ソードアート・オンライン牙狼〈GARO〉 (憐憐)
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騎士

『世界初のフルダイブ型MMORPG“ソード・アート・オンライン”新たなゲーム体験を求め、1万人のプレイヤーが剣の世界へ飛び込んだ。しかし、彼らはこの世界の創造主“茅場晶彦”の企む地獄のゲームへの供物だった。ログアウト不能、HPの消失は命の消失。それがプレイヤーに課せられたルール。脱出するにはSAOの舞台“天空城アイン・クラッド”の100層の突破。気の遠くなるような条件だ。だが、絶望するにはまだ早いぜ。最後の希望は確かにそこにあるのだから』

 

 

アイン・クラッド第1層、とある迷宮…

 

「はあ、はあ、はあ」

 

息も絶え絶えになりながらアスナは目の前の敵にソードスキルを発動する。アスナのレイピアが輝きを放って敵を砕いた。

経験値を手に入れてそのことを確認するもアスナは剣を収めなかった。

まだ足りない。もっとレベルがいる。アスナは焦っていた。1ヶ月、このデスゲームが始まって1ヶ月だ。なのに、それなのにまだこの1層からプレイヤーは出られていない。自分でやるしかないのだ。3週間経った時、アスナはついに決心して、こうして迷宮にこもった。1週間戦い通し、寝る時も迷宮内、そんな生活。思えばかれこれ三日三晩飲まず食わずだ。それでもアスナは止まらない。

私が戦う。アスナの脳にあるのはそれだけ、フラつく足に無理矢理喝を入れアスナは再び歩き出す。そうしているとノコノコと獲物が顔を出す。

お前も私が倒す。アスナが剣を構えると敵も戦闘体勢をとる。ソードスキル、アスナがこの世界の必殺技の発動モーションに入る。しかしその時、

 

「あっ…」

 

急に気分が悪くなって、アスナは膝から崩れた。目の前には迫る敵、終わった。アスナは悟る。まだ何もしてないのに!ギリギリと歯を食い縛るが動かぬ体、遠のく意識は正常には戻らない。音にならない慟哭とともにアスナは目を閉じ、死を受け入れた。黄金の輝きに包まれてアスナは闇へ落ちていった。

 

 

『コウガ、無愛想な顔して意外とムッツリなんだな』

 

「黙れザルバ」

 

誰かが話している?働かない頭で声を聞きながら、アスナはゆっくりと体を起こした。

 

『よう嬢ちゃん』

 

「誰⁉︎」

 

ようやく状況を飲み込んでアスナはたじろぐ。見知らぬ場所と目の前には白いコートの少年、確か迷宮でモンスターに返り討ちに遭いそうになってそれで…

ダメだ記憶が無い。誰なんだ目の前のこいつは。アスナは身を守るために構えた。

 

「助けてやったのに礼も無しか?」

 

そんなアスナを見て無愛想な声が言った。

 

「別に助けてなんて言ってないわよ!そっちこそ勝手な真似したくせに偉そうにしないで!」

 

『はははは!気の強い嬢ちゃんだ。コウガ、一杯食わされたな』

 

「誰⁉︎」

 

白いコートの少年とは違う声、しかしここには2人しかいない。キョロキョロとしていると少年はアスナの目の前に左手を突き出した。その中指には髑髏の指輪がつけられていた。

 

『喋ってるのは俺だ、嬢ちゃん』

 

カチカチと下顎を動かし、指輪が喋る。一瞬面食らったがここがゲームの世界であると思い出し、持ち直す。

 

「で、喋る指輪と白いナイトさんはなんで私を助けたわけ?私、お礼に渡せるものなんて無いんだけど?」

 

「だろうな、ただお前を見かけて、見捨てたら寝覚めが悪いと思っただけだ。死ねなくて残念だったな」

 

「なっ、ええそうね、残念だったわ。あなたみたいな人間性の欠けた人に拾われて、お礼はいらないんだったわよね。だから何も言わない。さよなら」

 

アスナはベッドから立ち上がると手早くローブをひっつかんで部屋から飛び出した。高圧的な目、態度、コートの少年、コウガとか言っただろうか?とにかく彼の全てが気に食わなかった。助けてくれたことに感謝していないわけではない。だが、あんな態度を取られたら話は別だ。

 

「ムカつく!頭冷やさなくちゃ…」

 

外の空気が吸いたい。いいベッドで寝られたからだろうか、体に蓄積された疲れは取れている。早くここから出よう。アスナは急いで宿屋らしきところから脱出する。だが目の前に広がっていたのは見知らぬ街の風景だった。

 

「どこなのよ、ここ!」

 

始まりの街とダンジョンの行き来しかしなかったことを後悔しつつ、アスナは絶叫した。

 

「トールバーナの街だ」

 

背後から呟く声が聞こえた。馬鹿を見るような目でコウガがこちらを見ている。

 

「ガイドブックに書いてあるだろう」

 

ガイドブック?アスナが首を傾げるのを見てコウガは言った。

 

「商店に無料で置かれていただろう。俺は金を取られたが、お前みたいな奴ならタダでもらえるはずだ」

 

知らなかった。呆然とアスナは呟く。今まで武器と回復アイテムに資産のほとんどをつぎ込んでいて、それ以外の物に興味を持たなかったのである。初心者のためのバイブルがあっただなんて露ほども知らなかったし、知ろうともしなかった。

 

「はあ…お前、そんなんでよく生きてこられたな。大したもんだよ」

 

「何よ嫌味⁉︎」

 

「半分はな」

 

残りの半分は⁉︎とアスナが聞くのを待たずコウガはコートを靡かせ歩き出した。

 

「ちょっと、どこへ行くのよ!」

 

「どうせ当ても無いんだろ?だったらついて来い」

 

コウガの言いように思わずむかっ腹が立ったが、彼の言う事は事実であった。アスナは仕方無いと必死に自分に言い聞かせて、後に続いた。

 

 

コウガに連れられアスナが街の中心部にある広場に着いたのは午後4時前だった。街を散策しながらここまで来たのであるが、ここに近づくにつれて目に見えて人口密度が増していた。

 

「なんでこんなに人が多いの?」

 

アスナが問う。

 

「今日の午後4時から、ここで第1層攻略会議が行われる」

 

えっ?とアスナは面喰らった。待てども暮らせど攻略が進まぬ今日の状況に、てっきり誰もが攻略を諦めたのだと思い込んでいたからである。しかし、諦めてなどいなかったのだ。自分が知らぬ所で着々と、ここにいる彼らは力を蓄えていたのだ。

 

「私、馬鹿みたい」

 

口をついてそんな言葉が出てきた。

 

『ふん、嬢ちゃん。どうせ死ぬならもっと意味のある所で死にな』

 

「ザルバ」

 

下卑た笑いを浮かべる指輪のザルバをコウガが諌めるが、アスナはそんな事気にしないとばかりにコウガを追い抜き、自らの意思で噴水を中心にした広場の段差に腰掛けた。それに倣うようにコウガも隣へ腰掛けるとちょうど4時を告げるチャイムを広場の時計が奏でた。

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう!俺の名はディアベル。気持ち的にナイトやってます!」

 

チャイムが鳴るのを今か今かと待っていたのだろうか。噴水を縁をお立ち台代わりに立つ青い髪の男ディアベルの顔は高揚しているように見えた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない。昨日、俺達はついに見つけたんだ。この第1層を守るボスの部屋を」

 

ディアベルが宣言すると広場中から歓声が上がる。周囲の人間との接触を断っていたため。アスナはこの盛り上がりに乗り切れ無かった。しかし、隣を見ると早く進めろとばかりにディアベルに冷めた視線を送るコウガがいて、仲間ハズレではないという安心を感じた。

そんな風に一部冷めた人間がいるとは露とも思ってないようにディアベルは熱い思いを叫び続ける。

さすが鬱陶しいかもしれない。アスナはそう思って、もう一度コウガの顔をチラリと覗いた。コウガは眠っているようにジッと目蓋を閉じていた。

お察しの通り気の短い隣の男の様子に嘆息したアスナだったが「ちょっと待てや!」という関西弁の怒号を聞いて意識を広場の中心へ戻した。

 

「ワイはキバオウっちゅうもんやけどな。ちょっと言いたいことがあるんや」

 

怒鳴り声を上げたイガグリ頭のキバオウはみんなの注意を自分に集めてから、視線を移す。ピタリとキバオウと目があってアスナはギョッとしたが、すぐにそうではないと気付いた。キバオウが睨んでいるのは自分ではない。横にいるコウガだ。

 

「おい、そこの白コート。お前βテスターやろ!」

 

ザワザワと広場にいたプレイヤー達が視線を向けてくる。あまりの居心地の悪さにローブのフードを目深に被り、頭を抱えて伏せた。

 

『よう嬢ちゃん』

 

姿勢を低くすると、コウガの指にはまるザルバがにやけ声で話しかけてきた。

 

「ザルバ、どういうこと?あなたのご主人様はお尋ね者か何かなの?」

 

コソコソと周囲に漏れない声でアスナが聞いた。

 

『コウガが俺様のご主人?まあそれは良いとして、コウガは別にお尋ね者じゃないぞ』

 

「じゃあなんで?」

 

『あいつらが言ってただろう?βテスターって』

 

「なんなのそれ?」

 

『本当に何も知らないんだな。βテスターってのはこのゲームが正式に始まる前、つまり嬢ちゃんみたいな初心者がログインしてくる前にこのゲームが正常に動くか体験プレイした連中のことさ』

 

「それがなんで…」

 

言いかけたと同時、アスナは後ろからローブを引っ張られた。痛い、現実程ではないが衝撃と相まって不快感が襲って来る。しかしそれは一瞬にして消え去った。

 

「グエッ」

 

カエルみたいな声を上げてアスナの背後でキバオウの仲間らしき男が倒れていた。こめかみを押さえる男の視線の先には赤鞘の剣の柄頭を相手に向けるコウガがいた。恐らく倒れた男はあれで突かれたらしい。礼でも言いたいところだったが、それどころではなくなっていた。アスナを庇ったことで交戦の意思ありと見なされ、キバオウの仲間と目される男達数人がアスナとコウガを取り囲んで、武器の切っ先を向けて来る。そして仲間の男達に遅れてキバオウも来て、コウガと正面から睨み合った。

 

「堂々としたもんやなぁ。そんな綺麗なコート着て来やがって。そんなに目立ちたかったんか?ん?」

 

怒った声色でキバオウが言うが、コウガは無言で彼を睨んでいる。

 

「なんや、その目は?何をムカついてんねん。ムカついとるのはワイらの方や。お前らみたいなβテスターが情報を独占した結果、今までに2,000人が死んだ。お前はそいつらに詫びいれろや」

 

「それは…」

 

横暴だ!アスナが言いかけるが、別のところから声が上がった。

 

「それは違う」

 

ガタイの良い色黒の男性が手に持った冊子を掲げて言った。

 

「俺はエギルというんだが、キバオウ、あんたは間違ってる。情報は隠されちゃいない」

 

というとエギルは手に持った冊子を広げて見せた。

 

「こいつはどこの商店に行っても手に入れることが出来るプレイヤーメイドのガイドブックだ。こいつが配布されたのは、このトールバーナへプレイヤーが到達する前、しかしこの本には第1層どころか6層までの大まかな攻略法が記されている。β期間でクリアされたのは第6層まで、つまりこれを書いたのは他でも無いあんたが悪し様に言うβテスターだ」

 

「なっ…!でも」

 

エギルの言うことにキバオウは反論しようとする。しかしそれをディアベルが制した。

 

「キバオウさん、確かにあなたの気持ちはよくわかる。俺もここまでに仲間を失った。でも、今は前に進む事の方が重要なんじゃないか?死んでしまった人達が果たせなかった願いを、俺達が成し遂げるんだ。そのために俺は手段を選ばない。使える物はすべて使ってこのデスゲームを生き残る」

 

ディアベルの熱い言葉にキバオウは折れた。

 

「わかった。そこまで言うなら、ワイはあんたの言うことに従う。この白コートのことも見逃す」

 

そう言ってキバオウはディアベルと硬い握手を交わして、元の席へ戻った。去り際にキバオウはコウガに肩をぶつけ、

 

「お前が妙なことしたらすぐに袋叩きにしたるからな」

 

と捨て台詞を残していった。そんなトラブルに見舞われながらもその後、なんとか会議は終了した。

 

 

「あなたのせいだからね」

 

会議の後、夕日に包まれたトールバーナの街でアスナはコウガに言った。

会議でのトラブルの後、ボス討伐の役割分担を決めることになったのだが、アスナとコウガは半ば無理矢理コンビを組まされ、さらに経験値やアイテムの分け前がほぼ無い後方支援へと回されてしまったのだ。すべてはキバオウが作ったアンチβテスターの空気のせい。アスナはコウガの仲間のβテスターとして扱われてしまったのである。

 

「死ぬよりはマシだろ」

 

「わかったようなこと言わないで」

 

口をついて怒りの言葉が出て来た。

 

「私は戦わなきゃならないの、戦って足掻かなきゃならないの。でなきゃ…誰も、私も、私を許せない」

 

「そうか…」

 

そう答えたコウガの口調は淡々としたもので彼の気持ちを読み取ることは出来なかった。でも、そんなのはどうでもいい。アスナは踵を返してコウガと別れた。

 

『危うい嬢ちゃんだ。どうするコウガ?』

 

アスナの背を見送ったコウガにザルバが問い掛けた。コウガは無言を貫いて、その場を後にした。

 

 

次の日の朝一番、トールバーナの街の門で集合した第1層ボス討伐隊は意気揚々と出陣した。隊列の一番後ろには後方支援を言い渡されたコウガとアスナの姿があった。

並んで歩いてはいるものの2人の間に会話は無く、和気あいあいとどこか遠足の様にも見える他の面子の中にあって異質だった。

そんな2人を連れた討伐隊は昼過ぎになってようやくボスの部屋にたどり着いた。

 

「みんな、ここまでに来たら言うことは1つ…勝とうぜ!」

 

ディアベルの高らかな宣言を合図に門が開かれる。ボス討伐が始まった。

 

「イルファング・ザ・コボルトロード…」

 

呟くようにアスナが部屋の主の名を読み上げるのをコウガは後ろで聞いていた。

 

「俺達の仕事は作戦が失敗した時の殿(しんがり)だ。あれだけ綿密に策を練ってここまで来たんだ。俺達の仕事は無いと思っていい」

 

『残念だったな』

 

「そう…」

 

アスナは呟いて、部屋の門の傍にコウガと同じようにもたれかかった。目の前では戦いが繰り広げられているのに2人の空間だけは呑気なものだった。

 

「ねえ」

 

あまりに暇を持て余して、アスナはふとコウガに問い掛けた。

 

「昨日、私を助けた時、なんで私を助けたの?」

 

「その質問は昨日も聞いたぞ」

 

「あんなふざけた理由じゃなくて、ちゃんとした理由を知りたいの」

 

眉をひそめたコウガにアスナは真剣な目で向き合った。すると彼は

 

「…お前の太刀筋が気に入った」

 

そう一言こぼして黙ってしまった。そんなこともお構いなしでアスナ達の眼前ではボス攻略がつつがなく行われていた。

 

 

「レッドゾーンだ。気を付けろ!」

 

ボス戦開始から1時間、ディアベルが叫んだ。コボルトロードは残りの体力が少なくなると攻撃パターンが変わる。フォーメーションを変えろと言う指示だ。攻略隊はコボルトロードの使う曲刀タルワールの攻撃に備え陣形を変える。しかしその途中、事件は起こった。

 

「タルワールじゃない!」

 

攻略隊の1人が悲鳴にも似た叫びをあげた。コボルトロードの手に握られていたのは曲刀というには真っ直ぐ過ぎる代物であった。

 

「野太刀だ」

 

アスナの背後でコウガは冷静に言った。そして次の瞬間、阿鼻叫喚の悲鳴とともに先鋒を務めていたプレイヤー達が宙を舞い。高くジャンプしたコボルドロードがそれらを刻んで青い粒子に変えてしまった。

 

「下がれ!」

 

仲間達の死を悲しむ間も無くディアベルが叫んだ。

 

『コウガ、仕事のようだな』

 

ザルバが言うとコウガは無言で退却する隊員達をかき分けて前線に出た。同じ仕事を言い渡されていたアスナもそれに倣った。

 

「どうするの?」

 

「死なないように注意しろ」

 

アスナが聞くとコウガはそう言って敵と向かい合う。

“ルイン・コボルト・センチネル”攻略隊に追撃を掛けようとしていた槍を持ったコボルドロードの取り巻き2体と相対していた。

 

「グルァ!」

 

センチネルの咆哮がゴングとなった。コウガにターゲットを絞った二本の槍が襲い来る。彼はその初撃を難無く躱す。続いてくる襲ってくる2体の攻撃の嵐もコウガは一切無駄の無い動きで躱し、剣さえ抜かずにセンチネルを1人で翻弄していた。

 

「すごい…」

 

アスナはコウガに加勢することも忘れ、感嘆の声を漏らす。いったいどれほど敵を倒せばあんな風に動けるのだろうか。他のプレイヤーとは比べ物にならない異次元の動きに、自分の力は邪魔になるとアスナは思った。

その直後、コウガはやっと剣を抜く。赤鞘から解放された両刃の直剣はセンチネルの槍を輪切りにし、1体を斬り裂き、1体を突き貫いた。

 

「ゴアアアアアアアアアア!」

 

センチネルが粒子となって砕け散るとコボルドロードの咆哮がコウガのコートを揺らす。

 

「コウガ君!」

 

「下がれ…」

 

「でも!」

 

「いいから下がれ!」

 

怒号が飛び、アスナは足を止めた。コウガは目の前の強大な敵に1人で挑もうとしていることは手に取るようにわかる。無茶だとアスナは思った。だって作戦を立てて沢山のプレイヤーが包囲して、それで初めて倒せるようなものだと言うことはすでに昨日の会議でわかっているから。あんな奴、1人で倒せるように出来ちゃいない。コウガにもそれがわかるはず。だが彼の背中は堂々としたもので、これっぽっちの恐怖も感じていないようだった。

 

「コウガ君…」

 

後ろでコウガを見守りながらアスナが呟く。

コウガは剣を掲げ円を描いた。コウガの頭上に光の輪が出来て、コウガを照らす。するとそこから飛び出た金属片が次々とコウガに張り付き彼の鎧となった。

 

「金の狼…」

 

コウガの纏った黄金の甲冑は憤怒に燃える狼を模していた。眩しく、しかし暖かな光にアスナと、そしてその後ろで退却しようとしていた攻略隊は目を奪われていた。

 

「グルァ!」

 

先鋒を務めていた隊員達の命を奪った野太刀が振るわれる。コウガは左腕のガントレットでそれを防ぐと強烈な右ストレートを放った。

ゴスッ!と鈍い音がしてコボルドロードが吹き飛び、その体力が削れる。

コボルドロードはそれでも戦いを続けようと起き上がる。相手が体勢を立て直す前にコウガはすでに飛んでいた。黄金の甲冑など身に付けていないように彼は軽やかに飛び、空中で回転しながらコボルドロードへ斬撃を放った。

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!」

 

断末魔とともにコボルドロードが弾け飛んだ。

“congratulations”

コボルドロードを倒したことを告げるその文字が、部屋の中で華々しく輝いた。

 

「すげぇな…」

 

感嘆の声を漏らし、エギルとその仲間達が鎧を纏ったコウガに拍手した。それにつられ、ディアベルとその仲間達、そして隊員達へと伝播していく。その中でたった1人、キバオウだけが怒りに震えていた。

 

「なんやねん、なんやねん、その鎧!そんなもん使えるんやったら、なんで初めから使わへんねん。お前のせいや!お前のせいで犠牲が出た」

 

「言い過ぎだキバオウさん!」

 

怒り狂うキバオウをディアベルが宥める。しかし

 

「事実だ。すまなかった…」

 

コウガはそう言うと鎧を解除して、コボルドロードが消えたことによって開かれた階段を登って言った。

ディアベルに倣ってキバオウを宥め始めた攻略隊の中、アスナはその背中を見送った。

 

 

『良いのかコウガ?』

 

「何がだ?」

 

解放された第2層への階段を登る道中、ザルバが突然切り出した。

 

『あのキバオウとかいう奴のいる限り、お前はボス攻略に参加し辛くなる。良いのか?』

 

「そんなことか。別に構わん。俺には俺の目的がある、あいつらにペースを合わせてやる義理は無い」

 

『なるほど、で、黄金騎士“牙狼(ガロ)”よ。お前の目的とはなんだ?』

 

「しばらくあの女を見張る」

 

『アスナの嬢ちゃんのことか?なぜだ?』

 

「あの女はやり手のプレイヤーになる。そして女ということも相まってプレイヤー連中があいつを祭り上げる。それが狙いだ」

 

『ほう…』

 

「勇者として祭り上げられればトラブルに巻き込まれることが多くなる。そのトラブルの陰に“ヤツ”の姿があるかもしれない」

 

『ヤツ?』

 

「これ以上は詮索するな。とにかくついて来い」

 

『ふん、まあ付き合いもそう長くないからなこの辺にしておいてやろう。ところでコウガ』

 

「なんだ」

 

『感情に振り回されるなよ』

 

「黙ってろ」

 

ムキになったようにコウガは答えザルバを指で弾いた。それ以降第2層に到着するまで2人は口を聞かなかった。



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愛剣

第1層攻略から数日たったある日のこと、アスナはこの世界に来て初めて悪夢でない夢を見た。それは過去の回想であった。

5歳の頃、両親に連れ出されたとあるパーティーでのちょっとした思い出だ。

父と懇意にしている会社の関係者への挨拶回り、したくもないのに頭を下げて回っていたその時である。

 

「こんにちは」

 

そこには父親に連れられた自分と同じ歳ぐらいの男の子がいた。

 

「どうしたの?どこか痛いの?」

 

アスナがあまりにむくれていたので心配になったのだろう。男の子はそう聞いてきた。

 

「別に、楽しくないだけ…」

 

「そっか…じゃあ、これ」

 

そう言って花を一輪、男の子はアスナに手渡した。

 

「これは?」

 

「君に元気になって欲しかったんだ」

 

「ありがとう」

 

花などもらったのはそれが初めてだった。アスナは枯れるまでずっとその花を大事に飾っていたのだが、今の今まで、この時のことを忘れていた。

 

「あの時の男の子、元気かな?」

 

朝の光が射し込む第2層の宿屋のベッドで微睡みながら、アスナはポツリと呟いた。今となってはは顔も名前もまともに思い出すことができない。だけど、あの1日だけの友達のことを思い出すとなんだかこの命を削る日常を忘れることができた。

 

 

ちょうどその時、コウガは常に刻まれている眉間のシワをさらに深くしていた。原因には今彼の目の前にいる爺さんにあった。

 

「貴様の顔に描いた模様は我が弟子である印。試練を乗り越え、その模様を洗い流すのじゃ」

 

そう言った爺さんをコウガは無駄とわかりつつも睨み付ける。爺さんの正体はこのゲームをプレイするプレイヤーにとあるスキルを授けるために存在するNPCである。

 

「では、弟子よあの岩を素手で砕くのじゃ」

 

そう言ったきり、爺さんは掘っ建て小屋へ引っ込んでいった。コウガの赤鞘の直剣、魔戒剣を持って。

 

『うむ、魔戒剣を取られたということは鎧の召喚は出来ないな。どうするコウガ?岩が割れなきゃ間抜け面のままだぞ』

 

ニヤけ声でザルバが告げる。今、コウガの顔には修行者の印という名目で猫髭のペイントが施されていた。

 

「さっさと洗い流してやるさ、こんなモノ」

 

白い外套、魔法衣を翻し、コウガは岩に歩み寄る。腰を落として溜めを作った渾身の右ストレートが一撃で岩を砕いた。

 

『やるな』

 

爺さんから魔戒剣を取り戻し、ペイントを洗い流していると、ザルバから褒め言葉を預かった。「どうも」愛想の無い返事を返しながらコウガは爺さんから授かった新スキル、格闘スキルをスキルスロットへセットした。

これでここでの用は済んだ。コウガは街に帰ろうと踵を返す。しかし背後に気配を感じ、ハッと振り返った。

 

「斬られたいか?」

 

自分の背後、気配の正体にコウガは冷たい問いを投げた。

 

「全く、見知った顔だってのに愛想も何も無いねアンタは。相変わらずだよ」

 

「フッ、お前も変わらずだな“ジャビ”」

 

セミロングの黒髪に黒革の軽装、ジャビと呼ばれた短剣使いはコウガの数少ない友人と呼べる存在であった。

 

「聞いたよコウガ、1層攻略戦では大した活躍だったそうじゃないか」

 

「嫌味か?」

 

コウガが聞き返すと澄ました声で「まあね」と返って来た。1層攻略のニュースは号外としてアインクラッドの全プレイヤーに知れ渡ったのであるが、同時にボスを倒したコウガについて“情報を隠して自分だけ強い装備を手に入れたβテスター”と言う悪評がついてしまったのである。

 

「アンタ、しばらく前線の奴らに近寄らない方が良いね。あいつら、特にキバオウとその仲間達が殺気立ってる」

 

「言われなくてもわかってる。それで、そんなくだらないことを言うためにわざわざ俺を探して訪ねてきたのか?」

 

嫌味っぽくコウガが言うとジャビはそれを否定する。そして急に深刻な顔になってコウガに言った。

 

「コウガ、同じβテスターのよしみでアンタに調べてもらいたい事がある」

 

そう言うとジャビはコウガにとある事件について語り出した。

 

「やあっ!」

 

掛け声とともにソードスキルを発動し、アスナは蜂型の雑魚モンスター、ウィンドワスプをレイピアで突く。

SAOのゲームの仕様上空中を飛ぶモンスターは非情に戦い辛い。しかしアスナはこの空飛ぶモンスターウィンドワスプを執拗に狩り続けていた。このモンスターからドロップできるアイテムがアスナのレイピアの強化にどうしても必要だったのである。

 

「ニードルオブウィンドワスプが20個…」

 

ドロップ率8%、20個集めるのはなかなかに骨が折れる作業だった。だが、これだけあれば9割以上の確率で強化に成功するだろう。

アスナはレイピアを鞘にしまい、踵を返し、2層の主街区ウルバスへ駆けて行く。

しかしその道中、見知った後ろ姿を見つけてそちらへ駆け寄った。

 

「待ちなさいよ!」

 

アスナを含めたプレイヤー達とは一線を画す仕立ての良い白のロングコート、間違い無い。

 

「コウガ君!」

 

呼びたてると、コウガはキョトンとして振り向いた。

 

「大丈夫なの?そんな目立つコート着て」

 

「何が悪い」

 

「キバオウさんやそのお仲間があなたを排斥しようとしてるのよ。背中を刺されるかもしれないわよ」

 

「なんだ、そんなことか…」

 

くだらない。とでも言いたげにコウガは呟く。

 

「何よ、せっかく心配してあげてるのに」

 

「要らん心配だ。それよりちょうどよかった。お前に会いたいと思っていたところだ」

 

えっ?コウガの言った言葉にドキリと心臓が跳ねた。会いたかったとはどういうことなのだろう。

しかしアスナが心当たりを探るより早くコウガはアスナに歩み寄ってその手を取ってきた。

 

「はあ⁉︎ちょっとコウガ君!何、どういうこと!」

 

質問には答えず、コウガはアスナの左の中指に銀の指輪を着けた。

 

「どういうことよ⁉︎私達そう言う関係じゃないでしょ⁉︎」

 

「そう言う関係ってどういう関係だ」

 

たかだかパーティーを組んだだけ、指輪を貰う謂れなど無いはずである。こんな物要らない。アスナは叩き返してやろうと指輪を外す事を試みた。しかしウンともスンとも言わない。ガッチリ指に食いついたように外れないのだ。

 

「何よこれ!」

 

「お守り代わりだ」

 

「はあ⁉︎要らないわよ。外してよ!」

 

「そのうちな」

 

アスナの抗議に非情な返答をして、コウガはウルバスへ向かって歩いて行く。

 

「待ちなさーい!」

 

アスナは全力疾走でコウガに追い付くと外せ外せと抗議しながらウルバスへの道をともに歩いた。

 

 

アスナが5時間振りにウルバスへ戻った時、すでに日は落ちかけて暗くなり、街の街灯が辺りを照らしていた。

 

「予想以上に遅くなったわね、鍛冶屋さんはまだ開いているかしら」

 

アスナがそう言った瞬間、コウガの目の色が変わった。

 

「お前、鍛冶屋に何の用だ?」

 

「何って、武器の強化よ。第1層のボスはあなたに手柄を取られて何も出来なかったじゃない。だからもっと強くなろうって思って、エギルさんに相談して、色々教えてもらったのよ」

 

「止めとけ」

 

「えっ?」

 

「止めておけ」

 

無愛想にコウガは言った。なぜ?アスナが聞くが、コウガは理由を語らない。「お前は知らなくて良い」の一点張りだ。

 

「何なのあなた、突然変な指輪着けてくるし、今度は理由も教えず武器を強化するなって…そんなんじゃキバオウさんが怒るのだって当然よ!もうあなたには関わらないから!」

 

怒鳴り散らしてアスナは去って行った。その背中を見送ってコウガはザルバに問うた。

 

「何で怒ったんだ。あいつ」

 

『お前はもうちょっとコミュニケーションって物を大事にしろ』

 

ズバリ、ザルバが答えるがわかっているのかいないのか、コウガの様子からはわかりかねた。

そんな時である。

 

「畜生、最悪だ。あの時、あいつに強化を任せなきゃ!」

 

怒鳴り声とそれを宥める人達の声を聞きつけ、コウガは彼らに歩み寄った。

 

「おい、何事だ」

 

「なんだよあんた。まあ何でもいいや聞いてくれ」

 

そう言って3本ヅノの兜を着けたプレイヤーはコウガに語り始めた。

彼の言うには今日の昼、ネズハと名乗るプレイヤーに武器の強化を頼んだところ、彼の武器を消滅させてしまったのだと言う。

 

『どう思う?』

 

3本ヅノと別れた後、ザルバはコウガに問い掛けた。

 

「わからん、だが鍛冶屋のプレイヤーと言うなら調べるしかない」

 

言って、コウガは今朝のジャビの話を思い出す。

最近、本来あり得ないはずの武器の消滅を発生させる鍛冶屋がいるらしい。ジャビはその現象を何らかの不正であると睨み、コウガに秘密裏の調査を依頼したのだ。

 

「ネズハか…」

 

『どうやら今日は閉店したらしいな』

 

「ああ」

 

寂しくなった露店街に噂のネズハの店が無いことに肩を落とし、コウガはその場を後にした。

 

 

次の日、アスナは意気揚々と朝の街へ繰り出していた。理由は簡単、彼女は昨日出来なかった武器の強化に挑戦しようと思っていたのだ。コウガに止められた事も頭を過ぎったが、聞いても理由を語らない奴を信じてやる義理などない。そう思って、アスナは良さげな鍛冶屋を探した。

 

「武器の強化いかがですか?」

 

辺りを見回していると不意に声をかけられる。露店商の少年プレイヤーだった。Nezha's smith shop ネズハの武器屋。立て看板にはそう書かれていた。

プレイヤーの鍛冶屋の方が強化成功率は高いんだったわよね…

エギルに教えてもらった事を頭で反芻する。

試してみるか…アスナは意を決し、愛剣ウィンド・フルーレをネズハに任せた。

 

 

「どうだ、ザルバ。武器消滅のトリックはわかったか」

 

『わからん現場を見るか、それか、もっと詳細な情報が必要だ』

 

「ゲーム内Aiの知識でもダメか…骨が折れるな」

 

昼前、活気あるウルバスの街の雑踏の中、コウガは肩を竦めた。ジャビから調査を依頼された武器強化詐欺、証拠を掴み、罪を認めさせ止めさせる。それを目標に努力はしているが、詐欺を行っているという決定的な証拠に欠けている。これではネズハを見付けても言い掛かりを付けられたと躱されるだけだ。

昨晩の3本ヅノとその仲間がその時の様子を詳細に語れなかったことにコウガは歯嚙みした。そんな時である。

 

「リズベット武具店です。お客さん、武器の強化はいかがですか」

 

リズベットと名乗る緩いくせっ毛のある童顔で小柄な露店商の少女に声を掛けられたのだ。コウガの眉間に刻まれたシワにビクリと声を掛けた事を後悔したように身じろいだリズベットだったが、コウガは一瞬、逡巡してからリズベットに問い掛けた。

 

「おいお前、客の剣を仕事に見せ掛けて盗んでみろと言われたらどうする?」

 

キョトン、何を言っているのかわからないという風にリズベットは首を傾げる。

バカらしい事を聞いてしまったか…

リズベットの様子を見て、コウガはそう思った。しかし、

 

「うーん…仕事に見せ掛けて剣を盗むか、そうねアタシなら…強化を受けた剣と同じ剣、それももう強化出来ないエンド品に剣をすり替えて目の前で破壊するわ」

 

「なに?強化で剣を破壊出来るのか?」

 

「ええ、強化施工回数をオーバーするとぶっ壊れるわよ。自分で試して気付いたの。で、話の続きだけど、すり替えたお客の剣を1時間ほど隠しておくわ。不幸な客がそうとも知らずに諦めてくれれば…」

 

『そうか!わかったぞコウガ!持ち主の手元を離れた武器は違う武器を装備して1時間経つと持ち主無しの状態になる。そうなった武器をちょうだいするんだ!』

 

「その通り!って誰が喋ったの⁉︎」

 

突然喋りだしたザルバにリズベットが動揺するが「気にするな」とコウガはしらばくれた。

 

「リズベットとか言ったな。知恵を貸してくれて助かった。俺の剣に強化はいらんが、知り合いにお前を紹介しておく。あと、それと、商売をするなら口が軽いのを直した方が良いぞ、嬉々として詐欺のやり方を話すのはやめた方がいい」

 

「あっ…!違うからね!アタシはそんなことやりませんからね!」

 

リズベットの抗議を背にコウガはネズハを探して歩き出した。そうしているとふと、大通りのベンチに座り込んで首を垂れるアスナの姿が目に入った。

 

「お前…どうした?」

 

「コウガ…君…。なによ、関わらないでよ…」

 

「そうしたいところだが、目に入ってしまったからな。わけくらい聞かせろよ」

 

「武器を強化しようとしたの、一番気に入って使い込んでたウィンド・フルーレ…そしたら、運が悪くてね、強化失敗して壊れちゃった…代わりにってアイアンレイピアをもらって装備したけど…」

 

「それはいつのことだ?」

 

「朝、2時間前くらいかな」

 

「そうか、安物で良かったな。もうじき強い武器が幾らでも出てくる。気を落とすな」

 

恐らくネズハの犯行だろう。コウガはそう睨んでいたが言わなかった。アスナの被害にあった品はどうせすぐに強い物が出て来て用が無くなってしまう物だったからだ。おまけにコウガが1層のコボルドロードのラストアタックを取った時、パーティーメンバーだったアスナに分配した分の金銭がある。それで新しくて強い剣を買うには充分だとコウガは思っていた。

 

「そう、あなたにとってはそうかもね…でも、私はそんなの嫌…」

 

しかし、アスナにはコウガのような割り切りは無かった。

 

「私も剣なんてただのデータだって思ってた。だけどあの剣、あの子は不思議なくらい私の手に馴染んでくれて…狙ったところを正確に射抜いてくれて…意思を持って私を助けてくれるんじゃないかって…あなたにとってはスズメの涙みたいな物かもしれないけど、私にとってあの子は…」

 

「そうか…」

 

それで充分、そう言わんばかりにコウガは話を打ち切った。

 

「変な気は起こさないでしばらく待ってろ」

 

コウガはそれだけ言ってネズハ探しに戻った。

 

『全く不器用なヤツだぜ』

 

左手で呟いたザルバのボヤキも聞かなかった程、コウガの歩みは迷い無い物だった。

 

 

その日の夕刻…

日が落ち、街に明かりが灯り始める。そろそろ閉店の時間だと、ネズハは看板をたたみ、露店を出すためのカーペットを丸めて抱えた。しかしその時、背後からゾッとするような殺気を感じてネズハは振り向いた。真っ白なコート、恐ろしく隙の無い佇まい。そこにはコウガがいた。

 

「お前がネズハだな?」

 

「あ、え、なんの用ですか…?」

 

「スズメの涙を返してもらいに来た」

 

どういう意味だ。ネズハは首を傾げる。しかし、目の前の人間が只者ではなく、その気になれば自分など一捻りにされることだけはわかった。そしてそうされてもおかしくない程、ネズハにはやましいことが沢山あった。

 

「わあああああああ!」

 

悲鳴をあげてネズハは駆け出す。しかし、手に持った荷物とふらふらとした足取りでその足は遅い。コウガはネズハを歩いて追い立てた。

カーペットを引きずり、平行感覚が無いように転んだりしながら、ネズハは走る。しかし、やがて彼は壁際に追いやられた。

 

「やめて、殺さないで!」

 

「殺しはしない。今日、女のプレイヤーからウィンド・フルーレを盗んだだろう。返してくれればそれでいい」

 

「あ、ああ、それならすぐにでも!」

 

言って、ネズハはウィンド・フルーレを実体化させた。ウィンド・フルーレ+4施工回数残り2。これか?ザルバにコウガが問うとザルバはうんと呟いた。

 

「あの、僕のことを誰かに言うんですか?」

 

おずおずとネズハがコウガに問い掛けてきた。コウガは軽く息を吐くと振り向いて言った。

 

「ジャビ、捕まえたぞ。どうするつもりだ」

 

ヌッと黒革のスカートを揺らしジャビが現れた。アスナから話を聞いた後、コウガが前もって呼び寄せていたのだ。

 

「ネズハって言ったね、武器強化詐欺のこと、私に詳しく教えとくれ。処遇についてはそれからだ」

 

ジャビが言うとネズハは肩を落とし、観念したように首を縦にする。このまま事の成り行きを見守ろうか、コウガが思った時である。ザルバが突然口を開いた。

 

『コウガ、残念なお知らせだ。アスナの嬢ちゃんが妙な気を起こしたようだぞ』

 

「なに⁉︎」

 

「行っといでコウガ、こっちはもういいよ」

 

「すまない」

 

脱兎の如くコウガは駆け出した。アスナに着けてやった指輪の効果でパーティーの繋がりが絶たれていてもザルバを通して居場所を知る事が出来る。

 

「ザルバ、あいつはどこに!」

 

『ウルバスの外れの岩山だ』

 

日が落ちてからのこの時間、ザルバの言う岩山にコウガは心辺りがあった。あの辺りで武器をドロップ出来るイベントがあったのだ。鎖を操るモンスター、イシュターブ。

 

「イシュターブからドロップ出来る剣は順当に鍛えていけば長く使える」

 

『なるほど、情報を得て、新しい相棒を探しに行ったってわけか…だが1人じゃ危険すぎる。相変わらず危うい嬢ちゃんだ』

 

ザルバが言い終わってからコウガは走る事に集中した。

 

 

岩山を登り切った先、待ち構えていたように立つ女性型のモンスターと向かい合ってアスナは息を吐いた。イシュターブ、情報が正しければ目の前のあいつを倒せば、今手に入れられる中でも最強クラスの細剣を手に入れる事が出来る。順当に鍛えていけば10層を超えても使えるらしい。ウィンド・フルーレを失ったショックは大きかった。少し泣いてしまったりもした。しかしアスナには大いなる目的がある。このゲームから自分の力で逃げ出す事、例え死のうと最後まで足掻く事。これらを諦めるわけにはいかない。無茶、無謀、なんだってやってやる。アスナは壊れたレイピアの補償でもらったアイアンレイピアを構えて、ソードスキルのモーションに入った。

それを見てイシュターブも交戦体勢に入る。口を開けブレスのように鎖を吐き出した。

 

「…ッ!」

 

遠距離攻撃⁉︎アスナはスキル発動を中止して回避する。敵と対するのはこれが初めて、パターンを掴まなければ。間合いをとって敵を観察する。しかし、

 

「キエエエエエエエエエエ!」

 

奇声を上げてイシュターブが両手を伸ばす。掌から大量の鎖が鞭のようにしなって襲いかかって来る。その全てを見切る事は困難で、アスナは手を打たれて剣を取り落とした。しまった!ヒヤリと背筋が凍る。そんな事は御構い無しで次々と鎖の鞭が襲いかかって来る。それの回避に精一杯で落としたレイピアを拾う事が出来ない。

 

「こうなったら一か八か!」

 

速さには自信があった。全力のダッシュでレイピアを取り戻す。

アスナはすぐに行動に移した。だが、

 

「しまった!」

 

四方八方あらゆる軌道で飛んでくる数十の鎖、その全てを避けきる事は叶わなかった。

 

「くっ…!」

 

鎖がアスナを捕らえ、ジャラジャラ、ギリギリとその体を締め付けてきた。そんなアスナの頭目掛けて、イシュターブは口から先端が短剣になった鎖を吐き出してきた。

 

「いやっ!」

 

終わる。硬く目を閉じた。しかし、キンッ!という甲高い音がしただけでアスナの頭に鎖が貫通する事はなく、それどころか、鎖が解けてアスナを空中へ手放していた。

 

「痛い!」

 

ドスッと地面に落下して、小さな悲鳴を上げてしまった後、彼女は眼前に白いコートを纏った後ろ姿を見た。

 

「コウガ…君…!」

 

どうしてここが⁉︎聞きたかったがその間もなくイシュターブが攻撃を仕掛けてくる。コウガは魔戒剣を振るい、飛来する鎖を断ち切っていくが何本かが剣に巻き付いて、ウィンチの様にコウガごとイシュターブの元へ引き寄せられた。

 

「くっ…はぁ!」

 

ゴスッ!引き寄せられたコウガが左のフックをイシュターブの頬に放つ。NPCの爺さんから手に入れた素手スキルがイシュターブにダメージを与えた。コウガは魔戒剣に絡み付いた鎖を強引に振り解き、距離を取る。イシュターブの遠距離攻撃も全力のバックステップで逃げ、充分に距離を取ってから剣を掲げた。そして切っ先で描いた光の環から牙狼を召喚し、それを纏った

 

「アスナ!」

 

牙狼は叫びながら憤怒の狼の面の緑色の瞳をアスナへ向け、鞘に納まった一振りの剣をアスナへ投げ渡した。

 

「これは⁉︎」

 

ウィンド・フルーレ!能力値、その他諸々、様々なパラメーターがネズハに壊されたそれと同じ物。信じられない自分の物だ。アスナは目を見開く。

 

「疑問があっても後にしろ。先に奴を倒す!俺が合図したらソードスキルを使え」

 

「わかったわ!」

 

とにかく頷きアスナは臨戦体勢に入る。するとイシュターブは鎖を操り、手近にあった大岩を縛ってそれを投擲してきた。

 

「危ない!」

 

「おおおおおおおおっ!」

 

アスナが悲鳴を上げ、牙狼が飛ぶ。牙狼は投擲された岩を打ち砕くと魔戒剣が変化した黄金の大剣、牙狼剣でイシュターブへ斬りかかった。イシュターブは鎖をガントレットのように腕に巻き付け、牙狼剣の斬撃を受け止める。

手強い、だがそうでなくては、狙い通りに物事が進み牙狼は軽く笑った。

 

「グルァ!」

 

獣の咆哮を上げ、牙狼はイシュターブへ頭突きを食らわせ、天空高く蹴り上げた。

 

「アスナ!」

 

「了解!」

 

頭の回転は速い方だ。アスナは牙狼の狙いを理解してイシュターブの落下予測地点へ滑り込んだ。

 

「さっきはよくも私の頭を撃とうとしたわね」

 

お返しよとばかりにアスナは十八番のソードスキル、リニアーを放ちイシュターブの頭を貫いた。落下による相乗効果で大ダメージが発生し、イシュターブのHPが全て砕け散った。

 

 

「つまり、詐欺だったってわけね。まあいいわ、許してあげる」

 

深く土下座するネズハを前にアスナは微笑み手を差し伸べた。ネズハは泣いて喜び、良いと言うのに何度もアスナに頭を下げていた。

 

「コウガ、調査の礼を言うよ」

 

言って、ジャビはコウガに事の顛末を言って聞かせた。ネズハはレジェンド・ブレイブスという集団に所属していたそうなのだが、ナーヴギアの接続不適合により戦闘職は絶望的となったどころか、仲間達の足を引っ張って最前線への参加を遅らせてしまったのだと言う。そんな中、酒場で出会った黒尽くめの男に今回の詐欺を勧められたそうなのである。

 

「黒尽くめの男…か…」

 

「ああ、誰であれ見つけた方が良いね。私は弟子のナタクを育てながらそいつについて調査するつもりだ」

 

「ナタク?」

 

「ネズハのことだ。Nezhaはナタクと読むことも出来るのさ。古の英雄からあいつは名をもらってたんだ」

 

「そうだったのか。まあなんにしても、困ったら言ってくれ、力になってやる。その代わり…」

 

「困ったら力を貸せだろ?わかってる、ギブアンドテイクだ」

 

そう言うとジャビはネズハ改め、ナタクを引き連れてどこかへ消えて行った。

 

「何話してたの?」

 

ジャビが消えてからアスナはコウガに聞く。

 

「お前には関係無い」

 

「またそれ⁉︎仲間に対する態度は改めてちょうだい」

 

「誰が仲間だ」

 

「私、しばらくあなたについていくから」

 

「なに?」

 

「聞いてないぞ」コウガが言うと「言ってないもの」とアスナは澄ましてみせる。

 

『コウガ、しばらく連れてやったらどうだ?昨日のこともあるし、手元に置いといた方が楽だろ?』

 

というザルバの提案を飲み、コウガはアスナと再びパーティーを組むこととなった。

 

「まずはどうするの?」

 

アスナが聞いた。

 

「お前の武器を鍛えに行く。ウィンド・フルーレとイシュターブからドロップしたやつがあるだろ。腕の良さそうな知り合いが出来たんだ」

 

「わかったわ!行きましょう!」

 

やった!と飛び跳ねるような勢いでアスナは喜ぶとコウガに連れられウルバスの街を歩き始めた。



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血盟

「わあ…」

 

コウガを後ろに控えさせ、アスナは目の前に広がる森林に歓声を上げた。2人はつい昨日、ディアベル率いる攻略隊が解放した第3層へ足を踏み入れていた。

 

「凄いねコウガ君!森だよ、森!」

 

「見ればわかる」

 

「つれないわね、あなたに感動ってものはないの?」

 

「いちいち五月蝿いやつだな」

 

「あー!言ったわね!」

 

キー!と目を吊り上げてアスナがコウガに迫る。そんな様子を見てられないと思ったのか、ザルバが口を挟んだ。

 

『おいおいお二人さん痴話喧嘩もそろそろにして、そろそろ主街区へ行った方が良いんじゃないか?お互い武器は充分なスペックがあるが、消耗品の補充は必要だろう?』

 

「あなたって本当に良いこと言うわね」

 

関心した様にアスナが返事をすると、「行くぞ」とコウガの先導で主街区へ向かう事となった。第2層で再びコウガとパーティを組んでまだ日が浅いが、アスナは先程のようなコウガとの痴話喧嘩を1日に何度も繰り広げていた。

鎖を操るモンスターイシュターブとの戦いの反省から生き残る術を学ぶためにコウガについて行こうと決めたアスナ。しかし今はこういったコウガとの痴話喧嘩にも意味を見出していた。始まりの街で1人震えていた時よりも、いや、もしかすると現実世界にいた時よりも自分らしく生きている気がしていたのだ。

 

「それに、悪い人じゃなさそうだし…」

 

声を潜めた独り言はコウガとザルバには聞かれなかった。

よかった。無反応の背中を見て胸を撫で下ろす。その時だ。

 

ガキン!はあ!やあ!

 

金属音と斬り合っているかの様な人の声がアスナの耳に入った。

 

「コウガ君!」

 

言われたコウガも聞こえていたようで、音の方向を凝視している。

 

「行きましょう!」

 

「おい!」

 

手を伸ばすコウガをすり抜け、電光石火の速さでアスナは走る。木々を避け、数秒走った時、アスナはそれを見た。

 

「エルフ⁉︎」

 

絵本に出て来るような尖り耳の色白男と色黒女が剣を打ちあっている。その2人の頭上にはクエスト開始NPCの証である金の【!】マークが灯っていた。

 

「コウガ君、あれは何?」

 

遅れて滑り込んできたコウガに問う。コウガは首を傾げて左手の相棒を頼った。

 

「ザルバ、わかるか?」

 

『どちらかに加勢すれば受注出来るミッションのようだ。俺様は攻略本じゃないから、これ以上はわかりかねるがな。というかコウガ、お前、βテスターだろ?何か知ってるんじゃないか?』

 

「敵との斬り合いにしか興味がなかった。クエストの種類なんぞ知らん」

 

『使えないβテスターだ。キバオウは嫌う人間を間違えてるな』

 

「とにかく、見つけたからには放っておけないわ。このクエスト受けましょう」

 

そう言ってアスナはリズベットに鍛えてもらったおニューのレイピアを抜いた。そして迷わず白い男のエルフに攻撃を仕掛けた。

 

「人族⁉︎なんの真似だ!」

 

「加勢するわ!覚悟しなさいDV男!」

 

「愚かなダークエルフに味方するなど!」

 

言って、男エルフはアスナに反撃、装備した片手剣で斬りつける。そこへコウガが滑り込み、男エルフの剣を止めた。

 

「人族の男⁉︎貴様もか!」

 

男エルフがコウガに問うがコウガは付き合わず、魔戒剣の刀身を左手に乗せて弓引くように構えた。

 

「アスナ!コンビネーションアタックだ。遅れるな!」

 

「ええ!」

 

しばらく2層で練習した成果を見せる時が来た。2人はタイミングを合わせて男エルフに襲い掛かった。

 

「うおおおおおおお!」

 

獣のような雄叫びを上げて先にコウガが斬りかかる。彼から放たれる魔戒剣の一撃は強力で、男エルフは堪らずガードを崩される。

 

「今だ!」

 

「はあっ!」

 

コウガが叫ぶ。するとその背後からコウガの肩を蹴ってアスナが跳躍、側宙しながら男エルフの頭上でソード・スキルの連続突きを放った。

 

「ぐおおおおお!」

 

男エルフがダメージで怯む。そこへコウガが今度は舞うように魔戒剣で連撃をくらわせる。だが、そこであることに気付いた。

HPの減りが遅い。防御力が高いのだろうか、体力が多いのだろうか、コウガとアスナ2人分の連続攻撃が大したダメージになっていない。

コウガはザルバを呼んだ。

 

『フォレストエルブン・ハロウドナイト、つまりお前達が戦っているのは7層クラスの敵だ。このままじゃジリ貧になるのはこっちだぞ』

 

「チッ!ならば!」

 

言って、コウガは男エルフを蹴飛ばし、身を翻しながら剣先で円を描き牙狼を召喚した。

 

「でやあっ!」

 

吼えて牙狼は牙狼剣を敵に叩き付ける。男エルフは盾で攻撃を防ぐ、鬱陶しい、邪魔だとばかりに牙狼は左手でその盾をもぎ取ると返す刀で男エルフを両断した。

 

「ぐあああああああ」

 

悲鳴を上げて男エルフが砕け散り、戦闘終了のリザルト画面が浮かぶ。スキルレベルアップ。牙狼を視界にそんな文字が浮かび上がった。

 

「新スキル…烈火炎装…」

 

鎧を解除して、会得した新たな技の名を読み上げるコウガ。それと同時に禍々しい装飾のジッポライターも入手していた。

 

「…礼を言わねばならないな」

 

新たな技について色々と調べたいとコウガが思っていると色黒の女エルフがおずおずと口を開いた。

 

「我が名はキズメル、お前達のおかげで鍵を守ることが出来た。我らが司令から褒美が出るかもしれぬ、よければ南にある我らが野営地へ来てくれ、待っているぞ」

 

そう言い残し、キズメルは森の霧に紛れて姿を消してしまった。

 

「消えた…」

 

呆然とアスナが呟くと、計ったように辺りの霧が濃くなって視界が悪くなった。

 

「迷いの森だったか…厄介だな…」

 

眉間のシワを深くしてコウガは言う。これではキズメルの言う野営地どころか主街区へたどり着くことも危うい。

 

「コウガ君、どうしよう?」

 

ことの重大さに気付いたアスナが困った言うに聞く、それに答えたのはザルバだった。

 

『コウガ、行きたい場所を思いながらさっき手に入れたライターを使え、そいつから出る魔導火がお前を助けてくれるはずだ』

 

言われるがままコウガは手に入れたジッポライターで火を付けた。不思議な緑色の火が出ると、火の先端が道を指し示すように揺らめいた。

 

「この火は行きたい場所を指してくれるというわけか」

 

「あなたばっかりズルいわ便利なアイテムをいっぱい手に入れて」

 

『嬢ちゃんじゃ、牙狼の試練を受けても死ぬだけだ』

 

「あの鎧を手に入れるのってそんなに大変なの?」

 

『無論だ。この世界の最強でない者に鎧を纏う資格はない』

 

どうやら見た目通りコウガは強いらしい。なんだか関心してアスナはコウガに続いた。そうして主街区にたどり着くと手早く消耗品の補充をして、そのまま魔導火を頼りにキズメルから招待された野営地へ向かった。

 

 

「よく来た、お前達の来訪を待っていた」

 

野営地に着くとキズメルは一番に出迎えてくれた。

 

「さっきは助かった。改めて礼を言わせてもらう」

 

「気にしないで、成り行きみたいなものだもの」

 

「そうか、では成り行きついでで悪いのだがしばらく私に同行してくれぬか森エルフ達が我らが持つ鍵を狙っているのだ」

 

森エルフ、さっきの色白のエルフのことだろう。キズメル達黒エルフは森エルフという集団と鍵をかけて戦っているらしい。

 

「わかったわ、コウガ君も大丈夫よね?」

 

「ああ」

 

有益なことがあるかもしれない。2人はキズメルの提案を了承してクエストを進めることにした。

 

「今日はもう日も暮れている、任務への出立は明日にしよう。私の天幕を使うといい」

 

そう言ってキズメルはテントを指し示す。アスナは一礼するとコウガとともに天幕へ向かった。

 

 

夜の闇が深くなり、野営地がランタンの光で明るくなった頃、コウガは1人、野営地の片隅で剣を振り回していた。

 

「お見事」

 

斬撃を飛ばし、オブジェクトの木の表面を傷付けたコウガにキズメルが賛辞を送った。

 

「コウガとか言ったか?鍛錬は結構だが休まなくて大丈夫か?」

 

「アスナが…連れの女が一緒には寝れないと言い出してな。追い出された」

 

NPCに言っても無駄か、不毛な会話をしてしまった。言い終わってからコウガは自嘲する。しかし、

 

「ふふ、確かに男女で同じ天幕は使い辛いかもな配慮が足りなかった」

 

キズメルはNPC特有の事務的な様子ではなく、まるで人間のようにコウガの話に微笑んでいた。こんなNPCに会ったのは初めてだった。

 

「お前こそ、こんな時間にこんなところへなんの用だ」

 

NPCとの話なんて適当に切り上げて適当な寝床を探そう。そう思っていたコウガだったが、気付けばキズメルを人として扱い、会話を続行していた。

 

「妹の墓があるのだ」

 

コウガの問いに答えたキズメルは木の根元を指差す。そこには墓石があってティルネルと刻まれていた。

 

「家族を亡くしたのか…」

 

“父さん!父さん!”

 

その時、コウガの脳裏に幼い頃の記憶が明滅した。

 

「ああ、ティルネルは薬師でな優しい娘だった」

 

言ってキズメルは妹との思い出を語り始める。彼女の話はコウガにとって他人事ではなくなった。

 

「強くなれ、キズメル。強くなれ…」

 

馬鹿らしい。そう思いつつも、コウガはキズメルにそう語った。

 

「ああ、そうだな…」

 

キズメルはしみじみと呟く。そうして夜は更けていった。

 

次の日

 

「洞窟に出現せし大蜘蛛を始末せよ、か…」

 

キズメルが持って来た任務、それを承諾するとコウガとアスナはしこたま毒消しを持って野営地から出発した。

 

「暗いわね…」

 

件の洞窟に着くとアスナが顔をしかめた。それもそのはず洞窟には明かりの類が一切無いのだ。

 

「仕方がない」

 

コウガは言うと、ライターで魔導火を起こす。辺りに緑色の光が灯った。

 

「綺麗…」

 

アスナの感想にキズメルが頷く。しかし惚けているわけにも行かず3人は奥へ奥へと進んでいった。

雑魚モンスターの小蜘蛛を蹴散らしながら、互いの技やコンビネーションを褒めあった。

 

「もうすぐだ、もうすぐ大蜘蛛の元へ着く」

 

キズメルが言い、一旦足を止める。

 

「やったね」

 

アスナは言って、手を上げる。

 

「「なんの真似だ?」」

 

コウガとキズメルがアスナに意図を問うたのがほぼ同時だった。

信じられない。アスナがそんな顔でコウガを凝視した。

 

『コウガ、ハイタッチだ。嬢ちゃんと同じように手を上げろ』

 

言われた通り、コウガは手を上げた。パチンと音をたて、アスナがコウガの手を叩いた。

 

「なんだそれは」

 

とキズメル。

 

「これはハイタッチ、人族の挨拶よ」

 

それにアスナが答えるとキズメルは新たな疑問を呈す。

 

「コウガは知らないようだったが…」

 

「この人は中身が人族じゃないから…」

 

「人族だ!というか、人族ってなんだ」

 

ふふ、とキズメルはアスナとコウガのやり取りを見て笑う。人間らしい自然な笑みだった。つられてアスナも笑った。

そんな時である。

 

「誰だね⁉︎」

 

男の声がした。声の方を向くとそこには見たことも無い集団が立っていた。

白髪の博士然とした男が率いる紅白の衣装で固めた集団である。

 

「お前らこそ何者だ?」

 

コウガが博士然とした男と向かいあう。まさかここで争いが起こるのではないだろうか?アスナは心配になったが、相手のリアクションは好意的だった。

 

「その白いコート…まさか君が黄金騎士かい?」

 

そう言うと感激といった様子で男はコウガに歩み寄った。

 

「私の名はヒースクリフ。つい最近攻略組に参加させてもらった新参者だ」

 

言うと、ヒースクリフはコウガに握手を求めた。不承不承といった感じでコウガもそれに応じた。

 

「私達はギルド結成のクエストを受けに来たのだが、君達もそう…と言うわけではないようだね」

 

キズメルを見たヒースクリフが言う。面倒そうな顔で答えたくないと言った様子を見せるコウガに代わってアスナが答えた。

 

「私はコウガ君の弟子?のアスナです。彼女はキズメルさんと言って、私達は彼女のクエストを受注しています。この先の大蜘蛛を退治するんです」

 

「そうだったんですか、実は私達もこの先に用があって、良ければ今だけ協力しませんか?」

 

「コウガ君、キズメルさん、どうしよう?」

 

ヒースクリフの提案についてアスナが2人に聞く。キズメルは「構わない」と言い、コウガが「勝手にしろ」と言ったのでアスナはそれに乗ることにした。

 

「ありがとう」

 

ヒースクリフはそう言うと仲間を紹介してくれた。

大きな体の斧使いゴドフリー、恰幅の良いタイゼン、そして無口な格闘家コダマ。

紹介も済んだところでヒースクリフの先導で大蜘蛛の出現場所へ進んだ。

 

「キシャアアアアアアア!」

 

洞窟の最奥、そこに目的の大蜘蛛はいた。

 

「散開!」

 

戦術指揮担当となったヒースクリフの指示でコウガ達は散り散りになりながらもフォーメーションの位置に着く。

 

「うおおおおおおお!」

 

「でぃやああああああ!」

 

攻撃力の高いコウガと巨漢のゴドフリーが先鋒として突撃し、大蜘蛛の爪攻撃を跳ね上げに行く。そうするとコダマに守られたアタッカーキズメル、アスナがガラ空きになった体へダメージを与える。

コダマの体術は機械のように精密で、アスナ達を阻むあらゆる攻撃を拳と足でパリィしてくれた。こうした統制のとれたコンビネーションアタックで牙狼に頼ること無く大蜘蛛を討滅することが出来た。

 

「ありがとう、コウガ、アスナ任務は成功だ。私は司令に報告するので野営地に戻る。気が向いたらまた来てくれ」

 

そう言うとキズメルは霧を纏って消えていった。

 

「君達のクエストは成功のようだね」

 

大蜘蛛戦の後、ヒースクリフはアスナに言った。

 

「ええ、助かりました。あなたの指示のおかげです」

 

「いや、君も大したものだよ。黄金騎士…コウガ君の弟子?だったか、しっかり鍛えられている。ギルドが出来たらうちに来ないかね」

 

「しばらくは彼と一緒にいるつもりですけど…考えてみます」

 

アスナは愛想笑いで返すと「行きましょう!」とゴドフリーの快活な声が聞こえてきた。協力したからには最後まで、アスナはそう言ってコウガと一緒にヒースクリフ達に付き合った。

 

「我ら、“血盟騎士団”ここに結成を宣言する」

 

アスナとコウガは目の前でヒースクリフによる血盟騎士団結成宣言を聞いていた。



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別離

時とは止まることなく流れて行く物である。尊敬する兄貴分にそう言われたことがある。だが、コウガに言わせればそいつは間違いだ。彼の時は止まっている。彼が6歳だったあの時から…父が死んだ、否、殺してしまったあの日から、幼い彼の目の前で父、大牙は何者かに刺された。だが、殺したのはそいつじゃない。俺だ。あの時からずっとコウガは犯人ではなく自分を憎んだ。父が刺されたのを見たコウガは何もしなかった。ただ泣いて叫んでいただけ、救急車を呼ぶことも犯人を追う事もしなかった。その所為で父は死に、犯人は未だに捕まっていない。すべては自分が弱かったから、自分の弱さが父を死なせた。

 

『コウガ、顔色が悪いようだが大丈夫か?』

 

ああ…と素っ気なくコウガはザルバに返して自嘲した。なぜこうも父が死んだ時の事を思い出すのだろう。理由は前日まで遡る。

 

 

「コウガ君、アスナ君、君たちが受注しているエルフのクエスト、結末を知っているかい?」

 

ギルド結成に付き合ってやった血盟騎士団の団長ヒースクリフが自身主催の打ち上げの席で2人に問い掛けた。

知らない。コウガとアスナがそろって答えると、ヒースクリフは残念そうにため息を吐いた。

 

「キバオウ君達には秘密だが私も熱心なβテスターでね、ゆえに知っている。君達が受けているクエストはエルフの涙と言うクエストだ。クエストの報酬は、この第3層のフロアボス、モラックスの弱体化」

 

「フロアボスの弱体化⁉︎私達、そんな重要なクエストを受けていたなんて…」

 

アスナが唖然とする。そんなアスナを見ながらヒースクリフはだが、と付け加えた。

 

「モラックスの弱体化はエルフの魂によってなされる」

 

「それってどういう…」

 

最悪のシナリオが頭に浮かびつつも、違うと言って欲しくてアスナは問いを投げた。

 

『仲間となったエルフを、コウガと嬢ちゃんの場合はキズメルを生贄に捧げなければならないということだな?』

 

「その通りだよ、ザルバ君」

 

アスナから教えられたコウガの喋る指輪にヒースクリフは答えた。アスナはわかりやすく肩を落としていた。

 

 

『アスナの嬢ちゃん、部屋に篭りっぱなしだ。よっぽど堪えたようだぜ』

 

だろうな、コウガは心中で肯定した。クエストをこなしていく内にキズメルとは談笑する程の仲になった。一時的な仲間、それはわかっている。だが、まさか自分達の意思で彼女を生贄にしなければならないだなんて、アスナのショックは計り知れない。

 

『お前はどうなんだ?黄金騎士?スカしてないで言ってみな?』

 

試すようにザルバが問う。何も思わないわけなどない。さっきから過去のトラウマのフラッシュバックで押し潰されてしまいそうだ。

 

「俺は使命を果たすだけだ」

 

口から出たのはそんな強がりだけだった。

 

 

「やあ、コウガ。アスナはどうした?」

 

野営地へ行くとキズメルが出迎えてくれた。彼女の問いにお前の運命を知って塞ぎ込んでいる。などと吐くことは勿論せず、調子が悪いらしい。と答えた。

 

「そうか、心配だな。見舞った方が良いだろうか?」

 

「必要無い」

 

人間らしい感情を見せるキズメルにコウガは感情を殺して答える。

 

「そうか…」

 

コウガの答えに余計な詮索などせず、キズメルは納得していた。

その日はキズメルが属するダークエルフと敵対している森エルフの斥候を彼女と共に倒した。

 

 

その日の夕刻。

3層主街区、コウガが宿泊する大樹の中に出来たホテルのスウィート、と言ってもエレベーター無しの階段登りを要求される不便な部屋の隣室からアスナが姿を現し、クエストを終えたコウガと数時間振りに顔を合わせた。

 

「どこへ行ってたの?まさか、キズメルさんのクエストを進めてたの⁉︎」

 

「そうだ」

 

「ヒースクリフさんの話、聞いてた?なんとも思わないの?」

 

「……」

 

「なんとか言いなさいよ!」

 

言葉を無くすコウガにアスナが詰め寄る。2人の間に一触即発の空気が流れる。しかし、それはいつの間にかそこにいたジャビによって断ち切られた。

 

「よう、コウガ。それに相棒のアスナだっけ?痴話喧嘩の最中で悪いんだが、付いて来とくれ」

 

後ろにチャクラムを背負った弟子のナタクを従えてジャビは言った。

 

「どこへ連れて行くんですか」

 

「この街で一番広い酒場さ、そこで攻略会議をやってる」

 

アスナの問いにジャビはそう答えた。

 

攻略会議、そう言えば参加するのは久方ぶりだ。気持ちを沈ませながらもアスナは思った。大きな円卓の周りには一際人が集まる。上座にはディアベル、キバオウ、ヒースクリフが座していた。

 

「久し振りだね、アスナさん、コウガ君」

 

柔和な微笑みを浮かべ、ディアベルが挨拶する。続いてヒースクリフが軽く会釈し、キバオウが睨んできた。

 

「お前ら呼ばれた理由は聞いとるか?」

 

口を開いたキバオウが横柄に問う。コウガはピクリと機嫌が悪そうに眉を動かした。

 

「俺達が受けたクエストの事か?」

 

コウガが問うとキバオウはしたり顔で頷いた。コウガの顔が歪む。

 

「そうや、ジャビはんから情報を買ったんやが、あのエルフのクエストは分岐する。助太刀した敵のエルフに劣勢に追い込まれれば味方側のエルフが自滅技でプレイヤーを助け、死に際に使いを任される“翡翠の秘鍵”こちらが正規ルートや、だがもう1つ」

 

「プレイヤーが敵側のエルフを倒すルート」

 

「その通り、それがお前らがやっとるクエストや。そうやろジャビはん」

 

「ああ…エルフのレベルは7層級、倒すのは至難の技だ。それこそ大部隊を編成してことに当たらねばならない。キバオウのアインクラッド解放軍、ディアベルの聖龍連合、ヒースクリフの血盟騎士団。有力ギルドの何がやっても少なからず犠牲者が出る」

 

「せや、わいらは命捨てたくない。そこでお前らが頼りになるわけや」

 

「コウガ君、気を悪くしないで欲しい。しかし、わかっているだろう。俺達は1人でも多くこの世界からプレイヤー達を解放しなければならない」

 

キバオウの不遜な態度をフォローするようにディアベルが言う。彼の言うことは正論だった。しかし、

 

「ディアベルさん、それってキズメルさんの犠牲をコラテラルダメージとして受け入れろということですか?」

 

「ああ、君達が彼女をどう扱っているか知らないが、彼女はNPCだプレイヤーの命には変えられない」

 

アスナの言うことにディアベルは厳しい表情で答えた。彼の言うことは正しいとアスナは心のどこかで認めていたのだろう。何も言えずに唇を噛んでいた。

 

「クエストをどう進めるかは俺達が考える。お前達の指図は受けない」

 

アスナを見かねコウガはキッパリと言い放つ。何か言いたそうなキバオウを制したディアベルは頼む。と一言告げてコウガ達を解放した。

 

 

「どうすればいいんだろう?」

 

酒場から出て、ホテルへ帰ろうと歩を進めながらアスナはコウガに問い掛けた。

 

「ディアベルの言うことは正しい。NPC1人の命より、プレイヤーの命を優先すべきだ」

 

「じゃあ、コウガ君はキズメルさんがどうなってもいいの?」

 

コウガは何も言わなかった。自分の激情を彼女に悟られたくはなかった。自分の生き方も心の内も、彼女には関係無い。罪も業も1人で背負うと決めているのだ。

 

「俺は…」

 

言いかけて、コウガは止めた。強い殺気を感じる。ゲーム内のどのパラメーターでもない自らの勘によるものだが、確信がある。どこかで誰かが見ている。

 

「行け」

 

「えっ、どういう…」

 

「どこかへ行け!」

 

コウガに怒鳴られてアスナは寂しそうな目を浮かべた。わかったわよ。小声でそう言うとアスナはホテルへ駆けて行った。

 

「いや〜無愛想だとは聞いてましたけど今のはマジでないですわ〜」

 

肩の力が抜けた気だるい声が背後からする。振り向くと鎖頭巾で顔を隠した男がいた。

 

「コウガさんでしたっけ、あなた女心ってものがわかってない。優しい言葉の1つや2つかけてあげるべきでしょう。あんな怒鳴り方したら綺麗な彼女を傷つけちゃいますよ〜」

 

「生憎と女心ってものがわからない男でね。今更どう思われようがどうでもいい。それよりも…貴様は何者だ」

 

いつでも抜刀出来るように魔戒剣を取り出しコウガは問う。

 

「自分、モルテって言います、よろしく。あ、こう答えたら何のようだって聞かれそうですね。面倒くさいんでそっちにも答えときますね。自分はキバオウさんの使いできました。用件は1つ、エルフを生贄に捧げろとのことです」

 

「指図は受けないと言ったはずだ。俺がどちらの道を行こうと俺の勝手だ」

 

「またまた、そうやってカッコつけちゃって〜。約束してくださいよ、NPCを殺すくらい、いいじゃないですか〜」

 

気に入らない。コウガは歯噛みした。モルテの言動が癪に障る。

 

「俺は帰る。キバオウには失敗したとだけ言っておけ」

 

モルテを睨んでコウガは言い、踵を返す。しかし、

 

「待てよ…」

 

冷たい声色でモルテが言い放った瞬間、コウガの視界にモルテからのデュエルの招待が届いた。

 

「何のつもりだ」

 

「本当は街の外へあんたが出たのを見計らって背後から襲って脅迫するつもりだったんだけど…それじゃ面白くないだろう?黄金騎士さん」

 

そう言うことか、コウガは察した。モルテの狙いはキバオウの伝言を届ける事ではない。いや、確かにキバオウから伝言を預かったのは事実だろう。しかし狙いは、それを口実にコウガと戦うこと。

 

「知ってるか、完全決着のデュエルで勝った方は相手のストレージから好きな物を頂戴出来る。PKやった時みたいにな」

 

ニヤけた顔でモルテが言う。

 

「くだらん。俺を殺しても牙狼は手に入らない。あれはこんなことで手に入る物じゃない」

 

コウガは言い返した。そもそも牙狼の鎧はストレージに入っているものじゃない。魔戒剣からSAOのシステム“カーディナル”ヘアクセスし、そこに保存してある鎧のデータを文字通り召喚している。

しかし、モルテに言っても無駄だろう。

 

「お前の言うことなんか信じねえよ」

 

やはり、飽き飽きとコウガはため息を吐く。しかしモルテの次の言葉がコウガに我を失わせた。

 

「俺と戦え、黄金騎士。じゃないと可愛い彼女がどうなるか…」

 

モルテが言った瞬間、コウガは完全決着デュエルの了承ボタンを押していた。

 

「ほう、やる気になったか!」

 

モルテが狂気に顔を歪ませる。場外ヘ出られないようにリング状のデータの帯がコウガ達を囲む、デュエル開始への1分のカウントダウンが始まった。モルテはハチェットと呼ばれる片手斧を取り出しコウガの出方を伺う。コウガはギリギリと歯軋りしながらカウントダウンが終わるのを待っていた。

やがて時が来て、デュエルが始まった。

 

「シャアアア!」

 

蛇のような声を上げ、モルテが片手斧を振り下ろす。コウガは右手1つで腕ごと止めると、モルテの腕を払って右の裏拳を食らわせる。

 

「…ッ!片手だけで初撃を…⁉︎鎧のスペック頼りじゃないのか⁉︎くそっ!」

 

フットワークを刻みながらモルテは再び、ハチェットで襲いかかってきた。コウガはモルテの手の甲を蹴って攻撃を逸らすと左手に呼び出した魔戒剣の柄頭でモルテの喉を突く。

 

「ゴホッ!」

 

喉に不快な衝撃を受け、モルテが咳き込む、しかしすぐに復活し3度目の攻撃を仕掛ける。その刹那…

 

「え?」

 

信じられない。そんな声をモルテが上げた。なぜ、ハチェットを持った自分の肘から下の腕が地面に落ちているのだろう。

モルテが思った直後、カチン、とコウガが剣を鞘へ納め終わるのが見えて、モルテの心が折れた。

 

「嘘だ…俺の反応速度よりも速く抜刀と納刀を行うなんて…」

 

勝てない。モルテは唖然として腰から砕け、途中終了、つまり降伏ボタンを押した。

 

「あの女には近付くな、次は腕じゃ済まないぞ」

 

「わかった…」

 

モルテの鎖頭巾がずれ落ち、素顔があらわになる。その目は恐怖に染まっていた。

 

「明日の朝、キバオウ達を呼び出せ、俺が話をつける」

 

顔を近づけ、コウガはドスを効かせて言った。そうしてモルテを解放してやった。

 

『答えは出たようだな』

 

「ああ…」

 

ザルバに短く答えるとコウガはコートを翻した。

 

 

どういうことだろう。昨晩呼び出された酒場ヘアスナは再び訪れていた。起きて朝一番、コウガに言われたからだ。酒場にはアスナの他にもキバオウ、ディアベル、ヒースクリフ達、有力ギルドの人間も来ていて何が始まるのかと、落ち着かない様子だった。

そんなところヘ、しばらくしてコウガが現れた。

 

「呼び出したのは君かい?コウガ君?」

 

1番にヒースクリフが口を開く。彼にここに来るように告げたのはジャビだったが、彼女は自発的に人を呼び出したりするようなタイプではない。キバオウにコウガ達の情報を流したのも金を積まれたからに過ぎない。

 

「そうだ」

 

やはりな、合点がいった。ヒースクリフは椅子に深く腰掛けた。

 

「エルフのクエストをどうするか、決まったのかい?」

 

ディアベルが聞いて、アスナはハッと息を飲む。結局コウガは自分に何も相談せずに決めてしまった。そうなるだろうとわかっていたが、悔しくて傷ついた。

 

「コウガ君、やっぱりキズメルさんを…」

 

恐る恐るアスナが問うとコウガは答えた。

 

「あの女は、キズメルは誰にも渡さない。俺はクエストを放棄する」

 

言い切ったコウガに酒場に集まったプレイヤー達がどよめいた。

 

「なんでや、理由聞かせてもらおか?」

 

ギリギリと歯がみしながらキバオウが聞く。

 

「例え偽りの命であろうと、それを生き抜く権利はある。キズメルが自らの意思で俺達に敵対するなら、その時は迷わず彼女を斬る。だが、仲間になったことに付け込んで彼女の命を奪うことは出来ない」

 

「コウガ君…」

 

噛み締めながらアスナは彼の名を呼ぶ、自分の意思を無視したことはショックだったが、コウガの出した答えは嬉しかった。心の無い男ではない。アスナの信じたかったコウガそのものだったから。しかし、

ドンッ!キバオウが机に拳を打ち付けていた。

 

「何言い出すかと思ったら、なんじゃその綺麗事は!みんなの命がかかっとるんやぞ!」

 

「キバオウさん!」

 

「ディアベルはんは黙っといてくれ!もう我慢ならん、孤高を気取りやがって、なんでゲームクリアに協力せんのや」

 

キバオウに問いにコウガは答えない。答える必要は無いと言わんばかりだ。

 

「責任取れ」

 

キバオウは非情に告げた。

 

「この層のフロアボス、1人で倒して来い」

 

『そいつは無茶だ。鎧の装着限界時間は99.9秒、今のコウガのレベルじゃそれまでにフロアボスを討滅することは出来ない。もちろん生身でもな』

 

キバオウの命令にザルバが反論する。しかし

 

「いいだろう」

 

コウガは迷うことなく了承した。

 

『コウガ!』

 

ザルバが珍しく声を荒げる。それだけ大変なことなのだろう。アスナは確信する。

 

「私も行くわ!」

 

仲間だから、1人では背負わせない。アスナはその一心で手を上げた。だがそれに対するコウガの返事はあまりに酷いものだった。

 

「失せろ」

 

「えっ」

 

「足手まといだ…」

 

コートを翻し、アスナに背を向けてコウガは言うと、そのまま酒場から出て迷宮区へ歩いて行った。

 

 

第3層迷宮区、キバオウ達が切り開いていたのだろう。すでにボス部屋の前まで開拓されていた。

 

『コウガ、本当にやる気か?』

 

心配するようにザルバが問い掛ける。コウガはああ…と短かく答えた。

 

『アスナの嬢ちゃんに正直な気持ちを言わなくて良かったのか?』

 

藪から棒になんだ。コウガは思ったが、ザルバなりに死地に赴こうとする相棒への気遣いなのだとすぐに気付いた。

 

『お前さんも面倒な奴だな、死んで欲しくないって言ってやりゃあいいのに』

 

「AIのくせに知ったようなことを言うな。人間はそんな単純じゃない」

 

『お前さんはその中でも選りすぐりだぜ』

 

呆れたようにザルバが言う。そうかもな、コウガは自嘲したが口にはしなかった。

 

「行くぞ」

 

告げて、コウガは扉を開けた。

件のモラックスは部屋の1番奥の壁と一体化していた。

 

『要塞時計とはよく言ったものだ。気を付けろコウガ』

 

ザルバが言った瞬間だった。

 

「なっ…!」

 

鉄のアームに繋がった巨大な刃物が四方八方からコウガに襲いかかって来たのだ。

 

「ぐっ!」

 

魔戒剣を盾に直撃は避けた。しかし、無視出来ないダメージがコウガのHPを減らす。

 

『マズイぞ、直撃を食らったらリカバリー出来ない』

 

「わかってる!」

 

剣の刃で、敵の刃を受けながらコウガは怒鳴る。言われなくても戦っている自分が1番よくわかっている。この初見の敵を相手にどう戦う?さっきザルバが言っていた通り、今鎧を纏ってもモラックスの体力を全て持っていくことは出来ない…いや…

コウガはある事を思い出すと魔戒剣を掲げ、鎧を呼び出した。

 

『どうするつもりだ?コウガ、どう見立てても間に合わんぞ』

 

牙狼剣を左手の甲に乗せて引く独特の構えを取る牙狼にザルバが問う。牙狼は魔導火を生み出すライターを取り出した。

 

「烈火炎装を使う」

 

『新スキルか…実験もしていないが大丈夫か?』

 

キズメルと出会った時に習得した牙狼のスキル。ザルバも効果を把握していないそうで、実験を後回しにしていた。だが、方法を選んでいる暇は無い。

 

「行くぞザルバ、最後まで付き合え」

 

『いいぜ相棒、お前が死ねば牙狼とともに俺も消える。地獄まで付き合ってやるさ』

 

ザルバが言うと、牙狼はライターを点火し牙狼剣に火を付けた。システムのアシストが次にどう動けば良いのか教えてくれる。

牙狼は剣を振り、緑色の炎の斬撃を飛ばした。炎の斬撃がモラックスの無数の腕、刃物の付いた鉄のアームを弾き飛ばし、壁と一体化する本体に直撃してダメージを与える。すると炎の斬撃は回転して牙狼に跳ね返って来る。牙狼は宙に飛び、跳ね返って来た斬撃をその身に受けた。ボウッ!牙狼の体が緑色の炎で燃え上がる。これが烈火炎装、魔導火を纏い、攻撃力を跳ね上げる。だが、デメリットもある。

 

「HPが…!」

 

まるで燃えるようにHPがガリガリと削れていく。このままでは制限時間を待たずにHPが燃え尽きる。

 

『急げ!』

 

ザルバが叫ぶ。牙狼は襲い来るアームを斬り捨て道を開くとモラックスの本体へ牙狼剣を突き立てた。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

猛々しく吠え、牙狼はモラックスを何度も何度も斬りつける。牙狼のHPがレッドゾーンに突入する。それでも、死を恐れることなくモラックスを斬りまくった。

 

「グアアアアアアアア」

 

モラックスが砕けるのと同時に牙狼は鎧を解除した。congratulations の文字がボスの部屋に浮かんだ。

 

『残りHP10、なんとか生き残ったな』

 

「腹が減った…」

 

フラフラになりながらコウガは言うと解放された4層への階段を登って行った。

 

 

足手まといだ。コウガに言われた言葉がアスナの脳裏に浮かぶ。確かにそうだったかもしれない。あんな凄い鎧を持っているのだ。自分の力などあっても無くても同じ、それどころか守らなければならない分、余計な荷物だったのかもしれない。だけど…白と赤のユニフォームに身を包みながらアスナは思う。

 

「私は私のやり方でこの世界を生き残る。コウガ君、いつかあなたに追い付く」

 

着替えが終わったアスナはホテルのロビーに出る待っていたのはヒースクリフとその仲間達、つまり血盟騎士団である。

 

「これからお願いします。ヒースクリフさん。いえ、団長」

 

「うむ」

 

血盟騎士団副団長閃光のアスナ。後にそう呼ばれるアインクラッドトップクラスの豪傑が誕生した瞬間だった。

 




起承転結の起が終わり、次回から時間が飛びます。


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絶狼

「ピナ…嫌だよ!ピナ!」

 

35層の森の奥でシリカは悲鳴を上げた。

“ビーストテイマー”彼女の異名の元であった相棒が今消え、《ピナの心》と言う結晶に姿を変えた。

 

「う…あ…」

 

ピナを打ち倒したモンスターがシリカの見る。しかし、シリカに抵抗する気は無かった。この狂気の世界で生きていく理由が無くなった。1人では生きていけない。また1人になるくらいなら…

 

「ピナ…私も…」

 

そっちに…そう言いかけた直後だった。ブーメランのように回転しながら両刃の剣がモンスターを斬り裂く。

 

「よっ!」

 

黒いロングコートの男が現れ、両刃の剣をキャッチするとそれを2本の小振りの剣に分離させ、連続斬りでモンスターを八つ裂きにした。

 

「大丈夫?何かあった」

 

2本の剣を納めた長い黒髪を乱雑になでつけた少年は、振り返ってシリカに問い掛けた。

 

「ピナが、ピナが…」

 

 

SAOではモンスターをテイムすることが出来る。しかし、それは非常に低確率。情報を得た何人かが挑戦したことがあるが、何度やっても何度やっても、ついに成功する者は出なかった。そんなある時である。ウィンドドラゴンの子供のテイムに偶然成功した者がいた。それがシリカだった。シリカはその子をピナと名付けた。現実世界で買っていた猫の名だ。シリカはピナと共に戦い、寝食を共にした。ピナの力は回復、シリカはその力に何度も救われた。いや、力にだけじゃない。デスゲームのプレッシャーに挫けそうになった時もピナの存在に救われた。その場だけのパーティーじゃない、真に信じられるあの子がいたからシリカは心を殺さずに生きて来れた。なのに…

 

「私、パーティーに参加したんですけど、アイテムの分配で揉めて…引き下がれば良かったんですけど…私、天狗になっていたんでしょうね。あなた達なんていなくても良い!って、それで1人になって、モンスターに襲われて」

 

「大方事情はわかった」

 

35層の主街区のレストラン、シリカかこれまでの経緯を語ると黒髪の少年はよくわかったと頷いた。

 

「ピナは大切な友達だったんだな…」

 

生クリームメガ盛りのケーキを口に放り込みながら少年は言った。

 

「はい、でも…私のせいで…」

 

なんて愚かな事をしたのだろう考えるだけで涙が出てくる。

 

「おいおいおい、泣くなよ…」

 

「でも…」

 

「大丈夫さ、ピナは戻ってくるよ」

 

「えっ⁉︎」

 

シリカの涙を見て、焦った様子で言った少年の言葉にシリカは耳を疑う。死んだはずのピナが戻ってくる?

 

「どういうことなんですか?」

 

問われた少年は得意げな表情で答えた。

 

「プネウマの花っていうアイテムがあれば、使い魔を生き返らせることが出来るんだ」

 

「本当ですか⁉︎」

 

「ああ、でも、そのアイテムがあるのは48層だ」

 

「48層…私、頑張ります。時間がかかっても…」

 

「タイムリミットは二日間だ」

 

聞いたシリカは言葉を失った。35層の標準レベルのシリカが48層の安全圏のレベルまで鍛えようと思うと確実に二日では足りない。

 

「やっぱり、私じゃ…」

 

「出来る。俺がいる、俺はレイ。困っている人達を助けるのが仕事の騎士だ」

 

「一緒に行ってくれるんですか」

 

「その通り」

 

シリカの顔が華やいだ。確かに初対面の彼を信用して良いのかという心配はある。だが、ピナにもう一度会えるというのであればもう手段など選ばない。

 

「お願いします」

 

シリカはレイに頭を下げた。

 

 

『ゼロ、本当にあのお嬢ちゃんに付き合うの?」

 

その日の夜のこと、宿の部屋で女性の顔を模したペンダントがレイに話しかけた。

 

「言ったろ、俺は騎士だ。困っている人達を助けるのが仕事だ」

 

『そうね、あの時からそのように生きるとあなたは決めているものね』

 

「ああ、だからシリカちゃんも助けるさ。とりあえず明日の冒険の作戦会議に付き合ってもらうぜ、シルヴァ」

 

レイはペンダントの相棒シルヴァに言うとシリカのいるとなりの部屋に行った。

 

「シリカちゃん良いかな?」

 

えっ⁉︎レイの訪問を予見していなかったのか、シリカは焦ったような声を出す。ドタバタ部屋の中で暴れる音がしばらく聞こえて、ドアが開いた。

 

「どうぞ」

 

「そんなかしこまらなくて良いよ」

 

苦笑いしながらレイは部屋に入り、適当な椅子に腰掛けると、テーブルの上に地図を開く。シリカを向いに座らせてからレイは切り出した。

 

「明日の朝一番に48層に行く。装備は…そうだな、これでどう?」

 

言うとレイはストレージから防具やら武器やらを取り出して広げる。そのどれもが今のシリカには過ぎたるものであった。

 

「すごい!」

 

「全部あげるよ、俺は使わないから」

 

物凄い勢いで遠慮しようとするシリカに半ば押し付けるように装備を与えるとレイは続けた。

 

「明日の朝一番に48層へ行く。目的の物がある思い出の丘まではレベル上げも兼ねてゆっくり進んでいこう。俺の見立てじゃ日暮れまでにはここに帰ってこれるはずだ」

 

「わかりました」

 

シリカが言うとレイはにっこり微笑む。しかし直後に何かに気付いたように玄関を凝視した。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや…」

 

なんでもない風に視線を戻すレイ。しかし微かな声でシルヴァとやり取りをした。

 

『掛かったわね』

 

「恐らくな…」

 

 

次の日、朝早く起きたレイとシリカはホテルの一階で朝食を取っていた。

 

「美味い」

 

そう言って朝食を頬張るレイをシリカは引き気味に見ていた。それもそのはず、レイは朝からテーブルにスイーツのフルコースを並べてガツガツ食べているのである。シリカとて女の子の端くれ、甘い物は好きである。そんなシリカが胸焼けする程の量をレイは平らげていた。

 

「食べないの?」

 

あなたのせいで食欲減退しました。そう言える程、肝は座っていない。なんとか愛想笑いを作ってサンドイッチを口に放り込んでいた時である。

 

「あら、シリカじゃない」

 

鮮やかな赤髪の女がねっとりとした口調で言って、シリカ達のテーブルを見下ろした。

 

「ロザリア…さん…」

 

会いたくない顔だった。何を隠そうこのロザリアという女、昨日シリカと喧嘩した女なのである。「そのトカゲが回復してくれるからアンタは回復アイテムはいらないでしょ」喧嘩の元となったセリフを思い出す。高圧的な言い方もピナを馬鹿にする言葉も許せなかった。しかしここで感情に任せてしまったが故にピナを死なせてしまったのである。同じ過ちは2度と犯すまい。シリカは何も言わずに顔を伏せた。

 

「こちらのイケメンは誰?というかあのトカゲは?もしかして死んじゃった?それでトカゲの代わりにイケメンに媚びを売ったってわけ?」

 

クスクスと笑いながらロザリアが言う。シリカは固く唇を噛んだ。そんなシリカを見ていたレイがついに口を開いた。

 

「沈黙は美徳って言葉がある。お喋りな女はモテないぜ」

 

ニカッと快活な微笑みを浮かべるレイだったが、思わず生唾を飲んでしまうような殺気を放っていた。見ていただけのシリカが肩を震わせてしまったのである。向けられたロザリアはというと「なによ」と震えた声で負け惜しみを言って立ち去ってしまった。

 

「すごいですね」

 

まるで剣豪か何かのよう。自分とは比べ物にならないくらい戦いの経験を積んできたのだということは容易に想像できるほど、レイの迫力は凄かった。

 

「大したことないよ、こんなの望んで得たものじゃないし」

 

そう言ったレイの目はどこか寂しげだった。

 

 

48層、ここは通称フラワーガーデンと呼ばれている。層全域が緑豊かで巨大な花畑が点在している。

 

「綺麗…」

 

主街区の街中に広がる花畑にシリカは息を飲む。レイがアイテムを調達しにショップに行っている間、シリカはずっと花を愛でていた。

 

「コウガ君、見て見て!綺麗だよ!」

 

「興味無い」

 

不意に現れたカップルにシリカは目を向けた。シリカとて年頃である。人並みにああいった光景に憧れがあった。

私も誰かとあんな風になれるかな?

 

「どうしたの?」

 

背後からレイに肩を叩かれてシリカは振り向くさっきのカップルはすでにどこかへ消えていた。

 

「なんでも、行きましょう!」

 

元気よく言うとシリカはレイを背後に歩き出す。レイも揚々と続いた。

 

 

「シリカちゃんスイッチ!」

 

レイの合図で飛び出す。ソードスキルの閃光を纏ったシリカの短剣が巨大植物型モンスターを刺し貫いた。

 

「やった!」

 

戦ったのは今までよりレベルの高い相手だったが、それほどHPを損なうことなく勝つことが出来た。これがいつもの層の仲間達なら命の危機すらあるような相手だったのに。すべてはレイのサポートあってことだった。

 

「レイさん、すごいですね」

 

シリカは感心した。短めの片手直剣を二本持ち、順手と逆手を状況に応じて切り替える操る変幻自在のバトルスタイルは他に見た事が無いが、彼のおかげで余裕を持って敵を倒す事が出来た。

 

「どうしてそんなに強くなったんですか?」

 

「内緒」

 

シリカが聞くとレイはおどけて答えた。目は笑っていなかった。

 

「さて、そろそろ目的地だ」

 

そう言うとレイは速足でズンズン丘を登って行った。

そうして小高い丘を登ったその先にそれはあった。一面に広がる花畑とその中心にある白い岩。

 

「あれが?」

 

「そう、目的の物はあの岩の上にある」

 

レイに言われ、シリカは岩へ駆け寄った。その天辺には注意深く見なければ見失ってしまいそうに小さい可憐な花が咲いていた。可哀想と思いつつ引き抜くとネームウィンドウが開く。《プネウマの花》目的のアイテムだった。

 

「レイさん!やりました!」

 

シリカは顔を綻ばせ背後で腕を組んでいたレイに言う。レイは微笑んで相槌を打つとシリカに言った。

 

「良かったねシリカちゃん。その花の雫を心アイテムに振りかければピナは蘇る…けど…」

 

「けど?」

 

「おい、出て来なよ」

 

突然レイが顔を険しくして声を上げた。すると背後の林の木の陰からゾロゾロと男達が数人、姿を現す。

 

「ひっ!」

 

男達を見て、シリカは小さな悲鳴を上げた目の前の彼らの頭上にあるプレイヤーアイコンはすべてオレンジ、つまりこのゲーム内における犯罪行為に手を染めている事の証明だったからだ。

 

「レイさん!」

 

「まあまあ、落ち着いて。おい、まだ隠れてるだろ出て来いよ」

 

レイが言うともう1人、今度は女が姿を現した。

 

「やるわね、剣士さん」

 

「ロザリアさん⁉︎」

 

姿を現した女にシリカは驚愕した。因縁のあるロザリアだったのである。ロザリアはオレンジプレイヤーの男達を率いる様に立ち、レイと相対した。

 

「狙いはプネウマの花ってところかな?」

 

「ご名答、竜使いのシリカ、相当たんまり溜め込んでると思って前々から張ってたのよ。狙い通り貴重なアイテムを手に入れてくれたわ」

 

嬉々として語るロザリアを見てシリカは察した。

 

「オレンジギルド…」

 

他のプレイヤーを襲い、殺すなどして利益を得る集団。ロザリアのアイコンはグリーンで犯罪者扱いはされていないが、それが彼らの手口なのだろう。

 

「私を殺すつもりで近付いたんですか?」

 

「ええ、世間知らずのお嬢ちゃんは良いカモだったわ」

 

言って、ロザリアは下卑た笑いを浮かべる。控えるオレンジプレイヤー達も今か今かと得物を弄んでいた。

 

「じゃ、そろそろお喋りも面倒臭くなってきたから、そろそろ死んでもらいましょうか。やっちまいな!」

 

ロザリアが声を上げる。それを合図に総勢10人のオレンジプレイヤーが一斉にレイとシリカ目掛けて突撃してきた。しかし、

 

「ウアァ…」

 

ゴスン。横から現れた不気味なモンスターにオレンジプレイヤーが数人弾き飛ばされた。

 

「何⁉︎」

 

思わずシリカは声を上げた。《ゲメルス》と記されたモンスターはその後も無差別にその場のプレイヤー達に襲い掛かって来た。

 

「丘の主の登場ってわけだ」

 

「あんたこれを知ってて!嵌めたわね!」

 

レイが嬉しそうに語ると、ロザリアは半ば半狂乱になって叫ぶ。

 

「そうだよ、タイタンズハンドのリーダーさん。シリカちゃんと予定を話し合いながらあんたらが罠に嵌るのを楽しみにしてたんだ」

 

短めの2つの直剣を肩に担いでレイはしたり顔で答える。昨晩の時点でレイは何者かがシリカの部屋の前で聞き耳を立てていたことを看破していたのである。

 

「どうする?あんた達のレベルじゃゲメルスには歯が立たないぜ。黒鉄宮の牢に入るってなら助けてやっても良いけど?」

 

「黙れ!誰がアンタの助けなんか!」

 

ロザリアが怒声を上げて拒否する。しかし

 

「助けて!」

 

1人のオレンジプレイヤーがゲメルスに鷲掴みにされ、口と思わしきところへ持ち上げられた。捕食しようとしているのだ。

 

「うわあああああああああ!」

 

死の恐怖を感じた絶叫が辺りに響く。しかしその刹那、レイが投擲した二本の剣がゲメルスの腕を斬り落とした。

 

「グオ?」

 

ベチャとゲル状の腕が地面に落ちる。するとその腕は土に吸収され、新しい腕がゲメルスに生えた。

 

「うわ…マジで面倒臭い奴なんだな…」

 

レイが言った瞬間、ゲメルスから解放されたプレイヤーが悲鳴を上げて逃げようとする。すると投擲したはずのレイの剣が不自然な軌道を描いてターンしそいつの足を切って転ばせた。

 

「全員、動くな!動いたら殺す…」

 

殺気のこもった宣言に全員が足を止めた。本気だ。誰もがそう思わされた。レイは皆が足を止めたの見ると、小さく呟いた。

 

「It's show time」

 

レイは二本の剣を掲げ2つの円を描いた。剣を振り下ろすと円は1つに重なり、鋭い銀の光がレイを照らす。そして円形のゲートから召喚された銀の鎧がレイに装着された。

 

「何これ…」

 

鎧を纏ったレイにシリカは息を飲んだ。

 

銀牙騎士 絶狼(ぎんがきし ぜろ)行くぜ…」

 

絶狼はそう言うと巨大化した2つの剣《銀狼剣》を構え、ゲメルスに挑んだ。

 

「ウオオ」

 

「遅い!」

 

襲い掛かるゲメルスの腕を絶狼が斬り刻む。しかし、それはすぐに再生してしまう。

 

『ゼロ、心臓を探すのよ』

 

これでは埒があかないとシルヴァが絶狼に助言するする。

 

「わかってるよ」

 

絶狼はそう言うと、鎧の中で目を閉じ、耳に神経を集中させた。すると、ドクンドクンと音がクリアに聞こえて来る。この世界にいるのは所詮アバター、仮初めの姿でしかない。プレイヤーから心音は聞こえない。ならこの心音の持ち主は、ハッキリしている。

 

「あそこか!」

 

心音の発生源を突き止めて絶狼は声を上げた。ゲメルスの胸のど真ん中、そこに弱点がある。絶狼は銀狼剣を連結させて双刃刀にすると、電光石火の速さでゲメルスの胸を突き貫いた。

 

「ふん!」

 

胸から剣を引き抜くと連結させた剣を分解し、血糊を払う様に剣を振り下ろす。爆発四散するゲメルスを背後にレイは鎧を解除した。

 

「すげぇ…」

 

「バケモンだ…」

 

レイの戦いを見ていたオレンジプレイヤー達は震えながら声を上げた。直後、レイから「死にたかったら逃げても良いよ」と笑顔で凄まれ、全員武装を解除した。

 

 

「カッコよかったですレイさん。鎧を着て変身するなんて!」

 

目を輝かせて語るシリカにレイは苦笑いを浮かべてクリームを盛ったコーヒーを啜った。2人は今、35層のホテルへ戻って来ていた。ロザリア率いるタイタンズハンドは無事レイの手によって残らず牢へとぶち込まれた。

 

「レイさん、なんでロザリアさん達タイタンズハンドを探していたんですか」

 

レイの狙いが彼女達であったことはすでに思い出の丘からの帰り道に聞いていた。シリカが気になったのはその先であった。

 

「初めに会った時も言ったけど、俺は騎士。困っている人を助けるのが使命なんだ。あいつらを追っていたのは、あいつらの被害にあった生き残りからの依頼なんだ」

 

放浪の旅の途中、レイはその依頼主と出会い。涙ながらに奴らを捕まえてくれと頼まれたそうだ。

 

「そうだったんだ…レイさん優しいんですね」

 

レイがボランティアで戦いを引き受けたことを知り、シリカは彼を褒めそやした。悪人であっても殺めることなく等しくモンスターから守る姿を目の当たりにしている。騎士を自称するだけのことはある。まるでヒーローの様だ。

そうやって褒めちぎっていると、レイは違うと声を上げた。

 

「そんなんじゃない。俺はある男に殺すために旅をしてるんだ」

 

「えっ…殺す?」

 

言ったレイのただならぬ迫力にシリカは肩を震わせる。レイは構わず続けた。

 

「今から半年前、俺は月夜の黒猫団というギルドに所属していた。だがある日、俺を除いたギルドメンバーが皆殺しにされた」

 

「誰がそんなことを…」

 

「俺と同じ鎧を纏う男…そんなのは1人しかいない。黄金騎士」

 

シリカは目を見開く。黄金騎士、攻略組に協力するソロプレイヤーである。常に1人で最前線に身を置き、危険な偵察や困難なミッションを請け負っている。フロアボスの威力偵察に1人で行ってそのまま討滅したなど、アインクラッド全土に色々な伝説を持つ勇者として名を馳せている。そんなプレイヤーがレイの仲間を殺した。にわかには信じられなかった。

 

「何かの間違いじゃ…」

 

「いや、あの時見たあの影…あの影は鎧を纏った者の影。なぜ俺の仲間を殺したのかはわからない。でも、だから俺は真実を知りたいそして…」

 

「仇を討つ」

 

「ああ、刺し違えても」

 

レイの決心が本物であることがシリカにはわかった。ただ、玉砕覚悟で戦おうとするレイを黙って送り出すことは出来なかった。

 

「レイさん、死んじゃダメです。必ず生きてください。また一緒に冒険しましょうよ。今度はピナと一緒に!」

 

シリカが言うとレイは目を丸くし、そして微笑んだ。

 

「シリカちゃん…わかった。また会おう」

 

そう言うとレイはシリカを置いてホテルから出て行った。

 

 

『ふふ、大事な約束が出来ちゃったわね?』

 

35層の転移門前、シルヴァは悪戯っぽく言った。

 

「そうだね、だが黄金騎士は必ず倒す。サチ達の仇は必ずとる」

 

大いなる決意を胸にレイは転移門をくぐった。

 

 

 

 

 



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