青春は二度死ぬ (クルートン)
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第1ページ

気ままにやります。


「あなた、嫌いです」

 そう言った女の子の声と色つきの風景をもう一年以上も前の出来事なのに、昨日のことのように思い出せるのは、それだけあの出来事が自分にとって強烈すぎて脳裏にこびりついてしまったからなのか、それ以外に記憶するに値する出来事が僕の身の回りで起こらなかったからなのかはわからない。おそらく両方だろう。

 だが、あれに相当する出来事はそう無いと断言できる。その女の子は、女子と会話するのがトラウマになりかねないその言葉を、せっかくの可愛い笑顔を涙でクシャクシャに濡らしながら僕に言ったのだから。

 その言葉を、僕は忘れることは出来ない。いや、忘れることは許されない。その女の子を泣かせ、似付かない言葉をその口から吐かせたのは、紛れもない僕なのだから。

 あの子はどれだけ傷ついただろうか。どれだけ泣いただろうか。そんなことは考えない。僕には考える資格は無い。その結果を導いたのは僕だし、それで得る物はないのだから。

 そんな事を、六時間目の社会の授業を受けながら考えていた。不真面目な生徒である。だが、板書された意味もよく分からない言葉をただノートに写し、よく分からない言葉を混ぜた解説をされても、僕の脳がそれを理解することは無い。

 授業終了まで後十五分近くある事に溜息を吐きながら、前で教科書を読む先生にバレないようにブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、メールの欄を開く。

 マナーモードになっているスマホから音が発せられることは無く、目的のメールを難なく開くことが出来た。

 送り主は鏡肇(かがみはじめ)先輩。この人とは小学二年生の時に初めて出会い。そこから鏡先輩の上級生の友人達の中に僕も混ぜてもらって一緒に遊んでいた。まさかその時の恩をここで返すことになるとは思いも知らなかったが。

タイトル【ちょっとだけ頼みがあるんだけど】何をどう考えてちょっとなのか僕にはわからないが、この一通のせいで少なくとも僕は部活動選択の自由を奪われたことになる。例え有ったとしても帰宅部を選んでいただろうが。

 

よう、桜崎。記念すべきお前への初メールだ。

 光沢高校へ無事入学おめでとう。俺と入れ違いになって寂しいとは思うが、まあ悪くない学校だし、俺が育てた奴も二、三年生でいっぱい居るし、何かあったらそいつらに俺の名前を出せば喜んで手を貸してくれるだろうぜ。

 さて、そろそろ本題に入ろう。ここからは俺らしくない真面目な話だ。

 お前、何か入りたいと思っている部活はあるか?

 俺の予想だと無いだろ? あるわけない。図星だろ? 光沢は別に生徒に部活の入部を強制してないからな。お前のことだと、どうせ学校が終わったらさっさと帰宅するつもりなんだろ?

 まあ、そこでだ、以前からちょくちょく俺が話してた図書部に入る気は無いか?

 俺たち三年生が卒業して、今図書部には俺の育てた一年生の後輩一人しか入ってないんだよ。光沢は最低でも部員が三人居ないと廃部になってしまうし、ただでさえ「図書委員会と何が違うの?」って存在自体が疑問視されてる部活だから、ここままじゃなくなっちまう。

 お前と誰か一人でも友達を連れて図書部に入部してくれ。活動自体はそんなに多くないし、お前、本好きだろ? 

 まあ、一人残っている俺の後輩が引っ張ってくれるだろうから、安心してくれ。

 じゃあ、頼むぜ。俺の高校生ライフの中心部を守ってくれ。

そう言えば、あの癖は治ったか? まあそんなに気にするような事じゃないと俺は思うけどな。

 

 PS

もし図書部を廃部になんかしたら、お前の人生の五割を俺が染めてやるからな。

 

最後の脅しさえ無ければ心置きなくメールを削除出来き、さらには受信拒否設定まで出来たのだが、残念ながらそれは許されなかった。

疑問点は二つ。まず一つは図書部とは何か。大まかな予想は出来るが、やはり図書委員会の活動との差別化が出来なかった。

もう一つはどうして僕と僕の連れる友達以外に図書部への入部希望の生徒が居ないと断言しているのか。だがそれはすぐに答えが出た。単純に人気が無いのだろう。メールには残っているのは一年生の後輩一人と書かれている。つまり鏡先輩達が入った翌年に入部した生徒は居なかったという事だ。人気が無いと確証付けるには十分だろう。

不満はどんどんと出てくるが、それを爆発させて抗議のメールを送るわけにもいかない。鏡先輩が決めたことは絶対だと本人直々に言われてるし、どうせ入りたい部活動も無いわけだし。つまりメール通り図星だったわけである。

スマホの画面の右端に目をやる。気づけば後三分で授業も終わりである。入部届は書き終えてあるが、今日は居るであろう先輩の顔を確認し、入部届を出してそのまま帰宅する。完璧な流れだが、一つ穴抜けている。僕には図書部に誘う【連れ】が居ないのである。

友達は居る。たった一人だけかと思われてしまうかもしれないが、わざわざ六駅も離れているこの光沢(ひかりさわ)高校を選ぶ友人が一人だけだったと言うだけだ。中学時代はあと二人も居た。

 そんな同じ高校に通うたった一人の友達が、すでに美術部に入部してしまっていたのを、僕はつい三日前に知った。

 光沢高校は部活動の掛け持ちは許されていないし、その友人に美術部を辞めろとも言えないので、僕以外に図書部に入部してくれる物好きな奴が一年生の中にいることを願うしか無いのだ。もし入部者が僕だけだったときのことを考えると……いや、考えまい。誰か一人ぐらいは居るだろうと高を括った方が心臓に優しい。

 部活動の入部は主にこの一週間で行われ、この月曜から金曜日までに部員が三名に至らなかった部活の来週の活動は無い。つまり今日含めて五日間有る。体験入部は先週一週間丸々使って行われたが、今週も似たようなものだ。つまり他の部活動を何らかの理由で退部した生徒がお零れを拾うことも出来る。そのお零れが図書部に来る可能性は低いだろうが。何とも甘い期待である。

 後一分で授業が終わるその時、自然とメールに書かれた一文字の漢字をジッと見つめていた。

 【癖】

普通以上の仕方を繰り返してついてしまった習慣。僕が知る限りこの世で一番タチの悪いものであり、仕方が無いと諦めてしまうどうしようもない存在。

 人にはそれぞれ【癖】があるだろう。この教室で同じ退屈な授業を受けているクラスメイトも、教師も、当然僕にも存在するし、中学のあの女の子にも存在するだろう癖。

 だが、僕以上に【癖】を嫌っている人間は、そう居ないだろうと思う。

 

 校内中に聞き慣れたチャイムが広がる。六時間目終了の合図だ。教師は見計らったようにちょうど教科書の開いていたページの最後の行を読み終え、「起立」「礼」、と特に意味の無いやりとりを行った。

 クラス中がガヤガヤと騒がしくなる。これから祭りでも始めそうな雰囲気だ。おそらく今の社会の授業がつまらなかった分も多少なり影響しているだろうが、社会の教師は特に不満な表情を出すわけでも無く、黙々と教室を出て行った。

 時刻は三時半。当然外はまだ明るく、四月二十日にもなると暑くも無く寒くも無い心地良い風が流れている。この風に乗って駅までさっさと行きたいが、その前に行くところがあるのは当然忘れていない。

 教科書類を引き出しに入れたまま筆箱だけを学校指定の通学鞄に入れると、運動部に入るために体操服に着替える男子の後ろを通り過ぎて教室を出る。すると、この高校では珍しい見慣れた顔が前に居た。それも当然、こいつこそがこの高校に来た唯一の中学からの友人なのだから。まあ、高校からの友人は今の所一人も居ないのだが。

 その友人――秋馬仁(あきまじん)は百五十も無い男としても低身長で、ベルトループに付けてある二体のキーホルダーがトレードマークだが、今はブレザーで隠れてしまっている。

「やあ、今日から部活かい」

「ああ、今日はそれほど長居はしないがな」

仁はすでに先週の体験入部の時からすでに美術部の一員として活動している。詳細は知らないが、一つだけ言えるのは、仁の絵は、美術に関してまったく知識を持ち合わせておらず、中学の美術の評価は最大五に対して三という中間地点にとどまっていた僕から見ても上手く、実際中学の文化祭では展示されている仁の絵の前に生徒だけで無く、一般客も混じって仁の絵を見ていた。

仁は僕の【癖】を知りながらも、その事に関して中学時代から何かとフォローを入れてくれる、誰が見ても普通に良い奴である。ただ、少し多趣味というか、何かに興味を持つと一気にその道を進む【癖】があり、今までにもサッカーや剣道、軽音などに手を出し、一時期は蟻の生態について調べていた時期もあった。その時の仁の状態を僕は心の中で【仁バーサーカーモード】と呼んでいるが、実際に口に出したことは無い。

ただ、いろんな物に手を出す仁だが、その間でも決して絵を描くことをやめることは無かった。むしろそのたくさんの趣味がさらに仁の美術の磨き上げているように思える。

 僕たちは並んで廊下を歩き出す。仁の目的地の美術室は図書室の真上に位置する。

「いやー、今年は何人入ってくるか楽しみだよ。体験入部の時は結構多かったからね」

「お前も今年からの入部だろうが。たった三日間早く入部しただけでもう先輩気取りか」

「美術部に先輩も後輩も無いよ。絵には人それぞれの全てが写るからね。そこに上下関係は無用さ」

 話がずれている。僕が言いたかったのはそういうことでは無いが、二階に下りたとこで仁はさらに下に降りようとしている。

「おいどこに行く。特別棟に行くなら渡り廊下を渡った方が近い」

 丁度目の前には生徒達の教室がある教室管理棟と中庭を挟んで建つ特別棟をいちいち一階に下りなくても渡れるように作られた渡り廊下がある。ましてや美術室は特別棟の三階だ、美術室が一階ならまだしも、わざわざ下に降りることは無い。

 光沢高校は一年生の教室が最上階で、逆に三年生の教室は一階に位置する。これも小中の頃に与えられた『上級生ほど上の階』という僕の中での常識を打ち砕くものであり、高校に進学して驚いたことの一つだ。

 階段を下りながら仁は肩をすくめる。

「ちょっと職員室に用があってね。新しく入ったキャンバスなどを運ばなきゃ行けないんだ。よかったら手伝うかい」

「丁重にお断りしよう」

 そう言って僕は渡り廊下へ歩き出す。すると後ろから仁の「春樹―」と僕の名前を呼んだ。

「何だ、そんなに手伝わせたいのか」

「あはは、違うよ」

 仁は親指を立てて前に出し

「頑張ってね」

 とウインクしながら言った。

「……何を頑張るんだよ」

 そう言い捨て、渡り廊下へ足を進める。

 授業が終わって間もない教室管理棟と比べると、特別棟は実に静かで居心地の良い場だった、移動授業以外ではまず図書室以外行かないのでどの教室でどの部活が活動しているかはほとんど知らない。知る必要も無いだろう。

 光沢高校は7年前に校舎の建て替えがあっただけに、それなりに綺麗だ。特別棟の裏はテニスコートと第二体育館を挟んですぐ山が立ちはだかっているが、虫もあまり見かけない。

 窓からはほとんど散った桜の木が哀愁を漂わせてテニスコートへ向かう生徒達を見送っている。すると、下の階から「えい、えい、おー!」と鼓舞が聞こえた。何部かは知らないが凄い張り切りようである。今日は晴天だ。運動部は外での活動だろうから文化部だと思うが、一体どんな目標が文化部をそこまで奮い立たせるのかほんの少しだけ興味がある。だが、そのほんの少しの興味は下の階へと降りるという労働に負け、僕は図書管理室へ一直線に向かう。

「さて……」

 隣には良く通う図書室がある。今もここで借りた本が鞄の中に入っているが、あまり読んでいないな。返却期限はいつまでだったかな。そんなどうでも良い事を考えながら、目の前に立ちはだかる図書管理室の扉を凝視する。

 ここまで来て何を迷っているのか。ただ入って、居るであろう二年生の先輩に入部届を渡して出る。三分有れば十分出来ることだ。僕はコンコンとノックを二回叩く。そういえば二回ノックってトイレで使うんじゃなかったっけか、そんなどうでも良い事が頭の中で交差する。

 

 だがここで予想外の展開が入り、僕の意識は現実に引っ張り返される。返事が来ないのだ。

「いないのか?」

 返事が無いことに油断した僕は、ついいつもの勢いで引き戸の取っ手に手を掛け、右へスライドさせてしまった。

 この時、僕はてっきり鍵が掛かっているものだと思っていた。ノックをして、返事が無い、つまり中は無人だから鍵が閉まっているだろうと思っていた。僕の両親は共働きで、帰宅するとき、家は無人なのだが、必ず鞄から鍵を取り出す前に一度、ドアを開けようとしてしまう癖があるのだ。だが、予想に反して引き戸はロックでガチッと止まること無く、何の抵抗もなく右へスライドされ、空いてしまった。

「え?」

 自分で言って何て間抜けな声だろうと思う。だが、それ以上に驚いたことがあった。

 図書管理室の中は入ってすぐ右側に隣の図書室の受付と繋がっている扉があり、左には真っ白な大きなホワイトボード、奥にはキッチンに4つの湯飲みと赤色が薄く残った急須が置かれている。

 部屋の中央には組み立て式の茶色く木目が書かれた長机が2つとパイプ椅子が4つ。そこまでは良い。予想していたより部屋は広いが、特に驚くようなことでは無い。

 長机に並べられたパイプ椅子の一つに、一人の女生徒が座って文庫本を読んでいたのだ。

 スラリと伸びた真っ黒で綺麗な髪は腰まで下がっており、前髪は大きな瞳の上で人形のように切り揃えられている。

 座っている状態ではあるが、おそらく僕より身長が高いということは何となく分かる。僕もそこまで高いわけでは無いが。

「えっと……あの……」

 ああ恥ずかしい。彼女からしてみれば僕はいきなり扉を開けて間抜けな声を出したかと思えば、どうしたら良いか分からず狼狽えている男。だが彼女は一切のリアクションを取らず、黙々と文庫本の文字を目で吸い込んでいる。

「えっと、失礼しました」

 堪らず退散。今日はタイミングが悪かったに違いない。そう自分に言い聞かせて扉を閉めようとしたところ、彼女が顔を上げ、その鋭い視線をこちらに向ける。

 こう真正面から彼女の顔を見ると、想像以上に綺麗だ。これぞ文学少女と言った感じだ。何を言っているのか自分でも分からないが。とにかく美人に見つめられてパニックになっている。恋沙汰に興味の無い僕でも平準の男子並みの反応はする。

「どうして……?」

「……はい?」

 彼女の声は、色で例えると無色だった。どうして色で例えたのか自分でもよくわからないが、とにかく疑問に思ったから訊いた、そんな感じだった。

 どう答えようかと戸惑う僕に、彼女はさらに問いかける。

「どうしてわざわざ私が居留守を使ったのに扉を開けたの?」

「……は?」

 ……ん? 今居留守を使ったって言ったか? 思い返してみると、確かに僕が二回ノック、通称トイレノックをしたときに返事は無かったが、本に集中して聞こえなかったとか色々誤魔化しようは有ったのに、居留守を使ったと普通に悪びれも無く言った。

 彼女は凄く正直者なのか。それとも僕に喧嘩を売っているだけなのか。何はともあれ「つい勢いで……」なんて間抜けな答えを言うわけにはいかない。僕は必死に話をずらそうと試みる。

「あの、この部屋で図書部が活動していると聞いたのですが、もしかしてあなたが図書部の部員ですか?」

 すると、彼女は一度目を閉じた後、ゆっくりとその大きな瞳を再び開け、簡潔に言った。

「いいえ、図書部なんて知りません」

「え?」

 知りません? 違いますではなく知りませんと来たか。だが彼女が嘘を吐くメリットも無く、疑いようが無い。もしかして今年から図書部の部室が変わったのか、それとも図書部の存在は無かったことにされているのか。いや、待てよ。

「失礼ですが、何年生ですか?」

「そういう自分は?」

 質問で返された。まあ名乗るから自分というのはマナーのようなものだ。

「僕は一年生です」

「私も一年生」

 同学年か。なら図書部の存在を知らなくてもおかしくない。それにもしこの図書管理室が今年も図書部の部室として使われているなら二年生以上の先輩が居るはずだ、だが今この部屋には同学年の彼女しか居ない。つまり

「部室変わったのか……」

 それなら仕方ない。隣の図書室の先生なら知っているだろう。すでに視線を本に戻している彼女に小声で「失礼します」と言い残し扉を閉めようとすると、ガッと腕に衝撃が来る。

 見ると、後ろから黒い裾を通した大きな手が扉を止めていた。

 振り返ると、まだ二十代後半辺りの、若い教師が笑顔で立っていた。そのニコニコとした笑顔は、人によっては怖いとさえ思えてしまうほどだ。

「ちょいちょい、何自然と嘘吐いてんの」

 その人は困ったように、しかしニッコリと笑いながら言う。当然その相手は僕では無く、嫌そうな顔をしながら教師の方を見ている女生徒の方だろう。

 しかし、僕は今の教師の言葉に引っ掛かった。

「嘘……ですか?」

 教師は言う。

「彼女は安済冬香(あんざいとうか)。二年生で図書部の唯一の部員だよ」

「え? 図書部? 二年生?」

 話が違う。抗議の目を彼女に向けるが逆に彼女は不服そうに僕を睨んだ。

「初対面の人に個人情報は言いたくありません」

 学年と所属する部活名は個人情報に含まれるのか、初耳だ。

 困惑する僕と、僕を睨み付ける女生徒との間に教師が割って入り自己紹介を始める。

「僕は図書部顧問の箱宮四季(はこみやしき)だ。図書部って言っても、もしかしたら今年で無くなっちゃうかもしれないけどね」

 箱宮先生は困ったように笑う。何が何だか分からないが、この状況でやることは一つだろう。救いの手を差し伸べてやろうとポケットから四折りにした入部届を渡す。

「おお! 入部届じゃないか。きみ入ってくれるのかい!? えーと……さくらざき…………君だね」

 箱宮先生は誤魔化すように言う。こういう反応は大体名前の読み方が分かっていない時だ。

「おうさきです。桜崎春旗(おうさきはるき)」

「ああ、はるきって読むのか! いやー、僕まだ二年目だからねー」

 言い分けになっていない気がするがスルー。

 箱宮先生はまるで宝くじが当たったみたいに何度も何度も僕の渡した入部届を見ている。悪い眺めでは無いがそう何度も見られると恥ずかしく思えてくる。

 小躍りでも踊りそうな箱宮先生を避け、眉間にしわを寄せながら睨んでくる安済先輩に近づき、頭を少し下げて言う。

「これからよろしくお願いします。先輩」

「さて、どうかしら?」

 負け惜しみを。さて、平然と嘘を吐いてきたこの先輩をどう問い詰めてやろうというところで、後ろから興奮した箱宮先生が忘れていた現実を突きつけてくる。

「よし! これで後一人は言ってくれたら部は存続だ」

「……ああ、そうだったね」

 一気に気持ちが落胆する。結局場所が教室から図書管理室に変わっても、問題が変わるわけでも無く、さらに現実味を帯びてきた。当然図書部廃部の可能性だ。目の前の安済先輩は尚も挑発するように微笑んでいる。さっきとは違って表情豊かだなと不意に思ってしまう。

 とにかく後一人誰かを図書部に引き込まなければ、僕は半分の人生を鏡先輩色に染められることになる。何とかしなくては――

「あのっ!!」

 図書管理室に大きな声が響き、図書管理室の三人は扉の方へ慌てて視線を移す。

 そこには、身長が150㎝ぐらいしかなさそうな小柄な体で、茶髪のショートヘヤーにちょこんと添えられたサイドテールが良く似合う、可愛らしい子だった。

 思わず僕は

「中学生?」

 と呟いてしまう。

 だが、当然中高一貫でも無い光沢高校に中学生が居るわけが無く、僕らと同じ制服を着た高校生だ。

彼女は手に持った学生鞄の持ち手を両手で握りしめながら言った。

「あの! 図書部に入部したいんですけど!」

 



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