サイカイのやりかた【38話完結】 (あまやけ)
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1章 始まり
(1)サイカイのレッテル


プロローグ
*次話からは前話のあらすじが入ります



人生ってのはひどく理不尽なものだ。

 

ある人には世界一になれるほどの才能を与え、ある人にはいくら努力しても全く成果を出させない。

 

何が「天才は1%の閃きと99%の努力からできている」だよ。その1%がなけりゃいくら努力しても水の泡だろうが。「努力が必ずしも自分に成果を出すとは限らない」ってのが心に響くね。

 

努力した人間ってのは結局、天才には勝てない。

 

それが俺が東京武偵高校で学んだ最初の教訓だった。

 

東京武偵高校。増加する凶悪犯罪に対抗するため、武力を行使する探偵・通称武偵を育成する教育機関である。

 

その武力を行使という部分が、自分に酔っていた俺にはかなり響いた。

 

それが大きな間違いだった。

 

入学式に行われた新入生を試す試験にて、俺はものの一分で地面に寝ッ転がっていた。

 

それをやったのが教官ではなく俺と同じ新入生だったこと、それが今まで勘違いしていた自分を物の見事に撃ち壊す。

 

自分が最強だと思っていた分、何もすることができなかった自分が信じられなかった。そして…

 

 

俺のランクは強襲科のE。ランク最下位だった。この日初めて本当の意味で敗北を味わった。

 

 

俺に才能なんてないのか…とこの時から考え始めていた。

 

 

そして半年。クラスメイトが次々とランクを上げる中、一人だけ最下位のまま月日だけが流れていった。

 

人間の反射神経じゃ銃弾は回避するなんて出来ないし、剣術は敵との間合いを詰めることによって真価を発揮する。少しだけ自信のあった剣術すら無駄だ。

 

ただ、銃を扱うこともできなかった。

 

一般中学から来た俺が銃の扱いに慣れているわけがないというのもあるが、そんな生徒なんて俺だけじゃないし、ある程度は教えてくれはするのだが俺にはさっぱり理解できなかった。

 

引き金を引いても望んだ場所には当たらない。教官も頭を抱えて「そもそもセンスがない」と諦めたような口調で言われた。

 

 

長々と話してしまってが、要は天才であると勘違いしていたただの一般人が一年で現実を見たって話だ。

 

 

一年間特に変化なく終わり、このまま残りの学園生活も隅っこで何もせずに終わり、俺は普通の仕事について普通に死んでいくんだろう。

 

 

もう努力はした、武偵としての才能もなく、銃も無理だ。

 

もういいだろ?疲れたんだよ。

 

 

 

 

 

 

…そう、思っていたんだ。

 

『私は嫌いな言葉が三つあるわ。無理、つかれた、めんどくさい。この三つは人間のもつ可能性を押しとどめるよくない言葉。私の前では二度と言わないこと!』

 

 

あの天才に会うまでは。

 

 

 

 




つまりはダメ人間の誕生です。それだけです。


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(2)金が欲しくてやった。後悔は…

「1話のあらすじ」
銃も特技もなくEランクのまま一年を終えた岡崎修一は他の一般高に転入するかどうか悩んでいた。
その時一人の女子武偵がある言葉を伝える。その言葉は修一の考え方とは真逆の言葉だった。



始業式のある今日、俺は寝坊した。というよりわざと遅く起きた。

 

理由は単純、始業式に出たくなかったからである。無駄に長い校長の話や校歌斉唱なんてめんどくさいと思うのは誰だって思うはずだ。

 

…というのは建前で、本音を言えばただ『笑われるのが嫌だから』。Eランクというのはつまり出来損ないの武偵もどきってことで、将来の可能性のない人間のことを指す言葉だ。

 

つまり2年でEランクというのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことを言う。

 

例外もあるが、俺はその部類に値すると他人は見るだろう。

 

だからこそ、始業式には出たくない。出てしまえば辺りからクスクスと笑われてしまうのはもう分かりきっている。馬鹿にされに行くようなもんだ。

 

(…ま、武偵はやめないから結局行かないといけないんだけど)

 

始業式が終わった後に新クラスでのHRがあるのだが、それには必ず参加しなければならない。そうしないと後々の授業が受けられなくなるという決まりがある。…くそ、どうしてそんな決まりを作ったのかと校長を問いただしたい、本気で。

 

などと愚痴を言っても仕方ないので俺は身支度をはじめた。

 

校則で所持義務のある、ほぼ使わない小型銃をホルスターに収め、一応いつも携帯している竹刀を袋に入れる。

 

パンを食べながらテレビから流れる爆弾魔事件のニュースを適当に聞き流し、予習した化学、数学、そしてこの学校ならではの授業で俺が専攻しているモールス信号についての教科書をしまった。

 

勉強はちゃんとしないといけない。

 

東京武偵高校も一応普通の教育課程を行っているがあまり重視されていない。

 

武偵としての基礎体力や技量の向上の方が優先されているのだが、俺は才能がない。この世界で生き残るためには学力も必要なのだ。

 

ほとんどのクラスメイトが適当に受けている授業だって俺は真剣に聞く必要があった。…真面目に受けているだけでクスクスと笑われることもあるが、それはもう気にしないようにしている。

 

「よし、行くか」

 

身支度を整えた俺は学校へと向かった。これから始まる学校生活に大きく胸を膨らませ…ようとしたが出来なかったので、嘆息しながら。

 

 

 

 

しかしこの時の俺は思ってもみなかったのだ。

 

 

 

これから起こる事件を引き金に、俺の人生がガラッと変わり色づき始めるということを…。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

ドンッ!!

 

それは俺が自転車に乗って軽く鼻歌を歌いながら走っていた時だった。

 

俺の耳に激しい爆発音が響き、足を止めさせる。もう武偵校の敷地内に入っていた俺の周りには人はいない。

 

そんな中で爆発音が聞こえれば誰でも足を止めるだろう。

 

「な、なんだ…?」

 

今の時間は始業式の最中で他の生徒や教師も出席しているはずであり、爆発音が聞こえるのはおかしい。

 

その後、その爆発音が聞こえた先で銃撃音が激しく鳴り始めた。

 

これに興味を示さない人はいない。もちろん俺もその1人である。

野次馬になってやろうとその音のする方へと自転車を進めた。

 

ーーー

 

「なんだよ、この状況…??」

 

俺がその場所にたどり着いて初めて発した言葉は疑問だった。

 

満開の桜の木が並んでいる場所にある倉庫。どうやら体育で使う物を収納する倉庫のようだが、そこへセグウェイに銃を取り付けた機械兵器がその体育倉庫の中に向かって弾をぶちまけているという異様な光景を目にしたのだ、そりゃ疑問にも思うだろう?

 

俺はとりあえず自転車を安全な場所に置いて近くの桜の木に登り、状況を理解しようと試みた。どうやら倉庫の中にある防弾跳び箱に向かって集中砲火しているようだが、それ以上は煙が邪魔でよく見えない。

 

ただ一言言えることがあるとすれば…

 

(あれだけの弾を買う金あるなら…鍋できるな)

 

どうやらあのセグウェイはマシンガンを備えているようで今も無数の弾を倉庫内に発射している。あの弾を全て金に変えることが出来れば俺の生活もかなり潤うのに…。

 

なんてセコイことを考えていると、セグウェイどもは体育倉庫への発砲をやめてこちらのほうの壁の方へ身を寄せてきた。どうやら中の様子を確認するために一度距離を取ったようだ。

 

まだ木に登った俺を感知してはいないようだが…

 

(…ん、待てよ?)

 

そこでふと、セコイ頭が思いついてしまった。

 

あのセグウェイもどきを売れば、高く売れるんじゃないかと。

 

男子高校生の一人暮らしにはお金がいくらあっても足りない。バイトをすることが禁止のこの学校では親の仕送り以外にお金を稼ぐ方法がないのだ。…いや、ないということはないのだが。武偵生徒に対しての依頼をこなすことで報酬をもらうというものがあるが、なにもできない俺はこなせる依頼が相当少なく、家計を保っていけるほどではないのだ。

 

まあつまり簡単に言えば…

 

()()()()()()()()()()()()()()()ということである。

 

 

「よっ」

 

金が稼げると理解した俺の行動は早かった。

俺は竹刀を袋から取り出し竹刀をその辺に置いておいて、袋だけ持ち下に降りる。感知されるかとひやっとしたが、問題なさそうなのでセグウェイどもは倉庫の方へその銃器を向けたまま動かない。

 

俺は近くにいたセグウェイの一つに近づきサッと袋をタイヤにひっかけ、ただ待つ。

そしてー

 

ギュイイイイイ!!

 

セグウェイもどきが再び動こうとしたその瞬間、その引っ掛けておいたセグウェイもどきのみが、その足元に突然現れた遮蔽物に重心を取られ横滑りしてしまう。もともと上の方が重かったのか簡単に倒れてしまった。

 

「よっし成功!!」

 

俺はその思った通りの結果にガッツポーズしながらその転がっていったセグウェイへと近づく。このまま銃器を外し、軽く壊して持ち帰ることが出来れば今日は鍋にしよう。

 

 

なんて考えて目の前のセグウェイに手が触れるその矢先ーー

 

 

ダンッ!と音を立てセグウェイもどきが立ち上がった。

 

 

そう、俺の方にその銃器を向けて…

 

 

 

「……あ、ども…こんちは?」

 

俺はまるでジーっと見ているかのようなそのセグウェイもどきに思わず軽く挨拶をしてしまったーー

 

その瞬間、

 

ダダダダダダダッ!!

 

セグウェイもどきは俺に発砲を開始した。

 

「おわわわわっ!?」

 

俺は突然のことに思わず袋を右方向に投げてしまいながら、しかしそれを拾う暇などなく桜の木の裏に隠れる。

 

なんとか一発も当たらなかったことをラッキーと思いつつ、今も後ろから聞こえる激しい発砲音にうんうんと頷く。

 

「…ふう、これは、あれだな…無理だな」

 

桜の木が振動で揺れ始め桜を撒き散らし始める中、そう思い直す。

 

うん、普通機械って足崩されるともろいって思ってたんだけどやっぱセグウェイすげぇな。ハワイに行ったら買おう買おう。

 

なんてことを考えながら脱出の道を探している中で

 

気づいた。

 

(…あ、あり?なんか聞こえる銃声が一つじゃないんですけど…?)

 

後ろから聞こえる音が一つのマシンガンからの音にしては大きく聞こえた。

 

頬を流れる冷や汗が嫌な想像を醸し出しつつも、そーっと覗いてみると…

 

セグウェイどもの半分がこちらを射撃していた。

 

 

(うそん…やめときゃよかった。…お金欲しいけどこりゃ()()だろ…)

 

 

後悔した。余計な欲を出さず、余計な好奇心を出さず、ただまっすぐに教室へと向かっていればよかったと。

 

無理なことをしなければよかったと…。

 

 

「…なんて、昨日の俺ならここで逃げ出せたんだよなぁ」

 

後らからの轟音を聞きながらも、俺は自分の考えを打ち消した。

 

 

俺は昨日とある女子武偵にある言葉を言われた。その言葉は俺の一年の生活を思いっきり否定して、思いっきり叱咤したのだ。

 

彼女に会わなければ、こんなこと思わなかったんだろうが…出会ってしまったものは仕方ない。

 

言われてしまった言葉によって俺が普段とは違う行動をしても仕方ない。

 

そう自分に言い訳をした俺は、木の陰で座ると目を閉じ、辺りの状況を整理し始めた。

 

《右にはコンクリートの壁、

 

後ろは桜の木、

 

その後ろは発砲中のセグウェイが4機、あの程度の大きさなら持ち上げることはできそうだ

 

前には普通の路地と俺の自転車、

 

左にはある程度幅のある道路、そしてそこに落ちている俺の竹刀と穴の開いた竹刀の袋。

 

持っているのは小さな小型銃とティッシュ、携帯、カバン

 

俺の竹刀が有効に使える距離は約10メートル、

 

俺とセグウェイの距離は約15メートルほど、

 

竹刀での破壊は不可能、

 

小型銃の弾は6発、リロードは無理、俺の腕では確実に狙うことは不可能、

セグウェイの様子、竹刀の袋が破けていたところから、どうやらある程度の大きさの動くものを追尾して発砲するように設定されているようだ》

 

 

「…よ、よし、やってみるか」

 

そうして俺は行動を開始した。

 

ーーー

 

マシンガンの音が鳴り止み静まり返ったその瞬間、俺は桜の木の陰から自転車のサドルをひょいっと投げた。

 

突然投げられたその物体に対し、セグウェイは銃弾を放つ。これにより銃口が桜の木から遠ざかった。

 

その隙に飛び出した俺は、竹刀を手に取ると一番近くのセグウェイに近づき小型銃を銃口の中へと押し込んだ後引き金を引いた。

 

射撃が苦手な俺でも、距離が0ならば俺でも命中させることはできる。

 

パン!!と乾いた音とともにセグウェイについていた銃の破壊に成功する。銃器のなくなったセグウェイはぐわんぐわんと動くのみ、敵ではなくなった。

 

しかし、破壊できたのはその一機のみ。その間に他の三機はすでにこちらにその銃口を向けていた。俺は素早く一機の銃器を竹刀で払い、銃口を逸らしたが、残り二つの銃器からの発砲は避けられない。

 

ババババババッ!!

 

「……って!?」

 

避けきれなかった俺の体に数発当たってしまう。

防弾制服のおかげで貫通することはなかったが痛みはある。

グラッと体が揺れ、視界が少しかすんでしまったが、ここで終わるわけにもいかない。

 

次が発砲されるより早く、俺はその残り三機の間に入り込むと、竹刀でよそに向けていたセグウェイの銃口をもう片手で掴み、俺の方に向かせないようにしつつ、竹刀を左の方向へ投げる。

 

大きく動くものを追尾する他二機のセグウェイが竹刀の方に銃口を向け弾丸を放つ間に、手で押さえておいたセグウェイの銃口に小型銃を入れて、同じように引き金を引く。

 

バン!と音を立てて壊れるセグウェイ確認した俺はそのセグウェイを持ち上げ残りの二機へと投げる。

 

竹刀を撃ち抜いたそのセグウェイ達は俺が投げた物を察知することは出来なかった。撃ち落とすことも出来ず、二機共に当たり地面に倒すことに成功した。

 

しかし倒しても意味がないぞと言うように立ち上がろうとするセグウェイ二機。

 

そこへ、最初に壊したセグウェイを振り落とす。

 

立つことに意識を向けてしまったセグウェイへ思い切り鈍器をぶつける。その力に敵わなかった二機についた銃器は、簡単に砕け散った。

 

 

そしてついに…

 

 

「…はぁ…終わっ…たーー!!勝ったぞこんちきしょー!!」

 

勝ったと自分に言い聞かせるように俺は大声で叫んだ。

 

手に持ったセグウェイの残骸を捨て、手にした勝利に優越感を味わう。

 

久しぶりの感覚に思わずにやけてしまう。一年の時の勝敗はほとんどが負けで終わっていたのだから仕方ないのである。

 

意味のわからない敵ではあったが、勝ちは勝ち。戦利品を取って帰りましょ。

 

少し痛む体を動かし、近くに落ちた竹刀やら袋やらを回収する。急遽考えた案でここまでやれたのって奇跡だわなどと思いながら回収していると…ふと思った。

 

(…そういや残りってどうなったんだ?ここで倒したのは四機だが最初見たときはもっといたような…)

 

 

そう、最初より数が減っていたのだ。おそらくこちらを排除する組と最初の目的を達成する組に分かれたのだろう。

 

そう考え、体育倉庫の方を確認するためにチラッと陰から覗いてみた…

 

そして俺は、衝撃のシーンを目撃する。

 

 

 

ある男子生徒が倉庫から出て来た。そしてゆっくりと歩きながらセグウェイに近づくと、その銃口全てに向けて発砲。一瞬にして四機を爆破させた。

 

 

「んなアホな…」

 

 

俺はそのたった数秒の戦闘に思わず見惚れてしまった。あまりにも簡単そうに倒されてしまったセグウェイもどきに、再び自分の無力さを実感してしまう。

 

あんなに苦労して倒したのに…他の人にとっては簡単。それを証明されてしまったのだ…。

 

(いや…こんなこと最初から分かりきってたことだろ…!!んなことで今更落ち込んでんじゃねーよ修一!これから俺もあっち側に行けるようにまた努力するんだ…焦るな!)

 

しかし、今の俺はずっと落ち込んでたりはしない。もうそうやってうじうじするのはやめたんだ。

 

そう気持ちを切り替え、できればあっちの破片もいくつかほしいななんて思いながらもう一度倉庫の方を見ると、なぜかその男子生徒が体育倉庫の中から投げ出されてきた。

 

…再び、俺の目が点になった。

 

再び意味のわからない状況を理解しようと見ていると、倉庫の中から、ピンク髪のツインテール少女が出てきた。怒りマークを額に乗せ、今にもその手に持つ銃を発砲しようとしている。

 

……って

 

「……あ、あの子だ」

 

俺はその子を知っていた。というか昨日ぶりなのだ。

 

そのピンク髪のツインテール少女こそ昨日俺に変なことを吹き込みやがった張本人、強襲科Sランク武偵、神崎・H・アリアだった。

 

「なにしてんだ、こんなとこで…?」

 

なぜかアリアと男子生徒が対立しているようだが…何か中であったのだろうか??

 

相変わらず状況は読めないが、とりあえず様子を見ることにした。

 

「逃がさないわよ!あたしは犯人を逃したことは一度もない!!…あれれ!?」

 

喧嘩の理由はわからないがものすごくお怒りのアリアは男子武偵に銃を向けながらマガジンを取り出…そうとしていたようだが突然気の抜けた声を出した。どうやらあるはずのマガジンが見当たらないらしい。

 

「ふふっ、ごめんよ」

 

対して男子武偵は、おそらくアリアのであろうマガジンを持ち不敵な笑み(うぇ…ちょっと気持ち悪い…)を浮かべながら、そのマガジンを俺のいる方に投げ捨てた。

 

(…お、ラッキラッキ!売ろう売ろう!!)

 

俺にとっては弾も金になる。…と飛びついてみたものの、なぜかマガジンの中は空だった。…あれ?

 

「もう許さない!!…わきゃあ!?」

 

首をかしげる俺の先で、アリアが半泣きのまま背中から刀を二本(を取り出し男子生徒に飛びかかろうと…したがスッテンコロリン。地面に撒かれた弾を踏んで転んでしまう。

 

おお、知り合いの面白いとこ見れた。カメラ用意しておけばよかったぜ…。

 

「ごめん撒かせてもらった」

 

どうやらアリアの弾を周囲にばらまいておいたらしい。完全に遊ばれているSランク武偵。俺はその様子を興味深く見ていた。

 

この男子武偵…何者なんだよ…??

 

まだぎゃあぎゃあ叫んでいるアリアをよそにその男子生徒は俺の元へやって来た。ってしまった!?よくわからん強敵に見てたのバレたっ!?

 

「おや?見られてたんだね」

 

「ま、まぁ、たまたまな…な、なんだ…俺ともやる気か?」

 

こいつの性格がまだ理解していない俺は、少しビビりながらも小型銃を構えた。もしこいつがただ戦いたいだけのやつだとしたら俺もう病院送り決定かもな…などと思っていると。

 

「いやいや、何もしないよ。それより、早く行かないと次の授業に遅れるよ」

 

男子武偵はそのイケメン顔をふっと緩ませ両手を挙げた。どうやら俺の勘違いだったようだ。

 

「あ、ああそうだな。……っとそうだ、なぁ、あのガラクタ達俺がもらってもいいよな?」

 

とりあえず俺の安全は確保されたと安心しつつ、先に転がる戦利品たちを見た。

 

一応こいつが倒したんだし、許可もらっとかないと。

 

男子生徒は一瞬キョトンとしたが、すぐに頷いてくれた。

 

「ああ、もしかして装備科(アムド)の人かな。大丈夫、あれはもともと武偵殺しの模倣犯の物だから…それじゃあね」

 

なんか勘違いされたが、どうやらもらってもいいらしい。

 

去っていく男子武偵より目先の戦利品に興味が移った俺は、セグウェイもどきの周りに散らばっている弾をせっせと拾い始めた。

 

よしよし…これは今日の夜鍋確定だな…久々の肉は中々楽しみーー

 

「あ、あんた昨日の」

 

「…そういやいたのな」

 

弾を拾いながら進んでいた俺はいつの間にかアリアの目の前まで歩を進めていた。

 

 

(…忘れてた、アリアがまだ転んでたんだっけ…まぁ、どうでもいいや。それより弾、弾…肉、肉…!)

 

 

アリアを無視し弾を拾うことに専念することにした。

 

「何してんのよこんなところで」

 

「…ふふ〜ん、肉、肉、おっ肉〜♫」

 

「…っ!何してんのよこんなところ、で!!」

 

「ふぐわっ!?」

 

専念しすぎてアリアを無視してしまっていたようだ。再び怒りマークを出したアリアの蹴りが思い切り俺のケツに突き刺さる。

 

「痛ってーな!なにすんだ!」

 

「あんたがあたしを無視するのが悪い!!」

 

「…っ!…ああもうわかった」

 

理不尽にもほどがあるが、これ以上言い合ってもしょうがない。俺は弾をマガジンに入れながらアリアの方を向いた。

 

「で、なに?」

 

「だから何してんのかって聞いてるの!」

 

「…資源確保、かな?」

 

「なにそれ?」

 

「あのな、昨日も言ったろ?Eランクのダメなやつは仕事がないんだよ。こうやってこつこつと資金集めにいそしむのが俺の日課だ」

 

「………ふーん。変な日課ね」

 

うるさいよ。好きで日課にしてるわけじゃないんだよ。

 

「ところで今の男子、知ってる?」

 

落ち込む俺にもう興味はなくなったのか、アリアは話を変えた。先ほどの男子とは…あのイケメンのことか。

 

「ん?いや、初めてみたな」

 

「そう。じゃあいいわ」

 

そういうとアリアは立ち上がって、俺が弾を集め周っていたマガジンを取った。…え?

 

「弾回収ありがとう。じゃあね」

 

どうやらアリアのために集めたと思っているらしい。軽くお礼を言うと背を向けた。

 

…それも資金にしようと思ってたんだが…まあそもそもアリアのものだったわけだからしょうがないか。他の破片でも鍋は出来るし。

 

俺はその後ろ姿に手を振りつつ残った戦利品を回収し始める。うんうん、いい感じだな。

 

「あれ?そういえばなんで隠れた後に出てきたのが四機だけだったのかしら…」

 

ふと立ち止まったアリアが俺の集めている戦利品、もといセグウェイもどきを数えて首をかしげた。

 

「もしかしてあんた、なにかしたの?」

 

「…あ〜…い、いや〜、別に?」

 

「したのね。見てくるわ」

 

…え?待って。もしかして手柄少しとっちまったから怒ってたりする?

 

そうビクビクしながら待っていると、ふーんと言いながらアリアが戻って来た。

 

「あれ、あんたがやったの?」

 

「ま、まあたまたまな…」

 

「そ、わかったわ」

 

あれ、意外と普通だ。よかった。破片よこせとか言われたらどうしようかと…

 

「あたし、あんたの名前聞いてなかったわね」

 

「そうだっけ?俺は岡崎修一。強襲科Eランク武偵だ、よろ」

 

「そう修一ね。もしかしたら任務を一緒にしてもらうかもしれないから。その時はよろしく」

 

「は?お前何言ってんの?」

 

Sランク武偵がEランク武偵と任務って俺死ぬの確定じゃんか。

 

「お前ってなによ!アリアよアリア!ちゃんと名前で呼びなさい!!」

 

しかも変なとこでキレとるし。

 

「わ、わかったよアリア。でもなんで俺なんだよ。今日の飲み物も買うかどうか悩むくらいの貧乏武偵だぞ?」

 

「あの機械兵器の残骸見たらわかるわよ。あんた、あの機械兵器の弱点を突いて倒したでしょ?中々の洞察力と見たわ。あんた結構強いじゃない?」

 

「…は?」

 

一年間なにもできなかった俺が、結構強い?…アホか。

 

「たく、人をからかうのも大概にしとけよ?あんまり弱いものいじめするやつって好かれないぞ」

 

「はぁ?あんた何言って…」

 

「んじゃ、またなアリア。さっきのはその場の空気を読んだアリアなりのギャグってことにしとくからよ」

 

「ちょっと!待ちなさい修一!あたしはギャグなんてーー」

 

「いいんだってそういうのは!」

 

俺は思わず叫んでしまった。そう、これは俺の一年間を全てなかったことにしようとするアリアに対しての些細な抵抗だったのかもしれない。

 

「俺には才能なんてのはない。だから努力してんだ。実力なんてのはないってのは俺自身が一番よく知ってるんだからよ。だからあんまり期待させるようなこというな」

 

 

そういって俺は学校の方へ穴の開いたサドルをつけた自転車に乗って走った。

 

いてて…やっぱ銃弾は受けると痛いな…教室の前に保健室行くか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『へぇ………岡崎修一か。キンジはともかくあいつに4機もやられるとは思わなかったな。くふ。面白い人材見つけたか、も♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




くふ




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(3)金髪ギャルの違和感

「2話のあらすじ」
倉庫が騒がしいことに気づいてしまった修一が好奇心でその場所へ向かってしまったことで、ある事件に巻き込まれてしまう。つまりアホである。



保健室に寄って軽く治療された俺は、クラスへと向かっていた。

 

実際のところそこまで重症ではなかったようで、これくらいで来るんじゃねーよ的な目線を受けてしまった。まあEランクの扱いなんてのはそんなもんだ、気にしていない。

 

そう判断し、俺は教室へと向かった。もうすでにHRが始まってしまっているだろうが行かない訳にもいかない。目立ちたくないな…などと考えながら歩き、目的の教室が見えた時だった。

 

「風穴開けるわよ!!」

 

なぜか教室から発砲音と女子の声が聞こえた。え、なにそれ怖い。入りたくないんですけど…。

 

などと思っても、このままというわけにもいかない。恐る恐る後ろから教室に入ると、なぜかそこには銃を天井にぶっ放した姿勢でキレるアリアと、それにビビっている皆様方クラスメイトがいた。

 

いや待って、全く状況が読み込めないんだけど??

 

今日はわからないことだらけだと失笑しつつその様子を少しでも理解しようと見渡す。

 

その直後にアリアは再び天井に向けて弾丸を放った。…あらら、あれ修理費いくらするんだろ、勿体ね。

 

天井に同情しながら、もう状況を理解するのは不可能と判断しアリアの元へ向かう。

 

「おいアリア。なんなんだこの状況?」

 

「あ、修一!あんたこのクラスだったのね!!じゃあ説明して!あたしとこいつの間に恋愛なんてバカげたことなんてないって!!」

 

アリアは俺を見つけると勢いよく俺の元へやって来て一人の男子生徒を指差した。

 

その相手も知った顔だった。

 

「お、チートナルシスト野郎じゃん。同じクラスだったのか」

 

「なんなんだよその呼び方は!?俺はナルシストじゃない!」

 

その男子生徒は先ほど俺が頑張って破壊した機械をいとも簡単にやっつけてくれちゃいましたあのナルシストだった。うんざりしたような顔で俺の言葉にかみついてる。

 

若干テンションというか印象に違和感を覚えたが、初めて見た印象は誤差があるだろうということで気にしないことにする。

 

それよりも、このよくわからなかった状況がようやく理解できた。

 

つまりあれか、二人が朝に出会ってることを知ったクラスメイトが二人デキてんじゃね的なノリでからかったら、ノリのわからんこのピンクツインテがキレたと。

 

んで、朝のを見ていた俺に証言してほしいってことね。朝からわからないことだらけだったからなんかすっきりしたわ。

 

 

 

なるほど…なるほど。

 

 

 

なるほど…ねぇ。

 

 

「なあアリアよ」

 

「なによ?」

 

「仮にさ、俺がいまこいつとアリアは朝からイチャイチャしてて気持ち悪かったですって言ったら、クラスメイトはどっち信じると思う?」

 

「な!?」

 

俺はうんうんと頷いた後、近くにいるアリアに耳寄せしてそう脅した。

 

アリアは俺の方を見て目を見開いて驚いている。

 

「あ、あんた!?あたしに何か恨みでもあるわけ!?なんでそんなこと言うのよ!?」

 

「いや別に恨みなんてないない。ただまあ…」

 

俺は一呼吸おいてアリアに向き直る。

 

「いくらくれんの?」

 

「は??」

 

「いや、だからな。俺がお前らが付き合ってないですーって言ったらおま…アリアはいくらくれんだよ?」

 

恨みなんてない。それは本当の話。正直な話をすれば、金が欲しかっただけでした。

 

「あ、あんた。それ言うだけで金取る気!?」

 

「あったり前だろうが!俺は金さえくれりゃどんなことでもする。逆に言うとどんなことも金くれなきゃしないんだよ!」

 

ドヤっとワザと仁王立ちしてアリアの前で立つ俺。

 

うん、自分でもわかるクズっぷりだ。だがな、これが大人の世界ってやつなんだよ。人は情だけで生きていけるとは限らないんだからな。

 

良い子は真似しないように、良いことないから。

 

「あんた、意外と最低ね…」

 

「…正直余裕ないのよ…。」

 

そうなの…。もう財布の中身だけしか残ってないんだよ。今なら自動販売機の下余裕で覗けるわ。

 

「はぁ、わかった。言い値を払うから頼んだわよ」

 

「あーい、合点承知の助」

 

そうして俺は臨時収入とともに大切ななにかを失いつつ、男子生徒とアリアの無罪を証明したのだった。

 

 

―――――

 

 

タァン タァン…

 

平常授業を終えた俺は、射撃場に来ていた。

 

強襲科に所属して一年。来ていたのは最初の三ヶ月くらいだっただろうか。

 

途中から嫌になっていかなくなったんだが、今日アリアに言われた「実力がある」という一言がどうしても頭から離れず、このモヤモヤした気持ちをどこかにぶつけたくて久しぶりにやってきたわけだが…

 

《岡崎 修一 スコア 0点》

 

 

「…はぁ…」

 

引き金を引いて弾が飛んでいくのはいいが、やはりマトの中央には当たらない、どころかそのマトの書かれた紙にすらカスリもしなかった。本当に銃の才能ないんだなと思い知る。

 

今日のあのセグウェイもどきとの対戦のとき、仮にだがキンジ(あのあと少し話してお互い知り合いもどきにはなった)のように銃を使うことができていれば俺もアリアにいい顔出来たんだよな…。

 

そんな夢物語を想像しながらまた引き金を引く。相変わらず当たることはない自分の実力に落胆する。

 

どうしたらいいのかもさっぱりだ。やっぱ、変に自分に自信持ってもしょうがないのかもしれん…

 

 

出直そう、そう考え帰宅準備を始めたときだった。

 

「あ、見つけたぞ〜♬おい〜す!!」

 

 

 

そこへテンション高めの金髪ギャルが現れた。

 

 

そいつは明らかに俺の方を向いてなにかを言っている。

 

気のせいか、もしくは俺の後ろの誰かを呼んでいるのかなどと考えたがそうではないようで、確実に俺に声をかけようとしている。

 

…誰だこいつ?俺はこんなカースト上位人(仮)に知り合いなんていない。

 

こういう無駄に目立ったやつ相手にするのは間違いなくーーー面倒くさくなる。罰ゲームで声をかけなきゃならなくなったとか、先生に嫌々ながら頼まれたとか、ろくなもんでもない。

 

『修一はどうする?

逃げる

▷ 逃げる

  逃げる

 

「ええ!?ちょ、待ってよ〜!!」

 

そのギャルの前からダッシュして逃げることに決めた。こういうやつに絡むと余計なことしかないあのピンクツインテ然りだ。

 

そう判断しダッと背を向け走り去る。自慢じゃないが、逃げ足は速いと自負している。

 

…本当に自慢じゃないな。

 

などと自分にツッコミを入れつつ、高速で逃げ出す。

 

ギャルも流石に俺が逃げ出すとは思っていなかったのだろう。一瞬ひるんでしまったようだが。すぐに追いかけてきた。

 

(追いかけてきたし…。そこまでして俺に声かけるってことはなにか用があるんだよな…?やっぱ先生の用事とかか??)

 

逃げながら、追いかけて来るギャルが話しかけて来る理由が気になり始めていた。サイカイの俺にわざわざ話しかけて来る奴なんてめったにいない。

 

………せっかく久々の会話ができそうなんだ。話だけでも聞いていいかもしれんな。

 

そう思った俺は射撃場の入り口辺りでギャルを待つ。

 

Eランクの目立つ(悪い意味で)俺に、今日は来客が多いもんだ…。

 

「な、なんで逃げるのぉ??理子から逃げるなんて、ぷんぷんがおーだぞ!」

 

俺の前で息を切らしながら両手で鬼の角を表現するのは身長150cmほどの長い金髪をツインテール(ツーサイドアップ?)に結った、ゆるい天然パーマが特徴の童顔の美少女だった。

 

こんな美人が俺に何の用だ?などと思いつつ、確かに話も聞かずに走り去ったことに関してはちっと悪いことしちまったと反省。

 

「ああ、悪かったな。いきなり声をかけられてビックリしたんだよ。で、なんか用か?」

 

「んふふ〜、あなたアリアとお友達なんだよね?アリアってどんな子なのかなーって聞きたくてさ♬」

 

なるほどな。アリア関連で俺に近づいてきたと。俺とアリアが知り合いだって知ってるということは…同じクラスってところか。

 

まあ納得だ。俺に対してなにか用があるほうがおかしい。

 

「と言ってもなぁ。俺がアリアと会ったのは昨日が初めてだから、俺もあんまし知らないぞ。知ってるとしたら短気なやつってくらいだ、あとうるさい」

 

「ふーん、そっか」

 

ギャルは俺の返答に軽く返すだけで終わり、なぜか俺の顔をニヤニヤと見ている。

 

俺が首を傾げる中、ギャルは「くふっ」と独特な笑い方をしながら俺の方へ一歩近づいてきた。…おい

 

「近い」

 

「え〜別にいーじゃーん?嬉しくなーい?」

 

「そりゃ嬉しいだろ。でも意味が分からん」

 

俺も男だ。女の子にこれだけ近づけられると嬉しいのは仕方のないことだ。

 

それと、わざと興味ないように振る舞うのも仕方のないことである。

 

「正直だね?」

 

「男だからな」

 

「うんうん!それくらい欲望に忠実なほうが理子も好きだよ!岡崎修一くん!」

 

「あ?なんで俺の名前知ってんだ?」

 

「だって理子、探偵科のAランクだよ?簡単に調べることできるもーん」

 

できるもーんってそれ個人情報じゃ…まぁ、武偵だし、しょうがないか。…しょうがないんだよな?

 

「でも、わざわざ俺を調べたのか?アリアのこと聞きに来るためだけに?」

 

ギャルはくるっと回ると(なぜ?)また俺の方に近づいて答えた。

 

「だって〜しゅーちゃんのことも、もっとよく知りたかったんだもん♡」

 

「ふーん」

 

Eランクの俺を、わざわざねぇ。…ん?なんか今違和感があったが?

 

ギャルは俺の手を握ってきた。いやなぜ?

 

「それにね!理子としゅーちゃんって同じクラスなんだよ?」

 

「え、そなの?」

 

「だからぁ、理子としゅーちゃん、もっと仲良くなれると思うんだよねぇ」

 

「うむ、悪くない」

 

見た目ギャルだがこの子は中々の美人だ。出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでる。こんな子と仲良くなるのに躊躇なんてしないもんだ。男ってのは。

 

「私、峰 理子!理子でいーよ!!よろしくねしゅーちゃん!」

 

「岡崎修一。その、しゅーちゃんってので別にいいよ」

 

いつの間にか俺にあだ名がついていた。女子からあだ名で呼ばれるのっていつ以来だろう…ああ、修って呼ばれるのはあったがあれはあだ名でいいのか?

 

「それにしてもしゅーちゃんって銃の使い方下手だよねぇ。理子後ろからちょっと見てたけど驚いちゃった」

 

ギャル…もとい理子はもう友達として接してくるようだ。俺のスコアを見て「くふふ」と馬鹿にしたように笑う。

 

ああ、あれ見られてたのね、恥ずかし。

 

「まあEランクだしな」

 

「普通の人Eランクでも、もうちょっと当たると思うよ」

 

「………。」

 

なんでかな。知ってたけど、人から言われたらやっぱ辛いや。

 

いつもほかの武偵にクスクス笑われているのでメンタルが鍛えられたと思っていたが、そんなことはなかったようだ。ズーンと落ち込んでしまう。

 

別に…好きで当ててないわけじゃないやい!

 

落ち込む俺の姿を見た理子が、流石に言いすぎたとばかりに背中を叩いてくれた。

 

「ご、ごめん言い過ぎた。じゃーあ、理子が銃の使い方、教えてあげてもいーよ??」

 

「あー、それは…いいや。遠慮しとく」

 

「どうして?」

 

「いくら教わってもわからなかったからな。コーチが変わったところで結果は見えてんだよ。わざわざサンキュな」

 

見た目と違って気を使える理子の頭をポンポンと撫でて俺はバックを持つ。先生にさんざん教えてもらってこれなんだ。今更理子一人に教えてもらったところで上達するとは思えないしな。

 

そんなことはさておき、俺にはやることがある。背負ったバックに入ったものを、そろそろ金に変えに行くとしよう。

 

「しゅーちゃん。それなに?」

 

理子が俺の撫でたところを触りながらもバックに興味を持った。俺はふふんと笑ってバックを開いた。

 

「これか?今日朝変な機械に襲われてな。戦利品だ」

 

「うわあ!すごーい!これ7.8機ぶんくらいあるんじゃない!?」

 

バックのなかに詰まった金属類を理子に見せてやる。中々のもんだろ!とドヤる俺を無視し、理子はへーっと感心しながらそれを漁っている。…無視しないでほしい。

 

「これって、もしかして今流行ってる武偵殺しの模倣犯のやつ?」

 

「ああ、そういやそんなことキンジが言ってたな。よくは知らないが…」

 

俺はニュースを見ても聞き流すくらいであまり知識として蓄えてはいない。確かに今巷で悪名が知れ渡り始めた武偵殺しという悪党の話はなんとなく知ってはいるが、深い内容までは知らない。…世間の話題にはついていけないのだ。

 

まあ、ついていけなくても話すこともないからいいのだが。

 

……はぁ。

 

「そっかぁ。これ、どうするの?」

 

「装備科のやつに知り合いがいるからそいつに買い取ってもらおうと思ってな。今日の晩飯は豪華になるぞ!」

 

この量なら軽く一万はいくだろう。豪華な肉が食える…!ああ、今すぐにでもスーパ-に直行してお肉をこの手にしたい…!!

 

「ってことで俺は行くわ。じゃあな」

 

そうやって俺は、すぐに理子から離れようとした。

 

理由としては単純、もうこれ以上仲良くなりたくなかったからだ。これ以上仲良くなってさみしい思いをしたくない。

 

理子はいいやつだが、俺に絡んでもメリットがない。

この学校は普通の高校とは違う。クラスメイトもいずれ敵対するかもしれないのだ。

 

つまりこの学校では交流を深める際、相手と自分の力量を計って同じくらいか実力が上のやつのみという暗黙のルールが存在するということだ。

 

だからこそ俺は誰とも話すことがない。そう、力量が同じやつなどいないからな!!

 

……。

 

理子は探偵科のAランク。

そんなやつが、俺と絡むのもアリアというSランクの情報が欲しかったからであり、もともと俺目的ではないことは明白。だったらこれ以上関わっても意味はない。

 

もう俺の持ってるアリアの情報は少なかったが全部話した。

 

他の呼び方の話なども会話の流れを壊さないようにしてくれただけだろうし、もうこれから話すことも話しかけられることもないだろう。

個人的には久々の友達同士みたいな話ができたからちょっと寂しいが。仕方ないさ。

 

そういうことで、俺は早々に去ろうと――

 

「じゃあ理子がその資材買い取ろっか?その装備科の人の定価の1.5倍で!!」

 

「さぁもっと仲良くなろうよ理子さん!!俺あなた大好きだわ!!」

 

ぐるんと身を翻し、理子の手を強く握る。

 

 

全く誰だ力量を測るとか言ったやつは。お互いに利益があるならいいじゃないかいいじゃないか。

 

俺の身の翻し方とそのテンションに若干引いてる理子に俺は1つ疑問に思う。

 

「でもよ、お前探偵科なんだろ?なんでこんな資材いるんだ?」

 

探偵科は主にパソコンなどの電子機器を用いて捜査したり、推理するような学科であると聞いたことがある。こんな資材を受け取ってもなににも使えないだろうに。

 

「んーと、探偵科の授業でさ、1から物を作る課題出されちゃって。その機材が欲しかったんだよね。見た限りじゃこれかなりいい素材使ってるみたいだしもらえるなら理子も助かるんだよね」

 

ふーん、探偵科ってそんなこともするんだな。面倒そうだが、

俺にとっては金さえもらえりゃなんでもいい。何に使おうが知ったこっちゃないしな。

 

「おっけ。んじゃあ交渉成立!」

 

「おーいえー♬」

 

そうして俺たちは話し合って金額を決定した。理子は嘘つくことはなく、ちゃんと定価の1.5倍の金額を設定してくれる。

 

うん、今度からこういうものは理子に売りつけよう。

 

1.5倍はやばいって。今日の飯、肉だけじゃなくてポン酢からおろしポン酢に変えても足りるくらいになりそうだな!!うっひょー!

 

舞い上がりそうなくらいテンションの上がる俺氏。思った以上の収穫に俺はもう有頂天になっていた。

 

「うん、おっけ!じゃあ口座に振り込んでおくね!」

 

「おう!頼むぜ!!」

 

話し合いも終わり、交渉終了。俺はもちろん理子も満足そうに微笑んでいる。

 

射撃場の入り口でニヤニヤ笑う二人。周りから見たら異様にしか見えない光景だが、関係ない。今の俺にはこれから手元に入るであろう数字を、見続けることしかできないのだ。

 

「そういえばしゅーちゃん、アリアにもお金要求してたよね」

 

「お、聞こえてたのか」

 

ニヤニヤしている俺に、理子が話しかけて来る。どうやら朝のことを言っているようだ。

あのときかなりの小声で話してたから誰も聞いてないと思っていたが、理子には聞こえてたらしい。

 

「まーね!理子耳いーし!ねえねえ、いくらもらったの?アリアって意外とお金持ちだから結構もらったでしょ?」

 

「300円」

 

「へ?」

 

この数十分で俺がお金好きというのはもうバレてしまったらしい。俺ももう隠す気もないため、指を3本立てて理子に見せつけた。しかし、俺の解答に理子は目をぱちくりしていた。

 

「もっかい言って?3000円?」

 

「は?だから300円だよ。明日の朝メシ代」

 

「それだけ、なの?アリアから貰えるのに?」

 

「流石の俺もあれだけで何千ももらえるかよ。つーか300円バカにすんなよ?パン3つ買えるからな」

 

パン3つだけで人間がどれだけ生きることができるか、こいつ分かってないな。

 

「………ぷ。あっははは!しゅーちゃん面白い!アリアに300円って!小学生じゃないんだから!!あっはは!!」

 

なぜか理子に爆笑されてしまった。まあ確かに…

 

「確かに少なかったかもしれんな。あと200円くらいせびっとけば昼飯に使えたのか……」

 

「あっはははは!!」

 

理子は腹抱えて大声で爆笑し始めてしまった。そんなに面白いか、これ?

 

それからしばらく笑い転げる理子に俺はただただ首を傾げていた。

 

―――

 

「でもでもしゅーちゃんやるねぇ!武偵殺しの機械ってかなり強力だって聞いたけどこんなに倒したんでしょー?」

 

話が変わり、朝の話になった。どこからその情報を得たのか、早いな。

 

「おう!俺は強いんだほめ讃えよ!!」

 

「しゅーちゃんすごーいすごーい♬」

 

はっはっはと仁王立ちする俺の周りをピョンピョンと回る理子。ノリがいいのは外見と同じみたいだな。さて…

 

「なんつってな。無理に決まってるだろ。キンジだよ、知ってるだろ?遠山キンジ。あいつが4機倒したんだ」

 

「あ、そうなんだー。あ、でもでもEランクのしゅーちゃんがどうして4機も倒せたの?」

 

どうやら俺が勝てたという事実に疑問があるようだ。まあ、それもそうだろう。一般武偵ならともかくサイカイFランクの俺が勝てるなんて思わないもんな。

 

しかし俺は勝ったのだ。ここは素直に自慢させてもらおう。

 

「そりゃたまたま俺と機械の距離が近かったのと偶然弱点に気付けたからだろうな…短期間で見つけたんだぜ」

 

「弱点?」

 

「まああれが弱点っていうのかはわからないけど、少なくとも反撃の一手にはなったかな」

 

「それでそれで!?」

 

俺は自分の口がツンと伸びているのを実感しつつ、ぐいぐい来る理子に話し始めることにした。まあ探偵科だから色々と知りたいのだろう。

 

俺は自分がAランクの人間に教えるという立場に酔っていたのだ。

 

「あの機械は多分ある程度の大きさの物体が、ある一定の距離内で動くと発砲するようになってた。それなら近くに物を投げるとその方に銃口を向けてくれるからな。だからEランクの俺でもなんとか倒せたってわけだ。…まあやっぱそれでも苦戦したけど」

 

「へーなるほどなるほど!」

 

理子は感心したように何度も頷くとわかった!と力強く頷く。

なにがわかったんだろうか?よくわからない…がまあいいや。俺も話していて気持ちよかったし。

 

「じゃあそろそろ理子、お金振り込みに行ってくるね!しゅーちゃんもう今日の晩御飯もやばいんでしょ?」

 

「おう。振り込みなかったら今日はもやし炒めになる」

 

「そっかそっか!じゃあねしゅーちゃん!今度依頼あったらもってくるから!よろしくぅ!」

 

「簡単なやつならな」

 

「うん、よろしくー♬じゃーあじゃばー!!」

 

なんかよくわからん言葉を言って理子は去っていった。俺も手を振って返しつつ、その後の数分、急に静かになった空間でふうと息をはく。

 

なんつーか、記憶に残りやすいやつだったな。それにこんな俺にも平気で話しかけてくれるやつはそういない。

 

俺がEランクというだけで俺に話しかける人は一人もいなかったのだ。陰口は聞こえていたがな。

理子ともうちっと早く会っていれば、俺も少しはマシな学園生活ってのを送れたのかね。

 

などと思いつつ、もう一度試しに射撃場でスコアを計ったあと、俺は今日の夕食を買いに行くことにした。

 

(今日は濃い一日だったな…。楽しかったけど、特に最後の会話)

 

その間も久々に友人のように話した彼女との会話を何度も頭の中で思い返していた。

楽しかった記憶は何度繰り返しても楽しいものだ。

 

 

その中で…

 

 

(…あり?待てよおかしいぞ…?)

 

そして、あることに気づく。先ほどの理子との間に交わした会話の中で疑問に思う点がいくつか出てきたのだ。

 

「あいつ………なんであんなこと、言えたんだ?」

 

俺はそこが気になって仕方なかった。

 

 

 

あいつもしかして、なんか隠してないか?

 

 

【第1章 「始まり」 終】




ヒントはなんで知ってる?です



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2章 VS武偵殺し
(4)任務前の下準備


「3話のあらすじ」
射撃場で修一に話しかける金髪ギャル。ギャルの元々の整った顔にどぎまぎするコミュ障修一。
その初めての会話の中で、なにか気になりアホなりに色々と考えてしまうが、とりあえず家に帰ることにする。お金は潤った。



夕飯はそれはそれは豪華だった。

ご飯に味噌汁、さらにはしゃぶしゃぶの高級お肉!そして普通のポン酢ではなくおろしポン酢まで!完全な栄養バランス!

 

そして野菜もキチンととれるこの瞬間、ああ、俺は生きている!!

 

男子寮に帰る前にコンビニに寄り口座を確認してみるとちゃんと指定した金額が振り込まれていた。俺は急遽入った臨時収入にコンビニの中でガッツポーズしてしまったほどである。

 

素晴らしきかな理子様!これで俺はあと一ヶ月は普通の食事にありつけそうだぜ。

 

俺は新しくできた友達(神?)に感謝しながら久々の豪華な食事を楽しんだ。

 

――――

 

至福の時間を過ごしたあと、今日の戦闘での被害状況を確認することにした。久々の戦闘で出来た傷などを治療しつつ傷ついたものを並べていく。

 

「ひっさびさにボロボロだな」

 

まずは竹刀だが、弾丸を二発も受けてしまっていた。

 

空いた2つの穴があまりにも大きくこれでは使い物にならないようだ。金銭的問題で竹刀を防弾仕様にしていなかったのがあだになったか…。まぁ日頃使ってなかったからボロくなってたってのも1つの原因だろうが。

 

もちろん袋も同じくダメだ。同じく穴が開いてしまっている。この2つは処分するしかないだろう。

 

自転車は使ったのがサドルだけだったから被害的に少ない。

 

小型銃は整備していただけあってまだまだ現役だ。弾は補給しないといけないが。

 

以上より、補充すべきは竹刀、袋、弾、サドルということになる。意外とかかりそうだな…。

 

(仕方ない…久しぶりにあいつに電話してみるか)

 

地味に俺の金を喰いそうな気がしたため、俺は最終兵器として一人の女に電話かけることにした。

 

俺の幼馴染で、今はオランダかどっかで海外留学をしているやつがいる。

 

そいつは俺称『最強の会計』だ。

 

『はいリサです、修くんですか?』

 

「おう」

 

リサ・アヴェ・デュ・アンク。金の長髪が特徴的な女の子だ。

 

先ほども言ったが幼馴染の腐れ縁ってやつで、今も頻繁に電話している。

 

リサの家系は何か事情があるらしく今も留学しながらなにかしているようだ。…内容はあまり教えてくれないのだが危ないことではないらしい。

 

っと、そんなことよりだ。このリサには特技がある、俺が『最強の会計』と呼んでいる理由はこれだ。

 

『なるほど、竹刀が壊れてしまったのですね』

 

「ああ、できれば次はもっと固くしてほしい。鉄も切れるくらい」

 

こいつはいい素材を集めるスペシャリストだ。

 

基本俺のもつ資材などの調達はリサが行っている。俺のほしいものをなんでも格安で手に入れてくるというある意味一番すごいやつとも言えよう。

 

この俺の持っている小型銃も定価の半額の値段で持ってきやがったときは驚いた。俺のこのセコイ性格もリサが近くにいたからというのも一つだろう。

 

 

『て、鉄ですか…?そうなると本物の刀とかになりますけど』

 

「それは無理。刀なんて重たくてずっと持ってられるか。竹刀くらい軽くて、鉄も切れるやつよろ」

 

『あ、はい!わかりました!できる限り探してみますね!明日のこの時間には結果を持ってきます!』

 

かなり無茶を言っているはずなのだがリサの電話先の声はなぜか弾んだように明るい。これは昔からよくわからないのだが本人が気にしていないようなので俺ももう気にしないようにしている。

 

それからサドルと弾も送るように頼み、できる限り格安になるように念を押しておく。

 

 

『わかりました!…ところで修くん、学校はどうですか?』

 

「あーそうだな…あ、一人友達が増えたぞ」

 

『やりましたね!どんなお友達なんですか??』

 

「ああ、俺なんかと気軽に話してくれたいいやつだ。これからも仲良くできそうだよ」

 

『そうですか、それはよかったです!リサが日本に帰ってきたら紹介してくださいね!』

 

「おう、女子同士気が合いそうだしな。仲良くしてくれ」

 

理子もリサもコミュ力高いし、すぐに仲良くなれるだろう。

 

そう思っていたのだがリサの「え?」と意味深な反応をした。…え?

 

『…修くん、その友達って女の子なんですか?』

 

「ん?そうだけど…それがどうした?」

 

お前に男子を紹介しないだろうと当たり前のことを言ったはずなのだがサラが意外な反応をした。…?

 

『……。いえ、別に。ところでその子可愛かったですか?』

 

「え?まあ…可愛かったな。正直あんな子と付き合えたら人生勝ち組だろうなぁ」

 

『…………。』

 

理子ほどの美人と付き合えたらもう天国だろうな…俺だったら毎日プレゼントあげたりとかして頑張るだろうな。なんて妄想をしながら返答するが、リサからの返答がない。

 

…??

 

『修くん、リサ近々日本に帰ります。まだ忙しくて先にはなりそうですが、できる限り早めに帰りますね。あと修くん、美人な人ほど性格が気難しい場合がありますから、顔だけで好き嫌いを分けてはいけませんよ?』

 

「あ、ああ。わかった…。てかそれだとお前も気難しい性格になるんじゃねーの?」

 

『え?……そ、そうですか?修くんはリサは気難しいと思います?』

 

なぜか怒ったような口調のリサだったのだが、急に()()()()()()()()で俺の返答に質問で返しやがった。こいつ今日テンションの上げ下げが異常すぎてついてけねーんだけど。

 

「あ、ああ?そりゃお前顔可愛いし、お前の理論だとお前もそうなるんじゃ…?」

 

『…。よっし』

 

「…??」

 

俺の返答にまた怒ってくるかと思ったがそれとは真逆の反応が電話越しに聞こえた。もうわけがわからん。

 

『修くん、リサはもう満足したので寝ます。修くんも早めに寝てくださいね!』

 

「ん、あ、ああ。おやすみ」

 

 

『はい、またかけます!!』

 

 

そうして勝手に切りやがったリサ。最後までよくわからなかったが、本人が満足していたようだし、依頼はちゃんとこなしてくれるだろうし。いいか。

 

そうして通話を終えた俺は昨日からまた始めたトレーニングを行った。

もちろん自分に武偵の才能がないのは理解している。だがだからと言ってそれを言い訳にして逃げるつもりは一切ない。

無理だ、ダメだで逃げていた自分はもう捨てたんだ。俺自身が今できることを精一杯やるしかないだろ。

 

そうして、ある程度のトレーニングをし終わると、特にすることもがなかったので寝ることにした。なんせ起きてたら電気使うからな。電気代の節約節約。

 

―――――

 

朝、潤った金で卵とベーコン、パンを買っていた俺は、また久々の贅沢な朝食にありつけていた。しかも飲み物はコーヒーときた。これはもうーー

 

「天国だ。間違いない」

 

『やだ!逃がすもんか!キンジはあたしの奴隷だあ!!』

 

『はーなーせ!!』

 

「……ちっ」

 

久々にカチンときましたよ私もね。隣の部屋がうるさい。なんだってこんな朝っぱらから、しかも俺の至福タイムで声をはりあげる。

 

……ん?というか今の声ってアリアじゃないか?あの声を聞き間違うわけないし。なんだって男子寮に。というか、キンジって言ってたな。もしかして隣の部屋キンジが使ってるのか?などと色々と考えて、まあアリアだし。の一言で片付けることにした。

 

…後で会ったらとりあえずうるさいとだけは言っておくか。

 

そう思って時間を確認すると、そろそろ出ないとバスに遅れる時間だった。

 

「さてと、あいつらも乗るだろうし、そん時にでも一言ーー」

 

そう思って立ち上がった時だった。俺の携帯が着信を知らせて震えていた。おお、一瞬気づくのが遅れたぞ。リサ以外から電話って一年ぶりじゃないか?

 

などと悲しいことを思い出しつつ、番号を確認するが、番号だけで誰かは分からなかった。…とりあえず出てみることにする。

 

「はい?」

 

『お、はよー!!しゅーちゃーん!!』

 

「おお、理子か。おはよう」

 

『あれ?もっと驚くと思ったんだけどなぁ。な、なんで俺の電話番号しってんだよ!?みたいな?』

 

「お前、前に俺の個人情報調べたって言ってただろうが。いまさらそれくらいじゃ驚かんよ」

 

『そっかそっか!あ、そうそう!口座にちゃんと振り込んでたけど確認した??』

 

「おお!それならマジで感謝だ。サンキュな理子」

 

『うぃーっす!理子は約束だけはきちんと守るからね!というわけで、約束ついでに依頼も持ってきたよ!』

 

「あ?依頼?」

 

『そそ!ほーらぁ、理子が帰る時言ったでしょ?依頼があったら持ってくるって』

 

あれってその場限りの口約束じゃなかったのか

 

『でねでね!しゅーちゃんの性格にどハマりのいい依頼持ってきたんだー!興味あるでしょ!?』

 

電話でもグイグイくるなこの金髪ギャル。というか朝からテンション高い高い。…だが

 

「ない」

 

『え?』

 

「興味ないわその依頼」

 

『な、なんでー!?まだ内容も聞いてないじゃん!』

 

「ーーあるし」

 

『なに?聞こえなーい??』

 

俺は、聞こえなかったらしい理子にドンと胸を張って答えてやった。

 

「今は金があるんだ、お前のお陰でな!いいか、俺が任務をやるのは金がないときだけだ!ある時は絶対しないって決めてんだよ!怖いし!!」

 

まあそのない時にする任務もEランク向けの簡単な任務なんだけど。小遣い程度の。

 

 

電話越しで理子がうわぁと引いているのを実感しつつ、もう切ろうと電話を耳から離そうとしたとき

 

『でもさー理子が1.5倍で買い取らなかったらもっとお金減ってたよね?これって〜貸し1ってやつじゃないかな〜??』

 

「なっ!?おま、金で貸しなんて汚ねぇぞ!!」

 

『一番お金に汚いのはしゅーちゃんだよー!!』

 

ガルルルル……!とお互いに電話越しに威嚇し合う。が、確かに落ち着いて考えてみれば理子の言っていることも少しだけ理解出来なくもない。

 

『それにこれ、例の武偵殺しが関わってる可能性があるからって報酬はたぶん30まーー』

 

「引き受けよう」

 

即答だった。なんでそんな重要なことを早く言わないんだ。なんだなんだ今週は俺のゴールデンタイムだったりするのか!?金の話が次から次へと!

 

『…なるほど、しゅーちゃんにはまずお金の話を振ればいいのか』

 

理子が俺の扱い方を理解し始めたところで、俺はその依頼内容を聞くことにした。ワクワク、ドキドキ

 

………ん?

というかそもそもどうしてこいつは俺なんかにわざわざ依頼なんて持ってきたんだ?俺よりランクが高いやつなんて、というかランクの高いやつらしかいないと思うんだが??

 

『依頼内容は「建物調査」。町外れのある倉庫で武偵殺しが秘密裏に作業してるみたいなんだよね。まぁどっちかっていうと嘘情報に近いみたいだけど、一応調べてちょっていう感じ』

 

「おいおい、それ絶対Eランクじゃねーだろ。なんでそんな依頼なんて…」

 

『もー!ぶーすか言わないー!!今日中に行って結果だけ報告してくれればそれだけでいいから。あ、ドア開けてチラッと見て帰るとかしちゃダメだよ!』

 

「あーはいはい。あんま期待すんなよ」

 

『はーい!資料は後でメールで送るから確認してね!じゃ!』

 

そう言ってすぐに切った理子。うっし、なら準備するかね。

 

俺は任務のための持ち物を確認する。…が

 

「ありゃ」

 

俺の手元にあるのは

 

小型銃 弾 四発

携帯

ティッシュ

 

以上。

 

無理だな。無理。これじゃ昨日のセグウェイでもいたら即死だ。

 

 

『私は嫌いな言葉が三つあるわ。無理、つかれた、めんどくさい。この三つは人間のもつ可能性ーー

 

「いやでもこれは無理だろ」

 

またあのピンクツインテの言葉が頭を過ぎったがこれは無理だろうが。

 

「……はぁ、しょうがないか。あいつ金にうるさくて嫌なんだけどなあ」

 

行く場所が決まった俺は電話である天才にアポを取りつつ、部屋を出た。

 

 

今日は学校サボることになりそうだ。

 

 

 

 

 

俺は装備科のある一室の前にいた。アポは取ってあるからノックしてすぐにドアを開ける。

 

「あややー。本当に来たのだ!」

 

「おう。本当に来たぞガキンチョ。今回も安めで頼む」

 

「岡崎くんは本当にセコいんだなー!やる気が起きないのだー!」

 

「いや男子高校生から何十万も取る方がおかしい」

 

平賀 文(ひらが あや)。東京武偵高校2年のおこちゃま体系のランクAだ。皆が言うにはSランクの実力があるというが、違法改造や相場無視の吹っかけ価格の改造などでAランク止まりになっているらしい。

まあつまり俺みたいな平凡学生の天敵である。

ショートカットの髪を左右の耳の脇でまとめた髪型をしている。正直可愛い。平賀源内の子孫であり、機械工作の天才とよく呼ばれている。まあ、やる気と価格は紙一重らしく、こちらの提示資金が低いとかなりいい加減に作りやがるから、ときどき(俺の場合はほぼ)不良が起きることもある。

 

だがこいつのいいところは不良があることがあってもEランクである俺の道具を作成してくれる点だ。

 

装備科での成績の上げ方として、コンテストに提出して成績を残すことなどのほかに、ほかの武偵に良い成績を上げるための武器を制作するというのがある。

 

簡単に言うとアリアなどのSランク武偵が装備科の生徒の作った武器で良い成績を残すと、その装備科の生徒の成績にも反映される仕組みだ。

 

だからこそ俺のようなEランク武偵の装備なんか作ってもどうせ活躍しないことが分かっている以上、作らないという生徒がほとんどなのだ。だからこそ、こんなことを言いつつも平賀にはかなり感謝していたりもする。

 

「まあ、今日もあややの思い付きで造った商品を買ってもらうのだ!!」

 

「おう、ほとんどそれ目当てできたからじゃんじゃん出してくれ」

 

だが俺には違法改造するほどの武器も相場無視の吹っ掛け改造もするものがない。よって、平賀の勝手に作ったものを適当に買っていくことにしている。時々不良を起こすものの、やはり使い勝手がいいんだ。この天才様の作ったものは。

 

「まずはこれなのだ!!シュワワワーン!『冷却弾ーー』!!」

 

「いやわざわざダミ声で言わんでも…」

 

どっかに怒られないか心配しつつ、平賀の出した弾を持ってみる。ひんやりと冷たい

 

「これは弾の中に液体窒素を混ぜてあるのだ!これでーー」

 

「これで??」

 

「150mlの水を弾を撃つだけで氷にすることが可能なのだ!…逆に言うと、それだけなのだ」

 

なるほど

 

「つまり冷やすってこったな」

 

「まあ簡単に言うとそうなのだ!これはまあ失敗作だから300円でいいのだ」

 

「買おうじゃないか」

 

アリアよお前の金、使わせてもらうぞ。

 

「次にこれなのだ!シュワワワーン!『絶対温か毛布 コンパクト』!!」

 

「いやもうその声いいから」

 

この子のいまハマっているアニメがわかった。俺は見た感じ普通の毛布を小さめにしたようなものを触ってみる。

 

「これは冬にかなり使える商品なのだ!これを体に巻くだけで外との温度差を比較して毛布の内側を人間のくつろげる最適な温度に瞬時に変換してくれるのだ!これなら寒い中でも巻いた瞬間に温か毛布に包まれることが可能なのだ!!」

 

「ほうほう」

 

いいね。電気代かからなそうだし。

 

「さらにさらにコンパクトとだけあって、ボタン一つでこの通り!!携帯サイズまで小さくすることが可能なのだ!持ち運びが便利なのだ!!」

 

「おお!すげえ」

 

平賀に言われた通り、一つだけあった小さな赤いボタンを押すと、みるみる小さくなっていき、手のひらサイズになった。す、すげぇ、どうなってんだこれ…。

 

「これは5000円なのだ」

 

「んー高いが、たしかに高性能だ。買おうじゃないか」

 

「おお!今日の岡崎くんは気前がいいのだ!」

 

「まあな!臨時収入で意外と財布が潤ってんだよ」

 

どやっとする俺におおー!と拍手する平賀。この子のノリも俺の好きなタイプである。

 

それからいくつか見せてもらってそのうちいくつかを購入する。

 

冷却弾とは逆に火を出す火炎弾(なんかロマンがあったのだ)

 

女子の制服が透ける眼鏡(これが一番高かった!でも決めるのは一番早かった!)

 

跳ねるたびに大きくなるスーパーボール(超やってみたい!)などを購入

 

「最後にこれなのだー!シュワワワーン!『防弾シュート』!!」

 

「防弾シュート??」

 

もうパンパンのバックに道具を押しこみつつそう聞き返す。前までのは名前でなんとなく用途がわかったがこれはさっぱりだ。

 

渡されたのは普通の防弾チョッキ。だがその背中の部分が少し盛り上がっている。

 

「それは簡単に言うと防弾チョッキにパラシュートを付けた物なのだ。理由は特にないのだ。たまたま余った素材がその二つだけだっただけなのだ」

 

「なるほど、いらん」

 

パラシュートなんてどこで使うんだ。防弾チョッキは着ているがそんな追加機能があっても使わないだろう。

 

「そうなのだ?これはいらないものでつくったからタダでもよかっーー

 

「いただきましょう」

 

俺はタダの一言で即購入を決意した。逆に言うとパラシュートがついてくるんだぞ!いいじゃないか!!

 

もうバックに入りきらなかったので防弾チョッキは着替えることにする。持っていた防弾チョッキをお礼に平賀にあげようとーー

 

「いらないのだ」

 

ーーしたが、いらないらしいのでそのままゴミ箱にぶち込んだ。なんか、あげようとしたのいらないって言われたら傷つくよね。

 

「それにしてもこんなに買ってくれるとは思ってなかったのだ!」

 

「ま、いまから依頼だし。死んだら余らした金がもったいないだろ?」

 

「え?そんな危険なのに行くのだ??」

 

そういうと平賀は少し心配したような目をした。………何だかんだ言いながらきちんと俺の事見ててくれてんのな。

 

俺は平賀をやさしくなでー

 

「やめてほしいのだ」

 

ようとしたができなかったのでそのまま話す。

 

「ま、つってもあれだ。デマだったらそんなに難しくはないらしいから、終わったらまたここにくるよ」

 

「わかったのだ!!その時のためにまた岡崎くんが買ってくれそうな安物商品作っておくのだ!!…暇なときに!!」

 

「おう、でもあんま不良品ばっか作るんじゃねーぞ!」

 

「あや!岡崎くんがもっとお金くれたら考えてあげるのだ!」

 

それは無理だ。

 

「んじゃ、またな平賀」

 

「なのだ!岡崎くんは話してるだけでおもしろいから、買う予定がなくても来てくれていいのだ!!…あ、そうなのだ!ちょっと待っててほしいのだ!」

 

俺に手を振っていたと思ったら何かを思いだしたようにガサゴソと段ボールの中をあさり始めた。そしてひとつの小さなボタンを取り出した。

 

「これを実験として使ってみてほしいのだ」

 

「なにこれ?」

 

「ふっふっふ!これはあややが趣味で制作中のボタン型ーーあ、シュワワワーン!『ボタン型監視カメラ―』なのだ!」

 

わざわざ言い直さんでもいいと思うが

 

「これには小さなカメラが搭載されているのだ。これで撮ったものがそのまま接続した携帯やパソコンに自動送信されるものなのだ!でもまだ試作中なのだ。だから、試験として使ってみてほしいのだ!他にも色々とできるけど、とりあえず撮影だけでいいのだ」

 

「…試験っていうならアリアとかのSランクに頼んだ方がいいんじゃないか?俺なんかよりよっぽどいいデータ取れると思うが」

 

「んー、お得意様に不良品を試験として使わせるのも難しいのだ。信頼は命、なのだ!」

 

「あーなるほど」

 

お得意様以下の俺にはもってこいだわな。

 

「ちゃんと岡崎くんの携帯も登録したから役には立つと思うのだ!使ったら感想を言いに来てほしいのだ!」

 

「わーった。サンキュな。んじゃ、もう行くわ」

 

「なのだ!」

 

ボタン型監視カメラをもらった俺は平賀の部屋を後にした。

 

 

さて、久々の任務、頑張ってみますかね。

 

 

そうして理子が送ってくれてた倉庫へと向かった。

 

 

 

改めて冷静になって考えると、おれ武器ほっとんど調達してなくね?…あり?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『くふ、そろそろ来るかな岡崎修一。本当に実力があるか、あたしが見極めてやるよ。ないなら…ここで死ぬかもね、くふふ!』

 

 

 

 

 

 




長馴染みという設定だけで修一がご主人様という設定ではないのでご安心を。

原作順守でいきます。


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5.EランクのサイカイVS武偵殺し

「4話のあらすじ」
理子の依頼「倉庫の調査」をこなすため知り合いの装備科平賀文の元を訪れ装備を整えた。金なしの修一にはろくな装備を提供されなかったが、行かないわけにはいかない



「でっか」

 

理子の言われた通りに進んだ先にあったのはかなり大きめの倉庫だった。

近くに漁船を多く置いてあるここは港の中でもかなり大きな部類にはいるらしい。そのため同じ大きさの倉庫がいくつも存在している。

倉庫と言っても一つが体育館ほどの大きさの倉庫だ。いったい何をそんなに入れるものがあるのか。高校生の俺には想像もつかない。「缶飲料製造」と書かれた倉庫が今回の目的地だったのだが…。

 

「さって、まずはどうすっかね…?」

 

こんな難易度の高そうな任務を受けたのは初めだ。まず最初にどうすればいいのか全く分からなかった。

 

正面から入って大丈夫なのか?いやでもな。もし本当に武偵殺しが使ってたら俺一瞬で死ぬじゃん。

 

…どうしたもんか。

 

とりあえず倉庫をぐるっと周り見てみることにした。どこかにスルッと入れそうな場所はないか調べるためだ。

 

そう見ていると1か所だけ、恐らく二階の部分に窓が設置されているのを発見した。下には箱が積まれていて、うまく動かしたり乗せたり出来れば登って入れそうだが…。

 

もし仮にここが本当のアジトの場合、ここと入り口を守っていればいいということになるわけだから、ここが安全という保証はない。

 

だがほかに行く場所がないのも確かだ。

 

「…いくか」

 

あの女の言葉を信じて、俺は金で自分を動かした。これで30万!と何度も言い聞かせとりあえず窓までの足場を作り、開きっぱなしだった窓にラッキーと思いつつ侵入した。

 

中は丁度日の光が入ってこない場所で少し薄暗い。

 

中はかなり暗く、目が慣れてくるまでしばらく時間がかかった。どうやら曲がり角の端っこの位置にいるらしい。

 

すぐ横に左に曲がる道があって、その先は一方通行になっている。

 

その先は、見えない…。

 

 

………行くしか、ないか。

 

小型銃を構えながら少しづつ、静かに、ゆっくりと進んで行く。

 

(こういうほんとに武偵みたいなことって、練習以外で初めてだからやけに緊張するな)

 

ドクン、ドクンと心臓の音がかなり大きく聞こえた。改めて考えると、ここは凶悪犯罪者のアジトかもしれないのだ。こんなに緊張するのも仕方がない。

 

才能があれば、こんな状況でも冷静でいられるのだろうか?

 

なんて皮肉を考えつつ、そのまままっすぐ進み続けていると…

 

カツーン、カツーンという音と、なにか機械が作動している音が左側にある部屋から聞こえた。 その部屋には明かりがついている。何か作業でもしているのだろうか?

 

「………ま、まさか、マジで武偵殺しのアジトとか言わねーよな…?」

 

心拍数がかなり上がっている。呼吸をしたがる口が閉じようとしない。

 

もしここで武偵殺しに出会った場合、俺の生存確率は0だ。間違いなく殺される。相手は優秀な武偵が何人も挑んで負けた相手だ、万に一つも勝ち目などない。

 

逃げ出したい、そう思ってしまう。

 

だが

 

(…こ、ここで逃げたら…昔の俺と変わらねぇ…。だったら、死ぬかも知れなくても…行くしか、ないだろ……あと金貰えるしっ)

 

昔に戻りたくない。その一心…と金を考えながら、

 

覚悟を決め、そっと扉を背に開いた部分から中を覗き見る。

 

 

そこには、製造機械が置かれていた。

 

一室すべてに機械が張り巡らされており、そこで機械が何か作業をしている。

 

 

 

人影は、ない。

 

俺の隠れる扉の対角線上にあるもう一つの扉からも出入りした形跡はない。本当にただ大きな機械のみが動いている。

 

…機械に乗っているあれは、缶詰、だろうか。コンベアから流れてくる空き缶の中にはなにかフルーツのようなものが入っており、その蓋を閉めているようだ。

 

(ここは缶詰を作る倉庫ってことか…たしかありゃあ液体窒素を缶の中に重鎮する作業、だったかな。たしかリサがそんなことをドヤ顔で言ってた気がする…。というか…

 

つまりあれか、ここは缶詰製造倉庫。ただそれだけの場所で、武偵殺しのアジトとかじゃない。そういうことだな。うん。)

 

なんだよ、脅かせやがって。と依頼主に少しイラっとしつつも緊張の解けた俺は小型銃をホルスターに戻し来た道を戻ろうと後ろを向いた。

 

 

 

 

 

こういう言葉がある。

 

 

 

 

 

ピクニックは家に着くまでがピクニックだと。それまではピクニックの最中なのだから先生の言うこと聞きなさい。

 

 

 

 

 

この言葉を今の俺の状況に変えて言うと…

 

 

 

 

依頼は、依頼主に完了の報告をするまでが依頼だ。それまでは任務中なのだから

 

 

 

 

気を抜いてはいけない。

 

 

 

 

『侵入者発見!!侵入者発見!!死んで下さりやがれです!!死んで下さりやがれです!』

 

 

「…うそだろ」

 

前方で甲高い音を出しながらそんなことを叫ぶのは昨日のセグウェイ機一機だった。

 

「…気を抜いた瞬間にこれだよ、ちきしょう!」

 

そう思いながらもダッと空き缶製造室に飛び込んだ。その瞬間通路からダダダダダダッ!!!と爆音が聞こえる。

 

「くっそ、なにがデマ率高いだよ!!ものほんのアジトじゃねえか!!」

 

あの兵器がいる以上、ここには武偵殺しが関わっていることは明白になった。…最悪だ。

 

部屋をゴロゴロと転がり機械の影に隠れ拳銃を取り出した俺に対し、扉の前にまで迫ったセグウェイが部屋を見渡した。

 

そして、大音量の発砲音が耳に響く。俺の姿を見つからなかったセグウェイが部屋全体に発砲を開始したのだ。

 

マジでマズイ。前は考える暇があったから何とかなったが今は…!!

 

その時、マシンガンから放たれた一撃が缶詰製造機の電力版に当たり爆発した。

 

ドオッ!!!っと爆風をまき散らしながら荒れ狂う部屋を俺は何もすることができずただ風に押されゴロゴロと転がってしまう。

 

そしてその体が先ほどとは反対側のドアにぶち当たり、その先の階段をゴロゴロと転がっていく。

 

階段の曲がり角地点で強く体を打ち付け、ようやく止まることができた。

 

「痛っつ……」

 

痛む体を無理に動かし、先ほどの部屋を見ると、壊された機械が燃え上がり部屋全体を炎が包み込んでいた。

 

あ、あぶねぇ、あのまま仮にドアから出られないと死んでたぞ。でも生きていた。

素直にうれしいし、俺の任務はここが武偵殺しのアジトかどうか調べることだけだ。つまりもう俺の任務は終わっているのだ。

別に壊滅させろとは言われていない、来た道には戻れないが出口から逃げ切れれば勝ちだ。今いる階段はおそらく中央の広い空間へ出るものであったはず。つまり最初に見た正面の扉へとつながっているはずだ。暗くて見えにくいが、このまま階段を降りてまっすぐ進めば逃げ切れる。

 

 

「…うっし、もうこんなとことはおさらばだ。行くか」

 

 

 

逃げ道を知った俺は大きく深呼吸し、自分は助かるんだと言い聞かせた。

 

 

そうして、タンッと軽く足を蹴って階段を一歩降りたーー

 

 

 

瞬間だった。

 

 

 

パッと広い空間を照らす照明が一斉に光を放ちーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『侵入侵入者発者発見侵侵入発見入見!!侵死んで下さ死んで下さりやがれですりやがれです侵発見入入!!侵入!!!者発発侵入見見!!』』』『『『死んで下死んで下さ死ん見侵侵入発見で下さりや見侵侵入発見死んで下死んで下見侵侵入発見さりやがれですさりやがれですがれ見侵侵入発見ですりやがれですさり死んで下さりや死んで下さりやがれで見侵侵入発見すがれですやがれです!死んで見侵侵入発見下さ見侵侵入発見りやがれです!!』』』

 

 

 

「………ッッ!?」

 

 

そして、見たくない現実を見せつけられる。

 

俺は幻覚でも見ているのだろうか。

 

 

階段の下。倉庫の大広間とも呼べるであろうその場所に

 

 

本当の入り口から入ってすぐの大きな空間に

 

夢のような光景が、広がっていた。

 

ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!

 

その大広間をすべて埋め尽くすほどのセグウェイもどきがこちらに銃口を向けていた。

 

その数は50機を超えているのではないだろうか…。すべての機械、すべての弾が俺を狙っていた。

 

 

一機で逃げを選び、四機をギリギリで倒せたあの怪物兵器が、だ。

 

「…は、はは」

 

 

俺は思わず口元がゆがむ。この光景はトラウマになること間違いなしだ。四機でやっとなのにこれはもう

 

 

絶望

 

そう言って間違いない。後ろに戻ろうにも部屋は燃えている最中だ。他に道なんてものは残されていない。避難できる場所もない。

 

自分の死の危険に血の気が引く。本当に、武偵ってのはこういう現場をいくつも攻略していたのか。

…住む世界が違いすぎる。こんなの、無理だろ。

 

俺は力なく手をダランと下げ、現実を見たくなくて上を見上げた。

 

ちきしょう。俺の人生、ここで終わりか?たったの10数年で終わりなのか?まだ女子ともキャッキャウフフしてないんだぞ。恋愛とか彼女とかその先とかさあ。

 

だがそれは俺が弱かったからだ。俺の力が足りなかったからだ。俺の才能が無かったからだ。

 

やっぱ才能のない

 

やっぱ努力じゃ勝てない

 

やっぱ武偵は俺には向いてない

 

やっぱ武偵なんか俺には無理だった。

 

 

そう

 

 

無理だったんだ。

 

 

50機ほどのセグウェイがウィーン…と電子音を鳴らした。どうやら一斉放火がもうすぐらしい。自分の人生を悔やみつつ、俺は諦めて目をつぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は嫌いな言葉が三つあるわ。無理、つかれた、めんどくさい。この三つは人間のもつ可能性を押しとどめるよくない言葉。私の前では二度と言わないこと!いいわね!!』

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

一瞬の静寂のあと…

 

 

 

 

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

50機ものセグウェイの一斉射撃が倉庫内の音を全てかき消した。後ろの壁に次々と穴が開いていく。

 

壁の前にある階段を支える柱が徐々に傾き、原型を徐々になくしていく。そして、ものの数秒で大音量を立てながら壊れていった。その時間を体感したものなら時間の感覚が狂ってしまうであろう。

 

 

 

 

 

シン…と

 

 

 

1分ほど経ってようやく発砲音が止まる。先ほどまで鼓膜が破れんばかりに鳴り響いていた音がようやくすっと鳴きやんだのだ。

 

少しずつ砂煙が晴れはじめ、先頭にいたセグウェイたちが俺の生死を確認するために階段付近に集まっていた。他のセグウェイも銃口をそちらに向けている。

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

「ったくあの、ピンクツインテ…無茶させやがって…ここから帰れたら1000円は奢ってもらうからな…!」

 

並んでいるセグウェイの一番左端、二階で今も燃えている部屋のすぐ近くにいたセグウェイもどきを思いっきり蹴飛ばしその近くにいたセグウェイをも巻き込まれ横転する。

 

ガッシャガシャン!!と音を立て巻き込み事故を起こしているセグウェイどもにいい気味だと吐き捨てる。

 

服はボロボロながらも、俺は五体満足で地面に立っていた。

 

一斉射撃のその一寸前に、階段の踊り場と下に下る階段の隙間に無理やり体を入れ込み下の一階の隅に逃げ込むことで、何とか一斉射撃を逃れることに成功した。

 

まあ実際、数十発はもらってるので完全に成功とはいえないが。

 

 

だが、生きている。俺はまだ、望む俺になるために頑張ることができる…!

 

 

 

俺はセグウェイどもに向けて大声で叫んだ。

 

 

「いいか武偵殺し!俺はもう諦めないからな!なんのとりえもねーし、なんの才能もないが!お前らにだけは勝ってやる!あと発砲はちゃんと狙って撃ちなさい!修理費と弾がもったいないだろうが!!」

 

どうしても言ってやりたかった。前々から思っていたんだ。

 

武偵殺しの奴は資源を大事にしない。とりあえず撃つかと数十発も発砲するんだ。それは俺の生活に対する侮辱と受け取っていいだろう。この野郎。

 

言いたいことを言い終えた俺はすぐに次の行動に移った。

 

俺にはもう一つ成功したことがある。

 

 

階段の下。

つまり上の部屋の真下に、地下へと続く階段を見つけたのだ。これならまだ逃げ切れるかもしれない!

 

50機のセグウェイがこちらに銃口を向ける前に俺はその地下への階段を全速力で駆け下りた。

 

 

 

どうやらまた、俺に逃げ出すって選択肢を与えてはくれないらしい。

 

ーーーーー

 

 

「………はぁ…はぁ…」

 

地下に入ると、少し赤みがかった光が照らす入り組んだ道があった。

 

俺は後ろからの追っ手を振り切るために右に左にと様々な場所を走り回った。

 

そして何に使うのかも分からない機械やらタンクやらが多くあり、どうやら枝分かれしたように道がつながっているらしい。しばらく走ったあと近くのタンクに身を隠し気配を消した。

 

(…さて、どうしようかね)

 

あれだけドヤ顔を吹いたはいいが、いかんせん、何も考えていない。

 

あのピンクツインテの言葉を間に受けてしまってバカな行動をしてしまった。そもそもあの一斉射撃されたときにこそこそと逃げておけばよかったのだ。それなら気づかれずに逃げることだって出来た…が。

 

たくよーほんとにあの女は俺に変な影響を与えてくれちゃってさ。

 

「しかしどうすんべこれ…」

 

相手は約50機。

しかもそれぞれが独立して動く兵器だ。対して俺は一人。

この地下の道も把握しているわけじゃないから、もう一度あの大広間に向かうのは難しいだろうし。正直絶望的状況だろう。

 

 

「でも、諦めないんだったよな。…ああ、俺って別に熱血主人公じゃないんだけど」

 

少しメタ発言もしつつ、そろそろ頑張ってみようと

 

 

周囲の状況を、整理し始めた。

 

 

《ここはある倉庫の地下、缶詰の製造をしている

もちろん倉庫としても利用しているようで温度調整はできるようだ

 敵は推定50機のセグウェイもどき、それぞれが銃を携帯し、自立して動く

 缶詰の製造には液体窒素使用

 地下は入り組んでいて複雑、さらに照明も点々とおいてあるだけなのでかなり暗い。完全把握は難しい

 道はかなり細道であり、セグウェイなら二機並ぶのがやっとだ

 50機は個別のグル―プを組んで移動しているようだ。

 セグウェイはある程度の大きさの物がある一定の距離にあると発砲する

 打撲数か所あり、あまり激しい運動は厳しい 

 

 所持品 小型拳銃 4発

     冷却弾  1発

     火炎弾  1発

     女子覗き眼鏡 一つ

     ボタン型監視カメラ 一つ

     防弾シュート 一つ

     絶対温か毛布 コンパクト 一つ

     跳ねるたびに大きくなるスーパーボール 一つ

     携帯

     ティッシュ

     飲み水 150ml 1つ》

 

「厳しいが、アレさえ見つけきれれば、いける…かも?」

 

ある程度の情報把握はできた。あとは

 

やるだけ、やってみるだけだ。

 

 

ーーーーー

 

今もなお次から次へと道を進んでいるセグウェイども。どうやら5機ずつほどで隊を分けてそれぞれで捜索を始めたようだ。

 

俺はコソコソと隠れながら進み、また近場のタンクに隠れる。目の前の通路は人1人通れるほどの小さな通路だ。

 

ここでならあれが使えるな。

 

思考を終え準備をしようとポケットを漁った時、

 

手元から眼鏡が落ちた。

 

「あ、これって確か…透けて見えるメガネ、だったか?」

 

それは平賀特性女子の制服を透けらせる眼鏡(丸メガネになぜか鼻がついている…外見おもちゃじゃん)だった。

 

こんなことになるんなら、これ理子あたりに試してからここに来ればよかったかななんて考えつつしまうのも面倒だったのでつけてみる。

 

 

「う、うぉ!?な、なんだなんだ!?」

 

なんと眼鏡をかけた瞬間、ブンと音を立てて緑色の世界に変わった。

 

女子透けメガネは暗視ゴーグルの機能もあったらしい。

 

一番高かっただけはあるし、平賀の天才的な技術なだけはある。先ほどの裸眼で見るよりよっぽどはっきり見ることができるようになった。

 

「さ、流石天才…やることがすげーぜ…」

 

あのお子ちゃま発明家を改めて尊敬しつつ俺は移動を軽やかに開始した。

 

まあ、なぜか鼻がついてて外見的にふざけまくってるが…生死のかかった戦いにプライドもくそもねーよ!

 

 

うん、ないと、思うよ?

 

 

ーーーーー

 

俺ははっきり見えたセグウェイどもの列から、ある一定の途切れを見つけた。

毎回約20秒ほどだが俺の前で列が途切れる。俺は小型銃に弾を二発装填し、手に飲み水の入ったペットボトルを取り出した。

 

「今だ」     

 

そして列が途切れた瞬間を狙って飲み水を通路に垂らして行く。一列にまっすぐになるように調節しながらかけた後、もう一度タンクの後ろに隠れ、

 

その線の先端に小型銃の銃口を浸す。

 

そして次のセグウェイのグループがその水を踏む瞬間ーー

 

引き金を引いた。

 

放たれた弾はピキッ!と音を立て一線に引いた水を()()()()()()()

 

ある程度の大きさで引いていた水がまるでスケートを滑るために設置された氷のように広がって行く。

 

 

 

そして

 

ギュルギュルギギギギ!!

 

いきなり摩擦のなくなったタイヤがスリップして先頭の2機が横に倒れ、勢いの止められなかった後ろの3機がその倒れたセグウェイに躓き同じように倒れていった。

 

 

「おお…すげぇな…冷却弾、っとそんなことより」

 

そして転がしたセグウェイもどきが俺を標的にしないうちに、俺はタンクの陰から出て銃口を最初に転んだ一機に構える。

 

「はっはっは!燃えろ燃えろ、火炎弾!!」

 

男のロマン、火炎弾を発砲した。

 

これにより凍っていた水が火の勢いを底上げし、5機のセグウェイをぶっ壊す予定ーー

 

 

 

だったのだが

 

 

 

カン!!っと音を立ててセグウェイ一機に当たり、その装備を壊した弾はそのまま貫いた後

 

ドスッ!!っと壁にめり込んでいった。

 

 

爆発せずに。

 

「…いやドスッじゃねーよ!燃えろよ火炎弾なんだろコラぁ!!かっこつけちまった俺の身にもならんかいボケ!!」

 

どうやら平賀の不良品を当ててしまったようだ。

俺はロマンが生まれなかったことに本気で泣きつつ。壊したセグウェイを持ってほかのセグウェイを殴り壊す。

 

「うっし、5機撃破っと」

 

全てを戦闘不能にしひと段落と汗を拭く。

 

…しかし5機すべて壊すころにはもうとっくに20秒など過ぎていた。

 

『侵入者発見!!侵入者発見!!死んで下さりやがれです!!死んで下さりやがれです!』

 

「…ちくせう(ちくしょう)

 

新しく後ろから現れたセグウェイが俺を見つけて発砲を開始する。俺は一本の道をただ真っ直ぐ逃げた。

 

 

(この後のことは考えてねーよ!?ど、どーすっかな!?)

 

修一は意アドリブに弱いタイプである。

 

 

『障害物、障害物、回避不可、回避不可!駆除します!!』

 

しかしここで幸運があった。先ほど壊したセグウェイの残骸が邪魔ですんなり通ることができなかったようだ。

 

先頭のセグウェイが残骸に向けてマシンガンをぶっ放つ。元々自分たちの仲間だったとは全く考えていないようなその行為…いやまあ、機械だからそりゃそうなんだけどさ…。

 

「あれってさ、共食いっていうんじゃないかな…」

 

俺は思わずつぶやきつつ、とりまラッキーと速度を上げようとしたーーその時だった。

 

ドオオオオオオッッ!!

 

 

後ろから大爆発が起こった。突然体が浮いたと思えば、真っ直ぐな道をかなりの速度で飛ばされる。

 

突然のことで何もすることが出来なかった俺は、その爆風にフっ飛ばされ先の機材にぶつかった。

 

「ーーガッ!?」

 

肺の中のすべての空気が外に押し出されるような痛みがくる。しかしここで倒れてる訳には行かないと無意識のうちにその機材の後ろに身を潜めた。

 

「な、なにが起こったんだ??」

 

息を整えながら、女子覗き眼鏡をつかって先ほどの爆発現場を確認すると、爆発に巻き込まれたセグウェイたちが四方八方に飛び散っており、こちらから見て左側の壁が大きく穴をあけていた。あれ、これってもしかして

 

「…火炎弾、か?」

 

先ほどのセグウェイの発砲で擦れたことによる暴発だろう。ほう、改良したらいいものできるかもしれんぞ平賀よ。

 

「まあ不良品にしてはGJ(グッジョブ)ってとこだな」

 

これでおそらく+5機ほどの破壊に成功したようだ。

 

さて、うかうかしてらんないぞ………こんだけデカい爆発音のあとだ、きっとほかのセグウェイ達もこちらに来るだろう。

 

俺は身を潜めていた機材の名前を確認しつつ、その場を離れることにした。

 

 

 

 

「………これでもない、か」

 

セグウェイを暗視スコープで相手を先に確認しつつ、物陰に隠れながら、機材を確認していく。この工場には絶対にあるはずなんだけどな…。それにしても機材に隠れることで目を反らせるのもラッキーだ。熱感知機能とかついてたらおじゃんだったわ。

 

次の角をそっと覗くと…そこは50メートルほどのまっすぐな道だった。左右はただの壁で隠れれるような場所はない。

 

「まじかよ…」

 

俺はまた物陰に隠れ対策を考える。20機ほどの破壊はできたにしても、まだ30機はいる。今も後ろを通っているし。あの直線をダッシュしても必ず見つかってしまう。…だが戻ることも避けたい。今のところすべての道にある機材を確認していたが、目的の物は見つからなかった。つまりこの先にある可能性が高いわけだ。

 

「…んじゃま、カケてみるか。こいつに。運要素もあるけどな」

 

俺は手に持ったあるものを弾ませた。

 

 

「ーーーこれでよしっと。ほー、こんなおっきくなるもんなんだな」

 

俺はセグウェイが通り過ぎたあと、その直線の道に来ると跳ねるたびに大きくなるスーパーボールをバスケのドリブルのようにずっとポンポンしていた。そしてそれはあっという間に大きくなり先ほど俺の通った方の道を完全に塞いだ。ただ重さは変わらないようで今もなお天井と地面とを跳ねて飛んでいる。どのくらい大きくなるのかはカケだったがなんとかなったようだ。

 

「これ、俺んちでやってたらやばかったな」

 

そんな感想を漏らしていると

 

『障害物、障害物、回避不可、回避不可!駆除します!!』

 

スーパーボールの先にセグウェイがいるらしい。やっば早かったな。

 

俺はスーパーボールが破壊されるより速く50メートルを抜け出そうとした

 

 

 

 

 

『侵入者発見!!侵入者発見!!死んで下さりやがれです!!死んで下さりやがれです!』

 

「…ちっ」

 

その先の曲がり角のほうからもセグウェイのグループ(おそらく5機)がやって来た。

 

後ろはスーパーボールが道を塞いでいる。完全に囲まれてしまった。

 

「だったら!」

 

自力で倒す。先ほど20機倒すことができたのだから、このくらいの数ならいける!

 

妙な自信が俺の中にあった。先ほどまでは4機だけで尻込みしていたのにだ。これが自信ってやつだな懐かしい。中学時代の剣道の試合の時のような感覚だ。

 

久々の感覚に酔いながら、懐から小型銃と携帯を取り出し、携帯の明かりをつけた後上に投げた。こいつらの弱点はもう分かっている。ある一定の距離にある一定の大きさのものを追尾する。ならば俺よりもまず携帯のほうを狙撃するはずだ。

 

これでやつらの狙いは携帯に逸らせる。その間にまずは一機ーー

 

 

と、思っていた。

 

「………ごっ!?」

 

ドドドドッドドドドッ!!

 

勢いよくに放たれた弾は携帯の方には全く行かず、すべて俺の方に向けられ、俺はその全てを体に受けた。二発で気絶するような痛みだ。それの5倍はもう言葉にすることはできないほどの痛みだった。

俺は力なく地面に倒れ荒く息を吐き撃たれた部分を強く抑える。防弾制服のお陰でまた貫通はしなかったが、それでもマズイ。

 

その横にただ投げられただけの携帯が落ちてきた。

 

な、なぜ…?携帯をある程度大きさとして認知しなかった…?いやそれならさっきセグウェイの残骸だって無視したはず…。じゃあ、まさか、

 

その弱点を改良された。

 

そうとしか思えなかった。おそらく俺と初めて対立した昨日の間にでもやったんだろう。

 

まさか………こんなに早くできるとは思ってなかったが…

 

俺との戦いでわかったのか、それとも…?

 

パンっという音が聞こえ、考察を中断する。

その後、後ろからも何十機ものセグウェイが俺を取り囲んできた。

 

体を動かすことは難しく。今の手札で何かすることすらも難しい。

 

 

絶体絶命

 

 

それだけは意識が朦朧としていながらも感じることができた。

 

 

 

 

俺は油断したことを後悔しながら

 

 

意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまではまだ8,000字で上手く終わらせることが出来ていたんだなと感心してます。

#セグウェイの発砲についてご意見がございましたので、少々変更しております。


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6.終わりの始まり

「5話のあらすじ」
理子の依頼でとある倉庫に入り、潜入しようとしたものの数分で失敗。
アホなアイテムを用いてなんとか撃退していたものの狭い通路に挟み撃ちに合い修一撃沈。
いいことなしの修一は意識を失った。




それは俺が武偵高で二年生に進級する始業式前日の夕方だった。

 

一年間で何も得ることができなかった俺は、男子寮の側のたった一つポツンと置かれた周りに何もないベンチで夕日を見ていた。

 

明日は始業式。また無意味な一年を始めるのか、それとももうここで引退して普通の高校に転入するか。俺の知り合いの同じEランクの奴らは才能がないことを理解してあいさつもなく去っていった。何も言わなかったのはお前もだろうということを暗に伝えたかったのだろうか…そう深読みしてしまうほど、俺の精神は異常だったらしい。

 

期末試験の結果が記載されている紙が俺の手から風で離れ飛んでいく。見られたらまた笑われる。そう思うが

 

ま、どうせ変わらずのEランクだったから見られてもいいかと目で追うだけで取りには行かなかった。Eランクは下手なことしない限り取らないとされておりDランクとCランクがもっとも多く、EはAランクなみに少ない。

人間とは下を見て自分はまだ大丈夫だと安心する生き物だ。だからこそ俺の顔も、ランクもかなり有名だ。罵るために、自分を否定するために。

 

最後こそって思ったんだけどな…本当にもう、無理みたいだ。

 

明日転校届け出でも出すとするかな…。

 

 

と思った時だった。

 

「あんた、これ落としたわよ?」

 

横から、先ほど飛んでいった成績表を俺の元へ返しに来てくれたやつがいた。わざわざ俺に話しかけてくるなんて、変な奴だな。

 

「…ああ、さんきゅな」

 

「どうしたの?体調でも悪い?」

 

顔も見ずに受け取ってお礼だけいうと、そいつはなぜか俺の横に座って顔を覗き込んできた。な、なぜ!?

 

「お、おお!?」

 

俺は思わずベンチの端へ移動してその子の顔を見てしまった。

 

「なんでそんなビックリしてんのよ??ちょっと失礼じゃない?」

 

その()()()()()()()()()()()はそう言ってこっちに近づいてくる。

 

男子としては嬉しいが…。

 

「なっ、なんでもないっての!!いいから俺に近づくな!」

 

「はぁ!?せっかく心配してあげたのになによその言い方!!日本人ってみんなそうなの!?」

 

思わず久しぶりに大声をあげてしまった。というかなんで逆ギレしてんのこいつ。まあでも

 

「ああ、すまん。悪かった。そうだよな。心配してくれてんだよな。悪い、悪い」

 

「…なにかあったわけ?」

 

こいつ、どうしてこんな俺にわざわざこんなにしてくれるんだ??こいつにはなんのメリットもないのに。

 

「まあ色々とな。色々と」

 

「色々じゃわからないわ。ハッキリ言いなさい」

 

「…。」

 

こいつ、空気読めよ。話したくないってことをさりげなーく伝えようとしてんのによ。

 

……だけど

 

「わーったよ。くだらない話になるし、途中で切ってくれてもいいならな」

 

「わかったわ。でもちゃんと最後まで聞くわよ」

 

「……。」

 

 

そうして俺はそのピンクツインテに中学の俺の話とそれからの一年間を話した。

初めて会ったからだろうか、プライドとか捨てて、俺の残念なところまで全て話した。

きっと面白くもなくつまらなかっただろう。それでもピンクツインテは最後まで俺の話を聞いてくれた。

 

素直に、嬉しかった。俺の話をこれだけ聞いてくれるのは時々電話するリサくらいのもんだったからな。でもあいつにはこんなことは言えない。あいつにとって、俺はまだ最強なんだから。

 

「━━で、俺は期末試験でもEもらって全くダメだって証明されたわけだ。俺はもう、無理なんだよ。いくら努力して、強襲科の辛い訓練を続けても、全然成果が出やしない。・・他の奴らより2倍3倍は絶対に努力してるはずなのに!それでもなんであいつらのほうがランク上なんだ!?ズルいじゃねぇか酷いじゃねぇか!!才能ってのはそこまで人をバカにできんのかよ!!」

 

俺はピンクツインテのことも忘れるくらいに全てを吐き出した。俺の嫌な部分、恨み、妬み、その全てを吐き出した。ピンクツインテの顔を見ていないが恐らく変な奴の話聞いちまったなって顔してるんだろうな。

 

「━━あんたの気持ち、少しわかるわ」

 

そう、告げてきた。

「あたしもね、あんたと同じよ。貴族に生まれたのにその遺伝子は全く受け継がれてなかったって言われてるの。あたしも才能なんてなかったのよ」

 

「…じゃあ、お前もEランクだったりするのか?」

 

「いいえ、Sランクよ。強襲科のね」

 

バッと俺はそのピンクツインテを見た。なに言ってんだこいつ。

Sランクってのは、なるのに努力と才能が必要なAランク10人分の力を持った最高のランクだぞ!?

そんなやつが才能がないだと??

 

 

俺の中でプツンと何かが切れる音がした。

 

 

「ふざけんな!Sランクのくせに才能がないだと!?才能があるくせにないって言えばかっこいいとか思ってんのか!?それは本当に才能がない奴に対しての嫌味にしか聞こえねぇぞ!!このバカ!」

 

「うるっさいわね!!そう思うのはあんたがただ逃げてるだけだからじゃないの!!」

 

「はぁ!?」

 

俺が思わず立ち上がると、ピンクツインテもベンチの上に立ち俺の胸ぐらをつかむ。

 

「さっきから話聞いてたら!才能がないから無理だ、力がないから無理だ、無理無理無理無理ばっかり!!そんなこと言ってる奴が上になれるわけないじゃない!!そこに才能なんて関係ないわ!!」

 

そう言うとピンクツインテは俺を軽く突き飛ばし、俺の目をまっすぐ見てこう言った。

 

「いい?よく聞きなさいよ。私は嫌いな言葉が三つあるわ。無理、つかれた、めんどくさい。この三つは人間のもつ可能性を押しとどめるよくない言葉。私の前では二度と言わないこと!そんなこと言ってるから強くなれないの!まだ諦めるのは早いわよ!男だったらもっと本腰入れて頑張りなさい!!」

 

初めて会った。会ってまだ15分ほどしか経っていなかった。まだ他人と呼んでも全く問題ないくらいの関係だった。

 

なのに、

 

そいつの、言葉が

 

 

俺の考えを180度ぐるっと反転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………!」

 

ガッと近くのセグウェイ2機に装着された銃器を持つとそれを思いっきり引っ張り、セグウェイから取り外す。そしてそのまま2つをぶっ放しながら残りの10メートル目指して、セグウェイの荒波に飛び込んだ。

 

もちろんその間、敵もただ突っ立ているわけではない。俺目掛けて何十機ものセグウェイが発砲する。そのほとんどが俺の体にまたは制服に突き刺さる。防弾制服が破れた部分にはそのまま弾が貫通し俺の肉を引き裂く。目が充血で真っ赤に染まり、体はもう限界をとうに超えてる。

 

それでも

 

「……………!!」

 

俺はただ前だけを向いて弾が無くなれば次のセグウェイから奪い取りまた乱射し、乱射し、乱射をただ繰り返しながら突き進む。もう俺の意識は途切れてると言っていい。すでにもう痛みすら感じることはなかった。

 

ただ、

 

でも、

 

それでも

 

「あいつにまだ、礼もなにも言ってねぇんだ!こんなところで死ねるか!諦めてたまるかってんだよ!」

 

無理じゃ、ない。

 

動ける。

 

 

無理じゃ、ないんだ………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づくと俺は、なにかの機材の上で寝転がっていた。一体どうなった?敵は?武偵殺しは?俺は、生きてる、のか??

 

「…っ!!」

 

体を起こそうとすると、激しい痛みに襲われた。血が俺の体中から出ているのがわかる。

近くにはセグウェイから取ったマシンガンが二丁。どうやら本当にあの難関を乗り切れたようだ。

 

 

生きている。

 

 

俺はまだ、あいつに礼を言うことができる。

 

 

 

だが、もう1つ

 

『障害物!回避不可!回避不可!』

 

現状を確認する。五体満足ではあるが右手と左足にそれぞれ一発。他にもかすった傷が数十個ほどだ。だが、これは不幸中の幸いってやつだろう。頭の傷は全て致命傷にはなっていない。擦り傷程度だ。

だがそれでも動かそうとするだけで激痛が走る。もう動かずこのままの状態で寝ていたいほどだ。

 

だが、まだ終わっていない。

 

こいつらを全機倒すか、気付かれずにこの倉庫を抜け出さないと終わらない。

 

「やるか…っ!!」

ぐっと力を入れ立ち上がると先の方で光るなにかをを見つけた。

 

「なんだ、これ?」

 

近づいて見てみると血に染まった携帯がなぜかライトをつけて落ちてあった。

 

どうやら先ほど落としたものを無意識の内に拾っていたようだ。

 

「……はは」

 

これまた買い直すの金かかるから拾っとかないとと思ってしまった俺に、俺自身が呆れる。帰った後のことを考えているなんてな。

 

まあそれが、あいつのいう諦めない心って奴だろうか。

 

そう考えながら携帯を取ると、先ほど開いたままの画面が出ていた。

 

「………まじかよ」

 

そして、その画面が俺の逆転の一手になるとはその時まで思わなかった。

 

画面に映っているのはある場所の映像だった。

 

ボタン型監視カメラ。

ボタンの中に小型のカメラが設置されており、その映像は携帯やパソコンに自動で送ることかできる。その映像がいま勝手に携帯へと送られていたようだ。どうやら落としていたらしい。

 

 

さらに

 

「GPSまでついやがる…ほんと、すげーな平賀」

 

映像の横には2つの画面がついており、そのひとつがGPSだった。映像とGPSの位置から倉庫の入り口あたりに落ちているらしい。これを使えば入り口に戻ることが可能になった。

 

しかも

 

「ここにあったのか、ことわざでなんかあるよなそういうの。欲しいのは最初から近くにあったって、やつ」

 

俺の探していたそれは、倉庫の入り口にあったらしい。いまもカメラに映っている。

 

そしてもうひとつ。

映像の画面、GPSの画面の他に、なにやら「・」が次々と横に流れていく画面があった。

 

「…ああ、なるほどな」

 

俺はその画面をしばらく見つめ、そして静かに笑う。ほんとうに天才ってのは才能がないやつのフォローが上手すぎて。

 

「うっし、戻るか」

 

だが、問題はどう戻るか、だ。GPSを辿るにしろ、あの道を戻らないといけない。俺の体は限界に近いどころじゃない。

もう限界なんてとうに超えてる。先ほども言ったが体を動かそうとするだけで体全身に激痛が走ってしまうのだ。

この状況では走ることも出来ないしセグウェイ1機でも会ったらThe endだ。

 

まあでも

 

「ここまできたんだ。いまさら見つかっちまったで終わるほど、俺の人生軽くはなってないはずだ」

 

 

そうして、俺は生涯初めての本当に耐え凌ぐ戦いをスタートさせた。

 

ポロン

 

「…あ」

 

そのとき、いままでかけていた女の子のぞきメガネが落ちてきた。

もちろん鼻つきで。

 

………え、嘘。

いままで俺これかけたままシリアスなこととか色々こっぱずかしいこと言ってたわけ?うそ?まじか??

 

俺は誰も見ていないのに俺は無駄に恥ずかしくなって顔を覆ったのだった。

 

 

 

 

 

『あっはははははは!!修一やっば!かっこ悪ー!!あっはははははは!!』

↑誰とは言わない

 

 

ーーーーー

 

 

「━━はは、これ、俺がやったんか」

 

それからしばらく。GPSを辿ってゆっくり進んでいると。あの一直線の通路についた。先ほどの戦闘で明かりが破損して暗くなっているが、少なくとも10機は残骸になっているだろう。

 

「もしかして俺って、死にかけると覚醒する何か力あったりするん?」

 

俺は冗談半分にそう言って、杖代わりにしていたマシンガンを捨て新しいマシンガンを拾う。先ほどのはもう弾が無くなっていたのだ。

まあ正直覚醒とかそんなこと微塵も思ってないが。ほかに言うなら死に際の馬鹿力ってやつだ。

 

 

「あり?これって」

 

そのマシンガンの先になにか光るものがあった。また携帯か?と近づいてみると元の大きさにもどっているスーパーボールだった。確か破裂していたからもう使えないもんだと思っていたが

 

「まあ使えるなら取っとくか」

 

俺はスーパーボールをポケットにしまうと後ろを確認する。

 

おかしい。

先ほどからゆっくり進んでいるのにまったくセグウェイと会うことがない。ここで倒したのはせいぜい7機ほど。その前の20機とあわせてもまだ半分近くが活動していると思っていたが…。

 

「ま、いないならいないで、楽でいいんだけどな」

 

そう言って俺はまた携帯を見つつ、ゆっくりと進み始めた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「ぜぇ………ぜぇ………」

 

血をポタポタと落としながら少しずつGPSを辿ってやっとあの入り口前の大広間にたどり着いた。

結局あの後もセグウェイに出会うことが無かったが…いまは、そんなこと考えることすらままならないほど頭がぼやける。血を流しすぎたようだ。

腕もブランと垂れ下がったまま痙攣してほとんど動かない。なんとかマシンガンを1つを杖にして来たが、かなり体力を消耗してしまった。

 

老人が杖を大事にする気持ちがかなりわかったね。

 

頭がぼーっとしている俺は、この大広間にもセグウェイが見当たらないことをラッキーとしか思えなかった。そして、目的のアレのもとにたどり着く。

 

灯油のタンクだ。

 

機械の設備やら地下の機材から考えてどこかに置いてあるとは思っていだが

 

「少ない…な」

 

タンクはたった一つ。これだけ爆発させても残りのセグウェイ全てを破壊するにはこれにベタッと全てくっつけさせるぐらいしかないだろう。

 

だが、まあ敵がいないなら、なんの問題もない。

 

敵がいない以上もう帰りたいという一心で一歩一歩少しずつ出口へと向かう。

 

 

 

 

「なるほどね、灯油を使って私の力作達を破壊したかったのか、考えるじゃないの岡崎修一」

 

 

その時、入り口から聞き慣れない女の声が聞こえた。

 

俺は声をかけられてようやく気づくことができた。すでに体は限界、目線もフラフラしている状況では仕方なかったのだが。

 

「…ま、少なすぎてそれも難しいんだけどな」

 

顔を少しずつ上に上げ、目の前にいる女の顔を見る。

 

黒い髪を腰まで伸ばした美人の女がそこでくすくすと笑って立っていた。俺の記憶の中にこんなやつはいない。恐らくは…。

 

「おまえが、武偵殺し、か?」

 

「ま、そう呼ばれるのは嫌いだけど、あんたが知ってる名前ならそれで合ってるわ」

 

髪をかきあげながらそう言う武偵殺し。

 

「そっか。あいつじゃ、無かったんだな。………よかった」

 

「あら?あんたの仲間に武偵殺し疑惑のかかった人でもいたの?」

 

「あいつは仲間ではないんだが、まあ友達、かな?違うとは思っていたが、本当に違ってたら嬉しいもんなんだよ」

 

「あれ?じゃあもしかして、その子の疑い晴らすためにこんなとこ来たって感じ?」

 

なぜかちょっとワクワクしている様子の武偵殺しがそんなことを言ってくる

 

「あ?」

 

なに勘違いしてんだこいつ

 

「あれ?違うの?」

 

本当にきょとんとしている武偵殺しに俺は胸を張って伝えてやった。

 

「あのな、この依頼よこしてきたのその友達なんだよ。もし仮にだ、そいつ自身が俺を殺すためにそんなことしてきたんなら

 

━━30万なんてウソってことじゃねぇか!!

 

そんなの酷いだろ!いじめにしても限度があるぞコラ…ってことでその線は俺の中から消してるわけ。あいつは武偵殺しじゃない」

 

いやいや!と体をコネらせようとして激痛で動かせずにプルプル震えてしまう。本気でそれはない!絶対ないわ!!

 

「…くふ♬そっかそっか。結局金なんだね、修一は」

「まあな。金が優先度第一位だ」

 

「クズ」

 

「人を殺したお前には言われたくない」

 

武偵殺しとついてる以上、武偵を1人や2人殺していてもおかしくはない。そう思って返すと…

 

「あら?あたし、誰も殺してないけど?あの船強奪でもね」

 

「あ、そなの?」

 

「そうよ。もう一回よく調べてみてよ。そしたらあたしのこともうちょっとわかってくれるでしょ?もちろん、生きて帰れたら、だけどね」

 

武偵殺しが片手を挙げると、俺の後ろに残りの25機が姿を現した。そしてさらにゾロゾロとどこに隠れていたのかさらに多くのセグウェイが俺を囲い込む。その全てが瀕死の俺を狙っていた。

 

「生きて帰れたら、ね。帰す気ないだろうが」

 

「まあ半分そうね。あと半分はあんたの腕を期待してるわ」

 

「その腕ももうひとつ使い物にならねぇけどな」

 

軽口を叩いてるが、絶望的な状況に変わりはない。俺に秘めたる才能なんてのはないし、持っているもので使えそうなのはマシンガンとスーパーボールくらいか。

 

………だが、あとひとつ、最初はなかった秘策がある。

 

「なあ、武偵殺し」

 

「なに?」

 

「お前俺を見てたんだろ?どの位置から見てたんだ?」

 

「…横の倉庫だけど?あ、見たわよあんたの恥ずかしいシーン!爆笑もんだったわ!」

 

「いや、あれは忘れてくれ頼むから」

 

あの恥ずかしさはない。ないったらないのだ。

 

「んなことより、なんつーかさ、やっぱ暗闇ばっかにいたほうがこういう薄暗いところって見えやすいのな」

 

「はー?いきなり、なに言っちゃってんの〜?意味わかんなーい??」

 

「いやさ、なんか、()()()()()()()()()()わかるか?」

 

俺は地面を指差し、武偵殺しもそれに従って下を見る。

 

 

そして、目を見開いた。

 

 

白い煙のようなものが足元を揺れている。俺の元にも、武偵殺しのもとにも。

 

「液体窒素だ。ここもともと缶詰工場だろ?缶の蓋閉める時に使うんだよ。お前が最初に階段にいた俺を、というか俺の方の全体を撃ったときに溜めていたタンクかなんかが壊れちまったんだろうな。もうここの地面スレスレには液体窒素が漂いまくってるぞ」

 

「…はっ。それがどうしたってのさ。あんた知らないの?液体窒素ってのは窒素を凍らせただけの、ほとんどただの空気と変わらないのよ?それだけでなんだって━━」

 

「………。」

 

俺は饒舌に話す武偵殺しの話を無視して、そっとポケットに手を入れる。

 

「っ!待ちなさい!!動かないで!」

 

武偵殺しも戦闘のプロだ。俺なんかの平凡な動きは簡単に読めるようで、拳銃を俺に向けてくる。武偵殺しの銃も俺を狙う。俺は冷や汗をかきながら

 

「な、なんだよ…なにもしてないぜ」

 

「よく言うわよ。さっきから凍る床とか爆発するなにかとかおっきなボールとか、わけがわからないものばかり出されて。あんた、予想が全くできないの。いいからそのまま下がりなさい。そして機械の上に持ってるもの全部置くこと」

 

「…ちっ」

 

この状況を打破できるような策は持ち合わせていない。俺は一歩一歩ゆっくり下がると近くのセグウェイもどきの上に持っているもの全て置いていく。マシンガンに携帯、スーパーボールと暖か毛布、ティシュ。

 

「ほら、これで全部だ。もうなんも持ってないって・・というかそもそも灯油がむっちゃ少ないとわかった時点でお手上げ。なにも他に作戦なんてたてられないっての」

 

「…やけに素直ね」

 

「もう若干諦め感あってな。というか、知ってるかもしれないが俺はEランクだぞ。なんの才能もねーし、銃の腕もねーんだ。んな俺がお前みたいな一級犯罪者と戦うって時点でもうおかしいだろうが。俺は子猫探すーとかそういうボランティアもどきをやってるのが一番似合ってんだよ。才能って言葉俺ほんと嫌いだわ」

 

「才能、ね。あんた、最後にひとつ聞きたいんだけど。才能がないってわかった時さ、どう思った?自分にはなにもなくって、なにもできないってわかった時あんたはどうするの?」

 

なぜかこんな時に武偵殺しから質問がきた。いきなりどうしたとは思ったが

 

だがまあ、とりあえず本音を言うことにする。

 

「まぁ辞めるよな。才能がない以上、いくら努力したって才能があるやつには勝てねぇよ。まあ中には知り合いの力を自分の力のようにして上がってく奴もいるけど、それでのし上がったとこでそれは結局他人の才能。自分の成果じゃない。だからンなことするくらいなら辞めて、楽な人生に生きるよ」

 

「…。」

 

 

だけど、

 

「そんな風に思ってた俺にさ、あるやつがガチギレしてきやがったんだよ。『無理、疲れた、メンドくさいは絶対に使うな!諦めるなんてまだ早い!』ってな。まだそん時は初対面で、会って15分だぞ?変な奴もいたもんだよな」

 

「…。」

 

「だけど、正直助かったんだ。才能だけが全てじゃないって気付かせてくれたから。

才能ないやつは、無いなりの天才とはまた違った生き方をすれば、自分にとってなにか大切なもんでも見つけ切れるんじゃないかって。そう思うようになったんだ」

 

「…そっか。修一はそうやって頑張ることにしたんだ。くふ、あんたとあたしってやっぱ意外と似てるし気が会うわね。普通に会ってたら好きになってたくらいに♡」

 

「俺は犯罪者でも付き合える自信あるぜ。足洗って俺の恋人って役職にでもついたらどーだ?」

 

「くふ、それも面白そう!…ま、生きてたら、考えてあげる♡」

 

「ああ頼むぜ」

 

武偵殺しは楽しそうに笑うと、片手を後ろに回した。その後、後ろからウィーンと発射準備の合図が。

 

「それじゃ、長話に付き合ってくれてありがとね修一」

 

「俺は話し足りないがな」

 

頬を伝う汗が、俺の緊張感を表していた。

 

そして、

 

「じゃ、蜂の巣になりな!!」

 

「………っ!!」

 

 

一瞬の静寂の後ーー

 

 

武偵殺しの合図に50機ほどのセグウェイが一斉に俺に向けて発砲。

俺の体全体に弾を浴びせるようにつん裂く音が倉庫に響く。悲鳴にも似たその音はもう避けることのできない俺に絶望感を与えたまま、全てを奪っていった。体中を弾丸が貫き、血がアスファルトの上に広がる。俺は何もすることができないまま地面に倒れ意識を失う。こうして、俺の人生は終焉。

 

 

Eランクの短い人生が幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてな。あー()()()()()()()

 

「どうして撃たない!?何が起こってる!?」

 

俺は先ほどと変わらず腕をブランと下げ、意識が途切れるのをすんでのところでかわしながら、立っていた。目の前の武偵殺しの驚いた顔が見える。

 

50機による一斉射撃は、行われなかった。

 

『あややー!ちゃんと機能してなによりなのだー!!』

 

そこに、突如聞こえた子供声。その発信源は俺の携帯だった。

 

「おお、なんだ通話機能もあるのかコレ」

 

『違うのだ!これはただの通話なのだ!電波がようやくつながったから勝手に繋いでみたのだ!』

 

「やっぱ天才のやることは違うね」

 

『このくらいなら少し勉強すればバカな岡崎君でもできるのだ。あ、でもモールス信号はちゃんと勉強してたみたいだから偉いのだ!』

 

「ああ、あの『・』な。たまたま授業で勉強してたところだったからよかったよ。まぁ解読にはかなり時間使ったけど」

 

今話しているのはボタン型監視カメラの機能、映像、GPS以外のもう一つの機能のことだ。それは、モールス信号を送信、受信できるものだった。

 

 

俺は携帯を置いてあるセグウェイに近づきつつ通話する。相手は、あの平賀文。というかこいつ俺のことバカって言ったな。あとでとっちめてやる。

 

「んで、全部できたのか?」

 

『なのだ!自律型だったから一つ一つやらないとダメだったから時間かかったけど、岡崎君のクサイ台詞で時間を稼いでくれたから問題ないのだ!』

 

「なに言ってんだ。俺の言葉は女神でも落とせるぜ。やってやろうか?」

 

『うわぁー女神とか言ってる時点で気持ち悪いのだ』

 

「男ってのはみんな女神とかバニーが大好きなんだよ。おら、時間かかったお礼に今度俺にお前のバニー姿見せやがれ」

 

『うわ!?手伝ったのにお礼しろとか岡崎君クズなのだ!しかも要求がただの変態なのだ!?!?』

 

「ちょ、ちょっと待て!一体なにが起こってる!?」

俺と平賀の会話を武偵殺しが邪魔してくる。なんだよ、今大事な交渉中なのに

 

「なにって、ハッキングだ」

 

「ハッキング…!?」

 

「ああ、平賀が俺の携帯を通してハッキングしたらしいぞ。俺もよくわからんが。俺は平賀の言う通りセグウェイの上に携帯を置いてコードを適当に繋いだだけだ」

 

今すべてのセグウェイもどきが俺の方へ向けていた銃口を武偵殺しの方へ向けている。そのうちの一つ。俺が持ち物を置いたセグウェイに携帯からコードが繋がれていた。

 

『ヘイキ ウバウ コードヲ ヒトツニ ツナゲテ』

 

モールス信号にはこう書かれていたのだ。…充電コード持って来ててよかったわ…。

 

「なっ、そ、そんなの不可能だ!そもそもどうやって携帯から、しかも機械全てに━━」

 

「そんなの俺が知るかよ。というか、多分平賀自身に1から聞いてもわからんと思うぞ?まあ、実際できてるわけだからなんか理論はあるんだろうが、天才がやってるんだ。俺たちには理解できないようなすげーことしたんだろうさ」

 

「………ちっ、結局お前も才能があるやつにすがるんだな!」

 

「………。ま、今回は、な」

 

正直俺自身も頑張ったと思うが、ダメなのだろうか。

 

下唇を噛む武偵殺し。相当悔しいのだろう。そこに平賀が呼びかけていた。

 

『あや、そこにいるのは武偵殺しなのだ?』

 

「ああ、目の前にいる」

 

『あやー、なら即行逃げることをお勧めするのだ!いま色々なところに呼びかけてそっちに来てもらえるように手配したのだ!もうすぐしたら怖い人たちが襲ってくるのだ!!』

 

「………そうね。今回はこのまま帰るわ。嘘じゃなさそうだし」

 

「いいのか逃して」

 

『岡崎くんが足止めできるならしておいて欲しいのだ』

 

「無理……じゃないが難しいな」

 

ついいつもの癖で無理だと言ってしまいそうになった。危ない危ない。

 

 

これ以上どうやってこいつを、足止めしろと?

 

「岡崎修一。今度またあんたを殺しに来るから、その時を楽しみにしててね?」

 

「お前なぁ、俺Eランクだっつってんだろ。もうお前来ても勝てる気しねーっての。やめてください、本気で」

 

「あら?アリアの次くらいに面白い人材だって思うわよ♡前に言ったあの言葉、忘れないでね♡」

 

そう言うと、彼女は倉庫から立ち去っていった。どうやらもうこのセグウェイもどき達もいらないらしい。

 

『なにをお願いしたのだ?』

 

「ん?ここ生き残ったらあいつ俺の彼女にするって話」

 

『あ、あやー!?どうしてそんな話をテロリストと話せるのだ!?』

 

「ま、色々あったんだよ。………というか…すまん、………もう、無理」

 

俺は武偵殺しが完全にいなくなったのを確認した後、思いっきり頭から倒れた。

 

激痛とくらむ視界に対抗するのも限界だ。もうこれ以上はなにもできない。

 

『ちょ、岡崎くん!?大丈夫なのだ!?岡崎くん、岡崎くん!』

 

電話越しに俺の名前を呼ぶ声が聞こえる中、俺は少しずつ意識を失っていった。

 

 

 

 

『くふ、なるほどね。思った通り面白かったよ岡崎修一。━━お前がもしあたしの正体に気づいた時、その時はー』

 

 

 

 

 

 

「……」

 

目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。そしてその後に香る薬剤の臭い。どうやら病院のようだ。横の台に乗っている時計で日付を確認すると、どうやら1日寝て過ごしていたようだ。

 

「あー、生き残れたね」

 

正直奇跡だと思う。Eランク武偵が100機のセグウェイに対して勝った、とは言えないがとりあえず痛み分けにできた時点で十分だろう。そう思うものの、問題だけが二つほど残ってしまった。

 

それは

 

「あ、しゅーちゃん、やっほー♬」

 

ガラガラと扉を開けて入ってきたのは、理子だった。手にはお菓子類を持っている。わざわざ見舞いに来てくれたのか

 

「おっす。見舞いなんて悪いな」

 

「ま、理子が依頼したことでこんなになってるんだもん。流石の理子も罪悪感がちょーっとでちゃったの!はい、トッポあげる!」

 

理子が持っていたトッポを一つ俺の口に押し込んだ。俺は礼を言ってそれを食べる。

…トッポなんて何ヶ月ぶりに食ったかな。基本お菓子は買えなかったし。

 

「えっと、今回の件について結果だけ報告すると、武偵殺しは結局捕まらず逃げられちゃったみたい。

あの機械人形は回収されていま平賀に色々と調べられてるってさ。

しゅーちゃん発見されたとき出血多量で死にかけてたってのも知って理子も流石にあせったよ〜」

 

なるほど、つまり成果無しってことなのか。まあそんなことで捕まるやつじゃないよな。というか俺のことで焦ってくれたの?え、嬉しいんですけど!

 

「まあ正直その辺はいま生きてるからいいとしてよ問題はそこじゃない」

 

俺はまだ大事なことを聞いてなかった。

 

「わかってる。報酬の話でしょ?ちゃんと30万しゅーちゃんの口座に振り込まれてるよ」

 

「まじで!?」

 

俺は理子の言葉に飛びつこうとしが、身体が痛んで腹を抑える。や、やった30万だぞ!?何ヶ月楽に暮らせるんだ!肉も野菜も食べ放題!ひゃっほー!!

 

「ようし理子!飯でも一緒食いに行こうぜ!金のある俺様が奢ってやるからよ!三百円くらい!」

 

「子供じゃないんだから…。というか、そう簡単な話じゃないんだよねー」

 

理子にお誘いをかけるが、理子は顎に人差し指を当てて困った表情(あざとい)をすると、ある紙をこちらに渡してきた。

 

「なになに?賠償費用請求書?………450万!?」

 

紙に描かれていたのは壁やらなんやらの修理費の合計が書かれた請求書…ちょ、ちょっと待て!

 

「待て待て!あれはほとんど武偵殺しがだな!」

 

「わかってるって。武偵殺しがした分も合計した値段だけど、そこから保険と国からの補助でしゅーちゃんが払うのは、ここ」

 

そう言って理子は右下の赤で囲まれた位置を指してくる。

 

「…おい、それでも50万あるんだが」

 

「30万の報酬使っても残り20万だね」

 

「赤字じゃねーか!!」

 

死にかけの任務成功させてその報酬が赤字!?ふざけんな!!

 

「無理無理そんなの無理よ!!20万!?そんなお金見たことないわっ!!」

 

「しゅーちゃんしゅーちゃん!『無理、疲れた、メンドくさいは絶対に使うな!』でしょ?闇金にでも借りればいいんだよん♪」

 

「あれは闇金より怖い金髪メイドもどきに止められてるから絶対ダメなんだよ!!もーイヤ!どーして俺だけこーなるのぉ!?そもそもお前がクソな依頼寄こしたからだろうがクソ野郎がぁ!!」

 

俺の般若顏(我は怒りが込み上げた時こそ真価を発揮するのだ)に理子が引きつつ

 

「だ、大丈夫だってしゅうちゃん。理子も責任とって半分支払うから、えっと、25万。だからしゅうちゃんの元にお金入ってくるよ!」

 

「……命懸けで働いて…五万。割にあわねぇ…」

 

ズーンと本気で落ち込む俺に、理子がまたトッポを押し込んでくる。

 

「まあその、どんまい♡」

 

「…くっそあの武偵殺しが!今度会ったら本気で捕まえてやる!んで、今回の金払わせてやる!」

 

「あ、武偵殺しに会ったんだよね!どんな人だった??」

 

理子が続けざまにトッポを俺の口に押し込みつつ、そんなことを聞いてくる。…トッポうめぇ

 

「黒髪ロングの超美人だったな。あ、俺が生き残ったら付き合ってくれるらしいぜ」

 

「え、しゅうちゃん、浮気??理子というものがありながらー!」

 

「もともと付き合ってないから」

 

「えー理子は付き合ってるつもりだったけどなぁ」

 

「……ちょっと嬉しくなったからそのネタやめなさい。ツッコミずらくなる」

 

モジモジしながらそんなこと言わないでくれ。本気にしちまうだろうが。

理子はぺろっと舌を出すと……

 

「さってと、理子そろそろ行くからね!明日の準備もあるし!」

 

理子は食べ終わったトッポを捨て、くるりと一回転すると俺の方にピースして、外に行こうとする。

 

……さて。

 

「……なぁ理子」

 

俺は理子との会話中に頭の片隅で考えていた。というか、いま少しだけ確信できた気がする。

 

聞いてみるかどうかずっと悩んでいたんだ。

 

聞かないほうがいい、理子は理子のまま、お互い軽く冗談を言えるような関係のままのほうがいいの、かもしれない。

 

でも

 

「なぁに?あ、寂しくなっちゃった?ごめんね、理子はしゅうちゃんだけの理子りんじゃないの、暇なときに来てあげるから」

 

 

「そうじゃねーよ。最後に変な確認するけど……」

 

俺は一拍おいて、振り返る理子に告げた。

 

 

 

 

「お前が武偵殺しってこと、ないよな?」

 

 

 

 

 

俺がそう聞くと、理子は少しびっくりした表情をした後下を向き、

 

しばらくした後

 

 

「くふ♬」

 

 

 

ニッコリと不気味に微笑んだ。

 

 

【第2章 「VS武偵殺し」 終】




長い


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3章 VS HERO
7.答え合わせ そして


「6話のあらすじ」
気絶中にアリアとの過去を思い出し、自分ことを叱咤する彼女の言葉に立ち上がる。平賀の助けもあってなんとか武偵殺しを撃退することに成功した。

*矛盾点の答えが出てきます。「3.君に矛盾点がわかるか」を読んでから読んでいただくと、より理解してもらえると思います。


ーーRiko sideーー

 

「お前が武偵殺しってこと、ないよな?」

 

私が帰る直前、確かめるように修一は問いかけてきた。それは疑問系だが私の返事をわかって言っているような、そんなプレッシャーを含んだ声だった。

驚いて一瞬何を言われたかわからなかった。

まさかこんなにも早く気づくなんて、予定では明日、アリア達との対決直前にでもこちらからバラしてやるかとも考えていたのだが…。

 

私はヒントを言った覚えはない。カマかけの可能性もある。まだここで頷くわけにはいかない。

 

「くふ。なにいってんの?理子が武偵殺し??そんなわけないじゃーん!」

 

「だといいんだけど、どうしてもお前が武偵殺しじゃないとわからないとこがあってな」

 

「…へぇ、言ってみな。聞いてやるよ」

 

私は少し素を出しながら聞いてみる。ちょっと気分が高揚してるのは、事件ものの犯人役の立ち位置に自分が立っているからか。

 

 

「お前と初めて会った時、疑問に思ったことがある。一つ目は、数だ」

 

「数?」

 

私はワクワクを必死に隠しつつ、修一に一歩近づく。

 

「俺が言ってるのは、この部分だ」

 

 

ーーーー

 

『朝変な機械に襲われてな。戦利品だ』

 

『うわあ!すごーい!これ7.8機ぶんくらいあるんじゃない!?』

 

ーーーー

 

 

「俺が朝セグウェイもどきから素材を剥ぎ取った機材をお前に見せた時、お前はああ言っていたが・・

 

どうしてあれだけの機材を見ただけで見たこともないはずのセグウェイが7.8機作れるってわかったんだ?

 

あのセグウェイもどきは武偵殺しが自作したものらしい。お前がその材料の分量を知ってるのはおかしいだろ」

 

「…くふ、なるほどね。でもそれだけ?それだけなら探偵科だから昔の事件の資料を読んでて知ってたってのが通っちゃうよ?」

 

私のワクワクが高まりすぎて顔がニヤニヤしてしまう。ただこれだけなら期待外れだ。私の言い訳が通ってしまう。

 

修一は「ま、そうだよな」と息を吐く。まさか本当にそれだけで聞いてきたのか?

 

「二つ目」

 

私が失望しかけたとき、修一が指を二本立てて理子の方に向けた。なんだ、やっぱあるんじゃん。

 

ーーーーー

 

『なんつってな。無理に決まってるだろ。キンジだよ、知ってるだろ遠山キンジ。あいつが4機倒したんだ』

 

『あ、そうなんだー。あ、でもでもEランクのしゅーちゃんがどうして4機も倒せたの?』

 

 

ーーーー

 

 

………なるほどね。

 

「俺が倒した数を自慢してるとこだが、お前はどーして俺の倒したセグウェイもどきの数が4機だってわかったんだ?確かにキンジが倒したのは4機っていったが、俺が倒した数は言ってないぜ」

 

でも、まだ甘いよ…!

 

「確かに矛盾はしているけど、それも調べたんだよ。

修一は4機、キンジは4機破壊したって。だから8機分の材料だってのもわかったわけ」

 

「………つえーな。探偵科」

 

「理子Aランクだから。それくらい調べるの楽勝だよ」

 

これは期待外れだ。やはり所詮はEランク。冴えてるが詰めが甘い。

修一は頭をガシガシかいてうーんと唸った。どうやらこれで終わりらしい。

 

…もういいや。生き延びたのもマグレみたいだし。これっきりで修一と接触するのは止めよう。

 

「じゃ、もう終わりでしょ?理子も疑われてぷんぷんがおー( *`ω´)なんだけど、今日は疲れてるから許したげる。またね、しゅーちゃん」

 

私は失望感と共に今度こそ病室を出ようとした。

さて、アリアとキンジのための兵器と車の手配は済んでるから、あとはそれをくっつけて…

 

「三つ目」

 

「っ!?」

 

私は修一の言葉に振り返り、

 

「いい加減にしろよ修一!いくら言ったってあたしのことを武偵殺しだって証明できないんだよ!いい加減あきらめーー」

 

「悪いが。諦めるなってどっかのピンクツインテに言われてんだ。付き合ってもらうぜ武偵殺し」

 

本性丸出しにして怒鳴りつけてやったのに、修一は理子の手を持って逃がさないようにしつつ三つ目を語り始めた。

 

「まぁ実際ここまでは半信半疑だったよ。お前がどこまで調べきれるのかわからんし、本当に調べれたのかもしれないってな。でも、この言葉はどう返すんだ?」

 

「この…言葉?」

 

ーーーー

 

『無理無理そんなの無理よ!!20万!?そんなお金見たことないわっ!!』

 

『しゅーちゃんしゅーちゃん!無理、疲れた、メンドくさいは絶対に使うな!でしょ?闇金にでも借りればいいんだよん♪』

 

ーーーー

 

 

「『無理、疲れた、メンドくさいは絶対に使うな』ってのは俺が武偵殺しに言った言葉だが…お前さっきそのまま言ったろ。この言葉、お前自身には言った覚えがないぞ」

 

「…それは」

 

…しまった。つい油断した。アホがあまりにも慌てたから慰めようとしたのが仇になったか…。ちっ。

 

「…それを()()()が修一に言っているところを見たんだよ。それ言ったのってアリアでしょ?理子その後ろから…」

 

「んじゃ、その場所と日時も言ってみろ」

 

「………。」

 

修一が理子の目をまっすぐ見てきっぱりとそう言った。……。

 

 

「黙秘はわからないと取るぞ。それにあの時のあいつの言葉はもっと長かったし『Eランクを励ました』なんてことアリアが言いふらすなんて考えられない。…つーことは、お前はどーやっても俺がアリアに言われた言葉を知ることなんて出来ないんだよ」

 

…こいつはEランクでも普通とは違うって分かっていたのに…。まさかこんな一言に気づくなんて…。

 

 

 

 

…へえ。

 

 

 

「峰 理子。お前が、武偵殺しだな」

 

修一が静かにもう一度そう言った。今度は確定申告だ。逃げ道はない。

 

「あっはははははははははははははははははははははははは!!」

 

思わず笑ってしまう。心臓がバクバク音を立てる。初めての体験だった。思わず拍手してしまう。こいつ、本当に、面白い!!

 

「いやーFii Bucuros(すばらしいよ)修一。いやーやられたやられた!そそ、理子油断しちゃったよもー。

うん、その通り。

 

『理子が武偵殺しだよ』。

 

 

くふ、まぁまだ色々と返答出来たけど面白かったからそれで認めてあげる♡」

 

「なんで若干嬉しそうなのかわからんが、まあいいや。分かればいいし」

 

私が認めると、修一は息を大きく吐いた。しかし問題はここからだ。

 

「それでどーするんだ?理子の正体が分かったところで決定的な証拠はない。理子を捕まえるなんて無理だと思うけど」

 

今までの犯罪もすべて証拠を残さないように丁寧にしてきた。

あの兵器全てに指紋一つ付けてないと断言できる。

それに修一の周りに録音器具はない。寝てる間に調べてあるから確実。これなら私が捕まることは一切ない。

 

 

「あ?何言ってんだ。別にお前が武偵殺しだからって別にどーもしねーよ」

 

きょとんとした表情で、そんなことを言ってきた。

 

って

 

「………え??」

 

「いや、だからな。さっきも言ったけど俺は胸のモヤモヤを取り除きたくて聞いただけで、別にこれから理子と敵対するつもりも、捕まえるつもりもないって。というかEランクの俺がお前に勝てるわけねぇだろがい」

 

「…え、と?つまり、本当に聞いただけってこと?」

 

「そゆことだな。フフンどうだ俺の推理力!中々のもんだろ」

 

ドヤッとした表情に嘘は見えなかった。え、本当にただの自己満足のために?

それだけのためにあれだけの矛盾点用意して、私を問い詰めたの??

 

いや、そんなはず…!

 

 

「でも修一。もし理子を捕まえることが出来たら30万どころの騒ぎじゃないほどの莫大な金が修一の元にくるよ。それでも、理子を捕まえないわけ?」

 

「なぬっ!?」

 

こいつはとことん金に汚いやつだ。金のことを話せばすぐに180度意見を反転させてなにかしてくるはずだ。…というかなぬってなんだ。変なキャラを今更つけるな。

 

修一は小さく「三十万以上…お肉、食べ放題…」そう呟きジュルリとよだれを垂らしていた。…ほんと、わかりやすいやつ。

 

その後修一はハッとするとよだれを拭いて理子の方に向き直った。

 

「まあその、あれだ、確かに理子のことを捕まえるのもそれはそれでアリだ。お肉食べたいし」

 

「理子より肉かよ」

 

「何言ってんだ。肉は最高に美味いだろうが!」

 

「………あ?」

 

久々にカチンときた。こいつにはなんの感情もないが、肉より下に見られるとは思ってなかった。とりあえず一発殴ってから話を戻してー

 

「なんつってな。本音言うと、お前を捕まえられるとしても、俺はお前を捕まえないっての。…やっぱ、嬉しかったからさ」

 

「嬉しかった?」

 

理子は修一が喜ぶようなことはなにもしていないはずだが。

 

「その、あれだ。俺ってほらEランクで、一年生ん時は、誰も話し相手がいなくて、正直な話、寂しかったんだよ。…で、またそんな感じなのかなって思ってたら理子が話しかけてくれたろ。まあ、実際、理子の目的は俺の腕を試すためだけだったんだろうけど。それでも、久々に友達みたいな話ができて、嬉しかったんだ」

 

話していく内に、少しずつ目をそらしていく修一。恥ずかしくなったらしい。

 

「ま、だからその、あれだよ。俺にとってはここでの初めてのダチって感じだったから。それがいなくなるのはツレーなって…うわー、これ平賀とかに聞かれたら完全に引かれるなぁ…」

 

修一の、こういう高校生らしい姿、初めて見た。それはそれで可愛いとは思ったが、それ以上に

 

「理子が、犯罪を犯した武偵殺しでも、友達になりたいの?」

 

「倉庫でも言ったが、俺は犯罪者でも恋人候補だ。友達がそうでも全く問題なし」

 

「…理子が、必要、なの?」

 

思わず出た言葉。言うつもりのない言葉がぽっと出てしまった。

 

な、なに言ってるんだ!?昨日もそうだったけど、どうしてこいつを前にすると口からするりと変なことを言ってしまうんだ。

 

…だけど、プライドを殺して言うなら、理子は必要とされたかった。

 

幼い頃、ブラドと呼ばれる貴族に引き取ってもらった際の『お前は必要ない』という言葉。理子の胸の奥にまだそのトラウマが残っている。必要とされないのは、理子にとって一番辛いこと。だから…

 

「ま、必要だな。金の次に」

 

「ふん!!」

 

「痛ったあああ!?おいてめぇ理子!なにも撃たれたとこ殴らんでもいいだろうが!!」

 

「うるせーよ!このクズ野郎!!」

 

こいつはキラキラした笑顔でなんてこと言うんだ。流石の私もこのクズ野郎には苛立ちを覚える。というかもう殴った。

 

「…だってしょうがねぇじゃん!流石にそんまま必要だなんて恥ずかしくて言えるかボケ!」

 

修一は顔を赤くしながらそんなことを大声で叫んで、自分の言ったことにまた紅くなった。…乙女か。

 

でも、そっか。こいつは理子の遺伝子とか、技能とか、そういうの全く関係なしにただ理子のことが必要なんだ。

 

ふーん…。

 

「ねえ、しゅーちゃん」

 

「な、なんだよ?」

 

「武偵殺しとの約束、覚えてる?」

 

「あ?確かあの倉庫の事件で俺が生き残ったら付き合って………んん!?」

 

くふ、思い出したみたい。そう。修一と武偵殺しは修一が生還した時点で、もう付き合ってる仲で、その武偵殺しは理子。つまり

 

「理子としゅーちゃんってもう付き合ってたりするんだよねー!約束上」

 

「取り下げだ取り下げ!無しだ無し!無効だ無効!!」

 

「そんなに否定しなくてもいいだろうが!!」

 

「いってええええ!てんめっ流石に二発目はヤバ…!!」

 

理子がワイワイと騒いだ瞬間のこの全面拒否。確かに冗談で言ったが、ここまで否定されると本当にムカつく。

 

「なんでだよ?さっき理子と付き合えるとか言ったら本気にしちまうとか言ってたくせに」

 

「…だってよ、そんなんで付き合うってのはなんかこう、違う気がするじゃん?もちろん、理子は俺にとって本当のダチで好きか嫌いかで言われたら好きだし。付き合えるってなるのは素直に嬉しいんだけどさ…」

 

モゴモゴとなにか言い始めた修一にため息をつく。こいつ本当に典型的な草食系男子だ。もちろん褒めてない。

 

「恋愛下手くそ」

 

「うぐ」

 

「草食系男子」

 

「うぐぐ」

 

「意気地なし」

 

「うぐぐぐ」

 

「素人童貞」

 

「なっ!?待て待てそりゃただの悪口だろ!バカにすんなよ!俺はーー」

 

「は、お前なんかに身体許すやつなんているわけないだろ。見栄はるなっての」

 

「…くっそぉ!その通りだちくしょー!!」

 

修一が泣き崩れてしまった。…少しやり過ぎたか。

 

私が修一をあやすのに、15分かかった。

 

 

 

 

「それでさー、しゅーちゃん」

 

「なんだよビッチ」

 

トッポを食べつつ椅子にまたがり適当に動かしてる理子に修一はまだ棘のある言い方で返してくる。…めんどくさいなぁ。

 

「しゅーちゃんってさー、理子のこと武偵殺しって認めさせて満足してるかもだけど、それで今の状況ぐるっと変わったのわかってる?」

 

「あ?状況??」

 

くふ。やっぱりわかってなかった。よし、ここにうまく漬け込んで…

 

「さっきの賠償金の話。しゅーちゃん、50万払わないとダメなんだよ。で、さっきまでは理子が25万払ってしゅーちゃんが残りの25万を報酬の30万から払う予定だったでしょ?まあ、報酬は約束したから30万振り込んでるけど」

 

「それが、どうしたんだ?俺には五万しか支払われないってー」

 

くふ♫

 

「だからぁ、理子が25万払うってのは理子自身の罪悪感から言った言葉なわけでありまして〜武偵殺しだってばれた以上、払う必要もなくなるんじゃないかなーって」

 

「あ、あの、理子さん?それはつまり…」

 

「くふ。ただ負けるだけじゃ嫌だから、仕返しに25万支払わないってのはどう?くふふ、理子、しゅーちゃんの金の汚さに漬け込んでみたんだけど、どう?効く??」

 

「思いっきり効果抜群だぞこの野郎!!嘘だろ!?結局俺赤字!?…というかそもそも全部お前がしたんだろうが!お前が払いやがれ!」

 

「えーでもー理子、書類上武偵殺しじゃないしー♬」

 

「この……!!」

 

キャッキャしてたら本気で焦る修一。くふ笑 理子、この顔大好きかもー♡

 

「困る?」

 

「すっげぇ困る!50万なんて金どこにもねーし、集まりもしねぇよ!」

 

「くふ。闇金に手だして返したりでもすればいいんじゃない?」

 

「な、お前…!?」

 

「それでもどうせ闇金の方も返せなくて〜、マグロ漁船にでも乗って〜、そのままいい極楽人生送るってのも楽しそうだよねー♫」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ理子さん、いや理子様!先ほどまでの無礼をお許しください!!そして出来れば!出来ればお金を貸していただきたく!!」

 

「うわぁ」

 

修一は理子の話を最後まで聞いて、顔を青くしながら土下座までしてきた。プライドないんだなこいつ。

 

 

でも、作戦通り♫

 

「いいよー。理子、お金たくさん持ってるから貸すどころかあげてもいーよ?」

 

「ま、まじか!?」

 

「うん、でも一つだけお願い」

 

ガバッと顔を上げ喜ぶ修一に、理子は詰め寄り、耳元で囁いた。

 

 

 

「理子と一緒に、武偵殺し、やろ♡」




修一、緋弾のアリア主人公の敵になる!?



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8.事件の前準備

「7話のあらすじ」
理子に疑問点を突きつけ、彼女自身に武偵殺しであると認めさせることに成功する。…が、思わぬ方向に話が進んでしまう。

♯ここで、修一がどうして倉庫の一直線で約80機相手に暴れることが出来たのかが判明します。




「理子と一緒に、武偵殺し、やろ♡」

 

俺は理子の言葉をすぐに理解することは出来なかった。

は?今こいつなんて?

 

「…わんもあぷりーず?」

 

「Let's play a Buteigoroshi with me」

 

「誰も英語で返せなんて言ってないわ」

 

一応ある程度勉強してたからわかるが…いや実際英語だけは力をいれてるのが武偵高校である。平均点英語だけやけに高いんだよ。

 

「ね♡」

 

「…いや、そもそも何で俺だ。もっと凄ぇやつをフォローに入れたらいいじゃねーか」

 

「出来るならそうしてる。けど、今理子のことを武偵殺しだと知っている奴で動けるのはお前だけだ修一」

 

「…武偵って確か、犯罪犯すと3倍の刑になるんじゃなかったか?」

 

「そーだね!もちろん国に払う金も3倍だから〜軽く100万は超えるよね」

 

「………いつもの俺なら即行で断ってたんだがなぁ」

 

「くふ。理子の手伝いをしないと、今の支払いもできないもんね!

 

…で、どうするんだ修一?こっちも人出は欲しいが、やれることをやらないやつは使い物にならないぞ?」

 

「それを言うならやっぱ俺じゃないと思うがな。年間Eランク舐めんな」

 

銃は撃てない、パソコンもろくに扱えない、体術もそこそこの俺が武偵殺しの手伝い?俺の失敗でこいつが捕まる未来が見えたね。

 

まぁ、実際金をもらえるんならなんでもやるつもりだったが…犯罪、ねぇ。

 

「なにするかわからんが、人殺しだけは嫌だぞ?」

 

「…くふ。大丈夫だよ修一。前にも言ったけど、理子人殺しはしてないしする気もないよ。もしできるなら今修一がここにいるわけがないでしょ」

 

「ああ、やっぱあれそっちが手加減してくれてたんだな」

 

俺は一直線の道での争いを思い出していた。いくら全力で力だしたって、平凡な俺には到底倒せない数だった。納得いったよ。

 

…まあ一応それも借りっちゃ借りなのか?

 

「………。はぁ」

 

俺は頭をかいて、最終的な結論を考えた。ま、実際はしたくないのだが、金が無いのも事実。俺に逃げ道は作らせない手口、犯罪者のやり口っぽいのう。あ、犯罪者だった。

 

「わーったよ、お前の手伝いしてやる。失敗しても知らんぞ」

 

「くふ。倉庫の戦闘で修一が意外とできるやつってのはわかってるから。大丈夫だって、『信じてるから』」

 

そういわれることは素直にうれしいが、そんな過度な期待して本当に大丈夫かね。

 

「んで、なにすりゃいいんだ?」

 

「後に何かしらの指令を送る。それに従ってくれればいい。作戦実行は明日の7:58。アリアとキンジに武偵殺しとしての挑戦状を渡す。修一はスムーズに進めるためのフォローを頼む」

 

「…そもそもどうしてお前はあの二人に執着してんだ?なにかあるのか?」

 

俺が気になったことを聞くと、理子は眉を寄せてちょっと機嫌を悪くした。

 

「…深い詮索はいずれ墓穴を掘って自分を殺すよ修一。今お前に言えることはなにもない」

 

「まあ人にはそれぞれなんかあるし、別にいいけどよ」

 

特に聞きたいとも思わなかったので簡単に終わらせると、身支度を済ませるため色々と準備し始めた。

 

「なにしてるの?」

 

「何って明日決行なんだろ?だったら今日の内にやっておくことがあるんじゃないのか?」

 

右手が使えない状態でいろいろとやるのは難しいな。これからしばらくこれが続くのか…辛いな。

 

「へー、結構やる気あるみたいじゃん」

 

「まあな。金をもらう以上、やれることはやってやるさ」

 

「くふ、今の理子的にポイント高いよ。本当に好きになっちゃいそーう♡」

 

「おお、そういやお前一応俺の彼女もどきになったんだよな。ほれ、身支度するから手伝え」

 

「はいはーい」

 

そうしてなぜか理子が持ってきた俺の防弾制服(聞くとわざわざ俺の部屋からとって来たらしいが、どうやって部屋に入ったんだ??)に着替え、松葉杖を持つと、病室からそさくさと逃げ出した。まあ、あとで手続きの電話でもしときゃ大丈夫だろ。たぶん。

 

 

ーーーーーーーーー

 

「邪魔するぞー」

 

「あや、岡崎くん!?どうしてここに来てるのだ!?確か一か月くらい安静にしてないとって…」

 

「あーなんつーか。思ったよりダメージなかったぽいぞ。体に当たった弾も貫通してなかったぽいしな」

 

俺は理子と別れると、真っ先に平賀文の部屋を訪れた。

 

理子の方はいまからセグウェイもどきの最終調整と、ある機能をつけに行ったらしい。まあそれはどうでもいい。というか俺がなんとかできたくらいの性能だったからな。今のままじゃ、あの二人になんて適うわけがない。

 

ということで連絡が来るまで暇になった俺は、いろいろと世話になった平賀にお礼を言いに来たのだった。

 

俺の来訪に驚く平賀を適当に返して(実際傷は痛むが、そんなことも言ってられないし、平賀を余計に心配させるだけだし)いつもの席に座る。

平賀はふーんと返すと俺の前に座って来た。

 

「…ん?別にいつも通り、作業しつつでいいんだぞ?」

 

「あやや…ま、まあ、今日はたまたま暇なのだ!岡崎くんの会話に付き合ってあげるのだ!!」

 

「ふーん。まあ、いいけど」

 

なぜか焦りながらそういう平賀。なんだ?いつも「作業ばっかで暇なんてないのだー!」とか自分から言ってくるくせ。そんな時もあんのかね。

 

「この前はサンキュな。お前がいなかったらやばかった」

 

「あや、そのことはもういいのだ。あやや的にもあの武偵殺しの兵器を解析できたし、ボタン型監視カメラもうまく使えたし、あややの方がお礼を言いたいほどなのだ!」

 

「…そっか。まあでも、サンクスな」

 

お礼を返されてしまったがもう一度礼を言うと、平賀は顔を赤くしながら笑ってくれた。

ま、平賀ならこんな感じに返してくるってのはなんとなく想像ついてたから、もうこれくらいにしとくかな。

 

「ねえ。岡崎くん」

 

「なんだ?」

 

「一昨日の任務はいったい何ランクの依頼を受けたのだ??あれは絶対Eランク任務なんかじゃないのだ!」

 

「あ、そ、それは…」

 

まさか武偵殺し自身に呼び出されてたから、実質Aランクくらい…とは言えないよな。こういう時すぐにうまく返すことができない俺は、口をパクパクさせることしかできなかった。

 

すると、平賀が近づいてきて、下を向きながら

 

「…もう、やめてほしいのだ」

 

と、小さくつぶやいた。…え?

 

「あの兵器のカメラから見てたのだ。岡崎くんが倒れて、血がどんどん出てきてるところ。

あややにはもう、岡崎くんが死んでしまったみたいに見えたのだ。

…怖かった、日ごろ頻繁に来てくれる岡崎くんがいなくなったらここがすごくさみしくて…怖くて。だから、岡崎くんにはもっと安全で簡単な任務を受けてほしいのだ」

 

プルプルと震えながらそういう平賀。

もしかして、むっちゃ心配かけちまった…か。

というかここに来る理由のほとんどが外だと異様に目立つからだったり。

 

基本誰かに見つかったらヒソヒソ言われちまうし。俺のオアシスなんだよなここ。

 

「そっかそっか。平賀はそんなに俺を心配してくれたわけだな。もしかして俺のことすーー」

 

「あ、それはないのだ。友達以上、恋人皆無くらいなのだ」

 

「…さいですか」

 

ちょっと期待したんだが…むぅ。

だけど、まあ心配させたってことは間違いさそうだ。

ちゃかしたからかちょっとキレてる。ただ…いまから武偵殺しの手伝いするからもしかしたらそれ以上の依頼するかも、なんて言えないよな。

 

「ま、大丈夫だっての。Eランクの俺がこれ以上危険な事することすらないって。な?」

 

「…そうだったらいいのだ。でも心配だから、いいものを用意しておいたのだ!!」

 

そういうと平賀は近くの箱をがさがさ漁ると、セロハンテープのような真ん中に空洞の開いた何かを渡してきた。

だがセロハンテープよりも、かなりの重さがあり、その巻かれたなにかもセロハンというよりか紐に近い。

 

「なにこれ?」

 

「『とべーる君 二号』なのだ!先端が吸盤になっていて、張り付いたら約150kmの速さで引っ張っても取れないようにしたのだ!!」

 

確かに先端には赤い何かゴム質の物が取り付けられている。これがそんなすげーものなのか…

 

「んで?これ何に使うんだ??」

 

「あや、貸してくれなのだ!ここを押すと、巻かれたロープが自動で射出されるのだ。長さは約20mほどなのだ、えい!」

 

平賀がセロハンもどきの内側の小さい赤いボタンを押すと、静かに飛んでいくロープ。そしてその先端の赤いゴムが壁に当たりくっつく。

 

「これでもう離れることはないのだ。そしてここの青いボタンを押すと…えい!」

 

平賀が赤いボタンの横の青いボタンを押すと平賀の手からセロハンもどきが離れ、ロープを巻き取りながら壁まで走った。ガチャンと音を立て、壁にくっついてしまった。

 

「…で、これ何に使うんだ?」

 

ふふんとドヤっている平賀にそう返す。機械が巻かれていっただけでどうしてそうドヤ顔なんだ。

 

「あや、ターザンごっこなのだ!!」

 

「…ターザン??」

 

ターザンってあれか?あーああーーとか言いながら森駆け回るやつ。

 

「これを天井に撃って、そのまま離さずに青いボタンを押せば宙に浮くことが可能なのだ!そのままブランブランして遊ぶのだ!!」

 

「…でもよ、これどうやって壁からバズすんだよ?一回したら終わりか?」

 

今も壁に宙ぶらりん状態のとべーる。絶対外れないんなら使い道が限られてくるが。

 

「大丈夫なのだ。青いボタンの横にもう一つ小さなボタンがあって、それを押すと…」

 

平賀はとべーるに近づくとそのボタンを押したのだろう。とべーるはいとも簡単に外れ、平賀の手に落ちてきた。

 

「この中に空気を入れるボタンなのだ。これで簡単に外れるのだ!」

 

「なるほどね。どこでも移動できるようになるってことか」

 

これを使えばまるでスパイダーマンのように自由に移動することができそうだ。…まあ、スパイダーマンみたいなことしたらすぐ死にそうだが…。

 

「だけどよ、そのロープが切れるってことはないのか?それ空中でちぎれたら終わるぞ」

 

あーああーしてる最中に切れたりでもしたらそのままThe Endだ。そんな終わりは嫌だ。

 

「大丈夫なのだ。こう見えてかなりの強度をもっているのだ。理論上、刀で100回切っても切れないようにしてるのだ!!」

 

「へえ…」

 

これ、もしかしたらターザン以外の使い道がいろいろあるかもしれないな。確かに即戦力の機械だ。少し重いがそれだけ便利がある。だが問題は…

 

「んで、これいくらだよ?これだけ高性能なら、金も莫大なんだろ?」

 

相手はあの平賀文だぞ。これだけのものを安値で取引するわけがない。莫大な金を使うことで有名なやつだからな。

 

 

「退院祝いなのだ!タダでいいのだ!!」

 

「まじか!」

 

と、思っていたがこいつ意外と友達思いなんじゃ…。

 

「でも修理費は最高15万なのだ」

 

「………くそう」

 

やっぱな!さすが平賀さん。俺に使わせて金をとる気か。くそうこの平凡学生の敵め!

 

「でも、もらえるもんはもらっとく」

 

「あや!ベルトにつけれるようにしといたのだ!」

 

俺はもらえるもんはもらっとく主義だ。貧乏には物が少ないのだ。

 

それから俺はまた冷却弾を6発購入した。これ意外と使えるからな

 

「火炎弾はいらないのだ?」

 

「ありゃ不良品だったぞ。改良よろ」

 

「あいやー!」

 

 

 

それからしばらく平賀とたわいもない話をしていると携帯が鳴った。どうやら理子の指令ってやつが届いたようだ。

 

 

 

『17:00までに遠山キンジの部屋の時計を五分遅くしろ その後、アリアと接触、明日の朝までキンジに近づけるな。

このメールは確認しだいすぐに削除すること

PS、キンジの部屋のベランダの窓が開いてるみたいだぞー♪』

 

 

 

…は?武偵殺しの手伝いってことだから誰かを誘拐とかそんな感じのことをするんだと思っていたが…なんだこれキンジの部屋の時計いじってアリアと会えって?…なにしたいんだ理子のやつ??

 

「…また、依頼なのだ?」

 

平賀が心配そうにこっちをみている。こいつ、なんだかんだ言いながら、やっぱいいやつだよな。こうして友達だからって理由でいろいろとしてくれるわけだからな。

 

俺は笑って平賀の頭を撫で

 

「やっぱりそれはやめてほしいのだ」

 

ようとしたが本気で嫌がられたのでやめて

 

「大丈夫だって。今回のは思ったより簡単そうだからな。軽くやってくるよ」

 

「あや!前もそんなこと言ってたのだ!!だから余計に心配なのだ!こ、これも持っていくのだ!」

 

平賀がまたなにかをごそごそし始めたが俺はそれをやめさせる。

 

「いいって、もうこれ以上金ないから」

 

「じゃ、じゃあお金いらな━━」

 

「平賀。俺を特別扱いしてくれるのはうれしいけど、そんなことばっかしてたらお前の評判に関わる。これだけで十分だ」

 

平賀は先ほども言ったようにかなり莫大な資金をもらって制作している。それを俺にだけタダにしてばっかりだとほかのとこや生徒が文句を言うのは当然だ。「Eランクにタダならこっちもタダにしろ」ってな。Eランクってのは優先されることがないんだ。それに俺はとべーるをもらっただけでかなり満足してるし

 

「じゃ、じゃあその依頼終わったらあややのもとに来てほしいのだ!安くて使えるものを作っておくのだ!」

 

「お、そりゃうれしいな。まじで頼むわ」

 

「あややー!!任せるのだー!!」

 

そうして俺は平賀と再会の約束をして別れた。

 

 

 

 

 

 

 

あれ、これ死亡フラグじゃ…。

 

 

 

ーーーーーー

 

「これでよしっと」

 

俺は自分の部屋につくと、さっそくとべーるを使って隣のベランダに侵入し(片手でもなんとかなったがなかなかキツかった)、中に誰もいないのを確認して侵入。おいてあった時計すべての時間を五分ずらした。この前隣がキンジの部屋だってわかっててよかった。知らなかったらまずそこから調べなきゃだったからな。

さて、これでどうなるのかさっぱりわからないが、とりあえずやることはやったし、キンジが帰ってくる前に退散しますか。

 

ーーーーーーー

 

「さて…次はアリアだが、どこにいるんだ?」

 

俺は夕暮れでオレンジに染まった道を歩きながらアリアの行きそうな場所を考える。

 

が、俺とアリアだって知り合って間もない。行きたい場所なんてわかりっこないし、どうしたものか。

とりあえずもう授業終わり時間だし、教室に行ってみるか。

 

そう思い教室のある校舎へ向かう途中、授業が終わってそれぞれの専門科へと移動する生徒が俺の横を通っていく。

 

今の俺は右腕を固め松葉杖をついて歩いている状況だ。まあ、武偵高ならこういう生徒はよく見かけるからべつに目立たないのだが…俺だと

 

「おい、あれ、Eランクの岡崎だぜ…」

 

「うっわ。重症じゃん。なにしやがったんだあんなクズが」

 

「あれだろ、銃を反対に持っちまって自分の腕に撃っちまったのさ」

 

「はは、流石Eランク」

 

辺りから俺に対していろいろと言っているようだ。

 

…そう、俺みたいなEランクがこんなに怪我するってことはなにか失敗したと捉えられバカにされる。

 

もちろんそれを言っているやつらに面識はない。

 

それに言っているやつらに、いちいちこの怪我について説明する気もない。

 

かといって、こいつらにキレて喧嘩したって勝てるわけもないし。八方塞がりというやつだ。

 

「………。」

 

俺は言われるがまま、バカにされるがまま、片足でうまく歩けない状態でゆっくりと、校舎まで戻って行った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

しばらく教室やら図書館やらを探してみるものの見つからず、もしかしたらなにかの依頼で外にいるんじゃとも考え、いったん校舎を出ようとしたとき、ちょうどどこからか帰ってくるアリアを見つけることができた。

 

なぜかスキップしながら校舎の方に来ているが、なにかいい事でもあったのだろうか。

 

「よ、アリア」

 

「?あ、修一…ってどうしたのよその怪我!?」

 

俺は下駄箱までやって来たアリアを呼び止める。

 

アリアは俺を見つけるとすぐにこちらに来て怪我について聞いてきた。

 

…なぜだろう。普通の反応なのにやけにうれしいや。さっきまでいろいろ言われてたからメンタル弱くなってたのかもな。

 

「まあそのあれだ、一昨日任務でちょっと失敗しちゃってな」

 

「それって…もしかしてあの武偵殺しのアジトの事件!?あの大けがをした武偵って修一のことだったの!?」

 

ああ、どうやら調べていたみたいだな。というかあれって名前までは公開されないのか。なるほどね。

 

「たまたまあった依頼を選んだらビンゴひいちゃってな。いやー失敗失敗」

 

「ということは、あの『武偵殺しの兵器を30機ほど撃破』っていうのも修一がしたのね」

 

あれ30機だったのか。もうよく覚えてないんだが。んーでもあれ、理子が手加減してくれたおかげだし。

威張れないことなのだが。

 

「頑張ったよ俺」

 

「うんうん。えらいわ修一。よくがんばったわね」

 

なぜかつま先立ちして頭をなでなでしてくるちびっ子ピンクツインテ。…ちょっと恥ずかしいな。

 

っとそうだ

 

「アリア」

 

「なに?」

 

「さんきゅな、入学式の前の日、あれスゲー助かった」

 

「…あ、ああ、あれね…」

 

「お前、忘れてたろ」

 

「そ、そんなことないわよ!覚えてた!あんたが死んだ目をしてベンチに座ってたあれでしょ」

 

言われてパニくってる時点で確定なんだが…まあいいや。というか死んだ目って…

 

まあいい。

 

「実際のところ現状あんま変わってないんだがな、周りにはいろいろ言われるし、相変わらず銃は当たらないし」

 

「そりゃそうよ。気の持ちようですぐに成長するなんてことはないわ。それからのがんばりが肝心なのよ」

 

こいつ…こうも俺の背中を押すのがうまいのかよ。

今のもちょっと心に響いたぞこのやろ。

 

「でも、無理って言葉はあんまし使わなくなったぞ」

 

「そっか。良い心掛けよ修一!ちゃんとやれることやって、きちんとしていればいつか報われるわ!!絶対!!」

 

にっこりと嬉しそうに笑ってアリアが胸を張ってそういう。…まあ、チラっとその小さい(なくはない)胸に目が言ったのは仕方ないのだ。それからお互いに笑いあって、そして

 

「それに、あたしも修一には感謝してるのよ」

 

「あ?」

 

アリアが俺に?一体なんのことだ?俺がアリアにしたことは愚痴って、金を脅したぐらいしかないが。…うわ、俺何気に最低だな。

 

「あのね、あたし、友達と呼べる人がいないの。キンジもあたしから付きまとってるだけだし。他のみんなもあたしがSランクだからって一歩引いた感じに接してくるの。

でも、修一はそんなのお構いなしに話してくれるでしょ。

ま、まあお金のことになるとせこいし、最低だけど。さっきも声かけてくれたのも実はけっこう嬉しかったのよ」

 

「………。」

 

意外だった。まさか俺と話すのがアリアにとってうれしい事だったなんて、俺ばっかが世話になってると思ってたんだが、実際はそうでもなかったのか?

まあアリアには最初からすべてさらけ出していたから、なにも考えることもなかったってのも一つの理由だが。

 

「そういやアリア、俺たち連絡先交換してなかったよな。ダチなら交換してもいいだろ」

 

「そうね。いいわよ、交換しましょ」

 

お互いに携帯をとりだして連絡先の交換をした。Sランク武偵とここまで仲良くなるとは前の俺からしたら考えられねぇな。

 

 

才能をもった人間と仲良くするなんて。

 

アリアは連絡先交換したあと、その俺の連絡先を見て微笑んだ。どうやら俺は友達第一号になれたらしい。

そんなことに自然と俺の口が吊り上がるのが分かった。

 

 

「次危険な依頼受けるんならあたしに一声かけなさい。手が空いてたら手伝ってあげるわ!」

 

上機嫌なアリアがそんな提案をしてくれる。

まあ正直Sランクの手を借りられるんならまた受けてもいいかもな。まじで今度あったら頼むとしよう。

 

「というかよ、アリアはなんでそんな楽しそうなんだ?いい事でもあった?」

 

ずっとニコニコなアリアにそう聞いてみると、アリアは手に持った猫のぬいぐるみを見せてきた。

 

「あ、そうそうそうなの聞いてよ修一!さっきキンジがね!あたしのこれくれたの!!」

 

「それ、なに??」

 

「れおぽん!かわいいでしょ!!」

 

アリアのもつその猫も確かにかわいいが、それを持ってキャッキャしてるピンクツインテのほうが俺的にはかわいいと思う。アリアちっこいけど美人だしな。

 

ま、口にだして言えるわけないが。

 

「おお、かわいいかわいい」

 

「えへへー。あんたにも次手に入ったら分けてあげるわ。こんどこそあのUFOキャッチャーであたしが取ってやるんだから!」

 

あ、なるほどUFOキャッチャーの景品なのかそれ。ってことはキンジはアリアのために取ってやったと。やるじゃんキンジ。

 

「そうだな。でもあれコツとかあるから今度教えてやるよ。たくさん取ってキンジにドヤ顔して見せてやろうか」

 

「あ、それいいわね!よろしく頼んだわよ修一」

 

「おうよ。あ、そんときの金はアリア持ちで頼むぜ。俺UFOにくれてやるほど金に余裕ない」

 

「…あんた、レディに払わせる気?」

 

「レディに払っておなかが満たされるんなら俺も払うがな」

 

「やっぱ最低ね」

 

「金に関してはしょうがない。ないもんはないんだ」

 

「ま、もう慣れたからいいけど。修一のそういうとこ。いいわよ、あたしが自分で払って自分で手に入れる!手伝いなさい、修一!!」

 

「あいよ」

 

UFOキャッチャーごときでなにを大げさな。なんて思うかもしれないが、皆がそう思うことに一生懸命になるやつはカッコいいと思うがな。俺は。

 

 

「じゃあそろそろ行こうかな。キンジにパートナーになるように説得しなきゃ。また会いましょう修一」

 

「おーう、また明日なー」

 

「…!!う、うん!また明日!!」

 

俺の言葉になぜかパアアっと笑顔になって去っていくアリア。

ああ、なるほど。友達いなかったからこういうことも言い合える友達いなかったのか。

…あれ、そういや俺もこれ言うの久々だな。ったく俺もあんまりアリアに偉そうに言えないってことか。

 

ちょうどそのとき夕暮れの日がこちらに射した。

…もう帰るか。この状態で歩くのしんどいし。

 

そう思って俺もアリアの方向に歩き始めーー

 

 

 

 

…あり?なんか忘れてーー

 

 

『その後、アリアと接触、明日の朝までキンジに近づけるな』

 

 

 

「あ、しまった」

 

俺は思いだして先ほど聞いたばっかの番号を速攻かけた。

 

通話待ちはそうかかることなく、すぐにアリアは電話に出た。

 

『あら?修一どうしたの?なにか言い忘れた?』

 

ちょっと機嫌のいいアリアが、すぐに出てくれたってことはまだキンジと接触していないみたいだ。

 

あ、あぶね、理子との約束を即行で破っちまうとこだったよ

 

「いやその、あれだ、その…」

 

『なによ?歯切れ悪いわね』

 

しまった。かけたはいいものの、こっちに戻す理由がない。…んー

 

「じつは、ちょっと頼みたいことがあるんだが、もう一度戻ってきてくれないか?」

 

『え、それって今じゃないとダメなの?』

 

「おう、できれば」

 

とりあえずすぐにこっちに戻そう。歩きながら通話していたらその途中でキンジに会うかもしれない

 

『…いいわ。今から戻るから、さっきの場所にいなさい』

 

ブツっと一方的に切られてしまったがなんとかなったみたいだな。俺は安心して息を吐き、アリアが来るのを待った。

 

さて、いまのうちに戻した理由でも考えますかね。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ギシッ ギシッ ギシッ

 

一つの柔道場から約4時間。ただ地面がきしむ音だけが聞こえる。

体育館ほどの大きさの部屋の中に二人。

 

日も暮れ、外が真っ暗になり、同じ道場を使っていた人もすべていなくなってもその音は鳴りやまなかった。

 

今も二人の人間が取っ組み合っている。男が女の蹴りを避け、こちらもと、蹴りを放つ。が

 

「甘い!!そこに一発入れられるわよ!!」

 

「…こなクソ!!」

 

それを避けつつ男の腹に一発入れた。…そろそろ言おう、その二人は俺とアリアだ。俺はつけていたギプスやらなんやらをすべて外してアリアと向き合っていた。

 

「次、きなさい!!」

 

「…ッ!!んにゃろ!!」

 

立ち上がって、痛む右腕を無理に振り回しアリアに当てようとするが、それをアリアはスルリと避け、俺の腹に蹴り込んだ。そこに一切の躊躇はない。

だが、それでいい。

 

「…がっ…!?」

 

腹を押さえながら息を整える。口から唾液が漏れるがそれを抑えきれない。

くそ、やっぱここまでの違いがあるのか、SとEは。アリアがふぅと息を吐くとこちらにしゃがみ込んだ。

 

「ねえ、もうやめない?武術を学びたいってのはわかったから、怪我を治してからにしましょうよ。今やってもあまり上達しないどころか、怪我が酷くなるわよ」

 

俺はアリアが戻って来たその瞬間までなにも要件を見つけることができず、つい「俺に武術を教えてくれないか?」なんて言ってしまった。

 

実際、武術も教えて欲しかったからいい案だと思ったが…たしかにアリアの言う通り今するべきじゃないな、これ。

アリアからの攻撃を受けるたびに撃たれていた腕と足に激痛が走る。

もちろん途中でやめて、そこからほかのことをすればよかったのだが…正直

 

(すげぇ…これがSランク。戦い方を変えて殴ってみても全然当たらねぇ…しかも俺の腕と足にはほとんど痛みがないように手加減もされてやがる…す、げえ)

 

俺はSランクの格闘技術に魅了されていた。

 

痛みももちろんあるが、それ以上にもっとこいつの力を見てみたいという好奇心に駆り立てられてしまった。

 

昔剣道をやっていたときもそうだった。勝てない敵の技術に魅了されたとき、俺は時間も忘れてそいつのことをじっと見てしまう。

 

昔、県大会に準優勝したときも、優勝したあいつの剣技を見てたっけ。懐かしいな、この感覚。

 

「いや、まだやろうぜアリア。もっとお前の技見せろ」

 

俺はそう言って、アリアの顔に向けて拳を振るう。アリアは、はぁとため息をついてその拳を避ける。

 

(この後、こいつは多分ーー!!)

 

四時間。付き合ってくれたアリアには心底感謝してるが、そのアリアの癖が、見えた…はず!

 

俺は避けつつ俺の懐に入ったアリアの拳を右に避けつつ、右足で蹴りを振る。ーーだがそれも一歩引いて避けられる。そしてそのままこいつは

 

(左に回って左フック!!)

 

それをわかった状態でアリアが左に回る前に逆に右に回って足を引っかける。

 

「ーーー!?やるわね修一!!」

 

 

だがそれですら足を寸で避け、俺の顔面に蹴りを放った。俺はそれを避けることができず、吹っ飛んでしまった。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

俺は立ち上がることができず、そのまま寝っころがってしまう。流石に疲れた。

 

「最後、ああ来るとは思わなかったわよ…やるじゃない」

 

そこにまだ元気なアリアがやって来て俺に手を差し出してくれた。

 

「まあ、こんだけ付き合ってくれてんだ。あれだけ見せてくれれば動きを予想くらいはできる」

 

「へぇ…あたしの動きを、ね」

 

立たせてくれたアリアに礼を言いつつ首を鳴らす。やっぱ今のままじゃ体術でも勝てないか。

 

「確かにあんたは弱い。でも、観察眼は結構いけてると思うわ。IQテストでもしたらいい結果が出るんじゃないかしら」

 

「んなもん興味ないからいーよ。それより続きしようぜ」

 

「はぁ、いい加減休憩しましょう。いくらあたしでも疲れたわ」

 

「…ああそ、わかったよ。ただ少ししたらよろしくな」

 

「ええ、まだやるの?」

 

「あったり前だ。これハマった」

 

「全く、付き合うこっちの身にもなりなさいよね…」

 

でも付き合ってくれるらしいアリアは本当に優しいやつだと思う。まあ、理子との約束ってのもあるが…

 

いいね、自分も楽しめて、理子との約束も守れる。良い感じだ。

 

「あたしもさすがに徹夜では付き合えないわよ。24時には帰るからね」

 

「…どこに?」

 

「?あたしの部屋よ?」

 

よし、それなら大丈夫そうだ。キンジの部屋にさえ戻らないなら会うこともない。

 

「うっし。もういいぞ。やろうアリア」

 

「あんた一応重症なのよ?本当に大丈夫なの?」

 

「は!敵の心配をしてる余裕なんてすぐになくなるからな!やるぞアリア」

 

「…はぁ、わかったわよ」

 

こうして俺はアリアから武術を学んだ。…まあ結果だけ言うならアリアには一撃も与えることができなかったが学べるものはあった。と思いたい。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

こうして一晩中付き合ってくれたアリアはそのまま女子寮へと帰って行った。俺はそれを確認すると理子へ電話する。

 

『はーい、もっしもーし修一?アリアはどうなってるー??』

 

「あ、ああ…いま、女子寮の方へ入ったのを確認したぞ…はぁ」

 

『あ、あれ?思った以上に疲れてるっぽいけど…。そんなにアリア、激しかったの♡?』

 

『エロく言うな。あいつには今まで武術を教えてもらってたんだ…。ま、それはともかくちゃんとやることやっておいたぞ。時計もイジッたしアリアもおっけだ。今日はもう帰るからな」

 

『はいはーいお疲れー。あ、部屋にいいもの置いといたから寝る前に確認しといてね。あ、あと明日はちゃんとバスに乗ってね。じゃ、お疲れさましたー!』

 

い、いいもの…?嫌な予感しかしない。というか、俺の家にはもう防犯とかないのね。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…なんじゃこら」

 

俺は家に帰ると机に置いてあった段ボールのなかには

 

 

 

携帯電話と地図。そしてーーーボイスチェンジャー?

 

  

 

 

 

 

 




緋弾のアリアのアニメで気になった部分を修一にやらせてみました。


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9 武偵事件終結+

「8話のあらすじ」
嫌々ながらも手伝うことになり、平賀の元で新しい装備を整えた後理子のよくわからない命令を遂行する。
足が折れてるにも関わらずSランク武偵に組手を挑むサイカイはバカだと思う。

*ここからAAも入っていきます


Kinji side

 

朝、アリアがなぜか帰って来なかったので、久しぶりの平穏な朝を過ごした。日常っていうのは無くなった瞬間に大切さがわかるものだ。

 

今俺はその意味に激しく同感している。だからこそ、いつもより早めに起きていつもよりゆっくりと食事をとり、いつもよりすこし早めに家を出た。

 

昨日家の時計と合わせ直しておいた時計で時刻を確認する。7:53、バスが来るのは7:58だから全然間に合う。5分前行動というやつだ。

 

「アリアがいないと朝もスムーズだな」

 

そう独り言を言いながら階段を下りてバス停へ向かう。

 

「いつものバスにも余裕で…」

 

ーーそう言った俺の先で、なぜか知り合いの乗ったバスが見えた。そのバスはそのままバス停を走り去っていく。

 

「武藤…!?ってことはあれは58分の…!!」

 

知り合いの顔がバスの中に見えた。ということはあれは俺が乗る予定だったバスで間違いない。

慌てて走ってみるものの、バスは道路をどんどん進んでいき、すぐに姿が見えなくなった。

 

ちくしょう、なんでだ??時間より5分も早く出発するなんて今までになかったぞ??

 

その後しばらく歩いていると、アリアから着信があった。

 

 

 

『事件よ!バスジャックが起きたわ!!』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほどね」

 

俺はキンジの様子をバス内から見ながら、理子が俺に指示した意味を理解していた。バスに乗らせないため、アリアをキンジに近づけさせなかったのは二人だと時計をいじったことに気づかれるからか。だったらそう教えてくれればいいものを…

 

 

そう思いながら小さくなるキンジを見ていると理子からの着信。

 

『しゅーちゃん、やっほー♪』

 

「そういや朝からそのテンションだったな。俺は痛みで寝不足だってのに」

 

『寝不足なら理子も寝不足だって~!2時間だよ2時間!!もう乙女の肌の大敵~!!』

 

「一日くらいどってことないだろ?」

 

『あ、しゅーちゃんそれ言ったらダメ~!!一回でもいいや~ってやっちゃったら後々戻せなくなるんだからねー、特にお腹!!ぽんぽこ!』

 

「そういうもんかね」

 

女のそういう部分はよくわからん。というかこいつはそんなこと言うために電話してきたわけ?

 

『ーーーそれで、お前はちゃんとバスにいるんだろうな?』

 

おお、きたな裏理子(性格というか話し方がまるで違うので命名)。こいつと話すときはちょぴっと緊張するんだよな。

 

「おう、ちゃーんと礼儀正しく座ってますよ」

 

周りには武偵のやつらがわんさかだ。まああまり騒がないほうがいいだろうな。

 

『あと一分後に携帯のアレを鳴らせ。それから事件スタートだ。あとは、できるな?』

 

「ま、なんとか。んじゃあバス内だし切るぞ」

 

『ほいほーい!頼んだぞ、しゅーちゃん♪』

 

ブツっと電話が切られる。俺も昨日準備して考えてはきたが、どうしたもんかね。やっぱりこのバス武偵しか乗ってないんだけど。

 

しかも見渡したら強襲科Aランクの不知火(しらぬい) (りょう)までいるじゃん。まじで大丈夫かな…。

 

 

 

まあ、だからと言ってやらないという選択肢はないんですけどね。

 

 

 

俺はサっとあるものを椅子の下の、空いた隙間に投げ入れる。

 

(…ま、やれるだけはやってやるさ。金ないしな)

 

一分が経ち、昨日送られてきた携帯を起動させた。

 

 

ピリリリリリリリリリリ!!ピリリリリリリリリ!!

 

 

「おおっと、しまった!マナーモードにしてなかったな。あっはっはは」

 

携帯が大音量でバス内で音を鳴らす。ちょっとセリフが棒読みになってしまったが周囲の目線がこちらに移ったのを確認。

 

そのまま俺は起動した画面を見つめ、ビックリした表情をする。…できてるかどうかはわからんが。

 

『この、バスには爆弾が仕掛けてあり、やがります』

 

バス内に十分に響く音量で流れた音声。

 

うっし。武偵殺し事件発生、だな。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『速度を落とすと爆発しやがります乗客はおとなしくし やがれです』

 

バスが出発して15分がたった。おそらくもうアリアが動き出したりでもしてるんだろうなか、俺はここでのリーダー格である武藤 剛気(むとう ごうき)の命令に従って椅子の中やら上の物置部分を調べていた。

周りにはおそらく20人ほどの武偵。俺がおかしなことをしたらすぐにばれてしまうだろう。

 

だから、

 

「不知火。爆弾はあったか?」

 

武藤がAランク武偵不知火に呼びかけるが、不知火は首を横に振った。まあ、爆弾がどこにあるのかはわかってるからこのバス内の人間がいくら探しても見つからないことはわかっている。ここをうまく使わせてもらおう。

 

先に『バウンス』させといてよかったぜ

 

「おい、武藤…だっけか?爆弾かどうかはわからんが、変なのがあったぞ」

 

俺は武藤に呼びかけこちらに来てもらう。そして椅子の下に挟まったある緑色の物体を見せる。武藤がそれを見て顔を(しか)めた。

 

「こりゃあ…なんだ?ゴムみたいな」

 

椅子の下に挟まっていたのは緑色のゴム材質のなにかだった。それが今も少しづつ大きくなっている。

 

『あーあー、バス内に二つ目の爆弾を設置してま やがります?武偵の、みなさんが、最初の位置に座らないと、どんどん膨らんで、最悪爆発します、よー??』

 

武藤の持つ俺の携帯(仮)から新しいメッセージが送られる。ああこれ、昨日俺が撮ったやつだ。加工してるけど自分の声って聞くと恥ずかしいよな。

もう言ってもいいだろう。その緑色の膨らんでいるゴム状のものとは、つまり、『跳ねるたびに大きくなるスーパーボール』のことだ。実際には爆弾なんて入ってないし、ただバウンスして膨らんでるだけだし、そもそもそんな爆弾見た事ないでしょとも思う。

 

 

「な、なにぃ!?み、みんな座れ!!爆発するぞ!!」

「う、うわぁ!!爆発!?」

「座れ座れ!!」

「みんな、落ち着いて!!」

「やばいって!まじ膨らんでる!!」

「お、おいそこ俺の席だ!!」

 

一度パニックにすればそんなことを見るやつなんて、いないよな。あ、ちなみに最初に大慌てしたのは俺だ。ヘタレは任せろ、大得意だ。

 

皆が武偵殺し(俺)の命令を聞いて、それぞれの位置へ座ったり、元の位置で立ったりしている。おお、なんだこの優越感。なんか、いままで馬鹿にしてたやつらが俺の言うこと聞くってのも新鮮だな。…いかんいかん。これはあくまで武偵殺しの真似ごとだった。

 

「お、おいどうだ岡崎!爆弾膨らんでるのか!?」

 

「あ?い、いや。なんとか大丈夫そうだ」

 

男子生徒が一番爆弾(仮)に近い俺に確認するよう言う。スーパーボールは縦に大きくなるのを諦めどんどん横に大きくなっていっていた。まあ…大丈夫だろ。

 

「くっそ、武偵殺しめ!俺たちの動きまで封じてくんのかよ!!」

 

「…もう一つ、俺たちの動きを封じるものが、来たみたいだよ」

 

男子生徒が文句を言っているなか、不知火が窓の外をみながらそういう。そこには

 

「ちっ、機械兵器か!!」

 

 

俺も反対側だったが見てみると、黄色いスポーツカーにセグウェイもどきの時と同じ銃が取り付けられている。うーむ。理子やっぱあれ使うのか。アレ見るの結構トラウマなんだが…。

 

「中は爆弾、外は機械兵器か…。用意周到だな」

 

「だが、操作してるのは機械兵器のみでこっちの爆弾は俺たちが動かなきゃ大丈夫ってことは」

 

「先にやるべきは機械兵器、ってことか」

 

男子生徒たちがそれぞれでやるべきことを固めていく。すげえ俺と違ってすぐにやることを選んでいく。…そこが俺との違い、なのかな。

 

 

 

「ーーーッ!!伏せろ!!」

 

突然不知火が叫び顔を伏せた瞬間

 

機械兵器から銃弾がすべての窓に向かって撃ちこまれた。

 

窓が音を立てながら割れ、そのほとんどが座っている俺たちに降りかかる。お、おい理子さん…??俺もいるんだけど??

 

おそらくどこかからか操作しているであろう理子に心の中でツッコむ。もしかして俺のこと完全無視なわけかい?

…あー、ありえるぅ。あの理子だもんなぁ。あとまたガラス無駄にしやがったな理子のやつ。後で一言文句言ってやる。

 

「痛つ…防弾制服って言っても当たると痛いんだぞ…!!」

 

武藤が腕を押さえながら痛みに耐えていた。

一分ほどだっただろうかやけに長く感じた銃声がようやく終わった。何人かは当たってしまったようだが防弾制服のおかげでなんとかなったようだ。というか俺も当たったんだが…

 

俺たちはそれぞれでガラスを払ったりしながら

 

「俺たちの動きを完全に封じてきたな」

 

「ちっ」

 

外のスーパーカーは相変わらずバスと並走している。まだ撃てるということらしい。

 

「不知火、手を貸してくれ。あの外車を黙らせる」

 

「おい!無茶するな!!」

 

俺の隣でかっこよく座っている(ただ座っていると従ってるみたいで嫌なようだ)男子生徒三人が銃を持ち、不知火に援護を頼んでいる。あり?もしかしてあの機械兵器ぶっ倒そうとしてる?それされるとマズイ。

 

「俺たちは武偵だぞ!このまま引き下がれるか!」

 

一人の言葉に残り二人が頷く。さて、どうしたもんかね。

 

「犯人は僕たちの動きを監視している」

 

「わかっている。だがもうじきトンネルだ。そこに入る一瞬は監視カメラにも露出補正のタイムラグができるはずだ」

 

彼らが言っている露出補正とは、写り具合の明るさを自動で調節してくれるようなカメラについており、周りの明るさを測って、適正な露出になるように露出値を自動的に調整してくれることだとさ、調べた。だがそれには少なくても一秒はかかるらしい。その間、カメラを見ている理子からすると度の合っていない眼鏡をかけたようにぼやっとしたものになるだろう。つまりそこを狙うということだ。だが理子もその点に気づいていてもおかしくはない。もしかしたらもうあっちでその対策をしているかもしれないが、ここでこいつらが好きに動くとあとで仕事してないって怒られそうだな。

 

やるか

 

「不確定要素が多すぎる。危険だ!」

 

「そうだな。やめたほうがいい。もし相手に熱感知でもあったら逆に弾を撃ち込まれるぞ」

 

「あ?不知火はともかくEランクのお前がでしゃばってくんな!!」

 

「それはすんませんね」

 

「いや、岡崎くんの言う通りだ。やめておいた方が━━」

 

「もういい!!俺たちだけでやる。そっちのお前ら!席変われ!!」

 

正論を言ったはずが怒られてしまった。まあ、Eランクってのはそういうもんだ。不知火が同意してくれたのは素直にうれしかったけど、っといまはそんなこと言ってる暇ないよな。スポーツカー側の武偵と席を交代して準備をしだした三人を止めないと。

 

…しょうがない

 

「(おい不知火。あの三人を止めるぞ。やっぱり危険だ)」

 

俺は不知火に小声で声をかける。三人を守るために止めるとすれば俺のやることは正当化される。俺に話しかけられて驚いた表情を見せた不知火だがすぐに俺の方に頷いてくれた。

 

「(そうだね。でもどうしようか?あの三人をどうやって止めたら)」

 

「(ま、ここは手伝ってくれればいいから)」

 

「(え?…うん、わかった)」

 

 

不知火は俺の作戦もどきを聞き、すぐに頷いてくれて、三人の隣に座った。こいつ、いいやつだな。Eランクの言うことを素直に聞いてくれるなんて…ってそんなこと言ってる場合じゃなかった!そして俺も三人の隣に座り、俺と不知火で三人を挟んだ状態になる。

 

「やっぱり僕も手伝うよ」

 

「そうか、助かる!」

 

「…岡崎くんは合図をお願いね!」

 

「おう、りょーかい」

 

こうしてトンネルの入り口まで迫る。三人の目は武偵そのものだった。正直かっこいいとも思う。

 

「3」

 

一人の掛け声が聞こえる。俺と不知火もお互いを見て、構える。少しのミスも許されない。俺の中で緊張が走る。

 

 

「2」

 

視界が暗くなり、トンネルに入った…!もうすぐ…

 

「1!!」

 

三人が立ち上がり外に銃を構えた瞬間ーー

 

「いまだ!引け!!不知火!!!」

 

「ーー!!」

 

三人が引き金を引くより速く、俺と不知火は三人の前に通しておいた紐を前に引っ張った。

それによりグンと腹を引っ張られた三人は体勢を崩し、バスの中を転がる。

 

紐は『のびーる』の紐を伸ばしておいた。それを三人に気づかれないように不知火に渡しておいたのだ。

 

三人の弾は、撃たれなかったが

外からの銃弾が先ほどまで三人の男子武偵の頭のあった部分を通過し、バスの天井に突き刺さった。

理子はやはりそれも読んでいたようで、一発だけではあったが撃ったようだ。

あ、あぶねぇ…引っ張ってなかったら今頃この三人のうち一人の顔面に穴開いてかもしんねぇぞ!?

 

「って、てめぇ!!岡崎!!Eランクの癖になにしやがんだ!!」

 

と、弾が撃ち込まれたことに気づかない男三人は俺がただ邪魔をしたと思い、俺の胸倉をつかんで顔面を殴ってきた。…って

 

「やめろ!見るんだあの穴を!岡崎くんが助けてくれなかったら君たちの誰かの頭にあれが当たっていたんだぞ!!」

 

だがそこに不知火が助け舟を出してくれる。…助けるなら殴られる前にしてほしいものだが…

 

「…ち!」

 

俺の胸倉をつかんでいた男はそれを見た後俺を突き飛ばし、席に戻って行った。いってて…

 

「大丈夫かい?岡崎くん??」

 

「ああ、まあ。さんきゅな不知火」

 

「いやいいんだ。助けてくれてありがとう」

 

こいつ、自分が助かったんじゃないのに俺にお礼言うなんてどんだけいいキャラしてんだよ。

 

俺は大丈夫だと言ってまたスーパーボールの上の席に座る。さて、次はだれを止めればーー

 

 

と、そのとき

 

 

外から一発の銃声が聞こえた。

 

 

そしてそれは機械兵器のスーパーカーのタイヤをパンクさせ、後方で爆発させてしまった。

 

(し、しまった!誰かが撃ったのか??)

 

理子に怒られると焦ってみてみると、車内のだれも撃った様子はない。…ん?ってことは

 

俺は立っている男子に席を交代してもらい。後ろを見る

 

 

 

 

「……来るのが遅いぜHERO(ヒーロー)

 

 

 

 

見えたのはワゴン車の運転席から体を出し、銃を構えるピンクツインテにナルシストの天才だった。

 

はあ、ようやく俺の仕事も終わりだな。あの二人にはなにさせてもいいって話だったし。

 

俺が昨日言われたのは『アリアとキンジ以外に勝手な行動をさせないこと』それだけだ。つまり、もうお役御免ってことだな。

 

俺は安心して元の場所に戻る。さてと、あとは人質としてただ待ってればいい。

 

 

 

と、思ってたんだが

 

 

後ろの入り口が開いて、アリアが入ってくる。どうやら先ほど武藤に状況の説明を受けたらしい。流石Sランク来ただけで助かったような錯覚を受けるね。もう安心していい

 

 

あり?

 

 

俺は飛び乗って来たアリアを見つつ考えた。

このままキンジがあのワゴン車運転する、わけないよね。

来た以上頑張ろうとするはずだ。ってことは?

キンジもバスに来る=ワゴン車に誰もいない=運転できない=…………あ。

 

ワゴン車の方を見るとキンジがワゴン車のアクセルを固定しているところだった。ちょ、やっぱか!!

 

キンジのしていることを察知し、俺は慌てて席を立ち走る。

 

キンジは固定が完了したのかこちらに視線を向け、そして飛び乗って来た。

 

そして俺は

 

 

「くるまあああああああ!!!」

 

 

「な!?岡崎!?」「修一!?」

 

キンジが乗ると同時にワゴン車に飛び乗った。そして固定を必死にはがす。

 

「なにしてるのよ修一!!なんでそっちに、この先カーブなのよ!?」

 

「馬鹿かアリア!!この車ぶつけたらそれだけ何百万飛ぶと思ってんだ!!それに車一台いくらすると思ってんの!!そんなに簡単に捨てるなんてお母さん許しませんよ!!」

 

「あんたママじゃないでしょ!」

 

「おい岡崎、死んじまうぞ!!」

 

 

俺はキンジの言葉を無視し、がむしゃらに固定器具をぶっ壊していく。もう急カーブまで50mを切った。壁が近く感じる。もうすぐ、ぶつかる!!

 

 

 

そして

 

 

 

「………ッ!!!」

 

無理やりハンドルだけ解除して思いっきり右に回す。

 

 

ギャリッギャリ!!ギャリギャリッギャリッギャリ!!

 

 

ワゴン車は左を壁にこすりながら火花を散らす。俺は折れた右腕も全力で力を入れハンドルを何度も回す。

 

タイヤのすり減る音がひどく大きく聞こえた・・そして

 

 

そして、ようやくカーブに成功した。落ち着いた車が少し左にずれながらも持ち直す。どうやら爆発は免れたらしい。

 

そこから先は一直線だ。俺は一安心して息を吐く。

 

「…ふう。なんとかなっ━━」

 

「修一!!大丈夫なのー!?!?」

 

「ああー!なんとかなー!!」

 

少しバスと離れてしまったため、アリアに大声で答える。

 

「爆弾はあたしとキンジに任せて、あんたは避難しなさい!」

 

「はいよー」

 

さて、ワゴン車を片手で運転って難しいな。と思いつつ、俺はアリアに心の中で一言謝る。すまん、まだやることがあるんだ。

 

俺は携帯を離すとワゴン車のアクセルをグンと踏み、バスの入り口の横で並走させる。む、難しいな運転って。しかも左足でなんて…。

 

「キンジ―!聞こえるかー?」

 

「どうした岡崎!」

 

「天井に黒い何か装置がついてる!おそらくセンサーかなにかだ!ほかのみんなは座ってないとマズイ!キンジ、お前頼めないか??」

 

「天井…?この上か。わかった!」

 

キンジは俺の言うことを聞いてくれてバスをよじ登って行った。理子の最後の指令はキンジを狙撃しやすいポイントに連れていくこと。天井なら簡単だろ。

 

「さってと、もうこれで終わり。結果を見届けますかね」

 

そういって速度を落とし始めた俺の横を、新しいスポーツセグウェイが通って行った。

 

 

 

その後のことは簡単に言おう

 

あの後まんまとバスの上に行ってしまったキンジはその後に来た機械兵器の的にされ、撃たれてしまうその瞬間、アリアが庇ったことにより怪我はなかった。

 

アリアの方は額に傷跡が残ってしまうほどの怪我をしてしまったようだ。正直本当に殺したのかとビビったが、どうやら大怪我はしたが命に別状はないらしい。

 

さて、その爆弾がどうなったかというと

 

狙撃された。いや、意味わからん事を言っているのはわかる。実際後ろから見ていた俺もよくわかっていない。トンネルを抜けた先の橋の上にいるバスに、ヘリコプターでやって来た援軍がバスの下についていた爆弾を狙撃したらしい。…どんな神業だよ。

 

と、ここまでが今回のバスジャックのすべてだ。もちろん理子につながるような証拠も見つかっていない。まあ、俺もスーパーボールの先に小さな針をつけておいたから証拠もなくなったし。今回は理子の勝ちってことだろうな。

 

 

なんの勝負だったんだろう??

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、バスも無事止められ、アリアを運ぶための救急車が到着したころ、雨が降り始め、辺りが薄暗くなる中俺は周りの群衆の中に紛れ込みつつ、その様子をうかがっていた。しまったな、傘持ってくるの忘れたぞ。

 

っと…ん?理子から電話?

 

 

『よー修一、お疲れー』

 

「おう。とりあえず作戦成功ってやつか?」

 

『アリアは生き残っちゃっただろうけどね。ま、キンジがHSSじゃなかったし生き残ってくれたほうがいいけどさ』

 

「あ?キンジが、なんだって?」

 

なんつったH…なに?

 

『くふ。なんでもないよ~。というかアリアを殺す予定だったことに怒らないんだね~。てっきり嘘ついたこと怒鳴るかなって思ってたんだけど?』

 

「ああ、それな。なんつーか、お前とアリアになんか因縁があるってことはわかってたし、理子もどうでもいい理由で殺そうなんて思わないだろ。だから俺が怒鳴るにも、ちゃんとした理由知ってからじゃないとおかしい」

 

『冷静だな』

 

「ま、犯罪に手を染めちまった以上これくらいはしょうがないさ。あとは…」

 

『あとは?』

 

「俺の尊敬するアニメキャラのセリフを使わせてもらうならあれだ『女の嘘を、許すのが男だ』ってやつ」

 

『くふ♪アニメって、修一そっち系なの?』

 

「んーどうだろうな。見るもんは見るが萌えとかはよくわからん」

 

『へー、じゃあ今度理子が教えてあげる。結構理子詳しいよ』

 

「あ、そーなの?んじゃよろしく」

 

なんか話がずれた気がするが…まあいい。

 

「んじゃ俺はもう帰るからな。仕事も終わったし」

 

『あ、それなんだけどさしゅーちゃん』

 

切ろうと思ったのに、なぜか引き留めた理子。…え?

 

『実は~理子が金さえ払えばなんでもするしゅーちゃんのこと話したらさ、知り合いがぜひ貸してくれって言ってきたんだよね~』

 

「は?」

 

ちょ、ちょっと待て。終わったんじゃないのか?てか金さえって…

 

「俺お前の言った通り動いたろ?もう十分じゃないのかよ?」

 

『んーそうなんだけどさー♪どこも人が多い方がいいみたいなんだよねー。きちんとお金は払うらしいからさ』

 

「…ったく。俺はなんでも屋じゃないし。お前ら悪の組織が欲しがるような才能も技術もないってのに」

 

『まあまあ。あ、じゃあその追加報酬に追加して、アニメ教えるとき理子が全額払ってあげるから』

 

「引き受けましょう」

 

即答だった。その日の食費が浮くんならどんなことでもやってやるさ。

 

『…チョロ』

 

「聞こえてるが否定はしない。で?その依頼主ってのはどこにーー」

 

 

「ここよ」

 

 

俺はタンカに乗せられるアリアを見ながら固まってしまう。後ろからいきなり女の手が俺の首を絞めたからだ。

 

「おわッ!?」

 

俺は思わずその人物から距離を取る。そしてその後ろの女を見た。

 

そこにはセーラー服を着た日本人形の様に切り揃えられた黒髪を持つ、クールな雰囲気の美少女がそこに立っていた。また、女子かよ。

 

「はじめまして岡崎修一。夾竹桃(きょうちくとう)よ。あなたをレンタルしたの」

 

レンタルって、俺DVDかなんかかよ。

首をコクンと傾けながら、俺の方に和風の傘をさしてくれる夾竹桃。いや、いやいや

 

「お前も理子と同じ悪の組織の一員なわけ」

 

「悪の組織?…そうなるのかしらね」

 

『おお、ラッキーだったねしゅうちゃん!夾竹桃の命令をきちんと聞くんだよー』

 

「…あいよ」

 

 

 

なんか急すぎて対応できないんだが、まあそれは今に始まったことじゃないし…いいけどさ

 

「んで?夾竹桃っつったっけ?俺はなにをー」

 

「ああ、それは歩きながらでいいかしら。ちょっと早く止めに行かないといけないのよね」

 

「おう。わかった」

 

「…やけに飲み込みが早いのね」

 

「あの金髪ギャルのせいでな。あいつは予定にないことをすぐに要求しやがるから慣れた」

 

「そう。私もそっちの方が楽だからいいけど。あの子と接触するわ。行くわよ」

 

「あーい」

 

こうして俺と夾竹桃はオレンジ色の髪をしたアリアにいまにも走り出そうとしている女子武偵に近づいていった。

 

ああ…どーなんの、俺。

 

 

【第3章 「VS HERO」 終】

 

 

 



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4章 VSアリアAA
10 魔宮の蠍の手伝い


「9話のあらすじ」
本偏のバスジャックに敵視点から巻き込まれる修一。トラブルも多々ありながらなんとか終わらせたと思っていたが、そんなことあのわがまま金髪ギャルが許すわけもなく、ワガママ娘がさらに増える
*ここからAAのキャラが多くなりますごめんなさい。


間宮あかり

 

東京武偵高校1年A組所属で身長は139cm。

強襲科Eのランク。俺と同じ一般中学出身で、中3の3学期に武偵高の付属中に転校してきた。

上級生の中でも随一の実力を持つアリアに心酔とも言えるレベルで憧れており、彼女のパートナーになることを夢見ているらしい。

武偵としての力量は同学年でも最下位に近いが、アリアの傍にいるという信念は意地でも通すほど頑固。

今のところアリアの仮戦妹となっている。

一度決めたことは必ず貫き通す意志の強さと粘り強さ、それに加え小柄で華奢な体躯に似合わないタフさを持ち合わせており、その辺りはアリアから高く評価されているようだ。

公儀隠密の家系である間宮一族の本家「暁座」の出身で、暗殺術を学んでいた。…と

 

(なるほどね…)

 

俺は理子から送られてきた情報(もちろんタダだ。もちろんだ)を携帯で確認しながら止まない雨に濡れていた。携帯、大丈夫かな?故障したら修理費がなあ。

 

「おいで、間宮あかり」

 

「…!?」

 

そんなことを考えている俺の前で、夾竹桃がその間宮あかりに接触していた。

俺はそれを後ろで見ながらもチラチラと辺りを見渡す。

 

んー、いる…かもな。

 

「場所を変えるわ。岡崎。…1人よ」

 

「1人か…0人がよかった」

 

「それならあなたに頼むこともないわ。報酬もなしよ」

 

「よっしゃ、おひとりさまようこそ」

 

「…理子の言った通り、扱いやすい男ね」

 

「ま、俺の武士道は『とりあえず金』だからな」

 

「間宮あかり、行くわよ」

 

報酬が絡むならとドヤ顔で返すが、それを無視して行ってしまう夾竹桃。こ、この子…顔はタイプなのにノリ悪いな。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

場所変わって路地裏。雨がさらに酷さを増し、パイプから大量の水が流れている。そんな中で間宮あかりと夾竹桃は向かい合っていた。俺は夾竹桃かなり後ろで待機しつつ、辺りを警戒する。…1人、どっからくる?

 

「あなたがアリア先輩を!!」

 

「やったのは私の友人よ」

 

「どうして!!」

 

間宮が一歩夾竹桃に近づく。それでも夾竹桃は一歩も動かない。

 

「『イ・ウー』は以前から、アリアを狙っていたの。…友人はアリアにしか興味はない。私は、あなたにしか興味ないから、久しぶりね」

 

「ッ!!」

 

『イ・ウー』ねえ。それが理子と夾竹桃の悪の組織の名前か。…っとさてさて来たな。

 

「夾竹桃。お前ってユリなの?」

 

「いいえ違うわ。私は見てる専門」

 

「あっそ。んじゃな」

 

俺は夾竹桃に軽口をたたきつつ、『のびーる』を路地の右側のビルに射出する。そしてそのビルを上に上がり、辺りを見渡すと…いた。

 

「あなた、いまどこから!?」

 

「あーえっとね。まあ下から、かな」

 

俺の右方向先に一人の武偵がいた。理子と同じほどの長さの金髪と右手に扇子を持った子。可愛いというより綺麗、美人といったほうがいい容姿をしてるそいつは先ほどまで俺たちを覗き見ていた人物。まあつまり先ほど言っていたおひとりさまだ。

 

「あなた、あの女の手下ですわね!(わたくし)は強襲科一年高千穂(たかちほ) (うらら)!そこをどきなさい!」

 

こちらに銃(スーパーレッドホークだっけかな。銃の名前は覚えるの苦手だ)を向けながら自己紹介してくれた。(なんで?それがこいつ流の礼儀ってやつなのか?)

手下って…まあ否定はできんが。

 

「ああご丁寧にどうも。ただいま右手左足を撃たれた状態の岡崎修一です。あーそれと、通すのは無理だ。俺の食費的に」

 

「しょ、食費?…って岡崎?ああ、あの二年でEランクと噂の」

 

あらら一年生にまで知れ渡ってるんだねそれ。高千穂は鼻で笑いながら

 

「二年の先輩といえどEランク。私はAランクですのよ?勝てるとお思いですか?」

 

「いやーまあ負けるだろうな。俺お前に勝る才能一個もないし」

 

俺はそういいつつ、今やれることを確認するために

 

現状を

 

整理し始めた。

 

 

《ここはあるビルの上。周りに遮蔽物はなく、下はアスファルトで雨に濡れている。広さは7×7mほど

 相手は高千穂麗。持ってる武器はあのスーパーレッドホークと呼ばれる大型銃のみと思われる。あれは威力が高いから一発でも食らうとアウト

 目的は夾竹桃に近づけないこと。勝たなくてもおけ

 右手左足骨折中。激しい動きは無理

 持ち物 ・とべーる君 二号 【8話参照 ターザンできる】

     ・冷却弾 四発 【液体に当たると凍らせる】

     ・防弾シュート 一つ【ただの防弾チョッキです。後ろからパラシュートがでる】

     ・絶対温か毛布 コンパクト 一つ【コンパクト型の電気毛布。あったかい】

     ・携帯

     ・ティッシュ【濡れてぐしょぐしょ】

     ・飲み水 150ml 1

     ・ワゴン車のカギ 一つ

 

追い付いて整理してみて一つ思う。あれ?俺、武器一つも持ってなくね?

 

「お友達のピンチなんです!!手加減しませんわよ!」

 

「くっそ…やるっきゃないか。もういやだわこんな生活!」

 

VS高千穂戦開始

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ーーッ!!」

ビル下の路地裏にて

 

間宮が拳銃をホルスターから抜こうとするのを傘で遮った夾竹桃。そのまま先端を首元に持っていく。

 

「別にここで戦いましょうって言ってるわけではないのよ。あなたを向かい入れたいの『イ・ウー』にね」

 

「『イ・ウー』…?」

 

「まあ正確な話はあなたが入ると決めてからよ。どうするか考えてね。二年前に植えた種がそろそろ花ひらく。それを見てから決めてもらっても構わないし…それか」

 

ドサッ

 

「あー疲れた。なんなんだよこいつの扇子。痛いのなんのって・・」

 

「いまあなたの友人を殺さない代わりにってのでもいいわよ」

 

「た、高千穂さん!?どうして高千穂さんを!?」

 

俺は抱っこしてきた高千穂を夾竹桃の近くで降ろしつつ、間宮の方を向いた。

 

「いやーなんつーかな。お前が危ないと思って助けにきたらしいんだよ。お前いい友達もったな。俺と違って」

 

「ッ!!あなたは岡崎修一!どうしてEランクのあなたが!!」

 

ああ、この子ですら俺がEってこと知ってるのね。もういい。俺残念な有名人ってことで納得しときましょ。…嬉しくねぇ

 

「いや、俺はただ下のアスファルトが濡れてたから凍らせただけなんだって。そしたら勝手に転んじまって気を失ったの」

 

そう、勝負というには早すぎる対決だった。冷却弾を投げて終わり。

なんか、対決したって感じじゃなかったなぁ。勝負に勝ちましたっていう達成感がない。

 

「で?どうするの間宮あかり。あなたの判断でこの子の運命、決まるわよ?」

 

夾竹桃が高千穂の顎を持ちながらそう言う。なんかかわいい。なんでかな。夾竹桃の顔がタイプだからか?

 

「………!!」

 

間宮あかりが悔しそうに下唇を噛み続けている。話を聞いてなかったからさっぱりわからんが、とりあえず夾竹桃がなにか脅しているってのだけは伝わった。

でもこれじゃ間宮選びきれないんじゃないか?こいつ見るからに友達想いのいい子っぽいし。

 

「…間宮あかり、この子は返してあげるからここに来なさい。今日の20:00よ。いいわね」

 

夾竹桃も俺と同じことを考えたのだろう。こいつ、意外といいやつなんじゃなかろうか。

そう言って場所の書かれているであろう金色の紙を間宮に投げ去っていく。俺は高千穂をあまり濡れない部分において、

 

「コイツ頭打った可能性あるから一応病院で見てもらえよな。あ、謝礼金とかは無理だから!」

 

そう言ってどっかに消えてしまった夾竹桃を追いかけた。

 

あーあ

 

また、面倒ごとに巻き込まれそうだな。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あなた、強いのね。彼女確かAランクだったはずよ」

 

「いや違うから。あれはあっちが勝手に自爆しただけだから、俺何もしてないから」

 

「…まあ、どっちでもいいけど。今日間宮あかりが来るわ。あなたも手伝いなさい」

 

「あ?俺まだ働かされんのかよ…」

 

「敵は7.8人程度になるだろうし、流石にそれだけの相手をするのは面倒なの」

 

「あのなー俺ほぼ徹夜で理子の手伝いさせられて疲れてーー」

 

「金は払うわ」

 

「やっちゃる」

 

「…本当にチョロいのね。あなた、ほかの仕事も手伝わない?」

 

「ま、暇で金がなかったらな」

 

「そうね、よろしく」

 

ああ、また余計なこと言っちまったかなぁ…

 

それにしてもこいつら、俺がEランクのダメダメボーイってこと忘れてない、よな?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『あ、ようやくつながりましたね修くん!なにしてたのですか?』

 

「うん、まあ、俺もよくわかんないな」

 

夾竹桃には19:00に集合と言われたので俺はいったん寮に帰って来ていた。

アリアの見舞いにも行こうかと考えたが間宮に会うかもしれないからな。これが終わってからにする予定だ。

そして今は音信不通にしてしまっていたリサと通話中だ。暇なときには話してた分懐かしさを感じる。

たしか竹刀とサドルと弾を頼んどいたが

 

『えっと、サドルと弾は普通の市販のものを送りました。そちらにもう届いてると思いますが』

 

「ああ、これか」

 

俺は玄関にあった段ボールを開く。きちんとサドルと弾が入っていた。

 

「おう、確認したぞ」

 

『はい。あ、それでですね。竹刀のほうなのですが。ごめんなさい修くん。鉄を切れるほどの強度を持った竹刀は見つけることができませんでした』

 

「まあ、そりゃそうだろうな。俺も冗談で言ったし別に…ん?」

 

俺はサドルと弾のほかの米やら服やらを見ながら話していると、変なものをみつけた。…これって

 

『ですが、「鉄をも切れる木刀」なら見つけましたのでお送りします!使ってみてくださいね!』

 

「…まじかい」

 

奥からでてきたのはずっしりと重い木刀だった。いやまじか?鉄切れるって…

 

 

しかもこれ木刀の柄の部分になにか書いてある…え?

 

洞爺湖(とうやこ)って…なんでだよ」

 

『さあ?リサが頼んだ時にはもう書いてありましたね』

 

「…??ま、いいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短い


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11 魔宮の蠍の最後

「10話のあらすじ」
依頼が終わらないことに不満が募りながらも、新しいご主人夾竹桃の命令に従う。
全てはお金のために


「ぐええ…お、重てぇ…」

 

俺はなぜか青いトランクを必死にホテルから出していた。雨が止んでくれたのはうれしいが、地面がぬかるんでいて気持ちが悪い。…な、なんでこんなことさせられてんの俺。

 

『それ運んだらあとから送るデータの場所を調べなさい。そこが私の部屋からの死角で最も人の少ない場所。多分拠点をおくはずよ』

 

夾竹桃は電話越しでゆっくりと喋ってやがる。なにしてんのかと聞くとお風呂に入っているらしい。…待遇の差が激しいな。

 

「…おい、なんでプールの場所だけ赤線引いてあんの?」

 

『そこに落ちたら終わりだからよ。私、泳げないもの』

 

「へえ意外な弱点…でもないか。お前運動神経悪そうだし」

 

『あなた、クライアントに失礼じゃない?本音を言い過ぎよ』

 

「そういうもんか。すまんね、まだそういうことは学習中なんだよ」

 

『…まあ、私としてもただ従ってもらってるだけじゃつまんないし、いいけど。どうせ間宮あかりが来るまで暇だもの』

 

「…それならこれ運ぶの手伝ってくれませんかね?結構重いんですけど」

 

『女の子に重たい物運ばせる気?レディに対して失礼だと思うけど』

 

「クライアントになったりレディになったり忙しいやつだな…っと」

 

俺は指定されたゴミ捨て場。夾竹桃のホテルから1kmほど離れた距離に置いておいた。中身は聞いてないが、まあ知らない方がいいんだろう。

 

「なあところでさ」

 

『なぁに?暇だから聞いてあげる』

 

「理子もいる『イ・ウー』ってのはどんな組織なんだよ」

 

『そうね…あまり部外者に話すことじゃないけど、まあ簡単に言うなら数多くの超人的人材を擁する戦闘集団ってとこかしら。超人たちの集まりとも言うかも』

 

「ふーん。犯罪組織ってわけじゃないのか?」

 

『結構自由だから犯罪犯しても「イ・ウー」としては問題ないわね。まあ自分が捕まらなければいい話よ』

 

なるほどね。それで武偵殺しも所属できるってわけか。

 

それから俺たちは暇になった(夾竹桃だけ。俺は拠点の捜索隊)時間を使って適当な会話を続けた。こいつ意外とノリはいいのか?話したらちゃんと返してくれるし。

 

…俺の寒いギャグ以外ね。

 

そんなことを考えながら、作業を進めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

Akari side

 

 

夾竹桃に言われ、私たちはあるホテルにたどり着いていた。豪華な内装のなかを私と友人の佐々木 志乃(ささき しの)ちゃんが走る。

仲間はみんな、それぞれの位置についてくれた。もう包囲網は完璧だろう。

私は警戒しつつ一階の援護を志乃ちゃんに任せエレベーターに乗る。そして夾竹桃の部屋、401号室にたどり着いた。

 

「夾竹桃の部屋に到着。今から中に入るよ。おそらく戦闘になるからみんな、気をつけて」

 

耳につけたインカムから本部であるワゴン車へと状況を報告する。…が

 

『ガーーーーーピピーー!』

 

反応先からはノイズ音だけが聞こえてきた。なにかのトラブルだろうか?

 

「…麒麟ちゃん!?どうしたの、聞こえる!?」

 

本部にいるはずの島 麒麟(しま きりん)と連絡がつかない。…まさか夾竹桃にもう…!?

 

私はバンッ!と勢いよく扉を開けて中に飛び込む。もしかしたら私をここに連れてきておいてその間に麒麟ちゃんを襲ってしまったのか!?

 

その不安に煽られながら、花や蝶の舞う部屋に転がり込む。そして

 

 

裸で水の滴る夾竹桃を目撃した。

 

 

「…えっち」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…間宮さま…気を…つけ…」

 

「すまんね。まあ殺傷能力はないってさ。睡眠ガスみたいなもんだってよ」

 

俺はワゴン車の空気を入れ替えつつ壁についたコードを適当に引き千切る。

夾竹桃の言った通り、マークのついた部分に拠点を置いてやがった。そこに夾竹桃からもらった睡眠ガスを投げ込んだのだ。中にいたのが一人だけだったのにはビックリしたが、まあ結果オーライだろう。

もし他にいて起きてられたら面倒だったろうし。

 

「相手の人数が多い場合、最初に絶つのは通信ってのは基本だよな」

 

俺はそういいつつ金髪の(またかよ)ちっこい女の子を椅子に寝かせる。すげーな。こんな子でも夾竹桃の絡む事件に関われるのか。…それに比べて俺は…ちょっと情けなくなってきた。

 

「っと。こんなことしてる場合じゃないな…えっと」

 

俺は先ほど撮っておいた残り部隊員7名のGPSの場所を夾竹桃に送る。これであいつも動きやすくなるだろう。俺はやることはやったのでワゴン車から出て湿った地面を踏む。

 

…そして

 

「そんでもって、俺また戦うのね」

 

「おいお前!麒麟に何しやがった!?」

 

インカムがおかしくなったことにもう気づきやがった。身長が俺と同じくらいの金髪(もういいよ)ポニーテール女子武偵が拠点確認のためにやって来た。どうやら一人だけらしいな。

先ほどの少女に強く思い入れがあるようで、俺の姿を見ただけでかなり殺気立っている。

 

「いや、何もしてないって。ちょっと眠ってもらってるだけだから、大丈夫」

 

「なにが大丈夫だ!麒麟に手だしやがって!ぜってぇ許さねぇ!!」

 

彼女は怒りに任せてトンファーを構える。懐かしい武器にちょっと驚きつつ

 

こ、怖っ!?コイツ目が完全に見開いてるんですけど!?

 

と余裕な表情を作った裏で怯えていた。正直敵にしたくないタイプだ。

 

 

(やばい…俺、最初に攻めるべき場所ミスった??)

 

俺は内心でかなりの冷や汗をかきつつ、今日ようやく送られてきた木刀を片手で構える。

 

そして、

 

「「━━ッ!!」」

 

お互いが急接近し、それぞれの武器が交差する。

 

ギンッと音を立てお互いの接触点から火花が散る。

かなり重たい一撃だった。性別的にはこちらが有利のはずなのに、全く押せない。まあ片手片足に力が入らないのも原因の一つだろうが。

 

それから4、5回ほどそれぞれの武器を混じり合わせ一旦距離を置く。

 

「いいね、頭使わない方がやりやすくてい━━」

 

俺がそう言い終える前に、すでに接近してきていた金髪ポニテに、もう一度武器を交差し合う。

 

が、

 

「あんまり、舐めんな!!」

 

金髪ポニーは力を入れている俺の木刀を軸にしてくるりと一回転すると、すっと上半身を下げ俺の懐に潜り込む。

 

(…しまっ!?)

 

俺が距離を取るより速く、金髪ポニーのトンファーが俺のなにも持っていない右腕に突き刺さる。

 

「━━━━ッッ!?!?」

 

目を見開き口から空気が漏れ出る。いままでの右腕に来ていた痛みが、一気に脳の伝達を遅らせる。右腕にもう、感覚は残されてなかった。

 

そして

 

「おおおおおおおおおお!!!」

 

金髪ポニーのトンファーがそのまま俺の顔面を殴り飛ばす。もう息を吐く余裕すらなかった。

思いっきり殴られた体がアーチを描くようにぐにゃりと曲がる。そして、地面から足が離れ、体が浮いた。

 

勢いで吹っ飛ばされ後方にあった木に激突してしまう。そして力なくずるずると落ちていく俺。

 

薄れゆく意識のなかで俺は、これが本当の殺し合いであることをようやく理解した。

ルールなんてない、卑怯姑息なんて言葉は言っているときには死んでいる。そんな、殺し合い。

 

目の前がチカチカと点滅し、焦点が合わない。

 

そして、思いだされる過去の記憶。

自分に自意識過剰で、なんでもできると思っていた時期。

手当たり次第悪そうなやつを見ては竹刀で殴り飛ばしていた日々。

もちろん無傷で全勝できるわけはない。このように顔面を強打されたり足折られるたりは日常茶飯事だった。

今にして思えば、生傷はその時のほうが多かったのかもしれない。いまは教室の隅っこでただ言われ続ける罵倒をただ受け流していたくらいだったから。

 

こんなことは、一年ぶりだった。

いままでの戦いでは相手が銃を使う遠距離戦。

一発が重たすぎて当たってはいけなかった。

…が今回はただの殴り合い。喧嘩と呼んでもいいかもしれない。

 

だが、それが無性にうれしかった。

 

━━ドクン

 

 

一度、鼓動が大きく聞こえた。

 

昨日のアリアとの一戦。

忘れもしない。Sランク武偵の武術の腕。アレを見たときもワクワクした。足や腕の痛みなんてどおってことない。

 

ワクワクするものを前にして、自分のことなど二の次だ。

 

「……鼻血、でちまったなぁ」

 

どこかと連絡を取っている金髪ポニー。その目はまだ、俺を見ている。

 

鼻をティッシュで拭きとり、ゆっくりと立ち上がる。・・相手は強敵。全快でも勝つのは難しだろう。

 

しかし

 

俺は、

 

岡崎修一という一人の男は

 

 

 

考えることを止め、ただ目の前の敵を倒すことだけに全神経を注ぎ込んだ。

 

 

 

 

ゾクッと、何かを感じたのか金髪ポニーが一歩後ろへ下がる。

 

俺は落としてしまった木刀を拾いながら、夾竹桃にさりげない感謝をしていた。

 

(…お前のおかげで、俺はまた強くなれそうだ)

 

そして、低くトンファーを構え直す金髪ポニーに

 

「行くぞ女。テメェが地べた寝転んで何も言わなくなるまで殴るから覚悟しろよ?」

 

「━━っ!!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

Kyouthikutou side

 

「どう?見られちゃってるわよ?」

 

「----くッ、ああ!!」

 

間宮あかりと対話するも交渉は決裂。

私は外に張ったワイヤーを伝ってほかの仲間を一人ひとり毒に犯していくことにした。

この子もその仲間の一人、風魔(ふうま) 陽菜(ひな)

彼女は高名な相模の忍者の末裔らしいが、実際は大したことなかった。持っていた毒一つで何とかなるようなやつに興味はない。私は暇つぶしついでにその末裔の者が最も嫌う素顔を見てやりつつ、右手に仕込んだ毒を彼女の体内に送り込む。これでこの子はもう動けない。

 

GPSの場所を確認すると、ここからはもう少し歩かないといけないようだ。

 

「暇ね。…岡崎のほうはどうなったかしら?」

 

暇つぶしがてら岡崎に電話する。あいつは話が上手いわけでもないのにずっと話せるから便利だ。

まあ、あっちもあっちで誰かと戦ってるのかもしれないし、もしかしたらもうやられてしまったかもしれない。

 

「ま、それならそれで、別にいいのだけど」

 

正直、岡崎の手伝いは予定になかったことだ。実際私の負担を軽くすることが目的だったが、実際軽くならなくても全く問題もない。いま岡崎が生きてようが死んでいようがどっちでもよかった。

 

『…あいよ。夾竹桃、か…?』

 

しかし、彼は思った以上に早く電話にでた。もしかしたら誰とも戦っていないのかもしれない。息切れをしているところを見るに、逃げ出したのか?

 

「あら。ずいぶんと疲れた様子だけど、一年武偵が怖くて逃げだしたのかしら」

 

『一年だっつっても実力が違う訳じゃねーし…というか俺のほうが弱いっての』

 

「あら?そうなの?」

 

『万年Eランク舐めんなって…。そっちはどうなってる?間宮は?』

 

「ちょっと交渉に失敗したわ。だからあの子と一対一になって、鷹捲りだけでももらって行くことにしたの」

 

『鷹捲り?なんだそりゃ』

 

そうか、確か岡崎には何も伝えてなかっわね。それで手伝ってくれるところは良いところね。

 

「間宮一族に伝わる伝統の毒よ。私ってこの世に自分の知らない毒が存在することが許せないから」

 

『ふーん。んじゃとりあえず今近くを通った間宮と黒髪の女は無視していいよな』

 

「ああ、そっちに行ったのね」

 

『まあ、通信施設がやられたら確認にはくるだろ。戦いの場所はどーすんだ?ここでいいのか?』

 

「そうね。どうせなら景色がきれいな場所がいいわ。…そうね、橋とかどうかしら」

 

『おいおい、こっから一番近い橋つーと、こっからもう一km先だぞ。…ほかの場所にしね?俺結構もうギリなんだけど』

 

「なんであなたのことまで考えないとダメなのよ。さ、あのトランクを橋まで持ってきて頂戴ね」

 

『…へーへー。従いますよ』

 

不満そうにしながらも従ってくれる岡崎。命令する側ながらちょっと同情するわね。ただのEランク武偵がこんなことに巻き込まれるなんて

 

「ついでにあと二人くらい人数を減らしといてくれるかしら。私が一人無力化したけど、まだあと7人もいるし、まだ人数が多いわ」

 

『いやあと5人だ』

 

どうやら2人無力化したようだ。計算違いだが、嬉しい誤算だ。

 

「あら、あなたなんだかんだ言いながらやることはやってるじゃない」

 

『たまたまだっての。相手が接近戦で来てなかったら負けてた』

 

「ならそうね、あの間宮あかりの近くにいる佐々木志乃って子は私がやるわ。」

 

『んじゃ俺は残り三人を近づけないようにしたらいいんだな。・・無理だったらよろしく』

 

「無理だったら報酬はなしよ」

 

『…全力でがんばります』

 

「よろしい」

 

通話を終えた後、私はゆっくりと橋に向かって歩き出していた。

 

…あ

 

「そういえば橋にどうやって間宮あかりを呼び出そうかしら…通信は壊しちゃったから私のいる場所も知らないんじゃ…」

 

「ようやく見つけましたわよ夾竹桃!あかりたちにはもう伝えましたわ!あなたも終わりですわよ!」

 

「…グッド」

 

頭に包帯を巻いた高千穂のおかげで何とかなりそうね。あと二人、頼んだわよ、岡崎。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Akari side

 

 

「ひどい…ライカが…」

 

志乃ちゃんと拠点に戻ってみると、その近くでライカが倒れていた。先に来ていた、愛沢(あいざわ) 湯湯(ゆゆ)ちゃんと、愛沢(あいざわ) 夜夜(やや)ちゃんがその看病をしようとしている。ライカのほうは顔に外傷はないが、気を失ってしまっていた。あの強襲科Bランクのライカが…

 

「体中に打撲痕…夾竹桃じゃない…誰がこんなことを…!!」

 

志乃ちゃんがライカの状態を確認して奥歯を噛む。打撲痕…ってことはまさか!?

 

 

「まあ、その、なんだ。その子には悪い事したな」

 

 

「…岡崎、修一!!」

 

「いやそんな敵の強キャラが来たみたいに叫ばんでも…俺Eランクだってのに。ほら、この子も看病してやってくれ」

 

突然現れた岡崎修一が、肩に乗せた風魔(ふうま) 陽菜(ひな)ちゃんを私たちの近くで降ろす(なぜか岡崎のだと思われる上着を着ているが)。私たちは距離を取って銃を構える。

 

「な、なんなんですかあなたは!!あなたも夾竹桃が言っていた『イ・ウー』の仲間なんですか!?」

 

「聞いたとこだと『イ・ウー』ってのは超人的人材を擁する戦闘集団らしいぞ。俺なんて無理む━━」

 

岡崎修一が話してる中、志乃ちゃんが思いっきり彼の顔を殴り飛ばした。ただ殴られてしまった岡崎は頭から地面に倒れ込む。私はただ驚いて口を手で塞ぐことしかできなかった。

 

「ライカちゃんの代わりに私があなたを殴っておきます。構いませんね」

 

「…ああ」

 

だがこれで少しは気が晴れたのも事実だ。やっぱり私も心の中では岡崎を許す気はない。殴られて当然とも思ってしまった。

 

「行きましょうあかりさん。先ほど高千穂さんから連絡のあった橋へ。湯湯(ゆゆ)さん、夜夜(やや)さん。この男の見張りをお願いします」

 

「え!?でもそうなると」

 

「夾竹桃とはお二人で…!?」

 

 

高千穂産の傍にいることの多い双子の武偵、愛沢(あいざわ) 湯湯(ゆゆ)ちゃんと、愛沢(あいざわ) 夜夜(やや)ちゃんが志乃ちゃんの提案に驚いている。…たしかに夾竹桃には全員で挑んだ方がいいけど

 

「確かにキツイ…とは思うけど、この人も放っておけないよ」

 

「そうです。仮にもライカを倒した男ですし、油断できません。あなたたち二人なら任せられます」

 

「動くこともうないんだけど…」

 

「あなたは黙っていてください!」

 

挟んでなにかを言っている岡崎の言葉を強く断ち切る志乃ちゃん。ちょっと怖い…。

 

「…わかりました!」

 

「お二人も頑張ってください!」

 

湯湯ちゃんと夜夜ちゃんがそれぞれ頷いてくれる。よし!あとは夾竹桃だ!

 

「行きましょう、あかりさん!」

 

「うん!よろしくね」

 

 

そして私たちは夾竹桃の待つ場所へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「なあおふたりさん」

 

俺は殴られた部分を押さえながら残った二人に声をかける。

 

「なんですか?」

 

「あ、あなたになに言われても動じませんよ!?」

 

あれ、俺もしかして無茶苦茶怖がられてないか…?初めての経験だぜ。だけどまあ、夾竹桃の言う通り二人は抑えきれた。

 

…でもあと一人、誰か残ってる。そいつもここにいればよかったんだが…そいつを探さないと…報酬が…!!

 

 

やって、みるか。

 

「あのさー、そもそもなんで俺がライカ、だっけ?その子を倒したって思ってるわけ?俺何もしてないんだけど」

 

「は!?なにいきなり言ってんですか!?そんなわけ」

 

「いやお前ら俺の評判聞いたことないの?すごいぞ、悪い意味で」

 

「…た、確かに…岡崎の射撃訓練は一度見た事ありますけど」

 

「0点を取った人を見たのは初めてだったのでよく覚えてます…」

 

「そんな人が」

 

「あの火野(ひの) ライカを倒せたとは考えられないです 」

 

うるさいよ。…本当のことだけどさ。

 

で、でもまあ、いい感じになったな。プライド的にはズタボロだが。

 

「だろ?そもそも俺は夾竹桃に脅されて手伝ってただけで、実際やったことは催眠ガスを投げて通信機を壊しただけなんだよ。そう考えたら、どうして夾竹桃はライカって子をわざわざ打撃で倒したと思う?」

 

「…岡崎修一が倒したと認識して、岡崎修一を強者にするため?」

 

「でも、どうして?」

 

「こうやって、お前ら二人を俺の監視役にして人員を減らすためだな」

 

「「なっ!?」」

 

よし。上手くいきそうだな。

 

「あーあーすごかったぞライカを殴る夾竹桃。あの2人まじでやばいかもな。あいつサディストだからさ、2人ともやられたとしてもその後からボッコボッコ殴り始めるかもなぁ。その子もそんな感じだったし、気絶した上からボッコボッコボッコボッコ」

 

「「!!??」」

 

 

…これ夾竹桃に聞かれたら俺がボッコボッコなんじゃなかろうか。…どうか耳に入りませんように。

 

「早く助けに行った方がいいんじゃないか?」

 

「あ、あわわわわ…!」

 

「ま、まって!そもそもどうしてそういうこと教えるんだ!?言わないほうがいいはず!」

 

お、頭いいじゃん。…どっちかわからないから名前はわからないが。

 

「まあそれもそうなんだけどな。実際俺も夾竹桃の最後を見に行きたいってのが願望で。それにはお前らに信用してもらわないといけないだろ?ってことで情報提供」

 

まあ実際は最後の一人をこっちに来させるためだが

 

「…い、一理ある…」

 

「で、でもそうなるとあなたが夾竹桃に手伝えるじゃないですか!」

 

「あのなーお前ら、さっきも言ったけどEランクだぞ。戦闘に紛れるとか無理だ無理」

 

「…ど、どうする?」

 

「…い、いいんじゃないか?岡崎の言ってること理屈通ってるし」

 

 

 

……よし。だいぶ俺の発言力が強くなってきたな。

 

 

「じゃあ行こうぜ。…あ、全員で挑んだほうがいいんじゃないか?まだいるんだろ?人」

 

「あ、麗様!!」「は、早く連絡を!」

 

(うらら)…?ああ、もしかしてあの最初に路地裏で会った高千穂 麗のことか。…よかった、大けがにはならなかったみたいで。」

 

 

 

「「………。」」

 

 

 

 

「ん?どうした?」

 

二人がなぜか俺の方をみて口を開けているが、よくわからん。・・まあいい、連絡をとってくれるなら高千穂も俺の方に置いとけば、夾竹桃の言うことは守れるし。

 

「さて、行こうぜ。なんなら手錠でもしていくか?」

 

「いや、そんなことしない」

 

「麗様のことを慕ってる人に、そんなことはしません」

 

「…そう、なん?」

 

どうしたいきなり…なんつーかさっきまでの殺気みたいなやつがないんだが…。というか別に慕ってないぞ?どっちかつーと多分あっちに恨まれてる。

 

「んじゃ行こうぜ。結果だけを確認しに」

 

「「はい!!」」

 

「…ほんとどうしたのお前ら…」

 

なぜか俺が先頭に立って進む形になった。…こいつらの中でなにがあったんだ??

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Kyouthikutou side

 

 

 

 

「志乃ちゃあああああん!?」

 

 

あら、やっぱり橋の下に隠れてたのね。

 

私の前で、倒れた佐々木 志乃(ささき しの)を抱きかかえる間宮あかり。

 

コレ、意外と高性能ね。武偵高の制服って防弾だったはずなんだけど。

 

両手で持つガトリングガンを持ち直す。岡崎に持ってきてもらった箱の中身はこれだ。友人から譲りうけたものだが、あってよかったわね。

 

「あら残念。本当は毒に苦しむ姿を見たかったのだけど…」

 

…それにしてもあの男意外とやるわね。橋を通行止めにしろなんて言った覚えないのに、より戦いやすくさせるなんて。

 

間宮あかりが佐々木志乃をゆっくり地面に寝かす。…そして、よくわからない構えを取る。

 

「なにそれ?」

 

鷹捲り(たかまくり)

 

「……!!」

 

キタ、キタキタキタキタキタキタ!!鷹捲り!!千本の矢をすり抜け一筆で死を撃ち込み死体に傷が残らないという技…!!一体どんなの!??

 

私は期待に胸を躍らせながら二ヤッと笑ってしまう。

 

「どうしたの?早く鷹捲りを見せてちょうだい?…来ないなら、私が千本の矢を、放ってあげるわ!!!」

 

ガトリングから無数の弾が間宮あかりに飛んで行く

 

さあ、鷹捲りを見せて!!

 

彼女はその無数の弾の中を、こちらに走り出し

 

 

 

━━そして

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「思ったより遠かったな。1kmってのも」

 

俺はなぜか手を貸してくれる二人と共に橋までやって来た。高千穂は来る途中の道で気を失っていた。あちゃあ間に合わなかったかと思ったが仕方ない。こうなったら半額でももらってやるとここまで来た次第だ。橋の周囲は通行止めにしてしまったことで警察が駆けつけているが、爆弾情報を流しておいたためうかつに近づけないようだ。…まあさっきから聞こえるガトリングの音でも近づけないってのもあると思うが。…ていうかあれガトリングだったんか。重いと思ったもんなアレ。

 

「こ…これは!?」

 

「岡崎先輩、どうなってるんですか?」

 

「ああ、多分夾竹桃とあの二人が戦ってるんだろうな。結果は俺にもわからん」

 

なぜか途中から敬語を使ってくれるお二人。…本当にわからないがまあ悪い気はしないのでそのままにしておく。

 

それからしばらく、決着は 

 

 

 

突然だった。

 

 

 

「きゃああああ!!」

 

 

 

突然響いた叫び声、そして橋の上でピカッと光るなにか、そして

 

 

「夾竹桃!?━━━━ッ!!」

 

「「岡崎先輩!?」」

 

なぜか下着姿になって橋から下の川に落ちた夾竹桃。俺は体が反射的に動いて川へ飛び込んだ。

 

 

『…おい、なんでプールの場所だけ赤線引いてあんの?』

 

『そこに落ちたら終わりだからよ。私、泳げないもの』

 

 

 

(やばい!!溺れさせたら━━!!)

 

 

 

報酬がなくなる。そう、別にあいつのために飛び込んだわけじゃない。

 

 

 

俺は思った以上に泳げたらしい。ものの数秒で夾竹桃を見つけることができた。

 

俺の金愛無敵か。

 

 

だが夾竹桃自身はバタ足もせず、ただどんどん海中に沈んでいく。あいつ、マジもんで泳げないのかよ!!

 

大きく息を吸い、勢いよく潜り、夾竹桃の腕をつかむことに成功した。

 

「━━━ぷはっ!!おい!意識あるか!!おい!!」

 

顔を海水から出して頬を叩く。夾竹桃は目をうっすらと開ける。

 

「…あなた。なんで…?」

 

「お前泳げないくせになんでこの場所選んだんだよバカか」

 

「…バカって…なによ…失礼、ね、ゲホッ、ゲホッ!」

 

「わーったって。んで?鷹捲りは入手できたのか?」

 

「…鷹捲り、毒じゃなかったわ。私の勘違い…はあ、一体何のためにここまでしたのかしら」

 

本当に残念そうな夾竹桃。確かに、目的のものが本当は全然違がったらヤだよな。

 

「あそう。ま、しょうがねって世の中そんなもんだ。お、間宮が来たぞ」

 

「…あら」

 

橋から落ちてきた間宮がこちらに泳いでくる。

 

「きょ、夾竹桃!!あなた泳げなかったの!?」

 

「まあね」

 

「いやなんでそこでドヤってんだよ」

 

なぜか俺の腕の中でドヤる夾竹桃。…どこにもドヤる要素ないが。

 

「んー!!そんなことより、夾竹桃!逮捕するよ!!」

 

そう言って、間宮は夾竹桃の腕に手錠を付けた。これにより夾竹桃の完全敗北である。…さんざんだな夾竹桃。

 

「あら、これじゃ完全に泳げないわね。連れて行ってくれるのが岡崎ってことには不満だけど、運んでくれるかしら…私の顔を一度も水につけないように」

 

「おまえな、助けてもらっといてそりゃねーぞ。ちょっとくらいしょうがないだろ?俺お前を片手で支えてんのよ?」

 

「お金は払うわ」

 

「仕方ねぇな」

 

「ええ!?できるの!?」

 

俺と夾竹桃の会話に間宮が驚く。おお、こいつもしかして久しぶりに見るツッコミ役か?

 

「さて、んなことより早く陸に戻ろうぜ…さすがに疲れた」

 

「あ、はい」

 

「よろしくね」

 

そう言って夾竹桃は俺の首に腕を回す(手錠がついてるから俺の頭を包むようにしてきた)。

おおう…夾竹桃いま下着だからその、いろいろと近いんだが…。と顔を赤らめていると、それに気づいた夾竹桃がくすっと笑う。

 

「あら、岡崎。もしかして照れてる?」

 

「ま、まあな。お前顔だけは俺のタイプドストライクだから、そんな奴にこんな密着されると男はうれしいもんだ」

 

そういうもんだ男ってのは

 

そう言うと夾竹桃は驚いた表情をしたあとなぜか爆笑し始めた。

 

「くすくす。あんたを理子が気に入るのがわかったわ。そう、あなた、私みたいな顔がタイプなのね?」

 

「…まあな」

 

やっべ。これ弱み握られたか?

 

「ちょ、岡崎さん!行きますよーー!!」

 

先に泳いでいた間宮がこちらを向いて叫んでいる。いくか。

 

「ああー!悪い、今行く!!」

 

「…ふふ」

 

なぜか笑っている夾竹桃を抱いてさあ泳ごうとした…その時

 

 

「じゃあ、あとで報酬替わりにイイコトしてあげましょっか?」

 

ふーっと夾竹桃が俺の耳に息を吹きかけながらとんでもないことをおおおおおおおお…!?!?!?

 

「ちょ、おま、なにいっ━━!!」

 

「わ」

 

俺は思わず反射で離れようとしてしまい、そして

 

スッ

 

「「…あ」」

 

俺の首に夾竹桃の右手の爪がこすれた。…ただこすれたのならよかった。…だが

 

コイツの右手の爪には、毒が塗ってあ………る………。

 

 

 

「……………」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って岡崎!?今気を失われたら・・!!ま、間宮あかり!!た、助けて!!」

 

「え?ええええ!?!?どうして岡崎先輩沈んでるんですかあああ!?!?」

 

 

初めてみた夾竹桃の慌てる顔を見れないのを残念に思いつつ、俺は意識を失った。

 

 

 

         こうして、夾竹桃の手伝いも終結した。

 

 

 

PS,俺の毒は陸にあがってすぐ夾竹桃が解毒してくれたからなんとかなりました。

 

 

【第4章 「VS アリアAA」 終】

 

 




実は修一「ああ、もしかしてあの最初に路地裏で会った高千穂 麗のことか。・・よかった、大けがにはならなかったみたいで。」の部分、声にだしちゃってます

タグの「何も才能がない」とは、

①「何も才能がない」と岡崎修一自身が感じているということ

②『他人から見たEランク岡崎修一』のことを指しています。


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5章 VS???
12 事件の前日まで…


「11話のあらすじ」
夾竹桃の理子並みにわがままな命令に逆らわずなんとか夾竹桃の依頼を終わらせるが、1年の強襲科火野ライカとの戦闘でさらに傷が悪化してしまう。


「・・あーあ」

 

二度目の病室の天井。まさか抜け出した病院の同じ病室に入れられるとは思わなかった。

ただ違っていたのは目を覚ました後の先生の態度くらいか。抜け出すなら手続きはして行けと言われた。・・抜け出すことはいいのかよ。

 

目を覚まして4日が経ったある日、理子がやって来た。また前と同じようにお菓子をたくさん食べている。

 

「やっほー、しゅーちゃん」

 

「お前、来てくれるのはいいけどさ、暇なの?」

 

「せっかく来たのにそれはないよー! で?けがの調子は?」

 

「撃たれたあとに動きまくったんだぞ。もうあれだ。二か月は動きたくないね」

 

「くっふっふー。そんなしゅーちゃんに朗報でーす!新しい依━━」

 

「嫌だ帰れ無理無茶もうヤダ辛い」

 

「…しゅーちゃんってホントにめんどくさいよねー」

 

「お前なあ現状見ろよコレ!Eランク武偵だよ!?もういやだって働きたくない仕事がつらい」

 

「キモイ。というか、なんだかんだ言いながらあの火野ライカ倒したらしいじゃん。あの子、一年女子で一番強いって噂よ?」

 

「ありゃたまたまあいつが接近戦で来たからだって夾竹桃にも言ったんだけど?」

 

「逆に言うと、接近戦なら一年最強にも勝てるってことだよね?」

 

「・・・お前、人のあげ足取ってうれしい?」

 

「理子のこと武偵殺しって決めたときのしゅーちゃん、理子におんなじことしてたよ?」

 

はあ、こいつもしかしてあのこと根に持ってんのか?めんどくさいやつだな。

 

「それはそうと、シューちゃんはお金のために、理子の言うこと聞かなきゃダメなんだよー♪じゃなきゃ借金返せないよー??」

 

「あ?それお前バスジャックのあれで終わったんじゃ・・」

 

「えー?理子『手伝ってくれたらお金を払う』とは言ったけど、あれ一回とは言ってないよー??」

 

「ッ!?おま、ふざけんな!」

 

俺がどれだけ頑張ったか・・!!あれで全部じゃないだと!?

 

「くふ。理子ってば悪い子だから使えるものは使う主義なんだよ」

 

「・・・ああ、変な奴と知り合いになっちまったなぁ」

 

「それは理子もそう思ってる」

 

うるさいよ。俺は普通の男子高校生だ。

 

「・・・はあ。わーったよ『女の嘘を、許すのが男だ』だもんな」

 

「そうそう!やっぱしゅーちゃんチョロい!」

 

「それは俺自身も理解してるって。・・というかコレ、少しもインターバルなしでどんどんやってくわけ?さすがに死ぬよ俺?」

 

「大丈夫だって!現に生き残ってるじゃん!」

 

「・・ほんと奇跡だよなぁ」

 

「そんなしみじみ言われても理子困るよ」

 

 

 

「・・で?依頼内容は?もうあんましハードなのはごめんだぞ」

 

「今回は簡単だ。キンジとアリアに決着をつけに行く。修一はそのフォローをしてほしい」

 

「なんだ。前と一緒じゃないか。また同じことするのか?」

 

「修一は芸術(アート)ってのがわかってないね。一回やった事件はもうしないのが武偵殺しだ。今回は、飛行機強奪(ハイジャック)。アリアが故郷に帰る便を奪う」

 

「・・すげーな。そんなこともできんのか」

 

「ま、理子だから。ただ、そこにはもちろんほかの乗客もいるし、あの便は他のセレブもいる。もちろんそのBG(ボディーガード)もね。それをこっちに来させないように━━」

 

「おいおいおいおい。いきなりレベル高い事いうなよ」

 

え、まじ?次の対戦相手ボディーガードなの?それはあまりにも無茶だろ。BGの中にはもちろん元武偵もいる。ってことは先輩方ってことだ。・・ええ~無理ゲー。

 

「別に勝てとは言ってない。理子とアリアの対決を邪魔しないようにしてほしいだけだよ」

 

「・・・はぁ、そういや断るってことできないのよねぇ」

 

「うんうん、理解の早いチョロりんはモテるぞ!」

 

「恋愛要素が皆無だけどな。わーったよ。いつだ実行すんの?」

 

「4日後。よかったよ修一が目覚ましてくれて。理子、けっこう修一のこと期待してるんだから」

 

「はあ、人のご機嫌取りもうまいもんだ」

 

「ほんとだって、だってほんとの予定ではバスジャックだけで修一使うの終わりにする予定だったし。使えるから次も使うんだから!」

 

なんでだろう。うれしい事言われてるはずなのに、全くうれしくない。それ要は使いやすいから楽ってことだろうが

 

「・・うおおおおお、俺の平穏、カムバック」

 

「平穏なんてつまんないって思わなきゃ♡ んじゃよろしくー!また電話するからね!」

 

俺ってマジでこいつと付き合い続けてたら死ぬんじゃないかな。・・借金終わったら付き合い方考えることにしよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「・・で?その金髪ギャルの愚痴を言いにわざわざ私のとこまで来たの?」

 

「いやまじで人使い荒いのよあの子ーほんと失礼しちゃう!」

 

俺はガラス越しに愚痴をこぼし泣き崩れる。どうやら俺は精神が異常になるとちょっとオカマになるらしい。

あれから二日が経ったいま、俺は面会室にいた。相手は夾竹桃。愚痴をこぼせる相手はコイツしかいなかったのだ。もちろん警察の方が傍で聞いているので友達のお願いで無理な仕事をさせられるというような形でだ。

 

「はぁ・・もうそれはしょうがないと思いなさいよ。あの子、結構わがままだから」

 

「もうあいつわがままの個体なんだけど!助けてくれ夾えもん」

 

「だれが夾えもんよ。・・・私いま捕まってるから助けるもなにもないじゃない」

 

「・・・・たしかに」

 

「岡崎・・あなたね・・」

 

や、やめて、そんな絶望したみたいな目で見ないで!もう俺の精神やばいから!

 

「・・で、いつなの?そのお祭りは?」

 

「今週末。空飛びながらカーニバルだとよ」

 

「あの子もいろいろ考えるわね」

 

そう言った直後に面会時間が終わったらしい。

警察官が合図を言う。夾竹桃は立ち上がりつつ

 

「・・私のホテルにあるタンスの上から二番目を見てみなさい。カーニバルにあったらいいものが入ってるから」

 

「!!お前まじでこれから夾えもんって呼んでも・・」

 

「本気でやめなさい。じゃ、またね」

 

「またな、夾竹桃さんきゅ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その夜

 

ギシッ シュッ バシッ 

 

俺は柔道場にいた。Sランク武偵の武術を見るためにまた俺はアリアに頼み込んでやってもらっている。今回は木刀込でのアリアとの対決。最初は負ける気がしなかったのだが・・。

 

「ほらまた!!脇が甘い!!」

 

「・・・ごふっ!!」

 

だが何度挑戦してもまだ決定的なダメージを与えたことがない。やっぱSランクはレベルが違い過ぎる。

 

アリアに蹴られた脇を押さえながらもう一度立ち上がるとまた木刀を構え直す。

 

「もっかい」

 

「あのね、修一。どうしてそう急ぐのよ。その腕と足が治ってからのほうが絶対にいいと思うわよ?」

 

「おま・・ああ、せやな」

 

「おま?」

 

お前明後日帰っちゃうじゃんと言いかけて抑えた。なんで知ってると聞かれたら返す言葉がなくなるからだ。あっぶねー。

 

「でもほら、まあ興味あることは先にしたい性格なんだよ。治るまで待つなんて無理無理」

 

「まあ気持ちはわからなくはないけど・・今日はこのくらいにしましょ。私ちょっと用事あるから」

 

「えぇ・・。おまえ気持ちわかるっつったじゃん。やろうぜ続きー」

 

「毎日やってあげてるんだから文句言わない」

 

「ええーー。じゃああと一回!あと一回だけ頼む!」

 

「子供か!!」

 

「お前に言われたくーうごッ!?」

 

俺のツッコミは全部言えることなく、蹴り飛ばされてしまった。ほんとのこと言っただけなのに・・

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

実行日前日の夜

 

『いやー!でさ、結局アリアとキンジ仲たがいしたっぽいんだよね~。もー理子があんなにいいムード作ったてのにさー!!明日の仕事増えちゃったー』

 

「いいムードって・・自転車とバスに爆弾つけただけじゃねーか」

 

『くふふ・・りこりんの最新的恋愛補助だよ~』

 

「嫌な補助の仕方だな。俺に恋愛系のことがあってもお前には言わないわ」

 

『あっはっは!しゅーちゃんに恋愛とかありえなーい!!理子が捕まるくらいありえないよー!!』

 

「・・お前さ、ほんっと性格悪いよな」

 

『うわー、それ本人に言うー?』

 

「見てろよ!あっという間にお前が驚くような彼女つくってやるからな!!」

 

『おお!しゅーちゃん言い切ったね!ちなみに理子は無理だよ?金にセコい人ダメー』

 

「はなっから期待してねーよ金髪ギャル!じゃ、あしたな!」

 

『あいー!おやすみ、愛してるよ!しゅーちゃん』

 

「うるせーよ!男の純情もてあそぶな!!」

 

ああ・・疲れる。何のために電話してきたんだよこいつ・・。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

こんな何も内容のない適当な話をしているときはまだ、思ってもみなかったんだ。

 

 

俺に・・

 

 

「あんたが武偵殺しね!!」

 

 

(ええーー!?!?違うんですけど!?!?)

 

 

 

俺に本気で死の危機がくるなんて、思ってもみなかったんだ。

 

 

 



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13 双剣双銃との闘い

「12話のあらすじ」
わがまま金髪姫が傷を負った一般兵に新しい依頼を持ってきてしまう。
「飛行機をジャックするから手伝って♡」
「……準備、します」



《持ち物 小型銃 弾6

冷却弾 5 (水を凍らせる)

暖か毛布 コンパクト 一つ(持ち運べる毛布)

のびーる君 2号 (ターザンできる)

???(夾竹桃の机から拝借)

木刀(洞爺湖)

変声機(小さいサイコロ状のもの。理子作)

    携帯

ティッシュ(もうぐしょぐしょで使い物にならん)

 

 

 

「意外とろくなもん持ってないなぁ、俺って」

 

自分の部屋で持っているものを確認しながらため息をついた。今いるのはアリアの乗る飛行機の一室。飛行機の名前は忘れたが豪華なもんだ。一人一人に一室が用意されておりシャワーやベットまで完備されている。もうここは空飛ぶホテルと呼んでもいいんじゃないだろうか。

飛行機に乗るのも地元の長崎から武偵高校のある東京に来たときくらいなので、チケットが無くさないか心配でならない。これは机の上に置いておこう。そうしよう。

 

そんな場所に俺がいるのはもちろん任務というかお手伝いのためだが、まだ時間あるし、少しくらい使っても問題無いよねとシャワーを浴びる。

 

武器やその他の道具は理子が事前に俺の部屋に運んでくれていたようだ。俺は旅行客のように普通にチケットを見せて入ってきただけ、楽でいいね。

 

「ふふふーん、ふーんふーん♫」

 

でっかい風呂、豪華な部屋に俺はテンションMaxだった。これから手伝う任務を忘れてしまうくらいに楽しかった。もうこの夢が覚めないでほしー

 

『お客様ー、いらっしゃいますでしょうか?』

 

トントンとドアを叩く音がする。え、なんだ?誰だ?

 

そう思って入り口の穴を覗くと金髪のCAが立っていた。なにかしたかな俺?不審に思いつつ適当に服を着て扉を開ける。

 

「はい?どうしたんですか?」

 

「いえ、お客様の気持ち悪い鼻歌が耳に入りましたので、吐き気がするから止めろよと伝えに行こうかと」

 

「…よう理子。スゲー変装術だな。」

 

CAのCAらしからぬセリフに思わず2度パチパチと目を閉じたあと、俺は扉を閉めようとした。が、強い力で開けられてしまう。その顔は理子とは全く違うが、こんなこと言うやつは理子以外いないだろう。

 

「くふ!修一が豪華なホテルでバカやってないか確認しに来たんだ。というか風呂入ってたのかよ。よゆーだな」

 

「いや、だって一生ないかもしれないじゃんこんなホテルもどき。やれる時に存分にやっとかないともったいない。あと歯ブラシと髭剃りは持って帰る。これ常識だ」

 

「貧乏人の考えだよそれ。というかここまでセコイと本気でキモい」

 

「…お前が貧乏になっても助けてやんねーぞ」

 

「くふ。その時は男に養ってもらうからいーもーん!」

 

「このビッチ」

 

「うるせぇよ、金なしセコ男」

 

 

「「ああッ!?ヤンのかコラ!?」」

 

 

なぜか睨み合ってしまう俺達、あれ?俺たちって相性最悪なんじゃないか?

 

「…はぁ、そんなことより、ちょっと入れろよ。作戦話すから」

 

「仰せの通りに」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「この飛行機はあと30分後に出発する。それまでに修一にはあることをしてほしい」

 

「なに?」

 

「このUSBをある場所に挿してきて。この飛行機強奪ハイジャックの要だ」

 

「そんなん俺に任せていいのか?要っていうんならお前がやったほうがいいんじゃ?」

 

「ま、信用してるってことで」

 

「テキトーだな」

 

「あとは飛行機が飛び立ってから45分後にアリアとキンジを一階のバーに呼び出す。あとは分かるだろ?」

 

「お前とあの二人がちゃんと戦えるようにフォローすればいい、だな。…はぁ、Eランクの任務じゃないってこれ」

 

「これだけは言っとく。お前はEランクで終わるような奴じゃない。武偵殺しの理子が認めるんだ。もっと自分に自信持てよ」

 

自分に自信…ねぇ。そんなんあったらEランク止まりじゃないとおもうけど、まあ、お世辞ってことにしときますかね。

 

「わーった。今から行って来ればいいんだな」

 

「うん。結果は報告しなくていーよ。確認するヒマもうないし。あ、それともうアリア来てるみたいだから見つかったらまずいからね。修一がここにいる理由なんて全くないんだし」

 

「それな。金が余ってーなんて、嘘でも言えんわ」

 

「くふ。もしこの作戦が終わったらいろいろと理子のこと教えてあげるよ♡だからがんばってね!」

 

「いらん。そんなもんより金くれ。そっちのほうが百倍うれしい」

 

「理子もいい加減ガチギレしてもいいよねしゅーちゃん。女の子の秘密くらい知りたいと思えこのクズ野郎!!」

 

「うごっ!?…り、理不尽な…」

 

理子はなぜかキレて俺の折れた右腕を思いっきりひっぱたくと、ぷんすかぷんすか言いながら出て行った。いや、なにか言っているのを略しているわけじゃないぞ。本当に「ぷんすか!ぷんすか!」って言いながら出て行ったからな。…あざといっての。

 

俺は痛む腕を押さえながらタンスの中にあったスーツに着替える。まあこれからBGとヤる可能性があるわけだし、武偵高の制服じゃダメだ。

 

…チケットは置いていこうかな。無くしたら怖い。

 

 

「うっし。いくか」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

理子に指示されてやって来たのは展覧会の場所のような空間だった。様々な壁画や有名そうな能面などが飾られている。それらが部屋の辺を沿うように飾られており、部屋の中央には長方形のガラスに入った巻物などが展示されていた。どうやらそれぞれの文化の貴重品なんかを展示しているようだが、誰か見に来たりするのだろうか。だったら早めに作業しなきゃな。

 

USBを持ち差し込める場所を探す。展示されている作品の下あたりに有ってもよさそうだが。と様々な場所を探すがそれっぽい場所が見当たらない。どこだ?まさか天井にあったりとかしないよな。んなとこ調べようもないぞ…。

 

それからやく15分ほど、すべての場所を探したが、やはりそれっぽい部分は見つからない。まさか理子のミスとかか?それならいまから連絡…はダメか。連絡とる暇ないって言ってたもんな。

 

一応もうひと周りしながら、暇つぶしに展示品を見ていくことにした。

 

「この能面持って帰るだけでいくらするんだろうな」

 

手に持ってはいけないと書かれていたがなんとなく手に取って重さを確認したりしてみる。おお、ちゃんと紫の紐もついてるんだな。しっかりした重さがある。は、初めてさわ━━

 

 

ガチャ

 

 

「ーーッ!?」

 

能面の触り心地を実感していたとき、後ろのドアから誰か入って来た。俺はつい反射でその扉とは対角線上、中央の置物の陰に隠れる。

 

「…ここで合ってるわよね」

 

入って来た人物はそっと入って来て扉を閉める。…ってこの声まさか

 

(━━あ、アリア!?)

 

陰からちらっと窺がうと確かにあのピンクツインテだった。な、なんでこんなピンポイントにここに来るんだ!?隠れる場所なんてないんだぞここ!!

 

内心かなり焦りつつ状況を確認する。俺がここにいる理由は全くなく、あいつとは知り合いだから顔を見られれば一発バレるだろう。だからと言ってここを抜けるにはアリアの後ろの扉を抜けるしかない。…かといってそっと隠れて抜け出すなんて難しすぎる。…くそ、どうする!!

 

少しずつこちらに近づいてくる音を聞きながら、どうするかを頭をフルスロットルさせて考える。

 

そして、手元にあった能面に目がいった。

 

 

(…………。)

 

 

 

 

 

『こ、こんにちわ』

 

「!?!?」

 

アリアが俺と目が合い、驚いて目を見開きつつ、距離を取る。そして二丁拳銃を俺に向けた。

まあ、その反応が一番正しいだろうな。目の前に

 

能面スーツの変態がいるんだから。

 

いや状況的にこれしかなかったんだ。顔を見せずにするには…ちなみに声は変声機を能面の中に入れてるので機械もどきのような変な声になっている。…まあ変態の出来上がりだ。

 

アリアは俺の姿を見て驚いた様子だったが、すぐ落ち着いたように話し始めた。

 

「あ、あんたがあたしを呼び出したってことで間違いなさそうね」

 

…呼び出し?呼び出した覚えはないが、もしかしたらほかのやつと会う約束でもしてたのか?それならバットタイミングもいいとこだ。わざわざこの部屋を選ばんでも!!

 

『い、いや、俺じゃないが…』

 

「嘘をつかないで!…そうか、あたしが帰るまでにまた何かしてくるかもと思ってたけど、そういうことね」

 

アリアは俺の言葉も聞かず、何かを納得したように頷いている。…んん?ちょっと待て、帰るまでにまた?何かするかも?…おいそれってまさか…あのこと言ってるんじゃない、よな??…ええ?もしかして

 

武て━━

 

「あんたが武偵殺しね!!」

 

 

(ええーー!?!?違うんですけど!?!?)

 

 

そして、前回の最後に巻き戻る。俺は能面の裏で無茶苦茶キョドっていた。脳内がパニックで破裂しそうだ。

 

確かにこの状況、今までの事件、呼び出されたなら俺もそう思うだろう。しかも目の前には能面スーツ変声男だ。もうそう思うしかないくらいの証拠がそろっているが……待て待てアリア。それ、Eランク最弱少年岡崎修一です。アンタの思ってるやつもこの飛行機乗ってるけど、俺じゃないんです!

 

 

と、言っても聞いてもらえないし…しかもだ。

 

(この状況、もし能面取れて俺だってこいつにばれたら、俺が武偵殺しってことになるよな…!!)

 

岡崎修一が武偵殺しだった。そうアリアに思われたら最後、俺の人生は終わるだろう。

Sランク武偵相手に逃げ切れるなんて思ってもいない。しかし、だからと言っていまここで脱いで理子のことを全部言っても、理子は証拠を何一つ残していないので、無理だ。そもそも能面を付ける理由がないし。…これ、まじでやばいぞ。せめて返せるセリフというと

 

『…そ、そうだ、私が武偵殺しだ』

 

それだけ。

 

「ようやく見つけたわよ。アンタのせいでママが捕まった!絶対に許さない!」

 

アリアの方はやる気全開。もう今すぐにでも俺を捕まえようとしている。…うええ、これ予定してたBG戦よりきついぞ。…うまく逃げ出せたらいいんだが。

 

 

(勝とうとは思うな。逃げ出すことを第一に…!!)

 

「武偵殺し、逮捕よ!!」

 

バッと飛びかかっていくるアリア、それに対し俺は、

 

木刀を構え、思いっきり飛びかかった。

 

「ッ!?」

 

確かに逃げるならばまずは距離を取るのが一番だろう。だが相手はアリアだ。超一流の銃の腕だ。それに対し俺は目標にかすりもしないEランク。逆に距離を取ると死ぬ。だからまずは距離を詰めたほうが、こっちの有利にはなるだろう。

 

アリアはそれに瞬時に対応して銃をしまうと背中から刀を取り出し、俺の木刀を受け止める。

 

ここまでは読み通り、だったが、

 

アリアはその混じり合った刀をすぐに離し、懐に潜り込んでくる。

 

(これは、火野ライカと同じーーッ!!)

 

記憶がフラッシュバックした瞬間、俺の体は反射的にくるりと回るとアリアの背後に回る。火野ライカとの戦闘時にやられた武器合わせからの懐潜りは経験済みだった。

 

回り込んで手薄になったアリアの背中を思いっきり蹴り飛ばす。

 

「━━っ!流石にやるわね!」

 

アリアはくるりとバク転し、体勢を整える。━━瞬間アリアがすぐに近づいてくる。

 

それから何度も応戦を繰り返す。先を読み読まれ、何度も何度も武器を混じり合わせ、距離を離さないようにする。

 

(右━━!!次に回り込んで!!左、上。右腕を下げてから、左フック━━!!)

 

アリアとの対戦経験値が功を期した。人間とは考えずに反射的に行動する場合、何度も行った行動をすることが多い。

確かにいつもの対戦時はアリアの動きに慣れた瞬間に違う動きをしてきて回避が難しくなる。

しかしこれはアリアが自分で考えて行動するからこそできることだ。つまり、いま俺だと気づいていないアリアは、

 

いつもしている、俺の慣れた戦闘モーションをくり返す。

 

(…あたしの動きが読まれてる!?こいつ、何者!?)

 

これは、行けるかもしれんぞ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

そう思ったのも初めだけだった。俺が先読みしていることをすぐに感づき、すぐに俺の慣れない様々なモーションで攻撃してくる。これには太刀打ちできるわけがない。

 

「━━うぐっ!!」

 

刀で木刀をはじかれてしまう。左手がビリビリと痺れ、動かない。右手は折れていてあまり動かせない。━━しかしアリアはその隙を抜かすほど、甘くない。

 

「終わりよ!!」

 

「━━━ッ!?」

 

アリアが刀を下げ構える。このままでは腹横を裂かれてしまう━━!!

 

一瞬の思考の中、俺はベルトに手を伸ばし、

 

 

ギンッ!!

 

 

『…あっぶねー…』

 

『のびーる』を伸ばし、両手でピンと張って、刃をその上で受け止める。ちぎれる心配をしたが、平賀の言っていた『刀で100回斬られても切れない』というのはちゃんとした結果だったらしく、切れることなく支えてくれた。

 

だが安心したその一瞬でさえ、Sランク武偵は見逃さなかった。

 

刀を戻し、くるりと回転することで俺の目の部分にそのピンクツインテを当てることで目隠しをしつつ、横っ腹に蹴りを叩き込んできた。避けることも守ることもできなかった俺は壁際に陳列された骨董品に突っ込んでいく。激痛が体中を走り、口から酸素が漏れ出す。痛みでもう体が上手く動かせない。首を動かすのですら一秒かかった。

 

そんな中、俺は

 

 

『……ちっ……』

 

俺は能面の裏で軽く舌打ちした。何に対してというか、何を理由でと言われても答えきれない苛立ちにも似た感情が波打つように襲いかかり

 

火野ライカの時と同じようにまた、俺の中で爆発する。

 

 

 

(強い敵は俺の攻撃全部喰らわない?どこを見てるどこを動かしているどこを警戒している?俺が動いた時の動き方は、返し方は?強いやつはどうしたらいいのか全部理解している。俺も知りたい見たい強くなりたい。勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい……俺はこの敵に、勝ちたい!!)

 

 

 

心の中はパニック状態だった。ただこの勝負に勝ちたいという欲望だけが俺の脳内を走り回る。こいつに勝てば俺は自分自身が強いと認めることができる。その快感をすぐにでも味わいたい。

 

俺にも才能があると、サイカイではないとそう認めたいのだ。

 

これが俺の本質。どうしても戦いたい衝動。抑えきれない自分の本質。才能とも呼べない、努力とも違う。ただの

 

本質

 

やっべ、逃げるって選択肢なくなったわ。ごめん理子。

 

『…いいね、アリア。お前強いよ。俺が嫉妬で勝ちたいと思っちまうほどにな!』

 

「気易く呼ばないで!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Aria side

 

武偵殺しが突然笑いだすと木刀を両手で持ち直しあたしに思いっきり振り下ろされた。二刀の刀でそれを受け止める。・・が

 

(お、重い…!!こいつ、さっきより力が増している!!)

 

先ほどは刀一本で抑えられたのに、今の力はそれの三倍ほどの力が加わっている。まるでリミッターが外されたようにとても重い。ギリギリと腕が軋む。

 

武偵殺しはすぐに木刀をグイッと引きそれをあたしの右足に狙って振るう。

しかしそれを読んでいたあたしは飛んでかわすとそのまま顔に蹴り込もうと前に飛んだ。…しかし、

 

『……ここで蹴り、か』

 

先ほどからあまり動かしていなかった右腕をあたしの足に当てクッションにしそのままあたしの懐に潜り込む。

 

(さっきあたしがしたッ!?)

 

先ほどあたしが行った潜り込むやり方をすべて完璧にまねされてしまう。そのまま木刀を振るわれる。…が

 

まだ甘い!

 

武偵殺しの肩を使ってくるりと反転し、後ろに回る。これは相手が行った行動を真似させてもらった。これでイーブンよ。

 

そのまま顔を横に蹴り飛ばす。が

 

「…へえ」

 

「ッ!?」

 

能面を落とすことはできなかったが右上部分を壊すことに成功した。しかし、武偵殺しは吹っ飛ぶことなくあたしの足をつかんできた。そして、あたしの横腹に思いっきり木刀を振るった。今度はあたしが壁にぶち当たる。

 

「くっ!?」

 

痛むからと堪えている場合ではない、瞬時に目を開け二丁拳銃を構える。

 

能面の右上、目があった部分の欠けた武偵殺しが木刀を構え直しながらふらふらとこちらに近づいてくる。

 

その能面の欠けた部分から武偵殺しの本物の目が見える。

 

 

その目はただ敵を見る、冷たい目をしていた。

 

 

ゾクッと長年凶悪犯罪者に立ち向かっていた体が身震いする。な、なにこの恐怖…。息が荒くなり額から汗が落ち、体が言うことを効かなくなりそうだ。こいつは、やばい。あたしももしかしたら負けてしまうか━━━

 

「…ふーっ」

 

ハッと我に返り深呼吸をした。ここでパニックになることは一番マズイ。変に焦ると却って相手にいいようになってしまう。落ち着くことがいま一番重要な事だ。そうしないと勝てる戦も勝てない。

 

「……おら、何ボサッとしてやがる。動かないならこっちから行くぞ?」

 

武偵殺しがその冷たい目をこちらに向けたまま走り込んでくる。それを拳銃で受け流し、そのまま木刀を撃ち、武偵殺しが木刀を手放す。…がそんなことお構いなしにあたしの銃を二つともに蹴りを放ってきた武偵殺しはその後一歩下がって構える。あたしから銃を奪ったのは正直驚いたが、武偵殺しは格闘戦がしたいらしい。

 

「いいわよ。あんたがその気なら、乗ってあげる。でも、後悔しないことね!」

 

そして…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(…あー強ええ。やっぱ、つええよ…アリア、すげー)

 

そして俺は大の字で倒れていた。あれからアリアには体を無理に動かし何度も反撃しようとしたが一発も当たらなかった。…ああ、やっぱ俺は、弱い。どうしても、こいつに勝てる気がしねーよ。

 

負けを認めた瞬間、体がふっと重くなり、先ほどまで真っ白だった頭が落ち着きを取り戻した。

 

ああ、こいつに勝つには、まだまだ経験と努力が必要だな。

 

その時グンと地面が動いた。どうやら飛行機が出発に取りかかったらしい。もうそんなに時間が経っていたか…しまったな、理子との約束果たせなかった。

 

「はあ…はあ…武偵殺し、逮捕よ!」

 

理子に内心で謝りつつ。まあ、あのアリアを息切れさせただけましか。と、今のところはそれで満足しておくことにする。

 

「…捕まるわけには、まだ、いかねぇ…仕事、しないと…」

 

俺にはまだ、仕事が残っている。まだ捕まるわけにはいかない。

 

ベルトに着けていた『のびーる』をドアまで伸ばし、そのまま紐を巻き取るように自分をドア前まで運びそのまま逃走を図る。

 

「逃がさないわよ武偵ごろーー」

 

 

 

『あーあーアテンションプリーズ♪アテンションプリーズ♪アリア―?キンジがあんたの部屋の前で待ってるよー。早くしないとー()()の武偵殺しがキンジを殺っちゃうぞー??』

 

 

 

 

「は?え!?キンジって、え!?本物!??!?」

 

突然、旅客機内の放送でまるで電話越しに話しているように理子の言葉が聞こえた。…なにやってんだあいつ。声も変えてないし、すぐにバレちまうぞ…?

 

だが

 

「……」

 

 

助かった。あっけに取られているどころかパニくっているアリアがこちらを見ていない隙に、『のびーる』を使って入り組んだ通路を右に左にと入っていき、ある場所でアリアが追って来ていないかを確認し、

 

逃げ切りに成功した。一安心をして、現状を見直す。最初からあった打撲や骨折にまたさらに+されてしまいほぼ全身に打撲痕が残ってしまっている。……今回は本気でやばいな。体全身が痛みで叫んでいるようだ。

 

 

「でも、まだ終わっていない」

 

 

理子がああ言ったということはもうすぐにでもあいつの目的である戦いが始まるのだろう。……ならば俺の仕事もすぐに始まる。こんなところで休んでる暇なんて、ない。

 

そうして持ってきた木刀を杖代わりに自分の部屋へと引き返していった。

 

 

 

 

 

 




理子の矛盾点はどこでしょうか?この話と次の話に矛盾問題が発生しております。


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14 事件の終結と、さらなる危機

「13話のあらすじ」
飛行機に潜入し、理子のフォローに入るはずが、なぜかアリアと戦うことになってしまう。勝てるはずもなく負けを認める瞬間、理子の助けでなんとか逃げ延びることに成功した。

*アニメの部分はすこし簡単に書きました。
矛盾問題があります


必死に体を動かし、ようやくといった感じで自室に戻ると、ベットに倒れ込んだ。

ああ・・全身がビリビリする・・。

飛行機が上昇していくのを感じながら、ベルトを閉めなきゃと思うが体を全く動かせない。結局ベッドの上でそのまま動くことができなかった。

 

『ぽーん、当機はいまから~、雷雲を迂回して飛行してまーす。まあ、皆さまが余計なことをしなければ何も心配いりませーん!』

 

しばらく倒れこんでいると、理子のアナウンスが流れた。確かに外から雷鳴が聞こえる。今日こんな天気悪いって言ってたかなぁ。

武偵殺しである理子が今度はきちんと変声機越しに話しているが、話し方が雑になってきているぞ理子りんよ。どうしたの。

 

俺はその声を聴き、そろそろかと体を無理に起こす。アリアから逃げるのが俺の目的ではない。アリアとキンジのコンビVS理子の戦いに邪魔が入らないようにするのが、俺の任務だ。借金のためにも実行しなきゃな。

 

俺は、携帯を取り出し時間を確認をしつつ、立ち上がり、そして軽く辺りを見渡す。そして

 

「あり?ない・・・」

 

あるものがなくなっていることに気づいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

「はあ、予定とはずれちゃってけどまあしょうがないよねぇ」

 

一階のバーに向かいながら手元の画像を確認する。あのセコ男が部屋を出るところが映っていた。・・無理しなくてもいいのに。本当によくわからない男を仲間にしたものだ。金に執着があるだけのEランクかと思えば、意外と使えたり、使えなかったり。本当によくわからない。しかもあいつは頭の回転がかなり速いときもある。この事件で理子があいつにしようとしたことに、あいつ自身が気づいていてもおかしくないだろう。もし、気づいてたら・・あいつとの縁も終わり、かな。

 

歩きながら、あいつとの思い出・・と呼べるほどではないが、記憶を思い出し、くすっと笑ってしまう。ほとんど喧嘩みたいな会話ばっかりだったけどちょっと楽しかった、かな。楽でいいんだよね。ほかの男たちと違って変に理子にかっこつけてこないし。いや、ある意味欲丸出しだだったけど。本当にウザいときも何度かあったけど。

 

でも、やっぱり楽しかったのかな。

 

「あんたはもう『こっち側』じゃなく、いつもの日常に戻りな。平和な、日本に、さ」

 

独り言を呟きながら螺旋階段を降りて一階のバーにたどり着いた。・・さて、ここからが本番。アリアとキンジを倒して、理子が理子であることを証明する。・・誰の力も借りず、一人で。そして終わらせるんだ、理子の代々伝わる因縁を!

 

大きく深呼吸をして、そして、引き金を、引いた。

 

『あーあー。アテンションプリーズ♪でやがります。当機はただいま飛行機強奪(ハイジャック)されました で やがります。なお乗客どもはおとなしくしておいて やがります。ただし武偵は例外で やがります。 相手してほしければ一階のバーに来るで やがります』

 

かかってこいオルメス。今日こそ理子が、お前を殺す!

 

 

ーーーーーーー

 

 

「そう、あのフランスの大怪盗アルセーヌ・ルパン。理子はそのひ孫・・決着をつけよう、オルメス!!」

 

「理子!行くわよ!!」

 

パンッ

 

アナウンスの後、アリアとキンジはすぐバーに現われた。理子がCAの格好を脱ぎ捨て、素顔を見せ、本物の武偵殺しであると証明して見せ、そして、アリア自身にも因縁があるということを分からせた上での戦いが始まる。お互いに2丁拳銃を取り出し、激戦を繰り広げる。何度も何度もアリアと銃弾を撃ちあい、ほぼ互角の中、キンジの介入で決着がついた。理子の負け・・と思った瞬間、乾いた音が耳に聞こえた。アリアが不意に理子に撃たれたのだ。

 

それを見ていた俺は理子の戦闘技術に魅了されていた。

 

 

そうか、あいつってアリアと互角に渡り合えるほどに強かったのか、さすが本物の武偵殺しさんだな。ニセモノとは大違い。

 

やっべ、理子とも一戦したくなってきた。

 

「あ、アリア!!」

 

撃たれたアリアが頭から倒れた。理子の勝利、と言いたいが、まだキンジがいる。このままキンジが戦うのかと思ったが、キンジはアリアを救うことを優先して撤退していく。

幸い、扉の反対側に隠れていた俺は気づかれなかった。セーフだ。

 

「あはっは!ねえねえ狭い飛行機の中どこへ行こうっての~!?あっははははははははは!!」

 

バーの奥から理子の笑い声が聞こえる。その笑いかた、さっきの俺みたいになってるな。きっと楽しくて楽しくて仕方ないのだろう。飛行機強奪(ハイジャック)なんて大きな事件にしてまでアリアと本気で戦いたかったんだろうし今にも勝ちそうなんだから。そんな理子を羨ましいと思うのは変だろうか。

 

「修一、いるんでしょ?出てきたら?」

 

「・・・よう、理子。楽しそうだな」

 

理子の呼ばれて扉の陰から姿を現す。その顔は本当にアリアと対峙した時の俺のようにニヤニヤと笑っていた。こいつ、中身は俺と似てるのかもしれない。残念な奴だな。

 

「お勤めごくろうさま。USBの方はアリアに邪魔されちゃったみたいだけど、まあ運が悪かったってことで大目にみとくよ」

 

「お、さんくす。ま、本来の目的のBGとかも今のところ誰も来そうにないけどな」

 

「くふ。BGがつくほどの貴族なんてほんとは乗ってないしね」

 

「・・・。」

 

・・ああなるほどね、おかしいと思ってたんだが、そういうことか。

 

俺の中で、ある仮説があったのだが、それが一気に解決した。まあ、こいつならありえない話ではないが、あまり信じたくはなかったのだけど

 

 

 

こいつは、俺が武偵殺しとしてアリア達に捕まるように仕向けていたんだろう。

 

いま思えば変な話だ。USB挿しに何十とある部屋の中のひとつに入ったらそこにたまたまアリアが来るなんて。本当はUSBなんてのはただのエサで、アリアと鉢合わせさせるのが目的だったと。そこで俺がアリアに倒されて捕ってる隙に襲撃してもいいし、もし俺が逃げ切ったらバーの近くで待機させ、変装した理子とアリアの決着がつき次第、自分は逃げ出して戦っていたのは岡崎修一だったということにすれば、理子が疑われることはない。仮に俺が上手くアリア達から逃げられたとしても、その後警察の調べで偽名で乗った俺が疑われ、逮捕されてしまう。

 

まあつまり簡単に言うと

 

俺を騙して、理子の影武者にしようとしたってことだ。

 

 

・・・ま、そうだよな。そんなことじゃなきゃ、俺みたいなEランクを仲間にしようなんて思わないだろうし、納得納得。

 

なるほどね。

 

「じゃ俺の仕事もここまでだな。もうこれ以上依頼は受けないぞ」

 

作戦がわかった以上、こいつの近くにいると危ない。またなにか俺を本物の武偵殺しにしようという作戦があるかもしれない。

 

「大丈夫。もうこれで最後。ここでアリアを倒して、理子が理子であることを証明するんだ」

 

・・?何を言っているのかさっぱりわからない。が、ここで深く聞いてもしょうがないだろう。アリアに執着する理由の一つのことだろうし、触らぬ神にたたりなし。もうこれ以上の詮索はやめとくのが自分の危険を回避する一番の手だ。

 

「じゃ、俺は豪華な風呂をまた満喫してくるわ。ま、がんばれよ」

 

俺はもう関わることはやめにする。こいつはコイツでいろいろと複雑な思いのなかで戦ってるんだ。一人で戦いたいならもう止めない。それに、仮説通りなら、こいつの望む通りのやり方に従ったふりしたほうがよさそうだ。

 

 

 

よさそう、なのだが、

 

なんだ、この喉に魚の骨が刺さったような変な違和感。

 

 

理子はそんな俺の変化に気づかず、俺の近くまでやって来て

 

 

 

「・・うん、ありがとね、しゅーちゃん

 

 

ばいばい」

 

そう言って手を振ると、俺の横を通り過ぎてアリア達を追いかけていった。

俺はそれを横に見て・・ため息をつく。

引っかかっていたものがなんだったのか、わかってしまったからだ。

 

 

 

そう、さきほどの俺の仮説が正しいとすれば、理子の行動にはおかしな点がいくつもある。またいろいろと矛盾しているんだ。そこがどういう意味になるのかは理解できていないが、まだ理子が裏切ったとは考えづらくなった。

 

 

 

それと

 

 

一瞬さみしそうな表情で手を振るこいつを、俺は見逃さなかった。・・いや見逃せなかったのか。なんで最後にそんな顔するんだよ。俺、正直お前の役に立ったとは思ってないんだが、というか別に、俺いなくてもお前一人でできたことばっかりだと思うんだけど。

それでも俺に対していろいろとしてくれたのはどうしてだろう?

 

俺は理子との出会いからすべてを思い返していた。一番最初に話しかけてくれて、Eランクの俺に友達として接してくれて、武偵殺しだって言った後から素の性格で接してきて、わがままでうるさくて、人使い荒くて、金を手玉にとって、でも楽しくって、面白くって、一緒にいて飽きなくて。

 

はあ、めんどくせぇ、これからは一人で出来るって言いたいんなら、あんな顔すんじゃねーよクソ。

 

 

俺は━━

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

修一と別れた後、アリアとキンジのいる部屋を見つけ侵入。HSSになっていたキンジとアリアのコンビと対決したが、二人のコンビネーションは流石といったところだろう。理子の2丁拳銃も飛ばされ、二人から銃を向けられてしまった。流石の理子でも、この状況はマズイ。一度撤退して態勢を立て直そう。

 

あたしは背中に隠した飛行機を操縦するリモコンを操作し、隙を見て撤退。廊下をブラブラと移動しながら、次の作戦を考える。

 

(さてと、どうやって攻略しようかな・・?)

 

アリアとキンジのコンビは強敵だ。作戦もなく突っ込んでもさっきの二の舞。なら今度は・・爆弾を使って二人を離して一人ずつ対処しようか。それならなんとかならなくもない。

 

 

そう考えついたとき、通信機に連絡が入る。『イ・ウー』からの連絡通信だ。

 

「・・ちっ。余計なことを」

 

内容を読んで舌打ちする。『イ・ウー』はこれからこの飛行機にミサイルを撃ち込むらしい、発射まで残り10分後。退避することと書かれていた。発射まえにキンジとアリアを倒すのは無理だ。おそらく『イ・ウー』の上が理子じゃあの二人には勝てないと判断したのだろうが、余計なことをしてくれる。これで二人を倒しても、理子の目的は達成できないじゃないか。

 

やるせない気持ちがあるが、理子が今から連絡してもミサイルを止めはしないだろう。あの二人がミサイルごときでやられるとは思わない・・時間もないし、今回は諦めるしかない、か。

 

そう判断し、撤退準備を始めた。

 

バーに戻り、先に仕掛けておいた、壁に円を作るように設置された爆弾の状態を確認する。アリアとキンジを倒した後、爆弾を起動させ、外に脱出できるようにしていたのだが、問題はなさそうだ。あとはボタンひとつで連鎖的に爆発していき脱出できるだろう。

 

さてと、あとはキンジに一言言って帰るだけだ。キンジとアリアにはパートナーになってもらわないと困る。理子の目的のため、二人が仲違いするのはダメだ。

 

だが、すぐにキンジが来るはずもなく、理子は爆弾に囲まれた中に背中を合わせ、物思いにふける。これからのこと、これまでのこと、そして

 

(あいつ・・大丈夫、かな)

 

セコ男の顔が頭に浮かんできた。ハッと気づいて顔を両手で思いっきり叩き、その顔を頭から消す。あいつには酷いことをした。それはあいつ自身も気づいたんだろう、最後の会話中に目つきが変わったのをしっかりと見た。あれは理子を武偵殺しと証明したときの目と同じだ。あいつはああ見えて意外と頭のキレるやつだから気づいていてもおかしくない。だからこそ、もう普通に話すことなんてできないんだ。あっちも理子のこと大嫌いになったはずだろうし。・・こうやって思い出すことは、なんか未練があるみたいで嫌なのに。どうした理子。らしくないじゃないか。

 

アリアの母を武偵殺しとして警察に捕まえさせたときは、こういう感情は湧かなかった。ただ、アリアの目を確実に『イ・ウー』に向けるために仕向けただけ。それだけのために一人の人生を滅茶苦茶にすることすら厭わなかったのに。

 

いま、たった一人のEランクザコ武偵に嫌われることを嫌がっている自分がいた。

 

あいつ、結構ひどい怪我してたなぁ。やっぱアリアと戦わせるのは・・・ってまた。

いつの間にかまた考えてしまっていたことに気づきもう一度頬を叩く。どうして出て来るんだあいつは、もう、会うこともないし、あっちだって・・。

 

「狭い飛行機の中どこに行こうっていうんだいポリスちゃん?」

 

バーの入り口からキンジがHSS口調で入ってきた。アリアはいないが、恐らく飛行機の操縦席にでも向かったのだろう。ま、理子が動かしてるってわかったらそうするよね。

 

 

さてっと、しみったれたのももう終わり。敵も来たし、さっさと終わらせて帰ろっと!見たいアニメもあるしね!

 

「くふ、やっと来たねキンジ。それ以上は近づかないほうがいいよ」

 

「・・爆弾か!?」

 

「ご存じのとおり、私武偵殺しは爆弾使いですから」

 

スカートを持ち上げ頭を下げる。

・・・そういえば、あいつにアニメ教える約束してたっけ。あいつもなんだかんだ言いながらちょっと楽しみににしてたなぁ・・・ってああ、また・・

 

「ね、ねえキンジ、『イ・ウー』に来ない?この世の天国だよ。それに、『イ・ウー』には、あなたのお兄さんもいるし」

 

頭の中で何も考えないようにキンジとの会話に集中しようとした。本当にキンジをこっちに引き込む気はないが、話が逸らせるならなんでもいい。

 

「・・理子、あまり俺を怒らせないでくれ」

 

理子のほうはあのバカと喧嘩しまくってたからもう満腹でーす。・・・あっはは。ああ、もう駄目だ。いくらやめようと思ってもあいつのことが頭から離れない。・・はあ、わかった自分に素直になろう。あたしは・・

 

「じゃ、気が変わったら来てね。理子は歓迎するから。・・あと」

 

理子はいやだいやだと思いながら、金くれ金とうるさいキモいと思っていたあいつとの時間が、

 

けっこう好き、だったんだ。恋愛的じゃなくて、友達として。

 

必要と言ってくれたのはうれしかったし。それにあの奇想天外な行動にワクワクしたのも一つの要因だろう。

 

恋愛的には前にも言ったが、あそこまでセコイのはあたしもダメだ。一緒にいて息苦しくなりそうだし。デートとかしても面白くなさそう。・・ああでも意外とノリいいからアキバとか連れてってあげてもいいかもなぁ。それで理子の好きなアニメをたくさん・・て、そうだった。もう叶わないんだったなぁ。嫌われちゃったし。

 

・・けど

 

「修一に、ごめん、って伝えといて」

 

最後に、謝るくらいはさせてほしい、かな。こんなことに巻きんだこととかまあ色々と。謝るだけじゃもちろん許してくれないのはわかってるけど。

 

「修一って岡崎修一か・・!?いきなりどうして━━」

 

「あ、そうだ!!最後に『イ・ウー』からプレゼントがあるみたいだよ!」

 

キンジに余計なことを考えさせないようにとっとと脱出することにした。

髪に隠したリモコンで、爆弾を起動する。耳元から爆発音が聞こえたと同時に体が傾き始める。

 

「お、たの、しみに~♪」

 

まあ、謝ることも本当はキンジ経由より自分で言った方がよかったんだろうけど、いまの理子が言っても聞いてもらえないだらうし、キンジからの方から言ってくれたほうがまだ聞いてくれそうだからね。

 

これでいいんだこれで。

 

と自分に言い聞かせながら、体が宙に浮いた

 

 

 

 

 

その瞬間━━

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、自分で言えよバカ女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・ええ!?!?」

突如、キンジの横を通り抜けてきた修一が、もう落ちかけている理子に飛び込んできた。

 

とっさのことで思わず抱きしめてしまい、二人して上空に投げ出されてしまった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

一瞬にして飛行機と距離が離れてしまった理子と修一。上空10000メートルで学生二人が顔を見合わせる。

 

「ちょ、修一!?なんでお前飛び込んできてんだ!?死にたいわけ!??」

 

「うっせーな!お前が俺のチケット取ってったんだろうが!俺降りたときどうしろっての、払う金持ってないわ!!」

 

「・・は、はあ!?」

 

確かに修一に疑いの目をかけるために、修一がUSBを差しに行った直後に部屋にあったチケットを取ったが、その後に戻しに行ったはずだ。恐らくいまもあの部屋の机の上に置いてあるはず。

 

というかこいつまさか、たったそれだけのために飛び込んできたのか!?あ、アホじゃない!?

 

遠くでミサイルが飛行機に当たった光を確認しつつ、バカを殴る。

 

「お前のチケットは部屋にちゃんと戻してんだよ!それで飛び込んでくるとか、なにやってんの!?」

 

「・・え、まじ?・・そりゃないぜー早く言えよー」

 

「お前ががここまで馬鹿とは思わなかったんだよ!!」

 

「おま、バカって言う方がバカなんだからな!!」

 

「子供か!!」

 

・・ああ、ほんと、どうしてこんな奴に声かけたんだろう・・計画が崩れていく。奇想天外過ぎてついていけない。それとどうしてこいつと話すと漫才風になってしまうのか。こんなことをどうして上空でやってる?・・まあ地上でもやりたくないけど。

 

でも、

 

こんな意味のない会話をまた出来たことに少し喜んでいる自分がいた。いまだけかもしれないが、それでも嬉しいと思ってしまった。

 

「なあ、落ちてってるけどどーすんだよ??パラシュート背負ってないじゃん?」

 

上空をかなりの速度で落ちながら、のんきに修一が呟く。

・・コイツ、アクシデント慣れしてきたな・・。普通の人間なら焦ってるとこだぞ。

ため息を吐きつつ、諦めてこいつの話に乗ってやることにした。

 

「パラシュートはあるけど、理子のは一人用。修一も一緒につかまってたら速度落とせずに死ぬよ」

 

あたしのは個人的に作ったものだから試験もなにもしていないものだ。二人でなんて、やる前から無理に決まっていた。

 

「まじかよん。・・カメレオン」

 

イラッ

 

空気の読めないギャグを言う修一を殴り、

 

「はあ、わかった。・・・ほら、こっちに捕まりなよ」

 

修一が抱き着いてる状態じゃパラシュートを展開できない。修一を一旦体から離して手をつかむ。そして上空でくるりと一回転すると同時に服を思いっきり引っ張った。そうすることによって防弾制服が開き、大きなパラシュートに変化する。速度を減速したことによってグイッと体が引っ張られたように上に上がったような感覚が襲う。

 

「ちょ、おま・・おお!!」

 

「・・はぁ」

 

制服すべて、つまりスカートをも一つにしてパラシュートしているそのおかげで下着姿になるのが難点だ。修一が顔を手で隠しながらもその手と手のあいだから覗き見てる。・・・やっぱこいつも一応男子なんだな。いつもの理子にはときめかないくせに。

 

こいつと一緒に心中する気もないし、これひとつでなんとかしないと。

 

グイっと修一を抱きしめる。こうしないとバランスが取れないんだ。

修一が胸の谷間に顔を埋める形になった。

 

「お、おおおおお、おおおおおおおおおおお!!!!」

 

「もー、後でお金もらってやるからね!」

 

ちょっと顔が紅くなっているのはまああたしでもこれはちょっと恥ずかしい。修一も、かなり顔を紅くしているのを、感じてさらに恥ずかしくなって顔を上に上げ、気を紛らわす。

 

・・あ

 

「おい修一。やっぱ無理だ。このまま落ちたら死ぬぞ」

 

「おおおお、おおお?」

 

「聞けこのクソ童貞」

 

思いっきり頭を叩いて正気に戻す。こいつ、ダメだな。

 

「ふ、俺をバカにし過ぎだぞ理子。実はなこういうこともあろうかとあるものを用意してたんだ」

 

と、突然修一がドヤ顔でこっちを見てくる。・・え?

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

おれは女の子の柔らかさを本気で実感しながら、鼻血を出さないように意識を鼻に集中させる。や、やべえ、すげえ、エロい、すげえ!

 

「で?そのあるものってなんだよ?」

 

理子がそんな俺の努力も知らずに普通に聞いてくる。しかたない、見せてやろう。俺のパラシュート!

 

 

俺は上着を脱ぎ捨て・・ようとしたがまた買うのが面倒くさいのと勿体無いので腹に巻きつつ、防弾チョッキ姿になった。

 

「ふふん」

 

「・・は?」

 

ドヤ顔してみせるが理子はなにをしてるのか分からなかったようで首を傾けている。はっは。仕方ないな、見せてやろう俺の真骨頂!

 

「防弾シュート!パラシュート展開じゃああ!」

 

チョッキの胸部分にある紐をグイッと引っ張ると背中からパラシュートが勢いよく出てきて、さらに落ちる速度を軽減する。最初に理子から報酬をもらった際に平賀からもらったものだ。普段はただの防弾チョッキなのだが、背中からパラシュートを出すことが可能な、正直今くらいしか使い時のない品物だが。

 

そういうものは、本当に必要な時に真価を発揮する。

 

「どうだ、俺(平賀の)真骨頂!!」

 

「へぇー便利だね。自分で作ったの?」

 

「平賀作品だ!」

 

ドヤ顔で理子を見るとジト目でこちらを見てくる理子。わかってないなこいつ。いま俺が使ってることがすげーんだよ。作ったやつがすごいんじゃない。

 

「ていうかさ、そっちにもパラシュートあるなら離れてよ。わざわざあたしに捕まらなくていーじゃん」

 

「あ、それもそうだな」

 

気持ち的にはもう少し女の子ってのを体感したかったのだが、そんなこと言われて離れない理由がない。・・いや、男子なら普通そう思うだろう?理子可愛いしさ。

 

「んじゃあ離れるけど、後で合流な。俺帰り道わからん」

 

「・・お前、本当どうしてついてきたの」

 

面倒くさそうな理子に頼み込んでようやくOKを貰うと、離れるのを惜しみつつ、手を離━━

 

 

ブチッ

 

 

 

「・・・すまん、千切れた」

 

「え、まじ?」

 

「まじ、です」

 

理子の体から手を離そうとしたその瞬間、防弾チョッキからパラシュートに繋がっていた紐が千切れ、パラシュートの部分だけがまるで風船のように飛んで行ってしまった。・・また不良品かよあのチビィ!!

 

「うわー、どーします理子。これこのまま落ちたらどーなんの?」

 

「・・あんたも理子も死ぬって、さっきも言ったでしょ」

 

「・・ええええ!?やだって!まだ金もらってないし死ねねぇよ!助けて理子えもん!」

 

「誰が理子えもんだ!あーもー!わかったからちゃんと捕まっててよ!!もうどこに落ちるかとか訳わかんなくなってるから、海に落ちないことだけを祈ってて!」

 

 

 

俺と理子はギャーギャー騒ぎながらも、理子の操作でなんとか、海には行くことなく、深い森の中へと落下していくことになった。

 

 

「「あああああああああああ!!」」

 

速度を無視して、だが。

 

 

 

 

 




普通上空で会話しようとしたら舌噛んで、下手すれば死にます。ですがそのまま落ちてくだけでは面白くないので、口パクもどきと手振りで会話しているということにしておいて下さい

矛盾点がありました。


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15 峰 理子の気持ち

「14話のあらすじ」
飛行機内での理子の行動には様々な矛盾が存在していた。
修一は理子の心情を察して…いや、たまたま感じることに成功し逃げ出そうとした理子と共に上空へと投げ出される。


「………っ」

 

木々から差し込まれる光で目が覚めた。あの後森の中に突っ込むように落ちたあと、朝まで気を失っていたらしい。

運良く枝などに刺さることなくそのまま地面に落下したようだ。

 

体中が痛むが、なんとか生きている。理子のパラシュート操作のおかげか。

 

「そうだ理子は…」

 

周りを見渡すと、パラシュートが木に絡まって、まるで操り人形のような形で宙に浮き、気を失っている理子を見つけた。俺は焦って木に登る。もしもパラシュートの紐が首に巻き付いていたりしたら大変だ。

 

理子の元まで登り、首に紐が巻き付いていないことを確認し安堵しつつ、理子が落ちないように気をつけながら体に絡まった紐を外していく。すべて外すと抱きかかえて木から飛び降りた。

 

(━━ッ!!)

 

だが人間二人分の体重を支えられるほど、俺の足にはもう力がなかった。着地した瞬間、二人分の体重を支えきれず後ろに倒れてしまう。理子を横に寝かせたあとすぐさま両手で左足を強く抑える。血が足を流れるたびにズキズキと痛む。歯を食いしばり目を強くつぶり、はっはっと小刻みに呼吸をすることで痛みを和らげようとするが上手くいかない。左足はまるで自分の足じゃないように言うことを聞かなくなっていた。

 

 

 

 

五分ほど格闘し、ようやく落ち着いてきた。足を延ばして楽な姿勢で座る。足の状態を確認すると足の皿の部分が青黒く染まり、少しだけ位置がずれている。重症であることを確認し、これ以上見ないためにスーツのズボンを切り取って、応急のテーピングを施す。

 

 

「……ん」

 

「おお、起きたか。おはよ」

 

「おはよう…?…ここって」

 

テーピングが終わった時、理子が目を覚ました。周りの木々を見て昨日の状況を確認している。まだ寝ぼけているよでぼーっとしていた。どうやら朝は弱いらしい。

 

「…ああ、そっかぁ。生きてたんだね、理子達」

 

「ま、なんとかな。ほら、上着」

 

「…あ。…ありがと」

 

理子に着ていた上着を投げる。パラシュートに制服を使った理子は今も下着姿だった。それに気づいた理子も顔を紅くしながら、その上着を羽織る。

 

 

「で、ここどこだろうな?森のなかってこと以外何もわかんねえよ」

 

理子が変な飛行機操作してたし、降りた場所もおそらく考えてなかったはずだ。だったらー

 

「飛行機で飛んだ距離と降りた場所からして長野の高妻山が妥当だろうね。それも結構高い場所にいるみたい。まだ雪が残ってるし」

 

確かに少し先に雪が葉の上に積もっている部分が見えた。

 

どうやら降りた場所もきちんと確認していたようだ。思わずすげぇと声を出してしまう。

 

「…お前そんなこともわかるわけ?」

 

「まあね。理子結構頭いいんだよ?」

 

「自分で言うなよ…。で?下山までどれくらいかかるんだ?」

 

「標高2000mくらいだから今日一日かければ近くの村に着くと思うよ。がんばろ、しゅーちゃん♡」

 

理子はこっちにウインクしながら顎もとで小さくピースした。…あざとい。これを学校でもほかの男子にしているんだろう。なぜ?男子にもてたいから。どうして?それはたぶん男子と女子の性的なものを望んで…

 

「お前ってホントにビッチなの?」

 

「どうしてそういう返答が返ってくるのか本気でわかんないんだけど・・理子これでも純情だからな」

 

「じゅん、じょう??」

 

「お前いつか本気で爆弾の炭にしてやる」

 

理子の顔が本気の顔をしていたので慌てて謝る。流石に今のはふざけすぎたと反省。

 

「よし、もう行こうぜ。日が暮れたら危ないだろ」

 

「うん。少なくとも電波が届くところまで行ければヘリを呼べるよっ━━━いたっ」

 

理子が立ち上がろうとしたあとすぐに足を押さえた。そのまましばらく足首を揉んでいる。

 

「もしかして、足くじいてんのか?」

 

「そうみたい。いや、大丈夫だよこれくらい。歩けないわけじゃない」

 

言葉ではそう言いいながら立ち上がり方が不自然だ。

 

「おい、大丈夫かよ?」

 

「だ、だいじょーぶ。理子、こういうの慣れてるから」

 

未だふらつきながらも立ち上がろうとする理子はやはり無理をしているように見える。俺はため息をつき、

 

思いっきり理子にデコピンを食らわした。

 

「いった!?な、なに〜!?」

 

「なんで俺に見栄はってんだよ。痛いなら痛いって言えバカ」

 

「べ、別に見栄なんてはってなんか…」

 

顔を逸らしながらそう言う理子。説得力が全くない。こいつは弱いところを人に見せたくないタイプだったんだと初めて知った。

 

俺は未だにごにょごにょ言っている理子の前で後ろを向いて膝を曲げた。…っ。

 

「ほら、乗れって」

 

「え?」

 

俺のしたいことの意味をいまいち理解できていない理子が首を傾げる。普通足痛いやつの前でかがんだら一つしかないと思うんだが。

 

「…あ。…で、でも、修一の方が…」

 

と思っていると理子も気づいてくれたらしい。ただ俺のことを気にして乗るのを躊躇しているようだ。

 

「うるせーな。ゴタゴタ言ってる暇あったらさっさと乗りやがれ」

 

「なにそれ、傲慢」

 

理子はしばらくそのまま動かなかったが、

 

しばらくしてぎゅっと俺の首にしがみついてきた。

 

俺はそれを確認してゆっくりと立ち上がる。

 

「…あ、ありがと」

 

耳元から小さく聞こえた感謝の言葉。こいつ、ちゃんと言えるんだなと感心しつつ。こちらも素直な気持ちを行ってやることにした。

 

「やわらけ」

 

「……変態」

 

背中の感触と腕の感触を確かめつつ、ちょっと鼻の下を伸ばす。

 

ちょっと顔を紅くした理子がかわいいと思ってしまったのは気のせいじゃない。

 

こうして理子をおんぶしたままの下山がスタートした。

 

 

一つの危険を持ちながら…

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

Riko side

 

下山し始めて15分ほどが経った。修一は私を背負いながらゆっくりと山道を下っていく。ただ下は昨日の大雨のせいでぬかるんでいるようで、上手く進むことができないようだ。これは今日一日で下山するのは厳しいかもしれない。…それに人一人背負っての下山は並大抵のことじゃない。かなり厳しいだろう。足が回復次第私も歩くことにしよう。

 

それに…

 

「しゅ、修一…」

 

「…どった?」

 

「あの、その…あの、さ」

 

 

それともう一つ、女の子として、あることを思われたくない部分が一つある。

 

「そ、その…お、おも…」

 

「なんだよ。ハッキリ言え」

 

「………理子…お、重くない?」

 

背負われるということはつまり、私の全体重を修一に預けてることになる。

正直修一にはなんて思われようと気にしないが、女子として、どんな男子にも重いとだけは思われたくないのだ。まあでも大抵の男はそこをきちんと理解して「全然、むしろ軽いくらいだよ!」なんて元気よく答えてくれる━━

 

「無茶苦茶重い」

 

「そこは!理子も、女の子なんだから!嘘でも、軽いって言え!」

 

「おわ!あ、暴れるな!!」

 

そうだった。こいつに男子の常識は通用しないんだった。と私は後悔した。こいつは本当に女心というものを理解していない。クズ男だ。…そういえばそのこと私知ってた。

 

「め、面倒くさい奴だな」

 

「女の子はみんなそーなの!も、もういい!降ろして!!」

 

本当にめんどくさそうにこちらを見る修一。私はやけになって背中から飛び降りようとした。

 

 

「ばっか、んな事どーでもいいんだよ。理子が重かろーが軽かろーが怪我してるんなら背負うって。いいから黙って背負われてなさいよ、これ強制」

 

そういって理子を担ぎ直す修一。それによってまた私の両手がまた修一の首に巻かれる。

 

━━トクン

 

(なぁにちょっとカッコイイこと言ってんのさ…最後は余計だけど)

 

…こいつ、こんなこと言うやつだっけ…。

 

自分の頬が紅くなっていることに気づき慌てて隠そうとしてしまった。…ん?別に修一からは私の顔見えてないから隠す必要ないか。しかししばらく元の位置に顔を戻すことができなかった。

 

…くやしい。こんなやつにドキッとするなんて

 

「…じゃ、頼んだ」

 

「たーのまーれた」

 

ーーーーーーーーーー

 

お互いが無言になった中、私はもう一つあることが気になって仕方なかった。もちろんさっきのも気になっていたが、それ以上に聞きたいことがある。最初に言うのは流石に心の準備が出来ていなかったが。

 

「ねえ、修一」

 

「あ?今度はなんだ?」

 

「怒ってないの?武偵殺しの影武者にしようとしたこと」

 

修一の私への接し方がいつも通りなことに驚いていた。修一を裏切って武偵殺しにしようとしたのだ。縁を切られてもおかしくない。殴られたっておかしくないのに……なのに、どうして

 

「ああ?別に怒ってない訳じゃねーよ。誰が裏切ったやつにキレないでいられるかよ」

 

修一がガルルル…と唸る。

 

「…じゃあ」

 

じゃあどうして私を助けてくれるの?どうして足の心配をしてくれるの?と聞こうとするより早く修一は話し始めた。

 

「って思ってたんだけどな。でも、お前、結局助けてくれたじゃん。ほら、アリアと鉢合わせしたときだよ。あん時わざわざ放送したろ」

 

「…うん」

 

思わす手が勝手に動いたのだ。別に修一のためじゃない。

 

「変声機使わずに言ってたし、予定になかったんだろ。助けてくれたんじゃないのか」

 

「…さぁ、ね」

 

変声機は、手元になかったから使わなかっただけだ。…別に、修一のため、じゃない

 

「まだあるぜ。俺がアリアに逃げ切ったってことは、俺を武偵殺しにしたかったらあの二人の前で姿を表すのはダメだろ。でも、見せた。つーことは、お前は俺を助ける気マンマンってこった。んじゃ、俺が怒る理由ねーよ」

 

「…ふん、自意識過剰だよ。理子、そんなに優しくないし」

 

…修一のためじゃない。

 

そう何度も心の中で繰り返す。そう、あれは違う。そんなの本当の理子じゃない。私は冷徹で卑劣で人の命すら利用して私益にする武偵殺し━━

 

「お前さ、見栄張りすぎじゃね?それかお前こそが自意識過剰」

 

「え?」

 

修一の言葉をうまく理解できずつい聞き返してしまった。私が、見栄を、張ってる?

 

「お前との付き合いは短い方だけど、結構わかってるんだぞ。峰 理子さんはギャルで、フリフリのよくわからん服ばっか着てて、ワガママで、頑固で、性格悪くて、二重人格で、一緒にいると疲れる時もある。…そのくせ、やけに他人思いで、自分が怪我負わせたやつのとこには毎日見舞いに来て、バカみたいにずっと看病してるようなやつで、一緒にいて話すと面白くって、裏切ろうとしても結局最後は他人の心配しちまう優しいやつだ。他の人がどう思ってるかはしらねぇが、俺は素のお前のことをそう思ってる。難しく考えんなよ」

 

「…最初の方、本人に言う、セリフ、じゃ、ない」

 

私がそう言うと、それもそうかと笑った。私が無理やり出した言葉だという事もバレバレらしい。

 

「でも、それが峰理子だ。だからお前は、

 

そのままの峰 理子で、いいんじゃねーの?」

 

こいつは、岡崎修一は、私の大切にしている部分にずかずか入ってくるんだろう。まだ会って一ヶ月も経ってないのに、知ってるってなに?まだまだ教えてないことの方が多いはず。

 

なんて、頭の中で否定してみる。…それなのに、

 

 

どうしてこうも、こいつの言葉はすっと体に浸透するのだろう。

 

 

特別なことはなにも言ってないはずなのに、修一が言ったことが全てなように聞こえてしまう。

 

こいつが分かってくれるなら、修一が私をただの峰理子として見てくれているのなら、本当の味方になってくれるのなら

 

それでいいかなって、思ってしまった。

 

 

もう顔が紅くなっていることも無視して修一の顔を見ようとした。

こいつ今、どんな顔でそんなこと言ってるん━━

 

「それにお前スタイル良いしな!美人は性格悪くても生きていけるぞ!お前みたいに!ぐへへへ」

 

鼻の下伸ばしながらヘラヘラと笑っていた。

…こういう余計なことを言わなければもっといいのにな。

 

「しゅーちゃんってなんて言うか、空気読めないよね。KY」

 

「え、まじ?俺今空気読めてなかったの??…全然気づかなかった」

 

こいつにドキドキしたのが少しだけくやしくなった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

Riko side 2

 

 

二時間が経ったが、やはりまだまだ先は長い。あれからただひたすらに山を下っていたが一向に景色が変わることはなかった。その後何度か私が降りて歩くと言って、降りてみたものの結構ひどく捻挫してしまったようでうまく歩けない。結局今も修一の背で甘える形になっていた。

 

だが、

 

「ちょ…修一、大丈夫!?」

 

「あ?だ、大丈夫だって…はぁ、心配、すんなよ……」

 

「で、でも…」

 

修一の顔が酷いくらいに青ざめている。流石の私も本気で心配していた。2時間ぶっ続けじゃないにしても人一人を抱えて2時間下山したのだ。それだけでもグロッキーなはずなのに、それに加えてこいつの足は片足折れている。そんなの地獄と呼んでもいいほどの痛みだろう。明らかに私より修一の方が重症だ。本当にそろそろあたしも降りて歩かないとマズイ

 

「な、なぁ、理子」

 

「あ、なに?」

 

と、思って声をかけようとした時、修一が前を見ながら話しかけてきた。やはり修一も限界がきたのだろう。「もー限界だ!降りろ!」だろうか「お前やっぱ重い。帰ったらダイエットするぞ!」だろうか。…うん。最後のやつ言ったら殴ってしまうかも━━━━

 

 

 

「寒くないか?」

 

「え!?あ、うん大丈夫」

 

私は思わず驚いて2度頷いてしまった。あ、そうか。「大丈夫なら歩けよ!こっちはお前に上着まで貸してて寒いんだぞ!」って返してくるの━━

 

「…喉、乾いてないか?」

 

「え…うん」

 

修一は、私の考えと裏腹に、そんなことを言ってきた。…い、いや。私だって修一のことは理解してるつもりだ。こいつは自分のこと第一優先の男だし、きっと「俺は乾いてるんだから次の水飲めるとこまでお前が俺を乗せて歩けよ」とか━━

 

「…足、痛くないか?」

 

「………うん、大丈夫」

 

…やめよう。これ以上修一をバカにするのは本当に失礼だ。私の中の修一が変だった。

 

修一は、本当に私のことを気遣ってくれている。

 

そうだった。そもそも自分第一優先なら無理矢理な依頼をあんな全力でやってなんてくれない。修一はなんだかんだ言いながらも、しっかりとした奴だ。だから私も面白いって。・・酷いのは私の方だ。本当に理子、性格悪い。

 

「…腹、減ってないか?」

 

「うん」

 

「…ほかに…っ、痛いところ、ないか?」

 

「…ないよ」

 

「……頭痛くない、か?」

 

「大丈夫、だよ」

 

「…そっか、よかった」

 

「…うん」

 

聞かれるたびに、私の中で、何か暖かいものが弾けていく。

 

膨らんだふわふわの生地が一気に破裂したように、体がポカポカしだす。

 

そっか。これが、

 

心配されるって、ことなんだな。

 

私は本気で心配されたことがなかった。

幼少期はブラドという貴族の元で監禁されて生活してきた。

ろくにごはんも貰えず、服もボロボロの布一枚だけ。

そんなことする相手が私を心配することなんて一度もなかった。学校でもそうだ。女子は皆、男子と仲のいい私に対して、あまり気兼ねなく接してくれるわけでも無かった。

もちろん中にはそんなこと関係なしに友だちになってくれた人もいるが、それでも心配してくれるようなことはなかった。

男子でもそうだ。私が怪我したりして駆け寄ってくる男子の顔を見ればすぐに欲丸出しなのが分かってしまう。

そんな心配は、私の望む心配じゃない。もっと、そう、ドラマとかほのぼのアニメとかでよくある

 

『家族』のような、心配。

 

それが、私のしてほしい心配で

 

それをいま、このセコ男が、自分のことを顧みずにしてくれている。

 

 

それがとても、とてつもなく、嬉しかったんだ。

 

━━トクン…トクン

 

初めて、私だけに対して言ってくれた言葉の数々が、心に突き刺さる。

 

気がつくと、私の目から涙が溢れていた。気がつくと次から次へと流れてくる。

 

私は、思わず汗まみれの肩にしがみついた。

 

「どう、した?…やっぱ寒い?」

 

「…ん、ちょっとね」

 

息も絶え絶えなくせに、人の心配なんてしてる場合じゃないのに、どうして、どうして人の心配ができるんだろう。

 

私がそう返すと、修一はポケットからなにか四角いものを取り出し、渡してきた。これは?

 

「…平賀作の『あったか毛布 コンパクト』だ。ボタンを押して広げたら体を包め、それで、あったかく、なるぞ」

━━トクン…トクン…トクン

 

修一に言われた通りにボタンを押す。すると手のひらサイズだった正方形のものが一瞬で広がり、小さい毛布になった。

 

それを体にかけてみると、すぐに暖かくなった。外とはまるで違う。1分も経たず体がポカポカしはじめた。

 

 

いや、ちがう、元々、ポカポカはしてたんだった。修一の言葉には、理子を暖かくする効果があるようだ。

 

 

 

━━トクン…トクン…トクン…トクン

 

修一の汗ばんだ背中にくっついて目をつむる。

先ほどから胸の鼓動が激しい。

おかしなくらいに聞こえてくる。今まで感じたことのない、初めての感覚。

 

でも、知ってる。

 

この気持ち。この感情。 そしてわかった。今の私のこのポカポカの正体。

 

アニメとかだと絶景を見ながら隣にいる男子にこう思ったりしてたんだけど、現実っていうのはそうロマンチックにはならないんだなと初めて知った。

昔はロマンチックじゃないと、こんなこと思うわけないよねなんて思ってた。

というより私がそんな風に思う男子がいるなんてことすら思ってなかったんだ。

 

 

でも、

 

それでも。

 

いまそれが、目の前にいる。目の前で、私のことを心配して、あたしだけを見てくれている人がいる。

それだけで絶景とか、そんなのいらないって思えてしまう。

 

 

 

そう、私は

 

 

峰 理子 は

 

 

岡崎修一のことが、

 

 

 

 

 

「………好き」

 

 

 

 

そう

 

 

 

好きになって、しまったんだ。

 

 

 

 

 

 

そう自分で理解したとき、

 

途端に恥ずかしくなるなと感じると同時に思わずニヤニヤと笑ってしまった。

 

もちろんセコイ男は嫌だってのはまだ思ってる。デートだって割り勘だろうし、プレゼントなんて絶対くれないだろう。

 

でも、それで全然いい。

 

むしろ、奢るよなんて言われたら修一じゃないみたいで嫌かもとすら思ってしまった。

 

いま顔を埋めている背中も、下山のせいで汗まみれで正直匂う。

匂う、けど、嗅いでいたくなるような…だ、ダメだ理子、それはもう変態に近いよ!?

 

好きになると、ここまで考え方が変わるのか。と初めての感覚に新鮮な気持ちになる。

 

「ね、ねぇしゅーちゃん?」

 

「…どした?」

 

「………んーん、呼んでみただけ」

 

「あざといな、お前それ俺じゃなかったら勘違いするから他の男子にはしないこと、お母さん命令」

 

「くふ。はーいママ」

 

どうしてだろう。ただの会話なのに凄く楽しい。これが恋の力というものか。本当にすごい。

 

「…なんか、楽しそうだな?」

 

チラッとこっちを見て修一が言う。まさか、ここで好きになったからだよなんてことは死んでも言えない。

 

私としては、告白は男子からが原則だ。LINE、電話での告白もタブー。それをしてきた男子は返信もせずにすぐに切った。男としてそこは面と向かって言って欲しい。

 

「くふふ。理子いま一番楽しいかも」

 

「…そうかい、そりゃ、よかったな。でも、疲れてるんじゃないか?寝ててもいいんだぞ?…というか寝て欲しいんだけど」

 

「えー?しゅーちゃんもっとお話ししよーよ」

 

「はぁ、お前アリアとキンジのために徹夜して準備してたんだろ?今のうちに睡眠とっとけよ、帰ったらすぐに次の作戦考えるんだろう??」

 

「あ、それ自分から言うんだー!じゃーもうしゅーちゃんお手伝い決定ね!ラッキー!」

 

「やだ。もうやだ。お前の依頼は金輪際受けないって決めたんだよ。もう絶対に絶対にやらない」

 

…好きにはなったけど、こういうとこ、めんどくさいな。まあ、それも簡単に許せるくらい好きだからいいけど。

 

「実はね、次の作戦はもっと大事にしようと思ってるから!しゅーちゃんに払う報酬も倍倍も倍!たぶん200万は超え━━」

 

「やりましょう。体が回復次第ね」

 

「うんうん。チョロリンあざーす!」

 

「…へーへ。そん代わり今は寝ろ。ついたら起こしてやる」

 

「えー!?理子眠たくない!もっとしゅーちゃんとお話ししたいの!」

 

「………ったく。しょーがねーな、ほれ、()やる」

 

「わー!理子ちょうど甘いもの食べたかったの!ありがとしゅーちゃん!」

 

私は修一が渡してきた飴を口に運ぶ。口の中に広がるいちごの味がいまはとても美味しい。好きな人からもらったものってこんなに美味しいんだ…!くふ、いいこと知っちゃった。

 

「…美味いか?」

 

「ん、美味しい!名前なに?」

 

「あー…その、俺もよくわからん。()()()()()()()()()()()だからな」

 

「へ〜今度聞いてみよ。イチゴ味だけどなんか他のと違うような気がす……?………あ、れ…?」

 

「……どうした?」

 

味を確かめながらコロコロ転がしていた私だったが…徐々に頭が重く感じ始めてきた。コロンと落ちそうになるように自分の意思と関係なく下がり始める頭を無意識に元に戻そうとしてしまう。

 

「…あ、れ…?急に、眠気が…」

 

「………。」

 

私は眠気に対抗するも虚しく、しゅーちゃんの背に頭を預け…

 

 

夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

『…寝たか?…はは、流石夾竹桃作の飴玉だな…よく、効いてやがる…。

 

 

 

………ッッ!?!?ああ、もう無理だ……い痛ええ…痛い痛い痛い痛い…ッーー!!!』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side3

 

『…ううッ…は、は、っ、うう、…っ!!』

 

「…ん」

 

ゆらゆらとまるでゆりかごの中で揺らされているような振動の中、私は目を覚ました。

 

夕暮れのオレンジの光が、木々の隙間から差し込んでくる。

 

そっか…私、寝ちゃったんだ。

 

 

まだ頭がくらくらしている中でそこまで理解した。この背中が心地いいのも悪いと思うのだが…。

 

とりあえず、しゅーちゃんに挨拶しよう。

 

そう思い顔を修一の背中から外し、顔を上げる。

 

修一は私が起きたことも気付かずゆっくりと歩いていた。

 

「…ぐ、はぁ、っ、う、ううう、はぁ、はぁ」

 

「…しゅーちゃん…?」

 

 

そしてようやく、この最悪な現状を理解した。

 

 

修一のその痛々しい声を聞いて、ようやく頭が回り始める。

 

 

オレンジの光…夕暮れ…?

 

ということは私が眠ってから少なくとも五時間は経っているということになり、その間私は眠り続けただ修一の荷物になっていたということ。…つまり、

 

その間ずっとその折れた足で歩きながら私を背負って下山したということだ。

 

あまりの事実に胸が思い切り握りつぶされたような感覚が襲った。自分の馬鹿さ加減に自分自身が許せない…!

修一は目を虚ろにし、額の汗も拭かないまま、ズルズルと片足を引きずって歩いていた。ただ一点を見つめ、何も考えずに歩いているようだ。前すら向いていない。

 

「ちょ、修一!!大丈夫!?ねぇ、修一!!」

 

慌てて修一に声をかけ、肩を叩く。しかし修一はそれに気付かず前に進み続ける。周りを見ると、近くの看板に『高妻山入り口』と書かれてあった。

 

ということは、本当に修一は私が寝てからずっと、ひたすら歩き続けたことになる。折れた足で、私を抱えて。

 

サァッーと血の気が引いていく。

 

そうだ。今思い返せば修一は私もよりも重症でありながらも私にそのことを一言も言わずただ背負ってくれていたんだ。

 

おそらく、いや確実に理子を眠らせたのはこの姿を見せないためだ。

 

「修一!ねぇ、修一ってば!!聞いてよ!!お願い、修一!!」

 

強く呼びかけながら、前の私に酷く後悔していた。修一が一生懸命足を動かしているのに私はー

 

『………しゅ、修一、理子…お、重くない?』

 

そんなことを気にする暇があったら修一のために無理にでも歩くべきだった!

 

『怒ってないの?武偵殺しの影武者にしようとしたこと』

 

山を下りてからでも聞けたんだ!なにをしてるんだ理子!

 

 

修一の足はもう限界をとうに超えているんだ。意識が朦朧とするほどに、痛みもあるはずなのに

 

それなのに、修一は━━

 

 

『ばっか、んな事どーでもいいんだよ。理子が重かろーが軽かろーが怪我してるんなら背負うって。いいから黙って背負われてなさいよ、これ強制』『そのままの峰 理子で、いいんじゃねーの?』『寒くないか』『足、痛くないか?』『喉、乾かないか?』『そっか、よかった』

 

 

 

私の、心配してばっかり!どうして気づかなかったんだこのバカ!

 

「…あ?…ああ、理子、おはよう。足は痛くないか?」

 

修一の肩を叩き続けてようやくこちらを振り向く。しかし、目線が合っていない。それなのに人の心配をする辺り、本当に修一は凄いと思うが

 

「そんなこといいから、下ろして早く!それと足見せろ!」

 

「んあ?…ああわかった」

 

ぼーっと立つ修一から下りて近くの木に寄っかかって座らせ足を確認する

 

「━━ッ!?」

 

修一の足を見て驚く。皿の部分に巻いてある生地が赤黒く染まり、そこから下に肌が赤く染まっている。座っているにもかかわらず足が小刻みに震えているのは痛みを必死に堪えた結果か。とにかくこのままだとマズイ。最悪足が腐って切り取らないとダメかもしれなくなる!

 

「ど、どうしましたか!?」

 

そこに、年老いた老人が慌てて駆け寄ってきた。どうやらこの山の管理をしている人だろう。ちょうどよかった!

 

「早く救急車を呼んでください!あと湿ったタオルを多めに!急いで!!」

 

「は、はい!」

 

修一は目を開けることもできず、ただ苦しそうに息を吐いていた。何度も何度も後悔しながら、老人の持ってきたタオルで応急手当をする。

 

 

夕暮れの山にサイレンが鳴り響くのは、それから約30分後の話だった。




ようやくここまで書けました!理子をデレさせたいそれ一心で始めたこの小説。理子自身にいきなり好きだよと言われてから始まってはあまり心情を深く書けないと思い、ゆっくりと章を重ね、ようやく好きだと気づかせることができました。長かった汗

楽しく書かせてもらいました!



では次もよろしくお願いします!


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16 一番いい終わらせ方

「15話のあらすじ」
理子が、好きになってしまいました


「・・はぁ」

 

「しゅーちゃん、どうして落ち込んでるの?」

 

「明日からアドシアードの準備期間だろ。俺、アドシアードにいい思い出ないの」

 

「ああ、そっかしゅーちゃん彼女いないもんね。年齢=彼女いない歴の残念な人だもんね」

 

「お前さ、ほんと性格悪ー」

 

「はい、しゅーちゃん、ポテチ」

 

「うむ・・うまい。おかわり」

 

「ほい」

 

口に突っ込まれたポテチをまるでヤギのように食べる。うーむ、今日はコンソメか。できれば九州しょうゆがよかったな。などと思いつつも結局は美味しいのでもう一つ食べる

 

 

そろそろ状況を説明していこうか。

 

 

あの下山から約一週間が過ぎている。俺が目を覚ましたのはあれから二日後の午後だった。目を覚ました時に理子が飛びついて来たからよく覚えている。

 

俺の足のことだが、理子の応急手当のおかげで半月ほどで回復するらしい。聞くところによるとどこかの巫女さんの治療もあったらしい。今度名前聞いてお礼を言いに行こう。

 

もちろん半月は外出禁止を受けた。まあ実際ジンジンと痛むし、夜に痛くて眠れない時もあるから抜け出す気もないが。

 

いつも治療してくれるお医者さんが「君はどうしたらそんなに怪我を悪化させて戻ってくるのかね」と困った顔をしていたのをまだ覚えている。どうやら俺はここの問題児として認定されてしまったようだ。

 

だがそのおかげで俺の真面目な学園生活は終わったのだった。自分の不幸さに気分を落としたものだ。留年は避けられないだろうし、武偵としての将来性がないから勉学を頑張っていたのにこれではもうダメだろう…。

 

 

それもこれも

 

「あむ。あーやっぱりポテチはコンソメだよねー♡」

 

この金髪ギャルビッチが余計な依頼を次から次へと持ってくるからだ。こいつと出会ってから生傷しか増えない。

 

当の本人は、ほぼ毎日ここを訪れては目の前で菓子をバリボリ食い部屋を汚くして帰って行きやがる。その間に色んな話をしてくれるからこちらとしては来てくれることは嬉しいのだが。・・本当に暇なのか?

 

「ポロポロこぼすなよ、俺が怒られるんだからな。というかポテチは九州しょうゆが一番なんだよ金髪ギャル。そろそろ持ってきやがれ」

 

そう言いながら顔を理子に近づけた。

 

「とか言いながら口開けてるじゃん、ほい」

 

「ん。コンソメがマズイとは言ってないだろ」

 

個人的な感想だが、入院中の飯はどうも美味しくない。今日の朝飯も魚とおかゆのようなご飯、味噌汁、ヤクルトだった。全部食べたが満腹にはならなかった。ちなみにヤクルトは理子が毎回グビッと飲み干し腰に手を当て「ぷはぁー」なんて言ってやがる。おっさんか。

 

「というかさ、しゅーちゃん九州しょうゆってなに?そんな名前のポテチあるの?」

 

「あ?お前知らないの・・ってああそうか。あれ九州限定なんだ。ああ〜だから『九州』しょうゆ味なのね。なるへそ」

 

「ちょっと、自分だけ理解し出さないでさ、理子にも教えて?」

 

理子に九州しょうゆの良さを1から説明してやった。もともとは長崎出身だから九州しょうゆがコンビニにあったりするのが当たり前だったからこその盲点だった。その話間理子は楽しそうに頷いたり、「へー」だの「すごいすごい」だの相槌を打ってくれる。それは全く問題ないのだが。

 

やっぱなんか違う・・よな?

 

あの下山後からなにか違和感があるのだ。

なんというか理子が理子じゃないような?いや、逆にこれが本当の素の理子なのか?どこが変わったと聞かれて答えることは出来ないのだが、それでもなにか違う気がする。雰囲気というか、表情というか。そう、表情が少し柔らかくなったようにも感じた。

いつもは世間に振る舞うような、アルバイトでやる営業スマイルのような雰囲気の笑い方だったのに、今ではそんなことはない。本当に楽しそうに聞いてやがる。・・一体どーしたんだろう。何かあったのか?

 

いい方向に変わったから気にすることではないのか?

 

「あ、ほいしゅーちゃん、最後のポテチ」

 

「さんきゅ」

 

理子が袋から小さいポテチを取り出すと俺の口に持ってこようーーとして

 

・・・サッ

 

「おい、なに小学生みたいなイタズラしてんだよ」

 

理子は俺が口を閉じる前に手を自分の元へ戻した。もちろんポテチは俺の口には入っていない。まだ理子の手の中だ。こいつ・・

 

そう思って理子の顔を見ると、イタズラ成功のようなニヤニヤした顔━━

 

 

ではなく、その小さなポテチと俺の顔をチラチラと何度も交互に見ている。そして、おお!と閃いた顔をした。

 

・・?

 

「どうした?そんなに食いたいなら食って良いぞ」

 

「くふ。ねー、しゅーちゃん?最後の一つだし、ちょーっと理子がドキドキでワクワクな食べさせ方してあげる〜!くふふ、なんだかんだしゅーちゃんはやることやってくれたし、そのお礼ってことでさ、ほい」

 

そう言いながらなぜかその小さなポテチを自分の口に咥えた理子。ん、お、おいまさか

 

 

グイ

 

「お、お前マジか!?」

 

「・・・んーしゅーちゃん早くぅ〜」

 

なぜか、理子は小さいのにそれを一口で食べず、ちょっとだけ歯で咥えたままこちらに顔を近づけてきた。・・やっぱこれ、あれか

 

ポッキーゲーム、的な?お礼でぽ、ポッキーゲーム・・お互いが両端から食べていくやつ

 

な、なにぃ!?

 

俺は驚いて何度も状況を確かめる。

 

そう、確かめた、全力で

 

《ここはとある病院の一室

いるのは俺と理子の二人だけ

ここ一週間誰も理子以外、あまり人の出入りはない、よって人に見られる心配は皆無

目の前には口にポテチを咥えてこちらに顔を近づけた理子

これを食べようとすれば、理子との距離がおそらく5cmほどになるだろう

理子の容姿は美女と呼べるほど可愛い。断る理由なんてない。

理子はイタズラ好きだからもしかしたらからかっている可能性もある

だが、逆に本気の可能性だって否定できない

あざとさ100% やはりからかってるんじゃないだろうか

それともギャルの世界ならこんなこと日常茶飯事なのか

もし仮に実行して、唇が触れたりしたらもうこいつと仲良くできなくなるかもしれない

だが、逆にこれで理子と付き合えるなんてことになればハッピー通り越して死んでも良い。こんな美人と付き合えるとか嬉しすぎる

しかし、それはない。はなっから期待していない。そんなことは、そんなことわああああ

 

 

だ、ダメだった。倉庫での一戦も、高千穂との対決でも解決策を見つけれた俺の記憶が、今は全く機能を果たしていなかった。頭の中がパニックになる。

 

しかし、答えは一つだ。確認する必要なんて実はない。内心では確定していた。

 

 

よし、やろう。後のことは、しらん!

 

俺は意を決して理子の顔に近づく。ギシッとベットが音を立てた。目の前には目をつむった理子。少し理子の顔も紅くなっている気がする。や、やべぇ、本気でクラクラしてきた。なんでこういう時だけ理子のいい匂いを意識しちゃうの俺氏。

走ってもいないのに心拍数が速い。もう少ししたら息切れしそうだ。

 

「・・・」

 

「・・・・ん」

 

少しずつ距離を近づける。そしてその小さなポテチを咥えようと口を開け━━━━

 

「あ、あむ」

 

ようとしたとき、理子はそのポテチを全部食べてしまった。お互い近距離で見つめ合う。

 

「・・うおい」

 

「あっはは!しゅーちゃん!だーまさーれたー!!くふ、ドキドキした!?ねえ、ドキドキした!?」

 

理子は笑いながら席を立ちくるくると回り始める。このやろう、やっぱからかってたな。くそう、惜しかった。

 

「うむ。初キスが理子になるのかって期待した」

 

「くふ。しゅーちゃん理子と初キスしたいのー!?ダメだよ〜理子セコイ人は無理だってば〜!」

 

「知ってたけど男だからしょうがないんだよ」

 

「なんでそこでドヤ顔するのか理子よくわかんない」

 

「男ってのはそういうもんだ。女の誘いは基本断れないんだよ」

 

「くふ、そっかそっかぁ!じゃあ続きは本当の彼女さんが出来たらしてもらおう!ま、出来るわけないけど〜!」

 

「ばっか。お前俺のこと甘く見過ぎよ?俺が本気を出せば女の一人や二人簡単に━━いたたた!?」

 

俺の演説を聞かず、理子は俺の頬を思いっきり引っ張ってきた。な、なんで!?

 

「おい修一。もしかしてお前、彼女っぽいくらいまでに仲の良いやつがいるの?えぇ?ん?」

 

や、ヤバイ。理子さんなんで怒ってるの?顔は笑っているがその奥の目が全く笑っていない。なんだ、俺はどこで地雷を踏んだ??

 

俺は意味がわからず戸惑いながらも首を横に振った。

 

「だ、だから前にも言ったろ。俺はEランクとして馬鹿にされてばっかで仲良くしてくれる女どころか男友達すらいなかったって。それくらい仲良いのはお前くらいだっつの」

 

「・・ふーん、そっか。じゃーいいや。しゅーちゃん、理子、お菓子なくなったし帰るね。また来るから〜」

 

「え、あ、おう。・・行っちまった。ふう、本気でドキドキした」

 

まあ、最初からあんな美人に本気で期待する方がおかしいのかもしれない。

 

俺は火照った顔を冷やすためにペットボトルを額に乗せた。

 

その夜、あの目を閉じた理子の顔が目を瞑るたびに出てきて、あまり寝ることができなかった。━━今度来たら本気でキレてやる。最悪本気でポッキーゲームだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

(・・・にゅ、にゅやああああああああ!?!)

 

私は病室を出て思いっきり頭を抱えた。思わずどこかの黄色い先生のように叫んでしまう。近くの壁に寄って、周りも気にせずブンブンと頭を振る。私の顔は自分でもわかるくらいにニヤついている。デレデレとしてしまっている自分が、自分でないようだ。

 

心の中では素直になっていた。ポッキーゲームを思い出してしまう。

 

(恥ずかしかった!恥ずかしかった!恥ずかしかった!な、なにあれ!?キンジにも同じことしたのに感覚全然違う!!修一が近づいてきた時は本当に、本当にやばかった!思わず理子から前に行っちゃうとこだったよ危ない!!)

 

キャー!

1人で盛り上がる私。

とっさの思いつきだったが、こんなサブイベントで初キスを終わらせていいのかと思ってポテチを食べたが、今ちょっと後悔している。サブイベントでもいいからキス、してみたかったかも。キ・・キスか、修一と、キス・・・うへへ

 

近くを通る老人や看護師さんがこっちを見て怪訝そうな顔をしている。でもそんなことも気にしてられない。

 

これが恋・・すごい、本当に理子が理子じゃない。男を惚れさせるなんて簡単なことのはずなのに・・簡単だった、はずなのにぃ!

 

 

『ダメだよ〜理子セコイ人は無理だってば〜!』

 

 

(はぁ・・訳分からなくなってまたダメって言っちゃった・・あれじゃ修一から告白なんてしてこなくなるじゃん・・うう、私のバカ)

 

 

ズーン・・と壁に頭を預けて落ち込むあたし。周囲の人が本当にどうしたとこちらを立ち止まって見ていることすら、今の私には関係ないことだった。

 

『俺はEランクとして馬鹿にされてばっかで仲良くしてくれる女どころか男友達すらいなかったって。それくらい仲良いのはお前くらいだっつの』

 

「ふへ、ふへへへへ・・・」

 

思いだしてだらしなく笑ってしまう。自分の頬をプ二プ二と持ち上げいじる。そっかぁ、私って彼女っぽいくらいまでに仲の良いやつなんだぁ、しかも、私だけ・・・『だけ』・・ふへへ・・。

 

そして

 

(また聞けなかったなぁ、修一の好きなもの)

 

また落ち込み座り込む。

実は修一が起きてから五日間、ほとんど行っているにも関わらず、修一の好みを知ることが出来ていないのだ。好きな食べ物とか行きたい場所とか好きな本とかアニメとかゲームとか。

 

「しゅーちゃんなにが好きなの?」の言葉がどうしても出せない。何度か聞こうとしたが、口が思った以上に重かった。

こんなこと、今まで一度もなかったのに。

 

周りがガヤガヤとうるさいがそんなこと気にしてすらいなかった。

「もしかして彼氏にフラれたとかかの?」とか「それかお亡くなりになったとかですかね・・」なんて声も聞こえてくるがどうでもいい。

そんなことより、実は、今日は一つだけ、収穫があった。

 

『ポテチは九州しょうゆが一番なんだよ金髪ギャル。そろそろ持ってきやがれ』

 

修一は九州しょうゆが好き。たったそれだけのことなのに凄く嬉しい。好きな人のことなら何でも知りたくなるというのは漫画だけの世界と思っていたがそんなことなかった。なんならお気に入りのノートに書いてもいいくらいだ。

 

「・・とりあえず、九州しょうゆ、探そっかな」

 

「「!?!?」」

 

そう思い立ち上がる。パソコンのある自分の自室へと向かおうと歩き始める。

 

「お、おじょうさん!彼氏さんのことは残念じゃと思うが、じ、自殺はやめるべきじゃよ!」

 

「・・は?」

 

その後、なぜか私は看護師に連れて行かれ、自殺することのデメリットについて色々と言われてしまった。・・意味がわからない。どうして?

 

解放されたのは、日が暮れたころだった。いや、なぜ?

 

 

 

 

{#醤油は一気飲みすると昏睡状態、最悪死んでしまいます。お気をつけください}

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「・・で、なんで俺はこんなことさせられてんのよ?」

 

「あなたが暇だって私に電話してきたんじゃない。忙しい時に来てあげたんだから感謝してほしいくらいよ」

 

次の日。俺はなぜかペンを持ち紙に描かれた絵のコマの白い部分を黒く塗りつぶす作業をさせられていた。一つ一つ塗るのがかなり面倒くさい。が、目の前の和風美人の鋭い目が俺の手を休ませることはなかった。

 

夾竹桃である。

 

朝から昼まで、理子来るのかなと待っていたが、LINEで今日は来ないと伝えてきた。正直いつも二人でいた場所に一人でいるのはかなり寂しい。先ほどまではゲームで気を紛らわせていたが、やはり寂しさに勝てなかった。どうしたというのだ俺は。1年時には1人でいるのが当たり前だったから全然寂しくなかったのに。

 

あの金髪ギャル。後で文句言ってやる。

 

ということで誰かを呼び出そうと携帯で検索(というほど登録数はないが)。

アリアは戦姉妹の間宮あかりが来そうで誘えない。あいつらとは夾竹桃の事件以降会ってないから出来ればこのまま会わずに武偵高校を卒業したいものだ。

 

キンジは連絡交換はしたものの、まだあまり会話という会話をした覚えがない。入学式にちょっとくらいだし、暇だから来てとは言えるほどではなかった。

 

平賀は大手企業との取引でかなり前から海外に行っているらしい。まああいつが来るとまた金が飛ぶし、仮に武偵高に居ても呼ぶかは悩むだろうが。

 

よって、最終的に俺の中のマドンナ。ザ・俺の好みドストライク美少女夾竹桃をここに召喚することに成功したのだった。

 

夾竹桃はあの事件を起こした後、司法取引により学園での自由な行動が許されるようになったと理子から聞いた。だからこそ、その顔を見ることによる癒しと理子の愚痴を聞いてもらおうと召喚したのに。

 

なぜか俺は同人誌制作のお手伝いをしていたのだった。

 

夾竹桃が「女の子が一度は夢見る世界よ」といって見せてきたが、女と女の恋愛本のようだ。それもちょっと過激なやつだった。お前、やっぱ百合なの?と聞いたが違うらしい。

 

にしてもこいつ、よくこれを俺に見せられるな。気を許してくれてるのかと最初は喜んだものだが、逆に考えると男として見られていないとも取れる。・・後者だな、と確定して言えるのが少し寂しい。

 

ただまあ、なんにせよ、呼んだら来てくれるほどには仲が良くなったということに俺は満足していた。

 

 

「・・・」

 

「・・・・」

 

お互い無言でペンをただ走らせる。話すこともなく、ただ黙々と。しかし、居心地が悪いとも、気を使って話しかけないととも思わなかった。いつもうるさいのが隣にいるからだろうか。こういうのも悪くない。それに

 

「なあ夾竹桃」

 

「なに?」

 

話しかければちゃんと返してくれるしな。それなら全く問題ない。

 

「お前さ、オムライスにかけるならケチャップ?ソース?」

 

「・・ケチャップ」

 

こんなどうでもいい会話にも返してくれる。夾竹桃はいい奴だ。書きながらだが、そこも全く問題ない。

 

「まじかよ。普通ソースだろ」

 

「卵の黄色に黒のソースは見栄え悪いじゃない」

 

「食えれば一緒だろ。それにケチャップはチキンライスに入ってるじゃん、わざわざ上にかけんでも」

 

「・・それもそうね」

 

「な、だろ!?」

 

「でもだからってソースはかけないわ。食べれば一緒ってところには同意しないわよ」

 

「な、なんと!?」

 

これが男女の違いというやつだろうか。見栄えなんて気にしたことないぞ。うまければそれでいいのだ。・・そういやリサもソースかける俺を変な目で見てたな。・・俺がおかしいのか?

 

と思っていると、夾竹桃は書いていたペンを置くと、机の上にあった、俺の飲み干したヤクルトの容器に、自分の持ってきたお茶を注ぎ入れる。

ヤクルトの容器が緑色の液体(緑茶)で染まる。・・うぇ

 

「これ、ただのお茶だけど、飲みたい?」

 

「い、いやあまり・・」

 

「どうして?ヤクルトの容器だけど、飲めば一緒よ?」

 

「・・うう」

 

確かに言う通りただのお茶、なのだが、ヤクルトが緑色になっているような感覚で、ちょっと飲みにくい。

 

夾竹桃はほらね、と続けた。

 

「見栄え、大事でしょ?」

 

「無茶苦茶大事ですね」

 

見事に論破されてしまった。お互いに何の得もない対話なのに、なぜかくやしい。く、くそう。

 

夾竹桃は満足したように頷くと、さらに俺の方に紙を渡してきた。

 

「じゃあ、作業お願いね。まだまだあるから、頑張って」

 

「くうう・・・了解」

 

それからしばらく、またお互い無言で作業をする。しかしこれ、面倒くさいが慣れてくると面白いな。やり方のコツとか、クセとかわかるとだんだんと作業効率も上がってくる。

 

まあ

 

「まだまだね。ここ、はみ出てる」

 

「おま、これくらいいいだろ?細けぇな」

 

「いいから、直しなさい」

 

「へーへー」

 

夾竹桃先生の評価はかなり厳しい。少しのミスも逃さない。妥協を許さないところはとても、共感できる。こいつも、努力してるんだなと感じた。しかも

 

「ここいいじゃない。上手くなったわよ」

 

「お、まじ!?やった」

 

別に俺が素人だから全て否定してくるわけではない。ちゃんとうまくできた部分には気づいてくれる。

 

これ、夾竹桃先生にハマるかもしれない。

 

そうやって同人誌制作の楽しさを理解し始めたとき、夾竹桃がそういえばと話し始めた

 

「あなた、私のタンスから持って行ったアレ、使かったの?」

 

「ああ、いや。まだあるぜ。返そうか?」

 

夾竹桃には飛行機強奪時、あるものを借りていたのだが、GBとの戦いもなかったので結局使わなかったのだ。

 

「いいわ別に。それ、使うなら持ってていいわよ」

 

「お、サンクス」

 

貰えるものはもらっておく主義だ。貧乏タダに弱し。まあタダより高いものはないとも言うがな。だから

 

「で?俺はなにしたらいいんだ」

 

もちろんやることはやる。借りたか後で言われたら面倒だ。

 

「時々同人誌作業手伝ってくれればいいわ。ちゃんと報酬も払うし。どうかしら?」

 

「おお。いいぜ。お前の手伝い楽しいし、理子のより危険ないし、喜んでやるわ」

 

「ああ理子ね・・今回はかなり重症みたいだけど」

 

「そーなの、まじ勘弁してほしーの!聞いてくれる俺の苦労!」

 

「くす、まあ作業しながら聞いてあげる」

 

夾竹桃は楽しそうに笑いながらそう言ってくれた。こいつ奥さんにしたら、一日中愚痴聞いてくれるかもな。・・すげえうやらましいなそいつ。変わってくれ頼むから。

 

 

結局、夾竹桃は夜遅くまで俺の病室で作業していた。

 

「じゃあ、あとベタ塗りだけよろしくね。また二日後に取りにくるわ」

 

「ああ、おやすみ、夾竹桃」

 

「ええ」

 

俺は終わらなかった絵を眺め、思う。・・同人誌制作、辛い。

 

いくら塗っても終わらない同人誌の闇を実感しつつ、俺は作業を再開した。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「ねえーしゅーちゃーん。お話ししよーよ」

 

「俺今超忙しい!」

 

あれから二日経ち、俺は焦っていた。手元には丁寧に塗らないとやり直しの紙が数枚と、手汗でベタベタになった筆だ。

 

お、終わらないんだがベタ塗り。な、なにこれすげー時間かかるんだけど。二日って聞き間違いじゃないのか、あと二日くれ!

 

などと、言っても夾竹桃は聞き耳持たずだ。今日の夜までに終わらせないとなにされるかわかったものじゃない。

 

「ねーねー、しゅーちゃーん」

 

「ちょ、理子本当すまん、本当に今余裕ねー!!」

 

焦りつつ丁寧になど俺の最も不得意とする分野だ。やばい、やばい!

 

「理子がいないからって夾竹桃呼ぶからだよ〜。なんで呼ぶかな〜バカ修一」

 

なぜか棘のある言い方で俺の頬を突いてくる理子。お前がいなくて寂しかった、なんて言えない。恥ずいし。

 

「いいから理子も手伝ってくれよ。夾竹桃に聞いたぞ、お前もこれ時々手伝ってんだろ?」

 

「えーべっつにー理子、夾竹桃に頼まれてないしー。修一のお願い聞いてもなー」

 

ぶすっと頬を膨らませて(あざと可愛い)そういう理子。・・ほんと、何にキレてるんだ?

 

「・・さっきからどうしたの理子。なんか不機嫌じゃね?」

 

「・・・・ふん、修一が悪いんだよ、バカ修一が」

 

なにかモゴモゴ言っていたがよく聞こえなかった。

 

その後ううううと唸っている。

 

「あーもー!わかったよ!それ終わったらお喋りできるんでしょ!?だったら手伝ってあげる!」

 

そう言って残った紙から一枚取って筆を持ち、書き始めてくれた。

 

「おお、助かるぜ理子!俺お前大好きだわ!」

 

「ブフッ!?・・ゴホッ・・ゴホッ!!」

 

水も飲んでないのになぜかむせる理子。どうした?

 

「・・・うん、理子も、好きだよ」

 

「だよな!俺たち運命共同体だせ。間に合わなかったら一緒に夾竹桃に怒られろよ」

 

「くっそ!やっぱ修一最低!!」

 

ノリに乗ったつもりだったのになぜか殴られてしまった。な、なぜ!?

 

理子の助けもあって終わるかもと安心したそのとき

 

「・・っ!修一!そこのロッカー、借りるぞ!!」

 

突然顔を上げた理子が入り口の方を見て、そのまま、服などを入れているロッカーの中に隠れて行った。・・?どしたの?

 

「おい理子、手伝ってくれるんじゃ━━」

 

コンコン

 

「入るわよ、修一」

 

ノックと共に、2人の人物が入ってきた。

 

ああ、なるほど、だから隠れたのね。

 

「怪我の調子はどう?修一」

 

「まあなんとか大丈夫だ。キンジもサンキュな」

 

「ああ。切断寸前だったんだって?危なかったな」

 

アリアとキンジが見舞いに来てくれた。まさかアリアから来てくれるとは思わなかったが、嬉しいな。さりげなく間宮あかりがいないか確認する。よし、いない。

 

「あんたに花持って行こうと思ったけどこっちの方がいいと思って、ここに置いとくわね」

 

「お、よくわかってるじゃんアリア。さんくす」

 

アリアは持ってきた果物を机に置く。花なんて貰ってもよくわからんしな。果物なら栄養摂取が出来るし嬉しい。

 

「思った以上に元気そうでよかったわ。あら、これってマンガ?」

 

「同人誌ってやつだ。知り合いの手伝いしててな。あんま過激だから見ないほうがいいぞ」

 

「ふーん・・・な、ななななっ!?!?」

 

机の上に置いてあったページをジーッと見て、そのあとそのページを持って顔を紅くしながらまたじーっと見ていた。そこは確か女の子同士のキスシーンじゃなかったか?

 

 

ああ、こいつこういうのじっと見るタイプなのね。

 

その様子をニヤニヤ見ていると、キンジが俺をじっと見ていることに気づいた。・・ま、まさかこいつ俺のこと狙って・・!?

 

なんてな

 

「なあアリア」

 

「にゃ、にゃによ!?」

 

いや、過激だからってそこまで動転しなくても・・まあいい。

 

「ちょっとキンジと2人きりにしてくんないか?話したいことがあってよ」

 

「・・それ、あたしがいたらダメなの?」

 

「アリア。俺からも頼む。岡崎と話をさせてくれ」

 

キンジのお願いもあってアリアは部屋を出て行った。さてキンジがなにを言うかは、まあなんとなくわかってるが

 

「で、なんだよ?」

 

「ちょっと聞きたいことがあってな。飛行機強奪事件のことだ」

 

・・やっぱり。

 

「お前と理子はどういう関係なんだ。理子が逃げ出す瞬間、お前に謝るように言うし、お前まであの飛行機に乗ってるし。偶然とは言わないよな」

 

「・・・」

 

まあそうだよな。こいつは俺が理子と協力していると疑ってくることは前々からわかっていたことだし。分かってはいたが・・

 

対策は、ない。お手上げだ。

 

「俺と理子は協力関係だ。武偵殺しの手伝いをしていた。目的は金。金欲しさに犯罪犯した訳だ」

 

「お前、クズだな」

 

「ま、否定はしねーよ。だけど、それを知ってどーするんだ?アリアを病室から出したってことは、まだアリアには言ってないんだろ?今から伝えて俺を尋問でもするか?」

 

キンジがただ黙ってこちらを見ていた。兄を殺したかもしれない理子を追いたいだろうし、まあ妥当だろうな。

 

「いや、この問題は俺と理子の問題だ。・・知ってるのか?理子の居場所」

 

「悪いが、知ってても教えねーよ。理子は大事なダチだ。武偵殺しをしてるのも、絶対になにか理由がある。それを知って俺が判断できるようになるまでは理子だけを悪者にするのは許さない」

 

キンジの性格をあまり理解していないからこそ、理子を渡す訳にはいかなかった。

もし仮にこいつが、目的だけを達成できればいいようなクズだったら。理子のためにも、絶対に吐くわけにはいかない。

 

「・・いまここでお前の足を潰すと言ってもか?」

 

「俺の足程度でお前の気が済むならな」

 

ただ無言でにらみ合う俺とキンジ。キンジは目線を俺の折れた足に向ける。

 

そして、腕を振り上げた。

 

「3秒後に振り下ろす。それまでに言えば、俺はなにもしない。飛行機でお前に会ったことも全て忘れる」

 

「・・・」

 

俺は額の汗をぬぐいながらチラッとロッカーを見た。

 

理子━━絶対に━━

 

ーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

心臓がバクバクする。隠れているのに呼吸を落ち着かせることができない。ロッカーの隙間から様子を見ているのだが2人の行動がおかしい。

修一、なに言ってるの!?それ以上ダメージを受けたらマズイことくらい自分でわかってるのに!

キンジもどうしてそんなことを、あいつの性格上、脅しではあると思うが。キンジの目が冷たく見える。まるで武偵殺しとしてアリアのママを捕まえさせたときの私みたいな・・

 

内心で焦る。私が、私がここから出て、キンジに本当のことを言えばそれで解決する!お兄さんは生きてるって、私から言っても信用してもらえないかもしれないが、修一がこれ以上傷つくより何倍もマシだ。

 

取っ手に手を伸ばし開けようとした

 

 

(・・え?)

 

 

その時、

 

修一が汗を拭う素振りをしながら、こちらをギロッと睨んできた。

 

『絶対に開けるな!!』

 

そう目が言っている。

修一の命令で私の手がまた元の位置に戻った・・どうして?どうして修一はそこまで━━

 

『3』

 

キンジの目がただ敵を見つめるような冷たい目をしている。・・アリア、アリアはなにをしている!?戻ってきてキンジを止めろ!!

 

『2』

 

キンジが右手をさらに振り上げた。

 

や、やだやだやだやだ!修一がこれ以上に傷つくのを見るのは嫌だ!あの山で誓ったんだ!これ以上、修一に怪我させないって、誓ったのに、どうしてあたしの手は震えて動けないの!?

修一の命令を聞かずにあたしの命令を聞けよ!!や、やめてキンジ!やめて!

 

 

 

『1━━』

 

 

 

静かな病室に

 

 

 

 

 

 

ゴキッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

骨の砕ける音が響いた。

 

 

 

 

まるで私の心臓が止まったかのように呼吸がうまくできない。喉奥から押し殺す悲鳴のような言葉が響いた。

 

 

そして

 

 

 

『ぐ、ぐうううううううううっっっっ!?!?』

 

 

 

 

修一の呻くような、叫びを押し殺すような悲鳴が聞こえる。

目から涙が次々とこぼれ落ちる。

その光景は、もう2度と見たくないと思ったのに、もう2度と、あんな顔をしてほしくないと思ったのに、どうして・・・!!

 

 

 

 

 

どうして、()()()()()()()()()()()()!?修一!!

 

 

 

 

 

 

折れた足に振り下ろされた拳は間違いなく、岡崎修一の拳だった。

 

 

『なっ!?お、おい岡崎!!なにやってんだよ!?』

 

 

やはり振り下ろすというのは脅しだったようで、キンジですら素に戻って慌てて近づいて心配している。

 

 

近づいてきたキンジの肩を岡崎は力強く掴んだ。

 

 

『いいかキンジ、よく聞け!そして落ち着いて、落ち着いて考えろ。兄を殺した事件を起こしたのが武偵殺しの理子だったとしても、その裏で理子に命令して殺させた黒幕がいる!

 

黒幕は理子じゃない!

 

理子の裏にいる誰かだ!だから焦るんじゃねえ!!理子だけを捕まえるのを目標にして、バカみたいにチャンスを殺すな!!』

 

 

キンジの肩を強くつかみ、必死に説得する修一。

 

その言葉を聞いてようやく理解できた。

 

修一は理子のことを、

 

本気で、信頼してくれているんだ、と。

 

前から思っていた。理子の過去について何も聞いてこないのはなぜか。

どうして修一は全く聞いてこなかったのか。それが、いまなら理解できる。

修一は、私のことを本気で信頼してくれている。だから私から話してくれるまでずっと待って、待ちながら心配して、信頼してくれていたんだ。

 

 

自然と、私の目から涙がこぼれる。鼻水が流れても気にしなかった。下唇を強く噛んで、声を押し殺し泣く。

 

 

 

そしてもう一つ、気づいた。

 

修一は

 

 

キンジすらも救おうとしているんだ。

 

 

キンジは見るからに焦っている。私が彼の兄を殺したと思っているから、自分のHSSという才能に任せて、全てを壊そうとしていた。それが最も危険な行為であることを、修一は知っている。

 

だからこそ

 

 

自分を犠牲にしてまで、気づかせたんだ。

 

 

 

でも、そんなの結果論だ!大バカ過ぎるよ修一!!

 

キンジもこの説得には堪えたようで目を見開いた。

 

『・・岡崎、すまん!俺が焦ったばっかりに、本当に悪い!!いまナースコール押すから!』

 

『しゅ、修一!?ど、どうしたのよ!?ねぇキンジ、何があったの!?』

 

『いまはそんなことより岡崎だ!手伝えアリア!』

 

ようやく入ってきたアリアに手伝わせ、痛みで苦しむ修一のケアをしていた。

 

それから医者が来て治療し終えるまで1時間、あたしはロッカーの中で自分のパニックになった感情、溢れ流れる涙を抑えることが出来ず、ずっとその光景を見続けていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side2

 

『じゃあ、あたし達帰るわね』

 

『・・ほんと、悪かったな岡崎。俺お前のこと誤解してたみたいだ。これから理子とその裏の奴を探すことにする。情報はお前にちゃんと伝えるから安心してくれ』

 

『おう、気にすんな』

 

2人はそれぞれそう言って去って行った。修一もようやく落ち着いたようで天井をじっと見ていた。

 

「修一・・・!!」

 

「おお、理子。よかったな、バレなくてよ〜。いやーお前が開けないかって焦った焦った」

 

「バカ!なんであんなこと!キンジだって本当に振り下ろす気なんて!」

 

「ま、なかっただろうな。あいつの謝ってるとこ見たらいい奴ってのは分かった」

 

「だからって・・」

 

 

 

「だからこそだよ。キンジも悪いやつじゃないし、理子だってそうだし。そいつらが争うってのもおかしな話だろ?だったらこれが、一番いい終わらせ方ってことだ。いやーうまくいってよかったよかった」

 

一番いい終わらせ方。修一から見るとこれが一番いい終わらせ方だったのだろう。確かに誰も傷つかず、誰も何も失っていない。だけど、

 

「やめて、よ」

 

それは、修一を除いた『誰も』だ!そんなこと、私は望んじゃいない!

 

 

私は流れる涙を拭くこともせず修一にしがみついた。

 

 

 

「やめてよ、修一!もう自分は傷つけてもいいっていう考えは、やだ!もう、修一の傷つくのは見たくっ、見たくないよぉ!!」

 

 

修一は驚いた顔をしたが、頬を軽くかいて私の頭を撫でた

 

感情が途端に漏れ始めた。涙が次々流れてくる。

 

「・・ごめん、悪かったよ理子。ごめんな」

 

「うっ・・ひっく・・うっ、うっ・・・・・うわあああああああああん!!!」

 

抱きしめ返してくれた修一の腕の中で、大声で泣いてしまった。

 

夕暮れの日が病室をオレンジ色に変える。その光が無くなり、暗くなるまで修一は私を抱きしめてくれていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

岡崎 修一病室前

 

『ふぅ、今日はしょうがないわね。また取りにくるとしましょう。・・あら?』

 

『・・夾竹桃か。どうしてここに?』

 

『久しぶりね。私は知り合いに預けてた物を取りに来ただけよ。あなたは?』

 

『私はターゲットがここに来たからな。様子を見ていたのだ。・・知り合いとはもしかして理子が気に入っているというあの男のことか?』

 

『ええそうよ。私も手伝ってもらったけど結構使えるわよ。まあ今は足が折れてるから難しい思うけど』

 

『・・・岡崎 修一か。覚えておくとしよう。では、もう行く。また会おう夾竹桃』

 

『ええ。またね、ジャンヌ』

 

 

【第5章 「VSアリア」 終】




予定では病室の出来事をこの話一つにまとめようと思っていたのですがやけに内容が濃くなって、二部構成になりました。

アニメでは魔剣編のところですね。


*夾竹桃が司法取引で出てくるのはかなめが入学したころ(まだまだ先)なのですが、そこまで待てないのでそのあたりはご了承ください泣


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6章 VS感情
17 事件の前準備 感情偏


「16話のあらすじ」
流石に体が限界になり、おとなしくなる修一。なぜか雰囲気の違う理子に首を傾げながらも安静にする修一の元へ、アリキンが現れる。理子の居場所を探す二人に修一は修一なりのやり方で2人を止めることに成功する。


「……死ぬ」

 

肩と肩がぶつかるほどの人だかりの中、思わず呟いて空を見る。手が震え、足が進まない。折れた左足が唸るように痛む。本能が先に進むなと言っているように、俺の体は動かなかった。

 

夜なのにワイワイと騒がしいなか、空には七色に輝く光が次々と出ては消え、出ては消える。周りの叫び声も様々だ。俺には悲鳴にしか聞こえなかった。

 

俺の横を通った子供連れの母親が俺をチラッと見るが、すぐに興味がないように別の方へと子供ごと視線を変える。その顔は両方共楽しそうに笑っていた。俺なんて元からいないように、不自然に目線を変えるんだ。

 

怖い

 

こんな感情久しぶりだった。体がゾクッと震え、考えがまとまらない。

どうしてここまでの悲劇を起こせるのか、一体どうしたらここまでの被害を生み出せるのか。

俺は心の中で絶句し、手の上にあった袋を思わず地面に落としてしまう。

音を立て落ちたその中から残った金銭が少しだけ出てきた。……いや、もういまさらそんなことはもうどうでもいい。

 

どうしてこうなった?何度も自分に問いかけた。なぜ、どうして俺はあいつの提案にすぐ乗ってしまったのかと後悔した。

 

裏切られた。そう思い奥歯を噛みしめる。もし受け入れなければ、失うものは何もなかったのに。どうして━━

 

先の方で俺を呼ぶ影が見える。それは俺にとって死を呼ぶ声と同じだ。体がビクッと震え、ゆっくりとそちらに歩き出す。行きたくないという気持ちをぐっと堪え、一歩、また一歩と進んでいく。

 

そこには3人の手練れが銃を持って集まっていた。それぞれがそれぞれの構えを取っている。俺も手渡された銃を受け取り構える。

額の汗を拭うことも出来ず、ただ標的に狙いをつける。

 

バクバクと心臓が音を立て、呼吸が荒くなる。目の前の標的に標準が合わない。

 

 

そして━━

 

 

 

 

 

 

「はい、またしゅーちゃんの負け!今度は焼きそば奢ってよね!」

 

「私は甘いものがいいわ、ごちそうさま」

 

「うむ、私はわたあめがいいぞ。よろしく頼む」

 

「お前ら……悪魔だ」

 

俺は人の家系事情を無視して命令しだすバカ共3人に向けて本気で殺意を放ちながら、涙を流した。

 

 

話はこの日の1日前に遡る。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「花火大会?」

 

「そ!明日あるんだって!行こうよしゅーちゃん!」

 

「……」

 

アリアとキンジがやってきた日からさらに二日ほど経った今日、もういつものテンションに戻った理子が花火大会のチラシを持ってやって来た。

 

ちなみに、最後の無言は夾竹桃だ。今もせっせと原稿作成に勤しんでいる。

 

俺は書いていた原稿から筆を離し(また新しい仕事を任されたのだ)理子の持ってきたチラシを見る。

 

「こんな時期に花火大会ね。珍しいこともするもんだな」

 

「だよねー、でもほら見てみて!屋台とかもいっぱいあるみたいだよ!楽しいって絶対!きょーちゃんも一緒に、ね!?」

 

もうすでにテンションだだ上がりの理子。病室内をくるくると馳け廻る姿を見ながら、俺は、いや、俺と夾竹桃は首を横に振った

 

「「いやだ(よ)」」

 

「えぇー!?なんでー!?」

 

俺たちが断るとは思ってなかったのだろう。理子が身を乗り出して俺と目を合わせてきた。ち、近い近い。

 

「あのな、お祭り行ったら買うものといえば?」

 

「え?焼きそばとかたこ焼きとか、あ、あとわたがし?」

 

「値段は?」

 

「えっと、多分だいたい400円くらいかな」

 

理子の反応に俺はうんうんと頷く。そして理子の両肩を強く握った。

 

「ひゃっ!?」

 

「理子いいか!!あの屋台の焼きそばは普通に買えば50円なんだ!たこ焼きなんてあの値段なら家でその倍は食えるわ!」

 

「……私はただ騒がしい場所が嫌いなだけよ。こんなセコイことは考えてないから」

 

なぜかビクッとした理子に俺は真剣に叫んだ。

そう、お祭りなどで買う食材や物は原価の何倍にしても許されるというダメな掟がある。中には宝くじのくせに一位の入ってないものさえある。そのくせに、一回500円だと!?ふざけんな!

 

「しゅーちゃんもきょーちゃんも。祭り行こうよって言ってその返しはない!…はぁ、理子、時々自分のことバカなんじゃないかって本当に思うよ」

 

先ほどまで少し顔を紅くしていたくせに、一気に真顔になる理子。あ、あれ?なんか今日がいままでで一番引かれてないか?

というかどうして自分なんだ?…え、さっぱりわからん。

 

「あのねーしゅーちゃん!お祭りの時は、お金のことなんて一切気にしないものなんだよ!しゅーちゃんのセコさは知ってるけど、ここまでくると引く!」

 

「う、だ、だけどよ、俺今本当に金なくてだな…」

 

「きょーちゃんからもらってるんじゃないの?」

 

「そうね。一応依頼を完了するたびに払ってるけど」

 

夾竹桃の言う通り、たしかに貰ってはいるのよ。

いるんだが、俺の手元に、金はないんだ。

ちなみにバスジャック事件の借金はきちんと理子が代わりに払ってくれているから問題ない。なので夾竹桃からの報酬は全てもらっている…のだが

 

「じ、実はさ、俺ここの病院抜け出しまくってるだろ?だから特別に半月分の入院費先払いでって言われた。…報酬、スッカラカン」

 

「「……はぁ」」

 

つい先日言われ、問答無用のオーラを出した先生に、俺は抵抗することもできず(というより俺が悪いから文句も言えないのだ)、サインを書いた。後日きちんとお金は下されていたのだが、通帳を確認して度肝を抜いたものだ。入院費……高っけ。

 

「本当に不幸ね。同情するわ」

 

「しゅーちゃんはどうしてそうお金の縁がないの?」

 

「俺が聞きたい」

 

がっくりと項垂れる俺に理子はうーんと、夾竹桃はため息をついた。しかしこれで理子もわかってくれるだろう。こいつはなんだかんだで優しい奴だからきっと俺のことも考えて━━

 

「ね、しゅーちゃん。理子、お祭りに行ったらすっごく綺麗な浴衣着るよ!ちょーレアだよ!しゅーちゃんにしか見せたことないすっごい浴衣着てくるんだよ!」

 

「行きましょう」

 

「……。」

 

即答だった。夾竹桃の冷たい目線がキツイがそんなことは関係ない!理子の浴衣?みたいに決まってんだろこんちくしょう!あの理子だぞ?金髪の女の子の浴衣なんてレアじゃないか!素晴らしいじゃないか!なんだったらATMからお金引き出して理子にあげてもいいくらいさ!なんせ美人だし!

 

「……しゅーちゃんってこれでも即答してくれるんだ」

 

「あったり前だのクラッカーだぞ。お前顔は良いはスタイルはいいわの完璧女子高生なんだぞ?そんな奴が浴衣着るなんてモデルかなんかと勘違い━━」

 

「わ、わかった!わかったからそれ以上言わないで!」

 

理子は俺の褒め倒しに真っ赤になってブンブンと手を振り回した。

あれ?いつもの理子ならてっきりノッてくるかドヤると思ったんだが…

 

「と、とにかくしゅーちゃんは決定ね!きょーちゃんはどうする?」

 

夾竹桃はすぐには答えず、筆を片手に少し考えると、こちらを向いた。

 

「ねえ岡崎、私の浴衣も見たい?」

 

「見たい」

 

「そう」

 

これも即答だった。だって夾竹桃だぞ?和風美人の夾竹桃だぞ?それが浴衣なんて最高の合わせ技だろうが!!そりゃ見たいに決まってる!

 

「ちょっとしゅーちゃん……そこに即答はどうかと思う」

 

「あら?私はうれしいけど?」

 

「……ちっ」

 

夾竹桃と理子がにらみ合っている。なぜだろう、ちょっと険悪なムード?

俺が正直な事言ったのはそこまでのことなのか……??

 

 

 

はっ!もしかして、どっちも褒めたからお互いに嫉妬とか?

 

……あっはっは、んなバカな。

こいつらが俺に好意を持ってるなんてどんだけ頭イッってるってんだよ。

そこまで自分のこと高く評価なんてできないわ。

 

 

というか理子には告白以前にフラれてるし。

 

 

女として一人の男子に同じ褒められ方したのが気に食わなかったんだな。……勉強になるなこれ。

 

 

「じゃあ私も参加するわ。いいわよね、理子?」

 

「……うー!どんと来い!!じゃあしゅーちゃんもきょーちゃんも参加決定ね!」

 

そうして俺と夾竹桃、そして理子の三人で花火大会に行くことが決まった。……おお!すごくないかコレ!?一年次にはここまでの役得がもらえるなんて思ってなかったぞ!?

 

最初は嫌だった祭りがいまは待ちきれないほど楽しみになっていることに自分で驚きつつ俺は笑った。

 

「でも原稿終わらなかったら、私と作業してもらうから。ちゃんと終わらせなさい」

 

「あ、はい」

 

この頃、夾竹桃がお母さんに見えてきたなんて、本人の前には言えなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ある事件が急速に加速するのはその夜のことだった。

 

俺はその時間、二人が帰った後も夾竹桃の原稿を書き進めていた。手元の明かりをつけただ黙々と作業を進める。

 

作業もなかなか手馴れて、今では最初の半分ほどの時間で目的のものを書き上げることに成功していた。

 

だが、夾竹桃もそれを見越して、枚数をかなり増やしている。祭りに間に合うかはギリギリか。

 

こんなことで行けないなんてことになったら俺は一生後悔するだろう。なにせ金髪美少女と和風美人の浴衣デートもどきだぞ!?男として、これは頑張らなければいけない。

 

意気込みさらに書く速度を上げた、その時だった。

 

『お前が岡崎 修一で間違いないな』

 

「…あ?」

 

俺以外誰もいないはずの俺の病室になぜか響く透き通ったきれいな女性声。不審に思いつつ辺りを見渡すが、誰もいる様子はない。そもそもこの時間はナース以外誰もいないはずだ。…ならナースさんか。

 

「別にナースコール押してないですよ。それか間違って押しました、ごめんなさい」

 

どこにいるのかわからなかったのでとりあえずドア元を見てそう言った。もし間違えて押していたらとても迷惑だっただろう。しまったかな。

 

『ほう。あまり驚かないのだな。夾竹桃から聞いていたか?』

 

「あ?もしかしてそっちの人?…『イ・ウー』だったか?」

 

夾竹桃の名前が出た瞬間、俺の中でその選択肢しか生まれなかった。おそらく『イ・ウー』の手先かなにかが俺のことを聞きつけて来たのだろう。…手伝いすぎて、税金もどきでもせびりに来たか?なら今夜から逃亡劇の始まりだな。などと考えていると。

 

『なるほど。なかなか頭の回りは速いみたいだな。なら、私がここに来た意味はわかるか?』

 

「……原稿の手伝い?」

 

『……お前もやらされているのか』

 

なぜか同情するような返事がきた。

二人でやれば完全に祭りに間に合う。・・だが、そんなわけはない。それは理解していた。

理子あたりから聞いてヘルプを頼みにきたか、もしくは本当に税金せびりか。

だが夾竹桃の名前が出たし、呼び捨てにしてたってことはおそらく夾竹桃と対等の立場のやつだろう。とすると手伝いが妥当か。・・だが、そう決めるにもヒントが少なすぎる。

 

 

「……わからん、さっぱりだ」

 

『そうか。いやなに、ただ理子と夾竹桃が気に入る男子というものを見て見たくなったのだ』

 

「おいおい。それを推理しろってのは無理難題すぎるわ。お前Sかよ」

 

『……S?Sとはなんだ?』

 

おう、こいつSMを知らなかったか。……んー

 

「今度理子にでも聞いてみろ『ぜひ体験してみたい』とでもいえばすぐにでも教えてくれるさ」

 

『そうなのか?わかった。聞いてみよう』

 

かなり話がずれていることに全く気付いてない様子の声だけの奴。もしかしたらこいつは結構単純なのだろうか。結構簡単に話を反らせたぞ。

 

これからテキトーに話しながらこいつの正体でも暴いてみるか、理子みたいに。などと思っていると俺の携帯が震えた。……おお。

 

俺の携帯が動作するなんて久々のことで大げさに反応してしまう。あ、いや、この頃は理子からよくわからんLINE(はよー♬やらおやすみーノシなど)が飛んでくるから正確に言うと理子以外からメールが送られてことが久々なんだ。

 

本当は来賓さんがいる中で携帯を弄るのはマナー違反だとは思うが、相手が見えない以上隠れてなんてできない。仕方なく内容を開いて確認してみる。

 

 

そして、

 

 

思わず、笑ってしまった

 

 

「……タイミング、ばっちしだな。」

 

 

頭の中で全てが繋がった。

 

俺は携帯から目を離し、ドア辺りに携帯画面を見せ、声をかけた。

 

 

 

 

送り主は

 

 

『遠山キンジ』

 

 

内容は

 

 

『今調べている内容』

 

 

 

つまり

 

 

 

 

「なあ、お前がここに書いてある『魔剣デュランダル』ってのなんだろ?星伽 白雪ってのを追ってるっていう」

 

 

キンジのメールの内容を簡単にまとめると、今2人は星伽白雪の護衛の任務に就いているらしい。理由は『魔剣 デュランダル』の狙う力を星伽が持っているからということだった。もしかすると理子の事件の黒幕の可能性もあるので厳重注意。とのことだった。

 

つまり

 

目の前のこいつが、黒幕の可能性ありってわけだ。

 

 

 

だが、これである程度の疑問がすっきりした。

 

 

「なるほどな。お前は星伽白雪を尾行してる最中に、理子と繋がりのある俺の病室に来たのを見たと。んで、その後から、理子が頻繁に俺の病室に行くから、自分の邪魔をしようとしてないか確認に来たってとこだろ?」

 

 

『……ほう、本当に冴えてるようだ』

 

確かに魔剣側からしたら焦るだろうと思った。

星伽を尾行してすぐに昔の仲間がいたなら邪魔しないか心配になって確認したくなるのは当然だ、俺だってそうする。しかもあの敵に回すと面倒そうな理子だぞ。うわぁ…。

それで理子より本当のことを言いやすそうな俺のところに来たと。

 

 

『その情報も理子からか?』

 

「いや、遠山キンジってやつだ。なんかお前狙ってるらしいぞ。キンジがってのはSランクのアリアも来るだろうしマズイだろうな」

 

『ああ、それは私も確認した。何度か神崎を無力化しようとはしてみたのだが、失敗している。今は離れているようだが、いつ来てもおかしくはない状況だ。……しかし遠山キンジからそれを送られてくるということは私の考えは間違っていなかったのか』

 

どうやら魔剣側では俺がキンジと協力していることになっているようだ。

 

「バカ言え。俺の足は見た通り折れてんの。それを治療するために星伽のやつが理子に頼まれて来たってだけだ。なんなら夾竹桃にでも聞けばいいさ。あいつはそのあたりのこと知ってるし、お前も信用できるだろ?」

 

『……そうか』

 

コレが実際すべてだ。俺は星伽白雪のことを顔だけしか知らない。生徒会長として活動しているのを見たことがあるだけだ。さて、ここからどうしたもんかね。どうにかして理子との関係について知りたいところだけど。……原稿作成とかに興味ないかな?

 

と策を考えていると

 

『貴様に聞くが……理子のことをどう思っている?』

 

「は?」

 

突然魔剣から質問が飛んできた。……もし仮にコイツが黒幕ならこの質問はつまり「手下の手下としてこき使う」という前振りか。だが、もし黒幕でないなら……。

 

俺は正直な気持ちを伝えた。

 

 

「わがまま」

 

『それだけか?』

 

「金を大事にしない」

 

『……そ、それだけか?』

 

「お菓子のゴミを捨てない、口悪い、時々アホみたいなこと言う、人をからかう……」

 

考えると出るわ出るわ。入院中にほぼ毎来てて、ゴミを残していくあの金髪ギャル。夾竹桃にさんざん愚痴ったのにまだ出て来るとは・・俺って意外と根に持つタイプらしい。今ならこのまま10分は話せる。

 

そして、

 

 

『理子のこと嫌いなのか?』

 

俺の望んだ返答を返してきてくれた。

 

 

まるで心配したような声。そこに嘘は見えなかった。

 

 

 

……なるほどね。

 

 

 

「アホ言え。俺の高校生活初めてのダチだぞ。ダメな部分があるからって嫌いになるかよ。言い換えれば一番親しいダチってことだ。あっちがどう思ってるかはわからんが、ま、悪友ってとこだろうな」

 

そう、いままであいつといた時間に『楽しくない』という気持ちは一回もなかった。あいつとの時間だけは無くしたくない。そう、心から思えた。

 

もちろん言葉には出せないが。恥ずいし。

 

『……。わかった。お前の言うことを信じよう。岡崎』

 

 

コツコツと扉の方から足音が聞こえる。おそらく魔剣だろう。どうやら正体を明かしてくれるらしいな。さて、どんな女か……あ、実は理子だったらどうしよ。さっきの悪口怒られてしまうかもな……。このアホー!とか言って蹴り入れてきそう……。

 

などと内心ビクビクしていると

 

 

そんな気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 

 

 

「ワーオ、ファンタスティック、ギンパツオネーサーン」

 

 

 

「……どうしてカタコトになった?岡崎は帰国子女か?」

 

 

驚きました。そこには甲冑のコスプレをしていますがとても美人なお姉さんがいたのです。おそらくですが脳内年齢は勝ってるでしょうがおそらく年上です。俺の話し方がおかしくなるくらい、それほど綺麗な方でした。甲冑のコスプレしてるけど。

 

「……どうした?」

 

「いや、なんでコスプレしてんの?と、質問していいのかどうか悩んでたんだ」

 

「コスプレ?コスプレとはなんだ?」

 

 

「オーマイガ、私服トシテ使ッテタノーネ!」

 

 

「さっきからなんだそのカタコトは?今の日本の流行りか?」

 

また銀髪天然が訳のわからないことを言っているなか、俺はわざとらしく両手を挙げる。この子、美人のくせに、外国特有の天然が入ってるな。理子といい夾竹桃といいこいつといい、『イ・ウー』って変人の集まりか?

 

そんなことを考えていることなど全くわかってない銀髪天然は自分の手を胸元に当て一礼してきた。

 

「挨拶が遅れたな。私はジャンヌ・ダルク。外での呼ばれ方は『魔剣 デュランダル』傍にある私の愛刀の名前だ」

 

銀髪天然もといジャンヌは手元の大剣を前に出してきた。ジャンヌ・ダルク?昔聞いたことあったような名前なんだが。昔の人物にいなかったか?…あ、偽名か。

 

「おう、俺は岡崎修一。外での呼ばれ方は『最低ランクEランク』です。よろしく」

 

ペコリと一礼して、改めて考えた。ジャンヌは黒幕ではない。理子に人を殺させようとするやつが、俺が悪口を言っただけで心配するはずがない。

おそらく、その逆。ジャンヌと理子はかなり仲良しだ。

 

疑ってしまったことに少し罪悪感が湧いてしまう。

 

「で?お前は━━」

 

「ジャンヌでいい。理子たちからもそう呼ばれている」

 

「お、おう。じゃあジャンヌ、星伽をどうやって捕まえる予定なのか教えてくれよ。俺はこの通り動けないけど、少しなら力になれるかもしれん」

 

協力したい。素直にそう思った。まあ星伽の方に感謝の気持ちがないわけではないのだが、まあこいつならひどいことはしないだろうさ・・多分。

 

「わかった……まず━━」

 

ジャンヌも頷いてくれて、近くの椅子に座り話してくれた。

 

 

 

 

 

「━━倉庫はもう確保している。あとは星伽をおびき寄せるためのメールアドレスと先ほどの遠山キンジ、神崎・H・アリアの対処を考えるだけだ。星伽とは1対1でやりたいからな」

 

 

 

「……へぇ」

 

『魔剣 デュランダル』としてのジャンヌのやり方は、前日にメールで果たし状を渡し、サシで対決するというものだった。

今回もそれを実行したいらしい。

 

星伽だけを倉庫呼び出して勝負し、

勝てば『イ・ウー』に連れていき、負ければ自分が捕まる。

 

……悪くない。

武士道精神が出てる。……ジャンヌは武士道って知らないかもしれないが。

 

聞いてさらに手伝いたくなった。

 

「作戦はわかったが、難しいとこが残ったな」

 

「……メールアドレスに関しては理子に頼もうと思っている。あいつの内容は信頼できる」

 

「そこはそれでいいと思うが、問題はアリアだな」

 

「流石に私も神崎を相手にするのは一苦労だ」

 

ジャンヌの言っているのは正直に言えば綺麗事だ。現実的に言えば、背後からや寝てる間に襲ってしまうのが一番手っ取り早い。勝負なんてして運悪く殺してしまうことだって無いとは言えないだろう。

 

だが、それでも対等な決闘をしようとするジャンヌには好感が持てる。……犯罪に好感が持てるとか普通に言えてしまうってことは、俺の考え方もおかしくなったようだな。

 

「うっし。わかった。足がこんなんだからあまり長い間止められないだろうが、できる限りのことはやってやる」

 

「本当か!ありがとう!」

 

俺の言葉に本当に嬉しそうに手を握ってくるジャンヌ。素直な奴だなと思いつつ、対アリア用の作戦を2人で考えることにする。

 

「あ、その代わりコレ手伝って。あと金もくれ」

 

「こ、これはやはり夾竹桃の原稿……!?」

 

「まあな。頼むわ」

 

「……わかった。手伝おう」

 

どうやら手伝ったことがあるみたいだ。近くの筆を持ち、教えていないのにすらすらと書き始めた。夾竹桃すげえと思いながら終わりそうな原稿に満足する俺。

 

 

さて、こっから忙しくなるぞ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「で?なんでしゅーちゃんが、星伽白雪のメールアドレス欲しがっちゃうわけ?ね?なんで?」

 

「だから俺の足を治療してくれたそのお礼を言いたいってさっきから言ってるだろ?何怒ってんだよ?」

 

「べっつにー??理子全然怒ってないよー?しゅーちゃんがどんな女の子とイチャイチャしてよーが、関係無いですよー」

 

そして祭当日の昼。昨日伝えた件について、理子が問いただしてきた。本当はジャンヌのためなのだが、俺の理由はおかしかっただろうか?

 

ジャンヌが聞くより俺がさっさと聞いた方が早いと思ったが、逆だったらしい。

 

 

「……ほらしゅーちゃん、送っといたよメアド」

 

なぜか不機嫌な理子なのだが、ちゃんと調べておいてはくれたようだ。

 

携帯を開いて確認するとメールアドレスが書かれていた。……なぜかその横にアカンベーしてるマークがついてるが、気にしないことにしよう。

 

「お、さんくす!よっしゃ!」

 

とりあえず第一段階は成功。あとはジャンヌがあのあと言っていた「キンジと2人きりの星伽にメールを送る」という部分だが。どうしたもんかね。キンジのメールによるとアリアとキンジの2人で守ってるらしいし、どうにかしてアリアを離さないと……

 

「でもでも、星伽さん狙っても無理だと思うよしゅーちゃん。あの人キンジにゾッコンラブラブ♡なんだから」

 

「あ?キンジと?キンジって星伽と付き合ってるわけ?」

 

「んにゃ、んにゃ、付き合ってはないよ。ただ星伽さんが一方的にアタックしてるみたい」

 

へえ、キンジってモテるんだな。まあ確かに身長高いし顔も悪く無いし、モテない要素の方が少ないか。……羨ましい。

 

「そんなことよりさ、しゅーちゃん!理子昨日ね、浴衣見に行ったんだー!」

 

「へー」

 

理子の話を小耳に聞きながら、俺はどうやるかを考えていた。さて、どうするか。アリアだけをここに呼び出すか?いやそれだと後から俺が疑われてしまうな。……うーん

 

「…………。━━━━で、すっごいえっちぃ浴衣買ったの!もうね、胸元すっごく開けててねー」

 

「その話詳しく!」

 

小耳なんて滅相もない。両耳で聞きますよもちろんです。男の子はそういう話を欲してるんです。理子が若干引きながらもその話を続けてくれた。

 

 

「━━ってことで、祭の時にしゅーちゃんが襲ってきてもこっちは全く問題ナッシングなわけであります!」

 

 

 

 

「そっか、祭りか」

 

敬礼している理子の横で、思わずつぶやく。そっか。

 

 

 

 

「なあ理子」

 

「どしたのしゅーちゃん?」

 

「祭さ、俺と夾竹桃以外にもう1人連れてきていいか?」

 

「いいけど?誰?キーくん?」

 

「いや、ジャンヌだ」

 

「え、ジャンヌって、もしかしてジャンヌ・ダルクのこと!?」

 

そうすればなにもかも解決だ。キンジと星伽に祭があることをうまく知らせられれば、きっと星伽は2人で行きたくなるだろう。そのまま行ってくれれば、ジャンヌが見つからないようにしつつ様子を見つつ、メールを送れる。

 

だが、俺がジャンヌのことを言うと、急に理子の目つきが変わった。

 

「おい、いつコンタクトされた?昨日の夜か?」

 

「お、おう。それがどうした?」

 

「……。」

 

理子はそれだけ聞くと、考え事を始め、舌打ちする。

 

「星伽のメアド、ジャンヌに頼まれたんだろ?あいつが星伽を狙っているのは知ってる。変装に手貸したし」

 

「……ま、そんなとこだ。お礼が言いたいってのも本当だけどな」

 

結局、バレてしまった。これなら最初から本当のことを言ったほうがよかったかもしれない。と思っていると

 

「はあ、わかったよしゅーちゃん。ジャンヌも参加ね。きょーちゃんにも伝えとくから」

 

「おう。頼むぜ」

 

「ちなみに、ジャンヌに他のこと頼まれてたりしない?例えばアリアと戦ってくれとか」

 

理子は頭のいいやつだ。やはりそこに感づいてきた。しかし

 

「いや、そんなことは言われてないな。俺が頼まれたのは 星伽のメアドとそれを送る状況を作ってくれ。ただそれだけだ」

 

本当のことは言わない方が良さそうだ。まあ実際アリアと正面切って闘うつもりはない。罠を揃えて影から無力化する予定だ。

 

 

「そっか。そっーかそっか!ごめんねしゅーちゃん変なこと聞いて!」

 

急にまたハイテンションに戻った理子は持っていたトッポを俺の元に渡して

 

「じゃ、しゅーちゃん今日の午後6時に病院の下にいてね!理子着替えに行ってくるよ!」

 

「おう、楽しみにしてるぞー」

 

「あーいあーいさー!!」

 

理子はそう言って出て行った。それを見送った後、ジャンヌに星伽のメアドと祭のことを話す。キンジと星伽の方はジャンヌに頼もう。

 

メールはすぐに返事がきて「了解した。6時に病院へ向かう」とだけ書いてあった。業務連絡かよ。

 

「あとは、祭を楽しむだけだな。…理子のエロ浴衣、楽しみじゃのう…ジュルリ」

 

鼻の下を伸ばしながら、俺は残り作業を開始した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とある場所、とある通路にて

 

 

『おいジャンヌ。話がある』

 

 

『どうした理子?もう手伝いはしてくれないのではなかったか?』

 

 

『どうしたじゃない。なに勝手に修一とコンタクト取ってやがる。しかも今回の星伽の件手伝わせようとしてるだろうが!』

 

 

『……そのつもりだったのだが、ダメなのか?岡崎自身から協力すると言ってきたのだぞ?』

 

 

『ちっ、あのバカ男……女ならすぐに助けようとしやがって…。ダメだ、修一をこれ以上私たちのことに首突っ込ませるな』

 

 

『なんだ?理子らしくないじゃないか。私はただ道具を借りたいと言っているだけだ。それだけで━━』

 

 

『おいテメェ!なに修一を道具扱いしてんだよ!爆破されたいのか!!』

 

 

『……!……悪かった。だがどうしてそこまで本気で怒っているんだ?らしくないぞ?』

 

 

『修一の怪我見ただろ。あの状態でまた危険な目に合わせるわけにはいかないの。もしこれ以上修一に無理させようってんなら、今から理子がジャンヌを潰す』

 

 

『……、お前にとってそこまでする価値のある男なのか、岡崎修一は』

 

 

『あいつは理子の本当の理解者だ。もうあいつの苦しむ顔は、絶対に見たくない。だから━━』

 

 

 

『わかった。そこまで言うなら、これ以上岡崎を使……いや、岡崎に頼るのはやめよう。ただ、今日の祭りでの作戦だけは協力してもらうぞ。岡崎の合図が重要だからな』

 

 

『……それで、修一が傷つくことはないんだな?』

 

 

『ああ。ただメールを送るタイミングを聞くだけ。それだけだ』

 

 

『…………わかった。だけどもし修一が危険な目にあったら作戦ぶち壊してでも止めるよ。いいね』

 

 

 

『問題ない』

 

 

 

 

 

 

(ここまで人の心を動かすか岡崎修一。今の理子は今までで一番いい顔をしていた。……本当にすごい男だ、お前は)

 

 

 

 

 




あとがきですみません、今までで物語に関しての質問が寄せられたことが何度かあったのでまとめてみました。
このような感想もどしどし応募しておりますので、気軽に質問してくださいね!


(1)
 (質問) みず  さんより

  一年組に顔割れてるけど平気……なの?

 (返答)

 事件の内容として、修一は夾竹桃に脅されて仕方なく手伝ったとい
うことになっています。なので容疑としては無罪です。あかり達が 捕まえに来ることはないです。これから修一たちと一年組の関係がどうなっていくのかお楽しみに!


(3)
 (質問)ベルク@チョモランマ さんより 
  
  脳内麻薬(修一が壊れた時のこと)含めると近接限定ならAとSの 間くらいは有りそう……
  他の技能が壊滅的過ぎるのだろうか……
  タグの『何の才能もない』ってには首を捻るレベルの戦闘技能だと思うのですが……
  才能=遺伝とかそんな感じですか? 

 (返答)
 
  タグの「何も才能がない」とは、

  ①「何も才能がない」と岡崎修一自身が感じているということ

  ②『他人から見たEランク岡崎修一』のことを指しています。

  岡崎修一自身の性能に関しては指していないと解釈してください。

接近戦の実力は良いほうだとしています。中学大会良いとこいってますし。


みなさん、ありがとうございました!引き続き「サイカイのやり方」をよろしくお願いします!


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18.祭りも終わり、戦場へ…?

「17話のあらすじ」
対白雪戦に備え情報収集していたジャンヌが修一とコンタクトを取った。その武士道精神を気に入った修一はその手伝いを引き受ける。理子がなぜか不機嫌な中、作戦の一つを完了させるためジャンヌも加え、三人で祭りへと向かった。


「ガッデム!Nooooooooo!!」

 

「だって理子ばれたくないし。しょうがないじゃん」

 

原稿をギリギリで書き終え、6時に病院の前で松葉杖片手に待っていると夾竹桃とジャンヌが現れた。夾竹桃は黒の浴衣に青い帯を巻いたおとなしい色の着物、ジャンヌは白髪と同じ白の着物に緑の帯をつけていた。

 

俺は思わず鼻血が出ないように鼻を抑えつつ、2人を凝視してしまっていた。そして、そこに後ろから声をかけられた。理子だ。

 

やばいやばいもう鼻血出る寸前なんですけど!?と思いながらも結局見たさに振り向いて、先ほどの一言だった。

 

ど、どうして理子が理子じゃないんだああああ!!

 

理子は倉庫で初めて会った時にしていた変装顔だった。顔は夾竹桃に似ているだろうか。とにかく、おとなしそうな、美人のお姉さん風の顔だった。それに合わせるように、浴衣もおとなしめの色。のくせに「おぃーっすみなさまー!」なんて言ってる。おとなしいのかはっちゃけたいのかどっちなんだこいつ。

 

確かに理子の言うことはもっともだ。この祭りは武偵高校の側で行われる。知り合いがたくさん来るだろう。今見られるのはマズイはずだ。

 

だが、だがな!!

 

「・・見たかった・・!理子の浴衣姿・・!!」

 

本気で落ち込む俺。だって次の祭りあったとしても7.8月だぞ!?2、3ヶ月先なんだぞ!?楽しみにしてたものをそこまで伸ばされた俺の気持ち理解してくださいよ!もう泣く!泣くから!!

 

「・・そんなに見たかったの?」

 

「うん」

 

素直にコクンと頷く俺。それを見た理子は頬をかきながら

 

「落ち込まないでよしゅーちゃん。浴衣くらい、いつでも見せに行くって、言ってくれれば!」

 

MJK(まじか)!?」

 

「まじまじ!」

 

うおお・・!理子様神様仏様!と思わず崇めようとしてしまった。危ない危ない。これは理子の場をしのぐ言葉のはずだが、俺は忘れんぞ!絶対に見てやるからな!

 

「・・夫婦漫才はもういいから。行きましょう?揃ったわよ」

 

夾竹桃がそう言う。俺はそちらに振り返り

 

「・・無茶苦茶似合ってるな夾竹桃」

 

「そ。ありがと」

 

そう、やはり想像していた通り、和風美人の夾竹桃は浴衣姿がどハマりすぎていた。思わず言葉が漏れてしまう。顔も俺のタイプだし、もう恋人になって欲しいくらいだ。しかもこの軽く返すところがまたイイ!!もうドハマり夾竹桃先生!!結婚してくれ!!

 

なんつってな。無理に決まってるっての。でも夢くらい見せろ。男だしいいだろうが。

 

 

「さってと!楽しもうねしゅーちゃん!」

 

「おう。金はとりあえず大丈夫だ!」

 

 

腕を絡めてきた変装理子に俺はドンと胸を張った。夾竹桃から先払いで報酬をもらったんだ。やっぱこいつ無茶苦茶優しい。おかげで祭を思いっきり楽しめそうだ。

 

 

なんて

 

 

その時の俺は、まだそんな流暢なことを考えていたんだ。

 

これからの悲劇を、まだ知らなかったから

 

 

ーーーーーーー

 

その地獄への扉は突然開かれた。

 

「岡崎岡崎!これはなんだ?」

 

「あ?ああ、それは わなげって言ってな。あのリングを投げて、目標にかけられればその景品が貰えるんだ」

 

「なるほど、面白そうだな」

 

祭会場についた俺たちは一つ一つ見て回ることにした。日本に来たばかりのジャンヌは別の場所に行くたびにこれはなんだとワクワクしながら聞いてくる。こいつ作戦忘れてないだろうな。

 

などと思っていた

 

その時、

 

 

「ジャンヌ!わなげやるんならみんなで勝負しようよ!負けた人は勝った人全員に飯奢り!」

 

 

これだ。

 

 

そう、これが事件の発端。俺の地獄の、始まりだった。

 

 

「ふ、いいだろう!俺はわなげが大の得意分野だ!0円で食べられるなら50円ほどの焼きそばでも美味しくいただく自信がある!」

 

 

だが、俺は潤った財布によって、金銭感覚がマヒしていた。

なぜかニヤリと笑う変装理子が、夾竹桃を誘う。

 

「・・ええ、いいわよ」

 

そしてなぜか夾竹桃も俺の方を見てそういった。ジャンヌも頷いていたので全員参加だ。なぜか3人の中で2人が無茶苦茶見てくるのだが、気のせいだろう。

 

 

 

そして

 

 

 

 

物語は冒頭(17話)に巻き戻る。

 

「・・・死ぬ」

 

俺の手元には福沢さんが一人。・・だがこの福沢さんもすぐにいなくなっていくだろう。アディオス福沢さん。

 

 

祭りを楽しむ人々が楽しそうに笑っている。

 

空にはすでに花火が上がっていた。

きれいな花火だが、今の俺の心には何も響かなかった。

ああ、空に変な色の変な火が飛んでる~などと適当なことまで考えてしまう。

 

・・俺の横を通った子供連れの母親が俺をチラッと見るが、俺の左足を見てすぐに別の方へと子供ごと視線を変える。松葉杖のことをいちいち聞かれても面倒なのでそれはいい。・・いいのだが、意外と目線を気にしちゃうよね。うん。俺完全に浮いてるしね。

 

 

「しゅーちゃーん!今度は射的しよーよー!!カケありで!」

 

先の方で俺を呼ぶ影が見える。それは俺にとって死を呼ぶ声と同じだ。体がビクッと震え、ゆっくりとそちらに歩き出す。行きたくないという気持ちをぐっと堪え、一歩、また一歩と進んでいく。・・まだ、やるのかよ。

 

「これは、どうするのだ?」

 

「ここを引いて、あとは狙いを定めるだけよ」

 

「そうか。やってみよう」

 

ジャンヌと夾竹桃の楽しそうな会話が聞こえた。楽しそうですねお二人さん。俺も楽しみたかったよ。などと愚痴をこぼすこともできず、変装理子が俺に銃を渡してくる。

 

「どれでもいいから落としたら勝ちだよ。今度は負けないように頑張ってねしゅーちゃん!」

 

「・・くっそ!わーったよお前ら!今度俺が勝ったら三人ともおごれよ!焼きそば以外!!」

 

俺は勢いのまま銃を受け取ると、狙いを定めー

 

 

 

 

 

 

 

結果はご存知の通り。ベンチに座り、おいしそうに食べるお三方を見て肩を落とす。・・13連敗。すべてカケありで挑んだこの勝負。・・もうヤダ。帰ろうかな。

 

 

 

「しゅーちゃん、しゅーちゃん!」

 

「・・あ?あむ」

 

隣から差し出された焼きそばを見た瞬間に食べた。

 

・・うん、50円50円言ってごめんなさい焼きそば屋さんの人。無茶苦茶おいしいです。

 

食べた俺を見てふひぃとだらしなく笑う変装理子。おい、その顔でそれはあまりにギャップありすぎて萌えます。やめてください。

 

「しゅーちゃん負けてばっかで何も食べてないでしょー?もっと食べる?」

 

「食べる。よこせ」

 

「はい」

 

差し出される焼きそばをズルッと食べる。やっべ、うめえよ。無茶苦茶うめえよ・・。なんだよこれ、毎日食べたいよ。この食べ方でお願いします!

 

「・・じゃあ私のかき氷もあげるわ。抹茶好き?」

 

と思いながらすすっていると横から差し出されるスプーン。思いっきりかぶりついた。

 

「おお!抹茶って初めて食ったけどうまいな!抹茶好きかも、もっとくれ」

 

「はいはい・・くすっ」

 

「・・・ちっ」

 

至福だ。確かに焼きそばとかき氷の合わせ技はあまりおいしくない。・・ないが、あれだな。美少女からのあーんをしてもらえるとこうも美味いのか!ビバ!男の夢!楽しすぎる!このために今までのお金が必要なら払います。払いたいです!お願いします!

 

これで付き合ってくれていたりしたらもう最高で死ねるんだけどな。・・ああ、今日は夢を見まくってるな。無理なことが夢だからな。無理無理。

 

・・今日の夜に現実と見比べて泣くんですけどね。・・うん、最悪萌えアニメでも見て心を落ち着かせよう。現実との境目に生きよう。・・うん。

 

 

 

「・・日本とは買ってもらった相手に少し渡すのが礼儀なのか?では岡崎、これも食べるか?」

 

 

「うむ。そうだ、日本は基本もらったものは近くの男子に渡すのが礼儀だぞ。だからよこすのが基本だ、よこせ」

 

 

「「あげなくていいから」」

 

 

「ええ・・・」

 

ジャンヌがまた外人特有の天然を発揮した瞬間、乗ってみたのだが、二人が瞬時にジャンヌの差し出したわたあめを押し戻した。ええ、俺わたあめ好きなんだけど。

 

「おい、俺もわたあめくれよ」

 

「しゅーちゃんは貧乏なんだから定価50円の焼きそばを食べてればいいんだよ!!」

 

「くすくす・・だったら家で食べれるじゃない。今抹茶がおいしく感じたならこのまま抹茶を食べればいいのよ」

 

「・・おい夾竹桃?さっきからなに?」

 

「くす。私って、女の子同士なら邪魔しないのだけど、男女の仲ならとても邪魔したくなるみたい。自分でいま気づいたわ。」

 

「・・このッ!!」

 

なぜかにらみ始める二人。

 

理子よ、お前はそんなに50円の焼きそば食べさせたいのかよ。そんなに俺が言ったこと根に持ってるの?めんどくさいやつだな。というか怖いわ。

 

それに対してそれを邪魔する夾竹桃さん、もうマッジ天使!まじ奥さんにしたいタイプよ。愚痴も聞いてくれるし最高すぎるね。

 

 

 

 

「ああ!岡崎 修一!?それに夾竹桃!」

 

 

「ん?おお、小っこいアリアじゃん」

 

「間宮あかりだよ!」

 

いやそんな「児嶋だよ!」みたいに言われてもな・・

 

突然現れたのは浴衣姿の間宮と佐々木志乃、火野ライカ、あと眠らせた金髪のちっこいやつだった。たまたま祭りに来ていたようだ。あらら、ここで出会っちまうのかよ。と内心冷や汗をかく。

 

間宮ではなく

 

その後ろの金髪二人と、黒髪に。

 

「よ、よう火野ライカ・・だよな。体は大丈夫か?」

 

「ああ。まあ・・」

 

浴衣を着ているから怪我がどうなってるのかわからなかったが、どうやら大丈夫そうだ。よかったよかった。・・のか?

 

「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」

 

「・・ちょい、その隣の子なんなの?」

 

火野に抱きついてこちらを睨みつけている少女がいる。密かにその後ろで黒髪女も睨んできているが。たしか、あの時眠らせた・・あー、名前聞いてなかったか・・キリン、だったか?

 

というか、むっちゃ警戒されてるんですけど・・だからオレEランクだってのに!お前にも勝てる気がしないんだよ!

 

 

「あら?間宮あかり、教室ぶりかしらね」

 

「夾竹桃・・来てたんだ」

 

あっちはあっちで盛り上がってるな。・・ただ、やっぱギスギスしちゃいますよね・・。そっちはそっちで出来る限り穏便に終わらせてくれよ?こっちもこっちで頑張るから、本気の命のやり取りするからさ!と思いながら火野の方に視線を向けると、黒髪女がいない。・・あ、今度は夾竹桃睨んでる。何がしたいんだあの女?

 

「ライカお姉さま!ここで合ったが百年目です!この男袋叩きにして海に沈めてやりましょう!」

 

「怖い事さらっと言うなよ・・目が本気なのがヤだな」

 

怖いよ。

 

金髪ちっこいのが俺に敵意むき出しでひどい事を言いやがった。やばいこれまじで海に行っちゃうの?俺抵抗とか無理よ?普通に沈められるよ?

 

「まて麒麟(きりん)。あの事件でのことはもういい。あたしが先輩をEランクだからって舐めた結果だ。・・・だけど先輩、聞きたいことがある」

 

「なんだよ?」

 

「どうしてあそこまで体術ができているのにEランクなんだ?先輩ならB・・いや、Aだって目指せるはず━━」

 

俺は思わず吹き出す、あ?こいつほんとに何言ってるわけ?

 

「んなわけ、ありゃお前が接近戦でのみ来てくれたからだよ。あん時遠距離から銃でも撃たれてたらすぐに負けてたさ。Eランクらしくな」

 

嘘じゃない。遠距離から撃たれたら俺もどうしようもないからな。・・本当、なんでいままである程度の成果出せたのかね?不思議でならないわ。

 

「そう、なんですか。・・あの、じゃあその足治ったらもう一回組手、してもらえませんか?もう一度、先輩とヤりあってみたいんだ!」

 

「おいそこをカタカナにするな、変に聞こえちゃうから。恥ずかしくなるから」

 

 

R18指定じゃないんだここは!とメタ発言しつつ火野の言葉に頷く。

 

おそらく今密かに流れている「火野ライカが接近戦でEランクに負けた」っていう話を俺を倒すことでもみ消したいのだろう。

 

理子がそんなこと言ってたからな。火野としても面白くないだろうし、テキトーに人集めて、ボロボロに負けるとしよう。そうすればこいつも満足するだろうし。俺も楽になるし。

 

「わかった。この足が治ってからでいいか?そっちの方がお互いにいいだろ?」

 

足折れたEランク倒すと、あとでいろいろ言われちゃうだろうし。

 

「ああ!よろしく頼みます!!」

 

ぱあっと喜んで礼を言ってくる火野。いやいや僕も相手してくれるなんて嬉しい。・・うれしいってば。

 

なんだろうもうちょっとギスギスした雰囲気になるかと思ったけど、そんなことなかったね。

 

まあ

 

「ライカお姉さまが許しても、麒麟は絶対許しませんからね!いつかライカお姉さまに暴力振るったこと後悔させてやりますわよ!!」

 

若干一名ガチギレなんですけどね。

 

「あーその、お手柔らかに・・」

 

「フン!!」

 

ダメだ聞き耳持ってくれない。顔とか服が理子似だから仲良くしたかったんだけどなぁ。

 

 

 

「岡崎、あと二人も。もう行きましょ。私、嫌われてるみたいだし」

 

そう思っていると夾竹桃が立ち上がってこちらにやって来た。今までと変わらずの無表情・・じゃないな。ちょっと寂しそうだ。今まで一応一緒にいる時間が多かったからか、なんとなくわかってしまった。こいつユリ好きだもんな。こいつらのこと観察したかったのだろう。

 

 

「あれだけのことしたからなぁ・・しょうがないのかもな。ま、それも時間の問題だろ。あいつらが今度困ったときに一緒に解決してやろうぜ。そしたら、友達になれるさ」

 

「・・・別になんとも思ってないわ」

 

ちょっと下を向いた夾竹桃。お、意外とビンゴか?

 

俺は思わずニヤニヤしながら肩を叩いた。

 

「照れんなっての」

 

「毒盛るわよ」

 

「すんません」

 

一瞬で立場逆転。おねーさん、その右手の手袋とるのは反則ですわ。

そうして俺たちは一年組と別れた。はあ、後輩に好かれたい・・。

 

「岡崎。日本では祭りで知り合いに合うと決闘の申し込みをしないとダメなのか?」

 

「そーですそーです。ちゃんと日付と時間を確認の上、ご利用は計画的にね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

花火が打ちあがり始めて15分ほど経った。「たーまやーー!!」と叫びながら変装の顔に似合わず走り回る理子に合わせ「たーまYAAAAAAAAAA!!」と理子以上に楽しみつつ、俺はジャンヌに耳打ちする。

 

「・・・で?どうなんだよ星伽はいまどこにいるんだ?」

 

「どうやらかなり遅れてきているようだな。・・この時間なら花火が終わってしまう」

 

「はあ、まじかよ」

 

遊んでばっかりでもしかして忘れているんじゃと心配になって聞いてみると、ジャンヌはスマホできちんと見ていたようだ。恐らくGPSだろう。・・花火に間に合わないということは・・

 

「もうここにはこない可能性が高いな。それか別の場所でなにかするとか」

 

「・・この花火が終わるまで15分音が止んでから止まるとすると・・この辺りだろうか」

 

ジャンヌがスマホでマップを開きマークした部分は海辺の道だった。まあ場所はどこでもいい。

 

「なら、俺たちも行こう。間近で見た方が送りやすいだろ?」

 

「そうだな。そうしよう」

 

俺は理子を呼んで移動することを伝えた。「えー!?最後まで見ないのーー!?」と駄々をこねていたが必死に頼むとようやく動いてくれた。め、めんどくさい。まあこれは俺の都合に付き合ってもらうんだから仕方ないか。

だが、夾竹桃は文句も言わずついてきてくれた。・・やっぱ夾竹桃いいなぁ。流石俺のタイプ。

 

 

そうして俺たちは海辺へとやって来た。

暗くなった海辺から見える光る橋が幻想的な景色を彩っている。

その横に見えるビルの証明もなかなかのもんだ。もしかしたらここで見る予定だったのかもしれない。

ここで花火を見るのもロマンチックで悪くないな。キンジすげー。遅れてこなければもっとよかったのに。

 

そう思いながら歩いていると、見つけた。キンジと星伽だ。俺たちはこそこそと隠れながら様子を見守る。

 

「やっぱり星伽白雪の件だったのね」

 

「ああ。この男が思った以上にやる男だったからな。お願いしたんだ」

 

「へえ、ジャンヌにそう言わせるなんて、すごいわよ岡崎」

 

「え?まじ?俺すごい??」

 

夾竹桃が二人を見ながらそう言った。

俺は思わず聞き返す。なんだろう、夾竹桃から褒められるのって普通に言われるのと違って無茶苦茶嬉しいんだよな。

建前でうまいとか言ってるわけじゃないから余計にだ。夾竹桃先生万歳!結婚してくれ!

 

「で、これからどーするのしゅーちゃん?2人がいい雰囲気になったら送るってことは・・キスシーン!?うっひょー!理子盛り上がりー!」

 

理子が騒がしいのでうるさいと文句を言いつつ

 

「キスシーンで送るのは悪くないな。リア充爆発しろって気持ちがスッキリしそうだ」

 

大いに同意した。星伽さん遠目から見てもかなり美人だわ。やば羨ましい。というか・・胸デカっ!?あれ見て落とされないキンジなんなの?ホモなの?

 

などと適当なことを考えつつよし邪魔してやろうという感情しか思っていなかった。俺ゲスいな。

 

 

だがいくら待っても2人で海を見てるだけでハグもキスもしない。

くそ、はよせぇ!はよせんかいコラ!

 

「なあ理子。いつになったらキスすんの?もう待てないんだけど」

 

と思っていると、キンジが近くの店に走って行った。花火を見ているようだ。なるほど、遅れちまったから小さい花火で代用しようってことか。まあ悪くないが・・それだとまだキスシーンは先になってしまう。

 

「くふ、あの2人どっちも奥手だからね〜。もしかしたらしないかも」

 

「おい岡崎。どうする?もう送るか?」

 

「どう思う夾竹桃?」

 

「・・あふ。もういいんじゃない、送っても」

 

「よし送れ」

 

「わかった」

 

まだ暗くなってすぐなのにあくびをするマイエンジェル(やっぱ可愛い!惚れそう!)の許可を得て、ジャンヌはメールを送った。というか夾竹桃全然興味なさそうだな。やっぱ百合だけなのか。

 

そしてメールを確認し、固まる星伽。どんなメールを送ったかはわからないが、明日決闘しようってことは伝えられたようだな。

あとは、明日のトラップを平賀のところに行って適当に・・ああそういやあいつ海外から戻ってきてんのかな。来てなかったらどーしよ。

 

「どうやら作戦成功のようだな」

 

「ん。明日は頑張ろうぜ。俺も今から準備するからさ」

 

明日はまたアリア戦だ。まあ今回は隠れて足止めするだけだから前よりは楽でいいんだが、もう嫌にもなってる。 どうしたもんかね。

 

 

「いや、それなのだが私1人で問題はない。神崎と遠山の処置も考えてある。岡崎の手伝いはここまでで大丈夫だ」

 

ジャンヌは即答でそう言ってきた。あり?そうなの?別にいらないの俺?

それから聞いた話だとどうやら様々な罠をジャンヌが設置しているらしい。足止めは確かにいらなそうなくらい前準備が完璧だった。

 

「まあお前がいらないってんなら俺も行かないけど、本当に大丈夫なのか?漢字読める?倉庫までの行き先わかる?」

 

「・・?漢字も読めるし、行き先も大丈夫だぞ?どうしてそんなことを聞くんだ?」

 

いやあんさん祭りのこと何も知らなかったでしょうが、とツッコミたかったが、やめた。本人が大丈夫って言うならそっちも大丈夫なんだろ。多分。

 

「何もしないのならもう帰らない?私、深夜アニメのために仮眠を取りたいのだけど」

 

俺の横で目をこすりながら言う夾竹桃(え、なにそれまじ可愛1000%なんですけど!)の言葉に同意して、俺たちは海辺から去って行った。

 

その後にいいシーンになったということは、チラッとまた見ていた夾竹桃しか知る者はいなかったという。

 

ーーーーーーーーー

 

「ところでよ、星伽って強いのか?見た目からしてあんまり強そうには見えなかったけど・・?」

 

ジャンヌが残りの作業をすると別れて、俺たち3人は帰路につく。

またよくわからんアニメの話をしだす理子、それに乗る夾竹桃の2人をチラッと見ながら気になったことを聞いた。

 

「無茶苦茶強いよー!星伽候天流の剣術の達人でー戦闘能力はバッリバリに強いよ!」

 

変装を解いた理子が話し始める。

内容をまとめると星伽は超能力捜査研究科(SSR)のトップらしく、実力はアリアと引けを取らないそうだ。それだけでもマジかよと顔が青ざめてしまう俺なのだが、そもそもSSRについての情報自体あまり知らない。確か超能力を使える可能性のある生徒を管理するだったか。ということは星伽がトップなら、星伽が超能力ってのが使えるってことか。

などと思っていると、理子が説明の締めくくりに、こんなことを言った。

 

「━━という感じ、あ、そうそう!前に銃弾を切って避けてたとこも見た人いるんだって!」

 

「・・いま、なんて?」

 

「え?だから()()()()()()()()って・・」

 

「・・・へえ」

 

ートクン

 

一度大きく心臓が音を立てたような感覚が襲う。

 

弾を切る

 

それは俺がいま最もやりたいこと、最も獲得したい技術だ。

 

弾さえ弾ければ、俺の得意な接近戦に持ち込める。いままで負けてきた奴らにも勝てる。そう思うとゾクッとした。

 

そして、その星伽が明日戦うんだ。『イ・ウー』の剣士、ジャンヌと。ジャンヌも相当な剣の達人だろう。そんな2人の対決を知って、見ないなんて選択肢、俺にはない。

 

・・無いのだが

 

「しゅーちゃん、明日は絶対に病室にいないとダメだからね。理子と一緒にお留守番。変なこと考えない」

 

ジト目で俺に牽制球を投げる理子氏。やりおる。

 

「わ、わーってるよ。ジャンヌは来るなって断られたしな。行かない行かない」

 

理子の頭を撫でながらそう言うと満足そうに笑う理子。

 

「うん、素直なしゅーちゃんは楽でいいね!もうそんな足で危険なとこ行かないでちょ」

 

「あーいあい。わかってますってば、全て理子さんの言う通りに」

 

この前の理子の泣き顔がフラッシュバックした。こいつの泣き顔はもう見たくないし、そんな感情出させたくもない。

 

「あら、じゃあ明日は岡崎空いてるの?じゃあ原稿の残り頼んでもいいかしら?私も近くでやるし。どう?」

 

眠そうにしていた夾竹桃が、そう言ってきた。確かにジャンヌの依頼がなくなった以上、俺としてもすることはないし。いいだろう。

 

「わかった。んじゃ、原稿持って来てくれ。あ、報酬は高めで頼むぞ」

 

「はいはい」

 

そうして俺たちはそれぞれの家に解散となった。俺はその帰り道の中、また明日のことを考えてしまう。

 

「刀で弾を切る奴VS『イ・ウー』の剣の達人戦・・か」

 

ゾクゾクと体を痺れさせるような衝動に駆られてしまう。やはりどうしてもみたくなるのは仕方ないのか。俺の性格じゃ、見ずに終わらせるってのはダメみたいだ。

 

それからこそっと病室に戻った俺は明日の準備を密かに始めた。理子があれだけ止めに来たんだ。明日も来る。ということは、準備の時間すらあまりもらえないはずだ。今のうちにできる限りの準備を終わらせとこ。

 

《持ち物

 

のびーる君 2号 【ターザンできる】

 

小型銃 【6発】

 

冷却弾 【水を凍らせる】

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『ね、夾竹桃』

 

『なに?』

 

『修一、明日のジャンヌと星伽の対戦、見たがってたよね』

 

『そうね』

 

『うん。でもさ、理子的に危ない場所には近づいて欲しくないんだよね。だから明日はアドシアードに誘おっかなって・・・昨日まで、思ってたんだ』

 

『・・それで?』

 

『そう、思ってたんだけどね、修一に見たいものを見せないで、理子のワガママだけ聞いてもらうのも、なんか変かなって思っちゃったんだ。

ほら、夾竹桃もだけど祭りにわざわざ付き合ってくれたじゃん?』

 

『・・まあ、岡崎は結局楽しんでたし、なんとも思ってないとは思うけど』

 

『・・どうするのが一番いいのか、分かんなくなっちゃった』

 

『私に判断はできないわ。どっちも良いところと悪いところがあるじゃない、だったら最終的に決めるのは理子と岡崎』

 

『・・うん、それもそーだよね・・・。・・・・。』

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アドシアード当日の朝。理子はすぐにやって来た。

 

まあ予想通りだ。本当は昨日の疲れで休んでてくれた方が移動しやすいが、こいつにそんなことあるわけないか。ないな。ただ

 

「ね、理子ほぼ毎日来てるけど、ウザく、ない?」

 

「あ?別に、お前の顔目の保養になるしな」

 

「なにそれ」

 

「いいから。変に考えずに暇なら来い」

 

「あ・・うん」

 

流石の理子でもそう思う時があるのかと少し驚いたが、本音を返すと嬉しそうにコクンと頷く。正直本当にウザく感じたことはないし、正直暇な時間を無くしてくれる理子には感謝してんだ。邪魔とは思えないな。

ただ

今日はもう少し遅く来てもよかったのに。

 

どうにかして理子の目を盗んで行かねば。まだ作戦時間には余裕があるが、早めに出て問題は無いだろう。

 

そう思いながらも、理子のアドシアードの話を聞いているとガラガラと扉の開く音が、

 

「邪魔するわよ」

 

夾竹桃だった。原稿を持ってきたらしい。またこのメンツかよ。と心の中でツッコミつつ、招き入れる。

 

右側に夾竹桃、左側に理子が座り、机での残り作業。せっせと書いている夾竹桃と、お菓子を食べながら携帯をいじる理子を見て俺はため息をついた。

 

「たくお前らな。こんな日まで律儀に俺のとこ来てんじゃねーよ。今日アドシアードだぞ?軽い模擬店とかあるんだし、楽しんできたらいいものを」

 

そう、今日はアドシアードという文化祭のようなものが武偵高校で開催されているんだ。普通の学生なら行くはずなのに。こいつら・・。

 

こいつらはアホみたいに顔がいい。自己紹介のときにモデルさんだよと言っても簡単に信じれるほどに美人だ。なのにそんな奴らが外にも出ずにこんな狭い病室で男1人とだなんてもったいない。・・あり?俺改めて考えるとすげー役得なんじゃ?

 

などと考えヘラヘラ笑っていると

 

「何度も言っているけど、私、騒がしいところ嫌いなの。祭りなんて昨日だけで十分よ」

 

「理子は知り合いに会いたくないしねー!今は隠れる所存であります!」

 

2人ともそれぞれの意見で行かない意思を表す。本当にもったいないなこいつら、高校時代に青春しとかなきゃもったいないぞ!・・あ、俺もか。

 

「そ・れ・に〜、理子はしゅーちゃんと一緒にいる時間が、一番好きなんだよ〜♬」

 

「・・やめい。本気にしちまうだろうが」

 

理子の冗談を華麗に避ける、ことは出来なかったのでちょっと照れながら理子も巻き込み原稿の作業を始めた。こいつの冗談は本当に洒落にならんて。録音して何度でも聞きたいくらいだわ。・・テープレコーダー買っとこう。あ、金ないんだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

(・・・そろそろ、かな)

 

 

しばらく、無言で筆を使っていた俺は外の景色を見てそう思う。ちょっと体がそわそわと動いてしまっている。理子と夾竹桃には伝えていなかったが、あの決闘が始まるのはあと10分後。俺は胸が高鳴っていた。

 

 

そう、ジャンヌVS星伽白雪だ。

昨日散々理子に止められたが、やはり見に行きたいものは見に行きたいのだ。ちょろっとだけ見学したい。だが、

 

「ふんふふーん♬ほーい夾竹桃できた!もう終わっていいでしょ?」

 

「そうね、あと3枚お願い」

 

「ええー!?もう理子疲れたー!」

 

この2人、いや理子が行かせてはくれないか。さて、どうする。準備は昨日の夜に終わらせているが、理子を外に連れ出して隙を見て逃げるか?いや、こいつからこの足で逃げること自体無理ゲーだ。

 

 

「んー、理子お腹すいた!アドシアードの模擬店で何か買ってくるよ!しゅーちゃんは昨日のいっぱいお金使ったから理子奢る!何がいい?」

 

そんな、()()()()()()()()()()()()()()()()を理子自身から言ってきた。・・・?

 

「まじか、じゃあたこ焼きにお好み焼き、あと焼きそば」

 

「焼きそばは50円だから食べたくないんじゃなかったの?」

 

「・・意外と美味しかったのあれ。また食べたいです」

 

「そっか。わかった。夾竹桃はどうする?ついでだし買ってくるよ?」

 

「そうね。じゃあ私も焼きそば」

 

「あ、焼きそばなんだ。わかった!理子ひとっ走り行ってくる!あ、しゅーちゃん!絶対に抜け出したりしないでよ!」

 

「わーってるって」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「・・なあ夾竹桃さん」

 

「なに?」

 

「今の理子、すげー不自然だよな」

 

作戦のことを忘れているわけはない。だが理子は出て行った。俺の多めに頼んだことにもスルーしていた。まさか理子本当に気づいてない?んなわけ。

 

「・・そうね」

 

「これって、行ってこいって意味なのかな?」

 

「さあ、あの子もあの子なりに色々と考えてるんでしょうけど」

 

夾竹桃は筆を置いてふうと一息ついた。

 

「で、どうするの?行くの?」

 

「あったりまえだろ。すげー試合があるのに行かないほうがおかしいね」

 

「今度は本当に理子に殺されちゃうかもね」

 

「うぐ・・それは、後から考える。行こうぜ夾竹桃」

 

「・・私も行くの?」

 

「俺がもし転けた時とかに誰もいなかったら面倒だろうが。ほら、行くぞ」

 

「私、あなたの見たいものに興味ないのだけれど」

 

「うだうだ言うなって、ほれほれ」

 

「・・はあ、わかったわ」

 

意外と押しに弱かった夾竹桃は俺の着替えも手伝ってくれた。や、やべ、変なこと考えるけどもし夾竹桃と結婚とかしてたら朝の出勤時にスーツとか着させてくれるってこんな感じなのかな。・・う、羨ましい!死ぬほど羨ましいぞこら!

 

「ほら、早く袖通して」

 

「あ、はい」

 

そう思っていると学生服を持った夾竹桃に急かされてしまった。ああ、幸福だこれ。

 

夾竹桃の手伝いもあってすぐに準備を終えた俺たちは、松葉杖をつく俺をフォローしてくれる夾竹桃と共に戦場へと向かった。理子にはすまんと思うが、後でお菓子奢るから許してくれよ。

 

 

 

 

 

 

『・・はあ、バカ修一。あとで説教確定』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ジャンヌが決戦の地に選んだのはまた倉庫だった。

 

なんなんだよ『イ・ウー』のやつらは倉庫が好きなのそうなの?などと思いながら、入り口付近に誰もいないのを確認した後侵入、しばらく夾竹桃を先頭に進んでいるとなにか金属が擦れるような音がしたから聞こえてきた。

 

「下からすごく大きな水の音が聞こえるわ。・・洪水?」

 

「洪水ってなんだよ。んなわけ。ここ倉庫だぞ」

 

夾竹桃がよくわからないことを言っているが俺は構わず進んだ。なんだよ下は洪水って・・なぞなぞ?

 

それから進んでいると下への階段を見つけた。その先から先ほどの金属の擦れる音が聞こえる。

 

「この先だな」

 

「・・確認しておくけど、見るだけよ。アリアがジャンヌの邪魔をしても介入してはダメ。理子からそこだけは言われてるから」

 

「・・へーい」

 

今ので理子が完全にこのことを知っていることが分かったのだが、あえて言う気はない。あいつが知らない訳もないとは思っていたけどな。

 

下の階に降りると、スプリンクラーが作動していた・・のだが、振っていたのは水ではなく、雪だった。思わず驚いて周りを見渡す。部屋一面がまるで冷凍倉庫のように凍っていた。

 

「ジャンヌね。あの子の超能力は周囲を凍らせるの」

 

「へえ、あいつ超能力使えたんだな」

 

そもそも超能力自体見た事ないのでなんとも言えないが。今はそんなこと問題じゃない。それよりも急がなければ、金属音が鳴っているということはあの戦闘はすでに始まっている!

 

 

 

『私の忌み名、本当の名前は緋色の巫女、すなわち緋巫女!!』

 

 

近くから声が聞こえた。どうやら会場についたようだ。俺は夾竹桃の手を借りて近くの四角い備蓄庫のような入れ物の上に乗り上げた。すぐ近くにアリアとキンジが前方を見ているのを確認した。本当に離すことに成功してるようだ。

 

そして、見た。

 

初めて俺の病室にやって来た時のコスプレ恰好のジャンヌと巫女の服を来た白雪が刀と大剣を混じり合わせているその、光景を。

 

まだ始まってあまり時間が経っていないようだ。お互いバリバリに動いている。

右に振り下ろされた星伽の刀を振り上げた瞬間に察知したように体を動かすジャンヌ。

さらにそのままくるりと回って片手で持った大剣を横なぶりに振るう。

しかしそれすらも読んでいる星伽も体を動かす。お互いに二手三手先を読み行動するのが接近戦の戦い方だが、こいつらは十手も二十手も読んで攻防を繰り返している。

やはりジャンヌも『イ・ウー』の一員だと実感した。それほどまでに二人の戦いは、一般人の理解をはるかに超えた、想像以上の戦い方だった。

 

竜攘虎搏(りゅうじょうこはく) その言葉の意味を本当に理解できる。

 

 

「・・すげぇ」

 

「そうね。理子の言っていた『弾丸を切った』というのもあながち嘘でもないかも」

 

夾竹桃が隣でふむんと納得している。夾竹桃も二人の対決に見入っているようだ。

 

 

 

俺はその対決をまるで初めておもちゃを見た子供のような感覚で見ていた。

 

ただじっと、何も考えずその決闘を見る。速すぎて追いつけない部分が多い中、それでも食らいついて見る。・・・3分は持った。そのまま3分は見ていた。

 

 

それからはなにか、俺自身も、自分の行動をうまく説明できない。

 

 

ただ、先ほどの例えは比喩ではなく、そのままの意味だったようだ。

 

 

初めて見たおもちゃを見たら、子供(おれ)は黙って見ていられるわけがなかった。

ただ無性に、触ってみたい、手で触れてみたい、そして、

 

 

 

自分で、どの程度扱えるのかを、確かめてみたく感じるのだ。

 

 

 

 

 

━━プツン

 

 

 

 

 

脳の中で何かが切れた。

 

そう、久しぶりにきたこの感覚、もともとこの気持ちをもう一度味わいたくて来たと言っても過言ではなかった。

 

ただ、やはりこれまで以上の感覚だった。

 

 

 

強い敵が、強い敵と戦い、そしてその強さをまじまじと見せつけられる?

 

 

……そんなの、戦って、勝ってみたいに決まってんだろ。

 

 

 

「なかなか白熱しているようね。星伽も予想以上みたいだし、確かに見る価値あるかもね岡崎・・岡崎?」

 

 

夾竹桃が話しかけて来る。・・だが、俺はこの時それすら聞いていなかった。いや、聞いている余裕がなかった、

 

早くしないと、終わってしまう。

 

 

俺は右腕に着けた包帯、そして左足についた邪魔なギプスなどを無造作に取り外していく。何重にも巻かれたものを煩わしそうに取っていき、ようやくすべて外すと持っていた松葉杖を一個だけ取り軽く振る。

 

そしてまだ続いている二人の戦いを見て・・・思わず

 

「…………ふーっ」

 

これ以上待てない。

 

 

『しゅーちゃん、明日は絶対に病室にいないとダメだからね。理子と一緒にお留守番。変なこと考えない』

 

昨日言われた言葉。クラクラしている俺の頭の中に、するっと入ってきた。飛び出そうとした俺の体を止める。

 

「・・・・理子」

 

キンッ!

 

俺の耳に金属音が、両者それぞれの気合の入った声が、地面が擦れる音が、俺を再び、あの欲望へと落とした。

 

 

「……俺やっぱちょっと行ってくるわ。…アリア達邪魔だからお前対処しとけ。こっちに来させんなよ」

 

「行ってくるって・・あ」

 

戸惑っている夾竹桃を置いて、俺は両足を曲げ、グッと力を込め

 

 

 

 

 

飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………これに勝って俺は……

 

 

 

サイカイじゃないって認めさせてやるんだ……!!」

 

 

己の欲望のみを力に変えて。

 




竜攘虎搏とは
『互角の力をもった強い者同士が激しく戦うこと。力の伯仲した英雄・強豪などが、あたかも竜ととらとがぶつかって戦うように勝負すること』らしいです。

・・なるほどわからん。国語難しいです。

他の小説書いてるみなさんはどうしてそんなに早く書けるのでしょうか?一日一話投稿で5000字ってもう凄過ぎてビックリしまくってます。タイピングすげえ。どうなってるの?どうやって内容を考えてるの?ぜひ聞いてみたい!と日に日に思いながら書いている私です。


皆さんのように素早く書くことが難しく、これくらいの頻度での投稿になると思われますが、それでもよろしければこれからも「サイカイのやり方」をよろしくお願いします!


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19 感情のままに

「18話のあらすじ」

「なあ理子。いつになったらキスすんの?もう待てないんだけど」



━━Jaenne side

 

星伽の力は流石の一言だった。私が長年かけて鍛錬を積んできた技術が全て受け止められ返される。

さらにこの激しい攻防の中、星伽は私の体を狙わず剣だけを叩くようにしているように感じる。

超能力による力とは、ここまで人の才能を開花させるのか。戦いながらそう思わずにいられなかった。

 

そして、気づくと壁際まで押されていた。

 

「剣を捨ててジャンヌ、もうあなたの負けだよ」

 

私にトドメを刺す気はないらしい。武偵だからか星伽の性格だからかは定かではないが、そのような甘い考えでは私は倒せない。

 

私にも秘策はある

 

「散れっ!」

 

私の超能力を使い刀に力を込め、星伽の刀を弾き返そうとした

 

その時だった。

 

「━━━━そこっ!」

 

瞬間、星伽が高速で身体を動かし持っていた刀の柄で私の腕を叩く。

 

その反動で刀が少し後ろへと下がってしまい、軸が乱れてしまう。

 

(━━しまっ!)

 

「はあああああああ!!」

 

なんとか整えようと身体を前に出す私に対して星伽は刀を懐に引き、それを横なぶりに振るうように力を込める。

 

敗北

 

そう無意識の内に認めてしまう中、それでも必死に身体を横に逸らそうと動かすが━━間に合わない!

 

 

そして

 

「━━━━っ!!」

 

 

カンッ!

 

金属音が倉庫内に響き渡る。私の体はまるで誰かに押されたように後ろの方へ動いている。

 

だが、そんなことはどうでもよかった。倒れながらにして気になったのは自分の体の動きでもなく、星伽の横なぶりに振るった刀でもなく。

 

私と星伽の間に割って入ってきた

 

 

 

 

 

「お、岡崎!?」

 

「…………あぁ??」

 

そう、昨日断って、おそらく病室のベッドで寝てるか夾竹桃の手伝いでもしているであろうと思っていたあの岡崎修一が、まるで私を助けるかのように現れ、そして、星伽の刀をその持っていた松葉杖で受け止めていた。いや、受けて止めることはできず、刀の切れ味を抑えきれなかった松葉杖は綺麗に切られて杖の部分が遠くの方へと飛んで行ってしまっている。

 

岡崎は私の方を見るでもなく、私と同じく驚いた顔をしている星伽の方を見るでもなく、松葉杖の切れた部分を確認して首を傾げている。

 

突然の乱入に体が固まってしまう。この男が何を考えているのかわからず、時間が止まったかのように皆動かなかった。

 

「……ちっ、使えねぇ……邪魔だクソッ……」

 

最初に口を開いたのは岡崎だった。手に持った松葉杖の切れた部分を見て悪態をつきつつ投げ捨てる。そして━━

 

「……死ね」

 

「っ!!」

 

岡崎は松葉杖を投げ捨てると同時に星伽へと走り込み拳を振るった。

躊躇のない重い拳に驚きつつも、星伽は後退することで難を逃れるが、岡崎は更に踏み込み何度も何度も拳と脚を織り交ぜた攻撃を繰り返す。

 

状況のまるでわからない星伽だったが、相手に敵対意識があると分かり、真剣にその一つ一つを回避していった。

 

状況を見ている私も、何がどうなってるのかさっぱり分からない。

どうして岡崎はここにいる?どうして星伽へと攻撃している?頭の中で疑問が次々と浮かぶが……

 

「おい岡崎止めろ!星伽とは私が決着をつけようとしているんだ!余計なことをするな!」

 

岡崎には事前に話していたはずだ。一対一の勝負がしたいと。それで仮に負けたとしても後悔しないと。だから協力してほしいとも言った。だが、これはどう考えても邪魔だ!依頼内容とは正反対のことをしている!

 

私の中に岡崎に対しての怒りが湧いてくる。これは完全な妨害行為だ。こんなことをする男だったのか岡崎は!もう少し常識のある男だと思っていたのだが!!

 

だが岡崎は聞こえていないのか聞いていないのか、星伽に打撃を食らわせようと拳を握っている。

徐々に動きのスピードが上がっていく岡崎だが、まだ星伽へダメージを与えることはできていないようだ。

 

だが、邪魔をするならこちらも考えがあるとそう考え、大剣を持ち直し岡崎へと走り出した。

 

「はぁっ!」

 

「っ!?」

 

大剣を地面と垂直にし、板で横なぶりにするように岡崎に当てようと振るったが、ちらとこちらを見た岡崎は、ぐにゃっと身体を不自然に曲げることでそれを避けると、両手で逆立ちするような体勢になり、脚を揃えて私に振るう。

 

避けきれなかった私は左腕でその両足を受け止め、右足で踏ん張ることで押し返した。……が、岡崎はその脚を自分の元へ戻し、ぐいっと曲げると、まるでバネのようにしなりながら私の顎に蹴りを放った。

 

「ぐあっ!?」

 

その衝撃の強さに思わず目を見開く。普通の蹴りじゃない。凄まじい衝撃が脳を襲った。

舌を噛まなかったのは幸運とも言えるだろうが、1メートルほど体が飛んでしまった。倒れこみ痛みを堪える私の視界の先で、いつの間にか私から奪った大剣を手に、星伽とやり合っている岡崎が見えた。

 

「岡崎君!どうして!?」

 

「……うるせぇ、戦いに集中しろよ天才」

 

返答のない岡崎に、星伽は眉を潜め、大振りに振るわれた大剣を体を伏せることで避けた。

 

「……しょうがない」

 

だが、戦況は星伽の方が少し押しているようだ。星伽は大剣を弾くことで、岡崎を怯ませ、その隙にこちらに下がってきた。

 

「ジャンヌ、どうして岡崎君がいるの?これもあなたの作戦?」

 

「いや、私にも分からない。ここにいる理由も、乱入してきた意味すら!」

 

視界の先で「重たっ……天才ってこんなん振り回すんか……」と大剣を振り回そうとする岡崎を見る。

やはり、いつもの岡崎ではない。先ほどより冷めた頭で考えた。

 

日にちは少ないが、ここまでおかしなことをするやつではないはずだ。なにせあの理子に心から信頼されるような奴、この岡崎がおかしいと思うのは当然だろう。

それに、私が作戦を話した時には、岡崎は共感してくれていた。いい、それでいこう、お前の作戦俺好きだわと、そう言ってくれた。

それを邪魔したのは、何か理由があるはずだ。

 

「ジャンヌ。今は一時休戦しよう。岡崎君をなんとかしないと」

 

「同感だ」

 

星伽と目を合わせ、徒手格闘の構えをとる。まずは私の大剣をなんとかしないと。

だが、今のあいつの動きは普通の人間の動きではない。なにか特殊なもののように感じた。

 

今も大振りに大剣を振り回す岡崎に不快感を感じつつ、様子を見る。

 

まさか

 

 

「あの岡崎の現象。超能力か?」

 

「……いや、多分違う」

 

超能力による肉体強化と性格変化。その類を考えたが、違うようだ。

 

「何度か打ち合ったけど、視界も判断力も普通の人間と同じだった。超能力ならもっと速いよ。……だけど、力はその比じゃない。まるで人のリミッターを外したように重かった」

 

それは私も同意することができた。先ほどの蹴りは普通の蹴りじゃない、あれほどの力が最初から備わってるとは思えなかった。

「そもそもどうしてあんなに動ける?岡崎の傷はそこまで酷くなかったのか?」

 

「そんなわけないよ。私が治療した時にはもう切断するかどうかの寸前だったんだ。……まだ治ってもないみたいだしね。なのにどうしてあんなに動けるのか、私が聞きたいよ」

 

星伽は岡崎の左足を指差した。倉庫自体が薄暗くてよく見えないが、赤黒く染まっているようだ。確かに岡崎の動き方を観察すると少しだけ左足に力が加わっていないようにも感じる。

 

…ならば━━

 

「ジャンヌ!来るよ!!」

 

「っ!?」

 

考えることに集中しすぎていた私は岡崎がこちらに飛び込んで来ていることに気づかなかった。振り下ろされる大剣を体を横にすることでギリギリ回避する。

 

「……あー重っ……」

 

岡崎は次に私になにか行動することなく、下がっていた星伽の方へ走り込んで行った。

次々と振られる大剣をまるで先が見えるように軽やかに回避していく星伽。やはり岡崎と言えど、実力は星伽の方が上か。

 

「岡崎君、大剣を使ったことないよね。隙が多いよ!」

 

先ほどまであえて攻撃をしていなかった星伽が刀を振りあげる。

岡崎は大剣を持ち上げ防御しようとするが、その大剣が視界を閉ざしてしまう。その隙に星伽は懐に滑り込むと、刀の刃の無い部分を岡崎の腹に当て思いっきり岡崎の体を飛ばした。

 

「はいジャンヌ、とりあえず取り返したよ」

 

「ああ、感謝する」

 

飛ばされた際に手から離してしまったのだろう。星伽が大剣を持ってきた。私はそれを受け取ると岡崎に構えた。

 

岡崎はむくりと立ち上がり腹を摩っている。どうやらまだ降伏する気は無いようだ。首を鳴らすと、また走り込んできた。

 

「今の岡崎に何を言っても無駄だ。まずは無力化する!いいな!」

 

「うん!」

 

本当に何がどうなっている。その気持ちがこみ上げてくるが、それをぐっとを抑え、まずは目の前の敵を押さえつけることだけを考えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

Kinji side

 

「なにがどうなってやがる?」

 

あいつの登場の後、最初に口から出た言葉がこれだった。

ヒステリアスモードの状態で戦況を確認しようとするが、この状態でも意味が理解できない。

前方でデュランダルと戦っていた白雪を援護しようとアリアと作戦を立てていたその時、突然岡崎が現れた。どこから現れて何が目的か全くわからないまま、岡崎は白雪へと攻撃し始めた。

 

そして現在。隣にいるアリアもなにが起こったのかさっぱりわからないようでただ呆然と戦っている様子を見ていた。しかし、このまま見ているだけというわけにはいかない。

 

「アリア、状況はわからないが今は白雪に協力しよう。岡崎を止めるんだ」

 

「え?……あ、でも、修一は……」

 

アリアは俺の言葉に戸惑いを見せた。アリアと岡崎の関係はよく知っている。友達がいなかった同士ですぐに打ち解けた、修一は対等に話してくれる初めての友達だとよく俺に話してくれていたからな。だが

 

「よく考えてごらんアリア。今の岡崎は、アリアの知っている友達の岡崎と同じかい?」

 

アリアと目と目を合わせ問う。しかし、アリアはすぐに首を横に振った。

 

「違うわ。きっと今白雪に攻撃しているのも理由があるはずよ!」

 

アリアの言葉に俺も同感した。今暴れている岡崎がいつもの岡崎ではないと断言できる。自分を犠牲にしてまで俺を救ってくれた奴だ、信頼するには充分だろう。

 

「行くよアリア、俺たちは白雪とジャンヌが戦いやすいように後方から支援する」

 

「わかったわ!ついてきなさいキンジ!!」

 

アリアが先陣を切って走り出した。もうアリアの目に戸惑いはない。これなら岡崎を抑えきれるのも時間の問題だ。

 

そう思いながら俺も手に持ったベレッタのトリガーを引き、走り出し━━

 

 

 

「━━ダメよ。行かせないわ」

 

 

 

「っ!?止まれアリア!!」

 

シュッ

 

目の前から、何かが擦れる音が小さく聞こえた。

ヒステリアスモード状態の俺が危機感を感じ取り、先行するアリアを止める。そして、目を細めて前方を確認した。

 

そこには、高密度のワイヤーがまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。死角はなく、これでは先に進むことができなかった。

 

「こんな時に誰よ!?出てきなさい!!」

 

先ほどの声は向こうにいる3人からではない。それよりもずっと近く、もっと言えば俺とアリアの左にある備蓄庫の上からだった。俺とアリアはそちらに即座に銃口を向ける。

 

そこには、

 

「あなたたちをこれ以上通すわけにはいかないわ。そこで大人しく見てて」

 

セーラ服を着た女が煙管で吸いながら座っていた。見たことがないが、デュランダルの仲間だろうか。少なくとも武偵高生徒ではなさそうだ。

 

「君も『イ・ウー』の仲間かな?また俺たちに何か用なのか?」

 

「別にあなた達に興味は一切ないわ。知り合いが興味深々なだけよ。それよりさっきの私のお願い聞いてくれないのかしら?」

 

「聞くわけないでしょ、修一を止めるんだから!邪魔しないで!」

 

セーラ服の女はアリアの声にため息をつくと、備蓄庫から飛び降りた。そして

 

「その岡崎は今、自分のやりたいことをやってるの。あなた達が星伽白雪に加担するのって、岡崎にとっての邪魔にしかならないと思うけど?」

 

手に持った煙管で後ろの激戦を指しながら言う女に、女性に優しくしてしまうはずのヒステリアスモード状態の俺が小さく怒りを表した。

 

「あの岡崎は正常じゃない。きっと何か理由があるんだ。岡崎のことを知りもしないのに余計なことを言わないでくれないかな?」

 

「・・・少なくとも、あなたよりは岡崎のこと知ってるつもりよ。張り合うつもりもないけど」

 

「そんなこといいから早くどきなさい!これ以上邪魔をするなら少し痛い目見るわよ!」

 

どうやらこの女性は岡崎の知り合いのようだ。ということは確かに、俺以上に岡崎のことを知っていてもおかしくない。ならば、いまの岡崎がおかしくなっている理由を知っている可能性がある。

 

「俺もアリアに同感だ。だが、女性と戦うのはあまり好ましくない。できれば情報だけ話して、道を開けてくれないか?」

 

「・・はあ、本当に今日はついてないわ。あなた達と戦うつもりなんてなかったのだけれど、仕方ないわね」

 

女性は煙管をしまうと、スカートの両端をたくし上げ一礼した。

 

「毒を以って毒を制す 『イ・ウー』の魔宮の蠍がお相手するわ」

 

 

ーーーーーーーーー

 

Shirayuki side

 

「……ったく、しぶてぇな……いい加減うぜぇ」

 

「っ!?」

 

先ほどまで二つの鉄パイプを持った岡崎君とジャンヌが攻防を繰り広げていたが、ジャンヌの刀を弾いた瞬間、今度は私の元へ走り込んできた。

そして目の前で跳躍しながら二つの鉄パイプを片手に持ち振り上げる。

 

甘い。

 

接近戦において飛ぶことは移動できないことを意味する。

これなら鉄パイプを後退して避けた後すぐに懐に潜り込めば、鉄パイプを弾き飛ばすことが可能。

 

そう思い、ぐっと足に力を込めた

 

 

その瞬間

 

「!?」

 

 

目の前の岡崎君が一瞬で姿を消した。

 

それはまるで同じ場所を撮った二枚の写真で写っていた物が2枚目で消えたような錯覚を覚えた。瞬間で姿を消したのだ。

 

 

驚きで目を見開く私に

 

「星伽、左だ!!」

 

「えっ!?」

 

前方からジャンヌの慌てる声が聞こえた。

そして、気づいて左を見た時には、私の腰元にパイプの影が見えてしまっていた。

それをただ受けることしかできなかった。振られるままに体を浮かせてしまう。人間離れした怪力によって振り当てられたパイプが私を吹き飛ばす。

 

「かはっ!?」

 

地面を滑りながら痛みを堪えるために左腰を押さえる。

苦痛に顔を歪めながらも、先ほどの岡崎君の行動を思い返していた。

 

(さっきのあれはなに!?跳躍してから動くことは出来ないはずなのに…!)

 

未だジャンヌと戦闘を繰り広げる岡崎君を注意深くみる。そして、気づいた。

 

彼の持つ、小さな円状の形をした機械に。

 

 

そしてそこから飛び出した紐が、右の壁に突き刺さる。そしてそれは、ジャンヌが大剣を振るうと同時に音を立てて巻き取られ、岡崎君の体をを壁際へと向かわせた。

 

まるで蜘蛛だ。

 

しかし大振りをしたジャンヌにはその移動が見えていない。まずい、これでは私と同じ━━!

 

「ジャンヌっ!!」

 

「わかっている!」

 

ジャンヌは振り終わった大剣を地面に置き、岡崎君の飛んだ方向へ体を向けた。もう鉄パイプを振るう姿勢をとり駆け出していた岡崎君に対しての徒手格闘の構えをとる。

 

そして鉄パイプを細やかな動きで回避すると、鉄パイプを持った右手に蹴りを叩き入れた。ジャンヌの蹴りも中々の威力らしく、岡崎君の手から簡単に鉄パイプが宙を舞った。

 

しかし

 

「……?……!」

 

岡崎君は何事もなかったかのようにそのまま弾かれた右手で拳を握り、ジャンヌに殴りかかる。

 

「痛みを感じないのか!?」

 

拳を後退しつつ回避し、地面の大剣を拾う。

 

「ならば、これならどうだ!」

 

そのまま持ち上げながらに岡崎君の左足に一撃を叩き込んだ。

 

しかしそれでも岡崎君の顔色は変わらない。今度はもう片方の手でジャンヌを殴ろうとしている。

 

「ジャンヌ、一旦下がって!!」

 

「了解した!」

 

ジャンヌは私の言葉に従うようにこちらへ走ってくる。そして━━

 

「……あぁ?足……?」

 

岡崎君もジャンヌを追おうとしたようだが、左足が動かないようだ。自分の足を持ち上げようとして失敗している。

これでしばらく稼げた。

 

「やはり岡崎は痛みを感じていないようだな。……しかし、体が治っているわけではない……」

 

ジャンヌが息を整えながらそう解釈する。私は自分の腰を治療しつつ考える。

 

「うん、そうみたいだね。戦ってちょっとだけ岡崎君のこと理解できたよ」

 

そう、先ほどから何度も攻防を繰り返す内に、岡崎君の今の現状が理解できつつあった。岡崎君はここに現れてからずっと、普通の人間の動きをしていた。左足が重症なのにも関わらず。そしてジャンヌとの戦闘を見て気づいたことも踏まえると、ある仮説が浮かんでくる。

 

それは

 

 

「岡崎君は今、一種の興奮状態なんだと思う。多分我も忘れるくらいに。人間離れした力は、人間が普段押さえ込んでいる力を無意識に出してしまっているから。左足があんなにひどい怪我なのに動けるのは、興奮状態で痛みを感じなくなってるだけなんだよ」

 

実際はただの人間。

 

そう、人間の中には麻薬などを服用していなくても、とある状況下でそれと似た作用を表す物質を大量に自然分布してしまう者もいる。例としてβエンドルフィンやドーパミンなどのものがあるが、恐らく今の岡崎君も同じ状況なのだろう。実際先ほどのジャンヌの一撃はかなりのダメージを与えているはずだ。顔には出ていないが、だからこそ今動けないでいる。

 

そしてそれは決して良いことではない。今の岡崎君のように体が悲鳴をあげてしまい、気づかないうちに手遅れになっていてもおかしくない、危険な状態だ。

 

ジャンヌは私の考えに驚いていた。

 

 

「ということは、なんだ?つまり岡崎は自分の感情のまま、私の邪魔をしたというのか?」

 

「そう、なるね」

 

「……くっ、信頼した私が馬鹿だったのか」

 

今の仮説が正しければ、岡崎君は『戦いたい』という感情でこうなってしまっている。つまり、ジャンヌの望む一対一の対決を岡崎君自身の感情で壊してしまったということだ。

 

ジャンヌは歯噛みして悔しそうにしていた。先ほどまでのジャンヌを見ていて、恐らく岡崎君に信頼があったのだろう。でも裏切られてしまった。ジャンヌの悔しい気持ちが痛いほど伝わってきた。岡崎君……本当にこれを望んでいたの?

 

「冷静になってジャンヌ。熱くなると負けるよ」

 

「お前に言われなくても分かっている。ただ、あいつに対しての気遣いが無用になったと確認したまでだ」

 

ジャンヌが立ち上がり大剣を構える。その目は敵を見る目だった。

 

ジャンヌも私も岡崎君との一対一の接近戦では勝っている。苦戦はするだろうが負けはしない。ただ、私とジャンヌはまだ会って数分、しかも元々敵同士だ。連携が取れるほどではない。ならば

 

「ジャンヌは少し休んでて、私が前に出る」

 

「大丈夫なのか?あの兵器は厄介だぞ」

 

岡崎君が左手に持つあの兵器。あれによる機動力の底上げは私たちにとってかなり脅威だ。構えた瞬間に逃げられればこちらも対応が難しくなる。

 

ただ

 

「大丈夫だよ。任せて」

 

秘策は、あった。

 

足をぶらぶらと動かしている岡崎君に走り込む。体勢を低くして岡崎君の左手に目線を集中させる。

あの兵器は移動する前に紐状の何かが飛び出す。それさえ確認できればどちらに移動するのか丸見え状態だ。もちろん岡崎君もそれを分かっているので見えない工夫をするだろう。だが

 

「……いい加減にしろ……」

 

「はあっ!」

 

横に切り裂こうと振った刀を上半身を曲げることで避けられてしまう。

岡崎君はそのまま両手を地面につけ左足からの蹴りを放ってきた。

 

それを当たるか当たらないかのギリギリで避す。そのとき岡崎君の左足が私の視界を遮った。その瞬間、

 

岡崎君が姿を消した。先ほどと同じく突然、左足を振るうと同時にあの紐状の何かを放ったのだろう。一瞬にしてどちらかの方向へと移動したのだ。

 

このままではまた二の舞を演じてしまう。

 

 

 

目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。

 

 

 

そして

 

 

 

上から振り下ろされる、かかと落としを予期した。

 

「……お……!?」

 

今度は上に打ち込んでいた岡崎君だったが、それを読んだ私は足が当たるより前に回避した。

 

私は相手の行動をその本人より早く読み取り、先手を打つことができる。

 

 

私は隙だらけの岡崎君の肩を掴みお腹に拳を叩き込むことに成功した

 

「……あぁ、なるほど……これがあいつの言っていた……」

 

くの字に折れ曲がった状態なのに普通のトーンで話す岡崎君にゾクッと寒気を感じた。かいていた汗がひやりと冷たく感じる。

 

(……落ち着け私。相手は岡崎君。ただの人間なのだから。感情を高ぶらせると、負ける)

 

はっと体が固まってしまっていたことに気づき、もう一度拳を叩き込んだ。反応はないが、このまま意識をもらおうとさらに、拳を引く。

 

「……じゃあよ……これも避けれるんだろ……?当たって死んでも文句言うなよ?」

 

「!?」

 

そう思っていた私に向けられたのは

 

小型銃

 

躊躇なく引かれた弾は私の額目掛けて放たれる。だが、それくらいなら避けることは容易い。

 

懐から出した瞬間、岡崎君から距離を取り、撃たれた弾を刀で弾いた。次々と撃たれる弾を一つ一つ弾き飛ばす。しばらくして岡崎君の小型銃に弾が尽きる。

 

私に当たった弾は、ない。

 

「……すげ……っ!?」

 

「岡崎ぃ!!」

 

なぜかハイテンションになる岡崎君がまたこちらに来ようとする中、ジャンヌが私の横を走り抜ける。

 

岡崎君は手に持つ兵器の紐をぐいっと伸ばしその大剣を支えた。

 

「岡崎!私を裏切ったな!」

 

「……ちょっと退けろジャンヌ。今いいとこなんだからよ」

 

「どこまで堕ちれば気が済むんだお前は!!」

 

ジャンヌがもう手加減なしに岡崎君へと攻撃を仕掛ける。防戦一方の岡崎君は紐を楯に少しずつ後退していくが、やはりジャンヌの方が一枚上手のようだ。次第に岡崎君にダメージが蓄積され

 

そして━━

 

「はああああ!!」

 

「ぐっ」

 

岡崎君の持っていた兵器がジャンヌの大剣によって吹き飛ばされ、さらにそれを追撃したことによって、完全に破壊することに成功する。

 

岡崎君はそれも気にせずジャンヌに突っ込んで行くが、腕を押さえられさらに一撃を加えられてしまい、倒れこんでしまった。

はっはっと苦しそうに息をする岡崎君はもう動くことが出来ないようだ。無力化には成功した。

 

だが、ジャンヌの怒りは収まっていなかった。

 

「終わりだ岡崎。私に武偵法などというものはない。ここで生涯を閉じてもらうぞ」

 

大剣を振り上げるジャンヌ。まずい、このまま岡崎君を殺させるわけにはいかない!

 

「待ってジャンヌ!岡崎君を殺してはいけない!」

 

「お前は黙っていろ星伽。これは私と岡崎の問題だ、お前との決着は後でつける」

 

「……」

 

岡崎君はただぼーっと横を見ていた。ジャンヌのことなど一切見ていない。

その反応にさらにジャンヌの怒りが増した。もうその目に信頼など、ありはしなかった。

 

「……ッ!!」

 

ジャンヌが振り上げた大剣を思いっきり振り下ろす。

 

私は走った。刀を前に出して、少しでもジャンヌの大剣に当たるように、岡崎くんを助けれるように━━!!

 

 

しかし、そう上手くいくものではなかった。刀は大剣にギリギリ届かず、助けることができない。

 

そう思った、

 

 

瞬間だった

 

 

 

 

「……きょう、ちく、とう??」

 

 

 

 

 

ガンッ!!

 

振り下ろされたジャンヌの大剣は地面に思いっきりめり込んだ。その勢いを殺せず、地面が割れてしまう。

 

広がった亀裂が私の足元までやってきた。

 

しかし、

 

そこに岡崎君の姿はなく

 

 

「…え?」

 

 

 

私の刀も手元から消えていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

Kyochikutou side

 

「・・・はぁ、はぁ・・」

 

痛みに耐えきれず片膝を地につける。

流石に理子が苦戦するだけある。ここまでキツイとは思わなかった。

 

アリアと遠山のコンビは予想通りかなりの手練れだった。

私が毒手使いだとすぐに見抜き、それぞれ機敏な動きで私を翻弄し、隙をみて攻撃してくる。

ワイヤーと徒手格闘で応戦するも、負けるまでの時間稼ぎにしかならなかった。

 

二つの銃口が私を狙う。回避する術は、ない。

 

「もう諦めなさい。あなたは私たちに勝てないわ」

 

「もうこれ以上女の子が傷つく姿は見たくないんだ。アリアの言う通り、降参してくれないかな?」

 

私は痛む右手を押さえながら、その二つの銃口を見つめた。

 

そして、自分の行動に疑問を感じる。どうして私は、ここまでこの2人を止めようとしているのか、どうしてここまであの岡崎修一に肩入れするのか。

 

どうして?

 

疑問が疑問を呼び、また疑問が増えていく。

 

どうして?

 

友人だから?いや、それならジャンヌもそうだ。しかもジャンヌとの方が長い付き合いなのだからそちらに手を貸すのが普通じゃないだろうか?とするとこの答えは不正解だ。

 

・・・?

 

よくわからなかった。今までで考えても結局わからなかったことなどかなり少ない。東京大学参考書の内容だって、間宮家にまだ誰も知らない未知の毒が存在する可能性があることだって、自力で調べて考えることで答えを出すことはできていたのに。この答えだけはよくわからなかった。

 

そしてもう一つ

 

確か最初は理子と同じ気持ちで行動していたはずだ。ジャンヌと星伽の対決に横槍を入れさせない。もし介入しようとしたら私が止める。そう思っていたのだが。

 

気がつくと岡崎の援護に回っている自分がいた。

 

ただ、これには一つだけわかることがある。

どうしても、この2人には邪魔をさせたくなかったということだ。

 

どうして?

 

岡崎が、自分のしたいことをしている今の状態を壊してほしくなかった。

 

誰が?

 

私が・・?

 

どうして?

 

岡崎がしたいなら、止めたくなかった・・から。

 

・・・どうして?

 

私と、似ているから。

 

 

 

「・・なるほどね」

 

そして一つだけ理解できた。私が岡崎を止めなかった理由。

 

その『興味があるものには他人の不幸を考えず飛び込んでしまう』という部分が私と似ていたからだ。

 

私は決していい性格とは言えないだろう。自分の興味あるものにしか行動せず、無関心。

ただ、興味があるものには()()()()()()()()()()()()()()()

その私の性格と岡崎の今の行動が全て同じだったからだ。

だからこそ、止めたくなかった。例えそれで岡崎が後悔することになっても、私には止めることができなかったのだ。

 

そこまで考えて思わず笑ってしまう。これだから自分に甘いと理子やジャンヌに言われてしまうんだ。

 

でも、そんな自分が嫌いではない。他人の不幸を気にして、手に入るものは少ないと今でも思う。

 

だからこそ、やはり岡崎の行動を否定する気にはならなかった。

 

アリアと遠山が距離を詰めてくる。

もうこれ以上は策がなかった。完全な敗北だ。

 

「やるなら早くやりなさい。さもないと、いつの間にか毒されてしまってるかもしれないわよ?」

 

「殺しはしない。でも、少し眠っててもらうわ」

 

アリアは私の防弾セーラーを狙っている。これで私も終わりかしらね。

 

そう、観念し、目を閉じる。

 

そして、アリアが引き金を引いた。

 

 

パンッと乾いた音が聞こえ━━━━

 

 

そして

 

・・・・・・・。

 

金属の切れるような音が、かすかに聞こえた気がした。

それから、私の体にはなにも衝撃がない。

アリアの撃った弾は確実に私の体を狙っていた。あの距離だ、外すはずがない。なにがどうなっていると目を開けた。

 

 

そして、信じられない光景を見た。

 

 

「・・・切れ、た」

 

「お、岡崎・・!?」

 

そこには、刀を構えてふらつきながらも私の前に立っている岡崎の姿があった。

アリアの弾をその持った刀で弾いたのだろう。

 

「・・切った・・切れた、俺にも・・はは」

 

ゆるりと立ち上がると、刀を構え、アリア達の方へ歩いていく。

 

「…ははっ!」

 

そして、笑いながら刀を振り上げ、遠山の方へと走り出した。

 

遠山は顔色一つ変えず、岡崎へと銃口を向ける。

そして、引き金を引いた。

 

銃口から飛び出した弾は岡崎の制服目掛けて飛んでいくが、

 

「……俺にも、俺にも、切れる…!」

 

それを岡崎は走りながらに切り落とし、さらに距離を詰める。

 

「俺は、白雪を傷つけるやつに容赦しない」

 

「!!」

 

タタタンッ!!

 

静かな倉庫内にまた銃声が響いた。今度は1発ではなく、3発。岡崎は1つ切り落とすことに成功したが、残りの2発を命中させられてしまった。

 

さらに

 

「……っ!?」

 

 

その後に2発。計4発が岡崎の体に突き刺さる。

「デュランダルと白雪の声は聞こえていた。お前、自分の意思で白雪を攻撃したんだってな。俺に言ったことをお前が破ってどうするんだ。黒幕を捕まえるんじゃなかったのかよ!」

 

遠山が叫ぶ中、岡崎は刀を離し、頭から倒れ落ちる。どうして倒れたのか理解できていないのか目を見開いていた。

 

 

私は駆け寄り、岡崎に肩を貸した。慌てて顔色を確認する。

 

 

「岡崎!返事をしなさい!岡崎!」

 

頬を叩いて反応を待つ。もしかしたら・・

 

「・・・う」

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

・・俺は、正気に戻っていた。

キンジに弾を撃ち込まれた瞬間、頭が割れるようにグラついたと思えば、先ほどまでの心地よい空気が一瞬にして冷めた。

夾竹桃の腕の中で、詰まる息を無理矢理吐き出しながら、先ほどまでの自分を振り返る。

 

そして、気づく

 

「・・・ぁ」

 

『岡崎!私を裏切ったな!』

 

ジャンヌの気持ち。一対一で戦いたいという気持ち。俺はそれを踏みにじった。途中で割り込んで、馬鹿みたいに暴れてしまった。一番協力したいと心から思った相手に、その逆の行動を取ってしまった。知っていたはずなのに、邪魔をするつもりなんてなかったのに。

 

 

『俺に伝えたことをお前が破ってどうするんだ!』

 

キンジを説得した俺が、俺自身が破ってしまった約束。黒幕に近づくチャンスを、俺自身が殺してしまった。

 

「・・ぁ・・ぁぁ」

 

『岡崎君!どうして!?』

 

星伽は俺の行動を最後まで否定しようとしてくれていた。この足を治療してくれた恩人に対して、俺は暴力を振るった。

最悪だ。星伽は俺になにも悪いことしていないのに。俺は、なんてことを・・

 

 

そして

 

 

 

『・・確認しておくけど見るだけよ?アリアがジャンヌの邪魔をしても介入してはダメ。理子からもそこだけは言われてるから』

 

夾竹桃。なぜ夾竹桃はここまで傷付いている?どうして、夾竹桃は身体中を傷だらけになってしまっている?ただ見てただけじゃこうはならない。

それは俺が自分勝手に暴れたから。自分の感情に負けて、自分のことだけを考えて行動してしまったせいだ。

 

俺の中で深い後悔に襲われる。

それぞれの気持ちを踏みにじった行動をしてしまった。・・いままでたまたま勝てていた自分の欲が生み出したこの現状に、自分の弱さに、悔しさを感じる。

 

俺は、いままでどうしても欲しかった、欲しくても手に入らなかった

 

 

大切な『友人』をこの手で失った。

 

「ぁぁ・・ぁぁ・・ぁぁぁぁあああ!!」

 

俺は地面に這いつくばり、頭を抱える。もう、何もかもがどうでもよかった。してしまったことをなかったことにするようにただ地面に顔を打ち付ける。

 

「・・岡崎は」

 

「どうやら正気に戻ったみたい、だね」

 

ジャンヌと星伽が俺の元へ集まってくる。俺は顔を上げることができなかった。もう、顔も見たくなかった。

 

これからみんなは俺をどうするのだろう。

 

全員で俺を叩きのめすのか、それとも海にでも沈めるのか。

 

どちらにしろ、俺には抵抗できない。する気もない。

 

ただ、それで気が晴れてくれるのなら、それはそれで構わないとすら感じた。

 

 

 

絶望

 

 

それを実感していた。

 

 

 

俺はもう、どうなっても構わない

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

Jaenne side

 

顔を伏せる岡崎を見て、私は怒りが少し収まりつつあった。確かに岡崎のやったことは私にとって裏切り行為に他ならない。

もちろんそう分かった時は怒りも湧いた。

ただ、今の岡崎を見て更に問いただす気にはならなかった。後悔した者に、追い打ちをかけても無駄だ。

 

これからどうするか、今はそのことだけを考えていた。

 

その時

 

 

外から、サイレンの音が聞こえた。

 

 

「この音は・・」

 

「誰かが警察に通報したようだ」

 

アリアと遠山がそう判断した。そして私にはその通報した犯人も分かっている。

 

(・・理子か)

 

『もし修一が危険な目にあったら、作戦ぶち壊してでも止めるよ。いいね』

 

そう言っていたのを思い出す。ここで私の邪魔をした岡崎を助けるということは私に対しての敵対行為だと理子自身わかっているはずだ。

 

だが行った。ここでも理子は岡崎を優先するのだなと岡崎に対する理子の信頼度を再確認した。

 

そして、

 

カランカラン

 

近くから何か丸い金属が投げ込まれた。それは私たちのいる場所まで転がってくる。

 

 

それは

 

 

「閃光弾!?みんな目を閉じて!!」

 

 

星伽の言葉に私と遠山、アリアが従った。その瞬間、光が私たちの間を包み込む。

 

気づくのに遅れた私たちが完全に視力を戻したときには・・

 

 

岡崎と夾竹桃の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の章に関する私の感想は20話にて記入していますご覧ください

ああ、一万字短いなあ

#ちなみに今回岡崎の使っていた円状の兵器とは『のびーる君2号』のことです


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20 そして、本当の友人を確かめる

「19話のあらすじ」
自分の欲だけを優先し暴れ、気づいた時にはもう遅かった。
何故か自分を助けてくれる夾竹桃の肩を借りて倉庫から抜け出す。
修一の心は荒んでいく…


ズルズルと、ゆっくりと進んでいた。武偵高まであと15分ほどだろうか。

 

夕方のオレンジの光を受けながら人の通らない路地裏のような場所を俺は歩いている。夾竹桃の肩を借りて、ただゆっくりと、歩いていた。

 

「ねえ、もう少し力入れて歩いてくれないかしら。貴方かなり重いのだけど」

 

「…………。」

 

俺は顔を伏せ、ただ引きずられるように歩いていた。だが、そんなことも気にする余裕もなく、俺は後悔の念に襲われている。

俺はもう、どうなってもよかった。

 

友人を裏切る。その行為を始めてしてしまった感覚はあまりにも苦しくて、辛かった。

急に吐き気が襲ってきたり、目の前が真っ暗にもなった。

それほどまでに、俺にとって彼らは掛け替えのない宝だったのだと失ってから気づいた。

 

一年の頃の俺にとって、本当の友達などいなかった。

あるのはEランクへの差別と暴言。

知りもしない、見たことすらない生徒から見下される日々。

なにもしていないはずなのにくすくすと笑われる毎日。

あのころの俺の心はズタボロだった。

毎日毎日、常に誰かに見下され、笑われ、怪我ですら馬鹿にされてしまう。そんな毎日。

 

だからこそ、友人はいらないと。友人なんかできないと思っていた一年。もちろん、俺に友人などいるわけがなかった。

 

しかし二年次の始業式当日、俺は初めての友人ができた。

 

峰理子。あいつは俺の力を試すためにやって来たのだが、それでも友達になってくれた。

 

素直に嬉しかった。初めての友達という響きに心が嬉しくなって踊った。武偵殺しだと分かった後でも、その気持ちは変わらなかった。

 

そして、アリアとも友達になることができた。

その時の俺はSランク武偵のことが嫌いだった。才能がある者というだけで嫌な気分になっていた俺は、才能がある人間とは友達にはなれないとそう思っていた。しかしそんな俺にできたSランクの友人。正直悪い気持ちはしなかった。アリアが身分を気にしない性格だったからだろう。アリアと友人になれたことが素直に嬉しかったんだ。

 

次に、夾竹桃。

俺のタイプドストライクなどといつもふざけて思っていたが、本当に魅力的な女性だと思う。最初は俺に重労働をさせ自分は優雅に暮らすようなダメ女などと思っていたが、それだけで人は判断できないと分かった。なんだかんだと言いながら、結局は人の心配をするような優しい奴だとわかってから夾竹桃の良さをもっと知ることができた。

それからも俺はその性格が好きで何度も夾竹桃を訪れた。毎回行くたびに一言文句を言われてしまうが、愚痴を最後まで聞いてくれるいい奴で、いつの間にか一緒にいることが多くなっていった。

 

ジャンヌだってそうだ。突然現れたと思えば、変なことをすぐに言い出すような面白いやつだった。Eランクの俺なんかにも気兼ねなく接してくれて、俺としても本当に嬉しかったんだ。

 

星伽だってそうだ。俺なんかのためにわざわざ病室まで来て手当してくれるような、優しい奴だった。

 

皆、俺なんかを友達と思ってくれていて、俺も大切な友達だと思っていた。

 

それが、

 

 

今はもう、

 

 

存在しない。

 

 

ジャンヌと敵対してしまったことで、『イ・ウー』そのものと敵対した言ってもいいだろう。つまり、今隣にいる夾竹桃とも、理子とも敵対してしまったことになるし、星伽にはもう会わせる顔がない。

アリアやキンジとだって敵対してしまった。これでは

 

 

俺にまた

 

 

一人ぼっちでの生活が訪れる。

 

ゾクッと寒気が襲った。いやだ!と心の中で叫ぶ。

 

だがそれは自分の手で、自分の行いで壊してしまったものだ。

 

一年からずっと欲しかった。欲しくて欲しくて堪らなかったものを、

 

ただの感情一つで、

 

全部壊してしまったせいなんだ。

 

「……俺、どこで間違えたんだろう」

 

そう言ってしまう自分がそこにいた。あの対戦をただ見てればよかった。そこが間違い?……それも間違いだろうがまだ違う。対火野ライカ戦、アリア戦で変に自信をつけてしまったのが間違い?……それも間違いだ。なら━━

 

散々過去を振り返り、全てを間違いだと否定し始めてしまう。俺は全てを間違っていた。そう認識し始めようとした━━その時、

 

 

 

 

 

 

「別に、なにも間違ったことはしていないと思うわよ」

 

 

 

 

 

夾竹桃の言葉が、すっと体に染み渡った。

 

 

 

「…………え?」

 

俺は思わず顔を上げて夾竹桃を見てしまう。夾竹桃はただ前を向いて俺に伝えてきた。

 

「人間だもの。自分を優先してしまう時なんて沢山あるわ。もちろん友人よりなんてことも沢山。生きてる以上、自分を可愛がらない人なんていない。安心しなさい、あなたがやったことは最低とまで言われるほど、人間離れした行動じゃないわ」

 

俺が夾竹桃に巻いている手をギュッと握ってくれる夾竹桃。その対応は、どう見ても、俺を嫌った行動ではなかった。

 

俺は溢れ出しかける感情に違うと強く言いつけつつ、夾竹桃に伝えた。

 

「……なん、で?……俺は、ジャンヌと敵対、したんだぞ……?どうして、俺を励ますような言い方を……」

 

「さあ、なんでかしら。私にも分からない。あの時普通ならジャンヌに加勢しているはずだって私も思うけど」

 

そう言うと夾竹桃は、俺の目を見て、ハッキリと伝えてくれた。

 

 

「どうしても、貴方の方を手伝いたくなったの。ジャンヌと敵対しようとも、遠山キンジやアリアと戦おうとも、貴方と同じ『友人に迷惑かけても自分の欲求を満たしたかった』。私もそうなのだから、岡崎がそこまで悩むこともないと思うわ。

 

 

だから、元気だして?」

 

 

 

そう言って夕日をバックに笑う夾竹桃の顔は、二度と忘れることはないだろう。それほどまでに美しく、俺の心にぐっと突き刺さった。下唇を噛んで、顔の皮膚に力を込める。

 

先ほどまで漏れ出しかけていた感情が漏れ始めた。

 

 

「じゃあ、俺と、まだ、友人として、接してくれるのか?」

 

「そうね。原稿の手伝いをさせてあげるくらいはしてあげる、他は・・あなたがお金を払うなら考えてあげてもいいわ」

 

 

 

俺にも

 

まだ

 

友人が、いる。

 

 

 

それだけで、冷たくなっていた心に温かさが戻ってくるように感じる。

喉元にぐっと何か沸き立つような、息がしにくくなるほどに嬉しかった。

 

次々と漏れ出す感情に身体が耐えきれなくなっていた。目頭が熱くなり顔の皮膚が小刻みに揺れる。

 

 

 

「ほら、分かったらちゃんと歩いて。私1人であなたの体重は支えきれないから」

 

「……ぐす……ああ、分かった」

 

「なに?泣いてるの?」

 

「ば、バッカ!泣いてねえよ!」

 

俺はイカれた左足の方を夾竹桃に任せ、もう片方の足で自力で歩くことにした。人は、信頼できる友人がいるだけで、こうも変わるのかと初めて感じた。

 

 

信頼できる友人。その言葉が今の俺には本当に嬉しかった。失ったと思っていたものがまだ残ってくれたこの感情。胸の内が暖かくなるのを感じた。

 

 

「ありがとな、夾竹桃。あと、悪かった。お前までこんなに傷を負わせて」

 

夾竹桃のセーラ服もかなりボロボロになっていた。ところどころ切り傷が見える。俺のために、夾竹桃は身体を張ってくれたんだということが、とても嬉しかった。

 

「別にいいわよ、これくらい。『イ・ウー』のときはもっと酷い怪我もしてたから。気にしなくていいわ」

 

そう言ってくれる夾竹桃の優しさに、俺は心が暖かくなった。こんなにもいい友人がいるだろうか。俺は本当に幸運なやつだろう。

 

そして、俺たちは武偵高校に到着した。裏から入ったため他の生徒にはまだ気づかれていない。まだ時間的にアドシアードの片付けの最中だろう。このまま隠れて行けば誰にも会わずに男子寮に帰ることができる。

こんな姿、誰にも見せるわけにはいかないからな。病院まではここから少し距離がある。

都会の中を通らなければならないし、まずは自室で応急手当をするつもりだ。

 

夾竹桃の手を借りて俺たちは少しずつ進んでいく。

 

「でもね、岡崎」

 

進みながら突然夾竹桃が話し始めた。

 

「岡崎自身が解決しても、まだダメ。やるべきことが残ってる」

 

「やるべき、こと?」

 

俺は夾竹桃の言いたい意味が理解できずに、ただ首を傾げた。

 

「でもそれは、私が言える立場じゃないの。私自身、出来ていないことだから━━━━」

 

俺たちはあの男子寮側のベンチまでたどり着く。そこには、

 

 

 

「だから、最適な人に後はお願いすることにしたから」

 

 

 

1人の、金髪ギャルが立っていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

夾竹桃は、俺をベンチに下ろすと「疲れたから帰るわ。後はよろしくね」とだけ言って帰って行ってしまった。俺の隣には、金髪ギャルが落ち着いた様子で座っていた。

 

「……よ、よう、理子」

 

「やっほ。しゅーちゃん」

 

理子は俺のあいさつにきちんと返してくれた。それにほっと安堵する。横から吹く風の音が、とても大きく聞こえた。

 

夾竹桃はああ言ってくれたが、理子もそうだとは限らない。祭りで見た感じジャンヌとはかなり仲良しのようだし、もしかしたらこれで理子との関係も最後かもしれない。

 

そう思うと、無性に寂しさを感じた。

 

「しゅーちゃん」

 

そう思っていると、理子から話しかけてきた。俺は戸惑いながらも返事を返す。

 

「しゅーちゃんさ、いまどんな気持ち?」

 

いきなりの質問にさらに戸惑ってしまう。やっぱり、見ていたのか。

 

「どんな気持ちって……やっぱり後悔してるよ。今回のことでアリアとキンジ、星伽にジャンヌに理子、大切な友人を一気に失っちまったからな」

 

俺の中で、まだ渦巻く後悔。それはもやもやと俺の中に漂っていた。楽しかったあの時間を思い出して、もう二度と戻らないと思うと途端に胸が苦しくなる。

楽しかった思い出が、全て夢だったかのように・・。

 

「……そっかぁ。まあジャンヌを裏切って、足を治療してくれた星伽さんに攻撃して、説得したキンジに相反する行動して、アリアにも敵対するようなことしちゃったもんね」

 

「…………」

 

自分でも全く同じようなことを感じていたが、やはり人に言われると辛くなるな。やはり理子も怒っているようだ。

 

「あれ?しゅーちゃんヘコんじゃった?」

 

「い、いや、本当のことだし、その、通りだし・・うん」

 

笑う理子から顔をそらす。こいつ・・何が言いたい?

 

「そ、れ、と理子も怒ってるんだからね〜ぷんぷんがおー!」

 

両手を頭に乗せてツノのようにする理子。ふざけているように見えるが、違う、理子は本気で怒っている。

 

「……ああ、ジャンヌのことだろ。それはもうわかって━━」

 

「違う。そんなことはどうでもいい」

 

理子は即答で俺の考えを否定した。え、どういうことだ?てっきりジャンヌを裏切ったから仲間として怒ってたんじゃない、のか?

 

「理子が一番怒ってるのは、理子の言うことを聞かなかったことだよ。『絶対に病室にいないとダメだからね。理子と一緒にお留守番。変なこと考えない』ってこと聞いてくれなかったでしょ。だからこんなにまた怪我を悪化させて・・」

 

俺の左足を見て、苦い顔をする理子。・・俺はその言葉に驚いた。理子が怒っているのは、ジャンヌのためじゃなく、俺のためだったことに。

 

「……理子、お前━━」

 

「ね、しゅーちゃん」

 

理子は立ち上がると両手を大きく広げた。俺は、ただ、じっと理子を見つめる。くるりと回って、俺の前に立つ。

 

 

「さっき言ってたよね、友達がいなくなるのが辛いって」

 

「……ああ」

 

友達が欲しかった。一年からただ罵倒され続けた過去。もうあの頃には戻りたくない。

 

理子が一歩、俺に近づく

 

「信頼できる人がいなくなるのが嫌だって」

 

「……ああ」

 

せっかくできた、喉から手が出るほど欲しかったものが、一気になくなる不安、それだけが俺の中に溢れる。もうイヤなんだ。

 

理子がまた一歩、俺に近づく

 

「1人は、イヤなんだよね」

 

「…………イヤだ」

 

俺は頷いた。もうプライドなんて必要ない。俺はただ、信頼できる友達が、Eランクの俺でも、こんな俺でも気兼ねなく接してくれるようなそんな友人が。でも、それを今失った。だから━━

 

そして、また一歩、かなりの近距離で見つめ合う。

 

「くふ、修一が今考えてることわかるよ」

 

 

 

 

理子は俺の方ほうに両手を伸ばすと

 

 

 

 

俺の顔をギュッと抱きしめてきた。

 

 

俺は驚いて思わず身を離そうとしたが、それより強く、理子は抱きしめてくれた。

 

 

そして

 

 

 

「でもね修一、だいじょうぶ。

他の人たちが修一のことを悪く言って、修一から離れていっても、理子は、

 

 

理子は修一の味方だよ。

 

 

みんなが修一のことを嫌いって言ってたとしても、悪口を言ってきたとしても、理子は信頼して一緒にいてあげる。どうしたの?って聞いてあげる。だから、安心していいんだよ?

 

修一に信頼できる人がいなくなるなんてことないんだから。

 

失敗したってだいじょうぶ。一緒にどうして失敗したのか考えようよ。2人なら、きっといい案が生まれるから」

 

 

 

理子の言葉が、俺の中で反復する

 

 

俺は、理子の胸の中で、感情が高まるのを感じた。先ほどから抑えていた感情が溢れ出す。

 

うまく息ができなくなり、口元が震える。それは、止められるはずもなく、涙となって俺の目から次々と溢れ出した。

 

そしてそれは目だけでなく口からも漏れだし始めた。

 

「……りこ、おれ、し、失敗した、失敗しちまったんだ……っ!」

 

「うん」

 

「……ほんとはっ!ただ、見るだけのつもりだったんだ!っでも、見てるうちに、感情が、っ、溢れて!頭真っ白になって!」

 

「うん、うん」

 

俺は男らしさなど捨てて、ただ、自分の隠していた感情を爆発させてしまう。

 

理子の制服が俺の涙で濡れていくのも、理子は全く気にせずにさらに強く抱きしめてくれた。

 

「だからっ!気づいた時に後悔したんだっ!俺は、なんてことしたんだって!だから、だからっ!」

 

「辛かったねしゅーちゃん。いいよ。今は理子しか見てないから、思うだけ泣いちゃおう」

 

俺は大声を上げて泣いた。大人気なく、プライドも恥じらいも捨て、全てをさらけ出して泣いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「……ああ」

 

しばらく泣き続け、頭を撫でられ続けて、ようやく落ち着いた。理子の胸から離れ、涙を袖で拭いた。

 

「サンキューな理子。本当に助かった。あと、その……このことは誰にも言わないでくれると」

 

「うん。いう訳ないじゃん。理子だって泣きついたんだしさ」

 

「そういやそんなこともあったか」

 

俺はベンチに身体を預け、空を見上げる。これだけ泣いたのは久しぶりだ。しかも女子の前で。しかも頭まで撫でられて。途端に恥ずかしくなってしまった。男として情けないな、俺。女子かよ。

 

「ね、しゅーちゃん。これだけ泣いたらさ、次やることわかったんじゃない?」

 

「え?」

 

先ほどの自分を恥ずかしがっていると、胸元の濡れた理子が笑いながらこちらを向く。

 

やること?……なんだ?

 

首をかしげる俺に理子は、はぁと息をはいた。

 

「もー、しゅーちゃん。こんなに泣いてまで失いたくなかったのはなに?」

 

「え?ゆ、友人?」

 

「そうでしょ! じゃあそんなに大切にしていたものを、簡単に諦めちゃうの?」

 

「え、それってつまり……」

 

理子はくるくると回って俺の隣に座った。そして

 

俺のするべきことを、一緒に考えてくれる。

 

「そう!しゅーちゃん

 

ごめんなさいって、みんなに、謝りに行こう!

 

やってしまったことはもうどうしようもないけど、謝らないと前にも進めないよ!いえーい!」

 

 

俺は目をパチクリさせてしまう。え、謝りって、あいつらに?

 

「む、無理だって。あいつらに合わせる顔ねーよ」

 

あの現場を無茶苦茶にして、ただ逃げてしまったんだ。あいつらの怒る顔が目に浮かぶ。またあいつらに会うなんて・・

 

「もー!無理って言葉使うなって言われたんでしょ!しっかりしてよしゅーちゃん!」

 

「……あ」

 

 

『私は嫌いな言葉が三つあるわ。無理、つかれた、めんどくさい。この三つは人間のもつ可能性を押しとどめるよくない言葉。私の前では二度と言わないこと!』

 

 

俺は忘れていた。そうだ。もともと俺は、その言葉でこの2年生を続ける気になったんだった。俺を変えた言葉を忘れてしまっているなんて……。そういや、それを言われたのもこのベンチだったか。スゲーなこの場所。

 

「そう、だったな。……よし行くか、謝りに」

 

 

「うん!もちろん全員が許してくれるとは限らないけど、理子も一緒に行くからさ」

 

 

「……ああ、ありがとう。本当に、ありがとな、理子」

 

「……くふ、しゅーちゃん、キャラが違うよ?しゅーちゃんなら『ついて来い理子!俺たちの戦いはこれからだ!』とか引くようなセリフを恥ずかしげもなく言うんじゃない?」

 

「……ばっか。そっちのほうが俺らしくねーよ」

 

俺たちはお互いに笑い合った。

 

 

 

俺はもう、後悔はしていない。

 

 

これからのために、後悔をしている暇などない。

 

 

 

 

「よっし!まずはその足を治療するところからだね!一旦しゅーちゃんの部屋に入って応急手当したら病室行こう!」

 

「ああ、わかった」

 

俺は肩を貸してくれる理子と、先ほどまで一緒にいてくれた夾竹桃に感謝していた。病室で俺の右に夾竹桃、左に理子がいたあの空間を思い出す。またこのメンツかよと言ったが、実際あの空間は不思議と心地よかった。あのときはまだその意味を理解できていなかったが、今なら理解できる。この二人だからこそ、そう思えたのだ。

二人がいなければ、俺はまだ後悔の中を彷徨っていただろう。

 

二人の励ましがあったからこそ俺はこうして前を向ける。

 

俺はそう思いながらこれから自分がしなければならないことを改めて考え直した。

 

 

 

 

 

 

もう、感情には、負けない  負けたくない

 

 

 

 

【第6章 「VS感情」 終】

 

 

 

 




さて、ここからはこの話の内容と私の気持ちを書かせていただきます。

まずこの章でなにがしたかったのかですが。それは今回の話で出た夾竹桃と理子にそれぞれのセリフを言わせたかった。

ただそれだけです。


そのために修一くんには挫折を経験させることにしました。

皆さんも失敗することってありますよね。大きな失敗をして心が沈んでしまうことがあると思います。私にももちろんあって、その時一人でいると「私に味方っていないのかな」と思ってしまうのです。

そんな時、夾竹桃や理子みたいに心から信頼出来て、本音を話せる人がいれば、どれだけ救われるか。
どれだけ安心するか。その気持ちを理子と夾竹桃でやってみたいと思い、この章を作りました。

上手くできたかかなり不安なのですが・・(恐ろし)

私も初心者ですし、見落としている場合がありますのでそうなってしまっている場合がありますから。

皆さまからの感想をとてもお待ちしています。

さて、ここからは皆さんからいただいた小説に対する返答です。
長文を書いていただいてとても嬉しかったのですが、ここでは見やすくするため要点のみを引用させていただきますね。ご了承ください。

(1)伏臥 さん、駆け出し始め さんより

Q1 やはりなんとも主人公君のランクに妙な引っ掛かりを覚える。
格闘がBランク相当で銃の命中精度だけでEランクとかになるなら、銃射てる奴は狙撃科行けばいい話になる。
強襲科は鎮圧能力が評価に繋がると思うから、うーん、と言わざる負えない。
それに命中精度もサブマシンガンとかのばらまきが出来る火器なら補えるし、平賀にでも頼めば何とかなるのではと思ってしまう。


Q2やはりオリジナル主人公の強襲科ランクがEなのは凄く納得がいきません。
  仮に制圧能力や連携が取れないとしても、キンジは入学時単独行動のみで試験を切り抜けて連携のことを考慮されずにSランクを取得しましたし、アリアは自他共に同ランク以外の連携が苦手と言われてますので、連携能力の有無でEランクになるのは変だと思います。



A ランクについてですが、こちらも考えてありますのでご心配なく。
章はあと三つほど書く予定なのですが、ここで主人公のランクの理由がわかるようにしています。そこまでは「あれ?修一、強すぎじゃね?本当にEランクかよ?」という感情のまま読んでいただくと、より一層楽しく読んでいただけると思います。お待たせして申し訳ありません。




(2) 駆け出し始め さんより

Q 骨折した状態で身を案じてくれた友人の想いを踏み躙り、しかも助力不要と断った相手が一応1対1で闘っている状態に横槍入れるとか、下種の所業にしか見えない気が……。
仮にジャンヌと敵対すればほぼ理子と夾竹桃に対する敵対&裏切りで、白雪と敵対すれば一応治療をしてくれている相手に恩知らずにも敵対する犯罪者で、アリアとキンジと敵対すれば治療を施してくれていた相手を危険に晒す恩知らずの犯罪者。……本当何がしたいんでしょうかね?
 


A ここは解答を感想と変更させてもらいますね。今回の話の通り、岡崎は「自分の力を試したかった」「白雪の力を自分の手で確認したかった」それだけのために行動しました。
もちろん、最悪です。恩知らずで、裏切りですね。
そのことを修一も酷く後悔しました。私としては主人公に挫折を味合わせたかったのです。より人間らしくしたい。その気持ちを込めて書かせていただきました。今回の話で理解してもらえたなら嬉しく思いますが、もしなにかあれば気軽に感想欄にお書きくださいね!


(3)トリック  さんより
 
Q 修一は相手が強ければ強いほど自分のやる気が上がるという、いわゆる戦闘狂ですか? 主要キャラたちとは違い、超能力や異能といった力ではなく自身のセンスで。


A そうですね、そう考えていただいて問題はありません。ただ今回の話を読んでいただいてわかっていただけたかもしれませんが、これから戦闘狂になることは極めて低くなると思われます。これだけ自分の行動に後悔したのですから、もう修一は自分の感情と戦って、自分の力で強くなっていけると思います。




今回は以上となります。みなさん、批判などとは全く思わないのでどしどし感想をよろしくお願いしますね!



さて、次はもう一話を挟めて次章に進める予定だったのですが、
思った以上にランクについての感想が多かったので予定を変更しまして

番外編を書かせていただく予定です。

もちろんランクについての話になっています。「番外編じゃなくて続き書いてよ」と思ってくださる方がもしかしたらいらっしゃるかもしれませんがご了承ください。

実際に重症な骨折をした方にはあの下山シーンは嫌なことを思い出させてしまったと思います。本当にすみません。できる限りそういう思いをさせないよう気をつけて投稿していきます。

それではこれからも「サイカイのやり方」をよろしくお願いしますね!

・・・あとがき長いな(笑)2400文字だそうですよ。・・短く書くコツを知りたい(困)


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外伝
1 VSランク ① [試験前の夜は徹夜だよな]


今回は番外編になります。修一の足は完治しております。

さらに試験内容を少し増量しておりますのでご了承ください。


それでは、どぞ!


俺は二宮金次郎になった。

 

手に持つ参考書を睨みつけながら、朝の心地いい道を歩く。その目は周りの目線など気にせず、ただ参考書にだけ視線を注ぐ。

少しの時間も無駄にはしない。その姿はまるで薪を背負っての道中に本を読んで勉強する二宮金次郎の様。

 

まさに学生の鏡、今の俺チョーかっこよくない?

 

実際周りから見られてるかどうかなど問題ではない。俺の中で今モテてんじゃねと思い嬉しくなることが重要なのだ。

 

そう、例え現実と真逆の考え方でもだ!

 

…余計なことを考えてしまい、慌ててまた本を凝視した。他のことには全く気にせずに勉強しなければならない

 

 

だって

 

 

「…弾が詰まることが…ジャム?回転式拳銃が…リボ、リボルバー?…は?」

 

 

今日は2年生になって初めてのランク考査の日、つまりは定期テストの日なのだ。

 

 

かなり自信がない。

 

前日から頑張って教科書と睨めっこしているのだが頭に入ってこない。一つ覚えたと思ったらその一個前をすでに忘れていたりすることばかりだ。

どうして銃一つ一つで名前違うんだ。弾入れて撃てたら全部一緒だろうが。

 

頭の中でムガー!!とパニックになることも数回あった。それでも結局やらないといけないと気づき取り組むの繰り返し。…なんなんだこのループ。どうしたら抜け出せるの?

 

「ピースメーカーは別名コ、ルト?SAA?…もう別名じゃん。…あーもー無理だってぇ〜どらえーー」

 

思わず青だぬきを呼ぼうとしてしまうほど、俺は限界だった。

 

もう嫌だ。1年時は一般高校に行こうと思っていたからだから五教科などの武偵高ではあまり評価されない部分の勉強を真剣にしていた。その分こちらの勉強は0と言っていいほどにしていない。1年時には覚えることすら全く記憶になかった。例えるなら英単語のような感覚だ。マズイ、本気でマズイ…

 

だが、避けては通れぬ道。

今日一番にあるのが記述式試験だ。実技が先にあればその間間に一個でも覚えられるものを…!

教師陣の考えが甘いよな。

もっと俺たちに抗う術ってやつを…ああいかんいかん。また余計なことを考えてしまった。

 

 

少しの時間も無駄にしないように俺はまた、二宮金次郎としての姿勢を貫く。そう、こういう時こそ周りに無関心に、ただ集中してーー

 

 

 

「あ、おっはよーしゅーちゃーん!!」

 

 

「……。」

 

 

ただ、無関心に…集中してぇ。

 

 

思わずこめかみを抑えた。

 

「朝に会うって久々だよね!まー理子が時間ギリギリに走ってばっかだからなんだけどさ!いやー昨日も『オオカミ少女と黒王子』見てたら寝るの遅くなっちゃって〜!もー恭也カッコよすぎてさー!ドSの中にある優しさがもうサイコーでーー」

 

突然やってきた金髪ビッチアホオタクギャルが俺の横で俺の知らないアニメをベラベラと話し始めた。

 

 

いや、いつもならいい。いつもは俺もその話聞くし。その後に見せに来るアニメに俺もハマってしまうことが多かったから、いつもなら、いつもなら俺も聞き耳を立てるのだが…

 

 

今日は勘弁してほしい。

 

 

「悪い理子、今日は俺はニノキンなんだ。少しの時間も割くわけにはいかないんだよ」

 

「ニノキン?」

 

あざとく首を傾げる(顔のいい奴がやると本当に可愛く見えるのがつらい)理子を俺は驚いて見た。

 

こいつ、まさかあの二宮金次郎を知らないのか?

 

「にのっちゃんだよにのっちゃん、よくいるだろ?」

 

「にのっ、ちゃん?ねえしゅーちゃん。それ誰?友達?」

 

…マジかよ。

 

「おま、二宮金次郎知らないのかよ。歴史の偉大なお方だぞ」

 

「あ、二宮金次郎ね。略し方独特過ぎて分からなかったよ」

 

こいつあの偉大なお方にのさんのこと知らないのかよ。俺としては考えられないことだな。…まあ俺もテスト前くらいにか思い出さないが。っとそんなこと考えてる時間も勿体ない。

 

「とにかくだ。俺は今忙しいんだからアニメの話しは後な後。隣で歩いてていいから黙ってろ」

 

「あそっか、今日ランク考査の日だっけ。しゅーちゃん受けるんだ」

 

「おう、だから今余裕ないの。いいから、黙って隣歩いてろって」

 

「…ほーい」

 

つまんなそうに唇を尖らせる(あひる口という奴か?)理子だが、まあ、いつも聞いてるし今日くらい我慢してもらうとしよう。こちらも余裕は無いのだ。アニメの話ならいつでもできるだろ?

 

俺はまた本を開いて格闘を開始した。

えっと、なになに?コルト…デネクティブクス…いや、デネクティブスペシャルか。んで次が…コルト、パイソン?

あ?どっちも似てるじゃんもう一緒でよくね? ダメかそっか。

 

「はあ、わけわかめ」

 

「……ねえねえしゅーちゃんしゅーちゃん」

 

「あ?今お前に構ってる暇はないって」

 

ちょんちょんと袖を引っ張ってくる理子。

 

「しゅーちゃんさ、銃の名前覚えてるけど、それって今回の試験にほとんど出ないんだよ?」

 

「……え?」

 

俺はニノキンモードを解いて(かっこいいだろ?違うか、違うな)理子を見る。

 

まさか、昨日から覚えていたのがほぼ出ない、だと?

 

「名前って一年生の項目だし。2年のしゅーちゃんはもっと難しい問題じゃないかな?このへんとか」

 

理子が俺の持っていた教科書をパラパラとめくり、あるページで渡してきた。

 

「…『コルトM1911のマガジンサイズは?』『シグザウエル P226の特徴は?』…」

 

 

俺は、天を仰ぎ、目を細めて、笑った。

 

 

 

うん、無理。

 

 

出題範囲間違えてたとか…ニノキンモード、カスだな。

 

そもそも、コルトなんてらとシなんてらって…どれ?俺の教科書には書いてないよん?俺が無駄に覚えた知識にそんなものは無かったはずだ。

 

 

…あ、あった。

 

 

「しゅーちゃん、それ7。あと下は水につけてもある程度は大丈夫ってこと」

 

「…すげーな」

 

「いや、覚えてないしゅーちゃんがおかしい。これ習ったよ?」

 

「嘘つけ」

 

「本当だって。…あそっか、しゅーちゃん授業寝てたもんね。それならそうなっても仕方ないか」

 

くふっと笑う理子。

うぐ、見られてたか。確かに2年から頑張ろうとは思っていたのだが、そもそも言っている意味がわからない授業は眠さとの格闘なのだ。

ほとんど負けてる、というか勝った覚えないか。…って、あり?

 

「なんでお前、俺が寝てるの知ってるわけ?俺お前の左後ろだぞ?」

 

「…あー。えっと、それは〜」

 

そう、授業中俺を見るってのはつまり理子はわざわざ後ろを見たことになる。…なんで?

 

「しゅ、しゅーちゃんのアホな寝顔を撮ってたんだよ!そんなことよりさ、理子が重要そうなとこ教えてあげよっか!?」

 

なぜか慌て出す理子に本気で首を傾げつつ、最後の言葉に飛びついた。…撮ってたという部分はあとで尋問だ。最悪削除するまで家から出さんぞ。

 

「マジで!?お、教えて教えて!」

 

「くふ♬えっとねーまずここで〜♬」

 

上機嫌になった理子が饒舌に話す中、俺はその一つ一つを丁寧に聞き、できる限り頭に叩き込んだ。いける、いけるかもしれんぞ今回は!!

 

そうして結局、黙ってろという言いつけを俺自身が破らせる形で俺は理子の教えを聞きながら学校へと向かったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「289番…289番っとここか」

 

俺は記述試験の会場に入り、手渡された紙に書かれた番号の場所に向かう。

武偵高校の記述式試験は普段の教室ではなく、専用の場所で行われる。

教室にある机一つ一つには、カンニング防止用の壁が取り付けられており、番号が振られている。

まあカンニングに関しては俺の場合、見てもその意味がわからないからしょうがないんだけどな。

 

そして、この試験には普通と違うことがもう一つある。

 

「・・やっぱパソコンかよ」

 

俺は椅子に座りため息をついた。

そう、ここの試験は紙とペンを持ち、解いていくわけではない。

パソコンを使う。

 

 

しかも

 

 

「・・電源、どこ?」

 

 

俺は機械がかなりの苦手分野だったりするわけで。

 

1年時は基本リサとしか電話しないし、他に機械を使うことがない。日頃もテレビをつけるくらいのことしかやっていないため、機械そのものに触れることが少ないのだ。

 

確かに去年の定期テストでも同じようなパソコンを使ったはずだが・・あー、やっぱ覚えてない。

去年は試験を説明に来た先生を呼び止めてなんとかしてもらったが・・あれは無駄に目立つから嫌なのだ。

周りからクスクス笑われることは、何度やられても慣れることはない。

 

それからしばらく適当にボタンを押すが起動しない。どこだ?

 

先ほど別れた理子のことを思い出す。あいつは俺と違って無駄に機械に強い。というか強すぎる。セグウェイもどきを1から作ったというとだし、どういう頭してんの?いつもあんなアホなのに。

 

それから10分、とにかく適当にポチポチポチカタカタ押すが、反応がない。周りの生徒が次々と立ち上げるのをチラと見て焦り始めていた。

 

この試験では天井からカメラで生徒を確認している。つまり、このままだといつもと同じように、説明に来た先生を止めないといけない。

 

そのときのことを考えて顔が少し熱くなった。

 

あー嫌だ。目立ちたくねぇ・・。

 

 

「あれ、岡崎先輩」

 

「あ?」

 

俺が頭を抱えていると、横から声をかけられた。

 

「・・あぁ。チビアリアか」

 

「だから間宮あかりだよ!」

 

いや、児嶋だよ!みたいに言われてもな。

 

アリアの戦妹である間宮あかりが立っていた。間宮もテスト受けるんだな。

 

 

「なんでここにいんの?一年も一緒のクラスな訳?」

 

「そう、みたいですね。・・岡崎先輩、そこなんですか」

 

どうやら教室で学年を分けているわけではないらしい。

・・というかどうしてそう嫌そうな顔をする。別に俺がここだからって・・あ。

 

俺は右の空いた机を見る。そこはまだ誰も座っていない。

 

「お前もしかして、そこ?」

 

「はい、そうです。・・・。」

 

少しブスッとした表情をした間宮。こいつの中で俺は夾竹桃の仲間だもんな。実際そうだし、反論ないけど。

敵として見ててもおかしくないか。まあ、しょうがないよな。俺だって間宮の立場ならそうする。理子や夾竹桃を殴った相手と仲良くできないのと同じだろう。本人がいいといっても許せるものじゃないし。

 

そう思い俺も間宮から顔をそらす。こういう敵対関係も武偵高ではよくあることだ。俺たちみたいに任務で敵同士になったりすることもある。決して珍しくはないが、

 

ちょっと嫌だなこの関係。

 

そう考えていると、説明の先生がやって来た。

 

・・・あ

 

「なあ、間宮」

 

俺はつい忘れていた

 

「え?あ、はい、なんですか?」

 

目の前にある、最悪の事態に

 

「その・・このパソコン、どうつけるの?」

 

「・・・」

 

や、やめて!そんな目で俺を見ないで!!

 

間宮はため息をつきながらも、起動ボタンの場所とシャットダウンの仕方まで丁寧に教えてくれた。

 

意外と、優しかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『けっこう出来たよ!』

 

近くからドヤっている間宮の声が聞こえる。間宮のいつメン達がわーっと集まっていくのを見つつ、俺はため息をついた。

 

愛されてるなあいつ・・いいな。俺と同じEランクなのにすげえなぁ。

 

いつもは別に気にしないことを、やけに気にしてしまう。

それはいまの俺の感情がだだ下がりしているからか。試験室を出た俺は意味無くキョロキョロと辺りを見渡し、ため息をひとつ。

 

完全敗退だ。

 

惨敗した。点数はまだ出ていないが、そもそも意味がわからない問題ばっかりだった。

 

とりあえず答えもどきを書きまくり、一応全て埋めることは出来たが、期待が全くない。

 

肩を落としながら歩く俺を不審な目で見ている間宮達女子陣。流石に嫌っている相手でもこう落ち込んでると心配してくれるのかね。

 

などと考えていると、

 

「あら?修一じゃない。あんたも受けてたのね」

 

「・・・おーデカアリア」

 

その女子の中にアリアもいた。間宮の声援に来たのだろう。ちゃんとお姉ちゃんやってるんだな。同級生として鼻が高いぜ。・・なんて

 

「デカ?ってそんなことよりどうしてそうも落ち込んでるのよ」

 

「・・話すのもツライ」

 

「・・・あー」

 

どうやらアリアでも察したらしい。アリアも日本に慣れてきたなと感じる。

そうそう、そういう察せるところが日本人のいいところ。

 

 

・・徹夜でなんとかなるさと思うのは日本人の悪いところだけどな。

 

俺だけ?嘘つけ。

 

 

「ま、まあ結果出るまでわからないじゃない、落ち込むのは早いわよ」

 

「・・全部埋めはしたけどよ」

 

アリアらしい前向きな言葉。だが、いまの俺には少ししか響かない。なにせ埋めたと言っても『いいと思います』とか『感覚で』とかそんな感じだからなあ。

 

ポンポンと肩を優しく叩かれるのはちょっと嬉しかったが、睨んでくる間宮が怖い。これでもダメなのかよ嘘だろ。

 

いまさら間宮に怖がってもしょうがないかとアリアと話し始めようとした時

 

部屋にある大きな液晶画面から結果を発表するアナウンスが流れた。

 

「あ、ほら!結果出たみたいよ!行きましょ!」

 

「おい、引っ張るなっての」

 

アリアは俺の手を引いてその液晶画面が見やすい場所へ移動する。アリアが俺と一緒にいるので間宮達も同じ場所に集まった。

 

俺の中でなぜかワクワクする自分がいた。確かに点数は最悪だろうと予想できるが、それでももしかしたらテキトーに書いた部分が合っていて結構いい点を取れてたりするかもなんて期待してしまう。

 

そして、点数が表示された。

 

どうやら点数順に並んでいるらしい。可能性として1番上はない。まず無い、あるとしたら真ん中から下辺り・・・あり?ない・・・ない

 

  ・

 

290 間宮 あかり 28点 Eランク

289 岡崎 修一 8点 Eランク

 

 

以上

 

 

「な、なんでえええ!?」

 

「・・・oh」

 

俺と間宮はガックリと膝を落とした。以上って、俺最低点かよ。というか、間宮が一個上かよ。こいつ頭悪いな。・・俺が言うなってか。せやな。

 

俺たちの結果に頭を抱える一同。そして、間宮の持っていたメモ用紙を確認しだした。

 

「第33問 オートマチック拳銃の命中精度に関わる問題を書け」

 

「価格」

 

「才能・・あ、なるほどそっちか」

 

アリアが読んだ問題に間宮と俺がそれぞれの答えを出す。しかし俺は自分のミスに気付いた。そうだ価格だよ価格。すごいな間宮。

 

「ケアレスミスだな」

 

「どこがよ・・どっちも間違い!」

 

「「ええええ!?」」

 

アリアの返しに特大リアクションで返しつつ、俺はもう一度結果を見た。

 

289 岡崎 修一 8点 Eランク

 

以上

 

 

ここまで『以上』という言葉に苛立ちを覚えたのは初めてだ。何度確認しても、俺の下は『以上』。・・最下位かよ。

 

「・・・はあ、んじゃなアリア、俺もう行くわ」

 

「え、うん。あ!午前の実技試験応援に行くから頑張りなさいよ!修一なら実技で取り返せるわ!」

 

「・・お前、絶対来るなよ」

 

「え、なんでよ!?」

 

「なんででもだ。絶対に来るな」

 

俺はアリアに念を押して辞めさせる。次は実技試験、しかも一対一の接近戦だ。もちろん、得意分野とも言える。というかそれ以外はカスだし。

 

・・だけど、どうしても知り合いには見られたくない試合なんだ。

 

 

12時50分 実技試験開始

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

「ふふ〜んふーん♬」

 

昼休み。ようやく普通の授業が終わり、修一の元へ行くことができるとウキウキしながら廊下を歩く。

 

修一も酷いものだ。あれだけ教えてあげたのに『お前いると気が散るから授業に行ってろ』なんて。

まあ確かに試験場にいてもすることはなかったけど、気が散るってのは酷くない?ま、どうせ点数低いんだし、慰めてあげよっと。

 

まあその後『教えてくれた礼に今日帰りなんか奢るわ。うまい棒でいい?』と言ってくれたから気が散る発言はよしとしよう。うまい棒発言は無視してパフェ奢ってもーらお。

 

というか、さりげなく一緒に帰ることを決定する辺り、修一もデキル男って奴だね!イケてる行動!さっすがー!

 

 

ま、本人はそんなこと全く考えてないだろうけど。アホだし。

 

 

上機嫌の私は『もう行っていい?』というLINEに返ってきた『今から実技だからダメ』という文をもう一度眺め、修一の元へ急いだ。くふ、ダメダメ言われたら行きたくなるのが理子なんだっていい加減気づくべきだね!

 

場所は第一体育館だ。

それほど大きくはない、普通の体育館の半分くらいの大きさの建物で、いつもなら卓球をやっているようだが、今は実技試験場となっているため全て片付けられている。

 

「うっわ〜凄い人」

 

そこに収まりきらないくらいの人が集まっていた。まあ武偵高の生徒はかなり多いからこれでも10分の1くらいだろうが、それでも体育館を埋め尽くすには十分だった。

 

え、なんでなんで?どうしてこうなってるの?

 

「あ、理子お姉様〜!!」

 

「ぬお?」

 

とりあえず人ごみの中に入ってみるかとしたとき、後ろから声をかけられた。

 

振り返るとそこには、元戦妹である島 麒麟と現戦姉の火野ライカが立っていた。

 

「おお〜りんりん!どーしてここにいるの〜??」

 

「ライカお姉様がどうしても岡崎修一の試験を見たいっておっしゃったので、麒麟もついてきたんですの〜!」

 

ブスッと頬を膨らませる麒麟。なるほどなるほど。麒麟は本当にお姉ちゃんが好きなんだね〜、でも修一は嫌いなのか~残念。

 

そう思っていると麒麟の後ろに立っている火野ライカが話しかけてきた。

 

「峰先輩こんにちは。これみんな岡崎先輩のテストを見に来たんですかね?」

 

「うん、多分そうだろうね。試験を受けてる人の大半が見に来てるみたい」

 

近くを通る生徒を確認してみれば、今日試験を受けている生徒ばかりだった。・・でも、その理由が分からない。1年時の修一の実技試験を見たことがないからなんとも言えないが、岡崎は参考になる戦い方をするのだろうか。

 

そもそも、修一をEランクだという要素が一つも見当たらない。

私の作ったセグウェイにも、この火野ライカも、アリアですら倒す、もしくは逃げ出すことに成功した男がEランク?全くわからない。

以前気になって調べてみたが、確かにデータだけならEランクで間違いはなかった。・・どうなっている?

 

「とりあえず、見れる場所まで行こうか」

 

「わかりました!」

 

まあ今から見れば分かることだと考え、2人を連れて人混みの中へ突入しようする。

 

「・・麒麟、人ごみは苦手ですの。食堂で席取りして待っていますの!」

 

心底嫌そうな麒麟。まあ、わざわざ入って嫌いな人を見るのは確かに嫌かもしれない。

 

「そっか。頼んだ麒麟」

 

「はいですの!!」

 

ライカに麒麟は元気よく答えて走って行った。

それを見届けた後、私たちは人混みの中を進む。

人をかき分け何とか進み続け、ようやく見える場所までついた。

まだ試験は始まっていないようで、会場もガヤガヤと騒がしい。

 

「そういえばさ、どうして見に来たの?」

 

火野ライカと修一の関係と言えば、夾竹桃の手伝い時に一戦交えたくらいだろう。となると、火野ライカが負けたことが悔しくて見に来たのだろうか。

 

「いえ、岡崎先輩とは任務中にトラブルになったんです。・・先輩は私をあの重症の中で倒しました。そんな先輩がEランクってどう考えてもおかしいです。だからその理由を見に」

 

なるほど、私と同じということか。

 

「くふ。そっかそっか。もしかして人が多いのも、しゅーちゃんの本当の実力を見に来たからなのかもしれないね」

 

「そうかもですね」

 

私たちはワクワクしながら試験が始まるのを待った。何だろう、ちょっとだけ私も緊張している。他人のことのはずなのに、ドキドキしてちょっと興奮していた。修一、頑張れ!

 

12時50分。試験を受ける2人がやって来た。

 

「・・・」

 

「くへへ」

 

ただぼーっと指定の位置に立つ修一と、ニヤニヤと嫌な笑い方をする坊主頭の問武(もぶ)

 

そのとき、ある違和感を感じた。

 

 

 

修一の様子がおかしい。

 

 

 

何かと聞かれてもわからないが、変だ。

隣の火野ライカを見るが、特に何も感じていないようでワクワクしている様子。

 

ということは、私の気のせい?

 

『うわあ、私もこんな感じで試験するのかな?人多い〜』

 

『そんなわけ、今回だけだって。お前知らないの?この試合は俺たちの「救済戦」って言われてんだぞ』

 

『・・それいまいち分かってないんだけど、どーゆこと?』

 

『ま、見てりゃ分かるって。安心できるぜ』

 

周りの生徒の会話が聞こえてくる。救済戦?一体どういうこと?

 

疑問だけが増えていく中、意識すると他の方からも『救済戦』という単語が飛んでいた。

 

・・・?

 

「ねーねー、救済戦って何か知ってる?」

 

「え?いえ、全く」

 

とりあえず火野ライカに聞いてみるも知らないらしい。

 

この観客は、いったい何を期待している・・?

 

不安が募っていくが、だからと言ってどうしようもなかった。

 

そして・・

 

「両者、前へ」

 

試験官が笛を鳴らし、ザワザワしていた室内が静かになった。

 

 

「相手はDランクですか。岡崎先輩なら簡単に勝てちゃいますよね」

 

「・・・うん、理子も、そー思う」

 

火野ライカの言葉に同意はするが、なんだろうこのモヤモヤした感覚は。

 

「それでは岡崎 修一 対 問武 敗過の試験を始めます」

 

試験官の話を聞きな流しながら、ある疑問を思い出していた。

 

修一の中学時代の剣道成績で、不審に思った点が一つある。どうしても答えを見つけきれなかった謎。

 

 

「それでは、始め!!」

 

 

修一は県大会決勝戦で

 

 

 

ドカッ!

 

 

 

 

1発KOで負けていた。

 

 

 

 

「・・岡崎修一ダウン!勝者、問武 敗過(もぶ まけすぎ)!」

 

 

 

 

 

 

 

「「・・・え??」」

 

あまりに突然の結果に2人して顔を見合わせる。そしてもう一度確認する。

 

突っ込んできた問武に一瞬怯んだ岡崎は、何故か一歩足を引いてしまい、その瞬間、修一の顔に蹴りが思いっきり突き刺さった。モロに受けた修一はその反動を殺せず、地面に倒れ、一発KO・・。

 

試合時間わずか1秒。あまりに早すぎる終わりに、しんと静まり返る会場。・・・そして

 

ワッ!と大きな笑いが会場を包んだ。

 

それはまるで漫才を見ている観客のように、ただただうるさい笑い声がノイズとして耳に入る。

 

問武(もぶ)が両手を挙げて観客とハイタッチをする中、私と火野ライカは意味がわからずただ大の字で倒れている修一を見ていた。

 

あの蹴りは遅くもないが、速すぎる訳でもない、私やアリアの方が何倍も速いと断言できる。アリアと闘った修一なら避けられないなんてことはないはず、なのに・・。

 

『うっわー、弱っ。本当に弱いんだね岡崎って』

 

『だから言ってるだろー!ここは俺たち受験者の「救済場」だってよ!』

 

『あっはは、なるほどね!確かにあいつより恥ずい負け方なんてしないわww』

 

『そーそー!でもまさか1発KOとは思わなかったわ。弱すぎ』

 

『あいつなんで2年も強襲科やってんの!?まじ弱いんですけどww』

 

『ザーコ、ザーコ!!』

 

周りからは徐々に笑い声ではない、罵声が飛び始めた。試験官が止めに入るが観客からの笑い声が、絶えることは無かった。

 

そうか。

 

ここにきてようやく生徒の言っていた『救済戦』の意味が理解できた。

 

『自分は負けたけど岡崎修一よりはマシな負け方をしたから次は大丈夫』と思える試合を見に来たということか。見下して生きる生物が人間だとは知っていたが、まさかここまでなんて・・

 

 

・・なにがザコだ。本当の修一ならお前らくらい楽勝で勝てんだよ!

 

 

周りの笑い声を聞きながら怒りがふつふつと湧き出る。

 

「な、なんで1発KOなんて・・!?峰先輩!岡崎先輩今日体調悪いんですか!?」

 

観客の声に耐えきれなくなった火野が私の肩を掴んで叫ぶ。

 

「いや、朝も体調悪そうにはしてなかったし」

 

「じゃあなんで!?」

 

「・・分からない」

 

本当に分からなかった。どうして修一はほとんど動かず負けてしまったのか。

 

むくりと、立ち上がり、顔を伏せて会場を出て行く修一。

 

私達はまだ笑い続けているバカ生徒共に苛立ちを覚えつつ、修一を追った。

 

 

本当に、どうして。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「「はぁ!?極度のあがり症!?」」

 

「ああ」

 

体育館の隅で座り、空を眺めていると、理子と火野が走ってきた。その様子に少し驚いたが、どうやら試験を見ていたらしい。・・たく、だから来るなって言ったのに。

 

しつこく理由を聞いてくる2人に、俺は正直に答えた。

 

「ま、普通のあがり症とはちょっと違うんだけどな。なんか病院の先生が長ったらしい名前言っていたんだけど忘れた。…昔の話になるし、長くなるんだけど、聞きたい?」

 

俺の聞き返しに二人は頷く。…あまり話して面白い話じゃないんだが…。

 

俺は一度座り直した後、ゆっくりと話始めた。

 

「昔…中学生の頃、俺は中学校の問題児でよ。事あるごとにその辺の不良に悪絡みして喧嘩してたんだ。暇つぶしに、自分試しにとかテキトーに理由つけて正当化してな。

 

ぶっちゃけ楽しかったよ、センスがあったのかあの辺りが弱かったのかは知らんが勝ててたからな。

 

…ま、そんなことしていい生活なんて送れるわけがないんだけど。

 

ある日、20人くらいが俺に復讐するために学校に乗り込んできたんだ。全校生徒が帰ろうとしている下校時間に校庭に集まりやがって「岡崎出せ!」なんて叫びやがるんだよ。

…アニメみたいなこと本当にあんなぁなんて、そん時は軽く思っててさ、自分に才能があると思ってたから追い返してやろうって校庭に出て行ったんだ。

 

ま、結論を言うと勝てたよ。リーダー格の奴が強かっただけで他は弱かったからな。……。

 

 

…それが、一番問題だったんだ。

 

リーダー格の奴は俺より何倍も強かった。勝てないとすら思った。こんな奴が世の中にいるのかって驚くくらいに強かった。

 

 

こいつに勝ちたいーーそう、思ったんだ。

 

 

気づいたら、周りは血の海だった。俺はリーダー格の男の上に馬乗りになって顔面を何度も殴りつけていたよ。その日は雨が降っててさ、俺の手や顔についた血が下に流れてったよ。

 

そんで、その雨の音が周りの音をかき消していたことに遅れて気づいたんだ。

 

全校生徒がその様子を見ながらひそひそ話してたんだ。教室から、廊下から、校庭の隅から…みんなが俺を見ていたよ。

 

…蔑みとか侮辱的な目じゃなく…俺に恐怖する目でな。まるで化け物を見るような目で俺を見ていたんだ。もちろん俺と友達だった奴らも皆…俺のことをそんな目で見ていたよ。

 

そっからだ。俺は人前で戦えなくなっちまった。

 

戦う俺を見る観客の目線が、どうしてもあの時の目と重なる。それが怖くて…体が動かなくなっちまう。この拳を動かせば、これを見ている友達が、皆いなくなってしまう。…そう思っちまって…

 

 

俺はあがり症になっちまったってわけだ」

 

 

俺は長々と話して…空を見た。こんなこと話したのはこいつらが初めてだ。

 

「…しゅーちゃんさ、中学校の県大会でも1発KOだったよね?」

 

理子が俺の横に座りながらそんなことを聞いてくる。

 

「ああ、あん時か。剣道の顧問がどうしてもと言うから出たんだがま、結果は知っての通りだ」

 

「…そっか納得」

 

「怖くないのか?俺のこと」

 

話をし終えた後に横に座った理子にそう問いかけると、理子ははんと笑った。

 

「そんなことで怖いと思うのはパンチューだけだよ。そんな武勇伝なんてここのほとんどが待ってても不思議じゃないし」

 

「はい、私もそう思います。むしろ先輩のわけが知れて納得しました」

 

「…そっか」

 

こいつら、優しい奴らだな。火野に至っては殴り合いの喧嘩した仲だぞ?

 

「ま、もうこの話はやめよっか!それよりしゅーちゃんお腹空いてない?もー理子ペコペコなんですけど。ライちゃんは?」

 

「あ、はい。それなら麒麟が席を取ってくれているはずですからそちらで…」

 

話を逸らしたことに気づかれてはいるようだが、乗ってくれる辺り本当にいい奴だなこいつ。もっと違う出会い方をしたかったもんだ。

 

「しゅーちゃん、もう大丈夫なんでしょ?」

 

「………。おう、大丈夫だ!」

 

「そっか。わかった」

 

そう確認する理子。その言葉は色々な意味が込められているのだろう。

そう思い、俺は強く頷いて返した。

 

 

理解してくれる…。そう思った瞬間、心がすっと軽くなった気がした。

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

「ど、どうして岡崎先輩まで来てるんですの!?」

 

 

「いやまあ成り行きでな。気にすんなって端っこでジッとしてるからよ」

 

 

「ダメダメしゅーちゃん。しゅーちゃんは理子とお喋りするの」

 

 

「もう暗記系ないから話なら聞くけどよ。・・チビ理子が怖いんだよ。ほら、今も噛みつきそうに・・」

 

 

島麒麟は理子と火野を見ると、座っていた席から立ち上がりてててと走って来た。そして、大喜びで火野に飛びつく。そこまではよかったのだが、俺の顔を見た瞬間、幸せそうだった顔が一瞬にして般若に。

 

やっぱりな、やっぱりな。ごめんね、俺も一緒で。

 

「ライカお姉様!どうして自分を傷つけた相手と仲良くしてるんですの!?」

 

「え?いや、別に仲良くしてるわけじゃないんだけど・・」

 

「理子お姉様だけに飽き足らず、ライカお姉様にまで手をつけようって言うなら麒麟が相手になりますわよ!」

 

ガルルルル・・!と睨みつけてくる島。というか手をつけるって言い方やめて欲しいんだけど。たらしみたいだし。

 

「やめてくれ。俺ボコられるの嫌い」

 

「しゅーちゃん、りんりんには勝とうよ・・・」

 

 

理子が本気で呆れながらそんなことを言うが、ばっか、俺は年下にだって負ける自信があるね。

 

島はその理子の反応が面白くなかったのだろう。顔を真っ赤にして俺の前に来る。

 

 

 

「大体岡崎先輩はーーー」

 

 

 

 

 

『痛ってえええええ!』

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

島が何か言おうとしたのと同時に、遠くから悲鳴が聞こえた。

 

食堂ににいたほぼ全ての生徒がその生徒の方を見る。

 

そいつは髪をオールバックにして、アクセサリーをつけ、the 不良の格好をした2人と一緒に先ほど島麒麟が座っていた席に座っている。

 

しかし、なぜか足を押さえて痛みを堪えている様子。何かぶつかったか?と考えていると・・

 

その近くにぬいぐるみが落ちていた。

 

・・ああ、なるほど。理解できた。

 

どうやら麒麟が席取りとして机に置いておいたぬいぐるみを、あいつらが座った拍子に落としてしまい、それが彼の足に不時着したということらしい。

 

ゴトンと音を立てて彼の足に打つかったぬいぐるみはどう考えても普通じゃない。おそらく鉄かなにかを仕込んで鈍器として使っていたのだろう。普通のぬいぐるみにあんな音はでない。

 

 

「おい!誰だ!こんなクソぬいぐるみを机に置いといたバカは!!出てきやがれ!女子だろうが殴り殺してやる!!」

 

 

叫び散らしながら近くの椅子を蹴り飛ばす男。さすがヤンキーだ。怒り方が分かってるなと感心しながら見つつ、周りも見渡す。

 

ザワザワとし始めたが、彼らを止めるようなことはない。ま、あのぬいぐるみの持ち主でもない限り、こんなことに関わろうなんて思わないよな。俺も端っこでジッとして隠れていよう。

 

 

 

 

なんて、普通なら思うんだがーー

 

 

「・・・。」

 

そのぬいぐるみの持ち主は、火野の後ろに隠れぎゅっと袖を握っているこの島 麒麟なんだ。

 

もちろんそれだけで何かしようとは思わない。知り合いだろうが変なことに首をつっこむのはゴメンだと思う。というか、あいつらに俺が挑んでも勝てるとは思えない。

 

ただ、そう思わない奴が1人いた。

 

火野ライカ

 

 

強襲科Bランク、かつ島麒麟の戦姉だ。普通に考えて、妹の為に動くだろうな。

 

あの男達程度なら勝てない相手じゃないだろうし、ここでぶっ飛ばしてお姉様カッコいい!ってオチになるだろう。

 

「安心しろ麒麟。あいつら少し黙らせてくるから」

 

 

首を鳴らし軽く準備運動を始める火野。

 

やっぱりかと思いつつ、カッコいい火野も見てみたいなとも思った。

 

・・・が、

 

「待て火野。ちょっと落ち着け」

 

 

 

ここは、漫画の世界じゃない。現実なんだ。

 

 

 

「は?岡崎先輩なに言ってんですか?あんなやつらすぐにでも黙らせて・・」

 

 

現実では、殴り倒した後も物語が続くーー

 

 

「んなこた分かってるって。ただ、今回は任せろ」

 

「え?」

 

「んで理子、絶対に動くな。いいな」

 

「・・・ほーい」

 

恨みは、その人の心でずっと生きる。そう、例えば

 

 

『大勢の人の前で女子に負けた。ならあいつを大勢の前でボコボコにしてやる』

 

 

なんて、思う奴もいるわけだ。

 

そんなクズを俺はさんざん見てきた。というより

 

 

中学時代の俺だな。

 

 

 

 

 

ちょっと本気、見せてやりますか

 

 

 

 

 

 

未だ暴れ続ける3人に近づく。3人がこちらを向いたのを確認し、口を開いた。

 

「いやーごめんなさい、ごめんなさい!それ俺の何だけど、席取りに置いといたんだよ!鈍器入れてるから落とすと痛いんだよね!悪い悪い」

 

俺はあくまで下から目線で言葉をかける。こういう奴らは短気だから上から物を言うのはタブーだ。できる限り舐められた方が、後々楽になる。

 

「ああ!?これどー見ても女用だろうが!!バカか!」

 

不良の1人が顔を近づけてくる。・・唾が飛んでくるんだけど。

 

「あ?男だってそういうぬいぐるみに癒されることあんだよ。俺はこいつがお気に入りなの。試しに買ってみろって安眠できるぞ?」

 

「それ、本気で言ってんのか?これが、お前の??」

 

 

ちょっとだけ信じ始めた不良達、よし、ここで決めゼリフ!

 

 

「おう、どんちゃん3号だ可愛いだろ」

 

 

「「ギャハハハハ!!!」」

 

 

ドン!と仁王立ちしてハッキリという俺に、とうとう信じた不良たちは腹を抱えて笑い出す。

 

 

「お前マジかよ!キんモッ!まじきめぇ!」

 

「高校生にもなって、ぬいぐるみ趣味とかマジないわ!」

 

「というかこいつ、岡崎修一じゃね!?あの2年のクズEランク!」

 

「ああそうだ!間違いねえ!ぶっは!あのクズEランク岡崎はお人形遊びが好きなんでちゅねー!!」

 

3人が俺を囲んで罵倒を繰り返す。・・そんな罵倒にはもう慣れているので気にはしない。それよりもー

 

「・・・そーそ。俺ことクズEランク岡崎君はお人形遊びが好きなんです。ってことでそれ返してくんない?」

 

俺は1人の不良がもつぬいぐるみの方へ手を伸ばす。しかし、

 

「はぁ??お前、分かってんの?お前のお人形ちゃんが俺の足に傷負わせちゃったんだぞ??償えよ」

 

俺より身長の高い不良はぬいぐるみを高く持ち上げる。おかげで全く届かない。・・ちっ、身長ほしいな。・・というか償えだと?

 

「償うって、何すりゃいいんだよ?」

 

「ど、げ、ざ!!」

 

「・・・・。」

 

調子に乗った不良は俺を押しながら、そんなことを言う。

 

土下座・・か。

 

 

・・・。

 

 

俺は後ろで見ている理子と火野を見る。心配そうな目で見るあいつらの前でするのは正直嫌だが・・

 

 

 

「・・わーった。それでチャラだな」

 

周りの観衆が俺に視線を向け、ザワザワとし始めた。

 

もちろん俺たちの会話は聞こえているだろう。まあ、助けに来ようなんて奴はいないよな。

 

俺はその時不思議なことに気づく。

 

試合とか、試験とか、緊張するもので視線が集中するとあんなにもパニックになるのに・・

 

 

 

こんなことは全く大丈夫らしい。

 

 

 

俺は、本気を、見せる。

 

 

 

 

 

地面に正座し、

 

 

 

頭を

 

 

 

 

地面につける。

 

 

「悪かった。本当に悪かったから、そのぬいぐるみ、返してほしい」

 

『!?』

 

本当にするとは思ってなかったのだろう。不良だけでなく周りの生徒も騒ぎ始める。それでもやめる気はない。

 

「あっは、本当にしやがったよこい、つ!!」

 

「・・っ!?」

 

俺が頭を完全に地面につけた瞬間、不良の1人が俺の顔を蹴り飛ばした。頭を伏せていて見ていなかった俺は受け身も出来ずゴロゴロと転がる。

 

 

「修一!?」「先輩!」

 

 

遠くから理子と火野の声が聞こえる。・・そして

 

 

「おら!約束通り、ぬいぐるみだ!」

 

「・・がっ!?」

 

 

上半身だけを起こした俺の腹にぬいぐるみが投げ込まれた。鈍器の入ったぬいぐるみはまるでボーリングの球のように重く俺の腹に当たる。肺から全ての酸素が吐き出されたように息が上手く出来なくなり、咳がしばらく止まらなくなった。

 

「修一、大丈夫!?お前ら、何やってんだ!!」

 

駆け寄ってきた理子が素の性格をむき出しにしてキレる。今にも暴れだしそうな理子。俺は苦しみながらも腕を掴んだ。

 

「や、やめろ・・!これでいいんだって」

 

「で、でも・・」

 

「いいから・・・!!」

 

まだ何かしようとする理子にもう一度強く言うと、大人しくなった。

 

「もういい、行くぞお前ら」

 

不良3人は理子に支えられる俺を見て唾を吐き捨てると、食堂から出て行った。

 

おいおい、今普通に歩いてたじゃねーか。なんて思いつつ、ようやく落ち着いた体で息を整える。

 

俺は制服についた埃をパンパンと叩きながら理子の手を借りて起き上がった。

 

 

 

『え?まじ?まじで岡崎って人形趣味なの?』

 

『うわぁ、ドン引きなんだけど。成績最下位でキモい趣味とかないわ』

 

『Twitterに書こっと、「2年Eランク岡崎は人形遊びが趣味の変態っと」』

 

『あ、それいい。俺リツイートするわww』

 

 

 

 

「・・おい何やってーー!」

 

「理子。いいから、気にすんな」

 

「でも!」

 

「しつこいぞ理子、俺がいいって言ったらいいんだよ。もうこれ以上争いごとはゴメンだ」

 

「・・・!」

 

 

周りから聞こえる声が騒がしい。理子がマジギレするの見るって初めてだな。・・こっわ。逆らわないようにしよ。・・それはともかく本当、人のことなのにそんな怒れるとかお前は友達の鏡だな。

なんて思いつつ、落ち着いた様子の理子と、近くまで来ていた火野に耳打ちする。

 

「お前ら本当のことは黙ってろよ。変態との約束な」

 

「え!?でも先輩ー」

 

「・・・うん、わかった。しゅーちゃんがそれでいいなら」

 

「ちょ、峰先輩!?」

 

先ほどと違ってかなり物分りのいい理子に驚く火野。この反応には俺も少し驚いたが、素直に嬉しかった。

 

俺は立ち上がると近くに落ちていたぬいぐるみの埃を払う。

 

って重っ!?・・訂正。確かにこれ足に落ちたら結構痛いかも。

 

俺はそんなことを考えながら未だにぼーっと立っている島麒麟の元へ向かう。

 

「あーあっ!せっかく大切にしてたぼんさんが汚れちゃったよ!もーこんなんいらねぇし、どーしよっかな!!・・ああ!お前絶対このぬいぐるみ似合うって!やるよやるよ!受け取らないとか無しな!こいつお前がいいって言ってるんだからよ!」

 

「え?あ・・・」

 

「大切にしろよな!じょーさんだ!」

 

声を張り上げながら島に近づき、ぬいぐるみを渡す。島は訳わからずといった顔をしていたが、こいつに全てを言う気は、ない。

 

これが俺の求めた解決策だ。

 

誰1人傷つかず、誰もなにも失わず。

仮に火野ライカがあのまま暴れて不良を倒し、麒麟のヒーローになったとしよう。

 

もちろん物語としては最高の締めだ。ヒロインの女の子の好感度も上がるし、主人公が強いってのをみんなに見せつけれる。

・・物語は、そこで終わるからそういう行動ができるのだ。

だがこれは現実。倒して終わりとはならない。あの不良達はここの生徒で、またいつ出会ってしまうかわからないんだ。

殴って倒して。それが本当に解決になるケースも多くあるが、今回はそれですむ問題じゃないんだ。

 

 

 

「じゃ、悪いなお前ら。ぬいぐるみ汚れて飯食う気も失せたからよ、3人だけで食べてくれ!んじゃな!」

 

 

俺は三人を置いて食堂から出て行った。

 

 

これが、最善策、なんだ。

 

 

「・・ッ」

 

 

 

 

 

 

《14時20分 射撃審査

 

 15時20分 CQC検査

  

 16時20分 模擬戦検査》

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・バカなやつ』

 

 

 

 




あーあ修一やちゃったな。ドンマイ。

ということで後書きです。

いやー、先週は修一好きですという感想がいっぱいでビックリしました。
好かれないだろうなと思って書いたキャラが好かれるってこうもうれしいものなんですね!

・・まあでも今回で少し下がるかなと思ってます。修一君ろくな事してないし(笑)

本当に批判とか思わないので自分の意見を感想欄に書いてもらえたら、とても嬉しく思います。

それでは!

最後のセリフは誰だろう?


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2 VSランク ② 「やっぱ夾竹桃だわ」

「1のあらすじ」
ランク考査が始まり、修一は修一なりに試験を終わらせていく中、とある騒動に巻き込まれてしまう。修一は自分の醜態を晒すことでなんとかその場を収めることに成功した。護られる形になった島麒麟の中に複雑な感情が生まれ始めたのだった…。


16時35分 食堂にて

 

『・・・。』

 

『麒麟、食べないのか?』

 

『・・ライカお姉様、一つお聞きしたいのですが』

 

『なんだよ?』

 

『あのお方は・・才能の無いEランクで、頭が悪くて、弾を的に1発も当てられなくて、私達の敵で、ライカお姉様を殴るようなクズ・・ですわよ、ね?』

 

『みんなから聞いた話ならな。今はそれに、ぬいぐるみ趣味で年下に趣味を押し付ける変態ってのも付け加わってる』

 

『・・・。じ、実際その通りでしたの!理子お姉様も金にセコくてめんどくさい男だって言っておられましたし!男性は嫌いでしたけど、あの方は一番嫌ーー』

 

『本当にそう思っているのか?』

 

『・・・っ。で、でも!あれは理子お姉様やライカお姉様の前でかっこつけたかったからーー』

 

『麒麟、これ以上自分に嘘をつくな。あたしが負けたことなんて気にしなくていいから自分の気持ちに素直になりな』

 

『・・・うう、なんなんですのあの男は!クズならクズらしく、あの時無視すればよかったんですの!!弱いのですから端っこでジッとしてればよかったのに!』

 

『だけど行動した。自分が更に辛くなるのに、飛び込もうとしたあたしを止めてだ。・・そこまで麒麟がわかっているんなら、後は麒麟自身で考えて行動してみろ。なんならあたしも手伝うからさ』

 

『・・そう、ですわね。そう・・ですわよね』

 

 

 

『あ、ちなみにあたし、別に岡崎先輩恋愛感情で見てないからな。若干そんな感じで見てるのわかってたぞ』

 

『え?そーなんですの!?麒麟はてっきり・・・』

 

『バッカ、あの理子先輩見ただろ?あれ相手に勝てる気しないって』

 

『あ、やっぱりライカお姉様もお気づきになりました?理子お姉様のあの目、完全に恋する乙女ですわよね・・!!あの男の前ではあざとい仕草が少ないですし、時折見せるのもパワーアップしてるように見えましたの!!・・くそ、やはりあの男だけは許せませんの!!』

 

『あれ?お、おい麒麟?』

 

『くああ!思い出したらイライラしてきたんですの!!あの男っ!次あったらキツく言ってやりますの!!』

 

『あ、あはは・・先輩、ごめんなさい』

 

『さて、この話はここまでにいたしましょ!あら、お姉様お飲み物が切れているご様子!麒麟ひとっ走り行ってきますの!コーラでよろしかったですよね?』

 

『え?それならあたしも一緒に・・』

 

『別にこれぐらい1人で平気ですのよ。行ってまいりますわ!』

 

『あ、そう。・・ってそのぬいぐるみ持っていくのか?あたしいるから置いてていいぞ?』

 

『こ、これは!その、あの・・えっと、ジョナサンも一緒に行きたいと言ってるんですの!しょうがない子、ですの!!』

 

『・・そうか。よし、コーラ頼むな麒麟』

 

『はいですの!!』

 

 

 

(・・麒麟、岡崎先輩探しに行ったな。わざわざ外に買いに行くなんて。・・あれ?でも確かこの時間、先輩は・・)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

14時20分 射撃検査

 

289番 岡崎修一 0点 Eランク

 

「・・やっぱり?」

 

「まったくお前は、リボルバー、オートマ、マシンガン、ダメ元でスナイパーまでも渡したのにどうして1発も当てきれない・・」

 

「あ、ある意味才能っすよね〜逆のSランク!・・みたいな」

 

「ふざけるな!」

 

「痛っ!」

 

試験官蘭豹の拳が頭を揺さぶった。い、痛い・・このやろ、教育委員会に訴えてやるっ!

 

などと考えつつ持っていた銃を置いた。結果は変わらずの0。的の書かれた紙にすら当たらなかった。今回はいけると思ったんだけどな・・・。

 

試験始めに小型銃で撃つも0点、流石にこれでは試験にならないと近くにあったマシンガンを貸してもらい再度試験するも、0点。なんで当てきれんのや!とスナイパーライフルで殴られ、そのスナイパーで試してみるも0点で試験は終わった。

 

・・ほんと、ある意味才能あるよね、俺。

 

結局0点で付けられた成績表をもらい、射撃場から出る。

周りは相変わらず俺のことで持ちきりのようだ。こちらを見てくすくすと笑う声が聞こえる。今更気にすることもないが、いい加減俺の話題も尽きないものか。・・あ、今日増やしたんだった。

 

 

「元気なさそうね、最下位の変態さん?」

 

「・・・お前、授業はどしたの?」

 

俺は射撃場から出るとすぐに、声をかけられた。そこには悪友の夾竹桃が近くのベンチに座っている。

 

「気にしなくていいわ。高校の出題範囲なんて復習するほどじゃないもの」

 

「おーおー天才は授業すらでなくていいのか、羨ましいねーこのやろ」

 

「・・もしかして、また言われてるの?」

 

こいつは変態だとか言いながら、俺の言葉の当たりが強いことにすぐに感づいて心配してくれてる。いいお嫁さんになりそうだよなあ。

 

実際俺のテストを見に来てくれたんだろうし、そのためにこうやってわざわざ授業抜け出して来てくれてるわけだし。

 

ああ!夾竹桃最高ですわ!

 

それに、周りの話に流されず俺のことを理解してくれているし。

 

そう、俺は夾竹桃があいつらと違うことを知っている。だからこそ、本音を言うことができるんだ。

 

「・・聞いてくれるか?」

 

「理子の愚痴はもう嫌よ。岡崎の話なら聞いてあげるわ」

 

「えー、ちょっとだけ、理子の話も聞いてくれよ〜ケチ」

 

「あなたにだけは言われたくない言葉よね、それ。・・それで、どうしたの?」

 

なんだかんだ言いながら、結局全部聞いてくれる辺り、やっぱ夾竹桃だよな。

 

「実はよ〜、今日朝理子が来やがってさ〜!俺のニノキンを邪魔するわけよ!」

 

「・・・そっちからなの?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーーなるほど。それで、岡崎は一番マシな行動をしたってことね」

 

「ああ、あそこで火野ライカが暴れるより、あいつらの怒りを俺に向けた方が後が楽だって。・・なあ、俺間違ったか?」

 

話し始めて20分。長い話をずっと聞いてくれた夾竹桃は、ゆっくりと煙管を戻す。話の内容を頭の中でまとめてくれているんだろう。

 

「・・私なら、島麒麟と火野ライカを連れて食堂から離れるわね。そっちの方が後々楽よ?それは岡崎も気づいていたんじゃない?」

 

「・・まあ、それはそうなんだけど」

 

「じゃあどうしてそうしなかったの?」

 

やはり夾竹桃は頭が良い、改めてそう思った。確かにあの場面でわざわざあの不良達に犯人を提示してやる必要はない。夾竹桃の言うように逃げてしまえば良かったのだ。

 

だけど

 

 

「あのぬいぐるみ、大事にしてたみたいだからさ。ほっとけなかったんだ」

 

 

夾竹桃の手伝いをした時も傍にそのぬいぐるみが置いてあるのを見たし、理子達と祭りに行った時も持っていた。あんなに重いのに持ってたってことはよっぽど大事なものなのだろう。

 

だがこれはーー

 

「それが岡崎の甘いところよね」

 

「・・・」

 

そう、甘えだ。そんなことで自分を犠牲にしてるなんてただの馬鹿だろう。それは俺も考えていた。考えてはいるが口には出せない。人にもあまり話すことじゃない。

 

だけど夾竹桃は聞いてくれる。

 

夾竹桃は俺の奥へと踏み込んでくる。

 

踏み込んできてくれる。

 

「一番いい方法なんていいながら他人の感情を優先するなんて、それ本当に一番いい方法??島麒麟は友人と呼べるほどの仲でもないし嫌われてたのでしょ?なら無視してしまう方があなたにとっての一番いい方法って言えるんじゃないかしら?」

 

その言葉に、俺は反論することができなかった。

 

夾竹桃は、俺自身が内心で密かに思ってしまっていたことを言葉に出してくれている。まるで思っていたことを反復するように、真実を伝えてくれる。俺もそう感じた。そう思った。

 

でも

 

「でもやっぱり俺は、そっちの方がいい。なんでなのかとかよく分かんないけど・・俺は、今回選んだ選択は間違っていないって思う」

 

それが本心だ。周りは間違ってると言うかもしれないが、俺は自分のしたことが間違ってるとは思わない。

 

そう返すと、夾竹桃は微笑んだ。

 

「そう。なら私もそれでいいと思うわよ」

 

「そう?」

 

「あなたが本当にしたいって思ったのならそれが正解。しなかったら後で後悔するのだから、マイナスに働いたとしてもそれでいいのよ」

 

「・・だよな!」

 

そして、夾竹桃は、自分の意見を真っ直ぐ伝えてくれる。

だからこそ俺は、夾竹桃に相談するんだ。変に気を使わない、言葉を濁さない夾竹桃だからこそできることだと、俺は思う。

 

そして最後は俺の味方もしてくれるんだ。

 

それが凄く嬉しくて、心地よくて、俺は何度も夾竹桃の元へ行ってしまう。

 

「それで?私は岡崎の『こと(感情)』を聞きたいって初めから言ってるけど?それだけでここまで落ち込むことなんてないでしょ?」

 

感情。俺の、気持ち。

 

「・・やっぱすっげー辛かった。本当のことじゃないのに馬鹿にされて笑われて。俺は何も悪いことしてないはずなのに、胸が痛くなったんだ」

 

もちろん先ほどの間違っていないという気持ちも嘘じゃない。やって良かったと思ってはいるんだ。だが、だからと言って『言われ続けることも全く平気』なんてことはない。

 

「実技試験だって、射撃だって。別に好きで負けたわけじゃないし的を撃たなかったわけじゃない。俺は俺なりに努力してこれたと思ってる。体も鍛えたし、銃に慣れようと思って何度も試した。なのにどうしてくすくす笑われるんだろ、貶されるんだろうな」

 

「そうね、どうしてかしら?」

 

「・・いや、わかってる。人を貶す、いじめることに、理由なんてないんだ。あいつらも分かってないんだよ。それをすることで何が楽しいのか、どうしてしてしまうのか。なんも分かってないんだ」

 

そう、俺は分かっていた。あいつらに悪意もなにもないってこと、本気で俺のことを嫌ってるやつなんて一握りだってことに。あとはノリと周囲に合わせてる奴らが大概なんだ。話を合わせて気持ち悪いとか嫌いだとか言うだけ。だからこそ、こちらのことなんて考えないし、キレてもしょうがない。

 

「・・そこまで分かってるんなら、私から言えるのは一つだけ。

『周りを気にするなんて時間の無駄よ。そんな時間があるなら自分の好きなことに真剣に取り組みなさい』。いい?」

 

もしかしたら夾竹桃は、最初から俺の考えてることを全て分かっていたのかもしれない。この言葉を言いにわざわざ来てくれた・・のかもしれない。考えすぎかもしれないが

 

そう思うと無性に嬉しくなった。

 

「・・ああ、そうだな!そうする!」

 

こいつ、本当いい奴だ。奥さんにする人は本気で羨ましい。変わってくれ頼むから。

 

ーーーー

 

「ところで、ぬいぐるみだけで動いたわけじゃないでしょ?それだけで岡崎が動くとは思えないわ」

 

「ま、そりゃ、俺も男だしな、知り合いの女が見てたらカッコつけたくはなるさ」

 

カッコつけたかったというのも一つある。ダメな姿を見せてしまった理子や火野に少しでも見直して欲しくて頑張った。まあそれで何か変わるとも思わないが、そこは男子らしさと言えるだろう。

 

俺、カッコいい。自分でそう思いたかったんだ。

 

みんなそだろ?あり?俺だけ?

 

「それでしたのが土下座ね・・」

 

「それな」

 

言わないでほしい。俺もそこは考えたんだから!

 

あれ、やっぱあそこは間違ったかもな・・あぐらかいて謝るみたいな土下座もどきの方が女子受けよかったかな。

出来ればカッコいいって思われたいし。ああでも確かに考えてみると不良の言いなりになって土下座って普通に引かれるな・・。もしかしたら理子とか火野とか気持ち悪いって思ってた・・かも。・・ええ、それやだなあ。

 

そう思ってどんより落ち込む。・・あいつらに引かれるって辛っ。特に理子。ってことは夾竹桃もカッコ悪いって思ったかなあ。うわあそれキツイいい。

 

 

 

「でも、岡崎カッコよかった思うわよ?()()()()()()()()()()

 

 

 

ベンチから離れ、こちらを振り向きながら、そう言ってくれた。

 

俺は嬉しくなって思わず立ち上がる。

 

「ま、マジ!?惚れた!?」

 

「ええ。惚れた惚れた」

 

「やったい!!んじゃあなんも問題なしだ!!」

 

「あら?私が褒めるだけでいいの?」

 

「何言ってんだ。男ってのはな、タイプの女に褒められたらそれだけで嫌なことは忘れちまう生き物なんだよ!」

 

「・・・っ」

 

空を見てよっしゃー!!と拳を突き上げる。もうね、あれだね。夾竹桃みたいなザ、タイプドストライク美少女にカッコよかったなんて言われたらもう、どーでもいいよね笑われるとかなんとか。だって夾竹桃にカッコよかったって言われるためなんだよ!?やるに決まってるだろ!!

 

夾竹桃は俺の態度に思わず目をぱちくりさせ、左の髪を弄る。

 

「あれって、冗談じゃなかったのね・・。あなた、本気で私が好みのタイプなの?」

 

「あ?前々から言ってたじゃねーか。俺はお前がタイプドストライク。無茶苦茶好みだって」

 

「・・・そう。・・見る目、ないわね」

 

夾竹桃は顔を逸らしている。頬が少し紅いように見えるが・・もしかして、こういうこと言われ慣れてないのか?

 

・・・くふ♬

 

俺は初めて見る夾竹桃の姿に思わずニヤニヤしてしまう。そして、虐めたいと、素直に思ってしまった。もちろん、理由なんてないよ?

 

「なあなあ聞いてよ夾竹桃ちゃん!夾竹桃はね〜、顔は良いわ、性格は良いわ、頭は良いわ、顔は良いわ、話すと楽しいは、愚痴も聞いてくれるは、顔は可愛いわ!俺の中で彼女にしたら嬉しくなる人NO1なんですのよ??それにーーー」

 

「ありがと、でもそれ以上言うと毒、盛るわよ?」

 

「本当にすみませんでした」

 

調子に乗りすぎたらしい。夾竹桃はいままで見たことのないドス黒い笑顔で右手の手袋を外していた。外す仕草を見せたわけではない。もう外しているんだ。・・これは、本気だっ・・!

 

俺は笑顔の夾竹桃をどうどうと落ち着かせ手袋をまたはめてくれるまで20分かかった。・・この笑顔トラウマになりそう。怖くて夜出てくるかも・・な。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

15時20分 CQC(ナイフ術)審査

 

289番 岡崎 修一 48点 Dランク

 

俺はナイフを試験管に返し、成績表をもらう。

あちゃーあと2点でCだったのになと残念に思いつつ、まあいいやと気楽に考えた。

 

『でも、岡崎カッコよかったと思うわよ?』

 

「・・ぬふふ」

 

もうね、あれだよ。このセリフはヤバイ。夾竹桃やばい、まじで女神だわ。可愛いすぎる。これだけで飯が足りますなあ!

 

思い出しニヤニヤしてしまう。ああ今日はいい日だな!

 

などと思っていると、携帯が震えた。確認する前に通話ボタンを押した。

 

俺にかけてくるやつなんて3人くらいだ。内1人は別の学校、1人はさっき会ったばっか、答えなんて決まってる。

 

『やっほー!』

 

「おーそっちは大丈夫か?」

 

『まあなんとかね。りんりんもライちゃんも何か考え込んでるみたいだったけど、今はご飯食べに行ったよ』

 

無駄にテンションの高い声。理子だ。

 

「お前は行かないのか?」

 

『理子はしゅーちゃんとお話があるからって抜けてきたの』

 

「・・怖ええ」

 

俺何言われんだ?俺なんか理子怒らせるようなこと、したっけ?

 

「わ、わかった。さっきの食堂でいいか?」

 

『んー、あそこうるさいから理子嫌い。適当にパン買ってさ、空いてる教室で食べようよ』

 

うるさいのが嫌い?あの金髪ギャルのセリフとは思えないな。

 

「わかった。じゃあ購買に集合・・・」

 

 

『ランク考査受験生の方にお知らせいたします。模擬戦検査のチームが発表されましたのでご確認ください。その後指定された教室に集合してください。繰り返しますーー』

 

 

理子との待ち合わせ場所を確定しようとした時、校内アナウンスが流れる。あらら・・

 

「すまん理子。模擬戦の作戦会議があるみたいだ。無理そう」

 

『えー!?理子もう購買にいるんだよ!?』

 

「んなこと言われてもな。終わったらまたLINEするからよ」

 

『パフェ奢ってよね!』

 

「断固として奢らん」

 

これ以上余計なことを言われないようにそれだけ言って切った。パフェなんて買えるかっ。1日の食費の半分だぞ半分。

 

さて、行くかね。

 

 

チーム戦か、やだなあ

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うえっ、最後の1人岡崎かよ。うっわー」

 

「・・っ。・・・。」

 

「・・・ちっ」

 

「まあその、よろしくな」

 

俺がBチームと書かれた教室の中に入ると、すでにメンバーは全員揃っていたようだ。俺が入ってきてかなり落胆している。しょうがないか。

 

俺の方を睨む2人の男子とおどおどしている女子にあいさつしつつ、空いている席に座る。

 

「じゃ、まず自己紹介からしますかね!ね!九済さんから!!」

 

「・・・わかった」

 

丸坊主の男が隣の男子に声をかける。赤髪で大柄な男子は立ち上がり黒板の前に立った。なぜか俺の方を睨んでいる。・・。

 

「強襲科Cランクの九済(くず)だ。お前らに中にはザコが混じっているが、俺がいる以上負けることはないだろう。足手まといになる行動は慎めよ」

 

「・・ほいほい」

 

九済は俺の方をじっと見ながらそんなことをいう。丸坊主が笑をこらえているのを横目に見つつ、返答する。まあそうだよな。足手まといにならないようにがんばろ。ついでにお前は俺の中でクズと呼ばせてもらう。いいよな?

 

門武(もぶ)です!強襲科のDランクで、彼女はいません!えっと強さで言うとさっきこいつに1発KO決めてやりました!それくらい楽勝だったけど、それくらい余裕です!どうかよろしく!!」

 

次に丸坊主の自己紹介。あ、実技試験の対戦相手だったのか。全然気づかなかった。モブね。

モブはなぜか紅一点の女子生徒の方に顔を向けて俺強いですよアピールをしているが、女子の方は恥ずかしそうに下を向いてばっかでそもそも聞いてるのかどうかすら怪しい。どんまいモブ。まだ頑張れるぞ。

 

そんな彼女が次の自己紹介する番だ。

 

「え、ええええと、な、中空知、み、美咲ですっ、、!つつつ通信科の、Bランク、です、よろしくお願いしゅます!」

 

オドオドとしながらかなりの早口で自己紹介をした中空知さん。俺たちがなにか反応する前に席へと戻っていた。・・えっと、これで通信科Bなの?聞き取りやすいのか??

 

「おい、早く前に出ろザコ」

 

「あ、おお悪い」

 

思わず中空知のほうをずっと見てしまって自分の番を忘れていた。・・クズさんほんとごめんね。

 

「えっと、岡崎修一強襲科のEランク。んー、足引っ張らないように頑張ります。よろしく」

 

ぺこりと頭を下げ、自分の席についた。拍手一つもない。まあ分かってはいたが。

 

「じゃー!ランクの一番高い美咲さんがリーダーってことで!」

 

「ええっ!?む、むむむ無理です無理です!!私にリーダーなんて!!」

 

モブの言葉にオーバーリアクションで返す中空知。まあそりゃそうだよな。中空知自分をアピールするような奴じゃないだろうし。

 

「えー!そんなこと言わずにさ、美咲さんなら絶対出来るって!!」

 

・・いるよな、こういう「俺は分かってるぜアピール」とでもいうのか、無駄に相手を褒めるようなこと言いながら相手の嫌がることをするやつ。基本それってやられた側はかなりウザいんだよね。

 

「・・やる気のない奴に任せても負けるだけだ。俺がやる」

 

モブが必死に説得する中、九済が立ち上がった。ま、俺も妥当だと思うな。

 

中空知が「どうぞどうぞ!!」と譲ったことでリーダーは九済で決定した。前に立ち、俺たちメンバーの顔を確認する。

 

「これから作戦会議を始める。相手の情報と場所の構造を元にお前らの配置と役割を割り振る」

 

さて、そろそろ模擬戦の概要を説明しよう。

 

模擬戦検査とは、一年でやる『毒の一撃(プワゾン)』と基本は同じだ。蜂の書かれフラッグが四つと目の書かれたフラッグが一つあり、自分の蜂のフラッグを相手の目のフラッグに当てれば勝ち。要は両者が鬼の缶蹴りのようなものだと考えてもらって構わない。ただ『毒の一撃(プワゾン)』と一つ違うのは目のフラッグは必ず本拠地に置かなければならないということだ。つまり、敵の戦力を避けて狙いに行くというのは難しくなる。

 

人数は四対四、チームのリーダーの指揮判断能力や、個人の能力、さらにはチームワークが問われる試験だ。

 

・・・あり?全部俺不向きじゃない??

 

「今回は実技試験会場01。三回建ての廃屋ステージだ。Aチームは屋上、俺たちは一階の部屋に本拠地を置きスタートする。相手は強襲科2、探偵科1、諜報科1、目立った名前はいない」

 

「うっへー、諜報科かよ〜!あいつら変な罠仕掛けてくるから嫌なんだけどー!!」

 

「文句を言うな門武。ランダムで組まれるんだからしょうがない。だからこそ俺たちはピンチなんだ」

 

「強襲科3に通信科1だもんな」

 

九済の意見には同意だ。俺たちのバランスは正直微妙と言える。簡単に言うならフォアード3人とサポート1人って感じだし、距離を詰めないとマズイ。

 

「強襲科でも1人はザコだからな。人数に入れるかどうかはわからないが」

 

「・・そりゃすんませんね」

 

クズめ。・・完全に俺を戦力外にしてんな。ま、それで当たりなんだけどさ。ここまであからさまだとちょっとうぜえ。・・まあでもリーダーだし、一応発言を控えますかね。

 

「それを元に作戦を考える。時間が無いからとっとと決めるぞ。まずーー、」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

16時20分 模擬開始

 

廃屋ステージは文字通り廃屋だった。

 

場所は先ほど実技試験を受けた第一体育館の隣。だからなのか、外装は廃屋のような面影はなく体育館のような綺麗な感じなのだが、中は全く違う。アスファルトのネズミ色した壁。室内には横倒しになっているロッカーや割れたガラスなどが散らばっている。

 

どうやら学校を意識しているようで、机や下駄箱なども確認できた。まるでヤンキー映画で見る学校のようだと思った。

 

俺たちの本拠地は下駄箱すぐ横の部屋だ。中にはある程度の通信機器と罠を作るための材料、非殺傷のゴム弾などが用意されていた。

 

俺はある程度の材料を持ち、本拠地から少し離れた場所の物陰に隠れていた。もうすでに試験は始まっている。

 

『いいか?二階に入ったらそれぞれの場所で行動しろ。本拠地には絶対に行かせるな!』

 

ただこの廃屋。試験のために作られた為、一階と二階の構造がかなり違う。一階はまるで学校のような、教室が多くある構造だが、二階は『山』という字のように三つの道に分かれている。今回の作戦は俺たちはそこを一人一人が守って戦うということになっている。

 

『敵はまだ3階で作業をしているようです。今のうちに二階まで侵入してください』

 

『『『了解!』』』

 

九済が先頭で走り出す。階段をそっと登り、二階の状況を見渡した。

中空知は直前までオドオドとしていたのだが、通信になってからぐるっと態度が急変。とても聞き取りやすい、まるでアナウンサーのような話し方に変わった。・・変な奴だな。

 

そんなことを考えながら二階を確認する。

 

・・・っ。それぞれの道への幅が思った以上に大きい。これじゃ1人でもやられたらフォローなんてできないぞ・・!そうなれば中空知しかいない本拠地への通路がフリーになっちまう・・!しかもその負け1人って確実に俺や・・!!

 

仮に俺じゃなかったとしても、これなら逆に軽い爆発トラップと足止めトラップをを全てのの通路に仕掛けて引っかかってる間に1人に3人で挑んだほうがいいんじゃ・・

 

「おいザコ何突っ立ってんだよ!!早く持ち場につけ!!」

 

考え事していた俺に飛んでくる罵声。そうだ、今はこいつがリーダー。意見を言うもんじゃ無いか。

 

「へーへ、仰せの通りに〜」

 

俺は自分の担当する『山』の左部分へと周り物陰に隠れた。

廃屋のように見せるためか、隠れた場所の外壁に穴が開いており、その部分から外を見ることができる。外観を守るために正方形に開けられているが、ただ開いているだけのようで窓はない・・と思う。落ちたら死にそうだが、見なければ問題はない。放課後のオレンジの光が俺の手元を明るくしてくれているからここは丁度いいんだ。

 

どうやらまだ敵は来ていないようなので、懐から持ってきていた材料を取り出す。これである程度の罠を作って足止めする予定だ。まずは針金で輪っかを二つ作って・・

 

作業を始めようとした時、オレンジの光が更に強くなった。どうやら雲に隠れていた部分が現れたらしい。

 

「うお、まっぶし」

 

どこかで聞いたことのあったセリフを言いながら外を見る。二階から見る夕焼けはなかなか綺麗だった。

 

 

 

「・・あ?」

 

のだが

 

その見える風景の中に『意味のわからない現象』が写って見えた。

 

その現象は、必ずと言っていいほどに起きることはない現象で、どうしてそうなっているのか訳がわからない現象。

 

俺は作業をすることも忘れその現象をただ見ていた。

 

 

 

・・そして

 

 

『岡崎さん!門武さんと九済さんの情報を分析した結果、敵は岡崎さんの方へ2人、向かったようです!いまお二人がそちらに向かっていますのでできる限り持ちこたえ・・・岡崎さん?・・あ、あれ!?』

 

『おい岡崎!返事しろおい!?・・ちっ、やられたかっ』

 

『そんなはずは・・ちょっと待ってください。・・・え、ええ!?か、カメラの映像を巻き戻して見ましたが、

 

岡崎さん

 

 

空いた穴から外に飛び出して行きました!!』

 

 

 

『なっ!?・・まさかあいつ、

 

 

逃げやがった!?』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

??? side 食堂と第一体育館の隙間より

 

16時25分

 

『おい見たかよTwitter、いま武偵高中、岡崎のことばっかだぞ』

 

『「Eランク岡崎、1発KOされ泣きながら会場を去る!!」「岡崎は変態!?乙女向けのぬいぐるみを100個所持??」っギャハハ!どんどん話が大きくなってやがる、ざまあみろだぜ』

 

『・・俺たちに楯突くからそーなんだ』

 

『あ、須藤さん、足大丈夫っすか?』

 

『ああ・・実際あのぬいぐるみはそんなに重くなかったからな。持ち主から金巻き上げるために大げさなアクションしただけだ』

 

『さっすが須藤さん!考え方が違うっすね!』

 

『おめえらもなんかされたら万札掻っさらうまで脅せ。後は少しずつ巻き上げていくんだよ。

・・ちっ、タバコ切れちまった。おい買いに行くぞ』

 

『了解っす!!・・・ってあれ?須藤さん』

 

『ああ?どうした?』

 

『いえ、あの、見間違いだったらいいんですけど、あの「金髪のインターンが持ってるぬいぐるみ」って、あのぬいぐるみじゃないっすかね?』

 

『・・ああ!本当だ!確かにあの時須藤さんの足に落ちたやつだ!』

 

『・・・。なるほど、そういうことか。おかしいと思ってたんだ、あのクズがあんな場所にわざわざ趣味バラすような物を置いとくなんてありえねえ』

 

『どういうことすか?』

 

『・・あいつはあのガキを庇いやがったってことだ。

 

 

てめえら、行くぞ

 

 

金の巻き上げ方を教えてやる

 

 

 



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3 VSランク ③ 「違うよしゅーちゃん」

「2のあらすじ」
食堂で落としたぬいぐるみは本当は修一のではなく島麒麟のものである事がバレてしまった。1人で歩く島麒麟を不良三人が取り囲む。

その様子を遠目で見る1人の男が…?


ーーーーーーーーーーーーーーー

 

Kirin side 〜16時35分 食堂と第一体育館の隙間より〜

 

「・・っ!!」

 

「おっとぉ。逃がさないよ。ねえ、そのぬいぐるみの事について教えてくれない?」

 

ライカお姉様の飲み物を買い、ちょっとだけあの方を探して周辺を歩いたのがダメだった。まさか、まだこの辺りにいたなんて・・っ!

 

私は先ほど食堂で一騒動あったあの不良3人に囲まれてしまっていた。場所は食堂と第一体育館の間の狭い通路。基本誰もそんな場所は通らないから周りに人はいなかった。・・本当にマズイですの!

 

今も隙を見て逃げ出そうとしたが、男3人に敵うはずがない。壁に追いやられ、逃げ場を失う。

 

「こ、このぬいぐるみななんなんですの!?あなた達が欲しいものは入ってませんですの!」

 

「いやそんなこと聞いてるんじゃねーよ。お前は、それをいつから持ってたんだって聞いてんだよ!」

 

男の声に思わずビクッと驚く・・フリをする。正直そこまで怖くは無いのだが、余裕な表情を見せると何されるかわからない。ここは大人しく従うふりをして携帯で助けをーー

 

「おい、携帯を取れ。仲間に連絡を取られると面倒だ」

 

「・・!」

 

2人の不良の後ろでタバコを吸っている男が私の携帯を取ってしまった。・・くう、これでは・。

 

周りをチラと見てもあるのはただ食堂と第一体育館。食堂の中には人がまだ多くいるが、出入り口はこちらの真逆、第一体育館もいまは何も使われていないようで人の気配が無い。・・どうしたら。

 

「で?そのぬいぐるみ。お前が落としたものだったのか?」

 

「・・・・。」

 

「ああ!?どーなんだよ!早く言えやコラ!」

 

バンッ!と私の後ろの壁を思いっきり叩く。それには本当にビクッとしてしまったがその間になんと答えるべきか考える時間ができた。

 

もしここで「ずっと私の物ですの!」と言えば、不良3人はあの方が私を庇ったと分かり私に何かしてくるかもしれない。それはいまの状況だとかなりマズイ。

 

逆に「いえ、今日貰った物ですの!」と言えば、不良3人は間違った恥をあの方に打つけに行くかもしれない。・・そもそも信用されないかもしれないが、そこはCVRの腕の見せどころ。やるなら徹底的に信用させる。それでどうなるか。・・考えたく無い。

 

手に持ったジョナサン3号を見る。顔が汚れてしまって、ブサイクな顔をしている。・・が、今手元にあるのは・・誰のおかげ?

 

 

・・そう、ですわよね。

 

私はギュッと手に持ったジョナサンを抱きしめ、

 

「これは!正真正銘私が昔から持っている大切なお人形なんですの!あなたの足に落としたものは、私のコレでしてよ!」

 

思いっきり叫んでやった。先ほどまであったモヤモヤした気持ちが少しスッキリしたように感じた。そう、確かにこれで、あの方のやったことは全て無駄になってしまった。でも、私は、麒麟は、後悔していない。

 

あの方が、全て背負う必要なんて、全く無いんですの!!

 

「・・・そうか」

 

「く、来るなら来なさいですの。返り討ちにーーぅう!?」

 

理子お姉様に教えてもらった構えをしようとしたが、構えるより早く私は蹴られていた。痛みで思わずジョナサンを落とし、お腹を抱え座り込んでしまう。・・ほ、本当に蹴ってきたんですの・・!

 

正直殴られることは無いと思っていた。しかし外見が幼い私を殴ることな一切ためらいがない。

 

「なあ、俺マジで痛かったんだけど?なあ、どうしてくれんの?」

 

「・・・う・・うぅ・・」

 

痛みを堪えるふりをしながら次にするべきことを考える。・・い、一体どうすれば・・!!

 

「なあおい、聞かないならもう1発いくぞ??」

 

「き、聞いてます!聞いてますですの!!」

 

流石にもう1発はマズイ・・!慌てて立ち上がり、その不良と目を合わせる。やはりその男に躊躇はなさそうだ。・・くっ!

 

「な、なにをすればいいんですの・・!?」

 

「そうだなぁ・・んじゃあまず服を脱ーー」

 

「黙れ。お前らは下がってろ」

 

横の1人が何かを言おうと(内容がゲスすぎて聞きたくなかった)していたが、真ん中の男が肩を押す。

 

「明日までに5万、持ってこい。それで今回のことはチャラだ」

 

「ご、5万!?どうしてそんな大金を…!?」

 

「別に持ってこないならそれでいい。その代わりお前を庇ったあの男、本気で潰すぞ。もっと酷え内容をSNSで投稿するだけで、あいつは終わりだ」

 

「げ、ゲスなことを・・っ!」

 

「あ、須藤さん!じゃあ今日岡崎といたあの黒髪の女も襲いましょうぜ!あの子タイプなんすわ!」

 

「ああ?・・好きにしろよ」

 

「え、まじスカ!?じゃあ俺金髪の峰 理子って女ーー」

 

「はっ、理子お姉様に手を出す?無理ですわよ。お姉様はあなた方みたいな方に何かされるほど弱くなーーうっ!?」

 

またお腹に1発入れられてしまう。・・い、痛い。流石にもう、無理ですの・・っ!!

 

「それもこれもお前がちゃんと金を払えば起こらないことなんだよ。いいから明日までに金もってこい。分かったな?」

 

・・ここは、しょうがない、ですわ。これ以上は体が持ちませんし、ここは頷くしかありませんわね。・・その後でライカお姉様と理子お姉様に助けを求めることが今できることで『一番いいやり方』ですわ。

 

 

 

そう思い、顔を上げ不良の顔を見て、気づく。しまった。これは逃げの一手だ。

 

 

 

他人に頼るだけ、それしかできない自分がそこにいた。

 

こんなことになったのは、全て私が悪いのに。

あそこの机にジョナサンを置いたのも私、不良に怯えて思わず隠れてしまったのも私、あの方が守ってくれたのになにもできなかったのも私、その後あの方になにも言えなかったのも私、ジョナサンを持ち歩いてしまったのも私だ。

 

そんな私が、誰かに助けてもらおう?都合が良すぎる。もちろんライカお姉様や理子お姉様、間宮様方はお優しいから、私が頼れば全力で助けてくれるだろう。まるで自分のことのように心配してくれるだろう。

 

でもそれは、本来関わらなくていいことなんだ。もしそれで怪我したらそれは、「麒麟と関わったからこそ付けてしまった傷」ということになってしまう。

 

実際、それであの方は酷く傷つけられてしまった。

 

ひどく後悔している。私は今日、他人に迷惑しかかけていない。どうしようもなかったと自分で励ますようなことをしてしまった私は許してもらえないかもしれない。

それをお金で解決できるなら・・。そっちのほうがいいのかもしれません、ですの。

 

他人に頼るのは、もう、辞めたい。

 

 

「わ、わかりましたわ。明日5万を持ってきーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前5万持ってんの?じゃさ、俺しゃぶしゃぶ食べたい」

 

 

ゴンッ!と音が響く。

 

言葉の途中で誰かが割り込んできた。顔を上げて見てしまった。

その方はタバコを吸っていた男の後ろ頭を鷲掴みにして私の横の壁に叩きつけた。

 

 

「あのさ、ついでに理子にパフェ奢ってやってくんね?俺マジで金持ってないのよ?」

 

そして驚く私と残りの不良2人が驚いて固まってしまっている中、空気を読まないで年下にお金を要求している方が1人。

 

私は思わず指差して叫んでしまった。

 

 

「ど、どうしてまた現れるんですの!?

 

 

岡崎、修一!!」

 

「なんでって、まあ、なんだろな、金のためかな・・理子あたりからガッポリと・・」

 

先ほどから話が全く噛み合ってないが、確かにそこにいたのは岡崎修一だった。今もまだ不良の頭を壁に擦り続けている。

 

「て、てめえ岡崎っ!須藤さんになにしてやがんだ!」

 

「いつまで人の頭持ってやがんだコラァ!!」

 

流石の不良も状況を理解したのか岡崎に殴りにかかる。岡崎は見て眼を細めるとそれを回避ーー

 

 

しなかった。

 

「・・ぐっ!」

 

顔とお腹に1発ずつ拳が突き刺さる。耐えきれなかった岡崎は後ろに倒れこんでしまった。

 

「岡崎ぃ、一体何しに来やがったんだ、あ?お前がこいつを庇ったのはもう分かってんだよ、邪魔すんじゃねえ殺すぞ?」

 

上半身を起こし、殴られた顔を摩る先輩に、須藤と呼ばれた不良が本気で怒っている。これは流石の先輩もマズイんじゃ・・

 

「あ?なんの話だよ?ぬいぐるみなら俺が趣味で持ってきてたって言ってんだろ?」

 

「もうその嘘はバレてんだっつの。あのガキが自分でやったって認めたんだからよ!」

 

「・・はぁ」

 

不良の言葉に岡崎はため息をつくと、私の方へと歩いて来て

 

ポンと頭に手を置いてきた。・・えっ?

 

「ったく。インターンのくせに変に先輩を()()ような真似してんじゃねーよバカ。早死にするぞ?」

 

大きな声でそう言いそのあと不良の方へ振り返る。

 

「だーから!このざーさんは元々俺のなんだって言ってんだろうが!インターンの生徒に騙されるとか馬鹿かお前らあっはは!情けねえなぁ!それでも不良気取りの馬鹿どもなのかよ!?」

 

中指を突き立てて不良を馬鹿にしだす岡崎。これには不良3人も黙っちゃいない。

 

「ああ??お前、死ぬ覚悟出来てんだろうな?」

 

「お前らごときに負ける気がしねーな。あ、その前にー」

 

またこちらを向く先輩

 

「お前さ、邪魔だから帰ってくんない?あいつらが〜負けそーになった時に人質とかになられても迷惑だからよ」

 

そう言い、私の肩を強く押す先輩。その強さに少し驚いたが

 

これは、仲間を呼んでこいということだろうか。近くにはライカお姉様が学食に、理子お姉様もまだ遠くへ行っていないはず。皆さんを呼んでこいと、そういうことですのね。

 

つまりそれは、今の麒麟では使い物にならないと、そういうことだ。

 

 

また、守られてる。そう思うが、だからと言って今私がいても先輩の言う通りになるかもしれない。・・私に出来ることは。

 

「分かりましたわ・・・」

 

自分の弱さに歯噛みしながら、私は走り出した。

 

 

目的の食堂はすぐそこだ。

 

ーーーーーーーー

 

 

『・・よっしゃ、やろっか』

 

『てめえクズのくせに俺たちに勝てると本気で思ってんのか?あ?』

 

『・・・。勝てるからここにいんだろうが。あ、そういやお前らさ、さっきなんか夾竹桃と理子のこと好きにするとか言ってたよな?』

 

『ああ?それがどうしーーがはっ!?』

 

 

 

『ふざけんな』

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

kirin side 2

 

 

 

 

 

「ダメよ。ここは通せないわ」

 

「な、なんでまたお前が邪魔するんだ!退けよ!」

 

ライカお姉様が目の前の「敵」に怒鳴る。そこは食堂から出てすぐ、先輩が「今も殴られ続けている先輩が見える」場所だった。

 

すぐさまライカお姉様に助けを頼み、裏まで走り出したその間約5分。その間になぜか私たちの敵が立っていた。

 

「ど、どうして邪魔するんですの!私達は岡崎先輩を助けたいんですのよ!?貴方仲間なのでしょう、夾竹桃!!」

 

そう、目の前で腕を組み壁に背中を預け、私たちが先輩の元へ行くのを遮っていたのは、あの方の仲間であるはずの夾竹桃だった。ど、どうして・・

 

「私もこんな立ち回りばかりで嫌なんだけど、しょうがないじゃない。これが『岡崎にとって一番いい方法』なんだから。手伝えって言われたらやるわよ」

 

「・・・は?何言ってんだよ?『一番いい方法』なら私たち3人が岡崎先輩に助太刀して不良どもをぶっ飛ばしてしまえばいいだろうが!」

 

私もお姉様も、夾竹桃の言っている意味が理解できなかった。夾竹桃の言い方はあの方の味方そのもの。なのに、ならどうしてそれを助けようとするのを止めるのか。・・わからない。

 

今もあの方は先の道で殴られ続けている。何発かは反撃できているようだが、それでも人数差が不利に働き、かなり押されてしまっている。

 

早く夾竹桃を退かして助太刀に行かないと、負けてしまうだろう。

 

「・・まだ分かってないの?今貴方たちが飛び込んで行って、あのバカどもをぶっ飛ばしても、岡崎は喜ばないわよ」

 

「なんでだよ!さっきから意味わかんねえことばっかり!あんなにボコボコにされてんだぞ!助けない方が喜ぶわけないだろ!」

 

「・・岡崎が今日貴方たちにしたことをもう一度振り返ってみなさい。そしてその意味も。そうしたらきっと気づけるはずよ」

 

振り返る・・?

夾竹桃の言葉に疑問しか残っていない私たちは先輩の行動を振り返った。先輩は、夾竹桃との対決で私を眠らせ、ライカお姉様に暴力を振るった。今日は食堂で私が落としてしまったことで起きた揉め事を自分のせいにして被害なく終わらせた。そして今、私に仲間を呼びに行かせる間の時間稼ぎで攻防を繰り広げ・・?

 

あれ?と疑問が湧いた。

 

「・・ライカお姉様を1人で倒せるのなら、あんな不良達なんて・・」

 

「そう、岡崎なら簡単でしょうね。でもしない、むしろ相手の拳を()()()()()()()()。どういうことかしらね?」

 

「・・昼にあたしがあいつらに挑もうとしたら止められた。・・先輩は私たちに敵意が来させないようにしていた・・?」

 

先ほどより落ち着いたライカお姉様が、私と同じ考えにたどり着く。そして

 

「そう、岡崎の『一番いい方法』ってのは『自分1人に敵意を集めて、周りに被害を与えないこと』。

今岡崎があの不良達を倒したのを誰かが見たりでもしたら()()()()()()()()()()()と流れてしまう。もしそうなったら彼らはどうすると思う?」

 

 

 

『別に持ってこないならそれでいい。その代わりお前を庇ったあの男、本気で潰すぞ。もっと酷え内容をSNSで投稿するだけで、あいつは終わりだ』

 

 

 

 

先ほど私を脅していたときのことを思いだす。彼らは本人に直接何かするよりも、その友人や恩のある人間に被害を与えようとする。それをそのまま考えれば・・・

 

「つ、つまり今、先輩は・・」

 

「私達を護ってる・・!?」

 

 

完全に護られている。私を邪魔だと言って逃がしたのもライカお姉様を呼ばせるためじゃなく、私に敵意を向けさせないため・・。麒麟は、岡崎修一という最下位で、最も嫌っていた相手に護られていた。

 

 

「そう、だから行かせられないの。行ったって彼らの敵意が貴方達に分散するだけ。それを彼は望んでいないわ」

 

夾竹桃の言い分は理解できた。

 

「でも、お前はそれでいいのか!?お前にとって先輩はそんな簡単に割り切れる奴なのかよ!?殴られ続ける奴を、そうやってただ見てるなんて、心痛まねえのかよ!」

 

納得できないライカお姉様が夾竹桃に怒鳴る。確かに夾竹桃の言い分をまとめれば『あの方がしたいのならあの方自身が傷ついてもいい』ということだ。それはあまりにも酷い話ではないだろうか。

 

そう思う・・思う、けど

 

「・・別に。貴方達忘れてるかもしれないけど、私は元『イ・ウー』のメンバーよ。知り合いが傷つくくらいで何も動じるわけないでしょ?」

 

本当に、それは彼女の本心?そう、思わずにいられない。何かが引っかかる。・・なんだ?

 

「ちっ、やっぱお前を好きにはなれなさそうだぜ!」

 

「奇遇ね。私もよ」

 

その時、その引っかかっていた部分に気づく。そうか、これか。

 

夾竹桃の腕。胸元で組まれた腕から見える手。

 

その手が

 

 

ギュッ

 

と強く自分の腕を強く握っていたのだ。

 

それはかなり強く、しわができてしまっているほどに。

 

そこがわかると次々と異変に気付く。

 

無表情な顔の奥で奥歯を噛み締めていたり、ライカお姉様が睨んで怒鳴っているのに、チラチラと奥を気にしていたり、奥で倒れてしまった先輩を気にして少しだけ口が開いてしまっていたり。

 

つまり夾竹桃も、心配で心配で仕方がないんだ。口では彼の気持ちを優先するなんて言いながら、気になって仕方がないといった感じに見える。

 

 

そう考えると、夾竹桃の気持ちも少しずつ理解できてきた。夾竹桃も飛び込んであの方を救いたいんだろう。でもそれは望まれていないこと。だから自分に出来ること、考えに気づいていない私達を邪魔する。

 

・・・。

 

「もういい!麒麟、こいつ退かして岡崎先輩を助けに行くぞ!」

 

ライカお姉様は手元からトンファーを取り出した。夾竹桃との考え方とは逆に考えたようだ。

 

・・・・。・・・。

 

「分からず屋。・・いいわ、少しだけ相手にーー」

 

「お姉様。ここは落ち着きましょうですの」

 

今にも飛び出しそうなお姉様の裾を持ち、動きを止めた。それにはお姉様だけでなく夾竹桃も驚いている。

 

「・・なっ!?なんでだよ麒麟!お前もあいつと同じ考えなのか!?」

 

お姉様は裏切られたとでも思ったのか少しだけ涙目になっている。私からその言葉がでるとは思っていなかったのだろう。でも・・

 

「違いますわ。でも、麒麟達だけで夾竹桃を倒せるとは思えませんですの」

 

そもそもこの話は夾竹桃が止めると言った以上、その時点で止まることしかできないのだ。私達2人と、夾竹桃では戦力が違いすぎる・・。いくらライカお姉様でも夾竹桃に勝つには至難の技だろう。それに

 

「あの方の気持ちを優先するなら、貴方も戦う気はないのでしょう?『私達が傷つくことがあの方が一番望まないこと』なのですから」

 

「・・・そうね」

 

「だからって!!」

 

私たちがここで争ってもそれはあの方にとって全く望んでいないこと。もちろんお姉様の言い分もわかる。だからと言ってこのままでいいわけじゃない。・・じゃないが。

 

だからって

 

 

「麒麟たちには・・・どうすることもできないんですの」

 

「「・・・」」

 

私の言葉に2人とも黙ってしまう。お姉様も頭の中では理解していたみたいだ。このまま飛び込んでいってもあの方を困らせるだけ。今私達があの方にできる一番の方法は『ただ黙って殴られ続けるあの方を見る』。それだけだった。

 

やはり私たちは弱くて、無力だ。あの方の力を借りないと、こんなことも解決できない。

 

 

 

その時、

 

 

 

()()()()()()()()が、私たちの横を通り過ぎた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「ぐっ、・・・はぁ・・はぁ・・うっ!」

 

腹を蹴られ思わず蹲る俺の顔に、さらにもう1発蹴りが入る。耐えられなかった俺は地面に倒れこんでしまう。

 

 

「おいおい、さっきの元気はどーしたよぉ?俺たちを殺すんじゃ無かったのか?」

 

もちろんニヤニヤと笑う不良共は俺を倒れたままにしておくわけがなく、髪を掴まれ持ち上げられると、鳩尾に拳を突き立てる。

肺から全ての酸素が漏れ、唾が飛ぶ。その瞬間、横から更に拳が俺の顔を殴り飛ばす。

受け身を取れなかった俺は顔から地面に倒れた。目がチカチカして、目の動きがおかしくなる。流石に限界に近い。

だが、それでも不良達は殴ることをやめない。怒りに満ちた顔でまた迫ってくる。

 

右、左、前、鳩尾、腕、足、顔面、右・・・

 

次から次へと襲いかかる暴力に、体が言うことをきかなくなり始めた。最後に後ろ頭を掴まれ、壁に叩きつけられる。

 

「・・・っ!」

 

鼻血の赤がまるで筆で書かれたように引かれている。ああ痛いな・・痛い。そろそろ、そろそろいいだろうか。もう体も限界だし、

 

 

あいつも逃げ切ったようだし、この辺りで終わらせたい。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おい、まだまだ続くんだからヘコタレんなよ?」

 

・・くっそ。流石にこれ以上やられると体がやばい・・。

ここはまた土下座でもして、許してもらうしかないか・・。

 

 

 

そう感じた瞬間だった。

 

 

 

 

「とーう。理子ちゃんキーック!」

 

 

 

 

 

「ぐはぁっ!?」

 

突然須藤と呼ばれた男が先の方へ飛んでいった。そしてその場所には代わりに1人の女子生徒が。というより、見知った顔だった。

 

「ほい、ほいっと!・・やっほ、しゅーちゃん!うっわー痛そー」

 

「・・り、理子?」

 

そう、そこにいたのは『一番いいやり方』で絶対に傷ついてはいけない人の1人、峰理子だった。理子は両隣にいた不良に蹴りを入れて吹っ飛ばすと俺の傷を見る。

 

俺は驚いて目を見開き、理子を見た。こいつは、俺の考えをわかってると思ったんだが・・!

 

「お前、なんで出てきたんだ・・!これじゃあ・・」

 

こいつまで、不良たちの標的に・・っ!

 

「ねぇ、しゅーちゃん。理子、怒ってるんだよ?」

 

「・・え?」

 

理子は俺の言葉に返すことなく、そう言ってきた。

 

「『修一が傷つくようなやり方をしてほしくない』って何度も言ったはずだよ。キンジの時だって、ジャンヌの時だって。なのにまたそんなことしてさ」

 

そうだ。そういえば前に理子に泣きつかれたことがあったか。俺が自分で骨を折った時。あの時どうして泣いているのかよくわからなかったが、今やっとわかった。・・でも、だからってなんで・・

 

「しゅーちゃん。理子はね・・」

 

「くっそ誰だ・・」

 

理子は話を続けようとしたが、右に1人だけ飛ばされた不良が起き上がろうとしているのを見て立ち上がった。

 

「後でお説教続けるからね。今は寝てて」

 

「ちっ。お前峰理子だな!てめえ俺たちが誰だかーー」

 

「うるせーんだよクソが!修一をこんなにしたお前らが生きて帰れると思うんじゃねーぞ!」

 

「・・おーい素が出てるよ理子さん」

 

顔に似合わない言葉に不良さん達がビビってしまっている。確かにこの可愛らしい顔でそれ言われたらビビりますわな。

 

「お前ら3人くらいあたし1人で余裕なんだよ。早く来い、理子今ちょーぷんぷんがおーなんだから。死んでもしらないよ!」

 

確かに。理子なら楽勝だろうが、本当に殺すなよ・・!?冗談だよな?な?

 

「ちっ、調子にのるんじゃねーよ!お前なんか須藤さんが1発でーー」

 

 

 

 

「その須藤ってのはこいつのことかしら?」

 

 

 

 

 

「・・ぅえ・・ぅええ・・」

 

「きょ、夾竹桃!?お前までなんで・・!!」

 

不良が指差した先にいたのは。倒れてピクピクしている残念須藤さんとやれやれと言った顔をした夾竹桃だった。・・おいおい、なんでお前まで出てくるんだよ・・!!

 

それを見た理子がニヤッと笑う。

 

「あれ?大人しく見てるだけじゃなかったの?」

 

「見てるつもりだったわよ。でもあなたが飛び出したら見てる意味ないじゃない。ああ岡崎安心して、あの子達はちゃんとお留守番してるから」

 

「・・いや、でもよ・・」

 

俺が何か言う前に、もう1人の不良が立ち上がり須藤を見る。

 

「お、お前ら須藤さんを・・なんてことしやがんだこの野郎!」

 

「それはこっちのセリフだよ。よくもまあ無抵抗な修一にここまでしてくれたよね」

 

「あなた達、とりあえず3日は苦しんでもらうから」

 

「ちっ、ふざけんなああああ!!」

 

 

 

 

 

それから約3分でピクピク人間が三体完成した。・・いや、強すぎるわお二人さん。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「さってと、はいしゅーちゃん正座」

 

「・・嘘だろ」

 

日も暮れてしまい、暗くなった食堂で俺は正座を指示されていた。そこにはなぜか火野ライカと島麒麟もいる。いや待って待って・・

 

「俺なにも悪いことは・・」

 

「したよ」

 

キッパリと言い放つ理子。俺は思わず「すんません」と謝ってしまった。だが、

 

「あのさーしゅーちゃん。理子が何に怒ってるかちゃんとわかってる?」

 

「正直サッパリだ。俺はお前に何もした覚えはー」

 

「そう、そこだよしゅーちゃん」

 

「・・なにがだよ?」

 

リコの言いたいことが全く理解できていない。なにが言いたいんだ??

 

「しゅーちゃんはさ、自分の事よくわかってないんだよ。自分のことと、相手が自分にどう感じているかも。みんなしゅーちゃんが思ってる以上にあなたを、大切に思ってる。アリアなんて今日受験生ほぼ全員にキレちゃったんだから」

 

「・・は?」

 

ーーーーーーーー

 

 

13時10分 第一体育館

 

『黙りなさい!』

 

未だ笑いの絶えない体育館に1発の銃声が唸る。そして喜んでいた門武と呼ばれた生徒が吹き飛んだ。なにが起こったのかわからない生徒達はただ、その音がなった方を見る。そこは試験フィールド内、中央からだった。

 

そこにいるのは、ピンク髪のSランク武偵。

 

『あんたたちに、修一のなにがわかんのよ!あんたたちは笑えるほど修一の努力を知ってるの!?唯一あたしに何度も挑んでくるような武偵なのよ!それを、あんたちみたいな人をバカにするだけの生徒が笑ってもいいって本気で思ってるの!?ダメに決まってるでしょ!

あいつは私が認めた優秀な武偵なの!

笑ってる暇があるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()!反論があるなら来なさい!相手してあげる!』

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「・・マジかよ。あいつは・・余計なことを・・」

 

「余計なことかもしれないわね。今の岡崎が考える『一番いい終わらせ方』なら。あなたが本当にそう思うなら、私はそれでいいと思うわ」

 

そう、夾竹桃はいいって言ってくれたはずだ。俺の考えに、俺のやり方に。ただ最後はどういう意味だ?本当にそう、思うなら?俺は本当にそう思ってるだからこそー

 

「だからさ、どうしてしゅーちゃんの『一番いいやり方』の中には自分の犠牲は当たり前のように入っているのに()()()()()()ことは全く入ってないの?」

 

犠牲って・・俺は別にそんなこと考えた覚えはない。ただ、誰も傷つかないように、誰も悲しまないようにするにはって考えたらそうなるだけで・・。今回だって

 

「・・今回の場合に限ってはお前らに頼んだらあいつらお前らにまで何かしてくるかもしれねーだろ」

 

「あら。ということはあなた、私たちがあの3人に負けるくらい弱いと思っているの?」

 

「違うって。武力で解決できないこともたくさんあるだろうが。靴に画びょう入れられたり、机に落書きされたり。そんなことわざわざされる危険性があって協力してくれなんて・・」

 

「あのさーしゅーちゃん、根本的に間違ってるよね」

 

「そうね」

 

俺の言葉を遮って、理子と夾竹桃が頷く。根本的にって・・どういうことだ?

理子は俺のおでこをコツンと叩いた。

 

「あのねーしゅーちゃん、理子たちは別に

 

『修一に全部護ってもらうほど、弱くないんだよ』

 

理子だって、きょーちゃんだって、りんりんやライちゃんだってそう。みんな強いんだから。無理して全部護ってくれなくても大丈夫なんだから。まあ、優しい修一には難しいかもしれないけどね」

 

「・・・・優しくねー・・よ」

 

理子の言葉に返しながらも、俺は理子の言葉で気づいた。そうか、俺って、こいつらになにもさせないで解決するにはって無意識に考えてしまっていたのか。・・だから最終的に誰にも頼らず、俺だけを使った作戦しか立てられなかったんだ。言うならーー

 

「そろそろ、対等な関係でいいんじゃないかしら。私たちにも負担分けなさいよ」

 

そう、対等な立場。それが俺の考えにはにはいない。

 

 

・・そっか。

 

 

俺って1人で背負い込みすぎたのかな。

 

「・・なんつーか、またお前に気づかされたのが悔しいんだけど」

 

「くふ、まあしゅーちゃんのことはある程度分かってるから。・・夾竹桃もこれでいい?」

 

「ええ、問題ないわ。もう間違わないようにしてよ」

 

「ああ。・・火野も島も、その、悪かったな。変に事荒立てちまって」

 

「え、い、いやそんなことはー」

 

「・・・」

 

島はなにも言わず、ただ俺をジッと見ていた。島もなにか考えることがあるんだろう。

 

「あと、俺のこと助けようとしてくれたんだろ、サンクス」

 

「あ、・・はい・・」

 

言う事だけ言うと、俺は立ち上がって前を向く。もうなにをすればあいか決まっていた。

 

「さってと、最後に一つ、やることやってくるわ」

 

「手伝うことは?」

 

「ないな。これは完全に俺が悪いし」

 

「・・そう、じゃあしょうがないわね」

 

「おう、お前らも暗くなってるんだから早く帰れよ。あ、理子と夾竹桃は見ててくれ」

 

「うん♬」

 

「わかったわ」

 

俺は教えてくれた恩人2人と、未だ何か考え込んでる2人を見て、食堂を出た。・・多分まだいてくれるはずだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『・・・ライカお姉様、佐々木様から『あかりちゃんのDランク昇進祝いのパーティをやりませんか』とメールが来てますの』

 

『・・なあ、麒麟』

 

『なんですの?』

 

『そのパーティでさ、あいつらにお願いしたいことがあるんだけど』

 

『・・私、そのお願いがなんなのか、わかる気がしますの』

 

『ほ、本当に!?』

 

『ええ恐らくーー』

 

ーーーーーーーーーー

 

 

〜実技試験会場01〜

 

「てめえ岡崎、このクソが!お前が、お前が逃げ出したりしなければ、試験に合格できたかもしれねーのによ!」

 

「・・すまん、急に怖くなっーー」

 

「お前マジでふざけんなよ!!俺は実技試験でお前に1発KOできたからCランク安全圏内だったんだぞ!?それをお前、Dランクのまんまじゃねーか!!」

 

「・・悪い」

 

俺は怒る2人にただただ頭を下げた。俺がここに戻ってきたときにはすでに試験は終わっており、少し傷が付いているメンバーが座っていた。もちろん結果は負け。人数の少なくなったこちらはかなり不利だっただろう。・・全て、俺のせい。完全に俺が悪い。

 

「このクソ崎が!お前はやっぱりクズだ!」

 

ゴッ!と俺の顔に鈍い音が響く。殴られ、地面に倒れる俺にさらにのしかかり拳を振るう。

 

「お前が、逃げ出したり、しなければ、勝てた、かも、しれない、のに!!」

 

「・・ぐっ・・す、すまん、本当に悪かーーっゲホッゲホッ!?」

 

九済は謝り続ける俺の腹を殴り言葉を出させないようにする。そして髪を持ち上げ目と目を合わせてきた。

 

「いいか、お前はクズだ。他人にまで迷惑をかける完全なクズだ。お前のせいで負けたんだ。身をもって償え」

 

「ああ・・・わかってる・・がっ!?」

 

 

それからしばらくの間、俺は殴られ続けた。中空知が何度か必死に止めようとしてくれていたが、2人の怒りが収まるのは、それから1時間が経過したあとになった。

 

 

ーーーーーーーー

 

「だ、だだだ大丈夫ですか!?す、すぐに救急箱を持ってきますから、そこで待ってて!!」

 

流石に殴り疲れた2人はどこかへと去っていき、中空知もどこかへ行ってしまった。・・俺は会場の壁にもたれかかり、息をする。・・ようやく息ができた事に嬉しく感じる。なんとか体は動くが、痛みはもちろんある。俺は顔についた血をハンカチで拭き、頭に乗せた。

 

殴られたが、心は少しスッキリしていた。してしまったことを謝る。大事なことだと知っている。

 

 

「おっ疲れ様、しゅーちゃん!!」

 

「お疲れ、岡崎。・・あら、さっきよりイケメンになったわ」

 

「・・はは、まじか、なら、殴られたのもプラスに解釈できるね」

 

そこにずっと隠れて見ていた2人が顔を出す。無駄にテンションが高いのは俺を励まそうとでもしてくれいるのか。こいつらは本当に・・

それに今度はちゃんと見るだけで終わらせてくれる。

 

「サンクスな2人とも。ちゃんと見ててくれて」

 

「少しは抵抗しなさいよ。確かに抜け出したことはあなたが悪いけど、ここまでされるほどでもないわ」

 

「そーだよね。理子もう出る寸前だったよ〜・・というか顔覚えたぞい♬」

 

「やめろ、なんもすんな。あいつらに罪はないって」

 

「そっか。しゅーちゃんがいいなら理子もいーや!さって帰ろっか!」

 

「そうね。少し眠いわ」

 

もう2人はいつもの2人だった。1人がうるさくて1人は静かすぎて。

 

でも、

 

 

やっぱこの空間、大好きだわ

 

 

「じゃーさ!パフェ食べに行かね?」

 

「おお!それはしゅーちゃんの奢りですかな!?」

 

「んなわけねーだろ、自腹で払え。俺はいつも金がねーの」

 

「えーケチんぼ〜〜!理子、今日結構しゅーちゃんにしてあげたとおもうけどなー!」

 

「私もしたわよ?」

 

「・・それは、あれだ、理子は折り紙、夾竹桃は原稿手伝いで手を打とう」

 

「ええ、いいわよ」

 

「理子はよくなーい!なんで理子は折り紙なのー!?」

 

「なんか家にあったのよ。折り紙。あれで鶴折ってやるからさ」

 

「・・男子からの贈り物でここまでいらないものはないね」

 

「じゃあなんもやらね」

 

「えー!?あ!じゃーさー、ジャンケンで負けた人が3人分のパフェ奢るでどうかな!これならしゅーちゃんタダでパフェ食べれるよ!」

 

「乗った」

 

「よっし、チョロリンゲッツ!夾ちゃんもいい?」

 

「ええ、ご馳走様」

 

「よっし、そうなると近くのファミレスだね!レッツゴー!!」

 

「お、おい引っ張るな!」

 

 

先ほどまで殴られてたとは思えないほど、俺は楽しかった。こいつらといると俺はまだ強くなれるってそう思えた。

 

 

 

ーーーーーーーー

〜とある女子寮のベランダ〜

 

 

『お、見ろよ麒麟、あれ』

 

『・・・あら。また怪我が増えてますの』

 

『まああの先輩だし、しょうがないだろ』

 

『そうですわね。それにしても、間宮様達もご理解いただけたようで本当よかったですね、お姉様」

 

『そうだな。まあ、もともとあかりもそこまで嫌ってはいなかったらしいからな。あたしが許すならってさ』

 

『間宮様もちゃんとわかってたみたいですわね。ジョナサン3号も嬉しそうでしたの』

 

『・・先輩には、借りを作ってばかりだな』

 

『何か困ったことがあればお力になりたいですの』

 

『へえ、男嫌いの麒麟にしては珍しいな』

 

『麒麟はギブアンドテイクの精神を大事にしてますの。借りを返さないなんてもってのほか、ですの』

 

『そうか、ならその時はあたしにも言えよな。あたしも手伝いたいし・・麒麟みろよ。理子先輩と手を繋いでるぞ』

 

『・・なっ!?また理子お姉様とおお・・うう、きょ、今日は特別ですの』

 

『珍しい、理子先輩に男が近づいたらダメなんだろ』

 

『そう、なのですが、今日は・・特別、ですの。あの方は・・少しだけ、特別に、ちょっとくらいなら理子お姉様と仲良くするのを許しますの』

 

『・・もしかして麒麟、岡崎先輩のこと』

 

『それはありえないですの!麒麟はライカお姉様一筋ですの〜!』

 

『おわ、ちょ、離れろ!!』

 

『良いではありませんの〜♬私のために色々やってくださいましたでしょ?麒麟はとても感謝してますの!』

 

『ったく、それを言うのは私じゃないだろ』

 

『・・・うう、ライカお姉様にはお話ししますけど、男性の方にこういうこと言うのって初めてで・・』

 

『ったく変なところで小心者だよな。じゃあ聞こえなくても伝えるだけはしようか。あたしも一緒に言うからさ』

 

『・・やっ、やってみますの。あの方はいまどこに・・あ』

 

『・・んじゃ、言うか・・・』

 

『あら?もしかしてライカお姉様も照れー』

 

『て、照れてない照れてないから!ほら、せーので言うぞ』

 

『はいですの!せーの!!』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

〜とある男子寮のベランダ〜

 

『お、あそこで楽しそうに歩いてるのって』

 

『理子に夾竹桃、それと修一ね』

 

『あいつら仲よかったんだな。まあ何度か一緒に帰ってるとこ見たことあったけど』

 

『あんなに楽しそうな理子初めて見たかも。修一のおかげかしら』

 

『岡崎か。・・・あいつには、なんだかんだで助けられてんだよな』

 

『そうね。なにをって聞かれるとよくわかんないけど・・修一には言いたい事がたくさんあるわ』

 

『奇遇だなアリア。俺もある。いつか言いたいことが一つ。あんまり恥ずかしくて言えるもんじゃないが』

 

『じゃあここで気持ちだけ伝えときましょ、あいつに目の前で言ったってお金請求されるだけよ』

 

『・・かもな』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

Riko side

 

 

「しゅーちゃん」

 

「岡崎」

 

私達は修一の元へ行く前に決めていた。修一にはちゃんと伝えるって。

 

 

 

みんなそれぞれがたくさんのことを思っていて、それを一つ一つ言うのは恥ずかしいから

 

 

 

一つの言葉にまとめる魔法の言葉

 

 

恥ずかしいからほとんど言えないけど、

 

 

私の、みんなの気持ちを全て込めて伝えたい。

 

 

みんな、修一のこと、結構大事に思ってるんだよ?

 

 

敵だろうと助けにいったり、全力で1人の人を手伝うことができる修一

 

 

友達が少ないからって言い訳するけど、一人一人を大切にする修一

 

 

そんなあなただから、みんながあなたにこう、思ってるんだ。

 

それを私たちが代表で伝える。

 

 

岡崎 修一

 

 

 

 

 

 

『『『ありがとう』』』

 

 

 

 

 

 

 

「おう、気にすんな」

 

 

 

にっこり笑った傷だらけの顔は、私の、本当に好きな顔と同じだった。

 

 

 

 

ps

「そういや俺甘いの苦手ですわ」

 

「しゅーちゃん、ジャンケン負けた後にそれ言ってもね」

 

「ダサいわ」

 

「・・・わーったよ!食え食え俺の1日分の食費分食え!」

 

「「・・・。」」

 

 

2人の目は、本気で冷たかった。・・寂しくなった。

 

ps2

「あ、あれ!?おか、岡崎さん!?どこに行っちゃったんですかーー!?!?」

 

あ、中空知のこと忘れてた。

 

 

まあ後で謝りに行っとこう。うん。

 




ここからは私の感想ですので、軽い気持ちで読んでもらえればうれしく思います。さらに最後に少しお願いを書きましたのでそちらもよろしくお願いします。


さて、物語の話に入りますが、理子と夾竹桃は6章で修一が信頼できる仲間として同じ立場にいましたね。理子と夾竹桃、どちらもほとんど同じ感情で修一を大切に(夾竹桃は恋愛ではないが)想っているように注意して書いていました。

ですが今回はそれぞれがそれぞれの解釈で修一のために動きました。
もちろん二人とも簡単にまとめると「修一ために動いた」になります。

しかし少しだけ二人の考えは違うんです。理子は理子らしく、夾竹桃は夾竹桃らしくそれぞれの考えで動いています。

その点をうまく伝えられたかどうかかなり心配なのですが、できる限り頑張ってみました。それぞれの違いは伏せておきますので想像してみていただければ嬉しく思います。


前話の最後のセリフが誰なのか、感想欄に書いてくださった方ありがとうございます!
読んでも分かりにくかったかもしれませんが夾竹桃でした。はい、もちろん答えなんて出ませんよね・・。すみません。
これは問題ではなく、ただどんな感じに受け取ってくれるかなと私個人の質問でした。しかしカワラダさんの考え方大好きです。もしもあのセリフがアリアだったら・・みなさんもよかったら読んでみてください。

それと、実は・・まだこの章終わってないんですね(ビックリ!)あとエピローグがあります。
あ、こちらももうすぐ出来上がります。明日の夕方4時に投稿予定になっています。面白いですよ~(ハードル上げていくスタイル!)個人的に好きな内容になってます。

では、エピローグで!!





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4VSランク ④「流石に同情するって…」

「3のあらすじ」
修一の一番いいやり方に彼の被害についての考慮は全くない。そのことに怒る理子と夾竹桃に自分の間違いを認める。
そうしてランク考査の1日が終わった。


#この章は最終章(8章)の後の話になっています。
なので第7章が終わると、VSランクの内容を少しだけ変更いたします。

とある呼び方が変わるのと、セリフが少しだけ変化するだけで、全体的な内容に変化はありません


次の日の朝。

俺はいつも通り通学路を歩くいていた。心地の良い風を浴びて登校するのは気分が安らぐ…はずなのだが。

 

『おい見ろよあれ』

 

『ああ岡崎だろ?模擬戦検査で逃げ出したっていう、マジクズだよな』

 

『というか、一緒のチームになった人可哀想………』

 

『でもあれらしいぜ、逃げ出した後すぐにあの須藤達にボコボコにされてたって』

 

『は、大方昼のやつのストレス発散だろうな。逃げ出すからそうなるんだ』

 

『あれ?でも確か須藤達運ばれてなかったっけ?あいつがやったのか?』

 

『そんなわけないでしょ。確か峰理子がやったって聞いたぞ』

 

『え?あのロリ巨乳が?すっげ、マジかよ』

 

ああ…散々な言われようだな。俺の噂は更に広がっていたようだ。どうやら理子も少し噂されてしまっているようだが、いい方向に噂されてるし良しとしよう。…というかロリ巨乳ってなんだよ。そんなあだ名なのあいつ。…今度胸のサイズ聞いてみるか。

 

うん、やめとこう。

 

俺は頭の中で考えをひたすら働かせ、ある程度の声をシャットダウンする。

 

『ザコ』『弱い』『クズ』『死ね』『バカ』

 

見たこともない、話したこともない、生徒が俺を見てただ暴言を吐き捨てていく。中にはペットボトルを投げつけてくる奴もいた。…はあ、これいつまで続くのかな…。三ヶ月くらいで落ち着けばいいけど。

 

その時

 

「うぉっほ、岡崎見っけ!」

 

「あ?」

 

俺に声をかけてくる奴がいた。聞いたことのない声だったので思わず振り向くと

 

「…何の用だよ、モブ君?」

 

「へへ、お前、知ってるか?今学校中お前の話で持ちきりらしいぜ」

 

嫌な笑い方をしながら近づいてきたのはチームが同じだった強襲科Dランクの門武だった。…ああ、そういやこの声聞いたことあったな。すっかり忘れてた。

 

「らしいな。つーか、今も言われてるっての」

 

「っとそんなことはどーでもよくてな」

 

「あ?」

 

自分からその話ふってきたくせにと思ったが面倒くさいので言わないでおこう。モブはなぜかニヤニヤしながら俺に近づく。

 

「お前、俺たちに貸しがあんだろ?お前のせいで俺はまだDランクなんだぜ?だからよ、ほら、俺の頼みは聞かなきゃダメってことだろうが」

 

…はあ、またこれか。というかあんだけ殴っと言いてまだそれ言うのかよ。…あれは俺が悪いし仕方ないのか?

 

「………それで?俺に何させる気だよ?」

 

「お前さ、峰 理子に助けられたんだろ?

ってことは顔くらいは覚えてもらってるわけだし、俺のこと峰に紹介してもおかしくないよな?俺まじでタイプなんだよ!あ、あとお前と仲良い一年の黒髪の美人もな。いい感じで『俺は門武敗過に1発KOされてしまった、門武は最強だ』みたいな感じでやれ」

 

こいつ、クズだな。あ、モブか。…それはいいとして、恋愛事を貸し借りの中にいれんのかよ。というか、よりにもよってあの2人か…見る目はあるが、多分無理だぞ…結構一緒にいる俺ですら脈なしなんだし…。

 

「嫌だ」

 

「はあ?ふざけんなよ!お前が断る権利があると思ってんのか!?」

 

俺が断ると胸ぐらを掴んで脅してきた。…ああ、面倒だ。ここは『今度理子たちにあったら伝えとくよ』とでも言っといて、そんまま、放置するか。

 

「わかったわかった。なら今度会った時ーー」

 

 

 

 

 

「おい〜っす、しゅーちゃーん!」

 

 

 

 

 

その時聞こえた、聞き馴染みのある声。…というか、俺のことそのあだ名で呼ぶ奴に心当たりは一つしかないわけで。俺はこめかみを押さえた。

…なんつータイミングで出て気やがんだこの金髪ロリ巨乳。

 

「おほ。み、峰、理子…」

 

モブは俺の胸ぐらから手を離し、鼻の下を伸ばして、こちらに走ってくる理子を見ている。そしてすぐに俺の方を向いた。

 

「い、いいか!?できる限り俺のことをいい感じで言えよ!出来れば理子が好きになる感じで!」

 

なぜ俺がそんなことをしないといけないのかと強く思うが、まあそれくらいであいつが落ちるとは到底思わないので知り合いとして紹介くらいはしとくか。…というか、さっき峰って呼んでたのにもう下の名かよ。

 

…ちっ。

 

「おいーっす、しゅーちゃん!あのねあのね、昨日『ワンピースの頂上決戦篇』見たんだけどさー!あれちょー感動したの!知ってる??」

 

「お、そこか。俺も見たことあるぞ。あれガープの親心がすげー響くんだよなぁ」

 

「あ!しゅーちゃんはそこがいいんだー!理子はね理子はねーー」

 

俺はいつも通りのハイテンションで()()()()()()()()()()()()話し始めた理子と歩き出す。

 

 

 

近くに咲いている草がさぁっと風に吹かれるのを見た。

 

 

 

「ーーでね、ルフィが言うの『仲間がいるよ!』って!もーあそこ巻き戻して二回見たよ〜!ワンピサイコー!!」

 

「ああ、そういやそこって3D2Yって名前でもう一つ話があったような」

 

「え、そうなの!?じゃあさじゃあさ今日借りよ!で、しゅーちゃん家で鑑賞会!」

 

「いいけど、10時には帰れよ。明日早いんだし」

 

「くふ、今夜は寝かさないぜ、しゅーちゃん!」

 

「やっべ、ワクワクがとまんねーわー」

 

「しゅーちゃん、エロエロだからねー!理子何されるんだろ、イヤン!」

 

「…というか、実際泊まったことないだろうが」

 

「理子はお泊まりしたいんだよ!しゅーちゃんが泊めてくれないんじゃん!」

 

「付き合ってもない男女が一つ屋根の下なんてダメです。俺の理性が持たん」

 

「は、童貞が何言ってんだか。どーせそんな空気になってもしゅーちゃん理子のベッドにも上がれないって」

 

「ああ!?お前俺舐めすぎね。というかそもそも俺はお前にエロいことなんて期待してねーし、興味もないね!」

 

「…理子実は、結構可愛い下着はいてーー」

 

「その話詳しく!!」

 

「おい、おい岡崎…!」

 

理子とワンピの話から脱線しつつも盛り上がってる中、後ろから肩を叩かれる。なんだと思って見てみると、モブがいた。…ああ忘れてた。そういや紹介しないといけないんだったか。話が面白すぎて存在すら覚えてなかったわ。

 

「あー理子」

 

「なあに?」

 

「その、紹介したい奴がいるんだが…」

 

俺はこくんと首をかしげる(こいつ、ここであざとさを出さんでいーだろうが可愛いわこのやろ)理子の前で体を反らし、後ろにいたモブを見せる。

 

「も、門武敗過、です!えっと強襲科2年のDラン…Cランクです!趣味は読書、勉強はかなりできる方です!よ、よろしく!」

 

モブは顔を真っ赤にしてよろしく!と言いながらなぜか手を差し出し頭を下げた。…これ、はたから見たら告白しているようにしか見えないんだが。

 

理子の方を見る。っておい、なんで俺をジッと見てやがる。しかもさっきまでと同じでニコニコしてるはずなのに、どーしてそんなちょっと怖いの?なに、なになに?

 

「しゅーちゃん?」

 

「…。」

 

何故か疑問系で俺を呼んでくるが、俺は面倒だったので握手してやれと合図を送る。こいつも一応、純粋にお前のこと想ってるんだから、興味なくても友達くらいにはなってやれって。

 

 

「へー、門武敗過君だね!私峰 理子!強襲科Cランクなんだー!凄いねー!あのさ、今までで一番活躍した話とかない?理子聞きたいなー!!」

 

 

急にあのハイテンションな理子に戻ってモブの手を握った。

 

………。

 

理子は興味津々といった感じでモブに話しかける。

流石ビッチ。純粋な僕にはびっくりのコミュニケーション能力だこと。…流石ビッチ、男子に慣れてるなあ。

 

その対応にものすんごい笑顔になって顔を上げるモブ。

 

俺はなんとなくその光景から目を離し外の方へと目を向ける。しかし、それにより周りの生徒は携帯をいじるでも友人と話すでもなくこちらを見ていることに気づいてしまった。う、うええ・・こ、こんな見られんの俺嫌なんだけど…。

 

「あ、おう!一番活躍した…。あ、そうだ!俺、こいつに昨日1発KOしてやったんですよ!」

 

「へー、そーなんだ!しゅーちゃんを1発KOしたんだ!すごーい!」

 

理子は目を見開いて口元に手を当て驚く。おい、なんだそのあざとい仕草、俺のときは何もしてくれませんでしたよね?え、なに、マジでこいつ狙ってんの?

 

「そーなんすよ!こいつぜんっぜん動かないから一瞬で迫って顔面に蹴りいれてやったんだよ!そしたらこいつそれで気絶してやんの!爆笑もんでしょ!」

 

理子の反応に上機嫌になったモブは俺の溝に肘を入れつつさらに話を盛り上げる。…はあ、俺もう行っていいかな。ここに俺いらないと思うんだけど。

 

そして理子もそれに笑う。楽しそうだなこいつ。俺の弱いよ話ってそんな面白いかね。

 

「へー!そーなんだねー!じゃ、もう行こっか」

 

「おほ、おう!」

 

理子も俺と同じことを考えていたようだ。時間的に立ち止まって話すほど時間に余裕はない。…が、こいつらの話を聞くのは無性にイライラするので俺が少し遅れて歩くかーー

 

 

 

「いや、お前じゃなくてしゅーちゃんに言ってるんだっつの。ほら、なんで遅く歩こうとかしてるのしゅーちゃん?」

 

 

 

「「…え?」」

 

俺が距離を離そうとした瞬間、裏理子の声を聞いた。

俺とモブが理子の言葉を理解するのにしばらく時間が必要だった。

未だにニコニコ笑顔の理子は、一歩モブに近づく

 

「あのねー理子、しゅーちゃんと楽しくお話ししたいの。邪魔だからどっか行ってくれない?」

 

「…え、あ、あの、理子ーー」

 

「お前に下の名前で呼ばれたくない」

 

「え!?あ、はい、峰、さん…」

 

ニコニコのくせに何故か低い声で素の理子口調。…え、な、なにこれ凄ぇ怖いんですけど?? 夾竹桃とどっこいどっこいだぞ!?

 

「さ、行こ、しゅーちゃん!話続けよ!」

 

初めて見る理子の姿にモブは口をぽかんと開けて突っ立っている。理子はそんなこと気にせず俺の袖を持ち歩き始めた。

 

「ワンピの話に戻るけどさ、やっぱ理子もガープ好きだな〜!『なんでワシの言うことを聞かなんだ!』ってセリフ、いいよねー!」

 

そして何事もなかったかのようにワンピの話を続ける理子。俺は思わずモブを見る。と、モブは俺たちの前に走り込み

 

「ちょ、ちょっと待てよ!なんで!?なんで俺じゃなくてそいつの方なんだよ!そいつは俺に1発KOで負けるくらいのザコなんだぞ!?そんな奴に理…峰さんが親しくする意味なんてーー」

 

「もういい加減その口閉じろよ。終いには殴るぞ」

 

わけがわからないといった感じでわたわたとパニクるモブに、今度は冷めた目で、本当の素でキレる理子。こ、こわっ!?ほんと怖いんですけどなんなんどしたの理子?

 

理子は俺の裾から手を離し、モブを見た。

 

「あのな、私はそんなくだらない結果で友達選んでないんだよ。というか、知り合いを悪く言う奴と仲良く出来るわけないだろ。…もーさ、本気で邪魔だからどっか行ってくんない?」

 

もうあざといキャラとか、学校での笑顔とか、そういうものがなにもない、ただただ怖い理子がそこにいた。…え、本当にどうしたんだ?

 

その理子らしくない発言に口をパクパクし始めたモブ。ついには

 

俺に対してキレてきた。

 

「お、お前岡崎!一体峰さんになにしやがったんだ!!お前がなんか弱み握ってんだろ!そうじゃなきゃ、お前なんかに…!あ、あの黒髪の一年だってそうなんだろ!きっとなにか弱みをーー」

 

 

 

「あら?私、弱みなんて教えてないけど?」

 

 

「ーーっ!?」

 

叫び始めたモブの返しは、透き通った綺麗な声だった。・・って

 

「…はぁ、なんでお前までここにいんだよ?お前のホテル真逆だろうが」

 

「理子の家でワンピース見てたのよ。理子が見たいって言うから徹夜で」

 

そこには確かに眠そうにしている夾竹桃が立っていた。…また面倒になるぞ。

 

うんざりする俺の隣まで夾竹桃は歩いてくると、モブを見る。

 

「これ、誰?」

 

「さあ?しゅーちゃんの悪口言い始めてからからあんま聞いてなーい」

 

「…そう。じゃあ適当にモブと呼ばせてもらうわよ。漫画の隅にいそうだし」

 

合ってる、それで合ってるよ夾竹桃さん。

 

「あのね、私や理子が弱み握られてこの男と親しくしているわけではないわ。むしろ私たちが弱みを握ってるくらい。変に勘違いして、私を困らせないでね?」

 

夾竹桃は怯えるモブに冷たく言い放った。…というか俺の弱み持ってんのこいつら…怖いんだけど。すごく怖いんだけど!?

 

モブも可哀想だな。狙っていた2人からこんな仕打ちされたら俺だったら泣くね。泣いて学校来なくなるね。男として同情してしまった俺はーー

 

「い、言い過ぎだぞ夾竹桃。こいつ、お前のことタイプだって言ってたんだから、少しは優しくしてやれよ…」

 

「………。私、男女の関係に全く興味ないの。…まあ仮にあってもモブとは無理よ。絶対」

 

「理子も無理ー!こんな器の小さい男範囲外だよー!」

 

フォローするつもりがむしろアタックフォローをしてしまったようだ。しかもダブル。

 

夾竹桃は返答する前になぜかこっちをジロッと見てきたのが怖かったし、理子は理子でバッサリだ。

 

やばい、この2人怒らせたら死人でるぞマジで。だって見てよ、もうモブ涙目、鼻水ダラダラだ。…ああ本気で可哀想になってきたな。周りの目線であまり話せないというか話したくないが…。

 

「お、おい、お前らそこまでにー」

 

「く、くっそ!なら2人に教えてやるよ!こいつの残虐な部分をよぉ!!」

 

 

2人を落ち着かせようとしたら、パニックになったモブはスマホを取り出し、Twitterのとあるつぶやきを見せてきた。

 

『2年 強襲科 Eランク 岡崎修一は1年の女子生徒を暴行するような鬼畜なクズだった!?女子生徒は病院で治療を受けており、全身に打撲痕が見られーー』

 

ああ、火野と対決したときの話だなこれ。女子生徒の方は名前が伏せられているが間違いない。うわ、文章で書かれると俺本当酷いことしたって分かるんだな。…確かにこれ俺酷いわ。

 

「いいか!これは事実なんだよ!そこにいるクズは、女子生徒に暴行するような鬼畜なクズで、しかも最下位なんだぞ!!」

 

「「………それで?」」

 

「はぁ!?」

 

モブが指差しながら俺のクズさをアピールしてくれるが、言ってること間違ってないんだよなコレ。確かにこれ見て仲良くしようなんて思わないわな。

と思う俺に対して2人はこてんと首を傾げるだけ。その反応に驚くモブ。うん、これはモブが正しい。

 

 

「理子たちそれ知ってるし〜」

 

「…別に、解決したなら今の岡崎には関係ないと思うけど」

 

フラットな感じで返す2人にもう、モブはもう限界そうだ。

 

や、やばい、この2人強すぎるよ…これからこいつらがキレたら一番に謝ろうそうしよう。

 

「…く、くぅ、お、お前らはその女子生徒の気持ちを知らないからそんなことが言えるんだよ!!この女子は俺の知り合いなんだよ!CVRの1年で、桃色の髪でちっちゃくて可愛くて、おとなしい子なんだぞ!その子がいきなりそいつに暴力振るわれて、病室にいる時も『痛い…痛いよ』って泣いてたんだ!!そ、その気持ちが分からないのかよ!!」

 

うん、これ、完全にウソだね。周りの目線が気になって返答できないけど。まあ2人も知ってるし問題ないか。というかモブすごいな、よくもまあこんな話をすぐに言えるもんだ。知らずに聞いてたら泣いてたかも。

 

「…ねえ理子、あれ」

 

「ん?…ありゃりゃ」

 

夾竹桃が何かに気づいて左のほうを指差した。理子も見てあははと笑っている。あんまり周りを見たくないのだが、ちらっとだけ見るとー

 

「ちわっす。理子先輩、岡崎先輩。…あと、夾竹桃も」

 

「おはようございます、ですの!皆様方!」

 

2人を見てあちゃーっと理子と同じ表情になった。そこにいたのは金髪のお二人様。…つまり

 

 

「で、モブ。あなたが見せたTwitterの話の女子生徒が来たけど、知り合いなのよね?」

 

「へ?お、お前…!火野ライカ!?」

 

そう、女子生徒=火野ライカ本人と、島麒麟だった。うわうわ。怖い怖い怖い…。

 

「ああ、聞いてました。こいつのクソ話ですよね。あたし、CVRじゃなくて強襲科Bランクなんですけどね」

 

「というより、CVRにそんな生徒いないんですの。夢の見過ぎですのよ」

 

「う、嘘だ!そ、そっちの小っちゃいのが女子生徒なんだろ!?それを岡崎がーー」

 

「だから違いますって。あたしですよあたし。私火野ライカがその女子生徒なんですってば。証人は麒麟…は寝てたから、あいつらで」

 

火野指差した方向を見ると、間宮と佐々木がいた。2人もこちらに近づいてきて頷いている。

 

「そうだよ!ライカがこのEランクの岡崎先輩に負けたんだよ!!」

 

「ですです!あかりちゃんの言う通りです!」

 

これで、火野の言葉が正しいとなった。言いすぎた間宮が頬を引っ張られているが。これで岡崎修一は火野ライカに勝ったと信用されたかな。…いや、あれは勝ったとわけじゃないと思うんだけど。接近戦だったし。

 

『まじ、あの女子生徒って火野なの!?』

 

『え、どゆこと??岡崎が火野を倒したってこと!?ありえねえ、俺まえ火野にボコボコにされたぞ!?』

 

『でも本人がそう言ってるし…』

 

『というか、あいつ作り話を大声で言ったってこと?うわー恥ずかしww』

 

『CVRの知り合いとかいないくせによwww』

 

『はいTwitter投稿〜!』

 

周りがザワザワし始め、モブが一歩下がる。

 

「まだ言いたいことがあるなら言ってもいいわよ?聞いてあげるわ」

 

「えー!?きょーちゃんやっさしー!理子もうヤダ、面白くな〜い」

 

「なんだったらあたしが殴り飛ばしましょうか?結構飛びそうだし」

 

「いえ、ライカお姉様の手を煩わせるわけには、ここは麒麟がこの綺麗になったジョナサン3号でーー」

 

「えー、じゃあ理子も昨日ぶりの格闘を見せてあげよっか〜!?」

 

「そんなことしたらまた問題になるわよ、ここは私に任せて。毒は周りに気付かれにくいことが良点なんだから」

 

「ひっ、ひいいいいいいいいいい!?!?」

 

 

「ちょいちょい、落ち着けお前ら!怖いから、本気で怖いから!」

 

敵意を出しモブに近づき始めた4人を、俺は間宮たちと慌てて止めに入る。

さ、流石武偵高校の生徒、一瞬で戦いに発展するとこだった…!というか相手は1人だぞ!?お前らは大人気ないわ!!

 

なんとか落ち着かせることに成功し、モブの方を見ると、もう顔面ぐしゃぐしゃに泣き崩れていた。…怖かったんだね、わかる、わかるよ。俺もそっち側だったらそんな感じになってると思う。何度も言うけど怖いよこの4人…!

 

そして、モブはもう泣きじゃくった顔を見られたくなかったのか

 

「も、もうなんなんだよお前ぇ、こんな、こんな、美人共に守られてぇ…うわ、うわああああああああああん!!!!」

 

 

と捨て台詞を吐いて逃げていった。

というか美人共って、まあ確かにこいつら顔はいいけどさ、内容が嫌だよ。…お前男子に対して女に守られてるとかいうなし。事実だから余計に泣けてくるわ。

 

近くにいるそれぞれの顔を見る。

 

そもそも、なんで目立っていた俺の元に来たんだ。しかもわざわざ目立ちに来るような感じで…。

 

「お前ら、助かったけど、なんでこんなことしたんだお前らまでなんか言われるかもしれないんだぞ?」

 

「別にいいっすよ。なんと言われても」

 

ニカっと笑い火野がそう言いながら歩き出す。

…おいおいまさかこれって…

 

「気にしなくていいと思いますよ。皆、それぞれがやりたいことをしただけですし」

 

「そーそー!私もライカも、みんなね!」

 

俺の後ろにいた佐々木と間宮がそう言ってライカの後を追っていく。…あれ、何気に佐々木と話したのって初めてじゃない?間宮もなんか普通に話してくれてるし。あれ、これはわからんぞ?

 

「今回は特別に、許して差し上げますの!特別ですのよ!」

 

「え、なに、なにが?」

 

また疑問が増えた。島がよくわかんないことを言って俺の方へ指差すと、行ってしまう。え、特別?

 

「なあ、もしかしてこれって…」

 

「さーてね」

 

「どうかしら」

 

俺は両隣に残っている2人にあいつらなりの『あれ』なのかと聞くが知らないと…嘘つけ。

 

「まーしゅーちゃんがそう思うならそれでいいんじゃないかな!みんなもそう思ってもらえたら嬉しいだろうし」

 

「………そっか」

 

「まあ、これからあなたはあの子達と普通に話してもいいってことよ。良かったじゃない」

 

「…それは、嬉しいな」

 

まだ聞こえるヒソヒソ声が聞き取れてしまうほど外に集中してるはずなのに、高鳴る心臓の音がはっきり自分で聞き取れた。

 

 

「そんなことより、学校行こ?しゅーちゃん!」

 

「ちょっと走らないと遅れるわね」

 

「うああ、やっば!夾ちゃん、ダッシュ!」

 

「え、ちょ、おいてくなよ!」

 

さっきまですぐ近くにいたのに2人が走り出してしまった。俺も慌てて追いかけていく。

 

「くふ、しゅーちゃんはやくー!本当に置いてっちゃうよ〜!」

 

「え、お前ら速っ!?」

 

俺はとりあえず2人を追って走り出す。その2人の背中を見るだけで、俺は嬉しくなる。

 

 

楽しいな、なんか。

 

 

最高に気持ちが良い。それだけは理解していた。

 

 

 

そしてその感情は、思い出したように走り出した一年組と前を走る二人が感じさせてくれたのだと。

 

思わずにやけてしまう。一年前だったら人にこんな風に思う事なんてなかっただろう。

 

 

 

 

「………ありがと」

 

 

 

 

誰にも聞こえないくらいの声で、思わず出た言葉は、俺の心からの感謝の言葉だった。

 

 

 

 

授業には遅れた、俺だけ。あいつら本当に置いて行きやがって…やっぱあいつら性格悪いわ!

 

 

 

【外伝 「VSランク」 終】

 




楽しそうだなあ修一。うらやましいなあ。はい感想以上です(笑)!

内容についての質問返答です!どうぞ

*少し省略している場合がありますがご了承ください。

(質問1)

Q 御月さんより   
 戦闘狂なのに上がり症?それっておかしくないでしょうか。人の目が気になって戦えないんじゃあ、戦闘狂ではないですよね。興奮してると視界が狭まって戦うやつ以外目に入らなくなるとかですか?

A 戦闘狂の話ですが、苦手だけど好きというということよくあると思います。
例えば人前で歌うのが苦手だけど歌を歌うことは好きな人など、沢山いると思います。今回の修一の場合ですと『人前で対決するのは苦手だけど自分の腕は磨きたい戦いたい』という性格になります。興奮して〜などではないのでご安心を。
ただ確かにこの修一を戦闘狂と言うのは少しおかしな気はしますね。
ではそこは感想欄での『興奮している状態の修一の総称』ということでお願いします。


(質問2)

Q 御月さんより    
戦闘狂、上がり症、たらし、馬鹿、機械音痴、自己犠牲。多分まだありますよね。
Eランクは徹底するんですね。だから無理矢理ねじ込んだ感じですか?んー、でもこうなるのが分かってるんだから、普通試験受けないんじゃないですか?毎回こうなら、ちょっとやそっとじゃ治らないでしょ?


A
試験の話ですが、今回は二年生で初めての試験になります。つまり『アリアに励まされて初めての試験』です。
始業式前までは辞める寸前まで悩んだ自分が、理子や夾竹桃などの助けもありつつではありますが強敵達と渡り合ってきました。
そこで『あれ?もしかして俺強いんじゃない?』と思ってもしょうがないと思いませんか?
もちろん本人もあがり症のことは分かっていますが、もしかしたら成長してるかもなという気持ちがあり試験を受けたと思ってもらえれば問題ないと思います。


(質問3)

Q とぅいんとぅいん さんより
麒麟のもってるぬいぐるみの名前が少しづつ変わってるのには何か理由があるのでしょうか?
推論までは持てても確証が持てれないので、理由を是非教えていただきたいです。

A
確かにあれは意図的に変えています。ただ深い意味はないんです。修一がその場その場で適当に考えてつけているので、前に言った言葉を覚えていないというだけなんです。アホなので。

以上になります。どしどし応募していますのでよろしくお願いしますね!!


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7章 VS愛
21.魔宮の蠍の非日常


この章は夾竹桃メインで進みます

修一はサブです。ドンマイ



人に不幸を与えた者がいるとするでしょ?

 

それは偶然でなく、自分自身が相手に与えたことを自覚しているの。

 

ただ、それに罪悪感すら感じていなかったのよ。むしろ当たり前だとさえ思っているの。

 

それに、それは一度だけじゃない、何度も何度も、同じような不幸を様々な人に与えて続けていくの。

 

そんな人を、あなたはどう思う?

 

最低で、最悪で、誰も近寄ろうなんて思わないわよね。

 

でも、

 

仮にその人が過去の過ちに悔い改めたとしても、その人は許されないのかしら。

 

もし謝りたいと心から思っていても、幸福な世界にいる人とは分かり合えないのかしら。

 

 

私は・・・

 

 

 

 

ーーーーーーーー

AM8.00

 

 

 

 

その日はただの休日。

予定も無く、外に出る気もなかった私はアラームの音で目を覚ます、

・・ああ、しまった。平日のアラームの方設定していた。まだ2時間しか寝てない・・。

 

「・・・。」

 

上半身を起こし、カーテンの隙間から差し込む光を浴びつつただぼーっとしている私。

 

・・起きよう。

 

また寝てもよかったのだが、なぜか眠気が冴えてきた。

まずは寝巻きからセーラ服に着替える。それから歯を磨き、朝食の準備に取り掛かった。まあ軽くパン焼いて食べるくらいだ。

 

 

 

「ごちそうさま」

使った食器を洗い終え、ある程度の掃除を済ませ、洗濯などを終えた頃には時刻は昼を指していた。

そろそろ始めてもいいかと、隣の部屋へ移動する。日課である同人誌の制作をすることにした。昨日かなり進めることが出来たから良ければ今週中には完成させれるかもしれない。

 

 

「・・あら?」

 

 

気分が高まるのを実感しながら作業をする部屋へ向かうと、違和感に気付いた。

 

いつも使っている愛用の筆がない。いつも定位置に置いているはずなのに、今日はなぜかそこに何も置いていなかった。

私がここ以外の場所に置くとは考えられないし、他の場所に持っていくわけもない、どうして・・・?

 

 

 

 

 

 

私は一つだけ思い出し、知り合いのバカに電話する。

そいつは昼なのに、なかなか電話に出ず、1分ほどしてようやく出た。

 

『・・あーい?・・だれ?』

 

「私よ」

 

『あ?・・夾竹桃?なんだよこんな朝早く』

 

「もう昼よ。また夜更かしでもしたの?」

 

『・・昨日、理子とジャンヌにどーやって謝るか考えてたんだよ。・・あんましいい案でなかったけどな・・ふぁ』

 

 

岡崎修一

とある事件で理子から借りた・・そうね、犬みたいなやつよ。

すぐ人の顔伺ってバカみたいに落ち込んでしまうし、私が褒めただけで本気で嬉しそうな顔をしたりするし、本当に犬みたいな男。

なぜか腐れ縁みたいな仲になっていて、愚痴を聞いてあげたり、なにかと手伝ったりしている。

・・どうして手伝ってしまうのか未だにわからないのだけど、その代わりとしてかなり頻繁に同人誌制作を手伝わせている。

 

いっつもうだうだと文句を言うのは面倒だが、金をチラつかせると態度を一変させて喜んで書き出すから楽でいいのだ。

 

「あら、ジャンヌとはまだ会えてないの?」

 

『それがまだなんだよ。尋問終えるまでは面会謝絶だと。だから終わってから行くつもり。・・ってことでその時に謝るカンペを作ってたんだけど・・』

 

あの事件から2週間経ったが、まだジャンヌとは会えていないようだ。・・あの尋問、ジャンヌも受けているのね。ご愁傷様。

 

「そう、アリア達には言ったの?」

 

『ああ、それがよ、一応許してはもらえたのかな。もうあんなことはしないって伝えたら、なんとか。・・まあ、まだ会いにくいんだけどな』

 

あの後あの倉庫にいた人達に謝りに行ったようだ。

当日「こ、こええ・・夾竹桃、謝りに行くとき付いてきてくれない?」なんて行ってたからちょっとだけ気にしてたけど、大丈夫だったみたいね。

もちろん私は断ったわよ。あそこにいた人に面識ないし、面倒くさかったから。理子は変装してまでついて行ってあげたらしいけど。・・

 

あの子、少し過保護の性質あるかもしれないわね。

 

 

『ああ、あとな、この前お前に教えてもらった・・えっと『桜trick』?を一気見してたんだよ』

 

「そう、それなら仕方ないわ。感想は?」

 

岡崎には時々私のお勧めアニメを教えている。それを見て徹夜したのも頷ける。しょうがない。

 

『いや、あれ男子が見るものなのか?・・1話から女子同士のキスシーンあったんだけど・・あの時の理子と俺の居心地の悪さといったら』

 

「あれは男子向けのアニメよ。むしろそれがいいんじゃない」

 

『・・わからん。でもまあ友情物語としては面白かったな』

 

分からなかった、そう言いながらも全話見るのは尊敬できるわね。しかも他人に勧められたものを。

 

・・だが、何度か話すときに目的の話から必ずずれてしまうのは少し問題ね。

 

 

「そんなことより岡崎、あなた私の筆持って帰ったでしょ。昨日手伝わせた時に使ってたじゃない」

 

昨日のの昼も岡崎を借りてひたすら書かせていたのだが、その時間違って持って帰ってしまったのだろう。そういえば一回貸したような気もするし。

 

『あ?筆?・・そんなんあったかなー。ちっと待ってろよ』

 

なにかバックのようなものをゴソゴソとあさる音が聞こえる。あの時にはあったのだからもう岡崎としか考えられない。

 

「あった?」

 

『待てっての・・あ、あったこれか』

 

岡崎の見つけた音が聞こえた。よかった。あったのならなんの問題もない。・・ないが

 

「岡崎。持って帰った罰よ。今日も手伝いなさい」

 

『はあ?おま、俺さっきも言ったろ??徹夜明けは眠いんだよ』

 

「そんなのいいから早く来なさい。命令よ」

 

『はぁ・・お前ほんと、人使い荒いよな』

 

「あら?あなた私をわざわざ倉庫に連れて行ったわよね。あれって・・」

 

『わーったって!行く行く、行きますよ!』

 

なんだかんだ文句を垂れながらも結局来てくれるこいつは、実はいいやつなんじゃないかとこの頃思い始めてきた。

 

「よろしくね」

 

『はいよーーっ!うおっ!?』

 

返事が返ってきて、切ろうとした瞬間、電話越しに何かが倒れるような物音がした。そして

 

バキッ

 

 

『・・・あ』

 

「・・岡崎」

 

『あ、いや、これは、ですね。昨日理子が食べたまま捨ててなかったお菓子のゴミがそんまま落ちててそれでー』

 

「言い訳はいいから、手短に、今したことを言いなさい」

 

『・・・お前の筆、割っちった♡』

 

ブチッ

 

通話を切り、支度を始める。

 

あのバカ男、1発殴られるだけで済むとは思わないことね・・!

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「いい?あんたの金で買いなさいよ。あれ結構高かったんだから」

 

「ばい、ばんどに、ずびばぜんべじだ」

 

私と岡崎は近くのショッピングモールまで来ていた。そう、このバカ男に筆を買わせるためだ。

あれ、お気に入りだったのに・・描きやすくて、タッチも綺麗になってたのに・・。

 

イライラを発散させるために煙管に火をつける。ほんっとにこの男は余計なことを・・

 

「なあ、夾竹桃。あそこのデパートにいいもん売ってあるんじゃないか?」

 

殴られた後を抑えながら岡崎が一つのデパートを指差した。確かにあそこなら良いものが売ってそうね。・・・うん。

 

「じゃあ私、そこのベンチに座って待ってるから、買ってきてくれるかしら」

 

「あ?お前も行くんじゃないの?選ぶんだろ??」

 

岡崎が怪訝な顔でこちらを見る。

 

「私がただ選んだって面白くないじゃない。岡崎が自分の判断で選んでくるのよ。それを買ってここまで持ってきてから私が判断でするわ」

 

「な、なんじゃそりゃ・・ってことはあれか?もし買ってきたものがお前のご希望のやつじゃなきゃ」

 

「もう一度、別のを買ってきてもらうことになるわね」

 

「うそん!?」

 

これはいきなり考えついたことだけど、意外といい案かも。岡崎は高校生と思えないほどお金にうるさい。少しの贅沢もぐちぐちといってくるタイプだ。なら、お仕置きはこういう風にお金がかかることにすれば、一番ダメージがデカイ。いまもたったそれだけのことで冷や汗をかいている。

 

「あ、もちろん高いのがいいってわけじゃないわよ?私の使っていたあの筆に近いものでお願いね」

 

「う、う、う・・うわああ!わかったよこんちくしょう!そこで待ってろ馬鹿やろおおお!!」

 

岡崎は半泣き状態でスーパーへ松葉杖をつきながら去っていく。・・別に脅してないから断るって選択肢もあったのに、変にノリがいいというか・・。

 

そうして、私はデパート近くのベンチに腰掛け、ゆっくりと煙管を満喫していた。

 

ーーーーー

 

「・・・遅いわね」

 

待ち時間30分。未だに岡崎が現れる様子はない。

まあなんとなく想像はしてたけど、金のことになるとあいつはかなり慎重だ。おそらくいまも一つ一つの筆をわからないながらに触って確かめているのだろう。しかし

 

「暇・・」

 

こちらからとしたらただ待ってるのだけなのでかなり暇だ。休日に歩く子供連れが私の前を通るから煙管も辞めたし、機械は苦手だから携帯も通話以外はできないし・・困った。

 

「最悪、岡崎を許してあげて筆を選んであげてもいいか」

 

正直内心ではもうそこまで怒ってはいない。自分でもびっくりするほど自然と怒りが消えていったのだ。よくわからないが、いまなら別に岡崎を許したって構わない。

 

などと思いながらさらに待つこと10分。いい加減待ちすぎて疲れてきた。喉も渇いてきたし、飲みものを買いに行くことにしよう。

 

近くのコンビニで、スポーツ飲料を購入。ベンチに戻りつつ、歩きながら軽く一口呑む。

 

そこで、歩きながら飲んでしまったのが、失敗だった。

 

 

トンと、小さな女の子と打つかってしまったのだ。

 

「あ、ごめんなさい。大丈夫かしら?」

 

ただぶつかったならまだ大丈夫だったかもしれない。

 

 

が、その子の持っていたアイスが、私とぶつかった拍子に落ちてしまっていた。

 

 

「・・う・・うぅ」

 

「あ、あの、えっと・・」

 

 

泣きかけ寸前の子供にどうすればいいのかわからなくなった私は慌てて膝を曲げその子の頭を撫でる。

 

「ごめんなさい、よそ見してたわ。いま新しいのを・・」

 

「あー!このやろー!ちよちゃんを苛めんじゃねー!!」

 

少女をあやしている私の元へ、一人の小さな男の子が少女をかばうように割って入ってきた。・・ええ?

 

「・・違うわよ。私苛めてなんて・・」

 

「嘘つくな!ちよ泣いてるじゃんか!!」

 

どうやら泣いている少女がちよという名前らしい。・どう言ってもこの子の誤解を解くことは難しそうだ。

 

というか、なんでこんな目に。私子供と接するの苦手なのだけど・・

 

「・・ひっく・・まって、かずきおにぃちゃん。ちよが、ぶつかっただけだから」

 

どうしようかと悩んでいた時、ちよが男の子を止めてくれた。

それを聞いた男の子は戸惑いながらも、私と距離を取る。

 

「・・・。」

 

「・・・・はぁ」

 

ただ無言で睨んでくる男の子にめんどくさくなったので、コンビニにまた戻ることにして

 

買ってきたアイス二つをちよと男の子に差し出す。

 

「はい、これあげるから、もう睨まないでくれるかしら」

 

二人はアイスを凝視して、私の方を見て、そしてまたアイスを見て

 

「わーい!ありがとうおねーちゃん!」

 

「・・・けっ。これで許してもらえると思うなよ!」

 

二人は正反対なことを言いつつも私の手からアイスを受け取る。なんでこんなことになってるのかと何度も考えるが結局よくわからないで終わるので、もう考えるのをやめることにしよう。

 

喜んで食べている二人を見て、もういいだろうとベンチに戻ろうと後ろを向いた。

 

ーーその時、

 

「あー!かずきとちよがアイス買ってもらってるー!!」

 

「わー、ずるーい!!」

 

「え、あ、ちょっと待って・・・!!」

 

「・・・え?」

 

振り向いた後ろの先で、3人の子供が私の方、正確に言うと先程の二人の元へ走ってきた。

 

「へへーん、いいだろ!このねーちゃんに買ってもらったんだぜー!

 

「ええー!いいなぁ!」

 

アイスを食べてる男の子が元気よく私を指差し、他の3人がこちらをじっと見てくる。

 

・・・え?

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「「「おーいしー!!」」」

 

「・・・はぁ」

 

ベンチに戻ってすぐ、私はため息をついた。

なぜか五人の子供たちにアイスを奢って食べさせている。どうしてこうなった?本当に、どうしてこうなったのかしら?

誰でもいいから教えて欲しい。

 

というよりこの子たち誰なの?

 

私の周りをうろうろしたりなぜか私の膝の上に座ったりしてる子供達の中で必死に答えを探す。

先程答えを出すのを諦めたのに、また考えてしまう。子供が苦手な私にどうして寄ってくるのかしら。

 

「ねーちゃん、思ったよりいいやつだな!」

 

「そう、ありがと・・」

 

最初の男の子が私の横に座って笑う。私は目線も合わさずに適当に返した。

もうアイスもあげたし、みんな食べ終わりに近いのだからどこかに行って欲しいのだけど・・

 

「おねぇちゃん、お名前はー??」

 

「夾・・、鈴木桃子よ」

 

「ももこおねーちゃーん!」

 

膝の上にいる最初の女の子、たしかちよちゃんが抱きついてくる。どうやら懐かれてしまったようだ。・・はあ。

 

「あ、あの、桃子さん!わ、私達の分までアイス買ってもらって、ありがとうございます!!」

 

「いいわよ別に、それくらい」

 

「うわー、そのセリフ大人っぽいー」

 

「かっこいいー!!」

 

一番最年長っぽい女の子が深々と頭を下げてくる中、その横の男の子と女の子がキャッキャキャッキ騒いでる。五人・・多すぎるわ。

 

「あなたたち、親御さんとかどこに行ったの?心配してるんじゃないかしら」

 

「えっとね〜こばやしおじさんはね、きょうのよるごはんかいにいったよー!」

 

「え、えっと、私達と小林おじさんの6人でここに来たんですけど、五人でスーパー入ると邪魔になるからお外で遊んでなさいって言われて・・」

 

ちよと最年長らしい女の子が答えてくれる。はあ、面倒なことしてくれるわねその小林って人も。人の都合も考えて欲しいわ。

 

「そう、じゃあ私。用事あるから行くわね」

 

一刻も早くこの子たちと別れて、どこでもいいから行きたかった私はちよを膝から降ろして立ち去ろうとする。 そうね・・岡崎のとのろにでも行って一緒に選んであげましょう。

 

ギュッ

 

そう、思ったのに

 

「・・なにかしら?まだなにかあるの?」

 

「おねーちゃん、ちよと、遊んでくれないの??」

 

「・・・う」

 

 

ーーーーーー

 

 

「ていうか、ねーちゃんさー!どうして土曜日なのに制服着てるのー?」

 

「ほんとだー!どーしてどーして??」

 

「・・今日は補習授業があったの」

 

「ほしゅーじゅぎょー??」

 

「お前しらないのかよー!?補習授業ってのはバカがやるやつなんだぜー!!」

 

「えー!?じゃあお姉さん馬鹿なのー??」

 

「そ、そんなこと言っちゃ失礼だよ・・!!」

 

あれから15分が経過したが、なぜか私はまた同じ位置でちよを膝に乗せ、子供たちの質問攻めに合っていた。子供の半泣きのお願いはズルいわ。あれを断れる人を見てみたい。

 

適当に誤魔化そうと思って言ったのになぜか私がバカにされてしまっている。が別にそれはいい、子供というのはそういうものだ。

 

「ご、ごめんなさいお姉さん。かずきくんも悪気があって言ってるんじゃないんです。ゆ、許してください!」

 

「別にいいわよ。気にしてないわ」

 

一番年上であろう緑の服を着た女の子が私に頭を下げてくる。本当に気にしてないからいいのだけど。・・それより早くどこかへ行って欲しい。

 

「ねーねー!お姉ちゃんどうして片手だけ手袋してるのー??」

 

「わ、それかっこいい!」

 

「ねーちゃんの髪むっちゃサラサラしてんなー!!」

「おねーちゃん、ちよの頭ナデナデしてー」

 

「わ、わわダメだよみんなー!!」

 

「・・・・。」

 

私の願いは見事に打ち返されてしまった。子供達に囲まれて色々と弄られてる。

 

どうしてこうなった・・??

 

ただ私は、普通に座って、岡崎を待っていた。それだけだったのに。どうして子供たちに囲まれているのだろう。

頭の中に疑問だけが次々と沸き起こる。しかし、解決策が一つしか思い浮かばなかった。

 

(は、早く来なさい岡崎・・!)

 

ちよの頭を撫でつつそう考える。岡崎が来たら知り合いが来たからの一言で別の場所に移動できるはず・・もう筆なんていいから、早く来なさい!

 

「あ、こらこら。お前たちなにしてるんだ!?」

 

私が対応に困ってされるがままになっていると、そこへ一人の成人男性がやって来た。おそらく30歳は超えてるであろう中年男性こそ、子供たちの言っていた小林のようだ。

 

「すみません、うちの子たちが迷惑を・・」

 

「いえ、別に・・」

 

私はようやく解放されると思い軽く息を吐きながら答える。

小林は私の膝に乗ったちよを抱きかかえ、他の子供達を近くに寄せる。ようやく解放されそうだ、

 

・・・と、思っていたのに。

 

「あのなーとーちゃん!俺達桃子ねーちゃんにアイス買ってもらったんだぜー!」

 

「え、それは本当かい?」

 

「おいしかったー!!」

 

小林の元に集まった子供たちは私の方を指差しながらそんなことをわざわざ伝えている。・・別にいいのに。

 

でもこれでようやく解放される。

 

と思っていたのに、小林はかなり驚いて私の方へ近づいてくる。

 

「そ、それは本当にありがとうございます。是非お礼をさせていただきたい!」

 

「・・・え?」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「で、どーしてこんなとこでお茶してんの俺ら?」

 

「知らないわよ。ほんとに・・」

 

 

私はもらったようかんを口に含みつつ、岡崎ののんきな言葉に返す。

 

それは私が聞きたいわ。

 

小林がお礼をしたいと行って連れてきたのは、デパートからすぐの場所にある児童保護施設だった。

 

なかなかの広さと大きさがあり、子供たちの遊べる公園もある。私と岡崎はその公園と室内を隔てる場所に座っていた。

 

「まさかお前が子供に好かれるとは思ってなかったなー。そんな暗い服装に暗い髪型してんのにさ」

 

岡崎が笑いながら自分のようかんを食べつつそんなことを言ってくる。・・は?

 

「そもそも、あなたが遅かったからこんなことになってるって分かってるの?筆一つ選ぶのにどれだけ時間かかってるのよ」

 

「いやー、慌てる夾竹桃見るのは初めてだったからなー。可愛かったぞ〜子供の泣きかけの顔に負けてまた膝に座り直させるお前・・ぷぷ」

 

「あ、あなた・・見てたの?」

 

「まあな!あんな面白・・いや、可愛い夾竹桃はレアだから理子にも教え・・あたっ!?」

 

ニヤニヤニヤニヤと笑う岡崎にイラっとした私は岡崎を思いっきり叩いた。いまなら36コンボも楽勝よ。

 

「いやー遅くなってどうもすみませんね、どうも」

 

流石にやり過ぎたと気付いた岡崎がビビってるところに、先程の服の上から白いエプロンを着た小林が自分のお茶を持ってやって来た。

 

「あ、ようかんありがとうございます。これむっちゃうまいですね。高そう」

 

「そうですか。それは良かったです。それはあるところからのもらい物でしてね」

 

岡崎と小林がようかんの話で盛り上がっているなか私は公園で遊んでいる子供たちを見ていた。あの時の五人の他にも10人程だろうか。たくさんいるものね。

 

「あいつらって預かってる子たちだったりするんすか?」

 

「ああ、違います、違います。あの子たちはもともと捨て子だったんです。それを私が引き取ってるんです」

 

「へ?・・・あーその、すんません」

 

軽く聞いてしまって失敗したと思ったのか、岡崎はバツが悪そうに顔を伏せ謝る。

児童保護施設って書いてある時点で気づくべきとも思うが。

 

「あっはっは!そんなに重く受け取らんでください。確かに、あの子たちは、捨てられて嫌な思いもしたと思います。しかし今はほら、あの通り元気な顔で毎日楽しく過ごしていますよ」

 

だが小林はそんなこと全く気にせず岡崎の背中をバンバン叩きながら楽しそうに笑っている。

 

「従業員はあなた一人なの?」

 

「ええ、国からの補助も少ないですし。雇うなんてとてもとても・・」

 

「あの人数を一人で・・!?そりゃすげーな」

 

「大したことありませんよ。苦痛に思ったこともありません。それに・・」

 

「おとーさーん、みてみてー!泥だんご!ちょーきれいに丸めれたよ!」

 

小林が話している最中、一人の子供が顔も服も泥だらけでこちらにやって来た。そして、手に持った泥だんごを嬉々として小林に見せつける。

 

「おお!すごいじゃないか!後で私も作ってやるから勝負しようか」

 

「へっへーん、おとーさんにだって負けないもんね!これ自信作だからちゃんと残しといてよーー!!」

 

「はいはい」

 

小林は満面の笑みで泥だんごを受け取るとまた公園へ戻っていく少年を見送ってから、泥だんごを私達から離して置いた。

 

そして、立ち上がると子供たちの方を見て

 

「それに、私たちは血は繋がってませんが、正真正銘の

 

『家族』なんです。

 

私は心から、あの子たちの幸せを願っていて、彼らも私をお父さんと呼んでくれている。

それだけで全然苦しくないんですよ。むしろ、これからの彼らの将来が楽しみで仕方ないんです」

 

 

わっはっはと笑いながらそういう小林の笑顔は、親の顔そのものだった。

 

幸せな、家族・・捨て子・・か。

 

 

「おとーさん!早くー!!」

 

「はいはい、今行きますよ!ではお二人とも、くつろいで行ってくださいね」

 

先程の子供が公園の砂場で手を振っている。小林はそこへ駆け寄って行った。

 

「・・家族ねえ」

 

岡崎が最後のようかんを食べつつ、晴れた天気のいい空を見上げ、ぽつりと呟く。

 

「あの子もあの子も、あの小林さんのこと、お父さんなんて呼んでたな。血も繋がってないのにさ。・・変だよな」

 

「そうね」

 

私もそう思う。血が繋がってない相手をそう呼ぶことに、違和感を覚える。

 

「それにあれだけの子供を抱えての生活は苦労しかないはずだろうし。食費とか色々増すばっかだろうし。・・キツくないわけがない」

 

「そうね」

 

あの子達は育ち盛り。ごはんも沢山食べるだろうし、小林は1人でその食卓を作っているということになるし。

 

「そもそも俺、子供嫌いだから、小林さんの気持ち、全然わかんなかったわ」

 

「・・私も」

 

岡崎は伸びをすると、こちらを向いて

 

 

 

「でも、なんかいいな。こういうのもさ」

 

笑った。

 

 

「・・うん、そう思うわ」

 

 

私はなぜか嬉しくなっていた。どうして他人のことなのに嬉しくなっているのか分からないが、気分は悪くない。今日は分からないことだらけだ。

 

 

あーっと岡崎はもう一度背伸びをすると、靴を履き直し

 

「んじゃ、俺も行ってくるかね。泥だんご選手権王者のこの俺がな!」

 

「あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」

 

「あいよ、おーいガキ〜!俺も混ぜろー!うまい作り方おしえてやるよー!」

 

なんだかんだ言いながら楽しそうに走り出す岡崎を見送って、私は緑茶を飲む。

と、そこへ

 

「ねー、ももこおねーちゃん!!」

 

「えっと、ちよ、だったかしら?」

 

「うん、ちよ!ねー、いっしょにあそぼー!」

 

「私と?」

 

ちよの言葉に一瞬驚いてしまった。私に友好的に接してくるのは学校では理子と岡崎くらいだったから。

 

「うん、ちよ、おままごとしたーい!」

 

「・・うん。わかったわ。ちょっとだけね」

 

「やったー!!」

 

そうして私と岡崎は暗くなるまで子供たちと遊んでいた。初めての経験だったけど・・疲れた。私らしくないわ。もうこんなことしたくないわね。

 

 

 

「なーに言ってんだか、お前最後らへんほぼ全員の子供とおままごとしてたじゃん。楽しそーに・・楽しそーにぷくく」

 

「うるさいわよ岡崎。毒を入れられたいの?」

 

「本気でごめんなさい」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

それから3日が経った。私はというとー

 

 

 

 

「なー、ももこねぇ!この象はどうだ!?」

 

「かなり微妙よ。やり直しなさい」

 

「えー!?採点厳しいって!」

 

「ももこおねーちゃん、これはー?」

 

「GJよ。完璧だわ、ちよ」

 

「えへへー♬」

 

「あ、おい!差別だぞ!」

 

私はここに通うようになっていた。次の日、連絡先を教えておいた小林から「あの子達がどうしても鈴木さんと遊びたいと言ってまして、お時間空いてましたらぜひ」と電話がかかってきた。面倒だった私は一度断ろうと思ったのだが電話先で『ももこおねーちゃん、遊ぼう?』と言われてしまい、そして、現在に至る。

 

いま私たちは施設内の教室でお絵描きをしていた。私も久々に人以外の動物を書いている。象やキリンやライオンなど様々なものを書いては子供たちに見せている。

 

 

・・本気でズルいわ。やっていいことと悪いことがある。

あれを断れる人ってこの世にいるのかしら。今では同人誌を書く時間すらここにいてしまう。本当にどうしたのか、自分でもわからない。

 

 

「ももこおねーちゃん!これあげる!!」

 

「え?これって・・」

 

 

 

ちよが私にくれたのは一枚の絵だった。そこには

 

笑顔で笑うちよと、皆、小林と・・そして、同じく笑顔で笑う、

 

私だった。

 

 

 

「ねーねー、ももこおねぇちゃん!お姉ちゃんと遊ぶの楽しいよ!だからずっと一緒にいようね!」

 

純粋に笑うちよの顔に、すぐに頷くことはできなかった。

 

「・・うん、私もよ、ちよ」

 

「うん!」

 

 

私はちよの頭を撫でた後、そこから逃げるように部屋をでた。

 

縁に座り緑茶を飲む。

 

 

ずっと、一緒、ね。

 

 

「おや、鈴木さん」

 

「・・小林」

 

そこに小林がやって来た。クレヨンやら紙やらを抱えている。どうやらいまから小林も参加しようとしていたらしい。

 

 

「いやー、あの時鈴木さんに会って良かったですよ。子供達も鈴木さんのこと大好きみたいですし。これからもお暇があればどんどん来ていただいて構いませんよ」

 

「・・そう」

 

小林の言葉が、重く私に乗る。それは、どうしても軽くはならない鎖のようなもの。一生外れることのない鎖だった。

 

 

やっぱり、ダメだ。

 

 

 

「小林」

 

「なんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

「・・私、今日でここに来るのを辞めるわ」

 

 

 

 

 

 

 

この3日間考え続けたことを打ち明けた。私はここにいない方がいい、例え、彼らがそれを望んでいなくても。

 

「ど、どうして?もしかしてあの子達がなにか・・」

 

「そうじゃないわ。あの子達はいい子ばかりよ」

 

 

そう、こんな私にも笑顔で接してくれているあの子達は皆いい子だ。

 

だからこそ、私はこの子達と触れ合ってはいけない、そう思ってしまう。

 

「なにか、事情があるんですね?」

 

「・・・ええ」

 

 

私もあの子達と同じ、捨て子だった。

生まれは全くわからない。親に捨てられたとは聞いたが、特に興味もなかったから深くは知らなかったし、捨てた親に対しても怒りなど湧いてこなかった。ただ、捨てられたという事実が内心響いていたのだろう、私は大人にとって『可愛くない子供』で、保護施設の問題児になっていた。保護施設でも友人と呼べる知り合いも作らず、ただただ1人立ちできるまでの日々を静かに過ごしていた。

 

私は、大人に対して心を開くことができなかった。それは今でも同じ。

 

・・だからこそ、あの子達を凄いと思った。保護者である小林のことを『お父さん』なんて、私は絶対に言わなかっただろう。それほどまでに、子供達は小林を信頼しているということだ。

 

そんな私がようやく施設を出て、東京大学に受かり、毒について研究をしていた頃だろうか。

 

1人の男が私に声をかけてきた。

 

男嫌いな私は適当に追い返そうとしたが、その男は次々と私の考えてることを全て言い当て、最後にこう言った。

 

『君の求めるものはここにはない。その答えを私が提示してあげよう』

 

それが、『イ・ウー』のシャーロック・ホームズ、私が組織に入る瞬間だった。

 

そこで様々なことをしてきた。他人よりも私への利益だけを求めて、今の私には考えられないほど非道なことを沢山。

小林が思っているよりもずっと酷い女。彼とは真逆の存在。だからこそ・・

 

 

あの子達とはこれ以上接しない方がいい。私の運命が、少しでもあの子達に移らないように。

 

 

 

「・・・そうですか。とても残念ですが、無理も言えません。鈴木さんには鈴木さんの生活がありますものね」

 

小林は、理由を聞くようなことはしなかった。私が軽い気持ちで言っているわけではないと、感づいてくれたようだ。

 

 

「ただ、明日だけはいらっしゃることはできませんか?最後に、かずきの誕生日を祝ってあげて欲しいんです」

 

「あの子、明日が誕生日なの?」

 

「正確にはわからないんですがね。かずきがここに来たのが明日だったので、そのまま誕生日ということにしたんです」

 

「・・そう」

 

やはり、小林は優しい大人だと思う。私には、誕生日なんてなかったから。

 

その時、チャイムがなった。5時を知らせるチャイムだ。私は、そのチャイムが鳴ると帰るようにしている。

 

そうね。良いかもしれないわ。

 

「わかった。かずきの誕生日を祝いに来るわね。午後でいいかしら?」

 

「あ、はい!大丈夫です!ありがとうございます、お待ちしてますね!!」

 

まるで自分のことのように喜ぶ小林をしたを横目に立ち上がると、帰る支度を始めた。

 

「ももこおねーちゃん、もうかえっちゃうのー?」

 

「ええ、明日も来るから」

 

「ほんと!?わーい!!」

 

ちよの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。そして、明日の主役であるかずきが私の元へやって来る。

 

「ももこねぇ!明日、期待してるからな!」

 

「わかってるわよ」

 

「ねーちゃんのことだから干物とか持ってきそーだよな!」

 

「あんたね・・」

 

かずきの頬を強く引っ張る。こいつは、私をなんだと思ってるの?そんなもので子供が喜ぶとは思ってないわ。

 

「では、鈴木さん。よろしくお願いしますね」

 

「ええ」

 

 

私は子供たちに挨拶を済ませ、帰路につく。プレゼントに関して考えを巡らせる。

 

 

さて、どうしよう。正直、男の子の好むおもちゃなんてわからない。

ゲーム・・トランプゲームとか?それかロボットとかかしら?でも沢山あるわよね。

 

・・??

 

 

・・面倒だけど、あいつに頼むしかなさそうね。またうだうだと文句を言いそうだけど、しょうがないか。

 

と、そこまで考えて思わず笑ってしまった。

 

私が、子供ものプレゼントに悩んで人に相談する?昔の私には想像も出来なかった。それも相談相手が男?

 

「・・・?」

 

その時、一つ気づいてしまった。

 

()()()には考えられないほど非道なことを沢山』

 

 

私は、いつの間にか自然と今と昔の私は違っていると認めてしまっていた。

 

今も違うと確信を持って言える。

 

なら、その昔っていつ?捨てられたと気付いた時から?シャーロックと会った時から?

 

 

 

違う。

あの時の私は子供の命だろうと自分の利益に繋がるなら見捨てることもできるような非道だった。

 

 

 

 

 

なら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前さ、オムライスにかけるならケチャップ?ソース?』

 

『・・ケチャップ』

 

 

 

・・・ああ、あいつだ。

 

私にあんなどうでもいいことを喜々として話かける変なやつ。昔の私なら無視する会話。それなのに話てしまった時点であの時の私は変わっていたのだろう。

 

 

あいつと会った瞬間から良くも悪くも私は変わってしまっていたのかもしれない。

 

 

それに

 

 

 

 

 

・・ねえ、私の浴衣も見たい?

 

・・じゃあ私のかき氷もあげるわ。抹茶好き?

 

くす。私って、女の子同士なら邪魔しないのだけど、男女の仲ならとても邪魔したくなるみたい。自分でいま気づいたわ。

 

どうしても、貴方の方を手伝いたくなったの。ジャンヌと敵対しようとも、遠山キンジやアリアと戦おうとも、貴方と同じ『友人に迷惑かけても自分の欲求を満たしたかった』。私もそうなのだから、あなたがそこまで悩むこともないと思うわ。

 

 

だから、元気だして?

 

 

 

 

 

 

 

こんなこと、昔の私なら誰にも言う気なんて起きない。誰かと楽しく時を過ごしたり、誰かが仲良くしているのにちょっかいを出したり、誰かを本気で励ましたり・・そんなこと、考えられない。考えられないのに、気づかないうちに言ってしまっている。

 

それに対して全く嫌な気分ではなく

 

 

 

むしろ・・・?

 

 

 

 

「・・・・・気のせいね、ありえないわ」

 

 

 

 

酒を飲んでいるわけでもないのに

 

 

 

 

 

なぜかかなり熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

『・・はい、あそこなら外観から「銃器を製造しても」バレることもないでしょう。権利証はまだあの男の元ですが』

 

 

『なるほど彼ですか・・なるほどなるほど。懐かしいですねぇ。

必ずあの児童保育所の権利証、奪ってきてください。

あれがないと始まりませんから』

 

 

『青林さん、最近あの場所に女子高生が通っているようですが。どうしますか?』

 

 

『気にしなくていいでしょう。次の日に閉鎖とでも書いておけば勝手に消えていくでしょうし。では、明日実行しますから支度をしておいてくださいね。・・ああ、そうそう。あなたも傭兵として参加してもらいますからね、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セーラ・フッドさん』

 

 

 

 

 

『・・わかった』

 

 

 




夾竹桃の過去は実際とは異なる場合がありますが、この小説のみの設定ということでご了承ください。

修一がアリアやキンジに謝る場面は文字数が空いた時(話が一万字以内の場合)におまけとして投稿する予定です。

今回はほかの章で言う「準備偏」になります。

感想お待ちしております!


最後に一言

すぅ~





セーラきたあああああああ!!!


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22 激動

「21話のあらすじ」
修一のミスで大事な筆を壊されてしまう。夾竹桃は新しいのを購入後するため修一と共に商店街を訪れる。そこで児童保護施設に住む子ども達と出会う。最初は邪険に扱うものの、次第に心を開いていく夾竹桃。しかし、その児童保護施設にある組織が手を出そうとしていた…。


『ねえしゅーちゃん』

 

『どーした?』

 

『最近さー夾竹桃おかしくない?会ったとき変にそわそわしててさー、同人誌の手伝いしてって前に言われてたから来たのに『今日はいいわ、どうせしないし』とか言うし。どうしたんだろーって、なんていうかね雰囲気変わったなーって』

 

『ああ、それか』

 

『え、なになに!?しゅーちゃん理由知ってるの?』

 

『まあな。でも秘密だ』

 

『ええー、なんでー?教えてよー』

 

『まあなんだ、あいつにだって人に言いたくないことの一つや二つあるんだよ』

 

『…なんでそれをしゅーちゃんが知ってるのさー?』

 

『たまたまの産物だから気にすんな。もうこの話はいいだろ?そっとしておいてやれよ』

 

『えー?理子的には夾竹桃の変化を全部調べ上げて、それについて 一つ一つ真っ赤な顔になる夾竹桃に質問攻めしてあげよっかなーなんて思ってたんだけど』

 

『それはかなり面白そうだ』

 

『あ、やっぱしゅーちゃんは分かってくれるよね!じゃ、教えてー!』

 

『…面白そうではあるが、やっぱやだ』

 

『教えてくれたら、理子今日の夜ごはん買ってきてあげるよ?しかも作ったげる!』

 

『……そ、そんなことで教える俺じゃないし、俺結構口堅いし?』

 

『手、出してるよ?』

 

『うおっ!?し、しまった!俺の本能が…!』

 

『ね、しゅーちゃん!』

 

『……。ハンバーグ、食べたい』

 

『うっうー!オーダー受け取りましたぁ!腕によりを込めて作るからねしゅーちゃん!』

 

『…ごめん、夾竹桃。金には逆らえなかったよ』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

小林にもう来ないと伝えた次の日の朝。いつもならまだ寝ているであろう時間なのに外に出ていた。

目的は一つ、かずきの誕生日プレゼントを買うこと。

 

「…あのー、俺眠いんだけど?」

 

「いいから早く歩いて、時間がないんだから」

 

隣にいるのは眠そうにしている岡崎。場所はこの前のショッピングモールだ。今日の午後に行く約束したのだから、早く決めないと。

休みの日だからか子供連れの親が多くいる中を遅く歩く岡崎の袖を引っ張りながら進んでいく。

そして、目的の場所にたどり着いた。

 

「で、どれがいいと思う?」

 

「知るかよ。子供心を俺に聞くんじゃねえ」

 

そこは男の子向けのおもちゃ売り場だった。ヒーローの人形やらプラモデルなどが展示されている。

 

「しょうがないじゃない。私、プレゼントなんてもらったことないし、自分の誕生日なんて知らないもの」

 

「…そなの?」

 

「そうよ。そんなことよりほら、男の子の好むおもちゃを見つけるわよ」

 

寝不足でダルそうな岡崎を連れておもちゃを漁る。

 

こいつ、眠い時も面倒くさい男ね。連れてきたのに使い物にならないじゃない。……しょうがない。自分で探してみましょう。

 

「あ、これなんてどうかしら?」

 

私は近くにあった『モンスターズ』という名前のカードパックを岡崎に見せる。確かかずきはこのカードを集めてたはず…

 

「あー?それあれじゃん、レアを絞りすぎて1パックじゃ全く当たらないやつ。やめとけやめとけ、開けてカスばっかだったらプレゼントになんねーだろ」

 

「そうなの?男子ってカードパック好きじゃないのかしら?」

 

「まあ好きなやつは好きだけど、俺そういう運で金使うのは苦手なんだよ。カードルールも知らねえし、それに使うほど金持ってないし…うん」

 

岡崎はカードゲームことを批判しながら私の手からパックを取ると元に戻した。…確かに良いものが当たらなかったら可哀想よね。プレゼントにもならないし。

 

「じゃあ、あなたは何が良いと思うの?」

 

「あー……これとかでいいんじゃね?」

 

岡崎はぼーっと辺りを見渡すと、おもちゃには手を出さず、レジ横の商品券を私に渡してきた。

 

……はぁ

 

「あなたね、もうちょっとマジメに考えなさいよ」

 

「いやガチでマジメだから。プレゼントってのはな、自分が好きなものを渡せばいいんだっての」

 

それで、これね…。なんか納得してしまった。

 

「でもダメよ。現実的すぎるわ」

 

「今の時代子供でもスマホ持ってんだし、現実的すぎるぐらいが丁度いいんだって。ってことでこれ買ったら半分俺に・・」

 

「あげないし、買わないわ」

 

 

眠くても相変わらずな岡崎。結局お金なのねと思いつつ、

 

探すこと30分。ようやく一ついいものが見つかった。

 

「そんでリラックマのマグカップかよ…」

 

私が選んだのは可愛い熊のイラストが書かれたマグカップだった。茶色いカップに書かれた顔がとてもいい。私も欲しい。でも、岡崎は微妙な顔をしていた。

 

「不満そうな顔ね。ダメなの?」

 

「いや、ダメってわけじゃねーけど。かずきってそんなの趣味なのか?」

 

「わからない。でも実用性があって可愛いなら買わない人はいないわ」

 

これならカップとして使えるし、飾りとしても役に立つ。これをプレゼントにして喜ばない人はいない。

 

「それさ男の子のおもちゃじゃないけどいいのか?」

 

「そう思ったけど私たちじゃ逆に変なものを渡してしまうでしょ?」

 

「…それもそうだな」

 

両者納得したことでプレゼントはマグカップに決まった。喜んでくれるといいけど。

 

私はレジに並ぶ。岡崎はどこかへ行ってしまったが私物を買いにでも行ったのか。結局、あまり使えなかったわね。岡崎にこういうのをお願いするのは間違ってたかも。

 

「おーい夾竹桃、これ挟んでみろよ。プレゼントっぽくなるから」

 

レジの店員がプレゼント用に包装している時、岡崎が小さな紙を持ってきた。それはプレゼントカードと呼ばれる可愛い飾りのついたカードで、真ん中に大きな空欄がありそこに好きな言葉を書くことができるようだ。

 

「へえ、いいじゃない。なんて書くの?」

 

「ここにはシンプルに書くのが一番なんだよ。例えばだな…」

 

岡崎はレジの近くに置かれたボールペンを取り、紙にスラスラと文字を書き始めた。そして、ドヤ顔でこちらに渡してきた。

 

そこには英語でかっこよく書かれている文字

 

『Happy V()irthday』

 

 

中学生から英語をやり直すことをオススメするわ…。B()erthdayよ、VじゃなくてB。

 

「私が書くから貸して」

 

 

「えー?これでいいじゃん。結構綺麗に書けたぞ?」

 

 

「そういう問題じゃないのよ」

 

それからプレゼントが決まった私は、付き合ってくれたお礼に岡崎のお昼ご飯を奢り、それからしばらくショッピングモールを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

6時30分。

 

空も暗くなってきた。そろそろ移動しようと岡崎に提案すると、岡崎はジャンヌに謝るための作戦立てを理子に強制参加でさせると言い帰って行った。

 

私としては一緒にお祝いを言いに言ってほしかったけど、彼にとっても大事なことなのだからしょうがない。

 

そう思い、児童保護施設へと向かう

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サアア…と風が吹いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜだろう、地獄の針の山を歩くように足が(すく)んだ。

 

今からかずきの誕生日パーティ、楽しみにして行けるはずなのに。どうしてこうも不安になる。

 

そして

 

 

「………鈴木桃子」

 

「あなた、誰?」

 

 

先ほどからつけて来ていた彼女は一体何者だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

Kobayashi side《児童保護施設の保護者》

 

18時30分 児童保護施設にて

 

「ねーねー!これなんてどうかな!?ももこお姉さん好きかな??」

 

「いや、ももこねぇは青より紫だって!ほら、こんな感じにさー」

 

「えー!?なんか暗くない??ももこお姉ちゃん優しいから黄色が似合うってー!」

 

 

私は今日のパーティーのご飯を作りながら、後ろの部屋から聞こえる楽しそうな声に耳を傾けていた。

かずきのパーティは19時から。

あまり贅沢はできないが、彼らが楽しんでくれればそれでいいと思う。

 

「なー、お父さん!ももこねぇいつくんのー!?」

 

「午後って言ってたからもうそろそろじゃないかな?部屋の飾りつけは終わった?」

 

「おー!輪っかムッチャぶら下げた!」

 

隣の部屋から走ってやってきた楽しそうにしているかずき。本当に楽しそうな彼を見て微笑ましく思う。

 

そのとき、チャイムが鳴った。

 

「あ!来た!」

 

「かずき、開けておいで」

 

タタタタッと駆けていくかずきを笑顔で見送り、料理の仕上げに取り掛かる。どうせなら鈴木さんも喜ぶような綺麗な感じで仕上げたい。鈴木さんがこちらへ来たらなるべく見せないようにしてリビングにお連れしよう。

 

自然と私もウキウキしていることに気づき、少し恥ずかしくなってしまった。30過ぎのおっさんがこんなにはしゃぐと大人気ないか。などと思うものの、鼻歌くらいは許して欲しい。

 

 

 

 

「お、お父さん…」

 

 

そんな私の元に

 

 

「おや、鈴木さん。早かったでーー」

 

 

「どうもどうも小林さんお久しぶりですね。あの時はどうも」

 

 

幸せを壊す、悪魔が訪れてしまった。

 

ゾロゾロと10人ほどの黒スーツにサングラスをかけた部下と思われる者を引き連れ土足で施設に入ってきたのは、昔の知り合いである青林だった。勿論友人という訳ではない。彼らは…

 

 

 

鏡高組というヤクザの集団だった。

 

 

 

 

今も影で非合法なことを行っていると噂されている。そんな彼らがどうしてここに来るのか全く分からない。

 

隣の部屋で聞こえていた楽しそうな声が聞こえない。彼らもいきなり大人がゾロゾロと現れたことでどうしたらいいのか分からなくなっているようだ。じっと静かに黙ってこちらを見ている。

 

 

ただ彼らの来た理由が私たちにとっていい話ではないことだけは確かだ。

 

泣きながら走り寄ってくるかずきを抱き抱える。

 

「ど、どうしてあなたたちが。用件はなんですか…!?」

 

「いえいえ、ちょっとしたご相談がありましてね。いやあ知り合いが近くにいるなんて思いもしませんでしたよ」

 

ニコニコと笑いながらまるで友人のように話しかけてくる青林だが、

彼の放つ言葉一つ一つが私の心臓を駆り立てる。ここで話していては子供たちにも何かをするかもしれない。

 

 

「ば、場所を移しましょう。ここでは子供たちに悪影響です…!」

 

「ええ、問題ありませんよ」

 

震える手でかずきをみんなのいる部屋に戻す。そこに泣いている子がいることに気づいた私は、彼らを強く抱きしめた。

 

「大丈夫、安心しなさい。君たちは私の命より大切なものだ。傷つけさせはしないさ。だから、安心しなさい」

 

「おとーさん、だいじょーぶ…?」

 

ちよが私の胸で泣きながらも私の心配をしてくれている。他のみんなだってそうだ。泣きじゃくりながらも口々にお父さんと言ってくれる。

 

こんな状況の中で、『お父さん』と呼んでくれることに嬉しく感じてしまう。そしてより一層彼らを護りたいと強く思う。

 

「大丈夫、ちよの結婚式を見るまではお父さんは死ねないからね。すぐに戻ってくるから、鈴木さんが来たらパーティを始めてね」

 

未だに泣き続ける彼らを置いて、私は施設を青林の部下に囲まれながら歩いた。

 

 

後ろから聞こえる声に思わず涙が溢れながらも、心の中で強く決意していた。

 

 

必ず、この子達は助ける。なにがあっても……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……町にある廃ビルにおいて昨夜12時頃、男性の死体が発見されました。警察によると身元は小林 正敏さん34歳。喉元に刃物のようなものを刺され殺害されているところを近くを通りかかった女子高生により発見されました。死亡推定時刻は午後7時ごろとされており、犯人の目星はついておらず現在も調査中です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

shuithi side

 

 

 

「…嘘、だろ……?」

 

 

 

それは夾竹桃とおもちゃを探しに行った翌日の朝。俺はそれをニュースで知った。

 

俺は思わず朝飯のパンを落としてしまう。ニュースから流れている名前は確かにあの夾竹桃が通っていた児童保護施設で間違いない。

 

…これは本当の話なのか?あの時一緒にようかん食べて、一緒に子供と泥団子を作ったあの小林さんのこと…なのか?

 

「そ…そうだ夾竹桃!…あいつなら何か知って…って携帯どこだ?」

 

 

朝から携帯を触ってないことを思い出し、ベッドに向かう。そして携帯を開くと着信が20件入っていることに気づいた。尋常じゃない件数に驚きながらも俺は急いで電話をかけた。

 

着信履歴には『峰 理子』と書かれていた。

 

 

『早く電話に出ろバカ!』

 

理子はワンコールで出て、昨日のテンションとは真逆の焦った様子だった。

 

「わ、悪い…。それよりもしかして昨日のニュースのことか?」

 

 

『それもだけど、早く病院に来い!夾竹桃が…!!』

 

夾竹桃は…昨日パーティで、あの児童保護施設に…!

 

「まさか夾竹桃になんかあったのか!」

 

『昨日意識を失って倒れているところを見つかったんだ。今も…』

 

 

「すぐに行く!」

 

 

 

空は曇天の上に大粒の雨が降っていた……。

 

それはまるで、俺の心情を表すかのように、大きく音を立てながら……。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

Riko side

 

 

「…夾竹桃」

 

 

修一は電話を終えて30分もしない内に病室へと駆け込んできた。

 

雨で濡れている中を傘も差さずに走って来たのだろう。

 

全身が濡れてしまっている。

 

 

「修一…」

 

「……。」

 

 

病室には私と司法取引で昨日出てきたジャンヌがいる。

 

ジャンヌの考えは分からないが友人がこんな目にあってる中で修一に何も言う気はないようで、ただ夾竹桃を見ていた。

 

中央のベッドに夾竹桃が眠っている。容体は安静だがが、所々に傷が見られる。おそらく誰かと交戦したのだろう。

 

 

「……………。小林さんの事件と関係あるよな、理子」

 

 

「うん。夾竹桃が襲われた時間と小林が殺された事件はほぼ同じだし、間違いないと思う」

 

 

「んで、犯人は誰だ?」

 

修一は理子の方を向いて、そう言った。警察が未だ調べている事件なのに、修一は確信をもって聞いてくる。

 

ただ、私はそれに答えることが出来る。

今朝方全ての手を使って、ある程度までは調べ上げることに成功している。

 

「小林の過去を調べたら一発でわかったよ。鏡高組の連中だ」

 

「…この辺りを仕切っているヤクザだな。私も何度か聞いたことがある」

 

ある程度の情報を修一が来る前に教えておいたジャンヌが口を開く。

 

「鏡高組?」

 

「鏡高菊代って言う若い頭が仕切っているヤクザの集団だよ。今は菊代推進派と反発派で色々としているみたいで、結構ドンパチやってるみたいだよ。今回の事件はその反発派側の仕業だろうね」

 

 

「どうしてその反発派が小林という男を狙う?」

 

「簡単だよ。小林が昔借金を背負っていて、その借金を取り立てしていたのが鏡高組だったって話。ま、それだけならいくらでもいるんだけど、小林には児童保護施設があった。あんな大きくて外見的になにしても安全な場所に小林がいれば、奪おうと思わないほうがおかしい。…警察も権利書を見つけることは出来なかったんだってさ。だから多分もう権利書は鏡高組のとこに…」

 

そして、小林は断った。あの子達の家を、護るために。…そして

 

殺されてしまった。

 

ギュッと唇を噛む。くそっ!と吐き捨てたい気持ちが私の中に湧き出る。

 

「………。」

 

岡崎は濡れた髪を拭くこともなく、ただただ夾竹桃を見ていた。

 

病室内に雨音だけが響く。

 

私はその空間の中で冷静に考えた。

 

武偵として心情を抜きに考えるならば、ここはこのまま手を引くのが一番だ。相手は数人グループの反乱でも突発的に暴れだした人などでもない。

 

闇組織だ。修一1人が復讐しに乗り込んでもただ無駄に命を危険に晒すだけ。

 

それに修一は前に自分の行動で他人に与える影響を強く実感している。

まだその絶望が自分の行動にストップをかけていてもおかしくはない。

 

…それに、私個人としても、もうこれ以上

 

 

修一に危険なことをして欲しくないから。

 

 

 

だからーー

 

 

 

 

 

「ももこおねぇちゃあああん!!」

 

その時、ドアが強く開けられ子供達が入ってきた。先頭に立っていた小さな女の子が眠っている夾竹桃を見てベッドへと駆け出す。

 

この子達はきっと

 

小林の子供達だろう。

 

 

 

「おねぇちゃあああん!!うああああああん!!」

 

ベッドにしがみつき、何度も夾竹桃を呼ぶ女の子はついに大声で泣き始めてしまった。

 

大切な親を亡くし、短い間でも親しくしてくれた夾竹桃がこのような状態になってしまっては、しょうがないだろう……。

 

 

ズキリと胸が痛む。この子達は、今の私たち以上に、苦しいんだ。

 

 

「……にいちゃん、にいちゃんはさ、武偵、なんでしょ?」

 

「ああ」

 

修一の元へ1人の子が泣きじゃくりながらやって来る。そして、修一の足にしがみついた。

 

 

「にいちゃん、お父さんのカタキ、とってよ!!お父さんは悪いことなんて何もしてないんだよ!?殺される理由なんてなかったのに!俺たちの家を、取り返してよぉ!!」

 

 

男の子の泣き声に呼応するように他の子達もわんわんと泣き出してしまう。私は目を伏せてしまう。彼らのことを見ることができない。

 

 

そしてその後ろにいた最年長っぽい女の子が少し大きめのバックの中身を近くの机の上に出し始め、私たちは3人の前に持ってくる。

 

「み、みんなで宝物を集めてきました。あまり高いものとか、使えるものとか持ってなくて…これくらいしか集めきれませんでしたけど、武偵って、報酬があれば、依頼を引き受けてくれるんですよね!!

これでどうか、どうかお願いします!お父さんの仇をどうか、どうか……!!」

 

机の上にあるのはおもちゃや折り紙など千円ほどの物ばかりだった。ガラクタと呼べるほどにまで壊れていたり、古くなっているものばかりだった。

 

深々と頭を下げながら、何度も繰り返し言う女の子。

 

……でも

 

 

「……お前達無茶を言うな。相手はあの鏡高組、ヤクザだぞ。もし喧嘩を売ったことが組長にバレれば、武偵と言えども、もう平和な世界を自由に歩くことは許されないんだ」

 

 

ジャンヌが冷たく言い放つ。…いや、冷静に判断したんだ。

心情で動いた武偵は死ぬ。そう習っている。状況を冷静に判断し、的確な行動をすることこそ、武偵としてのあり方であると。もちろんジャンヌはそれを知らないだろう。だが、今彼らに言えることはこれがベストだ。変に期待を持たせるような言葉もダメ、励ますことなんて最もダメだ。

それにこの子達の依頼を軽く受けて仮に失敗したら、私たちを雇ったこの子達にも被害が及ぶ。

 

だから、ジャンヌの返しが一番いいやりかただ。

 

そう、私()、思った。

 

 

 

 

 

 

「……。………おお?」

 

「しゅーちゃん?」

 

修一は何かに気づいたように机の上にあるおもちゃの方へと移動する。

 

 

そして、中から一枚のカードを取り出した。

 

 

「かずきだっけか?・・これってもしかして『モンスターズ』のウルトラレアカードじゃね?」

 

 

「え?うん、そーだよ?…おにいちゃん知ってるの?」

 

それは、今流行りのカードゲームのカードだった。修一ってあのカードゲーム興味あったっけ?

 

 

「おお、お前すげーな、俺も集めてんだコレ。貰ってもいいか?」

 

「え?う、うん…」

 

修一は笑顔でそれをポケットに入れると、こちらを向いた。

 

「理子。鏡高組の屋敷、分かるか?」

 

 

これは………

 

 

「おい岡崎、まさかその紙切れ一つで鏡高組に喧嘩売るつもりか!?冗談はよせ、本当に消されるぞ!」

 

ジャンヌも気づいたようだ。

 

修一は

 

あのカード一つで依頼を受けるつもりらしい。

 

 

「ば、ばっか違げーって。別にこのカード欲しくてやるんじゃねえ。後で夾竹桃に金要求してやんだっての」

 

慌てて訂正を入れる修一。でも、否定はしていない。本気でケンカを売るつもりのようだ。

 

 

 

 

……あーあ。

 

止めるべきだよね。前みたいに辛くなるの嫌だし。後で泣きつかれても困るし。

 

でも、なんとなくだけど修一はこうするんじゃないかってちょっと思ってたんだよね。

 

子供達が仮にここに来なかったとしても……彼らのために動くだろうなって、思ってたんだよね。

 

だからいまさらそれが分かってもなんとも思わない。

 

もちろん危険だから止めて欲しいけど

 

夾竹桃を助けて欲しいとも思うし、それに

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……くふ♬

 

「あ、このお手玉可愛い〜!理子これにきーめた!」

 

無利益な依頼、それに比べて残念すぎる報酬。

なのに好きな彼の力になれるならと喜んで引き受けてしまう私も、バカの1人になってしまったんだろうし、理子らしくないなあと思う。

 

でもでも、やっぱり嬉しいものは嬉しいから。

 

「理子まで…!?本当にバカか!お前達はヤクザに手を出すことへの危険を理解していない!」

 

「理解はしてるが、後のことをどうこう考える気はない」

 

「しゅーちゃんはあの武偵殺しにさえ後先考えず正面から来たもんね!この、怖いもの知らずぅ!」

 

「金欲しかったし。かなり怖かったけど」

 

「……お前たちは本当に……」

 

私と修一の返しに呆れるジャンヌ。確かに私たちのやろうとしていることは馬鹿のすること。武偵としては0点だろう。サイカイと呼ばれてしまうだろう。

 

 

でも、私はそういう彼が好きだと思う。心の底から、そう思う。

 

「……わかった」

 

ジャンヌはこめかみを押さえながら首を振ると、

 

 

クレヨンと厚紙を手に取った。

 

 

「お前たちだけでは心配だ。私も付き合おう」

 

「うわーい!ジャンヌ大好きー!」

 

ジャンヌに飛び込む。ジャンヌが戦力に加わればかなり有利になる。

 

「それと岡崎」

 

「なんだ?」

 

「今回の作戦では、私たちの関係を一旦破棄しよう。お前もお前なりに色々と思うところがあるだろうが、これが終わればちゃんと話を聞いてやる。だから、今は武偵仲間として私を扱ってくれ」

 

ふふっと笑いながらジャンヌからそう切り出した。

相手から言われると思ってなかったであろう修一も驚いている。そして、笑った。

 

「おう、お前にはちゃんと伝えたいことがある。よろしくな、ジャンヌ」

 

「ああ!」

 

そして私たちは初めてチームを組むことになった。相手は強大すぎる組織。さて、どうやって戦う?

 

「それでどうするんだ?流石に正面から乗り込むのは戦力差がモロに出てしまうぞ」

 

「だよねー。流石に理子たちでも大人数には勝てないって」

 

問題はそこだった。鏡高組にケンカを売るにしても、全体に売る必要はない。反発派の奴らにだけ打撃を与えれればそれでいい。だがそれでも結局、敵の数は圧倒的に多い。

 

どうやって戦う?

 

「理子、敵のデータを全て教えろ。敵のリーダーと夾竹桃を倒した強敵の情報は多めに頼む。あとは…まあ任せろ。なんとかしてみせる」

 

修一は自信満々にニヤリと笑っている。

おお、こういう時の修一って結構使えるんだよね。修一は時々本気で頭がいいんじゃないかと思う時があるし。

 

 

そうして、私たちはとある場所へと向かう。

 

私たちの大切な友人とその友人の守りたかった物を壊したバカヤクザ達の元へと…。

 



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23.才能のあるサイカイ

「22話のあらすじ」
夾竹桃は児童保護施設を護ろうと1人組織と対立するも、相手の傭兵に敗北してしまう。治療を受ける夾竹桃を見て、バカ三人は闇組織と対立する重大性も無視して立ち上がった。

ちなみに『このsideは固定されています(最後以外)』


〜とある廃ビル〜

 

雨の降る昼間にも関わらず、4階建ての廃ビルでは慌ただしい音が響いていた。

 

元々運動娯楽施設として使われていたらしいその場所は、各階ごとにサッカーやバスケなどのフィールドが設置されるほどに大きく、他の階には運動施設だけでなくゲームセンターが設備されている。スロットの台が並んでいる階もあった。

『ここでは皆様がやりたいこと、運動、娯楽全てが可能です!みんなで朝まで楽しもう!!』と書かれた看板が隅の方で埃を被った状態で見つかった。

 

しかしそこで今行われていたのは娯楽でもスポーツでもない。

 

闇武器の製造。決して表の世界には登場しない、闇取引によって流通していくその武器の数々が、ここで製造されていた。

製造しているのは銃や爆発物、倉庫には麻薬も見える。品物の数々がここで製造、または保管されているようだ。

 

その製造を行っている彼らは借金によって人生が狂ってしまった人達のようだ。人数はおよそ30人ほどで体が瘦せこけている。

彼らはただ言われるがままに機械を合わせ、言われるがままに黙々と作業を続けることを何十時間も何日も繰り返す。地獄と言い換えても間違いないだろう。彼らにとって生きることが、死ぬことよりも辛いのだ。

 

そんな彼らの今日の作業はいつもと全く違った。

 

撤収作業もしくは引っ越し作業に似たものと言えるだろうか。

 

3階から1階までの階段に並べられ上から渡される荷物を隣に渡していき、最後には外のトラックへと詰め込んでいく。もちろん中身については聞くことなどしない。彼らにとっては関係を持つこと自体が恐怖なのだ。これ以上の重みはごめんだとでも言うようにただ黙々と中身のわからない箱を次に渡す。

階段の数カ所にはそれを管理する男たちが立つことで休む暇さえない。

 

「皆さん、午後までには終わらせますよ」

 

最上階。元々バスケットをするために設置されたその場所も、今は巨大な作業机があるだけの場所になってしまっている。広い開けた空間には箱が何重にも所狭しと置かれ、一つ一つを借金まみれの彼らが運んでいる。

 

そんな中、9人の男と1人の女だけが何もせずにいた。黒のスーツを着てサングラスをかけた8人の男たちは1人の男をグルッと取りかこんでいる。

女はただ自分の横髪をクルクルと回しながら暇そうにしていた。

 

鏡高組の幹部である青林とその護衛部下、雇われた傭兵セーラ・フッドである。

 

青林はただ椅子に座りコーヒーを嗜みながら彼らを見ている。手元の一枚の紙をヒラヒラと揺らしながら作業が終わるのを待っていた。

 

「青林さん、このまま進めば17時に撤収準備が完了します。あの保護施設へはショッピングモールを経由しなければなりませんが…」

 

「外見はただの引っ越し業者ですし問題ないでしょう。何かあればセーラさんに頼みますよ。ああそうそう()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「………」

 

セーラはただ無言で青林を睨みつけた。

 

「なんですかその目は。あなた、あの女を殺せなかったでしょう?

私は『なにか裏のあるあの女を近づけさせるな、もしくは殺せ』と依頼しましたよね?」

 

「…殺す必要はなかった」

 

「私の部下18人に重傷を負わせた彼女が殺す必要がない?それはおかしな話ですね」

 

「………。」

 

セーラは表情を変えることなく青林を見ている。その反応に青林は肩を竦めた。

 

「まあいいでしょう。次に邪魔が入ったら今度こそ息の根を止めてください。それでチャラです」

 

「…わかった」

 

青林の命令にセーラが逆らってはいないはずだが、セーラはただこくんと頷いた。恐らく彼女にとって逆らえない事情があるのだろうか…傭兵は自分の意思を持たず、ただ命令に従って行動するだけの存在をなのだというが…。それは人として扱われないということなのだろうか…。

 

 

 

 

そう思った

 

 

 

 

()()

 

大きく伸びをし、首を数回鳴らした後、目の前にある数多くのディスプレイに映る映像を見ながらインカムを構える。映像に移る彼らに一矢報いるために俺たちは、動き出す。

 

「さって武偵殺し再来だな、お二人さん、よろしゅ」

 

青林の前に投げ込まれた丸い何かが、シュッと音を立てた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

パパパパパパッ!!

 

 

「な、なんだ!?」

 

屋上に激しい破裂音が連続で鳴った。小さく爆弾が破裂するような音を聞き、青林は思わず椅子から転げ落ち、部下達は慌てて青林へと近づく。

 

「なんですか一体!?」

 

「た、ただの爆竹です!」

 

投げ込まれたのはかなり大量に合わせられた爆竹だった。

いまも大きな音を立て白い煙を吹きあらすが、それだけで青林たちには被害が及ぶことはない。

 

青林はその様子を見て落ち着きを取り戻し、部下も青林から離れる。…だが

 

「ば、爆弾が爆発したー!」

 

白い煙で視界が狭くなる中、一人の男の声が聞こえた。そしてそれがトリガーとなり…

 

「うああああああああ!!」「助けてええ!」「いやだあ!死にたくないいい!」「ど、どけよ!邪魔だ!」「早く階段降りろよおおおお!!」

 

借金のある彼らが一瞬にしてパニックになる。彼らにとって自分の命は一番大切なものだ。階段を我先にと走り出す。

 

「ま、待ちなさい!…くそっ!一体誰がこんなこと…」

 

「…あそこ」

 

セーラが右腕を水平に伸ばした瞬間、ブンッと音を立て吹き荒れていた白い煙が一瞬で晴れた。

視界が開けていく中、セーラは屋上への入り口付近を狙って矢を放つ。しかし、放たれたその矢はなぜか弾かれ空を舞った。しかしすでに借金持ちの彼らの姿はなく、

 

代わりに

 

 

「…あらら、見つかったった」

 

「やはりフードをしていて正解だったな」

 

 

入り口の側には黒いパーカーを着て、フードを被った理子と、同じく黒いフードを被り先ほどの矢を大剣で弾いたジャンヌが立っていた。

「ま、目的の人たちは逃げ切ったみたいだし別にいいよね」

 

「よし、退くぞ」

 

2人はお互いに頷くと、階段から下の階へと逃げていく。まるで最初からそうする予定だったかのように俊敏に駆けて行った。

 

「お、お前たち、あの2人をとっとと捕まえて、どうやってここを掴んだか吐かせなさい!相手はたった2人ですし、爆竹を使ったのを見てもどこか別の組というわけでもないでしょう。恐らく私達のことを恨むどっかのザコですし絶対に逃がさないで下さいよ!」

 

「はっ!」

 

青林の命令を受け、部下9人が追いかけていく。セーラも向かおうとしたが、青林が手で制した。

 

「あなたが動くほどでもないでしょう。あの2人程度なら部下全員でもやり過ぎぐらいですよ」

 

「…そう」

 

 

青林の顔はまだ余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

この顔、腹立つなあ…

 

 

ーーーーー

 

パチスロのコーナーに2人の部下が入る。広い空間に並べられたパチンコ台は、いまはもう使われず埃かぶってしまっている。オレンジ色の薄暗い明かりだけがあるこの場所はかなり薄暗く、目が慣れなければ目の前にある物も見えないかもしれないほどだった。

赤い絨毯も少し茶色くなってしまっている部屋の中央には武器製造の作業台が設置されていた。先ほどのパニックで入り口近くに散乱してしまった段ボールを退かしながら中に入った2人は周りを見渡す。

 

「…いるな」

 

「ああ」

 

彼らはBG歴が長いのだろう。目が見えなくても中の気配を察知することなど容易らしい。1人いると分かると足音を立てないように少しずつ歩いていく。

 

 

 

その時キィ…と音が聞こえた。この部屋には扉が二つある。おそらく彼らが入ってきたのとは別の扉が開いたのだと2人は思う。

 

他の方向にも目を向けながらそちらを確認すると、彼らと同じ青林の部下が仲間1人立っている。仲間だったことに安堵しつつ彼らの様子に疑問を持つ。

 

「いや、フードの1人を追ってきたのだが…見てないか?」

 

「こっちには来てないが…ん?」

 

作業台の方へ集まり、情報交換をしたその時彼らは見た。

 

 

一つだけ離れておいてある台の陰に隠れているあの黒フードの先端を。

 

 

隠れての3人の隙を伺おうとでもしたのだろうが、プロの彼らには赤子も同然だ。

 

「……。」

 

彼らは手話で状況を共有するとゆっくりとその台へ近づく。

彼らはこう思っていた。1人を撒こうとこの場所へ逃げ込んできたが、先の入り口にも2人がいたことで逃げ道を失ってしまったのだと。

 

そして…

 

「捕まえたぞ」

 

見えているフードを掴み、引き寄せる。

 

 

 

彼らには、余裕があった。最初見た時2人の身長や見た目から実力者ではないと。恐らくは青林に騙された中の素人が反発しただけなのだろうと、そう思っていた。

 

 

それが彼らの油断だった。

 

 

引き寄せたのは黒いパーカーとそれを立てるための『木材』。目的の人間は存在しなかった。

 

そしてそのパーカーからコロンと何か丸い物が落ちる。

プシュッと音を立て赤黒い煙を吐き出し、3人を包み込んだ。

 

「ぐ、しまった…!トラップか……!!」

 

3人はやられたと自覚するよりも早く、吸い込むまいと口元を押さえ出口へ走った。

彼らの本能が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして…

 

「ぐあっ!?」「うぐっ!?」

 

「…くふ、本当にこっちに来るんだね、おっばか〜!」

 

狭い入り口から出てくる一人一人の意識を飛ばすことなど、理子には簡単なことだ。あっという間に3人の人間が地面に倒れる。理子は未だ煙荒れる室内に戻るとパーカーを着直し、耳につけたインカムに手を当てた。

 

「5人片付けたよ〜♬次の場所に移動するからね、ダーリン♡」

 

理子はインカム越しに聞こえるツッコミに満足したのか、スキップしながは割り振られた敵を無力化するために進む。

初めて来た暗いビル内を、まるで行き慣れているかのように進んでいた。

 

ーーーーー

〜4階〜

 

『部下9名の内3名が…いえ、いま他の場所で2名がやられてしまいまったようです…』

 

電話越しの報告に驚く青林が見える。彼にとって思いもよらないことだったのだろう。余裕な顔が次第と青ざめていく。

 

「ど、どうなっているんです?相手はたった2人ですよ、どうして私たちが攻められているんですか!?」

 

『あ、相手の動きがかなり奇妙でして…。私たちが以上にこのビルの構造を理解しているようと言いますか…私たちが気づくより早く気づいてるような…まるで私達の動きやお互いの動きをそれぞれが理解しているように動くんです…私もいま1人を見つけて追ってきたのですが…う、ぐあっ!?』

 

通話が切られたようだ。これでもうビル内にいる部下は残り二人。本来なら一人でも事足りると思っていた青林はそんなバカな…と吐き捨てる。

 

「たった2人のザコに私の部下が負けている…!?ありえない、どうして…!?」

 

 

 

 

 

「指揮がいる」

 

 

 

セーラがポツリと呟いた。

 

 

「相手の方に指揮官がいる。戦場の把握、敵の立ち位置、状況判断、全て理解した上で2人に指令を送っているそいつを潰さない限り、勝ち目はない」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「うっし、理子はその階の右奥で待機な。ジャンヌはその先を右だ」

 

 

『あーい!』

 

『わかった』

 

手元のインカムからそれぞれの返事を聞きながら、コーラを一口飲みポテチをかじる。

うん、美味いね。九州しょうゆだったらもっとよかったんだけど。

 

俺のいる場所はビルの側に配置した車の中だ。

 

中には一つのディスプレイと沢山のコード、あとは飲み物とメシがある。絶対に目の前の機械には触るなと理子に言われているから少しだけ距離を開けている。

間宮たちと戦った時に麒麟が乗っていたバスのようなものだ。

ディスプレイにはそのビルの中にもともとあった監視カメラの映像が全て映されている。選んだ場所の音声を聞くことも可能だ。(その選択ボタンだけは教えてもらった。理子に呆れられるほど説明を受けてだ…)

 

足の折れている俺が出来ることは、ディスプレイに映る映像によって敵の居場所を割り出し二人の補助をすることくらいだろう。あー疲れた…。もーやらないわこんな仕事。

 

まあ実際、あの2人ならあれくらいの部下たちくらいなら俺いらなかっただろうが…もし2人が超能力を使ったのを見られたまま逃すと後々面倒になりそうだからな。…なんて俺の必要性を考えてみるが後付け感がありすぎるか。

 

俺は残りの部下の立ち位置を把握しつつ屋上で慌てふためく青林の音声を聞く。

 

 

しっかしまさか、青林のやろうセーラを前に出すんじゃなくて後ろに下げるなんてな。

相手がザコと誤解して自分の保身を優先したってとこだろうが…青林が思った以上にチキンでよかった。

 

『ねーしゅーちゃん、作業中暇ー。理子とお話ししよう?』

 

インカム越しに理子の声が聞こえた。…こいつ、緊張感が欠片もないな。真面目にやれってのに。

 

「あ?やだ。真面目にやれって」

 

『て~…てんぷ!』

 

「プラスチック」

 

『クリップ!』

 

「ぷ…プリント!」

 

「トラップ!」

 

「おいプ攻めやめろってば、卑怯だ」

 

『…どうしてそのやり取りからしりとりが始まるんだ?』

 

し、しまった…!思わず楽しくなってしまった…。これじゃ理子のことを悪く言えないな…。

時々こんな感じで話の途中からしりとりが始まることがあったが、やっぱこれ他から見たら変なのか…。

ジャンヌの呆れた声がインカムから聞こえる。

 

「理子、いいから黙って作業しんさい。ジャンヌが怒っちょる」

 

『…けち』

 

「……。チョップ」

 

『…!ぷ、プール!』

 

「ループ!はっは!プ返しだざまあ!!」

 

『ああ〜!しゅーちゃんずるい!』

 

『お前らいい加減にしろ!終わってからやれ!』

 

ついにはジャンヌから怒られてしまった…。あいつ、絶対に許さん。

 

俺は画面に映る理子を睨みつけた後屋上のカメラを見ることにした。

 

……ん?

 

「おい、青林の様子が思ったより早くおかしくなったぞ」

 

画面に映る青林はセーラに命令を飛ばし、4階から走り去っていく。…うっし。

 

『修一、その状況で態度を激変させるような奴は大概自分のことだけを優先して考えるようなやつだ。おそらくは…』

 

裏理子が探偵科らしい結論をだす。俺もそれに頷いた。

 

「ああ、まあでもこれはラッキーってやつだ。このままいけば、俺たちの勝ちは確定だな」

 

『じゃ、任せていい?』

 

「あいよ。こういうのは俺の得意分野だ。ジャンヌも大丈夫だろ?」

 

俺は近くの松葉杖を手に持ち立ち上がりながらジャンヌに問いかける

 

『お前たち、スイッチの切りかわりが激しすぎてついていけないんだが…。しかし、任せておけ…行くぞっ!』

 

4階を映す映像の中にジャンヌの姿が現れる。4階への階段付近で待機させておいて正解だったようだ。

 

さって、後は後処理だけって感じか…面倒くさいなあ…。

 

ーーーーーー

 

 

~地下一階 倉庫~

 

「…くそ、どうして私がこんな目に…!一体どこの組の奴らがよこしたんだ…!」

 

青林がいるのはこのビルの地下、小さな正方形の空間の壁に沿うように段ボールが置かれている場所だった。

もちろんその中にあるのは麻薬などの商売道具だろう。彼は急いで一つの段ボールを持ち上げると外にあるトラックに運ぼうと動き出していた。彼の顔にもう余裕はない。青林はおそらく自分の部下の力を心底信じていたのだろう。それが一瞬で倒れていけばそうなるのも無理はない。

 

だが

 

 

「…セーラを前面に出して敵を引きつけさせとく間にあんたは商売道具を持って逃走なんて、流石ヤクザさんのやることは非道だな」

 

 

「だ、誰だ貴様…!?」

 

俺はその地下の入り口に移動していた。

 

「くそ、どうしてここにいる!?セーラのクソがしくじったか!」

 

「馬鹿言え。あんな最強チートキャラがしくじるわけないだろ。どっからでも矢が当たるとか勝ち目ないわ。

 

…ま、あいつがあいつの意思で戦えるならの話だけどさ」

 

「何が言いたい…!?」

 

何もわかっていない青林を見ながらコツンとインカムを叩く。

 

『ああ岡崎、やはり、お前の言った通り、だったぞ!』

 

「あいよ、さんくす」

 

戦闘中のはずのジャンヌから音声が聞こえた。言葉が区切れくぎれだったのは戦っている最中だったからだろうか。…しかしこれでこいつのバカが浮き彫りに出た。こいつは…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あいつはお前逃がすためにジャンヌの前に姿現したまま戦ってんだぞ。前面に出れば出るほど不利になるにも関わらずだ」

 

セーラは超遠距離型だ。相手に姿さえ、狙われていることさえ気づかせないほどの距離からの狙撃がメイン。そんな奴がジャンヌのような接近戦が得意な相手と()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり青林の命令を遂行していることになるわけだが…

 

「ふん。それで結局あなたがここに来ては意味ないんです。全く使えない…」

 

こいつは本当に…

 

「『使えてない』の間違いだろ」

 

何度も言うが、セーラは姿を見せず多方向から狙撃可能なスぺシャルアタッカーになる傭兵。基本表舞台に立つことはないのだ。それを使えないなんて、本当にわけがわからない。

そんな彼女も傭兵として前面に出ろと言われたらその通りにしないといけないのか…例えそれで、自分が死ぬことになったとしても…上が行けと言うなら行かないといけないのか…。

 

「…クソが!何言ってるんですかあなた!傭兵なんて使い捨てる以外に使い方はないんですよ!世界で他人に取り入ることでしか生きていけない最下位どもは使い捨てて自分の利益にしてしまうのが一番なんです!」

 

「…ちっ、また最下位かよ…」

 

俺の言葉が火に油を注いでしまったようだ。青林はもう我も忘れて叫んでいる。本性を晒し、ただただ

 

本来ならどんな相手でも強敵と言わしめる才能を持つセーラでもそう言う青林に

 

俺は無性に腹が立った。

 

「ざっけんな。最下位ってのはな、俺みたいになんの才能もないやつのことを言うんだっての。セーラには才能があるんだ。最下位じゃねえっての」

 

俺は苛立ちを隠せなかった。どうしてもここだけは譲れなかった。

 

ただ俺の雰囲気が変化したことが青林に少し余裕を与えてしまったようだ。俺の折れた足、そして松葉杖を見て皮肉に笑う。

 

「ふん、その足を見るに私の部下を倒したのはどうやらあなたではない様子。ということはあの時の二人はセーラさんが抑えられているということ…くくく、あっははははははは!!」

 

怯えていた彼の顔が変わった。

 

「つまり、あなたさえ黙らせればいいというわけですね」

 

「そーゆーこったな。あいつらはそれぞれ作業してるから援護にもこれねーよ

 

 

まあでも…」

 

俺が後ろ頭をかきながら言葉を繋げようとしたが、それより早く青林は走り込んで俺の折れた足を蹴ろうと左足を後ろに下げる。

 

 

 

そして

 

 

「ーーふぐぬっ!?」

 

 

「…まあでも、サイカイの俺でもお前に負ける気しないけどな」

 

 

蹴りが俺の右足に入る前に青林の顔面を思いっきり殴り飛ばした。青林の体が宙を浮き壁際にある段ボールへと突っ込んでいった。そういや、人の顔面殴ったのって初めてだったかも。…手、痛いなあ。

 

『ほいほーいしゅーちゃん!残りの部下は全員黙らせといたぞい!…あともう一つの方もおっけーです!』

 

「ういーご苦労さん。俺も今終わったとこだ」

 

『怪我は?』

 

「ない」

 

理子の報告を聞く。理子には残りの残党狩りをしてもらっていたがやはり理子にとってはかなり簡単だったようだ。流石武偵殺しって感じだな。

 

俺はインカムから意識を離し、青林の方を見る。パラパラと舞う埃の中、鼻から血を流し動けないでいる青林がいた。…うわ、痛そう。…あ、俺がしたんだったか。

 

「さってと…権利書権利書っと…」

 

おそらく懐にあるであろう権利書を貰うため、青林に近づく。

 

「…どう、して…」

 

まだ意識のある青林がゆっくりと口を開く。

 

「どうして、どうして…武偵がセーラさんを、庇っている?あなた、セーラさんに会ったこともないでしょう?」

 

俺はその問いに思わず眉をピクッと動かせてしまう。目つきが鋭くなってしまっているのを実感していた。

青林の懐から「児童保護施設の権利証」が落ちているのを確認し、それを拾うと青林に背を向けた。そして

 

 

「…別に、そんな知らないやつのためにキレられるほど人間できちゃいねーよ。…ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてこと、俺自身が認めたくなかっただけだ」

 

 

 

用も済み地下室から出る中で「俺も人間だな」なんて俺らしくないことを改めて思ってしまった。

 

 

 

ーーーーー

 

「セーラ止めろ!この距離では私が有利だ!」

 

「………!」

 

ジャンヌの言葉にセーラは耳を貸さず、矢を放つ。

しかしそれは簡単に大剣で矢を弾かれてしまった。目の前から放たれた矢を弾くことなどジャンヌほどの腕なら簡単だ。…が

 

弾いた瞬間の死角を狙ってセーラはジャンヌの懐付近へと潜り込む。

 

そのまま懐から出した小さなナイフで切り裂こうとするが、ジャンヌはそれをすこし顔を逸らすだけで避けるとセーラの手首を持ち拘束する。

 

『うっ…!』

 

『大人しく降参しろ、悪いようにはしない』

 

近距離において、ジャンヌに勝てる奴は中々いないだろう。彼女も接近戦の戦い方は熟知しているようだが、それでも勝つことはできなかった。

 

『お疲れ〜ジャンヌ〜』

 

そこに理子も集合する。理子も理子で作業を終わらせたらしい。意外と疲れたようで少しぐったりとしている。

俺はその様子を戻ってきたバスの映像から確認しつつ2人へ声をかける。

 

「理子、ジャンヌ。権利書も奪ったし帰るぞ」

 

『岡崎、セーラはどうする?』

 

『……。』

 

セーラはもう抗う気はないらしく、大人しくジャンヌに捕まっていた。…まあ青林の為に抵抗する意味もないだろうし当然か。普通なら警察官辺りに引っ張って行ってあとは任せるんだが…

 

《『世界で他人に取り入ることでしか生きていけない最下位どもは使い捨てて自分の利益にしてしまうのが一番なんです!』》

 

青林の言葉を思い出してしまった。

こいつは、才能がありながら環境の性で最下位と呼ばれてしまっている。

 

……。

 

 

「理子、インカムをセーラにつけてくれ」

 

『ほいほい』

 

理子がセーラの耳にインカムをつけてくれる。そして

 

 

「セーラ・フッドさんや、初めて会った奴が言うことじゃないかもしれないけどよ…」

 

『………。』

 

 

 

 

「 」

 

俺はセーラにある言葉を伝える。それは、俺が今までで感じたこと全てを込めた言葉。俺と似た気持ちを持っているはずの彼女へ伝えたかった言葉だ。

 

 

 

『………馬鹿馬鹿しい』

 

ことばではそう言いながらもセーラはそれをただ黙って聞いてくれた。否定するわけでもなく、ただ聞いてくれた。

 

『…お前はまったく…甘いやつだ』

 

インカムから聞いていたジャンヌが苦笑いを浮かべた。確かに甘いかもしれないが、どうしても言いたかったんだから仕方ないだろ。

 

「ジャンヌ、セーラはもうほっといて大丈夫だ。とっとと帰るぞ」

 

『わかった。理子、帰るぞ』

 

 

 

この後警察が駆けつけ、麻薬などの密売容疑で青林とその部下が逮捕された。その時、小林さん殺害容疑の詳細の書かれた書類も発見され、殺人容疑も付け加わったらしい。…ま、書類なんて理子が勝手に作ったやつだけど。そこから芋づる式に分かっていくだろうから大丈夫だろ。

 

ーーーーー

 

「しゅーちゃんしゅーちゃん!夾竹桃意識戻ったって!」

 

「まじか!」

 

雨の降る中、理子が持っていたキラキラ傘(なんかデコレーション凄すぎて引くレベルの傘)の中で、やることやった後の疲労感を三人同時に感じながら歩いていると理子の携帯へ病院から連絡が入った。よかった…。

 

「マジマジ、行こう!ジャンヌもね!」

 

「ああ」

 

俺たち三人は病院の方へ向かう。疲れてはいるが、早く夾竹桃と話したいという気持ちの方が上だ。三人でテキトーに話しながら歩いていると、あの夾竹桃と行ったショピングモールの前までついた。そうか、あのビルから病院へはここを通るのか。

 

「しゅーちゃん、雨の中外歩くのやだし、ショピングモールの中から行かない?」

 

「そーだな」

 

中もかなり賑わっているようだ。俺たちと同じ考え方の人達が多いのだろう。人の賑わいを見ながら進んでいくが、こういうとこでは俺みたいに松葉杖のやつは邪魔な扱いをされてしまうものだ。そう思い端っこを歩いていく。そうすると、自然と店の店頭に並べられる商品へと目が向かう。

 

そうしていると、前にかずきの誕生日プレゼントを買うために訪れたおもちゃ屋さんを見つけた。そこには俺たちが悩んで買ったクマのマグカップが置いてある。

 

 

『しょうがないじゃない。私、プレゼントなんてもらったことないし、自分の誕生日なんて知らないもの』

 

 

不意に、夾竹桃の言っていたことを思いだした。…あいつ、自分は貰ったことないのにプレゼント渡そうとしてたんだよな…。

 

 

………。

 

「…あー、俺寄りたいところあるから先に行っててちょ」

 

「え?しゅーちゃんお買い物?理子も付き合おっか?」

 

理子が普段ならとても嬉しいことを言ってくれるが…

 

「んにゃ、たいした用事でもねーし大丈夫だ、んじゃまた後でな」

 

ちょっと恥ずかしいので却下だ。俺が今からしようとしていることを言ったら、きっとわけがわからんなんて言われてしまうだろう。

 

でも、やってやりたいからな。

 

俺は理子とジャンヌと別れショピングモール内を走った。

 

 

確かあの店は、こっちだったかな…?

ーーーーー

Sera side

 

「………。」

 

金髪と銀髪と男がショピングモールへと入っていく。私はなぜかその様子を近くのビルの屋上から見ていた。雨に濡れた帽子が少し重く感じる。そんな中で

 

あの男の言った言葉が頭の中で反復する。

 

 

 

 

『お前が戦闘のプロだからって傭兵しかできないわけじゃねえだろ。どんな環境に生まれたって、どんな才能持ってたって()()()()()()()()()()()()()

別に好きなことを下手でもやっていいんだ。それが意外と楽かったりするんだから。ま、好きなこと見つけきれなかったら俺んとこ来いよ。一緒に探してやっからさ』

 

 

 

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

何度もそう吐き捨てる。そんな綺麗事を言える環境で私は生きていない。ただ人に命じられ、感情を殺して実行する。私はただの道具、何も考えず、ただ弓を引くだけのはず…。だったのに…

 

「…あ」

 

男がショピングモール内を走り出す姿をなぜか追ってしまう。もちろん好意ではないのは自分がよくわかっているが…興味があるといえばいいのか。あんなことを言った男の行動がとても気になった。どこか目的の場所へ向かうか自体は心から興味ないのだが…

 

 

確かめるだけ、そう自分に言い聞かし、後を追った。

 

 




すこし文が足りないなと感じる部分があるので付け加える部分があると思われますがお許しを。


次の話はまだ少し訂正したいので今週中に投稿します。よろしくです!

セーラさんそれストー…


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24.鈴木 桃子の気持ち

「23話のあらすじ」
闇組織の一角をたった三人で壊滅させることに成功した三人は夾竹桃が目を覚ましたと聞き病院へと向かう。道中雨をしのぐ為に入った商店街で修一は夾竹桃の誕生日について思い出していた。


shuichi side〜児童保護施設内〜

 

夕日が曇天に再び覆われた空を見ながら、俺は買ってきたようかんを一口食べる。ほんのりと甘く独特の食感が懐かしく感じられた。

保護者のいなくなったこの場所は前回来た時のように子供達の楽しそうな声が聞こえるわけではなく、ただしんと静まり寂しい印象を受ける。風に揺れるブランコが哀愁を漂わせた。

 

「………」

 

緑茶の入った湯飲みを持ち、もう一つの湯のみにカチンと合わせる。

 

あの時小林さんが座っていた前に置いた湯のみ。それを手にする人はもういない。

 

「あんたの過去であの子達が傷つくことはなくなったよ。…だからさ、あいつのこと許してやってくれるよな?」

 

俺は小林さんの湯のみを持ち、一口飲んだ後、バッと公園に虹のように振りかける。

 

小林へのせめてもの手向けとして…届いてくれればいいが。

 

代わり映えもしない曇天の空を見ながら、そんなことを思っていると…

 

 

 

後ろから、人の気配を感じた。

 

 

「………お?…お前確たしか…」

 

「………岡崎修一。お前に聞きたいことがある」

 

そこには

 

洒落た帽子を被った銀髪の女が立っていた。

 

 

ーーーーー

〜病室〜

 

 

「きょーちゃん?起きてるー??」

 

「失礼するぞ」

 

雨の降る空を見ていると、病室に理子とジャンヌが入ってきた。下のコンビニで買ってきたらしいお菓子をもうすでに開けて食べている。相変わらずね。

 

「起きてるわ」

 

「怪我の調子はどう?」

 

「これくらい大丈夫よ。足に撃たれた矢もかすっただけだったみたいだし」

 

「そうか、大怪我でなくて安心したぞ」

 

理子とジャンヌはそれぞれ安心したような顔で近くの座椅子に座る。

 

「あの子達の新しい保護施設はもう登録終わったよ。これでもう、この事件で路頭に迷うことはないはず」

 

「それと児童保護施設を襲ったヤクザには制裁を加えた。こちらになにかしてくることもないだろう」

 

「………。」

 

ジャンヌがこの事件に関わっていたことは今初めて知ったが、理子が教えたのだろう。ジャンヌなら可能だと思うが……まあおそらくは…。

 

「きょ、きょーちゃん!小林が殺されたのは別にきょーちゃんの所為じゃないよ!悪いのは殺した鏡高組だからね!」

 

「理子の言う通りだ。もしあのセーラを夾竹桃が抑えていなければ子供達も危険だった可能性がある。あまり自分を責めるな」

 

無言だった私を見て2人は私が小林を守れなかったことを後悔していると思ったのだろう。2人が慌ててフォローしてくれる。

 

私はそんなことで後悔するような人間じゃないと、2人は分かっていたはずだけど。

 

「なに慌ててるの?私は別になんとも思ってないわ。小林は前の贖罪で殺されただけ。自業自得よ」

 

私は本当に思ったことを言った。間違っていない。

 

「あ、そ、そーなの?ならいいんだけどね」

 

本当に慌てていたらしい理子が安心したように息をはいた。

…まったく、あの男と関わってからの理子はちょっと普通の人の反応になってきてるわね…。まああの男といたらわからない話ではないか。

 

「あ、そうそう!それとね、子供達もきょーちゃんに会いたいって言ってたよ。あの子達からこっちに来るのは難しそうだけど、退院したら行ってあげて!」

 

理子が空気を変えるようにテンションを上げて言ってくる。それは、理子が手続き等を半日ほどで終わらせてくれたあの子たちのことだった。

 

「………。」

 

素直に、理子の提案は嬉しく感じた。あの子達にまた会えるなら会いたいと思う。

 

 

 

そう、思う。

 

 

 

だけど…

 

 

「………やめておくわ」

 

「え、ど、どうして?」

 

私は、もうあの子達には会わない。そう決めた。

 

会ってはいけない。

 

そう、思った。

 

 

「会いたくないからよ。もともと面倒に思っていたもの。これであの子達と離れられるならむしろ幸運に思うわ」

 

「……ふーん」

 

「まあ、夾竹桃ならそれが普通か…」

 

理子もジャンヌも『イ・ウー』時代の私を知っている。

 

残虐で、非道で、相手の不幸など考えず、ただ自分だけのために行動する私を。

 

その私を知っていて、あの子達と触れ合った時間を知らない二人なら私の言葉に疑問すら感じないだろう。

 

私でも岡崎と理子の関係を知らない場合に「岡崎はただの手駒だったから捨てていい」と言われればその程度の人間だと信じるだろう。それと同じ。

 

 

「だから、もういいのよ」

 

 

そう、これでいい。

 

 

 

あの子達に不幸を与えた私。

 

それを自分自身が与えるとわかっている今。

 

あの子達にとって私は唯一、恨むことのできる存在。

 

最低で、最悪で、近づきたくないと思える存在。

 

力を持っていながら、あの子達の大切な人を護れない私のことをそう思ってもおかしくないと思う。

 

だから私はもう、あの子達と会わないほうがいい。

 

これ以上あの子達に関わらないほうがいい。

 

いくら私が心から謝りたいと思っても、それで幸福な世界にいる人とは分かり合ってはいけない。

 

関わってはいけない。これ以上幸福な世界の子達に不幸を与えないように。

 

 

それが私の考えで、

 

 

 

私なりの答えだ。

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

その時理子が携帯を取り出し耳に当てた。…ここ、通話禁止の場所なんだけど?

 

「あーもすもす、りこしゃんです。今どこいるの〜?…え?なんで?

………まあ、そう言うならそれでいいけど。あ、それよりさ、きょーちゃんがあの子達に会いたくないーって。…だから、あとよろ!」

 

理子はそう言うと、私に携帯を渡してくる。

 

「んじゃ、りこりんはまたお菓子買いに行ってくるだす!1時間くらい選んでくるから、携帯預かっといて!ほーら!ジャンヌも行くよ!」

 

「ん?私は別にお菓子はいらないぞ?」

 

「いーから!はやーく!」

 

「?」

 

そして、疑問符を浮かべるジャンヌを押して病室から飛び出していった。電話越しの相手と2人きりにされてしまったようだ。

 

…まあ、相手はなんとなくわかるけど

 

こういう時、理子が頼りにする相手なんて1人しかいない。

 

「…もしもし?」

 

『馬鹿かよお前』

 

「切るわ」

 

『待て待て』

 

耳に当てて一秒。切ろうかと本気で思った。この男であることは予想できていたが、最初の一言は流石に予想外だ。

 

「私にいきなり馬鹿なんていい度胸じゃない、岡崎」

 

『でも本当にそーだろ。なにがあの子達に会わないだ、アホか』

 

馬鹿にアホと、初めて言われた言葉に少し驚き、少し言葉が詰まった。

 

ただ、いくらあの場所のことを知っている岡崎だからって、私の考えは変わらない。もう私は答えを出している。

 

「…元々あの子達はただ邪魔な存在だったじゃない。それが丁度切り捨てられるのよ?むしろラッキーじゃない?」

 

『だーかーら俺はお前に馬鹿だって言ってんだ』

 

岡崎は変わらないトーンで私を罵る。流石にここまで何度も言われると腹が立つ。

 

「さっきから黙って聞いてれば馬鹿馬鹿って、調子に乗らないでくれる?」

 

『だってお前、明らかに嘘ついてるじゃねーか』

 

「………っ」

 

岡崎の言葉に、心臓が1度跳ねたように感じた。

 

まるで私の考えていることが筒抜けになってしまっているように感じてしまう。

 

「…嘘なんてついてないわよ」

 

そう、嘘なんて、ついてない。私は私らしく、答えを出した。

 

 

「あの子達は本当にただの邪魔な存在で…」

 

 

最初から思っていた。ちよ達にアイスをあげたときから、邪魔で…

 

 

「あの子たちの親が死んだって、別に私には関係ない」

 

 

小林が死んだことで、私にはなんのデメリットもない。あの児童保護施設には新しい毒も、原稿のネタもない。死んだところでどうこう言う問題じゃない。私には、関係なくて…

 

 

「………。私はあの子達のことなんてなんとも思って…」

 

 

本当になんとも思ってなんか…

 

 

 

 

 

『だから、いい加減自分に嘘つくのやめろっての。分かってるから、そんなこと』

 

 

 

 

 

………。岡崎は私の言葉を遮りそんなことを言う。は?わかってる?私を??

 

 

「………私を勝手に理解しないでくれるかしら。そもそもどこを嘘ついたっていうのよ?」

 

 

『全部だ全部』

 

「………そんなこと……」

 

『あるだろうが。お前本当は()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「………っ!」

 

私は思わず携帯を強く握りしめてしまう。それほど、岡崎の言葉は胸に突き刺さる。

 

『自分の普段の姿から想像もできないくらいあいつらに会いに行きたいんだろうが。

またあいつらとバカみたいに笑って、バカみたいにはしゃいで、おままごととか、泥だらけになって山作ったりとか、絵を描いたりするとか、お前らしくないことをいっぱいしたいって本気で思ってんだろうが。

いい加減『イ・ウー』の魔宮の蠍じゃなく普通のお節介お姉ちゃん夾竹桃として、俺の前だけでもいいから本音言えよ!』

 

 

岡崎の言葉が

 

 

 

私の中で

 

 

あの子たちとの、楽しかった数日を、あの濃かった数日の時間すべてをフラッシュバックさせ、私の答えを壊してしまった。

 

 

 

『桃子おねーちゃん!いっしょにあそぼー!』

 

 

 

 

 

「………楽しかった」

 

 

 

 

 

『なー、ももこねぇ!この象はどうだ!?』

 

『かなり微妙よ。やり直しなさい』

 

『えー!?採点厳しいって!』

 

『ももこおねーちゃん、これはー?』

 

『GJよ。完璧だわ、ちよ』

 

『えへへー♬』

 

『あ、おい!差別だぞ!』

 

 

 

「楽しかったわ、楽しかったわよ……。あなたの言う通り、本当はすぐにでも会いに行きたい。またあの子たちと、おままごととか、お絵描きするとか、私らしくないことをまだまだいっぱいしたいって思ってる」

 

ほろほろと目から涙が流れてきているのに気づいた。『イ・ウー』の私では考えられないことだ。そう思っても涙を止めることができない…。

 

「それから、あの子たちに……『小林を護れなくて、ごめんなさい』って一言、謝りたい……。

 

あの子たちの大切な、お父さんを、守れなくて、ごめんなさいって……」

 

 

そう、岡崎の言ったことはすべて正しかった。私は外見を取り繕って、『イ・ウー』の私として見栄を張っていた。だけど本当は、あの子たちと別れるのが辛かった。辛い、けど……

 

 

「でも、だからこそ駄目よ。会ってはダメ。私があの子たちにこれ以上関わるのは、絶対にダメなの。

私はあの子たちが知らないほうがいい世界に住んでいるのだから、これ以上一緒にいるといつかあの子たちに迷惑がかかる。だからもう……」

 

私は、思っていることすべてを彼に伝えた。私が一番心配しているのはここだ。私の考えの通りなら、あの子たちにこれ以上関わると必ず不幸を与えてしまう。それだけは本気で止めないといけない。例えそれが、あの子たちから離れることになったとしても……

 

 

 

『ったく。変なとこで自分の考え変えてんじゃねーよ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って俺に言ったのはお前だろうが』

 

 

「………っ!」

 

彼の言葉がまた、深く胸に響いた。こうも人の言葉に揺れるなんて始めだ。どうしようもなく胸が波打つ。

 

私はいま、自分で彼に行ったことをそのまま返されてる。彼を励まそうとして、彼のために言った言葉が私自身に返ってきた。

 

 

…そう、よね。

 

 

本当の私は、残虐でも非道でもなくて、

 

 

ただ、自分の欲求を満たしたいだけの……()()()、か。

 

 

『だからまあ、会いたいなら会いに行けばいいじゃんか。変に難しく考えすぎんな。…っとついた。一旦切るぞ』

 

「え?あ、ちょ…」

 

突然ブツッと通話が切られた。最初は思わず驚いてしまったが冷静に考えて、

 

どこに行っていたかは分からないが、この病院についたのだろう。

 

それから約5分後……

 

 

「どーよ調子は?」

 

なぜかニコニコと笑っている岡崎が病室に入ってきた。……理由はおそらく、私の本音が聞けたからだろう。……言わなきゃよかったかしら?

 

……もちろん嘘よ。

 

「まあ、悪くないわ」

 

「そっか」

 

「……ね、岡崎」

 

「なんだ?」

 

私は、彼がここに来るまでに考えていたことを言葉にする。まあ、こいつのことだから言わなかったら言わなかったで「お前の言いたいことわかってる」とかまた言い出しそうだけど。

 

でも、これだけは言葉にしたいから

 

 

「……退院したら、あの子たちに、会いに行ってみようと思うの……一緒にどう?」

 

 

「乗った!」

 

もう、難しく考えることは辞める。そして、自分のしたいことをしてみようと、私は思った。

 

 

ーーーーー

 

 

「腹減ったな。あと喉乾いた」

 

「ヤクルトならあるわよ。飲む?」

 

あれからしばらく、行く日程などを決めていると急に岡崎が自分のおなかをさすった。

 

「おお、くれくれ!」

 

昼の食事の時に出てきたヤクルトは確かタンスの中に入れておいたはず…

 

「…あ」

 

「どした?もしかして理子に飲まれてた?」

 

「いや、これ渡すの忘れていたわ」

 

ヤクルトをしまった棚の中に、プレゼント用に包まれた紙が少し破けてしまっているマグカップを見つけた。かずきへのプレゼント用に買ったあのマグカップだ。私がセーラに負けて気を失った場所に落としたままだと思っていたのだが、拾って入れておいてくれたらしい。

 

「ああそれか。…改めて考えてさ、やっぱ男にそれはないかもな」

 

「…確かに」

 

プレゼントで男の子に可愛いマグカップってのも変な話か

…でも仕方ないでしょ。私が渡すことなんて初めてだし、もらったことすらないのだから。

 

そんなことを考えていると、急に岡崎がなにか思い出したような顔をすると、わたわたと手を動き始める。…?

 

「…そういや夾竹桃さ。なんかチラッと言ってたけど、お前自分の誕生日知らないの?」

 

「…?ええ、知らないわ。物心ついた頃には保護施設にいたし。その時から1人だったから別になんとも思ってなかったわよ」

 

「つまり、ぼっちだったと」

 

「………。」

 

当たってるけど、岡崎に言われたらイラッとするわね。あなただって1人が多いじゃない。なんなの?それをわざわざ言いたかったの?

 

「………うっし」

 

「?」

 

岡崎はなぜか気合いを入れるような素振りをすると、立ち上がり両手を広げた。

 

 

 

そして

 

 

 

「んじゃーさ、()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

「………は?」

 

 

突然、とんでもないことを言ってきた。…いや……は?

 

「前会った時から思ってたんだよ!無いんならもう作ってしまうしかねーだろ。はい決定!今日がお前の誕生日!いえーい!」

 

身振り手振りを大げさにしながらまるで理子のように勢い任せにそんなことを言う。…いや、本当に待ってほしい。

 

「一体どこをどうしたらそういう話になるのよ?そんな馬鹿な話を勝手に…」

 

「うっさい!いいから聞きんしゃい!」

 

岡崎は私の話を聞かず、椅子の上に立って私を指さした。

 

「いいか夾竹桃!今ここで誕生日を決めたってことはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!つーまーり!お前も1人の普通の人間になれるってこったよ!どーよこれ俺完璧!」

 

「……。」

 

そんな無茶苦茶な…。そんな今勢いで誕生日を決めたぐらいで変わるなら苦労しないわ。というか強引すぎてついていけない。そんなあっさり決めるものでもないでしょう。無理矢理すぎて軽く笑ってしまいそうになる。

 

 

だけど、

 

 

「だからよ

 

さっきみたいに、もう1人でいろいろ考え込むな。幸せな人間らしく、俺にも相談しろよ」

 

「………っ」

 

 

岡崎の言いたかったことがなにか、わかってしまった。

 

 

彼は、私にも普通の生活ができると言いたいんだ。

 

 

…こんな私でも、幸福な世界で生きていいと、胸を張ってあの子たちに会いに行ってもいいと、そう、言いたいんだ。

 

でもそれは出来ない。散々考えて、悩んで、それでも過去は消えないのだから。私がそちら側に行くことなんてできない。

 

はず、なのに…

 

 

「…あなたって、バカよね。そんな、誕生日を決めただけで、私の過去が、過ちが、消えるわけ、ないじゃない…」

 

内心、期待してしまっている私がいて、言葉が途切れ途切れになる。

 

 

もしかしたら…

 

もしかしたら…

 

 

「別に消すことねーだろ。過去の過ちがあってのお前だろ。だったらお前らしく生きるならそれを受け止めるべきだ。でもそれでお前が幸せになってはいけないなんてことには絶対にならないって」

 

「………」

 

……過去を消すことはない、か。

 

過去を消そうとする行為が、その行動が幸福な世界から自分で遠ざけていっていたと岡崎は考えてるのね。だから私は同じことを繰り返していたと。

 

そう、かもしれない。

 

…そう思うと、自然と心が軽くなったように感じた。

 

 

「…いいの?………私が、散々人に不幸を与えて、苦しめた私が、『幸福な世界』に、生きてもいいの?」

 

「だからそれが難しく考えてるんだってのに。んなこと言われても上手く俺が答え切れるわけねーだろ。

でも、それが理由でお前が肩身狭く生きる必要なんてないってのはわかる。だからさ…」

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日、おめっとさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇天の曇り空が晴れ、夕焼けのきれいな日差しが、病室を、私を包み込んだ。開けていた窓からサァァ……と風が吹く。

 

 

岡崎が私にそう言いながら渡してきたのは、あの日、私があの子達と出会うキッカケになった、あの…

 

 

一本の、『Happy Virthday』と黒のマーカーで持ち手の部分に書かれた筆だった。

 

 

「前に壊したやつ無くしちまってさ、よくわかんなかったから感覚で買ってきたわ。安もんだから気使うなよ?」

 

「………」

 

私はただ黙って手の上にある筆を見ている。正直、第三者から見たら嫌なプレゼントだろう。

 

 

書いてある単語は相変わらず間違ってるし、

 

 

マーカーで書くとかセンスないし、

 

 

筆の色も好みじゃないし、

 

 

筆の毛も全然好みじゃない

 

 

安いものなんて欲しくないし

 

 

 

そもそも壊したのは岡崎自身じゃないの

 

 

そんな風に思ってしまうだろう…

 

でも

 

 

 

 

 

「………あ、あり、がとう………!」

 

 

このときの私は、本当の笑顔で岡崎を見ることができていたと思う。

 

それほどまでに、私の心は喜んでいた。まるで子供心が蘇ったように、声も高くなってしまう。

 

 

こんなに嬉しい贈り物は、生まれて初めてかもしれない。

 

 

本当に、本当に嬉しい。

私らしくなく心が踊った。たった一本の筆が、手に持つ筆がとても重く感じる。初めてのプレゼント。

 

 

私への()()()()()()()()

 

 

この『証拠』がとても嬉しかった。

 

 

(……理子が、岡崎を信頼する理由、少しわかったかもしれないわ)

 

 

私は内心で、そう言ってくれる人を探していたのかもしれない。

 

まあ、岡崎だとは思いもしなかったけど…でも

 

 

悪くない。

 

 

「おう、気にすんな」

 

初めてもらったプレゼントは、小さくても、とても大きく感じられるほどに、私の心を打った。

 

 

ーーーーー

 

 

「これ、いつ買ってたの?この前?」

 

「まあさっきちろっとな。あ、そうそう実はよ。その筆の『はっぴーばーすでー』の前にさ『夾竹桃』って書きたかったんだけどよー。漢字分かんなくて書けなくてさ。きょうちくとうってどー書くの?」

 

「あなた、本当に高校生?」

 

「真面目なサイカイ高校生だっての。つーか普通の高校生も普通わかんねーよ」

 

「…はぁ、こうよ」

 

私は近くのメモ用紙に書く。…本当に馬鹿ね岡崎って。

 

「ふーん『夾竹桃』か。…改めて考えると夾竹桃って変な名前だよな。どこまでが苗字でどっから名前なん?」

 

「あなたそれ本気で言ってるの?夾竹桃は『イ・ウー』でのハンドルネームみたいなもので、本名は別に決まってるじゃない」

 

「え、そーだったん?んじゃあ本名はなんて言うの?」

 

「………」

 

「………どした?」

 

 

どうしてだろう。面と向かって岡崎に言うのが…

 

その、少しだけ恥ずかしい。ただ名前を言うだけなのに…どうして?

 

「…鈴木…もも、こ」

 

「あ?鈴木、なんて?」

 

「だから鈴木…桃…よ」

 

「鈴木()か、いい名前じゃん。あ、桃だから夾竹桃か、なるほどん」

 

岡崎は嬉しそうに頷きなんども桃、桃と呼んでいる。…いや待って。

 

「は?ちょ、ちょっと待ちなさい私は桃じゃなくて桃子…」

 

「んじゃあこれから夾竹桃じゃなくて桃な!よろしく桃!」

 

「いや、だから違うって…」

 

「桃ってなんかいいな。呼びやすいしわかりやすいし」

 

「……そう、ならもうそれでいいわ」

 

岡崎は私の呼び方をもう『桃』で決定したようだ。…誤解してるのだけど…

不思議と悪い気もしない。むしろ、呼ばれた時ちょっとだけふわっとした感覚になった。よくわからないけど、嬉しいに近い感覚かしらね。呼び方が変わるだけでこんな気持ちになるなんて、知らなかった。

 

 

 

呼び方、か…。

 

 

 

「………しゅ」

 

試しに呼んでみようとしたが、最初の一文字で止まってしまった。これじゃ、ただアヒル口の私を見せただけじゃないの……。

 

「しゅ?」

 

「………しゅ…ぃ……」

 

二度目のトライも失敗。なぜか顔が熱い。口元がひくひくと動くだけで声を出せない。…どうして…

 

「あ?なんだって?」

 

「………岡崎……」

 

…こんなに難しかったかしら。その…面と向かって人の名前を呼ぶって。こんなこと、初めてだわ。

 

「なに?」

 

「その………あなたって理子からなんて呼ばれているかしら?」

 

「あ?…しゅーちゃんか、修一?」

 

「そうよね。神崎・H・アリアからは?」

 

「修一だな。それがどうした?」

 

「…いや、別に」

 

岡崎は全く意味がわからないと言った感じで首を傾げている。

 

そう、よね。あの2人が呼べて、私が呼べないなんてことはないはずよ。

 

できるわよ。呼べるわよそれくらい。馬鹿にしないで。

 

 

 

…。

でもこのままじゃ呼ぶなんて無理よね…。

 

じゃあ

 

「その…あなた、私に呼ばれたい呼び方とかあるかしら?」

 

「…は?」

 

「だから、呼び方よ。この筆のお礼にこれから貴方が私に呼ばれたい呼び方で呼んであげるわ。…岡崎でいいならそれでいいし、その、他の呼び方でもいいわよ?」

 

「あー呼び方ねぇ…俺あんまし気にしたことないからなあ」

 

これなら岡崎自身から言って欲しいと言われたという大義名分ができる。これでなら今の私にだって呼べるはず…

 

 

 

「じゃあ『先輩』」

 

 

 

「は?」

 

キラキラした目でそう言ってくる岡崎に私は思わず素で返してしまった。いま、なんて……?

 

「だから『先輩』だって。せ・ん・ぱ・い!考えてみろって、桃みたいなお姉さんっぽくて頭良くて美人でスラッとしてる正直格上の相手からだよ、『せんぱい♡』なんて呼ばれるんだぞ!俺死ねるわ…!それに俺年下の後輩持つの夢だったし、廊下とかで「せんあぱーい♡」とか声かけられたいしそれに…」

 

「……。」

 

…本気のアホねこいつ。なんでそれにしたのよ。内容がほんとにくだらない、先輩♡なんて馬鹿みたいに私が呼ぶわけないでしょ?

…それに私本当は貴方より年上なのよ?お姉さんっぽいんじゃなくて、お姉さんなの。むしろあなたが私を先輩と呼ぶ方が普通なのに。

 

まだ先輩と私に呼ばれたい理由を長々と話す彼。そもそも、そんな脳内妄想、女子の前で話すことじゃないと思うけど…

 

「………くすっ」

 

なぜか、笑ってしまった。なんというか岡崎らしいかなと思ってしまい、こいつならそれが普通よねとも思ってしまった。そう呼んで欲しいと、あなたがそう望むのなら…

 

「そう、わかった。これからもよろしく、『先輩』」

 

「やった!よろしゅー、後輩『桃』!」

 

 

そうして、私と彼の本当の呼び名が決まった。悪くないわね、こういうのも。

 

 

ーーーーー

 

それから先輩は『やっべ、人待たせてるんだった!あ、ジャンヌが戻ってきたら俺の家来てちょって言っといて!』と言って出て行った。全く騒がしい男よね先輩。…最初からだったわね。

 

まだ先輩と話して45分しか経っていないことに驚く。ずいぶん長い45分だったわね…。

 

私は窓の外のきれいな夕焼けを見ながらこの胸のぽかぽかしたような感覚を味わっていた。

 

これは体験したことのない感覚だ。なんなのかしら……これ?

 

 

「……いや、まあわかってるんだけどね」

 

 

恋愛作品や、愛読本を読んでいるときに感じたことがあるこの感覚に、もう嘘つくのはやめよう。これ以上否定しても無駄ね。

 

 

『こんなこと、昔の私なら誰にも言う気なんて起きない。誰かと楽しく時を過ごしたり、誰かが仲良くしているのにちょっかいを出したり、誰かを本気で励ましたり・・そんなこと、考えられない。考えられないのに、気づかないうちに言ってしまっている。

それに対して全く嫌な気分ではなく

むしろ・・・?

 

「気のせいじゃなかったってことよね。私が、あんな変態先輩に、ねえ……。正直、認めたくはないけど……」

 

言葉ではそういうものの目の前の机に置いている鏡から見える私の顔が少し笑っている気がした。

 

悪くない、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

~男子学生寮~

 

『おーっす、悪かったな待たせ…てぇ!?』

 

『おかえりなさい』

 

『…おい、こりゃどーゆー状況だよ…!なんでちょっと離れただけで俺の家がこんなグチャグチャになってんだ!』

 

『あなたが好きにしていいって言ったから、部屋の掃除してた』

 

『それでどーしてこーなる!悪化してんだろうが!』

 

『…それより、冷蔵庫にブロッコリーがない。どーなってるの?』

 

『知るかよ!あーもう!こんな部屋にジャンヌ呼べるかっての!片付けるぞ!手伝え』

 

『…めんどい』

 

『ぶっ飛ばすぞこの野郎!!』

 

 

 

 




修一優しくしすぎたかな…なんて思う銀pでございます。

今回の話でようやくヒロイン全員の話が終わりました〜やったー!正直考え深いものです。まあ最終章前にこうなるのもおかしな話ですがね。

誕生日プレゼントは、「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちが込められてるらしいです。まあ、修一くんがそこまで考えて渡してきたとは思えないですけどね笑

さて、夾竹桃の表情、感情をまるっと変えた誕生日イベントでしたがいかがでしたでしょうか?夾竹桃にはどういうイベントがあれば、ああいう感情になるかと考えた結果こうなりました。『イ・ウー』にあの年齢で入る人は皆、自分以外を上手く信じきれるような人ではないとかなと思い、信じれるような人を作りたいなと思った結果です。

筆に関しては6章の1話、2話をご覧いただければと思います。
今回の6章の初めでは夾竹桃の今までの悩みを、そして今回の回で自分なりの答えを出します。まあその答えを修一はすぐに否定しましたが、彼女なりのあの答え、実際間違ってはいないと私は思うんです。人を想って自分の行動を制限する。それも立派な人間のやり方のような気もしますし…まあ人それぞれの考え方の違いととってもらえればいいかなと思います。

では、エピローグその2でまたよろしくお願いしますね!
ではでは〜


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25.お節介なサイカイ

えー今回は三つのお楽しみ要素があります。

1.修一よく喋ります。夾竹桃に主役取られてたストレスの発散かもしれません。

2.今回の話は16話『一番いい終わらせ方』を読んでいただいた後だとより楽しんでもらえると思います。

3.セーラの心情はあえてあまり書いてません。…あえてです!

以上です!
「26話のあらすじ」
夾竹桃が、好きになりました


「ジャンヌ、この前は本当に悪かった!」

 

俺は少しゴチャゴチャしている部屋でジャンヌに頭を下げる。色々と謝り方を理子と考えていたが、素直に謝るというのが俺たちの答えだ。謝って許してくれるとは思っていないが…それでも、伝えたいと思っていたから。…でも

 

「………。」

 

ジャンヌは何も言わない。…頭を下げてるためジャンヌの顔が見えないが…やはり怒った顔しているのだろうか…。ただ、俺からは何も言えない。ただ黙って頭を下げ続けた。

 

「岡崎、顔を上げろ」

 

「は、はい!」

 

ジャンヌは俺に顔を上げるように言う。思わず敬語になってしまった。…ゆ、許してくれるのか…?

 

「はっきり言うが、私はお前を許す気はない。自分の計画が邪魔され、目的を達成できない原因を作った者を許容できるほど私は人間出来ていないからな。だから、貴様とはもう話すつもりは無かった」

 

「………。」

 

そりゃ、そうだろうな…俺だって自分の作戦邪魔されれば嫌になるだろうし。謝ってまた元に、祭りの時みたいに楽しくできる、なんて、自分に都合のいいことを期待してしまっていたのだが…やっぱ無理、なのか…。

 

やっぱ、なんか、寂しいな…

 

 

 

 

 

 

「などと最初は思っていたのだがな。私はもうお前に怒ってはいない」

 

「…え?」

 

俺は思わず顔を上げジャンヌを見てしまう。腕を組み顔をそらすジャンヌに嘘は見えなかった。

 

「お前がしたことより、お前にしてもらったことの方が大きいからな」

 

「俺、お前に何もしてなんか…」

 

俺がジャンヌにしたことでジャンヌの為になったことと言えば…祭り後にメールを送らせるタイミングを計ったくらいだろう。そんなんで許してくれるとは思えない…。

 

「私ではない、お前は『誰にも心を開かずずっと1人で生きてきていた理子』の良き理解者になってくれた。…そして『人に不幸を与えることに嫌気が指していたであろう夾竹桃』に人としての幸せを伝えることに成功している。私が長年付き合っても成しえなかったことをお前は成功させ続けたのだ。むしろ感謝したいとも思っているほどだ」

 

「………」

 

俺はジャンヌの答えをあまり理解できていなかった。だからこそ何も言葉を返せない。どうしてここで2人が出てくる?ジャンヌには迷惑しかかけてないじゃないか…。

 

「友人を救ってくれた者に感謝するのはそんなにおかしなことか?」

 

「作戦をぶち壊してしまったやつにでもか?」

 

「ああ。あの2人のことを理解できているはずなのに、ただ見ていることしか出来ないでいる私自身に苛立ちを覚えていたからな。それをすっきりさせてくれたお前にはもう感謝しか残っていない」

 

そう言うとジャンヌは俺の元へ来て手を握った。温かい手が、俺の手を包む。

 

 

「岡崎修一、本当に感謝する。あの2人を救ってくれて、ありがとう」

 

 

…。嘘偽りなく、そう言ったジャンヌの笑顔に、込み上げるなにかを必死に抑える。…彼女は、本当に…

 

「じゃ、じゃあ、俺とまた、友達として…接してくれる、のか?」

 

「ああ。……いや、一つだけ条件を加えよう」

 

「条件?…な、なんだよ?」

 

頷いたと思ったらすぐに考えるような仕草をするジャンヌ。…え、条件?か、金か?

 

おどろおどろしている俺の鼻をちょんとつついてジャンヌは言った。

 

 

「なに、そう怯えるな。『理子と夾竹桃を悲しませるようなことは絶対にするな。2人が困っていたら真っ先に助けてやれ』、それだけだ。もしあの2人を を泣かせるようなことがあったら私はもうお前を許さないからな?」

 

ジャンヌの言葉に口をぽかんと開けてしまった。

…なんだ、なんだよジャンヌ。

なんでも頼めるこんな時にも人の為に動くのかよ。…どれだけいい奴なんだお前。

 

俺は笑うジャンヌに笑って言い返してやった。

 

「任せろ。お前に頼まれなくてもやってやるわ!」

 

「ああ、ならお前ももう前のことは気にしなくていい。私とお前は友人だ」

 

「…本当ありがとな、ジャンヌ」

 

こいつの人の良さに、俺は思わず惚れそうになった。憧れとでもいうのか…こんな人に俺はなりたいと、強く思った。

 

 

ーーーーー

 

「それにしても、まさに男の部屋だなここは。もう少し片付けできないのか?」

 

話も一段落し、冷蔵庫に入っていたロールケーキを2人で食べていると、ジャンヌがごちゃごちゃとした部屋を見ながらそんなことを言う。

 

「いやこれは…ついさっきこうなってだな…」

 

訳を説明しようとしたとき、ガチャッと玄関のドアが開く音が聞こえた。おお、丁度帰ってきたか。

 

「…岡崎修一。ごはん、買ってきた」

 

「ごくろーさん」

 

袋片手にリビングに洒落た帽子を被ったセーラが入って来る。こいつ、袋とかそういう日常的なアイテムあんまり似合わねーなあ。

 

「お、おい、どうしてセーラがここにいる!?」

 

突然のセーラの登場に流石のジャンヌも驚き立ち上がった。…まあ確かにそうなりますよねん。もともと敵だったやつがいきなり俺の家にやって来たらね。

 

「あーそれはですね…」

 

セーラに台所に袋を置くように指示しつつ、俺は今朝の児童保護施設でのやり取りを話すことにした。

 

ーーーーー

〜児童保護施設にて〜

 

「よ、なんか好きなことを探しに来たか?」

 

夾竹桃の元へ行こうとする俺の前に、セーラが立っている。

 

なぜかセーラはじっとその睨みつけるような目でずーっと、俺をただ見ているんだが…なんだ、どうした?ムスッとした顔をしているが…

 

「……違う。お前の言ったことを否定しに来た」

 

少しの間、ただ立っていたのだが俺の近くまで歩いてくると横に座った。…おお?

 

「というと?」

 

俺もセーラの横に座る。近くで見るの初めてだけど…こいつも可愛い顔してるんだな。

 

「………私は、傭兵以外にもいろいろできる。傭兵(これ)しかできないなんて馬鹿にしないで」

 

ようやく言った言葉は、少し幼い様な感覚がした。年相応とでも言うのか。廃ビルで見た大人びた感じはない。

 

…あーなんか根に持たれてる?俺あん時なんて言ったかな…?

 

「へえ、なにが得意なんだ?」

 

そう聞くと、セーラは自分の目を指した。

 

「視力は高い。…ちょー見える」

 

「あーなるほどなるほど、他には?」

 

「掃除」

 

「それ本当か?見た感じできなさそうだけど…」

 

「人を外見で判断しないで、ウザい」

 

「ごめんなさい」

 

「…まだある」

 

「おう、言ってみろ」

 

「………。……弓」

 

「そりゃそうだろ。てかそれがお前の今の本職だろうが」

 

それからしばらくセーラの得意なことについて話す。こいつ、意外と面白いやつかも。外見とは裏腹に意外と負けず嫌いらしい。俺が否定するとむきになって反論してくる。

この辺りはまだ見た目通り子供なのかと少し親近感が沸いた。

 

「…以上、私はいろんなことができる」

 

「そっか。流石だな」

 

セーラはだいぶいい尽くしたのか満足したのか、立ち上がり俺の前から去ろうとする。

 

…って言うだけ言ったら帰るのかよ。

 

俺はそう思いながら、廃屋でセーラの行動を見たときから考えていたことを実行に移すことにした。こいつなら、きっと…

 

「あー待ってくれ。最後に一つだけ」

 

「……?」

 

立ち去ろうとするセーラを呼び止めた。セーラは面倒くさそうにしながらも、俺の方へまた振り向いてくれる。

 

 

そして、俺は考えていたことを口にした。

 

 

「お前さ、俺の依頼受けてくんね?」

 

 

「…は?」

 

俺の提案にセーラが素で疑問を浮かべている。そして、目の色が変わった。先ほどまでのぽかんとしたような目から、キッと睨みつけるような目に。敵を見据える目というのか。そんな雰囲気が漂う。

 

ま、そーだよな。きっと毎回頼まれる依頼ってのは暗殺か偵察のどちらかだっただろうし。俺からの依頼=暗殺依頼って取ってもおかしくない。…言葉ミスったな。

 

「拒否する。私は敵に寝返るなんてことはしない」

 

「…義理堅いのな、お前」

 

これだけ話してまだ敵なのね俺達…。元々敵だった者として、裏切りとも呼べる行為はやらない…か。そこは流石傭兵、だな。

 

「まあでも青林は捕まってるし、それで契約解除なんじゃねーのか?あいつが出てくるまで待つなんて訳でもねーだろ?」

 

「…………。」

 

セーラは唇を尖らせたまま、ジト目で俺をジ~っと見る。…何考えてるんだ?よくわからん。

 

「………依頼内容は?それによって考える」

 

お、一応聞いてくれるらしい。よかった。これをこいつにどうしても言いたかったんだ。

 

 

「俺からの依頼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…どうだ?」

 

 

「……なに、それ?」

 

先ほどのキッとした目が一瞬で解けたようだ。セーラは目をぱちくりとさせ、俺の方へ歩いてくる。

まあこんな変な依頼普通しないよな。でも、どうしてもこいつには普通の生活ってやつを知って欲しいと思った。

 

どんな無理矢理でもいい。救いたいとか、助けたいとかそんな上からな物言いじゃなくていい。ただ、知って欲しい。それだけの俺のワガママだ。

 

「ちょー楽しいぞこの依頼。

自分が傷つく心配もなく、自分の自由に過ごすことができる。まあ部屋の掃除とか風呂の掃除とかはしないとダメだけどな。でもそれも色々と道具工夫すりゃ楽しくなるってもんよ!俺色々知ってるから教えてやるよ!

学校にだって通いたけりゃ通っていいし、給食とか、授業とか、テストとか、お前したことないだろ?面倒くさいけど友達とやればそれも楽しいぞ!

んで、金は小遣い制な。お金の使い方を迷ったりすんのも普通の生活だ。んで、思わぬ消費で凹んだりすんの…あれ買わなきゃこれ買えたのに〜みたいな。

あとはな、んーと…あ!そうだそうそう!なんか近くの遊園地がいま盛り上がってるらしいぞ!一緒に行くか?」

 

「………私が、遊園地…??」

 

「そそ!メリーゴーランドとかジェットコースターとかさ!乗りたいもん乗ればいいし、食べたいもん食べろ!どーだ、ワクワクするだろ?」

 

「………。……馬鹿馬鹿しい………私が…なんて…」

 

口では否定しながら体が揺れてますよセーラさん。こいつ思ったよりわかりやすいんじゃないか?実は結構行きたいんじゃないの?

 

セーラはそれからしばらく体をぶらぶらとすると、曇天の空を見ながら…

 

 

「…ブロッコリー」

 

 

ぽつりと呟いた。

 

「は?」

 

「ブロッコリーが毎日ないと、やだ」

 

それはつまりあれか。ブロッコリーさえ用意しとけば依頼を受けてくれると…

 

「好きなん?ブロッコリー」

 

「ん」

 

コクンと頷くセーラ。素直だなと思いつつ、俺はうれしくて思わず立ち上がってしまった。

 

「まっかせろ!よーし、んじゃ契約成立だな!」

 

俺はバンザイして空を見た。相変わらずの曇天だが、少しだけ光が差し込んでいる。…そろそろ晴れそうだな。

 

「…あと武装は解除しない。これは大切な弓だから、これだけは持っている。それでいいなら…岡崎修一、お前の依頼引き受ける………遊園地、行ってやってもいい」

 

 

「弓全然いいぜ!大切にしてるものまで取る気はないしな!使わないんなら何の問題もないって!」

 

俺はセーラの手を強く握った。よし、これで、

 

こいつにも、大切にしたい何かってのが見つかるかもしれない。

 

夾竹桃のように、大切な何かを見つけることができれば…傭兵なんて仕事やらなくなってくれるだろう。

 

俺はそう、信じることにした。

 

「でも、普通の生活ってなに?どうすればいいの?」

 

「どうすればいいって…んー、そうだな…。

…あ、しまった夾竹桃のとこにも行かなきゃダメだった。…んー、じゃあ先に俺ん家で休んでろ。好きにしてていいぞ、すぐ帰ってくるから」

 

「…わかった」

 

 

ーーーーー

 

 

「という感じで、こーなったわけ。…何が掃除得意だってんだよ」

 

「お前は本当にお節介というかバカというか…」

 

一通りのことをジャンヌに話すと、呆れられてしまった。あーやっぱり?セーラに普通を知ってもらおうなんて、流石にお節介過ぎただろうか…。

 

「…ダメか?」

 

「いや、むしろ私もその案には賛成だ。彼らを見ていると胸が締め付けられる思いがしていたからな」

 

こちらに来るセーラをまるで母親のような目で見るジャンヌ。もしかしたらジャンヌも『イ・ウー』の時にセーラのような傭兵と共闘、または戦ったことがあるのかもしれない。そのときの人をセーラと被せてたりするのかな?

 

「これ、ここでいい?」

 

「おーさんきゅな、ジャンヌ、今日はカレーするんだけどお前もどーだ?」

 

「ああ、いただこう」

 

セーラが台所のテーブルに袋を置いた。俺は感謝しつつその中身を確認する…

 

「おっしゃ、んじゃあ早速……あれ?」

 

俺はその袋をバッと開ける。…が、その袋に違和感を感じた。

 

あれ?なんか、長方形の形したカレールーの箱が見当たりませんが…?そして、なんか普通のスーパーじゃ無さそうな綺麗な包装をされた肉さんがありますが…?

 

「……おいセーラさん?」

 

「なに?」

 

「俺は確か肉とカレーのルー買ってきてくれって言ったよな…?」

 

「うん、買ってきた」

 

セーラはなぜかドンッ!とでも効果音がつくような立ち方をする。…いやいやなぜよ?

 

「肉しかないんですが?…しかもこれ高級肉じゃ…」

 

入っているのは豪華そうに葉っぱのような入れ物に入ったお肉さん。それはまるでキラキラと輝いているような錯覚を覚えるほどに綺麗でした。

 

「行きつけ。ここの、美味しい」

 

「そうか…で、これ150gでいくら?」

 

「6500円」

 

「嘘だろ!?」

 

俺は驚きすぎるお値段に飛び上がってしまう。昔の漫画なら目が飛び出していることだろう。なんなら髪も飛んでる。それほどに俺の驚き度は桁違いだった。…だが、俺の驚きにセーラは「?」と首を曲げる。

 

「ルーは買えなかった。…お金足りない」

 

「千円札無かったからって1万渡したろ!?そんでお釣りは返してくれって言ったよなあ!?」

 

「うん。はい」

 

チャリンと音を立て俺の手のひらの上で踊るは私たちのよく見る500円玉とスルッと地面に落ちていく三枚の1000円札の皆さん…。

 

「………。」

 

「最初の予算が少なすぎる。少なくても二万は欲しい」

 

「セエエエエエエエエエエラアアアアアアアアアアア!!」

 

プチリと、俺の中で何かが切れた。

 

叫ぶ、いや、これはもう怒ると言ってもいいだろう。

俺の顔は般若へと変貌し、体から気のようなドス黒いなにかを放出する。まるで何か薬品を投与された狂剣士のように目を見開いてセーラに牙を剥いた。

力差が歴然であるはずのセーラを一歩後退らせることにも成功させるほどに威圧感を出す俺。…いやしかし、これはない。これはないわアアア!

 

「普通の家庭は一回の飯で二万なんて使わねーんだよ!夜飯一回に6500円だあ!?ふざっけんな、なんだその豪邸の飯みたいな値段!そんなの3日で終わるっつーんだよ!一人暮らし学生なめんなよ!!俺はお金だけは大事にしてんの!一銭も無駄にしない生活送ってんのよ!毎週たった30円安いだけの卵を買いにチャリンコで1キロ走ってんだぞ!朝から夕方までの学校で体力限界の中、バカみたいに走ってババアどもの渦と格闘しながらも手にしてるんだぞ!?たった30円?…されど30円だ!!チラシ見て格闘する毎日だ!!今の俺の家計は火の車なんだつーんだよ!…というより年がら年中火ついとるわ!それをお前はアアアア!!なんなのよもぅ!傭兵ってこんなんばっか食ってんのぉ!?いいなあ!俺も傭兵なろっかなあ!なあセーラさんやい!?」

 

「お、落ち着け岡崎!セーラがちょっと泣いてしまっているぞ!!」

 

俺の魂からの叫びのフルコンボについにジャンヌが止めに入る。

セーラは後退りながら目に涙をためてこっちを見ていた。小刻みに体を震わせる彼女に、もう傭兵としての威厳なんてもんは無く、ただのおしゃれな1少女だった。

それを見てふーっ、ふーっと息を吐きながらもなんとか怒りを抑え込む。

 

「…決めた、買い出しもお小遣い制にしたる。余った金はそのままお小遣いにしていいから、考えて物を買いなさい」

 

「………わ、わかった」

 

セーラはこくんこくんと何度も頷いていた。俺はそれに満足するともう一度6500円の変貌した姿を見る。筋の通った綺麗な肉がそこにある…うむう。

 

「ジャンヌ喜べ。普通のカレーが一瞬にして高級焼肉に早変わりだ…美味いもん食わせることができてワタシハトテモウレシイヨ……!」

 

「岡崎…お前も大変だな」

 

ジャンヌの本気で同情する顔が、ついに俺の涙腺を崩壊させた。

 

ーーーーー

 

結局豪華すぎる肉料理におどおどしながらもなんとか作り上げた料理で2人をおもてなし。頭の中で響く6500円という声に上手く肉が喉に通らず、せっかくの豪華料理もすぐに胃の中へと消えていった。

 

まあ、消えてしまったものは仕方ないよな。などと自分を励ましジャンヌが帰った後お皿を洗っていた。

今はセーラと2人きりだ。…本来なら、付き合ってもいない男女が一つ屋根の下なんてダメだと思うが、別の場所に住むにも金がいるわけで…そんな金俺が持っているわけもなくセーラは特別ということにしておく。…まあセーラなら大丈夫だろ。間違いが起こるとも思えないし。

 

「岡崎修一、お風呂、入っていい?」

 

「あいよー、お湯はもう溜めてるからあったまってこい」

 

ところで、こいつとの会話で一つ気になることがある。

 

「…岡崎修一、タオル、どこ?」

 

「ああ、ここだここ」

 

ひょこっとリビングに現れたセーラにタオルの場所を教える。…うんやはり気になる。

 

「岡崎修一、お湯どう出すの?」

 

「…なあお前さ、これから俺のことフルネームで呼び続けんのか?」

 

「……確かに面倒になってきた」

 

うむ。まあこれから同居(なんかこう書くとあれだな、変な感じだ)するわけだし、お互いに呼び方を固めといたほうがいいか。

 

「そう、わかった。これからもよろしく、『先輩』」

 

呼び方と言えば…桃の時に呼んでほしい呼び方考えてたんだよな。

先輩って呼ばれた時無茶苦茶嬉しかったっけ。

 

…実は、もう一つだけ呼ばれてみたいのがあったりする。

 

…うむむ。試してみようか

 

「じゃーさ、じゃーさ!俺のこと…

 

修兄(しゅうにい)』って呼んでみてくんないか?」

 

「………。」

 

「……しゅうにい?」

 

「ぐふぁ!!」

 

俺は頭から壁に激突する。…ああ、やばい!やっぱやばいなこの呼び方!理子から借りたアニメでそう呼ばれてて可愛いと思っていた俺なんだけど…生はやばいわ!まじやばい!流石だな理子!俺を完全にアニオタにするとは…!

 

その俺の反応にセーラは本気で引きつつ、そのジトッとした目でこっちを見る。

 

「…馬鹿馬鹿しい。普通に修一でいいと思う」

 

「えええ!?嘘だろお!?」

 

「…キモい」

 

くねくねと身体を動かしていやいやアピールをする俺。…あ、確かにキモいかも…。でもここまで言った以上引き下がれるか!

 

「お前今日の肉忘れたわけじゃねーよな?あのお肉、高かったなあ…」

 

「…う」

 

顔をそらすセーラ。なんだ、こいつ意外と気にしてやがったのか。

 

まあ実際スーパーの肉買ってこいとは言ってなかった俺のミスでもあるし、普通に傭兵時代にあれを普通に買うような生活してたんなら分からない話でもないし、実はもう気にしてないんだけども…。

 

ま、使えるなら使いましょう。俺の楽しみのために!

 

「あーあ!修兄と呼んでくれれば6500円なんてはした金、むしろ安かったとさえ思うのにぃ~」

 

「……。」

 

顔を下げているが、眉がピクピクと動いている。…お、効果あり?…もう一押し!

 

「ああ俺の6500円…6500円よ、あなたはいまどこにいるのでしょう?今ならロミジュリの気持ちがよく分かり申します…!あなたが私にくれるはずだった沢山の栄養が、今日この日、一瞬にして失ってしまいました…!ああ、神よ…なんかこんな可哀想な私に、どうか、どうか嬉しいことの一つでもください…さもなければ私は、絶望で死んでしまいそうです…(チラッ)」

 

「…わ、わかった。そう呼ぶ、修兄って呼ぶから、そのエセ演技ウザいから止めて」

 

「あざまーす!!」

 

「呼ばれ方一つで…馬鹿馬鹿しい」

 

俺はまるで劇場の主役のような名演技でセーラを落とすことに成功した。…俺もしかしてこっちの才能あったりする?

 

「でも2人きりの時だけ…他は修一って呼ぶから」

 

「ふぅん、まあ、いいだろう」

 

他の人がいるところでは呼ばないのか…んー少し残念な気もするが…いや、待て、それはそれで…!

 

「馬鹿馬鹿しい。お風呂入るから出てって…修兄」

 

「…お前、意外とその呼び方気に入って…」

 

「うるさい黙れ!」

 

顔を紅くしてムキになるセーラは少しかわいいと思ってしまった。い、いかんいかんいかん!

 

…今度理子に頼んでセーラを女子寮に移そうかな。

 

ーーーーー

 

 

〜病院内食堂にて〜

 

『あ、いたいたきょーちゃん』

 

『先に食べてて悪いわね』

 

『いーよ別に!理子の頼んだラーメン少しかかるみたいだか…ってきょーちゃんそれなに食べてるの?』

 

『何って…オムライスよ?』

 

『いやそれはわかってるんだけど、どーしてケチャップじゃなくてソースかけてるの?』

 

『やっぱ変よねこれ。味音痴のオススメは期待できないわ。ただしょっぱくなっただけでオムライス食べてる感覚しないし。…慣れていくしかないわね』

 

『慣れないとダメなの?』

 

『そうね、先輩が美味しいって言うなら…一緒に食べたいじゃない』

 

『先輩?』

 

『岡崎先輩よ』

 

『へー岡崎先ぱ…え?それってしゅーちゃんのこと!?ど、どうしてしゅーちゃんの好み知ってるの!?』

 

『先輩が自分からそう言ってきたのよ。「俺はソースしかかけんわっ!」て。彼、かなりの味音痴みたいね』

 

『ちょ、ちょっとまってよ!ど、どーしてきょーちゃんがしゅーちゃんの好みに合わせようとしてんのさ!それに先輩って…』

 

『あら?別に私がどう食べようと勝手でしょ?それに私が先輩のことをそう呼んで理子が困ることある?』

 

『……別に、ない、けど…。……!……クソ、あのフラグ乱立男…!』

 

『ラーメン、そろそろできたんじゃない?』

 

『…キャンセルする。理子もオムライス食べるし』

 

『無理してソースにしなくていいのよ?』

 

『…理子しょっぱいの好きだからそうするだけだから!あと理子もそれ知ってたもん!』

 

『くす、はいはい。早くしないとラーメン、出来ちゃうわよ?』

 

『くうう…!…修一のドアホ!たらし!この童貞ー!!』

 

 

 

 

『………童貞なのね…先輩』

 

 

 

 

 

『 第6章 VS愛 終』




はい、ということで、あとがきです。16話の伏線(?)回収は最後の理子と夾竹桃の話ですね。はい、それだけです。

よーやく終わりました6章。みなさんいかがでしたでしょうか?…オリキャラ出しすぎたかなと少し心配してる銀pです。これからは出る予定はありませんのでご容赦を…あ、次の話には1人だけでるかもですが、一瞬ですけどね。

えー、次はとうとう最終章!…と言いたいのですが、また外伝です。
1話完結(予定)のものですのでご容赦を!バトルものではなくほのぼのとしたものなので一万字以内には終わらせたいなと思っています。
実は今回も3,000字予定だったんですけどね…どーしてこうなるのか笑

ではまた、宜しくお願い致します!


最後にひとこと
えっと、セーラはヒロインじゃないんですよ?


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外伝2
1「…遊園地」


誰にだって怖いものは沢山あると思うんです。


ガタン ガタン

 

一定のリズムで鳴る音。俺はその音が鳴るたびに心臓が跳ねるような錯覚を覚える。よく晴れた空がどんどんと近づいていく中、俺は身動きが取れないでいる。

 

「セーラ」

 

「?」

 

そんな俺の隣に座るセーラは、まるでベンチで隣同士で座っている時のようにスムーズにかつ普通にこっちを見てくる。まるでこれから訪れる恐怖を全く感じていないように…。

 

もちろん俺も感じていないが。

 

「お前はさどうして人間が地面に足つけて生きるような体の作りになってるのか、知ってる?」

 

「…いきなりなに?」

 

ガタン …ガタン

 

体が斜めになる感覚。どうしてここだけゆっくり進むのだろう。どうして登るときはゆっくりで下るときはあんな速いの。…いや、別にいいけど。怖くないし。

 

「それはよ、空を飛ぶ必要はないって人間の本能が判断したからなんだ。ほら、飛行機が離陸する時とか嫌な気持ちになるじゃん?あれは本能が嫌がっている証拠なんだよ。ライト兄弟とかタケコプター欲しいとかいうやつの方が実際ごく少数で、空を飛びたいとか思うやつは頭おかし…」

 

「修一」

 

「…なに?」

 

「怖いの?」

 

「怖くねーよ!」

 

俺は思わず叫んでしまう。思わずセーラを睨みつけてしまった。馬鹿言っちゃいかんよ。

 

「何言ってんのお前。俺が怖いわけねーじゃん。お前は知らないだろうけど俺飛行機から落ちたことあるからね、パラシュートなしでひとっ飛びしたからね!あん時に比べたらこんなもん怖いとかありえないっつの。ていうかさ、考えてみろってもし人間が空飛べたら自動車とか作られなかったからね。人は地面に立っているからこそ新たな文明を築いてきたわけだよ」

 

ガタン…ガ、タ……

 

「つまり、俺はジェット

 

 

「…あ、落ちる」

 

 

コースターなんてまっったく怖くねえええええええあああああ!?」

 

「おー」

 

 

そう、俺たちが今乗っているのはジェットコースター、つまり、俺たちがいるのは遊園地だった。

 

 

話を30分前に戻そう。

 

 

ーーーーー

 

「やっと来た、やーっと来た!二週間このために頑張ってきたんだぞおおお!」

 

あの事件から二週間ちょっとが経ち、セーラと約束を果たしに俺たちは遊園地へとやって来た。

朝からすでに騒がしい空間、目の前に広がる夢の国への入り口に思わずテンションが上がる。

聞こえてくるラッパの音や楽しそうな声が更に俺のワクワクを高めていった。

これが、二週間桃の原稿手伝いや俺でもできる依頼(主に子猫探し)しまくった成果である。…本当に来たんだなあ…。

 

「…修一、テンション高い、うざい」

 

そんな俺の隣でいつもながらに落ち着いた様子のセーラ。今日はいつもの帽子を被らず舞い上がる俺の横で冷めたジト眼でこっちを見てくる。面倒くさいといった感じの態度だ。…だけど

 

「んなこと言ってお前昨日寝れてねーだろ、クマできてるよん?」

 

「……。違う、これは化粧しただけ」

 

セーラは目を擦りながら否定するが…化粧道具、俺の家無いぞ。

 

そして

 

「キターー!!ゆーえんちっ!ゆーうえーんちー!」

 

「朝から元気ね…」

 

いつも騒がしいやつは、テンションが上がる場所ならもう初っ端からハイテンションだった。

 

峰 理子だ。

 

さらにその横には理子のテンションに若干引いている和風美人の女子、鈴木桃が立っている。

 

遊園地で遊ぶメンツは俺、理子、桃、セーラの4人なわけだ。俺が遊ぶときにこいつら呼ばないなんて選択肢ないわ。

 

「いやー、まさかしゅーちゃんから誘って来てくれるなんてね〜!」

 

「おう、楽しそうだからな」

 

白いシャツの上に黒いブレザー、赤いチェックのスカートでおしゃれした理子。目立つ金髪とブレザーの黒がいい感じに似合っている。正に理子らしい服装だった。

 

「ん、どしたのしゅーちゃん?」

 

「ああいや、お前やっぱおしゃれだなって思ってな」

 

理子は学校の制服ですら自分好みにおしゃれする奴だ。やはり私服もそうとうレベルが高い。理子レベルの美人がこんなおしゃれしたら、もう隣に並べる奴ってキンジくらいじゃないか?あいつならイケメンだし身長高いしお似合いのカップルだろう。うん、やっぱ理子は高嶺の花か…。

 

「くふ、見惚れちゃった?」

 

「おう、可愛すぎて直視出来んわ、似合ってる」

 

「ふゅえっ!?」

 

そんな理子に率直な感想を言い、頭をぼんぽんと撫でる。なんか変な声が聞こえたが…撫でたのがダメだったんだろうか?

 

「…そ、そっか。修一もかっこいいよ?」

 

「おー、俺はおしゃれさんだからねー」

 

俺なんかに褒められてどうして良いかわからなくなったのだろう、理子は俯いてそんなお世辞を返してきた。

俺の服装、家にあった黒のポロシャツにジーパンなんだけど…実際どこもおしゃれじゃないんだけど。ま、お世辞でも理子にかっこいいとか言ってもらえただけで嬉しいか。役得役得っと。

 

 

「夾竹桃、あれなに?」

 

「ちょっと待って、『Speed Dream』…ジェットコースターね。最初乗るものとしては悪くなさそうよ」

 

黙ってしまった理子の後ろでは、桃とセーラがパンフレットを片手に楽しそうに話していた。桃とセーラは前に殺しあった仲のはすだが…昨日の敵は今日の友というのか、普通に仲良く話している。

桃を誘う際にセーラも来ることを伝えたのだが、全く問題ないと即答された。こいつらのいた裏の世界ではそれが当たり前だったらしい。…まあ今回はそっちの方が良いから…いいか。

 

そんな桃は白いワンピースと白く長いつばが特徴的な帽子、キャペリンを被って完全に清楚系お姉さんだった。…いや、身長的にお姉さんというか妹かな?…いやでも性格は姉属性だしなあ。

清楚な姿が熱い温度を癒してくれるような錯覚さえ覚える。風でなびく髪が女性としての魅力全開だった。…いややばいっすよ後輩。あんたみたいな和風美人が髪の黒と正反対の白なんて着たら…似合いすぎて見れないわ!

 

「先輩、何見てるの?」

 

「ん、ああ、いや、なんでも。…で、最初はどれに乗るんだ?」

 

「…あれ、『Speed Dream』」

 

「あ!これここのイチオシのやつじゃん!朝だから空いてるだろうし行こうよしゅーちゃん!」

 

「ジェットコースターか…大得意だ」

 

理子の指さす先にはキャー!と悲鳴を立て、物凄い勢いで走る鉄の塊…なんで人はあんなもんに乗りたくなるのか。…しかしここで乗らないなんて、男としてどうだろう。かなりダサいよな、うん。

 

「…先輩、無理しなくていいのよ?」

 

「してないっての」

 

 

ーーーーー

 

 

30分後、俺は死んでいた。

 

「…気持ち悪っ…」

 

「…重い…」

 

俺はセーラの肩を借りて口元を押さえた。こみ上げる吐き気をなんとか堪える。…くそっジェットコースターめ、何回転しやがる。本気で死ぬかと思ったわ。

 

「あ、あれっ!?しゅーちゃんがもう死んでる!?」

 

「…お前らとは身体の作りが違うの。こんなもんに乗って平気なわけねーだろ。一般市民舐めんな」

 

「これ、一般市民のアトラクションよね…」

 

出口に出ると理子と桃が待っていた。それぞれがそれぞれの反応している。しっかし…この2人が出口の両端に立ってたらそれだけで映えてしまうのはどうしてか…ああ、顔か。

 

「少し休憩しましょう。あそこのベンチとかどう?」

 

俺の様子を見て桃がそう提案してくれる。おお、やっぱ気がきくよね桃さん、本当お嫁さんに欲しいわ…なんつってな。流石の俺も遊園地でこいつらに迷惑かける気は無い。

 

「いいって、俺のことは気にせず遊んで来いよ。ほら、あそこなんかthe 女の子向けって感じだし。三人で行った方が楽しいと思うぞ」

 

そう言って俺が指さしたのは見た目からして女子向けのアトラクションだった。外装はピンクで塗装されており、おそらくファンタジー世界を体験できるとかそんなんだろう。男向けではないことは明らかだし…正直、あそこに並ぶ気はない。

 

「えー!?理子、しゅーちゃんと行きたいのに〜!」

 

「無茶言うな。並んでんの女子ばっかじゃねーか。俺はその間に休んでるから気にすんな」

 

やんやんと泣く理子に俺はフンと反抗する。全く、俺をあんな場所に連れてっていじめようったってそうはいくかよ。

 

「理子、行きましょう。先輩も1人の方が気を使わなくていいだろうし」

 

桃さん…!俺は思わず涙ぐんでしまいそうだよ、あんた人と関わるの嫌いなくせに人の気遣う天才じゃないですかい。

 

「…うー!じゃあ、次は理子に付き合ってよねしゅーちゃん!」

 

「あいよ」

 

まだ不満そうな理子だったが、アトラクションへと向かっていった。…さて、俺も休むとしましょう。

 

 

ーーーーー

 

「美味いな…甘いけど」

 

理子たちを見送ってしばらくベンチで休み、近くで売っていたチュロスを一口。正直甘いのは苦手だが、少し車酔いのような状態の今だと美味しく感じるのはなんでだろう。なんならもう一本買ってもいいくらいだ。

周りから聞こえる楽しそうな声。中には仲良さそうに歩くカップルがいっぱい。なんだろう、二人以上が当たり前の空間に一人でベンチに座る俺。

 

…………。

 

先ほどまで気持ちよかった風が少し寒く感じた。

 

 

 

そんな俺の元に

 

 

 

 

 

「…修兄」

 

 

 

声をかける奴がいた。

 

 

「あれ?なんで戻って来てんのお前」

 

「修兄、1人で寂しいかなって」

 

そこには俺の依頼をなぜか受けてくれていて、一応一般人のセーラ・フッドが立っていた。いつものようにジトッとした目で不愛想な顔をしている。

…おい、寂しいってなんだ。

 

 

「お前な、俺を子供かなんかと勘違いしてない?」

 

「…違うの?」

 

「違うわ!…っておい!」

 

セーラは俺をバカにしたまま、俺の持って居たチュロスの半分を食べやがった。

 

「初めて食べた、美味しい」

 

「おい、人のもんとってんじゃねえ」

 

「この前修兄、私のブロッコリー食べた」

 

「すんません」

 

即謝った。いや、あれは仕方なかったんだ。なんかマヨネーズ見てたら食べたくなったんだよ。

 

「…もう気にしてないから別にいい」

 

そう言うとセーラは俺の横に座りただ空をぼーっと見始めた。…そういやコイツ、俺のためにわざわざアトラクションを楽しまずにこっちに来たんだっけ。意外とやさしいやつなのか。

 

「…修兄、目線、ウザい」

 

などと考えていると睨まれてしまった。全くコイツは…さっきの言葉撤回だな、うん。

 

…あれ?

 

「そういやお前、いつもその制服だよな」

 

俺はセーラを見ていてある部分が気になった。

 

そう、セーラの服装だ。いつもと同じどこかの学校のものと思われる制服。確かに改めて考えるとこれ以外の服をこいつが着ているの見たことないかも。

 

「…それが?」

 

「いや、別に」

 

もちろんその制服も似合っているし、こいつ自身まだ幼さがあるが十分可愛い顔つきをしている。不愛想じゃなけりゃもっと言えただろうが…まあとにかく、理子や桃のおしゃれな服を見て、こいつももしかしたら…なんて思っちまったわけで。

 

「なあ」

 

「?」

 

「お前もさ、理子や桃みたいにおしゃれしたかったりする?」

 

今のセーラがファッションに興味を持ってたりしてもなんらおかしくないだろう。俺の方としてもそちらの方がいい。普通の女子として生活するならそういう趣味ができてくれたほうがいいだろう。

 

「…馬鹿馬鹿しい。興味ない」

 

だが、ぷいっとそっぽ向いてしまうセーラ。あれ、勘違いだったか?

 

 

と一瞬は思ったが

 

 

いつもは隠れているアホ毛がピョコピョコと動いている。…わっかりやすっ。

 

 

「ちょっと付き合え」

 

「…?…え、ちょ…」

 

俺は見栄っ張りの腕をつかんである場所へと向かう。

 

確か入り口近くにあったよな。

 

 

ーーーーー

 

 

「なに、この服?」

 

セーラの最初の言葉は疑問だった。あ、あれ?もっと喜ぶと思ったんだが…

 

「俺のおしゃれ目線的にイチオシTシャツやな」

 

セーラに渡したのはこの遊園地のマスコットキャラであるアヒルの顔が真ん中に描かれた白いTシャツだった。ここ限定のオリジナル商品らしい。

俺たちは入り口近くにあるお土産屋さんに来ていた。目的はもちろんこれ。ここにならTシャツくらいあると踏んでいたからな。…うん、悪くないじゃん。

 

「…ダサい」

 

「あ、あれ?」

 

しかし、セーラにはあまり受けなかったようだ。…あれ、女子ならこういうの好きかと思ったんだが…やはり男子と女子だと違うのか?それとも俺が普通の感覚とは違うのか…それだったら普通にへこむわ。

 

「結構かわいいと思ったんだけどなあ…まあ、セーラが嫌なら別の選べよ。買ってやるから」

 

やっぱ俺には美的センスってのがないらしい。おしゃれわからん。理子が来てからここ来ればよかったわ。…というか最初からセーラに選ばせればよかったんじゃね?…確かに。

 

 

「………。馬鹿馬鹿しい…」

 

そう言うとセーラはそのTシャツをじっと見つめた。そして、俺とシャツを交互に見始める。…⁇気に入らないなら戻せばいいものを…何してんだこいつ?

 

 

と俺が思っているとセーラはため息をついて

 

 

「でも、暑いからこれに着替える」

 

「あ?別にお前の好きなシャツにしていいんだぞ?」

 

「これでいい」

 

それだけ言うと俺にシャツを渡してきた。…あれ?こいつダサいとかいいながら実は気に入ってんじゃねーの?…まあアホ毛動いてるし、いいか。

 

俺はレジで会計をすませると、それをセーラに渡した。

 

しばらくして、下は制服の黒スカート、上はキャラTシャツのセーラが俺の前に立つ。いや、やっぱ十分可愛いぞこいつ。年相応というか、遊園地でハッチャケてる感がよく出てる。いい感じじゃん。

 

その顔はほのかに紅いようにも見えるが。…これは俺の見間違いかもしれない。

 

「…可愛い?」

 

「おう、似合ってるぞ」

 

「ならいい」

 

いつもは帽子に隠れているアホ毛が相変わらず楽しそうにゆらゆらと揺れている。どうやらお気に召したらしいな。よかったよかった。

 

なんだかんだ言いながらも楽しそうなセーラの顔に、俺は来て良かったと満足していた。

 

「たく、素直じゃないやつってのは面倒だな」

 

「修兄に言われたくない。寂しがりやのくせに」

 

「違うってのに」

 




昨日の2時間と今日の1時間で書き上げたので誤字や書き直すべきら場所などたくさんあると思います。とりあえず修正完了です!

あと1話完結とか無理でした。次はあの2人のパートですのでお楽しみに!ではでは〜


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2「私、先輩のこと好きよ?」

「1のあらすじ」
仲良し三人組にセーラを加え、4人で遊園地へと訪れる。
セーラと修一の仲は順調に進んでいる。
#最後を少し変更しました


〜遊園地内、カップルの会話〜

 

『さっきのお化け屋敷怖かったね、ダーリン♡』

 

『そうだな、でも心配すんなよハニー、お、れ、が!守ってやっからよ』

 

『きゃー!もうダーリン世界一かっこいい♡

ねえ、ダーリンにとって世界一可愛い女の子は〜?』

 

『それは聞くまでもないって!もちろんハ…

 

 

「修兄、300円のかき氷と100円のアイスどっちがいい?」

 

「安い方」

 

……。』

 

『…ちょっとあんた、なんで今通ったカップルガン見してんの?彼女の方凄い可愛いかったから?』

 

『は!?んなわけねーよ!ってかあれカップルじゃねーって絶対!男の方見るからに普通じゃん、あんなどこにでもいそうな男、女の方が見向きもしないって』

 

『…まあ確かに、女の子は凄い可愛いけど、男の方地味っていうか…フツー。カップルじゃないのかな?』

 

『そーそー!だから俺が今一番可愛いと思ってるのはハ…

 

 

「あ、いたいたしゅーちゃん見っけ!あー!アイス食べてるー!」

 

「おー。お前も食うか?」

 

「いるー!あーん♡」

 

「買え」

 

 

………。

 

『…あんた、今度はあの金髪に目がいったよね?しかも金髪が地味の方に飛び込んで行ったし…あっちが付き合ってるのかも…』

 

『い、いや、待て待ておかしいだろ。なんであんなどこにでもいそうな奴が超絶美人どもと一緒にいるんだよ…あんなのグラビア撮影覗いたときくらいしか見たことねぇぞ…?』

 

『…超絶、美人?』

 

『あ、い、いや、俺はお前だけだよハニー!世界で一番愛してるのはやっぱりハ…

 

 

「先輩、かき氷買ってきたけど、食べる?」

 

「食べる!よこせ!」

 

…………。り、理不尽だああああああああ!!』

 

『もうバカ!知らない!!』

 

『あ、ハニー!?ま、待ってくれー!』

 

 

ーーーーー

 

…なんか近くでイチャコラしてるカップルが超うるさいんだけど。

くそ、他所でやれよ羨ましい…。俺への当てつけかよこのやろう!

ていうか彼女いない奴の前でイチャつくってあれだよね、もういじめだよね。なんか俺お前に勝ってるからってアピールしきてる感やばいし。…はい、負けです負けです!戦う前に負けてますよ、年齢=彼女いない歴ですよ〜。…クソッたれ。悔しすぎてなんも言えんわ。羨ましい!

 

 

「しゅーちゃんどしたの?」

 

「いや…なんでも」

 

「ふーん?…ま、いいや!そんなことよりおっつぎはおっばけやしきだよ!ここのお化け屋敷も1.2を争うアトラクションなんだってさ!」

 

落ち込む俺なんて見ていない理子はアイスを舐めながらぱぱーんと目の前のアトラクションを宣伝。病院をモチーフにしたものらしいのだが…1.2を争うってことはだ。つまりそれほどまでに…その…

 

 

…怖いのか…。

 

……。

 

「修一」

 

「どした?」

 

「また私と待っててもいいよ?」

 

「誰も怖いとか言ってないだろうが!お前さ、ほんと俺のこと甘く見過ぎな、お母さんかっ!」

 

セーラが俺の裾を引っ張りながら下から俺の顔を見てそんな馬鹿にした台詞を吐きやがる。…この野郎、本気で思ってそうなところがまたムカつく!

 

しかしその怒りが俺の魂に火を灯した。

 

「おうおう!んな馬鹿にするなら見とけよお前ら!!先に俺が1人で行って感想聞かせてやる!余裕すぎて眠たくなったぞ〜ははーんとか言ってやるから期待しとけよ!」

 

そうだよ!こいつらに目にもの見せてやる!お前らがどれだけ俺のこと舐めてたか知らしめてやるわ!あっはっはっは!!

 

 

「あ〜でもでもここ人数制限2人だってー、1人じゃ迷っちゃうからってさ」

 

ガクッ

 

注意事項の書かれた紙を見ながらそう言う理子。勢いが思いっきり折られた気がした。なんだよ…やる気あったのに!

 

「先輩、わざわざ他の人と組む必要もないし二組に別れましょう?」

 

「それもそだな。理子、どーする?」

 

「じゃ、ぐっぱーで!」

 

理子の提案で俺たちは輪になった。さて、一人で行くならその途中で怖がっても誰も見ていないからいいんだけど、もしこいつらと行ったらどうなる?

 

理子:怖がるフリはするだろうが基本楽しんでそうだし本気で怖がるわけなし

桃:冷静沈着。怖がる姿が想像できない

セーラ:無表情。まず怖がらない

 

女子陣、強え…

 

「はーい、ぐぅ〜っとぱぁ〜っでわっかれましょ!」

 

 

内心へこみながらも手を出した。

 

結果は一発で別れ

 

俺はグー

セーラはパー

 

俺の相手はーー

 

 

「あら、よろしく先輩」

 

 

桃だった。

 

 

「おー桃か!よっし俺の男気見てろよ!」

 

「くす、なにそれ?」

 

桃か…よっし気合い入れないとな。こいつの前で余裕の表情してクリアして好感度上げるぞ!

 

「じゃー理子とセーラは後から行くから先に行っていいよしゅーちゃん!くふふ、逃げ戻ってきたら2人で慰めてあげる〜♬」

 

「修一、かもん」

 

「いらんしノーかもんだアホども」

 

2人とも俺が逃げ出す前提かよそうかよ…やる気出てきたわ!

 

ーーーーー

 

〜お化け屋敷内〜

 

 

「ま、これくらいの暗さなら大丈夫そうだなうん。そーだよ、こんな真っ暗なんて寝てる時感じてるからね、毎日8時間くらいこの世界で暮らしてるからねうん、余裕すぎだっての」

 

「……思ったより暗いわね」

 

中はほぼ真っ暗だった。割れた蛍光灯が点滅していて地面には医療器具が散らばっていた。中の構造の写真をパンフで見たが、手術室や病室などがリアルに存在するらしい。

 

ふん、余裕だな…。

 

「先輩」

 

「ん、なんだい桃?怖いのか?」

 

「…痛いわ」

 

桃が俺の手の甲をつんと突いた。

 

自分の手を見ると、俺の手はいつの間にか桃の細い腕を強く握っていた。…まるで怯えるように…。

 

…し、しまった!?

 

「あ、いやこれは…あれだ!お前が怖くないかな〜って俺なりのフォローみたいな?」

 

「私、お化け屋敷で怖がるように見える?」

 

「見えません」

 

先ほども言ったがこの冷静沈着和風美人がこんなアトラクションで怖がったり驚いたりする姿が想像できない。…ほ、他に何か言い訳は…!!

 

「…その…あれだよ」

 

「先輩」

 

「あ、そう!桃の原稿にお化け屋敷があったからそれで…」

 

「先輩」

 

「……」

 

「素直に言いなさい。怖いのよね?」

 

「……怖いです」

 

俺は頭を下げずーんと落ち込んでしまう。…はあ、そうだよ。こういう脅かす系も大嫌いだ。なんでわざわざビックリしなきゃならんの。わけわかめ。

 

ああ、ばれちゃったよどうなんのこれ。

 

「最初から素直にそう言えばいいじゃない。どうして見栄を張るのよ?ほら、手握ってていいから」

 

桃は俺の方を向くと呆れたように手を握ってくれる。…くそ、情けねえ、男としてのプライドがないのか俺よ。

 

「だってさ、お化け屋敷って男が女を庇うのが主流だろ?それなのに俺が怖がってたりしたら評価下がるだろうが」

 

「評価?」

 

「女って、男と出会ってから点数つけてくんだろ?カッコよかったらプラス1とかカッコ悪かったらマイナス1とかさ、俺お前から嫌われたくないし」

 

「あら、私に嫌われたくないの?」

 

「あったりまえだろ。お前顔俺の好みドストライクなの。嫌われたくないに決まってんだろ」

 

「……そう」

 

俺は何を今更とドンと構え…ようとしたが、ここがお化け屋敷であることを思い出し体をくの字に曲げてしまう…くそ、ここじゃ何言ってもカッコよく見えねぇ…。

 

桃の方はよそ向いたまま帽子を深くかぶり直している。。はあ、こいつに落胆されるのって嫌だなあ…。

 

「気にしなくていいわ。あなたの評価、これくらいで落ちるほどじゃないから安心しなさい」

 

こちらに振り向いた桃がそんなことを言った。これ、もしかして…

 

 

もう下がらないほどに底辺だと、そういうことですかい?

 

…まじかよ…。今までで結構好感度上がったと思ってたんだがなあ…友達くらいには思ってくれてると思ってたんだけど、なあ…。

 

「何へこんでるのよ?」

 

「いや別に…なんでもねーよ」

 

言葉ではそう返すが正直泣きそうだ。…あれだよね、友達と思ってたのが自分だけなんて寂しいよね、もうね…なんか辛くなっちゃったよ私。

落胆して膝を抱えてしまう…そうか、そっかあ…

 

 

「…もう、面倒くさいわね」

 

はぁとため息をつくと、桃は俺の元へ屈んで手を差し出してきた。

 

そして

 

「……。」

 

「……?」

 

俺と目線を合わせたまま何も言わない桃の顔を覗く…。なんだ?どうした?

 

「先輩」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

「私、先輩のこと好きよ?」

 

 

「……はい?……はいぃ!?」

 

俺は思わず立ち上がり桃の顔を見…ようとしたが周りが暗いのとつばの広い帽子のせいで顔が見えない。

 

 

 

 

 

 

え、今の言葉マジ!?え、これ、え、まじ!?まじなの!?やっと俺にも春が来たの!?しかも桃なの!?

 

何度も言うけど顔俺の好みドストライクで気が利いて高嶺の花で絶対手の届かない桃だよ!?ゆ、夢か…!?

 

「え、ま、マジでですか…?」

 

 

 

「ええ。

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……」

 

 

桃はくすっと笑いながらそんなことを言いやがった。

 

これってつまり…

 

「…あーあ、どーせそんなこったろーと思ったよ…」

 

 

つまりあれだ。俺は告るとかそんなのの前ににフラれたわけか。牽制球って言うのか?

 

理子と同じくらい…それってつまりあれだろ?恋人未満の友達ってことだろ?理子にはフラれてるし…それ以上は期待できないってことだよな…。いや、まあ友達としては認めてくれてるんだし、よしとする、か…?でもなあ…。

 

「あら?…あーなるほど。そういうことね」

 

桃は桃でこてんと首を傾げたと思ったらすぐにうんうんと頷き始めるし…なんなんだよもー…。

 

 

「くすくす、ほら先輩?ちゃんとエスコートしてくれるかしら、男の子でしょ?」

 

「…うい、従いますよお嬢様」

 

そうして俺はなぜか楽しそうな桃の手を引いて歩くことになった。…女の子の手を引いて歩くというカップルっぽい体験を経験することとなったわけだが…。

 

…ああ、なんだかなあ。嬉しいような悲しいような。桃とこれ以上の関係を築けないと確定してしまったのはなんつーか悲しいなあ。まあ、元から脈なんて全く感じてないけど。

 

 

…あれ?でもいまこうしてみるとあれだな。結局桃とカップルみたいなことしてるし、これは役得じゃない?友達だからこそ出来ること、だよな?

桃の友達ってかなり少ないだろうし、そん中で多分男は俺1人…しかも手を繋いでくれるほどなんて結構立ち位置高くね!?

 

あれ、そう思うと急に嬉しくなってきたぞ!?

 

桃の小さい手がなんか暖かく感じてきたし、後ろで俺にてくてくとついて来ていると思うとなんか可愛く感じてきたし…おお、ここはやはり天国だ。一生ここにいたい…!

 

「あら先輩、楽しそうね」

 

「まーな!お前と手を繋げていると思うとなんか楽しくなってきてな」

 

「そう、そんな先輩に一言言いたいのだけど」

 

「ん?なんだいなんだい?今の俺ならなんでもやるよん?」

 

「横」

 

「横?横になにが 『…ぅぅぁぁ……』 おおあああああああああ!?!?」

 

上機嫌に桃が指差した方を見た瞬間、俺は絶叫してしまった。

壁から生えた手が苦しそうな声を上げながら俺の頭を撫でたのだ。

 

俺は驚いて思わず後ろの壁に頭を打つけてしまう。…そして

 

『…さみしいよぉ…』

 

「あああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

そこから女の手が俺の首を掴んできた…おおおおああ!?

 

先程までとは一転、俺は絶望に落ちた。

 

「に、にに、逃げるぞおおおおおお!!」

 

一目散に走り出…そうとしたが桃と手を繋いでいた為グイッと邪魔をする。…くっ!

 

「くそ、桃!許せ!」

 

「え?……ひゃっ、ちょっ…!?」

 

桃を引いて走るのは効率が悪いと思った俺は桃に一言だけ断ってから(答えは聞いていない)…

 

 

桃を抱きかかえ、走り出した。

 

 

『…ぅぅうおおおぉぉ…』

 

「あああああああああ!?」

 

「ちょ…おろ、降ろしなさっ…!…降ろして!」

 

聞こえてくる声をシャットダウンするように声を張り上げる。そしてそんな俺の胸を叩き始める桃…だがしかし

 

「降ろす間に襲われたらどーすんだ!?」

 

「アトラクションだってこと思い出しなさい…!そ、それにあんた!どさくさに紛れてどこ握ってーーっ!?」

 

「アトラクションだってバカにすんな!こういうとこには本当にいたりするんだぞ!?」

 

「このバカッ!…ちょ、ほんと、やめ…!」

 

「暴れんなっての!」

 

俺はただ走る。この悪夢から早く覚めてほしいということだけを考えて…!

 

「あああああああああああああああああああああああ!?!?」

 

「……っ…!……っ!?」

 

なぜか体を小さく丸め始めた桃を抱え、ただ出口へと向かった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「お疲れ様でし…たっ!?」

 

俺はダイナミック入店ならぬダイナミック脱出を決めた後、地面をズザザ…!と音を立て滑り止まった。

出口で待っていた係員が俺の行動を見て唖然としている。

 

…あー怖かった。こんなんもう、一生入らねえ。

 

「…先輩」

 

俺に抱っこされたままの桃が小さく俺を呼んだ。帽子のおかげで顔は見えない。

 

「おー桃、なんとか無事帰還だ。いやーよかったな何もなくて。あんとき走り出してなかったら俺たちの内どっちかはいなくーー」

 

「…いいから、早くその手をそこから離しなさい」

 

「…そこ?」

 

俺は手元を見る。

 

 

ふにっ

 

なぜか、柔らかかった。無性に柔らかかった。手よりも少しだけ大きいくらいの形、弾力。俺の手にあるのはマシュマロだろうか…そう錯覚してしまうほどに柔らかい。

 

ふにっ、ふにっ

 

状況を、少しずつ理解してきた…桃を抱きかかえた際、暗くて怖くて気づかなかったが…

 

 

俺が握ってたの、もしかして肩じゃなくて…むーー

 

 

「………いや、これはね、これは、あれよ、あれなんです桃さん…!」

 

「……いいから、とにかく降ろしなさい、早く」

 

「は、はい…」

 

桃はゆっくりと言葉を繋げる。血の気の引いた俺は両手をガタガタと震わせながらゆっくりと彼女を降ろし、二歩下がる…。

 

 

全身の血の気が引いた。

 

 

「せん、ぱい?」

 

「ひっ!?」

 

 

ドオッ!!

 

桃から黒いオーラが噴き出した…ような錯覚さえ覚えるほどの微笑み。まるでアニメで魔王が降臨した時のような圧とでも言おうか、誰も逆らえないような圧が桃から溢れ出ていた。

 

言い換えるなら、殺気だろうか…!

 

「…先輩、私に、何か、言うことは?」

 

一歩一歩。ゆっくりと近づいてくる桃に、俺は冷や汗をかきながらただ尻もちをつく。

 

周りのカップルや家族がそれを見て俺たちから距離を取る。…あ、一般人でももう分かるんですね、この殺気。

 

 

桃は、ただ笑っていたが…目は、笑っていなかった。

 

「ま、待て待て待て待て!?さ、さっきのはさ、ふ、不可抗力だろう!?逃げないと俺たちがやられてたわけだしさ、だからその右手の手袋をもう一度付けてくれ…くれませんね!本気でごめんなさい!」

 

俺が言葉を最後まで言うとこなどできはしなかった。さらに桃からドオッ!とオーラが噴き出したからだ。

 

俺はただ涙目で頭をさげることしか出来ないでいた。や、やばい…本気で今の桃はマジやばい…!!

 

 

「あんた、今から30分は痺れててもらうから、覚悟しなさい…!」

 

「い、嫌だあああああああ!!」

 

な、なんで!?どーしてこーなるのおおおおおおおお!?!?

 

本気の鬼ごっこが、始まったのだった。

 

ーーーーー

〜LINE〜

 

『しゅーちゃん、今どこにいるの?』

 

『in the お土産屋さんの近くのゴミ箱』

 

『え、なんで?』

 

『桃から逃げてました』

 

『わけ分かんないんだけど…。まーいーや!とにかく集まろうよ!近くにカフェあるでしょ?そこに10分後ね!』

 

『あいよー』

 




はい、夾竹桃編でしたー!なんか長くなったなあ…と一言。


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3「くふ、お揃い♪」

「2のあらすじ」
おばけ屋敷も苦手な修一君。怖くないものなしな彼と一緒に入るのは桃こと夾竹桃だった。途中までは順調に進んでいたはずなのに、なぜか出口についたときに桃の機嫌は絶不調だった。怒りで右手の手袋を外し追いかけてくる桃からなんとか逃げ延びた修一は理子と合流した。


「…んで、なんでお前だけなの?」

 

「くふふ、まあいっから、いっから〜!」

 

待ち合わせた場所にはなぜか理子だけしかいなかった。

 

「いっからってお前な、セーラ1人になんてしたら迷子になるかもしれんし、桃にも謝らないといけないし…」

 

「いいったらいーの!今は他の女の子のこと考えちゃダメ!」

 

ぐいっと俺の方へ顔を近づけて来る理子、おいおい!

 

「近い近い、わかった。わかったからっ」

 

俺が納得すると理子は満足したのかウインクしながら(なぜ?)俺の周りを一周して(いやなぜ?)腕を組んできた。

 

…!?

 

「お、おいっ」

 

「いーじゃん、2人きりだし。しゅーちゃんも嬉しいでしょ?」

 

「うむ、悪くない。すっげー嬉しい」

 

「くふ、理子しゅーちゃんのそういう素直なとこ好き♡」

 

ツッコミつつも離す気なし。そりゃそーだろ。理子に腕組んでもらって突き放す奴がいるか?いないな。

 

「理子、悪い子なの。だから、しゅーちゃんを独り占めしちゃう♡」

 

「…お前、そういうことあんま他の人に言いすぎるなよ?興味のない奴に惚れられても知らんぞ」

 

全くこいつは相変わらず…男子が「こいつ…俺のこと好きなんじゃね?」と思ってしまうセリフランク10位くらいには入りそうなセリフを言いやがって。…あれ?こいつ俺のこと好きなんじゃね?

 

…だったらどんなによかったことか…。

 

「…別に惚れていーのに」

 

「だからお前な、そういう勘違い発言やめとけってのに。男ってのはそういうのに本気で弱いんだから」

 

「…でもでも、しゅーちゃんには全然効かないよねー理子そんな魅力ない?」

 

「俺は基本女のそういう態度は警戒しちまうの。ギャル怖いし。…ただお前の場合は本当危ないからやめて、本当に理性との狭間ギリギリなんだよ」

 

「…え、しゅうーちゃんそれって…」

 

「あのな、この際改めて言っておくけどお前は美人なんだって。普通に彼女になったら男どもに自慢できるくらい理想の女なんだよ?愛想いいし、俺なんかと話してくれるし、ノリいいし、時々甘えてくれるし、男の理想とする彼女要素100%なんだから本気で惚れる奴が出てきてもおかしくないわけ。それで困るのはお前自身なんだから、しっかりその辺のことちゃんとしとけよ」

 

「……ぁぃ…」

 

理子はどんどん頭を下げていったと思うと、その後小さく頷いた。…ま、こんなの毎回言ってるし、またどうせ聞かないんだろうけど。ほんと、困るのは理子自身なのに、どうしてそう男が喜ぶ行動をするかね。ビッチ…ってのは流石に冗談として、男好きなのか?

 

 

「………みゅ…」

 

「お前って実は男好…ほわい!?」

 

などと俺が考えごとをしていると、理子は俺に腕を回して抱きついてきた。ぐりぐりと頭を胸に押し付け頭をブンブン振っている。な、なんだなんだどうしたってのよ!?

 

「だだだだっからお前そういうことを…!」

 

「ね、しゅーちゃん!今からどこ行く??アトラクション?それともお買い物??理子はしゅーちゃんに着いて行くよ!しゅーちゃんが行きたいならどこだって行くからどんどん行って!今日だけじゃなくていいよ!明日でも明後日でもしゅーちゃんの都合に合わせてあげる!!」

 

キラキラキラキラッ!!

 

理子は俺に抱きついたまま、まるで子供のような目で俺を見てピョンピョン跳ねている。…え、なに?なにこのテンション、なんかさっきの倍くらいテンション上がってない?なんで?俺理子に文句しか言ってないよ?

 

…もういいや。言い疲れたし…このノリに乗るか。

 

「俺は金ないって言ってんだろ?アトラクション一択」

 

「あいあい!じゃーとりあえず適当にぶらぶらして面白いアトラクション探そーよ!」

 

「ういー」

 

理子はようやく体を離してくれたと思った矢先、俺の腕に抱きついてきた。俺は、右の柔らかい感触に内心テンパりつつ理子と共に歩き始めた。

 

…ダメだぞ修一、落ちるな…!告っても振られるんだぞ!距離が遠くなっちまう可能性大なんだぞ…今はただ無心になれ…無心になれ…!

 

…あれ?なんか忘れてる気がするが…

 

いや!今はんなことより理性だ!理性を保たせろおおおお…!!

 

 

ーーーーー

 

 

「あー!あれ可愛い!」

 

それからしばらく、なぜか周りからの目線を感じながらも遊園地を回っていた。そんな中理子が指をさした場所は大きなカフェエリアだった。中はまるでレストランのように広く、テラスまでついている。

おしゃれな服着て入るような雰囲気だ。それだけでも入りたくないのに昼間の今はかなり混んでいる。人混みが嫌いな俺としては本気で行きたくない。

 

ただ、理子が可愛いと言ったのはカフェではなく…

 

「ね、しゅーちゃん!あれ!あのストラップ欲しい!!」

 

理子の目的はそのカフェでもらえるストラップらしい。カフェの入り口には『カップルの方には可愛いストラップをプレゼント!』なんて書かれた広告がある。

ハート型のストラップの両端にこの遊園地のマスコットがついていて、どうやら真ん中で割れて2つになるようになっているらしいが…俺と恋人のフリしてまで取りたいか?

 

…んー

 

「嫌だ」

 

「ダメ」

 

回れ右したらそのまま回されてもとの位置に戻されてしまった。…おい、どこで覚えたそんな技。思わず二歩くらい進んじまったじゃないか。

 

「はぁ…俺金ないっつったろうが。ここ多分高いよ?俺今余計な出費できるほどの余裕ないよ?つーか、いつもないよ」

 

「…んー、でもでも、かわいーよ?あのストラップ。しゅーちゃんはなにも買わなくていいからさ、ねー入ろー?」

 

「あんなんお土産屋とかに売ってあるだろ?」

 

「あれは限定なのー…もー、理子の彼氏ってのがそんなに嫌?」

 

「その点はむしろ嬉しいまである」

 

そう、人前に出るのは嫌だが、理子の彼氏役ってのは正直役得だ。なぜか顔を隠し始めた理子を見る。…こいつの彼氏か…くそ、どーしよ、本気で悩んできたな。

 

「…しゅーちゃん、理子の、彼氏になって?」

 

「なりましょう」

 

即決だった。顔赤らめて上目遣いとかズルいわ理子さん。頭の中での葛藤が吹っ飛びましたね。

 

「理子の彼氏か〜役得だわ。手繋ぐのくらいは許可しろよ」

 

「え…!?あ、うん…!!」

 

とりあえず人前に出るなんて最もしたくないことをする以上見返りはきちんともらう。そう条件を出すと、理子はなぜか何度も頷いて俺の手を握ってきた。…恋人がするような手を絡めた繋ぎ方で。

 

うおおおおおおおお!?!?

 

「ちょ、おま…!?」

 

「こ、恋人同士が手を繋ぐならこれが普通!」

 

「…そ、そうか…」

 

「…嬉しい?」

 

「嬉しすぎて死ねるわ」

 

「くふ、ほら、行こう!」

 

あ、あかん…これはあかんぞ。また思わず理子を大好きになりそうだったわ。

…あぶねぇあぶねぇ。散ると分かってる恋をするほど俺も子供じゃないんだ。勘違いするな修一、理子はただストラップが欲しいからやってるだけで…俺じゃなくてもいいんだ、俺じゃなくてもいいんだ…!!

 

…いい加減慣れろよ!女慣れ…というか理子慣れしてくれよ俺ええ!

 

「いらっしゃいませ〜!あ、カップルの方ですか?」

 

「はーい!あっつあつのカップルでーす!」

 

カランカランと音を立て扉を開け入ると店員がにこやかな笑顔で笑ってこちらへ来る。理子は元気よく繋いだ手をこれでもかと店員の前に差し出し、俺に抱きついてきた。おお、理子の彼氏すげぇ!?これ毎日してもらえたら俺死ねるわ。

 

「はい、確認しました。ではこちらへどうぞ!」

 

店員は頷くと俺たちをテラスの一番端に案内してくれた。ふう、よかった。俺と理子の顔の偏差値で疑われやしないかヒヤヒヤしたぜ…。

 

「カップルのお客様にはストラップを配布しておりますが…」

 

「あ、それそれ!それください!ね、しゅーちゃん!」

 

「んお?…おお、それ1つ」

 

テーブルについてもなぜか手を離してくれなかったため、手をテーブルに置いたまま俺は頷いた。…理子さんや、そこまでしてストラップ欲しいのか。

…いやはや、ストラップに感謝だな。こんな経験もう出来ないかもしれないし、今のうちに理子彼氏疑似体験を堪能しておくことにしよう。

…ただ周りのカップル共はそれが本当に出来てるんだよな…くっそ!やっぱ羨ましいいい!

 

「くふ、しゅーちゃんしゅーちゃん!」

 

「あ?」

 

「はい、ちーず!」

 

パシャ

 

周りのカップルどもを恨めしく思い見ながらチビチビと水を飲んでいると理子がいきなり俺の方へ体を近づけ携帯で写真を撮りやがった。

 

「おいこら」

 

「えへへ〜♬」

 

「……。」

 

理子はてへぺろと舌を出して自分の頭をコツンと叩く。あざといわこのやろ可愛かったですまた騙されかけましたはい。

今気づいたんだけどさ、なんだかな…こいつ、前は本当にただあざとくて俺を手駒にしようとしている感じが伝わってきていたから普通に返せていたが、この頃はなんか本気で危なくなってきているよな…。

 

あれだ、何度もされまくって慣れるとは正反対の感覚だ

このままされまくったらいつか本気で惚れちまう…。もう何度葛藤して負けまくったことか…最悪当たって砕けろって特攻しかけてしまうかも…。

…砕けちゃうんだよね勿論。

てか正直理子とのツーショットとかマジで欲しいんですけど、欲しいって言ったらくれないかな?

 

「あ、あれ?しゅーちゃん本気で怒っちゃった…?しゅーちゃんが嫌なら削除していいよ…?」

 

俺が考え事をしている仕草を理子は怒ったと勘違いしてしまったみたいだ。ワタワタと慌てて携帯を俺に渡してくる。

その画面はさっきの2人の画像の前に「削除しますか?はい いいえ」と出ていた。

 

…あり?なんでこいつこんな慌ててんだ?別に怒ってないし、これくらいの喧嘩もどきなんて前は結構してただろ。

罵り合うことなんて多々あったんだしさ…やっぱなんかこの頃丸くなったよなこいつ。変に俺に気を使うというか…。

 

さて、どうすっかね。ここで別に怒ってないっつっても今の理子が安心てくれるとも思えんし…んー、

 

「理子」

 

「な、なぁに?」

 

「ーーほい、チーズ」

 

おどおどしている理子に俺は理子の携帯のカメラを起動させ、内カメラに切り替えると理子の方へと体を寄せた。理子はぱちくりとまばたきしてぽかんとしている中、俺はピースして写真を撮った。

 

パシャっと音が鳴り、画像を一応確認、俺がおかしな顔していないかもう一度確認してから理子に手渡した。

 

「…え、しゅーちゃん、写真…いいの?」

 

「誰も嫌なんて言ってないだろ。ただそうだな…俺を撮るときは俺のことをかっこいいと思った時に撮りなさい、これ強制」

 

「…うん!りこりんりょーかいです!」

 

ドヤ顔してそう命令すると、理子は返した携帯を見てだらしなく笑いながら大きく頷いた。あ、あれ?俺一様ボケたんだけど…?ツッコミなし?

 

「ていうかしゅーちゃん、女の子に無断で撮るとかない!女の子には写真を撮る10秒前に許可取らないとダメなの!」

 

「え、そなの?なんで?」

 

「髪直したり〜仕草決めたり〜」

 

「…めんどくさっ」

 

「うわ、しゅーちゃんそれ絶対他の女の子の前で言っちゃダメだよ?嫌われるからね、理子はいいけど」

 

「写真一緒に撮るほどの女友達いないっての」

 

「あそっか〜。しゅーちゃんぼっちだもんね〜」

 

「うっせ。…好きでぼっちでいるんだからいいんだよ。1人で昼飯食べるのが好きなんだよ」

 

「…しゅーちゃんがいいなら理子一緒に食べてもいいよ?しゅーちゃんの隣の人毎日他の人のところ行ってるみたいだし、机くっつけて2人で食べよ?」

 

「本気でよろしくお願いします!」

 

「あーい♬…じゃあもう一枚撮ろうよ、しゅーちゃん!」

 

「まだ撮るのか?」

 

「何枚も撮ってお気に入りを一枚見つけるの!ほら、早く!」

 

それから注文した軽めの食事とコーヒーが来るまで撮りまくり、それを見て理子が楽しそうにしている姿を俺は見ていた。

こいつといると、暇だと思う時がないからいいよな。何話しても楽しいし面白い。こいつとならどこに行っても楽しそうだ。そーだな、これからどこにいくかな?

 

なんて思いながらテラス席から遊園地の方を見る。まだ乗ってないのも多いし、これからもこいつと周れるって思うとなんかワクワクしてきたな。

 

 

パシャ

 

 

「…なんで今撮ったし。しかも俺だけ」

 

「くふ、今かなぁ〜って思って」

 

「?」

 

理子の言葉はよくわからなかったが…まあ楽しそうだからよしとするかね。

 

ーーーーー

 

「かっわいいー!ねーしゅーちゃん!」

 

「よくわからん」

 

店を出てすぐ理子はもらったストラップを見て楽しそうにしていた。…正直全くわからん、普通のストラップにしか見えないんだが…あんなの100円ショップに行けばいくらでも…

 

「しゅーちゃん、お金の問題じゃないのっ」

 

「なんで俺の考えてることわかってんだよ?」

 

「しゅーちゃんが考えること、単純すぎるんだもん」

 

うるさいよ。俺だって好きで金優先じゃないのよ。

 

「んじゃあそろそろきょーちゃん達の所いこっか!ジェットコースターの近くに座ってるって!」

 

…おお。そういやすっかり忘れてた…。俺理子と2人で来てたんじゃなかったぜ…!

 

「んじゃ、早く行かないとな」

 

「うん!…でもその前に、はいしゅーちゃん、片っぽあげる!」

 

理子は俺の元へやって来ると、そのうちの片方を俺に渡してきた。…え?

 

「…なんで?これ、二つ合わせて一つだろ?」

 

片方だけだとなんのストラップかわからんだろ?…理由が全くわからん。なにしたいの?

 

「いーの!元々その予定だったから、もらって!」

 

「お、おいっ!?」

 

俺が質問すると、理子はぐいっと俺に近づいく。そして俺のポケットから携帯を取り出すとそのストラップを取り付けた。

 

「ほい、とっちゃダメだよ?」

 

そう言うと携帯を返してくれる。確かに俺の携帯にはまだなにもつけてなかったが…どうやら冗談じゃなく本当にくれるらしい。片方だけだとほんとになんのストラップかわからないんですけど…

 

「まあもらえるもんは貰っとくわ、あんがとな」

 

「うむ!理子だと思って大切にしてね!」

 

「重いわ!」

 

俺のツッコミに理子は満足したのか大きく頷き笑うと、タタタと走って行ってしまった。

 

 

…さって、俺もあいつらと合流しますかね。

 

 

 

『くふ、修一とお揃い♬』

 

 

ーーーーー

 

それから、俺たちは風船片手にアイスを食べてエンジョイしているセーラとその隣で世話をする桃(謝ったら意外とすぐ許してくれた…よかったわ本当に)と合流しとにかくアトラクションに乗りまくった。

 

観覧車やメリーゴーランド、パレードなど現実とは全く違った世界を心ゆくまで楽しみ、俺たちがその場所を出たのはもう日が暮れ、真っ暗な空に星が綺麗に見える時間だった。

 

…まあ、そん時も色々あったんだが、それはいつか話すよ。今は、眠い…。

 

 

ーーーーー

〜帰り、バス内〜

 

『あ、しゅーちゃん寝てる。くふ、寝顔可愛い…写メろっと』

 

『…肩、重い』

 

『セーラ、それくらい我慢しなさい。あなたをここに連れて行くためにって先輩、昨夜も頑張ってたのよ?』

 

『そーそー、しゅーちゃん言ってたよ?「あいつ依頼内容結構テキトーなのにちゃんとしてくれてるから、俺も約束守らないと」って』

 

『……。』

 

『お礼の言葉を言ってあげたら先輩喜ぶわよ?』

 

『…お礼……』

 

『言いにくいならお礼の代わりになにかしゅーちゃんにしてあげたりとか!しゅーちゃんが喜びそうなことなんてどこにでも転がってるし』

 

『……。…馬鹿馬鹿しい』

 

ーーーーー

 

〜理子、夾竹桃と解散して帰宅中〜

 

「今思ったんだが」

 

「?」

 

「今日は俺、デートをしていたんじゃなかろうか…!?」

 

「……。」

 

「なんだよその『また始まった』とでも言いたげな目は」

 

「…はぁ……それでなに?」

 

「だから、デートじゃねーかって話だよ!女子と遊ぶ、遊園地、男1人…やっぱこれ完全にデートじゃん…!?それを俺は気づかずにただ楽しんでしまっていたということか!そんなん俺ちょーアホじゃんバカじゃん!?くそっ、もっと意識して遊べばよかったぜ!」

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

「吐き捨てるんじゃねーよ!彼女いない男にとっては大事なことなんてだっての!

…あれ?…い、いや待て…?確かデートってのは両思いの男女が遊ぶことじゃないのか…。ということはこれはデートではないのか!?」

 

「…どっちなの?」

 

「いや、後者の方が正論だ…!両思いの男女、もしくはこれからカレカノになる可能性のある男女が行うのがデート!つまり俺は、デートなんてしていなかったということだ…!なんてことだ…ガッデム…!」

 

「……修兄、デート、したいの?」

 

「したいに決まってんだろ!男だぞ!?」

 

 

 

「……。

 

 

 

 

 

…じゃあ、私がしてあげよっか?デート」

 

「え、まじ!?」

 

「……(コクン)」

 

「おおおお前ほんとわかってんの!?デートってのは待ち合わせして、どっちかが遅れて『ごっめーん待ったー?』『ぜーんぜんまってないよ〜』ってのをやるんだぞ!?」

 

「…なにそれ?みんなやってるの?」

 

「いや、あくまで男の夢見るデートの始まり方だ…!しかし、一度は経験したいことでもあるのだ…!」

 

「……馬鹿馬鹿しい…。

 

 

……。……どっちが遅れる?」

 

「ぬおっ!?やってくれんの!?」

 

「したいなら」

 

「うおおおお!

 

 

…あり?」

 

「…どうしたの?」

 

「いや、お前、俺とデートしてもいいんだよな?」

 

「?…うん」

 

「『両思い、もしくはカレカノになる可能性のある人のみができるのがデート』だよな。

 

 

 

てことはつまりお前は俺のことが好ーー」

 

「…ふんっ!!」

 

「うごっ!?…な、なんで俺殴られ…!」

 

「知らない。…先に帰る」

 

「ああ待て待て!置いてくなよ!」

 

「余計なことを言う修兄の話なんて聞かない」

 

 

「悪かった!悪かったってばセーラ!」

 

「……。」

 

 

「待てって!俺お前にどうしても聞いておかなきゃならないことがあんだよ!もうふざけないから1つだけ聞かせてくれ!」

 

 

「……はぁ、なに?」

 

 

 

 

 

「その…あれだ。

 

 

今日は、楽しかったか?」

 

 

 

 

 

 

「………。

 

 

 

 

 

うん

 

 

 

 

 

今までで一番、楽しかった」

 

 

 

 

 

振り向きながら俺を見るセーラの顔は、

 

 

これから忘れられなくなるくらい

 

 

素敵な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、ということで外伝終了となります!ホント一話完結とか言ったの誰でしょうね!嘘も大概にして欲しいですよね!…でも個人的にかなり満足いっているのでま、いいでしょう(笑)

ラストはなぜかセーラさんが…予定ではちょっとちがったのですが、予想以上にセーラのことを「いいね!」してくれる人がいてくださったので変更しました。いやあ本当にありがとうございます!セーラかわいいですよね!同士よ!!
これからも頻繁に出ますのでお楽しみに!


さてさてそんなセーラの話とは変わりまして、次回はいよいよ



『最終章突入』です!!



ようやくここまできました、長かったなあ…。
何というかラスボス前という感覚です!

ここまでこれたのも感想を書いてくださったり、評価してくださったり、お気に入りにしてくださった皆様のおかげだと思っています!本当にありがとうございます!感謝で胸がいっぱいです!

最終章はかなり長くなると思われますが、量を減らそうとか考えず思いつく限りを書いていこうと考えておりますのでどうかお付き合いいただければと思います!

でも一話一話をなるべく短く、長くても一万字ほどにしてみるつもりですのでその点はご安心を!


最終章にて修一はどうなるのか、理子、夾竹桃との関係はどうなるのか、ラスボスは何ラドさんなのか、お楽しみに!!


それではまた次回、お会いしましょう!


PS、そろそろ修一のダメな点リスト作ろうかな?
#あらすじを書き換えました、よろしかったらご覧ください!


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特外伝
…メリークリスマス


さて、12月25日ですね!みなさんメリークリスマース!!
今回は特別外伝ということでクリスマス話を書き上げました!ヒロインではないあの子のお話しです!
それでは、どうぞ!!


12月24日、土曜日、23時30分。クリスマスイブだ。

 

新宿の街は木々一つ一つに明かりが灯され、普段なら最終電車に乗ろうとするサラリーマンなどが歩く時間にも関わらず今は若い男女が手をつなぎ歩いている様子が窺がえる。

 

いつも以上にキラキラと光る街並み。賑わいを見せるそんな町の中を全速力で走る男がいた。

 

「…チッ!!くそッ!!冗談じゃねぇ…!!」

 

黒いニット帽をかぶり厚手のパーカーを着たその男は手に持つアタッシュケースを大事そうに抱え、まるで誰かに追われているようにカップルの中を一人走っていた。

 

チラチラと後ろを振り返るそのしぐさの先には誰もいない。それなのに男は額から流れ続ける汗を止めることなどできなかった。息を切らしているのは走っている疲労かそれとも…?

 

 

小一時間ほど走り抜けると明かりの少ない路地裏へと行きついた。人通りも少なく、先ほどまでの騒がしかった音も聞こえない。暗い夜道をうろつく野良猫の小さな鳴き声ですら聞こえてしまうほどであった。男はようやく安堵し、一度足を止める。

 

「はぁ…はぁ…、こ、ここまで来れば…大丈夫だろう…!!よし、これで任務は達成…」

 

アタッシュケースを見つめながら高笑いする男ーー

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

「--ッ!?」

 

 

音もなかった。スンッと耳元で何か擦れたような錯覚が男を襲ったその時、宙に体が浮き飛ばされる。それはまるで目の前の景色が一瞬にして離れたような錯覚。平行移動したように体が壁に激突したのだ。

 

「ガハッ!?」

 

何もわからなかった。男の意識は一瞬にして途切れ…気絶したのだった。

 

 

ーーーーー

 

「…任務完了」

 

とあるビルの最上階にその女はいた。ターゲットの意識がなくなっているのを確認し、手に持つ『弓』を降ろす。独特の形をした帽子を深くかぶり直し、冷徹な目で1500m先の路地裏を見る。

 

彼女の名前はセーラ・フッド。元傭兵だ。

 

今はとある事件をきっかけにある『特殊な依頼』に専念しているためほかの依頼を全て断っているのだが、彼女自身が彼と契約する前にすでに契約を結んでいた相手はまだ5人ほど存在していたのだ。

 

あれから数か月が過ぎ、12月24日の今日。ようやく彼の依頼以外、すべての依頼を達成したのだった。

 

「…………。」

 

セーラは屋上から見えるきれいな街並みの光と、先ほど自分が気絶させた男を交互に見ていた。

 

傭兵の仕事が全て終わった今、彼女は今まで考え続けた答えを見つけなければならなかった。

 

 

利益の世界か、幸福な世界か。

 

自分が生きていいのはどちらであるのか。

 

 

彼女は中で何度もそう問う。元々いたのは間違いなく男と同じ真っ暗な世界だ。自分が生きていくためには何でもやらなければならない冷酷な世界。傭兵という『命令に従うだけのただのおもちゃ』になっていたあの頃なら間違いなくこちらにいると言えるだろう。

 

 

しかし、自分の今生きている場所は…?そしてこれから生きていく場所は…?

 

もう一度セーラは男の姿を見る。あの男もおそらく誰かに雇われた傭兵なのだろう。自分にとって何の利益もないはずのその荷物を言われるがまま守り、運ぶという仕事をした赤の他人。

 

自分も一歩間違えば、将来あの男のようになっていたかもしれないし、これからなるかもしれない。他の誰かの利益のために自分を犠牲にするようなそんな意味を見いだせない生活。

 

 

 

 

 

 

冷たい風と、遠くから聞こえてくる幸せそうな声が、セーラの胸を強く締め付けた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

~武偵高校 男子寮 岡崎修一部屋前~

 

ポケットから当たり前のように出した鈴付きの鍵をなぞる。これを持っているなんてこと自体、今は慣れてしまっていたが、昔は当たり前なんかじゃなかった。依頼を達成するために、依頼内容を守るために自分にとっての幸せを全て捨てていたのだから…。

 

セーラは自分の感情が少し暗くなっていることに気づき顔をぶんぶんと振り回し、鍵を開けた。これからのことは明日中に決めることにした。とりあえず今日は疲れている。早く休もう。

 

 

そう思っていたセーラであったが、部屋の異変にすぐ気づく。…なぜか部屋が暗い。修兄が帰ってきているのは靴を見てわかっているが何をしているのか…?

 

一応注意を払いながらリビングへ向かうと、人の気配がする。ソファにもたれかかり顔を伏せた男が一人…

 

 

 

 

「くそう…今年も俺はクリスマス一人か…。彼女も出来ない童貞男にとってクリスマスなんざ外を歩きにくい最悪の日なんだよな…。くそ、リア充爆発しろ…。どーせ俺と同い年のカップルなんてこんな日にゃ一緒に風呂入ったり寝たりしてイチャコラしてんだろうな…うらやま…」

 

 

 

あ、そうか今日12月24日だもんな。

 

 

セーラは一気に脱力した。そうだった。こいつはそういう男だった。くだらないことですぐへこんだり、大げさに痛がったりするような普通の人間だった。今もぶつぶつと、まるで呪いの言葉のように文句をいい続けてる。

 

 

「…ただ、いま」

 

「おお、やっと帰って来たかギャル女2号。ったくお前は、いったい今何時だと思ってやがる」

 

「……。」

 

しかし、明かりをつけて声をかけると修一は先ほどまでの落ち込んだ顔とは打って変わって怒った表情をし、叱ってきた。私がいなかったことに対してのようだ。

 

「…ごめん、なさい」

 

「ったく。今日はクリスマスだからお前のためにいろいろと準備してたんだぞ?ケーキにプレゼントに料理にゲームたくさんよ?それなのに俺を一人にしてどっか遊びに行きやがってさ…。というか遊ぶのはいいけどちゃんと一言くらい言ってからにしろよな。()()するだろ」

 

「え?」

 

思わずすっとんきょな声で返してしまった。

 

 

「…心配、したの?」

 

 

 

「は?当たり前だろ。お前は俺の家族みたいなもんだし」

 

 

 

「…か、ぞく…?」

 

仁王立ちでそう言い張る修一の言葉を、ただ繰り返すことしかできなかった。

 

 

家族、たったその二言の言葉にふわっと胸の奥が暖かくなったのだ。不思議なくらいにすっと、今まで考えていた悩みが消えていったのだ。

 

 

 

 

「そう。家族の俺に心配かけるような真似はもうするな。わかったな?」

 

 

「…うん」

 

 

本当の家族のような心配。修一はそれを元傭兵の自分に伝えてくれているのだ。

 

 

その時、私は気づいた。

 

今はこうやってこんな自分を『家族』だと言ってくれる人がいる。それだけで傭兵だった私の生活よりも何倍もうれしかった自分の正直な気持ちの中で答えが出たのだ。

 

「っと暗いムードはこの辺にしようぜ。今年のクリスマスは家族サービスデーってことで!!ほら!カレカノいない同士仲良くしようぜ!!」

 

私と肩を組んで机の前まで歩きだす修一の暖かさを感じながら私は何度も心の中で、繰り返し唱えていた。

 

 

この心のぽかぽかを忘れないように。

 

二度と手放すことのないように。

 

 

何度も何度も繰り返すーー。

 

 

今は確信して言える。

 

 

 

 

 

 

「…修兄」

 

「どした?」

 

 

 

 

「…メリークリスマス」

 

 

 

 

「おう!メリクリ!!」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私の住みやすい場所は…利益の世界?幸福な世界?…いや、そのどちらでもなくていい。

 

ただ家族の傍にいる。そうするだけでそこが自分の帰る場所であると。

 

 

 

 

カチリと音を立て、時計が00時00分を指した。今年のクリスマスは、私にとってかけがえのない日になるだろう。

 

 

 

ーーーーーー

 

『…ごめん修兄。忙しくてプレゼント買えなかった…。』

 

『お前プレゼント買いに言った訳じゃなかったの…。ちょっと期待してたのに』

 

『………ごめん、ね?』

 

『まあいいっての。別にほんとは期待してなかったし?俺全然ガッカリしてないし?結局クリスマスっぽいことなんもしてねーとかなんも思ってねーし?』

 

 

『…クリスマスっぽいこと…?……じゃあ、修兄』

 

『ん?』

 

『……一緒にお風呂、入ろ?』

 

『は?ふ、ふふふフロォ!?!?おま、おままままま!?それはまじで言ってんの!?』

 

『…うん、まあ、家族だし』

 

『いや待て待て、あれだろ!水着で~とかそんなんだろ!?』

 

『…水着?…まあ、修兄がそっちの方がいいって言うなら…』

 

『いや、必要ないです!』

 

『…?あと今日は一緒に、寝よ?』

 

『ブブグファ!?』

 

『修兄、キモイ…』

 

『んなこと言われても!お前「男と寝るなんて馬鹿馬鹿しいキモイ!」って前言ってたじゃん!いいの!?」

 

『…修兄は大丈夫。それに「好きな人の腕枕は気持ちよくて安眠できる」って雑誌にあった。やってみたい』

 

『…お前さっきからどうした?熱でもあんの?』

 

『…ないよ?クリスマスだから修兄のしたいことさせてあげようって。…嫌だった?』

 

『全然全く問題なーい!!そーだよな!俺たち家族だもんな!それくらいの付き合い合ってもいーもんな!!』

 

『…ん。じゃあお風呂沸かしてくる』

 

『あーい。

 

 

 

 

 

…うん、あいつに常識覚えさせるの、辞めよっかな。俺得だし…』

 

 

 

 

 




…さてさて、いかがでしたでしょうか。ようやく少しデレを出し始めたかなというセーラさんを書いてみました。まあ恋人というよりも家族の方を重視しちゃってますが…妹枠のような感覚でご覧くださいませ。この話で少しでもセーラを好きになったと思ってもらえればうれしい限りでございます!

さてさて本遍ですが1か月お待たせしております汗
来週中には上げようと思っていますのでどうかよろしくお願いします


感想を書いていただいた方、大変ありがとうございます。ちゃんと全て読ませていただいておりますが、返信が出来ずにいる方もいらっしゃいます…。次話を投稿した際にはすべての返信を終えている状態にするので、その時にまたご覧になっていただけるとうれしく思います。


ではでは、よいクリスマスを!!

ps.結局修一くん、理性を保たせ風呂には入らなかったようです。
さすが主人公くんですね


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最終章 VS才能
26. 昔の私 今の私


最終章の始まりはヒロインの過去から始めましょう




両手を地面と平行に伸ばしただけで両壁を触れるほどの狭く暗い空間

 

 

ここが私の生きる場所だった。

 

 

まるで監獄のような、収容所のような空間に、ただ座っている。

 

悪臭の漂う空間、圧迫感のある鉄格子、冷たい石畳が私から元々低い体温を奪っていく。

 

…いや、石畳と呼べるほど整備されたものじゃない。

 

ヒビ割れのない場所の方が少なく、まともな靴を与えられていない裸足同然の私の足なんて簡単に切れてしまう。

 

 

そんな空間の中、私は体を預けるように倒れ、小刻みに震える冷えた体を小さく丸め、ぼんやりとただ一点を見つめている。

 

流れる涙も枯れ果て、叫ぶほどの声も出さない…いや、もう出すことすら無駄だとわかっていたのだ。

 

ここに入れられた当初は助けを懇願して泣きもしたのたが、ここには私を閉じ込めた『アイツ』とその妹しかいない。叫んだところで、聞こえてくるのは高飛車な笑い声だけだった。

 

「……ッ」

 

 

じわじわと、昨日増えた傷が痛み出した。私の全身には切り傷が至るところに存在する。

 

『アイツ』は機嫌が悪くなると、私で発散しようとすることが多い。

 

それが短ければ切り傷数カ所で済むのだが、昨日は……。

 

 

「…だいじょうぶ、りこは、つよいこ、だから……」

 

 

私は痛みを和らげようと手で摩りながら、嫌な思い出を忘れるために

 

口の中に隠していた『小さなロザリオ』を取り出した。

 

これはどんなに『アイツ』の暴力が痛くても、苦しくても口から吐き出さず、耐えて耐えて未だに見つかってはいない、私の唯一最も大切にしている宝物であり

 

 

 

記憶のみに存在する、()との、繋がりだった。

 

 

 

「…おかあ、さん…」

 

 

 

無くさないように、今のこの生活が世界の全てじゃないと忘れないように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 

 

思い出の中の母は、優しくて、私を抱きしめてくれて、温かい笑顔を向けてくれて、そして、私を()()としてくれていた。

 

私に触れる一挙一動が慈愛に満ちていた。

 

私も、母が大好きだった。心から大好きだと言えた。

 

母の見せる笑顔を、二年経った今でも鮮明に覚えている。

 

ごくありふれた家庭、決してお金持ちというわけでもなかったが、笑顔が絶えなかった峰家。

 

 

それが今は激しいほどに愛おしい。

 

 

幸せだった二年前の思い出が私をこの世界に繋ぎ止めていた。

 

震える手でロザリオを握りしめ、強く胸に押し当てる。

 

きっと、きっと助けてくれるんだ。この狭い空間から逃げ出せる日がきっとくる…そしたら、そしたら…また、あの時の、幸せだった日常に…!!

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど

 

 

 

 

 

だけど……

 

 

 

 

 

そんな風に自分を励ましても

 

 

 

 

 

 

時々思ってしまうんだ。

 

 

もう、二度とそんな夢のような世界に戻ることなんて、できないんじゃないかって…

 

 

 

もう、私が心から信頼できる人なんて…私のことを大切にしてくれる人なんて、いないんじゃないかって…

 

 

私を…峰理子を、必要としてくれる人なんて、いないんじゃないかなって…

 

 

 

わたしのこと、()()()()()()()()()なんて…もういないのかなぁって…っ

 

 

 

「……りこは……

 

 

 

りこは、ここに、いるよ………?」

 

 

何も見えない暗い空間の中で手を伸ばす。

 

 

 

枯れたと思っていた涙が、頬を伝い落ちた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「ーーッ!?」

 

目覚めは最悪だった。

 

身体中汗まみれで息も荒い。手足が軽く震えている。

久々に戻ってきた自分の部屋がやけに広く感じる。近くの時計を確認すると、まだ日も出てない時間だった。

きちんと閉まっていない蛇口から落ちる水滴の立てる音が大きい。

 

嫌な夢だった…。

 

どうして、今頃こんな昔のことなんて…もう忘れたと思っていたのに…。

 

あの頃の自分を思い出すたびに、孤独を強く感じてしまう。体がなぜかズキリと痛んだ。

 

この広い世界と空間が幻想で、目を開けるとまた狭いあの空間に戻ってしまっていたり、なんて変なことまで考えてしまう…。

 

 

助けを求めるように、激しく動く視界の中、

 

 

 

 

私の目はある一点で止まった。

 

 

すぅ…と無意識に音を立てながら息を吸う

 

 

 

 

 

 

 

「…理子が、必要、なの?」

 

「ま、必要だな。金の次に」

 

「ふん!!」

 

「痛ったあああ!?おいてめぇ理子!なにも撃たれたとこ殴らんでもいいだろうが!!」

 

 

 

 

 

それは近くの机の上に置いた1つの写真で

 

 

 

 

 

 

「理子」

 

「な、なぁに?」

 

「ーーほい、チーズ」

 

 

 

 

 

それは二週間前に行った()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「…え、写真…いいの?」

 

「誰も嫌なんて言ってないだろ。ただそうだな…俺を撮るときは俺のことをかっこいいと思った時に撮りなさい、これ強制」

 

「…うん!りこりんりょーかいです!」

 

 

 

 

 

それは、写真写りの悪いセコイバカ男ときょとんとした顔の私の写る

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

「…くふ、なんか、バッカみたい」

 

 

 

なぜか口元がゆるんでしまっていた。「あいつ」の顔を思い出したらちょっとおかしくなっちゃった。

 

 

こんな嫌な夢見た後なのに、どうして「あいつ」を思い出すだけでここまで心が軽くなるんだろう。

 

 

 

震えもいつの間にか止まっている。途切れ途切れだった呼吸も落ち着いた。

 

 

 

 

「…………会いたい、なあ」

 

 

 

ここまでいくとなんか、気持ち悪いななんて自分で思いながら、それでも過去の私が求めてしまう。

 

 

 

「こんなに好きになる人ができるなんて…昔の私には想像もできないだろうなぁ…」

 

 

また思わず出てしまった言葉に顔が紅ったのを感じてブンブンと顔を大きく振った。

 

 

 

今のは流石に浮かれ過ぎと自分に呆れながら、

 

 

私は身支度を速攻で整え、家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

昔の私に言ってあげたいな。

 

 

 

 

 

 

あなたが喉から手が出るほど欲しい『アレ』

 

 

 

 

 

 

 

私、もう持ってるんだ。いいでしょ?

 

 

 

ーーーーー

 

10:00 男子学生寮

 

「うぃやっほー!あっそびに来たよー!!」

 

「……。」

 

 

ドカンと大袈裟にドアを開けリビングへのドアを開けながら叫ぶ。

きっとまだ寝てるであろうここの主さんを起こすにはこれくらいしないとね!

 

 

 

…と思ってたんだけど

 

「あれ、いないの?」

 

「…土曜なのに補修だって」

 

家のリビングにその姿はなく、代わりに居候のセーラがベランダへ出る窓のあたりにちょこんと正座してジッと私を見ていた。

 

銀髪の長い髪がベランダから流れる風に揺れ、幻想的な絵が完成していて綺麗だと思った。一枚の絵として飾ってもおかしくない気がする。

 

 

…ま、セーラの持ってるのがダサい黒Tシャツだから台無しだけどね。

 

「そっか…何時に帰ってくるの?」

 

「後で買い物に付き合えって言われてるから多分夕方には帰ってくると思う」

 

セーラはもう目線を外し、持っていたTシャツをたたみ始めた。

 

近くにまだ畳んでいない洋服などが山になっているところを見るにどうやら洗濯物をたたんでいたようだ。

 

んー…夕方か、補修の間って先生が付きっ切りだから自由なんてないんだよね。今行ってもしょーがないだろうしなあ…んーどうしよ。

 

特にやることもなかったので、ソファに座りぶらぶらと足をぶらつかせる。セーラはそんな私には何も言わずただ黙々と洗濯物の山を崩し始めた。

 

どうやらかなり教え込まれたようで、綺麗にしわを伸ばし畳んでいる。手慣れている感じでせっせとたたむ姿は普通の女の子にも見えた。

 

 

…これが、元遠距離最強の傭兵、か…。

 

 

「セーランってさ、ちゃんと言うこと聞いてるよね、『普通の生活を体験しろ』なんて訳わかんない依頼なのに」

 

「依頼だったら、どんな内容でもちゃんとやる」

 

「でもでも、ぶっちゃけ報酬だけなら傭兵の方が何倍も儲かるよね。というか、あんなセコ男と一緒にいたらお金なんて降ってこないでしょ?」

 

「…お前には関係ない」

 

セーラはムッとした表情を一瞬だけ見せると、私と目線も合わせずまた黙々と作業を続けた。

 

…あちゃ、やっぱ人との関わり方は変えてないんだ。

 

昔からよく傭兵セーラの噂は聞いてたけどあまり人との関わりに関してはいい噂聞いたことなかったもんなあ。

 

気難しそうな性格みたいだし、仲良くなれる人なんて少ないのかも。自分発信の子でもないみたいだしね。

 

遊園地の時少しだけ話できたからもっと話してくれるかなって期待したんだけど…。

 

…私が嫌われてるのかな。あー…それあるかも。

 

 

「あーやっぱり。流石にそれはたたまないんだね」

 

「……気持ち悪いから」

 

暇つぶしにセーラの作業を見ていると、彼女は男物の下着だけを投げ捨て新しい山を作っていた。

 

ああ、確かに普通の生活だなぁ。この年の子ってお父さんと同じってだけで嫌な顔するし。…なんか反抗期の娘見てる気分。

 

「それ本人の前でしちゃダメだよ?多分泣くから」

 

「もう泣き終わってる」

 

あ、もうそのくだり終わってたんだ…。

 

本気で泣く彼が普通に想像できて、らしいななんて思ってしまった。…ちょっとだけ、りこりんが同情しておいてあげるから元気だしなよっ!

 

 




終わり方が少し変なのは一つのものを二つに分割したからです。

もう片方も見直ししてできる限り早く投稿するので宜しくお願いします。

これと次話合わせて「準備編」となります。


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27.会いたい、会えない

「26話のあらすじ」
彼女の過去は、小さな牢獄での生活だった。
そんな彼女にもようやく信頼できる男が出来る。会おうと決めて外に出るが、その男は今家にはおらず高校で補修を受けているらしい…


ーーーーー

 

12:30 東京武偵高

 

というわけでやって来ちゃいました。東京武偵高で〜す!

あそこで待っててもよかったんだけど、セーラの無言の「帰れ」圧が凄すぎて逃げてきちゃいました!はい!怖かったです!

 

 

無駄にテンションを上げ校門をくぐり、強襲科を目指す。土曜にも関わらず自主練をしに来た生徒が横切る中を私は早足で歩いていた。

 

 

もちろん変装している。私が武偵殺しだとバレた以上、アリアやキンジと出会ってしまうのはマズイ。あいつと最初に武偵殺しとして会った時の黒髪の長髪のウィッグだけだが、まあ大丈夫だろう。

 

 

さってとそんなことより、どっこにいるかな?今は昼御飯の時間だから教室にでもいたりするかな〜?ぼっち飯してたりしたら爆笑しながら隣に座ってあげるからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

なんてワクワクしながら探して30分。「あいつ」のいそうな場所に行ってみても全然見つからず、私はとぼとぼと廊下を歩いていた。

 

 

この時点でかなりイライラしていた。なんか爆発する感じじゃなくて奥からじわじわくる感じの…よくわからない感覚が内心にある。

 

 

 

あのせこ童貞変態め。…なーんで私が会いたいって思った時に近くに出てこないのかなぁ…?あの遊園地から忙しくてあんまり会えなかったから結構楽しみにしてたのって理子だけだったりするわけ?

 

というか、この頃全然かまってくれなくなったしあのアホっ!

 

理子のことほったからしで夾竹桃とかセーラのことばーっかりかまってあげちゃってる感あるよね!ね!?

 

セーラの奴はなんだかんだ言ってこの頃ずーっと隣にいるし!依頼だからとか言ってあのバカ無茶苦茶セーラ可愛がってるし、すっごい仲良くなってるし!!しかも家にずっと泊めてるんだよ!?理子が泊まりたいって言っても一回も泊めさせてくれないくせに!!セーラもセーラでひっついてばっかり!金魚のフンかっての!

 

夾竹桃だって「桃ー♡」なんていつの間にか仲よさそうに呼んでたし、あいつもあいつで「先輩」なんて呼ばれてヘラヘラしてやがったしほんとは夾竹桃の方が年上なのにさ!というか男嫌いじゃなかったのかよっての、キャラ崩壊すんなバーカ!

 

クッソモテモテでいいですねーうっらやっましですねー!!朝爆弾持って起こしに行ってやろっかなーー!!

 

 

 

なんて、不満爆発させながら歩いていると。

 

 

 

 

 

 

「くっそ…あのピンクツインテの野郎…俺でストレス発散しやがって…退院したばっかってこと忘れてねぇよな…」

 

 

 

 

 

 

 

あ、いた。

 

 

 

 

 

不意を突くように曲がり角曲がってすぐに探していたバカを見つけた。服がボロボロで腕を押さえながら歩いている。多分補修の先生にストレス発散サンドバックにされたのだろう。

 

ただそれよりも驚いたのは、自分の感情だった。

 

 

…久しぶりに見て、さっきのイライラが全部吹き飛んだのだ。私自身もびっくりするくらいすっ…と。

 

まるで最初からイライラしていなかったかのように消えたのだ。むしろ見つかって心が踊ったくらいだ。

 

 

…あと久々の再会にちょっとだけきゅんと…うん、これはなってないな。これはなってないったらない。これ認めたら理子自分が気持ち悪くて泣きそうになるから。

 

 

内心大慌てで否定しつつ、彼の元へ向かうように構える。…なんだ構えるって、私内心パニクり過ぎだから落ち着け。

 

 

 

一度深呼吸していつもの理子に戻る。…あ、これ戻れてないな。いつもの理子に戻るってなんだ。

 

 

 

思った以上にマズイ状況ではあるが、もう待ちきれなくなった私は顔がニヤけていることも忘れあの疲れ切った男に突撃しようと走り出しーー

 

 

 

 

 

「あー!見つけたのだー!」

 

 

 

…っ!

 

後ろから声が聞こえ、私は思わず近くの陰に隠れてしまった。…あれは

 

「おお、平賀じゃん本当久しぶりだな。海外に行ってるって聞いてたけど戻ってきたのか」

 

「あや!昨日ようやく帰ってこれたのだ!でもあんまり面白くなかったのだ。もー『おえらいがた?』の話は聞き飽きたのだ…」

 

「なに言ってんのお前。面倒くてもパイプは作るだけ作っとけって。いつか金になる」

 

「相変わらずゲスいのだ…。あややはそんなこと考えながら仕事してなんてないのだっ」

 

「少なくとも三人は社長とかとパイプ作っときたいな。んで、俺にそのうち一番金持ってそうなやつを俺に紹介してくれ。純粋にお金欲しい」

 

「人の話を聞くのだっ!」

 

会ってすぐなんの話ししてるのこの2人…。

 

相手はちっこい整備科の平賀文(ひらがあや)だった。昔から彼と仲が良かったのは知っていたが…むむ、せっかく話せると思ったのに…。

 

「ふっふっふ〜そんなこと言う人にははいいものあげないぞ〜?前に作ったやつをかなり改良して持って帰ってあげたのだぞ〜?」

 

「はん、そんな通販サイトの広告みたいなやつに俺が引っかかる訳が」

 

「…高性能になったのだぞ〜?」

 

「だからなんだってんだ。そんなんで釣られるほど簡単な男じゃないんだよ俺は。つーかもともとそんなに使えないガラクタばっ

 

「3割引なのだ」

 

「話を聞こう」

 

 

即答じゃん。釣られてるじゃん。簡単じゃん。

 

まだ定価も聞いてないのにあの様子じゃいくつか買っちゃうんだろうなぁ。

 

目が「¥」になるセコ男と楽しそうに笑う平賀を見ながら私は決意を固める。

 

 

次こそは、二人っきりでっ!

 

 

ーーーーー

 

16:00

 

…はぁ。

 

思わずため息が出てしまう。あれから昼ごはん、追加の補修、全ての時間2人きりになれる機会を伺っていたんだけど…

 

「おーいしゅー」

 

「あ、見つけたわよ!ちゃんと補修を受けなさい!あたしが補修する以上、勝手なことさせないわよ!」

 

「くそっ見つかった!いやだね!アリアの授業つまんねーもん!帰るっ!」

 

「子供かっ!!」

 

突然現れたバカチビ(どうやら補修の講師だったらしい)のせいで目の前から消えたり

 

「…しゅー」

 

「お、ちょうどいいところに。ちょっと助けてくれないか?」

 

「あ?なんでジャンヌが武偵高に?」

 

「私も明日からここに通うことになったからその入学手続きをしに来たのだ。…しかし、帰り道がわからなくなってしまってな」

 

「まじか」

 

銀髪の天然女を案内しないといけなくなったり

 

 

「……。ケチバカアホしゅ…」

 

prrrrr

 

「お、電話…ってリサから?もしもし?

 

あーそうなん?来るのいつよ??」

 

電話越しで多分女子(なんか聞いたことある名前だったような…?)と話ししだしたり

 

 

結局、学校にいる間一回も声をかけることはできなかったのだった。

 

私の鬱憤はもう正直やばい。

 

 

ぼっちだなんだと言ってたけど結構人といること多いじゃん!しかも女子ばっかり!!しかもしかもほとんど理子の知り合いだしっ!

 

これじゃ、私が声をかけに行けないじゃんっ!

 

バカっ!

 

ーーーーー

 

16時30分 商店街

 

「おい見ろよセーラ!お肉100グラム70円だって!凄くね!?」

 

「それ他の商品1000円以上買った場合って書いてある…ダメ」

 

「うおっ見落としてたぜ、お前天才だな」

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

「…ん、いや待てよ、1000円で他のものって、別に決まった商品じゃないんだろ?つまり格安商品を買い占めればいいんじゃねーか?ほら、この『ペットボトルに付けれる取っ手』とか100円だってよ!」

 

「使わない、いらない、無駄使いしない」

 

「…えーでも100円だしお試しで」

 

夕方の商店街で、やけに目立つ銀髪と黒髪の2人がバカな会話をしていた。

 

…結局、こんなところまで付いてきちゃったな…。

 

なーんか、もー自分が嫌になってきたなあ。なにやってんだろ私。

 

もう2人きりでとか諦めて、偶然会った感じで話しかけに行こうかな…。

 

「ダメ。…行こ?」

 

「くっそ。お前あとで後悔するからな…!」

 

「…もししたらブロッコリー1つあげる」

 

「まじかっ!?言ったからな!嘘つくなよっ!」

 

「うん。…後悔しなかったら明日ごはんハンバーグ」

 

「よし乗った!」

 

 

セーラは彼の手を引いて歩き出す。私はその後を後ろからとぼとぼとついていきながらセーラの顔を見た。

 

 

 

ああ、ダメだ。あそこには入れない。

 

 

 

 

…セーラって彼と話してる時、あんな楽しそうに笑うんだ。私といるときはずっと無表情でいたのにさ。今じゃチョットだけ口元緩んでるの見えるし。

 

 

……なーんかモヤモヤするなぁ。

 

理子は2人きりになるだけでこんなに苦労してるのに、セーラは簡単に、というかほとんど2人きりなんでしょ…?

 

……なんだよ、ラブラブイチャイチャしちゃってさ。

 

「またあの人混みに入るの…?」

 

「あったりまえだろ、ティッシュ1人1つしか買えないんだよ、お前も使うだろうが」

 

「…レジ前まで並んだら呼んで?」

 

「毎回毎回メンドクセーな。…ちゃんと入り口で待ってろよ」

 

「うん。…あ、あそこのぬいぐるみ可愛い」

 

「おい」

 

人のごった返すスーパーを見て、セーラはツッコミを無視し向かいのおもちゃ屋さんに入って行った。…苦労してるね。

 

「あいつは本当に自分勝手に動きやがって…まったく」

 

…でもセーラのワガママも半笑いで許してスーパー入ってるし…。

無駄に優しいんだよね、変に許しちゃうっていうか…普通怒りそうなことも文句言うけど結局許しちゃうんだもん。

 

「ったくあいつは、ワガママなとこさえなけりゃモテそうなのによ。彼氏ぐらい簡単に出来るだろうに…いや、それは許さんけど」

 

 

1人でブツブツ言ってることもあるよね。あれは正直最初怖かったなあ。

 

ほら、いまみたいに1人でぶつぶつ話して…

 

 

 

 

…あ

 

 

 

 

 

今、2人っきりだ。

 

 

 

ちょっとだけ落ち込んでいた私は、そのことに気づくまでにやけに時間がかかった。

 

 

今日1日中待っていた、2人っきりになれる時…

 

 

だというのに

 

 

私は、さっきのセーラと彼の楽しそうな空間を見てから何故か気分が重かった。

 

 

なんか、2人のいない合間を縫って会うみたいで…なんか、やだな…。

 

 

スーパーの中で、ティシュの側にある『ペットボトルに使う取って』を真剣に見ている彼を遠くから見ながらため息をついた。

 

 

今日は、帰ろっ…かな。あの2人の邪魔しちゃ、悪いし…。

 

 

セーラもすぐにこっちに来るだろうし、そんなとこに私が突然出てきたらやっぱ…ね。

 

 

…それに、あの光景をまた見せられるのは…流石に辛い、かな。

 

 

 

 

「便利だけどこれ…どうやって外すんだ?思いっきり引張っていいんか…?」

 

また独り言で機械音痴なのにお試し展示をいじってる。あれそのままほっといたら壊しちゃいそうだけど…

 

今日は、いいや。どーせすぐセーラが来るんだろーし、理子じゃなくてもいいもんね。

 

 

帰ろ。…なんか、疲れちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーダメだっわっかんね。…こんなときに()()()()()()()がいてくれりゃよかったのによ」

 

 

 

 

…え?

 

 

 

思わず立ち止まり振り返る。

 

 

い、いま、なんて…?

 

 

「機械得意なんだからこんなときいないとさー。…いて欲しいときにいないんだからよ。ったく最近全く姿見せないでやんの、()()のやつ」

 

 

…今、私のこと、言ってた?

 

 

私に、いてほしい、って…言って、た??

 

 

私がいない時に、私のこと、心配、してくれるの?

 

 

たったそれだけの言葉(こと)

 

 

それだけで心が躍ってしまうのは気のせい、じゃないか。

 

男子とか恋愛とか得意とか思ってたのに本命だとちょろいな私。

 

ま、いいか。自分に素直になろっと!

 

 

今も頭を抱えて悩む機械音痴の大好きな人に

 

 

 

 

 

私は、やっと呼べることに興奮を抑えきれず、

 

 

 

息を思いっきり吸い込み、

 

 

走り出しながら大好きな彼の名前を呼んだ。

 

 

 

「しゅうーちゃーん!!お待ちのりこりんがきったよー!!」

 

 

私はもう待ちきれなくなって、彼に聞こえる距離より遠くからすでに名前を呼んでしまっている。

彼、岡崎修一の名を呼ぶことがこんなに嬉しいことなんて考えたことなかった。あともう一回くらい呼んでからしゅーちゃんに後ろから抱きついてあげよっと!

 

もーセーラとかしーらないっ!理子だってしゅーちゃんの友達だもん!仲良くしたってなんの問題もないもんねっ!

 

 

 

 

理子は、峰理子はここにいるよっ!しゅーちゃん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこと、考えてたのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

この日から、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼にもう峰理子として会うことが出来なくなるなんて、この時の私は思っても見なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

背後から

 

 

 

 

昔聞いたことのある最も聞きたくない『アイツ』の声が聞こえた。

 

 

 

「ーーッ!?」

 

 

 

頭の中で響く声に心拍数が跳ね上がる。

 

全身が震え、思わず地面に倒れ込みそうになった。

 

 

何度呼ばれても慣れることのないその声に

 

 

 

 

ゾクッと悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首元からプチっと音が鳴り、

 

 

 

十字架のロザリオの地面に落ちる音が

 

 

 

やけに大きく聞こえた。

 

 

 

 

ーーーーー

Syuichi side

 

「いやーやっぱお前最強だわ。まっさかこんな安く買えるなんて」

 

俺は予算の1割引の値段で買えた焼きそばの具材に満足しつつとなりのセーラを褒める。こいつ、セールの一番空いてるとこすぐ当てやがって。

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

顔をそらしながら吐き棄てるセーラ。ただ、アホ毛が相変わらずわかりやすくピョコピョコと揺れているところを見るに、褒められて悪い気はしていないようだ。

 

 

そんな風に…

 

 

「お?理子じゃねーか。おーい!」

 

 

そんな風に素直じゃないセーラを褒めていると、商店街の先であの見慣れた金髪ギャルの後ろ姿を見た。

 

遊園地以来だから、二週間ぶり…くらいだろうか。

 

俺はちょっと嬉しくなって声をかける。

 

しかし、なぜか理子はこちらを振り向かない。

 

 

「ひっさし振りだなー。この頃見ないからなにしてんのかと思ってたけど元気そーじゃん。今日はどした?なんかの帰り?」

 

遊園地ぶりの峰理子がなぜか学校の制服姿で立っていた。こいつあのハイジャック事件から一回も学校来てないのになんで制服着てんだ?

 

「……。」

 

「…?」

 

それでも理子はこちらを向かない。

 

ただ顔を下げ突っ立っている。

 

なんか理子の反応がおかしい…?いつもならハイテンションで俺と話してくれるのに今はこっちに振り向きすらしない。

 

何かあったのか?

 

「修一」

 

「ん?」

 

 

そんな理子は俺の名前を呼んだ後、

 

 

 

 

 

「もう、理子と関わらないで」

 

 

 

 

 

そうたった一言、たった一言だけ俺に告げると、こちらを振り向かずに走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

「……ん?なんなんだあいつ?機嫌悪いのか??」

 

 

走り去る理子に対し、俺はその言葉を重く受け止めることはせず、

 

まああいつのことだから欲しいフィギュアが買えなかったとかで機嫌が悪かったんだろうと軽く考えてしまった。

 

しかし、その言葉はとても重い言葉だったのだ。

 

このときの俺に戻れたとしたらきっと、殴り飛ばしてでも理子を追えと言っていただろう。彼女に近づく闇が、もう目の前まで迫っていた…。

 

 

 

 

 

今この瞬間、

 

 

過去最大最悪な事件の歯車が

 

 

音を立て回り始める…。

 

 

 

 

 




お知らせです!

過去投稿した全ての話の前書きにあらすじを追加しました!
これで話の途中からでも内容を理解することが可能です。
試しに前の話をご覧いただけると嬉しく思います!!

よって元々あった「あらすじ」の話を削除しています。話数で混乱した方がいたら申し訳ありません。


これで準備編は終了となります。

…あの吸血鬼、スーパーでなにしてんねん。


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28.認めたくない事実

27話のあらすじ

「もう、理子と関わらないで」

「機嫌悪いのかあいつ?」

#今回もあの子の過去から始まります…。


ーーーーー

 

「このクソ野郎がっ!床にカスこぼしやがって!」

 

「……ッ!?」

 

腹を蹴り飛ばされ、小さな牢獄の中を転がり端の壁に打つかった。突然部屋に入ってきた『アイツ』は怒り狂っている。

 

狭い壁…いや、小さな体の私にとっては大きな壁のいつもの冷たさを今は全く感じられない。蹴られた腹がの痛みが全てをかき消してしまっていた。

 

この痛みは何度味わっても慣れることはない。

 

息が苦しい。今にも吐き出しそうだ。

 

ただ、その一発で終わるわけもなく、人間より一回りも二回りも大きい足が私を何度も踏みつける。

 

「ごめんなさいッ!!ごめんなさいっっ!!…うっ!…うぅぅ…!」

 

 

何度も上から踏みつけられながら、私は必死に謝り続けた。効果などないのはわかっているが、それでも痛みに耐えられず口に出す。頭を抱え丸くなりただただ必死に謝り続けた。

 

部屋に鈍い音が響き続ける。10分ほど経ったのだろうか…大声で謝っていた私の口が閉じ始める。目が朦朧として頭を抱えていた腕が少しずつ力を失っていく。

 

「ちっ、もうグロッキーかよ。これだから人間のガキは嫌いなんだ」

 

「…ゲホッ…ゲホッ…。…オエッ…」

 

私の体からようやく『アイツ』が足を離した。喉からこみ上げる吐き気を抑えられず地面に吐き出し、小刻みに呼吸する。

 

意識はあった。

 

ただ失っていたほうが痛みを感じなくてよかったかもしれない。新しい傷の増えた身体はもう指一本ですら動かない。

 

「…ごめんなさい…ごめん…な…さい…」

 

意識が朦朧とする中、口がまた謝罪を繰り返し始める。無意識にただその単語を唱え続ける。虚ろな目がほぼ真っ暗な空間を右に左にと視線を移し、この空間から出て行こうとする『アイツ』を消す。

 

そして

 

 

「……おかあ、さん…」

 

 

思わず出た言葉。痛みが限界を超え、何も考えられなくなった頭は昔の幸せだった空間をフラッシュバックさせる。こんな私を愛してくれる…愛してくれていたあの人の顔を思い出した瞬間、

 

その単語を口にだして()()()()

 

それは『アイツ』にとって面白くない言葉なのだ。絶対に言ってはいけない…。

 

気づいたときにはもう遅い、『アイツ』は私の髪を掴み無造作に持ち上げる…

 

「イタイイタイ…!…イタイ…!!…やめ、やめて…くださっ!」

 

「まだあんなクソ女のこと覚えてやがんのか。この際だから教えてやる」

 

「グブェッ…!!…ぁぁぁああああああ!?!?」

 

私の顔を壁に叩きつけた。鼻から熱い液体が漏れ出る。痛みを堪ることなどもうできない。痛みを少しでも和らげようと無駄に声を上げてしまう。そんな私に『アイツ』は顔を近づけ

 

「峰理子リュパン四世?…違う!お前はただの『四世』だ!なにまだ人間でいようとしてやがる犬が!お前は生涯一生、俺の支配を受け過ごすんだよ!親だとか甘えた幻想まだ抱えてるんなら早めに捨てちまえ!お前を必要とするやつなんざこの世には1人として存在しないんだからよ!」

 

「…っ!…うぅぅ…うぅぅぅぅぅ…!」

 

私の希望をかき消した。

 

今日もまた、同じ1日が繰り返される…。

 

 

 

 

 

一体いつになったら…私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「最近理子が冷たい!」

 

「…知らないわよ」

 

桃の前でやんやんと泣く。周りからの目が集中している中、俺は机に顔を伏せ泣いた。

 

時刻は昼休み。小さい弁当なのにちまちま食べる桃の前で本気で涙を流す俺。どうしたどうしたと騒めく桃のクラスメイト達。状況はカオスだった。

 

「そんなこと言うなって!やばいんですけど!もうメンタルボロボロなんですけど!?なんで!?どして!?」

 

「一番やばいのはそれを一年の教室に来てまで話す先輩だと思うけど」

 

そう、俺が泣いていた場所は一年クラスの教室だった。まあアホである。

 

東京武偵高校は他の高校よりも上下関係にはかなり敏感であり、上級生が一年生の教室に1人現れただけで教室内の生徒は起立し姿勢を正すのが原則。そんな先輩である俺が、下級生の中で1人の女の席でわんわん泣きだすなんてありえない。

 

が、今回は事情が事情なんだ。許せ。

 

「はぁ…で?具体的になにされたの?」

 

「実は今日久しぶりに理子が登校してきたんだけどさ…」

 

俺は今日の朝の出来事を話し始めることにする…。こんな状態でも一応聞いてくれる桃は本気で天使だと思う。

 

 

 

-----

 

「うわー理子ちゃんそれ可愛いー」

 

「えへへ~新作アイテムなのだ♪」

 

あのハイジャックから来てなかったくせに、突然当たり前みたいに登校してきたんだよあいつ。そんで、なんか新アイテムとか言って赤いランドセル見せつけて…なんでランドセルなのか全くわからんが。ふつーに理子だったんだよな。…だから

 

「よう理子、おはよ」

 

「………はよ」

 

「あ、あり?」

 

普通に声をかけたんだが…理子は俺の隣を通る際にちらっとこっち見て挨拶するだけでそのまま自分の席についたんだ。…いつもならよくもまあそんだけ話すものがあるもんだと逆に感心するくらい話かけて来るのに…。

 

ーーーーー

 

「んだけど、そん時はただ機嫌悪いだけかなって思ってたんだよ…」

 

「そうかもしれないわね。…それで?」

 

「…さっき昼休み入った時…」

 

ーーーーー

 

前に理子と飯食べる約束してたんだ。机くっつけて食べよってな。だからまああいつの機嫌が悪い理由とか聞くいい機会だから、声かけたわけ。

 

「おーい理子、俺と飯一緒に食べ…」

 

「……あ、キーくん学食なの?りこりんも行く〜」

 

「うお、おま、ついてくんなっ!」

 

「やーだもん。あ、アリアも早くぅ!」

 

「はぁ…しょうがないわね」

 

「……あ、あり?」

 

なのに声かけた瞬間だぞ、あいつ俺のことなんて見向きもしないでキンジのとこ走り込んで行ったんだ。そんまま、アリアも加えて学食行ったよ。

 

ーーーーーー

 

「俺が、なにしたってのよー!?」

 

「へえ…あの理子がね」

 

全部話し終え顔を伏せ泣く俺を無視して外を見る桃。

 

そう、俺はなぜか理子から無視され始めたのだ。なんで!?どして!?

 

「無視されているならそれ相応のことをあんたがしたってことよ。理子が無視するなんて相当やらかしたわね」

 

「…やっぱ、そーなんかなぁ…そーなんかなぁ!?」

 

「鼻水垂らしてこっちを見ないでくれる…?気持ち悪いわ」

 

そうだ、俺も考えは一応ついてたんだ。多分俺が、俺の知らない内に何かしたんだろうと。…いつの間にか余計なことをしていたんじゃないかって。

 

罵倒しながらもティッシュをくれる桃に感謝しつつ鼻をかむ。

 

「とりあえず理子にしたことを最初から思い返してみなさい。それで可能性のあるやつから謝っていけばいいのよ」

 

「…わかった」

 

それから俺はあーだこーだ理子にしたことについて考え、桃は無視して弁当を食べ始める。周囲の反応も時間と共に慣れてしまったのかもう俺たちのことを気にしなくなっていた。慣れってすごいな。

 

 

「…話変わるけど、お前の卵焼き美味そうだな。自分で作ったんか?」

 

「ええ、そうだけど。あげないわよ」

 

「………」

 

「無言で見つめてもダメ」

 

結局、いくら考えてみても俺がしたことで理子を怒らせたようなことを考えきれなかった。…そもそも理子が俺になんか不満あればすぐ目の前で言ってくるし。それだけ怒ってるってことなのだろうか…?

 

時間いっぱい考えるものの考えがまとまることはなかった。

 

「最悪本人に無理やりにでも聞いてみたら?それで解決できるかもしれないし」

 

「そうかもな…帰る」

 

「はいはい」

 

グチをある程度聞いてもらって満足した俺は帰ることにした。…はぁ、どうしたらいいんだろう?

 

 

 

 

余談だが

 

『お、おい…あの鈴木が男子と話してるぞ』

 

『嘘だろ!?俺なんて業務連絡だけでも嫌だって言われて女子と交代させられたんだぞ!?』

 

『あの先輩、どーやって仲良くなったんだ?羨ましすぎる…!』

 

『玉子焼きいいな…なんなんだよあの男』

 

『ねえ、鈴木さんがあんなに話すの見たことある?』

 

『ないない!あかりちゃんと少し話してたくらい!』

 

なんかクラスメイトがざわざわしてたぞ…。お前、クラス内でどんな風に振舞ってんの…?

 

 

ーーーーー

 

日曜日

 

『みるみるマジカル魔女っ子ミラクル!あなたのハートにドッキュンハート♡』

 

「なんで俺こんなとこにいるんかね…」

 

理子から無視されて初めての休日。大きなディスプレイの中で小さな女の子キャラがキラキラと星を振りまきながらウインクしているというアニメに耐性のない人が見たらキツイかもしれない映像を堂々と流すこの場所、秋葉原に俺はいた。

 

右を見れば美少女キャラのポスター、左を見れば美少女キャラのフィギュアがある…別にアニメは嫌いじゃないが、ここまではまだ俺には早かったようで少し居心地の悪さを感じる。それに今の心境的にこんなとこに来るのは憂鬱なのだが…

 

だって、あいつと何度も来た場所だぞ?

 

「どうせ暇なんでしょう?なら荷物持ちくらいにはなりなさい」

 

そんな場所にわざわざ来た理由はこの年下わがままお嬢様の荷物持ちだった。桃の朝の電話を要約すると『一年の教室でグチなんて目立って仕方なかったのに聞いてやったんだから私の命令を聞け』だ。

 

「でもよぉ電話でも言ったけど俺今そんな気分じゃないんですけど…」

 

しょうがないとは思うが、今日はもう1日寝て過ごそうと思っていたほどになにせ身体がダルい。理子が学校に来だしてからずっと無視され続けることがここまで辛いとは思わなかった。元々一年の時にはクラスメイト全員から無視されていたのだが、それの十倍以上辛い。

毎日がつまらない。なんなんだよあいつ、早く元に戻ればいいのに…。

 

「だからこそよ。家にいたってしょうがないでしょ?買いたいものたくさんあるの、手伝いなさい」

 

「…へーへー」

 

まあ、こいつもこいつなりに俺のこと心配して連れ出してくれたんだろうし。悪い気もしないか。俺はスタスタと歩いていく桃の後を追った。

 

それから桃の行きたい場所へと着いて行き、買っては渡され買っては渡されを繰り返し、2時間ほどたった頃にはもう前が見えない状態にまでなっていた。…こいつ、目に付いたものなんでも買いやがって…金持ちはこれだから…。

 

などと思いながらも口には出さず、流石にキツイと訴えなんとか歩道の端に座らせてもらった。重い荷物を横にどかっと置き大きく息をはく。

 

「もうギブなの?まだ半分ほどしか周ってないわ」

 

「知ってるよ。理子とだったらこれでも半分もいってなかったしな」

 

「………。わかった。そこに座って待ってなさい。次の店は私1人でいいわ」

 

結局体力のない俺の話に折れた桃は1人で買い物の続きへと向かっていった。まだ昼になったばかりの休日の秋葉原の歩道は人が途絶えることがない。俺は歩道の端に座って水を飲む。

 

「そーいや、理子と何度も来たっけか。無駄にアニメの知識植え込まれたっけ」

 

理子とは何度かここを訪れたことがある。目的もなくただブラブラと周っては俺の好みのキャラクターを選ばせるんだ。…毎回毎回なんで選ばせてくるのか全くわからなかったが、普通に和風美人系の子を指差したら蹴り飛ばされたっけ。…あれ本当なんでなんだ?本気でわかんね。

 

金髪ギャルとの思い出についふっと笑いながらきれいな空を見る。

 

 

なんであいつ、怒ってんのかな…?

 

今は、その楽しかった思い出が全て逆の意味で帰ってきてしまう。あのなんだかんだ言いながら楽しそうに笑っていた理子にはもう会えないのだろうか…?

 

ああもう、今はあいつのこと考えるのは辞めだ!鬱になるわ。

 

頭から二文字を吹っ飛ばそうと周りを無駄に見渡す。

 

 

 

 

「…キンジ?」

 

 

フィギュアショップとメイド喫茶の間、その中へと入っていく男が目に入った。

 

あの高身長、チラッと見えた横顔はキンジで間違いない。

…けどおかしいな。あいつはこんなとこに来るようなやつじゃないはず…??

 

声、かけてみるか。

 

 

 

「よおキンジ、お前がこんなとこにいるなんて珍しいな」

 

誰かを待っているようなキンジに俺は後ろから声をかけた。

あのジャンヌの一件以降あまり会話がなかったのだが、一応あの時のゴタゴタは解決している。

…というか、あんな軽い衝突など武偵高では珍しいことではない。いちいち怒る方がおかしいとさえ思うような感覚だ。

 

だからこそ俺も普段通りに声をかけ、キンジも俺の方へ普通に振り向くといつも通りの声で返答してくる。

 

 

のだが…

 

 

 

「おお、修一か。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「…は?」

 

 

今まで考えていたあいつの名前に、思わず眉が上がった。

 

 

どうして今、理子の名前が出るんだ…?

 

まばたきすることしかしない俺にキンジは首を傾げた。

 

「違うのか?俺はてっきりまた手伝いを頼まれ…」

 

 

prrrr

 

なにか言おうとした時、彼の携帯が鳴った。

 

キンジは携帯を取り出し名前を確認したところでため息をつくと、俺に断りを入れて携帯を耳に当てる。

 

「はいはいキンジで…は?なんでもうメイド喫茶に入ってるんだよ?下で待ち合わせじゃ…あーはいはい!わかった、すぐに行く!…はぁ、つーことで悪いな岡崎、もう行かないと」

 

「あ、ああ。気にすんなよキンジ。俺も…その、荷物放ったらかしだからさ。えっと、んじゃな」

 

キンジは謝るとすぐに隣のビルへと入っていった。…どうやら理子とはそこで待ち合わせらしい。

 

…キンジと理子、一緒にアキバ来てたのか…?ま、まああいつなら別に色んな男と遊んでてもおかしくないし、男子連れて2人っきりで休日遊んでても全然、おかしくないもんな。うん。俺なんかを誘ってくるようなやつだし、基本男なら誰でもいいんだろうし…うん。ピッチだな〜あいつ。

 

頭の中でなぜか早い口調で言い訳をし始めてしまう俺。頭を振って頬を二回ペチンと叩くと荷物の元へと戻る。

 

 

 

 

キンジの方へなせか尾を引かれるような感覚があった。あいつら2人でなにするんだろう…?てかどーして2人で遊んでるんだ…?俺だって、その、暇だったのに…。

 

 

ーーーーー

 

 

その答えはすぐにわかった。

 

 

二、三日が過ぎた大雨の降るとある平日。次の授業は科学だ。

 

武偵高校の科学は日頃使い慣れている教室ではなく広い教室の方へ移動するようになっている。横長の机が階段のように後ろに下がるごとに高くなっているまるで大学の教室のような場所だ。

 

ただ前にも言ったがこの武偵高校は一般校と比べて授業出席には寛容だ。成績も主に武偵としての技術の方で判別されることも多く、午前の通常授業にはほとんど出なくても進級できるなんて奴もいる。

 

まあ、なにが言いたいかっていうと授業に出るやつの大半は暇なやつか単位がやばいやつ、もしくは俺みたいに武偵技術がないやつが受けることが多く、生徒数はかなり少ないのだ。

 

 

…ま、普通の授業ならだけど。

 

この科学だけは違う。講義が他と比べてとても面白いなんて理由でもない。…理由は

 

「キャー!小夜鳴センセー♡」

「やっぱかっこいーー!!!」

「もう惚れた!既成事実既成事実っ!!」

 

「あ、あはは…。みなさんお座りください。テスト始めますよ」

 

もう文書でもお分かりいただけただろう。イケメン先生による直接授業なんだここの科学は…!

銀髪、イケメン、高身長、性格良し、おまけに先生。アニメの王子様かっての。俺もあんだけイケメンだったらこの才能なし男でも人気者になれたのかね。

 

この授業は自由席とあって女子どもは皆最前列もしくは二列目に座っている。よって俺とかのバカ男達は自然と後ろに集まるのだ。まあ後ろの方がなんかいいし。最高だ。

 

『くふ、キーくん!』

 

『おい、なんでお前が…』

 

『理子だって探偵科だもん。テストくらい受けるよ』

 

…目の前で変にイチャイチャしている馬鹿どもさえいなければもっと最高だったんだけどな…。

 

理子とキンジは俺の前の席で楽しそう話している。もちろん俺はガン無視だ。

 

本当、なんで俺理子に無視られてんだろ?

 

俺の数少ない友達であるアリアに聞こうとしても「ご主人様ご用件はなんですか?ご主人様ご用件はなんですか?ご用件は…」なんてずっと唱えてて俺のこと気付かなかったしな…。なんだご主人様って…。

 

本気でちょっと鬱になってきたぞ理子さん。いい加減教えてくれよ、俺何したの?

 

そう思っていた時、ブツッと教室の電気が消えた。巨大なディスプレイの光のみが眩しく映る。今回のテストはこれを聞いて記入するだけか…簡単だぜ。

 

『くふふ、キーくん、キーくん』

 

『なんだ、テスト中に話しかけるなよ』

 

『えー?りこりん全部終わって暇なの』

 

…テストは、簡単で、いいけどよ…。

 

なんなの前の2人、クソ気になるんですけど…?

 

なんかこの頃理子さ、キンジと結構一緒にいること多くない?

なんか前より仲よさそうなんですけど…楽しそうなんですけど。

 

なんだ、この変な感覚。若干イラってするんですけど。

 

てかいつもは俺のとこ来てくれたじゃん理子さん?あれ地味に嬉しかった分今すごく辛いんですけど?

 

くそっ!ほんとなんなのよ!

 

ーーーーー

 

…結局、前の2人が気になってろくなテストできなかった…。ついでに終わってすぐ理子と話ししようと考えてたんだけど、俺の方見向きもせずにとっとと行っちゃうし…。本当俺なにしたんだ?

 

大粒の雨を傘で遮りながら帰り道を歩く。今日はなんかなんもかんもめんどくさいし、家に帰ってセーラとダラダラ過ごすか…。

 

「キーくんと相合傘嬉しーな!も〜っと雨降ればいいのにぃ♡」

 

曲がり角の先、校門の近くでまたあの2人を見つけた。2人で一つの傘に入ってる。色や柄的に理子のものだろう。2人の顔はこちらから覗き見ることは出来ないが楽しそうだ。

 

…無性にイラっとした。

 

なぜだかは全くわからないがキンジに激しく怒りを覚えた。…もういい、桃の言ってたようにあの2人の前に行って理子に俺がなにしたか聞いてやる!

 

そう思い走り出そうとした…その時

 

「っ!?誰だお前っ!」

 

「キンちゃん!」

 

俺があの2人の前に走り出すより早く、白雪が般若のような顔で2人の前に立つ。…そういや、白雪はキンジのこと好きなんだっけか。

 

「キンちゃんと相合傘なんて羨ま…じゃない!ハレンチな!キンちゃんが嫌がってるのわからないんですか!?」

よし、白雪に加勢してやるか。ま、理子は俺のこと怒ってるみたいだから無視されるかもしれんが、これを機にもしかしたら聞き出せるかもしれんし。

 

もし本当に悪いことしてたら謝ってやらんでもないしな。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、次の言葉だけは、聞かなきゃよかったのかも、しれない。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで〜?キーくんとりこりんは

 

()()()()』なんだよ〜?

 

相合傘くらいあったりまえジャーン??」

 

 

 

 

理子は傘を楽しそうに回しながら白雪に言い放つ。

 

 

傘が、落ちた。

 

 

 

「………………………………………………………………は。」

 

 

 

ああ

 

 

 

 

 

なるほどねなるほど、ね

 

 

 

 

なんかこのごろあの2人の仲いいなと思ってたけど

 

 

 

 

そっか

 

 

 

 

そっかそっか。

 

 

 

 

 

 

キンジと理子…()()()()()()()()…。

 

 

 

 

なるほどなるほど、あーすっきりしたわ。今までの理子のおかしな行動が全部理解できるねこれ。

 

 

 

 

俺に『もう関わらないで』と言ったこと

 

 

 

 

 

挨拶したのに軽い返事だけだったこと

 

 

 

 

 

無視されたこと

 

 

 

キンジと付き合ってるんだし、ほかの男子とはあまり仲良くしちゃ、ダメだよな。

 

しかも俺なんかと、キンジを仮にも裏切った奴ですからね。はいはい納得納得うん。

 

 

いやーよかったよかった、白雪が先にあの2人の前に来てて。

 

 

危うくあの2人の邪魔を俺がするとこだったよ。いやー男としてね、それはダメだようん。紳士ですから俺は。カレカノの間に割って入っちゃダメですダメです…。

 

 

いいね、自分と仲のいい2人が付き合う。おめでたいじゃないか素晴らしいじゃないですか。もう嬉しくて嬉しくて…

 

 

よかった…よかった。

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

「…………………『理子は味方』……じゃなかったのかよ、クソッ」

 

 

 

それから白雪がブチ切れて理子となにかやっていたが…よく覚えていない。

 

 

 

ザアザアと大きな音を立て流れる雨が、俺の舌打ちをかき消した。

 

 

ーーーーー

 

〜武偵高校廊下〜

 

『…まったく見てらんないわね。理子も理子で何考えてるのやら…』

 

『ああ、見つけた。鈴木さんお時間よろしいですか?』

 

『…はい?えっと確か、小夜鳴先生?』

 

『はい、突然すみません。実はお願いがありまして…』

 

『お願いですか?』

 

『はい、明後日の身体測定なんですが、鈴木さんは明日の二年生の再検査と合同してもらうことってできないでしょうか?』

 

『身体測定?別に問題ないですけど…どうして私ですか?』

 

『いやーこれがなんというか、転校生だからというあいまいな理由でして…これといって理由はないといいますか…あはは』

 

『…まあ、別にいいですけど』

 

『本当ですか!?ありがとうございます!それでは明日よろしくお願いしますね!では』

 

 

 

 

 

 

 

 

『変なテンションの人。……ん、獣の臭い?…犬でも飼ってるのかしらあの人』

 

 




投稿遅くなりすみません。次はようやくバトルが起こりそうです。

アニメではキンジとアリアがメイド喫茶で理子の依頼を受け屋敷に潜入する準備をしているところですね。
身体検査の前ですのでまだ潜入はしていません。…それにしても理子さん、メイド服可愛すぎじゃないですかね!エロ可愛い!最高!

個人的には最後の髪ほどいた理子がお気に入りです。…いいなキンジ…。

話逸れましたが、次回も宜しくお願いします!ではでは!

ps 主人公が脇役キャラになりつつある…?そんな馬鹿な。


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29.脅威、密かに迫る

「28話のあらすじ」
キンジと理子が付き合ってることがわかった

#大変遅れました。今週から週一に戻れます。今週中に次の話を投稿予定です。
久々の戦闘シーンあります


平日〜am8:00〜

 

「修兄、おはよ」

 

「…おー…」

 

髪がボサボサ状態のセーラがダボダボのジャージから指先だけを出し片目を擦りながら起きてきた。

 

「朝ごはんは?」

 

「お〜作っといたぞ〜テーブルー」

 

「ありがと」

 

「お〜」

 

「…食べないの?」

 

「…あ〜も〜少ししたらな」

 

「…そう」

 

いつもは一緒に座って食べる俺がソファーから動かないことに首をかしげるセーラ。俺は空を見ながらぼやっと返す。

 

「………んー…」

 

「いただきます」

 

「…………んー?」

 

俺はたまたま近くの机に置いてあった鉛筆をクルクルと回しながらひたすらに頭の中で考える。んー?

 

「…何かあった?」

 

「………あ?なんか言った?」

 

「……。」

 

箸の手を止めセーラがなにか言っていたようだが聞き逃してしまった。あー、しまった考えすぎちまうのは俺の悪い癖だな。

 

俺はセーラの向かいに座り俺の分の朝飯を食べ始める。

 

 

 

さて、そろそろ俺の悩みを言うとしよう。

 

 

理子に無視され始めて、あの2人が付き合っていると知ってから数日経ったある日。もやもやを抱えながら過ごす中で俺はあることに気づいたのだ。

 

 

最近、理子の元気がない。

 

それに気づいたのはすぐだった。教室で楽しそうに談笑する理子。その横をちらと通った時に見えた顔が、なんというか笑っているのに疲れを隠そうと努力しているような、頭の中は一杯一杯なのに無理に取り繕うとしているような、そんな風に感じてしまったのだ。

 

それから俺は教室で、廊下で、食堂ですれ違うたびに見てしまう。その度に疲れが増していっている感じがするのだ。

 

なんでそんな疲れた顔してんだ?キンジと付き合い始めたばっかりのはずだし今が一番楽しい時期じゃないのか?

 

それかやはり俺が何かしたことをまだ引きずっていたりするのか?

それで落ち込んでしまっているとしたら…なんとかしてやりたいがそれはキンジの役割のような気もするし…

 

いやそもそも人の彼女の心配なんてそもそもする必要がないのか…?いやでも見るからに元気ないのを無視するのは友人としてどーなのよ?いやでも…

 

俺の中でこのような疑問が何度も生まれては否定されていた。

 

「……んー…。…いやいや…?………ん〜??」

 

「…ねぇ、何かあったの?」

 

なんてことを考えていると、セーラが声をかけてきた。あー悩んでるの顔に出してたか。それを悟られるって少し恥ずかしい。

 

「いや、お前には関係ないことだから気にすんな」

 

「……そう」

 

人の彼女が元気ないから相談に乗ってくれなんて言えるわけがない。なんか横取りしようとしている感じがするし、はっきし言ってなさけないわ。

 

「………ん〜。………でもなあ…」

 

「………。」

 

疲れてるのはキンジと遊びすぎて、とか?…いやでも毎日俺ン家に来てた時は一回もあんな顔したことなかったし、朝から晩までゲーム大会した時だってずっと楽しそうに笑ってたし…。

 

…わからん、さっぱりだ。

 

 

「…ん〜

 

…っん?どしたセーラ、こっちまで来て??」

 

「馬鹿馬鹿しい、関係なくてもいいから悩んでることあるならさっさと言うっ」

 

「アタタタタ!?言う、言います!言いますからっ!!引っ張んなっ!!」

 

いつの間にか俺の横まで来ていたアホセーラが寝起きで力加減が制御出来ていない状態で俺の耳を思いっきり引っ張りやがった。…朝から耳を冷やすことになるなんて考えもしなかったぜ

 

ーーーーー

 

あの雨の日から2日経ったが学校生活に変化はない。俺は俺らしく授業に出て午後は強襲科の訓練をこなしていた。いつもと変わらない日々が過ぎていく。

 

…やはり、理子の様子がおかしい。

 

俺を無視し始めた時からおかしかったのだが日が経つにつれそのおかしさはよりわかるようになっていた。友人と楽しそうに話しながらもどっか別のことに意識を向けているような、笑顔の中に影があるような気がするのだ。本当に、どうしたんだ??

 

そんなことを考えているとチャイムが鳴った。これで4時間目も終わり昼休みだ。クラスメイトは思い思いに集まり食事を取り始める。

 

もちろん俺は1人だ。理子以外に仲良く話す友達なんてアリアとキンジくらいだが、飯食う仲ではないしな。

 

友達と仲よさげに話すクラスメイトの中で1人ポツンと座ってじっとしてしまう俺。…いつもなら全く気にしない風景なのだがやけに寂しく感じてしまう。やっぱ人ってのは一度楽しいことを覚えたら後がつまんなく感じるのか。あのバカ…いや、理子がどれだけ救いになってたかこの頃実感する。

 

チラと理子を見ると自分の弁当を取り「きゃっほーい!今日はアジのフライだぁ〜!」なんて周りと盛り上がっている。

 

やはり無理をしているようにも見えてしまうのは、流石に気のせいなのだろう。…が、俺には何もすることは出来ないわけで。

 

…散歩でもしに行くか。

 

そしてクラスにいるのが耐えられなくなった俺は廊下を出て行く先もなくなんとなく階段を降りる。こう居心地が悪く暇な時間はやけに長く感じてしまうものだ。

 

しかし、本当に行く場所ないしどうしたものか。

 

「…久々にあそこ行くかね」

 

 

 

ーーーーー

 

「おらおら、暇人が相手してもらいに来たぞ、もてなせ」

 

「知らないし、今は授業中のはずなのだ」

 

「んな硬いこと言うなっての、俺とお前の仲じゃん?」

 

「授業ボイコットするような悪い人と仲良くしちゃダメだって言われてるのだ」

 

「それはその、あれだ。単位足りてて授業に出る必要の無くなった平賀ちゃんが寂しがってないかなっていう俺なりの気配り…みたいな」

 

「…はぁ。お茶入れてあげるのだ」

 

なんだかんだ言いながら追い返す気はないらしい。ピョイっと椅子から飛び降りるとポットのある奥の部屋へと行ってくれた。

 

本当に寂しかったのだろうか。

 

などと思いつつも口に出すと怒られるので暇つぶしに部屋を見渡す。

 

久しぶりに訪れた平賀研究室は今日もよくわからない機械がゴロゴロ転がっている。この見るからにガラクタが大手企業も気にするほどの機械になるのか…?

無造作に置かれている機械、そのなかの一つを適当に取り、ホース上のなにかをぐいっと伸ばしてみる。

 

 

バキッ

 

 

 

「目を離して数秒で壊さないで欲しいのだ」

 

「…すまん」

 

 

ああまたかといった感じの目で俺を見つつ俺の眼の前にお茶の入ったコップをくれる平賀。俺は謝りつつ割れた機械をそっと戻しお茶を一口。…うまい。

 

「んじゃ、いつもの頼むわ。使えそうで使えない商品紹介〜ドンドンパフパフ〜」

 

「その言い方だと出したくないのだけど、まあいいのだ。前に岡崎君に渡した物を改善しておいたのだ!」

 

「おーそれは楽しみ

 

ダンボールをゴソゴソ…中から一発の銃弾を取り出した。

 

「まずはコレなのだ!『冷却弾』を改良した『冷却弾!』」

 

「まんまじゃねーか」

 

パチンとウインクしながら渡してきたのは以前理子の依頼をこなす為に訪れた際もらった冷却弾の改良版だった。

確か、150mlの水を瞬時に凍らせるだったか。

 

「水がないとダメだった部分を改良したのだ!コレなら打つだけで瞬時に当てたものを凍らせることが可能になったのだ!」

 

「へぇ、んでダメな部分は?」

 

「5秒で元に戻っちゃうのだ」

 

「使えねー」

 

平賀がなにおー!?と怒っていたが、実際使えないだろ。5秒凍らせてなにするってのよ。

 

「むむ、じゃあこれはいらないのだ?300円と値段は変わってないのに」

 

「買おう」

 

まあ実際時間は短くなったが水代込みで300円なら妥協点と言えよう。六発くらい買っとくか。

 

「次にコレなのだ!火炎弾を改良した『火炎弾!』」

 

「だからまんまじゃねーか」

 

次に取り出してきたのは倉庫で撃ったにも関わらず何も起きなかった不良品火炎弾…それの改良品か。見た目はやはりただの弾だが…?

 

「前回の岡崎君の話から使いやすいように改良してあげたのだぞ!これは前と違って『飛ぶ爆弾』にしたのだ!」

 

「飛ぶ爆弾?」

 

「なのだ!これはただ撃つだけだとただの弾なのだけど、手元のボタンを押せば…なんと爆発するのだ!!」

 

「…なるほど、手動爆弾を遠距離から設置できるってことか」

 

「なのだ!物分りがよくて嬉しいのだ」

 

これなら遠くから撃って敵の隙を見て奇襲を仕掛けることもできるってわけか。…いいじゃん。ある分(36発くらいか?)を購入

 

「…ただ、撃った時の反動がかなり大きいのだ。脱臼するほどじゃないとは思うけど、あまり乱用はオススメしないのだ。もちろんこれも実験中だからちゃんとなるかもまだ分かんないのだ」

 

「…いいじゃん、気に入った。あるだけくれ」

 

「まいどっ!」

 

こらは中々にいい商品じゃないか?マイナス点もそう大して問題にならなそうだし、色々と応用できそうだ。

 

「次は新商品なのだ!…といっても戦闘で使う武器とかじゃないのだ。どちらかというと作業用なのだ、その名も『なんでもくっつける速攻ボンド』なのだっ!」

 

「名前がわかりやくすくていいのだ」

 

語尾を真似つつ黄色い見慣れた容器に入ったボンドを手に取る。内容も名前通りらしくなんでもくっつけてくれるらしい…すげ。

 

「ただ使用するときは専用の手袋を使ってくれなのだ。これなのだ」

 

「あいあい」

 

それから女子の裸が見えるメガネやとべーる君 2号など失った物を全て補充した。

 

「とりあえずこんなもんなのだっ。…あ、これはいらないのだ?」

 

最後に平賀が取り出したのは『絶対温か毛布 コンパクト』だ。

 

これは…どこにやったっけ?…えーと

 

 

 

『理子今が一番楽しいかも』

 

『…そうかい、そりゃ、よかったな。でも、疲れてるんじゃないか?寝ててもいいんだぞ?…というか寝て欲しいんだけど』

 

『えー?しゅーちゃんもっと話ししよーよ』

 

 

 

あ、理子に渡したまんまだ。足を怪我したあいつをおぶって山下りたんだっけ…。俺の右足も限界の中、山降りたんだよなあ…。

 

…え

 

 

あ、あれ?なんで俺そんなことしたんだっけ?流石の俺でも足が折れてるのに運ぶとかありえねぇだろ…。痛いのはこっちの方なんだし、あいつも1人の武偵なんだからあれくらい歩けるはずだって考えるのが普通だし…。……ただ、

 

 

…理子になら別にしていい気もする…?あいつが痛がって歩いてる姿想像したらなんか嫌な気分になるし、あいつの苦しんでる顔見るくらいなら俺が……?

 

 

いや、言い方に違和感が、ある…?

 

 

 

 

理子()()()してもいい気がしている、のか??

 

 

なんで…?

 

 

「岡崎くん?」

 

「……あ、いや、悪い悪い。それはまだ持ってるから大丈夫だ。サンキュな」

 

手に持ったままぼーっとしてしまったようだ。俺は平賀に謝りつつ返す。

 

 

…一体、なんだってんだよ。

 

 

 

ーーーーー

〜昼休み 5分後〜

 

『…行っちゃった…』

 

『おい理子、人を呼んでおいてなにドア見てんだよ?』

 

『ああ、ごめんねキー君、えっとアリアは…?』

 

『今も繰り返し「ご主人様」連呼してるよ。…で?俺には何するつもりだ?』

 

『くふふ、それは行ってからのオッ楽しみ!救護科(アンビュラス)の第七保健室に来てね!』

 

ーーーーー

 

流石に次の講義もサボる気はなかったのだが、自分の変な感覚に馴染めずぼーっとしていると時間が勝手に進んでいた。でもま、次は身体検査だったはずだから大丈夫だろと次の授業も諦め、気分転換に外を散歩していた時だった。

 

 

危険は突然現れる。

 

 

グルルルルル…

 

 

 

唸り声が聞こえる。

 

 

 

「あ?なんだ、お前?」

 

俺の前にはなぜか一匹の白い犬が…。完全に俺を威嚇している。俺が何かしたのだろうか…?

 

「…あー、腹空かしてるならあっちの研究室にでもいって奢ってもらえーー」

 

俺は後ろ頭をかきながら先ほどまでいた研究室を指差す。まああいつならドッグフードくらい持ってるだろうと判断したのだ。決して俺が買うということを避けたかった訳ではない。

 

グルルルル…グォッ!

 

そんな言い訳を心の中でしていると、犬は大きく吠え、走り出してきた。

 

 

ーー俺の刺した指を食いちぎろうとせんばかりの勢いで

 

 

 

「っとと!?おいおいなんだよ反抗期?」

 

ギリギリ手を引くことで噛みつかれるのを回避しつつ一応の戦闘態勢を取る。…が正直混乱状態だ。どしたのこの犬?

 

だが、考える暇を敵は与えない。

 

最初の飛び込みが避けられたと瞬時に察知しすぐに方向転換、俺の周りをぐるりと一周し攻撃の来る方向を混乱させようとする。

 

相当頭の良い敵だ。考えている間に殺られると感じ、俺は直感で横に飛んだ。

 

瞬間、元々いた場所に凶暴な歯が襲いかかる。

 

「ちっ!俺動物になら好かれてると思ったんだけどな…っと!!」

 

犬の動きは最初と同じだ。また避けられたと察し方向転換…しようと前足に力を入れる隙に俺は逆に犬へ飛び込み蹴りを放つ。

 

正直動物虐待的なことはしたくなかったが仕方ない、すまんと内心謝りつつ思いっきりその体を宙に放る。

 

しかし犬はその勢いを利用しくるりと回転し上手く地面へ降りる。そしてその鋭い牙で威嚇しながら距離を取り始めた。

 

「…ったくこのクソ犬。強えじゃねーか」

 

いつの間にかテンションが上がっているのを感じつつ、防弾制服のブレザーを脱ぎ右手にグルグルと巻きつけグローブのような物を作った。俺も本格的に戦闘モードでやろう。

 

うん、どーしてこーなった?

 

犬は一度吠えると右左に動きながら俺に急接近、口を大きく開け俺の体を噛もうとする。…と見せかけて俺のすぐ側で体制を低くしタックルを繰り出してきた。

 

上に防御体制を取ってしまっていた俺はその動きについて行けず、そのまま地面へ押し倒される。

 

グルルルルルルルアアア!!

 

「この…っ!やめ…いっって!!」

 

俺の上に乗り優位にたった犬はそのまま俺の顔を噛みちぎろうと迫り来る。俺は犬の口に防弾制服を丸めた右手を押し込み左手で口を閉じさせないよう顎を開かせる。牙を抑える指から血が溢れ出すのももう仕方がない。ただ指に力を込めこれ以上の進行を阻止する。

 

しかし力は犬のほうが強い、次第に口が閉じ始めていく…。

 

限界がくるその一瞬早く、柔道の巴投げのように犬の腹に足を添え投げ飛ばした。

 

グルルルル…!

 

今度は体から地面に落ちたにも関わらずすぐに立ち唸る犬に流石に頭をかく。しゃーね、手に入れたばっかのアイテム祭りといくか…?

 

 

 

 

ピクッと犬の耳が動き、他所を向いた。

 

「…なんだ?」

 

俺もその方向を見るが、校舎があるだけでこれといって変化はない。

 

が、犬は1度大きく吠えるとその方向へ走り出す。俺なんてもう見向きもしない。

 

 

 

「…一体なんなんだよ」

 

呼吸を整えながら手の制服グローブを取り外す。右手は大丈夫だったが左手がズキリと痛んだ。まるで紙で指を切ったように、見た目の割にかなり痛い。武偵なら我慢しろとか言われそうではあるが…

 

「保健室、行くか」

 

痛いもんは痛い。俺は救護科へと行くことにしたのだった。

 

 

 

ただ

 

 

 

あの犬もその場所へ向かっているなんて、俺は思っても見なかったのだ。

 

ーーーーー

 

パリンッ!

 

「「きゃあっ!?」」「っ!?しゅーちゃん!?」

 

俺の体はガラスに体当たりし、周りから女子の悲鳴が聞こえつつも先ほど別れたばかりの犬ごと教室内に転がり込む。理由は犬なのか俺なのか…正直俺の将来終わったかもなんて飛ばされながら考えてしまう。

 

どうして俺がこうなってしまっているのかよりも今はどうしてそう思ったのかについて簡単に言おう。

 

簡単な話だ、ここはさっき言った女子の身体検査をやってる真っ最中の室なのだ。つまりは女子は全員下着姿。

 

oh…パラダイスと興奮したかったのだがそれよりも俺捕まっちゃうんじゃね?なんて心配してしまった。…いや、捕まるよね最悪…!?

 

「ちっ…なんで向かった先にいんのこのクソ犬っ!?本気で飼ってやろうか!?」

 

犬という単語を声を大にして言う。みなさん理解してください、俺変態じゃないよ?

 

救護科に向かった矢先、またまたあの犬とエンカウント。まるで犬に誘導されるようにこの部屋の窓に打つかった。…おいおいこの犬まさか俺のエンジェルだったりする?それなら許すんだが、代償高えよ。

 

しかし、そんな俺を周りの女子は気にしてなどいなかった。ただ割れた窓付近にて未だ威嚇している犬に集中している。危ねぇ危ねぇ…俺人生終わるとこだっ…

 

「先輩、どうしてここに…?」

 

…いや、1人だけこっちに意識向けてるやついたわ。

 

「俺が聞きたいっての。なんなのあの犬…親のしつけがなってないよな。桃もあんな子育てちゃダメ……だ…。………。」

 

 

「…その、あまりこっちを見ないでくれるかしら」

 

 

また巻き込まれた嫌味を桃にぶつけようと声の聞こえた方を見て固まった。…おいおい、美人でタイプの子のあられもない姿って今のちょっと緊迫した状況でも気が抜けるほどの威力あんのな…!

 

なぜ2年の検査で桃がいるのか全く分からないがそんなことどうでもいい!や、やばっ!?これやばっ!?

胸元を両手で隠してあの普段クールで表情の変わらない桃が顔を赤らめてるのってすごい貴重なんじゃないのか…?下着下は見えまくってるし隠していてはいるけど緑色の下着もチラチラ見え…

 

「……っ!!」

 

「ふごっ!?」

 

なんてことを考えながらじっと見ていると顔を真っ赤にした桃の蹴りが思いっきりぶち当たった。これは俺が悪い。

 

「修一っ!バカなことやってないで教えなさい!なんなのこいつはっ!」

 

頬をさすっていると真横にアリアが並ぶ。あ、そうだった今ヤバイんでした。

 

「急に懐かれたんだ…俺凄くない?犬なんて飼ったことないけど飼おっかな?」

 

「牙むき出しの懐き方なんてないわよ!それにあれどう見ても犬じゃなくオオカミじゃない!」

 

「…やけに噛み付いてくるのが痛いと思ったら」

 

「本気で気づいてなかったの!?バカじゃない!?」

 

アリアとの軽い言い合いは犬…もといオオカミが飛び込んできたことで中断された。おいおい、本気で俺気に入られてるじゃんかよ。

 

血の滴る左手をグッと握り脇を閉める。まだ続けるならこちらだって容赦しない、徹底的にやってやる…!

 

ーーと、目を細めた時だった。

 

ウォォォォォン!

 

オオカミは一つ大きく吠えると、俺の方から目をそらし、下着の女生徒の合間を縫って走り出すと

 

 

「…う、うぁあ!?」

 

何故か下着女子室に元からいた唯一の先生、小夜鳴先生の元へ襲いかかった。

 

「小夜鳴先生!」

 

先生は武偵高先生であるにも関わらず情けない声を上げると迫り来るオオカミの爪を腕で受け止めてしまう。そのまま先生は体制を保てずオオカミに馬乗りにされてしまう。

 

「おいおい…!先生なんだからもう少ししっかりしろよっ!」

 

思わず毒を吐きながら俺はオオカミに近づきその腹を蹴り飛ばす。

オオカミは相変わらずの運動神経をもって軽く受け身を取ると、颯爽と窓から飛び出した。…って飛び出すのかよ!?なぜに!?

 

「本当、なんだってんだ…」

 

結局目的の見えなかったオオカミが消えたことで、一瞬室内が静かになる。…が流石武偵高生徒、すぐさま逃げ出した窓の先を見るは…

 

「あり?なんでキンジがいるんだ?」

 

俺の横を走り抜けたのは何故かいた遠山キンジ。キンジは、オオカミのせいで棚に挟まれてしまっている男武藤からバイクの鍵を受け取るとオオカミを追って窓から出て行ってしまった。いろいろわけが分からないが、とにかくオオカミも消えたことで一応事件は収束。

 

…今度こそシンと静まり返る室内。

 

 

んなわけがなかった。

 

 

「先生!大丈夫ですか!?」

「大変!血が出てますよ!!救急箱救急箱!!」

「…血…先生の…血っ!レア…!」

 

流石武偵高校の女子生徒とでも言うのか、荒事があったにも関わらずイケメン先生との一大イベントを優先し、我先にと走り出した。…俺の方が怪我してるんだけどななどと思いながらもまあイケメンだから仕方ないと諦める。

 

「おーい武藤さん、大丈夫?」

 

「おお、岡崎。悪いが持ち上げてくれるか?」

 

そうして俺は、あまり下着女子を見過ぎてもなと1人棚と格闘する武藤の手助けをすることにした。左手の手当をしたかったが、生憎救急箱は全て先生行きだしな。

 

「んで、なんでいんのお前?性転換?」

 

「バカ言え覗きだ」

 

「…お前、男としてそれはやっちゃダメだろが」

 

全くコイツは…ここには桃がいるんだぞ…!?殺されたいのかこいつは…!!

 

「責めるならキンジも同罪だろ。あいつだって俺と同じなんだからよというか、あいつの方がわけわからんからな」

 

「何がどうわけわかんないんだっての」

 

「あいつ『理子に頼まれたんだよ』なんて変な嘘ついてごまかそうとしてたんだ。それに比べたらおれの方がまだ潔いいだろ?」

 

「…理子に?」

 

確かにあのキンジが覗きなんてするとは思えない。どちらかというと頼まれたと言われた方が信憑性が高い気もする。…ただ、どうして理子がそんなこと…?

 

もし仮にだが、今回のオオカミの件を理子が先に察知していてそれをキンジにサポートしてもらうためにここに呼んだとしたら…?

 

つまり、理子はその情報を調べる要素を手にしてたってことになる…?

 

それはつまり…

 

 

「あいつ、また事件抱えてんのか…?」

 

理子が抱え込むタイプだってのは知っている。もしあいつがなにか事件に巻き込まれていたとして

 

それを恋人のキンジにサポートを頼んだとしたら辻褄が合う。

 

ちらっと最初に俺の名前を呼んだあいつ、その聞こえた声の方を見る。

 

その場所にはすでに、彼女の姿はなかった。

 

「…………。」

 

 

 

ーーーーー

 

「先輩」

 

「どした?」

 

あれから数十分が経ち、ようやく俺の元に救急箱がやって来てくれた。ラッキーと思いつつ片手で苦戦しながら包帯を巻いていると、なんとなんとあの桃さんが手伝ってくれたのだった。制服は着ている。…ガッデム。

 

もう二度と見れないであろう夢の光景を脳内で思い出しつつ彼女に向き直る。

 

「ちょっと気になったことがあって。勘違いかもしれないけど」

 

「気になったこと?」

 

彼女は包帯を巻きながらその手をただじっと見つめ話を進める。

 

「あのオオカミ…本名称はコーカサスハクギンオオカミね。絶滅危惧種に指定されてる珍しいオオカミよ。私も初めて見たわ」

 

「ほうほう」

 

スルッと親指と人差し指の間をガーゼが通る。

 

「あんなオオカミなんて見る機会ないし、あのオオカミの匂いなんて嗅ぐ機会一度もなかったのよね」

 

 

もう一周くるっとガーゼが回ろうとして

 

その手が、止まった。

 

 

 

「でも私、あのコーカサスハクギンオオカミと同じ匂いを嗅いだのよ。

 

さっきそのオオカミに噛まれた

 

 

小夜鳴先生からね」

 

 

「……へぇ」

 

今もまだ女子に囲まれ手当を受ける小夜鳴先生を見た。女子に囲まれ困った顔をしているあの先生の匂いと、あのクソ犬の匂いが同じか…。

 

それにあのオオカミ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにも見えたし…。

 

偶然の一致にしては、出来すぎている気がしないでもないが、動機もない。

 

女子の裸が見たかったとかはありえないし、てかあの先生ならみたい放題だろうし…羨ましい。

 

「あくまで私の感覚だし、それがどうしたって訳でもないから適当に流しておいてもらって構わないわ。…はい、終わり」

 

考え事をしている間に桃の手当は終わってた。…おお、すげっ。綺麗に巻かれてる。

 

俺は桃に感謝の言葉代わりに伝えることにした。

 

「ちなみに、俺も気づいたことが一つ」

 

「何かしら?」

 

帰ろうとしていた桃が俺の方に振り返る。

 

俺はニカッと笑って親指を上に立てた。

 

「お前って意外と胸デカいのな。やっぱ桃さん最こーグフッ!?」

 

 

 

女子から二回も本気で蹴られたのは生まれて初めての経験でしたっ!後悔はしていないっ!!

 

 

ーーーーー

『セーラー、たっだいまー』

 

『…おかえり。…どうしたのそのアザ?』

 

『幸福の代償、かな』

 

『?…まあいいや。そんなことより峰理子とはどうなったの?』

 

『あーそれなんだけど俺

 

あいつときちんと話てみることにするわ。

 

あの2人が付き合ってるからって俺がなにもしちゃいけないってわけじゃないだろうし、力になりたいしな』

 

 

 

『…そうだね。頑張って、修兄』

 

「おう!」

 

 

 

 

 




20時ごろ記入予定


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30 必要、ないから…

29話のあらすじ
キンジと付き合い始めた理子は修一に対してそっけない態度を取り始めた。
その中で修一は理子の様子がおかしいことに気づく。
何かまた抱え込んでいると感じた修一はその手助けをしようと決意するも、今の状態ではその内容を話してくれるとも思えない。
そして岡崎修一はまず彼女と元の関係に戻れるようにと行動を開始する。


俺は、話をすることを目標に行動を始めた。

 

あいつの抱えている問題を聞くにはまずこの状態をもとに戻すことが重要だ。…まあその理由も理解してはいるがだからと言ってほっとけない。

 

無視をされては話にもならないからな。

 

【休み時間】

 

「おーい、理子?」

 

「………」

 

休み時間が始まると同時に理子の席へ向かう。授業終わってすぐなら誰も理子に話しかけていない。チャンスだった。

 

「おーい、理子さん?」

 

「………。」

 

だが理子は目の前にいる俺に目も合わせず教科書を机にしまうとそのまま、教室を去ってしまう。俺のことなど最初からいなかったかのように無視して出て言ってしまったのだった。

 

「…結構、クルな…」

 

正直泣きそうだ。胸が締め付けられたように感じる。周りの目線が集中している。クスクスと笑われていることから、俺たちが不仲になったのはクラス中に伝わってしまっているらしいことがわかった…。

 

だけど、

 

 

キツイけどセーラに言っちまったんだ、頑張るって。これくらいで止められるか。

 

グッと拳を強く握り、気合を入れる。

 

ここからは、意地の張り合いだぞ!

 

 

【昼休み】

 

 

「理子さんや、お弁当食べませんかの?」

 

「………。」

 

 

【放課後】

 

「今から探偵科?俺も途中まで一緒にーー」

 

「……………。」

 

 

【次の日の朝】

 

「おっす、理子!一緒に行こうぜ!実は昨日お前のオススメしてたアニメを見てーー」

 

「…………………………。」

 

 

【昼休み】

 

「おい見ろよ理子!今日売店にコンソメポテトチップス販売されてたぞ!行こうぜ!!」

 

「…………………………………。」

 

【放課後】

 

「俺この前そこのクレープ食べたんだけど美味かったぞー?どうだ一緒にーー」

 

「……………………………………………。」

 

 

 

何度も、何度も

 

 

 

「な、なあ理子。俺さっきの問題わかんなかったんだけど…その、教えてくれないか?」

 

「…………………………………………………………。」

 

 

 

ただ無視され続けても

 

 

 

 

「理子さん理子さん、明日休みだしアキバにでも行かないか?」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………。」

 

 

 

なにかにつけて話しかける。

 

 

ただ一心に

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……なあ、理子」

 

「………。」

 

「……………ッ。」

 

 

ただ、話かけるたびに

 

 

 

どんどん、心の奥が締め付けられるように感じ始めていた。

 

 

 

 

ーーーーー

【放課後】

 

「ったく、なんで俺がこんなこと…めんどくせ」

 

理子に話しかけ始めてから5日経った日、俺は自分の部屋がある男子寮の階にいた。いや、帰ってきたわけではない。

 

一週間休み続けているキンジにプリントを届けに来たのだ。

 

とある日からいきなり休み始めたキンジ。先生に持って行く理由を聞いたが、どうやら依頼を受けてハウスキーパーをやっているらしい。

 

その間たまったプリントを隣に住んでる俺が渡すことになりここまでやって来たのだ。

 

まったく、俺そんな暇ないってのに。理子の会話ネタなくなってきたから今日はセーラと内容考える予定が……まあこれからあいつに頼むから予定とは言えないんだけど…。

 

俺はやれやれと思いながらもキンジの部屋のインターホンを押そうとして…

 

止まった。いや別にこれといった異常が起きたわけではないのだが、なんとなくただ部屋訪れて渡すのは面白みがないと感じた。

 

…うん、ベランダから行こう。

 

前に一度理子の依頼を完了させるためキンジの部屋へベランダから侵入したことがある。一回できたわけだしそっちから行ってみるのも面白いかと自分の部屋に入る。

 

「…おかえり修兄、早かったね」

 

「おう、まあすぐ出るんだけどな。ベランダから」

 

「…?」

 

ソファの端っこにちょこんと座り弓を磨いていたセーラの横を素早く通過しベランダに出る。

 

そして数日前に再び手に入れた『のびーる君 2号』の調子を確認、キンジのベランダへとゆっくり飛び移った。

 

しかし、そう何度も窓が開いているわけもなく、がっちりと鍵が掛かっている。さて、どうす………

 

『うん、うん、今日はこれでいいわね』

 

鍵の開け方を考えていた時だった、中からアニメ声が聞こえる。よく見れば端の方の鏡の前にアリアが立っていた。

 

フリフリの可愛らしいメイド姿で。

 

『ふふふーん。理子ったら週が変わるごとに新しい服用意するなんて…でも可愛い』

 

アリアは自分の着ている服がよほど気に入ったのかくるくる回り鏡にウインクっ。顎に手を添えてるところを見るにキメポーズなのだろうが。

 

いや、なにしてんの?マジで??

 

『…まったく、キンジもキンジよね。少しくらい褒めてくれたって……!?………』

 

あ、気づいた。

 

もう一度くるりと回ったアリアは体の正面をベランダ側に向ける。そこに立っていた俺と目が合った。…あっはは、アリアの野郎あうあうあうあうと口を開いたり閉じたしてる…口の動き早いなおい。

「口じゃなくて窓開けろやキンジ専用メイドツインテ」

 

「め、メイドじゃないし、キンジ専用でもないわよっ!!」

 

勢いよく否定しながら窓を開けてくれるアリア。助かる。

だがその手には銃が今にも撃たんとしている。怖っ。

 

「な、ななななんでっ!あんたがベランダにいるのよ!風穴開けられたいの!?」

 

「キンジ並みに逃げれる自信ないぞ俺…。落ち着け、誰にも言わないからお金くれたら」

 

「ほんっとに!ほんっとに誰にも言っちゃダメよ!キンジと理子には特に!!」

 

「おう、任せろ!…今日の夜飯代が浮いたぜ」

 

「…そうね、あんたいつもそんな感じだったわね。わかったわ。お金は払うから内緒にしときなさいよ」

 

「やったで。っとそんなことよりほれ、プリント。お前の分もあるぞ」

 

「それで来たのなら尚更…まあいいわ、ありがと」

 

まだ少し顔の紅いアリアだがプリントを受け取ってくれる。さて…渡すもんは渡したし帰るか。

 

「あ、修一」

 

「あ?」

 

2人分のプリントを確認しているアリアがこちらを見ずに声をかけてきた。

 

「あんた、この頃やけに理子に話しかけてるらしいじゃない。頻繁というかほぼ毎日」

 

「…まあな」

 

なんでお前がそれ知ってんだ、学校来てないくせと聞きたかったが。まあなんとなく理解できたため聞かないでおこう。問題はそこではなく…

プリント全てを確認し終え、それを机に置いた後アリアは俺の方を向いた。

 

 

「やめなさい。もうこれ以上理子と関わってもロクなことにならないわよ」

 

 

 

やはり、そんなことを言ってきた。やっぱ、止めに来たか。

 

 

「…はっ。なんだそれ」

 

俺はベランダの方に正面を向けたまま返す。少しだけ声が震えたのはなぜか。

 

 

「………。」

 

アリアの言葉に深い意味などないだろう。俺のためにそう言ってくれているのはわかった。…ただ

 

「悪いが、お前のその一言で食い下がれるほど理子との仲は簡単なもんじゃないんでな。友達からの助言としてもそれだけは聞き入れられねぇ」

 

ただ、それだけではいそうですかとは言えない。

 

それだけ、あいつには恩がある。

 

「っ!ならもう少し後にしなさい!せめて5日!その後ならいくらでもーーっ!」

 

「あー、やっぱタイムリミットあんのか」

 

アリアはミスを犯した。俺が理子の裏の顔を知らないと思っているアリアなら問題ないと判断するかもしれないが、ドンマイアリア。

 

俺に実行する日を教えちまったな。

 

「タイムリミット…??」

 

「あーいや、こっちの話。…まあとにかくだ。お前の助言は受け取っとくが理子に話しかけるのをやめる気はない」

 

「修一、本当にやめなさい。命に関わるわ」

 

「逆に言えばそれほどの問題を理子が抱えてるってことだろ。尚更ほっとけるか」

 

「あんたがほっとかないと、困る人間がいるって言ってるのよ」

 

「…意味ワカンねぇ」

 

そう吐き捨てるが…本心では、わかってる。

 

俺は…

 

「修一、あんたは強いわ。銃は最悪だけど武術にはある程度伸び代がある。…でも、まだまだ未熟。武術もセンスだけで戦ってるし、呼吸が読みやすい。今のまま私達と同じ敵を相手にしても死ぬだけよ」

 

アリアの言いたいことを要約…するまでもなく俺は俺自身で理解していた。

 

 

俺は

 

 

 

岡崎修一は……。

 

 

 

「………それでも、なにかできるかもしんねーじゃん。プリントはちゃんと渡したからなっ!」

 

「あ、ちょ、待ちなさい修一!!」

 

俺はアリアの言葉も聞かず自分のベランダへと飛んだ。

 

 

ただ、それでも俺はまだ、理子を助けれるなんて思っていたんだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

「おいお前、いい加減にしろよ」

 

 

アリアの言葉を無視して理子に声をかけ続け2日経った日の4時間目体育。この日は男子と女子に分かれてのバスケットボールだった。ただコートは体育館を真ん中で遮りコートにそれぞれ分担されただけ。理子と話そうと思えば話に行ける距離だった。

 

男子生徒は数が多くチームは四つに分かれている。よって二つのチームが試合をしている間、残り二チームは休憩することが出来ていた。今俺のチームは休憩側。今なら話しかけに行ける。今度こそと意気込み向かおうとしたその時に声をかけてきたのは三人の男子生徒。俺が女子の方へ行けないよう前を遮ってきた。

 

「あ?何が??」

 

「峰にストーカみたいに話しかけやがって、何度も無視されてんだから嫌われてるって分かれよ」

「お前なんか相手にされるわけないだろが」

「だろがー、だろがー!」

 

どうやら俺がクラスや他の場所で理子に声をかけていることに腹を立てたらしい。…いやいや

 

「お前らには関係ないじゃん」

 

「関係あるなしじゃねーんだよ。お前本気でキモい」

「最下位が少し話しかけられたからって勘違いすんなよ」

「すんなー、すんなー!」

 

…イラッ

 

「はー。あのさ、お前らがどう思おうが勝手だけど時間がないんだ。退いてくれよ」

 

「だから!お前みたいなクズが話しかけていい存在じゃねーんだって言ってんだろうが!!」

「だからお前は最下位なんだよ!」

「なんだよ!なんだよ!」

 

「…あーもう、うっせうっせ。退けっての!」

 

俺はいい加減ウザくなり前の1人を無理やり退かし女子の元へ向かう。

後ろから舌打ちが聞こえたが知ったことではない。元々俺に対して嫌な目線を指していたようなやつらだ。優先は理子に決まっている。

 

そして理子が座っている方へ近づいた。なぜか1人で座っている。

 

一瞬、理子がこっちを見ている気がしたが…それは流石に気のせいか。

 

「よ、理子。バスケ楽しんでるか?」

 

「…………。」

 

もちろんこの日も返事がない。…ただそれだけで諦めるわけにはいかない。

 

「…あー。その、あれだ。俺もさっきプレイしてたんだけどさ、シュート外しちまったよ。やっぱ俺って運動神経ないみたいでさー。あれかな?ジャンプ力が足りないんかな」

 

そんなことを言いながら軽く飛ぶ。少しでも理子の目をこちらに向けれるように無駄に何度も飛んだ。…しかし、理子は今まで通り俺の方に顔を向けず女子の試合を見ている。

 

…あーまた無理か。次の話はどうすっか。

 

そう、考えながら最後に1回飛んだーー

 

その瞬間

 

()()()()()()()()

 

「しまっ!?」

 

俺の足元には、バスケットボール。

 

落ちる地点にいつの間にか転がってきていたボール。俺はそれを思いっきり片足で踏んでしまう。バランスの取れなくなった体は受け身もうまく取れないまま左腕を下にして地面に落ちる。

 

「……いっっ!?」

 

ドンッ!大きな音を立て倒れこんでしまった。

左腕に全体重の負担がかけられる。反射的に腕を強く押さえる。折れてはいないようだがかなり痛い…。

 

男子の方を片目で見ると、先ほど絡んできた三人がこちらを見てニヤニヤと笑っていた。…クソ、やられた、理子の前で恥ずかしい姿見せちまったじゃねーか。

 

「………あ、あはは、すまんな理子、いつの間にかたまたまボールが転がっちまってたみたいだわ…」

 

から笑いして片手を隠す俺。見栄は張るが左手は抑えてないと痛いのは変わらなかった。…こんな俺を理子はどんな目で見てるのか、怖くて顔を上げられない。立つのさえためらってしまう。

 

くそっ。また俺は…。

 

その時、ビーッ!と試合終了を告げる音が鳴った。

これで俺も理子も試合に出なければならない。…理子も次の試合に参加するだろうし、もうこの時間の会話は終わりか。

 

「…っ。じゃあな理子。また後で来るから、そん時はまたよろしく…」

 

俺は理子に弱さを見せたくなかった。さらに失望して欲しくなかった。理子から逃げるように顔も見ずに男子の元へ戻ろうと体を浮かす。

 

 

 

まあこんな痛み、心の痛みよりマシだ。こんなクソ痛みなんか我慢しながらでもバスケしてやるーー!

 

 

そう、思った時ーー

 

 

 

 

 

「………ん」

 

 

 

 

 

 

 

目の前に、

 

 

 

 

綺麗な手が差し出された。

 

 

俺はその手に数秒経ってようやく気付いた。

 

 

昔はよく見ていた手が、今は懐かしくさえ感じる。

 

 

 

その手は、俺がこの二週間、望み続けた彼女の手だった。

 

 

 

こちらに目線を合わせるまではしてくれないようで他所を向いているが、手だけは確かに俺の目の前にある。

 

ふわっと心が軽くなったように感じた。

 

無視し続けていた彼女が俺に手を差し出してくれるこの現状に、思わず痛みすら忘れてしまう。

 

 

「あ、その、サンクス。でも俺、その、大丈夫だから、お前はチームのとこにーー」

 

ただ、男としてのプライドがその手を握ろうとはしなかった。弱い自分を、見せたくなかった。

 

「怪我してるんでしょ、保健室連れてくから」

 

理子は俺とは目を合わせない。しかし隠した左腕をぐいっと手前に引っ張って様子を確認している…。…バレてたか。

 

「だ、大丈夫だってば。これくらい。気にしなくていいからー」

 

「いいから」

 

言葉を遮って右手を握り、保健室に連れて行こうと歩き出してしまう理子。俺はその後ろ姿を見ながらただ歩いた。

 

その時の俺の心境ときたら、流石にここでも恥ずかしいくらいに、

 

喜んでいた。

 

 

 

ーーーー

 

理子が連れてきたのは先日あのオオカミ事件のあった第7保健室。割れた窓にダンボールが貼られていたり色々と荒らされたままで立ち入り禁止となっているこの場所だが、治療道具はまだ残っていた。

 

「そこに座って」

 

「おう」

 

理子はすぐ近くの被害の少ないベットを指差しとっとと救急箱を取りに行ってしまう。俺は相変わらず愛想ないその態度を少し残念に思いつつも指示された場所に腰掛ける。

 

「ん」

 

理子は目の前に座ると持ってきた箱からガーゼを取り出し手を開いて俺の前に出してくる。左手を出せということらしい。俺は素直に従うことにして左手を出す。

 

「………。」

 

「あ、あのさ、サンキュな、わざわざこんなこと…」

 

「…………別に、巻くだけだし」

 

「そ、そうだよな…。えーっと、その、バスケ、お前いなくなって大丈夫なのか?活躍してたろ?三回決めてたし」

 

「………やる気ないし、疲れるし」

 

「そ、そうだよな…」

 

「…………。」

 

「……………あー……その……」

 

理子がガーゼを巻いてくれる時間、俺はひたすら会話を繋げようとしたが、そもそも話すことが苦手な俺は話を広げることが出来ないでいた。…いつもこいつと何話してたっけ…こんなレベル高いこといつもしてたのか…??

 

それから数分、ただガーゼの擦れる音だけが室内に聞こえる。何かを話そうとするが話題が思いつかない…。こんなんじゃセーラに社交的になれとか言えないな…。

 

 

 

 

「…で、理子に話したいことあるんならとっとと言って欲しいんだけど」

 

 

 

 

「へ?」

 

などとへこんでいると理子が、俺に話しかけてきた。それも俺が本当に聞きたかったことを聞けるような話題を。

 

「気付いて、たのか…?」

 

「あれだけ話しかけてくるんだもん、何かあるとは思ってたよ」

 

まあ、そりゃそうか。いつもは理子から話しかけてくるし、俺からあんだけ話しかけに行ったことなんてなかったかを

 

俺はワザとらしく二回咳払いすると、本題をズバッと聞くことにした。

 

 

 

「お前また何か抱えてるんじゃないのか」

 

 

 

「…………は?抱えてる?なんの話??」

 

理子は、目を合わせない。ただ、強い口調で言葉を返してくる。

 

「お前が無視し始めてから、なんとなくだが元気がない気がしてよ。そんな時って大体なんか悩みがあんだろって話よ」

 

それでも俺は自分の知りたいことを聞くために言いたいことを言う。

 

「……分かったの?」

 

「なにが?」

 

「…………。」

 

理子の疑問に疑問で返す。その時、密かに理子の頬が緩んだようにも感じたが、それは気のせいだったらしい。すぐにまた無表情でガーゼを巻き始める。

 

そしてまたお互い無言の時間が過ぎ…そして、ガーゼが最後の一周をし終わったその瞬間

 

 

 

「必要ない」

 

 

 

きっぱりと

 

 

否定の言葉を返してきた。

 

 

 

 

「修一に頼むことも、修一から何かしてもらうこともない。」

 

「でもよ、お前いつも俺の手を借りたいって…」

 

 

「修一しか、いなかったからだよ、あの時は。でも今は…キンジがいるの。あんたよりずっと強いキンジが…。

 

 

今の私に、修一は、必要ないの」

 

 

顔を伏せ、呟くように言う理子。俺はただじっと理子を見る。

 

 

理子に差し出している左手が明らかに震えていた。

 

 

「そう、か…。で、でもよ。キンジ一人の戦力に俺も加わればさ、1くらい戦力上がるんじゃねーか…?その、雑用、とかさ」

 

 

俺は、必死に自分の利用性を震える口で言う。ガーゼが巻き終わった左手もただ宙に浮いていた。

 

何も言わない理子に、俺は焦りを覚え始める。

 

「そ、それにあれだ。俺を捨てたら警察にお前のこと話すかもしれねーぞ?野放しにしとくより身近に置いといたほうがいいんじゃないの……か?」

 

「………。」

 

理子は、何も言わない。

 

「それにお前言ってたじゃんか。俺が意外と使えたって。じゃあ今回もなんか役に立つかもしれ…」

 

「修一」

 

 

俺の早口が理子のたった一言で動かなくなった。口が震え、次の言葉を聞きたくないと耳が痛んだ。

 

 

理子は俺の顔を見ず、ただ出口へと歩いていく。そして保健室から一歩踏みでた状態で

 

 

 

俺に、告げた。

 

 

 

「理子は

 

 

あんたが、()()。あんたみたいに弱いやつのことが大っ嫌い。サイカイなんか戦力になるわけないじゃん。調子に乗らないでよ。

 

 

 

 

もう、私に、修一は、必要ないんだって…!」

 

 

「……………そっか」

 

()()

 

 

その言葉を理解した瞬間。

 

 

 

 

 

 

すっと、

 

 

 

 

 

 

 

不思議なくらいにすっと

 

 

 

 

 

 

 

震えが止まった。

 

 

 

 

 

 

 

まるで俺の中から何かが溶け出したように

 

 

 

 

焦りが、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあお前、なにも悩みないんだな」

 

「…ん」

 

「そっか…。わかった」

 

「………じゃ、さよなら」

 

 

理子はただそう返事をすると、扉をゆっくりと閉め去って行った。

 

 

 

たった一人、保健室のベットに座る俺は………

 

 

 

「…修一のことが、嫌い、か…」

 

 

 

言葉をもう一度、呟いた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

「……………。」

 

夕暮れになり日が暮れる。辺りが完全に真っ暗になり、月明かりだけが保健室を照らしていた。

 

俺は、ただずっと自分の手を見つめていた。

 

 

「あ、見つけたぞ〜♬おい〜す!!」

 

 

あいつと初めて会ったのは二年の新学期早々。あのセグウェイもどきと初めて戦った日。俺は射撃場に来ていてあいつは俺に興味本位でやって来た。持ち前の明るさとコミュ力ですぐに打ち解けたっけ。

 

 

 

『お、はよー!!しゅーちゃーん!!』

 

 

次の日から悪夢の始まりだったんだよな。依頼を勝手に持ってきてさ。実はそれ自体理子自身が仕組んだことで死に際を彷徨ったんだよな…あれはほんとに死ぬかと思った。

 

「いやーFii Bucuros(すばらしいよ)修一。あの時の会話だけであたしにたどり着くなんて。本当にビックリした。

そう、その通り。

 

理子が武偵殺しだよ。」

 

依頼をこなしたら本性を現しやがったんだよな。まあ本性も結局、あんまし変わんなかったけど。それでもなんか、嬉しかったっけな。

 

 

 

 

それから、

 

『あっはっは!しゅーちゃんに恋愛とかありえなーい!!理子が捕まるくらいありえないよー!!』

 

「・・お前さ、ほんっと性格悪いよな」

 

『うわー、それ本人に言うー?』

 

「見てろよ!あっという間にお前が驚くような彼女つくってやるからな!!」

 

『おお!しゅーちゃん言い切ったね!ちなみに理子は無理だよ?金にセコい人ダメー』

 

「はなっから期待してねーよ金髪ギャル!じゃ、あしたな!」

 

『あいー!おやすみ、愛してるよ!しゅーちゃん』

 

「うるせーよ!男の純情もてあそぶな!!」

 

 

 

それから…

 

「あっはは!しゅーちゃん!だーまさーれたー!!くふ、ドキドキした!?ねえ、ドキドキした!?」

 

「うむ。初キスが理子になるのかって期待した」

 

「くふ。しゅーちゃん理子と初キスしたいのー!?ダメだよ〜理子セコイ人は無理だってば〜!」

 

「知ってたけど男だからしょうがないんだよ」

 

「なんでそこでドヤ顔するのか理子よくわかんない」

 

「男ってのはそういうもんだ。女の誘いは基本断れないんだよ」

 

「くふ、そっかそっかぁ!じゃあ続きは本当の彼女さんが出来たらしてもらおう!ま、出来るわけないけど〜!」

 

「ばっか。お前俺のこと甘く見過ぎよ?俺が本気を出せば女の一人や二人簡単にーーーいたたた!?」

 

 

 

 

 

たくさんのことが、あったっけ。あいつをあそこまで必死に助けようって

 

 

サイカイの俺が、意地でも参加したいって思うほどに必死に助けようってそう思えるほどに俺にとってあいつは…

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

でも今は…

 

 

 

「まったくお前は…こんなところでなにしているんだ?」

 

入り口から声が聞こえる。まるで寝ていたような感覚で顔を上げるとジャンヌが立っている。腕を組みこちらをじっと見ていた。

 

黄昏(たそがれ)てんだよ。空気読めっての」

 

「理子のことだな」

 

「………」

 

一瞬で、俺の一言で瞬間的に察したジャンヌ。おそらく俺と理子のこの頃の関係を知っていたのだろう。

 

ジャンヌの目つきが鋭くなった。

 

「『理子と夾竹桃を悲しませるようなことは絶対にするな。2人が困っていたら真っ先に助けてやれ』と約束したはずだが?」

 

「…ああ、そんなことも言ってたか…。でもよ俺に対して以外はニッコニコしてるしさ、理子なにも悩みないって言ってたぞ?助けることなんてはなからないんだって」

 

俺はまくしたてるように早口で返答する。ジャンヌに否定させないようにただ早口に。

 

「そうか」

 

「ああ。疲れて見えたのもバカ理子だからどうせ深夜アニメとか見て徹夜したとかキンジとイチャコラしてたんだろ。それで疲れてるってんなら助けること、ないよな」

 

「岡崎」

 

「なんだよ?」

 

「本当にそう思ってるのか?」

 

「……。」

 

 

その一言に、また口が止まった。落ち着いたジャンヌの口調が逆に胸を締め付ける。

 

本当にそう、思っているかだと…?

 

本当にあいつが悩みを持っていないと思っているのか…だと?

 

 

「…んなわけ、ねえだろ」

 

 

 

口からぽつりと漏れ出した言葉、自分の意思と反して、勝手に話し始める。

 

 

「あいつがそんなバカみたいな理由であんな顔するわけがねえ、なにかある。なにか絶対にあるんだよ。武偵殺し事件ぐらいにやばいやつをあいつは俺に隠してるんだ。

 

…でも、あいつは俺に()()()。足折れたときですら頼み込んできたあの理子がだぞ。どうしてそんなことしたんだと思う?」

 

俺の言葉をただジャンヌはじっと待つ。

 

俺は瞬きするのも忘れ、自分の問いに自分で考えていた。

 

 

 

 

いや、答えなんてわかってるんだ。

 

 

 

「修一、あんたは強いわ。銃は最悪だけど武術にはある程度伸び代がある。…でも、まだまだ未熟。武術もセンスだけで戦ってるし、呼吸が読みやすい。今のまま私達と同じ敵を相手にしても死ぬだけよ」

 

 

 

 

アリアに言われた。

 

 

 

 

「サイカイなんか戦力になるわけないじゃん。もう、必要ないんだよ」

 

 

 

理子に、言われた。

 

 

そう、俺は…

 

 

 

「んな答え、簡単すぎて屁が出るわな。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

俺が弱い(サイカイ)からアリアは止めた。俺が弱い(サイカイ)から理子が必要としなくなった。結局これなんだ。

俺は武偵高校のサイカイなんだってことこの頃すっかり忘れてたよ。俺は銃も使えない最弱武偵だったってこと。

 

なにが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。自分が必要とされなくなったって焦ってただけだったんだ。でもま、結果はこの通り。俺が雑魚なことに変わりはなかったんだ。

どこのバカが自分の大事な作戦にこれ以上雑魚を参加させるってんだよな。逆に自分の作戦潰される可能性の方が高いっての。そんな奴が俺も混ぜろなんて言って、何度も話しかけてきたら…そりゃウザいよな。だって…

 

 

 

あいつにとって俺は、必要ないんだからよ」

 

 

皮肉。かわいそうな主人公。そう思われたい。俺は一番運の悪いやつで、一番悲しい人生送ってるんだぞとジャンヌに自慢のごとく話しかけている。別に考えてそう発言しているわけじゃない。口が勝手に動く。

 

 

俺はもう、何も考えていない。

 

何も()()()()()()

 

 

「お前は、本当にそう思っているのか?」

 

「元々それが普通なんだっての。ここは実力主義の学校で、俺はそのサイカイ。弱い者とつるむバカはどこにもいないんだ。…理子もようやくそれに気づいたんだな。ようやく頭よくなってお父さん嬉しいわ」

 

「お前はそれで平気なのか?」

 

「平気に決まってんだろ。一年のころから言われてんだぞ。もう慣れ過ぎてプロの資格取れるわ」

 

 

 

「…なら、お前はもう、理子の『味方』には、なってやらないのか?」

 

 

 

「………。」

 

 

ジャンヌの言葉も、今は何も感じない。たったさっき、数時間前の俺なら必死になって弁解、もしくは言い訳を言っていたかもしれない。

 

しかし、今の俺には

 

 

何も響かない。

 

 

 

 

ベットから立ち上がりジャンヌの横を通り過ぎる。

 

 

そして

 

 

 

 

 

「…大丈夫だよ、ジャンヌ。

 

 

俺がなにもしなくても理子ならなんとかやれるさ」

 

 

 

 

 

振り向き様にそう言った俺の顔は

 

 

 

笑っていたらしい。

 

 

 

「……………なんて顔をしてるんだ、まったく」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

小夜鳴家個室にて~通話~

 

 

『じゃあ、確認するぞ。アリアは引き付け役としてあのペンダントのある地下室から先生をできる限り離す。その間に掘っておいた穴から俺が侵入。理子の指示通りに動いてペンダントを回収、一応時間までメイドと執事の仕事をしたら撤収。その後理子と合流して手渡し。…間違いないな?』

 

『ええ、小夜鳴先生は研究熱心だから引き付けは10分が限度ね。キンジ、できそう?』

 

『10分か…どうだ理子、できそうか?……理子?』

 

『え、あ、ああ、ごめんごめん。う~ん10分か~ちょっと微妙。15分くらいに伸ばせないかな~』

 

『…どうしたのよ理子?』

 

『え、何が?』

 

『あんた作戦実行日が近いってのにほかのこと気にしてるでしょ、声でわかるわ』

 

『………そんな訳ないでしょ。理子はロザリオが命より大事なんだよ?それを奪い返すんだから一番集中してますのです』

 

 

『……。それはそうとあんたの言う通り修一に一言言っておいたわよ。まああまり効果なかったみたいだけど』

 

『なんだ?やっぱり岡崎も参加するのか?』

 

『いや、それはない。修一だけは絶対に参加させないんだ…。アリアも修一のことは解決したから気にしなくていいからね』

 

『………そう、あんたがそれでいいならいいけど』

 

『そんなことより二人とも。この作戦にはあのブラドが絡んでくるんだ。失敗は許されないんだから、気を抜かないでやれよ。

 

 

 

 

絶対に成功させるんだ…

 

 

 

 

 

 

そしたら、あのバカに…………』

 

 

 

 

 

 

『『………。』』

 

 

~作戦実行まであと三日~

 

 

 

 

 

 




次回はとうとうあのラスボスと戦います。あの子たちが、ですがね。(予定)

では次回もよろしくお願いします。

PS、外伝2の2「私、先輩のこと好きよ?」にて最後が分かりづらいとの指摘があったので少しだけ変更しました。時間が空いたときにお読みいただけるととても嬉しいです。


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31.二人の想い・衝突 

30話のあらすじ
理子の変化に気づき話しかけ始める修一。しかし、アリアや理子自身に必要ないと宣告されてしまう。自分がサイカイの最弱武偵であることを痛感した修一にはジャンヌの言葉も届かず、時間だけが過ぎていく…



その日、雨のち曇り。朝の今は雨が降って窓に水が跳ねる。

 

こんな外にも出たくなく思う中を学生は勉学しに学校へ通っていると思うと可哀想だと同情してしまうね。わざわざでかい傘に教材の入った重いバック、無駄に幅を取る拳銃(おもちゃ)…は、俺たちだけか。まあとにかくだ、こんな中を自分の意思で歩くやつらってのはよほど欲しい物があるとか、目的があるとか…

 

 

作戦実行の日とかの場合じゃなきゃ動きたくも、ないよな。

 

 

 

「………。」

 

 

俺は自室のベッドに寝転びただ窓の先の景色をじっと見ていた。代わり映えのしない景色を見始めて2時間ほどか、寝転んでいるのに眠気が全くない。10時過ぎになり新しいニュース番組がオープニングの音を奏でていた。

 

外の大雨の音だけが少し広すぎる部屋に鳴る。そんな中で俺はただただ外の曇天を眺め続けていた。

 

『っ!ならもう少し後にしなさい!せめて5日!その後ならいくらでもーーっ!』

 

5()()()のアリアの声がまるでつい先ほど聞いたかのように鮮明に脳内を走る。

 

何度かき消しても、なんど忘れようとしても走り続ける言葉が俺の中で反復する。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()

 

 

 

 

内容は知らない、いつ、どこで、なにが起こるかすらわからない。…ただ、起こることだけは確かなのだ。それも、理子があれほど辛く鳴るほどの何かが…。

 

「…まあ俺には関係ないか」

 

 

しかし、俺はただそう繰り返す。

 

そう俺には関係ないのだ。当の本人から必要ないと言われているし、行ったって役に立たないってこともわかっているし、そもそも行くメリットが全くない。行く必要がない。助ける必要なんてないんだ。

 

 

 

 

だから俺はただ、今日も普通に1日を過ごすんだ。

 

 

 

 

「おす」

 

「…おはよう、修兄」

そう心にもう一度言い聞かせ、体を起こすとリビングに向かう。

リビングにつくと、セーラがすでに椅子に座っているのが見えた。いつもならブカブカの俺のお古パジャマを着て目を擦っているはずのセーラなのだが、今日は自前の制服をちゃんと着こなし、寝癖も解いている。

 

 

 

 

理由は…まあわかる。

 

 

 

「どしたのセーラ?どっか行くのか?」

 

だからこそ、あえて俺は疑問を口にした。もしかしたら俺の勘違いかもしれない。桃とかジャンヌとかと遊びに行く可能性だってある。…そう思ったのだが…

 

「………?………行かないの?」

 

どうやら俺の想像が当たっていたようだ…。どこで知りやがったこいつ。

 

「…………。………おら、飯食え」

 

俺はまたあえて無視した。これ以上俺に変な気を起こさせないでくれと心の中で呟く。昨日作っておいた朝飯をセーラの前に出してやり話を逸らす。そして俺も真正面に座り飯を食べる。

 

これからなにするかな…。溜まってる漫画読んで、ゲームしてそれからーー

 

「修兄」

 

「………。」

 

…それから、あれだ、部屋の片付けして新作の飯を作成してーー

 

「修兄」

 

「…うっせぇな」

 

 

苛立ちを隠せなかった。セーラは朝飯には手をつけず俺を一点に見つめただ名前を呼んでくる。睨め付けるように俺はセーラを見た。

 

「なんだよ?朝飯に不満か?じゃあ食うな。テキトーに外に行って食ってこい。ついでに今日は戻ってくんな」

 

「今日、峰理子のとこ行かないの?」

 

「……っ」

 

俺の当たりの強い言葉に耳を貸すことなくセーラはキッパリと言い切りやがった。思わず口を開けてしまう。

 

「…なんでだよ?あいつと遊ぶ約束なんてしてねーし、そもそもあいつとはもう絶交してんの。だから行かなーー」

 

「…峰理子、今日作戦、実行するんだよ?」

 

「………はぁ」

 

なんでお前がそれを知ってる?とか、関係ないだろとか、色んな感情が俺の中で生まれるが、それよりも嘆息が早かった。

 

セーラは俺の話を全く聞いていない。ただ自分の疑問をぶつけてくる。しかもその目は心底疑問で一杯だとでも言わんばかりだ。

 

なににそんな疑問符浮かべてるんだよこいつは…。

 

俺は立ち上がると冷蔵庫から水を取り出す。それをコップに注ぎ一口で飲み干した。

 

「行ってもしょうがないだろうが。俺なんて戦力にならんって言われてるんだしよ」

 

セーラの方へ目を向けず、ただ口にする。自分の言葉に苛立ちが生まれるのはなぜか…。

 

自分の言葉に少しだけ心が重くなった。

 

「それに、あいつらなら大丈夫だって。お前も知ってるだろ理子の強さ。あいつが負けるとこなんて想像もできねーよ。アホか」

 

そう、理子は強い、心配すんな、大丈夫だ、そもそも俺が心配してもしょうがないだろ?いいから、今日は寝ちまえ、無視しろ。

 

鼻で笑い、コップを適当に転がす。もういい、もう考えなくていいからーー

 

「だから俺も安心してまたベッドに戻っーー

 

「行かないの?」

 

…。」

 

俺の言葉を遮るように、セーラはたった一言告げてくる。心から不思議そうに首をかしげていた。……いやいやだからなんでお前は…

 

「行かないって言ってんだろ。来んなって言われてんだからさ」

 

「…それでも、行くのが修兄じゃないの?」

 

「…は?」

 

 

 

 

いま、こいつ、なんて言った…?

 

 

()()()()だと?

 

 

 

 

「どんなに強い相手でも、どんなに困難な道でも、困っている人がいたら助けに走る。それが修兄。峰理子になに言われたのか知らないけど、行かないなんて、おかしい」

 

 

セーラの表情は変わらない。ただ、いつものようにジトッとした目で俺を見る。手が自然と震え始めていた。

 

「お前、なんか変な熱血マンガ読んだろ。馬鹿か」

 

「読んでない」

 

「だったら尚更馬鹿だ。お前の口癖の馬鹿馬鹿しいを返してやるよ。俺に何夢見てんのか知んねーけど俺、サイカイだからな。最弱のクズだから」

 

早口になりながらセーラに対して言葉をつなぐ。頭の血管が千切れそうだ…。

 

「修兄は、強いよ」

 

「…お前ほんとになに言ってんの。俺が強いわけねぇだろ」

 

「違う、修兄は強い」

 

「強くねぇって言ってんだろ!!」

 

限界だった。俺は叫びながら壁を強く殴る。食器棚に入っていた皿が数枚落ち音を立て割れ、セーラの言葉を遮った。

 

セーラの言葉が異様なほどに俺にストレスを与えてくる。

 

 

今日のこいつは本当に頭にきた。

 

 

 

「いい加減にしろテメェ!俺は本当にお前が思ってるような人間じゃねーんだよ!強い敵となんて戦いたくねーんだよ!困難な道なんて行きたくないし!そこでどんな人間が困ってようが知ったこっちゃねーんだ!!理子を手伝ったのだって金のためだ!桃を襲った組織に喧嘩売ったのだって理子とジャンヌっていう大きな盾があって勝算があったからだ!俺は弱いんだよ!人間のクズなんだ!自分の都合のいい時しか動こうとしない奴なんだよ!」

 

セーラに近づきながら言葉を捲したてる。思ったことを全て吐き出す。

 

今のこいつに、なんの躊躇もない。

 

「…そんなことない」

 

「否定すんなよ!俺を否定すんじゃねーよ!!さっきからなんなんだお前!なんで弱い俺を戦場に行かせようとすんだよ!俺に死ねって言ってんのかよ!?ああ!?雑魚のやられる様見てなにが楽しいんだよ!」

 

「違う。修兄は強いから、峰理子を助けられる」

 

「しつけぇんだよクソが!!」

 

堪らず俺はセーラの腕を掴み押し倒した。音をたて崩れ落ちる俺はセーラに馬乗りになり動きを封じた。近距離からセーラを睨みつける。

 

目を見開きただ暴言を吐く俺に、セーラは全く表情を変えずただされるがまま、押し倒されたまま動かない。

 

「何が強いだ!お前俺の戦ったとこ見たことあんのかよ。あ!?ねーだろ!!お前に俺の本当の姿なんて見せたくなかったから見せてねーんだよ!それみて俺強いだなんだよくだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

 

「…違う、見てる。私は修兄の戦ってるとこ、ちゃんと見てる」

 

「はぁ!?馬鹿馬鹿しいんだよクソが!!何回同じこと言わせんだよ!俺は、弱い!!武偵高校()()()()のクズ武偵!才能もなけりゃ気力もねぇ!変なこと言って俺を惑わすのはやめろよ!!」

 

息も途切れ途切れにただセーラに暴言を吐く。そして、俺はこの時の自分の苛立ちの理由に気づいた。どうして俺はセーラの言葉にここまで心が揺れたのか…。

 

 

こいつの変な期待が俺に重くのしかかっているような錯覚が

 

 

堪らなく怖かったのだ。

 

 

助けに行くのが当たり前。そんなヒーローのように見るセーラに現実の俺の情けなさが容赦なく俺を貫く。実際セーラに苛立ちを覚えていたのではない、セーラの期待に応えてやることができない俺自身にイライラとしていたのだ。

 

 

 

俺が弱いから…

 

 

 

 

俺が《サイカイ》だから…

 

 

 

 

誰もが不幸になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知ってる」

 

 

 

 

 

 

荒く息をする俺に、セーラはポツリと呟いた。

 

まだ戯言を言うのかとまた目を見開いてしまう。

 

 

「あぁ!?まだ言うのかよ!?お前のクソな演説はもううんざーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修兄の()()()。私は、知ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

思考が、止まった。

 

 

「修兄の強さ、修兄の()()()()()()。私は、知ってる。貴方は、優しい心を持った人」

 

 

 

 

「…は??……はぁ??」

 

 

繰り返すセーラに俺の思考は完全に停止した。あそこまで上がっていた熱が急に収まり始める。荒い息を吐きながら、俺は自分が落ち着きを取り戻していることに気づきはじめる。

 

 

しかし、セーラがなにを言っているのかはわからなかった。

 

 

「やさ、しさ?…俺が言ってたのは強さの話だぞ?なに言ってんだお前…??」

 

 

「修兄、鈍感」

 

セーラが唇を尖らせ不満そうな顔をする。…いや、意味がわからんのだが…

 

意味が全くわからず次の言葉が出ない俺にセーラは続けた。

 

「ジャンヌダルクが言ってた『あの男のおかげで理子と夾竹桃が救われた』って。

 

夾竹桃が言ってた『先輩に私の過去を肯定されたから、今の私がいる』って。

 

峰理子が言ってた『しゅーちゃんのおかげで理子は今笑顔でいられる』って」

 

 

「…………。」

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

言葉が、胸に、響いた…。

 

 

 

「別に武術とか、剣術とか、銃術とか、そんなことで『強い』なんて誰も一言も言ってない。そんな強さならどんな人でも才能と努力さえあれば強くなれるし、そんな強さ私はどうでもいい。強いなんて思わない。

 

でも、あなたは()()()

 

『修兄は人を変える、人を救える強さがある』。私達みたいな()()()()に手を差し伸べてくれる。それはどんなに強い人でも出来ない人だっている。私も、修兄に助けられた側。貴方の強さに、救われた1人」

 

 

セーラの一言一言が、俺の胸に突き刺さる。

 

 

その矢が、胸の中の何かを何度も貫き通す。

 

 

 

 

 

先ほどまでの怒りが完全に消えてしまった。ただただセーラを抑え込み、動きを封じていた俺の手が、自分の顔に向かって行く。

 

 

 

いつの間にか、目には水が溜まっていた…。

 

 

 

「違う、違うんだよ…セーラ。俺は、そんなカッコいい奴なんかじゃない。俺は、お前のために、お前を救おうと思って助けたんじゃねぇんだ。それも()()()()()()()()()…。お前は青林に『サイカイ』って呼ばれてたんだ…。才能のあるお前がサイカイだったら俺はどうなる。俺の存在を否定されたみたいで怖かったんだ。だからお前を俺の近くに置いときたかったんだよ。…ただ、それだけで、お前のことなんて二の次だったんだ…」

 

口にするのは、否定の言葉。セーラの考えていることは間違っていると、お前の信じる俺は俺じゃないと、そう口にする。

 

声が、震えていた…。

 

 

そんな俺にーー

 

 

「…でも、私はそれで救われた。修兄にとって自分の為の行いだったとしても、それでも私は救われた。傭兵以外にも私に出来ることがあるって言ってくれた。だから…私は

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

セーラは、ただ、伝えてくれる。

 

 

「修一、あなたになんて言われても、何度だって言う。あなたは強い。人を変える強さがある。人を護れる強さがある。人を助けれる強さがある。

それを忘れないで。そして、私みたいに人生のサイカイ達を、救ってほしい」

 

「……………。」

 

もうすでに、俺は溢れ出す涙を抑えることが出来ないでいた。

 

 

動けないセーラの顔に涙がポタポタと落ちる。

 

「どうして泣くの?」

 

「………うるせぇ………」

 

こくんと首を傾げるセーラ。俺はただ涙を流す。

 

 

 

俺は、勘違いしていたらしい…。

 

 

こいつは、セーラ・フッドという女は…

 

 

俺の全てを見てくれていたらしい…。

 

 

 

ゴトっと音を立て携帯がポケットから滑り落ちた。

 

 

 

 

そこにはーー

 

 

片方じゃ意味を成さないストラップが、付いていた。

 

 

 

「なぁ…セーラ」

 

「なに?」

 

「…俺でもあいつ、救えるかな…?」

 

「修兄しか救えない」

 

「こんな俺でも、あいつの役に、立てるかな…?」

 

「修兄なら立てるよ」

 

「…こんな俺が

 

 

 

 

あいつのために、命張っても、いいのかな…?」

 

 

 

「それができるのが()()だよ、修兄」

 

 

頬に手を当ててくれるセーラの手は、とても暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「お前はダメ、お留守番」

 

身支度を速攻で整え玄関へ、その間役5分。玄関で靴を履いた俺は同じく靴を履こうとするセーラにそう言った。

 

「…は??」

 

セーラの顔が今まで見たことない顔になった。初めてジドッとした目からキョトンとした目に変わるのを見たかもしれない。

 

「…なに言ってるの修兄。私も行くに決まってる」

 

「馬鹿言っちゃいかんよ。俺との依頼内容忘れたか?」

 

俺は懐から生徒手帳を取り出し、セーラとの契約書を取り出す。そしてセーラの前に突きつけた。

 

「ほら、読んでみ?」

 

「……『普通の生活をすること PSお肉は1000円以内のものを購入すること』」

 

「だろ?肉のとこは無視するとしてもこれは守んなきゃ」

 

「…でも、そんなこと言ってる場合じゃ……!」

 

「ったく。お前は人の心配ばっかしやがって」

 

慌て始めるセーラにため息をつくと、ポンと頭に手を乗せた。

 

 

「大丈夫だって。()()にーちゃんを信じろ」

 

 

「…………。」

 

セーラは唇をツンととんがらせこちらを上目遣いで見ながらもコクンと頷いてくれた。

 

「………わかった。依頼は守る……頑張ってね、修兄」

 

「おう!あのバカとっとと救って帰ってくるから鍋の準備でもしてろ!」

 

手を振るセーラに俺は勢いよく飛び出した。曇天の空に少しだけ光が差し込んでいる。

 

 

 

さぁってと、岡崎修一さんの一世一代の大博打!かましてやろうぜ!!

 

 

 

 

 

ーーーーー

《Not side》

 

雨が止み、雲の切れ間から少しだけ日の光が差し込み始め、街行く人が傘を手に持って歩き始めた正午。

雨で葉が落ち、大きな枝だけが残る桜の木が並んでいる場所。

 

 

その場所に1人の女子学生が立っていた。

制服がずぶ濡れになっているのは雨の中傘もささず歩いたからなのか。

 

身長147cmの小柄な生徒は金髪の髪を乾かそうともせず、童顔な顔をくしゃくしゃにしてただ見つめている。

 

 

その目はただ一点、数ヶ月前の始業式の日に付いた弾痕をただ見つめていた。

 

 

そこは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

彼女の名前は峰 理子、正式な名前は峰・理子・リュパン四世。

昔名を馳せた怪盗ルパンの子孫であり、東京武偵高校2年生、探偵科Aランクのエリート武偵だ。

 

「……。」

 

そんな彼女がなぜこんな場所へ、なぜこんな雨の中ただ立ち止まり続けているのか。それは彼女自身もよくわかっていない。

 

ただ胸の中にもやもやと雲のように漂う歪な何かが確かに存在していた。

 

「………。」

 

木についた弾痕を指でなぞると、穴から水が溢れ流れ出した。

 

光のない理子の目がその水を辿っていく…

 

 

 

 

水が木を伝い、地面の割れ目をなぞりながら進んでーー

 

 

 

 

()の靴にたどり着く

 

 

 

「よ、理子。2日ぶり」

 

「…しゅ、しゅーちゃ…修一!?」

 

思わず親しみのある呼び方をしてしまった理子は口元を慌てて抑える。

 

まるで『重たい扉』で閉じたように心を閉ざし、もう話すことができないと思っていただけに、飛び出てしまった名前だった。

 

理子に話しかけたのは3日前絶縁したと彼女自身が思っていた彼、岡崎修一。目尻が少し紅く、少し制服が乱れている。よほど慌てて部屋から出てきたのか、髪もボサボサだ。

 

 

ガチリ…と

 

理子の心を閉める『錠』が音を立てる…

 

 

「…なんでこんなとこに。というか、お前とはもう話さないって言ったはずだ」

 

理子はすぐに顔を平常に戻し敵意むき出しで修一を見る。修一が少し寂しそうな目をしていたのを理子は見ないように少しだけ目をそらした。

 

「そんなこと言うなよ。お前と俺の仲じゃん?」

 

「知らない」

 

 

もう理子の心が限界を感じ始めていた。ミシミシと音を立てるように、危険信号を身体中が送るのを感じる。

 

無視して通り過ぎようとした理子の前に、修一が立ちはだかる。

 

 

「理子、そっちに用があるの。邪魔だから退いて」

 

「やだ」

 

「は…はぁ!?」

 

理子が避けようとすると修一も同じ動きをして道を閉ざす。

そして否定の言葉を口にした。

 

 

「嫌だって言ってんの。お前が何言おうと知るか。俺はもうお前を助けるって決めてんの。だからヤダ」

 

まるで子供のわがまま。『俺がしたい、だからする。』たったそれだけ。修一の意見に理子の考えは全く入っていない。

 

ブチリ…!

 

理子の中で何かがキレた。自分勝手なその言い草に思わず声を張り上げる。

 

「修一…いい加減にしろよお前!!理子の迷惑だっつってんの!何度言ったら分かるんだこのクソ童貞!」

 

「るせーな!童貞は関係ないだろクソビッチ!」

 

「うるさいうるさい!!いいから退いてってば!!

 

「イヤだ!俺もそこにつれてけ!お前を助ける!!」

 

「なっ…!?」

 

修一はただ真っ直ぐに理子を見てそう叫ぶ。

 

カチリ…と再び『錠』が開く音が響く。

 

「だ、だからそれが迷惑だって言ってんの!!いいから帰ってよ!」

 

「イヤだ!」

 

「帰れ!」

 

「イヤだ!」

 

まるで子供の言い合いのようにただ繰り返す。お互いが一歩も譲らない。息が切れるまでその言い合いがつづき…そして

 

「まあ分かってたよお前、意地だけは達者だもんな。まあ俺も引く事ができないしさ…手っ取り早く終わらせるいい方法がある」

 

「…?」

 

修一は首を回し腕をストレッチする。…そして

 

「簡単だっての。んなに俺を退かしたいなら、()()()退()()()()()()()()()

 

理子の前で軽く飛ぶと木刀をゆっくりと取り出した。

 

戦闘の構えだ。

 

理子はそのことに驚きつつも軽く笑ってしまう。

 

「なに?理子を止めれるって本気で思ってるの??はっ、悪いけど修一に負けるなんて想像も出来ないんだけど、本当に本気??」

 

「本気の本気だっての。ここで言い合っても仕方ねぇし、お前ぶっ飛ばして内容全部吐いてもらう。そんで、後は俺がやるから黙って家で寝てな」

 

ふつふつと…理子の中で何かが生まれ始めていた。

 

それは好戦的とか、軽蔑などのような簡単な想いじゃない。

 

 

葛藤。

 

 

「ふん、サイカイが調子に乗んなよ?あーわかった、わかった!お前の頑固も大分知ってるもんね。わかったよ、もういいよ!お前なんかもう知るか!ボッコボコにして何も出来ないようにしてやる!」

 

「そりゃこっちのセリフだわ。金髪ギャルに負ける主人公があるかよ」

 

 

理子はふーっと軽く息をはくと

 

心の『錠』をさらにグルグルと強く巻きつけ、解けないようにしっかりと閉めた。

 

 

修一も本気で構えを取り、理子も同じく構える。

 

 

 

 

 

 

 

曇天の空

 

 

 

 

向かい合う2人

 

 

 

岡崎修一と峰理子、それぞれがそれぞれに想いを抱え

 

 

 

 

ぶつかり合う…!

 

 

 

 

 

 

枝に少しずつ貯められた水滴が

 

 

 

 

 

ポタッと一滴地面に

 

 

落ちた。

 

 

 

「「………っ!!!」」

 

 

 

動きは同時だった。お互いが瞬間的に近づきそれぞれ『敵』に向かって武器を振る。修一の木刀が理子の体に当たるより速く理子はその木刀に拳銃を添え動きを逸らす。

 

ガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッッ!!

 

何度も何度も木刀が空を切り、また空を切る。正確に弾かれる木刀が次第と勢いをなくし始めていく。

 

(…くそっ!こいつ…!!)

 

修一も馬鹿正直に木刀を振り回しているわけではない。アリアとの戦闘、火野ライカとの攻防、ジャンヌ・白雪との乱闘全ての経験、技術から習った動きと技で死角からの一撃を振り下ろそうとするも…

 

理子はまるで修一の動きを知っているかのように攻撃を全て弾き返す。後ろから、斜めから、正面から、四方八方からくる木刀がまるで吸い込まれるように理子の銃へと集まってしまう。

 

そして

 

 

「…っ!?」

 

 

タンッ!と一発、修一の腹に撃ち込まれた。木刀を弾かれ手薄になった部分への一撃。防弾制服といえど激しい痛みが襲うことには変わりなく、たった1発で修一は地面に倒れこむ。

 

その間わずか15秒、痛みに耐えれなかった修一は木刀を手放し腹を抑える。

 

 

「…だから言ったのに、バカ修一」

 

地面に倒れる修一を上から見下し、その横を通り抜けようと銃を収め歩き出そうとする理子。その目は相変わらず光の届かぬ真っ黒な目をしたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿はお前だアホ理子!!」

 

「…っ!?」

 

理子が銃を完全に収めた瞬間、修一は勢いよく飛び跳ね、理子の鳩尾へタックルする。気を抜いていた理子は修一を止めることが出来ずそのまま濡れたアスファルトに2人して倒れ込んだ。馬乗りの状態になった修一、暴れる理子の両手を握り動けなくする。

 

この時、あの遊園地でした恋人つなぎになっていたのは因果なのか。

 

「くそっ!離せよ!!」

 

「離さねぇよ!お前が抱えてることを言うまではな!」

 

「だから、絶対に言わないって言ってんだろ!!なんなんだよ!どうしてそこまでーー」

 

「お前を助けたいって!俺自身が本気で望んでるんだよ!!」

 

「……っ!うるさい!!」

 

理子はグイッと勢いよく上半身を起こし頭突きを食らわせるとそのまま両手を振り回し束縛を解除、フラフラしている修一の顎を思いっきり蹴り飛ばした。

 

しかし修一はその動きを予測していた。顎のショックを吸収しながら上に飛ぶ。そのまま側転しながら落ちている木刀を手に取り理子を殴り飛ばそうとーー

 

「無理だって、言ってんだろ!!」

 

 

修一が理子の方に顔を向けた時にはすでに、理子は数歩後ろに下がり拳銃を構えていた。

 

まさに先読み、未来予知。修一のクッションからの横振りという行動を予測していなければ出来ない動き。

事前に修一の動きを知っていたと言われても頷ける構えだった。

 

「蜂の巣になりなっ!」

 

「ーーっ!?」

 

一瞬の後、無数の銃弾が修一へと襲いかかる。ジャンヌ・白雪戦の成果『弾丸弾き』を1発だけ成功させるも

 

それさえも予期された数発の弾丸がさらに修一の体へと突き刺さった。

 

「…あ、あがっ…!?ぐ、ぐうぅぅぅ………!?!?」

 

修一が声にならない悲鳴を上げながら倒れる。理子の顔に悲痛の色が現れる。

 

「…もうわかったろ、修一?お前じゃ私は倒せないんだ。だからもう諦めてーー」

 

「あ、諦めねぇつってん、だろうが…!まだ、俺はやれるーー!」

 

「ーーっ!どうして…!!」

 

再び走りこんでくる修一に、理子はただ疑問を叫び続けたーー。

 

 

ーーーーー

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…っ…まだ、だ…!」

 

 

10分が経過した。

 

やはり力の差は歴然、地面に伏せ立ち上がろうとするは修一、息を整えるは理子だった。

約10分の攻防、その間傷が増え続けているのは修一であり、理子には一切攻撃が当たることはなかった。完全予知は途切れることなく、全ての攻撃が避けられ反撃されてしまってた。

彼女の実力は確かである。Sランク武偵のアリアと互角に戦えるほどだ、修一ではまず勝てない。

 

しかし、時間が経つたびに悲愴な顔つきになるのは『理子』の方だった。

 

だんだんと、美人な顔が彼を殴るたび撃つたびに苦しそうに歪んでいく。まるで自分が殴られているように、撃たれているように…。

 

再び走りこんできた修一に、理子の弾丸が突き刺さる。

 

「……!!………ま、まだ、俺は…お前に、勝てる…!」

 

「どうして…どうしてそんなに理子のために体張るの…!?もういいじゃん修一…諦めてよぉ……!!」

 

「…るせぇんだよ。そんなこと聞きたいんじゃねえ…いいから抱えてるもんを全部俺に…吐き出せって言ってんだ…!」

 

体がもうボロボロの修一、されど手元の木刀を握りしめ、フラフラになりながらも構えを取る。

 

その姿に理子はついに声を荒げた。

 

「もういい!もういいから!!修一の助けなんていらないからっ!帰ってよ…!!

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

理子の叫びが木々を揺らした。彼女自身の精一杯の悲痛の叫び。

 

 

 

 

 

「……放って……おけるか……」

 

 

 

その言葉に対し…

 

 

 

 

「放って、おけるわけ、ねーだろうが!!」

 

 

 

修一は即座に否定する。

 

 

 

「……っ!?」

 

もう何十回目か、走りこむ修一に理子は完全予知で右に飛ぶ。修一の攻撃パターンを読み先読みした動きーー

 

 

しかし修一は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。銃を木刀で弾き飛ばし、理子の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

 

「馬鹿かお前!!お前を簡単に放っておけるんなら苦労しねーんだよ!お前をどうでもいい存在と思えるんだったらこんな辛ぇ思いしてねーんだよ!

 

俺は、お前ともっとずっと仲良くしてたいんだ!!!こんだけ苦しんでも、傷ついても、泣きたくなっても!おまえとずっと仲良くしたいんだよ!!一緒に飯食ったり遊んだりしゃべったり無駄に時間過ごしたりしたいんだよ!!

 

こんなクソ傷程度でお前との()()()()()()()が戻ってくるんなら喜んでいくらでも受けてやるって言ってんだ!」」

 

目を見つめ、唾を飛ばしながら大声でそう伝える修一の言葉を、理子はただ目を見開いて聞いていた。

 

「…っ…うぅ……!」

 

目尻が熱くなり、指先が震える。胸が熱くなる。

 

 

 

ここまで、ここまで自分を気にして、助けようとしてくれる修一に理子の固めた心が粉々にされようとしている。

 

 

 

もう、『錠』はボロボロで壊れかけていた

 

 

「あの居候のおかげで気付かされちまったからな!俺はおまえを救いたいんだ!助けたいんだ!!護りたいんだよ!お前がなんと言おうと知ったことか!いいから黙って俺の言う通りにしやがれ!!いい加減その頑固な意地ぶっ壊して俺に全部吐きやがれクソビッチ!!!」

 

 

 

 

 

全てを吐き出した修一は、荒く呼吸しながら理子を突き飛ばす。ふらふらとしながらも行きを整えようとしている。

 

 

 

押された拍子に倒れてしまった理子は腕で目を隠す。

 

 

 

彼に助けを求めてもいいんじゃないだろうか…。そう、思い始めていた。

 

 

 

彼だってそうしたいと言っている。ならなにも悩むことなんてない。戦力にならないなんてそんな訳がない。修一に一番に目をつけたのも自分、修一の才能に一番に気づいたのも自分だ。

 

 

彼に、助けを求めたら、なにか、変わるかもしれないーー!

 

 

そう思い始め、口が動こうとーー

 

 

 

 

『……りこ、おれ、し、失敗した、失敗しちまったんだっ……!』

 

 

 

 

その時ーー

 

 

 

理子の中で、誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

その声に

 

 

 

 

 

再び口が、再び閉じ、『錠』がまたガッチリと閉められる。

 

 

 

 

 

「……しゅーちゃん」

 

 

「……?」

 

だらんと力なく目を瞑る理子。久々に呼んだ呼び方に、修一は安堵した。

 

 

 

次の瞬間、

 

 

 

グイッ!

 

ーと

 

理子の体が素早く動き修一の懐へと滑り込む。その動きは紛れもなく天才的な動きで、気を抜いてしまっていた修一はただ後退ることしかできなかった。

 

 

理子はただ無言で拳を構える。

 

 

 

「……お前ーーっ!?」

 

 

 

修一が驚きの声をあげ、防御しようと腕を上げるがもう遅い。

 

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

「しゅーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴスッ!と2人きりの場所に鈍い音が響く。

 

 

モロに受けた修一の体が宙に浮き、視界が暗くなっていくーー。

 

 

 

 

暗くなる視界の中

 

 

 

 

 

その時、修一は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の涙を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………く………そっ………たれ…………」

 

 

 

 

 

 

意識が、波の引くように遠退いていく………

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

『………はぁ…!…はぁ…!』

 

 

 

 

 

 

『しゅーちゃん……気絶、したよね…?』

 

 

 

 

『…………「俺は、お前ともっとずっと仲良くしてたいんだ」なんて…しゅーちゃんの言葉、胸がキュンときちゃったよ。あそこまで言われて惚れない女の子なんていないんだから、言い過ぎはダメだよしゅーちゃん?……なんてね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………ごめん………ごめんね………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『叩いたりして…ごめんね…撃ったりして……ごめんね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

『でもね…もうそんな辛い道にしゅーちゃんが立つことなんて無くなるからね』

 

 

 

 

 

 

 

『しゅーちゃんは、もうこっち側にいなくていいんだよ。…まあ、こっち側に来させちゃったのは理子だから………ちゃんと、責任とるから安心して……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこに理子がいなくても…しゅーちゃんなら困らないよ。…ちゃんと、前向いて生きていける。理子はそう信じてるから…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから、バイバイ、しゅーちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 




《Q3》なぜ理子はそこまで修一の助けを断るのでしょうか…?

PS、前回の話の時点でこの問題の答えを導き出している方が結構いらっしゃって、銀Pはみなさんの凄さに脱帽しております。

#理子の場所はセーラさんが知っていたという裏設定をば。あのアホ毛女…やりおる。


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32.《サイカイ》の決意

31話のあらすじ
修一と理子、お互いがお互いの想いを抱え衝突する。それぞれの決意を守るため、親友とも呼べた二人は拳を構える。

「ばいばい、しゅーちゃん」

#最終戦なのでフィールドとラスボスの設定を少し変更しております。



グルアアアアアアアアアアァァァァァァ………!!

 

 

とある廃ビルの室内、あの鏡高組と争った広い空間に獣の叫びが爆発する。

 

体にある四つの紋章、それをアリア、キンジ、理子の同時攻撃によって撃たれた『無限罪のブラド』と呼ばれる化け物が地面に倒れた。

 

瀕死に近い三人はようやく倒れた強大な敵に、肩を撫で下ろす。

 

 

戦いは終わったのだ。

 

 

全ての元凶、ブラド。彼は理子に『キンジとアリアを倒せば自由にしてやる』などと言った狂言を吐き、それを信じた理子の精神を粉々にすることで快感を得ようとした。

 

もちろんそんなこと理子自身もわかってはいたのだ。わかってはいたが、だからと言って首を振ることもできない。

 

いや、もしかしたら本当に自由になれるかもしれない。その小さな可能性に理子はかけていた。

 

 

もちろん、可能性は簡単に崩れ去る。とある日、理子の元に現れたブラドは彼女の大切にしていた母の形見を取り上げ、決着を急がせた。

 

理子にとっては本当に最悪のタイミングだったのだ。言えば必ず首を突っ込んでくる『彼』がいるのだから。

 

 

だからこそ拒絶した。だからこそ否定した。『彼』を巻き込まないためにキンジとアリアにさえ頭を下げた。助けを望み、利用した。

 

 

その行動が正しかったのだと今、目の前の光景が物語っている。彼を巻き込まなかった。その答えが嬉しくて仕方なかった。

 

 

「どうだい理子、アルセーヌ・ルパンでも倒せなかったブラドを俺たちが倒したんだ。()()()()()()()()()()

 

HSS状態のキンジが理子に微笑みかける。理子の子孫、アルセーヌ・ルパンは天才的な才能を持った人間であり、

 

理子が何度も比較され続け、否定され続けた存在である。

 

そんなルパンが倒せなかった相手が今、目の前で血を流し倒れている。

 

つまり

 

 

「ふぅん。じゃああんた、初代ルパンを超えたってわけね」

 

「…………!!」

 

そう、ついに理子は超えたのだ。比較対象が倒すことが出来なかった相手を倒したのだから…。 そう人に言われることで理子はようやく自分で現実を認められたような気がした。傷だらけの顔がその二人の言葉に笑みをこぼす。彼女がずっと望んでいた答え、それをいま二人が言葉にしてくれた。

 

 

こうして、理子の物語は終わりを告げる。宿敵に打ち勝ち、かつ才能を見せつけた。

 

 

 

 

Happy End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーグァァァァァァアアアアアーーーーーー

 

 

 

遠吠えが、響く。

 

 

 

 

 

「…なっ…!?」

 

 

刹那、ゴスッと鈍い音が響いたその瞬間、アリアが理子の視界から姿を消した。そして左端のタンクに小さな体が鈍い音を立て激突するのを数秒遅れて確認できた。

 

 

目を見開く二人の人間、その目線の先には…

 

 

 

 

あの巨大な狼が完全な状態で立ち上がっていた。

 

 

 

 

「そんな、バカな…!確かに四つの魔臓を撃ち抜いたはず…!?」

 

キンジが驚きのあまり声を張り上げる。その答えはすぐに返ってきた。

 

「グファファファファ!!バカが教えてやる。お前らが撃ったのは魔臓じゃない。四つのただの『模様』だ!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺様は自分の弱点を()()克服したと言ったはずだぞ遠山侍!」

 

悠々と近づいてくる大狼。先ほどの「ワラキアの魔笛」によりHSSが解けてしまったキンジはただただその残酷な現実を認めることが出来ず呆然と立ちつくしてしまう。

 

そしてその体がまるでバッドでボールを打つかのような動作で吹き飛ばされる。

 

残ったのは…昔馴染みの二人。

 

 

皮肉な笑みと絶望の眼差し。双方の表情は真逆。

 

 

 

「…ぁぁ…あ…ああ…」

 

その現状をただただ目を見開いて見ていることしかできず、体すら動かせない理子。必死になって戦った、アリアとキンジに励まされ、なんとか打ち勝ったと思っていた相手は全く傷一つついていない。

 

 

絶望

 

 

 

「よく焼き付けておけよ四世!!これがお前にとって最後の外の世界だ…ガハハハハ!!」

 

後ろからの大きな声に、理子は耳を塞ぐことすら出来なかった。全身に受けた傷の痛みが、この事実が、理子の体を動かさない。

 

その大きな手で持ち上げられ窓に強く体を押し付けられる。普段なら綺麗と呼べるはずの風景が、目も悪くないのにぼやけてしまう。髪留めの取れた長い髪が風に揺れ、切れた唇から血が溢れる。下唇を強く噛み締める。

 

「理子は…理子は自由になって普通の生活を送りたかった…だけなのに…っ」

 

現状に心がボロボロになっていく…。どうしようもない現実に目を背けようとしても後ろから響く声がそれを許さない。

 

「あぁ…?お前が自由だと?普通の生活だ?才能がろくに遺伝していない無能が何を図々しい!!

それは才能のある極少数が望んでいい対価だ!貴様のような無能が望んでいいことじない…!

諦めて檻へ戻れよ雌犬。お前は無能だが優良種には違いねぇ。交配次第では品種改良された五世が作れるだろうよ!グファファファファ!」

 

「ぅぅ…ぅぅうう!!」

 

完全に今の自分を否定される理子。目からこぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えながらもズタズタになった心がそれすらも許そうとしない。

 

アリアもキンジもダメージが蓄積され過ぎたのだろう、なんとか立ち上がろうとしているが体が言うことをきかない。

 

 

完全な敗北、もう希望はない。

 

 

そんな中でついに理子は…

 

 

 

(……助けて……しゅーちゃん…)

 

 

 

精神が壊れ、

 

 

涙を流し、

 

 

()に助けを望んでしまっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。散々自分を気にかけてくれたのに、殴られても散々否定されても助けると言ってくれたのに、それを否定したのは自分だ。そう頭では理解できるが最後に思い出すのは彼の顔で、いつも笑って自分を気にかけてくれる最愛の人で…。

 

 

 

 

しかし、その望んでいる彼はここにはいない。

 

 

 

 

なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

唇を強く噛みしめる。唇が切れ血が流れてもそれでも強く歯を立てる。

 

【彼が執拗に聞いて来るから否定したのに、彼が確実に来ないと分かると助けを望む。】

 

 

そんな自己中な考えをしてしまう自分が、理子は大嫌いだった。

 

 

(結局は私、自分のことばっかり考える人間だったんだ…。彼のために自分を捨てる覚悟を決めた…なんてカッコつけて、いざこうなったら助けてって言っちゃうんだもん…。なにがごめんねだよ理子…本当、嫌い…)

 

 

 

声ならない笑いが理子から漏れる。彼に対する感情が、結局彼を傷つけてしまったと気づいた瞬間だった。

 

 

しかし、もう遅い。

 

 

この後ろの怪物の言う通り、自分にとって最後の外の世界になるのだろう。

 

 

 

もう彼と会えない。

 

 

 

そう思うたびにまた、彼の名前を心の中で呼んでしまう。

 

 

 

そんな自分が大嫌いで…

 

 

 

「………しゅーぢゃん………たすけ、で…しゅー…ちゃん…」

 

 

 

何度も否定しても何度もまた名前を呼んでしまう彼に、結局声に出して助けを求めてしまう…。精神が安定しない、思ったことが次々と口から漏れ始める。

もう何も考えることができない。

崩壊した精神が、彼を望む。

 

 

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

 

「愛と元気の使者、魔剣デュランダル参上だクソ野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女の耳に、聞き慣れた声が響いた。

 

 

 

彼女にとってのHEROは弱いくせに助けを求めれば来てくれるのだ。

 

 

 

すっとんきょな声と共にブラドと理子の間に飛び込んできた影は眼球に銃口を突きつけ、躊躇なく撃ち抜いた。それと同時に手に持つ大剣をブラドの口の中へ思い切り突き刺す。

 

一瞬の出来事にブラドは防御も取ることが出来ず、大量の血を吹き出しながら崩れ落ちた。空中で上手く体を調整できず頭から地面に落ちる影が一つ。

 

それは

 

 

「…お、理子さんの下着姿初観戦…でもなかったか。まあいいやほれ、上着」

 

「……しゅ、しゅーいち……?」

 

かっこ悪くのそりと起き上がった影、岡崎修一が上着を脱いで着せる中、理子は呆然と見ていた。その目はまるで幽霊を初めて見たようにただただぽかんとしている。

 

その様子を見た修一は理子の方を向きデコピンを1発。わりと本気で。

 

「痛っ…!?」

 

「ハロー、暴力女。俺以上にボロボロじゃないの、俺をこんなにした罰だザマミロ…あーでもすぐ出てこれなかったのはスマヌ、色々と準備しててさ」

 

「…ほ、ほんとに修一なの…?ゆ、夢じゃ、ない…?」

 

弾かれたおでこをさすりながら修一を上から下まで見る。もうそこには以前のように固く意思のある理子はいない。

 

ただただ現実を受け入れることしかできない小さな理子だった。

 

「夢じゃねーっての、桃やジャンヌも一緒だ。ここにはいないけどな」

 

「………夾竹桃………」

 

「ったくお前、声変えてまで桃に連絡するなら最初からボコボコにしなきゃいいのに」

 

呆れたようにため息をつく。理子はあの後土砂降りの中放置することもできず、夾竹桃に車を頼んでおいたのだ。

 

この意地っ張りはどこまでもバカなんだと再認識していた。

 

「んでま、拾ってもらったついでにここまで連れていてもらったわけよ。…まあ流石にあんなやつが相手だとは思いもしなかったけど」

 

腰のほこりをパンパンと落とし、たははと笑う修一。理子はその普通すぎる修一に驚きながらもまた自分を隠す。

 

「…………で、でも、もう無理だよ。あの四つの模様がブラドの唯一の弱点だったんだ…。それが克服されたら…どうしようもない。修一一人加わったって…」

 

「んなことわかんねぇだろ?三本の矢的感覚で俺はいるだけで変わるかもよ?…ほら俺お前にボコボコにされてボロボロだから折れやすいしさ」

 

目から舌から血を流す化け物を見て引きつった笑みを見せる修一。理子はその顔を見るとびくっと全身を震わせる。

 

「………ご、ごめ…痛ッ!?」

 

「だーかーらー謝るのはもうやめようぜってば。いつもみたくキレ返してこい」

 

怯え謝ろうとした理子の額にまたデコピンを食らわせ顔を近づける。

 

「ったくブラドさんがいると途端に気弱くなりやがって…どんだけ嫌いなのよ?」

 

「…当たり前だよ。お前はあいつの強さを知らないからそんな風に言えるんだ……ブラドの力は底知れない…。修一が今まで戦ってきたどんな敵よりも強い…」

 

「んなの見た目で丸わかりだわ。どこのどいつがあんな化け物見て戦い挑むのかっての」

 

倒れている巨大な化け物を見ながら頬をかく。修一にとってもあの大きさは想定外だったようだが、

 

 

逃げる気は無いらしい。

 

そんな修一に理子は不安を募らせる。

 

「ねえ、修一…あいつは私を狙ってるんだよ?修一はまだこの地獄から抜け出すことが出来るんだよ…?今ならまだ逃げれる…だから…痛ッ…なにすん痛ッ…もうデコピンやめ痛ッ!?ちょ、いい加減にしろ修一さっきから痛い!!」

そんな理子に何度も何度もデコピンしていると本気でキレてくる理子。修一の手を払いのける。

 

「馬鹿みたいにへこたれた顔してるからだバカビッチギャル。黙って俺の言うこと聞きゃいいのにグダグダといいやがってからに!」

 

「う、うるさいんだよアホ!お前だって理子の言うこと全く聞かないくせに!!来るなって何度言っても来やがってこのクソ童貞!!!」

 

「あぁ!?またお前は男子に言ってはダメなセリフNO1を言いやがって!!舐めんなよ!お前が処女卒業する前に俺が卒業してやる!」

 

「なっ…!?」

 

空気が…凍りついた。

 

「どーせお前のことだからエロい感じで攻めれてはいても本番になると緊張してカチカチになるタイプだろ。んなお前が体験してるわけがないわ。つーか経験ありなの?嘘でしょ?まじなの?」

 

「こ、このっ、変態バカァ!!」

 

顔を真っ赤にした理子が本気で修一をぶっ飛ばす。これは修一が悪い。

 

「ない!ないから!変な勘違いしないで!!」

 

上着をぎゅっと握りしめ必死に否定する理子に、大の字になって倒れる修一は思わず笑みをこぼす。こんな風に噛みつき合ったのは久しぶりだったのだ。

 

「はは…そうそう。お前はこんな感じで俺とバカみたいに喧嘩するのが一番お似合いだっての。変に落ち込んだり抱え込んだりするのはお前の悪い癖だぞ…っと」

 

「………っ………」

 

修一は体を起こし制服を抱きしめるように着ている理子の目の前まで歩く。そしてその小さな頭に手を乗せた。

 

「つーわけで、お疲れさん。あとは全部任せろてくれや。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…っ…!」

 

理子の心の中で、またあの下山の時のような、ふわっとした感覚が襲う。

 

 

 

 

 

何度否定しても食らいついて、何度殴っても立ち上がって

 

 

 

 

 

何度助けを求めても、ちゃんと来てくれる。

 

 

 

 

 

心から信頼してもよくて、一緒にいて安心する。

 

 

 

そんな人がいることが、今の理子にとってどれだけ救われることか…。

 

 

 

 

 

 

しかし、彼に甘えたらまた彼が傷ついてしまうかもしれない。彼は人を助けるために全力で行動する男だと彼女は知っていた。だからこそ、本当なら助けを頼むのは自分の考えと矛盾しているはずなのだ。

 

 

 

 

 

だけど、しかし……

 

 

 

 

「修一…」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せた…」

 

「お任せあれ」

 

 

 

 

だけど彼を本当に信頼するという意味で、彼女はただ一言告げるのだった。

 

 

ーーーーー

 

理子を担ぎブラドがまだ動くことが出来ていないのを確認しつつキンジの元へ歩き出す。あの巨大な腕で殴り飛ばされたとはいえキンジも武偵だ。安否を確認しに向かうと、きちんと生きていた。

 

「おいキンジ、アリアも無事か??」

 

「俺は肋骨が数本折れちまったがなんとかな。…ただ」

 

「…っ」

 

たまたま同じ方向へ飛ばされていたアリアを見ると、足を抑え痛みを堪えている。おそらくは…

 

「重度の骨折だな。これじゃ歩けようもない」

 

「大丈夫よ…これくらい…!」

 

「バカ言え。移動さえマトモにできない奴が使い物になるかよ」

 

アリアの右足は変な方向にねじ曲がっている。青黒く変色し、抑える手が震えている。おそらく尋常じゃない痛みだろう。

 

しかしそれでも戦うと言うアリアは、俺の正論に何も言えずただ唇を噛む。ま、足が折れててまだ戦おうという根性はキライじゃないがこればっかりはどうしようもないわけで…。

 

 

戦意を失った理子、依然と違って迫力のない(俺の感覚でだが)キンジ、そして足の折れたアリア。

 

 

普段なら俺が敵いっこない三人の姿をじっと見る。強者だと言われる三人がここまでボロボロにされた相手…か。

 

 

 

さてさて、どーすっかね。正直計算違いもいいとこだぞ。本来の目的的にはキンジ、アリア、俺の三人で『あの役』をする予定だったんだがな…。

 

 

頭をかきながら最悪の事態に唾を飛ばす。

 

 

 

 

はぁ…。

 

 

「………ま、しょうがない…よな」

 

 

 

 

俺は抱えていた理子をキンジの側に降ろし、その心配そうにこちらを見つめる彼女の顔を見る。

 

 

ま、しょうがない。そう、しょうがないよな。

 

 

 

だってこいつが俺なんかに「任せて」くれたんだもんな。

 

 

やってみるだけ、やってみる…しかないか。

 

 

気を引き締めた俺は、これからのことを考え歯噛みしているキンジに目を合わせた。

 

 

 

「キンジ、お前に一生のお願いがある」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「グルァァ!このクソが!!どこのどいつだ八つ裂きにして(はらわた)抉りだして骨まで喰ってやる!」

 

ビル内部に怒声が響く。怒りに満ちたその目は一体誰を探しているのか、舌に刺さった大剣を投げ捨て辺りを見渡す。投げ捨てられた大剣がスロットマシンの一つに突き刺さる。響く轟音に反応はなし。一時の後、静けさが包む。

 

 

 

誰を探しているのか…か。

 

 

 

……。

 

 

 

「ここだよここ。ったく、骨まで食うのかよ…俺そんなカルシウム取ってないぞ…?」

 

 

 

いやま、俺なんですけどね。

 

 

スロットマシンから大剣を引き抜き背中に背負いながら巨大な化け物の前に立つ。正直帰りたい。先ほどまでの勢いなど等になくなっている。足が震え立っているのがやっとだが、意地でなんとか立っている状況だ。目の前にいる二足歩行の獣怪獣をこれから相手取る…?冗談もほどほどにしてほしいもんだ。

 

 

「貴様ァ…!覚悟できてんだろな…!?この俺様を怒らせた以上生きて帰れるとは思うなよ!お前だけじゃない!遠山もホームズ家の娘も全て引き裂いてーー」

 

 

 

「あーそりゃ()()()()()()()()()()()()()()()()無理ね」

 

 

 

「…アァ?」

 

巨大な腕を膨張させ更に戦闘形態に変化するブラドに俺は口を震わしながらも言葉を返す。

 

一瞬俺の言葉の意味を理解できないでいた狼は不信がりながらも周りを見渡し

 

 

 

 

本当に俺一人であるということに気づいた。

 

 

 

 

「…どこに消えた……?何かまたくだらない策でも考えているのか…??」

 

 

そう。この階の広い空間には俺とこいつしかいない。後は瓦礫の山々のみ。今まで戦っていたあいつらの影は一人としていない。

 

そして俺はこのオオカミが考えもしなかったであろうことを口にしてやった。

 

「有給だよ有給。お前キンジとアリアに二人ともかなりの時間働かせてたくせに休みやらなかったんだって?くそブラック企業も青ざめるぞ全く。ってことで、

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

ーーーーー

【数分前…】

 

『あんた正気!?バカ言わないで、私たち三人でやっとだった相手よ!?修一1人なんて自殺行為なんだから!』

 

『そ、そうだよ修一!理子そんなの聞いてない!!』

 

俺のバカげた発言に女子二人が突っかかってくる。まあそれもそうか。俺が言ったのは全く理解できない、アホみたいな話だもんな。

 

だが…

 

『でもこれが今できる「一番いいやり方」なんだ。アリアも理子もいまのままじゃただの邪魔だし、キンジは先の戦闘で負傷してる。一番生き残る確率を見比べたら俺だろ』

 

『だからって…!』

 

『理子待て』

 

なおも食い下がる理子。それを止めたのは、キンジだった。キンジはただまっすぐに俺の目を見ている。

 

『なあ、岡崎』

 

『なんだ?』

 

キンジは俺を見て、その後に理子を見た。キンジは俺と理子の協力関係を知っている。キンジは理子の彼氏だし、もしかしたらこの頃の俺の行動も知っているのかもしれない。そんなキンジはしばらく考える素振りを見せた後…

 

 

『勝算はあるのか?』

 

 

たった一言確認の言葉だけを返してきた。アリアと理子がその言葉に驚き反論の言葉を早々と言う中、

 

キンジの問いに簡単に一言で答えた。

 

 

 

 

『一応な。ま、あの天才ならやってくれんだろ』

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

真っ暗な空の下、今にも崩れそうな高層ビルの中、粉塵の舞うガラクタの山の中にいるは一人と一匹。

 

一匹は牙をむき出しにしその土管のように大きな腕を前に突き出し戦闘態勢を取りー

 

 

もう一人はふぅと軽く息を吐き重心を下げる。

 

 

「お前一人で俺様を倒せるとでも思ってるのか…グファファファファ!!命知らずにもほどがある!!どの血筋の一族なのか興味が沸いた!!」

 

ガスン!!と音を立て近くの電柱のように長く太い鉄の棒を軽々く持ち上げるブラド。修一は後ろ頭をかきながらはぁとため息をつく。

 

「あぁ、血筋?んなの知るかっての。俺は普通の家庭に生まれて普通の生活をしてきたただの高校生。しょーじきこんな目に合うのはゴメンだっての」

 

 

肩に乗せていいデュランダルを担ぎ直しながら、懐から木刀を取り出す。そんな修一にブラドは笑いを堪えることが出来ず大声で笑い始めた。

 

 

「今まで幾多の英雄共の子孫が俺を獲りにきたことがあったが、何の血縁もないやつが正面切って挑んでくるなど馬鹿げているとは思わんのか!?グファファファファ!!身の程知らずが、一瞬で塵も残さず殺してやるよ!!」

 

 

ブラドは笑いながらもその巨大な手で近くのスロットマシーンを軽々く持ち上げ、勢いよく投げ飛ばす。人間にとっては巨大なものも、ブラドからしたら石ころを投げるようなものだ。物量をも無視した速度で修一に迫る物体。

 

修一はその物体に対して二つの武器を重ね、遠心力を利用して弾き飛ばす。

 

避けることはしない。

 

粉塵が舞う中、ただ目の前の敵に言い残したことを伝えるため敵の目だけを見つめる。

 

 

 

 

「お前に先に言っておく、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

イ・ウーNO2だかなんだか知らねーが、覚悟しろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

『サイカイ』の最後の戦いが今、始まるーー。

 

 




ブラドの設定変更内容は簡単に言うとヒルダ要素つけたしと言う感じです。魔臓を体の中の自分も知らない場所に移しているというものです。舌には残っていたようですが…。

さて、前投稿から一ヶ月…大変お待たせしました。

遅れた理由はリアルが忙しかったとか、事故が起きたとかではありません。ただ

ソードアートのゲームに熱中しておりました。

ps4のソードアートが楽しすぎて休みあればゲームをする毎日。正直原稿制作意欲が全て持っていかれていました。あれは闇のゲームであり、楽しすぎるのは罪だなと感じております。いえ、ゲームに罪はありませんね、問題は私の意欲不足ですね、申し訳有りません!

次回はちゃんと一週間以内に投稿出来るように頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。
ではでは!

psシリカ派が少ないのです。…やはり正妻は強い、か。


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33.最上位の強者

32話のあらすじ
「任せた…」
「お任せあれ」

女は男に託し、男はその希望を護るため一人で立ち向かう。



だが…




~30分前~

 

「おい桃、理子から何言われて俺を拾ったか知らないがお前らがあいつへの門番ってんならぶち壊して行くぞ?」

 

「………。」

 

目が覚めると俺は夾竹桃の車の中にいた。そして理子の元へ追わせないように足止めしに来たと一瞬で理解する。

しかも徹底的に俺を足止めするらしく夾竹桃だけでなくジャンヌまでいるわけで。俺としてはこいつらと争いたくはないが、2人が止まるというなら仕方ない…

 

「…はぁ、好きにしなさい。理子からあなたを拾えとは言われたけど後のことは何も言われていないわ。私も暇だし、あなたの好きな場所に連れて行ってあげる」

 

そう考えていた俺に夾竹桃はいつもの調子でそう返してきた。…あ、あり?

 

「え?お前ら、俺を見張るんじゃないの?」

 

「あなたね、私の意見なんて聞いたことないじゃない…。やめてと言ったらやめてくれるの?」

 

「それは…」

 

呆れたようにそう呟く夾竹桃。どうやら夾竹桃自身に止める気はないようだ。…ただ、ジャンヌの方はまだ何も言わない。夾竹桃がこちらに味方してくれるならかなりの戦略になりはするが、かといってジャンヌに止められてしまえば一緒だ。俺がジャンヌに敵うとは思えないし。

 

「じゃあ、ジャンヌが俺を止める役を頼まれたってわけか?」

 

「…岡崎、その質問を答える前に私から質問がある」

 

否定を促すように、そう質問する俺にジャンヌはサイドミラー越しに質問を返してきた。

 

そういやこいつには、弱ったところ見せたもんな。

 

「お前は…もう迷っていないのだな?保健室の時のあの言葉、本心からの言葉だったのか?」

 

「………。」

 

ジャンヌの目が鋭くなる。あの時の俺は理子の言葉を間に受けて、簡単に自分の意思を捻じ曲げた。相手が助けを望んでいないから助けないなんて自己を固めてしまった俺を、ジャンヌは見ているのだ。

 

そんな俺には何もできないと、そう伝えて来るジャンヌ。

 

しかし俺にはもうその解答が見えている。

 

「いや、目が覚めた。あいつがなんて言おうが、絶対に助け出す。それが()の願いだ」

 

 

あの時は言えなかった言葉を返す。居候から悟されたのは少しイラつくが、この行動は理子を助けたくてやるのではない。

 

 

俺が助けたいから助ける。そう理解しているのだから…。

 

その言葉にジャンヌは鋭い目を解き、笑った。

 

「ふふ、そうか。なら、私は岡崎に全力で協力させてもらう。目的が同じだからな」

 

そう笑いながらいうジャンヌ。どうやら俺に協力してくれるらしい。

 

よし、これで…

 

「桃。理子の元へ向かってくれ」

 

「はいはい。もうとっくに向かってるわ」

 

夾竹桃にジャンヌ、向かった先にはキンジとアリアもいると聞いた。これまでの中で最大の戦力だ。負けるはずがない…!

 

「しかし行ってどうするつもりだ?相手はあの魔犬ブラドだぞ?お前が向かったところで状況が変わるとも思えんが…?」

 

「…あ」

 

ジャンヌの言葉に俺は動きが止まった…。勝てると確信して舞い上がっていた感情がピタと止まる。

 

 

そうだ、俺…

 

 

 

「…実は俺さ、まだ敵の内容なんも知らないわけですわ。あの…教えて?」

 

 

 

敵のこと、なにも知らないんだった。ハハっ。

 

 

「「……。」」

 

助手席から本気で呆れたような顔をしてこちらを見るジャンヌと運転中にも関わらず頭を抱え始める桃に、俺は久々に恥ずかしくなった。

 

 

ーー

 

 

「ついたわよ。歓迎は…されていないわね」

 

着いた場所はあの鏡高組とやり合った廃ビルだった。未だ封鎖されたままの誰もいないはずのビル、しかし

 

グルルルルル…

 

獣の鳴き声がする。

 

「ブラドの飼い犬か…」

 

見ればビルの入り口を取り囲むように狼の群れがこちらに牙をむき出しにしていた。あの時の狼が20匹はいるか。

 

「犬にいい思い出ないからあまり会いたくなかったけど…やるしかないか」

 

俺は後ろ頭をかきながら手に持つ木刀を構える。今すぐにでも行きたい気持ちはあるが、あれが焦っても勝てるなんて保証はない。今は目の前の敵を倒して…

 

そう思っていた俺の目の前にいた狼がバタンと倒れた。なぜかピクピクと痙攣している…?

 

「…あり?」

 

「先輩。この子たちは相手しておくわ」

 

「お前は早く理子の元へ向かえ」

 

俺の前で構える二人。どうやらここは二人で足止めしてくれるらしい。

 

正直、俺が足止めして二人が向かった方が効率は確実に上のはずだが…

 

「おう、頼んだ!」

 

俺は自分のワガママを通させてもらうことにした。()が、あいつを救うんだ…!

 

そうして俺は階段を二段飛ばしで登り、後ろから響く獣の雄叫びと斬撃の音を聞きながら覚悟を…

 

「…あ」

 

 

不意に立ち止まった俺は腰につけた武器を見て考える……………。

 

ーーー

 

「あのさ〜ジャンヌ?」

 

「なっ!?なんで戻って来たんだ!?」

 

狼を一匹カッコよく吹き飛ばしたジャンヌが驚いた顔でこちらを向いた。…まあそうだろ。カッコよく飛び出した男が猫背でへこへこしながら戻って来たのだから。まあこっちも問題があって来たのだから許してほしい。

 

「あのね、お前のデュランダル貸してほしいんだけど…?」

 

「…は?」

 

ジャンヌの目が、点になりました。それもそうだ、戦闘中に自分の武器をよこせといっているのだから。

しかし聞いてほしい、俺には武器と呼べるものが何ひとつないということを…!!

 

「いや〜さっきの話聞いてたら木刀だけで行くのはちょっと…怖いじゃん?」

 

俺は自前の木刀を堂々と構える。勿論殺傷能力はない。これでブラドを倒せるなんて誰でも思えんでしょう?

 

「………はぁ。お前は本当に…ほら」

 

もう何度目かの呆れ声と共にその手に持つ大剣をちゃんと渡してくれるジャンヌ。…いい人過ぎるわこの人。

 

「サンキュ!壊れても弁償は無理だからっ!」

 

「…はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして俺はあの現場まで向かったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それが30分前の俺…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

四階建ての廃ビル。地下には狭い正方形の空間が存在する。

屋上:バレーやバスケットのコートが存在し、開けた空間ある。

四階(現在いる場所):ゲームコーナーだったが中央には闇武器製造用の巨大な機械が存在する。

三階:ボーリング場。廃ビルになってからなにもされていないのか、見慣れた設備のみ存在する。

二階、一階:内装を全て撤去され、広々とした空間が広がる。

地下:もともと鏡高組の闇武器の保存庫。今は警察により押収されているため何も存在しない。

 

現状戦うことができるのは修一のみ。

 

所持品

・小型拳銃 六発

・火炎弾!(飛ぶ爆弾。撃った後に起爆させることが可能)

・冷却弾!(5秒間のみ周囲を凍らせる…だけ)

・とべーる君2号(ターザンできる…だけ)

・木刀(鉄も切れる…らしい)

・なんでもくっつける速攻ボンド(名前の通り)

・女子の裸が見えるメガネ(暗視ゴーグル付き。本当に透けるかは要検証)

・ティシュ(新しく買い直した)

 

 

 

 

余裕など、一瞬にして葬り去られた。

 

 

4階、元ゲームコーナー。赤い絨毯のような床の上に大きな機械が点々と置いてある。それはスロットマシーンや太鼓を叩くゲーム、UFOキャッチャーなど様々だ。それに加え闇取引で使われる武器の製造のための細かな機械まで存在している。人間一人隠れる場所ならかなりの数が上がるだろう。

 

そんな中、真ん中の開けた(先の戦闘で開かされたともいうか)場所に修一は立っている。目の前の化け物を見据え、頬を伝う汗を拭う。手のひらがジンジンと痺れ、息が整わない。

 

真顔で言葉を返せたのは奇跡かもしれないと内心思いながら二刀を持ちやすく構えなおそうとして軽く息をはき、落ち着きを取り戻そうとーー

 

 

「ーーッ!?」

 

 

無論、そんな時間を敵が待ってくれるわけもない。

 

 

 

 

部屋中の粉塵が勢いよく舞う。床を踏みしめる音を最後に一瞬にして視界が曇る。息をする暇さえ与えず、修一が思わず目を覆い目に入った砂を払う。

 

 

その一瞬が命取りになることを、修一はその瞬間に理解した。

 

もう目の前に敵がいるということを。

 

「オォラ!!突っ立ってたら死ぬぞ凡人!!」

 

 

ゴミを払ったその視界の中にはすでに修一の目の前まで距離を詰めていたブラドの身体が映り込む。その巨大な腕を今にも振り下ろさんとするその姿に修一の足は追いつかない。回避という選択肢を捨て二つの刀を頭上に重ねる。

 

 

次の瞬間

 

 

ゴンッッッッッ!!

 

 

「ーーっっ!?」

 

 

振り下ろされた腕は修一の二つの刀の上に振り下ろされ、膨大な爆音を放った。史上最大、あまりに強力過ぎるその暴力が修一の全身にのしかかっていた。

 

 

 

(ち、力一つでも抜いたら、死ぬ…っっっ!?どんだけバカ力なんだこのハゲ…!)

 

 

 

グッグッグッグッグッグッグッグッグッグッグッグッ!!!!

 

 

激しい重圧が襲う。たった一撃、敵にとっては腕を上げて下ろしただけのアクションゲームだと通常攻撃であるそんな単純な攻撃が…

 

 

修一の戦意をほぼ全て攫っていく。

 

 

ギシギシと身体が揺れ、腕と足が無作為に震え始める。意図的にではない、身体を潰されないよう全身全霊をかけ渾身の力でその腕の攻撃を耐え続けているのだ。

 

 

 

(どうする…!?どうするどうするどうするどうする岡崎修一!?腕一本、指一本ですら力抜けば叩き潰されるぞ…!こんなん、どーしたらいいんだよ!?)

 

 

悩んでいる間にも徐々に力を失っていく修一は目を必死に動かし周囲の逆転の一手になりうる術を探す。

 

 

 

そして、耐え続けることしかできないでいる修一に…

 

 

 

左腕が襲いかかる。

 

 

「ーーっっ!?」

 

修一にとっては最大の攻撃だとしてもブラドにとっては片手間だ。もちろんもう一つの武器を残しておくわけがない。

 

下から振り上げられた左腕が、修一の腹目掛けて進む。力を全て出している修一はその腕に反応が遅れてしまいー

 

 

そして

 

 

力を振り絞って下げた木刀にブラドの第二の武器が突き刺さった。

 

 

木刀が手元から離れ、身体がまるでエスカレーターに乗ったように宙へ浮いたと思うと

 

 

勢いよく加速し先の壁に突き刺さった。激突した壁が割れ身体がめり込む。

 

「ガハッ…!?……っ!?」

 

口から大量の血が吐き出され、呼吸を整えようと息を吸おうとする修一の体が、

 

 

 

影で覆われる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ーーっ!?」

 

ギャラギャリギャリ!!修一の元いた壁を猛獣の爪が斜めに切り裂いた。修一の体で凹み、脆くなっていた壁が更なる打撃で粉々に崩れ落ちる。

 

「…はっ…はっ…っぅ!!」

 

 

修一は奇跡的に左肩をかする程度の軽傷で済んでいた。それはいい。しかしそんな奇跡も修一は気にも留めない。いや、留められないのだ。

 

 

この現実が、このたった、1分ほどの戦闘の中で何度死にかけたのか、それを感じる暇を脳が欲していた。

 

 

「……っぅ!」

 

喉奥から悲鳴とも取れる声を出しながら、目の前の化け物を見る。

 

 

 

自分の二倍以上もある巨大な生物を前に、一体ただの人間、《サイカイ》に何ができるのか…?

 

 

「……ちっ!」

 

 

修一は喉を鳴らしながらも左手に絡めたワイヤーを強く引っ張った。

 

それをスイッチにブラドの後方からボーリングの球ほどの瓦礫が数個発射される。それは数秒でブラドの背中に直撃した。

 

巨大な体がくの字に折れ曲がる。そしてブラドの背中についた巨大な瓦礫は重力を無視してついたままの状態である。

 

 

ここに来てすぐに用意したトラップであり、平賀の作った『なんでもくっつける速攻ボンド』を表面につけておいたものだ。

 

もちろんただくっつくだけで敵を倒せるとは思っていない、ただほんの少しだけ速度を落とせればいい。そして…

 

「…??」

 

その身に張り付き続ける異変に、ブラド自身が疑問を浮かべるその一瞬の怯みを修一は見逃さない。

 

 

懐から取り出した『火炎弾!』をブラドの口元は投げ込み、手元のボタンを押した。

 

 

「ーーアァ!?」

 

 

突然のことに驚いたブラドの目の前で小さな弾丸が爆発する。ドンッ!と音を立て周囲の粉塵を撒き散らし、二人の間に死角が生まれる。

 

その爆風は修一自身も巻き込んだ。

 

腰を上げてしまっていた修一はその爆風に耐えることが出来ず床をゴロゴロと転がり端に落ちる。

 

「…ゲホッ…ゲホッ…っ…!痛っ…と、とりあえずなんとかなった…の…か…?」

 

 

 

 

荒れる粉塵の中、必死に敵を探す修一。

 

 

 

その()()()に敵がいることに気づかないまま。

 

 

「…っぅ!?」

 

その赤い目に気づくのが遅かった。体を動かそうとしたその時にはすでに奴の手が伸びる。

 

 

「残念だったナァ?俺様にそんな小細工は通用しないンだよ!」

 

ガシッとまるで大木のように大きな腕が修一の細い腕を掴み、上に持ち上げる。修一の足が地面を離れ浮き上がってしまう。

 

「くそッ…!離せ、離せ…はなせぇ…!!」

 

「グルファファファファ!!貴様のようなザコが俺様に楯突くとどうなるか…教えてやる…!!」

 

ブラドは高笑いしながらその細い腕を両手で掴む。

 

 

 

 

そして、少しづつ力を加え始めた。

 

 

「…!?…いっ!?痛っ…ぁぁぁあああああ!?」

 

 

だんだんと痛みを放ち始める左腕。目を見開き歯を食いしばりながら空いた右手で何度もその巨大な毛ダルマを叩く。

 

 

そんなことで解放されるわけもないが。

 

 

「ぐっ、がああああああああ……痛ぇ痛ぇ痛ぇ…!!いてぇよぉ…!?はな、離して…!」

 

「グファファ!!オラオラ!もっと泣き叫べ!その絶望が俺様を更に強くスんだよ!!グファファ!!」

 

もう左腕の感覚がない。あるのは激痛と後悔。こんな化け物にとって自分はなんて無力なんだと再確認させられる。

 

 

そしてブラドは満足そうに笑みを浮かべながら

 

 

 

右手を固定したまま左の腕を下にグイッと下げた。

 

 

 

 

 

ボキッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修一の腕の骨が、折れる。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁあ、ぁぁぁああああああああああ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

修一は自分の腕がどうなっているのか理解するのに数秒かかってしまう。もう感覚のない左腕が毛ダルマの敵の腕の隙間から覗き見える。

 

 

明後日の方向に折れ曲がった自分小さな手が、見えるはずのない手が…。

 

「ぐっ…っ…うぅ…ぅぅうう!?!?」

 

 

「グファファ!!痛いか、苦しいか!?お前がどれだけバカなことをしたか身に染みただろう!?」

 

 

「…ぃ!痛ぇ…痛えよぉ……!!」

 

痛みで意識が朦朧としている修一の折れた左腕を力点に更に持ち上げ、自身の顔の前に修一の顔を近づける。

 

 

そしてその巨大な体をグルリと一回転させ遠心力を増大させ投げ飛ばす。力の入らない修一の体は勢いよく壁に激突すると、階層へと続く階段をゴロゴロと転がり下りる。激痛で受け身すら取れない修一の身体は階層まで転がり落ちた。

 

「…ぐっ……っ!?に、にげ、逃げ…!?」

 

 

この時、修一の中で渦巻く感情は、一つだけ。

 

 

逃げ出す。逃走本能一つだけだった。

 

 

(逃げなきゃ…!逃げなきゃ殺される…!)

 

 

修一は高笑いするブラドを他所に背を向けた。

 

少しでも自分を守ろうと木刀を口にデュランダルを片手に持ち焦りながら『火炎弾!』を下に向け発砲する。腕に激しい反動を受けながら、そんな痛みも無視してスイッチを起動。再び巻き起こる粉塵の中、下の階へと逃走したのだった。

 

 

ーーーーー

 

三階、ボーリング場。ボールを転がすレールが大半を占め、隠れる場所といえば待つ人達が座る座椅子の場所のみ。

 

武偵であれば尚更『隠れ場所としては適さない』と理解できるが、今の修一にはそんな理解すら追いつかない。

 

階段から一番奥のレーンの座椅子横。『5』と大きく書かれた機械の下の小さな空洞に入る。

 

「…ぐっ…痛ぅ…!」

 

ジンジンと一定間隔で激痛を発する左腕をただただ抑える。青黒く染まった腕を見るたびにクイッと喉奥が唸る。

 

(い、今すぐにでも病院に行かないと…!俺の腕、無くなっちまうかも…!腕がなくなるなんて嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)

 

 

痛みが全ての感情をたった一つに置き換える。戦う?勝つ?栄光?英雄?そんなのいらない。ただ一つ、自分の命と体があればいい。

 

 

そうして、ただ後悔の念に追われる中

 

 

階段の方から鈍い音がした。

 

 

敵はもうすでにこの階にいる。ただ自分を狙って容赦もなく、本気で殺しにくる相手であり…

 

 

 

本当に勝てないと、自分の中の本心がそう判断した相手ある。

 

 

「…………っ!?」

 

 

修一はただ息を潜める。…いや、鼓動が激しく音を立て止めようとしている息が次から次へと吐き出される。あのまま外へ逃げて仕舞えばよかったのかもしれないと今になって後悔する。

 

「……いるなァ」

 

「ッ!?」

 

 

ゾクッ…!

 

喉元を握り締められたような錯覚が修一の体を襲った。

 

 

階段の方から笑みを浮かべるブラドの声が聞こえる。そして、

 

階段の方から機械が叩き壊される音が聞こえた。

 

それはブラドが『1』と書かれた機械を壊した音、舌なめずりしながら新たな機械へと足を運んで行く。

 

 

「…ここじゃネーか。…グファファ…」

 

 

 

修一は目尻に涙を溜めながら膝を抱えて顔を下げる。今の彼にできることは自分の隠れている場所を叩き潰されるのを、ただ、待つだけ。

 

 

 

 

(無理だ…無理無理。勝てっこねーよこんなの…。可能性も一つもありゃしないし、そもそも勝てるとか負けるとかそんな次元じゃねぇ…

 

 

無理なんだよ絶対)

 

 

もう何とかもがどうでもよかった。なんで俺こんなことしてんの?なんで俺腕を痛めてんの??なんで?どうして…?

 

 

ガスンッ!!

 

 

「ーーッ!?」

 

すぐ後ろの機械、『4』が叩き壊される音が聞こえた。もう絶望、修一は歯をカタカタと鳴らし無駄に視界を右左に移動させてしまう。

 

 

(死ぬ…?死ぬのか、俺…こんな、最初から勝てもしない奴に向かってってなにも出来ず死ぬのか…)

 

 

 

 

 

体を小さく丸めながら次の一撃を喰らわせようと歩いて来ている大狼に

 

 

 

 

(そもそもなんでこんなことになったんだっけ…?俺は…元々こんな相手するような生活してなかったじゃんか…だったらなんで俺は…!)

 

 

自分の人生が終わるその数分前、人によってやることはそれぞれであるが修一は思考を巡らせることだけに意識を集中させていた。

 

 

(もう嫌だ!何もかもが嫌だ!!生きたい!死にたくねぇよぉ…!)

 

 

 

頭がパニックになっている。鼻水も唾液も垂れ流しながらただ生きることを懇願する。

 

 

 

どうして、どうして俺はこんな目にあってる…?

 

 

 

どうして俺は腕を傷めてる…?

 

 

どうして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 しゅーちゃん 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

頭の中で、声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

それはついさっきまで一緒にいて、さっきまで俺と同じ敵を相手にしていた彼女…。

 

 

 

「…………。…………。」

 

 

 

そう、だ…。

 

 

 

 

 

 

『…じゃ、頼んだ』

 

『たーのまーれた』

 

 

 

 

 

 

(そうだ。俺はあの時、なんで足クソ痛い中あいつ背負って歩いた…?)

 

理子の飛行機強奪が失敗して、空から知らない山に落ちたとき自分はどうして今の痛みと同じかそれ以上の苦しみを我慢してまであいつを背負って降りたのか?

 

 

『もう理子のこと、放っておいてよ!』

 

『放って、おけるわけ、ねーだろうが!!』

 

 

(そうだ。俺はなんであそこまで…)

 

散々無視され続けた、必要ないと言われた。それでもあそこまで噛み付いて、付きまとい続けたのは…なぜだ?

 

 

 

『しゅーちゃんは、もうこっち側にいなくていいんだよ。……ちゃんと、責任とるから安心して……』

 

 

 

理子にボコボコにされて、意識を失うその一瞬、聞き取れた声。あいつは、こんな強敵が敵意を向けている中であいつは俺が関わらないことを望んだ…それで自分が死ぬかもしれねぇのに…。

 

 

それでも

 

 

『任せた』

 

『お任せあれ』

 

 

あいつは、結局俺のワガママ聞いてくれて、こんな強敵なのに俺なんかに任せてくれた…。それが、どんなに無理だとわかっていても…俺なんかに、任せてくれたんだよな…。

 

 

 

 

 

 

「…そう、か…」

 

 

 

 

 

彼の中にあった一つの結論を。まるで鍵で閉じられていた箱の中身を、開ける前から知っているような感覚。

 

 

 

すっと入ってきた言葉をすっと包み込めたように。

 

 

 

俺は、

 

 

 

 

岡崎修一は…

 

 

 

 

「な、なんで逃げるのぉ??理子から逃げるなんて、ぷんぷんがおーだぞ!」「え、しゅうちゃん、浮気??理子というものがありながらー!」「理子と一緒に、武偵殺し、やろ♡」「おい修一。もしかしてお前、彼女っぽいくらいまでに仲の良いやつがいるの?えぇ?ん?」

「やめてよ、修一!もう自分は傷つけてもいいっていう考えは、やだ!もう、修一の傷つくのは見たくっ、見たくないよぉ!!」「べっつにー??理子全然怒ってないよー?しゅーちゃんがどんな女の子とイチャイチャしてよーが、関係無いですよー」「しゅーちゃん、明日は絶対に病室にいないとダメだからね。理子と一緒にお留守番。変なこと考えない」

 

「修一、だいじょうぶ。他の人たちが修一のことを悪く言って、修一から離れていっても、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

震えが

 

 

 

 

止まる。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ、敵わないって知ってるんだけどな…」

 

 

 

自分の本心を()()()()()で言ってしまった自分に思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

ゴンッ!と激しい音を立て4台目の台が破壊される。

 

ブラドはニヤニヤしながら修一の隠れている5台目、一番奥の元へ少しづつ歩いていく。ブラドはすでに修一があの場所に隠れていることなど等に分かっている。ブラドにとって修一は軽いお遊びの相手であり、勝つことよりも楽しむことを優先していたのだった。

 

強く床を踏みしめさらに威圧する。

 

今も目の前のカタカタと震えているであろう男の姿を想像するだけで笑いが溢れてしまう。

 

 

 

 

 

そうブラドが振り下ろそうとした時、

 

穴の中から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突然現れたゴムボールは音を立て壁に当たるとまたよその方向へ移動する。

 

ブラドの視界から数秒穴から遠ざかる。

 

「…っ!!」

 

その一瞬を見逃さず修一は右方へと飛び出すと『のびーる君2号』を使って天井へと上昇、そのままブラドの真上から木刀を構える。

 

 

「まだ諦めていなかったとはナァ…なぁオイ!」

 

()()()()()()()()()()()()そう言うブラドは修一の木刀を掴みそのまま地面に叩きつけようと腕を振り下ろした。

 

しかし修一は手元のボタンを起動する。

 

 

 

ブラドの背中の瓦礫が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

「…ガッ!?」

 

 

意味のわからない後方からの爆発。流石のブラドもその突然の反撃に対応できない。

 

修一は倒れ落ちる巨体の真ん前に降り立つと開いた口に木刀を突き刺した。『鉄を切れる』という売り文句はあながち間違いでもなかったのか、下の皮膚を突き刺し血を吐き出させた。

 

 

しかし

 

「…このクソ野郎ガァァァァァ!!」

 

魔臓を狙ったはずの木刀は横に逸れてしまった。その巨体はグラつくこともなく修一の体を殴り吹き飛ばした。

 

それを防ぐことが出来なかった修一は壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 

ブラドのその赤黒い目が瀕死の彼を見つけて細くなる。壁にもたれかかった彼の首を掴み持ち上げる。

 

 

「まだ俺様に勝つつもりだったとはナァ…?だが、雑魚なりに邪魔をしてくれたが所詮クズの仲間はクズ!弱い奴には弱いやつしか集まらん!」

 

「………。」

 

 

 

 

「ククク…今貴様の表情、見たことあるぞ。昔の理子にソックリだ!

元々俺様に飼われ、下僕として生活していたあの女はお前なんかが助けられるような女じゃないんだよ!そんなお前が首を突っ込んで守るだなんだほざく間あのクソ女はイライラしてたんだろうよ!」

 

 

「……」

 

 

「さぁさっきみたいに泣き叫べクソ野郎!クソなダチのせいで俺の人生が終わると!助けてくれと懇願しろ!!弱い才能無しは強者にすがりながら生きていくしかないんだと自覚しろ!!さあ言え!助けを望め!!」

 

 

ブラドの嘲笑が室内に広がる。右手にあえて力を込めず、コケにしながら嘲笑う。本当の強者がどちらであり、本当の弱者がどちらであるのか、明確に理解させるためのただのお遊び。

 

無論修一が謝罪したところでこの化け物は逃すわけもなく、散々遊んで殺すだろう。

 

 

そんな強者に、弱者はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の話長いわ。まとめろやボケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

タァンと乾いた音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グ…ガアアアアアアァァァァァ!?!?」

 

 

 

 

戦意消失していると錯覚していたブラドは何もすることが出来ず思わず修一から手を離す。まだ木刀の穴も残っていた舌にさらに大穴が開く。

 

 

 

 

修一は()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

そこにいたのは先ほどのように怯え、逃げていた目をした修一ではなく。

 

 

 

敵を見据え、鋭い目で睨みつける『サイカイ』が存在していた。

 

驚きと痛みで思わず修一を離すブラド。魔臓を撃たれたらしばらくは動けないはずなのだがどうやらまた少しズレてしまったようだ。本当に小さいもののようだ。

 

口元から流れる血をその巨大な手で押さえながら『敵』を睨みつける。

 

「グァ…き、貴様ァ…!!」

 

「ギャーギャー煩いんだよ狼男。ったく、耳元でガタガタ余計なこと話しやがって…頼んでないのに話し始める上司かお前。それは飲み会の時だけにしときなさい」

 

修一は服についた埃をはたき落としながら首を鳴らす。

 

「あいつが無価値とか過去とかペラペラ喋りやがって。

 

 

んなこと全部()()()()()()()

 

修一はブラドの言葉を全否定する。

 

自分の気づいた感情だけを信じるために。

 

 

「あいつが過去になにされてよーが、お前があいつに何してよーが。んなの知るか。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

人の話聞いただけで知ったかしてキレる奴ほどタチ悪い奴はいねぇ。

 

お前の話で俺がキレるなんてお門違いもいいとこだぞ」

 

 

「…英雄になりたいわけじゃないのであれば、なんのためにこの俺様の前に立ツ?貴様も理子の過去を聞いて俺様に楯突いてきたのではないのか?」

 

 

ブラドは疑問を口にした。それもそうだろう。今目の前にいるのは英雄気取りのザコ。そう思っていた。だからこそ理子の過去を言った。

 

 

「違う違う。俺も最初は自分自身気づかなかったよ。あそこまでお前に…いや、理子に楯突いたのか。

 

答えは、簡単だったんだ」

 

 

修一は自身の携帯の入ったポケットを軽く叩く。チャリンと音を立てるのは、あのストラップ。

 

 

彼女が心底楽しそうに自身にくれたストラップだ。

 

 

 

「あんな楽しそうに笑うことができるやつを、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

今まで馬鹿みたいに意地張って泣くのを耐え続けてたあのアホから涙流させたんだよ。

 

 

 

 

だからまぁ…俺もお前泣かす。そんだけ」

 

 

 

その男の目からはもう、闘志が消えることはない。

 

ただあの子の笑顔を守るために、男は、再び立ち上がったのだった。

 

 




修一はかっこいい主人公ではなく精神サイカイ主人公であります。

…長い。

感想に全て返信させていただきました。みなさまありがとうございます!!ではでは!!


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34 彼女の涙 サイカイが望むものは…

33のあらすじ
あまりにも強すぎる敵に戦意を失ってしまう修一。

それでも再び立ち上がる彼の中には


彼女の涙と彼女の笑顔があった。




〜彼女が任せる数十分前〜

 

『おう、俺だ俺。…ちっと面倒な敵になりそうなんでな。

 

 

 

 

力、貸してくれや』

 

 

ーーーーー

 

riko side

 

「…しゅーちゃん…」

 

暗い商店街をタクシーが走る。その中で暗闇の空をただ眺める理子にキンジはただ優しく声をかける。

 

「理子。岡崎なら大丈夫だ。ブラド相手でも勝てるさ。一人で戦うとは言ってたが一階にはジャンヌやあの倉庫で見た夾竹桃とかいう奴もいた。あの二人も加われば必ず勝てる」

 

「………。」

 

キンジの言葉を聞きながら彼女の中に様々な思考が巡る。確かにキンジの言う通りかもしれない。彼ならもしかしたらブラドを倒せるかもしれない。

 

 

 

彼の()()()()()()()()()()()を見ていれば期待してしまうのも無理はないと理子は思っていた。

 

 

しかし、彼女は本当の彼の姿も知っているのだ。

 

 

だからこそ…

 

 

「…っ!でも、やっぱり私は…!!おい、運転手!今すぐ車止めねぇとテメェの頭ぶち抜くぞ!!」

 

理子が拳銃を取り出し運転手の頭に押し付けた。運転手は驚きのあまり車を急停止させる。

 

「お、おい理子待て!」

 

車が止まり切るよりも早く扉を開けた理子は、キンジの制止も聞かず元来た道を走り始めた。

 

 

ーーーーー

 

二階

 

 

もう仕掛けは使い果たした。

 

 

桃の車にどっさり積んであった重機をワイヤーで起動させるトラップ攻撃、冷却弾とのびーるによる多方向攻撃、ボーリングの球による砲撃…

 

その他全てのできる限りの攻撃方法で試すも、ブラド本人にすら分からない位置にある魔臓を四つ同時に潰すことなど出来はしなかった。

 

「…ちっ。化け物め」

 

「どうした?貴様の強がりもここまでか??」

 

ここにあるのは、いやここには広々とした空間が存在するのみであるものなんて存在しない。特徴を挙げるなら床中にヒビが走ってしまっている状態であることくらいだが、それは修一の足元が悪くなったというマイナス要素にしかならない。

 

修一は相変わらずの怪物の様子に唾を吐き捨てる。

 

「何度でも言う!貴様程度じゃ俺様には勝てん!いい加減に諦めろ!!」

 

ブラドは意味のないはずのトラップを仕掛け足止めしてくるザコにイラつき始める中…

 

 

 

 

 

 

修一は冷や汗をたらしながら時を待っていた。

 

 

(…まだか…まだかよおい…!?)

 

 

彼はここに来てからずっと待ち続けていたものがある。

 

息も切れ、心拍も上がり、長過ぎる時間を死と隣り合わせの状態で精神を保ち続ける修一は、もう限界を超えている。

 

 

 

 

 

 

その時修一の後方でー

 

 

 

 

 

 

 

ピカッ

ーと

 

赤く何かが光った。

 

 

 

(ーーきた!!)

 

 

 

 

それは準備ができた合図だ。

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 

修一はその合図を見た瞬間に走りこんだ。

 

その限界を超えた足に振り絞るように力を加え床を強く踏みしめる。

 

 

そして、目を閉じた。

 

 

 

(たった数秒…1秒でいい。あの時の力をもう一度…!!)

 

最後にするべきことがまだ残っている。それをするためには修一の力をフルに使わなければならない。

 

修一の強い敵と対立するときに発生していたあの湧き上がる感情を、自らで奥深くに封印したあの感情を…

 

 

修一は初めて、自分のためではなく人のために呼び起こした。

 

 

「…ッ!」

 

体勢を低くして、脱兎のごとく駆け出す。思わず身を引こうとするブラドの懐に潜り込むと木刀とデュランダルを重ね力の限りを尽くし振るった。

 

 

「ーーぉぉぉおおおおおお!!」

 

「ーーッ!?」

 

 

 

そしてーー

 

 

ゴンッ!!

 

 

 

勢いよく振り落とされた二つの武器がブラドの胴体に叩き込まれる。前よりも強力な一撃に甘く見ていたブラドが二、三歩下がった。

 

 

しかしそれだけ。ものの数秒で傷ついた体がまた再生されてしまう。

 

「…はぁ…はぁ…よし、()()()…!!」

 

「いい加減にしろ!貴様が何度俺様に打撃を行おうがすぐに回復するんだよ!!いつまで希望を持ってやがるんだ!」

 

「…ッ!?…ガァッ!!」

 

猛獣の雄叫びと共にそう放つブラドは力を使い果たし硬直した修一の体を吹き飛ばした。限界を超えた修一の体は簡単に宙を舞い、壁にメリ込む。砂埃が立ち込め、壊れかけのビルが揺れた。

 

「ザコめ…無駄に時間を使わせやがる…」

 

ブラドは動かなくなった人間に興味などなく、神崎・H・アリアと遠山キンジの跡を追おうと背を向ける。

 

 

 

 

 

「…おい、はぁ…デカブツ…っ」

 

 

敵はまだ立ち上がる。頭から血を流し、立つだけで体が震え始めているザコは、されど敵にその鋭い目を向け続ける。

 

ブラドは背を向けたままその弱りきった男を見ていた。

 

 

「…なぁ、おい。そんなでかい頭して疑問に思わなかったか?俺みたいなザコがどうして()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

「…アァ?」

 

修一は震える手でポケットに手を入れる。

 

そう、彼は様々な罠を仕掛けブラドを倒そうとしていた。だがそれは全てブラドに大打撃を与えるようなものではなかったが、修一がわざわざブラドの前に姿を現さなければならないトラップは一つもなかったのだ。

 

しかし修一は姿を現し続けた。まるでブラドに自分の存在を意識させ続けさせるかのように。

 

 

つまり…

 

「俺は、(おとり)だ」

 

 

ポケットから取り出したスイッチを起動させる。

 

 

その瞬間、ブラドの周囲()()()()に仕込んであった『火炎弾』がブラドの真下で勢いよく爆発したーー。

 

 

「ーンナァ!?」

 

 

ブラドの足元が無へと化す。

 

 

突然の爆発、急な重力落下にブラドは何も出来なかった。

 

ガクンと体制の崩れたその巨体が重力に従って落下していく、

 

 

しばらくしてズンッーー!と地響きが起きた。

 

 

これで、作戦の9割が完了した。

 

 

「…っぁ…!はぁ…はぁ…成功…っ」

 

「--お疲れ様」

 

座り込み過呼吸のように息を切らす修一の前に、ビルに入った直後別れた夾竹桃とジャンヌが現れる。

 

「…よう、桃、いいタイミングだった…はぁ…。後少し遅れてたら、っヤバかった…」

 

「あんた、会話もまともにできないくらい息切れしてるじゃない。大丈夫?」

 

「あぁ…ふー。もう、大丈夫だ。ジャンヌもお疲れ」

 

「私は言われた通りに()()しただけだ。私よりも礼を言わないといけない人がいるだろ」

 

 

「岡崎くん、まーた無理してるのだ!」

 

ジャンヌが指さした方向にもう一人、移動中の車で呼び寄せた天才がいた。

 

「ふつうならもう寝てる時間なのにこんな()()()!メンテもしてきたのだぞ?」」

 

平賀 文である。彼女の協力がなければここまでの作戦は出来なかっただろう。

 

「おー、サンクスな。今度またガラクタ買ってやるから許せ」

 

ふてくされる平賀に軽く誤った後、最後の仕上げに動き出す。

 

修一は立ち上がりブラドが落ちた穴へと近づいた。

 

穴の下には二階の床の残骸の上にあのブラドが倒れている。もちろんこんなことであの強敵が倒せるなどということはない。すぐに目を覚ました大狼は立ち上がり、上から見下ろす修一に牙を向ける。

 

この攻撃がブラドの沸点を超えさせてしまった。

 

「このクソザルがァ!いい加減俺様も我慢の限界だ!粉々に噛み砕いて最も醜い死体に変えてやる!!俺様に勝てるかもしれんと思ってしまったその低脳な頭を呪え!!

 

ォォォォガァァァァァァァアアアアア!!」

 

 

ブラドの体が赤黒く変色し、筋肉がさらに膨張し始める。身体中の血管を浮かび上がらせ地面にヒビを走らせる。今までのがお遊びであったとそう言われても頷いてしまうようなその強大な力をついに解放させたのだ。

 

その様子を修一はただ黙ってみていた。今更強敵がさらに強くなったところでやることは変わらないのだ。それに

 

敵が強いからという理由で負けたというのは認められないのだから。

 

 

「…ったく、お前は初めっから一つ勘違いしてんだよブラド。いつどこで()()()()()()()なんて言ったよ?」

 

「アァ!?俺様がいつ勘違いしたってんだァ!?」

 

修一は体制を立て直し木刀を構える。

 

 

「最初に言ったはずだ。『お前は今日、最も見下し侮辱していたサイカイに負ける』って」

 

 

多くの隙間の空いたビルに、月の光が差し込む。それは修一を後ろから照らし、そしてブラドのいる一階をまるで証明のように鮮明に照らした。

 

 

 

 

 

そして修一はブラドに本当の敵を伝えた。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

光が差し込み、ブラドは自分の周りの異変に気付く。

 

 

 

そこには…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『侵入侵入者発者発見侵侵入発見入見!!侵死んで下さ死んで下さりやがれですりやがれです侵発見入入!!侵入!!!者発発侵入見見!!』』』『『『死んで下死んで下さ死ん見侵侵入発見で下さりや見侵侵入発見死んで下死んで下見侵侵入発見さりやがれですさりやがれですがれ見侵侵入発見ですりやがれですさり死んで下さりや死んで下さりやがれで見侵侵入発見すがれですやがれです!死んで見侵侵入発見下さ見侵侵入発見りやがれです!!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一階。そこは最初ただ何もないただの広い空間が存在していた…が、今は違う。

 

そこには、あの他人に頼らず、バカみたいに抱え込んでしまうあの不器用な一人の人間が、作り上げ完成された機械兵器がブラドを取り囲むかのように設置されていたのだ。

 

 

 

「…なんだァ…このガラクタどもは…?」

 

「そいつはお前のいう雑魚が作った()()だ。お前から逃げるために、お前から自由を取り返すために誰にも頼らず作り上げたあいつの『願い』だよ」

 

 

カシャンと音を立てその巨大な狼に狙いを定める機械兵器約25機。これによる無数の砲撃であれば魔臓がどの位置にあろうが問題ではない。

 

 

この機械兵器を作った人物こそ、ブラドにとって最大の敵。

 

 

修一は月の逆光を浴びながら木刀を敵に向けた。

 

 

 

お前を倒すのは、() ()()()だ。

 

 

 

 

 

そう、修一はブラドと戦う前から決めていたのだ。

 

この敵は理子の才能によって倒すべきだと。彼女のことを勘違いしている馬鹿野郎を真の意味で打ち負かすべきだと。

 

だからこそ彼は一人でこの強敵と対峙した。

夾竹桃やジャンヌの力を借りて倒したとしても彼女の勝ちにはならない。だからこそ自分が、彼女よりサイカイである自分が手助けするだけならブラドの敗因に峰理子に負けるという事実が消えることはない。

 

これが修一の不器用ながらに選んだ。彼なりの『一番いいやり方』なのだった。

 

 

「グファファ!このクソどもで俺様が倒せるだと、笑わせてくれる!!」

 

 

しかしブラドはただ笑う。先ほど修一が与えたダメージはすでに回復している状態でこの状態が抜け出せないわけがないのだ。こんなガラクタが包囲したところで造作もない。

 

 

「俺様を舐めるのもいい加減にしろクソザル!まずは貴様から切り刻んでやる!」

 

 

ブラドは上へと飛んだ。調子に乗ったザコへ最後の一撃を喰らわせるために。その跳躍力はもちろん人間の比ではなく、二階にいる修一の元へ簡単に飛べてしまう。

 

対して修一は今の興奮状態のブラドを叩き落とすことは出来ると武器を構え『のびーる君』を射出した。

 

 

 

しかし修一はこのとき()()してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

落とした時点で勝ちだと、それくらいの問題は解決出来るだろうと。

 

 

 

身近に仲間を感じ極限の緊張状態が解けてしまったことから起きた

 

 

 

 

 

ミス

 

 

 

ーーーズキッ!

 

 

 

「ーーっ!?」

 

左足に激痛が走った。おそらく先ほどの激しすぎる動きに、ついに治りかけていた足が悲鳴を上げたのだ。

 

「貴様には何度も重症な傷を負わせ続けたからナァ!!もういい加減動けまい!!」

 

 

「…しまっ……っ!」

 

その数秒はブラドを自分の目の前まで跳躍させその巨大な腕の攻撃を受けるには十分すぎる時間でーー

 

修一の行動を予想していたからこそ動くのに遅れてしまった夾竹桃も呆気にとられたジャンヌも動けずーー

 

 

(…嘘だろ…こんな王手一歩手前で……しくじるのか、俺は…!!)

 

 

 

「死ね!才能もないクズ人間ガァ!!」

 

 

その強大な力が修一に迫る。それは先ほどまでの、武器で防ぐことができるような弱い力ではない。喰らえば一瞬にして肉片になるような強烈な一撃が、死を纏った究極の一撃が迫り来る。

 

 

 

 

 

 

その最後の一瞬の中ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--シュン

 

 

 

 

 

小さく音を出した何かが修一の耳横を通った。

 

 

その瞬間--

 

 

「ぐ、ガァァァ!?」

 

 

 

突然ブラドの身体がくの字に折れ曲がる。力を開放し、さらに強力になっていたはずのブラドが雄たけびをあげた。

 

その目には

 

 

魔法のように()()()()()()が突き刺さっていた。

 

 

「…は…」

 

 

ズシャズシャズシャ!!

 

修一の目の前で振り下ろされるはずだった腕が顔の方へと移動した直後、その体に鋭い威力を持つ矢が次々と突き刺さる。まるで止むことのない矢がまるで雨のようにブラドに降り注ぎ、穴の中へその巨体を再び突き落とす。

 

そして、

 

ドスッ!

 

最後の一撃と言わんばかりの大きさと威力をもつ、矢というより大きさ的には槍ほどの物体がブラドの喉を突き刺した。

 

音を立て一階の地面に突き刺さったそれは、ブラドを宙づりにする。それは丁度機械兵器が全身を撃ち抜くことが出来るように体を立てていた。

 

修一はそのたった1秒ほどの光景をポカンと見つめ、こんなことができる天才の心当たりをすぐに見つけた。

 

「…あの居候娘、来るなって言ったのに…後で説教だなこれ」

 

周りを見渡すが姿はない。おそらく外からの狙撃だろう。

修一は後ろ頭をかきながら嘆息しつつも心の中で礼を言う、あの銀髪をどこかでなびかせながらこちらを見ているであろうあの居候に

 

お前のおかげで、最後のピースが埋まったぞと。

 

 

 

獅子の雄叫びのような声が穴から聞こえる。

 

 

 

槍もとい矢は杭のように突き刺さったまま離れない。ブラドも抜こうとしているようだが舌ごと貫かれたらしい。魔臓を一つ刺された状態では本来の力を発揮することが出来ないようだ。

 

 

修一が一歩踏み出しその強敵の有様を上から見下ろす形になるのを、ブラド自身が理解したその瞬間であった。

 

 

 

 

修一は片手を挙げる。

 

 

 

 

 

 

「お前に一つ言いたいことがある」

 

 

「……!………ッ!?」

 

 

 

そして、彼は、強者(サイジョウイ)に対し言い放つ。

 

 

 

 

 

 

「この戦いは峰 理子の()()だ。

 

 

リュパン四世だか遺伝子だかなんだか知らねぇが、んなもんであいつが弱いだとか勝手に決めつけてんじゃねーよ。あいつはもう、お前なんかが縛っておけるど弱い人間じゃない。

 

理子は、()()んだってことちゃんと理解しろ。

 

 

「お、俺様が…あの才能を受け継いでないロクデナシに負ける…!?泣くだけしか能のない、あのクズに負けると言うのか…!?ありえん…!、ありえんありえんありえんぞ…!!そんなことは、断じてありえんのだ…!俺様は、俺様は世界で最も強い種族の……!!」

 

 

修一は未だに真実を見ようとしない強者に、いや、自分を強者だと自惚れ他者を蔑み続けていた者へとたった一つ言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

 

峰理子(サイカイ)…舐めるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ク…クソヤロウガァァァァァァァァァァァア!!!」

 

 

 

修一が腕を振り下ろす。

 

その瞬間、ブラドの元へ無数の銃弾が発射される。それはまるで彼女の感情が憑いているかのように真っ直ぐに突き進み…

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「………………。」

 

 

そして、彼女は見た。

 

 

 

 

 

『このクソ野郎がっ!床にカスこぼしやがって!』

 

『……ッ!?』

 

 

 

 

 

どれほど酷い仕打ちを受けても対抗しなかった。してもまた同じ痛みが繰り返されるとわかっていたから。

 

 

 

 

 

『イタイイタイ…!…イタイ…!!…やめ、やめて…くださっ…!』

 

『ちっ、もうグロッキーかよ。これだから人間のガキは嫌いなんだ』

 

 

 

 

懇願することしかできなかった。抵抗なんてすればそれこそまた痛みが増えるだけだと知っていたから。

 

 

彼女にとってその敵は『自分にとって絶対的な強者だった』。勝てるという望みすら存在しない。

そんな絶対的な強敵が

 

 

今、自身の力で倒れようとしている。

 

「……っ!………ぅ……っ!!」

 

 

 

『どうだい理子、アルセーヌ・ルパンでも倒せなかったブラドを俺たちが倒したんだ。()()()()()()()()()()

 

『ふぅん。じゃああんた、初代ルパンを超えたってわけね』

 

 

キンジとアリアと自分。三人でブラドを倒したと思った時、それでも理子は嬉しかった。初代ルパンを超えたと…それだけで彼女の心が透き通った感覚があったのも事実だ。

 

しかし、それでもまだ胸につっかえた何かがあったのもまた事実だった。三人で勝った?三人の勝利?二人に任せれば簡単に解決できた…?アリアとキンジがブラドに勝った??

 

それでは今までの自分の過去に我慢した意味はなんなんだ?今までの自力で抜け出そうと頑張っていた意味は、一体なんだったのだ?と。

 

 

そう思ってしまう欲張りな自分も確かに存在していたのだ。

 

 

 

そして…

 

 

 

 

『この戦いは() ()()()の勝ちだ』

 

 

 

それを理解してくれたのは、サイカイだった。彼は彼女が昔なにをされたかなど知らない。彼女が今どんな感情を持っているかなど知らない。

 

そんな、自分の内情を理解していないくせに、自分の最も望んだ夢を叶えてくれたのは彼だった。

 

 

 

「……ッ!……ッ!!」

 

 

 

口元が震える。

 

 

 

喉が激しく熱くなる。

 

 

 

今目の前に広がる光景に、みるみる視界が見えなくなる。

 

 

 

 

その光景を自らが作り出した、自らの力による光景であるということに

 

 

 

 

理子の乾いた心が()みるように暖かく潤う。

 

 

 

 

 

「……っ!……ぅぅ……しゅう、いぢぃ…!!

 

 

 

 

 

 

 

あり、がどゔ………っ!!!」

 

 

 

 

 

 

鼻水も涙も混じった顔をくしゃりと歪め、そう伝える彼女は

 

 

 

 

 

巨大な敵が全ての銃弾を受け地面に倒れる中、

 

 

 

初めて、自分のために涙をこぼした。

 

 

 




大変お待たせしました。…実はこれ制作に二週間かかりました。あー長かった…。

さて、いかがだったでしょうか?最終話のブラド戦はこれで終わりです。この小説も残り四話となりました。

みなさんそれぞれで様々な感想を抱いていただけると作者として嬉しく思います。


次回はついに、理子と修一の関係が…。

ではでは~



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35.サイカイの気持ち

34話のあらすじ
ブラドを倒しました。


「たっだいま…あ〜疲かれたわ…」

 

ガチャリと鍵を回し、そのままバタンと玄関に寝転ぶ。体はもう限界を超えた限界。なんとか家までたどり着けただけでも奇跡だろう。

 

心身共に疲れ切った俺はあの後、事件の後処理等を全てその場にいた夾竹桃とジャンヌに任せ家に帰ってきた。平賀は眠そうにしていたので連れ帰って研究室に放り込んでおいた。

 

「…とりあえず、まずはあのバカ女に一喝入れてやらねぇと…来るなって命令に背いた罪は重いっての…」

 

ようやく帰ってきた俺にもまだやることがある。今もリビングでくつろいでいるであろう銀髪居候娘にガツンと一発言っとかないといけないのだ。…まあそれで助かったのだからほどほどにはしとくが、約束は約束だし。

 

と思っていたが、

 

「あり?いないし…あ、バレたと思って逃げやがったなあいつ」

 

 

リビングには明かりがついているだけで誰もいなかった。

あの居候娘はおそらく俺にバレたと思って逃げたのだろう…アホめ。どこに逃げても結局戻るのはここなわけだから、怒られるまでの時間が伸びるだけだってのに。…って昔俺もやったことあったな、親に怒られるの嫌で逃げ出したこと…子供かっ。

 

「仕方ない…寝るか」

 

やることがなくなったのでとりあえず寝ることにした。あの居候娘はどうせ俺が寝たと分かれば帰ってくるだろうし、今日の疲れは今までにないほどのヤバさだ。とっとと寝てしまって明日の朝セーラの顔にでもイタズラしてやろう。

 

よし、もう今日はもう風呂いいや。歯磨きも…いいか。寝よ寝よ。

 

 

 

 

 

 

「………なんだ?これ?」

 

 

全てを放り出し、寝ようとリビングから寝床に向かおうとしたその時、中央にあるテーブルの上に()()()()()()()()()()()()()()が置いてあるのに気づいた。

 

それは、意味ありげにテーブルの上に置いてあり無駄に自己主張している。大きめの袋…

 

 

 

「ポテトチップス…『九州しょうゆ味』??」

 

 

 

ポテトチップスの九州しょうゆ味。九州限定で発売されている俺のお気に入りお菓子だ。普通のポテトチップスとは違い、醤油で味付けされたものである。

もちろんここ東京には販売されていない、九州限定品だ。買うなら地元まで戻るか通販かというとこだろう。

 

つまり、ここにあるのはまずありえない。たまたま買ったとか、入った店に奇跡的にあったから買ってきたとかでもない。

 

東京に住む人にとっては存在すら知らないという人間もいるであろうこのお菓子が、なぜ自分の家のリビングに目立つように置いてあるのだろうか…??

 

 

俺はその意味不明なポテチを見つめ首をかしげる。

 

そもそもこれを知っているのは俺以外いない。こんな話をするような友達もいないし、ポテチの話なんて普通しない…

 

 

『ポロポロこぼすなよ、俺が怒られるんだからな。というかポテチは九州しょうゆが一番なんだよ金髪ギャル。そろそろ持ってきやがれ』

 

『というかさ、しゅーちゃん九州しょうゆってなに?そんな名前のポテチあるの?』

 

『あ?お前知らないの…ってああそうか。あれ九州限定なんだ。ああ〜だから『九州』しょうゆ味なのね。なるへそ』

 

『教えて教えて!』

 

 

 

あ、いたわ1人。

 

 

俺以外にこれ知ってるやつは確かにいた。病院でお菓子持ってきた時に愚痴ってやったことがある。そいつも興味深くその話を聞いてくれていた。

 

しかし…

 

 

(…あいつなんのために?…ん?)

 

 

犯人はわかったが理由がわからない。そもそもあいつとは今微妙な関係であり、話すことも今日ちょっとだけ、久しぶりにした程度だ。

 

(これ渡してなにかしよーって考えなのか…?それかビックリ箱的なやつでイタズラ…?いやでもそれこそ今やることじゃないし…??)

 

その答えを推測しながら、その袋を注意深く確認しはじめた時

 

 

後ろから気配を感じた。

 

誰もいないはずのこの家にだ。セーラが帰ってきたのかもしれない。それで俺がまだ起きているのか確認しようとしているのか。

 

なんて考えながら、相手に悟られぬようにこっそりとその背後を確認する。銀髪の髪がチラとでも見えれば即捕まえて正座させて30分みっちりコースを叩き込んでやろう。

 

 

しかし、

 

 

玄関とリビングを隔てる壁から金髪のツインテールの片方が見えたのだった。

 

 

(……ああ、なんとなくわかった)

 

俺はその隠れ主を見て、この袋の意味を理解した。

 

えっと、つまりあれだ。これはあいつがわざわざ買ってここに置いたというのは間違いないようで…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はつまり…。

 

 

俺と、仲直りしに来てくれた…ってところか。

 

 

(ったく、プレゼントがポテチってのはなんか安上がりじゃない?そんなんで俺の今までの心の傷が埋まるなんて思ってもらっちゃ困るんだけどな〜)

 

なんて皮肉を言いながらも、俺はかなり喜んでいる。正直ちょー嬉しい。理子がわざわざ俺のために考えて買ってくれたというだけで嬉しくて涙出そうだ。

 

ただあいつ自身は俺がそう考えるなんて思ってもいないのか、出てこようとはしない。最悪このまま帰ってしまうかもしれない。

 

 

………はぁ、しょーがねぇ。

 

 

俺は大きく息を吸い込んだ。

 

「うお、すっげ!!これ俺が無茶苦茶食べたかった九州しょうゆじゃねーか!!いやーラッキーラッキー!!こりゃ俺も少しのことでイライラしてらんねぇなぁ!!大抵のことならこれ一つで許るせるわ〜!」

 

 

大声で叫びながら机をクルクルと一周。こんなこと前に居候娘にやったな、なんて考えながらポテトチップスの袋をたかいたかい〜していた。

 

(さて…どーだ?)

 

チラッとバレないように玄関を見る。

 

「……よっし…」

 

その様子を顔の半分をひょこっと出しながら見ていたようで、そっちに俺の顔が向く前に、再び姿を隠した。ニヤニヤしながら手元でガッツポーズしている姿が思い切り見えている、なんだあれ可愛いなおい。

 

とりあえずあいつの目的は達成したということ、なんだろうな。しかしこちらに来る気配はない。…仕方ない、俺が折れよう。

 

更にハイテンションで声を出した。

 

 

「あぁ!!でもこれBIGサイズじゃねーか!?ああどーしよ!?これ一人で食べきれる自信ねーわ!保存とか俺苦手だしせっかくの九州しょうゆ、パサパサさせてしまうってのもなんだかなぁ…!

 

 

てことで

 

 

 

一緒に食うか、理子?」

 

 

 

「…!……うん!!」

 

 

様子をまた顔を出して見ていた理子にそう言うと、理子は俺の誘いにまるで猫じゃらしを見つけたネコのようにようにぴょんと跳ねてこっちに走って来て頷いた。胸の前で両手をグーにして頷くのは理子が最も楽しい時にする癖だとよく知っている。

 

その顔は今まで俺を無視し続けた時の無表情ではなく、本当に楽しそうな笑顔だった。

 

ーーーーー

 

 

「しゅーちゃん」

 

「ん?」

 

「今まで無視したりしてごめんなさい」

 

ポテチを開け二人で食べ始めた数分後、理子がこちらに頭を下げてきた。まあそのためのポテチだってことは理解できてたし、俺も内心許してしまっているのだが…。

 

立場的に今俺が上だ。よし、この状況は利用させていただこう。

 

俺の悪い癖が出てしまった。

 

「本当だぜまったく。俺がどれだけ泣きかけたことか…うっう…!」

 

あの時のことを思い出すと涙が出そうになる。…な〜んて感じで今にも泣き出しそうな顔で理子から目をそらす。

 

理子は「うっ」と困った顔をする。目をそらしどうしようかと悩むその顔は俺の口元をニヤつかせる。いい気味だぜ。少しは自分の思い通りにならない状態ってのを味わいやがれ。

 

「だ、だから本当にごめんってば、あの時はその…ブラドに勝てるとか思ってもみなかったし…」

 

「あーそうですか、そうでーすか!俺はその勘違いのせいでこんだけ体痛めてしまったわけですか!あー痛いわー!ちょー痛いわー!!」

 

「う…」

 

俺の言葉に何も言い返せなくなる理子さん。顔を伏せて頭を抱え始める。よしよし、いいぞいいぞ。

 

「俺ってば教室のクラスメイトごった返すなかで話しかけましたしね!カースト下位が最上位のお前にだよ、それをお前は無視に無視に無視!?そんなことしたら立場なくなっちまうだろうが!」

 

「そ、それも悪かったって思ってるよ…で、でもちゃんと全部聞いてた!お弁当一緒に食べたかったし、一緒に帰りたかったし、一緒にアニメ見たかったもん!!本当は理子もしたかったのばっかりでニヤけるのどれだけ我慢したかっ!!そこはしゅーちゃんだけじゃないもん!!」

 

「………。」

 

グイッと顔を近づけその逆ギレとも取れる返しをする理子に対し今度は俺が顔を逸らした。

 

こんなこと言われて嬉しくない男子がいるだろうか、いやない。ちょー嬉しかったです!!

 

もう普通に話してしまおうか、などと考え始めてしまう。もう十分に発散したしそろそろ許してもいいかもしれないな。

 

「…また黙るし…。

も〜、わかった、今回は本当に理子の負け。理子が完全に悪かったってば。理子にしてほしいことあったら聞くから、それで許してよ〜」

 

そう考えていた俺の姿を理子は不貞腐れたように見ていたようだ。観念したように肩の力を抜くと、俺の手をポンポンと叩いてくる。

 

…ほう、これはまだ普通に話すのはダメだ。うん、ダメだな。

 

「ふむ、それはあれかい?『なんでも一回言うこと聞いたげる』ってやつか?」

 

「うん、まぁね。…えっちなお願いはダメだよ?」

 

顔を下げて頷く。ほう、これはこれは思わぬ収穫だ。俺の目つきが変わったことに一瞬ビビった理子は縛りを設けてきたが、

 

緩い。

 

「ほほう?んじゃあちなみに、『えっち』ってどっからえっちになるんだよ?」

 

「え?い、言うの…?」

 

「おう、言え」

 

その返しを考えていなかったらしい。理子はその美人顔を紅くしてう〜んと考え始めた。いつもならポンポン出る誘惑単語がなかなか出てこないのは本当にするかもしれないから、だろうな。やっぱこいつ…。

 

理子はう〜ん、う〜んと悩み続け…

 

そして、

 

「お、おっぱいを触らせろ…とか」

 

「胸揉ませろ」

 

「ーーっ!?」

 

俺は出てきた言葉をそのまま速攻で返してやった。理子は顔を真っ赤にして胸を守るように手で覆う。いつも俺からかう時に胸の話するくせに。やっぱりこいつ…

 

「ちょ、しゅーちゃんそれは…!」

 

「なんだ?なんでも言うこと聞くんだろ?」

 

「ーーっ!!」

 

いつもギャル風にガヤガヤしている理子を見ていればそんな発言を軽く言えそうなイメージがあるが、実際そんなことはない。

こいつは、見た目とは正反対でピュアなんだ。口では軽く言うときは大体本気じゃない。それを言って焦る俺を見るのが好きなんだろう。

 

しかし、今回は俺が仕返ししてやる。

 

 

再びう〜ん、う〜んと悩み始める理子。いつもならすぐ冗談にしてしまうであろうそのお願いを今回は真面目に考えているようだ。実際俺が理子にしてあげたことはそれほどのことだったのだろう。

 

「ほ、本当にしゅーちゃんのお願いはそれがいいの…??」

 

確認するようにそう言う理子は顔を真っ赤にして両目を強く閉じている。

 

あぁ、これやりすぎた。

 

ぽんと頭に手を乗せた。こんな脅しのようなやり方で触ったって罪悪感が出るだけだし、実際触る気はなかったしな。

 

「なんてな、冗談だ。んなことで触れても嬉しくねぇよ」

 

理子はその言葉に安心したのかふぅと息をはき肩の力を抜いた。そしてジトっとした目で頭を撫でるこちらを見る。冗談だったことに気づかず顔を紅くしたのが恥ずかしかったのだろう。

 

「…なんか…ムカつく」

 

「お前の恥ずかしがる顔なんてレアだしな。見れるときに見たかないと」

 

「…ふん、しゅーちゃんなんて知らない!お願いももう聞いたげないからっ!!」

 

あ、やりすぎたなこれ…。

 

理子が本気で怒ってる。プイと顔を他所へ向け、頬を膨らませている。

 

「わ、悪かったって理子、な?機嫌直せよ…」

 

「ふんだ!理子結構本気で考えたんだよ?しゅーちゃんが理子にしてくれたことって本当に嬉しかったことだから、理子が出来ることはしてあげようって思ってたのに!」

 

いつの間にか謝る側と怒る側が入れ替わっていることに気づくも、時すでに遅し。アクセル踏んだ理子は止まらない。

 

「ていうか、なんでもいうこと聞くってお願いにえっちなこと頼むのって女子本気で引くから!気持ちわる〜って。だから高校生にもなってまだ彼女も出来ないんだよバカ修一!」

 

「なっ!?それを言うならお前だってそうだろうが!!

 

「理子は告白結構されるけど断ってるからだもん!彼氏なんて作ろうと思えばいくらでも作れるし!」

 

 

「くそっ!知ってますよあんさんモテるもんなっ!!」

 

ゼーハーとお互い肩で息しながら呼吸を整える。その少しのインターバルで落ち着きを取り戻す。

 

「それにしても…はぁ…お前ってなにげピュアだよなぁ…」

 

「む、しゅーちゃんだって前に理子とキスしそうになった時テンパってたくせに、人のこと言えないじゃん!!男子のピュアって度胸のない残念男の比喩表現だよね!」

 

「……そ、それは…!」

 

「病院でポテチあげたときもそう!あそこまで女の子が顔近づけてるのにキス一つも出来ないなんて男として残念すぎると思う!つ、ま、り!しゅーちゃんはヘタレ!そんでもって意気地なし、QED!」

 

「はぁ!?あん時はお前からポテチ食ったじゃねーか!俺をからかうためだなんて言いながらキス待ってたのかよおいこのビッチギャル!」

 

「〜〜っっつつ!?だ、誰がそんなことっ!こ、恋愛下手くそ野郎!」

 

「ピュア残念女!」

 

「金なし変態男!」

 

「アホツインテもどき!」

 

「「あぁ!?やんのかコラ!?」」

 

落ち着いたのもたった数秒、お互いがお互いの腕を掴み、鼻と鼻がくっつくぐらいの距離で睨み合う。こいつ、ちょっとは大人しくなったと思えばこれだ。全く変わらん。言ったら言い返してきやがって…まったく。

 

まったく、変わらないな。

 

「…くふっ、なんか昔に戻ったみたい」

 

「だな。俺もそー思ってた」

 

 

笑ってしまった理子につられて俺も笑ってしまう。睨み合ってた後に互いに同じことで笑い合う。ここも変わらない。

 

やっぱり俺は…

 

「あのね、しゅーちゃん」

 

理子は腕を離し、正面を向いた。ゆらゆらと揺れながら足をぐいーっと伸ばす。リラックスした状態で暗くなった窓の外を見つめていた。

 

「理子はね、もう一人で悩まないよ」

 

理子は決意を語ってきた。

 

足をぶらつかせ、まるでなにかを思い出しているかのように温和な表情をしてそう言う理子。

 

俺はそれをただ黙って聞くことにした。

 

「一人で悩んで抱え込んだって何も解決しないって、わかったから。

 

どんなに拒んでも一緒に抱えようとしてくれるって、わかったから。

 

だからもう…一人で悩むのやめーたっ!」

 

理子はピョンと飛んで俺の前に立つとそう言ってウインクしてきた。理子なりに今回のことで感じたことを口にしてくれたのだろう。

 

「そっか」

 

その言葉に、その少ない言葉の中に詰まった気持ちを全て汲み取ることなど俺には出来ない。だから軽く返すことにした。彼女がその言葉に込めた意味を彼女自身が理解していればそれでいい。

 

「うん、だからしゅーちゃん!理子が困ったら助けてね!」

 

『サイカイ』と呼ばれながら、それでも抜け出そうと努力し、考え行動できる。

 

 

 

それが峰 理子なんだ。

 

 

 

 

「おう、一回1000円な。どんな小さな願いでも叶えてやる」

 

「はぁ…ま、それが一番しゅーちゃんらしいからいいか」

 

 

こうして俺たちは仲直りした。長くて辛かったがこいつのいい笑顔が見れたから、いいか。

 

 

ーーーーー

「あのさー理子?」

 

 

「んむ?なに、しゅーちゃん??」

 

 

仲直りして1時間が経った。理子はどこから取り出したのかたくさんのお菓子を広げてバクバクと食べている。俺もそれをつまみながらチラチラと理子の顔を見ていた。

 

その横顔を見ててやっぱり思ってしまったことがある。

 

ブラドと戦っていた時、俺は一度逃げ出そうとした。理子のこととか他人のこととか全然考えられなくなって、自分のことだけで手一杯になった時、思い出したこいつの顔を見て気づいたんだ。

 

それを会ったら言おうと心に決めていたのだ。

 

口いっぱいにポテチを頬張りリスみたいな顔になっている理子さん。もすもすなんていう意味わからん単語が周りに浮いてそうなイメージが湧きつつ…

 

「あー、突然なんだけどさ」

 

「んむ?」

 

これ、意外と言葉にするの恥ずかしいな。なんて頭かきながら思いつつ

 

 

 

 

言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「俺、お前のこと好きだわ」

 

 

 

 

 




次話は2月25日投稿予定です。もしかしたら早めに投稿できる場合がありますのでその場合は活動報告にてお伝えします。
あと3話で終わります(仮)


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36.ふたりの気持ち

35話のあらすじ

サイカイと理子が仲直りしました。

サイカイが告白しました。

#今回は全て理子視点となっています


告白しようと思っていた。

 

ブラドとの因縁が解決したことで、もう理子の過去が修一を苦しめることはなくなった。彼が自分の事情で辛い目に合うことはなくなったのだ。

 

その修一自身によって解決されるなんて思ってもいなかった。しかも、理子が勝つという最高の形で。

彼は本当にどうしてサイカイなんて呼ばれているのだろう。理子にとってはむしろ最強のヒーローとして全く問題ないのだが。

 

私としては、告白は男子からが原則だ。LINE、電話での告白もタブー。それをしてきた男子は返信もせずにすぐに切った。男としてそこは面と向かって言って欲しい。

 

なんて思っていた時期もあった…が、もうどうでもいい。というかあの自分にだけは自信を絶対に持たないあのアホの告白を待つなんてキンジが女好きになるのを待つようなものだ…まず無理。

 

 

(だからこそもう理子から告白してやる!理子なりの最高のやり方で修一の心奪ってやるんだから!!)

 

 

涙を流しながら見た彼、ブラドを倒したときの彼の顔を見たときから理子は自分の気持ちを正直に伝えると決めていた。

 

 

 

…なのに

 

 

 

なんて思ってたのに…!!

 

 

 

 

「俺、お前のこと好きだわ」

 

 

 

 

なのになんで先に言っちゃうのかなぁ!?今までいろいろ考えてた理子バカみたいじゃない!?

 

現実とはそう上手くいくものではないらしい。考えていたプランすべてぶち壊す一言が返ってきた。

 

というよりいきなりの言葉にパニックになっていた。

 

(というか告白されるようなこと理子したことないしそもそも修一の告白は勘違いだけど断りまくってたしそれになんというかあのあれ…!!)

 

「…もしもーし、理子さーん?固まってるけど大丈夫か?」

 

「ちょっと待って。理子いま自分を落ち着かせるのに忙しいから」

 

「お、おう。ごめん?」

 

よくわからない返答をしたのは自分でも理解できるが少し待ってほしい。余裕なんてないのだから。

 

 

えーと、落ち着け。状況を整理しよう。

 

私は修一が好きで

 

 

その修一が理子を好きだと言ってくれた…!?

 

 

つまりそれは$%#&…!?

 

(う、うん落ち着くとか無理だこれ。好きな人に逆告白されて普通でいられる人なんているわけないじゃん!!

だから、もういい!せっかく修一から好きって言ってくれたんだもん!理子もちゃんと自分の気持ちを言わなきゃ!!)

 

もうプランとかなにもかもどうにでもよくなっていた。感情のままに彼に自分の気持ちも伝える…!!

 

 

顔を見て言うのが恥ずかしかった私は顔を伏せ、両手を胸の前でぎゅっと握って告白…

 

 

 

「しゅ、しゅーちゃん!じ、実は理子もしゅーちゃんのことがーー

 

 

 

「ま、でもお前キンジと付き合ってるもんな。悪いな、困らせて」

 

 

 

 

好………は?」

 

 

しようとしたが、時間が止まった。

 

 

は?

 

 

「修一…?今なんて言った…?」

 

「ん?だから『お前()()()()()()()()()()()()()()困らせて悪かったな』って…?」

 

「……………あぁ?」

 

思わず暗い声を出してしまった。

 

 

 

は?いまこの男なんて言った?

 

 

 

『私がキンジと付き合ってる』?

 

 

 

 

どうしてそんなことになっている…?無視していたときにキンジにベタベタしすぎた?確かにあの時はキンジの協力が必要だったからいろいろとしていたが…別にそこまで過激なことはしていないし…。付き合うとか誤解するような真似はしていないはず…。

 

もしかして無視したことまだ怒っていて、理子をいじめようとしている、とか?

 

いや、この顔は本気(マジ)だ。本気で私とキンジが付き合っているとそう思ってる。

 

…いやいや。

 

「俺もキンジと別れてまで付き合ってくれなんていうつもりもないからよ。お似合いで、本気で羨ましいよ」

 

「…ははっ…」

 

理子がなにも言わないのをいいことに、からからと笑いながらソファの背もたれにぐいっと体を預け喋る修一。

 

理子は、理子はその行き場のない目先をただ下にしたままふらりと立ち上がる。

 

こいつ、また変なこと言った?言ったね。

 

 

理子とキンジはお似合い?付き合ってくれなんていうつもりは、ない?ははっ、笑える。

 

 

…理子、ガチでキレそうなんだけど。腹立つんですけど?

 

 

 

「…じゃあなに?しゅーちゃんは理子がキンジと付き合ってお似合いだと思ってたわけ?理子が他の男子とお似合いだって言いたいの?」

 

 

「そりゃお似合いだろ。キンジはイケメンだし性格いいし、もとSランク武偵のエリート。そんでお前は美人で強くてAランク。釣り合いとれてんじゃん。

それにキンジってお前のためにブラドに立ち向かっていったり理子のためにキレることができてたりお前のこと一番に考えれてる。身長差もいい感じだし、お前の武偵殺しの方の性格も理解してるわけだ…これを相性がいいと言わずしてなんと…あり?どしたの理子さん??」

 

 

修一は私の気持ちには本気で気づいていないようで今の状況も理解できていないようだ。少し首をかしげながら返してきた。

 

(こ、この鈍感男…!!)

 

私と違う男のいいところを語る最愛の人…。なんてカオスな状況だこれはとツッコミつつ。

 

 

すぅと一息…そして

 

「ランク以外、全部お前とも当てはまってるじゃねーか!!」

 

「んぼぁ!?」

 

思いっきり修一の腹を殴る。これは修一が悪い。誰がなんと言おうと修一が悪い。

 

お腹を抑えてなぜなぜと繰り返す修一に続けて怒鳴ってやった。

 

「理子完全にキレてるからねしゅーちゃん。ガチギレだから!」

 

「だからなんでだよ!?お似合いだって言っただけだろ!?」

 

「それが問題だったってんだろーが!!」

 

「…はぁ??」

 

修一は本気でわからないといった風に首を傾げる。この男は本当に…!!アニメなどの鈍感系主人公に恋するヒロインの気持ちがいま本当の本当の本当に理解できた。

 

こんなやつ相手に恋愛する方がおかしい!!

 

 

…している理子もおかしいけど!!

 

 

「しゅーちゃんは理子と付き合いたくないの!?」

 

「付き合いたいに決まってんだろ、好きなんだから!!」

 

「---っ!だ、だったらなんで理子がほかの男子と付き合っててお似合いとか言うわけ!?」

 

「そりゃ俺なんかよりもキンジのほうがお似合いに決まってんだろ!さっきも言ったけどあいつの方がスペック高いんだってば!!俺は学園のサイカイ武偵だってお前も知ってんだろ!!」

 

「…………………はぁ………なるほどね」

 

修一の言っている意味が少しずつ理解できてきた。つまりこの男はいままでスペックでカースト下位になったり虐げられたことから、スペックが低い=好かれないとかいう公式を組み立ててしまっていると。

 

それでAランクの私とは釣り合わないってことか…はぁ、バカだなぁ。そんなことで好きにならないなんてことないのに。でもなんか、今までの修一を見ていたら納得してしまった。

 

私はここまで鈍感なアホ相手にようやく落ち着きを取り戻してきた。

 

このままそんなことないって口論しても解決しないのは確かだ。…ならば

 

「っ!…こう、なったら!!」

 

私がいくら自分の本当の気持ちを伝えても効果は薄いだろう。

 

 

 

だったら、実力行使だ。

 

 

 

 

 

修一が理子のことを好きならーー

 

 

 

 

 

 

もっと確実に、気持ちを伝えるには…!!

 

 

 

 

もう、こうするしかない!!

 

 

 

「えいッ!!」

 

「お、おい!?」

 

 

 

私は修一に思いっきり抱きつき、驚く修一を押し倒す。何も身構えていなかった修一は簡単に馬乗りにされる。

 

 

そして

 

 

「んッ!?」

 

「………っ!!」

 

 

 

その驚く顔に、自分の顔を近づけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唇を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……………………………………………………………………ん」」

 

 

 

 

 

最初は驚いて暴れていた修一が次第におとなしくなる。二人だけの空間に時計の音だけが響く。

 

口元に感じる温かさが、いましていることを現実化させる。呼吸が早くなり、体が上手く動かせない。それでもお互いに離そうとはしなかった。

 

 

初めてかなり長く感じられるらしいと聞いたがその通りだった。ものの数分だったのかもしれないが、耐え切れずに唇を離す。

 

 

先ほどまで熱かった唇を指でなぞりながら、流石に顔を見れなかった私は右に逸らしつつ、相手の言葉を待った。

 

 

「お、お前…」

 

 

「…これが理子の気持ち。わかった?」

 

 

 

修一も流石に理解できただろう。ここまでしたのだ。

 

これで、本当に理解してーー

 

 

「お前、彼氏いながら他の男とキスとか本気でビッチなの?」

 

「殺す!!」

 

タァン!修一の顔のすぐ横のソファに穴が開く。修一が「しぇー!?」と変なポーズをとる中、理子は今度こそ狙い撃とうと構える。

 

もう知らんこんな男!鈍感にもほどがあるッ!!

 

 

「っ!?ちょ、おま!?人の顔向けて銃撃つやつがあるか!?頭に当たったらどうすーー」

 

「知らないッ、バカッ!アホッ!!超鈍感野郎!!」

 

銃を捨て、素手で何度も修一を殴る。わからずやにもうこれ以上何も言われないように。

 

 

そして…

 

 

「付き合ってない!!」

 

理子はもう、変にわかってもらおうなんて考えを捨てた。もうこの男にそういうのを求めてもしょうがないのだから。

 

「理子はキンジと付き合ってなんてない!誰とも付き合ったことない!

 

理子は…理子も…っ!

 

 

理子もしゅーちゃんのことが好きなの!

 

 

キンジとか他の男子より何倍も!何百倍も大好きなの!!付き合ってないもん!付き合うわけないもん!!

しゅーちゃんにあの山降りてたときに恋したって気づいた時から、

 

理子にはしゅーちゃんしかいないの!!だから…だから…他の人と理子がお似合いだなんて言わないでよぉ…!!」

 

 

言った。言ってやった。自分の気持ち全部。…これで誤解するならもう無理。理子の精神も限界。泣いて出てってやる。というかもう泣く寸前だ。

 

と思っていたが…

 

「え、じゃあ、なんだ…?俺が勝手にそう思ってただけって話で…お前本当にキンジと付き合ってない、のか?」

 

「うん。そうだよ」

 

今度は、ちゃんと理解してくれたみたい。

 

修一は、信じられないと言いたげな目で私を見つつ確認するように言い始める。

 

「え…でも、その、いいのか?俺、なんかで…?俺は、弾もろくに当てられないサイカイの武偵で…」

 

「そんなこと関係ない、しゅーちゃんが好き」

 

 

「…ッ。俺は、さ、クラスでも嫌われ者だし、その、人気者のお前にとってメリットなんてないし…むしろお前が嫌われる原因になるかもしれないし…」

 

「しゅーちゃんと仲良くしたからって理由で嫌いになる人なんて理子から切ってやるんだから、大丈夫」

 

 

「……ッ。じゃあ…俺がこれから先、どんな生き方をしたとしても…お前は変わらず『俺の味方』でいてくれるのか?」

 

「言ったじゃん、理子はずっとしゅーちゃんの味方だよ?しゅーちゃんの隣が理子の特等席じゃないと、許さないから」

 

 

「そっか…はは、じゃあ、何の問題もないな」

 

「うん、ないね」

 

 

そしてついに、ついに修一は私の気持ちを理解してくれた。ソファの上で参ったと言わんばかりに肩を揺らす。

 

 

 

ようやく、修一も理解してくれたのだ。

 

 

理子がどれだけの気持ちを持っているのか

 

 

どれだけあなたが好きかってことを…。

 

 

それが、たまらなく嬉しかったのだ。

 

 

「くふ♪しゅーちゃん好きッ!!」

 

「おわッ!?おいだから俺重症だから抱き着くなって!!」

 

「好きなんだからしょうがないんだもーん!くふ、しゅーちゃん顔赤いよ?」

 

「…うっせ。お前も赤いわ」

 

「うん、理子今幸せだからねっ!」

 

「……あっそ」

 

彼の胸の上に顔をうずめて、パタパタと足を動かす。

 

 

ここまで長かったけど、でも、それでもここまで来たんだ。

 

これから先、修一がどんなに落ち込んでも傍にいよう。修一が楽しそうに笑っていたらその隣で一緒に笑ってあげよう。泣きたいときは胸を貸すし、どんな時でも修一の味方でいてあげられるような存在になりたい。

 

 

そう、心の中で固く決意する。まだ言葉にするのは恥ずかしいから言わないけどね。

 

 

「……つーか、さっきのキス、歯が当たって痛かったんですけど」

 

 

 

「…リベンジ?」

 

 

 

「リベンジ」

 

 

 

私たちはまだ、始まったばかりだ。

 

 

ーーーーー

 

〜女子寮 屋上にて〜

 

『…いいの?』

 

『なにが?』

 

『…お前、修兄のこと好きだったんじゃないの?』

 

『……。あなたも人ごとではないと思うけれど?』

 

「彼は依頼者、それだけ。でもあなたは違う』

 

『…そうね。でも今回の見たでしょ?最初は自分の才能の無さに失望して、武偵という道から逃げ出そうとした彼がバカみたいに見栄張って、たった一人であの強敵に立ち向かった。その理由知ってたら誰も入り込む余地なんてないじゃない。わかっていたことよ』

 

『………。』

 

『それに、思ってた以上に悪い気もしてないわ。収まるべき場所に収まっただけ。むしろスッキリした気分よ』

 

 

『…そう、じゃあ、いい』

 

『ただ、そうね…オムライスはあの人の味に合わせても文句はいわせないから』

 

『…めんどくさい女』

 

『あなたもいつか分かるようになるわ』

 

 

 

 




やっと…結ばれた…!!やっと、やっとです!去年の2月から初めてここまで…長かった…!!

次の投稿は3月4日(土)を予定しておりますが、5日(月)になる場合がありそうです。
その場合は早めに活動報告にてご報告いたします。

残り2話(仮)もよろしくお願いします!

ではでは~

PS.最後の二人は夾竹桃とセーラです。


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37 将来の夢

36話のあらすじ
二人がお互いの気持ちを理解しました。


あれから一週間が経った。俺は怪我を治療に専念するために(今度は絶対に外には出さないと医者に言われ)ずっと入院していたがようやく学校に登校できる事になった。

 

時間は12時15分、昼休みの時間だ。この学校では遅れて学校に来る生徒は少なくないから目立つことはないというか、まあ何も言われない。…が俺の場合は違う。俺みたいなEランクが授業より優先する依頼なんぞやっているわけがないのだから。

 

クラスの後ろのドアをガラガラと開け、少しだけ集中する視線にどぎまぎしながらも自分の席に向かう。

 

ほんと、なんで教室のドアって音がなるんだろ…変に目立っちまうじゃねーか…。

 

俺はクラスメイトの目線を気にしないようにわざと視線を窓の外に移そうとしてーー止まった。

 

俺の席より前に金髪のツインテールが見えたからだ。

 

「うわ~!理子ちゃんのお弁当可愛い~!!」

 

「えへへ~いま花嫁修業中なの!」

 

理子の机を中心に4、5人集まって楽しそうに弁当を食べている。何を話しているのかは聞き取れないが俺には気づいてないようだ。

 

…いや、声かけないよ?いやかけれないよあんなカースト上位枠に紛れ込めるかっての。カーストサイカイなめんな。

 

(さてと…俺は俺で飯食べるかね)

 

実はまだ俺も昼飯を食べていない。病院から帰って来てそのままコンビニで軽く買ってきただけだ。ということで自分の席に座りコンビニの袋を机の上へと乗せる。

 

しかし…あいつ凄いよな…どーやったらあんないろんな人に好かれることができるのかね?

 

…と

 

(あ、目が合った)

 

その時、たまたま後ろを向いた理子と目が合った。俺は思わず目を逸らしてしまう。この前色々あったとはいえ、俺はカースト最下位であっちは最上位。目があったからといってなにもしてはいけない。

 

 

「ちょっと、しゅーちゃん?目が合ったのに無視はひどくない??」

 

 

そう思っていたのは、俺だけだったらしい…。

なぜか、目の前に理子がいた。自分の弁当を持って。

 

さらに前の席をこちらの席にくっつけ座った。

 

「っておいおい。なんで机をくっつけようとする?」

 

「なんでって、しゅーちゃんとお弁当食べる約束したじゃん?」

 

「いや、したけどお前…」

 

俺は理子に隠れて見えなかった理子の席を確認する。理子のいなくなった後の席に1人が座り楽しそうに談笑を続けている様子が見えた。こっちをチラチラと皆が見ながら話しているし、まあ十中八九俺たちの話だろうな。

 

変に目立ちやがってからに…。

 

「それにこの頃しゅーちゃんとあまり話せてなかったし…」

 

「そ、そうか」

 

心の中で悪態ついていたが、目を逸らしてそういう理子にちょっと嬉しくなってしまった。変に目立っちまったがまあいいか。

 

「それより聞いてよしゅーちゃん!理子さ〜しばらくアニメ見れなかったじゃん?だから昨日徹夜で今季のアニメ全部見たの~♬」

 

「おお、そうなん?んで、面白かったのある?」

 

「くふ、教えてしんぜよう!理子が最も面白かったアニメ!ガヴリール…」

 

「お、おい、岡崎ぃ!」

 

 

理子が楽しそうに話し始めたその瞬間、後ろから声をかけられた。正直二人の空間を感じて浮かれていた気分が思いっきり落とされたようだ。…誰だよ?

 

少しイラッとしながら振り向くとそこには、バスケの時俺を転ばせた三人の武偵がいた。…おかしい、普段なら影でこそこそ言うだけでわざわざ言いには来ないのに。

 

「…えっと、なに?」

 

「お前なに峰と話してんだぁ!?無視されまくってたよな!?」

「なんでお前なんかが話してんだよ!ふざけんな!!」

「けるなー!けるなー!」

 

どうやら理子とご飯を食べると言うことに口出ししてきたようだ。

…正直お前らに関係ないだろと言いたかったが…。

 

 

気づいた。クラスのほぼ全員がこちらを見ている。どうやらこいつらは代表で俺の元に来たようで全員気になっていたみたいだ。…いや,まあ一週間前の俺を無視しまくる理子を見てたら気にはなるよな。

 

「…いや、その、えっとな…?」

 

…やべ、そう思ったら上手く話せなくなっちまった。

…くそ、コミュ障はこれだからダメって言われるのはわかってるんだが…

 

こんな全員の前で言えるならそもそもコミュ障になってないんだよ!

 

俺がなにも言わないのを良いことに三人がかりで様々な暴言を吐き始める。しまいには…

 

「お前峰の弱みでも握ってんだろ?クズがやることはクズなことに決まってる!」

「ダセェンだよお前!」

「だせぇ!だせぇ!」

 

…いやまあ俺がクズなのは認めるし、ほかのクラスメイトが今までの俺と理子を見ていて今気になっているのも理解できるが…。

 

 

なんで今言うんだよこいつら…。

 

 

いやあのね、俺が何言われても俺自身は全然いいんだよ?言われ慣れてるし、別に言われても仕方ないような成績だし…と思うが…

 

 

「………くふっ」

 

 

ここに、俺のことを他人事と受け止めない人がいるんです目の前にっ。

 

 

「ね~しゅうちゃん?」

 

「は、はい…」

 

彼女の一言一言が重い。ニコニコと笑いながらこちらを見る理子が怖い。その笑顔は先ほどと変わらないのになぜだろう、超怖い。

 

冷や汗かきながら理子と微笑み合って数秒、理子はふぅと一息つくと

 

 

 

「…でね、そのアニメが今すっごくおもしろくってさ!いま四話まで録画してるから今日理子の部屋で見ない?いや、見ようよ!」

 

理子は今までの雰囲気をころっと変えて先ほどの話を続けた。まるで俺が今声をかけられたこと自体をなかったことにしたように。

 

てっきりキレるかと思ったが…まあこいつもクラスの立ち位置ってのもあるんだろうし。俺のためにキレたらクラスでの立ち位置悪くなるからやめたのだろう。

 

理子が無視するならと俺も理子へ向き直って話を進めることにした。

 

「おう。俺も今日は空いてるから別にいいぞ。…ってお前んとこ?お前女子寮だろうが、行けるかッ」

 

「えー?んーじゃあ、DVDに移してくるからしゅーちゃんの家で見る」

 

「まあ、それならいい――」

 

「おい峰!お前脅されてるからってそんなことわざわざ言わなくていいんだぜ?別にこいつが何してもお前になら問題な――」

 

「よっし決まりねしゅーちゃん!じゃーあ、放課後商店街でデートしてから行こうよ!理子パフェ食べたーい!」

 

「…!?お、おい岡崎!テメェ峰の弱み握ってないでとっとと消えーー」

 

「パフェか。食べるのはいいが俺は食べないからな」

 

「――っ!!おい峰!!無視すん――」

 

「ねぇ、いい加減にして?理子今すっごく我慢してるの。察してよ」

 

「……え?」

 

 

あちゃ…。そろそろどっか行くかなと思ったその手前でついに理子の我慢が限界に来たらしい…。こいつら火に油を注ぎすぎたなこれ。

 

 

「しゅーちゃんがこういうことで喧嘩するの嫌いって知ってるから無視してたのに、いい加減しつこい。しゅーちゃんごめん、理子我慢できなかった」

 

「え、お、おう」

 

「「「………。」」」

 

ぽかんとする三人。そりゃそうだ、本人たちは理子本人のためを思っていろいろしていたんだ。それでキレられるってのはビックリするだろう。

 

もちろん俺もびっくりしていた。こいつ、自分の立場考えておとなしくしていると思ってたのに俺のためとか…どんだけいいやつなんだお前。

 

「理子、言ってくれてサンキュな。でも大丈夫だから気にすんな」

 

「しゅーちゃんは優しいからまたそうやって…。というか理子のため?お前ら理子のためになりたかったらむしろこの空間に割って入らないでよ」

 

「理子、我慢」

 

「…しゅーちゃんがそう言うなら」

 

片目を閉じながら本音を言いだす理子にもう一度警告するとしぶしぶと引き下がった。こいつは本当にいい奴だか、それで理子自身が嫌われるのは俺が嫌だし。

 

「…あー。ってことだからお前ら、俺の悪口は他所でやってくれるか?」

 

「「「ちっ…」」」

 

三人は理子の態度が気に入らなかったのか舌打ちしてぶつぶつと文句をいい始めた。その態度にまた理子がむっとしてしまう。

 

「あと言っておくけどしゅーちゃんに脅されてるとかありえないから。というか、理子がむしろしゅーちゃんを脅せる立場にあるからそこまちがえないでよね」

 

「は?それは初聞きだぞ。お前が俺をどーやって脅せるってんだ?テキトーなこと言ってんじゃねえ」

 

「この前しゅーちゃんの自室で見つけました。机の上から三番目の引き出しの中にある『ドラえもん』と書かれたDVD。実は中身はドラえもんじゃなくてなんとエーー」

 

「おいお前ら!!俺が理子様の下僕だ、脅せるわけがないだろうが!!むしろ世界で一番尊敬している最高のお人だっ!理子様バンザイ、万歳!」

 

俺は片膝ついて理子様のお手を取りました。…くそ、なんで知ってんだこいつ…!!リサでさえ知らないことなのに…!!

 

「ってことで、しゅーちゃんは理子のだから。理子、自分の物傷つけられるの一番嫌いなんだよね。バスケの時のこと、しゅーちゃんは許しても理子は許さないから」

 

「「「………。」」」

 

理子の本気の威圧に3人共固まってしまった。

 

「さってと、はいしゅーちゃん理子の卵焼き一つ上げる、あ~ん♡」

 

「いや流石に恥ずかしいからやめろ」

 

「食べないと、『ドラえもん』今日中にはなくなってるから」

 

「早く箸を近づけたまえ」

 

…はぁ、こいつには本気で敵いっこないなと改めて思ったのだった。

 

 

ーーーーー

 

「くふ、あーすっきりした!バスケの時しゅーちゃん転ばしてからイライラしてたんだよね♪」

 

「…お前な、やりすぎなんだっての。あんな大勢の前でやるこたないだろ」

 

 

俺たちは放課後、男子寮側にあるベンチまで来ていた。ここは俺がへこんだ時などに来る場所であり、俺がジャンヌ達を裏切ってしまったときに理子になぐさめられた場所である。

 

「ま、でも、サンクス」

 

「うむ♫」

 

まるで自分のことのようにニヤニヤしている理子の隣に座り、ぽんと頭に手を乗せた。

 

まあ実際、スカッとしたののも事実だしな。あの三人の間抜け顔見れたし今回のことはこの辺で終わらせておくことにしよう。

 

俺に撫でられたのが嬉しかったのか、微笑む理子の顔を見ながらこれ以上迷惑をかけられないとも感じていた。

 

こいつの重荷にならないように、俺も強くならなきゃな。

 

 

「ま、そんなことより。久々に会ってこんな人気の少ないとこに連れていくなんてしゅーちゃん…だいたんだね♡」

 

「うっせ。ここなら話しやすいと思って連れてきたんだろうが」

 

 

 

そうなるために、まずは理解しようとしたのだ。

 

 

人気のないこの場所に連れてきたのは理由がある。俺はまだ、こいつに肝心なことを聞いていないのだから。

 

 

 

「話すよ、理子の過去。全部」

 

 

理子も俺の聞きたいことはすでにわかっていたらしい。彼女の方から話を始めてくれた。

 

そう、理子の過去。今まで一度も踏み込もうとしなかった場所。

 

聞かなければならない、聞かないと前には進めないのだ。

 

「長くなるよ、いい?」

 

「おう、話してくれ」

 

 

そうして、理子はゆっくりと自分の過去を話し始めた。最初はごく普通の家庭だったこと、それが突然壊れたこと、それから長い間監禁されたこと、そして、そのときの虐待も全て話してくれた。

 

 

「…ま、こんな感じかな。んーこんなに自分のこと話したの初めてだよ」

 

「……。」

 

 

理子はひと段落話し終え、うーんと背筋を伸ばした。

 

彼女の過去は、俺には想像もできない、簡単に同情する事は出来ない話でそんな人生をもし俺自身が過ごしたとしたら…。

 

そんな、そんな絶望の中を理子はその小さな体で生きてきたのだ。

 

『理子は何もしていない、俺と同じ生活をただ過ごしていただけのはず』

 

俺にとってその事実が一番重くのしかかった。

 

 

「あ、重く受け止めすぎないでね。今はもう全部解決してるからさ、しゅーちゃんのおかげで♪」

 

「…おう、そっか」

 

「うん♪」

 

しかしそんな俺に微笑む理子の顔を見て、俺の中で重くのしかかっていたのがスッと消えた。彼女の中ではもう解決したというと。本人が前に進もうとしているのに周りが立ち止まってどうする。

 

 

 

理子の話を聞き終わった俺は、暗くなり始める空を見上げ、先ほどの理子の話を頭の中えもう一度繰り返した。

 

俺が普通の生活をしていた時のこと、理子が残酷な生活していたときのこと、それを交互に繰り返しながら考える。そして今まで出会った裏の世界をしる人を思いだしていく。彼女たちが過ごした時間、場所、そして苦悩を繰り返し考え、考えた。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

そのすべてが、俺に一つの決意をさせたのだった。

 

 

 

 

「なぁ、理子」

 

「ん?」

 

「俺さ、将来の夢決めたわ」

 

「将来の…夢?――ってそれって理子としゅーちゃんのけっけけけっ!?」

 

「は?…あ、ああ。そゆことか…」

 

勝手に自爆しプシュー…と紅くなる自他称ギャル様。本当、ピュアだよなこいつ…。というか今のは俺も少し恥ずかしかったぞ。

 

「まあ、その、それも夢っちゃ夢なんだけどよ…今考えてんのは仕事の話」

 

「し、仕事…?」

 

 

落ちつこうと胸の前に手を当て深呼吸しながら聞いてくる理子に俺は真正面から言葉をつないだ。

 

「俺さ、傭兵に関する仕事がしたいんだ」

 

「傭兵??」

 

首を傾げる理子に俺は夢を語る。

 

「お前や夾竹桃、セーラと出会って、一年生の時には想像もできない人生を送って、知ったことがある。

 

世の中には理子みたいになんもしてないのに理不尽な生活送らされているやつもいて、助けを求めたくても求めることができない奴がいるって知った。

 

桃…夾竹桃みたいに、過去に犯した罪を感じて平和な世界に居場所がないなんて勝手に思っている奴がいるって知った。

 

セーラのように傭兵なんていうただ人を殺す道具として扱われる仕事しか知らず、ただ生きるために殺すなんていう奴もいるって知った。

 

お前らと出会って俺は知ったんだ、世界は想像以上に理不尽で、残酷で、バカみたいに人を殺さないと生きていけないやつを作るってことを」

 

 

俺はこの数か月で様々な人と出会い、そして気づかされた。この世界には平和と地獄が存在し、地獄の世界に生きる人間には自分の意思を持つことが出来ないということを。

 

 

 

しかし、知ったのはそれだけではない。

 

 

 

 

俺は…自分を知ったのだ。

 

 

「あとな、こんな俺でも力になれるってことも知れたんだ」

 

 

そう、自分の立ち位置を知ったのだ。俺には才能はなく、自分の感情に簡単に負ける雑魚である。

一年生の時の俺のままだったら、その事実に自信を無くして自分を塞ぎこんでいただろう。武偵という向いていない仕事なんか捨てて普通の一般企業に就職し、普通の生活を送り、死ぬという選択を選んでいただろう。

 

 

 

しかし、そんな俺にでもできることはあると知れたんだ。弱くても、ダメな俺でも、そんな俺を必要と言ってくれるやつもいるということを知った。

 

 

 

 

 

それは、様々なところで実感できたんだ。

 

 

 

『その…あれだ。

 

今日は、楽しかったか?』

 

 

『………。

 

うん 今までで一番、楽しかった』

 

 

「セーラ・フッドは、こっちの生き方を知らないからわざわざ傭兵なんていう職についたのだから、平和を生きていた俺が手を引いてやればいい」

 

遊園地に行った帰りにみたセーラの笑顔。彼女はただ知らなったのだ。平和な世界の生き方を。それくらいなら俺にだって教えることができる。

 

 

そしてもう一人…

 

 

『…いいの?………私が、散々人に不幸を与えて、苦しめた私が、『幸福な世界』に、生きてもいいの?』

 

『だからそれが難しく考えてるんだってのに…』

 

「夾竹桃だって自分で抱え込みすぎてたのが原因だったんだ。俺みたいなサイカイでも話を聞くくらいは出来るし、力になれる」

 

あいつも初めて触れた平和の世界に戸惑っていた。平和な世界に生きていた俺なら、手を引くことくらいはできる。

 

「…そうだね。理子も、しゅーちゃんがしつこいくらいに理子を心配してくれたおかげでここにいるからね。

 

それに、『理子が必要だ』って言ってくれたのが一番うれしかったもん」

 

『…理子が、必要、なの?』

 

『ま、必要だな。金の次に』

 

『ふん!!』

 

 

 

理子を武偵殺しだと認めさせた時、彼女から聞かれた言葉だ。その言葉一つをかけることも俺には出来ていた。

 

 

「まあそうだな…恩着せがましくいうつもりじゃないが、俺でもお前の重荷を軽くするくらいはできた。

 

俺はお前らと出会って、傭兵という理不尽な社会を知って、俺にもできることがあると分かって思ったんだ。

 

 

世界の『サイカイと呼ばれている仲間』に広い世界を知って欲しいって。

 

生きるために傭兵として戦うなんてクソだ、血を流すなんてクソだ、小さい子供が今日を生きるために死の直前で戦うなんてクソッタレだ!なんて正義ぶったセリフにはなっちまうが、本心からそう思う。

 

 

だから、俺はそいつらを…助けるなんて上から目線じゃなくていい、

 

 

 

 

そいつの人生を、そいつが笑って死ねるような人生に変えてやれるような仕事がしたい。

 

 

 

 

 

それが(サイカイ)自身の人生を成功させる()()()()だと思うから。

 

 

 

 

…その、反論は聞かねぇぞ?」

 

 

長ったらしく、熱く語っちまったのが少し恥ずかしくなった俺は語尾を濁した。叶わないと馬鹿にされ笑われてもしょうがない夢である。

 

理子はその俺の言葉を最後まで聞いてくれた。長ったらしい、恥ずかしい話を聞いてくれた理子。

 

 

 

彼女の返答は…

 

 

 

「そっか…そっか。しゅーちゃんの夢素敵だと思うよ。

 

 

 

でもさ、それを実現するための予算とかあるの?」

 

「え?」

 

現実を突きつけてきた。

 

「その夢、実現させるには相当な額の資金が必要だよ?…聞くまでもないけど、そんなお金あるの?」

 

「…ない、です」

 

「それに、傭兵全員って、一人で?世界には何万、何十万っていう傭兵がいるんだよ?それを一人で探し出していくつもりなの?」

 

「……そ、それに関しては何年かかっても…」

 

「無理だよ。パソコンも使えないしゅーちゃんがどーやって情報を集めるの?仮に見つかったとしてもその場所までどうやっていくの?」

 

「じ、自力で…」

 

「傭兵って世界各国にいるんだよ?世界中旅することになるってこと、意味わかる?」

 

「………はい」

 

「まだあるよ、それを仕事にするならお金はどこで稼ぐの?まさか傭兵助けたらお金頂戴なんていうつもりじゃないよね?」

 

「それは…その、ほかで働いてだな…」

 

「それってアルバイトとか?…フリーターだよねそれ」

 

「…っ」

 

「はぁ…全く、夢かなえるって言うだけで中身は何も考えてないんだねしゅーちゃん。それじゃ叶うものも叶わなくなっちゃうよ?」

 

「…はい、テキトーなこと言ってすみませんでした…」

 

やばい…理子の言っていること全てが正論で反論できない…。

 

急に恥ずかしくなってきた。

実は心の奥底で理子なら俺の夢に簡単に頷いてくれるなんて思っていたりもしたのだ。…やっべ超恥ずかしい死にたいいいいい!!

 

頭を抱えうずくまる。もういい、俺もういいもん。将来はあれだ、普通のサラリーマンになってやる。夢はしょせん夢なのさハハッ。

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、本当に無計画なんだから。しょうないなぁもう…ほら、理子が手伝ってあげるからめそめそしない」

 

「…え?」

 

頭を抱えていた俺の肩に、理子は優しく手を乗せてくれた。

 

「お前、俺の夢に反対なんじゃないの?」

 

「反対なんて一言も言ってないじゃん。というかしゅーちゃんの夢を理子が否定するなんてありえないから」

 

「……で、でも無計画だってお前今…」

 

「実現させるんだから考えないとダメでしょ。予算とかは理子が立て替えれるし、データも理子が集めれる。資金運用とかいろいろと問題は山積みだけど何とかしてあげるから、簡単に夢を諦めないのッ!」

 

「は、はい!」

 

ドンと背中を叩かれる俺。結局こいつは俺の夢を全力でかなえようとしてくれていたらしい。俺はその事実に心から感謝していた。

 

 

「これから大変になるだろうけど。頑張ろうねしゅーちゃん!しゅーちゃんの…いや、『二人の夢』を絶対に実現させてやるんだから!」

 

「…!!お、おう!」

 

 

そうして、俺たちは夕焼けのオレンジに染まる世界で笑い合いながら夢を決めた。

 

 

 

やってやる…!俺の人生すべてをかけて、世界中の理不尽を消してやるんだ…!

 

 

 

 

俺はぐっと拳を握り、空に掲げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、でも仕事云々の前に、しゅーちゃんはまず高校卒業しないとね。あと一年留年することはもう決定しちゃってるわけだから」

 

「…あ、忘れてた…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…まずは謝罪を。遅くなって大変申し訳ございません。投稿日時に誤りがあり、気づくのが遅れてしまいました。ご報告が遅れて申訳ありません。



次回は最終回です。投稿予定は3月20日です。よろしくお願いします。
ではでは~


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最終話 サイカイのやりかた

37話のあらすじ

将来の夢ができました。

※『』は別の言語として使用しています。修一には理解できません。


〜東アフリカ サハラ砂漠周辺地域 とある交戦地区にて〜

 

日差しの強く照りつける街…いや、街と呼ぶには少し風通しが良すぎる。もともと教会だったと思われる物は大きな穴が壁に開いた状態で天井についていた十字架は半分が無くなっている。周囲の壁やオブジェクトも同じようにボロボロに破壊されていた。

 

ここは紛争地域。各勢力が地位と名誉を守る、もしくは奪うために自分ではない誰かを戦わせる『戦争』が行われている場所だ。

 

戦争は片方の勢力が押しているようだ。激戦区では銃や戦車から発砲を続けざまに行いながらじりじりともう片方の勢力に迫っている。負けている勢力の主力部隊はすでに撤退の準備を始めている。

 

そんな中…

 

『撤退の時間稼ぎ…捨て駒になれってこと…か』

 

その中に、押されている側の勢力に雇われた1人の少女がいた。

 

小さな体に大きな銃を抱くように抱え、見た目14、15ほどの少女は

 

傭兵という雇われ勢力である。

 

もちろん加担している勢力に知り合いや恩などはない。ただ金をやると、生かしてやると言われたから命をかけて戦うと決めただけのこと。

 

そんな彼女がこれからしなければならないことは、時間稼ぎだ。雇われたのは少女一人、つまり少女一人で敵の部隊を足止めしろということ、

 

つまり死ねと言われているようなものだ。

 

しかし少女は銃を構える。構えなければならなかった。ここで逃げ出してしまえば自分の傭兵としての価値はなくなりこれから生きていくことが出来なくなるということが分かっているからだ。だからといってここを生きて抜け出せるとも思っていない。

 

前方にあるは10人の武装した敵と戦車二台。そしてこちらの勢力は少女のみ…。

 

少女は死を覚悟した。覚悟しながら物陰から敵陣へ走り込もうと…

 

 

 

「あの〜すんませ〜ん」

 

『…ッ!?だ、誰だお前!?』

 

走りだそうとした少女が真正面から地面に転んだ。突然真後ろからのんきな声をかけられたからだ。

 

慌てて振り返りながらその方向へ銃を構えると…

 

深くフードをかぶった男が立っていた。この場には適さない黒のコートを纏った服装、武装はただ一つの木刀のみ。どう考えてもここにいること自体がおかしい男は少女の前でかがむ。

 

 

 

「え?who…なに?今の英語早くて聞き取れなかったんだけど。…えっと、もっとゆっくりもっかい言ってくれるか?…あ、えっと…ぷりーずスピークすろーりー?」

 

『お前…援軍、なの?それにしては武装が…』

 

「え、今度はなに?あー、えっともしかして敵と勘違いしてる?違うからね、ノーエネミー…オーケー?」

 

ぶつぶつと何か言い始める男に少女は自分の言葉が通じていないこと、そして敵意はないことを理解した。慌てふためく姿が今の緊迫した状況に適さないのだが今はそんなことも言ってられない。今も敵はじりじりと距離を詰めているのだから。

 

『避難するなら早く。もうじきここは殺戮のショーになるんだから。お前も死にたくはないでしょ?』

 

「あ〜何言ってるかまったくわからんのだけど、この戦いのこと言ってるなら大丈夫。もうすぐ終わるからよ」

 

男は耳に指を入れのんきに空を見ながらそんなことを言った。もちろん少女にはなにを言っているのか理解できないでいたが、それでもその男の場違いな雰囲気に疑問を隠せない。もしこちら側の援軍なら同じく捨て石になった者であるはずなのに…まさかこの状況を本当に理解していないのか…?

 

『お前、何を言ってーー』

 

 

 

少女が疑問を口にしようとした――その瞬間だった。

 

 

 

 

男の後方からキラリと何かが光ると…

 

 

 

 

ガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!

 

 

 

突如、『雨』が敵の頭上に降り注いだ。

 

 

 

突然男の後方からアーチ状に放たれた『雨』が敵の方向へと向かって飛ぶ。前方に銃を向けていた敵はその雨に気づくのが遅れてしまい…

 

 

抵抗する間もないまま敵の武装が粉々に打ち壊された。兵の持つ銃、戦車に取り付けられた武装すべてを粉々にしてしまったのだ。雨は決して人を刺すことはなくただ武装のみを全て破壊する。

 

 

もちろんそれはただの雨などではなく、()

 

 

無数の矢が一瞬にして敵の元へと降り注ぐと、敵の武装を一つ残らず破壊したのだった。

 

敵の部隊はその一瞬の攻撃に一度歩みを止める。ガラガラと音を立て圧力をかけていたキャタピラの音が止まり、そして

 

 

 

部隊は撤退を開始した。突然の異様な攻撃にこれ以上攻めるのは不利だと判断したのだろう。

 

『……。』

 

何もかもが一瞬だった。たった一秒、まばたきした瞬間に目の前の景色が、逆転した。死を覚悟した戦場とは思えない現状に少女はただただ茫然としていた。

 

今までの絶望的な現状がまるでコインをひっくり返したように簡単に逆転したのだ。少女の中でどうして、なぜという疑問生まれる。そして、

 

それを行なったであろうのんきな男の方へと視界を向けた。この男が少女の前に現れてからこの意味の分からない現状が始まったのだから。

 

『こ、これを…お前がやったの?』

 

「あー、イエス、イエス?」

 

 

 

「…修兄、そこはノーだから」

 

『!?』

 

 

よそを向き目と目を合わせずに頷く男に続けざまに言おうとしたその時、

 

男の後ろから突然女性が現れた。

 

『だ、誰だっ!?』

 

『その男の…同僚』

 

女性は少女の理解できる言語で返しながら男の隣に並んだ。男よりも高身長で銀髪の髪の髪を揺らし、また戦場には場違いな服装のその女性。

 

その美貌にも驚いたが、驚いた理由はもう一つある。少女には、まだ幼い子供ながらも幾多の戦場を駆けた経験があり、周囲への警戒はしているつもりだった。…のにも関わらずこの2人の接近には全く気づくことが出来なかったのだ。

 

二人ともなかなかの手練れであると少女は手に持つ銃を強く握る。

 

「え、そうなの?…い、いや俺もわかってたからね!」

 

「…そ」

 

「あ、今お前信じなかったろ!ホントだからな!本当にわかってたから!」

 

「…はいはい」

 

そんな少女を無視して知らない言語で会話を始める二人。

 

『さ、さっきのはやっぱりあなたたちが…』

 

『…そ。あなたと話がしたかったから、いい?』

 

『う、うん…』

 

銀髪の女性の言葉に少女は少しだけ構えを解く。この二人はいったい何者なのか、何をしにやって来たのか。

 

「…修兄、あれ見せて」

 

「お、忘れてた。えっと…あった」

 

男は懐からパスポートほどの小さなケースを取り出し名刺を少女に差し出した。そこには男の写真と少女の知る言語で…

 

【MDP所属 岡崎 修一 25歳】

 

と記載されていた。男の写真の目が半開きになっているのが少女の目に入るがそれより気になったのが。

 

『え、MDP…!?お、お前たち…ま、まさかあの「傭兵狩り」!?』

 

「…傭兵狩り…だってさ」

 

「いまのは俺もわかった。まーた俺たちのあの変なあだ名かよ。誰が広めてるんだか」

 

少女は知っていた。傭兵狩り…傭兵の間で話に上がり始めた名前だ。

 

ちまたで有名な傭兵からなりたての傭兵まで数々の傭兵が姿を消していると。噂では殺されているのではという話もあるらしい。それを知っていた少女は新たに出てきた敵に銃を向け――

 

『あうっ!?』

 

『…敵じゃないと言ってる。修兄に銃を向けないで』

 

ようとした瞬間セーラによって銃が弾かれた。そのあまりの速さに少女はただ座り込んでしまう。セーラはその少女に弓を構える。

 

『どんなうわさが広まってるのか知らないけど、私たちはあなたの敵じゃない』

 

「おいセーラやめろ。危害を加えるな」

 

「……。」

 

弓を収めるセーラ、その横で男は少女にかがんで話して始める。

 

「俺たちはお前に危害を加える気はない。…って伝えてくれませんかセーラさん」

 

「…はぁ。…『私たちは貴方に危害は加えるつもりはないって何度言えばいいの?……。…ああ、けどこの男は女たらしだから近づかないほうがいい。貴方の年齢も対象だから』」

 

『…っ!?』

 

「おい、なんか俺凄い怖がられてない?変なこと言ってないよなセーラ?」

 

「…言ってない、ウザい」

 

「なんで!?」

 

また言い争いを始めた二人。セーラはとりあえずといった感じで男をなだめると少女を見た。

 

『私たちは貴方に聞きたいことがあって日本からやって来た。わざわざ来てあげたのだから、ちゃんと答えて』

 

『質問…??』

 

 

 

首を傾げる少女に男と女は頷くと手を差し出してきた。

 

 

 

『「傭兵の仕事、好き??」』

 

 

 

その手が本当に少女を救いに来た手であったと少女自身が理解するのはまだ先の話である。

 

 

ーーーーー

 

 

 

「おう、予定通り1人保護に成功したぞ。」

 

『はいはいお疲れさま。あの子の加担していた組織との交渉も完了よ。これで貴方たちの任務は完了、すぐに帰るの?』

 

「おう、早く帰ってこいってうるさいからな。実はもう俺たち空港にいるんだよな」

 

『そうだったのね。じゃあ、あなたが帰って二日後に私も日本に帰るからお茶にしましょう』

 

「お、じゃあ久々にみんな集まれるわけか。そりゃ楽しみだ」

 

『ええ。それじゃ』

 

 

夾竹桃との会話を終えた俺は空港の受付へと歩く。

 

俺はあの子を見つけて保護するまで一か月間この国にいた。久々に帰れるのはワクワクするものだ。

 

「すみませんMDPに所属している岡崎ですけど」

 

「あ、はい。確認しました。岡崎様、今から出発されますか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

俺はMDPの手帳を広げ、時間を確認する。どうやらすぐに飛び立てるらしい。

 

 

さて、そろそろ説明をしよう。

 

 

8年経った今、俺は傭兵を保護する会社『MDP』に就職している。

 

高校を卒業した後、俺の夢を応援してくれると言った理子の言葉は本気だったようで俺が一年遅れて卒業したときにはすでに会社として起業していた。どうやら夾竹桃とセーラも協力していたようで思った以上に巨大な企業に発展していたのだ。

 

なぜか有名な国の首相の名前とかゼロがあまりにも多い金額を動かしているなどに少し混乱した時期もあったが、今はなんとか現状を理解している。…多分。

 

簡単に言うと、傭兵を保護したり殺傷などのない安全な任務進める仕事って感じか。

 

俺たち職員が傭兵とコンタクトを取って彼らが本当に傭兵という仕事を好きでやっているのかを聞き出す。

 

もし自分の意思ではなく傭兵をやっているのであれば、傭兵という仕事から切り離された平和な世界を教えて、その人にとって本当にやりたい仕事を見つけてもらうというといった感じだ。

 

傭兵専用のハローワークなんて呼ばれていたりもするけど、まあやってることはあながち間違ってはいないよな。

 

他にも傭兵職しかしたことないという人にはこちらの仕事を手伝ってもらったり、契約とかいろいろあるのだが、ここはまたいつか話すとしよう。要は俺の夢を現実にするための会社である。

 

俺はその夢を少しでも実現に近づけるために日夜活動をしているのであった。

 

以上。

 

 

「おーい、セーラ帰るぞ。

 

 

…ってまたか…」

 

 

受付を終わらせて「めんどくさい」と言って近くのベンチで待っていたセーラの元へ戻ると…俺はがっくりと肩を落とした。

 

 

 

前方でセーラがチャラ男にナンパされていた。

 

 

 

人数は2人。俺が目を離して5分ちょっとの変化である。…いやいやこんな非現実的なことあるのかよ…。

 

セーラは無視しているようだが…あ、これダメだ、セーラ我慢が限界近そう…危うく殺しかねない…。

 

「まったくあいつは…何年経っても世話のかかるやつ」

 

俺は慌てて間に割って入るとナンパ二人組を追い返した。言葉はわからなかったがなんとか俺が連れであることを理解してくれたようだ。暴言を吐かれた気がするが、まあいいだろう。

 

「来るの遅い」

 

「悪かったって。でもこれでも早めに帰って来たんだぞ?」

 

「…。…ほんと、死ねばいいのにあんなの」

 

「その本気の殺意だすのやめてね。子供泣くからね」

 

セーラの機嫌が最悪な状態になっている。本当に余計なことをしてくれたものだ。

 

「まぁ、まぁお前美人になったもんな、うん。最初あった時は俺より身長低かったくせ今は高いし、顔は元から美人だし、ナンパされても仕方ないよな」

 

「…うるさい」

 

「お?もしかして照れたか?」

 

「うるさい黙れッ!」

 

外見は変わってもセーラはセーラだった。変に大人びているくせに妙に子供っぽいのは変わらない。

 

「いや〜なんだかんだ言って結局俺なんもしてなかったなぁ…やっぱお前だけでよかったんじゃないの?」

 

「…そんなことない。修兄がいないとつまらない」

 

「おい、俺はお前の暇つぶしのために一か月使ったってことになるが…?」

 

「…他に何ができるの??」

 

「………もういい。帰ろうぜ日本に」

 

「あ、ふてくされた。…ごめんって、修兄?」

 

「子ども扱いしてんじゃねー!!」

 

ニヤニヤとしながら謝るセーラに俺はもう知らんと無視する。

 

俺とセーラの関係も高校時代と変わらない。良い意味で変わったというなら親友のような関係になったというところか。なぜかこいつは日本以外で活動するとき必ずと言っていいほど俺を誘ってくる。書類整理に飽き飽きしていた俺もよくそれに付き合っていることが多いのだが、それをわかった上でやっているのなら本当にいいやつである。

 

「うっし、そろそろ帰るぞセーラ。俺も早くあいつに会いたいし」

 

「…うん」

 

 

さて、久々の帰国だ。早く帰ってやらないとな。

 

『俺たち』の家に。

 

ーーーーー

 

日本に着いたときにはもうすでに22時を過ぎていた。俺はセーラと別れて自分の家へとたどり着く。

 

無くさないように保管しておいた()()を左手薬指につけ直し、鍵を開けた。

 

「ただいま〜」

 

「むぐっ!?ふぉ、ふぉかえり〜!」

 

「…リスみたいだな」

 

「んぐっ!?……ふぉ、ほっぺをつんつんしないでっ!」

 

家に着きリビングに入ると、理子がお菓子を食べている。

 

もぐもぐしている理子が可愛かったのでふくらんだ頬を突いやった。

 

こいつのお菓子好きは前から全く変わっていない。…これだけバクバク食ってるくせよく太らないよな。

 

 

「おかえり修一。お腹すいた??」

 

「もう腹ペコ。あっちでほとんど食わなかったから」

 

「だからドライでも日本食持ってけって言ったのに…修一、絶対あっちのごはん苦手な方だと思ったもん」

 

「次はそうする。…んで、今日の飯は?」

 

「理子特製ハンバーグ!久々の帰りだから腕によりかけたよ!」

 

「おお、そりゃ楽しみだ」

 

俺に抱き着いてくる理子の頭をなでながら軽く会話をした後、理子は食事の準備に取り掛かった。

 

まあ、その…ここまでで薄々感づいていると思うが。

 

 

 

 

俺たちの夢の一つは…叶っているのだ。

 

 

 

 

 

――――

 

「んで、結局俺の言葉は通じなくてさ。やっぱ俺行く意味あったんかな?やったことって、セーラの買い物の荷物持ったり、飯奢ってもらったり、何度も来るナンパ男から護ったり、寝るときになぜか呼ばれたりしただけなんだけど。なんであいつ毎回毎回頑なに俺を行かせたいかったのかね?」

 

「…修一、明日のごはんはししゃも三匹だけね」

 

「whyなぜ!?」

 

理子の久々の手料理を食べながら今回の話をしていたのだが理子はニコニコ笑いながら死刑宣告をしてきた。…もしかしてこいつ、セーラに嫉妬してんのか?…ったく今更そんなことで何か変わるわけないってのによ。

 

「毎回思うんだけどさーセーラとちょっと仲良くしすぎじゃない?なんかお互い通じ合ってるみたいな感じだしさー」

 

「そ、そうか?」

 

嫉妬してくれる理子に癒されつつご飯を食べる。こんな普通のことに至福だと本気で思える。この日常が一歩間違えば失っていたかもしれないということを思うと本当にあの時動いてよかったと感じる、

 

「まあ最後はちゃんと理子の元に帰ってきてくれるし何も心配してないんだけどね」

 

「お、お前良いこというじゃねーか。よし、お菓子をあげよう」

 

「やったぁ♪」

 

 

結局、理子には頭上がらないななんて思いつつ

 

 

俺はその至福をゆっくりと味わった。

 

 

―――

 

「あのさ、修一。話変わるけど…好きな名前とかある?」

 

「は、名前?」

 

ご飯を食べ終わり、洗い物を終えた理子とソファに座りテレビを見ていると唐突に理子が話を振って来た。俺はその意味を分からず聞き返す。

 

「そ、人の名前。入れたい漢字とかでもいいんだけど…」

 

「理子」

 

「………う、それは嬉しいけど困る。理子以外でなにかない?」

 

「じゃあ、セーラ?」

 

「却下。というか修一なに?理子にガチギレされたいの?」

 

「ちょ、なんで拳構えてんの!?待て待て!」

 

本気で拳を構え立ち上がる理子をなだめ座らせる。…どうして自分で質問して自分でキレてるんだこいつ…。

 

「だからっ!もっと日本人っぽい名前で好きな名前!」

 

「桃?」

 

「だーーーかーーーらーーー!!!」

 

もう本気で意味が分からなくなった。冗談抜きでキレ始める理子に俺も慌てて両手を挙げた。この家は夫より妻のほうが強いのだ。

 

「…悪い、本気で意味がわからん。教えてくれよ」

 

「いや、だからね…その…

 

 

 

 

新しい家族の名前、どんな名前にしようかって話ししてるのっ!」

 

 

 

 

俺はその言葉を自分の中で繰り返した。

 

 

え?…

 

 

 

 

新しい

 

 

 

家族?

 

 

新しい…??

 

 

「…は?…え、……それってその…つまり…」

 

 

俺は思わず立ち上がり理子に一歩近づく。

 

 

理子は優しく自分のおなかをさすりながら俺の言葉に返した。

 

 

 

 

「女の子…だってさ」

 

 

 

 

 

 

 

そう、言った。

 

 

 

俺たちに、新しい家族ができた、瞬間だった。

 

 

 

 

 

俺はゆっくりと息をしながら理子の前にかがむ。

 

 

 

 

 

あふれだす気持ちが涙となって零れ落ちていくのを感じながら理子を頭から抱きしめた。

 

 

 

「ありがとう……理子…!!」

 

 

「うん…!こちらこそ、ありがとね…修一……!!」

 

 

 

それから長い時間俺にとっての幸せの形を強く、強く抱きしめ続けたのだった。

 

 

 

 

俺は抱きしめながら考えた。

 

 

 

 

 

俺は元々、サイカイと呼ばれていた男だ。…いやまあ昔も今もこれと言って変わってはいないのだが。

 

 

人生のサイカイ。そう呼ばれたときもある。武偵としての才能がなかった俺は将来もサイカイであるだろうなんて言われていた時期もある。もちろん正論だろうし、言い返す言葉もない。まあ…昔の俺は…

 

人生ってのは理不尽なもんだ。

 

 

ある人には世界一になれるほどの才能を与え、ある人にはいくら努力しても全く成果を出させない。

 

 

何が「天才は1%の閃きと99%の努力からできている」だよ。その1%がなけりゃいくら努力しても水の泡だろうが。昔見た漫画で悪役が言ってた「努力が必ずしも自分に成果を出すとは限らない」ってののほうが心に響くね。

 

 

…なんて、思ってた時期もあったっけ。

 

 

でも、理子と出会って、夾竹桃やセーラなどとであって、俺は考え方を変えることが出来た。

 

 

今はこうも思う。

 

 

世界が理不尽だからって、いくら自分に才能がないからと言って、俺の人生そのものが最悪ってことはない。

 

努力しても水の泡なんてことはない。誰か一人でもその努力を見てくれていたのならそれだけで価値はあるものだと思うようになったのだ。

 

なにせ

 

「あなた!絶対に生まれてきた子供の前で金金言わないでよね!セコイ女の子なんてモテないんだから!」

 

「うっせ!俺は子供にまでセコセコさせる気ないっての!お前も変にギャルっぽい服とか変に浮く服装とかばっか着させるなよ!似合うだろうけど!」

 

「へへん、その点は抜かりないもん。服だけはちゃんと揃えてるもんね!どう?」

 

「おお、可愛い!あ、おい理子!明日子供用品買いに行こうぜ!ベビーカーとか買いに行こう!」

 

「あ、いいね!あとおもちゃとか」

 

 

才能なしの俺でもこうやって幸せな人生を送っているのだから、理不尽って理由だけで幸せになれないってことにはならないだろ。

 

俺たちは、これからもこうやって一緒に歩いていくだろう。

 

家を変えても、仕事を変えたとしても、家族が増えたとしても俺たちは一緒にいる。何があってもこの幸せこを守り抜く、どんな敵が現れたとしてもこの幸せのためなら頑張れる。

 

だって今未来の話するのがたまらなく楽しいのだから。

 

 

「あ、理子ちょいちょい」

 

「ん?---ッ!!」

 

 

 

 

サイカイなりのやりかたでこの幸せを護っていくと誓いながら、俺は理子をもう一度抱きしめた。

 

 

 

 

 

『サイカイのやりかた』 完




ついに…ついについに『サイカイのやりかた』完結しました!!!やった!やった!!

さて皆様にはオリキャラ修一君の人生を見ていただきました。修一の成長を少しでも感じ取ってもらえたならばうれしく思います。

さて、話は少し変わりますが、私が小説を書く前に決めていたこととして『必ず最後まで書きあげる』というものがありました。どんなに時間が掛かっても、低評価をつけられたとしても、ちゃんと最後まで書きあげることだけはやめないという信念の元でやってきました。

それが叶って私はもう大満足です。いやーもう感無量ってやつです。満足、満ぞ…

…えー実はですね。番外編としてまだ書きたいのが二、三話ありまして…セーラの章とかあのピンク(金髪?)髪メイドの話などです。あ~また案がポンポンと…

なので一応物語としては完結になりますが


たびたび投稿する予定です。


良ければお付き合いいただけると嬉しいです。

今までご愛読ありがとうございました!お付き合いいただいた皆様、評価していただいた皆様、感想を書いてくださった皆様!

大変励みになりました!この小説が少しでも皆様の楽しみになっていただけたならいいなと思います。

ではでは~


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番外編 ひみつのあんごう 『リサ編』
1.『あのがすす』


皆様お久しぶりです。完結はしましたが最終話に書いたように番外編を投稿させていただきます。
あのメイドのお話です。
どぞ

#これは最終話後の話となります。まだ最終話をお読みで無い方は読んでいただいた後読んでいただくと更に楽しんでいただけると思います。


とある、いつも通りの普通の日。

 

「まだ原稿が残ってるわよ、ダラけないで」

 

「えー、もうよくない?ほら外見てよ〜もう朝じゃん!」

 

「ダメよ、あと少しなんだから」

 

その日の朝、とあるホテルの一室にいる二人もいつもと同じように作業をしていた。手元にはペンと紙、端整な顔をしている2人の目にはうっすらと黒い線が見える。

 

徹夜で原稿を作成していた夾竹桃と峰 理子である。

 

しかし徹夜して原稿書く事はよくある。それも彼女たちにとってはなんら変わりない普通の日常と言えるだろう。

 

 

 

しかし、ここで普通じゃない事が起きた。

 

 

「…夾竹桃…!」

 

バタンとド入口のドアを開け入ってきたのは、普段なら来ることもない来客人だった。よほど慌てて来たのかその客人の髪はボサボサでいつものアホ毛以外にも髪が跳ねてしまっている。

 

「え、セーラ?どうしたのこんなとこまで?」

 

「あなたから私たちに声をかけるなんて珍しいわね」

 

セーラ・フッド、岡崎 修一のところに居候している元傭兵だ。

 

彼女がこのホテルに来ることも、2人に声をかけることも珍しく2人共に首をかしげる。

 

普段は無口、無表情なセーラが息を切らし焦る様子を見て2人は只事じゃないと息を呑みーー

 

 

 

 

 

「…修一が、寝取られた…!」

 

 

 

 

 

「「……………。」」

 

 

 

 

とりあえず、話を聞くことにした。

 

 

 

ーーーーー

 

『おいリサ、そこのリモコン取って』

 

『はい、どうぞ♫』

 

『おい、お茶』

 

『冷たいですから飲み過ぎには注意してくださいね』

 

『なぁ、この英文を和訳してくんね?宿題なんだけどよ…』

 

「わかりました、今日中でいいですか?」

 

『おう…あ、でもちゃんと()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

「…これは、メイド?」

 

女子寮、岡崎修一の部屋が覗ける場所から夾竹桃はそう呟いた。望遠鏡を使い覗き見る姿は完全に変質者なのだが、夾竹桃は特に気にしていないようだ。

 

そう、修一の家には主人と金髪メイドが存在していたのだ。

 

「…なんか、昨日いきなり来た」

 

夾竹桃の横でその様子を見るセーラはふてくされたように呟く。

話を聞くと、どうやら昨日の夜突然現れて挨拶されお世話されてしまったらしい。

 

その様子を想像してセーラの顔に納得しつつ、夾竹桃は気づいた。あのメイドには…見覚えがある。

 

「よく見たらリサじゃない…はぁ、彼って組織と何かで結ばれていたりするのかしら」

 

修一の運命に少し同情しつつ嘆息。今まで彼が暗い世界を体験するときは必ずイ・ウーが絡んでいる。今回もそんなことにならないとも限らない。

 

「…知り合い?」

 

「昔の同僚よ。悪い人ではないけど…」

 

夾竹桃は『イ・ウー』所属時代にリサの仕事ぶりを見ている。戦闘などでは全く役に立たないのだが経済においては天下一品である彼女。…もしかするとあの男の異様なまでのセコさはあの子譲りではないのかなどと思ってしまう。

 

「それにしても存分にダラけてるわね彼。ソファから一歩も動いていないじゃない」

 

「…今日の朝、あの女が起こしてきて、修一も起こしてて、朝食作ってて、掃除もし始めて…ほんと、邪魔」

 

「……。」

 

「…それに修一もまんざらじゃなさそうだし、朝一回起きろって言われただけで体起こしてたし…私の時は何回揺さぶっても起きないくせに…」

 

「……あなた、今日はやけに饒舌ね」

 

「…………。」

 

普段は修一以外の人から話しかけられても基本無視するセーラが唇を尖らせながらブツブツとつぶやくことにそう返すと、セーラは下を向いて黙ってしまった。

 

よほど自分より修一に近い存在が突然現れたことが腹立たしいのだろう。などと思いつつ、正直ここで何か慰めの言葉をかけるような間柄でもない。このまま作業に戻ってもいいと判断してしまうのが普通だろうし、夾竹桃の性格からしてむしろここまで付き合ったことすら珍しい。

 

 

…のだが、彼女もあの平和ボケしたサイカイ男と知り合ってしまっているのである。

 

 

 

「はぁ、しょうがないわね。とりあえず先輩に話を聞きに行きましょう」

 

「…ん」

 

コクンと頷くセーラを横に自分も甘くなったなとため息をつく。昔の自分が見たら気持ち悪くなりそうだななどと思いつつ…

 

 

 

彼女はふと気づいた。

 

 

 

あのサイカイ男に新しい女が近づいた。こんな時に一番暴れ出すはずの彼女の声が全く聞こえないことを。

 

セーラもそれに気づき部屋を見渡し…

 

 

 

「…峰 理子はどこ?」

 

 

 

元敵同士顔を見合わせると、彼女のの行動の早さに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

ーーーーー

 

「ちょっとまったぁぁぁあ!!しゅーちゃんどうしてリサと仲良くしてんの!?」

 

「うぉぉ!?って理子お前、当たり前のように俺の家の鍵開けてんじゃねーよ!」

 

ドタン!と強い音を立て侵入していた理子に俺は思わず飲んでいる途中だった水をふいてしまう。

 

そんな俺に気づいたリサが持っていたハンカチで俺の口元をふき始めるのを…まあ気になりはしたものの無視しつつ、俺はその原因バカ女にキレた。

 

「ったく、毎度毎度お騒がせ女が…いい加減俺もキレるぞコラ?」

 

「うっさい!それよか質問に答えて!なんでリサがこんなとこいんの!?」

 

「…てか、なんでそんなキレてんの?」

 

「キレてない!」

 

ふーっ!ふーっ!と息を荒くしながら近づいてくる。…はあ、この理子になに言っても無駄だ。

 

俺は新しく水を持ってきたリサを指差した。

 

「こいつと俺、幼馴染なの。小学校…くらいからかな。んで、今日は久々に帰ってきたって感じ」

 

「理子さん、お久しぶりです」

 

「おさ、幼じ…!?」

 

理子が焦ったよな表情をしつつ一歩引いてる中、俺はただ首を傾げた。

 

どうしてこいつはリサが幼馴染というだけでここまで驚くの…?さっぱりわからんのだけど…。

 

俺はとりあえず水をまた一口飲んだ。

 

「…ただいま…」

 

「お邪魔するわよ」

 

そうしていると今度はセーラと夾竹桃がこの部屋に入ってきた。…そういやセーラを朝から見なかったな。夾竹桃とどっか行ってたのか?

 

「おー、おかえり。あり、桃?どしたの?」

 

「成り行きよ。…机を貸しなさい、原稿を進めたいから」

 

セーラと夾竹桃が二人一緒というレアな組み合わせだったので理由を聞いてみたかったのだが、夾竹桃はチラと俺を見ただけで机の方へ行ってしまった。

 

「んで、お前どこ行ってたの?桃と遊んできたのか?」

 

「……まあ、そんなとこ」

 

「へ〜仲良くなったんだな。よかったじゃん」

 

「……よかった?…修兄はそれで嬉しくなるの?」

 

「え、俺?…まあ、知り合いが仲いいのは嬉しいが…」

 

「…そう、じゃあいい。私と夾竹桃、仲良し」

 

「お、おう?よかったな…?」

 

「…うん」

 

「……勘弁して欲しいのだけど……」

 

何故かアホ毛を揺らしながら少し弾み始めるセーラ。…さっきまで少し苛立っているように見えたのだが、気のせいだったか?

 

最後に夾竹桃が何か呟いた気がしたのでそちらを見るとただ黙々と作業を進めていた…これも気のせいか。

 

「幼馴染っていっても小学校の時でしょ?それを今更言われてもね〜…」

 

「えっと、幼馴染はいつになっても幼馴染なのでは…?」

 

「っ!だ、だからってあからさまに…!」

 

…と、俺がセーラと夾竹桃に首を傾げている中、その後ろで理子とリサが何か言い合いをしていた。いや、言い合いというより、理子がリサにけしかけているように見える。

 

「しゅーちゃんご飯作るの面倒くさがるから、理子がしてあげないとダメなんだよね〜しゅーちゃんの好きな食べ物知ってる〜?理子は知ってるよ〜?オムライスの上に…」

 

「あ、ソースですよね。ケチャップは中のご飯に混ぜてあるからいらないというへん…独特な考えをもってます。他にもカレーとかチャーハンなどにもかけられますよね!」

 

「…え?あ、う、うん。理子もそれ知ってるし…」

 

「昔からそうだったのでよく覚えています。修一様は変わった舌をお持ちです」

 

「おい、聞こえてるぞコラ」

 

「ふふ、ごめんなさい修くん。でもメイドとしてはやりがいがありますよ?」

 

「っだから俺は…いや、今はいい。それよりもだな…」

 

「〜〜〜ッッ!!ま、まだあるよ!しゅーちゃんはね、いっつもエッチな本を机の引き出し三段目に隠してるの!理子しか知らないその秘密がーー」

 

「ああ、そこも変わっていないんですね。でもあれって来客が来た時だけで、いつもはベットの下なんですよ。…修一様、あれはどうしてなのでしょう?」

 

「…し、しらんそんなこと、俺はそもそもエロい本なんて持ってな――」

 

「…それ、私も知ってる。修兄時々読んでるし」

 

「嘘だろ!?」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」

 

女子全員俺の秘密を知っているという最悪の事実を知りこれからどうしようかと頭を抱えた。

 

…が、それよりも今にも暴れだしそうな理子を抑えるのが先か。

 

「お、おい理子…お前は何にそんなムキになってんだ?」

 

「うっさい!しゅーちゃんのばーか!!」

 

「なんで!?」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「あの…理子さん?狭いんですけど…」

 

「理子はここがいいの。しゅーちゃんは黙ってされるがままになってて」

 

「んなワガママな…」

 

3人が来てからしばらく経ち、なんとか理子を落ち着かせることに成功した今なのだが…。

 

こいつはこの広い部屋のどこにでも座っていいのに、なぜか俺のソファに座りベタッとくっついている。

 

…正直理子の色々な部分が当たったりして嬉しいのだが…狭い。

 

「…まぁ別にいいけどじゃあ俺が移動すればーー」

 

「しゅーちゃん、動くな」

 

「はい」

 

なぜかギロッと睨んで脅して来た理子に俺は思わず敬語で返しながら元の場所へと座った。理子は俺の腕に自分の腕を絡め抱きついてきた…が、その意図がよくわからず俺は混乱していた。

 

…ったく、今日はあれか?時々ある『全く理解できないデー』か。その日起こる出来事のほぼ半分以上が俺の残念な頭じゃ理解できないことだという最悪の日…。

 

…はぁ、もー考えるのやめよっかな。

 

 

「………。」

 

「あの、セーラさん?今俺理子に狭いって言ったんだけど、聞こえてなかったのかな…?」

 

「…本気でうざい」

 

「なんで!?」

 

そうやって考えを放棄しようとした時、今までただ黙って立っていたセーラが俺の横へ移動して来ると、理子とは反対側の俺の横に座った。

 

三人座れるソファと名打っているだけあり、一応三人座れはするのだが…かなり窮屈であり、両脇なぜかイラついているように見える。

 

…というかセーラもセーラで今日はいつにも増して不機嫌だ。今もグリグリと自分の体を押し付けてくるし…

 

本当、なにしたのよ俺…。

 

「あら、両手に花ね」

 

「どっちも棘だらけだっつの」

 

今まで干渉せずただ原稿を書いていた夾竹桃が俺に軽口を叩いて来るがため息まじりに返すことしかできなかった。だって2人の目がちょー怖いもん。嬉しいとか感触とか感じる余裕ないですもん。

 

 

…というか、本当に狭い。夏場ではないがまだ少し暑い季節だ。正直この状況はなんとかしたい。

 

 

そう思い、俺は最も助けてくれそうなリサを見つめた。こいつなら俺が今一番どうしてほしいかわかってるはずだ。

 

 

なんせこいつは、将来メイド職希望なんだからな。相手の気持ちを理解することが最も重要なんだよ。お願い助けて。

 

 

そう願いを込めて見つめ続けると、最初は首を傾げていたリサだったが、ポンと手を叩き頷いた。よし、流石メイド志望!

 

リサはとてとてとこちらに近づくと、

 

「あの、修くん?」

 

「おう、なんだ?」

 

「リサも、ぎゅーっとしてあげましょうか?」

 

「………。結構です」

 

 

 

しまった、リサに少し天然入ってんの、忘れてた…。

 

 

こうして、俺の午前は過ぎていったのだった。




…えー実はですねこれまだ話の最初も最初であと2、3話続きそうです。本当は1話にまとめる予定でしたけど無理でした。

お付き合いいただければ嬉しいです。

ではでは


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2.『なこだき。』

1.『あのがすす』のあらすじ
突然修一の前に現れたリサ・アヴェ・デュ・アンク。長馴染みという彼女に理子は慌てて対抗しようとする。

…天然な人は一人じゃなかった。


「リサ、実はお前に隠していることがあるんだ」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「実は俺()() なんだ」

 

「…へ?」

 

「だからホモだよホ、モ!!俺の好みは胸でも顔でもない…

 

男なんだ!筋肉質が大好きなんだっ!ムキムキな肉体を力を入れれば盛り上がるその上腕二頭筋を愛していると言ってもいいね!その男性ホルモン満載の体に、俺もなりたい!!」

 

「……………………………………………。」

 

 

 

無い筋肉を無理やり張ってアピールする俺とそれを見て黙り込むリサ。

 

 

…うん、意味がわからない人多数ですよね。

 

時間を前話の最後に戻すことにしよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「…はぁ?リサに嫌われたい?」

 

「おう。出来れば俺からじゃなくリサ自身から俺のことが嫌いになってくれると助かる」

 

リサとアホ三人娘(人の予定も聞かず勝手に集まってくるので命名)が初対面した後、俺はリサに飲み物を買いに行かせ、その間に3人に本音を打ち明けた。

 

「わざと私たちだけを残したと思えば…突然どうしたのよ?」

 

原稿を書きながらそう聞いてくる夾竹桃。…まあ、そうだよな。

 

「いやまあ…これには深いわけがありまして…ただこれはリサの家系の話になるからあまり他言するようなことじゃなくてだな…えっと、つまり…」

 

「つまり、手伝って欲しいけど理由は聞くなってこと?」

 

「おう」

 

理子の返しに俺は頷く。そう、今回俺がこうやって頼んでいるのはリサの家系に関する事柄の性だ。そんなことを俺がベラベラと話して良いわけがない。

 

…が、俺は信じてる。

こいつらはそんなこといちいち説明しなくても俺に協力してくれる優しいやつらだって。自分で言うのもなんだが、俺がお前らにどれほど体張ってやったと思ってる。快く首を縦に振るのが普通ーー

 

「…修兄、私『高級ブロッコリー』二つ」

 

「この前貴方が選んだ筆、壊れたからまた買ってきなさい」

 

「理子はこの前新メニューが出たカフェに行きたい!新商品のケーキが美味しそうだったんだよね」

 

「………おい、お前ら…?」

 

そう、思っていたのだが…アホ三人娘はそれぞれで…俺の金銭状況を知っていないはずがないのによくもまあそんなことを言えるもんだというかまさかそれ買ってやらないと俺の頼み聞いてくれないのかとか色々考えつつ3人の合計金額を瞬時に割り出す。

 

 

(……俺の、食費の、一ヶ月分の、二分の一ぃ…!?こ、こいつら…俺を殺す気か…!?)

 

驚愕のあまり、思わず断ってしまおうという考えが脳内を走った。…がしかし俺一人でいい案が出るとは思えない。それが出来れば高校生の今までリサを側に置いてなんていないはずだ。

 

「………わ、かっ、た。……要件を、飲もう……!」

 

「いよっし決定!理子いい案が一杯あるんだよね〜!紙に書いたげる〜♬」

 

言葉一つ一つを噛み締めながら頷く俺に満足した理子が紙とペンを持ち出して『リサちゃん嫌い嫌い作戦!』などと書き始める。セーラと夾竹桃もそれぞれ紙を取り出して案を書き始める。

 

「…くそぅ、もうヤケクソだっ!おいお前ら、俺が金を払う以上ちゃんと依頼こなしやがれよ!!」

 

俺はこの世で最も愛する福沢さんを投げ捨てながら、作戦を実行するために準備するのだった。

 

 

ーーーーー

 

作戦その1

 

「ーーはい、修くん。コーラ買ってきました、あとおやつも必要だと思ったので数点買ってきまし…」

 

「おっせーんだよ!何分かかってやがる!!」

 

「…!!も、申し訳ありません!」

 

買い出しに行かせたリサが戻って来た。コーラだけを頼んだだけなのだが、おやつまで買って来てくるこの親切メイド。袋を見るに近くのスーパーまで行って来たようだ。その間約40分。スーパーとの距離も考えるにむしろ早いくらいだ。

 

…が、今はキレる。こいつに理不尽なことでキレまくってやる。

 

「しかもこれ、2lじゃねーか!俺が飲みたかったのは150mの方なんですけどぉ?何でこんなの買って来たわけ!?」

 

「申し訳ありません…皆様で飲まれるものだと…!今から買い直しに行ってーー」

 

「あぁ!?まだ俺を待たせるのか!?」

 

「す、すみません…!!」

 

ドンッ!と机を叩く俺にリサはただただ頭を下げる。その様子はさながら悪役とヒロイン。物語であればこの後ヒーローが登場してリサを救出、恋愛に発展していくだろう。

 

『…人間のクズね』

 

『あれ、演技だよね?なんか本気に見えるんですけど、りこりんも、流石に引くんですけど』

 

『……馬鹿馬鹿しい』

 

目の前のソファに並んで座る観覧者三名がコソコソと俺を罵ってくれている…お前らが考えた案だろうがこれ…!!

 

しかし今はいい!罪悪感を殺して、ただひたすらにリサを理不尽にキレることに集中するんだ!

 

「…修くん」

 

「あ?なんだ、文句あんのか?」

 

嫌な雰囲気になる俺の部屋。しかしいい感じに進んでいるな。もしかしたらこれでもう終わるんじゃないか?これで泣いて出て行くもよしだし、怒ってくるのもよしだ。

 

とにかく俺に対して嫌な気持ちになってくれるなら…。

 

 

そう思う俺の前で顔を上げたリサは俺に対して「嫌い!」と一言…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修くん、超素敵(ヘルモーイ)です!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

言うと、思っていた。

 

 

キラキラキラキラッッッ!!

 

顔を上げたリサは目を輝かせて俺を見ている。その顔には涙もなく、それとは真逆の嬉しそうな笑顔だった。

 

…え、なに…え??

 

「修くんがリサにワガママを言ってくれるなんて…!今まで何をしてもありがとうや嬉しいとしか言われず本当にそう思っていただけているのか心配してました…!!それがついにリサにご命令とご指摘を…!!ありがとうございます修くん!どうぞこれからも遠慮なくリサにご命令を!!」

 

「………あ、あれ?い、いや…ちがくて…」

 

どうやら、俺がちゃんとリサに命令したことがかなり嬉しかったらしい。俺に顔をぐいっと近づけ早口で話し始める。ぴょこぴょこ跳ねながら話すリサは大変可愛らしかったが…

 

こ、こいつ…俺への好感度全く落ちてねぇ…!?

 

「ではご主人様!コーラ150mlを買ってまいります!申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください!!」

 

「え、あ、おい…!」

 

リサは俺の返事も聞かず、颯爽と外へ飛び出して行ってしまった。

 

あまりの速さに俺も他3人もぽかんとしてしまっている。

 

 

「…さ、さっすがだね〜!あのしゅーちゃんに引くどころか喜んでたよ!…ちっ」

 

「あの子、多分好きになった相手を心の底から愛するタイプよ。それが例え他人から見たらひどい性格でもね。…普通にいい子じゃない」

 

「…あれくらいなら私も大丈夫。修兄、怒り方下手くそ」

 

「くそっ、次だ次!!」

 

「うっう〜!次は理子の案だよ!…しゅーちゃんを超嫌な奴にして、リサから絶対に取り返すから!!」

 

「…は?なにを??」

 

作戦その1『理不尽にキレる男なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

ーーーーー

 

 

 

作戦その2

 

 

 

「ぬふん、ちょ〜かっこいいじゃないか俺よ…!!」

 

鏡に映る自分にうっとりする俺。あはん…なんて言いながらあまりついてもいない筋肉をグイッと持ち上げ前髪を上げながら息をはく俺。

 

…むしろ吐きそうなのをなんとか堪えつつ、律儀にもコーラを人数分買って戻って来たリサの前でカッコつけている俺を見せる。

 

それだけでもキツイのにさらにその服装はチェックのシャツをジーパンの中に入れ、赤いバンダナを巻いているという…その姿はまさしくオタク。

 

そんなオタクな俺が自分大好き…気持ち悪すぎる。

 

そう思っているのは俺だけじゃないようで…

 

 

「あはははは!!しゅーちゃんやっば、似合わなっあはははは!お、お腹痛いぃぃ!!」

 

「似合ってるわよ…くす、あなたいつもそうしてたらいいじゃない…!」

 

「…気持ち悪い」

 

リサの後ろから写メを撮りまくりの理子さんは大爆笑しながら転げ回っている。その後ろで黒白コンビが笑いを必死にこらえようとしているのを見つつ、俺は涙をグッと堪える。

 

 

これも、これもリサから嫌われるためなんや…!!

 

 

 

「修くん、どこかに行くんですか?」

 

 

「………お、おう。この服でな!お前も横で歩けよ?」

 

「はい、もちろん。修くんがいる場所ならリサがどこまでもお付き合いします!」

 

「……。」

 

満面の笑みで俺を見るリサさん。…普通に近づいて来たリサさんは首を傾げながらそんなことを言った。

 

…どうやら、この姿を見てもなんの躊躇も疑問もないらしい…。これだけ可笑しな格好をしていても俺の顔しか見ていない。

 

「…峰理子、リサ全然引いてない」

 

「ちっ。本当、邪魔だな…。あれで引かないとかマジかよ…」

 

「これぐらいで引くのなら先輩と幼馴染なんてやってないわよね。…思ってたより難しそうねこの依頼」

 

後ろで3人がそれぞれの感想を述べる中、俺はただただ落胆することしかできなかった。

 

 

こいつ、ちょっと頭変なんじゃないのか?

 

 

作戦その2『オタク服着てナルシストな男なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

 

「よし、ちょっと外に行くぞリサ。付き合え」

 

「はい、かしこまりました、修くん」

 

「…の前に服着替えるわ」

 

「え?着替えたのにまた着替えるのですか??」

 

「………。」

 

 

 

ーーーーー

 

 

作戦その3

 

「リサ!無駄遣いは嫌いだな!?」

 

「へ?…あ、はい。無駄遣いだと本人が思うようなものを買うのは勿体無いとは思いますけど…?」

 

場所はアメ横。

この辺りは沢山の商品が大安売りで売られている。

もちろんちゃんとした商品を安く販売している店が多いのだが、その中の店には安売りと言って高値で販売しているお店も数点存在する。

 

もちろんセコさで有名な俺はその定価より高い店を知っているのだが。

 

…今回はその店でバカ買いするという作戦だ。

 

俺は勝てると確信し、その店で飾られている最もニセモノ臭のする財布を取り出した。

 

「ふむん…いい素材だ。買おう」

 

「修くん、これニセモノですよ?」

 

「うっせーな。ニセモノでも俺はこれが欲しいんだよ!文句あっか!?」

 

「いえ、ありません。では修くん、そちらをリサに貸してはいただけませんか?」

 

「…え、いいけど…?」

 

…買ってはいいらしい…?ニセモノを高価で買っていいの?

 

リサのOKの意味がわからなかったのだがとりあえず手に持った財布を渡すと、リサは俺に感謝しながら店の奥へと入っていく。

 

…??

 

『…どう、修兄?』

 

「俺の言葉にリサ困った顔してたから効果はあったと思うけど…ちょっとわからんな」

 

『…話変わるけど、理子がすごい勢いで案を増やしてる。…ちょっと怖いんだけど、修兄何かしたの?』

 

「いや、なにもしてないんだけど…俺にもよくわからん。とりあえず案を出してくれるんならそれでいいからほっとけ」

 

『…わかった。一つ案書く度にケーキ頼んでるけどそっとしとく』

 

「それは全力で止めろ!多分領収書が飛んでくるから!!」

 

右耳につけたインカム越しにセーラと適当に暇をつぶす。あの3人は一緒に行くより離れていた方が作戦を考えやすいと判断し別行動をとっているのだが…理子が心配すぎる…後でどんな請求が来るのか怖すぎるな…。

 

「お待たせしました修くん」

 

後々さらに吹き飛ぶかもしれない諭吉さんを惜しんでいると、リサが戻ってきた。手にはおそらく財布の入っているであろう袋を持っている。

 

「買ってきてくれたのか?別に俺が払うからいいよ。3000円だろ?いいか、俺はニセモノでもこんな代金を払うような…」

 

「いえ、100円です」

 

「クソな男…って、は?ひゃ、100円?」

 

目が…点になった。

 

「はい。こちらのお店で扱われてる財布の材質などから定価を割り出しました。それをお伝えし、()()()()の結果こちらの金額で購入出来ました」

 

………しまったぁぁあああ忘れていたぁぁああ!!

 

こいつ、こういう仕事が超得意なのすっかり忘れてた!!こいつに頼んだ物ってなぜか半額近くまで落ちた金額で買って来るんだよ!昔それでだいぶ金を浮かせてたのすっかり忘れてたっ!!

 

「なのでお金は大丈夫です」

 

「お、おう、そうか…サンキュな…」

 

俺はその使いもしない財布を受け取った。

 

「修くん、昔の様に買うときはリサにご相談ください。修くんの欲しいものに何か言うつもりは微塵もありません。しかし、その購入金額に関しては安く仕入れて見せましょう。修くんのお金を少しでも無駄にしないよう、リサが全力でお手伝いします!」

 

「あ、ありがとうございま〜す…」

 

ニコニコと微笑むリサ。ニセモノとかは関係ないのねこの子。俺が欲しいって言えばやってくれるのか…。前提が間違ってた…のか。

 

作戦その3『多額のお金を無駄に使う男なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

だが、まだまだだ!

 

俺はここから弾打ちゃ当たる作戦に変更し、数で勝負することにした!

 

ーーーーー

作戦その4

ズルルルルルルルル…!!

 

「修くん、音を立てて食べるとお行儀が悪いですよ?」

 

「いいんだよ。この食べ方が一番旨いんだ」

 

昼飯時。訪れたのはうどん屋。

 

普段より二倍の音を立てすする。これはウザいはず…!

 

『『ズ、ズルルルルルルルル…!!』』

 

「え、お、おいリサ、なんでお前まで音立てたんだよ?」

 

「修くんだけだとみなさんの目線が修くんだけに向いちゃいますし。どうせ見られるのでしたらお互いに変に見られる方がリサはいいです。…でも、この食べ方疲れますね」

 

うん、ダメだこれ。こいついい奴すぎ。

 

「…。普通に食べる。お前も俺のこと気にせずに食え」

 

「え?あ、はい」

 

作戦その4『食べ方が汚い人なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

『…リサ、いい子ね』

 

「良い子だけどそれじゃダメなんだよ…!桃、次!」

 

『はいはい』

 

――――――

作戦その5

「おぉ!?こ、これは俺の見ている『魔法少女 幕末志士!』のヒロイン『西郷』フィギア!!完成度高っけぇなオイ!?」

 

まずやって来たのは秋葉原。

俺は着いてすぐ目についたフィギア店に入り知っているキャラを見つけるとすぐさまウィンドウに頬をくっつけるほどに近づいてガン見する。

 

「このフィギア…素晴らしい!!色ぬり…?もなんか凄いし、なんか、こう、凄い!形も顔もアニメ通りだし最高だこれ!!うん、最高だ!!…えっと…ペロペロしたい!そう、ペロペロしたいんだ!!」

 

周りからの目線も気にせずフィギアに食い入る俺その姿はまさしくオタク。気持ち悪い。

 

「可愛らしいお人形ですね。修くんが好みならリサの髪色も青にしましょうか?」

 

「……。だ、大丈夫です」

 

…ダメでした。

 

作戦その5『フィギアを愛する男なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

「おい理子、ダメじゃねーかよ」

 

『…ちっ。オタク耐性持ちかよ…』

 

「お、おい理子さん?なんかキレてる?」

 

『うっさい。今次の案考えてるから黙ってて』

 

「…意味がわからん…」

 

―――ーーー

作戦その6

 

「う~ん、やっぱうんまいなぁブロッコリー!あ、お前にやる分はないからねぇ!ああこんな酷い男ほかにはいな――」

 

「え?修くんブロッコリーが好きになったんですか?じゃあ今日のご飯はリサの研究したブロッコリー料理を沢山作りますよ!」

 

「…うん、これは嫌われないよねやっぱ…」

 

作戦その6『ブロッコリーを1人だけ食べるなんて嫌い!』作戦…失敗。

 

『…リサ、いい子。修兄メイドに雇おう』

 

「お前が買収されてんじゃねぇ」

 

―――――

作戦その7

 

「ああもうリサ!!」

 

「はい、修くん」

 

「服を脱げ!ここで全部!!」

 

「…え?でもここ、街中…」

 

「ああここで脱げ!全部脱げ!!なんだ?ご主人様の命令が聞けねぇのか!?ははっ!俺がご主人様になったらお前は一日中下着生活なんだぜ!?こんなことで恥ずかしがってるんじゃ俺のメイドは務まらん!出来ないなら諦めて普通にーー」

 

「……っ!はい、わかりました。修くんがそれを望むのなら…ッ!!」

 

「ごめんなさい!脱がなくていいから本気でボタンを外し始めないでっ!!」

 

作戦その7『本気で嫌な男なんて嫌い!』作戦…失敗。

 

ーーーーー

8.9.10.11.12...

 

それからも数々の作戦を考え、実行したがどんな作戦を立てようが、失敗がどんどん積み重なるのみだった。

 

そして冒頭の作戦、実はホモでした宣言も…

 

「ーーだから、俺はホモなんだよ!だいっすきなんだ!!」

 

その言葉にポカンとするまではよかったが…

 

「ごめんなさい修くん。リサは頭が悪くて『ホモ』と言う言葉を知りません。えっと…『男性の方が好き』という人のことを指すのでしょうか?」

 

「え、あ、うん…だから俺はお前をーー」

 

「リサも男子になれれば良かったのですが…性別を変えることはできません…なので外見だけでも男らしくします。

髪を切って短くすればよろしいでしょうか?体も鍛えればなんとか男らしく…それは時間をかけて行っていきますのでとりあえず髪を…」

 

なんて言い出し、女の魂とまでされる髪を簡単に切ろうとする始末。

 

…全く効果なし。

 

ーーーーー

 

「無理だ無理!無理無理無理無理無理無理無理むっり!流石の俺も罪悪感ハンパないよ!つーか俺のメンタルが死にそうだよ!!」

 

時刻は17時。もう日も暮れはじめた頃、俺たちはリサにまたお使いを頼み、その間に集まっていた。

 

「凄いよね。今日だけでしゅーちゃんのこと嫌いになってもおかしくないのに…。…ここまでの強敵初めてだよ…これじゃ、理子の立場が…」

 

「先輩、あの子、本気で貴方のメイドになりたいと思ってるわよ。今日見た限りじゃ落ち度なんてないし、あの子は昔から別に断る理由なんてないじゃない?」

 

「…まぁ、リサが完璧女子ってのは同感だけど…やっぱダメだ。俺はあいつに嫌われたい」

 

「そう…あの子も大変ね」

 

 

夾竹桃の言うことは何も間違っていない。リサは理想的な女の子だ。俺のことを第一に考えてくれるし、他人の目を気にしないし、家事も出来る。

 

 

…だけど、()()()()()ダメなんだ。俺のメイドにはなって欲しくない。

 

 

 

だって俺は…

 

 

 

「…ねぇ、あの金髪、遅くない?」

 

「そういやもう出てだいぶ経つな」

 

セーラがぽつりと呟いた。そういえば確かに、もうリサにお使いを頼んでから40分は経っている。あいつならもう帰ってきていてもおかしくない。

 

「…よし『遅かったことを激しくキレてくる男なんて嫌い!』作戦やるぞ。とりあえず今日はこれで終了。また今度再チャレンジってことで」

 

俺は失敗覚悟で次の作戦を立てることにした。

 

 

 

 

 

 

 

このとき、もっと早く気づいてばよかったと思う。

 

 

リサという女性は、時間に厳しい。だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

実際のところ、彼女は男子寮のすぐ傍にいた。

 

 

 

 

 

では、どうして彼女はすぐに帰って来ないのか?

 

 

 

それは簡単。

 

 

 

 

 

だって

 

 

 

 

 

 

リサは今数人の男女に囲まれ、身動きが取れなくなっているのだから…。

 

 

 

 

 




次の話でリサのピンチを修一が見事に救って見せるんだろうなぁ。


かっこいいなぁ。


#15話の内容を少し変更しました。ご覧いただけると嬉しいです。


次でリサ編終わります。


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3.『たといで 』

2.『なこだき。』のあらすじ

修一は理子、夾竹桃、セーラの三人に協力してもらい。リサから嫌われる作戦を決行。

数で勝負したのだが…結果は惨敗。最後の作戦打ち合わせのためにリサを買い物に行かせたのだが…


リサは複数の男女に囲まれていたのだった。




『ひみつのあんごう?』

 

『そ!お前ってかけいのせいで思ったことハッキリ言ったことないだろ?だから俺にだけ伝えれるように秘密の暗号をつくるんだっ!』

 

『…メイドは、いやだと思ってもそれを言っちゃダメだって、ママが言ってたよ?』

 

『ったくお前はそんなんだからいじめられるんだよ!真面目に考えすぎ!俺とお前だけ!特別にいーの!』

 

『う、うんごめんなさい…。それで、あんごうって?』

 

『ふふん、暗号で俺にだけ思ったことを伝わるようにするんだ!そしたらお前も少しは楽になるだろ!』

 

『…でも、どんなあんごうにするの??』

 

『それは、えっと、いまからかんがえるっ!!』

 

『えぇ〜?』

 

『ほら()()!早く来いよ!書くもの…ないか。じゃあ砂場で案を考えるぞ!!」

 

『あ、ま、まって!』

 

 

 

 

 

 

あの時のリサは、誰かがリサのためだけに何かしてくれるということがとても嬉しかったんです。

 

家系のことなんて話したことないのに、自分で調べてくれて、考えてくれて。

 

 

 

 

そんな貴方だから、リサは…。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「…なに、やってんのお前…?」

 

時間を守るはずのメイドがすでに時間を過ぎても来ないので理子達はとりあえず帰らせ、探しにいった数分後、俺は目の前の光景に疑問しかなかった。

 

目の前には膝を抱えて半べそかくリサを見つけるのは簡単だったのだが状況がよくわからん。

 

場所は公園。アスレチックや滑り台など遊具が豊富で、ある程度の広さがあるこの場所は地震時の避難場所として設定されている。

 

 

そんな場所で泣くリサを取り囲む男女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というより…

 

 

「おねーちゃんが動かなくなった〜!」

 

「きゃはは!ねーねー、聞いてるのおねーちゃん!」

 

 

 

男子と女子、だな…?

 

 

 

「おいおい、なに子供に泣かされてんだお前…」

 

「あ、しゅ、修くん…!」

リサは数人の子供に周りを取り囲まれ泣いていた。俺を見つけたとたんパァ…!と顔を明るくして飛びついてくる始末…どうやら本気で子供に泣かされていたらしい。

 

…そういえば、こいつ昔から泣き虫だったっけ。

 

「リ、リサのメイド服が珍しかったようで…公園を通る時に…その…ご、ごめんなさい修くん…」

 

「ったく。…はぁ、もう」

 

泣きながら理由を話すリサの頭をぽんぽんと撫でる。なんというか、昔の関係に戻ったみたいで…

 

ちょっと嬉しくなった。

 

「おぉ〜!かれしのとうじょーだー!」

 

「…なんかじみ〜」

 

「彼氏じゃないっての。…あと地味じゃない、シンプル系男子だ!!」

 

「きゃ〜!彼氏が怒った〜!!」

 

「逃げろ逃げろ〜!!」

 

子供たちはキャキャと笑いながら公園を走り去っていく。マセガキだったが本当に害のない普通の子供だったんだが…こいつは本気で怖がって涙をポロポロとこぼしていた。

 

…ったく。

 

「おら、お前もいい加減泣きやめ」

 

ひくっ…ひくっ…と泣くリサ。

これしばらくこのままにしとかないと落ち着かないかと、しばらく頭を撫でながら待つことにした。

夕方の公園で二人体を寄せ合い片方が泣いていて、片方があやす。 

 

懐かしい光景だと思った。

 

 

『…ぐすっ、しゅうくん…』

 

 

思い返せば、こいつはよく泣いている子供だった。

 

髪の色や容姿が他の子供と違ったり、自分の意見をとある理由で言えなかったこいつはいじめの対象になりやすい存在だった。

…よく公園で一人ブランコに乗って泣いてたリサを覚えてる。確か初めてこいつとあったのもその時だったか。

 

そんな時は確か…

 

「おい、手を出せ、両手」

 

「ぐすっ…え?」

 

「はやく」

 

「は、はい。…?」

 

突然の命令に戸惑うリサ。それでも主(仮)の命令は守るらしく、両手を俺の前に出してくれた。

 

 

そして俺は唐突に歌い始める。

 

 

「…はい、せーの、あ〜る〜ぷ〜す〜いちばんじゃ〜く♫こ〜や〜ぎの〜♫」

 

「へ、へ、へ?」

 

自分の両手を二度合わせその後に思わず出したであろうリサの片手にハイタッチする。リズムに合わせ手を合わせるというゲーム。いきなりこんなことをしてどうしたんだと思う人もいるだろうが…

 

「ほら、遊ぶぞリサ。俺もこれから用なんてないし、暗くなるまで遊ぶぞ!ちなみにこれはリズム乗れなかった方の負けな!」

 

 

こいつは遊ぶと嫌なことを忘れられるらしい。昔からほかのことで遊べば機嫌を直すのだ。

 

 

だから今日の残りは俺に使うんじゃなく、こいつにとっても有意義な時間にしてやるんだ。

 

「…ぐすっ…修くん、リサと遊んでくれるんですか?」

 

「おう。昔いろんな遊びして負けてたからな。成長した俺のリベンジタイムだ!」

 

ドンと構える俺に、リサは涙を人差し指でふき取りながら笑った。

 

「…ふふ、わかりました。でも修くん、さっきの歌詞、間違ってますよ?」

 

「え?そなの?」

 

「はい、じゃあ次はリサからですね!…せ〜の、あ〜る〜ぷ〜す〜いちまんじゃーく♫お〜や〜り〜の♫」

 

「ちょ、待て速い速い!」

 

目の周りを少し赤くしながらも楽しそうに歌い始めるリサ。その様子の変わりように思わず俺も笑いながらリサと両手を合わせる。

 

夕暮れの公園、二人っきりの空間で俺たちは昔のように大声で歌いながら手を合わす。お互い年を重ねたにも関わらず失敗すると声を上げて叫んだ。

 

ある程度ゲームをし終えたら、俺たちは遊具で遊び始める。これも昔と変わらない。ジャングルジムにブランコ、砂場など公園にある遊具を全部使って遊んだ。

それも終わると次は追いかけっこにじゃんけん、昔やった遊びを全て行った。

 

 

そんな中…

 

 

(…そう、これだよこれ)

 

 

俺はリサと遊びながら、そのリサの本当に楽しそうな顔を見て、

 

 

 

自分の考えが間違っていないと再確認していた。

 

 

 

ーーーーー

 

「…ったく、遊んで足挫くとか子供かよ」

 

「すみません、楽しくってはしゃいじゃいました。でもリサより修くんの方が楽しそうでしたよ?」

 

日も暮れ、電灯が夜道を照らし始めるころ、俺たちはようやく帰っていた。最後の最後でリサが転んでしまい足をくじいたため背負う形になっている。

 

…背中の感触が柔らか過ぎてちょっと高校生には刺激が強すぎるのだが…素数を数えることでなんとか帰れていた。

 

「明日なんだろ、長崎に出発すんの。お前その足で行けるのか?」

 

「そこまで酷くはありませんので。今日一日冷やしておけば大丈夫ですよ」

 

「そっか」

 

心配は無用ということらしい。リサは明日、長崎へと帰省する。

本当は海外から直接長崎へと帰省してもよかったらしいのだが、俺の顔を見たいとわがまま言ってここまで来たらしい。

 

リサは今、とあるボランティア団体に所属していると本人から聞いている。世界各国の有力者が集まって活動をしている団体らしく、リサはその会計を担当しているとのことだ。…ただリサにその団体名を聞いても教えてもらえず、団体に入った後からなぜか「銃の弾や防弾などの戦闘系アイテム」の知識がかなり豊富になっている気がしているのだが…。…まあ気のせいだろう。

 

長崎にも数日しかいないようで、それからすぐまたどこかへと旅経つらしい。毎回どこへ行っているのか聞いても「秘密です」と言って教えてくれない。危ないことはしていないといいが…

 

(改めて考えてみると…こいつ何やってんだろうな)

 

今度聞いてみるか。どうせまたはぐらかされるだろうけど…

 

「…あの、修くん」

 

「ん?ああ悪い考え事をしていた。なんだ?」

 

そんなことを考えているとリサが声をかけてきた。

 

「楽しかったですね。公園で遊んだのなんて久しぶりでした♪」

 

「だろうな。俺も久しぶりだったし」

 

「昔はよくリサが泣いているときに修くんがやって来て『遊ぶから来い!』って手を引っ張ってくれてたの覚えてますよ」

 

「あー…そんなこともあったけか?」

 

「はい。修くんはリサのことを一番に考えてくれるリサの王子様だったんですから。そして、一番うれしかったのは…」

 

 

と楽しそうに話し始めたリサが、一拍置いて俺に質問してきた。

 

 

 

「ねぇ修くん、『()()()()()()()()』って…覚えてますか?」

 

 

 

「…は?なんだそれ?」

 

リサの質問に首を傾げる。秘密の暗号…?そんなの考えてたっけか?

 

思いだそうと首をひねっていた俺にリサがふふっと笑って返してくれた。

 

「昔、リサと修くんで作ったあんごうです。公園で考えていたので思い出しました。

…まぁ、暗号といっても子供が作ったものなので簡単に読めちゃいますけどね」

 

「ふ―ん、どんな暗号だったんだ?」

 

「…んー。そうですね…。それは修くんが思いだしてくれるまで秘密にしておきます」

 

「え?…なんで?」

 

「んー、そっちの方が嬉しいからですね♪」

 

「…さっぱりわからん」

 

リサの昔話はよくわからなかったがまあ本人が満足そうなのでいいとしておこう。

 

 

 

 

それよりも、今日中にけじめをつけないといけない話をそろそろしないといけない。このまま楽しかったで終わるままではいかないのだ。

 

 

 

「さて、リサ。そろそろあの話を始めようか」

 

「…そう、ですね」

 

リサも楽しかったまま終わりたかったのだろう。少し残念そうな声色で返してくる。

 

少し、罪悪感も生まれたが、こればっかりは譲れない。

 

リサは俺の背中から降りると俺の前に立ち…

 

「修くん」

 

「なんだ?」

 

 

「リサのご主人様になってください」

 

 

 

そう、改めて頭を下げてきた。

 

今まで、俺はこれをもう一度言われないためにいろんなことをした。普通の一般女子にとって一緒にいることすら嫌がるほどの酷い仕打ち。それなのに、そんな俺に対して頭を下げながらそうお願いするリサに俺は胸が締め付けられるようなそんな感覚を覚える。

 

しかし…

 

「断る」

 

「どうしても、ですか…?」

 

「…どうしてもだ」

 

リサは自分の胸の前で両手をギュッと握っている。辛そうにする彼女の顔を俺はまっすぐに見つめることができない。

 

「リサが、お嫌いですか…?」

 

「……きら……。……いや、嫌いじゃない。むしろお前には感謝してばっかだ」

 

「だったら…」

 

「…さんざん見たろ、俺は最低な男だったろうが」

 

「構いません。修くんですから」

 

「………。」

 

そう、彼女にとって俺はそういう存在らしい。俺自身こいつになにもしてやっていないはずであり、むしろ俺が世話になっているというのに、

 

それでもリサは俺のことを主人だとそういう。

 

答えは、正直分かっていた。朝から夕方まで俺の行動は全部受け止めていたのだから…。

 

(やっぱ…こいつはすげぇよ…俺なんかよりずっと…

 

 

 

でも、だからこそ…)

 

 

 

 

…そうして俺は諦め、決意した。リサに何かして嫌われるというのは難しい、ならば…

 

「俺にはお前の主人にならない絶対的な理由がある」

 

「…理由、ですか?」

 

 

俺は覚悟を決め、リサを正面に見て、答えた。

 

 

「俺は、この学校で、()()()()の最弱武偵だ。しかも武力が重視される強襲科の。お前が望む主人には絶対になれない」

 

 

 

今まで、こいつにだけは張っていた見栄を、捨てた。

 

それはリサと出会ってから今まで張っていた、長い厚い見栄の壁。

 

 

それを壊すことで、ようやくこいつの幻想を壊すことができる。

 

 

「ふふ、そんなはずないじゃないですか。修くんは強いです。だって修くん、剣道の大会で準優勝もしてますし、強い姿を何度も…」

 

「あれくらい武偵生徒にとっちゃ取るに足らない称号だったってことだ。あれくらい武偵高の生徒なら自慢にもならし、その結果もたまたまだし、その証拠に…」

 

 

俺は自分の心の奥底で止めようとする自我を無理やり抑え込み、生徒手帳に挟んでいたボロボロの紙を取り出した。

 

 

「俺のランクはE。サイカイだ。そんな奴がお前を護れるわけねぇだろ…」

 

「………」

 

「俺は、弱い。お前に見栄張って強い自分を見せようとしていただけで本当は雑魚なんだよ」

 

「……………そ、ん…」

 

リサは最初俺が冗談を言っていると思ったのか笑っていたが、生徒手帳から取り出したボロボロの紙を見せると驚いた表情に変わった。

 

それは昔、2年に進級した時にした試験の結果の紙。でかでかとEの文字が刻まれた俺の成績表だ。

 

「お前の家系のことは昔調べた。お前の家系が定めるご主人様ってのは『強くてお前を護れるやつ』だろ?こんなサイカイ、お前の家系が許さない」

 

「………………。」

 

そう、こいつの家系は普通とは違う。

 

『強い騎士に付き従い生きる』。昔、紛争時に彼女の先祖が生きるために定めた決まりだ。要はメイドのように一人の主人に一生を捧げ、その代わりに自分を護ってもらうという賢い生き方をした家系なんだ。

 

つまり、リサの家系にとって主人とは『絶対的な強者』でなければならない。だからこそ、その決まりを否定する俺の存在を主人と認める訳にはいかないのだ。

 

本当は、こんなダサい真似したくはなかった。

 

 

リサの前ではカッコいい自分を見せ続けようと昔決めていたのに。

 

 

 

 

 

「そう、ですね…」

 

成績表を見て、しばらく下を向いたままだったリサだった。が…

 

 

 

 

 

「修くんは、ご主人様として力不足です。

 

 

 

貴方を、ご主人様とは認められません」

 

 

顔を上げたリサは何かを決意したような、真剣な表情で俺を見てそう言った。

 

見下すでもなく罵るでもなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ彼女に俺はただ目を合わせることが出来ない。手元にあった生徒手帳がぐしゃりと音を立てた。

 

この時、泣き虫の彼女がそれを堪えようとしている顔を見てしまっていたら、俺の考えも少し曲がってしまったかもしれない。

 

見なくてよかった…。

 

 

 

 

 

「…………修くん。リサは修くんがとても優しいことを知っています。

 

 

 

でも、これは……ずるい」

 

 

 

 

「………」

 

 

ぽつりと、普段なら聞こえないくらいの声が今は、はっきりと聞き取れてしまった。

 

 

 

「それでも俺は…お前をメイドとは認めない…絶対に」

 

 

 

「そう、ですか…」

 

 

 

 

 

―――――

「じゃあ、修くん。リサはここで」

 

「…ああ、じゃあな、リサ…」

 

そう呟いたあと、リサは俺の家には向かわず、どこかへと去っていった。

 

きっとリサは俺に失望したのだ。昔から自分のご主人様候補だった奴がただの雑魚だったことを俺は自分の実力のなさで示してしまったのだから仕方ない。

 

 

ただ…

 

「…これで、よかったんだよな…」

 

「おかえり、しゅーちゃん」

 

男子寮の陰から理子が出てきた。

 

「…よ。桃とセーラはどうした?」

 

「夾竹桃は付き合いきれないって帰っちゃった。セーラは上にいるよ」

 

「そっか」

 

 

 

「しゅーちゃん、そろそろ言ってもいいんじゃない?リサはどうしてしゅーちゃんのメイドになっちゃダメなの?サイカイだからって、そんなの理由じゃないよね?」

 

「…こんなこと自分で言うのは自意識過剰と思われても仕方ないんだが…その、リサは多分俺に好意を持ってくれている。あんだけ親みたいに世話焼いてくれて、俺にだけいろいろしてくれてるし」

 

「…あ、それはしゅーちゃんでも気づいたんだ。だったら理子の気持ちもすぐに気づけこのバカ…」

 

「なんか言ったか?」

 

「んーん。なんでもないよ」

 

「そんな時思ったんだよ。リサはあれだけ俺のために努力してくれてるのに俺はその好意をただ受け取ってるだけで、あいつに何も返してないって。

あいつの唯一求める武力っていう才能もないし、実力もサイカイ。

リサは一人の主人を決めたら最後まで仕えるんだぜ?んな俺があいつの人生を奪っていいわけないわな。

 

そう気づいたのはあいつと知り合って7年も経った時だった。それまで俺はリサからの好意をただ当たり前のように受け取ってた。…気づくのが遅かったんだよ…

 

そんな自分勝手なやつがリサを独り占めしていいわけがない」

 

 

そう、これが俺の本心だ。自分がサイカイであるからこその決意だった。

 

 

 

そんな俺の顔をじっと見ていた理子は

 

 

 

 

『またか…』とつぶやいた。

 

「… しゅーちゃんはそれでいいの?」

 

「ああ、いいんだ。あいつはいい奴だからすぐに俺以外の主人候補が生まれるさ」

 

「しゅーちゃんは本当にそれでいいの?」

 

「……なんだよ?今日はやけに食いついてくるな」

 

「まぁね。…もういいや。言ったってしょうがないし。じゃ、しゅーちゃん、理子用事出来たから帰るわ」

 

「お、おう…おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 

 

 

その日、俺はなかなか寝付くことが出来ず、布団の中でしばらくいろいろと考えてしまった。

 

 

本当によかったのか、ダメだったのか。彼女はこれで本当に幸せになるのか、ならないのか。

 

 

(そんなこと…今更考えても仕方ないってのに…)

 

 

まあ、もうリサに会うこともないだろう。明日長崎に帰るんだし、それからまたボランティアで海外に行くんだろうし。

 

 

 

そう俺は捨て台詞のように吐き捨て、いつの間にか夢の中へと落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『……………………………………ばか』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「おはよう…修兄」

 

「…おー…おはよう…」

「おはようございます、朝ごはんは出来てますよ♪」

 

「おぉ、じゃあ顔、あらってくる…」

 

「…私も、行く…」

 

 

 

 

朝、ゆっくりと起きた俺は、寝ぼけた足で洗面所でセーラと横に並んで顔を洗う。

 

パシャパシャと目覚めに良い冷たい水を顔に浴びせ洗濯機の上からタオルをとって拭く。そして赤と青の二つ並んだカップの内、青いカップに入った歯ブラシを取るとなくなりかけて強く押さないと出てこない歯磨き粉をつける。つけ終わった歯磨き粉をセーラに投げ渡しつつ、歯を磨く。

 

「セーラ、今日お前暇だろ?俺の課題手伝え」

 

「…めんどい」

 

「終わったらお前の好きな飯作ってやる」

 

「………いい。それよりゲーム一緒にやろう」

 

「お前ゲームに興味あったっけ?」

 

「…暇な時に修兄のやってた。車楽しい」

 

「おけ。じゃああとでコントローラーもう一個買いに行くか」

 

「…うん」

 

今日の予定が決まった。一日中家でゲーム三昧!しかもセーラと!!いやぁ楽しくなりそうだなぁ。

 

 

だなぁ…。

 

 

 

だなぁ?

 

 

 

「…あり?」

 

俺は最後の一磨きをし終えたときになってようやく違和感を抱いた。

 

 

 

 

 

…なんかさっき、一人多くなかった?

 

 

 

 

 

「…んん!?」

 

俺は口を素早く洗うとドタドタとリビングに戻る。おかしな声が聞こえたリビングへの扉を勢いよく開け入るとーー

 

 

 

「あ、修くん、ご飯は麦ごはんにしておきましたよ。冷める前に座って食べてくださいね!」

 

 

 

「…は…?り、リサ…!?」

 

そこには昨日、俺を主人とは認めないとそう言った金髪メイド、リサが俺の分の朝食を並べている姿があった。…てちょいちょいちょい!?

 

「はい、リサですよ〜?まだ寝ぼけてますか?」

 

「おまっ!?なんで…!今頃長崎発の飛行機に乗ってるはずじゃ」

 

「あぁ…えっと、寝坊しちゃいました」

 

「はぁ!?」

 

苦笑いしながらそういうリサ。…いやいや寝坊って、昔毎朝一回も遅れることなく俺を起こしていたのはどこのどいつだよ…!?

 

…いや、それは今はいい、そんなことより先に聞くべきことがある…!

 

「お、お前昨日、俺はご主人様には出来ないって…!なんで俺の世話してんだ!?」

 

「はい。確かに修くんはご主人様とは認められないと言いましたね」

 

「だ、だったらなんで…?!」

 

疑問しか浮かばない俺に、リサは俺の頬に手を添えて笑いながら言葉をつなげた。

 

 

 

「修くんは、リサを勘違いしてるんです。

 

リサも1人の人間で、一人の女の子、なんですよ?

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

修くんがご主人様として認められなくても、だからと言って簡単に放っておけるわけないです」

 

…俺は目が点になった。…なに?つまり俺の世話は昔からやっていたからそれをせずにというのは本人が許さないと?

 

「…い、いやでもダメだろそれ。それってつまり「二人の主に仕える」ってことだろ?将来できるかもしれない主人の前に俺の世話をしてるって認めちまったら…」

 

「え?…だから大丈夫、ですよね?」

 

「え?」

 

 

今も頬に手を添えているリサは俺の返しに首を傾げた。

 

 

「だから、修くんがご主人様になれば何も問題ない、ですよね?」

 

…おいおいこいつ…昨日の話を思いっきり無視しましたね。

 

「いや、だからそれが無理だって話を昨日したんだろうが!お前は俺こと弱いって…だからお前のご主人様にはなれないって!」

 

「はい、だからそれは、今の修くんはという話ですよね?」

 

「…は?」

 

「長い付き合いですし、修くんの考えてることは分かります。修くんはリサから修くんを嫌いになってもらおうとして昨日あんな変な修くんになってたんですよね?…そんな修くんが望んだリサの返答はこうです…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

無理でも、将来はわかりません。修くんがリサの縛りを溶かせるほどに強くなってくれればいいんです。リサのために、強くなってください修くん!」

 

「…それってつまり、あれか?お前が俺が主人じゃないと嫌だから、俺がお前の家系の決まりに合わせろと?」

 

「はい。頑張ってください、修くん♪」

 

「……。」

 

 

今、理解した。

 

 

 

コイツ、昨日の話で俺が思っていたことを全部理解していたわけだ。

 

 

 

 

俺が本当に思っていたのは、メイドになってほしくないわけじゃなく、嫌われたいわけでもなく。

 

ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそリサは、今俺に対して自分のために強くなれなんていう、そんな自分の都合満載の、わがままなお願いしてきたってわけだ。

 

「もちろんこれからもほかのご主人様候補を探しますよ。近い将来現れるととある教授から教えていただいていますし♪」

 

「あぁ…そう…」

 

 

もう、そこにいたのは絶対服従のスーパーメイドじゃなく…

 

自分のことを時に優先して、行動する。

 

普通の女の子リサ・アヴェ・デュ・アンクだった。

 

…少しだけ望んでいた変わり方とは違うんだが…

 

「という訳で、これからは()()()()()()()()()お世話しますね!よろしくお願いします、修くん!!」

 

「…ああ、よろしく」

 

 

まあ、いいか。

 

俺はこの解答が気に入ってしまっていた以上、しょうがない、か。

 

 

 

「あぁ、それと修くん」

 

「なんだ?」

 

「これ、あげます♫」

 

 

リサは俺が納得したのを見て満足したのか、添えていた手を離し、どこにでもある普通のA4用紙を四つ折りに折りた紙を俺に渡してきた。

 

「なんだこれ…?」

 

「開けてみてください♪」

 

俺は言われた通り四つ折りの紙を広げた。

 

 

 

 

そこには

 

 

 

 

 

 

 

そこには短く、平仮名で文字が書かれていた

 

 

 

 

 

「修くんは解き方を忘れているので読めないでしょう。でも…もし、その日が来たらリサが解き方を教えてあげます」

 

 

 

「……………うん。………なんだこりゃ、俺には読めないな。お前が解き方を教えてくれるその日まで待ってるわ」

 

「はい!待っててくださいね!」

 

俺は思わず笑いながらそう返すとリサも笑って返事をくれる。もう紙のことには触れない。彼女が俺に理解して欲しいと思うまで、俺はわからないを通すのだ。

 

 

「うっし、んじゃあ長馴染み特性の朝飯を食うとするかね!」

 

「はい!ちゃんとソースも用意していますよ!」

 

「ナイスだリサ!」

 

 

喜々としてソースを渡してくるリサと、それを受け取ってうまいと連呼する俺。

 

昔の時間が再び戻って来た気がした。

 

 

 

 

 

…ん?紙になんて書いてあったか?

 

 

 

教えねーよ。わかりっこないからな。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

PS…というか、最後に一つだけ。こいつが昔のリサに戻ったことで面倒になったことを言わせてくれ。

 

 

「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!?しゅーちゃん!なんでリサがまだいるのさ!」

 

「あ、理子さんおはようございます!昨日の夜は本当にありがとうご……」

 

「わ、わわわわわ!!ちょ、黙れ!言うな言うなアホ!!」

 

鍵を勝手に開けてまた入ってきたアホ理子にリサが律儀に挨拶しようとした…だけのはずだったが、慌ててリサの口を塞ぐ理子が面倒その1。

 

「あ、それともうしばらくここにいますね修くん。」

 

「あ?まあお前なら別にいいぞ」

 

「…ダメ。修兄は女子を泊めない」

 

「お前女子のくせ泊まってるだろが」

 

「…うるさい…女子はダメ」

 

「あ、修くんのお邪魔はしませんよ。武偵高校に相談したところ一室女子寮に空きがあるようで、一年契約で貸していただけることになりました。女子寮は近いですから」

 

「あ、そなの?」

 

「はい♫

 

あ、もちろんセーラさんもリサと女子寮に移動ですから」

 

「…!?」

 

天敵が出たとでも言わんばかりに警戒心MAXになるセーラ。リサから距離を置いてなぜか徒手格闘の構えをとる。面倒その2。

 

そして…

 

「先輩、お邪魔するわよ。…相変わらず騒がしいわね」

 

「あ、夾竹桃さん。お久しぶりです。今日はどのような御用で?」

 

「原稿作成だけど?」

 

「そうですか。…どうして修くんの家で作業をされるのですか?」

 

「…昨日筆を置きっぱなしにしておいたからよ。荷物を持ち運ぶの面倒でしょう?」

 

「いえいえ、効率的に他のみなさんが騒いでいるここよりも夾竹桃さんのホテルの方が静かでゆっくりと描けるのではないですか?」

 

「…あなた何が言いたいの?」

 

「…黒髪ぱっつんは…修くんの好みですし…」

 

なぜか夾竹桃には敵意をむき出しのリサさん。面倒その3。

 

 

 

おいこれ、さらに騒がしくなるんじゃねーのか…。

 

 

 

「ふん!理子と修一は付き合ってるんだからね!」

 

「はい、知っていますよ。リサは二番目で構いませんので」

 

「理子が構うのー!」

 

「…リサ、私は…ここでずっと…」

 

「ダメです。昨日から見ていましたがセーラさんちょっと無防備過ぎです。修くんも男の子なんですから、同じ屋根の下で暮らすのは認められません

 

…それと夾竹桃さん!せめて髪色を変えてほしいです!金髪とかいかがですか?」

 

 

「遠慮しておくわ。…というか、どうしてあなたは私の髪にこだわるのよ?」

 

「…修くんの…ドタイプですし…」

 

「知らないわよ」

 

「はぁ…ったく…うるせぇなぁ…」

 

五人もいると流石に狭く感じる部屋で朝っぱらからガヤガヤとし始める我が家。

 

元々メイドとして何も言わなかった分が今になって爆発してるんだろうななんて思いつつ。

 

俺はその光景を見ながら思わず笑ってしまう。

 

 

正直、俺はこういう騒がしいのは大好きだ。だからその中に長馴染みが入っていることがすごく嬉しかった。

 

なんか、いいよな。こういうの。

 

「もーしゅーちゃんから言ってやって!俺には理子だけだ!って!」

 

「…修兄、私はここにいたほうがいいってバカメイドに伝えて」

 

「先輩。あんたのとこのメイドちょっとウザいから止めてくれるかしら」

 

「はいはい。今行きますよ」

 

 

俺は持っていた四つ折りの紙を置いて、騒がしいとこへと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

開けた窓からサァ…と気持ちのいい風が部屋に入る。吹き込む風に机に置いた四つ折りの紙がめくられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのがすす

なこだき。

たといで

 

 

 

 




『ひみつのあんごうリサ』終了です!いやーなんで三話にしたかな!四話にしておけばよかったと後悔していた銀Pです。

今回は初めての企画として『タイトルで遊ぶ』をやってみました!こういう企画ってワクワクして面白いですね!

さて、実際の暗号の答えですが…実は個人メールや感想欄などで『次の話は四文字ですよね』という返信が…!!ちゃんと読んでくださっているのが伝わってとても嬉しかったです!…はい正解です!そう四文字でした!

文章力のない私ですので一応補足で解説しておきますと…(自分で書いていて悲しくなりますねこれ…)

リサにとって自分の気持ちを伝えるというのは、つまり主人になってくださいという意味合いも兼ねています。なので直接伝えることはできなったのわけです。

本文にも書いていますがこの暗号は簡単に解けます。なのでおそらく最後の修一くんは…

…はい!いかがだったでしょうか?最後が長くなって申し訳ありませんでしたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです!

次は30日予定です。…守れるように頑張ります。

ではでは~

PS.
ヒントはタイトルの『縦読み』です。


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おまけ
1.峰 理子はどうしても手を繋ぎたい!


これは、未来の彼女が思い返す



とある学生二人の思い出物語である


「…はっ…はっ…」

 

とある休日のトレーニング施設。

運動部に所属しているガタイのいい青年や、健康のために運動する高年者がそれぞれで運動をしている中に峰理子は一人走っていた。

 

いつものように化粧や派手な服などは着ておらず、黒を基準とした運動に適した服装にタオルを首からかけている。努力は人に見せるものではないという考えから場所も武偵高校とは少し離れた場所だ。

 

ただ元々の顔立ちやスタイルをそんなことで隠せるわけもなく、本人にその気は無くても周りを走る若い男性や近くを通る人が振り返ってしまっているのだが。

 

(…ふう、今日はこんなものかな)

 

それも気にせずただ黙々と走り続けた理子は2時間に設定していたタイマーが振動すると、ランニングマシンを止めた。汗を拭いながら歩く仕草さえ男子の目線を釘付けにしていることには気づいていない。

 

女子更衣室に戻り暑くなった体を冷やすために自動販売機の牛乳を購入し、ぐいっと一飲み。ある程度涼んだ後、近くの体重計に乗った。

 

(…はぁ、これだけやってもあんまり変わらないんだよね…)

 

プニプニとお腹を触る。一般的には痩せていると言われる程度の体重ではあるのだが、本人はそれでも痩せたがっているのには理由があった。

 

彼氏に少しでもいい自分を見せるためである。

 

ルックスやファッションだけでなくスタイルでも彼にとってとっての一番でいたい。そう感じ始めて週に三回このトレーニング施設へと足を運んでいる理子だった。

 

…本人に言えば「いや、そんなのよくわからんし、別に普通じゃね?」などと失礼過ぎる返答が返ってくることは理子自身理解してはいたのだが。

 

(この頃、しゅーちゃんの周り女増えたし、皆気があるみたいだし…う〜ん、もっかい走っとこうかなぁ…)

 

銀髪妹枠 黒髪和風美人枠 金髪メイド枠

 

数秒考えただけで数人の女子が思いついてしまったことに苛立ちを覚えつつ、理子は彼女たちが()()()()()()()()()()()()であることを同性でありながらも感じていた。

 

あの浮気男がいつ誰に転んでもおかしくないと本気で焦る時もあるほどで、理子の中では特にあの銀髪娘が要注意の人物である。

 

修一自身が彼女を変えたというのもあるし、一緒に住んでいるというのもあり、銀髪娘自身が「…家族だし」と言って、ある程度彼の行動を容認していることが多い。

メイドよりも言うことを聞いてるんじゃないかと本気で心配することの多い女である。

 

やっぱり負けたくない!と改めて気合いを入れると、落ち着いた体をまた走らせる為にトレーニング室へと戻った。

 

(…んー、でもどうしたら理子だけを見てくれるようになるんだろ…?)

 

スイッチを再び起動させ、走り出すと暇になった頭が色々と考え始める。

 

どうやったら彼が自分だけを見てくれるのか?

どうやったら彼にとって自分は特別な存在になれるのか?

 

「…くふ」

 

考えることのほとんどが彼氏に対しての悩みだということに、元武偵殺しとして思わず笑ってしまう。元々真剣に悩む理由は主に生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに対し、今はこれだ。

 

平和ボケしたとも取れるが理子は一切後悔がない。

 

それを与えてくれた彼に対しての想いは間違っていないと再確認した。

 

(…よっし!明日からもっとイチャイチャしよう!理子から猛アタックすれば、きっとしゅーちゃんも理子から目が離せなくなるはず!!)

 

 

よっし!と拳を握りしめ決意する理子はその後三時間走り続けたのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

 

「幸せは当たり前だと思ってしまったらおしまいだと思うわけよ俺は」

 

 

 

「…は?」

 

場所は変わって岡崎家。

 

晴れたお出かけ日和の休日にも関わらず、家主の修一は未だ居候を続けているセーラと格闘ゲームをして遊んでいた。

 

だらんとソファに寝転ぶ修一とその横でちょこんと座るセーラ。

 

もうこの体勢から2時間ほど動いていない。

 

元々修一がインドア派というのと、セーラは修一が言うままにゲームを一緒にプレイすることもあってニートが二人完成してしまっていた。

 

そんな中ゲームがロードに入った瞬間、修一が突然語り始めたのだ。

 

「いやさ、俺と理子付き合い始めてもう結構経つじゃん?」

 

「…うん」

 

「あいつってさ、人懐っこいし、俺見つけたら走って来てくれるし、人目気にせずスキンシップしてくれるんよ。なんであんな最高なやつが俺の彼女なんでしょって何度も思うわけね」

 

「…彼女自慢?」

 

「うぉお!?」

 

ゲーム画面の修一のキャラが壮絶なコンボを喰らい、HPが半分以上削られた。

 

普段より強くボタンを叩くセーラに怯えつつも、次の攻撃をしようとするセーラのキャラを見て我に返った。

 

「ち、違くて。だからこそ思うわけよ。この頃、一番に構ってくれる理子に甘えて、俺が楽してんじゃねーかって。

自分を一番に見てくれるやつが出来たからって甘えすぎなんじゃないかってな」

 

「…それで?」

 

ドーン!と音を立て修一のキャラが倒れる。KO!と表示させる画面を見ずに修一は立ち上がるとセーラの前で仁王立ちし叫んだ。

 

「だから、俺はこれから理子に頼らない男になります!!」

 

「…はぁ」

 

ふふんとドヤる修一にセーラはその元々からジドッとした目で見つめる。また変なことを考え始めた家主に一瞬呆れたが、その生き生きとした顔を見てこれを止めるのは無理だと理解した。

 

 

『もっと自分だけを見て欲しい』と願う理子。

 

 

 

『付き合う前のように理子から何かされるのが当たり前と思わない自分になろう』と誓う修一。

 

 

ああ、また面倒なことになる…と瞬時に察知したセーラは、RPGゲームを取り出し家から出ない宣言をするのだった。

 

 

 

 

――――

 

「では二人一組でペアになってください」

 

日にち変わり、普段通りの平日。

 

修一と理子の通うこの武偵高校でも午前は普通の高校と同じく5科目などの授業が入っている。今は道徳の授業だ。

 

普通の5科目のように眠気のあまり来ない道徳では先生の話を聞く生徒も多く、ペアと言われた瞬間それぞれ我先にと組みたい相手の元へ向かって行った。

 

ここで生徒それぞれがチラと見た人がこのクラスで最も人気の高い人物達であり、Sランク武偵の神崎・H・アリアやイケメンの不知火などの方に人の目線が集まって行く。

 

そして、容姿端麗で人懐っこい峰 理子もその一人だ。

男女問わず複数の生徒が彼女の元へと駆け寄る。楽しそうに誘う彼らに理子も笑顔で受け答えしていた。

 

そんな、ワイワイと盛り上がるクラスの中…

 

 

(あ〜…ぼっちの天敵、どーすっかなこれ)

 

 

サイカイ学生岡崎修一は、一人窓の外を見てため息をつく。実力主義なこのクラスでは人気度なんてもの修一には存在しない。騒つく教室の中の数人が修一の一人で座る様子にけらけらと笑っていた。

 

『おい、誰か誘ってやれよ』

『嫌だよ。俺まで弱いってレッテル張られるじゃん』

 

などとクラスが少しざわつき始めるが修一は気にも留めない。元々言われると思っていたのと、言われ慣れたというのもある。

 

 

盛り上がるクラスの一部分より2席ほど離れた位置でただ一人黙って座っている。もちろんそんな彼を気に止める人はいない。二人一組をそれぞれ組んでプリントを楽しそうに記入しているその視線に、彼は映っていなかった。

 

 

 

 

 

「ほれしゅーちゃん。プリント持ってきたよ!あ、鉛筆貸して?」

 

 

もちろん、一人を除いてだが。

 

 

「…お前いい奴だな」

 

「うん?今更でしょそれ。てか彼女だから当然じゃん?」

 

当たり前と言いながら修一の机に前の机をくっつける理子。その様子に周りの男女がザワザワとし始める。

 

元々二人の関係はクラス中で一時期持ちきりになっていたのだが、それからしばらく経った今はあまり話の話題にはならなくなっていた。

 

というより周りが理子の心から楽しそうに彼と話す様子に納得するしかなくなっていっていたのだ。

 

ただ…

 

(クソ!なんであいつが峰に好かれてんだよ…!?)

 

(羨ましい過ぎる…!!俺も峰に特別扱いされたい…!!)

 

その理子が迷いなく修一の元へと行くことに男子の嫉妬の目線がいくことだけは未だに続いていた。

 

そんな目線はもちろん本人たちも気づいているようで…

 

(くふふ…ほら見てしゅーちゃん、男子の羨ましそうな嫉妬の目を!そんな理子を独り占めできるしゅーちゃんはもっと理子を大事にしないとダメなんだから!)

 

逆にその嫉妬を利用し彼氏を焚き付けようと画策する理子と、その一方…

 

(…ああ、やっぱり来てくれるんだよなこいつ…周りの目線集まってるのも気にせずに…これに甘えて今まで楽してきたけど、やっぱ理子もきつい思いしてんじゃないかな…)

 

その目線の理由を勘違いし、彼女を巻き込みたくないと改めて決意する修一。

 

椅子に座ってプリントを書き始めようとした理子を修一は止めに入った。

 

「理子、待て」

 

「ん?」

 

「俺から誘う」

 

「…ん?」

 

「だから、お前から俺を誘うんじゃなくて、俺からお前を誘うから。お前が誘ったわけじゃない。いいな?」

 

「…?…うん、まぁ、一緒に出来るならいいけど…?」

 

理子は、なぜかふんと気合いを入れる修一の行動に疑問に思いつつもとりあえず修一の言う通り前を向く。そしてぽんぽんと肩を叩かれた。

 

「…あ、アノ、リコサン?い、イッショニやりまセンカ?」

 

「なんで理子にコミュ障発揮してんの…?」

 

「………」

 

修一から声をかけるということ自体初めてだと気づいた修一はカチカチに固まってしまった。その様子を的確に突っ込んだ理子の言葉に修一は…

 

「あ、本気でヘコんでる…!?う、うん!やろう!理子と誘ってくれてありがとしゅーちゃん!ぷ、プリント理子が書いてあげるから元気出して!」

 

理子の言葉に思い切り項垂れる修一に慌ててフォローをかける理子。

そのフォローが逆に修一の胸にズンと重くのしかかった。

 

(あ、あれ…自立しようとした矢先これかよ…?理子に失望されてないかな…ぅ、うぁぁ…)

 

「えっと最初の項目は…えっと、『頼れる人はいますか?』」

 

「…ふん、お前なんかに頼らなくても俺一人でなんとか出来る!」

 

「えぇ!?ど、どしたのしゅーちゃん!?」

 

「ふんだ!理子なんて知るかっ!」

 

「えぇ!?」

 

プリントに書かれた内容を読んだ理子に修一は冷たく返す。さ

ヘコんだ理由は分かってもふん!と腕を組んでよそを向く修一は理解できなかった理子はその様子にただただ首をかしげる。

そして…

 

(な、なんでしゅーちゃん理子と組むの嫌そうなの…?ま、まさか本気で理子に飽きてきてる…!?や、やばいよこれ…なんとかしないと!)

 

 

それぞれさらに誤解が深まってしまったことを、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

『そういえばこの時の修一ってなんで怒ってたんだろ…?…後で聞いてみよっと。

 

 

あーあ、早く帰ってこないかな〜』

 

 

 




50話おめでとう、銀p。


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2.岡崎 修一はただ理子に好かれたい

1のあらすじ

銀髪妹枠 黒髪和風美人枠 金髪メイド枠…金髪彼女枠?

…増えたなぁ

#お待たせしました!


『生徒は誘われる側と誘う側に分かれている』と修一は思っている。

 

もちろん上位は誘われる側だ。誘うわれるということはつまり一緒に居たいと思われていることであり、好意があることをアピールしてくれていると取っていいだろう。女子からの誘いたらば尚更自分に気があるのだと判断してよし。

 

誘われることは全くなかったからこその修一の持論である。一年生から今まで『誘われる、話しかけられる、好意的に接してもらう』などのリア充要素皆無であった修一だからこそ悟った論理だ。

 

 

 

 

そんな彼だからこそ…

 

 

 

 

「しゅーちゃん、放課後どうする?商店街にでも遊びに行こうか♫」

 

 

この何気ない会話が死ぬほど嬉しかった。終わりの挨拶をして理子を見ていたらこちらにくるりと振り返ってくれたのが堪らなく嬉しかった。

 

「…ありがとうございます」

 

「え、なにが??…てか何で敬語?」

 

「いや、なんでもね」

 

「あー、行くか商店街。俺買いたいゲームあるわ」

 

「おーじゃあ付き合うよ。理子も借りたいCDあるから付き合ってね♫」

 

「うい」

 

放課後。教師のまとめも終わりそれぞれが専門科へと移動し始める中、理子は自然な動作で修一の元へやって来た。

その動作はごくごく自然な動きで、するっと人ごみを抜けて一目散にやって来るその様子に修一は思わず涙ぐみそうになってしまっていた。

 

数人の男子生徒が理子を追うように目線を動かし、その行き先が彼であることに「はぁ…」と落胆している。前まで修一にちょっかいを出していた連中もその様子に歯ぎしりしていた。

 

修一自身それをチラと見てまた嬉しくなってしまっていたのだが、その喜びが目の前でニコニコと笑ってくれる彼女のおかげだと再認識していた。

 

(全部こいつのおかげ…だもんな。やっぱり理子に嫌われないようにしないと…!)

 

そう心に改めて決意していた。彼女から見放されないために、彼女が自分のこと好きになってくれたあの時の自分に戻るために。

 

「じゃ、行こっか」

 

「うい」

 

修一が準備を終えるのを見て理子もぴょんと机から飛び降りる。未だ教室に残る生徒が二人の並んでいる姿に違和感や嫉妬を覚えつつ見送っていたがのだが当の本人たちは気づいていない。

 

 

 

そんなことを気にする余裕などないのだ。

 

 

 

((…もう放課後になっちゃったけど…))

 

 

二人並んで廊下を歩く。それぞれが目を合わせないように気をつけつつお互いの顔をチラチラ見ながら、心の中で決意していた。

 

(絶対にしゅーちゃんに理子の魅力を再確認させてやる!どれだけいい女捕まえたかってことを理解しろよ修一!)

 

(今日中に理子に頼り切らない昔の俺に戻ってやるんだ。…そしたら理子がまた俺を頼ってくれるはず…!理子に好かれる男になれ修一!)

 

 

それぞれの思惑は正反対であったが、とにかく放課後デートがスタートしたのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

それぞれ一度家に帰った後、集合ということになった。

 

 

 

(メイクよし、服装完璧、身だしなみ…オッケー♫)

 

先に着いた理子は手鏡を取り出しよしと頷いた。

 

 化粧は完璧、制服だった服装も外行き用に変えて、昔最も修一がいい反応をした白いシャツに黒いブレザー、赤いチェックのスカートにしてある。そのオシャレな格好は元々の顔立ちも整っているのもあり、道行く男子の視線をチラと向かせていた。近くを歩くカップルが喧嘩を始めてしまうほどに今日の理子の気合はバッチリである。

 

 しかし本人は視線など気にもしていなかった。彼女の脳内ではこれから来る彼氏のことで一杯である。

 

(今日でしゅーちゃんがどれだけいい人と付き合ってるかってのを分からせてやるんだから…!覚悟しろよしゅーちゃん!…あ!!)

 

拳をぐっと握った彼女の前に見慣れた彼が見えた。理子はさっそくとばかりに笑顔で彼に手を振った。

 

「あ!しゅーちゃ〜ん!こっちこーー」

 

「ん!?あ、おぉぉぉぉぉぉい!!理子さん待たせたなぁ!!」

 

「へ!?」

 

手を挙げたまま、理子は固まってしまった。

待ちに待った彼氏がやって来てくれた。…のだが、

 

「ようやく会えた!30分ぶりだなぁ!俺は早く会いたくて会いたくて仕方なかったゼェ!!」

 

「え、う、うん。まぁ、理子も、会いたかった、けど…?」

 

 

何か様子がおかしい。

 

同居人の銀髪に言われて着たであろうオシャレな服装をした彼は、なぜか遠くからハイテンションでやって来た。

 

もちろんこんなことするタイプの男ではない。いつもなら「おー」などとテキトーに返事してその後のデートもなんとなくで終わらせるような基本ダメ男なのだ。

 

「いやー!そっかそっか!!んじゃあ楽しいデートに行きますかぁ!!」

 

「え、あ、うん…?」

 

自分の意気込みよりも激しい行動に思わずたじろぐ理子。修一がここまでよくわからない行動をするのは久々だった。

 

(え…何これなになにこれなに!?しゅーちゃんどうしたの!?…え、えぇ??)

 

爆破事件を起こしても警察に捕まることのなく逃げ切れるほどの知力のある彼女でもこのたった一人の男の考えていることが理解できない。

 

修一はそんな理子の様子も全く見ず、高笑いしながら理子の肩に手を回した。

 

「え!?修、ちょ、かた、肩に!?」

 

「さぁ行こうか理子!ラブラブな様子をみんなに見せつけつつ街を闊歩しようぜ!さぁさぁ!」

 

「え、あ、ん…。…うん」

 

(明らかにおかしい…明らかにおかしい…けど、これはちょっと嬉しいかも…)

 

日頃全く男らしくない彼がまるで殻から出てきた様に男らしくなった。ガシッと掴まれた肩が熱くなっている。いつも自分からくっついていただけにカウンターはかなり効いたようだ。

 

 

そんな好感度が激上がりしている彼女の横で…

 

 

(うん、こんな感じ…だよな?理子とデートなんて昔じゃ考えられないし…テンションバカ上がりするよな。…間違ってないよね?)

 

 

本人は内心頭を抱えていたのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

「今109学割で10%引きだって!」

 

「よし、二枚巻け」

 

「くふ、そんなのズルだからダメ〜♩」

 

 二人がやって来たのは渋谷にある109だ。中には化粧品や服などを販売するオシャレな店がかなりの数存在する。そのほとんどが女子向けの物が多く、休みの今日、行き交う人の大半は若い女子だった。

 

 入り口の前に立っている女性が理子の腕に紙を巻いた。これを店の店員に見せることで商品が割引される仕組みになっていた。

 

「場違い感半端ねぇ…」

 

「そう?彼氏彼女ばっかりじゃん」

 

「お?…おお!そーだったな!堂々としていいんだ俺は!!」

 

中に入ると放課後の時間とあって混雑する店内のほとんどが学生だった。化粧水や服、時計など男女ともに楽しめるこの場所はデートするのにも適しているらしい。その学生のほとんどが男女二人グループだった。

 

「くふ、見て見て!理子可愛いでしょ〜!」

 

一回奥にある化粧品コーナー。ここには様々な香りやメーカーの香水が100種類以上も存在している。もちろん香水だけでなく女の子が好みそうなアクセサリーなども展示してあった。

 

理子はそのアクセサリーの中から一つを取り出すと、首につけ修一のほうにクルリと向いた。

 

(ふふん、ちゃんと理子に一番似合う物選んできたんだもんね!…ま、これくらいじゃ「おー似合う似合う、買えば?」なんて簡単に返されちゃうだろうけど…)

 

「おう!可愛い!世界一だ!」

 

「え!?」

 

内心苦笑いしていた理子だったが修一は再び変なテンションで理子へと近づく。思わず辺な声が出てしまい少し恥ずかしくなりながらも理子は確認するように修一の言葉を反復する。

 

「え、え、理子…かわいい?ほんと?」

 

「ほんとほんと!いやぁいーねいーね最高だ!こんな可愛い子が俺の彼女なんて俺幸せだわ〜!」

 

「そ、そう…?えへへ…」

 

修一の行動にいろいろ思うところがあったが、その真っ直ぐな言葉に思わずにやけてしまう理子。ちょろいな自分と理解しながらもどうしても口元が緩んでしまう。

 

(なんか理子別になにもしなくても良くない?修一ってば理子のこと超好きじゃん!)

 

などと考え始める、そんな中…

 

「よし理子!俺がそれ買ってやろう!!」

 

「…へ?」

 

修一が突然ありえないことを言い出した。

 

 

彼は最もお金を愛するセコ男であり、彼が奢るなんて考えられない。今まで最も近くにいた彼女だからこそ確信できるだけに驚いてしまった。

 

「しゅ、しゅーちゃん…どうしたの?奢るってそんな、別に買ってもらう気は全然ーー」

 

「あとそれも欲しいって言ってたな買ってやる!あとそれとそれだな!……お金大丈夫かな?……いや買ってやる!!!」

 

「い、いや本当にいいから!え、なに、なんでそんなこと突然ーー」

 

「いいんだ何も気にするな!俺からの気持ちだ!ほら、他になんかあったら言え!買ってやるから!!」

 

「あ…」

 

断りを入れる理子だったが、修一はそんなことも聞かず「あ、あれもいいよな!」と、よくわからないであろう化粧品コーナーへと走り出して行ってしまった。ザワザワと騒がしい人混み、伸ばした手が空を切る中理子は…

 

 

(あぁ…そーだった。)

 

先ほどの高揚した感情が、落ち着きを取り戻していた。

 

(今の修一ってなんかおかしいんだった。…理子のことを好きだとか可愛いとか普通言わないもんね…。どうしたんだろ?…理子がなにかしちゃったのかなぁ…?)

 

今まで言われた嬉しかった言葉も、本心なのかわからなくなってしまった理子は、下唇を噛んだ。

 

彼が無理しているのがあからさまに分かってしまう。

 

そんなに無理をしている理由が理子には全くわからない。

 

(…なんか、楽しくないなぁ…)

 

 

彼氏が何を考えているのかわからない。

 

 

それがたまらなく怖くて、嫌で、寂しかった。

 

 

お金が足りなかったのか泣きながら商品を返す修一を見ながら、理子は、はぁと溜息をついた。

 

 

 




遅くなりました!本当はこれで終わりにする予定だったのですが、長くなったので二つに分割しました。

ps.主人公のランクが低い理由についてたくさんのメールや感想をいただきました。設定として弱すぎたかなと自分でも少し思っていたので少しだけ変更しました。『外伝 1 VSランク ① [試験前の夜は徹夜だよな』にセリフを付け足しましたので読んでいただけると嬉しいです。

https://novel.syosetu.org/77854/


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3.2人はただ、手を繋ぎたい

2のあらすじ
「理子に頼りすぎだと感じ、自立しようとする修一
修一にもっと好かれようとする理子。

そんな2人に少しだけ亀裂が入った…。」


デートが始まってしばらく…。

 

(しゅーちゃんの様子が変…どうしてだろう…?)

 

修一の変化の意味が分からないまま、デートは続き…またさらに数十分が経過した時--

 

「理子お姉様!!」

 

「おーりんりん!久しぶりー!」

 

109の二階、女子向けの服などが展示されている場所に見慣れた学生服を着た女子武偵がこちらに手を振っていた。

 

身長140cmほどの小さな武偵。りんりんという愛称で呼ばれる理子の元戦妹。

 

島麒麟である。

 

「…あぁ、先輩もいたんですのね」

 

「おうロリ理子。相変わらず男子と女子の扱いがわかりやすいなお前」

 

「貴方だけは更に特別ですの。い〜っだ!!」

 

修一に対して歯を大きく見せ威嚇してくる麒麟。いつも通りのその対応だったので修一も特に気にした様子もない。

 

「まーた変なぬいぐるみ持ってんな。ジョンさん三号は元気か?」

 

「ジョナサン三号ですの!!…ええ、汚れていたのでちゃんと洗って枕元に置いてますわよ!」

 

「そうかそうか、今度見に行くわ」

 

「絶対入れないんですの!」

 

いつも通りのやり取りをしつつこんなもんかと適当に切り上げようとした修一だったがーー

 

気づいた。

 

 

こいつは昔、理子の戦妹であり、自分より長年彼女といたことを。

 

つまりこいつが、一番の()()()()()であるということを。

 

「…おいちょっとこっち来いチビ理子!」

 

「な、なんですのいきなり…!貴方と慣れ合う気は全く、というか、いい加減名前で呼ん――」

 

「いいから聞けって。あのな実はかくかくしかじかで…」

 

理子から距離を置いて麒麟をグイッと引き寄せると、理子に聞こえないように耳元で事情を話す。最初嫌そうにしていた麒麟だったが、とりあえず聞きはしてくれるらしい。事情を全て聞き終えると、麒麟は「はぁ」とため息をついた。

 

「まぁ、事情はわかりましたの。…で、それになんで麒麟がお手伝いしなくてはいけないんですの?正直関係ありませんし、あなたとお姉さまがいい関係になっても麒麟にメリットなどないですし」

 

「う…そ、それは…」

 

麒麟の返答に確かにと頷いてしまう修一。自分のことばかりで人のことを考えていなかったかと少し反省してしまった。

 

元々仲がいいとは言えない関係だし、しょうがないような。と諦めると麒麟を開放する。…しかし、修一にはもう打つ手がない。「はぁ…」と長くため息をついている。

 

 

あからさまな落ち込みではあったものの、麒麟はジト目で見ながら…

 

「……で、作戦はどんな感じですの??」

 

「え?」

 

「だ!か!ら!理子お姉さまを喜ばせたいんですわよね!だったら何か今まででしたのでしょう?それを教えてくださいって言ってるんですのよ!」

 

協力、するらしい。

 

「…おぉ、じつはね!」

 

麒麟の意図は全く理解できていない修一であったが、協力してくれるというのなら無理に聞くこともない。修一は彼女にすべてを話しつつ、協力してもらうことにしたのだった。

 

 

 

――それから数10分後、理子の元へ麒麟だけがやって来た。

 

 

「理子お姉様!!」

 

「…ん?なぁにさりんりん??」

 

「--あれ?お姉様、何か怒ってますの?」

 

「んにゃ、ぜーんぜん?…ていうかしゅーちゃんといつの間に仲良くなったの?」

 

「え?

 

 

 

…あー…。」

 

 

 

「なにさ、ニヤニヤして…?というより早く答え――」

 

「いえいえ。お姉さまも変わったなぁと思いまして」

 

「へ?」

 

「…うふふ。私はあの男とは何の関わりもありません。それよりお姉さま、実はあの岡崎修一に関して耳よりな情報が…()()()()()()()()

 

「!?…詳しく!」

 

 

 

―――さらに10分後、理子は離れて待っていた修一の元へ向かっていた。修一は何故がふふんと唇を尖らせている。

 

「…しゅーちゃん?」

 

「お、よしよし来たか理子。ーーああ、待て待て。まず何かいう前に俺の言葉を聞け、いいか?

 

麒麟からいろいろ聞いただろうがそれはすべて…()()()()()だぜ!!俺はそんなことを簡単にできる男だったんだ!!」

 

「…………ふーん……あっそ、このクソ」

 

「いってぇぇぇぇ!!??」

 

ドヤ顔で語る修一にフルスイングの蹴りが放たれた。突然の蹴りに受け身も取れなかった修一は壁に思い切り叩き込まれる。

 

「ふんだ、しゅーちゃんのバァァカ!!」

 

 

 

 

 

「おい麒麟テメェ!何言いやがった!?俺はお前が『俺の武勇伝を女子がきゅんとする感じで伝えてきてくれる』って言うから言葉構えて待ってたのに!!」

 

「ふん、知らないんですのそんなこと。今さら()()()()()()()()()()()()()からちょっといじめたくなりましたの。ほらほら、早く追いかけないと彼氏失格でしてよ~」

 

「くそっ!お前覚えとけよーー!!」

 

 

(麒麟が貴方と少し話していただけであそこまであからさまに嫉妬した時点で、あなたのことがどれくらい好きなのかなんて私には簡単にわかるんですのよ?なにかお互いに変なこと考えている様子でしたけど…)

 

「ま、あんな感じの2人なら大丈夫でしょうし、若い二人だけで解決することですしね」

 

麒麟は口笛を吹きながら二人とは反対方向へ、機嫌良さそうに歩いていくのだった。

 

(今のお姉様の方が心から楽しんでるのがわかって麒麟も嬉しいのですけど…その原因があの男だというのは認めたくないのですわね…)

 

 

…途中近くの壁を蹴っていたが、上機嫌…なのだ。

 

 

 ーーーーー

 

「おい待てって!」

 

「しゅーちゃんのバカ!!」

 

「…へ?」

 

やっとのことで捕まえた理子は何故か涙目になっていた。

 

そして、彼女の抱え込んでいた感情が溢れ出す。

 

「なんで、なんで今日そんなに変なの!?理子が何かしたからそんななの!?言ってくれないとわかんないよ、ねぇ!!」

 

「は?…はぁ!?」

 

修一の変化を考えたところでもう分からない、というよりこのもやもやを抱えたままデートを続けたくなかった。

 

突然のとんでもない質問に、修一は思わず驚き見る。

 

(え、なんか冗談臭くないんだけど何かの反応!?え、なに、なんで!?)

 

「なんか今日のしゅーちゃんは変なの!無駄にテンション高いし、変に奢るし、変に優しいし!…いやまぁ変に優しいとこはいつも通りだけど…そうじゃなくて!!」

 

「…え、そんな彼氏が欲しいって毎度毎度俺に言ってなかったか??」

 

「そうだけど違う!!理子の理想はそうだけどそうじゃないのーー!!」

 

「???」

 

理子のワガママのような言い分に流石の修一も首をかしげた。

 

 

「ーー理子は、

 

いつものしゅーちゃんがいいの!」

 

「…え」

 

「来るときはメンドくさそうでもいいし、お金にセコくて、私に奢ろうとなんてしなくていいし、

 

 

いつも通りのしゅーちゃんが好きなのに変にならないでよ!!」

 

 

「………あー」

 

理子の言葉に、修一は、ようやく気づいた。

 

 

彼女の考えていたこと、そして、自分がやってきたことのズレを。

 

「理子」

 

「…なに?」

 

「その訳を、全て話します」

 

「…わけ??」

 

ーーーーー

 

「…ムカシノジブンニモドリタカッタ?」

 

「おう、昔の俺っぽく振る舞いたかったんだ」

 

しばらく、

 

修一は理子に全て伝えた。自分が彼女に好かれるために行ったということ、昔の自分に戻って彼女に頼らない男になりたかったということ。

 

目を点にして聞いていた理子は思わず溜息を吐いた。

 

「そ、そんなことに右往左往した私って…」

 

「これでも色々考えたんだよ。俺なりに。今までの俺じゃダメだって。もっとお前に見合う俺にならなきゃって…」

 

「厨二乙」

 

「うっせ」

 

「…くふ」

 

恥ずかしそうに訳を話す修一に、理子は思わず吹き出してしまった。今まで考えていたごちゃごちゃした何かが吹っ切れたように心がすっきりしている。

 

「あのね、理子も色々考えてたの」

 

「…?」

 

「最近、しゅーちゃん全然理子とスキンシップ取ってくれなくなったじゃん。付き合ってるのに付き合ってるようなこと全然してくれないし、デートもやる気ないし…。だから理子に飽きちゃったのかなぁって思ってたんだよね」

 

「…そ、そんなことあるわけないだろ!」

 

「ん、今はそう信じれるよ。でもやっぱ、そっちの事情聞くまでは不安だったなぁ」

 

「……すまん」

 

「ん、許す。…だからまぁ、今回はお互い様ってことでいいんじゃないかな」

 

「理子もこれから、修一のことで悩んだらまず言うよ。だからさ、修一も変に理子に好かれようとしないで。お互い自然な付き合いをしようよ」

 

「…あぁ、そだな」

 

「うん、決まり!じゃーこれで今回のことはもうチャラね!」

 

「おう!わかった!」

 

 

こうして、2人はまた、元の関係に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー仲直りをした瞬間、理子の中で今まで我慢していた分の衝動が湧き出てきた。

 

「あ〜あ〜なんか怒った後って寒くなるよね〜()()()()()()()()()()

 

な〜んか温めてくれるものないかなぁ〜??」

 

「…っ」

 

理子が、あからさまな言葉を発しながら()()()()()()()()()()()()()()()()。先ほどの話から察するにーー?と修一は彼女の求めることがわかって少しだけ恥ずかしくなった。

 

「……あ、その、理子さん」

 

「んん?なにかなしゅーちゃん?」

 

理子からはなにも言わない。これは彼から言わないとダメなのだ。

 

「まぁその…なんだ。

 

 

 

……寒いし、その、体冷えたら風邪引くし、あの…

 

 

 

て、手を繋いで帰らないか?ーーその、体がひえー」

 

「うん!帰る帰る!!くふ、しゅーちゃんの手冷た〜い!」

 

修一が言い合えるより早く、理子は待ちきれないとばかりに修一の手を握る。元闇組織にいたはずの手は、とても綺麗で柔らかかった。

 

「ーー心があったかい証拠だ」

 

「…うん!しゅーちゃん、あったかーい!」

 

楽しそうに笑う理子。そんな彼女を横に修一は駅の方へと向かっていく。

 

 

「えへへ〜♩」と楽しそうに笑いながらスキップしながら歩く隣の彼女に、修一は

 

 

どうしても言いたいことが出来てしまった。

 

「………なぁ理子」

 

 

「ん、なぁに?」

 

 

「その…だな…」

 

 

 

楽しそうに笑う理子の横顔。修一はそれを見て口を開いたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

「…くふ、懐かしい」

 

とある一軒家。快晴の空の下、彼女は掃除の際に見つけた大きなアルバムをパラパラとめくっていた。

 

そこには()()()()()()()の二人の思い出が詰まっている。

 

彼女の左手には、指輪が付けられていた。

 

「--お、なに見てんだ?」

 

「あ、おかえりしゅーちゃん!ほらアルバム!武偵高校の時のデート写真見つけたの!」

 

「へぇ、懐かしいな。…あ〜確かこの時お前泣かせちまったっけ」

 

「あの時の修一、全然理子に構ってくれなかったよね」

 

「その…あんときは、必死だったんだよ」

 

 修一は懐かしながらソファに座る。理子はその隣に座ると肩に頭を預けた。

 

「悪かったって。もう時効だろ??」

 

「う〜ん、プリン一個かな」

 

「はいはい。…買い物行ったら買おうな」

 

「うん!三個入りを買おうね!」

 

「ほいほい」

 

「あ、あとトイレットペーパー!1人1つしか買えないから付き合って!」

 

「ほいほい」

 

「あとねあとね…」

 

「あーもう分かったっつの!いくらでも買い物付き合ってやるから、ノートにでも書いとけ!」

 

「くふ、はーい♫」

 

 

 パタンとアルバムを閉じ夫へもたれかかる理子。そんな彼女の頭に手を乗せようとして…

 

 

「ってしまった!!こんなゆっくりしてる時間ないんだった!もう家出ようぜ!」

 

「へ?なんで?」

 

慌てて立ち上がった。きょとんとする理子に修一は拳を握り高らかに宣言する。

 

 

 

 

 

「なんでって()()()()が始まっちまうじゃねーか!!」

 

 

 

「…あ〜」

 

 修一は鼻息を荒くしながら時計を指差す。もう少しで正午、彼のいう授業参観まではあと長い針が二周しないといけない。正直、まだまだ時間の猶予はあった。

 

 

 その時計の下の棚に置かれた()()写真には、3人の笑った顔が写されている。

 

 

「まだ時間あるから大丈夫だって、ゆっくりしてこ?」

 

「ばっかお前!いい位置確保するには早めに行かないとダメだろうが!娘の可愛い姿をベストポジションから撮るのは父親の務めだろうが!!」

 

「お花見じゃないんだから場所取りなんてしなくて大丈夫なのに…」

 

「大丈夫じゃないの!俺はあいつの勇姿を一番近くで見たいんだよ!」

 

「はいはい、もーわかりました。じゃ、行こっか!」

 

「おう!いやぁ楽しみだな!」

 

「親バカなんだから…もう」

 

今から行くと決まり、ドタバタと自分の部屋に戻って行く修一。おそらく自分の服を選びに行ったのだろう。

理子もそんな修一を微笑ましく見ながら自分の支度を始める。

 

15分ほどで支度を済ませ、玄関に向かうと、すでに修一は靴を履いて待っていた。

 

「遅いって理子!カメラ持った!?充電ちゃんとしてる!?本番に使えないとかなったら近くに買いに行くぞ!?」

 

「してるしてる。ほらカメラ持って、あとネクタイもズレてるから動かないで」

 

「高画質撮影しような!拡大?して美肌効果?…つけてな!ちゃんと撮るんだ、俺が!!」

 

「うん、カメラは理子がするから触らないでねしゅーちゃん、絶対」

 

「お、いいのか?わかった!うっし、出発だ〜!」

 

「子供みたいにはしゃいで…」

 

「いいじゃねーか!昨日帰ってきたばっかで寝顔しか見れてないんだからよ!…楽しみだなぁ!!」

 

「くふ、そうだね♫」

 

もういい歳のはずだが、落ち着く様子すらない。理子は靴を履き、外で待っている彼の元へ急いだ。

 

「お待たせ〜じゃ、行こっか!…っと、修一??」

 

ーー外に出ると、修一は空を見上げ、立ち止まっていた。先ほどまで騒がしいほどだったからが急に落ち着いたことに理子は首をかしげた。

 

「あー…なぁ、理子?」

 

「ん?」

 

「その、まだ時間たくさんあるわけで急がなくていいわけですね?」

 

「うん、そうだね…?」

 

「だからつまり、車で行かなくても十分に間に合うわけです」

 

「え、歩いていきたいの?」

 

「いや、そう…なんだけど、そうじゃなくてだな」

 

「??」

 

何故か言葉足らずな修一。確かに学校までは歩いて30分程度。この時間からなら十分に間に合うのだが。

 

基本メンドくさがりな修一がそうする意味がよく分からなかった。

 

 

意味がわからずただ彼の言葉を待つ理子に、修一は決意した顔でこう言った。

 

「て、手、繋いで…歩いて行かないか?」

 

「…!!う、うん!歩いて行こう!!」

 

彼なりの、約束の守りかただったらしい。

 

理子は嬉しさがこみ上げ、顔のニヤニヤを止められないまま修一にドンと抱きついた。驚く修一の手を握る。

 

「くふ、しゅーちゃんの手冷た〜い!」

 

「心があったかい証拠だ」

 

「…本当だ♫あったかーい!」

 

修一も、あのアルバムの写真を見て思い出したのだろう。あの時と同じ言葉を繰り返す。

 

 

そして、()()()()も思い出した。

 

「…なぁ理子」

 

「くふ、なぁに?」

 

 

あの時言った言葉を、10年以上経った今でも言えると改めて確信し、口を開いた。

 

 

『「これからもよろしく」』

 

 

 

 

 

『「ーーうん♫こちらこそよろしくね!!」』

 

 

 

 

 

二人の影が細い線で重なり合い、一つの影になる。

 

 

 

 

 

 

 

頬を赤くしながらも笑う二人に、学生時代の二人が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

おまけ

 

 

 時間が空きまくったので、DVDショップに訪れた二人。理子が会計をしている最中の様子。

 

「ありがとうございました。…ビートルズがお好きなんですか?」

 

「え?あっはい。分かりますか?」

 

「分かりますよ。その腕のってビートルズ商品ですよね!」

 

「おぉー!これに気づくってことはあなたも中々…!」

 

店員と楽しそうに話し始める理子。

 

「…なぁおい」

 

「ん?どったの修一」

 

「…その話長くなるか?」

 

「え?いや特に…どしたの?」

 

「いや、なんでも。…でもほらあれだよ。早く行こうぜ。席がなくなるだろ」

 

「え、まだ大丈夫じゃ…」

 

「いいから早くしろよ」

 

「…あ。…くふ」

 

「なんだよその笑い方。気持ち悪い」

 

「いやいや、そっかそっか。はーい、すぐ行きまーす!!」

 

(くふ、可愛いとこあるじゃん…)

 

 

 

それから、理子のニヤニヤはしばらく収まらなかったらしい。




お久しぶりです。番外編これにて完結となります。

感想欄で「セーラが可愛い!」と言ってくださった皆さん、本当にありがとうございます!自分的にセーラは理子と同じくらい好きなキャラなので皆さんと共有できたことがとても嬉しく感じています!


ではでは!


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1.サイカイのいない日常(短編)

短編…というのでしょうか?5000字以内程度で読み終わるコンパクトな話を書いてみようという企画の方が理子とのデート編よりも先に完成しましたので先に投稿します。…あちらのラストはもうしばらくお待ちください。



サイカイは隣の武偵高校へと研修に行った。たった3日間の短い研修期間。

 

 

これはそんなたった数日間の些細なお話。

 

 

 

 

 

 

「………ぶすぅ…」

 

「……?」

 

武偵高校2-Aに滞在するA子がいた。彼女は特に大した設定もないが、ただ、理子の友達である。

 

2年ほどの理子の同級生をしていたA子は彼女が昨日から頬を膨らませ足をブンブンしている様子を見て違和感を覚えていた。

 

(…なんか、理子ちゃんすごく機嫌悪い…??)

 

「りーこーちゃん?どうしたの??」

 

「…つまんない」

 

「え?」

 

「いつもと同じ授業受けて、いつもと同じトレーニングしてるのに…なーんかつまんなーい!」

 

まるで駄々をこねる子供の様に体をブンブン振る理子。唇を「3」にして今にも暴れだしそうだ。

 

「どうしてだろう…?あ」

 

A子はチラと端の机を見る。いつもと昨日、今日の違いを思い返すと、昨日から一度も座られない椅子と机が目に入った。

 

「もしかして、彼がいないから?」

 

「…そーなのかなぁ…」

 

「会ってないの?」

 

「んーん、昨日(きのう)駅まで送って行ったよ。今も1時間おきにラインしてる〜…」

 

「全然寂しくないじゃん…」

 

いい時代になったなあとA子は思う。そう、最近理子が何故かくっ付いている男がいる。クラス中から忌み嫌われる存在である彼にどうして自ら近づいて行くのかA子にも分からないでいた。どうして理子がここまで執着するのかを考えるA子の横で理子は「あーあ!」と腕を伸ばした。

 

「もうさ〜ここまで男いなくて寂しくなるとさ〜他の男で埋め合わせしてやろっかなって気になるよね〜。キー君とか簡単に捕まりそうだし〜」

 

口元に右手を添えケラケラと笑う理子。やっといつも通りに戻ったとA子は喜んでうんと頷いた。

 

「うん、それがいいよ!それこそ理子ちゃんらしいし!!」

 

「…だよねー。やっぱこれが理子らしいよね〜…」

 

「あ、あれ?」

 

いつも男子を手玉に取り、事あるごとに男を弄ぶ。その小さな容姿とぶりっ子のギャル思考な彼女が、何故か「はぁ…」とまた落ち込んでいた。

 

机から動かずまた落ち込んでいく理子。どうやらキンジのところへ行く気はないらしい。

 

「…はぁ〜、早く会いたいなぁ」

 

「そんなに会いたならせめて電話でもしたらいいじゃん?」

 

「んー…30分前にした〜」

 

「どれだけ好きなのさ」

 

「…えへへ〜」

 

ぶすっとしていた顔が一気に緩くなった。机にだらんとさせたままだがこちらに顔をむけニヤニヤしている。同性であるA子でさえこの子動物を愛らしさに抱きしめたくなってしまった。

 

「でも流石に電話しすぎたかな…って。嫌われたら…やだなぁって」

 

(やだ、可愛いかよ…)

 

だらんとしたままおそらく本音を言う彼女にA子は興奮を隠せない。今までの峰理子のイメージと全く違う今の理子の方がちょー可愛い!と内心テンションが上がっていたのだった。

 

「ま、でも電話したいなら我慢しなくてもいいんじゃない?あとでどうせするなら今しといても一緒、一緒!自分の好きな様にしたらいいんじゃない?」

 

「んー…ん、よし、そだね!ありがとA子ちゃん!理子電話してくる〜!」

 

結局どうしてもしたかったのだろう。A子が軽く後押しすると、瞬間にピュー!と声に出しながら教室を抜け出して行った。そんな理子に手を振るA子。彼女は誰もいない二つの机を交互に見て、「羨ましい…」と呟くのだった。

 

A子の恋愛歴は0年であったのだった…。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

岡崎家、リビング。研修2日目の朝。

 

「……」

 

隣高校といってもかなりの駅を超えた先だ。ここの家主はあちらの高校で三日間だけ寮を借りて生活することになっていた。

 

よってここには同居人、もとい居候の銀髪元傭兵のみが存在している。

 

彼女は目を覚めると、しばらくぼーっとする。朝が弱いわけではないが、起きる理由がない今、どうしたものかと考えていた。

 

「…………」

 

結局、また寝ることもできなかった彼女は起き上がった。朝の光があまり差し込まない静寂の中をゆっくり歩き、シャワールームへとのそのそ入っていった。

 

「…………………」

 

朝のシャワーを浴び終わったらしーんと静まりかえった室内を歩き、テレビをつける。しばらく髪を乾かしながらそのよくわからないバラエテイを見ていたが…特に興味がないにも関わらず彼女は音量をぐんとあげた。

 

「……………………………」

 

5分ほど意味なく見続けた後、特に内容が頭に入っていないまま台所へと移動する。ガチャリと空けた冷蔵庫の中には3日分のごはんが入っていた。その中の一つと、彼女の好物であり自分のお小遣いで買ったブロッコリーを取り出し、一人だと大きすぎるテーブルに乗せる。

 

「……………………………………」

 

しゃくしゃくと噛む音が部屋に響く。無心でただ手を動かす作業をしているといつの間にか今日1日分を予定していたブロッコリーを全て食べてしまった。いつもなら家主が怒ってくるのだが、今回はそんなことはない。お金はたんまりあるし、また買い直せばいい。

 

 

久々の自由がそこにあった。

 

 

 

 

 

…のだが。

 

 

 

 

 

 

「……………………………………馬鹿馬鹿しい」

 

 

最近買ってもらった彼女用の携帯。まだ知り合いに誰も教えられていないその携帯に、唯一ある電話番号を押す。買ってくれた張本人が「おお、一番最初が俺になるな!」と入れてくれた電話番号。それを押し終わり、通話のプッシュボタンを押そうとーーした親指が一度ピタリと止まる。

 

「…………いい、のかな……」

 

それから1度指が離れ…再び決心し押そうと進み…また止まり、離れる。

 

ただ一つのボタンを押せない。そんな経験を初めてした彼女はもう諦めると携帯をソファに投げる。

 

 

 

特徴的なアホ毛がしゅんと垂れていた。

 

 

ーーーーー

 

 

「あ、リサじゃーん!やっほー!!」

 

「理子さん。こんにちは」

 

 

電話をかけようと教室を出た理子の目の前にリサが現れた。

 

「リサが学校にいるのって珍しいね〜!どうしたの??」

 

「はい、修一くんの昨日の活動記録を学校側に提出しに。慣れない環境では色々と不手際がありますから。主人にはメイドが()()そばに居てお世話しないとダメですから」

 

「…一番…」

 

「はい。もちろん昨日もご奉仕に向かわせていただきました。彼は()()()()()()()ダメになっちゃいますから♫」

 

楽しそうに話すリサに思わず下唇を噛んでしまう理子。理子は手に持った携帯をギュッと握りしめると強気を見せようと胸を張った。

 

どこかで、カァァァン!とゴングの鐘が鳴った様な気がした。

 

「へ、へー…うん、そっかー。理子もねー今日しゅーちゃんと話したよ〜?しゅーちゃん()()電話がちょくちょくきてさ〜。あー困ったもんだよね〜!寂しがりやな彼氏持っちゃうと参っちゃう〜!」

 

「…。ええ、修一くんは寂しがりやなのは知っていますが、そうですかそうですか、それはよかったです♫…ところでリサ、実はそんな寂しがり屋な修一くんに()()()()()()()()()()()()、お世話に行くところなんですよ」

 

「ふーん、でも過保護すぎる女子が近くにいたら面倒だって男子多いよね〜?しゅーちゃんもそっちだし、気持ち悪がられる前にやめたらいいんじゃないのー?」

 

「いえいえ。修くんはいつもリサがお世話すると「ありがとう」と笑顔で言ってくれますから。それに幼馴染ですし()()()()修くんの性格は分かっているかと」

 

「時間が全てじゃないと思うけどな〜。というか、しゅーちゃんが人に命令する様な人じゃないってわかってない時点で()()()()理解してるわけなくない?」

 

「いえ、結構修くんはお願いしてくれますよ。今日もリサに「膝枕してくれ」と命じられました。リサの膝が一番眠りやすいとーー」

 

「はー?しゅーちゃんがそんなお願いするわけないじゃん()()メイドなんかにさー。ないない、ないって!石の上で寝てる様なものだっての」

 

「ああそういえば修くん、自分から電話なんて滅多にしませんが理子さんにはするんですね!モーイです!…携帯の着信履歴、見せてもらえますか?」

 

「「…………………。」」

 

 

ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ……!!

 

 

顔は笑ってるがお互いにノーガードで殴り合いをしている様な、そんな雰囲気が二人の間を包み込む。周囲を歩く生徒が皆その様子を見て一瞬で逃げ出していた。

 

「…何してるの?」

 

「お?…やっほー!セーラん久しぶり〜!」

 

「ああ、セーラさん。こちらもお久しぶりです」

 

そんな中、唯一この空間に割って入って来た人物はセーラであった。いつもの様に帽子をかぶっていない。

この前買ってもらっていた携帯を首から下げ、暇つぶしに散歩していたところを出くわしたのだった。

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

二人の事情を聞いたセーラは、本心からそう呟くと面倒だからと家に戻るために背を向けた。

そんなセーラを無視して、理子とリサの二人はまた何か言い合いを始めようとするーー

 

 

 

そのとき

 

 

 

prrrrrrrrr!!!prrrrrrrrr!!

 

 

 

突如、着信音が鳴った。

 

3人の目線が一箇所に集まる。

 

 

それは銀髪の彼女が首から下げた、自前の携帯電話。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだった。

 

「…………ふふん」

 

「「…………ッ!!」

 

セーラは携帯電話を手に取ると、勝ち誇った様な、本気のドヤ顔で二人の方へ向き直る。先ほどの二人の言い合いを一応聞いていた彼女は優越感に浸っていた。

 

悔しそうに震える二人。その二人の様子に満足したセーラは一度軽く深呼吸して自分を落ち着かせるとゆっくりとボタンを押した。

 

 

彼女のアホ毛が、まるでゲゲゲの鬼太郎のように突っ立っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「…もしもし、()()?」

 

『おお、セーラ久しぶ…一昨日ぶり!ちゃんと飯食ってるか?』

 

「…うん、まぁ一応。…()()は?」

 

『ま、なんとかしてるわ。…っとそんなことより、ちょっと聞いてくれよ〜。実はまたトラブルに巻き込まれちまって…』

 

「トラブル…??」

「「!?」」

 

セーラが思わず反芻したその言葉に理子とリサの二人がぐいっと顔を近づける。

 

「「セーラ…?」」

 

「………。」

 

事情を話し始める修一。セーラはその話を聞く前に目の前にいる二人の方に視線を移す。

 

な?わかれよ??とニコニコとした顔で暗にそうセーラに伝える二人。ここでなにかヘタなことを言えばろくなことにはならない。

 

その圧に流石の元最強武偵も降参し、携帯のスピーカーをオンにする。これで全員が修一の声を聞けるようになった。

 

『ーーんでな、ちょっとこっちで知り合った奴が厄介なことに巻きこまれてよ〜。まぁ世話になったし…ちょっとだけ力になってやりたくて。だから帰ってくる日が遅くなーー』

「「またかこのクソお節介野郎!!」」

 

『うぇえ!?なな、なに!?』

 

修一が事情を説明する中、二人の怒声が響き渡る。軽く廊下が振動したような錯覚をセーラは感じた。この二人を怒らせるとろくなことにならない。そう昔修一が言っていたことは事実だったのかと再認識していた。

 

ーーが、当の本人は全く気づいていなかった。

 

『え?え?なになに、今の理子と…リサか?なんだなんだお前ら〜いっつの間にセーラと仲良くなったの〜?しゅーちゃんは嬉しーー』

 

「グダグダと余計なこと言ってんじゃねーよ!!一旦黙れ!!」

 

『ふゃい!?』

 

いつものめんど臭い絡みをしようとした修一を一蹴。おそらく電話越しにピシッと気をつけをしているであろう修一を可哀想に思うセーラだった。

 

「おい修一?私の質問に答えろよ、ァア?…お前が、いま、お節介で、助けようとしてる奴は、()か??」

 

『…?なんで性別を気にすーー』

 

「質問にだけ答えろ」

 

『え、あ、はい!…その、あの…えっと…

 

 

女です…』

 

 

ブチリ…!!と理子の何かがキレた。理子はゆっくりとその小さなお腹を膨らませーー

 

 

「今からテメェのとこ行ってそのクソな相談事パパッと終わらせてやっからそこを動くな浮気野郎!!」

 

携帯が壊れそうな勢いで通話終了ボタンをグン!と押す。しーんとなった空間で理子は1度目大きく深呼吸すると、二人の方へと向き直った。

 

「…リサ。ここで私たちが争うのは本当に無駄だったみたいよ?」

 

「そのようですね。…はぁ、1度、目を話しただけなのですけど…」

 

「ま、あの女たらしがすぐに治るとは思ってないけど。今日はちょっとキレた。あのアホ顔をボコボコにしてやる…!」

 

「…私も行く」

 

3人は大きく頷くと、隣接武偵高校へと向かった。

 

 

その後、

 

 

 

突如隣接武偵高校に現れた美人3人衆は、瞬く間に修一の抱えていた問題を解決させることに成功。隣接武偵高校の男子がトレーニングそっちのけで彼女たちの元へナンパの嵐を巻き起こすというパンニングはあったものの、

 

 

修一は結局、なんの問題もなく翌日戻ってきたのだった。

 

 

「…で、俺はなんで研修に行っただけでここまでボロボロにされなきゃならんのよ…?」

 

「ふんだ、しゅーちゃんは罰として一週間は理子のずぅと側にいなきゃダメなんだからね」

 

 

 

その日から隣接武偵高校で「東京武偵高校の女子はレベルは高いが怒らせると怖い」という印象が広まったそうな。めでたしめでた…し?

 

 

 

 




…短くまとめるって…難しいです。
#A子はこの話のみにしかでません。


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特別コラボ編 寄生系超偵の活動録
突然現る超偵と死を察したサイカイ


こんかいはこんかいはこんかいは、なんとなんと!!

初の「寄生系超偵の活動録」さんとのコラボ企画となっています!!

もし読まれていない方がいらっしゃったとしてもわかるような形にしてありますので、この機会にぜひ知ってもらってお読みいただければと思います!!

https://syosetu.org/novel/108845/


では、どうぞ!!


「は?『全自動卵かけごはん製造機』??」

 

「なのだっ!」

 

とある休日の早朝。修一は平賀の研究施設にいた。

 

普段ならセーラの叩き起こしを拒みながら惰眠を貪っている時間なのだが現在、修一は休みにも関わらず武偵高の制服姿で平賀の研究室にいる。

 

朝から突然のモーニングお呼出しコールを五分以上も鳴らし続けた平賀に鉄槌を喰らわせてやろうと走ってやって来たのだ。

頭グリグリの刑三分間はしてやると般若顔でここへ走り込んで来てやったのだが…。

 

 

目の前の自己主張の激しい、アニメで見たことがあるようなカプセル式の機械にその感情が吸い込まれていった。なんだこれ?と言うまで時間はかからなかった。

 

 

平賀の研究室はAランクの研究室ということもあり、9畳ほどの大きさがある。

 

もうここで一人暮らしできるんじゃね、家賃浮くじゃん住んでいい?と修一が部屋に初めて入った瞬間に言ってしまったほどの大きな部屋の中、そのカプセル状の機械が堂々と真ん中を占拠していた。

 

真ん中のカプセルは小さい子なら膝を抱えて入れるほどに大きく、その横には、小さい手のひらサイズのカプセルが取り付けられている。

 

「で、これなによ?」

 

「だから、全自動卵かけご飯製造機なのだ!」

 

「いやわからんて」

 

ドンとない胸を張って言い放つ平賀に修一は頭を書きながら返答。

 

身近に感じる単語が聞こえたが、これとの関連が全くわからなかった。…わかりたくもなかった。

 

「てかなに?これ使って卵かけご飯作んの?普通に卵割って入れた方が早くね?」

 

「ぬふふ、そんなこと言ってられるのも今の内なのだ!これは中でただ座ってるだけで卵かけご飯が出てくるのだぞ!?

…ぬ、実際に見た方が早いのだ!卵とご飯持ってくるから待ってるのだ!!」

 

返答を聞いても首をさらに傾げる修一に、平賀は言葉を言い終えるより早く、奥のキッチンへと向かって行った。

 

まぁどうせ来ちまったわけだし、ついでに見て帰るのもありか。と修一は諦めて彼女が戻ってくるまでその巨大なキッチンアイテムの方へと近づいた。

 

「そもそもこれ誰が作れって頼んだんだ?まさか趣味で作ったわけじゃあるまいし」

 

ふむん…?と顎に手を添えて機会を見渡す。なんだかんだ言いながら、彼女の作品はかなり興味がある修一である。

 

(平賀の言っていたことをそのままに捉えるなら、この真ん中のカプセルに人が座ってたら自動で卵かけご飯が出てくるってことか?いやこの大きさ、お前くらいしか入らんでしょうよ?)

 

目の前のカプセルには平賀ほどの小さな子供しか入らない。じゃあ平賀専用なのだろうか?などと考えつつ、

 

よくわからないその機械を少しでも理解してやろうと色々な場所をいじり始めた。

 

 

 

 

そう、いじり始めてしまった。いたずらに、目についたボタンなどを連打している。

 

 

 

 

 

ーーー大抵、機械音痴ほど余計なことをするのだ。

 

 

 

ボキッ

 

 

 

「…あ」

 

 

――広い部屋に、不吉な音が響いた。

 

彼は学ぶことを知らなかった。以前から何度も何度も繰り返して来たことをまた再びやってしまった。もちろん取り返しはつかない。

 

「あ〜…」

 

手に持つ金属が途端に軽くなってしまっている。最初は何かについているようにある程度の重さがあったその金属は今、修一の思う通りに動かせる。

 

 

…その端は、完全にポッキリ折れていた。

 

 

「ただいま〜なのだ!ーーあっ!?」

 

「あ、いや、こ、これは…」

 

呆然と握りしめた金属を見ていた彼の後ろから、卵やご飯や醤油をその小さな体に抱えた平賀が戻って来た。ーー瞬間、機械付近に立つ修一に体を震わせる。

 

壊され慣れによる俊敏な行動。彼女の中では壊れた部分を見るより先に彼がそこにいる=壊れたであり、その通りであった。

 

「ま、また壊したのだ!?なんで毎回少し目を離しただけで壊すのだーー!?」

 

「い、いや、その、お、落ち着けって平賀。だ、大丈夫だって!壊れてない!ほらほら、貸してみ!」

 

涙目になって両手に抱えた卵を今にも投げようとしている平賀を慌てて止めつつ、罪のない食材たちを確保する修一。

 

自分の罪を少しでも軽くするために、修一はその食材全てを機械の小さなカプセルの方へ全部ぶち込み、『起動』と書かれたボタンを連打した。

 

「ほぅら!部品一個なくなったくらいじゃお前の作品はバグを起こしたりなんてしないっての、自分を信じなさいよ!」

 

瞬間、プシュー!!と激しい音を立てながら動き始める自称『卵かけご飯製造機』。

 

ガタガタガタガタッ!!と重量オーバーした洗濯機のごとく激しく揺れ動いている。

 

「…動き方が明らかに変なのだ」

 

「え?いや、大丈夫だよ平賀さん。最悪、俺がお前の卵かけご飯製造機になれば…」

 

「心の底からいらないのだ」

 

プシュー!ガコッ!ガコッ!!ガシャンガシャン!!!

 

もうプライドも何もない修一の後ろで、先ほどより激しく動き始めるとカプセル機械。それはまるで生き物が跳ねるように暴れまくっている。

 

そのあまりの動きの異常さに修一だけでなく製作者である平賀本人も焦りの色を出し始めた。

 

「ちょ、岡崎くん!これヤバイのだ!動き方がいつもより激しすぎるのだ!」

 

「え、まじ!?ええ、とめ、止めなきゃ…!」

 

「お、岡崎くん何する気なのだ!?」

 

「起動押しちまってこうなったんなら止めるが一番だろうが!えっと停止は…これか!?こ、これか?…これだ!!…違うかぁ!」

 

「ちょ、そんないい加減に押したらーー!」

 

「あんれまっ!?なんかカプセル光り始めたんですけど!?」

 

「ええぇ!?どうしたらそうなるのだ!?」

 

「俺が知るかよ!?」

 

慌てて様々なボタンを連打し始める修一だったがそれに伴ってカプセルの中がキュィィィィン!と音を立て輝き始めた。その光はカプセル内にとどまることはなく部屋全体を光り輝かせるほどにまで拡大している。

 

「え、こ、これ、爆は、爆発するんじゃねーのこれぇ!?」

 

「爆発ーっ!?い、嫌なのだ!こんなことで死にたくないのだぁ!こんなギャグ要素満載の男と心中なんて嫌なのだー!!」

 

「お、俺だってお前みたいなお子様と心中なんて嫌じゃボケェ!?」

 

お互いに罵り合いながらもどうすることもできず、光を増していく機械を前に互いに抱きつきその様子を見守ることしか出来なかった。

 

 

ーーーーそして

 

 

 

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」」

 

 

 

 

 

部屋一面を、光が包み込んだ。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

カチ…カチと9畳ほどの部屋に時計の音だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 

「い、生きて、た…?」

 

「生きてる…のだ」

 

 

 

 

 

 

 

爆発は、しなかった。

 

目の前の卵かけご飯製造機からは煙がモクモクと立ち込め何も見えない状況になってはいるが、二人に怪我はない。

 

「…もー!岡崎くん!いい加減岡崎くんは自分が機械音痴だってことを理解して欲しいのだ!ここに来た時は絶対に機械から三メートルは離れて欲しいのだ!!」

 

「悪かったって。ま、無事でよかったじゃないかHAHAHA」

 

事が大ごとにならなかった事に安堵しつつ、次第に落ち着きを取り戻す二人。

もうすでに修一の中からは朝起こされた怒りが、平賀からは壊された怒りが完全に消えてしまっていた。

 

「もう…疲れたのだ。お花を摘みに行ってくるのだ」

 

「お花?ああトイレか。ビックリしすぎて漏らしたか?」

 

「岡崎くんはいつか女子に殴られてしまえばいいのだ」

 

ジト目で罵倒しながら、トイレへと向かっていく平賀に手を振りつつ、修一は未だ異臭のする機械へと近づいていった。

 

「さってと、とりあえず食材だけは取り出すか。…にしてもくっさいなこれ」

 

未だ煙でよく見えない中を手で掻き分けながら進んでいく。

 

どんなことに使われても食材は絶対に無駄にしない。修一にとって幼い頃からの逆らえない教えである。

 

(救助を求める声を聞いて駆けつけるのが武偵…それは食材に対しても同じさ…カッコイイな俺)

 

またトンチンカンなことを考え得意げな表情をしつつ、修一は機械の前にたどり着いた。

 

 

 

ーーー先ほどのことでもわかると思うが、彼はトラブル体質である。

 

 

 

 

どうでもいいことをしようとすると必ずトラブルへと発展するような男だ。

 

 

 

だからこそ、彼のトラブルが()()()()()()()()()()なんてわけがない。必ず次のトラブルが待ち構えていた。

 

 

 

 

「…へ?」

 

 

 

 

 

機械の中を見た瞬間すっとんきょな声をあげる。目も点になり、思わず瞬きを何度も繰り返した。

 

いま目の前に広がるこの意味のわからない光景に脳の処理が追いついていない。

 

 

 

爆発寸前で何とか踏みとどまった『全自動卵かけご飯製造機』。

 

 

煙を払ってようやく見えて来たカプセルの中…

 

 

その中に…

 

 

 

「えっと…卵かけごはん…さん??」

「お、岡崎…修一!?」

 

 

「「…はい??」」

 

 

 

膝を抱えてちょこんと座る、白金色(プラチナブロンド)の髪をした美少女が修一の名前を叫んだのだった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

『卵かけご飯を作ろうとしたら女の子ができました』

 

 

 

そんな文に違和感を覚えないのは自分だけであると修一は確信があった。誤作動を起こした機械の中から男子の学ランを着た身長150cmほどの女子生徒が生まれたのだからおかしなことを言っている自覚はあった。

 

(おいおい、卵と醤油とごはんでなんかすげー可愛い子出来上がったんだけど。人間ってこう作るのか知らなかったぁ。ーーってないないないない!)

 

あまりの異常な空間に思わず自分で自分にツッコミを入れてしまう修一は、ただその出来上がった(?)女子生徒のアクアブルーの瞳をジッと見つめていた。

 

「な、なんでお前がここにいーあうッッッ!?」

 

「うっわ、痛そ〜…」

 

彼女は目元にかかる金に近い白色をした髪も払うこともせず、勢いよく起き上がろうと…して小さなカプセルの天井にゴンッ!と頭をぶつけてしまった。突然の衝撃に頭を抑え悶える彼女。思わず同情してしまった。

 

「あーその、大丈夫か?」

 

「っ…はい…大丈夫です」

 

 

痛みのおかげで少し落ち着いた彼女を小さなカプセルから出しつつ、とりあえず話を聞くことにした。

 

 

戻って来た平賀が「またなのだ…また訳がわからない事件を持ってきたのだこのアホ男」と嘆いたのは言うまでもない。

 

 

ーーーーー

 

「えっと、名前は前田 綾さんなのだ。東京武偵高校のSSR所属…で間違ってないのだ?」

 

「はい、2-Aです」

 

卵かけご飯製造機から女の子が生まれて30分が経った。戻って来た平賀にある程度の事情を説明(女の子生まれた等)し、3人が座れるスペースへと移動した。

 

彼女の名前は前田 綾。登校している最中に突然光に包まれ気づけばここにいたらしい。

 

「2-Aって俺と同じクラスじゃねーか。いや、お前みたいなやつ見たことないって」

 

()のクラス…?」

 

修一の言葉に怪訝な表情をする前田。彼女はクラス内全員の顔と名前を覚えている。もちろん岡崎修一というクラスメイトの記憶はない。

 

そもそも

 

(やはり岡崎修一で間違いない。しかし()()()とは全然違う…)

 

彼女は岡崎修一を一度見たことがあった。それもかなり昔に()()姿()()()()()()()()()()()()を。

 

だからこそ、岡崎修一が高校生であるということは彼女にとってあり得ないのだ。

 

「どうした?」

 

「いえ、私が見た時は確かに20代後半くらいかと…」

 

「え?…おい平賀、俺ってそんな老けて見えるの?」

 

「少なくとも金銭感覚は頑固ジジイなのだ」

 

「………ガッデム」

 

「いえ、今の見た目ではなくてですね…」

 

平賀の罵倒に膝をつき悔しがる修一にいやいやと前田はツッコミを入れる。そ、そんなことねーよ!!と異論を唱始める修一だったが「無視していいのだ」と平賀は話を進めることにした。

 

「それで、これはどうなってるのだ?」

 

「そうですね…。お互いに嘘を言うメリットもないですし、岡崎さんも私が2-Aにいるという記憶はないんですね?」

 

「あぁ、というかお前は昔に俺と会っているみたいだがその記憶もないぞ?」

 

「そうですか…」

 

首をかしげる修一の横で前田は顎に手を当て考える。

 

その中である一つの仮説が前田の中に浮かび上がった。

 

「お二人に質問です。

 

遠山キンジ、神崎・H・アリア、天々座理世(てでざりぜ)、峰 理子、保登心愛(ほとここあ)、ジャンヌ、宇治松千夜(うじまつちや)

 

今挙げた武偵の中で知っている名前はありましたか?」

 

前田は少しずつ、この違和感に気付き始めていた。

 

「えっと…?キンジにアリア、理子にジャンヌは知ってる。あとの難しそうな名前の人たちは知らんな。ああいや、俺が友達少ないから知らないだけかもだけど」

 

「そんな悲しい報告はいらないのだ。でも、データベースを漁ってもその3人の記録はないのだ」

 

「そうですか…」

 

前田はその返しに確信を持って二人に告げた。

 

「そうですね、彼女たちがいない以上、

 

少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()のようです。

 

…共通の知り合いもいるようなので全員というわけではないようですが」

 

「えっと?別の場所じゃないけど同じ場所で…?同じクラスだけど同じクラスじゃなくて、んん??」

 

「岡崎くんが武偵高校の2-Aであることは明らかなのだ。その岡崎くんが知らないということは前田さんが嘘をついている可能性の方が大きいのだ、学生名簿にも貴方の登録はないのだし」

 

「ですがここで私が嘘をつくメリットもないでしょう?学生名簿のことはわかりませんが、私はあなた達が作った『全自動卵かけご飯製造機』…でしたか?その誤作動でここに来た訳ですし。私に何か計画があったとしても、このトラブルを予定しての行動は不可能かと」

 

「…まぁ、『機械から人が出てくる』なんて不思議すぎるトラブル、この男しかできない芸当なのだし、それを何かに使うのは不可能なのだ。前田さん疑って悪かったのだ」

 

「いえ、このようなイレギュラーですし無理もありません。そもそも根底からおかしな話ですから。機械を触っただけで爆発寸前までいく人なんて…」

 

「…あり?お前らなんで俺を睨んでんの?」

 

状況を理解できず頭を抱えている間に女子二人の目線が変わっていた。

 

 

「んーでも訳がわからないのだ。前田さんのことも岡崎くんのことも事実だとするなら二人の矛盾はどーなるのだ??」

 

小さい頭をぐわんぐわんと揺らしながら目を回し始める平賀。

 

前田はただ黙って考え込んでいる。

 

 

少しの時間、静寂になった。

 

 

 

 

 

 

 

「はは、もしかしてお前『別の世界』から来てたりしてな!」

 

 

 

 

 

 

「「………………。」」

 

「ってそんなアニメみたいなことあるわけないか!別の世界ってなんだよって話だよな!俺も理子のせいで厨二くさいことを言ってしま………あれ?…ない、よな??…え、あるの??」

 

冗談だと笑い飛ばそうとした修一だったが、思いの外二人が黙りこくって考え始めるのを見て詰まってしまう。

 

前田の考えていた過程もそれとほぼ同じ考えだった。

 

「確かにありえないとは思いますが、今のこの状態ではその考えが一番納得ができます。

 

『私がいて岡崎君がいない世界』があり、

 

『岡崎君がいて、私がいない世界』が存在する。

 

そしてその機械で世界を移動したと考えるのが妥当かと」

 

「んなバカな」

 

「超能力者も実在するし、あっても不思議じゃないとは思うのだ」

 

「…まじか」

 

まさかの事実に引きつってしまう修一。他の二人が納得している中々納得できない自分がおかしいのかと錯覚してしまう。

 

そんな中、前田はさらに今の現状を理解し始めていた。

 

(別世界…。それが本当だったとして…もし()()()も一緒ではないのだと仮定したら…もしかしたら()()()()()()()()は…)

 

「ちなみに岡崎君。MDPという言葉を知っていますか?」

 

「…なんだそれ?俺が知ってるのはATMだけだ」

 

「そんな欲丸出しの解答は求めてません…。では、セーラ・フッドという傭兵は?」

 

「セーラ?セーラなら今家で洗濯物してるんじゃね?…あ、洗剤買ってこいって言われてるんだったわ…」

 

「なるほど」

 

前田が出会った修一はMDPという単語を口にしていた。つまり、それを知らないこの修一は間違いなくあの時の記憶はない。過去に出会ったことがないということはつまり…

 

(冗談を言っている風ではないですし…やはりあの時の岡崎修一は今より()()()…)

 

「前田さんはある程度この事態を把握したようなのだ??」

 

「まぁ、概ねですが」

 

「……??」

 

皆がそれぞれこの出来事にある程度理解し始める(約一名は若干ではあるが)中、よし!と平賀が気合を入れて口を開いた。

 

「とりあえず前田さんを元の世界に戻してあげれるように頑張ってみるのだ!その間二人は時間を潰してて欲しいのだ!」

 

「お、さっすが平賀!頼りになるな」

 

「ふふん、今更褒めたって何も出ないのだぞ?」

 

「割引くらいしてくれたっていいじゃねーか…」

 

「本気で狙ってたんですか…」

 

項垂れる修一にジト目でつっこむ前田。また項垂れる修一を無視して前田は平賀に向き直った。

どうやら修一の扱い方に少し慣れてきたらしい。

 

「平賀さん。私にも手伝えることはありますか?」

 

「んー特にないのだ。まぁ勝手に連れてきたのはこっちだから全部任せて欲しいのだ。岡崎くんあとよろ!」

 

「おう。よし、んじゃあ前田…でいいか?」

 

「はい大丈夫です」

 

「んじゃ前田。平賀が大丈夫だって言ってんだ、適当にどっかで時間潰して待ってよーぜ」

 

「わかりました。…あ、では一つお願いしたいことがあるんですけど」

 

「なんだ?」

 

(岡崎修一が()()()()()()()を手に入れた秘密があるのなら、この武偵高校時代に必ず何かあったはず…)

 

昔…前田が修一と出会った時、前田は修一と死闘を繰り広げた。その頃の前田は今以上に冷酷で、今以上の力を持っていたのだが、

 

それを修一は退けることに成功している。実際に前田は負けてしまっているのだ。

 

その強さを手に入れた理由、そしてその過程を

 

前田はどうしても知りたかったのだ。

 

 

「あの、私に貴方の力を見せていただけませんか?」

 

 

「…はい?」

 

 

 

ーーーーー

 

「で、この男子禁制のこんなとこに来て何しようっての?ここで俺はどういう強さを見せればいいんでせう?」

 

「いえ、まずはここが違う世界だと確定させたいと思いまして。私の部屋に行こうかと」

 

「…ふむ?」

 

平賀の部屋を出た二人は女子寮に来ていた。

『607』の部屋までエレベータで登り、ドアの前に立つ。休日の朝のこの時間はまだ女子生徒が出歩いていないのが幸いした。

男子禁制のこの場所に足を踏み入れるのは勇気がいるし、見つかった時の言い訳は見つからない。隣を悠々と歩く前田に対し、ビクビクしながら立つ修一だった。

 

「でも鍵はどーすんだ?」

 

「持ってますよ?もし仮定が正しければ『別の世界の607号室の鍵』ですが」

 

「それってつまり仮説が正しくなかったら他の誰かの部屋ってことだろ?捕まったら言い訳できない供述だよなぁ…」

 

 

『学年サイカイ女子寮に侵入!?鍵は()()()から手に入れた!?』

 

 

この現場を誰かに見られ捕まった後の新聞タイトルを想像し、ぶるりと肩を震わせる修一。

 

そんなこと気にも留めない前田は自分のポケットから鍵を取り出すと鍵穴へと差し込んだ。

 

「あ、開きました。では入りましょうか」

 

「んなあっさり…!?てか、中に誰かいたらどうすんだ!?」

 

「そうですね。岡崎君、ノリでなんとかしてください」

 

「お前意外とめんどくさがりだろ!」

 

もう真面目に返す気も無くなったのか前田はテキトーに返すとドアノブを回し入って行った。俺の周りはこんなやつばっかか!と泣きながら前田について行った。

 

「誰もいませんようにいませんように…!女子寮に不法侵入したとか捕まったら今以上に立場悪くなるというか三倍刑で俺捕まって出てこれなくなるんじゃねぇかというか俺の人生終わるんじゃないかとか考えてるわけでというか俺そもそもここに来る必要なくねとか思ったり外で待ってればよかったんじゃねとか考えたりーー」

 

 

「うるさいですよ岡崎君。…それに無人ですよここ」

 

「へ?」

 

ドンドン進んでいく前田の後ろ肩を掴み謝りながら進むと、そこには誰もいなかった。…というより何も存在しなかった。最初から設置されている机や冷蔵庫などはあるがその他には何もない。まるで、誰も住んでいない様な状態だった。

 

「ここがお前の部屋?殺風景にもほどがあるな」

 

「いえ、本来ならウールのカーペットやウォールナット材のテーブルがあるはずなのですが…」

 

「え?前田ってどっかのお姫様なの?」

 

「いえ、ルームメイトの方がお嬢様なんです」

 

いい生活さんのなぁ。と自分と比較して悲しくなってしまう修一。

そんな修一を無視し、前田の目線は備え付けの冷蔵庫に向かっていた。前田はゆっくり近づくと慎重に開いた。

 

「…入ってない…」

 

「おい冷蔵庫なんか見てどうした?」

 

「いえ、やはりカウンターがないということはここはやはり私のいた世界ではないということですね」

 

「カウンター?」 

 

「…気にしないでください」

 

前田は昔のことを思い出していた。それは、東京武偵高に来てすぐのことだ。

 

 

《前田は冷凍庫にギチギチに詰まってたプロテインは見なかったことにした。冷凍食品でもあるのかと思ったらとんだカウンターであった》

 

(あれは本当に驚きましたし…それがないのは安心ですね)

 

昔見たトラウマを思い出し、そっと冷蔵庫を閉めた。

 

「なぁ、もうここでやることは終わったんじゃねーの?人に見つからないうちに早く女子寮出ようぜ?」

 

「そうですね。あ、その前に…隣の壁、ドンしますか?」

 

「お前俺になんか恨みでもあんのかっ!捕まるわ!!」

 

笑いながら殴る構えをする前田を必死に止めに入る修一。もし隣部屋に女生徒があれば彼は死ぬのだ。

 

前田のからかいを何とか止めつつ、二人は空き部屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 

「あ、そういえば火薬庫もないんですね。普通の部屋だ…」

 

「か、火薬庫!?」

 

帰り際の前田の言葉に、こいつの生活はどうなっているんだ!?と心配になる修一であった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「とりあえず、私が存在しない世界だということは裏が取れました。岡崎君の仮定通り、ここは『違う世界』だと認識するのが妥当な様です」

 

「順応性早いのね…」

 

「慣れてますから」

 

607号室を出た二人は鍵を掛け直すと、エレベーターに乗った。

「ですが、こちらの世界でやることなんて私にはありませんし。岡崎君のいう通り平賀さんの修復を待つのが懸命な様です。なので岡崎君、早速お願いを聞いていただきたいのですが」

 

「あぁ、俺の強さを見たいだったか?マニアックなやつだな。なんの足しにもならんだろうに…」

 

「いえいえ、謙遜なさらないでください。まずは射撃場にでも行きましょうか」

 

「…まぁ、いいけどよ…」

 

前田のよくわからない好奇心にとりあえず頷きつつ、修一はただボーッと『5…4』と下がっていく光を追っていた。

 

 

チン…という音と共にエレベータが3()()で止まる。その階でボタンを押した人がいるのだろう。

 

「ああ、誰か乗るみたいだな。んじゃあちょっと詰めるわ」

 

「はい」

 

修一は前田に許可をもらうと、距離を詰めた。何人乗るかわからなかった修一は前田と肩がくっつくほどに近づく。

 

 

そして…

 

 

「うぇえ!?しゅーちゃん!?」

 

「おお、理子か。おっす」

 

「…あ、みねさん」

 

 

開いたその扉の先には、まだ9時と言う早すぎる時間なのにも関わらずメイクやファッションを完璧にした金髪ギャルが驚いた表情で立っていた。

 

「手間が省けたな。ちょうどお前呼びに行こうと思ってたんだよ。実は面倒なことに…」

 

「あわ、あわわわわわ…!!」

 

「…理子??」

 

今朝のトラブルを説明しようとした修一だったのだが、

 

理子の様子がおかしい。

 

この世の出来事ではないような異常事態を目の前で目撃してしまった人の様に、ただアワアワと口元に手を当て固まることしかできないでいた。

 

なんだ?どうした?と疑問に思っていた修一だったが…

 

「…え、しゅ、しゅーちゃんが…朝早くに女子と女子寮に…っえ!?…えぇぇ!?!?」

 

「…………あー」

 

「………?」

 

 

一瞬で悟った。

 

 

 

女子寮で

 

 

朝方に

 

 

理子の見知らぬ女子と彼氏が二人でエレベーターに乗る姿を目撃。

 

 

…ハハ、終わったわこれ。

 

 

驚く理由がよくわからず首をかしげる前田を他所に、修一はこれから起こるであろう惨劇を想像し、思わず『閉』ボタンを連打したのだった。




はい、ということでなんと、アリア小説間でのコラボでした!

初めての企画なので皆様に楽しんでいただけるか心配ではありますが、頑張っていこうと思いますのでよろしくお願いいたします!


さらにですね、実は今回コラボしていただいた『寄生系超偵の活動録』の方でも


この話とはまた違ったコラボ話が《今日》投稿されています!


私じゃなく、野牛先輩さんが書いた修一をぜひご覧くださいませ!!
今回コラボしていただいた、寄生系超偵の活動録なんですけど、まぁ面白いこと面白いこと!オリキャラの、今回こちらに出た前田綾と、さらに「ご注文はうさぎですか?」のキャラたちまで出てアリアの世界を引っ掻き回します。読み進めるのも簡単で、内容もよく練られている作品です!ぜひご覧ください!

URLです♪
https://novel.syosetu.org/108845/





2話は、8月15日投稿となっています!

8月14日に『寄生系超偵の活動録』の方でコラボ話が先に投稿されますのでそちらもぜひお読みください!!

ではでは〜

ps.野牛先輩さーん!前田 綾お借りしまーす笑!!


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だから彼はサイカイと呼ばれるが、それを超偵は認めない。

1話のあらすじ
「平賀の機械が誤作動し中から別世界の武偵、前田 綾が現れた。
前田は修一に面識があるようで修一の力を見せてほしいと頼む。
そして前田と修一は彼女の世界と別の世界であると確定させるため女子寮を訪れる。そこには修一の天敵が存在していたのだった…!」

コラボ2話目になりました!
コラボ先は「寄生系超偵の活動録」です!
それではどうぞ!!


「くふ、なぁんだ〜そんなことなら先に言ってよ〜」

 

「うん、言ふぉふ(おう)としたんで()けど()ぇ…!」

 

女子寮から出て数分のベンチにて、修一は二人の女子に囲まれた状態で座っていた。上手く話せないほどに顔をパンパンに膨らませた彼に同情したような目線を送る前田と、てへぺろとワザとらしく謝罪する理子。

 

般若のような形相をした理子が鉄拳制裁を行うというトラウマものの映像をリアルタイムで見せられた前田は顔を引き攣らせている。

 

「で…えっと、前田綾ちゃんだっけ。うちのしゅーちゃんが迷惑かけてごめんね」

 

「だ、大丈夫です! 迷惑なんてそんな……」

 

「ほら、しゅーちゃんもちゃんと謝まりなさい」

 

「…お母さんかよお前」

 

「グダグダ言うな。さっさと謝れ」

 

「本気にどうもすみませんでした!」

 

「………。」

 

前田の方を向いていた理子がくるっと修一へと顔を向けた瞬間、修一は慌ててズザザーッ!と前田に土下座する。こちらの理子は怒らせない方がいい。そう前田は思うのだった。

 

「も、もういいですから。それに、私にとってもいい経験になりますし。並行世界への移動なんて経験、とても貴重ですし」(……無事に帰れればいいんだが……)

 

「おい、これだよ理子。本当の優しさはこれなんだよ。お前も見習ったらーー」

 

「調子にのるな」

 

「ごめんなさい」

 

頭を地面につけるほどに下げる修一を無視し理子は前田の方へと顔を向ける。

 

「っとそんなことより前田さん、挨拶がまだだったよね!

私は峰 理子!よろしく…ってそっか。別世界に理子はいるんだっけ?ってことはもう知り合ってたりするの?」

 

「えっと……そうですね。あまり交流はありませんでしたが、クラスが同じなので何度か話したことがあります」

 

「ふ〜んなんか変な感じ〜。じゃー…()()()()って呼んでたりする??」

 

「え、よく分かりましたね。その通りです」

 

「まぁ並行世界って言っても私だからね。安直なネーミングしてるだろうなって!」

 

「安直って自覚あったのかよおまーーあぇぇぇえっ!?」

 

ゴシャァ!!と音を立て、余計なことを言いまくる修一に限界がきたのだろう、思い切り回し蹴りを放つ理子。壁にめり込むほどに叩き込まれる修一ににっこりと微笑む彼女。自然な動作で華麗に回るその姿はまさしく妖精であり、誰もが目を離せないほどに美しかった。…

 

 

 

やったことは思い切り悪魔だが。

 

 

 

前田が2人の上下関係がハッキリと理解できた瞬間だった。

 

「うん、理子もこれからあーたんって呼ぶからね!」

 

「…あ、はい…その、よろしくお願いします、その、峰さん…様?」

 

 

前田は、彼女の笑顔が本物かどうか見分けがつかずどう返すか迷いながらも手を繋ぐ。

 

それから数分が経ってーー

 

「あ、しまった。射撃場行くのはいいんだけど、セーラに昼ごろには帰るって言っちまってたんだった…。このまま射撃場行ったら確実に過ぎちまうどうしよ理子?」

 

(……タフだな。この頃から相当頑丈だったのか)

 

身体中についた壁の破片を払いながらしまったと頭をかく修一。何事もなかったかのように平然と理子の横に戻る彼に、前田は苦笑いを浮かべる。

 

「じゃー先にしゅーちゃんの家寄ってからにしたら?」

 

「そうすっか。あいつの約束守らなかったときの面倒さといったら…1日口聞いてくれなくなったときもあるし」

 

さらに、それを当たり前のように流す理子。修一が払い忘れた破片をそっと払らってあげる姿に「確かにこれはこれでお似合いなのかも…?」などと前田は変に納得してしまっていた。

 

「前田もそれでいいか?付き合わせる代わりに昼飯出してやるから。…昨日の残りだけど」

 

「あ、ありがとうございます。…ところであの、そのセーラさんって、もしかして銀髪で弓使える人だったりします?」

 

「ああ、知ってるのか?」

 

「ハッキリと面識があるわけではないのですが、岡崎君と昔出会った時に一緒にいたんですよ。彼女もこの頃にはもう仲間になっていたんですね」

 

「…ん?いや待て、おかしくね?俺がセーラと出会ったのってつい半年くらい前だぞ?昔って…その、やっぱおかしくね?」

 

「あー、それはですね。私が岡崎君と出会ったのは昔ですがそのときの岡崎君は()()()()()()()の岡崎君だからです」

 

「…ん??…んんん???」

 

前田が彼女を知っている理由を話すと、修一は首を一度こてんと首を傾げさらに傾げた。隣の理子も「こいつにそれだけで理解させるのは無理だから」と言うように合図を送ってくる。

 

「ええと、丁寧に話すと長くなりそうなので先に移動しませんか?」

 

「しゅーちゃん、行く途中で理子がゆっくり教えてあげるよ」

 

「…なんでお前はもう理解してんだよ…」

 

楽しそうに笑いながら修一の手をぎゅっと掴む理子。修一もまんざらじゃなさそうな顔をしている。その様子を微笑ましく見ていた前田だったのだがーー

 

 

(…なんだ、この変な感覚…??)

 

 

ふわっと。前田の中で何か()()()のようなものを感じていた。それは峰理子本人から感じていることなのだが、その正体がわからない。ただ、嫌な感情ではない。なにかこの世界と自分のいる世界の違いを無意識的に判別したような感覚でーー

 

「おーい、前田?何やってんだ行くぞー??」

 

「…あ、はい!今行きます!」

 

少し先でこちらを振り返る2人に気づき、彼女は思考をやめ2人を追った。

 

 

その答えを彼女が知るのは、まだ少し先の話である。

 

 

 

ーーーーー

 

 

「…おかえり修兄。早か………峰 理子。またなの?」

 

「そ。本当懲りないというか、どこまで女の引き出しがあんのかというかね」

 

(……! 間違いない、彼女だ! 随分小さいが、面影はある……!)

 

男子寮岡崎自室。ソファにちょこんと座りテレビを見ていたセーラが帰って来た修一に声をかけようとして前田を発見。一瞬でジト目に変わると理子の方へと視線を向ける。理子はお手上げと言わんばかりに両手を挙げていた。

 

そんな中、原因の前田はその日常的な風景にある意味ふさわしくないセーラの可憐な容姿に見とれてしまっていた。

 

(過去に同僚と対等に戦った超絶強い魔女が随分とちっちゃくなって……ううむ、可憐だ。一流の人形師が造ったようなビスクドールのような美しさだ。……というか、年頃の男の子癖にこんな美少女達に囲まれて何ともないのか?まさか遠山君と同じタイプ?)

 

「…人をじろじろ見ないで」

 

「あ、すみません」

 

セーラを思わず見続けてしまい、ジロリと睨まれてしまう前田。

 

こんな子が近くにいたら日常なんて送れないと思うのだが…と尊敬する彼を見ると、彼はあくびをしながら冷蔵庫を開け早速お昼ご飯を作り始めていた。…おいおい、紹介はないのか。というか一緒に住んでるのか?等の疑問が前田の中で浮かぶのだが、タイミングを失ってしまった。

 

「あ。おいセーラ、お前また昨日の残り食べなかったな。朝飯に買っとけっていったろ?」

 

「…マカロニ嫌い」

 

「一口でいいから食え。ああ、前田はその席使ってくれ」

 

「あ、はい」

 

「…マカロニ、嫌い…」

 

修一はリビングのテーブルへと移動するセーラに、小言を言いながら前田をセーラの横へと座らせる。理子はもうすでに前田の前に座っていた。

 

しばらくして修一が「夏野菜のパスタだ!」と片手間で作ったとは思えないほど手の込んだ料理が4人分運んできた。おぉ…と思わず声をもらす前田は、修一がチラチラとフォークとナイフをカチカチ合わせて歌う理子を見ていることに気づいた。あぁ、なるほどと納得する。

 

4人とも席に着き、いただきますと手を合わせ食べ始めた。

 

「そういや研究室で聞くの忘れてたわ。どうして俺のこと知ってるんだ?」

 

「ああ、それは私が()()()()()()に会っているからですよ」

 

「「……は?」」 「あーむ♡うむ、美味しー!」

 

普通のテンポで言った前田の言葉に修一とセーラが首をかしげた。理子は特に気にした様子もなく食べて頬に手を当て喜んでいる。

 

「正確にいうと『昔の私』が『未来の貴方』と会っているのですが。あとセーラさんも会ってますね」

 

「??」

 

「…私も?」

 

「そうです。そこで私たち戦ったんですよ。私は岡崎君とだけですが」

 

「え、俺と?」

 

「はい、それはそれはもう凄まじい戦いをーーそうそう、そうなんですよ!そして私は見たんです!岡崎君の勇姿を!」

 

前田はどんどん盛り上がってきたのだろう、ドン!机を叩きながら立ち上がると修一の方に顔をぐっと寄せた。

少し興奮した様子の前田に女の子にここまで近づかれることに慣れていなかった修一は、思わず椅子を引いてしまうが前田はそんなことも気にせず興奮したままの様子で話を続けた。

 

「岡崎君は凄いのですよ! 木刀1本でキリングフィールドへと赴き、跳梁跋扈する化物共をバッタバッタと薙ぎ倒し、私の暗殺技術を持ってしても殺すことが出来ず、最後には敵であるはずの私の命もーー」

 

「ちょ、待って待って!くふふ!誰それ!?しゅーちゃんが、木刀でバッタバッタとか…くふ、あはははははは!!ぜんっぜん想像できない!ないない絶対なーい!あっははははは!!」

 

前田が前のめりで話し話す内容に理子は脚をバタつかせながらお腹を押さえて笑っている。あ…あれ?どうして笑われてるんだろう?と前田は素で首をかしげていた。

 

前田の話を機嫌よく聞いていた修一は、爆笑しながらバシバシ叩いてくる理子の手を強く振り払う。

 

「うっせ黙ってろバカ理子。んで、んで?俺はそれからどんなふうにカッコよかったんだ??」

 

「えっと……はい、それでですね! 傭兵や裏社会で生きる人間を蔑んでいた私に岡崎君は挑んで来たんです!状況は絶望的で、武装の質も私の方が確実に上だったにも関わらずですよ!?私に戦いを挑む理由も、ただ冷徹に人を殺す私にブチギレたっていう本当もう意味がわからない理由でしたし!」

 

「…そこ、修一ならありえる」

 

「うむうむ、俺ってばやるじゃねーか」

 

「くふ、あは、もう、お腹痛い…!」

 

過去を思い出しながら話す彼女の言葉に、ちゅるりと最後の麺をすすったセーラが同意した。

 

「しかも過酷な戦場においても()()()()()()()()()()()()()家族の所に帰ると奮戦し──」

 

「「その話詳しく!」」

 

突如放たれた前田の爆弾発言に女子二人が思い切り身を乗り出した。片方はキラキラと、片方はジト目で前田を睨んでくる。勢いに負けた前田は思わず両手を小さく挙げてしまう。

 

「しゅーちゃん、一途に、一途に想い続けただって!!」

 

「う、うっさい。こっちに来るな!」

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

二文字を何度も連呼する理子とその様子を見て吐き捨てるようによそを向くセーラ。首根っこを掴まれブンブンと振り回される修一が先ほど食べた物を吐き出すまでそう時間はかからないだろう。

 

「ちょ、前田!もうその話はいいから次に行ってクレェ!!おれが、俺がしぬ…!!」

 

「は、はい。えっと、とにかく私にとって岡崎君は生き方を変える切っ掛けを与えてくれた人なんです! ヒーローなのです! 若い貴方と出会えたのは偶然ですが、あの強さの秘密を知れるいい機会です!だから貴方の力を見せて欲し…って…あの、聞いてますー……?」

 

前田が話をまとめたのだが、聞いていた当の本人は「ね、誰だと思う?しゅーちゃんの妻って誰だと思う?ねぇねぇ??」「うっさいつーかなんで妻になってんだ!?はーなー、れ、ろ!!」と二人もみくちゃになって言い争っている。

あぁ、ここに割って入るってことはそもそも無理だったかと落ち着いて座り直した。

 

「…前田綾。その未来の修一が過去に行った時、私も一緒にいたって?」

 

「え?あ、はい。お互いすごく信頼しているようでした。最高のパートナーって感じで。私の同僚──あー……メチャクチャ強い奴だったんですが……そいつをくい止める時もセーラさんは彼を優先していましたから」

 

「……未来でも…いっしょ…」

 

セーラは前田からその返事を聞くと、ボソボソとつぶやきながらまたその小さい口にご飯を運ぶ。何か気に障ったことを言ったのだろうかと心配になる前田だったが、セーラのアホ毛がゆらゆらと揺れているのが見えていた。

 

「ったく、しつこいんだよお前!俺ちょっとトイレ行ってくるから!前田も余計なこと言うなよ!」

 

「くふ、照れちゃってさ〜!」

 

ベタベタくっついてくる理子が面倒になったか、修一は逃げるようにリビングから出ていった。

笑いながら見送る理子の顔をなぜか見れなくなっている前田は見惚れてしまうようなセーラの方へと目線を移す。…これが毎日見れるってやっぱり羨ましい…などと嫉妬しているとーー

 

 

「で、綾。さっきの話で一つだけ忠告しときたいことがある」

 

 

修一がリビングから消えた瞬間、笑う顔が一変し睨みつけるように前田を見る理子。その一瞬の表情の変化に思わず前田も、え?と声をもらす。

 

「綾の話は理解したよ。信じられない話ではあるけど修一がやりそうなことだし怒りそうなことだしな。ま、信じたげる。…で、未来の修一が綾を助けるほどに強くなった理由を知りたいってのもわかる。

理子も修一の強い部分が羨ましいもん」

 

「はい。私もそう思って…彼の強さが私にもあればきっともっと強くなれると思うのです。だからまずは射撃場で力を見たいと…」

 

「ふーん、そっかそっか〜」

 

まるで男のような態度と口調に変わる理子。その言葉に前田は頷きながら自分の考えを話す。理子は前田の言葉にうんうんとわざとらしく大きく頷くとーー

 

「でも、『それ』を

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

少なくともそれで綾が望む答えが見つかるわけがないからね、残念でした」

 

完全に否定した。

 

「…? それは、どういう…?」

 

「さーてね。あーたんが()()()()()()()()()()()()()()()()()!…むむ、遅いなしゅーちゃん、さては!!」

 

わけがわからなかった彼女は理由を訪ねようとしたが、それよりも早く理子は修一のいる方へと駆けて行ってしまった。前田は理子の言葉の真意を探ろうと頭を働かせたが……理解することは出来なかった。

 

 

そんな前田に修一の皿にあるブロッコリーをひょいと盗んで食べながらセーラが口を開く。

 

 

「…前田 綾、私も峰理子と同意見。これから知ることが貴方の求めている答えとは違うものになる。ーーそれをどう判断するのかは貴方の自由だけど、貴方が本当のことを知りたいと思ったらまたここに戻って来ればいい」

 

「……??」

 

彼女たちは何をいってるんだ?とその時の前田は本当に理解できなかった。

 

 

…が、彼女たちがどうしてそんなことを言ったのか。理解するまでにそう時間はかからないだろう。

 

 

 

「しゅーちゃーん?恥ずかしがってないで早く出たら〜??」

 

「うるっさいんだよお前!早くそこからどっかいけぇぇ!!」

 

ちなみに、修一はトイレの扉を無意味にガチャガチャされ、出れないといういじめを受けていた。

 

それは、前田が気づいて理子をひき離すまでずっと続いたのだった。

 

彼女なりのストレス発散だったのかもしれない。

 

ーーーーー

 

射撃場。休日の今もタァン…タァンと音が聞こえる。

 

「…久々だな」

 

「ええ、何だか私もそう感じられます」

 

中に入ると、数人が射撃練習をしていたが一つだけ場所が開いていた。すぐに修一と前田、そして理子がその場所を陣取り、早速とばかりに銃を取り出す。ちなみにセーラはお留守番である。

 

「ーーそういや、お前ってどんくらい出来んの??」

 

「はい? わ、私ですか? まぁそれなりには……」

 

機械を起動させた修一はやってみろとでも言わんばかりに手に持つ拳銃を前田な渡す。彼は決して最初にやるのが恥ずかしかったからさりげなく回したわけではないのだ。決して。

 

そんなカラオケのノリの様な動作で回された銃を、前田は受け取る。

頼んだ側の前田はまぁ軽くやるか。と前に出たのだが……岡崎の視線にハッと肩を揺らした。

 

(あぁ、成る程。『俺の実力を見たくばまずは其方の実力を見せろ』……ということか。そうとなれば本気でやらなきゃな)

 

彼の力を見たいという自分の欲求を叶えるため、前田はバミリに立ち拳銃を構える。先ほどとは違い、的に全集中力を注ぐ。

 

 

そして…

 

「おお…おぉぉお!?…おぉぉおおお!!すげぇ!!!」

「うっうー!?うわー!あーたんすごーい!!」

 

引き金を引く学ラン女子武偵。その点数は修一と理子の反応で判る通りだ。ポイントが火を散らさんばかりにぐんぐん上がって行き、そのスコアに射撃場にいた生徒の目が次第と固定されていく。

 

終わった後のスコアに皆口をあんぐりと開けることしかできなかった。もちろん修一と理子も含まれる。数秒間を置いてようやく修一が言葉を発した。

 

「ぉぉおま、すっげぇな!射撃ちょー上手いじゃん!え、なにお前、そんな力あって俺に強さを見せろとか言ってたの?俺を苛めたかったの??」

 

「? このくらいは貴方にだって出来るでしょう?」

 

「oh!そんな無垢な目で俺を見ないで!」

 

なぜか沸き上がっている拍手は無視し、前田は首を傾げながら修一に拳銃を譲った。

 

「はぁ…余計なことしたなぁ…」と小さく呟く修一。先ほどのカラオケの例えならば歌が上手すぎる人の後に歌う人の心境だろうか。正直勘弁してほしい。

だが前田にさせておいて自分がしないわけにはいかないと判断し、バミリに立ち銃を構える。

 

(…私が見たいのはここ。彼がこの高校生時代にどれほどの実力があるか。彼がもしこの時代頃に()()()()()()()を手に入れているのなら、その片鱗がこれで見えてくるはず)

 

彼女は彼の力の正体が知りたかった。彼の強さを自分も欲しかった。だからこそ彼に力を見せて欲しいと頼んだのだ。彼の撃つ姿や指の動きなどを真似すればきっと自分にもできると彼に意識を集中させた。

 

…のだが、そんな前田が目線を逸らした。その先は、先ほどまで頼んでもいない拍手をしてきていた観客。その()()だ。

 

 

(……何だ? 全員こっちをみて笑っている…笑顔…というよりバカにしているような…??)

 

「ちっ」

 

前田の後ろにいる理子が舌打ちする。その意味を考える前に、彼の射撃が終わった。

しまった、と慌てて視線をスコアボードに向ける。

 

 

そしてーー

 

 

「…え?」

 

前田は口をぽかんと開けることしかできなかった。彼のスコアはーー

 

 

『0』

 

 

一度も的に当たっていない。そう結論付けるその結果を前田の脳が納得しようとしなかった。

 

「ま、こんなもん…だよな」

 

ワッ!と先ほどの前田に送られた拍手とは意味の違った喝采が起こる。罵倒や失笑、様々な声が射撃場内に広がる。修一はそんな中普通に前田と理子の元へ戻ってくる。

 

そんな中一際驚いていたのは、頼んだ当の本人、前田綾だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!『0点』!? 私をバカにしてるのですか!?ふざけないでください!そんなの絶対に信じられません!貴方は私以上の点数を取るはずなんです!それが当たり前でーー

あ、あれですか、先程の射撃成績程度では貴方の本当の実力は見せられないってことなんですか!? だったら!」

 

「…ふざけてなんかねぇし、本気だ。本当の実力ってのがなんなのか知らねぇけど、俺の銃の腕は()()()()()()なんだよ」

 

「そん、な…」

 

ふうと息をつき、拳銃を戻す修一に嘘を吐いている様子は見られない。周りから『サイカイ』や『クズ』などの暴言が飛び交う。前田は彼らの反応が英雄に対する反応でないことが今になってようやく理解できた。長年アンダーグラウンドな世界に身を置いていた彼女だからこそ、彼が真実を言っていることは理解できてしまった事実。

 

 

しかし、前田はその長年の自分の感覚ですら認めたくなかった。自分が間違っている、周りが間違っている。彼は自分にとって英雄であり、ヒーローであり、なにより最も目標とする人だったのだから。

 

「──っ! だったら!」

 

彼女は目つきを一瞬にして変えると、超能力を使い一瞬にして岡崎の懐に潜り込む。周囲が目を丸くする中、右足を軸にくるりと回転し修一の顔面に向け蹴りを放つ。

 

(岡崎修一は近接戦闘の達人だった! こんな隙だらけの不意打ちなら軽く避けてくれるーー!)

 

彼女の理想とする彼ならばこれくらい避けて反撃してくる。

 

 

そう判断したからだ。

 

 

ーーが

 

「ーーッァ!?」

 

「!?」

 

修一はそれに対応することも出来ず、そのまま呆気なく吹き飛ばされた。防御も取れず、懐に潜り込んだ前田に合わせることも出来ずただ、蹴り飛ばされた彼は間違いなく()()()()()だと前田の反応が判断する。

 

ーーその結果に一番驚いた表情をしているのは、前田本人であった。

 

「こ、こんなの嘘だ! あの岡崎修一がこんな……! ほ、本気を出せ! こんなものじゃないだろう!? 私とのあの戦いは、ただ運が良かっただけとでも言うのか!?」

 

「ちょ、ちょっとあーたん落ち着いてって!」

 

怒りすら覚えて倒れ伏せる修一の胸倉を掴みあげ揺さぶる前田を理子が慌てて止めに入る。

瞬間、我に返った前田は下唇を噛むと、気持ちが爆発しそうになるのをなんとか抑えて射撃場から逃げ出した。

 

 

前田の中の『岡崎修一』に、ビキリとヒビが入る。

 

 

 

『…しゅーちゃん、痛い?』

 

『あぁ、今回は、マジで痛いな。……ここ(心臓)が堪らなく痛ぇ…クソがっ!』

 

 

理子の蹴りでも言わなかった言葉を、修一は唇を噛み締めながら呟くのだった。

 

ーーーー

 

 

前田は、彼のことを自分で調べることにした。

 

 

まだ捨てきれなかった。自分が今まで尊敬し、望んでいるヒーロー像そのままだった彼があんなものではない、と。

 

 

彼女は彼に直接聞くのではなく、周りからの情報を集めることにした。他の人が彼の武勇伝を語ってくれるならそれを嘘くさくても鵜呑みにして自分を納得させようとすら思った。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

ーー()()()()()()

 

 

『岡崎ぃ?あぁ、あの強襲科の最下位だろ?射撃テストで0点取ったってやつ、マジウケるんですけどww』

 

『拳銃を逆に持って発砲して自分の足負傷したって話聞いたことあるよ〜?あんな最下位が拳銃とか持っちゃダメだよね〜?あぁ、あとねクラスで孤立しててぼっちだって噂だよ?』

 

『確かランク戦のチーム対抗で1人逃げ出したって聞いたよ?おかげでチームは負けちゃったって。謝りもなかったんだって!ほんとクズだよね?』

 

『数人の女の弱み握ってて、クソなことやってるって聞いたわ。確か一年の鈴木 桃子とか、神崎・H・アリアとか。変に馴れ馴れしく話しかけてるの見たってやつがいっぱいいたよ』

 

『お人形大好きキモ子ちゃんだからあいつww!家に女子の等身大人形持ってるって話だぜ。なんか岡崎いないはずの家に人影見たってよ!しかもそれを食堂に置きっぱにして晒しにあったってただのバカだよなwww!』

 

 

話を聞くたびに、真逆の、ヒーローとは程遠い『岡崎修一』が前田へと伝わる。武勇伝も何もない。ただただ彼のひどく、醜い歴史が浮かび上がっていく。

 

 

次第に前田の体温が下がり、顔が青くなっていく…。

 

 

そして最後の極め付けは、これだった。

 

 

「岡崎?ああ、確か『女子武偵に暴行した最低男』の名前だろ?」

 

「…暴行、ですか?」

 

「そうそう、一年の女子に馬乗りになって顔面を何度も殴ったらしいぜ。…確か小さな女の子だって聞いたな。泣いてる顔に何度も殴りつけた跡が残ってたって。病院に担ぎ込まれたけど顔は元に戻らないとかなんとか言ってたな」

 

「そん、な…」

 

 

ありえない…そう思いたかったが、事実彼を知る時間は過去と今の数時間。この程度で人を理解するなど不可能だ。

もしかしたら、今まで英雄だと思っていた彼は虚像で…本当の岡崎修一は…こんなやつなのかもしれない。と前田の中で黒い何かが渦巻く。

 

 

 

『ーーお前が本当に望んでる世界に必ず近づけるから!もっと肩の力抜けよ。人間らしく、自分に正直に生きてみろって!それだけで世界が変わって見えてくっから!』

 

 

 

「馬鹿な…馬鹿な……ッ! それじゃあ、あの戦いは、あの言葉は……何だったんだ……!」

 

 

前田が、過去を思い出し叫ぶ。そして、岡崎家のリビングで理子とセーラが言っていた意味を理解した。

 

 

 

 

 

彼女の中の岡崎修一が粉々に砕け散った。

 




2話目が終わりました!最終話までお付き合いください!


3話は20日投稿です。

19日に「寄生系超偵の活動録」の方で、別のコラボ話の3話が投稿されますのでそちらもお読みいただければ嬉しく思います!

ではでは〜


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超偵は彼女たちと出会い、サイカイを知る

2話のあらすじ
「とある理由から岡崎修一を英雄と慕う前田綾だったが彼の射撃の腕がサイカイであることや他にも様々な失態を犯していることを知る。英雄だと思っていた彼が真逆の存在であると知り、彼女の中で岡崎修一という男が崩れ果ててしまったのだった」

3話目になりました!

コラボ先は「寄生系超偵の活動録」です!

では、どうぞ!


『これから知ることが貴方の求めている答えとは違うものになる。ーーそれをどう判断するのかは貴方の自由だけど、貴方が本当のことを知りたいと思ったらまたここに戻って来ればいい』

 

「まぁ、どうせ行くところも無いですし……」

 

射撃場から抜け出した前田は、彼のリビングでセーラが言っていた言葉を思い出していた。セーラはきっと自分がこうなることを予期していたのだろう。今の自分に何か言うことがあるのかもしれない。そう判断し、13時を過ぎた頃、前田は岡崎の自室へと向かっていた。

 

「…入っていいよ」

 

インターフォンを押すと、すぐにガチャリと扉が開く。やっぱり来たかという顔をするセーラが部屋へと招き入れた。

 

前田は靴を脱ぐと先ほど座った位置へと移動する。「マカロニいる?」と嫌いなものを押し付けようとするセーラをやんわりと断りつつ、前田は本題に入る。

 

「貴方は、どこまで知っているんですか?」

 

「…貴方が知ったこと、()()()()()()()

 

もう話の内容はセーラに筒抜けだったようだ。前田の前、理子が元々座っていた位置へと座り、マカロニの入った皿のサランラップをはがしながら即答で返して来る。

 

「酷いことって……あれ以上のことをあの男はしでかしているのですか…!?」

 

「………。」

 

叫ぶような前田の言葉にもセーラは何も言わず口にマカロニを運びながら次の言葉を待つ。

前田は見たくなかった物を見てしまった、とでも言うように手で顔を覆うと呻き声をあげた。

 

「射撃場でのあのスコア、そして武偵の皆さんの話を聞いて思いました。……宿を借りている分際で家主の事を悪く言う無礼を承知で言わせてもらいますが……話を聞く限りじゃあの人はロクデナシのド畜生です。趣味に関してはとやかくいう気はありませんが、人に対して理由もなくただ暴力を振るう。そのような行為……武偵としては不適格……人間としても深夜に徘徊する不良以下のチンピラレベルと評するしかありません……」

 

「…うん、やっぱりそうなった」

 

セーラは苦々しい表情をしながら、一度頷くと机から離れソファの方へ移動する。手元に紙とペンを用意していた。

 

「そうなったって…そうなるしかないでしょう?むしろあの話を聞いて良い人だなんて言う人がいると思いますか?」

 

居たらどんなマゾですか、とゲッソリとした顔で見つめてくる前田にセーラは首を振った。

 

「…いない」

 

「ですよね。だったら、どうして貴方は彼と一緒に過ごしているのですか? あんな男と一緒にいたところで世間の冷たい目に晒されるだけではないですか! どんなメリットがあると……!」

 

「…修一といて面倒に思うことなんてーーいや、あるか」

 

だったら…!そう続けようとした前田だったが、セーラはそれより早くあるものをひょいと飛ばしてきた。

 

それは四つ折りに折られた紙だった。

 

「これは…?」

 

「…今のあなたに私から何を言ってもしょうがない。それより、貴方が()()()()()()()()()()()()()()()()()()にあって来た方がいい」

 

「……? 本当に、知りたいこと…?」

 

「…………すぐわかる」

 

疑問を口にする前田だったが、セーラはもう話は終わったとばかりに前田から顔を逸らしテレビをつける。

もっと詳しく聞き出したい前田であったが、セーラの放つ無言の威圧感に呑まれて、困惑した様子で手元の紙へと視線を向けた。

 

「本当に知りたい事を知っている人……? どういうことだ……?」

 

取り敢えず見てみるか、と紙を開くとそこには、数人の名前が書かれていた。

 

鈴木 桃子

火野 ライカ

島 麒麟

 

ーーーーー

 

「調べた情報が正しければ、もう植物園から出てきている頃ですね。一服するとしたら人目に付きにくいこの辺りが最適なはず……」

 

特にすることが他になかった。その理由だけで行動する日が来るとは前田は思ってもみなかった。いつもなら何かしらトレーニングやら、武器のメンテナンスをしているのだが、わざわざ並行世界に来てまでやることではない。そもそも学生名簿に自分の名前がない時点で武偵校の殆どの設備は利用することは出来ないのだ。

 

「! ……彼女か」

 

必然、有り余った暇な時間を前田はメモの謎を解き明かすことに費やすことにした。

メモの中には知った名前もあれば、全く知らない名前もあり、調べ上げるのは中々に骨が折れた。

 

「お初にお目にかかります~! 鈴木桃子さんですよね? 噂通りお美しい!」

 

「……は?」

 

しかし時間をかけた甲斐あって、前田は彼女と接触することに成功していた。

懐に右腕を入れたままゆっくりと対象に接近する。

 

鈴木桃子。別名は夾竹桃、元イ・ウーのメンバーである。黒い長髪に黒のセーラー服、和風美人と言える容姿をした彼女は、一人女子寮の近くで煙管を蒸かしていた。

前田は相手に悟られないよう、笑みを浮かべながら彼女の持つ”戦力”の分析にかかった。

 

(あの手袋に覆われた左手……キナ臭いな。それにこの気分が酩酊してくるような花の匂い……毒使いか。それも超一流。衣服にワイヤーも仕込んでいやがるな。移動と殺傷用の兼用か)

 

本心を押し殺し、前田がニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべながら声をかけると、夾竹桃はチラリと前田を見て……すぐに目線を逸らした。全く興味ないといった様子だ。

 

「貴方、誰?」

 

「あ、あはは……御気分を害しちゃいましたか? いやぁお休み中、申し訳ありません。少し聞きたい事がありまして……」

 

「…悪いけど人と馴れ合う気はないの。取り繕ったような笑顔を浮かべて人をコソコソと見てくるような奴とは尚更ね。

教務課からの言付けとかじゃない限り私に話しかけないでもらえるかしら?」

 

左手の手袋に手をかけつつ、冷たい視線を向けてくる夾竹桃。

そんな彼女に前田は笑顔を掻き消すと、海の底を思わせる蒼い瞳を向けた。

 

「こちらに戦闘の意志はありません。岡崎 修一について、話を聞きたいだけです」

 

「……。……はぁ、聞くだけよ」

 

修一の名前を出すと、夾竹桃はため息をつき近くのベンチへと座った。

突き放されるかとも思ったが意外とあっさりと進んだことに前田は少し驚いていた。やはり何か弱みでも握られているのか?と勘ぐってしまう。

 

夾竹桃からは敵意や殺気というものが感じられない。

前田は懐の中で右手に握っていた拳銃から手を離すと彼女の隣へと座った。

 

「それで、何が聞きたいの?」

 

「はい、実は…」

 

前田は夾竹桃に、ことの説明をした。並行世界などのことも全て伝えた。信じてもらえないかと前田は心配したが、「せんぱ…岡崎はそれでどんな反応したかしら?」「え?ええと、超ハイテンションですげー!を連呼してましたね」と言うとなぜか納得してくれた。不思議だ。

 

「なるほど。それで()()()の私のところへ来たのね」

 

「はい、貴方の実力は見てわかります。かなりの強者だと。少なくとも岡崎修一に遅れを取るとはまず考えられない程の実力を感じ取れます。そんな貴方がどうしてあの男にいい様にされているんですか!? やはり何か弱みか、それとも弱点を握られてーー!」

 

「弱み…ね」

 

前田が隣に来てから隙が全くない。そんな彼女があの失態を見せられた岡崎の言いなりなど、あり得ない。そう前田は確信していた。

 

「弱みなんて握られてないわよ。…ただそうね、借りがあるからある程度のことは聞いてあげてるってところかしら」

 

「…借りですか?」

 

「そう。私があの人に一生を使っても返さないといけないほどの、大きな借りを。あの人には色々と助けてもらったから」

 

その時煙管を口から離した夾竹桃が少し笑いながらそんなことを口にした。それは、先ほど話した彼の悪の部分を全てを肯定し、尚、それでも彼を慕うという意味合いの詰まった彼女の言葉だった。

 

「…!あなたも、どうしてあんな男を!強襲科の最下位で、ランク戦のチーム対抗で一人逃げ出し、あなたや他の女子数人の弱み握ってて、女子武偵に暴行した最低男なんですよ!?」

 

「……客観的に聞いてみると本当ボロクソの評価よね。それ誰に聞いたの?」

 

「ここの武偵学生のほとんどがそう言っていました!そしたら――」

 

「はぁ、放っておくのも面倒だって伝えたはずなのだけど…」

 

前田は目を見開くと夾竹桃へと詰め寄る。叫びたい思いが止められなかった。わけがわからない、どうして。あんな男と一緒にいてもいいことなんてないはずだ。基本的に物事を合理的に考える前田には納得がいかなかった。

 

「………。そうね。貴方とはもう会うこともなさそうだし、教えてあげる」

 

しばらくその様子をただ見ていた夾竹桃はふぅと一度深く蒸すと、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は、あの人に借りがあるって話を具体的に教えてあげる。借り…というより『恩』と言ったほうがいいのかしら」

 

「お、恩…ですか?」

 

繰り返す前田に夾竹桃は頷く。

 

「私の知り合いに児童保護施設に住んでいる子供達がいるの。その子たちが、暴力団組織に狙われたことがあってね」

 

「そ、それは何とも……災難でしたね」

 

「そうね。でも私より災難だったのは、岡崎よ。『私が関わったからという理由』だけで暴力団組織を敵に回したのだから。裏組織に関わってもろくなことにならないということは武偵なら分かりきっているでしょう?」

 

「…ええ。組織に個人の力で挑むなど自殺行為も同じで…って、え? 嘘…えっと、その話、本当…なんですか??」

 

前田の疑問に夾竹桃は深く頷く。…が、前田はそれを素直に受け止めることができなかった。なにせ、今の前田の中にいる岡崎 修一がそんなことをやるはずがないからだ。

 

最低男が…わざわざ一人のために、組織と戦った…??そんなの矛盾している…

 

 

(むしろそれは、最初に私が理想としたーーッ!)

 

 

前田は、胸がグッと締め付けられるような錯覚を覚えた。その様子を夾竹桃はただただじっと見ている。彼女は小さく「…同類ね」と呟く。

 

「岡崎には借りがある。あのバカ男がしたいと言ったなら、意を反することはしないって決めてるの。…これ、先輩に言ったら毒で一ヶ月は動けない体にしてあげるから覚悟しなさい」

 

「せ、せんぱい?」

 

「それは忘れなさい。…私はもう行くわ。コミケの原稿が残ってるし。あぁ、あともう一つ。貴方時間が空いたらぜひ私のホテルに来なさい。いい素材よ、貴方」

 

夾竹桃はそれだけ言い残すと去っていく。前田は胸に手を当てこの疑問を頭の中で繰り返した。

 

一体これは、どういうことなんだ…?生徒達が言っていたことと、今彼女が言ったことは…

 

 

 

正反対、真逆の言葉じゃないか。

 

 

 

今のままじゃわからない。そう判断した前田は、この疑問を解消するため再び紙を開く。そして次に書かれた名前の金髪の彼女を探すため再び移動を始めた。

 

「彼女が居るとするなら……強襲棟の近くか?」

 

彼女の中の岡崎修一が、粉々に砕けた彼が少し揺れ始めた。

 

 

ーーーー

 

「火野ライカさん、見つけましたよ」

 

「? えっと……誰だ?」

 

次に書かれていたのは書かれていたのは火野ライカ、編入学時に一度手合わせをした程度ではあるが、彼女のことは前田も知っていた。

もっとも”この世界の”火野ライカは前田の事を知らないが。

 

(この人に一体何を聞けというんだ…?)

 

夾竹桃に見せたような作り笑いは浮かべず、単刀直入に前田は切り出した。

 

「『初めまして』。2年の前田綾といいます。貴方に岡崎修一について聞きたいことがありまして…」

 

「うぉ、先輩だったんすか!ってーか岡崎先輩…?ま、まぁ手短に済ませてくれるならいいっすけど」

 

さて、何から聞けばいいのか…前田が考え始めたその時ーー

 

「お姉様!だ、誰ですのこのとっても綺麗なお方は!?」

 

火野の後ろから走って来た小さな金髪の女の子が前田を指差して驚いている。

前田は面識がないその子にキョトンと首をかしげた。

フリフリの改造制服から理子を連想させる謎の少女は前田の天然気味の仕草に『フォォォォウ!!』と奇声をあげている。

正直言って、少し不気味だった。

 

「麒麟、早かったな。今ちょっと先輩から質問されててさ…」

 

「せ、先輩!?こんな美人な先輩が東京武偵にいらっしゃったのですの!?」

 

美人だと無邪気に連呼する彼女に前田はギクリと肩を揺らした。

 

(クソ、不味い……所属していない事がバレたら面倒な事にな……いや待て、麒麟だと?)

 

「あの、もしかして貴方が島 麒麟さん、ですか??」

 

「そうですけど?会ったことがありましたかしら??」

 

「いえ、火野さんの後にお伺いする予定でしたから。あの、お二人に岡崎修一について聞きたいことがあってここに来まし…え゛ あ、あの…どうしてそんな苦虫を噛み潰したような表情を…?」

 

「あぁ、麒麟のこれは無視していいですから」

 

本題に入ろうとした矢先…彼の名前を出した瞬間、麒麟の可愛い顔が一瞬で般若へと変わる。一体何をしたらここまで嫌な顔をされるんだ岡崎修一と前田は心中で問い掛ける。

 

「あの男は、理子お姉さまをたぶらかす嫌な男ですの!成績も最下位ですし、麒麟のことバカにしますしの、貴方のようなお綺麗な方が気にかかるような方ではないですの!」

 

(……やはり岡崎修一は最悪な男だ…。それにしてもどうしてこの子はここまで岡崎を嫌っているんだ…? 下着でも盗られて金に換えられ……いや、違うか)

 

麒麟のあまりにも大げさな表現に前田は一つ思い当たる内容があった。

 

「もしかして、あなたですか?『岡崎修一に暴力を振るわれた女子武偵』というのは?」

 

「そ、それは…」

 

麒麟のその一度たじろぐ様子に前田は目を細めた。間違いない、この島麒麟が岡崎修一に暴行を加えられた被害者だと。

 

(こんな小さな子に暴力を加えるか。武偵というからもっと強襲科のような生徒かと思っていたが、神崎さんみたいな例もある。この娘は大して強くもないだろうに……!)

 

「教えてください!あの男は本当にそんなことをしたのですか!?」

 

前田は麒麟にぐいっと近づくと肩を持ち問いかける。前田の中の岡崎修一が右に左にと揺れる。理想と虚像。どちらが理想でどちらが虚像なのか、前田の中の岡崎修一は既にゲシュタルト崩壊を起こしている。

 

万が一、こんなか弱い少女さえ狙ったというのなら、今までの経緯など全て無視し『岡崎修一を全力で叩き潰す』そんな焦りにも似た感情が前田の中で渦巻き始めていた。

 

 

ーーーそこに、

 

 

 

「ああ、その話なら私ですよ私」

 

 

頬をかき、苦笑いでそう答えたのは彼女の横にいるーー

 

 

火野ライカだった。

 

 

「え?ひ、火野さんが…?」

 

「そーですそーです。実際にボコボコにされたというのは事実だけど、まぁ私もあの時は先輩をぶっ飛ばそうと本気で殴りかかったのでしょうがないかなって思ってますが」

 

「あの、つまり、岡崎さんが、火野さんに、勝ったの…ですか?」

 

信じられないという様な目の前田に、ライカは頷いた。前田はその返答にしばらく固まってしまった。

 

これも先ほどの、生徒たちが言っていた岡崎修一という形とは全く違う。最下位の岡崎修一が前田が一度負けた彼女に勝った…?そんなこと有り得るわけがない。

 

(オイオイオイ本当に、どうなっている?人によって岡崎修一の捉え方が全く違う…!どれが真実で、どれが偽の岡崎修一なんだ…!?)

 

「ほら麒麟、本音を言え。この人、本気で勘違いをしてるみたいだから」

 

「えぇ…?」

 

そんな前田を見てライカは麒麟の背中をちょんと押す。前田の前に立つ形になった彼女は手に持つ少し汚れた人形を一度見て、ギュッと握りしめた。

 

「…お姉様がそう言うなら、わかりましたですの。…その、岡崎先輩には、まぁ、その、本当に、本当にちょっとだけですけど()()、してますの」

 

「…感謝、ですか?」

 

「本当にちょっとだけですの。その、この子を助けてくれたこととか、お姉様を一番に考えてくれたこと、お姉様を救ってくれたことはまあお礼を言ってもいいかなって思ったんですの!それだけですの!!」

 

麒麟は自分で言ってて恥ずかしくなったのか少しづつ早口になり最後は吐き捨てるように言うとどこかへと走り去ってしまった。ポカンとして彼女を見送る前田に、ライカは思わず笑ってしまう。

 

「前田先輩、岡崎先輩とどういう仲なのかは知らないっすけど、もし敵になろうってなら覚悟しといた方がいいっすよ。岡崎先輩ほど()()()()()()、私は見たことがないんで。あれもあれで強敵っていうじゃないですかね。それじゃ、私も失礼します」

 

「…きょう、てき…??」

 

前田に一礼して去っていくライカ。前田はその言葉を頭の中で繰り返し、過去に己を叩きのめした岡崎修一の姿を思い出した。

 

(…力があるのか、ないのか。もうそれすらもわからない…)

 

張り裂けそうになる頭で必死に答えを探し……しばらくして気づいたことがある。

 

『ほら麒麟、本音を言え。この人、()()()()()()しているみたいだから』

 

(私が…勘違い…??)

 

彼女たちの会話は、前田の疑問をさらに増やす結果となった。

 

ーーーーー

 

恩、感謝、そして強敵。

 

紙に書かれた彼女たちの言葉はどれも彼に対して好意的な言葉だった。今までの、他の生徒や言っていたことがまったく当てはまらない…。もしかして二人いるんじゃないのか?などと訳がわからないことまで考えてしまう始末。前田はもう自分で結論付けるのは無理だと判断した。結果──

 

「…入って良いよ」

 

「お邪魔します」

 

前田は再び岡崎自室の前にいた。自分で結論を見つけられないなら、もう知っていそうな人を頼るしかない。ここまでの心境にさせた当の本人に答えを求めにやって来たのだ。

 

その当の本人、セーラは修一が机におき忘れていた携帯を手に取り操作し始める。

 

「…心境は?」

 

「もう、何が何だかサッパリわかりません。情報が錯綜しすぎて……今まで出会ったどんな人物より謎に満ちている男ですよ、岡崎修一は……」

 

早速聞いて来たセーラに前田は本音を口にする。

 

「一方で女子武偵にすら暴力を振るう最低な最下位男。でも一方では多くの人に感謝されるような私の思い描いた英雄。…一体どっちが本当の彼なのか……。

 

聞かせてください。貴方にこの紙をもらった時に聞きましたよね、貴方がどうして彼と一緒に暮らしているのか、その理由を…」

 

前田は再びここに来てから感じたことがあった。それは「どうして世界最強クラスの傭兵がこんな最低だと言われている男と同棲しているのか」ということだ。彼女は人とあまり馴れ合うことを好まないタイプであることは数時間一緒にいただけの前田にも感じることができた。そんな彼女がどうして岡崎修一と一緒にいるのか。前田には理解することができなかった。

 

そんな前田の気持ちを読み取ったのかどうかはわからないが、人のことを考えず思ったことを口にするセーラが、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「…()()って、言われたから」

 

 

 

 

 

「……。……家族……ですか?」

 

繰り替えした前田に、セーラはうんと頷く。

セーラの軽く頷く仕草が余計に本心なんだと、前田に感じさせた。

 

窓から入った風で、セーラの長い髪が広がる。片手それを抑えながらちょうど目線の高さほどになった日を見つめるセーラはゆっくりと言葉を繋げた。

 

「そう。…ただの言葉でも嬉しい、嬉しいの。

 

あの人がそう呼んでくれるなら、私はずっと修一の傍にいる」

 

銀髪の元最強傭兵は一度だけこちらを向くと、その無表情な顔を少しだけ緩ませた。

優しく微笑むその姿に、涙を流しそうになる前田は下唇を噛む事でそれを何とか堪える。

 

ーー『パパ!』

 

ーー”家族”……その言葉に前田の脳裏にとある少女の笑顔がよぎる。

 

ーー自分が他の何を犠牲にしても守り通したかった、しかし弱かった故に守り切れなかった少女。──もう手の届かない場所に逝ってしまった少女の姿と、似ても似つかない筈のセーラの姿が、何故か前田には重なって見えた。

 

 

「…それが例え、人形大好きな変な趣味の男でも、ですか?」

 

「ん」

 

「数人の女性の弱みを握ってて、酷いことをしていても?」

 

「ん」

 

「人前で簡単に土下座するような、そんなプライドの欠片もない男でもですか??」

 

「ん」

 

「…ッ! ランク戦のチーム対抗戦で、一人逃げ出すような軟弱な男でもですか!?」

 

「どんな修一でも構わない。私は彼の側にいる」

 

前田の攻撃的ともとれる言葉にもただ頷くセーラ。

 

彼女の名前は傭兵界の中では有名である。

 

強さが他の傭兵とはそれこそ桁違いな彼女にそこまで言わせるあの男…。それはつまり、彼女よりも強いから、なのだろうか?

 

前田はもう自分の答えに納得ができないでいた。

 

 

「…最後に、『あなたの聞きたいことを話してくれる』人を教える」

 

「最後の人?」

 

「…いるでしょ?あの()()()()()()()()()()()()。多分、そろそろーー」

 

 

 

その時丁度よくガチャリと玄関から音が聞こえた。

 

 

 

 

そして、前田の前に()()()()()が現れる。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

岡崎修一。

 

 

 

彼は友人が困っていたら助ける…が、友人以外を人間だとも思わない最悪な男?

 

それとも生徒たちの言っていることは全て嘘で、英雄のように人々を助けるような善人?

 

もしくはセーラや夾竹桃や火野ライカが言っていたことは全て嘘で、実は影で残酷なことを繰り返しているような男??

 

でなければやはり自分が最初から考えていた本当の英雄??

 

 

 

彼女の中で様々な岡崎修一が生まれ、そして消える。

 

 

そして…

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「やっほ、あーたん」

 

「…理子、さん」

 

 

 

 

理子はひらひらと前田へ手を振る。その左手には、拳銃が握られていた。

 

 

「さて、お話、しよっか?」

 

「……ええ。お願いします」

 

 

もうすぐ、日が暮れるーー。向かい合う両者の立つその場所に当の家主は存在しなかった。




最終話は26日投稿となります。

8月25日に「寄生系超偵の活動録」の方、別のコラボ話の最終話が投稿されますのでそちらもご覧ください!


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そして超偵は本当の強さを知る

あらすじ
「岡崎修一という存在が理解できなくなってしまった前田綾。
そんな彼女は答えを求めて峰理子と向かい合う」


夕焼けの光が部屋を照らす。そこには拳銃を構える女子武偵がいた。

 

彼女はニコニコと笑った表情のまま、一歩近づく。

 

「さぁってさて〜あーたんはしゅーちゃんのことをどー思ってるのカナ?」

 

「……お話しするって割には、穏やかじゃないですね」

 

顔と声は笑っていた。…が、その声には圧があった。銃口を向けられた前田が引き攣った笑みを浮かべて一歩下がる。『敵にならないことを願う』。そう言われたことを思い出した。理子にとってそれがどこまで深い意味だったのか、今の前田には分かっていた。

 

(それだけ思い入れがあるということか)

 

だからこそ、前田は本音を、ありのままに思った事を話す。

 

 

「…射撃場でのあのスコア、そして武偵の皆さんの話を聞きました。話を聞く限りじゃあの人はロクデナシのド畜生で…人に対して理由もなくただ暴力を振るう…。そんなの人として間違っている。峰さんもセーラさんも皆、どうしてそんな人を好いているのだろうと本当に疑問に思いました。おかしいのは私ではなく貴方達だと」

 

「…………。」

 

前田の言葉に理子の目が鋭くなる。カチャリ…と銃にかかった指が少し動いた。

 

「でも、正直わからなくなってしまいました」

 

「…?わからないって??」

 

その指が再び止まった。気持ちの整理がついていない前田は、思ったことを口に出して自分でも整理したいのだろう。彼女たちの姿を思い浮かべながらゆっくりと言葉を繋げ始める。

 

「鈴木桃子さんに、火野ライカさんに、島麒麟さん…そしてセーラさん。みなさんの話を聞きました。…皆さんそれぞれで彼に思うところはあるようですが、その中には感謝の言葉がありました。その言葉は嘘じゃなく、心からの言葉、でした…」

 

理子はチラとセーラを見る。前田の言葉に今までの流れを読み取った理子は、セーラも色々と考えていたことを理解した。

彼女は修一の携帯をぽちぽちといじる事に夢中でこちらを見ていないが、元々人に興味のない彼女がここまで動いたのは彼のためであると察したのだ。

 

「私はもう…わからなくなりました。彼が想像通りの英雄なのか、それとも噂通りの屑なのか…」

 

「英雄、か。しゅーちゃんが英雄…」

 

英雄。その言葉を繰り返す理子。彼女の中でも修一は大きな存在だ。人から賞賛されるべき人であると思う。

 

ーーが、理子はその英雄という言葉は彼には似合わない、そう感じていた。そしてそれは、彼と過ごす時間が長かったからそう思う話であるとも理解した。前田はただ、その違いを理解できていないだけだと。それを伝えるためにはーー

 

理子は決意を決める。修一が()()()()()()と思い、セーラがそれを手伝ったのなら、彼女である自分はもっと彼に協力するべきだと。

 

「ちっ…なんで毎回女なんだよ…」と小さく舌打ちし、理子はその口を開いた。

 

「じゃあ、一つだけ昔話を聞かせてやる。理子のとっておき。恥ずかしいから人に言ったことなかったんだけどな」

 

銃をゆっくり下ろすと、昔話を始めた。

 

「理子、修一に依頼を手伝わせたことがあったの。普通の依頼じゃない、それもとびきり危険ものを…()()()()()()()()()()()()()()ね。」

 

「……中々に鬼畜な事しますね」

 

「ふん、知らねぇよ。ただの猫の手が傷ついたくらいでいちいち相手にしてられるか…ってその時は思ってたよ」

 

「それで、岡崎さんは?」

 

「随分文句垂れてたよ。『金があるから手伝う気ない』だ、『金のためにやってる』だぁ?金金金金カネばっかり。クソ男子のテンプレで文句だけ達者に言って仕事するまでにどれだけ文句言うのかと思ったよ。人が本気で取り組んでることに文句を言うような、そんな男だって印象だった」

 

(……まぁ、そうなるよな──)

 

前田は聞きながら、話も終わらない前に彼のことを結論付けようとする。その表情を理子は読み取っていた。それでいい。理子はそのまま話を続けた。

 

「…。それで、文句言いながらも一応ある程度はこなしてくれたんだけど、その作戦の中トラブっちゃったんだ。

 

山の中で遭難したの。人の気配もなく、相手は脚に重傷を負った修一1人だけ。助けも山を降りないとダメで、私自身も脚を負傷してた。

 

綾、この時修一はどうしたと思う?」

 

山で遭難して、修一は足に重症、山には誰もいなくて、理子も足を痛めた。前田は与えられた情報を頭の中でもう一度繰り返し、その問いかけにゆっくりと口を開いた。

 

「今まで聞いた話の通りだと……理子さんが邪魔だから置いていったとかでしょうか? ……もしくは自分は折れているのだからと理子さんに下まで助けを呼びに行ってもらうとか」

 

「ま、普通の人はそうするよね」

 

「?」

 

岡崎修一という人間はよくわからない。だから普通の人がその立場になった時どうするかを考えた。自身の足が折れてるなら軽傷の彼女に頑張ってもらう。それが普通ーー

 

「あのバカ、片足折れてるのに

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さっきも言ったけど足が折れてる状態で、ね」

 

「……は?」

 

そう思っていた前田は思わず疑問の声をもらした。

 

「下山なんて1人でも大変だよ。それなのに人1人背負ってさ、理子のために、気遣ってくれてさ。

 

またいつもみたいに文句言うかなって思ってたら『寒くないか?』とか『足痛くないか?』とか。お前だって足折れてるのに…人の心配ばかり。

 

そこからだよ。修一が…まあ、その、い、いい奴だって思い始めたのは」

 

「………。」

 

前田はただ、呆然と理子を見ていた。先ほどようやく固まろうとした岡崎修一という男が再びガラガラと崩れたからだ。理子は「もういいか」と呟くと、彼女を正面から見る。

 

「もう言いたいこと言うとね、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

才能も普通で、バカで、セコくて、女の気持ち全く分かってなくて、いいところより悪いところの方が数が多い唐変木。…でもちょっと優しくて、人のことばっか考えて、自分を(ないがし)ろにしてでも助けようとしちゃうような、そんな優しい人。いいとこも悪いとこもまとめて岡崎修一なんだよ。

 

他の人が何を言ったか知らないけど、それは人のためにやったことだってことだけは信頼できる。だから、そこだけはあーたんも信じてほしいな」

 

(……あ、そう、か)

 

優しく微笑む理子。初めて見た彼女のそんな顔を見て前田は、最初に感じた違和感に気づいた。

 

朝であってから今まで、彼女の雰囲気が、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その理由や意味が全くわからない。ただ少なくとも自分がいた世界よりも柔らかい、繕ったような笑顔ではなくもっと素の表情をしているような気がしていた。

 

この世界の峰 理子が自分の世界よりもっと、もっと幸せそうな顔をしているということに前田は気づく。

 

(遠山君じゃない。理子さんの今の笑顔を作ったのは……岡崎修一)

 

きっかけになったであろう人物の顔が脳裏を過ぎる。

思えば、彼はまだ”高校生”だ。

自分はそんな”子供”にどれだけ荒唐無稽な理想像を押し付けていたのだろうと、前田は自嘲気味な笑みを浮かべた

 

(彼は、英雄なんて大層なものじゃない)

 

壊れそうになっていた岡崎修一が、ガチャガチャと音を立て組み立てられていく。

 

(金に目が無く、勉学も射撃もサッパリな不器用な大馬鹿者だ。逆境に折れそうになったり、道を違え掛けたり、自分の可能性に絶望して腐りかけることもある。でも──)

 

悪い部分も、いい部分も、全て当てはめる。そうすることでーー

 

(最期には立ち上がって、前を向いて歩いて行けるような男の子だったんだな)

 

彼女の中で、岡崎修一という人間像が完成したのだった。

 

(悪い部分は本当に酷い…でも、それも誰かを助けるためだって信じてほしい…か。そんな言葉で信じるなんて普通考えられない…。でも)

 

彼を信じる…のではなく、彼女の笑顔とその違和感を感じた自分の感を信じて見てもいいのかもしれない。そう前田は感じていた。

 

「彼は今どこにいるのですか?」

 

「ん?んっとねー、修行?」

 

「…?? 修行?」

 

 

ーーーーー

 

彼にもう一度会って話をしたい。そうお願いすると彼女は「修行場へGo!」と言う。修行場?と首を傾げながらも向かった先、そこはーー

 

 

射撃場だった。

 

 

「ここですか? あれから随分経っていますが……」

 

「ん。まーだやってると思うよ」

 

「?」

 

何をやっているのか?意味がわからず首をかしげる前田だったが、とりあえず理子についていくことにした。中に入り、人がなぜか多い部分へと進んでいく。角からその先が見える部分までたどり着くと、その目線の先に気づいた。彼がいる。

 

あれから約5時間以上も時間が過ぎているのにも関わらずーー

 

彼はただひたすらに的に向かって発砲していた。

 

もちろん当たりはしない、スコアは相変わらずの0だが、それでも彼は次から次へと弾を放つ。誰がどう見ても意味のない行動のように思える。弾の無駄だ。当然、前田も疑問に思った。

 

「彼は、一体何を…??」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「へ?」

 

理子の意外すぎる返事に思わず理子へ振り返ってしまう。自分の名前が出たことに驚いたと言うのもあるが、それよりも意味がわからないことがあった。

 

スコアを抜く?自分のスコアを??

 

「…何故です? そんな事に何の意味が……」

 

「んー敢えて言うのならあーたんの為? あぁ、でもソレしゅーちゃんに言ったら『自分のためだ』ってムキになられそう」

 

「……私の為?」

 

前田のスコアは強襲科の生徒が見ても驚くほどの高点数。そんな彼女の点数を、的に当てることすら出来ない修一が超す?それは誰が見ても不可能だった。前田自身も最初、そう感じていたのだが。先ほどの理子との会話で思い出す。

 

 

彼が何かをするときは人のためであることが多い、と。

 

 

「しゅーちゃんね、やっぱ嬉しかったみたい。人から強いとか、貴方の力が見たいとか、そんなこと言われたこともなかったから。だから失望したって言われてその分すっごく傷ついてた。胸が痛い〜!って叫んでたよ。そんな気分になるのが嫌だから、自分のためにやってる!って感じかな」

 

「……ハハ、意固地な人ですね」

 

前田は、優しい笑みを浮かべる理子が何を言おうとしているのか理解した。

同時に、自分の勝手な言葉が岡崎の心を傷付けたのだと悟ってしまった。

何だか息苦しくなってきた胸元を押さえ、必死に的に当てようと弾を放ち続ける岡崎の後ろ姿を見つめる。

 

(……諦め続けてきた私とは正反対だな)

 

当たりもしないのに必死になって当てようとする。外野から見たらダサく、ダメな男だと思われるだろう。しかし、一人の気持ちに真剣に向き合って、何とか結果を出そうとする。

その人が一番望んでることを必死になってやろうとしていることをダサいと理子は思えない。それを前田に伝えようとしているのだ。

 

また惚気ているのかと思って理子を見ると、案の定へにゃへにゃと笑っていた。整った顔がよだれでも垂らしそうな顔をしている。よっぽどそんな彼を好いているのかと思わず笑ってしまった。

 

 

ーーそんな時

 

 

 

「うわーやっぱやってるよー!昼間っから当たるわけないのにバッカで〜!」

 

「雑魚は自覚がないから雑魚なんだよね。2年でEの時点で気付けばいいのにww」

 

2人の武偵が、携帯を操作しながら2人の横へやって来て大声で話し始めた。おそらく今の岡崎の様子がSNSで拡散されたのだろう。続々と集まってくる生徒のほとんどが携帯を開いている。皆ニヤニヤと笑いながら彼が撃つ様子を見ている。理子がその様子に先ほどの微笑ましい笑みを辞め、俯きながら下唇を噛む。

 

(……ったく、クソガキ共め……)

 

前田は直感的に理解した。彼女はこの現状をぶち壊したいのだが彼がそれを望まないから我慢しているのだと。彼を一番に考えている彼女だからこそ、ここは我慢しているのだと。

 

しかし、理子が我慢できても前田は我慢出来なかった。

面倒な仕事を押し付けられようが、理不尽な暴力を振るわれようが、相手が”子供”であるならば大概の事は許す前田であったが、あれだけ真摯に努力してる岡崎の姿を嗤う蛮行は許容出来なかった。

 

ココアやリゼ、キンジやアリアといった、善良な子供達と接することが多かった反動もあるのだろう。

結果、学校では気弱で大人しいキャラクターで通してる普段からは考えられない行動に出た。

 

目尻を下げ、おずおずと伺うように2人へ近づいていくと声を掛ける。

 

「あの~……すみません。少しよろしいでしょうか……?」

 

「あ? 何だよ──って、おおっ!? 何だよ可愛い子ちゃん! 逆ナン?」

 

突如現れた儚げな雰囲気を醸し出す金髪蒼眼の美少女に2人の武偵は目尻を緩めた。

操作していた携帯を懐に仕舞うと前田を挟みこむように囲み、頭から靴の爪先まで粘ついた視線で見つめる。

怯えたように身を震わせる少女の姿に彼等の嗜虐心がゾクゾクと刺激された。

 

「新入生? あれ、でも学ランの下に2年の制服着てるしなぁ。こんな可愛い子、俺がマークしてないわけないんだが……」

 

(おいバカ声のトーン落とせ。怯えきって逃げられたら『お持ち帰り』できねぇだろうが。こんな上玉そうそういねぇぞ)

 

(お前の方が露骨だろww まぁ異論はねぇけどさ)

 

「えっと、少しお聞きしたい事がございまして……お時間は取りませんので……」

 

「あー良いよ良いよ。何でも聞いてよ!」

 

「何だったら付きっ切りで案内するよ? 何処に行きたいの? 飯屋? ホテル?」

 

肩を抱き顔を寄せて来た2人に前田は安心したような笑みを浮かべた。

見る者の心を溶かすような無邪気かつ蠱惑的な笑みだったが、前田の本性を知っている人物──とあるハッカーが

この笑顔を見た場合『オタッシャ重点です』と冥福を祈ったことだろう。

それくらいヤバい微笑み方だった。

 

「……ウサギとカメってお話、知っていますか?」

 

『へ?』

 

予想もしていなかった質問に2人の武偵は困惑した様子だった。

 

「ウサギとカメって……童話のアレだろ?」

 

「ウサギとカメが競争して、余裕ぶっこいて昼寝してたウサギがカメに追い抜かれて負けるって話……」

 

「そうです! そうです!」

 

前田はニコニコと笑顔のまま自らの肩に添えられた2人の武偵の腕を掴んだ。割と本気の腕力で。

 

『え゛』

 

熊にでも掴まれたのではないかという握力に2人は目を見開き──

 

「目が覚めたらあの童話を読み返せ、ウサギ共」

 

『うごっ!?』

 

──突如腹部に奔った凄まじい衝撃と鈍痛に白目を剥いて気を失った。

グラリ、と揺れる2人の間を擦り抜けて前田は何食わぬ顔で理子の元へ戻る。

 

「え、なに、キャッ!?」

 

突如、白目を剥いて倒れた2人に周囲がざわつく。

奇妙な事に倒れ込んだ2人の拳は、交差するように互いの腹部にめり込んでいた。

 

「え? 何? 殴り合って倒れたの?」

 

「同士討ちって奴か。喧嘩の場所は選べよなぁ」

 

「うぇ、ちょっ少し吐いてるじゃん! 誰か救護班呼んでやれよ」

 

数秒で行われた惨劇に周囲の生徒達も何が起こったのか把握していない様子である。

 

「お灸終了っと……男の子なんだからそのくらい耐えろよ」

 

パンパンと手を軽く叩き、意識がない2人に一応は謝っておく。

しかし、湧き上がる怒りのボルテージはまだ収まらない。

この2人のような人間のせいで、自分が岡崎修一を()()()することになってしまったという事実が堪らなく悔しかった。

 

 

子供相手に大人げない真似をした。でも後悔はしていない。前田は心の中でそう笑うのであった。

 

 

「わー容赦ないね♫」

 

「私はこの世界にはいない存在ですからね。何しても問題ありませんし」

 

そんな前田に気分を良くした理子はとっことっことスキップしながら彼女に近づくと応急処置と称して、なぜか持っていた『激辛あめ!死ぬほど辛い!!』と書かれたアメを大量に2人の口に放り込む。起きた時の苦しむ2人を想像し、彼女も相当たまってたなこれ…。と前田は思わず苦笑いを浮かべる。ーーが、止める気などさらさらなかった。

 

「……まだ随分と『ウサギ』が居るようですねェ。理子さんも私のウサギ狩り手伝ってくれませんか? 1人じゃちょっと骨が折れますし、全部私がやったことにすれば罪になんてなりませんから」

 

そもそも貴女は変装の達人でしょう、と黒い笑みを浮かべる前田に理子は一瞬目を丸くし……頷いた。

蒼いコンタクトレンズを取り出し目に着けると、ツインテールの髪を前田のセミロングのヘアスタイルに合わせて纏めていく。

 

「…くふ、あーたんって意外と悪どいこと考えるよね。ま、理子も我慢の限界だったからちょっと頑張っちゃおうかな〜♫」

 

 

前田の提案に邪悪な笑みを浮かべる理子。まだまだ気分が晴れないのか様々なお菓子兵器を取り出し始める。前田も怒りなどもろもろを拳に詰め込むと指をバキバキ鳴らした。

 

 

 

 

ーー射撃場の外に強制的に眠らされたウサギの山が出来上がるまで、1分もかからなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

「お〜いしゅーちゃーん♫」

 

「おお、理子か。…あり、なんかツヤツヤした顔してね?良いことでもあった??」

 

「くふ、ないしょ〜。で、しゅーちゃんの調子はどう?」

 

「まぁ、その、いつも通りだな。…それよか前田はどうしてる?」

 

「んーとね、まだなんか用事あるからってどっか行っちゃった。まだまだ時間はあるよ!」

 

「おけ。んじゃあまた手伝え理子。どうにかして()()()()()()()()()()()()()

 

「おーいえー!」

 

修一はやけにハイテンションの理子に疑問を抱きながらもとりあえず優先するべきことに取り掛かった。平賀から機械の修復完了メールは届いていないが、あの天才なら一日で直してしまうことも考えられる。機械が完成次第、前田は帰ってしまうだろう。それより前に点数を抜くとなるといくら時間があっても足りないのだ。

 

ーーそう考えているだろうな。と思っている理子は()()()()()()()()後、修一に問いかける。

 

「…ねぇ、しゅーちゃん」

 

「ん?なんだよ?」

 

「どうしてそんなに頑張るの?あーたんって別世界の人でしょ、別にしゅーちゃんがなんて思われようが別に気にしなきゃいいじゃん。逆に、今他の生徒から変に思われる方がよっぽど辛いんじゃない?」

 

「んー?…あー、そーかもなー…」

 

タタンッと乾いた音を立て、理子の方をチラとだけ見た後修一はまた的へと視線を戻す。

 

彼女がわざわざそれを聞いてくる意味がよくわからなかったが、

 

彼は、いつもの言葉で返した。

 

 

「んなごちゃごちゃしたこと考えてねーよ、めんどくさい。

 

()()()()()()()()()()()

 

だから別に理由なんていらないだろ」

 

「うん♫やっぱりしゅーちゃんはこーでなくちゃ!しゅーちゃん最高!」

 

「うお!?おいバカひっつくなーーーあっ!?」

 

理子は変わらない彼の性格が嬉しくなって思わず抱きつく。そんな理子に対応が遅れてしまい、もうすでに引き金を引こうと力を入れていた指がカチリと音を立ててしまった。

 

タァンと乾いた音が響き、修一の手の中にある全く狙っていない弾が一発放たれた。

 

 

 

しかしそれは、思いもよらぬ結果を招くことになる。

 

 

 

 

『1』

 

 

 

 

放たれた弾丸はポスッと音を立て()()()()()()()()()()()()

スコアの0が今日初めて変わった瞬間である。当の2人はもみくちゃ状態のままその数字をぽかんと見つめていた。

 

「…当たった…?」

 

「あた、当たった…お…おぉ…ぉぉぉぉおおおお!!当たった当たった!やったよしゅーちゃん、やったぁー!!」

 

「おおお!おおおお!?当たったーー!!やったー!!」

 

いえーい!とハイタッチし抱き合う二人。点数としてはただの1点、一般の武偵が失敗して出すような点数であるが、2人は大いに喜んだ。一度も出来なかったことがようやくできた。小さな一歩だが2人にとってはかなりの進歩だ。

 

ーーが、彼の目的はその数段先の話だ。

 

「ってそうだ、1点くらいで喜んでちゃダメなんだよな…!!このまま前田のスコアなんか越してやらねぇーと!」

 

前田綾のスコアは強襲科の面々の度肝を抜く程の特大スコアである。たかが、1点では目標点数に到底たどり着けない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「岡崎さん!」

 

「ん?…あ、あれぇ前田!?お前、どっか行ったって…!」

 

隠れて様子を見ていた前田は修一の横に走り寄る。慌てて理子の横を見ると…

 

「くふ、うっそ〜♫」

 

「この野郎…」

 

てへぺろと舌を出し自分の頭をコツンと叩く理子。前田に修一の本心を聞かせるため、理子は一芝居打ったのだった。事実、それは前田の中の『岡崎修一』を完成体にさせたのだった。

 

「あ、ま、待ってな、前田!あの、この1点もその、調子が悪いだけなんだ!お前の点数なんて軽く超えるから次見とけーー」

 

「岡崎さんっ!おめでとうございます!!1点当たりましたね!!いえーい!」

 

「えぇ!?あ、い、いえーい…?」

 

弁解しようと慌てる修一。しかし前田はそんな言葉も遮って修一とハイタッチする。その様子に戸惑う修一。理子はニヤニヤと笑っていた。

 

「流石、私のヒーローです!」

 

「え?あの、前田さん?俺一点しか取れてないんだけど…その、いいの?」

 

「あの0点スコアでまず当たらないだろうと思っていたものを当てるなんて凄いじゃないですか!流石ヒーローは違いますね!!」

 

「待って待って、そうヒーローヒーロー連呼しないでね恥ずかしくなる。…というかお前、失望してたんじゃないの?」

 

「え、私そんなこと言いましたっけ? 年の所為か私最近物忘れが激しくて…確か岡崎さんの強さが見たいってことは言いましたけど、ちゃんと見せていただけましたし。失望なんてそんなそんな……」

 

「年の所為ってお前幾つだと…って、ん?えっと、それはつまり…??」

 

前田は、意味がわからずぐにゃぐにゃと体を動かせ始める修一の手を取り正面から目を見つめて答えた。

 

「岡崎修一さん。あなたは…あなたの強さは、私の望むモノではありませんでした。強くないですし、かっこよくないですし、それに女の子に非常に弱いですし、おせっかいの度が過ぎてると思います。正直言って理想としていたヒーロー像からは程遠いです!

 

ーーでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()!貴方のやること、貴方のすること全てが私にとってのヒーロー像になったのです!」

 

「あー!!あーたんそれダメー!!それは許してないー!!!」

 

興奮するあまり修一を抱きしめる前田。男友達にするようなモノで他意は無かったのだが、女子になれていない修一は両手を挙げて固まり、理子はそれを引き剥がそうとする。

 

 

それから10分後、興奮しながら修一自慢を話し始める理子と、それを聞いて「おぉぉ!」と良い観客になる前田。そして理子の嫉妬パンチで死んだ修一の姿があった。

 

 

ーーーーー

 

それからしばらくして、平賀からようやく完成したというメールを受け取った3人は平賀の研究室へと向かうのだった。

 

途中なぜか射撃場の前にボロボロになって積まれた武偵学生の山に驚く修一とそれをなんとか無視させようとする二人の攻防があったのだが…それはまた別の話。

 

 

 

「うぃ〜っす。よ、平賀お疲れさんだっな。ススだらけじゃねーか」

 

「うい!頑張ったのだ!」

 

部屋に入ると、白衣を真っ黒にした平賀が工具片手に招き入れた。ススだらけの部屋の中央に先ほどとの同じ『卵かけご飯製造機』が置いてある。

 

「…ん?なんだか前田さんがスッキリした顔をしているのだ。何かあったのだ?」

 

「そうですね。まぁ、色々といい体験をしました。あといい話をたくさん」

 

話がよくわからず首を傾げる平賀だったが、前田が楽しそうに笑うのでよしとした。平賀は、事故にせよ自分の機械の誤作動でこちらに連れてきてしまった前田に申し訳なく感じていた分、そう言ってもらえて嬉しかったのだ。

 

「それはよかったのだ。じゃあ、来た時と同じようにこの中に入って欲しいのだ!」

 

前田は頷くとその狭い装置の中に入る。体操座りなんて久々にしたな…などとのんきなことを考ていた。その周囲を囲む形で修一、理子、平賀がいる。たった今日1日の少ない時間だったが、別れとなると寂しくなるもので、皆数秒静かになってしまった。

 

「じゃ、お別れだな」

 

「はい。あ、岡崎君」

 

なんだ?と聞き返す。前田は彼の顔をしばらく見つめたあと、微笑みながらゆっくりと言葉を紡いだ。

 


「誇って下さい、岡崎君。貴方の持つその『強さ』はどんな超能力にだって勝る貴重なものです。これからも、貴方は貴方らしくいてください。…あぁ、でも受け入れてくれるからって峰さんに迷惑かけてばかりでは駄目ですよ?金銭関係は特に」



 

「は?俺は金銭関係でこいつに迷惑かけたことは一度もないんですけど」

 

「しゅーちゃーん?この前食費なくなったって泣きついてきたの覚えてるよ〜?」

 

「……あれは、セーラが……!」

 

また夫婦漫才のような会話を始める2人に前田は苦笑いを浮かべる。この2人はこれからも変わることはないのだろうと思うと微笑ましい。

平賀も呆れたような顔をして「もう押してもいいのだ?」と聞く。3人が頷くのを見て、スイッチを起動させた。

 

パァァ…と前田の入った装置が青く光始める。もうトラブルがないように平賀はボタンを押した後、すぐに修一の前に立ち、動くなと命じていた。そんな中、光の中の前田が何かを思い出した様に「あ」と声をもらした。

 

「あともう1つだけいいですか?」



 

「お?なんだ??」



 

平賀とお互いの頬を引っ張りあっている修一に()()()()()()()思い返しつつ、前田はニコッと笑うのだった。

 

「将来ガスマスク着けた妙な奴が貴方の前に現れたら、遠慮なくコテンパンにしてやって下さい! ほんっとロクでもない奴なんで! お願いしますね!」

 

「…わかった。お前もこれから頑張れよ!」

 

「はい!それではみなさん、また会える日まで!!」

 

光が部屋を包み込み、そしてその光が落ち着いた時

 

 

もう機械の中に人の影はなかった。

 

 

 

 

ーーーーー

岡崎 修一の世界〜平賀研究室〜

 

『行っちゃったね』

 

『あぁ、あんな完璧超人もいるんだな…。あいつほどのチカラがあれば、護りたいやつみんな自分で、ちゃんと護れるんだろな…』

 

『嫉妬した?』

 

『まぁな。…ま、俺にも目標ができたわけだ。あいつが出会ったっていう俺に少しでも近づかねーとな』

 

『そーだね。でもまずは未来のお嫁さん探しじゃない?ほら、あーたん言ってたし』

 

『…………。俺はもう決めたやつがいるの、そこは心配してねぇ!』

 

『!くふ、それって誰のこと〜??』

 

『絶対言わねぇよ』

 

『え〜?理子は口にしてくれたら嬉しいんだけどな〜』

 

『絶対言わない』

 

なんだよも〜。とふて腐れながら去って行く理子。修一は、はぁと安堵の息をはき、夕暮れの空を見上げた。

 

確かに理子の言っていた方もなんとかしなければいけないが、今できるのはやはり前田が未来で会った自分の様になること。前田に希望を見せられる様な自分になれる様にすることだ。

 

 

 

(前田、いつかきっとお前の力になれるくらい強くなってやる。

お前に会えてよかった)

 

 

 

 

ーーーーー

 

〜前田 綾の世界〜東京武偵校第一女子寮607号室にて~

 

『……ん』

 

まどろみの海に沈みこんでいた前田の意識がゆっくりと浮上する。

 

『……ゆ、め?』

 

前田はベッドからのそりと起き上ると寝惚け眼を擦りながら呟いた。

カーテンを閉め切り、電灯を消しているせいで居室は真っ暗だ。

 

(……ハッ、随分騒がしい夢を見たもんだ)

 

取り敢えずカーテンを開けるか、と前田が腰をあげた時だった。

インターホンが鳴り響いた。ふら付きながら玄関に向かい、扉を開けると見知った少女の姿があった。

 

『あー! 此処に居たー! 綾ちゃーん!』

 

『……あ、ココアさん。おはようございます』

 

寝惚け眼の前田の目の前に、明るい茶髪の後輩、ココアがいた。彼女がいることがここまで安堵感を出すことなど珍しいだろう。……が、ココアはなぜかぷりぷり怒っていた。

 

『おはようじゃないよ!もう夕方だよもー!どこに行ってたの!?今日もパン作り付き合ってくれるって約束してたのに〜!』

 

『……え゛!? し、しまった! ゴメンなさい! 完全に寝坊しました! こ、この埋め合わせは必ず……!」

 

『むー! ……むぅ?』

 

わたわた慌てる前田の掌から、何かが零れ落ちた。

むくれていたココアはそれに気が付くと、ヒョイと拾い上げる。

 

『何これー? 飴?』

 

『!! それは……!』

 

毒々しいまでの赤色をした飴玉だ。

ラッピングには”激辛あめ!死ぬほど辛い!!”と書かれている。

 

(……あれは……夢じゃ……)

 

『死ぬほど辛いって大げさだなー。あ、アヤちゃんのポケットにも沢山入ってるみたいだし、1個貰ってもいーい?』

 

『!? えっちょっ!?』

 

ココアの言葉に視線を下ろせば、確かにポケットには溢れんばかりに飴玉が詰め込まれていた。

前田が呆然ソレを見つめている間に悲劇は起きてしまった。

 

『アバ、アバババババーッ!!?』

 

『言わんこっちゃないいいいいぃぃぃ!? ココアさん! ペってしなさい! ペって!』

 

ガクガクガクと痙攣し始めたココアを引っ掴むと慌てた様子で部屋に運び、水を差しだした。

 

『がらいよ゛ぉ……ごれもうちょっとした拷問道具だよぉ……こんなの何処で手に入れたの?』

 

『と、とあるヒーローを手助けするための小道具として頂いた物で……』

 

『……ひーろー?? なぽれおん〜とかおだのぶなが〜とか?』

 

『えぇ……』

 

涙目で呟く彼女の中のヒーロー像はどうなってるんだというツッコミをしそうになったが、脳内でその2人と前田にとってのヒーローを並べたところ、どうにも笑いが込み上げて来て仕方が無かった。

 

『そんな偉大な人たちと並べるられると彼も泣きそうになりそうですが…まぁ、私に取っての英雄…いえ、()()()()()()()()()()()でしょうか』

 

『!! 綾ちゃんがヒーローって言うくらいなんだから凄い人なんだね! 教えて教えて!』

 

『……いいですよ。まぁ、少し長くなるので茶請けとか用意してきますね』

 

目を輝かせて急かすココアを宥めつつ前田はコーヒーを淹れながらどう話したものかと考える。

そのまま伝えるのはあまりに衝撃的過ぎる。言葉は選ばなければならない。

 

昔の体験と、今の体験。その2つでもらったたくさんの想いと考え方。

”彼”の考えが彼女に大きな影響を与えたその過程を整理していると前田はある事を思い出した。

 

それは岡崎修一と初めて戦った時の、彼の銃の腕前だ。

20メートル先の的に対し、何千発も撃って1発当てるのがやっとだった筈の彼の腕前は、見違えるほどに向上していた。

 

『……ココアさーん』

 

『んー? なーに?』

 

『今度射撃場に行ってライフルや拳銃の射撃訓練も行いましょう』

 

『え゛ぇ!? いや私あの手の武器を扱うセンスは無いって……』

 

『その前言は撤回します。センスが無くてもサイカイな成績でも、諦めなければ大概の事は何とかなります。練習あるのみですよ!』

 

(……ですよね? 岡崎さん)

 

前田は心中で呟くと、うごぉぉぉと呻くココアの頭を慰める様にポンポンと叩く。

 

 

 

──オレンジ色の空の下、2人のヒーローがそれぞれの世界で新たな目標を携え歩み始めたのだった。

 

 

2017年08月10日(木) 13:42




コラボ終わりです!
野牛先輩ありがとうございました!コラボは普通と違って色々と考えることが新しい問題や考えることがあって新鮮な経験をさせていただきました!

大変楽しかったです!
ではでは〜


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番外編
1.セーラ・フッドのアルバイト


短編です。予定では二話で終わります。予定です。


「17番さんオーダー、トマスパ、リブ、ナポリタンは2つ!!トマはチーズ抜きでお願いします!!」

 

「3番さん、若鶏のグリルの催促だよ!対応するから15番さんのとこ誰か行って!」

 

「了解!…っとまた来客だ、誰か対応!!」

 

「……わかった、いらっしゃいませ」

 

ちょうどお昼時、昼休みのサラリーマンやOLがお昼ご飯を食べにやって来るレストランはとても賑わう。ゴールデンタイムは12時から14時までの2時間。この2時間をどれだけ効率よく回すことが出来るかがベテランと素人の差が最も出やすいとされる。

 

そんなレストランに俺はいた。

 

「平日なのにこんな人来るのか…すげーな」

 

「おい岡崎!ボーッとしてんな15番さんのフォローしろや、働け!!」

 

「あ、は、はい!」

 

 

客ではなく店員としてだが。

 

 

いや、なんでだよ。

 

 

「くそ、なんでこんなことに……!!元はと言えばあの居候娘が…!!」

 

「……修一早く行って、邪魔」

 

「はい、今行きまーす!」

 

原因は、俺と同じく時期に入ったくせにもうベテラン以上の働きをしているこの銀髪居候娘だ。

 

 

朝の時間に話を戻ろう。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「セーラ、お前バイトしてみろよ」

 

「…………」

 

「その『また変なこと言いだした』とでも言いたげな目をやめろ」

 

休日。日替わり担当の洗濯物を取り込む作業を終えたセーラが、暇そうにソファに座っている。俺はその目の前で『求人募集』のチラシを持って立っていた。

それを見る顔は明らかに不満そうだ。

 

「…いきなりどうしたの?」

 

「俺も色々考え始めてな。お前が俺の依頼受けて結構経つのにお前の移動範囲は俺の家とスーパーぐらい。このままじゃ依頼をこなしているとは言えん」

 

銀髪アホ毛娘ことセーラがこの家で居候しているのも、『平和な世界を体験してみろ』という大ザッパすぎる俺の依頼を受けてくれているからという理由がある。

 

確かに血生臭い生活をやめ、平和に暮らしているがよく観察すると彼女はこの家からほとんど出ていない。

元々インドアな性格だというのも理由の一つだろうが、だからと言ってこのままでは俺がいなくなった時に自分で何もできないじゃないかと。

 

そして考え付いたのがこの、アルバイトだった。

 

「猫探しの依頼をした時に知り合った人がたまたまレストランの店長やっててな。ちょうど人手が足りないらしくて、ちょうどいいからお前そこで働いてこいよ」

 

彼女に足りないのは平和な世界で暮らす人と、その環境への馴れだ。ならばこそ、接客業をすることである程度の自立は求められるのではないか。そう、私は思ったのだ。

 

「……めんどい」

 

「そう言うなって、8時間くらい働くだけの普通のバイトだぞ?」

 

「やだ」

 

「給料も出るらしいぞ?」

 

「や」

 

「……………。」

 

唇を尖らせ、ふいとよそを向くセーラ。頼み込むものの全く効果がない。どうしよう、いい案だと思ったんだけどな。ダメかなこれ。

 

…ダメかぁ……。

 

「…はぁ、そんなあからさまに落ち込まないで。……面接は受ける、そこで採用されなかったら諦めて」

 

「え、やっ、やってくれんの!?」

 

が、チラチラと俺の方を見ていたセーラが諦めたようにそう呟いた。

この子は以外と押しに…というか引きに?弱いのかもしれない。

 

ふふふ…これなら。

 

「っしゃー!店長が女子紹介してくれたらいい衣装くれる言ってたから頑張ってこいよ!すぐ電話かけて来るから待ってろ!」

 

「…衣装、くれる?…修兄待って…!」

 

俺の()()()()()()部分を瞬時に察知したセーラが慌てて止めに来る。ーーが、それも予測していた俺はすでに店長との通話を始めていた。

 

衣装をくれる。その意味の中に『セーラに着せるための』という部分が抜けていたりする。そしてその店長、実はコスプレを撮る趣味があり、様々なコスプレ衣装を持っていたりするのだった。そこ、変態言わない。

 

 

本音を言うと、自立を促す、なんてのは建前。

 

本音はただ、『セーラのコスプレ?超見てぇ!!』…以上!

 

俺の意図が読めたのだろうが、あまりにもお願い(その後土下座等を繰り返した)ことで諦めたセーラを連れてラストランへ向かたのだった。

 

 

そしてーー

 

 

 

ーーーーー

 

「まさか速攻採用なんてな。いやーやっぱ顔が整ってると違うわ〜♪」

 

「…納得いかない」

 

その日の昼、セーラは面接したその日に仕事服に着替えていた。

白のカッターシャツに黒いズボンというありきたりな制服であるはずなのだが、整っていてかつ可愛い容姿をしたセーラが着るとまるでフランス人形のように見えるのはなぜだろう。

 

客の目も男女問わず彼女に釘付けになっている。接客は機械のように正確なのだが顔は無表情で声に張りはない。

面倒そうにする態度も隠す気配はなく接客に関しては最低レベルだ。

 

…であるにも関わらず、呼び出しボタンでなく彼女をわざわざ呼ぶ客が後を絶たなかった。

「世の中顔だ」と最初に言った人はきっと、こういう状態を見て呟いたんだろうな。

 

どうやらこのアホ毛女、面接で落ちるように色々と工夫していたようなのだが、その容姿からか店長にかなり気にいられたらしく「どうしても働いてほしい!」と逆に頼み込まれたらしい。

 

看板娘がいれば店の繁盛も望めるし、実際普段の二割り増しで客が来ているこの状況を見ると店長の判断は正しかったのだとわかる。…が、

 

「なんで俺までやらなきゃならんのよ」

 

「…知り合いと一緒ならやるって言ったから」

 

「その知り合いって?」

 

「ん」

 

「このアホ!」

 

ピッと俺を指すセーラを睨みつける。アホ女、頼みに頼まれた末「俺と一緒ならやる」などとアホを言いやがったわけだ。

元々猫探しの依頼の際に店長と交流があったこともあり、俺の採用も簡単に承諾してくれたから問題はなかったが。…余計なことをしてくれたものだ。

 

「ったく、ただでさえこういう仕事は向いてないのに…余計なことしやがって。俺がいるからどうなるってわけでもないだろ?」

 

「……。」

 

「睨みつけて不満を伝えてくんな」

 

セーラにそう言うと、ふっと目をそらし黙り込んでしまった。ぶつぶつと何か言っているが…少し言い過ぎたかな。

 

俺からセーラにお願いした以上、本当に嫌なことをさせてしまっていたら申し訳ない。罪悪感が僅かながらに生まれてしまった。

 

「まぁ、その、なんだ?俺も決まったからにはやるから…今日頑張ったら『お前のしたいことさせてやる』、だからお前も頑張れ」

 

「…ほんと?」

 

「本当本当。ほら呼ばれてるぞ、行ってこい」

 

「……ん、行ってくる」

 

ぐるんとご褒美という言葉に、目をキラキラさせてこちらを見るセーラ。俺が頷きながら促すと、アホ毛をふらふらさせながらホールへと戻って行った。少しはやる気が出たようだ。

 

…褒美やら金やらにがめつくなったのは、俺の影響があるかもそれない。まぁ、セコくなるなら俺は別に構わないが。

 

「さてと、俺も働くとしますかね」

 

トテトテと歩いていくセーラを見送ると、俺は新しく来たお客さんのためにコップに水を注ぎテーブルへと運ぶ仕事に取り掛かった。

 

(不安があるとすれば、ここの店員のほとんどが男子だってことだな…)

 

瞬間、角に足をぶつけて水ごとひっくり返ってしまった。

 

ーーーーー

 

(おい、あの美人誰だよ。ハイレベルにもほどがある)

 

(あぁ、なんか今日決まった新人らしいぞ。…名前はセーラだったかな)

 

15時が過ぎ、普段より来客が多かったゴールデンタイムもようやく落ち着きが出てきた。まだ片付けは少し残っているものの、昼ごはんを食べ終わった複数客が談笑しているくらいになると店員達も暇になってくる。

 

レストランの男子店員AとBは、キッチン作業の数人と集まり談笑していた。

内容はもちろん、突然現れた銀髪の女の子についてだ。

 

(顔だけじゃない、あの仕事の速さはやばいぞ。初心者とは思えないんだけど。…無愛想だけど)

 

(メニューの全品とハンディーの使い方、一目で覚えたってよ。向いてる仕事だったんじゃないか?…無愛想だけど)

 

彼女が引っ張りだこの状態が今も続いてる中、彼らの仕事は料理を運ぶのと片付けのみが仕事だった。

 

彼女がなぜか、途中から進んで働きまくるせいでむしろ仕事が無くなってしまっているのだ。

 

(早く戻ってこないかな!ようやくひと段落したんだし、早く喋りたいわ!彼氏になりてぇ!)

 

(待て待て。まずは俺からだから。トレーニング係に任命されたの俺だからさ)

 

(くそ羨ましい…!なんで俺がもう1人の男なんだよ…!!しょーがない、あとで俺のこともちゃんと紹介しろよな)

 

そう話している最中に、セーラがホールから戻ってきた。

彼らの横を見向きもせずに歩き去る。長く綺麗な銀髪が遅れて流れ、自然と彼らの目を追わせる。

ただぼーっと見てしまっていたトレーニング係のAは舌なめずりしながら、洗い終わった食器を拭く仕事に入ろうとするセーラに声をかけた。

 

「セーラちゃん。ちょっといいか?」

 

「……?」

 

Aが肩を叩くと、セーラは首を傾げながらそちらを向いた。近くで見ると遠目で見た時よりもその整った顔がわかる。きめ細やかな肌やさらっとした髪が揺れていた。

他の連中より早くこの子との接点が持てるというだけでAは心の中でガッツポーズ。必ずこの子を手に入れると意気込むのだった。

 

「君のトレーニング任されたAだ。よろしくな」

 

「……。」

 

セーラがコクンと頷く。その仕草だけでAは自分の胸をぐっと抑えてしまっていた。Aは子動物のような容姿はこんな単純な動きだけできゅんときてしまうものなのかと少しだけ鼻息が荒くなってしまう。

 

それからゴールデンタイム前に教えていなかった部分を教えることになった。

もちろんちゃんと教えはするが、本題は別だ。

 

「それにしても、まだここにきて3時間なのにもう慣れるなんて凄いじゃん!昔何かやってたの??」

 

「………特に」

 

「そ、そっか。…あぁでももう少し笑顔があってもいいな。接客だからもっと笑わないと」

 

「………。」

 

「……あーっと」

 

本当に無口な子だなとAは今まで出会ったことないタイプに少しだけ戸惑ってしまう。話しかけられてるわけだから少しは相槌でもするのが普通だが、彼女は黙々と食器の水滴を拭き取っている。

むしろその態度がAの独占欲を増やすことになってしまっているのだが。

 

『この子は絶対に自分のモノにしたい』とAは目をギラつかせる。これほどのハイレベルで個性的な子を彼女に出来れば、他の男から羨ましがられることは間違いない。勝ち組だ。

 

Aは彼女が若干嫌がっているのは承知で話を続ける。話さないことには関係もできないのだからと、前に出た。

 

「セーラちゃん、趣味とかあるか?俺は映画鑑賞とカラオケなんだけど好きじゃないかな?よかったら今度一緒に…」

 

「……………。」

 

「?」

 

持ち前のトーク術でこのままデートの誘いに入ろうとしたところで、Aは口を閉じた。

フォークについた水滴を拭き取る作業をするセーラは変わらずAの方を見ていないが、

 

彼女の目線はフォークに向いてはいなかった。

 

手元は正確にかつ高速で食器を綺麗に拭き取りつつ、目線だけ他を向いている。器用だなとも思いつつAはその目線の先を追った。

 

(あれは、確かセーラちゃんと一緒に入ってきてた…)

 

その目線の先にはBからトレーニングを受ける、セーラと同じく新人の男がいた。

どうやらまだハンディー(客からの注文を厨房に送る機械)の操作すら出来ていないらしい。

どうしてその男を見るのか…もしかして好みのタイプか!?とAはその新人を観察し…

 

(はっ、勝ったな)

 

一瞬で理解した、あの男には必ず勝てると。

 

ハンディーは難しい操作がない。むしろ簡単な操作で送ることができる便利な機械であるが、それすら全く扱えていない男。初めてとは言えもう数時間過ぎている。女子ですらすでにある程度使えるようになっているのが普通だ。

どーせこの子も、ダメダメな同僚見て呆れてるんだろうなと、そんな()()()()()にAは優越感を覚えた。

 

「なんであいつばっかり見てるんだよ?今は仕事に集中して」

 

「…っ」

 

どうやら彼女は無意識のうちにその苦戦する男をただジッと見ていたようで、Aに指摘されてようやく目線をフォークへ戻した。

 

「それで、どうだ?カラオケとか行きにくかったら食事からでもいいし、俺と一回遊んでくれない?」

 

「………終わりました」

 

「え?あ、さんきゅ。それでさーーあ」

 

再び口説こうとした矢先、食器を全て拭き終わるとAを方をチラとも見ずにセーラは歩き去ってしまった。

その全くAを見向きもしない態度に、堪らずAも舌打ちふる。

 

「やっぱナンパ慣れしてやがるな」

 

あのレベルが近くにいるのなら、必ず手に入れようとする男が多数存在するだろう。それに嫌気が指しているのか、それとも恋愛に興味ないのかはわからないが…まだ諦めるとこじゃない。そう判断し、話を続けるために彼女を追いかける。

 

ーーと、

 

「……修一、何してるの?」

 

「あのさ、この機械また動かなくなったんだけど?」

 

「……電源切れてる」

 

「あ」

 

「ぷ、ばか」

 

追いかけた先で、わざわざ袖を引っ張ってそちらを向かせ彼女は冴えない男に話しかけていた。小馬鹿にしたように笑う彼女に冴えない男はチョップしている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

先ほどまで垂れていたアホ毛が、まるで犬の尻尾のように動いている。その意味は理解できなかったが、彼女が『楽しそう』だというのはAから見てもわかった。

 

そしてーー

 

(ありゃあ…惚れてんのか?)

 

今まで数々の恋愛経験をしてきたAはそのセーラの行動に勘付いた。

彼女の見る目が他の男と違う。おそらく、あの冴えない男に惚れている。しかし、Aにはその理由がさっぱりわからなかった。

 

「…貸して。直してあげーー」

 

「は、初めましてセーラさん!いまこいつのトレーニングしてたBです!彼女はいません、よろしく!!ーーおい岡崎、お前は早く15番卓の片付けしてこい!さっき教えたろ!!」

 

「あ、はい!」

 

「………。」

 

そんな彼女が冴えない男に寄ったとき、Bが間に入り男に次の仕事伝える。邪魔者のいなくなったBは、チャンスだとセーラに話しかけている。

 

(確か名前は、岡崎だったか。()()()()になるセーラちゃんに少し気を使われてるみたいだが…。もう少し様子見るか…)

 

Bを無視して次の仕事に移るセーラを目で追いながら…

 

 

Aは悪い目つきをさらに鋭くし、拳を鳴らした。

 

 

ーーーーー

 

「だー疲れた…!」

 

日も暮れ、初日のバイトはようやく終わりを告げた。俺はバイトメンバーのAさんとBさんに挨拶しつつ休憩室の机にだらんと頭を置いた。

 

つ、疲れた…!新しい環境がここまで辛いとは思っていなかった。

 

8時間…休憩も少しあったが、ほぼぶっ続けで働いたが正直無理だ。

 

セーラとは反対に機械音痴かつ対応力のない俺はメニューもろくに覚えることができず、かつ機械も全く扱えず散々な結果だった。他にも水こぼしたり飯こぼしたり…わざとじゃないんだが他の人に迷惑をかけまくってしまった。

 

これが一週間続くと思うと気が滅入る。明日風邪引かないかなぁ…。

 

「……()()、疲れた」

 

そんなことを考えたいると、バイト仲間の男子に囲まれていたセーラが遅れて休憩室へと戻ってきた。俺と同じ…いやそれ以上に疲れた顔をしている。

 

「お前は仕事の疲れじゃなさそうだな」

 

「本当話しかけられるの、ウザい…ベタベタ触られるのもヤダ」

 

どうやらバイト仲間に大層気に入られたようで、暇な時や休憩中など事あるごとに声をかけられていた。まぁこの顔立ちなら当たり前かもしれない。

…俺は声をかけられないが。

 

「まぁでも1番目だったのはむしろ俺だったかもよ。俺失敗しまくったし、いいとこなかったし」

 

「……誰でも最初は失敗する。修兄は全然普通」

 

「…でもお前は完璧にできてたじゃんかよ」

 

「嫌味に、聞こえた…??」

 

「いや、そんなことはないけど」

 

慌てるセーラに俺は首を振る。悪気があったわけじゃなくむしろ励まそうとしてくれていたのは知ってるし、怒る気はサラサラない。

 

「でもま、失敗ばっかだけど楽しいぞ。俺武偵の依頼ばっかやっててこんなアルバイトとかしたことなかったし、新鮮で面白いしな!俺もしかしたらこういうのの方が実は合っててりして!」

 

「…そっか」

 

 

思えば、こうやって人の気遣いしてる時点で少しは成長しているのかもしれない。

 

「あ、でもお前完璧とは言えなかったな。客に愛想笑いくらいはしろよ」

 

「…っ、それは…」

 

「顔が可愛いからなんとかなってたが、ありゃ苦情言われても仕方ないぞ?」

 

「…そう、かな」

 

「そうだって。ほら練習だ、にこーって笑ってみろ、にこーって」

 

「…こ、こう…?」

 

「…ぷ、ははははははははは!!へったくそ!お前ほんっと、ほんと笑うの下手くそな!!ぎゃははははははははははははははは!!」

 

 

「……っ!!もう2度と、しない…!!」

 

口の端を両手でつまみぐいっと持ち上げるセーラに俺は堪え切れずに笑い飛ばす。腹を抑え涙をぴーぴー流しながら笑う俺に流石のセーラも頬を腫らして叩いてくる。ワンモアを期待したがもうしてくれないらしい。残念。

 

「…それより、バイト、終わった」

 

「?おう、終わったな?」

 

「………。」

 

ふんと鼻を鳴らしながらもこっちを向いてそう言うセーラ。

 

話の切り替えが下手くそだな。そんなありきたりな報告してこなくても…?と思っていたが。

 

 

『まぁ、その、なんだ?俺も決まったからにはやるから…今日頑張ったら『お前のしたいことさせてやる』、だからお前も頑張れ』

 

『…ほんと?』

 

『本当本当。ほら呼ばれてるぞ、行ってこい』

 

『……ん、行ってくる』

 

 

そういえば、そんなこと約束してたな。忘れてたわ。

 

「んで、何して欲しいんだ?俺は金持ってないぞ」

 

「……知ってる」

 

セーラは少し顔を上げ考えるそぶりを見せると、

 

「おはなし」

 

「あ?」

 

「修兄とお話し、したい」

 

「なんだそれ?」

 

そんな単純なお願いを言ってきた。

 

「そんなんいつでもできるじゃん。聞いてやる側が言うのもなんだが、こんな時は最初にやりすぎな要求をしてみるもんだぞ?そしたら以外とそれが通ってーー」

 

「…ダメなの?」

 

「いや、いいけどよ。本当にそれでいいのか?」

 

「…じゃあ」

 

単純過ぎるお願いに俺らしくなく確認すると、セーラは俺の右手を取った。

 

何するんだ?とその動かされる手を見ていると、その手はセーラの頭上まで上っていき、

 

ぽんと自分の頭の上に置いたのだった。

 

「このまま、お話しして?」

 

「…よくわからん」

 

今日のセーラはよくわからなかった。とりあえず乗せられた手を右に左に動かしてみるとくすぐったそうに目を瞑る。

 

…猫かこいつはと思いながらも本人が喜んでいるのならいいか。

 

「ま、お前も頑張ってたじゃん。よーやったやった。店長にも褒められてたし…なんかお前褒められると自分が褒められたみたいで嬉しいんだよなぁ」

 

「………。」

 

「お前さ、今の顔で接客すればいいんじゃね?」

 

「うるさいっ!」

 

セーラの顔を見ながらついそう言うと、はっと気づいたセーラが吠える。…吠えてはいるが頭の位置を全く動かそうとしていないから、多分嫌ではないのだろう。

 

「で、何話すよ?」

 

「…なんでもふぃ…」

 

「おーい?」

 

「…。なんでもいいから、話して」

 

「んじゃあ今日のバイトさーー」

 

セーラの頭を撫でつつ、俺は頭にポンポンと浮かび上がるテキトーな話をオチもなく話し始める。

 

 

ーーおはなし。簡単だと思っていたが、そんなことはなかった。

 

 

 

数十分話してレストランを出て、スーパーへ買い物に行く間もーー

 

「…修兄、話す」

 

「え?あ、うん」

 

男子寮へ帰宅し、夜飯を食べる間もーー

 

「…修兄。ブロッコリーの話聞いて」

 

「お、おう。珍しいな…」

 

そして、ベットに入っても…

 

「…修兄。おはなし、したい」

 

「お前今日はやけに話したがるな。どしたの?」

 

「……いいから、早く」

 

彼女が寝るまで、『おはなし』は続いたのだった。こんなに話したがるセーラは久しぶりに見た。

 

 

思い返してみれば、今日バイト中ずっと話せてなかったっけ。

 

 

…なんか癒されました。これがあるなら明日も頑張るかと、俺はすやすや眠るセーラに励まされたのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

(けっ。イチャイチャしやがってクソが…!!)

 

()()()()()()()()()()()()、Aは小さく舌打ちする。

 

Aは一部始終を見ていた。それは確かにセーラから最初に話しかけていて、セーラから最初に触らせていて、セーラが今日一番に笑っていた。それがAには無性に腹が立っていた。

 

()()()()に勝手に手を置いてんじゃねーよカスが!笑顔だと…?それは俺が最初に言ったんだよ!なにお前が指摘したみたいな感じになってんだ!?)

 

ガリッと爪を噛みその憎悪はさらに増していく。その怒りの矛先は間違いなくあの男。今日一番使えなかったサイカイの男だ。

 

(今日一日お荷物だったクソ男子が、セーラにチヤホヤされる通りはねぇ!潰してやる…!セーラが自分から離れていくように最低なクズにしてやるよ!)

 

 

 

 

 

アルバイトは、まだまだ始まったばかりだった…。

 




…可愛いなおい


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2.『元』傭兵は、ただサイカイのために

前回のあらすじ
とある依頼で平和な日常を過ごす傭兵、セーラ・フッド。
ある日、雇い主の思いつきによりとあるファミレスでアルバイトをすることに。

…しかしそこには、彼女と雇い主の関係を快く思わない者がいた。


『おいセーラ、お前あの岡崎と同棲してんだろ?』

 

『…お前には関係ない』

 

『あぁそうだな、俺には関係ない話だ。悪い悪い、どーでもいい話だったわ。…それにしてもお前の彼氏、ほんと何も出来ねぇよな。正直、使えなさ過ぎていらないレベル。邪魔すぎ』

 

『……。』

 

『メンバーもあいつと一緒にやりたくないって愚痴言ってくるんだよな。一人二人なら何とかなだめられるけど全員となると話は変わるし、ここのバイトリーダーだからそんなに不満だらけのやつを消すくらいわけないんだよな』

 

『…何が言いたー』

 

『あ?わかんねぇの?彼氏辞めさせたくなきゃ、俺の言うこと聞けって言ってんの。彼氏と仕事したいんだろ?仕事中四六時中見てんじゃんか』

 

『…み、見てな…!』

 

『んなこたどーでもいいんだよ!とにかく、お前は俺の言うことを最優先で聞けよ。そしたらあいつのミスを俺たちがカバーしてやっから』

 

『…そんなの、私1人でーー』

 

『バァカ。いくらお前がなんでも出来るからって同時に何個もこなせるわけねぇだろ。会計しながら注文とれんのか?』

 

『……』

 

『彼氏のためだ。言うこと聞けよな?』

 

『…っ』

 

ーーーーー

 

 

ーーガシャン!!

 

「…あだっーーっ!?」

 

バイトを始めて数日。2つの異変に気付いた。

 

バイトのメンツは連休と重なっていることもありAさん、Bさん、俺、セーラの4人で回しているのだが…

 

異変その1。何故かAさんとBさんは俺のことを嫌っているらしい。

 

特にこれと言って何かを言われたわけでは無いが、わざと肩をぶつけてきたり無駄に仕事増やされたりと態度が冷たくなっている。その態度自体は学校で何度も味わっている分耐性はあるものの、意味はわからない。今もせっかく俺が洗い終わった食器を「おっと」の一言と共に、汚れた食器を入れている場所へと戻されてしまった。わざとじゃないように平謝りしてくるが、勘弁してほしい…。

 

(…学校での噂を誰かから聞いたか先輩方?)

 

そのあからさまな行動の意味を探ろうと一瞬思ったものの、無駄だと悟った。なにせ、

 

(オーダーミス4回、水こぼしたの2回、割った皿数12枚。嫌われる理由なんて数えるだけ無駄だもんなぁ)

 

仕事の効率を下げているのは、むしろ俺なのかもしれない。

 

「おい岡崎ぃ!客が呼んでるだろうがさっさと動け!!」

 

「は、はい!すみません!!」

 

そう思うと、彼らに怒る気は失せていた。むしろ、彼らにこれ以上迷惑をかけないようしっかりしないととさえ思うわけで。…はぁ、頑張ろう。

 

「…修一」

 

「お、セーラ。悪いんだけど俺呼ばれたからさ、この片付けやっといてーー」

 

「おいおい待てよセーラ、お前は先にレジな」

 

「…っ」

 

「え?あ」

 

戻ってきたセーラが声をかけてきた。ついでに手伝ってもらおうとしたのだが、上でタバコを吸っていたAがバタバタとやってきたと思えば、セーラを怒鳴りつける。…?

 

セーラは俺の洗っていた食器へと伸ばしていた手を引っ込めると、俺の方をチラと見てレジへと向かっていった。

 

「おい、岡崎」

 

「はい?」

 

「セーラを使うなよ。あれ、俺が使うんだからな」

 

「は、はぁ」

 

セーラを怒鳴った後すぐに戻るかと思っていたが、Aは俺の方へ来るとドヤ顔でそう言った。…?えっと、何が言いたいんだろう?

 

「…修一、レジ終わったから手伝…っ」

 

「おおセーラお疲れさん。でもレジ終わったらその客が使ってたテーブル拭くまでが仕事なんだぜ?こいつと話す前にやることあるだろ?」

 

「…っ、わかってる…」

 

「あ、おいセーラ…?」

 

再び怒鳴られたセーラはAの指示通り青いおしぼりを取るとテーブルへと向かって言った。悔しそうに歯噛みしながら立ち去るセーラ。…

 

異変その2、セーラが話しかけてこなくなった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

〜正午 店内が混み合う中で〜

 

『六番テーブルのお客さんそろそろ食べ終わるからデザートの準備、そして8番さんのパスタ後1分で出来上がるよ、岡崎持ってって!』

 

『あ、でも今自分レジ入ってて…!』

 

『…私がいーー』

 

『セーラ、お前は俺の方手伝え。早く来い』

 

『……っ。…了解』

 

 

ーーーーー

〜バイト終わり近くの裏にて〜

 

『お〜いセーラ、バイト終わったらよ〜スーパーに買い物行きたいんだけどいいかな?』

 

『…あ、……っ。……修一、今、Aのまかないパフェ作ってるから、また後で…』

 

『え?あ、おう、ごめん』

 

『……っ』

 

ーーーーー

〜とある休憩中〜

 

『おいセーラ』

 

『……。』

 

『俺のシャツのボタン外れたんだけどよ、お前、つけて来いよ』

 

『…どうして私が…』

 

『あ?文句あんの?』

 

『…わかった』

 

ーーーーー

〜8番テーブル ガラの悪い男たちの席にて〜

 

『おいA、この前ナンパした子見てくれよ。マジ可愛いだろ?』

 

『あぁ?俺の女に比べたら屁でもねぇや』

 

『はぁ?なに調子乗ってんだお前?』

 

『まぁまぁ黙ってろよ。見せてやっからさ、おいセーラ!』

 

『……なに?……っ、肩、やめ…っ』

 

『どーよ俺の女、セーラよ。なんだなんだセーラ。首に手回したくらいで恥ずかしがってんなよ』

 

『うぇぇぇ!?な、嘘だろおま!?どこでそんな子見つけてーーやっばっ!?』

 

『は、凄いだろ。俺の女なんだぜ、なぁ、セーラ?』

 

『……。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

それから約一週間が経った。

 

バイト中、俺はセーラとあまり会話ができていなかった。Aがやけに上機嫌になっているため前のような地味な嫌がらせが減っている分にはいいのだが、なんというか、セーラがやけにAに固執しているような気がしていた。

 

元傭兵はその場所で一番偉い人の言うことをきくように訓練されているのかもしれない。それなら仕方ないよな、仕方ない。今の俺には、そう思うしかなかった。

 

「…修兄、お疲れ」

 

「ん、おお、お疲れさん」

 

仕事を終えたセーラが遅れて控え室に入ってくる。何故かキョロキョロと辺りを見渡しているのが気になるが、呼び方を変えるためだろうか?

 

「どした?」

 

「なにしてるの?」

 

「あぁ、ハンディーの使い方がまだ全然でよ。今日も何回もミスっちまったし、どーしたら出来るようにになっかな〜って」

 

俺はまだ、お客さんからの注文を厨房へ送る機械をうまく使えていなかった。ハンバーグを押したつもりがカレーが出て来た時もあった。本当に機械は苦手だ。

 

「俺はもうすこし練習してから帰るからよ、先に帰っててくれ。ほれ、鍵」

 

だから、練習することにした。もうこれ以上セーラに迷惑はかけたくない。だったら、頑張らないとな。

 

 

と、鍵を受け取ったセーラが、こちらを見ていた。

 

「……。」

 

「セーラ、どした?」

 

「…修兄、私も練習、手伝う」

 

「え、いいのか?」

 

まさかの、セーラからの提案だった。今日も一番動き回っていたのはセーラだ。一番疲れているはずなのだし…

 

最近、セーラは俺にあまり近づこうとしていなかった。家ではそんなことなかったが、バイト先ではあまり話しかけにすら来なくなっていた。周りの目が恥ずかしいのかと思っていたが…

 

「教えてくれるのはマジで助かるんだけどよ、いいのか?」

 

「…ん」

 

心なしか、嬉しそうな表情をするセーラ。まぁ、本人が嫌じゃないならいいかと、俺は甘えることにした。

 

「…和風ハンバーグとライスください」

 

「はい、えっと…和風は…ここで、んで、えっと」

 

「…ここ。あとハンバーグとライスならBセットにした方が安い」

 

「お、なるほどな…!」

 

アホ毛をふらふらと揺らしながら、教えてくれるセーラ。

 

その指導のおかげで、俺はハンディーをうまく使えるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「手伝うなって言ったよな?あぁ!?監視カメラでバッチリ見てたんだぞこのアホ女!」

 

「…修一が、頑張ってたから。私はその手伝いをしただけ」

 

次の日、セーラは再びAに呼び出された。

 

そこは店の裏、誰も来ない場所だ。

 

どうやら、昨日サイカイを世話したことに腹を立てているらしい。

 

「ダメだ。あの男の手助けなんてすんじゃねーよ、自分の立場わかってんのか?」

 

「…お前の指示には、ちゃんと従ってきた。…そこまで言われる筋合いはない」

 

セーラの態度に、Aは青筋を立る。沸点を超えた。どこまでも、彼女の中にあの雑魚がいる。そう思うだけで吐き気がした。

 

 

Aの中で、理性が飛んだ。

 

 

「お前、ここにいる限り俺に絶対服従なんだってこと忘れちまったみてぇだな。いいぜ、お前がそんな態度とるんだったら、奥の手を使わせてもらう」

 

「…奥の手…?」

 

Aは、セーラより一回りもでかい体を利用して彼女を壁際に寄せはじめる。じりじりと詰められ、逃げ場を失ったセーラ。その小さな両手を強引に掴もうとAは手を伸ばした。

 

しかし元傭兵のセーラはその手を簡単に振り払う。何をする気か瞬間で理解したセーラはAを睨みつける。

 

「…っ!」

 

「おっと、抵抗するのはやめといたほうがいいぜ?これ以上抵抗するなら、岡崎のポケットの中に入った『店の10000円』を店長に突き出すことになるんだからよ…!」

 

「…なっ」

 

ヘラヘラと笑いながらAは自身の制服についたポケットを叩く。

 

「まぁでも俺も鬼じゃねーよ。お前がここで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……下衆…!」

 

「なんとでも言えよ。俺はいい女とヤれりゃ、なんて言われようが知ったこっちゃねぇんだ。ほら、始めるぞ」

 

「……っ!」

 

セーラは、迫る手を

 

 

払わなかった。

 

 

 

ニヤリといやらしく笑うAはその両手を片手で拘束し上に挙げる。

 

吊り下げられたような形になるセーラ。そんな彼女の全身を下唇を舐めながらAは見る。

 

「そうだそうそう。お前みたいな上玉はな、俺みたいなカースト上位の男に黙って抱かときゃいいんだよ」

 

醜く笑うA。その手が、彼女の着ているカッターシャツのボタンに触れた。ビクッと震えるセーラ。

 

そんな彼女を無視し、Aは1つ、また1つとボタンを外して行く。

 

しかし、彼女は抵抗しなかった。出来なかった。

 

 

 

ただ…

 

 

(…しゅう、いち…っ)

 

ただ、彼女は、彼の名を心の中で叫ぶことしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『A、大変だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

『…あぁ?今いいとこなんだよ、なんだ?』

『またあの岡崎の野郎だよ!しかも今日は度を超えてやがる!レジぶっ壊しやがった!!』

 

『は、はぁ…!?』

 

『……!』

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「なにしてやがんだオメェ!!」

 

レジの場所へやって来たAは、俺の首根っこを掴んだ。目の前にはボロボロに砕け、お札を周囲に撒き散らし、火花を吹く壊れた、見る影もないレジがプスプスと煙を上げている。臭いな。

 

「いや〜あのお金がガシャンってなるとこあるじゃないっすか〜。あれが戻んなくなったんでとりあえず近くにあった消火器でドンと」

 

「はぁ!?意味わかんねぇ!?しかもこれ、1発じゃねーな!?なんでこんなボロボロにしてんだ!?」

 

「いや〜壊れたテレビとかって、一回は無理でも二、三回叩くと治ったりするじゃないすか〜?だからこれも治るかなって、無理でしたわ」

 

「バカじゃねーの!?これもう修理に出しても治るか…っ!弁償してもらうならな!」

 

ドン!と突き飛ばされ壁に背中を打ち付ける。頭に血が上っているAは俺を突き飛ばした後、裏口から外へ出て行ってしまう。BもAについて行ってしまった。

 

残ったのは、何事かとやって来た客と、そして

 

「…修一っ」

 

「………。」

 

珍しく泣きそうな目をして走り寄ってくるセーラだった。カッターシャツのボタンを留めず、片手で抑えたまま、彼女は俺の姿を見るや、俺の腹へ思い切り抱きついてくる。

 

俺はその頭に手を乗せた。何も言わず、ただぽんぽんと叩いてやると、さらに強く抱きついてきた。

 

 

 

 

それから数分後、大慌てでやって来た店長がこの惨状に顔を青ざめながら事情を聞いてくるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

〜pm7:00 修一家〜

 

「いや〜最後にデカイのやっちゃったわ、ハッハッハ。レジの修理費でバイトで稼いだ金全部吹っ飛んじまったし、バイトクビになるし、踏んだり蹴ったりだわ〜ハッハッハ!」

 

「……ねぇ」

 

「お、なんだよセーラこっちジッと見て。なんだ、お前もしかして()()()()()()()()()()怒ってんの?俺を無理矢理入れたお前にそれを怒る権利ないからな」

 

「……ねぇ、修兄」

 

「でも無くなったもんはもうしょうがないな!よし、むしろもう肉食べに行くか!なにがむしろかもうわかんねぇけど!」

 

「…また、助けてくれたの?」

 

「……。」

 

もう外は暗いにも関わらず、電気は付いていなかった。それより早く、彼女は俺に問いかけてくる。

 

セーラは俺から目を離そうとしない。ただじっとこちらを見ていた。

 

……。

 

「…修にー」

 

「は?俺はレジが壊れてテンパってただけだ。それがなんでお前を助けたことになるんだよ、アホなの?」

「……そう言うって、思った」

 

真剣な目をした彼女。その目を俺は、見れなかった。

 

彼女の言いたいことは、正直わかっていた、いくら機械音痴の俺でも、消火器で叩けば治るなんて本気で思ってるわけないと、こいつなら、分かっているだろう。…でも、言いたくなかったのだ。どうしても。

 

 

 

そうして、お互い何も話さないまま、無言の時間が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何を、返せばいい?」

 

「は?」

 

しばらくして、セーラは胸の前で両手をぐっと握りしめそう言った。意味がわからず俺は聞き返す。

 

 

「……私は、修兄に助けてもらってばっかり…。助けようとしても、また助けられての繰り返しで、私は、修兄に何をあげればいいの?

 

私に出来ることなら、なんでもする。なんでもいいよ、修兄が望むこと、なんでもする。私の全部、あげるから…だから、修兄に返させて…」

 

自身の胸に手を当て必死に訴えてくるセーラ。

俺はその姿に体が動かなかった。ここまで真剣に彼女が訴えてきたのは初めてだ。茶化しちゃいけない。

 

今まで通りにあいまいに返しちゃいけない。彼女が望むなら、

 

男として筋を通すべきだと、思った。

 

「……わかった。こっちに来い」

 

「…!…ん」

 

セーラは俺が手招きするとピクリと震えた。…しかし、なんでも言うこと聞くという自分の言葉を守るつもりなのか、すぐに言われた通り、座る俺ほ方へぐいっと体を近づけた。

 

彼女の頬に手を添えるとセーラはその手を両手で包み込み俺の顔をジッと見つめて来た。

 

頬が少し赤く染まり、目が潤んでいる。

 

まるでフランス人形のように整った顔が今、目の前にあった。

 

「…しゅう、いち…」

 

「……。」

 

二人しかいない、俺の部屋。静かな空間で、やけに時計の音が大きく聞こえた。

 

その顔が、少しずつ近づいてくる。

 

緊張しているのか、少し息が荒い。

 

潤んでいた瞳がゆっくりと閉じる。お互いが自然と両手を握り合う。

 

ギシリと椅子が音を立て、お互いの鼻がかすれた。

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺしっと。

 

 

 

 

 

俺はセーラのおでこにデコピンをするのだった。

 

 

「……い、痛っ…?え、え…!?」

 

「マセんな。俺はお前になんかしてもらうほど借りなんて貸した覚えないっての。ほれ、そこ座れ」

 

珍しく慌てるセーラ。俺はそんな彼女を横の椅子に座らせる。

 

「あのな、借りとかなんとか言ってるけどよ。俺はそんなことのためにお前をここに置いてるわけじゃねーの。俺は、お前に『平和な世界を知ってもらおう』ってここに置いてんだ。だから貸し借りとか、そんな縛りいちいち巻きつけんじゃねーよ。

 

 

お前は、お前が好きなように暮らしていけばいいんだよ」

 

「……なんか、修兄らしいね」

 

「そうか?…そうかもな」

 

少し赤くなだだおでこを抑え、笑う彼女につられ俺も笑う。セーラもそれで納得してくれたようだ。

 

正直、内心バクバクだった。いや、しょうがないよね!セーラにあんだけ顔近づけられたらキスしかけてもしょうがないよね!?ね、俺頑張ったよね!うん、偉い、俺ってば偉いわ!!

 

「修兄」

 

「こ、今度はなんだよ?」

 

冷静な顔を装いながらも、内心大慌てパニック状態の俺に対し、再び、彼女は俺に声をかけてくる。またなにを言いだすかと恐ろしかったものの、先ほどの攻防を制した俺ならいけるはずだ!大丈夫だと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は修兄が好き、大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…う、うぇ!?」

 

 

ーー大丈夫だと、思っていた心の壁が粉々に砕かれた。

 

それは、告白だった。いつも無表情の顔を優しい微笑みに変え、目を見て伝えてくる告白。

なんて返すべきなのか。俺はすぐに答えなどでなかった。彼女はあくまで俺の依頼を嫌々聞いてくれていた傭兵でしかなかった。確かに一緒に暮らしていて楽しかったし、楽だし、ここまで気を許せる人相手は他にいないかもしれない。ただ…でも…

 

どう返せばいいのかわからず、黙ってしまう俺に、セーラは首を振った。

 

「返事、いらない。貴方が誰を好きでも関係ない、私があなたを好きなことに変わりはないから。

 

私が好きになるのは修兄以外いないから、そんなのどっちでもいい。

 

…でも、返事はいらないから、好き、だから…

 

 

修兄の側に、修兄の近くに、ずっと居させてほしい」

 

 

 

それは、彼女のせめてもの願いだった。

 

 

 

「ったくお前は、男選びのセンスがない奴だな」

 

「…そう?私は、あると思うけど」

 

「っ!やめ、おま、そんなこと言うんじゃねぇよ!俺は金にがめついぞ〜!?それにセコイし、負けず嫌いだし、サイカイなんだぞ?」

 

「私は、修兄のマイナスな部分も好き、全部…好き」

 

「〜〜〜っ!!」

 

俺の方が、耐えられなかった。顔が真っ赤になっている自覚がある。もうどこでもいいから走り回ってどこかを殴り続けたい衝動に駆られる。ああああもうどうにでもなれだ!

 

「ああああもう好きにしろ!俺といたいならずっといればいいし、護りたいなら勝手に護れ!それで気がすむなら好きにしろ!!」

 

「ん」

 

もう売りことばに買いことばだった。言われたものをそのまま返した。

 

落ち着くために俺は冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出しグイッと飲み干す。ああ、今日は変な日だ…!

 

 

「…修兄」

 

「な、なんだよ…?」

 

 

そんな俺に、セーラは楽しそうに笑って、手を差し出した。

 

 

 

「これからも、よろしく」

 

「…あぁもう、こっちこそだ!」

 

 

 

俺はその手を強く握る。

 

 

元敵同士、そして同じ家に住む同居人から、そして信頼できる仲間へ。

 

()傭兵

 

 

セーラ・フッド

 

 

彼女は、本当の彼女が望む、

 

 

『幸せ』の答えにたどり着いたのだった。

 

 

 

ーーーーー

 

「あ、ところで」

 

「?」

 

「ふっふっふぅ!なんだかんだあって店長にマジギレされたが、約束通り貰ったものがーー」

 

「やだ、着ない」

 

「えぇぇぇええええええええええええ!?おま、なんでもするってさっき言ってたじゃん!なんで着ないのぉぉぉおおおお!?」

 

「……うざい」

 

「くすん、じゃあ俺は……なんのためにあんなに頑張って……」

 

「……。」

 

「くすん、くすん」

 

「……はぁ、わかった。少しだけならきーー」

 

「よっし!お前ならそういうと思ってたぜセーラ!さぁさぁ3着もらってきたからさぁ着よう!いますぐ着よう!」

 

「……はぁ、やっぱり、間違えた、かな?」

 

 




お久しぶりです。銀pです。
これにてセーラ編は終わります、いかがでしたでしょうか?
うん、セーラ可愛い。

さて、これにて「サイカイのやりかた」特別編も最終話となりました!皆さま長い間お付き合いいただきありがとうございました!

新作も書いてありますので、お時間がありましたらそちらも読んでいただけると嬉しいです!

では、またどこかでお会いできる日を楽しみにしております!
ではでは〜!



ps.…書いていて、「恋心を知ったセーラのその後の話」なんて書いてみたいなとも思い始めてしまう銀pなのでした。きっと、修一が手玉に取られるんだろうなぁ


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