この悪神、なんか軽い (大小判)
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序章 駒王会談
プロローグ


 

 

 

 

 

 ここは地獄の最下層(コキュートス)。吹き荒れる猛毒の吹雪を吹き飛ばし、嘆きの河の氷を溶かしながら、〝彼〟は地上へと視線を持ち上げた。瞼を下し、遠い過去に思いを馳せる。

 

 

 拝火(ゾロアスター)教における“彼〟の伝承はいたって単純だ。

 醜悪なる悪神と化した女が世界を滅ぼさんが為に生み出した5体の化生を討伐し、悪女の心臓を光輝の剣で貫くという、ありがちな御伽噺(ブイリーナ)。これは人間の悪性に囚われた結末を示した戒めだ。

 人間の業に限度はない。その凶悪さは悪魔などの比ではない。力を得た者が際限なく悪行を繰り返せば、それは民族を、国を、世界を滅ぼして余りある。

 その業を戒める力が強ければ強いほど、悪神となった女が纏う醜悪さは増していった。白い肌には鮮血がこびり付き、銀色の髪からは絶え間なく血の臭いを発し、翡翠の瞳には常に凌辱された死体を映していた。

 屈強な英雄が嘔吐するほどに禍々しく。

 清廉な僧侶が悲鳴を上げるほどに汚らわしい。

 浴びせられた呪詛と怨嗟は世界を覆うほどに積み重ねられ、その度に女の怪物性は高められていった。血濡れの手で世界中の善人を弄ぶその姿は真の悪神と呼ぶに相応しいだろう。

 

 ――――汝、絶対悪であるべし。

 

 それすなわち、不倶戴天。倒されるべき悪は何よりも醜く、誰よりも残虐であってほしいと願われ続け、女は悪を災いに変えて世界にふりまき続けた。

 絶対悪を倒すべく始まった〝彼〟の旅路。疫病の化身を切り裂き、背教の女神を首級を挙げ、婦人を苦しめる悪魔を両断し、義無き武神を打ち破り、三頭龍を屠り、人々から絶賛の声を浴びながらなぞった軌跡の果て。閉ざされた眼が生み出す暗闇に、女の姿を映し出す。

 悪神である女は……泣いていた。その女の涙こそが全ての始まりだった。

 善と悪。男と女。陰と陽。光と闇。創造と終末。その女はゾロアスターとは無関係に生まれ、世界の片割れを担い、終末を人類に告げる存在として悪神の名と力を押し付けられた。

 幾星霜の時をかけて戦うことを宿命づけられた女は、己の宿命に耐えきれずいつも泣いていた。己に挑む勇者の臓腑を貫き、屍山血河の中で膝をつき、血塗れの手で顔を覆って泣いていた。

 ……女が絶対悪であることを望み、女と戦うために旅をした〝彼〟には何故女が泣くのか理解できなかった。戦うことが嫌なのか問うたが、女は首を横に振る。誰かを殺めることが嫌なのかと問うたが、女はまた首を横に振る。不倶戴天であることが嫌なのかと問うたが、女はまたしても首を横に振る。では何が悲しいのかと問えば、女は静かに答えた。

 

「…………何の因果だろうな」

 

 時の果てに辿り着いたとしても、〝彼〟は決して忘れない。宝石のような瞳から止めどなく流れる涙の訳を。その涙を拭えるのなら永劫を賭しても構わないと誓った熱い想いを。

 

 ――――君の罪を、代わりに俺が背負おう。

 

 そういって女の心臓を貫いた時から今に至るまでの軌跡は、何の因果か今なお続いている。

 ならば見定めなければならない。役目が終わっても(・・・・・・・・)、世界がこの絶対悪に何を求めるのかを。出来なければ、世界は再び思い知るだろう。善と悪が成立した黎明期に顕現した、最強の悪神の恐怖を。

 

「裁定の時だ。英雄たちよ、今こそ真価を見せるがいい………!」

 

 

 

 

 

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 奪われた聖剣を取り戻すため、教会からの使者を手伝い、駒王学園でエクスカリバーを統合する。そして統合された時のエネルギーを使い、町を消滅させる魔法陣を発動させる。それを防ぐために、堕天使の幹部であるコカビエルと対峙しているリアス・グレモリーとその眷属達。

 その戦いはもはや佳境に入り、神の死を高らかに宣言している堕天使。その事実に全員が動揺し、心が挫けた。

 

「貴様らの首を手土産に……! 俺だけでもあの時の続きをしてやる!!」

 

 出現した光の槍を構え、彼らに投擲しようとしたその時――――

 

 

『GYEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAYEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!』

 

 体育館の床を突き破り、それは(・・・)、悍ましい咆哮を挙げ現れた。見るだけで怖気が走る異形にして巨大な腕。その部分だけでも10メートルを超すであろう腕は真っ直ぐにコカビエル向かっていく。

 

「な、何だこいつは!?」

 

 突如現れた腕に危機感を覚えたコカビエルはリアス達に向けていた光槍の切っ先を巨腕に向け、音速を優に超える速さで投擲する。切っ先はソニックブームを巻き起こし、命中すればあらゆるものを木っ端微塵にするであろう一撃は見事に命中する。

 だが、それだけだった。

 

「バ、馬鹿なっ!!?」

 

 まるで何事もなかったかのように向かってくる拳が開かれ、正面にいる堕天使の思考は停止した。

 掌と指の内側は空洞となっており、巨漢であろうと余裕で入り込める穴には刃のように鋭い乱杭歯がギッシリと並び、獲物を舐るように蠢く巨大な舌がコカビエルに巻きつき、その肉体を五指で握りこんだ。

 

「ぐっ・・・があああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 まるで手の形をした醜悪な砂漠の巨蟲(サンドワーム)。乱杭歯はそれぞれが意思を持つかのようにコカビエルの体を食い破り、吹き出る溶解液は河も肉も骨も灼く。堕天使はまさに、生きながら食われていた。

 

「うぶっ!!? ……うえぇぇぇええ……っ!!」

「………―――――――」

 

 吹き出る血飛沫と食いちぎられた肉と内臓の破片が体育館の床の汚す。凄惨な光景を見せつけられた彼らの中で一番初めに反応を見せたのはリアス・グレモリーの眷属である《兵士》、今代の赤龍帝である兵藤一誠は思わず蹲りながら嘔吐し、同じくリアスの眷属である《僧侶》のアーシア・アルジェントは青い顔をして気を失った。つい最近悪魔に転生したばかりで戦いに慣れていない2人と違い、他の実戦経験豊富な者たちは正気を保っていたが、それでも目の前の光景には顔を青くし、吐き気を我慢せざるを得ない。

 

 

「ぐ……ご…えぇ…………ぇ………ぇ…………」

 

 やがて堕天使を咀嚼し終えた奇怪な腕は満足したかのように床の穴へと帰って行った。

 全てを見届けてから数秒。唐突に終わった事態に腰を抜かしたリアスは呆然とつぶやく。

 

「何だったの……? あれは……」

 

 その問いに答えられるものは、この場には誰一人としていない。

 だが人類の黎明期を駆け抜けた者たちは皆知っている。

 あれこそが世界の敵。あれこそが不倶戴天。あれこそが絶対悪。あれこそが人類が乗り越えるべき終末論の化身。

 

 ゾロアスター教に記された最狂最悪の具現。かの竜神たちとも渡り合うこの世全ての悪を背負う者。その名もアンリマユ。

 

 駒王町に復活した世界に暴威を振るう者は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いぃぃやあああああああああああああああまた殺されたっっ!! なんだこの飛び掛かりの攻撃力!? ドスランポス糞ヤベェ!!!!」

 

 パソコンの画面の中にいる某大人気狩猟ゲームの中ボスに打ちのめされていた。

 

 

 




 

この作品におけるゾロアスター教の伝承は脚色されているのであしからず。


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悪神、ゲームセンターにて顕現す

 
ハイスクールD×Dの最萌えキャラはロスヴァイセ。異論は認める。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強の悪神、アンリマユ復活から数日。その事実にいち早く気付いたオリュンポスの声明によって、瞬く間に世界を震撼させた。絶対零度を誇る地獄の最下層を大焦熱地獄へ変貌させ、地上へ逃亡した悪神の対策に頭を悩ませる世界の各勢力。

 

 地上に顕現した〝彼〟を始めに見た若者たちは荒れ狂う世界を脳裏に過らせた。

 百王説と戦った現在の(つわもの)たちは、あまりにも早い終末論の再来に奥歯を噛み締めた。

 世界を恐慌へと落そうとするテロリストたちは如何にして自らの陣営に悪神を引き込むか智謀を張り巡らせる。

 そして紀元前より存在し、実際に悪神と戦った数少ない神々は…………割と楽観していた。

 

 

 

「ぎゃああああああああああああっ!! ヤオザミに地面から不意打ちされて殺されたあああ!! こいつの暗殺術糞ヤベェっ!!」

 

 そして渦中の悪神は、大人気狩猟ゲームのヤドカリ型の雑魚敵に暗殺されていた。

 

 

 

 

   ------------------------

 

 

 

 駒王町から駅2つ分ほど離れた場所にある都市中心部。美麗な銀のロングストレートを靡かせる美女、北欧の戦乙女であるロスヴァイセは周囲の視線に居心地を悪くしながら通行人を避け、コンクリートに覆われた街を進んでいく。

 そんな彼女の少し前を行く帽子をかぶった片眼鏡の老人。は好々爺としつつも、どこかずる賢い目をした北欧の主神オーディンはロスヴァイセとは対極的に、日本の都市を楽しげに眺めつつ進んでいく。

 

「あの……オーディン様? 一つ確認してもよろしいでしょうか?」

「む? なんじゃ?」

「私たちは悪神、アンリマユと対話するために日本にやってきたのですよね? 本当にこのような場所にかの悪神がいるのでしょうか?」

 

 かつて悪神と戦った北欧神話の系統の末端に座すロスヴァイセも、見習の頃からアンリマユの話は聞いてきた。

 

 ゾロアスター教の悪神郡を率いる神、アンリマユ。最高善の神であるスプンタマンユを殺害し、地上、天界、冥界、神界を合わせて世界の三分の1を焦土に変えた最強の悪神。

 すべての悪徳と欲を好み、千の英傑を殺し、百の神話を滅ぼし、果てには人類滅亡を図った1番目の終末論。最後には人間の勇者によって倒され、地獄の最下層に封印されたという頭に超が3つほどつく神が、再び地上に姿を現した。

 この異常事態に至急行動に出たオーディンが、アンリマユが出てきたという日本に来たのだが――――

 

「あ奴の行動パターンは読めておる。大方2千年ぶりに出てきて目にした地上の目新しさに、とりあえず賑やかな場所に向かおうとするじゃろうし――――おおっ! こんなところに良さげな店がっ! しめしめ……ここは要チェックじゃの」

 

 日本の夜の都心は一夜の愛を買う場所でもある。風俗店に目を輝かせ、欠かさずチェックする女好きのオーディンがアンリマユ捜索を名目に、実は遊びに来ただけなのではと本気で疑うロスヴァイセ。

 

(いいえ、きっとオーディン様にも何か考えがあるはず! 私もしっかりしないと!)

 

 ムンッと、気合を入れなおすロスヴァイセ。相手はひとたび現世に現れれば幾億幾兆の災いと化して荒れ狂う暴神だ。それが人口の多い場所に現れたのだ。今は騒ぎになってはいないようだが、見えない場所ではどれほどの被害が出ているか予想もつかない。それを何より分かっているのは、他の誰でもないオーディンなのだ。きっと部下の緊張を解そうとしているに違いない。風俗店を覗いているのも、食べ歩きを楽しんでいるのも、片眼鏡を新調しているのも捜査の一環なのだ。そうに違いない。

 

 なんて思っている時期が、ロスヴァイセにもあった。

 

 北欧では聞きなれない無数の電子音とメダルの音が鼓膜を震わせる空間。賑わう大勢の若者の声。画面の中の雀卓や馬、スロットの前に座って紫煙を吹かす中年達。娯楽大国ジャパンが生んだ全国規模の娯楽施設、ゲームセンターの中で戦乙女は頬を引き攣らせた。

 

「オ、オーディン様! さっきから捜査の一環だとか行動パターンが読めているとか適当なことを言っていかがわしい店を覗いたり、食べ歩きをしたり、眼鏡を新調しているのもやっぱり遊んでただけなんですね!? 仕舞にはこんな不健全な場所で遊ぼうなんて、もっと主神としての自覚を持ってください!!」

「何を言うか! あ奴の行動を予測し、最も現れそうな場所に来たにすぎぬ! というか、店の真ん中で不健全とか言ってやるでない。こういう場所に関する職場で情熱を燃やす者もおるんじゃから」

「だ、だって見てください! あそこにいる子たちって、明らかに中学生くらいですよ!? 今はもう20時です! こんな時間の賭博場紛いの場所にいるなんて不健全です!」

「かーっ! 相変わらずお堅いのぅ。 そんなんじゃから彼氏居ない歴=年齢なんじゃ」

「ど、どどどどどどうでもいいじゃないですかそんな事ぉぉぉぉ!! わ、私だって好きで彼氏が居ない訳じゃないんですからね! 好きで処女のままでいるわけじゃなぁぁぁぁい! うぅぅぅぅぅっ!」

 

 がっくりと項垂れるロスヴァイセ。未だ19歳、気にするような年齢でもないが同期のヴァルキリーがみんな彼氏持ち、あるいは経験を持っているだけに重大なコンプレックスでもある。

 

「って、話を逸らさないでください! そもそもオーディン様じゃないんですから、普通の神様、ましてや伝説の悪神がこんな場所にいるわけないじゃないですか!」

「お主、儂をなんじゃと思ってるの?」

「さぁ、お遊びはここまでにして真剣に探しましょう! こうしている間にもどんな被害が――――」

 

『いぃぃやああああああああああああああっ!! 竜巻旋風脚を弱攻撃一発で止めやがった! おのれケェンっ!! よくもこのアンリマユを侮辱してくれたなぁっ!!』

 

 …………なにか、信じられない名前が聞こえてきた。ギギギと、錆び付いたような動きで首を声がした方に向けてみると、そこには真っ白な髪の青年がゲーム機の前に座ってレバーをガチャガチャ、ボタンをバチバチしていた。

 イヤイヤイヤそんな事ある訳ない。ただの聞き間違いに決まっている。そう思い込もうとした瞬間――――

 

『食らえ波動拳! 波動拳! 波動拳! ふはははは! どうだこれで近寄れ――――ぎゃあああああああああああ!! なんだこの極太ビームは!? HPがっ! HPがぁぁああああやられたぁぁああああ!! ケン(ノーマルモード)糞ヤベェ!! おのれ許さんぞ……! この絶対悪の神、アンリマユを怒らせたことを時の果てまで後悔させてくれるわっ!!』

 

 聞き間違いじゃない。いや、諦めるのはまだ早い。 あれはそう……日本で流行っていると噂の病気、中二病というやつだ。きっとそう、百の神話を退けた悪神と同じ名前を偶然名乗っているちょっと痛い一般人がゲーム相手にムキになっているだけだ。そうに決まって――――

 

「おぉ久しいのぅ、アンリマユ。やっぱりこういう所におったか」

「ん? 爺さん誰………って、この感じ、オーディンかお前!? うわああああ老けたなお前!! ヨボヨボじゃん!! あれから2千年以上たったけど、容姿くらいどうとでもなるだろお前!」

「イメチェンという奴じゃよ。 この姿だとちょっとボケた老人のおふざけという名目を持って、おっぱいの大きい娘がいっぱいいる店で好き勝手出来るんじゃ」

「ちょっ、おまっ、その話もっとkwsk」

 

 何故か親しそうに話す主神と青年を眺めながら、ロスヴァイセは確信した。いや、今でも嘘だと思いたいが、確信した。

 目の前でアホで如何わしい会話を繰り広げる青年こそ、ゾロアスターの現主神。かの龍神たちと覇を競う絶対悪の顕現。人類に終わりを告げる終末論の擬人。

 

 最強の悪神(笑)、アンリマユ本人である――――!

 

 

 




 
不憫なヴァルキリーの伝説が、今始まります。


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悪神、喫茶店にて顕現す

オーディンェ……


 

 

 

 

 

 

 

 パンティーセット。一般的にいえば『女性用下着の詰め合わせ』という意味だが、マイナーな意味では喫茶店のメニューに記されている。その名の通りパンとお茶のセットのことで、それぞれ好きなパン、好きな飲み物を選べるという品だ。

 そう、まかり間違っても女性用下着が出てくるわけではない。そんなこと、普通に考えれば常識中の常識、そんなことが許されれば秩序は崩壊する。ロスヴァイセもまたその常識の範疇にいる。だが――――

 

「店長を出せ!!」

「タイトル詐欺じゃーっ!!」

 

 喫茶店の同じテーブルに座る北欧の主神(笑)と最強の悪神(爆)は出てきたのがパンとお茶のセットだけだという事実に全力で抗議していた。

 

「お、お二人とも! 公衆の面前で叫ぶようなことは控えて――――」

「て、店長の天瀬です。あの、うちのメニューがどうしましたか?」

「あ、お気遣いなく。 ただ来日したばかりでテンションが可笑しなことになってるだけなので――――」

「店主や。お主の店ではパンティーセットと言えばパンとお茶が出るのかのぅ? うん?」

「え……えぇ!?」

「それ以外に何が出ると思ったんですか!? いいからオーディン様は黙ってて――――」

「ここは『どうせパンとお茶のセットが出てくるんだろ』と思わせておいて本物のパンティーが出てくるというオチじゃろ! 萌え的に考えて!!」

「黙ってろと言っているでしょう!? このおバカさま!!」

 

 クワッ! とカットインが入りそうな勢いで叫ぶオーディンの頭をハリセンで叩くロスヴァイセ。そこに思わぬ援軍が入った。

 

「まったくだぜオーディン。浅はかと言わざるを得ない」

「アンリマユ様?」

「ほう? 儂が浅はかとな?」

「昨今の陳腐なハーレム系ラノベよろしく『萌えエロやってれば満足なんだろ』的な安易かつ舐めた甘っちょろい萌えなんてお前の品格を下げる。そういうのは安売りすると滑稽になるんだ。漢ならもっと気高くあれ」

「アンリマユ様……!」

 

 『あなたも一緒に騒いでましたよね?』とか、『何訳の分からないことを言っているんですか?』とか、そういうツッコミを呑みこみ、ロスヴァイセはいつも暴走しがちの上司を諌めてくれる存在の登場に感動していた。

 

 だが悲劇(トラゴエディア)は終わらない。

 

「でもなぁ……俺たちに期待させるのは勝手だが、芸人としてそれなりの応え方ってもんがあるんじゃないのか? あぁんっ!!?」

「ひっ!?…………わ、私は喫茶店の店主であって、決して芸人などでは……!」

 

 援軍はまさかのオーディン側だった。店長の天瀬さんの胸倉掴み上げて凄むアンリマユを見て、『この世に善神は居ない。ていうか目の前の神様に殺されたんだった』と真っ白になりながら悟りを開いたロスヴァイセは、これ以上知り合いだと思われたくないと思い、お花を摘みに行くという名目でその場を離れようとするが――――

 

「スポンサーを出せ!! じゃなきゃこの店に対して苦情がマッハだぞ! なぁリーダー!!」

「えぇっ!!?」

 

 逃げようとするロスヴァイセの肩をガッチリ掴むアンリマユ。

 

「うぅ……儂じゃってクレームなんかしたくなかった。………それをリーダーが無理矢理……!」

「ちょっ!? オーディン様!?」

 

 変な泣き真似をしながらロスヴァイセに汚名を押し付けようとするオーディン。

 

『マジかよ……何ということだ』

『あの子がパンとお茶のセットにパンティー出さなかったからってキレだしたらしいぜ?』

『あんな美人なのに………勿体ない』

 

 あらぬ誤解。悪ふざけが過ぎる上司。元凶の悪神。この時、安月給のヴァルキリーの頭の中でプツンと、何かが切れた。

 

「お二人ともぉぉぉぉぉぉおおっ!! いい加減にしてくださぁああああああいっ!!」

 

 全属性、全精霊、全神霊を用いた北欧式フルバースト魔法が喫茶店で吹き荒れた。

 

 

 

 

   --------------------

 

 

 

 その後、オーディン、アンリマユ、正気を取り戻したロスヴァイセの手によって喫茶店の修復、人々の記憶の改竄が行われ、体力も精神力も使い果たしたロスヴァイセはぐったりと喫茶店の机に突っ伏し、自己嫌悪に陥っていた。いまでは何もなかったかのように穏やかな時間が流れているが、怒り任せにブッ飛ばしてしまった事実は生真面目な彼女を苦しめるのに十分だった。

 

「まったく、上司や客分の手を煩わせるなんてダメなヴァルキリーだぜ」

「いやはや、返す言葉もない。儂もいかなる時も冷静であれと常々言っておるのじゃがのぅ」

 

 そしてなんの悪びれもなく、さもロスヴァイセが悪いと言わんばかりの二柱の神。再び頭の何かがブチ切れそうになるが、これ以上は体力が持たないため、『ツッコみません! ツッコまないったらツッコみませんよ!!』と頭の中で必死に唱える。アンリマユとの遭遇から僅か30分の出来事である。

 

「さて、遊びはここまでにしてそろそろ本題に入ろうかのぅ」

 

 本題。その言葉にバッと顔を上げるロスヴァイセ。さっきまでとは打って変わって真剣な表情を浮かべるオーディンを前に、ロスヴァイセも気を引き締める。

 

「改めて……久しいのぅ、絶対悪(アンリマユ)よ」

「あぁ。現世の流れからして……2018年ぶりか、北欧の全能神(オーディン)

 

 ビリビリと、空気が振動するのを肌で感じる若き戦乙女。

 サンダルを履き、日本独自の薄着である甚平に身を包んだ白髪の青年。身長は女性としては長身のロスヴァイセよりも15センチ近くは高い大柄な男性で魔性のような貌を持つが、妙に若々しく見た目だけならロスヴァイセよりも年下に見える。

 だがその正体は紀元前より一つのを神群を率いるほど強大な霊格を確立させた悪神。ただ対峙しただけでも、その身の内に秘めた力は北欧の悪神とは比べ物にならないと否応が無しでも理解できる。

 冷や汗をかき、ゴクリと唾を飲み込む。隣にいる主神のことを決して下に見るわけではないが、それでも目の前の悪神は格が違う。ハッキリ言って、自分がいたところでオーディンを守り切れるとはとても思えない。

 

「お主への要件じゃが……まずは前提にの話から進めていくとするかの」

 

 オーディンはかつての悪魔、天使、堕天使の三大勢力間で起こった戦争のこと、それに伴った現れた二天龍とそれを命を擲って封じた聖書の神と4大魔王について説明する。

 

「へぇ……ヤハウェの奴くたばったのか。あいつウザったかったからなぁ、なんか清々したわ」

 

 ヘラヘラと笑いながら聖書の神の死を喜ぶ悪神。

 

「まぁ、彼奴に恨みは割とあるが、それが原因の一つとして世界は大いに混乱しておる。そしてもう一つの原因がアンリマユ、お主という訳じゃ」

「だろうよ。恐れてくれなきゃ面子が立たねぇ。それで? 俺にどうしてほしいんだ? やることもないし、昔戦ったよしみで条件次第で引き受けてやるよ」

 

 身を乗り出し、歯をむき出しにした凶悪な笑みを浮かべるアンリマユに、ロスヴァイセは思わず身を引いた。世界の混乱を前にしても我欲を満たさんとするその姿はまさに悪神と言えるだろう。恐怖と義憤をない交ぜにした複雑な感情を抱く戦乙女を余所に、オーディンは呆気からんと告げた。

 

「儂と一緒に三大勢力の協議に出席してもらおうと思っての」

「いいよ」

 

 軽く、実に軽ーく引き受けた悪神に、ロスヴァイセはずっこけた

 

 

 

 

 



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悪神、駒王学園に再び顕現す






三大勢力ェ……


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王学園オカルト研究部。部室は新校舎から少し離れた位置にある旧校舎で、二大お姉さまの一角であるリアス・グレモリーが部長を務めており、兵藤一誠を始めとした個性的な面々で構成された……一見すれば少し変わった部。

 しかしてその実態は悪魔である彼等の集合所。主であるリアスを筆頭にそれぞれ彼女の下僕悪魔が悪魔の糧となる人間の願い────所謂契約を交わすために設けられた場所である。

 

 だが今宵の主役は彼らではない。悪魔、天使、堕天使の三大勢力のトップが駒王学園に集結し、会談を行うのだ。

 かつての大戦によって首魁を失った悪魔と天使、多くの戦力を失った堕天使は今まで不毛な睨み合いをしてきたが、戦争勃発を目論んだ堕天使、コカビエルの一件を機に和平を結ぶことが決定したのだ。此度の会談はそれを正式のものとするためである。

 

 ………そしてもう一つの最重要事項。世界が恐れた最強の悪神、アンリマユの復活。

 1対1で拮抗するには二天龍すら凌ぐ龍の神が出張らなければならないといわれる最強の一角が、今回の会談に参加するというのだ。実際にその力の一端を目にしたリアス眷属は否応が無しにも緊張が走り、冷たい汗が背筋を伝う。眷属全員の力を合わせても手も足も出無かったコカビエルを、まるで取るに足らない存在と言わんばかりに捕食した醜悪な巨腕が、いつ気まぐれに向けられるか分からない。

 実際に悪神と戦った北欧の主神、オーディンも抑止力として会談に参加するというが、伝承では100の神話を退けた絶対悪の話を聞いた後ではどうしても不安が残る。

 

 言い知れぬ不安を抱えたまま迎えた会談当日。悪魔側からはトップの二人、つまり四大魔王の内の二人であるサーゼクス・ルシファーとセラフォルー・レヴィアタンがその護衛である、サーゼクスの『女王』グレイフィアが控えている。

 そして、天使側からは熾天使(セラフ)のトップから二人、大天使長ミカエルと、大天使ガブリエルが、堕天使側からは神の子を見張る者(グリゴリ)の総督アザゼルと、その護衛として今代の白龍皇ヴァーリ。そういった錚々たる面子が北欧の主神、ゾロアスターの悪神と共に今頃駒王学園の職員会議室に集まっているだろう。

 そしてきっかけとなった事件を目の当たりにしたリアスとその眷属、駒王学院の生徒会長にしてセラフォルーの妹であるソーナ・シトリーとその《女王》である真羅椿姫が参加するため、会議室の前までやってきていた。

 

 緊張と恐怖を吐きだすように息を吐き、後ろに控える眷属たちに視線を向ける。

 

 ――――何があっても可愛い下僕たちだけは守る。

 

 誰よりも己が眷属を愛するリアスは意を決し、人外魔境と化した会議室の扉を開けた――――

 

「おっと、また子供が生まれちまった。祝義として5千円ずつお前らからいただくぜ」

「ふふん♪ 人生ゲームでもアイドルになったレヴィアたんに死角はないね☆ あ、『1Pからお歳暮を貰う。1Pはお土産カードを1枚4Pに渡しましょう』だって! という訳でアンリちゃん、お土産カード1枚ちょーだい☆」

「ほっほっほっ。『自転車事故発生! 入院したが、1Pから慰謝料として2万円もらう』とな? どれ、遠慮なくアンリマユの財産をいただこうかの?」

「『持っていた石像の買い取り手が見つかる。1Pから1万円もらう』ですか。これも天の思し召しでしょう、あなたに加護があらんことを」

「ははははは。さっきから搾取され放題ですね、アンリマユ殿。おや、『企業に大成功。擦り寄ってきた1Pから賄賂として5万円もらう』とは……これで貴殿の所持金は-534000円ですね」

「やめろお前らぁぁぁああああ!! 俺からばかり一方的に財産を搾取して楽しいかぁあっ!? 見ろこの借金手形の山! お前ら、弱い者虐めなんて最低だぞ!!」

「悪神の言葉じゃねーな」

「序盤は『ふはははははは! 世界には搾取する強者と搾取される弱者がいる。搾取される弱者が悪いのだよ!』とか言ってなかったっけ?」

「誰? そんな下種なこと言ったの?」

 

 ――――瞬間、リアスたち全員はズッコケた。気合が出ばなから完全に空ぶった。というか、空ぶらされた。大事な大事な会議前に、いったい誰が人生ゲーム(テレビゲーム版)で遊んでいる各勢力の首魁と最強の悪神の姿を想像できようか。しかも件の悪神は全プレイヤーから一方的な搾取を受けて涙目である。

 

「皆様、もう会議が始まる時間ですよ! いい加減に………って、ほら! 学園の代表者が来ました! 早くそのゲームを片付けて席に着いてください!」

「HA☆NA☆SE!! ここからだ! ここから俺の華麗なる大逆転劇が始まるんだよ!!」

「ほっほっ! 無駄無駄無駄無駄無駄! -534000円からの逆転など不可能じゃ!」

「何おうっ!?」

「オーディン様も煽らないでください! これではいつまでたっても会議が始まりません!」

「えぇい、お主も相変わらず堅いのぅ。もっと遊び心を持たぬか。そんなんじゃから彼氏が出来ぬのだ」

「ど、どどどどうせ……どうせ私はお堅いですよぉーだ! う、うぇぇぇぇぇぇんっ!」

 

 そんな中、たった一人で場の空気を正そうとして二柱の神に振り回される銀髪の戦乙女がやけに印象的だった。

 

 

 

   --------------------------

 

 

 

「いざ対面してみると、実に話の分かる楽しい御仁だったよ」

 

 後日、リアスの兄であるサーゼクスは実に楽しそうにそういった。

 結局人生ゲームが終わるまで待たされ、ようやく始まった会談。チラリと部屋の隅に視線を向けると、そこには人生ゲームでボコボコにされ、体育座りでいじけているアンリマユが涙目で3DSをピコピコしていた。

 

「ケッ! もういいし! 人生ゲームで集中攻撃してくる奴らなんか知らねぇし! 俺はソロで最強の敵、ドスファンゴ倒しに行くし!! そっちの話が終わるまで話しかけてこないでよね! バカっ!」

 

 リアス眷属、ソーナ眷属、そしてミカエルの護衛である紫藤イリナの心はシンクロした。

 

 ――――こんなんが最強の悪神? なんか思ってたのよりも色々酷い。ありとあらゆるダメな意味で。

 

 こんなんでも最強の悪神である。例えファーストコンタクトの衝撃を盛大に裏切られようとも、いじけながらゲームしていようと、各勢力のトップから生暖かい目を向けられようとも、最強の悪神ったら最強の悪神なのである。

 

 その後、複雑な事情が交錯しつつも会議は和平に向けて進められていく。途中、アザゼルが世界を揺るがす存在である今代の二天龍に己自身の考えを問うた時――――

 

「俺は強い奴と戦えればそれでいいさ」

「ふむ……それじゃあ赤龍帝、お前はどうだ?」

「いいっ!? ……いや、そんな難しいこといきなり言われても」

「よし、なら分かりやすく言おう。和平が成立すればリアス・グレモリーとその眷属と小作りができる。戦争になれば小作りは無しだ」

「和平でっ!! 和平でお願いします!! 平和が一番っす!!」

 

 などというやり取りで笑いを取りながら、無事に和平は成立する。そして会談は最重要事案に移った。

 

「さて、和平は成ったし、伝説の二天龍の意見も聞いたことだし、そろそろ最後の議題に移ろうか」

『『『っ!』』』

 

 朗らかな雰囲気を引き裂くようなアザゼルの声に若者たちは息を呑む。見れば、他の勢力の主要人物も真剣な表情で部屋の隅にいる悪神に視線を向けた。

 

「え? 何? そっちの話終わった?」

 

 今まで我関せずといわんばかりにゲーム内で蜂蜜を採取していたアンリマユが顔を上げる。3DSを閉じると面倒くさそうに頭を掻きながら各勢力のトップを一瞥した。

 

「んで? 俺に何の用だ? オーディンに誘われてきたけど、お前らも俺に用があってきたんだろ?」

「話が早くて助かります。それでは単刀直入に聞きましょう」

「ゾロアスターの悪神…………いや、こう言うのが正しいか」

 

 勿体ぶるようにアザゼルは言いなおす。

 

「終末論、絶対悪(アンリマユ)攻略されたはず(・・・・・・・)のアンタがなぜ未だに存在しているのか、それについては興味深いが今は聞かない。その代わりに、これからアンタはどうするのか。そいつを聞きたい」

 

 アザゼルの言い回しにリアスやソーナ、ロスヴァイセは首を傾げる。だが場の雰囲気からこの場で質問することは控えた。

 

「俺がどうするか……だと?」

「コカビエルを倒したくらいなら、別にそこまで重要視しない。いずれかの組織の観察下に置くか、組織そのものに加入してもらうかすれば良いだけだからな」

「だが貴殿に関してはそうはいかない。内に秘めた力は勿論のこと、実際貴殿と同じカテゴリーに属する存在………終末論、百王説を知る者が冥界の上層部含め、世界各地に今でも存在する。決して放置することはできない……それほどまでに、百王説は強すぎた」

 

 この発言にはこの場にいる若手悪魔は驚いた。百王説という存在については分からないが、《紅髪の魔王》の異名をとるサーゼクスは冥界最強の実力者と言っても過言ではない。その彼をして『強すぎた』と言わせる存在。その百王説と目の前の悪神が同じカテゴリーに属するというのは一体どういうことなのか。少なくともゾロアスターに関連しているわけではないようだが。

 

(先ほどから仰っている終末論という言葉……これに何か意味が?………っと、それどころではありませんね)

 

 思考の海に潜りかけたロスヴァイセだが寸のところで正気に戻る。

 

「お主の目的はすでに果たされた(・・・・・)。故にそこまで危険視する存在ではないと言うたんじゃがのぅ。どうもこの若造どもはそれでは納得できぬらしい」

「えぇ~………俺は知っての通り、日本のゲームとか漫画が楽しくて仕方ないだけなんだけど。んなわざわざ面倒事に首突っ込むとかやってらんねぇんだけど。中立で特に何もしないから放置とかじゃダメ?」

「残念ながら、組織としては許容しかねます。本来ならば完全な撃滅が妥当。あなたを狙う者たちも後を絶たないでしょうし、何よりあなたには強大な力と前科があります。皆を納得させるには中立という立場と各勢力からの監視だけでは足りないのですよ」

 

 ミカエルの言に『ですよねー』と、欠伸をしながら答えるアンリマユ。しばらく逡巡した後、アンリマユはチラリとロスヴァイセを見た。

 

「……?」

 

 ほんの一瞬で気のせいかと思われる視線。当の悪神は心底面倒くさそうに頭を掻きながら、右手で印契を結ぶ。

 

「あー、めんどくさ。良い子はもう寝る時間だってのに。言っとくけどお前ら、これ他の若ぇ奴にバラしたらマジでぶち殺すからな」

 

 何が起きたのかわからない。一瞬空気が揺れたようにも思ったが、ただそれだけだ。しかしたったそれだけで三大勢力の首魁と北欧の主神は顔色を変え、考え込むように黙り込んだ。

 

「なるほどな……こういう理由があれば、うちの連中を黙らせることはできるな」

 

 ニヤリと笑う堕天使総督。声を発さずとも意思を伝えた。先ほどの印契は伝達の魔術の一種を発動させるものとロスヴァイセは解釈した。

 

「――――では、アンリマユ殿を中立勢力として戴き、神話体系と三大勢力からそれぞれ監視の目を置くということでどうだろうか?」

「おう、俺は良いぜ」

「異議なーし☆」

「こちらも問題ありません」

「うむ。まぁ良いじゃろう」

 

 伝達の魔術、その恩恵を受けなかったロスヴァイセや若手悪魔、ヴァーリとイリナは驚いた。あれほど危険視していた相手を監視付きとはいえあっさり放置する決断を下すとは思いもしなかったのだろう。

 アンリマユが彼らに何を伝えたのかはわからない。だが彼らが一斉に意思をそろえるほどの情報、そしてそれを可能としたアンリマユ本人の力。きっと自分たちには及びもつかない理由があるに違いないのだと確信した。

 

「これ、一緒に人生ゲームして仲良くなったから有耶無耶にしよう的な理由じゃないですよね?」

「イッセー?」

「あいだっ!? ご、ごめんなさい部長!!」

 

 身も蓋もないことをボソリと呟く下僕の尻を強めに抓っておいた。

 

「それでは監視体制だが……アンリマユ殿は今は駒王町に拠点を?」

「いや、特にどこかとか決めてねぇけど」

「それでは――――」

 

 サーゼクスが提案しようとした瞬間――――

 

「あん?」

 

 ――――世界は停止した。

 

 

 

 

 

 




人生ゲームで嫌なことが連続で起こると泣きたくなりますよね


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悪神、狩ゲーの話で盛り上がる

インスピレーションが溜まって久々の投稿です


 

 

 

 

 

 ふいに、一誠は意識を取り戻す。

 

「あれ?」

 

 突如、駒王学園全体を覆い尽くす結界が張られ、その内部に閉じ込められた会談参加者達。

 更に最悪の事態として最上位の悪魔、堕天使総督、熾天使とその加護を受けたイリナ、北欧の主神と戦乙女、白龍皇、赤龍帝とその籠手に触れていたリアス、聖剣の力を持つグレモリー眷属の『騎士』二名、そして悪神であるアンリマユ以外が時間停止を受けたかのようにその動きを完全停止させてしまい、全員が目を尖らせ警戒を強めた。

 

「な、何があったんですか?」

「テロだよ。テ・ロ。外を見てみな」

 

 窓の外を見ると、中世の魔術師のようなローブを纏った集団が次々と上空に展開された魔法陣から転移してきて、校舎へ魔術攻撃を仕掛けているのが見えた。幸いにして校舎には防御結界が予め施してあったので、何とか防げているが、その周囲を警戒していた筈の悪魔、天使、堕天使は時間停止によって身動き取れずに次々と殺されている。

 

「この現象……こいつが件の力か?」

「あぁ。こいつは恐らくサーゼクスの妹の眷属が持つ神器、《停止世界の邪眼(フォービドウン・バロール・ビュー)》の力だ」

「ふーん」

 

 それだけ聞くと興味を無くしたようにあたりを見渡し、時間停止の影響を受けた者の頭をペシペシと叩いた。意識すら停止しているためか、何の反応も示さない。

 

「バロールの死眼かと思ったがそれにしちゃ弱いし、固有の時間の停止……とはちょっと違うみたいだが………なるほど、これが話に聞くヤハウェの玩具か」

 

 かつて聖書の神が人間に与えた異能の力、神器。(セイクリッド・ギア)世間に知られず、度々現れては人類史に大きく干渉してきたシステムであり、中には修羅神仏を滅しうる神滅具(ロンギヌス)と呼ばれるものまであるという。

 

「で、神界やら冥界やらで天界やらで起こる騒動の種、と。あーやだやだ。面倒くさくってやってらんねーよ。だからヤハウェの阿呆は嫌いなんだよ」

「このような危険物を人類にばら撒いておきながらとっとと死におったからのぅ。面倒ごとを他人任せにするのは最後まで変わらんというわけか」

「…む」

 

 かつて聖書に信仰を吸収された2柱の神は嫌悪感を露わに吐き捨てる。もっとも、アンリマユは信仰云々に関しては気にしておらず、ただただ聖書の神が気に入らないだけのようだが。

 だが敬虔な使徒であるイリナとゼノヴィア、アーシアの教会トリオは2人の言い草にムッと来た。確かに昔は色々な事情があったかもしれないし、神が生み出した神器が世界を騒がせているのは事実だ。しかし死してなお信仰する神をそこまで嫌悪を露わに中傷されては黙っていられない。イリナは2人の神に物申すべく、一歩前に出て睨――――

 

「ほう? 何か言いたいことがあるのかのぅ」

「まさか、()ろうってのか? 小娘」

 

 ――――み返され、冷や汗をダバダバ掻きながら後ずさる。まるで物質的な力が宿ったかのような圧倒的眼光である。

 

「イリナ……今のはカッコ悪いぞ」

「だ、だってしょうがないじゃないゼノヴィア! いざ睨まれたらすっごい怖かったんだから!」

「あー、とにかくだ!」

 

 パンパンと柏手を叩きながら、アザゼルは折れた話の腰を戻す。

 

「恐らく敵は既に会談中に侵入してきてハーフヴァンパイアの小僧を手中に収めたんだろう……その上で、小僧の神器を強制的に禁手化(バランスブレイカー)状態にしたんだな。俺たちはどうってことは無いが、時間が経てば幾ら聖剣や赤龍帝の加護があろうと若い連中が止められる可能性があるぜ」

「そんな! ギャスパーが敵の手に落ちたですって!?」

 

 グレモリー眷属にはもう一人、《停止世界の邪眼》の持ち主であるギャスパー・ヴラディという『僧侶』の眷属がいる。だが彼は極度の対人恐怖症ゆえに今回の会談には参加せず、一人で旧校舎にあるオカルト研究会部室に居残りをしているのだ。それが今回は完全に裏目に出たのだろう、対応としては間違いではなかったがその結果事態は完全に深刻化した。

 

「まずはギャスパー君を取り戻すのが先決だな。リアス、確か戦車の駒は部室で管理しているんだったね?」

「キャスリングですね、お兄様」

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)には王と戦車の位置を一瞬で交換させるキャスリングという機能が備わっている。ギャスパーが部室で捕らわれているのなら、この機能を行使して不意を突き、そのまま彼を奪還することも可能だろう。そう説明を受けた一誠は片手を上げて自らの主に提言する。

 

「部長! 俺を行きます!」

「……分かったわ、イッセーも私と共にギャスパーの奪還に同行して」

 

 即断即行と言わんばかりにキャスリングを行使すると、光に包まれたリアスと一誠はその場から消え去り、代わりに戦車の駒が床に音を立てて落ちた。あとは彼らが無事に眷属を取り戻すのを祈るだけだ。

 その直後、奪還作戦の成功率を上げるためにアザゼルがヴァーリに外の敵を引き付けるように指示を出し、了承したヴァーリは《禁手化》を発動し、外の敵の殲滅に赴いた。一方的に魔術師たちの数を減らしていく白き龍をみて、アザゼルは2柱の神に向かって溜息をこぼす。

 

「本音を言えばあんた等にも協力してほしいところだがな」

「今回のテロは人の世の騒動だろう。それを俺がわざわざ手出ししようなどとはこれっぽっちも思わんな」

「人の世? 我々三種族の間違いでは?」

「俺の眼には大した違いはないんでな。その根底に根付くものは同じだ」

 

 かつては多くの化生と戦い、自身もまた悪魔と呼ばれたアンリマユから言わせれば、他の神話群や宗教の悪魔に比べて聖書の悪魔は姿形だけでなくその心までもが非常に人間のソレに近い。それは天使や堕天使にも言えたことで、彼からしてみれば肉体的な強度以外の差を見出すことはできなかった。故にゾロアスターの悪神は聖書の三大勢力を人類の亜種として位置づけている。

 

「人類が生み出した宿業と困難なれば、それは人類自らが乗り越えるのは責務であろうよ。わざわざ神霊種が出張ることじゃねー」

「本当に人類だけが引き起こしたことならな」

「……なんだと?」

 

 アザゼルの不穏な物言いに、アンリマユの双眸は刃のように細められる。

 

「アザゼル、会談でも言及したが神器を大量に集めて何をしようとしていた? 神滅具の所有者も何名か集めたそうだな。神はもういないのにどうして神殺しの武器を集めていたんだ?」

 

 サーゼクスの意見はもっともであり、他の者もいつの間にかアザゼルの答えを待っていた。すると、アザゼルは首を横に振り否定した。

 

「いや、備えていたんだ」

「備えていた? 戦争を否定したくせに随分不安を煽る物言いですね」

 

 呆れたようにミカエルが返す。

 

「さっき言ったように、俺はお前たちと戦争をするつもりは無かった。こちらからも戦争を誘発するような事はするつもりはない。──だが、自衛の手段は必要だ。別にお前たちに備えてじゃなかった」

 

「と、いいますと?」

「──禍の団(カオス・ブリゲード)

 

 聞いた事もない組織の名前であり、サーゼクスとミカエルは説明を求めた。

 アザゼルは隠す事無く、知っている情報を語りだした。組織名、背景が判明したのはごく最近で、堕天使側の副総督であるシェムハザが不審な行動を取る集団に目をつけ情報収集。構成員の半数以上は3勢力の危険分子であり、中には《禁手》に至った神器もち人間、神滅具の担い手も数人確認されていた。

 

「奴らの目的は、秩序の破壊と混乱だ。分かりやすい連中だろ? この世界の平和が気に入らない──ただのテロリストさ。ただ、最大級に性質が悪い。奴らの親玉が──赤龍帝と白龍皇の力を凌駕する最強で、最悪のドラゴンだ」

「……あの小僧共に宿るのは、いずれも純血の龍。それを凌駕する龍種となれば俺が知る限り3頭だけだが……人の世に介入するのは、やはりお前だったか」

「え?」

 

 窓ガラス越しにグラウンドを見下ろすアンリマユ。その視線に釣られるようにロスヴァイセはソレ(・・)を見つけた。

 

「まさか……!」

 

 戦場に似合わぬ黒いゴスロリ衣装を身にまとう幼い少女。長い漆黒の髪を夜風に靡かせ余りにも無垢な黒い瞳で彼女はこちらを見上げている。ただそれだけで、体の震えが止まらなくなる。それはこの場にいる若輩たちも同じであり、数百年の時を生きた魔王や天使の長ですら冷や汗を掻かざるを得ない。

 

「――――無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィス。そうか、彼女が動いたのか。最強の称号を持つ原初の龍の一体が」

 

 流石のサーゼクスも顔の表情を険しくされており、誰もが言葉を発せずいた部屋の中に、聞きなれない女性の声が割り込んできた。

 

「そう、オーフィスこそが我々《禍の団》の象徴!」

 

 声と同時に部屋に光が生まれ、そのまま魔方陣を形成していく。

 

「──レヴィアタンの魔方陣」

 

 形成されていく魔法陣を見ながら、サーゼクスはそう呟いた。オーフィスの存在に呆然としていた者たちもも表情を険しくさせながら、魔方陣を睨みつけて臨戦態勢に入る。そして、形成が終わりその中から褐色の肌で深いスリットに身を包んだ女性が現れた。

 

「御機嫌よう、ゾロアスター教の悪神、アンリマユ殿。次いで()魔王サーゼクス殿、並びにセラフォルー殿」

 

 形ばかりの恭しい礼をとった女にサーゼクスは諦観の視線を、セラフォルーは悲壮の視線を向けた。

 

「三大勢力の不穏分子と聞いてまさかとは思ったが、やはり君か。カテレア・レヴィアタン」

「誰だ、この無駄に露出してる痴女は?」

「先代魔王のレヴィアタンの血を引いた女じゃ。本来なら魔王の地位についておるはずじゃったんじゃが、悪魔の情勢が変わってシトリー家の嫡子だったセラフォルーにその地位を追われたらしい」

「なるほど、悪魔共の王を決める基準が実力になってその結果負け犬になった女か。ふははははは!! ワロス!!」

 

 遠慮のない嘲笑に血管が切れそうな屈辱を感じるが、相手が悪神であることを意識してぐっと怒りを押し込むカテレア。 

 

「どういうつもりだ、カテレア」

「この会談の、正に逆の考えに至っただけです。神も魔王を居ないのなら、この世界を変革すべきだと」

「カテレアちゃん! やめて!! どうしてこんなことを!?」

 

 セラフォルーの悲痛の叫びに対して、同じレヴィアタンの名を持つカテレアは先のアンリマユの台詞もあって心底不愉快だという表情を浮かべた。

 

「セラフォルー……私からレヴィアタンの座を奪っておいてよくもぬけぬけと! なぜ貴女のような薄汚い人間の男と寄り添おうとした(

・・・・・・・・・・・・)悪魔が魔王の地位に就いたのか! その場所は正当なる血筋の私こそが相応しかった!!」

「……っ」

「ですが、それも今日でお終いです! 貴方を殺し、今日から私がレヴィアタンを名乗ります! そして神と魔王の死を取り繕うだけの神話とこの腐敗しきった世界を一度滅ぼし、再構成し、新たな指導者と正義の名の元に導くのです!」

 

 その正しき指導者こそが自分だと言わんばかりの口調に、アザゼルは哀れな小娘を見るような目で失笑を零す。その横では彼の肩を叩きながらアンリマユは爆笑していた。

 

「くはははははははは!! ひゃぁははははははははははははは!! おいおい聞いたかアザゼル!! この小娘、今時!! 今時こんな陳腐なセリフを本気でいう奴がいるとは!! 小娘、貴様さては極上の道化だな!? ひゃははははははははははは!!! やべぇ、腹筋が痛てぇ!! ははははははははは!!」

「ククククク……! 言ってやんなよ。ていうか今時変革だの腐敗だのを理由にテロ起こすとか流行らねーよ、せめて地位とか富とかのためとかにしとけ。今のお前の台詞はマンガやアニメですぐに死ぬ敵役のそれだぜ?」

「堕天使風情が、私を愚弄するか……!」

 

 遠慮なしに爆笑して腹を抱えているアンリマユはいいのかと聞き返したいが、変なところで冷静な部分が残っているらしく、変に刺激する発言はとらないようにしているらしい。

 

「サーゼクスちゃん、カテレアちゃんの相手は私がするよ。これは私がけじめを付けなきゃいけないことだから」

「……カテレア、投降する気はないんだな?」

「ええ、サーゼクス。あなたは良き魔王でしたが、残念ながら最高の魔王ではなかった!」

「そうか……残念だ」

 

 怒りに任せて撃ち出された魔力弾は必殺の威力をもってセラフォルーに襲い掛かるも、直撃の寸前で停止し、氷を割るような音を立てて砕け散る。……否、それだけではない。セラフィルーの全身から発せられる魔力は絶大な冷気と化してカテレアに向かって一直線に放たれた。床やテーブルを凍らせながら迫る魔力を忌々しそうに見つめて横っ飛びに回避するが――――

 

「なっ!? は、速い!?」

 

 その先には既にセラフォルーが回り込んでいた。転移か、はたまた瞬間移動なのか。一瞬の間、軽い混乱に陥ったカテレアの隙を突くようにその顔を両手で包む。

 

「は、離しなさい! この無礼―――………!?」

 

 声が出ない。それがカテレアが最後の思考だった。直に触れた掌から伝わる冷気は刹那の間に首から上を芯まで凍り付かせ、その下も同じように凍てつかせていく。

 

「……ゴメンね、カテレアちゃん」

 

 せめてもの慈悲とばかりに一切の痛みも苦しみもなく凍死したカテレアにそっと息を吹きかける。すると、息のかかった場所から崩れ落ちるように粉雪と化し、窓の外へと飛ばされ消えていった。先代魔王の血筋、その最後の生き残りの呆気ない幕切れであった。

 

「つ、強すぎる……!」

「あぁ……相手も強いと思ったが、まさか現魔王の力がこれほどとは……!」

 

 この場に残ったグレモリー眷属は戦慄と畏怖の視線をセラフォルーに向ける。その姿は会議直前まで人生ゲームではしゃいでいた人物とは到底思えない。

 

「あの小娘の幕切れは興醒めだったが……さて、オーフィスは一体どういうつもりなのか」

「恐らくオーフィスは禍の団のパトロンなんだろう。その見返りが何なのかは……言うまでもないか」

「……まぁいいや。喜べ、お前ら。人の世に手出しする気はサラサラなかったんだが、怪物や神霊が手出しするようなら俺はそれを止めなくてはならない(・・・・・・・・・・)んでな。あの駄竜の躾は俺に任せておけ。何、あんな奴ドスランポスの足元にも及ばないってことをその身に叩き込んでやるよ」

「いや、竜繋がりだからってゲームの中ボスと比べるなよ。ていうか、お前にとってオーフィスはドスランポス以下なのか?」

「はぁ!? テメェ、ドスランポス舐めんなよ!? あいつの飛び掛かり鬼強いんだぞ!? 仲間のランポスとか呼んじゃうんだぞ!? つい昨日48回目のリベンジでようやく倒したんだからな!?」

「ドスランポス相手に死にすぎだろ!? テクニックはこの際置いておくとしても、お前装備は何使ってんだよ!?」

「初期防具と骨刀【犬牙】」

「本当に初期装備だな。何だったら俺が素材集め手伝ってやろうか? これでもG級だし」

「それでしたら私も参加させてもらおう。G級ハンター、サタンレッドの力をお見せしましょう」

「私も一狩行きたーい☆ G級ハンター、マジカル☆レヴィアたんの狩猟笛捌きを見せちゃうんだから♪」

「ふむ、話を聞く限り人間界のゲームのようですが、一体どのようなものなのですか?」

「世界的に人気なモンスターを狩って生活するゲームじゃな。実は儂も明日買いに行こうと思って――――」

「って、ゲームの話をしてる場合じゃないですよね!?」

「サーゼクス様? よもや魔王としての職務を放り出し、遊び呆けるつもりですか?」

「いひゃい、いひゃいよ、グレイフィア」

 

 完全に話が脱線し、狩ゲー談義に移りつつあった首脳陣にツッコミを入れたのはやはりというべきかロスヴァイセ。サーゼクスに至ってはグレイフィアに冷ややかな目線を浴びながら頬を抓まれている。

 

「いや、話してたら本気でオーフィスとかどうでもよくなってきた。俺このまま一狩したいんだけど、駄目?」

「駄目です! 今は非常事態です! 緊急事態です! このままじゃこの町はおろか日本が大変なことになっちゃうんですよ!?」

「何!? おのれあの駄竜め!! ゲーム会社に手出しはさせんぞ!!」

「え、そっち!?」

 

 窓から飛び降り、そのままオーフィスの前に着地する。「なんかえらい時間掛かったなー」と内心思いながら久方ぶり(・・・・)に会った悪神に己の目的のために声を掛けようとした瞬間――――

 

「アンリ―――――」

「いざ受けやがれ、格闘ゲーム界が生み出した二大奥義の一つ昇竜拳っ!!!」

 

 悪神の拳は問答無用で(見た目は)幼女の顔面に食い込み、厚雲を吹き飛ばし遥か上空50km、大気圏内へと打ち上げた。

 

 

 




勢力の首脳陣強化と、タグを追加しておきます


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悪神、龍の神と激突す

戦闘描写って難しい!! グロ注意かもです


 

 

 

 

 

『『『ええええええええええええええええええええええええええっっ!!?』』』

 

 学園を覆う結界を突き破り、キラリと輝くお星さまになったオーフィスを見上げて驚愕の悲鳴を上げる十代の若手たち。その中には眷属の救出に向かった一誠とリアス、そして無事に救出されたギャスパーも含まれており、事情を知らない彼らの眼にはアンリマユが幼女を殴り飛ばしたようにしか見えなかった。

 

「ちょっ!? あ、あの人幼女をお星様にしちゃったんですけど!? 倫理的には完全にアウトですよね!?」

「チッチッチッ。違うな、赤い龍の小僧。あれは幼女じゃあない。それ以前に性別の概念すらない。おとなしく秘境に引きこもっておけばいいのに人の世に出しゃばってきた害獣だ。なれば俺が徹頭徹尾躾てやらねばなるまい? まぁ、俺の前で調子こいた奴は幼女だろうが何だろうがぶち殺すけどな! ひゃははははははははははは!!!」

 

 ゲラゲラと嘲笑うアンリマユを余所に、ロスヴァイセはかの悪神の力に驚愕を隠し切れなかった。

 見た目こそ幼女の姿だが、彼女は無限の名に恥じぬ神の権能と龍の原種としての肉体強度を両立させる世界でも1,2位を争う人外不倒の怪物だ。そんな彼女とまともに戦える者など世界に数えるほどだというのに、ましてやブッ飛ばす事が出来る者など一体この世にどれだけいるのか。

 

「大体、あの駄竜はこの程度じゃビクともしな――――」

 

 瞬間、今度はアンリマユが天から落ちてきた極光の柱に飲まれた。厚雲に空いた大穴を縫うように降り注ぐその光は紛れもなくオーフィスの反撃。物質界に存在する万物を融解させ、気流すら打ち消す龍神の息吹だ。

 圧倒的なエネルギーの余波に顔を覆いながらもオーディンの守護しようと目を凝らして戦況を見極めようとするロスヴァイセは奇妙な現象を目撃する。

 

(地面が……無事?)

 

 眼前の光は容易に星を穿つことは一目瞭然。にも拘らず、地面には焦げ目一つついていない。これの意味するところは唯一つ――――アンリマユが地面への直撃を防いでいる。

 

「駄竜め、俺の言葉を遮るか……!」

 

 獣のような唸り声と共に、極光の柱はゾッとするような蒼い焔に逆に飲まれ、徐々に押し返して相殺する。

 拝火教とはその名の示す通り火を敬う宗教で、それ属する神霊や信者は総じて炎神の神格、または加護を得る。神話群を構成する全ての神が最上位の炎神であり、それら全ての宗主であるアンリマユの炎は太陽神すら焼き尽くすという。

 

「遠くからビームとか俺にビビり過ぎワロス………って、あああああああああああああああ!? 俺の一張羅がああああ!」

 

 かくしてアンリマユは五体無事だった。それどころか、自身の傷よりも一張羅……甚平だが……一張羅の上衣とサンダルがオーフィスの一撃によって燃え尽きてしまったことに憤慨している。半裸になったことで露わになった筋肉質な褐色の体から蒼炎を吹き上げながら、校舎全体を揺らすような怒鳴り声を雲の上に向かって吠えた。

 

「赦さんぞ駄竜!! あの柄気に入ってたんだぞ!! 今からボコして剥製にした後、ケンタッキーの巨大カーネルおじさん人形とトレードしてやる!! ケンタッキー駒王支店の屋根の上で未来永劫醜態を晒すがいいわぁぁっ!!!」

 

 軽いジャンプ。それだけでオーフィスがいるであろう大気圏内へ突入したアンリマユを呆然と見上げながら、一誠はポツリと呟いた。

 

「あ、あれだけの攻撃を受けて感想が服を燃やされたことだけって……」

「呆けている場合じゃないわ。佑斗たちはもう戦っている。私たちも行くわよ!」

「は、はい!」

 

 上空の転移陣から降りてくる敵をヴァーリが撃墜し、それでも取りこぼした魔術師を祐斗、ゼノヴィア、イリナ、そしてギャスパーが解放されたことで復活した朱乃、小猫、ソーナ、椿姫が校舎から離れられない首脳陣に代わって迎え撃っている。リアスと一誠がそれに続くように戦闘態勢に移行した時。

 

「君の相手は俺だ。兵藤一誠」

「な、何……!?」

 

 白銀の鎧と光の翼を身に纏う男――――先代魔王の血を引く歴代最強の白龍皇、ヴァーリ・ルシファーが一世の前に立ちふさがった。

 

「当然だろう? 赤と白、それは戦う運命にある。こうして敵同士(・・・)として相対したのなら、戦うのは必然だ」

 

 

 

 

   -----------------

 

 

 

 地上で起こる戦いが激化する中、大気圏内は圧倒的な力のぶつかり合いが渦を巻き起こし周囲の雲や塵を巻き込んでいた。

 武とは人類が肉体的に超越した相手を屠るために生み出した技法。故に真の怪物は武を持たない。彼らは己が肉体、己が爪、己が牙で敵を食らい、勝利を競う。 

 仮の姿である少女から本来の姿である翼を持つ蛇(ワイアーム)のような(なり)に戻ったオーフィスはそれを体現するかのように、圧倒的巨体と際限の無い龍気(オーラ)で悪神の肉体を破壊する。地表で身じろぎをとれば、それら全てが災害となる龍の原種の猛攻は人間大の体長しか持たぬ相手には本来過ぎたるものだろう。

 そんなオーフィスと互角に戦う絶対悪の化身。彼は人とほぼ同一の肉体を持ちながら、己が怪物性を高めるために一切の武技を用いない。洗練さの欠片も無い握り拳と大ぶりな蹴りは星を揺るがす一撃となって甲殻を砕き、太陽を呑み込む蒼炎は血肉を炭に変える。 

 如何なる武技も知恵も塵芥のように磨り潰す圧倒的な暴力。血肉と内臓を撒き散らし、その度に再生して更に荒れ狂う意志持つ2つの天災は咆哮をあげる。

 

『『GYEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAEEEEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』』

 

 超龍と悪神は天地を揺るがす。オーフィスの突進を真正面から受け止めたアンリマユだったが、そこは踏みしめる大地の無い雲の上の天空。そのまま宇宙空間まで飛翔し、月面に叩き付けて摩り下ろすように悪神の背中を月ごと削っていく。

 本来、翼を持たぬ彼と飛翔できる龍神では空中戦の優位は体格差と共に明白だ。殴り飛ばしたオーフィスを追って大気圏という戦場に飛び込んだ彼は戦いが始まった時からすでに不利な状況へと陥っている。

 

 だからこそ、絶対悪は相手の優位を正面から打ち砕こうとする。

 

 月面で摩り下ろされながらもオーフィスの顎を両手両足で抉じ開けると、アンリマユの腹が胸にかけて縦に裂ける。それは刃の如き乱杭歯がギッシリと並んだ猛毒の溶解液を撒き散らす口腔だ。

 変化はそれだけに留まらない。今度は元々あった顔の口を中心に、悪神の顔が十字に裂ける。腹の口と同じように乱杭歯が並んだその姿は生理的嫌悪感を激しく刺激する。もしこの場に少し気の弱い人間がいれば思わず失神していただろう。

 

「死ね、駄竜が」

 

 2つの口腔の奥から青い光が溢れ出し、灼熱の炎となってオーフィスの体内に向かって放射される。口から全身の内臓を蹂躙する蒼炎は龍神の強固な甲殻に阻まれ、体内で蓄積されて見る見るうちに丸く膨らんでいく。瞬く間に限界を超えたオーフィスの体は風船のように蒼炎を撒き散らしながら破裂した。その勢いのまま宙へと放り出される龍の神。……だが、彼女もまたこれで倒れる怪物ではない。

 

「へぶっ」

 

 追撃を掛けるように、またしても不利な空中戦へと挑んだ悪神の頭蓋を上半身ごと龍気で消し飛ばすと同時に破かれた胴体を復元する。

 傷一つなく(・・・・・)宙に浮かぶ剥き出しの心臓を目に移し、オーフィスは再生の隙も与えないと言わんばかりに残った下半身も消し飛ばすために口腔にエネルギーを蓄積、瞬時に放出した。

 如何なる再生能力を持つ怪物でも、頭部を破壊すれば僅かながら時間を稼ぐことができる。全身を吹き飛ばし、残った心臓を厳重に封印すればとりあえずの目的は果たせる(・・・・・・・)。即席の息吹とは言えども、その威力は無防備な下半身を吹き飛ばすには十分すぎる。

 

『え?』

 

 だがその目論見は、下半身だけの状態で放たれた蹴り一つで崩壊した。

 ありえない。そういう思考が一瞬だけオーフィスの脳裏を埋め尽くす。肉体の司令塔たる脳が破壊されれば体は動かせない。それはどんな超常の存在であっても同じこと。にも拘らず、この悪神は脳の無い状態で龍の息吹を蹴りで弾き飛ばしたのだ。

 

「クカカカカ……危ないところだったぞ」

 

 疑問符を浮かべるオーフィスの耳に、アンリマユの声が響く。よく見ると、向う脛に出来た顔が喋っているではないか。それを見て幾星霜の時を生きた龍神は答えをはじき出す。

 彼が絶対悪の試練として顕現していた時代、何かにつけて邪魔者扱いされては戦いを繰り広げてきたオーフィス。その時から彼は肉体の改造に優れてはいた。だが本来頭部にあるべき脳を脚に移動させる(・・・・・・・)など常軌を逸脱しているにも程がある。

 思わず呆れかえるオーフィスを尻目に上半身を完全に復元したアンリマユは肩を鳴らしながら残虐で獰猛な笑みを浮かべる。完全に自分を滅ぼすまで止めるつもりはないのだと、他人に関心の薄いオーフィスをして理解できるほど濃密な殺意だ。

 このまま戦い続ければ、勝つか負けるか分からない上に、悪戯に霊格を消耗する可能性が高いことを理解したオーフィスはあまり期待せずに悪神に問いかける。 

 

『アンリマユ』

「なんだよ?」

『我、グレートレッドを倒したい』

 

 真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)、グレートレッド。オーフィスと対を為す夢幻を司る龍神であり、かつてアンリマユとも激戦を繰り広げたことのある聖書の赤き真龍。

 本来、人類や神霊の事情に興味のないオーフィスがテロリストである禍の団(カオス・ブリゲード)に協力する理由は故郷である次元の狭間をグレートレッドに占拠されているからに他ならない。妨げられることのない静寂を求める彼女にとって真龍は極めて邪魔な存在であり、彼を倒そうにもオーフィスとグレートレッドでは相性が悪い。故に、グレートレッドと同格であるアンリマユに協力を持ちかけたのだが――――

 

「あぁ、昔もそんなこと言ってたな。………だから? それで?」

『協力して』

「プギャーーーハッハッハッ!! まさかこの俺にお前みてぇな害獣の頼みを聞けと!? もし叶うと思ってんならとんだロマンチストだなオイ!! ひゃははははははははははは!!!」

『………』

 

 一切の遠慮のない嘲笑にイラァッと、オーフィスは静かにムカついた。こんなに笑われるならやっぱり言わなければよかった。

 

「昔言ったことを忘れたか? 忘れただろうなぁ、お前興味のあることしか覚えねぇし。ならもう一回言ってやるよ」

 

 指を五本立て、アンリマユは哀れみさえ含む目で告げた。

 

「俺はこの世で嫌いなもんが5つあってなぁ。ハーレム、凶信者、性善説、青臭い餓鬼、そしてケダモノってのが一番嫌いなんだよ。テメェみたいに人の言葉を解す分なお気持ち悪い。それでもお前とグレートレッド、どちらかを選べと言われれば、当然後者だろうよ」

『??? なぜ?』

「人里に降りてこないケダモノと、人の領域を荒らさんとする害獣。駆除するならどっちにするかって話だよ。出血大サービスだ、この俺手ずから霊格(存在)を丸ごと吹き飛ばしてやる。()くと()ぬがいい、古の龍」

 

 交渉決裂。コミュニケーションが大の苦手な龍神と共戦を嫌う悪神とでは当然と言えば当然の帰結である。

 背中から生えた2本の巨腕がオーフィスの体を掴み、ゴムで弾き出されたかのような推進力で突貫する。対する龍神は己の目的のためにもこれ以上戦いを長引かせて消耗したくはない。無数の光弾を雨のように浴びせるが、アンリマユは肉が抉れてもそれを介さず懐に飛び込む。

 

「ヒャァアッハァ―――――――っ!!!」

 

 焔を纏った一撃はオーフィスの腹を焼き、勢いをそのままに背中を突き破る。血濡れで背中から這い出た悪神は両翼を掴むと、そのまま力任せに引っ張り始めた。

 

『GYEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAA!!!!』

 

 絶叫をあげるオーフィス。両翼の骨は万力で砕け、根元から引き千切られる。戦場は宇宙空間。翼を捥がれ、飛翔能力を失ったとはいえすぐさま引力に引っ張られる形で地表に叩き付けられることは無いが、逆に言えば三大勢力や神話勢力と中立関係を結んだアンリマユにしてみれば周囲の被害を殆ど気にせずオーフィスを滅するに絶好の機会。

 人の世の営みを初め、あらゆることに関心の薄いオーフィスだが、彼女は決して頭が悪いというわけではない。傍若無人で知られる悪神が十全の力を発揮できる地表や月面から離れたのは、彼が訳あって神霊や怪物の脅威を人々から遠ざけようとしているからだと理解していた。

 このままでは長期戦は必須。地表に戻って仕切りなおす必要がある。だが飛翔能力を取り戻そうにも、翼の再生は傷口を悪神の炎で焼かれてすぐには出来ない状態。オーフィスは悪神の怒りを更に買うことを理解した上で、策に出た。

 

「ごぶっ」

 

 鋭利な先端を持つ龍の尾がアンリマユの背中から腹を突き破り、そのまま雁字搦めにして拘束する。そしてすかさず地球に向かって極大の息吹を放った。

 

「ちょっ!? おまっ!?」

 

 大陸一つを丸ごと吹き飛ばしかねない、無限の権能によって放たれたドラゴンブレス。流石に焦ったアンリマユはオーフィスの尾を切り離そうとするが、尾全体を龍気で覆ったそれを千切るには時間が掛かる。

 仕方なしといわんばかりに、アンリマユはオーフィスの体そのものを足場に地球に向かって跳躍。オーフィスを引きずる形で地球に迫るその速度は第四宇宙速度にまで高まって龍の息吹の前に躍り出た。そこはすでに地球の雲の中である。

 

 目の前に迫る極光の柱は、今回の戦闘で受けたものとは比較にならない威力を秘めている。生半可な一手では全身を吹き飛ばされることは必須。アンリマユはすかさず切り札を切った。

 

「アヴェスター起動。相克して廻れ、善悪二元論……!」

 

 熱源は灼熱の太陽よりも尚熱い。

 双掌に圧縮された炎球を掲げて龍神の息吹を受け止めた。手の平大の炎球はすぐさま打ち消されるかと思いきや、より激しい灼熱を放って鬩ぎあい始めた。

 反発しあう度に力を増していく炎球はやがて蒼い光球となり、光を捻じ曲げるほどの力の渦を生み出す。息吹と灼熱の衝突は数十トンはある雲を蹴散らし、気流の流れを変えていく。

 

「この程度……やはりお前はドスランポス……いや、ブルファンゴにも劣る駄竜だったな!!」 

 

 無限の龍気と蒼炎の星は同時に砕け散る。

 余波の直撃を受けた龍神と悪神は、その身を宙に舞わせた。地表へ真っ逆さまに落ちる中、雲を突き破るアンリマユの超聴覚が地表……正確には駒王学園のグラウンドから聞こえる叫び声を捉えていた。

 

『ヴァーリ! テメェを野放しにしてたら、部長どころか他の皆のおっぱいまで半分になっちまう!! これは、部長のおっぱいの分!!!』

 

 おっぱいと、確かにそう聞こえた。これは間違いなくあの赤龍帝の小僧の声。

 

『これは朱乃さんのおっぱいの分!! イリナのおっぱいの分!!』

「……んー」

 

 『誰だ、人が珍しく真面目に戦ってる時に』。アンリマユは基本的に軽い性格をしていて、戦闘中でもフザけていいのは己の特権と言い放つ自分勝手な性格である。

 

『これは成長途中のアーシアのおっぱいの分!! ゼノヴィアの分!!』

 

 こんな雲の上まで突き破るような大声でおっぱいと連呼し続けるあの小僧をどうするべきか。

 

『そしてこれが、半分にされたら丸っきり無くなってしまう小猫ちゃんのロリおっぱいの分だぁぁぁぁああ!!』

 

 悪神はうん、と一つ頷いて呟いた。

 

「あの赤い龍の小僧、地表に戻ったら殺そう」

 

 

 

 




疑似創星図までは出さない。めんどくさくなるので


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戦乙女と赤龍帝、絶望の渦へ旅立つ

だが、悪神は本格的に弾けた。


 

 

 

 

 

 白龍皇、ヴァーリ・ルシファーの謀反。その事実は、駒王会談に臨んだ全勢力を震撼させた。

 戦いを求める生粋の求道者である彼は『神話勢力に戦ってみないか』と禍の団(カオス・ブリゲード)に持ち掛けられ、テロリストに加入、満を持して生涯の教敵手となる赤龍帝、兵藤一誠に戦いを挑んだ。

 白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)禁手化(バランス・ブレイカー)、|白龍皇の鎧《ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル》の力で暴威を振るうヴァーリに対し、一誠アザゼルから貰った一時的に力の暴走を抑える腕輪によって禁手化、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)で対抗。

 両者の戦いが佳境に入った時、真昼と思わせる蒼い光が天地を照らす。響く衝撃は厚雲を蹴散らし地鳴りを起こしても尚たりない。地上で発生すれば一つの県を簡単に消し飛ばしかねない力のぶつかり合いに、ヴァーリは歓喜の声をあげる。

 

「ははははははは!! 見ろ、兵藤一誠!! あれこそが世界最頂の戦いだ!! かつて西暦以前も昔、神秘が地上に蔓延していた時代に実際に起きた技にも知恵にも頼らぬ原始の暴力のぶつかり合い!! あぁ、その頂はなんと遠いことか!!」

 

 まるで子供が夢物語を語るようにその眼を輝かせながら天を仰ぎ見るヴァーリに対し、別に戦闘狂でも何でもない一誠を含む若手たちは唯々戦慄あるのみ。天から大瀑布のように降り注ぐ純然な殺意は無意識のうちに奥歯を震わせる。

 光は消え、空に夜の闇が戻ると同時に、上空から大小2つの影がグラウンドに向かって落ちていく。途中で幾度か蒼炎が空を奔り、鉄を砕いたような轟音が鳴り響くが、2つの影は受け身も取らずに地表へ叩き付けられた。

 施設や街自体は三大勢力の首領による防護もあって無事だったが、巨大な隕石の衝突のような衝撃波はグラウンドにいた者たちをその隅へと追いやる。 

 2か所から立ち上る土煙、最初に姿が見えたのは翼を引き千切られ、全身を所々炭化させられた龍形態のオーフィス。次に土煙を突き破ったのは、胴体に巨大な風穴を開け、頭部の半分を抉り飛ばされたアンリマユ。

 龍神と悪神、一人と一頭の絶対強者は傍目からは致命傷と思える傷をものともせず威嚇の咆哮をあげる。

 

『『GYEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』』

 

 とても生物の喉から迸るとは思えぬ爆音のような怒鳴り声。地面は捲れあがり、防護された校舎がメシメシと音を立てる。気の弱いギャスパーなどは声も上げずに気絶するほどの気迫だ。

 

「今宵は此処までか……美猴!!」

「あいよ!!」

 

 オーフィスの元へと飛び寄るヴァーリの呼び掛けに、棍棒を手にした中華服の男が突如姿を現す。根で地面を突くと、中華の術式が浮かび上がり、生じた光がオーフィスとヴァーリ、美猴と呼ばれた男を包む。

 それはかつて、敗残者を追うときに幾度となく見た転移の光だと理解したアンリマユは全速で間合いを詰めにかかった。脳漿と内臓、血飛沫を散らしながら襲い掛かる悪神を見て、美猴は思わず悪態を吐いた

 

「クッソ!! マジかよ!!」

 

 どう考えても動ける傷じゃないのに襲い掛かってくることへの恐怖を感じながらも、肉体が万全ではないことを理解している。スピードの乗り切らないアンリマユを伸縮自在の根……いわゆる如意棒で突き飛ばそうとした瞬間――――

 

「神珍鐵の棍棒か………小賢しいわっ!!」

 

 悪神の肉体と衝突した瞬間、如意棒は凄まじい反動の衝撃と共に半ば砕け散る。骨が砕けそうな衝撃が如意棒ごしに手に伝わり、美猴は悪神に秘められた質量を知る。

 

(硬い……いや、重い……!? とてもじゃねぇが、2メートルにも届かねえ体の質量じゃないぜぃ……!)

 

 鉄板を容易に貫く美猴の膂力と武技をもってしても微動だにしない。如何なる術によるものかはわからないが、この悪神は惑星に匹敵しうる質量を僅か2メートルにも満たない体に凝縮している。如意棒が砕けるのも必然だろう。彼の肉体を砕くには、無限の力という絶大な破壊能力を持つオーフィスか、それに比肩する力でなくては不可能だと知る。

 

「終わりか? ならば死ね」

 

 星を割る悪神の炎拳が若き妖猿の顔を目掛けて迫る。疾走の内に肉体の再生を終え、虹色混じりの黒目に美猴の頭が砕け散る未来が映る。

 

「させんっ!」

 

 それを防ぐのはヴァーリだった。全ての魔力と白龍皇の鎧の装甲を楯のように変化、防御力の一極集中と白龍皇特有の半減の力でアンリマユの額面上の能力の二分化を図る。

 

『確実に通用するかは分からん!! だが仮に幾分か力の分散が出来ても、それを吸収するなヴァーリ! アレの力の本質は怨嗟と神毒、そして終末の炎だ! 下手に取り込めば体がもたんぞ!!』

 

 結果を見れば半減、とはいかないまでも僅かに吸収した力を即座に光翼から散らしていく。それでも尚、いささかも弱まることのない拳は白龍皇の甲殻に叩き込まれる。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 全ての力をもってしても吹き飛ばされそうな一撃を歯を食いしばって足を踏ん張る。ほんの1秒にも満たない、決して長くはもたない力のぶつかり合いは、龍神の尾によって悪神を叩き飛ばして終わりを告げた。

 空中へ叩き出されたアンリマユは、疲労困憊ながらも満足感のある笑みを浮かべるヴァーリと、それを気遣う美猴。無垢な瞳でこちらを見上げるオーフィスが転移の光の中で消えるのをその目に映していた。

 

「ちっ。逃げられたか」

 

 そう言って追いかけようとはしなかった。居場所を探知しようにも、どうにも上手く隠していてそれも出来ない。今宵の戦いは今、ここに終わったのだ。

 

「テロリストが首脳会談を襲撃。これは立派な宣戦布告ととってもいいですね」

 

 他の敵も撤退したのか、会談の場にいた全員がアンリマユの元へ集まってくる。その中に下心溢れていそうな顔の少年を見つけた時、アンリマユは少年……一誠の顔を鷲掴みにして持ち上げる。所謂アイアンクローだ

 

「イッセー!?」

「えぇ!? ちょっ!? ど、どうして!? 何でいきなり!?」

「お前だよな? 人が珍しく真面目に戦ってる時におっぱい連呼してた馬鹿。雲の上まで聞こえてたぞ、あーん?」

「き、聞こえてたんですか!? やだ、恥ずかしい!!」

「覚えておけ。こと戦いの中でギャグに走っていいのは天上天下この俺唯一人……いや、覚えておく必要もないかもな」

「な、なんですかその不吉な言い回し――――あ、ああああああああっ!? エ、エロくてすいませんっしたああああ!!」

 

 顔を掴む五指がムカデのように変質し、頭部全体を覆って締め付ける。剝がそうと必死になってもがくがビクくともしない。

 

「あああああああ!? 何これ!? 何これ!? 何か頭全体がチクチクするあだだだだだだっ!?」

「痛い? 苦しい? クチャッといっちゃう? ミリミリクチャッて」

「いやミリミリクチャッて、最悪の死に方じゃないっすか!?」

「じゅ~う、きゅ~う、は~ち」

「何のカウントダウン!?」

「お前の残り寿命」

「イ、イッセーを離してあげてください!」

 

 眷属としても、一人の異性としても愛する一誠が痛めつけられるのを見て、リアスは抗議の声をあげる。彼女だけではない。彼女の眷属全員と、一誠の幼馴染であるイリナも悪神を気丈に見据えている。

 

「ほう。この俺に物申すか。……だが頼み方がなってないな。俺にものを頼むときはまず……おい、そこの銀髪の小娘。確か……搭城小猫といったか?」

「……っ。は、はい」

 

 一誠の顔面をアイアンクローで締め上げたまま、リアス眷属の戦車(ルーク)……小猫を指さす。思わずビクッと肩を揺らすが、それでも仲間のために一歩前へ出る。

 

「俺はあの駄竜との戦いで疲れた。まずは両手両膝を地につけ、椅子となって俺の疲れを癒せ」

「なっ!?」

「美少女になんつーことをやらせようとしてんだぁあああああああああ!?」

 

 身長140センチあるかどうかという、高校生にしては極めて小柄な学園のマスコット的美少女、塔城小猫。そんな彼女の背中に180センチ越えのマッチョが腰を下ろそうというのだ。見た目を想像するだけでも倫理観的にアウトな絵面に美少女大好き赤龍帝は抗議を上げた途端、顔面を締め上げられて絶叫する。

 

「そこの青髪と金髪と栗毛の小娘は俺を労う為にヤハウェを罵倒する怨嗟の歌を歌ってもらおうか」

「えっ!?」

「そ、そんな!?」

「わ、我らに主を罵倒せよと申すのか!?」

「嫌ならばそれでもいいぞ。この小僧の首から上が無くなるだけだ。あぁ、ちなみに罵り方が幼稚な場合、何度でもやり直せよ? 俺が何度でもチャンスをくれてやる。俺は寛大だからな」

 

 聖書の神が死してなお彼を信仰するアーシア、ゼノヴィア、イリナに自らの主を貶めよと命じるアンリマユ。信心深い3人からすれば悪夢でも見ない地獄の所業だ。だが目の前の悪神は愛する一誠の命を文字通り握っている。信仰か愛か、葛藤が3人の顔を苦渋に歪めていた。

 

「くははははははは! 良いぞ良いぞー! その苦しみに歪んだ顔!! それでこそ、俺も貴様らの願いに乗ってやった甲斐がある!!」

「くっ! 一体どこまで下劣なの!?」

「まだ立場が分かっていないらしい。貴様らはお願いする立場。サーゼクスの妹に、黒髪の小娘は眷属のトップとその補佐として、俺の足先にキスして『プリーズ』だろう? それがこの俺にものを頼む時の最低限の礼儀だ」

「こ、この私たちにそのような真似を……!?」

「最後のそこの金髪の小僧……木場祐斗だったな。お前は場を賑わす為、世に聞くケツだけダンスとやらを踊ってもらおう。そこの吸血種の小僧も叩き起こしてな」

「部、部長の騎士として、そのような恥知らずなことは……!」

「ひゃはははははははははははは!! ハリーハリーハリー!! 『ぶりぶり~!!』と声高々に踊るがいい!!」

 

 そんな屈辱的なこと、絶対にやりたくない。だが断ればこの物の道理に逆らう悪神は一誠の頭をクチャッとしてしまうかもしれない。

 舌を剝き出しにしたとんでもないゲス顔で大笑いするアンリマユを睨みながら、彼女たちは言われたことを実行しようとした瞬間――――

 

「アンリマユ殿、悪ふざけはそこまでにしていただきたい。話の続きもありますしね」

「そうだな」

 

 サーゼクスの言葉に実に軽いノリで答え、一誠をまるでゴミのようにポイっと投げ捨てる。

 

 ――――サーゼクス様、ありがとう!! 

 

 彼らリアス眷属+1の心が一つになった瞬間である。

 

「で、話の続きってなんだっけ? アザゼルがトランクス派かブリーフ派に関することだったか? 俺はブリーフ派かと思っているんだが」

「んな話一言をしてねーよ! 3大勢力と神話勢力の監視と、あんたの住む場所の話だろ。あと俺はブーメラン派だ!!」

「となると、ブリーフはミカエルだな?」

「勿論です。男性天使は純白のブリーフを着用することを義務付けられています」

「青いのぅ。男は黙って褌に決まっておるじゃろう」

「男性悪魔の間ではボクサーパンツが主流ですね。ちなみにアンリマユ殿はどのようなパンツを?」

「トランクス純情派だ。下着というのは復活して初めて身に着けたが中々いいものだ」

 

 話を脱線して何故かパンツ談議に突入した男性陣にグレイフィアが「んんっ!」と咳ばらいをし、話を戻せと伝えてくる。

 

「我々三大勢力からの監視は会議の末に後日改めてお伝えしますが、神話勢力からはどうなさるので?」

「うむ。実はもう他の神話群と話は付いておってな。北欧からアンリマユの監視兼部下の任に相応しい者を連れてきておる」

「え? ……そんな話聞いてませんが?」

「今言ったからのぅ」

 

 ロスヴァイセは何故か無性に嫌な予感がした。ここで逃げなければ婚期が遅れそうな、ストレスで胃に穴が開きそうなやけに具体的な嫌な予感が。

 

「戦乙女ロスヴァイセよ」

「は、はいっ」

「北欧神群主神、オーディンの名において命ずる。これより悪神アンリマユの監視役兼部下の任に着け」

「え……えええええぇぇぇぇぇえっ!?」

 

 生真面目な彼女にしては珍しく、上司である主神の言葉に悲鳴を上げた。アンリマユの性格の悪さは短い付き合いながらもオーディンの比ではない事を理解しているロスヴァイセにとって、故郷を離れ遠い異国の地で世界最強最悪のパワハラ上司の部下になるなど、それではまるで――――

 

「ぷはははははははははっ!! 主神のボディーガードという安月給ながらも出世コースから極東の地にいるこの絶対悪の元に左遷とは、オーディン、貴様相変わらず性根が腐っているな!! ひゃはははははははははははは!!」

「わ、笑わないでください!! オーディン様!? ご自身の護衛はどうなさるおつもりですか!?」

「それは杞憂じゃ、ロスヴァイセ。そもそも儂一人なら転移術で一瞬で北欧へ戻れる。……まぁ情勢が情勢じゃからのぅ、左遷というのも否定はせんが」

「正直に左遷だなんて言わないでください! ほ、他の神群に適任の方はいらっしゃらないんですか?」

「いや、この話が持ち上がった時、アンリマユと面識のある神は皆目を逸らしおっての。それ以外の者を選別するとき、こ奴の悪ふざけを耐えることができ、尚且つ容赦のないツッコミを入れる者は居ないかという時、以前の喫茶店での出来事を話たら満場一致でロスヴァイセが適任だと決定したのじゃ」

「そ、そんなぁ……!」

 

 ガックリと、両手両膝を地面に付けて項垂れるロスヴァイセ。齢19歳、ある意味自業自得といえども祖国を離れて最強の悪神の元へ送られる少女は世界広しといえど彼女くらいのものだろう。能力を買われていると思えばいいのか、厄介ごとを押し付けられたと嘆けばいいのか。

 

「フフン。ロスヴァイセといったか? そう悲観するな。お前のことはそう悪いようにはせん」

「アンリマユ様……?」

「実は俺はこう見えて、昔から戦乙女というのが大好きなんだよ」

「へ?」

「かつて北欧と戦う時は戦乙女を拝むのが楽しみでなぁ。その麗しさは幾千年の時を経ても些かも衰えていない。お前を初めて見た時も、実に麗しくも愛らしいと思ったものだ」

「え? え? えぇっ? ど、どどどどどうしてそんな急に……えぇっ!?」

 

 突然のべた褒めに頬を赤く染めながら激しく狼狽えるロスヴァイセ。男性から……それも魔性の褐色美男からの真っ向からの称賛など生まれてこの方受けたことのない彼女にとって嬉しいような気恥しいような気分だ。

 

――――が、そう問屋は降ろさないのがアンリマユ・クオリティー。

 

「そう、あの神に敬虔に使える姿……あの強情さ……現代で言うところの強靭な「くっ殺」的な性格と潜在的M属性……余りに好みなんで、今まで何千人()(もの)にしてやったけなぁ……? 色んな意味で」

「さようならっ!!」

 

 口を中心に顔が十字に裂け、その隙間から無数の細い触手を伸ばしてニタァと笑う悪神を見て、普段の彼女からは考えられぬ神速の職務放棄で逃げ出す。こんな話をこんな顔でされたら、生贄になる事を覚悟した清廉な尼とて裸足で逃げだすだろう。

 これまで脇目も振らずに必死に覚えた魔術を全て駆使して逃げ出すロスヴァイセを嘲笑うかのように、あっさりと前へ躍り出るアンリマユ。

 

「くかかかかかっ!! もう鬼ごっこは終わりか!?」

「いやああっ!! 放してください!! 助けてお婆ちゃーん!!」

「泣き叫ぶほど嫌か? 良い、実に良い!! 俺は嫌がる相手を無理やり手籠めにするのが大好きなのさ!!」

「さ、最低ですっ!! この女性の敵!! オ、オーディン様! どうか、どうかご再考を!!」

「皆の者! 勇敢なる戦乙女、ロスヴァイセに敬礼!!」

『『『敬礼!!』』』

 

 明らかに楽しんでいるオーディンと三大勢力の首脳陣、同情的ながらも助ける気配のないグレイフィアと若手悪魔たちとイリナ、一人だけ「あらあら、楽しそうですね」と見当違いな事を思い浮かべているガブリエル。この場に彼女の味方は誰一人としていない。

 

「わ、私の味方は誰もいないんですかあああ!? う、うわああああ――――――んっ!!」

「あぁ、そんなに泣いて可哀そうに………俺をこれ以上昂らせてどうしたいんだ?」

「ひぃぃぃ!? い、今まで見たことのない邪悪な笑みをしてるぅ!! お、お願いします……! た、助けて……!」

「ひゃはははははははははははは!! 哀れな娘の嬌声と涙、そして必死の抵抗こそが絶望への最高のスパイス!! ロスヴァイセ、お前は何気に俺のストライクゾーンど真ん中を心得ているな!!」

 

 どんなに泣き叫んでも、どれほど周りに懇願しても喜びのボルテージをガンガン上げていくアンリマユ。ロスヴァイセは今、ランクEXクラスの変態に襲われる乙女そのものであった。

 

「このまま更なる悲鳴をあげさせたいところだが、俺にはまだ話が残っている。ちょっと黙っときな」

「むぐぅっ!?」

 

 腕から生えた無数の触手でロスヴァイセの口を塞ぎ、全身を拘束して肩に担ぎあげる。必死に暴れるが、戦乙女の力をもってしてもビクともしない。

 

「実に良い贈り物を貰ったな。今度俺の奢りで飲みに行こうぜ」

「ほっほっほっ。よいよい」

「じゃあ話がついたところで、住む場所はどうするんだ? ホテルなら紹介するぜ?」

「見くびるなアザゼル。俺は既に家を持っている」

 

 人差し指で天を指し、それにつられて目線を上に向ける。そこにあるものを目に映した途端、その場にいる全員は思わず呆然とし、しばらくして一誠が絶叫した。

 

「な、なんじゃありゃあああああああああああああああああっ!!?」

 

 比喩表現でも何でもなく、学園上空を浮遊する島。天高く存在するため、実物よりも小さく見えるが、駒王町を覆うほど巨大な島が飛行に必要な装置も無しに、上空に浮いていた。

 

「昔、ゼウスの奴が癇癪起こして海に沈めた王国、アトランティス。その王都をサルベージして俺の家にリフォームしてやった」

「………正直、言いたいことは山ほどあるが、今日はもう遅い。また今度話し合おうぜ」

「さんせーい☆」

 

 こめかみを抑えて頭痛を耐えるアザゼルの言葉に賛成の異を唱えるセラフォルー。スマートフォンの連絡先を交換し合い、このまま解散という流れになった時、アンリマユは一誠に声をかけた。

 

「おい、兵藤一誠」

「は、はいっ!? な、なんですか?」

 

 早くも苦手意識を持つ一誠をアンリマユはどこか値踏みするようにジロジロ眺め、ニタァと笑みを浮かべる。

 

「貴様……強力なハーレム願望を持っているな?」

「!? ど、どうしてそれを!?」

 

 今日初めて会ったばかりの相手に、自分の野望を見抜かれて動揺する一誠。

 

「驚くのも無理はない。俺の眼はな、相手のあらゆるフェチズムと性癖、そして心の恥部を見抜く事が出来るんだよ」

「フェチズム!? 性癖!? ち、ちちちちち恥部ぅっ!!? な、なんて最低な奴……! 俺も見たい!」

「イッセー……あなたって子は……」

 

 頭痛を抑えるリアス。

 

「女の体で一番好きな場所は胸のようだが、3P4Pでは飽き足らず、10P以上がしたいとは、貴様も中々強欲だな!」

「い、いやぁ、それほどでもぉ!」

「ところで、話は変わるが昔の俺の異名の内の一つにこういうものがあったんだよ」

「はい? 何ですかいきなり――――」

「ハーレム絶対壊すマンって呼ばれた時期がありました」

 

 恥ずかしげに笑う一誠の顔が一瞬の内に凍り付く。そのリアクションを満足そうに眺めたアンリマユは、ニヤニヤしながらまるで唄うように告げた。

 

「俺がこの現世に甦った理由の一つ……それは、この世からハーレムというものを根こそぎ滅ぼし、概念ごと抹消するためだ。……叶うといいなぁ? その欲望。もっとも、俺がいる限り叶いはせんがな! ひゃはははははははははははは!!」

「んー! ぷはぁっ!! た、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……………!」

 

 一瞬で遠のいていくロスヴァイセの悲鳴と、音を置き去りにして天空の島へと跳び上がるアンリマユ。遥か雲の上へと姿を消していく浮遊島を、一誠は茫然と眺めていた。

 

 

 

 

 




遂に本格的に変態性の下種さを露わにしたアンリマユ。玩具一号と玩具二号の運命はいかに!?


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戦乙女、希望を与えられそれを奪われる

希望を与えられ、それを奪われる。その時人間は一番美しい顔をする。それを与えてやるのが、俺のファンサービスさ。



 

 

 

 

 

 

 

 

『迎えに来たよ、ロセ。僕のお姫様』

 

 周囲には満開の花畑と白亜の城。豪奢なドレスに身を包んだロスヴァイセは、穏やかな微笑みを浮かべながら白馬の上で手を差し伸べてる王子の手を握ろうとした。

 この手を引いて、白馬の後ろに乗せてどこまでも連れていってほしい。熱を帯びた瞳で皇子を見上げる彼女と白馬の王子の手が重なろうとしたその時――――

 

『くくくく。どこへ行こうというんだ?』

 

 池から伸びる無数の触手がロスヴァイセの全身を絡め、そのまま池の中へ引き摺り込む。吸い込める空気のない水中の息苦しさと、突然の出来事に目を白黒させながら触手の根元を見てみると、諸悪の根源はそこにいた。

 

『お前は逃がさねえぞ。俺の玩具1号』

 

 残虐で凶暴な笑みを浮かべる悪神は、暗い暗い水の底へとロスヴァイセを引き釣りながらそう告げた。

 

 

 

   -------------------

 

 

 

「ごぼぉっっ!!?」

 

 幸福な夢が悪夢に変わり、次いで目を覚ました時には、ロスヴァイセは温かな湯の中にいた。激しいパニック状態になりながらも、必死に手足をバタつかせながら存外浅いところにあった床に手足を付け、顔を水面から勢いよく飛び出させる。

 

「げほっ!! げほっげほっ!! はぁ……げほげほっ!! い、一体何が……げほっ!」

「おぉ、起きたかロスヴァイセ」

 

 咽ながら周囲を見渡せば、そこは豪奢な大浴場。そこに響く聞き覚えのある軽薄な声がした方に目を向けると、ニヤニヤとロスヴァイセの醜態を眺めるアンリマユがいた。

 

「ア、アンリマユ様!? こ、これは一体どういう状況です!?」

 

 駒王会談が終わり、全身を拘束された状態で天空の島へ跳び上がった瞬間辺りからまるで記憶がない。なぜいきなり風呂の中で……それもスーツ姿のままで目を覚ましたのか。事情の説明を求める視線を向けると、アンリマユは何の悪びれもなくあっけらかんと口を開いた。

 

「いや、家に帰ろうと跳んだ辺りからお前急に意識がなくなったんだよ」

 

 一歩目で宇宙速度に到達するアンリマユの跳躍。恐らく凄まじいGがロスヴァイセを襲ってそのまま意識をブラックアウト、要は気絶したのだろう。

 

「んで、声かけても起きねえし、俺の家で汗も流さず寝るなんて許す気もねぇ。だから俺はお前を起こすのと体を洗うのとを両立するために、湯船に叩き込んだのさ。うーん、部下になったばかりの女にここまでしてやるなんて、俺も丸くなったもんだ」

「そこは寝かせてくれるか、普通に起こすのが優しさですよ!!」

 

 夢なら覚めてほしいとは正にこのこと。上司に売られた戦乙女は悪神の家に引き渡されたのだった。スーツどころか、靴までグッショリ濡れてしまい、着替えも持っていないロスヴァイセの涙は額に張り付く髪から滴る水に飲まれていった。

 そんな彼女の心情を察知したのか、アンリマユは安心させるかのような声色で告げる。

 

「なぁに、着替えが無いってんなら安心しろ。ついさっき、レヴィアたんに頼んでお前用の着替えを幾つか転送して貰ったんでな。脱衣所に置いておくから好きなのを着るといい。せいぜいゆっくり湯船で休め。俺はその間にイーブイをブラッキーに進化させる。あの♀、夜の間しか進化しないからな」

「え?」

 

 ピシャリと浴場の戸を閉め去っていくアンリマユ。

 あの傍若無人な悪神が自分のために頼みごとをしたのかと思ってしまい、何とも複雑な気分になる。だが今は、この数十人が寛げそうな豪華大浴場を独り占めできる状況。言葉に甘えるべく、ロスヴァイセは濡れた衣服と靴を脱いで脱衣所の洗濯機に放り込み、シャンプーやリンス、石鹸を拝借して身を清めた後、再び湯船に浸かった。

 

「……はふぅ……」

 

 思わず気の抜けた声が口から漏れ出す。鼻腔を優しく擽る花のような香りと、適温の湯船は全身の疲れを溶かすような極上の心地よさ。ゾロアスターの伝承に残るアンリマユからは想像もできないが、オーディンの話によると彼の娯楽に関する感性は人のそれに近いらしい。ならば、日本の娯楽といっても差し支えのない温泉や浴場にも手間を掛けるのは当然かもしれない。

 

「うぅ……でもやっぱり、オーディン様ったら酷い! 何の説明も選択も無くいきなり左遷だなんて!」

 

 オーディンの事が脳裏を過った途端、ロスヴァイセは声を大にして盛大に愚痴を溢してた。湯船の心地よさは認めるが、それとこれとは話が違う。

 

「私、あんなにオーディン様や北欧の為に頑張ったのに! どーせ……どーせ私は仕事ができない女ですよ! 処女ですよ! 彼氏いない歴=年齢だから、何の躊躇いもなく左遷させられたんですよね分かります! うぅ……せっかく安定した職につけたと思ったにぃ……」

 

 ジワリと、ロスヴァイセの瞳が涙で揺れ、それは雫となって頬を伝う。愚痴を言える相手が居らず、居るとすれば元凶の悪神。給料が高いとは言えないが、一人暮らしの女には十分な金銭を貰い、北欧の街で生活していた。本来なら明日は休日で、趣味の安価な雑貨屋巡りをするはずだったのに、気が付けば最恐最悪と謳われた神の元に即日左遷される羽目に。

 反響する声に返答はなく、鬱憤を吐き出すことも出来ずに陰鬱な気持ちがどんどん重なっていく。北欧の街や故郷がとにかく恋しい。ロスヴァイセは泣き声を抑えるように湯を両手で掬って顔を何度を洗った。

 

(あれ……?)

 

 そんな時、ロスヴァイセの眼にある物が映る。

 湯船の脇に置かれた『これを湯船に浸けるべし』と書かれた張り紙が貼ってある、透き通った蒼い水晶のような物体。十中八九、アンリマユが置いていったものだろう。

 この時、ロスヴァイセはすごく嫌な予感がした。何か禄でも無い物じゃないのかと。しかしこれを無視すれば後が怖い。ロスヴァイセは張り紙を剥がし、恐る恐る蒼水晶を湯船に浸けた。

 

「きゃああっ!?」

 

 その瞬間、水晶から漏れ出た蒼炎が湯船の上を奔る。「やっぱり碌な物じゃなかった」と思いながら逃げられないと悟り、目を強く閉じて灼熱と痛みを覚悟する。

 しかし、痛みと熱は何時までたっても訪れない。それどころか、全身を這う蒼炎は心地よい温もりさえ彼女に与え、それが自然と心を覆っていた不安を焼き尽くしていく。

 

「精神安定の魔具…………あのアンリマユ様が?」

 

 性格最悪のアンリマユが、突然故郷を離れる事になったロスヴァイセを気遣ったと考えるのは、ポジティブ過ぎるかもしれない。だがそんな悪神でも、良いところがあるのかもしれない。たとえ魔具の力のおかげといえども、そう前向きになる事が出来たロスヴァイセは、グッと両拳を握る。

 やや強引に考えれば、リストラはされていないし業務に応じた昇給もあり得る。物事を前向きに捉える手助けをしてくれた悪神に感謝しながら、湯船を出て脱衣所で体を拭き、ドライヤーで髪を乾かす。

 アンリマユが言っていた着替えだろうか、洗面台の端には紙袋が5つ置いてあり、ロスヴァイセはまず中に入っていた下着を身に着けた。この際、なぜサイズがピッタリなのかは全力で気にしないようにした。そのくらいどうとでも出来そうな神だ。

 

「えっと、確かレヴィアタン様が送ってくださったんですよね。もしかしたら冥界の高級品かも。もしそうなら楽しみだけど、汚れないか不安ですね――――」

 

 スクール水着(旧式)

 スモック(小学生が着るアレ)

 縄(肌に優しいタイプ)

 ベビー服(大人サイズ)

 帽子(単体)

 

「…………」

 

 とりあえず並べてみて、一瞬で目を逸らした。眉間を揉み、見間違いであることをとにかく祈る。これはあくまでも冥界に名高き女性魔王が用意したもの。まさか年頃の女性が着るためにこんなものを用意しないだろう。深く深呼吸を繰り返し、もう一度5着の服に目を向ける。

 

 スクール水着(ゼッケンに「ろすゔぁいせ」と書かれている)

 スモック(下衣無し、ランドセル&チューリップ型の名札付き)

 縄(自縛解説書付き)

 ベビー服(おしゃぶり&涎掛け、紙オムツ入り)

 帽子(服ではない)

 

「ア……アンリマユ様ぁああああああああああああっっ!!!」

 

 ある意味全裸より恥ずかしい変態装備を前にロスヴァイセは脱衣所の扉を少しだけ開けて怒号をあげる。ちょっとでも良いところがあると思った自分が馬鹿だったと内心自嘲した。

 

「どうした? 年頃の娘がデカい声出して。そんなんだからお前はモテんのだ」

「『どうした?』じゃありません! 後、すっごい余計なお世話です!! わ、私だって……私だって好きでモテないわけじゃないんですからね!? って、今はその話はいいんです!! 何なんですかこの服のラインナップは!!」

「その口ぶり……俺が選んでレヴィアたんに送らせた服が気に入らないとでも?」

「やっぱり貴方の差し金でしたか!! そんな事だろうとは思いましたけど!!」

 

 実質3着の衣類のどれを選んでも変質者か痴女にしか見えないそれらを身に着けるには、生真面目なロスヴァイセにはハードルが高すぎる。まさに上級者向けのマニアック装備だ。

 

「ヤレヤレ、我が儘な奴だな。俺にどうしろってんだ?」

「くぅぅ……! 当然の抗議をさも理不尽なことのように肩を竦められるなんて……! と、とにかく! 即刻、世間一般的な衣服の調達と譲渡を要求します!! こんなの恥ずかしくて着れませんよ! なんですか縄と帽子って! これを私にどうしろというんですか!!」

「キャンキャンとよく吠える小娘だ。だがその動揺と羞恥をもって許そう!」

「って、何で入ってきてるんですかあああああああああっ!!?」

 

 スパーンッ! と、勢いよく脱衣所の扉を開けてズンズンと中に入ってきたアンリマユを前に、下着姿のロスヴァイセは思わず両腕で豊満な体を隠してしゃがみ込む。

 顔を真っ赤にしながら「私が何をしたというんですか!? お願いだから出てって!!」と泣き叫ぶロスヴァイセを無視して片手で印を結び、悪神は静かに唱えた。

 

洋服創着(ドレスアップ)

 

 ロスヴァイセの体が一瞬光に包まれる。すると信じがたいことに、光が消えると同時にロスヴァイセはいつの間にか青い生地の夏用のパジャマに身を包んでいた。

 

「え!? 嘘!? いつの間に!?」

「別に珍しくもないだろ。魔力で服を編んだだけだしな」

 

 本当に何でもないように告げるアンリマユの言葉に納得する。過程に違いはあれど、魔術を世界的に見れば本当によくある結果ではあるし、北欧の戦乙女が身に着ける戦装束とて、魔力で自在に編める。ただし、これは服の構造と自身の体形を完璧に理解した上での話だ。それを何の見本も無しで、それも他人の服をここまで正確に編んで着せるのは尋常ではない。

 

「これで貴様は俺の着せ替え人形……今この服を着なくても、何時でも着替えさせられるということを覚えておけ。ひゃはははははははははははは!!」

「んなっ!? ほ、本当に最悪です! この鬼畜! ……うっ!? な、何かお腹がキリキリと……」

 

 下種な高笑いと共に去っていくアンリマユの背中に非難の声を浴びせるロスヴァイセの胃を襲う鋭く短い痛み。監視役兼部下の任について僅か2時間足らず。ストレス性の胃痛を抱えた瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回登場した魔具について説明。

ゾロアスターの蒼水晶(これといった名称は無し)
半永久的に効果を与え続ける精神安定剤といっても過言ではないが、その実態は精神的な「慣れ」を代価に魔術的、呪術的を初めとするありとあらゆる精神への干渉をシャットダウンする。別に魔具にしなくても同じことは出来たが、後で実態を教えて驚かせる算段あり。真の目的は後のお話で。





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壱章 悪神の夏休み
悪神、駒王学園を掌握す


しゃくしゃくするぜ、駒王学園……!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王会談より一夜明け、堕天使提督のアザゼルが学園の教師として着任してから更に時は過ぎ、本日駒王学園は一学期終業式を迎える。時刻は早朝出勤の教師がポツポツと現れる6時頃、部活の集まりが解散して教室へ向かう一人の悪魔が叫んでいた。

 

「全っ然! 良くねえよ!! 最強の悪神様が何故か俺の野望の前に立ちふさがってるんですけどぉ!?」

 

 三度の飯よりハーレムとおっぱいを望む助平悪魔、一誠だ。

 リアス眷属の3年生以外と天界から派遣されたイリナ、そして職員室へ向かうアザゼルが夏休みに伴う冥界での集まりやレーティングゲームの特訓について話し合い、話題は件の悪神に移っていた。

 

 ――――ハーレム絶対壊すマンって呼ばれてました。

 

 蒼天にキラッ☆ と輝く顔すら浮かべるアンリマユの姿が映って見えそうなほどの死活問題。伝説のドラゴンとか鼻で笑いそうな強さの、正真正銘最強の悪神が世界中のハーレムをぶっ壊す宣言をされては堪ったものではない。

 もっとも、そんな一誠を心配そうに宥めるアーシア、一誠の子供が欲しいと公言するゼノヴィア、何気にライバルが多い上にハーレムすら阻止されそうな事に焦りを覚えるイリナを除いたオカ研メンバーは苦笑すら浮かべそうな微妙な心境だが。

 

「アザゼル先生! どうして……どうしてあの人が俺の夢の前に立ち塞がってるんですかぁぁ!!?」

 

 言ってることは欲望塗れなのに何故か熱く清々しい涙すら浮かべるエロ少年は部活の顧問になったアザゼルに縋りつく勢いで問い詰める。

 

「ふむ。奴が封印されたのは俺が生まれるよりずっと昔だから、オーディンから聞いた話でしかないんだが……アンリマユのハーレム嫌いは常軌を逸脱していてな。一夫多妻制が権力者の常だった時代において、奴はハーレムというハーレムを根こそぎ崩壊させてきたんだ。中でも凄いのが、インドの大英雄クリシュナの16000人に及ぶ大ハーレムを僅か1週間で全員と離縁させたらしい」

「1週間で16000人のハーレムを崩壊ぃぃぃ!?」

 

 クリシュナに同族嫌悪すら近い嫉妬を浮かべるよりも先に、その大ハーレムを1週間で崩壊させた事実に恐怖を覚える一誠。『ハーレムは美女、美少女10人くらいは欲しいなー』とか実に軽薄なことを考えていたが、10人くらいなら1日と掛からず全員離れてしまうのではないかと思うと、脚の震えが止まらなくなる。

 

「数多くの王や英雄、ゼウスを筆頭とした神霊を問わず、ハーレムを崩壊させまくって、あともう少し倒されるのが遅かったら人類文明からハーレムという概念そのものが無くなっていたといっても過言じゃなかったな。そんなアンリマユが復活したからには、お前の夢は諦めた方がいいかもな」

「夢を諦めろとか教師にあるまじき台詞を……! あ、諦める訳ないじゃないっすか!! 例えこの身が砕かれようとも、絶対にハーレムを築いて見せます!!」

「……諦めた方がいいんじゃないですか? ハーレムとか不健全ですし、何より男性として最低です」

「うぐぅっ!? こ、小猫ちゃん……」

 

 瞳に色欲の炎を燃やす一誠に半眼で冷や水を浴びせる小猫。冷静に考えて、節度を美徳とする日本人と思えぬ節操の無さである。

 

 そんな会話をしながらそれぞれの教室で分かれ、校内放送と共に全校生徒は体育館へと移動を始める。外からの熱された太陽の光と、体育館内の人口密度が加わって湿度が上昇する中で整列しながら終業式の開始を待ちわびる生徒たち。待つこと数分、学年主任の一人がマイクの前に立った。

 

『えー、それではこれより第一学期終業式を開始したいと思いますが、その前に生徒の皆さんにお知らせすることがあります』

 

 ドヨドヨと騒めく生徒たちを鎮め、学年主任は告げる。

 

『先日、校長先生と教頭先生がご家庭の都合により急遽退職されることとなりました。そして本日より、新しく赴任した教頭先生並び、校長先生を紹介したいと思います』

 

 そんな言葉と共にスーツ姿の若い女性が壇上に上がる。美麗な長い銀髪と非常に整った容姿、凹凸のある体がスーツの上からでもわかる悩ましい肢体を晒しながら、彼女は壇上の上から生徒たちを見下ろした。

 

『皆さん初めまして。この度駒王学園の教職員に赴任しましたロスヴァイセです。北欧出身でこの国にはまだ慣れていませんが、誠心誠意努めますので、どうぞよろしくお願いします』

 

 新しい教頭が美人な外国人女性であることに全校生徒(主に男子)が黄色い声をあげる中、生徒会役員とオカルト研究会のメンバーは突如教頭として赴任してきたロスヴァイセに驚きの視線を向けた。ただ一人、したり顔で笑うのはアザゼルだけだ。

 挨拶もそこそこに何故か異様に疲れた表情を浮かべるロスヴァイセが壇上を降りると、体育館の照明が落とされた。カーテンで日光が遮られ、館内は暗闇に包まれる。説明もない演出には生徒たちどころか生徒会役員まで動揺の声が上がるが、そんな彼らを無視するように壇上の天井部分から巨大なスクリーンが下りてきた。

 そこに映し出されたのは、甚平を着た褐色肌で死体のように真っ白な髪の青年の後ろ姿。決して顔を見せようとしない彼は、背中越しに下種な高笑いをあげる。

 

『ひゃはははははははははは!! おはようからこんにちは、生徒諸君(マゲッツ共)!! これより駒王学園は、校長たる我が玩具である!!』

 

 愛しき学び舎が最恐の悪神の手に堕ちた瞬間である。

 

 

 

   -----------------

 

 

 

 時は遡る。

 

 遥か上空1万メートルに浮かぶアンリマユ邸の浮遊島。ロスヴァイセは自分なりにこの島の事を調べてみた。

 風力発電のように風をエネルギーに変換して飛行するこの島の面積は駒王町がすっぽりと収まる広さで、住人はアンリマユとロスヴァイセ、そして何故か二足歩行する武装した猫が100匹程。そんな猫たちの正体は、アンリマユが保健所から連れてきて改造を施した猫らしい。なぜそんなことをしたのかと尋ねると――――

 

『リアルアイルー村を作ってみたかったわけよ。何? アイルー村を知らない? ハッ! これだからロスヴァイセは』

 

 鼻で笑われた上に詳しく教えてくれなかったが、多分ゲームの真似事がしたかったのだろうと深くは追及しなかった。この浮遊島には、猫……アイルーたちの食用に全長500メートルほどの50メートル先まで見渡せる透明度の高い水で満たされた湖があり、その中にはこれまたアンリマユに改造された魚類が繁殖、小規模な生態系を形成している。

 他にも、生えている木が全て食用出来る実がなるものばかりったり、どこから持ってきたのか、作物の種を撒いて育てていて、アイルーたちが村というコミュニティを築いている。

 

 高さゆえに雑草も虫も湧かない。瑞々しく肌触りの良い一種類の植物で構成された草原が島全体に広がり、転落防止と言わんばかりに高い丘に周辺を囲まれてる島の中央に、半壊状態の古い神殿と思われる建物の地下に続く階段を降りると、そこには豪邸と見紛う住居スペース。

 島全体を結界で覆い、雨や台風どころか紫外線すら遮断、結界内部は夏になれば涼しく、冬になれば暖かくなるという実に快適な空間となっている。まさに田舎に住むならこんな場所がいいと言わんばかりの最高の場所。……島の主である悪神さえいなければ。

 

「アンリマユ様……これは何ですか?」

「朝飯のスイカだな。泣いて喜べ、お前の分も出してやったぞ」

 

 そして今日も今日とてロスヴァイセはアンリマユのはっちゃけ振りに悩まされる。

 目の前のテーブルの上に鎮座するスイカ丸々二玉を引き攣った表情で眺めるロスヴァイセを、さも「どうした? 食べないの?」と言わんばかりの眼でニヤニヤと見るアンリマユ。

 

 この悪神と生活を続けて数日で分かったことだが、彼の食生活は極めて杜撰なものだった。まず第一に調理器具が全てない。何を思って購入したのか、馬鹿デカい業務用冷蔵庫の中にあるのは肉と魚、果物とアイスだけ。調味料は無く野菜もない。

 古代出身ゆえに近年の食生活に沿う生活を送らないかもしれないとは思っていたがこれは酷い。まさに自分の好きなものばかり食べる小学生のような食生活だ。以前野菜はないのかと聞いてみても、彼は嫌そうな顔でこう告げていた。

 

『苦い、水臭い、不味い、青臭い、泥臭い。齧ってみても口に合わねぇんだよな』

 

 野菜が嫌い……というか、何の調理も処理されていない店で売っている野菜をそのまま食べて嫌いになったのだろう。肉と魚を火で炙るくらいの調理しかできないようだし、果物も皮ごと食べる。原始人かと内心ツッコんだものだ。

 だがそこまではまだいい。問題はそんなところではない。テーブルの上に乱雑に置かれたスイカの包装。そこに張られた値段票を恐る恐る目に映す。

 

「……一玉5360円!? ひ、ひぃぃぃ!?」

 

 一食で大金を消費する悪神に倹約趣味の戦乙女は悲鳴を上げる。そう、この悪神は「なんか美味そう」という理由で高級食材を海外まで行って安物感覚でホイホイと大量に買ってきたりするから極めて質が悪い。たとえ自分の金でなくても、こうも大金が無駄に消えていくかと思うとロスヴァイセのストレスはマッハで胃に影響を及ぼす。

 

「ア、アンリマユ様! またこんな無駄に高い買い物を……って、あああぁぁ!!? そんな5360円を一口でぇぇぇ!!」

 

 顔が口を中心に四つに裂けて出来た巨大な口でスイカ一玉丸ごとを収めると、ボグゥッ! とくぐもった破裂音と共に果肉を皮や種ごと嚙み砕くアンリマユに涙目を浮かべるロスヴァイセ。5360円がたった一口で消えてしまった思うと、何ともやり切れない気持になる。

 好物の果物を食べてご満悦なまま3DSを起動して某狩ゲーを開始するアンリマユを恨めしそうな涙目で見ながら、ロスヴァイセは仕方なしとスイカを切り分け、大事に味わいながらチョビチョビ齧る。美味しいのにしょっぱく感じるのはきっと涙のせいだ。

 日常の食における無駄な出費を抑えてもらうには、自分が食事を管理するしかない。そうでもしなければ、倹約家の彼女の胃に穴が開くどころか胃が爆発四散して死にそうになる。 

 もっとも食費を抑える方法は自炊なのだが、標高1万メートルの浮遊島までガスコンロやクッキングヒーターを設置してくれる業者など存在しない。ならば自力でどうにかするしかないと思った矢先、ロスヴァイセはふと思い立った。

 

(そういえば、アンリマユ様ってお金はどうしてるんでしょう?)

 

 悪神復活からまだ一月と経過していない。この浮遊島の施設は魔術でどうにかなっているとしても、彼が今プレイしているゲーム機、業務用冷蔵庫、高級食材の山々。これらの出費はどうやって賄っているのか?

 

「フハハハハハ! 怪鳥イャンクックだと? すぐに息の根を止めて――――ぎゃあああああああ!!? なんだこの攻撃範囲と攻撃力は!?大型モンスター糞やべぇ!!」

「あの……今思ったんですけど、アンリマユ様ってお金はどうされているんですか?」

「そこに一纏めにしてる」

 

 意気揚々と挑みに掛かってすぐに息の根を止められながらも、3DSの画面から目を離さずに顎をしゃくった先に何の変哲もないドアがあった。返答に疑問を抱きつつも扉を開けると、そこには広い一室を埋め尽くす金銀宝石、散らばった紙幣や小銭の山が築かれている。

 

「………………あいたっ!?」

 

 防犯もへったくれもない、ドアを開けたら取ってくださいと言わんばかりの警戒心の無さ。金銭が貴重ではないと言わんばかりの圧倒的杜撰ぶり。空想の中でしかなかった圧倒的ブルジョワジーを前にしてロスヴァイセは気絶、頭を床にぶつけて覚醒していた。

 

「っ!!? いhtがhtgはgtっはlthgぁてゅいtら;l!!!!?」

「どうしたんだロスヴァイセ? 何を言っているのかまるで分らんぞ? ひゃぁーはっはっはっはっはっ!!」

 

 あまりの財産に腰が抜けて立てない。声にならぬ悲鳴をあげながら詰め寄る小市民的戦乙女と、そんな彼女の醜態をニヤニヤと眺め、遂には下卑た高笑いをあげる悪神。必死に息を整えながら、ロスヴァイセは恐る恐る問いかける。

 

「こ、このお金とか宝石はどうしたのです?」

「あぁ、アトランティスは多くの金銀財宝ごと海に沈められててな。そこにあったのを根こそぎ貰っただけ。もっとも、これも半分ほどになっちまったけどな」

「は、半分って……!? だってこれだけでも一生遊んで暮らせそうな……!?」

「少なくなったらラスベガスにでも行ってみるか。スロットの目押しなら何とかなるだろ」

 

 余りにも……余りにもノープラン。この世全ての節約家を嘲笑する地獄の散財家。しかも最終手段がギャンブルとはいったい何事か。曲がりなりにも部下の役職なのだし、これはもう自分が管理するしかないだろうとロスヴァイセは気炎をあげる。これほどの財をこんなチャランポランな駄神に預けていては同居しているこっちの身がもたない。

 

「……アンリマユ様。明日から……いえ、今からでも就職活動をしましょう」

「え? やだよ。怠い」

「いいえ、駄目です!! このままじゃあ破産待った無しですよ!? 少しでも貯金をしていかないと!!」

「それは……俺がイャンクックをハントするより大事な事か?」

「少なくとも、ゲームよりも100倍は大事です」

「HAHAHA、そんな馬鹿な」

「あぁもう! 寝転がりながらゲームを再開しないでください! ほら! こっち向いて私を話を聞いてください」

「そもそも就職だと? はっ! 俺が働かないのは、俺に相応しい仕事がない今の社会が悪いのSA☆」

「んまー! このニート悪神は駄目駄目ですね!!」

「ひゃはははははははははははは!! 俺に仕事を押し付けたければ、俺の興味がそそるのを持ってこい!!」

 

 ややお節介かもしれないが、ロスヴァイセも自身の精神安定と同居人の未来のために必死である。やいのやいのと駄神を説得するロスヴァイセに、アンリマユはヤレヤレと言わんばかりに告げた。

 

「まったく、忙しい女だな。いくら自分の給料が掛かっているからといって」

「………ゑ? あ、あの……私の給料が掛かってるって……?」

「あれれー? オーディンから聞いてなかったのぉ―?」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら何故か見た目は子供、頭脳は大人な名探偵風にわざとらしく呟くアンリマユ。

 

「お前、俺の部下になった時に北欧神群からゾロアスター神群に移籍になってんだよ。そうなると、当然給料払うのは俺の役目って訳になる訳よ。ひゃはははは!! 実は左遷ではなく切り離されて吸収されていたという衝撃の真実ぅ!! ……って、聞いてる?」

 

 所詮は他人事だと楽観的に考えていた部分がまさかの当事者側だった事実に愕然とするロスヴァイセは真っ白な灰のようになっていた。北欧から支払われると思い込んでいた大事な大事な給料が、こんな破産待ったなしの悪神に託されているなんて聞かされれば呆然自失となるのも無理はないだろう。

 

「ブツブツと呟くだけの機械になってやがるぜ。とりあえずこのアホ面をカメラに納めてっと。俺はイャンクック狩りの続きを――――ん? 着信? はい、こちら葛飾区亀有公園前派出所……おー、どうした?」

 

 元凶の駄神2人を恨む以前にお先真っ暗な未来に絶望するしかない19歳戦乙女。このままでビシッとスーツを着たキャリアウーマンから幸せな寿退社の未来が消え失せ、くたびれた仕事場で安月給であくせくしながら、休日は煙草を吹かしてパチンコ台に座る独身生涯という最悪の未来が訪れてしまう。それだけは御免被る。

 

「ほう……ほうほう……それは中々面白そうだな。よかろう、その提案に乗ってやろうじゃないか。んじゃあ説明はまた今度な。おい、ロスヴァイセ。腹立たしいが朗報だぞ。おーい?」

 

 あぁ、だがどうすればいいのか? この最悪ニート駄神を働かせ、自分の給料を確保させ、散財を止める方法があるなら教えてほしい。世界一嫌な運命共同体の半身と化したロスヴァイセは虚ろな目で天井を眺めるばかりだった。

 

「おーい。ロスヴァイセー? おーい? ……正気に戻れ」

「はぐぅっ!!?」

 

 呆然とするロスヴァイセに手を向け、何もない場所でデコピンをする。指で押し出された空気の塊は彼女の額に直撃。信じられない衝撃が頭を突き抜け、痛すぎて気絶も出来ない。額を抑えながら体を丸めて小刻みに震えて悶絶するロスヴァイセを見て、アンリマユは全身がゾクゾクとした快感を覚えたが、幸か不幸かロスヴァイセがそれに気づくことは無かった。

 

「ア、アンリマユ様……!? 一体何を……!?」

「電話だよ。サーゼクスから」

 

 涙目で睨むロスヴァイセにスマートフィンを投げ渡す。電話の主は、まさに救世主といってもいい報告を彼女に告げた。

 

 

 

   ------------------

 

 

 

 そもそも駒王学園は、裏の事情を知る人間の有力者と冥府側が若い人外や魔術師などといった裏の事情に関わる生徒を受け入れるために設立された学校である。故に多くの犯罪者に狙われる可能性を常に内包しているのだが、もし最強の悪神がその学園に君臨すればどうなるのか?

 単純明快――――わざわざ死ぬリスクを冒してまで学園生徒を襲う輩は存在しなくなる。更には抑止力となると同時に、三大勢力からの監視のしやすさも兼ね備えてているのだ。懸念材料の一つとして、アンリマユがこの話を受けるかどうかが不安だったが、彼は思いの外あっさりと承諾する。

 

『青春の悩みに悶え苦しみ、悶々とする若者を眺めるのが最高なんだよねぇ』

 

後に悪神はゲス顔で笑いながら呟いた。九死に一生を得たと言わんばかりのロスヴァイセも涙ながらにサーゼクスを代表とした冥界側に感謝し、1学期終業式を機に赴任したのだが――――

 

『ていうか聞いて? 前の校長と教頭ったら、学園の運営資金を業務上横領と知り合いの妻を業務外横領したのが2人揃って同時発覚して教育免許剝奪されたんだぜ? ふはははは! ワロス!!』

 

 ちなみにこの時点で事情を知る教職員は顔を蒼くし、生徒会長にして上級悪魔のソーナ・シトリーは気絶した。信頼の上に成り立つ学園の醜聞をさも面白そうに全校生徒の前で暴露したスクリーンの中の新校長は彼らの注目を一身に集める。

 

『さて、本来ならここで有象無象の校長共がするように特に益体の無い話をするところなんだろうが、俺はもっと益体のある話をしようじゃないか』

 

 画面が切り替わって校長室に移動したアンリマユは、座り心地のいい高価な回転椅子に座って背を向ける。表情が見えない絶妙な角度を演出しながら、彼は1枚の用紙を手に取った。

 

『俺はこの学園に赴任する際にまず驚いたのは、ガバガバな……そう、ガバガバなこの学園の風紀体制にある。なんと、2年の愉快な3人組……変態三人組が幾度となく女子生徒の着替えを覗いているそうじゃないか!!』

「「「ぶふぉぉっ!!?」」」

 

 変態三人組……それはこの学園では悪い意味で有名なトリオで、2年の一誠、元浜、松田が度重なる覗きと公衆の面前での……それも近年共学になったばかりで女子の比率が高い学園で……堂々とエロ本鑑賞などが悪名を呼び、名づけられた蔑称である。それを教員から……それも校長自ら全校集会で呼ばれると思ってなかった3人にとってまさに不意打ちである。

 

『いやぁ~、屑いなぁ。全女子生徒を恐怖のどん底に叩き込み、そればかりか無関係の男子生徒たちの評価までも貶めるなんて。そんなに女体が見たければ彼女でも作って自室で好きなだけ見ればいいものわざわざ学校で覗いて学園の評価すら貶める。許せないと思わないか? なぁ!? 2年の兵藤君! 元浜君! 松田君!」

 

 まさかの名指し。周囲の目が3人に集中し、凄まじ居心地の悪さを演出している。

 

『しかも女子生徒から聞くに変態3人組は愚かにも……実に愚かにもハーレム願望があるらしいじゃないか!! ひゃはははははははははは!! 笑わせてくれる!! 女にモテる要素を勉強してから出直せって感じだ!! なぁ!? 兵藤君! 元浜君! 松田君!』

 

 会えて変態3人組の構成員を公言せず、それでいて構成員を名指しで呼ぶアンリマユ。これでは変態3人組を名指ししていることと同義である。

 

『話がやや逸れたが、もう安心せよ生徒諸君(マゲッツ共)。これまでの学園風紀や教職員がどれだけ無能だったかは知らないが、俺が着た以上もう奴らの好きにはさせない』

 

 下卑た笑い声から翻って、安心させるかのような穏やかな声で語りかける。ざわついていた生徒たちはそれだけで一斉に口を閉ざし、新しい校長の言葉に耳を傾けていた。

 

『今この時より、駒王学園に新たな校則を加える! 学園内および学園行事にて覗きなどの猥褻行為を働いた生徒は、厳正な事実確認のもと特赦の必要なしと判断された場合、問答無用で停学または退学処分とする!! ちなみにこの校則、公然でエロ本とかエロ談義を晒した時にも適用されるパターンがあるから気を付けな!!』

『『『おおおおおおおおおおおおおっ!!!』』』

「「「な、なにぃぃぃぃ!!?」」」

 

 全女子生徒は歓声を、変態3人組は悲鳴を上げる。この校則はまさに対変態3人組封殺手段。これで彼らの被害にあって、処分が下されないことに涙を吞んでいた女子生徒は居なくなり、一誠たちは生の女体を拝む機会を失ったことになるのだ。

 

『この事は既に全校生徒の保護者に通達、反論が出なかったので正式に適用された。当然だわな。奴らが入学して1年と3か月、今まで3馬鹿共が放置されていたこと自体が可笑しい』

『『『うんうんうん!!』』』

『男子生徒諸君も今まで大変だったな。奴らが貶めた男子の評価……その影響で好いた惚れた娘に告白しても断られた奴もいるだろう。女子生徒の中には気になる男がいても、学園の男子の評価が気になって一歩前に踏み込む事が出来ないものがいるだろう。くそっ! 変態3人組め……! 一体何者なんだ? なぁ!? 兵藤く「それはもういいっての!!」』

 

 一部の男子が過去の出来事を思い出して咽び泣き、一部の女子が顔をそっと背ける。

 

『学園という小さなコミュニティでは、一人の男子の悪評が大なり小なり男子全体の評価に繋がり、一人の女子の悪評が女子全体の評価に繋がりうる。青春最後の3年間を暗い灰色で覆っていいのだろうか?』

 

 スクリーンの中の悪神は背を向けたまま椅子から立ち上がり、両手を広げて生徒たちの不安をあおるように語り掛ける。

 

『人間関係の縮図の中で勝ち組になれる者は極少数だろう。だが俺は校長として君たち全員に勝ち組になってほしいと願っている』

 

 本心にも無いことをベラベラと垂れ流すアンリマユに、アザゼルとロスヴァイセは悪寒が背筋をなぞる感覚を覚えた。実によく口の回る男である。

 

『女学園なんて男の眼がないが故に女子力を低下させる悪しき制度が廃止され、駒王学園は男女の眼が晒される場所となった。男子生徒全体の評価を下げる最も巨大な要因を取り除いた。後は各々が、極上の男と極上の女に成長するだけでおのずと勝ち組の未来が手に入る!!』

 

 画面越しからでも伝わる眼を離す事が出来ない威光。耳を塞ぐ事が出来ないカリスマ。名も名乗らぬ校長の後ろ姿を見つめる彼らの瞳に十代特有の青春の炎とお祭り気分が宿る。それを感知したのか、拳をグッと握りこみ、新たな校長は全校生徒に問いかける。

 

『男子生徒たちに聞こう!! お前たちは彼女が手に入るならどんな女がいい!?』

『『『可愛い彼女!! 美人な彼女!! 女子力が高い彼女!!』』』

『ならば女子生徒たちよ!! お前たちは彼氏が手に入るならどんな男がいい!?』

『『『イケメンな彼氏!! 甲斐性のある彼氏!! 自慢しがいのある彼氏!!』』』

 

 まるで示し合わせたかのような叫び声をほぼ全校生徒があげる。まるで星の自転の中心に立ったかのような無敵感に支配され、彼らの魂は更に燃え上がる。

 

『若く瑞々しい、最も輝ける高校生活を暗雲で閉ざしてもいいのか!? そんなことが許されるのか!?』

『『『NO!! NO!! NОООООО!!!』』』

『熱く燃える、最も素晴らしき青春時代に彼氏彼女、成績優秀という花を添えたいか!?』

『『『YES!! YES!! YES!!!』』』

『なればこそ!! 校長たる俺がお前たちが輝く礎を与えよう!! リア充という栄光を手に入れ、遠慮せずに星となれ!!』

『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』』』』』』

『今まで興味の無かった者が大勢いた学園ホームページに無断で新設した“校長のお部屋〟も興味があったら見てほしい!! ここには――――』

 

 地鳴りのような歓声が体育館全体を揺らす。駒王学園ほぼ全校生徒が最恐最悪の悪神のカリスマに心奪われ、生徒会役員とオカルト研究部員はこれから訪れる混乱期を予感させた。

 

 

 

「それでアザゼル様」

「何だよロスヴァイセ」

「結局アンリマユ様は何をしたんですか!? なんか生徒たちが皆おかしな事になってるんですけど!? 催眠!? 集団洗脳!?」

「いや、あれは神話の主神格に与えられたカリスマの一つだな。人間の潜在的欲求や本能を表面化させて、生徒全員がお祭り気分になってるんだろ。龍の波動は強者や異性を無意識に引き付ける力があるが、神霊のカリスマは理性で逆らえる分、ハマったら凄いことになる。本能の扉を開けただけで後は自発的にああなってる分余計に質が悪い。アンリマユの奴……全校生徒を玩具にする気だな。まぁ、校長のフォローは教頭の仕事だし、せいぜい頑張れよ」

「えぇぇ!? そ、そんな他人事のように!? フォローする気はないんですか!?」

「ねーよ。なんだかんだでこのお祭り状態の方が面白そうだしな!!」

「こ、この人でなしぃぃぃぃ!! 校長のフォローって、どうやって収拾付ければいいんですかぁぁぁ!! うわぁ―――ん!!」

 

 

 

 

 

 







「赤龍帝の神器に覚醒した」
「素敵! 抱いて!」

「教えて? 君は一体何を望んでいるの?」
「女子力溢れる巨乳美少女の彼女が欲しいです……先生」

龍の波動と神霊のカリスマの違いは大体こんな感じ。


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堕天使総督、終末論を説明す

突然の名シーン(セリフだけ)をハーレムブレイク物に変更したらどうなるかやってみた。



「おい。その先はハーレム(地獄)だぞ」

「これがお前の忘れていたものだ。確かに、始まりは嫉妬だった。でも根底にあったのは願いなんだよ。好きな女の個別ルートに行きたい、美少女とのフラグを立てたかったのに、ハーレム野郎に全て奪われた男たちの、果たされなかった願いだ」

「………その人生が、偽善に満ちたものだったとしても?」

「あぁ。その人生が、欺瞞に満ちたものだったとしても」


 ――――俺は、全てのハーレムを壊し続ける。


 なんの作品か、分かった人います?



 

 

 

 

 

 

 終業式は歓声と混乱の中終了し、駒王学園は夏休みを迎える。

 暑い日差しのもと、長期の休みに喜ぶ生徒たちが帰宅する中、生徒会室に集まったオカルト研究部と生徒会メンバーは裏の事情に精通している教員3名……アザゼル、ロスヴァイセ、アンリマユに事情を問い詰めていた。ちなみに、式の途中で倒れたソーナも何とか復活して額に冷却シートを張り付けて参加している。

 

「それで、一体全体どういうことなのか説明してくれるかしら?」

 

 代表としてリアスが3人に声をかける。

 ちなみにこれは、『なぜアンリマユとロスヴァイセが突然校長と教頭として赴任してきたか』という問いではない。今この駒王学園には上級悪魔が2人、天界から派遣されたイリナ、そして堕天使総督のアザゼルという聖書の三大勢力が入り乱れている状態だ。

 監視の必要がある悪神の立場を考えれば、学園関係者以上に扱いやすい立場はない。今日中には悪魔、天使側から監視命令が出されるだろうし、そのこと自体に異論はない。

 校長、教頭の立場にしても、不倫と横領が前任者2人して同時発覚して席が空いていたから捻じ込んだ。言いたいことが山ほどあるが、それに関してもこの場ではあえて口出ししない。

 リアスの質問の意味はつまるところ、『なぜ何の知らせもなく、突然教職員として赴任させたのか』である。人間界で裏の事情を知る一部の者と提携し、この町の人外および神話関係を管理している彼女からすれば、無許可で悪神を放り込まれたこの状況はあまりにも面白くない。 

だがそんな彼女よりも、悪神に物申したい男がいた。

 

「ていうか、何で俺たちが全校集会で晒し者にされてるんですかアンリマユ様!!?」

 

 ある意味被害者、実質覗きの加害者である兵藤一誠である。先の終業式で全校生徒に向けて覗きの実行犯として遠回しに名指しにされた身としては堪ったものではないのだろう。どうせやるなら内々に処分してほしかった。

 

「俺の事は偉大なる校長先生、と呼べ兵藤一誠。んで、何の話だっけ?」

「惚けないでください! あれじゃあ俺たちはもう女体を拝めねぇし、俺の学園ハーレム計画が台無しじゃないですかっ!!」

「はっ!」

 

 涙ながらの熱い訴えを、アンリマユは『やれやれだぜ』と言わんばかりに肩を竦めて鼻で嗤う。実に憎たらしい小馬鹿にした態度だ。

 

「何を言うかと思えば……覗き対策は校長としての責務であろう。そんなに女の全裸が見たけりゃ彼女でも作って部屋に連れ込むんだな」

「アンリマユ様!? 校長ともあろう人が生徒にふ、不純異性交遊を推奨しないでください!!」

「不純異性交遊? 一体どこが不純異性交遊だというんだ?」

「どこがって……だ、男子生徒と女子生徒が裸になって……その……部屋にいるなんていけないことだと思いますっ!」

「俺は一言でも男子に裸になれと言ったか? 一言でもセックスをしろといったか? 今時合意の上で裸体を見たくらいで不純異性交遊にはならん!! お前は一体全裸になった後に一体何を想像したというんだ!?」

「そ、それはその……あぅ……!」

 

 明け透けな物言いに女子数名が顔を赤くする中、ロスヴァイセが代表して抗議するが、捲し立てるような暴論とセクハラ発言に撃沈する。もっとも、アンリマユの言う状況はセックスに移行する可能性が在るというだけであって、性行為とはギリギリ言えないので不純異性交遊にはならない。

 

「大体、元より貴様如きにハーレムは現実的に不可能だ。自身の魅力的にも妨害的な意味でも、な」

「くっ……! 確かに俺はまだ魅力的ってわけじゃないですけど………ん? ちょっと待ってください。妨害ってあんたまさか……その為に校長を!?」

「ひゃははははは!! まさしくその通り!! 大勢の思春期の悉くを玩具にし、この全てのハーレムを断絶させるための第一歩として就任したのさ!!」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 声高らかに、一切の誤魔化しなく生徒を玩具にしてハーレムを撲滅するというアンリマユ。一誠には目の前の悪神が世界征服を目論む魔王かなにかに見えた。

 

「無論、貴様のハーレムとて例外ではない。それが例え、まだハーレムになり切れてはいない童貞と生娘の集まりであってもな」

 

 右目を5つに増殖させ、それぞれの眼でリアス、アーシア、朱乃、イリナ、ゼノヴィアを睥睨する。生理的嫌悪感が湧く醜悪な複眼で見られ、女の感が一誠に大なり小なり好意を持っているということがバレていると彼女たちに告げていた。

 コメディな緊張走る生徒会室。だがそれはアンリマユが両目を閉ざして、淡く微笑むことで霧散した。

 

「だが、俺も二千年以上封印されて随分と丸くなった。男女の愛が如何に理不尽なものかもよく知っている。故に、貴様の努力と誠意で俺を認めさせれば、両手に花までなら認めてやってもいいぞ?」

 

 それは絶対強者が上から見下ろした甘言。拒否すればどうなるか分かっているなと言わんばかりの妥協案。表面に溢れる限りない慈悲と内面に隠された醜悪な破壊欲を前に、ハーレム希望者の瞳に気炎が灯る。

 

「………嫌だ」

「何?」

「……ハーレムを築けないなんて嫌だ。俺は色んな美少女とデートがしたい、美少女にモテたい、可愛い彼女が欲しい、膝枕をしてほしい! 美少女のオッパイを触りたい! ハーレムは……ハーレムは男の夢、浪漫なんだよぉぉぉぉっ!!!」

 

 性欲に燃える青年は万夫不当の悪神を前にして媚びず、怯まず、顧みない。性欲なら誰にも負けないと豪語する熱いパトスを迸らせ、美少女ハーレムを築いて見せると、世界最強のハーレム嫌いに啖呵を切った。

 

「はっ!! 吠えたな小僧!! 吐いた唾は呑み込ませんぞ!!」

 

 だがその情熱は絶対悪の威圧の咆哮を前に消し飛んだ。残虐で獰猛な笑みを浮かべて目の前に迫る悪神を前に膝を震わせながら、一誠はつい一人の男のことを口走る。

 

「そ、そそそそもそも! ま、まだ俺はハーレムを築き切っていないんですよね!? だ、だったら俺よりも倒さなきゃいけないハーレム野郎がいるんじゃないでしょうか!?」

「何? 心当たりでもあるの?」

「え? えーと、冥界の上級悪魔のライザー・フェニックスって奴が自分の眷属15人ハーレムを築いてて……」

「ほう。それは実に崩壊のさせ甲斐があり、尚且つ怪しからんな。爆発させなければなるまい」

 

 そう言い残して生徒会室を後にするアンリマユ。シーン、と静まり返る生徒会室の中で、大なり小なり一誠に非難の視線が集中していた。

 

「イッセー君。いくら何でもあれは……」

「正直、俺も凄い罪悪感がある」

「そうそう、忘れるところだった」

「うおっ!? 戻ってきた!?」

 

 突然生徒会室にUターンしてきたアンリマユは、ズカズカとある段ボールの前に立つ。そこにはオカルト研究部の一員として集まったのはいいが、悪神が恐ろしくて段ボールの中に引きこもっていた吸血鬼、ギャスパー・ヴラディが入っていた。

 

「アンリ……じゃなかった、校長先生? 一体何を――――」

「てい」

『ひゃあっ!?』

 

 アーシアが問いかけようとしたが、それを待たずに五指を段ボールに突き刺す。中にいるギャスパーがビクリっ! と震えるのも束の間、指先が光だして暗い段ボール内を照らし出す。

 困惑して思わず悪神の指を見つめると、突如5本の指全てがグチャリという音を立てて十に分かれ、合計五十の指が奇怪で醜悪な百足のような長大な生物に変化した。ちなみに、発光は保ったままである。

 段ボールという狭い密閉空間の中、光によって視覚すら確保された状態で五十の太くて長い百足に纏わりつかれたギャスパーは声にもならぬ悲鳴を上げた。

 

『Gはkghン;jんG:L;ZHGSKGjksえbjkg!!!!!!??????』

「ギャスパー!? 一体どうしたのっ!!?」

「ア、アンリマユ様っ!!? 彼に一体何を!?」

「ひゃははははははははははははは!!!! 一日一悪!!!」

「ちょ、待ちなさいこの駄神!!」

「ギャスパー!! しっかりして、ギャスパー!!」

 

 悪神は宇宙速度で冥界へと向かい、ギャスパーは心肺停止状態、そして笑い転げるアザゼル。阿鼻叫喚の地獄絵図は、犠牲者である吸血鬼の男の娘をアザゼルが指先一つで蘇生させたことで収まりを見せた。

 

 

 

   -----------------

 

 

 

「まったくあの人は……! 場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、後の処理は全部こっちに回すんだから!」

 

 だんだんと遠慮が無くなったロスヴァイセはハーレムを撲滅しに行ったアンリマユの愚痴を溢していた。そんな状態でも。学園の仲間が悪戯で死にかけるという嵐が過ぎ去って精神的な疲労困憊で椅子や床に座る生徒たちを魔術でケアをしているあたり、生真面目な彼女らしいが。

 

「………アザゼル先生。邪魔な……こほんっ。本人もいないことですし、せっかくなのでお聞きしたいことがあるのですが」

「ん?」

 

 全員のケアを終えて、ロスヴァイセはリアスとソーナ………おそらく、同じ疑問を持っているであろう2人をチラリと見てからアザゼルに問いかけた。

 

「拝火教の現主神……“終末論〟、絶対悪(アンリマユ)とはいったい何なのですか?」

「何って……ゾロアスター教の悪神以外に何があるんですか?」

 

 生徒会書記である匙元士郎の言葉に、1年生と2年生が同じように疑問を持ちながら頷くが、ソーナは眼鏡を掛けなおしながらそれに返答した。

 

「いいえ、彼が本当に一宗教の主神格でしかないなら、百の神話を滅ぼすなんてことは出来ませんよ。知名度や信仰がそのまま力になるのが神霊、その点で条件が上の神霊は太古には多く存在していたのですから」

 

 彼女の言葉に納得しながらも驚く。幾ら善悪の信仰を掌握する強大な神霊であっても、彼が戦った西暦以前は、人と神話が密接な繋がりのある時代。

 絶大な信仰によって召し上げられた武神インドラ。天空神ゼウス。太陽神ラー。宇宙仏大日如来といった相手全てを敵に回して単一で勝てるわけがない。駒王会談で悪神と互角に戦ったオーフィスや世界最強と名高いグレートレッドと互角に戦える神霊がゴロゴロいた時代なのだから。

 

「確かに、これに関しては教えておいた方がいいか。悪魔の人生も長いからな、いずれお前たちにも関わりのある話になってくるだろう」

 

 アザゼルは真剣な眼差しを生徒たちに向けて、静かに語りだす。

 

「……確かに、奴はただの神霊じゃない。いや、明確には正しい意味での神霊じゃない」

「なんですって? 彼はゾロアスターの悪神なのでしょう? それだと前提が崩れるわ」

 

 拝火教の悪神だと名乗っておきながら、実は神霊じゃなかったと言われれば困惑するのも当然だろう。現に、ちょっと頭がよろしくない生徒は早くも混乱しつつある。

 

「アンリマユは悪神の神格と名前を持っただけで神霊とは全く別の存在でな。奴は神霊が慢性的に抱えるロジックエラーを突き崩すことに長けてるんだよ」

「神霊のロジックエラー……その話、以前オーディン様から聞いたことがあります」

「どういう事ですか?」

「そもそも、神霊という種が発生する条件――――人類の信仰によって誕生しますが、人類もまた神霊の恩恵によって誕生します。では、この両者の起点と終点はどちらになるのでしょう?」

 

 起点となる創造主と終点である造物主が同一になっている。そのことを知ったイリナは思わず抗議の声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと待って! 人々は主によって生み出されたのでしょう!? 人が神が生み出すなんて馬鹿な話が……!」

 

 この結論は世界最大宗教である聖書の影響が大きいが、それ以上に神霊による創造論以外が未だに立証できていないという事実が大きい。そしてそれは、人類が全ての時間を費やしても到達できない真実でもある。

 

「そいつはあくまでも“人類の支持を得た創造論〟だ。それが事実になるのなら、“世界の法則は人類の主観によって左右される〟……つまり、人間原理こそが宇宙の真理ということになる」

「そ、それは……」

「そしてそれこそが、アンリマユを最強の神殺し足らしめる理由でもある。ならば終末論とは何なのか? そこまで言えば、頭の良い奴は理解できるんじゃないか?」

 

 アザゼルはロスヴァイセとソーナに視線を向ける。終末論とはすなわち、人類の世の末。両者は厳しい顔をしたまま、年上であることを考慮してロスヴァイセが解答を口にした。

 

「神霊と人類は相互観測者。片方が滅べば、もう片方も滅びる。つまりアンリマユ様の正体は――――人類全てを滅ぼす要因αが擬人化した存在」

 

 ()が先か()が先か。その答えを世界に問いかける者。それこそが、絶対悪という霊格の正体。正解を口にしたロスヴァイセに、アザゼルは抑揚に頷く。

 

「そうだ。人類黎明期に暴威を振るった絶対悪。俺やミカエル、四大魔王も戦った百王説。インド神話で古くから語られる未だ見ぬ鬼神カリ・ユガ。遥か昔から世界中の神霊が予見しては警鐘を鳴らし、放置し続ければ存在するだけで必ず人類を滅ぼす終末の化身たちを俺たちは通称で終末論……正式名称、人類最終試練(ラスト・エンブリオ)と呼ぶ」

 

 それこそが、人類の末の擬人化。最強の神殺しにして龍神や全盛期の主神格とも互角の力量を持つ人類の極限。想像を絶する途方もない巨悪のはずなのに――――

 

「なのに……あんな残念な性格してるんですか?」

 

 言い辛そうにする全員を代表するように、小猫がポツリと呟いた。

 思い浮かぶのは、狩ゲーの中ボスにやられて絶叫する姿。人生ゲームでボコボコにされて半泣きになる姿。ハーレム絶対壊すと良い笑顔で宣言する姿。最近、ちょっと慣れてきた戦乙女に駄神と呼ばれる姿。正直、オーフィスと互角に戦う姿を見なければ誰も信じないような醜態である。

 

「なんていうか、悲壮感無くなるんですけど。魔王様たちもプライベートじゃ軽い人ばっかりだし、終末論もあんなのばっかりだったりするんですか?」

「いや、少なくとも百王説は人類の未来を掛けるに相応しい大ボス感のある奴だったぞ。ただアンリマユはなぁ……オーディン曰く、仕事とプライベートで性格を使い分けるタイプらしい」

「あぁ、いるいる。学校じゃ大人しくしてるけど、休みの日にはハジけてる人……っで、納得できるかぁっ!! そんな極一部の中でも極一部の例外的な人が蘇って俺の野望を全力阻止とか何の悪夢ですかっ!!?」

「まぁ、ハーレムに関すること以外では世間を騒がせる気はサラサラないだろうからお前らは今まで通りに過ごしとけ。俺も一応大人だし、厄介払いはしておくから」

 

 うぉううぉうと、悶絶する一誠を余所に、アザゼルは窓から上半身を乗り出し、青い蒼穹と白い雲を見上げながら呟く。

 

「まったく……これからもっと暑くなるな。……海にでも行くか」

「そんな青春ドラマみたいな爽やかさで仕事をサボろうとしないでください!!」

 

 

 

 

 

 これは後に語られる話の前触れではあるが、この日から三日後に『レーティングゲームランキング上位のライザー・フェニックスの眷属が、全員眷属契約を解消された』というニュースが冥界中を騒がせることになる。

 

 

 

 

 

 





遊戯王見て考えた召喚口上改造。

二色の眼の非モテよ! 深き嫉妬の底より蘇り、この世の全てのハーレムを焼き払え!! 出でよ、ランク7!! 一夫多妻を滅ぼす烈火の益荒男!! 《覇王裂竜オッドアイズ・レイジング・ドラゴン》!!

ハーレムなんて絶対に許さないよ!!


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あくじん、はじめてのしどう


最近のジャンプの人気長編連載の終了ラッシュに涙。NARUTOにこち亀、トリコに続いて銀魂まで終わりそうで、次世代のジャンプに希望はあるか!?


 

 

 駒王学園の夏休み2日目。

 県内の小学校が夏休みシーズンに入り、遊び盛りのやんちゃな子供たちがカッコいいカブトムシやクワガタムシを採取に出かける中、山では仕掛けの蜜を塗った木の下で響く子供の悲鳴。罠に掛かったカブトムシとクワガタムシを根こそぎ奪い、楽しい楽しい夏休みをぶち壊すその元凶は言わずもがな悪神兼駒王学園新校長である。

 

「うわぁぁああんっ!! 僕のカブトムシとったぁぁぁぁっ……!!」

「返せよ!! 俺たちのクワガタだぞっ!!」

「いいや違う。このクワガタとカブトはもう俺様のものだ。ひゃああああはははははははははははっ!!!」

「ちくしょう………! 大人って……汚い……!」

「プススっ。これが社会の汚さでござる」

 

 子供の泣き声をBGMに下卑た高笑いをあげてスキップしながら山を下りる悪神。仮にも教育者の長とは思えない悪逆だ。………ちなみに、この時虫を奪われた子供がこれを機にグレ始めるのだが、それは語れる事のない話だ。

 意気揚々と街を練り歩き、籠の中のカブトとクワガタを『どう改造してグレートな巨大肉食怪虫にしてくれようか』と傍迷惑なことを考えていると、スマートフォンから着信音が流れてきた。画面を見ると、そこには『堕天使(アゴヒゲ)』と表示されている。

 

「もしもし? ………うん。……うん。マジでー? オッケー、行く行く。何時やんの? ……あいよー。……俺? ははははは! 決まってんだろ?」

 

 通話を切り、軽く跳躍する。一瞬で雲の中まで到達し、一直線に家路を進む悪神の顔は愉悦に歪んでいた。

 

「シトリー眷属に全賭けだ」

 

 

 

 --------------------- 

 

 

 

「はぁ……穏やかですねぇ……」

 

 上空1万メートルを漂うかつてのアトランティス、現アンリマユ宅の浮遊島では紫外線を阻みながらも調整された心地よい風が草原を撫でていた。その中で、水源も無しに生態系を内包する美しい湖のほとりで長い銀髪をなびかせる美しい女性、ロスヴァイセはどこか年寄り臭い言葉を吐きながら釣竿を握りしめてまったりしていた。

 夏休み明けの職務確認も一通り終え、残りの夏休みを可能な限り穏やかに過ごしたいロスヴァイセ。幸い、2日ほど前からストレスの原因である悪神は遊びまわっていて帰ってきていない。本当に久しぶりの穏やかな休日だ。

 アンリマユ曰く、「これはモンハンのアイルー(ガチ)だ」という可愛らしい猫小人に囲まれながら共に釣りをして暇を潰すというのは年頃の娘としてはどうかと思うが、ここ最近の激動の日々を思えばこのくらいが丁度良く感じる。

 この浮遊島も正に住めば都といった感じで、大浴場は入るだけで嫌なことを忘れられる心地よさ。湖には店で買うと高くつく魚介類がタダで手に入り、太陽光が降り注ぐ美しい草原の庭はどれだけ居ても日焼けもシミも出来ない。家庭菜園も好きにしてもいいと言われているし、食用の実が生る木も多く存在して財布に優しい。倹約家で年頃の女性であるロスヴァイセにとってこれほど好条件の家は、家主を除けば存在しないだろう。

 今日は湖の魚で昼食を作り、その後で100円均一ショップに出かけようなどと、そんな穏やかな休日計画を立てている時――――

 

「戦乙女フィィィィィィッシュッ!!」

「きゃああああああああああああああああっっ!!?」

 

 音もなく忍び寄った触手が彼女の脚に巻き付き、勢いよく逆さ吊りにする。アンリマユの唐突の帰宅&パワハラにより、彼女の平穏は三日ともたなかった。

 

「よーし、出かけるぞー。身支度をしている暇はねー、賭場が俺を待っているZE☆」

「は、離してくださいっ!! やだっ、スカートがっ! お願い、離してっ!!」

 

 下着が見えぬようにスカートを抑えながら必死に説得を試みるロスヴァイセをニヤニヤと愉悦感溢れる笑みで見上げながら、第四宇宙速度で駆け抜ける。以前の反省を生かしたのか、はたまた気絶されると面倒なのか……恐らく後者だろう……物理保護の魔術をかけるよりも気を使ってほしいところが山ほどあると心の中で訴える。

 

「着いた」

「あうっ!?」

 

 穏やかな休日はものの見事に爆散したと涙した瞬間、べちっ! と、地面に放り出されるロスヴァイセ。ぶつけて痛む頭をさすりながら辺りを見渡すと、真っ先に目に映ったのは悪魔文字で「大使館」と書かれた看板を掲げた豪華な洋館と紫色の空。

 

「うぅ……ここは、冥界?」

「なんだ、来たことがあるのか?」

「以前、オーディン様のお付きで……って、待ってくださいアンリマユ様! せめて状況の説明をっ!」

「仕方ねぇな。ドリルで耳をぶち抜いてよーく聞きな」

 

 説明も無しに冥界に連れてきておいて、辿り着くや否や放置するように大使館の中へ入るアンリマユを追いかける。他勢力をもてなすに相応しい品のある内装の廊下を進みながら、悪神は片手を顔の横でヒラヒラと振りながら答えた。

 

「アザゼルの奴から若い悪魔共のレーティングゲームの大会みたいなことするってことを聞いたんでな、俺も観戦に来たってわけよ」

「はぁ……そうなんですか。………それで、本音は? 先ほど“賭場〟という不吉なワードが聞こえましたが?」

「ククク。分かってきてるじゃねぇか」

 

 ジト目で睨む戦乙女の機嫌も介さず、悪神はあっけらかんと告げた。

 

「このお遊戯は冥界では重要なものであるのは言わずとも分かると思うが、裏ではその勝敗をかけた賭博があるんだよ。それに俺も参加したんで、わざわざここまで足を運んで見に来たってわけだ」

「そんな事だろうと思いましたよ……もう」

 

 ガックリと項垂れるロスヴァイセ。若手たちの戦いに興味があるとはとても思えなかったため、何か裏があると思えばギャンブルだ。この悪神、何時か絶対破産するのではないかと色んな意味で心配になってくる。

 

「それで、いくら賭けたんですか? 3千円? それとも5千円ですか? ま、まさか1万円だなんて言うんじゃ――――」

「シトリー眷属に全財産」

「ぁうぇhぎおあひzんklhごあht;あhぁhgh?」

「おいおい、落ち着けYO。何言ってんのか分からねぇ」

「ばっ! ばばばっば、バカじゃないですか貴方は!?」

 

 例えロスヴァイセでなくとも罵声は免れないだろう。全財産とはすなわち、貯めこんだ部屋いっぱいの金銀宝石も含めた金目のものすべてという意味だ。それを全て一度の博打に賭けるなんて、頭が悪いにも程がある。

 

「負けたらどうするんですか!? 夏休みも30日以上残ってて、最初のお給料が振り込まれるの10月末ですよ!?」

「やれやれ……お前は何もわかっていないな」

「何がですか!? 少なくともアンリマユ様よりかは危機感というものを分かっているつもりですけど!?」

「博打ってのは、外したら痛い目見っから面白いんだよ!!」

「黙らっしゃい!!」

 

 スパーンッ! と、ドヤ顔で言ってのけるアンリマユの頭をハリセンでぶっ叩くロスヴァイセ。給料は居るまでアンリマユの財宝が頼りだった為、何とか賭け金を取り戻せないかと策を頭の中に巡らせる彼女を尻目に、アンリマユは少し難しそうな顔をしていた。

 

「ただなぁ……アザゼルの野郎、ガキどもの育成のためだとか大義名分を掲げて、自分の賭けたサーゼクスの妹の眷属を鍛え始めてなぁ。シトリー眷属が連中と当たるのは20日後の1回戦目だから、このままじゃ何もできずにボコボコにされちまう」

「生徒を出汁にギャンブルなんて、あなた方は本当に教育者ですか!?」

 

 生徒たちは真剣に取り組んでいるのに、その裏で勝敗を賭け合うあたり、アザゼルといい、アンリマユといい、どうにも教育者としての自覚が欠けている。その上で勝率まで低いと考えると、胃がキリキリと痛み出した。今にも泣きだしそうな気分がロスヴァイセを襲う。

 

「これはちょっとヤバいかなーって思い始めてたら、ある女から話を持ち掛けられてな。今からここで待ち合わせなんだよ」

「ある女?」

「アンリちゃーん!」

 

 最強の悪神を臆面もなく「アンリちゃん」等と呼ぶ陽気な声が後ろから掛けられる。振り返ると、そこにはフォーマルな衣装に身を包んだ女性魔王――――セラフォルー・レヴィアタンがこちらに手を振っていた。

 

「よー、レヴィアたん。昨日振りじゃねぇの」

「待ってわアンリちゃん☆ それじゃあ早速行きましょう!」

 

 綽名を呼び合いながら笑顔でハイタッチを交わしてどこぞかへ足を進める2人の後を追う。セラフォルーに限った話ではないが、この悪神はいつの間に三大勢力の首魁と仲良くなったのかが気になるところだ。

 

「お二人とも、一体どこへ向かうのですか?」

「レヴィアたんの実家」

「今、ソーナたんやリアスちゃんが眷属の子たちと実家に帰ってきて修行してるんだけど、アザゼルちゃんったら自分だけじゃなくてタンニーンちゃんまで呼んで修行の手伝いをさせてるの」

「タンニーンって……元龍王のですか!?」

 

 堕天使総督だけではなく、《魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)》の異名をとる最上位のドラゴンまでもがグレモリー眷属に手を貸しているとあれば、シトリー眷属との準備期間の差は広がるばかりだろう。どうやらアザゼルはこの賭けに対してかなり本気のようだ。

 

「そうなの! それだとソーナちゃんたちが余りに不利になるでしょ!? だったらこのレヴィア☆たんが修行をつけに行こうとしたら、『魔王が直々に手を貸すのは問題になるからダメ』っていうの!」

 

 ぷぅ、と頬を可愛らしく膨らませて威厳のない怒りをあらわにする魔王。四大魔王は皆プライベートでは軽い性格だという話だが、この姿を見ると説得力が尋常ではない。

 

「……ちょっと待ってください。それじゃあアンリマユ様が呼ばれたのって、ソーナさんたちの訓練をつけさせる為ですか!?」

「ピンポーン☆ ロスヴァイセちゃん大正解♪」

「な、なんて無謀な……!」

 

 アンリマユの育成能力がどれほどのものかは分からないが、どちらにせよ碌なものではないということは想像に難くない。そんな暴神に大切な妹とその眷属を預けていいのかと、ロスヴァイセは呑気に事を構える魔王に戦々恐々とした視線を向ける。

 

「んー。弟子をとるなど生誕してから初めての経験だ。果たして、何匹潰されずに生き残るかな?」

「レヴィアタン様、今からでも遅くないのでこの話は白紙に戻した方が……」

「でもそれだとシトリー眷属が敗北して、10月末までお前文無しになるぞ?」

「そうでした……!」

 

 生徒たちの身の安全と破産の危機が同時に襲い掛かり、ロスヴァイセは頭を抱えるが、暗雲のような苦悩に光明を射したのは意外なことにアンリマユだった。

 

「まぁ一応これでも校長なんて立場になったし、生徒一人でも潰しちまえばゴチャゴチャ煩いからな。その為にお前を連れてきたんだし」

「………どんな厄介ごとを押し付ける気ですか?」

「そんな大したもんじゃないから警戒するな。さっきも言ったとおり、俺は指導経験なんぞ一切無い。山羊の星獣(アルマテイア)がいれば強引に引っ張ってきて高みの見物としゃれこんでいたんだが、そいつも俺は昔ブチ殺したからな。したがってお前の仕事は、シトリー眷属が一人も死なないようにすることだけ。オーディンからも多様な魔術の使い手だと聞いてるし、できるだろ?」

 

 実に軽いノリで重責を背負わされるロスヴァイセ。胃と共に頭まで痛くなるが、口ぶりから察するにシトリー眷属もろとも炎上されることは無いようだ。ソーナたちには悪いが、救護支援に徹させてもらおうと決心するのであった。

 

 

 

   ----------------

 

 

 

 セラフォルーが指導役としてアンリマユとロスヴァイセを紹介した時、下僕たちは当然のように困惑し、“王〟であるソーナ・シトリーは当然のように反対した。彼女たちには彼女たちの予定していたプランがあるというのに、いきなり外部の存在………それも「指導経験ナッシング☆」とほざく悪神を指導役として連れてきても受け入れらるはずがない。

 まともな相手ならここで話は終了。大人しく引き下がるのだろうが、やはりというべきか悪神は引き下がるどころか誘惑をし始めた。

 

「まぁ、相手の方が装備も能力も経験値も育成環境も充実してるし、これで負けても仕方ないよなぁ。自分たちの力だけで格上相手に健闘賞を取れれば満足ですってか? はいはい、努力賞目指して頑張れば?」

 

 邪悪な笑みを浮かべて若者たちを煽りに掛かった。神霊特有の本心を開放するカリスマスキルである。

 名高き赤龍帝の兵藤一誠に歴史初の聖魔剣の木場祐斗。天下の聖剣デュランダルの担い手であるゼノヴィア・クァルタといった圧倒的な前衛に、消滅という破格の魔力を持つリアス・クレモリーに回復役のアーシア・アルジェントと後方戦力も充実し、更にはこれまで数々の格上の敵と戦い続けた相手と比べればシトリー眷属たちは何とも凡庸だ。

 図星を突かれて怒りと共に押し黙る事しかできないシトリー眷属に、アンリマユはさらに畳みかける。

 

「確かに俺は弟子など取ったことは無いが……この俺を誰と心得る? 我が秘奥に掛かれば3秒で神霊並みの力が手に入るぜ。青臭いガキどもなんぞ敵じゃねー!!」

 

 千の魔術を操る邪龍を生み出したゾロアスターの秘術の全てを知る知識と、世界の敵として幾星霜の時を戦い続けた戦闘経験。これらを提示し授けると言われれば、指導役は先ほどの罵詈雑言も気にならなくくらいに魅力的だ。

 

「貴様らはどうなんだ? 勝ちたくないのか?」

「……勝ちたいです」

 

 そう答えたのは兵士の匙元士郎だった。彼は同じ時期に兵士となった一誠にコンプレックスを抱えていたのだ。自分は駒を4つ消費に比べて一誠は8つの消費。神器も伝説の天龍の神滅具に対してこちらは龍王の破片といった見劣りするもの。その上実績まで完全に追い越されていては男として立つ瀬がない。そんな元士郎を代表としたシトリー眷属たちの心に悪神は付け込む。

 

「もう大丈夫。この俺が貴様らに戦う力をくれてやろう」

 

 結果から言ってソーナはアンリマユとロスヴァイセを受け入れることにした。しかしその選択を、眷属全員と後悔する羽目になる。神霊のカリスマに唆されたとしても、結局のところ選択したのは自分自身。やり場のない後悔が苛む19日間の悪夢が幕を開けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 




運営より、歌詞の転載はNGだと言われて泣く泣く削除しました(涙)。それでも、見てくださった方々の感想は決して忘れません。

そしてシトリー眷属逃げて、超逃げて。


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