漆黒聖典の六姉妹 (ニンジンマン)
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漆黒聖典の六姉妹

書きたくなったために書いただけのネタ。
ダクソ2クロスの方が終わったら連載として書くかもしれないもの。


 スレイン法国神都にある神殿、その一室。

 光を反射し、美しく煌めくステンドグラスを背後に立つ死の神官長。彼の前には跪き、頭を垂れる女が二人いた。

 一人は雪のような美しい長髪に、黒いリボンを付けている。妖艶な雰囲気を持ったアメジストの瞳、身に付けている白い服は胸部と腹部の露出が激しく、まるで情婦のようだった。

 もう片方の女は彼女とは対称的だった。切り揃えられた金髪に露出のない白と黒の服、顔つきはいたって生真面目そうなものだった。そしてその中身も生真面目で、堅物な女だ。

 

「それで? 神官長、私たちを呼び出した理由は?」

 

 面を上げた女――ゼロがつまらなさそうに言った。

 この世界に真っ当な人間として再び生を受け、かれこれ二十年。前の人生が冗談に思えるような、まともな人生を送っている。前世では『花』に寄生された死体であり、その『花』を消すために竜と共に行動し、花から生まれた『自称妹』共を抹殺し、最終的にはその竜のおかげで無事に死体らしく死ぬことができた。

 しかしながら、せっかく死ねたかと思えば、何の因果かこの世界に生まれ落ちてしまった。しかも自分が殺してきた『自称妹』共もおまけで、だ。

 だがこの世界では自分は『花』に寄生されてもいなければ、死体でもない。さらに『自称妹』共も、自分と血の繋がった本当の妹になっている。それに、あちら側もしっかりと人間だ。花から生まれた人型の知的生命体などというわけではない。俗に言う輪廻転生というものなのだが、彼女にとってそんなことはどうでもいいことだった。

 現在、ゼロは非常に機嫌が悪い。理由はとても単純で、隣にいる彼女の妹――ワンが原因だった。

 ゼロは――妹たちが大嫌いなのである。前世では散々殺し合ってきたのだ、いまさら姉妹仲良くなどできるわけがない。

 

「ゼロ、神官長に向かってその口の利き方は何だ?」

 

 隣のワンがじろりと睨みつけてきた。人間として生まれ変わっても、前世とまったく変わらないワンの性格に、ゼロは舌打ちして口を開いた。

 

「はいはい、私が悪かった。無礼をお許しください、神官長様」

 

「いや、構わんよゼロ」

 

「おーおー、神官長様は懐が大きい事で。ナニもでかいのかな?」

 

「ゼロ!」

 

 無礼を重ねるゼロに、ワンが声を荒げた。

 一方、死の神官長はゼロの言葉など、どこ吹く風だった。彼はゼロがこういう下品な女だということをよく知っている。要するに、こういったやり取りはいつものことなのだ。

 

「ワン、もう良い」

 

 ゼロに今にでも食ってかかりそうなワンを制する。

 死の神官長は一拍置くと、二人に告げた。

 

「今日お前たちを招集したのは、ビーストマンの脅威にさらされている竜王国へと派遣するためだ」

 

 竜王国――スレイン法国の東に位置する、竜の末裔の女王が統治する国だが、この国は滅びの危機に瀕していた。この国は、ビーストマンという屈強な亜人に執拗に攻められ疲弊している。スレイン法国に献金し、こうやってゼロやワンのような『強者』を送られねば、いずれ滅びてしまうほどに。

 ゼロやワンは、スレイン法国の中の特殊工作部隊『六色聖典』の中でも、さらに強き者しかなれない『漆黒聖典』の一員だ。それぞれ、第十三席次と第十四席次として、その任を全うしている。

 

「竜王国へ、ですか」

 

「そうだ。ワンよ、今回は姉のゼロと二人だけの任務だ。国境まで侵攻しているというビーストマンを、国境から撃退するのだ」

 

「はい、畏まりました。必ずやビーストマンたちを退けてみせます」

 

 姉とは違い、しっかりしている妹のワンに、死の神官長は満足そうに頷いた。

 

「では、頼んだぞ」

 

「はっ! ……ゼロっ」

 

 明後日の方向を向いている姉の脇をつつく。

 すると、ゼロはだるそうに頭をぼりぼりと掻いた。

 

「はい、了解しましたー」

 

「用件は以上だ。下がってよいぞ」

 

「はっ! 失礼します」

 

「失礼しまーすっと」

 

 礼儀正しく頭を下げるワンと、顔だけを下に向けるゼロ。

 姉妹だというのに、どうしてこうも性格が違うのだろうか。しかしながらそれ以外は似ている。この姉妹は本当に面白いものだ。

 死の神官長はそう思いながら、二人の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あーあ、帰りたくないなぁ。また男娼の家にでも引き籠ろうか」

 

「何を言っているんだゼロ。お父様とお母様をまた悲しませるつもりか?」

 

 神都の居住区の一画。その外れにある一軒家の前でゼロとワンは立ち止まっていた。ここは彼女らの実家だ。

 ゼロが実家へと帰りたくないと言っているのは、単純にこの家には残りの四人の妹たちがいるからだった。

 三年ほど前、妹たちに会いたくないがために彼女は家出をしたことがある。『六大神に並ぶ者の血を覚醒させた』彼女ら六姉妹はその夫婦にとって、さらにいえばスレイン法国にとってもかけがえのない財産だった。その目に入れても痛くないほどの自分たちの娘が、数人の男と不純な行為をしており、しかも『下から貫かれてよがっている』ところを発見されたのだ。父と母は大泣きし、五女は男たちを殺してくると喚き散らし、六女は自分も混ぜろと鼻息荒く捲し立て、その日は一家が大騒ぎになった。

 その時のことを思い出すと、頭痛がする。ワンは淫乱な姉と潔癖症な妹、姉同様に困った性格をした末妹にひどく手を焼いていた。

 

「家出は許さないからな、ゼロ」

 

「わかったわかった。しないからとっとと扉を開けろ」

 

 ワンが扉を開けて玄関へ着くと、一人の少女が出迎えた。

 額に『Ⅳ』の字がある茶髪の少女だった。

 

「おかえりなさい。ゼロ姉さま、ワン姉さま」

 

「ただいま、フォウ」

 

 律義に返事を返すワンとは真逆に、満面の笑みを浮かべる妹――フォウを無視し、ゼロは玄関を抜けて奥へと入っていった。

 

「……どうしたのかしら、ゼロ姉さま? 機嫌でも悪いのかな」

 

「あれはいつもこうだろう。さあ、私たちもリビングへと入ろう」

 

「はい!」

 

 リビングへと着くと、ゼロは早速ソファーに寝転がって目を閉じた。

 ゼロもフォウのように良い子だったらよかったのだがな――。早速家でぐうたらし始めた姉に、ワンはほとほと呆れた。

 

「はぅん! ゼロ姉さまにワン姉さま、お帰りになっていらしたんですの?」

 

 甲高い女の声がリビングに響いた。階段を下りてきた金髪の、大人顔負けの色っぽい身体をした少女が唇に手を当ててくねくねと動いている。

 ゼロは不機嫌そうに身を起こすと、右人差し指を金髪の少女――ファイブへと向けた。

 

「うるさい、黙れ。この※☐△$!」

 

「はぅん! なんて汚いお言葉なのかしら。でもわたくしがそうなのでしたら、ゼロお姉さまも※☐△$なのではなくて?」

 

「君と一緒にしないでくれるかな? 吐き気がしてくるよ」

 

「何をおっしゃいますの、ゼロお姉さま。お姉さまは以前家出した際、沢山の殿方とお楽しみになったそうではありませんの」

 

「あーあー、耳が腐る。それ以上喋ると、前みたいに滅多刺しにするぞ?」

 

「それは困りますわ、ゼロお姉さま。もうわたくしたちはウタウタイではないのですから、剣で刺されたら死んでしまいますわ!」

 

「じゃあ死んでくれ。今すぐ死んでくれ」

 

「はぅん! お、こ、と、わ、り、しますわ~!」

 

 挑発するようなファイブの声色にゼロはキレた。

 彼女はソファーから飛び起きると、壁に立て掛けておいた白黒の愛剣を抜いた。

 その彼女の気迫に、剣の傍にいたフォウは驚いて尻餅をついた。

 

「ゼロ、ファイブ! いい加減にしろ!」

 

 ワンの怒声に、ゼロが動きをピタリと止めた。

 ゼロは顔だけをワンへと向けると、舌打ちをした。

 

「止めるな、ワン。お前も殺すぞ?」

 

「私を殺そうと思うのは構わないが、ファイブをそうしようとするのは国家反逆罪になるぞ」

 

 ワンの口から発せられた台詞に、ゼロは頭の上に疑問符を浮かべた。

 なぜファイブを殺そうとするのが国家反逆罪なのだろうか。意味がわからない、と彼女は首を傾げた。

 ファイブは自分と同じように漆黒聖典に所属する身であり、国から優遇されるような血筋なのだが、そこまでの存在ではないはずだ。

 ワンは首を傾げるゼロを一瞥すると、ファイブへと顔を向けた。

 

「ファイブ、お前は身重の身なんだぞ? うろうろしてないで休んでいろ」

 

「はあ!?」

 

 ワンが落としてきた爆弾に、ゼロは素っ頓狂な声を上げた。

 

「う、嘘だろ……? み、身重ってお前……まだ十五だろ。というより、相手は誰なんだ!? 私は聞いていないぞ!」

 

 ゼロは剣を放り出し、ファイブの両肩をがしっと掴んで強く揺さぶった。

 

「あら、あら、あら。そんなに揺らされたら、気持ち悪くなってしまいますわ」

 

「ええい、うるさい! それより相手は誰だ!? この私ですらまだなんだぞ!」

 

「隊長さんですわ~! 交わった時のあのお方の、あの泣きそうな表情っ! 狂わしいほどに最っ高でしたわ!」

 

 ファイブの発言でゼロはすべてを察した。

 確かに『神人』である漆黒聖典の隊長の子を身に宿したとなれば、上の連中はお祭りだろう。それは国の権限を使ってまで守りたくなるのも頷けるというものだ。しかもその母体が価値的に『神人』に近い血統の、英雄級超えの力を持った女ならなおさらだ。

 

「お前、大胆すぎるだろう。自分の隊の隊長逆レ○プして、そいつの子共孕むとか」

 

「それだけではありませんわ、ゼロお姉さま!」

 

「ああ?」

 

 頬を赤らめ、足を内股にして擦っているファイブに、ゼロは青筋を浮かべた。

 

「なんと、なんとなんと! なんと……!」

 

「うるせーよ、勿体ぶってないで早く言え」

 

「お互い、初めて同士でしたのよ! もうこれは運命ではなくて!?」

 

「嘘つけ。純情ぶるなよ、この※☐△$!」

 

「はぅん! 今世では初めてでしてよ、ゼロお姉さま! しかもあのお方ったら、お互いに初夜を明かしたというのに、次の日には凛としたいつも通りになっていましたのよ!」

 

 つれない、でもそこがいい! ジュンジュンしちゃう!

 などと惚気ている妹に、ゼロは嫌気がさした。

 

「あー、そうかそうかよかったな」

 

 剣を拾い上げると、ゼロは廊下へ出た。

 

「ゼロお姉さま、どこへ?」

 

 ファイブの下世話な話にあてられ、顔を赤くしているフォウが訊いた。

 

「任務だよ、じゃあな」

 

「なっ。おい待て、ゼロ! 何の準備もせずに行くつもりか!?」

 

 剣一本しか持っていないゼロに、ワンは待ったをかけた。

 

「私はな。準備はお前がしろ、ワン。ほれ、愛しいお姉さまの役に立てる絶好の機会だぞ?」

 

「誰がお前のことなど!」

 

 ゼロは聞く耳を持たなかった。

 ワンはゼロが出て行った後の扉を見つめる。

 あいつはいつも勝手だ――。仕方ないとワンは諦め、彼女は荷造りのために自室へと向かった。

 

 

 

 竜王国東端の国境。辺りに広がる平原一帯。

 普段は美しい緑が広がる場所だが、現在は虫が集ったかのような暗色が埋め尽くしていた。

 その正体はビーストマンの軍勢だった。彼らは今にも竜王国を滅ぼさんと、その歩を進めている。

 彼らに相対するのは僅か二人の女性だった。白を基調とした扇情的な服を着た女性は、右手に白黒の剣を持っている。もう片方の女性は黒い戦輪を手に持ち、鋭い視線をビーストマンの群れへと送っている。

 今回の任務の依頼元である竜王国、その女王であるドラウディオン・オーリウクルスは国の存亡を見届けるため、兵たちを伴って平原へと来ていた。本来は二人の女性――ゼロとワンと兵たちを共闘させ、ビーストマンを撃退する算段だったのだが、ゼロが『雑魚が私よりも前に出ると巻き添えを食らうぞ』と言ったために下がらせてある。

 ドラウディオンはあの二人だけで本当にビーストマンたちを撃退できるのだろうか、と大きな不安を抱えていた。兵たちを前陣から本陣まで下げてしまったため、もしあの二人が突破されれば、ビーストマンたちが本陣へとなだれ込んでくることになる。そうなったら一巻の終わりだ。

 咆哮と共に寧猛な野獣たちが野を駆ける。その迫力に、一部の兵たちは恐怖に慄く。

 だが、ゼロは違った。彼女はビーストマンたちを見据えると、片方の口端を上げて笑みを作った。

 これから自分たちに蹂躙されようとしているのに何がおかしいのか。ゼロを見たビーストマンはそう思ったが、高揚した気分の前には、そんなことは些細なことだと感じていた。しかし、それは命取りだった。

 始まった戦場に大きな影が差す。ビーストマンたちが空を見上げ、驚愕の表情を浮かべた時には全てが手遅れだった。 

 

「ミカエル――」

 

 ゼロの呟きと共に巻き起こる轟音。

 ビーストマンの軍勢、その一部隊が灼熱の業火に飲まれて消し炭と化す。

 大地を震わす咆哮。

 平原の一部を焼き払ったのは荘厳なる白竜だった。白竜はゼロの背後に土煙を上げながら着地すると、その両翼を彼女を守るように地に着ける。口腔からは灼熱の炎が漏れ、威嚇による咆哮がビーストマンたちから戦意を削いでいく。

 白竜に守られたゼロはその美しい顔に、氷のような冷たさを貼り付けた。

 

「――さあ、獣を皆殺しにするぞ」



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