ガールズ&パンツァー 狂せいだー (ハナのTV)
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最速の足!

この話は思いつきであり、また初の三人称なので粗も多いと思いますが楽しんでもらえると幸いです。


「諦めなさい」

 

質素だが故にわびさびを感じる室内で美しい音色を伴った声が響いた。その後すぐに陶器が割れる音が続いた。ラウンドテーブルに座る一人の女子高生がティ―カップを落としたのだ。

 

「あ、あの」

「もう一度言うわ。諦めなさい」

 

諌めるような口調ではあるが聞くものにとってはあまりに残酷なひと言が述べられた。その声が小鳥がさえずるかのような綺麗な女性の物であるのを幸福と言うべきか、不幸と言うべきか。いや、どの道聞きたくなかったセリフなので結局不幸だろう。

 

「そ、そんな!」

 

宣告された美しいブルネットのロングヘアーの少女はその場にへたり込んでしまった。青を基調とした聖グロリアーナ女学院の制服を着る彼女、吉田薫子は顔を真っ青にして現実を否定しようとするが、オールバックの長いブロンドと大きなリボンを特徴とした女子高生アッサムは彼女の両肩をしっかりと掴んで告げる。

 

「でも現実はしっかりと受け止めなくてはなりませんわ。貴女はもうソコまで来てしまったのだから」

「私は……ずっと夢見て来たんですよ! なのに! なのに!」

 

すっかり取り乱す二年生をアッサムは優しく抱きしめた。彼女はよく知っていた。戦車道を選択したもの全てが望み通りの道を歩むことはない、と。

 

彼女たちの誇る聖グロリアーナの隊長ダージリンなら「世界は辛いことでいっぱいだけれども、それにうちかつことでもあふれている」と激励の言葉を送るだろう。

 

事実、薫子は努力を怠たることもなければ才能が皆無なわけでもない事をアッサムは知っている。むしろ特異な才能があると聖グロリアーナ戦車道チームの誰もが知っていた。彼女の望む物かどうかは別として、だが。

 

「確かに貴女の思い描いた道とは違うかもしれませんわ。でもこれがダージリン様の出した結論である以上、貴女は認めなくてはならないわ。そして自分の“戦車道”を見直す機会として受け入れるべきよ」

 

嗚咽を漏らして泣く彼女と慰めるアッサム。その周りにいつの間にか彼女たちの同胞たちが集まって二人を見守っていた。優雅で情熱的な赤のパンツァージャケットを着る彼女達の中にはハンカチを取り出して涙を拭く者すら出る。

 

「だから……」

 

アッサムは懐から何通かの書状を取り出して薫子に手渡す。その数は30を超えており表面には「異動願い」と書いてあった。

 

「これからもローズヒップ車の操縦手を……」

「嫌ですう!」

 

バンバンと床を叩き駄々をこねる薫子にアッサムは小さくため息を一つ。そして周りの仲間たちはそれを皮切りに涙腺を崩壊させた。

 

「いい加減お認めになりなさい。どう考えても貴女以外にあの子の満足のいく運転はできないのだから」

「嫌です! 嫌です! もうローズヒップさんの無茶には耐えられません~!!」

 

薫子の叫びに誰もが同情する。薫子は元華族の出身でゲルマン系の血が4分の一ほど入ったクォーターでいわゆる血統書付きの由緒あるお嬢様である。故にか、入学前にダージリンと彼女の乗るチャーチルに惹かれ、戦車道を選択した。入学当初、いつの日かチャーチルに乗り真の淑女たるダージリンのように、と夢見ていたのだ。

 

しかし現実は彼女の夢の悉くを打ち砕く。類まれなる運転技術を先天的に持っていたため、速攻でクルセイダ―乗りに配属され、よりにもよって“あの”ローズヒップに気に入られてしまったため半ば強引に彼女の操縦手としてレギュラーメンバーに抜擢されたのだ。

 

「でもクルセイダ―も悪くないでしょ?」

「毎日ドリフトでコーナーギリギリをせめてもですか?」

「レーサーになれますわよ」

 

ある人曰く追突が8回、スリップした14回、横転してひっくり返ったのが5回である。池ポチャ2回、ルクリリのマチルダを大破が1回である。

 

「チキンレースをするのも?」

「度胸は淑女にも戦車道にも必要ですわ」

 

アンツィオとの練習試合時にパスタ大好きっ子と交戦し、CV33三台と共に盛大なクラッシュをした。オレンジペコ曰く「ダージリン様のカップの持つ手が震えていた」とのこと。

 

「後ろから紅茶がかかるんですよ! 零していいんですか?! 聖グロ的に!」

「彼女もまだまだこれからですから」

 

“たとえ、どんな走行をしようが紅茶を一滴も零さない”が信条たる聖グロで許された特例として残るかもしれない。見方によってはある意味“伝説”である。

 

「準決勝ではパンターにティ―ガーⅡに突撃したんですよ!」

「あれは……か、攪乱の意味もあった……と思いますわ」

 

此処までポジティブシンキングだったアッサムも流石に目線を横にずらす。機動性による包囲をしたものの、正確な射撃と圧倒的火力で包囲網を食い破られようとした時彼女たちが立ち向かう姿を観客たちはこぞって褒め称えていたが、その実ローズヒップの負けん気から来た特攻だと知る聖グロリアーナのチームメイトたちの表情は微妙だった。

 

そしてローズヒップの指揮のもと薫子は目をグルグル回しながら恐竜じみた巨大さを持つドイツ重戦車群の中で大立ち回りを演じてパンター二両とヤークトティ―ガーの履帯を破壊し四号駆逐戦車ラングを撃破し、黒森峰の隊長大好きな忠犬駆るティ―ガーⅡに体当たりされて横転し撃破されたのだ。

 

その時の通信のうるささと来たら、薫子の悲鳴とローズヒップのアドレナリン全開の笑い声のミックスでにぎやかさだけなら全国ナンバー1だったに違いない。ちなみにこの時ダージリンは「戻りなさい」と言わなかった。

 

「もう! もう、もう耐えられません! 次はきっと列車砲やら臼砲に突っ込んだり、川を飛び越えろとか、真っ赤なイチゴを持った殺人鬼に立ち向かうとか、先っちょのとんがったモノに対抗するとか言われるに違いありません! そうなる前に! 早く!」

 

前半はともかく後半の発言にアッサムは一瞬噴き出そうになった笑いをどうにか堪えて必死に懇願する薫子に言う。

 

「落ち着いて。臼砲なんて戦車道で使われないわ」

「ああ、やった。これで安心……なんて出来るかぁ!」

 

薫子の口調はついに粗暴な物へと変わり、わんわん泣き出した。見かねたチームメイトがなだめようとしたが「同情するなら代わってください!」の一言でそそくさと去っていく。真、薄情な連中である。荒れて荒れてどうしようもない薫子に対してアッサムは目元を一回抑えて再び説得を試みようとする。

 

アッサムとしても聖グロリアーナとしても貴重な機動力を持つクルセイダ―乗りをむざむざ下ろす事はない。なにより“あの”ローズヒップを満足させることの出来る操縦手だ。手放してはならないのである。

 

「そうは言うけども……こんな言葉を知っている?」

「ハイ?」

「クルセイダ―乗りはクルセイダ―以外で満足しない」

「それはどういう……?」

「貴女」

 

一拍つけてアッサムが訊く。

 

「今チャーチルやマチルダに乗って満足するとお思いで?」

 

ピタッと薫子の動きが固まった。まるで石像のように固まった彼女にアッサムは恐ろしい事実を突きつける。

 

「マチルダⅡ時速24km、チャーチル約25km……この聖グロリアーナ女学院なら誰でも知っているデータですわ。悲しいけど、貴女はもう、きっとクルセイダ―以外で満足できるレディではないのよ」

「そ、そんな」

 

口をカタカタと震わせて顔を青くする薫子は壁際まで後退し叫ぶ。

 

「私、そんな女の子じゃありません!」

「認めなさい。クルセイダ―乗りがクルセイダ―以外で満足した確率は過去平均で2%よ。もう貴女は普通の子じゃないのよ」

「いやあ!」

 

古めかしい少女漫画よろしく追い詰める金髪のお嬢様に追い詰められるお嬢様の図。一部の台詞に誤解を生みそうなのはさておき、このデータは薫子には絶大な効果があった。

 

これがアッサムの切り札。時速43km、リミッター解除で60kmをはじき出す巡航戦車クルセイダ―mkⅢを味わった者はそれ以外で満足できなくなる。仮に三号戦車でもあればよかったが英国面に堕ちた、いやイギリスと伝統が大好きなOB・OG様方がジャガイモと酢キャベツの国の戦車を認めるわけはない。

 

そして、“あの”ローズヒップの元で運転する薫子に鈍足もとい優雅なチャーチルやマチルダⅡの速度に、サスペンションの振動に満足するだろうか? いや、しない。一年にして行くところまで行った、あるいは堕ちるところまで堕ちてもう手遅れなのだ。

 

そんな時扉がバンと勢いよく開かれた。その場にいる全員が視線を移すと、濃いピンクの髪を真ん中で分けた噂の少女がそこにいた。

 

「皆さま、ごきげんようですわ! ローズヒップただいま参りましたのよ!」

 

相も変らぬハイテンションな彼女は薫子にとっては死神めいた姿に映っているのか、悲鳴を上げてバタバタと手足を動かしてカーテンの裏側に隠れようとしたが時すでに遅し。ローズヒップにがしりと腕を掴まれてしまう。

 

「あら、ここにいましたのね薫子! さあ、今日も張り切って練習いたしますわよ! 次は川を飛び越えるジャンプをいたしますわよ! 明日も明後日も明々後日も練習と実践あるのみですわ!」

「そんなの使い道無いですよ!」

「絶対ありますわ! では 皆さま御免あそばせー!」

「がんばれ~! 自分! 負けんなぁ~……」

 

テンション爆超のままのローズヒップと抵抗虚しく連れていかれ、遂に自棄になった薫子を皆が手を振って送った。哀れな薫子に涙を呑みつつも、自分は安全だとホッと胸をなでおろしていたのはこの場にいる者達だけの秘密だ。

 

「あれで戦車道以外の文句を言わない辺りきっと仲がいいと思いますけど……」

 

すこし遠くから見守っていたオレンジペコが二人をそう評しつつ苦笑してしまう。そしてすぐ隣で紅茶を一口飲んだダージリンがニコリとほほ笑んだのを見て、「もしかしたら自分も彼女と同じなのかもしれない」と胸の内側で思った。

 

「こんな格言を知っている? 『人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ』」

「チャールズ・チャップリンですね」

「あの二人の関係はもしかしたらそう言う関係かも知れないわね。いつの日か、今日この日の事を笑いあえる友人は貴重なもの。ローズヒップもいい友人を持ったわ」

「はあ」

 

果たして本当にそうなのか、オレンジペコは微妙な顔で敬愛するダージリンの言葉に応えた。

 

なんだかんだで付き合っている薫子と言えば確かにそうなのかもしれない、そう思いつつ紅茶の香りを楽しむダージリンの横顔を見る。しかし、この優雅な時間も川に頭から突っ込んだクルセイダ―が見つかるまでであり、偶然目が合ったオレンジペコとアッサムは互いにため息をついた。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 




やはりコメディは難しいですね。どうしても自分でこれが面白いかが不安になります。

ミリタリー知識が不足、または何らかの不備やアドバイス等あれば教えてほしいです。


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紳士と淑女

学園艦。来たるべき国際社会のために広い視野を持ち大きく世界に羽ばたく人材の育成と生徒の自主独立性を養い、高度な学生自治を行うと言う巨大なシステムであり、艦である。

 

古くはローマから始まり、帆船から蒸気船と進み世界の常識となった今では大学に高校、中学までもがこの学園艦の形式である。聖グロリアーナ女学院もその例外ではない。補給のために停泊した聖グロリアーナ女学院はそこらの船とは比べ物にならない程大きく、高速道路から港町に向かっている薫子の車の中からでもよく見えた。

 

「もうすぐで学校につくぞ。薫子」

「ハイ、お父様……でも速度を落としすぎでは?」

「このくらいがちょうど良いのさ」

 

弱冠白髪が見えるが荘厳な顔つきで糊の利いたスーツを着こなす薫子の父は穏やかに答え、薫子は煮え切れないような声で返した。彼女は運転する父と速度メーターを同時に見つつ、訊く。

 

「ところで今日はどうしてお父様が? 運転手の新島さんに何かあったのですか?」

「いや、今日は無理を言って私が運転をな。偶には話を、と思ってな」

 

高速道路から降り、ETCでゲートを抜ける。薫子が何気なく周りを見やると、この先工事中の看板やコンビニエンスストアに時速50kmの速度制限の標識が目に入り、薫子は目を少しだけ鋭くした。

 

「学校はどうだ?」

「特に何も変わったことはありません。皆私と仲良くしていただいてます。それと此処は制限速度50kmです」

 

時速45kmで走る車の中で薫子はニコリと上品笑った。父は気が付かないフリをして「そうか」と穏やかに返しながら、助手席に座る我が娘を横目でチラリと見る。母譲りの綺麗な黒髪に灰色の瞳と知的な美しさで誇らしく思う一方で忙しく彼女の左手が膝の上で落ち着かない様子なのが気になって仕方ない。

 

やはり、と思い一瞬心に焦りが宿るが薫子の父は「焦ってはいけない」と自分に言い聞かせ、目の前の赤信号に従って車を停止させる。それに従って速度メーターがゼロを示す。

 

「あっ」

「どうした?」

「……いえ、何でもありません」

 

オホホ、と口元を隠して誤魔化す娘に父は不安を強くしていく。薫子の方も妙に落ち着かなくなっている。自動車と言う文明の利器に乗ること十年、赤信号で止まることなど数えるのも馬鹿らしい程経験したはずだと言うのに動かない車にモヤモヤとしたものを感じていた、と言うよりイライラしている。

 

「いや、何かあるだろう。言いなさい」

「別になんでも」

 

優しく問い詰めてくる父に反論しつつも、彼女は自分に疑問を抱いていた。薫子は何故自分が赤信号ごときでこんな気持ちになっているかも分からないでいた。フロントガラスの向うで光るあの赤い光がまるで親の仇でもあるかのように見てしまう自分に。

 

「薫子、私は前から君の事が心配で」

「私が何かしましたか? 青信号です」

「いや、そうではなくて」

「ハッキリ言ってくださいお父様。それと青信号」

 

青信号に変わった途端にその気持ちは収まった……かのように思えたが事もあろうに標識を見ると速度制限40kmに変わっており、さらには父の運転と来たらわざわざ時速38kmで走り出すので薫子は眉間にしわを寄せてしまう。

 

「一体どうしたと言うんだ」

「ですから、私はどうもしてません。速度上げてください」

「いや、だから」

「速度40kmに!」

「そこが心配なの!」

 

先ほどまでの威厳のあった父はどこへやら。遂に口調を取り繕うことすら忘れて声を張り上げ、ナイスミドルの親父が頬を膨らませてハンドルを叩く。

 

「新島の言った通りだ、お前はいつからそんな速度を気にするようになった?! それに止まるたびに動悸を激しくさせて、見てて怖いのっ!」

「私そんな女の子じゃありません!」

「嘘をおっしゃい! この間戦車道の方に電話したら『彼女も無事に英国面ですから』とか『クルセイダ―乗りが車に満足するのは1.0%』とか言われたの!」

「おのれノーブルシスターズ!」

 

父も父なら、娘も娘でお上品な装いをかなぐり捨てて口汚く罵った。二人は車内で騒ぎ、いつの間にか専用の駐車場に入っているのにも気づかないで言い争った。周りのお嬢様方は他人様のお家の中をのぞき込むのは不躾と知りつつも、やはり気になってしまうのか。遠くからチラチラと中を伺っている。

 

傍から見れば親子の喧騒で父が薫子を叱り、薫子がざめざめと泣きながら抗議しているので、ある者は昼ドラのような遺産相続を連想し、ある者は戦車道をやめさせるか、といわれているのでは、と考えた。

 

しかし、そんな中でただ一人「薫子が居た」というただ一点のみで嬉しくなってつい走ってしまう犬のような赤毛の少女が一人。猛然とそこへと走っていた。

 

それはもう、全力ダッシュで。

 

「もう止しなさい!」

「違いますう! 私普通の女の子です! パパのイジワル!」

「大体クルセイダ―なんかに――」

「その悪口は許しません!」

 

車内では二人の親子が胸ぐらをつかみ合って激論を交わしていた。悲しいことに父があれ程溺愛していた娘はおらず、クルセイダ―から降りたがっていたはずの少女はそこにいない。

 

ドライブと言えば「ベンツ、ボルボにクルセイダ―」、「ボルボにクルセイダーmkⅠとmkⅡ」、「mkⅢとmkⅡときどきクロムウェル」と言いそうなほどにすっかり英国面にはまってしまった薫子は最早いかなる手段を用いてもライトサイドには戻れそうにない。

 

父の涙をさらに誘ったのは薫子があくまで自覚なしと言うところだろう。言っても聞かない。それどころか反発する。それは中毒患者の典型的例であったのだ。

 

だが、そんな中毒者にも恐れる者はいる。

 

 

口げんかの最中に助手席の窓に張り付いた”例の少女”がコンコンと叩きだした。薫子が何事かと思い振り返ると、赤い悪魔がにっこりと笑っているではないか。。

 

「ごきげんよう。薫子」

 

元気に、そして素敵な笑顔であいさつするローズヒップに薫子は狭い車内で悲鳴を上げて後ずさった。ローズヒップとしては友達であり戦車道仲間として挨拶しただけなので悪意は無論ない。薫子にとっては別だが。

 

「どうしたんですの? 薫子、薫子さん?」

「どうして、貴女がっ」

「偶然見かけたからですわ」

 

父が気を利かせてドアガラスを下げると薫子は身を乗り出してローズヒップに詰め寄った。顔を青くして目尻に涙を溜めている彼女はローズヒップとあまりに対照的で「何事か」と周囲の関心を余計に引く事になっていた。

 

「き、今日は何をする気ですかっ」

「何のお話ですの?」

「とぼけないで下さい! この間の事を忘れたとは言わせないですよ!」

 

その言葉にお嬢様方は「おおっ」と驚き顔を赤らめ、父親は脳が焼きつかんばかりに混乱した。時代と先見性と予算の問題で奇怪な兵器を量産して人々を魅了する英国面に堕ちきった聖グロリアーナ女学院にすっかり取り込まれた我が娘に頭を悩ませていた時に二発目の衝撃が来たのだ。

 

父としては、どうにか娘を説得し、あわよくば戦車道の隊長に直談判をした後でイングリッシュ・パブに娘を連れて豚の皮スナックをつまもうと考えていたところだったがプランを変更し、この赤毛のお嬢さんと話をつける必要が出てしまった。

 

「アレは大揺れで楽しかったですわ! さすがは薫子のテクニックですわ!」

「嬉しくないです!」

「お次は空を飛ぶ勢いで!」

「話を聞きなさい! この駄犬!」

 

駄犬に大揺れ、テクニック、お空を飛ぶ勢いで――実際は大洗の遅刻魔が披露したティーガーⅠの後方へと回り込んだターンをリミッター解除のクルセイダ―で再現すると言う練習の事だったがそんなこと知らない父のハートを貫くには十分すぎた。大英帝国的に言えば17ポンド砲を飛び越えて 55口径120mmライフル砲クラスの衝撃である。

 

全国のお父さんの八割以上にとって、娘の「私彼氏が出来たの」と言うセリフは強烈で一人の父を復讐の神にまで昇華させるものだが、娘の「彼女が出来たの」はそれ以上なのだ。

 

心臓発作で死んだっておかしくはない。

 

実際、薫子の父は頭には娘との思い出が走馬灯のように駆け巡り、自宅に帰って沢山の“リンゴ”と“パイナップル”、ついでに“レモン”を抱えて死のうとすら考えた。

 

「でも薫子も笑っていましたわ」

「そ、そんな事ないです!」

「ダージリン様も褒めていらしたわ。それに私、そんな薫子が大好きですもの」

「ばっ、馬鹿な事を」

 

どこか満更でもない薫子にローズヒップは満面の笑みを浮かべた。キラリと光る白い歯によく整えられた赤い髪の毛。風が吹くたびに香るシャンプーと僅かな鉄の香り。真っ直ぐなローズヒップの魅力に薫子はあてられ、目線をわざとずらした。するとローズヒップが薫子の視界に入ろうと頭を動かす。

 

子供か、と薫子は思いつつ視線を合わせると笑ってくれるローズヒップに少し照れ気味だった。たとえ、心の奥底で「その女に騙されるな」と囁く自分が居ても彼女は構ってくれるローズヒップに悪い気はしなかった。そんなちょろい娘の百面相を前にして父はようやく現実へと帰って来て、勇気の全てを結集し事情を訊くことした。

 

「なあ、君ちょっと話が……」

 

その時都合よく学園艦の汽笛が鳴った。まもなく出港すると言う合図であることを知っている聖グロリアーナ女学院の生徒達は今後の展開をゆっくりと見れないことを口惜しみながら足早に船へと向かう。

 

「汽笛ですね!」

「なら急ぎませんと!」

 

薫子はドアから飛び出し、勢いよく飛び出した。それを追おうとする父の鼻っ柱に勢いよく締められたドアが直撃して悶絶しているのにも気が付かずに父の敵であろう娘に手を引かれて走り去ってしまった。

 

鼻を抑えながら最後に見た娘の姿は件の“お友達”と一緒にお手々を繋いで学園艦へと走る後ろ姿だった。一体娘に何があったと言うのか――あの一寸の虫にすら慈愛を与えられる優しい薫子が気が付けばスピードに一喜一憂し、戦車道の上級生を罵って、しかもあんな、じゃじゃ馬もといい元気過ぎる“お友達”がいるなどあってはならないことだ。

 

有り得ない、と父は思った。例えるなら、パンジャンドラムが現代兵器として蘇ったり、大洗の広報が砲撃を当てたり、聖グロの隊長がコーヒー派になったり、プラウダのどチビな隊長の身長が伸びると言った具合だ。つまり天文学的な確率が起こったのだ。

 

汽笛を鳴らして学園艦が去っていく。巨大な鉄の塊であり娘をどん底に落とした悪魔の城が今父の前から去ろうとしている。その時父の心に誓われた物は何か、無論復讐である。

 

父が険しい顔をしながら車のダッシュボードに手を伸ばした。そこは二重の仕掛けになっており奥にしまってあったワルサーPPKを取り出し、スーツの裏側に仕舞った。

 

「イギリス人は恋と戦争は手段を選ばない」という言葉がある。英国かぶれの薫子の父にとってはこれは戦争であり、親としての愛情故の行動なので最早手段など選ぶ気は無かった。かくなる上はロングソードとワルサ―で聖グロリアーナ女学院戦車道に巣食う悪魔どもを蹴散らす所存であるのだ。

 

聖グロリアーナに呪いあれ! クルセーダーよ、滅び去れ! そう誓って彼は愛車2000GTを急発進させて準備を整えるべく屋敷へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

「こんな言葉を知っている?『恋は目で見るものではなく、心で見るもの』」

「シェークスピアですね」

 

さて、その悲しき父の様子を学園艦上から見ているのが二人。聖グロリアーナ女学院のノーブルシスターズが二人、ダージリンとオレンジペコが猛スピードで走る2000GTを双眼鏡で観察していた。

 

「よく見れば薫子とローズヒップがそのような関係で無いと気づくはずなのに。時に父性は人を狂わせるのかもしれないわね」

「話している内容も聞こえないのによくわかりますね」

「これもちょっとしたカンと言う物よ。それが分からないようでは……ペコもまだまだね」

「はい?」

 

得意げな顔で語るダージリンにオレンジペコは一瞬イラついたがすぐに抑えた。言って分かる人なら苦労しない――目の前にいるダージリンがどんな人物か知り尽くしているからだ。

 

「でも、あのお方とても怒っていませんでした?」

「娘が同性に目覚めたと思えばああもなるでしょう。最も私としても薫子とローズヒップの組み合わせを解く気はないから、対策は必要ね」

 

ダージリンはまるで容赦がなかった。説き伏せる訳でもなく、真っ向から対峙する気でいるのだ。自分の戦車道を通すためにクルセイダ―のドライバーの父が傷心するのも厭わないと言うのだろうか。それとも、単純にノリがいいだけなのかオレンジペコは判断しかねた。

 

だが一つだけハッキリしていることが彼女にはあった。保安部へとフル武装で警護するように電話をかけているダージリンを尻目にオレンジペコは遠ざかっていく港を見てひとり小さくつぶやいた。

 

「どちらにせよ、厄介な人に巻き込まれましたね。貴方も――そして私も」

 

それは届くはずのない言葉であり、叶うはずのない願いが込められているかもしれない。

 

「ペコ、何か言った?」

「いいえ」

 

ダージリンの問いかけに応えつつ、オレンジペコは光の消えた瞳でどこまでも広い空を仰ぎ見た。

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




とりあえずご好評を頂けたようなので続きを書いてみました。
コメディはへたくそなのでアドバイス等を頂けると助かります。
できれば、名言、格言、諺など特に。


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マナーが淑女を育てる

「学園について何か一言」

「ああ、聖グロには行くな」

 

天上から吊り下げられた液晶TVでボロボロのスーツに身を包んだ傷だらけの紳士がインタビューに答えているのをローズヒップは何となく見て、どこかで会った気がする紳士の顔に首を傾げていた。

 

「どうかなされてローズヒップ?」

「いえ、何でもございませんわ」

 

そう、と答えてマチルダの砲手の女子は自分の友人たちが居るテーブルへと向かう。ローズヒップはティーカップの紅茶をしげしげと見て友人である薫子を待っていた。彼女が居るのは古き良きコーヒーハウスを意識した休憩室であった。

 

「パンジャンドラムって戦車道に出せないかしら?」

「無理ですわ。此処はゴリアテをですね……」

「聖グロに下品なドイツは不要です。私はアーチャー自走砲を」

 

聖グロリアーナらしいお嬢様の上品な会話が休憩室に溢れ、茶菓子のほかにマーマイトを塗ったクラッカーやニシンが飛び出たパイを口に運ぶ。聖グロリアーナ女学院の戦車道履修者達は各々でグループを作ってテーブルを囲んで紅茶やコーヒーに緑茶、それに茶菓子と会話を楽しんでいた。

 

イギリスは紅茶と言うイメージ、聖グロリアーナ女学院も紅茶というイメージが根付いているが、イギリスの茶の歴史をたどっていけば、始まりは中国のウーロン茶や緑茶であり、縁が遠く感じられるコーヒーもよく盛んに飲まれていた。

 

聖グロリアーナ女学院がイギリスと縁があるとはいえ、日本人が圧倒的多数を占めるので紅茶以外を好む者も少なくないこともあって、この休憩室の光景は他校の者にとっては驚くものかもしれない。

 

聖グロリアーナ生徒にとっては馴染の光景であったが、四六時中走り回っているようなイメージが付きまとう彼女に関しては別であった。一人優雅に茶に口をつけていた。銀のケーキスタンドに盛られたマカロンに手を付けず“静かに”薫子を待っているのだ。

 

その姿は普段からは想像もつかないもので、流石の聖グロリアーナ戦車隊のメンバーたちも違和感を覚えてしまった。いつもなら馬鹿みたいに元気で楽しいがうるさい“あの”子が今日はお嬢様らしく振る舞っている。

 

茶を飲むことを止め、各々が勝手に妄想する。ダージリンによる躾がようやく実ったのか、クルセイダーに不満を持ったのか、はたまた薫子との関係がマンネリであるとか、朝にガソリンを呑み忘れたなど様々であった。

 

「どうしたのかしら? あの子」

「こんな時にダージリン様が居れば……」

 

誰かがそんな事を言ったが皆がソレはない、と首を横に振った。頼りになる尊敬すべき隊長だがこういうことを面白がるに違いない。九七式の鉢巻アンテナなどの訳の分からない物を好み、味覚も英国人準拠で二枚舌で悪ノリが大好き。正直な所、罪深き英国面の体現者であると言っていいからだ。

 

「ダージリン様が来たら、ややこしくなるわ」

「あの人は……今はダメね」

 

ダージリンの悪ノリでローズヒップがどんな行動に出るか、想像しただけで彼女らは震えた。彼女らにとってローズヒップはバネのような人間で、常に飛び跳ねてるか、今は抑えられているだけかの違いである。

 

「私のマチルダが……」

「しっかり、ルクリリ」

 

マチルダⅡの車長のルクリリが心臓を抑えて苦しみだす。彼女は以前、ローズヒップが大洗の虎殺しのターンを試したいと言い出した時に仮想標的にされたのだ。運悪くダージリンとローズヒップが交渉中の時に横を通り過ぎたばっかりに選ばれ、クルセイダ―の全力体当たりと六ポンド砲を受けてしばらくひしゃげた愛車を眺める羽目になった。

 

「ルクリリさんはついてない事が多いですものね」

「準決勝は88mmの最初の餌食でしたし」

「大洗戦以降、後ろに敏感になって……おいたわしや」

 

大洗の八九式からケチがつきだした彼女に襲い掛かる不幸の連続。練習でも後ろが気になって仕方ないらしく、ダージリン車に向かって「私の後ろにいないで!」と叫ぶくらいにノイローゼ気味になっていた。

 

それでも頑張るルクリリは最近一部の女子からグロリアーナのボコられグマと呼ばれているらしいことをヒソヒソと周りは話し合っているのにルクリリが悔しさからハンカチを噛みしめる。

 

はあ、とため息をついていると休憩室に待ち人がやって来た。髪の毛を弄りながら薫子が浮かない表情のままローズヒップの待つ席に座った。

 

「どうでしたの?」

 

ローズヒップは薫子に身を乗り出して聞いた。何やらただ事ではない様子で周囲の戦車道メンバーたちも気になって二人の動向を見やる。すると、薫子は首を横に振って力なく答えた。

 

「一度オーバーホールしないとダメみたいです」

「そんな! と言うことは!」

「明日は別の車両になるかもしれませんね」

 

ローズヒップはショックのあまりにティーカップを落とした。重力に従って落ちるカップは艶のある木製の床にぶつかって割れて高い音を出した。ローズヒップは頭を抱えて、まるでこの世の終わりのような顔をした。

 

「信じられませんわ!クルセイダーが無いなんて! クルセイダーが無いだなんて!」

 

わんわん、と泣き出したローズヒップを尻目に他の部員が何事かと薫子に訊いた。その事情とはクルセイダーのエンジン不良であった。

 

「エンジン不良だなんて、“また”ですか?」

「そうなんです。クルセイダーがまたぐずってしまって」

「こんな時に! 私のクルセイダーが! 毎日磨いてあげてますのに!」

「貴女のじゃないわよ」

 

いつもピカピカのクルセイダーは明日からお休み。そのことがローズヒップをどん底に落とさせていた。巡航戦車として当時優れた高速性能とサスペンションを誇るクルセイダーだが、信頼性は決して高くはない。アフリカでは連続36時間稼働すれば奇跡など言われる始末であったのは聖グロリアーナとしては有名な話だ。

 

充分な整備を施すことができ、長時間過酷な環境に置かれる訳でもない戦車道ですら、このエンジンの寿命の短さは聖グロリアーナでは常に悩みの種で、「駄々っ子」「ソロバン玉」「金食い虫」等と揶揄する者も少なからずいる。そしてローズヒップには悩みの種通り越して死活問題である。

 

「いいじゃないですか」

 

ウナギゼリーの乗った皿を持ったマチルダ乗りの一人がそう言ってローズヒップを慰める。

 

「明日はマチルダやバレンタインに乗れば」

「いやですわ!」

 

明確な拒絶に幾人かの耳が反応する。

 

「バレンタインも! マチルダも! チャーチルも! 皆ドンガメですわ! ノロマですわ!もたもたしてるとダージリン様のお紅茶が冷めてしまいますわ! 私はクルセイダーがいいですの!」

「喧嘩売ってます?」

「ドリフトも出来ませんのよ!」

「普通はしないですわ」

 

ローズヒップの悪意なき言葉にマチルダ乗り達が鬼の形相で睨むが通じない。このある意味で純粋、ある意味でバカな彼女に察しろと言うのが無理だった。2月14日にダージリンの元にバレンタイン歩兵戦車で乗り付けて格納庫をぶち破って来るほどのすがすがしい程の“純粋”ぶりを発揮するのが彼女だ。

 

「イギリスと言えば! お紅茶とフィッシュアンドチップス、それにスコーン! そしてクルセイダーですわ! クルセイダーなしのイギリスなんて!」

「ほほう、つまり他はイギリスでないと?」

「そうではありませんが一番はクルセイダーですわ! そうでしょう薫子!」

「そこで私に振りますか」

 

薫子はいつの間にか注文していたコーヒーにミルクを入れながら言った。聖グロリアーナで数少ないコーヒー好きの彼女に他の部員たちが目を赤く光らせて睨む。お前もこのバカと同じことは言うまいな、と無言の内に威嚇しているのが薫子には分かった。

 

「ま、いいじゃありませんか。偶にはゆっくりとした戦車に乗るのも」

 

コーヒーに角砂糖を入れてティースプーンでかき混ぜる。

 

「チャーチルの方が優雅ではありませんか。クルセイダーのうるさい駆動音とエンジンのご機嫌伺いから離れるのも必要です。明日は不整地で時速20kmも出ないマチルダやチャーチルに乗って聖グロリアーナらしく行こうではありませんか」

 

口から出たのは聖グロリアーナの戦車道チームとして模範的回答だった。ゆっくりと、そして整然と浸透戦術を使用するお嬢様学園の生徒なら百点満点の回答だ。いかに巡航戦車の乗り手だからとてローズヒップのように取り乱さない、そういう姿勢が見られた。

 

「薫子さん、薫子さん」

「何ですか?」

「手が震えてますよ」

 

ただし、病的に震える手を見なければの話だ。カタカタと激しくティーカップが震えて止まらない、その姿はまさしくアルコールの切れた中毒者のソレとよく似ていた。これぞまさしくクルセイダー乗りが陥る英国面の一つだ。

 

「ふ、震えてなんかいません。私は……普通です! 普通の女の子です! は、速さが何だって言うですか!ちょっとくらい遅くたって……」

「時速25km、時速24km」

「く、クルセイダーだって不整地ならそのくらいですし……」

「私達は整地でこの速度よ」

 

がしゃん、とティーカップがまたしても砕かれた。薫子は息切れし激しい動機に胸を抑え始めた。ローズヒップも同様にうめき声を上げて苦しみだした。彼女ら二人は最早可憐な女子高生ではなく、クルセイダー乗りであった。絶えず泳いでいないと死ぬマグロと同様だ。今やガソリンとスピードをこよなく愛するお嬢様なのだ。

 

「スピード狂いね」

「でも、クルセイダーだって60km程度じゃあ……」

「馬鹿ですか! あの狭い窓で踊る60km舐めてんですか?! そりゃもう怖くて怖くて!」

「何をおっしゃいますの!? 砲弾が飛んでこなくては物足りませんわ!」

 

ついでにスリル中毒でもあるようであった。血液がガソリンではないかと疑うほどの中毒ぶりにはさしものメンバー達も呆れ顔であった。この二人はまともではないが自分はまともであると信じているのだ。英国的に例えるならMrビーンがモンティパイソンを見て変人だと思うようなものだろう。

 

「聖グロ一の俊足として私がクルセイダーに乗らずしてどうしろ、とおっしゃいますの?! この世で大切な物は実のお父様でもなければお塩でもない、クルセイダーですわ!」

 

ローズヒップは身軽そうにテーブルの上に飛び上った。断固とした意志を瞳の中で燃やし、演説しだした。クルセイダー乗り達はこぞってローズヒップを祭り上げ大盛り上がりしていく。

 

「とりあえず聖グロリアーナはクルセイダーをもっと多く増やすべきですわ! 情熱や理念や思想が足りても速度が無ければ意味はありませんわ! ですからクルセイダーを! もっともっとクルセイダーを! もしくはクロムウェルですわ!」

 

だが返ってくるのはブーイングの嵐だ。歩兵戦車組の面子は席から立ち上がって猛抗議を開始しだした。

 

「ブラックプリンスの方が先でしょ!」

「引っ込め! 金食い虫! 走り魔! 薔薇尻! じゃじゃ馬娘!」

「今クルセイダーの悪口言ったのは誰ですか!」

 

一触即発。コレを機会に誰が本当の“淑女”なのか決めようという雰囲気が出来上がって来た。古代より物事を決めたのは言葉ではなく拳である。マナーは紳士を作ると言ってマナーの分からない輩には直接体に叩き込むのが英国流である。

 

ともすればこの場で誰が一番の聖グロの淑女なのかを決めるのも拳であると言う図式が成り立つと言う物だ。紳士らしくないことを紳士らしく行うのが正義なら淑女だって許されるものだ。

 

「お待ちなさい」

 

そこへ一人の凛とした声が響いた。巡航戦車組と歩兵組の二つの派閥の間をモーセの如く割って入る二人。金髪の青い瞳の少女ダージリンと副官である緋色の髪のオレンジペコであった。ダージリンはいつも通りの制服姿でオレンジペコは何故かヘルメットを被ってその小さな体にブレン軽機関銃を抱えていたが今この場にいる者達の関心はそこに向かなかった。

 

「一体何をしているの? 我が校のレディとして相応しい行動をとるべきだというのに。拳で語り合うのはあまりに野蛮ですわ」

「隣に軽機担いでいる人がいますけどね」

「気にしないの」

 

ほんの少し前に娘を救うべく学園艦に潜入してきたどこぞの親父をゴム弾入りのブレン軽機関銃で迎撃させたダージリンの台詞にオレンジペコがため息交じりに言ったがそんな事で口をつぐむダージリンではない。そんな事では聖グロリアーナの隊長は務まらない。故にダージリンはゆっくりと話しだした。

 

「拳で語り合うのはお馬鹿な男だけで充分。我が聖グロリアーナは女子校。それをよく考えて行動すべきよ」

「ダージリン様……」

「ところでこんな言葉を知っている?」

 

皆が彼女のレディとしての振る舞いを説かれ、争いを止めようとしたその時、ダージリンがいつもの名言を送ろうとするのを察し戦車道履修者達は姿勢を正してその言葉を待った。

 

「『「敵を作らざる者は決して友を作らず』と言う訳で殴るのは感心しないけどパイ投げやハリセンに限り許可するわ。ちなみに勝った者の望みは叶えることを誓いましょう。私が勝ったらチャーチルに17ポンド砲を乗せたダージリン戦車を作ることを宣言するわ」

「物理的に無理です」

「ケチなペコ……ではゴングを」

 

甲高いゴングの音がどこからともなく鳴った時クリームパイとハリセンの応酬が始まり、

ここに聖グロリアーナの内乱が勃発した。

 

「尋常に勝負!」

「時速60kmの戦車は私の物です! くたばれ!」

 

ハリセンの乾いた音と空飛ぶたらい型のパイ。クリームパイに不味いマーマイトを混ぜた殺人兵器が飛び交い、直撃を受けた女子生徒がぐったりと倒れ、仲間が涙を流して仇を討とうと突撃する。

 

悲しみと飯まずの連鎖の果てに、最後に立っていたのはオレンジペコのみであった。

 

「『話せばわかる』ですよ。ダージリン様」

 

犬養毅の言葉を呟いてパイを投げた彼女の顔には暗い笑顔があったと後に語られた。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




今日も聖グロリアーナは平和。

次回は前編と後編の二本立ての予定です。投稿がいつになるか分かりませんが楽しみに待っていただければ嬉しいです。
尚、ここでの図式は

ローズヒップが火をつけて、ダージリンがガソリンをぶちまけ、オレンジペコが火を消すと言ったところでしょうか。

感想お待ちしています。


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hot tank!

不要な品を買ってしまった時、大抵の人間は売りに出すものだ。何故なら少しでも自分の得になるように役立ってほしいからだ。しかし、世の中には誰にとっても無価値もしくは唾棄すべき品と言う物は意外と多く存在し、そうした品は捨てるしかない。では、ここで一つ問いかけである――もし捨てることさえも出来なかったら?

 

これはそんな品物が一時的にせよ光を浴びる話である。

 

 

 

 

 

 

そこは古い倉庫であった。聖グロリアーナ女学院の戦車道チームが誇る大型ハンガーの奥底にその倉庫はあった。周りはスクラップや古い工具が詰まった木箱が無造作に置かれていて、あまり清掃が行き届いてないためあちこちにクモの巣が張っており、ハンガーには大型のファンが存在し空気の入れ替えもある程度は行っているはずなのにそこの一画だけ妙に空気が澱んでいた。

 

鼻にツンとくるかび臭さが充満し、明りも十分に行き届かないので闇夜の現在は不気味で誰も近づきたがらない場所。そんな場所に二人の影がこっそりと忍び足で入り込もうとしていた。

 

一人は赤い髪の毛を真ん中で分けた女の子で、ワクワクと期待に胸を躍らせて楽しそうにするチャーミングな女の子とブルネットの黒髪が知的そうな美しさを放つもオドオドしている女の子がもう一人。二人は門限の過ぎた学校に忍び込んだのだ。

 

「なんだかワクワクしますわね」

「私こんなことイケないと思うのですけど」

「そう言いつつ薫子も楽しそうでありません?」

「そんなこと!」

 

思わず大声を出してしまった薫子がハッとして口を抑える。ローズヒップはそんな薫子の手を引っ張り件の倉庫の前へとたどり着いた。その扉は大きく、人用ではない。明らかに戦車を通すためのゲートであり、ローズヒップの期待はますます高まっていた。

 

目的は勿論戦車である。それも巡航戦車として相応しい速度を出せるような車両を。クルセイダーは依然としてオーバーホールの最中で此処二日は仕方なくマチルダⅡや予備のバレンタインなどで取りあえず練習をしていたがその我慢は二日しかもたなかった。

 

「私はただクリスティー式の振動とか、あの狭い車内が恋しいとか、そう言う訳ではなくて、ただ、ただ使い慣れた戦車が使えないと貴方が言うから」

「何だかわかりませんけど、楽しそうで何よりですわ!」

 

あくまでも普通の子ぶる薫子をそう理解するローズヒップは倉庫にかかっている錠前に手をかけた。ごつくて重い錠前を前にして薫子は制服のポケットからヘアピンとドライバーを取り出して作業に取り掛かろうとする。

 

「流石薫子」

「お父様からの指導の賜物ですから」

「なんだかスパイみたいですわ!」

 

そうして錠前を触るとあっさりと外れてしまった。

 

「アラ?」

 

外れた錠前をローズヒップが拾い上げて見ると、とっくに解除されていることに気付いた。一体誰が何のために、そんな疑問がよぎったのも一瞬

 

「ラッキーですわ!」

 

あるかもしれない陰謀の香りとか、身の毛もよだつホラーの可能性を考えることを一切放棄し錠前を適当な場所へと放り投げてしまった。彼女たちにとって必要なのはクルセイダーな戦車であって面倒なシリアス展開ではないのだ。放物線を描いて飛んでいった錠前は積み上げられた木箱の裏側へと飛んで行ってしまった。

 

そしてローズヒップと薫子は重い扉を二人がかりで開けて、その中を見た。懐中電灯を点けて照らしてみれば、そこには二人が探していた物があった。クルセイダーによく似た砲塔だが、二ポンド砲の付け根が半球状でこんもりと盛り上がっている。全高は低く抑えられており、大きな転輪もクルセイダーに似てないことも無い。

 

「ありましたわ! 我らがクルセイダーの代わりであり、救世主ですわよ!」

「カヴェナンター……速度50km」

 

頬をすり寄せてカヴェナンターを愛で始めるローズヒップにスペックに生唾をごくりと飲む薫子。二人のカヴェナンターに向ける目はまさしく恋人に向けるかのような目であった。普通の人間なら彼女たちを異常視するかもしれないが、これは戦車道である。戦車に乗り、戦車を愛するのに何の不都合もない。世の中には薄っぺらなブリキの装甲と揶揄され貧弱な火力しかない日本戦車を可愛がる女子高生だっているのだ、クルセイダーやカヴェナンターを愛することを誰が罪であると言えようか。

 

言うとすれば彼女たちの父親だけだ。全く問題ない。

 

「しかもクリスティー式ですわ!」

「クリスティー……」

 

クリステイ―と言う単語に薫子は喉を大きく鳴らした。同時に胸にわく熱い何かを感じ取っていた。医学的に言うとパンツァーハイである。

 

「そう! クリスティ―!」

「クリスティー! 50km!」

「明日はぶっ飛ばしますわよ!」

「クリスティ―!」

 

聖グロ一の俊足とジャンキー薫子の我慢は限界であった。低速の歩兵戦車に不満とストレスをため込んでいた二人は少々おかしなテンションになり、カヴェナンターを称えに称えた。その様は神の像を崇拝し、祈りの踊りでも捧げている蛮人のようだ。さすがにこの姿をお嬢様と言うのは厳しい物があった。そうして二人は明日の為にとせっせと準備を始めだした。

 

牽引車を倉庫まで持っていき、カヴェナンターを載せる。ティ―ガーなどのドイツ戦車とは違い軽量の18tの車体はこうして二人の戦車乗りによって聖グロの戦士たちの眠るハンガーへと運び出された。動態保存されて状態の良い12気筒の水冷ガソリンエンジンに火を入れるべく二人はパンツァ―ハイの見せる精神の高揚のままガソリンを注ぎ、命を吹き込みだした。

 

ダージリンの為でもなく、ただ己の戦車道と英国面の導きだけが二人を支配し、ダークサイドの側面へと転がっていった。

 

称えよ クリスティ―式。英国面の彼女らを見よ。ガソリンを体内にくべて熱くなるのだ。

 

だが、神は彼女たちに好機をもたらした。二人がガソリンをくべ、車内へと入りエンジンを吹かしていると突然ハンガーの全ての照明が点けられたのだ。ライトの輝きに一瞬目をくらませたローズヒップの前にリーエンフィ―ルドmk4小銃を携えた少女の一団が現れた。聖グロの風紀委員ならぬ、保安部の連中であった。

 

『両手を上げて出て来い! お前たちは完全に包囲されている! 出てこなければ女王陛下の名のもとにリーエンフィールドの鉄槌を下します!』

「風紀委員?! 何故?!」

『貴方方が最近噂になっている戦車泥だと言うことは分かっています!』

 

とんだ勘違いだ。私達が戦車泥だと言うのか。そんな文句が出かかった薫子だったがエンジンの振動が尻から伝わった時「私の50kmを邪魔するのか」と変わっていた。夜のテンションのせいで否定することを忘れて。

 

「冗談でありませんわ! 薫子!」

「Yes your Majesty!」

 

カヴェナンターのエンジンが本格的に始動する。鉄の塊が命を再び与えられた瞬間、保安部はたじろいだ。ローズヒップは上部のハッチから身を乗り出し、高々と宣言した。

 

「この私こそ聖グロ一の俊足! 韋駄天ですわ! この12気筒エンジンの轟きとお紅茶が冷めるまで私の道は一つですわ! 戦車前進!」

 

クラッチを踏み、ギアが一速へと入りカヴェナンターは走り出した。対戦車兵器なんて持ってるわけない保安部は一目散に逃げ出し、カヴェナンターは遂に演習場へと飛び出した。急速に速度を上げて履帯がコンクリートを傷つけ、火花を散らしカヴェナンターは暴れ馬の如く駆け出した。

 

「ヒャッホウ! 最高ですわ!」

「25km!」

 

ギアを上げていくたびに彼女達は高揚の波を大きくしていく。ローズヒップと薫子はその速度に興奮を抑えきれないでいた。加速する度に頭の中でドラムが鳴りギターが叫んでいる気分だ。

 

「26、27、28、29、30! 31、32!」

「まだまだですわ!」

「35、36、37、38、39、40!」

「この熱気が最高ですわ!」

 

上がる速度に体温。汗ばんできたので制服のカーディガンをローズヒップは脱ぎ捨て、片手でぶんぶん回す。ついでにエンジンと中毒症状までもが回転数を上げてカヴェナンターは加速し、熱くなっていく。

 

「たぎりますわ! 今まで感じたことのない体感ですわ!」

「45! 46! 47! 踏ん張ってください12気筒!」

 

目をグルグルと回し、上昇の止まらない体温とパンツァーハイに酔いしれる。障害物を華麗なテクニックで避け、一向にスピードを落とそうとしない。普通なら止めるか減速を選ぶだろう。だがしかし、彼女達の耳に英国面がささやくのだ。もっと、もっと熱を! と。

 

今やお嬢様と言う体裁を捨てて薫子もローズヒップも汗で身体を濡らし、髪の毛がしっとりとしてセットが崩れ、Yシャツが透けようと一向に構わなかった。体感温度40℃だろうが、気にしない。下着が透けてみえようがどうでもいい、ただこの速さに、聖グロの韋駄天として今を全力で生きるのだ。

 

「48、49! 50! 50! 50!」

「アドレナリンをもっと! ぶっ飛ばしますわよ! Hurry! Hurry!」

「世界を縮めろ!」

 

50km、アルミ転輪が高速回転しカヴェナンターは最高の速度と熱を彼女たちに注いでいた。誰がこんな素晴らしい戦車を倉庫にぶち込んだのか、ダージリン様のケチ、いけず、奇人!と言わずにいられない。こんな風と一緒になれる最高に“燃え上がる”戦車を隠すとは何たる愚行か! 

 

「前方に敵戦車ですわ!」

「どうします?!」

 

トリップする寸前までにアガった二人の目の前に三台の戦車が立ちふさがった。三台ともノロマで真ん中の一台は随分と長い車体を持っていて何だか偉そうに待ち構えているようにローズヒップには見えた。すると三台はこちらに向かって砲撃を開始しだした。敵車の発砲音は二ポンド砲と6ポンド砲にそっくりで砲塔の真横を砲弾が通り過ぎて行った。

 

「しゃらくさいおマネを! 薫子! 例のアレですわ!」

「Yes your Majesty!」

「ぶっ飛ばして差し上げますわ! 薫子左右にフェイントをかけつつ前進ですわよ!」

「Yes your  Highness!」

「あと、どうでもいいですけど位が下がってますわ!」

「All Hail  Covenanter!」

 

戦闘中でもよく聞こえるローズヒップの声に従い薫子はその才を発揮する。目をグルグル回す薫子は左右のレバーを操作し、右へ左へとゆさぶりをかけて、狙いを絞らせない。これこそが二人の戦車道、接近するまでのチキンレースだ。敵戦車は正確に発砲するがローズヒップの勘と目に薫子の腕が加わって命中しない。

 

狭い窓から見える発砲炎と空を切る砲弾の音。本能を直接刺激する感覚に背筋を震わせ、悲鳴をあげるが同時に笑みを浮かべる。ざりざりと埃まみれの無線機が鳴るがお構いなしだ。気にしないでいると、ローズヒップが足をバタバタさせているうちに蹴ってしまい、壊れてしまった。

 

猛烈な熱気とアドレナリンで薫子は視界がぼやけてきたが、それでも前進と回避を止めない。むしろ加速していった。

 

「薫子! 車体を右に滑らせた後に加速! 大洗ターンをあの偉そうなのにぶち込みますわよ!」

「なんかチャーチルに似てませんか?!」

「気のせいですわ! それにしてもトロい戦車ですわね!」

 

中央の長い車両が砲を発射し、カヴェナンターの砲塔左側面に命中した。その衝撃で戦車そのものが敵に対し右側面をさらけ出す形となるが、その瞬間にローズヒップは加速を指示した。

 

敵の残り二両がそれぞれ発砲するがカヴェナンターはスルリと二ポンド砲の攻撃を回避し中央の隊長者らしき車両の前方へと進もうとする。ローズヒップは二両の間に割り込んでターンを決め、偉そうな車の後方へと回る気でいた。

 

「薫子!」

 

そして絶好の時に指示したがカヴェナンターはターンしなかった。もう一度指示しても返事すら返ってこない。何をやっているのかと思って車内をローズヒップは覗き込んだ。

 

「薫子! ターンですわ! ターン!」

 

そこでローズヒップが見たのはオーバーヒートを起こして白目を剥いた薫子であった。

 

「おののの?」

 

気が付けばローズヒップもそこでスルリと車内へと落ちてしまった。力が抜けて車長席に座り込む形となって意識がぷっつりと消えた。

 

当然主を失ったカヴェナンターは減速こそしたものの、敵車両の側面に思い切り突っ込んでクラッシュした。ぶつかった相手は勿論、「どけち」「奇人」「いけず」なダージリンの「トロい」愛車チャーチルMk.Ⅶの隣のルクリリ車であった。

 

 

 

 

 

 

 

牽引車と救急車が行き来する中、チャーチル歩兵戦車の上で優雅に紅茶を飲む少女が一人と両隣に同年代の少女が二人。三人とも寝間着姿の上にパンツァ―ジャケットを着ており、ナイトキャップを被ったオレンジペコがあくびをする。

 

「こんな言葉を知っている? 『敵のために火を吹く怒りも、過熱しすぎては自分が火傷する』」

「シェイクスピアですね」

「それが何の意味を? ダージリン様」

 

アッサムが問いかけるとダージリンはあくまで静かに答えた。

 

「今回の件、私があの二人をマチルダに乗せたのが行けなかったのかしら? 彼女達怒っていたのかしら? よりにもよってあんな物に手を出すなんて」

 

ダージリンが言う“あんな物”とは勿論カヴェナンターの事であった。

 

「これは流石にあの二人がちょっと……」

「お馬鹿さんだからでしょうか? 学生成績では優秀とのデータがありますが」

 

ダージリンにアッサムとオレンジペコが同意した。カヴェナンター巡航戦車に乗ること自体がアホだとしか言いようがないからだ。

 

カヴェナンターは一言で英国面である。しかも悪い方での英国面である。この戦車はエンジン冷却部に欠陥を抱えていた。車高を低く抑えようとして余分なスペースが生まれず仕方なくラジエーターを前部に搭載しなくてはならず、このラジエーターの配管を車内に通してしまったために車内温度が40度とサウナを作ってしまう悪夢のメカニズムを発揮するのだ。

 

生産時期がフランスからイギリスが撤退した後と言うこともあってトライアルを省略しまくって採用してしまい、欠陥がそのまま残り、エンジンもしくは搭乗者のオーバーヒートを連発して、結局訓練用として使われて終わりとなった悲しき車両なのである。

 

今少しの時間と予算があれば、弁解の余地が与えられる程度になっていたかもしれないが、真に英国面は罪悪である。しかも、こんなものを1365両、ドイツのティ―ガーⅠより多く作ったのだから更に業は深い。

 

ローズヒップたちが車内で急激に体温が上がったり、砲手も砲弾もないのに戦闘を始めたり、チャーチルを認識できなかったのは興奮とこの車両特性によってもたらされたという訳だ。決して二人がとんでもないお馬鹿さんだからではない。全ては英国面が悪い。

 

そんな悲しき戦車からローズヒップと薫子は引っ張り出されて、救急車に蒸れた二人が担架で運ばれていった。目を回しつつも興奮の夢から覚めないようでうわごとを囁いている。

 

「50、50kmは私の手に」

「聖グロ1の俊足からは逃げられないんですのよ……」

 

そんな二人にダージリンはニコリと笑った。

 

「さて、ペコ」

「はい」

「私の怒りはどうすればいいのでしょうね?」

 

真夜中に叩き起こされたレディの怒りは相当な物であった。いや、もしかしたらぶつかった衝撃で零した紅茶の怒りかも知れない、とオレンジペコは思った。

 

そして彼女はある一つの事実を知っていた。目の前の欠陥車両を「可愛いから」と言って捨てないでいたのが誰だったかを。

 

そう、捨てられない価値ある品と言っていたのがどこの“どなた様”だったかを。

 

 

ため息を一つ吐いて夜空を見上げれば流れ星が二つ。オレンジペコはそのお星さまに願った。

 

「お馬鹿さん達がマシになりますように」

 

その時どこかで弦楽器が鳴った気がした。

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




今回はネタ少な目かもしれませんね。何分ミリタリー知識はにわか以下なので間違いがあれば教えてほしいです。

感想はいつでも大歓迎です。

注意 勘違いでクルセイダーにキューボラと書いてましたが修正しました。


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幕間劇 girls paint it black

この話は三話目と四話目の間にあたります。


そこには一人の少女が立っていた。青を基調とした制服に身を包み、煌びやかな金髪を後ろで纏めた上品な少女で名をダージリンと言った。彼女は息を切らしながら美しいサファイアブルーの瞳で周囲を見ていた。

 

そこはまさしく地獄の釜の底だった。少女と同じ制服を着た少女たちが大勢倒れていた。つい数分前まで淑女の会話に花を咲かせ、お菓子とお茶を楽しみ合っていたはずだった。

それが今では机や床に突っ伏し、ピクリとも動かない。

 

その無残さと来たら目も当てられない。たっぷりのマーマイトニシンを詰め込んだパイを口に直接ネジ込められた者やパイ投げの集中砲火にさらされ全身をクリームの白とマーマイトの黒で塗りつぶされた者。ハリセンでお互いを叩きあって力尽きた者。殺人パイを浴びて意識を手放す直前に仲間との写真を握りしめて散った者。まさに死屍累々で戦車道と言う同じ道を進んで来た仲間同士が戦いあった結果であった。

 

「酷い有様ね」

 

そう独り言をつぶやくダージリンこと元凶たる隊長は目の前に広がる惨状をそのように形容して一人勝利者たる自分を祝っていた。最後まで抵抗していたローズヒップをアームロックで落とし頭の上にティ―カップを乗せて倒れている彼女を見てダージリンは自らのカップに口をつけた。

 

「こんな格言を知っている? 『邪悪なものの中にも、何らかの善良さが在るものだ。』貴方達は戦いを始めた私をお恨みになるかもしれない。でも私は貴方方の犠牲を決して無駄にはしません。それだけは約束しますわ」

 

そう言うダージリンだが『負け戦ほど痛ましいことはないが、勝ち戦もまた同様に悲惨である』という言葉の通り、彼女が勝ったところでロクな事はない。彼女はこれから作られるチャーチル歩兵戦車に17ポンド砲を取り付けた物理的に不可能かつ完全に自己満足なダージリン戦車の完成を想像していたからだ。正直彼女そのものが邪悪かもしれない。

 

古来よりイギリスと言う国は約束事で良いことをしたためしはない。同様にダージリンもこの悲劇を自らの欲の為に消化しようとしているのだ。この場で骸となった者がその本心を聞けば、きっとダージリンを1000年は恨むに違いないだろう。

 

だが、そんなダージリンの勝利の時は短かった。突然彼女にトリモチランチャーが飛来し彼女の体を拘束したのだ。

 

「こ、これは?!」

 

突然の襲撃に驚愕を隠せないダージリン。体にネットが絡みつき、器用に出る所とくびれるところに巻き付いていて健全なる男子諸君なら間違いなく涎を垂らすに違いない格好になってしまっていた。必死に拘束から逃れようとするダージリンに一人の足音が近づいていた。

 

その靴音の主人はダージリンのよく知る人物であった

 

「こんにちは、ダージリン様 ご機嫌良いようで」

 

緋色の髪をダージリンと同様に後ろで纏めた小柄な少女、オレンジペコがニコニコとダージリンを見下していた。ダージリンはオレンジペコが何故自分にこのような仕打ちをするのか理解できないでいたがすぐに気づいた。いつもはダージリンを慕う彼女だが様子がおかしかった。頬を赤く染めて、しゃっくりを時折繰り返していることから酔っているのだと推察した。

 

「ペコ。貴女どうして?」

「何だかパイの一つをもらったらすごく気分が良くて」

 

実は少し前に彼女は薫子とローズヒップが投げたパイを喰らっていた。そのパイは本来用意された殺人メシマズパイではなく、洋菓子用のブランデーをたっぷり浸した物を喰らい、そのせいでオレンジペコが酔ったのだ。

 

そして、長年の秘めた想いを胸にマーマイトのみの真黒なパイを引っ提げてダージリンの前に立っているのだ。とても素敵な笑顔をしたままで。

 

「貴女……どうしてこんな?」

「ダージリン様こんなこと思ったことありませんか? 偶には違う役割を演じたいと。人は誰しも違う立場を望むことが稀にあるそうです。プラウダの隊長さんが副隊長さんをうらやむように。その逆もしかり。それはつまり私の事も言えるのです」

「な、何を?」

 

この時ばかりはダージリンも多少怯んだ。この子に限ってまさかこんな事を、と。

 

「一度でいいからしてみたかったんです。それに」

「それに?」

「最近ダージリン様、西住さんの事ばかりですから」

 

怖いと思う反面、可愛いと思ってしまったダージリンだが災厄のケミカルウェポンを持っているのでやはり恐れてしまう。それでも、縛られても尚紅茶を手放さず平静を保とうとするのが流石であった。 

 

「ま、待ちなさいペコ」

「あら? ダージリン様こういう時こそ言うのですよ。『こんな言葉を知っている?』」

「ペコ?」

「『話せばわかる』ですよ。ダージリン様」

 

そして少女は黒く染まった。

 

 

 

 

 

「酷い目にあいました」

「そうですわね」

 

時間と場所が変わって、聖グロリアーナ女学院の食堂で二人の少女がクロワッサンにハムエッグや新鮮なトマトサラダのランチを食していた。テーブルに向かい合って座るのはローズヒップと薫子の車長と操縦手のコンビでクルセイダ―狂いの二人だ。

 

「ところでダージリン様戦車は廃止だそうですよ」

「マジですの? ちょっと見てみたかったのですのに」

「なんでも、オレンジペコ様が止めたとか」

 

話す内容はごくごく普通な日常話であった。日ごろから戦車を乗り回す彼女たちにとってこの手の話題には事欠かない。装甲や砲に乗り手まであらゆる分野の会話がなされるのが戦車道履修者の常だ。そして優雅に落ち着き、茶と食事を楽しみながらウィットに富んだ会話をするのが聖グロリアーナ女学院のご令嬢である。

 

「でも、そんなことより今日はどうすればいいですの? 私のクルセイダ―が倉庫に閉じこもってしまって……ああ! 今日はあのエンジン音を聞けませんの!」

「42kmが……時速24kmに……不整地ではその半分……耐えられない!」

 

もっとも例外はどこにでもいる。テーブルを勢いよく叩き悔し涙を流すローズヒップに何らかの禁断症状がみられる薫子の二人に可憐さなどない。あるとすれば、いかに速度を出せる戦車に乗るかと言う欲望だけだ。獣のように唸る二人に他の生徒達は上級生から下級生に至るまで得体の知れない恐怖に包まれていた。

 

それもそのはずだ。今の二人の姿は人の皮を被った狼だ。それも腹ペコでご機嫌斜めな獣である。純粋培養されてきたご令嬢にとっては知る由もないが、そこの赤毛とブルネットの可憐な少女たちがクリスティ―式の駆動音と6ポンド砲の衝撃に魅了され、ガソリンのように燃え上がる血液を有しているのだ。そんな野蛮で未知の者は恐怖されて当然なのだ。

 

もっとも日ごろから戦車道チームは奇異と言われている。後ろに立つことに過敏に反応するルクリリ、どんな時だろうと紅茶と格言から離れないダージリン、いつの間にかデータを取ってるアッサム、何か闇を抱えているらしいオレンジペコ、バカ筆頭ローズヒップにジャンキー薫子……いずれも英国面に堕ちたダークサイドの面々だ。これを恐れないとすれば、余程の勇者だろう。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

そこへ、驚くべきことに勇者が現れた。その少女は金髪縦ロールの“いかにも”な貴族様で一年生だった。彼女は聖グロのご令嬢として淑女としての自覚が欠けているように思われる二人を注意しようと近づいたのだ。周りの制止を振り切って行ったあたり彼女は肝が据わっていると言えた。

 

「なんですの?」

 

ローズヒップが答えるがその顔つきは愛車クルセイダ―に触れられない悲しみと理不尽と来客に失礼のないように躾された結果が混ざって引きつった笑みであった。一年生はぎょっとしつつもローズヒップに言った。

 

「さっきから何ですか?ブツブツと呟いて……聖グロリアーナの生徒としての自覚をもったらどうですの? まったく戦車なんてにうつつを――」

「今何と言いました?」

「ですからクルセイダーがどうとか……」

「ちょっと」

 

薫子が椅子から立ち上がり一年生の傍に立ち、ローズヒップの目つきが変わりだした。

 

「聞き捨てなりませんわ。クルセイダ―が……貴女今クルセイダーの悪口をマジで言いやがりましたの?」

「いや、私は……」

 

一年生は突然の豹変ぶりについていけなかった。少し前まで高い意識を以って説教を垂れて自らの淑女然とした態度を示そうと考えていた彼女にはあまりに予想外だった。そんな彼女の混乱をよそに二人は一年生を問い詰めた。

 

「よろしいですか、私達は今クルセイダーが修理中でしてとてもお困りでございますのよ。それを貴女は下らない事のようにおっしゃいました……この意味をお分かりですこと?」

「あ、あの」

「貴女わかるのですか? 戦車道で40kmも出せない戦車に乗ると言うことがいかに問題かをわかってるんですか?」

 

二人の目つきは完全に一年生を捉えていた。一年生は此処に来てようやく自分が虎の尾を踏んだことに気が付いたが手遅れであった。何故ならば、ローズヒップと薫子の前でクルセイダーに関して言及してしまったからだ。

 

「私、そんなつもりで」

「ええ、そうでしょうね。クルセイダ―に乗ることなど貴方にはお分かりならないでしょう。でも、これはお紅茶が冷めるほどに大事な話ですわ! いや、それ以上に! 例えダージリン様のお紅茶が冷えたアイスティーに変わったとしても私がクルセイダーに乗れれば問題はありませんわ! でも貴方はお笑いになりやがりましたわね!?」

 

ローズヒップは赤毛を揺らし激しく責め立てる。言葉遣いもお嬢様的かつ粗野な口調となっている。

 

「45kmと25km。20の違いが世界を変えることを知ってますか? 20、20ですよ?20kmも違えば愛する殿方の元にだって速攻なんですよ? つまり、速度とは存在意義でありこの世の真理! 淑女の前に真理が大事、当然と思いませんか?」

 

静かだが、とち狂った理論を並べだす薫子。二人の狂犬、否ご機嫌斜めな令嬢に挟まれて一年生は恐怖から身体を震わせた。立っていることが精一杯なのが明らかであった。

 

「それとも、何ですか? 今すぐ用意できるんですか? クルセイダー並の戦車を」

「いや、それは」

「何ですの? この縦ロール引っ張れば出てくるのですか? 引っ張ったらクルセイダーが来てくれるんですの?」

 

寝た子は起こすな、と言う言葉の通り、クルセイダ―乗りに喧嘩を吹っかけてしまったが故に一年生は絶体絶命のピンチになった。涙目で周りに助けを請うが無駄であった。彼女はいわば一匹の羊だ。調子に乗って狼に吠えにいってしまった哀れな一匹の動物に手を差し伸べる者はいなかった。

 

なにせ相手は“ローズヒップと薫子”、バカとジャンキーが組み合わさって最恐の組み合わせだからだ。クルセイダーの悪口を目の前で言えば、シチューの大なべに放り込まれたって文句は言えないのだ。哀れ一年生、周りがもうダメだ、と諦めたその時たった一人声を上げたものが居た。

 

「クルセイダー……果たしてそれに拘る事に意味はあるのかな?」

 

ローズヒップと薫子がその言葉に反応し、周りを見渡す。

 

「誰ですの? 名乗りやがりなさい!」

「名に意味なんてないさ」

 

二人が振り返るとそこには聖グロリアーナの制服に身を包んだ知らない少女が後ろの席に座っていた。さらりとしたロングヘアーと意志の強さが垣間見える不思議な雰囲気を持つ子だ。

 

「貴女にはわかるのですか?」

「クルセイダーの悪口を言われる。それは確かに腹立つかもしれない。でも君たち程のクルセイダーの理解者がソレに反論することに意味なんてあるのかな?」

「ですけど!」

「戦車道には大切な物が詰まっている」

 

その少女は両手を膝において指で何かを弾く仕草をした。

 

「だから気にすることもないさ」

 

会ったことも無い少女に二人は妙に納得してしまった。いつの間にか怒りやら狂気やらも風と一緒にどこかへ飛んでしまった。まるで、その少女が最初からそんな物なんて無いと知っていたかのように。

 

そんな二人を尻目に一年生は全力で逃げていた。だが二人はしょんぼりと項垂れてしまった。

 

「でも私達クルセイダーも乗れなくて、此処で愚痴るしかないのでしてよ」

「そんな事小さなことさ」

 

気付かないうちに自分たちの事を話してしまっていた。そこに少女は何てことのない態度を取りつつ、答えた。

 

「君たちの望むままにする。自由に道を進むのも、また戦車道じゃないかな」

 

こうして、二人は真夜中の大進撃を決行するに至った。なお、余談ではあるがこの事件によって噂の戦車泥は聖グロリアーナには来なかったとされているが、真実は闇とカンテレの中。証拠は全て二人が滅茶苦茶にした後。

 

 

 

ローズヒップと薫子がその少女を見たのは随分と先の話であった。

 

 

 

 



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歩兵戦車に乗る女は二度ぶつかる

これは戦車道の良妻賢母を目指す、聖グロリアーナのお嬢様の華麗な日常の話である。

※「hot tank!」の話の続きです。


本日は青天なり。青く澄み切った空、雲一つない真っ青な空と散歩するには程よい気温、こんな日はランチバスケットを持って、ピクニックと洒落込みたくなるだろう。サンドウィッチとお茶を楽しみ、日光浴なんて優雅にのんびりと過ごす。これぞ、穏やかな一日と言う物だ。

 

しかし、実際は違う。草と土を踏みしめてけたましい音をまき散らして走る鉄の騎兵が戦列を組んでいる。キャタピラがゆっくりと動いて20tを超える車体を前進させれば、小鳥のさえずりなどかき消してしまい、“優雅さ”とは無縁な戦車の低いうめき声が聞こえるのみだ。

 

チャーチル歩兵戦車を中心にマチルダⅡとクルセイダー巡航戦車が追随し、チャーチルが停止すれば、各々が同じように停車し、動き出せば一糸乱れなく前進する。合計20両のイギリス製戦車には花を添えられたティーポットとカップの校章が描かれていた。同じ紋章をその身につけた戦車がまるで一つの意志の元で統制されているのは圧巻と言えるだろう。

 

「戻りなさい、ローズヒップ」

 

唯一両のクルセイダーmkⅢを除いて。

 

その一両だけ、先ほどからスピードを出そうとしては抑えてを繰り返して、ちょこまかと落ち着き無く動いていたのだ。

 

「加速ですわ! 薫子!」

「いや、ですから戦列を組む練習をしているのに」

「なら、ダージリン様を追い越さない程度に!」

「無理ですって」

「お早く!」

 

その一両の中では赤毛の車長のローズヒップとブルネットの髪を持つ操縦手の薫子が目も合わせずに話していた。唯一無言なのは砲手ぐらいであり、やかましいリバティエンジンに負けない声で話し合っていた。

 

「あ、追い越しますわ! 減速!」

「はいはい」

「今度は遅すぎますわ! 加速」

「……はいはい」

「もう少しだけ! チョイ加速!」

「ああもう、何で20kmも出せないんですかね? お隣のマチルダは……あっ 発作が」

 

発作を抑えて薫子は脚の間に位置するレバーを操作し、フッドペダルを調節する。実に熟練の手つきだが、彼女たちの欲望とダージリンの命令にがんじがらめになって、練習風景を遠目から見ると、チョコチョコと前に出たり、下がったり。とても熟練の乗り手が運転しているとは思えない。

 

ど素人で、手綱が握られていない犬のようだった。

 

その様子をペリスコープで見ていたダージリンは笑いを堪えて見ていた。こんな事は二度や三度ではない。練習する度に、それも薫子がジャンキーになってからは特に増えていた。

 

「こういう時は困りものね。あの子達の落ち着きのなさも」

「薫子が発作を起こすようになってから、戦列が崩れる確率が35%上がりましたから、仕方ないわ、ダージリン」

「……そう」

 

客観的なデータにダージリンは湧き上がる笑いの衝動をコホンと息をついて抑え、紅茶に映る自分の顔を見た。普通なら命令に素直に従えない者は切り捨てるべきだろうが、彼女は違った。時にローズヒップの様な人物はエースとなりえることを知っているからだ。

 

いわゆる「お馬鹿さん」はめげない。くじけない。そして、失敗を考えない、恐れない。故になんらかの型にはまった時の爆発力は凄まじい物がある。事実、黒森峰戦の時、副隊長が率いるドイツのアニマルシリーズに挑み、足止めに成功させたのだ。

 

彼女こそ必要だ。決して“面白い”からだけでレギュラーメンバーにはしない。

 

だからこそ、聖グロリアーナの新しい風として期待しているのだが……

 

『せっかく帰って来たのにちっとも速度が出せませんわ、これはクルセイダー隊にとって由々しき事態ですわ』

『うう、胸が』

『薫子? 大丈夫ですの? 薫子? ああ! また薫子が! 病に倒れそうですわ!』

『40、50、60……カムバック、カヴェナンター。今度こそドリフト成功させて、あの時見えた光の向う側へ……』

『ダージリン様! カヴェナンターを! 薫子と私に50kmのあの子を!』

 

「お馬鹿さん」は貴重だが扱いが難しいのだ。停車した後も、通信が入りっぱなしでその二人の話が聞こえてきてダージリンとアッサムは眉間を抑えた。

 

「全く懲りてませんね」

 

オレンジペコが苦笑しながら言うが、ダージリンは口元を手で押さえて肩を震わせていた。前回、サウナ状態になって白目を剥いて倒れたというのに、あの二人は未だにカヴェナンターに乗る気でいる事にチャーチル車内の2人は呆れを通り越して、清々しさすら感じていた。ダージリンだけが違った。

 

「そこがあの子の良さよ。それが分からないようではペコもまだまだね」

「……紅茶淹れてあげませんよ?」

 

ダージリンの言葉にオレンジペコはムスッとして、最強の返し、「紅茶を淹れない」で脅し、流石のダージリンも反撃できなくなったところで、彼女は負けを認めないために「全車停止」の号令をかけて誤魔化した。

 

チャーチルにマチルダⅡ、クルセイダーmkⅢが一斉にその場で停止し、横一列に並ぶ鋼鉄の英国擲弾兵達次の号令を待つ体勢となった。ダージリンはキューボラのハッチを開き、周囲を見渡し、確認し終えてから休憩の号令をかけた。

 

すると各戦車から続々と赤いパンツァ―ジャケットの女子が出てきて、車上でお菓子と茶を楽しみだした。それだけならいつも通りだったが、ただ三人だけ出てこないのが居た。

チャーチルのノーブルシスターズを除いて。

 

『聞こえてるか?』

 

一両のマチルダⅡのからローズヒップ車へと通信が飛ぶ。茶と菓子の用意をしていた薫子とローズヒップは何事かと通信に応えた。

 

「ルクリリさん、どうかなさいました?」

『ああ、居てくれたのね。貴女達、一つ聞いておくけど、何か忘れていない?』

 

ローズヒップと薫子は顔を見合わせて首を傾げた。何のことかさっぱりわからない、ついで何か不機嫌そうなルクリリの声にも疑問符だった。

 

「何か忘れものしましたっけ?薫子」

「スコーンも茶も。マフィンだって砂糖漬けのマンゴーもありますよ」

「ですわよね」

『おい』

 

ますます声音の低くなるルクリリにようやく薫子は何かしたかを思い出しそうになっていた。腕を組んで考え込む薫子を横目に見つつ、ローズヒップは何か思いついたのか、元気そうに通信機に手を伸ばした。

 

「あ! ところでルクリリさん」

『……何だ?』

「何故、ルクリリさんのマチルダⅡだけ塗装が一部ないのですの? 何か不格好でかっこ悪いですわ!」

 

クルセイダーのペリスコープ越しに見えるルクリリ車は変な色合いだった。サンドカラ―の側面装甲の一部がピカピカの銀色でカッコがつかない見た目となっていた。何故か、と問われれば簡単だ。新品に替えて塗装する暇がなかったからだ。

 

『よし! ぶっ殺す!』

 

マチルダⅡからスコップ片手に飛び出したルクリリは三つ編みにされたサイドテールを激しく揺らしながら、華麗に車両に乗り移っていって、ローズヒップ車に張り付き、ハッチをガンガンと叩きだした。

 

「お止めになって! へこむ! へこみますわ!」

「私のマチルダにも同じ口を叩けるか! 出て来い! 一思いにヤッテやる!」

 

大粒の涙を流し、ルクリリはハッチをひたすらぶっ叩く。ハッチの向うにいる憎き二人を亡き者にせんと、装甲が突き破れるまでシャベルを打ち続ける。だが流石の戦車道の乙女でも装甲を突き破れず、ルクリリは心の傷を叫び続ける。

 

「毎度毎度ぶつけにきて! 恨みでもあるのか! それとも今年は厄年か! お前らみたいのが居るから! バレーボールやクルセイダーを見るのが苦痛になったんだよ!」

「お、落ち着いてくださいまし! スコーンとかありましてでございますわ!」

「さ、砂糖漬けのマンゴーもあげますから!」

「いるか!」

「装甲の修理費は割り勘でもいいですから!」

「そっち持ちにしとけよ!」

「と言うか、何で怒ってるんですの!?」

 

ローズヒップ、薫子が交互にハッチを小さく開けて、説得するがルクリリはそれで治まらなかった。モグラ叩きさながら、開いては閉まり、叩かれるのエンドレスワルツ。しかも、説得すればするほどルクリリの怒りのボルテージは上がっていき、それをチャーチルから見るダージリンは笑いを堪えて死にそうになっていくのだ。

 

「忘れたとは言わせないぞ! 昨日、午前三時二十五分と三十四秒! カヴェナンターで私のマチルダⅡをへこませたんだ!」

「そんなの忘れましたわ!」

「この駄犬がぁ!」

 

爽やかな笑顔で返すローズヒップにルクリリは鬼の形相。パンツァージャケットに密かに忍ばせていた英国戦車ショップご用達の対戦車靴下型爆弾に手を伸ばした時、ルクリリ車の乗員たちがようやく追いついて彼女を止めた。

 

「どうか怒りを静めてください!」

「そうです! ローズヒップには後で私が言っときますから!」

「だから、私が何をしたと――」

 

ルクリリ車の乗員がルクリリを羽交い絞めにしている間に薫子が再び、説得を試みる。

 

「出来たら、そうしてる!」

「根性とかで耐えてください! あとで弁償でも謝罪でも何でもしますから!」

「それNGワードだ!」

 

根性と言う言葉をうっかり使ってしまったことに薫子は口を塞ぐが、時すでに遅し。覆水盆に返らず。放たれたNGワードと言う無形の弾丸はルクリリの堪忍袋を貫き、怒れる男口調のお嬢様から一匹のタンクスレイヤーになった。

 

靴下爆弾の導火線に火が点けられ、クルセイダーmkⅢの車体後部に投げつけられた。

 

「嘘ォ!」

「アラ? 薫子なんで走っているんですの? ダージリン様からはまだ……」

「状況分かってないんですか?!」

 

ルクリリ車の乗組員は一斉に逃げ出し、車内の薫子がパニックに陥って、全速力で発進して車列から離れて行った。しばらく走った後、派手な爆発がクルセイダーの車体後部から上がって、慣性に従って池に車体前部が突っ込む形で停車し、白旗があがった。

 

エンジンと車体後部装甲の上面大破により撃破。練習中にまさかの“撃破”の判定に聖グロリアーナの面々は様々な反応を示していた。喜ぶ者に、呆れる者、そして楽しむ者。一連の喜劇はダージリンの笑いの沸点をとうに超え、彼女は膝を叩いて“静かに”大爆笑していた。

 

「アレ、直りますかね?」

「パッと見で全治1週間はかかりそうですわね」

 

遠い目でアッサムとオレンジペコは隣のダージリン、撃破されたクルセイダーから出て来た二人と狂喜乱舞するルクリリを見た。このどうしようもない方々がお嬢様で聖グロリアーナで、最精鋭で、準決勝まで進んだ強豪校メンバーだってことをつい忘れてしまいそうだった。

 

いや、逆に、英国面でお馬鹿でノリと勢いな人だと思えば、納得できるのかもしれない。

 

「ヒドイですわー! ルクリリさん! 私のクルセイダーがまたオシャカに! 私のクルセイダーが!」

「ざまあ見ろ! 二度も私のマチルダをへこませたからだ! バレー部もクルセイダーも滅びてしまえ! 馬鹿め!」

「私の50kmがぁ……」

 

ローズヒップとルクリリがポカポカと喧嘩し、ジャンキー薫子がクルセイダーに寄り添ってシクシク泣き出した。

 

「練習中に、撃破って、やめて、コレ、以上、私を笑わせないで」

 

笑いすぎて言葉が途切れ途切れになっているダージリンを尻目にアッサムは髪の毛を一瞬かき分け、オレンジペコと一緒に目の前の喜劇にため息を一つ。

 

「こんな言葉を知っている? 『活動的なバカより恐ろしいものはない』」

「ゲーテですね。ソレ、ダージリン様の台詞じゃありませんか?」

「偶にはこういう役目もしてみたくなりません?」

 

アッサムが尋ね、オレンジペコが首をひねってしばらく考えて、頷いた。

 

「では、こんなお言葉を。『バカには神様もかなわない』」

「誰ですか?」

「シラーです。少なくとも……」

 

気が付けば、周りに他の戦車道のメンバー達がカップ片手に集まっていた。皆、オレンジペコとアッサムの言葉に耳を傾けているうちに集まって来ていたのだった。それを見渡したうえでオレンジペコが結論を述べた。

 

「誰も敵いそうにないですね」

 

全員が大きく頷いて、紅茶に口をつけた。その時、上等な茶葉で作った紅茶が何故か、しょっぱかったと後に大勢が語った。

 

 

 

次の日、練習後にルクリリ車に謎のカヴェナンター戦車が現れてタイマンを張ったという。

 

これは戦車道の良妻賢母を目指す、聖グロリアーナのお嬢様の華麗な日常の話である。

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




戦車ショップ、対戦車靴下型爆弾 ¥5000
対人センサー付きで安全性抜群の戦車道用ビックリアイテム。今までクレームは一件も来ていない優れもの。グリースで装甲にぺったり張り付く。

次回番外編を投稿する予定です。何か話のネタがあれば、と探していたりするので投稿が不定期で申し訳ありません。

感想からネタまで、何でも書いてください。


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番外? 戦車道の七人

破裂音が三発響く。ニミッツ級空母によく似た艦体を持つサンダース大付属の上で花火が撃ちあがり、巨大な校内は大勢の人でごった返しになって盛況を極めていた。校庭や市街地では出店がズラリと並び、小麦と油、肉の良い香りがそこかしこから漂う。

 

赤いスカートにグレーのジャケットの制服を着る女子高生たちがフランクフルトにハンバーガー、果てはコーラ揚げやバター揚げ、そして勿論、冷たいコーラを忘れずに買って出店を回る

 

華やかで活発な彼女らのおしゃべりに混ざって、所々から様々な音楽があふれていた。フリージャズにポップミュージック、ロック。種類を上げていけばキリがない。若者から大人まで音楽を楽しみ、催しを見て回り学園艦そのものが巨大な一つのアミューズメントパークの様相を見せている。まさにフェスティバル、カーニバルだ。そう、これはサンダースの学園祭なのだ。

 

アメリカンなサイズの艦でこそなせる業。物量とごり押しが板についたアメ公の社会よろしく巨大で混沌としていた。だが、だからこそ明るく派手である。その艦で一区画他の場所と比べて多少静かな場所があった。

 

そこはサンダースが誇る巨大ハンガー。かつて米国が大量生産したⅯ4シャーマン中戦車がズラリ、と大量に並べられ、濃緑色のメタルボディを暗く光らせている。特筆すべきスペックを有する訳ではないが、兵器として一種の完成形であるM4中戦車が一か所にまとめられる様はまさに壮観であり、アメリカのモータリゼーションと大量生産の威容を見せていた。

 

だが、一ついつもと違う点があった。75mm砲搭載型や76mm砲搭載型、17ポンド砲搭載のファイアフライなど全ての車両達は戦車道に使われているせいで普段は土汚れや塗装ハゲが見られる事が多いがその日は違って、小ぎれいに磨かれていた。

 

何故磨かれているか、と問えば答えは簡単であった。一台の鋳造ボディのM4A1の前にまだ幼げな女子の集団と一般の客たちが集まっており、車両の横で髪を左右で縛ったそばかすの少女 アリサが戦車の説明を行っていた。

 

「これがM4中戦車A1型になります。我がサンダース高の主力で75mm砲を搭載型となります。ご存じの方も多いと思いますが大戦中にM4シャーマンは5万両ほど生産されていて、本車もそのバリエーションの一つとなります」

 

にこやかに説明すると観客たちは「おお」と感嘆の声を上げた。特に女子たち、とりわけ彼女たちの多くは中学生であり、初めて見る戦車に夢中のようであった。大洗の活躍もあって戦車道は再熱した結果彼女たちのように戦車に乗りたがる子が増えて来たのだ。それでなくとも戦車と言う鋼鉄の塊に魅了されるのは無理もない話だが。

 

ともあれ、アリサが観客たちの悪くない反応を見て安心していると観客たちの中から手が上がったのを見つけた。

 

「質問いいでしょうか?」

「どうぞ」

 

後ろの方にいる為顔が見えなかったが上品そうな声で突飛な質問が来ないだろうと踏んでアリサは安心していた。

 

「速度はどの程度の物でしょうか?」

「そうですね、バリエーションや移動状況にもよりますが最大で時速38km程でしょうか。中戦車としては平均的な物ですね」

「意外と遅いのですね」

「ノロマですわねぇ」

 

アリサは一瞬頭の上に?マークがあがった。妙に引っかかる言い方だな、とは思ったがこのままM4シャーマンに悪い印象を持ってもらうのも癪なので、隣の車両に移って回答を続けた。

 

「しかし、このA2型は中々の物ですよ。これはジェネラル・モータースのディーゼルエンジンを使用した物で最高速度は時速48kmと侮れないものがあります」

「ほほう 50km弱……」

 

じゅるり、と舌なめずりの音が聞こえた気がしてアリサは怪訝な表情をした。今の音は一体何なのか、まったく見当がつかなかったためである。

 

「A2型はやりますね」

「でも、まだまだクルセイダーには敵いませんわ。所詮はクリステイーでもない量産型ですわ」

 

ひそひそと話す声が彼女の地獄耳に届いた。盗聴していなくとも彼女の耳は良いようである。アリサはその会話に対し、『クルセイダーなんて信頼性の低い、M4にとってかわられた英国面がなんだって?』というセリフが浮かんだが余計なトラブルは起こすべきではないとして自分を抑えることにした。

 

一つ咳払いをして次の戦車の解説に移ることにした。何よりも大事なのは落ち着きで、来年入ってくれるかもしれない子達も居る手前冷静な行動が求められるからだ。次の車両はサンダースで最も攻撃力の高いファイアフライだった。その長い砲身に中学生たちは大はしゃぎしていた。75mmや76mm砲と比べて長砲身のファイアフライの17ポンド砲は素人目から見ても迫力満点であった。

 

「こちらがサンダース主力のファイアフライM4中戦車。北アフリカで遭遇したドイツのティ―ガー重戦車に対抗するために英国生まれの17ポンド砲を搭載し、高速徹甲弾を使用すれば多くの重戦車を貫通可能な攻撃力を誇りつつ、シャーマンの優秀な足回りを持つアがサンダースの目玉ともいえる戦車と言えるでしょう」

 

ファイアフライ、M4中戦車最高傑作とも言われる車両なだけあって観客たちの反応は前よりも大きかった。かつてはドイツ軍戦車エースミハエル・ヴィットマンを撃破した車種であり、大戦後のレバノンでも活躍したのだ。アリサも従来のM4も含めて、この車両に対しては並々ならぬ思いがある。

 

「質問いい?」

 

少し胸を反らし、鼻を高くしていると、またしても手が上がった。今度は気が強そうな声で何故かはわからないがムッとした。

 

「なんでしょう?」

「ファイアフライの主砲は命中精度が悪いのではなかったかしら? それにM4シャーマンの車体では防御力に不安があるんじゃない?」

 

アリサは一瞬目を険しくした。質問主の言うことももっともだからだ。シャーマンは優秀だがいくらなんでも17ポンド砲は大きく、当時のAPDS弾は遠距離に向かなかった。ともあれば接近しなくてはならないが、装甲は砲塔全面で76mm、車体前面で50mmほどで決して防御力では秀でていないのだ。そして、そのことを嫌味っぽく言うあたりにさらにムッと来た。

 

だが、アリサはこの手の手合いの者をよく知っていた。ドイツ軍戦車に勝てないシャーマンを非力だとか、失敗兵器と罵る類の者だ。ならば、盛大にかつやんわりと皮肉ってやろうと思い口を開いた。

 

「博識ですね。ですが、それは砲手にもよります。何より、本車の利点は優秀な足回りと火力の両立、コストパフォーマンスであり、例えば、ドイツ戦車の様な”貧弱な足回り”ではありませんので安定した運用が可能です。戦車道は火力と装甲だけでは語れない所もありますから」

 

と反論してやると向うは少し黙ってくれたようでアリサも精製した気分になったが、またしても盗聴器じみた耳が反応した。

 

「何よ、がばがばな17ポンド砲の癖して。次会ったらアハトアハトでボコボコにしてやるんだから……どうして隊長は私を此処に――」

 

小声だがぶつぶつと聞こえたセリフにアリサはまたしても違和感を覚えた。隊長、とは何のことか。変な中二病でも患っているのか。よく見ると質問したであろう主の頭は色素の薄い銀髪であった。どこかで見た気がしたが中二病の火力主義者、ドイツ戦車至上主義者と思い、説明を切り上げようとしたところで、手が上がった。

 

またかよ、と思った。

 

「質問よろしいでしょうか?!」

「ん? どうぞ」

 

今度はワクワクした声で、おかしなことに妙な既視感を覚えた。こんな声で質問が飛んできた場面が確かどこかにあったぞ、と。

 

「はい、僭越ながら! M4シャーマンの主砲には水平安定用のジャイロが存在したと思うですけど! ああ! 史実ではあまり頑丈な物ではなかったという話は有名ですがサンダース高ではIBM社が制作したジャイロを取り付けていると聞きましたが本当なのでしょうか? あ! あとA6についても聞きたいんですけど! A6と言えばフォード社のエンジン関係で!」

「シャラップ! オッドボール!」

 

アリサはつい声を荒げて言ってしまった。その声の主は間違いなく、奴だった。四号の装填手秋山優花里。学園祭とは言え、前回にこりずに“また”この学園に乗り込んでくるとはいい度胸だ。アリサは案内役と言う役目をつい忘れ、集団をかき分けて行った。

 

そこには大きなバックパックを背負い少年の様な出で立ちの優花里に白いワンピースで清楚に振る舞っている逸見エリカ、サンダース高限定のパーカーを制服の上から来たローズヒップと薫子と知っている面子ばかりが勢ぞろいしていた。

 

「さっきから変だと思ってみれば、何? うちにスパイが勢ぞろいな訳なの? それとも私が見ている光景が幻か、何かの訳?」

「別にスパイしに来たわけではありませんわ。ただ見に行けと言われただけですわ!」

 

人それをスパイと言う。薫子が慌てて口を塞ごうとしたが遅かった。

 

「隊長に言われてやって来ただけよ。 数に頼るサンダースなんて眼中にもないわ 邪道だもの」

 

エリカはフッと皮肉そうに笑って応えた。カチンと怒りのスイッチが入ったアリサは毒蛇も舌を巻くほどの毒を吐くことに決めた。

 

「何? 黒森峰さんは皮肉言う暇ある訳? 早く帰って大切な虎さんの整備でもして来たらどう? 今ごろ、きっと地面にめり込むか、転輪が取れたりしてるでしょうよ。おんぶにだっこのドイツの重戦車なんでしょ?」

「 物量のみで、紙装甲でガバガバ砲のくせに言うじゃない」

「西住隊長~今すぐ行きますう~?だって」

「タカシ~ って誰の事よ?」

「まるで西部戦線のようです」

 

お互い笑顔で周囲の人間そっちのけで罵倒大会を始めだす。大会では今一だったが悪口においては天下一品の二人だ。まさに優花里の言う通りに西部戦線であった。米独罵倒大戦、ここに開幕。その頃、例の二人はと言うと。

 

「ヘルキャットがあるんですの?! あのヘルキャットが! マジですの?!」

「時速80km! どこに?! それを早く教えなさい!」

 

聖グロの韋駄天コンビは喧嘩に見向きもせずにM4A2から興味の対象をヘルキャットに移していた。サンダースに一台しかない高速戦車に首ったけでケンカなんて知らん顔であった。

 

「何だかヒジョーに混沌な状況になりつつあります!」

 

優花里はおろおろとしているだけである。ここにきてコミュ障の弊害が出てしまったのだ。

 

「何よ? アンタにタカシの何がわかるのよ。 アイツいっつもあの子と一緒で。コッチの気持ちにも気づいてくれないのよ。 朴念仁なのよ」

「そのくらい何よ。 うちの隊長と来たら、 みほの事ばかりで。 いっつも、いっっつも、みほみほって。 みほもみほで私を無視するし」

 

コチラはこちらでヒートアップして想い人への不満を暴露していた。実を言う所エリカとアリサは似たような理由で此処に来ていた。アリサは想い人であるタカシと一緒に学園祭を回ろうとしたが、いざ出会うと赤面して何も言えなくなり結局目論見は失敗。やけになってケイの頼みごとに付き合うことになったのだ。真に度胸も無い女子であった。

 

一方でエリカは敬愛すべき西住隊長に「エリカ、頼みたいことがある」と言われてロクに説明も聞かないまま、二つ返事で答えてしまったのだ。目を輝かせてルンルン気分で来てみればサンダースの見学。こちらはチョロい女子だ。しかも、嫌味ばかり言う割にみほについて言及する辺り面倒な性格である。

 

つまり振られてやって来たのだ。

 

そんな事をしている内に、二人とも似たような悩みをもつせいか、罵っている内にお互いに泣き出してしまった。

 

「タカシぃ……なんで、あの子と一緒に回ってるのよぉ  何で気付いてくれないのよぉ」

「隊長ぉ。みほだけじゃなく、こっちにも構ってくださいい」

 

ぐすぐすと涙流して、共感を覚えたのか二人は抱きしめ合った。戦場では時に敵と涙を流しながら抱き合う時があるというが、コレがそうなのかもしれない。相手だって同じ、恋する乙女なのだと理解したのだろう。無論、彼女等がお互いの幸福を願うかどうかはべつとして。

 

「アンツィオ特製ナポリタンすっよー! 本日特別サンダース高出張中っすよ!」

 

そこへどこから来たのか、コック帽をつけ片サイドの髪を三つ編みにまとめた少女、ぺパロニがやって来た。バカが戦車ではなく屋台でこんな所にやって来たのだ。実にいいタイミングで。

 

「ああ! もう訳の分からない事になっています! こんな時に西住殿が居れば!」

 

優花里は周りをもう一度見直す。すると後ろに巨大な壁が現れた。優花里はさっきまで存在しなかったはずの壁に驚き尻餅をついた。何だと思って見上げてみると、それは壁ではなく人であった。長い黒髪に長身、ブリザードのように冷たい眼光を放つ目の女子、それはプラウダのノンナその人だった。

 

優花里は一瞬彼女を見て喜んだが、ソレもすぐに引っ込んだ。「ブリザードのノンナ」のあだ名同様に彼女はブリザードを纏っていた。ハッキリ言えば何か闇を抱えていた。

 

「あの?」

 

問いかけたがノンナはアリサとエリカの方を見るばかりで、心ここにあらずだ。

 

「悲しいですね。想う人が振り向いてくれないというのは」

「はい?」

「カチューシャの計らいでコチラに来ましたが、やはり堪えるものがありますね。今頃クラーラがカチューシャを独占、いやお相手をしていると思うと……同志を悪くは言いたくありませんが嫉妬してしまいますね」

 

ノンナはそのままロシア語で呟き始めた。明らかに呪詛の響きがあるソレは優花里を怯えさせた。シベリアの冷気を背筋に感じ、身体を震わせる。そして恐る恐るもう一度状況を確認した。

 

「これがヘルキャットですのね? 乗せてもらえませんの? ケチケチしないで乗せてくださいまし」

「早く乗せてください。でないと正式に抗議しますよ 80kmは私だけの物です」

 

遂に速さの為に英国面を捨てようと考える二人。

 

「カチューシャ……」

「タカシぃ」

「隊長ぉ」

 

めそめそと女々しく泣く米独ソ連合。

 

「あ、姐さん? 今ハンガーの中でパスタ売ってますけど? えっ 売り場はメインストリート? そうでしたっけ?」

 

もう放っておくしかないアンツィオ。

 

優花里は思った。これこそが修羅場。これこそが戦場であると。混沌と闇、欲が混ざり合って誰も手が付けられなくなる。こんな時に西住みほが居れば、と思うが頭を振って否定する。いつまでも西住殿に頼ってはいけない、この場は自分がツッコミ役に回ってこのカオスを収拾しなくては。そう奮い立ち、うつむいた顔を上げた時彼女の目に映った物は。

 

「おお! アレはM22ローカストではありませんか! すいませーん! その車両について詳しく――」

 

M22ローカスとの小さな車体が目に入った瞬間、覚悟とか決断を忘れてすっ飛んでしまうのであった。オタクの性である。

 

こうして二日にわたって行われた一風変わったエキビジョンマッチ、語れ語るほど各国のバカ、ではなく“純粋さ”が垣間見れるこの物語は始まった。

 

各校の7人の戦車乗りが集まった伝説。

 

そう、これはある意味で運命的な出会いを果たしたお祭りなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心

 

戦車道について、西住流より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?年後のとある番組にて

 

 

「こんにちは。クイズ ”誰がバカだ”の時間です。今回はサンダース高の取材フィルムの中からあなた自身の目に、勘を働かせて、バァカを見つけてください。では皆さんご一緒に! バカァ見つけてくださぁい!」

 

※最初に戻る。

 

 

 

 

 




続かどうかは未定です。
ある意味で伝説世代な高校戦車道、ネタの提供です。
あと今回はあまりパロディ入れられなかったのでネタ成分少ないかもです。

戦車に関するご指摘や感想、どちらもお待ちしております。


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番外② ヘイトフル7

遅れて申し訳ありません。これからボチボチ書いていきますのでお待ちください。


「本当に最悪な日っていうのを経験したことある?」

 

少女が一人問う。瞳には暗い陰惨とした輝きが宿り、口元には不気味な笑み。両手を組んで周囲の同年代の少女たちに、まず自身の問いをぶつけ、言葉を紡いでいく。

 

「ご存じないかもしれないけど、時に人の笑顔って言うのはね、最も残酷になるときがある。それはまるで、脆いガラスに投げつけられる石みたいに。どこにでもありふれていて、それでいて酷く“傷つける”」

 

その場にいた何名かは理解しえなかったが、それは一つの真実だった。その言葉に共感を覚えるのが二人、銀髪の少女と、黒髪の長身の少女が表にはださないものの、共感を覚えた。何故なら、その笑顔が、大好きなあの人の笑顔が他人に向けられていることこそが、此処の三人の唯一の共通点であったからだ。

 

「それはどんな人の笑顔ですか?」

「それはね……」

 

長身の少女が訊いた。すると、持論を述べたソバカスの少女がスッと、指をさした。その場にいる皆がその先を見た。

 

人々が盛り上がる、此処とは正反対の明るい場所……サンダース校の学園祭は盛況で、ニミッツ級空母を連想させる学園艦上のカーニバルはどこもかしくも若い男女の熱狂で溢れていた。それこそ、熱々のホットドッグを作る鉄板よりもだ。そしてアリサの指さした方向にはオープンカフェに椅子に座りながら、意中の彼が彼女と思わしき女の子のコーラを飲んで、いわゆる間接キッスをして女の子が赤らめるなんて微笑ましい光景があった。

 

「嫌ァア! アタシのタカシィィ!」

 

人生最高の日を過ごす子もいれば、人生最悪の日を迎える子だっている。そうして世界は回るのだ。だから、泣きじゃくってテーブルに拳を叩きつける乙女だっているわけだ。恋は戦争と同じ、負けたものが罪であり、敗者はいつだって惨めだ。

 

自分にそんな事が起こるわけない――そう思っていたアリサにとって、今日の自分の姿はあまりにも哀れで滑稽だった。目の前で甘いワンシーンを見せつけられた“自分”なんて特に。さすがの皮肉屋のエリカも気の毒過ぎて笑えやしなかった程だった。そばかすのチャーミングな彼女、アリサは他校の戦車道の面子が周りにいようとおかまいなく、喚き散らしていた。

 

「なんで! その子と一緒なのよぉ! 普通そこは私のはずでしょ! なのに、何で私は此処にいるのよぉ!」

「何だか凄いことになってますね」

「薫子、あの殿方がどうかしたのですの? アリサは振られたのですの? 告ってもいないのに?」

「気にしなくていいんですよ。ホラ、フランクフルトあげますから」

 

一人の乙女の遠吠えを聞こうとまるで気が付かないローズヒップに余計な事を言わせないために薫子はその口をフランクフルトで栓をした。企み通り、ローズヒップは喜んで、フランクフルトに夢中になってくれた。一生懸命長いフランクフルトを頬張るローズヒップをよそに彼女は同じテーブルに座る秋山優花里に振り返った。

 

「あの」

「は はい! 何でしょうか?」

 

声が若干裏返る彼女に薫子は今まで会ったことのないタイプであったため、少し驚いた。

 

「秋山さんも、その、偵察に来たのですか?」

「いえ、その。 実は趣味で来ただけでして……今年はサンダースで滅多に見られない車両が出ると聞いていたので、あっ、その車両と言うのがですね、M6重戦車と言って、50両程度しか生産されなかったんですけど、何と12台しかないA1型がこのサンダースにあって今回はそれを見にきてですね!……あっ」

 

突然の饒舌っぷりに薫子はたじろいだ。その様子を見て優花里も気づいたのか、しゅん、と項垂れて、小さく「すみません、つい」と謝った。

「好きな事となると、つい」

「いえいえ、そんな事。 何か飲み物はいかがですか? せっかくですからもっとお話を」

「えっ 悪いですよぉ」

 

自分の悪い癖を股出してしまったと後悔した優花里であったが、とうの薫子はローズヒップとは違うベクトルの魅力を発見して目をルンルンと輝かせていた。伊達にローズヒップのような人間と付き合いがあるが故か、この手の変わった人に目がないのかもしれない。

 

「そんな事気にしなくたって……」

「Jesus Christ! 何であの子となのよぉ!」

 

アリサの悲痛な叫びをバックに冷ややかな声で皮肉を言う少女が一人。足を組んでメロンソーダを飲む黒森峰から来た狂犬、逸見エリカであった。

 

「まっ……全く、戦車道に携わりながら、恋だとか戦車が好きだとか、貴女達本当に戦車道やる気あるのかしら? これだから邪道は」

「さっき隊長がどうのって言ってませんでした?」

「なっ、何の話よ? 関係ないでしょ」

「別に」

 

自分らしさを演じようとするエリカにノンナが疑問をなげかけ、クスリと小さく笑った。ノンナはエリカが何気に小さく皮肉を言ったことに気付き、揺さぶったのだ。

 

「ただ、いつものアナタにしては声が小さいと思いまして」

「アンタとそんな付き合いないわよ。知った風に言わないでよ。大体、邪道を邪道って言って何が悪いのよ」

「そうですか。てっきり、気をつかっているのかと思いまして」

「ハァ?! そんな事ないわよ! そんな、あの子みたいに甘っちょろい事!」

 

エリカが反論する度に、ノンナはますます愉快になっていった。この素直になれない感じがノンナにとっての“あの人”にどことなく似ていた気がしてきたからかもしれない。余裕の笑みを浮かべながら、ぎゃんぎゃん吠えるエリカを観察していたが、その時、携帯電話が鳴ったため、アイスティー片手にエリカを愛でることを止め、一言言ってその場を去ってしまった。

 

その背中にエリカは思いつくばかりに罵詈雑言を浴びせたがノンナはフッとほほ笑むばかりで奥歯を噛みしめていると、

 

「……西住殿と西住殿のお姉さん」

「何ですって?」

 

エリカにぼそりと優花里が反論した。

 

「なんだかんだ言って逸見殿も西住殿に名前で呼ばれているじゃないですか?」

「だ、だから何よ? 私は隊長を尊敬してるのであって、みほについては」

「みほ? 元副隊長ではなくてですか?」

「ああ、うるさいわね! 」

「タカシぃ!」

「アンタもうるさい!」

 

さっきまでの皮肉な笑みを浮かべていたエリカは無く、彼女は赤面しながら、優花里の言葉を必死に否定していた。痛いところを突かれてキャンキャン吠え、いまひとつ格好のつかない彼女を見て薫子は彼女にポンコツさを垣間見た気がして胸がキュンとした。

 

「何よぉ! アンタだって騙されてここに来たくせに! 私と同じよ、同じ! 振られてやって来た哀れなジャガイモ女じゃない! フリフリな服着てさ!」

「それを言うんじゃないわよ! 思い出したら、また涙でてくるじゃない!」

「まあまあ」

 

またしても米独口撃合戦が開始されようとした時、二人にスッと一品の料理が置かれた。それは半熟の卵が乗っかった鉄板ナポリタンであった。熱々で湯気が立っていて、送り届けた主ぺパロニに視線が注がれた。

 

「美味いパスタでも食って落ち着けよ」

「お客さん、店で勝手に食べ物を出さないで」

「気にすんなって。パスタに貴賤はないっす」

 

カフェの店員の制止も聞かずに彼女にしてはエラく難しい言葉を言ってパスタを二人に差し上げた。涙目の二人はぺパロニの真意を理解できなかったが、ぺパロニは慈愛に満ちた聖母の如く顔で言ってのけた。

 

「辛い思いでは忘れるにかぎるっすよ。思い出は苦痛のみなもと。忘れた方が幸せかもっすよ」

「慰められた……バカに」

「何か深い感じして、ムカつく」

「“歌に生き、恋に生き、パスタに生きる”っす」

「アンタ本当にアンツィオよね?」

 

二人は真夏のヒマワリのように明るく笑うぺパロニに感謝しつつも、煮え切れない想いを口にする。思いもよらない人物から、とくにアホの子のひと言は時に最も的確な言葉であることがあるというが、まさにその通りであった。悔しみと悲しみ、感謝が混じった複雑な思いのまま、ナポリタンを食する。

 

「というか、アンタは何しに来たのよ?」

「パスタの出張販売っすよ。ウチはあんまり金ねーから、P40の修理費稼がなきゃならねーんだよ。タンカスロンで稼げなくてさぁ……姐さんも今どこかで稼いでいる最中だし、てか、どこ行ったんだろ姐さん」

 

エリカの疑問にぺパロニはアンツィオの台所事情を話した。その途中で幾人かは、“姐さん”にさっき呼ばれていなかったか、と。だが、そこで美味しいパスタと何か豊富そうな恋愛経験の話をみすみす逃す手はないと考え、エリカとアリサはとりあえず黙っていることにした。

 

だが、考えても見ればアリサはともかくエリカに関してはいささか疑問が残る。そもそも彼女の場合は恋愛ではなく信仰とか憧れではないのか。そして彼女は一体、姉か妹のどっちにご執心なのか。そもそも、それはアブノーマルの危ない奴ではないのか。ドイツ的にアウトではないのか、と様々な疑問が見られる。だが、ソレも戦車道である。好きな人が同性だろうと乱れなく進むのはまさしく“西住流”の極意そのものである以上、“同じ戦車道”を進む人間として優花里は気を遣うことにした。

 

「恋愛相談なら武部殿とお話ししますか?」

「机上演習のみの子はお断りよ! それに大洗の手、特にアンタとみほの手は借りないわ! 西住流にかけて!」

 

だがエリカの意地が優花里の助けを許さなかった。たとえ、ぺパロニからは助言をいただくとしても大洗の手は借りないと宣言した。特に四号の乗組員、とりわけみほの傍にいる彼女だけには借りたくなかった。

 

「ダージリン様もびっくりな二枚舌ですわ! ダブルスタンダードですわ!」

「何気に厳しいですね、ローズヒップ殿」

「違うんです。ただバ……“真っ直ぐ”なだけでなんです」

 

エリカの言動をオホホと笑い、ローズヒップが素直な感想を述べたのを薫子がフォローする。

 

「我が聖グロリアーナに限ってそのような事はありません。例え、ダージリン様がケチで変人でノリが良くて、不整地で14km/hのトロマなチャーチルに乗る紅茶フリークスだとしても、それはありません」

「戦車に罪はありません! ダージリンさんはイイとして、チャーチルの悪口は許しませんよ!」

 

焦って、つい口が滑った薫子に対し優花里はチャーチルをかばう。そして、誰もダージリンをかばうことはない。なぜならば、ダージリンだからだ。

 

「ダージリン様はクルセイダーをあまり使ってくれないのですよ? 酷い話ですよね? 私に30kmも出ない歩兵戦車で満足しろと言うのですよ? 分かりますか? この気持ち」

「ですがチャーチルに罪はありません! 歩兵戦車として、ティ―ガーにも匹敵する装甲を持った戦車は紛れもなく……」

「うるさいオッドボール! 少しは静かにしなさい!」

「シャイセ! 聞き逃したじゃない!」

「ちょっと黙って貰えますか?! 今薫子殿にチャーチルの素晴らしさをですね!」

「いい加減、パスタ伸びるんで早く食べてくんないすかね?」

 

オープンカフェで、サンダース校の学園祭で戦車道履修者達は火花を散らしだした。恋愛、戦車、速度狂、パスタ。様々な意志と譲れない、そして噛み合わない想いがぶつかり合ったのだ。本来なら彼女たちを抑えるべく隊長クラスの人間がいつもいるのだが、今はいない。そして周囲の生徒達にソレを代わるのは無理な話だった。

 

見かけこそ可愛らしい女子高生でも、エキセントリックな言動を繰り返す戦車道の女の子。パンツァ―ハイに盗聴魔、狂犬、スピードジャンキーに似非お嬢様にアンツィオの混合部隊に頼まれたって誰が行くものか。

 

「というか、ヘルキャットは使わせてくれないんですの?! 私、その為に此処に赴いたのですのよ! いい加減ヘルキャットをお出しになりなさい! このヤロ!」

「知ったこっちゃないわよ! 聖グロはお茶してなさい!」

「いいから、静かにしなさいっての!」

「いや、チャーチルはですね!」

「チャーチルとか!」

「パスタを食え!」

 

いがみ合いはエスカレートしていく。そこは火薬庫と形容して言い。あの、ほんの一押しで爆発する危険な場。信管むき出しの不発弾と言ってもいい。まとめ役がおらず、誰もが自分の欲と信念に忠実であるがためのカオス。これも、戦車道に身を沈めた乙女の姿の一端なのだろうか。それとも様々な愛とやらに身を焦がしているからか。

 

テーブルをひっくり返し、ドリンクが入ったプラスチックの容器が宙を舞う。さんさんと輝く太陽の下で六人は決闘を行うガンマンのようにお互いを睨み合った。

 

「ヘイ! ストップ!」

 

一触即発のその時、快活な女の子の声が六人の耳に届いた。六人が視線を向けた時、彼女らは一斉にその姿に身体を固めた。

 

戦車道の乙女を止めるには戦車道の乙女。六人の乙女の前に表れたのは白いカウボーイハットに茶のブーツ。ホットパンツとガンベルトのセクシーでへそを出した色気溢れる保安官ではなく、サンダース校のリーダー、ケイであった。

 

「何の用ですか?」

 

エリカが尋ねるとケイはニヤリと笑って答えた。

 

「学園祭で騒ぐなら、アタシと来ない? Come on!  Ladies!」

 

それが事の始まりだったかもしれない。格納庫で出会い、何もすることがなく、仕方なく喫茶店で駄弁っていた彼女等を一つの部隊として、一日だけのドリームチームにしてしまったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣く子も凍えるロシア……ではなく、サンダース校より、いささか涼しいプラウダ高校のある一室で小学生のような背の子とその姉のような女性がテーブルをはさんで座っていて、

テーブルには紅茶とジャムの入った小瓶に小さなトーストが二枚乗っている皿が二つあった。ジャムの種類は豊富で、生粋のロシア人のクラーラが微笑ましく見る中で身長127cmのカチューシャがトーストを手に取って赤いジャムを一生けん命に塗っていた。

 

「カチューシャ様、今日は好きなだけジャムを塗ってくださいね」

「当然よ! ノンナが居ない分、塗って塗って宝石みたいにするんだから!」

「ハイ、美味しく食べてくださいね」

 

カチューシャは目を輝かせ、ルビーの様な光沢放つジャムトーストを食べる。小さな口で頬張り、口元にパン屑とジャムをつけても、気にせずに。ジャムの甘さと香ばしい焼き立てのパンの香りに満面の笑みを浮かべていた。

 

『小さくて可愛いです。カチューシャ様』

「日本語で話しなさいよ!」

 

クラーラはカチューシャの抗議を聞きつつも、携帯でパシャリと写真を取った。

 

「ちょっとクラーラ! 食事中に携帯なんて仕舞いなさいよ!」

『気にしないでください。 ちょっと写真を送るだけですから』

「さっきまでの日本語はどこ行ったのよ!」

 

ぷんすか、怒るカチューシャにニコニコとほほ笑むクラーラはその写真をメールで送った。今、この笑顔を手にしているかを誰かと言うことを教え、彼女がどんな顔をするのか、楽しみにしていた。

 

「今日の私のカチューシャ様」と文章を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと、見つけたよ! 私の戦車道!」不肖!秋山優花里の西住みほ                    語録 より抜粋。

 

 

 




久々なので、色々と違和感があるかもしれません。
なお、アンツイオのナポリタンについて、のっかている卵が半熟なのか、肩や気なのか、誰かご存じなかたはいますか?

作中でおかしな描写や感想ありましたら、お待ちしております。


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番外③ 人間性も名誉もへったくれのない戦いの始まり

悪ノリし放題の作品ですが、どうかお楽しみください。


アメリカと言えば何だろうか、この問いには様々な答えが用意できる。ある人は物量だと言う、資源と工業力で他の追随を許さない、驚異的な生産力である、と。その答えは然りだがここではNOだ。では、巨大なハンバーガーとコーラだろうか? それとも、何でも自由と言えるお国柄か? それらも然り。だがサンダース校のケイたちの目の前で見られる答えは違う。

 

馬にまたがり、回転式拳銃を振り回すカウボーイ、m1ガーランドやトンプソン短機関銃を片手に談笑する米陸軍の勇ましい行進、美声と踊り、甘いマスクの水兵たちが踊る華麗なミュージカル。パーテイドレスに包んだ美女とタキシードの男が魅せるロマンス、群がるゾンビ。

 

耳が幸せな、砲声と空を飛ぶレシプロ機のエンジン音、見事なオーケストラとタップダンスのリズミカルなサウンド。あちらこちらに張られた映画の宣伝のポスター。

 

そう、アメリカと言えば、エンターテインメントの王様、映画である。一般公開されたサンダース高の誇る映画部の巨大スタジオはまさに圧巻の一言だった。高校生とは思えないレベルの演技と高価な設備に連れてこられた七人は感嘆の声を上げるばかり。

 

「どう? ウチの映画部のスタジオよ。ローマ騎兵からシチリアマフィアまでいるのよ」

「流石、お金持ちッス!」

「カエサル殿が見たら喜びそうですね!」

 

優花里の前をローマ人のトガを纏った学生を歩き、手を振ったので優花里とぺパロニが大喜びで手を振る。大型の倉庫の様なスタジオから撮影が終わったのか、ドイツ兵とイギリス兵が一緒に出て来る。かと思えば、インターセプターとGTRなどの名車が出て来たのを見てローズヒップと薫子が飛びつく勢いで車に駆け寄った。

 

「V8ですわ! 薫子! V8!」

「は、はしたないですよ! ローズヒップ! い、いくらV8だからといって……V8!」

「はしゃぎまくりじゃない」

 

ぼそりとエリカが突っ込み、改めてケイの方へと向き直った。彼女の顔は不機嫌そうで、眉尻が微妙に上がっていた。

 

「それで、いい加減何でこんな所に連れて来たか、教えてもらえませんか?」

「ちょっと」

 

不遜な態度を取るエリカに対してアリサが割って入った。

 

「何よ、その口の利き方。黒森峰では礼儀は無いわけ? ゲルマン魂って。無作法に突っ込むってことなの?」

「一々噛みつかないでよ。此処まで説明も無しに来てんだから、聞いて当たり前でしょうが」

「まあまあ」

 

ケイはにらみ合う二人を両腕で抱いて引き寄せた。あまりに唐突でエリカは目を一瞬丸くした。抗議しようとしたが、ケイの豊かな胸に顔を押し付けられて口を塞がれる形となり、ジタバタ足掻くぐらいしかできなかった。

 

「ちゃんと説明するって、だからアレを見てくれない?」

 

二人がどうにかケイの指さす方を見ると、そこにはズラリと並んだ戦車の列があった。国籍は様々で、三号突撃砲にシャーマン各種、クロムウェルや四号戦車、エレファントにT34-85。果てはドイツ軍のハーフトラックに大戦後の戦車まで揃っていた。

 

「ハァ!? 何でこんなに?!」

「ヒャッホウ! 最高の眺めだぜぇ!」

 

壮観な眺めにエリカが大きく声を上げ、優花里がパンツァ―ハイの絶好調のまま叫んだ。優花里はともかく、エリカの驚きは無理もなかった。過去のサンダースの試合でこれらの戦車が使用されたことはなかった。さらに戦車の傍らでは男子と女子が一緒に整備しているところを見て、コレら全てが撮影用の戦車であることを理解したための叫びであった。

 

ジープ程度ならまだしも、三突やT34と言った戦車道の試合で一級品の戦力となるまさに最高の無駄遣いである。

 

「驚いた? コレ全部ウチの映画部の戦車なんだよ~。カーボンもついてて、砲撃させれば実際と変わらない映像が取れるのよ!」

「凄いです! これだけあれば、クルスクの戦車戦だって撮れますよ!」

「で、これが?」

「そう、コレ!私も偶に女優として出るんだけどね、少し前にしつこくオファーされちゃって……」

 

目をランランと輝かせる優花里を尻目にエリカがケイに尋ねると、ケイは大きく胸を反らして頷いた。

 

「実は、今日の学園祭で映画部と戦車道の皆で組んで、演目をする予定だったんだけどね、向うの連絡にミスがあって、ちょうどパレードの予定と重なって、出れる子がいなくてさぁ~。だから、ね? お願い! 代わりに出てくれない?」

「あの、ですね! 戦車道は……!」

「Take it easy! 固いこと言わないでよぉエリカ! 貴女とノンナ、オッドボールだけでも居てくれると大助かりなの! ソレに、ホラ! こうして運命的な出会いで集まったわけだしさ! 後でハンバーガーでも何でもおごっちゃうから!」

 

何かと思えば、イベントの乗員の代わりをしてもらおうと言う話で、エリカは反感を覚えたが人をグイグイと引っ張る、ある意味大雑把なケイに圧されてしまっていた。それでも、エリカが反論しようとしたが、彼女に伸し掛かるように戦車道の乙女たちが殺到してきて、下敷きにされた。

 

「ケイ殿! 自分は是非参加させてほしいです!」

「ありがとう! オッドボール!」

「ハイハイ! ヘルキャットは?! ヘルキャットは使わせてもらえないのですの?!」

「勿論OK!」

「マジですの?!」

「聖グロばかりズルいぞ! アタシにもデカい大砲のついた奴お願いするッス!」

「好きに言っちゃって、用意するから!」

 

聖グロコンビは高速戦車に乗れると知ってその場でワルツを踊りだし、優花里とぺパロニは喜びを分かち合うためにケイに思い切り抱き付いた。歓喜一色の彼女等とうって変わって、無残にも下敷きにされたエリカはぜえぜえと息を吐いてよろよろ立ち上がろうとする。

 

「大丈夫?」

 

すると、アリサが手を差し出してくれたのでエリカは迷ったが素直に手を取って立ち上がって苦笑を浮かべたアリサに自分の疑問をぶつけた。

 

「アンタの所っていつも、こんな感じなの?」

「大体ね。ケイ隊長良くも悪くもアメリカンだから。でも悪くないわよ」

「楽しそうで何よりね」

 

皮肉とも感心とも取れる言葉にアリサは曖昧な笑みを浮かべた。

 

「で、やらないの?」

 

少し挑発的な物言いだったが楽しそうなケイ御一行を見て、視線をずらしながら、ぶっきらぼうに言った。

 

「……ま、偶にはお戯れだって必要かもね」

「何ソレ?」

「別にいいでしょ! 参加するって言ってるんだから!」

 

ムキになって反論するエリカにアリサはニヤニヤと笑う。何か弱みを握られた気がしたエリカだったが、墓穴を掘らない為にこの場は黙っておくことにした。

 

「で、演目はなんでありますか?!」

 

そんな素直になれない二人も加わって、優花里がケイに訊いた。一人の戦車ファンとして様々な映画や映像作品に触れて来た彼女にとって自分の乗る戦車がカメラに撮られると思うと楽しみで仕方ないようだった。勿論、ぺパロニやローズヒップもそうであったが、彼女等の場合は普段乗れない車両に乗れることに重きを置いていた。

 

ケイはサムズアップして優花里に答えた。

 

「オッドボール、ダメよ! 答えは来てもらってからよ! じゃ、アリサ オッドボール達を2番スタジオの大道具製作場に連れて行って、ついでにノンナも見つけたらそっちに送るわ! 聖グロのレディ―達は私が案内するから」

「分かりました」

「それじゃ、二人ともFollow me! ムーブ! ムーブ!」

「Yeah!」

 

薫子とローズヒップはお嬢様であることを忘れて、アメリカ風に応えて見せた。それを見たエリカとアリサは彼女等が本当に聖グロリアーナから来たのか、と疑った。もしかしたら、二人は速度の為に英国面のダークサイドを脱し、今度はヤンキーに転属するのかもしれないなとも思った。

 

ローズヒップと薫子、ケイの三人が肩を組んでリパブリック賛歌を合唱し、ヘルキャットがいると言う場所へと向かっていく。段々と小さくなっていく背中をアリサが何となく追っていると、ケイの背中をこっそりと覗き見る存在に気付いた。

 

目を凝らしてみると、髪を金に染めたのか、わからないが後ろ姿はスマートな男で、何やらただならぬ雰囲気を感じた。

 

「横浜 西口 駅前に~♪」

「ソレ違くない?」

 

何かが違うリパブリック賛歌を歌うローズヒップと薫子が気になってしまい、頭の隅へと追いやってしまった。

 

 

 

 

 

メガホンを持った男子が指示を出し、カメラマンや照明係があせくせ動き回る中、ケイに連れられた薫子とローズヒップは三回目のループとなるブリティッシュグレネーディアを歌いながら、目的のM18ヘルキャット駆逐戦車が待つ倉庫へとお手をつないで、小躍りしながら入っていった。

 

「楽しみなの?」

「モチロンですわ!」

 

ケイが問うと、ローズヒップがすかさず答えた。ローズヒップの目は輝きに満ちていて、興奮のためか頬が少し桃色に染まっていた。相方の薫子は焦点の定まらない目でヘルキャットの速度を想像し、幸せに蕩けた顔になったがハッと気づいてお嬢様らしく振る舞おうとする。

 

その二人にケイは大きく笑った。聖グロと言えば、彼女にとって例のノーブルシスターズの様な少し固いイメージがあったのだが、案外ローズヒップや薫子を見ると、きっとダージリンも扱いには四苦八苦しているだろうな、と思って笑ってしまった。

 

「ヘルキャットと言えば、時速80kmの高速戦車! クルセイダーのような気品さがちょっぴり足りないのが玉に瑕ですけど! 速いことは何よりも素晴らしいですわ!」

「80kmの振動ってどんな感じでしょうね? 私、大いに……コホン、ちょっぴり楽しみです」

 

また、同じ戦車道を進む者として戦車を大好き、と大きな声でハッキリ言う子がケイは大好きだったからだ。戦車道は試合であって戦争ではない、だからこそ性能や信頼性だけではなく、戦車が好きだから戦えるし、それがフェアでエキサイティングな戦車道と言う訳だ。

 

「いいね、いいね~! 戦車道らしくて、凄いイイわ貴女達!」

「褒めても何もでませんわ!」

「光栄です!」

「と言う訳で……」

 

ヘルキャットのいる映画部専用のハンガーの前に三人は立った。ケイが二人に振り返って、ニコリと笑う。聖グロリアーナの二人はお宝を前にした冒険家のようにウキウキしていた。

ハンガーの扉が徐々に開かれていくと、そこにはヘルキャットの姿が見えて来た。

 

M4シャーマンのずんぐりとした見かけとは違う小さくてシャープなデザインの車体。長く伸びた76mm砲が自己主張し、オリーブドラブ一色の駆逐戦車が完全に三人の前に現れた。しかも、驚くべきことがあった。まるで薫子とローズヒップを待っていたかのように、400馬力の空冷星型ガソリンエンジンが起動して、排煙を出して動いていたのだ。

 

「……What?」

 

ケイはさっきまでの笑みを消して、驚いていた。確かに戦車道のメンバーは連れてくると彼女は映画部の連中に言ってあった。だが、しかし今日連れてくると言ったのであって、今日のいつ、どんな子を連れてくるかなんて伝えたこともないし、そもそも“動かせる人間がいないから、戦車道の方に乗員を要請する”のだ。

 

つまり、ここでヘルキャットがこんなタイミングでエンジンを吹かして、しかも徐々に前進するはずなんてないのだ。

 

「ののの?」

 

ローズヒップと薫子も此処まで来てようやく気付いた。何で自分たちが乗ってもいない戦車が勝手に動いているのか。次の瞬間、エンジンが豪快に吹かされ、急加速を始めたヘルキャットが前進して来たのを三人は大慌てで横に飛んだ。

 

「ホワイ?!」

 

三人一斉に叫ぶとまだ完全に空いてなかったハンガーの扉を強引に抜けたヘルキャットが暴走を開始しだし、スタジオは阿鼻叫喚となった。ドレスやブロップガンの入った小道具をキャタピラで踏みつぶし、何とも乱暴な運転で走り抜けて、映画部の敷地の外へと走り去ってしまったではないか。

 

「戦車泥だぁぁぁ!」

 

誰かがそう叫んで、ケイはすぐにお気楽な気分を脱ぎ捨てて、携帯電話ですぐに自分の仲間達に電話を入れた。自分が埃にまみれようが、自慢のハットがぺしゃんこになろうがこの際無視した。

 

「ナオミ! 聞こえる!? 大変よ! 戦車泥が……」

『ケイ? 戦車泥ってどこに?』

「映画スタジオ! ウチの戦車を……」

 

ツカツカと足早に倉庫から出て、状況を確認していると、さっきの倉庫の隣の倉庫が突然爆発した。否! 崩れだしたのだ。何事かと見てみると、今度は映画部のM22ローカスト軽戦車がバウンドして、出て来た。いつかタンカスロンの為に使っていた物を映画部に供与していた車両だ。

 

「whyyyyy!?」

 

本日二度目のサプライズにケイは腹の底から叫んだ。何が起こっているのか、一体この学園祭で何が起ころうとしているのか、全く見当もつかなかった。

 

『ケイ! ヘルキャットとローカストが出て来た! コイツ等か?!』

 

ナオミの交信に応えようとした時、聖グロの二人がいつの間にかいないことに気付いた。

 

『聞こえるか諸君!』

 

そして、聞き覚えのある声にケイは耳を傾けた。

 

 

 

 

 

『同志クラーラ……』

 

映画スタジオに他のメンバーが言っている間、ノンナはいつの間にかスカートの短いウエディングドレスの仮装をされていた。真っ白で美しい衣装に彼女の白い肌と長い艶のある黒髪が映えて、最高の組み合わせだったが、彼女の纏うオーラはどす黒かった。純白の姿を真黒に見間違えるほどに。

 

『クラーラァ……! いつか、この報いを受けさせてあげます……地獄の釜で焼かれるがいい、魔女め』

 

彼女の背後500m先に転がるひび割れたスマートフォンには彼女の敬愛するカチューシャの満面の笑み、しかも口元にジャムをつけたこれ以上ない姿が撮られた写真が写っていた。

 

一瞬の歓喜も束の間。余計な一文として加えられた文章を見た後、しばしクラーラと激論を交わし、自らの敗北を悟った彼女は白いドレス姿のままロシア語で呪詛の言葉を漏らし、百年の恋だって凍り付く絶対零度を周囲に振りまいていた。

 

「あ、あの」

「何ですか?」

 

心配して声を掛けた女子生徒が悲鳴を上げて逃げた。かのソビエトの書記長も裸足で逃げ出す眼光を宿したノンナはやり場のない怒りに身を焦がし、さまよい歩いていた。本来、この手の者を取り締まるべきサンダース高MP(風紀委員)達は一目散に逃げて、誰も手出しできなくなっていた。

 

しかし、その時神の助け舟か。何やら周囲がノンナ以外の事で騒がしくなってきて、彼女が何かが起こっていることに気付いた時、いたるところのスピーカーから声が漏れ出て来た。

 

『聞こえるかね? 諸君!』

 

ノンナはますます不機嫌になった。こんな時に大きな音で男の、しかもどこかいけ好かない感じがする声音は彼女の怒りの炎に薪木をくべてしまっていた。

 

『我々は真サンダース戦車部である! この学校の、いや、全ての戦車道に革命を起こす者である!』

 

その信じられないセリフすら、彼女をイラつかせる材料となっていた。そして、絶対零度に達する勢いの彼女を、ブリザードのノンナをジャストタイミングで探し当てた人物が一人。

 

「やあ」

 

カンテレの導きにブリザードはどこへ吹く?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXTダージリンの格言

 

「恋ってのは、それはもう、ため息と涙でできたものですよ」 

シェイクスピア

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は戦車戦も真面目半分ボケ多めで書いていこうと思います。
書きたいこと多すぎて文字数が増えてしまいましたが、ご了承を。


ルパン三世2015とアンツイオでコラボ出来たらな、っていうのが最近の思い付きですので、更新は不安定です。申し訳ありません。


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番外④ ゴールデンな目

長くなりました。


猫ちゃんが逃げる――

 

突っ込んで来たオリーブドラブの車体を横に飛んで避け、宙を浮かんでいる間に薫子とローズヒップは後ろ姿を見せるヘルキャットを目で追いながら、そう思った。エンジンを唸らせ、排気ガスを吹き付けられて服が黒ずんでしまおうが、そんな事はどうでもいい。

 

問題は会うのを楽しみにしていた“猫ちゃん”が去っていくことだ。服など所詮はテキトーに買ったサンダース高のパーカーだ。本来、聖グロリアーナの淑女としては服が汚されることは屈辱だが、どうでもよかった。今の二人は戦車道の乙女としての思考を巡らせていた。

 

それは私の戦車ではないのか、私の80kmではなかったのか? 何故、私達の手元から離れて走っていくのか? 高速戦車は言ってみれば私達にこそ任せるものだ。他の誰でもない。聖グロの韋駄天である、この私達が。正直なところを言うと、ヘルキャットに乗り、気にいれば聖グロにお持ち帰りできるようにダージリン様に頼むはずだった。なのに、奴はこの“私”からお逃げになりやがった――

 

いや、ヘルキャットに罪はない。人無くして戦車あらず、つまりどこぞの馬の骨が猫を攫っていたということだ。

 

これは、私への挑戦状だ。私への反逆だ! 

 

コンクリートの床に身体をぶつける二人。普通なら、痛みでうずくまるかもしれない。だが、二人はすぐさま身体を起こした。脳からアドレナリンが分泌され、心に怒りと狂気を注ぎこむ。それはニトロとガソリンの混合液にダイナマイトを投げるような物だった。二人は目を真っ赤に光らせて、ケイが知覚できない速度で駆けた。

 

都合よくあった隣の大道具制作スタジオの扉を蹴破った二人は代わりの戦車を探し、目当ての物を見つけた。

 

「おい、君たち……」

「超ごめんあそばせ!」

 

何らかの映画の準備をしていたのか、ホッケーマスクにSM衣装の筋肉隆々の男子高校生が止めようとしたが二人はラリアットで彼の意識を刈り取り、続々と止めに来た男子、合計して8人をちぎっては投げ、ちぎっては投げて、最後の一人を薫子が“淑女のフォークリフトで沈めてやると、二人はM22ローカストを強奪――否、失敬。拝借した。

 

「おふざけになりやがって、どこの馬の骨かは知りませんが、私の子猫ちゃんを、80kmを取りやがりましたね!」

「薫子! 絶対に逃がしませんわよ! 白旗上げさせた後、ぶっコロコロして差し上げますわよ! 後頭部にキャタピラを刻んでやりますわ!」

 

やられたら、やり返す。過去、英国においてやられっぱなしは絶対に許してはいけないのだ。紳士は紳士らしくないことを紳士らしく行うのが英国なら、淑女だって同じことが言える。

 

なにせ、奪ったのはヘルキャット。聖グロのジャンキーとバカの組み合わせを前にしてタダで済むわけがないのだ。そんなことは彼女ら二人の恋人を奪っていくようなものだ。いや、実際二人にとってヘルキャットは恋人となりえた存在なのだ。

 

恋人を奪われたのならヤルことは誰だって一つだ。取り返して間男を二度と再起できぬ程度にボコボコにしてやるのだ。

 

一応の訓練しか受けていないはずのローカストをすぐさま起動させ、二人は復讐の女神となって追跡を開始した。スタジオの扉をぶち破り、組み立て途中の戦車やらセットもお構いなしにヘルキャットへと一直線に、だ。

 

斜面を乗り越え、舗装された道路に火花を散らして着地し、履帯の後を追っていくと、目の前にはあのヘルキャットが見えた。薫子が操縦主席の小窓から覗くと、そのヘルキャットは乗り手が未熟なのか、最高速度を出しきれていないようであった。

 

「お前……オ前! 手前ぇ! 貴様ァ!」

 

未熟者が駆る高速戦車。80kmの風と激しいサスペンションの上下運動を奪い、しかもソレを見せることも出来ないと言うのか。そんな腕で私の戦車を奪っていったのか――二人は益々狂気に駆られていった。

 

かつて、この聖グロのお嬢様二人をここまで“ご機嫌麗しゅう時”を奪い、狂犬じみた顔にさせたことはあっただろうか。このまま行けばサンダース高が真っ赤に、それもネギトロのようなグロテスクな惨状を見せてしまうかもしれない。だが、回りだしたタイヤが、歯車が、履帯が止まらないように全ては始まってしまった。

 

「そいつを返しやがれ! さもなきゃ、つぶれた真っ赤なイチゴみたいなお姿にしてさしあげる!……でございますのよ!」

 

滅茶苦茶な口調の脅し文句の後に開始の合図が放たれた。37mm戦車砲が木霊した時、戦車道の乙女が動きだす。ちょうど、此処に来ていた残り5人を招く呼び鈴として、後に語られる事件の始まりのゴングが今鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦車は元々女子の物というが、何故男が疎外されるのか? そもそも、状況判断において男の方が優っており……』

「ハア?」

 

多方面に喧嘩を売り込んでいる男の放送にエリカは片眉を吊り上げていた。先ほどから革命軍と名乗る連中と来たら言いたい放題で、女子のみならず男子まで不快にさせていたのだ。スピーカーからは男の優位性とか、理想の女子像などが垂れ流しで、この放送の主がいかにナルシストのスカした野郎であることがエリカには腹立たしい限りだった。

 

『我々勇猛な――』

「勇猛なら生身でティ―ガーⅡ潰しに来るくらいしなさいよ。戦車にのるなんて女々しい」

「来たらどうするんです?」

「SマインとMG34で粉みじんにしてやるわ」

「胸がスカッとしますね!」

「アンタ、意外とエグイわね」

 

優花里がワクワクした様子でエリカが鼻を一つ鳴らす。エリカは周囲と近くで無線で連絡を取り合うサンダースの戦車道メンバーを見ていた。通信の様子から、例のパレードやらでメインストリートにM4シャーマンを運び込んだ後で、ハンガーに待機していた車両も含めて弾薬を積み込んでいないことを聞いていた。そして、遠くから聞こえた砲声も併せて、件の革命軍のやりたいことを推察していた。

 

彼らは革命を起こす、などと言うがサンダース校の戦車とまともに戦う気がない――それがエリカの判断だった。映画部には弾薬が積み込まれているが、サンダースにはソレがない。このパレードと言う時期を狙って、不戦勝でも勝ち取る気なのか。あるいは、サンダースが空の時を狙う気なのか。どちらかだろう、と踏んでいた。

 

「イラつくことするじゃない」

 

ギリっと歯ぎしりをして声が流れるスピーカーを睨んだ。戦車道の革命? フィールドでの戦術ではなく、陰湿な方法で勝とうとする。いけ好かない奴だ、とエリカは心の中で唾を吐いた。

 

「全くです!」

 

すると、望外にも優花里がエリカの言葉に頷いた。エリカは皮肉そうに笑って優花里の方を見た。

 

「何よ? アンタ、私に賛同するの?」

「逸見殿は苦手ですが、彼らのしていることは戦車道ではありません。ハッキリ言って陳腐な戦争映画の悪役のようです。それに――」

『西住流などという、おままごとの戦車戦に現を抜かし、しかも西住みほはフザケた調子で戦車を動かし、仲間だとか綺麗事しか言えない戦車戦を舐めている女など――』

 

周囲を見ていたエリカと違い放送をしっかりと聞いていた優花里はこめかみを引くつかせ、元気ハツラツな声には若干の苛立ちが含まれていた。

 

「こんな事言われた、もう戦争しかないでしょうが! かくなる上は不肖、この秋山優花里が不届き者一人一人に鉄と血の鉄槌を下して、きゃつ等の主砲を再起不能に真っ二つに折ってやる所存で――」

「なんてこと口走ってんの。女の子なら慎みを覚えな……」

『姉のまほも同様に甘い女だ。所詮家柄のみの女で性能差でごり押しすることしか――』

「野郎どもの肉を88mmでミートパテと腸詰めにこしらえてやるゥ!」

 

礼節正しい戦車道の乙女はどこへやら。敬愛ではなく、盲信の域に達しているのか。二人は西住姉妹に関して言及され、憤怒した。二人はお互いに手を取り合って、映画部の戦車を探し出した。どかどかと靴音を鳴らす二人は現在仮装中で、二人仲良くお揃いでSS戦車兵の格好でおどろおどろしいオーラをまき散らしながら歩き回るもので、映画部は彼女等を見るなり脱兎のごとく逃げていく。

 

さながら、ジーク・ハイル。ジーク・西住姉妹。屈辱には88Flakで返す、恐るべき西住親衛隊が戦車を探すべき、逃げようとする映画部の女子一人を捕まえて、詰問した。

 

「一ついいかしら?」

「ハイ?!」

「戦車はどこでありますか? できるならIS2やT28のような強力な奴を!」

「強力かは知りませんが、強そうなのはそこに!」

 

二人がガタガタ震える少女の指さす方に目を見張ると、確かに強そうな戦車があった。全体的に四角い車体で傾斜装甲など見当たらない。車体後方には二つの大きなマフラーが二本。砲身は太く、そして長い。先端の大型なマズルブレーキがつけられていて大口径の対戦車砲であることは疑いようが無かった。

 

優花里はしばらくウットリとした顔で眺めた後で、すぐにハッとなって女子の両肩を掴んで大きく揺らした。

 

「もっと強いのはないんですか?!」

「生憎これ以外の大きいのは無くなっちゃって……」

「何を悠長に笑ってるんですか?! 西住殿ですよ! 西住殿なんですよ! 侮辱した彼らを蹂躙した後で、シュマイザーでなぎ倒そうって時に! クリーク! 戦争なんだぞ! 西住みほ殿なんだぞ!」

「サンダースの癖にケチな事するんじゃないわよ! アンタ達から資本とったら何が残るってのよ! こっちも西住まほ隊長だってわかってんの?!」

「知りませんよ! そんなことぉ!」

 

女子は耐えきれずに泣き出した。だが、これ以上文句を言っても、アレ以上の戦車は望みようが無かった。例の革命軍とやらは強そうな戦車を目で見える範囲で片っ端から奪っていったのだから。

 

親衛隊二人はギャンギャンと問い詰めるが、無い物は無い。ない袖は振れぬ。

 

「大体、二人じゃ動かせないじゃないですか!」

 

そして、映画部の女子の言う通り、乗員がいなければ戦車も動かない。ここには装填手の

優花里と車長のエリカしかいない以上、戦闘行動なんてほぼ不可能。精々が動くトーチカ程度が限界だろうことは明らかだった。

 

「私はエリカだぞ!黒森峰の副隊長で、悔しいけど準優勝二回に、ティ―ガーⅡの車長! やってやれないことはないわ!」

「そんなの幻想です~!」

 

そう、革命軍が狙った通り。人員がいないのだ。 

 

 

 

「何してんだ? 何かお祭りでもすんのか?」

 

 

 

 

否。はずだった。その時、パスタ屋の屋台を引いて、ニコニコ笑うコック姿の操縦手が来た。

 

「やっぱり、ここにあるじゃない。戦車が」

 

否、居ないはずだった。パンツァ―ジャケットに身を包んだ。サンダース屈指の通信手が。

 

「やあ、風に流れて連れて来たよ」

いるはずが無いはずだった。チューリップハットをかぶったトリックスターが真っ白なウエディングドレスでロシア語を小さく呟く砲手を連れて来た。

 

 

ここで揃ってしまった。車長、装填手、操縦手、砲手、通信手の全てが揃った。彼女等五人はお互いに見合った。学校も立場も違う、ついでに目的も違う者同士の顔を見た。

目的は全員が違う。復讐、制裁、楽しみ、八つ当たりに鎮圧。この五人が運命共同体や家族とはとても言えない、皆がバラバラだ。だが、一つ共通している時点で全員のやることは決まる。

 

唯一つ。討つ相手がいるということだ。

 

五人はそれぞれ無言の内に役割を分担させ、乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広く、森や隆起した丘に、稜線や塹壕、草原と撮影用の広いフィールドには戦車の大群があった。戦車には本来ありえないはずの男が乗っており、様々な国の戦車と様々な体型の男子たちが半狂乱で騒いでいた。

 

その中央でパーシングによく似た車両のキューボラから姿を見せるハンサムな男子が彼らを焚きつけていた。

 

「お前ら! これで我々の勝利は確実だ!」

 

彼の名は峰 六郎。またの名をローレンス、「微笑みのローレンス」と言う。彼は山賊のお頭のように周りを鼓舞し、ひたすら戦車道の乙女を下に見た発言を通信で送っていた。その通信がどういう効果を及ぼしているかは知らなかったが。

 

「でも、勝てるのかローレンス?」

「何、ちょろいもんよ。女なんて論理的思考ができない生き物で、感情優先。男の言うこと聞いてりゃいいのにな」

 

彼は革命に参加した同級生にそう答えた。ローレンスは典型的なナルシストだった。自分の甘いマスクを利用し、これまで数多くの女子をオトして来た故の発言だった。自分が優しくしてあげたり、微笑めば必ず女の子は惚れるもので、そして、そんな自分は優秀であることを疑ったことは無かった。 

 

故に戦車道の女の子が気に食わなくなった。そもそも戦車道は乙女の嗜みであり、そこに男子の介在する余地はなく、また女がデカい顔をしていることに反感を覚えだしたのだ。

ある女子によって。

 

『バウバウ、犬の鳴きまねよ。聞こえるー?』

 

ローレンスの車両に通信が入った。それはローレンスにとって憎むべき相手、ケイからのものだった。

 

「聞こえているさ」

 

ローレンスはあくまで爽やかに言った。通信機のレシーバー越しに『ゲッ』という声が聞こえたが気に留めなかった。

 

『ねえ? 一つ聞くけど。バカなマネは止めない? 学園祭でこんなholy shitなマネして皆メーワクしてるしさ』

「なら、僕の要求を呑むことだな。それともご自慢のフェアな戦車道で倒すかい?」

『それって……』

 

ケイは一拍置いて言った。

 

『あの三日前にデートのお誘いしてきた事? 断ったと思うんだけどね』

「何だと?!」

 

ローレンスは微笑みを捨てて、怒りの形相でケイに怒鳴った。

 

「君はボクを振ったんだぞ!」

 

ローレンスの言う、三日前の事件。それはもう、彼にとって屈辱的だった。彼はケイの抜群のボディに惹かれた。特に前を開けたパンツァ―ジャケットから見える谷間とホットパンツから伸びるスラリと長い脚に。

 

あわよくば、その日のうちにお持ち帰りして征服感を味わうために、付き合うように迫ったがケイは彼の言葉を冗談ごとのように思って適当にあしらったのだ。具体的に言うと、「僕のモノになることが女の悦び」などと言った歯の浮くようなセリフと共に脚とヒップにソフトタッチをした。しかし、ケイは笑顔のまま「恋愛だってフェアじゃなきゃイヤ」の一言で済まされ、しつこく追ったところで腕を捻られたのだ。

 

しかも、見かねたナオミがファイアフライの主砲を空砲で鳴らしたので、尻餅をついたあげく、水たまりにズボンの股を濡らし、それはそれは無様でケイが大爆笑され、「コメディアンはちょっとタイプじゃないかな」と言われたのだ。

 

忌々しい記憶にローレンスは声を荒げてケイを、戦車道の面子を罵倒したが一旦落ち着かせてケイに迫った。自分は明らかに優勢であることをアピールしなくてはならなかった。

 

「いいかな? ボクは戦車を今20両そろえているんだぞ? 対する君はほぼ0。おとなしくしないとどうなるか」

『いるわよ』

「強がりはよしなよ」

『ノンノン。ホントだよ』

 

だがケイの余裕は崩れなかった。それどころか楽しんですらいるような声でローレンスに言い放った。

 

『まあ、ウチの戦車は無いのは事実ね。皆弾薬も空だし。ナオミも今忙しいっていうしね~。でも、That’s 戦車道! 戦争じゃないから昨日の敵は今日の友! 貴女の言う軟弱な女の子っていないのよ。皆、皆誇りとか持っているのよ。だから今日、私達には頼もしい味方がいる』

「ふざけるな!」

『ふざけてなんかないよぉ。実際、アナタ達は大勢を敵にまわしちゃったし、私にも挑戦して来た。こうなったら、もうノンストップよ? アナタに負けないもの。ダージリンの真似で悪いけど”ほとんどの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前にすでに決まっている”特に今回はそうかもしれないわ』 

 

ローレンスは焦りを見せてしまった。この状況下で全く動じないケイに恐れを抱きだしたのだ。それどころか、コチラを逆に脅しにかかっていたのだ。

 

「こっちには強力な戦車が――」

 

精一杯の強気を見せつけようとした時、砲声が聞こえ、一秒もしない内に集結していた車両の一台、三号突撃砲の後部から爆炎が上がり、撃破判定を出されていた。

 

驚いて車長席に一旦落ちてしまったものの、すぐに立ち上がって砲が来た者と思う方向に目を見張ると、そこには一目散に逃げるヘルキャットを追跡するローカストの姿があった。

 

『ホラ、キタ!』

 

高らかに勝利宣言をするはずだった革命軍の前に一台の軽戦車が現れる。ローズヒップは猛スピードで走るローカストから身を乗り出して、高らかに宣言した。

 

「私こそ、聖グロ一の韋駄天! 俊足! ダージリン様率いる戦車クラブの猟犬でございますわ! 私のヘルキャットちゃんを奪った不届き者に告げますわ! ごきげんよう! そして、“サヨナラ!“ でございますわ!」

 

たった一台の軽戦車。なのに、彼らは動揺を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅れて申し訳ありません。

相変わらず好き放題な作品ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
次回戦車戦を予定していますが、お馬鹿なアクション映画なノリで行きますので、ご了承ください。


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番外 ⑤ 猟犬突撃!

赤毛の少女ローズヒップが八重歯をむき出しにして、唸る。ローカストの37mm砲の照準器から見えるのは逃げるヘルキャット駆逐戦車と、中央で団子のように固まっている戦車の群れだった。見える限りで識別できる車両で、三号戦車に97式中戦車、BT-7といった者からT34に四号やM4A1中戦車と言った主力として使える戦車まで揃っている。

 

中でも、中央で大学選抜で散々手を焼かせてくれたパーシングと思わしき戦車がいることにローズヒップは目を細めた。砲塔の上で必死に腕を動かしている男がいる様子から、あれが隊長車なのだろうが、此処からでは他の戦車が邪魔で撃つことができない。

 

「薫子! 砲撃と同時に稜線の影に!」

「随分弱気ですね!」

「かったいのばかりで面倒ですわ! それに!」

 

ローズヒップは小さく「4、3、2……」とカウントすると、ローカストに砲を向けれた敵戦車が一斉に砲撃を開始した。口径が様々な砲弾が飛来し、木々をなぎ倒し、地面を掘り返した。巨大なハリケーンの中にいるかのような感覚は肝を冷やすと同時に、血をたぎらせる。

 

「来た! キタ! 来ちゃいましたよぉ!

「うろたえ玉なんかにあたりませんわよ!」

 

悲鳴とも歓声とも取れる薫子の声の後にローズヒップが敵軍に向かって吠えると、37mm砲が放たれる。全力で回避行動をとっている中でも、とりあえず手前のKV1に命中させたのは幸運か、実力か。だが、KV-1の装甲の前に37mmは豆鉄砲に過ぎない。弾かれ明後日の方向へ――と思いきや、隣のシャーマンの履帯に跳ね返り、切ってしまった。

 

「何やってるんだ!」

「もっと間隔を開けろって!」

 

革命軍の面々はそう言い争って密集していた自軍をバラバラにしようとスロットレバーやハンドルと格闘するが、不慣れな操縦で動かすには戦車はあまりに大きすぎた。砲塔がつっかえる者から、隣の車両と衝突する者と様々だ。

 

「よし、これで……!」

 

 

一台、M3軽戦車が抜けだしたが重装甲のお家から出て来た軽戦車はカモだった。稜線の影に入っていたはずのローカストが発砲すると、側面に被弾し撃破判定の白旗が上がった。革命軍がうろたえる中、ローズヒップ車は次々と動く車両と狙い撃っていく。

 

「鴨撃ちですわ! さあ、どんどん撃っていきますわよ!」

「止まってていいんですか?! 止まってるんですよ私達!」

 

砲塔だけを露出させ、下でうごめく革命軍に砲撃している間、ローカストは停車していた。何分乗員が一人足りないので砲撃と装填はローズヒップ任せであるための行動だった。薫子はコッチに砲を向けてくる緊張と止まっている状態へのストレスと戦い、ローズヒップは勘と瞬時の判断で車両を選別、砲撃し、敵車両と交戦する。

 

排莢と装填、砲撃のリズム。停車したエンジンの静かな振動を体で感じ取っても、ローズヒップは自分の衝動を必死に抑えていた。

 

そう、この戦闘はどう見ても彼女たちのいつもの姿ではない。どちらかと言えばダージリンが傍に居る時の様な、もしくはマチルダⅡ隊のような戦い方だ。位置取りを見て、重装甲と冷静な砲撃で戦列を組む――単騎で戦列を組むことは出来ないが、ローズヒップは天然の大地を装甲代わりにしていた。

 

「キタぁ!」

 

だが、それも75mmや85mmの嵐には何度も耐えられない。徐々に密集状態から抜け出しつつある革命軍は散発的だが反撃を開始しだす。砲声の後に続く爆発音とエンジンの小さな振動に薫子は床を蹴って、ローズヒップを急かす。

 

だが、ローズヒップは射撃を続け、四号の履帯を切った直後だった。薫子の要請に「ステイ」だ。ローズヒップは照準器で“最後の一台”を捕えている最中だった。見えるのはクロムウェル巡航戦車の起動輪。37mm砲を一発放つが、手前の大地で跳ねた。

 

チッと舌打ち一つして再装填し、再び照準器を覗きこむ。

 

「おいでなさって下さいまし~。そう、そのまま」

 

そして、彼女の勘が働いた時、フットペダルを踏んで37mm砲を轟かせた。砲弾は綺麗に飛んで行って機動輪を破壊することは出来なかったが履帯をちぎっていたのを確認できた。

クロムウェルは片方の履帯が止まったことで右に大きく曲がってしまい、進んで来たM4A2と衝突した。

 

それを見てローズヒップは二カッと笑って薫子の方を見た。薫子は不安そうな目で操縦席からローズヒップを覗き込んでいたが、ローズヒップの笑顔を見て、察した。しっかりと操縦かんを握りしめ、狭い窓から敵を睨んだ。

 

6気筒のエンジンが大きく唸る。準備体操をするかのように、エンジンを時折吹かしてその号令を薫子は待った。ローズヒップの無言の指示の元、陰に隠れて回り込んでいく。見当違いの方向に砲撃を続ける革命軍をあざ笑うかのように、M22ローカストは木々の間に入り込んでジッと敵を見下ろす。

 

そして、ローズヒップの望む位置についた時、薫子は訊いた。

 

「号令は?」

「ハイよー! シールバー!」

 

大きく息を吸い込んでローズヒップは叫んだ。ローカストは一気に加速し、サンダースのアメリカ風に則って丘の上からローンレンジャーさながら突撃しだした。斜面を下って走ってくるM22に革命軍は慌てた。

 

「何してる! 砲を向けるんだ!」

「そんな事言っても!」

 

バラバラに散った上に所々に動けない味方車両がいて、砲を向けられない、あるいは理想的な射撃位置に移動できないでいる革命軍に反撃できる車両はわずかで、しかも腕も未熟な上に散発的では聖グロのコンビの駆るローカストに命中させることなど叶いっこなかった。

 

「いざ、尋常に勝負!」

 

ローカストは彼らの混乱に乗じて、敵集団の中央に入って来た。一振りの剣が貫くように柔らかい内側にローズヒップらクルセイダー乗りが切り込んだのだ。密集し、砲撃を集中させればこのような事にはならなかったが、後悔は先にたたない。丸々肥えた豚に襲い掛かるローカスト(イナゴ)は全速力で革命軍の間で暴れ出した。

 

37mm砲で敵車体後部を撃ち、機銃をあらん限りバラまく。しかも、革命軍は動きが制限されているのに対し、彼女等はひたすらに自由に舞っていた。

 

「ハッピーですか?! 薫子! こんなの黒森峰以来ですわよ!」

「死ぬ、シヌ! しんじゃいますよぉ!」

「ロデオだって、こんな揺れませんわ! さあ、走って、撃って、なぎ倒して、お紅茶の時間ですわよ!」

「撃たれて、跳んで、サヨウナラ! です!」

 

ポジテイブとネガテイブの二人。だが、双方とも楽しんでいた。薫子はそのことに無自覚なのだが、ともかくアドレナリンの波に酔いしれ、一人は操縦かんを動かしてもう一人は砲撃と銃撃を繰り返し、懸命に行っていた。

 

「この!」

 

革命軍の四号突撃砲が75mm Stuk40を向けて放ったが、小柄ですばしっこいローカストには命中せず、旋回途中だったSu-85の左側面を貫徹して撃破してしまった。

 

「う、撃つな! 同士撃ちになる!」

「なら、どうすりゃ!?」

「構うな! 女の戦車なんかさっさと倒せ!」

 

微笑みのローレンスが味方に構わず砲撃するように指示するが、混乱は増すばかり。指示が行き交い、各車両はどの指示に従うべきかを判断できないでいて、結局各車両ごとで勝手に動く以外何もできなかった。

 

「遅い! 遅いですわ! それでは紅茶の熱も冷めてしまいますわ!」

 

だが、そのスキを逃すローズヒップではない。薫子が操縦することでローカストはその場でクルッと回転し、その場にいる誰よりも早く後ろを向いていた。一瞬、挙動が止まると同時に砲撃し、30口径の機銃をローレンスの車両に撃ち込む。

 

「ひィ!」

 

ローレンスが頭を抱えている間に、ローズヒップ車は何両かの狭い隙間をすり抜けていく。それは革命軍の男子には信じ固い光景だった。車両が通れるかを瞬時に判断し、曳光弾入りの30口径で敵視界を封じる。たった一両の軽戦車が幽霊か何かに思えた。どんな壁もすり抜けて、大勢に憑りついては殺していく、悪霊のようだった。

 

だが、革命軍にそのマネは出来ない。行動不能な車両が邪魔をしたし、未熟な技術の操縦で器用に動くことも難しいからだ。

 

「調子に乗るなよ!」

「ののの?」

 

だが例もいる。此処に来てBT-7軽戦車と97式軽装甲車、ニ号戦車がローズヒップ車の後方からやって来た。快速戦車として名高いBT-7を筆頭に楔型の隊形から、徐々にローズヒップ車を取り囲んでいく。

 

ローズヒップはすぐさまキューボラから身を乗り出して三台の位置を確認する。BT-7の対角線上にニ号、そしてローカストの真後ろに九七式軽装甲車。ローズヒップはよく回る頭を働かせて、薫子の背中を足で三回小突いて、円を描いた。

 

「これで挟撃だ! どうだ、この!」

 

BT-7から半身を出して叫ぶ男にローズヒップは舌を思い切り出してあっかんべ~、をした。

 

「べー! ですわ!」

「このアマ!」

 

瞬間、ローズヒップは「今!」と叫んで薫子の背中を軽く押した。すると、ローカストは180度の急ターンと同時に前方向に履帯を目いっぱいに回しさっきまでとは逆方向に進みだし、同時にBT-7とニ号戦車がそれぞれ、20mm機関砲と45 mm M1934を放った。

 

すると、二両の射線上にいたはずのローカストが消え、一つの射線として二両のソレが繋がり、互いに装甲を穿ってしまった。

 

「う、うわ!」

 

そして、突っ込んでくるローカストに完ぺきにビビッて九七式軽装甲車は慌てて舵を切ってしまい、撃破されたニ号に追突して走行不能となった。

 

「ビンゴォ! 島田流ターン成功です!」

「ナポリターンじゃありませんの!? まあ、どっちでもいいですわー!」

 

上がる車内温度に体温で熱くなってきたローズヒップはサンダースのパーカーを脱ぎ捨てて、本来の濃紺のカーディガンとネクタイ、Yシャツの姿となってキューボラから周りを見渡す。

 

「女のくせに!」

 

左後方から大口径の砲弾が飛来し、ローカストの砲塔側面を掠めて行った。耳ざりな金属の悲鳴と衝撃にローズヒップを左耳を手で覆った。車体が一瞬左側が浮いたが、どうにか持ち直し、ローズヒップが振り返ると彼女は「オホホ」と笑った。

 

「IS-1! 凄いのが来ちゃいましたわ! 薫子!」

「何呑気な事を! どっこも抜けませんよ!」

 

薫子の言う通り、ローカストの37mm砲は精々50mm程度の装甲を貫徹できる能力しか有していない。IS重戦車は最も薄くて車体後方の60mmで、流石に高速戦闘をしながら貫徹させるのは不可能だった。

 

更に周りをみると、重戦車群がコチラに旋回しつつあり、混乱はようやく終息してきたところだった。此処までひたすら暴れまわった二人だが、この状況は芳しくない。重戦車と正面きって戦える車両ではないのだから。

 

『デッドエンドかな?』

 

すると、通信機から粘着質な声が聞こえて来た。その声の主は敵首領微笑みのローレンスからだった。

 

『降伏するんだ。これでわかったろう、君らではボクに勝てないと……』

 

余裕ぶろうとしているが、ローレンスは荒くなってしまった息を隠すことができず、声もいがらっぽかった。大物ぶろうとしている小物そのもの、聞くと同時にローズヒップと薫子はそんな男にひれ伏すような選択は絶対にしないと誓った。

 

『聞こえているのかな? さもないと……』

『Hey,Say againさ、も、な、い、とォ?』

 

そこへ、別の女子の声が飛んできた。負けん気が強そうな女子の声、それはサンダースの代表する車長の一人、アリサの物であった。

 

ローレンスが間抜けな声を出した同時に37mm砲ではない大口径の主砲がどこかで咆哮を上げて、IS-1の後部へと突き刺さり、爆炎を上げた。

 

60mm程度の薄い圧延装甲など軽く吹き飛ばし、ローカストを仕留められる絶好の場所にいた重戦車はうめき声を上げた後に沈黙、撃破判定が上がってしまった。

 

『BoooM!  イピカイエー! ざまぁみなさい! 間抜けにお尻を突き出しているから、そうなるのよ! 聖グロコンビ! 反撃よ!』

 

革命軍とローズヒップたちのはるか後方、距離にして1700m。ローレンス達は双眼鏡を用いてそのシルエットを確認した。陽炎立ち上る大型のマズルブレーキに傾斜装甲を持たない、大型の車両。

 

砲塔側面には三つのスモークディスチャージャーに彼らから見えないが「115」の番号。その姿は誰もが知っていた。88mm高射砲を搭載し、第二次大戦中、連合国軍を恐怖のどん底に叩き落とし、ドイツ第三帝国の防御線を支えて来た伝説の名戦車。

 

「ティーガーI だとォ!」

 

ローレンスが叫ぶと同時に件の戦車は第二射を放っていた。1700mと言う距離を物ともせず、砲弾はKV-1の車体前面に命中した。45tの重戦車が痙攣したかのように上下に揺れて、白旗を上げた。

 

あの火砲の前にはどんな重装甲さえ無意味と言わんばかりの現実。ローレンス達は皆揃って狼狽えた。敵は猟犬だけで、火力不足であると踏んでいた所に絶大な火力を持つ敵車両、しかもそれだけではない――敵の重戦車は再装填が早く、恐るべき精度で狩に来ているのだから。

 

しかも、気が付けばローカストが姿を消していた。また、あのイナゴ戦車がどこから襲ってくるかわからなくなってしまい、益々革命軍の士気は下がっていく。

 

 

「だ、だが!」

 

ローレンスは震える身体を安心させる為に自らに言い聞かせるように言った。

 

「コッチにはあんなおんぼろ戦車よりも強いのがいるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンガーで急いで弾薬を積み込みしている中、積み込みを終えた車両から順に出撃していく。その中でいち早く補給を終えた車両、シャーマンファイアフライは映画部のフィールドへと続く道で立ち往生をしていた。

 

どこかの馬鹿が車両止めを置いて行ってしまい、砲手ナオミは不機嫌そうにガムを噛んで車両止めを見下ろした。

 

「まったく、あの馬鹿も面倒な事を」

「吹き飛ばせませんか?」

 

まだルーキーの通信手の一年生がナオミに尋ねた。

 

「あれだけ置かれると、な。それに一応市街地だから、おいそれと撃てないさ」

「そうですか」

「ああ、しばらくは車内で待ちぼうけだ。食べるか?」

 

戦車兵用のヘッドギアを被った黒髪の一年にナオミはグレープ味のガムを一枚差し出した。

一年生は「いただきます」と貰って口に入れた。しばらく、車内でガムを噛んでいて、暇だったのか、一年生はナオミに自分の素朴な疑問を聞いた。

 

 

「ところで、例のロランス? って人はどんな風にケイ隊長を口説いたんですか?」

「聞きたいか?」

「是非」

 

他のベテランのファイアフライ乗り達が椅子に寄り掛かってリラックスしている中、ナオミがコホン、と一つ咳払いをしたを聞いて、気になったので彼女等は耳を傾けた。

 

「『やあ、ケイ。こんにちは、僕の名は峰 六郎。皆はローレンスって呼んでいるから、そう呼んでくれ。唐突だが、君にはカレシがいるのかな? いない? なんてこった! こんなセクシーな尻と脚を持っているのに! なあ、ボクと付き合わないか? NO? そんな事言わずに三日試しに付き合ってみなよ。ボクの魅力が分かるはずさ。それに君と僕は同じなんだ。同じ空気を身に纏っている。この匂いや空気、感覚、それらが皆ボクと同じで、僕等は同じ人間なんだ。こんなにもボクは君の事を知っているんだ。これは運命……そう、ボク達は惹かれ合うのさ……だから、キミはボクのモノなのさ』と言った感じだったな」

 

車内が二分間沈黙した後、ナオミの迫真の、クールなモノマネ芸を思い出して大爆笑が始まった。

 

 

 

余談だが、その年のサンダースの新年会でナオミはかくし芸を披露することとなった。

 

 

 

 




次回、もう一台の増援、エリカ組を書く予定です。
とりあえず、戦車戦をかきましたが、こんな感じでいいんでしょうか?

現実的ではないにしろ、ガルパン本編の様な戦闘描写ができていることを願うばかりです。

感想や指摘、アドバイス等があれば、ご自由に書いて欲しいです。


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番外⑥ 突撃!ドリームチームと張り子の虎!

長くなって申し訳ありません。
この作品を初めて見た方は今回の話を読む場合、番外の④からみることをお勧めいたします。

そうするとある程度状況が分かりやすくなると思われます。


鉄と油で臭い車内。たった五人で操る鉄の騎兵はやはり、狭い。三人乗りの砲塔で、車長席に立ち、キューボラから身を乗り出すエリカは優れた視力を持つ両目でこれから向かう戦場を見ていた。

 

薄い青色の瞳で捉えたのは黒煙と燃え盛る炎のオレンジ色と生い茂る草木の緑だ。時折聞こえる砲声と爆発の音は物騒ではあるが聞き慣れた音色でむしろ彼女にとっては戦場音楽とも言える程親しみ深い。

 

そう、自分がSS戦車兵の黒い装束を着ていようと、黒森峰のパンツァ―ジャケットと変わらない。この戦車道の戦場は彼女の日常の一部であり、ありふれたものなのだ。だが、一つ異なっている事情がエリカにはあった。

 

「全く、なんて様よ」

 

鳴りやまない砲撃音からローズヒップたちがまだ交戦していることを知り、軽戦車一台に翻弄されているであろう、革命軍をそう一言で片づけてキリッと引き締めた顔で戦場を見た後、彼女は車内へと入った。だが、実のところ彼女は車内に入りたくなかった。何故ならば、ひとたび車内に入ればそこには、彼女が決して経験したことのない異空間が待っているからだ。

 

「嵐も雪も 何かある~。炎熱酷寒 乗り越えて~」

『革命軍……野郎の戦車……クラーラ……オール、マスト、ダーイ』

「おお! すっげえ! 重戦車スゲエ! ギア固いな! オイ! 」

「いや、違うのよナオミ。決してアンタに不満を持ったからノンナを乗せてるわけじゃなくてね……だからアンタの射撃の腕は一番よ? でもね、今は状況がさ」

 

下手なドイツ語で歌うSS戦車兵の優花理。真っ白なウェディングドレスでブツブツと囁き続けて照準器を覗きこむノンナ。操縦席ではしゃぎ、時折エンジンを吹かしたりしだすコック姿のぺパロニ。チームメイトに弁明を繰り返しているサンダースのパンツァ―ジャケット姿のアリサ。

 

「何てザマよ……!」

 

これが私の戦車道の一つだと思うとエリカは頭を抱えて落ち込んだ。SSは許そう、サンダースだって正規の物だ。何も文句はない。だが、コック姿とウェディングドレスとはなんだ? 古今東西、どこを探したってそんな格好で戦車に乗る奴はいないぞ! とエリカは叫んでやりたかったが、これ以外に人員がない以上、言った所で無駄であった。

 

「何でアンタ達そんな格好なのよ! 真面目にやる奴はいないの?!」

『クラーラ、マストダイ』

「驀進するは我等が戦車~」

「違うってば、信じてよナオミ。砲手最強はアンタだって」

「人の話を聞けぇ! あと下手なドイツ語で歌うの止めなさい!それと惚気も! 腹立つゥ!」

 

車内を叩くが、聞くものはほぼゼロ。優花理がシュンとして歌うのを止めてしまったのに罪悪感を覚える以外に特に反応なんて砲塔内には皆無だった。

 

「いや、そりゃ無理だろ」

 

すると操縦席の方からぺパロニから返事があった。

 

「何でよ?」

「気楽にいこーぜ。お祭りなんだし」

「祭りじゃないわよ!」

「アンツイオじゃ、真面目にやるのは姐さんと戦車道か、料理か食べる時か、ピクニックぐれーなもんだって。それに――」

『クラーラ、特に特にマストダーイ』

「上のノンナを見りゃわかんだろ」

 

ぺパロニが砲手の方に人差指を向ける。エリカはチラッとそちらを見やるが、真っ白なドレスに反して真黒なオーラをまき散らしている彼女に本能的な恐怖を感じ取ってしまい、すぐに視線をずらした。

 

「な?」

「何でこの子、こんな格好なのよ……」

 

項垂れるエリカを全く気にせずにノンナはひたすら殺意を呟いていた。ぺパロニの言葉は正論であるが、正論ではなかった。ノンナは真面目に戦車道をするのではなく、ただプラウダの学園艦で今頃カチューシャの可愛い、とっても可愛いところを独占していることで嫉妬し、憎み、人食い魔となっているのだ。

 

『カチューシャは私だけのカチューシャ……無論、子守歌もボルシチを作るのも、私だけ。だが、あのロシア人はその掟を破った。裏切りには制裁を……第一歩目は戦車の確保、二歩目は砲を預かり、三歩目は一切合財に122mm砲を……四歩目は……』

「なんて言ってるのよ……」

「知らない方がいいですね」

 

エリカの疑問に優花理が答え、エリカはそれ以上は聞かないことにした。

 

「ナオミってば! ちゃんと話を聞いてよ! 浮気とかじゃないから! って先から何の話をしているの?! 私!」

「コッチの台詞よ!」

 

砲手と痴話げんかしているアリサに突っ込むが、彼女はエリカに向かって口元に人差指を立てて、黙ってろとジェスチャーするだけ。

 

ダメだ、緊張感の欠片もない――エリカは黒森峰とは違いすぎる環境に頭をかきむしった。いくら即席の組み合わせとは言え、面子が濃すぎるし、不真面目だ。いや、確かに殺意むき出しの真面目そうなのはいるが、それはそれでいいのか? 何だかいい気がしてきた、そもそも私は隊長を馬鹿にされたから来たからおあいこ? 誰か、教えて! 私はどうしたらいいの――!

 

そんな時、エリカの頭に何故か、西住まほではなく、みほが頭をよぎって、彼女の混乱はさらに進んだ。

 

「何でアンタが出てくんのよ!」

「急にどうしたのよ?」

 

たまらなくなって、砲塔からエリカは飛び出るようにしてキューボラから身を乗り出した。すると、音の大きさから戦場が近づいていることに気付き、顔を引き締めた。

 

「停車!」

 

少し遅れて、彼女たちの車体は停止した。ちょうど稜線の一歩手前で止まったことを確認してエリカは首に下げていた双眼鏡を覗いて、戦場を伺った。視界に映るのはバラバラに散らばった戦車の中央で縦横無尽に駆け回るM22ローカスト。その操縦技術と度胸、そして勘の良さに舌を巻きつつ、敵車両を偵察する。

 

「やたらと重戦車が多いわね……KV-1にIS-1、あれはM6に……四号やら、ハッ 大したメンツね」

 

エリカは皮肉そうに戦車を褒めた。あれだけの戦力が正規の戦車道履修者に渡されれば、タンカスロンと偵察以外では活躍が厳しい空挺戦車など一ひねりだろうことが彼女には容易に想像できた。

 

だが、双眼鏡にチラリと見えた車両が気になった。エリカの目に見えたのは車体の一部だった。パーシングに見えたが、砲塔に何故か黒十字が見え、妙な胸騒ぎを覚えたがそれだけでは判断しきれなかった。

 

「砲手、この距離ならどう?」

「距離1700m程。いけます。確実に食えます。しかし、全車を確実に貫通させるのなら距離が少々遠いかもしれません」

「装填手、装填にはどれ程時間がかかる?」

「ハイ! 砲弾が取り出しにくくはあるものの、6秒内には完了させます!」

 

よし、とエリカは思った。装填時間なら愛車のティーガーⅡよりかは早い。それに砲手は腕に関しては問題ないうえに、この砲の経験が豊富なはずだ。難点は戦車ごとの個体差、発射時の膨張などの“砲の癖”がどの程度なのかと言う点だけだ。

 

通信手にしても、経験に問題はない。操縦手は天才肌なのか、何も問題なく動かしている。あとは自分だけだ、とエリカは深呼吸する。

 

「通信手! 味方戦車に連絡! あと、敵にもね」

「敵にも? 相手に堂々と布告する訳?」

「敵の目をコチラに引きつけるわ。この距離ならコッチの物だし、相手の車両はバラバラ。突撃してきても足並みが揃わないから遠慮することないわ」

「イエス、マム!」

「操縦手! 稜線の上へ! 精々派手に見せてやりなさい!」

「Si!」

 

姿を晒す。それは遠距離から狙撃を加える戦車にとって致命的な選択のように思える。だが、彼女はそもそも隠ぺいは大して効果が無いと判断していた。巨体を誇る車両の上、映画部の話を事前に聞いたところ、フィールドの草木は撮影に用いる為小さく十分に隠れられない。

 

更に映画用の戦車と言うことでマズルブレーキに細工がしており、演出用に派手にガスが噴出され、発砲炎があがるようになっていた。これらを考慮し、派手に暴れて敵の目を引きつけ、再度聖グロに突撃させることを考えたのだ。

 

万が一、接近されても逃げ足でもこの車両は優秀だ――エリカはそれを経験から学んでいた。

 

エリカは咽喉マイクを抑えて宣言した。

 

「本車は味方の支援に回り、あえて位置をさらすわ! 敵集団は練度が低く、突撃も足並みが揃わない。障害物のない平地ならいい猟場、味方車両を支援、遠距離の狙撃で一台ずつ減らして、軽戦車にもう一度突撃の機会を与える! 各員の奮戦に期待する!panzer vor!」

 

戦車はゆっくりと前進し、稜線を上っていき、上に到達した時点で停車。そして車体を敵集団に対して傾けた。砲塔がゆっくりと回転しだして、狙うべき相手を見定める。

 

「砲手! 初目標は車体後部を晒しているIS-1! 続いてローカストに接近中のKV-1!」  

「同志からですか」

 

アリサが敵に煽りを入れている間にエリカは射撃指示を出す。まずは開幕のご挨拶、敵の尻を蹴り上げようと言うのである。

 

「撃てぇ!」

「Огонь」

 

大口径の砲、それも高射砲由来の主砲が火を噴いた。マズルブレーキからは高温のガスが噴き出し、車体が大きく揺れた。空薬莢が車内に転がって、鐘の様な音色を響かせれば、敵戦車の撃破を教える福音となった。

 

初弾から命中。IS-1撃破を確認し、エリカは微笑んだがノンナは不満顔だった。

 

「照準器とズレる……少々癖が強い子ですね」

「装填完了!」

 

ノンナは砲の癖に苦言を漏らした。だが新しい砲弾をすぐさま優花理が装填されると、ズレの分をすぐさま修正し、KV-1の体に砲弾を叩きこんだ。

 

「敵戦車撃破。次は?」

「目標! 旋回中の四号! 続いてM6! アリサ! ローズヒップ車は?」

「後退完了してるわ! 現在敵集団から見て右手の丘の影に待機中!」

 

ノンナが射撃し、車体が再び揺れる。それをコマンドキューボラから覗くと四号から火の手があがって撃破。優花理が床下から弾薬を取り出して装填し、再び発射。だが、今度は前面装甲に阻まれた。多少ながら角度が付いていて耐えたようだ。

 

だが、今一度射撃をして貫通し、コレを撃破した。

 

『クラーラが三人、クラーラ四人』

「敵集団が突撃体勢に入ったわ! ノンナはコッチの指示の元で発砲! 優花理はもっとリロードを早く!」 

「……装填完了!」

 

ノンナは口元を歪ませて、砲を発射し続ける。エリカの指示の元、足の速い者、勇敢な者を素早く選択して狙撃する。心地の良い感覚だった。しかもIS-2の時より再装填が早い。装填手は四号の75mm砲の経験が主だと聞いていたが、すぐに対応できていた事に内心称賛していた。

 

だが、敵も、無抵抗な案山子ではない。残った敵車両の殆どがコチラに砲を向けて殺到しているのだ。飛来して来た砲弾が木々をなぎ倒し、エリカたちを屠ろうと躍起になっていた。

 

「エリカ! 撃たれまっくてんぞ! 後退しねーのか?!」

「まだよ! 走りながらの射撃なんてビビらなくていい! この距離で当たるもんですか!」

 

距離は1200m。全力疾走する戦車では精密な狙撃など望めない。対するコッチは狙撃が楽になる上に貫徹しやすくなる。そして、もう一つ。戦うのは“一両”だけじゃない。

 

「アリサ!」

「聖グロ! 今よ! 今よ! 今! 後方から突撃! 喰らい尽くしなさい!」

『合点承知の助でございますわ!』

 

敵がコチラに血眼になっているところへ、軽戦車の突撃。完全に後ろを取ることに成功し、肌の薄い装甲に目がけて37mm砲が吠える。

 

「後ろから?!」

 

重戦車の群れに襲い掛かるローカストはハイエナの如く。履帯を切り、砲撃の邪魔をひたすらに繰り返す。時に屠りさえする軽戦車にまたしても革命軍は右往左往することとなった。

 

「旋回だ! 後ろの軽戦車を……!」

 

回頭しているパンターを見つけて二人の女子がほほ笑む。

 

『クラーラが11人……正気ですか?』

「情け無用よ! フォイア!」

 

ノンナは通算台12両目の獲物を捕らえて主砲を轟かせた。徹甲弾は敵車体側面を捕え、一撃で撃破した。

 

「これで後2両!」

「1両よ 聖グロコンビが一両撃破。後はパーシングが一台って……」

 

だが、アリサの声も続かなかった。突如エリカたちの車両に至近弾が飛び込んできて、大きく揺れたのだ。

 

「やるじゃない! ぺパロニ、後退させて!」

「ハイよ!」

「それにしてパーシングにしては随分強力じゃない……アリサ! そのパーシングの形状をローズヒップにもっと詳しく報告させて!」

「イエス、マム!」

「優花理!」

 

エリカは優花理の名を叫んだ。

 

「ハイ!」

「パーシングに砲を強化した物は?」

「第二次大戦中のモノでは考えにくいです! あれは戦争末期に開発されていますから! でも!」

 

炸裂音で一旦遮られたが優花理は話し続ける。

 

「パーシングの設計は後のパットンシリーズに移行しています! もしかして……」

「報告来たわよ! パーシングは誤認! 煙突の様なマズルブレーキに丸い砲塔、車体自体はパーシングによく似ているらしく、主砲は90mmと推定される!」

「パットンですよ! 間違いありません!」

「厄介な物を……! てか喜ぶな!」

 

目をキラキラさせる優花理にエリカは叫び、思考回路を回転させる。パットンと言えば戦後の米軍の代表的な戦車だ。装甲こそパーシングと変わらないものの、砲は90mm50口径で貫通力では逆立ちしたって勝てない。

 

確実に撃破するなら後方へ回り込むことだ。それを行うにはどうすればいいか。思いついた答えにエリカは微妙な表情を見せた。その策はあまりに邪道に思えた。

 

「アリサ! 聖グロに連絡! これから先は連絡を密にして」

「やるのね?」

「当り前よ! コケにされてたまるモノですか! ぺパロニ! アンタの操縦に期待させてもらうわよ。優花理、装填速度を早めて!ノンナ!お膳立てはコッチですべてやるわ。だから決めて!」

 

車長の言葉にそれぞれが意志を表明する。

 

「おうよ! 何でも言いな」

「了解であります!」

「楽しくなって来たじゃない」

「Понятно」

『どんとこいですわー!』

「よし……全く」

 

エリカはこれから行う作戦に自嘲気味に笑った。

 

「何てザマかしら」

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から何時間たったことか、ローレンスは最早微笑みを辛うじて浮かべることができる状態であった。

 

あれだけいた戦車がたった二両に無双されて今やM47パットンのみ。彼の心は敗北でズタズタにされ、女の子より常に上であると言う自信をどうにか繋ぎ止めていた。敵が後退したから自分が強いとそう思いこませていた。実際のところソレは車両の性能差によるもので、彼の実力でも何でもないのだが、彼はそれを認める訳にいかなかった。

 

「よし、これで勝てる……勝てるんだ! 僕は勝つんだ! いつだって!」

 

笑うローレンスを覗いて他の男子たちもそう思いこむことにした。正直、自軍戦力が一両のみになった時点で後から来るサンダースに勝ち目がないのだが、彼らはパットンで無双すれば勝てる、その証拠にまたM22ローカストが走り去っていたではないか、と自己暗示のように言い聞かせてすらいた。

 

「おい、無線機を」

 

楽観主義が充満する車内でローレンスは無線機を取り、相手に交信を呼びかけた。

 

「どうだい? これで僕達の勝ちだ。 どうかな、今なら無様に撃破されることもない、降伏するんだ。何、ちょっとお仕置きはするかもしれないけど、それだって慣れれば……」

『お断りよ』

 

帰って来たのはアリサの強い拒絶の言葉だった。

 

「強がるなよ……君だって、タカシに振られたばかりじゃないか。この僕が君を慰めたっていいんだよ?」

『ハッ! お生憎ね! 戦車の性能差で勝った気でいるおめでたい頭してるのね。勝てる勝負以外しない男なんて願い下げよ。それにね……』

 

アリサは深呼吸して一気にまくし立てた。

 

『良く訊け! ポンコツ野郎! アンタが何人尻と頭が軽い女を落としたかは知らないけど、私達を落とせるなんて思わないことね! 隊長にタッチした分だけ76mm砲弾で体中の穴に栓をして溶接してやるから覚悟なさい! アンタ達、覚悟なさい!』

 

その時、M47パットンの車体が揺れてローレンスは小さく悲鳴を上げた。だが、自分たちが倒せないことに再び気付くと再び増長し、キューボラから見えた二台の戦車を鼻で笑った。

 

「突撃だ!」

「い、いいのかよ?」

「いいから突っ込め! 所詮向うはポンコツしかいないんだ! 行け!」

 

ローレンスに見えたのはローカストと稜線を超えようとしているティ―ガー。そこへ90mm砲を撃ち込む。すると近くの地面に着弾するとティーガーからスモークが放たれ、二両とも煙の中に逃げ込んだのを見て高笑いした。

 

「ホラ! 見ろ! やっぱり逃げただろう! アイツらはそんな程度だ。恐れずに行け!」

 

パットンは急加速し稜線の斜面を速やかに上り、乗り越えた。車体が一度バウンドし、坂を下ろうとするとどこからか、砲撃が飛んできて、パットンの装甲上に火花を散らせた。

 

砲手はそちらに砲を向けようとしたが、ローレンスは気づいた。

 

「違う、そっちじゃない!」

 

反対方向へ回させるとそこには例のティ―ガーがコチラに砲を向けて突進してくるのが見えて、砲を回頭させようとした。

 

だが、無視されたローカストが黙っていなかった。何と自分の車体をパットンにぶつけたのだ。全速力で向かって来たローカストは撃破されたが衝撃で機動輪が歪んで動けなくなり、更にローカストが邪魔で砲塔の旋回が出来なくなった。

 

「ほ、砲塔が!」

「いいから撃て!」

 

ギリギリ射線に入っていたティーガーに発砲した。50口径90mm戦車砲M36が轟音と共に徹甲弾を撃ちだしたが、何とティーガーはその場で横に車体を傾けて滑るようにしてパットンの後ろへ回り込む姿勢を取り出したので、砲弾は車体前面と砲塔の装甲の一部を削り取っていったのみに終わった。

 

「馬鹿な! どうしてティーガーにあんな真似が!」

 

ローレンスが信じられない光景に絶叫する中、ティーガーは後ろに回り込んで、砲身をピタリとくっつけ、発砲。徹甲弾がパットンの尻を貫通し、撃破。米軍の名戦車は後部から大きなオレンジ色の火を上げて、金属の悲鳴のような音をあたりにまき散らし、沈黙した。

 

何もかもが信じられない事態だった。重戦車に何故あんな動きができるのか。そもそも、よく考えてみるとあの戦車は軽戦車並みの速度で走っていたことを思い出し、ローレンスはせめて抗議しようとハッチを開き、その敵を見た。

 

そこにまさにティ―ガーがあったが、変化があった。なんと、砲身先端のマズルブレーキがボロリと零れ落ちて、砲身の中から別の砲身がみえたのだ。さらに車体と砲塔前面の装甲が剥がれだし、その内側から傾斜装甲が顔を見せた。

 

「へ?」

 

そこにあったのはドイツの重戦車ティーガーⅠではなかった。

 

 

 

 

いたのはソ連を救った救世主にして名戦車、プラウダ高の主力。

 

 

T-34-85であった。

 




拙い伏線ですが楽しんでいただくと嬉しいです。


また戦闘描写など自身のない部分が多いので、なにか指摘や感想があれば、いつでもお待ちしております。


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番外⑦ 戦車道は一生の思い出 

それは本当に奇妙な外見の戦車だった。車体と砲塔の前面、履帯はT-34-85だが、それ以外はティーガーⅠを模している。つい数刻前なら遠目からならティーガーⅠに見えた戦車も最後の攻撃で外側の鉄板が外れてしまい、その本来の姿を晒しだしてしまっているのだ。

 

だが、よく見れば最初からソレがティーガーⅠではないと分かることができた。

 

「つまり、アタシ達が乗っているのってティーガーⅠじゃねえの? T-34-85? マジか」

「そうですよ、気付かなかったんですか?」

「あんまり、重戦車なんか見ねーしな」

 

ぺパロニは少しがっかりしていた。あの重戦車に乗れたとばかり思っていたから、後でアンチョビに自慢しようと胸を躍らせていたのだった。

 

「でも、よく分かるな」

「簡単ですよ」

 

ぺパロニはすぐに見分けられたと言う優花理を素直に褒めた。優花理は胸を反らし、得意げに、楽しそうにその理由を語った。

 

まず、車幅。中戦車のT-34はテイーガーより一回り小さい。次に砲塔の位置がT-34は前の方に配置されているので、パッと見はレオポンさんチームのポルシェテイーガーと錯覚してしまうのだ。そして最大のポイントは履帯。転輪の数や機動輪の形を見れば、一発で見分けがつくと言う訳だ。

 

映画においてテイーガーを使うのはコストや生産数の少なさから、非常に骨が折れるため、こうしてT-34を改造して撮影することがある。サンダース映画部も手に入れることができなかったため、こんな戦車を作ったのだ。

 

『もっと強いのはないんですか?!』

『サンダースの癖にケチな事するんじゃないわよ!』

 

と、エリカと優花理が映画部の女子に文句を言ったのはこのためである。

 

戦車マニアの優花理にとって、この改造T-34はいくらでも見て来たからこそ、一瞬で見分けがつくことができたのだ。当然、黒森峰で実際にテイーガーと接して来たエリカにとってもそれは同じ。逆にT-34-85を乗り回していたノンナも同様で、故に彼女はすぐに砲手に名乗りを上げたのである。

 

「ん? でも、その割にアリサとか通信機に慣れていたよな?」

「当然よ。アメリカ製ですもの」

 

アリサは通信機を指で小突いて自慢する。ソ連はかつてアメリカから資源や機器を輸入することは珍しくなかったため、無線機や照準器が外国産であることも少なくない。そう言った意味である意味でT-34-85であったことは幸運であった。この即席の面子でも簡単に動きやすい要素が多かったからだ。

 

「ティ―ガー乗ってみたかったな~」

「同志はお気に召しませんか?」

「いや、楽しかった。てか、アンタ急に晴れたな」

「少しスッキリしましたので。『でもクラーラはマストダーイ』」

 

それでも尚、残る邪気に四人は苦笑いする。一体何にそこまで憎悪を持っているのか、それを四人に図ることは出来なかった。だが、ノンナの怒りも最もと言えるかもしれない。

大切な、それも最愛の者を奪われれば、誰だって怒るものである。たとえ、それが身長127cmの豆粒ドチビだとしても、たとえソレが紙装甲の駆逐戦車だとしても。その時、T-34-85を突然の衝撃が襲った。

 

「何?!」

 

すぐさま戦闘配置につき、エリカがコマンドキューボラから外を覗くと、そこにはオリーブドラブの車体のヘルキャットが方向から陽炎を上げていた。

 

「ヘルキャット?! 今までどこに……」

『アアアア! 忘れてましたわ! いましたわ! 薫子! ヘルキャット! 子猫ちゃんが! 早く戦車を動かして!』

 

通信機から大音量でローズヒップの声が流れてアリサは一瞬悶絶した。その後のローカスト内のドタバタもレシーバーから駄々漏れであった。

 

『薫子! 薫子! 何をなさってますの?! お早く!』

『動きません、動きませんよ! ローカストも撃破されて……これじゃ唯のスクラップです!』

『なら、外から押せばよろしいでしょう!?』

『畜生! 根性!』

 

今度は二人の気合の入った雄たけび声が聞こえて来た。聖グロのお嬢様二人はきっと車内で必死になって車体を押していることだろうことがアリサたちには想像できた。

 

「無意味よ! やめなさいってば!」

「私このやり取り、どこかで見たことがあります」

「知らないわよ! ぺパロニ! 移動よ!」

「いや、それが動かねーわ。なんか履帯に巻き込んだんじゃないか?」

「シャイセ! ノンナ!」

「砲塔が回りません。どうやら整備不良のようです」

 

二発目が飛んできて、ローレンスの乗るM47に命中する。どうも、リロードがすこぶる遅く、しかも射撃がド下手くそのようだった。その下手さはある意味伝説的で、距離にして40mあるかないかの距離を静止目標を相手に外す、という大洗のカメさんチームも真っ青な射撃精度であった。

 

『降伏しろ! そうすれば、助けてやってもいいぞ!』

「はずれ~」

 

四発目が明後日の方向へ飛んで行くのを見て、ぺパロニが煽る。

 

『動け! 動け! 動けぇ! ヘルキャットの連中めが! ぶっ殺してやる!』

『こんなことならエリカの策に乗らなければよかったですわ~! この私がヘルキャットを前に時速0kmなんて! これでは、冷えたお紅茶! 格言もないダージリン様ですわ!』

「どんな例えよ!」

「愛する者を奪われたのです。この気持ち察せませんか? エリーシャ」 「知るか!」

「戦車を奪われたら、そうなるでしょ! 逸見殿!」 「お前も乗るな!」

「ていうかパスタ食わねーか?」 「一日五分でいいから真面目になって!」

 

刻一刻と過呼吸になっていくエリカは胸を抑えて怒涛のツッコミを披露していく。狭い車内で酸欠になって来たのか、段々と自分がどうして此処にいるのかすら忘れて来た彼女は

早い所ケリを着けてほしくなった。いっそ、撃破されればいい、とすら思うほどに。

 

「アンタも苦労の星の元に生まれたのね……」

「もう突っ込むの疲れたわ……」

 

エリカの苦労を見てホロリ、と涙するアリサの握る通信機から声が聞こえた。

 

『アリサ、聞こえる?』

「ナオミ?」

『待たせたな』

 

そのナオミの得意げな声を聞き、アリサは頭を抱えるエリカを押しのけてキューボラのハッチを開いて外を覗き見た。

 

『降伏しろ~!』

 

調子に乗っているヘルキャットの男どもの後ろにはズラ~とならぶM4シャーマンの横隊が並んでいるではないか。その数、20両。ヘルキャットは全く気付いていないが20両全てがたった一台に向かって砲を向けている最中であった。

 

『撃ち方よーい!』

 

ケイの号令が下されようとするとき、ローカストから悲鳴の様な声が上がった。

 

『ダメ! ダメですわ! 撃っちゃいけないですわ! ヘルキャット、逃げて! 避けてくださいまし!』

『80kmが! 私の、私達の80kmが!』

「アンタのじゃないわよ!」

『映画のしめは派手にしなきゃね! Open Fire!』

 

だが、ケイはノリノリで叫んでしまい、ローズヒップたちの叫びも砲声にかき消されてしまった。装甲が厚くても30mmもないヘルキャットの胴体目がけて、76mm砲や17ポンド砲、次いで30口径の機関銃も加えられて、ヘルキャットが爆炎と土埃で視界から消えた。

 

『Cease fire! 撃ち方やめ! やめてくださいまし! 私の子猫ちゃんが!』

 

だが、サンダースのアメ公チームが止めることはない。むしろ、コンバットハイで加熱していく一方。中にはロックすら歌いだす乗り手が出る始末。もう一斉射加えだし、曳光弾がまるでSF映画のレーザー銃のように雨あられと注がれ、さらに砲弾が薄い装甲に向かって飛んで行き、ヘルキャットをこの世から消す勢いであった。

 

全てが終わった時、ヘルキャットは醜く変わっていた。装甲は砲弾と機銃で穴ぼこにされて、まるでボコボコのジャガイモのようで、砲身と履帯は吹っ飛んでどこにも見当たらない。取れた転輪がコロコロと転がって、ヘルキャットにコツン、とぶつかると車体の突起物全てが崩れ落ちて、完璧なスクラップになった。

 

「戦車がオシャカになったぞ」

「フェアな戦車道って一体……」

『何でー? ダージリン曰く、恋は戦争って言ってたし、台数はフェアにしたよー?』

「と言うことはアリサ殿もいずれ……?」

「するか!」

 

偽ティーガーの中でわいわい騒ぐ彼女達とは違い、外は凄惨たる光景であった。何両もの戦車が黒煙を上げてその骸をさらけ出し、後からやって来たサンダース戦車道チームが今回の犯人達に投降を呼びかけている。まさに、戦場。それも全てが終わった焼野原だ。

 

ただ、いつまでも聖グロの二人が泣き叫んでいた。

 

尚、この計画に参加した男子諸君はもれなく戦車恐怖症となった。

 

 

サンダース学園艦の誇るメインストリート。歓声と紙吹雪、音楽隊の行進曲が演奏する中で戦車が長い縦列を組んで進む。シャーマンM4中戦車が勇ましく行進する中で、一台だけ、半分ティ―ガーで半分T-34-85のおかしな戦車が一番目立つ先頭を進む。

 

応急修理を完了したソ連の中戦車にはこの事件を解決した立役者が勢ぞろい、操縦手はサンダースのメンバーが担当し、進む戦車の上にタンクデザントして、観客の声援に応えていた。

 

「ヒドイ一日だったわ」

 

エリカがそう呟いた。来ていたSS戦車兵の服は黒いのでいいが、彼女の銀髪は黒いすすが付着していて、彼女の疲れを代弁していた。慣れない戦車に、濃すぎたメンバーに友軍、と黒森峰の規律がいかに厳格だったかを再認識した。

 

「ノリノリでしたよー! 逸見殿!」

「あのねぇ……」

 

しかし、そんなエリカに優花理は素直な言葉を贈る。

 

「かっこよかったです! さすがは黒森峰の副隊長でありますね! 慣れないT-34で……」

「……エリカでいいわ」

 

「え?」と 呆気に取られた優花理からフイとエリカは顔を背けた。頬の色を隠すためにエリカはソッポを向いたが、優花理が「はい! エリカ殿!」と元気よく言ったので、隠しきれなかった。その様子を他の5人が微笑ましく見ていた。

 

「何にやけてんのよ?!」

「べっつにぃ? 黒森峰の狂犬ちゃんも可愛い所有るんだな~って」

『可愛いですよ? エリ―シャ』

「日本語で話しなさいよ!」

 

アリサとノンナが悪戯っぽく笑う。エリカは頬を膨らまして拗ねるが、その雰囲気は柔らかく、温かなものだ。

 

「うう、ヘルキャットに乗りたかったですわ」

「隊長ならまた、乗せてくれるわよ」

「マジですの?!」

「なあ、アタシもいいか? アリサ」

「じ、自分も!」「私も!」

「戦車バカね、ホント」

 

ローズヒップもアリサの言葉にぱあ、と表情を明るくした。そして、その言葉に薫子、ぺパロニ、優花理が続く。アリサはこのメンバーでチームを組んだらどうなるのかを想像し、小さく笑った。

 

そんな時、T-34の隣に一台の戦車がやって来た。その車体はまるで自動車のような小ささで主砲は二門の機関銃のみという、イタリアの軽戦車CV-33であった。

 

「ぺパロニ! お前勝手に行って!」

「あ、姐さん」

 

小さな車体から薄緑の縦ロールのツインテールの少女、ドゥーチェことアンチョビが出てきてぺパロニが顔を近づけた。

 

「何やってんすか? お店は?」

「お前が言うな! それより怪我とかしてないだろうな?! 勝手に戦車に乗るのは止せ! 心配するだろう!」

「すんません!」

 

目尻に涙が見えたので、ぺパロニは頭を深々と下げて謝った。アンツィオではドゥーチェに心配されることほど罪な事はないのだ。皆大好きアンチョビ姐さんの涙に逆らうことは誰にも出来ないからだ。

 

「罰として、あとで中央広場でパスタを振る舞うんだぞ!」

「え?! でも!」

「夜の部のパーティーだ! 皆に美味しいパスタを作るんだぞ!」

「……ハイっす!」

 

それはぺパロニに対するバツであったが、同時に夜の学園祭を盛り上げること間違いなしのスペシャルイベントでもある。その言葉にタンクデザントしていた七人は歓声を上げ、ハイタッチをするなどして喜びを分かち合った。

 

戦車道は友達を作る――これは西住みほの言葉であり、事実その通りであった。学園も戦車もまるで違う乙女たちが一致団結し、試合後に仲良く談笑する。煤にまみれて汗をかいた彼女達が魅せる笑顔は爽やかで生き生きとしている。

 

戦車道は戦争ではない。だからフェアに行うし、皆で力を合わせることができる。戦った後のこの時間こそ、戦車道の全てなのだろう。そんな時、音楽隊が彼女達を見て、気を利かせ、楽曲を変えだした。リパブリック賛歌からパンツァーリートへと変えたのだ。

 

「パンツァ―リート?!」

「何で?!」

「エリカ! シング!」

 

突然のパンツァ―リートに驚いていると、いつの間にか近くに来ていたケイに歌え! と言われてエリカがオドオドしていると、優花理が歌いだしたので、渋々歌うことにした。

 

「もっと大きく! ラウダー!」

 

ケイがマイクを手渡し、つい、楽しくなって、その気になってしまったエリカはパンツァーリートをドイツ語で歌ってしまった。優花理とのデュエットで歌われるパンツァ―リートに観客たちは拍手を送る。

 

一番が終わると曲が変わり、今度はカチューシャが演奏されたのでノンナがその美声を披露した。勇ましさではなく、優しさを感じさせる歌は聞くもの全てを魅了する。

 

さらに即興メドレーはフニクリ・フニクラと続いてぺパロニが熱唱する。その歌唱力は目を見張るものがあり、隣でアンチョビが胸を反らして得意げな顔をしていた。

 

そして、次に流れたのはブリティッシュ・グレネーディアと思いきや、演奏されたのはティペラリーの歌。英語の歌と言うことあって、薫子、アリサ、ローズヒップが三人で一番を歌った。三人の歌声は可愛らしく、これまた武骨な軍歌が華やかな乙女の歌へと変身を見せた。

 

もっと驚いたのは繰り返しの部分に入った途端、サンダースチームも含めて全員が歌に参加し、戦車道の女子全員の大行進曲へとなった。

 

「 ティペラリーまでの道のりはひどく長い。けれど心はいつもそこに」

 

それはサンダース校開校以来、最高の盛り上げを見せた学園祭となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?年後のとある番組にて

 

 

『はい、以上がサンダース高で起こった事件なんですね~。いやあ、凄いですね~女子高生のパワーと言うか。何というか、とにかく伝説になったんですよね?』

『ええ。まあ、裏では映画部の戦車に使われる弾薬がごっそり無くなったとか、後でプラウダで内戦が起こったとか、スぺツナズが来たとの噂もありましたが、ともかく伝説ですね』

『で、この出来事がこの度映画になったということですね?』

『そうです! おかげさまで大ヒット! ロングラン! 4DXに爆音上映とうなぎ上りです! しかし、残念な事がありましてね』

『何です?』

『当時の、主役の七人となった方々をご招待したのですが、予定が合わなかったのですよ、せっかく、当時の映像をノンフィクションで……』

 

とあるおバカな番組を端を発したノンフィクション映画が公開中に何名かが枕に顔をうずめてバタバタしてたらしい……

 

理由はまったく分からないが。

 




嘘予告 プラウダ・シビルウォー 
カチューシャを巡り、ついに二人が激突! ぶつかり合うT-34! 空を飛ぶKV-2! 介入するロシアの精鋭スぺツナズ! そしてカンテレの音が鳴った時、カチューシャの明日はどっちだ?!

鋭意制作中!

それはさておき、これでとりあえず番外は終わりです。今後も更新を続ける予定ですので、少々お待ちください。

感想などお待ちしております。


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それがクルセイダーだから!

『薫子! お前はまたこんなものに手を出して!』

 

ピコン、と音が鳴って薫子がふかふかな絨毯に尻餅をついた。薫子はキッと叩かれた頭を抑えつつ、ピコピコハンマーを持って巨人のように立つ父を睨んだ。

 

『そんな物をやるのはお馬鹿さんだけだ!』

 

再びピコピコハンマーを振り被る父に対して薫子はあらん限り大きく声を張った。

 

『私を殴る気ですか!』

 

薫子の父は目を見開き、振り下ろそうとしたピコピコハンマーをピタリと止めた。父はグッと自分の衝動を抑えて、ピコピコハンマーをゆっくりと下ろして、薫子から視線を逸らした。

 

だが、その行為が薫子にとって気に食わなかった。

 

『殴りたければ、殴ればいいでしょう! 私は貴方の娘なのですよ! 何か言ってください!』

 

だが、父はもう二度とソレを振るおうとしなかった。父は娘の糾弾にも応えず。ただ悲しそうにそっぽを向くばかり。視線を合わせられないのか、あるいは合わせたくないのか、それは薫子には判断できず、彼女は自分と向き合おうとしない父に叫んだ。

 

「何とか言ったらどうなんですか! お父様!」

 

だが、やはり父は答えず。薫子は耐えきれなくなり、部屋を出て行った。そして、薫子の出て行った部屋には父と「週刊 高速戦車道 ○月号 特集 英国巡航戦車に見る速さと優雅さの融合・稲妻のブリティッシュ・グレネーディアズ編」という雑誌とその付録のクルセイダー戦車フィギュアだけが取り残された。

 

 

 

 

 

「それで、貴女のお父様のGT2000で敷地内を爆走してクラッシュさせた、と」

「ええ、お恥ずかしながら。でも、なんと言いますか、妙にスッキリしたというか、何というか……」

「まるでジョークみたいな話ね」

「でしょう? ところでアッサム様、私の異動願いなのですが」

「諦めなさい」

「い……嫌です!」

 

ブルネットの美しい黒髪の女子校生に額を出して絹の様な金髪をリボンで後ろで纏めた女子が詰め寄る。前者は肩をワナワナと震わせ、後者は毅然とした態度であったがどこか憐憫の情が見て取れた。

 

いや事実、金髪の少女アッサムは目の前にいる薫子に哀れみの感情を持っていた。真実は時として残酷で、受け入れがたくもある。だが、それも真実だ。それを受け止めなければ人は前進できないのだ。だから、アッサムは心を鬼にして言わなくてはならなかった。

 

彼女達の隣には停車したチャーチルⅧがあり、鉄の騎兵は悠然と二人を静観しているようにアッサムには見える。自分が乗り込んだ戦車が真実を告げるべきだ、と主張しているようにすら。

 

明日の聖グロリアーナ戦車道クラブの為にも、そして薫子自身の為にも。冷酷に”真実”を告げ、彼女に認めさせなくてはならないのだ。

 

「貴女はもう手遅れよ。もうチャーチルに乗っても満足しないのよ」

「いやぁぁ!」

 

薫子は崩れ落ちて、頭を激しく振った。傍目から見れば、ライバルのお蝶夫人に負けた主人公という少女漫画の一コマとまるで一緒だ。

 

「前にも同じことしてませんでした?」

 

オレンジペコがチャーチルの車体に座って二人を見て言った。彼女の言う通り、前とまったくおなじ状況があった。だが、明らかに違うのは周囲のチームメイト達が昔のように同情しておらず、むしろ「そりゃそうだ」と頷いたり、呆れたりしている。

 

「私は普通の! 女の子です! 決してチャーチルの優雅さが分からなくなったわけでは……」

「マチルダ、チャーチル遅いとか言ってたろ」

「あれは“本当に遅い”、“だけ”です!」

「よし、その喧嘩買うぞ~」

「落ち着きなさい」

 

ルクリリが通りすがりに言ったが、薫子の発言に頭の血管を浮き出させて唸りだしたのをアッサムが制する。ジャンキー薫子&バカ筆頭ローズヒップの宿命のライバルであるルクリリとしてはまたとない“クルセイダーをボコボコのスクラップにする”チャンスだったが、アッサムには逆らえなかった。

 

「……練習後、ツラ貸せよ。フザケタ巡航戦車を二度と走れなくしてやる」

「ハッ! ご自慢の2ポンド砲が当たるといいですね」

「言ってろ」

「貴女達、自分が“どこ”の生徒か覚えてらっしゃる?」

 

しばしのにらみ合いのあとに舌打ちして二人は顔を背ける。こんなのでも、血統書付きお嬢様と言うことは忘れてはならない事実だ。そして日ごろからヤッテヤラレテ、を繰り返す者同士、出会えば“淑女の決闘”も辞さないだけである。

 

「とにかく、貴女はもうアレ以外受けつけなくなってるのは事実。自分の性をお認めにならないと、後が辛いですわ」

「な、何を! 私はただ、あのエンジンの振動が快感とか、砲弾の飛来する音にドキドキするとか、そう言うのではなくて! ただ一人の淑女として!」

「その言葉を貴女の周りで言うヒトがいて?」

「ろ、ローズヒ……!」

「ローズヒップ抜きで」

 

彼女は一気に力が抜けて両足を地面につき、悲痛な悲鳴を上げた。そして顔を上げて虚ろな目で天を仰ぎ見て言った。

 

「そんな、そんな女の子……い、な……い?」

「いませんわ。正確に言うと……」

 

アッサムは指をパチンと一回鳴らした。すると、ホワイトボードが薫子の前に現れた。ボードには円グラフがあって、その上には「隣のお嬢さんに聞いてみた! 巡航戦車にトキメキを抱くか?! In 聖グロリアーナ女子学園」と題名がつけられており、その何とも言えないセンスに聖グロ女子たちはヒソヒソとアッサムの趣味について議論を交わした。

 

実のところ、ダージリンがつけた題名であったがアッサムは真のレディなので、決してダージリンの名を口にはしなかった。彼女はコホンと咳払いを一つして、レーザーポインターでグラフを射した。

 

「このように、円グラフにするとNOと答えたのが60%、知らない、その他が38.9%、YESは1.1%程度」

「そ、そんな」

「オマケに言いますと、クルセイダー乗りから普通の戦車乗りになったのは24%。それ以外は例外なく高速戦車に乗らないと頭痛、吐き気、のどの痛みに鼻炎、発熱、息切れ、動悸、心臓発作とブリティッシュ・パンツァー・ハイを患ってしまうのよ」

「途中、ただの風邪じゃないですか!」

 

アッサムに薫子はツッコミを入れたが、侮ってはいけないことがある。ブリティッシュ・パンツァー・ハイは恐るべき病であるのだ。この病は英国生まれの戦車に乗ることで発症すると言われ、特に英国面を発揮した物には注意をしなくてはならない。

 

何故かはわからないが、英国戦車に無駄にこだわる様になり、あの手この手で英国面をかばおうとする。具体的な症例としては以下の様な物である。無駄に固い装甲ばかり褒めて、鈍足で今一な火力を他人に責められることを嫌がり、しまいには17ポンド砲を無理やりくっつけて自分の名前を付けた戦車を作ろうとする。

 

さらにはこの症例では小難しい言葉ばかり好むようになり、人を混乱させる極度のコミュニケーション障害も併発するという。患者の共通点としては紅茶の飲み過ぎによるタンニン中毒やカフェイン中毒を持ち、英国料理をこよなく愛する味覚障害があげられ――とにかく恐ろしい病なのだ。

 

しかも聖グロでは過去から現在に至るまで平均して部員の75%が発症して来たと言うのだから、薫子にとっても他人事ではないのだ。

 

「ま、まさか……私がそうだとでも!?」

「違うと? 貴女今まで自分が何回速さについて言及してきたか覚えてらっしゃる? なんならデータもありますから、お見せしますわよ?」

 

薫子は此処まで、自分がその病に罹ったと言われたような気がしてアッサムに抗議した。だが、その抗議は虚しい物だ。クルセイダーに狂わされた少女の否定は誰の目にも意味がないことは明らかだ。

 

麻薬中毒の患者と同じで、これまでの彼女の行動からソレが否定できない。あまりの哀れさにアッサムは涙を禁じ得なかった。同時に心の奥底でジョークめいた状況の薫子に何やら愉悦めいた感情も渦巻いていたが。

 

「では、クルセイダーを取り上げてもよろしいので?」

「そ、それは!」

「勿論無理強いはしませんわ。ただ貴女が“貴女が言うレディ”なら、断れるのではなくて? まさか、今になって否定派しませんわよね?」

「あ、アア、アアあ!」

 

薫子は頭を抑えて苦しみだした。震える脚で身体をどうにか支えながら、ペコの元に行ってカップに入った紅茶をもらいソレを一気に喉に流し込んだ。紅茶のタンニンやカフェイン、香りで自分を抑えようとしたようだが、一気に熱い紅茶が口いっぱいになったので、熱さに悶え、チャーチルの横で転がり、更に頭を装甲にガンガンと打ちつけ出した。

 

「何か怖いです……」

「この子、クルセイダーが関わらなければ淑女なのに、どうしてなのかしら? ねえ、ペコ」

「ダージリン様が頑なに降ろさなかったからじゃないですか?」

 

ペコが車体から薫子を見下ろす。薫子はぜえぜえと息を吐き、掻き毟るように芝生を掴んでいた。

 

「25,26,27,28、まだまだ足らない……35,36,37,38、もっと速度を……45,48,50……でもチャーチルはこの半分、神よどうしてチャーチルを高速戦車に作らなかったのですか?……貴女はチャーチルが生まれるとき寝ていたのか?……50、51、60、60! 60!!」

 

薫子は己と戦っていた。

 

「でも! 真の淑女は速度より優雅さ! 25、24、21、ハヤサより堅牢さ、私は普通の女の子だ、レディだ。そのはずなんだ……ゥう」

 

速度を求める自分の内側。それはいつしか育った彼女の闇だ。いつだったか、彼女はチャーチルに憧れ、毅然とした淑女を目指していたはずだった。だが気が付けば全くの正反対の自分。速度を求め、求め、求めて止まなくなった彼女に歩兵戦車の優雅さを感じさせるのは最早不可能、に見える。

 

鳥にカメの真似をさせても鳥が喜ぶことはない。なぜなら、鳥は空を飛ぶことこそが本来の姿なのだから、カメのようにトロトロ歩かせることは性に反することになるからだ。これと同じことが薫子に言える。

 

「だから、だ、カ、ラ、耐えろ、耐えるんだ……!」

「戦車道は乙女のたしなみだったと思うんですけどね……」

「ペコ、あまり言ってはいけないわ」

 

必死になって耐える彼女、だが神は彼女の忍耐をあざ笑うかのように彼女の運命を弄んだ。

オレンジペコとアッサムが哀れみの目で薫子を見ていたところへ、リバティエンジンの音が聞こえ、彼女達の近くにクルセイダーMkⅢが停車し、ハッチから“奴”が出て来た。

 

「ごきげんようですわー! 今日も、明日も、一年後も、楽しく爆走! ローズヒップ参上ですわ!」

 

少々癖っ毛な赤毛を真ん中で分けた元気さで溢れたローズヒップが砲塔から降りた。薫子はその姿を確認すると悲鳴を上げて、後ずさった。

 

「やっぱり、デジャヴな気がします」

「いえ、前と同じよ」

 

ローズヒップがキラキラ目を輝かせて薫子の手を掴む。薫子は頑張って抵抗するが力ではローズヒップにまるで勝てない彼女はそのまま連れていかれて行く。

 

「さあ、薫子! 今度は島田流 チハ殺しターンを練習しますわよ!」

「相手がいないじゃないですか!」

「大丈夫ですわ! ルクリリさんが快諾してくれましたわ!」

「わ、私は普通の女の子になるんです! だからクルセイダーには……!」

 

そこまで言うと、ローズヒップの動きがピタリと止まった。薫子が何事かわからないでいると、ローズヒップは薫子の両手を掴んだ。

 

「私と一緒に乗ってくれないんですの?!」

 

涙目でローズヒップは薫子にそう訴えかけた。その時、薫子は自分のハートが撃ち抜かれたかのようになった。そして突如として襲い掛かって来た罪悪感に呻いた。

 

「薫子! 私とクルセイダーにもう乗ってくれないんですの?! 一緒にあの12気筒のエンジンの振動! 高速戦車の走りに! 飛び交う砲弾! なにより!」

 

薫子はローズヒップの語るクルセイダーの魅力にどんどん引き込まれて行っていた。ゆさゆさと肩を揺らされて、うるんだ瞳で引きとめようとするローズヒップに骨抜きにされて、尚且つ“口説き文句”に心を動かされ、彼女は吐息を荒くする。

 

ダメだ! ここで断らないと!――そう思って、グッと唇をかんで言おうとした。

 

「リミッター解除できなくていいんですの?!」

「も、もう仕方ないですね!」

 

オチた。

 

薫子はローズヒップを力いっぱい抱きしめた。

 

「そんなに言われたら、私だって断りませんよ! べ、別に貴女とか戦車が恋しいわけではなくて!」

「薫子!」

 

そうして、お互い抱きしめ合ってクルセイダーに入っていき、巡航戦車は加速してその場を去ってしまった。

 

「……なんでしょう? アレ」

「ちょろい、とはこういう時に使うのでしょうか?」

 

取り残された二人が呆れた顔で彼女等を見送った。正直な所、二人は酷い茶番劇を見せられた気分であった。

 

薫子の悲痛な覚悟? 普通の女の子? これらは一体どこへ行ってしまったのか。ローズヒップとクルセイダーmkⅢが来た途端、ポイ捨てしたのだ。何が淑女の誓なものか、出会って二分でサヨナラした薫子に二人はため息を一つ。

 

「こんな言葉を知っている?」

 

二人はその声にハッとして振り返った。そこには優雅にティーカップ片手に立つダージリンの姿があった。

 

「『我々が第一に戦わねばならぬ厄介な敵は、我々の内部にある』」

「ドン・キホーテの作者、セルバンデスですね」

「誰しも己と戦うのは難しい物よ。薫子も己に勝てない、ただそれだけのこと。でも、自分に真っ直ぐというのも長所ともなりえるのだから、捨てたものじゃないわ」

 

「はあ」とアッサムとオレンジペコは生返事をした。そして二人は決して言わなかった。

自分に正直に生きているのはダージリン様も、と言うことを。

 

夕焼けが空をオレンジ色に染める中、歩兵戦車と巡航戦車の戦闘音を耳にして二人は頭に逆さのカップを乗せたダージリンを見ていた。

 

 

――ああ、きっとこの人の操縦ではローズヒップは満足しなかったんだろうな

 

とも思いつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

……如何なる時でも

 

 

 

 

 




久々のナンバリング無しの話。
ダージリンの戦車の運転は荒い可能性があるため、この様に書きました。

相変わらず、アホな話を量産していますが楽しんでいただけると嬉しいです。

感想、アドバイス等あれば書いて欲しいです。

なお、番外編での戦闘描写など上手く書けていたかも書いていただけると助かります。


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オレンジペコより愛をこめて

更新遅れて申し訳ありません。
今回は前置きが長いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。


それは突然に起こった。薫子とローズヒップはいつものように昼食を摂っていた。カモ肉のオレンジソースがけとライ麦パン、新鮮な野菜のサラダにサウザンアイランドドレッシングをたっぷり、そして甘酸っぱいローズヒップティーを楽しんでいる時に、だ。

 

ちょうど二人が放課後の練習でいかに島田流チハタン虐殺ターンを成功させるか討議し、そして練習後のルクリリ車襲撃プランを練っていた二人のテーブルに一人の人物が訪れた。

 

「こんにちは、ローズヒップさん。薫子さん」

「えっ オレンジペコさん?」

 

薫子は目をぱちくりと開き、一度目をこすってもう一度見た。ダージリンと似て、髪を後ろで纏め、陽光のような優しい橙色の髪。背は小さくとも高度な情操教育を受けて得た気品ある仕草、どれをとっても彼女だった。

 

「ご機嫌ようでございますわ!」

「ご、ごきげんよう」

「はい、今日もクルセイダー戦車のお話ですか?」

「ま、まあ、そうですね」

 

柔らかく微笑むオレンジペコにローズヒップもまたほほ笑み、薫子も同じようにした。しかし、薫子には解せなかった。何故、彼女が“一人で”ここに来たのかが。

 

「でも、とっても、珍しいですわねー! 今日はダージリン様たちと一緒でないのですの?」

「……ダージリン様はちょっとお忙しいようなので」

「まさか、ダージリン戦車を設計中ですか?」

「ああ、それは物理的に無理なので、ところでお願いがあるのですが」

 

お願い、と言われて二人は一旦顔を見合った。オレンジペコが自分たちに一体何をお願いするのか、皆目見当がつかなかった。戦車道は勿論のこと、学業や仕草、人望面から言って、オレンジペコが困りそうなことなどなさそうに思えたからだ。

 

そもそも、困ったことがあればダージリンに頼めばなんでも叶うような気さえするのだ、それ故に二人はオレンジペコの頼みごとに大きく好奇心が刺激され、ローズヒップは、目を爛々と輝かせ、薫子は若干の不安を覚えた。

 

「何なりと仰ってくださいませわ! このローズヒップ! ペコさんのお願いなり何でもお応えいたしますわ!」

 

ローズヒップは席から立ち上がり、オレンジペコの手を取った。そして、騎士のように片膝をついて手の甲にキスをした。

 

「それはちょっと違いますよー、ローズヒップさん。それに頼むのは私の方ですから」

「それで何をお頼みに?」

「はい」

 

オレンジペコは薫子の質問に応える前に照れて少し赤くなった頬を隠して答えた。

 

「私をクルセイダーに乗せてくれませんか?」

 

上目遣いで、クリスタルの様な美しい瞳に見惚れて薫子は二つ返事で答えてしまった。

 

 

 

 

 

 

放課後、戦車道クラブが集う少し前に集まった三人は早速クルセイダーに乗車した。砲塔にティーポッドの校章が入った聖グロリアーナのクルセイダー巡航戦車に乗り込んだとき、ローズヒップと薫子は首を傾げた。

 

「オレンジペコさん」

「何ですか? ローズヒップさん」

「どうして、MkⅢではなく、MkⅡなのですか? 砲が小っちゃくなりますわよ」

 

二人が気になったのは車両そのものだった。砲塔前面がこんもりと盛り上がっており、砲身の隣に機銃がついている。普段使うMkⅢではなく、MkⅡをオレンジペコはわざわざ選んだのだ。MkⅡは2ポンド砲で攻撃力と言う点ではローズヒップたちのMkⅢに劣るのだ。

 

走って、撃って、逃げて。戦車道の試合でローズヒップたちの戦闘は機動力で翻弄し、弱点に6ポンド砲を撃ち込むのが常套なので、この選択が気になった。

 

「MkⅢでは三人乗りですから、私が乗るとなると四人乗りのこちらがいいかな、と思ったんです。砲手さんには後で合流しますので、とりあえず発進してもらっていいですか?此処まで向かってもらえれば後は指示しますので」

「まあ、そう言うことなら」

「ですわ! ですわ! それでは薫子! 戦車ぜんしーん!」

 

ローズヒップの言葉にとりあえず納得して薫子はローズヒップの号令の元、オレンジペコが地図で指したところを確認した後にクラッチを操作し、ペダルを踏んだ。ガソリンエンジンが起動し、車体後部から勢いよく排煙が出て行くと、クルセイダーMkⅡは前へと進みだす。

 

赤いタンクジャケットに身を包んだオレンジペコは車長席に座り、そのエンジンの振動を始めて感じた。チャーチルより重量が軽いせいもあってか、揺れは大きくて段差で激しく上下運動する時は「きゃっ」と驚き、次には「わあ」と感嘆の声を漏らした。

 

彼女の姿はお淑やかなお嬢様と言うより、公園で遊ぶ女の子のようで未体験の乗り物を心行くまで楽しんでいた。大変満足そうなオレンジペコの姿はローズヒップと薫子も見てて、一緒に楽しくなっていった。

 

「どうですかオレンジペコさん! このV12の暴れっぷりは?! これに薫子の運転があれば、もっともっと踊る様ですわよ!」

「ハイ! こんな早いのは初めてです! 一度乗ってみたかったんです!」

「どうしてですか?」

「私は」

 

オレンジペコが答えようとした時、ローズヒップが薫子の背中に足で丸を描いた。薫子は指示を受けて、操縦かんを動かしペダルを目いっぱい踏みだした。急に加速がついて、Gがかかり、オレンジペコが椅子を掴む。

 

「薫子! 42! 42のままですわよ!」

「言わずとも! 止まったら死んじゃう巡航戦車! 停止は即死! 減速、デス!」

「でも駆ければ、俊足! 韋駄天! このローズヒップが乗る限りはV12のエンジンには息もつかせませんわ!」

 

草原から抜けてアスファルトの大地に入った時、薫子が左を手前に引き、右を目一杯押し出すと、クルセイダーは前に進みながらクルッと回転しだした。履帯が舗装された道路と摩擦して火花を散らし、灰色の地面にドーナツを描きながら一回転した後にピタリと回転を停止させて再び、前進する。

 

「島田ターン! ニンジャ殺法ですわ! ニンニン!」

「ナポリターンよりもハッタリ利きますよ! どうです?! オレンジペコさん!」

「チャーチルでは無理ですけどね!」

 

これぞ、ローズヒップ車の秘儀、ドーナッツターン。敵をかく乱させるだけでなく、後で履帯や転輪の整備を面倒にしてメンバーを怒らせる殺人ターンである。

 

ローズヒップと薫子はテンション爆超でターンの成功に歓声を上げた。エンジンの音よりも大きな声で下手をすれば車外にも聞こえるのではないか、とオレンジペコは思った。でも、そんなことより二人に感心していた。

 

履帯が滑りやすい場所をローズヒップは車外を見ることなく、分かっていた。つまり彼女は場所と距離を正確に記憶していたのだ。そして、薫子の操縦も一朝一夕では見につかない。それこそ長期にわたって練習を行って来たことの証であった。

 

ネガティブ思考の薫子を引っ張っていくローズヒップの積極さも評価のポイントだったが戦車を楽しんでいる二人の雰囲気にオレンジペコは最も歓心を持った。そんな二人を称え、何より楽しませてもらったので、パチパチと小さな手で拍手を送った。

 

「凄いですね! お二人の操縦はレーサーみたいでした!」

「ですわ! それはもう! 一緒に練習して来ましたのでございますのよ!」

「私、実はクルセイダーが好きなんです!」

「マジですの!?」

「ええ!」

 

クルセイダーは依然として進んでいく。目的地まであとわずか。再び草原へと入り込んでいくつかの丘を越えて行く。

 

「そうです。好きなんです。このソロバン玉のような砲塔をキュートだって言う人もいますからね」

「そんな人いるんですの?!」

「はい」

 

自分達の車両を好きだと言われて喜ばないものはいない。ローズヒップたちもその例にもれず、嬉しくて、胸を反らした。オレンジペコはクスリと笑って静かに言葉を紡いでいく。

 

「そうです。好きな物を好きと言う。でも、時におかしな事もあるんです」

「え?」

「人は愛憎のない世界には生きていけない……そう、愛あれば憎しみもあるんです。そしてほんの少しの事で二つが入れ替わってしまうのです。例えるなら貴女方二人はクルセイダーを憎むといったように」

「そんな事ありえませんわ!」

 

ローズヒップはそう答えた。普段通りに元気に溢れた声と心で。反対に薫子はオレンジペコの語り掛けに不吉な予感を覚えていた。オレンジペコはこんな話し方をする人であったか、と記憶を探っていた。

 

「でも、私はあったんです。ですから」

 

クルセイダーが目的地についた時、オレンジペコは停車の指示を出した。クルセイダーはゆっくりと減速していき、完全に停止した。

 

「ののの?」

 

ついてみるとおかしな風景が広がっていた。ローズヒップがペリスコープで周りを見ると、隣には見慣れたマチルダⅡが列をなして止まっており。前には同じ様にチャーチルとマチルダの列がこっちを向いて横隊を組んでいた。

 

「一緒にダージリン様を倒しましょうね?」

「ホワイ?!」

 

素敵な笑顔で二人にオレンジペコは“お願い”をした。状況に全くついていけない二人は同時に叫んだ。

 

「憎む相手って」

「ダージリン様に決まっているじゃないですか。ほら、前にいるでしょう?」

「着いたら指示って」

「当然、指揮のことですよ。何の為にMkⅡを選んだかと言うとこのためです」

 

ここで薫子はようやく思い出した。クルセイダーMkⅡは四人乗り。6ポンド砲を無理やり搭載して三人乗りになったMkⅢと比べて車長が指揮に専念しやすく、指揮車両として用いられたことがあったことを。

 

「でも何故ですの?!」

『ペコ? 聞こえて?』

「……ハイ、ダージリン様」

 

ローズヒップの疑問をよそに通信機を手に取ってオレンジペコとダージリンが話す。

 

『こんな手に訴えるなんて、レディとしていかがなものかしら?』

「そうですか? ご自身の胸に反逆の理由をお聞きになっては?」

『もしかして紅茶に気まぐれでミルクをたっぷり入れたこと?』

「それもあります」

 

自慢の紅茶の香りを損なうようなマネをされたことを思い出し、オレンジペコの持つ通信機のレシーバーからミシリ、と悲鳴が上がる。

 

『では、スーパーダージリン戦車の設計を手伝わせたこと?』

「それもですね。いい加減諦めてください」

『ペコのケチ』

「はいィ?」

 

設計に関わった時間は合計で27時間。その内、オレンジペコの説得が七割を超える。

 

『では、みほさんのお話をしたこと?』

「いつもそればっかりですからね」

『だってお友達なんですもの。話したくなっちゃうわ。淑女として親しき友人のお話も楽しめないようではペコもまだまだねぇ』

「むゥ」

 

ぷく―とオレンジペコは頬を膨らませる。

 

『それともルピナスの花束をあげたからかしら?』

「しばらく、ルピナススープとかルピナスの首飾りとか異様に送って来ましたね」

『英国の誇るコメディアンが悪いわ』

「責任転換はいただけませんねダージリン様。貴女には是非“ここで責任はとまる。責任の転嫁はしない”と言って欲しいですね」

『トルーマンね。おやりになるわね』

 

その後も二人の問答は続いた。ゴムのチキンで小突かれた。殺人ジョークを探すのを手伝った。添い寝された、スパムだらけの昼食を食べた、英国面に落とされた、など様々な事を話していく二人に周りのメンバーは一体何故、自分たちが此処にいるのか、まるで分らなかった。

 

まさか、そんな痴話げんかに付き合わせる気なのか。こんなことで“聖グロリアーナ戦車道クラブ分裂問題が起こるのか。起こるにしても、せめてコチラの意見も聞いてくれと言いたかったが、二枚舌のダージリンに口で勝てる訳もない、怒ったペコに敵う物もいない、と知っていた彼女等に選択の余地などない。

 

『ひょっとして……』

 

ともなれば、せめて自分たちのこうなった原因、二人の確執の理由を知ろうと思うのが自然の流れである。

 

『髪型を弄って一瞬みほさんに似せたこと?』

「怒るにきまってるじゃないですかっ 私だってあんな事されたら怒ります!」

『なっ 貴方だって、最近紅茶をわざと冷ましているでしょう!』

「それどころか、粉末のお紅茶にさしあげました!」

『それをしたら! 戦争でしょう! 全車前進』

「全車戦闘開始です! ボコボコにしちゃって下さい!」

 

此処にいる全てのメンバーが天を仰いだ。「そんな事で!」と。せめてマシな理由が欲しかった。どうせなら、もう少しドロドロな理由であって欲しかった。それこそ、ダージリンが浮気しまくってペコが病んだと言った具合に

 

「ローズヒップさん! 前進です! ダージリン様をやっちゃってください!」

「ええ?! でも、ダージリン様に後で怒られちゃいますわ!」

『ルクリリ。 前進なさい、ペコを倒すのよ』

「ええ!? そんないきなり!」

 

 

戸惑った二人にオレンジペコとダージリンは同時に言った。

 

「ターンで倒せますよ!」

『この私が許したのよ?』

 

その言葉を聞いて、二人の車長はハッとして戦闘配置についた。

 

「薫子! ぜんしん、ぜんしーん! ペコさんのお墨付きですわ!」

『来いよ! ローズヒップ! 迷いなんか捨ててかかってこい!』

「what a lovely day!」

 

欲望に駆られた二者が先端を開き、周りも自棄になって戦闘を開始した。こうなったら、淑女の体裁を捨てて、地獄だろうがどこまでも付き合ってやる、と一種の諦めの元、聖グロリアーナの乙女たちは撃ち合った。

 

 

 

 

この内戦後、アッサムはダージリンとペコの二人に言った

 

「こんな言葉を知っている? “偉人の価値は責務にある” 隊長と次期隊長にはしっかりとこの言葉を噛みしめていただきますわ」

 

二人は反論できず、涙目で一緒に紅茶を飲んで仲直りをすることとなった。

 

 

 

「なあ、私達何してたんだろうな?」

「分かりません」

「勿論、戦車道ですわ!」

 

疲れ果て、倒れた者達は乙女の戦車道を再度考え直すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

 

 




オレンジペコの好きな戦車はクルセイダー、意外ですよね。
元ネタはドラマCDだかの劇場版の戦車を解説するというものです。

感想、ご指摘あればご自由にお書きください。


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リスペクト!

VS文科省 

様子を見て、このお題でお話を書きます。


文科省、それは日本において教育関係の政策を担う重要な機関である。だが、今この機関はある重大な問題に直面していた。

 

「何故こんなことに……」

 

ブラインドを締め切り、暗い部屋の中でお偉い役人たちは視線を長テーブルへと落とし、自分たちの置かれた状況に頭を悩ませていた。その問題とは単純な話、“信頼”である。

 

二度にわたる大洗廃校騒動は彼らの信頼を大いに失墜させた。口約束の反故、強引な廃校に加えてありえない期間短縮、それに伴う大洗女子学園生徒並びにその保護者、関係者の引っ越し、学業への影響、就職斡旋に関する脅迫まがいの言動などあげれば、キリがないが特に大学選抜戦が致命傷となってしまったのだ。

 

選抜戦における文科省の露骨なマネは戦車道界隈だけでなく、一般においても非難の対象となった。8両対30両の私刑まがいの殲滅戦を行おうとしたことなどがそうだ。数で負けている上にM26パーシングを主力とした選抜チームに対し、性能がまちまちな大洗の戦いを見て、誰が大洗チームが勝つと言えるだろうか。

 

カチューシャとノンナで背比べ対決をするようなものだ。真に戦をするなら、沙織とアリサで非モテ対決をするぐらいには対等でなくてはならないというのに、だ。

 

あえて弁明するなら、大洗は一応全国大会優勝校であること、西住流の才女が指揮官だったこと、世界大会が殲滅戦基準である、と言うことで苦しいながらもいい訳できたかもしれない。だが、問題はカールだった。

 

カールは本来オープントップで装填は人力によるもので、四号戦車を改造した砲弾運びと21名近い人員があって初めて運用できる。だが、文科省はレギュレーションに合わせる為に屋根をつけ、自動装てんに改造したのだ。1945年までの技術でこの巨大な砲の自動装てんはあり得ないもので、ルールを守る為にルールを破ったトンチンカンな車両となったのだ。

 

こんな車体を使うクソッタレ野郎は大洗を叩きつぶすために用意した日本の文科省ぐらいなもので、非難轟々。バッシングに次ぐバッシング、ネットは炎上、遠い地のドイツの女子高生までもがTVで「恥知らずの卑怯者」「みほをいじめるな」と評する始末で海外のメディアはこぞって「流石は日本の誇るお役人様で、自ら失態を演じて人事異動を楽にしていらっしゃる」。「カールはかっこよかった」等、お褒めの言葉を惜しみなく発信した。

 

こんな事なら10式戦車だかM1エイブラムスだかにテキトーな第二次大戦時の戦車の外装を被せるべきだったと彼らは散々後悔したが、後の祭り。信頼は消えた。

 

それ以来、文科省の役人や関係者が学園艦に赴くと、「カールが来た」や「えんがちょ」と言われ、誰もが白い目で見るようになり、「無能」「お役所様」「七三分け」などと皮肉と最大の侮蔑を込めて呼ばれるまでになったのだ。

 

少し前まではJKにソフトタッチまでは許されたはずのに。

 

「こんな……! どうして…! こんな理不尽な事が!」

 

ぐにゃりと視界が歪む。関わった者が一人、また一人と辞職に追い込まれ、そこから逃れようと責任を擦り付け合っても状況は変わらず、勝ち組人生のレールを突如として爆破された役人の皆様は脱線し谷底へと真っ逆さまに落ちていくのだ、

 

そんな虫の息な彼らが騒いでも、怒っても、事態は好転する訳がなかった。せっかく解体業者から“山吹色のお菓子”や札束の詰め合わせをたくさん受け取ったり、渡したりして入札も終えた後でこの事態。誰もが大洗、特にチビのツインテールを恨み、特に特に西住流を呪った。

 

彼らの栄光の出世ロードが狂ったのは間違いなく、あの二人であると叫び合った。言葉に表現できない罵倒の言葉を腹いっぱいに怒鳴り散らし、過去の栄光に縋り付く彼らを角谷杏が見れば、指さして笑うことだろう。「ざまあ、見ろ」と。

 

きっと干し芋を齧りながらVサインをして見せつけるだろう。もしかしたら、アンコウ踊りでさらに煽るかもしれない。とにもかくにも、女子高生に負けた大人達の威厳は木端微塵になったのだ。

 

「こんな事になったのは誰のせいだ!」

 

誰かがもう一度問う。その答えは皆決まって西住流か角谷杏なのだが、ここである一つの学校の名前が呟かれた

 

「聖グロリアーナ……」

 

その時、喜劇が始まった

 

そう、こんな事になった要因。それは全国の戦車道チームを呼びかけた、あの学校に彼らの矛先は向けられた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまですわー!」

「ただいま帰りました」

 

聖グロリアーナの韋駄天コンビが戦車道クラブの扉を開けた。二人は校章がでかでかと張り付けられたサンダース高の学園祭限定パーカーを制服の上から羽織り、ローズヒップはともかくとして、薫子も同じ格好をしているのにクラブの面々は多少驚いた。

 

「アラ、珍しい格好じゃないか」

「荒運転してたら、制服がちょっと汚れてしまって」

「サンダースは楽しかったですわ! M22ローカストでソレはもう! ドッカン! ドッカンでしたわ!」

「それは何よりだな」

 

二人の元にルクリリが赴き、他愛のない会話をする。クラブのいつもの光景の一つだったが、普段通りのルクリリに対して薫子は冷汗をかき、ローズヒップは首を小さく傾げていた。

 

「ところでルクリリさん?」

「何?」

「何ですの? その恰好、カッコいいですわ!」

「と言うか……」

 

薫子は一拍置いてクラブの面々も含めて言った。

 

「何してんですか?!」

 

薫子の前に広がるのはちょっとおかしな光景であった。テーブルや椅子をひっくり返し、積み上げられた土嚢袋と一緒にバリケードの一部とされている。土嚢の上にはブレン軽機関銃やルイス機関銃が置かれて、クラブのお嬢様達の美しいお手には武骨なエンフィールド小銃やL85、エンフィールドリボルバー、果ては古風なマスケットライフルにレコードなど様々な銃器や凶器が握られていた。

 

目の前のルクリリなどは洗面器の様な形のヘルメットを被り、L1A1小銃を握っている。華やかで慎ましい、紅茶の園は消えうせて、戦争の最前線と化していた。だが、一体何の戦争なのかはローズヒップはともかく、薫子も分からなかった。

 

「決まってるだろ、戦争だ」

「分かりませんよ! 全く!」

「貴女達がいない間に色々あってな、件の人物が来てもいいように備えているんだ」

「来たらどうするんですの?」

「勿論」

 

その場にいる全員が初弾を薬室へと送り込み、先頭のルクリリがニコリとアルカイックスマイルを浮かべる。

 

「英国のお嬢様なら当然、淑女のお迎えをする お、も、て、な、し」

「もう、ルクリリさんったら全くワッケわかんねーだから、ですわ」

「そう褒めるな。ローズヒップ」

 

おもてなし、別名正当防衛とも言う聖グロにあるまじきメリケン式の作法に薫子は絶句し、いっそ清々しくも感じた。一方でローズヒップはヘルメットを人差指でクルクル回して遊んで聞いていなかった。

 

「状況がWTF(Whats the f○ck)過ぎて、まるで分かりません」

「分かりやすく言うとな、役人だ」

 

ルクリリたちはローズヒップたちに状況を話しだした。そも、こんな状況になったのはローズヒップたちがサンダースで暴走、ではなく偵察を行っている間に聖グロリアーナ女子学院学園艦に文科省のあん畜生共がやって来たのだ。

 

日本の戦車道に関わる者なら誰もが知っているメガネの七三こそいなかったが、役人には貴賎なし、と言うか野蛮人はどこまでも野蛮人である。彼らは査定と言う名の侵略、もしくはいちゃもんを始めだしたのだ。

 

プロリーグのために少しでも予算をと言うことで、半ば私立校じみた学校だが、流石に学園艦ともなると、システムの運用やら予算に文科省の愚民共が関わってくるため、彼らはそれを利用し、あらゆる事で文句をつけて来た。

 

曰く、テニスコートが広すぎる。曰く、紅茶や調度品に金をかけすぎている。あるいは、今週中に無駄にされたジャガイモのg量をデータ化しろ。寄宿舎は今の半分にするべきだ、お嬢様だからと言って、贅沢につかるのは品位に欠ける、など。この学園艦そのものが気に食わないご様子で二段バスの高さにも口を尖らすものだから、学園艦のお貴族様のフラストレーションはたまる一方であった。

 

「あとは砂糖漬けのマンゴーは健康に悪いから、メニューから消すようにとも言ってたかしら?」

「違いますわ。新鮮なフルーツは風邪の元だと」

「挙句は戦車道のOB・OG会に直談判しに来たんだぞ。オレンジペコさんが紅茶を淹れている最中に、だ」

「私のマンゴーなくなったんですか!?」

「ペコさんのおっ紅茶の最中に?!」

「そっちかよ」

 

どこかズレた二人の反応にルクリリが力なくツッコんだ。だが、紅茶に関しては分からないでもない彼女だった。英国は茶と戦争の紳士な国、故に聖グロではお茶の邪魔をする者は例外なく、粛清の対象である。ちょうどイギリス本国がアイルランド人と相いれないように。

 

もしくは、ルクリリと大洗バレー部が永遠に敵であるのと同じだ。

 

そして、此処聖グロリアーナで最高の茶を淹れることができるオレンジペコの茶の最中に査察の手を突っ込むとは宣戦布告に近い、と言えるのだ。本来なら履帯で轢き潰してミートパイにしてやりたいところなのだ。

 

だが、それでも耐えているのは彼女等がレディであるからなのだ。

 

「大体、抵抗するなら戦車を使えば」

「薫子、分かってないな。戦車を汚したらいけないだろ?」

「自分の手は汚してでもですわね?!」

「その通りさ。レディだからな」

 

この通り、戦車を汚すことより、自らの手で役人のはらわたを引き裂き、手を汚すことを辞さない生粋の、純然たるレディな戦車道の乙女なのだ。

 

「こんな時にダージリン様は一体どこに……」

 

メンバーの一人がため息交じりに疑問を述べた。

 

「紳士服店に行ったのでは?」

「違いますよ。保険屋のおじさまとお茶をしているのでしょう?」

「え? 私は王立騎士団とか、聞きましたわよ?」

「マットレスを買いに行ったのですよ」

 

だが、誰も知らない。あの変人の居場所を誰一人として正確につかめていなかった。顔を互いに見合っても、皆怪訝そうな顔をするばかり。彼女等はこの時、ここで頼れるダージリン様がいれば、と考えた。実際、あの二枚舌で訳の分からん格言と妙な迫力と最高の淑女としての品格で押せば、役人ごときの下賤な輩は簡単に撃退できるに違いない、というのが彼女等全員の思いであった。

 

同時に「また、ややこしくしないだろうか」などと言った不安もよぎったが、とにもかくにも隊長がいてこその戦車道、ダージリンがいてこその聖グロリアーナ戦車道クラブなのだ。

 

「で、どこにいるんですの?」

「私は対ドイツ人用の殺人ジョーク取りに行ったって聞いたぞ」

「何が何やら」

「でも、どれもやってそうなのがダージリン様だよな」

「それも、そうですが……貴女本当にダージリン様を慕ってるんですか?」

 

この場をとりあえず仕切っているルクリリからの回答も期待した分、落胆も大きい物となった。その内、魔法学校に転校でもしたのではないか、とすら思ってしまう彼女だった。

 

「気にすることでもありませんわー。言うだけ言ったら、きっと帰るに違いありませんわー」

 

戦車道用の手榴弾でお手玉しながらローズヒップが薫子とルクリリに言った。ルクリリはローズヒップの慣れ切った雰囲気を感じ取って「ほう」と感心した。

 

「エラく、お前にしては建設的な発言だな」

「当然ですわ! そんなの兄嫁の子供と一緒ですのよ! ウンウン頷いて玩具あげれば、素直になりますのよ!」

 

ローズヒップの頭では役人=兄嫁のガキ(推定10歳以下)であるらしかった。

真理をついた言葉に感嘆の声を上げたが、この時ルクリリと薫子は頭の中で玩具を取り合うローズヒップの姿を何故か連想した。

 

「それより、喉乾きません?」

「お紅茶淹れてきますわー!」

 

ローズヒップが五つの手榴弾でお手玉しながら茶葉を取りに行こうと扉を開けた時、その向うの人影がルクリリたちには見えた。

 

「待ちたまえ、キミ」

 

ローズヒップの前に現れたのは髪を七三に分けた脂ぎったおデブだった。高級そうだが、聖グロ的にはお安いスーツをはち切れんばかりに着こなし、蒸気機関車のように「ぶふー」とか「しゅー」と呼吸を荒立てている男だった。

 

「聖グロリアーナの生徒と言うのは人にぶつかって挨拶するのが常識なのか……」

 

皮肉を言うついでにローズヒップの尻に手を伸ばそうとしたが、ローズヒップの走りは戦車でなくても止まらない。そんな聖グロの常識を知らない役人にローズヒップは全く気付くことなく、彼を弾き飛ばした。

 

圧倒的体格差にも拘らず吹っ飛ばしてしまい役人は壁にめり込んだ。ついでにローズヒップが持ってた戦車道ショップご用達、聖なる手榴弾とガモン手榴弾(夫婦喧嘩用)が倒れた役人の下に転がって、爆発した。

 

空気が大きく振動して、大きな音がルクリリたちの耳に届いた。彼女達は耳をとっさに防いで、ついでにガスマスクもつけた。

 

「どうだ?」

 

ルクリリがメンバーの一人に聞いた。

 

「見て来い、バニラ」

「えぇ……」

 

バニラと呼ばれたメンバーの一人が注意深く近づき、確認した。すると、そこには大量のマーマイトで真っ黒になった役人がいた。

 

メンバーが流石に哀悼の意ぐらいはしてやるか、と思ったがローズヒップが突然帰って来た。

 

「というか、戦車道のお時間ですわ!」

「わッ 本当だ!」

 

お嬢様全員が一斉に移動しだし、誰も彼を気にかけることなく踏んで行った。呻く役人にリスペクトの欠片もないまま放っておいて行ってしまった。

 

「お、覚えていろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し出かけてくるわ。ペコ、アッサムしばらくの間お留守番をお願いね?」

「はあ、それは構いませんけど……」

「下賤な役人はどうするの? ダージリン」

 

アッサムのストレートないいようにダージリンは構うことなく、「そうね」と言い、少しだけ考えて答えた。

 

「任せても大丈夫でしょう。お馬鹿みたいに歩くのが能の彼ら程度、頭を悩ませることも無いわ」

「それも、そうですが……というか何しに行くんですか?」

 

アッサムとペコは気になっていた。ダージリンがどこへ何しに行くのか。噂がさらなる噂を生む。この英国面の暗黒卿が何を企んでいるのかは聖グロリアーナの女子の間でかなりの話題になっていたので二人も気になって仕方無かった。

 

「そうね? こんな言葉を――」

「また格言ですか?」

 

ダージリンの格言をアッサムとペコが遮ったがダージリンはめげずにコホン、と咳払いして言い放った。

 

「『力が主になるのなら、正義だって召使になる』ということよ。では、ごきげんよう」

「はい?」

 

それだけ言ってダージリンは二人の前から去っていった。そして彼女は二人が見えないところで一枚の手紙を取り出した。

 

それは招待状であり、全国の学園艦の主な人物が呼ばれている物で便りは大洗から来ていた。

 

 

 

 




最近、ネタが思いつかず迷走していますが楽しんでいただければ幸いです。

また今回のVS文科省ネタとは別に次回プラウダネタを行う予定で、個人的に一番好きな戦車を出そうと思っているので、ご了承ください。

感想いつでもお待ちしております。


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ダージリン戦車

以前プラウダネタを書くと言いましたが予定を変更してお送りします。


英国面とは何か。

 

この問いに正確に答えられる者は少ないのではないだろうか。神に誓って言うが、英国の兵器が他国に劣っていると言うことは決してない。

 

ボルトアクション銃としてのエンフィールドmk4は他国と比べて多い装填数で、手動マシンガンと呼ばれ、バトルオブブリテンに名高く、零戦とも戦闘したスピットファイアは傑作戦闘機であることは疑いない。

 

何より、世界で最初に戦車を開発した先進性を見れば、英国がおかしな兵器を作る国とはおそらく言えないはずだ。

 

だが、古今ではパンジャンドラムやカヴェナンター戦車、L85小銃などは英国面と揶揄されて馬鹿にされている。何と嘆かわしい事か。愛されているのも事実であるとしてこのままで良い物か。

 

否、よくはない。英国面を追求していけば必ず最強の兵器が誕生するはずなのだ。古今東西アメリカの野蛮人やロシアの田舎者、ドイツのジャガイモ野郎が作った兵器が目立つが、そんなものは栄えある大英帝国の御前ではゴミクズであるべきなのだ。

 

それがフランスと百年戦争し、インドを征服し、中国にアヘンを売りつけ、皇太子がナチスの制服を着こなすイギリスのプライドなのだ。今こそ声を大にして言わなくてはならない、偶には良い英国面もあるのだと。

 

第二次大戦中に全金属製の戦闘機を作れなくて、布と木で作った戦闘機が意外と生存性が高かったなんて例だってあるのだ。良い英国面だってあるのだ、と断固として主張するために聖グロリアーナのOB/OG会は総力を結集し母校に一台の戦車を送り届けたのだ。

 

英国万歳! 

 

 

 

 

「それで、コレですか?」

 

戦車道クラブのフィールド、緑豊かな野原で赤いタンカースジャケットを着たオレンジペコが苦笑を浮かべてダージリンに訊いた。隣のアッサムも同じような顔でダージリンを見ていて、オレンジペコの言うコレについての感想をダージリンの口から聞こえるのを待っていた。

 

だが、ダージリンは紅茶を片手に何も答えない。

 

彼女がレディだから答えないのか、と問われれば違う。正確に言えば、ダージリンの心は冷え切っていて怒りと悲しみ、そして喜びという感情がシチューのようにごった煮となっていて、自分でもどう表現していいものか分からなかったのだ。

 

目の前で坂を上っている一両の戦車が彼女をそうさせていた。ダージリンの青いサファイアブルーの瞳に写るそれは長い車体を持ち、長砲身の対戦車砲を装備していた。ボディは彼女の愛車であるチャーチルによく似ていたが、その上に乗るのは回転砲塔ではなく、真四角な戦闘室が乗っていた。

 

傾斜など皆無な戦闘室は武骨と言うより不細工なシルエットを作っており、デザイナーがいれば三度はこのデザイン性について胸ぐらを掴んで問いただしたくなるだろう。これが戦車発祥の地のイギリスの作る戦車か、と。

 

これこそ、ダージリンが望んだ「17ポンド砲を載せたチャーチル歩兵戦車」ことチャーチルGC(ガンキャリア)である。その威風堂々たる戦車は目の前の坂を上ろうとして、17ポンド砲がつっかえて止まってしまった。

 

「またつっかえましたね」

「これで三回目ですね」

 

アッサムとローズヒップの漏らした感想にダージリンはひたすら沈黙を貫ぬく。ふと視線を落とすと、カップを持つ手が震えていたので、それを必死に隠して平静を装った。

 

「使いにくいですわ、ルクリリさん」

「しょうがないだろ! こんな突撃砲みたいな戦車は経験ないんだから! 砲が本当に邪魔だ! 取っ払ってしまえ! こんなもの!」

 

戦闘室上部のハッチからルクリリとそのメンバーが出てきて、口々にチャーチルGCの不満を述べていった。基本的に回転砲塔のない車両は扱わない彼女等にとってこの戦車は不得手な上にこの長すぎる砲が邪魔で仕方なかった。

 

歴史上では三インチ高射砲を載せたものだったが、戦車道のルールとして当時の範囲内での改造は認められる事をいい事に17ポンド砲を装備させたのだ。OB・OG会はダージリンの戦車道全国大会での活躍を祝って、これを「ダージリン」と名付けて送ったのだが、その好意は他の面子には届かなかった。

 

ハッキリ言ってありがた迷惑。走らせれば邪魔、しかも遅い。頼りの17ポンド砲は視界が狭くて見えない、故に当たらない。そして見かけが最高にダサいのだから、聖グロのお嬢様はこの戦車を罵った。

 

「この“ダージリン”使えないわ!」

「17ポンド砲なんか載せて! 普通にブラックプリンスを下さればいい物を!」

「こんな“ダージリン”を作った人のお顔が見たいですわ!」

 

ダージリンは彼女等の言葉に何故か自分が責められている気がした。

 

英国面を愛する彼女等だが限度と言う物がある。“ダージリン”の余りに尖り過ぎた性能は完全に産業廃棄物の烙印を押す以外ない。英国面に百戦錬磨の聖グロリアーナのお嬢様方ですら、この扱いなのだ。一体この地球上にこの戦車を愛せる者がいるのか、それすら疑わしかった。

 

「ダージリン……いい加減お認めになっては? アレは使えないと」

「つ、使えるものは何でも使う物よ。完ぺき主義では戦えない、と言うのでなくて?」

「使えますか?」

「そ、それは」

「本当に?」

 

ぐいぐい押してくるアッサムにダージリンは圧され気味であった。光が消えた暗い瞳にはこんな英国面の戦車をつくりたがった戦犯が反射されていた。だが、ダージリンは負けを認めたくなかった。

 

自分の望んだチャーチルでなくても、アレはチャーチルの流れを組む車両。おまけに17ポンド砲と言う高火力を有しているのだ。ここまで来てアッサムや他のメンバーに圧されてアレをすぐOB・OG会に返すのは彼女のプライドが許さない。

 

何より、あの四角い戦闘室が載っているチャーチルも独特の味わいがあると彼女は感じていた。それを分からぬとは、戦車道クラブの連中もまだまだ青い。まるでティ―ガーやパンターを信奉する黒森峰の脳筋と変わらないではないか。ダージリンはぷんすか、と“ダージリン”を馬鹿にする彼女等を非難した。もちろん無言で。

 

「アッサム様。そんなにダージリン様を責めないでください」

「ペコ」

 

助け船が来た。ペコがアッサムを諌めたのにダージリンは一瞬明るくなった。流石はオレンジペコだ。最高のタイミングで気が利く。愛い奴だ、とダージリンは内心賛美をこれでもかと送った。

 

「アレでもダージリン様の名がついてるのですから」

「ぺ、ペコ?」

「さあ、ダージリン様。お喜びになって下さい。お望みの17ポンド砲をくっつけたチャーチルですよ。あんな筆箱みたいな形に変わり果ててまで改造されたんですから……是非

ご自身でお乗りになられては? きっと素晴らしい戦車ですよ、あの“ダージリン”は」

 

ダージリンは口を堅く結んだ。

 

ペコの口から出て来た絶賛の言葉はダージリンの神経をチクチクと刺した。この小柄で一見天使の様な見かけの少女の口から皮肉を吐き出されると中々来るものがあった。さしものダージリンも反論したくても言葉が浮かばず悔しさに口を閉ざすほかなかった。

 

だが、負けるわけにはいかない。紅茶を飲んで誤魔化し、彼女はその溢れる知性の泉を以って反論の手段を考えた。オレンジペコに口で負けるのだけは聖グロリアーナの戦車道クラブ隊長、ファーストレディとして避けなくてはならない。

 

負ければ、きっとチャーチルGCはお払い箱になってしまうに違いない。何せ、相手はオレンジペコ――可愛くて機転が利くがロマンを理解せぬ頑固者なのだから。

 

決して屈するな。決して、決して、決して! と言うチャーチルの言葉を思い出して白い目で見るオレンジペコとアッサムに反論しようと口を開いた時、GCがいた方から爆発音が聞こえた。

 

何事かと思い、見ると側面を演習弾で撃たれた“ダージリン”の姿があった。

 

「オホホホ! ノロマで砲塔がないから相手するのは楽ですわ!」

「畜生! ローズヒップなんかに!」

 

ここで彼女が来るとはダージリンには想定外だった。何となく、彼女の遠慮しない口からズケズケと言われるような気がしていたので別の場所でクルセイダーの整備を命じたのに、もう戻って来ていた。

 

いきさつは分からないが、どうやら模擬戦をしてローズヒップがコテンパンにしたらしかった。

 

「ところで何ですの? コレ」

「チャーチルGCの改良で名前は……」

「ダサいですわー!」

 

歯に衣着せぬ物言いはダージリンの心に徹甲弾となって飛んで、貫いた。近くに居たルクリリ車の乗員が青い顔をして止めようとしたが時すでに遅かった。

 

「何だか鉛筆が刺さった鉛筆削りみたいな外見ですわ。カクカクしてるくせにあまり硬くないですし、てかダッサイですわ! マジで! これでよくチャーチル何て名前をつけれますわ!」

「二度も言わなくても。でも、なんか豆腐とか筆箱みたいな戦車ですね」

 

ローズヒップが評していると、操縦手の薫子もハッチから出てきて近くでまじまじと見た。

 

「コレ装甲そんなに厚くないのですか?」

「正直な。大方チャーチルの装甲で17ポンド積めば最強の戦車が作れるとか考えたんじゃないのか?」

 

薫子がGCのハッチから身を乗り出しているルクリリに聞くとそう返って来た。聖グロリアーナのチャーチルは最大装甲152mmの硬さを誇るが、GCの場合は最大90mm弱で劣るのだ。オマケに17ポンド砲を積んだ成果トップヘビーになって機動性に難が生じて長所の踏破性まで犠牲にしているのだからマチルダを使うルクリリにとって不満しかない車両であった。

 

「実家の近所の子供の発想ですわ! おれさいきょーとか言う奴ですわ!」

「誰がこんなの嬉しがるのでしょうかね?」

「さあ」

 

そう、発想はローズヒップの言った通りである。ロボットアニメで砲戦仕様と格闘仕様、ついでに機動戦仕様を全てごちゃ混ぜにすれば最強のメカが生まれると信じる子供の発想と同じである。素直にブラックプリンスを持って来れば良い物を、チャーチルと名がつかないと格好がつかないという理由でこんな物を持ってきたのだ。

 

「……ホントに誰が喜ぶのでしょうね?」

「……さあ? 誰の事かしらね。ね? ダージリン?」

 

オレンジペコとアッサムが横目でチラリと隊長を見やった。ダージリンはと言うとカップを震わせ、美しい顔を一生懸命優雅に見せようとしてヒクつかせていた。

 

「おやりになるわね」

「そこで使うんですか?」

「こんな言葉を知っている?」

 

ダージリンはこうなれば自分の特異なフィールドで戦うことにした。その際オレンジペコが「また格言ですか?」と言いそうになったのは彼女だけの秘密だ。

 

「もしも地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま突き進むがいい」

「チャーチルですね」

「何事も継続が一番。と言う訳で、“ダージリン”を次のアンツイオとの交流演習で使うことにしましょう。勇気を以って挑戦すれば、使い所もきっとあるわ」

「乗員は?」

「ルクリリを」

 

アッサムは「ご自分が乗らないのですか?」と言えなかった。ダージリンも実は使えそうにないことをとっくに分かっていることを察したからだ。こうして“ダージリン”はアンツィオとの交流試合で使用された。

 

試合開始20分で丘を下るときに砲身をつっかえさせて動けなくなったところをセモベンテに狙い撃ちされて、後日修理もされずにOBOG会に返却された。

 

英国面、それは人を魅了して止まない不思議な魅力である。だが、何故人をこうまで狂わせ、また愛されるのか。それを本当に理解している者はいないだろう。

 

英国面とは何か

 

 

我々は学ばなくてはならないだろう。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

英国面とは乙女の生きがいであります!――発言者不明

 

 

 




完全に余談ですがサバゲーで見た電動ガンのL85(イギリスのアサルトライフル)はやたらセレクターの反応が悪く、給弾不良を多発していました。

もしかしたら英国面は玩具でも発揮するかもしれません。


尚、チャーチルGCに関しては調べてもあまりいい情報が見つけられなかったので、間違いがあった場合は申し訳ありません。

更新遅れて申し訳ありません。
感想などあればご自由にお書きください。


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meet Rose hip !

物語には当然だが始まりがある。ボーイミーツガールと言った具合にヒロインとの出会いから始まれば憎むべき怨敵によって仲間を皆殺しにされて始まることもある。無論、それは創作だけでなく人生もまた然り。

 

特に人生はひょんなことから始まりもすれば終わりもする。何気なく蹴った小石が果てしない戦いへの入り口になったりするかもしれないのだ。かの者が芸術での活躍ができなかったが気付けば欧州全土を支配した帝国の最高指導者となったように、人生は小説よりも奇なりなのだ。

 

そう考えれば吉田薫子という一人の少女の価値観が“彼女”との出会いで大きく変わることなど、そう驚くべきことではなかったかもしれない。

 

 

 

遂にこの日がやってきた。吉田薫子は授業を終えて足早にある場所へと向かっていた。知的な美しさを持つブルネットの髪を揺らし、すれ違う同級生に挨拶を交わして行く。その顔は柔らかな笑みを絶やさず、しかもその日は格別に眩しい輝きがあった。

 

何故ならそ彼女にとって記念すべき日になることは間違いなかったからだ。遡ること一週間前薫子は戦車道クラブに入部することが叶った。現隊長であるアールグレイ達の前で今まで培った戦車道の腕前を披露し、晴れて戦車道クラブのレディとしての門をくぐることが出来たのだ。

 

入学して一か月。ようやく夢の第一歩を踏めたと言う訳で彼女はこれから起こるバラ色の日々に胸をときめかせていた。

 

クラブへと入室し、訓示を受けた後に更衣室へ。自分のサイズにぴったりと合うオーダーメイドの赤いパンツァ―ジャケットを眺めれば彼女は心の底から喜び、淑女としての落ち着きも忘れて抱きしめてしまった程だった。

 

「薫子さん? 少しはしたいのでは?」

「あッ す、すみません」

 

クスクスと先輩から笑われて赤面した薫子だった。気を緩めすぎたと戒めようとした時、思わぬ所から声が上がった。

 

「おお! カッケ―……です、わ! 見て見て! この赤いジャケット! これでアタ……私も聖グロの戦車乗りですわ!」

 

何ともでたらめな口調で隣の者に大声でパンツァ―ジャケットを見せびらかす者が一人。赤い髪の毛を真ん中で分けた可憐な彼女は入部して一週間もしない内に名物と言うべきか、とにかく注目を浴びる存在となった少女であった。

 

その口調と仕草は明らかに淑女としてはいささか問題があった。それだけではなく、隊長と副隊長にティーパックの紅茶を差し出したというのだから、この前代未聞のお転婆娘が聖グロリアーナの戦車道クラブ。というよりこの学校に来ていることが非常に不思議がられた。

 

更に言えば、彼女の試験時の指揮が度肝を抜かせていた事もソレを助長していた。

 

「まあ、なんて子!」

「お淑やかさの欠片もない」

 

そんな心ない囁きをする者もいたが、彼女は全く意に介しておらず、隣の後ろ髪を三つ編みにまとめた同級生と喜びを分かち合おうとしていた。その隣の者はと言うと「ああ、私もだぞ」と男の様な口調で話し、襟首を正した。

 

こちらもまた異質な一人であった。仕草こそ一人前の淑女だが口を開けば勇ましく、常に自信に満ち溢れている彼女は先輩達の一部から生意気と評されていた。そんな二人を薫子は遠くから見ていて、彼女達の様な変わった方もいるものだな、と感心していた。同時に意地の悪い囁きに眉間にしわを寄せていた。

 

だが、気にすることはない、と思っていた。薫子は前の試験で操縦部門でかなりの成績を叩きだしていた。故に彼女はこのまま行けば、あの憧れのチャーチルの操縦手になれるものだと信じて疑わなかった。

 

「失礼。此処に吉田薫子さんはいらっしゃる?」

 

そんな時、彼女の耳に届いたのは憧れの人の声だった。「ハイ!」と答えて、その声の主を見れば、サファイアブルーの瞳に絹のような金髪を後ろで纏めた、副隊長ダージリンがそこにいた。

 

「私に何か御用でしょうか? ダージリン様」

「御機嫌よう。少し落ち着きになられて薫子さん。いえ、アールグレイ様より貴方ともう一人には早速配属を伝えるように言われたので」

 

キタ! 薫子は襟を正し、直立の姿勢を取った。待ちに待った時が来た。多くの努力と挫折の数々を乗り越えて、今全てが報われようとしていた。憧れのチャーチルⅦか、もしくはマチルダⅡに乗ってからか、どちらにせよ一年のこの時期にレギュラーメンバーに抜擢されたことに違いなかった。

 

戦車道は淑女の嗜み。しかも聖グロリアーナで早々に認められると言うことはそれこそ名誉の証であった。それは戦車道クラブに入った者のみならず、普通科からも羨望のまなざしで見られるレディの照明なのだ。

 

「では伝えるわ」

 

ダージリンは小さな便箋から手紙を取り出し、薫子の所属を伝えた。

 

「吉田薫子さん。貴女を聖グロリアーナの戦車道クラブのレギュラーメンバーとしてクルセイダーMKⅢの操縦手に配属します。是非、これからも精進なさってくださいね?」

「え」

 

手渡された手紙を見る。確かにダージリンの言う通り、一語一句間違いなくクルセイダー隊への配属であった。薫子は喜びの表情で固まった。今、ダージリンが言った戦車の名前が予想とはかなり違ったからだった。その瞬間、周囲の空気も何かを察したのか固まった。更衣室の音が消えた。何故なら、配属先がよりによってクルセイダー隊であったからだ。

 

「貴女はクルセイダーの車長としての任を。お受けになりますわね?」

「もちろん……で、ございますわ!」

 

薫子はもう一度手紙を見た。すると、驚くべきことに自分の車両の車長が、あの赤毛の女の子の元であることもバッチリ書かれていた。砲手だけが定まっていないのが気がかりだったが、そんな事はすぐにどうでもよくなった。

 

一体何がいけなかったのか。薫子は頭をV8並に回転させて、その原因を探った。試験時の成績は問題ない。むしろ操縦手として最高の成績を叩きだした自信があったはずだった。普段の所作に関してもぬかりはない。伊達に吉田家の長女ではなく、仕草一つ一つに美しさがあると褒め称えられたことだってある。薫子は自分に非の打ちどころはない、何もおかし名していない自信が確かにあった。

 

だが現実は違った。クルセイダ―と言う速さだけが取り柄の巡航戦車に配属されては吉田薫子の名が廃ると言う物だ。こんな事は絶対におかしい、何かの陰謀が起こっているに違いない。もしくは自分が寝ている間にモンティパイソンの世界に連れてこられたに違いない。きっと、体育の授業で果物を持った殺し屋に対する護身術を行うに違いない――薫子は全力で現実を拒否していた。

 

「そ、そんな」

「アラ? クルセイダーはお嫌いで?」

「だ、だって。私はチャーチルに……」

「貴女の操縦手の適性から判断したのよ。それにクルセイダーはわが校唯一の機動戦ができる車両よ。それを誇りとしなくては。何よりあの砲塔が可愛く……」

「私の!」

 

薫子はダージリンの両肩を掴んだ。

 

「私の憧れチャーチルは何処へ?! 装甲厚150mm以上! 速度24kmの優雅な走りを! この手でやってこその優雅さでしょうが! それをクルセイダーでやれとおっしゃるのですか?! 貴女は!」

「ええ」

「そんな殺生な!」

「貴女やっぱり面白……まあ、人生には寄り道も必要と言いましょうか」

「WTF!」

 

両肩を掴んでガクガクとダージリンを揺さぶるがダージリンの余裕は全く消えなかった。むしろ、ダージリンはこの薫子の豹変に内心爆笑すらしていた。しかし、こう揺らされては紅茶も飲みにくいので得意技で締めることにした。

 

「こんな言葉を知っている?」

「はい?」

「険しい丘に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である。 クルセイダーからチャーチルに乗ることも不可能ではないわ。まずはゆっくりとグロリアーナの精神を学んでから、それから貴女の夢を追うのも遅くはないでしょう」

 

「おお」とクラブの一年生がダージリンを尊敬の眼差しで見た。しかし、誰の名言か言い当ててくれる人が居なかったので、ダージリンは「やはり誰か言い当ててくれないと」と少し不満であった。

 

その言葉が利いたのか、薫子は手を離し、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。真っ白に燃え尽きた灰と化した彼女にかける言葉を誰も見つけられなかった。が、その時例の“あの子”が駆けて行き、薫子の手を取った。

 

「吉田薫子……さん、ですわね? これからよろしく、ですわー!」

 

その少女は全く空気を気にしなかった。哀れ過ぎる薫子に真っ先に声を掛けてブンブンと大きく握手をしてきた。

 

「よ、ヨロシク」

 

薫子は放心状態で答えた。ダージリンはその場から既に去っていたがこの時、彼女とアールグレイの目論見が達成されていたことに気付いた者は居なかった。選考時の備考欄で二人には以下のように記されていた。

 

『――はお転婆、じゃじゃ馬。淑女には程遠く、お馬鹿。しかし、型にはまった時の爆発力凄まじく、また何事にも物怖じしない度胸は黒森峰の重戦車でも屈しないであろう』

『吉田薫子は一件淑女だが操縦は暴れ馬である。またテンパると訳が分からなくなり、意味不明な悲鳴と言葉を連発する』

 

つまり、最初から薫子は例の赤毛の少女同様にユニークな存在として見られていたのだ。 そして、その先にもう一つ書かれていた。

 

『尚、この二人を組み合わせることで聖グロリアーナの飛び道具が誕生すると予測される。危険な組み合わせだが、組ませればきっと面白くなるに違いない』

 

偶然と言うには出来過ぎた組み合わせだった。言ってしまえばこれは宿命であった。

 

 

 

 

 

 

数か月後

 

爆発音が響き渡った。T-34-85から火の手が上がって撃破判定を受けて沈黙した。聖グロリアーナ高と中国の戦車道チームとの試合はクライマックスを迎えており、三台のクルセイダーがT-34の縦隊に背後から突撃し、奇襲を敢行。その様は信じられないもので性能的に圧倒的に優っているはずのT-34が翻弄されて次々に撃破されていっていた。

 

中国チームは眼前の重装甲のチャーチルⅦとマチルダⅡの部隊に注意を引きつけられ、その後ろを高速性能の高いクルセイダーによって攻撃を受ける形となり、大混乱になっていた。

 

中でも一台のクルセイダーの機動はすこぶる目を引いた。華麗なドリフトを決めては、速度を生かして接近し、至近距離での戦闘をこなすのは島田流を彷彿とさせた。あれが聖グロリアーナの戦車の動きなのか、観客は息を呑んだ。

 

一体あの中でどんなお嬢様が優雅に走らせているのか――そんな興味が湧いた。

 

「薫子! 右! 右ターン! バニラはフラッグ車をけん制! クランベリーは85を地獄の果てまで追い回してぶっコロですわ!」

「キタぁ! 85mm!」

 

砲声と同時に着弾。砲弾は砲塔を掠めた。車両が傾くのに薫子が悲鳴とも興奮の声とも判別つかない叫びをあげた

 

「薫子、目の前の76mmを追って! お尻を向けているヤツですわ!」

「ハハァ! お尻を振ってこっちを誘ってるんですか?! お熱いのをぶち込んで差し上げます!」

 

エンジンの爆音、金属の軋み、機銃の空薬きょうが落ちる音、尻に伝わる振動全てに薫子とローズヒップはハイになっていた。二人はパンツァ―ハイと英国面を同時に発動させ、12気筒エンジンの導きの元、走り回っていた。

 

「私を見ろ! 私こそクルセイダー乗り一番手! 聖グロリアーナの飛び道具ことダージリン様の猟犬ローズヒップですわ! さあ、お紅茶が冷めないうちに撃って、走って、リミッター解除ですわ!」

「V12 ! V12! 紅茶は冷めてもエンジンは冷めませんよ! 走って! 走って! 走り死ねぇ!」

 

薫子はこの時、一瞬頭に何かがよぎった気がした。自分は一体何になりたかったのか、何だか途轍もなく大事な物を失った気がする、と。考えてみれば、自分はご令嬢。一人前のレディとなるべくして入ったのではなかったのか。そして、今の自分はそれとはかけ離れているのではないか。

 

その時、85mmの砲弾の空を切る音を聞いた。

 

「でも最高にイイ気分だぜ!」

 

その考えも五秒で消えた。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

 

 

 

 




続きます。
Team Fortress 2のテーマソングを聞きながら書いたら楽しかったです。
投降遅れて申し訳ありません。

現在オリジナルを書いているので遅くなりました。

感想お待ちしております。


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meet Rose hip !2

今回はパロディ多めです


人間は競争が好きである。これは業績や成績の話ではなく、単純なかけっこという話である。小さいころ、特に男子では足の速い者こそがクラスで尊敬を集められる事が出来た。足の速い者がクラスを制すると言っても過言ではない。大人になっても、人はかけっこが好きで、お馬さんやお舟が競争するのに一喜一憂し、オリンピックでも徒競走やリレーは立派な競技として存在している。

 

人間は走ることが好きなのだ。

 

「ホラ、薫子! 行きますわよ! お早く!」

「ま、待ってください」

 

薫子のクルセイダーの車長として配属された“ローズヒップ”は本当に走ることが好きな子であった。どこだろうと駆け足で廊下で上級生と衝突事故を起こさないものか、と薫子はハラハラしながら後を追っていた。

 

それにローズヒップの体力は底なしなのか。実はガソリンで動くサイボーク少女ではないかと疑うレベルでお嬢様の薫子にはついて行くのがやっとであった。向かう先は戦車ハンガーであるが、薫子はひいひいとクルセイダーにたどり着いた時には疲れ切って砲塔の上でへたり込んでしまった。

 

「疲れたんですの? 毎晩、ちゃんと寝ないとダメですわよ?」

 

貴女のせいだ、と薫子は言えなかった。戦車と共に数週間、薫子はこの赤毛の少女が恐怖の権化となりつつあった。恐れを知らない彼女に付き合わされることがどれ程のものか、彼女は段々と理解して来たのだ。

 

まず車両性能差をものともしない。象とアリのような性能差だろうと彼女は「突撃」を命じる。五対一で流石に後退するだろうと思ったら、やっぱり攻撃する。アールグレイのお遊びでチャレンジャー2と相手させても、クルセイダーで突撃をかます。お局様の上級生の面目を潰さないように皆が配慮していたところをガン無視してぶっ潰す。

 

知波単学園と聖グロリアーナを間違えて受験したのかと思わん程の負けん気の強さに薫子は毎日灰になって帰路につくのが日課となっていた。

 

極めつけはダージリンとアールグレイに市販のペットボトルに紅茶を差し出す。作戦会議中にクルセイダーにジェットエンジンを積もうと進言する、カチューシャを小学生と呼ぶ、とにかく、ありとあらゆる局面で暴走するのだ。

 

「今日は貴方がローズヒップ車の砲手ね」

「これ、私の手紙をお父様の元に送ってください」

「バカ! 自分で渡しなさい!」

 

横目で見ると自分と同学年の子が涙と共に抱き合っていた。ローズヒップ車の砲手はくじ引きで決められる事になり、クルセイダー隊の一年生は毎週ロシアンルーレットをやらされている。

 

見事当選した者にはもれなく千羽鶴と白パンと無花果のタルトを差し上げられ、当選者は親友に“万が一”のための手紙を渡すのが通例となった。更にハンガーにポツンと置かれたホワイトボードを見れば、数々の励ましの言葉の上から大きく「どうせ皆英国面堕ち」と大きく塗りつぶされていた。

 

「何であんな事書いた?! 言え!」

「もうおしまいですわ。 皆赤毛の悪魔に駆逐されるのですのよ! 貴女も! そこの貴方も! 私も!」

「諦めるな!」

「何か泣けますわね。友情ですわ」

 

違う貴女のせいだよ、とはやっぱり言えなかった。薫子は仕方なく、クルセイダーの車内に入り、操縦席に座る。そしてため息を吐いた。正直、彼女はこの操縦席が好きではなかった。クルセイダーの操縦席は変速レバーが座席に非常に近く、操縦手が座るとこれを太ももで挟み込むような姿勢を取らなくてはならず、操縦するには足を広げなくてはならない。早い話が“がに股”になるのだ。

 

もし、ここに何らかのカメラ的な物を仕込めば、それこそスカートを履く戦車道乙女の白か、黒か、あるいは紫色の桃源郷をお目にかかれるかもしれない。下種な話は置いておくとして華の女子高生、聖グロリアーナ女学院のお嬢様にとってコレは相当恥ずかしく、故にクルセイダーの操縦手は不人気なのだった。

 

「夢のようですわね!」

「どっこい! これが……私の現実! 逃れようのない現実……!」

 

歓喜に溢れるローズヒップと悲しみに暮れる薫子の差を後から入って来た同級生は目にして涙を禁じ得なかった。天国と地獄とはこの事か、砲塔と車両側でキレイに分かれていた。

吉田家のご令嬢が股を開いて、クルセイダーの運転をするなど悲劇以外に例えようが無い。

 

事実薫子は何もかも呪いたかった。現実とこんなレイアウトにしやがった英国の技術者を心底恨んだ。英国面と言えば、何でも許されると思ったら大間違いだ。ややこしいエンジンに意味わからんリミッターなんてつけやがって……薫子は拳を壁に打ち付けてしくしく泣いた。

 

「何泣いてるんですの?」

「がんばれ~自分。負けんな~。ちーからーのかーぎり生きてや~」

「あ! 私そのお歌知ってますわ! 私もお歌いに……」

「そっとしておいて下さい」

 

砲手の子が涙を呑んでローズヒップを止めた。ローズヒップは小首をかしげて、とりあえず納得したが。操縦席から聞こえる湿っぽい声はとどまることを知らない。

 

「ちなみに今日は何をするんですか?」

「今日は模擬戦でサンダースとドッカンドッカンやりますわよ! 何でも、向うに鼻の長いイギリス戦車がいるってダージリン様仰ってましたわ!」

「シャーマン主体のサンダースって事は……ファイアフライ?」

「砲手がスゲーらしくて1000m狙撃も余裕らしいですわ! これは是非挑みに行きませんと!」

「OH MY GOSH!」

 

砲手と薫子が同時に叫んだ。 本日の苦行のメニュー、シャーマンの76mm無間地獄を前菜とし、メインディッシュに17ポンド砲、デザートにアールグレイ様とダージリン様の愉悦締めと決定した瞬間だった。

装甲の薄いクルセイダーに対ティーガー用の17ポンド砲などオーバーキルもいい所だ。

 

「相手が優しくて17ポンド砲を撃つのを控えてくれる事ないでしょうか?」

「この前、CV33に二発当てたそうですわよ」

「鬼! 悪魔! ダメリカ! デカ乳! そんな事して何が楽しいんだ!?」

 

砲手は大泣きして、未来に絶望しかないことを嘆いた。仮にその砲手に訊けば、ガムを噛みながら「当たったら嬉しいだろ」と至極真面目に答えるだろう。だが、薫子たちにとってはそんな事知ったことではない。

 

唯一つの真実、死ぬような目に会うことは絶対なのだ。死なない戦車道は時として無間地獄になり得るのだと理解した時には遅かった。今の彼女達の目は光を失い、死人同然になっていた。例えるなら、虎と接敵した米軍戦車兵、ベルリン防衛戦時のドイツ兵、この一年後に戦車道を強制させられる西住みほ、あるいはグレたソド子と同じような目をしていた。

 

『ローズヒップ』

「はい! ダージリン様」

『いいニュースと悪いニュースがあるのだけれど、どちらから先に聞きたいかしら?』

 

そんな時、こんな地獄に叩き落としてくれた尊敬すべき淑女、ダージリンから通信が入って来た。薫子と砲手はすがるような思いで、吉報を待った。

 

「どちらでも構いませんわ!」

『では悪いニュースから。相手の隊長は中々の名将よ。優勢火力ドクトリンが好きだそうから孤立しないように。それからクルセイダー隊で動ける車両が現在貴女とバニラしかいないわ』

 

優勢火力ドクトリンとは単純に1対10でボコボコに潰すと言う戦法の事だ。一台の火力で勝てないなら、その十倍ぶつけよう、と言うアメリカの物量合戦戦法である。薫子と砲手は考えた。つまり、最悪性能でシャーマンに負けているこのクルセイダーにシャーマンを何台ぶつけるつもりなのだろうか? 互いに顔を見合って車長を見たが、よく意味が分かっていないご様子であった。

 

「それでいいニュースって?」

『貴方に敵の後背を突く役割を与えるわ』

「いやっほう!」

 

苦行メニューに書き加えなくてはならなくなった。特攻戦車ローズヒップ、楽しければ何でもやってのける命知らず。不可能を可能にし、巨大な戦略をぶっつぶす私達特攻野郎クルセイダーズ。重戦車だろうと突っ込んでやる、でも17ポンドは勘弁な、と薫子は妄想の世界へと駆けこもうとしたが、ローズヒップが両肩を掴んで揺らして喜びを共有しようとしてきたので、ソレも叶わなかった。

 

「さあ、今日も明日もクルセイダー! リミッター外してドンドン6ポンド砲をぶち込みますわよ!」

 

砲手と薫子は震えながら手を取りあった。願うは自らの生存と安寧。もはや名誉も誇りも要らない。ただ一つ、彼女に怯えない砂糖菓子のように甘い眠りを欲した。つまるところ、彼女達の願いは一つだ。

 

神様助けて。

 

しかし、結局のところシャーマン8台VSクルセイダー2台の壮烈な戦いになったのは神様の気まぐれか、あるいはチャーチルで紅茶を飲んでる“あの二人“の企みによるものか、答えは出なかったと言う。

 

 

 

 

 

 

その日、クルセイダーに乗る一人の不幸な少女がいた。昨年から続いていると言うロシアンルーレットに敗北し、狂気と恐怖の支配するクルセイダー、ローズヒップ車に砲手として乗車した彼女はひたすら祈っていた。

 

「エンジンが動きませんわ!」

「こんな時に!」

 

ルクリリ、ニルギリのクロムウェルとマチルダⅡの連合チームとコメットとクルセイダーのチームに分かれた実験的な試合に参加したが、戦闘中に離脱したローズヒップ車がエンジントラブルを起こし、ハンガーで必死に修復作業を行っていた。

 

「お願い……動かないで!」

 

砲手はひたすらにそれだけを祈っていた。薫子とローズヒップのコンビは悪夢であった。普段は淑女らしい薫子は豹変し、急にV12とひたすらに叫び、ローズヒップと同調して奇襲をかけるまではまだ良かったが、そこからは四方から聞こえる砲声と砲塔や車体を掠める砲弾の音と訳の分からない混沌に叩き込まれ、車内に響き渡る薫子の悲鳴とも歓喜とも取れる叫び、ローズヒップのテンション爆超の笑い声で心底恐ろしくて仕方なかった。

 

「動け! 動けってんだよ!」

 

エンジンをかけようとし、かからない事に薫子は丁寧な口調をかなぐり捨てて、ガンガンとクルセイダーを蹴る。怖くて車外へ出ようとすればローズヒップが後部のハッチを開いてエンジンをペシペシと叩いている。

 

「おふざけも大概にしなさい! 貴女は戦うために生まれたのでしてよ! さあ! 今すぐ起き上がりなさい! 私と一緒に走りなさい!」

 

エンジン、戦車に語り掛け動かそうとする彼女等に砲手はガチガチと歯を噛みあわせた。ここで動かなくなれば、少なくとも彼女が当番の時期は出撃しないで済む。もう、あんな特攻を味合わなくて済むことを砲手は願っていた。

 

そして砲手は、もしこのままクルセイダーが動かなければ自分をこんな所に叩き込んだ級友たちに仕返しをすることを心に決めていた。あの最後の言葉「私の為にイケ」と言った級友たちに殺人メシマズパイをぶつけて真っ黒に染めてやる、と復讐を誓った。

 

彼女はメンバーは兄弟、級友は家族。そう言ったことは全て嘘だったと気付くのに半日遅かったのだ。そして、もう一つ奴らを甘く見ている事にも気づいていなかった。

 

「動けぇ!」

 

ローズヒップと薫子の声が重なった時、クルセイダーが眠りから目を覚ましてしまった。大きく排煙をまき散らし、エンジンが唸りを上げて自らの覚醒を声高に叫んだ。それはまるで、彼女達の魂に呼応するように。それはまるで、砲手を嘲笑うかのように。

 

「イエイ! 動きましたわ! 薫子ぉ!」

「貴女の叫びが気に入ったに違いないですね!」

「クルセイダー女王陛下ですわ!」

 

はしゃぐ二人を交互に見て砲手は十字を切った。

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




I don't want no German tank!
I just want my Crusader! の精神でこの作品は成り立っています。

まだまだ戦車や軍事に関してはにわかもいい所ですが、ネタにしつつ頑張っていきたいですね。

感想お待ちしてます。






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吉田薫子 私が愛したクルセイダー

人は過去から縛られる生き物である。それは知性を持つ生物故の宿命といえるかもしれない。本能に忠実な動物ならば、過去を思い出す暇などなく、ただ現実の、目の前の食い物にありつくことだけを主とするが、人間は過去と現在と未来に思いを馳せるものだ。

 

そう言った中で過去を嘆き、今を楽しむと言った人はしばし存在するのは自然の摂理と言える。例えるなら、彼女とデートを楽しむ一方で時々元カノのメアドを見ては懐かしの日々を思い出すと言ったような具合である。だが、時として人は過去と向き合わなくてはならないのだ。

 

その一例として、聖グロリアーナの戦車道クラブ、クルセイダー隊ローズヒップ車操縦手である吉田薫子は一人戦慄していた。目の前に自分とそっくりなブルネットの美しい髪を持つ少女と対面していた。不思議な事に周囲は真っ暗で彼女達の姿のみがはっきり見えていた。まるで、宇宙空間にいるような浮遊感の中、薫子はその少女に問いかけた。

 

「貴女は誰ですか? 此処は何処ですか?」

「質問が多いですね。ソレも彼女のせいなのですか?」

 

少女は人差指を左右に振って、薫子を詰った。だが、薫子は動じることは無かった。この程度の恫喝など、数々の戦車砲から発せられるマズルフラッシュに比べれば、どうと言うことは無かった。

 

「答えなさい。 無礼でしょう」

「私は貴女だ」

「はい?」

 

唐突な言葉に薫子は虚を突かれた。薫子が目を凝らしてみると、それは確かに自分の顔であった。知的な美しさのブルネットの黒髪、自分でも自慢の端正な顔、まだ慎ましい胸、それどころか声すら同じであることに気が付いた。だが、奇妙な事にもう一人の彼女の制服は聖グロリアーナの青を基調としたものではなく、紺のブレザーで中学時代の姿であった。

 

「ば、馬鹿な……そんな事が……でも、何故か私は、貴女が私だと分かる」

「そうでしょう。何せ私は貴女だ。ただし、貴女が捨てた私です」

 

薫子は非現実的な事態に直面し、肩で息をした。否定したいと言うのに、彼女が自分であると言うことが滝のように頭に流れ込んできて拒絶できない。

 

「なら、何故貴女が! 私に何の用があって現れたのですか?」

「全ては貴女の為ですよ薫子。貴女はやり過ぎた。やり過ぎてしまったのだ」

「何を?!」

「ハッキリ言いましょう。貴女はレデイではない!」

 

人差し指を射されて、薫子(高校)はたじろいだ。最初こそ、「そんな馬鹿な」と嘲笑さえしたのだが、記憶が蘇るたびに、確信が疑念に変わっていった。ここ数か月を思い出してみると中学の頃の自分とかなり違う気がした。

 

週に四度は行うクルセイダーの整備の度に泣き、走れない悔しみをカヴェナンターと共にルクリリ車にぶつけ、狩った(勝ったとも言う)喜びをローズヒップと共にダンスで表現する。エンジンを起動して、荒くなる吐息と高鳴りする心臓のビートに乗せられて、喚いて笑って、特攻! 大和撫子の大和魂!と言わんばかりにノせられていく自分を俯瞰で見て、薫子は思った。

 

「もしかして、私は……レディじゃ、いや、それどころか普通の乙女じゃない?」

 

今に至るまで何千、何万と繰り返された問いの前に改めて立つこととなり、中学の自分が腕を組んで言った。

 

「当り前です! 真のレデイたるものクルセイダーに乗って涎タラしたり! 速度が遅いと震えたりはしないのです! 今一度言いましょう! 貴女は変わり過ぎたのです!」

「違う!」

「何が違うと言うのです!」

 

薫子(高校)は薫子(中学)に反論しようとした。しかし、これまで彼女がレデイとして見られていたことがあっただろうか? 薫子は周囲の人物の答えを一人一人思い出していた。

 

小さなノーブルシスター、オレンジペコが曰く。

「レ、レデイだっていろんな人がいてもいいと思いますよ……薫子さんの事だって認めてくれる人だってどこかに一人くらいは……」

 

データ至上主義のオールバックの少女アッサム曰く

 

「では、今すぐ学内ネットを使ってアンケートをしましょう。それで結果はハッキリしますわ。それでもやります? 薫子」

 

男口調の三つ編みお嬢様 ルクリリ曰く

 

「お前は狼がチュウ、と鳴けばネズミだって信じるか? つまりは、そう言うことだよ」

 

車長および元凶その2のローズヒップ曰く

 

「え? お嬢様? 薫子ってそうだったんですの?」

 

そして、元凶その一こと、現聖グロリアーナの隊長にして英国面の暗黒卿およびボス、そして紅茶フリークスのジョンブルで、愉悦好きの美貌のレデイ。ダージリン曰く

 

「こんな言葉を知っている?『運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ』貴女の場所はもしかしたら運命づけられているかもしれないわね。 え? レディ? 果たしてそれが貴女の場所である必要があるのかしら?」

 

ここまでで薫子は自分の仲間が誰一人として、自分の真剣な問いをグロリアーナジョークぐらいにしか捉えていないのを知り、叫んだ。

 

「味方がいない!」

「それはそうでしょう」

「自分すらも私を裏切ると言うのですか?!」

 

中学の薫子は冷然と撥ねつけた。

 

「裏切ったのは貴女です。貴女は私の夢を裏切り、クルセイダーに……いや、クルセイダーで走った。チャーチルはおろかマチルダにすら乗ることなく……唯走りに酔いしれる破廉恥な存在へとなったのです!」

「違う! 違うの!」

「嘘をつくな私!もう一度思い出してみなさい! 貴女が望んだのは……私の望んだのはそんな英国面ではなかったはずだ」

 

チャーチルもマチルダも英国面の一員ではないか、と言う疑問はこの際置いておくとして、もう一人の薫子が主張することは概ね正しいと言えた。華よ、蝶よと育てられたご令嬢ががに股で操縦席に座り込み、目をハートにしてはしゃぐ姿を誰が貞淑な乙女と言うことが出来るだろうか。 

 

それも出身もよく分からないローズヒップという者に従っている内に変貌したとあってはいよいよ吉田家のお嬢様も堕ちたと言う物だ。かの父親は「信じて送りだした娘が英国面にドハマりして来た」という事実に毎晩ブランデーをラッパ飲みするか、妻に愚痴るかで慰める以外を知らないと言うのだから切ない。

 

「一人前のレディになるために私は聖グロリアーナに入ったはずです。思い出してください! あの日、チャーチルⅦに優雅に乗車していたダージリン様たちを! 貴女が、私が目指した理想郷は近くにあったはずです! 手を伸ばせば手にはいるはずだ!」

 

全ては遠き理想郷にあるのではない。夢は自らで望んで掴む物、ならば今すぐにでもダージリンに頼みこめば道は切り開けると言っているのだろう。薫子は膝をついて打ちひしがれた。自分はただ流れに任せていただけであったのか。

 

なら、今すぐにでも目の前の自分に従い、立ち向かうべきなのではないか。そうだ、自分は臆病者であっただけだ。ならばこそ……

 

「さあ、手を取ってください。今こそクルセイダーから、あの赤い悪魔から逃れる時です」

 

逃れる?ここで薫子は違和感を覚えた。 何から逃れると言うのか。勿論、それはローズヒップを指していることは彼女には理解できた。しかし、彼女から逃れる、それが勇気あるレデイのすべきことなのか。

 

いや、違う。ローズヒップは何からも逃げなかった。全てに果敢に立ち向かう彼女をレディではないと誰が言えるのか? 薫子は頭を冷やし、その真実を求めた。何が高貴で、何が気高い戦車の乙女なのか。

 

「いや、違う」

「はい?」

「それこそ、逃げることです」

 

薫子は力強く両足で立ち、もう一人の自分に向き合った。瞳には涙の一滴もついていない。その奥に揺らぐ火は大きくなり、やがて彼女そのものを大きく突き動かす炎へとなった。

「恥は逃げることです。クルセイダーの乗ることは恥じゃない。私は好きなのです。あの戦車が」

「バカな! あんなポンコツ戦車なんかに!」

「そうですね。クルセイダーは中途半端でしょう。壊れやすいエンジンに他校の物より劣る火力、ソロバン玉の砲塔に何となく不格好な砲塔前面。正直これで速くなかったら、私も乗らなかったかもしれません」

「なら!」

「しかし!」

 

しかし、と薫子は確かに言った。今の薫子はジャンキーでも臆病者でもなかった。もう一人の薫子はそれにたじろいだ。これ程確固とした意志で反撃されるとは夢にも思わなかった。

 

「その機動性は優秀。そして私の車長、ローズヒップは決してそんな事を言わなかった。あの子は相手が何であろうと立ち止まらないのです! 例えそれがT-28だろうと! 観覧車だろうと! 飛べるかも分からない川だろうと!」

 

性能差を覆す。それは戦車道において難問である。常識的に考えれば、クルセイダーmkⅢでチャーフィーはおろかT-28のような怪物じみた戦車に真っ向から挑みなどしない。だが、それがどうした? ローズヒップはいずれに挑み、いずれにも負けなかった。

 

それは戦車道を進む乙女の王道である。勝つために戦車を揃えるのなら金さえあれば誰でもできる。だがローズヒップの真似は違う。

 

「そうです! 貴女の言う通り思い出しました。私はダージリン様たちの優雅さにだけ見惚れた訳じゃなかった! 彼女等の姿にこそ意地と矜持があったからです!」

 

かつて誰もが言った。優勝候補は性能の優れた戦車を持つ黒森峰かプラウダしかないと。それは理にかなった評価であることは認めざるを得ない。しかし、聖グロリアーナはそれらに対抗していた。強豪として挑み続けた。

 

「88mmが何です? 17ポンドがない? 装甲が薄い? それが何ですか?!勘違いしていた! 私が目指したのは高貴な戦車に乗ることではなかった! 高貴な戦車乗りになることだった!」 

 

聖グロリアーナの車両は今一つ彼らに及ばない、だがダージリンもアールグレイも、聖グロリアーナ戦車道クラブは与えられた戦力で戦い抜いてきた。それは勇気と智謀、そして誇りがあったからだ。

 

「そしてローズヒップはその例です! 彼女はマナーや落ち着きこそ知らないけど! レディの第一の要素、勇気を持っているのです! その足になることに何を恥じるのですか? 貴女こそ見失っているのです!」

「バカなことを! 貴女は自分を肯定するために私を否定するのですか?!」

「そうです!」

 

薫子は拳を握り固めて言い放った。

 

「これが、私の、戦車道です!」

 

そして、目の前の悪魔を退ける為に駆けた――

 

 

 

 

 

 

「困ったことになったわ」

「どどど、どうしましょうダージリン様あ!」

 

深夜2時 聖グロリアーナの寄宿舎の一角で横に倒したテーブルの後ろに隠れた聖グロリアーナの面々が影からベッドの方を伺っていた。紅茶を片手に微笑むダージリンを除いて他のメンバーは十字架や数珠を握りしめて祈りを捧げていた。

 

ローズヒップに至ってはどこから持ちだしたのか、修道女のような格好でひたすら呪文を唱えていた。彼女等の視線の先にはベッドの上で自分で自分を殴ったり、激しく罵ったりしている薫子がおり、その様は悪魔のようであった。

 

「メディック! いやエクソシストを呼べ! お祓いするんだ!」

「アッサム。これもブリティッシュパンツァ―ハイの症状なのかしら?」

「データ上、この様な症例はありませんね。しばらくオーバーホールさせた分、禁断症状になっているのかもしれません」

寝間着姿でルクリリは指示を出し、ダージリンとアッサムは薫子の症状を呑気に分析していた。ナイトキャップと被ったオレンジペコは二人を苦笑いと共に見た後、謎の奇病にかかった薫子を観察し、涙を流した。

 

クルセイダーのオーバーホールを業者に頼んでと言うもの、薫子の様子はおかしくなっていた。いつもより、五割増しでお嬢様のように振る舞い、ルクリリにマチルダに乗せてくれと頼むなどの奇行が目立ったのだ。

 

あまりの豹変にルクリリは蕁麻疹を起こして一時期担ぎ運ばれたほどで、この事態を面白く見たダージリンは徹底してクルセイダーという単語を彼女に囁き続けるようメンバーに徹底させた。

 

そして現在に至ると言う訳である。今この様子をカメラに収めて適当な配給会社におくればホラー映画が一本作れることだろう。ダージリンは深夜に起こされたことに最初こそ憤りを感じたが、それ以上にお釣りがくるレベルの見世物を見ることができて彼女はご機嫌であった。

 

「彼女もまた英国面なのでしょうか?」

 

オレンジペコの問いにダージリンは優雅に答えた。

 

「ペコ。英国面などと言うけどそれは忌むべきことではないわ。『人間の心の中には、闇の力と光の力の間で永遠の戦いが激しく行われている』とあるように全てはバランス。英国面もコントロールすれば素晴らしいものよ」

「ガンジーですね。アレを見てもそう言えるダージリン様は流石です」

 

皮肉とも賛辞とも取れる言葉にダージリンは得意げな顔をして見せた。そうこうしていると、ドタン、バタンという騒音がピタリと止んだ。皆がハッとして薫子の方を見ると、何事もなかったかのように起き上がった薫子がいた。

 

「あれ? おはようございます。皆さんどうか、なされたのですか?」

 

お前がどうしたんだ、と言いたいのを堪えて皆は薫子を見た。そんな無事な彼女を見てローズヒップは彼女の元へと飛び込んだ。

 

「薫子ぉ!」

「ちょ、ちょっと」

「心配でしたのよ! 突然暴れたり、自分を殴ったりするものですから! 大丈夫ですの!? マジで?!」

「大丈夫ですって」

 

薫子はローズヒップの頭を撫でて言った。

 

「ちょっと悪魔を追い払っただけですから」

 

その発言にダージリンは笑いを抑えられず、カップを落とした。カップが甲高い音と共に割れた時、薫子はふと思った。アレはもしかして、悪魔ではなく自分を助けようとした天使なのではなかったのか、と。

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院

 

 

 




久々の投稿になります。
遅くなって申し訳ありません。

今回は悪ふざけが多いです。

また質問なのですがこういうオリキャラってどんな風に見えているものなのでしょうか? 薫子がどんな姿かたちしているか、イメージではどんなふうに想像されているのでしょうか?



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お嬢様と戦車 前編

息が白く見えるほど寒い。冬の寒さは厳しく、豪奢な屋敷の窓から見える冬景色は寒々としているが、庭園に積もった雪と枯れ木は一興と言えた。中央の天馬に乗る騎士像と噴水や柱などの石造りの構造物をより一層、荘厳に魅せている。

 

その光景を二階の窓から妙齢の夫人が見下ろしている。白い絹のドレスがブルネットの黒髪を一層引き立てていて大変魅力的であった。一人、屋敷のパーテイの喧騒から逃れて、物思いにふける後ろ姿は神々しくすら思える。

 

「なあ、お前」

「何です?」

 

そこへ、一人の男が話しかけて来た。男は厳格そうな顔つきだったが、表情はどこか弱々しく、振り返った夫人と比べるといささか余裕さに欠けている。

 

「あの子に何か言ってやれないかね? 君があの子を尊重しているのは分かる。しかし、同じ女性として、あの子に何か言ってあげてもよいのではないか?」

「あら。何を言うかと思えば。いいじゃありませんか。女性ならほんの嗜みですのよ?」

「いや、しかしだがね」

 

夫人はふと下でわあわあと騒ぎ出したのを聞き、視線を外の方へと移した。見れば、二人の少女が居た。それは正反対の二人であった。一人は赤いスレンダーラインを着た赤毛を、真ん中で分けた太陽の様な少女、もう一人はマーメイドタイプの白いドレスで夫人と似たブルネットの髪が知的な印象的である。

 

前者は夏が、後者は冬の印象を持つことができ、どちらも甲乙つけがたい可憐な姿である。

 

「私が先ですわ! インターセプター乗せてくれるとおっしゃったのは薫子ですわ! 私が! 私が!」

「順番は私です! 操縦手の私が乗って当然でしょうが! 車長はだまって助手席で地図でも持ってろ!」

「譲れませんわ!」

「コッチの台詞です!」

 

最も、セリフが聞こえなければの話であったが。インターセプターのV8につられてドレス姿で取っ組み合うお嬢様の図は貞淑だとか華麗だとかの言葉は似合うはずもない。これが仮にも聖グロリアーナの戦車道クラブの「貞淑」で「優雅」な「誇り高い」二人なのだから恐れ入る。

 

吉田家の亭主の誕生日だろうと二人には関係ないのだ。大事なのはいかにV8を操作するか否かであって、ダージリンの目も“今だけは”無いことをいい事に好き放題。周囲の客は奇異の目で二人を見ていた。

 

「微笑ましいじゃありませんか?」

「どこが?! 娘は英国面にまっしぐら。昨日屋敷の門をカヴェナンターだかでぶち破って来てるんだよ!」

 

先日は 吉田夫人にとって久々に爆笑した日であった。カヴェナンターでぶち破って来たのに夫が「英国面め!娘をどこへやった!」といって立ちはだかった時、薫子が「I am your daughter」と高らかに宣言してハッチから出て来た時の夫の叫びと言ったらそれはそれは悲痛で滑稽であった。

 

それにそれ以上に嬉しことがあった、薫子のお友達のローズヒップも夫人のお気に入りに即仲間入りを果たした事がそうである。汗だくで「御機嫌よう」とあいさつし、ダッシュするお転婆さんを、何事も全速力な彼女を気に入るのに5秒とかからなかった。

 

「薫子もいいお友達を持ったわ。学園艦であの子がお友達ができるどうか少し心配していたけど取り越し苦労だったわ」

「友達を選ぶべきではないのかね?」

「だからこそ、私は安心しているのよ」

 

夫人は窓を開けて二人に呼びかける

 

「薫子さん! ローズヒップさん! そんなV8よりもっと面白いものに乗せてあげるから、中にいらっしゃいな!」

「でもお母さま! V8だって!」

「吉田さん! 薫子が意地悪ですのよ!」

「ガソリン車何ておやめなさいな。こっちは12気筒のデイーゼルよ」

「マジですの!?」

「マジですか?!」

「マジよ」

 

そう言うと、二人は一目散に屋敷に戻っていく。夫人は我が娘とその友人の可愛さに微笑むが、親父の方は顔を真っ青にしていた。

 

「12気筒……ディーゼル……お前、まさかアレをまだ持っていたのか?」

「勿論。思い出の品ですもの。動態保存も完ぺきでカーボンも完ぺき配備。戦車道に使えれば、グロリアーナに寄贈しても良かったのだけれどねぇ」

「馬鹿な!」

 

非常に興奮した様子で非難する夫に夫人はクスリと笑う。その顔、張り付いた笑顔には「夫人」というには余りに蠱惑的であった。夫人は夫の横を通り過ぎて、壁に掛けてある一枚の布を懐かしげに見やる。

 

いや、それは布ではなく正確には旗であった。真っ赤な旗に掲げられた校章に想いを馳せれば、夫人のあの輝かしい時代を蘇らせることができた。そして、胸元にしまわれた手紙に目を落とす。

 

『貴方の大切な物を頂きます』

 

不審な手紙に。

 

 

会場は舞踏場が使われており、様々な料理が並べられたテーブル、壁にかけられた絵画の数々に展示された戦車。そのどれもがこの戦車道にまつわる物で、客の目を楽しませるには十分な代物である。

 

「全くお前たちはどこでも変わんないよなぁ」

 

パンター中戦車を背にラウンドネックの薄い緑のミディアムドレスを着たルクリリがローズヒップと薫子にため息を一つ。

 

「そうは言ってもⅤ8ですのよ! しかもインターセプターと来たら、乗るしかなないですわ!」

「そうです。私の我慢も限界! 乗ります! 普通は乗りますとも!」

「聖グロリアーナの誇りを思い出せバカ。何がV8だ。たかがオンボロの乗用車じゃないか」

「歩兵戦車に乗ってる人が言いますか?」

「あ? もっぺん言ってみろ」

「何ですか? やるんですか?」

「舞踏会裏に来いよ」

 

ラウンド2、薫子vsルクリリのゴングが鳴ろうとしたが、惜しくも「おやめなさい」とアッサムが仲介に入ってしまい、睨みあいのみで終わってしまった。アッサムはオールバックの金髪に似合う黒のワンショルダータイプのドレスをヒラリと優雅になびかせて三人に言い放つ。

 

「いいですか? 最近聖グロリアーナの戦車道クラブが変人だとか、紅茶フリークスだとか、格言お化けとか言われているんですから。こういう場でこそ、立ち振る舞いに気をつけなくてはならないのですよ」

「アッサム様。そのデータはいつ?」

「先週分ね。この通り」

 

そう言って見せたデータは確かに回答の殆どがそうした印象を世間が持っていることを裏付けていた。

 

「この題名の「ダージリンについて」、って何ですか?」

「……間違えただけですわ。決してダージリンのことではないから、黙っておくよう」

「誰が紅茶フリークスですって? アッサム」

 

四人がコソコソ話している間に件の人物、聖グロリアーナの首魁にして変人の女王、ダージリンがブルーのイブニングドレスで紅茶を片手にやって来た。パーテイストールと手袋も身につけた彼女は到底高校三年には見えず、大変美麗な姿であったが、その中身はミスタービーンすら凌駕する個性の持ち主であることは聖グロなら誰でも知っている事実だ。

 

「全く貴女のようにデータにばかり頼るのは如何な物かと思うわ。大事には知人にどう思われているかではなく『正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ』なのよ」

「チャーチルですね。お言葉ながら、正直すぎるのもどうかと。皆が皆、ダージリン様のようになられたら、困りますし」

「何か言ったペコ?」

「いいえ、別に」

 

隣でシフォンの藍色Aラインドレスに蝶の髪飾りをつけたオレンジペコが可愛らし気な外見に反して、毒の利いた発言をする。量産型ダージリンなど、オレンジペコは想像しただけでゲシュタルト崩壊しそうになる。

 

「とは言え、こんなお家のパーテイに招待などしてよかったの? 薫子。私達も貴女のお友達と言えば、そうだけど」

「いえいえ、皆さんおそろいで何よりです。それに私友達少なかった物ですから。引っ込み思案でしたし、何より周りが何故か恐れてしまって……」

 

ジャンキーだからじゃないのか、と言いかけたルクリリだったがアッサムに口を塞がれてしまった。ドはまりしたら、一直線の暴走機関車の薫子に皆が恐れるのは無理もない話である。

 

ある日の事を思い出す。授業中にクラスメイトがペンを落としたのを薫子が、見つけ拾って上げたところ、そのクラスメイトは激しく狼狽し、命乞いをしていた。まるで不良のレッテルだな、とルクリリは感心すらした。

 

「薫子さんってもしかしなくても、昔からあまり変わらなかったんじゃないんですか?」

「可能性は大いにあるな。でも、さっきお母様見たろ? あんな人からあんな奴が生まれるなんて遺伝子の奇跡を信じたくなるよな」

「私の母は私とソックリですわ!」

「それは何となく分かる」

 

ヒソヒソと話している薫子は首を傾げた。だが、ローズヒップについては想像に難くない。大家族のお転婆娘の母親なら、相当肝っ玉がすわっているだろうし、気品より実を取るのは間違いない。とは言え、それなら何故ローズヒップが聖グロリアーナに入学し、お嬢様を目指しているのか、という最大の疑問が残るのだが。

 

「本当になぁ……」

「? 何ですの? ルクリリさん」

 

ルクリリは首を傾げてローズヒップの大きな瞳を覗く。実はアンツイオに入ろうとしたが手違いでコッチに入ったと言われても納得ができる。しかし、少なくとも入学できるだけの学力はあったし、現在も留年だとか赤点とか言う言葉には無縁であるローズヒップは正に謎である。

 

現に今でも謎だ。気が付けば、居なくなっている。周囲を探すと、展示されているチャレンジャー巡航戦車によじ登って乗り込もうとしているのを係員に止められている。

 

「お客様、困ります。困りますから降りて」

「この子が私を呼んでいますのよ!」

「ローズヒップさんズルいです! 私も!」

「お嬢様ご乱心を!」

「ローズヒップ、61分3本勝負で徹底的におやりなさい」

 

早速戦車取り合戦第二ラウンド開始、チャレンジャーの上で二人はプロレスを始めてしまう。戦車乗りの矜持を61分三本勝負でケリをつけに行ってしまい、ダージリンと紳士淑女の面々は大喜び。この一連の流れも最早聖グロの面々にはもう当たり前すぎて反応すらしない。

 

「アッサム様。世界による修正力ってデータ有りますか?」

「何をおっしゃてるかは分からないけど、ローズヒップにまつわる謎なら解明は今も続いているわ」

「聖グロリアーナ最大の謎ですね」

「謎と言えば」

 

オレンジペコがテイーカップを片手にアッサムとルクリリに振り返る。

 

「何故、薫子さんだけ、本名のままなんでしょうか?」

「そう言えば」

「ジャンキーは違うのかしら?」

「その名前はちょっと」

 

アッサムの毒の利きすぎたジョークにオレンジペコとルクリリは引きつった笑顔で応対する。茶に関する名前でもないし、たとえ、本当にそうだとしても中毒者の異名はあまりに酷であろう。

 

「じゃあ、グラッドストーンは?」

「首相の名前じゃないですか」

「しかも中毒者から離れてない」

 

高名なアヘン好きの首相の名前を上げられる薫子を二人は哀れんだ。もし、その名前で呼ばれるようになった時、本人が歴史に疎いことを願うしかないし、大洗との試合時に絶対にカバさんチームと接触させてはならなくなる。

 

「英国面って大変なのね」

「ええ、それもこれもダージリン様という巨悪が悪いんですけどね。」

「うちの娘がお世話になっているわ」

「はい?」

 

振り返れば、吉田夫人がにっこりとほほ笑んでいた。薫子と顔のパーツがよく似ていて、一同も「おお」と驚いてから、挨拶を返す。

 

「ごきげんよう、皆さま。所であの子貴方達に迷惑していない? テンパるとすぐに混乱しちゃう子だから」

「ええ、何も。それどころか我が聖グロリアーナの貴重な機動戦力として活躍していますわ」

「それは、良かったわ」

 

ダージリンはそう返すが、この時ルクリリの心境は複雑である。“貴女の娘さんは私の戦車を事あるごとにへこませています”と喉から出そうになるのを堪え、咳き込んでしまった。

 

「大丈夫ですか? ルクリリさん」

「気にしないでください。ちょっと思い出し怒り……じゃない、持病の発作が」

「ブリティッシュパンツァ―ハイは大変ね。後で戦車を貸してあげるからそれで直すと言いわ」

 

夫人も知っているブリティッシュパンツァ―ハイにアッサムとオレンジペコも苦笑い。

 

「薫子さんは止めないので?」

 

試しにオレンジペコが後ろでドタドタ争う愛娘の方を指して聞くが、夫人はさもありなん、という顔で。

 

「戦車道の乙女は拳を使ってなんぼでしょう? 私も昔は戦車を取りあってシステマを競い合ったものよ」

「ホントに乙女の戦車道なんですかね?」

 

オレンジペコが苦言していると、ダージリンがずいと前に出て、紅茶を一口。ペコとアッサムは恒例の格言が来たな、と察して肩をすくめて、その発言を待つ。

 

「そうは言っても、ペコ? こんな言葉を知っている?」

「ハイハイ、何ですか?」

「……最近なんだか適当ではなくて? まあいいわ」

 

一呼吸おいて、彼女の恵まれた知性の泉から言葉が送られる。

 

「若くして求めれば老い――」

 

しかし、巡航戦車が加速するように物語も加速する。突然の戦車の発車によって、会場は騒然とした。一台のパンターが急加速して会場を出て行き、その過程で飛んできたケーキがダージリンにぶつかり、クリームとスポンジの下敷きになった。

 

「あ」

 

アッサムとペコが同時に声を発したが、それも束の間の事で猛然と走って来たローズヒップに気を取られた。

 

「大変ですわ! 薫子が戦車ごと連れてかれちゃいましたわ!」

「何ですって?」

「あのパンターですのよ! パンター!」

 

逃げて行くパンターを目で追い、面々は駆けだした。

 

「戦車を借ります! それと警察も!」

「戦車は貸すわ! とっておきをね」

 

夫人たちと共に駆けて行く。戦車泥&娘誘拐に彼女等は倉庫へと急ぐ。そして、彼女等が去った後、クリームの海から一人。どす黒いオーラが発されていた。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。




英国で戦車、ドリフトではまだやっていないネタがあるので、書こうと思います。

相変わらず荒唐無稽の作品ですが楽しんでいただければ幸いです。


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お嬢様と戦車 中編

キツネ狩りができそうなほど広い敷地内、映画のセットの中なのか、張りぼての街の中でドイツ中戦車の傑作パンターが息をひそめる。雪道に履帯の轍を刻んだ豹から男たちが出て来た。。

 

バラクラバで顔を隠し、黒づくめのマウンテンパーカーを着る男達は息苦しい車内に新鮮な空気を取り込んで顔を見合う。

 

「おい、どうすんだよ」

「どうするって……逃げるに決まってんだろ」

「バカやろゥ! てめえがあんなところでビビッて発車なんかさせるからこんな事になるんだろが」

「そんな事言っても」

 

男達は戦車内で言い争い、チラリと見やる。車長席に白目を剥いてよりかかる薫子を見て、車内の男達は頭を抱えた。こんなはずではなかった。もっと簡単に終わるはずだったのに、よりによってあんな非常識な女に見つかるとは。

 

「あの女のせいで!」

 

あのピンク髪のお転婆娘をこれでもかと罵る。パーティ中に戦車の上でプロレスをするなど誰が予想できるのか。今此処にいる女の子も“相当に”だが、もう一人のアイツに至ってはイレギュラーを飛び越えて神の悪戯レベルに最悪だ。

 

「とにかく、持っていけば金になるんだぞ! いいか、これが上手くいけば1億や2億どころじゃない! それこそ三等分したってお釣りが来るんだ!」

「だけど、相手は戦車道やってる奴らだ。上手くいくのか?」

「此処に来て何言ってんだ! 今更! いいんだよ。どうせ、古い戦車に固執するアホな女なんだ! こんな仕事さっさと終わらせて金を受け取ることだけ考えてりゃいいんだ!」

 

ぎゃあぎゃあ、と喚いていると薫子が呻いた。男たちはハッとなって口を閉じる。起こしてはならない。寝た子はそのまま、火山は噴火させない。そんな警告を彼らは無言の内に発し、黙った。

 

「いいか、起こすなよ」

「ああ、分かってる」

 

脂汗を拭い、生唾をごくり。若い戦車道の女を起こすな。コレは彼らの、いや世界中の犯罪者の常識であった。何せ物怖じしない、力は強い、と恐ろしい要素でぎっしりなのだ。かつて、彼らの先達たちがある戦車道の名門から子供を攫おうとしたが、最終的に128mmの演習目標代わりにされたという噂があるほどだ。

 

「とにかく、このまま……」

『あーあー、聞こえるでしょうか?』

 

その時、敷地全体に可愛らしい女の子の声が響き渡った。一瞬ほんわかしてしまう程で、きっと小さくて可憐な子が話している事は疑いようが無い。

 

『ええっとっ……犯人の皆様にお伝えします。今すぐ、盗んだモノと薫子さんを戻してください。そうすれば、何も問わないそうです。ちなみに、私もソレをお勧めします』

「ふざけんな! 今更!」

 

リーダー格が反論する。二人も全くだ、と頷こうとした。その時、一人がなにやら奇妙なエンジン音を聞いた気がして、右を見やる。そこには何もない、ただレンガが積まれた壁があるだけだった。

 

『ホントに聞いてくれませんか? 返事があれば、無線機を取ってお応えしてください。あの、言いたくはないですけど今の内ですよ』

「おい!」

 

リーダーが無線機を取った。部下はまた壁からエンジンを聞いた気がして、見やる。

 

「俺達はお前らなんぞに従わない!お前らこそ、大人しくしていないと……」

『あらそう』

 

すると、予想外に無線機から妙齢の女性の声が発せられた。だが、声音は冷え切っていて、絶対零度のナイフのような、恐ろしさが籠っている。そして、無線機からエンジンが唸った。今度こそ間違いなく聞こえ、壁の向うに何かいるのが分かり、叫んだ。

 

「エンジン回せ! 近くに居るぞ!」

「なら死になさい」

 

パンターが急発進する。すると、後ろかのレンガの壁が派手な音と共に崩れた。土煙と瓦礫の山を通り抜けて来たのは一台の戦車。「343」の番号が示されたグリーンの車体。燃料タンクが後ろに装備された半円型に近い砲塔と角ばった車体に爆発反応装甲らしきものを取りつけている。12気筒液冷ディーゼルを誇らしげに鳴らし、100mmライフル砲を見せつけるは、WW2時の戦車にあらず。

 

名をT-55。吉田夫人の一番のお気に入りの戦車であり、思い出の品が猛然として追ってくる。キューボラハッチから半身乗り出すローズヒップはドレスの上にオリーブのパンツァ―ジャケットを羽織り、カチューシャ愛用のソレにそっくりな戦車帽を被って不敵にほほ笑んでいる。

 

「何であんな物が?!」

「何であれが!?」

 

リーダーともう一人、薫子が目を覚まして叫ぶ。同時に叫んでしまい、お互い顔を見合う。

 

「ちょっとお前何で起きて!?」

「ええ! どちら様!? てかここ戦車?! 何で?! ナンデ戦車に?!」

 

リーダーはやむを得ず、首の後ろに手刀を加えて眠らせようと試みる。しかし、ここで誤算が生じた。此処は戦車。しかも走っているパンター中戦車である。一般的なパンター中戦車の速度は整地で時速45km~55km。さて、この数値がどのような事態を起こすのか。

 

薫子は尻に感じる振動とエンジンを聞き、すうっと冷静になった。繰り出された手刀を掴み、捻り倒し、日ごろ鍛えた戦車道の乙女の剛腕を以ってしてリーダーをアッパーの一撃で黙らせる。

 

「オイ」

 

後ろの男の折り畳みナイフをいつの間にか奪い取って素手でへし折り、二ヘラと笑う。操縦席に近寄り、操縦手の男の首に手を回して頬を撫でる。まさに死神の抱擁と言うべきか、操縦手の男はすっかり怯えて股座を濡らす。

 

妖艶に笑う乙女にすっかり委縮してしまい、男たちは悲鳴を上げることも出来なくなっていた。一体、この女が何を求めるのか。それを知ることすらも恐ろしい。

 

「その席を譲れ」

 

しかし、伝えられた要求は驚くべきものだった。

 

 

 

「テッレテレー! 聖グロ一の俊足、ロシア戦車でローズヒップ参上ですわ! 頭が高いですわパンター! ジャガイモ畑にお帰りなさいな!」

「全くね! ドイツ戦車はすりつぶすのが最高なのだから!」

 

T-55の車内はで二人は笑う。その様はクルセイダー、ローズヒップ車と何ら変わらない光景にすら思える。本来の席にこそ座っていないものの、そこは戦車道の女同士。戦車に乗れば、以心伝心と言った所だろう。

 

「おばさま! 右折!」

「お母様とお呼び!」

 

T-55は減速するそぶりなしでターンする。そのターンは一回転した後に、ピタリとパンターの尻につけると言う華麗と言うより、壮絶なターンであった。視界が回り、世界が回れば、ローズヒップがご満悦に大興奮。

 

「絶対に逃がしませんわよ! 戦車、全速! 全力! マッシュポテトにして差し上げますわよ!」

「Ураааааааа!!」

 

パンターは加速し、路地に入った。でかい車幅が災いしてか、建物の壁を崩して道にゴミやらコンクリート片をまき散らす。しかし、T-55の加速は止まらない。障害物をものともせず、ぶつけて当然と言わんばかりにガンガン突き進む。

 

「流石ソ連製ですわ!」

「戦車の装甲はぶつけてなんぼ! 壊れるくらいなら戦闘なんかしないわ!それに!」

 

二台のタンクが石畳の道路へと出る。履帯が火花を散らして石畳の上をスケートのように滑り、並走する。そして、ローズヒップが「突貫ですわ!」を合図として、T-55はパンターに車体をぶつける。サイドスカートがはじけ飛び、心臓のビートがぶっ飛ぶ。

 

「荒く、大雑把、大胆! これが私の戦車道よ!」

「そして、速く! 爆走! 大乱闘! ですわね!」

 

エンジンの振動と火花、それに金属の悲鳴。この世全てのデスメタルを総なめにする“絶叫”にローズヒップは喝采し、メガホン片手にパンターに呼びかける。

 

「さあ、お聞きなさいな! 私こそ聖グロの韋駄天ローズヒップですわ! これ以上、シェイクされたくなかったら、今すぐエンジンを切って薫子を返しなさい! でないと、どてっ腹にお熱いのをぶち込んで差し上げますわ!」

「砲弾無いけどね」

 

ぼそりと夫人が言うがお構いなし。長いこと夫人のガレージにお居て、偶に動かす程度だったので、砲弾は一切ない。しかし、それがどうした? 夫人もローズヒップも砲弾を使うつもりは毛頭ない。あるのは技術と勇気と楽しむ心。それだけで彼らを追い詰める気なのだから。

 

「ふざけんな! 誰が捕まるか!」

「そうです! 私にそんな戦車を向かわせるなんて……ママの馬鹿! もう知らない!」

「ええ! 薫子が操縦しているんですの!?」

「勝てると思うな! この嬢ちゃんいい腕してるんだぜ!」

「そんなの知ってますわ! てか薫子! ズルいですわ! そのパンターの操縦かんを私に寄越しなさい!」

「ぜったい、嫌です! 何か楽しいですから!」

 

敵は敵で、操縦手が自棄になった薫子のせいか、そこそこに上手い。直線番長のパンターを障害物にぶつけて無理やりカーブを曲がるなど、実に戦車なれした動きである。それにおかしな事がもう一つ、直線だとパンターに追いつけないのだ。

 

スペックとしては速度に差はない。エンジンの馬力の差が出ているのか、カーブに差し掛からないと引き離される。それはローズヒップの闘争心に火をつけた。

 

「私が追いつけない? 私が遅い?! 絶対に認めませんわ! 例え、戦闘機だろうと私の前を行くことは許しませんわ! お母様! ターンをもっと小さく! そして敵戦車を右へ、右へと追い込みますわ!」

「薫子の尻を引っぱたくわけね!」

「私の傍に寄るなぁ! お母様&ローズヒップ!」

 

街を抜けて、峠へ入り込み、上っては下り、ガードレールに車体をぶつけ、カーブを攻める。ユーロビートが脳内に流れるような疾走感とアドレナリンの波が体とエンジンを温めるが戦車道組の頭は悪魔でクールに努める。

 

もっと小さくターンを決め、相手より一歩先を。ギリギリの攻め合いが母娘のタンクレースをヒートアップさせる。負けるわけにはいかない。何故なら、峠も、街もどこだろうと最速は“私”なのだから。

 

車体同士がぶつかれば、ガードレールとも衝突する。一歩間違えれば、転落して地面とキス。しかし、意地とノリと勢い、車幅が許す限り三人は燃え上がる。

 

天使か悪魔かとダンスするのは真っ赤に熱した鉄の靴で踊る様で、履帯は摩擦熱でホットに。密閉された車内で汗ばんだ身体にスリルが気持ちよい。これぞ、戦車道。いや、高速戦車道「頭文字T」である。

 

「今ですわ!」

「ハイハイ!」

「ローズヒップめ! 完ぺきな指示を与えて……!」

 

差があるとすれば、性能差と車長の有無。ローズヒップが完ぺきなタイミングでターンさせ、それは視界の差となり、コーナーでは無類の強さを発揮している。対するパンターはガードレールをひしゃげさせ、微妙に減速してしまう。薫子は舌打ちして、直線での勝負で引き離そうとするが、T-55が離れない。

 

視界の狭さがあるとはいえ、コーナリングで負けているなんて、操縦手として屈辱もいい所だ――奥歯を噛みしめ、更にきつめのカーブを描こうと攻める。

 

「気味が悪いですね! T-55の亡霊でもくっついているように! タービンでも行かれてるんですか! このパンター!」

「逃がしませんわ! 薫子! ドイツ戦車で聖グロの最速を名乗る様では!」

「ほざきなさい!」

 

ローズヒップと薫子は顔こそ見ていないが、そこにいるかのように叫ぶ。それはプライドから来る魂の叫び――

 

「最速は私の物です!」

「俊足は私の称号ですわ!

 

ここに聖グロ最速コンビの喧嘩勃発。

 

『貴方達! 目的忘れてませんか!』

 

通信機からオレンジペコの叫びが来たが、テンション爆超のローズヒップが蹴って壊してしまい、ヒール直撃で爆発四散。二台は峠を下り、平地へ。ここで薫子がチャンスと見て、パンターのギアを上げた。タービンが回転し、最高の馬力性能を叩きだす。

 

「貰い!」

「何?!」

「まさか、あの速度は?!」

 

パンターが一瞬ウィリーするように車体上部が持ちあがった。履帯の回転をさらなる高速のステージへと運び、白煙をまき散らして爆走。その速度は第二次大戦の常識を遥かに超えていた。ローズヒップはその速度を目算で時速80kmと見て、驚愕する。

 

「早い! 速い! このパンターに直線で勝てると思ったのですか?! これで私の!」

「甘いですわ!」

「甘いわ薫子!」

 

屋敷入口へとつながる直線。全速力を出して、止まらないその先に天馬に乗る騎士像がある。薫子ははめられたことを悟り、急制動をかける。前のめりになるパンター、かかるGに薫子は恋人に強く抱きしめられたかのように顔を赤くして、悶える。

 

「ビビりましたわね?」

 

ゾクリ、とローズヒップの言葉が聞こえた気がした。パンターの横をT-55が回転しながら通り過ぎて行くのを薫子は目撃した。野暮ったいソ連戦車がバレエダンサーのように美しく回転する先に天馬に乗る騎士像がある。血迷ったのか! 薫子が車体を停止させたとき、T-55は像に衝突した。

 

「言わんこっちゃ……いや、違う!」

「これで、私の勝ちよ! 薫子!」

 

T-55は衝突し、石像をブレーキの代わりにしたのだ。騎士像は戦車の砲塔に乗っかかって、なんとも滑稽な様相を見せたが、それは薫子の敗北を示していた。逃げ場なし――ちょうど、T-55が石像と共に目の前を通せんぼしてしまい、逃げ道が後ろにしかなくなったのだ。

 

「観念なさいな薫子さん? じゃないと100mm砲でお尻を撃っちゃうわよ」

 

そして、薫子はT-55に弾薬が積まれていないことを知らない。砲を向けられて敗北を悟る。

レースはビビったら負けなのだ。薫子は肩を落とし、パンターの操縦かんを叩いた。

 

「畜生! 負けた!」

 

これが度胸の差か。薫子はフッと笑い、天を仰いだ。その顔はすがすがしい笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

「いや、ふざけんな! 終わらすんじゃねぇ!」

「ののの?」

 

肩で息をしながら、男がキューボラから出て来た。「あ」と夫人とローズヒップはようやく本来の目的を思い出した。

 

「薫子を今すぐ返しなさい。この卑怯者!」

「今さら母を取り繕うじゃない! アンタ完ぺきに忘れたろ!」

「そんな事……ないわ!」

「何だ今の間は?!」

 

T-55から顔だけ出すローズヒップと夫人が「返せ」「返せ」と抗議するが、男の我慢は限界に達していた。少女に揺らされて、気持ち悪いは完全に無視されるは、挙句後ろから戦車が迫ってくるわでこの世の不幸が全て降りかかって顔はテールライトのように真っ赤。

 

「うん? 後ろ?」

 

目を覚ました砲手が砲塔を回転させ、レティクルの先に敵を見つける。それはチャーチルⅦであった。

 

『聞こえて? 殿方の皆様』

 

通信機から苛烈さがにじみ出てきた。

 

『世の中には不幸な事が多々あると思いますわ。例えば、今朝の紅茶がローズヒップと薫子の合作で全く味気も香りもない紅茶だったときとか。でも、そんな事より今日は最悪な事をしてくれたわね』

 

キューボラから少女が姿を晒す。金糸の様な金髪を後ろで纏め、目には見る者を振り向かせるサファイアブルーの煌めき。そして、真黒のタキシードの男装をした少女は紅茶を片手に言いつける。

 

『淑女の言葉をさえぎる。貴方方の罪はただそれだけ。私にとってはただそれだけよ。こんな言葉を知っている? 『復讐ほど高価で不毛なものはない』しかし、あえて言いますわ。それがどうした? と』

 

主人の命令に従うように6ポンド砲が向けられる。男たちは呻いた。

 

「誰だ……何の為に?! 学園の為だとでも?!」

「ダージリン。私の名はダージリンよ。敢えて言わせてもらうわ。“自分の為よ”」

 

6ポンド砲が撃たれ、着弾。ダージリンを反射する照準器にひびが入り、それはオイルで真っ赤に汚れていった。

 

「さてはて、戦車泥にはキツイお仕置きをね?」

「はあ」

 

本日一番機嫌の悪いダージリンはニッコリと意地の悪い笑みをしていたと、後にオレンジペコは語ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

「ルクリリ。前進よ。火炎放射器でローストにしますわよ」

「えッ」

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院

「ついにやってきたわに!」――とある黒森峰の生徒 ワニ繋がりで。




戦車道の試合にあらず、ただのタンクチェイスです。
ちなみに何でT-55? と言う方は是非007を。

後編ではダージリン様の紅茶片手で推理&解決パートとなります。


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お嬢様と戦車 後編

そこは崩れた会場であった。絨毯は履帯でズタズタにされ、床はクリームや食べ物、テーブルの残骸が散乱し、一見すると空襲でも受けたかのように見える。酷い有様だが、その中で、テーブルを椅子代わりにして、紅茶を楽しむ少女が一人。

 

驚くべきことに、このパーティに出席した方たちはこの少女に視線を集中させている。それは彼女の美しさからではなく、彼女の語る真相に興味があるからだ。人々は言葉を待つが、少女は悠々として、中々話さない。それはもどかしくも、期待を膨らませて行くのだった。

 

「紅茶はやはりペコが淹れたのに限るわ」

「お褒め頂き光栄です……光栄ですけども」

「何か?」

「ガソリン臭くて」

 

フォートナムメイソンの紅茶を優雅に楽しむひとときに浸るダージリンとは違い、縄で縛られた男三人は煤で真っ黒にされてガソリン臭が酷い。薫子もガソリンの匂いが染み付いているのだが、全く気にすることなく、ローズヒップと夫人にちやほやされている。

 

「お母様のバカ。意地悪。もうあんな戦車に乗ってこないで」

「悪かったわ薫子。後で貴方の大好きなバーホーデンココア淹れてあげるわ。ミルクと砂糖をありありでね」

「ローズヒップのおバカ。人の事ビビりみたいに言って」

「謝りますわ薫子。ホラ、クッキーと砂糖漬けのマンゴーですわ。一杯食べてくださいまし」

 

ぷくっと膨らませた薫子を二人は猫かわいがりして、甘やかす。薫子もまた火炎放射でローストされかかったのだが、そんな事を気にするほど彼女は軟ではなく、むしろT-55の件のみにグチグチ言っている始末。

 

「何なのだこのカオス」

 

薫子の父が呆けた顔で言うが、それに反応するのは英国面の二人。

 

「ご安心を。ちょっとした戦車道の試合ですから。ええ、何も問題はありませんわ」

「ウチの娘を火炎放射であぶっておいて……」

「そんな事にビビってたらローズヒップの操縦手は務まりませんわ。あの子の元にいたら、三日に一度はあんな感じになりますから」

「君ら何なの?ホントに」

「聖グロリアーナがチャーチル車長&隊長、ダージリン」

「マチルダⅡ車長ルクリリ」

「英国面め……!」

 

二人はポーズを決めて、言い放つが親父は困惑するばかり。気の毒に、とアッサムとオレンジペコが心中を察して涙をホロリ。お嬢様の為の学校に入れたのに、いつの間にかお嬢様になっていた。全く以て訳わからん状況にされた親父の心境はきっとダンケルクで敗走した英国のようにズタボロになっていることだろう。

 

「さて、紅茶に優れた頭脳と言えば、勿論推理物でお約束のパターン。ここで、とりあえず真相を明らかにしたいと思いますわ。よろしくて吉田夫人?」

「構わないけど、真相なんて明らかじゃないかしら?」

「そうですよ。ダージリン様。結論なんて……」

「おやおや、いけませんわねぇ」

 

ダージリンは湯気の立つカップを置いて、白く長い指を左右に振る。

 

「初歩的な推理をしないで結論にいたるのはいけないわペコ。ウィットに富んだ会話を楽しむのが淑女の姿。それが分からないようではまだまだねえ」

「ハイぃ?」

 

これにはオレンジペコもイライラ。だが、ダージリンは気にすることなくどこから持ってきたのか、ハッカパイプを吸って、足を組む。そのリラックスした姿勢は名探偵のそれであり、また悪ノリしているな、と周囲の聖グロ勢を呆れさせる。

 

「いいかしら? まず今回の事件は偶然であったと私は考えているの」

「何ですって?」

「第一の点として、まず連れ出すタイミング。明らかに人目がつく時点で攫うのはナンセンス。それに戦車で連れ出す必要もないし、まず何故戦車に彼らがいなくてはならないのか。それらを考えれば、明らかに不自然よ」

 

一同がざわざわと顔を見合わせ合った。なるほど、道理だ。確かに攫うには余りにおかしな選択だ。

 

「それに誘拐はリスクが高い。わざわざパーティ会場で事に及ぶメリットは何処にもありませんわ」

「では、何を狙ったというの?」

 

夫人は聞いたが、ダージリンは結論を急がなかった。ローズヒップも「お早く!」とせがむが、名探偵気分のダージリンは中々に話さない。

 

「それを考える材料から言うべきですわね。犯人達にとって、必要だったのはお金。それもその金の卵が転がってくるタイミングが重要であった。つまりは、このパーティでないといけなかったと言う訳。わざわざ薫子を狙うのなら、私なら道端でクルセイダーを乗り回して口説くだけで簡単にできますわ」

「ちょろすぎだろお前」

「そんな事……いや、ジェットエンジン積んでたら少し考えちゃうかな~ってぐらいで……」

「お前本当に心配だよ」

 

「ヘイ 彼女。俺の高速戦車に乗らない?」で釣れるのか。苦し紛れの薫子の反論にルクリリも呆れるしかない。将来、高速戦車で釣られないことをルクリリは祈り、親父は更に憂鬱になった。しかし、コホンと咳払いが聞こえたため、それ以上言うことなく、ルクリリも薫子も姿勢を正した。

 

「そして、実際にそれは真価を見せれる程の代物だった。彼らの目的は「大切な物」であって薫子ではない。つまり、それは彼らが乗る戦車にあったのよ」

 

男達が呻いた。そして、会場の全員が驚きの余り、声が出なかった。戦車泥がどうして儲かるのか、皆理解できなかったからだ。

 

「そんな! 盗むったってたかがパンターじゃないですか! あんな物黒森峰ならパーツごと腐るほどあるじゃないですか! それに、盗んで喜ぶのは継続のなんちゃってスナフキンしか!」

「ルクリリ。ところが今回はそうはいかないのよ」

「でも、ダージリン。正直薫子よりそのパンターの方が価値があるとは、冗談にしては嗤えませんわよ」

 

「そうだ」「そうだ」と皆が同調する。人っ子1人、聖グロにとっては大切な仲間で、会場の招待客からすれば吉田家のご令嬢。抗議されないわけはなかった。しかし、これはダージリンの予想の範囲内。彼女は手で皆を抑えて、説明する。

 

 

「勿論、私達にとって薫子の方が大切なのは確かよ。ローズヒップ車の操縦手で、頭いいように見えて可笑しくて、おバカで、面白くて、ジャンキーでそれはもう……」

「ダージリン様」

「……失礼。しかし、彼らにとってはパンターは貴重だった。いや、正確には戦車道にとってこのパンターは余りに価値があるものなの。ローズヒップここに」

 

ダージリンが呼ぶと、ローズヒップが「ハイ!」っと大きく手を上げて前に出て来た。

 

「あのパンターはどの程度の速度だったかしら?」

「パッと見で80kmは出てましたわ! 直線の整地だけですけど。でもそれがどうかしたのですかダージリン様」

「ありがとうローズヒップ」

 

ダージリンは立ち、周りを見渡す。コツコツと靴音が響けば、男装の麗人に皆が釘つけになる。

 

「さて、パンターの速度は通常は55km程度が限度のはず。ところが、この速度さは何故出てしまうのか。それはローズヒップが見誤ったからではない。本当にその速度が出ていた」

「改造車ですか?」

 

オレンジペコが訊くが、ダージリンは首を横に振る。

 

「いえ、違うのよペコ。確かに改造ね。でも、その改造は現代の我々ではなく、戦時のドイツ軍が行ったモノ。つまり」

「止めろォ! それ以上……!」

 

男が叫び、ダージリンを止めようとしたが、親父によって阻止された。ダージリンは目に冷酷な蒼氷のきらめきを犯人に射し、迫力で圧倒し、真実を語る。

 

「このパンターの正体は伝説のガスタービンパンター。1000馬力を超える高出力を持った戦車道の常識を覆せる一両なのよ」

 

それは驚くべき事実であった。戦車道を走る者達にとっては無形の弾丸となって突き刺さる圧倒的な事実。つまり、コレがどういう意味を成すのか。それは文字通り常識を覆すのだ。

 

ガスタービンを戦車に乗せるのはユンカース社の発案で、大戦時はヤークトパンターで実践されたと言う。燃料は油であればとりあえず、動くと言う物でその高出力のエンジンはローズヒップたちが駆ったT-55を圧倒できるほどだ。

 

センチュリオンMk1が600馬力。M26パーシングで500馬力と末期の連合軍の戦車を上回る1150馬力の威容は伊達ではない。

 

無論問題も多い代物ではある。燃費が最悪で通常のパンターの半分程度。発進が難しい、タービンの寿命の問題などあり、結局メジャーにはならなかった。しかし、ガスタービン駆動は現代のMBTエイブラムスでも使用されており、まさに現代戦車ぶったパンターと言う訳だ。

 

「そして、何よりのメリットはお金にさえ糸目をつかなければ、戦車道のルールに反することなく、使用が可能と言う訳ね。パンターの火力に他を圧倒できる機動力。素人目に見れば、最強に見えるかもしれないわ」

 

ダージリンの言う通り、戦車道のルールは戦中に開発、試作された物なら使用が許される。しかも、エンジンを他の戦車に移植することもルール的にはアリなのだ。だから、ルールに抵触せずにこの機関を使用が可能だ。

 

「最も、コストを考えれば使用には難が多いでしょうね。しかし、その数的な貴重さにお金と誇りを湯水のように捨てられる方たちにとっては得難い代物でしょうね。盗んだ後で機関だけすり替えてしまえば、後は簡単に巨額の売却金が手に入るのだから」

「では、彼らにとっては薫子さんがむしろイレギュラーだったんですね」

「そう言うことになるわね」

 

事件の全貌はこうだ。犯人達は何らかの切っ掛けでこのパンターがガスタービンパンターだと気づいた。しかし、普段は厳重に仕舞われていて盗めない。そこで、パーティで展示されるタイミングを狙っていた。

 

しかし、犯人達もアホだったのか。戦車内に潜むと言う訳の分からない方法で隠れることを考え、そしてソレを上回るバカ二人が戦車の上でプロレスを始めたものだから、さあ大変。

 

必殺ローズヒップバスターを喰らって、ダウンした薫子がまさかの手違いでパンターの車内にスルリと落ちて大混乱。しかも、追手が歴戦だったり薫子に操縦を奪われたりと状況はロケットのように加速し、最終的に火炎放射でローストされたと言う訳だ。

 

「まるで意味が分からん」

「犯人の方たちもお馬鹿ですけど、ローズヒップ達のおバカが上を行った結果なのね」

 

ルクリリとアッサムが眉をヒクつかせた。おバカがおバカを打ち負かして、この惨事か。屋敷は涼しくなって、親父の心は氷河期。あれ程、貴重だなんだと言っておきながらチャーチルクロコダイルで蒸し焼きにしておいて、ダージリンは得意顔。

 

「で、パンター直るんですかね?」

「炙っちゃったから、相当お金がかかりそうですわね」

 

二人はチラリとパンターを見やる。6ポンド砲で風穴を開けられて、ダークイエローの車体が真っ黒にされた無残な姿は哀れでしかない。

 

「さて」

 

ダージリンはカップを置いて、犯人達の前に立つ。彼らは一様に恐れた。どす黒い妖気が背中からひしひしと現れ、見下すその目には何の慈悲もない。生ごみを捨てるのに、一々感想を抱かない、そんな目である。

 

「こんな言葉を知っている?」

「何だ?! 何をする気なんだ?! 大体パンター売って何が悪んだよ! 買いたい奴に俺達は売ろうとしただけだ。お前達が勝てなくなるからって……!」

「質問を」

 

ダージリンは人差指をリーダー格の額にグリグリと押し付けて、優雅に怒る。

 

「質問で返すもんじゃぁありませんわよぉ。子供の時そう習いませんでした? それとも私の前の世代ではそう言う風に教えているのですか? もう一度。 『こんな言葉を知っている?』」

「し、知らない!」

「『復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である』」

「ニーチェですね」

 

オレンジペコの返答に満足しつつ、ダージリンはニコニコ微笑みながら詰め寄る。

 

「そんな言葉がありながら、貴方はこの“私”に機会を与えてしまったのよ。貴方の罪は4つ。一つ、私の可愛いお友達を攫った。二つ、戦車を盗んだ。三つ、戦車道の誇りも解していない。四つ私の言葉を遮った」

 

四つ目に特別な響きがあったのを聖グロのメンバー達はローズヒップ以外感じ取った。紅茶を邪魔され、言葉を邪魔されたダージリンの心は煮えたぎるマグマよりも怒りに燃えている。

 

復讐の女神ネメシス。それが今のダージリンにうってつけの言葉だ。決して表には出さないが、キレている。そんな人物と相対すれば、誰だって逃げたくなるだろう。しかし、相手はダージリン。そんな真似は許さないとにじり寄ってくる。

 

それも当然。淑女のお言葉を遮れば、ギロチンの刑だって生ぬるいのだ。そんな事、聖グロリアーナなら当たり前と言えるかもしれない。彼らはおろかにもその愚を犯した。

 

ならば道は一つ。死である。

 

「さあ、警察が来るまで今少しの時間がありますわ。もう一度パンターに乗っていただけます? 心配なさらないで精々、熱々のサウナに入るくらいですから」

 

本日の締め。クロコダイルの火炎放射責め。ナチも顔負けの仕返しに男たちは逃げようとするが、ルクリリとローズヒップによってパンターに押し込まれていった。

 

後の者は語る。聖グロリアーナを怒らせてはいけない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚物は消毒だぜ! ヒャッホ―!」

「いやだ! 死にたくない!」

「熱いよぉ! 母ちゃん!」

「カーボンで死なないから大丈夫だぞ!」

 

ルクリリの高笑いの後にオレンジの火炎がパンターを包む。燃え盛る炎に男たちの断末魔。それを背景に雪が降るT-55の上でローズヒップと薫子、夫人が三人仲良く並んでココアを呑む。

 

「あーあパンターが消し炭になりましたわ」

「いいのよ。あんな物。処分に困っていて仕方がなかったのよ」

「どうしてですの?」

「戦車はステータスだからよローズヒップさん。あれ程の物となると捨てると周りがうるさくて。ああいう無粋な物は戦車道の興を削ぐから嫌いなの。第一私プラウダ出身だもの」

 

夫人は掛けてあった赤い旗を見せつける。プラウダ校の校章が入った旗は端端が焦げているが、それこそ長い年月を戦った名誉の傷に見えた。

 

「カッケ―ですわ!」

「でしょう?」

「でも、でしたらお母様はどうして私をグロリアーナに」

「あのね」

 

夫人は薫子の頭を撫でてほほ笑んだ。

 

「貴方の望みだから、でしょ?」

「……ありがとうございますお母様。助けに来てくれて」

「礼はローズヒップさんにね。一番早く来たんだから」

 

薫子はローズヒップの方を見て、顔を赤らめた。真っ直ぐな彼女の性格が突き動かした。それは嬉しく、薫子は頭を下げた。

 

「ありがとう。ローズヒップ」

「いいえ、無事で何よりですわ! 薫子!」

 

抱き付くローズヒップを薫子は同じように抱きしめた。持つべきものは友人。それも生涯付き合えるような素敵なお友達は大切。ローズヒップと薫子は機銃をしこたま撃ち込まれている燃え盛るパンターを背景に喜びを分かち合った。

 

「いい友人ね薫子」

「あ、ところで薫子」

 

美しく終わろうとした時、ローズヒップはふと思い出した。

 

「何でT-55嫌がってたんですの?」

 

ぴしりと薫子が石のように固まった。夫人は悪戯っぽく笑い、ローズヒップに聞いた。

 

「知りたい?」

「是非!」

「それはね」

「お母様ダメー!」

 

しかし、薫子の願い虚しく夫人は言い放った。

 

「この中で薫子が“出来た”からよ」

 

ローズヒップは小首を傾げ、薫子は吉田家最大の黒歴史を前に恥ずかしさのあまり即倒した。そして、それを密かに通信機越しに聞いたダージリンが反応した。

 

「……おやりになられ――」

「言わせませんよ」

 

オレンジペコに遮られてしまったが。

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

「友達できて良かったのかな?」

 

T-55の上で聖グロリアーナ一同と夫人の集合写真を見て首をひねる父親

曰く。

 

 




良い話に占めることが出来たと思います。
ガスタービンパンターに関しましてはパフェ配れさんより教えていただきました。

この場を借りてお礼申し上げます。

拙い作品ですが楽しんでいただけると幸いです。


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番外 Golden age

この話は番外編を読んでおくとより楽しめると思います。

また、この話はガルパンをよりラノベ風に書いた作品であり、おふざけです。

本作品のパラレルワールドだと思っていただきたいです。


?年後

 

人が生きていくには何が必要か。哲学の様な答えを期待されているのか、と思うが回答は非常に簡単である。食い物と服、雨露凌げる家、とりあえずこれだけあれば、生きることが出来る。

 

無論、人間は幸福を追求する生き物なのでより理想的な環境を求める訳だが、理想的な家を探すのは現代社会においては結構な難題である。何せ、便利で広ければ高く、安ければ何かと不利益が目立つのだ。

 

「何とかならないんですか?」

「この予算だと……難しいねぇ。もう少し早ければ、他の学生さんの前に用意できた部屋があったんだけど……」

 

そんな苦労をこじんまりとした事務所、「マーケットガーデン不動産屋」と言う看板が掲げられた場所で、逸見エリカは味わっていた。推薦で受かった大学に進むのは何の問題もなかったのだが、引っ越しをする時期が遅くなってしまい、いい部屋を取られていたのだ。

 

エリカは頭を抱えて後悔した。来年の黒森峰の為にと、時間のほとんどを引き継ぎ作業と出来る限りの練習、後輩の指導と忙しくしている内にすっかり引っ越す作業をするのを忘れてしまい、この有様。

 

母をカンカンに怒らせ、姉に大笑いされたのでアッパーカットでKOさせてからと言うもの、探せど探せどお部屋のカタログは売り切れの四文字で埋まっている。このままでは家族の物笑いの種だ。こんなことなら、赤星や直下にもう少し頼るべきだったと思っても後の祭り。

 

どうしようか、と思っていた時不動産屋の親父が口を開いた。

 

「逸見さん。シェアルームってできるかい?」

「シェアルーム? 誰かと部屋を共有するって事ですか?」

「うん。ちょうど空きがあったのを見つけたんだ。しかも同じ大学の戦車道の特待生らしいから気が合うんじゃないの?

 

気が進まない。誰かと居住空間を一緒にするなど性に合わない、エリカは自分の性格の難を自覚していたし、そのせいで何かと他人と衝突して来た。しかし、自由には金が要ると言うように、金のないエリカに選択の自由はない。

 

「……分かりました。ではそこで……」

「はい、決まりだね。じゃ、早速サインを。ああ、あと印鑑ね。それから、戦車用のガレージも一応あるから……」

 

そこからは異常に速く決まっていった。それはもう、砲弾のようにスムーズに。しかし、エリカはこの時、疑問に思うべきだと述懐した。考えても見れば、親父に乗せられたのだ。そう、そんな簡単に手続きが進むわけない。

 

つまるところ、はめられたのだ。

 

 

 

 

 

雀が鳴き、そよ風で木々が揺れる。学園艦の上に建てられたシェアハウスには波の音が心地よく聞こえ、カーテンを開ければ太陽が朝の挨拶をしてくれる。エリカは寝ぼけたまま、ノロノロと洗面台へと行き、顔を洗う。

 

『――大学ラジオ。貴方の朝のお友達。宇津木優季がお送りしまぁす。今日の最初の曲はぁ、ペンネーム 戦車道は乙女の誇りであります さんから黒い戦争です。大昔のロックを朝からなんて大・胆 ですね。それではどうぞ~』

 

リビングの方からは朝のラジオが流れる。甘ったるい声の人気DJに耳を傾けつつ、エリカはジーンズにタンクトップのラフスタイルに着替えてソファに座る。

 

「どうぞ」

「ありがと」

 

テーブルにコーヒーが置かれた。エリカの好み通りのブラックの濃い目のソレは高い豆で挽いただけあって、香りも味も極上である。テーブルに置いてある新聞に目を通して、朝を過ごす。黒森峰時代から変わらぬ朝の習慣。植物のように穏やかな朝。

 

清々しい気分だ。エリカは歌すら歌いたくなるほど、落ち着いていた。

 

「おはようございますわ! 朝から元気にご挨拶! 聖グロからの韋駄天ローズヒップただいま起床ですわ!」

「おはようございます! おお、リクエストした曲が流れているであります!」

 

骨太のロックミュージックとやかましい二人がバタバタと起きてくるまでは。秋山優花理とローズヒップの声はまるで朝の鶏のようで、このシェアハウス「パッシェンデール」の朝の儀式となっている。

 

「よお、おはようっす。朝は何にする?」

「私カプチーノお願いします」

「勿論、お紅茶ですわ!」

「まっかせな!」

 

厨房からぺパロニが現れて、テーブルに朝ご飯を並べて行く。メニューは固めのパンにヌッテラというチョコクリームを塗ったものに、自家製のタルト一切れ。それにエスプレッソか紅茶か。そして、特製のオムレツを一皿加えて完成。

 

ナイフでオムレツを切れば、中からトマトやパプリカと鮮やかな具が盛りだくさんで焼き具合も最高にジューシー。エリカは憮然とした顔で口に運び、コーヒーを一口。実に美味い、一流のシェフも顔負けである。

 

「ああもう、朝からうるさい曲をリクエストして……一体何なのよ?」

 

振り返れば、エナジードリンクの匂いがキツイ、苦労役アリサがスウェット姿でヒドイくまを目元に浮かべ、だるそうに体を食卓へと動かす。死にかけの熊の様な鈍重な動きで皿のパンを齧っていく。

 

「また、レポートですか?」

「そうよ。頭の固い学務課に高速徹甲弾を注文するのに、性能評価が要るって言うのよ? こちとら講義だってあるってのに、全く。てか薫子、アンタ顔が絆創膏だらけよ」

「ええ、悪魔がまた私に囁いてきて……」

 

絆創膏がペタペタ張られたお嬢様が答え、アリサが苦笑い。

 

「なあ、秋山。見ろよ、コレ。こないだドゥーチェのところ言って戦車の写真撮って来たんだけどさ」

「おお! これは四号突撃砲! 三号突撃砲の代替え品ながらも、ラングよりも優れた操縦性をもつドイツの突撃砲! シュルツェンがまたイカしますね!」

「それにコレコレ」

「A7V! 角ばったボディがまたカッコいいですね! A7Vといえば、ドイツ初の戦車で、乗員18名で、生産数が極めて少なくレアなんですよぉ!流石はアンチョビ殿です!」

 

戦車談議が白熱して――

 

「薫子! 今日こそはレオポンを抜かしますわよ!」

「分かってます。GT-Rで王者の風を吹かせましょう アリサさん、あとで注文したパーツの方をよろしくお願いします」

「アタシを調達屋みたいにして、全く」

 

レースの用意をして――

 

「V6! V6! V6! エビバディセイ! V6!」

「ぶ、V6!」

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

実に、実ににぎやかな、にぎやかすぎる朝だ――エリカはコーヒーを最後の一滴まで飲み干して、勢いよく立った。

 

「何よコレぇ!? え?! 何なの?! 私の大学生活何でこんな事になってんの?! あの時の黒歴史メンバーとか、神様どうして、私の人生から安らぎを奪うの?! ホントに! マジで!」

 

得られたはずの穏やかな日々ではない。いつぞや、学園艦で盛り上がってしまったメンバーとまさかのルームシェア。しかも、気付けば此処で一年も過ごしてしまったではないか。

 

「楽しくないですか?」

「シャラップ!」

 

優花理の問いに叫び、

 

「なんだオムレツ不味かったか?」

「それは美味い!」

 

ぺパロニのオムレツの味に感動し、

 

「まほさんの所じゃあないからですの? それとも……」

「まさか西住殿と?!」

「ツンデレですか?」

「黙らっしゃい!」

 

憧れの隊長と一緒に居られないことを嘆き、

 

「まさか、アンタそっちの趣味なの?」

「そんなわけないでしょ! アンタはいい加減タカシにコクってきなさい! いつまで片思いなのよ!」

「できたら苦労しないわよ! アイツの周りに女の子何人いると思ってんのよ!」

「知るかバカ!」

 

八つ当たりして憎しみの連鎖。何故だ、どうしてこうなった。かつてのエリカの未来図はもっと穏やかだったはず。しかし現実は違う。朝昼晩のぺパロニの食事つき、大学まで徒歩八分。ただし、ガレージのGT-Rが夜な夜な聖グロ韋駄天コンビが爆走しにエンジンを吹かし、日替わりに訪れる優花理の元に表れる友人たちの熱いオタトークに惚気。週末はアリサの愚痴大会からの通算389回の米独口撃大戦。

 

夜はもっとカオスだ。時々、西住殿とドゥーチェがいないことでぺパロニと優花理が夜泣き。M24をスクラップにした日の夜は薫子が自分を自分で罵り、殴り出してホラー。ローズヒップは終始落ち着きがなく、ドタバタ。

 

「返せ! 私の穏やかな……植物のように静かな日常を返せ!」

「戦車道の乙女が穏やか……?」

「神妙な顔でリアクションするんじゃないわよ 秋山ぁ!」

 

寝る前にホットミルクにストレッチしてぐっすり熟睡し、小鳥のさえずり“だけ”に耳を傾けながら、コーヒーを味わう朝は消えた。いっそ、愛車のティーガーⅡでこのハウスを吹っ飛ばしたら、入学前に時間が逆戻りしてくれるのではないか、と妄想さえしたが、全ては失われた未来。

 

嘆こうが、手に入らない。ちょうど撃ちだされた徹甲弾が帰ってこないように。

 

「もういい! 私先行くから!」

「あ、エリカよぉ」

「何?!」

「晩飯何がいい?」

「ラグソースのジャガイモニョッキ!」

 

あいよー、とぺパロニ。エリカは速攻で着替えて、足早にガレージに行き、ドアを乱暴に開ける。ガレージ内はごちゃごちゃとしていて、カバーが掛けられたGT-Rにフィアット500、傘立てにつっこまれたパンツァ―ファウストの束、ジャガイモが詰まった木箱の山。大きな作業台には組み立て中の通信機が置かれ、机の横には野外用の大きな鍋。

 

「ああもう、邪魔くさいわね!」

 

悪態を吐き、優花理の私物のFlak 38対空砲を跨ぎ、愛車のBMW・R75へ。サイドカーにバックを放り投げ、エンジンを吹かせて発進――

 

「むぐ」

 

しようとしたが、サイドカーには先客がいた。でかい身体をちぢこませて入っていたブリザードなクールでドライなプラウダ娘、ノンナがいた。

 

「何でいるのよ!」

「ああ、すいません。つい、何だか此処が妙に落ち着きを得られると言いますか。どうも、エリ―シャはカチューシャによく似ているので、来てしまいまして……」

「あんなどチビと一緒に……!」

『もう一度言え。ジャガイモ野郎。今すぐ、貴女をぺリメニの具材にしてやりましょうか?』

「ごめんなさい!」

 

ロシア語で呟かれた一言にエリカは涙目で全面降伏。カチューシャ関連で落ち込んだ日には普段の撃破数が倍化するというノンナには彼女も勝てないのだ。最も、勝てる人間がいると言う訳でもないが。

 

「今度は何なのよ?」

「最近カチューシャの背が伸びてしまって……0.5mmも」

「誤差範囲!」

「もしカチューシャが私と同じ背丈になってしまったら……いや、それはそれで」

「お願い、もう帰って」

 

ノンナは渋々サイドカーから降りていった。エリカはやっと出発できると思い、ガレージからバイクを発進させた。

 

ああ、ようやくあの喧騒から抜け出せる。癒しは戦車の中と通学の時間のみ。植物のように穏やかな心を取り戻し、朝の爽やかな空気を肺に取り入れて、さあ快晴の空が眩しい、今日と言う一日に感謝しながら、大学へと向かおうとした時

 

「あれ? エリカさん。また朝に会っちゃったね」

 

一番苦手な奴(西住みほ)が向かいの玄関から出て来た。しかも照れて、天使のように微笑む小悪魔(エリカ視点)がやって来た。

 

「何でこうなるのよぉ!」

 

これは戦車道に生き、鋼の精神と身体、麗しき美貌を持ち合わせる逸見エリカの華麗なる大学生活。戦車に、青春、友情の人生の三種の神器がセットの人生の黄金期を突き進む少女の物語である。

 

 

 

 

「……良かった。時間ピッタリに会えて……」

「エッ」

 

もしかしたら、人生を彩る物がもう一つ――?

 

 

 

 

 




悪ふざけですので、続きません。

大学生エリカ主人公のラノベといったところです。



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番外 Golden age ②

せっかくですので、ほんの少しだけ続きを。

尚、このGolden ageは本作品の世界のパラレルワールドです。
本編そのものはGolden age 以外となりますので、ご容赦を。



現実とは残酷である。それは誰しも経験することではないだろうか。例えば、街角を歩いていると好みに完全に一致する異性を見たとする。見かけたその一瞬はラッキーだと思うし、あんな人と付き合えたら、と思うが実は既に恋人がいる、と言った具合に現実は常に人から夢を奪い、ぶち壊すのだ。

 

「ねえ、エリカ」

「何よ?」

 

大学の中庭、ベンチに少女が二人。銀髪のきつそうな目をした美人のエリカとソバカスがチャーミングなアリサの二人は売店で買ったコーラを片手に駄弁る。

 

「現実って辛いわよね」

「タカシのこと?」

「……今回はそうじゃなくてさ、アレよ」

 

アリサの指さす方をエリカは見た。木陰の下でガムを噛んで頭を掻く、ベリーショートの長身のナオミがおり、背の低い女子から手紙を渡されていた。少女は顔を真っ赤にして去ってしまい、ナオミは困り顔。ああ、青春の一ページだな、とエリカは微笑ましくも思う。

 

「アレが何?」

「何でアイツがモテてんのよ!?」

「あーあ、どうせそんな事だろうと思ったわよ」

 

エリカは頭の後ろで手を組んでだるそうによしかかる。

 

「悲しい現実ってやつじゃない。友達がモテるなんてよくある話よ」

「だからってよりによってナオミなの?! なんであの砲以外に興味はない奴なの?! アレなの?! 胸のサイズはケイ隊長並だから?! アメリカンホルスタインだから?!」

「ディスひどすぎじゃない?」

 

確かにそのギャップはあるかもしれない。エリカはナオミのストイックさには一種の尊敬を抱いている。射撃一筋のクールさは一種の職人というべきか、一芸を極めた者の風格を思わせる。それにあの反則的なダイナマイトボディのギャップは最高の組み合わせだろう。言ってしまえば、モテるポイントのいいとこ取り。足回りが絶対に壊れないティ―ガーⅡの様な物だ。

 

「ま、確かにアンタのシャーマンボデイよりかはいいわよね」

「どういう意味よ!」

「特徴のない量産型ボディ」

「ぶっ殺す!」

 

あるいは、三号のような避弾径始のないまっ平らボディと言おうとしたが、アリサがエリカに掴みかかって大暴れ。だが、エリカは力なく笑うだけ。それも当然。この程度で大騒ぎしてたら、“あの”シェアハウスで生活なんてできっこない。

 

「モテたっていい事なんかないわよ。アンタはそれを知るべきよ」

「嫌味な訳? ああ、そうね。あなた最近、お向かいの西住みほさんにお熱い視線をもらってるから?」

「それを言うな!」

「でもって憧れのまほさんからは何もなし? 気の毒過ぎて笑えやしない! でも笑ってやるわ!HAHAHA!」

「お前ぇ!」

 

攻守逆転。エリカはアリサの襟首を持ち上げて、ブンブン回すが、音程の狂った楽器の様な笑い声は消えない。悲しき非モテ達の互いを傷つけあう様は悲しく、切ない。せめて傷をなめ合う道化芝居でもすればよいのに、それをしない。

 

なぜなら争いは同じレベルの者同士でしか起きない。同じ非モテ同士でしか発生しないのだ。

 

「覚えてなさいよ! 後でシャーマン8台でボコボコにしてやるんだから!」

「はあ? パンター一台でも余裕なんだけどぉ? アンタの量産型ボデイと違ってでこぼこのジャガイモにしてやるから、気をつけることねぇ」

「はいはい、出ました~。ドイツ戦車最強とか言っちゃう痛い子~。どうせ、すぐ足壊れるんだから、大人しく博物館にでも帰ればいいのに~。それとも愛しのみほちゃんに援軍呼んでもいいのよ~?」

「誰が……!」

「私はいいよ。エリカさん」

 

言い争っている時に聞こえた第三者の声。このぽわぽわとした声は間違いなく、奴だ。エリカは声のした方を振り返る前に思考した。いつからいたのか、どこまで聞いていたのか、とにかくこの状況はマズイ――

 

 

「エリカさん、エリカさん」

「な、何よ?」

「私は……いいよ。エリカさん一人じゃ、いくらなんでも無茶だよ……だから、ね?」

 

こいつ、女の顔をしている――!

 

アリサはエリカとみほの顔を交互に見た。照れておずおずと提案するみほに、冷汗が滝のように流れ、白目を剥きそうなエリカ。半ば冗談半分で弄っていたネタだけに、まさかマジでそんな事態になっているとは露とも思わなかったのだ。

 

「エリカさん」

「い、いいわよ。私一人で。こ、これでも黒森峰の元隊長だし」

「でも、相手はアリサさんだし……」

「ひ、独りでいいって言ってんの!」

「……私じゃ、ダメ?」

 

無理して笑顔に努めようとしている少女に、エリカとアリサはハートをピストルで撃ち抜かれた感覚になる。この笑顔、奴は天使か小悪魔か、ヒトを惑わす可憐さに目もくらむ眩しさ。しかし、エリカは断らなくてはならないのだ。何故なら、エリカはみほが苦手だからだ。

 

「い、い……」

 

エリカは壊れたブリキのおもちゃのように口を動かす。アリサはエリカに断れるのか、と戦慄しながら見た。

 

「いいんじゃない……」

「やったぁ」

 

何をやっているんだ私は――! 最後の最後でへたれてしまった自分にエリカは内心叫んだが、後の祭り。「じゃあ、用意するね」と謎のステップを踏みながら去っていくみほの後ろ姿を追うだけ。「可愛さ」と「人懐っこさ」と言うカリスマにエリカは膝を屈したのだ。

 

「ああ、ああ。結局受け入れちゃって。ぞっこん? やっぱソッチなの?」

「……違う」

「じゃあ、断りなさいよ! なんでみほ相手になるとヘタれるのよ」

「……できないんだもん」

「そこまでしょげないでよ! 調子狂うから!」

 

魂が抜けていくエリカを揺さぶり、アリサが焦る。そして思った。モテるからと言っていい事ばかりとは限らない。モテる相手によっては天国も地獄へと変貌するのだ。ふと天を仰げば、空が青い。なのに、どうして自分の心はこんなにも曇り模様なのか。

 

アリサはそれが恋の複雑さであることを知った。今度そのことを沙織にも教えてやろう、とアリサは心に書き留めた。

 

 

 

 

シェアハウス、パッシェンデールでは食事が楽しみの一つである。今日の食事はぺパロニシェフではなく、皆で一緒にご飯を作ろうという日である。優花理が提案したもので、かつての大洗でアンコウチームと親睦を深めたという所以から、採用され、今日はその日。

 

「薫子殿。包丁は猫の手でやらないと危ないですよ」

「そうはいっても、中々固定できなくて……」

「ローズ、玉ねぎを入れ過ぎじゃないすか?」

「小っちゃいの三つですわよ? デッカいサンダースのトマト缶二つですし、大丈夫ですわ」

「テニスラケットで水切りするんじゃないわよ? ローズ」

「勿論ですわ! エリカ」

 

トマトソースをローズヒップとぺパロニが担当し、優花理と薫子が具材を切っていく担当。ノンナは肉料理。アリサとエリカは食後のパイ作りである。

 

「ステーキですが、焼き加減はどうしますか? アリサ」

「ミディアムレアね。ソースはこないだ隊長が作ってくれた奴が冷蔵庫にあるから使って」

「Понятно」

 

グリルが無いので、煙がもうもうと立ちあがったが、それもまた一興。肉の良い香りで心が踊る。本日の献立はアメリカ流イタ飯という、女子大生にしては何とも言えないチョイスであるが、出来上がった物を並べて行けば、不満などでようはずもない。

 

「できましたわ!」

「いい香りです。何のお肉を?」

「仔牛とビーフと豚肉っすよ。豚肉がコツ。風味がでるんだぜ」

 

「プラウダにお肉ってあるんですの?」

「いくらロシア流でも、お肉はありますよ。最も“人”と“場所”にもよりますが……」

 

ローズヒップの何気ない一言でシン、と静まり返った。「冗談です」と鉄仮面のまま返答されたが、一瞬ニーナ達が貧困にあえいでる様子を想像してしまい、皆はなんとも言えなくなっていた。

 

「マジでびびったわ」

「本当にやってそうだから、怖いですねプラウダ校」

「いえいえ、プラウダでは幸せこそが義務みたいな愛すべき母校ですから」

「本当に冗談なのよね?」

 

皿をテーブルに並べていき、三種の肉団子入りミートソーススパゲッテイにサンダース高由来のビーフステーキ、チェリーパイ。ついでに吉田家から送られてきたワインをポン、と開ければ、芳醇で大人の香りが追加され、食卓を妖精が舞っているようだ。

 

「さあ、食おうぜ。ホラ、優花理もグラス出してだして」

「ありがとうございます、ぺパロニ殿 薫子殿とローズヒップ殿は?」

「いただきますわ!」

「今日はR32をお休みさせなきゃなりませんし……私のGT-Rちゃんが0km……遅さを通り越して静止だなんて……」

「飲め!」

 

薫子からダークサイドの波動を感じ取ったアリサが、その口にワインを突っ込んだ。これ以上は彼女の精神衛生上よろしくない。また夜にイカレて、自分で自分を殴りだすに違いない。

 

「うう、薫子……R32が板金10万円コースになったから……」

「ガードレールにぶつけるのが悪いんでしょ」

「R32……どこに行ったんだぁ! アール3.2ィ!」

 

どこかと言われれば、シェアハウスから徒歩で15分のカーコンビニエンスストア。ぺパロニと優花理は荒れ狂う薫子に動物的な恐怖を感じ取ってガクガク震える。想像上の人物を叫ぶような薫子はキッチンへ赴き、ノンナの持ってきたウオッカをラッパ飲みしだす。

 

「愛する者を失うのはやはり悲しい物ですね」

「今の奴を見てどこをそう思う訳?」

「私は彼女の気持ちが分かるのですよエリ―シャ」

 

ノンナはパスタを平らげ、仏頂面でワインの空ボトルを量産していく。そのペースは機関銃のようで、空ボトルが次々とゴミ箱へと排出されていく。

 

「カチューシャが『一人でできるもん!』と言ってから、離れてしまい私は今でも心配です。反抗期でしょうか」

「アンタ酔ってんな」

「いいえ、酔ってませんよエリ―シャ。心配するのも当然でしょう。あの子は一個大隊の戦車を指揮することは出来ても、棚の上のクッキー一つ取れません。背が届かないからです。ま、そこが可愛い所なんですが」

「ま、そうだろうけど。後アタシエリカじゃなくてアリサだから」

 

アリサにノンナはつらつらと語り、その様を携帯で撮った動画を見せる。もう、わざと高い位置に置いたのではないかと思う場所に置かれたクッキー缶に手を伸ばすカチューシャが何だか哀れに見えてアリサは涙を禁じ得なかった。

 

「でも、カチューシャ殿は寮でしたよね。確か、ミカ殿と一緒だとか」

「ええ、あのサーミモドキが今頃あんなとこやこんなとこを見ていると思うと……」

 

ブツブツと聞こえる具体的な奪還法には耳を塞ぎ、アリサは十字を切った。神様の采配の無能っぷりには呆れるばかりだ。このままでは大学内で冬戦争が起きたって不思議ではない。もっとも、ノンナの件を除いても火種には事欠かないのだが。

 

「色恋沙汰と言えば」

「どこが色恋沙汰よ?」

「エリカ殿」

 

優花理ずいと身を乗り出し、迫る。

 

「今日は西住殿と何の話をしたんですか?」

「何の話って……そりゃあ……ちょっと待ってアンタ居たの?」

「ええ」

 

居た? 見ていた? エリカはそんな気配を察知しなかった。あんな数分もなかった会話の場面をこの娘はどこから見ていたのか。エリカは偶然と信じられず、チラリと優花理を見た。

 

酒ですっかり赤くなった癖っ毛の女の子はニコニコしているのに、得体のしれなさがある。

 

「あ、アンタいつから?」

「最初からですよ。いやあ、不思議と“偶然”って多いですよね。ローズヒップ殿が教えてくれました」

「お褒めに預かり光栄ですわ!」

 

余計な事を。だが、それだけか。それだけで、こうも詳しく場所と時間を特定できるのか。エリカの心臓の鼓動が早くなっていく。

 

「で、何の話したんですか?」

「べ、別に」

「で、何の話したんですか?」

「アンタには関わりのない……」

「エリカ殿。シュタージってご存じですか?」

 

息が荒くなっていく。エリカはその言葉の意味を知っている。しかし、あえて口に出すのが恐ろしく沈黙した。

 

「その昔。東ドイツの秘密警察なんですが、まさに障子に目あり、耳ありと言いますか。いつ、どうやったか、分からない内に監視網を築いていたそうですよ。その規模はKGBやゲシュタポなんて及ばない程だったとか」

 

汗がテーブルに落ちる。いや、涙かもしれない。エリカは視線を下へとずらし、逃げようとした。だが、耳元に囁かれる言葉が蛇のように絡みつき、逃げられないことを教えてくる。

 

「彼らによると、やましいことをした人間と言うのは視線をずらしたり、泣きだしたりするそうです。濡れ衣を着せられた人間は普通は怒るらしいですよ……おや、“怒らないんですか?”エリカ殿」

 

気付いている。優花理はエリカが本当は何をしたかを知っている。それを直接聞きに来ているだけだ。楽しい食卓の一角。そこは秘密警察の取り調べ室となっているようで、エリカは観念して暴露した。

 

「ただ、一緒に戦車戦をやろうと言っただけよ」

「成程。そうでしたか。いやあ、良かったです。エリカ殿からちゃんと聞けて安心しましたよぉ」

 

「私達友達ですものねー」と言い、アハハと笑う優花理にエリカは曖昧に笑った。そう、これは唯の冗談だ。ちょっとした友達同士のノリではないか。エリカはそう信じたかった。優花理の目を見ることが出来なかったとしても。

 

ふと、優花理が立ちあがってエリカの後ろに立っていた。そして、スッとエリカのテーブルにスマートフォンが置かれた。そこにはSNSの着信履歴が何件か来ていて、バイブレーションが鳴っている。

 

何だろう、と思って手に取ると、それは着信通知であった。

 

「安心してください。すでに事情は伝えましたから」

 

そう言って、優花理はお花を摘みに行った。エリカは震える手で着信に応答した。

 

「……もしもし」

『……』

 

相手からは何も返答はなく、ブツリと切られた。エリカは耳から離し、その電話番号を確認した。

 

 

 

 

西住まほ。着信アリ

 

 

 

 

 

 

 

 




コメディは書いてて楽しいですが、偶にはシリアスも書きたいこの頃です。
特にガルパン×ボトムズの方みたいな作品を書いてみたいものです。

次回より、聖グロの面々に戻ります。


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Flying Teapot

一応書きますが、今回登場した兵器は実在しました。


人は障害物を乗り越える生き物である。それは様々な意味で言うことが出来る。例えば、言葉の壁。グローバル化も進む世界なら、英語は話せて当然となるかもしれないし、もし海外の妖精の様な御仁とお付き合い(突きあいとも言う)したければ、最低限の会話スキルは習得しなくてはならない。

 

あるいは恋路か。それとも、次なる高みを阻む壁か。ともかく、人は障害物を乗り越える者であることには間違いない。では、此処で一つ簡単な問いを一つ、物理的に乗り越えなくてはならない障害物と出会った時、どうするか?

 

これはそんな問いに答えた戦車と少女たちの話である。

 

 

「困りましたわ」

「困りましたね」

 

聖グロリアーナ女学院、今日もお昼の食堂はごった返し。珍しいことに元アンツィオ生のシェフが来たと言うことで、いつもの英国面な料理ではなく、イタリアンであった。トマトとモッツアレラのカプレーゼを口に運びながら、話し合うのはブルネットの髪が美しい吉田薫子と赤毛のチャーミングなローズヒップである。

 

二人は戦車道用のフィールドの地図とにらめっこしていた。子供の落書きみたいな簡易な地図を相手に二人は長考し、策を練っていた。

 

「このままではルクリリさんに負け越してしまいますわ」

「あの人、もう手段を選ばなくなりましたからね。あのポンコツ、低速サイドテールと来たら、よりによってこんな地形を陣取るなんて……」

「口悪いですわ薫子」

 

その地図の真ん中には塹壕があった。そして二人にとってこれが難問である。事の発端は四日前にさかのぼる。いつものように、ルクリリ車との通算85回目のミッドナイトデスマッチを行ったのだが、ルクリリは卑怯にも塹壕を挟んできたのだ。

 

塹壕の幅およそ3mで、深さは2mと少しだったはず。しかし、気が付けば、より深く掘られて周囲を角材で補強したらしく、カヴェナンターだと微妙に超えられない程に広げられてしまい、これで負け越しを記録した。

 

「悔しいですけど、地形を利用するとは流石はルクリリさんですわ」

「あんな物をいつ、どうやって掘ったかは知りませんが、中々巧妙ですね。後ろは森ですから、高速さを生かして回り込もうにも木々が邪魔で無理ですし……」

 

そう、走り屋の二人の最大の敵、それは超えられない塹壕である。戦車が元々塹壕を超えるための兵器であるのは間違いない、しかし第一次大戦時のドイツ軍などは超えられない塹壕を用意し、止まったところを野砲でぶっ潰したと言う。ルクリリはこの策に倣ったらしかった。

 

聖グロリアーナが酢キャベツの、“制服だけ“はカッコいいジャガイモ国の戦法を取ろうとは、情けない。薫子は緑茶を飲み、この打開策を練る。走れない道こそが走り屋の最大の敵なのだ。駆けるための俊足無くして、何が猟犬か。

 

「このまま負けるわけにはいきませんね」

「そうですわ! 明日も明後日も五年後も、ルクリリさんのマチルダをへこましてやらなくてはなりませんわ。クルセイダー魂にかけて」

「ええ、当然です……いっそニルギリさんのクロムウェル借りましょうか?」

「ニルギリさんにメーワクがかかりますわ!」

「それもそうですね」

 

コメットやクロムウェル巡航戦車もあるが、それはニルギリの戦車なので、借りることが出来ない。あくまで、倉庫で埃のベッドの中すやすや眠っていたカヴェナンターのみを使えるのだ。

 

「重装甲化」

「遅くなりますわ! とてもじゃないけど、容認できませんわ! この世で最も尊ばれるのは?」

「スピード! スピード! ならエンジン交換!」

「予備のエンジンなんかありませんわ! 第一面倒ですわ!」

「Jesus! そりをつける! バレーボールで武装する!」

「そんなのルクリリさんがキレるだけで意味ありませんわ……いや、使えるかもしれませんわ!」

 

テーブルをバンバン叩き、二人は激論を交わす。真夜中のルクリリタイマンバトルの勝利の方程式を探し続ける。あの男口調のお嬢様め。外ではお淑やかな面をして、校内では口悪い癖に。因縁の相手に対して、内心毒を吐き、歩兵戦車をボコボコにしてやることを心に決めるも考えは纏まらず。

 

思いつくことが出来ないのか、と二人が悩んでいた。その時だった。

 

「お困りのようだね」

 

二人の席の裏側から声がした。その声に二人は聞き覚えがあった。

 

「その声は!」

「いつぞやの、名無しさんですわね!」

「覚えてくれているとは嬉しいね。何やら二人で悩みがある様だね」

「何故分かるんですの?」

「風が教えてくれるのさ」

 

風なんて空調の利いた食堂で起こるのか。薫子は首を傾げ、彼女を見た。後ろ姿のみだが、サラサラとした薄い色の長髪に、聖グロリアーナの青い制服がマッチしており、きっと美人であることが想像できる。

 

「あの、お顔を見せてはくれないんですか?」

「顔を見合うことに意味なんてないさ。大事なのは理解しあうこと、だろう?」

 

不思議な雰囲気だが、ひねくれている気もする。そもそも、どこかで聞いたことがある気がしたのだが、薫子とローズヒップはこの際無視した。そんな事よりも今は問題の解決が最優先であるからだ。

 

二人は事情を話し、その助言を請うことにした。謎の“名無し”は楽器を持っているらしく、時折弾いていた。楽器の音色に既視感を覚えつつも、薫子たちは答えを聞く。

 

「別に難しい話じゃないさ」

「マジですの?!」

「マジですか!?」

 

「ああ」と名無しは答えた。余裕を感じさせる答え方に二人は驚き、そして抱き合った。これで、奴を倒せる。韋駄天で猟犬である自分達が歩兵戦車乗りの卑劣な策略を打破できると知って、衆目も気にせずに喜びを分かち合った。

 

 

「で、どうするんですの?!」

「その前に少しお腹が空いてしまった。お話はご飯を食べてからで」

「いくらでも奢りますから! 教えてくださいね!」

 

こうして二人は名無しの大量のご飯を奢り、その突破口を見出すことが出来た。それは二人にまさにピッタリな作戦であり、兵器であった。

 

 

 

時間は深夜1時。月明りのみが夜空を照らし、その下でエンジンを起動させた歩兵戦車マチルダⅡがライトを照らし、手掘りの塹壕の前に鎮座している。サンドカラ―の車両の上では車長ルクリリがネットオークションで競り落とした暗視スコープを利用し索敵していた。

 

「眠い……」

「気を緩めるな。そろそろ、開幕の時間だぞ」

「そんな事言われましても……」

 

車内の四人は各々が寝間着の上にパンツァ―ジャケットを羽織り、戦闘に備えていた。終わったら、すぐに寝るためである。そのせいか、ナイトキャップを被っていたり、ウサギのぬいぐるみを持っていたりと、車内はファンシーになっていた。

 

「一ついいですか?」

「何だ」

 

ネグリジュの上にジャケットと言うルクリリを見上げ、操縦手が問う。

 

「これ、もう止めませんか?」

「もう一遍言ってみろ」

「だって、やるたびに睡眠時間減りますし、装甲がへこむじゃないですか! もう止めれば、こんな事起こらないじゃないですか!」

「馬鹿野郎!」

 

ルクリリは操縦手を持ち上げ、叱咤する。それどころか、他の乗員も加わって操縦手に反論する。

 

「此処で逃げ出したらアイツらの勝ちになるだろーが! それだけは絶対に嫌だ!」

「ルクリリさんの言う通りよ! この心に渦巻く復讐心が消えない限り、奴は倒す!」

 

復讐心に魅入られたお嬢様方に操縦手は怯えた。これが戦車道の乙女の行先なのか。末路か。最早鬼と化した皆にお前は狂っていると言われんばかりの言いざまに操縦手は涙目になるしかない。

 

悪夢だ、と操縦が呻いているとルクリリが砲塔の上に勢いよく立ち、叫びだした。

 

「草は何で育つ!?」

「ブラッド! ブラッド! ブラッド!」

「私達の仕事は何だ?!」

「キル・ローズ! キル・ローズ!」

「私達の使命は何だ!?」

「キル・ジャンキー! キル・ジャンキー!」

 

殺せ、殺せと叫ぶ三人の目は狂気と睡眠不足で血走り、戦車狩りに楽しみを見出しているではないか。最早、紅茶のカフェインがなくとも、操縦手の眠気は消え去ってしまった。圧倒的な恐怖に目を離せなくなったからだ。

 

「何なの? 何なんですの? 馬鹿ばかりじゃないか! 貴女方はおかしい! 絶対におかしい! こんな事何故平気なんですか! まともなのは私だけかぁ!」

 

集団の中の一人の叫び程空しい物はない。声は大声にかき消され、その意志が伝わることが決してないからだ。此処にいるのはローズヒップに装甲をへこまされ、朝泣きながら装甲を張り替える怒りに燃える者達。

 

「そのために助言だって! アレ誰なんですか?!」

「名無しさんだ。私達に勝利を教えてくれた親切な名無しさんだ」

「いや、誰ぇ?!」

 

この策を聞くためにルクリリ達は名無しと名乗る人物に合計して一万五千円分の食事をおごったと言う。操縦手はその名無しを恨んだ。余計な事さえ言わなければ、こんな夜を過ごさなくて良かったのかもしれないのに!

 

「来たぞ!」

「見つけた、アイツらバレーボールなんか装備しやがって!」

 

塹壕のはるか向こう。バレーボールをしこたまくっ付けたカヴェナンター戦車が猛然と突っ込んでくる。「撃て!」とルクリリが怒りに任せて命令し、2ポンド砲が轟音と共に発射される。

 

発射、排莢、装填の三リズムを繰り返し、カヴェナンターを狙うが、流石はローズヒップ車。危機察知に優れているため、ギリギリで砲撃を避ける。徹甲弾は草木を切り倒し、草原を抉るばかりだ。

 

「おのれ!」

『こんばんは! 聖グロ1の俊足ただいま参上ですわ! こそこそと塹壕に隠れるルクリリさんをぶっ飛ばしますわよ!』

「黙れ! 勝つのは私達だ!」

『なら、尋常に勝負!』

「上等だ! 操縦手! 塹壕のギリギリまで近づけろ! 奴らが落ちたところをゼロ距離で仕留めるんだ!」

「はーい」

 

もう、どうにでもなれ。操縦手は気の抜けた返事と共に車体を前進。塹壕の一歩手前で停車し、首の後ろで手を組んで動向を見守ることにした。

 

踊れ、踊れ、愚か者どもめ。操縦手は栗色の髪の毛を櫛でとき、他人事のように振る舞った。カヴェナンターが真っ直ぐ突っ込んでくるのを車窓から見ても、何も考えなかった。どうせ、いつものようになるだけだ。

 

いっそ、この戦闘で向こうが、もしくはコチラが飽きてくれればいい。そう思ってカヴェナンターを何の気なしに眺めていた。その瞬間、不思議な事が起こりだした。カヴェナンターの両側面が光り出したのだ。

 

「何?」

 

そして、何とカヴェナンター視界からフッと消えたではないか。どこへ行ったんだ? 脳が現状に追いつかないでいると、ルクリリが叫んだ。

「敵車直上!」

 

戦車道の試合で一度だって聞いたことのないセリフを。

 

 

 

「行きますわよ! 薫子!」

「ホントに、本当にやっちゃうんですね?!」

 

話は少し時間をさかのぼり、カヴェナンター車内。車内温度は40℃を越して、熱々である。この事態に対応するために二人は水着の上にジャケットを羽織ることで解決し、カヴェナンターを走らせているのだが、いつもとは様相が違った。

 

「ローズヒップ! こんな事して壊れちゃわないでしょうか!」

「その時はその時ですわ!」

「駄目! 絶対壊れちゃう!」

 

ローズヒップの手には何かの起動スイッチが握られていた。そして、その正体に薫子は恐怖し、興奮していた。アレを起動すれば、“壊れてしまう”。何が、とは言わないが、とにかく壊れることは必須だ。でも、起動したら、どれくらい気持ちいいのか、薫子はそれを想像して、息を荒げ、目をハート形にした。

 

「行きますわ!点火ぁ!」

 

その時、車体が持ちあがった。カヴェナンター戦車は塹壕をジャンプし、そのまま飛んだ。そう、飛んだのだ。車体両側面に装備されたロケットブースターによって推力を得た巡航戦車は、大空に向かって、18tの車体を羽ばたかせたのである。

 

これぞ、英国の発明品「ジャンピングタンク」である。乗り越えられない障害物があるなら、飛び越してしまえばいい、と言う革命的発想の品である。バレンタイン歩兵戦車用の装備であるが、それをカヴェナンターくっ付ければ、高速で空を飛ぶ戦車になるという夢の代物になるのだ。

 

戦車を空に、それもロケットで飛ばそうなど、英国以外に考え着くだろうか。いや、いない。この偉大なる発明の力を得て、ローズヒップたちは遂に空を飛ぶと言う戦車道で誰もやったことのない偉業を成し遂げたのだ。

 

「空を! 空を飛びましたわ! 薫子ぉ!」

「『鳥は飛べると思うから飛ぶのだ』です!」

「ローマの詩人、ウェルギリウスですわね! アレ?! でも変ですわ!」

 

二人は大気圏すら突き抜けるテンションで空を飛ぶが、一つ変化が生じていた。飛んで無重力だった中、急に重力が仕事をしだし、しかもその向きが逆さになっている。まるで逆さまになっているように。

 

おかしいな? と二人が思うのも無理はない。本当に空中で逆さまになっているのだから。

 

さて、此処でもう一つの疑問を解決しよう。何故、戦車が今の時代ロケットで飛ぼうとしないのかと言う点である。答えは作り出した英国自身が実証していたからだ。戦車をロケットで飛ばすとどうなるのか。

 

答えはひっくり返る、である。

 

ひっくり返ったカヴェナンターはマチルダⅡに頭突きをするように衝突し、二台は大きな土煙の中に消えた。しばらくして、二両から白旗が終わり、初の引き分け判定が出たと言う。

 

そして、乗員は全員もれなく気絶し、次の日にはSNSで世界で最もフォロワ―数を稼いだ写真を提供し、ギネスに乗ったと後の者は語ったと言う。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。




戦車を飛ばそうという発想。目の付け所がシャープな英国面を称えましょう。


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番外 Golden age ③

ネタが思いつかばないので、番外編です。
弱冠の百合あり。


居酒屋「ダスティルドン」。――大学学園艦で最もポピュラーな居酒屋チェーン店である。価格は安く、量は多め。各学園艦からやって来る生徒に対応するためにワインからウォッカ、日本酒と他種多様な飲み放題コース付きの人気店である。

 

そんな「ダスティルドン7号店」の奥の小上がりの席では14人の男女が集まっていた。テーブルを挟んで座布団に座り、左右に男子と女子で分かれている。テーブルにはお通しの大根おろしと鶏ガラスープがあり、手元にはビールやカクテルなどが入ったグラスが握られている。

 

いわゆる合コンである。

 

「こんなことしなきゃいけないわけ?」

「仕方ないでしょ。沙織達がドタキャンしちゃった訳だし」

 

女子側の隅の席でエリカとアリサが耳打ちし合う。エリカは白いプラチナブロンドの髪を揺らし、項垂れた。元は沙織や優希らが企画した合コンらしかったのだが、二日前に風邪でダウンし、しかもそれが広がって参加者が全員倒れたのが原因だった。

 

そこで、沙織と繋がりがあったアリサが頼まれ、ちょうど良く七人そろっているシェアハウス「パッシェンデール」の住人に召集をかけたと言う訳だ。

 

幸いにして、住人の外見的なレベルは高い。しかも、そのバリエーションはドイツのアニマルシリーズ並に豊富なのだ。

 

「私! 合コンなんて初めてですよ!」

「私もですよ。秋山さん。お見合いならたくさんありましたけど」

「薫子はお嬢様ですから、当然なのですわ」

「アンタは違うんすか?」

「とーぜん私もですわ!」

「同志ローズヒップ、サワーがこぼれますよ」

 

高貴なブルネットの髪を持つクォーター美人薫子。元気ハツラツ、笑顔がひまわりのように眩しいローズヒップ。キツめだが均整の取れたボディとプラチナブロンドの黒森峰の元女王エリカ。陶磁のように白い肌に黒髪、最もグラマラスなノンナ。短いツインテールにソバカスがチャーミングなアリサ。触りたくなる癖っ毛を持ち、ワクワクしている姿が可愛らしい、意外なプローポションも持つ優花理。気さくなムードを持ち、健康的な肌と片側だけを三つ編みにしたイタリアンなアンツイオ美人、ぺパロニ。

 

個性だけなら、恐らく並のチームよりも濃い連中が勢ぞろいしているのだ。そんな彼女等を前に男性陣はと言うと、各々が企て、この後のプランを考えていた。

 

(いいか、まず酒に酔わせるんだ。そうすれば、後はどうとでもできる)

(俺はあの背の高い巨乳がいいな)

(あのモジャ毛の子にする。俺好みにしてやるさ)

(お嬢様もいい)

 

ヒソヒソと各々が誰が誰を持って帰るかを告げては、頭の中にこの後のおピンクな妄想に浮かばせ、ウヘヘとイヤらしい笑みを浮かべていた。そのために、スピリタスなどの強力なアルコールが入ったカプセルをポケットに忍ばせ、機会を伺っているのだ。

 

何せ、滅多にない戦車道の乙女との合コン。しかも相手はほとんど男性と過ごしたことのない極上品である。彼らは一様に思った。コレは鴨だ。しかもネギにコンロ、鍋まで背負ったカモだ。

 

「とりあえず、乾杯しよっか」

「了解っす!」

 

リーダー格がそう言って、ぺパロニが賛同し、乾杯の音頭を取った。グラスがぶつかって、一杯目を飲む。さあ、攻略開始だ。男達は狼になったつもりで、女子への接近を試みようとしていた。

 

 

 

「さあ、今回も始まりました。戦車道乙女の居酒屋プロレスのお時間です! 実況は私、西絹代!」

「解説と言えば、聖グロリアーナの頭脳であるこの私……ダージリンでお送りいたしますわ」

 

居酒屋「ダスティルドン7号店」に設置されたマジックミラーの向うでは撮影スタッフと実況と解説の二人が席に座って、合コンの様相を見ていた。スーツ姿の二人は合コン開始20分前から座っており、これぞ大学戦車道乙女にのみ配信されている「実況!戦車道乙女の居酒屋プロレス」のネット番組であり、二人はその看板娘となっているのだ。

 

「さて、今日も紅茶片手のダージリンさん。始まりましたね。今回で396回目となりますが!」

「ええ、相も変らぬ居酒屋プロレスのテンプレとも言える展開ですわね」

「そうですね! ヤ○目ナンパ道と言うべきでしょうか。開始から30分でかなりのお酒を飲んでいる様ですね!」

 

二人の視線の先、マジックミラーの向う側ではビールジョッキを飲み干すエリカやアリサの姿が見え、空になったジョッキは二人だけでも6本になろうとしていた。

 

「かなりのハイペースに見えますが」

「男どもが煽るのもありますが、基本的に二人の様な真面目タイプはこういった席でヤケ酒のようになりますわ。バッカスも酒に溺れると言うことを知らないのね」

「“ばっかす“?」

「バッカスとはローマ神話の……」

「おお! ここで動きがありましたよ!」

 

ダージリンが知識を披露しようとしたが、西が現場の動きを見て、遮ってしまった。そして現場では、ローズヒップがキャッチャーを持ち上げて、飲もうとしており盛り上がっていた。

 

「聖グロリアーナにあるまじき行為ですね! いやあ、あれでお嬢様とは考えにくいです!」

「アレでもクルセイダー隊の指揮官でしたから」

「それにしても、豪快すぎる飲みっぷり。緩急つけて……今飲み終わりました!」

 

キャッチャーをテーブルに叩きつけ、勝利のVサインをするローズヒップに皆が拍手を送る。女子グループは大なり小なり顔を赤くして、大喜びしている中、男子の方は少し様相が違った。

 

「おや、男性陣はあまり酔っていないようですが!」

「テンプレ通りの戦法“飲んだ振り”ですわね。サワーではなく、水やソフトドリンクで代用しているのでしょう」

「本番に備えて、ですね! 汚い! 流石男児汚い! もう装填完了と言った所ですね!」

「貴女はもう少し、言葉に慎みを覚えなさい」

「すいません、つい!」

 

西がビシッと敬礼し、謝罪をするがこのパターンも最早お約束になっている。どうせ直ることは無いだろうとダージリンも呆れ顔で対応する。395回やって一度も直ったことがないのだ。

 

「所で、ダージリンさん。彼らが何故性懲りもなく、合コンをするのか教えていただけますか」

「いいですわよ」

 

ダージリンは最初に黒縁のメガネをかけ、次に机の下からボードを取り出して、西とカメラに見せる。示されたのはアッサム調べの円グラフであり、題名は「男の発想サイクル」であった。そして、その円グラフの7割はピンク色になっている。

 

「コチラが男性の発想サイクル。端的に言えば、いつも何を考えているか、というグラフになりますわ」

「ははあ、7割ぴんく色ですね。コレは四六時中桃色な想像をしていると言うことでしょうか」

 

ええ、とダージリンは肯定し、紅茶を一口。

 

「男性と言うのは大体生活しているほとんどの時間を妄想で過ごしていますわ。特にあの手の自分をイケていると考える殿方はその傾向が強いと言えますわね」

「と言うことはえっちな事ばかり考えていると言うことですね。一日の10時間以上は妄想しているというわけでありますね」

「ええ、まるで……お猿さんな訳ですのね」

 

ダージリンがそう表現し、キリッと顔を引き締める。その結論が正しいか否かはさておき、西絹代は「成程、流石ですね。いやあ、勉強になったなあ」と納得し、メモを取り出した。

 

「ですから、あの手合いはモンキーモデルという俗称があることを覚えておきましょう」

「はい! おっと、またしても現場で動きがあったようですね」

 

西が気付いて、カメラが再び会場サイドへと移された。テーブルに店員が料理を運んだ直後らしかったが、店員は届けるなり脱兎のごとく逃げかえっていった。そして、カメラが会場を捉えた時、そこには地獄が広がっていた。

 

男二人の間にノンナが座っており、ワインを瓶でラッパ飲みしている。女の子がそれもノンナ程の美女がいれば普通は喜ぶだろうが二人の顔は死人のように真っ白であった。

 

「そ、その」

「同志。何を恐れているのですか? 私は聞いているだけです。カチューシャとクラーラのどこが似ているのかと聞いているだけです」

「……その、申し訳」

「謝罪を求めているとでも?」

 

ノンナはクルミの殻を左手で握りつぶし、中身を無造作に口に放り込んだ。二人はビクリと肩を震わせた。

 

「いいですか? 今割ったのは左手。利き手ではないのですよ? さて、クルミがなくなってしまいましたね。次は何を割りましょうか? それとも、貴方が口を割ってくれますか?」

 

破砕されたクルミの殻がパラパラと皿に落ちていく。まるでウッドチッパーに巻き込まれたように細かく砕かれた殻を見て、男達が自分達の未来を想像した。次は自分がああなると。喉が渇き、汗が止まらない。眼球を忙しく動かし、仲間に助けを求めようとしても無駄であった。

 

「おや、コレは何が起こったのでしょうか」

「地雷を踏んだのね」

「地雷とは?!」

「恐らくカチューシャの姉はクラーラ、のようなことを口走ったのでしょう。まあ、確かに似て……」

 

すると、マジックミラーにフォークが投げられ、突き刺さった。ダージリンの顔面から15cmの所でミラーがフォークを受け止め、衝撃でうねった。

 

「似てないわね」

「え、ダージリンさん今何を言おうと? もう一度言っていただけ」

「実況に集中なさい」

 

ダージリンは手の震えを紅茶のタンニンで抑えつけ、西が「了解!」と答える。聞こえないはずの声をどのように聞いたかは疑問に思った西だったが、ダージリンが何も言わないので、とりあえず後に訊くことにした。

 

さて、現場はと言うと皿に乗ったピザを前にぺパロニが固まっていた。

 

「なんすかコレ」

「ピザだよ。いやあ、ぺパロニちゃん好きでしょ? だからさピザを持って」

 

男の一人が馴れ馴れしく手を肩から胸にかけて滑らせようとした時、ぺパロニの手が彼の手を掴み、握った。その握力は80kgを超え、男の手がミシミシと音を立てた。

 

「オイ、言ってみろコレは何だ?」

「や、やめ」

「テメエ! コレをピザと言ったか! ピザと言ったんだな! パイナップルを乗っけやがったな。Vaffanculoが。お前、アレか? ピザ出しとけばアンツイオとやれるとか思ってる口か?」

「そ、そんな事は」

「アタシの目を見て言ってみろ」

 

アンツイオ怒りのマフィア化。キレたぺパロニの頭脳はここぞとばかり覚醒し、男の真意すらも見通した。どすの利いた声を浴びせかける彼女の目は猛禽類と同じであり、ハワイアンピザを出されたぺパロニは男の指の間にナイフを突き立てた。

 

「来ましたぁ! アンツイオ名物“落とし前”だぁ! 毎度ながら流石の“まふぃあ“っぷりを見せつけてくれます!」

「ええ、声のトーンが完全にファミリーの物でしたね。これは詫びをいれなければ即“血の掟”発動でサヨナラですわ。ちなみに私も聞いたことがありましてよ」

「“また”何かをやらかしたのでしょうか!?」

「貴女程ではないわ」

 

ダージリンは思い出してブルッと肩を震わせた。

 

アンチョビのカプレーゼをチーズとトマトを別々に、しかも酢をかけて食した時ダージリンは初めて恐怖したと言う。アンツイオでは食に関するジョークは一切受け付けない、と言うより、殺されると言うのが戦車道界隈では常識である。

 

「しかし、相変わらず酷い酔いっぷりです。戦車道は乙女の嗜みとは一体何なのでしょうか?」

「『飲みすぎの盃には呪いがかかっているのだ』お酒は節度を以て楽しみましょう」

「誰の言葉ですか?」

「シェークスピ……」

「ああ、見てください! 聖グロのあの様を!」

 

ダージリンが言おうとした時に西が立ちあがって指さした。その方向には聖グロのスピードジャンキーコンビと優花理がいた。猿ぐつわを噛ませた男にお馬さんごっこさせて、背中の上でハンドルを握って大笑いしていた。

 

「はいよー! ハイよ~! おっそいですわ! この車! 時速3kmもデネーですわ!」

「動けってんだよ! 優花理さん! ガソリンを!」

「はいはい! 不肖秋山! 口にガソリンを突っ込ませていただきます! 突貫!」

「突貫!」

 

「突貫!?」と西も反応したが、周囲に押さえつけられた。そして、男の方は口にオレンジジュースをガロン単位で飲まされて悶えさせられ、尚且つ上に乗った二人がハンドル操作と称して耳を引っ張り、髪を引っ張り、ベルトで尻をはたくわで悪魔的状況に陥り、白目を剥いている。

 

「まさに世紀末! ニンゲン馬です! 聖グロともあろう方々が男に馬乗り! あっ! ギターを持ってきました! 火炎放射までしてます!」

「彼女達にはもう少し節度を持ってほしいですわね」

「秋山さんに至っては、何とドラムまで叩きだしました! いやもう、居酒屋に何でそんな物があるのかは分かりませんが凄い勢いです!」

「彼女もめでたくクリステイーを称えるようになりましたわ」

 

やがて、馬役の男が倒れると、三人は起こそうと耳元でドラムとギターと「V12」の叫び声の三重奏を奏でてひたすら馬車馬の如く走らせる。男は彼女達を狂っていると思ったが、もしかしたらついていけない彼の方が狂っているのかもしれない。

 

何故なら、戦車道の乙女とは鋼の肉体と精神を併せ持った淑女の総称であるのだから。

 

「タカシぃ! どこなの! アタシのタカシぃ!」

 

向かって来た三人の男をシバキ倒し、アリサが髪の毛を持ち上げて顔を確認し、これじゃないと分かると、投げ捨てる。畳の上で男2人がボコボコの死屍累々の屍を晒し、最後の一人を追い詰める

 

「こ、このアマ!」

 

男は生死をかけて、アリサにボデイブローを決めようとした。しかし、アリサが視界から消え、陽炎のように消えたかと思うと、懐に潜り込まれており、顎に衝撃が走った。

 

「ちがアウ! タカシじゃない! タカシぃはドぉコなの!」

 

アリサはアッパーで男を天井に突き刺し、その足でフラフラと店を出てしまった。

 

「決まったぁ!失恋アッパーです! ふにゃ○ン野郎を天へと舞いあげる必殺の一撃! 天空にはいかなかったが天井には届きました!」

「そもそも、タカシが実際に存在するかどうかは不明ですし、告ってもないからノーカンですわ」

「でも思いは彼に届かぬままです!」

「貴女、オブラートって知っていて?」

「知りません!」

 

西の潔い返答にダージリンはムスッとした顔で「そう」とだけ答えた。

 

「おっと、宴もたけなわですがお時間のようです」

「あらもう? 仕方ありませんわね。それでは皆さん、また来週」

「そう言えば、エリ……」

 

そこで番組は途切れた。

 

男達は心と財布を空にされて、呆然とする羽目になった。

 

 

主砲は再起不能になった。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

朝日が窓から射し、エリカは目覚めた。ぼやっとした視界がクリアになっていき、天上を見上げた。

 

「アレ?」

 

自分がどこに居るのかエリカは分からなかった。半身を起こそうとすると、手のひらには柔らかい布団の感覚があった。よく見ると真っ白なシーツのベッドに寝ているのだと分かった。しかも、自分の格好が私服ではなく、可愛らしいパジャマであることに気付いた。そして、その隣にはある物があった。

 

「な、なんで」

 

思いつくばかりで最悪の場所に居ることをエリカは察した。包帯が巻かれ、目にあざがあるクマのぬいぐるみ、ボコがあった。おかしい、こんな物私の部屋にはない。こんな物がある部屋と言えば……

 

エリカは恐る恐る反対側を覗いた。

 

そこには……

 




感想、助言ありましたら、お書きください


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?回 世にも奇妙なボコ物語

ボコられグマのボコ。それは一部のマニアに絶賛されているキャラクターである。このキャラクターの特徴は何と言ってもボコボコにされるところ。口はデカい、喧嘩は売る、なのに弱い。その為に毎度ボコボコにされると言う不遇なキャラクターである。

 

だが、そんなキャラでも様々な商品が存在し、その一つを男は買っていた。

 

「つ、遂に……」

 

暗い部屋の6畳間の部屋の中で男が嬉々とした声を上げる。

 

清潔とはほど遠い部屋の中で。床にはカップめんやお菓子のゴミが散乱し、横倒しになったゴミ箱からは使い捨てられたティッシュがあふれていた。本棚はおピンクな漫画やDVDで埋まっており、皮脂で黒ずんだ布団がかび臭い。

 

カーテンを閉め切り、ドアには南京錠と外界からある意味で独立した空間は汗の蒸発した匂いとゴミ箱から香る腐臭にも似た刺激臭で満ちていた。部屋の真ん中で男は興奮を抑えられないでいた。

 

男の見かけはメタボで脂ぎっていて、呼吸をするたびに機関車のようにぶしゅー、ぶしゅーと空気を排出し、控えめに言って“お近づきになりたくない”人物である。

 

男の名は宮本ゆうすけ。年齢35の無職である。だが、彼には計画があった。

 

「コレを被れば……み、みみ、みほちゃんのぉ……!」

 

ゆうすけは目の前の品物を見て、その展望を妄想し、顔を紅潮させた。きっと、彼女のあんなところやこんな所を見放題。もしかしたら、自分が彼女を押し倒して……と言った具合にHな漫画を基に妄想を加速させ、男は意を決して入った。

 

『ボコぐるみ!カーボンで安心安全のボコ着ぐるみⅢ』に。

 

いざ、ゆかん桃源郷へ! その真っ直ぐで邪悪な願いを載せて、男はその中に入って運ばれていった。

 

業者の手違いで大洗ではなく、聖グロリアーナへと。

 

 

 

 

 

「で、何ですかコレ」

 

オレンジペコが冷めた目でダージリンを見つめながら、訊く。

 

夕焼けのオレンジ色が空を照らす頃、戦車道の練習を終えて、戦車道クラブメンバー達が帰途へつこうとした時、ダージリンに呼び止められて一同はフラッグ車の元に集合することとなった。戦車道演習場、緑の大海原とも言える草原の真ん中にチャーチルⅦ歩兵戦車の傍らで聖グロリアーナの面々がダージリンの隣にある物を訝しんだ目で見る。

 

そこには2mは超える巨大なクマのぬいぐるみが存在した。

 

「何って、決まっているじゃないボコよ」

「いや、だから何でダージリン様がこんな物を、しかも妙に大きいですし、そもそもボコさんにしては、その……デザインが違うと言うか」

「もっと、こう……ボロボロのグズグズではなかったですか? ダージリン」

 

二人の言う通り、それはボコと言うには奇妙であった。傷どころか包帯も巻かれていないので、ただのクマさんにしか見えない。ボコと言えば、目の痣や腕に巻かれた包帯と、痛ましいデザインであるはずだ。つまり、悪趣味な外見なのだ。

 

「それに、なんか表面が湿ってませんか。コレ」

「何だか汗臭い気もしますわ。ボコさんって生ナマしいのかしら?」

 

だが、そんな事は些末事であった。聖グロリアーナのお嬢様方にとって不気味なのが、ぬいぐるみから視線を感じたり、汗やよく分からない匂いがしたりする点であった。まるで生きているかの様なぬいぐるみに恐れを抱いた。

 

しかし、ダージリンはふう、と無理解な面々に首をやれやれと振る。

 

「分かってないわね。これはボコなのよ。コレをご覧になりなさい」

 

ダージリンはオレンジペコに説明書を手渡し、読ませる。

 

「えっと……『貴方も作ろう。自分だけのボコキット。ひたすら痛めつけて、ボコボコにして直せば、貴女だけのボコが作れます』……エッ」

「そうよ」

「ダージリン様がお買いになったんですか?……その、心の中に闇を飼われているのなら相談しますよ」

「統計によると、ボコを作り出す人間の35%は闇落ち気味だそうですわよ」

「何を勘違いしているか知らないけど、コレは贈られてきたのよ」

「誰に?」

「さあ? 宛名は貴方のファンとしか書いてないわ。でもこれは」

 

完全に不審物じゃないか。一同が思うも、ダージリンは白い歯をのぞかせてキラリと笑顔を見せ、目を輝かせて言い放つ。

 

「これはみほさんからのプレゼントに違いないわ」

 

その理屈はおかしい――誰もが思った。女子高生から、そんな荷物が来るわけがない。そもそもボコキットなる代物の悪趣味さは常軌を逸している。いくら、大洗の西住みほがボコ狂いであるとしても、そんな物は贈らないだろう。いや、そう信じたい。

 

嬉々としてクマに凶器を振り下ろして、ボコを作れとは制作会社は何をとち狂ったのか。

暴虐非道の英国だって、そんな事はしないだろう。

 

そして、西住みほが「ファン」と名乗ってプレゼントを贈る人物なのか。と言うより、何故自分に西住みほが洒落た方法で贈り物をすると確信を得ているのか。指摘したい点は山ほどあったが、ダージリンはその場で踊りだしそうな程にご機嫌で誰も言えなかった。

 

「ハイ! ダージリン様!」

「何かしら? ローズヒップ」

「何でみほさんから来たって分かるんですの?」

 

だが、ローズヒップはそんなの知った事か、と言わんばかりに切り込んだ。ダージリンは豊かな胸を反らし、知性溢れる頭脳から導き出された結論までの過程を述べる。

 

「まず、今日茶柱が5本も立ったことね。次にボコ“なんて”趣味をお持ちなのはみほさんと島田家の跡取りのみ。しかし、私と、“この私”と共に戦い、交流を深めて来たのはみほさんだけ。そしてファーストレディ足る私をみほさんが憧れるのは当然として、これは日頃の行いに神が報いた結果に違いない。つまり、コレはみほさんからプレゼントなのよ」

「ワッケ分かんねーけど、流石ですわダージリン様!」

 

ローズヒップが大きく拍手を送り、ダージリンがフッとほほ笑む。この聖グロリアーナ随一の頭脳がはじき出す計算にダージリンは自ら称賛し、得意げな顔をこれでもか、と見せつける。

 

「日頃の行い……ですか?」

「何か言った? ペコ」

「いいえ、何も」

 

瞳に光がないペコの呟きにダージリンはコホン、と咳払いをし、メンバー全員を見やる。クラブの皆は「また、ロクでもないのだろうなぁ」と思い、深いため息一つ。口に含んだ紅茶の渋みが一段と濃く感じられ、妙な脱力感と虚無感にさい悩まされる。

 

「で、何をするんですか?」

 

ルクリリがぶっきらぼうに聞いた。

 

「決まっているわ。貴女方に宿題として、このボコを一週間かけてボコボコにしてもらうのよ」

「何の為に?」

「聖グロリアーナのオリジナルボコとしてみほさんに写真を送るのよ」

「そんな事だろうと思いましたよ全く」

 

アッサムの発言にダージリンは頬を膨らませ反論する。

 

「練習の合間に協力してもらうだけですわ」

「我々にボコリストになれ、と?」

「こんな言葉を知っている? 『あなたには力がある。しかもあえて支配しようとしない。これがあなたの最も許しがたい点です。』だから、私は命じるわ。作りなさい」

「流石は聖グロのジャイア二スト……」

「何とでも言うといいわ。私はみほさんに喜んでもらいたいの。と言う訳で最もボコボコにした方には私厳選の紅茶セットと名言集を贈りますわ」

 

ざわざわとお嬢様方は顔を見合った。格言集は要らないが、ダージリンの紅茶セットとは中々良い報酬である。クマをボコるのは気が引けるが、まあ片手間にするぐらいなら、と思った時、すでに奴らは動いていた。

 

「薫子! お紅茶ですわ! お紅茶!」

「いや、でもクマさんをボコボコにするのは少し残酷な気が……」

「格言集もオマケについてくるのですわよ!」

「そっちは要らないですね~。どうせ百科事典みたいに分厚いに決まってるんですから」

「漬物石には使えますわよ!」

「ワオ、読む気なし」

 

二人はメンバーの視線にお構いなく、クルセイダーからシャベルを持ってきていた。周囲が本気なのかと若干引き気味で見る中、二人は「せーの」の合図でシャベルを顔面にぶち当てた。ガン、と大きな音が鳴ったと思うとシャベルの先が折れて、空中高く放り上げられ、ルクリリ車の装甲に傷をつけた。

 

「イッタイ!」

「固いですわ! コレ!」

「痛いのは私の戦車だ バカ共!」

 

ルクリリが抗議した所で、面々はふと気づいた。ボコを見ると傷一つなかった。何事もなかったかのようにその可愛い顔を見せているではないか。ルクリリはそれをまじまじと見て、驚いた。

 

「バカの力でも傷つかないのか」

「そうよ、ルクリリ。私も何度か試したけど、このボコさん傷一つつかないの。何でも、最高に痛めつけられるようにカーボンのフルセットと特殊カーボン繊維、カーボンフレームの三重の防御らしいわ」

「カーボンって凄いですね」

「何でもありですのね~」

 

防御力に重点を置いたボコを前にルクリリは少し考え込んで、そしてひらめいた。彼女もまたマチルダⅡの元へ行って、すぐに戻って来た。手には手斧が握られており、鈍い刃がギラリと光っている。

 

ルクリリはボコの肩を掴んで斧を掲げ、振り下ろした。右肩に振り下ろされた斧は表面を傷つけるだけで変化はない。だが、ルクリリは違った。二回、三回と叩きつけ出し、叩きつける感覚が縮まり、殴打しまくりだした。

 

それはもう、徹底的に。無表情のまま渾身の力で斧を叩きつけ、マウントを取るルクリリにお嬢様は戦々恐々となった。やがて、斧が壊れると、ルクリリの手も止まり、彼女は大きく深呼吸した。

 

「……イイ」

「エッ」

 

その顔は実に清々しかった。

 

 

 

 

 

結論から言うと、『ボコぐるみ!カーボンで安心安全のボコ着ぐるみⅢ』は欠陥商品であった。カーボン付きなのでひたすらボコられることが可能なのだが、コレが問題であった。普通の人間の腕力では傷つけられないのだ。

 

ルクリリの一件から、好奇心を刺激されたお嬢様達はそれぞれが凶器を持って、殴ったり、突き刺したり、ぶった切ろうとしたがボコは傷一つつかない。サーベルやクリケットバットは折れ、丸太をぶつけてもヘコミもしない。

 

ポン刀で袈裟切りすれば刀の刃が潰れるし、刺突も刺さらなくて意味がない。仕方なく、厚さ15cmのダージリンの格言集でぶん殴っても思った通りの傷が出来ない

 

ただ、くぐもった鳴き声がするだけで、何もなかった。

 

つまり通常の方法ではボコが作れないのだ。少なくとも一般のご家庭にありそうな凶器になりそうな物ではまるで効果が無い。戦車でも持って来れば話は別だろうが、とにかく固く、物理攻撃を無効化するご都合的な装甲でも付いているのではないか、と思う程であった。

 

だが、忘れてはならない。ここは聖グロリアーナの戦車道クラブ。一般の家庭とは比べ物にならない物で溢れた、愛すべき英国面の牙城であるのだ。大抵の物は揃っているので、メンバー達は五日目の今日もあらゆる物でボコをボコっていてた。

 

練習の合間の昼休み。クラブメンバーの二年、三年が横一列にズラリと並んで、マスケット銃を手にして、ボコを見定めていた。

 

「Make ready!」「Make ready!」

「Present!」「Present!」

「Fire!」

 

号令が放たれ、一斉にブラウンベス銃が白煙と轟音と共に火を噴いた。25m先のボコに丸い銃弾が次々と着弾した。面々が白煙にむせながら、目標を確認するがやはりボコに傷はついていなかった。

 

「クソ、またダメだ」

「でも、サイコーに気分がいいですわ!」

「ボコって案外悪くないかもしれませんね」

 

マスケット銃を仕舞っていると、停車していたマチルダⅡから7.92mm弾がボコへと吐きだされた。ベサ機関銃の銃口から大量の銃弾が飛び出してはボコを引き裂こうと試みるが、貫通しない。

 

「期限切れ商品のバーゲンセールですわ!」

「撃て! 撃て! 古い弾薬なら何発でもいいのですから!」

 

保安部から借りたライフルをぶち込み、

 

「ハイハイ通りまーす」

 

マチルダⅡやクルセイダーで引き潰し、

 

「砲撃!」

 

全車で砲撃しても、まだ無傷。まるで鋼鉄の巨人と言うべきか、何をどうしようと、表面が焦げるか、剥げるくらいの傷がついて終わるのだ。「一体何なら壊せるのか」そんな疑問が浮かんだが、それも短い間だった。なぜならば、ボコをボコすのは中々に爽快であったからだ。

 

「何べんも訳わからん格言ばっか言ってんじゃねーぞ!」

「いい加減、ペコさんの優しさに気付けぇ!」

「くたばれ、バレーボール!」

「V12! V12! V12!」

 

このようにして、絶賛使用中である。聖グロリアーナの間では「どれだけやってもいい」とご評判になり、今ではストレスのはけ口となっていたからだ。

 

「何をやっても壊れないから困った」から 「逆に考えれば、壊れないなら何しちゃってもいい」とシフトしてしまったのだ。故に胸に仕舞いこんだ恨み言を体裁気にせずに暴力としてぶつけられるようになり、今ではご覧の有様。

 

ストレス解消してスッキリ。ボコって快感。今、聖グロリアーナでボコが流行となっていた。火炎放射であぶってみたり、船倉で腐って食べれなくなったニシンのトマト煮やマーマイトをぶん投げてみたり、虎をけしかけたり、パンジャンドラムに巻き付けて転がしてみたりとやりたい放題しまくっていた。

 

「次はどうします薫子?」

「無論、クルセイダー地獄轢きずりに決まってます! ええ、決まってますとも!」

 

薫子がキラ星のように目を輝かせて言う。50kmを超える速度で引きずって、ぶんまわそうと提案するが、それに対してルクリリが異を唱える。

 

「違う! 次は学園艦のスクリューに巻き込むんだ!」

「そんなことしたら海に沈んじゃいますわ!」

「船舶科に話はつけてある! 一回は試すべきだろう! ボコボコに! いや、ズタボロにするんだ! バレーボールをしこたまくっ付けてな!」

 

そうだ、そうだ、とルクリリ車の乗員が声高に主張する。彼女等もまたボコに魅入られた者達であり、息を粗くしてローズヒップと激論を交わしていく。そして「いいや、我こそは」と次々にボコりプランがあちこちから上がり、煙が上がるボコをよそに取っ組み合いの大議論が始まってしまい、淑女たちのボコ会議は踊りに踊った。

 

その様子を遠巻きに聖グロリアーナの幹部三人は紅茶を片手に眺めていた。

 

「盛り上がっていますね」

「これで今週中に古い弾薬を一掃できそうね」

「ねえ、私のボコさんは?」

 

ダージリンの言を無視し、アッサムとオレンジペコが紅茶を一口。ノートパソコンの画面に夢中でダージリンの言葉は右から左へと流れてしまっていた。

 

「見てペコ。今週の皆さんのメンタルの状態を。とてもいい状態が保たれているわ」

「ボコさんをボコると精神衛生が良くなるんでしょうかね?」

「そうかもしれないわ。早速データとして保存しませんと」

 

題して「ボコリストになることによる異常な精神衛生の保ち方」、アッサムは早速キーボードを操作して、作成に取り掛かり、オレンジペコもアッサムの論文に何かと提言をしたりと、忙しくなった時ダージリンが大きく咳払いを二度行って言おうとした。

 

「ねえ、こんな言葉を……」

 

そう言おうとした時、二発の銃声が鳴った。アッサムとペコの手にはブローニングL9A1が握られており、ボコに向けられた銃口から煙が薄く上がっていた。煤に汚れた空薬きょうが落ちて、心地よい音色をダージリンの耳に届かせた後、二人はニッコリと笑って振り向いた。

 

「何です? ダージリン」

「何です? ダージリン様」

「『誰かの為に生きてこそ、人生には価値がある』。そろそろ、私の為にボコさんをおつくりになってくれないかしら?」

 

だが、ダージリンはひるまなかった。聖グロリアーナの首魁として引くわけにはいかない。全てはみほさんのため、ひいては自分の為。だから、ボコらせるのだ! と強く主張しようとした時、会議をしていた女子らの方から悲鳴が上がった。

 

何事か、と三人が振り向くと何とボコの腹が開かれて、見知らぬ男が出てきているではないか。真黒焦げでぜえぜえと息を切らして、両手を上げて叫んでいた。何故こんな所に男が居るのか、というか、あのボコの腹は空いたのか。そんな様々な疑問が湧く中、一つ変化が起こっている事にダージリンは気づいた

 

「やめろ! やめてくれぇ! 僕が悪かった! もうボコになんかならない! だから!」

 

「ボコを止める」その一言が耳に届いた時、ご令嬢方の悲鳴がピタッと止んだ。それはもう、不気味なほどに。まるでラジオのスイッチを切るがごとく、一斉にシンと静まったのだ。そして、彼女等は一斉に整列し、男を取り囲んだ。

 

「ボコを……止める?」

「そ、そう。だから」

「ボコさんがいなくなる……?」

 

うわごとのようにローズヒップと薫子が呟くと、それが伝播していった。ブツブツと少女たちの口から「ボコ」と言う単語が現れては消え、それが次第に大きくなっていく。男を囲む輪が、包囲が徐々に狭まっていく。男は最初こそ、抵抗しようと腕を振り回したが、彼を囲む少女たちの手に様々な道具が握られ始めると、それも次第にできなくなっていった。

 

「ぼーこ。ぼーこ。ぼーこ」

「ぼーこ。ぼーこ。ぼーこ」

「ボコさんコチラ。逃げたら嫌よ」

「ホラ、今日も立ち向かいましょうや」

 

男は動物の様な、背筋を凍りつかせる断末魔を上げた。「助けて」「嫌だ」と言う声が聞こえたが、小さくなっていき、男はボコへと押し込められていった。彼の望み通り、大勢の女子校生に囲まれながら。

 

だが、これが彼の本当に望む物だったろうか。

 

暗い瞳に、光を全て吸収するような黒い瞳の少女たちに追いやられ、背後のボコと言う棺桶に押し込まれていく。逃げようとしても、百を超える手が彼を抑えつけ、「ボコ」という役目を彼に強いる。

 

男は遂にボコへと入れられた。この先、どんな目にあうのか。そして、最後にはどうなってしまうのか。

 

それを理解するには男の頭では不可能だろう。

 

何故なら、それがボコだからだ。

 

男はボコになることを選択したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある新聞

 

「ある男が逮捕されたことが書かれているが、話題に上がることは無かった」

 

とあるクレーム

 

「88mm砲7発で簡単に破れてしまったとのこと。なお、クレームは全て同じお客様から来ているので、早急な処置を求む」

 

 

聖グロリアーナ校則

 

ボコを禁ずる(理由は明記されていない)

 

 

 

 

 

 




冬にホラーも一興ですよね。
尚今回は完全なホラー話としてナンバリングの話には含めないので悪しからず。クレしんのホラー回と思っていただければ幸いです。


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聖グロリアーナお茶会事件 ①

長らく投稿が遅れました。
申し訳ありません


 その日はよく晴れた日だった。聖グロリアーナ学園艦の空は綺麗なブルーで、カモメの白い翼がよく映えた。気温は25度で過ごしやすく、絶好の散歩日和。ブルネットの美しい黒髪をかき分けて、吉田薫子は寄宿舎を出てロンドンを模した街並みを歩いていた。

 

 履き慣れた茶のローファーで学園艦を闊歩し、路面電車や二段バスの赤いボディに載せられた映画のポスターに目を奪われたり、道路を走るV8のエンジン音に紅潮したりしながらグロリアーナへの通学路を楽しんでいた。

 

「ごっきげんよーですわ!薫子」

「ごきげんようローズヒップ。今日も元気ですね」

「勿論でございますわ! この天気! この街並み! どれもステキで毎日飽きないのですわ!」

 

 薫子が歩いていると、ローズヒップが現れた。いつものように夏の向日葵よりもさんさんとした輝きを放つ笑顔に薫子もほほ笑んでしまう。これが少し前まで恐怖の権化、死地へといざなう死神だと錯覚していたのがバカみたいだ、と薫子は思った。

 

 スカートが広がることも気にせず、クルクル回る赤毛の可愛い小悪魔に薫子は何を恐れていだのだろう。

 

「そうは言っても慎み深くしましょうねローズヒップ」

「私はいつも“れいでぃ”ですわ薫子」

「そんな事言って……」

「アラ?」

 

 ローズヒップは注意をしようとした薫子から興味の対象を学校の前へと移し、足を止めた。薫子もまたローズヒップの見る方向へと見やると、藍色のカーディガンの少女達が校門の前で何やらざわざわと集まっていた。

 

 何事だろうか、と二人はトコトコと小走りに近づくと顔見知りを見つけた。

 

「あ! 薫子! アレアレ!」

「ルクリリさんですね。何があったんでしょうか?」

 

 後ろ髪をサイドテールの三つ編みにまとめた宿敵のライバル、ルクリリを。二人は何があったのか聞きだそうとした。

 

 しかし、おかしいかな。ルクリリの顔は青ざめており、いつもなら半径15mのクルセイダー乗りを感知する特殊レーダーを発揮させる彼女が固まっている。

 

 本当に何が起こっているのだろうか? 二人が小首を傾げていると全校に聞こえるよう設置されたスピーカーから声が聞こえた。

 

『皆様にお伝えします。 これは聖グロリアーナ全校に実施されるので、よくお聞きください。本日より――――』

「本日より?」

 

 二人が何を言いだすか期待した。

 

『聖グロリアーナ学園艦全ての場において、紅茶を飲むのを禁じます』

 

 放送部の沈痛な声が流れて、グロリアーナの少女達は一斉に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 事の発端は“あの”文科省の小役人どもの発案であった。学園艦の生徒の自主性について、何か一石投じようと言うのが彼らの主張であった。学園艦の生徒がいくら国際性と自立性が高いとは言え、所詮は子供。

 

 ジープやら戦車やら、スパーギャラクシーが操縦できるから何だと言うのだ。こちとら、ペンを握って仕事をこなすことができる立派な大人だ。

 

 大人は子供を躾けてやるのが義務と言う物ではないかというものだ。そこで、彼らはまず聖グロリアーナにおける紅茶フリークスに目をつけた。

 

『紅茶など学生が飲み過ぎて良い物ではない。紅茶のタンニンは気分を悪くし、内容物のフッ化物は骨や歯を溶かして健康に悪い。ここを正し、大人が子供達に正しい健康と生活を教えなくてはならないだろう』

 

 と居酒屋を五件はしごし、二日酔いに苦しむ頭で約1週間に及ぶ会議で彼らはそのような結論に至ったのだ。

 

 

そんな訳でグロリアーナの戦車道クラブの休憩室は重い沈黙に包まれていた。ローズヒップがテーブルに突っ伏し、ルクリリが天を仰ぎ、薫子は虚ろな目でグラントリノのミニカーを無言で遊ぶ。

 

「ルクリリさん、御胸が見えますわよ~」

「どーでもいい」

「ローズヒップ。ケーキ取ってきてください」

「テーブルのはるか向こうにありますわよ~薫子。ご自分で取ってくださいまし」

 

 可憐な白百合のような上品な少女達の風紀は乱れに乱れていた。ルクリリは胸元を開いて制服をラフにきこなし、、薫子はネクタイを頭に巻きローズヒップはカーディガンを腰に巻いていた。

 

 他のクラブメンバーも普段のキリッと伸ばしていた背筋を曲げ、力なく項垂れている。何故だろう? 此処にはそんじょそこらじゃ買えない菓子で溢れているにもかかわらず、にだ。

 

 銀座の菓子店から持ち合わせたフィナンシェやニルギリが気を利かせて持ってきたブッシュドノエルだってある。

 

 だが紅茶がない。

 

 もっと言うと茶と呼べるものがない。

 

 子供が高すぎる茶を飲むのがけしからんと更なるいちゃもんをつけられ、彼女らの元には緑茶やコーヒーすらない。いや、あったとしてもダージリンティ―パック(お徳用208円)しかない。

 

「……もらうぞ」

「どーぞですわー」

 

 ルクリリは退屈そうにかき回すローズヒップからカップを取り、一口飲んだ。味はお湯、色は安っぽい琥珀色、香りに至っては“死んでいる”。

 

 これが果たしてグロリアーナの飲む紅茶だというのか? これで上品に甘いブッシュドノエルを楽しめと? 

 

「ローズヒップ。何でこんなの持ってた?」

「にゅーがくする前に買って、保存してたやつですわ。ダージリン様に飲ませようと思ったのですわー」

「出さないで正解でしたね」

 

 ルクリリは「ジーザス、クライスト」と囁き、薫子が続いた。そうこうしていると、休憩室の奥側でひと騒動起きていた。三人は無気力そうにガタガタと騒いでる方を見やった。マチルダ乗りのグループらしく、注射器を持っている一人を三人が止めている所であった。

 

「何やってんですの?!」

「紅茶を静脈注射するなんて何考えているんだ!?」

「うるさい! うるさい! 安い紅茶でも、こうすればあの味が思いだせるかもしれないでしょう!」

「できるもんですか!」

 

 争っている内に注射器は床に落ちて、割れた。細かなガラスの破片が中身の紅茶と一緒に飛び散り、少女は悲鳴を上げた。「紅茶」「紅茶」と呟きながら必死に紅茶を拾おうとするのを仲間達が羽交い絞めにして止めるのを薫子は皮肉そうに笑う。

 

「何がおかしいんですか?」

「いや、無駄な事してるなと」

「無駄ですって?」

 

 椅子にだらしなく座る薫子に少女は噛みついた。

 

「仕方ないでしょう! 三日前にはダージリンも! アッサムも! それこそグリーンパルだって何だってあった! でもここにあるのは生きたアッサムとダージリンしかいない! 日本人のくせに紅茶の名を名乗る格言お化けとデータお化けしかいないんだ!」

「紅茶が切れて忠誠心まで下がってますね……」

「おっ紅茶なんてありませんわー」

「あるのはコレだけファッキンティー」

 

「かんぱーい」とローズヒップら三人は力いっぱい込めてカップをぶつけて中身をぶちまけた。琥珀色の茶はテーブルから床へと零れ落ち、味気のない香りが部屋中に広がって、周囲を更にトーンダウンさせた。

 

 この様な光景が今至る所で広げられている。聖グロリアーナ全校で紅茶が消えた今、煌びやかなお嬢様達、いや教師たちも含めて皆がおかしくって行った。

 

 ある者はギターを始めて60年代の反戦歌を弾きだし、ある者は紅茶を求めてプラウダへ亡命しようとし、ある者は茶葉の残りかすを10g8万円で密売しだした。ある者は隠し持っていた茶葉を鼻から吸引しようとして鼻を詰まらせた――などなど。

 

 彼らの奇行は枚挙に暇がなかった。

 

 普通なら「たかが紅茶で」と嘲うかもしれない。

 

 だが、紅茶を失った彼女達の喪失感は尋常ではないのだ。パンと水だけで生きるのが人間ではない。紅茶とジョークがあってのグロリアーナなのであって、紅茶がなければグロリアーナではない。

 

 眠気ゼロのシャキッとした冷泉麻子がいるだろうか? 結婚願望のない武部沙織が存在するだろうか? いや絶対にない。それらと同じように紅茶のないグロリアーナなどあってはならないのだ。

 

 そう言う訳でグロリアーナ全体に退廃と真綿で締められるような絶望感が広まっているのだ。そんな時、休憩室の扉が開き、一人の少女が入って来た。全員が何の気なしに見やると、オレンジペコであった。

 

 今のグロリアーナで珍しく服装をまともに着こなしている小さな淑女であったが前の面々の反応は薄く、挨拶しない。

 

 する気力がないのだ。

 

 凄惨なクラブの様子をオレンジペコは冷めた目で一望し、ため息を一つ。小柄な彼女には少々大きいゴンドラを引っ張って、オレンジペコはティ―ポットを出して見せた。

 

「フォートナム・メイソンのアールグレイ……」

 

 全員が飛び起きてオレンジペコに視線を注いだ。“オレンジペコ”の淹れた“フォートナム&メイソン”の“アールグレイ”。まだ、そんな物が残っていたのか、と皆が希望に見出した。

 

「の、出がらし茶です」

 

 そして、生けるしかばねに戻っていった。

 

「悲しーですわー。ペコさんの淹れたお茶も出がらし。此処にあるのはティーパック。こんなのクルセイダーのない聖グロですわ」

「そこはマチルダって言えよ」

「クルセイダーだけでいいですよ」

「言い争う気にもなれんから、もうそれでいいや」

 

「マチルダⅡなんてぽいぽーい」と三人は乾杯の音頭を取り、三人はテーブルに突っ伏した。そして、シクシク泣き出した。

 

「WTFですね」

 

 オレンジペコはそう評した。此処には活気も品性もない。赤毛の似非お嬢様ですら沈む聖グロリアーナの現状を最早嘆く以外なかった。

 

 小さな緋色の淑女は思う。

 

 淑女の品格とは何と脆い物であるのか。紅茶と言う飲み物を失い、聖グロリアーナはかつての純白なイメージを失っている。休憩室を出て紅茶の園へと歩きだせば、壁に様々な落書きされている。

 

『神は我らを見捨てた』

『私に1gのアッサムティーを』

『紅茶、紅茶紅茶紅茶紅茶……』

 

 赤いペンキで「tea」「紅茶」諸々の品名を書き殴られており、その近くで不良のように気崩した仲間達が虚ろな目で天上を見ながら壁にもたれている。歩を進めるごとにその人数こそ減るが、それでも惨状は途絶えることがない。

 

「急患ですわ!」

「どいてください!」

 

 ああ、またか。オレンジペコは担架で運ばれていく者を見た。確かマチルダⅡの砲手だったはずだ。紅茶を切らし、禁断症状に陥ってしまったのだろう。うわごとで茶の名前をずっと呟いている。

 

 オレンジペコは哀れに思いつつも、先を急いだ。そう、此処は狂ってしまったのだ。紅茶の園への入り口の前で立ち止まり逡巡する。

 

 この先にいるのは敬愛すべき御人だ。余計なひと言さえ言わなければ理想の隊長であり、余計な格言さえなければ最高の淑女であるダージリンが。

 

 意を決して十字を切り、ドアをノック。

 

「どうぞ」

 

 許可が出たので、部屋へと踏み入る。そして、そこには確かにダージリンがいた。だが、その姿は余りにも変わり果てていた。窓を開け、日光を部屋いっぱいに取り入れた中でデッキチェアに身を預けた彼女がいる。

 

 黒い水着で、普段後ろに纏めた絹のような金髪を下ろし、サングラスをかけて日光浴をするダージリンはシャンパングラスを傍らに置いている。

 

白い肌に均整の取れた女神のようなボディ、オレンジペコは赤面しつつ、諌めた。

 

「飲み過ぎはお体によくないですよ」

 

 とオレンジペコが諌めるも、ダージリンはお構いなしにグラスに黒々とした液体を注ぐ。グラスに注がれたキュリオスティコーラはオレンジペコの記憶ではこれで5杯目。紅茶の代わりにダージリンは英国王室ご用達の“コーラ”で我慢しているようであった。

 

「ペコ、こんな言葉を……こんな……」

「なんです?」

「いや、今日は止しましょう」

 

 その一言でオレンジペコは涙があふれそうになった。ダージリンが紅茶を飲まない。ダージリンが格言を発しない。

 

 こんな時に差し上げるお茶がないことがこれ程自分を無力感に陥れるとは思っても見なかった。こんな肌を晒してコーラを飲むのがダージリン様なものか。こんなのは元気のないケイみたいなものだ。口を覆い、涙声が出ないように庇っていると喉を潤したダージリンが口を開いた。

 

「ところで、アッサムからの連絡は?」

「いえ、まだ」

「そう……」

「あの、ところで何の為にアッサム様を斥候に?」

 

 涙を拭き、おずおずと訊くとダージリンはゆっくりとペコの方を見やった。サングラスをずらし、アイスブルーの目を現し、口元に笑みを浮かべた彼女はこう答えた。

 

「決まっているわ。学園艦史上最大の反抗作戦をするためよ」

 

 笑みと言うには余りに黒い笑みであった。

 

 

 

 




カレーのない世界というCM見て思いつきました。
どうしても髪を下ろしたダージリンの水着を書きたかった。

続きます。


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聖グロリアーナお茶会事件 ②

神奈川県 横浜港は由緒ある港である。この地域はその昔ペリー来航、つまり黒船が現れた浦賀沖にあり第二次世界大戦中も稼働していた海の玄関である。

 

この港を母校としているのが“あの”聖グロリアーナ女子校である。この紅茶マニアと格言お化け、英国面に馬鹿とジャンキーが数個師団住んでいる華のお嬢様学校の母港では現在文科省の指揮の下、部隊が展開していた。

 

色んな所からかき集めた戦車に地方公務員やら無給のボランティアを総動員して、作り上げた混成部隊が港の入り口に集結しており、付近の住民の皆様に多大なるご迷惑をかけていた。

 

「展開完了しました!」

「うむ、ご苦労」

 

その一番後方で役人たちは水平線の向うからやってくる聖グロリアーナ学園艦を優雅に眺めていた。彼らの目的は一つ。これから暴れるであろう聖グロリアーナを抑えつけることにあった。

 

「まさか、こんなに簡単に行くとは」

「所詮は子供。思考は短絡的ですから」

 

彼らはクスクスと意地の笑いを浮かべていた。何せ、これから起こるだろう未来は約束された勝利以外に他ないからである。彼らのシナリオはこうだ。紅茶を無くせば、聖グロリアーナは確実に狂う。

 

タンニンを普段からキメている連中にとって、高級茶葉から抽出される琥珀色の液体を取らせないことは死に等しい。例えるならば、アリクイさんチームから筋トレとネトゲを取り上げるようなものだろう。

 

そうなれば、彼女等は確実に蜂起する。

 

暴徒と化した聖グロリアーナを鎮圧することで文科省の積極的な介入の大義を掲げ、あれやこれやといちゃもんをつけようと言うのだ。例えば聖グロリアーナの女子高生にメイドさせる、とか言った具合にである。

 

その為に今回の騒動を「戦車道の異種試合」として会議を通し、承認をいただいたのだ。法的にも確実に勝てる戦いにするために、である。もちろんグロリアーナにも打電済みであるので、法的根拠としてはバッチリである。

 

「いやはや、こうも計画が進むのは気分が良いですな」

「実にすがすがしい。早くダージリンに給仕をさせたいものです」

 

彼らは一様にほくそ笑んだ。いくら蜂起がおきようと相手は高々戦車道クラブのじゃじゃ馬娘。数で押せば何のことはない。戦争とは要は数なのだ。

 

そうこうしている内に聖グロリアーナ学園艦が港に入り、タラップを下ろした。無論、戦車を港に下ろすためのハッチも開かれ、予想通りチャーチルmkⅦがゆらりと現れた。どす黒いオーラを放つそれに役員一同は一瞬怯んだが、すぐに警告した。

 

「警告する。君たちには重大な……」

 

だが、役人の言葉は続かなかった。拡声器を持ったまま彼は硬直した。いや、彼だけでなく、全ての者が固まった。

 

続々と出てくるグロリアーナの戦車の縦列。そして、その後ろから猛烈に走る何かを見つけたからだ。それは人で、グロリアーナの制服をきた少女であった。正し、一人ではない。

 

その数は増えていき、一つの波となっていた。ローファーの鳴らす靴音がまるで横隊を組んだ騎兵隊のように聞こえた。そして、遂に彼らはその容易く制圧できるはずの相手を見た。

 

「聖グロリアーナ、全隊突撃!」

 

保安部のカーボン弾入り銃器、伝家のサーベルにロングソード、果てはデッキブラシや花瓶で武装した女子高生の群れ。その数は一体何人、いや何万人だろうか? とにかく聖グロリアーナ戦車道クラブの車両と共に一斉に突撃して来たのだ。

 

『おい、何だこの数!』

『話が違う! こんなのどうやって……』

 

制圧部隊から火の手が上がった。撃破されたのはM4A1シャーマンであった。一瞬の内に五台が破壊され、役人は此処に来てようやく状況を理解した。

 

戦争は数。故に我々は負けると。

 

『助けて……誰か!』

 

通信機からは味方の悲鳴と

 

『こいつ緑茶の香りがする……』

『緑茶、緑茶、お茶?』

『体から抜き取らないと、飲めなくなりますわ』

 

「お茶」「紅茶」と呪詛のようにつぶやくグロリアーナの生徒達の声の後に断末魔の叫び声が木霊する。

 

そして、学園艦から何かが飛来し、地上の部隊を蹴散らしていった。ホビンのような奇怪な兵器がロケットで進んではあちこちを暴れ回り、その間隙を縫うように生徒が突っ込む。

 

こうして、後の世まで語られる「グロリアーナお茶会事件」は始まった。

 

 

 

 

「銃は80人に一丁だ! 倒れた者から銃を拾い取れ!」

「戦車は全て前線に投入よ! MK1戦車も動かしなさい!」

 

グロリアーナ学園艦ではキレにキレた中毒者達が列をなして武器を受け取っては突撃していった。

 

ご令嬢達の目は血走り、ありったけの武器とカード、それに現金を手に街へと駆けていく。学年も、家柄も関係なく全員が横浜市街の茶葉がある全ての場所へと向かっていった。

 

「いいか! 全てを使って茶を手に入れるんだ! ブラックカードでもゴールドカードでも現金でも、延べ棒でもいいから手に入れろ! カードがない物には現金を配れ!」

「現金を持っているのは校内でローズヒップだけですわ! ルクリリさん!」

「だったら、引き下ろせばいいだろ! 行け行け!」

「畜生! ATMの使い方が分からん!」

 

洗面器のようなヘルメットを被ったルクリリがマチルダⅡ車上からメガホン片手に煽りまくっていた。普段は常識枠の彼女も紅茶切れには逆らえず、珍走団のリーダーよろしく市街を時速20kmで爆走。

 

「紅茶! ガンパウダー!」

「紅茶! ウバ! ウバ!」

「烏龍! 烏龍!」

 

茶葉の香りを嗅ぎ、脳内物質をドバドバ出して知能低下した方もそこかしこに見ながらルクリリは久々に茶を飲んで背中を震わせる。

 

香り、色、味。どれもこれもが懐かしい。最後の一滴をカップを傾け、舌を突きだして舐めとった。瞳をハート型にし、蠱惑的な笑みを浮かべて彼女は哄笑した。

 

「いい! 実にイイ!」

 

その時、マチルダの装甲を徹甲弾が掠めた。耳障りな音の後にルクリリは犬歯むき出しに唸り、車載機銃で撃ち返した。

 

「しゃらくせえ! こちとら紅茶切れしてイライラしてんだよ!」

 

発砲した無給のボランティア達は次々と倒され、そこにグロリアーナの娘たちが群がる。不幸にも朝に飲んだコーヒーの残り香に誘われ、あっという間に縛り上げられた。

 

「止めろ! やめろォ!」

 

茶の香りに導かれて、ご令嬢達はボランティアに噛みつく。哀れにも彼らは一人残らず、お茶成分を補給しようとするジャンキー達にガブガブ噛まれていった。こんな光景が至る所で散見しされ、横浜市街は前代未聞のパニックに陥っていた。

 

道路を紅茶ゾンビが走り、英国戦車が役人隷下の部隊を次々と屠っていく。喫茶店には、どの店もかつて経験したことのない長蛇の列が並ぶ。

 

茶を出す飲食店なら高級、ファミレス、大衆食堂だろうと群れで突撃し、レジにお札とカードをばら撒いては茶をむさぼり喰らった。

 

自分の親の企業を見つけては茶を差し出すように案内嬢に詰めかけ、茶葉とコーヒー豆は女子校生には過剰な富によって買収されていき、ついにはあれ程嫌っていたコンビニのパック飲料にすら手を付ける始末。

 

ある者にいたってはタンクデザントで一般家庭に乗りつけ茶葉を販売価格の700倍以上の金を支払って買いに来るといった具合に市街は数万の紅茶中毒な貞淑なお嬢様たちに完ぺきに翻弄されていった、

 

「来援を乞う! 誰か応援を!」

 

一台のシャーマンが必死に逃げて行くのをクルセイダーが追い回す。履帯から派手に火花を散らし、6ポンド砲を撃ちまくっていた。レーサー顔負けのドリフトに、突撃を噛ましまくるのはご存じ、バカ二人の車両。

 

「薫子! 追撃! 追撃! そのまた追撃ィ! アイツ車内からダージリンの香りがしますですわ! 砲手は奴をぶっコロコロですわ!」

「この匂い! 野郎! 生意気にもW&Mを飲んでいやがったな! 時速50kmの履帯でハンバーグにしてやる!」

「クソ! こいつらいつもと変わらねえ! でも意見には賛成だぜ!」

 

駐車してあったクラウンを踏み潰し、「ごめんあそばせ」の一言もなく彼女等は戦車を、特に茶の香りがする戦車を徹底して狩りに行っていた。

 

「殺せですわ!」

 

徹甲弾がアスファルトを砕き、 エンジンの振動が彼女らを一層燃え上がらせる。車内はアッサムティーと硝煙、オイルとグリースの香りで満ちて、空薬きょうが落ちれば鐘がなるよう。

 

発砲、絶叫、お紅茶で最高にハイ。ついでにシャーマンの尻に6ポンド砲をぶち込み、紅茶を一口。汗で透けたYシャツの不快感など何のその。凶暴なメタルも遠く及ばぬクルセイダーの戦闘と茶の強烈なカフェインの嵐にローズヒップたちはご満悦であった。

 

「いやっほう! 我らこそクルセイダー! 聖騎士ローズヒップですのよ!」

 

砲塔の上で高らかに宣言し、その上空をレシプロ戦闘機が飛ぶ。スーパーマリンのエンジン響かせ、楕円形の銀翼が高らかにその名を示す。

 

「スピットファイアぁ!」

「此処が私達のダンケルクです!」

「それ負け戦だ!」

「じゃあ、マーケットガ―デンですわ!」

「同じだ!」

 

横浜市の地上、空中全てにおいて聖グロリアーナの全保有物が持ちこまれ、彼女等は大暴走していた。ローズヒップは高速戦闘を繰り返しながら、バニラ、クランベリーらと合流し、更に市街の奥へと進んだ。

 

もはや壊走した役員共をさらに追い回すためにバニラ車が先行し、グロリアーナ戦車道クラブの猟犬として、駆けまわる

 

『ローズ! 前方に敵戦車!』

「どーせ、烏合の役員戦車屠っちゃいなさいですわ!」

『了解! グロリアーナに栄光あれ!』

 

そうしてバニラ車は向かってくる戦車の側面に回り込むべく路地を走った。第二次大戦時の戦車にしてはえらく角ばった緑色の戦車にむかって。

 

 

 

 

市街地を悠々と進むチャーチルmkⅦ。ノーブルシスターズが当然乗車している訳だがいつもと様相が違った。

 

「戦況は?」

「……市内の七割の茶を買い占め完了。役人は捕え次第順次マーマイトとハギスのメシマズ風呂に漬けています」

「遅いわ。侵攻を早めなさい。それとマーマイト風呂にはニシンを流し込んでおきなさい。ぬるすぎてお話にならないわ。グロリアーナ生徒突撃隊に打電、彼らを一人残らずマーマイトに沈めなさい。『人間の最大の罪は不機嫌である』 私はとっても不機嫌ですのよ」

 

並の者なら即答しそうな冷徹な響きでダージリンはアッサムに指示した。ダージリンティーを呑む彼女の姿は普段とは似てもつかなかった。髪を纏めずに下ろし、タンニン不足で肌が病的に白い。

 

サファイアブルのーの瞳は絶対零度のナイフのような鋭い眼光を放ち、足を組んで女王のように振る舞う。

 

「だ、ダージリン様」

オレンジペコがおずおずと問うと、ダージリンはピクリとも笑わずに「何?」と答えた。

 

「その、生徒の皆さんが多すぎて武器が足らないかと」

「なら、鉄パイプでもレコードでもいいから武装なさい。生徒は武装して集結。グロリアーナ、私に忠誠を誓うのなら、それが義務でしょう? 『イギリスは、将兵が各自の本分を尽すことを望む』と言うでしょう?」

「あ、あの」

「無駄よペコ」

 

オレンジペコの説得をアッサムが止めた。アッサムは涙ぐんだ目でペコを見、首を横に振る。

 

「アレにはもう何を言っても通じないわ」

「アッサム様。ダージリン様のあのお姿は一体……」

「あれは」

 

アッサムはチラリとダージリンを見やりつつ、答えた。

 

「あれはブラックダージリン。紅茶不足で闇落ちしたダージリンの裏の顔」

「いや、意味わかんないです」

「ああなると、もう彼女のストレスが全て発散されない限り止まらないわ。ブラックダージリンは普段と比べてブラック度150%アップ。格言度200%アップ 鬱陶しさ700%アップよ」

 

普段でさえ“アレ”なのに、とペコは思い、頭を抱えた。実際通信機片手に出すダージリンは指示の後に見境なく格言をツッコんでいる。

 

「紅茶がない? では昆布茶を買いなさい今すぐ。『債は投げられた』躊躇なく実行なさい」

「役人の抵抗が頑強? 踏みつぶしなさい。『決して屈してはならない 、決して、決して!』

損害に構わず前進なさい」

「MK1戦車がエンスト? 手で押しなさい『手は、道具の中の道具である』でしょう?」

 

無茶苦茶だ。ペコは思った。コレは何のための戦いなのか。紅茶を求め、役人をメシマズ沼に沈める。高貴だったレディはいまや紅茶と欲望の使途。敬愛すべき隊長はブラック化。

自分がどこに行くのか、不安に思わざるを得ない。

 

『ダージリン様! ダージリン様!』

 

そんな時、通信機にローズヒップからの通信が届いた。頬杖を突いていたダージリンは足を組み直して、応えた。

 

「何かしら? ローズヒップ?」

『ドエレネーのが来ましたですわ! マジヤバですわ!』

「報告は冷静に行いなさい」

 

いつも以上に興奮しているローズヒップにアッサムとペコは顔を見合わせた。一体何が来れば、あのローズヒップを此処まで燃え上がれせる者がきたらしいな、と推測した。島田流でもきたのだろうか。

 

「何が来たのかしら?」

『ヒトマルですわ!』

「エッ」

 

二人は、いやチャーチル内の乗員は固まった。ヒトマルってあのヒトマルか?MBT10式戦車のことか? 何故ここに? どうして?

 

何はともかく、勝てる相手ではない。格、というか世代が違いすぎる。アッサムとオレンジペコが撤退を進言しようとしたところでダージリンはニヤリと笑って命じた。

 

「全車、戦闘配置」

「エッ 無理ですって」

「『我輩の辞書に不可能という文字はない』この私に無理とか、不可能とかは許されない

わ。全車突撃」

 

 

こうして、知波単もびっくりな戦車戦が開始されることになった。

 

 

 

 




炎の七日間大好きです。


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聖グロリアーナお茶会事件 ③

横浜市の状況はカオスへの一途にあったと言えた。体裁をかなぐり捨てた紅茶ゾンビ(元お嬢様)と戦車の群れが市街の紅茶をむさぼり、役人をマーマイトかウナギの風呂へと沈めていくという異常事態にあったからだ。

 

「あの、ダージリン様本当にやるんですか?」

「ええ」

 

不安な表情のオレンジペコにダージリンは足を組み応える。

 

主犯であるダージリンの暴走はとどまることを知らず、チャーチルmkⅦの車内を茶葉で満たし、ウットリと恍惚とした表情で命令を投下した。

 

「全車、戦闘開始。目標10式。 繰り返すわ目標は10式」

 

無茶だ。チャーチル車内の誰もが思った。あまりに装備が違いすぎる。向うは第四世代のMBTに対し、コッチは1940年代の英国戦車――言ってしまえば“動く戦争博物館”に過ぎない。

 

勝つなど不可能、聖グロリアーナで例えるならばダージリンに格言を止めさせるレベルであろう。あるいはローズヒップを完ぺきなレディにするか、だろうか。

 

「やるの? ダージリン。マジで」

「やるのよアッサム。マジで。足りない力は精神力や根性を総動員して補いなさい」

「そんな」

 

アッサムですら「マジ」と言う言葉を使った。あまりに無茶苦茶な命令にオレンジペコは目眩を覚えた。これはもうダメかもしれない。砲弾を抱え、視線を下げる。いつも心強い75mm砲弾が急に弱々しく思えて来た。

 

相手に通用するのだろうか。オレンジペコは疑問を抱き、同時に敬愛すべき隊長の境遇に涙した。もはや理性を失った姿から、あの淑女で、“格言が多くて”、いつも訳わかんなくて、頑固で、どこかズレてるダージリンは戻ってこない気がした。

 

そんな時だった。車窓から後退するマチルダⅡが見えた。

 

「じょ、冗談じゃないですわ! 5号車は撤退します! こんなの戦いにすら」

「アッサム、どきなさい」

「え」

 

ダージリンが舌打ちしたと思った時、既に彼女は行動していた。アッサムをどかし、手早く75mm砲を操作し、発砲した。砲弾は見事マチルダ5号車の後部を貫き撃破。通信機から悲鳴が木霊した。

 

その間僅か5秒。あまりに短い時間に行われた所業は車内全員を凍り付かせた。

味方を撃った。マジでやりやがった、と搭乗員が沈黙していると、ダージリンは

鋭い眼光のまま通信機に言い放った。

 

「全車へ。 もう一度伝えるわ。全車突撃。この75mmは貴方方を支援する物ではないわ。敵に背を向けた物を撃つ為の物よ。さあ、行きなさい。ハリー、ハリー、ハリー」

 

滅茶苦茶! プラウダ式粛清術で味方を脅すダージリンはもはや悪鬼の如く。金糸の様なロングヘアをかき分け、足を組む様などデッかいカチューシャを連想させた。(実際には有り得ないが)

 

とにもかくにも、最早聖グロに逃げ場なし。通信機の向うから罵倒と悪態が次々と飛び出てくる中、オレンジペコとアッサムは互いを見合った。

 

だめだコレ

 

諦観と絶望の中で二人は考えるのを止めた。

 

 

 

 

『畜生! あの格言辞典め! いつか覚えてろ!』

『全車前進! 死にたくなければ接近戦よ!』

『根性!』

 

マチルダⅡ隊がビルの陰に身を潜めながら2ポンド砲を一斉に放った。爆発的な速度で撃ちだされた徹甲弾は10式戦車の車体めがけて突っ込むが、その悉くは弾かれてしまう。

 

 

渾身の一斉射は第4世代MBTの前面装甲によって阻まれ、まるで効果がない。

 

『おい! へこみもしないぞ!』

『来ます!』

 

お返しと言わんばかりの44口径120mm滑腔砲が火を噴いた。突撃しようとしたマチルダⅡの車体前面に突き刺さった瞬間、あまりの衝撃で車体がひっくり返り、撃破判定。

 

それもそのはず。マチルダの装甲75mmに対して120mm滑腔砲の貫通力は600mm相当の装甲をぶち抜く。マチルダなどダンボールも同然。カーボンが無ければ3台くらい重ねても貫通しかねない訳だ。

 

『クルセイダー参……!』

 

後ろに回り込んだバニラ、クランベリー車であったが、10式は急速後退と島田流も真っ青なターンを披露してバニラ車の後部を砲撃。オフィスビルに突っ込ませる。さらに逃げるクランベリーにあっさりと追いつき、これも射撃し、吹き飛ばした。

 

「話にならねえ」

 

ビルの陰から撃つマチルダⅡの中、青ざめた顔でルクリリは呟いた。こうなると茶葉でハイになった頭も冷めると言う物だ。どうやっても勝てない。こんな物は例えるなら、河嶋桃が留年するか否かを賭けるぐらい分かり切った勝負だ。

 

おまけに後ろを振り返ればチャーチルⅦが狂ったようにドカドカ砲撃してくる。

 

「どうするんです?! ルクリリさん!」

「考えてる」

「根性でも無理ですわ!」

「根性と言うワードは我が車内では禁句だ!」

「もうそこのココスで駄弁りましょう」

「逃げるな!」

 

搭乗員の士気も駄々下がりで頭を抱えた。こんな時にどうすればいい? どうすれば

 

『ルクリリさん!』

「ローズヒップか!」

 

相も変らぬお転婆な声が通信機から聞こえ、喜んだまだ生きてたんだな! と言う言葉を飲み込み、ルクリリは少し安堵した。

 

『ダージリン様から良い考えを聞きましたですわ!』

 

そして、一瞬にして不安に変わった。

 

「何だ?」

 

恐る恐る聞いてみると、ローズヒップは鼻を鳴らし、自慢げにその策を言い放った。

 

『誰か一台を盾にして、進めばOKですわ!』

「ふざけろおバカ! テメーもダージリンの病気が伝染ったのか!」

『よし!』

 

ローズヒップの策が伝えられた瞬間、ルクリリ車を衝撃が襲った。生き残っていた二両のマチルダⅡがルクリリ車の側面から押し、10式に向かって前進を開始した。

 

「止めろ! 馬鹿ども!」

『必殺ルクリリシールド! ですわ!』

 

ちゃっかりと後ろにつくローズヒップ車に向けてルクリリは車載機銃を撃つが、効果なし。それどころか、「前進前進」と煽りだす始末であった。

 

「ふざけやがって! 後で覚えてろよ!」

『なむあみ、なむあみ』

「経を唱えるなぁ!」

 

側面に衝撃が走り、車内で乗員は転がり回った。茶葉まみれになりながら、悲鳴を発するが悲しいかなこれで終わるわけなかった。

 

10式は容赦なくルクリリのマチルダⅡ目がけて連射を繰り返し、マチルダ車をへこませて行った。

 

「抜けませんように! 抜けませんように!」

「死ぬ! 絶対に死ぬ!」

「絶対に殺してやるからなダージリン!」

 

ボコボコのジャガイモのようにルクリリ車が変わり果てるころには後ろの車両も被弾し、大破。

 

「ハッ ざまあみろ!」

 

ついでにルクリリ車にも一撃飛んできてマチルダⅡ隊はボーリングのピンの如く弾き飛ばされていった。

 

『今ですわ! 薫子! リミッター解除オ!』

『東洋の島国戦車に英国戦車が負ける訳ねぇだろ! 行くぞオ!』

 

 

そして真打登場と言わんばかりにローズヒップ車がリミッターを解除し、突撃。聖グロ一の俊足を以ってすれば、10式なんぞ余裕で追い越して見せる! そう意気込み、120mm砲弾を華麗なターンで回避。履帯が火花を散らしてアスファルトを滑り、10式の後方へと回り込んだ。

 

『お尻をとりました!』

『ファイアー!』

 

10式の後方を取り、いざ必殺の6ポンド砲が轟音を轟かせた。ライフリングで回転する徹甲弾は可及的に速やかに10式の後部に突き刺さる訳もなく明後日の方向へと飛んで行った。

 

『アレェ?! 変ですわ!』

『WTF!』

 

バカとジャンキーの叫びの後に10式が吠え、クルセイダーはランジェリーショップへと吹っ飛ばされた。色とりどりの下着の中に埋もれるクルセイダーという何ともシュールな絵面を見て10式はいよいよもって、主砲をチャーチルへと向けた。

 

聖グロリアーナの戦車隊は全滅。死屍累々の戦場で10式は無言のまま、チャーチルを威圧

した。戦車ナシ。駒なし。打つ手なし。

窮地に陥ったダージリンはハッチから身を乗り出しながら、10式と対峙する。

 

「ダージリン様」

 

オレンジペコの声に応えることなく、ダージリンはカップを傾ける。いつも通りの優雅な手つきは流石だった。オレンジペコが風に吹かれた金髪に見惚れそうになっているとダージリンは通信機を片手に語った。

 

「全員。降車」

 

え、とオレンジペコが首を傾げた。

 

「降りて10式に肉薄なさい。生身なら奴も撃てないのだから」

 

何て事言うんだ。いや、違う。来れも作戦の内だとオレンジペコはすぐに察した。戦闘である程度まで疲労させ、その後で生身の肉薄攻撃で10式を動けなくする気だ、とオレンジペコは理解した。

 

確かに理にかなった作戦である。

 

しかし、ダージリンの茶目っ気になれたオレンジペコでさえ、此処まで外道になるとは予想もつかなかったもので、もう爽快にすら感じ始めた。

 

そして、各車両から聖グロリアーナの面々が出て来た。ハッチからゾロゾロと現れた彼女等は目を殺気でギラギラとさせ、手には雑多な火器とシャベルを握っている。

 

その闘争本能は10式を後退させるほどで、憎しみと茶の興奮で染め上がった女子高生たちは、唸り声を上げて指示を待った。

 

ダージリンはその闘争本能を見て、満足し意気揚々と士気を下した。

 

「全員、突撃」

 

そして、聖グロリアーナの面々は一斉に咆哮しながら駆け出した。とても10代の少女とは思えぬ獣の如き、叫びをあげ、激しい怒りに猛りながら、チャーチルへと突っ込んでいった。

 

あっという間にチャーチルを取り囲んだかと思うと、シャベルやライフルの銃床でガンガン殴り始めた。

 

「ダージリン様くたばれ!」

「マーマイトの海に沈めてやるゥ!」

 

暴徒と化したクラブメンバーを前にダージリンは茶を一口すすり、オレンジペコの方へと振り返った。

 

「……ペコ。こんな言葉を知っている?」

「お言葉ですが、格言より謝罪が必要かと」

「……ペコ。こんな言葉を知っている?」

「ハイハイ、何ですか?」

 

オレンジペコは投げやりに聞いた。

 

「駄目だこりゃ」

 

その言葉を最後にこじ開けられたハッチからダージリンは連れ去られてしまった。悲鳴を上げない所は流石だなと感じつつ、オレンジペコは合掌した。

 

 

この数時間後、紅茶の空中散布が航空自衛隊によって行われ、聖グロリアーナの紅茶中毒者達はぞろぞろと学園艦へと帰っていった。ありとあらゆる場所から買い占めた茶葉を抱えて、だが。

 

また、この一連の事件は文科省による戦車道の異種試合として処理され、彼らの元に聖グロリアーナの全車の修理代と各施設の修繕費。追加で合計して200発以上の砲弾をあびた10式の修理代の請求書が送られ、彼らの御給金が減ったと言う。

 

紅茶。それは人を魅了する魔法の飲み物。聖グロリアーナからコレを奪えばどうなるかを彼らは身をもって知った。

 

爆発した女子高生より怖い物はないのだ。それこそ、今回のように制御不能となるのだから。

 

後に「聖グロリアーナお茶会事件」と称される乱稚気騒ぎは以後、日本国において、忘れがたき教訓として語り継がれていったと言う。

 

 

 

しかし、悲しいかな。

 

彼らは忘れていた。

 

 

ちょうど四日前にサンダースでコーラ禁止令を出していたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――ダージリンをマーマイトの海に放り込む聖グロリアーナ女学院生徒より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々の更新です。

遅れて申し訳ありません。


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ローズヒップ 私が愛した戦車

リハビリなので粗は多いです。


戦車の整備は地味で辛い。履帯を巻きなおしたり、閉鎖器を磨き、砲身を磨き、ダンベルよりも重い砲弾を磨いたりetc etc……退屈で重労働である。

 

これが戦時なら命令や自分の命の為と必死にやるだろうが、乙女の戦車道はちょっと違う。正直、やりたがらない。何故かと言うと華の女子高生だからである。

 

「またコレの整備か……」

「なんか気が滅入るよね」

 

黒森峰女学院の黒いパンツァージャケットを着た女子たちがため息を零した。手にバケツやブラシを持つ彼女等の目の前には自分達が駆る三号戦車J型が無言のまま佇んでおり、御大層な鉄の巨体は彼女達を見下ろしている様であった。

 

――弱そう

 

周囲に存在する戦車、パンター、ラング、ティーガーⅠ ティーガー2などと見比べ、彼女達はぐるりと“貧弱”そうな車体を一周し、もう一度ため息をついた。

 

「なんかさ。やる気でないよね」

「ね。三号だし……あーあいいなぁ先輩たちはこんなのよりも強いの使えてさ」

「こんなの売っちゃえばいいのに」

 

口から出て来たのは不満であった。実は彼女等は一年生で戦車道を履修したばかりであり、三号に不満を抱いてやる気が出ないでいた。

 

それも当然。何せ此処は黒森峰。隣をみればパンター5号戦車、フェルディナンド重駆逐戦車、ティ―ガー、ティーガーⅡと化け物揃い。

 

主砲は小さい。装甲は薄い。取り柄は乗りやすさ、あと可愛いだけ。

 

いくら新人だからと言って、こうも性能差が違いすぎると、扱いに愚痴も言いたくなると言う物だった。

 

「ま、仕方ないかエリカ先輩の御指名だし」

「あの人怖いしね~。あーあ早くあっちの戦車に」

「無理無理。狂犬エリカさんがそんな簡単に認めるわけないって。今日だって他の先輩たちとどっか行ってんだから」

「お偉いさんが来るからでしょ」

 

掃除もせずに駄弁っていると一人がリーダ格の女子の袖を引っ張った。

 

「失礼……ですゎ……いや、失礼」

 

声のする方を見やると、先輩と思わしき二人の姿があった。一人は派手な赤毛で略帽を被っており、もう一人はブルネットの綺麗な黒髪をしていた。

あれ? こんな人いたっけ? 面々は思ったが、履修者も多いだけあって初対面の方だと考えてしまった。

 

「お、お疲れ様です!」

「お疲れですわ、じゃなかった。お疲れィ」

 

赤毛の変な口調にブルネットがひじ打ちし、ズイと前に出て来た。

 

「ご苦労様です。整備は全て終えました?」

「い、いいえ」

「まだです!」

「あ? まだ?」

 

一瞬黒いオーラが見えたが、今度はブルネットが赤毛にひじ打ちされ黙った。咳払いを一つ、黒髪は襟元を正し聞いた。

 

「では終わっている三号はありますか?」

「あちらのでしたら」

「ガソリンは?」

「入ってますけど…まだだ―」

 

と答えると黒髪がじゅるりと舌なめずり。赤髪の先輩は瞳を宝石のように煌めかせた。

なんか怪しいな――黒森峰のルーキーたちが顔を見合っていると

 

「そうですか、では」

 

件の二人は駆け足で三号に入り込んだ。その動きは実に手慣れており、すぐに点検を済ませたのかエンジンを吹かしだした。

 

流石慣れているな――先輩に感心するも、突然ハンガーの扉が勢いよく開かれた。振り返ればプラチナブロンドの鬼女先輩の逸見エリカが顔をテールライトのように真っ赤にしていた。

 

いつも規律正しく制服を皺ひとつなく着ていたが、その時は違った。サイズが合わないのか胸元がギチギチで動けばヘソが見えそうなほどにセクシー。だがその手に車載用のMG34を二丁引っ提げ、脇にパンツァ―ファウストを三本抱えたウォーマシンであったのだ。

 

「逃がすか! バカコンビィ!」

「バレましたわ!」

 

赤髪がすかさず、閃光手榴弾を二個放り投げ、目をくらませる。それに対し、エリカはすかさずMGをフルオートでぶっ放した。赤髪の少女はキューボラに引っ込み、三号がエンジンを吹かしだした。

 

「せ、先輩!」

「どきなさい!」

「それ私達の! 撃っちゃダメ!」

 

逃げられると直感したエリカがパンツァ―ファウストに手をかけるのを一年生が必死で止める中、「いたぞ!」と小銃を担いだ黒服の少女達が来た。彼女等、黒森峰保安部が来たらしかったが、それに対し赤毛の偽生徒――ローズヒップは臆することは無かった。

 

「薫子前進! ぜんしーん!」

「ハイハイ! アレ? どっち?」

 

三号戦車は豪快に排煙をまき散らし、全速力で前進、ではなく後進した。泡を喰らった黒森峰生は悲鳴を上げて全力で逃げ出し、三号戦車はハンガーの内壁に派手に衝突した。衝撃でドラム缶や工具がぶっ飛び、ハンガー内は大いに揺れる。

 

「どっちへ向かってるんですの?! 前! ゴーアヘッド!」

「すいません! マニュアルしか読んでなくて!」

「マニュアルが逆さまなのですわ!」

「ドイツ語難しいです!」

 

車内で二人がひとしきり、コントをした後に履帯が回り出し、今度こそ三号は前進した。

 

「こらあ! ぶつけるな!」

「未成年の暴走だと思って許してくださいませ! めっちゃごめんあそばせ!」

 

二年の抗議を差し置いて三号が走り去り、後からエリカが時速20kmで走りながら乱射する。

 

「副隊長は撃つな!」

「非常時! バカ腹立つ! だから許せ!」

「偶にバカになる癖止めてください!」

 

様々な戦車が存在して狭い中を器用にすり抜け、且つエリカの猛烈なMGと対戦車兵器の追撃を避け、猛然と外へと走り抜けていった。

 

「……あ~あ」

 

床に刻まれた履帯跡。騒然とした格納庫を後にした三号と肩で息するエリカを一年生たちは惨状に天を仰いだ。整備終了から10分も満たない強奪劇。戦車の剥がれた塗装跡が再塗装の必要性を訴え、目の前にはやたらとキツキツな制服着たお色気狂犬エリカ先輩。

 

――何この状況?

 

いざ現実逃避しようとしたが、それを“かの先輩”がリーダー格の肩を掴んで命令により却下された

 

「追うわよ!」

「えエ……でも戦車の整備が」

「三号がまだあるでしょうが! さっさと準備!」

「てか何で、そんなセクシーなのを」

「御託はいいから!」

 

顔を真っ赤にしてエリカは叫んだ。一年生たちは条件反射で背筋をピンと伸ばし、敬礼。しかる後、せっせと準備に入った。

 

 

 

 

 

事件発生から約10分後。黒森峰が誇る訓練場の野原のど真ん中、青空の下で一台の三号戦車が悠々と走っていた。ダークイエローの車体は爆走した為に、所々塗装が剥げて焦げ付いている。しかし良好な整備により、快調に動いており、まさに歴戦の貌を見せていた。

 

見る者が見れば、きっと訓練された規律正しい黒森峰の模範となるような生徒が扱っているのだろう、と想像したことだろう。

 

「かおるこ、薫子、運転手~♪」「何ですか?」

「貴女のお家は何処ですか~?」「此処です♪」

「お家を聞いたら戦車の中~」

「名前を聞いたら、韋駄天ローズ~」

 

だが事実は違い、乗っているのは聖グロの問題児コンビ。犬のおまわりさんの物騒な替え歌を仲良く歌い、ハイタッチしている最中なのである。盗んだ三号で走り出し、またまた盗んだパンツァージャケットを着こなしているのだ。

 

二人共、サイズが合わず、袖が余ってブカブカだったが、気にしなかった。規律や気品なんぞ、ゴミ箱へ投げ捨て、ノリノリに乗り回していた。。

 

「イエーイ! やっぱり黒森峰の調査やってみてよかったですわ!」

「ええ! おかげでコレの実証がし放題ですし!」

 

薫子はジャケットの内ポケットからブツを取り出して見せた。それは文書で、キリル文字で書かれたそれは今回の二人の蛮行のきっかけであった。それにはこう書かれていた。

 

『三号戦車は時速65kmを出した』

 

その言葉の羅列は二人のエンジンをかけるのに十分すぎる程効果的であった。神の悪戯か、ちょうどスパイ役であるアッサムが謎の高熱を発して伏せっているので、思い切ってダージリンに名乗り上げた所、コレが見事採用。

 

文書には確たる証拠もなかったが、そんな物は向うで試そうと意気投合し、クレヨンで書いた雑な作戦を立案し、これもダージリンに採用。

 

ゲットスマートもびっくりなスパイコンビが誕生し、今に至るわけである。

 

「ホントでるんですかね? 三号戦車で時速65kmって」

「やってみる価値はありますわ!だからこそ、ジャケット取ってまで潜入しましたのですわよ!」

「時々思いますけど、ローズヒップって天才なんじゃないんですかね?」

「褒めても何も出ませんわよ~!」

 

ひとしきり大笑いした後、薫子は加速を掛けた。三号は駿馬のように速度を上げ、二人の期待に応えてみせた。その軽やかはクルセイダーに負けず劣らずで、羽毛のよう車体が軽い。

 

「ヒャッホウ! 最高だぜぇ!」

「それ別の方の台詞ですわよ!」

 

本来の乗り手なら絶対やらないドリフト、アクセルターンをやりたい放題。草生い茂る地面を巨体で踏み荒らし、小高い丘でジャンプ。車軸がいかれてしまうのではないかと思う程の急旋回をひとしきり楽しんだ。

 

「黒森峰ってサイコー!」

「行儀悪くても怒られませんわ!」

「胸のトコがダボダボでも~?」

「気にしないですわ!」

 

グロリアーナにあるまじき不良的発言をして大笑い。とてもではないが、アッサム辺りには見せられない言動を繰り返しまくっていた時、ふと薫子が気付いた。

 

――そういえば、何でローズヒップの服がこんなにも大きいのか。

 

「ところで、ローズヒップ。その制服はどこから……」

「え? スパイチョップでお間抜けな黒森峰生から失敬しましたわ」

「ああ、だから……」

 

そこまで言って薫子は突如として三号戦車を停止させた。「アタタ」とローズヒップがバランスを崩して砲眼鏡に頭をぶつけた。

 

「何で止まるんですの?!」

「ローズヒップ……」

 

薫子は青い顔で振りむいた。冷汗で額はびっしょり、手はカタカタと震えているのに

ローズヒップは訝しんだ

 

「その間抜けはどんな顔でした?」

「顔は見てませんわ」

「もしかして、あの人じゃあないでしょうねぇ? 例えば銀髪で、いつも目が吊り上がっているような」

 

ローズヒップはキューボラから身を乗り出し、車内に放置されていた双眼鏡を覗いた。一秒、二秒、と時間が経っていくが、それが妙に長く薫子には感じられた。薫子は思った。どうか思い違いでありますように、と。

 

しかし悲しいかな。上のローズヒップが「あ、ヤッベーですわ」と小さく呟いたのを彼女は聞いてしまった。ストン、と車長席に収まり二人は見合った。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは薫子であった。

 

「……ローズヒップ? で、“誰”のを盗ったんです?」

 

薫子はギアを後退にし、前を見た。遥か彼方、稜線にならぶ黒森峰アニマルシリーズ――重戦車の黒い群れを。その中心の三号戦車の上でキツキツなジャケットを着こなし、怒り心頭な現副隊長を。

 

ローズヒップは大きく、「犬のおまわりさん」の音頭を取って言い放った。

 

「いっつみーエーリカさん♪ 怒ってしまってドンドン、ドドーン! 全速こうたーい!」

 

砲の遠雷が一斉に響き渡り、中央の三号戦車が猛進してきたのと同時に薫子は悲鳴を上げ、ローズヒップは叫んだ

 

「後進いっぱい! 全力でラン&ランですわ!」

「おバカヒップ! ドジヒップ! ダボヒップ! やりやがったな!」

「その悪口の陳列は何ですの?! 大体アッサム様のスパイグッズのサイズが合わないから、盗もうと言ったのは薫子ですわ!」

「知らなーいでーすーわー! 」

「後で校舎裏ですわ!」

 

8.8cm、7.5cm、12.8cmの大口径弾が次々と着弾し、黒煙と炎の中をローズヒップ車が全力で後退し、鮮やかなターンと共に逃げに入った。黒森峰にしては粗い砲撃が幸いして三号は焦げるだけで無傷であったが、乗っている二人はたまったものではない。

 

トークションバーは軋み、榴弾片が装甲をぶっ叩く音が騒々しい。一発命中すればオシャカになるのは確実のデスレース。砲弾が飛来するよりも早く判断し、回避行動をとるのはローズヒップの勘と薫子の運転技術で以て何とか実現しえていたが、容赦のない砲撃にコンビは喚きまくった。

 

「右に左に、ちょい減速! あとはリミッター解除ですわ!」

「そんなものないです!」

「ホントにシャイセですわね!ドイツ戦車!」「どっちへ行くんですか!」

「シャイセなのはアナタの頭です!」「あ、右ですわ!!」「遅-い!」

 

近くに着弾し、車体がふわりと浮かんで、大絶叫。また着弾しては横飛びに吹き飛んだ車体が崖を転がったが、奇跡的に横転しなかった。そうしている内に薫子が操縦席の窓から一台突っ込んでくる三号J型を見つけた。

 

この砲撃の嵐の中、砲塔から半身だして指揮しているエリカも同時にみつけ、その睨みに小さく悲鳴を上げた。

 

「エリカですわ!」

「分かってます! こうなったらヤルしか!」

「無理ですわ!」「何で!?」

 

ローズヒップの即答に薫子は涙目で叫んだ。ローズヒップは開き直ったかの如く、車長席に腕を組んで座り込み、自信満々に言った。

 

「弾なんて一発もないですわ!」

「WTF!」

 

そこで薫子は理解した。どうして車体が軽かったのかを。重荷が無ければ軽いに決まっているからだ。もうダメだ!――いっそ、ローズヒップを投げ捨てて車両を軽くしてやろうかと思うのも束の間、車内を衝撃が襲った。

 

何事かと見れば、相手の三号がラムアタックしているではないか。そして、そこには悪鬼がいた。

 

「久しぶりね」

 

そこには地獄からの使者のような顔をしたエリカがいた。

 

片手にワルサーを握りしめながら、こめかみをヒクつかせる姿は修羅そのもの。二人はあらん限りの声で悲鳴を上げた。

 

「妖怪キツキツエリカですわ!」

「そんなに怒らせたいのか?!」

 

ローズヒップの一言で更に怒った。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

 




続きます


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ローズヒップ 私が愛した戦車2

さて、今度は黒森峰側。エリカは苛立ちの頂点にいた。まずは、あたふたして前に進むのが遅い自車三号戦車J型に対してだ。だが、練度不足の一年達とあってはコレには目を瞑ろう。

 

一斉砲撃して一発も当たらないのにも寛大な心でいよう。自分だって最初は当たらなかったじゃぁないか、と心を落ち着かせた。

 

『ああ、履帯が外れた!』

『砲弾が重くて次弾装填できません!』

『ここどこ?』

 

レギュラー陣が一人もいなくてグダグダな軍団にだってエリカは黙った。迷子? 地図読めないのか? とか。 装填不可能? 鍛え直してやろうか? とか。あの三号戦車がいくら勘の良い馬鹿だと言うことを引いても、ダメダメな一年への喝をエリカは喉奥で押しとどめた。

 

だが、我慢できないことがエリカにはあった。このキツイ制服である。ワンサイズ小さくて胸元が苦しい。仕方ないからボタンを開けている訳だが、こうなったことが到底我慢できそうにない。

 

そう、眼前でダンスしている三号の中の奴ら。奴らのせいだ。

 

座学の後、自室に戻って一息を挟むつもりだった。着替えをクローゼットから取り出し、三日前に調達した良い豆を煎ったコーヒーを飲んでホッと一息。そんなささやかで穏やかなひと時を過ごすつもりだった。

 

そう、植物のように、である。

 

ふとクローゼットの奥にある物が目に入った。エリカはそれを手に持って眺めた。ソレはエリカにとって複雑な気分にさせるモノであった。何故今頃になって出て来たのか理解できないでいた。

 

時に憎らしく、懐かしい――そんなノスタルジックな感傷に浸っていたのに

 

『隙あり! スパイチョップ! ですわ!』

 

脳天に叩きこまれたチョップによって、エリカは気を失った。そして、気が付けばジャケットは引っぺがされているし、『三号頂きですわ』とナめた置手紙があるわ、ついでと言わんばかりにコーヒーも飲み干されている。

 

替えのジャケットはクリーニングに出していて無い。これから戦車に乗るのに制服は着て

行けない。

 

エリカは冷静に、聡明な頭で思考した。この状況を打破し、“あの”聞き覚えのあるおバカにあらん限りの復讐を叩きこむにはどうすべきか。

 

そう言う訳で彼女は、ソレを取った。

 

かつて此処で一年共に過ごし、今でもぽわぽわ、甘っちょろいことを言っている元副隊長の忘れ物のジャケットを仕方なく着て復讐することにしたのだ

 

タグの裏側に西住みほの名が入ったジャケットを羽織ったのだ。

 

「なんで! 私がこんな変態っぽい事しなきゃいけないのよぉ! 」

「いきなりなんです?!」

 

回想を終えて、今再びエリカは感情を爆発させた。車内を蹴り回し、ヒステリー気味に喚くさまに乗員の一年生たちは怯えた。

 

一年前の物だからキツイ。しかも持ち主の体格が小柄だったせいか、余計にキツイ。もっと言うとこんな事してる自分の精神が“とても”キツイ。

 

――だから、この原因を! この怒りを! ぶつけるのだ! あのバカ共に!

 

エリカは彼女らをぶっ殺すと心に決めた。故に行動に移した。

 

「前進! このいざこざに片をつけるわよ!」

「この火砲の中をですか?!」

「向うに出来て、コッチが出来ない訳ないでしょ! 普段三号乗り回しているなら貴女達だって出来るわ!」

「そもそもこの乱稚気おこしたの先輩じゃ……」

「お黙り!」

 

エリカは早く終わらせるべく前進を命じた。後輩たちの不安な顔に活を入れた。これしきで火砲の嵐なんて言わない。味方の今の練度では当たりっこない。この際どうせなら直接対決に持ちこむことにした。

 

「でも弾薬持ってないんですよ!」

「そうです! 此処は補給に!」

「駄目よ」

 

一年生たちはそう口々に反論したが、エリカは一瞥し、その提案をはねのけた。

 

「それは奴も同じ。後続に任せようにも、今私達が逃したら誰がアイツらの居場所を伝えるの? ここは直接シメに行くわ。ラムアタックしてでもぶっつぶす。それが出来るのは黒森峰の中じゃこの三号が最適よ。いい? 偵察と機動力! こいつの真価は此処で発揮されるわ! 怖気づかないでよね! panzer vor!」

「キツキツなのにカッコいい」

「早く行きなさい!」

 

その檄に一年生はなにか心を震わせるものを感じ、各自に仕事に取り掛かった。そして、三号戦車は今までとは比べ物にならない程に整然と、敵車両に前進をし、加速した。

 

エリカの指示の下、砲の中を突っ切り、草原を走り往くさまは駿馬と見まごうばかり。ダークイエローの車体が泥にまみれ煤に汚れる中、キューボラから半身さらけ出すエリカはローズヒップ車を睨み付け、ニヤリと笑う。

 

「操縦手! 真っ直ぐよ!」

「ラムアタックですね!」

「そう! ぶちのめす!」

 

起動輪の回転速度が上昇し、唸りを上げたエリカ車が遂にローズヒップ車を捉えた。二車の間で火花が散り、互いの車長が顔を見合った。

 

片方は不敵に笑い、もう一方は悲鳴を上げた。

 

「久しぶりね」

 

そこには地獄からの使者のような顔をしたエリカがいた。

 

片手にワルサーを握りしめながら、こめかみをヒクつかせる姿は修羅そのもの。二人はあらん限りの声で悲鳴を上げた。

 

「妖怪キツキツエリカですわ!」

「そんなに怒らせたいのか?!」

 

ローズヒップの一言で更に怒ったエリカはワルサーを撃ち込み、ローズヒップが車内にあったであろう色んなものを投げつける。

 

「制服取ったのはごめんなさいですわ!でも何でそんなキツキツ?!」

「お前の知った事じゃないわよお!」

「とってもセクシーですわ!」

「絶対殺すゥ!」

 

鎮圧用の9mm弾と空の化粧水やらコスメなどが二車の間を飛び交い、その間でも指示をして、二両の三号戦車はラフなレースを繰り広げた。

 

ベテランだが三号に不慣れな薫子と、三号には慣れているが経験不足な一年の操縦は伍しており、

どちらも決め手に欠けた。

 

「薫子!右!」

「難しいんですよ! これ! 何で変速レバーが股の間にないんですか!」

 

薫子が苦戦し、

 

「一年! もっとぶつけなさい!」

「怖いから無理です! でも何か楽しいですね!」

「いいから行け!」

 

一年が震える。思いもかけない千日手の状況に二人は歯噛みしていた。その時、一年が焦りで操縦をしくじった。互いの三号は激しく衝突し、引っかかって離れなくなった。互いにもつれ合って蛇行しだし、望まぬ方向へと加速してゆく。

 

「チャンス!」

「先輩!」

「あの人無茶するなぁ」

 

そう言ってエリカはローズヒップ車に飛びかかり、見事車内へとローズヒップごと入り込んだ。

 

「離してくださいまし! 妖怪キツキツエリカ~!」

「この! お前のせいで! こんな服を!」

「ちょっと! 後ろで暴れないでください!」

 

戦車内でローズヒップとエリカはキャットファイトを開始。余った袖でローズヒップがエリカをはたき、エリカがワルサーを所かまわず乱射し、車内は大混乱になった。発砲音が鳴るたびに車内を特殊カーボン弾が飛び、あちらこちらで跳ねまわる。

 

「がウ!」

 

ローズヒップがエリカの腕に噛みつき、エリカが腕を回して、振りほどこうとする。

 

「犬か! アンタそれでもグロリアーナのお嬢様なの!」

「ローズヒップは怪しいです!」

「回答ありがとう! ついでに止めてくれない!」

「楽しいからいやでーす!」

『せんぱーい! 戻って下さーい! キツキツエリカせんぱーい!』

 

噛みつくローズヒップ犬、一人エンジョイするジャンキー薫子。通信機から聞こえる後輩たちの涙交じりの訴え。ありとあらゆる困難がエリカに降りかかり、エリカの心の均衡は限界に達しようとしていた。

 

不幸が嵐の如く襲って来た。何が悲しくてバカに付き合わされて、こんなことしているのか――取っ組み合いの最中エリカは虚無を覚えた。

 

その時だった。エリカのジャケットがローズヒップの攻勢とエリカの激しい動きに耐えきれず、前ボタンが全て吹っ飛んだ。

 

二人は尻餅をついて離れる。

 

「あたた。どうして、小さなジャケットを着て……」

 

ローズヒップが何の気なしに掴んだジャケットを見た。そして、彼女は見てしまった。ジャケットのタグに書かれた達筆な持ち主の名前を。

 

「西住……みほ……? え……みほって」

 

ローズヒップは真顔になってエリカとジャケットの名前を交互に見た。エリカは声を失った。

 

沈黙。通信機の向うの一年も、吉田薫子も、あのローズヒップも一斉に黙った。エンジンの音だけが響き、誰も声を発さずに、その事実に押し黙った。

 

もしかしてエリカは――そんな疑問が二両の間で浮かんだ。

 

誤解だ――その言葉をエリカは発しようとしたが、恥ずかしさと神妙な顔つきでじっと見つめるローズヒップを前にして、それが出来なかった。

 

そしてエリカの何かがキレた。

 

エリカは腰に差していた束になった柄付き手榴弾を取り出し、口で紐を抜いた。

 

「え、エリカさん?」

「……こんな言葉を知っている?」

「おーい、エリカさん、いやエリカ様?」

 

ローズヒップが手を伸ばし止めようとするも、エリカは切ない笑顔を浮かんでローズヒップに言い放った。

 

「『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』ギリシャの歴史家プルタルコスの言葉よ」

 

エリカは不気味に笑った後、全ての手榴弾の紐を引き抜いた。爆発したら、今までのことがなかったことにできるかも、そんな淡い期待を抱いてエリカは全てをばら撒いた。

 

「あばよ! 聖グロ共ぉ!」

「お、お待ちに―!」

 

そして、三号車内で炸裂し、もつれ合った二台は盛大に転がってクラッシュ。黒煙を上げて白旗が間抜けな音と共に二両から上がった。キューボラが開かれ、もうもうと煙が吐きだされる中、目を回して出て来たエリカたちはその場で倒れ込み、やがて意識を失った。

 

この8時間後。この二両の乗員は罰として黒森峰の予備砲弾を磨くことが言いつけられるのだが、ショックのせいで何故こうなったのか分からないまま作業する事となった。

 

後、聖グロリアーナの二人は述懐したと言う。

 

『あの時しんどかったですけど、何でエリカさんが黒焦げ姿なのに安堵したような顔をしていたのか。ジャケットが吹き飛んだのに』

 

 

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

「三号って楽しい」

後に三号戦車のエースとなる、ある一年生達の言葉。

 

「車内にみほの名前が書かれたタグがあるんだが…」

車内点検で発見してしまった隊長のお言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々と雑になってしまいましたが、これからも色々と書いて行く予定です。


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BC 愛と自由と味噌の革命

物凄く遅れていますが更新です。

よろしくお願いします。


並ぶアパルトメントは白を基調として、美しい。コンクリートや鉄筋で作られたとは思えない――まるで石造りの質実剛健な城のような建物、ガス灯のデザインまで芸術的なアール・ヌーヴォ様式で道行く人々は皆華やか。

 

オープンカフェを見れば、ゆったり寛ぐBC自由学園の生徒達がコーヒーを口にし、「受験組は粗暴な獣畜生ね」や「エスカレーター組の頭は砂糖とバターしか詰まってない」と会話を楽しんでいる。

 

勿論、テーブルの下に‘今すぐ奴らを排除するための武器‘を隠しながらであるが――これは棍棒ティータイムと言って、BC自由学園では一日の内に35回はどこかで起きている日常で、その様は火薬庫の傍で花火をするように煌びやかでスリリング。

 

この学園を知らぬ者をヒリヒリとさせ、知る者を呆れさせる毎度の光景である。

 

そんな日常をホテル「勝利王の王冠」の主人は何気なく見ていた。エスカレーター組学生向けの高級ホテルのオーナーが「またやっているなぁ」と思っていると、少し騒がしくなっていることに気付いた。

 

「あったぞ!」

 

枯れた声の叫びが鼓膜を叩き、ノンビリしていた脳がようやく働きだし、回転ドアを物凄い勢いで潜る影を見た。

 

それは三人の少女であった。赤毛と黒髪、茶のサイドテールの美少女三人組で――その恰好は酷いの一言だった。戦火から逃れて来たかのように煤塗れ。コンビニの制服だと思われる服はどこもかしくも破れ、下着が見えそうなほどにボロボロ。

 

白い美しい肌も整った顔立ちも薄汚れ、汗と硝煙の匂いを引っ提げながら、突っ込んでくる三人。特に赤毛の子など背中が大きく開いていて、程よく発達した背筋が丸出しであった。

これは厄介事に違いない――店主は穏便にお断りしようと一歩前に出た。

 

「お客様誠に申し訳ありませんが」

「このカードで文句あるか?!」「ありますか?!」「ないですわよね!」

「ようこそ、おいで下さいました」

 

目の前にブラックカード、プラチナカード、低脂肪ヨーグルトのタダ券を出され、0.1秒で最上のサービスを提供することにした。

 

「部屋は最上級のスイートね!」「もちろんご用意いたします」

「着替えを一通り持ってきてくださいね!」「最速で用意させます」

「エスカルゴ!」「ディナ―までお待ちを」

サイドテールの少女がカギを奪うように持つと、三人は一列に全速でエレベーターに走っていった。

 

「お前らのせいでとんだ災難だ!」

「何言ってるんです! 此処に行ってみたいとか! ガイドまで持ってきておいて!」

「エスカルゴぉ!」

 

鬼気迫る迫力に従業員から他の客までタジタジ。黒髪とサイド―テールが激しく議論をし、赤毛がひたすら食い物の名を叫ぶ。狂犬でも入って来たのだろうか、と眉をひそめるのもお構いなしに三人はエスカレーター前でも大暴れであった。

 

「うっさい! 大体コンビニ船に入るとかどうかしているだろ! 誰がやるんだ! あんな方法!」「エスカルー!」

「それがマニュアルだからやるしかないでしょう! 私達はこの手のひっそりな仕事はじめてなんですから!」「エスカー!」

「007でもやらないだろ!「エスカルゴォン!」あとうるさい! 何だその怪獣みたいな名前!」

 

そうして、三人は最上階へと行くため、エレベーターの扉の向こうに消えて行った。店主はホクホクとした様子でその背中に手を振っていた。

 

三人が聖グロから送られた悪の三枢軸だと知らずに。

 

 

 

 

部屋はキングサイズの天蓋付きのベッドがあり、10代向けのノンアルコールドリンクが並んだバーカウンター付き。ガラス張りの色っぽいバスルームが存在する最高級の部屋であった。

 

この様な部屋に止まるお嬢様など、さぞ高貴なご令嬢以外に誰がいるだろうか?と世間一般の人間は思うが現実は違う。

 

ガラスの扉を勢いよく蹴り開け、出て来たのはバスタオルを身体に巻きつけた三人の淑女候補。サイドテールの男勝り美女ルクリリ、ブルネットの美しい薫子、赤髪のチャーミングなローズヒップ。

 

水を弾く珠の肌をバスタオル一枚で隠しつつ、ドタバタと騒ぐは聖グロリアーナが誇るトリオである。

 

「だからコンビニ船はやめろって言ったんだ!」

「まだ言ってるんですか!」

「警備員にしこたま撃たれるわ、三日風呂ナシ!汗マシマシ! お次は何だ!? 言ってみろジャンキー・スピード・アンストッパブル薫子さんよぉ?!」

「はあ?! 私のせいだとでも?!BC学園を周りたいって言ったのは貴方でしょう ポンコツ低速ルクリリさん!」

「フルーツ牛乳がありますわ!」

「お前は話を聞けえ! バカヒップ!」

「貴方は話を聞きなさい! バカヒップ!」

 

薫子とルクリリが機関銃も顔負けの勢いで口論する中、ローズヒップが目の前のフルーツ牛乳に飛びつき、片手を腰に、豪快に飲み込む。三日ぶりの風呂で火照った身体に冷たい飲料を流し込み、満足と言わんばかりに天を仰ぐ。

 

更にクーラーの設定を弄り、冷風を最大にしてベッドに寝転ぶ。

 

「いやあ、最高ですわBC自由学園!」

「お前なぁ」

「お二人も飲みましょう飲みましょう」

 

ローズヒップが指射す方向には冷えた飲料が並んでいた。奔放な行動に毒気を完全に抜かれた二人はそれぞれ好みの飲み物を手に取り、腰に手を当てて、一気飲み。気品など忘れた飲みっぷりにローズヒップが拍手を送り、飲み終わった二人はベッドに腰掛けた。

 

「まあいい。この際忘れる 」

「ええそうですね。仕事…BCの偵察ですけど」

 

薫子は引き裂かれた制服から資料を取り出した。何枚か弾丸が貫通していて読みにくいが内容は以下のようなものだった。

 

『本当にBC自由学園の仲は悪いのか?』

 

「今更だな。悪いに決まっているだろ。記録映像すべてでフレンドリーファイアをしてるんだぞ」

「それがですね。現隊長になってから減ってるんですよ…喧嘩の数が」

「何?」

 

「ほら」と見せたのはアッサムの統計資料で、確かに日常的な喧嘩の数が減っていた。ルクリリは腕を組んで唸った。そんなことがあるのかと。

 

「何か秘密でも?」

「怪しいのはこの二人ですわ」

 

そう言ってローズヒップが出したのは二人の写真。安藤レナと押田ルカであった。

いわゆる受験組とエスカレーター組のリーダーであり、所属的には常に殴りあってそうな二人だ。こんなことあるのか?とルクリリは首を傾げた。

 

「ホントか?」

「アッサム様はそう言いますわ。でも、何でそんな仲悪いんですの?」

 

ローズヒップの疑問に薫子とルクリリは遠い目をした。

 

「そりゃ高校受験を知らない甘ちゃんエリート気取りと」

「中途入学の学力不足な外様は一生お互いを受け入れられないものなんです。ローズヒップ」

「なんで悲しそーな目をするんですの? まあいいですわ!」

 

ローズヒップは二人を引き寄せて、真ん中に書類を叩きつけた。それは外泊許可書で、三日はBC自由学園に泊まれる聖グロリアーナ公認の書類であった。

 

「これがあるのですから、遊んで、速い戦車盗んで、やりたい放題ですわ!」

「それもそうか」

「エクレール、クレープ、ブラマンジェ、サブラン…色々と行きたいところもありますし」

 

三人は想像した。盗んだソミュアS35でカフェに、洋菓子店に乗りつけ、最高速度でぶっ飛ばす。ケーキ片手に川を眺め、景観を楽しむ。プチ旅行としては満点のBC自由学園を心行くまで楽しみ、学生の良き思い出として残す。

 

カメラ係のローズヒップもいる。金なら無尽蔵に使える。

 

「いいなぁ」

「ええ」

「その為にはまず~?」

 

三人は声を合わせた。

 

「あの二人の仲を調べる!」

 

三人で声を合わせてハイタッチ。そして、その為の秘策を彼女等は考え、そして、用意していた。

 

それは既に受験組のアパルトメントで実行に移されていた。

 

 

 

 

 

BC学園には定食はない。味噌と醤油の香りは内地に行かなければ食することは基本的に難しい。何故ならば、学食では出ず、買うと相当に高いからである。

 

昔から欧州を真似たお貴族のエスカレーター組ならば、特に問題はないが、受験組にはきつい物がある。何せ彼女等は特にお金がある訳でなく、かといって食事はごく普通の日本食が主であったからだ。

 

忘れたくない。糠漬けと浅漬けの味。求めるは我がソウルフード、サバ味噌煮。しかして、此処にあるはエスカルゴ定食、おのれ憎き金持ち連中。

 

何度でも言おうここはBC自由学園。米1kgあたり、4500円也。白米などは贅沢そのもの。まして、惣菜など到底揃えられる訳もない。

 

そう言う訳で、此処では時折次の様な光景が目にされるようになった。

 

「突入!」

 

早朝、住宅街のど真ん中で爆音が響いた。

 

あるアパルトメントの一角。押田ルカの一言で壁が少量の爆薬で破壊され、バイザーヘルメットとアーマーで武装した一団が中へと侵入する。鎮圧用のカーボン入り、ファマス突撃銃が援護位置につく中、硬いフランスパンを片手に部屋の隅々をクリアリングしていく。

 

「クリア!」

「クリア!」

「喰らえ!」

 

次々とクリアの掛け声が聞こえて来たが、ついに戦闘が始まった。中で立てこもっていた受験組が納豆入りの手榴弾を投げ、炸裂。一人がねばねばになり、床に倒れた。

 

「うわ!うわあ!臭う! ネバるゥ!誰か取ってエエええ!」

「くそ! マルタがダウン!」

「何て事するんだ!」

 

散発的に銃声が鳴る。発酵臭にまみれた隊員が引きずられて行く中、エスカレーター組はその惨状から目を逸らすように受験組の検挙を行っていく。

 

「仇と匂いは取るぞ……必ず!」

 

押田ルカは目尻に涙をため、決意を新たにする。こんな事が起こりだしたのはつい3日前からになる。正確にはずっと前から小規模ながらもあったが、最近は活発になり、今ではこんな有様だ。

 

「制圧完了!」金糸の様な金髪を振り、押田は部屋の奥へと進む。勿論フラッシュライトとフランスパンを構え、最大限に警戒しつつ、進む。皆が肩で息をし、疲労とストレスで瞳を揺らす中で、押田は毅然として最奥の部屋の前に立つ。

 

「……おそらくこの中かと」

「……ああ」

 

押田は喉を鳴らした。部屋の外からでも嗅ぐことが出来る匂いに、だ。それは自分の人生ではかつて経験したことがなかった匂いであった。

 

彼女は知らないが、それは様々な漬物と発酵食品の混ざったそれで、分かりやすく言うと、田舎で農業を営むおばあちゃんの匂いである。だが、それが何を意味するのか。彼女は理解していた。

 

意を決してドアを蹴破る。そこには彼女達にとって驚くべき光景が広がっていた。

 

「何だ?! これは!」

 

口元を抑え、絶句する。暗い部屋を占めているのは圧倒的漬物の戦列であった。天井に吊り下げられた干された大量の大根。ブラウン管テレビの上に並べられた藁の塊。床を我が物顔で占領しているのは糠の入ったタルであった。

 

藁を興味本位で開くと自家製の納豆が糸を引いて、その様を見せつけ、隊員が腰を抜かして尻餅をついた。

 

「ヒィ!!」

「触るな! 何も触るな!」

「ルカ様!こ、コレを!」

 

大型の冷蔵庫の中を開けるとルカは二歩退いた。恐ろしいことに完成されたたくあん漬けと浅漬けがタッパーにぎっしりと、しかも刻み唐辛子まで添えられているではないか。

 

これこそ、BC自由学園で散見される“違法発酵物製造プラント”である。匂いと外観がおフランスな空気感を損なうので、生産と販売には許可が必要なのだが、売られても高値なのでこうして受験組による闇製造が行われている。

 

「こんなに作られているなんて、受験組め!外様め!」

「ヒドイ、このアパルトメントはもう納豆菌の海に沈んだ…」

 

「くそう!」押田は悪態を吐き、ヘルメットを床へと叩きつけた。こんな時に安藤は何をしている。これを抑えるのが奴の仕事だ! あの健康チックな褐色肌で、素敵な三白眼を持ち、レモンの良い香りのする黒い癖っ毛をした受験組はどこで何をしているんだ!

 

押田ルカは独り、無力感を覚えつつも皆に消毒する旨を伝え、部屋を後にした。

 

 

 

「きゅうり、お塩、昆布…ジップロックに付けて重しで圧しつける…これでBC自由学園法違反ですわ!」

 

てきぱきと作られた浅漬けをまえに受験組達が歓声を上げ、拍手をする。

 

「おお!なんて手際だ!流石謎のファーマーヒップさん!

「勉強になります!」

 

学園艦の底の底。別の所では受験組の前で謎の赤毛の漬物名人による講義が行われていた。三日前から行われている、このご家庭の知恵講義は評判で、受験組の救いの神となっていた。いかにネットでレシピを見ることができてもノウハウはやはり人伝に限る。

 

故にこの講義で美味しい漬物が次々と量産されていくのはBC自由学園受験組にとって待ち望んだ瞬間であった。

 

それを遠巻きにルクリリと薫子(共に仮面で仮装済み)が憮然とした顔で見ていた。

 

「なぁ。これって」

「これが必殺、裏からの黒幕――第一次漬物ブリティッシュ作戦。またの名をピクルスマーケットガーデン作戦と…」

「そういうことを聞きたいんじゃないなくてさ」

「これで対立を煽りに煽って、仲直りが出来るかで奴らの仲を測定するんです」

「だからさ」

 

ルクリリは呆れ顔で言った。

 

「コイツ等バカなんじゃないかな」

 

薫子は大きく頷いた。

 

「全くですね。紅茶以外でこんな騒動起こすなんて野蛮もいいとこです」

 

ルクリリは「そうだな」と乾いた笑いを浮かべ、ミルフィーユをフォークで掬う。

 

上品な甘さが口一杯に広がり、妖精のようであった。しかし、ルクリリの心は晴れなかった。自分らが戦って来た相手には敬意を払って来たが、それを向けるべきか疑問になった。

 

おそらく路上でタイヤキを作っていたら、革命が起きるだろうと皮肉気味に笑った。

 

「終わりましたわー!」

「おかえりですローズヒップ。どうでした?」

 

講義を終えたローズヒップは手早く炭酸水の瓶を一気飲みし、ロールケーキを口に放り込む。「うん!美味い!」と豪快に明言し、彼女はあっけらかんと言った。

 

「BCの方たちってきっとおバカさんなんですわ!」

「ですよねー」

 

ルクリリは頬杖をついて、アハハと笑う二人をただ見ていた。

 

 




これからも遅れるとは思いますがよろしくお願いします。


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