高く孤独な道を往け (スパルヴィエロ大公)
しおりを挟む

プロローグ やはり比企谷八幡にとって、学校とは忌まわしいものである。

姫路市の中学校の事件を見て思ったこと。

「あ、やっぱり学校ってクソだわ」




※なお本編とは関係ない話題なので、興味のある方は各自お調べください。


「さて、比企谷。何故君が呼び出されたのか分かるか?」

 

分かるか。

つうか呼び出しておきながらいきなりそれかよ。用があるのはそっちだろうに。

 

……と、心の中で愚痴る。生憎俺にそんな返しができるほどの度胸とコミュ力はない。

 

「……その、よく分かりません」

 

「はあ……やれやれだな」

 

しょうがないだろ、分からないことを分からないと素直に言って何が悪い。

 

総武高校の第二学年に進級して一週間半が過ぎた水曜日、俺は突然担任の平塚先生から放課後生徒指導室に来るようにと言われた。

すっぽかしたら進級できると思うなよと理不尽な脅しも付けて。いくら貴方が生徒指導担当でもそこまでの権限はないと思います。

やむを得ず大人しく従って来てみれば、中で堂々と煙草を吸っている担任の姿があった。いやちょっと、校内は禁煙ですよ?

それはともかくとして未成年者の前で吸うのはやめてほしいと頼むと、こっちは忙しいんだと理屈にもならない理屈を返された。それでいいのか、生徒指導担当。

ヤンキーが同じことを言ったらどうするつもりなのだろうか。

 

まあここまで説明すれば大体分かると思うが、この平塚静という女性は色々と残念な人である。加えて少年漫画のノリで行動したり熱血教師ぶるところも痛い。

つまりは俺のようなぼっちが関わってはいけない人物ナンバーワン。それでもクラス担任である以上、最低限の付き合いは必要だろう。

だがこんな形で関わるとは思ってもよらなかった。

 

「それで、俺が呼び出された訳というのは」

 

「……いいか。まず君は、友達がいないだろう?」

 

えー。いきなりそれ聞いちゃう?人のトラウマ抉って楽しいの?

もっと上手い話の切り出し方というのがあるだろう。俺にはできないけど。

 

「ま、まあ、確かにそんなにはいませんけど……」

 

「誤魔化すな、はっきり一人もいないと言え。そんなだから目も性根のように腐ってしまうんだぞ」

 

「……俺も気にしてるんで、目のことを言うのはやめてもらえませんかね」

 

「性格は顔に出ると言うだろう?まあそれは置いておくとして、だ」

 

うわぁ。オラなんかムカムカしてきたぞ。

大体アンタだって見た目からしてだらしない大人の典型でしょうに。そんなだから30過ぎても結婚できないんだよ?

結構したいとか愚痴る前にまず自分を磨けよ。

 

……と、言う度胸はないのであくまで心の中に留めておく。全くコミュ障は辛い。

 

「そんなでは君が将来世渡りできるかどうか心配だからな。もっと自分から積極的に人と関わろうとする努力をすべきだと思わないのか?」

 

「……はあ」

 

「おい、なんだその態度は。私は君を心配して言ってやっているんだぞ」

 

どうだか。本当に心配しているなら、わざわざ口に出して言うとは思えない。

そもそも言って"やって"、という言い方からして押しつけがましい。アンタ本当に国語教師か?言っちゃいけないライン考えろよ、もう超えてるけど。

 

確かに俺は友達はいない。高校に入ってから一年間、ぼっちとして過ごしてきた。

だがそれは今までの経験上、「必要以上に人と関わると碌なことにならない」と学習しているからだ。

 

要するに平塚先生は、俺がぼっちであることが気に食わないらしい。

小学校時代、「ヒキオタがいるとクラス全体がキモくなる」などとからかわれたことを思い出す。別にその頃の俺はオタクでもないのだが。

言い方こそ違いはあるが、目の前の担任が言っていることも似たようなもんだ。

もっと嫌なのは、いじめっ子ですら嘲るだけなのに、そこから更に踏み込んで「気に食わないから性格を変えろ」と促している点。

まるでお前は問題児なんだぞと言わんばかりに。

 

この時点で最早うんざりしてきた。これだから自分のやり方を他人に押し付けてくるタイプは性質が悪い。

しかもどう反論しようと、屁理屈を言うなと一蹴してくるであろうことも。ここまで自分の担任が厄介な人物だとは想像していなかった。

 

なのでいきなり真っ向から反論するのではなく、敢えて下手に出てみることにする。

 

「俺も別に望んで一人でいる訳じゃありませんよ。それなりに人に好かれたいとは思ってますし、努力もしてます」

 

「ほう?ならどうしているんだ、言ってみろ」

 

「身だしなみは清潔に、授業も真面目に受けて悪い印象を与えない。人から頼まれれば断らない」

 

総武高では自由な校風もあって割と制服を着崩しているヤツが多い。中には髪を染めているのもいる。

俺はそういうイキがった真似はしない。単に似合わないだけだが。

成績もこの前の実力テストでは学年三位―――国語だけで数学は赤点だったが。その反省もあってきちんと予習復習はしている。当たり前だがな。

頼まれれば断らない、これは昼休みになぜか俺の席を借りたがるヤツが多いので譲ることにしているのだ。

相手はお友達とワイワイ楽しく、俺は屋上で一人優雅にランチタイムを過ごせる。まさにwin-win、誰一人損をしない。

 

「……それだけか?」

 

「ええ。あとは俺を理解してくれる人が現れるのを待つ。

石の上にも三年、待てば海路の日和ありって言うでしょう?そんなところです」

 

「あのなあ……そんな受け身な姿勢だから君は駄目なんだ!いいか―――」

 

その後は予想通りというか、自分の体験談も交えた古臭い説教話。

自分が学生の頃はもっと人にぶつかっていったもんだ、君は覇気が足りない、そんなんじゃ一生つまらん人生を過ごすぞ、云々。

いや、人にぶつかったら怪我するだろ。あとアンタの場合は積極的過ぎて引かれてるんじゃないの?

少なくとも結婚したいママさんになった自分の友人が憎らしいなどと愚痴を垂れる教師よりかはまだ充実した人生だと思うぞ。

 

……と、言えば角が立つだけなので、大人しく聞くふりをする。全くもって人付き合いとは難儀なものだ。

 

さて、五分ほどしてやっと説教が終わる。

今日はラノベの新刊が出るので早いところ下校して本屋に寄りたいのだが。遅くなると小町が怒るしな。

 

「分かりました。……以後、気を付けます」

 

「……本当に理解しているのか?」

 

「はい」

 

なぜそこまで疑いの目を向けるのか。まるで俺が不審者みたいじゃないか。

教師なら自分の教え子を信じてやるもんだろう。

 

「よし、もういい。―――君には奉仕部での奉仕活動を命じる」

 

 

はい?

 

 

ちょっと待て、意味が分からん。

 

「それはどういうことですか」

 

「言った通りだ。君が反省して自発的に行動するとは思えん、よって部活に入らせて矯正する必要がある」

 

「いや、部活動への参加は自由の筈でしょう?」

 

「生徒指導担当として私が必要だと考えた、根拠はそれで十分だ。言い訳は認めん」

 

いやいやいや。

それは職権乱用というものだろう。俺は校則違反をやらかしたわけではない。

反社会的行為などもっとしていない。

 

それに、部活に入らない理由はまだある。

 

「ウチは両親共働きなんで、家事は俺がやらなきゃいけないんで。部活やってる時間なんてありませんよ」

 

正確には、小町と分担してやっている。とはいえ帰りが遅れれば毎日負担を妹に押し付けることになるし、それは兄としてどうかと思う。

というか絶対小町が許さんからな、サボりは。

 

「そんなのが言い訳になると思うか?掃除を数日サボろうが一週間コンビニ弁当で過ごそうが人は死にやしない、男子高校生なら尚更だ」

 

うわぁ……。自分の体験から来てるんだろうが、もうこの人色々とダメダメだ。いつか体壊すぞ?

柄にもなく好きでもない人物の心配をしそうになってしまった。

 

「そんな生活、まともな人としてどうかと思いますよ?」

 

あ。

 

……つい言ってしまった。まあまともな人なら、自分のことを言われたとは思わないだろうが―――

 

「なん……だと?」

 

目の前の担任は、どうやらそうではなかったらしい。

この人本当に国語教師なんだろうか?まさかBJみたいに無免許とか言わないよな。

 

「あの、別に先生のことを言った訳では」

 

「……教師に対する反抗的な性格。もう矯正の必要性は疑いようがないな」

 

「別にそんなつもりはなくてですね」

 

「私がどう受け取ったかが肝心なんだ。屁理屈を言うな、今すぐ奉仕部へ連れていく」

 

……。

 

なんだこの教師は。自分がそう思ったから、頭に来たから罰を与える、だと?

 

まるで暴君。ヒトラーやスターリンも舌を巻くだろう。

いや、それともあるいは―――

 

 

「あんた、更年期障害か?」

 

 

瞬間。

俺のすぐ右横を、平塚先生の拳が飛ぶ。壁に当たって鈍い音を立てた。

 

「……おい、今の発言はどういうつもりだ」

 

やってくれたな。

体罰一歩手前の行為。第三者の証言があれば動かぬ証拠になる。

一応、胸ポケットのペン型隠しカメラで映像として残してはいるが……。

 

何でそんなものを持ってるか?今までの教訓から学んだことだよ。

 

「俺も詳しい訳じゃないですけどね。感情のコントロールができてないんじゃ?

一度病院で診てもらった方がいいと思いますよ」

 

「はぐらかすな。どういうつもりで言ったのかと聞いてるんだ!」

 

「……さっき、言いましたよね。そんなだから目も性根のように腐ってるんだ、そんな受け身な姿勢だから君は駄目なんだって。

あの時、どれだけ俺が傷ついたか分かります?だからそれを分かってもらうために言ったんですよ」

 

「屁理屈もいい加減に」

 

「自分がされて嫌なことは人にやらない。屁理屈でもなんでもない、常識ですよ」

 

はい論破。

これ以上何かするつもりなら、職員室か校長室に駆け込む。それでもだめなら警察だ。

 

さて。先生は一体どうするつもりだろうか?

もう俺の中では先生への信頼は地に堕ちているが、この人には同僚や上司からの評価が下がるのを恐れるという、"最後の一線"はあるかどうか。

 

「……もういい。さっさと出ていきたまえ」

 

「はい?」

 

「出て行けと言っている。こっちも忙しいんだ」

 

だったら呼び出しなどしなければいいのでは?

忙しいって、そりゃこっちの台詞だ。

 

……と、余計なことは言わずに、黙って俺は生徒指導室を出る。

 

 

やはり、学校とはクソだ。小中高、どこであろうと。

 

 

改めて俺は、そう確信したのだった。

 

 

 

 




終わりです。

平塚先生がかなり最低な人格になってますが、以降しばらくは何もしませんのでご安心を。
次回は由比ヶ浜のお菓子事件についてやります。


奉仕部に入ってないのになぜ?
……原作とはちょっと話の流れを変えます、ハイ。

勿論恋愛フラグは立ちません。由比ヶ浜とは擦れ違って微妙な関係になって終わります。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 結局、彼と彼女の距離は縮まらない。

ご存知ですか?
バレンタインデーに女性が男性にチョコを渡すのを、セクハラだと感じる女性が増えているそうですよ?

いいぞもっとやれ(迫真)



※なお同じ作者のラブライブ!ssと本作は別物です。
イチャラブ成分とかそういうのは向こうで補完してどうぞ。


人はなぜ、週末が近づくと気分がよくなるのだろう。

それはやはり学校とか仕事でストレスを溜め、体が休息を求めているからではないだろうか。

 

俺も言うに及ばず、今日が金曜日であると何度も確認し、その度にホッとため息をつく。

何せあと数時間乗り切れば、二日間家でのんびりと過ごせるわけである。心躍らぬわけがない。

 

そのためならば、多少の苦難が降りかかろうと乗り切れるというものだ。

 

「……勿論、曾ての郷党の鬼才と云われた自分に、自尊心が無かったとは云わない。

しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった……」

 

今は二時間目、科目は現国。担当はあの平塚先生だ。

教室に入るなり俺の方を不機嫌そうにちらと見てきたから、ああ一昨日のことを根に持ってやがるなと確信した。

そして授業が始まると、いきなり俺を指名してきた。教科書を音読させる役を。

 

それ自体は国語の授業の典型的なやり方だが……よりによって中島敦の「山月記」かよ。

俺が名作だが好きになれない文学を上げるなら、まずこれは筆頭に入るだろう。それを読ませるとは、中々先生もお人が悪い。

 

「生は何事をも為なさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ……」

 

「……そこまで、着席してよし。次はもっと感情を籠めて読むように」

 

こんな辛い話を感情を籠めて読め?いやいやいや。

クラス中が気分悪くして倒れるだろ。脳内お花畑な奴なら右から左に抜けるか、こうなってはいけないのだなと安い教訓を胸に抱いて終わるだろうが。

 

そしてその後は内容の解説、もとい平塚先生の説教話が始まる。

頭がいいから勉強ができるからと己惚れるな、云々。人と積極的に関わろうとしない奴はいつか同じ目に遭うぞ、云々。

 

つまりは俺への当てつけ。実に上手いやり方だと思わず感心する。

これなら指導法としてやってはいけない行為にはならない。まあ、お説教臭いとうんざりする生徒はいるだろうが。

少なくとも一昨日体罰まがいのことをやらかしてマズいことをしたとは思っているらしい。そこでこうした訳か。

 

それでも結局やってることは、子供じみた復讐心からの幼稚な報復でしかないんだがな……。

まるで大きな子供である。そんなだから結婚できないんだよ。

 

……なんてことは、勿論言わないが。

ただもう一つ反論するなら、流石に俺だってこの話の李徴ほどこじらせてはいないと思う。

「一人で過ごすのが好き」と「一人でも生きていける」は違う。俺は前者のタイプであり、一人では生きていけないと言うことも自覚している。

ただ学校では面倒事に巻き込まれるから必要以上に人と関わりたくない、それだけだ。

 

まあ、何を言ったところであの担任は「屁理屈言うな」で済ませるのだろう。

本当に脳筋タイプの人間は厄介である。全く、学校がつまらなくなっちまうよ、元からだけど。

 

「いいか!君たちもくれぐれも愛する妻や子より文学にのめりこむ様な軟弱な人間には……」

 

……おい。

それ完全に文学作品への冒涜だぞ。本当にこの人国語教師なのか。

 

 

「―――そういえば、また駅前のフォーティーワンで新商品出たらしいな」

 

「そうそう!あーしそれ、ちょー食べにいきたいんだけど!」

 

「いやいや優美子、もうヤバくね?あんま食べ過ぎっと良くないしさぁー」

 

「ちょ、あんたデリカシーなさすぎだし!マジ死ね!」

 

……あー、五月蠅い。

今日が雨じゃなけりゃすぐにでも屋上に行くんだが。おまけに俺の椅子を定位置にしていた女子からはすげえ睨まれるし、今日はやっぱり最低の日かもしれない。

 

どこのクラスにも上位ヒエラルキー的な連中というのはいるもので、ここF組では葉山隼人と三浦優美子のグループがそれだ。

ほぼ全員が髪を明るく染め、休み時間には必ずつるんでぺちゃくちゃと騒ぎ出す。他の奴らは決してそれを妨害してはならないとの暗黙の掟がある。

何せリーダーの葉山は成績優秀でサッカー部のエース、コミュ力抜群の爽やか笑顔で女子に大人気ときたもんだ。俺のような奴は触れることも許されない、そんなポジションにいる。

……別にそっちのケがあるわけではないし、お近づきになりたいとも思わないが。

 

ただ、奴らを見ていると、ある面白いことに気付く。

 

「ねー、結衣もそう思うっしょー?」

 

「あはは、そうだねぇ……」

 

キョロ充。強者の中の格差。

見ていてこれほど愉快なものもないだろう。

 

周りの奴らの話に合わせるだけで、自分からは何も言えない。

そのピンク髪の由比ヶ浜という女子は、葉山グループ内ではそんな立場に置かれているようだった。

本人がどう思っているかは知らんが、俺が同じ立場なら即座にぼっちでいたいと思うだろう。息苦しくてとてもやっていけそうにない。

 

しかも様子を見るに、今日は何か用事があって早急に話の輪から抜けださなくてはならないようだ。

悲しいかな、彼女はそのタイミングが全く掴めない。いっそ早退するからとでも言えばいいのに。俺と違ってノートなぞいくらでも写させてもらえるだろうし。

 

するとメンバー内では唯一の黒髪ロングの地味目な女子が、哀れな由比ヶ浜さんの様子を察したのか声を掛ける。

おお、彼女はデキる。いい友達を持てて良かったな。

 

「結衣、どしたん?具合悪そうだよ」

 

「あ、うん、ちょっとあたし抜けてくるかも……」

 

「それじゃあーし、レモンティー飲みたいから買ってきて欲しいんだけど」

 

「え、えっと……その、昼休み終わるまでには帰ってこれないかなー……って」

 

……おいバカ。

後で他所のクラスの連中に捕まったとか言って誤魔化せばいいだろうが。俺は言えないけど。

折角のチャンスを無駄にして……。おまけに言い訳も最悪だ。

 

それを不審に思ったのか、三浦の機嫌がだんだん悪くなりはじめる。

 

「はい?最近さ、結衣、付き合い悪くない?放課後もすぐ帰りたがるし」

 

「あはは、その、ごめん……」

 

「笑い事じゃないんだけど?あーしのこと嫌いなん?そこんとこはっきり言ってほしいんだけど」

 

「えっと、その……」

 

修羅場ってますわぁ……。他人事だからどうでもいいが。

クラスの雰囲気が一気に凍り付く。葉山が止めに入ろうとするがあっさり一蹴されてしまった。

やはり女は怖い。

 

既に小町お手製の愛妹弁当も食べ終わ、トイレに行こうと思っていたところだ。昼休みが終わるまで教室から避難するとしよう。

由比ヶ浜を助ける?ナイナイ。一蹴どころか三浦に地の果てまで吹っ飛ばされて終わりである。

 

そこで様子を見計らいながら、教室の扉へと移動していた時。

 

「!」

 

なんと。

 

当の由比ヶ浜と、偶然にも目が合ってしまったではないか。

 

おい、なぜこっちを見るんだ。三浦の火の粉がこっちに飛んできたらどうする。

すぐに目を逸らして教室を出ようとするが―――

 

「……おい、ヒキオ」

 

勘付かれたか!?

まあここは別人を装って逃げよう。だって俺、ヒキオなんて名前じゃないしー。

 

「無視すんなし。マジキモイんだけど」

 

チェックメイト。こちらへ向かってきた三浦に腕を掴まれてしまった。

 

「……何?」

 

「何?じゃなくて。あんたなんで結衣っつーかあーし達の方見てたし、何か用でもあんの?」

 

いや、お前らっつーか由比ヶ浜の方が見てきたんだが。

……なんてことは勿論言えるはずもなく。何とかテンパりそうなのを抑えて言い返す。

 

「……いや、別に」

 

「は?だったらいちいち見てくんなし。マジキモいから」

 

そう言うと三浦は直ぐに由比ヶ浜の方へと戻っていく。

マジヤバかった、心臓止まるかと思ったわ……。というかキモい以外に罵倒語を思いつかんのかアンタ。

 

ともあれ釈放された以上ここに長居は無用。すぐ退散するとしよう。

そして教室の扉を開け―――

 

 

目の前に、別のクラスの女子が立っていた。それも黒髪の、どこか儚げという感じの美少女が。

 

 

「―――何?道を通してほしいのだけれど」

 

「あ、はい、すいません」

 

慌てて脇に逸れる。

 

そう言えばこの女子、確か入学式の新入生代表だった様な気が……。名前は確か、雪ノ下と言って……。

 

いや、それはどうでもいい。

躊躇せずこいつが三浦と由比ヶ浜の方へ向かっていくのを見て、何か嫌な予感がする。

 

俺はダッシュで、周りの目を物ともせず男子トイレへ直行するのだった。

……背中に、F組から聞こえる喧噪を感じつつ。

 

 

「あー……」

 

放課後。

図書館での自習が終わり、帰り支度を済ませ昇降口へ。思わず伸びをすると、なんて今日という日はこんなにも長かったのかと感じさせられる。

日頃の二倍疲れてしまった。クラスの雰囲気があまりに重々しかったからな。

 

トイレから戻ってくれば、それ以前よりさらにご機嫌斜めな三浦がいて。

そんな女王様を葉山とその取り巻きが宥めているという構図だった。

そして、昼休みが終わるとおどおどと由比ヶ浜が戻ってきて。彼女が居心地悪くしているせいで自然と周りも居心地悪く感じてしまった。

 

これは予想だが、由比ヶ浜は恐らくあの雪ノ下と約束をしていたのだろう。

あまりに遅いので雪ノ下が迎えに行ったところ、当の由比ヶ浜は三浦とトラブっていた。そこで雪ノ下介入……というか三浦に喧嘩を売り、火に油を……というところだな。

やはり女社会は恐ろしい。二人が言い争う間戦々恐々としていたクラスメイトにちょっぴり同情した。

 

さて、これからあのグループはどうなることやら。

それ自体はどうでもいいが、頼むから周りにあまり被害を撒き散らさないでくれと思う。

ただ周りのことなどどうでもいい、自分たちがすべてだと考えるのが奴ら嫌なリア充様だ。恐らくこれからも迷惑を掛け続けるだろう。

また来週から陰鬱な学校生活を送ると思うと、少し嫌な気分になる。

 

「あの……ヒッキー……」

 

あん?

 

また背後から声を掛けられた気がするが、気のせいだな。俺ヒッキーなんて名前じゃないし。

 

「ま、待って!」

 

……またか。

腕を掴まれたので振り返ると、そこには由比ヶ浜が。今日の優雅な昼休みを台無しにしてくれた元凶の一人。

そこまで恨んでいるわけでもないが、だからと言って逆にいい印象もない。大体何の用があって来たというんだ。

 

「……何?」

 

三浦の時とは違い、冷たくぶっきらぼうに接する。

必殺、「俺はお前と話したくないんだ光線」。メンタルへのダメージは割と大。

事実俺もこれを初めてやられた時は結構なショックだった。誰でも笑顔で接すると評判の、片思い中の女子だけに。

そりゃ八方美人なんて実際問題無理だわな。俺みたいな奴に好かれても得などないだろうし。

 

やはり由比ヶ浜も、それを察して少々怖気づいてしまったらしい。

悪いがそのまま退散してくれ。こっちは早く帰って休みたいんだ。

 

だが、一向に向こうは引かない。そのまま時間が経過する。

 

そして、

 

「こ、これ!……お、お礼に……」

 

何かの入った包みを手渡してくる。中身は……お菓子か?

 

それ以前に、ちょっと待て。

お礼ってなんだ?俺は何もしていない。クラスだって今年初めて同じになったのだ、それ以前に関わった覚えはない。

 

その時、ある一つの可能性に思い当たった。

 

 

「―――なあ、これ、嘘告白ってやつか?」

 

 

「……え」

 

俺とこいつに今まで何の関わりもない以上、好意を抱く理由なんて存在しない。

一目惚れ?流石にそこまで脳内お花畑じゃないだろう。

 

となると、逆の方向性、すなわち悪意。

三浦あたりに指示されてやっているのか、それとも俺が知らないだけでこいつに俺を嫌う理由があるのか。

 

いずれにせよ、俺にこんなものを受け取る理由はなく、必要性も感じなかった。

それにしてもこんな詐欺に引っかかると思われるほど、俺は虚仮にされているのか……用心しなければな。

 

「悪いけど返すわ、これ。あと、これから俺に構わなくていいから」

 

「っ……」

 

菓子袋を突き返すと、踵を返し、そのまま昇降口を出る。

由比ヶ浜も、それ以上弁解しようとも追ってこようともしなかった。

 

今日もまた、高校生活最悪の一日を更新してしまったようだ。

 

 

「ヒッキー……なんで……あたし……」

 

 

少女の手から、焼き菓子を入れた包みが静かに落ちる。

 

焼き菓子の割れた音は、すぐにすすり泣きの声にかき消されていった。

 

 

 

 

 

 




終わりです。出典は「山月記」、青空文庫より。

悲しい結末に終わってしまいましたが、八幡がもっとコミュ症でより疑心暗鬼な性格だったら、恐らくこうなるのかもなと想像してしまいます。カッコ悪いというか意地悪すぎかもしれませんが。
あと、如何せんタイミングが……。空気読むって大事だね。

本編では説明は省きましたが、由比ヶ浜は由比ヶ浜で一応奉仕部に入ってます。
そのきっかけも同じ。昼休みに抜け出そうとしたのは、クッキー作りの練習のためでした。


なお、奉仕部は今後ロクに登場しません。陽乃はさらに空気かと。

次回は戸塚編かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 努力は、大抵才能の前に敗れ去る。

体育で一番嫌いな競技。それは大縄の八の字跳び。
だって怖いもん。当たったら痛いもん。



※本編とは関係のない作者の愚痴です。


「それじゃ行ってくるよー」

 

「おう、頑張れよ」

 

「……うん、その言葉そっくりお兄ちゃんに返すよ」

 

何という壮絶なブーメラン。お兄ちゃん悲しむぞ?

でも実際大して頑張ってないしな。学業以外は。

 

我が比企谷家では、こうして長男の俺が妹・小町を中学に毎朝送っていき、その後俺が高校に向かうのが習わしとなっている。

決めたのは両親。「お兄ちゃんだから当たり前でしょ」「早起きの習慣が身についていいだろ」と、何とも理不尽な理由でだ。

とはいえ、俺としても小町が登校中変質者に連れ去られたりとかそのような事件に巻き込まれてはならないということで、潔く了承し今に至っている。

決してシスコンだからではない。決して。

 

さて、小町と別れ十数分後、総武高に到着。

そう言えば入学式の時、この辺りで道路に飛び出した犬を助けようとして車に轢かれかける羽目になったんだよな……。人生の節目においても事故に遭うとかマジツイてない。

幸い運転手の機転でかすり傷程度で済んだのだが、向こうの事情で病院に行かされたり示談の話し合いがどうのこうので、結局式には間に合わなかった。

もし何年か経ってこの校門の前に立っても、恐らく感慨深い気持ちには全くならないだろう。別に事故だけが理由ではないが。

 

グラウンドの脇を通ると、今日もサッカー部や野球部が朝練をしている。

といってもサッカー部の場合、葉山というエース様の活躍をみて女子連中がキャーキャー騒ぐだけのお祭りと化していた。

あいつらも一度県大会での試合を観てくればいい。どれほど足掻いても予選突破ならず、そんなみじめな総武高校サッカー部の姿があるだけだから。

……まあ、負けて悔し涙を流す葉山様の姿を見て感動しちゃったりするんだろうな。どこまでも人間というのは、物事を都合よく解釈したがるものだ。

 

と、ふと足元に何かがぶつかるのを感じる。テニスボールだ。

 

「すいませーん、そのボール……あれ?比企谷くん?」

 

俺を呼んだ声の主の方を向く。クラスメートの戸塚だ。

男物のテニスウェアを着ていて、恐らくテニス部の朝練をしていたのだろう。

 

「ほい」

 

余計な事を言わず、そっとボールを手渡す。

それと目も逸らすのも忘れない。戸塚の容姿が容姿だけに、変な下心を覚えそうで困る。

 

「ありがとう、ごめんね迷惑かけて」

 

「いや、別に。朝練か?」

 

見りゃわかるんだけどな。話のネタがない以上、そんなありきたりのことでも言うしかない。

言ったら言ったで話しても面白くないつまらん奴と思われるのがオチなのだが。

 

「うん……実は僕、今年から部長になったんだ。

でもうちのテニス部ってすごく弱いから、誰も練習なんか来なくて。

まるで一人でベンチャー企業経営してるみたいな感じだよ」

 

そんな会話センスのない俺のつまらん話にも嫌な顔ひとつせず、戸塚はにこにこと応対する。

しかもテニス部のお寒い事情を暴露しつつも、くじけていないのが凄い。

 

成る程、戸塚は心の優しい奴なのだな。

 

「そうか……大変だな」

 

「うん。でも一生懸命練習してれば、また部員の人も戻ってきてくれるかもしれないからね」

 

それはかなり遠い道のりだろうな……とは言わないでおく。

そもそもテニス部に限らず、総武高の部活は軒並み弱小部揃いである。取り敢えずどこかに所属しとけば内申で有利になるだろ、としか考えてない奴ばかりだからだ。

実態は友達とただ駄弁って遊んでいるだけ。こんなので「部活動が盛ん」などとアピールしているのだから、宣伝というのは実に疑わしい。

いっそ優勝者に賞金でも出せば、何割かはまともになるのだろうか。いや、なんちゃら細胞みたく結果を捏造しかねないからやはり駄目だな。

 

「それじゃ、そろそろ僕練習に戻るね」

 

「ああ、頑張って」

 

戸塚は元気よくテニスコートの方へ向かっていった。

初めて人の後ろ姿を眩しいと感じたのは内緒だ。

 

……ところで、一人でってさっき言っていたな。となると、練習はどうしているのだろう。

まさか壁打ちか?ふとそんな疑問が湧く。

 

もっとも、俺だって別段そこまでテニスが上手い訳でもない。助太刀なんて到底無理だ。

戸塚を助けて友情が芽生える?スポ根漫画の読み過ぎだ。

 

妄想も大概にせねばと思いつつ、俺は足早に校舎の方へ向かっていった。

 

 

……だるい。

 

なぜ人は一時間目から体育という科目をやらなければいけないのか。カリキュラム?運動は体にいい?知るかそんなの。

自主的にやればいいだけの話だろうに。

 

お蔭で二時間目の数学、三時間目の現国は睡魔との闘いであった。

言わずもがな、数学は苦手科目なのだから真剣に授業を聞かねばならない。そして現国はあの平塚先生だ。居眠りなどすればまた目を付けられるに決まっている。

ペアがいないから一人で壁打ちをするのを許してくれる厚木みたいにユルくあってほしいものだよ。ま、あの担任がそんなの許すわけないか。

無理矢理ロクに知りもしない連中と組ませるか、無理矢理教師の自分と組ませるか。根拠を問えば「参加することに意義があるんだ」とか「そんなひ弱で社会でやっていけるか」とごり押しする。

そして最後には、テニスもスポーツも学校も余計嫌いになった少年の姿がありましたとさ。めでたしめでたし。希望も救いもない現実である。

それが実現しなかっただけでも幸運だな。もっとも担任の耳に入れば罰が下るかもしれんが……。

 

「でさー、そのドラマでカップルの男がさー」

 

「えー、それひどいよー」

 

一方、自分たちはその程度ではへこたれないというのか、中休みの教室では葉山グループの連中がワイワイ騒いでいた。

 

何を当たり前のことを、と思うかもしれない。

だが先週のことを考えれば、一見平和な光景もどこか不気味に見える。

 

由比ヶ浜と三浦。この前は一瞬即発の関係だったのが、そんなもの嘘のように笑いあっている。

 

こないだはごめんね、ううん気にしてないからで済むこと、なのだろうか。

そう思えないのは俺が人付き合いをあまりしない所為なのだろうか。

裏ではまだわだかまりがある気がするのも―――

 

ええい、煩わしい。

なんで嘘告白なんてしてきやがった奴とウザいクラスの女王様のことなんて気に掛けなきゃならないんだ。

そもそもクラスなんてものがあるからこうなる。通信制の高校にでも行けばよかったのか?

小町がお兄ちゃんが引きこもりになったとか心配するから駄目か。

 

ふと、由比ヶ浜が俺の方をちらと見てきた気がするが無視する。

直ぐに向こうもグループの会話に戻ったようだ。こちらから構うなと言ったのだから是非これからも俺など気にせず過ごしていただきたい。

なんだ、今さら罪悪感でも湧いてきたとでもいうのか?それはそれで厄介だな。

つーかまた俺があーしさんから目付けられるからやめろよ。

 

「あーし、最近もっと体動かしたくてー。テニスでも始めようかって思ってんだけど」

 

「あ、それいいかもー」

 

……テニス。

 

それを聞いて嫌な予感がしたが、どうか気のせいであってほしい。

 

皆が平和な日常を過ごす中、俺だけが取り残されている。不安と疑心の海の上に。

 

 

昼休みになり、俺はいつものように屋上へ向かう。

理由はいつもと変わらない。教室は騒がしくなりそうだし、俺は静かにランチタイムを過ごしたい。

そして俺の席を必要としているクラスメートがいる。だから教室を離れる。

お互い損をしない素晴らしい解決策だ。平塚先生は「なぜ会話の輪に入ろうとしない!」と怒るかもしれんが。

俺と話して面白いと感じる奴がいたら、それは聖人か言葉の分からない奴だろう。或いはちびまる子の山田のような笑い上戸か。

 

さて、小町お手製のシャケ弁をつつく。美味い。

焼き加減と塩気の調整が絶妙。また腕を上げたな、良い嫁になるぞ。

最もそんなの俺が許さんが。

 

 

 

「―――だからー、どうせ一人でやってるんでしょ?だったらあーしらが使ったってよくない?」

 

 

げ。

 

ふと、下が騒がしくなっているので覗いてみると、テニスコートで三浦と取り巻きが騒いでいた。

一人の生徒を取り囲んでいる。―――戸塚だ。

 

テニスコートの前には既に人だかりもでき、やいのやいのと騒いでいる。

どうせ弱いんだから、譲ってやれよ、部長だからっていい気になるなよ。そんな野次を飛ばす輩までいる。

孤立無援の中、戸塚は何とか理屈を並べ立ててお引き取り願っているようだが……。

 

すると、それまで黙っていた葉山が何事かを皆の前で提案。

すると野次馬共が一斉に沸き立つ。葉山の名を連呼する者も。

 

そしてコートに、ラケットを手にした葉山と戸塚が残る。ゲームスタート。

 

……やはり、悪い予感ほどよく当たるものだな。

 

昼休み返上で戸塚が賢明に練習している中、三浦たちが乱入。

追い出しに応じずに居座り、周りの奴らの声を背に本来の持ち主に退去を迫る。

それでもやめてほしいと頼む戸塚に、そちらが試合に勝ったら出ていくと持ち掛ける葉山達―――

話の流れはこんなところか。

 

どこまでもこの世は理不尽だ。正しい者の声は通らず、声の大きい者の意見ばかりが通る。

 

試合の流れを見ていると、次第に戸塚が押され葉山有利に。あいつ、そんな上手いなら最初からテニス部に入れよ。

野次馬共も葉山ばかりを応援し、戸塚を応援する者は誰もいない。

それでも戸塚は、息を切らしながらも必死でラケットを振るう。

 

見ていられなかった。

 

 

「負けるな!テニス部!ぶちかませぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

思わず、声を大にテニスコートへ叫ぶ。

 

……やべ。

気付かれる前に慌ててフェンスから離れる。

 

戸塚、悪いな。今のが俺にできる、精いっぱいの善意だよ。

 

 

放課後になった。

SHRが終わり、日直の号令とともに教室に喧騒が戻る。

 

「そういや、昼休みのテニスの試合観た?葉山くんカッコよかったよねー」

 

「結局テニス部の人負けててさ、マジ気の毒だわー。……つーか、屋上から声援送った奴、誰?マジキモイんだけど、あれ」

 

「言えてるわー!チョーカッコ悪ーい」

 

ああ、よかった。戸塚がこの会話を聞いていなくて。

……あとお前、気の毒だなんてちっとも思ってやしないだろ。声色でバレバレだぞ。

 

あの試合の後、戸塚は具合が悪くなったらしく保健室へと向かったらしい。

試合は結局、葉山側の圧勝。戸塚の敢闘精神を称える者は、誰もいなかった。

 

ただ、考えようによってはこれでよかったのかもしれない。

 

つい俺も頭に血が上ってあんな愚行を犯してしまったが、もしあれで戸塚が勝っていたらどうなっただろうか。

葉山ファンの連中が逆恨みし、戸塚に危害が加わる可能性もあった。大げさと思うかもしれんが熱狂的な奴ならいじめ紛いのことでもやりかねないだろう。

それで心に傷を負った戸塚はテニス部を、そして学校も辞め……。

 

そんな可能性だってあるのだ。つくづく俺もバカだな、本当に。

 

さて明日の数学の小テストに備えて自習しなければと、教室を出て図書館へ向かう。

 

「―――比企谷くん!」

 

ふと、背後から俺を呼ぶ声がする。

戸塚だ。

 

「おう。具合、どうだ?」

 

「ちょっと前までは立ちくらみがしてまともに歩けなかったんだけど、今は……。

それより、さっきのお礼。屋上から応援してくれたの、比企谷くんだよね?」

 

「……バレてたか」

 

「うん。声で比企谷くんだって、分かったよ」

 

声でか……今朝ちょっと会話しただけなのに、よく覚えていられるな。

そういうところも、戸塚なりの優しさというやつなのだろう。

 

「悪いな、あれだけしかしてやれなくて」

 

「そんなこと、ないよ。あのまま誰も応援してくれなかったら、多分途中で心も折れてたと思う。

比企谷くんがあそこで叫んでくれたから、最後まで試合を続けられたんだよ」

 

褒め過ぎだ。あそこで俺が何も言わなくても、きっとお前は最後までラケットを振るっていただろう。

そうでなければ、最初から三浦や葉山たちにコートを譲っていただろうから。

 

それに事態が改善した訳ではない。

三浦たちは今回の勝利をいいことに、ますますつけあがってコートを荒らすかもしれない。

そこだけが気がかりだが、その場合俺は何もしてやれない。

下手に戸塚に期待させてしまって……バカなだけでなく、屑だな、俺は。

 

「それでね。もし比企谷くんがよかったら、ぜひテニス部に―――」

 

「―――あ、あの!テニス部の、戸塚センパイですか?!」

 

すると、また背後から声が。

女子が二人、男子が一人。一年生らしい。

 

「あ、うん。君たちは一年生かな?」

 

「はい!俺、昼休みの試合観て、すげえ感動しました!あんな環境の中で、一生懸命頑張ってる姿、カッコいいと思いました!」

 

「私もです!ぜひセンパイと一緒に汗を流したいなって……」

 

新入部員。

 

どうやら俺の心配は、杞憂に終わりそうだな。部員が入れば邪魔もできなくなるだろう。

 

「……悪い。俺、用事あるから」

 

「あ、比企谷くん―――」

 

「それで、入部届、今持ってきました!すぐ職員室へ!」

 

戸塚は後輩の対応に追われ、やがて職員室の方向へと向かっていく。

 

悪いな、戸塚。

俺は部活は性に合わないんだ。やる気のある後輩が入ってくれた方が、きっと上手くいくだろう。

 

戸塚の後ろ姿を見送って、俺は図書館へと向かった。

 

 

戸塚とは、反対の方向へ。

 

 

 

 

 




戸塚はかわいい。戸塚は優しい。

でも、友情で結ばれると言う展開にはなりませんでした。めでたしめでたし。


総武高のテニス部は、まあ、男女混合ということで。
人数少ないんだし何とか認められるやろ(暴論)

なお由比ヶ浜はもっと空気読める子では?とのご指摘をいただきましたが、本作では敢えてキョロ充的なポジション・性格にさせていただきました。
八幡への感謝と恋心なぞ、上位カーストから追放される恐怖には勝てんのです。

次回はサキサキ……ではなく、職場見学からのチェーンメール騒動ですかね。
なお、多分胸糞展開です。

いじめなんてどこの学校でもあるもんね!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 教室は、ある日突然悪魔の遊園地へと変貌する。

僕は高校時代、職場見学で日本科学未来館に行ったっけなー。

……文系クラスの人間にまで行かせるとか、学校バカなの?死ぬの?



※本編とは関係な(ry


熱いストーブに手をかざすと一分が一時間ぐらいに感じるが、可愛い女性と一時間話していても一分程にしか感じない。それが相対性だ。

 

如何に俺が理系科目が苦手でも、アインシュタインのこの言葉ぐらいは知っている。

覚え方は簡単。ストーブが地獄、即ち平日。美人が極楽、即ち休日。

学校で一日過ごすのと、休日家でのんびり過ごすのとでは明らかに時間の流れが違うのだ。

一日は二十四時間と誰が言った?怒らないから正直に言ってごらん。

 

―――そんな訳で、来る前はあれほど待ちに待ったゴールデンウィークも、あっさりと終わってしまった。今日からしばらくは、またクソ面白くもない灰色の学校生活だ。

 

ちなみに連休中俺が何をしていたかと言えば、一人家でお留守番。小町と両親は家族旅行に伊豆へ行っていた。

別に置いていかれた訳ではなく、この歳になって家族旅行など面倒なので留守番役を買って出たのだ。

両親はあっさり了承、小町は出かける前日まで家事のいろはをみっちり教え込む条件でどうにか納得してくれた。

……俺、そこそこ家事経験あるからね?コンビニ弁当やインスタント食品で過ごすほど自堕落ではないのに。どうも小町は過保護すぎて困る。

 

「職場見学さー、どこ行くか決めた?」

 

「俺、ディスティニーランド行きたいんだけど。接客学びたいとか言えばイケるんじゃね?」

 

さて、クラスでは約二週間後の職場見学でまたまた盛り上がっていた。

千葉県内、お隣東京の中で行きたい職種を決定、三人組でそれぞれの職場にお邪魔するという体験学習だ。

 

……そう、俺の大嫌いな"グループ学習"である。

 

この手の授業では大抵、弱い立場の人間が損な役目を押し付けられるのが常だ。全員の分のレポートを代わりに書かされたりとかな。

じゃあぼっち同士が組めばいいかというと、それも違う。コミュ力がない連中でグループを編成すれば物事が進んでいかない。

最弱×最弱の解は最強にはならない。どちらにしても踏んだり蹴ったりなのである。

 

ふと、戸塚と同じグループを組めたら楽しくやれそうだな、と思ったりする。

だがあいつとまともに話したのは、あのテニス騒動の時以来一度もない。メアドやトークアプリのアカウントのやり取りもしていない。

俺には話しかける勇気などこれっぽちも持ち合わせていないし、戸塚は戸塚で新生テニス部の活動で日々忙しい。

つまり、既に俺と戸塚とは"ただの顔見知りのクラスメイト"でしかないという訳だ。今後それ以上に発展することは絶対ないだろう。

 

取り敢えず今は、あの葉山グループの連中とだけは同じ班にならないように祈るのみ。ただでさえ苦行なのに地獄と化すこと間違いない。

リア充といっしょ!とかやめてほしい、そんな番組あったら即座にボイコットしてやるまである。

 

兎に角あいつらの行きそうな場所は避けなければいけない。さて、俺の行くべき職場は―――

 

 

「おい、比企谷。この職場体験行先希望書の内容はなんだ?」

 

そして放課後。俺はまたまた平塚先生から呼び出しを受けた。

この人も懲りないな……俺が入室するまで煙草吸ってたの、臭いでバレバレだぞ。慌てて消しても遅いわい。

 

「特に問題があったとは思いませんけど……」

 

「もしそう思うなら、もう一度よく自分の目で確かめてみろ」

 

突き出された希望書を、言われた通り目を凝らして読む。

 

 

「行先:鳳凰堂書店

 

理由:本と本屋が好きだから」

 

 

シンプルイズベスト。しかし学校からの経路も印刷した地図を貼ってきちんと説明している。手を抜いたわけではない。

 

勿論書いた理由とは別に、日頃この本屋でラノベを購入しているからという理由もある。

何より駅前のモール内の本屋と違い、どちらかといえばマイナーで総武高の生徒もあまり訪れない。つまり葉山らリア充軍団と同じ班になる可能性はぐんと低くなる。

 

勿論そんなことを書けばこの担任が難癖をつけてくるに決まっているので、心の中に留めておいた。

では、一体全体何が問題だと言うのだろうか?

 

「まだ分からないのか?なら教えてやろう、まず学校から近過ぎる。

楽をしたいという理由で選んだな?正直に答えろ」

 

いいえ、同じクラスのリア充と一緒になりたくないからです。

……とは言わないが、にしても邪推が過ぎるぞ先生。

 

「遠ければいいってもんでもないでしょう。

それに学校からすれば、生徒がきちんと職場見学に行ったか監視できる利点もあります」

 

「では、この理由はなんだ?本と本屋が好き、こんな小学生並の理由で許可されると思ったか?

いや、小学生だってもう少しまともな理由を書くぞ。もう一度聞く、君は楽をしたいからここを選んだんだろう?」

 

何という誘導尋問。ハイとしか言わせない圧力。

こういうときだけ国語教師の力を発揮しないでほしいのだが。

 

「俺は純粋にそう思ったからそう書いたまでです。大体、みんな職業に興味を持つきっかけなんて似たようなもんでしょう。

飛行機が好きだからパイロット、おもちゃが好きだから玩具メーカー、ゲームが好きだからゲームセンター……」

 

「屁理屈をこねるのもいい加減にしろ。大人しく理由を白状―――」

 

「じゃあ、先生はなぜ教師に?子供が好きだから教師になったんじゃ?」

 

「今、私のことは関係ない!」

 

うわぁ。見事に話を逸らしやがった。これだから体育会系脳筋は困る。

 

教師である以上、この担任だって子供が嫌いということはないはずだ。

ただ、同じ子供でも素直で社交的でスポーツ好きの子供は好きで、逆に理屈っぽく内向的でインドア派の子供は嫌いなんだろう。

そして俺は後者のカテゴリーに属する、と。だからこうして先生に目を付けられ、下らない事でネチネチ言われなければならない訳だ。

 

嗚呼、やはり学校なんてクソ喰らえだ。何が社会を学ぶ、だ。

 

「……兎に角、先生の言うように不真面目な理由からじゃありません。だから変更するつもりもないです」

 

「そうはいかん。この職場を選んだのは君一人だけだ、書き直して再提出してもらう。

言っておくが、これはグループ学習だからな。一人で回りますなんて言い訳が通じると思うなよ」

 

はぁ、そうですか。本当に集団行動がお好きな事で。

……というか、最初から君一人しかいなかったから変更してもらえないかって言えば穏便に済んだんじゃないですかね?

そうしなかったのは結局俺がムカつく生徒だからか。

 

「……分かりました。来週までに書き直して再提出します」

 

「よし、ならさっさと下校したまえ。寄り道しないように」

 

もう面倒臭くなったので大人しく従っておくことにする。

つーか高校生で真っすぐお家に帰りましょうだなんて、誰が守ってると?小学生だって学校からの塾通いなんて当たり前だっつーの。

 

 

そして、瞬く間に次の週になる。

俺の見学先は本屋から近所の精肉店になった。相変わらず平塚先生は渋い顔を崩さなかったが、他に志望している生徒が二人いたのでどうにか通った。

 

「……」

 

「……何?」

 

で、これがメンバーである。

一人は佐藤という男子、丸眼鏡におかっぱのモブキャラ臭が半端ない奴だ。俺も人のことは言えんが。

そしてもう一人が川崎という女子。ポニーテールで割と美人なのだが、不機嫌そうで印象はあまりよろしくない。例によって俺も人のことは……。

つまりは、見事に余り者ばかりが集ってしまった訳だ。先行き不安でしかない。

リア充共と組むよりはまだマシだがな。

 

「あ、いや、その、これからよろしく」

 

「……」

 

「……それなら、名前くらい名乗ったら?」

 

ふぇぇ、みんなこわいよぅ……。佐藤は軽く会釈して自分の席へと戻ってしまい、川崎は冷淡な対応。つか俺の名前知らないのかよ……。

職場見学が終わるまでの辛抱と言い聞かせ耐える。さっさと来週の金曜日になってほしい。

 

と、言っても。

我がF組では別の懸念事項があった。主にリア充グループの連中の、見学班の編成が中々決まらないのだ。

 

要するに誰と一緒になれるかで、自分の立ち位置というのが決まってくるらしい。

特に葉山・三浦の二名は大人気である。何とか二人とお近づきになりたい奴、二人から引き剥がされまいとする奴。

雰囲気を見ているだけで一目瞭然。下手にカーストが高いのも考え物だな。

 

そして、ここ数日、クラスでは黒い噂も流れている。

葉山グループのメンバーの悪口が拡散されているというのだ。

メール、トークアプリ、裏サイト……。内容は昔万引きの常習犯だったとか暴力沙汰に加担してたとか、そんな感じらしい。

何故知ってるかって?皆ヒソヒソ話してるのを偶然聞いたんだよ、悪いか。

 

皆が問題にしているのは、悪口の内容そのものより、誰が言いだしたか。

そりゃ、いくら何でも総武高にそこまでの問題児がいるとは信じがたい。……傍から見りゃ三浦とか明らかにヤンキーっぽいけどな。

 

もっとも、本気で許せない、卑怯だなんて誰もが非難しているわけでもない。

誰が言いだしたか分かれば、そいつを排除できる。即ち、ライバルが一人減る。

皆がその機会を虎視眈々と窺っているように思えた。その所為でクラスの雰囲気は最悪。

常にギシギシと、教室の床のように音が鳴っている感じだ。

 

全く、嘆かわしい。たかがグループ学習の班に、気持ち悪いくらい拘りを持ちやがって。

 

「……はぁ。馬鹿みたい」

 

隣の川崎が、異常に小さい声でポツリと呟く。まあその気持ちは分かるぜ。

するといきなり俺の方へと視線を向けてくる。

 

「な、何だ?」

 

「ヒキガヤ、だっけ?あんたも馬鹿らしいって思ってんでしょ、この騒ぎ。顔に出てるよ」

 

「あ?いや、まぁ……」

 

確かにそうだ。でもそんなバレてたか?

いつもポーカーフェイスを貼り付けているつもりだったのに、女子は皆千里眼でも持っているのか。

つかお前、俺の名前知ってんじゃん。それでも敢えて社交辞令として名乗るべきだろって?それができたらぼっちは苦労しねぇよ。

 

じっと俺の顔を見つめてくるので、却って目を逸らしづらくなる。川崎はまだ何か話したいと言うのか?

なら、何か話題のタネは……。

 

「……その、川崎さんは何か知ってるのか?」

 

「何って」

 

「その、俺も噂の経緯をよく知らなくてな……」

 

誰にも聞かれていないことをその都度確認しながら、慎重に話す。聞かれたら俺たちが疑われる。

 

「あたしだってそこまでは知らない。ただ、悪口流されてるのは戸部と大和って奴の二人だってことだけ」

 

確か、常に葉山とくっついている取り巻きだ。そして、取り巻きには確かもう一人……。

 

「……あ」

 

犯人、と決まった訳ではない。だがこの事実が知れ渡った時、状況からしてそのように扱われるのは。

 

「……あたしから言い出しておいてなんだけど、答えが分かっても口に出すのはやめておきなよ」

 

「あ、ああ」

 

そう、恐ろしいくらいに分かってしまう。

 

この騒動の結末が、どんなものになるのか。

 

 

そして、二日後。

いつものように小町を送り、総武高へと到着、教室の扉を開けると。

 

 

「悪口チェーンメールの主犯、クラスのみんなを傷つけた裏切り者の大岡。土下座して謝罪しろ!」

 

 

黒板に赤いチョークで大きく書かれた文字。

教室の中央には、葉山の取り巻きの一人であった男子、大岡。猿のような人懐こいひょうきんな普段の態度とは裏腹に、顔面蒼白でその場からぴくりとも動かない。

そしてその大岡を、クラスの連中が遠巻きに眺める。いや、包囲していると言うべきか。

誰も大岡の肩を持とうとする奴はいないらしい。

 

当然だ。コイツが消えればその座を貰えると思っている奴がごまんといる。葉山グループの一員の座を。

 

「あんさぁ、大岡くんさぁ。ここに書かれてることってマジなん?……正直に言えよ」

 

「ち、違、俺」

 

「前から怪しいと思ってたんだよねー、いっつも人の顔色ばっか窺っててさぁ。……まさか本当にやるとは思わなかったけど」

 

「う、あ……」

 

おろおろとするばかりで、何一つまともに反論できない大岡。徐々に包囲の輪が狭まっていく。

 

そして数分後、葉山と三浦到着。

後ろには由比ヶ浜……と、黒髪ロングの人が。戸部に大和もいる。全員が一斉に目を剥いた。

 

暫く黙っていた葉山は、やがて大岡の方へ歩み出る。

その口から出た言葉には、普段のような明るさは欠片もなく。こいつも、鼻から大岡を疑ってるクチか。

 

「……大岡。これはどういうことか説明してくれないか」

 

「俺、おれは、その」

 

「……大岡。あんた、マジキモいんだけど。そこまでしてあーしらとくっつきたかった訳?

童貞。ベタベタ気色悪いんだっての」

 

更に、女王の痛烈な一言が追い打ちをかけ。

 

 

大岡は、壊れた。

 

 

「おれはぁぁぁぁぁ!!やってねぇ、やってねぇんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 

突然奇声を上げ、周りの机と椅子を蹴り飛ばし振り回す。

慌てて葉山たちが取り押さえようとするが、既に遅かった。大岡は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、叫びながら教室を飛び出していく。

 

暫くして、教室ではまたヒソヒソ話が始まる。なんだあれ、動物園のサルみたい、頭おかしいんじゃないの。

 

「大岡くん……」

 

「……」

 

例外は、戸塚と川崎。前者は証拠もなく犯人扱いされた大岡に同情し悲しみ、後者は一連の騒動の不自然さに気づいている。

 

そう、どう考えたっておかしい。

もう最初から大岡を犯人に仕立て上げたいという思惑が働いている。

 

動機は分かる。では、それは一体誰が計画し実行したのか?

まさか、このクラスのほぼ全員が―――

 

バカ、このくらいで怖気づくな。散々学習したはずだぞ?学校とは、"こういう場所"なんだと。

 

「よし、全員席に着けー……おい、なんだ、この有様は」

 

教室に入るや否や、中の異変に呆然とする平塚先生。

……おい、なんで俺を睨む。いくら何でも逆恨みが過ぎるぞ。

その後改めて全員に着席を促し、黒板の文字を消す。嗚呼大切な証拠が……何やってんだ、この担任。

そして何事もなかったかのように、出席の確認が始まる。

 

 

翌日から、大岡が学校に来なくなったのは言うまでもなかった。

 

 

 

 




終わりです。予告通りの胸糞エンドになりました。

感想欄で大岡が切られるのでは?と予想した方、正解です。てか何故分かった(;´∀`)

まあ、原作で彼を雪ノ下がどう評していたか。これを知っている方は多分お分かりいただけると思います。

なお、大岡はあくまで"犯人扱い"されただけであり、真犯人なのかは分かりません。
では、誰が真犯人なのか?


それも、分かることはありません。この物語では。
もうクラスの中では、大岡が犯人だと、決まってしまっているのですから……。


「死刑にしましょう。現場での目撃証言はあやふやだけど死刑にしましょう。
(中略)証拠も証言も関係ない。高級外車を乗り回し、ブランド服に身を包み、フカヒレやフォアグラを食べていたのだから死刑にしましょう。
それが「民意」だ。それが民主主義だ。
「民意」なら正しい。皆が賛成していることならすべて正しい。

(中略)

冗談じゃない!!本当の悪魔とは、巨大に膨れ上がったときの「民意」だよ」

(ドラマ『リーガル・ハイ』より)


現実には、古美門のようなカリスマは存在しないのだよね。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 平和な日常は、家庭の中だけにある。

作者には高校生の弟がいます。仲は良いです。

……あーこいつが(美人の)妹だったらなーと思ってしまう僕は、もう重症。
理想の妹像はラブライブの真姫ちゃんとかですかね。



※なお本編(ry


今日も今日とて、食卓には俺と妹二人きり。

どのみち両親が帰って来ていたとしても二人ともすぐ寝てしまうだろうから、休日以外は全員揃わないなど珍しくもないのだが。

 

さて今日のメニューは……おお、肉じゃがか。

昨日はシチュー、一昨日はカレー……あれ?じゃがいも率高くね?ドイツ人だってそんな食わないぞ多分。

 

まあ、小町が頑張って作った飯だ。文句を言ったらバチが当たる。

 

「うん、今日も小町の肉じゃがは美味いな」

 

「ごみいちゃん、そればっかりー……。あれだけ本読んでるのに、何で人を褒めるときだけボキャ貧になるのさ」

 

「じゃあどっかの孤独のゴローさんみたくネチネチ論評してやろうか?」

 

「……うん、それは気持ち悪いからいいや」

 

だろ?食事はできる限り静かに食うもんだぜ。

 

それから数分間は、お互い黙って目の前の食事を味わうことに集中。

時折つけっぱなしにしていたテレビのニュースに目をやったりもするが、真新しい情報はない。

中東で過激派テロ、合衆国で大統領選挙。大臣の問責決議案審議、明日は台風一号が本州に接近。

 

だからどうした、という話だ。毎日毎日ほとんど同じ内容の繰り返し。

俺たちが朝起きて飯を食って学校に行き、帰ってきて掃除をしてまた飯を食って風呂に入り寝る、そんなありふれた日常と大して変わり映えがない。

別にアッと驚く大事件が起きてほしい訳でもないが、これでニュースを見て社会の動向に関心を持てと言われても困る。学校という戦場に日々送り出されている身としては。

 

「むー……」

 

と、目の前の小町がどうもご機嫌斜めのようだ。

普段はビシバシ鬼軍曹の癖に、時折年頃の少女のような態度を見せるときがある。そこがまた愛らしいのだがな。

別に俺はシスコンではない、うん。

 

「こら、貧乏ゆすりはやめなさい」

 

「そうじゃなくてー!なんでお兄ちゃんは自分から人に話しかけようとしないかなー」

 

おー。とうとう妹にまでトラウマを抉られようとしているぞ。

俺、もう死んだ方がよくね?生きてる意味なくね?

 

「いや小町さんや、分かっとるじゃろ。俺なんかに話しかけられて嬉しいと感じる奴がどれだけいると思う?」

 

答え、全人類七十億の中で数名いればそれが奇跡。

向こうからは馴れ馴れしく話しかけてくる癖にいざこっちから話しかけると露骨に嫌な顔をする奴もいれば、グーパンやゴミ投げといった斜め上のコミュニケーションをかます奴もいる。

せめて人とサンドバッグ、ダストボックスの区別はしっかりとすべきでないかね?うちのカマクラだって躾ければそのくらい覚えるぞ。

その代り日頃は俺の存在をシカトしてばかりいるのだが。

 

兎に角、どうせ黙っていても危害を加えられる時は加えられるのだから、俺からはちょっかいをださない。

こっちは安全に過ごせるし向こうは余計なストレスを溜めずに済む。うん、素晴らしいじゃないか。

 

「……確かに、お兄ちゃんがそうしたがるのも無理ないけどさ。

でも、それでも小町とだけはちゃんとお話ししようよ。家族なんだから」

 

うっ……涙目で言われるとキツい。畜生、女はズルいぜ。

 

「あー、それじゃひとつ聞きたいんだが。小町のクラスって、不登校になった奴とかいるか?」

 

「え……食事中にそんなこと聞いちゃう?ドン引きだよ……」

 

会話でつまづいたっていいじゃないか、こみゅしょうだもの。

……ひどい詩だなこりゃ、みつを先生に見せたらブチギレするかもしれん。小町が引くのも無理はない。

 

「まあ、二人いるんだけどねぇー。男子と女子、それぞれ一人」

 

「……結局答えるのかよ」

 

「お兄ちゃんだもの、仕方ないよ。

それでね、まず男子くんの方は……なんか勉強ついてけなくて部活も上手くいかなくて、学校嫌になったんだって。

女子ちゃんは逆。周りの人が低レベル過ぎて耐えられないんだってさ」

 

担任の先生もそのせいで上から突き落とし喰らって、すっごくしんどそう、と小町は付け加える。

指導力不足とか教師の適性に欠けるとか、日々圧力を掛けられているんだろう。少なくともこの件は生徒本人の問題であるだけに、少し小町の担任に同情する。

平塚先生とかは明らかにダメだけどな。煙草はどうにかして止めてもらいたいものである。

 

落ちこぼれて自尊心を失って内に籠るというパターンは割と想像しやすいが、逆に高すぎる自尊心故にこじらせてしまうというのは少し一般人にはわかりにくい。

このタイプの場合、実際のところは本人が思うほど高い能力を有する訳ではないのだが。それに早いうちに気付けないと途端に暴走する。

 

それに公立中学というのは、良くも悪くもいろんな人種のるつぼだ。

お嬢様体質の奴からすれば不潔だと感じるのは無理からぬことかもしれないが、じゃあ金持ちが通う私立学校に行ったら行ったで、異様にギスギスした人間関係が待っているということもある。

少女漫画を読んでみればその辺の陰鬱さはよく分かるだろう。

 

結論、学校はどこだろうとこの世の掃きだめだ。もう少し綺麗な言い方をするなら、人間社会の負の部分の縮図と言ったところか。

 

「てことは、お兄ちゃんのクラスでも学校来なくなった人、いるの?」

 

「……先週から、一人な。クラスっつーか学年中の人気者の取り巻きの一人だった」

 

「へぇ」

 

む。

 

この「へぇ」は小町が先を続けろという合図だな。因みに感心がなければ「へー……」と間延びする。

なんだ、俺コミュ力あるじゃん。

……家族だから当たり前だけど。悲しくなるから言わないけど。

 

俺は事の一部始終をざっと語る。

職場見学のグループ決めから騒動の種が生まれ、そこからチェンメ騒動が勃発。そして哀れなスケープゴートは罪を擦り付けられ、楽園追放に至ると。

もっとも、楽園というのはあいつらリア充にとっての話。俺のような人間にとってはただのゲヘナである。

なお、その後の学校の対応がおざなりであったことも付け加えておく。いじめに関するビデオを見せられ感想文を書いて、終わり。

結局誰が犯人だったのか真相追及もなされず、かと言って放置するわけにもいかないから取り敢えずやりました、というだけのものだ。対症療法にすらなっていない。

 

小町は珍しく真剣に耳を傾ける。俺が勉強教えてやった時なんかダルそうにしてたのに……。

 

「ふむ……うん、取り敢えずさ、小町、一言言っていい?」

 

「おう、どうぞ」

 

「なんか、その葉山さんっていうの?神君元康みたいに祭り上げられてる感じだよね」

 

「……神君家康な。元康は今川家に仕えてた頃の名前だよ」

 

上手いこと言ったつもりだろうが、妹よ、生兵法は大怪我の基だぞ。

 

「ま、細かいことは気にしなーい。それでも、実際神様みたいなもんじゃない?

勉強もスポーツもできてイケメンで、少なくとも表向きは誰に対しても優しい。

裏の顔はどうだか分かんないけど、それを誰かに勘付かせるようなことはない。全く、隙なし!だよね」

 

そう、大体のところはその通りだ。

戸塚のテニス騒動の時は嫌な奴だと思ったが、それもあいつからすれば「公平な提案」をしたということになっているのだろう。

少なくとも周りの奴らはそう見た。どこまでもカリスマ性の塊。

悪意ある奴が付け入ろうとしても簡単にはいかないだろう、今のところは。

 

「で、お前はどう思うよ?葉山を」

 

「んー、だから、神様みたいなもんだって思うな」

 

「そうじゃなくてだな……もっと砕けた言い方をすると?」

 

「うーん。

 

ま、人間味ないよね、その人。聞いててもその、惹かれるエピソードっていうのがぜんっぜんないっていうか」

 

パーフェクト。流石我が妹である。

 

「ほら、恋愛漫画とかでもさ、女の子が不良っぽい人に惚れちゃったりとかあるじゃん。

普段は乱暴そうで感じ悪いのに、ある日捨て猫に餌をあげてたり、足の悪いおばあさんをおぶってあげたりとかするのを見て惚れちゃうとかさ」

 

「ギャップ萌えってことだな」

 

「言い方は気持ち悪いけど、まーそんな感じだねぇ。

でも同じことを葉山さんがやってても、何かあの人なら当たり前だよねーってスルーしちゃうかも。

……それにさ、そういう優秀な人の横にくっついてるとさ、結構辛いよ?なんか自分のダメダメさを無理矢理鏡で見せられてる気分っていうか」

 

またまたパーフェクト。勲章を授与したいまであるぜ。

 

「まあ、取り巻きの全員が本気で葉山を慕っているかは分からんがな。単にアクセサリーとして利用したいだけかもしれん」

 

「それダメじゃん。利用してるつもりが、逆に利用されてるパターンだよ。

小町に言わせればステーキの付け合わせのジャガイモ以下だね」

 

……残念。

最後はもっとカッコいいこと言って〆るもんじゃね?例えがちょいと悪すぎる。

俺も例によって人のことは言えないがな。あとさりげなくジャガイモをdisるな、今食ってるものだぞ。

 

「その、大岡さんだっけ?その人は可哀想だけどさ、結果的にはその、なんていうの?

そういう形ではあるけど、そんな人間関係からは解放されて、良かったんじゃない?

やっぱり人間、似たもの同士で固まってるのが一番いいんだよ。……ずっとそうしてもいられないけどさ」

 

情けないことに、俺にはその似たものとつるむことすらできていないが。

 

解放……か。それにしては多くの代償を払い過ぎている気もしなくはない。

確かにいけ好かない奴ではあるが、俺個人としては恨みがある訳でもなく。

 

では、俺はあいつを、大岡を助けられたか?―――答えはノーだ。

 

クラスを敵に回してでも救う理由はない。他人以上クラスメート以下のあいつを。

向こうだって逆に困惑するだろう。

 

結局は、こじつけであろうと、自分を納得させて騙し騙し生きていくしかないのだ。

卑怯だと分かっていても。

 

「……ああ。そう、かもな」

 

「そうだよ。……それに、お兄ちゃんが助けてあげるとか、そんなのできる訳ないし」

 

……。

 

「へいへい、悪うござんした。どうせ俺はカッコ悪い兄貴だよ」

 

「こーら、拗ねない。小町的にポイント低いよ?」

 

そうして、比企谷家の夕餉は再開される。

 

 

"そんなことして、自分から傷つきにいくのは、絶対ダメだよ"

 

 

小町の言いたいことは、よく分かった。ああいう言い方をしたのは、照れ隠しと受け取っておこう。

 

ありがとうな、小町。

 

 

やはり比企谷小町は、俺の天使である。ただ一人の、な。

 

 

 

 

 




終わりです。次回はお待ちかね、サキサキ回かも。


今回は小町との日常を題材にしました。前回があまりにハード過ぎましたからね。
ただ恋愛フラグは立てたくないので、なら兄妹仲がよいだけなら、ま、いいかと思い、結果こうなったと。
……小町が八幡との禁断の恋√突入?
ないわー。そんなのやりません、ご安心ください。



なお、荒れる話題を扱っているということは重々承知していますが、感想欄での感情的な発言は、どうかお控えください。この場でお願い申し上げます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 今日も彼は、人間関係の煩わしさに翻弄される。

合説の帰り、アキバのソ○マップに寄りました。
PCゲームを物色しました。最近発売されたもので、絵はまあまあよさそうなのを見つけました。
パッケージ裏のあらすじを読みました。


「『友達を作れないんじゃなくて、作らないんです。』
そう自ら“ぼっち”を決め込んでいる主人公。
『私のことは放っておいて。』
そう思って毒舌を撒き散らし、周囲を遠ざけている超絶美少女。

なんだか似たもの同士なふたりが出会うところから、物語は始まる――

(中略)彼女に連れて行かれた先は学園でも良い評判を聞いたことがない、“アシスト会”なる生徒会管轄下の委員会で(ry」


……まんま俺ガイルのパクリじゃん!

主人公八幡じゃん!メインヒロイン雪ノ下じゃん!アシストって奉仕部じゃん!いや寧ろ劣化してるまであるぞ!?設定とかセンスとか……。

そっとゲームを戻し、ソ○マップを後にしたのでした。



※本編とは(ry







……やってしまった。

 

始業時間まであと三分。

校門には生徒の姿は全くない。あいさつ運動をやっている生徒会の姿も、彼らと混じって野太い声で挨拶をかましては女子生徒をビビらせる厚木の姿もなかった。

遅刻遅刻~とはしゃぎつつちっとも慌てているように見えないバカ共もいない。そう、誰一人。

 

遅刻する時までぼっちとはこれいかに。

 

そもそも、どうして無遅刻無欠席が取り柄の俺がこんな事態になったのか。

きっかけは昨日返却された中間テストで、数学はまさかの赤点。試験勉強は敢えて辛うじて理解できる分野のみ集中的に取り組んだのだが、今回はそのヤマが外れた。

三角関数とかcosとか意味分かんねーよ、日本語で書けよ。

ということで泣く泣く追試験を受ける羽目になったのだが、幸い数学教師は話の分かる人物で、追試験の問題は六割がた中間テストと同じなのである。

追試は四割以上得点すれば合格なので、テストの問題を丸暗記すれば楽勝だ。

 

だった、のだが。

 

あろうことか、その肝心の問題を紛失。置き勉などしないから学校に放置する筈はなく、今朝家じゅうを探し回ったが見つからない。

そうこうしている内にタイムリミットが迫り、遅刻する方がはるかにヤバい、追試は今週末などだからまだ時間はあると自分に言い聞かせ、家を出た。

すまんな、小町。今日は送ってやれなくて。

呆れつつも菓子一つで許してくれる辺りは流石我が妹である。……チョロすぎてちょっとお兄ちゃん心配だけど。

 

どうにかダッシュで昇降口に辿り着き、靴箱にスニーカーを放り込んで上履きに。五秒で完了。

後は小走りでいけばどうにか―――

 

「……おい、比企谷」

 

と、背後から平塚先生来襲。……音もなく現れんな、ビビるだろ。

妙に目が赤い気がするが、寝不足かそれとも二日酔いか?どちらにせよ生活指導の教師として相応しいとは思えない。だから結婚できないんだよ。

 

「お、おはようございます。それじゃ俺はこれで」

 

「待て。君、数学で赤点を取ったそうだな」

 

はい?てっきり遅刻寸前だったのを咎められるかと思いきやこれか。

アンタ現国の担当だろ。まさか酔った勢いで自分の担当科目も忘れたんじゃないだろうな。

 

……とは、勿論言わない。それより早く教室に行きたいのだ。

 

「まあその、失敗してしまったんですけどどうにか追試で挽回できるように」

 

「全く……最初から追試でどうにかすればいいと思っているからダメなんだ!

文系だからといって手を抜いて良い訳じゃないんだぞ、大体君はいつもいつも人を舐め腐って―――」

 

そして、そのままお説教タイムへ突入。

人との関わりを忌避してばかりだから勉強でもすぐ楽な道に走りたがるんだ、休日も体を動かさずに怠けているだろう、今に脳味噌が腐ってしまうぞ、云々。

ご心配なく。愛妹の手によって勉強を教えさせられ買い物に付き合わされ、家事も一緒にやってますから。そもそもシンナーでもやらん限り脳が腐るなんて有り得るかよ。

更には不出来な生徒を持つとその分他所の先生から嫌味を言われるんだぞとまでのたまう。なら、そこのクラスの劣等生のことを持ち出して言い返してやればいい。

よく会話はキャッチボールに例えられるが、俺にとっては寧ろブーメランである。うっかり下手な事を口にして痛い目に遭い、そうして口下手な人間は会話を最小限にする必要があると学習していくのだ。

 

第一F組には俺の他にも数学を落とした奴だっているだろうとか、アンタは授業に出なくていいのかと心の中で愚痴っているうちに、始業を知らせるチャイムが鳴る。

嗚呼……終わったな。とうとう皆勤賞を取るという高校生活唯一の目標は果たせなかったか。

 

と、その時。

 

 

「っ……」

 

 

すぐ横を、小走りで誰かが通過していく。

そちらに目を向ける。

 

川崎だ。

 

一瞬、目が合う。すぐに睨み返される。またか……。

 

「おい!どこに目を向けているんだ、話を聞いてるのか」

 

「いやその、今かわさk」

 

「何を言ってる?言い訳をするんじゃない!全く君は……」

 

そしてまた、既に忘れたかのようにさっきの説教を繰り返す。

……もうこりゃ、単に脳筋とかそういう問題じゃないな。若年性認知症の可能性を疑うレベルである。

 

結局、俺が解放されたのはそれから十五分後。見事な大遅刻であった。

 

 

日々生活していると、人間関係の悩みには事欠かない。俺のようなぼっちでもだ。

言うまでもなく、リア充は俺にとって関わってはいけない人物の筆頭に上がる。学校行事などでこいつらと同じグループになったら、もう早く終われと祈るしかない。

そしてパシリにされませんようにと。

 

で、問題はまだあって、それは自分と似たぼっちさんと付き合わなければならないということになったら、というケース。

これもこれでお手上げ状態である。お互い碌に会話ができないので、その間ひたすら気まずいムード。

まさにアインシュタインの相対性の逸話だ。辛い時ほど永遠に感じるというアレである。

 

数週間前の職場見学もまさにそうだった。俺、川崎、そしてモブキャラの風格をこれでもかと兼ね備えた佐藤。

この余り者グループだけで精肉店を見学し、店と仕事の様子を見学し、店主にインタビューすることになって。

 

そして、途轍もないことが起こった。

 

 

「この店の化粧室はきちんとトイレットペーパーが補充されてませんが、管理はどうなっているんですか」

 

「店員が常連客らしい人とレジで長々と雑談をして子連れの若い母親を待たせていましたが、接客についてきちんと教えているんですか」

 

「高齢者の客も多いのに、店の通路が狭いのは配慮に欠けているんじゃないですか」

 

「先日来店した時、貴方が若い店員を店の前で蹴り飛ばして怒鳴り散らしているところを見ましたが、パワハラになるんじゃありませんか」

 

 

―――こんな質問を、川崎が先方に投げかけたのである。

 

店主はしどろもどろになり、曖昧な返答しかできず、最後はガキの癖にケチをつけるのかと逆ギレ。

その一部始終を、モブの佐藤が正確かつ素早くメモにまとめる。お前事件記者かなんかなの?

俺はと言えば間に挟まれ、ただ黙っていた。胃の痛みに耐えながら。

 

実際、四つ目以外のことに関して、川崎の指摘は正しかった。小学生でも疑問に思う奴は思うだろう。

それを職場見学で聞いていいことなのかは別にして。

 

その後、俺たちのグループは店での出来事を基に「個人商店はなぜチェーン店に負けるのか」と題したクソ真面目なレポートを書いた。

そして平塚先生からは見事に突き返され、書き直しを命じられた。理由はただ一言、「高校生らしくない」という超抽象的なもの。

社会への問題意識を持てとか教える癖に、とんだダブルスタンダードである。結局嘘ばかりの感想を並べて無難にまとめて再提出したが。

 

……とまあ、こんなこともあって、俺は川崎が苦手だ。

普段は物静かなのに一度火が付くと恐ろしい。根は悪い奴ではないと思うが、それでもやはりぼっちには関わりづらい人間であることには変わりない。

 

それだけなら、こっちからはなるたけ関わらないようにすればいいのだが。

 

「……」

 

だがここ最近、どうも川崎の方から俺を見てくることが多いのだ。授業中、休み時間問わず。

少々敵意のこもっていそうな視線で。

いやいや、訳が分からん。少なくとも職場見学の件ではレポート作成はしっかり協力したし書き直しも手伝ったのだが。

確かにインタビューの時は何の役にも立ってなかったけど。ほら、適材適所ってあるだろ?

 

俺は川崎とは"ただのクラスメート"でありたい、そう思っているのだが。

別にお前がこのところ遅刻が多いことなど俺には関係ない。関心もないし親しくなろうとも、ましてや清いお付き合いがしたいとも思わない。

それを、向こうが許してくれないのだ。

 

おかげでまた学校が辛くなるとぼやきつつ、俺は追試をどうするかということについて再び頭を悩ませるのだった。

 

 

「……よし、誰もいないな、っと」

 

昼休み。雨が降らなかったので俺は屋上へ行く。

本当なら追試の勉強をしなければならないのだが、学校の机やロッカーにも試験問題は見当たらない。一体どこに消えた?

登下校中に道に落とすとか、それはもっとあり得ない。小銭すら落としたことがないんだぞ。

教師にもう一度問題をくれるよう頼む?無理だな、そんな勇気はないし仮に実行しても友達から借りろと言われるだけだ。

あとはまた教科書を見て、範囲を全部復習するという超非効率的な方法しか残っていない。

 

もうこりゃ、留年も選択肢に入るかもしれんな……。

嘆いても始まらないという訳で、今日は諦めて飯を食うことにした。人生、押してダメなら諦めろ、である。押してもいないだろって言うなよ?

 

「ふぅ……あっ」

 

その時、屋上のドアが開く音がする。ちらと目をやると、由比ヶ浜だった。

おい、ここはリア充様の来るところじゃないぞ。場所間違えてないか?

勿論すぐ目を逸らし、飯を食うことに集中する。話しかけられでもしたら厄介だ。

 

小銭をガチャガチャと入れる音、次いでペットボトルがガシャンと落ちる音が聞こえてくる。

どうやら自販機に用があったらしい。わざわざこんなところの自販機を使うなんて、そんなに欲しいものでもあったんだろうか。

まあ、さっさと出ていってくれれば構わないのだがな。

 

と、なぜかこちらに気配が近づいてくる。そして、目の前に缶ジュースが差し出される。

仕方なく顔を上げると、恥ずかしげな表情の由比ヶ浜。

 

……一体全体、何様のつもりだ?

 

こいつ、嘘告白紛いのことをしたのをもう忘れているのか。

率先してやったのか誰かに指図されたのかはどうでもいいが、この無神経さにはさすがにイラッと来る。リア充グループなら何でも許されると思うなよ。

 

「あの……よかったらさ、これ」

 

「別にいい」

 

「……どうして」

 

「受け取る理由、ないから」

 

さっと短く、素っ気なく答える。俺はもうお前とは話したくないという意思表示。

大概の奴は、こうしてやると向こうも嫌そうな顔をしながら退散していく。

是非お前もそうしてくれ、由比ヶ浜。そして俺のランチタイムを邪魔しないでくれ。

 

だが、今度は勝手が違った。相手に引く様子がない。悲しげな表情をしながらも、強い口調で言い放つ。

 

「……なんでよ。人から物を貰ったら、喜んで受け取るのが普通じゃないの?」

 

はあ、そうですか。

嘘告白してきた奴の嫌味たっぷりの贈り物でも、黙ってニコニコと受け取るのが普通ですか。

普通の人間だったら、リア充だったら、社交儀礼とやらに縛られてそうしなければいけないのかもしれん。

 

だが生憎、俺は普通じゃない。ぼっちなんだよ。

 

「知るか」

 

さっきよりも素っ気なく、冷酷さを百倍増しにして言い放つ。俺に、嫌味な奴に尻尾を振り媚び諂う性癖はない。

 

「なに、それ。ヒッキーはそんなんだから―――」

 

そこまで言いかけて、由比ヶ浜はハッとしたように口をつぐむ。

こいつの言いたいことなどすぐ想像できる。そんなんだから友達がいないんだ、そんなんだから皆から嫌われるんだ。

 

実に結構。煩わしい人間関係など避けるに限る。

 

それに、俺からすればお前らの人間関係の方が異常だよ。大岡にあんなことがあって学校に来なくなっても、"いつも通りに"振る舞おうとする。

つるんで駄弁って、へらへらと笑って。以前リア充の友情など薄っぺらいと冷ややかに見ていたことがあったが、どうやらそうでもないらしい。

しかし逆に強固な絆だとも言えない。寧ろ粘着質というか、そのような不快さだけを感じる。

そこまでお前らを縛り付けるものとは、一体何だ?ガムの噛みカスでもくっつけてお互い離れられないようにでもしてるのか?

 

とても俺には真似できない。お前らがそうしたいと言うなら好きにすればいい。

だから、もう二度と俺に関わらないでくれ。

 

改めて俺は昼食を再開する。そこで由比ヶ浜も諦めたのか去っていった。

右手にレモンティーを持って。そう言えば三浦が好きな銘柄だったっけか?何だ、結局率先してパシリ役を引き受けてるんじゃないか。素晴らしい奴隷根性だな。

 

すぐにまた、静けさが戻る。俺一人しかいないのだから当たり前だが。

数分して弁当を食べ終わり、フェンスから街の景色を眺める。時折感じる海風だけが心の癒しだ。

 

ふと、携帯が振動しているのに気づく。

また迷惑メールか?と思いきや、ショートメールだった。差出人は、小町。

 

 

「学校が終わったら、まっすぐ家の近くのサイゼに来ること!小町」

 

 

……おいおい。また面倒事かよ。

 

ため息を堪え、また俺は戦場へと戻っていく。

教室という名の。

 

だって、可愛い妹が俺に頼みごとがあるというのだからな。何としても、生きて帰らねば。

 

 

 

 

 

 




終わりです。
サキサキ編突入は次回になりました、ごめんなさい。あと今回の前書きはちょっと荒ぶりすぎた……?

なぜサキサキは、八幡を敵視するようになったのか?
……小町と大志くんの関係から考えてみてください。
つまりサキサキはブラ(ry


そして、終盤で由比ヶ浜のあの行動。拒絶する八幡。

由比ヶ浜ももっとちゃんと説明すべきなのかもしれない。
八幡も冷淡すぎるのかもしれない。

でも、無理なんです。人種が違うんですから。
考え方もまるで違う"生き物"なのですから。


恋愛フラグなんて意地でも立たせないからね(ゲス顔)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。