“爆破”。

 

 掌の汗腺がニトロのような汗を出し、それを自在に爆発させることが出来る個性。それは即ち、動けば動くほど威力を増していくという長期戦型の優れた個性という事。

 そしてそれは、本来ある少年が手に入れていた個性である。

 

「チぃいッ!」

 

 目前の爆発に距離感を間違え、至近距離で爆発したために衝撃で僅かに後退してしまう。

 爆破という個性は目に見えて派手で強力だが、威力が高すぎるというデメリットも存在する。これが筋力増加型の個性ならばその分肉体も強化されているため問題ないが、能力が向上しても肉体面では変化がない俺はそれに十分気を付けなければならない。

 掌のまま爆破させて腕を損傷させる可能性も十分あるのだから。

 

 地面を蹴り、今度は戦法を変えていく。身体が宙に浮いた瞬間に強烈な爆破をさせて――空を飛翔した。

 

「―――ッ」

 

 瞬間、両肘に奔る負担に奥歯を噛む。肉体一つを浮かばせ移動するほどの威力、及びタイミング。それを正確に判断しなければその負担は身体に襲い掛かる。

 否、気を付けることはそれだけではない。飛ぶ、というよりは跳ぶに等しいこの飛行は当然維持に難しく、且つ瞬間的な爆発のため視界が急に飛ぶのだ。

 上に向かっているのか、下に落ちているのか、瞬時な空間認識が必要となってくる。目を見開き、動体視力を駆使して現在の位置を把握し、

 

「お、らァあっ!!」

 

 もう一度爆破させて上昇しつつ、爆発の遠心力を利用した回し蹴りを宙に放つ。すぐさま反転、今度は爆発でイメージした相手の背後に回り、更に爆発させ宙で身体を回転させ、裏拳を叩き込む。

 常に思考を張り巡らす。敵の位置、爆発の威力と距離。汗の量と現在の空間位置。身体を動かせば動かすほど汗が吹き出し思考が鈍り、息苦しくなり焦る感情を必死に押さえつけ最善の手段を取り続ける。

 慌てるな、急げ、攻めろ、回れ、距離は、威力は、考えて考えて考えて――

 

 やがて、ポケットで震えるアラームにようやく意識がそちらに向いた。

 加速を止め、地面に墜落する寸前で爆発させて衝撃を殺し、無事着地する。ようやく吸えた新鮮な空気にまるで砂漠でオアシスでも見つけたかのように無我夢中で何度も呼吸を繰り返し、熱い身体を沈めていく。

 

「……まだまだ、だな」

 

 ところどころ焦げてしまった自分のジャージを見て皮肉げに嗤う。

 ああ、なんて無様。まだ足りない、こんなものじゃ許されない。もっと強く、もっともっと強く強く――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脱いでベンチに掛けておいた上着のジャージを着直し、帰宅すべく再び五キロの道を走り出す。

 立ち止まらない。止まっている暇などない。何故なら、

 

「俺は、爆豪勝己なんだから」

 

 ――ヒーローに憧れていた少年の人生を奪ってしまった俺の罪なのだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 爆豪勝己、という少年がいた。

 彼は自尊心が高く傲慢で、しかしそれに相応しい素質を兼ね備えていた。

 確かにその言動はヒーローには相応しくなかったのかもしれない。だけど、彼はヒーローに憧れて、誰にも負けない強い覚悟の持った小さなヒーローだった。

 だというのに、気が付けば“俺”は爆豪勝己になっていた。

 目が覚めて、過去の記憶と現在が結びつかず茫然としているところに医者と両親を名乗る人達が部屋に入ってきて、事故で数日意識不明だったなどと説明を受けて、どこか他人事のように訊いていれば、自分の事だと教えられ。

 誰かと尋ねれば記憶喪失だと疑われ、色々聞かされている内に自分が“爆豪勝己”なのだと理解して。

 初めに訪れたのは途方もない後悔だった。

 “俺”が何かしたのか。それとも“爆豪勝己”に何かあったのか。理由は解らない。けれど間違いなく彼の居場所を俺が奪ってしまった事には他ならない。

 

 ああ、なら、俺がなるしかないだろう。

 爆豪勝己の代わりに。いつか彼が目を覚まし俺が消えるまでの間、彼の代わりに彼が目指した『ヒーロー(憧れ)』になる。それこそが、人生を奪ってしまった俺に出来る唯一の贖罪。

 

 ――たとえ、俺自身がヒーローに何の憧れを抱いていないとしても。

   俺は、ヒーローにならなければならない。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ある中学校の三年生の教室。ザワザワを騒めく生徒達の前で教師の男性がプリントを配りながら口を開く。

 

「えー、君達も今年で三年生になる。これからの将来の事を考えていく時期だ。という訳で今から進路希望表を書いて貰うけど……」

 

 プリントを配り終え、辺りを見渡せば生徒達も何を当たり前と言わんばかりに笑みを浮かべ、

 

「まあ、みんなだいだいヒーロー科志望だよね」

『勿論!』

『せっかくの個性なんだからそれを活かしたいよな!』

『ねー!!』

 

 先生の言葉を切っ掛けに、皆が自身を誇るように個性を発動させる。その周りから隠れるように身体を小さく縮こまる少年がいた。

 

(せっかくの個性、かぁ……)

 

 緑色の髪にそばかすが目立つ少年の名前は緑谷出久。この個性が宿る世代では珍しい――“無個性”である。

 個性があったらと何度も思った。だからこそ、こうして皆が個性を発動しているのを見るとどうしても暗い気持ちになってしまう。

 と、皆が騒いでいる中、ふと先生は思い出したようにポツリと呟いた。

 

「あっ、そういえば緑谷と爆豪は『雄英高』志望だったな。まあ厳しいと思うが受けるなら後悔しないようになぁ~」

 

 先生の呟きに、一瞬の間静寂が包み込み――瞬間、爆笑が爆発した。

 

『ぎゃははははははははは!! 緑谷ぁ、お前本気で言ってんのかよ!?』

『勉強が出来てもヒーローにはなれないんだよ?』

『そうそう、“無個性”じゃ絶対無理だって! 現実見ろよッ』

 

 哄笑、嘲笑、爆笑――そのどれもに含まれている感情は、“呆れ”。

 現実を見ていない馬鹿な子供が夢を語るような、無遠慮な視線が出久を貫く。

 それもそうだ、何故ならヒーローとは、出久が信じるヒーローも、皆優れた個性を持っている。個性を持たないヒーローなど今まで存在しなかった。

 出久がヒーローになりたいと言うのは、碌に登山もしたことがない素人が何の装備も持たずエベレストに登ると言ったのと同じようなものだ。

 考えるまでもなく、誰もが不可能だと思って当然だろう。

 

(……けど、だけど、それでも……ッ!)

 

 ヒーローになりたいと思うのは、間違いなのか。

 憧れオールマイトのように、笑顔で誰かを助けられるようになりたいのは間違っているのか。

 分からない。けれど、胸の中から吹き上がる感情を自身でも分からないまま吐き出そうと出久は俯いていた顔を上げて、

 

 

 

「――うるせえ」

 

 

 

 刹那、今度は呆れとは違う別の衝撃が場の騒々しさを静寂に包んだ。

 

「さっきからごちゃごちゃどいつもこいつも……発情期の猿共かテメエらは」

 

 それは決して怒鳴り声ではない。だというのに誰しもがその声に耳を傾けていた。否、聞き込んでしまう“凄み”があった。

 まるで、彼らが憧れるヒーローのような、そんな自分達とは何処か違う存在感が。

 その声の主――今まで眠ってたのか、アイマスク代わりにしていた本を退かして見えるのは、鋭い眼光。

 彼こそ、出久と同じ『雄英高』を目指すもう一人。この学校、否この付近でも顔を知られ一目置かれている少年。

 

「か、かっちゃん……」

 

 個性『爆破』――爆豪勝己。

爆豪は立ち上がると緑谷の傍に近づくと見下ろした。その眼を見て、緑谷は何かを言おうと口をまるで餌を求める鯉のようにパクパク動かすが、何も言えない。

 まただ。昔のように荒々しく怖い頃とは違い、今の爆豪は大人びて冷静だった。けれど、その眼を見ると何も言えなくなってしまう。

 その瞳――まるで全てを見通しているような無機質な瞳を見ると、思考が一瞬で白紙になる。

 

「別に、否定はしねえよ」

「……え」

 

 だから、一瞬爆豪が何て言ったのか緑谷は分からず呆けてしまった。

 

「テメェの人生だ、好きな所受けりゃいいだろ。ごちゃごちゃ言われた程度で諦められるならその程度だってことだ。ならここまで言われて変える気がねえならテメェの好きにしろや」

「―――ッ!!」

 

 爆豪の言葉に、思わず出久は言葉を失った。

 親も教師も友人も誰もが無理だと言った。けれど、彼は違った。爆豪だけは出久の夢を肯定してくれた。

 だから、出久は踏み込んでしまった。

 本当なら、聞かなければいいことを。

 

「かっちゃん!」

「あァ?」

 

 出久が、ずっと昔から抱えているトラウマを。

 誰かに肯定してほしかった願いを。

 

「僕も、ヒーローになれるかな?」

 

 その言葉に、出久が初めて“凄い”と思った憧れヒーローは――

 

「――無理、だな」

 

 呆気なく、彼の夢を砕いた。

 

「……えっ」

「勘違いすんな。俺はテメェが受けるのは自由にすればいいって言っただけで成れるとは一言も言ってねえだろうが。テメェがどんな人生を選ぼうが、それはそいつの人生だ。好きにやりゃいいさ。けどな、テメェは今まで何をしてきた?」

 

 爆豪はふと先の騒ぎで机から落ちた出久のノートを拾い上げると、中身をパラパラっと捲り、

 

「確かによく調べてある。ヒーローの調査として見れば間違いなく一流だろ。で? お前はこんなヒーロー達と戦うヴィラン相手にどうする気だ?」

「そ、それは……」

 

 それは、正論だった。

 夢に憧れるのはいい。けれどそこからどうすればいいのか出久には分からなかった。だから調べた。調べることしかしてこなかった。

 

「デク、テメェは無個性だ。どう足掻こうがその事実は変わらねえ。で? お前は今まで何をしてきた?」

「………」

 

 出久はそっと自分の腕を見る。余りに細い、憧れオールマイトとはかけ離れた小さな体。

 

「お前は、今までヒーローになるために何をしてきた?」

 

 ――何も、してこなかった。

 ヒーローになりたかった。個性があればと何度も思った。けれど、そこまで。思っただけで、調べただけで満足していた。

 改めて目の前の爆豪を見る。

 引き締まった身体。個性を駆使したためか火傷の後が見える手。鍛えられた筋肉。

 目の前の少年は、無個性の自分よりも何倍も努力していた。

 

(ああ、そうか……)

 

 それは、今まで訊いてきた中でも一番胸を抉る言葉だった。

 ただ否定するのではなく、話を訊いた上で正論で否定された。

 

 

 

「憧れだけでヒーローになれるはずがねえだろうが」

 

 

 

 ヒーローに憧れただけでなく、ヒーローを目指している者の言葉は。

 ヒーローに憧れただけで、何かに憧れる事しかしてこなかった少年の心に深く突き刺さった。

 

 視界が揺らぐ。涙がにじみ出る。声が遠く、泣き虫な自分がどうしようもなく憎かった。

 だから、だろうか。

 

「――まったく、どの口がほざいんてんだか」

 

 まるで心底自分を軽蔑するように嘲笑した爆豪の声が緑谷には聞こえなかった。

 



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僕アカ 偽りの爆破2

(ほんと、どの口がほざいんてんだか……)

 

 放課後、もはや見慣れた通学路を歩きながらホームルーム中に緑谷に向けて発した自分の言葉を思い返しながら心の中で吐き棄てる。

 そもそも、そんな言葉を口にする資格など自分にはないのだから。ヒーローを目指していた本物の爆豪勝己ならともかく、ヒーローに憧れてもいない偽物の自分が言っていい言葉ではない。

 それなのに口にしてしまった自分に自己嫌悪して嘆息すると、俺が憑依する前から爆豪の友人だったクラスメイト達がふと話しかけてきた。

 

「しっかし、カツキも緑谷に対して正論言い過ぎじゃね? あれ絶対心ぽっきり折れてたって」

「そうそう、幼馴染なんだろお前ら。もうちょっと夢見させてもいいんじゃねえの?」

「あ?」

 

 半笑いで適当な事を言ってくるこいつらに、思わず眉間の皺が寄る。この肉体の影響か、少しでも苛立つだけで表面上にも出てくる癖は治そうとはしているのだが、中々治らないのが現状だった。

 表情が変わった事で俺が怒ったとでも思ったのか、二人は慌てて口を回す。

 

「い、いやいやだってそうだろ? あんなの適当に言やいいじゃんか! それなのにわざわざあんなこと言って自殺でもされたら、それこそカツキの内申点に響くだろ!?」

「そうそう! 俺達はおまえの心配してんだよ、なっ!?」

 

 元々の爆豪勝己の性格を知っているためか、慌てて言い訳を口にする二人に嘆息する。俺が本物の勝己ではない事を知られないために最低限の接触で済ませているため、バレてはいないが酷く恐れられていることには変わりない。

 まあ苛立ったらすぐ爆発させるような奴だし、そんな危険物が傍にいたら恐怖するのも仕方ないかと自分に納得させつつ、眉間に寄った皺を指でほぐしながら言う。

 

「あのな、生半可な覚悟でヒーローに成る方がアイツにとっても助けられる側にとっても不幸だろうが。憧れてるだけで、ろくに準備もしていないド素人が災害地に救助に来たとしても足を引っ張るのと同じようにな。第一、あの程度の正論で諦めるなら端からその程度の憧れだったってだけの話だろうが。本当になりたいなら、止まらねえだろ」

 

 そうだ、彼は緑谷出久なのだから。

 オールマイト(ヒーロー)に憧れ、誰よりも夢に焦がれ、努力し続ける主人公(ヒーロー)なのだから。

 俺なんかよりも、よっぽとヒーローの資格を持っているだろう。ヒーローに憧れを抱いていない俺なんかより数百倍も。

 

「……つか、なんだテメェ等。揃いもそろってそんな阿保面晒して」

 

 ふと我に返り友人達の方を見ると、何故か彼等はポカンと間抜けに口を開いて俺の方を見ていた。その様子に不思議がって声を掛ければ、彼等は少し恥ずかしそうに顔を背けてながら頬を掻いた。

 

「いや、なんつーか……カツキは本当にヒーローを目指してるんだなって思ってな。やっぱお前は凄ぇヤツだよ」

「普通さ、そこまで相手の事考えないぜ? やっぱかっちゃんは成れると思うぜ、凄ぇヒーローにさ」

「……なにこっ恥ずかしい事言ってやがる、馬鹿共が」

 

 彼等の憧憬に満ちた視線に耐えきれず、思わず顔を逸らしてしまう。それを見て照れているとでも思ったのか馴れ馴れしく肩を叩いてくる彼等に気づかれぬよう奥歯を噛んだ。

 

 ――違うんだ、俺はそんな大層な男じゃないんだよ。お前らがそんな憧れの視線を向けていいカッコいいヒーローなんかじゃないんだ。

 ヒーローを目指しているのは、あくまで贖罪。本当の爆豪勝己彼が歩むはずだった人生を奪った罪を償うために成ろうとしているだけ。自分の意志ではなく、ただ敷かれたレールの上を歩くことしかしていない。

 何もかも宙ぶらりん。まるで操り人形。そんな俺なんかに、お前達が憧憬を向けるなんて間違っている。

 

「ほんと、どの口がほざいんてんだか……」

 

 そんな何もかも無様な自分を嘲笑うように悪態を付いてふと顔を上げれば、前方に広がる景色にふと違和感を覚える。それと同時に、喉に骨が詰まったようなどうしようもない不快感が歩む足を停止させる。

 何だ、何を見落としている? いや、俺は何を忘れている――?

 朝の出来事、ヒーロー、雄英学園、物語の始まり、震えるマンホール。

 

 そして――溢れ出る泥。

 

「そうだ! もしカツキがヒーローになったら一番にサインくれよ! そしたら俺がお前のファン一号だって皆に自慢できるしよォッ!」

「あっ、ズリィぞ! 俺にもサインくれよ!」

「――逃げろ」

 

 二人が何かを話していたが、既に忘却の彼方。身体は条件反射の領域で二人の前に飛び出し、個性を発動。震えるマンホールから溢れた泥と爆発が激突するのは紙一重のタイミングでほぼ同時だった。

 

「は――?」

「え――?」

「チィ――ッ!」

「――ぼさっとしてんじゃねえ! とっとと逃げろ馬鹿共ッ!」

 

 声を荒げ、茫然とする二人を逃がすために叫ぶ。視線は爆発で発生した粉塵の向こう側、何かに当てた感覚にその存在を確信する。

 ああ、そうだ。何で忘れてんだ俺の馬鹿。今日は原作の始まり――泥男のヴィランに襲われる日だっただろうが!

 

「な、何やってんだよカツキ! そんな公共の場で個性を発動なんかさせたら駄目に決まってんだろ!?」

「そ、それに今誰かいなかったか!? はやく助けねえと……!」

「いい加減にしろよボケナス共! あれはヴィランだ、足手纏いだからとっとと逃げ――」

 

 あまりにも検討違いな事をほざくので思わず怒鳴りながら振り返って――ふと、視線があるものを捉える。

 それは道端にある排水溝。喚く二人の後ろにあったそれから泥が噴き出てくるのを。

 それを直視した瞬間、最悪の予感が浮かび二人の元へ駆ける。そしてその予感は、想像通り最悪の形で現実となった。

 

(糞ッ! 爆破して何処かへ逃げてもよかった。下水道へ逃げてくれればよかった。だがコイツ――道路の脇にある排水溝を通って俺以外を狙って来やがった!)

 

 確か、このヴィランはオールマイトに襲われて避難すべく器を探していたはずだ。乗っ取られた人間がどうなるのかは分からなかった。意識を奪うだけならまだいい、だがもしかすれば窒息死させてから死体を乗っ取っていた可能性も十分ありえる……!

 

「え、ひぃっ、た、たすけ――」

 

 背後から噴き出た泥に呑まれてようやく自分の現状を理解したのか、情けない悲鳴を漏らし泥を掻き分けながらこちらに救いの手を伸ばしてくる。

 爆破の個性を使えば、クラスメイトの彼まで巻き込んでしまう。だが見捨てることは出来ない。

 ならば、俺が選べる手段は一つしかなくて。

 

「クソッタレ……!」

 

 伸ばされた腕を掴み、強引に引き抜く。そして、踏ん張る足場がない以上自分と同体重並みの重さを動かせば反対に自分がそこへ突っ込むしかなく。

 

「――良い個性の、隠れミノ」

 

 それがヴィラン敵の狙いだと分かっていてもそれしか選べない自分の弱さに、悪態を吐くしか出来なかった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「はぁぁぁぁぁあああああああ~~~」

 

 肺どころかもはや全身の酸素を吐き出しているのではないかと思うほど深い溜息を吐くのは、緑谷出久。彼は今絶望のどん底にいた。

 

(やっぱり無理なのか……無個性でヒーローになるなんて……)

 

 ――憧れだけでヒーローになれるはずがねえだろうが。

 ――相応の現実も見なくてはな。

 

 今朝のホームルーム中での爆轟勝己の言葉と、偶然出会えたオールマイトから言われた宣告が頭の中でリフレインする。

 ……本当は分かっていたはずだ。無個性がヒーローになんてなれるはずがない事ぐらい。分かっていたから、必死に誤魔化してきたんじゃないか。

 見ないように、見ないように――って。

 

『おい見ろよ! 向こうで凄い騒ぎが起きてるぜ!? ひょっとして大物敵なんじゃね!』

『マジかよ、ちょっと見にいってみねぇ?』

『えー、危険じゃない?』

『大丈夫だって、すぐヒーローが片付けてくれるさ!』

 

 失意のどん底に沈んでいた意思が、周りの騒音に釣られつい足が騒動の中心へと向かっていく。諦めたというのに、それでも無意識に向かってしまう自分の愚かさに緑谷は自嘲の笑みを浮かべながらその現場を見た。

 その壮絶な現場を見て、絶句した。

 

「――えっ」

 

 そこにいたのは、泥のヴィラン。先程オールマイトによって倒されたはずの敵は、誰かの身体を乗っ取ろうとして暴れている。

 爆発する周囲。ヴィランを中心に爆発が連続し、被害が拡大しヒーローが近づけないでいる。かなりの距離が開いているのにも関わらず肌に突き刺さる熱気は、それほどまでの威力を表していた。

 緑谷が驚いたのは、そこに泥型のヴィランがいたからではない。その爆発は、緑谷出久にとってある意味忌々しく、同時に憧憬の証でもあったのだから。

 爆発が起き、粉塵に包まれていた姿が顕と化す。そこにいたのは身体中を泥に覆われ、それでもなお足掻く緑谷出久の憧れたヒーロー。

 

「――かっちゃん?」

 

 囚われていたのは、爆豪勝己だった。

 

「おおォオオオオオオオオ―――ッ!!」

 

 まるで獣の咆哮のような雄叫びが木霊し、爆発が連鎖する。

 雄叫びを上げられるのは、まだ爆豪勝己に抗う意志が残っているから。

 

(……凄い)

 

 一度、あの泥に呑まれた事がある緑谷だからこそ、それがどれほど困難なのか理解できる。

 苦しいはずだ、辛いはずだ。息も出来ず身体の支配権を徐々に奪われていくのは恐怖さえ覚えるはずだ。それなのに彼はまだ抗っている。

 そして、驚愕すべき点はそれだけではない。

 

 「ああァァァあああああああああああ―――ッ!!」

 

 稀に、爆豪の手のひらが此方に向けられることがある。しかし爆発する寸前、突如腕が明後日の方向に向き爆発が逸れている。

 それは即ち、彼が抗っている証拠。一般市民を巻き込まないように、今もヴィランに身体を乗っ取られかけているのにも関わらず誰かを守ろうとする精神力。

 そして、

 

『おい、救助できるヒーローはまだか!? あの子が捕まってからとうに七分も経過してるぞ! このままだとあの子供がタフだといっても限界だッ!』

(な、七分も……!?)

 

 ヒーロー達の会話の内容に思わずぎょっとする。数秒で限界だった緑谷にとってその数値はもはや規格外。

 

 やっぱりかっちゃんは凄い/やっぱり僕じゃ無理なんだ――

 

 憧れと絶望が同時に襲い掛かり、胸の奥にある何かに罅を入れていく。かつて夢と呼んでいたそれは、目の前の現実によって砕かれようとしていた。

 どうして、そこまで頑張れるのだろう。どうして、そこまで強くあれるのだろう。

 

(……ああ、そうか。僕がヒーローになれないのは、それがないからなのか)

 

 個性など関係ない。その思いこそがヒーローの証。その信念こそがヒーローの輝き。

 ああ、それはなんだったのだろうと――夢の残骸が砕け散る寸前、

 

 

 

 ――ふと、緑谷出久と爆豪勝己の視線が交わった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――苦しい。

 

 ――身体が、思う通りに動かない。

 

 ――意識が、反転する。

 

「ガぁぁぁああああああああああ―――ッ!!」

『はっハハハハ! 凄ぇ個性だ! これだけ力がありゃ奴に報復できる! 感謝するぜ少年っ!』

 

 泥型のヴィランに身体を乗っ取られてから、どれほどの時間が経過したのだろう。体感では数時間以上だが、おそらく現実は数十分すら至っていないのだろう。

 泥型のヴィランは、ある意味俺と相性最悪の相手だった。個性が泥になることなのかは分からないが、肉体を乗っ取る時にこのヴィランは肉体の支配権を奪っていく。

 そして、俺の個性『爆破』は手の平の汗をニトロような劇物に変えるもの。即ちその部分の支配権を奪われれば、強制的に個性を発動させることが出来てしまった。

 爆発を予知して、咄嗟にヒーローに向けられていた手の平を翻して向きを変える。爆発はヒーローや市民達の傍をギリギリ掠めていった。

 

(クソッ……もうほとんどの身体の支配権を奪われちまった)

 

 先ほどまで何とか肘から手までは動かせたのに、今では一瞬しか動かすことが出来なくなってしまっている。まるで全身を糸で雁字搦めにでもされたかのような。

 操り人形ってこんな気持ちなのかなと、思わず場違いな感想が頭に浮かぶ。けれどもはやそうやって現実逃避するぐらいしか今の俺に余地はなかった。

 

『しかし凄ぇな少年、俺にここまで乗っ取られておきながらそれでも意識を保ってる奴なんざ初めてみたぜ。まあ、俺に乗っ取られたのが運の尽きだったなぎゃハハハハ!』

「うる……せぇよボケがァああ! 舐めて、んじゃねえぞぉ……ォォッ!」

『その強がりもどこまで持つか見物だなぁおい』

 

 強がり、というヴィランの言葉は真実だった。

 もう、限界だ。今まで死に物狂いで堪えてきたが、そろそろ意識を保つのが困難と化してきている。むしろここまで耐えられたのが奇跡だろう。

 ああ、苦しい。辛い。何で俺がこんな目に――そんな泣き言が頭の中に浮かんでは消えて、抵抗する意志を奪っていく。

 やっぱり、俺はヒーローにはなれない。ヒーローだったらここで御都合主義染みた覚醒を起こしてきっと乗り越えられる。いや、きっとそもそも俺みたいに苦しいなんて考えすら浮かばないのだろう。

 誰かのためになんて、戦えない。

 俺は結局、徹頭徹尾己のためにしか生きれない塵屑なんだ。

 ごめんなさい。俺はやっぱり――

 

(誰か、助け――)

 

 そして。

 とうとう来た限界に、思わずヒーローとして最低な行為であろう誰かに頼ろうとして、

 

 

 

 ――ふと、目が合った。

 

 

 

「――――」

 

 居た。

 この世界の主人公(ヒーロー)が。

 身体を震わせて、涙を浮かべて、それでもなお――爆豪勝己()を信じる目で、俺を見ていた。

 

「―――ああ」

 

 こんな偽物でも、君は信じてくれるのか。失望するわけでもなく、それでも目標だと思ってくれるのか。

 俺なんかを――ヒーローだと言ってくれるのか。

 ならいいさ。なってやるよ。俺は俺のためにヒーローにはなれないけれど。君のライバルとして、君のいずれ超えるべき壁として。

 君の為に、ヒーローになってやる。

 

「呵々ッ」

 

 さあ、笑え。辛い時こそ笑ってみせろ。

 意地を張れ、見栄を張れ、気張ってみせろ、格好付けろ。

 男なら――辛い時こそ、痩せ我慢だろうが!

 

「おい、クソモブ共にクソヒーロー共ォ! 巻き添え喰らいたくなかったらとっとと離れろォ!」

『なっ、おまえ何を――』

「おい、クソヴィラン」

 

 俺の言葉に慌てるヴィランの言葉を遮り、獰猛に嗤う。持てる意志を駆使し右腕を下に向け、左手で固定して踏ん張る。ブチブチと何処かの筋が切れた音がしたが知ったことではない。

 だいだい、それ以上の痛みが来ると分かっているのだから。

 

「一つ、勝負といこうか」

 

 右手に集中していくのは、個性の発動の前兆。

 

「テメェが俺を乗っ取るのが先か、それともテメェが我慢できなくなるのが先か――」

『お、おまえまさか!?』

 

 泥男はようやく俺が何をしようとしたのか理解したのか慌てて俺の身体を止めようとするが、もう遅い。

 

「さあ――我慢比べと行こうじゃねえかァッ!!」

 

 個性発動――ゼロ距離爆発。

 刹那――圧倒的な熱量が全身に襲い掛かった。

 

「ガァァァああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』

 

 激痛、激痛、激痛、激痛、激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛衝撃熱激痛激痛激痛激痛激痛焼却激痛激痛激痛激痛激痛熱激痛激痛激痛激痛激痛忘却激痛激痛激痛激痛激痛嚇怒激痛激痛激痛激痛激痛―――!!

 

 至近距離、などという言葉すら生温い。これは言うなれば直撃だ。他者に向けられた一撃ではなく自分の内側に向けられた爆発は俺自身と、俺の身体を乗っ取るために覆っていた泥型のヴィランに深刻な被害をもたらしていた。

 

『お、お前正気かぁ!? 自分に向けてそんな威力ぶっ放すなんて自殺行為だろうが!』

「第二弾、装填……」

『あ、おい待て、ふざけ――』

「――発射(バースト)ォッ!!」

 

 再度、爆発。

 再び自分とヴィランの口から溢れる咆哮と悲鳴が木霊し爆発にかき消される。正直、ヴィランが何かを言っていた気がするが、強烈な爆発音で既に耳がイカれてしまっていた。

 否、耳だけではない。超至近距離で爆破した熱量は容赦なく身体の内側を攻め巡り、血流はマグマのよう。眼球も爆発の影響で実は目ん玉から飛び出たのではないのかと、もはやほとんど映らない。

 それでもと、腕を掴む僅かな感触を頼りに、奥歯を噛み砕く勢いで歯を食いしばり次の衝撃に備える。

 

「第三弾、装填――発射(バースト)ォッ!!」

 

 再度爆発。続いて第四、第五、第六と連続して爆発が起き、肉の灼ける匂いがほとんど機能を失った嗅覚に訴えかけてくる。

 見なくても分かる。きっと俺の腕は酷い火傷の痕があるのだろう。いや、そもそもくっついていることさえ僥倖か。

 それでも、負ける訳にはいかない。折れた奥歯を吐き棄てて、再度爆発させようとして、

 

『ふ、ふざけんじゃねえ! 付き合ってられるかァああ!!』

 

 ――ふと、身体の拘束が解けたのを感じた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――ヤバいヤバいヤバい!!

 

 泥型のヴィランは現在、混乱の極致にいた。

 運が無かったといえばその通りだろう。No.1ヒーローであるオールマイトが偶然この街に現れるなんて、しかも自分とばったり遭遇するなんて最悪の一言だった。

 だが、それでも運が回ってきたと思っていたのだ。捕まったあと小瓶の中に収容されたが、オールマイトが救出した一般人が彼にしがみ付いてくれたお蔭で自分が入った小瓶を落としてくれて、しかもそこに偶然強力な個性を持った学生が通ってくれるなんて、それこそ奇跡としか言いようがなかった。

 だから付いていると思っていたのだ。つい先ほどまでは。

 

――ふざけんな! ありえねえだろ普通!? どんな頭の神経してんだよあの餓鬼ィ!?

 

 身体を乗っ取るのに数分も掛かるなんて初めてだったが、それでも勝利を確信していた。いずれ力尽きて身体を奪いさえすればこちらの物だと思っていたというのに。

 

 ――普通、脱出するためにあんな高威力で自爆するかァ!?

 

 爆発の衝撃で飛び散った泥を僅かに集めながらヴィランは狂ったように心中で絶叫する。

 理屈は分かる。泥型のヴィランにとって最も相性が悪いのは自らである泥を吹き飛ばせるほどのパワーを持った存在だ。

 オールマイトのような、殴った風圧で泥をバラバラに吹き飛ばされれば存在を無力化されてしまう。だからこそ、自分を中心に周囲を爆破させる彼の個性は抜群の相性だった。

 だが、その相性差は。少年の蛮勇によって覆された。

 並大抵のヒーローでさえできない自己犠牲。その極致を見たヴィランにとって爆豪はもはや狂人そのものだった。本来ならば人混みに紛れて脱出するのがベストなのだろうが、そんな冷静な思考など浮かぶはずもなく、ただ眼前の狂人から少しでも遠くに逃げるためにヴィランは人混みから離れた場所へ逃走する。

 だが、声が、聞こえた。

 

「逃が……すかよォ……ッ!!」

 

 ――なァッ!? 嘘だろ、まだ動けるのかよ!!

 

 砂利を踏む音と共に狂人の声がヴィランの鼓膜を震わせ思わず振り返る。それと同時に安堵の笑みを浮かべた。

 爆豪は確かにまだ動けた。しかしそれまでの爆発のダメージが無かった事にされた訳ではない。衝撃は確かに彼の身体に蓄積し、爆豪は意識を保つのが精一杯で視界もほとんど見えていなかった。

 その様子を見て、ヴィランは安堵してしまった。即ち緊張の糸が切れてしまった。ゆえに、

 

「かっちゃん!」

 

 聞えてきた第三者の声と、顔面にもろに浴びせられた消火器の粉はまさに寝起きに水を浴びせられたようにヴィランの冷静さを一瞬で沸騰させた。

 しかもその相手が、あの時自分が乗っ取るつもりだったただの餓鬼だったと理解すれば、もはやその嚇怒は我を忘れさせるほどであり―――

 まさに、致命的な失敗だった。

 

「こ、このクソガキィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「かっちゃん!」

 

 意識の断裂が続く中、声が微かに聞こえた。

 立っているはずなのに重心がおぼつかず、視界はどれほど見据えても微かな景色しか見えない。

 起きているのか、眠っているのか。立っているのか、倒れているのか。ただ、その声だけは何故かイカれた耳でも聞こえた。

 

「デク……か? 何しに来やがった、無個性のテメェが……」

「分からない、分からないよ。自分でもどうして此処に来たのかさっぱり分からない。でもだけど!」

 

 ほとんど聞こえなくなった聴覚でも分かるほどその声は震えていて、それなのにその声は強い輝きを秘めていて。

 

 

 

「君が! 助けを求める顔をしてたからッ!!」

 

 

 

 その理由は、やはりヒーローだった。

 

「……く、ハハハ」

 

 ああ、それでこそ緑谷出久(ヒーロー)だ。それでこそ正義の後継者(ヒーロー)だ。

 ならば、今度は俺が証明する番だろう。

 

「なら、助けろよデク。――敵は、何処にいる?」

 

 俺は、君が憧れるようなヒーローではないけれど。

 それでも、君が憧憬を向けるに相応しいヒーローとして意地を張ろう。

 驚愕は一瞬、だが瞬時に状況を判断し、彼は叫んだ。

 

「二時の方向、距離約十七メートル! 周囲に民間人及び障害物無し!!」

『こ、このクソガキィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!』

 

 イカれた三角器官がまるであらぬ方向からヴィランの雄叫びを木霊させる中、照準を指示された場所に定める。まるで砲身のように右腕を突き出し左手で固定して、現状放てる最大火力の必殺技を解放する。

 ――その刹那。

 

「――上出来だ、出久(いずく)

「――え?」

 

 呟きは、きっと爆音にかき消されたのだろう。

 

 

 

「―――灰燼滅却・超新星(ハイパーノヴァ・フルドライブ)!!」

 

 

 

 瞬間、総てを焼き尽くすような爆発が周囲に轟いた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――事件後。

 当然のように俺はその後病院に緊急搬送されて入院を決定付けられた。もはや全身をグルグルに包帯巻きにされて医師の人曰くもう少し酷ければ腕を切り落とす事になっていたらしい。

 全治一ヵ月と言われた俺は、当然の如くその知らせを受けて駆け付けた両親に説教を受ける羽目に。爆豪母は容赦なくプロレス技を仕掛けて来るし、爆豪父は珍しく本気で怒り拳骨を貰い受けた。

 そのあと、知らせを聞いたクラスメイト達が一斉に駆け付けて何やら好きな物を置いていくは包帯に寄せ書きの如く好きなように書かれるなど散々な目にあった。

 そして、事件から一週間後。ようやく人気が消えた病院の個室で、俺は窓の外を眺めていた。

 否、正確に言うならば――三十分近く扉の前で開けるかどうか悩む彼を待ち続けていた。

 

「……おい、テメェはいつまで悩んでんだ」

「うわあっ!? き、気づいてたの!?」

 

 俺の声に反応して慌てて入って来た少年に、俺は窓の外を眺めながら嘆息を吐く。

 

「つーか、あんだけ扉の前でぶつぶつ声が聞こえたら分かんだろうが。新手の嫌がらせか何かだと思ったぞ」

「ち、違うよ!? そんなつもりじゃないからね!!」

「はいはい、分かったよ」

 

 適当に返事を返して、ようやく視線を窓から外して入ってきた少年を見る。少年――緑谷出久は緊張した眼差しでこちらを見ていた。

 

「それで、何の用だ。今更面会に来た訳じゃねえんだろ?」

「……うん。今日は、君に言いたい事があって来たんだ」

 

真剣な表情に口を閉ざし続きを促す。彼は緊張を解すように何度か深呼吸を繰り返した後、真っ直ぐこちらの瞳を見据えて、告げた。

 

 

 

「――僕は、ヒーローになるよ」

 

 

 

 それは、誓いの言葉。その思いを嘘にしないための、自分の魂に向けられた契約。

 

「かっちゃんは僕の憧れだから。君を本当に凄いと思っているから。君に追い付きたいって……いいや違う。君に、勝ちたいんだ」

 

 その瞳は、俺には眩しくて。

 その誓いは、俺には尊すぎて。

 それでも――俺には、それと向き合う義務があった。

 

「……呵々ッ」

 

 だから、嗤え。悪童のように、傲岸不遜、大胆不敵に。

 

「俺に勝ちたいだと? なら、精々精進することだな。言っておくが、俺はこんなんじゃ満足しねぇぞ。精々置いて行かれないようにするんだな」

 

 俺は本物の爆豪勝己にはなれないけれど。

 

「まあ――待っててやるから、さっさと来いよ、デク」

 

 本物の爆豪勝己の贖罪のために。

 ライバルとして緑谷出久のために。

 

 ――ヒーローに、なるんだ。

 

 伸ばした火傷が軽傷な左腕を見て、俺が求めている事を察したのか、緑谷は気恥ずかしそうに近づいて拳を寄せる。

 そして、コツンとぶつかる音は、まるで鐘のように心地良く響き渡るのだった。



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FGO エルドラドのバーサーカー

『――美しい』

 

 その忌々しい言葉を覚えている。

 地に倒れ、余命幾ばくかしか残されていない瀬戸際で、己を打ち倒した男が零した呟き。

 嘲笑ならばいい。侮蔑なら納得する。無関心なら憎悪を燃やすだろう。敗者ならばそのような感情を受ける義務がある。

 だが、男が零した呟きはそれらとは異なるもの。

 兜を剥ぎ取り、我が顔を見て呟いたその言葉は戦士に向けられたものではなく、()として向けられたもの。

 ああ――ならば、許せるはずがない。

 戦士としての侮辱ならば受け入れよう。だが、あの男が零した呟きは違う。あの男は、寸前殺し合っていた相手に対してそう告げたのだ。

 それは恐らく無意識に零れ落ちたものなのだろう。ならばそれは、本心に他ならない。

 

 あの男は私に対して――戦士として見ていなかったという証明に他ならない。

 

 故に許さない。必ず殺す。例え今生で不可能だとしても、必ずいつの日か殺してみせる。

 私を女として見たお前だけは――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「――綺麗だなぁ」

 

 獲物の肉を潰し、息絶えたのを確認している所に聞こえた呟きにペンテシレイアは睥睨しながら振り返った。

 背後に佇んでいたのは弱き少年。カルデアのマスターである藤丸立香は自身の漏らした失言にハッと気づいたように慌てて口を押えた。

 その失言に対しペンテシレイアは嘆息し、忠告する。

 

「……今回は聞かなかった事にしておいてやる。不敬だ、気を付けろ」

「ご、ごめん……」

 

 心から謝罪するように頭を下げる藤丸立香にペンテシレイアはそれ以上見ていれば己を御せれないように正面に向き直る。原に彼女の拳は深く握り締められ彼女の怒りを体言している。

 

「私を女として見ることは許さぬ。次にその言葉を口にすれば――殺すぞ」

 

 僅かに振り返った横顔から見えた瞳は絶対零度の如く冷え切っており、その言葉が真実なのだと告げている。

 藤丸立香は何かを言おうとして口籠るが、ペンテシレイアは聞く耳もたず次の敵を求めて歩き出した。

 歩く彼女の顔に浮かぶのは憎悪と後悔。

 またもそう言われた事に対する憎悪と、胸に巣食うどうしようもない痛みが、彼女の肉体を突き動かしていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ペンテシレイアはギリシャ神話におけるアマゾネスの女王である。アレスの娘で、ヘラクレスに帯を奪われたヒッポリュテを始め、何人かの姉妹がいるとされる。

 彼女は本来サーヴァントの全盛期として呼ばれるならば、ランサーやアーチャー、或いはライダーのクラスで現界するだろう。しかし今の彼女は戦士としては未熟な少女の姿で現界し、更にクラスはバーサーカ―として召喚されている。

 何故彼女がそのような不都合な肉体で現界したか。その謎を解明する鍵はある勇者が握っている。

 彼女の死因である英雄との一騎打ち。ヘクトールの死後、ペンテシレイア率いるアマゾネスの軍勢はトロイア側に加勢し、アカイア軍と戦った際に起こった悲劇。

 自分は戦士として戦ったのだ。「女」を見せていたのではない。もし真の戦士との死闘を終えたのならば、勇者は敵を見て安堵する筈だ。「倒せた」「自分は死ななくてよかった」「もう起き上がってくるな」と。だが―――なのに奴は―――

 勇者が漏らした言葉は、戦士にはかけ離れた言葉。故に激怒を超えた激怒が感情を蒸発させて、もはや、笑うしかなかった。せめてもの、嫌がらせの様な呪いを発するしかなかった。

 故にペンテシレイアは女として扱われる事に憤怒する。美しいと言われる事もトラウマなのだから――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「此処にいたのか、マスター」

 

 最後の獲物を倒し、カルデアに帰還すべくレイシフトの準備を待っている所、ふとマスターである藤丸立香の姿が見えず探していると、少し離れた崖に腰掛けて夕焼けを眺める彼の姿を見つけてペンテシレイアは呆れるように呟いた。

 

「こんなところで何をしている。休むのであればカルデアに帰った後にしろ」

「あっ、ペンテシレイア。ちょっと夕焼けを見ててね。こんな広大な荒野から夕焼けを眺めることなんてほとんど無かったからつい見惚れちゃっててさ」

 

 そう苦笑いしながら頬を掻く彼にやれやれと嘆息すると、ペンテシレイアも同じように夕焼けを眺める。

 確かに、彼の言う通りそれは絶景だった。地平線の如く広がる荒野に沈みゆく太陽。日は沈む当たり前の光景だというのに、何故こうも胸に深く言葉に出来ない何かが溢れてくるのだろう。

 

「ペンテシレイア、さっきはごめんね? 君がそう言われるのを嫌がってるって知っていたのに」

「む……」

 

 恐らくずっと悩んでいたのだろう、藤丸立香は罰の悪そうにもう一度謝罪すると、時が経って頭が冷えたのか今度は怒る素振りを見せず大きく溜息を吐くとペンテシレイアは口を開いた。

 

「気にしていない、とは言わん。だが今更怒るほど気の小さい者ではない。次はないと思え」

 

 それは彼女なりの譲歩だった。サーヴァントとしてマスターに譲れる最大限の譲歩。だが、彼女の思いやりを否定するように彼は首を傾げた。

 

「うーん。どうだろ。もしかしたらまた言うかもしれないしなぁ」

「……なに?」

 

 ――殺すか?

 

 藤丸立香の発言にペンテシレイアの瞳が嚇怒で紅く染まる。一瞬で周囲が殺意で凍り付き、空気が重くなる。

 先の発言に嘘はない。ペンテシレイアはもしもう一度藤丸立香が失言すれば間違いなく殺すつもりだった。例えそのせいで人類が滅ぶ可能性があったとしても、彼女は間違いなく実行するつもりだった。

 何故なら、ペンテシレイアはバーサーカ―なのだから。

 狂っているがゆえに、決して違わない。

 ゴキッ、と彼女の拳がなる。強烈な殺気を向けられているのにも関わらず藤丸立香は動くことなく、ただ地平線に沈む夕日を眺めている。

 そして、彼女の手が無防備な彼の首を掴もうとして、

 

「ペンテシレイアはさ、あの夕日を綺麗だと思わない?」

 

 ポツリと零れたそんな場違いな言葉に、思わず手を止めてしまった。

 あまりの能天気さに、思わず夕日の方へ向いてしまう。障害物のない地平線。無限に続くのではないかと思わせるほどの地平線に沈んでいく夕日は、ありふれた事なのだと理解していても何処か別世界のような幻想的な魅力があった。

 

「……それが何だという」

 

 癪になってぶっきらぼうに言い返せば、彼は笑っていた。

 馬鹿にする嗤いではない。まるで宝物を目の前にしている子供のような純粋な笑顔。

 

「ならさ、何処を見て綺麗だと思った?」

「それは――」

 

 夕日が昼とは違い炎のようだから? 地平線を遮るものがないから? それとも夕焼けからさす影が不釣り合いだから?

 綺麗だと思うのに、言葉にしようとすると陳腐なものに成り下がっている気がする。胸の中に確かにある感動が口から出ると何故ここまで落ちぶれてしまうのか。

 

「俺はさ、言葉に出来ない思いを口にしようとすると、“綺麗”って言葉が出てくるんだと思ってる。だからさ、アキレウスがどう思ったかは分からないけど」

 

 藤丸立香は夕焼けを眺めるのを止め、ペンテシレイアの方へ向き直る。されどその瞳に映る想いは何一つ変わる事無く、彼にとって“綺麗”と感じたものを眺めていた。

 

「たぶん、俺がペンテシレイアを見て綺麗と思ったのは女だからとかじゃなくて――」

 

 そこに浮かんだ笑みを、今度はペンテシレイアがまるで夕焼けを眺めるように見惚れてしまった。

 

 

 

「――その在り方を、美しいと思ったんだ」

 

 

 

 その美しい(トラウマ)は、今度は何故か優しく胸の奥へと届いた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 其処は此処ではない何処か。

 魔力は枯渇し、意識を保つのは限界。戦闘服は破れ、滴り落ちる血と汗は尋常ではない。

 倒れそうになる身体を必死に押さえつけ、膝を地に付きながらも彼は前を見つめていた。

 

 ――そこにあるのは、戦士の背中。

 

 例え己以外の全てが倒されようと、彼女は決して屈さない。その命が続く限り、戦く理由がある限り、彼女が倒れることなどありえない。

 その敵の返り血を浴びた姿は、歪でありながら荘厳しく――

 

「――……ああ、やっぱり、綺麗、だなぁ――」

 

 思わず漏れた呟きに、彼女は振り返る。

 

「愚か者」

 

 されど、そこに浮かぶのは決して憤怒ではなく、戦士の笑み。

 

「こういう時は強いと言え」

 

 まるで戦いの女神のような、優しくも雄々しい笑顔だった。

 



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僕アカ 「――無個性でも、君はヒーローになれる」『Kamen Rider Chronicle! Enter The GAME!Riding The END!』

 ——現実に架空が現れた時、この胸に浮かんだのは()()だった。

 

 人々が思い描いていた空想が空想でなくなり、子供の頃の夢だった超常現象を引き起こせる能力者と言える個性を持った者達が次々現れるのを知り、期待で胸が膨らんだ。

 きっと、世界は変わる。夢は決して夢では終わらなくなる。世界が追いつく時が来たのだと、待ち望んだ瞬間がやって来たのだと信じて疑わなかった。

 それが変わったのは、すぐ後のこと。

 結局――世界は変わらないままだった。

 “個性”と呼ばれる能力を持った者は変わらず“無個性”の自分たちとは違う存在を見下し、“ヴィラン”と呼ばれる個性を悪用する者はただの犯罪者でしかなく、これほどまでに胸を焦がれたはずの“ヒーロー”はただの職業へと成り下がった。

 本来、ヒーローとは誰かを助ける者全てに与えられた称号だったはずだ。しかし現在ではそれを名乗るには資格が必要となり、それでも助けようとした者でさえただの馬鹿呼ばわりだ。

 

 ——現実に架空が現れた時、この胸に浮かんだのは()()だった。

 

 現実にヒーローなど存在しない。誰かを助けるには理由が必要で、その資格を持たない者は助ける事すら出来ない。

 これが、待ち望んでいた未来? こんなものが、新世界だというのだろうか。

 違う、断じて否だ。ヒーローに成るのに資格など要らない。個性など関係ない。

 誰かを助けたいという気持ちが間違いなはずがないのだから。

 もしも、本当にその資格が必要不可欠というのならば、()()()()()()()()

 力が必要だというのなら、無個性でも成りたいというのなら。

 

 ——大事なのは、『変身』したいと願う思いの強さなのだと信じている。

 

 人は誰しも、変われるはずなのだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 昼下がりの公園。背中から翼や手から水を出したりして遊ぶ集団の子供達を遠巻きに眺めている少年が佇んでいた。

 少年は鞄を背負い、何か言いたげに口を開くが、結局何も言えず近くのベンチに座り鞄から携帯ゲーム機を取り出すと一人で遊びだした。

 ゲーム内ではコミカルに描かれたキャラクターが敵の攻撃を軽快に躱しながらゴールへと進んでいく。長らく遊んでいるのか突如出現する敵キャラさえも現れる前から攻撃して現れるのと同時に倒してしまっている。

 キャラクターを操作する動きには淀みはなく、一切のミスすらなく完璧にゴールする。出された結果はトータルSSS。ゲーム内では最高ランクの結果にも関わらず、しかし少年の顔は暗く沈んだままだった。

 

「そのゲームはつまらないかな、少年?」

 

 ふと、横から声を掛けられた。少年が顔を上げてみればそこには一人のスーツを来た男性が佇んでいた。

 黒髪の優しい笑顔を浮かべている男性は、傍から見れば子供に声を掛けてきた不審者だろう。一瞬学校で習った対不審者用対策を実行しようか悩むが、どうでもよくて画面に視線を戻した。

 

「別に、このゲーム自体は面白いよ。何度やっても飽きないし、お気に入りの作品だし」

「そうかな? そういうには落ち込んでいるように見えたけど、もし良かったらおじさんに話してみないかい?」

 

 なんで見ず知らずの人に、と一瞬思うが他人だからこそ普段溜め込んでいた愚痴を言えるのではないかと思い至り、本気にするわけでもなくただストレスを発散するためだけに口を開いた。

 

「……このゲーム、学校でもやってるの僕だけなんだ」

「へえ? じゃあ他の皆はどんなゲームで遊んでいるんだい」

「遊んでない。そもそも、ゲームを持ってるのが僕ぐらいだから」

 

 ふと自然とゲーム機を握る手に力が籠る。抑えきれない怒りがどうしようもなく溢れ出す。

 

「僕は、クラスで唯一の“無個性”だから」

 

 ギュッと目を瞑れば、思い出すのはクラスでの出来事。

 “無個性”という理由だけで皆のグループから外され、虐めの対象となる。少年が何か悪い事をした訳ではない。ただ無個性というだけで少年は仲間に入れて貰えなかった。

 それは架空が現実になろうとも変わらなかった社会構図。弱者は輪から外されるというどうしようもない現実だった。

 

「なるほど、もしかして彼らがクラスメイトなのかな?」

「……うん」

 

 男性が個性を駆使して遊んでいる子供達を指差して少年は一瞬視線を向けたあと、再びゲーム機に視線を戻しながら頷いた。

 

「“お前と遊んでてもつまらないからどっか行け”だって」

 

 だから仕方ないんだと自分に言い聞かせるように少年は呟く。それを見て男性は困ったように顎を人差し指と親指で挟みながら腕を組み、

 

「君はそれで本当に満足しているのかい?」

 

 ピクリ、と少年の指が止まった。

 

「……あんたに、何が分かる」

 

 零れるのは、怒りを押し殺したような冷たい声。だがそれは、どうしようもない現実に耐えてきた蓋が外れたようでもあった。

 

「何も知らないあんたに、僕の何が分かるってんだよ!!」

 

 爆発した鬱憤がゲーム機を手放して男のシャツを掴む。地面に落ちて画面に罅が奔るゲーム機にも目もくれず少年は今まで誰にも言えなかった傷を口にした。

 

「僕だって、個性が欲しかったよ! オールマイトのような強力な個性とかじゃなくても、自分だけの個性が欲しかった! だから努力したよ。無個性でも頑張れば何でもできるって! けど駄目だったんだ! どれだけ頑張っても、どれだけ結果を出しても全部無個性だからって理由で否定された! 無意味だって笑われた! ならどうしたら良かったんだよ!? どうしたら……どうしようも……ないじゃんか…………」

 

 シャツを握りしめていた少年の手は次第に力を失っていき、最後には俯いて目から零れ落ちる滴が坦々と公園の地面に落ちて染みとなった。

 それはまさしく少年の慟哭だった。感情豊かな心に出来た澱み。変えようと足掻きもがいた末に何も果たせなかった。だから全てを諦めたフリして塞ぎ込んでいた。もう、頑張ることに疲れてしまったから。

 シャツを握る手すら力が籠らず膝を付いて少年は泣きじゃくった。その姿を目前で見て男は懐に手を伸ばすとあるモノを取り出した。

 

「——変身、したいと思うかい」

「へん……しん……?」

 

 零れ落ちる涙を拭っていた少年が声に反応し顔を上げれば、男は少年と視線を合わせるように膝を地に付きながらそっと少年の手にそれを握らせた。

 

「そうだ、変身だ。今の自分ではない自分になりたいという願い。もしまだ君が少しでもその思いがあるのなら、私が君に力を貸そう。受け取るがいい、それが君の物語のゲームスタートだ」

 

 男の手が離れ、少年の手に渡された()()が顕わになる。

 薄いカード状のテレビゲーム用カセットに、黒と黄緑のメインカラーで飾り付けられたグリップ。指を通せば、親指の部分に上下する突起物が当たるように設計されていた。

 

「おじさん、これは……?」

「君のラッキーアイテムだ。もしも使う時が来たなら、そこのスイッチを押しながらこう言うといい。変身、とね。きっとこれは君の思いに答えてくれるだろう」

 

 男はふと少年の頭に手を置いた。そして優し気な声で告げた。

 

「職業のヒーローなんかじゃない、君の思い描いたヒーローになれ。——無個性でも、君はヒーローになれる」

 

 男はそう告げるとまるで役目を果たしたようにその場を去ろうとする。ふとその直前、何かを思い出したように振り返り、

 

「ああ、そういえば――()()()()()を遊んでくれてありがとう。ゲームマスターとしてそれが何よりの報酬だ」

「え……?」

 

 男性の言葉に呆然としている間に男は去っていった。その後ろ姿を見送ると、少年はそっと渡されたそれを握りしめる。

 

「……変われるのかな、今からでも。こんな僕でも」

 

 答えはない。それでも手放さないその手こそが何よりの答えだった。

 意を決してクラスメイト達の集団に近づく。近づいてくるその姿に彼らは気づくと訝しげに少年を見つめた。

 恐怖がない、といえば嘘になる。もしかしたらあの男の悪い冗談なのかもしれない。

 それでも——

 

(変わりたいって、思ったんだ。今のままじゃ、嫌だってまだ思えたんだ)

 

 だから、さあ始めよう。ここからが僕のゲームスタートだ。

 渡されたそれを眼前に突き出し、親指に掛ける。そして、今までの自分と訣別するために魔法の言葉を告げた。

 

「変身ッ!!」

 

 

 

『Kamen Rider Chronicle! Enter The GAME!Riding The END!』

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 幻夢コーポレーション社長室。大手ゲームメーカーである幻夢コーポレーションの一室で一人の男が社長室の椅子に腰かけて窓の外を眺めていた。

 その表情先ほどまでとは一変していた。子供に向けていた優しい笑顔は剥がれ落ち、邪悪な笑みが浮かんでいる。

 

「まるで詐欺師だな、クロト」

「……パラドか」

 

 ふと、クロト——檀黎斗が振り返れば、そこには先ほどまで誰も居なかったにも関わらず黒髪のくせ毛が特徴的な独特の雰囲気を持つ青年が机を椅子代わりに座っていた。

 扉が開いた形跡もなく、人がいた気配も先ほどまで無かった。まるでこの場にこの瞬間に現れたとでもいうような感覚。だというのに檀黎斗は何事もなかったように青年の名前を呼んだ。

 

「心外だな。私は未来溢れる子供に手を差し伸ばしただけさ。その力をどう扱うかはあの少年次第だろう」

「デメリットの事は何も言わなかった癖にか?」

「ああ、聞かれなかったからね」

「そういう所を言ってんだよ」

 

 パラドと呼ばれた青年は愉快そうに笑いながら机から飛び降りる。檀黎斗も彼がここに現れたのは呼びに来たのだと分かっていたため、椅子から立ち上がった。

 

「まあ、君らにも悪い話ではないだろう。被験者が多ければ多いほど計画はより膨大により精度が高くなる。君も楽しむならば最高のゲームを楽しみたいだろう?」

「そういうワリには計画は随分遅れているみたいだが?」

「フッ、痛い所を突かれたな。現実世界に実態を保てるバクスターは未だ四体。あと六体分の被験者が必要となる。それも、バクスターとして実体化できるほどの抗体を持ったゲーム病患者が。だがそれも時間の問題だろう」

 

 檀黎斗は机の引き出しからスーツケースを取り出し、鍵を外して開いた。中には十個の窪みがあり、その内六つには先ほど少年に渡したアイテムと似た形状のアイテム――白黒のガシャットが存在した。

 

「グラファイトとラヴリカ、ポッピーピポパポはどうしている?」

「グラファイトはいつも通りヒーローとヴィラン相手に戦いを挑みに行って、二人は人間態で情報収集に向かってるよ」

「そうか、なら彼らにこれを渡しておいてくれ。誰を選ぶかは君たち次第だと」

 

 残り数を確認し終え、鍵を掛けなおしたケースを渡せば、パラドは一瞬驚いたあとまるで子供のような挑戦的な笑みを浮かべ、

 

「へえ? いいのかよ、俺らが誰を選ぶのかわからなくても」

「構わないさ。それに――数少ない『仲間』の事くらい、大切に選びたいだろう?」

「……ハッ! いいぜ、心が躍るなァッ!」

 

 パラドとしては檀黎斗が枷を嵌めなくていいのかと挑発する目的の問い掛けだったが、それに対する檀黎斗は笑みを浮かべながらしかしその目はどこまでも見下し切っていた。

 お前たち如きが、神に叶うはずがないとでも言うように。

 ゆえに、パラドは笑いながらまるで消えるようにその場から壮絶な笑みを浮かべながら姿を消した。いずれ、決着を付けてやるとその身体から滲ませながら。

 

「……ようやくだ。ああ、本当に長かった」

 

 彼以外誰もいなくなった社長室。檀黎斗は感慨に耽るように呟きながら別の引き出しを引いてあるモノを取り出し机の上に置いた。

 蛍光グリーンと蛍光ピンクで装飾されたドライバー——ゲーマドライバーを眺めながら、懐に手を伸ばす。

 

「ようやく、時代が私に追いついたと思った。だがそれは錯覚でしかなかった。この世界は何一つ変わってなどいない」

 

 取り出したのは、紫のカラーリングが施されたガシャット。ラベルに描かれているマスコットキャラクターはまるで檀黎斗に影響されているように黒く染まっている。

 

「——ならば、私が新世界の法則となろう。無能共をこの私が導いてやろう」

 

 ゲームドライバーを腰に巻き付ける。そして手に持つガシャットの起動スイッチを押した。

 

『マイティアクションX(エークス)ッ!』

 

「さあ、人間(プレイヤー)の諸君、ゲームを始めよう」

 

『ガシャット! ガッシャーン! レベルアープッ!!』

『マイティジャンプ!マイティキック!マーイティアクショーン!エックス!』

 

 

 

「——この私こそが……ゲームマスター()だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! ハーッハッハッハーーーーッ!!!」

 

 檀黎斗の身体は突如空中に出現したパネルに身体が通過した瞬間、そこに佇んでいたのは檀黎斗であり檀黎斗の姿ではなかった。

 黒と紫を基調としたデザインのパワードスーツ。まるでゲームの世界から飛び出してきたようなデザインは、しかし黒く染まる事でどこか不気味さを増している。

 檀黎斗——仮面ライダーゲンムは、笑いながら宣言した。

 

 

 

「さあ、最高のゲーム――仮面ライダークロニクルの始まりだッ!!」

 



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ブラボ 血の女王の約束

 ――果たして、どれほどの月日が流れたのだろうか。

 

 窓の外で吹き荒れる吹雪を玉座に腰掛けながら、幾度思い描いたか分からない思考に浸る。景色の変わらない光景は、時間の流れから切り離されたようにただ繰り返されるのみ。

 この玉座に付いてから、どれだけの夜が明けたのだろう。仮面越しに見る過去(世界)は、まるで雪景色のように総て色褪せていく。

 始まりはどこだったか。きっとその始まりこそが、総ての過ちの起源なのだろう。

 

 我が一族の血は、穢れていた。

 私が生まれてくるよりも昔から、我が一族には呪いのようにある悲願が存在した。

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 

 誰の言葉なのか一族の誰も知らないほど遠い我らが祖先。その願いを叶えるために、我らは禁忌を侵し続けた。

 狩人を狩り、その血に宿りし『穢れ』を啜り、また新たな穢れを求める。その姿はさながら獣のようで、いつかきっとその罰が降るのだろうと思っていた。

 そしてその日は、唐突に訪れた。

 我らが城に突如現れたのは、奇妙な金色の三角兜を被り白の聖布を厚く垂らした装束を着込んだ集団。その姿には見覚えがあった。

 殉教者ローゲリウスが率いる教会の狩人、通称『処刑隊』。カインハーストの血族を狙っていると噂されていた彼等は、背に背負っていた車輪のような木製の得物を構えると、我々に対し襲撃してきた。

 応戦したが、彼等の猛攻は凄まじかった。騎士である従僕たちは首を割かれ、或いは車輪に肉片になるまで撲殺され、近衛騎士たちさえも鏖にされていった。

 当然、私達を守る騎士達が居なくなればその矛先は貴族である我々に向かい、蹂躙が始まった。

 泣き叫ぶ絶叫、怒号、噴出する血の放流。生き延びるために必死にのがれようとする貴族を、処刑隊の面々はただ機械的に淡々と処刑していく。

 そして、その中には当然私もいて。

 一族の中で最後に生まれ最も幼かった私の前に、処刑隊の長であったローゲリウスが得物である車輪を振り上げる。

 せめて苦しまずに送ってやろう――そんな慈悲の込められた言葉と共に回転する車輪は私に叩き付けられ、身体の一部が引き離されるのを感じながら意識を失い――

 

 それでも、私は死ななかった。

 

 内臓は潰れ、血は明らかに出血死の量を超え、夥しい肉片を撒き散らいているのにも関わらず、何故か死なない。否、死ねない。

 他の処刑隊の面々が引き上げ、一人祈りを捧げていたローゲリウスに起き上がった所を見れら、驚きながら私を観察した彼は、驚くべき真実を告げた。

 どうやら私は、一族の中で最も始まりの血の女王に近い身体らしい。東方では“先祖還り”と言われており、そのせいで私は限りなく不死身に近いらしい。

 ならばまた私を殺すのかと、彼に尋ねた。ローゲリウス率いる処刑隊が我が一族カインハーストに襲撃してきたのは、我が一族を根絶やしにするためだ。なら一人でも生き残りがいる限り、彼らの目的は達成されない。

 不死者を殺すには、殺し続けるしかない。ならば私は如何な目にあうのか。果たして私は正気でいられるのか。震える声音を必死に抑え貴族として誇り高くあろうと強がる私に対し、ローゲリウスはある契約を持ちかけてきた。

 私を殺さない代わりに、我が一族の者が二度と増えぬよう楔としてこの城に永劫留まる事。そして、その番人として自らが残るというもの。

 それは、彼にとって今まで積み上げてきた名誉を捨てるようなもので。

 私以外にメリットがないその契約を告げてきた彼の目は、先ほどまでとは違い慈愛と憐憫に満ちていた。

 それは偽善と呼ばれるものなのかもしれない。それでも、私はそれに救われたのだ。

 

 何処がいいと、永劫囚われる場所を訪ねてきたローゲリウスに対し、私はある場所を告げる。

 そこは、城の最奥。本来ならば血の女王が座りし玉座。

 もはや一族は誰も居ない――自らを除いて。

 ならば、私がここにいるしかあるまい。末端でしかなく、資格がないとしても。それでも――私はカインハーストの血の女王なのだから。

 

 そうして、永い永い月日が流れ――

 

『……貴様は、何者だ?』

『――貴公、不敬であるぞ。ここは人無きとて、玉座の間。故なくばそのまま立ち去り、あるいは、我が前に跪くがよい』

 

 ――“彼”が、この地にやって来た。

 

「フフフ、あの馬鹿者め、また戻りたまえよと言ったはずなのだがなぁ……」

 

 思い出すは、新たな血族となった我が同胞。狩人衣装に身を包み、片目を銀色の髪で隠した彼が何を思い血族となったのか、唯一見えた紅い眸を伺ってもなお理解できなかった。

 それでも、彼は実によく貢献してくれた。何か目的があったのかもしれない。それでも彼は我が一族の悲願を訊くと、何度も穢れを持って足を運んできた。時には寂しくないかと側に寄ろうとしたので、女王として諫めたがその心意気が心底冷たい心に温かく染み渡った。

 思えば、その頃から彼に惹かれていたのかもしれない。何せ異性と親しくするなど、一族の者以来であり、年頃の殿方と触れ合うなど一度もなかったのだから。

 

 ああ、だから良かった――あの時、差し出されたあの指輪を受け取らなくて。

 

 何度目かのある日。穢れを差し出す彼はふとある者も差し出してきた。

 それは、かつて一族の者から教わったもの。婚姻の指輪と呼ばれる上位者と呼ばれる人ならぬ何者かが特別な意味を込めた物。

 それを直視した時、心が躍った。気恥ずかしさと嬉しさが混ざり合い、何と表現すればいいのか分からない喜びが確かに存在した。

 だが、それと同時に気付いてしまった。

 私の身体は――彼に対し、何の感情も抱いていないのだと。

 人としての心と、血の女王としての身体。二つの思いは相反し、決して結びつくことはない。

 我が一族の悲願が、思いさえも塗り潰す。

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 

 ゆえに、私は人ならざる者しか愛する事ができないのだと、ようやく気づけた。

 

『…やめておきたまえ。今はよい、だが我が伴侶となるのであればおぞましい未来を見るだろう。貴公、私は貴公が大事だ。もう、失いたくはないのだよ…』

 

 人と幾ら交わろうと、きっと生まれてくる赤子は正常ではない。

 一族の悲願を果たすまで、この呪いは決して解けることはない。

 だからこそ彼を突き放した。愛するがゆえに、手放したのだ。

 ……しかし、稀に思う時がある。

 もしもあの時、私があの指輪を受け取っていたならば。彼は今も、私の傍にいてくれただろうか――?

 

「……意味のない想像だ。奴はもう、いないのだから」

 

 そっと撫でていた薬指から手を離し、瞼を閉じる。

私は血の女王。最後の血族。ゆえに待ち続けよう。いずれ現れる者を――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 果たして、どれほどの月日が経ったのか。

 眠りに付いていた意識を覚ましたのは、冷たい城に響く足音だった。

 ああ、また新たな人間がやって来たのかと。いつもの常套句を言おうと口を開き、

 

 

 

 ―――ふと、懐かしい月の香りがした。

 

 

 

「――――」

 

 声が、出ない。懐かしさに、まるであの日にでも戻って来たような。

 コツコツと鳴る足音が外の景色のように凍り付いた心を優しく溶かしていく。

 分からない感情が、衝動が、全身を隈なく突き刺していき――その姿を眼にした瞬間、()()()()()()()()()

 

「久しいな、アンナリーゼ」

 

 それは、まるであの日をやり直したように、嘗ての姿だった。

 狩人衣装を着込み、腰にはノコギリ鉈と獣狩りの散弾銃。右眼は銀色の髪に隠され、見える左目は紅く爛々と輝いている。

 嘗てと同じ姿。本来ならば懐かしむはずの彼の姿を見た瞬間、今まででは感じたこともない衝動が身体の中を駆け巡る。

 

 ――子宮が、熱い。

 ――強く、壊れるほどに抱きしめて欲しい。

 ――彼に、愛されたい。

 

 それは、身体の絶叫。今まで一度も感じたこともなかったそれは、(血肉)の咆哮だった。

 嘗てのように、狩人は足下まで近づくと跪き、簡易拝謁の構えを取る。その姿に思わず立たせて抱き付いてしまいたくなる衝動を女王の意地として必死に抑えながら、震える声音で問い掛ける。

 

「……随分と遅かったではないか、我が血族よ。当の昔に忘れてしまったと思っていたぞ」

「俺としても、ここまで時間が掛かるとは思ってなくてな。まったく幼少期がこれ程掛かるなんて計算違いだったさ」

 

 そう言って肩を竦める様子は、何度無礼と言っても訊かなかった彼そのもの。

 だが分かる。彼は嘗ての彼ではないことを。そもそも――外の世界で数世紀もの時間が過ぎているのにも関わらず自分と同じように姿が変わらないのは有り得ない。

 

「一つ、尋ねたい。――貴公は、()()?」

 

 その言葉に、狩人は狩人の帽子を脱ぐ。押さえつけられていた銀髪がズレ、隠れて見えなかった右眼が顕となる。その瞳の奥を見て――呼吸が、止まった。

 

「ずっと、考えていた。あの時、俺に足りなかったものは何か」

 

 跪いていた狩人は立ち上がり、玉座へと歩いてくる。だがそれを静止することが出来ない。ただ、瞳の奥を覗かずにはいられない。

 

「考えて、考えて、考えて――俺も、それになればいいと気づいた。月の魔物を斃すためにもならざる負えなかったからな」

 

 瞳の奥に広がる宇宙に、彼が何になったのかを悟る。そしてどうしてこんなにもこの身体が疼くのかも。

 伸ばされた手が兜に触れる。それを不敬とは思わない。何故なら、彼こそが私よりも優れた存在なのだから。

 

「だから、改めて言おう、アンナリーゼ」

 

 血によって人となり、人を超え――

 

 

 

「――お前を愛している。だから、()の赤子を抱いてくれ」

 

 

 

 上位者へと、至ったのだ。

 その言葉に、人の心も、カインハーストの血さえも逆らえない。待ち望んだ瞬間に、ただ歓喜しか存在しない。

 

「――ああ、私でいいのなら」

 

 顔を覆っていた兜が脱がされ、女王の仮面も剥される。ここにいるの一人の女。愛する者をようやく見つけられたただの人間だけだった。

 薬指にかつての指輪が嵌められ、まるで今までの時間を取り戻すように長く深い接吻が重ねられる。

 その光景を、ただ窓の外に浮かぶ赤い月だけが見ていた――

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 



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ブラボ 穢れた血の盟約1

 鮮血が舞い、臓物と共に大切な何かが抜き取られる。

 痛みは既に忘却の彼方。立ち上がろうとする意志も、膨大な年月によって消え失せてしまった。

 床を血で染めながら仰向けに倒れ、両手から得物が零れ落ちる。頭鎧のスリットから見えたのは、背中に月光を背負いし若き狩人。

 

(あぁ……)

 

 ガチャンッ、とノコギリ鉈を変形させて必殺の準備を行う。その眼に驕りは一切なく、まさに狩人狩りと呼ぶに相応しい佇まい。己とは比べるまでもない優秀な狩人なのだろう。

 だからこそ、立てなかった。

 今までならば、立つ理由があった。立たねばならない呪縛(誓い)があった。けれど今の己にはそれがない。もはや、立つ理由がないのだから。

 

(貴方は――救われたのですね、()()()()()()()

 

 確信し、長年浮かべる事の無かった笑みが無意識に浮かぶ。周囲に充満する懐かしい()()()血の匂いに――意識は回帰する。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――率直に言って、私の人生は運が無かった。

 

 誰が悪かった訳でもない。神を呪ったところで上位者(あんなもの)しかいないのであれば当然の事であり、徹頭徹尾間が悪かったでしかなかったのだ。

 先ず、私は奴隷の一族としてこの世に生を受けた。

 穢れた血の眷属、カインハーストの騎士。それこそが我が一族を表す名であった。

 騎士、と言っても名誉など存在せず、それは蔑称でしかない。ある日、あるカインハーストの貴族が“従僕を騎士と呼び習わせば、せめて名誉があるものだろうか”と言い始めたのが全ての始まり。

 結局、やる事など奴等カインハースト共の狂った悲願を叶えるための手足となる事。血に酔った狩人を殺し穢れた血を取り出しそれをカインハーストの貴族に貢献するハイエナにも劣る畜生の所業。それこそが我らカインハーストの騎士の使命だった。

 私の一族は昔貴族の称号を剥奪されて落ちぶれた騎士被れであり、ほとんど薄まったとはいえカインハーストの血族の血を引いており、不死の恩恵を僅かだが受け継いでいて死ににくい身体だった。

 だが、そんなものは真の狩人にとっては有象無象の群れでしかなく、彼等を狩るのは至難の業であった。故に、カインハーストの騎士として生まれた私は並みの者ならばすぐさま死してしまう訓練という名の拷問に掛けられながら幼少期を過ごした。

 

 これで、私がまだ狩りの才能があれば救いはあっただろう。狩りに酔うことさえ出来れば、まだ私の人生はこれほど悲観的なモノにはならなかったはずだ。

 だが、私は他の騎士に比べてひと一倍無能だった。

 無能は下僕など家畜にも劣る。私は他の騎士達が穢れた血の収集に向かう中、私はただひたすら己が技を磨くしかなった。

 自分より若き騎士が、あっさりと己を抜かしていく。彼らが十学ぶ中、私は一しか学べない。端的に言って、私にはセンスがなかったのだろう。いつしか私はカインハースト内でも存在しないものとして扱われるようになっていた。

 悔しさは当然あった。自らの才能の無さを嘆き、自傷に走った事もあった。だが、何よりも当時の私は己の存在意義に絶望していた。

 

 ――こんな無能に、何ができるのだろう。

 ――いる価値のない家畜以下の塵。下僕とすら名乗るに値しない無価値な存在。

 ――そんな私が、いったい何のために……?

 

 失意の底にいた私はいつ死んでもおかしくなかった。生きる意味も、戦う道理も見出せなかった私は、まるで幽鬼のようにカインハースト城を当てもなく彷徨っていた。

 もし、あのまま私は失意の底にいればそれはある意味救いだったのかもしれない。あのまま無意味で無価値のままなら、きっと此処まで苦しむこともなかっただろう。

 だが、それでも私はあの日――運命に出逢った。

 

「貴方は、騎士様? 私、アンナリーゼって言います!」

 

 最も若きカインハーストの血族。滅多に生まれることの無い穢れた血の幼子は、まるでお伽噺の英雄でも見るような曇りない眼で私を見てくれた。

 穢れた血を啜るのはより蓄えた年功順であり、最も若きカインハーストである彼女はその実態を知らないのだろう。だからこそ、彼女は騎士と訊いて本で読んだことのある騎士を想像した。実際は、下僕でしかないというのに。

 カインハーストの不死性は、不老の方が影響が大きい。故に実年齢が老人の者であっても見た目が青年期で止まっており、それはカインハーストの末端である私も例外でなく、実債はアンナリーゼと倍近く歳が離れているのにも関わらず彼女は私が同世代の子供なのだと勘違いした。

 そのことに何度も訂正を入れたが彼女は話を訊かず、むしろ年上振る始末。仕方なくそれに従い彼女に付き従う中、ふと何か温かい物が私の胸に現れていった。

 それが何なのかは分からなかった。ただ、彼女の笑顔を見る度に、彼女の傍にいるだけで胸が温かくなる。それは血の熱さとは比べものにならないほど心地よかった。

 今思えば、それまでの私は真に生きてはいなかったのだろう。ただ血を流す血袋。言われた通りに生きることしか出来ない人形。それが、彼女と出逢う事で感情を知り、生きる意味を知った。

 だから、当時の私は青臭い誓いを彼女に立てた。

 

「アンナリーゼ様――私は、貴方の騎士になります。他の誰でもない、貴方だけの騎士に」

 

 他の誰でもない、自分自身への誓い。

 彼女からしてみればおままごとの一つでしかなかったのだろう。それでも、彼女は返してくれた。

 

「――ええ、■■■。貴方は、私の騎士です」

 

 その時の喜びを、誰も理解できないだろう。それは単に人形に命令を撃ち込んだだけなのかもしれない。それでも――私はあの日、生まれたのだ。

 

 それから、永い年月を掛けて私はようやく血に酔った狩人を狩る資格を得た。必然的に私は単独行動を命じられ、各地に彷徨う狩人達と死闘を繰り広げる事となった。

 才能がない私にとって、強さを得るには手段など選んでいる暇などなかった。武器も流儀など気にする暇などなく使い易い教会の銃を選び、古い狩人の遺骨を駆使して古い業を引き出してでも我武者羅に戦い続けた。

 血に酔った狩人と戦う度に思う。何故彼等は狩りに、血に酔えるのか。

 肉を抉るたびに不快な気分になる。身体を切り付けられるたびに痛みが走り、舌が痺れる。どれほど年月が経とうと、痛みに耐えることは出来ても痛みに慣れることはない。だというのに、何故彼等は狩りの間至高の笑みを浮かべる事が出来る。何故斬り斬られることにそんな恍惚な笑顔を浮かべられるか、私には理解できなかった。

 きっと、それが私の無能な所なのだろう。他の騎士達も楽しんでいた。なのに私は出来ないという事は――つまり、私は“狩り”に向いていないのだろう。

 それでも、主のために穢れた血を集め続けた。カインハーストの者達にとって時間など些細なものだ。老死したものなどほとんどおらず、私は数十年ぶりにカインハーストの城を訪れた。

 

 そして――穢れた血で染まるカインハーストの廃城を見た。

 

 その光景を見た時、思わず得物を落としたのを覚えている。城全体に広がるは血、血、血、血、血。従者も騎士も、騎士の中で優秀な者にしか与えられない近衛騎士達も――そして、貴族達すら鏖だった。

 その狩り方は、見覚えがあった。まるで挽き潰すような殺し方。その得物に以前襲われて死に物狂いで逃げ出したこともある。

 カインハーストの穢れた血族を滅ぼすために設立された教会の部隊、通称『処刑隊』。

 彼等の得物である車輪の狩り方とカインハーストの血族達の死骸はほぼ記憶通りだった。

 口から零れだそうとする胃液を呑み込んで必死に主を、アンナリーゼ様を探すべく駆け出す。もしかすればまだ処刑隊の者達がいたかもしれないが、そんなことは頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 ただ、信じたくなかった。目前に散らばる肉片のどれかが彼女なのだと。どこか、タンスの中にでも隠れて生き延びているかもしれないというくだらない幻想に逃げて、私はカインハーストの城を駆け巡った。

 そして、最後の場所。一度足りとも訪れる機会の無かった謁見の間に向かい、

 

 ――そこで、私は絶望と対面した。

 

 向かう途中、本来ならば何もないはずの場所に玉座が存在した。そこに腰掛けていたのは王冠を被りし骸の姿。

 吹雪に当たり続け凍り付いたその骸を見た瞬間、全身の血が引いた。

 見間違えるはずがない。例え姿が変わり果てても、我々の天敵の姿を見間違えるはずがない。

 その骸の正体は、殉教者ローゲリウス。カインハーストを滅ぼした、処刑隊の長である。

 骸だったそれは、まるで私の気配に反応するか如く動き出した。おそらく教会の研究の成果か、カインハーストの不死性とはまた異なった不死性で動き出した骸はおそらく上位者寄りの恩恵なのだろう。

 そこから先は、語るまでもない。怪物の力を得た英雄に、無能の人間如きが敵うはずがなかった。

 カインハーストの不死性のお蔭で何度も挑戦することが出来た。数十回は瞬く間に過ぎ、数百回は気づけば過ぎており、数千、数万もの回数を挑み――私では、その先に辿り着くことが出来なかった。

 だから、再び穢れた血を集めることにした。いつの日か、生き残ったカインハーストの誰かがローゲリウスを討ち倒し、その奥に囚われているであろう彼女に血を捧げるために。

 

 それが、現実逃避と知りながら。

 もう彼女がこの世界にいないという真実から目を背けるために都合の良い虚像と気づかない振りをして、私は旅に出た。

 

 ――そんな時だった。あの子と出逢ったのは。

 

 狩人狩り。血に酔った狩人を人として葬る、ある種我らカインハーストの騎士と似た使命の元で狩りを行う者に私は襲撃を受けた。

 永い年月、狩人を狩り続けた私も狩人狩りにとって狩りの対象だったのだろう。

 確かにその狩人は優秀だった。血に酔っておらず、その嘴の仮面から覗かせる瞳は人の理性を感じさせるものだった。

 だが、優秀止まりだった。その程度ならば古狩人複数相手でも相手してきたのだ。例外――それこそ、上位者を狩るような例外でもなければ、私を狩るなど不可能だ。

 近衛騎士から奪った刀である千景を奮い、その首を落とす。自身の血と相手の血で濡れた刀身を振るい払い――首元に狙われた弾丸を弾き落とす。

 弾丸の放たれた方向を見れば、そこにいたのはまだ幼い少女。その手には両手でしっかりと握り締められている拳銃が火薬の匂いを撒き散らしていた。

 

「――殺してやる……! あんただけは、あたしが殺してやる! 母さんの敵だッ!」

 

 そこにいたのは、狩人狩りの娘だった。その眼は親とは違い憎悪に染まっており、復讐を果たすためならばどんな事であろうと行う覚悟が見える。

 それは、見慣れた姿のはずだった。今まで狩ってきた狩人の中にも当然家族はおり、その者達から何度も恨まれてきた。

 だから、それもその内の一つでしかないはずなのに。

 

「……小娘、名は何という?」

「あたしは、アイリーンだ!」

「そうか。ではアイリーン、私が憎いか?」

「憎いに決まってる! あんたを殺すためなら、何だってしてやるッ!!」

「フフフ……そうか。なら――」

 

 その瞳に、強い意志に、どうしてあそこまで拘ってしまったのだろう。

 

「私に付いて来い。私がお前を鍛えてやろう。そしていつか――私が狩るに相応しい狩人となれ」

 

 これはきっと気の迷い。長年独りで生き続けたから、少し調子が狂っただけ。一刻の慰めに過ぎない。

 

「……あんたに付いて行ったら、あんたを殺せるようになるのかい?」

「お前しだいだ」

「なら、付いて行ってやる。あんたを、殺すために!」

 

 その強い返事に笑い、狩人狩りの遺体を背負って歩き出す。背後を付いてきたアイリーンはふと尋ねた。

 

「あんたの事は、何て呼べばいい?」

「私か? ふむ、そうだな――」

 

『ねえ、■■■――』

 

 一瞬、懐かしき幻聴が通り過ぎる。その声に目を閉じて、アイリーンに名乗った。

 

「――“カインの流血鴉”、とでも呼ぶがいい」

 

 ■■■と、呼んでいいのは彼女だけなのだから。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――ふと、懐かしい夢を見た。

 

 何者かの気配を感じて意識が覚醒状態に移る。聖体が奉られている大聖堂には人の姿が見えず、まるで血のような赤い月光が辺りを照らしている。

 近づいてくる気配と共に響く足音を、私は知っている。懐にある一通の差出人不明の手紙から、その正体を理解していた。

 

 

 

“大聖堂にて、約束を果たす”

 

 

 

 手紙の内容は最低限で、故に誰の者か一瞬で判断できた。その執跡、文の書き方、そして何より――私と約束をしたものなど、一人しかいない。

 大聖堂へと続く階段を昇り終え、その姿が顕になる。月光に浮かび上がるその姿は、嘗ての狩人狩りと瓜二つ。だが、それは違う。

 

「久しいな、狩人狩り」

 

 名前で呼ばず、名称で呼ぶ。その言葉に狩人狩りは鴉羽の狩装束から一つの武器を取り出し、引き裂いて二本の短刀へと変貌する。

 その仕掛け武器の名前は、慈悲の刃。星に由来する希少な隕鉄が用いられた、狩人狩りに代々受け継がれる得物。

 ああ、その輝きを――私は知っている。

 

「そうさね、あんたとは随分久しぶりになるね――カインの流血鴉」

 

 向けられた二本の星の刃に、同じく鴉羽の狩装束から千景と教会銃を取り出して構える。

 

 こうなる事は初めから定まっていた。

 いずれ噛み合う歯車が一致しただけの話。

 故に――

 

 

 

「「――狩りを、始めよう」」

 

 

 

 血に酔った訳ではない。

 狩りに酔った訳でもない。

 ただ、己/誰かのために――

 



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ペルソナ5 前歴持ちで屋根裏に住んでるゴミが探偵だったら1

 雨宮蓮は今でも夢に見る。

 自分の失敗で死なせてしまった憧れの人物を。自らを庇い銃弾の雨を浴びて血に染まりながら床に倒れたその姿を。足手纏いであるはずの自分を庇いさえしなければ、一人だったならば簡単に生き残れたはずなのに。

 何の役にも立たない餓鬼が我が儘を言って無理矢理付いてきた結果に後悔と涙が溢れ出す。そんな子供に、あの人は死ぬ直前であっても不敵な笑みを浮かべてそっと自らの帽子を被せてきた。

 

『まったく、お前はいつまで経っても半人前(ハーフボイルド)だな……その帽子が似合う、いい男になれ』

 

 どこまでも気高く、心強い憧憬はそう遺言を言い残して、そっと息を引き取った。

 ただ無力な餓鬼でしかなく、冷たくなったその身体を抱き締め泣き叫ぶしか出来ない自分を、ただただ赦せなかった――

 

 

 

 

 

 雨宮蓮は探偵見習いである。

 風都にある鳴海探偵事務所の所長である鳴海荘吉に憧れ弟子入りし、高校入学と同時に事務員として働いていた。

 厳しくも面倒見の良い荘吉から探偵のイロハを学び、いつかは荘吉のように帽子の似合う“ハードボイルド”な探偵を目指して日々努力に励んでいた。

 そんな生活が一変したのは蓮が探偵事務所の世話になって一年の月日が経過した頃。

 荘吉は蓮には教えなかったが長年追い続けていた事件の足取りを掴んだらしく、一人で事件に向かってしまった。

 もし運命のターニングポイントが存在するならば、きっとここなのだろう。

 留守番を頼まれていた蓮は、半人前から脱却し荘吉に一人前として認めて貰うために後を追い掛けてしまった。

 そこで見たのは学生には想像も出来なかった社会の闇――蓮自身それが何なのか分からなくとも、それが危険なモノだという真実だけは見抜けた。

 そして、追い掛けてきたことに荘吉は激怒し、逃がそうとする最中に現場を見られた黒スーツの男達によって、鳴海荘吉は亡き者にされた。

 その後、彼らが何を思ったかは分からない。蓮がまだ子供だったから甘く見たのか、それとも好都合だとでも思ったのか。

 

 雨宮蓮は――鳴海荘吉の殺害容疑者として警察に捉えられた。

 

 現実的に考えれば遺体を検査すれば犯人が蓮でない事など簡単に特定できる。だが、彼等は証拠も碌に調べもせずただ雨宮蓮を犯罪者へと仕立て上げて、証拠不十分の事から傷害として保護観察処分の身とした。

 地元の高校は退学処分、両親からも避けられるように上京を半ば強制され東京に引っ越すこととなった。

 その日、蓮は全てを失った。憧れの人物も、居場所も、何もかも。

 残ったモノは、この胸を駆け巡る恩讐と――死に往く際、探偵の小道具を隠す秘密ポケットに荘吉が隠した“J”と描かれたUSBメモリに似た物と、片面のみスロットが付いており不釣り合いなバックルだけだった。

 

 

 

 

 

「――がッ!」

 

 背中に叩き付けられた衝撃と、身動きが取れない事実に蓮は気を失っていたことに気付いた。

 痛みで顔を歪め、混乱する記憶を必死に整理する。

 今日は新たに通う私立秀尽学園高校に初めて登校する日で、その最中出逢った同じ学園の男子生徒と共に学園に向かった所、本来高校が存在したはずの場所に何故か城が建っていた。

 驚愕しながらも城内に入ると、そこにはまるで中世のように騎士の鎧を着た者達に囲まれ、牢屋に無理矢理入れられたのだ。そして、そこに城の主と告げる鴨志田という男に同級生が処刑を言い渡されて、それに反抗したところ周りの兵士達に取り押さえられたのだ。

 

「やめろ、死にたくねぇ……ッ!」

 

 人為らざる力で抑え込まれ、苦痛に顔を歪ませていると、目前で金髪の少年が恐怖に声を震わせながら床に這いつくばっている。

 自分も恐怖していたのにも関わらず、たった数分出逢ったばかりの蓮を助けようとして兵士達に特攻を仕掛けた心優しい少年。

 目の前で、また誰かが死のうとしている。

 結局、自分はまた繰り返すしかないのか――?

 

「あぁ? なんだこの汚ねぇ帽子は」

 

 理不尽に絶望し、嘆き自らの無能さに奥歯を噛み締めていると、ふと鴨志田は床に転がっていた帽子に目をくれた。

 それは、あの人がくれた形見。鳴海荘吉が雨宮蓮に託してくれた帽子だった。

 

「やめろ、その帽子に触れるなァ!!」

 

 思わず声が荒々しくなる。その必死の様子に鴨志田は頬を三日月の如く歪ませると、大きく足を振り上げて、

 

「こんな汚ねぇ帽子(ゴミ)はな、こうやるんだよ!」

 

 容赦なく踏み潰した。

 

「ハッハッハ! これでおまえみたいなクソ餓鬼にお似合いのものになったなぁ!」

 

 グリグリと、何度も擦り付けるように足で踏み潰す。

 その行いに、正しく宝物に泥を塗りたくられた行いに、探偵ならば常に冷静であれという信条は、一瞬で灰と化した。

 

「――ふざけるな」

 

 ――絶望が裏返る。

 憤怒が、嚇怒が、正しき怒りが吹き上がる。

 それは正しくあの日荘吉を失ってから張り付いていた仮面が剝ぎ取られた瞬間でもあり、その思いに強く共鳴するものがあった。

 

 刹那、蓮を押さえつけていた兵士達はまるで見えぬ力に弾かれたように突如吹き飛んだ。

 突然の事態に誰もが驚く中、蓮は兵士達を吹き飛ばした正体であろう物を掴んだ。

 

《ジョーカー!》

 

 切り札は正に自分なのだと誇示するように、音声が鳴り響く。それに共鳴するかのように反対の手はあの日荘吉に託されたもう一つの不釣り合いなバックルをいつの間にか掴んでおり、導かれるようにそれを腰に装着した。

 

 さあ叫べ、過去の弱き自分と決別するために。

 さあ吼えろ、叛逆の翼を翻すために。

 

「変・身!!」

《JOKER》

 

 誕生の咆哮を上げ、蓮は手にした“切り札(ジョーカー)”のメモリをスロットに装填し開いた。

 紫の雷と光が放たれ、蓮の身体は足下から覆われていくように姿を変えていく。

 光が収まり、そこに佇んでいたのは黒と紫の装飾で覆われた人型。まるで虫を連想させる頭部は紫色のレンズで覆われていた。

 

「貴様……何者だ……!?」

 

 その異形の姿に誰もが言葉を失う中、鴨志田は後退り震える声で問い掛ける。

 その言葉に、蓮は胸の内に秘めし憤怒の炎を静かに、されど激しく燃やしながら告げた。

 

「――ジョーカー。仮面ライダージョーカーだ」

 

 これこそが運命の始まり。

 後の『心の怪盗団』と呼ばれるリーダーの最初の変身だった。

 



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ペルソナ5 前歴持ちで屋根裏に住んでるゴミが探偵だったら2

『僕は明智吾郎。君の名前は?』

『――雨宮蓮』

 

 初めてその名前を訊いた時、胸を横切ったのは遠く忘れていた鈍い痛みだった。

 その名前は彼の口から聞く前から何度も聞かされていた。世話の掛かる奴だと。だけど何処かお前と似ていると――師からの電話で何度も耳にした名前だった。

 

 僕が探偵になったのは些細なきっかけであり、同時に運命の悪戯としか言いようがない出逢いだった。

 幼い頃、母は早くもこの世を去り、愛人関係だったばかりに何処にも預ける先がなく僕は道端で次は自分の番を待つしか術が無かった。

 世の中は残酷だ。大人は捨て子など見て見ぬ振りで、誰かが助けてくれるはずがない。そんな不条理に僕はただ曖昧になっていく意識の中で死を待ち続けた。

 そんな中、この世の中では少し変わった男に声を掛けられた。

 

『どうした坊主、帰る場所がねえのか?』

 

 それこそが僕が探偵となったきっかけ――探偵の師となる鳴海荘吉との出逢いだった。

 恐らく僕が蹲っていた場所が彼の事務所の入り口だったから声を掛けたのだろう。それだけならば適当に路地裏にでも転がすか孤児院にでも引き渡すのが普通だろう。しかし荘吉さんは奇妙なことに、僕を弟子として事務所で面倒を見るようになった。

 

『俺にもお前さんくらいの娘がいてな。どうにも放っておけなかった』

 

 帽子を深く被り直しながら言う言葉は何処か暖かく、知っているはずの大人たちとは何処か違っていた。

 そこからの十数年はまさに夢のようだった。少しでも認められたくて必死に努力し、研鑽を積み大人たちに自分を証明したかった。

 その度に荘吉さんには『お前は少しは肩の力を抜け。何事も全力じゃすぐ切れちまうぞ』と忠告を受けた。本当は分かっていた、あの人の背中を見る度に自分が餓鬼なのだと痛感した。

 けれど、それでも少しでも早く近づきたかったんだ――ここまで育ててくれた、恩返しを。

 

 その夢が壊れたのは、結局は自分が引き金だった。

 探偵助手を続けていく中で僕はずっとある調べものをしていた。長年追い続けてきた真実――僕の父、母を捨てた男の正体を。

 ”獅童正義”――その真実に辿り着いてしまった時、僕の胸にあったのは復讐の二文字だけだった。

 鳴海探偵事務所で多くの出逢いがあった。多くの人と関わり、色んな人を知った。この世界には美しいものも在るのだと、理解したはずなのに。

 

 それでも、僕は裏切った。

 全てを裏切り――人を、殺した。

 

 ペルソナという力。強く歪んだ心を持つ者の歪んだ認知が具現化した異世界の宮殿、パレス。人の集合的無意識が形成した大衆のパレスとも言うべき存在、メメントス。

 人為らざる”特別”な力に気付き、あの男に売り込んだ。あの屑ならば喜んで利用するだろう。廃人化という証拠もなく邪魔な連中を排除できる手段。

 だがそれは。僕が直接殺すという事に他ならず――探偵として、絶対にしてはならない罪だった。

 

 それで立ち止まれば良かったのだ。

 自分を捨てた男のことなど忘れて、今の自分を受け入れて生きていけば良かった。

 ”獅童五郎”などという名前に、何の価値もないのだと。

 そう思えば良かったのに――

 

『先生、今までお世話になりました。この御恩は一生忘れません』

 

 結局、僕もあの男同様同じ穴の狢でしかなく、誰かのためではなく自分のためにしか生きられない屑だったという訳だ。

 だから。

 

『吾郎、忘れるなよ。お前が何処へ往こうと――お前は俺の自慢の弟子だ』

 

 ”先生”にそう言われた時、心底胸が痛んだ。

 

 

 

 それから。獅童の企みに乗り『高校生探偵』としての顔を売り始めた。

 数々の難事件を解決できるのは当然だ。なにせ自分で仕組んだことなのだから、解けない道理がない。有名になればなるほど、他人に認められれば認められるほど胸が苦しくなる。

 いつの間にか顔に張り付いた笑顔が剝がれない。本当の笑顔がどうだったのか、もはや自分でも分からない。

 何もかもが嘘、虚構。”明智吾郎”という仮面が、”獅童吾郎”という存在は無価値なのだと嘲っているかのように錯覚する。

 そんな中、唯一明智吾郎という仮面ではなく本当の自分に戻れる荘吉さんとの電話で、変化が生じた。

 新しい弟子を取った、名前は雨宮蓮という――そんな言葉を訊いて、何処かで罅が割れる音が聞こえた。

 何処か昔のお前と似ていて放っておけなかったという苦笑いする声に曖昧に相槌を打つ。胸の奥から吹き荒れるこの慟哭は、居場所を奪われた嫉妬の悲鳴なのだろう。

 唯一僕が僕で居られた先生の弟子という居場所。それを捨てたのは紛れもなく僕自身だ。けれど、あの男と同じように、理性では間違っていると分かっていても心がそれを許せなかった。

 だから、きっとその時から運命は決まっていたんだ。

 どんな結末を辿ろうと、僕と彼は、ぶつかり合う未来しかないと。

 だから――

 

 

 

「やっぱり馬鹿は……お前らだ。見捨てて行けば、良かったのに……」

 

 壁となったシェルター越しに自嘲する。力のほとんどを使い果たし、もはや言葉を口にするのも限界に近い。それでも、伝えないと。

 

「コイツら相手に……今の俺を抱えてちゃ、全滅だろうが」

 

 ほんと、お人好し共が珍しく集まったものだ。こんな罪人さえも救おうとするなんて、馬鹿ばっかりだ。ついさっきまで殺そうとしてきた奴さえ、助けようとするなんてさ。

 

「明智!」

 

 そんなお人好し集団の中でも一段と荒げた声でシェルターを叩く馬鹿がいる。

 ……本当に、こればかりは先生も節穴としか言いようがない。こんな奴と僕が似ているなんて大概にして欲しい。

 

 一人を選んだ僕。

 仲間と共に歩んだ彼。

 

 誰かを傷付け続けてきた僕。

 誰かを助けようとしてきた彼。

 

 罪人の僕。

 英雄の彼。

 

 そして――凡人の僕と、特別な彼。

 

 こんなに違いを見せ付けられて、本当にウンザリしているのだから。

 だから、最後くらい自棄になってもいいだろう。

 最後くらい……獅童正義の人形”明智吾郎”としてじゃなく、鳴海荘吉の一番弟子”獅童吾郎”として言わせてくれ。

 

「本当に、お前は甘いな……そんなんだから、半熟卵(ハーフボイルド)なんて笑われるんだよ」

「その、言い方……まさか!」

「前々から言いたかったんだけどさ。その帽子、全然似合ってないよ。僕の方がまだ似合うんじゃないかい?」

 

 少なくとも、弟弟子よりは似合ってる自信はある。だってほら、僕の方がイケメンだし。

 

「探偵見習い、依頼だ。まさか、鳴海荘吉の弟子が断わったり……しない、よな……?」

 

 あの人は依頼主には心意であった。少なくともあの人の弟子を名乗るのならば、それを信条にしているはずだ。

 

「本当は、本当に……お前なんかに頼みたくないけれど……獅童を……改心、させろ……俺の代わりに、罪を終わりに……」

 

 ――頼む。

 

 その返答は、忌々しいほどにはっきりと。

 

「――約束する」

 

 不思議なくらい、安心してしまったから。

 思わず、零すはずのない笑みが漏れてしまった。

 

(ああ、それなら――もう、大丈夫だな)

 

 未練はない、後悔はあるがそれも時期に片付くだろう。

 だから安心して、鏡合わせのようにこちらに拳銃を向けるもう一人の自分の銃を向けた。

 獅童正義の認知の自分。あの男が思い描く明智吾郎。

 

「最後の相手が『人形だった俺自身』か……」

 

 それは、自分があの日本当に乗り越えなくてはならなかった敵であり――

 

「ハッ――悪くない」

 

 二つの銃声が木霊し、ようやく全てが終わったのだと目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 ――落ちていく。

 それが罪人に与えられた罰なのか、曖昧な意識でただ落下していく不快感を味わいながら待ち続ける。

 此処が死後の世界なのか。だとしたら罪人は永遠に救われぬ時を過ごせという啓示なのか。

 変化のない落下の中ではつい考えてしまう。あいつらは無事依頼を果たせたのか。全てを終わらせられたのか……。

 

「まあ、今更僕には関係のない話か」

 

 そう呟いて、再び思考を閉ざそうとして、

 

《ならば直接貴方自身の目で確認してみればよろしいかと、もう一人のトリックスターよ》

 

 ふと、老人のような声が頭の中に直接響き――視界が反転した。

 

 落下は止まり、流星の如く流れていた暗闇の中に浮かぶ光は満ち溢れ、闇は消え去り白い「無」の空間が顕となった。

 何もない、と思った瞬間。突如風が吹き荒れ何かが接近してくるのを知らせてくる。まるで雪崩のように、地平線の彼方から現れたのは無数の書架。それも何もなかったはずの空間を埋め尽くすほどの膨大な量。

 あまりの光景に絶句し――だけど同時に、これが何なのかハッキリと理解した。

 

 ここはペルソナと同じ人々の集合的無意識の奥底――全ての知識が存在する空間。

 名づけるならば、

 

地球(ほし)の……本棚……?」

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 獅童正義。この国を支配せんと企む男の欲望は、文字通り他のシャドウとは桁違いの力を秘めていた。

 

「温いわァ――!」

 

 獅童の拳がジョーカーの腹に激突する。重く鋭い一撃はジョーカーを軽々しく吹き飛ばし、その一撃は彼の腰に巻かれていたベルトが砕け散り、ジョーカーの姿はスーツを纏った姿から普段の怪盗のコスチュームに戻ってしまった。

 

「ジョーカー!?」

「嘘だろ……ここまで、桁外れなのかよ……ッ!」

 

 その圧倒的な力の前に、ジョーカー以外のメンバー全員が地に伏していた。

 次元が違う。これはシャドウだけの力ではない、他に別の――

 

「フン、『心の怪盗団』がこの程度だとはな……やはり私の敵ではなかったという事か」

 

 得意気に嗤う獅童はシャドウでありながら、いやそれでもなお異変だった。

 その肉体はまるで鋼と炎を宿しているような、凄まじい固さと熱を秘めていた。

 

「それにしても、驚いたぞ小僧。まさか貴様もガイアメモリを所持しているとはな」

「ガイアメモリってママの研究の……ってことはまさか!」

 

 獅童の発言に、それを研究していた娘であるコードネーム・ナビ――佐倉双葉は気づいた。先程激変した獅童の力。その直前、まるでUSBメモリのようなものを二つ自らに刺していた事を。

 その時流れた音声は、

 

(ヒート)闘士(メタル)……まさかお前! ママの研究を押収した時に認知訶学の研究だけじゃなくガイアメモリまで持ち出していたのか!」

「ほう、貴様は一色若葉の娘か……その通り、あの時はこの正体が分からなかったが、そこの小僧を見てようやく理解した。やはり念には念を入れておくべきだったな」

「だけど、ガイアメモリは一人に一つしか適合できないはず! それなのに何でお前は二つも扱えるんだ!?」

「フン、そんなもの決まっている。私が、この国の支配者たる者だからだ!」

 

 獅童の高笑いする声に双葉は唇を噛んだ。獅童の戯言を信じる訳ではないが、一つの仮説が頭に浮かんだ。

 ガイアメモリとは、地球に記憶された現象・事象を再現するプログラムが封じ込められており、ガイアメモリを挿してメモリに内包された「地球の記憶」を注入することで人智を超越した力を手に入れることが出来る。

 だがそれは肉体面を変化させて得る力。ならばシャドウ、即ち精神面が地球の記憶を吸収したらどうなる?

 本来ならば肉体と精神の両方を蝕むはずの毒素はこの場合、精神のみに向けられる。そして精神という形のない器に力を流し込めば、その力を限界時まで引き出す事が可能となるはずだ。

 獅童のこの状態があとどれほど持つかは定かではないが、そのタイムリミットは怪盗団にとってとてもではないが長すぎた。

 

「さて、それではそろそろ終わりにするか。いい加減、お前達に手こずっている暇はないのだ」

 

 獅童は力を溜めるようにゆったりと、蓮の下へ歩いていく。それを必死に止めようと足掻く怪盗団のメンバーだが、あまりに大きすぎるダメージが身体のいう事を効かせない。

 

「クソ、ふざけんなよ! 動けってんだ!」

「不味い、逃げてジョーカーッ!!」

「いやああああァァァァッ!!」

 

 仲間達の悲鳴が木霊する中、蓮は激痛に蝕まれた腹部を抑えながら歯を食い縛り獅童を睨み付ける。

 まだだ、まだ諦める訳にはいかない。

 何故なら、約束したのだから。必ず、果たすのだと――!

 

「終わりだ、小僧。貴様とのくだらぬ因縁、ここで断ってやろう!」

 

 振り上げられた拳が、蓮の頭に向けられる。最後の刹那か、何もかもが遠くなる中。

 

 

 

 

 

「――まったく、本当にどうしようもない弟弟子だな。お前は」

 

 

 

 

 

 何処かで、訊いた声と共に風が吹いた。

 

「ぬゥ――ッ!?」

 

 吹き荒れる竜巻と共に放たれた蹴りが獅童の身体を吹き飛ばす。突然現れた第三者の存在に、獅童も蓮も、怪盗団メンバー全員が唖然となった。

 そうなるのは当然だ。誰だって、死人が顔を合わせれば驚くに決まっている。

 

「ほら、いつまで蹲っているつもりだ。いい加減あの人の弟子なら立ったらどうだ。そんなんだから、この帽子が僕みたいに似合わないんだよ」

 

 そう告げて深く被っていた帽子を蓮の頭に無理矢理深く被せる。その手の温もりに、幻ではないのだと理解する。

 

「馬鹿な、何故貴様が生きている……!?」

 

 驚愕する獅童を一瞥して、されど興味を失ったように再び蓮に向き直り、ある物を差し出した。

 それは、蓮が今まで持っていたバックルとは少し変わった物。今まで片方しかなかったスロットが今度のはシンメトリーに二つ用意されていた。

 ダブルドライバー、それを持つ少年は悪戯めいた笑みを浮かべ、

 

「――悪魔と相乗りする勇気はあるかい」

 

 それは、文字通り悪魔との契約だろう。何せ、死人からの契約だ。だがその言葉に蓮は笑みを浮かべてダブルドライバーを手にした。

 そして、二人は隣に並び立ち獅童へと向き直る。連が手にしたダブルドライバーを腰に装着すると、まるで分身したかのようにもう一つ同じダブルドライバーが少年の腰にも装着されていた。

 

「勿論だ。一緒に行こう、()()!!」

《ジョーカー!》

 

「その名前では呼ばないでくれ。明智吾郎は既に死んだ。そうだな、僕のことは――()()()()()、とでも呼んでくれ」

《サイクロン!》

 

 明智吾郎。そう名乗っていた少年は嘗ての自分と本当に決別するために、本当の自分を始めるために、新たな名前を告げた。

 

「「変身ッ!!」」

 

 重なる声と共に蓮のスロットに”C”と描かれたメモリが装填され、蓮はベルトを左右に開いた。

 JとC。

 ジョーカーとサイクロンは混ざり合うことなく互いを尊重し合うように二色に別れ、蓮の姿を覆っていく。

 現れたのは紫と緑の色に別れた外装を纏った戦士。

 

「なんだ……何なんだ……」

 

 有り得ない未知の脅威に、獅童は思わず無意識に後退る。

 そんな彼の様子など微塵もないように、まるで帽子の鍔をこするように頭部の触覚を撫でる。

 

「一つ、一人では敵わないと諦めた」

 

 緑のフェイスが点滅する。

 

「二つ、強大な力の前にどうしようもないのだと背負い込んだ」

 

 紫のフェイスが点滅する。

 

「三つ、そのせいで多くの人を悲しませた」

 

 両眼のフェイスが輝いた。

 

「答えろォッ! 貴様は何者だァあああ!!」

 

 まるで懺悔するかのような不気味さに獅童は我慢の限界を迎え、鋼鉄の炎と化した拳を振り下ろした。拳から伝わる衝撃。それに歯応えを感じた刹那、背筋に悪寒が奔る。

 振り下ろされた拳は、同じく振り上げられた拳によって受け止められていた。絶対を誇っていたはずの一撃を難なく受け止められた。その真実に、仮面越しに向き合っていた瞳と眼が合い獅童は嘗て無いほど恐怖した。

 間違いない、これは存在してはならない。これは正真正銘、”獅童正義”を終わらせるモノ――!

 

 

 

「――仮面ライダー……W。()達は自分の罪を数えたぞ、獅童」

 

 

 

 瞬間、解き放たれた蹴りが獅童の鋼鉄の身体を大きく吹き飛ばした。悲鳴を上げる暇もなく地に叩き付けられ、今度こそ獅童は目の前の存在との力の差を痛感し恐怖した。

 無様に後退しようと両手で後退る獅童に、Wは指を向けた。

 逃れられない己の罪から自分だけ逃げようとする悪へ、鳴海荘吉から受け継いだ言葉を投げかける。

 

 

 

 

「「さあ、おまえの罪を数えろ!」」



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FGO 聖杯探索に星が混ざった結果1

 それは、ほんの少しだけズレてしまった世界線。本来ならば現れる事の無かった星と人が紡ぐ聖杯探索(グランドオーダー)

 

 

 

――特異点F 炎上汚染都市 冬木――

 

 

 

 大聖杯と呼ばれる超抜級の魔術炉心の前に佇むのは金髪の軍服を着込んだ男性。

 本来ならばその場に立ち聖杯を守護するのは騎士王だったはずだ。しかし何らかの不都合か、セイバーのクラスに呼ばれた男は彼のアーサー・ペンドラゴンとは何の関係もない人物だった。

 ならば、その男は英雄に相応しくないか。―――否、答えは断じて否である。

 

「―――来るか」

 

 特異点に現れし人理の守護者の気配を感じ取り、瞼の裏に隠れていた鋼青色の瞳が虚空を射抜く。

 見よ、その眼を。その瞳を見ていったい誰が彼を英雄の落伍者などと言えようか。本来ならば汚染され反転するはずだった光は今も尚曇りなく。

 括目せよ、彼こそ光の英雄。

 それは、 至高 。

 それは、 最強 。

 それは、 究極 。

 それ以外に、形容すべき言葉無し 。

 誰もがその足跡に続きたくなるような輝きを放つ英雄は、腰に携える七つの剣の内の一つを地面に突き立て、これから現れるであろう星見(カルデア)の到着を待つ。

 見定めなければならない。彼等が世界を救うに値するか否か。もしも、万が一俺程度の塵屑に劣るというのならば――その時は、是非もあるまい。

 英雄は待ち続ける。光を愛するが故に、光を守ろうとする者達に敬意を示す。だが忘れるな、英雄と戦うという事は――

 

「勝つのは、俺だ」

 

 ()()()()()()()英雄(怪物)と競い合う事だという事を。

 光の英雄――クリストファー・ヴァルゼライドは待ち続ける。

 

 

 

――第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン――

 

 

 

 本来竜の魔女が呼び出ししファブニールは、巨大な竜の形をした怪物だった。無数の竜を生み出す事の出来るドラゴン、しかしそれは、何らかのズレで同じ名を持つ別の何かを呼び出してしまった。

 そしてそのズレは――最強のドラゴンを呼び出すよりも悲惨な運命をフランスに宿命付けさせてしまう。

 

Zwangvolle Plage! Müh' ohne Zweck!(ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか)

Das beste Schwert, das je ich geschweisst,(心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の剣さえ) nie taugt es je zu der einzigen Tat!(竜を討つには至らぬのか)

Ja denn! Ich hab' ihn erschlagen!(然り! これぞ英雄の死骸である!)

Ihr Mannen, richtet mein Recht!(傍観者よ、我が栄光を認めるがいい!)

Her den Ring!(宝を寄こせ!) Her den Ring!(すべてを寄こせ!)

 

 合唱が戦場――否、虐殺場にて響き渡る。血と肉と火が本来穏やかだった日常の風景を埋め尽くし、非日常である戦場へと変貌させる。

 進軍する傭兵団の姿は皆奇妙な姿で統一され、誰しもがその唄を高らかに歌い上げる。

 殺し、奪い、仲間の死体を兵器に変えてでも奪い続ける様は、小さな竜の群れ。とても人間のものとは思えない。

 その中で、見晴らしのいい市街地の屋根に昇ったファブニールの名を司る強欲竜団の長である男は高らかに笑う。

 

「ああ、感じるぜ、俺の英雄(ジークフリード)。いるんだろ? お前もこの世界の何処かに。分かるさ、この心臓が教えてくれる。ああ、ようやくだ。ようやく、お前の背中に魔剣を突き立ててやれる。そうだ、英雄が魔剣(おれ)を生み出した。邪竜(おれ)を討ち取り奴はこの世に生まれたのだからッ!」

 

 魔剣(ダインスレイフ)は、邪竜(ファブニール)は、天高く笑いながら篭手剣(竜の爪)を鳴らす。

 彼等は止まらない。英雄にその剣を突き立てるその日まで。いつまでも奪い、殺し、蹂躙しつづける。

 故に、彼らは強欲竜団(ファブニール)

 故に、彼は魔剣(ダインスレイフ)

 怪物であり、光の使徒でもある本気になった男は止まらない――憧れに勝利する、その日まで。ファヴニル・ダインスレイフは止まらない。

 

 

 

――第二特異点 永続狂気帝国 セプテム――

 

 

 

 肉を潰す。

 骨を潰す。

 臓物をぶちまける。

 

「くひひ、」

 

 勇敢に立ち向かって来た男を誉れだと謳いながら殺す。

 子を守るために身を差し出した女を大した女だと褒め称えながら殺す。

 敵討ちを取るために無様な装備を纏った子供をその志に敬意を示して戦士として倒そうなどと言いながら殺す。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す―――

 

「ひっひひひひひッ」

 

 ああ、たまらない、最高だ――!

 

「ハッハッハッハッ、アァァハハハハハハハァッ――!!」

 

 軍神の名を司る星の眷属はもう辛抱溜まらんと言わんばかりに哄笑しながらただひたすら殺す。

 何か理由を聞かされた気がするが、もうそんなことはどうでもいい。

 聖杯? 人理焼却? 魔神柱? ああ、そういえば目の前に立っていた男がそんなことも言っていた気がしたが、些細なことだろう。

 ローマを滅ぼせと言ったか。ああ、いいだろう。それは即ち殺人許可書なのだろう? ならばいいさ、この星が司る意味のまま殺してやろう。

 

「さあ、(ロムルス)に祈るがいい――もっとも届きはしないだろうがなァッ!」

 

 破壊の大王の代わりに呼び出された殺塵鬼(カーネイジ)は止まらない。カルデアなど眼中になくただ街へ人々が集まる場所へと進軍する。

 ただ殺したい――その殺人欲求を満たすためだけに。

 魔星マルスは殺し続ける――

 

 

 

――第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス――

 

 

 

 そこは本来、広大な海が広がる世界だった。陸地は精々ところどころに浮かぶ島だけで、大海原を我こそはと船乗り達が駆け巡る。

 はず、だった――

 

「醜悪な蛆虫が、誰の許しを得て星を見上げている? 下等の塵ならば、無様に地べたを這いつくばっているのが似合いだろう」

 

 理が覆される。

 海は凍り、天空神の赴くままに世界は書き換えられる。

 空に浮かぶは天空を司る神の如き力を奮う魔星。彼女が腕を振るうだけで総ては凍てつき、氷の華を咲かせる。

 氷の棺桶の中で苦悶の表情を浮かべる死体を見て、彼女は下等な塵にはお似合いだとその無様さを嘲笑う。

 故に、彼女は気づかない。

 そもそも塵と比べている時点で自分も同じ穴の狢だという事を。

 怪物が殺すことに喜びを覚えるはずがないという、己の卑小さを示していることに気付けない。

 それでも彼女は気づけない。見たくない物には蓋をして、未だ自分は特別なのだという魂の腐った願望を抱き続ける。

 

「さあ、来るがいい、英雄。今度こそ、殺してやろう」

 

 故に、彼女は今も尚勘違いし続ける。

 光の英雄でなければ怖くないという無意識の叫びを無視して、氷河姫(ピリオド)は大海原で虐殺を開始する。

 

 

 

――第四特異点 死界魔霧都市 ロンドン――

 

 

 

「ああ、レディ。もうしばらくお待ちください。必ず貴女をもう一度目覚めさせてみせますので、どうか今しばらく微睡みの中で――」

 

 柩の中で深い眠りに着いた少女の頬を撫でながら、貴族の服を着込んだ青年は悲しく微笑んだ。

 その瞳に宿るは、深い後悔。

 何処までも凡俗でしかない自分が、どうしてこんなことに巻き込まれているのか神様を呪いながらそれでも彼は決断する。

 

「ああ、黙っていろよ。魔術王だか何だが知らないが、余計な口出しはするな。それよりも、お前の望みを叶えたなら、代わりに僕の願いを叶えて貰うぞ」

 

 虚空から聞こえてきた言葉に苛立ちを覚えながら、彼は吐き棄てる。

 ああ、人類などどうでもいい。滅びようが救われようがしったことか。それよりも、愛しい彼女が目覚めない方が何倍も大事だ。

 何処かの誰かよりも、目の前の大切な人を優先する。それは人として至極当然のことで。

 故に哀しき錬金術師(アルケミスト)は気づかない。

 自分にとって彼女と比べる事など出来やしない大切な存在を忘れていることに。

 だが、それ故に彼は揺るがない。たった一つの大切な者を取り戻すべく、伝令神(ヘルメス)は慟哭する。

 嘆きの叫びを虚しく天へと轟かせ――ルシード・グランセニックは光に立ち向かう。

 

 

 

――第五特異点 北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム――

 

 

 

 そこは戦場だった。

 機械と蛮族が幾度と果てもなく激突する闘争場。己が主の命に応えるべくただ目前の敵を打ち倒さんと衝突する二陣。

 故に、その戦局が変化するのは第三者の介入に他ならない。

 

「ハッ、ハァあ――!」

 

 拳が唸り、弾ける。肉であろうと機械であろうと関係なく、触れただけでまるで内側から弾けたように破裂する。

 一撃必殺――拮抗を保っていた戦場は、突如現れた拳士の影響で一気に加速する。

 拳士がまだ片方の陣営に着けばまだ良かった。それならばまだ行動を予測できる。しかし拳士の行動を彼等の頭脳陣は理解できず困惑する。

 そして、同じ戦場に生きる戦士達は同類だからこそ理解する。

 即ちこの男――何も考えていないのだと。

 

 アメリカを守る? アメリカを滅ぼす? おおそうか、なら話は早い、いざ参ろうか――

 闘争に飢えた拳士は彼らの言い分など気にも止めず武を奮う。目指した果てを見るために。そのためならば例え相手が誰であろうと構わない。さあ、俺に戦場を寄こせ――武の極みに辿り着くために。

 

「応ともこれぞ経絡秘孔――殺人拳の真髄よォ。カカカカッ!」

 

 色即絶空(ストレイド)は止まらない。もはや彼に何の迷いも無い。嘗て焦がれた衝動を手に入れた彼はもはや鋼の英雄にさえ匹敵する。

 故に、戦場に於いて最も危険分子を優先的に排除するのは自然の道理であり。

 

「加減はなしだ――絶望に挑むがいい」

 

 反転せし光の御子――クー・フーリン〔オルタ〕。

 

「お前の気概も分からなくはない。だが、ここでは倒されてもらうぞ」

 

 施しの英雄――カルナ。

 

「奴との決着を邪魔される訳にはいかん。故に、此処で散れ……!」

 

 授かりの英雄――アルジュナ。

 

 この特異点に集いし一線級のサーヴァント達が魔拳を打ち倒さんとこの場だけは手を組んで討伐に当たる。その、普通ならば絶望するであろう逆境に魔拳は、

 

「あは、ははは、ははっはははははははははははハハハハハッ! いいぞいいぞ、やはり戦場とはこうでなきゃいけねえ! これが武の試練というならば、いいぜ来な! だが、あの英雄に習ってオレもこう言おう――それでも、“勝つ”のはオレだってなァ……!」

 

 哄笑する魔拳はそれでもまだだと笑いながら前へ前へ突き進む。人理の守護も崩壊も、もはやこの戦場に置いて何の意味も持たない。

 あるのはただ、戦士の志のみ。さあ括目せよ、これこそ戦士の誉れなり。

 魔拳――アスラ・ザ・デッドエンドは極上の戦場に感激しながら激突した。

 

 

 

――第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット――

 

 

 

「――素晴らし過ぎる」

 

 漏れた言葉は、感激の極み。その瞳に映りし姿は嘗ての憧憬そのもの。その完成度、その輝き――光の英雄の降臨に男の眼鏡越しの瞳が更に細まる。

 感激する男の視線の先にいたのは、玉座に腰掛けし青年。燃え盛る炎は嚇怒の念。

 彼は本気で怒りを覚えていた――この地に住まう者達の嘆き、悲しみ。それを訊いて諸悪の根源に対しかつてないほど激怒する。

 何故なら正義とは即ち怒りなのだから――正しき光を抱いて、灰だった男はここに新生した。

 

「邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ――」

 

 轟ッ! と彼の思いに答えるように玉座に炎が奔り、傍にいる者たちを焦がす。されど誰もその炎を怖がりはせず、むしろあの日を思い出し感涙の涙を流す。

 ああそうだ、貴方は正しい。その怒りは何も間違いなどではないのだから。今こそ蝋翼を焼き尽かせ飛翔するのだ我らが天駆翔(ハイペリオン)よ――

 

 故に、彼は気づけない。自分が何の為に英雄になろうとしたのか。誰のために強くなりたいと思ったのか。蝋翼を溶かしながら飛翔するイカロスでは気づけない。

 この特異点を修復するには自信の胸に仕込まれた聖杯を取り除かねばならないのに――敗北を許されない英雄には気づけない。

 だからこそ、天駆翔(ハイペリオン)は突き進む。前へ前へ、過去を一切振り返らず全て燃料へと変えて断崖の果てへと飛翔する。

 

「涙を明日の笑顔に変えんがために――来るがいい、“勝つ”のは俺だ!」

 

 決意を顕にし、何処までも間違えながら――英雄の後継者(デッドコピー)、アシュレイ・ホライゾンは高らかにこの特異点にいる敵に宣戦布告した。

 

 

 

――第七特異点 絶対魔獣戦線 バビロニア――

 

 

 

 そこは、魔術王が絶対に不可能と決定付けた特異点。そこに、全ての星が集う。

 

 ウラヌス-No.ζ(ゼータ) 氷河姫(ピリオド)

 マルス-No.ε(イプシロン) 殺塵鬼(カーネイジ)

 ヘルメス-No.δ(デルタ) 錬金術師(アルケミスト)

 クロノス-No.η(イータ) 色即絶空(ストレイド)

 アフロディテ-No.θ(シータ) 露蜂房(ハイブ)

 

 各特異点にてその暴威を見せ付けていた魔星達は遂にその時が来たのだと皆それぞれの表情を浮かべて佇んでいた。

 ある者はようやくかと笑い、ある者は嘆き、ある者はリベンジマッチと意気込む。

 これほどの戦力。一体だけで特異点の戦力を壊滅できるほどの力を秘めた彼らが集えば魔術王の策略通り、この特異点を修復するなど到底不可能だろう。

 ――否。そもそも彼等はカルデアなど眼中にすらない。

 数多の英雄を従えて? これまで特異点を修復してきた実績? ああ、確かにそれは凄まじい事だろう。まさに英雄と呼ぶに相応しい功績だ。

 だが、彼等は知っている。本当の英雄という者を。例えカルデアのサーヴァントは幾ら集まっても決してヤツには及ばない。

 それこそが、魔星達にとっての英雄。意志のみで現実を覆す正真正銘本物の英雄(怪物)

 故に――

 

「さあ、今度こそあの日の続きを――『聖戦』を始めようではないか、我が宿敵よ」

 

 全ての魔星の頂点に君臨する星が、いま目を覚ます。この時をどれほど待ち侘びたか、太陽を司る眷星神は不敵な笑みを浮かべる。

 まるで幼子が旅行の前日に眠れないとはしゃぐように――迦具土神壱型は笑うのだった。

 

 そして、

 

「ああ、言われるまでもない。だが忘れるな――“勝つ”のは俺だ」

 

 荘厳に響き渡る声と共に、最後の魔獣が光の断罪剣によって討ち滅ぼされる。

 周囲に広がるは数えるのが億劫になるほど打ち倒された魔獣の死体。流れ出る血で地面が赤く染まるほど死体の山で出来たそこは、彼以外に誰も居ない。

 その光景を、守護する砦から見守っていた兵士達は茫然と呟いた。

 

「英雄、だ……」

 

 一騎当千、たった一人で戦局を覆してしまう不屈の闘志。絶望を切り払い希望の光をもたらした姿に、彼等はそれ以外表す言葉を知らなかった。

 彼らの王の賢王とは違う英雄。だがそこに優劣を付けられるはずもない。彼の英雄王が神のように荘厳ならば、鋼の英雄は灼熱の嚇怒を燃やし続けている。

 

「すまない、無事だろうか」

「え……、あっ、はい! 援護、感謝します!」

 

 声を掛けられて思わず兵士の口がごもる。近くに来れば来るほどその意志の強さが瞳から滲み出ていると錯覚するほど凄まじい。

 何というのだろうか、この気持ちは。ああ、この人ならば全てを捧げても構わないとさえ思えるこの幸福は――

 

「そうか、なら此処はお前達に任せていいな」

「はい! 問題ありませんっ!」

 

 上司ではないというのに、自然と敬礼に構えを取ってしまう。任せるという言葉がこれほど嬉しいと感じるなど夢にも思わなかった。

 だからこそ、一人で進もうとするその男の行き先が気になってしまった。

 

「あの、貴方はこれから何処へ……?」

「決まっている」

 

 男はまるで英雄のように揺らぐことなく即答し、遠くを見据えて告げた。

 

「勝利をこの手に掴むため――この『聖戦』を終わらせる」

 

 ――聖戦はここにあり。

 神星と英雄。

 カグツチとクリストファー・ヴァルゼライド。

 嘗て何処かで行われようとしていた戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

――終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン――

 

 

 

 

 遂に、人類の終焉は約束された。

 魔術王――否、人類悪、ビーストに敵う道理もなく、ここに滅びは決定した。

 だからこそ、ここに全ての条件は揃う。

 人類の滅び。約束された絶望。故に、救世主は降臨する。

 

 ――創世神話(マイソロジー)は此処にある。

 

 現れしは、黄金の救世主。

 光を愛し邪悪を滅ぼす不滅の焔。あらゆる因果を崩壊させる星辰烈奏者(スフィアセイヴァー)が人類の終焉を阻止すべく舞い降りる。

 

「人々の幸福を未来を輝きを―――守り抜かんと願う限り俺は無敵だ。来るがいい、明日の光は奪わせん!」

 

 それはまさに太陽の化身。

 故に、気づかねばならない。太陽を直視し続ければ失明するように――世界を救済する力を持つという事は、同時に世界を滅ぼせる力を持つという事を。

 

 彼こそ、本来ならば存在しない人類悪。『烈奏』の理を持つ番外の獣。

 人類を救済するために人類を焼却し尽くしてしまう人類悪の救世主――ヘリオス。

 

「“勝つ”のは、俺だ」

 

 激突する人類悪。

 魔神王ゲーティアと星辰烈奏者(スフィアセイヴァー)ヘリオス。

 世界を滅ぼせる二つの熱量が激突する。

 



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FGO 聖杯探索に星が混ざった結果2

 ――それは、ほんの些細な違いだった。

 

 一つ、目覚めた時にマシュがいなかった事。

 二つ、カルデアからの通信が無かった事。

 三つ、キャスターのクー・フーリンと合流できなかった事。

 

 どれも運が悪かったとしか言いようがない負の連鎖。誰が悪かった訳でもなく、誰かが意図的に仕組んだ訳でもない。正真正銘、間が悪かっただけだった。

 それでも、それは決定的に運命を変えてしまった。

 

「はぁ、はぁっ、ハァッ――!」

 

 焼け焦げ廃墟とかした街を駆ける。息切れを何度覚えたか、何度立ち止まって呼吸をしたいと思ったか。けれど()()がそれを許してくれない。

 走りながら僅かに振り返り背後を確認すれば、そこに広がるは無数の屍。

 だがそれは決して、この街の住人のものではない。何故なら、屍は屍でも躯と化した屍。骨のみで動くスケルトンが、群れを成して迫ってきていた。

 彼らの手には時代錯誤な剣や槍や弓。まるで中世の時代から蘇ったように、銃を主力とした近代の兵器とは似ても似つかない。

 

「……ッ! ホント、しつこい……!」

 

 何度この追いかけっこを繰り返したか。その時点で、彼女――藤丸立香は間違いなく優れた人物だった。

 並大抵の人間ならば、いきなりこのような状況に陥れば大抵が自暴自棄、仮に落ち着いても冷静な判断など出来るはずがないだろう。

 けれど、それでも立香は冷静だった。突如この状況に陥っても尚、一人ではどうしようもないと他のカルデアのメンバーとの合流するために行動していたのだから。

 

 それは、決して一般人がすぐさま実行できるはずがない事で。

 まるでそうしなければならないからという単純な理由からくる判断だった。

 

「あそこ……!」

 

 走っていて、咄嗟にちょうど死角となる隙間を見つけてそこへ潜り込む。息を整えつつ、口を手で塞いで呼吸音を極限まで抑える。

 高鳴る心臓。激しい運動をした直後もあってか激しく振動する鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うほど煩く、生きた心地がしない。

 そうやって息を止めて数秒。幸い骨のみしかないから五感が鈍いのか、スケルトン達は特に気づくこともなく通り過ぎていった。

 

「……はぁ~、助かったー」

 

 安堵を零し、いそいそと隙間から出る。膝に付いた砂埃をはたき落としながら周囲を見渡して、生き残るために少しでも生存率を上げるべく足を踏み出そうとして――

 

 

 

 もしも、此処にいたのが幾つかの特異点を修復した後の立香だったら。彼女は諦めず何度でも立ち上がっただろう。

 もしも、此処にマシュがいたなら。後輩の前ではカッコ悪い所を見せられないと、掛け無しの勇気を振り絞ってでも足掻こうとしただろう。

 もしも、この場に彼女を守るサーヴァントがいたなら、彼女は絆を信じて立ち向かっただろう。

 

 

 

 けれど。この場にいたのはまだ何の特異点も修復していない彼女で。

 此処にいるのは彼女一人しかいなく。

 彼女を守護する者など、誰一人いない。

 

 故に――降臨した絶望に抗う術を、彼女は何一つ持ち合わせていなかった。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 聞えてくるのは、絶望の呼び声。

 迸る咆哮に、全身の筋肉が硬直する。

 見たくない、知りたくないというのに。恐怖が、絶望が、彼女の眼を強制的にそちらへと向けてしまう。

 ギリギリと、それはまるで壊れかけの歯車のようで。拒否する意志と無視できぬ恐怖が競り合い、遂にその恐怖を眼に捉え――今度こそ、折れた。

 

 そこに佇むは、鋼の巨人。立香の二回りほどの巨躯な肉体は筋肉に覆われ、紅く光る瞳が彼女の姿を捉えている。

 

「あ、ぁぁ……ッ」

 

 その姿を見て、彼女の精神は、肉体は、魂は――完全に、抗う事を放棄した。

 理解してしまったからだ。猫を見て、これは獅子だと思う者がいないように。あの巨躯(怪物)を見て、藤丸立香はあれを“死”そのものだと理解した。

 彼女の心の直結するかのように、膝が崩れ落ちて尻もちを付く。失禁していないのがむしろ奇跡と言っても過言ではない。

 まだ、あの怪物が何なのか知っていればまだ対処ができたかもしれない。

 けれど、この場にあの巨躯を説明できる者はいない。

 そして、無知という事はその存在そのものをそのまま受け止めてしまうという事。

 

 そう――英霊などという、規格外の存在。その中でも最強と呼ばれるに値するヘラクレスをそのまま受け止めて、いったい誰が生き残れるという。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 咆哮を挙げて突進してくる巨躯に、もはや立香は成す術がない。彼等の間に広がる十メートルの距離は、瞬く間に消え失せるだろう。

 死を確信してか、迫る巨体の速度が落ち肉体の感覚が鈍くなる。高速する意識の中で、もやは無意味な問答が無慈悲に繰り返される。

 どうする? どうすればいい? どうすれば生き残れる?

 

――今こそ完全な“勝利”を――

 

「無理だ」

 

 ――あんな怪物にどうやって?

 

――脇目もふらずに“逃亡”を――

 

「できない」

 

 ――死は既に寸前。もはや、好機はない。

 

――潔く“敗北”を受け入れよう――

 

「死にたくない……!」

 

 ――傷つくことは、嫌だから。

 

 何の覚悟も定まっていない藤丸立香は結局、ただ嘆くしか出来ない。もし、この場に英雄がいれば彼等は顔をしかめるだろうか。或いは無様と嘲笑い、或いは弱者ゆえに仕方がないと思うだろうか。

 そう、だからこそ。弱者でしかない今の藤丸立香だからこそ、此処がターニングポイントだった。

 

 もしも、この場に彼女以外の誰かがいたなら。きっと()は力を貸さなかっただろう。

 何故なら、彼女の本質は光の使徒ゆえに。当たり前の事を、当たり前に出来る者だから。けれどこの場で慟哭する少女の本質は今、闇に染まっている。

 だからこそ、これが最初で最後の奇跡。

 弱者の慟哭に、闇の冥狼が共感する。

 

 

 

「――ああ、まったく。つくづく無能だな、俺は」

 

 

 

 それは、どこか自嘲するような声で。

 こんなことを放っておけない自分の無能さに向けられた嘲笑と共に、その異変は起きた。

 

 ――空間が、裂ける。

 

 他にどう表現すればいいのか分からない現象が、彼らの間に広がっていく。まるで空間に亀裂が奔ったかのような跡が眼前に広がり、それに反応するように巨体も静止する。

 それと同時に背筋を這い上がっていく悪寒。先程の怪物を見たよりも、圧倒的な負の感情の濁流が震えとなって身体を駆け巡っていく。

 それは、言葉にしずらいが、“死”そのものが次元の壁を超えて現れてくるようで――

 

 

 

「天墜せよ、我が守護星――鋼の冥星(ならく)で終滅させろ」

 

 

 

 此処に、冥府より逃亡せし死者を捉えるべく冥府の番人が降臨した。

 冥府の瘴気が炎に包まれた街を冥府へと変えていく。空間の裂け目から現れたのは、鋭い鋼鉄の爪を四肢に身に着け、黒い外套を羽織り、狼面を被った者。瞳の場所から覗かせる赤い眸が、生者の全てを妬むように飢えている。

 本来ならば、そのような危険人物の傍にいれば恐怖ですぐさま離れていただろう。しかし、何故か今の立香には彼の存在を危険だとは思えなかった。

 例えるなら、それは月の光。夜道を何の灯りもなく歩いていて、不安がっている時にお月様の光を見てほっと安堵するような、そんな弱者に優しい光。

 その姿に、彼女は思わず茫然とし――

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

 対極に、それを直視した巨体はもはや狂気さえも忘れてその存在を滅ぼさんと再度突撃した。

 これは星そのものだ。

 この地球とは違う法則の星。この場に存在してはならない、死の惑星。

 ゆえに、一秒でもはやく滅ぼさんと斧剣を振るい――

 

「邪魔だ」

 

 まるで、存在そのものを否定されたかのように、冥狼の纏う瘴気に触れた途端、斧剣は跡形もなく消滅した。

 それはまるで、悪い悪夢のようで。

 何かに激突したならば、その衝撃で反転することが出来ただろう。しかし冥狼はその衝撃を殺すことなく斧剣のみを滅したため、英雄は止まれない。

 踏み込み、殺す勢いで振るった斧剣は空振り、体勢は崩れてしまったために英雄は冥狼の元へ倒れ込んでしまい、

 

「もう一度、冥府の底に墜ちて行け、英雄」

 

 顔を掴んだ()が、英雄の終焉を告げていた。

 もし、この場にいたのが生者のヘラクレスならば。彼は伝承通りに冥狼を打ち倒せていただろう。

 しかしこの場にいるのはサーヴァントとして一時的に冥府より逃れた死者。冥王が許可していない以上、冥府の番人を司るケルベロスより死者が逃れられる道理はない。

 

闇黒星震(ダークネビュラ)全力発動(フルドライブ)

 

 紡がれるは、死の鎮魂歌。

 如何なる蘇生術を用いろうと、為すすべなく。闇の瘴気に包まれて、ヘラクレスは再び冥府の底へと堕とされていった。

 ……痛々しいほどの沈黙が辺りを包む。ビルの間を横切る風切り音さえも、いまや死の瘴気に包まれ届かない。

 冥狼は振り返り、腰を抜かしてただ見上げる少女と視線を交える。

 

 ――そう。この時、この瞬間こそが、全てのターニングポイント。

 ここに英雄譚は崩れ落ち、逆襲譚が幕を上げたのだった。

 

「サーヴァント、アヴェンジャー。ケルベロス。おまえの慟哭に共感し参上した。

 ――問おう、おまえが俺のマスターか」

 

 これは、英雄達の物語ではない。

 人と、星が紡ぐ物語である。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

セリフ集

召喚「おまえの嘆きが本物だというのなら、力を貸そう。

   ……もっとも、君は光に愛されているようだから必要ないと思うがね」

レベルアップ「俺にか? つくづく変わったヤツだな、おまえ……」

霊基再臨1「少し力が戻ったか……だけど忘れるなよ、闇に焦がれてもいい事なんざ何もないんだからな」

霊基再臨2「懲りないヤツだな。こんなろくでなしに貢ぐなんざ」

霊基再臨3「……君に逆襲譚は似合わないと思うんだがね」

霊基再臨4「ああ、いいさ。俺の負けだ。こんな弱者の慟哭でいいのなら、力を貸そう。冥狼として、君を必ず守り抜こう」

スタート1「さっさと終わらせるぞ」

スタート2「狂い哭け……!」

スキル1「死に絶えろ」

スキル2「塵と化せ」

コマンド1「ああ」

コマンド2「いいぜ」

コマンド3「冥府に墜ちろ」

宝具カード「天墜せよ、我が守護星――鋼の冥星(ならく)で終滅させろ」

アタック1「邪魔だ」

アタック2「失せろ」

アタック3「消え失せろ!」

エクストラアタック「遠慮なしで、殺してやる」

宝具「超新星(Metalnova)――狂い哭け、呪わしき銀の冥狼よ(H o w l i n g K e r b e r o s)

ダメージ1「チィッ!」

ダメージ2「糞が!」

戦闘不能1「こんな、ところで……!」

戦闘不能2「俺はただ、帰りたいだけなのに……!」

勝利1「ようやく終わった、か……」

勝利2「とっとと帰るぞ。こんなところ、長居は不要だろ」

会話1「あぁ、女と酒に囲まれて食っちゃ寝してぇ……なんだマスター、何かようか? ……何の事だ? 空耳だろ」

会話2「ここの人々はいい連中ばかりだな。人が良いというか、魔術師らしくないというか。……ここにいると、あの喫茶店を思い出す」

会話3「……イイエ、人違イデス。僕ハ人狼トハ別人ナノデサラバァッ!!」チトセ所属時

会話4「あの二人は……そうか、特異点だからこそこういう奇跡も起こり得るのか。感謝する、マスター。あの二人を呼んでくれて」ゼファー・ヴェンデッタ所属時

会話5「――おいマスター。今すぐアイツを自害させろ。いや、少なくとも俺が殺す。光の英雄に首輪を付けるなんて不可能だ。アイツは、間違いなく暴走するぞ」クリストファー・カグツチ所属時

好きな事「好きな事? ……俺はある人の能力が自我を持ったようなものだから、これといってないんだが……そうだな、何気ない日常ってヤツかな」

嫌いな事「――光の奴隷共だ。奴等は決して許しはしない。何処までも何処までも過去を犠牲にする塵屑共……一人残さず、冥府に送ってやる」

聖杯「勿論あるとも。彼等を地上へ返したい。それが俺の……()の願いだからな」

絆lv1「どこもかしこも英雄だらけ……つくづく居心地が悪いな此処は」

 lv2「俺なんぞの顔色を伺っている暇があるなら、他の英雄様の面倒でも見ている方がマシだと思うがね?」

 lv3「つくづくお人好しだな、おまえ。俺なんぞの傍にいて何が楽しいのやら……」

 lv4「……本当に、厄介だ、君は。これならまだ英雄の相手をしていた方がマシだ。そういう期待は裏切り難いんだよ、昔からな」

 lv5「気が付いたら、此処は()じゃなく俺にとっての帰る場所になっていたんだな。こうならないよう心掛けていたんだが……あの二人には悪いが、少しだけ寄り道させて貰おう。君の旅路を最後まで見守ろう、マスター」

イベント中「あ? 何やら騒がしいな……様子でも見に行くか?」

誕生日「誕生日おめでとう、マスター。……って、冥府の番犬に祝われても嬉しくないか」

 



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FGO 聖杯探索に星が混ざった結果3

 ――戦いは終わった。

 

 第一特異点、フランスを舞台に繰り広げられた聖杯戦争は辛勝にもカルデアの勝利で収める事が出来た。竜の魔女を名乗るジャンヌ・ダルク・オルタと彼女を作り出した真の聖杯保持者であったジル・ド・レェを見事打ち倒し、特異点は修復へと向かう。

 

「これで、終わったんだよね……?」

「はい、先輩。無事聖杯を回収しました。これでこの特異点での聖杯探索(グランドオーダー)は無事成功です」

 

 長きに渡る死闘の末か、信じられないように呟くカルデア最後のマスターである藤丸立香の言葉に、彼女のサーヴァントであるマシュ・キリエライトは笑みを浮かべて肯定した。

 

『立香ちゃん、マシュ、二人共お疲れ様。もうじき時代の回収が始まるから、レイシフト準備をしてくれ』

「了解ですドクター」

「もう、行かれるのですか?」

 

 聖杯を回収して事により目的を果たした事から、彼女達のサポートであるロマニ・アーキマンが通信越しに言い、それを訊いたこの特異点において長く協力してくれたジャンヌ・ダルクは悲しむように目元を伏せながら尋ねる。

 

「うん、私達にはやらなきゃいけない事がまだ残ってるから」

「そうですか……なら、ご武運を。貴方の旅路が幸福でありますように」

 

 そう告げて、まさに聖女のようにジャンヌは微笑んだ。同性でありながら立香が見惚れていると、同じく最後まで力を貸してくれたサーヴァントであるランサーのサーヴァント、エリザベートとバーサーカーのサーヴァント、清姫が別れの挨拶に近づいてくる。

 

「あらあら、ま・す・たぁ~(安珍様)? 浮気はいけませんよ?」

「き、きよひー!? 浮気って何のこと!? というか近い近い近い! そんな顔に近づいたら当たっちゃうから!?」

「ええ、旦那様が他の人に浮気してしまう前に先に頂いておこうと思いまして。ささ、旦那様(ハート)」

「だ、駄目です先輩! 最低です!!」

「私なにもしてなのよ!? というか同性だからね!?」

「ちょっと! 私を無視してんじゃないわよ!」

 

 女三人寄れば姦しいとか何とやら、それが四人も集まれば騒がしくなるのは必然で――故に、誰もその異常事態に気付くのが遅れてしまった。

 

『待った皆! 聖杯に急激な魔力反応! これは――聖杯が誰かの願いに反応してる!?』

「えっ――」

「そんな――ッ!?」

 

 Dr.ロマンの通信に慌てて皆が聖杯のある方へ振り向けば、そこには爛々と輝きをましていく聖杯の姿が。立香は慌てて手を伸ばすが、その手が届く僅かな瞬間、聖杯はまるで誰かに引き寄せられたように忽然と姿を消した。

 

「聖杯が――!?」

「ドクター! 聖杯の反応は!?」

『ああっ! こちらではまだ聖杯の反応は消失しちゃいない、今現在地を割り当ているからって……うぇえぃっ!?』

「何事、ロマン!」

 

 突如素っ頓狂な声を上げたロマンに立夏が問い質すと、ロマンは相変わらず慌てた様子で詳細を述べる。

 

『サーヴァント反応だ! この霊基は……嘘だろ!? ライダー、ファブニールだ!』

「―――!!」

 

 その言葉に、一同は息を呑む。

 知っているからだ、彼等は相手したファブニールというサーヴァントが如何に厄介であったかを。

 ライダーのサーヴァント、ファブニール。

 それはこの特異点でジャンヌ・オルタが呼び出したサーヴァント。本来ならば竜種として呼ばれるはずだったのだが、どういうことかファブニールの霊基を持った疑似サーヴァントとして召喚されたサーヴァントだった。

 だが、その戦闘力は嘗て滅ぼしたジークフリートでも嘗て以上と言うほどの実力を秘めており、且つその戦略は本能で動く竜とは比べものにならないほど残虐で、容赦がないものだった。

 このフランスの特異点において、被害の八割は彼が引き起こしたものと言っても過言ではない。

 だがファブニールは確かに倒したはずなのだ。ジークフリート筆頭に全サーヴァントが命を賭して何とか打ち倒した怪物。確かに倒しても消滅しなかった事は驚きだったが、確かに心臓を潰したはずだ。

 それなのに――

 

『な、なんだこれ!? おかしいぞ! ありえない!!』

 

 モニターで監視し続けていたロマンが声を震わせながら見た現実を否定するかのように喚く。

 

「どうしたの、ロマン?」

「霊基の格がどんどん上がっていってるんだ! この上昇率……これは、もう英霊の枠を超えている! これは……」

 

 震える声が絞り出した現実は、どうしようもない悲劇だった。

 

「――もはや、神霊の領域だ!」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ここで一つ、ある話をしよう。

 とある平行世界、月で開かれた聖杯戦争において、ある女が世界を滅ぼす神となった。その相手を倒すためにあるマスターとサーヴァントは奥の手を使った。

 その奥の手の名前は、神話礼装。サーヴァントの霊基を破壊し一度だけ潜在能力を解放し神霊の領域まで届かせる方法である。

 これを先に話した上で言おう。即ち、サーヴァントは本気になればそれほどの力を解き放つことができるのだ。

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 断言しよう、ファブニールは確かに死んだ。核は砕かれ、先ほどまで屍だった。だが忘れてはならない――彼は疑似サーヴァント。即ち、ファブニールではない彼は人間だったのだという事を。

 ファブニールは死に――裏返る。

 サーヴァントは死に、サーヴァントではない誰かが蘇る。サーヴァントという骨格()、そして絶対なる意志が聖杯さえも呼び寄せて、核の代わりに埋め込まれた聖杯(オリハルコン)が干乾びた全身に魔力を流し込んでいく。

 

「美しい――見渡す限りの財宝よ。 父を殺して奪った宝石、真紅に濡れる金貨の山は、どうして此れほど艶つやめきながら、心を捉えて離さぬのか。

煌びやかな輝き以外、もはや瞳に映りもしない。誰にも渡さぬ、己のものだ

毒の息吹を吹き付けて、狂える竜は悦に浸る」

 

 悪竜は死に絶え――目覚めるは、英雄殺しの魔剣。

 

「その幸福ごと乾きを穿ち、鱗を切り裂く鋼の(つるぎ)

巣穴に轟く断末魔。邪悪な魔性は露つゆと散り、英雄譚が幕開けた」

 

 人々を殺す怪物でありながら、英雄を殺す剣。三位一体の法則は此処に砕け散る。

 括目せよ、英雄よ。

 

「恐れを知らぬ不死身の勇者よ。認めよう、貴様は人の至宝であり、我が黄金に他ならぬと。壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望が朽ちた屍肉を蘇らせる。

故に必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ。己のものだ

滅びと終わりを告げるべく、その背に魔剣を突き立てよう」

 

 これこそ最悪の英雄殺しの怪物――邪龍にして魔剣、魔剣にして邪龍。

 

超新星(Metalnova)――邪竜戦記、英雄殺しの滅亡剣(Sigurdbane Dainsleif)ゥ!!」

 

 ここに、人類の範疇から逸脱した最新の怪物が誕生の産声を轟かせた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

クラス:ライダー/バーサーカー

真名:ファヴニル・ダインスレイフ

性別:男

属性:混沌・悪

詳細:人理焼却に伴い生まれた擬似サーヴァント。

第一特異点でファブニールの疑似サーヴァントとして呼ばれたが、自我のほとんどをファブニールに封じられていたため敗北。その後、サーヴァントの器を弄って新たな霊基を獲得して復活する。

 

ステータス

筋力 A

耐久 A++

敏捷 B

魔力 E

幸運 C

 

宝具

邪竜戦記、英雄殺しの滅亡剣(Sigurdbane Dainsleif)

対軍宝具 A

敵全体に大ダメージ&確率で呪い付与&攻撃力・防御力ダウン付与(3ターン)

 

クラススキル

狂化 B

 

保有スキル

戦闘続 A

自身にガッツ状態を付与(5ターン)&ガッツ発動時NPチャージ(20%)

 

自己改造 B

自身のクリティカル威力アップ(3ターン)&自身のスター発生をアップ(3ターン)

 

覚醒EX

自身のアーツカード性能をアップ(1T)&クイックカード性能をアップ(1T)&バスターカード性能をアップ(1T)&宝具威力アップ(1T)&攻撃力アップ(1T)

 

セリフ集

召喚「へえ、おまえが今回の雇い主かい? いいねえ、気に入った。さあマスター! いちょ本気になってみようやァ!!」

レベルアップ「カハハハハッ! いいぞ、もっとだ! Her den Ring!(宝を寄こせ!) Her den Ring!(すべてを寄こせ!)

霊基再臨1「ほーぅ? なるほどなるほどねぇ……」

霊基再臨2「いいねぇ、こうやって身体を作り変えていく感覚はいつになっても堪らねぇなあ」

霊基再臨3「カハハハハ! もうすぐだ、邪竜の鱗を脱ぎ捨てて、今こそ俺は英雄殺しの魔剣となるッ!!」

霊基再臨4「さあ見せてくれ麗しの英雄(ジークフリート)。竜の血を浴びて不死身の虐殺者となれ。さすれば汝の末路に我が滅亡剣(ダインスレイス)を打ち立てよう! 輝くおまえの末路に神々の黄昏(ラグナロク)は訪れる――くぁは、ヒヒ、カハハハハ!」

スタート1「さあ本気で行こうや!」

スタート2「試してみろや、総てを賭けて!」

スキル1「もっとだ、もっと寄こせ!」

スキル2「足りないなァ!」

コマンド1「カハハハハッ!」

コマンド2「来い英雄」

コマンド3「俺を滅ぼしてみせろ!」

宝具カード「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

アタック1「どうした!」

アタック2「もっと本気になりやがれ!」

アタック3「こんなもんじゃねえだろおまえの本気はよォッ!」

エクストラアタック「さあ、今こそ覚醒してみせろ!」

宝具「邪竜戦記、英雄殺しの滅亡剣(Sigurdbane Dainsleif)

ダメージ1「ハハッ!」

ダメージ2「やるじゃねえか!」

戦闘不能1「まだ、だ……!」

戦闘不能2「真っ平御免だ……そうだろ、我が麗しの英雄よ……」

勝利1「どうして覚醒しないんだ?」

勝利2「黙って我らの餌となれ!」

会話1「恐れず進め、道は拓くさ。勇気と気力と夢さえあれば大概なんとかなるものだ!」

会話2「この命を燃やすことで世界に刻み込んでやるのさ。そうとも俺は、敗残者に目覚めて欲しいんだよッ!」

会話3「ああぁ、また会えた……やはりおまえは不滅の勇者だったんだなッ!

遅いじゃねえか、待ってたんだぜ? 勝手に消えてしまってよう……俺のことを置き去りにして逝くんじゃねえよ、なァ、英雄! 今度こそ最後まで、共に殺し殺され合おう。そうさ、邪悪な竜を討伐するのがおまえの宿命なんだからッ!

さあ、見てくれ俺を――光を砕く滅亡剣を。貴様のために本気で生きた証をすべて、今こそ余さず受け止めてくれェッ!」クリストファー所属時

会話4「お前が本当は出来る子で俺は心底嬉しいぜ、なあ麗しの英雄(ジークフリート)の後継者!」アシュレイ・ホライゾン所属時

会話5「見つけたぜ我が麗しの英……雄……? まあ何だか違う気もするが俺の霊基がお前こそ麗しの英雄(ジークフリート)と言ってるんだから間違いねえだろ! さあ、本気でやり合おうぜぇええええ!」ジークフリート所属時

好きな事「好きな事? 勿論我が麗しの英雄に決まってる! アイツの背中に滅亡剣(ダインスレイス)を打ち立てるためだけに俺は生きてきたのだから!」

嫌いな事「そうだな、限界だの何だの言い訳して本気を出さねえ奴等かな? 俺は信じてるぜ、誰しもが英雄のように輝けるってな!」

聖杯「願いが叶うねぇ……それなら誰しもが本気になれる世界ってヤツを願うか? 例えこの星を破壊することになってもなァ!」

絆lv1「いいねぇ、どこもかしこも本気で生きてきた英雄ばかりじゃねえか。実に食い応えがありそうだ」

 lv2「どうしたマスター! 俺に首輪を付けるつもりならもっと本気になれ、限界なんざ越えてみなァ!」

 lv3「勿論依頼は忠実にこなすさ、傭兵だからな。けれど、俺なりのやり方でやらせて貰うぜ?」

 lv4「人の限界を知れだ? くぁひ、ヒヒ、カハハハハ! 面白れぇ事を言うじゃねえかマスター? 俺を見てみろ、限界なんざこの世には存在しないんだよ!!」

 lv5「カハハハハ! 根競べか、マスター! おまえが諦めるのが先か、それとも俺が諦めるのが先か、いいねぇ、本気のぶつかり合いってのはこうじゃなきゃなぁ!」

イベント中「どうやら外では面白い事になってるようじゃねえか、マスター。いっちょ本気で行こうや!」

誕生日「カハハハハ! 愛でてえ日だなマスター! さあ、おまえも限界なんざ越えていこうぜ!」

 



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FGO 鋼の英雄に焦がれて1

 辛いとき、苦しいとき、悲しいときに。

 どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

 そんな人がいてくれたらと、あの日の僕らは望んでいた。

 炎の中を駆けながら、狂おしいほど願っていたんだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 西暦2004年、冬木市――

 何の変哲もない日常はまるで幻のように、呆気なく崩れ落ちた。

 燃え盛る炎が建物を、大地を、人々を、際限なく何処までも燃やし尽くす。悲鳴と怨嗟が鼓膜の内側で乱反射を繰り返し、瓦礫の隙間を駆ける両足は休憩を求めて絶えず悲鳴(激痛)を上げている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――!」

 

 煙混じりの空気を幾ら肺へ吸い込もうとまるで足りない。擦り傷からは血が滲み、痛みのあまりに脇目も振らずその場に崩れ落ちて泣き喚きたい。けれどそうしないのはこの手に握る少女の手の温もりがあるから。

 手の平を通して伝わる温もりを心の支えとして、精一杯の勇気を振り絞ってもがき足掻く。

 そう、だって自分は男の子だから。

 せめて、どうか女の子(きみ)だけは、守りたいと思うから。恐怖を必死に我慢して地獄の中を駆けていた。

 

「大丈夫、大丈夫だから、僕が君を守ってみせる。だって僕は男の子なんだから――」

 

 男として生まれた以上、女の子(誰か)を守らなければいけない。それが男の意地なんだと、語った父は既に()()()()。母も同じように、まるで出来の悪い映画のように呆気なく死んだ。

 勇気を形にするために嘘を口にしても、それはまるで羽のように軽い。ああ、なんて自分は弱いのだろうか。

 保障のない励まししか口に出来ない自分の不甲斐なさに、かつてないほど激しく呪う。

 女の子一人を連れて逃げ惑うことしかできない自分が、泣きたいほど情けなく叫びたいほど悔しかった。

 ああ、力が欲しい。強くなりたい――せめて君を守れるように。

 願い、求め、焦がれ、餓えて、せめてせめてせめてこの子だけでもと、生まれて初めて本気で天に祈る。

 

 ――神様、どうかお願いします。

   辛いとき、苦しいとき、悲しいときにどこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

   地獄を砕く救世主。涙を希望へ変えてくれる英雄を、どうかこの地へ呼んで下さいと。

 

 無様にただ救いを求めることしか出来ず、涙を流しながらどうか希望を欲する。

 

「――誰か、助けて」

 

 思わず零れ落ちた涙と共に漏れた祈りは、無論他の人々と同じく届くはずがない。

 他の先に死んだ死者達と同じく、絶望という現実を突きつけられる。

 そして、ついに破滅は追い付いた。

 

「――ぎぅッ、ああああ⁉」

 

 瞬間、背中から迸る衝撃と爆音。

 幼い身体では到底耐えきれるはずもなく、せめてこの子は守ると少女の身体を抱き締めながら滅茶苦茶に吹き飛ばされて瓦礫へと叩き付けられる。

 痛い、痛い、痛いと脳を埋め尽くす電気信号。まるで身体の内側に千本の針が形成されてそれが同時に内側から突き破ろうとしているような過去最大の激痛。あまりの衝撃にただ胎児のようにその場に蹲ることしか出来ない。

 それは即ち、詰みを表す。

 激痛に点滅する視界の中、赤と白のハイライトを繰り返す光景で、自分達を追っていた追跡者がもう目前にまで迫っている事に気付かされた。

 だから。

 だからだからだから――

 

「せめて、この子だけは……ッ!」

 

 どうか助けて下さいと、歯を恐怖でガチガチと鳴らしながらそれでもこの腕の中で先の衝撃で気を失った少女だけは助けてと無様に命乞いをする。

 

『――、―――ッ、――――!』

 

 その言葉に、黒い影は嘲笑う。嘲笑を隠しもせず、人智を超越した怪物は牙を鳴らす。両親を殺し、この街を滅ぼした一体である怪物はそんな餓鬼の命乞いなど見向きもせずその力を解放する。

 度台無理な話だったのだ。この街を滅ぼした怪物に命乞いなど効くはずもなく、せめてこの子だけは守るためにこの命を代えて、少女に覆いかぶさる。

 振り下ろされる爪牙、それに切り裂かれる自分の未来の姿を幻視してそっと目を閉じた、その刹那――

 

「――そこまでだ」

 

 響く荘厳な王の宣誓がすべての絶望(ヤミ)を灼滅させた。

 

「――――――」

 

 その時、視界に映る雄々しい背中を自分は生涯忘れないだろう。

 痛み、嘆き、そして絶望。それら遍く負の因子を鎧袖一触する煌めきが、無辜たる民を守り抜くと宣誓していた。

 そう、ゆえに悲劇はこれにて閉幕。

 希望の熱に嘆きは消え、恐怖と痛みは希望に染まる。

 湧き上がるのは震えるほどの頼もしさ。心の臓腑がかつてないほど高らかに鼓動する。()()()()()()()()()と、万の言葉より雄弁に魂が咆哮する。

 恐れることなど何もない。

 あらゆる邪悪はあの英雄に討ち倒されるのだと、確信できた。

 

 彼の英雄こそ、魔術王。グランドキャスター。

 72体にも及ぶ悪魔の軍勢を従えし、神の如き奇跡を奮う王。

 まさに、そう彼こそが――

 

 魔術王、ソロモン。

 

 王冠の位に位置する最強の英雄が、涙を明日へと還るべく怪物へ立ちはだかった。

 後は――

 後は、ああ――

 後はもう、言葉にするだけすべてが無粋で――

 サーヴァント(英雄)同士が激突する空前絶後の大激突、鮮烈な英雄譚を最前列で見つめ続ける。

 

「―――あぁ、あぁ」

 

 その光景に、自分はただ魅せられる。逃避も逃亡もすでに思考の彼方、激痛が奔る肉体はそれ以上の歓喜で身体を震わせる。目前で繰り広げられる光景に、ただただ見惚れていた。

 胸を張り、誰かのために、誇りを抱いて戦い続ける()()()を。

 未来を光で照らすために戦い続ける英雄だけを見て、一人静かに震えていた。

 目頭の奥が熱い――頬を伝う涙の雫は、泉のように止め処なく。

 けれどそれは先ほどまでの悲しみの涙とは断じて違う。これは、歓喜の涙ゆえに。

 

「来て、くれた」

 

 辛いとき、苦しいとき、悲しいとき。

 どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

 

「守るために……それだけの、ために」

 

 見も知らぬ誰かであろうとも、そんなの一切関係なく。

 涙を止めるために、明日の希望を守るために、邪悪を滅ぼす御伽噺から現れたような英雄(ヒーロー)

 

「こんな、僕なんかのために……!」

 

 誰より強く、誰より立派で、誰より雄々しい英雄が。

 

「あなたは助けに来てくれた! どんな化物が相手でもッ」

 

 ――嘗て憧れ、夢見た存在は今、目の前に存在している。

 嘘偽りなく、確かにそこにいるのだ。

 

「あ、あぁ、あああああぁぁぁぁっ」

 

 その現実(希望)に胸を打たれ、響き渡る感動が天に轟き胸の奥を貫いて、とても立ってなどいられない。

 嘘じゃない、幻覚なんかじゃ断じてない! いるのだ、この世に英雄は! 悪の敵は、誰かを守る正義の味方は確かに――存在したのだ!

 

「僕も、あなたのように」

 

 強くなりたい――誰かを守り抜けるように。

 強くなりたい――誇りを抱いて光の道を歩めるように。

 強くなりたい――今度こそ、自分の手で彼女(誰か)を守り抜くために。

 

「――英雄(あなた)に、なりたい」

 

 決意を宣したその瞬間、胸の奥で炎が燃え上がったのが感じる。

 刻み込め、焼き付けろ。今この時に感じた誓いを永遠まで昇華するのだ。

 魂に刻まれたのは“斯く生きろ”という烙印。その憧憬()が未熟な自分を狂おしいほど変革させる。

 よって、未来はもはや確定した。俺は光のように生き、駆け抜けながら死んでいこう。

 道半ばで倒れようと構わない。たとえ英雄に届かなくとも、あの背中に焦がれ、同じように誰かの涙を止められるなまだこんな自分には上等すぎるだろう。

 

 さあ、今こそ勝利をこの手に掴め。

 天を目指して蝋翼を羽ばたかせ、太陽(理想)へと墜落()ちて往け。

 

 

 

『蝋の翼を代償に、恒星(ほむら)へ至れ――天駆翔(ハイペリオン)

 

 

 

 無論――是非もなし。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 柄の鍔付近と頂点付近をそれぞれの手で握り締め、上段に振り被る。上段の構えを取ると、渾身の一振りを正眼の位置まで振り下ろすのと同時に半歩分すり足で前進し、一呼吸。再び振り被りのと同時に半歩すり足で後退し、同じ鍛錬の繰り返し。

 汗は既に身体の至るところから吹き出し、回数は既に忘却の彼方。素振りにおいて回数を気にしている内はまだ半端者だ。大事なのは肉体だけでなく意識にも刷り込ませること。無意識であろうとも最善の一振りを放てるように、無駄な力を抜き渾身の一振りを放てるよう鍛錬を惜しまない。

 そうして鍛錬を続けてどのくらい経過しただろうか。不意に訓練所の入口に誰かが近づいてきているのを感じた。

 視線を向け訓練所の扉が開けば、そこから現れたのは銀髪を片方に纏めて気丈にこちらを睨む少女の姿が。その“私怒ってます”と口よりも告げている険しい目尻に思わず笑みを浮かべて挨拶する。

 

「おはよう、マリー。今日は初となるレイシフト試験日だけど、調子はどうだ?」

「ええ、兄さんがこんなところで一人素振りをしていなければもっとマシでしたでしょうね」

 

 皮肉げに言われてしまえばその通りとしか言えず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すしかない。この少女――否、()に掛けた迷惑に比べればこの程度の小言を受けて然るべきだろう。

 

「あはは……それに関しては悪いと思ってるよ。けれど俺に手伝えることは少ないだろう? オルガマリー()()。俺が現場に居ても周りの雰囲気を悪くするだけだろうし、 実際ロマンの事を“ロマニが現場にいると空気が緩む”とか言い出して追い出したじゃないか」

「うっ、それはそうだけど……けれど隣で居るだけでもいいじゃないの……何だったら兄さんが変わってくれたらいいのに」

「そういう訳にもいかないだろ? 俺は所詮養子でしかないんだ。アニムスフィア家の正当な後継者はアニムスフィア家の魔術刻印を受け継げる身内しか不可能だ。なのに魔術刻印の受け継げない俺がカルデアの所長面したら皆から反感を買うことになるさ」

「それはそうだけど……」

 

 不満気に俯くのは自信がないからだ。無理もない、マリーは三年前に父が急死して以来学生だったのにも関わらず親父の代わりに急遽カルデアの所長という任を引き継ぐ事になってしまった。

 それは見ず知らずの大海にいきなり放り込まれたようなモノ。右も左も分からず重責をいきなり背負わされて不安に思わない輩などいない。

 何とか手助けしてやりたいが、所長の任は責任が重く、ただの養子でしかない俺にはあまりに権限が高すぎて手伝えることなどこうして精々愚痴を訊く事ぐらいだった。

 

「それに、こうして素振りしていたのは何もマリーを避けてた訳じゃない。今日は少し夢見が悪くてね。こうして心頭滅却していた訳さ」

「夢見が悪いって……もしかして、十一年前のこと?」

 

 流石に十年以上の家族をやっていればバレるかと、図星を付かれて気恥ずかしくなり頬を掻く。あの頃は事件の直後とあって魘されていたためマリーにはすぐお見通しだった。

 

「ああ、十一年前のあの日……俺が冬木の街で行われていた聖杯戦争に巻き込まれて……そして、聖杯戦争に参加していたマリスビリーさんに運よく引き取られた時の事をね」

 

 目を閉じれば今も尚思い出す。あの日の悲劇を、そして雄々しく勝利したあの英雄の姿を。

 俺がこうして不自由なく生きていられるのも、あの日聖杯戦争に参加していたマスターの一人であったマリスビリー・アニムスフィアさんに引き取って貰えたから。()()あの人のサーヴァントに命を助けられ、()()()()魔術回路を持ちえていた事からあの人は家族を失った俺を引き取ってくれた。

 そこに魔術師としてのメリットもあったのだろう。けれど俺がこうして今日まで生きて来れたのは間違いなくあの人のお蔭。ああ、勿論感謝しているとも。

 

「きっと今日がレイシフト実験日だからだったんだろうな。俺の身体が、魂が、初心を思い出させてくれたんだと思う」

 

 

 

『然り――忘れるな、我が片翼。勝利をこの手に掴むため』

 

 

 

 拳を強く握り締める。燃え盛る鼓動が炎のように熱く血を滾らせた。

 ああ、覚えている。忘れるものか。あの日の宣誓を、決意を、決して無かったことにはしない。今度こそ、俺は――

 

「……ああ、もうこんな時間。少しお喋りが過ぎたわね。もうすぐ説明会の時間だから、今度は兄さんもちゃんと来ること。いいわね? あとそれから汗臭いからちゃんと来る前にシャワー浴びてくること!」

「了解しました、オルガマリー所長」

 

 マリーが意識の切り替えをしたので、俺もそれにならってカルデアの部下として敬礼する。彼女はそれにふんっと鼻で返事をすると訓練所の出入り口へと歩いていく。

 その前に、

 

「マリー、大丈夫。きっと全部うまく。ここには優秀なスタッフや皆がいるんだ。だからそんなに不安がることはないよ」

 

 兄として、彼女の不安を取り除くべく言葉を口にした。

 それは楽観かもしれない。けれどそれは同時に事実でもあった。このカルデアに居るのは決してマリーだけではない。それぞれの分野のエキスパート達が皆協力して助け合っているのだ。ならきっとどんな困難でもやり遂げられる。俺はそう信じている。

 俺の言葉にマリーの歩みは止まり、それから所長としてではなく妹の顔で少しだけ微笑んだ。

 

「――当然よ。ここには兄さんやレフがいる。ならきっと上手くいくわよ」

 

 彼女はそう告げると、今度こそ訓練所から出ていった。

 最後に見えた後ろ姿は、来る前より僅かに肩が軽くなっていた気がした。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 汗をシャワーで洗い流し、カルデアから支給された制服に袖を通す。壁掛け時計を見れば説明会開始の時刻まであと僅か。慌てて忘れ物がないか確認していたところ、ふと思い出す。

 

「そういえば……」

 

 思い返すのは、マリスビリーさんの遺言。あの人が最後に俺に残してくれた物を思い出し、そっとそれが仕舞ってあったクローゼットから()()を取り出す。

 それは俺用に調整された剣型の魔術礼装。鍔に近い刀身箇所には俺の魔術回路に調整した聖晶石が埋め込まれており、サーヴァントを呼び出す事を可能とする魔力を有する聖晶石の恩恵を十分に受け取ることが出来るという品物だ。

 この礼装一つ作るのにどれほどの資金が必要となるのか、見当もつかない。あの人には死んでも頭が上がらない。

 けれど、これを作ってくれたのはきっと俺が昔話した誓いを覚えていてくれたからだろう。そのための力と手段をあの人は俺に与えてくれたのだ。

 

「……そうだ。今度こそ、俺はなるんだ」

 

 あの日、絶望から俺を救ってくれた英雄のように。

 あの日、何も出来なかった俺に道しるべをくれた義理父のように。

 あの日、守れなかった誰か()を今度こそ守り抜くために。

 

「――世界(誰か)を守る、英雄にッ」

 

 その宣誓に迷いはなく。

 剣を取り腰のベルトに巻き付け固定する。いざ往かんと雄々しく扉を開けて――

 

「フォウッ!」

「おわっ!?」

 

 急遽飛び出してきたカルデアを徘徊する謎の生物に出鼻を挫かれるのであった。

 

「あ、危ないな、まったく……」

「フォウさーん! 何処ですかーッ! あっ、アッシュさん、フォウさんがそちらに向かいませんでしたか!?」

 

 慌てて駆けていく白い小動物の姿に茫然としていると、同じ方向から駆けてくる少女の姿が。紫の髪に眼鏡を掛け、白衣を着たその姿は見慣れたもの。マシュ・キリエライトの慌てた様子に思わず呆ける。

 

「えっと、フォウならさっきあっちに向かったけど……どうしたんだ?」

「はい、それが何やらフォウさんに着いて来るよう言われた気がして……こっちですね、ありがとうございます!」

「あっ、おい……まったく、慌ただしいな」

 

 尋常ではない様子に、少し好奇心が芽生える。説明会まで時間も幾ばくも無いが、少しくらいの寄り道ならば問題ないだろう。

 マシュの後を追って暫く。カルデアの出入り口付近まで駆け寄ると、そこには茫然と佇むマシュの姿、相変わらず何種なのか分からないフォウの姿、そして――

 

「女、の子……?」

 

 何故か廊下で眠っているカルデアの制服を来た栗色の髪の少女が横たわっていた。

 あまりの状況に一見しただけでは判断できず、先に現場に付いていたマシュに説明を求める。

 

「えっと。マシュ、これはどういう状況で……?」

「いえ、それがわたしが来た時から既に眠っていて……もしやそういう特殊な場所で睡眠を取る人で……」

「いや、そんなわけないだろ……そういえば、確かマリーが数合わせで一般枠から一人呼ぶって言ってたな……もしかして、48人目のマスター候補? なら量子ダイブの不慣れで気絶したのかもしれない。あれは慣れてないと脳に負担が掛かるから」

 

 とりあえずこのまま床で眠らせて置くのも悪いため、とりあえずソファにでも運ぼうとして近づき背中と膝に腕を引っ掛けて持ち上げる。

 

「なるほど、とりあえず身ぐるみを剥いで身元を確認するつもりですね」

「そんなつもりないから。とりあえず何処か横になれる所まで運ぶだけだからな?」

「フォウフォーウ!」

「う……うぅん……」

 

 と、騒がしくしていたためか。腕の中で眠っていた少女が目を覚ました。瞼を開き、焦点の合わない視線をこちらに向けること暫し。そこでようやく自身の現状を把握したのか、いきなり顔が真っ赤に染まった。

 

「……、………? …………ッ!? あ、ああああああののののののおおおおおおおッ!?」

「アッシュさん、凄いです。人ってこんなに素早く顔色が変わるものなんですね」

「フォウ、フォーウ!」

 

 起きたら見ず知らずの男性に抱きかかえられていたら驚くのは当然か。慌てて離れようとする少女を安全に下ろしてから謝罪の念を込めて頭を下げる。

 

「申し訳ありません、お嬢さん。幾ら床で眠っていたからとはいえ、許可もなくあなたの身体に触れた事は緊急とはいえ不快な気持ちにさせた事に大変申し訳ない」

「え、いや、そうじゃなくて……えっと、床で眠ってた?」

「はい、先輩はカルデアの入ってすぐの廊下で倒れていたところをフォウさんが発見、それをわたしとアッシュさんが見つけて運ぼうとしていたのが現在の経緯です」

「あ、そうなんだ、というかフォウさんって? あと先輩?」

 

 目覚めたばかりでいきなり様々な情報を言われたせいか混乱する彼女を落ち着かせるためにも一度わざと咳をし注目を集めた上で彼女に問う。

 

「それで、悪いけれどあなたが何者なのか一応身分証明して貰えませんか? 流石に廊下で気を失っている間抜けな侵入者などではないとは分かっておりますが、それでも一応場所が場所ですので」

「あ、はっはい! 一般枠から来ました、藤丸立香と言います! 素人ではありますが精一杯頑張りますので、どうか宜しくお願いしますッ!」

 

 確認を取れば、慌てて懐から送られてきたであろう書類を取り出し渡してくる。それを受け取り確認すると、確かに以前マリーが募集していた一般枠からの案内状だった。

 

「確認しました、48人目のマスター候補の立香さん。カルデアはあなたを歓迎します。では遅れましたが、我々も自己紹介を。こちらにいる少女が、マシュ・キリエライトと申します」

「マシュ・キリエライトです……名乗るほどの者ではない、とか言った方がいいですか?」

「いやそういうのいいから。で、こっちにいる小動物がフォウ、カルデアのマスコット的存在です」

「フォウフォウフォーウ!」

「そして俺が――」

 

 これから共に過ごすであろう仲間に対し歓迎の意を込めて手を差し出す。この出逢いが掛け替えのないモノになるようにと願いながら。

 

 

 

「――アシュレイ・H(ホライゾン)・アニムスフィア。親しい者からはアッシュって呼ばれてる。これから苦難を共にする仲間として、宜しく頼むよ」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ゆえに、ここにて全ての役者は揃った。

 逃れられない運命の歯車があらゆる犠牲を巻き込んで回り出す。

 勝利を掴む、その日まで。

 

 ――創世神話(マイソロジー)は、此処にある。



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FGO 鋼の英雄に焦がれて2

 神代は終わり、西暦を経て人類は地上でもっとも栄えた種となった。

 我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むもの。

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理――人類の航海図。

 これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 そして魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐために成立された特務機関。

 人類史を何より強く存続させる尊命の下に、魔術・科学の区別なく研究者が集められた。

 それこそが人理継続保障機関・カルデアの使命である。

 

「――というのがカルデアの目的なんだが、理解できたか?」

「うん、分かった――何一つ分からない事が分かったよ」

「先輩目がグルグル回ってますもんね」

「フォウフォーゥ……」

「あはは……」

 

 まもなくカルデアの説明会が開かれる時刻なので、会場に移動しながら素人である藤丸立香に簡易なカルデアの説明を行っておく。素人とはいえ何も知らないのは憐れだろう。

 もっとも、先の返答から無意味に終わったらしいが。

 

「まあ、無理もないさ。立香はつい最近まで魔術の事すら知らなかったんだろ?」

「うん、封筒が届いた時は宗教か詐欺かなって疑ってたんだけど、その時にお父さんが『あれ、言って無かったっけ?』とか凄い今更感で教えてくれて、私もちょうど長休暇だったしこりゃ行くっきゃねえ! という若気のノリでつい……」

「す、凄い行動力ですね……」

「自慢じゃないけど、中学の渾名が『怒りの暴走列車』だったからね、私。後先考えず行動して此処ぞという時に呪いみたいにドジっちゃうんだよね~」

 

 此処に来る時も飛行機のチケットを失くしかけて大変だったよー、と明るく笑う彼女に吊られて思わず俺達も笑みをほころばせる。なんというか、カルデア、いや魔術師ではあまり見ないタイプの人物だ。

 元来、魔術師という存在は優秀なればなるほど外道が多い。世界の始まりとされる根源を目指し代々研究を追究する魔術師は、世代を重ねるほどにその宿業が重くなり倫理を失う。目的を叶えられるのならば如何な犠牲を払おうと惜しまないというのが魔術師の基本である。

 魔術師が普段社会において大人しくしているのも、騒ぎを起こせば粛清を実行する組織が存在するため。もしただ一度で必ず根源に到達できる手段があり、そのために世界を滅ぼす犠牲が必要となれば、魔術師は迷うことなく世界を犠牲にするだろう。

 だからこそ、立香のように人間性溢れる魔術師をカルデアで見るのは非常に稀な事だ。普段一部の者にしか心を開かないマシュが初対面にも関わらずここまで距離が近いのもそのためだろう。

 

「う~ん、でもそうなると大丈夫かな?」

「何がだ、立香?」

 

 親しげに彼女の名前を呼ぶのは、彼女にそう呼ぶよう頼まれたからだ。最初は初対面の事もあって敬語で話していたのだが、壁を感じるから敬語は要らないし名前で呼んでと求められため、なら自分もアッシュでいいとマシュも交えて皆で名前を交換した。

 不安げに顎を親指と人差し指の半ばで挟みながら呻る立香は声を掛けられると苦笑いしながら後頭部を掻いて、

 

「いや、アッシュやマシュの話を訊いてると専門家ばかり集まってるみたいだし、そんなところへ素人の私なんかが来てもよかったのかなーって。それに、えぇっと、特異点だっけ? そんな凄いところに行くなんて危険じゃないかなーなんて思ったり」

 

 いや、ちゃんと詳しく説明も見ずに来ちゃった私が悪いんだけどね? と苦笑う彼女の表情から恐怖と不安の色が隠しきれていない。

 まあ、無理もない話だ。素人がいきなり専門家が集う場所に来れば尻込もるのは当然の事であり、ましてや命の危険に晒されるともなれば不安がるのは自然の摂理だ。

 だからこそ、彼女の不安を取り除くために俺とマシュは一度向き合うと頷いて、立香の不安を取り除くべく口を開いた。

 

「まあ、確かに人類の存続を計測していたカルデアスが人類の生活を表わす光を見えなくなってしまったのは非常に危険な事態だろうな。百年で人類の生活が崩壊したとなると、その原因を取り除く今回の事例は危険がないとは絶対に言えない」

「でも大丈夫ですよ。幾ら所長でも全く訓練を行っていない人をいきなり特異点に送ったりなんかしませんよ」

「そうそう、まずは俺達Aチームが特異点の調査、Bチームがその支援、Cチームは欠番が出た場合の補佐、Dチームは万が一の場合に備えて待機だろう。そんな心配しなくても大丈夫さ」

「うぅっ、その言い方だと何か役立たずと言われてるみたいで若干ショック……って、俺達って事はアッシュもマシュもAチームなの? 二人共凄いんだね!」

「そんな、わたしは少し例外ですし……でもアッシュさんは凄いんですよ! マスター候補の中でも常にトップクラスに入り続けて、期待のマスターなんですからッ!」

「ほぇ~、アッシュってそんなに凄かったんだ。ぜひ先輩って呼ばせて下さい!」

「あはは。そう言っても俺なんてまだまだだよ。今は経験の長さが結果に繋がってるだけさ。準備期間が俺は他のマスター候補と違って三年以上あったし、もっと精進しなくちゃな」

 

 そうだ、こんなところで満足する訳にはいかない。

 もっと遠く、果てなき理想へ羽ばたくためにも、歩みを止める訳にはいかない。

 

「強くなるんだ――今度こそ、守り抜くために」

 

 改めて決意を顕にしていると、ふと立香が傍から顔を覗き込んできて不意に思ったことを口にした。

 

「何だかアッシュって、英雄になろうとしているみたいだね」

「――――」

 

 その、本人からしてみれば何気なく言ったであろう図星に、思わず目を見開いてしまう。

 

「……アッシュさん? もしかしてその表情は……」

「いやまあ、なんというか……」

 

 まさに()()()()()()()()()()()()()からこそ、指摘された図星に思わず頬を掻く。おそらく直感なのだろうが、先の話からそれを推測するなど中々侮れない鋭さである。

 俺の反応に図星だったのだと理解して立香とマシュの表情が驚愕に染まる。まさか当たるとは思っていなかったのだろう。

 

「難しいのは分かってるよ。けれど今より少しでも、一歩でも近づきたいとは思っている」

「あ、でもさ。良く聞く話だけど英雄になりたい者はなろうとした瞬間に失格であるとかいうけど、アッシュはどう思ってるの?」

「ああ、だから俺は――その言葉が嫌いでな」

 

 吐き捨てるように、若干冷たい口調でその言葉を切り捨てる。

 

「最初から限られた人間しか頂点には至れない。そんな言葉を壊したいから、鋼の英雄になりたいんだ。成りたいものを目指すからこそ人は理想(ユメ)へと近づけるし、そのためなら頑張れる……当たり前のことじゃないか」

 

 曖昧な目標より確固たる願いに向かって進む方が順当に歩みが早いし結果的に大成する。少なくとも怠けてやっている者よりは確率が高いだろう。

 

「けれど、英雄を目指すという課題において返って来るのは毎度のように、先程立香が口にした訳の分からない理屈ばかりさ。夢に焦がれたその瞬間からおまえはまさしく偽物で? 成ろうと努力すればするほど資格が無くしてしまうだなんて――馬鹿を抜かせよふざけやがって、無茶苦茶だろうが、どうなっている」

 

 自然発生する人間にしか英雄(ヒーロー)の資格がないというのなら、後天的に足掻いた者はどれも皆無力なままだとでも? 冗談じゃない。

 

「理想に近づけるよう努力しているんだから。何もしないままでいる者より、何かが出来る人間になっているのは当然じゃないか」

 

 だからこそ、本物を目指す者は偽物止まりなんていう理屈が心底気に入らない。

 

「英雄になってやると頑張った人間は、仮に二流で終わっても誰かを救える存在へ少しは近づいているんだよ。その足跡まで馬鹿にするような風潮が俺はどうにも腹が立って仕方ない」

 

 始まりが憧れでも、嘘であっても、どれだけ無様であろうとも、辿り着こうと足掻く間に生まれる意味は決して嘘ではないのだから。

 

「だから俺は英雄を目指しているんだ。誰もが正道を歩めるように、その確かな道筋を俺は作ってみたいんだよ」

 

 自分でも餓鬼染みているなと自嘲しつつも、その意志に嘘偽りはない。()()()()()()()()()()()()ままならば、誰がその道を歩みたいと思えるのだ。

 誰だって痛みや苦しみが待っているならその道に進もうとは思わないし、楽な道に逃げるに決まってる。それが間違いだとしても、気分が乗らないだとか今日は調子が悪いとか理由を付けて楽な道を選ぶのが人の性だ。

 だからこそ、俺は英雄になりたいのだ。誰もが光を歩めるように、怒りではなく笑顔を以て明日へ踏み出せられる瞬間を、心の底から願っている。

 

「……とまぁ、偉そうに語ったけど実際暗中模索だけどな。手探りながらだから今できることを精一杯やってるだけで限界なんだけどさ」

「いいと思うよ? そういうの、私は好きかな」

「はい。アッシュさんの夢は、決して間違いではないと思います」

 

 柄でもなく自分の心境を語ってみれば、二人共煽ることなく真摯に受け止め笑顔で肯定してくれた。その微笑みにこちらが気恥ずかしくなりつい視線を逸らして頬を掻く。

 

「――おっと、此処にいたのかアッシュ、マシュ。そろそろマスター適正者のブリーフィングが始まるから管制室に移動するように。おや、そちらにいるお嬢さんはどなたかな?」

「あっ、はい! 本日よりここでお世話になります藤丸立香と申します! どうか宜しくお願いします!」

 

 ニコニコとこちらを微笑ましく見つめてくる二人にさてどうしたものかと悩んでいると、場の雰囲気を変えるが如く丁度いいタイミングで緑茶色のコートと帽子を着た男性が近づいてきた。

 彼の登場に感謝しつつも立香に彼の紹介をする。

 

「こちらはレフ・ライノール教授。近未来観測レンズ「シバ」の開発者であり、カルデアにおいて欠かせない人物さ」

「よしてくれ、アッシュ。私だけでなく、今回のミッションには全員の力が必要なのだから。それに、藤丸……ああ、No.(ナンバー)48、一般採用の。どうか悲観しないで欲しい。先程も言ったが、今回のミッションには君たち全員が必要なんだから」

「はい、未熟な身ではありますが、精一杯務めさせて頂きます!」

「おや、いい返事だ。どうやら私は余計な事を言ったかな? それとも既に君たちが励ましていたのかな、アッシュにマシュ?」

「いいえ、それは彼女自身の強さです。俺達は何もしてません」

「はい、先輩は凄い人です」

「あ、あの、あんまり持ち上げられると居心地が悪いといいますか……」

「ははは、仲が宜しくて大いに結構。さて、それでは管制室へ向かうとしよう。遅刻でもしようものなら一年は所長に睨まれるぞ?」

「「「了解ッ!!」」」

 

 レフ教授の指示の元、俺達は急いでブリーフィングが行われる管制室へと足を運び、そこで所長のマリーからありがたい御言葉を頂いて――

 

 

 

『――信じられない! 素人がわたしのカルデアに入れる枠なんてないわ! いいからこの新人を一秒でも早くわたしの前から叩き出しなさい!』

 

 

 

 最初のシミュレーションで半覚醒状態だった立香は案の定マリーの徹夜で考えていた口上に耐えきれず熟睡し、彼女の怒りを買ってしまうのだった。

 

「うぅっ……眠ってしまった私が悪いけど、何もそこまで怒らなくても……」

「あはは……まあ、時期が悪かったな。普段ならまだしも、今は余裕がないからあんなにも気が立っているんだ。少し経てばすぐに落ち着くよ」

 

 項垂れる立香を励ましつつ彼女の部屋へと案内しながら一応マリーのフォローを入れておく。確かにマリーは悪人だと思われがちだが、実際は責任感が強く誰にでも厳しいだけで根は真面目な女の子なのだ。

 もっとも、相手に対して容赦のないところは悪人と呼ぶに相応しいのだが。

 

「そういう言い方をするって事は、ひょっとしてアッシュは所長のこと詳しいの?」

「ん? まあね、これでも一応兄貴だから、彼女との付き合いは長い方さ」

 

 俺がそう真実を告げると、立香はこちらを見上げキラキラとした瞳で口にした。

 

「……もしかして、アッシュって貴族(ボンボン)……ッ!」

「いや、戸籍上兄であるだけで義理だよ。俺は前所長のマリスビリーさんに引き取られた養子だから、むしろ権利は低いよ。まあ確かに少なからず恩恵は貰ってるけどな」

「つまり、紐……ッ!」

「いや、違うからな?」

 

 なんて雑談を交えている内に彼女に用意された寝室の前まで来てしまい、道案内を終えたという訳で管制室に戻るため踵を返す。

 それと、この時間ならばきっとここにあの()()()()がいると思うから、

 

「じゃあ俺はこれで。ああ、それと立香。おそらく部屋に不審者がいると思うけど、危険な人じゃないから安心してくれ。きっと仲良くなれるさ」

「待って、え? 私の部屋なのに不審者いるの? ていうか警備ガバガバ過ぎない?」

 

 時間もだいぶ押しているため何か立香が言っていたがそれを無視して駆け出そうとしたが、その直前に大きく自分の名前を呼ばれたので立ち止まって振り返る。

 

「――頑張ってね、アッシュ」

 

 そう告げて笑みを浮かべる彼女に、何が起こるか分からない不安で震える腕を必死に押さえつけながらそれでも誰かのために優しい笑みを浮かべる立香に、俺も負けじと雄々しく笑みを浮かべて、

 

「――ああ、任せろ」

 

 女が格好つけたのならば、男も格好つけ返すのが礼儀だから。

 今度こそ振り返らず、皆がいる中央管制室へ足を運ぶのだった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 管制室へ到着すれば、先ほどブリーフィングで座っていた席には誰もおらず、その奥に佇む霊子筐体(コフィン)の前で皆おのおのカルデアから支給された礼装であるカルデア戦闘服に着替えており、擬似霊子転移(レイシフト)への準備をほぼ完了させていた。

 

「しまった、俺も急いで終わらせないと――」

「兄さん!」

 

 慌てて着替え室に向かおうとするところへ、マリーの声が掛かりそちらへ向き直る。視線を向ければマリーが慌ててこちらへ駆け寄り、その手には見慣れない服を掴んでいた。

 

「まったく、何処行くつもりなのよ、あなたは」

「いや、俺も自分の戦闘用の礼装に着替えようと思って……」

「兄さんのは、これでしょ! お父さんが何のためにこの礼装を用意したと思ってるの」

「あっ――」

 

 マリーに投げつけられるように手渡された物を見て、それが何なのかを理解する。それは義理父が残してくれた礼装の一つ。幼い頃、かつて自分がそれをみて憧れ、ならいつか時が来ればお前に譲ってやろうと言っていた父の形見とも言えるアニムスフィア家の正装だった。

 絹のように軽く、されど込められた神秘は半端者の自分でも一級品だと分かる物。それが今の自分用並びに戦闘用に改良されていた。

 持つ腕が震える。それは身に余る品物を渡されたからではない。

 

「……なあ、マリー。本当に、俺がこれを着てもいいのかな?」

「何を今更言うのよ。いいにきまってるでしょ? だってそれは――」

 

 それは、あの人の想いの形。

 

「――兄さんは家族(アニムスフィア家)なんだから。それを着る資格は十分あるわ」

 

 家族という、愛の結晶だった。

 

「ああ、そうだな。そう、だった」

 

 迷いは晴れた。

 俺は着替え室に雪崩れ込むと、着ていた衣服を脱ぎ手に取った礼装を着込む。軍服に近い黒の絹地と黄金の装飾は荘厳で、着ているだけで試されているように背筋が伸びる。

 だがそれはむしろ上等で、腰のベルトに剣型の魔術礼装を掛ける。これにて全ての準備は完了した。

 

「さぁ――往くぞ」

 

 これこそ始まりの一歩。

 コフィンに入り意識がレイシフトに向けて薄れていく中で、それだけは強く意識し続ける。

 世界を救うファーストオーダー。その始まりを今か今かと待ち望み、

 

 

 

 ――瞬間、爆音と衝撃と灼熱が全てを塗り潰した。

 



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FGO 鋼の英雄に焦がれて3

 ——夢を見ている。

 

 燃え盛る廃墟と化した街。炭と灰が覆い隠し赤く変色した空。生存者など自分達を於いて他におらず、ただ屍だけが無限に転がる現世の地獄。

 その中で、絶望だけが唯一存在する世界で、それでも尚輝きを放つ背中を、あの日の英雄の背中を幼い俺は見つめていた。

 傍で燃える炎が肌を焦がす。だがそれよりも更に熱い炎が俺の胸の内で燃え盛っていた。

 森羅万象数多の魔術など目にも入らない。瞼の裏側にも刻まれた景色は、英雄の強き覚悟。無辜たる民を守るという鋼の意志。それに比べれば怪物の殺意などもはや意にも介さない。

 だからこそ、憧れた。憧憬の存在。作り話の中でしか生きられないと思っていた英雄の真実。ならば、焦がれるのは自然の摂理だろう。

 

 例え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ以外の事はどうでもいい。

 

「辿り着いてみせるさ」

 

 立ち止まってなどいられない。あの日見た背中に追い付くためならばどんな犠牲さえ厭わない。

 この手に“勝利”を掴むその日まで——

 

『ならば——』

 

 さあ、どうするか? 答えるがいい片割れ(イカロス)よ。

 虚偽も拒絶も逡巡も断じて一切許容しない。おまえの決意(ほのお)を此処に晒せ。

 

 

 

揺ぎ無い“勝利”を

 

求めた理想の“再生”を

 

あの日の少女へ“贖罪”を

 

 

 

『——ふざけるな』

 

 不適格——いいやそれ以下、なんて塵屑。話にならない。

 嚇怒の念が意識を燃やして世界を炎で埋め尽くす。蝋の翼は未熟で不純で燃料にさえ未だ至らない有様だった。

 よって、大前提さえ不足したまま未完成の天駆翔(ハイぺリオン)は、地を這いずりつつ涙と泥に塗れている。

 運命の幕はまだ兆しさえ見せていない。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「待ってくれ、俺は——!」

 

 暗闇の中で手を伸ばす。理由は分からない。ただ、大切な誰かに何かを言われその期待に応えられず失望されてしまった様な焦りが身体を突き動かした。

 消えていく、焔の熱が。この身を焼き焦がすほどの質量が今では風前の灯火にも感じない。それでも諦めなければきっと届くと浮上する意識と共に微かに感じる熱へと手を伸ばし——

 

「——きゃぁん」

 

 そして——

 

「んぅ、っ……はぁ、あぁぁ……」

 

 そし、て……——

 

「そんな、待っ、いきなり、んぅっ、大胆……はぅ、うぅぅ……」

「——……」

 

 この手でしかと掴んだ女性の神秘的部分が掴まれた拍子に形が崩れる様子を間近で見てしまい、頭が真っ白になってしまっていた。

 いや、待て。ちょっと待て。タイム休憩ストップなんでもいいから待ってくださいお願いします——何なのでしょうかこの状況は?

 気が付いたら無意識に胸を揉んでいた? 馬鹿野郎どんな言い訳だ最低な屑男が吐きそうだな其処になおりやがれ俺がぶっ殺してやる——というか俺だよ、最低男。

 しかも相手からは突然男に押し倒されたようなものだから小鹿の如く震えて呆然とするしかなく、更に間の悪い事に彼女が来ている魔術礼装・カルデアはどういう製作者の意図なのか胸の部分が上下のガーターによって強調される形となっているわけで……。

 

「あ、あぁぁっ……ひゃぅっ」

 

 もにゅりと、立派に自己主張する女性特有の柔らかさが手の平を覆うように伝わって来た。豊満とはいかないものの、しっかりと育っているわけで更にちょうど手の平に収まる安心感さえ感じてしまい、意識が遠くなる。

 

「あの、その、こういうのはもっと互いの事を知り合ってからした方が——」

「——は、はは。あはははははは」

 

 まるで、強姦魔に襲われて最後の抵抗らしき台詞が聞こえた辺りでもう色々限界だった。

 さよなら現世。何が英雄だコンチクショウ。色情魔アシュレイ・H・アニムスフィア、全世界の女性の敵、ここに眠るというわけで。

 

「そうだ、切腹しよう」

 

 それがいいしそれしかない。こんな男は一分一秒でも呼吸しているだけで何処かの女性を孕ませてしまうに違いない。こんな塵屑は一秒でも早く死ぬべきだ。

 自分の馬鹿さと駄目さ加減に達観の笑みを浮かべて、彼女の胸から手を放し地に額を磨り潰すが如く擦り付ける。

 鬱だ、死のう。

 

「すみません、あなたの胸を蹂躙した不埒な所業に対して自分は、産廃以下の塵屑男として何一つ弁明できる立場にございません」

「あ、あの……」

「クズですね、カスですね、ゴミですアホです死ねばいい。故意ではなかった? 言語道断ふざけるな、謝罪一つでチャラになるほど女性の乳房は安くない。クソ童貞の自分にも重々承知の真実ですとも!」

「あっ、アッシュ童貞なんだ。いやそうじゃなくて!」

「こんな塵屑男に痴漢に押し倒され、思うさま揉みしだかれたあなたの苦悩に至って筆舌に尽くしがたいと言えるでしょう。真に、真に申し訳ない!」

「いや、ちょっとアッシュ聞いてる? もしもーしっ?」

「なのでいざ、俺は今から婦女凌辱の裁きとして腹を切って償います! どうかその死に様で納得して頂きたい!」

「ふわっ!? そ、そこまでしなくていいから! 私の胸なんかで、それに不慮の事故みたいだからそんなに気にしなくても、ね?」

「いいえ、これは全て男の責任です。

 

 

 

というかラッキースケベなど死ねばいいッ!」

 

 

 

 期せず相手の肢体に触れたり、都合よく着替えに遭遇する。其処にどんな偶然や理屈が存在したとして、果たしてそれが女性を辱しめることを肯定される理由になる? 否、断じて否!

 

「男の沽券と乙女の涙が釣り合うはずがないのです。よって当然、俺はさっくり死んで詫びるべきであり、あなたもまた優しさゆえに止める必要もございません」

「その例えだと私の方が気まずくなるんだけど!? ラッキースケベで死なれたらこっちが気が滅入っちゃうからね! そ、それに私自身あんな風に初めて求められて、その——」

「非常に心が傷ついたと! ならばもはや是非もなし」

 

 覚・悟・完・了。

 帯剣していた魔術礼装に手を伸ばし、淫猥な性犯罪者(じぶん)へ引導を渡すべく、こんな不甲斐無い自分自身に涙を飲んで。

 

「さあ、いざご照覧あれッ——!!」

「なにやってるんですか——ッ!!」

 

 介錯の寸前、横合いから飛んできた身丈ほどの巨大な盾に吹き飛ばされ、宙を舞った。回転すること三回転半、介錯を中断され俺は地面と熱い接吻を交わす事となった。

 

「気を失ったアッシュさんを発見して周囲の安全確保のため警戒していたら、いきなり先輩の胸を揉みだして! 更に切腹しようとするなんて本当にどうかしたんですか! もしやアッシュさん、切腹マニアかなんか何ですか!?」

「失敬な。常識的に考えろ、誰が好んで腹を切るか。単にこれは命でなければ償えないって話だろうが」

「私はそこまで重いの求めてないよ!? 自分のこと軽く見過ぎでしょ。おっぱい以下とかどんな基準?」

「無論、おっぱい以下だろう」

 

 断言すれば、何故かため息を突かれた。何故だ。

 

「というかマシュ、その姿は……それにここは一体」

 

 ある意味目覚めの一発となったのか、頭が冷静になり周囲の状況をようやく把握できるようになった。

 周囲を見渡せば、そこはカルデアとは一変していた。北極に建てられた近代技術の全てを駆使して作られたカルデアにはあり得ない崩壊した道路と崩れた廃墟と化した建物。そして何より、空が見えるにも関わらず突き刺さるような寒さを感じない。

 そして何より、俺はこの景色に見覚えが——

 

 

 

『そんな事は今思い出す必要はない』

 

 

 

「——ぎィ、ガァッぅ、ッ!?」

 

 瞬間、脳の奥で電力でも奔ったような鈍い頭痛が込み上げ頭を押さえる。まるで思い出すなと自分自身に言い聞かせているように奔る痛みにとりあえず記憶の思い出しは一時保留して別の記憶を探る。

 

「……確か、俺はレイシフトの為にコフィンに入ってそれで……光と、爆発音が——」

「はい、レイシフト時に人為的な火災事故が発生し、実験そのものが中断しました。恐らくレイシフトされたのは奇跡的に先輩とアッシュさんだけだと思います」

「人為的な事故だって……じゃあ他のAチームや皆は」

「恐らく、あの爆発事故に巻き込まれて……」

 

 マシュの言葉に思わず手が握り拳になる。

 カドック、オフェリア、ヒナコ、スカンジナビア、キリシュタリア、ベリル、デイビット——一癖も二癖もあったAチームの仲間達。向こうはこちらをただの親の七光りだと思っていたかも知れないが、自分にとってこれから苦難を共にする頼りがいのある仲間だったのだ。

 そんな仲間を失った悲しさに歯を食い縛る。だがいつまでも悔やんでいる暇はない。進まなくては、失った彼らの分まで、彼らの無念を胸に刻んで飛翔するために。

 

「——状況は把握した。マシュのその姿はデミ・サーヴァント化による影響か?」

 

 意識を切り替え、マシュの姿を改めて見れば彼女の姿は一変していた。服装は近代的な私服から中世の騎士の鎧を改造したような軽装となり、その手には明らかに身丈ほどの巨大な盾を持っている。

 カルデアの第六実験、デミ・サーヴァント。その詳細はアニムスフィア家の一員として記載のみ記憶している。人間と英霊の融合。だがその実験は今まで一度も成功しなかったはずだが……

 

「はい、流石ですねアッシュさん。真名は答えを聞けずに去ってしまったので分からず仕舞いですが……」

「いや、それだけでも戦力に大幅な期待ができる。真名に関しては追々知っていけばいい。それで今後の方針はあるか?」

「とりあえず先ほどDr.ロマンがおっしゃっていた霊脈の強いポイントに向かいそこで新たな情報を得るつもりですが、どうでしょうか?」

「ん、悪くない。外部と連絡できるなら越したことはないしな。よし、立香!」

「は、はいっ!」

 

 今まで蚊帳の外だったのが原因なのか、立香の名前を呼ぶと彼女はいきなり背筋を伸ばして大きな返事を上げた。

 

「……いきなりどうした?」

「あっ、いや、正直私みたいな素人が凄い場違いな気がしてついっ……それでどうしたの?」

「今後の方針が決まったから、とりあえず情報共有をな。二人とも、この特異点で敵性存在と接触はしたか?」

「ええ、言語による意思の疎通は不可能だと思わしき敵性生物との接触がすでにありました」

「というか、普通に考えて武器持って襲ってくる骸骨は無理だと思うよね」

「なるほど」

 

 二人の情報と状況、そして戦力を踏まえた上で戦略を練る。考えられるに、基本はこの立ち位置がいいだろう。

 

「よし、じゃあ立香は後衛で補助を頼む。魔術は初心者と言っていたけどカルデアの礼装を着ているなら初歩的な魔術なら扱えるだろう? それにマスターはサーヴァントと一心同体。マスターが殺られればサーヴァントも戦う事が出来なくなるからな」

「わ、私そんな重要な役割できるかな……?」

「ええ、マスターは指示をお願いします。それならアッシュは中衛で、私が前衛で——」

「いや、マシュは中衛を頼む。前衛には俺が行く」

 

 俺がそういうと二人は驚いた様子でこちらを見てきた。そんなに驚くことを言っただろうか?

 

「だ、駄目ですよアッシュさん! アッシュさんはただの人間なんですから、ここはデミ・サーヴァントであるわたしが……!」

「あ、アッシュがやるなら私だって……!」

「いや、おまえ達……」

 

 正直、残酷な話だからあまり直接的に言いたくなかったのだが……

 

「だってマシュは戦闘経験あまり無いだろ? 鉄棒だって半分までしか出来ないし」

「はうゥッ!?」

「立香に至っては素人魔術師が何を言ってるんだ。マスターが死んだらサーヴァントは戦えないってさっきも言っただろ?」

「ふぐゥッ!?」

 

 正論を言えば、二人は胸に突き刺さったように呻くと膝を付いた。……だから正直言いたくなかったのだ。

 

「で、ですがそれがアッシュさんが前衛になる理由にはなりません! ここで一番戦闘に向いているのはわたしですから!」

「そうだよナイスマシュ!」

「ふん。ならそこまで言うなら試してみるか? 幸い()()()()()()()()()()()()()()()みたいだし」

 

 帯剣した剣の柄を握りながら視線を彼方へ向ければ、そこにはこちらの騒動に気づいたのか近づいてくる骸骨の化物の姿が。咄嗟に臨戦態勢を構える二人を手で制して前に出る。

 正直に言えば、不安はあった。マシュには戦闘経験といったが、俺もそんなものはない。今まではシミュレーターの中での出来事で命に別状はなかった。

 だが今回は違う。正真正銘命を懸けた戦い。死の恐怖が身体を強張らせる。

 けれど——

 

「心配するなよ。これでも俺は——英雄を目指しているんだからな」

 

 ここで強がらなくて、いつ強がるんだ。

 安心させるための笑みを浮かべて覚悟を決める。剣型魔術礼装を腰から引き抜き構える。敵性エネミーの反応は三体。人型に槍や剣、弓などの武器を携えている所から人間に近い動作と判断。しかし油断しない。

 さあ、ここが初陣だ。いざ尋常に——始めを告げた(魔術回路を開いた)

 



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FGO クリプター:桐生戦兎

「『
初めまして、葛城巧

——いや、桐生戦兎と呼んだ方がいいだろうか。
』」

 

「『
本来なら、キミとこうして情報伝達をする事もなかっただろう。

キミも既に理解していると思うが、キミ達の世界は間もなく消滅する
』」

 

「『
理由は言わなくとも分かっているだろう。

キミが齎した新世界の創造。人理にとってそれは“例外”だと判断されたらしい
』」

 

「『
だが、ワタシとしてもキミの功績は非常に高い。

キミ達の世界が生まれたからこそ、我々の世界にヤツは現れていないのだから。
』」

 

「『
そこで、だ。ワタシはキミに秘匿者(クリプター)になって貰いたい。

キミの世界を消滅させない代わりに、キミには協力して欲しい
』」

 

「『
キミとて、()()を目覚めさせたくはないだろう。

多くの犠牲の末に眠らせた、あの破壊の化身を
』」

 

「……分かった。でも一つだけ頼みがある。俺だけじゃなく、万丈も助けてやってくれないか?」

 

「『
……やはり人間とは不理解だ。

理解しているはずだ、人間ひとりを蘇生させるのにどれほどの苦痛と労力が必要になるかは
』」

 

「『
ちょうど、今キミが味わった地獄のように。

それでもキミは、もう一度世界を敵に回しても彼を救うかい?
』」

 

「当然さ。世界なら一度敵に回してるし、何より俺は、あいつらのヒーローで——あの筋肉バカは、最高の相棒なんだよ!」

 

「『
——いいだろう。ならばもう一度世界を救うがいい。

その後で、言わせて貰うよ。キミが八番目の秘匿者(クリプター)
』」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 虚数潜航艇シャドウ・ボーダーにて移動するカルデアは新たな異聞帯(ロストベルト)を発見する。

 食料の備蓄が尽きかけていた彼らは調査の為に虚数潜航(ゼロセイル)を試みるが、そこで彼らは驚愕の光景を目にする。

 

「此処って……日本?」

 

 高層ビルが立ち上る都会。氷河期でも神代でもない彼らがよく知る現代の光景が広がっていた。

 彼らの知る歴史と殆んど変化のない異聞帯に戸惑いつつも、調査を進めるカルデア。独自に調べている内に、マスターである藤丸立香とサーヴァントであるマシュ・キリエライトは街を守護する機械兵《ガーディアン》に囲まれてしまう。

 

『戸籍情報に登録されていない人物を発見。直ちに拘束します』

「ロボだッ!!」

「言ってる場合ですか先輩! 逃げましょうッ!」

 

 逃亡する二人だが、街全域から包囲されては脱出は困難だった。次第に追い詰められていく中、彼らはある男に助けられる。

 

「此処まで来ればもう安心だろ。それで、一応確認しときたいんだが……お前達が、カルデアってヤツでいいんだよな?」

 

 異聞帯のサーヴァント、石動惣一の協力を得て彼らカルデアはこの異聞帯の真実を知る。

 

「えっと、惣一さんでいいんですよね?」

「んっ? おお、それはこの借りてる身体の名前なんだが、俺の本当の名前は知られない方がいい。弱点が少し目立つからな。それに俺はまだこの身体に馴染めてなくて殆んど力を出せないからあまり戦力に数えられても困るしな」

「なるほど、イシュタルや孔明と同じ疑似サーヴァントという訳か」

 

「ああ、恐らくお前さん達が言うクリプターっていうのは桐生戦兎に違いない。あいつの事は誰よりも理解している」

「仲間だったんですか?」

「ああ、一番最初からの付き合いでな。だからこそ、あいつがこんな馬鹿げた事をしているのを止めてやりたい。正義にヒーローであるアイツが、あんな苦しそうな顔させたくないんだよ」

 

「コーヒーマッズ!?」

「えぇ、そんなことねぇと思うんだけどなー……ってマズっ!?」

「あはは……惣一って本当にカフェのマスターだったのかい? よく潰れなかったね」

 

 絆を深めていく中、次々と現れる異聞帯のサーヴァント達。

 

「アイツらが全員笑っていられる世界を作ってくれたんだ。ならカシラであるオレが、戦わねえ理由はねえだろ。……心火を燃やして、ぶっ潰す!!」

『ロボットゼリー! 潰れる! 流れる! 溢れ出る! ロボットイングリス! ブラァ!』

 

 現れるのは、金と黒で彩られた機械を纏った戦士と。

 

「ようやく、親父が望んだ世界が作れたんだ。お前達の目的も意義も理解している。だが……大義のための犠牲となれ」

『デンジャー! クロコダイル! 割れる! 食われる! 砕け散る! クロコダイルインローグ! オラァ! キャー!』

 

 まるでワニの顎の如き紫の戦士。

 しかし、カルデアも諦めず前へ進んでいく。そして彼らはついにこの異聞帯の王とクリプターの許まで辿り着いた。

 

「お前らがカルデアってのか? 悪いがこれ以上先には進ませねえよ。皆が命を懸けてようやく出来たこの世界は、絶対ぇ守って見せる!」

『ボトルバーン! クローズマグマ!』

「空想樹は破壊させない。この世界は、俺達仮面ライダーが守るッ!!」

『ラビット! ドラゴン!』

 

『『Are you ready?』』

 

「変身!」
「ビルドアップ!」

『極熱筋肉!クローズマグマ!』
『ベストマッチ!』

 

「「勝利の法則は決まった!」」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 其は、本来ならば存在しなかった歴史。

 

 ()()()()が存在する並行世界といない並行世界が衝突し合う事で生まれた新世界。

 

 だからこそ、人理は否定する。どの並行世界にも属さない歪に歪んでしまった切り捨てられた“異聞帯特異点”。

 

 故に、カルデアよ。この世界だけは消してはならない。異聞帯(ロストベルト)に選定されてもいい。いずれ滅び去る未来だと断定されても構わない。

 

 忘れるな――ヤツだけは、目覚めさせてはならない。

 

 

 

 Lostbelt No.■:眠れる星食 AD.2018 創造破壊新世界 ビルド

 

 異聞深度 F

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 戦いは終わった。

 カルデアはクリプターに打ち勝ち、空想樹の伐採は完了した。いずれこの異聞帯も消滅するだろう。

 だからこそ——

 

「おめでとう、カルデアの諸君。流石は人理を取り戻しただけの事はあるな」

 

鳴り響く喝采は、紛れもない福音だった。

 

「惣一さん! 無事だったんですね!!」

 

 現れたのは、仲間の危機に最後に命を懸けて囮となった石動惣一。その姿を見てカルデアの一同は喜び——ただ一人、気を失った万丈龍我を抱きかかえていた桐生戦兎は震える声で問いかけた。

 

「どう、して、だ。なんで、お前が居る。お前は、この世界の誕生と共に消滅したはずじゃ」

「ああ、戦兎。お前の言う通り確かに俺はお前に敗れたさ。だけど此処は普通の現実世界じゃない。異聞帯——なら俺もその駒としてなら顕現できたってワケだ。もっとも、殆んど力を失っていたがな。だが、もうその心配はない」

 

 そう言うと石動惣一は背中に手を回しある機械を取り出した。それは万丈や戦兎達が腰に巻いていたベルトに似ていて——何処か破滅を連想させる色合いをしていた。

 

「さて、カルデア。お前達に勝利の代わりと言っちゃなんだが、面白いものを見せてやるよ」

『オーバー・ザ・エボリューション!』

 

 高らかにベルトが鳴る。

 謳うように、嘆くように。世界の終わりを告げるように。

 

「戦兎。お前には世話になったからな。特別大サービスだ」

『コブラ! ライダーシステム! レボリューション!』

 

 終わったはずの存在が。

 星を喰らう破壊の化身の産声が。

 

 

 

「——手始めに、お前が守りたかったこの世界を消してやる」

『Are you ready?』

 

 

 

 今ここに、最悪の目覚めを上げた。

 

『ブラックホール! ブラックホール! ブラックホール! レボリューション!』

『フッハッハッハッハッハッハ!』

 

「ク、ハハハ、クハハハハハ、ハーハッハッハッハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 高らかに、星食の哄笑が世界に響き渡り、同時に崩壊を始める。

 世界の頭上。嘗て空想樹が存在したその空間にあるのは、黒い穴。何もかも飲み込むブラックホールが顕現していた。

 

『嘘だろ!? 自力でブラックホールを発生させた! しかも、この魔力……まさか吸収したエネルギーも自分の力に変えているっていうのかよ!! なんて出鱈目だッ!!』

『ぜ、全員直ちに退却しろ! これは所長命令だ! こんな惑星クラスの化物に勝てるはずがない!!』

 

 喰らう。食らう。食い尽す。何もかも、この世界の全てを。

 守る為に全てを投げ打って戦い続けてきたヒーローの前で、ヒーローが守ろうとしたモノ全てを無に帰す。

 

「……ルト」

 

 声が震える。身体の震えが止まらない。

 それは圧倒的な力を前にした恐怖ではない。どうしようもなくその身と心を焦がす——憤怒の炎だった。

 

 

 

「エェェボルトォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

 

 許さない。

 消えてなるものか。

 美空、紗羽さん、幻さん、かずみん、他の皆——この世界で、スカイフォールの悲劇もなくようやく平和で暮らせていた皆の命を弄んで。

 お前だけは。

 お前だけは——

 

「チャオ♪」

 

 必ず、今度こそ滅ぼしてやる。

 



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