龍の軌跡 第一章 BLEACH編 (ミステリア)
しおりを挟む

プロローグ

 

 

――龍一郎サイド――

 

気がついたら、俺は卓袱台を挟んで初対面の爺さんと対面していた。

 

辺りは文字通り「真っ白」で、白い色以外に何も見えはしない。白い闇と言い換えれば、今の状況を一応は表すことができるだろう。

 

「えーと、名前は吉波龍一郎(よなみりゅういちろう)君。△□高校に通う高校生。

身長は170センチ、体重は約62kg。

家族構成は父親と母親のみで、一人っ子……と。間違いはないね?」

 

目の前の爺さんがどこからともなく紙を取り出し、すらすらと俺のプロフィールを言ってきた。

 

(この爺さん、何で俺のことを……というか、どうしてこうなった?)

 

俺は戸惑いながら、ここで気がつく前に何があったのかを思い返した。

 

 

 

――回想――

 

ライトノベルを読みながら、俺は電車を待っていた。

 

一応は本を読む以外にやることはあるのだが、正直気は進まないし、なにより本を読んでいたほうが百倍は楽しいのだから仕方がない。

 

『間もなく一番線に、快速○○行きが到着します。黄色い線までお下がりください』

 

ほぼ毎日聞いているアナウンスを耳に入れ、俺は黄色い線に触れるか触れないかギリギリの所まで前に出た。

あまり前に出ると危ないし、後ろに下がると横入りをしようとする馬鹿がいるからだ。

 

その牽制の甲斐あってか、横に入ろうとする者が一人もいないままで電車がホームに入ってきた。

 

―――ドンッ!!

 

唐突だった。突然俺の背に衝撃が走り、俺の足にある地を踏みしめている感覚が消失した。

 

(……え?)

 

俺はいきなりの出来事に頭がついていかず、文字通り思考停止状態となった。

 

そしておれが最後に見た光景は、電車の先頭車両の眩しく光る前照灯だった。

 

 

――回想終了――

 

 

「つまり俺は死んだのか」

 

「ほぅ。呑み込みが早くて助かるのぅ」

 

思わず出した呟きに、爺さんが感心の声を出す。

 

「冷静に考えたらそうなるさ」

 

「自分が死んだというのにえらく冷めているのぅ。もっとこう…驚いたり慌てたりすると思うが」

 

「勘違いしないでくれ。これでも結構動揺している。それに驚いたり慌てたりして事態が好転するとは思えないしな」

 

実際顔に出ていないだけで、さっきから頭の中がパニックになっているのだ。

 

頭の中が真っ白になるとむしろ冷静になるタイプの人間がいるとは聞いたことがあるが、どうやら俺もそのタイプらしい。

 

今知ったのだが。

 

「まぁそれもそうか。で、改めて確認するが、君は吉波龍一郎君で間違い無いか?」

 

目の前の爺さんが話を戻す。

 

「間違いは無いよ。神様」

 

「おっ!よく分かったのぅ!」

 

「まぁパターンだろ」

 

「身も蓋もないのぅ」

 

「話が早くて済むから助かるだろ。で、どこに転生させるんだ?」

 

だいたいお決まりのパターンではあるが、このまま天国か地獄に逝くよりは、新しい人生を生きた方がいい。

 

「あぁすまん。おぬしの考えているのとはちょっと違うんじゃ」

 

……は?

 

「どういうことだ?」

 

「おぬしは儂か儂の部下が手違いでおぬしを殺してしまったから、お詫びで転生させる。と考えているようじゃが、そういう訳ではない」

 

………はい?

 

「まずおぬしが死んだのは、私が強制的におぬしの寿命を変えたからじゃ」

 

………こいつ今なんて言った?

 

「ぶっちゃけると、儂自らがおぬしを突き飛ばして殺したんじゃ」

 

……ふ

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!!」

 

俺は憤慨して卓袱台を蹴飛ばし、爺さんに殴りかかるが軽々と避けられる。

 

「話はまだ終わっとらんぞ」

 

「うるせえっ!」

 

爺さんの飄々とした態度が俺の怒りの火に油を注ぐ。

 

左フック、右アッパー、返しの左ストレート。

 

俺のラッシュをヒョイヒョイと避ける爺さん。

 

「やれやれ、少し大人しくせい。縛道の一・塞」

 

ビキィン!

 

「な!」

 

爺さんが言った刹那。俺の両腕はまるで見えない手錠にかけられたかのように動けなくなっていた。

 

「なんであんたがブリーチの鬼道を使えるんだ!?」

 

「阿呆。儂は神じゃぞ。これ位出来ないでどうする」

 

殺気立つ俺を横目に蹴り飛ばされた卓袱台を戻し、爺さんは最初にいた位置に腰を下ろした。

 

「大人しく座れ。話はまだ終わっとらん」

 

せめてもの抵抗に口をへの字に曲げて、殺気混じりの視線を爺さんに当て、手を固定されたままで腰を下ろし「で」と話を進めるように促した。

 

「まず少し過去の話になるんじゃが、一昔前に死んだ人間を別の世界に転生させるというのが儂等神の間で大流行してのぉ。かなりの数の人間を別の世界に送っていたんじゃ」

 

「ふーん」

 

「じゃがそれが原因で全世界のバランスが除々に壊れてきてしまったんじゃ。

まぁ普通転生する確立なんぞ滅多にないからのう。それがあちこちで起これば異常が出てくるのは当然じゃ」

 

「へー」

 

「それに気付いた儂等神々は転生行為を一切禁止して、全世界のバランスを修復する事に専念したんじゃ。その甲斐あって、転生者達は皆転生した地で天寿を全うし、バランスも修復されたという訳じゃ」

 

「苦労話を聞かせる為に俺を殺したのか?」

 

苛立ちの為か言葉に棘が出る。

 

「ここからが本題じゃ。確かに全世界のバランスは修復されたが、過去にバランスが崩れた影響がごく一部の世界で出てきてしまってのう」

 

「影響?」

 

「そう影響じゃ」

 

重々しく頷く爺さん。

 

「バランスが崩れたことにより、儂等神々でいう「歪み」というものが生まれてしまってのぅ」

 

「あぁ大体分かった。ようはその「歪み」をなんとかする為に俺をここに連れて来たと?」

 

「話が早くて本当に助かるわい。じゃがもう少し話を聞け。まだ続きがある」

 

「まだ続くのかよ」とため息混じりに呟く。

 

「本当にあと少しだけじゃ。それでその「歪み」のせいで、ごく一部の世界に本来ならその世界に存在してはならない破壊を招く存在が生まれてしまってのぅ。儂等はその存在を『存在してはならない者達(イレギュラーズ)』と呼んでいる」

 

「イレギュラーズか。安直だな」

 

話の大筋が見えてきた。

 

「ほっとけ。それでその各世界に現れたイレギュラーズを消滅させてもらう為におぬしを呼んだという訳じゃ。以上で説明は終わり。何か質問はあるか?」

 

俺は挙手……は出来なかったので「4つだけ」と言った。

 

「1つ。なんで神様が直接イレギュラーズを倒しに行かないんだ?その方が手っ取り早いだろう?」

 

「神が直接世界に干渉することは絶対の禁忌とされているんじゃ」

 

どうやら神も万能ではないらしい。

 

「2つ。そのイレギュラーズが現れた世界にも強い奴の一人か二人はいるだろう。わざわざ俺を送らなくてもいいんじゃないか?」

 

「確かにそうかもしれん。じゃが、念の為の保険も欲しいんじゃ」

 

打てる手はうっておきたいというわけか。

 

「じゃあ3つ目。なんで俺を送るんだ?さっきの話だと、他の世界に送り込むのは禁止されたんだろ?」

 

そんなに簡単に禁止事項を曲げていいのか?

 

「大事の前の小事じゃ」

 

あ。心読まれた。

 

「最後の質問。なんで俺が選ばれたんだ?」

 

これで適当に選んだとか言ったら本気で殴り飛ばす。

 

しかし俺の思惑と違い、爺さんはなにも言わずにその場で土下座した。

 

「すまぬ。それだけは言えないんじゃ」

 

「言えないって…殺した相手にそれを言うか!」

 

額に青筋が浮かぶ。

 

「確かに理不尽だということは重々承知している!じゃが、決して適当でおぬしを選んだ訳ではない。それだけは信じて欲しい」

 

絞り出すように出した爺さんの戯言に、俺は怒りのあまりぎりぎりと音がするほど奥歯を噛み締め、土下座した爺さんを睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………はぁ

 

「………顔を上げてくれ」

 

怒りを吐き出すように深々と溜め息を吐いて爺さんを促すが、なかなか顔を上げようとはしない。

 

「イレギュラーズに対抗できるように、能力はつけるんだろ?」

 

俺のその言葉に爺さんはやっと顔を上げる。

 

「やって……くれるのか?」

 

「俺がやるしかないんだろ」

 

友人からよく言われていたが、やはり俺はお人好しらしい。

 

「…すまん」

 

再び頭を下げる爺さん。

 

「ただ条件がある」

 

「出来るだけ善処しよう」

 

(二つ返事でOKするとはな…思ったよりも状況は切迫しているということか)

 

「まず一つ目。行く世界で一々説明するのが面倒だから、あらかじめ事情を知っている奴がいるようにしてほしい」

 

「うむ。それなら大丈夫じゃ」

 

「二つ目。俺一人だけだとやっぱり不安だから相棒が欲しい」

 

「相棒というと、どういったのがいいんじゃ?」

 

「防御や回復といった補助系に特化したやつがいい」

 

「容姿などで希望はあるか?」

 

「特に無い。任せる」

 

俺の希望に爺さんは「ふむ」と短く考え、「あいわかった」と了承する。

 

「三つ目。俺に付ける能力だが、俺自身で決めさせて欲しい」

 

「オッケー。それ位はお茶の子さいさいじゃ」

 

軽い返事に頭痛を覚える。

 

「最後の条件。この件が終わったら、思い切り殴らせろ」

 

「…分かった」

 

若干顔を青くし、不承不承といった感じで頷く。

 

「よし。それならイレギュラーズの一件。引き受けよう」

 

「すまんのぅ」

 

「もういいさ。で、能力のことだが…」

 

詫びを軽く流して、話を返る。

 

「あぁ、それならこれに書いてくれ」

 

そう言った爺さんの手には、どこから出したのか白紙とボールペンがあり、同時に俺の両腕を縛っていた鬼道も消え去っていた。

 

「んじゃ…」

 

両腕に残る痺れを払い落とすように軽く手を振り、俺はペンを走らせた。

 

 

――十分経過――

 

「書けたぞ」

 

「ほぅどれどれ……

 

魔力はスレイヤーズのリナ=インバースの5倍

 

チャクラはNARUTOの九尾の3倍

 

スレイヤーズの全魔法と魔術師オーフェンの音声魔術が使用可能

 

血継限界関係なしに全忍術・幻術が使用可能

 

サザンアイズの全獣魔術使用可能

 

NARUTOの写輪眼・永遠の万華鏡写輪眼・白眼

BLACK CATの予知眼(ウ゛ィジョンアイ)・支配眼(グラスパーアイ)

 

召還教師リアルバウトハイスクールの神威の拳。属性は火

 

スレイヤーズのガウリイ=ガブリエフクラスの第六感

 

BLEACHの虚化可能

 

修行や鍛錬をすればするほど強くなる無限成長能力

 

ナイトウィザードの月衣のような効果を持った持ち運びしやすいマジックアイテム

 

そしてその中に入れておく物が……全ての斬魄刀とおぬしの考えたオリジナル斬魄刀が7本(更にオリジナル解放形態付き)

 

冒険王ビィトの五つの才牙

 

家庭教師ヒットマンREBORNの全ボックス兵器&リング

 

生活雑貨用品

 

調味料(山ほど)

 

その他便利道具……か。いいじゃろう」

 

「…へ?」

 

いや、自分で言うのもなんだが、結構滅茶苦茶なチートを書いたんだが…まさか二つ返事でOKされるとは。

 

「さて、では早速じゃが旅立ってもらおう。覚悟はいいか?」

 

「あ…あぁ」

 

未だに呆けて生返事しか返せない。

 

「ではのぅ」

 

爺さんの「ぅ」の字が終わると同時に俺の足元に穴が開き、一気に落下していった。

 

「やっぱりこれはお約束かよぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

――神サイド――

 

「頼むぞ…吉波龍一郎」

 

龍一郎が落ちていった穴を見つつ、儂は祈るように呟いた。

 

(……それにしても)

 

先程龍一郎が書いた紙に再び目を通し、

 

「あやつ分かっているのかのぅ?いくら優れた能力があっても、それをコントロールできなければなんの意味もないというのに……まぁ一応サービスはしておいたが…大丈夫かのぅ」

 

彼の落ちていった穴を、今度は不安な目で見つめた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

 

 

 

――龍一郎サイド――

 

気が付くと、俺はどこの町にでもありそうな人気のない公園の真ん中で立ち尽くしていた。

 

「…どうやら着いたようだな」

 

左右を見て人目がないのを確認し、俺は近くにあるベンチに腰掛ける。

 

「さて、これからどうするか……まずはこの世界がどこなのかを調べないとな」

 

「それには及ばない」

 

「!!」

 

突然背後からふってきた応答に、俺は危うくベンチから滑り落ちてしまいそうになりながらも、なんとか体制を立て直して声のした方に顔を向けた。

 

「だ、誰だ!!」

 

「安心しろ我は味方だ。我が主よ」

 

俺の視線の先には紫色の瞳が印象的な一人の少女が立っていた。

 

見た目の年齢は大体10歳位の幼さだが整った顔立ちをし、自らの身長ほどの長く青い髪を紫のリボンで束ねている。

 

美しい容姿ではあるが、どこかガラス細工のような触れれば壊れるような危うさを感じさせた。

 

ちなみに俺の知った顔だった。

 

「なんでゼフィリスがここにいるんだ!?」

 

そう。目の前にいる存在は俺の読んでいたライトノベル『スクラップドプリンセス』に登場するキャラクター。ゼフィリスだった。

 

「我の名はゼフィリスではない」

 

「え?」

 

「確かに我は『スクラップドプリンセス』のゼフィリスを元に汝のパートナーとなるべく神に創られた存在」

 

(成る程…爺さんは俺のパートナーにゼフィリスを選んだのか)

 

「しかし我がオリジナルでない以上、我がゼフィリスの名を冠する訳にはいかない」

 

「お堅いなぁ。別にゼフィリスでもいいだろう?」

 

「そうはいかない。我が主よ、我に名をつけて欲しい」

 

呆れ半分感心半分という表情で軽く頬を掻く俺。

 

「別にいいが、1つ頼めるか?」

 

「なんだ?」

 

「俺のことを『我が主』って呼ぶのをやめて欲しいんだ。俺達は対等の立場の相棒であって、主従関係じゃない」

 

俺の頼みに青い髪の少女は「ふむ…」と短く考え、「分かった…龍一郎」と応えてくれた。

 

「俺的には『龍』って呼ばれる方が好きだな。『エルフィ』」

 

「エルフィ?……それが我の名か?」

 

「あぁ。フルネームはエルフリーデ=クライスト。愛称がエルフィ。どうだ?」

 

「その名。有り難く頂戴する」

 

微笑んで感謝の言葉を紡ぐ『相棒』。

 

「気に入ってくれたのなら、なによりだ」

 

俺も相棒に笑いかけ、話題を変えるためにパンッと軽く手を叩く。

 

「さて、話を戻すぞエルフィ。さっきお前は俺がこの世界がどこなのか調べようとした時に『それには及ばない』って言っていたな?」

 

「あぁ」

 

「なら分かるのか?この世界が何処なのかを?」

 

エルフィは無言で首肯した。

 

「ここは第二百四十八番次元に該当する平行世界だ」

 

………はい?

 

「ににゃく?へいこう?」

 

俺の頭上で?マークが乱舞する。

 

そんな俺を見てエルフィは「あぁ」と合点したという表情でポンと手を叩いた。

 

「済まない。番号名で言っても分からないか。分かりやすく言えばこの世界は『BLEACH』という物語を原作に、枝分かれした幾つもあるIFの世界の1つ。つまりパラレルワールドだ」

 

エルフィの言葉に俺は思わず頭を抱えた。

 

「死亡ルート満載の世界じゃねぇか……まぁ神から貰った能力もあるし、なんとかなるとは思うが…「すまないが龍。その能力や装備の事で、神から伝言を預かっている」」

 

自らを慰めるように呟く俺に、エルフィが言い難そうに声を被せる。

 

「伝言?」

 

「あぁ。まずは装備の事だが、汝の手に腕輪がはめてあるだろう」

 

そう言って指差すエルフィの指の先に視線を送ると、確かに俺の左腕の手首に銀色の輝く腕輪があった。

 

「それが汝が望んだマジックアイテム。『オケアヌスの輪』だ」

 

「成る程ね。確かにこれなら持ち運びしやすいな……あれ?」

 

感心しながら腕輪を外そうとしたが、腕輪は吸い付いたように動かなかった。何故?

 

「『外れろ』と念じて外せばいい」

 

「ん…分かった」

 

エルフィの助言通りにしたら、腕輪がするりと外れた。

 

「更に念じるだけで指輪サイズまで小さくすることも、フラフープサイズまで大きくすることもできる」

 

「へぇー」

 

早速やってみると、本当に自在に大きさを変えることができた。面白い。

 

「それで、どうやって武器とかを出すんだ?」

 

俺は一通り大きさを変えて遊……試した所でエルフィに聞いた。

 

「まず取り出したい道具をイメージして輪の中に手を入れる」

 

(ふむ…それなら)

 

俺はオケアヌスの輪を元の腕輪サイズに戻し、BLEACHの世界ということで、護廷十三隊に一般的にある斬魄刀『浅打』をイメージして輪の中に手を入れた。

 

すると俺の手は腕輪に生まれた異空間に入り、見た目には手首より先が喪失したようになっていた。

 

「なんか切断されたみたいで嫌だな」

 

思わず口に出る。

 

「思っていても口に出すな。次にイメージを維持したままで手を握り、一気に引き出せ。そうすれば武器が出せる」

 

たしなめて説明を続けるエルフィ。

 

俺は言われたとおりに手を握ると『がしっ』と掌に感触が伝わってきた。

 

そしてそのまま手を腕輪から引き抜くと、俺の手には鞘に納められた一振りの日本刀が握られていた。

 

「おぉ~」

 

やばい。目がキラキラしているのが自分でも分かる。

 

「あとは能力の事なのだが……」

 

躊躇するかのようにエルフィが途中で言葉を切り、意を決した様な顔をして口を開いた。

 

「単刀直入に言うぞ龍。今の汝では神から与えられた能力をほとんど使うことはできない」

 

ピシッ!

 

空気が音を立てて固まる音が響き、俺はギギギッと擬音を立てんばかりにゆっくりと首を回し、エルフィに顔を向ける。

 

「ナ…ナニヲイッテイルノカナ。エルフィサン」

 

「まずは斬魄刀だが、始解は全てを解放して扱う事は出来る。だが卍解は解放は出来るが、扱うことは出来ない」

 

「え…?解放は出来ても扱うのは出来ないって、矛盾していないか?」

 

「正確に言うと、卍解をすると汝の体が卍解の力に耐え切れずに崩壊をはじめ、戦闘不能の状態となる」

 

(双極の丘で朽木白哉と戦った時の黒崎一護と同じ状態になるって事か)

 

「今の龍が卍解して戦える時間は大体これ位だ」

 

そう言ってエルフィは五指を広げた手を俺の目の前に出した。………って5?

 

「五分?」

 

「五秒だ」

 

ビキッ!

 

再び音を立てて固まる俺。

 

「卍解でもこれなのだ。虚化など言わずもがなだ。長く保てたとしてもコンマ数秒で仮面が割れる。当然だが、龍が考えたオリジナルの解放形態とやらも今は使うことは出来ない」

 

orz状態になる俺。

 

「更に言わせてもらうが、写輪眼などといった魔眼の類は先程のオケアヌスの輪と同じ要領で念じれば発動できる。

しかし写輪眼や白眼はチャクラを必要とするから、先にチャクラを練る訓練を積まなければならない。無論、忍術・幻術も同様だ。

予知眼(ウ゛ィジョンアイ)や支配眼(グラスパーアイ)は使えるが、予知眼はあまり実戦的ではないし、支配眼は鍛錬を積んでいない今の状態で連続で使用すると肉体面での負担が大きすぎる」

 

orz状態のままで某ボクシング漫画での最後の主人公のように真っ白になる俺。

 

「獣魔術は精神力を多量に消費するから、今の龍では一日に2、3発が限界だ。

音声魔術とスレイヤーズ世界の魔法は神のサービスで呪文を唱えたり、混沌の言語(カオス・ワーズ)と力ある言葉で発動するようになっている。

しかし今の龍の身体が魔力を使うことに行為に慣れてはいないから、少しづつ使って身体に慣らしていかなければならない。

ボックス兵器にしても、リングに炎を灯せなければ無意味。

神威の拳も呼吸法をマスターしなければ使うことが出来ない」

 

あぁ……俺が灰になって消えていく。

 

「今の所まともに使えるのは五つの才牙だな。完全に使いこなすには鍛錬が必要だが、普通に武器として扱う分には何の問題も無い」

 

「中途半端な希望を有り難う」

 

なんとかorzから復活して立ち上がる俺。

 

「それに龍。汝の身体能力は転生前となんら変わっていない。鍛錬さえすれば大なり小なり必ず結果は出てくる。無限成長能力もあるしな」

 

「とは言っても、斬魄刀や忍術や魔法の鍛錬なんて、そこいらの空き地とかでほいほい出来る様な事じゃないだろう」

 

騒音公害などで近隣住民に迷惑になるのは確実だ。

 

「それにこの世界での今現在の情報も、出来るだけ知っておきたいしな」

 

「問題ないぞ。鍛錬場所と情報収集。二つを一挙に解決できる場所がある」

 

俺の溜め息混じりの呟きに、エルフィがしれっと答えた。

 

「はい?」

 

そんな都合のいい所があるわけが…………………まさか。

 

「エルフィ……もしかしてその場所って」

 

「あぁ龍も知っているだろう。浦原商店だ」

 

やっぱりかぁぁぁぁぁっ!!

 

頭を抱えて天を仰ぎ、声にならない叫びを上げる。

 

しかしエルフィは「どうした?」と首を傾げて聞いてきた。

 

「「どうした?」じゃあねぇよっ!いいのかよ!思いっきり原作に介入しちまう可能性が高くなるじゃねぇか!!」

 

「問題は無いぞ。とりあえず落ち着け。口調が変わっているぞ」

 

錯乱気味の俺にドライに突っ込むエルフィ。

 

「原作介入についてだが心配は要らない。先程も言ったがこの世界は平行世界。原作から枝分かれしたIFの世界だ。我々が介入しても原作にはなんの影響も無い」

 

「うぐ」

 

正論を言われて言葉に詰まってしまう。

 

「更に言えば、これはこの世界に限らずこれから渡る全ての世界にいえることだが、我々が渡る世界は全て『イレギュラーズがいなければ原作通りに物語が進んでいた』というIFの世界だ。つまり…」

 

「イレギュラーズがいる時点で既に原作はブレイクしているから、今更俺達が気を使おうと手遅れだと?」

 

「そうだ」

 

予想をあっさり肯定され、眩暈すらおぼえる俺。

 

(原作好きが最初から原作ブレイクが確定している世界に行くってどうよ…【精神的に再びorz】)

 

「どうした?」

 

怪訝な顔で小首を傾げるエルフィに俺はなんとか気を取り直して「いや…なんでもない」と返す。

 

「で、エルフィは知っているのか?浦原商店の場所」

 

「無論だ」

 

「即答かよ。じゃあ案内してくれ」

 

「よし、行くぞ」

 

俺はベンチから腰を上げ、エルフィの後に続いて歩き出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主人公設定

 

 

 

名前・吉波 龍一郎(よなみ りゅういちろう)

 

身長・170cm

 

体重・62kg

 

誕生日・12月28日

 

年齢・17歳(高校3年生)

 

性格・基本的に温厚でお人好し。ただし怒ると口調が変わる。

 

容姿・黒髪黒目の地味な一般人といった感じ

 

趣味・読書、瞑想

 

好きな物・事・友達、本を読むこと。

 

嫌いな物・事・自分にとって大切なものを傷つける事。

 

好きな食べ物・鍋料理、麺料理

 

嫌いな食べ物・トマト

 

特技・速読

 

能力(BLEACH編初頭時)

 

・スレイヤーズのリナ=インバースの5倍の魔力

 

・NARUTOの九尾の3倍のチャクラ量

 

・スレイヤーズの全魔法と魔術師オーフェンの音声魔術が使用可能(ただし身体が魔力・魔法の行使に慣れていないので、戦力としては微妙)

 

・血継限界関係無しに全忍術・幻術が使用可能(チャクラの扱いが拙いため、あまり使用しない。というか出来ない)

 

・サザンアイズの獣魔術(一日の使用回数は現在2、3発)

 

・NARUTOの写輪眼・永遠の万華鏡写輪眼・白眼(忍術・幻術と同様にチャクラの扱いが拙いためあまり使用しない)

 

・BLACK CATの予知眼(ウ゛ィジョンアイ)・支配眼(グラスパーアイ)

 

・スレイヤーズのガウリイ=ガブリエフクラスの第六感

 

・修行や鍛錬をすればするほど強くなる無限成長能力

 

・召還教師リアルバウトハイスクールの神威の拳。属性は火(呼吸法を習得していないので使用不可)

 

・BLEACHの虚化使用可能(時間制限有り)

 

 

装備

 

・自分専用の空間と直結させることの出来るマジックアイテム『オケアヌスの輪』を持つ。(ナイトウィザードの月衣の様にあらゆる環境下でも使用者の生命を守る結界を常時展開している)

 

・全ての斬魄刀+7種類のオリジナル斬魄刀(全て始解・卍解の解放可能。更にオリジナル解放形態付き[卍解は虚化と同様制限時間有り。オリジナル解放形態は現在使用不可])

 

・冒険王ビィトの五つの才牙

 

・家庭教師ヒットマンREBORNの全ボックス兵器&リング(現在リングに炎を灯せないので使用不可)

 

・生活雑貨用品

 

・調味料(山ほど)

 

・その他便利道具

 

 

紹介

 

各次元世界に現れた『存在してはならない者達(イレギュラーズ)』を倒すために神に殺されて力を与えられた主人公。

生前に自ら組み立てた我流の護身術(ボクシングと中国拳法を合わせたようなもの)を身につけているので、一応武術の心得がある。

神にバグ・チートクラスの能力・武装を要求して付けてもらったが、今現在は鍛錬不足な為その力をフルに発揮できないでいる。

静かな場所が好きで騒がしいのが苦手。

基本、年上や目上の人には丁寧な口調で応対する(本人談)

名前を言うときは年上はさん付け。同年代は名字で呼ぶ。

気に入らない人に対してはかなり乱暴な言葉遣い(ぶっちゃけチンピラ口調に近い)になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前・エルフリーデ=クライスト

 

愛称・エルフィ

 

容姿・スクラップドプリンセスのゼフィリスと同じ

 

趣味・特に無し

 

好きな物・事・お茶を飲む事

 

嫌いな物・事・お茶を粗末にする事・人

 

特技・家事全般

 

性格・基本的な性格はゼフィリスと同じだが、毒を吐いたり冗談を言ったり突っ込みを入れたりと、人間性が上がっている。

 

 

能力

攻撃系は皆無だが、防御・回復など補助系の能力は超一流の力を持っている。

 

 

紹介

龍一郎が相棒として神に頼んで生み出してもらった存在。

龍一郎の苦手とする防御・回復など補助系を一手に担っており、防御系では都市破壊クラスの攻撃も受け止められる障壁。

回復系では死人すらも生き返らせれるという、もはやチートを通り越して神クラスの力を持っている。

普段は他の者に姿を見られないように、龍一郎の傍にステルスモードで控えており、龍一郎の呼びかけにのみ応えて解除・出現する。

好物はお茶。特に玉露が大好き。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

ル……ルビの打ち方が分からない………(*_*;)


 

 

「結構立派だな」

 

それが浦原商店を見た俺の第一声だった。

 

アニメやコミックでは何度も見たことはあるが、実物を見るとやはり迫力(?)が違う。

 

一般的な駄菓子屋よりもがなり立派な店だった。

 

その店の前で箒をバットのように振り回している目つきの悪い少年と、その少年に話しかけている気弱そうな目をしたツインテールの少女がいた。間違いなく花刈(はなかり)ジン太と紬屋雨(つむぎやうるる)だろう。

 

そういえば話は変わるが、エルフィはここへの案内を終えるとすうっと消えてしまった。

 

ここに来る途中で聞いたのだが、エルフィは普段の時はステルスモードという力を使って姿を消し、常に俺の傍で控えているらしい。

 

正直それは俺にとっても有り難かった。エルフィの姿は相当目立つ為、否が応でも目を引いてしまう。姿を消せるのなら余計な騒ぎを起こさずに済む。

 

閑話休題

 

会話に横入りするのも悪いと思い、二人に気付かれないように俺は閉まっている戸を開けた。

 

ガラガラ

 

「すいませ~ん。店長さんはいますか~?」

 

「はいは~い。お待ちしていましたよ。吉波龍一郎さん」

 

「………は?」

 

いきなりの歓迎に思わず目が点になる。

 

「さあさあ~。取り敢えず中へどうぞ~」

 

甚平を羽織り、帽子を目深にかぶった人物。浦原喜助が店の奥に進める。

 

「あ…はい。お邪魔します」

 

まだ若干呆けている俺は進められるがままに奥に通されると、そこには卓袱台を中心に既に二人が座っていた。

 

一人は眼鏡をかけた見事な体格の男性。もう一人は褐色の肌にボニーテールが印象的な女性だった。

 

(表に鉄裁さんがいないと思っていたけど、ここにいたのか)

 

そんな事を納得しつつ、俺は鉄裁さんの横(さすがに女性の横は気恥ずかしかったからだ)に腰を下ろした。

 

そして俺が座ったのを確認して浦原さんが空いている場所に座る。

 

位置的には

 

   夜一さん      鉄裁さん

     

         卓袱台

 

   浦原さん        俺

 

となっている。

 

「さて、まずは自己紹介と致しましょうか。あたしはこの店の店長をしています浦原喜助と申します」

 

「儂は四楓院夜一。喜助の友人じゃ」

 

「私は店長の補佐をしている握菱鉄裁と申します。お見知りおきを」

 

順々に名乗っていく面々。

 

「俺は吉波龍一郎。よろしく」

 

「我はエルフリーデ・クライスト。エルフィで構わない」

 

「どわっ!」

 

いきなり出現して名乗るエルフィに、俺は思わず仰天の叫びを上げてしまう。

 

しかし浦原さん達はチラリとエルフィを見ただけで後は「こちらこそ」と返すのみだった。流石というかなんというか。

 

感心している間に、浦原さんは先程まで見せていたおちゃらけた顔から一転させて、帽子を目深に被っていても判るほどの真剣な目で俺を見る。

 

「さて…あたし達は既に神と名乗る者から、予め事情を聞かされています。無論龍一郎さん…あなたのことも」

 

「正直儂も俄には信じられなんだのじゃが、現に御主という存在が現れた以上、信じるほかあるまい」

 

「この世界に危機が迫っているのであれば、私達も無関係ではありません。私達三人はあなたに力を貸そうと思っています」

 

三人の言葉に、俺は深々と頭を下げて「有り難う御座います」と礼を言って感謝の意を示した。

 

護廷十三隊の隊長クラスの実力を持つ三人が力を貸してくれるのだ。これほど心強いものはない。俺はこの三人に事情を説明してくれた神に始めて心から感謝した。

 

「では早速で悪いが頼みたいことがある」

 

「へ?」

 

いきなり割り込んできたエルフィに、俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「はいはい~。なんでしょう」

 

「神から事情を聞いているとは思うが、龍は能力を持ってはいるのだが、その能力を完全に使いこなすことはできていない。そこでこの店の地下にある勉強部屋を使わせて欲しい」

 

「成る程。確かに御主が戦力にならぬようでは話にならないからのぅ」

 

グサッ

 

「ぐほっ」

 

夜一さんの言葉が槍となって俺を容赦なく貫く。

 

「分かりました。どうぞ好きなだけ使ってください」

 

「助かる。それで鍛錬の事なのだが……(ぼそぼそ)……」

 

「ふむ成る程…それならば私達三人で……(ひそひそ)……」

 

「ふむ。確かにそれなら短期間で急激な成長が見込めるな。しかし龍一郎の体力的にも精神的にも相当の負担が……(ぶつぶつ)……」

 

精神的ダメージを受けている俺を尻目にエルフィと浦原さんとでトントン拍子になにか話が進んでいく。時々ぼそぼそと小声で話しているので所々聞こえないのだが、そこはかとなく嫌な予感がする。

 

「よし、方針は決まった。行くぞ龍」

 

ガシッ

 

話を終えたエルフィがそう告げると、鉄裁さんが俺を腕の下に抱えてそのまま運んでいく。

 

抱えられる時に俺は思わず「うぉっ」と声を出してしまった。はっきり言って鉄裁さんはかなりの長身なので抱えられると結構怖い。襟首を掴まれて持ち上げられたジン太の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

 

「ちょ…ちょっと待てよエルフィ!いったい俺を何処へ連れて行くんだ!」

 

「何を言っている?そもそも鍛錬をする為に此処に来たのだろう?」

 

「ぐっ!」

 

正論を返されて言葉に詰まる。

 

「で、でも情報収集とかもあるだろう!」

 

「それは既に浦原喜助と四楓院夜一に任せてある。心配は要らない」

 

「ぐぅ」

 

もはやぐぅの音しか出ない。

 

「これから十日間。勉強部屋で汝を徹底的に鍛え上げる事になった。心配する暇は無いぞ龍」

 

「は?」

 

「まずは汝の戦力を増強するのが先決だ。とりあえずこの十日間で鍛えれるだけ鍛える。浦原喜助と話し合って一応だが方針は決まった」

 

さっき感じた嫌な予感はこれか。

 

「ち…ちなみにエルフィさん。その十日間の日程(スケジュール)を聞かせて貰えないでしょうか?」

 

背中に伝う嫌な汗を感じつつ掠れた声でエルフィに聞く。

 

「まず最初の一日目で身体エネルギーと精神エネルギーを練りこみ、チャクラを生み出す技術をマスターしてもらう。

 

そして二日目で写輪眼と影分身の術を優先して習得してもらう。

 

三日目~九日目まで影分身を2体出して、握菱鉄裁に鬼道を。四楓院夜一に白打と歩法を教わってもらう。写輪眼を使えば習得も早いだろう。

 

そして本体は浦原喜助と木刀を使って斬術の訓練となっている。

 

そして最終日におさらいを兼ねてテストをする予定だ」

 

えぇ~ちょっと。いくらなんでもハードスケジュールではないでしょうか?

 

「ちょっと待「さて行きましょうか。時間は待ってはくれませんぞ」」

 

「同感だ」

 

俺の抗議の声を鉄裁さんが遮り、エルフィが同意する。

 

もがいて抵抗の意を示すが、鉄裁さんに抱えられているので全く意味を成さない。俺に出来ることは…

 

「エルフィの鬼ぃぃぃぃっ!!!」

 

心情を叫ぶことだけだった。

 

 

 

――夜一サイド――

 

「さて、行きましょうか夜一さん」

 

廊下に響く叫びを無視して、喜助は腰を上げた。

 

「しかし……いいのか喜助」

 

「なにがですか?」

 

惚けた様子で聞き返してくる。分かっている筈なのじゃが…相変わらずじゃな。

 

「龍一郎のことじゃ。いくら神に能力を授かっているとはいえ、あやつは気質(かたぎ)の側の人間じゃ。少々あの鍛錬は厳しくないかのぅ」

 

「優しいんすね。夜一さん」

 

「茶化すな」

 

軽薄そうな笑いを浮かべる喜助を軽く睨むと、奴は帽子を被り直して口を開いた。

 

「これ位で音を上げるようなら、この世界を救うことなど到底できません。いや、もし私達の力を借りてこの世界を救うことが出来たとしても、他の世界で潰されてしまう可能性が非常に高いです」

 

「成る程のぅ。それであの鍛錬か」

 

儂はこの時ようやく浦原の心情を理解した。

 

あの鍛錬で龍一郎を肉体的にも精神的にもなるべく短時間で鍛え上げ、更に今後あやつが向かう世界でも役に立つであろう能力を早めに身に付けさせる。

 

確かにあやつが他の世界に渡る事を考えれば、効率の良い鍛錬法といえるじゃろう。ただ―――

 

「あやつの根性が持てばの話じゃがのぅ」

 

「あたしは信じたいんすよ。神に選ばれたという彼を」

 

ほぅ。喜助がこう言うとは珍しいのぅ。

 

「それに…彼がこの世界に現れたことで、遅かれ早かれイレギュラーズが動き出す可能性があります。だからこそ「だからこそ、エルフィは儂等に情報収集を任せたのじゃろう」」

 

儂に台詞を喜助は「…そうっすね」と苦笑した。

 

「さて、儂は儂なりに伝手をあたってみる」

 

「あたしも色々と探ってみます。では、明後日に」

 

明後日には龍一郎の相手をしなければならぬからのぅ。

 

「あぁ」

 

頷き、儂等は各々の場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

                               ☆

 

――三人称サイド――

 

 

少し時間は進み、龍一郎が勉強部屋に入ってから数日後の尸魂界(ソウル・ソサエティ)。技術開発局のとある研究等の一室。否、一室と呼ぶには大きすぎる程の空間。

 

そこで顎に手をあてて思案に暮れる一人の男がいた。

 

護廷十三隊十二番隊隊長にして技術開発局の局長を兼任する涅(くろつち)マユリである。

 

「まさか黒崎一護が銀城空吾の遺体を現世に持ち帰るとハ……全く予想できなかったヨ」

 

悔しさと落胆をない交ぜにした声が、彼以外に誰もいない部屋に響いて消える。

 

「完現術者(フルブリンガー)の力。黒崎一護から奪った力。そして元から混ざっていた虚の力。

 

これらの力を身につけた銀城空吾…是非とも調べてみたかったのだがネ……………この際現世に行って彼の墓を暴こうかネ」

 

「おいおい。物騒のこと言ってんじゃねぇよ」

 

突然背後からかかった聞き覚えの無い低音の声に、マユリは反射的に斬魄刀の柄に手をかけて振り返った。

 

「誰だネ!?」

 

振り返ったマユリの視線の先には、黒い鬼がいた。

 

黒い筋肉質の体に袖とフードの付いた赤黒いマントを羽織り、手首と首には幾つもの棘がある皮製のバンドをはめている。

 

そしてその者を『鬼』と表現させたなによりのものが、その頭部にあった。

 

黒く四角い顔に白い髪が頬と顎の中間ほどまで伸び、その髪を押し上げるように短く黒い二本の角が眉間から丁度左右対称に伸びていた。

 

「ほゥ」

 

感心したように呟き、マユリの大きく見開いた目がスゥッと細くなる。

 

「始めて見る顔だネ」

 

「そうだな。直接顔を合わせるのはこれが最初だ」

 

まるで世話話にも似た『鬼』の返答にマユリの目がピクリと動く。

 

「その言い方。まるで君は私の事を知っているかのようだネ」

 

「俺は情報通なんだ」

 

「成る程ネ」

 

呑気とも思える会話をしながらも、斬魄刀の柄を握るマユリの手は離れはしない。何故ならば――

 

「1つ聞いてもいいかネ」

 

「何だ?」

 

「どうやってこの部屋に入ったのかネ?」

 

「どうって…普通に扉を開けて入ったぜ」

 

「ならば、この部屋の前に女が一人いた筈だが……一体どうしたのかネ」

 

マユリの問いに『鬼』は白い目を不気味に細め、ニヤリと歯を剥いて邪悪な笑みを浮かべた。

 

「あぁ。あの女か。邪魔だったからぶっ飛ばしちまったぜ」

 

「ほゥ!」

 

マユリの声がオクターブ高くなり、明らかに嬉しそうに細くなっていた目を見開いて口角が上がる。

 

「成る程!道理でネムの零圧を感じない訳だヨ!それにしても、私に気付かれる事無くネムを倒すとは!君の姿も!その戦闘力も!実に興味深い!!」

 

「おいおい。自分の部下が倒されて言う言葉がそれか?」

 

呆れたように言う『鬼』の方が正論だと突っ込みを入れる者は、残念ながらこの場には居なかった。

 

「部下?違うネ。あんなのは愚図の役立たずダ」

 

まともな者が聞いたら殺意すら抱かせる台詞を平然と口にするマユリ。

 

しかしマユリのそんな言葉を聞いた『鬼』の反応は「そうかい」だけだった。

 

「さてそんな事より、どうだネ?私の元で研究材料として働く気はないかネ?」

 

「ふっ」

 

「ん?どうしたのかネ?君が望むのなら最高級の待遇で迎えようじゃないかネ」

 

鼻で笑う『鬼』に尚も話し続けるマユリ。

 

「何故俺がお前の所に顔を出したか分かるか?」

 

『鬼』の口から出たのは、マユリに対しての返答ではなく、確認をするかのような質問だった。

 

不意に聞かれたマユリは「ん?」と虚を突かれたかのように勧誘(?)を止めて「私に会いに来たのだろウ?」と質問で返す。

 

「半分正解だ。もう半分は―――」

 

「は」の音が口から出た瞬間、『鬼』はその場から姿を消した。

 

突然姿を消した事に動揺したマユリは気付くのに一拍遅れてしまった。『鬼』が自らの懐に入り込んでいた事に。

 

「お前を殺す為だよ」

 

問いの答えと共に、『鬼』は突進の勢いを加えて威力を増した膝蹴りをマユリの腹部に打ち込んだ。

 

否。打ち込んだかに見えた。『鬼』の膝蹴りがあたる一瞬。マユリの姿も消え去っていた。

 

「やれやれ手荒だネ。まるで更木剣八のようだヨ」

 

『鬼』の後方に出現したマユリが、うんざりだといわんばかりに首を左右に振る。

 

「…瞬歩か」

 

マユリが何をしたかを理解して、振り返って笑みを深める『鬼』に対し、マユリは斬魄刀を抜刀することで応えた。

 

「まあいい。君が私の命を狙ってきたのなら、私は君を討たねばならなイ。その後でじっくりと君を研究させて貰うヨ」

 

「いいぜ。やれるもんならな」

 

『鬼』の挑発に、マユリは言葉ではなく別のもので応える。

 

「掻(か)き毟(むし)れ『疋殺地蔵(あしそぎじぞう)』」

 

斬魄刀第一の解放形態『始解』。

 

日本刀が変化し、鍔にあたる部分に赤子の様な顔が浮かび、そこから三本のうねった刀身が出現する。

 

「名を聞いておこうかネ……君の試験管に書く名ヲ」

 

挑発とも取れるマユリの台詞に『鬼』は白い歯を剥き出しにして笑う。

 

「バウス……俺の名はバウスだ!」

 

吠えてマユリへと駆ける『鬼』…否。バウス。

 

そして技術開発局の一室で、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

                           ☆

 

先日技術開発局で起こった謎の爆発の調査報告書

 

技術開発局のほぼ全員が重軽傷を負い、中でも十二番隊隊長の涅マユリ・同副隊長の涅ネムは意識不明の重体で、現在は四番隊の集中治療室にて治療中。

 

なお今回の件での死者は、四番隊の迅速な活動により幸い一人も出ていないとのこと。

 

 

追記

 

今回の件で懸念に思うことが一点。

 

重傷を負った涅隊長を発見した場所で明らかに戦闘をしたと思わしき痕跡が残されており、更にその場の残留霊圧を解析した結果、金色疋殺地蔵(こんじきあしそぎじぞう)の霊圧が感知された。

 

この事から涅隊長が何者かと戦い、卍解を使用しながらも敗れたと推察される。

 

軽症者から聞き取りをした所「黒い鬼に襲われた」と供述しているが、現在は不明である。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

 

 

――龍一郎サイド――

 

「では、始めましょうか」

 

文面だけを見れば気楽な事を告げる浦原さん。

 

しかしこの場にある空気は、そんな気楽という言葉とはかけ離れたピリピリとしたものであった。

 

「お願いします。浦原さん」

 

俺は一礼して腰に差した斬魄刀を抜いて峰を返し、正眼(剣道での中段の構え)に構える。

 

浦原商店の勉強部屋に入り、鍛錬を始めてから今日で十日目。鍛錬のおさらいを兼ねてのテストをする日だ。

 

この十日間エルフィの言っていた日程(スケジュール)通りに鍛錬をしていたのだが、正直苦労の連続だった。

 

まず初日。チャクラを生成する時点で早々に躓(つまず)いた。

 

精神エネルギーと身体エネルギーの二つを練り込む。

 

口にするのは簡単だが、実際にやってみると相当難しかった。

 

結局自分一人ではできず、エルフィからアドバイスを受けて夜遅くになんとか取っ掛かりを掴み、どうにかその日のうちにチャクラを生み出すことに成功した。

 

そして二日目。写輪眼と影分身の術の習得。

 

まず写輪眼は勾玉模様が2つの初期バージョンのものだが、すぐに発動することが出来た。

 

しかしその後エルフィの…

 

「最初に言っただろう。写輪眼や白眼はチャクラさえあれば、念じるだけで発動できると。むしろ開眼するのに時間が掛かりすぎた位だ」

 

という毒成分たっぷりのお言葉に軽くorzとなった。

 

そして影分身の術だが、これの習得もチャクラ生成の時と同様にかなりぐずついた。

 

主人公のうずまきナルトもこの術が使えるようになるのに相当苦労していたようだが、それも納得のいく程に大変だった。

 

フラフラになりながらも練習し、やっと出来るようになった時には既に日付が変わっていた。

 

そして三日目から早速習得した影分身の術で『俺』を2体出して写輪眼を使用し、鉄裁さんには鬼道を。夜一さんには白打と歩法を教わり、本体は浦原さんと木刀で打ち合っていた。

 

ところがここで1つ予想外の事が起こった。夜一さんが『俺』に教える内容を白打と歩法の二つから、歩法一本に絞って教える方向に変えたのだ。

 

なんでも夜一さんが『俺』に白打を教える前になにか武術を教わっていたのかを聞いたので、我流で護身術をやっている事を話して動きを見て貰ったら、「これからの鍛錬は歩法のみでいく」と宣言したらしい。

 

夜一さん曰く

 

「どうやら既にその護身術で、基礎の土台部分が出来上がっているようじゃからな。中途半端に白打を仕込むと、今までお主が積み上げてきた土台を崩してしまう可能性が高いからな」

 

らしい。

 

とにかくそれからの鍛錬は歩法。特に瞬歩を重点的に教わった。

 

そんなこんなで昨日。つまり九日目の鍛錬が終了した後に、エルフィから最終日に実施されるテストの内容が告げられた。

 

テスト内容は黒崎一護も行ったレッスン3とほぼ同じもの。己の力の全てを使って浦原さんと戦い、帽子を落としたら合格。

 

ただ1つ違うのは、お互い峰打ちで攻撃するという事だ。ちなみにこれはエルフィが出した提案である。

 

 

 

そして今、俺は浦原さんと向き合っている。

 

横で見ているメンバーは夜一さんと鉄裁さんとエルフィ。そしてジン太とジャンケンをして勝った雨(うるる)だ。

 

敗北したジン太は浦原商店の店番をしている(最初はすごくむくれていたのだが、鉄裁さんの迫力ある説得を長時間受けて渋々店番に行った)。

 

浦原さんは既に仕込み杖を抜いて刀身を露(あらわ)にしている。

 

俺は正眼に構えたままで呼吸を整え、今自分が出来ることを頭の中で整理していた。

 

今朝エルフィが『サーチ』という対象者の体調や状態を調べることのできる魔法で調べて貰ったところ、十日前よりも卍解と虚化の保持時間が延びたらしい。

 

卍解は約15秒に。虚化は約2秒半に。

 

保持時間が倍以上に長くなるのは有り難いのだが、浦原さんが相手となるとまだまだ短いというのが正直な所だ。使うとするならば最後の切り札としてだろう。

 

鬼道は詠唱をすれば六十番台まで使え、詠唱破棄だと三十番台まで使う事ができる。もっとも、詠唱破棄での鬼道は威力が相当落ちてしまうのが難点ではある。

 

瞬歩は夜一さん曰く「護廷十三隊の一般隊士クラスのレベル」らしい。

 

魔法系と獣魔術は今回の鍛錬では一切使っていないので、使える回数は変わっていない。

 

忍術も幻術も同様。

 

魔眼の類は一応は使用可能…と。こんなところか。となると……

 

俺は持ち札の確認を終えて考えを纏め、一気に行動を開始した。

 

写輪眼を発動して瞬歩を使用。浦原さんの懐に入る。

 

「!」

 

いきなり突撃してくるとは思わなかったのか、浦原さんの目に動揺の色が浮かぶ。

 

俺は一度懐に入って再び瞬歩を使い、浦原さんの右側に瞬時に移動。

 

峰を返した斬魄刀を振りかぶって袈裟斬りに斬りつけた。

 

ギィン!

 

響いたのは鋼が肉を打つ音でも、刃が空を斬る音でもなく、鋼と鋼がぶつかり合う音。

 

俺の振り下ろした刃は浦原さんの刀によって防がれていた。

 

(ちっ)

 

内心舌打ちをして、俺は大きく後ろに跳んで距離をおく。

 

「驚きましたね。まさかこの短期間で一般隊士並の瞬歩を身に付けるとは」

 

「儂が教えたんじゃ!当然じゃろう!」

 

自慢げな夜一さんの横入りが入る。

 

浦原さんは驚いたと言っていたが、俺は内心歯噛みしていた。何故ならば今の瞬歩のスピードが今の俺の最大速度だったからだ。

 

最大速度で仕掛けた奇襲をあっさりと防がれた以上、瞬歩で浦原さんの隙を突くのは難しい。

 

(ならば…)

 

「破道の三十一!赤火砲!」

 

詠唱を破棄して、赤い火球を俺と浦原さんの間。地面に打ち込む。

 

ドォン!

 

火球が炸裂し、土煙が舞い上がる。そして俺は一直線に走り、舞い上がった土煙の中に突っ込んだ。

 

(これで俺の姿は浦原さんに見えない筈だ。次は…)

 

「破道の五十八・闐嵐(てんらん)」

 

浦原さんが竜巻を放ち、俺ごと土煙を吹き飛ばそうとするが、それは俺の予想の範囲内!

 

「「はぁっ!」」

 

土煙が吹き飛ぶと同時に接近していた2人の俺が左右同時に浦原さんに斬りかかる。

 

土煙の中に入ったあの時、俺は影分身の術を使って2体の分身を出して、浦原さんが土煙を吹き飛ばそうと鬼道を放った瞬間に攻撃を仕掛けたのだ。

 

そして残った俺は浦原さんの放った竜巻を高く跳躍して避け、霊子で足場を形成して空中に立ち詠唱を開始する。

 

「散在する獣の骨!尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪!」

 

唱えているのは雷吼砲(らいこうほう)。俺の使える鬼道の中で最大の破壊力を持つ一撃だ。

 

浦原さんが俺の詠唱に気付いて阻止しようとするが、2人の俺に邪魔されて近づけないでいる。

 

「動けば風!止まれば空!」

 

分身の一体が浦原さんの峰打ちを受け、ボフンと音を立てて消える。そして浦原さんはもう一人の俺を無視して、瞬歩を使って俺との距離を詰めてくる。

 

(間に合え!)

 

「槍打つ音色が虚城に満ちる!「残念」」」

 

詠唱が終った瞬間、俺は浦原さんの峰打ちを首筋に受けてしまった。浦原さんの瞬歩の速度が、俺の予想を遥かに上回っていた。

 

だが…

 

ボフン

 

「えっ?」

 

首筋に峰を受けた俺が音を立てて消え、予想外の事に浦原さんの動きが止まる。

 

そして俺はこの時を待っていた!

 

「吉波龍一郎の名において命ず!」

 

そう。雷吼砲の詠唱をしていたのは影分身。本体の俺は浦原さんに斬りかかっていた2人の片割れ!初めからこれを狙っていた!

 

俺は掌を浦原さんに向けて狙いを定め、一気に解き放つ。

 

「出でよ!!光牙(コアンヤア)!!」

 

俺の掌から放たれた三つ目の光の龍が、文字通り光速で浦原さんに襲い掛かる。

 

(貰った!!)

 

確信から笑みが浮かぶ。だが…

 

「起きろ『紅姫』」

 

バシュッ!!

 

辺りに響いたのは、光の龍が四散する音だった。

 

そして浦原さんの手には今までの仕込み杖ではなく、短めの直刀が握られていた。

 

「斬魄刀を…解放したか」

 

自信のあった一撃を簡単に防がれた事に俺は少なからずショックを受けたが、それ以上に目的を達成できたことによる喜びの方が大きかった。

 

「いや~驚きました吉波さん。虚を突いたりするのがお得意なんですね」

 

空中に立ったまま、どこからか取り出した扇子で自らをパタパタと扇ぐ浦原さん。

 

「勘違いしないでください浦原さん。今俺がそういう戦い方をしたのは得意不得意という事じゃなくて、ちゃんとした理由というか目的があったからです」

 

「目的…ですか?『あった』ということは、それを果たしたということっスか?」

 

「はい。俺の目的は浦原さん。あなたに斬魄刀を解放させることです」

 

「どういう事ですか?」

 

俺の言葉に浦原さんは眉をひそめた。

 

「今の俺とあなたとの間にある力量差が、とても大きなことくらい俺にだって分かる!

それこそ正面からガチンコでやりあったら、斬魄刀を解放しなくても負けると予想出来るほどに!!」

 

俺の声がだんだんと大きくなってくるが、浦原さんは黙って聞いてくれている。

 

「でも俺は、今出来る全力を込めてあなたと正面からのガチンコ勝負がしたい!だけど斬魄刀の解放もしていないままのあなたに負けるの俺の納得がいかない!」

 

我ながら器の小さい事を言っているとは思うが、ささやかな俺の意地である。

 

「だからまず私の斬魄刀を解放させる事に重点をおいて戦った…と?」

 

浦原さんの確認に無言で頷く俺。

 

「……そうですか」

 

ゴウッ!!

 

呟いた刹那。浦原さんから圧倒的なプレッシャーが放たれた。

 

まるで心臓を直接鷲摑みにされたかのような圧迫感を感じ、俺の鼓動が一気に速くなり、呼吸が乱れる。

 

体の奥から震えがはしり、歯がカチカチと音を立てる。

 

俺はこのプレッシャーの正体を知っていた。

 

殺気

 

文字通り相手を殺す意志が攻撃的な気配となって放出されるもの。

 

今まで抑えていたものをある程度解放した。浦原さんにとってはその位のものだろう。

 

だが俺にとっては違う。

 

怖い。逃げたい。息が苦しい。幾つもの弱音が頭の中で喚いている。

 

だが俺はそれらを全て強制的に無視して目の前の人を見る。そしてこの殺気に込められた浦原さんの『覚悟』を感じ取る

 

ささやかな俺の意地に浦原さんが応えてくれた。

 

そのことが殺気に震える俺に笑みを浮かばせる。

 

―あなたがそれを望むのならば、私はそれに応えましょう―

 

浦原さんの目がそう告げている。

 

ならばと俺も応える浦原さんに応えるべく再び正眼に構えて吠える。

 

「舞い上がれ!!『飛燕(ひえん)』!!」

 

俺が創造したオリジナルの斬魄刀の1つを解放する。手に持った日本刀が薄刃のサーベルに変わる。

 

相対する浦原さんは彫像のようにその場で足を止め、微動だにせずにいる。

 

俺が斬魄刀を解放して警戒しているのもあるだろうが、対峙している俺には分かる。

 

待っているのだ。俺に隙ができう一瞬を。虎視眈々と狙っているのだ。

 

(これは…迂闊に動けないな)

 

頬に汗が伝う感触を感じつつ、俺は飛燕を正眼に構えたままでその場から動かずにいた。

 

 

――エルフィサイド――

 

「お二人共動きませんな」

 

「あぁ。どちらが先に動くにしろ、この膠着は長く続くだろう」

 

右隣に立つ握菱鉄裁の呟きに我が同意する。

 

「おそらくじゃが、先に動くのは喜助じゃろう」

 

左隣にいる四楓院夜一が自信ありといった感じで言い切る。

 

「なぜそう思う?」

 

「簡単なことじゃ。今はお互いが動かない状態じゃが、二人の動かない理由がそれぞれ違うからな」

 

「理由…ですか?」

 

夜一の横にいる紬屋雨が首を傾げる。

 

「喜助が動かないのは、龍一郎が斬魄刀を解放をしたから警戒のレベルを1つ上げたからじゃろう。能力が分からないものに下手に突っ込んで行って、後の先を取られたら洒落にならぬからな。

龍一郎が動かないのは、ただ単にレベルを上げた喜助の威圧に押されているからじゃ。どちらが先に動くかは明白じゃろう」

 

「成る程な。警戒している者とびびって動けないでいる者の違いという事か」

 

「簡単に言えばそうなるのぅ」

 

さくっと切る我に夜一は若干苦笑して認めた後に「それにしても」と言ってくっくっと喉の奥で笑った。

 

「どうかしたのか?」

 

「いやな。まさか龍一郎の奴が喜助に正面からのぶつかり合いを臨むとは予想外でな。あ奴もまだまだ青いと思ってな」

 

「龍はまだ高校生だ。当然といえば当然だろう」

 

「御二人共。何気に酷いことを言っていませんかな?」

 

我と夜一の話に、鉄裁がやんわりと窘めてくる。

 

いや。少なくとも我は貶しているつもりはないのだが。

 

「ん?別に儂は龍一郎を馬鹿にしている訳ではないぞ」

 

夜一はにっと笑みを浮かべて返し、我は無言で通す。

 

すると納得したのか、鉄裁は視線を龍と浦原喜助に戻した。

 

「そういえば今龍一郎が解放した斬魄刀は、龍一郎が自ら創造したものなのか?」

 

今思い出したといった感じで夜一が問う。

 

「あぁそうらしい。それとこの前龍から聞いたのだが、この世界で龍が使う斬魄刀はあの飛燕のみだそうだ」

 

「他のは使わないんですか?」

 

雨の頭上に?マークが浮かぶ。

 

「草冠宗次郎(くさかそうじろう)の一件があるからだ」

 

「…そうか」

 

「…成る程」

 

我の一言で全てを悟ったらしく、夜一と鉄裁は顔を曇らせて頷いた。

 

草冠宗次郎。

 

劇場版二作目で黒崎一護達の敵として現れた存在であり、現十番隊隊長・日番也冬獅郎の親友であった男。

 

彼は日番也冬獅郎と同じ斬魄刀である氷輪丸を手にしていた。

 

だが同じ斬魄刀が複数本存在する事は、ソウルソサエティにとって排除せねばならぬ事態。それは世界の存続と均衡を保つ為の絶対の掟。

 

だから草冠宗次郎はソウルソサエティに粛清されてしまった。そして後に秘宝・王印によって蘇り、事件を起こすことになる。

 

その斬魄刀が複数本存在したことで起こった悲しい出来事を、龍は原作を見て知っていた。

 

だから己が使う斬魄刀を一本に限定することにしたのだ。

 

なにせ龍の使える斬魄刀はオリジナルで創造した七本だけでなく、原作で出ている全ての斬魄刀を解放し扱うことができる。

 

もしもそのことがソウルソサエティに知られたら、厄介な事になるのは確実だらかだ。

 

それを察した夜一と鉄裁は草冠の一件を思い出したのか、どこか悲しげな目で龍と浦原喜助を…否龍を見ていた。

 

「汝等が気にせずとも良い。龍も馬鹿ではない」

 

「まぁそうじゃの…………おっ」

 

何かに気付いたのか、二人を見る夜一の顔色が変わる。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや。そろそろ膠着が解けるようだと思っただけじゃ」

 

どういうことだ?

 

そう口に出そうとした瞬間だった。

 

ガギィン!!

 

二つの刃がぶつかり合う音が勉強部屋に響いた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリジナル斬魄刀設定

①飛燕(ひえん)

 

・始解時の形態  薄刃のサーベル

 

・解号  “舞い上がれ”

 

・能力  

持ち主の速力を上昇させ、動体視力・反射神経などもそれに比例して向上させる。

 

・技

鎌鼬(かまいたち)

刃の軌跡に沿って斬撃の波動を繰り出す。黒崎一護の斬魄刀・斬月の月牙天衝によく似ているが、攻撃力・破壊力は劣る。

その代わり、斬撃の速度と連射性は上回っている。

 

鎌威綱(かまいづな)

相手の死角に高速で入り込み、円を描くような薙ぎ払いを繰り出す技。

イメージはモンスターハンター3rdの太刀の気刃大回転斬り。

 

 

 

卍解

 

天翔飛燕(てんしょうひえん)

 

・卍解時の形態  円頭太刀

 

・能力

始解時を超える速力の上昇。(大体卍解した黒崎一護とほぼ同等のスピード)

 

・技

始解時の技を強化して使用可能。

 

鎌威綱・番“壱の太刀・順風”(かまいづな・つがい“いちのたち・じゅんぷう”)

鎌威綱を放った後、薙ぎ払った反動に身を任せて自身を回転させ、相手の背後に回りこむ。

 

鎌威綱・番“弐の太刀・逆風”(かまいづな・つがい“にのたち・ぎゃくふう”)

“壱の太刀・順風”で背後に回りこんだ後に再び鎌威綱を放つ技。

“壱の太刀・順風”と“・逆風”はその名の通り二つの技がセットになっており、卍解のスピードで行われる為、第三者からは超スピードで相手の

正面と背後をほぼ同時に斬り付けたように見える。

 

 

 

・卍解壱式

斬魄刀第二段解放形態。原作の卍解にこれが該当する。原作と同じく「卍解」をキーワードに発動する。

 

・卍解弐式

斬魄刀第二段解放形態「卍解」から派生した3つの形態の一つ。一撃の破壊力に特化した形態となり、「卍解弐式」をキーワードに発動する。長所は圧倒的な攻撃力、破壊力。短所は爆発的に使用者の力を使い果たしてしまうので、維持時間が極めて短く扱いが難しいこと。

 

・卍解参式

斬魄刀第二段解放形態「卍解」から派生した3つの形態の一つ。一護の卍解である『纏う』という点を参考にした形態で、斬魄刀を鎧のように纏った姿となる。キーワードは「卍解参式」。長所は弐式に比べ扱いやすく、維持時間も長い事。そして攻守のバランスがとれているという事。短所は刀剣としての姿ではなく自らの肉体に纏う姿なので基本攻撃方法が白打一択のみだということ。

 

・卍解四式

斬魄刀第二段解放形態「卍解」から派生した3つの形態の一つ。この形態のみ発動する為のキーワードは無く、原作の黒崎一護の「最後の月牙天衝」がこれに該当する。斬魄刀と一体となる形態であり、最上級の力を奮えるが、同時に死神の力のすべてを失う。

 

・禁解

卍解を遥かに超えた解放形態であり、そのあまりの力故に禁じられた解放となり、禁解と呼ばれることとなった。実際は斬魄刀の力を"解放"するわけでなく、強制的に"進化"させ力を引き出すこととなる。ゆえに斬魄刀の名が変わってしまう。解放条件は卍解を壱式・弐式・参式・四式の全てを習得することだが、禁解が可能な斬魄刀は"進化の素質のある斬魄刀"のみであり、その斬魄刀が誕生する確率は一万本に一本といわれている。




取り敢えず今はこれだけですが、本編で出していくにつれて足していく予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

雨季同家さん。感想有り難う御座います。


 

 

――龍一郎サイド――

 

俺の目の前にいた浦原さんが消えた。

 

否。消えた様に見えた。

 

(瞬歩か!)

 

それを悟っても、俺は飛燕を構えたままでその場を動かずにいた。

 

別に突然の事にパニックを起こした訳でも、相手を見失って固まってしまった訳でもない。

 

確かに消えた様には見えた。だが、完全に見失ってはいない。

 

いや。先程までの俺ならば、浦原さんの姿を完全に見失って固まっていただろう。だが今の俺は違う。

 

(ここだっ!)

 

俺は即座に右を向き、迷う事無く飛燕を右に薙ぎ払った。

 

ガギィン!!

 

金属同士がぶつかり合う耳障りな音が辺りに響き渡る。

 

そして俺の振るった刃の先には、紅姫で飛燕の刀身を受け止めている浦原さんがいた。

 

まさか動きを見切られているとは思わなかったのか、目を丸くして驚いている。

 

(まだまだっ!)

 

俺は手を休めずに一度刃を引いて、逆袈裟・唐竹と更に飛燕を振るう。

 

しかし浦原さんはその全てを躱(かわ)し、紅姫で受け止める。更にその間に此方に隙ができると鋭く正確な斬撃を繰り出し、非常に冷静な対応をしてくる。

 

俺も浦原さんの斬撃をなんとかいなし、防いで反撃する。

 

キンキンキィンッ!と金属音が絶え間なく鳴り響く。そして――

 

ガギィィィン!!!

 

俺の全体重を込めて振り下ろした唐竹割りと、遠心力を付けて威力を増した浦原さんの右薙ぎがぶつかり合い、その衝撃でお互いの体が後方に弾け飛んだ。

 

だが、俺の攻撃はまだ終わっていない。

 

(いくぜ飛燕!)

 

俺の呼びかけに応え、飛燕の刃が淡く輝く。

 

「はぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に飛燕を一閃する。

 

すると刃の軌跡に沿って斬撃の波動が放たれ、一直線に浦原さんに向かって空を裂いて飛翔する。

 

鎌鼬(かまいたち)。

 

飛燕の使える二つの技の一つだ。

 

見た目は黒崎一護の斬魄刀『斬月』の唯一無二の技。月牙天衝によく似ているが、破壊力は数段劣る。だが斬撃のスピードは此方の方が上だ。そして鎌鼬にはもう1つ利点がある。

 

「はぁぁっ!!」

 

俺は一閃で終わらず、二閃三閃と連続で鎌鼬を放つ。鎌鼬のもう1つの利点。それはこの連射性。

 

一撃の攻撃力はさほど高くなくとも、速度と連射に優れている技がこの鎌鼬の特性だ。

 

「くっ!」

 

鎌鼬の速度に驚きながらも、浦原さんはその全てを弾き、避ける。

 

だが息つく間もない俺の攻撃で、浦原さんの体勢が僅かだが崩れる。

 

そしてそれこそが俺の狙い目だった。

 

飛燕の切っ先を右下に下げて下段の構えをとり、瞬歩で一気に浦原さんの懐に入り込む。

 

鎌鼬に気を取られていた事で浦原さんの反応が一瞬遅れ、それが隙となる。

 

俺はその隙を突き、右下に下げていた飛燕を左手一本で持ち、思い切り左に切り上げた。

 

完璧に隙を突いた一撃。しかし浦原さんは、ボクシングのスゥエーバックの様に上半身を仰け反らせて一閃を躱す。

 

だがそれは俺の予想通り。

 

振り切った俺の左手には飛燕は握られておらず、右手に握られている。

 

そして左の切り上げを避けようと仰け反った浦原さんはタイミングをずらされ、完全に無防備な状態となっている。

 

その浦原さんの脇腹に右手に握った飛燕で薙ぐ一撃をあてる。

 

一太刀のうちに軌道と持ち手を変えて、変幻自在の斬撃を放つ攻撃法。時雨蒼燕流・攻式五の型・五月雨。

 

家庭教師ヒットマンREBORNのメインキャラクター。山本武の使う技だ。

 

まさか前世で剣道の授業中に、暇だったから練習していた技をここで使うことになるとは思わなかった。

 

「ぐはっ!」

 

峰が肉を打つ感触が手に伝わり、浦原さんが苦悶の呻きを上げる。

 

そして俺は間を置かずに追撃に―――移ろうとして、俺の手が止まった。

 

別に躊躇した訳ではない。飛燕を持つ右手の手首に何かが引っかかり、動きを止められたのだ。

 

(えぇい!何なんだよ!)

 

追撃を止められた事に苛立ちを感じながら右手首を見ると、そこには黒い紐のようなものが巻きついて俺の右手の動きを止めていた。

 

(なんだこれ?)

 

不審に思ってその黒い紐を視線で辿っていくと、その紐は広がって網の様になり、俺を中心にして周りをぐるりと囲っている。

 

そして更にそれを辿っていくと、切っ先を下に下げた浦原さんの斬魄刀。紅姫の剣先へと辿り着いて…………って待て。これはまさか……縛り紅姫!?

 

背中に嫌な汗が伝うのを感じつつ浦原さんを見ると、既に後ろに飛び退いて間合いをとっていた。

 

そして距離が開いてもはっきりと分かるほど、浦原さんの顔には悪戯を成功させた子供の笑顔。俗に言う悪魔の笑みを浮かべて、黒い紐の先端が付いた紅姫の剣先を地に刺した。

 

「火遊紅姫・数珠繋(ひあそびべにひめ・じゅずつなぎ)」

 

ボボボボッ

 

紅姫を刺した所を先頭に、俺の周りを囲んでいる網の繋ぎ目が音を立てて膨らんでいく。

 

(やばい…やばい!やばい!!やばい!!!)

 

俺の脳内で最大レベルの警報が鳴り響く。

 

膨らむ網の繋ぎ目が一つ一つ俺に近づいてくるのが、やけにゆっくりに見える。

 

(仕方ない!こうなったら!)

 

俺は意を決してある力を発動した。

 

 

 

ドドドドドドドォォォォン!!!!

 

 

耳を塞ぎたくなる程の爆音が、連続で空気を震わせる。

 

その爆発と燃え上がる炎を見て、浦原さんは静かに佇んでいた。

 

「いや驚きましたよ……この短時間で、私はあなたに驚かされてばかりっス」

 

そう言って振り返り、浦原さんは視線を向ける。浦原さんの背後に立っている俺に。

 

「あの爆発から逃れられたのは、その眼のおかげという訳ですか」

 

確信を持って此方を見る浦原さんに映る俺の両目は、先程までの赤い瞳に勾玉模様が2つある写輪眼ではなく、綺麗な黄緑色をしていた。

 

「あぁ。これは支配眼(グラスパー・アイ)。これを発動すると数秒の間、目に見える全ての動きを超スローにでき、その間俺自身はいつも通りの感覚で動くことが出来る」

 

あの爆発が起こる一瞬。俺は写輪眼を解除して支配眼を発動。

 

右手に持っていた飛燕を左手に持ち替えて手首に巻きついていた縛り紅姫を断ち切り、瞬歩を使って爆発の範囲外に脱出。浦原さんの後方に立ったという訳だ。

 

「成る程。しかしそれ程の能力。リスクが無い訳ではありませんよね?」

 

「ご名答。よく分かりましたね」

 

「ノーリスクなら、最初に写輪眼を使わずにそちらを使っていた方が、あなたにとって有利は筈ですからね」

 

成る程。確かに。

 

「体に無理な動きを強いる事になりますから、身体面で反動がくるんですよ」

 

現に今、体のあちこちがギシギシいっているのだ。やっぱり支配眼を発動した状態で瞬歩を使って移動するのは無理があったということか。

 

「ところで浦原さん。さっき『何度も驚かされてばかり』と言っていましたが、他にも俺はあなたを驚かせることができたんですか?」

 

体に走る痛みを気取られぬように、俺は敢えて明るい口調で問いかけた。

 

少しでも時間をかけて体を回復したかったし、なにより自分のした行動が目の前の相手に対してどう効果的だったのか、ただ純粋に知りたかったという想いあった。

 

「私が驚いた点は2つ。まず1つ目はあなたが斬魄刀を解放した前と後の違いですね」

 

俺の眉がピクリと動く。

 

「その斬魄刀を解放した後、あなたのスピードが明らかに上昇しました。おそらくそれがその斬魄刀・飛燕の能力……違いますか?」

 

「七十点ですね」

 

おれの採点に浦原さんが「ほぅ」と洩らす。

 

「飛燕の能力は速度の向上。それ自体は間違っていません。しかしただ単に速度が上がっただけではなく、上昇したスピードに自らが振り回されない為に、反射神経や動体視力などもスピードに比例して向上しているんですよ」

 

「成る程。それはなかなか厄介な能力ですね。

これは僕の個人的な見解ですが、その飛燕を解放した時の吉波さんのスピードは護廷十三隊の席官クラス……大体5席か6席と遜色が無いほどに上昇しています」

 

「本当ですか!?」

 

思わず声が大きくなる。確かにかなりスピードが上がっているとは思っていたが、まさかそれ程とは。

 

「自信を持っていいと思いますよ。

さて2つ目に驚いたことですが、それは吉波さん。あなたの成長速度です」

 

「は?」

 

全く予想外だった内容に、俺の口から間の抜けた一言が出てしまう。

 

「この短時間の戦闘で、あなたの動きが明らかに変わってきました。始めに比べて体捌きのぎこちなさは少なくなり、打ち込みは力強くなり、反撃に転じる速度は速くなってきています」

 

「ちょっと待て、おかしくないか?俺が神から貰った無限成長能力は、修行や鍛錬をすればするほど強くなる能力だ。戦闘は組み手として鍛錬に入るのかもしれないが、浦原さんが驚くほどの成長なんて…」

 

「はい。ですから今私が言った成長は、あなた自身が成長しているということですよ。吉波さん」

 

「俺自身が…成長?」

 

思わず鸚鵡返しに聞いてしまう。

 

「エルフィさんから聞きましたが、あなたの無限成長能力で強くなるのはパワーやスピードといった、あくまで表面的なもののみらしいんです。

ですから、今戦闘の中で見せた成長は他ならぬ吉波さん。あなた自身が成長し強くなっているという事なんですよ」

 

浦原さんの言葉を聞き、俺は成長した力をこの目で確認するかのように、手を握ったり閉じたりした。

 

「どうやらあなたは一護さんと同じタイプのようですね。戦闘という極限状態の中で凄まじいスピードで様々な事を吸収し、成長していく。正直驚きましたよ。……………しかし」

 

間を置いて発せられた浦原さんの声は、辺りの空気を数度下げる程に冷たいものだった。

 

「この程度ですか?吉波さん。あなたの全力は?」

 

軽く一歩足を前に出す。たったそれだけの動作で、俺は浦原さんの重圧に押されて無意識に後退してしまう。

 

「あなたはこう言った筈です『今出来る全力を込めて正面からガチンコ勝負をしたい』と」

 

「!!」

 

それは俺が浦原さんに言ったそのままの台詞。

 

(そうだ。浦原さんは俺に応えてくれた。相応にだけど力を出してくれた!……けど俺は本当に全力を出してはいない。何より切り札を出さずして、全力だなんて到底いえない!)

 

「もう一度聞きます。その程度ですか?あなたの『全力』は」

 

再度問いかける浦原さんに、俺は今度は重圧に押されること無くその場に踏み止まり―――頭を下げた。

 

「失礼しました浦原さん。あなたはちゃんと俺に応えてくれたのに、俺は本当の意味で全力を出してはいませんでした」

 

そう言って頭を上げ、俺は飛燕を構える。正眼の構えではなく、刀身を自らの前で横一文字にした構え。

 

「十数秒程度しか出来ませんが、今度こそ全力でいきます!」

 

(いくぜ。飛燕)

 

呼吸を整えて自らの気を高め、相棒と心を一つにする。

 

「卍!か「店長!!大変だ!!!」」

 

卍解を中断させて俺と浦原さんの間に割って入って来たのは、店番をしている筈の花刈ジン太だった。

 

「どうしたんスか?ジン太君」

 

浦原さんが怪訝そうな顔をして聞く。ギャラリーの皆も何事かと此方に集まってきた。

 

「大変なんだ!虚とも破面(アランカル)とも違う、今まで全く見たことも無い化け物が整(プラス)を殺していってんだ!」

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

パニック気味にジン太が叫んだ『今まで全く見たことも無い化け物』という表現に、俺の…いや恐らく雨とジン太以外全員の脳裏に、ある可能性が過(よ)ぎった。

 

 

 

                      ☆

 

 

――エルフィサイド――

 

花刈ジン太からの報告で、浦原喜助と龍のテストを兼ねた戦闘は一時中断となった。

 

今まで虚や破面などと戦ったことのある花刈ジン太が『今まで全く見たことも無い化け物』と表現したことで、我等はその化け物がイレギュラーズである可能性が高いと考え、即時現場に急行する事にした。

 

だが花刈ジン太・紬屋雨の2名は戦うのに装備が必用な為(紬屋雨は素手でもある程度は戦えるが)、浦原喜助と握菱鉄裁が装備を整えるのに時間が掛かるから先に行って欲しいと言ったので、四楓院夜一と龍と我の三人が先行する事となった。

 

ちなみにだが、支配眼と併用して瞬歩を使ったことで身体的な負荷を負っていた龍の体は、我の回復魔法で治療し全快した。

 

無論その後で、今後は気を付けるようにと釘を刺しておくのも忘れはしなかった。

 

そして現在。我は先頭を駆ける夜一を追いかけて、屋根から屋根へと飛び移る龍のすぐ後ろを飛行して追っている。

 

「どうした龍一郎!もっと速く動けんのか!」

 

先を走る夜一が声をかけるが、龍は今の時点で既に最高速の状態だ。当然これ以上速くなど……「舞い上がれ!飛燕!」………その手があったか。

 

斬魄刀・飛燕を解放して速度を上げた龍が、開いていた夜一との間を詰めて後に続き、我も遅れをとらぬように飛行速度を上げて付いて行く。

 

「ところで龍一郎。御主がその斬魄刀を選んだのは、やはりスピードをなるべく上げる為か?」

 

「…はい。その通りです。スピードさえあれば、戦う相手が多少格上でも互角以上に戦うことが出来ますから」

 

肯定した龍は「素人の浅知恵かもしれませんが」と、自嘲的に笑う。

 

「いや。理論的には間違ってはいない」

 

「御主がそうと決めたのなら、儂は何も言わぬ」

 

そんな龍に我はフォローを入れ、夜一はどこか認めるような口調で言った。

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

何かに気付いたらしく顔色を変える夜一に我が問う。

 

「どうやら一護達が先に得体の知れぬ奴等と接触したようじゃ」

 

「本当(マジ)ですか!?」

 

龍の声が大きくなる。

 

「あぁ。しかもどういう訳か知らぬが、阿散井恋次(あばらいれんじ)と朽木ルキアも共にいるようじゃ」

 

「…まじかよ」

 

今度は呆れたような顔で溜め息混じりに吐き出す龍。

 

「そろそろ見える位の距離じゃぞ。ほら、あそこじゃ」

 

そう言って夜一の指差す先には、得体の知れない物と戦う六人がいた。

 

身の丈程もある大刀を構えた、オレンジ色の髪をした男。

 

赤色の髪に、いかにもガラの悪そうな目付きをした男。

 

黒髪を肩に触れるか触れないかといった所まで伸ばし、上の二人を怒鳴りつけている女。

 

この三人は死覇装(しはくしょう)を纏っている所を見ると死神なのだろう。

 

そして独特の形をした弓を構え、黒髪に眼鏡をかけた白い衣装を身に纏う男。

 

黒いプロテクターのようなもので右腕全体を覆った、一際背の高く浅黒い肌をした男。

 

胡桃(くるみ)色のロングヘアに六枚の花弁を模したヘアピンをした女。

 

この六人が戦っているのが、一言で表せば『二足歩行になった人間の大人サイズのカブトムシのメス』だった。

 

人間の成人よりも若干大きい体格に、一目で硬そうだと判断できる黒い外甲殻をした存在が、大群で六人に襲い掛かっていた。

 

離れているここから見ても、30~40体位はいるだろう事が分かる。

 

「なっ!あれは!!」

 

虫もどきの姿を見て、龍が驚愕の声を上げる。

 

「龍一郎、あれを知っておるのか」

 

夜一の問いに、龍はしっかりと頷いた。

 

「あれは中甲虫(ちゅうこうちゅう)。冒険王ビィトに出てくる魔物(モンスター)の一種だ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

原作の主人公の登場です。


 

 

――一護サイド――

 

「くそっ!なんなんだこいつ等は!」

 

俺は斬魄刀・斬月を横にして正面に構え、相手の攻撃を剣の腹で受け止める。

 

ガンッ!

 

鈍い音と共に強い衝撃が柄を握る手に伝わり、一瞬体勢を崩しそうになるが、両脚に力を入れて踏ん張って堪え、

 

「こんのぉぉっ!」

 

力を込めて押し返して相手の体勢を崩し、攻撃の手が緩んだ隙に後ろに飛び退いて間合いをとった。

 

「一体何者なんだよ!こいつ等!!」

 

「うるせぇ!こっちが聞きてぇよ!!」

 

胸の内にあるもやもやを吐き出すように叫ぶが、返されたのは横にいる仲間。恋次の怒鳴り声だった。

 

そもそも事の始まりは三十分ほど前。

 

いつものように死神代行許可証。通称代行証から虚が出たと知らせが入り、死神化して現場に向かった。

 

途中で虚の霊圧を察知して駆けつけて来た仲間のチャドと井上、石田と合流して現場に着くと、其処にはソウルソサエティにいる筈のルキアと恋次が既に虚を倒した後だった。

 

なぜ現世に2人がいるのか聞くと、なんでも技術開発局が何者かに襲撃されたらしく、その際に一般隊士だけでなく十二番隊隊長と副隊長も意識不明の重傷(この時石田がかなり驚いていた)を負ったらしい。

 

そして現世でも何か異変が起こっているのではないかと危惧した総隊長の爺さんが調査を命じたらしい。

 

そんな話の途中で俺の代行証に再び虚が現れたと反応し、全員で虚が出た現場に向かうと、其処には虚を殺している成人サイズの二足歩行型カブトムシがいた。

 

それも1体だけじゃない。虚が殺されている事に俺達が呆然としている間に、周りからわらわらと湧いて出てくるように現れ、気が付いた時にはすっかり周りを囲まれていた。

 

雰囲気から明らかに俺達に敵意を持っているのは分かったが、こっちは奴等に攻撃をする事が出来なかった。

 

死神は魂の調節者(バランサー)だ。善良な霊。整(プラス)は魂葬することでソウルソサエティに送り、悪霊の虚は斬魄刀で斬り、罪を濯ぐ。

 

だが目の前の虫もどき達の外見的な特徴は整とも虚とも違い、一瞥では判断できなかった。

 

いや。そもそも目の前の虫もどきからは霊力も霊圧も感じ取ることが出来なかった。

 

試しに斬月を抜いて瞬歩で近づき、虫もどきの額に柄の先端を当てて魂葬をしてみたが、全く効果が無かった。

 

そして俺はこれと同じ状況に見覚えがあった。

 

欠魂(ブランク)。

 

魂魄から記憶が抜け落ちた魂だ。

 

こいつが現世に現れた時に同じように魂葬を試みたが、その時も全く効果が無かった。

 

だけど欠魂は照る照る坊主の頭を尖らせた様な外見だ。目の前の虫もどきとは似ても似つかない。

 

ルキアと恋次に聞いてみたが、ルキアは通信機を使ってソウルソサエティに現状を報告しようとしていたし、恋次からは「俺が知るか!馬鹿!」と逆ギレされ、危うく口喧嘩になりそうなところでルキアに「馬鹿者!喧嘩などしている場合か!!」と2人纏めて怒鳴られた。

 

そして取り敢えずソウルソサエティと連絡が取れるまでこの場で持ちこたえているのだが、一向に通信機から応答が来ずに正直苦しい状態だ。

 

「ルキア!まだなのか!」

 

「どうなっておるのだ!?ソウルソサエティに全く繋がらぬ!」

 

「「「「「なにぃっ(なんだと)(えぇっ)!?」」」」」

 

全員の驚愕の声が重なる。

 

「まじかよ!じゃあどうするんだ!?」

 

「口惜しいが…已むを得ぬ。一時撤退するぞ」

 

声を荒げて詰め寄る恋次に、ルキアが悔しげに返す。だが…

 

「却下だ!」

 

俺はルキアの意見を一蹴した。

 

「な…この戯け!状況をよく見ろ!」

 

「お前の方こそ状況を見ろ!忘れたのかルキア!さっきこいつ等が虚を殺していたのを!」

 

俺の一喝にルキアがハッと顔色をを変える。どうやら気付いたみたいだが、俺は更に続ける。

 

「こいつ等を放っておけばさっきみたいに虚を殺し出すかもしれねぇ!そうなったら俺達みたいに斬魄刀で昇華されずに、本当に『殺される』ことになる!」

 

昇華しずにただ虚を殺す事。それはソウルソサエティと現世、二つの世界にある魂魄の総量を乱し、世界の崩壊を招く行為。

 

そして世界の崩壊は死神にとって絶対に回避しなければならない事だ。

 

「へっ。まさか一護に諭されるとはな」

 

「同感だね」

 

後ろでふっと恋次とが笑い、それに石田が同意する。

 

……ったくこいつ等。

 

「お前等なぁ……」

 

一言言ってやろうと振り向き、俺の時が一瞬止まった。

 

振り向いた俺の視線の先には、いつの間にか虫もどきが井上の背後に立ち、狙いを定めて前脚(?)を振り上げていた。

 

「井上!!」

 

俺の切迫した叫びに皆が井上の方を見て事情を理解するが、既に遅かった。

 

虫もどきの前脚が振り下ろされ、井上に向かう。

 

(くそっ!)

 

俺は瞬歩で井上と虫もどきの間に移動しようとするが、僅かにむこうの方が速い。

 

(まずい!間に合わない!!)

 

心に絶望の二文字が浮かんだ刹那。俺の横を黒い影が疾った。

 

ガッ!!

 

鈍い音と共に虫もどきが吹っ飛ばされ、見知った顔の女性が井上を守るように立っていた。

 

「やれやれお主等。少々気を抜きすぎではないか?」

 

「「「「「「夜一さん(殿)」」」」」」

 

井上を助けてくれたのは元隠密機動隊司令官にして護廷十三隊二番隊前隊長の四楓院夜一さんだった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

慌てて礼を言う井上に夜一さんは軽く頷いて辺りを見渡して俺達を一瞥すると、虫もどきに視線を移し――

 

「龍一郎!エルフィ!今じゃ!!」

 

いきなり大声を出した。

 

突然の事に俺達全員の体がビクリと反射的に反応してしまう。

 

そして混乱する俺達の輪の中に、2つの影が飛び込んできた。

 

1人は手に西洋刀を持った、黒髪黒目の地味な印象の男。

 

もう1人は青い長髪を紫のリボンで束ねた少女だった。

 

2人は夜一さんが吹っ飛ばした虫もどきに一直線に向かい、

 

「縛道の九!撃(げき)!」

 

男が赤い光を放ち、起き上がろうとしていた虫もどきの体を縛る。

 

「なっ!鬼道だと!」

 

「あやつ、死神か!?」

 

男の縛道を見て更に混乱したルキアと恋次が驚愕の声を上げる。

 

「エルフィ!」

 

「承知した!」

 

男の呼びかけに応え、少女が動きを封じた虫もどきに近づいて掌を向ける。

 

すると少女の掌が淡く光を帯び、そのまま時が止まったかのように男と少女はその場を動かなかった。

 

そして十秒ほど経過して掌に帯びていた光が消え去ると、少女は夜一さんと男に顔を向けた。

 

「間違い無い!こやつ等はイレギュラーズだ!」

 

凛とした声が辺りに響くと、男は「オッケー!」と答えて虫もどき達に向けて西洋刀を構え、夜一さんは「うむ」と軽く頷いて俺達に向き直った。

 

「よいかおぬし等!この虫みたいな奴等は放っておけば世界の均衡を崩しかねない存在じゃ!倒してもなんら問題は無い!」

 

「なっ…本当ですか!?」

 

石田が困惑を露わにして聞く。俺を含め皆が同じ気持ちらしく、全員が困却した顔をしている。

 

「今あいつ等が調べた結果じゃ。信用は出来る」

 

「待て!あの者達は一体何者なのだ!」

 

「心配せずとも良い。あやつ等は味方じゃ。それよりもルキアに恋次。何故御主等がここにいる?」

 

「そ…それは…」

 

まだ混乱が抜けていないのか若干どもりながらも、ルキアは俺達にしてくれた説明を夜一さんにも話した。

 

しかも夜一さんもソウルソサエティに異常が起こっていたとは知らなかったらしく、時折「なんじゃと!」と驚いていた。

 

一通り話が終わると夜一さんは「ふむ…」と思案に耽り……

 

「……そこにおる奴!出て来い!!」

 

刹那。夜一さんの顔が一転し、目を険しくして手を一閃した。

 

カッ

 

凄まじい速さで放った暗剣がコンクリートの床に深々と突き刺さる。

 

しかしその暗剣が刺さった場所の付近には先日降った雨でできた水溜りがあるだけで、怪しい影や気配など全く存在していなかった。

 

「よ…夜一さん?」

 

「隠れとるのは分かっておる。さっさと姿を現せ!」

 

戸惑いながら話しかける井上を無視し、夜一さんの一喝が響く。

 

「フッフッフ……まさか気付かれるとは、少々計算外でしたね」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

どこからかしゃがれた声が聞こえた。

 

位置的に近いということは分かるが、どこにいるかが把握できない。

 

「儂がこの場に現れた時に動揺混じりの視線を感じた。まさかそのような姿で隠れているとは思いもしなかったがのぅ」

 

まだしゃがれた声の主が分からず、夜一さんの視線の先を辿っていくが、やはりあるのは刺さっている暗剣と水溜りだけ。べつにさっきと違う所も無い………いや。さっきと違っている所が1つあった。

 

刺さっている暗剣の近くにある水溜りがさっきまで澄んでいたのに、いつの間にか泥を入れたみたいな濁った色になっていた。

 

俺だけではなく他の皆もそれに気付いたらしく、不審そうな目で水溜りを見ている。

 

「やれやれ。ばれてしまっては仕方がありませんね」

 

ザバァァッ!!

 

水溜りから音を立てて水柱が上がり、大きな何かが現れた。

 

「「「な…」」」

 

俺が。恋次が。ルキアが。

 

「そんな…」

 

石田が。

 

「あ…」

 

チャドが。

 

「うわぁ…」

 

何故か感心げに井上が。

 

皆、目の前に現れた存在に唖然とする。

 

それは泥の塊のような見てくれだった。身長は丁度剣八と同じか少し高い位で、その体躯全てが泥の様な色一色で染まっており、額には前に突き出す一本の角が生えていた。

冬に作る雪達磨に太い両手足を付けて、額に角を付けて茶色に染めればかなり近い所までいけるだろう。

 

「お主、何者じゃ」

 

「死人沼の策士・ムガインと申します。お嬢さん」

 

紳士的に名乗って一礼をするその姿が、俺にはひどくアンバランスに見えた。

 

 

――夜一サイド――

 

(さて、どうするかのぅ)

 

ムガインと名乗るその存在を凝視し、儂は内心歯噛みしていた。

 

実はここに来る前に龍一郎が、中甲虫という虫もどき達の動きに統率がとれていることに疑問を感じると儂に言ってきたのだ。

 

龍一郎曰く「魔物(モンスター)は例外を除いて知性や感情がほとんど無いから本能で動くんです。もしもモンスターの動きが統率されているとしたら、指示を出している格上の何かがいる筈」らしい。

 

そこで龍一郎に中甲虫の相手を任せ(無論戦う前にエルフィの魔法『サーチ』で本当にイレギュラーズなのか調べるようにと釘を刺しておいた)、儂は指示を出している格上の存在を引きずり出す事にしたのじゃが、どうやら想像以上の大物を引っ張り出してしまったようじゃな。

 

「ふむ…浦原喜助は来ていないようですね」

 

「!…お主。何故喜助を知っている」

 

こやつと儂等は初対面の筈。なのに何故喜助の事を?

 

「フッフッ。そりゃあ標的の顔くらい知っていないと……殺せませんからねぇ」

 

「「「なっ!」」」

 

後ろにいる一護達が「殺す」という言葉に反応するが、儂は眉一つ動かさぬままで再び問う。

 

「何故喜助を殺そうとする」

 

「さぁ。何故でしょうねぇ」

 

「てめぇっ!」

 

「待て一護!」

 

人を小馬鹿にする様にすっとぼける奴に切りかかろうとする一護を儂が手を制して止める。

 

「夜一さん…」

 

「奴に鎌を掛けてみる。少し黙っておれ」

 

一護にのみ聞こえるように声を潜めて伝え、儂は前に出た。

 

「成る程のぅ。解析されるのを恐れているという事か」

 

全て分かっているといわんばかりに自信を込めた儂の言葉に、奴の目がピクリと動いた。

 

ルキアから聞いたソウルソサエティの事件。そして喜助を狙う此奴。そこから導き出した儂の仮説。

 

もしこれが正しいのなら、早急に一護達に。いや、ソウルソサエティの者達に伝えねばなるまい。

 

「喜助は技術開発局の初代局長。お主等を解析すれば、簡単に分かってしまうからのぅ」

 

「…黙りなさい」

 

「お主等を倒しても、世界に「黙れぇぇっ!!」」

 

怒鳴り声で遮り、奴は一足飛びで間合いを詰めて儂に拳を叩き付けた。

 

ドゴォン!

 

コンクリートの床が轟音を立ててぶち抜かれる。

 

「察しが良いと長生きできませんよ。お嬢さん」

 

「夜一さん!」

 

奴の得意げな声をかき消さんばかりの一護の叫びが響く。

 

「案ずるな一護」

 

奴の一撃を軽く避けた儂が手をひらひらと振って無事を知らせる。

 

「なっ!」

 

避けられるとは思わなかったのか、目を見開いて驚いている奴に――

 

「あの程度のスピードで儂に当てようなど百年早いわ」

 

儂は不適に笑ってみせた。

 

しかし先程の奴の慌てぶり。どうやら儂が考えていた仮説は正しかったらしいのぅ。

 

「お主等よく聞け!やはりまわりにいる虫もどき達は、世界の均衡とは関係の無い奴等じゃ!」

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

「このっ!ペラペラとっ!」

 

奴が口を封じようと拳を振るってくるが、儂にしてみれば止まっているに等しいスピード。避けることなど造作も無い。

 

「恐らく奴等は自分達が解析され、世界の均衡と関わりが無いことを知られぬ様にする為に技術開発局を襲い、喜助を狙っているのじゃ!」

 

「なっ!ではソウルソサエティの事件は」

 

「此奴かもしくは此奴の仲間が犯人である可能性が非常に高い!」

 

ルキアも此奴等の狙いが分かったらしいのぅ。

 

「でも、どうしてわざわざそんな事を?」

 

まだ完全に理解しておらぬ恋次に「戯け!」の一喝と共にルキアの蹴りが入る。説明はルキアに任せておいて大丈夫そうだのぅ。

 

「お主等!此奴は儂が相手をする!周りの虫達は任せたぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

何故か待ったをかけたのは恋次だった。

 

「そいつは得体が知れねぇ!なにか妙な力を持っているかもしれねぇし、全員で一気に叩いたほうが「周りの状況をよく見てみろ!!」」

 

有無を言わせず恋次の台詞を切る。

 

「お主等、あの数の虫共を全てあやつ一人に任せる気か!」

 

儂がくいっと親指で指差した先には、たった一人で虫達と戦っている龍一郎の姿があった。

 

「「「「「「……あ」」」」」」

 

忘れとったな此奴等。

 

「分かったらさっさと行け!」

 

儂の一喝を受け、皆が虫共に向かい走っていった。

 

「…さて、来るがよい。木偶の坊」

 

一護達を追わせぬように敢えて奴を挑発する。

 

プルプルと体を震わせている所を見ると、効果はあったようじゃな。

 

「許しませんよ……絶対に!!」

 

ザバァッ!

 

辺りの水が奴の右腕に巻き付き、その水が厚い刃となって形作られていく。

 

「ほぅ…そんな手品もできるのか」

 

儂の目がスゥッと細くなる。

 

「私はね…計算外な事が一番嫌いなんですよ!!」

 

奴は吠えて、儂に向けて刃を一閃した。

 

 

――ルキアサイド――

 

ムガインと名乗る存在を夜一殿に任せ、私達は虫もどき達を相手にして戦っている男の元に急いだ。

 

すっかり忘れてしまっていたが、夜一殿が龍一郎と呼んでいた男は既に虫もどきを十体ほど倒していた。流石に夜一殿が任せるだけはある。

 

だがやはり多勢に無勢なのか、徐々に虫共に押され始めていた。

 

(これは急がねばならぬな)

 

そう思い速度を上げようとした私に、横にいる恋次が声をかけてきた。

 

「なぁルキア。お前、さっき夜一さんの話で何か気付いたみたいだったけどよ、いったいどういう事なんだ?」

 

「恋次。お前まだ気付いておらぬのか?」

 

察しの悪さに呆れ、返す声にも揶揄が混じる。

 

「なにがだよ?」

 

「よいか恋次。もし奴等のような得体の知れぬ存在がソウルソサエティに攻めてきたら、お前はまずどうする?」

 

「どうするって……ぶっ倒すに決まって「戯け!その存在が我等に敵意を持っていても、それを倒す事で世界の均衡が崩れるのではないかという可能性をまずは考えるだろう!」まぁ…確かに」

 

我々死神はあくまでバランサー。世界の均衡を保つのが使命だ。

 

「まず行う事はその存在を技術開発局に調査を依頼して、その存在の正体を突き止めること。そしてその存在が世界の均衡に影響を与えぬという調査結果を見て、始めて反撃へと転ずることが出来るのだ!」

 

「あぁ。確かに……ってちょっと待て!じゃあまさか!」

 

やっと気付いたのか恋次の顔色が変わる。

 

「そうだ。奴等はまず技術開発局を壊滅状態にすることで、自分達が解析される事を封じようとしたのだ。そして初代技術開発局局長の浦原を殺すことで解析を更に困難にさせようとしている。

何故そんなことをするのか。それは……」

 

「奴等は世界の均衡とは全く関係無く、倒しても問題は無い。

だがそれを知られると、強大な力を持つ僕達やソウルソサエティの死神と全面的にぶつからなければならなくなる。

それを防ぐかあるいは出来るだけ時間を延ばそうとしていたんだ」

 

私の言葉を引き継いだ石田に首肯し、更に続ける。

 

「そう考えれば全ての辻褄が合う。それにもし違うのなら、夜一殿の話をあれほど必死になって止めようとはしない」

 

「成る程。だから夜一さんは鎌を掛けるから黙っていろって言ったのか」

 

一護が納得したといった様子でにっと笑みを浮かべる。

 

「あぁ。奴のあの姿を見て、夜一殿も確信へと至ったようだ」

 

私が纏め上げた。

 

「くそっ!セコイ真似しやがって!」

 

「確かにそうだ。だが、少なくともこれで僕達は攻勢に出ることが出来る」

 

吐き捨てる恋次に石田が同意し、確実に状況が好転したことを諭す。

 

「さっき散々殴った借りを返してやるぜ!」

 

一護が気炎を吐き、皆が頷いて応える。

 

「さぁ!行くぞ!!」

 

「「「「「おぉ(うん)(あぁ)!!!」」」」」

 

そして私達は虫共の群れの中に一気に飛び込んだ

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

 

 

――龍一郎サイド――

 

「こんっ…のおっ!」

 

俺は飛燕を振るい、傍にいた中甲虫の一体を切り伏せる。

 

夜一さんと共にこの場に降り立ち、勢い良く突っ込んでいったまでは良かったのだが、予想していたよりもかなり苦戦していた。

 

というのも。実際に中甲虫を相手にして、思っていたよりも厄介な事が2つあったからだ。

 

1つ目が数の差。

 

いくらなんでもこっちは俺一人(エルフィはステルスモードで待機して貰っている)。対する中甲虫達は30~40体。どう考えてもこっちのスタミナが持たない。

 

そしてもう1つが中甲虫の外甲殻の硬さが予想以上だったことだ。

 

俺の鎌鼬をまともに受けても僅かな罅程度で済んでしまう。

 

こいつ等を完全に倒すには甲殻の間の間接部分を狙って斬るか、威力重視の技をあてるか。もしくは火の鬼道で焼き尽くすしか方法は無い。

 

悔しいが、スピード重視の飛燕と強靭な外甲殻を持つ中甲虫との相性は最悪のようだ。

 

ならば才牙を取り出そうとも思ったが、四方八方を囲まれて相手の攻撃を捌くのに手一杯のこの状況で、オケアヌスの輪からこいつらに有効な才牙を出すのは不可能だった。

 

(どうする……どうする……)

 

迷いながらも飛燕を振るい続け、中甲虫の一体を押し返す。

 

(チャンス!)

 

俺は押し返して体勢の崩した中甲虫の死角に瞬歩で入り込み、その場で左右の足を交差させて体の捻りを作り出し、その捻りを一気に爆発させて辺り一帯に円を描くような薙ぎ払う斬撃を放った。

 

飛燕の2つの技の1つ。鎌威綱(かまいづな)だ。

 

接近しなければ使えないという欠点もあるが、体の捻りによって生まれる爆発的な力と飛燕の速度を加えた薙ぎ払いは、自らを中心に吹き荒れる台風のような一撃となる。飛燕の最大攻撃技だ。

 

その一撃は中甲虫の胴を両断し、周りにいた他の2体も切断する。だが……

 

(っつ!)

 

既に2回程鎌威綱を使っていた為、俺の足の筋肉が悲鳴を上げ始めていた。

 

鎌威綱は攻撃力は高いが、捻りを一気に爆発させる部位。つまり足に負担がかかり、あまり多用することが出来ない技なのだ。

 

(ちょっと鎌威綱を使いすぎたか……でも!)

 

今更ながらに反省するが、ここで引くわけにはいかない!

 

自らに気を入れ直して飛燕を構え――

 

ザンッ!

 

斬撃音と共に俺の横にいた中甲虫が両断され、

 

ドドドッ!!

 

周りにいた奴らが光り輝く矢に貫かれ、次々と倒れていく。

 

周りを見ると黒崎一護の斬月が、阿散井恋次の蛇尾丸が中甲虫の外甲殻を紙のように切り裂く。

 

茶渡泰虎の右腕から放たれる衝撃波が、数体の中甲虫を轟音と共に吹き飛ばしていく。

 

朽木ルキアの放つ鬼道が、石田雨竜の矢が前線に立つ3人を援護する。

 

どうやら加勢に来てくれたらしい。正直助かった。

 

「大丈夫!」

 

心配そうに俺に駆け寄って来てくれた井上織姫に「大丈夫です」と返すが、実際はあまり大丈夫という状態ではない。連続で鎌威綱を使った反動で足の筋肉が痙攣していた。

 

当然そんな状態を隠し通せる訳も無く即座に気付かれ、「ちょっとじっとしていて」と一言言って井上織姫が双天帰盾を発動して俺を回復してくれた。

 

「有り難う御座います。あなたは?」

 

素直に感謝の礼を言い、一応知ってはいるのだが名前を聞く。

 

いきなり名前を言い当てたりしたら誰でも警戒するだろうから、それを防ぐ為だ。

 

「私は井上織姫。あなたは?」

 

「吉波龍一郎です」

 

「そうなんだ。よろしく吉波君」

 

挨拶と一緒に浮かべた屈託の無い笑顔に少し罪悪感がわく。

 

「はい。こちらこそ…」

 

挨拶を返そうとした俺の声が詰まる。

 

俺の正面、つまり井上さんの背後に中甲虫が迫ってきていたからだ。

 

「井上さん!伏せて!!」

 

「え?…う、うん」

 

切羽詰った俺の声に戸惑いながらも、井上さんがその場に伏せる。

 

俺は前に踏み出して相手の死角に入り込み、鎌威綱を放った。

 

ザンッ!

 

斬撃音と共に中甲虫の胴体が断ち切られ、上半身と下半身に分けられる。

 

(あれ?足が痛くない)

 

無我夢中で鎌威綱を使ったが、先程まで感じていた足の痛みを全く感じなかった。痙攣も治まっているし、全快の状態といってもいい。

 

(流石は事象の拒絶だな)

 

改めて原作キャラの力に感心する俺に、伏せていた井上さんが「あの…有り難う」とお礼を言ってきたので、俺は一寸(ちょっと)笑って「どう致しまして」と返した。

 

「中々やるじゃねぇか」

 

近くに降り立った原作の主人公。黒崎一護が声をかける。

 

主人公に褒められたことに、嬉しさのあまりにやけそうになるのを必死に堪えて井上さんに聞いたのと同じように「あなたは?」と名を聞いた。

 

「俺は死神代行。黒崎一護だ」

 

「俺は吉波龍一郎。人間です」

 

名乗り返すと一護さんは「人間?死神じゃないのか?」と首を傾げた。

 

「はい。俺は人間ですよ」

 

「じゃあなんで斬魄刀を持っているんだ?」

 

一護さんの視線が俺の飛燕に向けられる。やっぱり気付かれたか。

 

「それは……こいつ等を倒した後で話します」

 

取り敢えず話を先延ばしにして飛燕を構える。

 

「そうだな。今はこいつ等を何とかしないとな」

 

一応納得してくれたらしく、一護さんも斬月を構えた。

 

「「うぉぉぉっ(はぁぁぁっ)!!」」

 

俺と一護さんの二人は獣のように咆哮を上げて中甲虫達に突っ込んで行った。

 

 

               ☆

 

「はぁっ!」

 

一護さんの気合と共に振り下ろされた斬月が最後の中甲虫を縦に両断した。

 

「ふぅ……これで全部みたいだな」

 

断ち切られた中甲虫がサァッと霞のように消えるのを後目に、辺りを見て確認して斬月を肩に乗せる。

 

「あぁ。これで残っているのは夜一殿が戦っている奴だけだ」

 

俺もエルフィに頼んで広範囲を探ってもらったが、他にモンスターはいないそうだ。……あれ?

 

「あの~すいません。そういえば夜一さんはどうしたんですか?」

 

確かに指示を出している格上の存在を夜一さんに任せはしたが、ちょっと遅すぎじゃないか?

 

「夜一さんは向こうでムガインとかいう泥の塊みたいな奴と戦っているぜ」

 

そう言って一護さんが親指でくいっと指差す。

 

成る程。だから遅いのか。……………ってムガイン!?

 

「一護さん!!今なんて言いました!!」

 

顔色を変えて肩を掴む俺に若干怯みつつ、一護さんが「ど、どうしたんだよ」と戸惑いを露わにして聞く。

 

「今、ムガインって言いましたよね!!本当ですか!?」

 

「ほ、本当も何も…自分からムガインって名乗ったんだよ」

 

「落ち着け!何故そこまで問い詰めるのだ!」

 

朽木ルキアが一護さんの肩を掴む俺の手を強引に引き離して割って入る。その目には僅かに疑いの色があった。

 

「もしや貴様、あのムガインという奴の事を何か知っているのか」

 

「「「「「!?」」」」」

 

朽木ルキアを除く全員の注目が俺に集まる。そしてその中で一番反応した阿散井恋次が俺の胸倉を掴んで揺さぶってきた。

 

「てめぇ!何か知っているんなら、全部話しやがれ!!」

 

「恋次、少し落ち着け」

 

凄い剣幕で詰め寄ってくるのを一護さんが諌めるが、彼の勢いは止まらない。

 

「黙ってろ一護!今の所こいつが唯一の情報源なんだ!邪魔すん「それが人に物を尋ねる態度か戯け!」……う゛ぉっ!」

 

台詞の途中で朽木ルキアの注意&蹴りが入る。

 

蹴りが入ったことで一瞬体勢が崩れそうになるのをなんとか持ち直し、キッと朽木ルキアを睨み付けた。

 

「ルキア!いきなり蹴り入れるとはどういうつもりだ!こらぁ!」

 

「少し落ち着け。貴様の悪人面をドアップにして問い詰めたら、話してくれるものも話さなくなる」

 

「んだとぉ!」

 

「すまぬな。奴が迷惑をかけた」

 

青筋浮かべて怒鳴る彼を完全に無視して俺に謝ってくる。

 

(いや…そもそもこうなった火種はあなたが投げ込んだんじゃなかったか?)

 

喉まで出掛かった突っ込みを俺は敢えて飲み込んだ。

 

言ったら更にややこしいことになるのが目に見えて分かったからだ。

 

「幾つか聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」

 

「構いませんけど、先に俺から1つ聞いてもいいでしょうか?」

 

「む?なんだ?」

 

若干虚を突かれたような顔になったが、すぐに真顔に戻った。この辺の切り替えの早さは流石だと感心させられる。

 

「皆さんの名前を教えて貰えませんか?いくらなんでも名前も知らない人に話すのは気分的に嫌なんです」

 

無論俺はここにいる人達の名前を知っているが、一応ちゃんと名乗りあっておかないと後々面倒なことになる可能性が高い。

 

そう考えて咄嗟に思い付いて言ったのだが、理屈的に間違ってはいない筈だ。

 

「あ。一護さんと井上さんはさっき聞きましたから、別にいいですよ」

 

2人に断りを入れる俺を見て、朽木ルキアが「ふむ…確かに」と呟く。どうやら納得してくれたらしく、周りの人の顔を見る限り反対する人はいないようだ。

 

「貴様の言う事も一理ある。改めて名乗ろう。護廷十三隊十三番隊副隊長・朽木ルキアだ」

 

「同じく護廷十三隊六番隊副隊長・阿散井恋次だ」

 

「石田雨竜。滅却師(クインシー)だ」

 

「茶渡泰虎。人間だ」

 

各々が名乗り、皆の視線が俺に向けられる。

 

「俺は吉波龍一郎。人間です」

 

先程一護さんに言った事と全く同じ事を言った。

 

「人間だと?死神ではないのか?」

 

「いえ。俺は人間ですよ」

 

「ふざけんな!!」

 

朽木さんの問いに答えた俺に、恋次さんが怒鳴る。

 

「てめぇの持ってんのは明らかに斬魄刀だろうが!それを使いこなしているのに死神じゃねぇなんて理屈が通る訳ねぇだろうが!!」

 

柄の悪い口調なのに理路整然としていると、なんか変に感じるのは気のせいだろうか?

 

そんなどうでもいい事を考えている間に、「私も同感だ」と朽木さんも恋次さんに賛同していた。周りを見ると皆も同じ意見らしく、どこか疑わしげな視線で俺を見ている。

 

「なぁ話してくれよ。お前さっき虫達を倒したら話すって言っていたじゃねぇか」

 

一護さんの言葉に、俺は十分ほど前に己の出した言葉に少し悔いた。

 

(…はぁ。言うって言っちゃった以上、しょうがないか)

 

「分かりました。全て話します」

 

信じてもらえないかもしれないけどな。と内心思ったが、俺は自分の全てを明かす事を決めた。

 

「実は――」

 

ドゴォォォン!!!

 

(………なんか前にもこんな事があった気がする)

 

せっかく決意して話そうとしたのに水を差され、少し苛つきを露わにした表情で爆音の方を見て―――俺はその光景に目を疑った。

 

俺の視線の先。そこには仁王立ちをしているムガイン。そしてそのムガインにまるで跪く様に膝を屈している夜一さんの姿があった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

 

 

――夜一サイド――

 

「おやおや、この程度ですか。お嬢さん」

 

「くぅ…」

 

先程の挑発の仕返しなのか、嫌味たらしく言うムガインに儂は悔しげに呻いた。

 

なんとか立ち上がろうと足に力を入れるが、奴に殴られた腹部に鈍い痛みがまだ残っており、思うように立ち上がることが出来なかった。

 

(迂闊じゃった……こいつが自信を込めて喜助を殺すと言っていたのを、もっと深く考えるべきじゃった)

 

自らの不覚に奥歯を噛み締めて悔やむ。

 

その際強く噛み締めてしまったからなのか、それとも奴に殴られたからなのか、口の中に血の味を感じた。

 

「さて、覚悟してもらいましょうか。なぁに寂しがる事はありません。他の方達もすぐに貴女と同じ所に連れて行ってあげますからねぇ」

 

奴が刃の付いた右腕を振り上げると、その存在を誇示するかのように刃が鈍い輝きを放った。

 

「私に無礼な口を聞いたことを……後悔しなさいっ!!」

 

刃が振り下ろされる。

 

……………が

 

ガキィィッ!!

 

「大丈夫か?夜一さん」

 

「遅い……わ…馬鹿……者」

 

奴の厚い刃を斬月で受け止めた一護に、儂は声を掠れさせながらも敢えて笑みを見せて軽口を叩いた。

 

「はぁっ!」

 

気合の一声と共に刃を弾いて奴を退かせ、斬月を正眼に構えて儂を守るように立ちはだかった。

 

「「夜一さん!」」

 

龍一郎と井上が心配そうに儂の傍に寄り、その二人を護衛するかのように左に銀嶺弧雀(ぎんれいこじゃく)を構えた石田が。右にファイティングポーズをとったチャドが立つ。

 

前を見ると一護の左に恋次が。右にルキアが瞬歩で現れ、ムガインの奴を見据える。

 

どうやら虫共は全て倒したようじゃな。

 

「井上、夜一さんを頼む」

 

「うん!任せて!」

 

井上は力強く頷いて、少しでも戦場から離そうと儂に肩を貸して移動させる。

 

だが儂はどうしても一護達に伝えなければならない事があった。

 

儂が奴と戦りあって得た情報。それを伝えなければ、恐らく一護達も儂の二の舞となる。

 

だが奴から受けたダメージで声を出そうにも掠れてしまい、伝えることが出来ない。

 

(せめて……せめて一言だけでも)

 

せめて一言だけでも声を出せるようにと、身体中から微量ながら力を掻き集める。

 

儂が遠ざかったのを見届けて一護達はムガインと二言三言交わした後、一護が先陣を切って奴に向かって跳躍し、斬月を振り下ろす。

 

(まずい!!)

 

「いかん一護!!迂闊に奴に切りかかるな!!」

 

身体に残った力を全てを使った儂の叫びが響いたのは、一護が奴に斬月を振り下ろすのとほぼ同時だった。

 

 

――龍一郎サイド――

 

夜一さんの叫びが上がる少し前。俺は先程まで夜一さんが膝をつけていた場所で飛燕を構えていた。

 

「やれやれ、中甲虫達は全滅してしまったようですねぇ」

 

ムガインが失望したとばかりにゆっくりと頭(かぶり)を振る。

 

「当たり前だ!俺達があんな虫に負ける訳がねぇ!」

 

「ほぅ。最初は攻撃してもいいか分からずにいた人の言葉とは思えませんね」

 

吠える恋次さんに、見え透いた挑発をするムガイン。

 

その挑発に恋次さんの眉がピクリと動いたが、しかしそこは流石に副隊長。挑発に乗って正面から突撃するような愚行はしなかった。

 

「まぁいいでしょう。真実を知ってしまった以上、あなた方も殺す対象となったのですから。払う埃が増えただけで問題はありません」

 

まるで『ちょっと買い物に行ってくる』とでも言うような軽い口調に、俺の…否。俺達全員が戦闘体勢になる。

 

「殺せるもんなら殺してみやがれ!!」

 

最初に動いたのは一護さんだった。

 

ムガインに向かって一気に跳躍し、斬月を逆袈裟に振り下ろす。

 

「いかん一護!!迂闊に奴に切りかかるな!!」

 

夜一さんの叫びが辺りに響き渡った。

 

何事かと視線を夜一さんに向けたその時。

 

ギィィィン!!

 

金属音が辺り一帯の空気を震わせた。

 

皆がその音に反応して視線を一護さんの方に戻すと、そこにはムガインの皮膚の手前数ミリで斬月を止めている一護さんがいた。

 

「なっ!?」

 

一護さんの顔が驚愕に染まっているが、俺には何が起こっているのか全く理解が出来なかった。

 

「それですよ。その驚愕に満ちた顔!やはりいつ見てもいいものです……ねぇっ!!」

 

歪んだ喜悦に満ちた顔のままで、ムガインは驚愕によって固まってしまっている一護さんの腹部に、泥の塊を思わせる巨大な左の拳でボディアッパーを打ち込んだ。

 

「ぐはぁっ!」

 

肺から全ての空気を無理矢理出したような苦しげな呻きと共に一護さんが吹っ飛ばされ、受身も取れないままコンクリートの床に打ちつけられた。

 

「「「一護(さん)(黒崎)!!」」」

 

茶渡さんと俺。石田さんの声が重なり。

 

「戯け者!何をやっておるのだ貴様は!」

 

「あいつは倒しても世界の均衡に関係は無いって分かってんだろう!なに寸止めなんかしてんだよ!!」

 

朽木さんと恋次さんが一護さんの行動を指摘する。

 

「違う」

 

だが若干ふらつきながらも立ち上がった一護さんは、きっぱりと否定の言葉を口にした。

 

「俺は寸止めなんかしていねぇ。躊躇いもなく切り付けた……けど奴に剣が当たるときに、まるで見えない何かに阻まれたみたいに剣が止められたんだ」

 

成る程。さっきの金属音はその見えない何かと斬月がぶつかり合った音だったのか。

 

一護さんの言葉に朽木さんが「なにっ!」と言ってムガインを凝視するが、奴の周りには何も無く、何かしらの防壁を張っているようには見えなかった。

 

「どうやら、不可視の防御壁が張ってあるようだね」

 

(防壁か…なら)

 

石田さんの冷静な分析を聞いて、俺は写輪眼を発動。奴の防壁の正体を探る。

 

「へっ!防御壁だかなんだか知らねぇが、まとめてぶった斬っちまえば問題ねぇだろ!!」

 

鼻で笑った恋次さんが一気に飛び出した。

 

「咆えろ!蛇尾丸!!」

 

七枚の刃節に分かれた刀身が蛇のようにうねりながら伸び、ムガインに迫る。

 

ガギィン!

 

しかしその一撃は一護さんの一閃と同じく、見えない防壁によって弾かれる。

 

「まだまだぁっ!!」

 

しかし恋次さんは刃を弾かれても動じることなく、蛇尾丸の刃節を戻さずに身体を回転させ、遠心力をつけた二撃目を放つ。

 

横薙ぎに叩きつけられた蛇尾丸がギャリギャリと耳障りな音を立てて火花を散らし、不可視の防壁を削る。

 

だが副隊長の連続攻撃を受けても、防壁はびくともしなかった。

 

「五月蝿(うるさ)いです……ねっ!」

 

ムガインはまるで周りを飛び回る蚊を払うかのような動作で蛇尾丸を弾き、伸びたままの刃節を繋いでいる間接部に狙いを定めて右手と一体となった厚い刃を振り下ろす。

 

「させるかぁっ!」

 

奴の意図に気付いた恋次さんが素早く蛇尾丸の刃節を戻し、ムガインの一閃を間一髪で躱わす。

 

ドドドドッ!!

 

そして刃を振った隙を突いて石田さんが無数の矢を射るが、その攻撃も不可視の防壁によって全て弾かれてしまった。

 

「フッフッフ。そんな攻撃など無駄ですよ」

 

不適な含み笑いをするムガインに、石田さんは冷静に「君は1つ勘違いをしている」と言って眼鏡を直し、話を続ける。

 

「今僕がやったのは攻撃ではない。確認だ」

 

「確認…ですと?」

 

「そうだ。どうやら君の防壁は死神の力も滅却師の力も関係なく防ぎきる代物のようだ」

 

「成る程。私の防壁があなたの力にも通用するかどうかを確認したという訳ですか……となると今のこのお喋りは、さしずめ貴方が次の策を練る為の時間稼ぎといった所ですかな?」

 

ムガインの読みを再び眼鏡を直した石田さんが「それは違うよ」と否定する。

 

「このお喋りは……君の気を引く為だ」

 

石田さんのこの言葉を合図にムガインの左に茶渡さんが。右に始解したままで虚化した一護さんが肉薄する。

 

「月牙…」

 

「巨人の(エル)…」

 

一護さんは斬月に力を込めて振りかぶり、茶渡さんは右腕に付いた鎧の肩口かの部分からボウッと青白い炎のようなものが立ち上り、二人の霊圧が上がっていく。

 

「死神や滅却師の力は完全に防げるようだけど、虚の力ならどうかな」

 

石田さんの言葉と、

 

「天衝!!」

 

「一撃(ディレクト)!!」

 

ゴゴォォォン!!!!

 

二人の放った強烈な一撃が轟音となって周囲を揺るがしたのはほぼ同時だった。

 

その凄まじい威力に衝撃波が波紋の様に辺りに広がり、土埃が舞い上がる。

 

「やったか!?」

 

土埃がなるべく目に入らないように目を細めてルキアさんが言う。

 

「わからねぇ。けど避けられてはいないと思うぜ」

 

「…確かに手応えはあった」

 

間合いをとる為にルキアさんの近くまで下がった一護さんが斬月を肩に乗せ、茶渡さんが手応えを確かめるように殴った右手を見る。

 

しかしメタ発言が許されるのなら俺は言いたい。「それはやっていないフラグだ」と。

 

「フッフッ……今のは少々効きましたよ」

 

「「「「「!!」」」」」

 

土煙の中から奴のしゃがれた声が漏れる。

 

そして土煙が風によって吹き散らされた後には、見た目は完全に無傷のムガインが立っていた。

 

「なにっ!」

 

「無傷…だと」

 

「嘘…だろ」

 

「…!」

 

「くっ!」

 

上から驚愕する一護さん。目の前の現実に声が掠れてしまうルキアさんと恋次さん。

 

無言で驚く茶渡さん。

 

『これでも駄目なのか』とでも言いたげに悔しげな石田さんとそれぞれの反応を見せる。

 

「いやはや。今のは少し痛かったですよ。先程のお嬢さんが使った『瞬閧(しゅんこう)』という技に勝るとも劣りません」

 

そのムガインの言葉で、今度は全員が驚愕の声すらも出なくなった。

 

今ムガインの言った瞬閧は夜一さんの使える最強の技だ。

 

その威力はここにいる全員が知っている。

 

それを勝るとも劣らないと表現したということは、奴の防壁は夜一さんの瞬閧クラスの破壊力でも耐える代物ということだ。

 

その強固さに言葉を失うのも当然といえる。

 

そして俺は一護さん達とは別の理由で驚愕の表情を浮かべていた。

 

否。写輪眼を発動して奴を見たその時から、俺は目の前の現象にただ呆然としていた。

 

写輪眼を通して見た光景。それは周りの地面から黒く禍々しい靄のようなものがムガインに集まり、その靄が形を変えて奴を守るように黒い膜となっている異質な姿だった。

 

そしてこの光景を見て、俺は奴の身を守っている力の正体に気付いた。

 

冥力(めいりょく)

 

大地に眠っている邪悪なエネルギーを自らの身体に立ち昇らせ、戦闘的なパワーに変える。ムガイン達魔人(ウ゛ァンデル)が使う力だ。

 

おそらく今ムガインがやっているのは原作で主人公の最大の宿敵であるベルトーゼが使っていたのとよく似た戦法だろう。

 

自分自身を冥力で包み込んで攻撃と防御を一体にして戦っていた方法を独自に変え、一護さんと茶渡さんの攻撃にも耐える防御力と肉眼では決して見えない隠密性の二点を重点に置いた冥力膜を纏って戦う戦法。

 

流石は2つ名に『策士』をもつウ゛ァンデル。中々に考えてある。

 

しかし、タネが分かればなんとかなる。

 

相手が冥力を使ってくるのなら、こっちはそれに相対する力、天力を。つまり才牙をぶつけてやればいいことだ。

 

だがここで2つ問題がある。

 

1つ目は才牙を出して攻撃するということは飛燕を手放さなければならないということだ。

 

今の俺のスピードは飛燕によって向上された速度である為、飛燕を手放せば必然的にスピードは低下する。

 

鈍くなったスピードで奴に攻撃を当てられるか不安があるし、飛燕を持ちながら攻撃したら片手での攻撃になり、今度は攻撃力が下がる。流石に攻撃力が下がるの避けたい。

 

銃の才牙・サイクロンガンナーならやれるのかもしれないが、片手で銃を撃つのは至難の技だし、当てられなければ何の意味も無い。

 

2つ目の問題は才牙で奴の冥力膜を破った後の事だ。

 

うまく冥力膜を破ったとしても、おそらく俺は膜を破る事1つに集中している為、追撃に移るのにどうしてもワンテンポの遅れが出る可能性が非常に高い。

 

うまく膜を破っても、奴自身に逃げられたらそれこそ元の木阿弥だ。

 

(となると…)

 

逡巡は一瞬だった。

 

「皆さん。奴の防壁のからくりが分かりました」

 

「「「「「!!」」」」」

 

俺のその一言に皆の視線が一斉に向けられる。

 

「なっ!?本……むぐっ」

 

大声を上げようとしたルキアさんの口を俺が塞いで止める。

 

「静かに。奴に感づかれます」

 

俺の声を潜めての警告にルキアさんを含めた全員が小さく頷いて、それぞれが刀を。弓を。拳を構えて奴を見据える。おそらくこれからの会話をなるべく奴に聞かれないようにする為のカムフラージュだろう。

 

「しかし本当に奴の防壁のからくりを…って、その目は!?」

 

疑わしげに聞いてくる石田さんが俺の写輪眼を見て戸惑いを露にする。

 

「この目は写輪眼といいます。能力はあらゆる術の看破と模倣です」

 

「成る程な。その目の力で奴のからくりを見抜いたのか」

 

納得したといった様子の一護さんに、俺は笑って「まだ完全に使いこなせてはいませんがね」と付け足す。

 

「それにしても、てめぇはいったい何者なんだ?」

 

「それは……後で必ず話します」

 

俺の返答に恋次さんが納得がいかないといった顔をするが、今の状況で問い詰めるべきではないと思ったのか「必ず後で話せよ」と言うだけで終えると、ルキアさんが「それで、奴の防壁のからくりとは一体何なのだ?」と話を進めるように促した。

 

「奴の防壁は、大地から沸き起こる邪悪なエネルギーを使って作り上げた物です」

 

「「「「「…は?」」」」」

 

冥力について一般的な概要を説明するが、皆が皆訳が分からないといった顔をして俺を見ている。

 

(…まぁいきなり言っても混乱するだけか)

 

そう考えて俺は細々とした説明はすっ飛ばすことにした。

 

「まぁ詳しい説明は後で話します。今は今までの力とは全く違う特殊な力と解釈してください」

 

未だに混乱が抜けていないのか、全員「あぁ…」と生返事をするのみだが、取り敢えず話を進める。

 

「それでこれからが重要なんですが、俺は奴の防壁を破れる力を持っています」

 

その一言に全員の顔色が変わる。

 

「ですが!」

 

皆が口を開くよりも早くに語気を強めて強引に黙らせる。

 

乱暴だとは思うが、一々説明している余裕は無いのだ。

 

「俺一人では防壁を破ることは出来ても追撃を入れることは出来ませんし、確実に防壁に力をぶつけられるかも分かりません。

だからお願いします。俺に力を貸してください。

援護と追撃を一護さん達にやって欲しいんです!」

 

そう言って俺は深々と頭を下げた。一方的な物言いだとは充分承知している。だが奴を確実に倒すにはこれしか方法が思いつかなかったのだ。

 

「「「「「………」」」」」

 

返事は無く、ただ無言でいる一護さん達。

 

(…やっぱり駄目か)

 

当然といえば当然だ。得体の知れない奴にいきなり協力しろと言われて『はい。分かりました』と言ってくれる訳が無い。…やっぱり確率は低くても俺一人でやるしかないか。

 

「追撃は俺がやるぜ。あいつには腹に一発入れられた借りがあるからな」

 

(…え?)

 

俺が唖然として顔を上げると、そこには親指で自らを指す一護さんの姿があった。

 

そしてそれを皮切りに他の人達も口を開く。

 

「なら援護は僕がやろう」

 

「俺は接近して、奴を撹乱する」

 

「ならば私は石田と共に鬼道で援護しよう」

 

「俺は一護の前に一撃入れて、あいつの動きを押さえるぜ」

 

石田さん、茶渡さん、ルキアさん、恋次さんと役割を分担していく。

 

(協力してくれるのか……この人達が………本当に)

 

俺の目頭が熱くなる。

 

「有り難う……御座います」

 

涙を堪えて俺は再び頭を下げた。

 

「礼ならあいつを倒した後にしろよな」

 

一護さんがそう言って顔を上げた俺の肩をポンと軽く叩き、「外すなよ」と声をかけてくれた。

 

「僕が援護するんだ。外すなんてしないでくれよ」

 

照れているのか石田さんがそっぽを向いて眼鏡を直す。

 

「ム…」

 

茶渡さんがビシッと親指を立てて激励してくれる。

 

そしてルキアさんと恋次さんは軽く俺を見て「行くぞ!!」と号令をかけた。

 

それと同時に俺達は一気に駆け出した。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 

 

――龍一郎サイド――

 

「行くぞ!!」

 

「おうっ(はいっ)!!」

 

ルキアさんの号令に応え茶渡さん、恋次さん、一護さん、俺の順でムガインに向かって駆け出した。

 

そしてそれと同時に俺達の合間を縫うように石田さんの矢が通り抜け、ムガインに命中する。

 

(凄い!)

 

その正確無比な精密射撃に感嘆する俺。だが――

 

ガガガッ!!

 

命中した矢は全てムガインの冥力壁に阻まれ、音を立てて弾き散らされてしまう。

 

「フッフッ…何度やっても無駄ですよ」

 

余裕綽々といった笑みを浮かべるムガイン。だがそれは全て承知の上の行動。

 

俺は石田さんがムガインの気を引いている間に、オケアヌスの輪を腕から外してフラフープ位の大きさに変えて飛燕をしまい込む。

 

「破道の三十三!蒼火墜!!」

 

ルキアさんの放った蒼い炎がムガインを呑み込んで爆裂する。

 

当然奴は平気な顔をしているが、本当の狙いは蒼火墜の炸裂時に起こる爆音と煙。

 

その煙に乗じて茶渡さんが一気に接近する。

 

「いくぜ恋次!」

 

「おうっ!」

 

一護さんの一言。それだけで全てを理解したらしく、恋次さんが力強く頷いて蛇尾丸を眼前で構え、一護さんも斬月を携えた右手を掲げ、それを支えるように左手を添えた。

 

「「卍解!!」」

 

二人の声が重なる。

 

蛇尾丸の刀身が輝き、そこから流れ出た霊圧がまるで竜巻のように恋次さんを中心に吹き荒れ、その竜巻を切り裂くように巨大な白骨化した大蛇が現れた。

 

そして一護さんの斬月からも霊圧が流れ出し、辺りに風が巻き起こる。

 

その風が収まった後には、漆黒の刃を携えてマントを思わせる死覇装を纏った一護さんの姿があった。

 

「狒狒王蛇尾丸!」

 

「天鎖斬月!」

 

卍解した二人の霊圧に、俺は周りの空気がビリビリと震える感覚を肌で感じた。

 

(これが卍解した隊長格の霊圧……やっぱりとんでもないな)

 

俺も卍解を使う事はできるが、果たしてあの二人にどこまで近づけるか……。

 

そう思うと、隣り合って立つあの二人の姿が非常に羨ましく、眩しく感じられた。

 

この時俺は二人に強烈なまでの憧れを抱いた。漫画やアニメを通しての憧れではなく、本人を前にしての本当の憧れを。

 

(もっと強くなりたい………あの二人の隣に立てる位に)

 

俺は心の底からそう思った『イレギュラーズを倒す為に強くならなければならない』と思ったことはあったが、心の底から強くなりたいと思ったのはこれが始めてだった。

 

(でも今は、俺の出来ることを全力でやる!)

 

決意の後即座に頭を切り替え、俺は才牙をイメージしてオケアヌスの輪に手を入れて、ムガインに向かって一気に駆けた。

 

そして俺が駆け出すのとほぼ同時に茶渡さんが奴に肉薄し――

 

「巨人の一撃(エル・ディレクト)!!」

 

力を込めた拳を冥力壁に叩き付けた。

 

ガァァァン!!

 

鉄板を叩いたような音が響き渡るが、依然として奴は平然と立っていた。

 

「無駄ですよ無駄ぁっ!」

 

冥力壁に阻まれた茶渡さんの一撃を嘲笑うムガイン。だがこれで奴の注意は完全に茶渡さんに向けられた。

 

俺はオケアヌスの輪に入れた手を握り締め、『それ』を掴む。

 

イメージしたのは至高の才牙。

 

俺は一気に間合いに入り、オケアヌスの輪から『それ』を引き抜く。

 

そこにあるのは一護さんの斬月とほぼ同じサイズの翼のような外観の大剣。

 

その姿から放たれる荘厳な迫力に、皆が一瞬息を呑む。

 

光の才牙。エクセリオンブレードがブリーチの世界に出現した瞬間だった。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に、俺はエクセリオンブレードを振りかぶってムガインに振り下ろした。

 

ガギィィン!!

 

刃が『何か』にぶつかった手応えが柄を通して掌に伝わり、力を込めて振り下ろした刃が動きを止める。

 

だが同時に俺は感じていた。振り下ろされた光の刃が、目の前にある『何か』を確実に切り裂いている事を。

 

「なっ!貴様……それはまさか!!」

 

俺の手にあるものを見て、ムガインの顔が始めて驚愕に染まる。

 

どうやら気付いたようだが、もう遅い!

 

才牙の力を引き出す真髄。それは魂で振るい魂で放つこと。ならば剣に宿る魂と対話し、同調すればいい。斬魄刀の始解と要領は同じだ。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

想いを込めた咆哮。それが俺の魂を表に出す最も手っ取り早い方法だった。

 

その咆哮に答える様にエクセリオンブレードの鍔にあたる目の部分がキラリと輝き、まるで今まさに飛び立とうとする鳥のようにエクセリオンブレードの翼の様な刀身がバッと広がると、同時に爆発的な力が刀身から放出され、ムガインの冥力壁によって止められた刃が壁を切り裂きながら進んでいく。

 

そして俺は渾身の力を込めて光の刃を一気に切り払った。

 

ザンッ!!

 

掌に『何か』を断ち切った手応えを感じ、俺は即座に横っ飛びに跳んで声を張り上げる。

 

「恋次さん!一護さん!」

 

「おぉっ!」

 

「任せろ!」

 

俺の合図に恋次さんが狒狒王蛇尾丸を操り、ムガインに攻撃する。

 

巨大な蛇型の刀身が口を一杯に開いてムガインを飲み込む。だが――

 

「ぐぅうっ!」

 

ムガインは蛇尾丸の上顎を両腕で。下顎を両足で押さえつけて、自身が噛み裂かれるのをなんとか防ぐ。

 

しかし攻撃を防がれても、恋次さんの顔には笑みがあった。

 

「攻撃…通ったぜ!」

 

先程まで完全に防がれていた攻撃が始めてムガインの身体に届いた事に歓喜の声を上げる。

 

そして恋次さんの役目はムガインを倒す事ではなく、動きを封じる事。本命は――

 

「これで終わりだぜ」

 

「なっ!」

 

ムガインの背後からかかる声。それは瞬歩で奴の背後に回り込んだ一護さんの発したものだった。

 

そしてこの時一護さんは既に霊圧を高め、刀身に力を集約していた。

 

ムガインは驚愕の表情を浮かべてなんとか避けようとするが、蛇尾丸によって捕らえられ、身動き一つできないでいる。

 

「月牙…」

 

「そんな……馬鹿な……」

 

自らの身に起こっている事が信じられないといった様子でいるムガイン。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

歪みによって理不尽に生み出された存在に僅かながら同情した俺の呟きと。

 

「戻れ!蛇尾丸!」

 

恋次さんが卍解を解除するのと。

 

「天衝!!!」

 

「ばかなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

一護さんの放った黒い斬撃がムガインの叫びを飲み込んだのはほぼ同時だった。

 

 

――夜一サイド――

 

「やったか……一護」

 

井上の双天帰盾の力によって傷を癒し、再び戦場に戻った儂の視界に一護の月牙天衝が光景が入り、思わずポツリと呟いた。

 

援護に来たつもりじゃったが、どうやら少しばかり遅かったようじゃな。

 

「夜一殿。傷はもういいのですか?」

 

「あぁ。井上の力のお蔭でもう全快じゃ」

 

軽く手を振ってルキアに無事を伝えると、コンクリートの床にへたり込んでいる龍一郎が「それは良かったです」と笑う。

 

お主の方が大丈夫か?

 

まぁ十日前まで気質だった男がこの短い間に喜助、虫共、ムガインと三連戦をすればこうなうのも当然か。

 

「井上。龍一郎にも回復を頼む」

 

「は、はい」

 

儂の呼びかけに井上が駆け足で龍一郎に寄り、双天帰盾を発動する。

 

取り敢えず龍一郎はこれでいいじゃろう。

 

「それにしても、本当にあの泥野郎は倒せたのか?」

 

「確かに。黒崎の月牙が当たってから姿が無い。粉微塵になったのか、姿を消して様子を伺っているのか…」

 

疑わしげに恋次が呟き、石田が左右を見て同意する。一護は「少なくとも手応えはあったぜ」と答えた。

 

確かにそれは儂も気にかかる……ふむ。

 

「エルフィ!出てきてくれ!!」

 

「何か用か?」

 

「「「「「なっ(えぇっ)(ム)!!」」」」」

 

儂の声に即座に応えて文字通り『出現』したエルフィに、周りにいる一護達(龍一郎は除く)が突然の事に仰天し、中には武器を構える者までいた。

 

「あれ?あなたは確か吉波君と一緒にいた女の子…?」

 

そんな中で最初に気付いた井上がエルフィの姿をまじまじと見る。

 

その井上の言葉に全員が「…そういえば」といった顔をして武器を下ろしていった。

 

「如何にも。我が名はエルフリーデ=クライスト。龍一郎の相棒だ。愛称はエルフィ。名前が言い難いのなら愛称で呼んでもらっても構わない」

 

手短に名乗ったエルフィに一護達が返事をする間も置かずに儂が割って入った。

 

「エルフィ。悪いが先に頼みを聞いてはくれぬか?」

 

「構わぬが何だ?」

 

「ムガインが本当に倒されたのかどうかを確認して欲しいんじゃ」

 

「それなら既にサーチを発動して確認済みだ」

 

その手際の良さに儂は思わず「ほぅ」と漏らし、回復を終えて井上に礼を言った龍一郎が「で、どうだったんだ?」と結果を聞く。

 

「ムガインは完全に消滅した。取り敢えず今現在でこの空座町に存在しているイレギュラーズは……あれだけだ」

 

そう言って一点を指差すエルフィ。

 

そこには最初に儂が蹴り飛ばし、龍一郎が縛道で動きを封じた中甲虫が赤い光に縛られたままでひっくり返された亀のように手足をばたつかせていた。

 

……すっかり忘れておったわ。

 

すっかり失念していたことに思わず苦笑いが浮かぶ。

 

一護達もそれは同じらしく、皆が皆わざとらしく咳払いをしたり、頬を軽く掻いたり、眼鏡を直したり、明後日の方向を向いたりしていた。

 

「まぁ、後で喜助に引き渡せばよかろう。何か奴等の弱点の一つでも見つかるかもしれんしのぅ」

 

儂の意見に皆が頷く中、龍一郎が「あれ?」と言って首を傾げた。それに気付いたエルフィが口を開く。

 

「どうした?龍」

 

「いや、そういえば浦原さんはどうしたのかなぁと思って。後を追ってくると言っていたけど、いくらなんでも遅くないか?」

 

む?確かにそう言われてみると…。

 

「よし、なら一旦浦原商店に行こうかの。色々と話もあるじゃ「いやいや~お待たせしました~」」

 

儂の声を遮り、聞き覚えのある声が後方から聞こえた。

 

声のした方を見ると、喜助と鉄裁。そして自らの身長程もある巨大な棍棒『無敵鉄棍(むてきてっこん)』を携えたジン太とマシンガンポッド『千連魄殺大砲(せんれんはくさつたいほう)』を担いだ雨がいた。

 

「皆さん~って………………あれ?」

 

キョロキョロと辺りを見回す喜助。当然辺りには龍一郎が縛り上げた中甲虫以外には何も無い。

 

どうやら己が相当出遅れた事を察したらしい。

 

……はぁ。全く。

 

「あの~もしかして僕……ちょっと遅かったっスか」

 

気まずそうな顔をする喜助の顔に――

 

「遅すぎじゃ戯けっ!!」

 

儂の蹴りがめり込んだ。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

 

 

――ルキアサイド――

 

出されたお茶を一口飲んで、私は喉を潤した。少し温かい位の温度が身体に染み渡る感じがして心地よかった。

 

「ふぅ」

 

溜め息にも似た吐息を吐き、奴を。吉波龍一郎を見る。

 

つい十五分ほど前。屋上で夜一殿が浦原を蹴り飛ばした後、夜一殿の提案で私達は落ち着いて話せれる場所。浦原商店に足を運んだ。

 

そして店に着くなり浦原とエルフリーデと名乗った少女は、持ち帰った虫もどきの解析をする為に店の奥に引っ込んでしまい。

 

ジン太と雨は店番をすると言って逃げる様にさっさと行ってしまった。

 

残った夜一殿と握菱は二人揃って「「龍一郎(殿)が説明した方が一度で済む」」と言ったので、私は奴に事情の説明を要求。

 

奴はそれを受諾して全てを語りだした。

 

自分は神によって殺され、とある使命を受けてこの世界に送り込まれた人間であること。

 

その使命とは世界の歪みによって生まれた、本来存在する筈のない存在。イレギュラーズを倒すことであるという事。

 

先程私達が戦った虫もどきやムガインと名乗る者は全てそのイレギュラーズだということ。

 

ムガインや虫もどきを倒すのに使っていた力。斬魄刀や翼のような大剣。写輪眼などは全て神からイレギュラーズを倒す為に与えられた力である事などを話し終え、今現在に至っている。

 

「正直『成る程分かりました』とすぐに納得できる類の話じゃねぇな」

 

奴の話が終わって開口一番でそう言ったのは恋次だった。

 

実際に声に出して同意こそしていないが、私も恋次と同じ心情であり、顔色を見る限り石田も同じらしく疑わしげに吉波の奴を見ていた。

 

一護と井上。そしてチャドは猜疑心よりも今は戸惑いのほうが強いらしく、それが顔色として如実に表れている。

 

「確かに疑う気持ちはよく分かる。実際に神と名乗る者から事情を聞いた儂でも初めのうちは俄かには信じられなんだしのぅ」

 

夜一殿が恋次の言葉に肯定の意を見せるが、吉波をチラリと流し目で見て「しかし」と一言言って間を置いて続ける。

 

「現に龍一郎や虫もどき、ムガインといった存在をこの目で見た以上、否定も出来まい。お主等もそれは同じであろう?」

 

確認をするかのような夜一殿の問い掛けに恋次は「ぐっ…」と短く呻いて俯き、石田はふぅっと息を吐いて押し黙ってしまった。

 

確かに先程私達が虫もどきやムガインと戦ったのは紛れもない事実。

 

実際にその存在をこの目で見て、この身で戦った事を否定など出来よう筈もない。

 

「なぁ。1つ聞いていいか?」

 

声を上げたのはさっきまで戸惑いを露わにして黙っていた一護だった。

 

「何ですか?」

 

「お前は何で自分を殺した奴の頼みを聞いたんだ?」

 

一護の問いに吉波はピースサインを出して「理由は2つあります」と答えた。

 

「1つは俺自身がどうしようもないほどのお人好しだって事です」

 

その答えに私を含めた全員が口をあんぐりと開けて唖然とする。

 

「もう1つは……後悔したくなかったからですね」

 

「後悔だと?」

 

鸚鵡返しに私が聞くと、奴は小さく頷いた。

 

「もし俺が怒りに任せて断ってイレギュラーズによって世界が滅んだら、きっと後に後悔してその時の自分を許せなくなります。そう思ったから俺は神の頼みを引き受けたんです」

 

どこか決意を込めて言った奴の目に私は覚えがあった。

 

それは海燕殿が恋人の敵の虚と戦う時に、浮竹隊長に自分一人で行かせて欲しいと言った時の目。

 

そして一護がグランドフィッシャーと戦っていた時に手を出すなと言った時に見せた目。

 

己の誇りを護る為の戦いに赴く者の目だった。

 

(こやつにも決して曲げられぬ『何か』があるのやもしれぬな)

 

そう感じた私の顔に僅かだが笑みが浮かぶ。

 

「ちょっと待てよ。世界が滅ぶって…幾らなんでも大袈裟じゃないか?」

 

一方一護は言葉の中に入っていた物騒な単語に眉を顰(ひそ)めていた。

 

「いや、強(あなが)ち間違いでもない」

 

ガラリと障子を開けて入ってきた青い髪の少女。エルフリーデ・クライストが一護の問いに答えた。

 

「あれ?エルフィ。もう解析は終わったのか?」

 

「あぁ。じきに浦原喜助もここに来る筈だ」

 

「ご苦労様」

 

「…大したことではない」

 

吉波の労いに照れたのか僅かに頬を染めて素っ気無い返事を返し、彼女は吉波の隣にちょこんと腰を下ろした。

 

「なぁ。強ち間違いじゃ無いってどういう事なんだ?」

 

彼女が座ったのを確認した一護が聞くと、彼女は近くにあった湯飲みを手に取って茶を一口啜り、一拍間を置いた後に口を開いた。

 

「龍からイレギュラーズについて大まかな事は聞いたのか?」

 

確認を含んだ問い掛けに私を含め全員が首を縦に振る。

 

それを見届けた彼女は更に問いを重ねた。

 

「では聞くが、そもそもイレギュラーズを生み出した原因とは何だ?」

 

「神達が馬鹿をやって全世界のバランスが崩れ始めたからだろ?」

 

即答する吉波に彼女は無言で頷いた。

 

「では続けて聞くが、世界のバランスが修復されぬままで崩れ続けたら、最後はどうなると思う?」

 

「どうって………あ」

 

何かに気付いた吉波が苦い顔をして言葉に詰まる。

 

そして私も。周りにいる皆も。彼女の問いを受けてある考えに至ったらしく、吉波と同じような表情をして黙り込んでしまった。

 

しかしこのまま黙り込んでいても進展はしないと思い、私が発言する。

 

「世界そのものの崩壊……か?」

 

「その通りだ」

 

返ってきたのは無表情での肯定。

 

本当は外れて欲しかったのだが…。

 

「それもただ1つの世界だけではなく、全ての世界を崩壊させる程だ。その際に働く力は計り知れない。

一応神達によって崩壊の修復と共にその力も抑え込まれたが、その力が発生にした影響によって生み出されたのが歪みであり、イレギュラーズだ」

 

彼女は一旦言葉を切るが、皆が黙って耳を傾けているのを見て話を続けた。

 

「歪みとイレギュラーズは同じ力の影響で生まれたが、その成り立ちや実体の有無。干渉する事柄も異なっている。

 

歪みは崩壊の力を神達が抑え込んだ事により、その反動で生まれた物だ。実体は無く、世界のあらゆる事象に干渉する。

 

そしてイレギュラーズは姿形はあるものの、その正体は全世界を崩壊させようとした力を抑えていた神の力が歪(ゆが)みによって事象に干渉され歪(ひず)みが生じ、力の一端がこもれ出して具現化し実体を持った者だ。干渉の仕方も直接的なものとなる。

 

そして崩壊の力が元となっているイレギュラーズの行動目的はたった一つのみとなる。それが世界を滅亡させる事だ」

 

「待て。世界を滅ぼせば自分達の命も潰(つい)えるぞ。それを承知の上で行動しているのか?」

 

説明終了と示す様に茶を啜りだした彼女に私が待ったをかける。

 

「無論承知の上の行動だ。奴等の最終的な目的は世界を滅ぼし自らも共に滅ぶ事。それが存在の理由であり存在の意義。その為ならば死をも厭(いと)わないだろう」

 

「そんな…」

 

「狂ってやがる!」

 

井上が悲しげに瞳を揺らし、恋次が苛立ちをぶつける様に畳の床を叩いて吐き捨てる。

 

「しかし世界を滅ぼそうという大層な目的を抱いているわりには、技術開発局を襲ったり喜助を狙って解析を遅らせようとしたりと、随分理知的な行動をしているようじゃのぅ」

 

「イレギュラーズにも様々なタイプがいる。力任せに滅ぼそうとする奴もいれば、今回のようなのもいるという事だ」

 

熱くなっている恋次とは対称的に冷静に問う夜一殿に淀み無くエルフリーデの言葉に、石田が「厄介だな…」と目を細めた。

 

「どっちにしても、俺のやる事に変わりはありません。イレギュラーズを倒す。それだけです」

 

「なら、俺はお前に力を貸すぜ」

 

「「「「「「え?(ふふっ)(ム…)((…はぁ))(なっ!)」」」」」」

 

目を丸くした吉波。やっぱりといった様子で笑みを浮かべる井上とチャド。溜め息を吐く私と石田。そして驚愕の表情をした恋次が、力を貸すと宣言した人物。一護に皆の視線が向けられる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい一護さん!さっき言いましたけど、イレギュラーズを倒すように神から頼まれたのは俺で「この世界そのものが危険なんだろ?だったらこの世界で生きている俺も無関係じゃねぇ。お前一人に任せきりにしておくなんて俺には出来ねぇ」ぐ…」

 

あっさりと封殺され、呻きを上げる吉波に一護が「それに」と続ける。

 

「あの中甲虫とかいう虫みたいな奴等に追い詰められていたお前に『全部任せろ』と言われても、ちょっと信憑性が無いぜ」

 

図星を指されたのか吉波は完全に黙り込んでしまった。そこに――

 

「私も力を貸すよ」

 

「俺もだ…」

 

井上とチャドも声を上げる。

 

そんな二人に一護は微笑んで礼を言って、石田に目を向けて「石田。お前はどうするんだ?」と聞くと、石田は先程よりも深い溜め息を吐いて口を開いた。

 

「もしイレギュラーズが今彼女の言った通りの存在だとしたら、確かに放って置くことは出来ない……だが」

 

石田は一拍間を置いて吉波とエルフリーデを一瞥し、はっきりと言い放つ。

 

「僕はまだ、その話を完全に信じた訳じゃない。更に言えば、僕達を罠に嵌める為の方便という可能性もある」

 

「石田!「だから」」

 

憤慨して立ち上がる一護を、石田は静かに。しかし力を込めた一言で制した。

 

「だから僕は君達に協力はしない。しかし君達を『監視』する為に『同行』はさせて貰う」

 

その言葉に一護は一瞬虚を突かれた顔をし、その後すぐに笑みを見せて頷いた。そして今度は視線を私と恋次に向けた。

 

「ルキア、恋次。お前等はどうだ?」

 

(はぁ。全くこやつは…分かっておるだろうに)

 

私は内心溜め息を吐いて口を開いた。

 

「私的には力を貸すのに異論は無いが、まずは総隊長殿に事情を説明して認可を貰う必要がある。私も恋次も責任ある立場ゆえ、自分勝手に動くことは出来ぬのだ」

 

「ま、そういう事だ。俺もルキアも副隊長だからな」

 

私が説明した後で最後に恋次が纏める。

 

「そうか。なら一旦ソウルソサエティに戻るのか?」

 

「あぁ。イレギュラーズや吉波の事を至急報告せねばならぬからな。通信機が先程からうまく繋がらない以上、直接ソウルソサエティに帰還するほかにないからな」

 

「なら、俺も付いて行った方がいいんでしょうか?」

 

吉波が手を挙げて聞いてきたが、私は首を左右に振った。

 

「確かに貴様も共に来れば話は早く済むかもしれぬが、地獄蝶を持たぬ貴様が穿界門を通っても自動的に断界に送られてしまい、離れ離れになってしまうからな」

 

「それにソウルソサエティは魂の世界だ。生身のお前じゃ行く事は出来ないぜ」

 

「浦原の作った穿界門を通れば身体を霊子に変換してソウルソサエティに行く事は出来るが、断界へと送られる事になるしのぅ」

 

恋次が私に追随して否定要素を言い、夜一殿は何か打開策はないものかと難しい顔をして「う~む」と唸る。

 

「それなら心配は無用だ」

 

そんな中でしれっとその言葉を吐いた者。エルフリーデに皆の注目が集まった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

 

 

――龍一郎サイド――

 

エルフィの話してくれた歪みやイレギュラーズの真実。それは神から内容を全く聞かされていない俺にとってまさに寝耳に水の話だった。

 

しかし俺は大きな驚愕と同時に『あぁ。やっぱり』という納得の意も湧き上がり、二つの感情が自らの中で渦を巻いている様に感じていた。

 

一応俺も最初に神から話を聞いていた時点で、どこかおかしいなと二つ程違和感を感じていた。

 

一つ目の違和感は、神が禁止されていた転生させる行為を『大事の前の小事』と言った事だ。

 

いくら神でも人一人を殺して転生させる事を『小事』の一言で簡単に済ませられる訳が無い。

 

となると考えられるのは人一人が死ぬ事が『小事』の一言で片付けれる程の『大事』が起こりえるという事だ。

 

そして二つ目の違和感は自分の能力を書いて出した時にあっさりとオーケーを貰えた点だ。

 

自分で言うのもなんだが、かなり滅茶苦茶なチート能力を書いたつもりだったのだが、それをあっさり了承するなんてどう考えても何かあるとしか思えない。

 

そしてエルフィから話を聞いてそれらの違和感と疑問が全て氷解した。

 

世界を滅ぼす程の存在を倒す為なら、人一人が死ぬ事を小事で切り捨てるのも納得がいく(それでも殺されたこっちはたまったものではないが)し、それ程の力を持つ者達と戦うのなら当然それに見合う位の力がなければ駄目だという訳だ。

 

そしてそれを理解した上で俺は言った。『やる事に変わりはありません。イレギュラーズを倒す。それだけです』と。

 

それは俺の決意。改めて口にした誓いと覚悟の言葉だった。

 

しかしその後に言った一護さんの言葉に、俺は仰天のあまり一瞬惚けてしまった。

 

「なら、俺はお前に力を貸すぜ」

 

それを聞いた時、俺は口では拒否の言葉を言おうとしていたが、本当は心の内で感謝の言葉を発していた。

 

別に協力者の浦原さんや夜一さん達が頼りないという訳ではなく、原作の主人公であり、先程隣に立ちたいという憧れを心から抱いた人が力を貸すと言ってくれる。それが堪らなく嬉しく思えた。

 

もっとも、その後すぐに自分の未熟さを真っ向から指摘されてすぐにorzとなってしまったが………。

 

しかし自分が未熟者だという事は充分に分かっていたので、立ち直った時はルキアさん達が俺やイレギュラーズの報告をする為に、一旦ソウルソサエティに戻ると話していた時と、割と早めだった。

 

だけど自分の所為であまり手間をかけさせるのも申し訳ないと思い、ソウルソサエティの同行を申し出たのだが、ルキアさんと恋次さんに続けざまに否定され、やっぱり無理かなと諦めがさした時、エルフィから「心配要らない」と声があがった。

 

正直「本当か?」と思ったが、エルフィは出来ないことを出来ると言う奴じゃないという事を、たった10日間という短い付き合いの中でも充分に理解は出来ていた。

 

「心配要らないって、何か手があるのか?」

 

皆が此方に視線を向ける中で、俺が一番にエルフィに聞く。

 

「あぁ。龍一郎の持つオケアヌスの輪の中に入っている『道標符(どうひょうふ)』と『転移符(てんいふ)』という道具を使えばいい」

 

………へ?

 

「ちょっと待てよ。俺はオケアヌスの輪の中にそんな物を入れてくれなんて頼んだ覚えはないぞ」

 

「何を言っているんだ龍?汝は神にオケアヌスの輪の中に便利道具を入れておくように頼んだ筈だろう?」

 

「……あ」

 

そういえば確かに『その他便利道具』って書いて神に出したな。

 

合点してポンと手を打つ俺にエルフィはジト目で見て「龍。さてはお前忘れていたな」と咎める相棒に、俺は「…御免なさい」と素直に頭を下げた。

 

それを見てエルフィは追及を諦めたのかふぅっと一息吐いて「説明を続けるぞ」と宣言した。

 

「道標符と転移符とはその名の通り、転移先の道標(みちしるべ)となる符と転移の力を持つ符だ。

この二つは通常セットで使い、行きたい場所に道標符を貼り付けておいて、転移符でその場に移動するというのが使用法だ。

皆に判りやすく言うのであれば……乗り物でいうと電車が一番近い。道標符が駅で転移符が電車といった所だな」

 

「成る程のぅ。その道標符を持ってルキアと恋次がソウルソサエティに帰り、近くの建物・もしくは木にでも符を貼り付けて龍一郎に連絡。そして龍一郎は転移符で移動する…と。そうすればルキア達と離れ離れにならずに済むという訳か」

 

エルフィの説明に納得顔の夜一さんが後の解説を全てしてくれた。

 

しかしその解説に朽木ルキアさんが待ったをかけた。

 

「待て。先程恋次も言ったが、ソウルソサエティは魂の世界だ。その符を使って移動したら生身の者がいきなり魂の世界に入り込むことになり、肉体が崩壊するぞ」

 

肉体の崩壊はイコール死となる。

 

しかしエルフィは慌てず騒がず冷静に応対する。

 

「心配は要らないといっただろう。龍一郎の持つオケアヌスの輪には持ち主の周囲にある種の結界を常時展開する力が備わっている」

 

「結界……だと?」

 

不信げにルキアさんに恋次さん。そして何故か一護さんも俺の側に寄って肩をポンポンと軽く叩いたり、チョンチョンと体を突っ突いたりする。

 

というかやめて欲しい。地味にくすぐったい。

 

「本当にあるのか?ちゃんと触れるぜ?」

 

恋次さんが俺を指差して疑いの眼をエルフィに向ける。

 

「結界は龍の『生命』を守るものだ。しかもその対象は攻撃ではなく環境となっている。これがある限り、龍は水中だろうと南極だろうと宇宙空間だろうと『生きる』ことが可能となる」

 

成る程。金色のガッシュベルのコルルが使えたシン・ライフォジオみたいなものか。

 

神に頼んだ『ナイトウィザードの月衣の効果を持った持ち運びしやすいマジックアイテム』の注文そのままだな。

 

「なら、これを身につけてさえいれば、直接ソウルソサエティに転移しても問題ないって訳か?」

 

「そういう事だ」

 

一護さんの確認に首肯するエルフィを見て、恋次さんが「うっし!それなら決まりだな!」と立ち上がった。

 

ルキアさんも「まぁ、特に問題がないのであれば、私も異論は無い」と言って立ち、俺に携帯電話(たぶん伝令神機)を渡す。

 

「ソウルソサエティに着いて符を貼り付けたら連絡する」

 

俺は差し出された携帯電話を受け取って「はい」と答え、オケアヌスの輪から道標符を取り出し、ルキアさんに手渡す。

 

『道標符』と書かれた神社などでよく見る標準サイズのお札をまじまじと見るルキアさんの背後で、突如強い光が差し込んだ。

 

その強烈な光に俺がたまらず目を細めると、その光の中から四角い扉が現れ、その扉が真ん中から左右に音も無く開いていく。

 

「行くぜルキア」

 

扉の脇に立つ恋次さんが、闇を思わせる漆黒の羽根を羽ばたかせて飛ぶ地獄蝶を差し出してルキアさんを呼ぶ。

 

ルキアさんは「あぁ」と一言のみで答えて地獄蝶を受け取り、扉の中に入っていった。

 

恋次さんも「また後でな」と残してルキアさんの後を追って中に入ると、四角い扉が開いていった時と同じように音もなく閉まり、光と共に消え失せていった。

 

 

 

 

「さて。後はルキア達の連絡を待つだけって訳か」

 

扉が消え去ったのを見届けて元々の座っていた場所に腰を下ろした一護さんに、俺は自らの手にある携帯電話を見て「そうですね」と相槌を打って、お茶を一口飲もうと湯飲みを持ち上げるが、重さで湯飲みの中にあまりお茶が入っていないことに気付き、口を付けずに湯飲みを卓袱台の上に戻した。

 

それを見た鉄裁さんが「少々お待ちを」と言って腰を上げ、部屋から廊下に出て行こうと障子を開けると、そこには廊下から障子を開けようと手を伸ばした状態の浦原さんがいた。

 

「店長。これは失礼」

 

「いえいえ。こちらこそすいませんっス」

 

お互いに詫びて双方共に半身になってすれ違い、浦原さんは部屋の中に入り、鉄裁さんは廊下に出て障子を閉めた。

 

「おや?朽木さんと阿散井さんはどちらに?」

 

「喜助。お主さっきからタイミングが悪いぞ」

 

キョロキョロと左右を見る浦原さんを夜一さんが半眼で睨む。

 

「あいつ等ならついさっきソウルソサエティに行ったぜ」

 

「総隊長にイレギュラーズや龍一郎の事を報告する為にのぅ」

 

「俺も後で神から貰った道具を使ってソウルソサエティに行きますけど、今は朽木さん達の連絡待ちです」

 

一護さん、夜一さん、俺の順に説明する。

 

「そうですか。入れ違いになっちゃいましたね」

 

先程と今。連続で間を外した自分に苦笑し、浦原さんはさっきまで鉄裁さんが座っていた場所に腰を下ろして「はぁ」と小さく溜息を吐く。

 

俺の気のせいなのかもしれないが、座り込んだ浦原さんの体から黒くどんよりとしたオーラが放たれているように見えた。

 

「そういえば浦原さん。解析の方はどうでした?」

 

とりあえず話題を変えようと、俺は少し気になっていた事を尋ねた。

 

「あ、はい。解析の結果、あの中甲虫という虫もどきからは霊力、霊圧等の霊的な力は一切ありませんでした。その結果、世界のバランスとも無関係だということも判明しました。

そしてエルフィさんの協力で身体の一部を取ってその成分を分析した所、あの生物は元は大地の組成物だった物に、何らかの力を加えたことによって生み出された存在だということが分かりました」

 

ふむ。やっぱりそうか。

 

「霊的ではない何らかの力?……一体それは何なんだ?」

 

内心で納得した俺の向かいにいる茶渡さんが浦原さんに聞く。

 

「私もそれが何なのか調べても分かりませんでしたので、もしかしたら吉波さんやエルフィさんなら、何か知っているかもしれないと思って此処に来んスよ」

 

そう言って浦原さんが俺とエルフィの方に顔を向けると、それにつられるかの様に全員の視線がこっちに集中する。

 

まぁ話してもいいかと思い、俺は口を開いた。

 

「その力はおそらく冥力(めいりょく)ですね」

 

「「「……メイリョク?」」」

 

一護さんと井上さん。そして茶渡さんの声がハモり、頭上に?マークが浮かぶ。

 

「先程一護さん達には言いましたが、大地から沸き起こる邪悪なエネルギーの事ですよ。それを総称して冥力と呼ぶんです」

 

「という事は、あのムガインの見えない障壁を張る際に使っていた力と、虫もどきを生み出した力は全く同じものという事かのぅ?」

 

流石は夜一さん。理解が早い。

 

「その通りです。冥力の利用法も様々なものがありますからね。中甲虫のようなモンスターを生み出したり、冥力を増幅させて死神の鬼道のように術として使用することも出来ます」

 

「そういえばムガインっていう人も、自分の腕を剣みたいにしていたけど、それも冥力の力なの?」

 

着眼点の良い井上さんの疑問に俺が「そうです」と頷くと、浦原さんが「あの~すいません」と手を挙げた。

 

「はい浦原さん」

 

「え~っと、空気を読めない発言であることは重々承知しているんですけど………先程から皆さんの言っているムガインって一体何なんですか?」

 

その瞬間。沈黙が空間を完全に支配した。

 

………そういえば浦原さんはムガインの姿を全く見ていなかったっけ。

 

え~っと………どうしよう。言葉にして説明してもちょっと分かり難いだろうし……実際に見せるのが一番手っ取り早いんだが、倒しちゃったし「画像データならあるぞ」……ってエルフィさん!?

 

あっさりと言ったエルフィが手を翳(かざ)すと辺りが急に暗くなり、壁に先程のムガインとの戦いが映画のように映された。

 

突然の事に俺と一護さんと石田さんは言葉を失い呆気に取られ、茶渡さんは「ム」の一言を発したのみ。井上さんは「うわぁ」と何故か嬉しそうな声を出し、夜一さんは「ほぅ」と感心した様子。浦原さんは映された映像を見て「ふむ」と顎に手を当てた。

 

「成る程…これがムガインですか。中甲虫と比べると、概要からして全く違っているようですね。吉波さん」

 

「はぁ…」

 

未だに呆気に取られている為、俺の口から出たのは間の抜けたその一言のみだった。

 

そんな俺を横目にエルフィが「もう画像を消しても構わないか?」と浦原さんに聞き、浦原さんが「あぁ。有り難う御座います。もう大丈夫です」と返す。

 

そしてエルフィが翳していた手を下に下ろすと、壁に映されていた映像は消え、暗かった部屋に光が戻った。

 

「さて吉波さん。ムガインとやらの事も分かりましたし、どうぞ話を続けて下さいっス」

 

その浦原さんの声に俺はやっと我に返ったが、話さなければならない事は話した筈なので、俺は「もう特に話す事はありませんので、何か質問はありますか?」と皆を見て聞いた。

 

「1ついいかい?」

 

発言して小さく手を挙げた石田さんに、俺は「どうぞ」と促した。

 

「冥力という力についてのあらましは分かったが、その冥力の力を使って張られた障壁を一刀両断にしたあの翼のような大剣は何なんだ?」

 

あ、そっか。まだそのことを話していなかったな。

 

「あれは才牙(さいが)というものです。才牙とは冥力と相対する力である天力を物質化させたものなので、才牙による攻撃は圧縮した天力そのものを叩きつける事となる訳です。

相対する力だからこそ、冥力で形作られたムガインの障壁を切り裂くことが出来たんです」

 

「その才牙ってのはあの剣だけなのか?」

 

石田さんと入れ替わりに聞いてきた一護さんに俺は首を左右に振った。

 

「いいえ。あれの他に槍、盾、銃、大斧があります」

 

「へぇ~。結構種類があるんだね」

 

目を見開いて感心する井上さんに「まだ俺も完全に全ての才牙を使いこなせる訳ではありませんが」と付け加える。

 

「では、その才牙とやらを儂等が扱う事は出来るのか?」

 

「う~ん。それは「それは出来ないな。一時的な譲渡は出来るが、それは武器として振るえるだけだ。才牙として扱えるのは龍一郎1人のみだ」」

 

夜一さんの問いに答えようとした瞬間にエルフィに割って入られ、俺は金魚のように口をパクパクと開閉してしまう。

 

「私からも1つよろしいですか?吉波さん」

 

そんな状態の俺に声をかけた浦原さんに、俺は若干戸惑いながら「あぁ…どうぞ」と返した。

 

「先程も聞きましたが、あのムガインとやらは中甲虫と比べると、概要からして全く違うように見えたのですが、この2体は同じ種なんですか?」

 

あぁ。そういえばウ゛ァンデルとモンスターの違いもまだ言っていなかったな。

 

「同じ種ではありません。正確に言えば似て非なるもの・・・といった所です」

 

「というと?」

 

重ねて問う浦原さんに、俺は右手の人差し指を立てて解説を始めた。

 

「まずムガインは中甲虫と同じ『モンスター』という種ではなく『ウ゛ァンデル』と呼ばれ括られている種です」

 

「ウ゛ァンデル?」

 

「漢字で書くと、魔王の魔に人と書いてウ゛ァンデルと読みます。ちなみにモンスターは魔物と書きます」

 

首を傾げる茶渡さんに、一応漢字で読み表すことも教える。

 

「ウ゛ァンデルとモンスターの関係は親分と子分といった所です。

 

モンスターはさっきも言ったように大地の組成物に冥力を加えて生み出された存在です。

 

そしてウ゛ァンデルはどう出現しているのかは俺にも分かりません。

 

分かっているのは強大な力である冥力を自在に操れる唯一の存在である事と、常人の数十倍に相当する肉体的パワーを持っている事位ですね」

 

「確かに力はあったが、スピードは儂から見ればかなり遅かったのぅ」

 

いや夜一さん。『瞬神』と呼ばれるあなた視点で言われても此方が困るんですが…。

 

心の内で突っ込みを入れて冷や汗を流す俺。

 

周りを見ると他の人達も同じ考えなのか、乾いた笑いを浮かべていたり、苦笑していたりしていた。

 

ピリリッ!ピリリッ!ピリリッ!

 

そんな時、ルキアさんから受け取った携帯電話から呼び出し音が鳴り響いた。

 

早いな。もうソウルソサエティに着いたんだ。

 

俺は携帯電話の通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「はい。もしもし」

 

『吉波……ザザッ…来てくれ………ザッ………かしたら………』

 

何故かマイクから聞こえてくる酷いノイズが邪魔をして、相手が何を話しているのか全く分からず、声で話し相手が恋次さんだという事は辛うじて分かるだけだった。

 

「もしもし?もしもし?」

 

「どうしたんスか?吉波さん」

 

電話に呼び掛ける俺を見て不審に思ったのか浦原さんが声をかけた。

 

「ノイズが酷くて声が聞こえないんですよ」

 

「ノイズですか……ちょっと通信機を見せて貰ってもいいっスか?」

 

機械系なら浦原さんの方がきっと詳しいなと判断した俺は、さして間を置かずに携帯電話を渡した。

 

受け取った携帯電話をまじまじと見たり、通話口に耳を当てたりした後、浦原さんは無造作にボタンをピッピッと押しだした。

 

そして最後に側面に付いているスイッチを動かして携帯電話を此方に向けると、音声を外部スピーカーに切り替えたらしく先程はノイズによって遮られていた恋次さんの声が部屋中に響き渡った。

 

『おい吉波!聞こえるか!!すぐにソウルソサエティに来てくれ!

 

正体不明の旅禍の一団が瀞霊廷を襲撃している!護廷十三隊も出て対処してはいるが、数も種類も多い旅禍の正体が分からない事で全体的に混乱している!!

 

もしかしたらお前の言っていたイレギュラーズとかいう奴かも知れねぇ!!』

 

「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」

 

恋次さんのその言葉に俺を含めた全員の顔に緊張が走った。

 

『だから……ザザッ……ザッ………抑え………ザザッ…ザァーーー』

 

音声の中に再びノイズが混ざりだし、最後には耳障りなノイズのみしか聞こえなくなってしまう。

 

だが俺はその事に一切構う事無く立ち上がり、相棒に呼び掛ける。

 

「エルフィ!今すぐソウルソサエティに行く!転移符の使い方を教えてくれ!」

 

「分かっ「待ってくれ!!」」

 

エルフィの了承の言葉を遮り、一護さんが待ったをかけた。

 

「頼む!俺も連れて行ってくれ!」

 

「お願い!私も一緒に連れて行って!」

 

「俺もだ…頼む」

 

一護さんを皮切りに井上さんと茶渡さんが懇願するが、エルフィは首を左右に振って拒否した。

 

「駄目だ。オケアヌスの輪を持つ龍一郎や死神である黒崎一護なら、いきなりソウルソサエティに転移しても問題ないが、人間である汝等2人は生身のままでソウルソサエティに転移すれば死ぬ事になる」

 

「そんな…」

 

「ム…」

 

有無を言わせぬ強い口調で言い聞かせるエルフィに、2人は歯痒い想いを噛み締めて一護さんを見つめた。

 

そんな2人に一護さんは何も言わず、ただ力強く頷いた。

 

「一護さん。これを」

 

俺はオケアヌスの輪から取り出した転移符を一護さんに渡す。

 

「すまねぇな。貴重な物なんだろ」

 

「構いませんよ」

 

ふっと笑う俺にエルフィが「準備はいいか」と声をかけ、俺と一護さんは頷いて了承の意を表す。

 

「よし、まずは道標符のある場所。つまりソウルソサエティをイメージしろ」

 

相棒に言われた通りに俺は目を閉じてソウルソサエティの町並みをイメージする。

 

すると手に持っている転移符がウ゛ウ゛ンと虫の羽音を彷彿とさせる低い音を発し始めた。

 

耳を澄ませると、手元だけではなくもう1つ同じ音が聞こえてくる。

 

どうやら一護さんもソウルソサエティをイメージしているようだ。

 

「そのイメージを保ったまま『転移』と言え」

 

エルフィの説明から一拍間を置き――

 

「「転移」」

 

俺と一護さんの声が重なると同時に、スッとその場で跳躍したかのような感覚に襲われた。

 

その感覚は一瞬で無くなり、恐る恐る目を開けると其処には彼方此方(あちこち)から火の手や煙が上がり、白く美しい町並みである筈の瀞霊廷が無惨な姿となっている光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

この話からだんだんテンションが落ち始めている感じです。
どうか暖かく見守って下さい。


 

 

――恋次サイド――

 

穿界門から出て目に飛び込んできたその光景に、俺は驚愕のあまり声を失い立ち竦んだ。

 

ルキアと2人で死神になろうと誓った時に見た、荘厳な迫力すら感じた白く美しい瀞霊廷の町並み。

 

それが今は見る影もなくなり、彼方此方(あちこち)から火の手が上がり、黒い煙が空を汚していた。

 

「おいっ!これはどういう事だ!一体何があったんだ!!」

 

俺は近くにいた穿界門番の胸倉を引っつかんで問い詰めたが、思ったよりも力が入っていたらしく、穿界門番は顔を苦しそうに歪めて手をばたつかせているが、激情に支配されて俺は待ったく気付けなかった。

 

「やめろ恋次!落ち着け!!」

 

俺と門番の間にルキアが割って入って止めてきた。

 

その所為で胸倉を掴んでいた手が外れ、穿界門番が「けほけほっ」と咳き込む。

 

「落ち着けだとルキア!瀞霊廷がこんなにされて落ち着けるか!!」

 

「冷静になれといっているのだこの戯け!!!」

 

ルキアの一喝は激情に流されていた俺をも怯ませるほどに力が込められていた。

 

「私も動揺はしている。だがここで焦っても事態は好転などせぬ!今私達がするべきことは、状況を聞いて整理することだろう!」

 

理路整然としたルキアの叫びに、混乱していた俺の頭に冷静さが戻る。

 

「あ、あぁ。済まねぇ」

 

「全く、そういう所は昔と変わらぬな。お前は」

 

「う、うるせー」

 

図星をさされ、照れくささから頬が赤くなったのを自分でも感じる。

 

「それで、一体何があったんだ?」

 

俺は赤くなった頬を隠そうと、さっきまで胸倉を掴んでいた穿界門にぶっきらぼうに聞いた。

 

「はっ!今から三十五分前に正体不明の旅禍の一団が瀞霊廷に侵入し、襲撃を開始。

護廷十三隊全隊が出動し対処にあたっていますが、数も種類も多い旅禍の正体が分からない事と、全ての通信機に原因不明のノイズが発生し、隊の統率が困難となり全体的に混乱が生じている模様です!

現在は二番隊並びに隠密起動隊が伝令に周り、何とか情報を共有しているのが現状です」

 

「状況はあまり芳しくない…という訳か」

 

顎に手を当てて思案するルキアの横で、俺は内心の苛立ちを外に出すかのように「くそっ!」と吐き捨てた。

 

そんな俺を横目にルキアは数秒俯いた後「よし」と呟いて、顔を上げた。

 

「恋次。まずは当初の予定通りに吉波を呼ぶ。これを適当な所に貼り付けてくれ」

 

そう言ってルキアは俺に先程渡された道標符を差し出して話を続ける。

 

「正体不明の旅禍を私はまだ見たことはないが、このタイミングでの襲撃だ。その旅禍が吉波の言っていたイレギュラーズとやらの可能性もある。もしそうなら、イレギュラーズに詳しい奴を呼んだほうが良い」

 

ルキアの考えに俺は「それもそうだな」と頷いて符を受け取り、近くにある適当に選んだ建物の壁に符を貼り付けて、ルキアの元に戻った。

 

「貼ってきたぜ」

 

俺の一言にルキアは「うむ」と答えて伝令神機を操作して連絡を入れるが、突然ルキアの顔が曇りだし、段々と怪訝そうな顔になっていった。

 

一体どうしたんだ?

 

「どうしたんだルキア?」

 

「繋がらぬ」

 

「は?」

 

返されたその一言に訳が分からず、間の抜けた声が漏れる。

 

「奴に渡した通信機に繋がらないのだ」

 

…な!?

 

「おいおい!まじかよ!?」

 

「このような事を冗談で言う訳がなかろう」

 

「ちぃっ!ちょっと貸せ!」

 

ルキアの手に持った伝令神機を引ったくって、通話ボタンを押す。

 

「ちょ、おい恋次!」

 

ルキアが文句を言ってくるが、俺は無視して耳を当てて、繋がらないとみるや再び通話ボタンを押すのを何度も何度も繰り返す。

 

『…い……も……もし』

 

当てた耳に掠れ気味の吉波の声が届いたのは、そんな行為をもう何度繰り返したか分からなくなった時だった。

 

――通じた!

 

俺は吉波の声を聞いたと同時に大きく息を吸い込み、要件のみを一気に捲くし立てる。

 

「おい吉波!聞こえるか!!すぐにソウルソサエティに来てくれ!

 

正体不明の旅禍の一団が瀞霊廷を襲撃している!護廷十三隊も出て対処してはいるが、数も種類も多い旅禍の正体が分からない事で全体的に混乱している!!

 

もしかしたらお前の言っていたイレギュラーズとかいう奴かも知れねぇ!!

 

だからお前が来て確認するのが一番手っ取り早い!

 

今は混乱しているが、何とか抑えているといった所が現状……って、くそっ!切れちまった!」

 

話の途中で通信機から無機質な電子音が流れ、俺は当てていた耳を離した。

 

「どうだ恋次、繋がったか?」

 

聞いてくるルキアに俺は苦い顔をして「分からねぇ」と呟いた。

 

あいつの声が聞こえたから取り敢えず言えるだけ言っただけだ。通じたかどうかは全く分からねぇ。

 

そう思った刹那。俺とルキアの左前方。道標符を貼り付けた場所が突然輝きだした。

 

「くっ!」

 

「なんだ!?」

 

閃光に目が眩み、思わず目を細めてしまう。

 

だがその時俺は見た。光の中に2つの影が現れるのを。

 

そして光が収まると、そこには死神化した一護と吉波が襲撃された瀞霊廷を見て呆然としていた。

 

「なんだよ。ちゃんと通じてたじゃねぇか」

 

俺は口の端を上げて安堵の笑みを浮かべた。

 

 

――龍一郎サイド――

 

背後から聞こえた恋次さんの呟きに、俺は振り返って「お待たせしました」と言って敬礼した。ちょっとした茶目っ気だ。

 

「恋次!ルキア!無事か!?」

 

2人の安否を気遣う一護さんに、ルキアさんは「私達は見ての通り無事だ。だが瀞霊廷は…」と火の手が上がる瀞霊廷を見て悔しそうに唇を噛み締めた。

 

「瀞霊廷をこんなにしやがって!絶対に許さねぇ!」

 

胸の前で自らの掌に拳を打ちつけて怒りを露わにする恋次さんに、俺が釘を差す。

 

「恋次さん。心中穏やかとはいかないのは分かりますけど、今はとにかく襲撃者の正体を確かめるのが先決じゃないんですか?」

 

「…そんなこと分かってらぁ」

 

内にあるもやもやした感情を吐き出すように不機嫌な顔で答える恋次さんを一瞥し、ルキアさんが「それでどうだ吉波?ここから旅禍がイレギュラーズとかいう存在なのか判別は出来るか?」と聞いてくるが、俺は「すいません。流石に実物を見てみないと分かりません」と言って首を左右に振った。

 

エルフィに頼めば分かるかもしれないが、今この場に居ない以上仕方がない。

 

「なら、火の手が上がっている場所に行ったほうがいいんじゃねぇか?

少なくとも消火する為に死神が来ているだろうし、話を聞くことも出来るだろう?

下手に目的地が無くってうろつくよりはいいと思うぜ」

 

的を射た一護さんの意見にそれもそうだと俺を含めた全員が頷く。

 

「んじゃあ付いて来い。案内するぜ」

 

そう言った恋次さんが先導して駆け出し、ルキアさん、一護さん、俺が後を追う。

 

流石に三人とも足が速く、付いていくのが少々大変だったが、夜一さんとの鍛錬で脚力が上がっていたこともあり、何とか逸(はぐ)れずにギリギリだが後を追うことが出来た。

 

路地に入って直ぐに左に曲がると崩れた塀が路地を塞いでいたが、恋次さん達は一切構わずに跳躍して跳び越え、再び駆ける。

 

俺も後に続くが、ジャンプ力が足りなかったので霊子を足場にして空中で再度跳び、なんとか跳び越える事に成功する。

 

そして三人を追おうとしたが、俺は足を止めた。

 

何故なら一護さん達三人も足を止めて、気弱そうな死神と話をしていたからだ。

 

「一護さん!いつソウルソサエティに来たんですか!?」

 

「ついさっき来たばかりだ」

 

「それより何故お前が此処にいるのだ?」

 

特に一護さんとルキアさんの2人と親しげに話をしているが、この声…どこかで聞いたような気が……。

 

「いや~突然の旅禍の襲撃に救護詰所が一杯になっちゃったんです。それで各班に分かれて応急処置に回っていたんです」

 

「それなら何でお前はここに一人でいるんだ?」

 

後頭部を掻いて何故か頭を下げて話す死神に、恋次が目を半眼にして聞く。

 

「そ、それが……班員の人達と逸れてしまって…」

 

「あ、あのなぁ…」

 

「…おいおい」

 

「花太郎。貴様も班長ならば、もっとしっかりせぬか」

 

全く全く。

 

一護さんと恋次さんが呆れて呟き、ルキアさんは溜め息混じりに注意し、俺はルキアさんに内心同意した。

 

……………って花太郎!?

 

ルキアさんの口にしたその名前に、俺は先ほど感じた声の疑念の正体にやっと気付いた。

 

山田花太郎。

 

護廷十三隊四番隊の七席で、確か自称『ソウルソサエティ一の苛められっ子』

 

微妙な立場のわりにルキアさんの救出に協力したり、隊長達と共にウェコムンドに行ったりと、何気に知名度の高い原作キャラだ。

 

「あの~一護さん、ルキアさん。誰なんですかこの人は?」

 

知っているとはいえ初対面なので、二人に尋ねる。

 

「あぁ。こいつは花太郎っていってな。俺が始めてソウルソサエティに来た時に色々と助けて貰ったんだ」

 

「うむ。私もウェコムンドで助けられたしな」

 

2人の褒め言葉に「いや~僕はそんな大した事はしていないですよ」と照れる花太郎さん。

 

「そうですか。始めまして。吉波龍一郎といいます」

 

「あ。これはどうも。四番隊七席の山田花太郎といいます」

 

軽く会釈して名乗る俺に、花太郎さんは俺以上に深々と頭を下げて名乗り返してくれた。

 

礼儀正しいのか気弱なのか、どっちなんだろう…多分両方だろうな。

 

そんな事を思いつつ、俺は侵入した旅禍について席官ならば何か知っているのかもしれないと考え、花太郎さんに尋ねた。

 

「花太郎さん。瀞霊廷を襲撃した旅禍について、聞きたいことがあるんです」

 

「はい?旅禍について…ですか?」

 

頭を上げて首を傾げる花太郎さんに、俺は頷いて話を続ける。

 

「はい。襲撃した旅禍の外見的な特徴とか聞かされていませんか?どんな些細なことでもいいんです」

 

「う~ん」

 

腕を組んで唸り始めた花太郎さんを見て、僅かにあった期待が急激に萎んでいく。

 

「あ~何も聞かされていないのなら「え!?いえ!そうではないんです!!」え?」

 

急に出した大声に、俺は思わず怯んでしまった。

 

「瀞霊廷を襲撃した旅禍の種類も外見的な特徴も、僕は知っているんです」

 

……………は?

 

「「「「それは本当(か)(ですか)!!!」」」」

 

俺と一護さん。ルキアさんに恋次さんの声がハモり、一気に身を乗り出して詰め寄ると、花太郎さんは「ひいっ!すいません!」と脅えてしまった。

 

「あ…花太郎さん。別に俺達は怒っている訳じゃないですよ」

 

俺は努めて声のボリュームを下げ、優しく語り掛けるように様に話す。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「はい。まさか花太郎さんがそんな重要な情報を知っているとは思わなかったから、驚いただけです」

 

微妙に涙目になっている花太郎さんにありのままを伝えると、「そ、そうですか」と納得の表情を見せた。

 

「しかし、何故花太郎がそのような情報を知っているのだ?」

 

俺も疑問に思ったことをルキアさんが聞く。

 

「はい。実は四番隊で比較的軽傷の人達に僕が事情聴取をしていたんです」

 

成る程。それなら分かる。

 

「成程な。それで旅禍は一体どんな奴等だったのだ?」

 

「それは「待て」…え?」

 

花太郎さんの言葉を止めたのは、一護さんの有無を言わせぬ力のある静かな一声だった。

 

「悪いな花太郎。どうやらのんびりと話を聞いている場合じゃねぇみたいだ」

 

「そうみてぇだな」

 

一護さんの言葉に恋次さんが同意し、2人は共に刀の柄に手を掛けていつでも抜刀ができる体勢になる。

 

「お前等一体……そういう事か」

 

困惑していたルキアさんも一瞬の後に納得して、緊張の面持ちで刀に手を掛ける。

 

そしてこの時になって、俺もようやくその感覚に気付いた。

 

それは浦原さんとのテストで感じたもの。

 

全身が粟立つような、空気が一段重くなったかのような感覚。

 

殺気。

 

それも1つや2つではない。十…二十…いや、もっと多くの殺意が此方に向けられている。

 

「これは…囲まれましたか」

 

「貴様も気付いたか」

 

「へっ、向こうの方から出て来てくれるなら好都合だぜ」

 

「え?…え?何なんですか?」

 

辺りの殺気に気付いていない花太郎さんが俺とルキアさんと恋次さんの会話に付いていけずにオロオロとしていると、周りの塀からあるものは影から跳び出し、あるものは塀を破壊して幾つもの存在が現れた。

 

常人よりもふた周りは大きいずんぐりとした体格をした赤銅色の巨人。

 

蝿を人間大にまで大きくし、二足歩行にしたような外見の虫。

 

狼を二足歩行にしてマントとグローブを纏わせ、見た目は完全に人狼となっている存在。

 

馬のように四足歩行で立ち、ワニを彷彿とさせる口と尻尾を持つ、青い炎を纏った生物。

 

俺はその全てに見覚えがあった。

 

「赤銅兵士にハエコマンド。ハウンドソルジャーに青炎馬か」

 

「吉波、知っているのか?という事は…」

 

ルキアさんの問いに、俺ははっきりと頷いた。

 

「はい。こいつ等は全て…イレギュラーズです!!」

 

俺が声を張り上げて皆に知らせるのと、モンスター達が俺達に向かって一斉に襲い掛かってきたのは、ほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

――龍一郎サイド――

 

「うわぁぁっ!!」

 

一斉に襲い掛かってくるモンスターを見て、俺は混乱し叫び声を上げている花太郎さんを護るように立ち、オケアヌスの輪から水の天力を宿す盾の才牙・クラウンシールドを取り出して構え、モンスター達の攻撃を全て受け止めた。

 

ガガガァンッ!!

 

凄まじい衝撃が盾を通して掌に伝わり、足が中に浮き上がりそうになるのを腰を落として踏ん張りなんとか耐える。

 

しかし俺はただ攻撃を受け止めるだけで済ますつもりは毛頭無い。

 

才牙に意識を集中し、魂を同調させる。

 

するとモンスター達の攻撃を全て受け止めていたクラウンシールドが、天力を帯びて青く輝きだした。

 

「お・か・え・し・だぁぁっ!!」

 

俺は咆哮と共に力を込めて盾を一気に押し返し、力を解放する。

 

ガガガァンッ!!

 

俺が攻撃を受け止めたモンスター達が派手な音を立てて弾き飛ばされた。

 

カウンター

 

相手の攻撃をそのまま相手に返すことの出来るクラウンシールド独自の技だ。

 

原作では主人公のビィトが分身体(ファントム)ベルトーゼの魔奥義を跳ね返す際に使ったが、今回俺はモンスター達の打撃を直接相手に返したのだ。

 

「大丈夫ですか?花太郎さん」

 

モンスター達に視線を向けたままで警戒しながら、花太郎さんに声をかける。

 

「あ。はい。お蔭様で」

 

腰が抜けているのかその場から動く気配は無いが、取り敢えず先程と変わらぬ声の張りで無傷であろう事は判別できた。

 

「吉波!花太郎!大丈夫か!?」

 

瞬歩で俺と花太郎さんを庇うように現れ、俺の弾き飛ばしたモンスター達に斬月を構えて気遣いの声をかけてくれる一護さんに、花太郎さんが「大丈夫です。吉波さんに助けてもらいました」と返した。

 

「そうか……吉波。花太郎を頼めるか?」

 

花太郎さんの言葉に安堵の表情を浮かべた後、一護さんは俺に顔を向けて頼んできた。

 

憧れの感情を持つ人に頼られた事に笑みが浮かびそうになるのをなんとか抑え、俺は力強く頷いて答える。

 

「任せてください」

 

「頼むぜ」

 

「はい!」

 

短い言葉の遣り取りを終え、一護さんは再び瞬歩を使って一気に移動し、モンスター達に切りかかって行った。

 

それを見届けた俺はクラウンシールドをオケアヌスの輪の中にしまい込み、先程弾き飛ばされて起き上がってきたモンスター達に向けてエクセリオンブレードを取り出して正眼に構えた。

 

「さぁ来い!」

 

再び向かってくるモンスター達に俺は吠えた。

 

――一護サイド――

 

花太郎を吉波に任せて、俺は瞬歩を使って恋次とルキアの元に向かった。

 

吉波に花太郎を護るよう頼んだ時に、一瞬『任せても大丈夫か?』と不安にも思ったが、さっきのあいつの行動を見て『任せてもいいな』と感じていた。

 

違っていたからだ。あいつの戦い方が。

 

成長していたからだ。あいつ自身の力が。

 

最初に現世で中甲虫とかいう虫もどきと戦っていた時、あいつはただ斬魄刀に頼って力を振り回している様にしか見ることができず、戦い方も雑で非常に危なっかしかった。

 

しかしムガインとかいう奴と戦った時は俺達の力を借りてはいたが、作戦を考えて自分の出来る事をしっかりと把握していた。

 

そして今は瞬間的に自分の出来る事を導き出して行動し、花太郎を助けた。

 

最初に戦っていた頃と比べて、状況を分析して導き出す力の要となる現象を客観的な立場で見極められる力。『観察力』が成長しているのを、俺は今のあいつの行動を見て確かな確信を持った。

 

今の吉波なら、最悪でも花太郎を連れて逃げ延びる位は出来る。

 

そう思ったからこそ、俺はあいつに花太郎を任せてルキアと恋次達の所に向かうことを心に決めた。

 

「はぁっ!」

 

俺は斬月を握り締め、塀の上にいた蝿人間の腹部を左に薙いで両断し、塀の上に降り立った。

 

すると一体を倒した事で俺の存在にやっと気付いた様に、周りにいる奴等の敵意が一斉に俺に向けられ、先陣を切って赤銅色をした巨人が襲い掛かってきた。

 

振り上げた後に一気に打ち下ろしてくる拳を跳躍して避け、巨人の頭上を取る。

 

ドガァッ!

 

目標を失った拳が派手な音と共に塀を砕き、土埃を立てる。

 

俺は攻撃をしたことで隙が出来た巨人に頭上から唐竹割りにしようと斬月を振り上げたが、狼男の様な奴が空中にいる俺に向かって跳躍し、殴りかかってきた。

 

「ちっ!」

 

舌打ちを一つして巨人に切りつけるのを諦め、俺は霊子を足場にして横に跳んで狼男の拳打を躱(かわ)したが、なんと其処で俺がこの場に来るのを予期していたかのように、さっきの奴とは別の2体の狼男が左右から挟み撃ちをしてきた。

 

(仕方ねぇ!)

 

俺は瞬歩を使ってその場から一瞬で移動し、狼男2体の攻撃を避けて路地に降り立つ。

 

なんとか奴らの攻撃を躱す事は出来たが、俺は内心歯噛みしていた。

 

(こいつら……連携して攻撃してきやがる)

 

一体一体の力は個々によって違いはあるが、現世の虫もどきと同じくあまり大した相手ではない事は今の攻防で分かった。

 

しかし一体がこっちに攻撃をしてできた隙を、別の奴が波状攻撃を仕掛けてきてカバーして埋めている。

 

…厄介だな。

 

「一護!無事か!」

 

「あぁ。なんとかな」

 

瞬歩で俺の隣に現れて声をかけてくるルキアに返すと、恋次も俺の近くに降り立ち「ちぃっ!鬱陶しいぜ!」と毒突いて始解した蛇尾丸を構えた。

 

「一護。吉波と花太郎はどうした?」

 

「花太郎なら吉波に任せて来た」

 

「吉波に?おいおい。大丈夫なのかよ?」

 

胡乱な表情をする恋次に、俺は自信を持って「心配無ぇよ。きっと大丈夫だ」と断言した。

 

「そこまで『俺』を買ってくれるとは、光栄です」

 

自信を持って言った俺の言葉に、隣にから嬉しそうな吉波の声が……………え!?

 

不意に隣から聞こえた聞き覚えのある声に驚き、俺は弾かれる様にその声の方を向くと、そこには青い盾を持った吉波が照れくさそうな顔をして立っていた。

 

「吉波!?お前どうして此処に……花太郎はどうしたんだ!?」

 

「まあまあ落ち着いてください。花太郎さんならまだあそこにいますよ」

 

血相を変えて問い詰める俺に、吉波は落ち着き払ってある方向を指差す。

 

吉波が指差す方向。そこには慌てて逃げ惑う花太郎と、その花太郎を護るように現世で見た翼を思わせる大剣を振るう吉波の姿があった。

 

「え?……な?……」

 

「どういう事だ?何故貴様が2人いるのだ!?」

 

自分の目を疑う事態に目を白黒させて意味の無い言葉の羅列を並べる俺や、金魚のように口をパクパクと開閉する恋次に代わり、ルキアが動揺を見せながらも隣に立つ由波に問い詰めた。

 

「此処にいる『俺』は本体と同等の戦闘力を持った分身体です。そしてあそこで花太郎さんを護っているのが本体の俺です」

 

「分身…だと?」

 

「はい。まぁ、強い衝撃を受けたら消えてしまうという欠点もあるんですけど………ね!」

 

話し込んでいた吉波が突然地を蹴って駆け出した。そして俺とルキアの前に立ち、盾を眼前に構える。

 

ガァン!

 

刹那の間を置いて、派手な音が値に響き渡った。

 

前を見ると、俺達に向けて放たれた赤銅色の巨人の拳を、吉波が盾で受け止めていた。

 

「一護さん、ルキアさん。油断大敵です…よっ!!」

 

吉波は力を込めて、拳を受け止めたままで一気に盾を押し返す。同時に盾が青く輝き――

 

ガァン!

 

先程拳を受け止めたのと同じ音を立てて赤銅色の巨体が弾け飛び、ズゥン!と重い音を響かせて仰向けに倒れた。

 

「で?何でお前はわざわざ分身してまでこっちに来たんだ?」

 

巨人が倒れたのを確認して吉波に聞いたのは、呆気に取られて固まっていた恋次だった。いち早くこの状況に慣れたのか、さっきまで顔にあった動揺の色は既に見えなかった。

 

「あ。そうでした。実は皆さんに幾つか伝えておかなければいけない事があるんです」

 

「伝えたい事だと?」

 

一体なんだ?

 

「はい。とは言えこの状況ですから、優先される事のみを手短に伝えます。

 

まず花太郎さんから聞きましたが、瀞霊廷に襲撃してきた旅禍はこいつ等で間違いないそうです」

 

その言葉に奴等を見る俺達の目に殺気が宿るが、吉波は「正確にはもう一種類いるみたいですけど」と付け足して続ける。

 

「あと、ルキアさんと恋次さんがソウルソサエティに行った後で浦原さんから聞いたんですが、現世に出たイレギュラーズを解析した結果、霊的な力は一切検出されず、世界の均衡ともなんの関わりも無い事が分かったそうです」

 

「なっ!それは本当か!」

 

「あぁ本当だ。俺も浦原さんから聞いた」

 

叫びにも似たルキアの問いに俺が答えると、恋次が「成る程…そいつはいい情報だ」と言って笑みを浮かべた。

 

「あぁ。その事を護廷十三隊の各隊に伝えれば、今現在ある混乱を収束させることが出来る」

 

「知らせるにしても、今はこの状況を何とかするのが先ですけど…ね!」

 

再び殴りかかってきた巨人の拳を盾で受け止めながら、吉波が釘を差した。

 

ガツンという音が鈍く響くが、吉波は拳を受け止めたまま盾を横に払って拳の軌道を変えた。

 

巨人の拳が地にぶつかり、土埃が舞う。

 

そして吉波は盾の底部にある突起を片手で掴んで、攻撃を外して隙が出来た巨人に向かって一気に盾を横に振るった。

 

すると掴んでいた突起が盾から外れて持ち手へと変わり、盾と持ち手との間を繋ぐ鎖が延びる。

 

外れた盾は巨人に向かい一直線に飛んでいくが、ここで信じられないことが起きた。

 

盾がまるで外敵に襲われて身を護る団子虫の様に丸くなり、一瞬のうちにさっきまで盾だったものが鉄球へと姿を変えて、巨人の鳩尾にぶち当たった。

 

ドガァァッ!!

 

派手な音を立てて巨人はまるで砕けたガラス細工のように粉々になり、現世で見た虫もどきの最後のように音もなく消滅してしまった。

 

「…な」

 

「貴様…それは…」

 

恋次とルキアも目を見開いて驚いている。

 

そんな2人を見て吉波は「クラウンシールドは護りだけの才牙じゃないんですよ」と悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

「才牙…だと?」

 

あぁ。そういえばルキア達は浦原商店で吉波の話を聞いていなかったな。

 

「まぁその事についても後で話しますよ。それよりも、もう1つだけ皆さんに伝えなければ事があるんです」

 

そう言って吉波は持ち手に力を込めて思い切り引き、鉄球を自らの方に寄せると、盾が鉄球に変わった瞬間を逆再生したかのように鉄球が盾に戻り、ガシャンと金属音を立てて持ち手が結合部に繋がり、再び盾の姿となって吉波の手に戻った。

 

吉波はその戻った盾を他のモンスター達に向けて構えたが、先程赤銅色の巨人を一撃で粉砕した鉄球の威力に怯んだのか、周りにいる奴等は距離を取って遠巻きに俺達を見て警戒していた。

 

それを確認しても吉波は警戒を怠らず、視線を周りに向けたままで口を開いた。

 

「実は奴等はうまく連携して攻撃してきているように見えますけど、実際は連携なんて全然していないんです」

 

吉波の口から出た内容は、さっきまで奴等の連携攻撃で攻め倦(あぐ)んでいた俺としては、到底納得のいかないものだった。

 

ルキアと恋次も俺と同じ意見らしく、得心のいかないといった顔をしている。

 

吉波はチラリとそんな俺達の顔色を流し見て話を続けた。

 

「まぁ納得が出来ないのも分かりますけど、それが事実なんです。

 

奴等はただ本能に任せてバラバラに攻撃してきているだけなんですよ。

 

ただ一種類…狼男のような外見をしたハウンドソルジャーというモンスターを除いてですが」

 

「…っ!まさか!」

 

吉波の言葉によって何かに気付いたのかルキアが反応し、俺と恋次がそれを聞く前にルキアが確かめるように吉波に聞いた。

 

「本当は奴等全員が連携をしている訳ではなく、ハウンドソルジャーという狼男がフォローしているだけだということか!?」

 

「その通りです。では聞きますが、皆さんが戦っている時に牽制や援護をハウンドソルジャー以外のモンスターがやっているのを見たことがありましたか?」

 

吉波の問いに俺達三人は記憶の糸を手繰り――

 

「…あ」

 

「…そうか」

 

「…確かに」

 

三者三様でそれぞれ声を漏らす。

 

確かに吉波の言う通り、これまでの連携攻撃(だと思っていたもの)の中で援護も牽制も全てやっていたのは狼男みたいな奴だけだった。

 

ということは…

 

「あの狼男さえ倒せば、後は烏合の衆って訳か」

 

俺の考えを声に出して引き継いだ恋次に、吉波は頷いて応えた。

 

「そうと分かれば…」

 

「行くぞっ!」

 

ルキアの一声を合図に俺達は一気に瞬歩で間合いを詰め、皆が狼男に肉薄した。

 

 

 

――三人称サイド――

 

一護達がモンスター達と切り結んでいた時とほぼ同時刻。

 

一番隊舎の執務室にて、2つの影が相対していた。

 

1つは一番隊隊長にして護廷十三隊の全てを統べる総隊長。山本元柳斎重國が細い目を僅かに開いてその存在を見ていた。

 

老人の身から歴戦の死神にしか放てない濃密な殺気を相手に放って威圧するが、相対する存在は微風(そよかぜ)でも受けるかのように平然とした顔で佇んでいた。

 

袖とフードの付いた赤黒いマントを羽織った、筋肉質の重厚な黒い体。

 

幾つもの棘がある皮製のバンドを嵌めた太い手首と首。

 

黒く四角い顔に白い髪が頬と顎の中間ほどまで伸び、その髪を押し上げるように眉間から丁度左右対称に伸びた黒く短い2本の角。

 

全てがその存在の異常さ、邪悪さを表していた。

 

もしもこの場に先日襲撃された技術開発局の局員がいたら、間違いなくこう叫んでいただろう「あの時の『鬼』だ!」と。

 

しかしこの場には山本元柳斎とその『鬼』の2人しかおらず、その叫びを上げる者は皆無だった。

 

「何奴」

 

短く、しかし重く響く一言のみを紡ぎ、元柳斎は『鬼』に向けている殺気を更に強める。

 

しかし『鬼』はそれをむしろ心地よく思うかのように笑みを。それも邪悪な笑みを浮かべた。

 

「俺はバウス。涅マユリを殺した男だ」

 

その言葉に元柳斎は僅かに眉を動かした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

――三人称サイド――

 

『涅マユリを殺した』

 

この言葉を発した瞬間、元柳斎は小さな、しかし明らかな反応を示したが、それは涅を。そして技術開発局を襲った事を明かした事や、前回の襲撃と今回の強襲が繋がっていた事による動揺によるものではなかった。

 

前回の襲撃の混乱が収まらぬ中で、狙い済ましたかのように間髪いれずに起こった今回の騒ぎ。

 

この二つに関連性がないと一蹴するほど元柳斎は思慮の低い男ではなかった。

 

元柳斎の反応。それはバウスがハッキリと涅マユリを『殺した』と言った点にあった。

 

何故ならば現在涅マユリは死んではおらず、意識不明の重傷で四番隊の集中救護室で治療中の筈だからだ。

 

しかしハッキリと『殺した』と口にしたバウスの顔に嘘や偽りが見えない所から、可能性は二つに絞られる。

 

この場に来る前にマユリのいる救護室に行き、止めを刺したか。

 

先日マユリと戦い勝利した時に、意識不明のマユリを殺したと勘違いをしたのかのどちらかだ。

 

しかし元柳斎はこの二つの可能性を思い浮かべた瞬間に、前者の考えを即座に否定した。

 

理由は簡単。四番隊からも救護詰所からも大きな霊圧の乱れを感じなかったからだ。

 

もしもバウスが救護室に入って涅マユリを殺したのなら、救護詰所にいる死神達の霊圧。最低でもマユリの霊圧だけでも消え失せている筈だが、元柳斎は弱弱しくも確かに存在するマユリの霊圧を感じ取り、迷いなく前者を切り捨てて後者が真実だと確信した。

 

だが元柳斎はその事を口に出しはせず、ただ無言でバウスを睨み付けていた。

 

今この場でマユリが生きている事を口にすれば、間違いなくバウスは救護詰所に向かい、今度こそマユリを殺すに違いないからだ。

 

「先日の技術開発局の襲撃、そして今回の強襲。全て貴様の差し金か」

 

代わりに元柳斎は問いではなく、確信を持った確認を口に出した。

 

「流石に老いてはいるが総隊長だな。そうだ、全て俺がやった事だ」

 

逡巡もせずに己の所行を平然と認めたバウスに、元柳斎はこれ以上の遣り取りは無意味とでもいうように地につけていた杖を掲げる。すると外皮となっていた杖が消え去り斬魄刀が姿を現して戦闘体勢をとる。

 

「いいのか?俺を斬って?世界の均衡を保てなくなるかもしれねぇぜ」

 

「愚かなり」

 

邪悪な笑みを見せるバウスの言葉を元柳斎は一蹴した。

 

「貴様が真に世界の均衡になくてはならぬ存在なら、技術開発局を襲い解析を困難にさせはせぬ」

 

確信を持って断言した瞬間。大気が震え、何者かが霊圧の網を張り巡らせたのを元柳斎は感じ取った。

 

(これは…天廷空羅(てんていくうら)か)

 

元柳斎が感覚の正体に気付いた刹那。脳内に女性の声が届いた。

 

『護廷十三隊各隊隊長及び、副隊長・副隊長代理各位、そして全席官に連絡します。こちらは十三番隊副隊長、朽木ルキアです。

しばしご静聴をお願いします。これから話すことは全て事実です』

 

そう言って間を置き、朽木ルキアは現世に行って見聞きした事の全てを詳細に語った。

 

現世で接触し、戦闘したイレギュラーズという存在。その目的、存在理由。

 

そして現世にて浦原喜助がそのイレギュラーズを解析した結果。霊的な力は一切無く、世界の均衡について全く関係がない存在であること。

 

そのイレギュラーズを倒すべく神によって送られた吉波龍一郎という男が、現在黒崎一護と共にソウルソサエティに入り、己と阿散井の両副隊長と行動を共にしている事など、全てを話した。

 

それを黙して聞いていた元柳斎は、些少(さしょう)の躊躇いも無く隊首羽織を脱ぎ捨てて上半身を露にし、己の斬魄刀を鞘から抜き放った。

 

ゴウッ!!

 

刀身が現れると同時に刃が。否、刃のみではなく周りが全て炎に包まれた。

 

「万象一切灰燼と為せ……流刃若火」

 

元柳斎の口から刀の名が紡がれると同時に、周りを渦巻く炎が更に勢いを増す。

 

「あぁ。見事な炎だ」

 

しかし炎熱系最強にして最古の斬魄刀が解放されたにも拘らず、バウスの表情に焦りは無く、むしろ己を焼き尽くそうと周りで渦を巻く炎を見て恍惚とした表情をしていた。

 

「バウスよ…覚悟!!」

 

元柳斎はそんな表情を浮かべているバウスに向けて刃を振るい、流刃若火の炎を放った。

 

爆炎がバウスの黒い体を呑み込み、一番隊舎の執務室から外にまで炎が噴き出した。

 

 

――龍一郎サイド――

 

「どうやら無事に伝えたようですね」

 

「そうみたいだな」

 

ルキアさんが描いた空中に浮く紋が消えるのを見て呟く俺に、一護さんが頷いて同意した。

 

あの後俺の分身体と一護さん達はハウンドソルジャーのみを各個撃破し、その後烏合の衆と化した他のモンスター達も瞬く間に殲滅していった。

 

いくらハウンドソルジャーが高い知能と戦闘力を持っているとはいえ、それは『冒険王ビィト』の世界の基準の話。

 

この世界の死神、それも隊長挌や副隊長格から見れば恐れるに足りない存在だ。

 

一護さん達がてこずっていたのはモンスター達に対する知識がなかっただけで、それさえ教えれば一方的な戦闘となるのは当然だった。

 

そして全てを倒し終わった後に分身体を消して(影分身を出した時もだったが、この時花太郎さんは驚いて腰を抜かしていた)クラウンシールドを回収し、花太郎さんと共に一護さん達と合流した。

 

その際にモンスター達の正体を急いで皆に知らせようと提案したルキアさんに俺を含めた全員が賛成し、ルキアさんが天廷空羅で護廷十三隊の全隊に知らせている間、無防備になるルキアさんを皆で護衛し、今に至っている。

 

そしてルキアさんの両腕と空中に描いた紋が消えて此方に近づいて来ている所を見ると、どうやら無事に報(しら)せ終わったらしい。

 

「待たせたな」

 

「ちゃんと伝えられましたか?」

 

「あぁ。どうやら旅禍達は通信機器を狂わせたりすることは出来ても、霊的な力に干渉することは出来ないらしい。天廷空羅で霊圧の網を張る際に何の阻害も受けなかったからな」

 

俺の確認に首肯して返したルキアさんに、恋次さんが「さて、どうするんだこれから?」と聞いた。

 

確かに花太郎さんからモンスター達について大方の情報を教えてもらったし、イレギュラーズや俺いう存在の事も今の天廷空羅でざっくりとだがルキアさんがほとんど全部話してしまった筈だから、最初の目的は既に果たしてしまっている。

 

とはいえこの状況下で『目的は済んだから現世に帰ります』などと言い出すほど俺は薄情な人間ではない。

 

少なくとも今のこの状況を何とかするまでは、ソウルソサエティに留まろうと思ってはいる。

 

「まずは花太郎を四番隊へと送ろう。あのような奴等がうろついている場に置いていく訳にはいかぬからな」

 

「えぇっ!そんな……わざわざ…」

 

「賛成です」

 

「そうだな」

 

「納得だ」

 

ルキアさんの意見に戸惑ってあわあわしている花太郎さんを見て、俺と一護さん。そして恋次さんは異論無しといった感じで頷いた。

 

まだモンスターが辺りにうろついているかもしれないこの場に、花太郎さんをほったらかしにするのは確かに拙いだろう。

 

「よし。なら四番隊舎へと向かうぞ」

 

未だに右往左往している花太郎さんを無視して話を纏めたルキアさんが先頭を歩こうとした刹那。

 

ドガァッ!!

 

近くの塀が轟音を立てて吹き飛ぶと同時に、傷だらけの死神が吹き飛んだ塀の破片と共に飛び、倒れた後に向かいの塀の壁まで転がった。

 

(何だ?)

 

俺がその言葉を口に出すよりも前に、倒れた死神に近付いてその姿を見たルキアさんと恋次さんの叫びが上がった。

 

「雀部(ささきべ)副隊長!!」

 

「大丈夫ですか!!」

 

(え?雀部って……雀部長次郎副隊長!?)

 

その言葉に驚いて二人の後を追って傷だらけの死神に駆け寄って見ると、確かに一番隊副隊長の雀部長次郎忠息だった。

 

日本人とは少々違った西洋人風の顔立ちに口髭を付け、どこか隊長格が纏う白羽織に似たマントを身につけて、既に始解をしているらしく手にはレイピアが握られていた。

 

「ぐ……朽木……阿散井…」

 

「喋らないで下さい。傷に障ります。花太郎!」

 

掠れた声でルキアさんと恋次さんの名を呼ぶ雀部副隊長を抑え、ルキアさんが花太郎さんを呼ぶ。

 

「は、はい!」

 

ルキアさんの呼び掛けに花太郎さんが駆け足で近づき、顔を引き締めて真剣な顔をして雀部副隊長の傷の具合を見ていく。

 

「どうだ花太郎?」

 

一護さんの問いに花太郎さんは「見た目ほど傷は深くはないようです。命に別状はありません」と答え、俺を含む皆がほっと胸を撫で下ろして安堵の息を吐いたが、花太郎さんは「しかし」と間を置いて続けた。

 

「この場で出来るのは精々応急手当くらいです。早急に救護舎に運びましょう。皆さん手を貸してください」

 

花太郎さんの頼みに皆が頷き、花太郎さんと斬魄刀を納めた恋次さんが雀部副隊長に肩を貸して立ち上がらせ、その場から移動しようと歩を進め始めたその時、雀部副隊長の口から途切れ途切れに掠れた声が漏れた。

 

「……気を付けろ…奴等が………来る」

 

「奴等?」

 

肩を貸していた分はっきりと聞こえていた恋次さんが眉を顰めて鸚鵡返しに問い返す。

 

ゾクッ

 

刹那。背中に走る寒気を感じ、俺は反射的に手に持ったエクセリオンブレードを左に振るった。

 

ギィィン!!

 

金属音と共に掌に衝撃が走り、思わずブレードを落としてしまいそうになるのをなんとか堪えると、俺の視界に常人の背丈ほどもある巨大な突撃槍(ランス)が飛び込んできた。

 

「吉波!」

 

一護さんが斬月を抜いて俺を援護しようと駆け寄ってくるが、それよりも速く砕かれた塀の向こうから二つの影が躍り出て、一方が一護さんに。もう一方は傷を負っている雀部副隊長に向かっていく。

 

キンッ!キィンッ!!

 

二つの場所で甲高い音が響き、俺はその音のした方向に視線を走らせると、そこには俺を襲っているのと同じ形状の突撃槍を斬月で受け止めている一護さんと、解放していない斬魄刀で一護さんと同じように受け止めているルキアさんがいた。

 

「あぁっ!こいつです!侵入してきた五種類の旅禍の最後の一種類は!!」

 

花太郎さんが襲撃者を指差して叫びを上げる。

 

…ということはイレギュラーズか!

 

そうと分かるや俺は力を込めて鍔迫り合いをしている刃を押し返し、相手の重心が後方に下がると同時に軽く後ろに跳んで距離を置いた。

 

そしてこの時になって、ようやく接近し過ぎていた為に突撃槍しか見えなかった襲撃者の姿がはっきりと見えた。

 

それは鎧を身に付けた人間のような出で立ちをしたモンスターだった。

 

一目で強靭だと分かる装甲を纏い、体の殆んどを覆い隠せる程の厚く大きい楕円形の盾と巨大な突撃槍を装備したその姿は、騎士を彷彿とさせた。

 

しかしやはりモンスターであることを示すように、異形な部位も存在していた。

 

人間の頭に当たる部分をそのままポ○モンのオム○イトに変えたような頭部。

 

そして装備を持つ人間の腕にあたる部分からは装甲の穴から触手が伸び、槍と盾に巻きつくことで『持つ』という行為を可能としていた。

 

鉄騎貝(てっきがい)

 

冒険王ビィトに出てくる10種類の属性から分けられるモンスター達。

 

その中の一つ、河川や沼地など水辺に生息する『沼』の属性の中で最強クラスとされるモンスター。それが鉄騎貝だ。

 

巨大な盾と槍を扱い、知能も高く、巨体に似合わない俊敏な動きで移動し、他のモンスターと連携しての波状攻撃を得意としているという特徴を持っている。

 

確かにこいつを一気に三体も相手にしたと考えるのなら、雀部副隊長の体の傷も納得が出来る。

 

「皆さん!こいつは単体でも強いですが、他のモンスターと連携をしての波状攻撃を最も得意としています!一対一の状況に持ち込みましょう!」

 

「あぁ!」

 

「分かった!」

 

「待ってくれ!!」

 

俺の言葉に一護さんとルキアさんが答えるが、そこで何故か雀部副隊長を肩から下ろした恋次さんが待ったをかけた。

 

「一護!お前は一番隊舎に行ってくれ!」

 

「どういうことだ恋次!?」

 

鉄騎貝と鍔迫り合いをしているルキアさんが恋次さんに視線を向ける。

 

「雀部副隊長から聞いたんだが、総隊長のお姿が見えないらしい!こんな時は陣頭指揮をとるために出るのが普通にもかかわらずだ総隊長に何か異変が起こった可能性が高い!」

 

矢継ぎ早の叫びに俺を含む周りの人達の顔色が変わる。

 

「卍解すればこの中で一番速いのは一護!お前だ!そいつの相手は俺がやる!一番隊舎に向かってくれ!」

 

「確かにそうやな」

 

「「「「!!」」」」

 

突然割り込んだ第三者の声に、また新たな襲撃者かと俺は鉄騎貝に向ける警戒を保ったままで声のした方に顔を向け………俺は最初に考えた新たな襲撃者の可能性を捨て去った。

 

歩くたびに耳までかかったおかっぱ頭の髪と、袖のある隊首羽織を揺らして現れたのは、護廷十三隊五番隊現隊長。平子真子だった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

getsuga3さん。感想有り難う御座います!


――龍一郎サイド――

 

「「「「平子(隊長)」」」」

 

一護さんとルキアさん。恋次さんに雀部副隊長に肩を貸している花太郎さんの声がハモる。

 

「やっ、ルキアちゃん。さっきは報告有り難うな。お蔭でどの隊も素早く対処に踏み切れたで」

 

手を挙げて朗らかに答える平子隊長を見て、その内にある隊長格の実力を感じ取ったのか、一護さんとルキアさんにそれぞれ鍔迫り合いをしていた鉄騎貝が後ろに跳んで距離を置き、目の前に居る相手と平子隊長を交互に見て、明らかに迷いの感情を見せている。

 

「一護、お前は総隊長の所に行きや。ルキアちゃんは一護の案内頼むで。此処は俺と阿散井が引き受けるわ。……それと」

 

先程までの朗らかな表情が消え去り、真面目な顔をして隊長らしく一護さん達に指示を出した後に、値踏みをするような目で俺を凝視した。

 

「お前がルキアちゃんの報告にあった吉波龍一郎か?」

 

「は、はい」

 

じぃっと見られて問われ、俺は戸惑いながらも返事をする。

 

「味方と思って…ええんやな」

 

「はい!」

 

今度は即答で力強く返した俺を見て、ふっと小さく笑い。

 

「目の前のそいつ…お前に任せたで」

 

そう言って平子隊長が指差す先には、先程まで俺と鍔迫り合いをしていた鉄騎貝がいた。

 

『お手並み拝見』

 

平子隊長の顔にありありと書かれていたその意に闘志が湧く。

 

「任せてください!」

 

エクセリオンブレードの切っ先を鉄騎貝に向けて吠える俺を確認し、平子隊長は一護さんとルキアさんの方に顔を向ける。

 

「という訳や一護。ここは俺らに任せて総隊長の所に行き」

 

「ちょっと待て平子!」

 

「あん?なんや?」

 

纏まりかけていた話に慌てて待ったをかける一護さんに、平子隊長がどこか間の抜けた口調で問い返した。

 

「花太郎と怪我人はどうするんだ!護る奴がいるだろ!」

 

「あぁ。それやったら心配は無用や。吉波の後ろにいる譲ちゃんがさっきからそこの2人に障壁張って護っとるからな」

 

「よく気付いたな」

 

「「「「!!!」」」」

 

突然俺の後ろから上がった聞き覚えのある声に、俺に一護さん。ルキアさんと恋次さんは声にならない驚愕と共に、俺は背後を振り向いた。そして皆も其処に視線を向けると、そこには浦原商店にいる筈の俺の相棒であるエルフィがいた。

 

「な、何でエルフィがここにいるんだ!?浦原商店で留守番している筈だろ!」

 

錯乱気味に叫ぶ俺に、エルフィは小首を傾げた。

 

「何を言っているのだ龍、最初に言っただろう。普段はステルスモードで姿を消して常に側にいると」

 

いや、まぁ確かに浦原商店に向かって歩いている時にそう言っているのは覚えているけど…俺が聞きたいのは転移符を使ってもいないのに、どうしてエルフィがここにいるかという事なんだが…。

 

「龍一郎達がソウルソサエティに転移したすぐ後に我も転移したのだ」

 

「心読んで答えるなよ」

 

「手間が省けるだろう」

 

…周りに原作キャラがいる状況でメタ発言を言うなよ。

 

内容が内容だけに心の中で突っ込みを入れる俺。

 

「でも転移出来るんなら、わざわざオケアヌスの輪から転移符を出して使わなくてもよかったんじゃないか?」

 

「正確な座標を特定するのにはかなりの時間が必要となるからな。龍一郎達が転移符で先に行き、その航跡を辿って転移をした方が遥かに速いからその方法をとっただけだ」

 

成る程な。

 

「お~い。もう話は終わったか~?」

 

間延びした平子隊長の呼び掛けに、俺はこの場が戦場であることを思い出し、慌てて気を引き締めて「は、はい!」と返事をする。

 

「ちゅう訳や一護。この譲ちゃんが2人を護っとるさかい。心配は無用や」

 

「エルフィは防御や回復といった補助系のエキスパートです。実力は俺が保証します」

 

渋る一護さんに言う平子隊長を俺がフォローする。

 

実際に浦原商店の勉強部屋で鍛錬をしていた時にエルフィの力を確かめてみたくて、障壁を張って貰って攻撃してみたのだが、とんでもないほどの硬度だった。

(最後の方には意地になって影分身を2体出し、最大威力の雷吼砲×3を障壁の一点に集中して撃ち込んでも傷一つ入らず、少し凹んだのは余談である)

 

「花太郎達を…頼む」

 

俺のフォローもあってか、一護さんは僅かに逡巡の間を空けてエルフィに言い、俺の相棒は無言で頷いて一護さんに答えた。

 

「行くぞ一護。付いて来い」

 

「あぁ」

 

一言のみの会話を終え、ルキアさんと一護さんは俺達に背を向けて空へ跳躍した。

 

――!!――

 

「おっと」

 

「させるかよ!」

 

2人が跳んだのを見た鉄騎貝達が後を追おうと動くが、瞬歩を使い目の前に立ち塞がった平子隊長と恋次さんによって出足を止められた。

 

「一護達は追わせへんで」

 

刀を抜いて肩に乗せた平子隊長が――

 

「どうしても追いたいのなら」

 

エクセリオンブレードの切っ先を向けた俺が――

 

「俺達を倒すんだな」

 

名を呼ばずに蛇尾丸を解放した恋次さんが――

 

「「「お前等の相手はこの俺だ(や)!」」」

 

異口同音に鉄騎貝達に言った。

 

 

 

                      ☆

 

――一番隊舎執務室・三人称サイド――

 

「なに…」

 

己が放った燃え盛る炎を背に平然と立つ黒い影を目にし、元柳斎は驚愕に声を漏らした。

 

「たいした炎だが……この程度じゃあ俺の命は焼けねぇぜ」

 

流刃若火の爆炎を浴びたにも拘らず、その身に纏うマントにすら焦げ跡一つ付かないことに目を見開く元柳斎に、バウスは口角を上げて邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ならば…」

 

元柳斎は即座に驚愕から立ち直り、バウスに再び流刃若火の炎を放つ。

 

「無駄だぜ」

 

先程と同じく炎に飲み込まれても、バウスは笑みを浮かべたままでその場に立っていた。

 

しかし同じ事を二度三度と繰り返す元柳斎ではなかった。

 

流刃若火の炎の波でバウスの視界を遮り、瞬歩で一気に懐へと入り込み刃を一閃する。

 

ギィン!!

 

バウスの左側。生物としての絶対的な急所の一つ。幾重にも血管が通う首筋を目掛けて振るわれた斬魄刀の刃は、見えない壁に阻まれて黒い皮膚に触れることなく止まった。

 

(これが朽木ルキアの報告にあった不可視の障壁か)

 

天廷空羅での報告にあった、現世で戦ったムガインも使っていた不可視の冥力壁。バウスもそれを使い、元柳斎の攻撃を完全に防いでいた。

 

「なに止まってんだよ」

 

元柳斎が思惟(しい)に入っていた一瞬のうちに、バウスは元柳斎の方に顔を向け、同時に腹部に狙いを定めてのボディアッパーを打ち込んだ。

 

しかし黒い拳が腹に入るよりも僅かに早く、元柳斎は瞬歩を使って後方に移動して間を開くことでバウスの一撃を避け、再び瞬歩を使い自らが元々立っていた場所に舞い戻った。

 

「へぇ」

 

空振りした拳を戻し、バウスは元の場所に戻った元柳斎を見て感心したように呟きを口に出した後に、獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みをみせた。

 

「速いな。涅マユリとは段違いだ」

 

「その障壁…涅を殺したのもその力故か」

 

バウスの言葉に敢えて答えずに自らの考えを語る元柳斎に、バウスははぁっと溜め息を吐いて後頭部を軽く掻く。

 

「こっちの話に答えるつもりは無ぇって訳か」

 

「瀞霊廷に攻め込んできた貴様に、儂が悠長に話し合うと思うたか」

 

「ま、そりゃそうだな」

 

あっさりと認めたバウスに元柳斎は流刃若火の剣先を向けて、一挙一動に反応できるように構えた。

 

(さて…あの障壁を如何様にするか)

 

切っ先を相手に向けて構えながらも、元柳斎は思案を巡らせていた。

 

朽木ルキアからの報告で現世に現れたムガインの使っていた冥力壁と、今現在バウスが張っている不可視の障壁が同じものだということは既に確信していたが、問題はその対処法だった。

 

報告によると現世に現れたムガインの障壁は当時その場にいた吉波龍一郎の特殊な武器で切り裂き消滅させたとあったが、今この場に吉波龍一郎が居ない以上、同じ方法は使えなかった。

 

流刃若火の炎を完全に防いだ所から、流刃若火よりも威力の劣る鬼道による攻撃は通じないと考えるべきだろう。斬魄刀による斬撃にも平然とした以上、打つ手が無いというのが現状である………が。

 

じつは元柳斎の切り札に、バウスの冥力壁を打ち破れる可能性を持つものが存在した。

 

流刃若火の卍解『残火の太刀』。

 

その技の一つ。残火の太刀”東””旭日刃(きょくじつじん)”。

 

流刃若火の莫大な炎の全ての熱を剣先に集中させ、切りつけたものを跡形もなく消失させる技だ。

 

いかなる堅牢な防御をも無意味とするこの技なら不可視の障壁を貫き通し、バウスに決定的な一撃を通すことが可能やも知れなかった。

 

しかしそれを実行するには一つ問題があった。

 

それは残火の太刀を解放するとそのあまりの高温のために、ソウルソサエティ中の水分が失われる程の異常乾燥を起こしてしまう事だ。

 

現在バウスの放ったモンスター達によって多数の重軽傷者が出ているこの状況で残火の太刀を解放し、水分を失わせることは多くの怪我人に止めを刺すことに等しい行為だ。

 

更に今現在ソウルソサエティには、護廷十三隊の者以外に黒崎一護と吉波龍一郎がいる。

 

護廷十三隊の隊士達なら『一死以って大悪を誅す』の意気を知り、いつ何時でも命を落とす覚悟をしているだろうが、この2人は違う。

 

護廷十三隊でもない者達を巻き添えにする訳にはいかなかった。

 

「おいおい。考え事なんかしている場合か」

 

元柳斎が思案に耽った一瞬の内にバウスが一気に間合いを詰め、こめかみを抉る様な左のハイキックを放った。

 

しかし元柳斎は即座に思考回路を切り替えて戦闘状態に戻し、軽くバックステップをしてバウスの蹴りを避け、がら空きになった左腹部に始解を戻した斬魄刀でカウンターの薙ぎ払いを打ち込むが、今までと同じく障壁に防がれ『ギンッ!』と刀身がぶつかり音が鳴る。

 

「効かねぇぜ」

 

蹴りを放った事で僅かに揺らいだ体勢を素早く直し、バウスは間髪いれずに先程のハイキックとは対照的な右のハンマーフックを振るうが、既に元柳斎は瞬歩で移動しており、その場にはいなかった。

 

ブォンッ!と重い風切り音と共に拳が空を切るのを、元柳斎はバウスから少し離れた場所でただ静かに見てるのみだった。

 

(カウンターも弾かれたということは、障壁は常時展開型。更に張り巡らせたままでの攻撃も可能…か)

 

「厄介じゃのう」

 

情報を纏めて出た結論に、元柳斎の口から呟きが漏れる。

 

(…やむを得ぬか)

 

元柳斎は静かに決意を固め、自らの霊圧を上げる。

 

ほんの一瞬。僅かな時間だが、卍解をするために。

 

しかし――

 

「破道の四!白雷!」

 

霊圧を高めるべく集中した刹那。聞き覚えのある女性の声と共に執務室の外から放たれた一条の雷撃がバウスに命中し、障壁に阻まれ四散する。

 

バウスがその雷撃が放たれた方向に視線を向けたその時――

 

「うぉぉぉっ!!」

 

咆哮と共にオレンジ色の髪を揺らし、身の丈程の大刀をバウスに叩きつける者がいた。

 

ギィンッ!!

 

「ちっ!」

 

耳障りな音を立てて弾かれる刃に舌打ちをした後に元柳斎の元にまで瞬歩で移動してきたのは、死神代行の黒崎一護であった。

 

「総隊長!ご無事で!」

 

同じく瞬歩で元柳斎の側に朽木ルキアが現れる。

 

「やれやれ。面倒だな」

 

2人を見てうんざりした口調で言うバウス。

 

そして元柳斎は援軍が来たにも拘らず、内心歯噛みしていた。

 

黒崎一護がこの場に来てしまった時点で、卍解を封じられたも同然となってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

数日間寝込んでいましたが、やっと復活しました。
お待たせしてすいません。


――平子真子サイド――

 

一護達を見送って、俺は目の前の相手に向き合った。

 

此方を伺う様子や佇まい。それに雰囲気から、こいつがそこそこの力を持っとる事がよう分かるわ。

 

せやけど、何時までもここで睨めっこしとる訳にもいかんやろし、ちゃっちゃと決めたろか。

 

「悪ぅ思わんといてや」

 

俺は意地の悪い笑みを浮かべて敵に一言侘びを入れ、刀を持つ手を逆手にして手を離す。

 

「倒れろ…逆撫(さかなで)」

 

斬魄刀を解放し、規則正しい感覚で複数の穴が開いた刀身と柄尻に付いたリングが特徴的な剣が俺の手に握られる。

 

「こうして向かい合っとるだけでも、お前が他の旅禍と比べて頭一つ抜けた強さを持っとるのは分かる……せやけど」

 

柄尻に付いたリングの輪の中に手を入れて剣そのものを回し、ヒュンヒュンと風を切る音を立てさせながら、目の前の相手に語る。

 

別に遊んどる訳やない。こうする必要があるんや。

 

逆撫の能力を発動させる為にな。

 

そして俺が語った後に一旦口を閉じた瞬間、斬魄刀を解放した事で強くなった俺の重圧(プレッシャー)に押されたのか、奴が一気に突進してきて槍を突き出しよった。

 

やけど無駄や。お前は既に詰んどるで。

 

そして案の定。奴は途中で足を止めて、その場で槍を無茶苦茶に振り回し始めよった。

 

どうやら無事に発動したようやな。見た目やと鼻が無い様に見えたからどうかと思たけど、俺の考えすぎやったようやな。

 

おそらく奴の目には、俺の姿も周りの景色も全てが逆に見えとるやろ。

 

「強者(つわもの)であればある程に引っ掛かる」

 

そして俺は奴に語り掛けながら瞬歩で近付いて剣を一閃し、首を跳ね飛ばした。

 

「それが俺の斬魄刀。逆撫の能力や」

 

首を斬り飛ばされて音も無く消滅していく奴に、聞こえへんと分かっとっても俺は最後まで語った。

 

(それにしてもルキアちゃんの報告通り、倒したと同時に消えていきよった。

 

世界を破壊しようとする存在。イレギュラーズ……そしてそのイレギュラーズを倒す為に神とやらに送られた奴。吉波龍一郎……か

 

なんや七面倒な事になりそうやなぁ)

 

俺がそんなことを思って吉波の方を見ると、あいつはまだ相手と睨み合いをしとった。

 

(ま。まずは今のあいつがどれ位の力を持っとるか見極めんのが先やな。

 

神から貰ったっちゅう力の一端。見せて貰おうやないけ)

 

俺は完全に傍観を決め込んで吉波の奴に視線を向けた。

 

 

――龍一郎サイド――

 

「はぁぁぁっ!!」

 

裂帛の気合と共に俺は全体重を乗せてエクセリオンブレードを振り下ろす。だが――

 

ガギィン!!

 

スピードとキレよりもパワーと重さを重視したその一撃を、鉄騎貝は楕円形の盾で完全に受け止めていた。

 

「まだまだぁっ!」

 

一度止められた事にめげずに二度三度とブレードを振るうが、結果は最初の一撃と同じく全て盾によって防がれてしまい、一旦後ろに下がろうと手を止めた瞬間に、鉄騎貝が反撃の一撃を突き出した。

 

「っ!」

 

ボッ!と空気を切って迫る突撃槍を体勢を崩しながらも身を捩(よじ)ってなんとか躱し、苦し紛れに突き出た槍の側面にブレードを叩き付けた。

 

ガンッ!と重い音が響き、まさか突き出した槍に攻撃してくるとは思わなかったらしく、鉄騎貝の体勢が僅かに崩れてよろめいた。

 

その間に俺は瞬歩を使って後方に移動し、間合いをとって崩れた体勢を立て直した。

 

(…参ったな)

 

離れてブレードを構えた俺は、鉄騎貝の盾を見て内心歯噛みしていた。

 

何故なら鉄騎貝の持つ盾には先程の斬撃による傷が幾つか付いてはいたが、その全てが小さく細かい傷で、とても盾そのものを切断できると確信が持てる程の大きい傷は皆無だったからだ。

 

たしか原作では主人公の振るう不完全なエクセリオンブレードでも、鋼鉄の塊をバターの様に切り裂ける程の力がある筈だが、今現在鉄騎貝の盾を見る限りではとてもそこまでの力を持っているようには見えなかった。

 

それは何故か。その答えはすぐに見当がついた。

 

足りないのだ。俺の力が。

 

引き出せていないのだ。エクセリオンブレードの力を。

 

俺は今になって浦原商店の勉強部屋で、斬魄刀や鬼道などの死神の戦闘技術の鍛錬だけでなく、その後も自主練で己を鍛えておかなかった事を悔やんだ。

 

だが今は過去を悔やむよりも、今この場を凌いで後に生かす事を心に誓い、エクセリオンブレードを構えて今自分が出来る事を頭の中で整理する。

 

まず得物だが、才牙から斬魄刀に持ち替える事も一瞬考えたが、その考えは即座に打ち消した。

 

冥力を持つ相手ならば斬魄刀よりも才牙の方がダメージを与えられるし、何より今後ウ゛ァンデルが出てきた時に備えてなるべく才牙の扱いに慣れておいた方がいいと思ったからだ。

 

遠距離の牽制としての鬼道。そして動体視力上昇させる写輪眼は大いに使える。

 

あと俺がまともに扱うことが出来て使えそうなのは、獣魔術と影分身の術のみ。

 

だが獣魔術は1日の使用回数は確か2、3回。

 

しかも浦原さんとのテストで光牙(コアンヤア)を一発撃ったから、残りは1,2回。

 

切り札にするには少々心許(こころもと)無い。

 

後は影分身だが、陽動や撹乱。援護や牽制など色々と使い道がある。

 

(…ふむ)

 

自分の出来る範囲での行動を割り出し、纏め、策を練り、俺は写輪眼を発動して再度エクセリオンブレードを構えた。

 

(一か八かの賭けになるけど…これしかないな)

 

自らの命が天秤に掛かった博打に感じた恐怖を無理やり押さえつけ、俺は瞬歩で一気に鉄騎貝に突進して行った。

 

飛燕を解放した時ほどではないが、エクセリオンブレードの重力制御能力によってスピードを増した俺は、瞬時に鉄騎貝の懐に潜り込んで、比較的装甲の薄い首に一点を貫く刺突を放つ。

 

だが鉄騎貝は僅かに体を移動して最小の動作で俺の突きを躱し、軽く数歩下がって間合いを取って反撃に突きを一閃する。

 

しかしこれは俺の予想の範囲内。鉄騎貝が数歩下がっていた時に俺は足のスタンスを変えていた。

 

足を前後に開いた構えから、左右に開いた構えに。

 

つまり前後に動くことを重点に置いた体勢から、左右に動くことを重点に置いた体勢に変えたのだ。

 

鉄騎貝が突きを放った瞬間、俺はサイドステップで槍を避ける。

 

そして此処が俺の狙っていた瞬間だった。

 

「縛道の九!撃!」

 

鉄騎貝に赤い光を放ち、動きを封じ込める。

 

これが俺の狙い。縛道で鉄騎貝の動きを封じて、渾身の一撃で仕留める。

 

セコイとか卑怯とか思うかもしれないが、これが俺の勝てる確率が最も高いのがこの手段しかなかったのだ。

 

俺はさっきの攻防でこのまま鉄騎貝とガチンコでぶつかり合えば、互いに消耗するのを待つ持久戦になる確率が非常に高くなると察し、体力がまだ残っている今の内に強引にでも決めようと思った。

 

そして動きを封じる鬼道を確実に当てる為に必中の距離にまで接近し、鉄騎貝が槍で攻撃してきた瞬間にギリギリで避けて鬼道を撃ったのだ。

 

しかも万が一にも盾で防がれないように、盾を持っている右側ではなく突撃槍を持っている左側に避けて。

 

もちろん常人に出来ることではない。一級の洞察眼である写輪眼があるからこそ出来る事だ。

 

そして此処からが勝負。一桁の縛道で鉄騎貝を長時間縛れる訳が無い。

 

一応手は打っておくが、迅速に仕留める一撃を鉄騎貝に叩き込む。

 

俺は後方に跳んで間を開き、十字に印を切って影分身の術を発動。分身体を一体のみ出す。

 

「頼むぜ」

 

「応っ」

 

一言のみの遣り取りをして、俺はエクセリオンブレードを肩に乗せて目を閉じ、意識を集中して魂と同調させる。

 

そして分身体の『俺』は鋼の錬金○師の主人公のように胸の前で手を合わせ、言葉を紡ぐ。

 

「自壊せよロンダニーニの黒犬! 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい!」

 

後述詠唱。

 

詠唱破棄で放った鬼道に詠唱を追加して強化する技術だ。これで縛道を強化し、鉄騎貝を封じている時間を少しでも長くする。

 

「…いくぜ」

 

その一言のみを発して、俺は目を開けて塚を握っていた左手を離し、拳を鉄騎貝に向けて突き出した後に親指と人差し指のみを開いて、二本の指を天に向ける。

 

丁度俺の目から、親指と人差し指の間に鉄騎貝がロックオンされたように映る。

 

(いくぞ…ブレード)

 

俺の心の呼び掛けに応えるようにブレードの目の部分がキラリと輝いた。

 

それを見て俺は突き出していた左手を戻し、再びブレードの柄を握り締めた。

 

その瞬間。現世でムガインを倒した時と同じようにエクセリオンブレードの刀身がバット大きく開かれる。

 

これで準備は整った!

 

「おおおぉぉぉっ!!」

 

俺は雄叫びを上げて瞬歩で一気に突進し、その勢いを乗せて鉄騎貝との擦れ違いざまに渾身の胴打ちを叩き込んだ。

 

ザンッ!!

 

切り裂いた確かな感覚が掌に伝わる。

 

「…フェザースラッシュ」

 

その技の名を紡いだ後、俺は振り切った刃の勢いを力ずくで止めずに敢えて身を任せて回転し、切り裂いた鉄騎貝に体を向けて残心の体勢を取る。

 

本来はここから再度突進して二撃目の胴打ちを打ち込むという技なのだが、半ばから断ち切られて消えていく鉄騎貝を見て、俺はふぅっと息を吐いて警戒のレベルを一段下げた。

 

(始めて使った技だけど、何とかうまくいったな)

 

俺は手に持ったエクセリオンブレードを見て穏やかな笑みを浮かべた後に恋次さんと平子隊長の方に視線を移すと、其処には手に持った斬魄刀を肩に乗せてこっちを見ている平子隊長と、青い炎に身を焼かれながら上下に断ち切られた鉄騎貝を見ている恋次さんがいた。

 

どうやら俺と恋次さんが鉄騎貝を倒したのはほぼ同時だったようだ。

 

そんなことを思いながら、俺は二人の元に歩を進めた。

 

 

――恋次サイド――

 

「うおおぉぉっ!!」

 

俺は戦いが始まると同時に吠えて、奴に向けて蛇尾丸を突き出して一気に延ばした。

 

奴は一瞬避けようとする素振りを見せたが、蛇尾丸の速度が思ったよりも速かったらしく、避ける事を諦めて盾を構えて防御の体勢を取る。

 

だが甘ぇ!!

 

俺は敢えて最も頑強そうな盾の中心部に蛇尾丸をぶち込んだ。

 

ガァン!!

 

派手な音が辺りに響き、蛇尾丸の力に耐えられなかったのか、構えた奴の盾に蛇尾丸の刃が突き刺さり、其処を中心に細かい罅(ひび)が放射状に入る。

 

だが、それだけじゃ終わらせねぇ。

 

俺は刃を突き刺したままで更に蛇尾丸を延ばし、力ずくで奴を塀の壁にまで押しやった。

 

(これで後ろには下がれねぇぜ!)

 

俺は狙い通りに行ったことに口の端を上げ、蛇尾丸の刃節を戻さずにそのまま切り上げて盾に刺さっていた刃を抜き、其処から切り上げの対を成す打ち下ろしの袈裟切りを振り下ろした。

 

すると奴は再び蛇尾丸に向けて盾を構えて防御の体勢を取った。

 

(とったぜ!!)

 

俺の顔に会心の笑みが浮かぶ。

 

奴と対峙した時、俺は奴の持つ盾が見た目以上に厄介だと思った。

 

あの大きな盾がある限り、奴に決定的な一撃を叩き込むのは難しいと思った俺は、まずその盾をぶっ壊そうと考えた。

 

その為にまず最初の一撃を思い切り盾にぶち込み、亀裂を入れて耐久力を下げると同時に、力任せに壁に押しやって退路を減らした。

 

後は盾で防ぎやすい攻撃を亀裂目掛けて打ち込めば、盾を破壊若しくは使い辛い状態に出来る。

 

そして俺は奴の持つ盾の亀裂に蛇尾丸の刃を食い込ませた。

 

ギャリィィン!!

 

刹那――

 

金属音が辺り一帯に響き、その音が齎(もたら)した結果に、俺は目を見開いた。

 

俺の見る先。其処には蛇尾丸の刃節が空中に舞う中で悠然と佇む奴の姿があった。

 

蛇尾丸の刃が盾に食い込んだあの一瞬。こいつは振り下ろした蛇尾丸の攻撃を完全に盾で受け止めずに、一度受けた後で蛇尾丸の攻撃の流れに合わせて盾を左に払い、蛇尾丸の一撃を完璧に逸らしやがった。

 

言うのは簡単だが、実際にするのは容易じゃねぇ。それをこいつは完璧にやりやがった。

 

そして決めの一撃を外されて呆けた俺に、奴は払いのけた体勢のままでショルダータックル気味に突っ込んできた。

 

奴が突っ込んできた事で我に帰った俺は蛇尾丸を振るって迎撃しようとしたが、既に最大攻撃まで使ってしまったことに気付き、慌てて延ばした蛇尾丸を元に戻す。

 

だが、その一瞬が奴の接近を許してしまうことになった。

 

奴は蛇尾丸の刃節が戻る前に俺の懐に入り込み、ショルダータックル気味の体勢から一気に身体を逆に捻り、その捻りを生かして引き絞った矢を放つような突きを放ってきた。

 

「っ!!」

 

その一撃が危険だと本能的に察知した俺は、自らの体勢が崩れるのも厭わずに、自分から仰向けに倒れるような形で何とか奴の一撃を避けた。

 

ゴゥッ!!

 

でかい石が高速で飛んで行くような重い風切り音を立てて、奴の突撃槍が眼前を過ぎるのと同時にガチンッ!という音と握った手に伝わる振動で蛇尾丸の刃節が元に戻ったことを悟り、俺は妙に頭の中が冷静になっていくのを感じた。

 

当然何故だと疑問に感じもしたが、俺は一先ずその疑問をどけて、奴を倒すことにのみ集中することに頭を切り替えた。

 

「破道の三十三!蒼火墜!」

 

眼前にある槍の元を視線で辿って奴の位置と体勢を探り、攻撃してきたことでがら空きとなった奴の脇腹に蛇尾丸を持っていない方の掌を広げて、詠唱破棄の鬼道をぶっ放した。

 

俺が不利な体勢のままで即座に反撃をしてくるとは思わなかったらしく、奴は蒼い炎の奔流をまともに受けて吹っ飛んだ。

 

(まだだ!!)

 

俺は更に追い打ちを叩き込もうと素早く立ち上がって体勢を立て直して跳躍し、蛇尾丸を延ばして左薙ぎに一閃した。

 

「おぉぉぉっ!!」

 

咆哮と共に薙いだ刃が蒼い炎に包まれて苦しげにもがく奴の胴を両断し、炎と共に消えていく奴を見て、自分で思っていたよりも気を張っていたらしく、俺は思わずふぅっと息を吐いて額に浮かんだ汗を拭っていた。

 

 

 

 




主人公が使った『フェザースラッシュ』は、冒険王ビィトのNDSソフトで実際にビィトが使う技の名前を少し変えたものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

――一護サイド――

 

ギィンッ!!

 

「…っ!」

 

思い切り打ち込んだ斬撃を弾かれ、俺は奴の全体を視界内に収めれるように数歩下がって斬月を構えた。

 

「オレンジ色の髪に、身の丈ほどの大刀……成る程な。てめぇが死神代行の黒崎一護だな」

 

「てめぇは何者だ…なんで俺の事を知っている」

 

相対する相手にいきなり名を言われ、俺は動揺で僅かに眉を動かしたが、勤めて冷静に返した。

 

「俺の名はバウス。何でお前の事を知っているのかって?そりゃあ俺は情報を大事にするからな。障害となりそうな敵はあらかた調べておいてあるんだよ」

 

平然と自らを『敵』と断言する相手―バウス―に、俺は斬月を力強く握り締めて睨むが、バウスはまだ話を続けるつもりらしく、軽く後頭部を掻きながらはぁっと溜め息を吐いて「それにしても」と言って俺を見た。

 

「現世にいる筈のお前が此処にいるって事は、ムガインの奴は倒されたって事か。やっぱりあの程度の奴じゃ荷が重かったって事か」

 

「なっ!!やはり貴様は奴の仲間か!?」

 

バウスのその言葉に反応して叫びを上げたのは、俺ではなく総隊長の爺さんの横に居るルキアだった。

 

「仲間……というよりは同属といった方が正しいな」

 

「じゃあやっぱりてめぇも、あいつと同じウ゛ァンデルって訳か」

 

ルキアに答えた奴の言葉を聞いて納得の意と共に出た俺の呟きに、バウスは細く開いた目を開いて意外そうな顔で俺に顔を向けた。

 

「おい。その言葉…何処で知った」

 

「へっ!誰が教えるかよ!」

 

挑発で返す俺にバウスは「そうかい」と一泊間を置いた後に地を蹴って接近し、俺のこめかみを抉る様な左のフックを放ったきた。

 

しかし奴の全体を視界内に収めて警戒していた俺は、その動きに即座に反応して斬月を盾にし、その一撃を防いだ。

 

ガンッ!という鈍い音と斬月の柄を握る手に痺れが走る。

 

俺はそれを強制的に無視して目の前にまで迫ったバウスを睨み付けた。

 

奴は拳を斬月に当てたままで俺にニヤリと邪悪な笑みを浮かべて――

 

「なら、力ずくで聞き出すだけだな」

 

さらりと言い放った。

 

「やれるもんならやってみろ!!」

 

俺は吠えて奴の拳を止めたままで斬月を一気にかちあげて拳を捌き、接近しすぎている奴と一旦距離を置くのと同時に俺にとって最善の間合いとする為に数歩下がって、斬月を袈裟斬りに振り下ろした。

 

だが、斬月の切れ味が最も発揮される間合いで振るった刃も、バウスの冥力壁に弾かれて火花を散らすのみに終わる。

 

(チッ……やっぱり龍一郎の武器じゃねぇと駄目か)

 

俺が内心で舌打ちをするのとほぼ同時にバウスは俺に再び接近し、右のボディアッパーを打ち込んできた。

 

下から迫るその拳を俺は僅かに後方に下がって躱したが、奴の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

後方に下がった俺に左のストレート、右のミドルキック、再度接近しての左のアッパー、止めに右の突き回し蹴りと。拳と蹴りのラッシュを次々と放ってきた。

 

それに対し俺は左のストレートは首を傾げる形で避け、右のミドルキックを斬月で受け止め、左のアッパーをスゥエーで躱す。

 

だが奴の攻撃を避けれたのは此処までだった。奴のアッパーを仰け反って躱してしまった事で視線を上に向けてしまった俺は、止めの突き回し蹴りに対する反応が僅かに遅れてしまった。

 

自らの失策に気付いた時には既に奴の蹴りが俺の鳩尾に突き刺さっていた。

 

「がはっ!」

 

肺の中にある空気が呻きと共に漏れ、蹴りの衝撃で吹っ飛ばされた事で身体が浮き、奇妙な浮遊感が全身を襲う。

 

しかし俺はなんとか空中で体勢を立て直して地を踏みしめ、素早く斬月を構えて奴を視界内に捉えた。

 

(…こいつ)

 

鳩尾に残る鈍い痛みを感じ、俺はギリッと奥歯を強く噛み締めて自分の迂闊さを悔いた。

 

現世でムガインと戦い、ウ゛ァンデルという存在の力を多少は理解したつもりでいたが、この場でのバウスとの攻防でそれは俺の驕りだということを悟った。

 

ムガインはでかい図体に見合うパワーと重量を使って、斬るというより押し潰す系統の攻撃をしていたが、その高い攻撃力に反比例して動きは鈍重で避けるのはかなり簡単だった。

 

だが目の前に居るウ゛ァンデル。バウスは現世で戦ったムガインとは桁が違っていた。

 

ムガインのように武器を手につけての攻撃などはしてこないが、パワーもスピードも全てにおいてムガインを圧倒的に上回っている。

 

「一護!」

 

「来るなルキア!!」

 

叫んで駆け寄ろうとするルキアに、俺は声を荒げて制止する。

 

「しかし…」

 

「こいつは現世で戦った奴とは別格の強さだ!お前じゃまず太刀打ちできねぇ!お前は爺さんの側に居てくれ!」

 

「賢明だな」

 

俺の説得に肯定の意をみせたのはルキアではなく、目の前に居る相手。バウスだった。

 

「だがムガインの奴を基準に俺を見ないで欲しいもんだな。あんな二ッ星と一緒にされるのはいい気分じゃねぇ」

 

二つ星?一体どういう意味だ?

 

そんな心情が顔に出たのか、バウスは俺の顔を見て眉を顰めて怪訝そうな表情をした。

 

「おいおい。なんだその顔は?まさかウ゛ァンデルの事を知っているのに『星』の事を知らないとか言い出すんじゃねぇよな」

 

図星を指されたが、これ以上表情を読ませないように無言のまま斬月を構えて睨み付けたが、そんな俺を見て何かを悟ったのかバウスは「どうやら…知らねぇみたいだな」と呟いた。どうやらおれのポーカーフェイスは無駄に終わったみたいだ。

 

「ま、その位しか知らないのならまだいいか…」

 

何がいいのかは分からないが、どうやら向こうで勝手に完結して考えを切り替えたらしく、「それにしてもなぁ……」と呟いて軽く後頭部を掻いて俺を見据えた。

 

「山本元柳斎に頼み事をする為に来たってのに、色々と面倒な事になっちまったな」

 

「頼み事…だと…」

 

バウスのふざけた物言いに、ルキアは呆れ果て。俺は怒りのままに怒鳴る。

 

「ふざけんな!!」

 

俺はこれを見ろとばかりに部屋から見渡せる外の景色に向けて腕を振るった。

 

其処には火の手が上がり、黒い煙が立ち上る瀞霊廷がどこまでも広がっている。

 

「これが頼もうとする奴のやる事か!!」

 

俺の叫びに対してバウスは「うるせぇなぁ」と面倒臭そうに返すだけだった。

 

「さっきも言っただろう。俺はお前じゃなくて山本元柳斎に用があるんだよ」

 

勝手な言い草に俺は血液が沸騰するような怒りを感じ、ギリッと音がする程に奥歯を強く噛み締める。

 

「…貴様の用件を聞こう」

 

低く重い声。それは俺の声でもルキアの声でもない。総隊長の爺さんが発したものだった。

 

「なっ!?爺さ…!!」

 

「総隊長殿!?一体…!!」

 

俺とルキアの驚愕の声が重なるが、俺達は爺さんの目を見て口を噤み、喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 

何故なら爺さんの目は決して今のこの状況に絶望しての諦めを含んだ目ではなく、力強い光を宿した目だったからだ。

 

爺さんには何か考えがある。そう感じ取った俺とルキアは、黙って爺さんとバウスの会話に耳を傾けた。

 

そしてバウスは爺さんの返事に意表を突かれたらしく、ピクリと眉を動かして「ほぅ」と呟いた。

 

「そんな簡単に聞いてくれるとは、正直思ってなかったぜ」

 

「早う申せ」

 

爺さんの一言にバウスは「随分とせっかちだな」と若干呆れた様子を見せたが、「まぁいい」と気を取り直して本題を切り出した。

 

「俺の用件は唯一つだ。鬼道砲を俺にくれ」

 

「「「……!」」」

 

その内容に俺もルキアも。そして爺さんもが驚愕に声を失った。

 

鬼道砲

 

それは俺が卍解を体得して間もなかったときに起こった事件。

 

ソウルソサエティを追放された元重権貴族・龍堂寺家がその復讐の為に、ソウルソサエティと現世の間に輪廻から外れた魂魄の集合体の空間。叫谷(きょうこく)を出現させ、世界の崩壊を企てた。

 

俺は奴等に捕まった輪廻から外れた魂魄の記憶の集合体の思念珠(しねんじゅ)…いや。茜雫(せんな)を仲間の力を借りて助け出し、ソウルソサエティは叫谷を破壊してなんとか事件は解決した。

 

そして後にルキアから聞いた、叫谷を破壊する際に使った兵器。それが他でもない今バウスが言った鬼道砲だ。

 

一つの空間を破壊する事も出来る兵器。そんな物騒な代物を事も無げに『くれ』と言ったバウスに、俺は斬月を握る手に力を込め、ルキアは斬魄刀の柄に手をかけて警戒する。

 

しかし爺さんは薄く目を開けて動揺の気配を見せはしたが、俺やルキアのように大きな反応はせずに再びバウスに問う。

 

「貴様…鬼道砲を手に入れて如何様にする腹積もりじゃ」

 

爺さんのその問いに、バウスは歯を剥き出しにして邪悪な笑みを浮かべた後に即答した。

 

「現世に向けてぶっ放す」

 

その言葉が耳に届き。俺の頭は刹那の間、凍結したように完全にフリーズした。

 

そしてその凍結が解けた後に真っ先に頭に浮かんだのは、現世にいる家族や仲間達の姿だった。

 

遊子、夏梨、啓吾、水色、たつき、井上、チャド、石田。

 

皆のいる現世に鬼道砲を撃つ……だと?

 

そんなこと……

 

「…させるかよ」

 

「あぁ?なんか言ったか?」

 

俺の呟きが聞き取れなかったのか、聞いてくるバウスに俺は吠えた。

 

「そんな事……させるかよ!!」

 

俺が咆哮を放つと同時に感情に呼応して霊圧が嵐の様に吹き荒れ、辺りをビリビリと震わせる。

 

俺は斬月の切っ先を上げてバウスに向け、己の霊圧を更に高め――

 

「卍!!」

 

力を解き放つ!!

 

「解!!」

 

先程まで俺の周りでとぐろを巻くように放出されていた青白い霊圧が、全てを塗潰す様な黒に変わり、瞬間的に俺の姿を隠す。

 

そして黒い霊圧が晴れ、天鎖斬月を携えた俺はバウスに剣先を向けたままで吠えた。

 

「そんなふざけた計画は俺がぶっ潰す!!」

 

しかし卍解して吠える俺を前にしても、バウスは「うるせぇなぁ」と面倒臭そうな顔をして横目で見ているだけだった。

 

「なに…?」

 

「俺はお前に聞いているんじゃねぇ。元柳斎に聞いているんだよ……で?どうなんだ返答は?」

 

奴のふてぶてしいまでの態度に驚きや憤りを通り越して絶句する俺を無視して、バウスは爺さんの方に顔を向けた。

 

そんなバウスに、爺さんは小さく息を吸い込んで一拍置き、薄く開いた目をクワッと見開いて――

 

「否!!!」

 

言い放った。

 

「我等護廷十三隊!世界の崩壊に手を貸すなど断じてせぬ!!

そして世界の崩壊を企む貴様を、全霊を賭して叩き潰す!!」

 

「…やれやれ。決裂か」

 

「元より願いを聞くつもりなど毛頭無い。貴様の目的を知るために聞いていたまで」

 

「そうかい…なら」

 

ガリガリと後頭部を掻いて溜め息を吐き、落胆を露にしていたバウスの雰囲気が『なら』の一言と共に明らかに変わった。

 

気温が急激に下がったような錯覚を覚え、背中に冷たい汗が流れる。

 

喉の渇きを感じ、ゴクリと唾液を飲み下す音が酷く大きく聞こえる。

 

バウントとも、破面(アランカル)とも、死神が放つ殺気とも違う。

 

今まで感じた事の無い、全く異質の殺気。

 

(これが……ウ゛ァンデルの殺気か)

 

その殺気を受けて無意識に気圧されそうになる己の身体を叱咤して何とか堪え、天鎖斬月を正眼に構えてバウスを睨みつける。

 

「邪魔なお前達を殺して…ゆっくりと鬼道砲を探させて貰おうか」

 

「やってみろ!!」

 

俺の咆哮に呼応するように後ろにいるルキアは刀を抜いて構え、総隊長の爺さんは己の斬魄刀に炎を宿す。

 

「いいぜ。かかってきな」

 

「おおぉおっ!!」

 

余裕すら感じられるバウスの挑発に応えて雄叫びを上げて切りかかっていったのは、俺でもルキアでも爺さんでもなかった。

 

ギィンッ!!

 

奴の冥力壁に刃が弾かれ、七枚の刃節に分かれた見覚えのある刀身が舞い、執務室の外から恋次が踊り込んできた。

 

「チッ…こいつもムガインの奴みたいな壁を張ってやがるのか」

 

「「恋次!!」」

 

床に着地して蛇尾丸の刃節を戻し、憎らしげに舌打ちを漏らす恋次に、俺とルキアの声が重なる。

 

だが恋次は俺達の呼び掛けに一切答えず、バウスに視線を向けたままで蛇尾丸を構えた。

 

一方バウスは敵意を剥き出しにしている恋次の視線など、全く気にならないといわんばかりに溜め息を吐く。

 

「はぁ~やれやれ。また邪魔な奴が増えたか」

 

「ソウルソサエティからしたら、テメェの方が邪魔者なんだよ!魔牢獄の獄長さんよぉ!!」

 

「!」

 

魔牢獄の獄長。恋次の言った意味不明の単語に、バウスは明らかな反応を見せた。

 

「貴様…何故その事を知っている」

 

「へっ!誰が言うかよ!!」

 

鼻で笑って吠えた後に、恋次は蛇尾丸を床に突き刺した。

 

「くらいやがれ!!狒牙絶咬(ひがぜっこう)!!」

 

恋次の咆哮と同時に、バウスを中心に周りから床に突き刺した蛇尾丸の七つの刃節が一斉に舞い上がり、七つの刃がバウスに襲い掛かった。

 

ドガアァッ!!

 

凄まじい音と衝撃と共に土煙が舞い上がる。

 

「後は…任せたぜ」

 

恋次のその呟きが何を意味するものなのか、俺とルキアが問おうとしたその時――

 

ブワッ!!

 

執務室の外から一体の黒い影が一陣の風となって舞い降りた。

 

その影――翼の大剣を肩に乗せた龍一郎は、執務室の床に足を踏みしめると同時に、土煙の先にいるであろう存在に鋭い視線を向けた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

――龍一郎サイド――

 

花太郎さんと傷付いた雀部副隊長を平子隊長とエルフィに任せ、俺と恋次さんは一護さん達がいるであろう一番隊の執務室に向かい、霊子で作った足場を踏みしめて空を駆けた。

 

あの三体の鉄騎貝をそれぞれが倒した後、先に行った一護さん達から一向に連絡が来ない事を不審に思い(最初に俺は考え過ぎではないのかと言ったが、恋次さんが「一緒にいる筈のルキアからも連絡がないのは明らかにおかしい。あいつは無事なら無事と連絡する奴だ」という反論に、俺も納得して)、急遽俺と恋次さんの2人で一護さん達が向かった一番隊の執務室へと向かう事となった。

 

のだが……

 

「遅ぇぞ吉波!!」

 

「これでも……精一杯なんですよ!」

 

俺の前を瞬歩で行き、振り向いて声を荒げる恋次さんに俺は荒く吐く息を整えながら反論する。

 

なにしろソウルソサエティに来てからずっと走る事と戦闘の連続だったのだ。まだ十日程しか鍛錬をしていない俺にこれで疲労するなというのは明らかに無理がある。

 

「ったく、体力無ぇなぁお前」

 

その一言が槍となって胸にグサッと刺さる。

 

何か言い返そうかとも思ったが、呼吸が安定しないのと反論できる要素が何一つ無かったので、俺は苦い顔をして「…すいません」と詫び言を言う他に無かった。

 

「まぁ仕方無ぇ。もう少しで着くんだ。取り敢えず………ん?」

 

俺への言葉を唐突に切り、恋次さんは怪訝そうな顔をして振り返って先の一点を見た。

 

「恋次さん?どうし…っ!」

 

『どうしたんですか?』と口にしようとした瞬間。俺は『それ』を感じ取り、思わず口を噤んで恋次さんの視線の先。『それ』の発生源へと目を向ける。

 

辺りの大気がビリビリと震える程の霊圧。強大でありながらも覚えのある感覚。それは間違い無く一護さんの霊圧だった。

 

「この霊圧は…」

 

「一護だな。あの野郎卍解しやがった」

 

「ということは、卍解しなければ勝てない程に強い相手と戦っているという事でしょうか?」

 

「おそらくな」

 

俺の問いに恋次さんは小さく首肯し、ようやく呼吸が安定しはじめた俺をチラリと流し目で見て「行くぜ」と言って再び駆け出そうとしたが、俺は慌てて死覇装の袖を掴んでそれを止めた。

 

「待ってください!」

 

「あぁ!?なんだよ?まだ休みたいのか!?」

 

強引に出足を挫かれたからか刺々しくなっている恋次さんに、俺は首を左右に振って口を開く。

 

「違います。ちょっと待っていて下さい。執務室にいる敵を確認してみますから」

 

「はぁ?お前…何言ってんだ?」

 

困惑する恋次さんの問いをスルーして、俺はチャクラを練る。

 

鍛錬中にエルフィは言っていた。魔眼の類はオケアヌスの輪と同じ要領で念じれば出来ると。

 

ならば始めて使う魔眼でも、使うエネルギーさえあれば発動は可能だ。

 

俺は念じて叫び、その眼を発動させる。

 

「白眼!」

 

発動と共に俺の視界がほぼ360°にまで拡がり、瀞霊廷の全域が見渡せた。

 

いきなり視界が拡がった事にかなりの違和感を感じるが、こればかりは何度も使って慣れていくしかない。

 

「お前……その眼…」

 

白眼を発動した俺を見て、恋次さんが戸惑いを露にしている。

 

おそらく恋次さんから見たら、俺の眼の周りに幾つもの筋が浮き上がっているように見えるだろう。

 

「これは白眼といいます。能力は写輪眼を超える洞察力と、数百メートル先をも見通せる程の視力の強化です」

 

「どんだけ能力を持っているんだ。お前は」

 

呆れ混じりにツッコム恋次さんに俺は悪戯っぽい笑みを向けた後、白眼をコントロールして執務室の内部へと視線を集中し――

 

「…なっ!!」

 

そこにいた一護さんと相対している存在を見て、俺は思わず驚愕の呻きを漏らした。

 

黒い筋肉質の重厚な身体。

 

袖とフードの付いた赤黒いマント。

 

太い手首と首に嵌められた幾つもの棘がある皮製のバンド。

 

黒く四角い顔。

 

頬と顎の中間ほどまで伸びた白い髪。

 

その髪を押し上げる様に伸びる黒く短い二本の角。

 

俺はその全てに見覚えがあった。

 

バウス

 

冒険王ビィトのアニメオリジナルストーリー。『冒険王ビィトエクセリオン』に出て来たウ゛ァンデルで、罪を負ったウ゛ァンデルを閉じ込めておく牢獄。魔牢獄のトップである獄長を勤めていた。が

 

しかしそれは全て表向きの話であり、真実ではない。

 

実は魔牢獄は昔は最強のウ゛ァンデルを生み出す為に作られた実験場であったのだ。

 

その実験の結果、完成体と呼ぶに相応しい数体のウ゛ァンデルが生み出され、実験は成功した………否。しかたのように思われた。

 

ある日一体のウ゛ァンデルが、己の内にある強大な冥力が原因不明の暴走を起こして消滅するまでは。

 

興奮する事によって己の冥力が制御しきれずに暴走、崩壊する。その事を知った当時の製造者達は、実験によって生み出された全てのウ゛ァンデルに冥力を押さえ込む力を持つ拘束具を取り付け、実験場を牢獄へと変えた。

 

生み出したウ゛ァンデルの中で最も力の強いウ゛ァンデルを牢獄の管理者である獄長の席に置いて。

 

そしてそのウ゛ァンデルこそが他でもない。今一護さんと相対している相手。バウスだった。

 

(だけどおかしいな。拘束具が付いていない。……ということは、アニメの初期から中期のバウスか?)

 

生み出されたウ゛ァンデルである以上、バウスの身体にも拘束具は付けられている。だがそれが現れたのは最後の戦いの直前位の筈だ。

 

つまり今執務室の中にいるバウスは、まだ自らが魔牢獄で生み出された強化ウ゛ァンデルであるという事は知らないという事か?

 

しかし、どっちにしても――

 

「…厄介だな」

 

「どうした!?何か見えたのか!?」

 

心の声の一端をうっかり表に出してしまい、恋次さんがそれに反応して問い詰めてきた。

 

しかし、まぁ別に隠しておくような事でもないので、俺は正直に話す。

 

「執務室の中にかなり厄介なウ゛ァンデルがいますね」

 

「ウ゛ァンデル?なんなんだそれは?」

 

予想外の恋次さんの返しに俺は「え?」と間の抜けた声が出てしまうが、すぐにある事実を思い出して合点がいった事を示すようにポンと手を打った。

 

そういえばウ゛ァンデルの事を話した時には恋次さんとルキアさんはソウルソサエティに行っていたんだった。

 

「現世で戦ったムガインと同じ種族だという事ですよ。ちなみにさっきまで俺達と戦っていた貝みたいな奴等とか、現世で戦った虫もどきなどは全てモンスターという種族のくくりに入っています」

 

「そうか……ってちょっと待て」

 

納得の意を見せた後、即座に待ったをかける恋次さん。

 

「何か?」

 

「現世のムガインと同じ種族で、お前が見ただけで『厄介だな』って言う程の奴って事は、相当やばい相手だって事じゃねぇのか?」

 

「…はい」

 

図星を指されたが、俺は誤魔化さずに正直に頷いた。

 

なにしろ『冒険王ビィトエクセリオン』でも、主人公のビィトが振るったエクセリオンブレードをたった二本の指で挟んだだけで受け止めれる程の力を持っている。文字通りの怪物だ。

 

ビィト程才牙をうまく使いこなせない俺が突っ込んで行って、勝てる相手じゃない。

 

『冒険王ビィトエクセリオン』では天力を増幅できる力を持つリオンがいたのと、天撃の達人であるジャンティーゴの四賢人に鍛えられてのレベルアップがあったからこそ、なんとか勝てたようなものだ。

 

どちらにせよ正攻法では分が悪い以上、搦め手で攻めるしかない。

 

とすると………

 

「『はい』って、んじゃあどうするんだ?お前の事だ。何か手の一つや二つはあるんだろう?」

 

「その事なんですけど恋次さん。一つ頼みがあるんですが、いいですか?」

 

問い返した俺に恋次さんは「あん?」と軽く首を傾げたが、何か策があるというのをすぐに察したらしく、フッと口角を吊り上げて「言ってみな」と促した。

 

「はい。まず恋次さんが執務室に入って行って、相手に一撃当てて隙を作って欲しいんです」

 

「…成る程な。後はテメェがその隙を突いて才牙ってやつでぶった斬るって訳か?」

 

先を読んだ恋次さんの問いに、俺はこくりと頷いた。

 

「随分と単純な策だな」

 

身も蓋もない言い方に俺は苦笑を浮かべる。

 

「耳が痛いですね。でもこの策にはとある目的があるんです」

 

「目的?」

 

「はい。ちょっと確認をしたいんです」

 

「確認だぁ?一体何のだよ?」

 

「相手が何か仕掛けをしていないかという事ですよ」

 

俺の返答に恋次さんの眉がピクリと動く。

 

「卍解している一護さんが全然攻撃を仕掛けないのが気になるんです。相手がなにかしらの仕掛けをしている可能性があるので、それを確かめて置きたいんです」

 

「それで隙を作る為にする攻撃をして、相手の行動を探ろうって事か?」

 

「そういう事です」

 

内容を飲み込めた恋次さんにコクリと頷いて肯定する俺。

 

そして恋次さんは顎に手を当てて逡巡した後に、気合を入れるように自らの胸の前で己の掌に拳を打ち込んだ。

 

「うっし分かった!お前の策に乗ってやるよ。ただし…しくじるんじゃねぇぞ」

 

「はい!あ、そうだ恋次さん。」

 

「あん?なんだよ?」

 

力強く答えた後に呼び止めた俺に、恋次さんは怪訝そうな顔をする。

 

「相手と対峙した時に『魔牢獄獄長』と言ってみて下さい。きっと相手は動揺しますから」

 

俺の言葉に恋次さんは怪訝な顔をしながらも「あぁ」と短く答えた後に、瞬歩で一気に執務室にまで移動して行った。

 

俺は執務室の中を常に把握する為に、白眼を発動したままで恋次さんの後に続いて空を駆ける。

 

先に入った恋次さんが蛇尾丸を伸ばしてバウスに不意打ちの一撃を入れるが、火花を散らして弾かれ、刃節が宙を舞うのみで終わった。

 

その光景に、現世でのムガインとの戦いが頭をよぎる。

 

(ムガインと同じタイプの冥力壁か!)

 

この時になって俺は一護さんが卍解しながらも、何故斬りかからなかったのかをようやく理解した。

 

現世でムガインと戦った経験が、一護さんの心の内に躊躇いを生み出していたということを。

 

(最も。ムガインとバウスとじゃ、冥力に大きな差があるけどな)

 

そんな事を考えている間に恋次さんが二言三言言葉を交わして、バウスに動揺の気配が出ると同時に狒牙絶咬を発動。七つの刃節をバウスに当て、土煙を立てる。

 

どうやら俺の伝えた言葉をちゃんと言ったようだ。

 

俺は土煙の上がったその瞬間を見計らい、エクセリオンブレードを肩に乗せて一気に執務室の室内に踊り込み、恋次さんと舞い上がる土煙の間に立った。

 

背後から一護さんやルキアさんの動揺する気配が感じられたが、取り敢えず今はそれを無視して白眼を解除し、写輪眼を発動する。

 

たとえ土煙でバウスの姿が見えなくとも、写輪眼を通して見える冥力の流れで奴の位置を簡単に特定できる。

 

そして俺は鉄騎貝を倒したフェザースラッシュを放った前と同じく柄を握っていた左手を離し、親指と人差し指のみを開いて土煙の向こうにいるバウスに向けて腕を突き出す。

 

「ゼノン……」

 

俺は突き出していた手を戻し、再び柄を握り締めた。それと同時に、翼を思わせる刀身がバッと大きく開かれる。

 

まるでそれを計っていたかのように土煙が明け、奴が姿を現した。

 

「ったく、無駄な事を…………なにっ!!!」

 

煙が晴れて視界を取り戻したバウスは、俺の手に持つ物を目にして驚愕の声を上げた。

 

奴が驚くのも無理は無い。今俺の手にある才牙は、嘗て奴の命を断ち切ったものなのだから。

 

だからこそ俺はこの才牙を選んだ。奴に動揺を与えて隙を作り出すことが出来、今使える才牙の中で最も使い慣れているこの才牙を。

 

俺は動揺して動きが止まっているバウスに向けて跳躍し、落下の勢いと自らの全体重を乗せた大上段の一撃を見舞う。

 

「ウィンザァァァド!!!」

 

裂帛の気合と共に振り下ろした光の刃がバウスの冥力壁にぶつかり、切り裂いていく。

 

「いっけぇぇぇっ!!」

 

現世でムガインの冥力壁を切り裂いた時と同様に吠えて才牙の力を引き出し、更に冥力壁を裂いていく。

 

「…っ!させるかぁっ!!」

 

目の前で自らの冥力壁が切り裂かれていくのを見て我に返ったバウスが、慌てて掌を冥力壁に向けて冥力を込めて壁を強化する。

 

切り裂いていた刃が止まり、押し戻されていくのを感じた俺はエクセリオンブレードに力を込めて対抗する。

 

「「おおおぉぉっ(あああぁぁぁっ)!!!」」

 

天力と冥力。相反する二つの力が拮抗し、バチバチと火花を散らし、刹那の後―――

 

ドゴォォォン!!

 

大爆発を引き起こした。

 

予想外の事態に俺は成す術も無く吹き飛ばされ、ろくに受身もとれないままで床に叩き付けられた。

 

「ぐはっ!」

 

呻きと共に肺から空気が抜け、一瞬意識が遠くなる。

 

だが遠のく意識をなんとか気力で繋ぎ止めて顔を上げ、バウスの方を見る。するとどうやら爆発が予想外だったのは向こうも同じだったらしく、至近距離での衝撃を受けた影響で立ってはいるもののよろめいていた。

 

今なら策を労さずとも一撃を叩き込めそうなものだが、意識を繋ぎ止めるだけで手一杯の今の俺には不可能な事だった。

 

そう思った次の瞬間―――

 

「今だ一護!!」

 

「おう!!」

 

恋次さんの呼び掛けに応え、一護さんが地を蹴って一気に飛び出した。

 

その手に握る天鎖斬月には既に高められた力が込められており、刀身には黒い霊力が纏っている。

 

(何故だ!?)

 

突然の一護さん達の行動に、俺の頭の中がパニックとなる。

 

先程俺の放ったゼノンウィンザードの一撃で、バウスの冥力壁は確かに弱まっている。

 

しかしまだ冥力壁自体を完全に破壊した訳ではない以上、一護さんが攻撃をしても弾かれる可能性は高い。

 

(それなのに何故……………あ)

 

ここで俺は自らのしている根本的な勘違いに気付いた。

 

それはバウスの冥力壁が俺には見え、一護さん達には見えていないという事実。

 

俺は写輪眼で奴の冥力壁を見る事が出来るが、そもそもバウスの冥力壁は防御力と隠密性を重点に置いている為、肉眼で確認する事が出来ない。

 

だから先程の俺の一撃と起こった爆発で、現世の時と同じく奴の冥力壁を破壊したと思い込んだ恋次さんが一護さんにその事を伝えて攻撃を仕掛けたのだろう。

 

(やばい!)

 

俺は吹き飛ばされた時に一護さん達に警告しなかった事を悔やんだが、今は後悔している暇も無い。

 

俺は痛む体を酷使して、可能な限りの大声を張り上げる。

 

「駄「月牙ぁぁ!!天衝ぉぉっ!!!」」

 

だが有らん限りを込めた俺の叫びは、一護さんの咆哮によって掻き消され、誰の耳に届く事も無かった。

 

闇色の斬撃が空を走り、バウスに向かう。

 

その時、バウスが予想だにしなかった行動に出て、俺は目を見開いた。

 

なんとバウスは月牙天衝に対して腕を交差させ、防御の体勢を取ったのだ。

 

黒い月牙はバウスの障壁にぶつかり、刹那の後にバウスの体を浮き上がらせた。

 

(えぇっ!?)

 

「ぐ…あぁぁぁっ!!」

 

困惑する俺を置き去りにして黒い月牙はバウスを飲み込み、その叫びのみを残して斬撃は更に突き進んだ後に、執務室の壁にぶつかり深い切れ込みを残す。

 

 

「…やったのか」

 

辺り一面に土埃が舞い上がり、ガラガラと欠片が崩れ落ちる中で、恋次さんの呟きがやけに大きく感じられた。

 

(いや、だからそれはやっていないフラグだから)

 

心の中でそんなツッコミを入れつつ、俺は生まれたばかりの子馬のように危なげにふらつきながらもなんとか立ち上がり、エクセリオンブレードを正眼に構える。

 

先程俺が当てたゼノンウィンザードは冥力壁自体を破壊するまでには至らなかったが、冥力を予想以上に削り取る事は出来たようだ。

 

奴が一護さんの月牙天衝を受け止めた時に押された事がなによりの証拠。

 

ならば俺のこれからやるべき事は一つ。奴の冥力壁を完全に破壊することだ。

 

(だけど…)

 

逡巡を見せた俺の刃の先には――

 

「………やりやがったな」

 

左肩の付け根を右手で押さえ、苦しげな表情をするバウスの姿があった。

 

どうやら一護さんの月牙天衝は、思った以上のダメージを奴に与えたらしい。

 

「…っち!」

 

「あれをくらってもあの程度なのか」

 

バウスの姿を見て恋次さんは舌打ちし、ルキアさんは呆然と呟く。

 

しかし一護さんと山本総隊長は既にこの展開を予想していたのか、無言でバウスを己の視界に捉えて斬魄刀を構えた。

 

一方バウスは傷付いた肩を流し見て忌々しそうに舌打ちし、大きく後ろに飛び退いた。

 

「ちっ…治すのに少し時間が掛かりそうだな」

 

「そんな心配をする必要は無いぜバウス!お前は今此処で倒す!」

 

なけなしの気力を振り絞って吠える俺に視線を移し、バウスはハッと鼻で笑って見せた。

 

「俺を倒すだと?それが無理だというのはそれを持っている貴様が、一番理解していると思ったんだがな?」

 

「それはお前から見ても同じ事だろうバウス?」

 

バウスの言葉に俺は図星を指されはしたが、不敵な笑みを浮かべて返した。

 

確かに今俺が一番まともに扱える才牙の最高の技であるゼノンウィンザードをまともに当てても、奴の冥力壁を完全に切り裂くことは出来なかった。

 

それはつまり、今の俺に奴の冥力壁を一撃で破壊する事は不可能だと証明されたも同然だ。

 

となると奴の冥力壁を破壊する方法は俺の思いつく限り一つのみ。

 

質より量。数を当てて地道に冥力壁を削ってしかないのだが、いくら奴が傷を負って弱っているとはいえ、何度も攻撃を当てれるとは到底思えない。

 

だがこの場には俺と奴の2人だけではない。隊長格クラスの力を持っている一護さん達がいる。

 

力を合わせて戦えば、バウスの冥力壁を削れる可能性は飛躍的に高まる。

 

状況的には此方の方が有利だ。

 

頭の回転が速いバウスならば、そのことに気付いている筈だが、さて。どう動いてくるか……。

 

俺は睨みながらも思案を巡らせ、奴の出方を窺う。

 

とその時、バウスは自らの緊張を緩めるかのようにふっと息を吐いて口を開いた。

 

「…確かに貴様の言う通りだ」

 

素直に認めるという意外な行動に、俺を含むその場の全員が虚を突かれる。

 

その事に意識を奪われ、俺は迂闊にも気付くのがワンテンポ遅れてしまった。

 

奴の周りから紫色の光が淡く輝きだすのを。

 

そして俺はこの時点でようやく奴の真意に至る。

 

虚を突き、遁走に走るという真意を。

 

(逃がすか!)

 

ザッ!!

 

「!!」

 

俺は思わず地を蹴ろうとした足を止め、喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

 

俺の前に突如出現した影。瞬歩で一気に移動した山本総隊長によって。

 

そして総隊長は背後にいる俺に一瞥もせずに、遁走に走るバウスに向けて委細の躊躇いも無く、その手に持つ炎を纏った斬魄刀。流刃若火を一閃した。

 

ゴッ!!

 

執務室の空間を爆炎が支配し、室内から外に炎が噴き出す。

 

そしてその炎が治まった後には全てが焼き尽くされ、床も柱も炭化しており、バウスの姿も無くなっていた。

 

直撃を受けて焼き尽くされたか?それとも……

 

「逃したか」

 

――そうだな。あと少し遅れていたら危なかったぜ――

 

総隊長の呟きに答えたのは執務室にいる誰のものでもなく、今しがた消えた相手。バウスの声だった。

 

やけにエコーがかかっている所をみると、余程遠くから声を伝えているのか?それとも近くに録音機代わりに使えるモンスター・コダマンボでも近くにいるのか?

 

「くそっ!何処にいやがる!」

 

一護さん達は刀を構えて声に対して警戒をするが、声の出所が把握できずにキョロキョロ辺りを見るだけに終わっている。

 

――捜しても無駄だぜ。声だけをその場に送っているからな――

 

バウスの嘲笑うかのような物言いに、恋次さんと一護さんが歯噛みする。

 

――十日だ。十日でこの傷を治してまた来るぜ。それまでに俺に鬼道砲を渡すかどうか、もう一度よく考えるんだな――

 

「「「ふざけん(る)な!!」」」

 

一護さんと恋次さんとルキアさん。三人の怒号が重なる。

 

――それでも拒むのならばその時は………現世とソウルソサエティに一斉攻撃を仕掛けるぜ――

 

「「「「「!!」」」」」

 

バウスの爆弾発言に、俺を含む執務室にいる全員の顔が強張る。

 

――十日後の返事を楽しみにしているぜ。ハァッハッハッハ――

 

耳障りな哄笑を響かせて奴の声が徐々に消えていくのを、俺はただ静かに聞いているより他に無かった。

 

そして奴の声が完全に消え去ったその時、まるで電源のブレーカーが落ちるかのように俺目の前が一瞬で真っ暗になり、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

今回は少々ご都合主義&強引と思われるかもしれませんが、何卒ご容赦下さい。


――龍一郎サイド――

 

「全力でいきますよ!恋次さん!」

 

「当たり前だ!手加減なんかしたら、ぶっ潰すぜ!」

 

気炎を上げて闘志を露にし、俺と恋次さんは向かい合う。

 

さて、何故このような状況になったのか。

 

話は三十分程前に遡る。

 

バウスが去った後、突然意識を失った俺が目を覚ますとそこは執務室とは違う一室で、周りには一護さんに恋次さん。ルキアさんにエルフィだけではなく、後廷十三隊の一番隊と十二番隊を除いた全ての副隊長達が勢揃いしていた。

 

起きたばかりというのもあり、一体どういう状況なのか分からずに困惑していると、それを察したエルフィが今の状況を説明してくれた。

 

俺が意識を失った後、突然倒れたことに慌てた一護さん達が急いで俺を四番隊に運んでいる途中で、丁度雀部副隊長を運び終えた平子隊長とエルフィの二人と鉢合わせし、相棒のエルフィならば倒れた原因が分かるのではないかと『サーチ』をかけて貰った所、何の事は無い。才牙の使いすぎによる強制的な睡眠だった。

 

才牙は一撃必殺の威力を持つが故に天力を大量に消耗する為、長期戦は禁物。

 

戦いが長引けばその消費した天力を回復させる為に短時間だが強制的な眠りに襲われる。

 

冒険王ビィトで主人公のライバルであるスレッドも言っていた事だ。

 

考えてみればフェザースラッシュにゼノンウィンザードと大技を連発し、移動する時も常にエクセリオンブレードを出していたのだ。

 

睡眠に陥らない方がおかしい。というか、よくバウスが去るまで天力が持ったものだ。

 

ともあれ命に別状は無いと判明した後、地獄蝶によって今現在動ける護廷十三隊の全隊長に緊急の隊首会が開かれることが知らされ、隊長達は全員一番隊舎の隊首会議場に向かい、副隊長達は控え室に集まって今回の襲撃に関する情報を伝え合う事となり、最も多くの情報を持っているであろう俺とエルフィ。そして敵の首領と思わしき者と直接交戦した一護さんがこの場に呼ばれたらしい。

 

それでようやく現状を把握した俺は、取り敢えず副隊長達に挨拶と自己紹介をして、俺が知っているウ゛ァンデルやモンスターの事を全て話した。

 

俺の説明に副隊長達は初めは当然というか警戒心を抱いていた雰囲気だったが、恋次さんとルキアさんのフォローの甲斐もあり、説明が終わった時には最初よりは警戒心を緩めてくれた。

 

もっとも、二番隊副隊長の大前田さんは最後まで『けっ!貧乏人が!』と言わんばかりの目でこっちを見ていたし、三番隊副隊長の吉良さんと九番隊副隊長の檜佐木さんは俺の話を聞いて頷いていたり質問したりはしていたが、最後まで疑わしげな視線を俺に向けていたりしていたのだが…。

 

そんなこんなでざっくりとだが話も終わった所で緊急の隊首会が終わったと連絡が入ったのだが、何故かその後に一護さんが卍解を会得する為に使った浦原さんがこっそり作った空間。通称『遊び場』に半ば強制的に連れてこられ、恋次さんと戦う事になってしまった。

 

なんでも隊首会でそのように決まったらしい。

 

ちなみにどんなやり取りがあったのかというと―――

 

 

                ☆

 

――三人称サイド・一番隊舎隊首議場――

 

一番隊隊長ならびに護廷十三隊総隊長である山本元柳斎の前に、各隊の隊長達が居並ぶ。

 

偶数と奇数の隊に分かれて立つ列の中に、一つだけ空いている空間が存在した。

 

銀髪翡翠眼の少年。十番隊隊長・日番谷冬獅郎の右側。現在集中救護室で治療中の十二番隊隊長・涅マユリが立つべき場所である。

 

「――以上が、今回の旅禍襲撃についての報告です」

 

両耳付近の髪を布で巻いた独特の髪型をした女性。二番隊隊長・砕蜂(ソイフォン)が報告を終えて列に戻る。

 

「負傷者の状況は?」

 

元柳斎に応え、落ち着いた容姿をした女性。四番隊隊長・卯ノ花烈が一歩前に出た。

 

「はい。重軽傷者は多数に及んでいますが、幸いにも現在死者は出ていません」

 

「雀部の容体は?」

 

「多数の裂傷・打撲傷は見受けられますが骨に異常は無く、数日程の治療で完治できると思われます」

 

元柳斎は一礼して下がる卯ノ花に頷き、杖を床に突いて注目を集めた。

 

「十三番隊副隊長・朽木ルキアからの報告で皆が聞いているとは思うが、旅禍の正体はイレギュラーズと称する一団。そして儂と相対した奴等の首領と思わしき存在。自らをバウスと呼称する者から、奴等の目的を聞き出した」

 

元柳斎の言葉に代償の違いはあれど、極一部を除く全ての隊長達が反応する。

 

「総隊長。その目的とは?」

 

肩に掛かる程度の黒髪に、上流貴族にのみ着用を許される髪飾り。牽星冠(けんせいかん)をつけた男性。六番隊隊長・朽木白哉が冷静に問う。

 

「鬼道砲を奪い、現世に放つ事」

 

「なっ!本当ですか!」

 

長い白髪とどこか生気が乏しい様子が特徴的な男性。十三番隊隊長・浮竹十四郎が思わず声を上げ、元柳斎は無言で重々しく頷いた。

 

「十三番隊副隊長・朽木ルキアからの報告で皆が聞き及んでいる筈。奴等イレギュラーズの最終目的は世界を滅ぼし自らも滅ぶ事。それが目的であり存在の意義。そのためならば死をも厭わぬ存在と」

 

「なんとも面倒な事やな」

 

「まったくだねぇ…」

 

五番隊隊長・平子真子が溜め息混じりに吐き出し、隊首羽織の上に羽織った女物の着物が印象的な男性。八番隊隊長・京楽春水がそれに同意する。

 

「無論儂もそのような輩に鬼道砲を渡すつもりなど毛頭無い。だが奴等が油断ならぬ相手だという事もまた事実」

 

「元柳斎殿がそこまでいう程なのですか」

 

巨躯の人狼。七番隊隊長・狛村左陣が耳をピクリと動かした後に目を見開いた。

 

山本元柳斎重國は全ての死神の頂点に立つ死神。その元柳斎が油断ならないという言葉を使ったのだ。狛村の動揺も当然といえるだろう。

 

「奴等は冥力と呼称する特殊な力を用い、目に見えぬ障壁を常時展開しておる。その強度は凄まじく、儂の流刃若火の炎をも完全に受け止める程」

 

「へぇ。面白ぇじゃねぇか」

 

ソウルソサエティ最古にして炎熱系最強の斬魄刀の力を防ぎきったという事実に動揺する隊長達とは別に、歯を剥き出しにして歪んだ笑みを浮かべる者が一人いた。眼帯をかけた男。十一番隊隊長・更木剣八である。

 

(((((((((((……この戦闘狂が!)))))))))))

 

剣八を除く全ての隊長達の心が一つになった瞬間だった。

 

「総隊長。その冥力で作られた障壁を破壊する方法は何か無いのでしょうか?」

 

剣八を無視して卯ノ花が一歩前に出る。

 

「現段階では十三番隊副隊長・朽木ルキアの報告にあった、イレギュラーズを滅するべく神によって送られた者。吉波龍一郎の持つ特殊な武器が、奴等の操る冥力を破壊若しくは著しく弱化させるという事のみ確認されている」

 

「現状では他に有効な手は見つかっていない…という事ですか?」

 

再度問う卯ノ花に、元柳斎は無言で肯定の意を示した。

 

「気に入らねぇ…」

 

「何がだい?」

 

ポツリと漏らした日番谷の呟きに浮竹が問うと、彼は吐き捨てるように言った。

 

「神に選ばれたのかなんだか知らねぇが、そんな胡散臭い奴の力に頼らざるを得ないこの状況にだ」

 

「同感だ」

 

全くだといった口調で砕蜂が頷く。

 

「ちょい待てや。そいつの人となりも見んと、その言い方は無いんとちゃうか?」

 

諌める平子の一声に、二人は(特に砕蜂は平子を軽く睨みつけた後に)ばつの悪い顔をしながらも、不服そうに俯いた。

 

そんな二人を見て、やれやれといった様子で溜め息を吐いた後に京楽は元柳斎に視線を向けた。

 

「山じいはその子の力を借りようと思っているのかい?」

 

全ての隊長格の視線が元柳斎に集まり、元柳斎は僅かに逡巡した後に口を開いた。

 

「瀞霊廷を守護する護廷十三隊の戦いに、他の者の介入を許す事など有る筈も無し」

 

元柳斎はそこで一度言葉を切り、「然し」と繋げる。

 

「彼の者を見る限り、言の葉で引くように聞かせても決して引かぬであろう事は明白」

 

「それは俺も同感や。あの吉波っちゅう奴の目、誓いっちゅうか…絶対に譲れん何かを持っとる様に見えたわ」

 

元柳斎の言葉に平子が頷き、「ありゃ~そう簡単には引かんで~」と言って締めた。

 

「なら話は簡単だ」

 

目付きの鋭い男性。九番隊隊長・六車拳西がこれまで黙していた口を開き、皆の視線が彼に集まる。

 

「説得が無理なら、誰かと戦わせて力ずくで引かせりゃいいだろうが。それにそれなりの力がある事を示して貰わねぇと、少なくとも俺は納得出来ねぇ。足手まといは必要無いしな」

 

辛辣な物言いだが一理ある拳西の言い分に、皆が特に異論を挟むようなことはしなかった。そして僅かな間を置いて。

 

「確かにそうだ。ある程度の実力がなければ、何の意味も無ぇ」

 

日番谷を皮切りに――

 

「情報だけならば聞き出すだけで済む事だ」

 

拳西に賛同するのが不服なのか、不承不承といった様子の砕蜂が――

 

「弱い奴なら用は無ぇ」

 

剣八が賛同する。

 

「むぅ…」

 

次々と賛同を表明していく隊長達に、元柳斎は髭に手を当てて逡巡した後に杖で床を突き、注目を集めた。

 

「九番隊隊長・六車拳西の要請を容認する。して彼の者の相手じゃが…」

 

「俺が「その相手は我が隊の副隊長。阿散井恋次を推奨する」あぁん?」

 

一度言葉を切った元柳斎に剣八が一歩前に出て名乗り出るが、朽木白哉の静かな声によって遮られ、剣八は不服そうな顔をして殺気を帯びた視線で白哉を見た。

 

「現世とソウルソサエティを通して彼の者の戦いを見ていた阿散井ならば、彼の者の特殊な能力に惑わされる事も少ないであろうと思われる。それに…」

 

白哉はそこで一旦言葉を切り、剣八に視線を向けて続ける。

 

「目的はあくまで彼の者を引かせる事と実力の把握。兄に任せれば彼の者の戦力を見極める前に斬り殺す恐れがある故」

 

白哉のその言葉に、剣八を除く全ての隊長達は『あり得る』と心中で納得した。

 

「それとも兄は、加減をして彼の者を必要以上に傷付けぬ事が出来うるのか?」

 

まだ何か言おうとする剣八に有無を言わさず言葉を叩き付ける白哉に、剣八は「ちっ」と舌打ちをして一歩下がって列に戻った。

 

「それでは六番隊副隊長・阿散井恋次と吉波龍一郎の戦闘をここに了承する!」

 

元柳斎の声が、しんとした議場に響き渡った。

 

 

                 ☆

 

 

――回想終了・龍一郎サイド――

 

そして話は冒頭へと繋がる。

 

向かい合う俺と恋次さんから少し離れた場所には、隊長達と一護さん。そしてエルフィが此方を見ている。

 

俺はオケアヌスの輪から斬魄刀を取り出して、同時に写輪眼を発動。自らの緊張感を高めて戦闘体勢へと移行する。

 

そんな俺を見て恋次さんは「ほぅ」と意外そうに呟いた後に俺に聞いてきた。

 

「今回は才牙ってのを使わねぇのか?」

 

「はい。才牙だと恋次さんには勝てないですから」

 

俺の返答に恋次さんの眉がピクリと動く。

 

「その言い方…斬魄刀を使えば俺に勝てるみたいな口振りだな」

 

「勝てる可能性が才牙を使う時よりも高いという話ですよ」

 

「上等だ!」

 

恋次さんが歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべて吠え、斬魄刀を抜く。

 

「いくぜ」

 

「はい」

 

一言のみの遣り取りを終えると、俺と恋次さんは同時に地を蹴って突進し刃を一閃した。

 

ガギィィン!!!

 

鋼と鋼がぶつかり合う音が衝撃波となって辺りの空気を震わせた。

 

 

 

 




今回でアットノベルズに投稿していた分を全て移転しました。

今後は不定期&亀更新になりますが、どうか温かく見守って下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

――龍一郎サイド――

 

「…っ!」

 

「…くっ!」

 

突進の勢いを乗せた互いの斬撃が激しく合わさり、俺と恋次さんはぶつかり合った衝撃によって弾かれ、距離が開く。

 

(…力は向こうの方が上か)

 

衝撃の影響で斬魄刀の柄のを握る掌に感じる痺れから確信を得た俺は、即座に戦法を切り替える。

 

「舞い上がれ!飛燕!!」

 

俺が飛燕を解放するのとほぼ同時に――

 

「咆えろ!蛇尾丸!!」

 

恋次さんの声が重なり、七つの刃節に分かれた蛇腹剣。蛇尾丸が解放される。

 

どうやら恋次さんも至った結論は違えど、俺と同じ事を思ったようだ。

 

俺は力比べで分が悪いと判断して速度と回避を重視して飛燕を解放し、恋次さんは力で優位に立っている事を確信してこのまま力でねじ伏せようと蛇尾丸を解放をしたと。

 

ならば恋次さんと蛇尾丸の攻撃速度と俺と飛燕の回避速度。どちらが上かという事が勝負の分かれ目になる。

 

「おらあっ!!」

 

最初に仕掛けてきたのは恋次さんだった。蛇尾丸を伸ばして一点を貫くような突きを放ってくる。

 

飛燕で速度を上げた俺は唸りを上げて迫るその一撃を跳び越える形で跳躍して躱し、空中で即座に霊子の足場を形成。その足場を力強く蹴って瞬歩で一気に恋次さんに接近し、袈裟斬りに斬り付ける。

 

だが恋次さんは素早く蛇尾丸の刃節を戻して俺の一撃を受け止め、刃と刃が合わさったままで強引に薙ぎ払って俺を弾き飛ばす。

 

そして恋次さんは弾き飛ばされて体勢の崩れた俺に蛇尾丸を振り下ろした。

 

俺は反射的に刃節を伸ばして襲い掛かってくる蛇尾丸の刃を飛燕で受け止めようと構えるが、ぞくりと背筋を走る嫌な予感を感じ、俺は自らの右側に霊子の足場を作り、それを思い切り蹴って飛ばされる軌道を僅かでも変える。

 

そして俺は蛇尾丸の左側。七つに分かれている刀身の一つに鎌鼬を放ち、蛇尾丸の攻撃範囲を出来る限りずらした。

 

避けるのも受け止めるのも無理なら、攻撃をずらすしかないと思ったからだ。

 

その目論見は当たり、俺に向かって振り下ろされた蛇尾丸の刃は、何もない俺の右側の空を裂いていった。

 

「ちっ!」

 

「ふぅ」

 

仕留めたと思っていたのか、一撃を外した恋次さんが悔しそうに舌打ちし、その一撃をなんとか凌いで地に降りた俺は安堵の息を吐く。

 

(危なかったな…)

 

今になって頭が回りだし、俺は先程の恋次さんの一撃を受け止めていたらと内心想像し、冷や汗を流した。

 

もしあの一撃を飛燕で受け止めていたら、俺は受け止めきれずに蛇尾丸に押され、そのまま岩壁か地面に受身も取れずに叩きつけられていただろう。

 

いや、最悪蛇尾丸の力に耐え切れずに飛燕が折れてしまう可能性もある。

 

耐久性に秀でた一護さんの斬月とは違って飛燕は速度を重視した斬魄刀である為、耐久性はそれほど高くはない。折れる可能性は充分にある。

 

神から貰ったガウリイ並みの第六感に感謝し、俺は恋次さんを視界に納めて飛燕を正眼に構えた。

 

「成程な…てめぇの斬魄刀の能力は、使用者の速力を上げる類のものだな」

 

確信を持って言ってくる恋次さんに、おれは「正解です」とあっさり認めて補足する。

 

「まぁ正確には使用者の速力を上げるだけでなく、上昇したスピードに比例して反射神経や動体視力も向上しているんですよ」

 

「ほぅ…確かにてめぇのスピードは上がってはいる。だがその程度じゃあ、せいぜい五席位といった所だ……ぜ!!」

 

恋次さんは吠えると同時に蛇尾丸を振るった。

 

刀身がその名の通り蛇のようにうねりながら伸び、迫りくるその一撃を俺は瞬歩で避ける…が。

 

「甘ぇっ!!」

 

恋次さんは蛇尾丸の刃節を伸ばしたままで、間髪入れずに先程の一撃を避けた俺に、横に薙ぎ払う一撃を放ってきた。

 

「っ!」

 

俺は連続攻撃を仕掛けてきた事に一瞬動揺したが、すぐに頭を切り替えてその薙ぐ一閃を跳躍して躱す。

 

「甘えって言ってんだろうが!!」

 

しかし恋次さんは即座に空振りに終わった蛇尾丸を戻さずに左に切り上げ、先程よりも更に速度を上げて追撃する。

 

その予想外の速度で迫る蛇尾丸の刀身に、俺は鎌鼬を撃ち込んで僅かでも斬撃の勢いを弱めようとしたが、加速の付いた蛇尾丸の刃は鎌鼬の斬撃を受けながらもその勢いを緩める事無く俺に迫り――

 

「…がっ!!」

 

咄嗟に受け止めようと構えた飛燕ごと弾き飛ばされ、俺は一直線に落下し、まともに受身を取る事も出来ずに地面に叩きつけられた。

 

「ぐはっ!!」

 

その衝撃で肺の中にあった空気が呻きと共に全て吐き出され、意識が遠のくのと共に目の前にちかちかと星が瞬く。

 

次いで体を強かに打ち付けた痛みが全身を襲い、遠のいた意識が強引に引き戻される。

 

俺は全身に走る痛みに顔を顰めながらも立ち上がり、恋次さんを視界内に捉えて、地に叩き落されても決して離さなかった飛燕を強く握って再び正眼に構えた。

 

「ほぅ。根性はあるみてぇだな」

 

俺は感心した恋次さんの評価にも答えずに、荒い息遣いを繰り返して体内に酸素を行き渡らせる。

 

「だけどもう分かってんだろう?てめぇじゃあ俺の相手にならねぇって事をな」

 

無慈悲に告げられたその言葉に、俺は反論もせずにただ呼吸を繰り返す。

 

「てめぇの斬魄刀の能力から察するに、向上したスピードで相手を攪乱して優位に立ち、懐に入り込んで攻撃力のある技を叩き込むってのが基本的な戦闘法だろう。だがその速さを封じられると為す術もなくなっちまうんだよ」

 

飛燕の弱点を看破し、恋次さんは更に続ける。

 

「それに吉波。てめぇ…剣を振り始めて日が浅いだろ」

 

恋次さんの指摘に、俺の眉がピクリと動く。

 

「確かに体捌きは鋭く、打ち込みは力強ぇし、反撃に転じる速度も速い。

だがな、それに反して踏み込みは乱雑で、攻めるのも引くのも直線的、太刀筋も甘い。そんな素人剣術で俺の相手をしようなんざ……二千年早ぇんだよ!!」

 

恋次さんの一喝に、俺は飛燕を構えたままで俯いて奥歯を噛み締めた。

 

恋次さんに言われた事は、俺自身もずっと感じていた事だった。

 

なにしろ前世で習った剣術と呼べるものといったら、せいぜい学校の剣道の授業程度だ。

 

軽い竹刀に安全な防具を身に付けての『競技』など、虚との戦いを念頭に置いて鍛錬をしている死神達から見ればチャンバラごっこも同然だろう。

 

浦原さんとの鍛錬は剣術を学んでいた訳ではなく、あくまで実戦に必須な身体能力や反射神経を伸ばす事が目的だった。

 

恋次さんとここまで打ち合えた所からその成果はあったといえるが、やはり『剣道』の域を出てはいない。

 

そんなもので恋次さんを相手に通用する筈もないのは当然といえた。

 

だがそんなことは俺自身重々承知している。

 

確かに剣技では恋次さんに到底及ばない。ならば剣技以外のもので恋次さんに挑めばいいだけの事だ。

 

「引く気は…無ぇみてぇだな?」

 

俺の目を見て恋次さんの目がすぅっと細くなり、落胆を綯(な)い交ぜにした問いを投げる。

 

その問いに俺は、己の霊圧を高める事で答える。

 

――当たり前だ――と。

 

「そうか…なら吉波。てめぇの身体に教え込んでやるぜ。己の力量を弁えねぇ奴は大抵早死にするって事をなぁ!!」

 

忠告とも取れる警告を発して蛇尾丸を構える恋次さんに、俺は飛燕を正眼の構えから眼前に刀身を横一文字にした構えに変え、荒く吐いていた呼吸を整えていく。

 

(いくぜ)

 

己の相棒呼び掛け、俺は一気に力を解放する。

 

「卍!!解!!」

 

俺の咆哮に応じて飛燕の刀身から霊力が溢れ出し、俺を中心に旋風が巻き起こり砂塵が舞う。

 

そして旋風が収まると俺の相棒は真の姿へと変わって、俺の手に握られていた。

 

それは一護さんの斬魄刀。斬月の卍解・天鎖斬月よりも更にシンプルで原始的な形をしていた。

 

柄頭から刀身の切っ先まではおよそ普通の日本刀と変わらない長さ。

 

微塵の反りも無い直刀の刀身。

 

その刀身と柄を隔てる鍔は無く、柄の先端にある特徴的な丸い柄頭が際立っていた。

 

円頭太刀(えんとうだち)

 

長い時代の中で実用品から儀礼用へと変化していった多くの古代日本の直刀の一つだ。

 

だが俺の手にしているのは儀礼用ではなく、完全に実戦を想定した一振りだった。

 

「『天翔飛燕(てんしょうひえん)』

 

真の姿となった相棒の名を静かに紡ぐ俺を見て、恋次さんは目を見開いて驚いていた。

 

まぁそれも無理は無い。卍解は斬魄刀戦術の最終奥義段階。その卍解を素人剣術の域を出ていない俺が使うなど、到底納得できる事ではないだろう。

 

だが俺は神から得た特典によって制限時間という区切りの中で卍解を扱う事が出来る。そして『今ならば』そこから派生した形態も解放し扱える。

 

実は俺は、初めから天翔飛燕で恋次さんに挑むつもりは毛頭無かった。

 

天翔飛燕ならば恋次さんと対等に戦う事は出来ると思うが、せいぜい良くて善戦止まりだ。

 

それに俺は先程言った筈だ。剣技以外のもので恋次さんに挑むと。

 

この戦いが始まる前に、俺はエルフィから聞かされていたのだ。

 

気を失っていた時に『サーチ』をかけて貰い判明した事を。

 

浦原さんとのテストの時よりも卍解の保持時間が延びている事を。

 

神に頼んだオリジナルの解放形態が『2つ』は出来るようになっている事を。

 

俺は天翔飛燕を正眼に構えて集中し、解き放つ。

 

「卍解!!参式!!」

 

俺の声に応え、吹き上がった霊圧の衝撃波が波紋の様に辺りに広がり、大気を震わせた。

 

 

――恋次サイド――

 

「参式…だと?」

 

次から次へと起こる予想外の事に、俺はただ呆然として奴の発した言葉を繰り返すことしか出来なかった。

 

奴が卍解をしたまでは一応だが納得はいった。

 

神とかいう存在から色々な力を与えられていると予め聞かされていたから、卍解が出来ても不思議じゃなかった。

 

もっとも、頭では理解しても感情的には到底納得など出来はしねぇのだが……。

 

だが吉波がその後にやったことは、俺の内にあった苛立ちすらも消し飛ばす位に衝撃的なものだった。

 

卍解参式と叫び、吹き上がる霊圧の奔流が晴れた後、吉波の姿は今までと全く異なっていた。

 

現世で見た剣道で使われている胴着と袴を身に纏い、胸部には同じく剣道で使われている黒色の胴の防具を。

 

両腕には手の甲から肘関節までを覆う漆黒の手甲を。

 

両肩には手甲と同じ色をした肩当てを身に付けた姿となっていた。

 

「…行きます」

 

奴の静かな宣言に呆けていた俺ははっと我に返り、反射的に叫ぶ。

 

「卍解!!」

 

俺の声に応えて蛇尾丸の刀身が赤く光り輝き、白骨化した大蛇へと姿を変える。

 

「狒狒王蛇尾丸!!」

 

大蛇が顕現し、奴に向けて蛇尾丸を振るおうとした手を、俺は思わず止めてしまった。

 

消えたのだ。吉波が。

 

一挙手一投足を見失うことのないように視界内に収めていたのにも関わらず、俺の視界から忽然とその姿が消えていた。

 

そして呆気に取られて動きを止めた刹那、俺の腹に強烈な衝撃が走った。

 

「がはっ!!」

 

突然の事に、一瞬目の前が真っ白になる。

 

足から地を踏みしめる感覚が消失し、身体全体に奇妙な浮遊感を感じる。

 

そしてこの時俺は理解した。吉波は俺が卍解すると同時に俺の懐に入り込み、腹部に一撃を当てたのだという事を。

 

 

 

 




主人公の卍解の設定は斬魄刀設定の所にこのページを投稿した後に書き足します。

卍解参式は詳しい説明を21話位に入れる予定ですので、その後に斬魄刀設定の所に書き足す予定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

ふっかぁぁぁぁぁつ!!!!

何が復活かというと、実は前話の投稿をしてから数日後に某ウイルスに感染して入院していたのです。

そして退院するのに実に半月。

更に入院生活で垂直落下したテンションとモチベーションをなんとか上げるのに約10日。

そんなこんなでやっと書いてこの話を投稿したら約一ヶ月以上経過してしまいました。

作者の心情を顔文字で表すと Σ(゚△゚υ)!! という感じです。

今後はこの遅れを取り戻すべく頑張ろうと思います。


――エルフィサイド――

 

「卍解…参式だと…」

 

目の前で起こっている事が信じられないとばかりに、我の横にいる黒崎一護が目を見開いて掠れた声で呟く。

 

周りの隊長格に視線を移すと、皆も黒崎一護と同じ心境らしく大小の違いはあれど驚愕の表情を浮かべていた。

 

戦いの場にいる2人は我等の視線など全て無視し、ただ互いに目の前の相手と向き合っていた。

 

そして阿散井恋次が卍解し、それと同時に龍一郎が先程よりも遥かに速く瞬歩で阿散井恋次の懐に入り込み、右のボディアッパーを腹部に叩き込む。

 

その一撃に阿散井恋次の身体が宙に舞うが、彼の者は即座に空中で霊子の足場を形成して体勢を立て直し、巨大な蛇の骨を思わせる蛇尾丸を振るって反撃を仕掛けた。

 

しかし龍一郎は襲ってくる大蛇を縫うように瞬歩で移動して再び阿散井恋次の懐に入り込み、彼の者の鳩尾に右のストレートを打ち込んだ。

 

「ぐはぁっ…!」

 

人体の急所に拳が突き刺さり、呻きと共に阿散井恋次の身体がくの字に折れ曲がり動きが止まる。

 

そして龍一郎はその隙を逃さず、自らの体重と霊力を込めた左のハンマーフックを人体急所のこめかみに叩き付けた。

 

その一撃をまともに受けた阿散井恋次は一直線に大地に向かって落下するが、地面に叩きつけられるよりも僅かに早く空中で身体を捻って体勢を立て直し、地に掌を付きながらもなんとか着地する。

 

一方龍一郎は攻撃の手を緩める事無く、追い討ちをかけようと霊子の足場を蹴って瞬歩で一気に接近し、突進の勢いを乗せた右ストレートを打ち込む。

 

だが阿散井恋次もそう何度も攻撃を通してくれはしなかった。狒狒王蛇尾丸を操り、その巨大な刃節を盾のように眼前に掲げて龍一郎の拳打を受け止める。

 

龍一郎は自らの一撃が防がれたと見るや、阿散井恋次の反撃を警戒したのか再度瞬歩を使い、大きく後ろに下がって間合いを取った。

 

この間、龍一郎が卍解参式を解放して僅か数秒程の出来事だった。

 

「速い」

 

「卍解した一護と同じ位のスピードやな」

 

「何なんだあれは…」

 

龍一郎の動きを見て六車拳西と平子真子が冷静に分析し、日番谷冬獅郎が呆然として呟きを漏らす。

 

「あれは龍一郎が卍解を起点として派生させ、想像し造り上げた新たな解放形態の一つ」

 

「想像し……造り上げたやと」

 

日番谷冬獅郎の疑問に答えた我に、平子真子が目を剥く。

 

それから刹那の間を置き、龍一郎と阿散井恋次の霊圧を込めた一撃がぶつかり合い、大気を震わせた。

 

我は二人の戦いに視線を送りながら話を続ける。

 

「正確に言えば、龍一郎が想像した物を神がその力によって実際の形としたのだがな」

 

「恐ろしいもんやな。神の力っちゅうのは」

 

平子真子が溜め息混じりに吐き出すのを見て、神の事を誤解しても困ると思った我は「一つ言っておくが」と一応補足しておく。

 

「いくら神といえど世界の理を曲げる事は不可能であり、存在させる事が出来ないものを生み出す事は出来ない。

逆に言えば、神の力を使ったとはいえ生み出す事が出来たという事は、世界の理を曲げる行為ではないという事だ」

 

「ちょい待てや。ちゅう事は…」

 

我の言いたい事が理解できたらしく、平子真子の顔色が変わる。

 

否、平子真子だけではない。倒し甲斐のある相手を見つけたと言わんばかりに爛々とした目で龍一郎を見る更木剣八を除いた全ての隊長格達が我に視線を向けていた。

 

その隊長達に我は無言で首を縦に振って纏める。

 

「つまり龍一郎が今使っている卍解参式を、汝等も解放し扱える可能性があるという事だ」

 

「「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」」

 

「言っておくが、我は卍解参式について詳しい事はあまり知らない。聞きたい事があるのなら、後で龍一郎に聞く事を進める」

 

皆が一斉に聞きに来るのを察して機先を制して釘を刺しておくと、皆は無言で何か言いたげな眼をしていたが、やがて龍一郎の戦いに視線を移していった。

 

襲い来る大蛇を躱して懐に入り込もうと接近する龍一郎に対し、阿散井恋次は先程まで見失っていた龍一郎のスピードに慣れてきたのか、蛇尾丸を的確に操って接近を拒んだり、瞬歩で下がって間を開けたりとほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 

「持久戦になりそうだな」

 

「だけど気になるねぇ」

 

「何がだ?」

 

浮竹十四郎が呟いた後に僅かに間を空けて口を開いた京楽春水に、日番谷冬獅郎が問う。

 

「いや、確かに龍一郎君は凄いと思うよ。…でも、なんだか酷く焦っているように見えるんだよね」

 

そう言って京楽春水は我に視線を向ける。

 

「エルフィちゃん。ひょっとして彼の卍解には時間制限があるんじゃない?」

 

「何故そう思う」

 

問いを問いで返す我に、京楽春水は確信を持った表情をして語る。

 

「彼はまだ未熟だ。そんな彼が莫大な霊力を消耗する卍解や、その卍解から派生した形態を使って無事で済む訳がない。となるとなんらかの制限があると考えた方が自然でしょ。

そして今の彼の焦りを感じる程の強引な動きを見ると、制限時間があると仮定すれば全部しっくりくるんだよね」

 

京楽春水の推理に、我は軽く目を開いて驚いた。

 

確かに京楽春水は軽薄な振る舞いとは裏腹に、思慮深さと他に勝る者は無いといわしめる程の鋭い心眼を持つとは聞き及んでいたが、成る程。噂に違わぬ強者という事か。

 

「で…どうだい?」

 

(別に特別隠そうとはおもってはいなかったのだがな…)

 

京楽春水の催促とも取れる問いに、我は吐息を一つ吐いて心の中で前置きをして首を縦に振った。

 

「その通りだ。龍一郎は卍解した状態で戦える時間が限られている」

 

「それは大体どれ位だい?」

 

「今の龍一郎では約30秒弱といった所だ」

 

「それは随分と短いねぇ」

 

「あぁ。あと十秒ほどで限界の筈だ」

 

網笠を目深に被り直して呟く京楽春水に、我は頷いて龍一郎に視線を向けた。

 

 

――龍一郎サイド――

 

(…まずいな)

 

刻一刻と迫るタイムリミットに、俺は焦りを露にしていた。

 

卍解したことによって増したスピードと、写輪眼の動体視力のお蔭で恋次さんの攻撃をなんとか避けれてはいるが、まともに攻撃を当てれたのは卍解参式を解放した時に動揺してうまれた隙を突いた最初の時だけだった。

 

とはいっても、あれから恋次さんの懐に入り込めなかった訳ではない。

 

懐に入り込んだ俺を恋次さんが上手く対処していたから、手が出せなかったのだ。

 

恋次さんの卍解。狒狒王蛇尾丸はその巨体と長さ故に小回りがきかず、接近すればするほどその巨大さが返って邪魔になって接近してきた相手に対しての行動にワンテンポの遅れが生じ、それが隙となる。

 

現に恋次さんは破面№15(アランカル・クインセ)イールフォルト・グランツとの戦いの時に、霊力を制限されての状態とはいえ同じ戦法で簡単に一太刀入れられてしまっている。

 

その点から見ても俺はかなり有効な戦法と考え、当初から接近戦を仕掛けていた。

 

………しかしその考えは甘かった。

 

接近して攻撃を仕掛けても、懐に入り込んだ瞬間にカウンターの膝蹴りを繰り出してきたり、円閘扇や斥などの鬼道で壁を作り出したりと、接近戦を仕掛けてくる相手に対しての対処が非常に上手く出来ていた。

 

考えてみれば、イールフォルト・グランツとの戦いから年単位の月日が流れている。恋次さんもその間に鍛錬を怠らなかっただろうし、自らの欠点を補おうとだってする筈だ。

 

戦う前にそこまで予想しておかなかった事に内心歯噛みしたが、今更そう思っても事態は好転しないと俺は即座に頭を切り替えて、咆哮を上げて襲い掛かってくる蛇尾丸を避けながら策を巡らせる。

 

(中~遠距離戦は論外。接近戦も難しい。おまけに卍解状態でいられるのはあと僅か。となると……)

 

思案を巡らせ俺の頭に浮かんだのは、到底策とはいえない一か八かの賭けといった方策だった。

 

だが時間が限られている今。恋次さんに一撃を入れられる手は他に思いつかず、俺は危険を承知で策を実行に移した。

 

噛み裂こうと口を一杯に開けて襲い来る蛇尾丸に対して、俺は敢えて避けようとせずに顎を引いて若干前屈みになり、顔の高さに拳を構える。

 

脇を締めて軽く握った右拳を顎に添えるように付けて左拳を前に出し、その左拳と対となすように左足を軽く一歩前に出して体を半身にする。

 

俺の最も得意とする構え。ボクシングの右構え(オーソドックススタイル)だ。

 

本来ならこの後、足を爪先立ちにしてフットワークを使うのだが、今回は違う。

 

フットワークは使わずにその場に足を止め、後方にある右足に向いている重心を前に出ている左足に乗せて体重を込める。

 

卍解の莫大な霊力を顎に添えている右拳に込めて、その右拳の手首を捻って『溜め』を作り、襲い来る蛇尾丸の鼻先に右のストレートを放つと同時に『溜め』を解放し、内側に錐揉み状に肘から拳を一気に回転させながら打ち込んだ。

 

俺の一番自信のあるパンチ。コークスクリューブローだ。更に言えば重心を前に置いて体重を乗せている為、通常のコークスクリューブローよりも破壊力は遥かに上回っている。

 

後続打が打てないという欠点はあるが、その攻撃力は俺の使う全てのパンチの中で一、二を争う程だ。

 

ガガァァァン!!!!

 

拳と大蛇が凄まじい音を立ててぶつかり合い、火花を散らす。

 

俺と恋次さんの力が拮抗し、まるで時間が止まったかのようにお互いの動きが一瞬静止した。

 

そして刹那の間を置き――

 

「おおぉぉぉっ!!」

 

咆哮と共に一気に拳を振り抜き、俺は大蛇を文字通り殴り飛ばした。

 

「なっ!」

 

打ち負けるとは思っていなかったのか驚愕する恋次さんに、俺は不敵な笑みを浮かべた。

 

確かに霊力の大きさも霊圧の質も、全てに置いて恋次さんは俺を上回っているが、それも工夫次第で打ち破ることが出来る。

 

一点に力を集中させて攻撃した俺と、普通に攻撃してきた恋次さん。どちらが上かは明白だ。

 

だがこの程度の小細工で恋次さんに一撃入れることなど到底出来はしない。

 

あくまで俺が狙うのは恋次さんが『あれ』を使うその時。今の攻防はその準備段階に過ぎない。

 

俺は不適な笑みのまま、無言で恋次さんに手招き(掌を上に向けて行うブ○ース・リー方式)をして挑発する。

 

それを見た恋次さんは一瞬虚を突かれた様な顔をしたが、直ぐに口角を上げて歯を剥き出しにして笑みを見せた。

 

しかし俺は見逃さなかった。恋次さんのそのこめかみにしっかりと青筋が浮かんでいるのを。

 

「…上等じゃねぇか」

 

低く唸る様な。それでいてよく通る呟きを発し、恋次さんは蛇尾丸を操って殴り飛ばされて崩れた体勢を立て直し、蛇尾丸に力を込め始めた。

 

すると骨を彷彿とさせる蛇尾丸の刃節と刃節の間を繋ぐ恋次さんの霊圧が強く輝き、蛇尾丸の口内に赤い光が灯る。

 

(来た!!!)

 

俺は狙い通りの展開に内心ガッツポーズをとり、あくまで表面上は不敵な笑みのままで地を蹴って瞬歩で恋次さんに向かって一直線に突っ込んでいく。

 

そんな俺を恋次さんは『へっ』と鼻で笑った後に、蛇尾丸の口内に溜め込んだ力を解き放った。

 

「甘ぇぜっ!!狒骨大砲!!」

 

蛇尾丸の口から放たれた赤い光線が真正面から迫り来る。

 

だが、俺はこれを待っていた。恋次さんの最強の攻撃。狒骨大砲を放つこの時を。

 

俺は駆ける足を緩めることのないままで、霊圧を限界にまで高めて吠える。

 

「卍解!!弐式!!」

 

咆哮と同時に俺の体が青い霊圧に包まれ、それが風圧にかき消されるかのように晴れた時、俺の出で立ちは再び変化していた。

 

動議と袴は普段の服装へと戻り、胸部と両腕と両肩にあった漆黒の防具と鉄甲は消え去る。そしてそれらに変わり、俺の手には一振りの刀が握られていた。

 

しかしその刀はただの日本刀ではなく、刀身の長さが4尺(約120cm)にもなる『物干し竿』と呼んでも差し支えない程の大太刀だった。

 

(…いくぜ)

 

俺はその大太刀を頭上に振り上げて上段に構え、霊圧を高め、刀身に力を集約し――

 

「はぁぁっ!!」

 

恋次さんの放った迫り来る赤い光線に振り下ろした。

 

大太刀が赤い光線を断ち切り、一筋の光が二つに分かれる。

 

これが俺の考えた博打ともいえる策。

 

恋次さんの最強の技である狒骨大砲を真っ向から潰し、返す刀で恋次さんに一撃を当てる。

 

無謀とも思うだろうが、活路だと思っていた接近戦も困難な以上、少ない時間の中で恋次さんに一撃を当てるにはこれしか方法が思い浮かばなかったのだ。

 

最強の技である狒骨大砲を真っ向から潰せば、恋次さんに精神的な動揺を与えれる可能性は非常に高い。

 

更に言えば多量の霊力を消耗する技を放った後ならば、恋次さんの動きに僅かでも鈍りが生じるのではないかと思ったからだ。

 

だから俺は恋次さんに狒骨大砲を撃たせる為に態と蛇尾丸と正面で攻撃をぶつけて打ち勝ち、挑発したのだ。

 

正直この時点で恋次さんが挑発に乗ってこなかったら、俺の考えた策は全て水泡に帰していたのだが、それは杞憂に終わった。

 

尤も、喧嘩に命をかけている十一番隊に一時的とはいえ入っていた恋次さんならば乗ってくると確信は持っていたのだが、それでもやはり不安は付き纏っていた。

 

そして恋次さんが狒骨大砲を撃つ為に霊力を溜め始めたのを確認し、俺は瞬歩で一気に間合いを詰めていった。

 

そんな俺を見ておそらく恋次さんは技の出足を潰しに来たのかと思ったかもしれないが、ただ単に間合いを詰める為と、斬撃の攻撃力に突進の勢いを上乗せする為の二つの目的があったからだ。

 

そして俺は新たに出来るようになったオリジナルの解放形態の二つの内の一つである卍解弐式を解放し、狒骨大砲に刃を振り下ろした。

 

普通に考えれば凶器の沙汰と思える行動だが、卍解弐式の特性によって長大な刃は赤い光の奔流を切り裂いて行き、徐々にだが確実に光線を放っている蛇尾丸の頭部へと進んで行く。

 

「舐…めんなぁっ!!」

 

だが恋次さんは、そんな状況をただ黙って見ているような甘い相手ではなかった。

 

狒骨大砲を放ったままの状態で更に蛇尾丸に力を込め、狒骨大砲を強化してきたのだ。

 

蛇尾丸の口内から放たれる光線がより太く、より大きくなり、赤い奔流の勢いがいや増す。

 

その勢いに負けて押し戻されそうになるのを、俺は地に足を付けて踏ん張ることでなんとか耐え、拮抗状態に持ち込む。

 

しかしこの拮抗は俺にとってマイナスにしかならなかった。

 

卍解を保持できる時間はもう何秒も無い。恋次さんを相手に卍解が解けるのは流石に拙い。

 

俺は全ての霊力を長大な刀身に集中し、地に足を踏みしめて渾身の力で袈裟斬りに振るった。

 

『バシュッ!!!』という音と共に赤い光線が砕け散り、光線の欠片が火の粉のように辺りに舞い散り消える。

 

「…なっ!」

 

最も自信のある技を打ち砕かれ、精神的な衝撃に恋次さんの動きが止まる。

 

(ここだ!!)

 

俺は狙っていたその隙を逃さず、即座に袈裟斬りに振るった長刀の刃を返し、切っ先を下にした下段の構えに変え、瞬歩で恋次さんの懐に入り込んだ。

 

(貰った!!!)

 

会心の笑みを浮かべ、俺は未だ呆然としている恋次さんに向けて握り締めた長刀を右に切り上げた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話

どうも、ミステリアです。

大変お待たせしました。

何だかんだで約一ヶ月かかってしまいました。

ボーナス支給日が近かったおかげで、少しの間我慢して纏まったお金を手に入れ、新品のノートパソを購入できました。

これから頑張って投稿していきたいと思います。

そして凍結中に感想を書いてくれた皆さん。有難う御座います。


気が付くと、俺は見覚えの無い天井を見上げていた。

 

体の感覚から察するに、どうやらベッドに仰向けで寝ているようなのは分かるのだが、一体何故俺がこういった状態になっているのかがさっぱり理解できずにいた。

 

(確か恋次さんと戦って、狒骨大砲を破ったんだよな。それで恋次さんの懐に入って……)

 

記憶の糸を手繰り寄せて先程の戦いを思い起こすが、恋次さんに斬り付けた所でぷっつりと記憶が途切れていた。

 

「知らない天井だ…」

 

「何を使い古した台詞を言っている」

 

何気なく漏らした俺の呟きに、聞き覚えのある声でツッコミが入る。

 

声のした方に首を回して顔を向けると、其処には信頼している相棒が呆れた顔で此方を見ていた。

 

「エルフィ。此処は一体何処なんだ?」

 

「四番隊にある総合救護詰所の病室だ」

 

筋トレの腹筋の要領で体を起こして左右を見る俺に、エルフィは簡潔に答えてくれた。

 

そこで俺は自分が何故此処にいるのかを察し、少し顔を俯かせた。

 

(そうか…結局負けたのか。俺は)

 

副隊長相手に始めから勝てるとは思っていなかったが、それでもやはり全力を出しても敵わなかったというのは少しショックではある。

 

「何を暗い顔をしている?」

 

「いや、やっぱり力及ばなかったか……って思ってな」

 

「何?」

 

訝しげに聞いてきた相棒に自嘲するように答えると、エルフィはぴくりと眉を動かして不審そうな顔をした。

 

「俺も全力で戦ったけど、恋次さん相手には「ちょっと待て龍一郎」…ん?」

 

反省の言葉を突然遮った相棒に首を傾げると、そんな俺を見て何かを察したのか、エルフィは合点がいったとばかりに「あぁ」と言って首を何度も細かく上下に動かした。

 

「何なんだ?一体?」

 

一人で勝手に納得しているエルフィに訝しる。

 

「龍。汝は誤解している」

 

「誤解?」

 

鸚鵡返しに返す俺に、エルフィはこくりと頷いた。

 

「あぁ。汝は阿散井恋次に敗北してはいない」

 

「…へ?」

 

エルフィのその一言に、俺の口から間の抜けた一声が漏れる。

 

「かといって、勝利した訳でもない」

 

「…はい?」

 

もはや間の抜けた声しか出す事が出来なかった。

 

「汝と阿散井恋次の戦いは引き分けに終わったのだ」

 

「…………一体どうしてそうなったんだ?」

 

少し間を置くことでなんとか呆けた頭を元に戻し、相棒に詳しい説明を求める。

 

「それは…「よかった。目を覚ましたのですね」」

 

エルフィの話が始まる前にそれを遮ったのは、何時の間にか音も無く扉を開けて部屋に入っていた四番隊隊長・卯ノ花烈さんだった。

 

「傷の具合は如何ですか?」

 

俺とエルフィに全く気取られる事無く現れた事に驚きはしたが、いつも唐突に現れる相棒の存在で慣れていた事もあり、俺はなんとか仰天の声を上げる事無く肩や首を回して体の具合を確認し、「はい。もう大丈夫です」と自然に返す。

 

一方エルフィは俺と違って珍しく目を丸くして驚愕の表情をしていたが、卯ノ花隊長はそんな事など一切気にせずに「それはよかったです」と微笑んでエルフィを見た。

 

「あなたの治癒能力は素晴らしいですね。本当にこの短時間で彼の傷を癒せるとは、正直思いませんでした」

 

「あ、あぁ」

 

まだショックが抜けていないのか生返事で答えるエルフィに、卯ノ花隊長は「では、面会謝絶の札は外しておきますね」と言い、再び音も無く歩いて扉を開け、部屋の外に出て行った。

 

「…なぁエルフィ。卯ノ花隊長がこの部屋に入ってきた時に、足音や気配って感じたか?」

 

「いや。全く」

 

まるで狐か狸に化かされたような気分になり、俺とエルフィは卯ノ花隊長が出て行った扉をただ見つめていた。

 

「流石は初代剣八といったところか」

 

「そうだな」

 

相棒の呟きに同意したが、いつまでも呆けているのもどうかと思い、俺は話題を戻す。

 

「ところでエルフィ。俺と恋次さんの戦いは引き分けだったって言っていたけど、一体どうしてそうなったんだ?」

 

突然話題を変えられてエルフィは「あ…あぁ」と戸惑いを露わにして曖昧な返事をしたが、空咳を一つ吐いて俺の方に顔を向けた時には、呆けていたそれからいつもの表情に素早く切り替わっていた。

 

この切り替えの早さは流石は元がゼフィリスだなと感心する。

 

「確認に聞くが、先程の戦いで龍はどこまで記憶に残っている?」

 

「ん……と……卍解弐式で恋次さんの狒骨大砲を砕いて、懐に入って切り上げた所までは覚えているんだが……」

 

記憶を辿って答える俺に、エルフィは一拍間を置いてから口を開く。

 

「その一撃を振るい、阿散井恋次に当たる直前に龍は気を失い倒れたのだ。

切り上げの一撃が阿散井恋次に当たるよりも僅かに早く卍解の保持時間の限界を超え、卍解の力とそれまでの肉体的ダメージが纏めて来たことによってな」

 

「そうか…」

 

ある意味予想していた結果に、俺は小さく吐いた溜め息混じりに呟いた。

 

しかし其処で、俺の斬撃が当たっていないにも関わらず引き分けになった事に引っ掛かりを覚え、「じゃあ恋次さんはその後どうなったんだ?」とエルフィに聞く。

 

「阿散井恋次もある意味汝と似た状況だ。

龍が卍解弐式で狒骨大砲を打ち砕くのを防ぐべく霊力を込めて狒骨大砲を強化していたが、その為に瞬間的に大量の霊力を消費したが故に気を失い、結果は引き分けに終わったという訳だ」

 

「それはなんとも…」

 

やっと全てを理解して、俺は思わず「ははは…」と乾いた笑いを上げた。

 

双方共に程度は違えど、限界を超えて自滅しての引き分け。

 

なんとも情けない結果だ。

 

「出来る限り全力でやったんだがな…」

 

「結果はそうなったが、隊長達に力を見せるという点に置いては悪くはなかったと思うぞ。

中でも卍解弐式と参式の存在にかなり注目していた」

 

「それなら使った甲斐があったな」

 

実は恋次さんとの戦いで卍解弐式と参式を立て続けに解放したのは、戦局を有利にする為だけでなく、戦いを見ている隊長達の興味を引く為という目的もあった。

 

尤も卍解の新たな解放形態を扱えるという事で、隊長達の興味を引くだけに留まらずに危険分子と見なされてしまう可能性もあるのだが…。

 

そんな頭に浮かんだ不吉な考えに軽く身を震わせた俺の耳に、先程閉じられた扉の向こうから複数の足音が聞こえてきた。

 

その足音は扉の前で音を止めた後に、僅かな間を置いてコンコンと軽く扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

一体誰だろう?と思いつつ返すと、開かれた扉から顔を出した面々に、俺は軽く目を見開いて驚いた。

 

なんと扉を開けて入ってきたのは、一護さんに恋次さんにルキアさん。そして総隊長と更木隊長に先程来た卯ノ花隊長と現在治療している涅隊長を除く全ての隊長達だった。

 

(いつか来る事は予想していたけど、まさかこんな一遍に来るとは思わなかったな…)

 

「よぉ、目が覚めたんだな」

 

「はい。まぁ…」

 

軽く手を挙げて歩み寄る一護さんに、俺は隊長達から感じる重圧に気圧されて曖昧な返事を返す事しか出来なかった。

 

「正直驚いたぜ。まさか恋次と引き分けるなんてな」

 

決して褒められた結果ではないと思っていたのだが、予期せず受けた一護さんの賞賛に、俺は急に照れ臭くなってカリカリと頬を軽く掻く。

 

「いえ、あそこまでいけたのは卍解弐式や参式といった、恋次さんの知らない事をやったからです。

でもそれも先程見せてしまいましたから、もし次に戦うことになったら、まず敵いません」

 

端から聞いたら謙遜しているように聞こえるかもしれないが、言っていることは全て俺の本心だ。

 

先程の戦いで俺と恋次さんの一番大きな差は『知っていた』事と『知らなかった』事だ。

 

俺は前世で見ていた漫画やアニメで、恋次さんの性格や戦法。斬魄刀の能力や特性、始解時と卍解時の技など、戦いに有利となる情報をかなり知っていた。

 

逆に恋次さんは現世やソウルソサエティで、俺の斬魄刀の始解や才牙などは見ていたが、卍解弐式や参式などの此方の切り札となるものは一切知らなかった。

 

この差があったからこそ、俺は不完全な写輪眼でも恋次さんの狒々王蛇尾丸による攻撃を避けれたし、卍解弐式や参式を解放した時の動揺を突いて攻撃を当てる事も出来たし、性格を利用して狒骨大砲を撃たせることも可能だったのだ。

 

だが先程の戦いを通して、恋次さんも俺の情報をかなり知っただろう。

 

そうなると、もしまた戦う時になったら同じ手はまず通用しない。

 

双方共にある程度手の内が知られている者達が戦えば、純粋な実力でのぶつかり合いとなる可能性が非常に高くなる。

そうなるとまだまだ未熟な俺が圧倒的に不利なのは火を見るよりも明らかだ。

 

そんな俺の内心はさて置き、見た目は親しげに話をしている俺と一護さんの会話をルキアさんが「こほんっ!」とわざとらしく咳払いを一つして寸断し、注目を集める。

 

「話の腰を折ってすまないが、吉波。貴様に聞きたいことがある」

 

「卍解弐式と参式の事についてですか?」

 

予め予想はできていた事だったので先んじて返すと、ルキアさんは「あぁ」と深く頷いた。

 

「エルフィから何処まで聞きましたか?」

 

「貴様が卍解を起点として派生させ、想像し、神の力によって造り上げたという所までだ。詳しい話は貴様から聞けと言われた」

 

(ふむ……となると一から全部を話さなきゃ駄目だな)

 

俺は頭の中で素早く要点を纏め、こほんと軽く咳払いを一つして間を空けた後に口を開いた。

 

「卍解弐式と参式はエルフィの言った通り、皆さんが使っている卍解――俺は壱式と呼んでいますが――から派生した解放形態です。

まぁ正確に言えば、弐式と参式の他にもう二つ存在するんですが…「なんだと!?」うわっ!!」

 

突然説明を遮って俺に詰め寄ったのは、今まで話していたルキアさんではなく、ルキアさんの後ろにいた日番谷隊長だった。

 

今にも俺に掴み掛らんばかりに血相を変える日番谷隊長を、両隣にいた浮竹隊長と京楽隊長が肩に手を置いて無言で静止する。

 

自らを止めた両隊長に日番谷隊長は鋭い目で睨み付けたが、やがて冷静さを取り戻したらしく体の力を抜いてふぅっと息を吐いた。

 

日番谷隊長が落ち着いたのを確認し、二人の隊長は肩に置いていた手を退けた。

 

「すまなかった。話を続けてくれ」

 

冷静になった日番谷隊長に促され、俺は戸惑いながらも説明を続ける。

 

「は、はい。さっきも言いましたが、卍解の解放形態は通常の壱式と先程俺が使った弐式と参式。そして四式があります。そして壱式を除いた3つにはそれぞれ長所と短所が存在します」

 

「へぇ。それは一体どういうふうなんだい?」

 

興味深げに眉をピクリと動かして聞く京楽隊長に、俺は頷いて弐式から順番に説明していく。

 

「まず卍解弐式は、恋次さんの狒骨大砲を切り裂いた事から分かる通り、絶大と言っていいほどの攻撃力・破壊力を長所としています。

ただその攻撃力故に使用者の力を爆発的に消費してしまうので、維持時間が極めて短く扱いが難しいんです。

そして卍解参式ですが、実はこの解放は一護さんの斬魄刀・斬月の卍解のある特徴を参考に想像しました」

 

「俺の…天鎖斬月のか!?」

 

いきなり自分の斬魄刀の名が出た事に、思わずといった様子で声を上げる一護さんに皆の視線が集まるが、俺は構わず話を続ける。

 

「卍解参式は一護さんの卍解の特徴である『纏う』という点を参考にしました。だから解放すれば、斬魄刀を衣の様に纏った形態になるんです。

長所は弐式に比べて扱いやすくて維持時間も長く、攻守のバランスが取れているという事。

短所は刀剣の姿ではなく自らの肉体に纏う姿なので、基本的に攻撃方法が白打一択のみだという事です」

 

「成程な。せやから阿散井と戦った時に拳を使った接近戦しかせぇへんかったんやな」

 

俺の説明に納得した様子で平子隊長が頷く。

 

しかし俺は納得している平子隊長よりも、その隣で顎に手を当てて何やら考え込んでいる砕蜂隊長の方が気になったのだが、特に何も聞いてはこなかったので俺は話を先に進めることにした。

 

「そして卍解四式は四つの解放形態の中で最もリスクが高いです。

斬魄刀と一体となる形態であり、最上級の死神の力を一時的に得る事が出来ますが、解放が解けた時に死神の力の全てを失います」

 

「「「「「「「「「「「(ちょっと待て)!!!」」」」」」」」」」」

 

その場にいるほぼ全員が息を呑む中で、ただ一人。一護さんだけが俺に待ったをかけた。

 

どうやら一護さんは気付いたようだ。卍解四式の正体に。

 

顔を強張らせて此方を見ている一護さんに、俺はゆっくりと頷いた。

 

「はい。卍解四式は、またはこう呼ばれています『最後の月牙天衝』と」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

どうも!ミステリアです!

まずはすいません。再び一ヶ月程間が空いてしまいました。

仕事の配置換えで今までやった事の無い仕事をやり、土曜日は普通に出勤。

日曜日や家に帰ってもくたくたで布団に倒れ込んで泥のように眠る日々。

正直、ネタは出来ているのに全く書けずに辛かったです。

なのでこのお盆休み(作者は14日~18日まで休み)で溜まったネタを全て出そうと思います!

明日か明後日頃に再び投稿する事をここに誓います!!

では、まずは一話目!どうぞ!!


――龍一郎サイド――

 

「「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」」

 

俺の発した単語に、一護さんだけでなく皆の表情が強張った。

 

最後の月牙天衝

 

一護さんが元五番隊隊長・藍染惣右介を倒す為に体得した力で、自らを斬魄刀と融合する事でその力を別次元のものへと昇華させることが可能となる。

 

しかしその力を一度発動させれば死神としての力の全てを失う代償を伴っているため、文字通り使えば死神としての『最後』を迎える技なのだ。

 

一護さんは過去にこの技を使い、一度は死神の力を失いはしたが、浦原さんやソウルソサエティの死神達の力によって死神の力を復活させ現在に至っている。

 

そして俺はこの力を卍解から派生した一つの形と位置付ける為に、卍解四式とした。

 

その必要性があったからだ。卍解のその先へといく為に。

 

「何故貴様はそんな危険なものをわざわざ創り出したのだ?」

 

戸惑いを露わにしたルキアさんが問う。

 

まぁ実際は俺が創り出した訳ではなく、原作に出たものに勝手に名を付けて位置付けたのだが、それを説明すると原作の事まで話さなければならなくなるので、敢えてそこには触れずにルキアさんの問いに答える。

 

「そうする必要があったんです」

 

「必要って?一体何にだ?」

 

眉を顰めて聞く恋次さんに俺は一拍の間を空けて口を開いた。

 

「禁解(きんかい)へと至る為です」

 

「禁解だと?」

 

「それがさっき言っていた他に存在するものの最後の一つという訳かい?」

 

俺の言葉に今まで口を閉ざしていた朽木隊長が声を出し、京楽隊長が確認をするように問い掛ける。

 

そんな京楽隊長に俺は頷いて「その通りです」と前置きをして本題に入った。

 

「禁解は卍解を遥かに超えた究極の解放形態です。その名前の由来は個人が持つには強大すぎる力だという事と、もう一つの理由から禁じられた解放。即ち禁解と名付けたんです」

 

「随分と大袈裟やな。それほどのものなんか?」

 

「そうですね。大体卍解壱式時の10倍位の戦闘力があります」

 

「卍解の更に10倍だと!!」

 

平子隊長に答えた俺の言葉に、日番谷隊長が思わずといった様子で叫ぶ。

 

「まぁ…その力を得るにしても得た後にしても、色々と厄介な制約などが存在するんですがね」

 

「先程貴公が言った禁じられた解放となった所以の、もう一つの理由とやらにその制約が関係しているのか?」

 

七番隊隊長・狛村左陣さんの鋭い質問に、俺は「問題は4つあります」と言って皆に見えるように親指を除いた四本の指を開いて見せた。

 

「一つ目は禁解を習得する条件が、卍解壱式から四式までを全て習得するという非常に難易度が高い点です」

 

それはつまり最後の月牙天衝も習得しなければならないという事だ。

 

その事に気付いた隊長達の顔色が若干だが曇りを帯びる。

 

唯一の救いは、あくまで条件が習得だという一点だ。力を発動さえしなければ死神の力を失うことはないのだから。

 

「二つ目の問題ですけど、これは禁解に限らず卍解弐式や参式にも当てはまる事なんですが、これ等全ての解放は特定の形態でなければ解放する事が出来ないという点です」

 

「…どういう意味だ?」

 

俺の説明に皆が要領を得ないといった表情で首を傾げ、ルキアさんがこの場にいる皆の意見を代弁して問いた。

 

そこで少し説明がざっくばらんだったかと反省した俺は、分かり易く噛み砕いて解説する。

 

「つまり卍解弐式や参式、そして禁解を解放するには、予め定められた特定の形態にしておかないと解放する事が出来ないんです。

現に先程恋次さん戦っていた時に、俺は卍解参式を解放する前に壱式を解放していましたが、あれはそうしなければ参式を解放する事が出来ないからです」

 

「そうか。確かに卍解状態でいる事に時間制限がある貴様にとって、わざわざ一度解放してから参式を解放し、限られた時間を削る行為にメリットは無い。

しかしそれを敢えてやったのは、そうしなければ参式を解放する事自体が出来ぬから…という訳か」

 

「そういう事です。ついでに言うと、定められた特定の形態は各々の斬魄刀によって違っています」

 

先程の戦いを例に挙げて解説する事で、ルキアさんを皮切りに皆の顔に納得の色がようやく見えたので話を次に進める。

 

「そして3つ目の問題が、禁解に至れる斬魄刀はある先天的な『素質』を持つ斬魄刀のみで、卍解壱式のように全ての斬魄刀がその境地に至れる訳では無いという事です。

そして4つ目の問題が、先程言った禁解が禁じられた解放と呼ばれる所以となった理由なんです」

 

取り敢えず一旦ここで話を区切り、何か質問はないかと皆に視線を向けたが、いよいよ話が佳境に差し掛かってきたのを察したらしく、皆が無言で俺の次の言葉を待っていたので、俺は口を開いた。

 

「まず4つ目の問題となる所以なんですが、実は禁解を解放すると斬魄刀の名前が変わってしまうんです」

 

俺のその一言に、動揺の波紋が広がる。

 

斬魄刀は死神自身の魂から生まれる。いわば自身の分身だ。そして名前とは己と斬魄刀との繋がりの証に他ならない。

それが変わるなど、己と斬魄刀の『個』を否定するのと同じ行為だ。

 

原作でも一護さんが言っていた。斬魄刀はそれぞれに名を持ち、意思を持ち、命を持っていると。

 

そしてその事を斬魄刀から名を聞いた者。つまり持ち主と斬魄刀とが一対一で行われる契約でもある始解へと至った者は、その事を十二分に承知している。その点から見てば皆の反応は当然といえば当然だった。

 

皆の目に険が帯びるが、俺は話を続ける。

 

「というのも、実は3つ目の問題でいった素質こそが、4つ目の問題の答えなんです」

 

「何なんだ?その素質ってのは?」

 

「『進化』ですよ」

 

一護さんの問いに俺は即答して解説を加える。

 

「禁解は『解』という字こそ付いてはいますが、実際は斬魄刀の力を『解放』する訳では無く、強制的に『進化』させて力を引き出しているんです」

 

「斬魄刀が進化だと?そんな事が……「じゃあ聞きますが、卍解弐式や参式等は卍解から派生した形態だと言いましたが、何故派生が起こったのか分かりますか?」」

 

戸惑うルキアさんに被せて問う俺に皆は虚を突かれた表情をして一瞬言葉に詰まったが、そんな中ですぐに答えを出した人がいた。

 

「成程。派生とは即ち進化の派生。斬魄刀自身が己の進化の先を探るべく、各々の能力に特化した様々な姿を試みた形態。それが卍解弐式・参式・四式ということか」

 

淡々と答えた朽木隊長に俺は「その通りです」と言って頷き、全てを纏める。

 

「禁解の正体が斬魄刀の進化の到達点だからこそ、進化の先を探った結果で生まれた卍解弐式から四式の体得が必須であり、進化の到達点だからこそ進化の素質が必要であり、進化をするからこそ斬魄刀の名前が変わってしまうんです。

そして禁解が可能な斬魄刀である進化の素質のある斬魄刀が誕生する確率は、約一万本に一本程だとされています」

 

「そらなんとも、確率の低い話やな」

 

溜め息混じりに平子隊長が吐き出し、浮竹隊長が「一ついいかい?」と前に出た。

 

「何ですか?」

 

「今白哉や君の言った通りだとすると、卍解弐式等も進化の素質を持っていなければ体得する事が出来ないのかい?」

 

浮竹隊長の問いに皆がハッとした顔になり、俺に視線を向ける。

 

そう。卍解弐式・参式・四式が禁解に至る為に様々な進化を試みた形態であるのなら、それらを体得する為には自らの斬魄刀に進化の素質が備わっている事が必要不可欠となる。

 

逆に言えば自らが持つ斬魄刀に進化の素質がなければ、体得する事は不可能だという事だ。

 

己の持つ斬魄刀にその素質が備わっているのか今現在判別する事が出来ない以上、隊長達が俺の答えに注目するのはある意味当然といえた。

 

しかし俺は視線の槍が刺さるこの状況で、努めて明るく答えた。

 

「確かに浮竹隊長の言う通り、卍解弐式等にも進化の素質は必要です。ですけど今此処にいる人達ならばおそらく卍解弐式か参式を体得する事が出来ると思います」

 

「何故それが言い切れる」

 

「皆さんが隊長格という実力者だからですよ」

 

明るく答えたのをふざけた態度と取ったのか、目に険が宿る日番谷隊長に俺は即答した。

 

「分かっているとは思いますが、皆さん達隊長格の実力は並の死神とは比べられない程に一線を画しています。それこそ普通の死神から見たら化け物と見られる程に」

 

現に恋次さんも真央霊術院時代に「隊長・副隊長レベルは化け物だ」と言っている。それ程に隊長格クラスは秀でた力を持っているという事だ。

 

俺の発した化け物の一言に幾人かが不快そうに顔を顰めるが、皆大なり小なり思い当たる節があるらしく否定せずに黙していた。

 

「それ程の力を持っている隊長格の斬魄刀なら、進化の素質を宿している可能性は充分にあると思います」

 

俺はそう断言した後に「尤も、禁解にまで至れるかどうかは分かりませんが」と濁して付け加える。

 

だがここだけの話。実は俺は前世で卍解弐式等を創り出した時に、一護さんや護廷十三隊で卍解を体得している人達に『卍解弐式や参式が使えたらこういう形態かな』と勝手に想像していたのだ。

 

この世界に来た最初の頃は、神の力が原作キャラにまで及んでいるのかどうか分からなかったので浦原さん達には言わなかったが、エルフィが隊長達に扱う事が可能だと断言した所をみると、どうやら神の力は俺だけでなく世界の事象にもかなりの影響を及ぼしているらしい。

 

閑話休題

 

「他に何か聞きたい事はありますか?」

 

「うん。こっちの聞きたい事は全て聞いたよ。有難う」

 

取り敢えず言うべき事は全て言ったので、俺はぐるりと皆を見て聞くと、代表して京楽隊長が礼を返してきたので、今度は俺が皆に聞いた。

 

「所で、俺の処遇はどうなったんですか?」

 

そもそも恋次さんとの戦いは、俺の力を見て処遇を決める目的もあった筈だ。

 

俺なりに全力で戦って、現段階での全てを出し切った。

 

たとえそれが少々情けない結果で終わったとはいえ、それを隊長達がどう取ったのかはやはり気になる。

 

俺の問いに平子隊長が失念していたといった口調で「あぁ。そうやったなぁ」と言い、苦い顔をした。

 

「一応お前がソウルソサエティに居る事は認められはしたんや。

尤も、副隊長相手に引き分けたお前の実力を認めた訳やのうて、四十六室のせこい思惑が主な理由やと思うけどな」

 

苦々しく吐き捨てる平子隊長に砕蜂隊長が「口が過ぎるぞ」と眼を鋭くする。

 

まあ、ソウルソサエティにおいて絶対的な決定権を持つ最高司法機関である中央四十六室に対してかなり無礼な事を言っているので、砕蜂隊長の反応は当然のものだとは思うのだが…。

それよりも思惑というお世辞にもあまり良い印象を感じさせない単語を使った事に俺は

引っ掛かりを感じた。

 

「思惑というと?」

 

「簡単な話や。卍解から派生した解放を使えるお前が危険でもあり、利用価値がある存在と見られたんや。そんで自分等の手の届く所に置いて監視していた方が得やと判断したんやろ。まぁ総隊長の爺さんは、お前をあまり危険な目に合わせとうなかったから、最後まで反対しとったみたいやけどな」

 

「成程」

 

砕蜂隊長の殺気混じりの視線を完全にスルーした平子さんの解説に、俺は表面上では苦い顔をして納得の言葉を紡いだが、内心では概ね予想通りかと頷いていた。

 

いきなり現れた得体の知れない敵の情報と、その敵に対抗できる力を持ち、隊長達を更に上へと至れる方法を知り、この戦いに自ら加勢を申し出ている俺は中央四十六室から見れば、葱を背負って鍋の中に入ってきた鴨のようなものだろう。

 

だがこの展開は俺の予想の範囲内だ。むしろ危険分子として俺を排除しようと動かなかった事に内心ホッと安堵する。

 

「それなら、俺はこのままソウルソサエティに留まるという事ですか?」

 

「あぁ、君は八番隊。つまり京楽の所で世話になる事になっている」

 

浮竹隊長の紹介に京楽隊長が「宜しくね」と朗らかに笑い、俺は「お世話になります」と頭を下げる。

 

「君の事は既に護廷十三隊全隊に報告が届いている。何か聞きたい事があったら、遠慮なく声をかけてくれ」

 

「とはいっても、どこの隊も十日後に起こる戦の支度で大童だ。訪ねるのは構わないが、邪魔だけはするなよ」

 

浮竹隊長の有り難い申し出に返事をしようとしたが、それよりも僅かに速く横から釘を刺した日番谷隊長の言葉に、俺は『やっぱりか』とニュアンスを含めて「はい」と返した。

 

「俺や一護に聞きたい事があるんなら早めに言うんやで。明日には俺と拳西とローズの隊は一護と現世に向かう事になっとるからな」

 

「えっ?一護さんだけじゃなくて、平子隊長達もですか?」

 

「あのバウスってのが、現世とソウルソサエティに一斉攻撃を仕掛けるって言っていたからな。現世にも戦力を送る事にしたらしいんだ」

 

「俺と拳西とローズは現世の地理にも明るいからな。それで選ばれたんや」

 

一護さんの説明を平子隊長が付け加え、俺は成る程と納得の意を示した。

 

確かに元仮面の軍勢(ヴァイザード)である三人の隊長達だけでなく、副隊長の吉良イヅルさ

んと檜佐木修兵さんは現世でバウントが活動していた時や、草冠宗次郎の一件の時に日番谷隊長を捜索に行ったりと、現世に行った経験は恋次さんとルキアさんには僅かに劣るが、それに次ぐ程に豊富だ。

 

現世に派遣される任務ならば、正に最高のメンバーを選んだといえるだろう。

 

「で、何か聞いときたい事はあるか?」

 

再度聞く平子隊長に、俺は「いえ。特には無いです」と返した。

 

「さて、聞きたい事は全て聞いたし、我々はそろそろ戻ろうか」

 

「そうだな。戦の支度にかからないといけねぇしな」

 

全ての話が一段落した所で呼び掛ける浮竹隊長に、日番谷隊長を筆頭に皆が首肯した後に砕蜂隊長、ローズ隊長、朽木隊長、六車隊長は無言で部屋を出て行き、一護さん、浮竹隊長、ルキアさん、恋次さん、平子隊長、狛村隊長はそれぞれ俺に短く一言かけて部屋を出た。

 

そして最後に京楽隊長が「後で暇を見つけて迎えに来るよ」と言って退室し、部屋の中には俺とエルフィのみとなった。

 

「さて・・・・・・と」

 

「どうするつもりだ?」

 

「どうするって?」

 

人目が無くなったのを確認し、大きく伸びをして体を解している所に聞いてくるエルフィに俺は問い返した。

 

「龍。汝は分かっている筈だ。今のままの力ではあのバウスには勝てないという事を」

 

「だろうな」

 

あっさりと認めるのが分かっていたのか、エルフィは動揺の欠片も見せなかった。

 

現時点の段階で、俺が才牙で使えるの最強技であるエクセリオンブレードのゼノンウィンザードを不意打ちでぶつけても、バウスの冥力壁を破ることが出来なかった以上、1対1でまともにぶつかれば敗北は必至だ。

 

「ならばどうするつもりだ?現状の段階でバウスとぶつかるのは、無茶を通り越して無謀だぞ」

 

「そんな事は百も承知だ。だからバウスが来るまでの間に鍛錬を積んで強くなる」

 

「目星はついているのか?」

 

胡乱な表情をして聞くエルフィに俺は大きく頷いた。

 

「さっき恋次さんと戦う時に使った『遊び場』で鍛錬をしようと思ってる。あそこなら充分な広さがあるから、影分身の術で四体の分身体を出して、全ての才牙を練習する事が出来る。それぞれが距離を取れば、ボルティックアックスを振るっても多分大丈夫だろうしな」

 

思っていたよりもしっかりした考えを持っていたのが意外だったのか、エルフィは「ほぅ」と感心の呟きを漏らしたが、直ぐに欠点を指摘してきた。

 

「だが1人だけで鍛錬をするのは、お世辞にも効率の良いやり方とは言えないぞ」

 

「分かっているさ。だから各隊の実力者達の中で、比較的才牙に近い斬魄刀を持つ人から教えを乞いたり、鍛錬として実際に戦ったりする。

写輪眼を使えば自分の動きとするのも割と早く出来るしな」

 

「影分身と写輪眼を平行して使うのか?疲労が凄まじい事になるぞ」

 

「短期間で強くなるには多少の無茶は必要だろう」

 

きっぱりと言い切った俺を見て、エルフィはやれやれといった様子で吐息を吐き、「無理が度を過ぎたら、我は迷わずに止めるぞ」と告げる。しかしどうやら反対意見は無いようだ。

 

取り敢えず相棒の許可(?)を貰った俺は左掌に右の拳を打ち込んで、「よしっ!」と今後の鍛錬に向けて自らに気合いを入れたのだった。

 




次から5~6話程、ソウルソサエティでの修行編となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話

宣言通り!投稿です!

では、どうぞ!


――龍一郎サイド――

 

ソウルソサエティで暮らし始めて2日目。

 

俺は八番隊執務室の前に来ていた。

 

というのも、京楽さんに聞きたいことがあったので隊首室を訪ねたのだが、そこに京楽さんの姿は無く、すぐ近くを通りがかった隊の人に聞いたら此処にいると教えてくれたからだ。

 

ちなみに京楽『さん』と呼び方が変わっているのは、八番隊に来た初日に京楽さん本人から堅苦しいのは苦手だからそう呼んでほしいと言われたからだ。

 

そして執務室に来た俺は扉をノックして「京楽さん。吉波です」と呼び掛けると、扉の奥から「どぉぞぉ~~。入っていぃよぉ~~」と疲れ切った声が返ってきた。

 

その声に戸惑いを感じながらも、俺は許可は得たので扉を開いて中に入ると、其処には周りを書類の山に囲まれ、机に突っ伏している京楽さんと、その京楽さんに目を光らせている伊勢副隊長がいた。

 

「やぁ吉「要件は私が聞きます。隊長は仕事に集中してください」うぅ・・・」

 

挨拶をしようと顔を上げた京楽さんを遮って、伊勢副隊長が俺の前に出る。

 

俺は再び机に突っ伏して呻く京楽さんを流し見て苦笑して「またですか」と呟くと、伊勢副隊長は溜め息混じりに「えぇ。またです」と返した。

 

京楽さんはソウルソサエティ屈指と呼ばれる程に高い実力を持ってはいるのだが、仕事をサボって抜け出すという困った癖を持っていた。

 

そしてそんな京楽さんを探し出し、捕まえ、諌め、そして椅子に縛り付けてでも仕事をさせるのは伊勢副隊長の役目となっている。

 

ここだけの話だが、実は俺が総合救護詰所にいた時に京楽さんが迎えに来ると言っていたのは、俺を迎えに行くという口実を作り、仕事を抜け出そうと考えていたらしい。

 

尤もその考えは伊勢副隊長にすぐに看破され、京楽さんは喩えではなく本当に椅子に縛り付けられる事となったようだ。

 

だから俺を迎えに来たのも、八番隊の隊員達に俺を紹介したのも全て伊勢副隊長がやってくれていた。

 

しかし伊勢副隊長が何度諌めようとも京楽さんはその態度を改めようとはせず、今や伊勢副隊長に捕まった京楽さんが強制的に仕事をさせられるという光景は、瀞霊廷では日常茶飯事となっていた。

 

「所で、どのような用向きで此処に?」

 

疲れが見えた表情をきりりと引き締めて聞く伊勢副隊長に、俺は京楽さんに向けていた視線を彼女に戻して口を開く。

 

「実は護廷十三隊の中で、長柄系の得物を得意とする人に心当たりがあるか聞こうと思って来たんです」

 

「長柄系を?」

 

「駄目だよ~吉波君。七雄ちゃんは真面目だから、ちゃんと事情を話さないと教えてくれないよ」

 

合いの手を入れた京楽さんに「隊長!口を動かすよりも手を動かして下さい!」と一喝して、伊勢副隊長はこほんと咳払いを一つした。

 

「しかし隊長の言う事も尤もです。差し支えなければ、先に事情から話して貰っても宜しいですか?」

 

別に特別隠さなければいけない件ではないので、俺は「別にかまいませんよ」と前置きをして説明を始めた。

 

「実は昨日から全ての才牙を使いこなせるように鍛錬を始めたんですが、その中の一つが・・・なんか今一つなんですよ」

 

「今一つというと?」

 

「なんというか・・・取っ掛かりが掴めないというか、しっくりこないというか・・・」

 

上手く言葉で表せずに曖昧な物言いしか出来ない俺に、再び伊勢副隊長の後ろから声が挙がる。

 

「自分に合わない感じがするんだね」

 

「それです!!」

 

「成程。自己流の方法で色々と模索するよりも、使い手に教えを請う方が早く確実に身に付くと考えたんですね」

 

それだ!とばかりに京楽さんをビシッと指差す俺に、伊勢副隊長が納得した様子で纏めてくれた。

 

先日病室でエルフィと話し合った通り、俺は昨日八番隊での挨拶が済んでからすぐに『遊び場』にて鍛錬を開始したのだが、早々に幾つかの壁にぶつかっていた。

 

エクセリオンブレードとクラウンシールドは普通に戦う分には大丈夫だったのだが、問題はサイクロンガンナー、ボルティックアックス、バーニングランスの3つだった。

 

まずサイクロンガンナーは、銃に空気を吹き込ませる事が非常に困難だという事だ。

 

原作知識で元々サイクロンガンナーには弾丸という物はなく、生物の様に空気を吸い込む事でそれを弾丸へと変える銃だということも、銃と心を一つにして呼吸を合わせる事で始めて大気を吹き込ませて弾丸を生成出来る事も知ってはいた。

 

しかし言うは易し、やるは難しとは良く言ったもの。知識という点で知ってはいても、実際にやるのはかなり大変だった。

 

今現在では上手く空気を吹き込んでも最大でニ発分位しか弾丸を生成出来ず、最大数(六発)の生成には程遠い。

 

次にボルティックアックスだが・・・・・・・・・重い。とにかく重かった。

 

元々の使い手が巨漢で怪力の持ち主だということも、主人公のビィトが初期の時点でこの才牙の超重量と圧倒的なパワーを制御出来ずに振り回されていたのも知ってはいたが、それはビィトが子供だからだと思っていた。

 

しかし正直ここまでの重量だとは思わなかった。

 

結局ボルティックアックスを振り回そうと躍起になっていた分身体の『俺』は十分程で荒い息を吐いて大の字になって倒れ、辺りにあった隆起はボルティックアックスを振るった際に起こる斬撃の衝撃波によって切り取られて一帯は平らな更地となっていた。

 

そしてバーニングランスなのだが、これが一番の厄介な問題となった。

 

京楽さんや伊勢副隊長に先程言ったように、自分なりに突いたり薙ぎ払ったりと振り回しはしたのだが、今一つ釈然としなかった。

 

というのも、俺は前世でのバトルスタイルは徒手空拳だったので、槍を振るった事など皆無だった。

 

エクセリオンブレードや斬魄刀などの刀剣での戦いは、この世界に来て浦原さんに実戦形式で仕込まれたから、なんとか一応の形となっているにすぎない。

 

そもそも、現代日本で長柄系を振るった経験を持つ人間などそう多くはない。

 

だからこそ、その道の使い手の技を見て、少しでも参考にしようと思い、京楽さんにその道の使い手に心当たりがないか聞きに来たのだが、どうやら京楽さんも伊勢副隊長も心当たりがないらしく、二人共腕を組んだり顎に手を当てたりして考え込んではいるが、一向に答えが返ってこずにどこか気まずい沈黙が辺りを包む。

 

そんな時、コンコンと重い空気に似合わない、扉をノックする乾いた音が部屋に響いた。

京楽さんが「どうぞ」と進めると、「失礼します」と聞き覚えのある声と共に扉が開き、書類を抱えた恋次さんが姿を現した。

 

「・・・あん?吉波?なんで此処にいるんだ?」

 

「そう言う恋次さんこそ、どうしたんですか?」

 

問い返した俺に恋次さんは抱えている書類を上げて見せ、「八番隊に回る筈だった書類が、何でかは知らねぇがうちの隊に来てな。俺以外に手の空いている奴がいないから持ってきたんだよ」と言って「で、お前はどうしたんだよ?」と返した。

 

「俺は京楽さんに聞きたい事があったので来たんです」

 

「聞きたい事?」

 

「実は・・・」

 

眉を顰める恋次さんに、俺は先程の反省をふまえ、先に事情から話して本題を語ると、抱えていた書類の束を伊勢副隊長に渡した恋次さんは何かしらの心当たりがあるらしく「長柄系か・・・」と呟いた。

 

「何か心当たりがあるのかい?」

 

京楽さんは伊勢副隊長が受け取って机の上に置いた書類の束を、敢えて見ないように視線を恋次さんに向けて尋ねた。

 

「いえ・・・完全な長柄系という訳じゃないんですが、似たような斬魄刀を持っている人なら・・・一応」

 

「誰ですかそれは?」

 

珍しくはっきりしない物言いをする恋次さんに問いを投げると、恋次さんは僅かに逡巡する素振りを見せたが、やがて問いに答えてくれた。

 

「一角さんだ」

 

「一角さん?」

 

「成程。斑目三席ですか」

 

「そういえば彼がいたねぇ」

 

答えた恋次さんに、一応原作知識で知ってはいるが顔を合わせた事はないので鸚鵡返しに返す俺と、納得する伊勢副隊長に京楽さんの順に反応する。

 

斑目一角。

 

護廷十三隊十一番隊の三席で、席官の地位にありながらも副隊長に匹敵する程の実力を持つ。ソウルソサエティ屈指の豪傑であり、斬魄刀戦術の奥義である卍解を扱える唯一の席官である。

 

しかし同隊長の更木剣八の下で戦い抜く事を本懐とし、一時期戦い方を教えていた恋次さんと、古い付き合いである同五席の綾瀬川弓親さん以外にそれを教えることなく現在へと至っている。

 

尤も、以前十一番隊に所属しており、親交のあった七番隊副隊長の射場鉄左衛門と、その2人の会話を聞いていた同隊長の狛村左陣の2人には既に知られてしまっているのだが・・・。

 

閑話休題。

 

俺は控えめに手を挙げて恋次さんに聞く。

 

「あの~恋次さん。その一角さんとは一体誰なんですか?」

 

俺の問いに、恋次さんだけでなく納得していた京楽さんと伊勢副隊長も、俺が一角さんと顔を合わせていなかったのを察したらしく「あぁ、そういえばお前はまだ会ってなかったな」と恋次さんがどこか誇らしげに笑う。

 

「斑目一角。護廷十三隊十一番隊の副官補佐で、俺に戦い方を教えてくれた人だ」

 

「彼の実力は僕も保証するよ」

 

「それに一角さんの斬魄刀は、一応だが長柄の系統に含まれている。参考にはなると思うぜ」

 

2人の太鼓判に俺は「へぇ~」と感心の一声を吐き、「お願いします恋次さん!その人を紹介して下さい!」と恋次さんに斑目三席の接見を求めた。

 

「いいぜ。今からでも構わねぇか?」

 

「はい」

 

「それじゃあ行こうか」

 

二つ返事でオーケーを貰い、俺は恋次さんと共に執務室の扉を出て八番隊舎を後に・・・・・・・・・ん?

 

「京楽隊長?」

 

「何やってるんですか?」

 

後にしようとしたが、背後から聞こえた聞き覚えのある声に、俺と恋次さんは胡乱な表情をして振り向き、声の主である京楽さんを見た。

 

「いや~僕も着いて行こうかな~っと思ってね」

 

「『思ってね』じゃないでしょう!書かなきゃいけない書類がまだまだあったじゃないですか!!」

 

「そうっすよ!さっき俺が持って来た書類の提出期限!確か今日だった筈ですよ!」

 

朗らかに笑う京楽さんに、俺と恋次さんのツッコミが入るが、京楽さんは朗らかに笑ったままでのらりくらりとはぐらかし、一向に執務室に戻る気配を見せないでいる。

 

「もぅ、いい加減にしないと、また伊勢副隊長に叱られますよ!」

 

「大丈夫大丈夫。きっと七緒ちゃんも、疲れた僕を慮って許してくれるよ」

 

最後の手段に伊勢副隊長の名前を出すが、やはりはぐらかされてしまった。

 

しかしその瞬間。

 

ガシッ!!

 

京楽さんの肩を鷲掴みにした手から、そんな擬音が聞こえたように俺は感じた。

 

ふと京楽さんの顔を見ると、先程まであった朗らかな笑みは消え去り、頬を引きつらせて冷や汗をダラダラとかいていた。

 

「・・・隊長」

 

普段から聞いている凛としたその声が、今は地の底から聞こえるような低い声色となっていた。

 

ギギギッと軋んだ音が聞こえてきそうな程のぎこちなさで京楽さんが背後を振り返ると、そこにはスゥッと目を細めて黒い怒りのオーラが全身から滲み出ている・・・・・・・ように見える伊勢副隊長がいた。

 

「な、七緒ちゃん。これには深~い訳が「どんな訳ですか?」・・・」

 

冷や汗を垂らして言い訳をしようとする京楽さんだったが、阿修羅と化した伊勢副隊長の迫力に押されて押し黙ってしまう。

 

「部屋に戻ってくれますね」

 

「いや・・・その・・・「戻ってくれますね」・・・はい」

 

往生際悪く言葉を濁す京楽さんに、静かだが有無をいわせぬ迫力を持つその一言に京楽さんもついに折れ、首をうなだれて執務室へと戻っていった。

 

パタンと執務室の扉が閉まる軽い音が、何故か俺の耳には妙に響いて聞こえた。

 

「恋次さん。行きましょうか」

 

「あ、あぁ」

 

俺は未だに衝撃の抜けていない恋次さんに呼び掛け、共に八番隊舎を後にした。

 

そしてその移動する際、俺の。そしておそらく恋次さんの心の中でも一つの誓いが立てられただろう。

 

女性を怒らせないようにしよう。と。

 




ストックがなんとかあと一話分あるので、お盆の終わり(18日位)に再び投稿しようと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話

この話で書き溜めていたストックを全て出しました。

次回の投稿はおそらく来月頃になると思います。


――龍一郎サイド――

 

キキィン!キンッ!ザッ!

 

十一番隊舎から程なく歩いた場所にある岩場で幾度も火花が散り、足が地を蹴る音が響いた。

 

「八回!」

 

声と共に繰り出された刺突が俺の二の腕を浅く切り裂く。

 

痛みに僅かに顔をしかめるが、俺は反撃とばかりにバーニングランスを振るうが、軽く避けられてしまい――

 

「九回!」

 

苦し紛れに振るった事により生まれてしまった隙を見逃さずに、袈裟斬りに振り下ろされた刃を俺はなんとかバーニングランスの柄で受け止めるが、崩れた体勢で重いその一撃を受け止める事は出来ずに、たまらず吹っ飛ばされて岩に背を叩き付けられる。

 

「がっ!」

 

衝撃に飛びそうになる意識を気力で留め、ランスの握る手を強めて足を前に踏み出――そうとしたが、俺の足はとめられた。

 

眼前に突き出された刃の切っ先によって。

 

「十回だ。これで十回死んでるぜ」

 

淡々と告げられた現実に、俺はきりっと奥歯を噛み締めた後に、ランスで眼前に突き出された刃を払い――

 

「もう一回!お願いします!」

 

吠えた俺に、相手――斑目三席はどこか楽しげに目を細めた。

 

さて、何故このような状況となっているのか。

 

話は一時間程前に遡る。

 

恋次さんと共に十一番隊舎を訪ね、斑目三席に長柄の手解きを請うたのだが、正直始めはあまりいい顔をしなかった。

 

戦の支度で忙しいし、何よりあまり人に物を教える柄ではないと渋っていたのだが、俺と恋次さんの2人で頭を下げて頼み込んだ結果、斑目三席の出した2つの条件を此方が呑む事でなんとか了承してくれた。

 

一つ目の条件は斑目三席曰わく『さっきも言ったが、俺は物を教えるのは得意じゃ無ぇ。だから俺との戦いの中でてめぇに合いそうな動きを盗むんだな』だ。

 

つまりは浦原さんとやった実戦式の鍛錬と同じという事だ。

 

そして二つ目の条件は、仕事の合間でしか出来ないから、精々1日の内1時間位しか付き合えないという事だった。

 

そして現在。斑目三席と相対しているのだが、得物があまり扱いに慣れていないバーニングランスという事もあり、一方的に押されていた。

 

勿論俺も写輪眼を発動してはいるのだが、斑目三席の戦闘スタイルは浦原さんや恋次さんとはかなり毛色が異なり、フェイントやトリッキーな攻撃が多彩に盛り込まれている為、先を読むのが困難となっていた。

 

「はぁぁっ!」

 

バコッ!

 

「・・・がっ!」

 

一声と共に振るわれた鞘の一撃が脳天に直撃し、俺は崩れ落ちるように俯した。

 

「どうした?これで終わりか?」

 

「ま・・・まだまだ・・・」

 

直接脳に受けた衝撃によってガンガンと襲う頭痛と、平衡感覚の麻痺が俺の立ち上がる行為を阻害するが、俺はバーニングランスを杖代わりにする事で危なげながらもなんとか立ち上がってランスを構えた。

 

産まれたばかりの子鹿を思わせる程にガクガクと震える足を左右に広げて、倒れ難いスタンスをとる。

 

そんな俺を見て、斑目三席は「はぁ~」と溜め息を一つ吐き、剣の切っ先を下に下げて構えを解いた。

 

「休憩だ。少し休んでろ」

 

「大丈夫です!まだやれます!」

 

強がる俺に、斑目三席は鞘の先で俺の額を軽く押しやった。

 

すると俺の体はあっさりとバランスを崩し、尻餅を付いてしまう。

 

「その根性は認めてやる。いいから休んどけ」

 

俺を見下ろしてそう言い、斑目三席はさっさと近くにある手頃な岩を椅子代わりにして腰を下ろした。

 

そんな斑目三席を見て、俺はふうっと息を吐いて熱くなっていた頭を冷やし、写輪眼を解いて体の力を抜いて回復体制に入った。

 

そしてお互いが無言のままで数分程時が過ぎた後、不意に斑目三席が口を開いた。

 

「お前、何でそこまでして強くなりたいんだ?」

 

「・・・後悔をしたくないからです」

 

さして間を置かずに答えた俺に、斑目三席は一瞬意外そうな顔をしたが、何も言わずにふっと僅かに口の端を吊り上げて「そういえば、まだちゃんとお前の名前を聞いていなかったな」とどこか嬉しそうに言った。

 

この時点で俺は恋次さんと共に十一番隊を訪ねた時には名字を言っただけで、まだ斑目三席にフルネームで名乗っていなかったのに気付き、頭部に受けたダメージがある程度回復したのを確認して立ち上がり改めて名乗る。

 

「吉波龍一郎です」

 

「龍一郎か。良い名前じゃねぇか」

 

あまり名前を褒められた覚えがない俺は鼻の頭を軽く掻いて「そうですか?」と聞いた。

 

「名前に一が付いている奴は、才能溢れる男前と相場が決まっているんだよ」

 

自信たっぷりに断言する斑目三席に俺は「じゃあ斑目三席もですか?」と再び問うが、斑目三席は「その言い方は辞めろ」と強い口調で言い放ち、戸惑う俺に続ける。

 

「お前は護廷十三隊じゃ無ぇだろう。だったら堅苦しく呼ぶな」

 

「いえ、でも「それに、阿散井には普通に名前で呼んでるだろ」」

 

教えを受けている以上、敬いや敬意をはらうのは当然だと言おうとするのを遮られ、「なにより、そういうのは窮屈で好きじゃねぇ」とまで言われては、俺に反論の余地は無かった。

 

「分かりました。一角さん」

 

再度頭を下げて言う俺に、一角さんは「おぅ」と短く答えて下ろしていた腰を上げた。

 

「さぁって、休憩は終わりだ」

 

一角さんは抜刀して左手に持った刀を前に出し、右手に逆手で持った鞘を後ろにやって構える。

 

俺もバーニングランスを中段に構えて「はい」と応えた。

「行くぜ!」

 

一角さんの一声と共に地を蹴る音。

 

そして刃と刃がぶつかる音が響いた。

 

――一角サイド――

 

俺の名は斑目一角。

 

ソウルソサエティ最強の十一番隊で二番目に強い男だ。

 

一昨日瀞霊廷を襲撃してきた奴等が九日後に再び来ると正式な報告があり、俺は来るべきその戦いに向けて戦の支度と共に鍛錬をしようと思っていた。

 

しかしその考えは恋次と一緒にやって来た奴によってかなり変わる事となった。

 

そいつの事は更木隊長から話には聞いていた。

 

神によってこの世界にやって来たという到底信じられない胡散臭い奴だと隊長は言っていたが、正直俺も最初に聞いた時は俄には信じられなかった。

 

更に言うのなら恋次と一緒に来た時に最初に思った感想は『軟弱そうな野郎』だった。

 

その立ち振る舞いには戦う者ならば必ずといっていい程ある、どこかぴりぴりとした緊張感を帯びた雰囲気が全く感じられず、どこか出会ったばかりの頃の一護を彷彿とさせた。

 

恋次はこんな奴と引き分けたのか?

 

思わずそんな疑問が頭を過ぎったが、取り敢えずそれは隅に置いて何をしに来たのか聞くと、俺に長柄の武器の手解きをして欲しいと頼み込んできた。

 

しかし俺はそれを一言の元に断った。

 

戦の支度や鍛錬と、俺もやる事が山積みだという理由もあるが、断った大きな訳は他人に手解きをするなんざ俺の柄じゃ無ぇし、何より俺の斬魄刀の鬼灯丸は三節根だ。長柄武器じゃ無ぇ。

 

恋次みたいに戦い方を教えてくれと頼み込んで来るのならやりようはあるが、長柄の手解きをしてくれと言われても正直困る。

 

だから断ったんだが、二人揃って頭を下げて何度も頼み込んできたのに、俺もついに根負けして二つの条件を出して引き受けた。

 

そして十一番隊舎の近くにある岩場。かつて恋次に戦い方を教えた場所で鍛錬を始めたのだが、正直拍子抜けだった。いや、失望したといってもよかった。

 

いくら慣れない得物を使っているとはいえ、動きがぎこちなく攻撃も直線的で単調なものばかり。

 

話に聞いていた勾玉模様の入った赤い目――確か奴は写輪眼と言っていた――のお蔭か反応は悪く無いんなんだが、その秀でた反応故に呆気ない程簡単にフェイントに引っ掛かる。

 

体捌きも所々に見せるのは剣を振るうそれで、槍を振るうものじゃ無ぇ。

 

しかし俺はそんな奴を見放す事無く付き合っていた。

 

その未熟ぶりもだが、何度倒されても立ち上がって向かってくる根性も、強くなりたいと必死になるその姿も。戦い方を教え始めた頃の恋次を思わせたからだ。

 

結局、俺は強くなろうと一点を見ている奴は嫌いじゃねぇって事だ。

 

そんな事を思いつつ鍛錬をしていると、俺は奴の微妙な変化に気が付いた。

 

始めは俺の攻撃に対して防戦一方だったが、徐々に躱しはじめ、フェイントにも引っ掛からなくなり、要所要所で反撃もしてきた。

 

奴の体捌きや動きそのものは、大して変わっていないにも関わらずだ。

 

となると何が変わったのか。それは奴の目を見た時にすぐに察しがついた。

 

何故なら、さっきまで赤い目の中に上下2つあった勾玉模様が、いつの間にか3つに増えてやがったからだ。

 

俺との鍛錬の中で急激な成長をしたのか、それともこれまで戦ってきた経験からなのか、それは分からねぇ。

 

だがどちらにしても、少しはやるようになってきたって事だ。

 

そう思い割と本気で当てにいったのだが、結局最後まで危なげながらも直撃を避け、この日の鍛錬は終わった。

 

因みに帰り際に奴の目の勾玉模様が増えているのを言うと、奴自身は全く気付いていなかったらしく滅茶苦茶驚いていた。

 

そして次の日、鍛錬を始めて早々に俺は驚かされた。

 

前日の時点でぎこちなかった奴の動きが格段に滑らかになっていたからだ。

 

何でも昨日帰った後も、夜遅くまでイメージをしなから槍を振るい、少しでも身体に馴染ませようとしていたらしい。

 

始めに会った時から馬鹿正直な感じだとは思っていたが、まさかここまで真っ直ぐな馬鹿だったとは・・・。

 

だがその成果は確かに出ていた。

 

この日・・・俺に鬼灯丸を解放させる程に。

 

(こいつは、思ったよりも早く終わらせた方が、良いかもしれねぇな)

 

そんな事を思っているうちに、二日目の鍛錬は終わりとなった。

 

 

 




主人公が一角に教えを乞うのはわりと初めの方から決まっていました。

一角はBLEACHのキャラクターの中でベスト5に入る程に好きなキャラです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話

まずは一言。すいませんでした。

何だかんだで一ヶ月以上かかってしまいました。

多忙な仕事によってのスランプと、発売されたMH4に夢中になっての結果です。

大変申し訳ありませんでした。

では、二十五話をどうぞ!


 

――龍一郎サイド――

 

一角さんと鍛錬を始めてから三日目。

 

いつものように影分身の術を使って分身体に才牙を手渡して『遊び場』で鍛錬をしているように命じ、本体の俺は十一番隊から程なく歩いた所にある岩場で、俺と一角さんは刃を合わせていた。

 

最初は戸惑っていた一角さんのトリッキーな攻撃やフェイントも、レベルアップした写輪眼によって見切れるようになり、なんとか対処出来るようになっていた。

 

なにせ本家本元の写輪眼の使い手であるうちはサスケが、勾玉模様が3つになった途端に、初期とはいえ九尾モードのナルトの動きを完全に見切っていた程だ。

 

正直漫画やアニメを見ている時では、そのあまりに飛躍的な成長に出鱈目さすら感じていたのだが、実際に自分の身で体感すると、その出鱈目ぶりに突っ込むよりも有り難いという

感謝の感情の方が先に湧いてしまう。

 

そんな俺の力を少しは認めてくれたのか、今日の一角さんは最初から鬼灯丸を解放してから斬り掛かってきた。

 

「はぁあっ!!」

 

ビュッ!ガチッ!

 

突き出してきた刀身を首を僅かに動かして最小限の動きで躱し、続いて右下から来る石突きのかち上げを、薙刀特有の構えである八相の構えを取って、その一撃をランスの柄で受ける。

 

そして一角さんが石突きを引くのとほぼ同時に、今度は俺が右にかち上げる石突きの一撃を見舞うが、一角さんは素早く後ろに跳び退いて俺の一撃を避け、口角を吊り上げて歯を剥き出しにして笑みを浮かべ、刃の切っ先を下に下げた下段の構えを取った。

 

「やるじゃねぇか」

 

「光栄です」

 

一角さんの賛辞に俺は笑みを浮かべて、左右の手を腰骨よりやや低い位置に保ち、左足を前に出して身体を左半身にし、ランスを腰の高さに構える。

 

相手の動きに反応して上段や下段に転じて効率よく戦う事が出来、重心が安定しているので槍が扱いやすい構え。

 

槍の構えの一つ。霞中段(かすみちゅうだん)の構えだ。

 

「はぁっ!」

 

蹴り足で一気に地を蹴り、裂帛の気合いと共に引き絞った弓から放たれた矢の如く、一直線に行く突きを放つ。

 

そんな突進してくる俺に対し、一角さんは避けようという素振りは見せず、逆に地に足を踏みしめて迎え撃つ体制をとった。

 

そして俺の穂が間合いに入った瞬間、一角さんは下げていた刀身を一気に上げ、ランスの穂に切り上げの一撃を当てて槍先を撥ね上げた。

 

柄の中央部を握っていた左手がその勢いで離れ、槍の穂が宙を舞う。

 

そして一角さんはその隙を逃さずに、後ろに下げていた右足を前に踏み出して間合いを詰め、体を左半身から右半身に入れ替えると同時に、俺のこめかみに石突きの一撃を叩き込んできた。

 

だが、その一撃は空を切る事となった。

 

一角さんが一歩踏み込んで来たのとほぼ同時に一歩下がり、間合いを外した事によって。

 

実は俺はランスを撥ね上げられた瞬間、態と左手を離して派手に宙を舞わせ、その勢いを殺さずに敢えて身を任せて左足を下げて体を入れ替え、一角さんの一撃を躱したのだ。

 

そして避けるだけでなく、宙に舞ったランスを自分を中心に縦に一回転させ、その勢いのままに前に出ている一角さんの右足首を薙ぎ払う。

 

前世で読んだ『剣技・剣術』という本に載っていた槍術の一つ。三ツ玉(みつだま)という技だ。

 

完全に意表を突いているだけでなく、狙った訳ではないが、一角さんの石突きの攻撃とタイミングが噛み合い、カウンターとなっている。避ける事はまず不可能。

 

(とった!!)

 

確信を持ち、俺はランスを振り払う。・・・・・・が!

 

ガッ!!

 

「なっ!」

 

確信を持っていた俺の顔が驚愕に歪む。

 

俺の視線の先。其処には、ランスの穂を踏みしめている一角さんの右足があった。

 

俺がランスを振り払ったあの一瞬。一角さんはいきなり右足を上げて俺の一閃を避け、ランスの穂が足下を通った瞬間に踏みつけて動きを封じたのだ。

 

「驚いている暇は無ぇぜっ!!」

 

動揺によって固まる俺に一角さんの一声が響く。

 

「っ!」

 

その声に反応して硬直から脱した俺は、反射的にランスを握る手を離して間合いを取ろうとしたが、そこで理性が待ったをかけた。

 

今ランスを持っている右手は、ランスの石突きのすぐ近くの部分を握っている。

 

一方一角さんは踏み込んで石突きを叩き付ける攻撃をした体制のままなので、大体柄の中心部を持っている。

 

この状況で一角さんが俺に攻撃を当てるには、後ろに下げている左足を前に出し、踏み込んで接近するか、もしくは鬼灯丸を一度持ち替えなければならない。

 

踏み込むにしろ持ち替えるにしろ、その行動に移す瞬間にランスの穂を踏み締めている足から僅かに意識を外さなければならなくなる。

 

ならばその意識を外し、踏み締める力が緩む瞬間にランスを引き抜いて、バックステップで後ろに跳べばと考えたのだ。

 

そして俺はランスの握る手と前に出している軸足に力を込めて、いつでも行動に移せるように身構えた。

 

だが一角さんは、そんな俺の考えの更に上をいき、同時に俺は完全に失念していた事に気付いた。

 

一角さんの斬魄刀。鬼灯丸は――

 

「裂けろ!!」

 

三節根だという事に。

 

「鬼灯丸!!」

 

一角さんは石突きでの一撃を振るった体勢のままで石突きの突きに移行し、一点を突く一撃を文字通り『放って』きた。

 

鬼灯丸を分割させてリーチを伸ばす事で、本来なら届かない一撃を俺の額に放り込んだ。

 

ガツッ!

 

鈍い音と痛みが頭に響き、思わず体がぐらつく。

 

それでもランスの柄を握る手だけはなんとか離さなかったのが功を奏し、ぐらついた拍子に一角さんに踏み締められていたランスの穂が抜き出され、ふらつきながらも何とか後退して一角さんの間合いから脱出した。

 

「最初に言っただろう。鬼灯丸は槍じゃねぇ。三節根だってな」

 

「まさか、いきなり使ってくるとは思いませんでしたよ」

 

鬼灯丸を肩に乗せて言う一角さんに、俺は頭部に受けた衝撃を振り払おうとするかのように、頭を振って返した。

 

「馬鹿野郎。虚を突くのは戦いの中で当たり前に起こる事だぜ」

 

完全な正論に俺は「ご尤もです」と頷いて八相の構えをとった。

 

だが別にこの構えで一角さんと戦うつもりは毛頭無い。

 

この構えにした理由は一つ。一角さんに見せつける為だ。

 

俺はこの3日間、鍛錬だけでなく才牙の力や特殊能力を引き出せるように練習もしてきた。

 

そしてバーニングランスに限った話だが、2つの特殊能力をなんとか扱えるようになっていた。

 

これから見せるのはその内の一つ。

 

俺は呼吸を整えてランスに意識を集中し、魂を通わせる。

 

(力を貸してくれ)

 

想うのは懇願ではなく呼び掛け。

 

それに応え、ランスの特徴的な石突きにある『目』がキラリと輝いた。

 

「燃え上がれ・・・双頭の槍」

 

俺の声に応えてランスの石突き自体が光輝き、バーニングランスのもう一つの穂となった。

 

「・・・ほぉぅ」

 

バーニングランスの変化に、一角さんは嬉しそうに目を細め、感心したように声を漏らした。

 

「成る程な・・・テメェの槍もただの槍じゃ無ぇって訳か?」

 

俺は一角さんの問いに敢えて答えず、柄の石突き側を握る右手を順手に、中心部を握る左手を逆手にして、両腕を高々と掲げた左半身の構え。大きく槍を振るう為の構えである霞上段の構えを取る。

 

防御ではなく攻撃を重視した構えをとる事で、俺は一角さんに無言の挑発をする。

 

――勝負――と。

 

そんな俺の目から意志を読み取ったらしく、一角さんは一瞬虚を突かれたような顔をしていたが、直ぐに歯を剥き出しにして凶悪な笑みを浮かべて「上等だ!!」と吠えた。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

一角さんは鬼灯丸を三節を繋げて一本に戻し、俺と同じく頭上に掲げて鬼灯丸を回転させ、遠心力を高めている。

 

だがそれだけではないのは、対峙している俺にも伝わってきていた。

 

一角さんが鬼灯丸の回転速度を上げていくにつれて、己の霊圧を段々と高めているという事に。

 

どうやら一角さんにとって鬼灯丸を回転させるという行動は、己の力を最大限にまで引き出すのに必要な一種のパフォーマンスらしい。

 

対する俺は、ランスを霞上段に構えたままで目を閉じ、全神経をランスの切っ先にまでに意識を集中させて呼吸を繰り返し、己の内にある気を高めていく。

 

そして俺の気が高まってくるのに呼応するように、ランスの刃が炎を宿し赤い輝きを帯びる。

 

「はあぁぁぁっ!!!」

 

「・・・」

 

俺が目を開くのと、一角さんが回転させていた鬼灯丸を薙払うのはほぼ同時だった。

 

解放された黄金色を思わせる霊圧のオーラを纏った一角さんと、ランスの天力によって赤いオーラを纏った俺。

 

2つのオーラがぶつかり合い、大気がビリビリと震える。

 

「・・・来いよ」

 

一角さんの一言に応え、俺は地を蹴って弾かれたように一気に駆け出した。

 

「おおぉぉぉぉっ!!」

 

裂帛の気合いと共に突進の勢いも乗せ、打ち下ろしの突きを放つ・・・・・・が。

 

ガヅッ!!

 

ランスの刃が抉ったのは一角さんの肉体でも鬼灯丸の刃でもなく、大地のみであった。

 

ランスの刃が当たる刹那。一角さんは立っていたその場から突然姿を消した・・・否。消えたように見えた。

 

だが俺は欠片も動揺を表に出さず、迷い無く視線を『そこ』に向けた。

 

何故なら今の俺の眼には、俺の攻撃を跳躍して回避した一角さんの姿が見えていたからだ。

ん?見えていたのならば、どうして追跡しなかったのかって?

 

その答えは至極簡単。

 

今の俺では一角さんの動きを眼で捉える事は出来ても、その動きに付いていく事がまだ出来ないからだ。

 

『如何に優れた眼を持っていても、それに体が伴わなければ何の意味も無い』某体術使いが言っていた言葉だ。

 

俺はそんな自分を充分に承知していたからこそ、一角さんを追跡するのではなく、次に来る一角さんの一手を全力で迎え撃つ事を心に決めた。

 

だから突きの一撃を外した事に動揺せずに、即座に一角さん動いた先。頭上に視線を向けた。

 

「いくぜぇぇっ!!」

 

落下の勢いを味方に付け、矢の如き速度で一直線に俺に向かってくる一角さんに、俺は地に刺さったランスの柄を握る手に力を込めて前に出ている軸足。左足の爪先を一気に捻り込み、脹ら脛・腿・腰・肩と力を伝導させ、ボクシングのアッパーを打つ要領で地に刺さったランスを思い切りかち上げた。

 

土を舞い上げての切り上げた炎刃の一閃と――

 

「うぉぉりゃあぁぁっ!!!」

 

落下のエネルギーと霊圧を乗せた大上段の一撃がぶつかり合い――

 

ガゴオォォォン!!!!

 

耳を塞ぎたくなるような轟音が辺り一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・い

 

誰かの声が聞こえた様な気がした。

 

 

 

・・・い・・・・・・きろ・・・

 

また同じ声が聞こえる。だけど途切れ途切れにしか聞き取る事が出来ず、何を言っているのかよく分からなかった。

 

「起きろって言ってんだろうが!!!」

 

「うわっ!!」

 

鼓膜が破れるのではと錯覚する程の怒号が響き、反射的に跳ね起きた俺の視界に最初に入ってきたのは、呆れ顔で俺を見下ろしている一角さんだった。

 

「やっと起きたか・・・」

 

「一角さん・・・俺は一体・・・?」

 

キーンと頭に響く耳鳴りを強制的に無視して、立ち上がって一角さんに問う。

 

「槍を土の中から無理矢理かち上げなけりゃ、相殺出来たのかもな」

 

「・・・・・・あ」

 

独り言にも似た一角さんの返答に、俺は全てを思い出した。

 

先程の攻撃のぶつかり合いで、俺の一撃が一角さんの一撃に押し負けて吹っ飛ばされた事を。

 

確かに一角さんの言ったように、ランスを土の中からかち上げようとせずに一度引き抜いて切り上げるか、対空迎撃の突きを放っていれば押し負ける事は無かったのかもしれない。

 

だがあの時の俺がそれしか考えつかなかった以上、仕方がなかったと割り切るより他はない。

 

大事なのはこの反省を踏まえて次に生かせるかどうかだ。

 

そう気持ちを切り替えて、俺は吹っ飛ばされても手放さなかったランスを構えて一角さんを見据えた。

 

「もう一本!お願いします!!」

 

だが一角さんはランスを構えた俺を見はしたが、一向に鬼灯丸を構えようとはしなかった。

 

「今日で終わりだ」

 

「・・・え?」

 

唐突に放たれたその言葉を理解できずにいる俺に、一角さんが続ける。

 

「もう教える事は何も無ぇ」

 

「で、でも!「後は一人で何とかしな」」

 

まだあなたから一本も取っていない!

 

そう言う前に一角さんが遮る。

 

「もうテメェには、それが出来る筈だぜ」

 

「・・・・・・」

 

一角さんが下してくれた評価に、俺は喜びで口の端が吊り上がりそうなのをなんとか抑えて、黙したまま構えを解いた。

 

そんな俺を見て、一角さんは「あぁ。それとな」と言って俺に近付き、右手の人差し指を俺の鳩尾に軽く当てた。

 

「戦う相手には名を名乗っておくんだぜ」

 

「・・・え?」

 

突然の事に、俺の口からは間の抜けた声しか上げる事しか出来なかった。

 

「戦いに死ぬと決めた奴なら、自分を殺した奴の名前ぐらい、知って死にたい筈だからな。名前を教えてやるのは礼儀ってもんだろ」

 

「!」

 

その言葉を聞き、俺は思い出した。

 

そうだ。確か戦う相手に名を名乗るのは、一角さんが戦い方を教えた人に必ず教える最後の流儀だった筈だ。

 

そしてその教えを今ここで言ったという事は、一角さんに教わるのは本当にもう終わりな

んだと改めて実感する。

 

「じゃあな。五日後に死ぬんじゃねぇぞ」

 

「・・・はいっ!!有り難う御座いました!!!」

 

鳩尾に当てていた人差し指を離し、踵を返して歩き出す一角さんの背中に、俺はありったけの感謝の想いを込めて頭を下げて声を張り上げた。

 




この話で出てきた『剣技・剣術』という本は実際に存在します。

戦闘描写を書く時に大変参考になっています。

そういえば今思い出したんですが、この話を書き始めてから今日で丁度一年となりました。

一年間書き続けられたのは、読者の皆さんのお蔭だと思っています。

有難う御座います。

これからもどうかこの話を温かく見守ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話

すいません・・・やはり一ヶ月近くかかってしまいました。


第二十六話

 

――龍一郎サイド――

 

一角さんとの鍛錬が終わってから三日後。

 

バウス達との決戦まで後二日にまで迫り、瀞霊廷中の空気がピリピリと緊張感を帯びたものとなっていた。

 

当然俺も日頃の鍛錬に熱を入れ、来るべき決戦の日に向けて己を鍛えている。

 

ここ最近ではただ才牙の力を引き出そうとするだけで無く、『冒険王ビィトエクセリオン』で主人公のビィトが天撃の達人であるシャンティーゴの四賢人に実際に受けた修行を真似た鍛錬を行い、それぞれの天撃の奥義を修得しようとしている。

 

炎の天力を集約させて巨大な剣の形にして一気に焼き切る『爆炎』のグリファスの業火烈断(ごうかれつだん)。

 

集中させた風の天力で相手の急所を貫く『涼風』のイーブルの風牙一閃(ふうがいっせん)。

 

超電撃を相手の体内に送り込み、一気に爆砕させる『瞬雷』のトンガの迅雷撃破(じんらいげきは)。

 

膨大な量の水を発生させ、自在に操る『流水』のレイモンドの水破爆裂(すいはばくれつ)。

 

どれも切り札となる技ばかりだ。

 

え?才牙の扱い自体がまだ未熟なのに、いきなり奥義に手を出してどうするって?

 

まぁ確かにその通りだ。

 

一角さんとの鍛錬で、なんとかバーニングランスの扱いが様になるようになったものの、まだまだ完全に力を引き出せている訳ではないし、他の才牙もサイクロンガンナーはやっと弾をフルに生成出来るようにはなったが、その時の調子によってムラが生じてる為に安定した生成とは言えないし、ボルティックアックスも普通に武器として振り回せるようにはなったが、振るったときに発生する斬撃の衝撃波はまだ上手く狙った所に飛ばせないでいる。

 

エクセリオンブレードとクラウンシールドは一応問題はないが、あくまでも『他の才牙と比べると』という前置きが付くレベルだ。

 

そんな未熟な身でいきなり天撃の奥義に手を出すなど、無謀以外の何者でもない。

 

だが俺の頭では、なるべく短時間で急激にレベルアップ出来る方法はこれしか思い付かなかったのだ。

 

なにせ三日後に戦う相手はバウス。並のヴァンデルやモンスターとは比べ物にならない程の強敵だ。

 

二本の指を挟むだけでエクセリオンブレードを止め、先程述べた『流水』のレイモンドが奥義・水破爆裂で作り上げた水のシールドを頭突き一発で粉砕する文字通りの怪物である。

 

破った奴と戦う為に破られた技を必死に修得するのも変な話だが、俺の持つ武器の中で奴に通用するのが才牙一択である以上、他に手はない。

 

そう思って始めたのだが、比較的順調なのはクラウンシールドとボルティックアックスの2つだけで、後は暗礁に乗り上げていた。

 

というのも、原作の『エクセリオン』の中で修業内容が細かく描写されていたのはこの2つだけなのだ。

 

風の天撃の修業は大気や空気といった動きを読むだけに終わっていたし、火の天撃ではそもそもその修業さえ行ってはいない。

 

『爆炎』のグリファスは主人公のビィトに一度技を見せただけで『見せたんだから、後は勝手に覚えたまえ』と言うだけに終わっている。

 

そんな放任なやり方で奥義を教えたつもりになっているグリファスがグリファスなら、その後見事に自力で修得してしまったビィトもビィトだ。

 

やはり流石は主人公と言った所だろうか・・・。

 

あ、そうそう。先程から話題にはしていなかったが光の属性の奥義も存在はしている。

 

天撃の街シャンティーゴの領主パドロが使っていた奥義。光属性の光弾を連続で放つ天波連撃(てんはれんげき)だ。

 

だが俺は、その奥義の修得を早々に諦めた。

 

なにせ光の天撃の修業など『エクセリオン』の作中にも出てきてはいない為、もし修得しようとするのならばバーニングランスの業火裂断のように試行錯誤するしかないのだが、片や天撃の中でも比較的初心者向けでコントロールもし易い火の天撃。

 

片や全ての天撃の中で難易度がずば抜けて高いと言われている光の天撃。

 

どちらを取るかなど、わざわざ悩む必要もない。

 

それにエクセリオンブレードには、既にゼノンウィンザードという奥義があるという点も、天波連撃を諦める後押しとなった。

 

そして今日。影分身にそれぞれの修行を任せて本体の俺は・・・・・・。

 

 

伊勢副隊長に頼まれて十番隊の日番谷隊長に書類を届けに行っている。

 

いや、俺も頼まれた時には思わず『何故に!?』と声を出してしまったが、なんでも三日後に攻めてくるバウスを迎え撃つ為の作戦が書かれた機密書類が入っているそうなので、早急に運んで欲しいそうだ。

 

そして俺だけでなく、八番隊のほとんどの人がその書類を各隊の隊長に届ける為に出払っているらしい。

 

そう言われては否とは言えず、俺は1人で伊勢副隊長の頼みを承諾し、十番隊へと書類を運んでいた。

 

そう。俺1人でだ。

 

実は相棒のエルフィは、初日から山本総隊長と現世の浦原さんと交えてバウス対策を練っていた。

 

その対策が今俺が運んでいる書類に書かれているという訳だ。

 

そんな書類を見てみたいという気持ちが無い訳では無いが、後からエルフィにが話してくれると思っているのと、隊長格に届けに行く書類を盗み読むと何をされるか考えるだけでも恐ろしいという二つの理由で俺はなんとなく歩みを早めて十番隊へと早足で歩いて行っ

 

 

 

歩みを早めてから約十分後。無事に十番隊舎に着いた俺は、隊舎の前で見張りをしていた十番隊の人に日番谷隊長に書類を届けに来た事を伝えたのだが、生憎と日番谷隊長は所用で出掛けており、今は留守にしていた。

 

一瞬見張りをしている人に書類を預けようかとも思ったが、伊勢副隊長から隊長に直接渡して欲しいと言われていた為、その考えをすぐに打ち消して日番谷隊長が帰ってくるまで中で待たせて貰っても良いかと聞いた所、了解を経て執務室に隣接している貴賓室に案内して貰った。

 

貴賓室の扉の前まで案内してくれた人に礼を言い、俺はコンコンッと扉をノックした。

 

貴賓室といえば身分の高い客を通す部屋だから、案内して貰ったとはいえ一応礼儀を弁えた行動をしようと思ったからだ。

 

「失礼します」

 

ノックをしても誰の声も帰っては来なかったので、俺は扉を開けた。

 

そして其処には・・・・・・。

 

ソファに寝そべってだらけている松本副隊長がいた。

 

「あら?あんた・・・どうしたの?」

 

あなたがどうしたんですか?

 

喉元まで出掛かったツッコミの言葉を飲み込み、俺は手に持った書類を軽く上に上げてアピールする。

 

「伊勢副隊長に頼まれて、日番谷隊長に書類を届けに来たんです」

 

「あらそう。ならそこの執務室にある隊長の机の上があるから、置いておけばいいじゃない」

 

「伊勢副隊長から、日番谷隊長に直接渡すように頼まれたんですよ。それより、松本副隊長はどうしてこの貴賓室に?」

 

隣にある扉を指差す松本副隊長に、俺は答えてから問う。

 

「休憩よ休憩。さっきまで書類を片付けていて疲れたから、休憩してるのよ」

 

手をヒラヒラと振って答える松本副隊長に、俺は貴賓室に備えてある机の上に書類を置い

て「そんなにあるんですか?」と聞いた。

 

「知らないの?副隊長がやらなきゃいけない事って、結構多いのよ」

 

ちょっと不機嫌になったらしく唇を尖らせる松本副隊長に、俺は「いえ、いつも京楽さんと伊勢副隊長を見ているので」と返すと、松本副隊長は「あ~」と納得したと言わんばかりに頷いて「あの隊はある意味特別よ」と返した。

 

まぁ、仕事をさせる為に副隊長が隊長を椅子に縛り付ける隊など他には無いだろうな。

 

そう思って「それもそうですね」と口の端を上げて肯定俺に、松本副隊長は「でしょ」と釣られて笑う。

 

ひとしきり笑い合った後で俺はふととある事を思い「そういえば松本副隊長」と口を開くが、「あぁ、ちょっと待って」と彼女が待ったをかけて話の出だしを止めてしまった。

 

「別に一々お堅く副隊長って言わなくてもいいわよ。一護や恋次や朽木は名前で呼んでるでしょ。あたしもそれ位気楽に呼んで欲しいわ」

 

出だしを止められて反射的に口を噤んでいる俺に言う松本副隊長に、俺は噤んで口の中に溜まっていた空気をふぅっと吐き出して、本人が良いと言っているのなら良いかなと思い、「了解です乱菊さん」と若干砕けた口調で答えた。

 

それに満足したのか、乱菊さんはにっこりと笑って「じゃああたしは龍って呼ぶわね」と朗らかに言う。

 

正直、いきなり略称で呼ばれるのは違和感があるのだが、乱菊さんの笑顔を見ると『まぁ、いいか』という気分になってしまい、取り敢えず話を元に戻すのを優先させる。

 

「そういえば乱菊さん。日番谷隊長は何時頃戻りますか?」

 

「隊長?そ~ねぇ~」

 

乱菊は首を傾げた後に「ごめん、ちょっと分からないわね」と軽く頭を下げた。

 

「そうですか・・・じゃあしばらくここで待たせて貰います」

 

「別に良いわよ。よかったら其処にある棚に茶菓子があるから、食べていったら?」

 

乱菊さんが一つの棚を指差すが、俺は首を左右に振った。

 

「すいません。俺甘いのはあまり好きじゃないんです」

 

(それにいくら勧められたとはいえ、大事な書類を届けに来た先で茶菓子を食べるのは、流石に不謹慎だと思うしな)

 

心の中で付け加えて、俺は持っていた書類を机の上に置く。

 

「あら、そうなの?」

 

「まぁ、全く食べれないって訳じゃないです」

 

意外そうな顔をする乱菊さんに鼻の頭を掻きながら苦笑して返し、俺は長椅子に腰を下ろさずに立ったままで乱菊さんに頼み込む。

 

「すいません乱菊さん。ちょっと執務室の中に入ってもいいですか?」

 

この申し出に乱菊さんは目を丸くして「えっ?」と声を上げて、一拍を置いて「別にいいけど・・・特に面白いものは無いわよ」と続けた。

 

「いえ、今まで八番隊の執務室しか見た事がなかったので、他の隊はどうなっているのかなぁと思って」

 

「どこの隊も同じだと思うけどねぇ」

 

「それに、ただじっと待っていても落ち着かないので、乱菊さんの書類整理を手伝おうかと」

 

「・・・・・・え゛?」

 

嫌そうに顔を歪める乱菊さんを見て、内心俺は「やっぱりか」と思った。

 

乱菊さんはさっきまで書類を片づけていて疲れたから休憩していると言っていたが、おそらく休憩を取り始めてから数分程度ではなく、最低でも十分以上は経過していると予想できた。

 

何故それが分かったのか。その答えは服の皺だ。

 

乱菊さんの死覇装には、数分程度の休憩では有り得ない程の深い皺が幾重にも寄っていたからだ。

 

かなり長い間休憩して(サボって)いたのだと想像できる。

 

「三日後に相当大きな戦いがありますからね。早く書類を片付けて鍛錬をしないと」

 

「あ・・・で、でもあんたって書類の字は読めるの?」

 

「ご心配なく。伊勢副隊長に教えて貰ったので大丈夫です」

 

あらかさまに嫌そうな顔をし、字が読めないのを出汁にして遠回しに拒否する乱菊さんに、俺は伊勢副隊長に予め読み書きを教えて貰った事を言うと、乱菊さんの顔が更に歪んだ。

 

「さて、行きましょうか「いや・・・でも・・・」行きましょうか「・・・・・・」」

 

有無をいわさぬ静かだが強めの口調で繰り返す俺を見て、乱菊さんは深い深い溜め息を吐いた後に長椅子に下ろしていた腰を上げ、どんよりとした雰囲気を漂わせながら俺と共に執務室への扉をくぐった。

 

 

――日番谷冬獅郎サイド――

 

三日後に起こるであろう決戦に備えて、十番隊の管理区域の見回りを終えた俺は足早に隊舎に戻り、貴賓室へと向かって歩を進めていた。

 

門番をしていた死神から、現在京楽の所に世話になっている例の男が重要な書類を届けに来て待っている事を聞いたのもあるが、もし門番からその話を聞かなくても、俺は一番に貴賓室に足を向けていただろう。

 

その理由は松本だ。

 

何故なら俺は確かに見たからだ。見回りに出る事を伝えた時に、一瞬松本が嬉しそうな顔をしたのを。

 

その時俺は確信した。

 

こいつは絶対に俺がいないのをいい事に仕事をサボるつもりだと。

 

とはいえ、それを問い詰めても松本が口を割るとは思えないし、見回りを他の奴に任せる事も出来なかったから、急いで見回りを終えて帰ってきたのだ。

 

そして俺は歩みの勢いを緩めることなく貴賓室の扉を開き、部屋の中に入るが、そこには俺の想像していた風景は無く、机の上に書類の束が置いてあるだけで、長椅子に寝そべっていると思っていた松本の姿も、書類を持って来た奴の姿も無かった。

 

(・・・妙だな)

 

そう思った俺は松本の霊圧を探ったのだが、それは思わぬ所から感じ取れた。

 

(ますます妙だな・・・)

 

俺は戸惑いを覚えながらも、松本の霊圧の感じる場所。貴賓室のすぐ隣にある執務室の扉を開ける。

 

すると其処には・・・・・・。

 

 

 

「はい乱菊さん。この書類も提出期限が過ぎていますよ」

 

松本の机に書類を置いていく吉波と。

 

「あ゛~・・・」

 

机に突っ伏して頭から湯気を出している松本の姿があった。

 

「・・・何をしてるんだお前等は」

 

呆れを含んだ俺の呟きに机に突っ伏していた松本が反応する。

 

「隊長~~助けて下さ「あ、日番谷隊長。お邪魔しています」うぅ~~」

 

僅かに顔を上げて情けない声で助けを求める松本の声を遮って頭を下げる吉波に松本が不満げに呻くが、吉波は一切気にせずに「あ、乱菊さん。この書類も提出期限が切れていましたよ」と言って机の上に書類を置くと、松本はそれを見たくないとばかりに再び机に突っ伏して「あ゛ぁ゛~~」と唸る。

 

そんな松本を完全に無視して、吉波は俺に再度頭を下げた。

 

「日番谷隊長。お待ちしていました」

 

「あぁ。門番から話は聞いている。貴賓室の机に置いてある書類を持ってきたんだな?」

 

俺の確認がてらの問いに、吉波は「はい」と頷いた後に真剣な顔をして「三日後の戦いの作戦についての書類もあるので、優先的に目を通して下さい」と言った。

 

俺はその言葉と共に書類を渡す為にこいつが今まで待っていた事を察し「そうか。わざわざすまなかった」と礼を言う。

 

そんな俺の心情が分かったのか、吉波は「いいえ、俺は伊勢副隊長に言われた事をやっただけです」と照れたように笑みを浮かべた。

 

「しかし、なんで松本と書類整理をしていたんだ?」

 

話が一段落した所で、俺はさっきから気になっていた事を聞いた。

 

「いえ、俺が貴賓室に入ったら乱菊さんが休憩をしていたので、ただ隊長を待っているのも落ち着かなかったから、乱菊さんの仕事を手伝おうと思ったんです」

 

「・・・そうか」

 

俺は突っ伏している松本に視線を向けると、松本の体がピクリと僅かにだが確かに動いた。

 

こいつ・・・案の定サボってやがったな。

 

「部下が世話になった」

 

「気にしないで下さい。俺は書類の仕分けをしただけです」

 

パタパタと扇ぐように手を動かして答え、吉波は「では日番谷隊長。鍛錬がありますので、俺はこの辺で失礼します」と言って一礼し、駆け足で去って行った。

 

俺は風のように去って行った奴の姿を見送った後で、何気なく松本の机の上に置いてある書類に目を通し、思わず息を呑んだ。

 

吉波の奴が仕分けをした書類。それは全て非常に分かりやすく綺麗に纏めてあったからだ。

一つ一つを丁寧に読み、吟味しなければここまで上手く纏めることは出来ない。

 

俺はこの時になって始めて、奴を十番隊に入れれば良かったと軽く後悔した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話

まずはすいません。今までの中で一話の文字数が一番少ないです。


――龍一郎サイド――

 

「・・・ふぅ」

 

思わず出てくる溜め息を押し止めようとするも、最終的には吐き出してしまった自分に若干苛立ちを感じながら、俺は自分の右手の掌をじっと見つめた。

 

プルプルと細かくだが確かに震えている自分の手を見て、俺は天を仰いで再度溜め息を吐いた。

 

日番谷隊長に書類を届けに云ってから二日後の夜。つまり明日にバウスがこの瀞霊廷に攻めてくる。

 

そう思うとどうにも寝付く事が出来ず、俺は八番隊の庭に出て一人夜風に当たっていた。

 

(俺は・・・勝てるのか?)

 

天を仰いだままで心の中で問い掛けるが、その問いに答えてくれる者は誰もいなかった。

 

以前バウスと対峙した時に感じた恐怖が蘇り、ゾクリと体に悪寒が走る。

 

(・・・結局奥義も、完全に修得出来なかったしな)

 

ここ数日間天撃の奥義を修得する為に鍛錬をしていたのだが、一応形になったのはボルティックアックスの迅雷撃破とクラウンシールドの水破爆裂の2つのみで、後の2つは形にする事すら出来なかった。

 

この9日間、俺は俺の思いつく限りの事をやってきたつもりだ。

 

しかし同時に、時間が経てば経つ程に俺の中で『これでいいのか?』という不安が大きくなっていくのも感じていた。

 

「・・・はぁ」

 

そんな自分自身を押し潰してしまいそうな不安を少しでも吐き出そうとするかのように、無意識のうちに溜め息が出てしまう。

 

「眠れないのかい?」

 

「うわっ!」

 

背後から突然かかった聞き覚えのある声に、俺は思わず叫んでしまった。

 

「お、驚かさないで下さいよ!京楽さん!」

 

「ごめんごめん」

 

振り返って文句を言う俺に、相変わらず隊首羽織の上に女物の着物を羽織っている京楽さんは、お世辞にも反省しているとは言い難い朗らかな顔で謝り、俺の隣に腰を下ろして座り込んだ。

 

「こんな夜中に何をやっているんですか?」

 

「君こそ、こんな夜更けにどうしたんだい?」

 

質問を質問で返され、俺はふぅっと息を吐いた後にその場にどっかりと腰を下ろして「あなたなら、分かっているんじゃないですか?」と拗ねたように唇を尖らせた。

 

京楽さんは網笠を深く被り直して「まぁね」と答え、懐から『酒』と書かれた瓶(大きさからして多分一升瓶だろう)を取り出して「飲まないかい?」と言ってきた。

 

明日が決戦だというのにいつもと全く変わらないこの様子に、俺は苛立ちよりも呆れて可笑しさすら感じてしまい「ぷっ」と吹き出してしまった。

 

「あなたは本当にいつもと変わらないですね」

 

「今更ジタバタしてもしょうがないでしょ?」

 

そう言って手にした盃を俺に向けて突き出し、再び「飲むかい?」と酒を進めてくるが、俺は「未成年なので」と言って盃を持った手をやんわりと押し返して断った。

 

なにしろ前世で飲んだことのある酒といえば、元日に御神酒をお猪口一杯飲んだ位だ。

 

しかも自慢ではないが、その一杯で顔が真っ赤になってしまった事がある程に俺は酒に弱い。

 

その事を充分に理解しているが故の拒否だ。

 

断られた京楽さんは「そうかい?」とあっさりと盃を引いてその盃に酒を注いでくいっと飲む。

 

「大丈夫、君は強くなっているよ」

 

まるで独り言を呟くような、俺に聞こえるか聞こえないかという程の声量で発せられた、俺の内にある迷いを見透かしたと思わせる言葉に、俺は目を見開いて驚きを露わにした。

 

「エルフィちゃんに聞いたけど、卍解の保持時間が九日前よりも延びているんだって?」

 

「・・・はい」

 

確信を持って聞いてくる京楽さんに、俺は首を縦に振った。

 

そう。俺は先程エルフィから、卍解と虚化の保持時間が九日前よりも延びているのを聞いていた。

 

卍解は約50秒。虚化は約12~13秒程だ。

 

確かにこれ等の保持時間が延びるのは有り難いし、自分が鍛錬によって成長したという確かな証でもあるのだが、まだまだ充分な時間とはいえない。

 

「でも・・・「確かに君は、僕等よりもヴァンデルという種族の強さも恐ろしさも正確に把握している」」

 

反論を遮って語る京楽さんは「でもね・・・」と一度言葉を切って、今までとは全く違う力強い視線を俺に向けて続ける。

 

「だからといって、君が全てを背負う必要は無いと僕は思うよ。

僕達護廷十三隊だって戦える様にちゃんと作戦は立ててある。君もエルフィちゃんからそれを聞いている筈だしね」

 

完全な正論に俺は何の反論も出来ずに「・・・はい」と頷いた。

 

確かに俺はエルフィから今回の作戦を聞いていた。

 

その作戦は簡単に言えば、ヴァンデルやモンスターの力の根元である冥力をある方法で減衰させて叩くという内容だ。

 

奴等が厄介な相手となっているのは偏に、冥力を使っているからに他ならない。

 

現に現世で戦ったムガインは、俺に冥力壁を打ち破られた後に瞬殺されている。

 

ならばその根元を断てば、此方側が圧倒的に有利となると結論付けたらしい。

 

確かに奴等の冥力さえ抑えてしまえば、俺が一々才牙で破壊する手間も省ける為、俺の負担も大幅に軽くなる。

 

「奴等が最初に来た時とは違って、今回僕等は対等以上に戦う事が出来るんだ。君が必要以上に気負う事は無いよ」

 

そう言って京楽さんは、俺の肩をポンポンと軽く叩いてくれた。

 

その暖かみすら感じられる軽い衝撃に、俺は思わず笑みを浮かべて「はい」と頷いてしまう。

 

そして京楽さんも、それを見て満足したように微笑んでゆっくりと頷いた。

 

「明日に備えて少しでも寝ておいた方がいいよ。眠れなくても、布団に横になって目を閉じているだけでも体を休める事は出来るしね」

 

穏やかな口調で教えてくれる京楽さんに「はい」と返し、俺は部屋に戻って先程自分で敷いた布団に横になった。

 

(・・・震え。止まったな)

 

先程までプルプルと震えていた自らの右掌を見た後に、俺は静かに目を閉じた。

 




決戦前夜の話でした。

流石に主人公が不安にならなければ可笑しいだろうと思って書きました。

さて、これで修行・日常編は終了となりました。

次回からいよいよこの小説の決戦編となります。

投稿にかなり間が空いてしまう作者ですが、頑張って書こうと思っていますので、どうか温かく見守ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話

どうも・・・現在始めて親知らずを抜いて疼きに悶えていますミステリアです。

まさか歯を一本抜くだけで、身体面にここまでダメージがくるとは思いませんでした。

ともあれそんな中で再び一月程かかってしまいましたが、何とか一話を書きました。

では・・・どうぞ。


――龍一郎サイド――

 

一番隊舎執務室。

 

十日前にバウスが現れたこの場所に山本総隊長とその総隊長の右後方に雀部副隊長が立ち、そして更にその後方に俺とずっと姿を見せていなかったエルフィがステルスモードを解除して立っている。

 

その中で皆が誰一人声を発さずにただ黙しているのは、これから起こるであろう戦いを予期しているからだろう。

 

それに先程から俺は・・・いや、おそらく俺だけでなくバウスと実際に対峙した山本総隊長も感じ取っている筈だ。

 

肌を刺すようなビリビリとした覚えのある独特の感覚。

 

間違い無くバウスの冥力だ。

 

――既に近くにいる――

 

それを察し、才牙を取り出そうとオケアヌスの輪を掴んだ次の瞬間――

 

バガァッ!

 

俺とエルフィの遙か前方。丁度総隊長の目前にある床が割れて穴が開き、そこから禍々しい紫色をした光の柱が天井へと立ち上る。

 

そしてその光の柱の後に続くかのように、穴から見覚えのある黒い巨体がゆっくりと浮かび上がって来た。

 

「・・・よぉ」

 

文面だけを見れば気軽な言葉に思えるが、その口から発せられた声色は言葉とは裏腹に恐ろしく低く、重いものだった。

 

そのバウスに対し、総隊長は微動だにせずにその場に立ち、雀部副隊長は刀の柄に手をかけていつでも抜刀出来るように体勢を作り、俺はオケアヌスの輪からエクセリオンブレートを取り出して、バウスに切っ先を向けて正眼に構える。

 

そんな警戒心を剥き出しにしている俺達を一瞥し、バウスは総隊長に視線を向けた。

 

「十日前の答えを聞きに来たぜ。山本元柳斎」

 

バウスは総隊長を悠然と見下ろして口を開いた後に右手の掌を上に向け、総隊長に差し出し続ける。

 

「鬼道砲を俺に寄越せ」

 

――ゴウッ!!

 

刹那。バウスの黒い巨体が突如として起こった爆炎の奔流に呑み込まれた。

 

(な!?)

 

喉元まで出掛かった驚愕の声をなんとか押し留めた俺は、突然の事態に混乱しながらも総隊長へと視線を向けて、其処で一体何が起こったのかを察した。

 

何故ならば俺の視線の先にいる総隊長の手には、斬魄刀の外皮となる杖は無く、その刀身に炎を纏った抜き身の斬魄刀が握られていたからだ。

 

おそらく総隊長は、バウスが言い終わったと同時に外皮を消し、流刃若火を一閃して爆炎を放ったのだろう。

 

それも俺の目に止まらない程の速さで。

 

もしも写輪眼を発動していればその動きを捉えることが出来たのかもしれないが、今の俺ではそれは適わなかった。

 

 

だが俺は唐突にある事実を思い出し、惚けた頭を切り替えて警戒態勢へと移行する。

 

思い出したのは奴等の力。才牙で力を弱めた上で卍解した一護さんの月牙天衝を受けても、その生命を断つことが出来なかった防御壁。

 

「おいおい。いきなりかよ」

 

爆炎の中から聞こえる呆れた様な声に対し、山本総隊長はただ黙し、雀部副隊長は抜刀し、俺は写輪眼を発動して警戒のレベルを上げる。

 

「これがお前の返答か?山本元柳斎」

その黒の巨体に焼け焦げ一つ付くことなく、爆炎から歩み出て冷たい目で見下ろすバウスに、総隊長は――

 

「無論」

 

一言で明確な拒絶を示した。

 

「貴様に鬼道砲を渡すつもりなど毛頭無い。これは儂個人ではなく、護廷十三隊の総意である」

 

「・・・そうか。なら仕方無ぇな」

 

バウスが溜め息混じりにそう呟き、パキンと指を鳴らした。次の瞬間。

 

・・・ドォォンッ

 

重く響く爆発音が瀞霊廷に木霊した。

 

「テメェ等全員を潰して・・・鬼道砲を頂いていこう」

 

「そのような事をさせると思うか」

 

ゴウッ!!

 

総隊長の目がスウッと細くなると同時に流刃若火の力を解放され、辺り一帯が炎に包まれる。

 

だがバウスはその炎を目にしても欠片程の動揺も見せず、寧ろ余裕を感じられる笑みすら浮かべていた。

 

「忘れたのか元柳斎?テメェ等死神の力は、俺達ヴァンデルの命には到底届かない事を」

 

突き付けるのは十日前に起こった事。

 

炎熱系最強にして最古である斬魄刀、流刃若火が通用しなかったという事実。

 

だが総隊長はその言葉を――

 

「甘いのぅバウス」

 

容易く一蹴した。

 

「この十日間。儂等がただ安穏と時を過ごしていると思うたか」

 

総隊長が言った刹那――

 

ドン!!

 

瀞霊廷の上空から『壁』が降ってきた。

 

この現象はコミックやテレビ越しではあるが、俺も見たことがあった。

 

瀞霊廷の外側にある街。流魂街から許可無く瀞霊廷内に入ろうとする時に降ってくる『壁』。

 

そう。一護さんがルキアさんを助けにソウルソサエティに入った時に、じ丹坊と戦う前に降ってきた物だ。

 

だがバウスは瀞霊廷を一周するように降ってくる壁を一瞥するのみで、余裕の色を崩してはいなかった。

 

「これが俺への対策か?」

 

ドドドドッ!

 

見下す様に問うバウス。だがその表情は――

 

ドドドドッ!

 

瀞霊廷を囲う壁が完成したその瞬間に――

 

ドン!!

 

消え去る事となる。

 

東に位置する青流門から青い光線が。

 

西に位置する白道門から黄色の光線が。

 

北に位置する黒隆門(こくりょうもん)から緑の光線が。

 

南門に位置する朱洼門(しゅわいもん)から赤い光線が。

 

それぞれ瀞霊廷の中心部へと伸びていき、その四つの光線を迎えるかのように、中心部から白い光線が天に上がる。

 

そして赤、青、黄、緑、白の光線が瀞霊廷の上空で一点に合わさり、それと同時に四つの門にある光源から更に光線が放たれ、壁を沿ってそれぞれの光源にぶつかり、瀞霊廷全体を包み込む円錐形の結界が完成する。

 

「・・・ぐっ!」

 

この時。初めてバウスの顔に苦悶の色が浮かび、俺は「よしっ!」と内心ガッツポーズをとった。

 

これこそがエルフィと総隊長。そして浦原さんが立てた作戦の要だ。

 

瀞霊廷の東西南北にある門と中心部に、エルフィと浦原さんが作った天力の属性である火・水・風・雷・光の天力の力を持つ特殊な珠をそれぞれ設置する事で結界を作り上げる。

 

冥力を減衰させる特殊な結界を。

 

この策の元となったのは俺やエルフィ。総隊長の情報ではなく、実は浦原さんの疑問のこの一言が始まりだった。

 

『元々ヴァンデルがいる世界では、力の無い人達はどんな風に身を守っているんスか?』

 

確かに死神と比べて基本的にスペックの低い冒険王ビィトの世界で、どのようにヴァンデルやモンスターがウヨウヨしている中で生き残っているのか疑問に思うのは当然といえば当然だ。

 

そしてそこからエルフィが話した『門』の存在が、今回の作戦の要である結界の重要なヒントとなった。

 

門。

 

『冒険王ビィト』の世界で各地の国や里、村落などを守るための防護壁であり、力の無い人々を守る最後の砦である。

 

その強固な防壁と上空にドーム状に展開された不可視の防壁が、ヴァンデルやモンスターの侵入を防いでいる。

 

外側の攻撃に対して特化されている為、内側の攻撃には脆く、門の内側に入った者に対しての対策が殆ど施されていない等の欠点はあるものの、冒険王ビィトの世界ではこの門の存在によって力の無い人々が生き長らえていると言っても過言ではない。

 

そしてこの門の存在を話し、浦原さんは今回の結界の作成を思い立った。

 

それもただ単にオリジナルの門を真似る訳でなく、藍染惣右介を迎え撃つ為に作った転界結柱の技術と併用し、この結界を作り上げたという訳だ。

 

それでも目の前にいる存在に確かな効果があるかどうかは正直分からず、その辺りは半ば賭けに近かったが、バウスが苦悶の表情を浮かべた様を見ると、どうやら賭けには勝ったようだ。

 

「き・・・貴様等これは・・・まさか・・・」

 

何をしたのか自らの身体で悟ったのか、今までの余裕の表情とは明らかに違い、憎悪を纏って俺達を睨みつける。

 

「主等の力の源となる冥力を減衰させる特殊な結界を展開させた。この結界の中にいる限り、主等の優位に立つ事は無いと思え」

 

「・・・甘ぇな」

 

優位を覆した事を言い渡す総隊長に、バウスは憎悪を表に出しながらも口の端を歪めて一蹴した。

 

「さっき結界が完成する直前に東西南北の門から出た光。あそこに重要な物があると言っているようなもんだぜ」

 

そう言って指をパキンと鳴らす。

 

確かにバウスの言う通り、この結界は四つの門と瀞霊廷の中心部にある特殊な珠によって形成されている。

 

それはつまり五つの珠の内どれか一つでも欠けてしまえば、結界を維持する事が出来なくなるのに他ならない。

 

そしてこの結界が消え去ってしまえば、此方側の優位性を完全に失ってしまう事となる。

つまり一つの珠の存在が此方の死活問題となるのだ。

 

だが山本総隊長を始め、俺も雀部副隊長も図星を指されながらも全く動揺する事もなく、ただ目の前の戦うべき存在に目を向けていた。

 

 

 

――三人称サイド――

 

バウスが指を鳴らした正にその時。四つの門の付近では地面が一斉に揺らぎ始め、各所にいる死神達に動揺を与えていた。

 

「うわっ!何だ!」

 

「地震か!?」

 

「違う!地面の下から何かが出ようとしている!!」

 

動揺が広がる中で、一人の護廷隊士が真実に気付き声を張り上げるのと、地中から黒い巨躯が現れたのはほぼ同時だった。

 

「グオォォォン!!」

 

雄叫びを上げて地中から這い出して来たのは、巨大なカブトムシだった。

 

現世で黒崎一護や吉波龍一郎が戦った中甲虫に非常に似たフォルムではあるが、明らかにそのスケールが異なっていた。

 

全長五メートルはある巨躯に、その身体に見合う手足。大人でも容易く食い千切れそうな顎。そして中甲虫とは決定的に違う点。頭部に生えた一本の立派な角がその存在の最終進化形態である事を如実に物語っていた。

 

大甲虫

 

冒険王ビィトに登場するモンスターの一種で、その名の通り中甲虫が成長し変態を遂げた形態だ。

 

「うっ・・・うあぁぁっ!!」

 

突然現れた大甲虫に隊士達はパニックになりながらも、斬魄刀を抜いて一斉に切りかかる。

 

だが・・・。

 

ギギギギィンッ!

 

大甲虫の柔軟でありながらも堅牢な外甲は、その斬撃の全てを受け止めても傷一つ付く事は無かった。

 

その事に動揺し、死神達が動きを止めた瞬間。

 

「グオォォォッ!!」

 

咆哮と共に振るわれた大甲虫の丸太の様な腕が隊士達を薙ぎ払い、地に叩き伏せる。

そして大甲虫は倒れ伏した隊士達に一瞥もせずに、一点を目指してズゥンズゥンと地響きを立てて歩を進めて行く。

 

その目指すには光り輝く珠を取り付けた門があった。

 

大甲虫の狙いに感づいた隊士達が、少しでも歩みを止めようと斬魄刀で斬りつけるが、時折煩わしげに巨腕を振るうだけで、大甲虫の歩調を止める事も鈍らせる事も出来ず、とうとう門の前にまで接近を許してしまった。

 

そして大甲虫は門ごと珠を破壊しようとするかのように巨腕を振り上げた・・・その瞬間。

 

ザンッ!

 

振り上げた腕が根元から断たれ、黒い巨腕が宙を舞い、地に落ちる前に霞の様に溶け消える。

 

「グオォォォッ!!!」

 

地から這いだしてきた時のほうこうとは明らかに違う苦しみの叫びを上げ、大甲虫は己の腕を斬り落とした者に複眼の全てを向けた。

 

「何だぁお前等情けねぇぞ!それでも護廷十三隊最強の十一番隊か!!」

 

解放した斬魄刀。鬼灯丸を肩に乗せ、腕を斬り落とした者。斑目一角が周りの隊士を叱責し――

 

「全くだ。こんな奴に手こずるなんて、美しく無いね」

 

一角の横に立つ綾瀬川弓親が同意する。

 

一角は隊士達を一瞥して「ふん」と鼻を鳴らし「まぁいい。お前等!全員下がれ!」と怒鳴り「隊長からの命令だ!」と続けると、皆がこの後に起こる事を察したのか一斉に下がる。

そして隊士達が下がると同時に――

 

ドッ!!!

 

門の方から放たれた剣圧が一直線に大甲虫に向かい、そして体を唐竹割りに両断した。

 

「グ・・・オ・・・」

 

大甲虫は自らの身に何が起こったのか理解出来ないのか、断ち切られていない腕で数度空を掻く様に動かしていたが、やがて斬られた腕と同じ様に音も無く消滅した。

 

「けっ・・・見せかけだけのデカブツか」

 

門の前で立つ眼帯を付けた護廷十三隊最恐の男。十一番隊隊長・更木剣八は、消滅した大甲虫を見てつまらなそうに吐き捨てた。

 

「きゃははっ!大きな虫さ~ん」

 

剣八の肩に乗る同副隊長・草鹿やちるが桃色の髪をフワフワと揺らして笑う。

それとほぼ同時に――

 

ドォンッ!!!

 

此処とは異なる三つの門のある場所から轟音が鳴り響き、それぞれの場で土埃が舞い、氷柱が聳え立つ。

 

その場には十番隊を率いた日番谷冬獅郎、二番隊を率いた砕蜂、そして六番隊を率いた朽木白哉の姿があった。

 

「他の皆もやっつけたみたいだね~」

 

「どの門でも同じような奴しか来ねぇか・・・」

 

剣八は落胆を表に出して一番隊舎のある場所に視線を向け――

 

「期待外れだな・・・これならジジイの所に行った方がよかったぜ」

 

不満の呟きを漏らした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話

どうも。なんとか一ヶ月を切っての投稿です。

これからもこのペースで頑張って書いていきたいと思います。

では!どうぞ!


 

――龍一郎サイド――

 

「そのような重要な場に何の対策も立てずにいたと思うたか」

 

「・・・貴様」

 

総隊長の言葉が終えると同時に四カ所で起こった衝撃と氷柱の出現に、バウスは歯軋りをしそうな程に歯を強く噛み締めて此方を睨んでくる。

 

無論これもエルフィと浦原さん。そして総隊長の考えた作戦に組み込まれていた事だった。

 

結界を張る要となる珠を破壊しようと考えるのは、簡単に予想がつく。

 

ならばその珠のある場所に腕利きの隊を配置し、守護を任せたのだ。

 

ちなみに個人ではなく隊を配置したのは、相手が数で押してきた時に対する保険のである。

 

そして守護するのとは別の隊は四番隊を除いて臨機応変に対応できる遊撃隊となっている。

 

実は最初は更木隊長率いる十一番隊は門の守護をする隊ではなく遊撃隊に加えるつもりだったのだが、意外にも更木隊長自身がこれを拒否したのだ。

 

なんでも更木隊長曰わく『此処で待っていれば、わざわざ動かなくても敵の方が来てくれるじゃねぇか』らしい。

 

なんとも更木隊長らしい考えである。

 

そういう訳で門を守護する隊を二、六、十、十一番隊。

 

遊撃隊を七、八、十三番隊。

 

バウスを迎え撃つのを俺とエルフィを含む一番隊。

 

そして四番隊は救護舎で待機となったのだ。

 

「バウスよ。これで貴様も終わりじゃ」

 

総隊長が突き付けると同時に、周りを囲む流刃若火の炎の勢いも威圧感も更に増していく。

 

「・・・っ!」

 

その威圧感に背を押されるかのように、バウスは歯を噛み締めて地を蹴り、総隊長に一気に襲いかかる。だが――

 

「穿て!厳霊丸!」

 

「はあぁっ!」

 

斬魄刀を解放した雀部副隊長と俺の振るう刃がその動きを止める。

 

「邪魔だあっ!」

 

足を止められたバウスは煩わしげに拳を振り回してくるが、その動きは明らかに鈍くなっており、俺も雀部副隊長もその拳打を容易く避け――

 

パン

 

バウスの真正面に立った総隊長が、軽い音と共に呆気ない程簡単にその拳を流刃若火を携えていない方の手で受け止めた。

 

「・・・な」

 

バウスの顔に始めて恐怖の色が浮かぶ。

 

「決め手を封じられ冷静さを失い、ただ激情のままに拳を振るうとは・・・愚かなり」

 

総隊長の言葉に、バウスの表情に再び怒りが宿る。

 

「貴様の敗因は、儂等に十日という時間をわざわざ与えた貴様自身の驕り故じゃ」

 

「ふざけるなぁぁっ!!」

 

バウスは吠え、止められていない方の拳を振り上げる。だが――

 

「流刃若火一ッ目・・・」

 

その拳が振り下ろされるよりも早く、総隊長は刀身に炎を纏わせ――

 

「撫斬」

 

一閃させた。

 

音も無く刃はバウスの正中線をなぞる様に振り抜かれ、刹那の間を起いてバウスの身体をそれぞれ左右の半身に断った。

 

やった!そう思い笑みを浮かべたその瞬間、俺の背筋にゾクリと不気味な寒気が走った。

 

(え?)

 

突然の事に戸惑いを覚えつつも、俺は左右に断たれたバウスに視線を向け・・・『それ』に気付いた。

 

左右に断ち切られたバウスの目が確かに笑っていたのを。

 

 

「総隊長!!」

 

その事に気付いて俺が叫ぶのと――

 

ブワッ!!

 

左右に断たれたバウスの身体から闇を思わせる程に黒い霞の様なものが飛び出し、総隊長を覆い尽くしたのはほぼ同時だった。

 

「元柳斎殿!」

 

「雀部「待て」・・・っ!何するんだ!!」

 

顔色を変えて総隊長の元に駆け出す雀部副隊長に続こうとした俺の裾を掴んで止めてきた相棒に、俺は非難の視線を向ける。

 

「我が2人に付いて防御膜を張る。龍は万が一に備えて此処に残れ」

 

「でも「あの2人は汝が心を砕かねばならぬ程弱い者達ではない」」

 

静かだが有無を言わせぬ口調に、俺は口を噤んでしまう。

 

「心配は無い。我の力は汝も知っている筈だ。それとも、汝は相棒を信じられぬか?」

 

狡いと思った。

 

そんな事を言われたらこう応えるしかないじゃないか。

 

「頼む」

 

「了解した」

 

即答して小さく頷き、エルフィは雀部副隊長の後を追って、総隊長を覆っている黒い霞の中に飛び込んだ。

 

そして2人の姿が黒い霞の中に消えてから、僅か数秒の後に闇を思わせる霞は空中に霧散していき、やがて完全に晴れたその場にいる筈の3人の姿が忽然と消え失せ、同時に周りで燃えていた流刃若火の炎も消え去っていた。

 

「なっ!」

 

[龍。聞こえているか]

 

突然の事態に、俺は動揺を露わにしてパニックとなるが、頭に響いた相棒の声によってなんとか正気に引き戻された。

 

「エルフィ。今何処にいるんだ?総隊長達は無事か?」

[総隊長達は無事だ。だが今我が何処にいるのかは把握できない。どうやら異空間に強制転移されたようだ。試しに心話をやってみたが、どうやら問題ないらしい]

 

「そうみたいだな」

 

話している内に冷静さを取り戻した俺は、相棒の言葉に頷き同意する。

 

因みにエルフィが言っていた心話というのはその名の通り、心で会話する事が出来るエルフィの能力の一つだ。

 

とはいっても、超能力のテレパシーの様に素質のある者しか聞き取れなかったりする訳ではなく、エルフィが話しをしたい相手にリンクを繋げておけば何時でも話せるという仕組み的には電話にかなり近いものだ。

 

メリットはリンクを繋げた相手にのみ話せるので盗聴の危険性が無い事と、伝令神機を使わなくても現世とソウルソサエティ間で会話が可能だという事。

 

デメリットはリンクを繋げるというワンリアクションを必ず行わなければならない事だ。

だが後から聞いたが、エルフィは念の為に俺が恋次さんと引き分けて寝ていた時に、護廷十三隊の全ての隊長・副隊長格と一護さんに予めその事を話してリンクを繋げておいたらしい。

 

用意周到な相棒に感謝である。

 

閑話休題

 

[じゃあエルフィ、総隊長達が無事な事を全員に伝えておいて欲しい。いきなり総隊長の霊圧が消えて士気に影響が出たら流石に拙い]

 

完全に冷静さを取り戻した俺は、声に出さずに心話に切り替えて、護廷十三隊に広がるであろう動揺を止めるべく相棒に頼み込む。

 

[了解した。龍はどうする]

 

[あぁ。俺は・・・]

 

俺は途中で心話を区切り、振り返りざまにエクセリオンブレードを横薙に一閃した。

 

ギィンッ!

 

金属音と共に手に伝わる堅い感触に若干顔をしかめながらも、俺はその先にある存在を睨み付ける。

 

[こいつの相手をする!!]

 

俺の睨む先。其処には――「危ねぇなぁ。おい」

 

たった今総隊長に両断された筈のバウスが、腕から生やした鎌の様な刃でエクセリオンブレードの刀身を受け止めて立っていた。

 

「やっぱりさっき倒したのは、お前の分身体(ファントム)か!」

 

「あぁそうだ。倒された時に一定範囲内にいる奴を異空間に強制転送する特別製のな」

 

確認と心話で聞いている相棒への説明の2つの意味を込めて叫ぶ俺に、バウスは邪悪な笑みを浮かべて肯定し「お前も含めた全員をとばすつもりだったんだかな」と付け足した。

 

「総隊長達を甘くみるなよ。お前の作った異空間なんて直ぐに壊して戻ってくる!」

 

「だろうな」

 

エクセリオンブレードを押し込む力を込めながら吠えた俺の言葉を、バウスは意外な程にあっさりと認めて、力比べを嫌ったのか大きく後ろに跳んで間合いを広げた。

 

「跳ばされた先がだだの異空間ならな」

 

「・・・どういう事だ」

 

バウスの思わせぶりな言動に、俺は眉を顰めながらもエクセリオンブレードの切っ先を向けた正眼の構えを取る。

 

「なぁに大した事じゃない。二百体のグラウモンスターと、百体の囚人ヴァンデルがいるだけだ」

 

「!!」

 

俺は自分の顔が強ばるのが分かった。

 

グラウモンスターとはバウスの持つ魔銃器グーランガで生み出された体の色が黒いのが特徴のモンスターで、通常のモンスターよりも遙かに多くの冥力が内包されている。

 

その為同種のモンスターよりも遙かに手強く、生命力も再生力も高い。

 

そして囚人ヴァンデルとは、恐らく魔牢獄に収容されている多くの改造ヴァンデル達の事だろう。

 

そんなのが全部で三百体もいる場所に放り込まれたら、いくら総隊長達でも脱出にかなり時間が掛かる事は明白だ。

 

「そう簡単には戻ってこられねぇぜ」

 

「・・・っ!」

 

ギリッと歯を噛み締めて睨む俺に、バウスは「それに・・・」と続けて懐から金属のリングに通してひとまとめにされた四つの鍵、四つの鍵穴があけられている錠前を取り出し・・・・・・ってまさか!?

 

バウスの取り出した物に見覚えがあった俺は、これから起こるであろう未来が予想できてしまい、思わず顔が曇る。

 

そして――

 

カチャッ・・・カチン

 

呆気ない程に鍵は鍵穴に差し込まれ、回された次の瞬間――

 

バウスの周りに不気味な紫色をした四つの光が輝き、その光が収まると其処には――。

 

四体のヴァンデルが重要人物を護るSPのようにバウスの周りに立っていた。

 

炎がそのまま人の形をかたどったような姿形に、人間の顔に当たる部分に怒りを現す仮面を付けたヴァンデル。

 

バウスを超える程の一際大きな体躯に重厚な西洋の鎧のような体をしたヴァンデル。

 

バウスを含めた五体のヴァンデルの中で最も恰幅があり、それに比例して自らの強力を示す様な太い両腕を備えた薄暗い緑色の体色が特徴的なヴァンデル。

 

死者を思わせる青い体色に、口に当たる部分に平行に入る魚の鰓の様な切れ込みと、鼻に当たる部位に首まで伸びる鯰を思わせる一対の髭が印象的なヴァンデル。

 

『憎悪の炎』ジェラ

 

『重鉄騎』アートロン

 

『死の強奪者』ハング

 

『千の腕』ストローガ

 

間違い無い。冒険王ビィトエクセリオンでバウスの元で主人公達と戦い苦しめた魔牢獄の四天王と呼ばれた強豪ヴァンデル達だ。

 

「お前等。東西南北四つの門に行って、天力が発生している媒体を破壊しろ」

 

「「「「はい、獄長」」」」

 

バウスの下された命令に応え、四体のヴァンデルは再び紫色の光に包まれた後にこの場から姿を消した。

 

だが俺は四体のヴァンデルが消えても動揺を表に出さずに、ただバウスを睨んでエクセリオンブレードを構えていた。

 

「意外だな。お前等の策の要を壊しに行ったってのに、邪魔をしようともせず、焦りもしないとはな」

 

「四つの門には俺よりもずっと腕の立つ隊長達がいてくれている。何の心配も無い」

 

きっぱりと言い切る俺にバウスは忌々しそうにチッと小さく舌打ちをしたが、何かを思いついたのか表情を一変させてニヤリと邪悪な笑みを浮かべて「一つ良い事を教えてやろう」と人差し指を立てた。

 

「分身体の俺が指を鳴らしていただろう?あれは瀞霊廷と現世の各所に配置したモンスター達に攻撃を開始するように呼び掛ける合図だったんだよ。

つまり今頃は現世にも大量のモンスターが攻め込んでいるって訳だ。

そして瀞霊廷内にも門の所だけじゃなく、あちこちでモンスターの破壊活動が始まったんだよ」

 

嘲る様に語るバウス。だが俺は冷静にただバウスに向けてエクセリオンブレードを構え、バウスの言葉を――

 

「それがどうした」

 

一蹴した。

 

「何?」

 

「現世には一護さん達がいてくれるし、瀞霊廷の各所には遊撃隊として幾つもの隊がいてくれている。さっきも言ったが、心配などしていない」

 

ブレードの柄を強く握りしめて、俺は意外そうに此方を見るバウスに続ける。

 

「俺はあの人達を信じている。だから心配なんてしない。それは信じたあの人達に対する侮辱となるからだ。だから・・・」

 

そう思っていたからこそ、俺はなんとか冷静さを保つ事が出来た。だからこそ・・・

 

「俺は俺のやるべき事を全力でやる!!」

 

俺は白眼を写輪眼に切り換えて決意を込めて吠える。

 

だがバウスはそんな俺を見下す様に顔を上げてフッと鼻で笑った。

 

「お前のやるべき事ってのはこの俺を倒す事か?十日前を忘れた訳じゃ“ダンッ!”・・・っ!」

 

俺は此方を見下して語っているバウスの台詞を遮る形で地を蹴った。

 

エクセリオンブレードの切っ先を右下に下げて下段に構え、瞬歩で一気に突っ込む。

 

ブレードの重力制御能力によって速力を増した瞬歩で一気に間合いに入り、右下に下げていたブレードを思い切り左に切り上げた。

 

だが不意を突いた俺の一閃を、バウスは上半身を仰け反らせただけで苦も無く避けてみせた。

 

そのバウスの顔には『だから言っただろ』とでも言っているかの様な見下した笑みが浮かんでいる。が――

 

「ぐっ!」

 

バウスのその余裕の表情は刹那の後に歪み、笑みを浮かべていた口からは呻きが漏れ、動きが止まる。

 

俺はその隙を逃さずに連撃を叩き込もうとするが、バウスが動き始める方が僅かに早く、振るったエクセリオンブレードの刀身は大きく跳び退いたバウスのマントを浅く切り裂いただけだった。

 

「・・・貴様」

 

跳び退いて間合いをとったバウスは先程までの表情とは明らかに違う

 

憎悪の目で俺を捉えており、右の脇腹には浅いが確かについた切り傷が血を滴らせていた。

 

俺はその傷と、ブレードの柄を握る手に残っている確かな感触に口の端を上げた。

 

そう。バウスの脇腹についている傷は紛れもなく今俺がつけたものだ。

 

バウスが俺の一撃を避けようと仰け反ったその時。俺は時雨蒼燕流攻式五の型・五月雨を使い、バウスの脇腹に一太刀入れたのだ。

 

ただ斬りつけたのが片手一本だけという事と、結界で弱められているとはいえ、バウスの防御膜に威力を殺された事もあり、少し血が出る程度の浅い一撃に留まってしまったが。

 

(片手一本の斬撃でも斬れる事が分かった事を吉と思うか・・・それともバウスに警戒心を抱かせてしまった事が凶と思うか)

 

僅かに思う不安を表に出さず、俺は敢えて自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「舐めるなよバウス。俺だってこの十日間をただ漫然と過ごしていた訳じゃないんだ」

 

「・・・貴様ぁっ」

 

憎々しげに此方を見るバウスに、俺は自らを鼓舞する意味も込めて吠える。

 

「もう一度言わせて貰う・・・バウス!俺がお前を倒す!!」

 

執務室に誓いにも似た俺の声が響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話

新年明けましておめでとう御座います。ミステリアです。

この小説を読んでくれている読者の皆様。誠に有難う御座います。祝!三十話です!

そして祝!お気に入り数100件です!

新年早々縁起が良いです。

これからもこれを励みに頑張って書いていこうと思っています。

では!どうぞ!


――エルフィサイド――

 

「成程・・・そういう事か」

 

心話の特性上、交わしている会話自体を聞く事は出来ないのだが、龍一郎の発する声を聞いて我は大体の事情を理解した。

 

「エルフリーデ殿。如何されたか?」

 

漏らした呟きが聞こえたらしく雀部副隊長が厳霊丸を携えたままで問いて来たが、我は前置きを置かずに「瀞霊廷にいる龍一郎と連絡が取れた」と本題を切り出し「そして今瀞霊廷で何が起こっているのか、大方の状況は飲み込めた」と続けた。

 

「それは真か」

 

我の言葉に真っ先に反応したのは雀部副隊長ではなく、我を護るかのように前に立つ山本総隊長だった。

 

そしてその総隊長の前に・・・否。前だけではない。

 

後ろも右も左にも、我等三人は大量のグラウモンスターとヴァンデル達によって完全に包囲されていた。

 

先程までは我先にと襲い掛かって来ていたのだが、総隊長の炎と雀部副隊長の雷撃によって先陣を切って襲ってきた奴等をあっさりと撃滅した為に、現在は周りを包囲して此方の隙を窺っている。

 

ピリピリとした空気ではあるが、襲ってこない今の内に我は総隊長に頷いて知った情報の全てを話す。

 

「先程総隊長が倒したバウスは、ヴァンデルやモンスターの体から造り上げたファントムと呼ばれる分身体だ。それも倒された瞬間に近くにいる者を強制的に転移させる仕掛けを施した特別製の物だ」

 

「では、本物のバウスは!」

 

「今現在、一番隊舎にて龍一郎と交戦中だ」

 

「・・・っ!」

 

我の返答に、血相を変えた雀部副隊長は歯噛みして苦い顔をした。

 

まぁ確かにこの十日間修練で龍の実力はかなり上がっているとはいえ、隊長・副隊長格から見ればまだまだ未熟者と取られても致し方ないだろう。

 

そう考えると、雀部副隊長が苦い顔をするのも理解できる。

 

だが今は、龍とバウスの事のみを考えている状況ではなくなっている。

 

「更に現れたバウスは各門に設置されている天力珠を破壊する為に、四体の強力なヴァンデルをそれぞれの門に送り、瀞霊廷内と現世に大量のモンスターを放ったらしい」

 

どうやらバウスは出し惜しみなどする気は一切無いらしい。文字通りの総力戦となる。

 

「吉波龍一郎から、何か指示は?」

 

「総隊長達の霊圧が突然消えた事で士気に影響が出る可能性を危惧し、我等が無事だという事を伝えて欲しいと頼まれた」

 

即座に答えた我に、総隊長は一拍間を置いて「儂からも一つ頼む」と返してきた。

 

「儂等の今を含めた全ての状況を、瀞霊廷・現世を問わず、リンクを繋げた全ての者に報せ、拠点防衛の各隊はそれぞれの持ち場で奴等を迎撃する旨を。そして遊撃隊の各隊から数人を選出し、一番隊舎執務室に向かわせるよう伝えてほしい」

 

(やはり龍一郎一人に任せるのは不安という訳か)

 

総隊長の思惑を朧気にだが読み取った我は頷いて応え、リンクを繋げた全ての者達に向けて意識を集中させた。

 

                   ☆

 

――三人称サイド――

 

[護廷十三隊全隊長・副隊長格。そして黒崎一護に報せる]

 

頭の中に響いた聞き覚えのある声に、現世と瀞霊廷にいる二十五人の実力者達の顔色が変わった。

 

[この突然の心話の発動を快く思わない者もいる事は察する。だが状況が著しく変化した為、山本元柳斎総隊長からの指示もあり心話を使用した]

 

其処で一拍間を置き、エルフィは先程一番隊舎で起こった事、現在の総隊長と副隊長の状況。そしてその後の敵の行動と総隊長の指示など全てを伝えた。

 

そのエルフィの報告が終えた後。皆の反応は様々だった。

 

「なんだぁ・・・それならテメェは少しは楽しめるって事じゃねぇか」

 

「ゲヘヘヘヘ・・・」

 

獲物を見つけた捕食者の様な獰猛な笑みを浮かべてハングを見る更木剣八。

 

「松本。隊の指揮を頼む」

 

「・・・はい」

 

「はっ、俺の相手はガキかよ」

 

「・・・(ピクッ)」

 

ジェラの嘲りを含んだ呟きに、こめかみをひくつかせて確かな怒気を露わにする日番谷冬獅郎。

 

「大前田、此奴は私がやる。お前は下がっていろ」

「は、はいっ!」

 

「ふっ、女が1人か」

 

ストローガを前にし、闘気を露わにする砕蜂。

 

「パアァァッショオオォォン!!」

 

「「・・・・・・」」

 

意味不明の単語を叫ぶアートロンに切っ先を向け、無言で油断無く構える朽木白哉。

 

そしていきなり出現してハイテンションな叫声を上げる存在に、どう反応したらいいのか分からずフリーズする阿散井恋次。

 

「朽木!彼の所に向かってくれ!」

 

「七緒ちゃん。お願いね」

 

「頼むぞ!鉄左衛門!」

 

「「「はい(押忍)っ!」」」

 

心話を聞いて即座に指示を出す遊撃隊の隊長達と、それに応えて駆け出す副隊長達。

 

同時刻。現世の空倉町上空。

 

「なんや瀞霊廷はえらい厄介な事になっとるみたいやな」

 

「だ、大丈夫でしょうか・・・」

 

呑気とも取れる口調で言う平子真子と、明らかに不安な表情をする雛森桃。

 

「今更此処で俺達が心配しても仕方が無ぇ!向こうは向こうで何とかしていると思うしか無いだろうが」

 

隊士達に伝染していく不安を消し去ろうとするかの様に声を荒げる六車拳西に「拳西の言う通りだよ」とローズも同意して、斬魄刀の柄を握ってゆっくりと抜き、刀身を露わにした。

 

そんなローズの後に続く様に、副隊長を含む隊士達は次々と斬魄刀を抜いて、ある一点に向けて構える。

 

その隊士達の視線の先には、空を埋め尽くさんばかりの飛行モンスターの大群が此方に向かいつつあった。

 

そんな隊士達の前に立ち、向かいくるモンスター達を見据えている者達がいた。

 

「凄い数だね」

 

「・・・ム」

 

モンスターの数に僅かに怯みつつも、怯えの無い目で見据えている井上織姫と茶渡泰虎。

 

「数に任せて攻めてきたか」

 

スチャッ、と眼鏡を押し上げて石田雨竜は険しい顔で霊弓・銀嶺孤雀を構える。そして――

 

「関係無ぇさ・・・」

 

身の丈程の大刀。斬月を抜き――

 

「この町には・・・」

 

死神代行。黒崎一護は――

 

「一匹たりとも入らせねぇ!!」

 

決意を込めて吠える。

 

そして各の場で、激闘の幕が上がった。

 

                   ☆

 

――一番隊執務室・龍一郎サイド――

 

俺はエクセリオンブレードの能力によって、通常時よりも更に速度を増した瞬歩を使って上下左右と三次元的に動き、バウスを翻弄する。

 

今までと同じく直線的に攻めてくると思っていたのか、バウスはチッと軽く舌打ちをして、両腕にある手首から肘間接にまで巻かれた包帯の内に仕込まれた刃を出し、戦闘態勢をとった。

 

だが俺は臆する事無くバウスの左脇に入り込み、ブレードを一閃!・・・・・・しようとした手を止めて地を蹴って跳躍する。

 

「なっ!」

 

俺が突然行動を変えた事により、バウスに動揺が走る。

 

当然俺はその隙を逃さず、動揺に顔を歪めているバウスの頭部に狙いを定め、エクセリオンブレードを逆袈裟に振り下ろす。

 

ギィンッ!!

 

だがその一撃は、一瞬早く正気に戻ったバウスの右腕の刃によって防がれていた。

 

俺はその事に内心舌打ちをしながらもそれを表に出さず、僅かにでも此方に傾いてきた主導権を完全に握る為に連続で斬りつけようとし――

 

ゾワッ

 

「・・・っ!」

 

全身が粟立つ様な嫌な感覚を感じ、俺は刃と刃を合わせたままの状態でバウスの胸板に思い切り左足での蹴りを入れ、その反動を利用して後方に跳んだその瞬間。

 

ボッ!

 

俺の眼前を、突き上げられた黒い何かが尋常ではない風切り音を立てる。

 

俺はその黒いものの正体が何なのか分からなかったが、後方に跳ぶ事で距離が開き、左の拳を天に突き出したバウスの体勢を見てようやくその正体に気付いた。

 

バウスは俺が連続で斬りつけようと一息入れた刹那を狙い、左のアッパーを放ってきたのだ。

 

もしもあの時に自らの感覚に従って動いていなければ、運が悪くて左腕から生える刃によって斬られ、良くても腹部に拳打の一撃が入っていただろう。

 

内心冷や汗をかきながらも、俺は空中で体勢を整えて着地する。

 

そして着地するや否や、ブレードを下段に構えて再び瞬歩を使い、先程の蹴りで多少でも体勢が崩れているバウスの懐に今度は真正面から入り込み、再び五月雨を放つ。

 

だが先程見せてしまった事もあり、虚の初太刀を見破られ、実の弐の太刀も腕の刃で防がれてしまった。

 

(やっぱり、そう何度も引っ掛かってはくれないか)

 

俺はそう思いながら、先程の様な反撃を警戒し、止められたブレードを引いて再度後方に跳んで間合いを取り、情報を整理する。

 

(現時点ではパワーとリーチは向こうが上。スピードは僅かだが此方に分があるが、大差ではない。

となるとやっぱり懐に入り込んで、フェイントを交えつつ攻めるのがオーソドックスか。

そうなると五月雨を使うのが一番なんだが、既に技を知られている。

ただ馬鹿正直に五月雨を打つだけでは簡単に避けられる。

伏線を重ねて、最後の一撃に五月雨を持って行くしかないか)

 

おおよその方針を固めて、俺はブレードの切っ先を右下に下げた下段構えにしてバウスを睨む。

 

「成る程な・・・どうやら十日前よりは強さを増したらしい」

 

ポツリと呟いたにも関わらず、バウスのその声は執務室全体によく響き、俺の耳にも届いた。

 

「・・・だが」

 

バウスの重低音の声が、更に一段低くなった様な気がした。

 

「俺もまだ全力じゃねぇぜ」

 

そう言った刹那。バウスは地を蹴り一気に駆け、瞬く間に俺を自らの間合いに入れるまで接近し、体重を込めた打ち下ろしの右ストレートを放ってきた。

 

「・・・っ!」

 

十日前ならば避けられなかったであろうその一撃を、俺は軽く右にサイドステップをして躱す。

 

だが――

 

ズンッ!

 

「がっ!」

 

右の脇腹に走った重い衝撃。

 

まるで俺の避ける先が分かっていたかのように繰り出されたバウスの左膝蹴りが綺麗に脇腹に入り、俺の肺の内にあった空気が無理矢理吐き出され、苦悶の呻きが漏れる。

 

予想だにしなかった一撃を受けた事によって思考が、肺の中にあった空気が急激に減少した事によって身体が止まる。

 

当然バウスはその隙を見逃す事無く、更に攻撃を続ける。

 

ゴッ!

 

がら空きになった俺の頭部にバウスの頭突きがまともに入り、脳が揺れ、視界に星が瞬き、膝が曲がる。

 

生まれて間もない小鹿と大差ない様な状態となった俺は、何とか視界だけは取り戻そうと軽く頭を振って、瞬く星を振り払う。

 

そしてどうにか星を消した俺の目に飛び込んできたのは、体全体を使って巻き込む様に放ってきたバウスの右フックが眼前にまで迫り、黒い拳が視界の全てを埋めていた。

 

「っ!」

 

俺は反射的に下に下げていたエクセリオンブレードの刀身を上げ、腕から出ている刃を受けて拳を止めようとする。・・・が。

 

ギィンッ!

 

ダメージを受けて碌に踏ん張る事も出来ない上に、反射的に動いた為に体勢も整っていない俺の苦し紛れの抵抗を嘲笑うかのように、刃を受けたエクセリオンブレードはあっさりと俺の手から弾かれて宙を舞った。

 

そのブレードの行方を俺は、無意識の内に目で追ってしまい――

 

ドスッ!

 

呆けた俺の鳩尾にバウスの前蹴りが突き刺さり、呻き一つ上げる事も出来ずに吹っ飛ばされ、受け身をとる事もままならずに背を床に打ち付ける。

 

「ぐはっ!」

 

強かに打たれ、その衝撃で先程上げることが出来なかった呻きが、後を追ってきた様に口から漏れる。

 

それと同時に宙を舞っていたエクセリオンブレードが、倒れた俺の後方に深々と突き刺さり、刃が鏡の如くその身にバウスの姿を映し出す。

 

「どうした?お前の力はこんな物か?」

 

僅かな失望の意を込めて見下すバウスに、俺は全身に残る痛みを耐えて立ち上がり、バウスを睨む。

 

頭突きを受けた頭部はガンガンと痛み、未だに時折目の前に星が瞬いている。

 

膝蹴りや前蹴りをくらった脇腹や鳩尾には、焼ける様な痛みが澱の様に体の中に重く残る。

 

だがそれでも、まだ心は折れていないと言わんばかりに、俺はバウスを睨み続ける。

 

そんな俺を見てバウスは口の端を上げて「・・・いいねぇ」と呟き、重心を下に下げて今にも飛びかかる猛獣の様に筋肉に力を込める。

 

(焦るな・・・ダメージがある今の俺じゃ、下手に避けたらかえって体勢を崩して余計な隙を生む事になる。

バウスが力を溜めている今のうちに、乱れた呼吸だけでも整えておかないと・・・)

 

俺は逸る気持ちを抑え、バウスの一挙一投足を見逃さないように司会に納めながら、両腕をダラリと下げて足を肩幅に開き、リラックスした体勢でゆっくりと深呼吸をする。

 

俺がエクセリオンブレードを取りに行こうと動けば、必ずバウスもそれを止める為に動くだろう。

 

そうなると悔しいが、今の俺の状態ではバウスの妨害を掻い潜ってブレードを手に取れる可能性は極めて低い。

 

ならば才牙を変えて、ブレード並みに扱う自信のある『あれ』で戦うしかない。

 

だけど『あれ』はブレード以上に深く懐に入り込む必要がある。

 

リスクは高いが、バウスが突っ込んでくる瞬間を狙うより他に方法は無い。

 

呼吸を整えながら、俺はまだ痛みと衝撃で揺れている頭をフル回転させて方針を練る。

 

そして力を溜めているバウスと呼吸を整える俺が共に動きを止め、そのまま時は過ぎ――

 

ダンッ!

 

刹那とも永遠とも思えた沈黙の時間は、バウスの地を蹴る音によって破られた。

 

飛燕の如き速度で一気に接近してくるバウスに対し、俺は左足を前に出して軽く膝を曲げて重心を下に下げ、安定感のあるどっしりとしたスタイルをとる。

 

そんな俺にバウスは躊躇い無く踏み込み、自らの間合いにまで距離を積めて、冥力の特徴である禍々しい紫色の輝きを宿した左の拳を一直線に打ち込んできた。

 

俺はその一撃を、オケアヌスの輪から素早く取り出した盾の才牙・クラウンシールドで受け止める。

 

ガァンッ!!

 

轟音が響くと共に伝わってきた足が宙に浮きそうになる程の強烈な衝撃を全身で感じ、俺は思わず顔を顰めてしまうが、歯を食いしばって踏ん張りなんとか耐える。

 

「守勢に回って凌げると思うなよ」

 

自らの優位を確信しているからなのか、バウスは嘲りを思わせる笑みを浮かべて、左の拳を盾に付けたままで冥力を込めた右の拳を振り上げ、左の拳を引くと同時に右拳を打ち下ろしてきた。

 

(来た!!)

 

俺はそれを待っていた。奴が守勢に回ったと思い込み、たたみかける為に連撃に入るその瞬間を。

 

俺は奴が右を振るった刹那、前に出していた左足を更に思い切り前に出して一気に踏み込んだ。

 

同時に上半身を屈めて、バウスの右を潜るような形で避ける。

 

そしてクラウンシールドを『変形』させ、下から体ごと突き上げる左のフックを放つ。

 

ゴッ!

 

「ぐっ・・・」

 

拳に伝わる衝撃とバウスの呻きに俺はクリーンヒットを確信する。

 

そしてすぐに追撃に入ろうとしたが、強烈な一撃を受けてバウスがよろよろと無意識に数歩後退したのと、やはり俺の体にダメージが残っていたのもあり、やむを得ず追撃を断念した。

 

「貴様・・・それは・・・」

 

敵意を持って此方を睨みつけてくるバウスの顔には、明らかな動揺の色があった。

 

それもその筈だ。なにしろ俺が今手にしている武器は盾でも鉄球でもなく・・・『鉄甲』だったのだから。

 




盾が鉄甲に変形するというネタは、冒険王ビィトのNDSソフトで主人公のガントレット型の才牙が盾に変形していた所から取りました。

そしてこの話の最後の方で龍一郎が打ち込んだパンチは、勘の良い人なら分かると思いますが、某ボクシング漫画の主人公と、その主人公が四度目の防衛戦で戦った相手が使っていたあのパンチです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話

なんとか一月の内に二話投稿が出来ました。

現在ちょっとスランプに入って『これで大丈夫かな?』という心情です。

ではどうぞ。


 

――龍一郎サイド――

 

「盾が鉄甲にだと・・・」

 

戸惑いと動揺、そして怒りを綯い交ぜにした呟きを漏らすバウスに、俺は自らの両腕に付いたクラウンシールドを縦に両断したかの様な鉄甲をチラリと流し見た後に、敢えて不適に笑って見せた。

 

このクラウンシールドの新たな変形形態は、今までのように事前に考えていたりしていたものではなく、水破爆裂を収得している途中で偶発的に発見したものだった。

 

だが俺はこの偶然に心から感謝した。

 

何故ならば、以前にも言ったとは思うが、俺は前世では徒手空拳で戦っていたからだ。

 

つまり俺は刀剣で戦うよりも、拳で戦う方が遥かに熟練されているという訳なのだ。

 

ん?ならば何故始めからその形態で戦わなかったのかって?

 

その理由は至極簡単。ただ純粋に攻撃力のみで見れば、この形態よりもエクセリオンブレードの方が強いからだ。

 

無論ただ単純に攻撃力・破壊力だけならばボルティックアックスが最強なのは比べるまでもないのだが、素早いバウスを相手にアックスの一撃を叩き込める確率は極めて低い。

 

だから俺はスピードにも攻撃力にも信頼のあるエクセリオンブレードを第一に使っていたのだが、そのブレードを取りに行くのが困難となった為、この鉄甲を使う事に決めたのだ。

 

「すぅ・・・はぁ・・・」

 

視線をバウスに向けたまま、俺は笑みを浮かべていた顔を引き締めて深くゆっくりと呼吸をし、体の隅々にまで酸素を行き渡らせる。

 

同時に軽くステップを踏んでダメージの具合を確認する。

 

(・・・よし。まだ頭部のダメージは多少残っているけど、一番の問題だった腹部のダメージは回復した。足も問題無く動く!)

 

己の状態の把握をほぼ終え、俺は腰を落として重心を下に下げ、左右の拳を側頭部に付けたインファイトスタイルの構えをとったと同時に――

 

ダッ!

 

力強く地を蹴り、先程の一撃が効いているのか、その場から動いていないバウスに接近する。

 

それもただ直進的に突っ込むのではなく、ジグザグに動いて肩でフェイントをかけながら懐に踏み込む。

 

そして右のボディブローを当ててバウスの意識を腹部に集中させ、左のショートアッパーで顎をかちあげ、先程のお返しとばかりに鳩尾に渾身の右ストレートを叩き込んだ。

 

「がっ!」

 

3つのコンビネーションブローが綺麗に入り、バウスの黒い巨躯がよろめきながら後ろに下がる。

 

俺はバウスが退くと同時に前に出て再度懐に入り、左右のボディの連打を打ち込む。

 

「・・・っ!」

 

声にならない呻きを漏らし、バウスは俺のボディ攻撃を防ぐべく両の腕を下に下げた。

 

だがそれは俺の予想通りであり、狙っていた行動でもあった。

 

ガードを下げるという事は上の。頭部のガードが開くという事だ。

 

俺は左のボディブローを態と防御している腕に当てて更に注意を腹部に向け、がら空きとなった頭部に右フックを叩き込んだ。

 

「ぐぁっ!」

 

拳に残る手応えと呻きにクリーンヒットを確信し、俺は一気に決める為に弾ける様に吹っ飛ばされているバウスを追う。

 

そして再び懐に入ったその時――

 

ガンッ!!

 

俺の右腕に鈍い衝撃が走った。

 

チラリとその衝撃のした方に視線を向けると、其処には右腕に付いた鉄甲がバウスの左膝蹴りを受け止めていた。

 

俺は自らの読みがズバリ当たった事にニヤリと笑みを浮かべた。

 

実は俺がシールドを鉄甲化して後に、わざわざ足を使って戦うスピード重視のアウトボクシングではなく、インファイトスタイルでバウスを攻めていたのには理由があった。

 

それはバウスの弱点を突く為だ。

 

バウスの出てきた『冒険王ビィトエクセリオン』で主人公達がバウスと戦っているのを見ていた俺は、ある状況の時にバウスを相手に優位に戦っている時があるのを知っていた。

 

それは自らよりも小柄な相手が懐に入って攻める時だ。

 

現にシャンティーゴの領主であるパドロとの戦いの時は、かなり一方的に攻撃を受けていた。

 

更に言えば、例に挙げたこの人物は最終的には敗北したのだが、一通り攻めた後で間合いを取る為に退いた時に反撃を受けて負けている。

 

ならば常に前に出続け、インファイトに徹すればどうなるのか?

 

答えは今見た通りだ。

 

バウスは強化した肉体のパワーとスピードを生かした格闘戦に秀でてはいるが、懐に入られたらその巨躯が変えって邪魔になってしまう。

 

俺はそう思っていたからこそ、インファイトに徹して攻めていたのだ。

 

更に言えば、アウトボクシングと同等な程に多彩なディフェンステクニックがあるインファイトスタイルならば、エクセリオンブレードで戦っていた時にも、バウスが使っていたアッパーカットや頭突きといった接近戦の攻撃にも充分に対処できると踏んでいた。

 

その読みはズバリ当たり、重心を下げて体勢を低くして体を小さく丸くし、左右両側面に構えた鉄甲の盾によって体のほぼ全体を覆い隠す事によって、懐に入った時を狙ったバウスの不意打ちを防ぐ事に成功したのだ。

 

「残念だったな」

 

笑みを浮かべて言う俺に、バウスは目を憎らしげに細めてギリッと歯を鳴らす。

 

俺は懐に入ったこの好機を逃さず一気に決めようと、才牙と魂を通わして力を引き出して天力を解放する。

 

鉄甲が水の天力を帯びて蒼く輝き、自らの奥底から力が湧き出してくる様に感じた。

 

「・・・いくぜ」

 

俺はそう言って大きく息を吸った後に止め、蒼く輝く拳で怒涛のラッシュを叩き込む。

 

水破爆撃乱舞。

 

水破爆裂に使う天力を鉄甲に集約して叩き込むラッシュ。

 

鍛錬の末に編み出した俺の十日間の成果だ。

 

その総合的な破壊力はゼノンウィンザードと肩を並べる程に高い。

 

左のリバーブロー、右フック、左アッパー、右ボディブロー。

 

バウスの顔がピンボールの如く上下左右に弾ける。

 

五秒・・・十秒・・・。

 

まだ息は保つ。拳は打てる。ラッシュは続く。

 

十五秒・・・二十秒・・・。

 

段々と自らの拳が重くなり、意思と同時に動いていた体にズレが生じている様に感じる。

 

二十二秒・・・二十三秒・・・

 

視界が霞み出し、体が酸素を欲しているのが分かる。

 

だがそれでも俺はラッシュを止めずに打ち続ける。

 

二十四秒・・・。

 

目が霞む中で放った俺の左アッパーがクリーンヒットし、バウスの黒い巨躯が仰け反った。

 

(ここだ!!)

 

俺は其処を最大の好機と見て、軽くバックステップをして距離をとり、両腕の鉄甲に集約した全ての天力を捻って溜めを作った右拳に集中させる。

 

そして仰け反って無防備となったバウスの鳩尾に、水の天力を纏った渾身のコークスクリューブローを打ち込んだ。

 

カアアァァン!!

 

鉄板に重いハンマーを叩き付けた様な撃音と共にバウスの体が宙を浮き、そのまま重力に従って床に倒れた。

 

ズゥン!と重い音を立てて大の字で倒れるバウスを見て、俺は止めていた息を吐き出し、貪る様に呼吸を繰り返した。

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

 

倒れているバウスを視界の内に留めながら、体の隅々にまで酸素を行き渡らせる。

 

ピンボケしていた視界の焦点が徐々に合い、世界がクリアになる。

 

「はぁー・・・すぅー・・・」

 

体内に酸素が行き渡り、ただ空気を取り込もうと必死だった呼吸も落ち着きを取り戻し、大きく吸って吐く深呼吸へと変わる。

 

「・・・まさか、ここまでやるとはな」

 

「・・・っ!」

 

重い低音の声にピクリと反応した俺の目に入ってきたのは、先程倒した黒い巨躯がゆっくりと立ち上がる姿だった。

 

「痩せ我慢は良くないぜ。結構ダメージあるんだろ?」

 

「確かに、今のはかなり効いた」

 

挑発の意を込めた俺の言葉をあっさりと認めたバウスは、俺の拳打を受けて口の中を切ったらしく、手の甲で口の端から伝う血を拭い取って笑みを見せる。

 

更木隊長を彷彿とさせる。戦いに狂った者が強者と巡り会った時に見せる笑みだ。

 

その笑みを見て、優位に立っている筈の俺の第六感が警鐘を鳴らしている。

 

危険だ!注意しろ!と警報を出し、体全体を強制的に緊張状態にする。

 

「まさかお前を相手に、『こいつ』を使う事になるとはな・・・」

 

そう言ってバウスが懐から取り出したのは、先程四体のヴァンデルを呼び出したのと同じ形状の鍵と錠前だった。

 

ただ先程と違うのは、先刻は鍵と錠前の穴の数が4つだったのに対し、今取り出したのは一つだという事のみだ。

 

無論原作を知っている俺は、バウスの取り出したそれに見覚えも心当たりもあった。

 

だが、もしもバウスが取り出したのが俺の予想通りの物ならば、それを使った所でバウスにとってマイナスにはなっても、プラスにならない事の筈である。

 

その疑問が戸惑いとなり、俺の動きを止めてしまう。そして・・・。

 

カチャッ

 

鍵は鍵穴へと入り――

 

カチン!

 

回された次の瞬間。

 

バウスの両手首と首に付けられた幾つもの棘がある皮製のリストバンドが回した鍵に呼応する様に輝き出し、形を変えていく。

 

皮の姿から黒い体を縛る金属製の鎖へと変わり、丁度心臓の上に当たる部分に丸い円盤状の金属板が取り付けられていた。

 

「わざわざ力を押さえつける物なんかを付けて、どうするつもりだ?」

 

「その言いようからすると、お前はこいつが何なのかを知っているみたいだな」

 

バウスは俺の問いには答えず、心臓の上に付いた拘束具に手を置いて納得した様に呟いた。

 

「確かにこいつは冥力を押さえつける為の物だ。だが、使い道が無い訳でも無いんだぜ」

 

バウスが再び錠前に鍵を入れて回すと、心臓の上に付いている円盤状の金属板が左右に開く。

 

その開かれた中には、冥力を思わせる禍々しい紫色の輝きがあった。

 

そしてバウスは四肢に力を込めて、己の冥力を高めていく。

 

「はああぁぁぁ・・・」

 

まるでバウスが力を高めていくのを恐れるかの様に大気が震え、俺の肌をビリビリと刺す。

 

徐々に増していく力に威圧され、前に出ようとする足が止まる。

 

「ああぁぁぁ・・・」

 

高まっていく冥力に連れて、バウスの肉体自体にも変化が生じていく。

 

オーラとなって立ち上る冥力が炎の様にバウスの纏っている赤黒いマントを掻き消していき、元々筋肉質だった身体が更にビルドアップされていく様をまざまざと見せつける。

 

耳を隠す程に伸ばされた白い髪が重力に逆らい、逆立っていく。

 

「あああぁぁぁっ!!!」

 

ドンッ!!!

 

全ての冥力が解放され、大気が一際大きく震える。俺はその力に圧されて、無意識に目を閉じてしまった。

 

だが俺はバウスを視界に納める為に慌てて目を開ける。

 

そして目を開けた俺の視線の先にいたのは、全くその場を動かずに俺を見下ろす変貌したバウスの姿だった。

 

マントが消えた事によって露わとなった。先程よりも更に全体的に筋肉が増幅され、一回り大きくなった体躯。

 

髪が逆立った事でより険を増した顔立ち。

 

対面しているだけで肌をチリチリと焦がす程の禍々しく強大な冥力。

 

そんな外観も内側から出る威圧感も、先程のバウスとは比べ物にならない程に強くなっていた。

 

ついでに言えば、俺はこの姿のバウスの事も知ってはいた。

 

『冒険王ビィトエクセリオン』の最終決戦。バウスはグラウモンスターを生み出す魔銃器グーランガの弾丸を自らの身体に撃ち込み、今目の前にいる形態へとなった。

 

そして主人公のビィトと激闘を繰り広げ、圧倒的な強さで優位に立っていたのだが、最終的には敗北を喫した。

 

(まさか、グーランガ無しで変われるとは思わなかったがな・・・)

 

完全に予想外だったバウスのパワーアップに、俺は苦い顔をして睨み付ける。

 

一方バウスはそんな俺の思いなど露知らぬと言わんばかりに、胸に付いている拘束具に手を置く。

 

「有り難いな。これだけ冥力を高めても暴走を抑え込んでいる。本当に大した物だ」

 

「っ!」

 

バウスの発したその言葉に俺は耳を疑った。

 

何故ならば原作のバウスにとって、拘束具は忌むべきもの筈なのだから。

 

原作のバウスは最後の戦いの直前で、魔賓館の館長・シャギーによって自らが改造ヴァンデルだという事実を知った。

 

そしてその後にビィトを死闘を演じ敗れた。

 

これは原作を見た俺の推測なのだが、自らの全てを縛り、絶望を与えた相手に施しまで与えられたバウスは、自らの存在を残そうとしたのではないか。

 

たとえそれが戦いという方法でも。

 

たとえその相手がヴァンデルバスターでも。

 

たとえそれが、シャギーの思惑通りのだと分かっていても。

 

だからこそバウスはビィトとタイマン勝負を申し込み、戦う事でビィトの力を限界以上に引き出そうと己を強化したり、挑発したりしたと俺は思っている。

 

だから俺は原作のバウスに誇り高さを感じ、嫌いになれなかった。

 

だが目の前にいるバウスは、ただ力を高める為だけに拘束具を利用した。

 

ただただ己の力を高める為だけに。

 

其処には誇りも矜持もなく、醜く貪欲に力を求める愚者がいた。

 

「・・・違うな」

 

「あ?」

 

漏らした呟きに、バウスは拘束具に触れていた手を止めて俺に目を向けた。

 

「確かにお前はバウスと同じ姿だが・・・バウスとは違う」

 

「ふっ・・・それじゃあお前から見た俺は、一体何なんだ?」

 

「お前は本来ならばこの場に存在しない者。

 

あらゆる世界の歪みによって生まれた存在。

 

イレギュラーズだ!」

 

鼻で笑うバウス・・・否。イレギュラーズに俺は吠えて地を蹴り、鉄甲に天力を込める。

それに対して奴は振り上げた右拳に冥力を纏わせて対抗する。

 

「ならそれを証明してみろ」

 

懐に入り込んだ俺に放った打ち下ろしの拳と――

 

「やってやるよ!」

 

突進の勢いと自らの体重。そして天力を込めた俺の右拳がぶつかり合い――

 

ガゴオォォォン!!!

 

執務室に轟音が轟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話

どうも・・・最近仕事が忙しくて一日の執筆時間が三十分程しかないミステリアです。

時間の合間合間で何とか一話分書いて、気が付いたら一ヶ月近く経過。

憂鬱です。

そのせいか、この話の最後の方がかなり手抜き気味になってしまっている感じです。

何だか愚痴の様な報告となってしまい、すいません。

では、どうぞ。


 

――三人称サイド――

 

時間は少し遡り、龍一郎がまだ強化状態になっていないバウスとエクセリオンブレードで戦っていた頃。

瀞霊廷の各所でも戦いの幕が上がっていた。

 

 

ギィンッ!

 

金属音と共に刃が弾かれ、火花が散る。

 

「フン」

自らの肉体で刃を弾いたヴァンデル。アートロンは鼻で笑って腕を振るい、背後にいる死神に遠心力を乗せた裏拳を見舞う。

 

だが刃を弾かれた死神。六番隊隊長・朽木白哉は鈍く輝く拳を瞬歩で避け、間合いを取った。

 

「どうした?その程度の攻撃じゃあ、俺の装甲を傷付ける事は出来ないぜ」

 

「テメェ!「待て。恋次」・・・っ!」

 

挑発に乗り蛇尾丸を振るおうとする阿散井恋次を白哉が止める。

 

「奴は私が倒す。兄は隊士と共に天力珠の護衛に回れ」

 

「しかし・・・「我らに与えられた任は天力珠の護衛。趣旨を取り違えるな」・・・分かりました」

 

感情的になって言い返そうとするのを正論によって封殺され、恋次は苦い顔をしながらも一礼をした後に瞬歩で隊員の元に向かった。

 

「舐めてるのか?貴様の斬撃は俺に通じないんだぜ。1対1で勝てると思ってるのか?」

 

「愚かな。一撃を止めた程度で私の力の底を見たと言うか」

 

「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」

 

冷静に言う白哉に、アートロンが文字通り風を纏って飛翔し、その巨体に似合わぬスピードで一直線に突っ込んでいく。

 

「破道の三十三・蒼火墜」

 

真正面から突撃してくるアートロンに、白哉は詠唱破棄をした中級鬼道を放つ。

 

青白い閃光がアートロンの巨体を呑み込み、爆発。煙が上がる。

 

だが――

 

「パアアッショオォォン!!」

 

雄叫びを上げて煙の中から出て来たのは、鬼道の一撃をまともに受けながらも傷一つ無いアートロンだった。

 

「無駄だあっ!元々堅牢な装甲を更に冥力で強化した俺の体は正に鉄壁!結界によって冥力が弱まってはいるが、貴様如きの攻撃では傷付ける事も出来ん!」

 

地に降り立ち朗々と告げるアートロンの挑発に、初めて白哉の目元がピクリと動いた。

 

「・・・図に乗るな」

 

僅かに怒りを含んだ声でアートロンを睨み、白哉は刀身を眼前に構え――

 

「散れ・・・千本桜」

 

自らの斬魄刀を解放した。

 

刀身が無数の刃となり、一気にアートロンへと襲い掛かる。

 

だが、アートロンは襲い来る無数の刃に怯む事無く、冥力を纏わせた拳を頭上へと掲げ、地面に叩き付けた次の瞬間。

 

ドォン!

 

爆音と共に発生した旋風がアートロンを中心に螺旋を描き、近くにいる白哉の体を僅かに揺らし、離れた場所にいる六番隊の隊士達に動揺を与える。

 

そしてその凄まじい旋風は白哉の放った無数の刃を全て吹き飛ばし、攻撃を完全に防いで見せた。

 

「!」

 

白哉の顔に明らかな動揺の色が浮かぶ。

 

しかしそれも無理からぬ事だった。今まで千本桜の斬撃を躱したり無傷圏に入り込む事で無力化した者ならばいたが、全ての斬撃を吹き飛ばした者など存在しなかったのだから。

 

そんな白哉の動揺を見たアートロンは「フッフッフ」と愉悦を交えてた含み笑いを漏らす。

 

「どうやら貴様の刀の能力は、俺の能力との相性が悪いようだな」

 

「相性だと?」

 

白哉の声が一段低くなり、動揺により見開いていた目がスウッと細くなる。

 

「そうだ!貴様も見ただろう。その刀の能力など通じぬという「ならばその目に刻むがよい・・・」っ!」

 

アートロンの口を噤ませる程の迫力を秘めた静かではあるが響く声が、白哉の口から紡がれる。

 

「相性等に捕らわれぬ絶対的な力というものを・・・」

 

粛々と告げ、白哉は千本桜を掲げた後に手を離すと、それは何の抵抗もなく地へと吸い込まれた。

 

「卍解」

 

そしてそれと入れ替わるように、地から多数の巨大な刀身が、白哉の背後に生え並ぶ。

 

「千本桜景厳」

 

全ての巨大な刀身が花びらの状に砕け、先程とは比較にならない程の刃の嵐がアートロンへと迫る。

 

それに対しアートロンは再び自らを中心に旋風を発生させ、刃の群れを吹き飛ばす。

 

「無駄だぁっ!いくら数を増やそうと、俺の風の前には無意味!」

 

「・・・愚かな」

 

吠えるアートロンに白哉は冷然に呟いた後に、スッと右手を挙げる。

 

ブワッ!!

 

白哉が手を挙げたのを合図に、アートロンの足元から千本桜の無数の刃が飛び出した。

 

「な、何ぃ!?」

 

アートロンの驚愕の叫びが上がるのとほぼ同時に、無数の刃がアートロンを包み込み、桜色をした球状の繭と化す。

 

「如何に旋風とはいえ、風の及ばぬ所はある。ならば其処に刃を通せばいいだけの事」

「このおぉっ!!」

 

逆上したアートロンは拳を叩きつけ、風を放つが、刃で成した繭はびくともしない。

 

「無駄だ。その刃の球は決して破れず、相手を全方位から斬圧する。名を・・・吭景千本桜景義」

 

「ぬおおぉぉあぁぁぁっ!!」

 

アートロンの叫びも――

 

「刃の吭に・・・呑まれて消えろ」

白哉の言葉も――

 

ゴッ!!!!

 

斬圧する轟音によって掻き消された。

 

その衝撃で土埃が宙を舞い、辺り一面を覆い隠す。

 

白哉はアートロンの居た場所に背を向け、何も言わず歩を進め――――ようとした刹那。

 

ジャッ!

 

『それ』は朦々と立ち込める土埃を切り裂き、飛燕の如き速度で白哉へと迫る。

 

だが白哉は飛び出してきた『それ』に驚きはしたが、すぐに冷静さを取り戻し、瞬歩を使い回避した。

 

ザンッ!

 

空を切った『それ』は白哉の背後にあった塀を切り裂き、斬撃の跡をつける。

 

「・・・しぶといな」

 

『それ』の正体。真空の刃の放たれた場所に視線を戻し、白哉が呟く。

 

白哉の視線の先。

 

其処には吭景千本桜景義の斬圧を受け、装甲の所々が罅割れながらも立っているアートロンの姿だった。

 

 

 

           ☆

 

 

「霜天に坐せ・・・」

 

解号を口にし、十番隊隊長・日番谷冬獅郎の手に携える斬魄刀の柄の先から三日月型の刃とそれを繋ぐ鎖が伸びる。

 

「氷輪丸!!」

 

斬魄刀の名を叫ぶと同時に空が曇り、凍り出した空気中の水分が日番谷の周りに集まってくる。

 

それはやがて氷の龍となり、炎を思わせるヴァンデル。ジェラに牙を剥いて襲い掛かった。

 

だがジェラはすぐに三叉戟を携えていない方の掌を襲い来る氷の龍に向けて、鬼火を思わせる握り拳大の青い火球を次々と放つ。

 

火球の一発一発が当たる度に龍の体が砕け、十発目の火球を受けた所で、遂に龍は粉々となった。

 

「成る程。見た目はガキだが中々やるじゃねぇか」

 

『ガキ』の一言に、日番谷の目がスウッと細くなる。

 

「ガキじゃねぇ。十番隊隊長・日番谷冬獅郎だ」

 

ガキィンッ!!

 

瞬歩で接近した日番谷の斬撃を、ジェラは三叉戟で受け止めて火花を散らす。

 

ギッ!キィンッ

 

二合、三合と刃と三叉戟がぶつかり合い、冷気と熱気が空気の歪みを生む。

 

一端下がって間合いを取った両者が同時に氷の飛礫と火球を放ち、合間で爆散。相殺される。

 

「へっへっ・・・やるじゃねぇか」

 

「てめぇもな・・・」

 

肩を細かく動かして含み笑いを漏らすジェラに、日番谷は険しい顔をして応えた。

 

「だがこっちも立て込んでいるからな。一気に決めるぜぇ!」

 

吠えたジェラは日番谷に掌を向け、火球を放つ。

 

日番谷はその一撃を跳躍して避けるが、ジェラは空中に逃れた日番谷に火球を放った。

 

それも一発だけではなくあちこちに散りばめるようにして火球を連射し、日番谷の逃げ道を塞ぐ。

 

だが日番谷はその状況に焦ることなく、火球に氷の龍を放って空中で爆裂させることで『穴』を作り、そこに瞬歩で入り込む事で火球の包囲網を脱出した。

 

しかしジェラは包囲網から抜け出した日番谷に息を吐く間を与えないとばかりに、更に火球を撃ち込み続けた。

 

「・・・ちっ」

 

ジェラが物量でのごり押しで来た事を察した日番谷は舌打ちを一つして、襲い来る火球の群れをあるものは避け、あるものは氷で迎撃して対処する。

 

「このっ!ちょこまかとぉっ!」

 

火球が当たらない事に苛立ちを露わにして、ジェラは持っていた三叉戟を地に突き刺し、両の掌を日番谷に向けて放つ火球の数を更に増やした。

 

だが日番谷はそれを見ても動揺する事無く、冷静に氷の飛礫をぶつけて数発の火球のみを迎撃した。

 

その結果――

 

ドオォン!

 

氷の飛礫と火球がぶつかり合い爆発した事により、近くにあった火球がそれに巻き込まれて誘爆する。

 

ドンドォン!!

 

それがあちこちで連鎖的に発生し、最終的には――

 

ドドドドドオォォォォン!!!

 

全ての火球が日番谷に当たることなく爆発した。

 

「・・・なっ!」

 

まさか全ての火球をあっさりと対処されるとは思わなかったのか、ジェラは驚愕の呻きを上げる。

 

驚愕によって生まれる僅かな隙。それを逃さず、日番谷は空中から瞬歩で一気に間を詰め、突進の勢いを乗せた必殺の刺突を放つ。

 

ガッ!

 

しかしその一撃は我に返り間一髪で後ろに跳んだジェラの影を貫き、刀身は堅い音を立てて石畳に突き立てる結果となる。

 

当然ジェラはその隙を逃す事なく、即座に掌を日番谷に向けた。

 

「勝負を焦ったな!これで終わりだ!!」

 

だが劣勢の日番谷の口から紡がれたのは、焦りや悔やみを露わにした言葉ではなかった。

 

「終わりはお前だ」

 

その言葉と同時に地に突き立てられた氷輪丸の力が解放され、日番谷を中心とした一帯が一瞬で凍り付いた。

 

当然凍結範囲の内にいたジェラも例外に漏れず、炎に包まれている体の殆どが凍り付いている。

 

「ば・・・馬鹿な・・・俺の体が・・・」

 

自らの肉体に起こった事態が理解できないのか、ジェラは呆然とした様子で掠れた声を漏らす。

 

「お前の火球と俺の氷輪丸が真正面から力比べをすれば分が悪いという事を、お前は物量戦に出た時点で察していた筈だ」

 

そんなジェラに日番谷は淡々と言い含める。

 

「物量戦という選択は間違いじゃ無ぇ。だが攻撃が当たらない事に業を煮やして数を増やしたのは失敗だったな」

 

氷輪丸の切っ先を向け――

 

「勝負を焦ったのがお前の敗因だ」

 

先程ジェラの言った言葉をそのまま返して締めた。そして日番谷は切っ先を向けた刺突の構えを取り、地を蹴って飛燕の如き速度で駆ける。

 

「貴・・・様ぁ・・・」

 

ジェラはせめてもの抵抗とばかりに、向かってくる日番谷に殺気や怒気を綯い交ぜにして日番谷を睨みつける。

 

そしてその憎悪を感情に呼応するかの様に、ジェラの体の炎が大きく燃え上がり、体を縛る氷を少しずつ溶かしていく。

 

だがジェラが全ての氷を溶かすよりも早く日番谷の刺突がジェラの肉体を貫き――

 

バンッ!!

 

十字架型の氷塊がジェラの身を更に縛る。

 

「・・・竜霰架」

 

静かにその技の名を呟いた日番谷は、炎の魔人を閉じ込めた氷の十字架に背を向けた。

だが――

 

ドン!!

 

その十字架は即座に砕かれる。

 

ジェラを中心に起きた紫炎の火柱によって。

 

「なっ!」

 

振り返った日番谷の顔には、今までにはなかった動揺の色があった。

 

そして紫炎の火柱に立つジェラは、その体を形作っていた輪郭が徐々に崩れていき、やがて火柱と完全に一体となった後に形作られ現れたのは、もはや人の形を成してすらいなかった。

 

「グオオォォォッ!!」

 

見上げる程の巨体となった紫炎の龍が喉を震わせて天に吠えた後に、日番谷に憎悪を込めた視線を向けて息を吸い込み――

 

ゴウッ!!

 

紫炎の吐息を吐き出した。

 

冥力の力を宿した禍々しい炎が辺り一帯を覆っていた氷を溶かし、露わとなった石畳を舐め、日番谷を飲み込もうと迫る。

 

が――

 

「卍解」

 

周りで燃え盛る紫炎によって熱された空気が急速に冷やされ凍てついていき、日番谷を飲み込もうとしていた炎の奔流は、氷によって形成された壁によって二つに断たれ、日番谷に届かずに終わった。

 

そして炎が途切れると同時に砕けた氷の壁の向こうに立つ日番谷の姿は、先程とは大きく異なっていた。

 

翼を持つ氷の龍を自らの体に纏わせたかのような外見で、背後に三つの巨大な花の様な氷の結晶が浮かんでいた。

 

「大紅蓮氷輪丸」

 

自らの斬魄刀の真の名を静かに言った日番谷の後ろには、主に仇なす者を睨むかの様に氷の龍が出現する。

 

炎と氷。二体の龍が対峙し――

 

「「グオオォォォッ!!」」

 

咆哮が瀞霊廷を揺らした。

 

――エルフィサイド――

 

「・・・・・・っ!」

 

突然伝わってきたその感情に、戦闘中にも関わらず我は思わず顔を上げてしまった。

 

ザンッ!

 

「ギャアァッ!!」

 

意識を逸らしてしまった我のすぐ横で斬撃音と悲鳴が上がる。

 

慌ててその悲鳴の方に顔を向けると、其処には上下を断たれて霞みとなり消えていく強化ヴァンデルと、そのヴァンデルを斬り裂いた体勢でいる雀部長次郎忠息副隊長の姿があった。

 

「済まない。礼を言う」

 

手短に礼を言い、我はなるべく隙を減らす為に雀部副隊長と背中合わせになる。

 

「エルフリーデ殿、如何為された」

 

「龍一郎が危ない」

 

「・・・どういう事ですか?」

 

一言で答える我に、雀部副隊長が怪訝な様子で再度問う。

 

「今の我は龍と心話をしてはいないが、リンクは繋がっている。その繋がっているリンクから、龍一郎の感情が伝わってきた」

 

「感情が・・・一体どんな?」

 

「絶望だ」

 

即答した我の言葉に、雀部副隊長の顔が曇る。

 

「一刻も早く龍に加勢する必要がある・・・」

 

「しかし我等がこの場から脱出するのには今しばらく時間がかかります。如何なさるおつもりですか」

 

雀部副隊長のその正論に我は考えを巡らせる。

 

そして一つの案が頭に浮かんだ。

 

「では、現世より増援を要請する」

 

「なっ!」

 

我の案に雀部副隊長は驚愕の呻きを漏らした。

 

しかし我も思わず呻きを上げてしまうその心中も分からなくはなかった。

 

通常現世からソウルソサエティに行くには穿界門を通って行く他に方法は無い。

しかも地獄蝶を持たなければ強制的に断界へと送られる為、どうしても時間が掛かってしまう。

 

そのため火急であるこの状況で出す案では無いと思うのも理解できる。

 

だが我には一つ腹案があった。

 

「現世にいる者の中で1人だけすぐにソウルソサエティに行ける者がいる」

 

確信を持って告げる我に雀部副隊長は何か言おうとしていたが、やがて口を噤んで前に出て、迫り来る強化ヴァンデル達に厳霊丸を構えた。

 

「エルフリーデ殿。今この場で唯一瀞霊廷の状況をある程度把握出来る貴女がそう言うのであれば、その考えを尊重します。

そしてその案を実行するには、現世にいるその者に今の事情を伝える必要があるのは明白。

ならばその間、この雀部が貴女を御護り致します!」

 

強化ヴァンデル達に立ち塞がる雀部副隊長に我は「感謝する」と一言礼を言い、『その者』と心話をするべく目を閉じて意識を集中した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話

まずはすいません。この話は20日までに書いて投稿したかったのですが、スランプに入ってしまい予定よりも少し遅れてしまいました。

そしてちょっとしたネタばらしですが、今回の話で原作キャラの一人がオリジナル解放形態の一つを披露します。

今回も『これでいいのかなぁ・・・』とかなり不安ですが、どうぞご覧ください。


 

 

――三人称サイド――

 

「ハアァッ!!」

 

狂気の混じった笑みを浮かべて振り下ろす更木剣八の一閃を巨大なトンファー型の剣で受け止め、ハングは鍔迫り合いに入る前に力任せに押しのける事で接近した剣八を強引に引き剥がす。

 

「お前邪魔だぞ~!其処を退くんだぞ~!」

 

「つれねぇ事言うなよ。殺り合おうぜ」

 

苛立ちを露わにして独特の口調で喋るハングに対し、剣八はニヤリと口元を歪めて言う。

 

「それなら力ずくで退かすてやるぜぇ~!」

 

吠えたハングはトンファー型の剣を消し、両の掌を剣八に向けた奇妙な構えを取り、その両の掌の間に冥力によって生み出した水球を発生させた。

 

「くらえぇっ!」

 

声と同時に水球から一気に放出させた水流が剣八の胸板にぶち当たり、見るだけで相手を威圧する剣八の巨躯を浮き上がらせた。

 

そのまま水流は留まることなく放出され、浮き上がった体を押しやって塀の壁へと叩き付けた。

 

だが――

 

ザッ!

 

水流を身に受け、壁に叩きつけられたのを物ともせず、剣八は地に足を踏みしめてその場で仁王立ちにしていた。

 

その顔に狂気の笑みを浮かべて。

 

「面白ぇ!少しは楽しめそうじゃねぇか!」

 

ゴッ!!

 

剣八の歓喜の感情に呼応する様に強大な霊圧がオーラとなって立ち上る。

 

「はっはぁ!」

 

「お前しつこいぞ~!」

 

哄笑を上げて地を蹴り、飛燕の如き速度で地を駆ける剣八にハングは何度も水流を放つが、剣八は刀を振るってその全てを斬り伏せていった。

 

「なぁっ!」

 

刹那の動揺。緩まる迎撃。剣八はその隙に一息で間合いを詰め――

 

ザンッ!!

 

剣八の袈裟斬りに振り下ろした刃は、受け止めようと構えたトンファー型の剣ごとハングの肉体を斬り裂いた。

 

「が・・・あ・・・」

 

僅かな呻きだけを口から漏れていくと共にハングの体の輪郭が崩れていき、やがてその体は水風船が割れた後の様に水溜まりとなって石畳の上に広がった。

 

「けっ。つまらねぇ・・・これで終ぇかよ」

 

失望を隠そうとせずに吐き捨て、剣八はハングを斬り裂いた刀を軽く振るって、刀身に付いた液体を落とす。

 

だが、その液体が地に落ちた瞬間。液体は石畳に染み込まず、まるで意志を持っているかの様に先程までハングだった水溜まりに向かって移動し、やがて一つとなる。

 

「剣ちゃ~ん。このお水面白いよ!」

 

「あぁ?」

 

近くの塀に飛び移っていた草鹿やちるがそれを指摘し、剣八が視線を水溜まりに向けた。

その時――

 

ザザァァッ!

 

水溜まりの水が突然盛り上がり、その水はまるで先程の映像を逆再生するかの様に見覚えのある輪郭を帯びていく。

 

そして水が形を作っていき、色が付いていった後には――

 

「ヘヘヘヘ・・・」

 

その体に傷一つ付いていないハングが下卑た笑いを上げて立っていた。

 

液状化

 

人ならざる力を持つヴァンデルの中でも水の冥力使い手のみが持つ一際異彩な能力である。

 

そしてこの能力は剣八にとって最悪の相性ともいえる能力ともいえた。

 

剣八は死神の戦闘法である斬術・鬼道・歩法・白打の四つの中で斬術のみを・・・否。極限まで高められた戦闘本能と野生の直感を武器に剣を振るう死神である。

 

攻撃手段が斬魄刀による斬撃のみの剣八と、物理攻撃を完璧に無効化してしまう能力を持つハング。

 

剣八が不利なのは火を見るよりも明らかだ。

 

こういった状況の場合、普通は自らの斬魄刀の能力や使える鬼道等を駆使して策を練り、状況を打破しようとするだろう。

 

だが先程も述べたように剣八は本能と直感で戦う死神である為、そういった戦い方は不得手・・・というより、そういった考えを最初から放棄してしまうのだ。

 

現に第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガとの戦いでは、解放形態となり増えた腕の対処を考えてはいたが、最終的には考えを放棄して『腕を全部斬ればよし』という結論づけで終わっている。

 

唯一策を練ったといえる戦いといえるのは、東仙要の卍解。鈴虫終式閻魔蟋蟀の中にいた時位だろう。

 

尤も。わざと相手の斬撃をその身で受け、その瞬間を狙って相手の腕を掴んで捉えるなど、一般的な死神ならば考え付きはしても絶対に実行に移そうとは思わない策といえるだろうが・・・。

 

閑話休題

 

ともかく、そんな決定的に相性の悪いハングを前にしても、剣八は――

 

「まだくたばってなかったのか・・・丁度良い!物足りなかった所だ!」

 

歯を剥き出しにして笑みを浮かべ、ハングに斬りつけた。

 

液状化の能力でダメージが無いのも委細構わず、斬撃の嵐を浴びせ続ける。

 

「効かないって言ってるだろ~!いい加減にするんだぞ~!」

 

如何にダメージが無いとはいえ、好き勝手に斬られて愉快な道理は無く、ハングが吠えて水流を放つ。

 

「はっはぁっ!!」

 

だが剣八は放たれる水流を全て躱し、歪んだ喜色満面の顔で哄笑を響かせて更に斬撃のスピードを上げて斬りつける。

 

高まる感情に呼応する様に上がっていく霊圧によって斬撃の威力は増してはいたが、その刃も液状化したハングの体を通過するだけであった。

 

しかし剣八はそれがどうしたとばかりに更にスピードを上げ、霊圧を高めて刃を振るう。

 

高まる霊圧は留まる事を知らず、肌をチリチリと焦がす程に辺りの大気が灼け始め、常軌を逸した速度で何度も振るわれる刃の閃きが、光の線を幾重にも重ねていく。

 

「だぁ~っ!だから効かねぇって言ってるだろ!いい加減にするんだぞぉ~!!」

 

鬱陶しくなったハングの振るった拳を避ける為に、剣八は一旦後ろに跳んで間合いを開けた後に不満を隠そうともせずに吐き捨てる。

 

「けっ!なんだよ。全然斬れねぇじゃねぇか」

 

「剣ちゃん剣ちゃん」

 

「なんだよ?」

 

「後ろ後ろ」

 

「あ゛?」

 

塀の上に立つやちるの指差す場所。己の背後を振り返ると、其処にはワニの様な口と尻尾を持ち、馬の様な外見のその身に青い炎を纏うモンスター。青炎馬が石畳を蹴って蹄を鳴らし、剣八を目掛けて突進していた。

「・・・ったく」

 

だが剣八はまるで身に纏っている炎など無いかの様に、平然と突進してきた青炎馬の首を刀の持っていない方の手で鷲掴みにし――

 

「邪魔だあ!!」

 

ハングに向けてぶん投げた。

 

「なぁっ!」

 

まさか自らの方に投げてくるとは思いもしなかったらしく、文字通り飛んできた青炎馬をハングは驚愕に顔を染めて危なげながらもなんとか避ける。

 

「あ?」

 

剣八はそのハングの行動に不審に感じ、ハングと先程投げた青炎馬(消えていない所を見る限り、まだ生きているようだ)を交互に見た後に歯を剥き出しにした笑みを浮かべ――

 

ダンッ!

 

地響きが聞こえると錯覚する程に一気に地を蹴り、再びハングに接近し――

 

「はあっ!!」

 

名も無き斬魄刀を携えた右手を振るう。

 

だがその一閃も、液状化したハングの体を通るのみに終わる。

 

「だ~から効かねぇって言っ・・・がああああっ!!」

 

ハングの余裕を含んだ言葉は、すぐに苦悶の絶叫へと変わった。

 

「へっ・・・やっぱりか」

 

剣八は歪めた笑みを浮かべて、間髪入れずに振るった左手に握られた『それ』に視線を向ける。

 

剣八の視線の先。其処には先程ハングの方にぶん投げて気を失っている青炎馬の姿だった。

 

剣八は間合いを詰めて剣を振るうと同時に気を失っている青炎馬の脚を握り締め、液状化したハングに叩き込んだのだ。

 

先程も述べたが、青炎馬は常に青い炎を身に纏っている為、その肉体は高温となっている。

そんな高温の塊を液体に叩き付ければどうなるか。答えは既にハングの身に起こっていた。

 

ジュウウゥゥ!

 

青炎馬の高温の体が液状化したハングの身体を蒸発していく。

 

「こ・・・のおっ!!」

 

ハングは自らの蒸発を防ぐべく液状化を解き、後ろに跳んで距離を開けようとするが、それよりも速く剣八は斬魄刀を一閃させ、実体となったハングの腹部を切り裂いた。

 

「があ゛あ゛あ゛っ!!」

 

「やっとてめぇを斬れたなぁ!」

 

ハングの叫びと剣八の狂喜の咆哮が重なる。

 

自らの体が斬られるという想定外の事態に、ハングは反射的に液状化の能力を使って斬られた部分を回復させようとした。

 

だがその行動は悪手以外の何物でもなかった。

 

ジュウウゥゥ!!

 

ハングが液状化した瞬間に叩き付けた青炎馬がハングの体を更に蒸発させていく。

 

「ア゛ア゛ァァァ・・・」

 

自らの失策に気付いた時には遅く、ハングの体は既に水蒸気となっていた。

 

「けっ・・・一回斬れただけかよ」

 

朦々と立つ蒸気に吐き捨て、剣八は手に持っていた青炎馬を投げ捨てた後に辺りのモンスター達を掃討しつつある隊士達に声を張り上げた。

 

「隊を後ろに下げろ!後は俺一人でやる!」

 

「「「はっ(はい)!!」」」

 

下がる隊士達を追ってくるモンスター達に向けて、剣八は自らの周りで漂っている先程までハングだった水蒸気を視線で刺し、吠える。

 

「頼むから・・・こいつみてぇに一振り二振りで終わってくれるなよ!」

 

ダンッ!

 

地響きが鳴る程に強く地を蹴り、一気に間を詰めようとした――が、剣八の足が突然止まり棒立ちとなってしまう。

 

「隊長!」

 

「どうしたんですか!?」

 

突如として起こった剣八の異変に、隊士達が駆け寄って身を案じる。

 

だが剣八はその言葉に返す事無く、携えた斬魄刀を振るった。

 

 

 

モンスター達のいる前方ではなく―――

 

 

 

『横』に!

 

ザンッ!

 

「ぐあぁぁあぁっ!」

 

その身を斬り裂かれ、駆け寄った隊士の叫び声が上がる。

 

「た、隊ちょ・・・」

 

あまりに突然に起こった出来事に理解が追い付かず、呆然としている駆け寄ってきたもう1人の隊士に、剣八は些少の躊躇いを見せる事も無く返す刀を一閃した。

 

ザシュッ!!

 

「ぎゃあぁぁぁっ!!」

 

「ゲヘヘヘ・・・」

 

隊士の叫び声を聞き、歪んだ笑みを浮かべる剣八の口から、聞き覚えのある薄気味の悪い笑い声が紡がれた。

 

 

                   ☆

 

ギィンッ!

 

「くっ!」

 

予想よりも遥かに重い一撃をまともに受け止め、顔をしかめて呻きを漏らす砕蜂のその右頬には、僅かだが確かな切り傷があった。

 

「ヒャアァ~ハハアァッ!」

 

受け止められた事に欠片程のも見せず、ストローガは狂喜の声を上げて両手の甲から伸びる肉厚の両刃の剣を、受け止めている斬魄刀の刀身に何度も何度も叩き付けた。

 

ギッ!キンッ!ギンッ!

 

斬るというより押し潰すといった類の連撃の一つ一つを受けた後に、砕蜂は連撃の合間の一瞬の隙を突いてストローガの横っ面にカウンターのハイキックを当てるが、何故かダメージでぐらついているストローガに追撃は加えずに瞬歩で後ろに下がって間合いを取った。

 

「へぇ・・・勘が良くなったじゃねぇか」

 

「何度も見せられたからな」

 

ダメージを受けたのに余裕の口調のストローガと、攻撃を当てたにも関わらず苦い顔をして返す砕蜂。

 

状況と様子が一致しない2人。

 

その原因はストローガの両肩に生えているものにあった。

 

なんとストローガの左右の肩には、昆虫の脚を彷彿とさせる『腕』がそれぞれ二本ずつ。計四本生えていたのだ。

 

この『腕』は敵を斬り裂く鋭い刃にも、攻撃を防ぐ盾にもなり、それぞれがストローガの意志で自在に動かす事が可能となっている。

 

つまり腕の一本を使って敵の攻撃を防ぐと同時に、別の腕で攻撃するという攻防一体の動きをする事が出来るのだ。

 

実際に砕蜂の右頬にある切り傷は、ストローガの腕の存在を知らなかった為に接近戦を仕掛け、不意打ちを受けた際に付けられた物だ。

 

ならば先に腕を破壊すれば良いと考える者もいるだろう。

 

実は砕蜂は既にそれを試みたのだが徒労となって終わっていた。

 

なんとストローガは破壊された腕を自らの意志で分離させ、瞬時に新しい腕を生やすことが出来たのだ。

 

砕蜂は知らないのだが、此こそがストローガが『千の腕』の二つ名で呼ばれる所以だった。

体の中に無数の腕が埋め込まれている為、幾ら腕を破壊しても瞬時に新しい腕を生やす事が出来る特殊能力をストローガは持っていた。

 

腕による反撃を警戒し、攻める事に集中できない砕蜂と、その心情を知っているからこそ余裕を表に出しているストローガ。

 

今の2人の状況はこの様にあった。

 

(どうする・・・雀蜂を解放しても、腕以外の場所に当てなければ意味が無い。

雀蜂雷公鞭ならば腕の防御ごと奴を打ち抜けるが、奴の素早さを考えると避けられる可能性が高い。

ならば瞬閧か若しくは・・・)

 

「呑気に考えてる暇なんか無ぇぜっ!」

 

思案に暮れる砕蜂にストローガは肩から生える腕に雷光を纏わせ、一気に電撃を放ってくる。

 

「ちっ!」

 

舌打ちを一つして考えを一旦止め、砕蜂は跳躍して電撃を躱し、大気の霊子を足場にして空に立つ。

 

「・・・丁度良い。試して見るか」

 

砕蜂は呟いた後にチラリと自らの刀を流し見て斬魄刀を解放する。

 

「尽敵螫殺・・・雀蜂」

 

携えた刀が中指部分に長い爪がついた手甲に姿を変える。

 

「ふっ、随分と小さいな。そんな物で戦えるのか」

 

解放した雀蜂を見て鼻で笑うストローガに、砕蜂は何も返さず己の霊圧を高めていき――

 

「卍解・・・」

 

解放する。

 

「参色」

 

ゴウッ!!

 

刹那。砕蜂を中心に霊圧による風が渦を巻き、舞い上がった土埃が砕蜂の姿を覆い隠した。

 

「ちっ・・・鬱陶しいっ!」

 

舞い上がる土煙に苛立ち、ストローガは砕蜂のいた場所に電撃を放つ。

 

そして雷撃によって裂かれた土埃の中から現れた砕蜂は、先程と比べてさほど際立って変わらない出で立ちをしていた。

 

長い爪がついた手甲は消え、一枚一枚に傾斜が付けられた装甲を瓦葺きの屋根の様に折り重ね、蜂の腹部を思わせるデザインとなっている手甲と、野球の捕手が付けているプロテクターを彷彿とさせる同様のデザインの防具を足首から膝まで身に着けた姿となり、ストローガを見下ろしている。

 

「卍解と言っていた様だが・・・あまり変わっていないな」

 

皮肉を込めて言うストローガを受け流し、砕蜂は口の端を緩めた。

 

「気を付けるのだな」

 

「何?」

 

突然の忠告に、ストローガの目が細くなる。

 

「私はこの形態を見出して日が浅くてな。まだ上手く加減が」

 

言葉を切ると同時に砕蜂は瞬歩でストローガに肉薄し――

 

「出来ていない」

 

拳を打ち込んだ。

 

ドンッ!!

 

凄まじい衝撃音と共にストローガの身体は弾丸の様に弾かれ――

 

ドドドドドォンッ!!!

 

瀞霊廷内にある塀を幾つも壊しながら吹き飛んでいった。

 

そして拳を突き出した砕蜂の前方には、ストローガが吹き飛んだ事によって破壊された幾つもの塀が土埃を立てていた。

 

「す・・・凄げぇぇぇっ!!何なんすか隊長!そんな凄いのが「黙れ大前田。まだ終わってはいない」・・・へ?」

 

賞賛を上げて駆け寄る大前田希千代副隊長を砕蜂はストローガの吹き飛んでいった方から視線を外す事無く一言で黙らせる。

 

「ちょ・・・隊長何言ってるんスか!あんな凄い攻撃をモロにくらったんスよ!どー見たって「言っただろう。私はまだこの形態を使いこなせてはいない。それに反射的な行動か偶然かは知らないが、奴は出している全ての腕を盾にして今の一撃を受けた」!!」

 

砕蜂の言葉に大前田の顔色が変わる。

 

その言葉を示すかの様に、土埃の奥からガシャ・・・ガシャと破片を踏みしめる音が徐々に

近付いてきていた。

 

「私に構っている暇があるのなら、周りにいる雑魚共と戯れていろ」

 

「はっ・・・はいぃっ!」

 

砕蜂の見立てが当たっていた事を知り、大前田は一目散に遁走して行った。

 

そして程なくして・・・

 

「・・・やるじゃねぇか女」

 

土埃の中から歩み出たストローガは、ボロボロになった四本の腕と、身体のあちこちに擦過傷ができた状態で、憎悪と怒りを綯い交ぜた声で砕蜂へと投げた。

 

カラン・・・カラカララン

 

軽い音を立てて、ボロボロになった四本の腕が根元から落ち、瞬時に新しい腕が生える。

 

「腕の防御が間に合わなかったら相当やばかったぜ」

 

「別に間に合わなくても、私は良かったのだがな」

 

言葉を交わした後に、ストローガは身構え、砕蜂は一気に地を蹴って接近し、蹴りを一閃する。

 

ドンッ!!!

 

瀞霊廷に再び炸裂音が響いた。

 

 

                  ☆

 

 

――ルキアサイド――

 

ズゥゥ・・・・・・ン!

 

もう幾度目なのか知れぬ程の揺れと瀞霊廷の彼方此方で上下している霊圧を感じ取りながらも、私は足を止める事無く一番隊舎の執務室へと続く廊下を走っていく。

 

浮竹隊長からの指示を受け、私は一直線に一番隊舎へと向かった。

 

途中で射場副隊長と伊勢副隊長の2人と合流はしたのだが、一番隊舎の前で多数のモンスター共に苦戦する隊士達を見て、2人はその場に残り隊舎の中にモンスター共が入らない様足止めをするのを選び、吉波の加勢を私一人に任せたのだ。

 

本音を言えば私も苦戦する隊士達に加勢したかったのだが、射場副隊長の『バウスっちゅう奴と一度直に会っとるのはお前だけじゃ!ワシらも情報は聞いちゃあおるが、実際に見とるか見とらんかで雲泥の差がある!ならここでこいつらの相手するのはワシらが適任や!』という言葉に、私はその場を2人に任せて一番隊舎の中に入り今に至っている。

 

後ろ髪を引かれる思いが無いと言えば嘘になるが、私はその思いを振り払い執務室を目指して駆けていく。

 

ドゴオォォォン!!

 

今までの様に遠い距離で起こったのとは明らかに違う爆音が響き、私の向かう先から来た衝撃波が私の体を貫いた。

 

「・・・っ!」

 

衝撃波をまともに受けて痺れる体を私は気力でねじ伏せ、全速力で執務室へと駆ける。

 

そして――

 

「吉波!!」

 

執務室に着いた私の視界に飛び込んできた光景は、部屋の彼方此方に突き刺さっている武器と十日前とは明らかに違う風貌をしているバウス。そして床に仰向けに倒れて吐血している吉波の姿だった。

 




という訳で、原作キャラの初披露は砕蜂でした。

因みにオリジナル解放形態が出来る原作キャラは砕蜂の他にもう一人います。

勿論近い内に披露するつもりなのでどうぞお楽しみに。

さて、次回から再び主人公側の戦いへと移ります。

次こそは一ヶ月を切れるように気合を込めて頑張ろうと思います!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話

何故か最近小説を書くのが億劫になってきました。

スランプかなぁ・・・。

でも折角ここまで書いたので、やっぱり書き切りたいなぁとは思っています。

ではどうぞ。


――三人称サイド――

 

「よぉ・・・来たのか」

部屋に入り、その光景を見て呆然としてしまっているルキアに、バウスはまるで親しい友人に声をかけるかの様な言葉を紡いだ。

 

「・・・貴様っ!!」

 

「よしな」

 

バウスの声に引き戻されたルキアが自らの斬魄刀の柄に手をかけるが、それを抜くよりも早く放ったバウスの制止がルキアの動きを止めて、視線を倒れている龍一郎に向けた。

 

「テメェじゃ俺には勝てねぇぜ。それに良いのか?そいつを放って置いて?

速く治さねぇと手遅れになるぜ」

 

「・・・っ!」

 

バウスの指摘にルキアはギリッと奥歯が鳴るほどに強く噛み締めて、倒れている龍一郎をチラリと流し見た。

 

かなり手酷くやられたらしく、仰向けに倒れたままで起き上がる素振りを見せようとはしておらず、弱々しくだが呼吸をしている所を見る限り、意識の有無の判別は出来ないが、死んではいない事は確かな様だった。

 

だが時折苦しげに咳と共に血を吐き出し、徐々に失われていく顔色。か細くなっていく呼吸が龍一郎の命の灯火が消えかけている事を如実に物語っていた。

 

「俺も色々とやる事がある。テメェが俺に手を出さねぇのなら、俺は何もせずにこの場を去るぜ」

 

悪魔との契約を思わせるバウスの『取引』にルキアの心は揺れ動き、それを表すかの様に斬魄刀の柄を握る手が細かく震え、カタカタと刀が音を立てる。

 

「どうした?迷ってるうちにそいつが死んじまうぜ」

 

「・・・っ!」

 

バウスの言葉に一瞬斬魄刀の握る手に力が込められるが、ルキアは大きく息を吐いて柄を握る手を離した。

 

「いい子だ」

 

バウスはその一言のみを残し、ゆっくりとした足取りでルキアが潜ってきた扉を通り、執務室を後にして行った。

 

「吉波っ!!」

 

バウスが部屋から出たのを確認し、ルキアは龍一郎へと駆け寄る。

 

間近で見ると龍一郎の状態の深刻さは、救護専門である四番隊ではないルキアでも理解できた。

 

体全体につけられた火傷や打撲痕。それに擦過傷が痛々しく見えるが、写輪眼を発動して防御や回避をしていたらしく、外傷は全て浅い所で済んでいる。

 

どうやら体全体。それも特に喉に強烈な爆裂系の攻撃を受けたらしく、全身の中で最も酷い火傷を負っていた。

 

それでも比較的傷が浅く済み、生命活動が辛うじて維持されているのは、ルキアは知らないが攻撃を受ける前に龍一郎が霊圧とチャクラを同時に全力で放出し、瞬間的に防御力を高めたからこそであった。

 

そうしなければ、恐らく龍一郎はルキアが扉を潜ったその時に既に息を引き取っていただろう。

 

だがそれでも、バウスの強烈な攻撃の衝撃は人体急所の一つでもある喉に深刻なダメージを与えていた。

 

それも外ではなく内に。

 

バウスの強烈な衝撃は龍一郎の喉の血管を出血させ、気道に血液が流出していた。

 

このままの状況が続けば、龍一郎血液が龍一郎の肺に入り込み、窒息死してしまうだろう。

 

いや。その前に出血多量で死ぬ方が遥かに早い。

 

ルキアは仰向けになっている龍一郎の喉に手を当て、霊力を流し込み治療を始める。

 

だが血管の傷は予想以上に深く、塞いで治そうとしても隙間から血が漏れ出し、傷口が開いてしまう。

 

「・・・くっ!」

 

ルキアの顔に焦りが浮かぶ。

 

(焦るな・・・冷静に・・・慎重に・・・)

 

自らに言い聞かせ、ルキアは送り込む霊力をコントロールして龍一郎の治療を続けるが、内にある焦りは確実にルキアの手を鈍らせていった。

 

次第に龍一郎の出血は酷くなり、顔色が青から死を思わせる白へと変わっていく。

 

「死ぬな・・・死ぬな吉波!!」

 

治療を続けながら、ルキアは内に呼び掛けようと声を張り上げるが、龍一郎からの反応は無く、ただ張り上げた声のみが執務室に虚しく響いた。

 

だが――

 

「「ルキア(さん)!!!」」

 

その声に応え、ルキアの名を呼ぶ者達が――

 

執務室の外から躍り出た。

 

ルキアが声に反応し、目を向けた先。其処には卍解した姿の黒崎一護と、一護に手を引かれている山田花太郎がいた。

 

 

 

 

――龍一郎サイド――

 

黒い。

 

果てしない黒い闇の空間の中にいる様な感覚を俺は感じていた。

 

浮いているのか沈んでいるのかも分からず、どんなに意識を向けても目を開く事も指一本動かす事も出来ずにいた。

 

(俺は・・・また死んだのか)

 

俺の頭が自然にその結論に達し、最初に沸き上がった感情は――

 

(通用しなかったな・・・何もかも・・・)

 

『悔しさ』だった。

 

自画自賛と言われるかもしれないが、俺はこの十日間で出来うる限りの鍛錬をして己を高めていた。

 

100%とまでは言わないが、少しは手応えもあったつもりだった。

 

しかしその全てをぶつけても、バウスの圧倒的な力を前に全てをねじ伏せられてしまった。

 

クラウンシールドの鉄甲形態でインファイトを挑んでも、バウスの強烈な攻撃を受け止めきれずに体勢を崩され、接近戦に徹する事が出来ずにパワーで押し切られた。

 

ならばと武器をバーニングランスに変え、中距離での戦いに戦法を切り替えたのだが、徒手空拳の格闘戦よりも錬度が低い槍の攻撃に、バウスはすぐさま対応してしまい、簡単に懐に入られるようになってしまい、最後にはランスを手から弾かれてしまった。

 

それならとサイクロンガンナーに変えて徹底的な遠距離戦へと移行したが、弾丸を装填する僅かな隙を突かれて接近を許してしまう。

 

だがその劣勢は俺の策の内だった。

 

その策とは隙を突いて接近してくるバウスに対して瞬時にクラウンシールドの鉄甲形態を纏い、突進してくるバウスにカウンターの一撃を当てた後に間髪入れずに水破爆撃乱舞を叩き込むというものだ。

 

その為に俺はバーニングランス、サイクロンガンナーと武器を変えて、距離を取る攻撃をする事でバウスに懐に入らせるタイミングを覚え込ませていたのだ。

 

だがその策も、バウスの力の前に脆くも打ち砕かれる事となる。

 

カウンターの一撃は綺麗に入れることは成功したのだが、バウスはその後瞬時に崩れた体勢を立て直し、水破爆撃乱舞を繰り出す俺に対して同じ様に両の拳に冥力を集中させ、真正面からぶつけてきたのだ。

 

冥力と天力。

 

相反する力を込めた互いの拳がぶつかり合い、力負けしたのは俺の方だった。

 

込められた力も、純粋な拳打の力も、全てにおいてバウスが上回っていたからだ。

 

そして体勢の崩された俺は間髪入れずに放たれたバウスの連打を受け、最後に腕をクロスさせた状態で首を掴まれ、そこから一気に冥力を解放された事によって起こる強烈な爆撃を叩き込まれた。

 

 

ハウリングドプレッシャー

 

両の拳に冥力を込めて連打した後に腕をクロスさせて俺の首を掴み、止めに一気に冥力を解放して強烈な爆撃を叩き込む技で、各々のヴァンデルが自らの力を磨き作り上げた最強の技である『魔奥義』と呼ばれる類の技だ。

 

そしてバウスが原作の主人公であるビィトとの最終決戦時に使い、ビィトに大ダメージを与えた技でもある。

 

無論俺はその技の存在を知っていた。

 

だからこそ最後の爆撃を炸裂させる為に冥力を込める一瞬の溜めの時間の間にチャクラと霊圧を全力で解放し、防御したのだ。

 

それでも防ぎきれずに甚大な被害を受けてしまったのは、俺の未熟さが招いた結果だ。

 

――ぬな――波――

 

・・・?

 

どこか聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、俺はその声の主を思い出すのも億劫になる程に微睡み始めていた。

 

周りにある闇の気配も、どこか強くなっている様な気がする。

 

そして微睡みも段々と強くなって・・・

 

―――吉波!!―――

 

『!!』

 

今度ははっきりと聞こえた声。

 

俺はその声に引き戻されるかの様に上へと浮かんでいく確かな感覚を感じ、先程まであれ程強かった微睡みも、まるであの声に吹き飛ばされたのかと感じる程に無くなっていた。

 

そしてどんなに意識を向けても動かす事の出来なかった指に再度を動かしてみると――

 

ピクリ

 

確かに動く感覚が伝わり、今度はゆっくりと瞼を開けていく。

 

意志に従い開かれていく瞼の間から、差し込んでくる光に一瞬目が眩む。

 

そして光に慣れた俺の視界に入ってきたのは、俺の喉に手を当てている花太郎さんとルキアさん。そしてほっとした表情で俺を見下ろしている一護さんの姿だった。

 

 

 

――一護サイド――

 

「あ・・・」

 

「喋るな。傷が開くぞ」

 

意識を取り戻して口を開こうとする吉波をルキアが制して口を閉じさせるが、吉波は『なんでこの場に?』と言っているような視線で俺と花太郎を見ていた。

 

「しかし一護。何故ソウルソサエティに来たのだ?空倉町はどうした?」

 

吉波の治療する手を止めないままでルキアが聞いてきた。

 

吉波もルキアの疑問について気になるらしく、俺の方に視線を向けている。

 

「あぁ~。そういえばまだ話していなかったな」

 

吉波の治療を優先して未だに事情を話していなかった事を思い出し、俺は後頭部を軽く掻いた後に口を開く。

 

「吉波の相棒のエルフリーデから心話で連絡があったんだよ。吉波が危ない感じがするから、救援に行って欲しいってな」

 

俺の言葉にルキアは「そうか・・・彼女が・・・」と納得の様子で頷き、吉波は自分の相棒が関わっていたのが意外だったのか、目を見開いて驚いている。

 

「しかしどうやってソウルソサエティに来たのだ?穿界門が開いたという報告は無かった筈だ」

 

「もしもの時の為に浦原さんに転移符を渡していたのを教えて貰ったからな。急いで浦原商店に行って転移符を使って来たんだ」

 

転移符の使い方を知っているのが俺だけだから、多分それが俺にだけ心話を繋げた理由じゃねぇのか?と続けるとルキアは「では、何故花太郎と一緒にいたのだ?」と言ってきたが、それに答えたのは花太郎だった。

 

「あ、それは総隊長から遊撃隊を募った時に、治療要因として僕が立候補したんです。でも誰とも合流出来なかったので、一人で向かっていたんです。その途中で・・・」

 

「この場に向かう一護と出会い、共に行く事になった・・・という訳か」

 

「はい。・・・あ、吉波さん。もう大丈夫ですよ」

 

事情を察したルキアに苦笑して頷き、花太郎は吉波の喉に当てていた手を離して「まだ治したばかりなので、あまり叫ばないで下さい。傷が開いちゃいますので」と注意する。

 

「あ・・・有り難う御座います。花太郎さん」

 

まだ微妙に掠れた声で花太郎に礼を言う吉波に、俺は問いを投げた。

 

「で、一体何があったんだ?」

 

俺の問いに一瞬顔をしかめながらも、吉波は自らの身に起こった事を時折咳き込み、声を掠れさせながらも語った。

 

「そうか・・・奴の姿が以前とは違っていたのはそういう事だったか」

 

この中で吉波を除いて、唯一強化したバウスの姿を見ているルキアが険しい顔をする。

 

「で、バウスの奴は一体何処に行ったんだ?」

 

「おそらく鬼道砲の所へと向かって「いえ。違います」吉波?」

 

俺に答えるルキアを遮った吉波に、俺を含む全員が怪訝な顔をして吉波を見る。

 

「奴は瀞霊廷の中心部へ向かっています」

 

「中心部に?・・・そうか。結界を形成する媒体を破壊する為か。しかし吉波、何故それが分かった?」

 

「奴の冥力を感じ取って、移動する方向から予測したんです」

 

「じゃあお前は、あいつの居場所が分かるのか?」

 

ルキアとの会話に割り込んだ俺に吉波は「大体ですけど」と言ってコクリと頷いた。

 

ならばやる事は一つだと、俺は胸の前で自分の掌に拳を打ち込んで気合いを入れる。

 

「うっし、吉波。治ったばっかりで悪ぃけど案内してくれ」

 

「大丈夫です。花太郎さんのお蔭でもう動け・・・あ、あれ?」

 

俺に応えて立ち上がろうとした吉波は、まるで産まれたばかりの小鹿の様に転んでしまった。

 

「吉波!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

突然の事態に思わずといった感じで声をかけるルキアと花太郎に、吉波は「大丈夫です」と返して再び立ち上がろうとするが、その足はまるで立つのを拒絶するかの様にカタカタと震えだしていた。

 

吉波はその震えを押さえつけるように手を当てるが足の震えは治まらず、寧ろ振幅の幅が大きくなっていく。

 

「あ・・・あれ」

 

自らの身に起こった事が理解出来ていないのか、吉波は戸惑いを露わにする。

 

そんな吉波の姿を見て、俺はその原因を何となくだが察した。

 

吉波は立ち上がらないのではなく、先の戦いで折れた心と身体がバウスと戦うのを拒絶して、立ち上がれないのだということを。

 

何故なら吉波のその姿は嘗ての俺と重なって見えたからだ。

 

断界で最後の月牙天衝を体得する前に、藍染の圧倒的な力を前にして心が圧し潰されていたあの時の俺に。

 

あの時の俺は親父が叱り飛ばしてくれたから、折れかけていた心を取り戻せた。

 

それなら今度は、俺が此奴の心を取り戻させる。

 

そう思い、俺は震えている吉波の胸倉を掴んだ。

 

「「一護(さん)!?」」

 

ルキアと花太郎が非難と驚愕を綯い交ぜて俺の名を叫ぶが、俺は無視して吉波に目を向ける。

 

「そんなんでまた後悔するのかよ!」

 

「・・・え?」

 

「お前は浦原商店で言ったじゃねぇか!『後悔したくなかった』って!だから戦う事を選んだんだろ!」

 

未だに胸倉を掴まれた事による動揺から脱していない吉波に、俺は続ける。

 

「お前にどういった事情があってそういう決意を持ったのか俺は知らねぇ!けどなぁ!そう思う位に後悔した事があるんだろ!」

 

「・・・!」

 

俺の言葉に吉波が目を見開いて反応する。

 

「ここで動かなくってどうすんだよ!また後悔するのかよ!!」

 

「・・・」

 

黙して俯く吉波に俺が胸倉を掴んでいた手を離すと、はっと我に返った花太郎が「一護さん!傷が開いちゃったらどうするんですか!」と強い口調で責めてきた。

 

そう言われると確かに、病み上がりの奴の胸倉を掴むのは流石に拙かったかと思い、俺は吉波に頭を下げて「すまねぇ」と謝った。

 

だがルキアは胸倉を掴み上げてでも俺がしたかった事が分かったのか、何も言わずに苦笑していた。

 

そして花太郎に謝っていた俺の肩に軽く手が置かれる感触を感じて振り返ると、其処にはさっきまで震えていた吉波が立ち上がって、俺の肩に手を当てていた。

 

「一護さん・・・有り難う御座います」

 

礼を言う吉波の目には、震えていた時には無かった『光』があった。

 

「行くぜ」

 

「はい」

 

たった一言の会話。其れだけで充分だった。

 

吉波は屈んで地に片手を付け、吠える。

 

「吉波龍一郎の名において命ず!出でよ走鱗(ツォウリン)!!」

 

吉波の手の付いていた地面が光り出し、スケボー位の大きさをした魚の鱗を彷彿とさせる形の生き物が現れる。

 

「な、なんですか!それはぁっ!?」

 

「これですか?これは獸魔術という、一種の召還術です。

こいつは走鱗といって、召還者を載せて移動してくれる移動系の獸魔です」

 

吉波はその生き物の上にスケボーに乗る感覚で躊躇い無く乗り込み、パニックになっている花太郎に説明する。

 

ルキアはルキアで「一体貴様は幾つ能力を持っておるのだ」と呆れと諦めを綯い交ぜにした顔をしていた。

 

「行きましょう一護さん。案内します」

 

「おう。いくぜルキア。花太郎」

 

俺は吉波に応えて頷き、ルキアと花太郎に呼び掛けるが、2人は黙って首を左右に振った。

 

「すまぬが一護。私と花太郎はこの場に残って下に向かおうと思う」

 

「下で戦っている人達にも治療をしなくてはいけませんし・・・」

 

「それに奴と相対して分かったが、今のバウス相手では私では足手纏いだ。貴様と吉波の2人でぶつかった方が勝率が高い」

 

そう言うルキアの顔には悔しさと歯痒さがあった。

 

だがそれらを全て飲み込んで託してくれた想いを受け止め、俺は深く頷き吉波に顔を向ける。

 

「行くぞ、吉波!」

 

「はい!」

 

吉波もルキアの想いを受け止めたらしく、顔を引き締めて応え、鱗型の生き物を走らせる。

 

そして俺はその後を追い、地を蹴った。

 




この話の一護が主人公を叱咤するのは、割と始めの方から考えていて、絶対に書きたいと思っていたワンシーンです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話

お気に入り件数110件到達です。

読者の皆さん有難う御座います!



 

――三人称サイド――

 

ズシャッ・・・ズシャッ・・・

 

人とも死神とも明らかに違う足音を通路全体に響かせ、バウスは歩を進めていた。

 

「・・・近いな」

 

己の根源たる力と相反する力の存在を自らの肌で感じ取り、声を漏らす。

 

暗い廊下の向こうから射し込む光の先へと視線を向け、バウスは其処へ向かい歩き出す。

 

そして光の先へと出たバウスの視界に入ってきたのは、以前入った技術開発局の研究棟とは違い、眩いばかりの光に溢れた広いドーム状の空間だった。

 

その場所が瀞霊廷の中心部であることを証明するかの様に、空間の四方八方にはそれぞれの場所に赴けるように通路の入り口が設けられており、天井に張られているステンドグラスを思わせる色彩豊かなガラスが、瀞霊廷の上空に浮かぶ太陽の光を受け、空間全体に光を届けている。

 

「・・・此処か」

 

差し込んでくる光に目を細め、この空間内に天力の源があることを肌で感じ取ったバウスは、掌を開いた右手を掲げて冥力を集中させる。

 

すると右掌の中心から禍々しい紫色をした球体が現れ、その大きさを見る見るうちに増大させていく。

 

やがて最初に現れた時はビー玉程の大きさだったそれは、運動会で用いられる大玉程の大きさまででその成長を止め、そこからゆっくりと宙に浮かび上がっていった。

 

「この辺り一帯を吹っ飛ばすのなら、この位だな」

 

誰に聞かせる訳でもない絶望へと誘う言葉を紡ぎ、バウスは掲げた右手の親指と中指を合わせて『溜め』を作る。

 

その仕草の一つ一つが、媒体が破壊され、瀞霊廷を混乱へと追い落とすカウントダウンに思えた。

 

そしてバウスは『溜め』を解放し、宙に浮いた冥力球を爆裂させるべくパキンと指を鳴らす。

 

――――よりも速く、一つの黒い影が幾つもある通路の一つの向こうから飛び出し、バウスの浮かべた冥力球へと疾る。

 

「おおおぉぉぉっ!!」

 

その黒い影。黒崎一護は目前に捉えた冥力球に向けて、天鎖斬月を大上段に振り上げて一気に振り下ろす。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

一護の渾身の一撃によって冥力球は両断され、大気に霧散する。

 

「なっ!」

 

突然の一護の登場に、バウスの顔に動揺の色が浮かぶ。

 

「ああぁぁぁっ!!」

 

その隙を突き、一護の後から通路の奥より飛び出した龍一郎が雄叫びを上げ、携えたエクセリオンブレードを袈裟斬りに振り下ろす。

 

ガッ!!

 

響いたのは刃が肉を切り裂くのとは明らかに違う音。

 

「くっ・・・」

 

振り下ろした翼の刀身の行方を見て、龍一郎は唇を噛んで悔やむ。

 

龍一郎の視線の先。其処にはエクセリオンブレードの刀身を拳の甲で受け止めているバウスの姿があった。

 

バウスは動揺の中にありながらも咄嗟に拳の甲に己の冥力を集中させ、龍一郎の一閃を防御したのだ。

 

「残念だったな」

 

挑発ともとれるバウスの憐れみの言葉に、龍一郎は何も返さぬままで後ろに跳んで距離を置く。

 

その隣に冥力球を破壊した一護も降り立ち、二人はバウスに向けて剣を構えた。

 

 

――龍一郎サイド――

 

(・・・浅いけど、一応傷は付けられたか)

 

距離を開けて間合いを取り、先程俺の一撃を受け止めて傷付いた手の甲にチラリと視線を向け、俺は冷静に状況を整理する。

 

(力勝負は論外。となるとやっぱり一護さんとのコンビネーションとスピードで攪乱するしかないか。基本はヒットアンドアウェイだな。それにはまず・・・)

 

俺は基本方針を固めて写輪眼を発動し、他の才牙に持ち替えずにエクセリオンブレードを構える。

 

スピードタイプである一護さんにある程度でも付いて行く為のスタイルだ。

 

そのスタイルを見て意図を悟ったらしく、一護さんは俺に小さく頷いて天鎖斬月の切っ先を左下に下げた下段の構えを取る。

 

奴と対峙した事で先程の戦いで心に植え付けられた恐怖が、自然と呼吸を荒くしていく。

 

だが俺はその恐怖を無理矢理押さえつけ、逸らしたくなる視線をバウスに向けて、意識して呼吸を整える。

 

「一つ聞きたい」

 

不意にバウスの口から出た問いに、俺と一護さんの動きが一瞬強張る。

 

「何故お前は俺に立ち向かってくる?俺との力の差はさっきの戦いで嫌という程分かった筈だ」

 

視線を俺に向けて問い掛けるバウスに、俺は頷いて返す。

 

「確かに。正直こうやって向かい合っているだけで怖くて震えがくるし、逃げたい気持ちで一杯だ」

 

自らの内にある恐怖を隠さずに吐露し、僅かに間を置いた後にエクセリオンブレードの切っ先を向けて「だがな」と続ける。

 

「今この場で逃げ出せば、俺は後で絶対に後悔する事になる。そんな想いはもう二度としたくねぇ!」

 

吠える俺に、バウスは驚いたかのように一瞬目を見開いたが、すぐにそれを苦笑に変えて、どこか懐かしそうに「そうか」と呟く。

 

「それで今度こそ死ぬ事になってもか?」

 

その問いに、俺は奴の目を真っ直ぐに見据えて無言で正眼の構えをする事で答え、一護さんは脚に力を込め、いつでも切り込める体勢を作る。

 

そんな俺達を見てバウスは右足を前に出し、左足を後ろに下げた右半身になり、右手を前に出して掌を上にしたブ○ース・○ー式の手招きをした。

 

「いいぜ。来な」

 

ダンッ!!

 

バウスの言葉を合図に俺と一護さんは同時に地を蹴って別々に行動する。

 

俺は天高く跳躍し、一護さんは手招きをする事で存在するバウスの右斜め前方にある死角の中に瞬歩で入り込み、右に切り上げる。

 

ガツンッ!

 

完全に死角の内から放った一撃を、バウスは伸ばした腕を折り曲げ、肘で刀身の腹を叩き落とす事で迎撃した。

 

だがそれは予想の内。一護さんの攻撃に対処し、俺に対する意識が緩む一瞬の隙を狙い、俺は落下の勢いを乗せた大上段の斬撃を一閃する。

 

しかしそのバウスも俺の一閃に対し、左の拳腰だめに構えて迎撃の体勢をとる。

 

が。それも俺の想定通り。

 

俺は写輪眼でバウスの振るう拳の軌道を見切り、その軌道にぶつからない場所。つまりバウスの眼前にある空間に刃を振り下ろした。

 

当然一閃はバウスに届かずにただ空を切るのみに終わる。

 

そう。『刀身』は。

 

「がっ!」

 

バウスの苦悶の呻きがドーム状の空間に響く。

 

狙い違わず。刃の軌跡に添って放たれた光の天力を宿した斬撃の波動は、斬撃を迎え撃つ為に放った拳を空振りさせ無防備になったバウスにまともに入った。

 

「はあっ!」

 

防御する暇も与えずに至近距離で放たれた光刃に押されるバウスに、一護さんが裂帛の気合いと共に追撃で月牙天衝を放つ。 光刃と黒刃が十字を描き、バウスを更に押しやっていく。

 

しかしバウスは足に力を込めて地を踏みしめて二つの刃を留め――

 

「があぁぁっ!!」

 

冥力を込めた渾身の咆哮で弾き散らす。

 

だがそれも此方の想定内。

 

俺と一護さんは渾身のほうこうを上げた事で隙のできたバウスの懐に瞬歩で潜り込み――

 

ザンッ!!

 

それぞれが左右に切り上げた強烈な斬撃をその身に受け、バウスはその巨大を浮かせた後に地響きを立てて大の字に倒れた。

 

だが俺も一護さんも気を緩めずに倒れているバウスに剣を構える。

 

「・・・立てよ」

 

「・・・ふっ」

 

低く静かに威圧する様に言う俺に、倒れているバウスは口の端を緩めて、先程受けた斬撃な

ど何事もなかったかの様に立ち上がった。

 

だがその腹部には白と黒の斬撃痕が刻まれ、俺達二人の攻撃が確かに当たっていた事を証明していた。

 

「痛ぇなぁ。えぇおい」

 

文面だけを見れば怒り狂っている様に聞こえるその言葉を、バウスは穏やかな口調で言った。

 

「どこがだよ?すぐに治せるんだろ」

 

確信を持って言う俺に、バウスは「まぁな」と軽く肯定し、腹部にあるその傷を労るようにゆっくりと撫でる。

 

すると、まるでチョークによって黒板に書かれた文字を黒板消しで消していくかの様に、腹部にある白と黒の斬撃痕が消えていった。

 

「なっ!」

 

それを目の当たりにして一護さんは動揺の声を漏らすが、俺は原作でバウスがエクセリオンブレードによって受けた傷を軽く撫でるだけで癒やす光景を見たことがあったので、大して驚きはしなかった。

 

「テメェら中々やるじゃねぇか」

 

そう言って再び右半身に構えるバウスを見て、俺はエクセリオンブレードを握る手に力を込める。

 

そんな緊張感を高めていく俺を見て我に返ったのか、動揺から脱した一護さんも天鎖斬月を構えて集中力を上げて常にバウスが視界の中心に入るようにを見据える。

 

「今度はこっちから行くぜ」

 

そう言うと同時にバウスは地を蹴って俺達二人に肉薄し、薙払うような左のフックを俺に振るう。

 

俺は斧を思わせるそのフックの軌道を写輪眼で見切り、バックステップをしてギリギリで躱す。

 

拳が空を切り裂き、巻き起こる風が俺の髪を揺らし、肌を撫でる。

 

「はあっ!」

 

バウスが俺に攻撃してきた事によって必然的に出来る隙を突き、一護さんが裂帛の気合いと共に天鎖斬月を逆袈裟に振り下ろす。

 

だがそれを予め予測していたのか、バウスは素早く右手の甲に冥力を込め、一護さんの一撃を防御した。

 

ギィンッ!と独特な金属音がドーム状の空間に響き渡る。

 

ならばと俺はバウスが意識を向けている所とは逆の場所。つまり一護さんと挟撃になる場所に瞬歩で移動し、バウスの背を袈裟斬りに斬りつける。

 

――が

 

ドスッ!

 

「がはっ!」

 

まるで俺がそういう行動に出るのが分かっていたかの様に放たれたバウス後ろ蹴りが俺の鳩尾に綺麗に入り、苦痛の呻きと共に肺から空気が漏れると同時に俺の体が後方へと吹っ飛ばされた。

 

「吉波!」

 

「心配してる場合かよ」

 

思わず俺に声をかけてしまう一護さんにバウスは薙払った左拳を戻して腰溜めに構え、天を突かんばかりの左アッパーを一護さんの腹に見舞った。

 

「があっ!」

 

苦悶の声を吐き出し、一護さんの身体が宙に浮く。

 

だが俺も一護さんも吹っ飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、俺は地に。一護さんは霊子で足場を形成し、其処に足を着けて踏みとどまった後に瞬歩でバウスに接近し、一気に切りかかった。

 

俺はバウスの左半身に。一護さんは右半身に連続で斬りつける。

 

しかしバウスはその全ての斬撃を冥力を込めた両の腕で防御し、受け流す。

 

そして――

 

ギィィンッ!!

 

俺の逆袈裟の一撃を左腕で。一護さんの袈裟斬りの一閃を右腕で受け止めたバウスは――

 

「があぁっ!!」

 

両腕に込められた冥力を解放し、受け止めた二つの刀身を跳ね上げた。

 

その結果。俺と一護さんは両腕を上に上げた所謂『万歳』の状態となってしまう。

 

「なっ・・・」

 

「しまっ・・・」

 

致命的な隙を晒してしまった事に気付いた時には既に遅く、バウスは俺に左手の。一護さんに右手の掌を眼前に向け、即座に冥力球を生み出しその場で爆裂させた。

 

ドゴオォンッ!!

 

轟音が空間を揺るがし、突き出したバウスの掌の前で黒煙が立ち上る。

 

「ふぅ・・・」

 

小さく息を吐いて突き出した手を戻し、バウスはその爆発力を物語る様に立ち上る黒煙を見ていた。

 

確かにこの爆発を防御も出来ない無防備な状態でまともにくらえば、大ダメージは避けられないだろう。

 

そう。『まともに』くらえば。

 

「はあっ!!」

 

「うぉおおっ!!」

 

黒煙の中からバウスの左側面に飛び出してエクセリオンブレードを左に薙ぐ俺と、天高く跳躍して天鎖斬月を振りかぶる一護さんが姿を現す。

 

外傷のない俺達が雄叫びを上げて切りかかるその姿に、バウスの眉がピクリと動く。

 

バシッ・・・ギィンッ!

 

僅かな動揺を表に出しながらも、バウスは冷静に俺の薙払いの一閃を左手の五指で摘み取り、一護さんの振り下ろしの一撃を冥力の込めた右手の甲で受け止めた。

 

「意外だな。まさか二人共あの攻撃を避けるとはな」

 

まるで世話話でもしているかの様な口調で話すバウスに、俺も一護さんも剣を握る力を込めて押し返そうとするが、幾ら力を込めても刀身を止めているその手はびくともしなかった。

 

そんな俺達にバウスは「だが・・・」と続け、俺に視線を向けて口を開く。

 

「どうやらお前は避ける為に代償を支払ったようだな」

 

「・・・何のことだ!?」

 

「惚けるなよ。パワーもスピードも、さっきと比べると段違いに落ちてるぜ」

 

「・・・っ!」

 

バウスの指摘に図星を指された俺は、奥歯をギリッと強く噛んで睨む。

 

実はバウスの言った通り。俺は先程の爆発から逃れる為に少々無茶をしていた。

 

爆発に飲まれる刹那。俺は支配眼(グラスパー・アイ)を発動して周りの動きを超スローにし、霊子の足場を即座に成形。

 

瞬歩を使って後方に下がり、爆発から逃れたのだ。

 

だがそれと引き換えに、己の体の限界を超えたスピードで動いた事による反動が襲い掛かり、身体の彼方此方が痛みと軋みに泣いていた。

 

その為バウスの指摘した通り、先程と比べてパワーもスピードも明らかに減退していた。

勿論俺もそうなる事は覚悟の上で支配眼を使ったのだが、まさか五指で摘まれるだけで止められる程にまで力が落ち込むのは予想外だった。

 

(・・・拙いなこれは)

 

自らの力の減退ぶりに、内心冷や汗が流れる。

 

「うぉおおっ!!」

 

バウスが此方に視線を向けて話していたのを隙と見たのか、一護さんが雄叫びを上げて天鎖斬月を握る手に力を込める。刀身に黒い霊圧が纏われ、徐々にだが冥力が込められた右手が押されはじめていた。

 

「・・・ちっ」

 

流石に拙いと思ったのか、バウスは舌打ちを一つして右手を薙払う様に振るって一護さんを振り払い、距離を離す。

 

その間に俺は五指に挟まれたエクセリオンブレードを引き抜き、一護さんの方に意識を向けているバウスに袈裟斬りに切りかかる。

 

だがその一閃は軽く後ろに下がる事で容易く避けられ、次いで振るった右薙の一閃も仰け反ってあっさりと躱された。

 

「遅くすぎて欠伸が出るぜ」

 

ガッ!

 

「っ!」

 

失望を込めた言葉と共にバウスは一息で間合いを詰め、天を突かんばかりの左のアッパーカットを一閃。

 

その一撃は俺の顎を正確に捉え、身体を浮き上がらせる。

 

更に――

 

ドスッ!!

 

「ぐはっ!」

 

宙に浮いた俺に間髪入れずに右のボディアッパーを鳩尾に叩き込み、肺の中にあった空気を吐き出させる。

 

「吉波っ!!」

 

「うるせぇよ」

 

俺の名を呼び一護さんが地を蹴って駆けつけようとするが、バウスは左腕を振るい冥力の火球を幾つもばらまいて牽制する。

 

一護さんもそれを瞬歩で避けるが、火球自体は避けれても彼方此方で起きる爆発や爆風に足を止められてしまう。

 

そうして一護さんが足を止めている間に――

 

「はあぁぁ・・・」

 

バウスは俺の鳩尾に突き刺さっている拳に冥力を込め――

 

「かあぁっ!!」

 

一気に解放した。

 

ドンッ!!!

 

解放された冥力が火柱の様に空へと向かい一直線に吹き上がり、俺を天へと押し上げる。

 

「―――!!」

 

奇妙な浮遊感と体中に走る痛みに俺は絶叫を上げるが、冥力が吹き上がる轟音に掻き消される。

 

バガアアァァン!!!

 

冥力の奔流によって押し上げられた身体がドーム状の天井をぶち破り、今まで感じていた痛みとはまた違う鋭い痛みが全身に走る。

 

「が・・・あ・・・」

 

口から意味をなさない呻きが漏れ、痛みに意識を保つことも困難となり朦朧となっていく。

そんな俺の耳に――

 

「吉波ぃぃぃっ!!!」

 

俺の名を叫ぶ一護さんの声が辛うじて届いた。

 




はい。という訳で主人公ボッコボコパート2でした。

誤解しないように書きますが、これは作者がそういうのが好きだという訳では無く、今後の展開を考えるとこうした方が良いと思ったからです。

次回は瀞霊廷各門の隊長達の戦いの後編を書こうと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話

申し訳ありません!!(ジャンピング土下座)投稿に一ヶ月以上時間が掛かってしまいました!!

今までは仕事の合間合間で考えて書いていましたが、今月の仕事のあまりの忙しさに合間すら無くなり、休み時間は削られ、休日常に休日出勤という多忙。

おまけにモチベーションも垂直落下し、今までの中で最大級のスランプとなってしまいました。

更に来月はもっと忙しくなるのが容易に予想できるこの状況。

おそらく次回の投稿もかなり遅くなると思いますが、どうか温かい目で見守って下さい(深々)

では、どうぞ。


――三人称サイド――

 

時は再び遡り、龍一郎と一護がバウスの元へと向かっていた頃。

瀞霊廷各所での戦いは更に激しさを増していた。

 

 

「おのれ・・・未だかつて一度も傷付けられた事のない俺の芸術的ボディに、よくも傷を付けやがったな!!」

 

装甲の所々が罅割れながらも立っているアートロンは、自らの肉体を傷付けた相手。朽木白哉に怒りをぶつける。

 

痛々しい姿からは裏腹に、その身体からは激しい怒りによる冥力のオーラが立ち上っていた。

 

「絶対に許さんっ!!」

 

咆哮と共に冥力の風が渦を巻き、アートロンの周囲の彼方此方に竜巻が出現する。

 

「死ねぇっ!!」

 

アートロンは怨念を宿した声と共にその竜巻を纏めて白哉に放つが、白哉は冷静に瞬歩でその冥撃を躱す。

 

「・・・愚かな」

 

白哉は怒りのままに動くアートロンに目を細めて侮蔑の呟きを漏らし、スッと右腕を上げた。

 

ザアッ!!

 

刹那。アートロンの足元から幾千もの刃が吹き上がり、アートロンの体を切り裂いていく。

 

「なあぁっ!」

 

「攻撃と防御に分けず、全ての風を我に対する攻撃にのみに使うとは」

 

驚愕の声を上げるアートロンを、白哉はただ冷たく見て言葉を紡ぐ。

 

「怒りが視野を狭めたな」

 

白哉のその言葉が――

 

「調子に乗るのも・・・」

 

アートロンの怒りに更に油を注ぎ――

 

「大概にしやがれえぇぇぇっ!!!」

 

大爆発を引き起こす。

 

ドンッ!!

 

アートロンの怒りに呼応するかの様に爆発的な暴風が主を中心に巨大な竜巻となって吹き荒れ、千本桜の無数の刃の全てを絡め捕る。

 

そして荒れ狂う風はそれのみに留まらず、千本桜の刃を纏った竜巻はそのまま白哉の元に向かって行く。

 

「・・・!」

 

まさか自らの力が自分に返ってくるとは想定していなかったらしく、白哉は軽く目を見開いて動揺を露わにするが、すぐに冷静さを取り戻して自らの刃を操り、竜巻に絡め捕られている千本桜の幾千の刃を風の届く範囲外に遠ざける。

 

だがその判断が巨大な竜巻を回避するのに刹那の遅れを生み――

 

ゴウッ!!

 

風のものとは思えない轟音と共に、白哉の体がまるで軽い蹴鞠の様に上空へと投げ出された。

 

しかし白哉は宙に投げ出されながらも即座に霊子の足場を形成し、竜巻の最上部よりも更に上位に立ち――

 

「破道の五十八・闐嵐」

 

アートロンに鬼道の竜巻を放つ。

 

アートロンの放ったそれと比べると明らかに小さいが、それでも強力な竜巻を上空から叩きつけられる。

 

だがその竜巻に呑み込まれながらも、アートロンは平然と立っていた。

 

「馬鹿め!風使いの俺に風の術が効く訳が無いだろ「承知の上だ」・・・なっ!」

 

仁王立ちにして嘲るアートロンの声を背後から遮ったのは、今鬼道の竜巻を放った筈の白哉だった。

 

「この・・・何時の間に!?」

 

「貴様が闐嵐に気を取られている間だ」

 

「まさか!その為にあの風を!」

 

放たれた鬼道の意図に気付きハッとするアートロンに、白哉は「半分はな」と答えて続ける。

 

「貴様に効かぬのを承知で闐嵐を放ったのは、意識を其方に向けるのと、私が通る『道』を作り出すためだ」

 

「道・・・だと?」

 

「貴様に近付くには、私の動きを阻害する貴様の生み出した竜巻の風を寄せ付けぬ場が必要だった」

 

其処まで言ってようやく白哉の行為の意味に気付いたらしく、アートロンが残りを引き継いだ。

 

「成る程。貴様の風で俺の風が届かない場所を作り出すと同時に俺の意識をその風に向けさせて、その間に貴様が動きを阻害しない場所を通って一気に此処に来たって訳か・・・で?わざわざ此処まで来てどうするつもりだ?」

 

背後を取られているという圧倒的に不利な立場にも関わらず、アートロンは罅割れていながらも己の堅牢な装甲に絶対的な自信があるのか、余裕を見せて問う。

 

対する白哉は無言で斬魄刀をアートロンに振るう事無く、千本桜の力を解放する。

 

アートロンと白哉の周りを千本にも及ぶ刀の葬列が並び、他の者を寄せ付けない隔絶した空間を作り出す。

 

「殲景・千本桜景義」

 

粛々とした白哉の声が空間の中で反響する。

 

「な!何っ!?」

 

突然現れたその空間にアートロンが動揺を露わにする。

 

「安心しろ。この周りを並ぶ千の刃の葬列が貴様を貫く事はない」

 

語りかけながらスッと手を前に出す白哉に応えるかの様に、葬列に並ぶ一本の剣が白哉の元にまで飛翔する。

 

白哉はその剣を取り、切っ先をアートロンに向けた。

 

「貴様は私の手で切って捨てる」

 

その荘厳さすら感じられる白哉の姿にアートロンは呆然としていたが、やがてハッと我に返った後に「フッフッフ」と含み笑いを漏らし始めた。

 

「成る程な。風で飛ばされる数だけの遠距離戦よりも、吹っ飛ばされる心配の無い攻撃力を重視した近接戦に切り替えたって訳か。さっきの風を使って接近してきたのも、この技を発動する為に必要だったという事か」

 

『貴様の考えなどお見通しだ』とでも言う様に自らの推測を語るアートロンに、白哉はただ黙して答えない。

 

それを図星の反応と見たのか、アートロンは朗々と声を張り上げる。

 

「しかし無駄な事だ!いくら攻撃力を重視した形態といえど!たとえ罅割れたこの状態でも俺の芸術的ボディを切り裂く事など出来はしない!

貴様の力など、既に見切ったわ!!」

 

指差し吠えるアートロンに白哉はスウッと目を細めた。

 

「傲るな」

 

静かに返す白哉のその声には、確かな怒りがあった。

 

「私は貴様如きに底を見せ事など一度足りとてない」

 

白哉のその言葉を挑発ととったのか、アートロンは鼻で笑って挑発で返す。

 

「ふっ。ならばその見せていない底とやらで、俺のこの装甲を破ってみせるんだな!」

 

「良かろう。次の一太刀で幕引きだ」

 

白哉は刀を正眼に構え、集中する為に静かに目を閉じた。

 

すると周りを囲む千本の刃が一本また一本と花びらが舞う様に幾千もの刃に戻り、その全ての刃が白哉の握る刀の刀身へと吸い込まれていく。

 

「卍解」

 

そして全ての刃が吸収され、白哉の手に握られた刀は――

 

「弐色」

 

柄も、鍔も、刀身も。全てが薄い桜色の輝きを放つ一振りの斬魄刀となる。

 

「テメェ・・・舐めてんのか?」

 

新たに力を解放した白哉の姿に、アートロンは自らの怒りを抑えつける様に体を小さく震わせて、低く唸る様に問い、吠える。

 

「そんな棒切れみたいな剣一本で、俺の装甲を破れる訳が無ぇだろうが!」

 

怒りに任せて叫ぶアートロンに、白哉は動じず静かに目を開け、足に力を込めて刀を構える。

 

「どうやらテメェは口で言っても分からねぇようだな」

 

怒りと失望を綯い交ぜにして白哉を見て、アートロンは自らの体に冥力の風を纏わせて、その巨体を僅かに浮かせる。

 

「教えてやるぜ・・・テメェのそういうのを傲りっていうんだよ!!」

 

風を纏ったアートロンは巨体に似合わないスピードで白哉に向かい一直線に飛翔して行き、自身の体を砲弾の様に見立てた強烈な体当たりを繰り出す。

 

それに対し白哉は地を蹴って瞬歩で加速し、真正面から迎え撃つ。

 

そして自らの肉体を砲弾としたアートロンのぶちかましと白哉の一閃が交差する。

 

お互いに距離を開けて、背を向けて立つ二人は微動だにせず、外見的に何も変わった様な所は見当たらなかった。

 

そしてそんな二人の内で最初に変化が起きたのは、白哉の方であった。

 

薄い桜色に輝く刀が、空気に溶けるかの様に消えたのだ。

 

「・・・ふっ」

 

それを察したのか、アートロンは背を向けたままで不適に笑う。

 

「言っただろう?俺の装甲は破れねぇってな」

 

自らの勝利を確信したらしく、優越感を交えて語るアートロンに、白哉は無言で目を閉じて口を開く。

 

「一つ言おう」

 

その口調は敗北者の言葉とは思えない程に冷静なものだった。

 

「卍解の解除とは、元の斬魄刀の姿に戻る事を意味する」

 

「何?」

 

白哉の言葉にアートロンが振り返って、輝く刀の握られていた白哉の手を見る。

 

「まさかっ!?」

 

目の前の事実と白哉の発した言葉が頭の中で噛み合い、察したアートロンが声を上げる。

 

そう。白哉の手の内にあった刀は元の斬魄刀に戻った訳ではなく、ただ消えた『だけ』。つまり卍解自体が解除されたのでは無い。

 

では消えた卍解は何処に行ったのか。その答えは直ぐに明らかとなる。

 

アートロンの罅割れた装甲から木漏れ出る薄い桜色の輝きによって。

 

「なっ・・・こ、これは!?」

 

「漸く気付いたか」

 

驚愕の声を上げるアートロンに、白哉が今まで閉じていた目を開いて言葉を紡ぐ。

 

「貴様っ!俺の身体に何をしたあっ!!」

 

「千本桜を貴様の中に入れた。それだけだ」

 

白哉は淡々と答え、続ける。

 

「卍解弐式とは、『殲景』の全ての刃を一つに集め、自らの霊圧で強制的に圧縮させた強力であり不安定な形態。

だが私はその不安定さを逆手に取り、相手の内に千本桜の全てを流し込む事で、内側より斬壊(ざんかい)する技を作り上げた」

 

「き・・・さま・・・」

 

やがて木漏れ出る輝きはアートロンを直視出来ない程に強さを増し辺りを照らしていく。

 

「名を燐景(りんけい)・千本桜景義」

 

「がああぁぁぁぁっ!!」アートロンの断末魔の叫びは――

 

バガアァァァッ!!

 

体の内部から弾ける千本桜の轟音によって掻き消された。

 

「刃と共に散るがよい」

 

白哉の呟きとも取れるその言葉は、霞となって消えていくアートロンと共に大気へと溶け消えていった。

 

千本桜の弾けた刃が、アートロンの死を最後まで見届けるかの様に、全てが消えるその時までひらひらと舞っていた。

 

 

                  ☆

 

「くっ!」

 

放たれる火炎の吐息を翼を羽ばたかせて上昇する事で躱し、日番谷冬獅郎はお返しとばかりに刃を振るい、氷の龍を放つ。

 

だが炎の龍と化したジェラは再び火炎の吐息を吐き出して相殺する。

 

「このままじゃ埒が明かねぇな」

 

一旦距離を離して間合いを取り、冬獅郎は苦い顔をして呟いた。

 

というのも、先程からこの攻防は幾度となく繰り返されていたからだ。

 

ジェラの吐く炎が冬獅郎の氷を溶かし、冬獅郎の放つ氷がジェラの炎を凍てつかせる。

 

完全な拮抗状態へと陥っていた。

 

この様な状況の場合、決着をつける方法は大きく分けて二つ。

 

一つは相手が隙を見せるその時までの根比べとなる持久戦。

 

もう一つは小技で隙を作り出し大技で一気に決める短期決戦だ。

 

だが冬獅郎はそのどちらかを選ぶ必要はなかった。

 

破面No11(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファンとの戦闘でも指摘されていたが、冬獅郎はまだ幼く未完成である為、莫大な霊力を使う卍解を長時間保つ事が出来ない。

 

その為冬獅郎の卍解には氷の花弁という目に見える制限時間が設けられている。

 

無論冬獅郎もその後鍛練を積み、その時よりも卍解は完成に近付いてはいるが、それでも制限時間が存在している以上、冬獅郎の選択肢は短期決戦の一択に限られてしまう。

 

更にいえば、冬獅郎のその選択を後押しする要因が一つあった。

 

それは『切り札』。決まれば確実に相手を倒せる大技の存在。

 

氷天百華葬

 

触れると瞬時に華の様に凍りつく雪を降らせる技で、その華が百輪咲き終える頃には相手の命を消しえている。

 

この技ならば炎を身に纏っているジェラといえど倒す事が出来る。

 

だが、氷天百華葬を発動するには一つ大きな条件があった。

 

それは雲の存在。

 

雪を降らせるには雲の存在が必要不可欠となっていた。

 

本来ならば氷輪丸の基本であり、最も強大な能力である天相従臨を使って雲を呼び、技を発動させるのだが、今の相手でそれをやるのは躊躇いを生んだ。

 

何故ならば氷天百華葬を発動させる為に呼び寄せる雲は天相従臨を用いても少々時間が掛かるのだ。

 

万が一氷天百華葬を発動する前にジェラが雲に気付いて火炎の吐息を吐かれれば、あっという間に散らされてしまう。

 

(・・・それなら)

 

冬獅郎は今までの戦闘で集めた情報を元に考えを巡らせ策を練り、動く。

 

「群鳥氷柱!」

 

まず冬獅郎は氷輪丸を一閃し、ジェラに無数の氷柱を放つ。

 

だがその礫はジェラの吹く火炎の吐息によって、全てが溶けて蒸発していった。

 

だがそれは冬獅郎の予想通り。

 

ジェラが群鳥氷柱に気を取られている隙に、一気に懐に入り込み――

 

「氷竜旋尾!」

 

氷で形成された斬撃を胴体に放ち、凍てつかせる。

 

だが、全身に纏う炎によって一時は胴体を包んでいた氷が見る見る内に溶けていく。

 

更に今の一撃で冬獅郎の姿を見失っていたジェラに、自らの居場所を気付かせる事になってしまった。

 

しかしそれも冬獅郎の策の内。

 

鎌首を曲げて冬獅郎に視線を向けるジェラに、冬獅郎は更なる斬撃を放つ。

 

「氷竜旋尾!絶空!」

 

上部へと放つ氷の斬撃をまともに受け、ジェラの頭部が氷に包まれる。

 

突然遮られた視界と、自由に動けなくなった首に顎。

 

その原因を振り落とそうとジェラは頭部を激しく振り、辺りに氷の欠片を撒き散らす。

 

そして冬獅郎はそんなジェラの動きを冷静に見て、刀の切っ先を頭部に向けて空を走る。

 

「竜霰架!」

 

動きを先読みして放った冬獅郎の刺突が、激しく頭を降っていたジェラの頭部に狙い違わず入り――

 

バンッ!!

 

人型のジェラを閉じ込めたものよりも更に巨大な氷の十字架が、ジェラの頭部を完全に包み込み動きを封じ込める。

 

それを流し目で確認した冬獅郎は翼を羽ばたかせて上空に向けて更に飛翔し、氷輪丸を頭上に掲げた。

 

するとそれを合図としたかの様に、分厚い黒い雲が上空を覆いだす。

 

冬獅郎が氷輪丸の最強の能力である天相従臨を発動させたのだ。

 

「・・・確かにお前はその姿に変わる事で、卍解した俺と拮抗する程の力を手にした」

 

纏っている炎で、自らの動きを封じている氷の十字架を少しずつ溶かしているジェラに、冬

獅郎は聞こえていないと分かっているにも関わらず上空から見下ろして語りかける。

 

「だがそれと引き替えに、お前は理性を捨てた獣と成り果てた」

 

ある程度氷が溶けたのか、我武者羅にもがくジェラに、冬獅郎は哀れむかの様に目を細める。

 

「獣じゃあ俺は焼けねぇぜ」

 

ジェラの真上にある黒い雲に巨大な穴が開かれる。

 

「終わりだ・・・」

 

冬獅郎は掲げていた剣を、静かに振り下ろすのと同時に――

 

「氷天百華葬」

 

開かれた穴からジェラへと雪が降り始め――

 

グオォォォォッ!!

 

氷の束縛を自らの力で脱したジェラが怒りの咆哮を上げる。

 

そしてジェラは、忌々しい氷による拘束をした敵。空に立つ冬獅郎に憎悪と殺意を綯い交ぜにした視線を向けて、火炎の吐息を吐こうと狙いを定めて口を開く。だが――

 

バンッ!

 

「!」

 

鼻先に触れた一つの雪が氷の華となって咲き、ジェラは驚愕に目を見開き動きが止まる。

 

此処にきてジェラは自らの頭上から舞い落ちてくる小さな雪が敵の放った技である事に気付いたが、時既に遅く――

 

ババババンッ!!

 

炎を纏っているにも関わらず、体の彼方此方に氷の華が咲き乱れる。

 

ジェラは体をくねらせてもがく事で氷の華を砕き、上空から降ってくる雪に火炎の吐息を吐こうと口を開く。

 

だがそれは憎悪と怒りによって招いたジェラの過ちだった。

 

バンッ!

 

開いた口は封じられ――

 

ババババンッ!!

 

振り払い砕いた体には、再び氷の華が咲く。

 

そしてジェラが自らの過ちに気付いた時には、既に全身に氷の華が咲き誇っていた。

 

ジェラに出来た唯一の事は、自らの命を絶つ技を放った冬獅郎に憎しみの視線を向けるのみであった。

 

冬獅郎は戦った相手に対する礼儀と、せめてもの弔いを込めてその視線を受け止める。

そして百の氷の華による氷柱が完成した。

 

冬獅郎はその氷の塔に封じられたまるで泣いている様かの様な姿のジェラに対して目を閉じて黙祷の意を込めた後に、背を向けてモンスター達と戦っている部下の元へと翼を羽ばたかせて飛翔していった。

 




はい。前回言った卍解弐式を使うキャラとは白哉の事でした。

これで取り敢えず原作キャラが使う卍解弐式・参式ネタはほとんど使いました。

そう『ほとんど』です。後は禁解のネタが残ってはいるんですが、正直作者は十日で禁解に至るのは拙くないかと今現在一寸思っています。

勿論この話(第一章)で使わずに第二、第三章で・・・という腹案もありますが、読者の皆さんはどう思いますか?

意見をくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話

大変お待たせいたしました。そして申し訳ありません。

どうにか七月中に投稿しようと頑張っていたのですが、様々な原因が重なって八月になってしまいました。

上司の馬鹿ー!なんで残業と休日出勤を当たり前のように言ってくるんだよー!

自分の馬鹿ー!いくらバトライドウォー2が面白いからってなんでIS×仮面ライダーとか何番煎じか分からないのを書こうとしているんだよー!この話を終わらせるのが先だろー!

すいません。取り乱しました。

えぇと・・・では、第三十七話をどうぞ。


――三人称サイド――

 

斑目一角は目の前で起きている事が理解出来ず、只目を見開いてその場で固まっていた。

 

いや。正確に言えば理解はしている。

 

だが、目の前で起こっている事が信じる事が出来なかった。

 

「ゲヘヘヘ・・・」

 

聞き覚えのある下品な含み笑いを漏らしながら剣を振るい、隊士達を斬りつけている更木剣八に・・・いや。

 

この時点で既に一角は、目の前で凶剣を振っているのが、更木剣八であってそうでないという事に、なんとなくだが気付いていた。

 

おそらくは一角だけではなく、周りの隊士達に隊長から離れるように指示を出している綾瀬川弓親や、塀の上から冷めた目で見下ろしている草鹿やちるも気付いている。

 

さっきまで更木剣八と戦っていたヴァンデル・ハングが、その中に入り込んで操っているという事を。

 

――ギリッ!

 

それに気付いた時に一角の中で、無意識に奥歯を強く噛み締める程の激しい怒りが湧き上がった。

 

「くらえぇっ!」

 

逃げ遅れた隊士に向けて袈裟斬りに振り下ろすその刃を、一角は地を蹴り瞬歩を使って刃の前に立ちはだかり、斬魄刀の刀身と鞘を交差させて振り下ろされる刃を受け止めた。

 

ガキィッ!!

 

「・・・ってんじゃねぇ」

 

「あ?」

 

「隊長の体で、んなド素人の剣を振るってんじゃねえって言ってんだよ!!」

 

剣を受け止めたままで、一角は荒ぶる心のままに吠える。

 

「刃筋も立ってねぇ!太刀筋は大雑把!踏み込みも出鱈目!いくらテメェが操っていても、んな素人臭い剣を隊長が振るっているのが俺は我慢ならねぇ!!」

 

「何訳の分からないことを言ってんだぞ~!」

 

剣八・・・否。ハングは剣を振り上げて再度振り下ろすが、一角は半歩動くだけでその一閃を躱す。

「隊長の剣はこんなもんじゃねぇ・・・」

 

変化を付けて今度は横へと薙ぎ払ってくる一閃を、体を僅かに仰け反らせるだけで避ける。

 

「隊長の強さはこんなもんじゃねぇ・・・」

 

そしてまた振り下ろしてくる刃を、一角は右の逆手に持った鞘で受け止め――

 

「俺が下で戦って死のうと望んだ強さを・・・汚すんじゃねぇ!!」

 

怒りの感情と渾身の力を込めて、左に持った剣を逆袈裟に振り下ろした。

 

だが――

 

ガキィッ!!

 

一角のその一撃は隊長を斬るのを刀が拒絶するかの様に、剣八の皮膚に当たる寸前で止まってしまった。

 

「っちぃ!」

 

一角は何が起こったのか瞬時に理解し、舌打ちして後方に跳んで間合いを取った。

 

「へっ・・・やっぱり操られていても隊長の体には違い無ぇか。無意識に霊圧が出てやがる」

 

そう。一角の斬撃を防いだのは、剣八が無意識の内に出している霊圧だった。

 

元々剣八がその身に内包している霊力は、隊長格の中でも群を抜いている。

 

その為無意識の内に出てしまっている霊圧でも、余程の実力者が霊圧を研ぎ澄ませて攻撃でもない限りは簡単に防いでしまうのだ。

 

だが手が無い訳ではない。

 

確かに剣八にダメージを与える事は難しい。だが逆に言えば、実力者が霊圧を研ぎ澄ませて攻撃すれば、それは可能となる。

 

それに一角は立場こそ三席だが、隊長となる必須条件である斬魄刀二段回目の解放形態である卍解を体得している指折りの実力者である。

 

霊圧さえ研ぎ澄ませれば、剣八を斬り裂く事も不可能ではない。

 

だが一角は剣八に斬撃を与える事を早々に排除していた。

 

(隊長の体を斬った所で、あのデブ野郎が隊長の体から出てくる保証は無ぇ。それなら・・・)

 

浮かんだ考えは策というより、一か八かの賭に等しい内容。

 

しかし一角はそんな状況にいても歯を剥き出しにして笑みを浮かべ、剣の柄頭と鞘の鯉口を合わせて己の斬魄刀を解放する。

 

「延びろ!鬼灯丸!!」

 

剣と鞘が合わさり槍の姿に変わった鬼灯丸を刃を下に下げた下段の構えを取り、一角は地を蹴って切り上げの斬撃を放つ。

 

ギィンッ!

 

その一閃は横一文字にした剣八の・・・否。ハングの剣に防がれるが、一角は焦らず柄を分割して鬼灯丸の本来の姿である三節根となる。

 

そして一角は大きく一歩踏み込み、三節に分かれた石突きの部分をハングの左頬に横殴りに殴りつけた。

 

ガッ!

 

殴打されたのと反対側にハングの首が回り、僅かに体勢が崩れる。

 

一角はその隙を逃さず、ハングが持っている剣に三節根を絡ませて一気に引っこ抜く。

 

スポッと擬音を感じる程に鮮やかに抜けた剣は宙を舞い、一角の背後にある塀の壁に深々と突き刺さる。

 

「こっのぉ~!小癪な真似おぉ~!」

 

得物を失い怒ったハングは、懐に入り込んでいる一角に拳を振るう。

 

それは御世辞にも鋭いとはいえない、ただ振るっただけの鈍重な一撃。

 

だが一角は避けようと思えば避けられたその拳打を、敢えて顔面で受け止めた。

 

ゴッ!

 

ハングの拳が一角の頬にめり込み、鈍い音が辺りに響く。

 

だがしかし拳打の一撃をまともに受けながらも、一角は一歩でも動く事はおろか、体勢を崩す事も無くその場に立っていた。

 

「んなパンチが・・・」

 

一角は頬に拳をめり込ませたままで口を開き、剣八の右目に装着している眼帯に手をかけ――

 

「俺に効くかぁ!!」

 

一気に毟り取る。

 

刹那。

 

ドンッ!!!

 

天に向けて一直線に霊圧が吹き上がった。

 

技術開発局によって作られ、剣八の右目に付けられていた眼帯によって封じられていた霊圧の全てが解放され、それによって発生する衝撃波が周りにいた十一番隊士やモンスター達を全て吹き飛ばす。

 

当然至近距離にいた一角も周りと同様に・・・いや。周り以上に大きく吹っ飛ばされた。

 

その中で一人。霊圧の中心で立っているハングは――

 

「グヘヘヘヘ・・・」

 

自らの内から湧き上がってくる力に笑いを止められずにいた。

 

「へへへへ・・・まさかこいつにまだこんな力があるとは思わなかっ『おい』・・・あ?」

 

優越感に浸るハングの声を遮って、内側から聞き覚えのある獰猛さを感じさせる低い声が響く。

 

『俺の体で好き勝手してくれたな』

 

「なぁっ!貴様どうやって!?」

 

声の主の正体に思い至ったハングが驚愕の声を上げる。

 

そう、獰猛な低い声の正体。それは体を乗っ取られている筈の更木剣八の声だった。

 

「貴様の意識は完全に封じ込めた筈だぞ~!何で表面に出て来たんだぞぉ~!」

 

『そんな事俺が知るか』

 

動揺して声を荒げるハングの問いを、剣八がたった一言で一蹴する。

 

動揺していたハングは気付かなかったが、実はこれこそが一角の賭に等しい考えの内容だった。

 

剣八の霊力を封じ込めている眼帯を外して解放し、そのショックでハングを追い出すか、せめて剣八の意識だけでも目覚めさせようと考えたのだ。

 

だが失敗すれば、ハングの力を増すのみに終わってしまう。文字通り一か八かの賭というべき考えだった。

 

だが一角はその賭に勝ち、意識のみではあるが剣八を目覚めさせる事に成功したのであった。

 

『それはそうと、俺の体使って随分と好き勝手してくれたじゃねぇか?』

 

ハングはその声と言葉だけでも、剣八が歯を剥き出しにした凶悪な笑みを浮かべている姿が充分に想像できた。

 

だがハングは不敵に笑って返す。

 

「何を偉そうなこと言ってんだぞぉ~!いくらお前が意識を取り戻したって、俺の操作か

ら逃れた訳じゃねぇ。結局お前は何にも出来ない事には変わり無いんだぞぉ~!」

 

ハングの言葉は完全に正論だった。いくら剣八の意識が戻ったとはいえ、ハングが体を操り動かしている以上、どうする事も出来ないのが実情だった。

 

だがハングの強気な表情は――

 

『そうかよ。じゃあ――』

 

さらりと吐いた剣八の言葉によって――

 

『お前の意識を殺せばいいんだな』

 

凍り付いた。

 

「な、何言って・・・」

 

『お前の意識を殺せば、体は自由になるだろ』

 

動揺に声を震わせるハングに、剣八は淡々と告げる。

 

『さっきは水みてぇになって俺の剣を避けていたが、流石に意識の中まで同じ事は出来無ぇだろうしな』

 

剣八の言葉に応えるかの様に、自らの内側から湧き上がってくる霊圧が更に強くなってきているのを感じ取る。

 

自らの体に起こっての事にも関わらず、自らの意思に全く従わない。

 

ハングは始めて恐怖を覚えた。

 

「待!・・・」

 

『じゃあな』

 

ドンッ!!!

 

更に霊圧が解放された事によって起こった衝撃に砂塵が舞い上がり、轟音によってハングの声が掻き消される。

 

そして舞い上がった砂塵が再び地に舞い降り、視界が晴れたその先には、剣八がただ一人立っているだけだった。

 

「剣ちゃ~ん!!」

 

そんな剣八の肩に、先程まで塀の上に乗ってただ見ていた草鹿やちるが死覇装をたなびかせて飛び乗ってきた。

 

「おっかえり~!」

 

剣八は肩の上に乗ったやちるに流し目を送って「おう」と答え、自らの斬魄刀を取る為に歩を進めた。

 

剣八の後方で吹く風が、まるで誰にも最後を見届けられなかったハングの恨み言であるかの様に、砂塵を軽く舞い上げて剣八の隊首羽織を僅かに汚した。

 

 

                ☆

 

ドンッ!!

 

凄まじい轟音と共にストローガの体が一気に吹っ飛ばされ、塀の壁に叩き付けられる。

 

だが叩き付けられた塀には罅は入っても砕ける事は無く、ストローガは塀にめり込むだけに終わった。

 

「どうした?最初の攻撃より随分と威力が落ちているじゃ無ぇか?」

 

壁にめり込んだ体を抜き、挑発しているかの様に言うストローガの足元に、今の一撃を防御した事でボロボロとなっている肩から生えた『腕』がカランカランと軽い音を立てて落ちる。

 

「その威力の落ちている攻撃に対しても全力で防御している貴様に言われたくないな」

 

落ちた『腕』を流し見てふっと鼻で笑って挑発を返す砕蜂に、ストローガは「俺の体内には無数の腕が埋め込まれている。幾ら砕こうと無駄な事だ」と余裕を崩さない。

 

対して砕蜂は内心舌打ちをして歯噛みしていた。

 

(今の一撃は力を『落としすぎた』な。やはり鍛錬不足は否めないといった所か。それとも参式となっても雀蜂雷公鞭には違いないと納得するべきか・・・)

 

砕蜂は手足に着いた装甲となった己の斬魄刀を流し見る。

 

実は砕蜂の卍解。雀蜂雷公鞭の参式には幾つかの面倒な特性が備わっていた。

 

元々雀蜂雷公鞭は途轍もない破壊力を持つ砲丸を放つ事が出来るが、その破壊力故に砲身は非常に重く。更に砲丸を放つ際に凄まじい反動が使用者に襲い掛かるというハイリスクハイリターンの卍解だ。

 

それは身体に直接纏う事で弐式に比べて扱いやすく、維持時間も長く攻守のバランスがとれている参式にも反映されていた。

 

面倒な特性。それは『高めた己の霊圧によって打撃の威力を調節出来る』事と『装甲の形を成してはいるが、使用者の身体的な防御機能が備わっていない』事だった。

 

つまり前者の特性によって威力を高めれば高める程に、自らの肉体にダメージを与えてしまう諸刃の剣となってしまうのだ。

 

現に卍解参式をして最初の一撃を打ち込んだ砕蜂の拳は、威力が高すぎた為に手の皮が剥けて出血してしまっていた。

 

何故この様になっているのか。勿論理由はある。

 

それは前者の特性によって、高められた霊圧が全て攻撃のエネルギーに回されているからだ。

 

つまり拳を保護する為に霊圧を高めても、その霊圧は卍解参式の特性によって攻撃の力へと回されてしまうのだ。

 

その為砕蜂は『相手にダメージを与える程に強い打撃となる位に霊圧を高めつつ、自らの肉体が傷付かない程度に霊圧を抑えて戦う』という非常に面倒な戦いをしていた。

 

それでも攻撃する際に鎧の下地に使う鋼鉄の帯。『銀条反』を体に巻いて固定しても吹き飛ばされてしまう程の反動を受けてしまう上に、三日に一回の攻撃が限度の壱式に比べれば、かなり増しだとは思うが。

 

「ヒャアッ!」

 

怪鳥の如き叫びを上げて、右手の甲から伸びる肉厚の両刃の剣を叩き付ける様に振り下ろすストローガの斬撃を、砕蜂は軽く跳躍する事で躱す。

 

だがストローガは砕蜂のその動きを読んでいたのか、宙にいる砕蜂に向けて左手の甲から伸びる剣での突きを放つ。

 

しかし砕蜂はその剣の腹の部分に自らの左足をかけて軸とし、ストローガ顔面に右足の蹴りを叩き込んだ。

先代の隠密機動総司令官。四楓院夜一が考案した技。『吊柿(つりがき)』である。

 

ゴッ!

 

重い音を響かせて顔面にクリーンヒットした砕蜂の蹴りはストローガを塀にまで吹っ飛ばし――

 

バガアァァン!!

 

派手な破砕音をたてて塀を破砕させた。

 

(また威力を落としすぎたか)

 

静かに着地した砕蜂が内心舌打ちをするのとほぼ同時に――

 

ガシャァッ!

 

瓦礫の山から這い出したストローガがすっくと立ち上がり、即座に砕蜂を視野に入れる。

 

「元気があって良いねぇ」

 

言葉だけをみれば陽気な人間が言っている様に見えるが、ストローガの声色には明らかな怒気と殺意が込められていた。

 

そんなストローガを横目で見ながら、砕蜂は思案を巡らせていた。

 

(このままの調子で戦っても持久戦となるだけか・・・くっ。せめて装甲と拳の間に緩衝材の様な物でもあれば、気にせずに思い切った攻撃が出来るのだが・・・・・・)

 

「・・・ふぅ」

 

無いもの強請りだと分かってはいるもののついつい求めてしまう己に、砕蜂は吐息を一つ吐いてストローガを見据えて慎重に霊圧を高め――

 

ドッ!

 

一気に地を蹴って瞬歩で一瞬の内に背後に回り、後頭部にハイキックを見舞う。

 

ガッ!

 

だがその一撃は両肩から伸びる四本の腕によって受け止められる。

 

しかしそれは砕蜂の予想の内。

 

ストローガは気付いただろうか?今まで四本の腕によって防御していても衝撃を受け止めきれずに吹き飛ばされていた卍解参式の攻撃を受け止めて、欠片も吹き飛ばされなかったという事に。

 

砕蜂の目的はあくまでも接近。ハイキックの一撃はそれを気取られない様にする為。

そして接近した砕蜂の狙い。それは――

 

「破道の六十三――」

 

防御が間に合わない程の超至近距離からの詠唱破棄の鬼道による攻撃。

 

「雷吼砲!」

 

ドォン!!!

 

ストローガに直撃した雷が爆音を辺りに響かせた。

 

防御も回避も間に合わない距離での六十番台鬼道の直撃。

 

それは隊長格でも怪我は免れない事態である。

 

だが・・・。

 

「やってくれたな」

 

ストローガは直撃を受けた場所から微動だにせぬままで、その場に立っていた。それも無傷で。

 

「なっ!?」

 

想定外の事態に、砕蜂は驚愕の呻きを漏らす。

 

「俺は雷使い。雷を浴びれば浴びる程俺の力は強くなる」

 

ストローガはそう言い、両肩にある四本の腕を出し、左右の肩甲骨から更に一本ずつの腕を出して脇の下を潜らせて、砕蜂の眼前に計六本の腕の先端を合わせ、雷撃のエネルギーを蓄積させて一気に放った。

 

「・・・くっ!」

 

我に返った砕蜂が横に跳ぶのと、四本の腕で放った時よりも更に大きく強力な雷撃が空間を焼き払ったのは、ほぼ同時だった。

 

ガガガァッ!!

 

凄まじい閃光が辺りを覆い、轟音が轟く。

 

そしてそれらが晴れた後には石畳を砕け、塀の壁には雷撃が貫いたことによる大穴が開いていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

間一髪でその一撃から逃れられた事による安堵と、もしも避けられなかったらと思う僅かな恐怖心が砕蜂の息遣いを荒くする。

 

しかし砕蜂は恐怖によって息を乱しながらも、頭の中では一つ腑に落ちないと感じていた。

 

(何故だ・・・何故奴は避けた私を目で追わなかった?)

 

実はストローガは、今まで攻撃を避けた砕蜂の姿を必ず目で追っていたのだ。

 

まあそれも相手の反撃を警戒する事を考えれば当然といえる。

 

だが今の一撃は回避した砕蜂の動きを、ストローガは目で追う事は無かったのだ。

 

(何故だ?確実に仕留めたと思ったのか?いや。それがどれだけ危険な事なのかは奴も充分承知している筈。ならば・・・・・・・まさか)

 

今までの戦闘から得た情報を元にある考えが浮かぶ。

 

(私のこの読みが正しいのならば、奴に一撃当てる事が出来る。だが確証を得ている訳では無い。出来れば試したいが、そうすれば奴に感づかれる恐れが高い。賭は好きではないが仕方が無い)

 

砕蜂は賭けに乗る覚悟を決め、詠唱を開始する。

 

「散在する獣の骨!尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪!」

 

「させるか!」

 

詠唱を始めた隙を逃さず、ストローガが一気に斬り掛かってくる。

 

「動けば風!止まれば空!」

 

砕蜂は振るわれる幾つもの斬撃を避けるが、詠唱に集中力を割いていた為、頬や二の腕が浅く斬り裂かれる。

 

痛みに切れそうになる集中力を無理矢理止めて、砕蜂は詠唱を完成させる。

 

「槍打つ音色が虚城に満ちる!」

 

「ちっ!」

 

詠唱が完成したと見たストローガが舌打ちをして間合いを取る為に後ろに下がるが、砕蜂は構わずに鬼道を放つ。

 

「破道の六十三!雷吼砲!」

 

放たれた鬼道を見て詠唱していた術の正体を知ったストローガは、嘲りの表情を浮かべて放たれた鬼道に避ける素振りも見せずに直撃を受けた。

 

ドォン!!!

 

直撃に轟音が轟くが、ストローガは先程と同様に傷一つ無く立っている。

 

「言った筈だ。俺に雷など無駄だと。例え威力を増してもな」

 

ストローガは嘲笑う様に語り、再び六本の腕を出してその先端を一点に合わせ、雷撃のエネルギーを蓄積させる。

 

そのエネルギーは、先程詠唱破棄の雷吼砲を吸収し放った時よりも更に増していた。

 

対する砕蜂は、それに真っ向から対抗するかの様に自らの霊圧を上げて、手甲の破壊力を引き上げる。

 

そして――

 

「くらぇぇっ!!」

 

ストローガが特大の雷撃を放ったその刹那――

 

ズドォッ!!!

 

その雷撃の轟音を掻き消す程の爆音が響き、ストローガは霞となって大気へと溶け消えていった。

 

「・・・ふぅ」

 

目の前の敵を倒した砕蜂は、先程までストローガが立っていた場所のすぐ横で拳を突き出した体勢のままで、大きくゆっくりと息を吐いた。

 

おそらくストローガは気付かなかっただろう。

 

自分がどうやって倒されたのかを。

 

砕蜂のした行動は至極単純な事だった。

 

雷撃が放たれた一瞬の内に瞬歩でストローガの側面に回り、強烈な一撃を叩き込む。これだけだ。

 

だがそれだけの事をこれまで成功させる事が出来なかったには、一つ理由があった。

それはストローガの動体視力の高さだ。

 

今まで瞬歩でストローガの死角まで移動して攻撃を仕掛けはしたが、その全てが肩から生える腕によって防がれたり迎撃されたりして、クリーンヒットを当てるのは容易ではなかった。

 

それも全て、ストローガの優れた動体視力が瞬歩で移動する砕蜂の姿を朧気にでも捕らえていたからだ。

 

砕蜂が雷撃を避けた際に常に視界内に入れていたのもこれが理由だ。

 

だがその優れた動体視力でも、砕蜂の姿を捕らえる事が出来なかった時がった。それは砕蜂が放った雷吼砲を吸収し、強化した雷撃を放った時。

 

「貴様の敗因。それは強化した雷の力の全てを私にぶつけてきた事だ」

 

石畳の上で少しずつ消えていくストローガの腕に砕蜂は呟いた。

 

そしてそれこそがストローガの動体視力を封じた要因でもあり、砕蜂が今までの戦闘で得た情報を元に浮かんだ考えだった。

 

砕蜂の考え。それは吸収した雷の力を一点に集中しか出来ないのではないかという事だ。

 

つまり攻撃に集中する時は身体の回復等には雷の力は回せず、身体の回復に雷の力を使えば、攻撃の為に力を使って雷撃を強化する事が出来ないという訳だ。

 

砕蜂がそれに気付いたのは、強化した雷撃を放った後でもストローガの頬にハイキックを受けた傷が残ったままだったからだ。

 

そして吸収した雷の力によって強化した雷撃の放電力と閃光によって、ストローガの視界を覆い隠し、目を眩ませる結果となってしまった。

 

砕蜂が強化した雷撃を間一髪で避けた時に、ストローガが砕蜂を視界に捕らえなかったのはその為だ。

 

後は見た通り。

 

砕蜂は雷撃を吸収させる為と挑発の二つの意味を込めて詠唱破棄をせずに雷吼砲を打ち込み、その挑発に乗ったストローガが狙い通りに雷吼砲を吸収。

 

そして強化された雷撃を放ち視界を覆った瞬間を見計らい、砕蜂は瞬歩でストローガの側面に移動し、強烈な一撃を叩き込んだのだ。

 

「・・・やはり強くしすぎたか」

 

ストローガに叩き込んだ拳を流し見て砕蜂はポツリと漏らした。

 

装甲に包まれている為詳しくは分からないが、最後の強烈な一撃は砕蜂に明らかな影響を与えていたと思われる。

 

だが砕蜂はそれを露ほども面に出さずに颯爽と歩を進めた。

 

「まあ良い。他で打撃すればいいだけの事だ」

 

意図せずに紡いだ言葉は、偶然にも砕蜂の崇拝する四楓院夜一が藍染と戦った時に言ったのと全く同じものだった。

 

――???サイド――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・あったかい・・・・・・・・・・・・何だこれは・・・

 

 

 




次回はバウス対一護を書こうと思います。お盆休みもあるので、何とか今月の末までに投稿出来るよう頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話

前話の宣言通り。何とか八月内に投稿する事が出来ました。

これも読者の皆さんのお蔭だと思っています。有難う御座います。

そしてこの小説のお気に入り件数が124になりました。

お気に入りに入れて下さった皆さん。本当に有難う御座います。嬉しいです。

しかし未だに不調を引き摺っており、今回はいつもと比べて短めとなっています。

では、どうぞ。


 

――一護サイド――

 

ギァン!!

 

俺の振り下ろした天鎖斬月の刃とバウスの腕から生やした刃がぶつかり合い、大気を震わせる。

 

(やっぱり強ぇ!くそっ!もう少し踏ん張ってくれ吉波!)

 

強化されたバウスの強さに内心歯噛みし、弱々しくだが確かに其処にある吉波の霊圧を感じ取り、俺は心に生まれる焦りを必死で抑えつけて戦っていた。

 

「どうした?太刀筋が鈍ってるぜ?」

「うるせぇ!」

 

心の内を見透かしているように笑みを浮かべて言うバウスに、俺は吠えて更に天鎖斬月を振るう。

 

ガッ!キィンッ!ギンッ!

 

だが焦りに任せて振るったその斬撃は全て腕から生える刃に防がれる。

 

「くっ!」

 

反撃に繰り出した前蹴りを後ろに跳んで避けた俺は、霊圧を上げて月牙天衝を放つ体勢をとって地を蹴り、月牙天衝を放たずに刀身に纏わせたままで一気に唐竹割りに斬りつけた。

 

ガァン!!

 

「・・・っ!」

 

その一撃も受け止められはしたが、今までとは明らかに違う威力に僅かだがバウスの体勢が崩れ、防御が緩む。

 

俺はその隙を逃さず、再度霊圧を高め――

 

「月牙・・・」

 

切り上げの一閃を放つ。

 

「天衝!!」

 

放たれた黒い月牙はバウスを飲み込んだ後に壁にぶつかり、深い切れ込みが生まれ、衝撃に土埃が舞う。

 

俺は今のうちに吉波の所に向かいたくなる衝動を堪えて天鎖斬月を下段に構え、舞っている土埃に向かい地を蹴って突進する。

 

ボッ!

 

俺が地を蹴るのと、土埃の中からバウスが俺に向かって飛び出してきたのはほぼ同時だった。

 

ギァンッ!!

 

お互いの突進の勢いを乗せた一撃がぶつかり合い、辺りの大気を震わせる。

 

「意外だな。てっきり俺を放って置いて上に向かうと思ってたぜ」

 

「行った所で吉波のいる所に着く前に、お前に邪魔されると分かっていたから・・・・なっ!」

 

鍔迫り合いでギリッ・・・ギリッと刃が鳴る中で言葉を交わし、俺は一瞬だけ力を込めて押し込み、それに対して力で押し返そうと力を込める僅かなタイミングを見計らって後ろに跳んで下がった。

 

それによって力を入れる対象が突然無くなり、バウスの体勢が僅かに崩れ、隙が出来る。

 

その隙を見逃さず、俺は天鎖斬月を下段に構え直し、バウスの脇腹に狙いを定めて左に薙払った。

 

だが――

 

ガシィッ!

 

その一閃をバウスは崩れた体勢にも関わらず止めて見せた。

 

それも今までみたいに腕から生える刃じゃなく、素手で掴むことで。

 

「なっ!」

 

予想外の事態に俺は動揺し、動きが止まってしまう。

 

バウスはその隙を逃さず、掴んでいない方の拳を俺の腹に叩き込んだ。

 

「がはっ!」

 

重いボディブローをまともにくらい、肺から空気が強制的に吐き出され、足が止まる。

 

そんな俺に、バウスは更に何発ものボディブローの追撃を加える。

 

「が・・・!」

 

同じ箇所に重い攻撃を受けた事による激痛。腹部を叩かれ、呼吸をすることが困難となり発生する息苦しさ。

 

この二つが俺の意識を遠退かせる。

 

ドンッ!

 

「・・・っ!」

 

更にくらった腹部への一撃に、もう声を上げる事も出来なかった。

 

内臓の筋肉が硬直していくのが分かる。

 

そしてバウスは俺の腹部にめり込んだ拳を引かずにそのまま力を入れて、片手で俺の体を持ち上げた。

 

そして天鎖斬月を握る手を引くと同時に、俺の体を支えている拳を自らの頭上で弧を描く様に振り回し、一本背負いをするかの様に俺を床に叩き付けた。

 

ダァン!!

 

背に走る衝撃と、再度腹にめり込む拳。二つの力が俺の体の中でぶつかり合い、全ての衝撃が残らず伝わる。

「がっっ!」

 

その衝撃に遠退きかけた俺の意識が強制的に引き戻される。

 

だがそれは俺にとって幸運だった。

 

僅かでも意識が戻ったからこそ、倒れた俺目掛けて踏み潰そうと足を上げているバウスの姿が見えたからだ。

 

「っ!」

 

俺は瞬時に握られている天鎖斬月に霊圧を込め、月牙天衝を放てる体勢をつくる。

 

だがバウスはそんな俺の気配を察したらしく、握っていたその手を離した。

 

その瞬間に俺は素早く床を転がってバウスの踏みつけから逃れ、なんとか立ち上がって天鎖斬月を構える。

 

バウスはダメージから回復していない俺を好機と見たらしく、両の拳に紫色の光――おそらく冥力――を纏わせて地を蹴り、俺に向かって突進してきた。

 

俺は向かってくるバウスに剣を大上段に振り上げ、霊力を解放すると同時に一気に振り下ろす。

 

「月牙天衝!!」

 

空を走る黒い斬撃の波動。

 

しかしバウスはそれを見ても怯む事無く突っ込み、光を纏わせている拳を月牙天衝に叩き込んだ。

 

バジュッ!!

 

黒い斬撃は禍々しく輝く拳によって霧散する。

 

「くっ!」

 

予想はしていたが、充分に力を込める事が出来なかったとはいえ、卍解しての月牙天衝をあっさりと破られた事に俺は悔しげに呻き、更に突進してくるバウスに対して天鎖斬月を構え、迎え撃つ体制をとる。

 

力比べで適わないのは百も承知しているが、何発もくらったボディブローのダメージで足元が覚束無くなっている今の状況で、瞬歩を使って避ける事も、跳んでやり過ごす事も出来そうになかった。

 

「ハウリングドプレッシャー!!」

 

吉波から聞いていた奥義の名を叫び、バウスのラッシュが始まる。

 

「・・・っ!」

 

嵐の様な連打となって襲い掛かってくる左右の連打を、俺は力に対して力を込めた防御をせずに、避けられない拳打は側面に天鎖斬月の刀身を当てて受け流し、避けられるものは避けていく。

 

そうしてラッシュをいなされているのに焦れてきたのか、バウスの攻撃が段々大振りになっていき、連打の回転が遅くなっていく。

 

「・・・っ!」

 

ギリッと俺にまで聞こえる程に強く歯を噛み、バウスは右のフックをこれまで以上の大振りで振るってきた。

 

その一撃も俺は冷静に対処し避ける。

 

だが次の瞬間。視界内に入れていたバウスの拳が突然『消えた』。

「!?」

 

突然の事態に拳打の一撃をかわそうと動いていた俺の頭と体が刹那硬直する。

 

そして――

 

ゴッ!!

 

バウスの右拳が俺のこめかみに直撃した。

 

俺の体が横に弾かれる様に吹っ飛ばされ、激しく脳が揺さぶられる。だがそれだけじゃなく精神的なダメージも大きかった。

 

(何でだ!どうやって拳を消したんだ!?)

 

拳打の衝撃とパニック。脳の外と内が揺さぶられ、五感の情報が一瞬シャットアウトされる。

 

それは完全な無防備状態。

 

当然バウスがその隙を見逃す訳がなかった。

 

ガッ!ドスッ!バキッ!ゴッ!

 

追撃のラッシュが俺の体に次々と叩き込まれ、最後に腕をクロスさせた状態で首を掴まれる。

 

(・・・そうか)

 

首を掴んだ手が視界の外に出て、手首から先が切れた様に見えた事で、俺はさっきの消えたフックの謎が解けた。

 

大柄でリーチも長いバウスが接近して巻き込むような大振りのフックを放った場合、拳は視界の外側へと入りこみ、対峙している相手には拳が消えた様に見えてしまう。

 

ダメージが足にきていて動けなかった俺と、ラッシュがあたらず徐々に大振りになっていったバウス。この二つの要点が重なった結果だという事だ。

 

尤も。バウスがこうなるのを意図してやったのか、それとも偶然こうなったのかは分からないが。

 

そんな俺の考えがまるで走馬灯のように流れていく。

 

そして――

 

「ガアァッ!!」

 

バウスの咆哮と共に――

 

ズガアァァァン!!!

 

拳に纏わせた冥力を解放し、強烈な爆撃を叩き込まれた。

 

苦痛の呻きを爆音に掻き消され、俺は蹴鞠の様に宙に放り出された後に碌に受け身もとれないままで床に打ち付けられた。

 

「がはっ!」

 

全身に感じる痛みに耐えて俺はすぐに立ち上がろうとしたが、足も手も力が入らずにカタカタと震え、まるで奴に跪くかの様に這う姿勢でいることしか出来ずにいた。

 

爆発が起こる刹那。俺は吉波に聞いていた霊圧を瞬間的に解放する防御法でなんとかダメージを軽減してはいたが、それでもすぐに立ち上がる事が出来ない程のダメージを負わされていた。

 

「往生際が悪いぜ」

 

四つん這いになった俺を見下ろしてバウスは呆れた様に言い、掌に紫色の火球を生み出す。

 

「いい加減にくたばっちまえよ」

 

そう言って腕を振るい火球を投げ放つバウスの姿が、俺には酷くゆっくりに見えた。

 

(動け!動け!動けぇっ!!)

 

迫り来る火球を前に俺は必死になって叱咤するが、体がそれに応えてくれない。

 

――もう駄目か――

 

頭の片隅でそんな言葉が過ぎったその時――

 

ガシャアァァァン!!!

 

天井に張られているステンドグラスを思わせる色彩豊かなドーム状のガラスが割られ、其処から一筋の『光』が俺に迫り来る火球目掛けて一直線に向かっていく。

 

そして――

 

ザンッ!!

 

『光』は火球を両断し、俺を護る様に俺とバウスの間に降り立った。

 

眩く輝く『光』に俺目が灼かれると思い咄嗟に目を閉じるが、その『光』から発せられる輝きは目を灼く様な強い感じはせず、どこか優しい暖かみを感じる輝きだと気付き、俺はゆっくりと目を開く。

 

開かれた視界の先。

 

其処には体全体に白銀の光を纏い、翼の大剣。エクセリオンブレードを携えた吉波が、俺を護る様にバウスの前に立ちはだかっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話

どうも。ミステリアです。

まず最初にすいません。大変お待たせしてしまいました。

最初にこの話を書き始めた時には、書くのを凄く楽しみにしていた最終決戦ですが、何故かモチベーションが全く上がらず、結果。過去最大レベルの不調となってしまいました。

始めは一話で最終決戦を全て書こうと思っていましたが、二話に分けることになりました。

本当にすいません。

次は何とか早めに書いて投稿しようと思っています。

では、どうぞ。



 

――三人称サイド――

 

「お前もしぶといな。まだ生きていやがったか」

 

口の端を歪めて挑発するかのように嘲りを込めて言うバウスに対し、龍一郎は何の反応も返さずに四つん這いに這う様にしている一護を流し見た後に、視線をバウスに戻しエクセリオンブレードの切っ先を右下に下げた下段の構えで、地を踏みしめる足。特に蹴り足の親指に力を込め、いつでも踏み込める体勢を作る。

 

「一つ聞きたいんだが、その力。どこで手に入れた?」

 

龍一郎に応える様に拳に冥力を込めて構えるバウスは、声のトーンが下げて唸る様に問い掛ける。

 

「素直に言うと思うか?」

 

挑発じみた龍一郎の返答にバウスはふっと口の端を上げて「それもそうだな」と返した後に、「それなら力付くで聞かせてもらうぜ」と言って冥力を解放し、戦闘態勢を整える。

 

「・・・上等」

 

ドンッ!!

 

龍一郎が答えた刹那の後に爆発音にも似た両者が地を蹴る音が響き、互いの間合いにまで接近した。

 

そしてバウスは自らの体重を乗せ、冥力を纏わせた右拳の打ち下ろしを。

 

龍一郎は切っ先を下げている天力を込めたブレードを、一気に左に切り上げた。

 

自らの長身と重量を生かしたバウスの打ち下ろしと、龍一郎の切り上げ。

 

どちらが有利なのかなどいうまでもなかった。

 

だが――

 

ギァンッ!!

 

鈍い金属音と共に弾かれたのは、バウスの右拳だった。

 

「なっ!」

 

うち負けるのは予想外だったのか、バウスの表情が驚愕に染まる。

 

その動揺から生まれる隙を逃さず、龍一郎は返す刀で逆袈裟に斬りつける。

 

ザンッ!

 

「っ!」

 

今までよりも更に高められたスピードで繰り出された斬撃をその身に受け、バウスの顔が苦痛に歪む。

 

一方龍一郎は、まともに一撃を当てた事に良しとせず、追撃にブレードを左に薙ぐ一閃を見舞う。

 

ギィンッ!!

 

だが響いた音は刃が肉を斬り裂く音ではなく、刃と刃がぶつかり合う甲高い金属音。

 

「・・・ちっ!」

 

小さく下を打った龍一郎の視線の先。其処にはブレードの刀身を受け止めるバウスの左腕から生えた刃があった。

 

だが両の手で振るった斬撃を片手で完全に受け止める事は出来ず、バウスの身体が僅かにだがよろけ、体勢が崩れる。

 

龍一郎は其処を見逃さず、一歩踏み込んで渾身の刺突を放つ。

しかしバウスは大きく後ろに跳んで距離を取り、龍一郎の放った刺突は空を突く結果に終わった。

 

間合いを開けたバウスはギリッと鳴る程に奥歯を噛み締めて、龍一郎に怒りと苦渋を綯い交ぜにした目を向けていたが、噛み締めていた力をふっと緩めて口の端を僅かに上げて口を開く。

 

「成る程な」

 

「何がだ?」

 

納得した様子で言うバウスに、龍一郎が問う。

 

「お前のその力の正体さ」

 

断言したバウスの言葉に、龍一郎の眉がピクリと動く。

 

「瀞霊廷を覆っている天力による結界。その媒体となっているこの場にある珠から力を吸収したな」

 

無言を貫く龍一郎に、バウスはまっすぐに目を見て続けた。

 

「おそらくこの場にあった媒体の珠に込められた天力の属性と、お前の持つ才牙の属性は同じ『光』だな。だからこそ才牙と珠が共鳴し力を取り込む事が出来たんだろう?」

 

問うというよりは確認をしているかの様に聞くバウスに、龍一郎は口の端を上げてふっと笑って「ご明察だ」答えた。

 

「吹っ飛ばされた先に天力珠がなければ、今こうやってお前と対峙することは出来なかった」

 

「上に飛ばしたのは失敗だったな」

 

自らの愚を悟るバウスに、龍一郎は挑発の意を込めて「そうだな」と認める。

 

しかしバウスはその挑発に乗らず、先程までは無かった余裕の光を眼に宿して「だが、タネが割れれば何て事はない」と投げかける。

 

「どういう意味だ?」

 

眉をピクリと動かして問う龍一郎に、バウスは「お前だって分かっているんだろ」と歯を剥き出しにして邪悪な笑みを向けて続ける。

 

「天力珠から力を吸収し、力を増幅させたのは確かに予想外だった。だがいいのか?結界を作っている天力珠の力を貰って?」

 

「やっぱり気付いたか。頭の回るお前なら何時かは気付くと踏んでいたけど、思ったよりも早かったな」

 

バウスの指摘に龍一郎はふっと苦笑して、その指摘が的を射ている事を認めた。

 

バウスの言う通り、龍一郎は天力珠から力を得て今の状態となった為、頭上にある天力珠に蓄えられた天力は著しく減少している。

 

それはつまり瀞霊廷に張られている結界の力が弱まっているということだ。

 

実は龍一郎は知らなかったのだが、中央にある天力珠の力が弱まったのを感じ取った東西南北の門に設置された他の天力珠が弱まった力を補い合っていたのだ。

 

しかしそれはあくまで一時的な時間稼ぎにしかならず、結界が消え去る時間を遅れさせただけに過ぎない。

 

結界を持続させる方法はただ一つ。龍一郎が貰った天力を天力珠に戻すのみ。

 

その為、龍一郎が今の状態でいられるのには時間制限が存在する。

 

当然龍一郎もその事を十分に承知している。

 

だからこそ龍一郎は一番隊執務室で戦った時の様にスピードを用いて翻弄する戦い方ではなく、強化された力で正面からねじ伏せる戦い方に。

 

尤も。それこそがバウスに違和感を与え、龍一郎の力の正体を見破る切っ掛けとなってしまった可能性は否めないのだが。

 

「いいねぇ。精々楽しませてくれよ」

 

バウスは狂喜の笑みを浮かべて両の拳に冥力を纏わせる。

 

どうやら力で押し切ろうとする龍一郎に対して離れて逃げに徹し、時間を稼ごうとはせずに、同じく力で真正面から迎え撃ちねじ伏せる戦い方を選んだらしい。

 

「意外だな。俺に付き合ってくれるとは思わなかったぜ」

 

「なぁに、ようやく楽しくなってきたんだ。時間切れを待つのなんざ勿体無ぇぜ」

 

感心と驚きを綯い交ぜにして言う龍一郎に、バウスは笑みを浮かべたままで口の端をペロリと軽く舌で舐めた。

 

そして龍一郎はいつでも地を蹴れるように足に力を込めて、ブレードの切っ先を右下に下げた下段の構えを取り、バウスは自らの冥力を更に高め、両の拳を堅く握る。

 

――ドンッ!

 

炸裂音を響かせ一気に地を蹴り、龍一郎が飛燕の如き速度で一直線にバウスに向かい、間合いの中に入り込んだ。

 

ゴゥッ!

 

その刹那。重い風切り音を立ててバウスは自らの体重を乗せた右の打ち下ろし放つ。

 

だが龍一郎はその右拳が放たれるよりも速く更に一歩踏み込み、エクセリオンブレードを左に切り上げ、バウスの打ち下ろしの拳にぶつけた。

 

ギィィンッ!

 

甲高い金属音にも似た音が響き渡る共に火花が飛び散り、衝撃が2人の身体をビリビリと震わせる。

 

だが双方の体が弾かれる事は無く、互いにその場に体を残す。

 

否。ぶつけ合ったその瞬間。僅かに、しかし確実にバウスの巨体がぐらついた。

 

だがバウスは崩れた体を即座に立て直し、ブレードとぶつけ合った事で散った冥力を拳に再び纏わせて半身になって構えた。

 

構えたバウスに龍一郎は追撃の袈裟斬りを見舞うが、その一撃はバウスの腕から生える刃によって受け止められる。

 

(体勢を立て直す時間が速い。下半身が強靭な証拠だ。ならどうする・・・どうやって体勢を崩す・・・)

 

ボッ!

 

お返しとばかりに放ってきたバウスの右ストレートを半歩右に動き、最小限の動きでなんとか避けながら、龍一郎は必死に頭を回転させてバウスを倒す一手を確実に当てる方法を考えていた。

 

そしてそれはバウスも同じ考えでもあった。

 

双方共に相手を倒せる必殺の一手。すなわちゼノンウィンザードとハウリングドプレッシャーを確実に当てる為、相手の体勢を崩す攻撃を当てる事に。そして相手のその攻撃を避ける事に全ての思考を巡らせ、全神経を集中させていた。

 

現在の状況は僅かだが龍一郎に優位となっていた。

 

それは、龍一郎がバウスの打ち下ろしの拳に斬撃をぶつける前に踏み出したたった一歩の踏み込みによって引き込んだものだった。

 

最初にバウスの間合いに入り込んだ時点で、バウスにとって一番パンチに体重を乗せる事の出来る距離。つまり破壊力が最大値となる距離で一度足を止め、バウスに拳を打たせる。

 

その瞬間に更に一歩前に踏み込む事で、斬撃と拳打がぶつかり合う場所を自らにとって有利な場所にしたのだ。

 

いくら巨躯で体重もあるバウスの打ち下ろしであろうと、腕の伸びきらない状態でぶつければその破壊力を何割か減らす事が出来る。

 

バウスが体勢を崩した理由は其処にあった。

 

破壊力を削られた打ち下ろしと、蹴り足の捻りと腰の回転と共に放った切り上げ。

 

どちらが上回ったかという明確な結果だ。

 

元々ボクシングを学んだ事のある龍一郎は、相手との距離を測り戦う事の重要性を知っていた。

 

だが執務室での戦いではバウスのリーチの長さとパワーを警戒し、それらを封じる戦い方を選び敗北した。

 

それを教訓に今回は得物がエクセリオンブレード一択ということもあり、龍一郎は自らの力を最大限にまで高め、相手の力を最小限にまで下げれる空間を作り上げ、正面からのぶつけ合いを選んだのだ。

 

無論バウスも自らの力が思い切り振るえない土俵に引きずり込まれた事は察しており、この状況を打開する簡単な方法も知っていた。

 

下がればいいのだ。

 

龍一郎から半歩でも後ろに下がって距離をとれば、自らの力を最大限に振るう事が出来るようになり、パワーの差で一気に優位に立てることができる。

 

だがバウスはそれをしなかった。否。出来ないのだ。

 

僅かでも後ろに下がって距離をとれば、龍一郎は一気に突進して再び距離をつめて一撃を見舞ってくる。

 

それも突進の勢いを加えて威力を増した、体勢を崩す可能性の高い一撃を。

 

いくらバウスといえど、凌げるかどうか分からない威力の高いその一撃を受けよういう考えは起きない。

 

もしその一撃を受けきれずに体勢を崩せば、間髪入れずにゼノンウィンザードを放ってくるのが分かっているからだ。

 

そうなるとバウスのとれる行動は、龍一郎に有利なこの距離で打ち合い、打ち勝つこと。この選択肢しか存在しなかった。

 

「・・・っ!」

 

幾重にも張られた伏線に見事に嵌められ、その怒りにギリッと鳴るほどに歯を噛み締め、バウスは拳を握り冥力を纏わせる。

 

「オオォォォッ!!」

 

「アアァァァッ!!」

 

互いに咆哮を上げて振るうバウスの拳と、龍一郎の斬撃がぶつかり合い――

 

ガギイイィィィッ!!!

 

凄まじい衝撃音がドーム全体の大気をビリビリと震わせた。

 




感想を書いてくれたロフトさん。そしてこの小説をお気に入りに登録してくれた読者の皆様。

本当に有難うございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話

どうもミステリアです。

まずは・・・本っっっっ当に申し訳ありません!!

速めに投稿すると宣言しておきながらのこの体たらく。

本当にすいません!

書いているうちにどんどんと文字数が増えてきて、最終的には9800文字を超えてしまい、今までの中で一番多くなってしまいました。

とにかくこれでラストバトルは終了し、あと一話を書いてこの第一章を終えようと思っています。

今年中に終えようと頑張りますので、どうか皆様最後までこの物語を温かく見守って下さい。

では、どうぞ!


――三人称サイド――

 

ゴオッ!!

 

黒い拳が大気を抉る。

 

ジャッ!!

 

白銀の刃が空を斬り裂く。

 

目線や拳。切っ先を小刻みに動かして牽制し、フェイントをかける。そして放つ互いの一撃を躱し、防ぎ、ぶつけ合い相殺させる。

 

予想・対応・攻略の繰り返し。

 

一体どれほどの間その繰り返しをしていただろう。

数分?数十分?もしかしたら十秒も経っていないのかもしれない。

 

そう思う程に二人は全神経を研ぎ澄ませ、集中力を最大値にまで引き上げていた。

 

天力を増幅させた龍一郎の斬撃と、冥力を纏わせたバウスの拳打。

 

どちらの攻撃もまともに一撃を貰えば、相手の態勢を即座に崩し、必殺の奥義を叩き込める隙を作り出す事が可能となるのを互いが知っているからだ。

 

だから双方は互いの一撃を過剰に警戒し、非常に危うい均衡を保っていた。

 

どちらかの一撃が入れば、一気にあっさりと崩れる均衡を。

 

「はっ・・・はっ・・・」

 

「ふっ・・・ふっ・・・」

 

息を呑む神経戦は恐るべき速度で二人の体力を削り、呼吸を荒くさせる。

 

だがそれでも二人は手を止めること無く、斬撃と拳を振るい。躱す。

 

疲労で思考と動きが鈍り、一撃を受けるのが先か。

 

それとも相手の隙を突き一撃を入れ、奥義を叩き込むのが先か。

 

終わりの見えない我慢比べにどこまで付き合えるのか。

 

先に根を上げた方が敗北となる根比べに打ち勝つのはどちらなのか。

 

二人は負けることなど微塵も考えず、拳と剣を振るい続ける。

 

少しでも負けるといった後ろ向きな考えをしようものなら、相手の気迫に呑み込まれるのが分かっているからだ。

 

だからこそ二人は、自分の最も信頼の置ける武器で勝負に出ている。

 

バウスはその巨躯と体重を最大限に利用した打ち下ろしを。

 

龍一郎はボクシングの体を捻る動きを応用した薙ぎ払いと切り上げを多用していた。

 

だが2人が信頼しているその武器を用いても、危うい場面は幾つかはあるが、結果的に打ち合いの均衡は崩れずにいる。

 

その理由は二つあった。

 

一つは両者共に拳と剣を振るうスピードとパワーに慣れ始めた事。

 

初見ならば対応できないその攻撃を何度も見ている為、対応が容易に出来てしまっている。

 

そして二つ目は信頼している武器で勝負を続けていた為、一定のリズムでの攻防が出来上がってしまっているからだ。

 

たとえ相手の攻撃が見えなくとも、そのリズムが読めれば避けることも可能となる。

 

ましてや最初から同じリズムをずっと繰り返していれば、余程の事がない限りは当たることはない。

 

ならばどうすれば相手に攻撃を当てることが出来るのか?

 

その答えは既に出ていた。

 

変えればいいのだ。リズムを。

 

リズムが出来上がっている今の時点で、いきなり違うパターンの攻撃をすれば、急激なリズムの変化に対応できずにその攻撃を受ける可能性が非常に高くなる。

 

そしてそのリズムを変える攻撃手段を、両者共に持ち合わせていた。

 

だがそれを一向に打とうとはしない。

 

否。打てないのだ。

 

その理由はリズムを変える両者の攻撃法そのものにあった。

 

龍一郎は時雨蒼燕流攻式五の型・五月雨。

 

バウスはミドルキック。

 

共に先程の戦いで相手の意表を突き、隙を作り出していた武器であり、二人も信頼を置いている攻撃法でもある。

 

だが、五月雨は一太刀の内持ち手を変えるが故に、片手で放つ斬撃となってしまう。

 

両手で放つ斬撃に比べてパワーが欠けている為、バウスの態勢を完全に崩せる確証が得られない。

 

その為、龍一郎は五月雨を打つことが出来ずにいた。

 

そしてそれは、バウスの蹴撃にも同じ事が言えた。

 

もしも龍一郎が蹴りの一撃に耐え即座に反撃をしてきたら、片足のみで立っている状態のため、両足で立っている時よりも体勢が崩れやすくなっている。

 

そうなれば龍一郎は一気に奥義を叩き込んでくる事は容易に予想できた。

 

双方共に攻撃をする事によって生まれるリスクが非常に高い為に、リズムを変える一手を打てずに一種の膠着状態へと陥っていた。

 

だが――

 

「はあっ・・・はあっ・・・」

 

「ふっ・・・ふっ・・・」

 

その膠着が崩れる兆しが徐々に現れだしていた。

 

両者の決定的な違いが表に出てきたのだ。

 

それは体格の差――いや。種族の差と言い換えた方がいい。

 

体格とは即ち、蓄積出来る体力の大きさ。エネルギーを貯蔵できるタンクの総量という事だ。

 

人間同士の戦いでも、体格の差はそのままパワーと体力の差となる。

 

人間とヴァンデルとではそれがより顕著となり、互いに体力が減っていけばエネルギーの蓄積量が大きいヴァンデルに軍配が上がるのは当然の結果といえた。

 

そして龍一郎には、その差を更に広げるもう一つのマイナス要素が存在していた。

 

それはこの戦いの前に受け、身体の奧に蓄積されたダメージだ。

 

執務室での戦いで受けた傷は花太郎によって治療されたが、花太郎が言ってはいたがそれはあくまで応急処置。

 

外傷は塞ぐ事は出来ても、杭のように内部にまで打ち込まれたダメージを完全に回復させる事は出来ない。

 

そして先程の二戦目で、龍一郎は本来なら動くことが出来ない程の大ダメージをその身に受けていた。

 

天力珠の力によって戦える程度に回復はしたものの、完全に回復した訳では無くあくまで『程度』でしかない。

 

そんなダメージの残った身体で、更に恐ろしい速度で体力を削られる精神戦によって、身体の内部に澱の様に溜まっていたダメージが一気に噴き出して龍一郎の身に襲いかかっていた。

 

既に残された体力は殆ど尽きているという事を自覚し、いきなり体がいうことを聞かなくなる。

 

もしも今の龍一郎の状態でバウスの魔奥義をまともにくらえば、良くても大怪我。悪ければ即死の可能性すらある。

 

だが――

 

「はぁっ!・・・はぁっ!」

 

己の身体の状態を承知していてもなお、龍一郎は間合いを開けて少しでも体力を回復させようとはせずに、その場に留まり刃を振るう。

 

龍一郎がそうさせる理由は二つあった。

 

それは『不安』と『恐れ』だった。

 

再度この状況に持ち込めるか分からない『不安』。

 

この距離に引きずり込み、龍一郎は僅かではあるが自らにとって有利な状況にした。

 

だが一度距離を開けてしまい、再びこの状態へとする事が出来るのか?

 

その可能性はかなり低かった。

 

バウスは非常に勘の良い相手だ。

 

二度も同じ手が通じるとは到底思えない。

 

よしんば同じ状況に持ち込んだとしても、何らかの対策を考えているだろう。

 

そして一息吐くことでバウスも回復されてしまうという『恐れ』。

 

距離を開けることで体力を回復出来るのは龍一郎だけではない。

 

バウスにも同じ事が言えるのだ。

 

確かに距離を開けて龍一郎は僅かでも体力を回復さる事は出来る。

 

だが、龍一郎よりも体力が減っていないバウスの方が、回復するスピードが遙かに速い。

 

今まで積み上げてきたものが文字通り水の泡となってしまう。

 

これ程怖いものは無い。

 

その二つの理由が龍一郎の足を止め、刃を振るわせていた。

 

だがそんな恐怖心を抱いている龍一郎に、バウスは最大級の警戒を向けていた。

 

恐怖心に押し潰されそうな龍一郎の眼の奥にある確かな光。

 

まだ縋るものがある。

 

弱っていても、まだ突き立てる『牙』はまだ残っており、その突き立てる一撃を。その一瞬を狙っている眼だ。

 

光からそれが伝わってくる。

 

その光がバウスの脳に警鐘を鳴らし、虫の息同然の龍一郎相手に強引に攻めようとする身体を抑えつける。

 

だが、それで止まるバウスでは無かった。

 

自らを抑えつける何かを振り払うかの様に、最も自信のある拳打。右の打ち下ろしを放つ。

 

一直線に自らに迫り来る黒い拳に、龍一郎の眼の奥に灯る光が輝きを増した。

 

(ここだ!!)

 

龍一郎の心の声が、バウスにも聞こえたような気がした。

 

龍一郎はエクセリオンブレードの切っ先を左下に下げて構え、バウスの右拳を潜り抜ける様に躱し、更に左足を前に出して大きく踏み込み、バウスに肉薄するほどに接近する。

 

「――!!」

 

懐に入られた事に、バウスの顔が驚愕に染まり、刹那の後にその表情が嘲りと失望を綯い交ぜにしたものに変わる。

 

(こんなものに縋っていたのかよ)

 

表情からバウス心の内が伝わる。

 

自分で自分の首を絞めた愚策を秘策だと思い込んでいた己と、それを敢行した龍一郎に失望したのだ。

 

龍一郎の得物はエクセリオンブレード。つまり大剣だ。

 

大剣はリーチと破壊力がある分、接近され懐に入られると剣を振り切れなくなり、長所である破壊力を存分に生かすことが出来なくなり分が悪くなる。

 

それは自らが相手の懐に入った時も当てはまる。

 

もしこれが執務室での戦いの時のように、鉄甲化したクラウンシールドを身に付けての戦いならば上策だったのだが、得物の選択はエクセリオンブレード一択のこの状況では下策以外の何者でもない。

 

だが踏み込んだ龍一郎の顔には自らの失策を悟った色はなく、希望に向けて踏み出す者の顔をしていた。

 

(後ろに下がるのを恐れて破れかぶれで前に出たか!?結局お前は逃げただけなんだよ!)

 

龍一郎を見下ろすバウスの顔が嘲笑に染まる。

 

(防御は間に合わないから、お前の一撃は間違い無く当たるだろう。

だが、充分に力を生かしていない攻撃じゃあ、俺の動きを止めることも体勢を崩すことも出来はしない。

この一撃を耐えて、縋っていたものが通じずに絶句するその時に、ハウリングドプレッシャーを叩き込む!)

 

待ち構えるバウスに、龍一郎は躊躇い無く踏み込んだ左足を軸に身体を回転させ、腰から肩まで全てを巻き込んで破壊力を増大させた一撃を、右脇腹。人間でいう肝臓の部位に一気に叩き付けた。

 

ドズゥッ!!

 

響いたのは、刃が肉を斬り裂く斬撃音ではなく、打撃音。

 

まるで杭を打ち込まれたような重い衝撃音の後に――

 

「がはぁっ!!」

 

これまで揺らぐことの無かった身体が『く』の字に曲がり、肺の中にある空気を泡混じりに吐き出して悶絶するバウス。

 

そのバウスの右脇腹には龍一郎の叩き込んだエクセリオンブレードの『柄頭』が深々と突き刺さっていた。

 

そう。龍一郎の狙いは初めからこれだったのだ。

 

残り少ない自分の体力とは比べるべくもないが、バウスの体力も多少は消耗している事は息遣いをし始めた時から龍一郎は分かっていた。

 

だから消耗している状態の相手に最も効果的な攻撃を当てたのだ。

 

と口で言うのは簡単だが、実際龍一郎にとって大きな賭であった。

 

まずヴァンデルと人間とでは体の構造的に全く違っている為、人間の身体的には効果的な攻撃でもヴァンデルにも効果的なのかは分からなかったのだ。

 

ボディブローが効果的な攻撃だといわれるのは、体の内にダメージを与えるからだ。人間の呼吸は横隔膜の上下運動によって成り立っている。

 

その横隔膜を取り巻く肝臓・脾臓・胃にダメージを与えることでその上下運動を奪い、呼吸困難にすることが出来る。

 

体力が消耗し呼吸が荒くなる時にこの状態に陥れれば、相手は呼吸をしたくとも出来なくなってしまう。

 

ボディブローが地獄の苦しみといわれる所以は其処にあった。

 

とはいえ龍一郎も、身体の構造が違うヴァンデルにそこまでの効果を期待していた訳ではない。

 

消耗しているのならば、体の内に浸透する攻撃を当ててダメージを表に出す。

 

運が良ければ、呼吸運動を司る器官にダメージを与え、バウスの動きを止める事が出来る。

 

他に手が無かったとはいえ、正に一か八かの大博打であった。

 

そして龍一郎はこの賭けに勝った。

 

全く警戒していなかった一撃に、バウスは今まで見せた事がない程の苦悶の表情を浮かべていた。

 

噛み締めている歯の隙間からは泡が吹き出し、完全に足が止まっている。

 

当然決定的なその隙を、龍一郎は見逃さない。

 

最後の体力をかき集め、龍一郎は右足を左足に交差する様に前に出し、軸足の左足を体ごと回転させて必要最小限の動きで、バウスの背後に回り込む。

 

それと同時に体を回転させる勢いを利用し、エクセリオンブレードを右に切り上げた後に肩に乗せる。

 

そして柄を握っていた左手を放し、親指と人差し指のみを開いて上に向け、バウスに向かって突き出す。

 

龍一郎から見て親指と人差し指の間にバウスの姿がロックオンされたように映る。

 

「ゼノン・・・」

 

龍一郎は突き出していた左手を戻し、再び柄を握りしめる。

 

龍一郎のその時を待っていたかのように、エクセリオンブレードの刀身が飛び立つ寸前の羽根の如くバッと大きく開かれた。

 

だがしかし、龍一郎は此処で一つ致命的なミスを犯していた。

 

技の名を言ってしまった事によって、その声をバウスに今自らがいる場所を把握されてしまったのだ。

 

首を回し、怒りによって血走っている眼を向けられ、龍一郎は自らの迂闊さを呪った。

 

だがしかし。位置を知り、龍一郎が何をしようとしているかをその目で見て知ったにも関わらず、バウスはその場から動こうとはしなかった。

 

否。バウスは足を動かし、その場から逃れようとはしていた。だがその動作は酷く緩慢で、動き事態もまるで足そのものを引き摺るかの様な動きだった。

 

その様子を見て、龍一郎は此処が最大にして最後の好機であると確信し、躊躇い無く地を蹴って力強く跳躍した。

 

何故なら今のバウスの姿は、龍一郎には非常に見覚えのある姿だったからだ。

 

バウスに酷似した姿。それは強烈なボディブローを受けたボクサーのそれだった。

 

強いボディブローをまともに受けると、全身に電気が走ったと錯覚する程に衝撃が体の内部にまでに走り、動作が鈍くなる。

 

足を引き摺る様な動きも、大きなダメージを負って足にきている場合の典型的な動きの一つだ。

 

それを知っていた龍一郎は、バウスにゼノンウィンザードの一撃をかわせないと確信し、最後の勝負に出たのだ。

 

そして龍一郎は落下の勢いと自らの全体重を乗せた大上段の一撃を、渾身の力を込めて振り下ろす。

 

「ウインザァァァド!!!」

 

裂帛の気合いと共に振り下ろした光の刃がバウスに迫る。

 

だがその刃を黙って受ける程、バウスは甘い相手では無かった。

 

龍一郎が跳躍の最高点に到達するまでに龍一郎と向かい合うように体の向きを変え、両の拳を腰だめに構え、冥力を込める。

 

そして全身全霊を持って振り下ろした龍一郎の一撃を、両の拳を一気に突き出して迎え撃った。

 

「ハウリングドプレッシャァァァッ!!!」

 

ガギュイィィィッ!!!

 

耳を塞ぎたくなる程の不協和音がドーム全体に響き渡り――

 

「なにっ!」

 

次いで龍一郎の驚愕の声が響く。

 

龍一郎の視線の先。其処には二つの拳を交差させてゼノンウィンザードの一撃を受け止めたバウスの姿だった。

 

冥力を纏った二つの拳の交差点と、天力を高めた刃がぶつかり合い、先程の不協和音を奏でたのだ。

 

刃と拳の合わさり、天力と冥力という相反する二つの力が拮抗する。

 

「オオォォォッ!!」

 

「ハアアァァァ!!」

 

双方が拳と刃に込められた冥力と天力を更に高め合い、バチバチと放電現象が発生する。

 

正に互角。どちらが押されも押し込みもされていない。完全な拮抗状態となっていた。

 

だが龍一郎にとってこの状況は最悪といってもいいものであった。

 

残された僅かな体力をかき集めて放った奥義を止められ、更に死力を振り絞って天力を高めても拮抗状態にする事しか出来なかったのだ。

 

そして間の悪いことに、先程天力を高めたから、龍一郎に強烈な眠気が襲い掛かっていた。

 

それは『冒険王ビィト』で主人公のビィトが何度も経験していたものだった。

 

才牙は一撃必殺の力を持つが故に天力を大量に消耗する。

 

あまりに戦闘が長引けば、消耗した天力を回復する為に短時間だが強制的な眠りに襲われる。

 

そしてそれは龍一郎にも例外なく当てはまる事だった。

 

冷静に思い返せば、執務室では水破爆撃乱舞を使用し、この場ではエクセリオンブレードを長時間使用していたのだ。

 

限界が訪れるのはある意味当然といえるだろう。

 

むしろ、よく此処まで持ったものだと感心する程だ。

 

だがこれ以上天力を使えば、龍一郎は意識を失い眠りに落ちることは明白であった

 

体力は底をつき、これ以上に天力を高める事も出来ない龍一郎に対し、バウスは腹部に受けたダメージは時間が経つ毎に回復していき、冥力そのものを放出する攻撃を殆ど使っていなかった為に、まだまだ冥力が温存されていると見てもいいだろう。

 

即ちこの拮抗状態が長引くのは、龍一郎にとって百害あって一利無しと言ってもいい。

 

だが、龍一郎が引く素振りを見せれば即座に均衡は崩れ、バウスのハウリングドプレッシャーによる爆撃をその身に受けるであろうことは容易に想像できた。

 

押すことも引くことも出来ない。完全な八方塞がりであった。

 

(どうする・・・どうする・・・)

 

必死に考えを巡らせる龍一郎であるが、時間は無情にも過ぎていき、迷っている間に徐々に均衡が崩れ始める。

 

バウスが更に冥力を高め、エクセリオンブレードが押し戻されてきたのだ。

 

「ぐっ・・・!」

 

龍一郎も渾身の力を込めてなんとか押し戻されるのを止めようとするが、全く止まることなく更に押し込まれていく。

 

(これまで・・・・・・なのかよ)

 

焦りと迷い。そして八方塞がりのこの状況に心が折れかけ、目の前の事実から目を背けたくなる恐怖に、思わず眼を閉じてしまった龍一郎の内に弱音が灯る。

 

だが――

 

がっ!

 

エクセリオンブレードの柄を握る手から妙な手応えが伝わり、それと同時にバウスから押される力が弱くなった様に感じた。

 

不思議に思い恐る恐る目を開けた龍一郎の視界には、エクセリオンブレードの峰の部分に横から延びる黒く細長い見覚えのある刀身が乗っている光景だった。

 

そしてその黒い刀身の元を目で追うと、其処には虚の仮面を付けた黒崎一護がいた。

 

 

 

――龍一郎サイド――

 

「い、一護さん!?」

 

「貴様っ!?」

 

突然の事に俺もバウスも動揺を露わにする。

 

だが俺は、交わした一護さんの視線からその意志を読み取り、目の前の敵。バウスに意識を集中させる。

 

――一気に決めるぜ!――

 

俺には一護さんがそう言ってくれている様に感じたのだ。

 

「オオオォォォォッ!!!」

 

「アアアァァァァッ!!!」

 

俺と一護さん。2人の咆哮に応えるかの様に、天鎖斬月の刀身から黒い霊圧が放出され、エクセリオンブレードの刀身が白銀に輝き出す。

更に高められた2人の力が、バウスの拳を押し戻していく。

 

「なっ!」

 

動揺による一瞬の緩み。それは均衡を破るのに充分なものだった。

 

刹那の後――

 

ザンッ!!!

 

バウスの身体に白と黒。二つの剣閃がクロスを描き――

 

「っがあああぁぁぁっ!!!」

 

バウスの苦痛の叫びがドーム全体に響き渡る。

 

しかしまだバウスが地に足を着けて立っているのを見た俺達は、バウスの背後に降り立った後に、各々の得物に力を込め――

 

「月牙・・・」

 

「これで・・・」

 

刃を振るうと同時に、一気に解き放った。

 

「天衝ぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「最後だぁぁぁぁぁっ!!!」

 

振るった刃に沿って放たれた白と黒の月牙が空を疾駆し、バウスに直撃する。

 

「―――!!!」

 

二つの斬撃の波動がバウスの叫びを呑み込み、光の火柱が黒と白の螺旋を描いて天を突く。

 

「・・・っ」

 

立ち上る光の柱が螺旋を描く事で発する衝撃波が、もはや刃を振るって流れる身体を支えることも出来ずに、うつ伏せに倒れた俺の髪を舞い上げ、天鎖斬月を地に突き刺し、杖代わりにすることで辛うじて立っている一護さんの頬を打つ。

 

そして光の柱の全てが吸い込まれる様に天へと昇ったその場には――

 

体の至る所に傷が付いたバウスが両の足で地を踏みしめて立っていた。

 

「ぁ・・・ぁ・・・」

 

「嘘・・・だろ」

 

目の前にある残酷な現実に俺も一護さんも目を見開き、俺は意味のない呻きにも似た声を

上げ、一護さんは愕然とした様子で呟きを漏らす。

 

「中々やるじゃねぇか。まさかここまでとは思わなかったぜ」

 

ズシャッ・・・ズシャッと足音をたてて近付いて言うバウスの賛辞の言葉も、俺達にとっては何の慰めにも希望にもならなかった。

 

「こんなことになるのなら、もっと速くにお前等を殺しておくべきだったぜ」

 

地に伏している俺の前で歩みを止め、見下ろすバウスが低い声で言葉を紡ぐ。

 

「だがそれも・・・もうどうでもいい」

 

一転してどこか愁いを帯びた様な口調で語るバウスの足元で、ピシッと罅が入る様な小さい音が走った。

 

怪訝に思い、近くにいるバウスに目の焦点を合わせて視線を向けた俺は「あっ!」と声を上げそうになった。

 

俺の視線の先。

 

其処には下半身から徐々に石化していき、砂の城のように今にも崩れ去りそうなバウスの姿だった。

 

一護さんと共に切り裂いたゼノンウィンザードの一撃と、斬撃の波動は確かにバウスに効いていたのだ。

 

その命の炎を掻き消す程に。

 

「不思議だな。こんな状態だっていうのに、恨みも辛みも無ぇ。もしかしたら、こうなる事がどこかで分かっていたのかもしれないな」

 

静かに。そして穏やかに語るバウスの言葉を、俺も一護さんもただ黙して聞いている。

 

「だからこそ・・・こんな手を打っていたんだろうな」

 

・・・ん・・・?

 

気になるバウスのその一言に、俺はなんとか視線だけでも動かして周りの状況を探る。

 

そしてその一点に気が付いた。

 

それは腰まで石化しているバウスの足元。

 

天から降り注ぐ太陽の光によって出来る影だった。

 

とはいえ、別に形が変わっているという訳ではない。

 

『増えて』いるのだ。影が。

 

バウスの身体を支点に、地に延びる影が左右に分かれていたのだ。

 

そして俺はこの現象に見覚えがあった。

 

「バウス・・・お前まさか・・・」

 

「流石に早いな。もう気付いたか」

 

石化が胸部まで進んだバウスがすっと上を見る。俺は眠気と疲労で動けないが、その視線の先にどんな光景があるのかは想像できた。

 

「太陽が・・・2つ?」

 

そしてその想像は、バウスにつられて上を見た一護さんの漏らした呟きによって間違っていないことが証明された。

 

「破滅の恒星。上空で太陽に擬態して一気に落下。大爆発を起こすモンスターだ。その破壊力は一国を消し飛ばす程だと言われている」

 

「なっ!」

 

口を歪めて語るバウスに、一護さんが驚愕する。

 

「バウス・・・ッ!」

 

俺はせめてもの抵抗とばかりに殺意を込めて睨むが、バウスは平然として受け止めている。

 

ゴゴゴゴゴ!!!

 

破滅の恒星が落下してくる際に発する轟音が、瀞霊廷中に響いているのではないかと錯覚

する程に響く。

 

「最後にテメェ等のそんな顔が見れてよかったぜ・・・あばよ」

 

「ふ・・・ざける・・・なぁっ」

 

首から顎に。そして完全に石化し、最後の言葉を残したバウスに、俺は既に届かないと知りつつも恨み言をぶつける。

 

そうしている間にも破滅の恒星が発する轟音が轟き、この場へと接近しているのが見なくても理解できた。

 

俺の体力が全快ならばもしかしたらなんとか出来るのかもしれないが、体力も天力も底を尽いている今の俺に出来ることは、襲い来る睡魔に抗う事だけだった。

 

そして一護さんも、バウスにダメージ受けた体で無茶をした事によって、その場から動く気配を見せないでいた。

 

「・・・っ!」

 

俺は睡魔が消失する程に内から湧き出てくる悔しさと、自らに対する不甲斐なさ。それらが綯い交ぜとなった怒りに、ギリッと音がする程に奥歯を強く噛み締め――

 

「ちっ・・・くしょおぉぉぉぉっ!!!」

 

天に向かい吠えた。

 

――刹那。

 

パリィィィン!!

 

何かが砕けたような澄んだ音が、俺の頭上からドーム全体に響き渡った。

 

余りにも唐突に響いた場違いなその音に、俺も一護さんも呆けてしまい、状況を把握しようとする事すら出来ずにいた。

 

その時――

 

「龍!」

 

聞き覚えのあるその声と共に視界の中に入ってきた足を見て、俺は迷うことなくその名を呼ぶ。

 

「・・・エルフィ」

 

そう。俺の前に現れたのは、山本総隊長と雀部副隊長と共にバウスによって異空間に飛ばされた相棒のエルフィだった。

 

エルフィは膝を付いて立ち上がれずにうつ伏せに倒れている俺に視線を合わせ「遅れてすまない」と詫びる。

 

律儀な相棒に俺はフッと苦笑して「いいさ。来てくれて助かった」と礼を言う。

 

エルフィは俺の右の鎖骨に左の掌を入れて持ち上げ、左の肩甲骨に右の掌を添えて支え、俺の体勢を優しく入れ替えてくれた。

 

「よくやってくれた。後は私達に任せてくれ」

 

仰向けになったことで上を見ることが出来るようになった俺の視界に、上空から徐々に迫ってくる破滅の恒星と、それを迎え撃つ二つの光が見えた。

 

「総隊長達も・・・無事だったんだな・・・」

 

「あぁ。もう大丈夫だ」

 

優しく諭すように言ってくれる相棒の言葉に、俺は襲い来る睡魔によって意識が途切れ途切れになる。

 

そして俺が意識を失う前に見た最後の光景は、十字を描く赤い剣閃によって四つに断ち切られ、雷を打ち込まれ爆散されていく破滅の恒星だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話(第一章最終話)

今までの不調が何だったんだと思える程にさくさくと書けました。

この話で第一章は完結です。

これまで読んでくれた読者の皆様!本当に有難うございます!

ではどうぞ!


――龍一郎サイド――

 

気が付くと、俺は見覚えのある天井を見上げていた。

 

「・・・また此処かよ」

 

恋次さんと戦って気を失った時と全く同じ状況に、全く同じ部屋で寝ているという事に気付いた俺は思わずフッと苦笑して呟き、身を起こして軽く肩を回して体の状態を把握する。

 

「目が覚めたか。体調はどうだ?」

 

「あぁ。取り敢えずは大丈夫だ」

 

何の前触れもなくかかった相棒の問いに、俺は肩を回したり、身体の彼方此方を軽く動かしながら普通に返した。

 

「取り敢えず・・・という事は、全快ではないか?」

 

「そうだな。身体の彼方此方がギシギシ言っている感じだ。なんだかグリスが切れた機械の気分だな」

 

「そんな冗談を言える位に回復したのは、間違いなさそうだな」

 

呆れたように溜め息混じりに返した後に、エルフィは安心したのか僅かだが確かに微笑んだ。

 

俺もそんな相棒に微笑んで返し、問う。

 

「あの後俺が眠ってから、どうなったんだ?」

 

「破滅の恒星は山本総隊長と雀部副隊長によって破壊された。散らばった欠片も、我が結界を瀞霊廷全域に張っておいたのが幸いし、全てを防ぐことが出来た」

 

「そうか・・・良かった」

 

安堵の息を吐く俺に、エルフィが続ける。

 

「それからは総隊長の指示の元、瀞霊廷と現世に残っているモンスターの討伐をしている。我がサーチでこの世界全てを調べたが、もう殆ど全てのモンスターを倒したようだ」

 

「殆ど全て?俺は一体どれ位眠っていたんだ?」

 

「丸三日間だ」

 

即答したエルフィの言葉に、俺は思わず苦笑してしまった。

 

「丸三日間眠っていた自分を恥じるべきか・・・たった三日間で殆ど全てのモンスターを倒した護廷十三隊の手腕に感心するべきか・・・」

 

「複雑だな」

 

二人揃って苦笑していると、コンコンッと扉がノックされた。

 

誰だろうと疑問に思いながらも「どうぞ」と応え、扉が開かれると、其処には女物の着物を羽織り、網笠を被った京楽さんと、慈愛の笑みを浮かべている卯ノ花隊長がいた。

 

「いやぁ~目が覚めたんだねぇ~。よかったよ」

 

朗らかに笑う京楽さんに、俺はつられるように笑みを向けた後に「ご心配をおかけしました」と言って二人の隊長に一礼した。

 

「もう身を起こしても大丈夫のようですね」

 

「まだ全快時の六割か七割位です。激しく動くのは一寸しんどいですけど、普通に動くのなら問題ないです」

 

自らの体の状態を卯ノ花隊長に報告し、俺はまた肩を軽く回してある程度は回復した事をアピールする。

 

そんな俺に「あまり無理をされないように」と微笑んで釘を差す卯ノ花隊長の声を遮る形で、京楽さんが「あぁ、そうだ」と今思い出したと言わんばかりに『ポンッ』と手を打った。

 

何だろうと思い視線を向ける俺とエルフィに、京楽さんが口を開く。

 

「君が目を覚ましたら、エルフィちゃんと2人で一番隊舎の隊首会議場に来るようにって山爺が言っていたんだ」

 

「総隊長がですか?」

 

「うん。今後の事について色々聞きたいんだって」

 

成る程と俺は内心納得した。

 

そもそも俺とエルフィがこの世界に来たのは、イレギュラーズを倒す為だ。

 

その殆どを倒した今、俺達の今後の動向を知っておく必要があると思っても不思議ではない。

 

「場所は僕と卯ノ花隊長が案内するよ。動けるかい?」

 

「はい。直ぐに行きます・・・ととっ」

 

京楽さんに答えてベッドから降り、地に足を着けると、3日も横になった弊害か、足が軽くよろけてしまった。

 

だが横にエルフィがいてくれたので、すぐに支えてもらいバランスをとることができた。

 

「ありがとう」

 

「少しは衰えている事を自覚してくれ」

 

苦言を呈する相棒に、俺は「あぁ」と頷く。

 

そんな俺を見て卯ノ花隊長が「肩を貸しましょうか?」と言ってくれたが、俺は「大丈夫です。いきなり立ったから一寸よろけただけなので」とやんわりと断った。

 

肩を貸りて総隊長の前に行くのは、流石に少し恥ずかしいという本音は隠して、俺は京楽さんと卯ノ花隊長の後に続いて病室の扉を出た。

 

 

                  ☆

 

 

一番隊舎。隊首会議場。

 

山本元柳斎総隊長の左右に涅マユリを除く全ての隊長達が偶数、奇数に分かれて居並ぶ。

その二列の真ん中に立ち、俺はその壮観な光景に萎縮してしまっていた。

 

そんな俺を見て、横にいるエルフィがやや呆れた顔をして「しっかりしろ」とでも言う様に軽く肘で小突く。

 

相棒の気付けに俺は我に返り、軽く深呼吸をした後に足を肩幅に広げて自然体で立つ。

 

「吉波龍一郎。此度の戦い、大儀であった」

 

俺が落ち着くのを待っていたのか、今まで黙していた総隊長が口を開く。

 

重厚な声で伝わる労いの言葉に、俺は「恐縮です」と返した後に「でも――」と続けた。

 

「俺一人の力だけじゃありません。護廷十三隊の皆さんがいなければ、今回の一件を片付ける事は出来ませんでした。だから俺からもお礼を言わせて下さい」と頭を下げて礼を言う俺に、総隊長は「うむ」と頷いた。

 

「まぁそないに固くなるなや。お前も助かったが俺等も助かった。お互い様や」

 

「そうだよ。君がいなかったら、相手の正体も解らず終いだったかもしれないんだからさ」

 

「てめぇはてめぇの出来る全力を尽くした。それは誇れる事だ」

 

軽い口調で口を開く平子隊長に続き、京楽さん。そして日番谷隊長が同意する。

 

まさか日番谷隊長がそう言ってくれるとは思わなかったので、俺は軽く目を見開いて驚いた。

 

そんな俺を見て険のある顔で「なんだ?」と不機嫌そうに聞く日番谷隊長に、俺は「い・・・いえっ!何でもないです!」と、どもりながらも返す。

 

素直に言おうものなら、日番谷隊長の逆鱗に触れる事になるのは分かり切っていたからだ。

 

そんな会話で若干緩んだ空気を、総隊長が床を突いた杖の一突きによって響いた音が皆の気を引き締めた。

 

「労い合うのは大いに結構。だが主等をこの場に呼んだのは、只労いの言葉を贈る為ではない」

 

総隊長の言葉に、俺達を含む全員の表情が真剣なものに戻し、視線を総隊長に向ける。

 

「全てとは言えぬが殆どのイレギュラーズを討伐した今。主等は今後、如何様にするつもりか?」

 

「それについては我が答える」

 

総隊長の問いに一歩前に出て答えたのは、俺の横にいたエルフィだった。

 

「これは龍にもまだ話していない事だが、先程神より連絡があった。

殆どのイレギュラーズの消滅を確認し、僅かに残っているイレギュラーズもこの世界にいる実力者の力で充分に対処が可能であると判断され、我と龍はイレギュラーズが生まれ出た別の世界へと移動することが決まった」

 

エルフィの言葉に京楽さんは「そりゃあ随分と急だねぇ~」としみじみと言い、砕蜂隊長が「後始末を我々に押し付けるか・・・」と苛立ちを露わにして呟く。

 

しかし総隊長は「・・・ふぅむ」と唸って少し考えた後に「世界を移動するのに、どれ程の時間を要する必要がある?」とエルフィに問いた。

 

「5日後。双極の丘にて『門』を開くと聞いている」

 

即答したエルフィに、何も返さずただ黙している総隊長に、左右に並ぶ隊長達が不審げな顔を向ける。

 

「総隊長?如何されましたか?」

 

狛村隊長が一歩前に出て、皆が気になっている事を聞く。

 

総隊長は口に出すのを躊躇う様に間を空けた後に、口を開いた。

 

「先日中央四十六室より、異界より現れし旅禍。吉波龍一郎、エルフリーデ・クライスト両名を拘束せよとの命が下った」

 

「・・・なっ!」

 

「・・・そんな」

 

「っち」

 

「勝手やな・・・」

 

総隊長の言葉に、狛村隊長と浮竹隊長が驚愕の声を上げ、日番谷隊長と平子隊長が怒りを含んだ舌打ち と失望の言葉を吐く。

 

その他の隊長達も、殆どの人達が怒りと失望の表情を浮かべていたり、気配を漂わせていた。

 

だが俺の心の内に怒りは無く、あるのは四十六室の思惑を察した納得の意と、隊長達が俺を思って怒りを浮かべてくれた事による喜びの感情だった。

 

共通の敵であるイレギュラーズを倒した今、四十六室にとって俺は危険な存在以外の何者では無くなったという事なのだろう。

 

(これで俺を捕まえようとしたら、影分身の術で攪乱させている間にエルフィと逃げて、5日後まで身を潜めていよう)

 

心の内で逃走計画を練り、俺は反応を見る為に敢えて挑発的に聞く。

 

「それで俺を捕まえますか?総隊長?」

 

俺の問いに総隊長の眼がスゥッと薄く開かれる。

 

「!・・・元柳斎先「浮竹!」」

 

叫び出す浮竹隊長を、京楽さんが強い口調で遮る。

 

「まだ山爺は全部言い終わっていない。そうでしょう山爺」

 

どこか確信を持って見る京楽さんに、総隊長は「うむ」と鷹揚に頷き続けた。

 

「されどこの命は地獄蝶にて通達された正式なものではなく、更にイレギュラーズの襲撃によって多数の地獄蝶が錯綜し、それらを選別するのに最低でも『5日』は時間がかかると見られる」

 

「!」

 

総隊長の言葉に、俺を含む会議室にいる人達全員が目を見開いて驚愕する。

 

詭弁と言われても文句の言えない屁理屈を、護廷十三隊の総隊長が口にしたのだ。

 

しかしその詭弁の意味する事を知り、各々が肩の力を抜き、笑みを漏らす。

 

「中央四十六室の『正式な』通達があるまで、主等は護廷十三隊にとって恩人であり客人。新たな世界に通じる門が開かれるまで、ゆるりとしていくがよい」

 

総隊長の言葉に、俺の目頭が熱くなる。

 

「・・・はいっ!有り難う御座います!!」

 

左右から温かい目で見てくれている幾人の隊長の視線を感じながら、目から溢れ出る雫の存在を見られない様に、俺は体を直角に曲げて万感の思いを込めて感謝の言葉を口にした。

 

 

                  ☆

 

 

それから5日間。俺とエルフィは御世話になった隊の人達に挨拶に行き、様々な時間を過ごしていった。

 

――山本総隊長と雀部副隊長。そして朽木隊長とエルフィの四人で茶会を堪能した(その時エルフィは今まで見たことが無い位に緩んだ顔でお茶を飲んでいた)り――

 

――何時の間にか気紛れで来ていた夜一さんに歩法を見て貰っていたら、砕蜂隊長に殺気をぶつけられたり――

 

――吉良副隊長と檜佐木副隊長と一緒に四番隊で足ツボマッサージを受けて、その激痛に悲鳴を上げたり――

 

――一護さんに審判を頼んで恋次さんと模擬戦をしていたら、更木隊長の闘争本能に火をつけてしまい、「殺りあおうぜええぇぇぇっ!!」と叫びながら追い掛けられ、三人揃って全力で瀞霊廷中を逃げ回ったり――

 

――平子隊長と一緒にジャズを聞いたり――

 

――祝勝会でベロベロに酔っぱらってしまった京楽さんに無理矢理酒を飲まされて酔い潰されたのを、浮竹隊長に介抱されたり――

 

――日番谷隊長に呼ばれて乱菊さんの書類整理を手伝わされたり――と。

 

そしてあっという間に5日間の時は流れ。俺は今、双極の丘に開かれた『門』の前に立っていた。

 

尤もその『門』は、瀞霊廷の四方に建つ物の様に巨大なものでも、穿界門の様に扉が現れ左右に開かれるものでもなく、ただ何も無い空間に穿界門が現れる直前の様に白く強いが放っているだけであった。

 

正直エルフィが認めなければ、これが異世界に通じる『門』だとは到底信じられなかっただろう。

 

そんな『門』を前にして、俺は一息吐いて振り返り、わざわざ見送りに来てくれた人達に顔を向けた。

 

護廷十三隊の隊長・副隊長達や気紛れで来た夜一さんだけではなく、現世から一護さんに石田さん。井上さんに茶渡さん。そして浦原さんも来てくれていた。

 

「これが・・・異世界へと通じる『門』か」

 

「確かに我々の知る力とは全く違う力みたいっスねぇ」

 

ポツリと漏らす狛村隊長の呟きに、浦原さんが技術開発局初代局長ならではの視点で同意する。

 

「涅がいなくて良かったな。こんなものを見せたら解析させろと喚き散らすに決まっている」

 

俺に語る日番谷隊長の言葉に、周りの人達全員が『確かに』といった感じで苦笑する。

 

「身体に気を付けて」

 

「有り難う御座います」

 

数歩前に出て卯ノ花隊長が差し出した手を俺は握り、握手して礼を言う。

 

そしてそれを皮切りに、他の人達も俺に激励の一言をかけていく。

 

拳を突き出して「負けるんじゃねぇぞ」と力強い言葉をかけてくれる恋次さんに一角さん。

 

「元気でね」と優しい言葉をかけてくれた京楽さんと浮竹隊長。

 

「じゃ~ね~」と明るく手を振ってくれる井上さんに乱菊さん。そして更木隊長の肩に乗っている草鹿副隊長。

 

無言ではあるが、穏やかな目で確かに見送ってくれている石田さんに狛村隊長。そして檜佐木副隊長と吉良副隊長。

 

そんな一人一人に俺とエルフィは礼を言い、会釈を返して応えていく。

 

そして最後に顔を会わせたのは、一護さんとルキアさんの2人だった。

 

別れの悲しみなど全く無く、微笑みを浮かべている2人に俺は頭を下げて「お世話になりました」と礼を言う。

 

「世話になったのは俺達も同じだ」

 

「貴様と私達が力を合わせなければ、恐らく今回の一件を解決する事は出来なかったであろう」

 

礼を言う俺に一護さんは穏やかに返し、ルキアさんは俺を高評価してくれた。

 

だがルキアさんはその後に「だから・・・」と言って一度区切り、「何時までも頭を下げておるな!」と叱咤と同時に頭を下げている俺の尻に蹴りを叩き込んだ。

 

ドカッ!

 

「がっ!」

 

「貴様も立派に戦ったのだ!いつまでも頭を垂れておるな!胸を張って行け!」

 

尻に走る痛みに思わず頭を上げる俺に、ルキアさんの叱咤激励が飛ぶ。

 

少々乱暴だがルキアさんらしいやり方に、俺は「はい!」と快活に応えた。

 

そんな俺を見て、一護さんは俺の胸板を軽く小突いて口を開く。

 

「お前が俺達と培っていった時間は無駄じゃねぇ。それだけは絶対だぜ」

 

「!」

 

ルキアさんに同意した様子の一護さんの言葉に、俺は目を見開いて驚いた。

 

何故なら一護さんの言葉は、この世界で出会った心強い仲間と別れ、異世界へと向かう一抹の不安を抱えていた俺の内心を見抜かれてかけられた言葉の様に思えたからだ。

 

そしてそれを払拭させる最高の言葉でもあった。

 

真っ直ぐに俺を見る一護さんの目からは、俺の力を疑う色など微塵も無く、俺を信じているという意志が目を通して伝わっていた。

 

ただの一言と目。

 

それだけで俺の内にこびりついていた物を乗り越える覚悟を与えてくれた。

 

なにより、憧れている人の信頼に応えなければ男が廃る。

 

俺は微笑んで小さく頷き、見送りに集まってくれた皆を流し見て、横にいる相棒の手を握って身を翻し、光の『門』に向き直り、地を蹴って一気に駆け出した。

 

相棒から若干の戸惑いを感じたが、それはすぐに消えて俺と共に駆けていく。

 

振り返りはしない。

 

ただ前を見て進む。

 

別れの言葉も感謝の言葉もこれ以上は必要無い。

 

だが、ただ一言。

 

「行ってきます!!!」

 

『門』に入る直前にその言葉だけを残し、俺は光の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・失敗したか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・まぁいい。あの世界ならば、無理もない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・世界はまだ他にもある・・・・・・

 




どうも!ミステリアです!

まずは処女作であるこの物語を読んでくださって有り難う御座います!

アットノベルズさんで書き始めてから四年と二カ月と四日。ハーメルンさんに投稿を始めてから一年八か月と二十五日の月日が経ち、ここに第一章が完結しました。

これも今日までこの物語を読んでくれた全ての人達のお蔭だと思っています。

BLEACH編はこの話で終わりますが、主人公の物語は世界を変えて第二章として投稿していくつもりです。

無謀かと思われるかもしれませんが、これまで二次小説で数々の名作を生み出してきた『あの』世界に主人公を放り込みたいと思っています。

この物語を見た読者の皆さんが、第二章でも主人公を温かく見守ってくれたら、これ程嬉しい事はありません。

では!願わくば第二章でお会いしましょう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。