ダンジョンに生きる目的を求めるのは間違っているだろうか (ユキシア)
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迷宮都市オラリオ

私の名前は柳田桜。22歳。成人していて社会人として働いている。家族構成、父、母、弟。現在一人暮らし。友人関係良好。

 

「良し、思考も記憶も正常。私は薬物中毒で幻覚を見ているわけでもなく、疲れすぎておかしくなったわけではない」

 

あちこち賑わう真ん中で私は自分が正常であるか確認する。何人か私をチラ見してくるがそんなもの無視だ。気にするだけ無駄だ。そんなことよりも状況把握が大切だ。

私は昨日もいつも通り一日のノルマを終わらせて帰宅。その後、簡単に食事とシャワーを浴びてすぐに就寝したはず。

 

「・・・・・それがどうしてダンまちの世界にいるんだ、私は」

 

ダンジョンで出会いを求めるのは間違っているだろうか。オタクの友人の勧めで何冊か読んだ程度だが、どういう訳かそのアニメの世界に私は来ていた。

私は別に死んで神様に出会ったわけでも召喚や転生された覚えもない。

 

「ついでに言えば・・・・見た目すら私の面影すらない」

 

私は特にスタイルがいいわけでも特別可愛いというわけでもない。平均的な一般女性の見本と言っていいぐらい普通の生粋の日本人だ。それがどいうわけか、14~15歳ぐらいの金髪美少女になっていたが、まぁいい。

 

「私は私の目的の為に生きる」

 

目的を果たすためなら住む世界が変わろうが関係ない。

まず私がするべきことは雨風が凌げる場所と仕事だ。その為にもまずはギルドに行ってこの物語の主人公であるベル・クラネルに会おう。あの人を疑わないお人好しならいくらでも言いくるめられる。

私はギルドを目指してこの世界の第一歩を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがギルドか」

 

何人かに声をかけてようやく私はギルドに到着した。言葉がわからなかったり、文字が読めないかもしれないという不安が少々あったがそれは杞憂に終わった。

日本語と少しの英語しか話せない私だったがどういうわけかはわからないがあっさりと言葉が通じてギルドまで足を運ぶことができた。

 

目的人物の名前は確かエイナだったはず・・・・。

 

主人公であるベル・クラネルのアドバイザーである彼女と会っておけばベル・クラネルに会わせてくれる可能性が高い。少なくとも声をかけておくだけでも収穫にはなる。

ギルドに入り、私は目的の人物であるエイナ・チュールを探すが受付場で仕事をしているのを発見すると同時、エイナの前へ足を運ぶ。

 

「すみません」

 

「はい?」

 

声をかけてこちらに顔を向けるエイナ。

 

「冒険者になる為、オラリオに来たのですがどこか募集をしているファミリアはございませんか?」

 

こう言えば最初に思い描くのはベル・クラネルがいるヘスティアというマスコット神のはず。あとはベル・クラネルと引き合わせてくれればどうにでもなる。

 

「えっと、あるにはあるんだけどあまりお勧めはしないよ?」

 

「かまいません。それでそ」

 

「エイナさぁあああああああああああああんっ!」

 

突然の大声で私の声は遮られてしまったがそれはまぁいいだろう。今の声は間違いなく。

 

ベル・クラネル!

 

声がする方向へ振り向くとそこには血まみれでこちら、いや、正確にはエイナに手を振っている少年、ベル・クラネルがいた。

 

「うわあああああああああああああああああああああ!?」

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださあああああああああいっ!」

 

どうでもいいが私を挟んで大声を出さないで欲しい。耳が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル君、キミねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ・・・」

 

「すいません・・・」

 

現在、ベルはエイナからありがたくもないお叱りを受けている。ちなみに私はその光景を観察している。特にこれといった理由はないが、エイナのお叱りが終わるまで退屈凌ぎに見ているに過ぎない。そしてお叱りが終わりエイナが私に手招きをしてくるのを確認して私はエイナとベルがいるほうへ向かう。

 

「ベル君。この人が今、話したファミリアに入りたいと言っていた・・・・ええっと」

 

「桜だ。柳田桜。よろしく」

 

簡潔に挨拶を済ませるとベルが突然立ち上がって私の手を握ってきた。

 

「本当ですか!?僕のファミリアはまだ僕一人しかいない零細ファミリアなんですけど」

 

「私はそんなこと気にしないさ」

 

むしろ、好都合だ。下手に大規模なところに行くと何かと動きづらい。なら、手ごろでお人好しであるベルのファミリアが都合もいい。

 

「ありがとうございます!では、早速神様に会いに行きましょう!」

 

「ちょっ!?まっ!」

 

手を掴んだまま走り出すベル。急なことに私は転ばないように気を付けながらそのままベルの本拠であるボロ教会まで引っ張られた。

 

「神様、帰ってきましたー!ただいまー!」

 

声を張り上げて地下室にある小部屋に入ると、そこには神ヘスティアがベルの前までやってきた。

 

「やぁやぁお帰りー。今日はいつもより早かったね?」

 

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって・・・・。それより神様!紹介したい人がいます!」

 

私を引っ張り出すかのように神ヘスティアの前に私を出すベル。そんなベルに私は少々苛立っている。自分以外新しくファミリアに入ってくれる人が来て喜ぶのは理解できる。だけど、無理矢理引っ張られて走り出された私はここまで来るのに何度も転びそうになった。その報いを受けてもらおう。

 

「お初にお目にかかります、神ヘスティア。ベルと婚約することになったことを報告するために参りました」

 

「え?」

 

「なっ・・・」

 

礼儀正しくお辞儀をしながら嘘を吐く私にベルは驚き、神ヘスティアは一瞬固まったがすぐにベルに跳びかかった。

 

「ベ~ル~く~ん!!君はボクというものがありながらい、い、いつのまにこんな女と!!」

 

「ち、違いますよ!神様!誤解です!桜さんもどうしてそんな冗談を言うんですか!?」

 

ベルにしがみついてギャーギャーと喚き散らす神ヘスティアにベルは否定するかのように私に非難の声を出すが、私は何も言わずただ黙ってベルが痛めつけられるのを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、キミが僕のファミリアに入ってくれるのは本当かい?」

 

「はい」

 

ベルが神ヘスティアを宥めて一段落落ち着いたところで私が神ヘスティアのファミリアに入りたいとベルに紹介してもらった。

 

「一応、理由を聞いてもいいかい?ボクのファミリアは零細ファミリアで入ってくれるというのは嬉しいけど理由は聞いておきたいんだ」

 

「私は別に大規模な派閥とかに興味はありません。受ける恩恵も同じならどこに入ろうが変わらないじゃないですか」

 

当たり障りのない答えに神ヘスティアは息を吐いた。

 

「はぁ、わかったよ。ボクもせっかく来てくれる希望者を無下には追い払えないさ。恩恵を刻むからベル君は外で待っていてくれ」

 

「わかりました」

 

そそくさと部屋から出ていくベルを確認した後、私は上着を脱ごうとしたとき。

 

「それで、キミの本当の理由を教えてくれないか?」

 

神ヘスティアが突然にそう尋ねてきて私の手が止まった。

 

「本当の理由とは?」

 

「とばけないでくれ。こう見えてもボクは神だ。キミが嘘をついていることぐらい見分けられる」

 

腐っても神というわけか・・・・。

 

私は息を吐いて観念して両手を上げる。

 

「参りました、神ヘスティア。流石は神と称えるべきでしょうか?」

 

「別に称えなくてもいいさ。ボクはキミが何故ボクのファミリアに入りたいのか、その理由を言ってくれればそれでいい」

 

はぐらかせてもくれないか・・・・。全く神というのはこうも厄介だとは。認識を改めないといけないな。

 

「私はあるものを探しています」

 

「もの?」

 

「そうです。ですが、それがなんなのかは私にもわかりません」

 

「ちょっ!ちょっと待っておくれよ!?キミは自分でさえわからないものを探しているというのかい!?」

 

「はい。大きさも形も色もどのようなものなのかも私にもわかりません。ですが、本能と呼べばいいのでしょうか?私自身がそれを求めている」

 

そう、何日も何か月も何年も探している。だけど、その足取りすらもつかめない。だけど、諦めきれない。

 

「私はそれを手に入れなければならない。そうしなければいけないという本能が私に訴えている」

 

私は自然に手に力が入り、拳を握りしめる。

 

「私はそれを手に入れるために生きている。いえ、生きなければならないのです」

 

それを手に入れるのが私の生きる目的なんです。と、神ヘスティアに私の本心を教えると、神ヘスティアは額に手を置いて息を吐いた。

 

「はぁ~、わかったよ。キミが別に悪事に手を染めようというわけでないのならボクはこれ以上何も言わないさ。だけど、一つだけ、これだけは言わせておくれ」

 

神ヘスティアは私の頭を押さえて自分の胸元へと誘導して私を抱きしめる。

 

「キミはボクの家族になるんだ。だから困っていることがあればいつでもボクやベル君を頼ってくれ」

 

「・・・・頼りになりそうにないので遠慮します」

 

「・・・・そこは素直に甘えておくれよ」

 

そうして私の背中にヘスティアの恩恵が刻まれた。

 

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

桜に跨っているヘスティアはこれを見て当然のように頷いた。誰だって最初は0から始まる。これからの努力次第でこのステータスも大きく変わるが今はこれで当然だ。

そう思いながらヘスティアは続いて魔法とスキルのほうに視線を向けると目を見開いた。

 

《魔法》

 

【氷結造形】

 

・想像した氷属性のみを創造

・魔力量により効果は増減

・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

これはまだいい。エルフでもないのにすでに魔法スロットが一つ埋まっているが前例がないわけではない為、まだ納得できる。問題はスキルのほうだ。

 

《スキル》

 

『不死回数』

 

・カウント3。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

『目的追及』

 

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

このスキルを見たヘスティアは頭を抱えることになる。

 

 



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ダンジョン

ヘスティアより見せてもらった私のステイタスを見て色々、使いどころがありそうだなと思った。冒険者的には不死回数というスキルは非常に便利だ。一日に3回とはいえ死んでも大丈夫なのだから多少無茶しても問題ない。

 

「さて、初のダンジョンへと行くとしよう」

 

ダンジョンの入り口であるバベル前で気合を入れた私は朝早くから装備を整えて来ていた。

昨日の内に冒険者登録を済ませて支給された剣と防具を身に纏いまずは第一階層へと足を進めると目先に二体のゴブリンを発見する。

私はゴブリンたちに見つからないように隠れながら距離を縮め落ちている石を拾いゴブリンたちより遠くへ投げた。その音に気付いたゴブリンたちは音がしたほうに視線を向けたと同時に私は走って一体目のゴブリンの背中に剣を突き刺す。

もう一体のゴブリンが私に気付いて動こうとしたがその前に剣を抜いて今度はゴブリンの喉を切り裂く。最後に倒れたゴブリンの心臓を刺して確実にトドメを刺すとゴブリンは灰になった。そして、灰の中からにある魔石を拾う。

 

「これが魔石か。思っていたより普通だな」

 

拾った魔石を袋に入れてそのまま二階層へと向かう。

 

次は魔法を試してみるか・・・・。

 

色々試しながら下へと向かうと気が付けば私は六階層まで来ていた。ここまで数匹のゴブリンや蛙などがいたが、そこまでたいしたことはなかった。ゴブリンは囲まれれば少々厄介だが、そうなる前に殺せばいいだけで蛙は舌に気を付ければいい。というより、私は蛙が嫌いなんだ。次からは無視しよう。

 

「ん?」

 

ビキリビキリと何かが割れる音が聞こえる。この辺りのモンスターはすでに灰になっていることを考えて可能性があるとすれば・・・・。

 

「やはりか・・・・」

 

私の目の前で壁からモンスターが生まれた影のようなモンスター。

 

「なるほど、ベルが言っていたウォーシャドウというモンスターか」

 

新米冒険者では敵わないモンスターだから念のため注意してとベルが言っていたが目の前に現れたのなら仕方ないよな。

 

「おっと」

 

そんなことを考えている暇もないくらいウォーシャドウは長い腕と鋭い爪を使って攻撃してきた。剣の間合いに入るように私は前進するがウォーシャドウは私の動きに合わせて下がりつつ長い腕を使い攻撃しながら私を間合い入れさせないようにか、近づかせてくれない。

 

「なるほど、ベルが注意するわけだ」

 

ゴブリンたちに比べると厄介なモンスターだ。私は距離を取って魔法の詠唱を始める。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

魔法の詠唱を終え、私は自分の周囲に氷の手裏剣を創造すると同時にウォーシャドウへと放つ。もちろん、これでは致命傷は与えられないのは百も承知。私は剣を槍投げのようにウォーシャドウの胸部へ向けて放つ。手裏剣はあくまでウォーシャドウの気を逸らすだけのいわば牽制。一瞬でも隙ができればいい。投げた剣はウォーシャドウの胸部に命中し、瞬時に私は跳び蹴りで剣の柄を蹴り、ウォーシャドウの胸に剣を深々と突き刺すことに成功。

 

「あ、しまった」

 

ここまで酷使したせいか剣が折れた。

 

「弁償か・・・・・」

 

溜息を吐きながら今日はここまでと断念して私は地上へと帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「六階層まで行ったって言う口はどの口かな~」

 

「ほのしゅしふぁほ(この口だよ)」

 

地上へ出てギルドに行き六階層まで下りたことと剣を折ってしまったことをエイナに話すと笑顔で私の口を広げてきた。

 

「全くあれほど、ベル君と一緒に行って安全を確保して言ったのに初日で六階層まで下りる冒険者がどこにいるの」

 

「ここに」

 

自分を指して答える私にエイナは私の頭に手刀を入れてきた。意外に痛かった。

 

「いい?もう一度言うけど冒険者は冒険しちゃいけない。ダンジョンは何が起こるかわからないんだよ。危険を避けて生きて帰ってくればいいの」

 

「危険じゃないと判断したからこそ六階層まで下りた。その証拠に私の体に傷一つもついていない」

 

「たまたま今回はそうなっただけ!いい!?もうこんな無茶はしちゃダメだからね」

 

「・・・・善処します」

 

する気はないけど。どうせ、スキルのおかげで3回までは死んでも大丈夫なのだからそこまで気にする必要がどこにあるんだ?エイナのありがたくもないお説教から解放された私は魔石を換金。支給された剣の代金を引いて5000ヴァリス。最後に倒したウォーシャドウが思っていたより高く換金することができた。

 

「5000ヴァリスか。武具を買うとしてもこれじゃ買えないか」

 

支給された剣では私には合わない。もっと頑丈な剣でなければすぐに壊れてしまう。

 

「少し武具店に行ってから帰るとしよう」

 

あちこちある武具店を回りながら私は本拠へと帰宅した。

 

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:I0→50

耐久:I0→22

器用:I0→34

敏捷:I0→66

魔力:I0→44

 

《魔法》

 

【氷結造形】

 

・想像した氷属性のみ創造

・魔力量により効果増減

・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するのは氷結の世界』

 

《スキル》

 

『不死回数』

 

・カウント3

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

『目的追及』

 

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

熟練度上昇トータル200オーバー。ステイタスの更新を終えた私はヘスティアより写してもらった紙を見て納得した。初日で一気に6階層まで行ったうえに『目的追及』のスキルが発動していたおかげかここまで上がったのか。

 

「まったくキミは初日で6階層まで下りるってどういう神経をしているんだい?」

 

「太い神経をしているんですよ、私は。そんなことより神ヘスティア」

 

「ん?なんだい?」

 

「やはり、私とベルのスキルは秘密にしておいたほうがいいですようね?」

 

「当然だよ。ベル君は嘘がつけない子だから言ってはいないけど。神は常に娯楽に飢えているんだ。万が一にもこのことがバレたりしたら」

 

「それは大変ですね。ベルが」

 

「キミもだよ!ううん、キミはベル君以上に気を付けておくれよ!」

 

それはレアスキルが2つも出てきたら明らかに標的になる。一応は気を付けておこう。

 

「ただいま!神様!桜!帰ってきました!」

 

「おお!お帰り!ベル君」

 

「お帰り」

 

帰ってきたベルはすぐにステイタスを更新するが熟練上上昇トータル160オーバーという私負け劣らずの上昇率を出した。それを知った我らの嫉妬深い神ヘスティアはバイトの打ち上げにと早足でどこかへ行ってしまった。

 

「さて、食事にでもしようか?ベル」

 

夕方ぐらいの時間帯だし、少し早いけどたまにはいいだろう。というより朝から何も食べずダンジョンに潜って武具店巡りしていたからお腹がすいてしまった。

 

「あのさ、桜。食事なんだけど、今日は外で食べない?」

 

珍しくベルが外で食事に行こうと言い出した。ただでさ貧困極めている私たちには外食なんて夢のように思っていたが、今日の稼ぎはよかったのか?

 

「別にいいけど、どこに行くんだ?」

 

「豊穣の女主人っていう酒場なんだけど、いいかな?」

 

「いや、せっかくのベルの誘いを無下にはしないさ。今日はそこで済ませよう」

 

私とベルは豊穣の女主人の酒場まで向かっている途中に私はベルにある提案を出した。

 

「ベル。明日は一緒にダンジョンに行かないか?」

 

「僕は嬉しいけど、どうしたの?」

 

「今日1日ダンジョンに行って今の戦い方では厳しい。効率よく稼ぐにはベルと一緒に行ったほうがまだいい」

 

剣が脆くてダメだが、魔法を中心に戦えば今日よりかは大丈夫だろうが詠唱の時は無防備に等しい。ベルと一緒のほうが効率よく尚且つ無駄なく行けるだろう。

 

「うん、わかった。あ、そういえば今日はどこまで行ってたの?3階層ぐらい?」

 

「6階層」

 

「え?」

 

「あ、ここか」

 

話している間にベルが言っていた豊穣の女主人に到着。店の中からウェイトレスがやってきた。

 

「ベルさんっ」

 

「・・・・」

 

呆けているベルにエイナ式手刀を入れるとベルは再起動して下手な笑みを浮かべた。

 

「・・・・・やってきました」

 

「はい、いらっしゃいませ。お隣の方は?」

 

「柳田桜。桜でいい。ベルとは同じファミリアの仲間だ」

 

「シル・フローヴァです。よろしくお願いします。桜さん」

 

互いに一礼しあい挨拶するとシルが澄んだ声を張り上げる。

 

「お客様2名はりまーす!」

 

シルの案内の元カウンター席に座る私とベルなのだが、先ほどからベルが縮こまっているというか、肉食動物に囲まれた小動物のように震えていた。

 

「さ、桜はよく堂々できるね」

 

「こういうのは気にしない方がいい。誰かに喧嘩でも売られたら買えばいい」

 

「どうしよう。桜、僕より男前だ」

 

今度は頭を抱えるベル。忙しい奴だ。

 

「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、冒険者のくせにどちらも可愛い顔してるねぇ!」

 

「いえいえ、店主も十分にお若いですよ」

 

「はは。そっちのお嬢ちゃんは随分と口が達者だね。だけど、まけたりしないよ」

 

値引きしようとしたが、にこやかに拒否された。この店主相手に値引きは無理か。剣を買う予算が欲しかったんだけど、コツコツと貯めるとしよう。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうしゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

 

「そうなの?ベル」

 

「違うから!シルさん!?」

 

「・・・えへへ」

 

「えへへ、じゃねー!?」

 

魔女だな、シルは・・・・。

 

「その、ミア母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら・・・・尾鰭がついてあんな話になってしまって」

 

「絶対故意じゃないですか!?」

 

「私、応援しますからっ」

 

「まずは誤解を解いてよ!?」

 

「シル。パスタ大盛りと飲み物を頂戴」

 

「桜は何普通に注文してんのさ!?」

 

何って?店に来たら注文するのは当然だろう?そんな常識も知らないのか?ベルは。

ベルを無視してパスタを食べる私とベルの間にシルが座ってきた。

 

「仕事はいいの?」

 

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし」

 

視線を店主に向けると店主も許しを出した。

 

「シル。今度からはベルを騙すようなことは止めて。ベルは髪の色と同じぐらい真っ白な性格なんだから」

 

「僕、そこまで真っ白じゃないよ!?」

 

「はい。今度はもっと普通に誘いますね」

 

その黒い笑みがなければ信用できるのだけどね・・・・・。まぁ、騙されるのはベルだからいいか。

 

パスタを食べ終わり飲み物を飲み終わらせて私は1か所だけ空いている場所を指す。

 

「シル。どうしてあそこだけ誰も座ってないの?」

 

「ああ、あそこはお得意様が予約しているんですよ。そろそろ来る頃なんですけど」

 

突如、数十人の規模の団体が酒場に入店してきた。どうやらシルの言う通り予約していた客が来たようだ。それもロキ・ファミリア。そして、あの金髪がアイズ・ヴァレンシュタインとその他か。正直、ロキ・ファミリアで覚えがあるのはアイズとロキぐらいであとは忘れたな。

 

「べ、ベルさん?」

 

小心者のベルは見つからないように隠れている。そこまで気にする必要はあるものだろうか?

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!」

 

ロキの言葉にロキ・ファミリアたちは酒を飲み始める。まぁ、ベルもほっとけば落ち着くだろうし、静かに飲み物でも飲んでおこう。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話・・・?」

 

静かに飲み物を飲んでおこうと決めづけていた私の耳にその話が耳に入った。

 

「あれだって、帰ると途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」

 

「それそれ!奇跡みてえにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ~」

 

ああ、私がベルに初めて会った日のことか。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

 

ベルのことか・・・・。

 

「抱腹もんだったぜ、兔みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀相なくらい震え上がっちまって、顔を引きつかせてやんの!」

 

私は視線をベルの方へ向けるとその手は血が出てもおかしくないぐらい握りしめていた。そんなベルの肩に優しく手を置く。流石の私でもこれぐらいの同情はする。

 

「ベル。無視しろ」

 

小さくそう声をかける。だけど、ロキ・ファミリアの連中はベルをネタに笑うばかり。そして、最後の狼男の言葉に。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

ベルは酒場から飛び出した。それも泣きながら。

 

「全く、だから無視しろと言ったのに」

 

「追わないのですか?」

 

突然、後ろから声をかけられて振り返る。そこにはウェイトレス姿のエルフがいた。

 

「追って私は何をすればいいんですか?店員さん」

 

「彼は貴女の仲間なのでしょう?」

 

「仲間ですよ。でも、だからといってそれがベルを追う理由にはなりません」

 

「どういう意味ですか?」

 

正義感が強いエルフさんなのか、妙に敵意を出してくるな。

 

「男の子が頑張っているんですよ?女の私はただ無事に帰ってくるのを待つ。私ができることはそれともう一つだけ。すみませんが、トマトを大至急いただけませんか?」

 

「・・・・わかりました」

 

敵意を押さえて奥の方からトマトを持ってきてくれたエルフのウェイトレスさんにお礼を言って私はトマトを狼男めがけて投げて見事顔へ的中。我ながらナイスコントロール。

 

「誰だ!?トマトを投げてきた雑魚は!?」

 

「第2弾!」

 

「がぁ!?」

 

手元にあったコップを掴んでついでに投げてみたがこれまた命中。だけど、これでこの場にいる全員が私が投げた犯人だとわかった。

 

「この雑魚が!?テメェいきなり何しやがる!?」

 

「別に、さっきからトマトトマトってキャンキャン吠えるワンちゃんがいたから餌を恵んであげただけだけど?」

 

「桜さん!」

 

「シル。邪魔しないで」

 

止めに入ろうとするシルだけど私が手で制する。狼男はズカズカと私の方へ歩いてきて私の前で止まる。

 

「テメェ、喧嘩売ってんのか?」

 

「ええ、喧嘩を売っているわ。あ、間違えた。喧嘩じゃなかった。躾だった。私の仲間をネタにいいように笑っている野良犬をせめてまともな家庭犬へとするための躾」

 

騒めく客たちやロキ・ファミリア達。だけど、そんなことはどうでもいい。

 

「表へ行こうか、ワンちゃん」

 

「・・・・・上等だ」

 

店の外へ向かって歩き始める私とワンちゃん。ベル、お前を貶した奴にはお灸を据えといてあげる。誰かの為に何かをするなんて滅多にしないんだから感謝してよ。

それとベルにとっては不本意極まりないと思うけどベル、ちょっと利用させてもらうから、私の目的の為にも。

 



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私たちは走る

『おい、どこの命知らずだよ。【ロキ・ファミリア】に喧嘩売った奴』

 

『ほら、あそこにいる新人(ルーキー)だよ』

 

『一級冒険者に喧嘩を挑むとか。死んだな、あの嬢ちゃん』

 

豊穣の女主人の店前で私とワンちゃんが向かい合うなか、他の冒険者が好き勝手に騒いでいる。まぁ、そう思われても仕方がない。昨日冒険者になりたての私と最強に名高いロキ・ファミリアの団員、それも第一級冒険者。命知らずと言われても当然か。

 

「こらー!ベート!ちゃんと手加減しなさいよ!」

 

「そうよ!何かあったらあんたが責任取りなさいよ!」

 

「うるせえぞ!クソ姉妹(アマゾネス)共!向こうから売ってきた喧嘩だ!このままで終われるか!?」

 

アマゾネス姉妹の言葉を一蹴するワンちゃん。そして、アマゾネス姉妹の横で静かにこちらに視線を向けてくる小人族(パルゥム)、エルフ、ドワーフ。そして、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「ほんじゃまぁ、お互いに準備はええか?」

 

「少しお待ちください、神ロキ」

 

審判役をかってでた神ロキに呼び止めるとワンちゃんがゲス顔をしてきた。

 

「なんだ?今更になって怖気づいたのかよ?」

 

「はいはい、後で構ってあげるから後にして」

 

「・・・・この(アマ)ッ」

 

素っ気なく返したのか気に入らなかったワンちゃんは怒りで歯を食いしばる。

 

「なんや?心配せんでもベートにはハンデをつけるで?」

 

「躾にそんなものはいりません。それより賭けをしませんか?」

 

「賭け?ゆうてみ?」

 

神ロキの了承を得て私は賭けの内容を説明する。

 

「簡単です。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つきく。それだけです」

 

内容を説明すると更に騒めく観客達。それに対して神ロキは怪訝そうに言った。

 

「ええんか?どう考えても嬢ちゃんほうが」

 

「ああ、ご心配には及びません」

 

神ロキの言葉を遮るように私は告げる。

 

「勝つのは私ですから」

 

勝利宣言を。

 

「・・・・・わかった。ベートもそれでええか?」

 

「かまわねえ!ささっと始めやがれ!」

 

グルルルとうなり声を上げている姿は本当に餌を野良犬のようだな。と、思いながら私とワンちゃん向かい合い、そして。

 

「ほんなら、始め!」

 

決闘が始まった。

 

「一発で終わらせてやら!」

 

開始直後、一瞬で間合いを詰めてきたワンちゃんの初撃を私はかろうじて躱すことに成功。

流石は第一級冒険者まるで消えたかのように動く上に攻撃が残像すら見えない。

まぁ、見えないのは攻撃だけだけど。

 

「オラッ!」

 

続けて前蹴りをしてくるワンちゃんの蹴りを私はまたもギリギリで躱して、次の攻撃を予測するためにワンちゃんの全身を見る。目の動き、呼吸、重心、肩の動き、その全てを見る。

次は左腕でのストレートかな?

 

「そらっ!」

 

私の予想通りにワンちゃんは左のストレート。私はそれも躱す。だけど、またもギリギリだ。二歩先まで読んで動いてはいるが、まだダメか。三歩先まで、読みを深くしないと。

 

「ハッ!避けるだけで精一杯か!?達者なのは口だけかよ!?」

 

挑発するように笑うワンちゃんの言葉に私は笑みを浮かべる。

 

「なら、そろそろ反撃するとしよう」

 

私はワンちゃんの攻撃躱してその腕を掴んでワンちゃんを地面へと叩きつけた。

 

「は・・・・?」

 

自分が地面に倒れていることにワンちゃんの顔から驚きが隠せないでいた。

 

「どうした?躾は始まったばかりだぞ?」

 

「ナメんじゃねぇ!!」

 

すぐに起き上がりまた突貫してくるワンちゃん。だけど、またしてもワンちゃんは地面へと寝ころんだ。

 

「クソがっ!」

 

起き上がり、攻撃して、また地面へと寝ころぶワンちゃん。

 

「テメェ、何をしやがった?」

 

起き上がりながらそう問いかけてくるワンちゃんに私は答えた。

 

「これでも女だからね。飢えた狼に対処出来る心得はある」

 

私がしているのは合気道。ダンまちの世界へ来る前に私は合気道を身に着けていた。その技をワンちゃんにかけているだけ。だけど、このままだと私は確実に負ける。

何故なら、決定打がない。

それに体力や精神の疲労はこちらのほうが多い。いずれ私のほうが疲れて負けてしまう。

それにベルのことも気になる。そろそろ終わらせてもらうとしよう。

 

「死ねッ!」

 

またしても突貫するかのように蹴りを放つワンちゃんの攻撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はあえて避けず直撃して私の首はとんだ。

 

「は?」

 

「きゃああああああああああああああああああああああッ!!」

 

間抜けな声を出すワンちゃんと悲鳴を上げるシル。それ以外のこの場にいる誰もが空いている口を閉じることができなかった。

だけど、私はその決定的な隙を見逃さなかった。

 

「なっ!?」

 

「はい、極まった」

 

スキルにより元に戻った私は呆けているワンちゃんにアキレス腱固めを極める。

 

「テメェ、なんで!?」

 

「生きているのか?そんなことは今はどうでもいい」

 

力を入れると苦痛を上げるワンちゃんは脱出しようともがく。

 

「諦めたほうがいい。いくら力を入れようと完璧に極まっている以上外すことはできないよ」

 

「クソ・・・クソが・・・」

 

さてと、と、一呼吸おいて私はワンちゃんに言う。

 

「さて、ワンちゃん。素直に負けを認めて『僕が悪かったです。貴女様の仲間様を馬鹿にしてごめんなさい』って言ったら離してあげる。だけど、言わなかったら」

 

アキレス腱を破壊する二歩手前まで力を入れる。それによりワンちゃんの顔は苦痛に歪む。

 

「ぐ・・・・う・・・・・だ、誰が認めるかよ・・・」

 

「そう」

 

苦痛で顔を歪ませながらも負けを認めないワンちゃんに敬意を表してアキレス腱を破壊しようとした時。

 

「そこまでや。この勝負ベートの負けや」

 

神ロキが勝敗の宣言を上げた。その宣言と共に私はワンちゃんを解放するとワンちゃんは神ロキにくってかかる。

 

「ふざけんな!何勝手に終わらせやがる!ロキ!」

 

「認めい、ベート。誰がどう見ても完全のこの子勝ちや。それに主神としてベートを失うわけにもいかへん」

 

自身の主神である言葉にワンちゃんは何も言わず黙っていた。私は店主の前まで行き食べた分代金を支払う。

 

「お騒がせして申し訳ありません」

 

「まったくだよ。大丈夫なのかい?」

 

「はい、ご心配ありがとうございます」

 

一礼してその場から去ってベルのところに向かおうとしたした時。

 

「ちょっと待ってくれへん?」

 

神ロキが話しかけてきた。

 

「自分、レベルはいくつや?」

 

「Lv1です。先日冒険者になったばかりですよ」

 

「Lv1がLv5のベートに勝てるとは思えへん。けど、嘘はついてへんな。それに首がとんで生きとるなんて普通はありえへん。今のはスキルかいな?」

 

「さぁ?ご想像にお任せします」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

何も言わず黙り合う私と神ロキ。だけど、少しして神ロキは諦めたかのように息を吐く。

 

「はぁ~、まぁええわ。そや、せっかくやしどこに所属しとるかと名前を教えてくれへん?」

 

「ヘスティア・ファミリア所属、柳田桜。以後お見知りおきを、神ロキ」

 

「ドチビのとこか!なんでドチビのところにこんな可愛くて優秀なのがいんねん!?なぁ、桜たん、ウチのところに来んへん?」

 

「申し訳ございませんが、それに応じる訳にはいきません」

 

「チッ。ドチビを見返すチャンスやったのに」

 

断りを入れる私に神ロキが舌打ちをするけど、それ以上の勧誘はしてこない辺り思いやりのある神なのだろう。

そう思っていると神ロキより前に小人族(パルゥム)が出てきた。

 

「僕はロキ・ファミリアの団長を務めているフィン・ディムナ。先ほどは君の仲間を侮辱したことについて正式に謝罪をしたい。後日、僕たちの本拠(ホーム)に来てはくれないだろうか?」

 

「わかりました。それでは明日にでもお伺いします。それでは仲間が心配ですのでこれで」

 

豊穣の女主人から離れながら先ほどのロキ・ファミリアの団長の言葉を考える。恐らく謝罪だけで終わることはないだろう。

 

「――ッ!」

 

突然、誰かの視線を感じて辺りを見渡すが周囲には誰もいない。視線をすぐに消えた。

 

「・・・面倒なことにならないといいのだけど」

 

本来の目的は一級冒険者の実力を知ることと、ロキ・ファミリアと関りを持つのが目的だったけどこれは・・・・・いや、今はそのことについて考えなくてもいいか。

私は自分の本拠(ホーム)へ戻るとそこにはベットで不貞寝している神ヘスティアがいた。

 

「何不貞寝しているのですか?神ヘスティア」

 

「あれ?桜君だけかい?ベル君は?」

 

「やっぱり戻ってきてないんですね」

 

息を吐く私は店先で起きたことを一通り神ヘスティアに報告すると、神ヘスティアは大量の冷や汗を流す。

 

「そんな・・・それじゃあ、ベル君はどこに?まさか!?」

 

「恐らくダンジョンに行っているのでしょうね。装備がここにあるということは碌に防具を身に着けずに」

 

ベルの腰には短刀があったはず、武器はそれだけだろう。

 

「桜君!今すぐベル君のところに行ってくれ!」

 

「わかってますよ。その為にいったん帰って来たんですから」

 

装備を整えて私もダンジョンへと向かおうとした時、突然神ヘスティアに止められた。

 

「ちょっと待っておくれ。君にも言っておかなければならないことがあるんだ」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

「さ・・・・桜」

 

ダンジョンの6階層にてベルを発見。

 

「神ヘスティアが心配してたぞ」

 

「・・・・・・ごめん」

 

私の一言に申し訳なさそうに謝罪するベルに私は溜息を出す。

 

「謝るのは私ではなく神ヘスティアにだ。ほら、帰るぞ」

 

「・・・・・・・」

 

帰るように促すが、ベルはそこから一歩も動くことはしなかった。いや、したくないのだろう。好きな女性の前であれだけ馬鹿にされたんだ。悔しくないわけないか。

理解してしまった私の口からまた溜息が出る。

 

「ベル。付き合ってあげるから朝には帰るぞ」

 

「え・・・桜?」

 

「今のベルには何を言っても無駄だからな。それに私は神ヘスティアからベルを連れて帰るように言われている。なら、こうするしかないだろう。それに」

 

ビキリ、ビキリとダンジョンの壁から新たなモンスターが産まれ、それ以外のモンスターに私とベルは囲まれている。

 

「まずはこの状況をなんとかしないと帰れそうにないしな」

 

「・・・うん」

 

短刀を構えなおすベル。私はすでにボロボロになっている剣をしまい、魔法の詠唱を始める。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

素早く魔法の詠唱を終わらせ、私の両手には氷で出来た剣を握りしめる。

 

「【アイス・ソード】」

 

神ヘスティアの助言通り私は技名も唱える。私の魔法は詠唱は存在するが最後に発動させる技名というものがない。神ヘスティアは念のために嘘でもいいから技名も唱えておくように先ほど助言された。恐らく私はスキルだけでなく魔法もレアの類に入るのだろう。

 

「背中は任せろ。ベル」

 

「うん。なら僕も桜の背中を守ってみせる」

 

「期待してる」

 

それだけ言葉を交わして私とベルは正面にいるモンスターめがけて突進した。

 

そして、朝には二人で神ヘスティアよりお怒りを受けた。

 

 

 

 

 

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:I50→H104

耐久:I22→H123

器用:I34→I98

敏捷:I66→H104

魔力:I44→H101

 

《魔法》

 

【氷結造形】

 

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

《スキル》

 

【不死回数】

 

・カウント2。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

 

 



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黄昏の館

 

ベルと共に朝帰り後、神ヘスティアの説教の後に私とベルはステイタスの更新を行ったのだが、今回はあまりにも熟練度がとんでもなかった。

耐久ならまだ理解できる。

ワンちゃんの攻撃で私は一度死んだ。その分熟練度が上昇するのも頷ける。

だけど、他はどういう訳か耐久に負け劣らず上昇している。

異常な熟練度上昇事態は私が持つスキル【目的追及】で納得できるが、ベルと一晩ダンジョンに潜っているだけでここまで上がるものなのか?

それとも私が知らないうちに私自身が目的を追求していた?

なら、私の目的はなんなんだ?

改めて私は私自身が探し求めているものを考えるが、いくら考えても結論には至らなかった。だけど、今まで足取りすら掴めることができなかった目的に近づけれただけでも収穫だと私は納得した。

 

「さて、ここか」

 

私はステイタスの更新後すぐにロキ・ファミリアがいる本拠(ホーム)、黄昏の館へと足を運んでいた。

ロキ・ファミリアの団長から正式な謝罪を受け取るためと恐らく交渉的何かをロキ・ファミリア団長から行う為だろう。

まぁ、後者はあくまで私の予測でしかないけど。

そんなことを考えながら私は門の前にいる人に私が来たことを告げる。

しばらくしてからワンちゃんが仏頂面で門を開けてきた。

 

「・・・・来な」

 

ワンちゃんはその一言だけを言って私をある一室へと案内してくれた。

そこにはあの時会ったロキ・ファミリアの団長フィン・ディムナを始め、エルフ、ドワーフ、アマゾネス姉妹、アイズ・ヴァレンシュタイン。第一級冒険者がいる部屋へと私は招かれた。

 

「よく来てくれた。生憎僕たちの主神は宴に行っていて不在だが、この場は僕が仕切らせて欲しい」

 

「はい、それでかまいません」

 

淡々と告げる私にディムナさんも何も言わず頭を下げる。

 

「先日、君の仲間を侮辱してしまい申し訳なかった。ベートにはそれなりの処罰を与えることにした」

 

「わかりました。貴方方の謝罪はしかと受け取ります。私からも私の仲間へそう伝えておきましょう」

 

「助かる」

 

頭を上げるディムナさんに私の後ろで舌打ちするワンちゃん。

 

「それから実はもう一つ、これは君に話がある。今日来てもらったのは実は謝罪だけではないんだ」

 

ディムナさんからの言葉に私は内心でやはりと思った。

私には【不死回数】というレアスキルがある。一日三回だけとはいえ死を回避できるスキル。あんな大所帯でそれを使えば今回のように話をしにくる奴も出てくるのは予測していた。

 

「申し訳ありませんが、その前に後ろにいるワンちゃんに用があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「ん?ああ、そうだったね。確か負けた方は勝った方の言うことを一つきく約束だったね。ベート」

 

「・・・・わかってる」

 

後ろにいたベートは私の前に来て床へ座り込む。

 

「約束は約束だ。煮るなに焼くなり好きにしろ」

 

「じゃ、奴隷」

 

「は?」

 

私の言葉にワンちゃんや周りの人たちは口を大きく開けたが、私はここに来る前に買っておいたピンク色の首輪をワンちゃんの首にかける。

 

「ワンちゃんは今から私の奴隷、ペット、下僕。負け犬のワンちゃんにはお似合いだろう?」

 

「ふざけんなッ!何で俺が!?」

 

「あれ?煮るなに焼くなり好きにしろと言ったのはワンちゃんじゃなかったっけ?」

 

「ぐッ」

 

喉を詰まらせるように何も言えなくなるワンちゃんに私は追い打ちをかけるように命令を出した

 

「とりあえずじゃが丸くんでも買ってきて貰おうか。ここにいる全員分を」

 

「私、小豆クリーム味!」

 

真っ先に好みの味を告げるアイズ・ヴァレンシュタイン。その言葉にワンちゃんはまるで裏切られたような表情をしながら突っ走るように部屋から出て行った。

 

「あ、安心してください。変な命令などだしたりしませんから」

 

「あ、ああ。よろしく頼む」

 

引きながら了承するディムナさん。その横でエルフが深く息を吐いていた。

 

「では、改めて話を進めさせてくれ」

 

意識を切り替えるように息を吐いたディムナさんは真剣な表情で私に告げる。

 

「柳田桜。ロキ・ファミリアに改宗(コンバージョン)する気はないだろうか?」

 

「・・・・・理由をお聞きしても?」

 

ディムナさんの言葉は私が予測していたことの一つだった。ここで私の口から嘘交じりの言葉より確実で戦力が増える改宗(コンバージョン)を要求してくる可能性も十分にあった。

 

「簡潔に言うと君が欲しい」

 

「・・・・・申し訳ございませんが貴方のお気持ちにはお答えできません」

 

「団長!?そうなのですか!?」

 

胸が大きいアマゾネスの方が喰いついてきたがディムナさんが困惑気味に溜息をしながら首を横に振る。

 

「そういう意味じゃなくて戦力として君が欲しいんだ」

 

「私はLv1ですよ?少なくとも即戦力にはなりませんが?」

 

「ああ、だけど、将来性を考えれば君ほどの人材に声をかけないわけにはいかない」

 

片目を瞑りながら私を優秀な人材と言うディムナさん。

 

「つまり、貴方はロキ・ファミリアの将来の戦力として私が欲しいと?」

 

「その通りだ」

 

「なるほど、貴方の言いたいことは理解できました。ですが、その上で言わせてもらいます。その話はお断りさせていただきます」

 

「ちょっとどういうことよ!?団長からの勧誘を断るっていうの!?」

 

「ティオネ!?ダメだよ!」

 

胸が大きい方のアマゾネスが胸のない方のアマゾネス制止をきかず、私の胸ぐらを掴んでくるが掴んできた手を掴んで床へと叩きつける。

 

「貴女がロキ・ファミリア団長にどういう感情を抱いているのかは察しますが、これは私と貴女の団長との話です。関係のない貴女は引っ込んでいてください」

 

「この・・・・ッ!」

 

「ティオネ!」

 

怒気を隠すことなく私に向けてくるティオネだが、ディムナさんの一言に怒気を収める。

 

「重ね重ねウチの団員が申し訳ない」

 

「そう思うのなら初めからこの人をここへ呼ばないでください」

 

「彼女にも深く反省させておく。話を戻してもいいだろうか?断る理由を教えてもらいたい」

 

しぶしぶと元の席に戻るティオネ。

二大派閥であるロキ・ファミリア、それも団長からの直接の勧誘に断っているのだから理由ぐらい話してもいいだろう。

 

「私は今のファミリアをそれなりに気に入っています。断る理由がこれではいけませんか?」

 

「いや、納得出来る理由だよ」

 

笑顔で納得してくれるディムナさん、それ以外の人たちもそれ以上私に何か追求してくることはなかった。

 

「話はこれで終わりですか?それなら帰らせていただきます」

 

「ああ、だけど君たちに二度も無礼をした償いをしないまま返すのはファミリアの信頼に関わる。何か必要なもの、もしくは欲しいものはないだろうか?」

 

ディムナさんの言葉に私は自然に目を細める。

この小人族(パルゥム)油断できない。今の言葉は償いという意味もあるだろう。だけど、私との関りを維持するという意味も含まれている。隙があれば私を自分たちのファミリアに勧誘するつもりなのだろう。

更に私やベルが所属しているのは零細ファミリア。必要なものも欲しいものも山のようにある。神ロキから神ヘスティアのことを前もって聞いていたのだろう。

中々腹黒い性格をしているな、この小人族(パルゥム)

だけど、この罠のある好意には甘えておくとしよう。支給されている武器では私の使い方に耐え切れずすぐに耐久値を超えてしまう。

もっと頑丈な武器が今の私には必要だ。

 

「わかりました。では、その好意に甘えて武器を一つ頂けませんか?」

 

「わかった。アイズ、武器庫まで案内してあげてくれ」

 

「うん」

 

アイズ・ヴァレンシュタインが私を連れて外に出ようした時。

 

「ああーーーーーーーーーーーッッ!!」

 

突然の大声に私は驚いた。

 

「どうした、ティオナ。突然大声を出して?」

 

エルフの女性がティオナに声をかけるがティオナは私をいや、私とアイズ・ヴァレンシュタインを指す。

 

「よく見たらアイズとこの子がそっくり!!」

 

私とアイズ・ヴァレンシュタインは互いの顔を見合わせる。確かに似ている。

髪の長さは違うが、同じ金髪で瞳の色も同じ。背格好は私の方が低いがアイズ・ヴァレンシュタインの妹と思われてもおかしくはないだろう。

 

「・・・・・・お姉ちゃんって呼んで」

 

「呼びませんよ」

 

何故そうなる?アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

 

 



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二振りの刀

「ところで、ヴァレンシュタインさん」

 

「お姉ちゃんだよ」

 

「・・・・・・アイズさん」

 

「お姉ちゃんだってば」

 

「・・・・・・・・」

 

「お姉ちゃん」

 

ディムナさんと話が終えた私はディムナさんの好意に甘んじて武器を一つ頂くことになったのだが、出ようとした際にティアナの余計な一言のおかげで先ほどからアイズ・ヴァレンシュタインがこの調子だ。

アイズ・ヴァレンシュタインってこんなキャラだったか?

私の覚えている範囲では妹を欲しがるようなキャラではなかったはずだが。

でも、これじゃ話が進まないし、仕方がない。

 

「姉さん。これでいいですか?」

 

「うん、でも敬語はいらないよ」

 

嬉しいのか薄っすら頬を赤く染めながら私の頭をなでるアイズ・ヴァレンシュタイン改め姉さんに私は内心で溜息を吐く。

 

「それで姉さん。武器庫はどこ?」

 

私がそう問いかけると姉さんは足を止めると私たちの目の前に一つの部屋の前に到着した。

 

「ここだよ」

 

姉さんはドアを開けると中には多くの武器が管理されていた。大剣、細剣、短剣、弓、槍など数多くの武器が存在していた。

 

「この中から好きなものを選んでいいよ」

 

その一言に私は武器庫の中へ入って手短にある一本の剣を手に取る。

 

「振ってみても?」

 

「いいよ」

 

許可を取り、一振りしてみる。

ふむ。この剣は私には少し軽いし、扱うには壊れやすいか。

剣を元に位置に戻して次の武器を物色し始めると奥にある一つの武器に目が留まった。

私が目に留まったのは一本の刀。それが気になった私はそれを取り、鞘から刀を抜くと最初に目についたのは黒い刀身だった。その黒い刀身に光を当てると桜色に輝く。

 

「姉さん。この武器は?」

 

「えっと・・・・」

 

「夜桜。それがその武器の名前だよ」

 

首を傾げる姉さんの後ろから現れたディムナさんが答えた。

というより来てたんだ。

 

「昔、東洋の鍛冶師が鍛えた業物だ。不壊属性(デュランダル)のような属性はないけど恐ろしく頑丈で切れ味もいい。ただ扱いにくいのが難点でね。誰も使わず今はここで眠っているんだ」

 

「そうですか」

 

夜桜・・・・私と同じ名前に桜がつく刀か。

 

「それではこれを頂戴してもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、かまわないよ」

 

ディムナさんに了承を得て私は夜桜を腰に括り付ける。

これからダンジョンへ行って試してみたいが、流石に朝までダンジョンで潜ってここにきているんだ。帰ってひと眠りしてからにしよう。

 

「それでは私はこれで」

 

「うん。バイバイ」

 

「ああ、ロキ・ファミリアに入りたくなったらいつでも言ってくれ」

 

最後の最後まで諦めず言ってくるディムナさんに若干関心しながら私は本拠(ホーム)へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・あんた、いつまでそうやっているつもりよ?」

 

「・・・・・・」

 

へファイトス・ファミリア、北西のメインストリート支店の執務室で紅眼紅髪の女神へファイトスが呆れたような声音をこぼす。

神の宴があった次の日からヘスティアはへファイトスに頭を下げ続けている。

その理由は自分の子供達、ベルと桜に武器を作って貰う為。

へファイトスは初めはヘスティアの頼みを一蹴したが、頭を下げ続けているヘスティアにへファイトスの方が弱り切ってしまった。

 

「・・・・ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそうまでするの?」

 

顔の半面ごと右眼を覆う眼帯を指で軽くなぞりながら、声を真っ直ぐに飛ばす。

 

「・・・あの子達の、力になりたいんだ!」

 

ヘスティアは土下座の恰好を崩さず、吐き出すように答えた。

 

「ベル君は変わろうとしているっ。一つの目標を見つけて、ベル君は、高く険しい道のりを走り出そうとしている!危険な道だ、だから欲しい!ベル君を手助けしてやれる力が!あの子の道を切り開ける、武器が!」

 

視線を床に縫い付けたまま、ヘスティアは続ける。

 

「桜君はまだよくわからない!けど、ボクが初めて桜君と話した時、凄く寂しい眼をしていた。暗闇のなかをさ迷っている、一人、孤独で生きている寂しい眼を。だから、そんな闇を切り裂く武器が今の桜君には必要なんだ!」

 

神が神に願う行為。それは本音を包み隠さずさらけ出し、自分という存在をぶつけるための儀式でもあった。神を動かすに足りる想いが、吐露をもって証明する。

 

「ボクはあの子達に助けられてばっかだっ!ていうか、ひたすら養ってもらっているだけだ!ボクはあの子達の主神なのに、神らしいことは何一つだってしてやれてない!」

 

最後は絞り出すようにして、ヘスティアはぐっと体を強張らせた。

 

「・・・・何もしてやれないのは、嫌なんだよ・・・・」

 

消え入りそうな弱弱しいその言葉は、しかしへファイトスを動かすに足りた。

この時、偽らざるヘスティアの想いを、彼女は認めたのだった。

 

「・・・・・わかったわ。作ってあげる、あんたの子達にね」

 

ばっと瞠目した顔を振り上げたヘスティアに、へファイトスは肩をすくめてみせる。

 

「私が動かなきゃ、あんた梃子でも動かないでしょうが」

 

「・・・・うんっ、ありがとう、へファイトス!」

 

「―――で、言っておくけど、ちゃんと代価は払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 

「わ、わかっているさっ。ボクだってやる時はやるんだっ。ああいいとも、いいさ、ベル君と桜君へのこの愛が本物だって、身をもってへファイトスに証明してあげるよ」

 

「はいはい、楽しみに待っているわ」

 

目を閉じて胸を張ってみせるヘスティアの言葉を話半分に聞きながら、へファイトスは壁に作り付けされた飾り棚へ向かった。

細長い棚には新品同然に磨き抜かれているショートハンマーが数点並べられている。

 

「あんたの子達が使う得物は?」

 

「え・・・えっとベル君はナイフだけど?桜君のほうは・・・」

 

「何?自分の子が使う得物も把握していないの?」

 

半眼するへファイトスだが、ヘスティアは首を激しく左右に振る。

 

「いや、そうじゃないんだ。桜君は数日前に冒険者になったばっかりでいつも剣を使っていたけど桜君は何でも使えるみたいなんだ」

 

「それはずいぶんと多才ね」

 

ヘスティアの言葉にへファイトスは正直に関心の声を上げる。すると、ヘスティアが何かを思い出すように手を叩く。

 

「あ、そういえば前に剣じゃなくて東洋の刀?の武器がいいって」

 

「へぇ、その子は東洋人なの?」

 

「ん~、どうだろう?見た目はヴァレン何某に似ていたしな。とりあえず刀を打ってくれよ!へファイトス!」

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神ヘスティアが出かけて三日目の朝。まだ神ヘスティアは帰ってきていない。

いったい何をしているのやらと考えながら私は迫ってくるキラーアントを一刀両断する。

綺麗に両断されたキラーアントは灰へと変わるなか、私は新しい武器である夜桜を見る。

ベルより早く起きてから7階層までずっと使ってきたが刃こぼれ一つしていない。

これを作った鍛冶師は相当な腕の立つ職人なのだろう。

 

「感覚的にそろそろ昼頃か。出るとしよう」

 

今日はガネーシャ・ファミリアが毎年行う怪物祭(モンスターフィリア)。捕まえたモンスターを調教するという祭りらしい。少し興味のある私は今日は早めに切り上げてダンジョンを出ることにした。

魔石を拾って上へと上がって行きダンジョンを出るとすでに祭りに盛り上がっていた。

先に換金を済ませるか、それともこのまま祭りに向かうかと考えていると視界に見覚えのある黒髪ツインテールが目に入った。

 

「おおっ!桜君」

 

「神ヘスティア。今までどちらに?」

 

何を隠そう私とベルの主神だ。どこで何をしていたのかは知らないがベルが寂しかっていたことを伝えようとしたが神ヘスティアの姿を見て口に出さなかった。

体中汚れて、目の下のはクマができていた。更によく見たら肌の色も普段より白い。

あきらかに体調不足だ。本当になにをしていたののやら。

 

「そうだ!ベル君を見なかったかい?というより一緒じゃないのかい?」

 

「ベルより早めにダンジョンに潜っていましたからね。ダンジョンの中では会わなかったので恐らく祭りに参加でもしているのでしょう。デートに誘えるチャンスでは?」

 

「ベル君とデート!こうしちゃいられない!」

 

叫びながら人ごみの方へと走っていく神ヘスティア。だけど慌てて戻ってきた。

 

「はぁはぁ、そうだった、桜君にも渡したい物があったんだ・・・」

 

息を切らしながら背中に背負っているものの一つを取り出す。

それは刀だった。夜桜のように刀身が黒い刀とは正反対ともいえる紅く炎のように輝く刀を神ヘスティアは私の前にその刀を突きだした。

 

「紅桜。(あか)と君の名前を付けて名付けたこの武器の名前さ。ボクから君へのプレゼントだ」

 

「そうですか。それではありがたく頂戴します」

 

紅桜を受け取ろうと掴むが神ヘスティアが離してくれない。それに怪訝していると神ヘスティアが真剣な表情で私に言う。

 

「桜君。ボクは君が目的の為に無茶をしようが何をしようが何も言わないし、聞かない。だけど、これだけはわかってほしい。ボク達は家族だ。これを使うときはボクやベル君だと思って頼ってくれ」

 

今の言葉に私は一瞬何も言えなかった。

普段は子供のような言動でマスコットと言っていいくらい駄目神のはずなのに、今の言葉、眼差しは間違いなく慈悲深い女神だった。

やはり、神は神か・・・・。

私はその場で膝を付き、丁重に女神ヘスティアより頂いた紅桜を受け取る。

 

「ありがたく頂戴します。神ヘスティア」

 

頂戴した紅桜を夜桜とは反対側の腰に括り付ける。

 

「さてと、それじゃボクはベル君のところに行くね!うおおおおおおお!ベルく~~ん!どこだーーーーーーい!」

 

またいつもの駄目神に戻った神ヘスティアは人ごみの中を大声で走って行った。

 

「さて、私も行くとしよう」

 

闘技場へ向かおうとした瞬間、不意にあることに気付いた。

紅桜はいったいどこで手に入れたのか?

紅桜はロキ・ファミリアの武器庫で見てきた物と大して変わらない武器だ。少なくとも零細ファミリアの私たちが手に入らない程。

それだけじゃない。神ヘスティアは私にもと言っていた。

ということはベルにも私と同等かそれ以上の物を渡すはずだ。

ということはまさか体を・・・・・・・いや、流石にそれはないか。なら、借金か。

 

本拠(ホーム)に戻ったら聞いておかなければ」

 

万が一にも借金だったら軽く説教するとしよう。

そう頭を悩ませているといつかの嘗め回されるような視線を感じた私は視線を感じた方へ振り向く。今度はすぐには消えなかった。

今でもずっと私を見ている。

間違いなく誘われていることに気付いた私は正体を突き詰めるために視線を感じる方へ足を動かすと闘技場の舞台裏へと足を運んでいた。

奥へ進めばモンスターの唸り声が聞こえた。それだけではなく何人かが腰を抜かしている。近づいて見ると瞳の焦点が定まっておらず、毒にやられたというわけでもない。

そして、こんなことが出来るのは間違いなく女神だ。

 

「あら、やっと来てくれたのね」

 

奥から聞こえた美しい声。声のする方を向くと一人の女神がいた。

長い銀髪に全てを虜にするようなプロポーション。美を表現するなら間違いなく今、目の前にいる女神で例えるだろう。

 

「貴女ですか?私をここに招いたのは?」

 

「ええ、ヘスティアには悪いけど、貴女にも興味があるもの」

 

上品そうに笑う姿さえ美しいとも思える。だけど、目の前にいる女神の手には鍵が握られている。それに今の言葉。私にも興味があるということは私以外にも興味を示す相手がいるということ。そして、神ヘスティアには悪い。ということは。

 

「女神。貴女のもう一人の狙いはベルですか?」

 

「ええそうよ。ふふ、頭の回転が早い子は好きよ」

 

否定しない。狙いは私とベル。だけどベルがここにいないということはここに招いたのは私だけ。そして、手に持っている鍵。

 

「モンスターを解き放つつもりですか?そんなことをしたら関係のない人たちにも被害が出ますよ?」

 

「あら、優しいのね。でも大丈夫。そんなことはしないわ。ちょっとこの子にちょっかい出してもらうだけだから」

 

女神の前には檻の中に閉じ込められているシルバーバック。11階層クラスのモンスター。いくらスキルで急成長しているベルとはいえ勝てるかわからない。

 

「・・・・いいのですか?万が一にベルが死んでしまうかもしれませんよ」

 

「そうなったら悲しいわね。でも、万が一そうなったら私の中で彼を愛してあげる。それだけよ」

 

「・・・・・・・」

 

その言葉に私は改めて自分の主神がまだよかったと確信した。狙って選んだとはいえ、少なくとも私はこの女神はお断りだ。

死してなお、縛り続ける。私はそんなのごめんだ。

私の生き方も人生も運命もその先だって誰かに縛られていられるほど私は寛容ではない。

無言で私は夜桜と紅桜を抜く。

武器を抜いた私を見て女神の後ろから大男が現れる。

 

「オッタル。相手をしてあげて」

 

「仰せのままに。フレイヤ様」

 

女神フレイヤより前へ出てくる獣人の大男を見てすぐに気付いた。このオッタルという大男。間違いなくワンちゃんや姉さん、ディムナさんより強い。

そして、もう一つ気付いたことがあった。

オッタル。二つ名は猛者。そして、都市最強のLv7の冒険者。

まったくこんな化け物を戦わせ為に私を招くとは。神とはどれだけ娯楽に飢えているというのやら。

 

「フレイヤ様の命令だ。こい」

 

猛者の言葉と同時に私は夜桜と紅桜を握りしめて走った。

 



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舞う桜

「ハッ!」

 

迷宮都市オラリオ。その都市最強の冒険者Lv7の猛者、オッタル相手に私は夜桜で一閃するが、オッタルは素手で攻撃を防いだ。

 

「軽いな」

 

「それはまだまだ駆け出しですから、ねッ!」

 

先程神ヘスティアより頂いた新しい武器、紅桜で横切りで攻撃をするに大してオッタルはプロテクターで防ぐ。

だけど、それは想定内。防がれると同時に私は両手に握っていた夜桜と紅桜を手放してがら空きの腹部へと一撃当てる。だが、オッタルはビクともしなかった。いや、それどころか攻撃すら通じていなかった。

 

「弱い」

 

「うっ!」

 

お返しと言わんばかりか私の腹部へオッタルの拳が貫通し、大量の血が私の足元へと落ちる。だが、【不死回数】のスキルのおかげで風穴が空いていた腹部はすぐに元に戻る。

 

「致命傷の傷が消えた。いえ、元に戻ったが正しいのかしら?変わったスキルを持っているのね」

 

傷が消えた私を見て神フレイヤは楽しそうに見ていた。それに対してオッタルは私に何もしてこなかった。

 

「こい」

 

ただ一言私にそう言った。私を倒すのが目的ではなくあくまで神フレイヤが見ているこの状況で私の実力を測るのがオッタルの目的なのだろう。そして、今の一撃は前にワンちゃんの躾の時に見せたものを知った上で攻撃したのだろう。

私は夜桜と紅桜を握りしめて構えるが、ハッキリ言って全然勝てる気がしない。

レベルもそうだけど、経験も実力も潜り抜けてきた死戦の数が違いすぎる。

私の攻撃はオッタルにとって蚊に刺される程度。それに対してオッタルの攻撃は手加減された状態でも一撃で死ぬ。

・・・・・・・なに?この無理ゲー・・・・。

正直、今すぐにでもこの場を逃げ出したいけど目の前にいるオッタルはそれを許さないだろう。神フレイヤが私をここから逃がしてもいいという命令がない限りは。

今、私が出来ることは主に三つ。

一、戦う。不快だけど、神フレイヤは私のことを気に入っている。神フレイヤが満足するまで戦うか、誰かがここに来るまでオッタルの攻撃を凌ぐか。

二、逃走。相手は最強の冒険者だが、無敵ではない。人前まで逃げることが出来たら逃げられるだろうけど万が一捕まれば神フレイヤの機嫌を悪くする可能性もある。

三、降伏。相手が悪かったと諦める。

三はしたくない。というかしない。いくら相手が神で最強の冒険者だろうと降伏なんてしたくない。いや、それなら二も同じか。

自分で考えた選択なのに結局のところ一つしか道はないとは。

内心で自分自身に呆れる私は覚悟を決める。

それに気づいたのかオッタルの表情が更に強張る。

 

「そうだ、それでいい。貴様の実力をフレイヤ様に見せろ」

 

やはり、あくまで私の実力を知る為が目的か。それなら勝てるとは言えないが倒す方法はある。私はもう一度オッタルに向かって攻撃する。単発での攻撃が意味がないのは先ほどで身をもって知った。なら、オッタルより三歩先を読んだところに反撃される隙を与えず攻撃し続ける。

右、左、上、下、斜め。ありとあらゆる方向の三歩先のところで攻撃を繰り返す。それでも実力差が違いすぎる為、簡単に避けられ防がれる。

だけど、それでいい。こんなことで勝てるとは流石に思っていない。

問題は更にその先。読みとタイミングを外したら終わりの一発勝負。これに賭けるしかない。まだ、神フレイヤもオッタルも知らない私のもう一つの武器で倒す。

ガキンと金属と金属がぶつかり合う音がこの場に鳴り響く。その音の原因は紅桜とオッタルが身に着けているプロテクターがぶつかり合った音。

防いだ腕に力が入っている。間違いなく攻撃をするつもりなのだろう。今!!

 

「あら」

 

「む」

 

夜桜と紅桜を手放して私はオッタルの攻撃をギリギリで回避することに成功。回避したことに神フレイヤとオッタルは驚嘆する。その隙に私はオッタルの背後にしがみつくことに成功した。

 

「・・・・・俺の背後を取ったことは褒めてやる。だが、その程度で俺に勝てると思っているというなら愚策だ」

 

オッタルの言う通り。確かにいくら背後をしがみついているとはいえ、すぐにほどかれるだろう。絞めようにも腕力不足。関節技をしようにも戦闘中に筋肉を緩める程オッタルは甘くはないだろう。だけど、数秒あればいい。

 

「・・・・確かにその通りだ。だけどこれであんたを倒せる」

 

「どういう・・・・」

 

私の言葉に怪訝していたオッタルだがすぐに気付いたのだろう。私が魔法を使おうとしていることに。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

早口で詠唱を終わらせた私は凍り付いていくオッタルの背を蹴って離れる。

そして、数秒もしないうちにオッタルは全身凍り付いた。

 

「はぁ、はぁ、」

 

ほぼ全魔力を注ぎ込んで発動した魔法に足元がふらつくが、夜桜と紅桜を拾い神フレイヤの方を向く。

 

「これで残るは貴女一人ですよ。神フレイヤ」

 

「驚いたわ。まだ冒険者として日が浅いと思っていたけど魔法まで使えていたのね」

 

最強の冒険者オッタルを倒したというにも関わらず余裕を崩さない神フレイヤ。

まだ他に護衛でも連れてきているのかと疑問を抱いていたがそれは大きな間違いだった。

背後から聞こえる砕ける音。振り返るその先にはたった今氷漬けにしたオッタルの姿が。

 

「嘘だろ・・・?」

 

思わず口に出した。確実に倒したとは思ってはいなかった。だけど、氷から脱出するのに時間がかかると思っていた。少なくとも神フレイヤの暴挙を止められるぐらいの時間は稼げると予測していた。

 

「惜しかったな」

 

まるで何事もなかったかのようにオッタルの無情な拳は私を吹き飛ばすのに十分なほどの威力があり、私は吹き飛ばされたところで力なく倒れる。

 

「こら、オッタル。殺しちゃ駄目よ。彼女も私のものにするのだから」

 

「致命傷は避けましたので死んではおりません」

 

オッタルの言う通り、殴られる瞬間ギリギリ致命傷は避けて殴ってきた。

だけど、これ以上打つ手も対抗する手も私にはなかった。

いくら先を読もうが、策を張り巡らせようが全てを実力で跳ね返してしまう。

これがLv7。猛者の実力の片鱗。

ここまでか・・・・・・。

まだ戦おうと思えば【不死回数】のカウントはまだ残っている。自分で一度死んで全回復すれば戦おうと思えば戦える。だけど、打つ手がない以上もうどうすることもできない。

相手は最強の冒険者。このまま気を失ったふりをしてやり過ごすとしよう。

ベルやベルとのデートを楽しんでいるであろう神ヘスティアには悪いが、もう私ではどうすることもできない。

諦めよう。そう思った時、視界に神ヘスティアから頂いた紅桜が入った。

ごめん・・・・ベル・・・・申し訳ありません・・・・神ヘスティア・・・・。

紅桜を見て思い浮かべるベルと神ヘスティアに内心謝罪する。

 

『ボクとベル君の愛の結晶ってことで「ラブ・ダガー」とか!!』

 

突然聞こえたこの場にはいないはずの主神であるヘスティアの声。

驚く私だが、神ヘスティアの隣にいる紅眼紅髪の女神との会話が続く。

まるでその時の光景をビデオに撮ってあるかのように話が進んでいった。

 

『やめいっ、駄作臭ぷんぷんじゃないのッ・・・・。でも、そうね、コレは神の武器としか形容しようがないし・・・・神の(ヘスティア)ナイフってところかしら』

 

紅髪の女神がそうつぶやく。二人の女神の前に置かれているのは漆黒のナイフと紅の刀。

 

『桜君の方は決まっているんだ!紅桜!(あか)と桜君の名前を入れてみたんだ!』

 

『あんたにしてはいい名前ね。でもいいの?ヘスティア。この刀はナイフのように神聖文字(ヒエログリフ)を刻んでいないし、属性もついていない。ただ頑丈でよく斬れる刀よ』

 

紅髪の女神の問いに神ヘスティアは首を縦に振る。

 

『いいんだ。ボクが桜君に出来ることはキッカケを与えるだけだ。少なくとも今のボクに出来ることはそれだけだ』

 

神ヘスティアは紅桜を持って慈悲深くも哀しい表情で紅神の女神に言う。

 

『でも、出来ることならこれをボクやベル君だと思って頼って欲しい。家族がいる、帰る場所がある。目的の為に前を走るだけじゃなく後ろにも大切なものがある。今は無理でもいつか桜君がそれがわかってくれる日が来るのをボクは信じている』

 

神ヘスティアの言葉に私は言葉も出なかった。確かに紅桜を私に渡した時にもそのようなことを言っていた。だけど、あれは主神としてと思っていた。

主神として女神としての慈悲的なものだと思っていた。

だけど、それは違った。あの言葉は主神や女神としてだけではなく、一人の家族としての嘘偽りのない言葉だった。

会ってたった数日しかない私を疑おうともせず、受け入れ何とかしようとしてくれる。

今までの人生の中でそんなことは会っただろうか?

いや、なかった。

家族だろうが友人だろうが私の為にここまでしてくれる人なんていなかった。

私自身も考えたことすらなかった。目的を見つけるためにひたすら前だけを見て走り続けた。そんな私の心境を神ヘスティアは見抜いていた。

女神だからだろうか?

神ヘスティアだからだろうか?

そのどちらかはわからない。だけど、これだけは言える。

ここまで信じてくれている我が主神を裏切るわけにはいかない。

私は手を伸ばして紅桜を強く握りしめる。

その時私の背中は炎を宿したかのように熱くなった。

主神を・・・光を・・・・仲間を・・・・私が守る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜が倒れて動かず、魂の輝きも弱くなっている。フレイヤはそんな桜を見て少々残念に思っていた。透き通る程綺麗だったベルの魂の輝きに対して精一杯輝こうと頑張っている未熟な輝きだった。それでもフレイヤにとっては興味が引かれた。

未熟ながらもその輝きはとても輝いていた。例えるのなら花が咲く前の蕾の状態。

その蕾が開いたらいったいどれだけ輝くのだろうか?どうやったら開くのだろうか?

それを考えただけでもフレイヤは歓喜、恍惚していた。

ベルへとちょっかい出すつもりだったが、偶然にもダンジョンから出てきた桜を発見。

そして、招き寄せてオッタルと戦わせた。

結果は予想とは違ったが桜の完全な敗北。倒れて動かない桜の魂が弱くなっていくのを見てフレイヤは未熟な輝きのその先が見えないことに残念に思いながらモンスターを閉じ込めている檻の鍵を開けよとした時。

 

「ッ!!」

 

弱まっていく魂の輝きが突然強くなったことに気付いたフレイヤ。

先ほどまで動かなかった桜が立ち上がっていた。武器を持っていた。

そして、今、蕾が開いた。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華】」

 

唱えたのは先ほどとは違う魔法の詠唱。

 

「【夜空の下で幻想にて妖艶に舞う】」

 

魔法の詠唱を止めようと動こうとするオッタルをフレイヤは手で制した。

 

「【暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う】」

 

「うふふふふっ・・・・・・!?見せてちょうだい、貴女の輝きを」

 

「【一刻の時間の中で汝は我に魅了する】」

 

開こうとしている桜の輝きをフレイヤは歓喜、恍惚していた。

 

「【散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

オッタルはいつでも動けるように臨戦態勢に入る。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

詠唱が終え、桜は魔法を発動する。

 

「【舞闘桜】!!」

 

魔法が発動され、桜の全身から魔力が溢れ出た。その溢れ出た魔力は桜の全身を巡り覆う。そして、桜が握りしめている夜桜と紅桜にも魔力が覆われる。

夜を現すように怪しく輝く夜桜。

光を現すように紅く輝く紅桜。

桜を含めたその光景にフレイヤは喜びを隠すことが出来なかった。

だけど、フレイヤが喜んでいるのはその光景だけではなかった。

蕾だった桜の魂が開いた。

眩しく輝いているにも関わらずその輝きは目を奪われるほど美しく穏やかに輝いていた。

今まで見たこともないその魂の輝きとその魂の持ち主である桜自身にもフレイヤは目を奪われていた。出来ることならもっとこの輝きを見ていたかった。

だけど、フレイヤには時間がなかった。

ベルにちょっかいを出すためにガネーシャ・ファミリアが捕らえているモンスターを解き放とうとしているのだから。桜が来てもうだいぶ時間が経つ。

もうすぐガネーシャ・ファミリアが来る頃合だろうと思いフレイヤは残念な気持ちになりながらオッタルに命令する。

 

「勿体ないけどすぐに終わらせてオッタル。でも、間違っても殺しちゃ駄目よ」

 

「仰せのままに」

 

フレイヤより前へ出るオッタルに桜は突っ込んだ。それも先ほどとは明らかに違う程速く動いていた。それを見たオッタルは先ほど桜が発動した魔法は身体能力を強化させるものだと思った。可能であれば桜がフレイヤの寵愛を受けるに相応しいか見極めたいところだが自身の主神であるフレイヤの命令はすぐにでも終わらせること。

軽く息を吐いて向かってくる桜の攻撃を躱して尽かさず気絶させる程度に拳を放った。

 

「ッ!?」

 

だけど、放った拳は桜に躱されたことにオッタルは驚愕した。

勿論、手加減はした。気絶程度に収めるぐらいに加減はしたが今放った攻撃は魔法を発動する前の桜では反応すら出来ない程、いや、Lv1の冒険者には反応することさえ出来ないはずなのに。桜はまるで舞うかのようにオッタルの攻撃を躱した。

 

「・・・・・なるほど。そういう魔法か」

 

だけど、猛者の二つ名は伊達じゃなかった。たった一度の攻防で桜の魔法を見極めた。

桜の魔法は身体強化だけではなかった。全身に覆っている魔力にカラクリがあった。

全身に魔力の膜のようなものを張っていることで見えなくても膜に触れただけで攻撃が察知することが出来る。

 

「面倒だ」

 

すぐに終わらせなければならない命令を主神から出されている以上今の桜の魔法は面倒でしかなかった。

 

「仕方がない」

 

そう言い終えるオッタルに桜は尽かさず攻撃を繰り返す。先ほどよりも速く、重く、鋭い攻撃だが、実力差がありすぎる桜とオッタルではいくら桜が強化されようがオッタルにとっては意味もなかった。オッタルは攻撃してくる桜の腕を掴み、桜を宙へぶら下げる状態で腕をへし折った。

 

「ああっ!!」

 

悲鳴を上げる桜。だけど、歯を食いしばってもう片方に握られている紅桜でオッタルに斬りかかるだが、強化された状態でもその攻撃は躱されてオッタルの拳が桜の腹部に直撃した。

 

「かは」

 

血を吐く桜。魔力が切れたのか全身に覆っていた魔力が消える。それを見たオッタルは桜を離す。オッタルの足元へ倒れる桜にオッタルは告げる。

 

「悔しいなら俺を超えてみろ」

 

それだけを告げて主神であるフレイヤの元へ歩くとフレイヤはすでにモンスターを九匹モンスターを解き放っていた。

 

「そちらも終えたのね。あら?ふふふ」

 

オッタルに視線を向けるとフレイヤは楽しそうに声を出して笑った。そのことに怪訝するオッタルだが、フレイヤがオッタルの頬を指す。気になったオッタルも自身の頬に触れると僅かながらに血が垂れていた。

 

「彼女はどうだったかしら?」

 

「間違いなく強くなるでしょう。少なくとも貴方の寵愛を受けるに相応しいぐらいには」

 

それがオッタルが桜に対する評価だった。知る者が聞けば驚きを隠せないその評価にフレイヤも満足そうに頷く。

 

「そう。ではこれからも彼女に期待しましょう。オッタル、彼女を人目の付くところまで運んであげて頂戴」

 

「はっ」

 

オッタルに抱えられる桜。その桜の頬をフレイヤは優しく撫でる。

 

「また会いましょう」

 

それだけを告げると桜を人目の付くところに置くとフレイヤとオッタルはその場から姿を消した。

 

「・・・・・桜」

 

それから数十分後。偶然にも倒れている桜を発見したアイズとロキ。アイズに背負われて桜はロキ・ファミリアの本拠(ホーム)へと運ばれた。

 



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無茶でも無謀でも

目が覚めると見覚えのない天井。

 

「気が付いた?」

 

「・・・・・姉さん?」

 

顔を覗かせてきたのはアイズ・ヴァレンシュタインこと姉さんは心配そうな表情で私の様子を伺っていた。

 

「ここは・・・?」

 

「私の本拠(ホーム)だよ。気を失っていた桜をここまで運んだんだ」

 

「そうだったのか。ありがッ!?」

 

礼を言おうと起き上がろうとした瞬間、体に激痛が走った。そんな私を姉さんは優しく寝かせてくれた。

 

「まだ動いちゃダメ。傷はリヴェリアが治してくれたけど魔法の反動がまだ残ってるみたいだから」

 

「反動・・・?」

 

「うん、酷使するとその反動で体に負荷がかかって体が耐え切れなくなるの。私もそう」

 

魔法の酷使。覚えがある。背中が熱くなって私が頭に流れてきた詠唱を唱えて魔法を発動した。それでオッタルに向かって行ったが結局傷一つすらつけられなかった。

それでも精々発動してから数分ぐらいしか経っていないにも関わらず酷使扱いとなると魔力消費量が半端ないのだろう。

ああ、でも、負けたのか・・・・・私は。

ベルや神ヘスティア達を守れなかった。オッタルを倒せなかった。

その悔しさが私の心を荒らす。

 

『悔しいなら俺を超えてみろ』

 

最後に聞こえた強者(オッタル)の言葉。

今の私では無理だけどいつか必ずまた戦う時があるだろう。その時は今度こそ。

そこで私は大切なことに気付いた。ベルと神ヘスティアの安否について。

 

「ベルは・・・白髪の少年と黒髪の女神は見ませんでしたか?」

 

「二人とも無事だよ。シルバーバックを倒してすぐにどこかに行っちゃったけど」

 

それを聞いた私は安堵した。無事でよかったと、でも、ベルがシルバーバックを倒すなんて。ベルも確実に強くなっているということか。

私も負けていられないな・・・・・。

 

「おー目覚めたかいな?桜たん」

 

入ってきたのはロキ・ファミリアの主神ロキ。こうして会うのは二度目だ。

 

「この状態で申し訳ありませんがお手数おかけしました、神ロキ。それと治療ありがとうございます」

 

「いいねんいいねん。桜たんみたいな可愛い子ならうちも大歓迎や。そや、アイズたん、リヴェリアを連れて来てくれへん?」

 

「うん」

 

神ロキの指示に退出していく姉さん。姉さんが座っていた椅子に座る神ロキ。

 

「アイズたんに礼いっときいよ。丸一日桜たんを看病してたんやから」

 

「そうですか・・・・」

 

オッタルに敗北してから丸一日も私は眠っていたのか。

 

「それで桜たんはいったい何があって倒れとったんや?」

 

唐突に神ロキが話を変えてきた。口調はいつもと変わらないが雰囲気は完全に先ほどまでと違う。なるほど、神は侮れないな。

 

「女神フレイヤに会いました」

 

「・・・やっぱりか。あの色ボケ女神。それで桜たんはモンスターにでも襲われたん?」

 

頭をガシガシ掻きながら問いかけてくる神ロキに私は正直に話す。

 

「猛者と戦いました。結果は完敗でしたが」

 

「ぶっ!猛者と戦ったんかいな!?無茶通り越して無謀やで!?」

 

「仕方がなかったんですよ。逃げることもできませんでしたし、させてもくれませんでしたから」

 

いや、逃げるという手段も考えたが結局のところ私自身もしようとも思わなかった。

神ロキの言う通り無謀だな。

 

「はぁ~、まぁ無事やったからええけど。桜たん、実は」

 

「失礼する」

 

神ロキの話の途中、緑髪のエルフの女性が部屋へ入ってきた。

 

「おー、リヴェリア。ちょうどええところに。アイズたんは?」

 

「自室へと休ませている。あの騒動からずっと起きているからな。無理にでも休ませておいた」

 

「さっすがは母親(ママ)や」

 

「誰が母親(ママ)だ」

 

そんなやり取りを終えて空気を入れ替えるようにリヴェリアさんが咳払いをして私の傍まで寄ってくる。

 

「こうして直接話すのは初めてか。私の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。リヴェリアでいい」

 

「柳田桜です。桜とお呼びください。怪我を治してくださり、ありがとうございます」

 

「礼を言われるほどではない。こちらも桜には無礼を働いた。その詫びをしたにすぎない」

 

ああ、ワンちゃんとアマゾネスのことか。あ、そういえばワンちゃんにジャガ丸くんを買ってくるように命令していたの忘れていたな。

下らないことを思い出しているとリヴェリアさんが深刻な表情で言ってきた。

 

「桜。実は治療の時に悪いとは思ったが君の体を調べさせてもらった」

 

「うちがそういうように頼んだんや」

 

「はぁ」

 

別に何ともないとは思うけど、私は二人の話を聞くことにした。

 

「単刀直入に言おう。いったいどのような魔法を使った?」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

リヴェリアさんの言葉の真意が私にはわからなかったが魔法に関しては覚えがある。

オッタルと戦った時に発動した【舞闘桜】。リヴェリアさんが言っていることはそれだろう。だけど、それがいったいなんなのか、その真意がわからなかった。

 

「私が桜を診た時、桜は精神枯渇(マインドゼロ)になっていた。それも一度に大量の魔力を消費した状態でだ」

 

「それがどうかしたのですか?」

 

「魔法の酷使による肉体への負荷と精神枯渇(マインドゼロ)。心身共に尋常じゃない程の負荷が君の体にかかっていた。どのような魔法を使用したのかは知らないがあと少し使っていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれん」

 

リヴェリアさんの言葉に私は自分が使った魔法【舞闘桜】の脅威に驚いた。

それほどまで負担のかかる魔法だったのか・・・・・。

 

「桜たん。もし、桜たんがその魔法を使うのならうちのファミリアに来た方がええ。こんなことでドチビの悪口いいたかないけど、その魔法はあきらかに今の桜たんには危険や。少なくとも零細ファミリアでメンバーもおらへんところで使うのは自滅行為やで?」

 

神ロキからのお墨付きの魔法とは。だけど、そうなのだろう。

あの時の私は無我夢中で目の前にいたオッタルを倒すことだけで頭がいっぱいだった。

その先のことなんて微塵も考えていなかった。

 

「今の桜たんには桜たんより上位の実力者と治療が満足にできる環境や。うちのところなら全部揃っとるし、あの色ボケ女神も手が出しにくくなるはずや」

 

その通りなのだろう。少なくとも今よりかは十分な態勢でダンジョンに潜れる。その上、私より強い者がいる。そう考えたらこの話はこれ以上にないぐらいいい話だ。

 

「ずっとおれとはいわへん。改宗(コンバージョン)してから一年間だけでもええ。一年あれば桜たんなら十分になんとかできるやろう。もしかしたらランクアップするかもしれへん」

 

ランクアップ。神ロキでは私は一年以内にはレベルが上がる可能性があるということか。

多くの上位冒険者を出してきたファミリアの主神だけにその言葉の重みが私の中で響く。

神ヘスティアもこのことを話せば納得して改宗(コンバージョン)を認めるだろう。

 

「申し訳ありません。リヴェリアさん、神ロキ。私は自分の主神を裏切ることはできません。ですのでこの話はなかったことにしてください」

 

それでも私は神ヘスティアを裏切れない。

危険だとわかっていてもこれ以上にないぐらい話だとしても私には帰る場所がある。待っている家族がいるのだから。

話を断ると神ロキは深く息を吐いた。

 

「はぁ~。まぁ、桜たんがそう言うなら無理強いはできへんな。せっかくアイズたんと桜たんの姉妹ハグが出来ると思ったんやけど」

 

「ロキの言っていることは放っといて。私も桜の意志を曲げてでもさせる気はない。だが、桜、その魔法は使わないよう気にかけておけ。万が一にも使うようなことがあればその時は十分に注意するように」

 

「はい」

 

リヴェリアさんの忠告を胸にしまう。そして、まずは私自身が強くならなければ。

 

「そんなら体調がよくなったら桜たんも帰りよ。自分の本拠(ホーム)へ」

 

へらへらと手を振りながら出ていく神ロキに続くようにリヴェリアさんも出ていく。

私はしばらくしてからまだ痛む体に鞭を打ちながら神ヘスティアがいる本拠(ホーム)へと帰って来た。

 

「ただいま戻り」

 

「桜君!」

 

「桜!」

 

ドアを開けると神ヘスティアが飛びついてきて勢いに負けて後ろへと倒れる。ベルも私の傍へとやってくる。

 

「心配したよ!いったいどこで何をしていたんだい!?怪我はないかい!?痛むところはあるかい!?無茶なことはしていないかい!?」

 

「神様、落ち着いてください!そんな一度に言っても答えられませんよ!」

 

慌ただしい神ヘスティアとそれを宥めようとするベル。そんな二人を見て私は変わっていない二人を見て思わず安堵した。

それと同時、猛者と戦いましたなんて言ったら面倒なことが起きると思い口に出さず、胸の中でしまい込んだ。

 

「まぁ今はいいや。そんなことより」

 

コホンと咳払いする神ヘスティアはベルと顔を見合わせて口を揃えて言った。

 

「「お帰り」」

 

「・・・・ただいま」

 

その言葉に私はここに帰って来れたんだなと思ってしまった。

 

 

 

 

 

「それで、モンスターに襲われてロキのところに厄介になっていたのかい?」

 

「まぁ、そんなところです」

 

ステイタスを更新しながら今までのことを若干嘘交じりに話していた。

 

「チッ、ロキめ。桜君に変なことしていないだろうな」

 

舌打ちする神ヘスティア。本当に犬猿の仲なんだなと私は納得してしまった。

 

「さてさて、桜君のステイタスはと・・・・ぬあっ!?」

 

奇声を上げる神ヘスティア。たぶん、新しい魔法の発現に驚いているのだろう。

それでも驚いたとはいえ、女神、いや女がぬあっ!って驚くのはどうだろうか?

 

「さ、桜君!これはどういうことだ!?」

 

わなわなと震えながら書き写したステイタスの用紙を見ると私は目を見開いた。

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:H104→F342

耐久:H123→E406

器用:I98→F378

敏捷:H104→F392

魔力:H101→E442

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇。

・体力・精神力消費増加。

・詠唱『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたび全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

 

この異常な上昇に私の頭は真っ白になった。魔法に関しては知っていたから驚くことはなかった。むしろ、どのような効果があるのかが知れてよかったと思っている。

問題は基本アビリティの上昇値だ。トータル1400オーバー。

ベルの【憧憬一途】や私の【目的追及】はそういうスキルだというのは理解出来る。

懸想すればするほど成長するベルのスキルと目的を追求すればするほど成長する私のスキル。ベルならまだわかる。だけど、私はいつ目的を追っていた?

私自身わからない目的。だけど、アビリティのこの上昇値を見るに私の知らない所か無意識に目的を追っていたとしか考えられない。いつ、どこで?

ダンジョンに潜っていたとき?オッタルと戦ったとき?魔法を発現したとき?

どれも検討がつかなかった。

 

「桜君!ボクの話を聞いているかい!?」

 

「ああ、申し訳ありません。少し考え込んでいました。それで話とは?」

 

神ヘスティアの声に正気に戻った私に神ヘスティアは「まったく・・・」と呆れながらもう一度言ってきた。

 

「君が無茶をしたのはこの新しい魔法を見てわかった。だけど、この魔法はメリットも大きいけどデメリットも大きい。あんまり使わないでおくれよ」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「うん、よろしい。それで桜君は今後はどう動くつもりなんだい?」

 

今後か・・・・。

神ヘスティアの言葉に私は思案する。

 

「今日はとりあえずはダンジョンへは行かずここでゆっくりします。明日からまたダンジョンへ潜ろうと思います」

 

「わかった。ベル君と一緒に行くのかい?」

 

「いえ、ベルには悪いですけど少しの間は一人で潜ろうと思います」

 

前にベルと一緒に行こうと誘ったけど、ベルと一緒にいたらベルにまで危ない目に合わせてしまうかもしれない。まずは私一人でどこまで行けるか試してからでないと。

 

「ん~ボク的にはベル君と一緒に行って欲しいのだけ桜君がそこまで言うのならボクは何も言わないよ」

 

「ありがとうございます」

 

主神の了承を得て、少し早めに私は睡眠を取ることにした。

今のステイタスではどうなるかはわからないが、それでも行ってみよう。10階層に。

そうして私は睡魔に導かれるように眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「10階層へ行く許可を下さい。エイナさん」

 

「うん。駄目」

 

「ありがとうございます、では行ってまいります」

 

エイナからの了承を得て10階層へ向かおうとしたがエイナに肩を掴まれて止められた。

 

「ちょっと話をしようか」

 

逃げることも出来ず私はそのままエイナに連れられて応接室まで連行された。

 

「いったい君は何を考えているの!?」

 

そして予想通り私はエイナに怒られる。

 

「冒険者になったばかりの駆け出しは誰かな!?」

 

「私です」

 

初日で6階層まで下りたのも私です。

 

「君は自殺願望でもあるの!?ダンジョンは恐ろしいところなんだよ!?君みたいな女の子をパクリと食べちゃうモンスターの巣窟なんだよ!?それを10階層に行くなんて君には常識というものはないの!?」

 

嵐のような怒涛の説教。エイナの持論でいうなら冒険を冒そうとしていることに責めているのは理解出来る。更に普通はパーティを組んで挑むダンジョンをソロでそれもまだ冒険者になりたての私がたった数日で10階層に行こうとしているのだから常識を疑われるのも理解出来る。

 

「絶対に駄目!許可しません!どうして10階層に行きたいのかはわからないけど危険を冒してまで行く必要がどこにあるの!?」

 

「あります」

 

即答する。そんな私にエイナの緑玉色(エメラルド)の瞳が大きく見開く。

 

「確かにエイナさんの言う通り非常識なのは理解できます。ですが、私は強くなりたいのです。その為なら無茶と言われようが無謀と言われようがかまいません」

 

今のままでは私は神ヘスティアもベルも私自身も守ることが出来ない。

だから強くなりたい。いずれ戦う強者(オッタル)を倒すためにも。

 

「エイナさん、例え貴方が許可しなくても私は行きますよ」

 

私の言葉にエイナさんが手を額に当てて呆れるように溜息を吐く。

 

「はぁ~君とベル君はいったいどれだけ私に心配をかけさせたら気が済むのかな・・・・?」

 

「すみません」

 

「でも、行くんだよね」

 

「はい」

 

変わらない私の返答にエイナの口からまた溜息が出る。

 

「・・・・・わかった。許可するよ。ただし、少しでも危ないと感じたらすぐに逃げること!いい!?」

 

「わかりました」

 

エイナとの許可を取って私は立ち上がり応接室から出ようとした時。

 

「・・・・生きて帰ってきてね」

 

弱弱しく聞こえたその声はどれだけ私のことを心配しているのが伝わってきた。

それでも強くなる為に私はダンジョンへと足を運んだ。

ダンジョンに下りた1階層。そこには2体のゴブリンを見て私は夜桜と紅桜を抜き息を吐いてゴブリンに向かってダッシュ。そして2体のゴブリンを夜桜と紅桜で切り裂く。

 

「行くか」

 

目標である10階層に向かって私は走り出す。



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鍛冶師とサポーター

ポーションを二本一気に飲み干して10階層を眺める。8~9階層の地形に深くはないが霧が立ち込めていた。ここまでくるまでになかった初めての視野の妨害。

これが10階層か・・・・。

これまでは主にゴブリンやキラーアントを倒してきたがここからは大型級のモンスターが出現する。更に迷宮の武器庫(ランドフォーム)という天然武器をモンスターが使ってくる。その為通常より倒しにくくなる。

だけど、そうでなくてはここまで来た意味がない。

強くなる為に私はここまで来たのだから。

階段を降りて10階層に足を踏み入れる。視野は悪いがざっと見たところモンスターは近くにいないことを確認して私は広間の方へ歩いて行くと奥の方から何かがぶつかり合う音が聞こえた。それに気になった私はその音を頼りに音がする方へ近づくと一人の赤髪の冒険者が多くのオークとインプに囲まれていた。

道理で私が来てもすぐにモンスターが来ないわけだ。

今来たばかりの獲物より弱っている獲物からいただくのは当然だもんな。

だけど、見捨てるわけにもいかないか・・・・。

私は囲まれている冒険者を助ける為、オークとインプの群れに突っ込んだ。

 

『ヒギャ!?』

 

突っ込んだ先にいたインプを背後から奇襲。奇襲されたインプは悲鳴を上げるとすぐに灰となる。そして、奇襲に気付いたモンスターは私の存在に気付く。

 

「助太刀します!」

 

「悪い!助かる!」

 

赤髪の冒険者にそう言って私はオークへと向かう。

大型級のモンスターであるオーク。ここで初めての大型級だが大して脅威は感じなかった。皮肉だがオッタルと向かい合った時の方が脅威を感じた。

 

『ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

雄叫びを上げるオークは迎撃するように天然の武器である棍棒を高く振り上げる時に遅いと私は思った。オッタルと戦った影響だろうか?

いや、今は倒すことに集中するとしよう。

意識を切り替えた私は棍棒を振り上げるよりも早くオークの横腹を斬る。緑色の鮮血が飛び散り、オークは悲鳴を上げるが私は背後からオークの胸を夜桜で突き刺して斬り払うとオークは灰になり、続けてくるオークやインプ達に向かって私はひたすら斬り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

囲まれていたオークとインプ達を倒して周囲に他のモンスターがいないことを確認して私は一息入れる。

初めての大型級だったけど倒すことができた。特に危険もなかったししばらくはここでモンスターを倒していくとしよう。

そう考えていると先ほどオーク達に囲まれていた赤髪の冒険者が私の方へ寄ってきた。

 

「マジで助かったぜ。助太刀サンキューな、冒険者」

 

寄ってきた赤髪の冒険者。武器は見たところ大刀だけ。背は私より高いところを見ると年上だろう。ん?冒険者?ああ、なるほど。

 

「いえ、お気になさらず。鍛冶師(スミス)一人であの数はきついでしょう」

 

「嬢ちゃん、俺のこと知ってんのか?」

 

鍛冶師(スミス)と見抜いた私に怪訝するように聞いてくる。

 

「同職が冒険者とは呼ばないでしょう?」

 

そう、もしこの人が冒険者なら他の呼び方をしていたはず。そこを冒険者と言ってきたら自分は冒険者ではないと思って当然だろう。冒険者以外でダンジョンに来る必要があるのは素材狙いの鍛冶師(スミス)と予測したがどうやら正解だったみたいだな。

 

「ハハハハ!確かにな!嬢ちゃんの言う通り俺は下っ端鍛冶師(スミス)、ヴェルフ・クロッゾだ。嬢ちゃんの名前は?」

 

「柳田桜。桜でいいですよ。クロッゾさん」

 

高笑いしながら自己紹介してくるクロッゾさんに私も名前を教える。

 

「ヴェルフでいい。家名、嫌いなんだよ」

 

「わかりました。ヴェルフ」

 

ヴェルフ・クロッゾ。確か魔剣嫌いの鍛冶師(スミス)だったな。まさか、こんなにも早く会うことになるとは思いもしなかった。

まぁ、いずれは会うことになっているだろうし別にいいか。

 

「さて、桜。お前は俺の命の恩人だ。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」

 

「いいんですか?」

 

「もちろんだ。恩は返さねえと俺の気が済まねえ」

 

義理堅い性格なんだな。まぁ、私にとってもありがたい話でもあるか。

 

「防具は作れますか?」

 

「もちろんだ。いい作品を作ってみせるぜ。ところでよ、恩人にこんなことを頼むのもどうかと思うんだが、桜の武器見せてくれねえか?」

 

「いいですよ。ですが、その前に」

 

武器をかまえる私の視線の先には数体のオーク。それを見たヴェルフも武器である大刀をかまえる。先ほどよりかは数は少ないが更に出てくる可能性も考慮してさっさと倒すとしよう。

 

「倒して後でゆっくり話しましょう」

 

「だな」

 

そして、私はヴェルフと一緒にオークを倒してダンジョンの外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフと出会っていつもより早く切り上げた私はダンジョンの外に出た私はまずはギルドでエイナへと報告に向かった。

 

「良かった~、ちゃんと帰って来たんだね」

 

薄っすらと涙を流しながら安堵するエイナに私はここまで心配させてしまったと若干罪悪感を感じている。凄い心配してくれていたんだな・・・。

 

「でも、やけに早かったね?やっぱりまだ10階層は早かったかな?」

 

「いえ、特に問題はありませんでした。ただ10階層で出会ったヴェルフを助けまして早く出てきたんですよ」

 

「・・・・ヴェルフ?もしかしてヴェルフ・クロッゾさんのこと?」

 

「そうですが?ああ、もしかして私が魔剣でもヴェルフに要求するとでも思っているんですか?」

 

思案顔するエイナより先に私はハッキリと答えると意外そうな顔で私を見る。

 

「クロッゾのことについて知ってたの?」

 

「ある程度ではありますが」

 

うろ覚えの原作知識で、だけど。

まぁ、使いたくないと言えば嘘になるけど。それでも私には必要ない。

 

「私は特に魔剣には興味がありませんから」

 

「・・・・うん、わかった。でも、ダンジョンに潜る時は絶対に無事に帰ってきてね!」

 

「はーい」

 

最後に釘を刺されて魔石を換金して外で待っているヴェルフと合流した。

 

「お待たせしました。ヴェルフ」

 

「ああ、じゃ、俺の工房へついて来てくれ」

 

神妙な顔で歩き出すヴェルフ。恐らく私とエイナとの話を聞いていたのだろう。

まぁ、普通なら考えられないような。クロッゾの魔剣は富と名声をかき集められる魔法の剣。それを欲しがらない私に疑問を抱くのは仕方がないか。

軽く息を吐きながら私はヴェルフについて行くと北東のメインストリートを向けて都市の端にある工業地帯へと足を運んだ。

 

「ここが俺の工房だ」

 

ヴェルフの工房へ入るとそこはまさに鍛冶師(スミス)の仕事場。武器や防具を作るための炉や専用の道具が数多く並んでいた。

 

「悪いな、汚い場所で。少しだけ我慢してくれないか?」

 

「全然大丈夫ですよ」

 

本拠(ホーム)と大して変わらないから。むしろ、主神が汚すからこっちのほうがまだ綺麗に感じる。帰ったら掃除でもするとしよう。

 

「取りあえず、まずは採寸させてくれ。せっかくだからお前専用の防具を作ろうと思う」

 

「それは嬉しいですが、私はあまりお金は持っていませんよ?」

 

「恩人から金は取らねえよ。それにお前の相棒たちを見せてくれるんだ。金を取るようなみっともねえ真似はしねえ」

 

本当に義理堅いな。そう思いながら支給品のライトアーマーと上着を脱いで薄着になり、ヴェルフに採寸してもらう。

 

「そういや、桜はなんか希望はあるか?」

 

採寸しながらヴェルフはそう聞いてきて私は考える。

私は基本的に攻撃される前に攻撃することが多い。下手に重装備で防御を固めるより、動きやすさを重視したほうがいいだろう。

万が一のことも考えてプロテクターもあれば気休めの防御は出来るだろうし。

 

革鎧(レザーアーマー)にプロテクターが欲しいですね。動きやすさを重視にして次に防御力があればいいです。プロテクターも出来る限り軽量で気休め程度の防御力があればいいのですが、出来ますか?」

 

「もちろんだ。客の要望に応えるのも鍛冶師(スミス)の仕事だ」

 

了承を得てヴェルフは採寸を終わらせると炉に火を入れる。私は服を着なおして10階層で取れたオークの皮をヴェルフに渡す。

せっかく作ってくれるのに何もしないわけにもいかないしな。

火を調整してよくなったのかヴェルフは一呼吸しながら立ち上がる。

 

「炎の調子が良くなるまで少し時間がある。その間に見せてはくれねえか?」

 

「はい。いいですよ」

 

私は夜桜と紅桜を外してヴェルフに渡す。鞘から刀を抜いて興味深そうに見るその顔は職人の顔だった。

 

「すげえ・・・どっちも立派な武器だ。相当腕の立つ鍛冶師(スミス)が作ったんだろうな」

 

そうだろうな、と私も内心でそう思った。

支給の剣ではあっという間に刃こぼれするが、夜桜と紅桜はダンジョンに潜るたびに研いでいるとはいえ刃こぼれ一つすらしていない。

使っている私も満足する立派な相棒たちだよ、本当に。

ヴェルフはもう満足したのか鞘にしまい、私に渡してくる。

 

「もう十分だ。サンキューな」

 

「いえ、防具を作ってくれるんです。これぐらいはかまいませんよ」

 

夜桜と紅桜を受け取って腰に収める。すると、ヴェルフは申し訳なさそうに私に言ってきた。

 

「実はさ・・・桜とアドバイザーが俺のことを話しているところを盗み聞きしちまってよ。桜が俺のこと知って魔剣を要求してくるか疑っちまった。悪い」

 

「別にいいですよ、それぐらい。それに今までそういう人たちを相手にしていたら疑うのも無理はないですし」

 

私は職人ではないが、少なくとも同じ立場ならそういう奴らには絶対に作らない。

 

「・・・・聞いてもいいか?桜はどうして魔剣を欲しがらないんだ?」

 

問いかけてくるヴェルフの表情は真剣そのもの。まぁ、無理もないか。今までヴェルフの周りには鍛冶師(スミス)としてのヴェルフではなく魔剣が打てるクロッゾのヴェルフとして見てきた。そんな中でそいつらと逆の位置にいる私を疑い、疑問に感じるのは当然といえば当然か。

 

「一般的に考えたら確かに魔剣という存在は素晴らしいと思います。魔法が使えない冒険者にとっては猶更そうでしょう。私はクロッゾの魔剣がどのようなものかはわかりませんが、聞く限り凄いのでしょう」

 

「・・・・ああ、俺が言うのもどうかとは思うがな」

 

苛立っているのか頭を乱暴に掻きながら眉間に皺を寄せるヴェルフだけど私は気にせず続きを話す。

 

「だけど、最終的砕ける剣を欲しがる理由がないですね。少なくとも私はそう思います。」

 

私の言葉に目を見開くヴェルフ。いや、そこまで驚くことだろうか?

 

「私はヴェルフのように魔剣の存在を否定しません。砕けるとしても使い方や使い手次第で良くも悪くもなります。ただ、私的には砕ける魔剣より、長持ちする武器の方がいいですね。ダンジョン内で砕けてしまったらモンスターの餌食になってしまいますし、ああ、それに魔剣って確か高かったですよね?それなら魔剣に大金は使いたくないな」

 

むしろ、大金があれば今の本拠(ホーム)をリフォームする。それか生活費の足しにする。うちの主神はどうも散財癖があるから今でも油断が出来ないんだよな。

主神のことに頭を悩ませるとヴェルフが腹を抱えながら笑うことを堪えていた。

 

「く・・・・ハハ・・・・桜・・・・お前変わってんな」

 

「酷いですね。私は正直に答えただけですよ」

 

「悪い悪い」

 

笑みを浮かばせながら私の頭をポンポンと叩くヴェルフの表情はどこか吹っ切れたかのように清々しい顔をしながら壁に吊るされている槌を手に取る。

 

「よし!桜、明日また来てくれ!それまでには俺が打てる最高の代物を用意しといてやる!」

 

「楽しみしていますよ、ヴェルフ」

 

気合が入ったヴェルフを後に私は工房を出る。

しばらくしてから心地いい金属の打撃音が鳴り響いていた。

私は本拠(ホーム)へ帰って掃除でもしようと思っていると白髪が視界に入り、すぐにベルだと気づいた。

ベル、装備変えた?

黒地のインナーにライトアーマー。左腕には緑玉色(エメラルド)のプロテクター。

明らかに前見た時とは違う装備。だけど、それ以上に気になるのはベルの隣にいる小人族(パルゥム)だ。

あれって、リリルカ・アーデ?

まさか一日で主人公に関わるキャラと会うとは。世の中何が起こるかわからないな。

 

「ベル。ダンジョンの帰りか?」

 

「あ、桜。うん、リリのおかげでいつもより多く稼げたんだ!」

 

「そんなことありません、全てはベル様の実力あってこそですよ。ところでベル様、こちらの方がベル様が仰っていた桜様でございますか?」

 

「うん、僕と同じファミリアの仲間だよ」

 

「そうですか」

 

ベルに私のことを聞くと私の前までやってくるりリルカ・アーデ。

 

「初めまして、桜様。リリの名前はリリルカ・アーデです。リリとお呼びください」

 

「柳田桜だ。桜でいい」

 

子供らしい笑顔の反対にリリの目は怪しく光っていた。いや、怪しくというより憎んでいるが正しいか?しかし、どうしようか。恐らくリリはもうベルからナイフを盗んでいる。

別にそれはいい。盗まれるベルが悪いだけだし、お人好しのベルにはいい薬だ。

この後が面倒なんだよな。リリのことを知った神ヘスティアがリリに目を付けるように言ってくる可能性がある。

神ヘスティア、女神だけど基本的子供だからな。はぁ~・・・・。

 

「いかがなさいましたか?桜様」

 

「いや、何でもない」

 

内心で溜息を吐いているとリリが私の様子を伺ってきたが何事もないように答えてリリの耳元でつぶやく。

 

「盗みはほどほどに。それとベルはお前を裏切ったりしないさ」

 

「ッ!?」

 

驚くリリの肩を軽く叩いて私はベルに視線を向ける。

 

「ベル。悪いけどしばらくはリリと二人でダンジョンに行ってくれ。私は私でやりたいことがある」

 

「うん、それはいいけど。今、リリになんて言ったの?」

 

「女同士の秘密だ。なぁ、リリ」

 

「そ、そうですよ、ベル様!リリと桜様の秘密です!」

 

「う、うん。ごめん・・・」

 

切羽詰まったように言うリリにベルは引きながら謝罪した。それに対してリリは怯えた目で私を見ているがそれは当然だろう。会ったばかりの奴に盗みがバレているのだから。

 

「じゃ、ベル。私は先に帰っているけどちゃんとエイナさんのところに寄ってから帰ってきなよ」

 

「うん。リリはどうする?」

 

「リリはこの後用事がありますので・・・」

 

その後、私達は別々に別れる。一足早く帰って来た私は本拠(ホーム)を見渡すとやはり汚れている。主に汚す原因は神ヘスティアのせいだが。

はぁ~、掃除するか・・・・。

私は溜息を吐きながら掃除に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

ベルと桜と別れたリリルカ・アーデはベルから盗んだ漆黒のナイフを持ったまま焦るように馴染みであるノームの店へと向かっていた。

 

「なんなんですか・・・なんなんですかあの人は・・・・」

 

思わず口に出してしまうぐらいリリは焦っていた、いや、恐れていた。その理由は先ほど会った柳田桜である。初めて会ったにも関わらず盗みがバレた。

しかも、それを同じファミリアであるベルにも告げず、黙秘した。

いったい何を考えているのかリリには理解できなかった。いや、それ以上にあの時の桜のつぶやきがリリの耳から離れなかった。

 

『盗みはほどほどに。それとベルはお前を裏切ったりしないさ』

 

裏切ったりしない。その言葉を思い出すたびにリリは首を横に振る。

リリルカ・アーデは冒険者が大っ嫌いだ。サポーターという理由で自分を卑下する。

当然のように金を奪われ、暴力を振るわれる。

一般人に成りすましても仕事にありつけてもすぐに連れ戻される。

小さな幸せさえも冒険者は壊す。

リリは・・・リリは信じません・・・・どうせ冒険者なんて一緒なんです・・・。

そう自分に言い聞かせるリリはノームの店まで走った。

 

 



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白桜

掃除が終わって一息入れると今度は夕飯の準備に取り掛かる。

ベルと神ヘスティアは料理下手というわけではないが、下手をすればあの二人はジャガ丸くんだけで夕食を終わらせてしまうためヘスティア・ファミリアの料理は私が作ることにした。流石にジャガ丸くんだけじゃ、栄養バランスが偏る。

・・・・・・私はベルと神ヘスティアの母親か。

思わず自分自身にツッコミを入れながら余った食材を使って料理する。

もちろん、二人の大好きなジャガ丸くんも別で用意しておく。

 

「ただいま」

 

「お帰り」

 

しばらくしてからベルが帰って来た。

 

「うわぁ、部屋がきれいになってる。桜がしてくれたの?」

 

「ああ、暇が出来たから。夕飯はもうすぐ出来るから着替えて手伝ってくれ」

 

「うん、ちょっと待ってて」

 

夕食を作る手を止めずにベルにそう言って手伝ってもらう。

私とベルで夕食の準備をしながらお互い今日のことを話していた。

ダンジョンに入る前にリリと出会って7階層まで行き、エイナのところでナイフを落としたことに気付きリューという豊穣の女主人のエルフとシルに拾ってもらったこと。

あの時のエルフか・・・・。

初めて豊穣の女主人に行ったとき、私に敵意を向けてきたエルフに心覚えがあった。

なるほど、あのエルフの名前はリューというのか。

そんなことを思いながら私も10階層に行ったことをベルに話すとベルは驚いていた。

まぁ、当然か・・・・後から入団したにも関わらず自分よりも早く到達階層を増やしたのだから。

 

「だ、大丈夫だったの?」

 

「問題ない。明日も少し寄り道してからまた行くつもりだ」

 

明日の昼頃にでもヴェルフのところに行ってからダンジョンに潜るとしよう。

新しい防具の性能も試してみたいし。

しかし、どんなものが出来るのか少し楽しみだな。

新しい防具を楽しみにしていると突然ベルが私に問いかけてきた。

 

「桜は・・・どうしてそんなに強いの?」

 

「・・・・・」

 

強い・・・・か。

ベルの問いに私は考える。ベルにとって私は強いと思っているのだろう。私自身も強くなりたいと思っている。ベルや神ヘスティアの為にも強者(オッタル)と戦うためにも。

だけど、それを言えばベルは自分が情けなく思うだろう。

ベルはわかりやすいぐらい純粋だ。だから男として女に守られる訳にはいかないと思うだろうし、女に守られる自分の弱さに嘆くだろう。

なら、私の目的について少し話しておくとしよう。

 

「ベル。私は別に自分が強いとは思っていない。ただ私の目的の為に強くなる必要があるというだけの話だ」

 

「目的?」

 

「ああ、いいか?ベル。強くなるのはあくまで手段だ。自分が何をしたいのか?どうしたいのか?それを成し遂げるための必要な手段だ。私には目的がある。それを探すために強くなる必要がある」

 

もちろん、ベルや神ヘスティアを守る為やオッタルを倒す為でもあるが、根本は何も変わらない。いや、それを見つけ出すまで変わることが出来ないし、見つけるまで死ぬ訳にもいかない。だからこそ強くなる必要がある。

 

「まぁ、これ以上私の言葉を聞いて影響するより、自分で考えて導き出してそれを貫けばいい。簡単に言えば自分の我儘を他人に押し付けてでも貫けばいい。ただ、一言アドバイスするなら自分が後悔しないように動け」

 

後悔してからじゃ遅いからな。と一言加えてベルに助言する。

これから先どう考えてどう動くかはベル次第。そして、私自身もそれは言える。

とりあえず今はこれでいいだろう。

 

「・・・・・うん、ありがとう。桜」

 

「力になれたのなら何よりだ」

 

考えが纏まったのかどうかはわからないが少なくともさっきのような悩み顔ではなくなったな。良かったと安堵して夕食の準備が終えるとタイミングよく神ヘスティアが帰って来た。

 

「ただいま~~」

 

「お帰りなさい、神様」

 

「お帰りなさいませ、神ヘスティア」

 

三人で夕食を食べて明日に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼頃。

 

「これが私の新しい防具」

 

私はヴェルフの工房に足を運んで完成していた防具とプロテクターを身に着けていた。

白い浴衣姿の革鎧(レザーアーマー)。動きやすさを重視している為か丈の長さが少々短いが、下には黒地のインナーを着ている為白色の革鎧(レザーアーマー)と相まっている為よく映えている。袖も邪魔にならないように短くなっている。

更に白色の革鎧(レザーアーマー)に所々桜の花びらが描かれていた。

女である私にヴェルフが気遣ってくれたのだろう。

それにプロテクターも夜桜と紅桜の色に合わせて黒と紅色になっている。

 

「どうだ。桜から貰ったオークの皮や下層で手に入るモンスターの皮を中心に作ったんだ。俺的にはいいと思うんだが」

 

ヴェルフの言葉に私は夜桜と紅桜を抜いて動いてみる。

うん、動きやすいし、邪魔にもならない。文句はないな。

 

「大丈夫です。私の要望通り、いえ、要望以上の防具です」

 

「それはよかった、じゃそれに名前を付けるか・・・・・・豚具(トング)

 

「却下」

 

ヴェルフの案を私はつかさず蹴る。オーク()の防具で豚具(トング)だろうか?どちらにしろ酷いネーミングセンスだ。流石にその名前という訳にもいかず私が白桜と名付けた。ヴェルフはとても不満そうだったがヴェルフの表情はすぐに一変した。

 

「なぁ、桜。俺と契約しないか?」

 

契約。鍛冶師(スミス)と冒険者の契約か。

まぁ、私的にも助かる。その上これからのことを考えればこの契約はしておいたほうがいいだろう。だけど、下手にすぐに了承するのも変に怪しまれる可能性もある。

ここは理由を聞いておくだけ聞いておこう。

 

「何故?私がクロッゾの魔剣を欲しがらなかったからですか?」

 

「・・・・正直、それもある。だけど俺の作品を喜んでくれるお前を見て嬉しかった。俺の防具の価値を認めてくれた。それがたまらなく嬉しかった。だから俺はお前と契約がしたい」

 

ヴェルフのその言葉は本当に嬉しそうだった。周りから認められなかった自分の作品を認めてくれる人が現れたら確かに嬉しいだろう。

まぁ、私以外にも愛用者がいるというのはまだ伏せておくとしよう。

私は手をヴェルフの前に差し出す。

 

「わかりました。ヴェルフと契約を結びます」

 

「良し!武器でも防具でもこれからは何でも言ってくれ!」

 

手を握り合う私とヴェルフ。

 

「そういや、桜はパーティに入っているのか?」

 

唐突にヴェルフがそう聞いてきた。

 

「パーティと呼べるほどではありませんがもう一人同じファミリアの仲間がいます。ですが、今はそれぞれ分かれて行動しています」

 

「そっか。なら、俺の我儘ってやつを聞いてくれないか?」

 

ヴェルフの我儘。それは発展アビリティ『鍛冶』の獲得。

もちろん私はそれを了承した。見返りとしてドロップアイテムはいくつか譲るが武器や防具の整備と装備の新調を無料という条件で私とヴェルフは早速10階層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時が流れてダンジョンの外に出るともう空が暗くなっていた。

ヴェルフと共に10階層へ向かう途中、ベルとは会えなかったが広いダンジョンの中で会うのも難しいだろう。

10階層に到着して早速現れたオークやインプ達を倒してダンジョンの外に出るともう夜になっていた。

思っていたより長く潜っていたんだな。

今回は前回と違って何度かオークやインプの攻撃を喰らいそうになった。

私もまだまだだな。と、自分の未熟さを感じているとどこからか聞き覚えのある叫び声が聞こえた。嫌な予感がするなか放っておくことも出来ず、私は聞き覚えのある声の方へ足を運ばせると。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!ベル君ベル君ベル君ベルくーんっ!お願いだからボクの前からいなくならないでおくれ――――!!」

 

酒を飲んで完全に酔っていた主神がいた。

ベロンベロンに酔っている神ヘスティアを見て私は溜息を出しながら近寄る。

 

「何やっているんですか?神ヘスティア」

 

半眼になって言う私に神ヘスティアは気にも留めず私の胸に飛び込んできた。

 

「桜君!ベル君が!ベル君が!浮気をしたんだー!!」

 

「あーはいはい。そうですか。防具を鼻水や涙で汚さないでください」

 

「そなたがヘスティアの新しい子か?」

 

抱き着いてくる神ヘスティアに呆れていると横から男神が話しかけてきた。

物腰丁寧な美男の男神に私は頭を下げる。

 

「うちの主神がご迷惑をおかけして申し訳ありません。支払いは私が持ちます」

 

「うむ。しっかりしている素晴らしくも美しい子だ。私の名はミアハだ。ミアハ・ファミリアの主神をしておる。ヘスティアとは同じ零細ファミリア同士仲良くさせてもらっている」

 

神ミアハは懐からポーションを二つ取り出して私に差し出してきた。

 

「このポーションをやろう。その美しい顔に傷など残ったらかなわんであろう」

 

「いえ、主神がご迷惑をおかけしたんです。それは受け取れません」

 

「気にするでない。それに勘定がそちらで持ってくれるにも関わらず何もしないのは神として恥だ。受け取っておくれ」

 

「そういうことでしたら」

 

神ミアハからポーションを受け取って支払いを済ませて神ヘスティアを抱える。

 

「それでは神ミアハ。また」

 

「うむ。ポーションがなくなったら我がファミリアに来るといい」

 

そこで私は神ミアハと別れた。いい神だったな・・・・。

 

「うぅ~、ベル君・・・ボクを捨てないでおくれ・・・・・」

 

貴女も少しは神ミアハを見習ってください。

項垂れる神ヘスティアに私の口からまた溜息が出た。

 

 

 

 

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁっ・・・・!?」

 

翌日の朝。案の定神ヘスティアは二日酔いになっていた。

 

「まったく後先考えず酒を飲むからそうなるんです。はい、水」

 

「うぅ・・・桜君が冷たい・・・ありがとう」

 

呆れながら神ヘスティアに水を渡した私は神ヘスティアを心配そうに見ているベルを連れて外に出る。

 

「ベル。悪いけど今日は一日神ヘスティアの傍にいてやってくれ」

 

「うん。僕は構わないけど桜はどうするの?」

 

「私は少しダンジョンに潜ってる。流石に二人で神ヘスティアの傍にいたら迷惑だろう」

 

金銭面に少し余裕ができたとはいえ、油断は出来ないからな。

それに神ヘスティアの為にもベルと二人きっりにさせてやるとしよう。

 

「そうだな、ベル。神ヘスティアの調子がよくなったら食事にでも誘え。きっと喜ぶはずだ」

 

「ええ!?で、でも僕でいいのかな?」

 

むしろお前の方がいい。いや、お前以外誰がいる。と言いたくなったが堪える。

あからさまに好意を向けている相手からの誘いをあの駄目神が断るわけがない。

 

「当然だ。それじゃ頼むぞ」

 

「う、うん。頑張ってみる」

 

「よろしい」

 

それじゃ、私はダンジョンに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?桜のところの女神さまの容態は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だろう。日頃から元気が有り余っているし」

 

ダンジョン内10階層で私とヴェルフはそんなことを話していた。

ここに来てまだ三日目だけどもうだいぶ慣れてきた。

オークは一撃は重いが単発で動きが遅いし、インプは群れて数は多いがゴブリンより強い程度。もうそこまで脅威ではなくなった。

強くなっているかはわからないが、私的には手応えは感じている。

この調子で11階層へ行ってみたいが慣れた頃が一番油断ができない。まだ10階層で留まっておこう。

 

「それで桜。白桜の調子はどうだ?何か不備とかあるか?」

 

「いや、問題ない」

 

白桜の不備はどこにもない。動きやすいし、インプの攻撃を一、二度喰らってみたがダメージらしいダメージもない。防御力もたいしたものだ。

 

「本当にヴェルフはいい腕しているよ。クロッゾのヴェルフより鍛冶師(スミス)のヴェルフのほうが私は好きだな」

 

「そっか・・・。いや、なんか照れるな」

 

頬を赤くしながら頭を掻くヴェルフ。そう、いい腕はしている。ただ、作品の名前が残念すぎるのが痛手だ。クロッゾの件もあるだろうけど、ネーミングセンスも問題だと思うのは私の間違いだろうか?

そう思っている複数の足音が聞こえた。足音の先には五体のオークと十数匹のインプ達。

 

「歓迎されてんな。どうする?魔石もドロップアイテムも十分手に入ったし逃げるか?」

 

「・・・・いや、ちょっと試したい魔法がある」

 

「お、魔法も使えんのかよ。なら、発動するまで足止めしておくぜ!」

 

オークとインプ達に突っ込むヴェルフに私は魔法の詠唱を始める。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華】」

 

オッタルと戦った時に発現した私の新しい魔法。

 

「【夜空の下で幻想にて妖艶に舞う】」

 

神ロキやリヴェリアさんには要注意された魔法。

 

「【暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う】」

 

だけど、この先のことも考えて知っておかなければならない。

 

「【一刻の時間の中で汝は我に魅了する】」

 

この魔法の効果や使用できる時間など。

 

「【散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

せっかくある武器を恐れて使わなければ何の意味もない。だから私は使う。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

詠唱を終えた私は魔法を発動させる。

 

「【舞闘桜】!!」

 

魔法を発動させ、私の全身と夜桜や紅桜にも魔力に覆われる。そして、発動して神ロキやリヴェリアさんが言っていたことがわかった。

すごい勢いで精神力(マインド)が削られていく。それにまだ立っているだけなのに全速力で走っているように疲れる。

なるほど、確かに神ロキの言う通り危険だな。

改めて凄い魔法を発現させたもんだと思いながら私はオークとインプ達へ突っ込む。

速い・・・ッ!

(メドル)は離れている距離をほぼ一瞬で詰めることが出来た。

 

「ハァッ!」

 

夜桜で一振り。すると、オークの胴体を真っ二つにすることが出来た。もう一体のオークにも紅桜で一振りすると面白いぐらい真っ二つだ。それに死角にいるはずのオークやインプもまるで見えるかのようにわかる。これが察知能力上昇か。

これはすごい魔法だけど消費も激しい。さっさと終わらせよう。

 

「ハァァァァッ!!」

 

掛け声とともに周囲のモンスターを全滅させる。他に周囲にモンスターがいないことを確認して一息つくと勝手に魔法の効果が切れた。

この魔法は私が倒すことに意識をしていないと勝手に効果が切れるのか?

いや、それは追々知って行こう。

私はその場で座り込み肩で息をする。

疲れた・・・・・でも収穫はあった。

この魔法【舞闘桜】が扱える時間は一分半が限界。それを過ぎると前のように丸一日寝込んでしまう。

 

「お、おい!桜!大丈夫か!?」

 

「ごめん・・・肩貸して・・・・」

 

その後、ポーションを数本飲んで落ち着き本拠(ホーム)へと帰った。

 



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魔導書

私はいつものようにヴェルフと一緒にダンジョンに行き、本拠(ホーム)へ帰るとベルがテーブルの上に突っ伏していた。

 

「ベル、ベル」

 

声をかけても揺すってもただ気持ちよさそうに寝息をたてるベル。

一応触診してみたがどこも異常はなかったため、疲れて寝ているのだろうと思いそのまま放置することにした。

食事の準備でもするか・・・。

寝ているベルを放置して私は食事の準備に取り掛かるのだが、頭の片隅で何かの違和感を感じていた。

何かを忘れているかのような・・・・まあいいか。

特に気にせず私は食事の準備を進めていると神ヘスティアが帰ってきた。

 

「たくっ・・・へファイストスめ・・・これでもボクは一応は神だぞ・・・あそこまでコキ使うことないじゃないか・・・」

 

「はいはい。仕事の愚痴は食事が出来てから聞きますからベルを起こしてください」

 

ブツブツ愚痴を言いながら帰って来た神ヘスティアを流しながらベルを起こしてもらう声をかける。何度か声をかけてベルはようやく目を覚ました。

 

「はは、可愛いね。ベル君のお茶目な姿を見れて、おかげでボクの仕事疲れも吹っ飛んだよ」

 

「そうですか。なら手伝ってもらいましょうか」

 

「すまない、桜君・・・やっぱりすごく疲れているんだ・・」

 

ベルをからかう神ヘスティアに食事の準備でもさせようと思ったが駄々こねる子供のように動かなくなった。

私は内心で息を吐きながら食事の準備を終わらせて三人で食事をする。

食後ステイタスの更新を行う。ベルが先に更新して私はベルが更新している間に後片付けを行っていると。

 

「ええええええええええええええっ!?」

 

「へぶにゅ!?」

 

突然のベルの叫びと神ヘスティアの奇声に思わず驚き皿を落としてしまった。

振り返ると神ヘスティアがベットの下で面白い態勢になっており、ベルはベルで神ヘスティアの胸を見ていた。

まぁ、男の子だからな。時々私も見られているし。その辺は仕方にだろう。

そう思いながらしばらくしてベルに魔法が発現したことを知った。

 

「ファイアボルトか・・・」

 

炎と雷の二つの属性が混ざった魔法。だけど、驚くのはベルの魔法には詠唱がない。

 

「いいかい?魔法っていうのはどれも『詠唱』を経てから発動させるものなんだ。桜君の魔法だって詠唱がある」

 

「でも、ベルの魔法には詠唱がない。ということはファイアボルトと言っただけで魔法を発動してしまう可能性がある」

 

速攻魔法。まさにその通りだ。私の魔法【氷結造形】や【舞闘桜】も詠唱が必要だ。短文詠唱ならともかく長文詠唱が必要とする魔法相手ならベルのファイアボルトの方が怖い。モンスターより対人には強力な魔法になるだろう。

ベルの魔法は後日ダンジョンで試すという結論に至り、次に私のステイタスの更新だ。

 

柳田桜

 

Lv1

 

力:F342→E488

耐久:E406→D532

器用:F378→D510

敏捷:F392→E498

魔力:E442→D590

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇

・体力・精神力消費増加。

・詠唱『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたび全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

上昇値トータル600オーバー。流石に前回の1400オーバーを見てこの数字は普通に感じ始めている自分がいるがこの600オーバーも普通ではありえない上昇値だ。

冒険者を始めてだいたい十日ぐらいで既にDが三つ。

 

「まったくベル君もそうだけど桜君も桜君だ。本来なら君ぐらいになるまで何年という月日を経たなきゃ出来ないんだぜ?」

 

「今更でもありますがね」

 

私とベルだけとはいえもう慣れ始めてきた異常なアビリティの上昇。無茶して10階層に潜っていたかいがあったものだ。

納得して欠伸をする私の肩を神ヘスティアが掴んできた。

 

「桜君。実は君に頼みたいことがあるんだ」

 

「お断りします」

 

笑みを浮かべながらお願いをしようとしてくる神ヘスティアの頼みを一蹴して寝ようとベットへ転がろうとしたが神ヘスティアが私の腰に抱き着いてきた。

 

「お願いだよ桜君!断らないでおくれ!ボクは!ボクは気になって仕方ないんだ!ベル君と一緒にいるサポーター君が気になって仕事もはかどらないんだよ!」

 

「そうですか。なら、考えなければいいでしょう。それではお休みなさい、神ヘスティア」

 

「寝かせないぞ!お願いをきいてくれるまで離さないからな!」

 

「いい加減にしないと私だって怒りますよ?何で私が神ヘスティアの嫉妬を解消するために動かないと行けないんですか?例えそのサポーターとベルに何かあってもそれは当人同士の問題でしょう?神様らしく子を見守ったらどうですか?」

 

「何を言っているんだい!?桜君!見守ってボクのベル君がどこかへ行ったらどうするんだい!?奪われる前にどうにかしないとベル君が危ない!」

 

「一応言いますがベルは貴女のものでも誰のものでもありませんよ」

 

それから最終的に私に土下座してくる神ヘスティアに私が折れた。

子に土下座する神って・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。私はヴェルフに今日はダンジョンに潜れないと謝罪して冒険者通りを歩いていた。昨日神ヘスティアに頼まれたリリのことについて調べるために。

とは言っても知っているんだけどな。小説では早い段階で出てきたからヴェルフより諸事情は知っている。でも、まぁ、一応調べておこう。

それとベルが魔法を発現出来たわけについても思い出した。魔導書(グリモア)だ。

神フレイヤが仕掛けた魔導書(グリモア)にベルは原作通りに引っかかっただけか。

改めて思えばベルの魔法の発現の為に数千万もする魔導書(グリモア)を平然と渡すように促すなんて。これはかなりのご執心だな。いや、私も人のことは言えないか。

狙われているのは私もなんだよな・・・・。

そう思うと自然に溜息が出てしまう。

 

「あれ?桜ちゃん」

 

不意に声をかけられた。というか私をちゃん付けで呼ぶのは一人しかいない。

 

「エイナさん。それにリヴェリアさんも」

 

私とベルのアドバイザーとロキ・ファミリアの幹部のリヴェリアさん。

また珍しい組み合わせだな。

 

「桜か。君もアイテムの補充か?」

 

「いえ、私の主神の指示で【ソーマ・ファミリア】のことについて調べているところです」

 

「桜ちゃんも?あ、苦労してるんだね・・・」

 

私とベルの主神を知っているエイナは同情の眼差しで私の頭を撫でてきた。

ありがとう、わかってくれて・・・・。

 

「桜もか。なら、桜も私達のホームに付いてくるといい。精通している人物に心当たりがある」

 

そうして私とエイナは【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)へと足を運んだ。

もうそこに行くの三回目になるな・・・・。

感慨深くもならず黄昏の館の入る私達。応接間に向かう途中に椅子の上で丸くなっていた姉さんの姿が。というか落ち込んでいる?

 

「桜・・・・」

 

私に気付いたのか、こっちに来て私に抱き着いてきた。

 

「お姉ちゃん・・・・また逃げられちゃった・・・・」

 

「はい?」

 

意味がわからないことを言う姉さん。横目でリヴェリアさんが笑みを漏らしていた。

 

「桜。すまないがアイズを慰めてやってくれ。前から気になっていた男に逃げられたらしくてな」

 

その言葉で私は納得した。ベル、お前また逃げたのか・・・・・。

溜息を吐きながらとりあえず私は姉さんの頭を撫でることにした。

それにしても少々身長差があるから少し撫でにくいな・・・・。

 

「姉さん。今度機会を作っておくようベルには私から言っておくから」

 

「うん・・・・」

 

「私はこれからリヴェリアさんと話があるんだけど」

 

「うん・・・・」

 

「あの、いい加減に離れてくれない?」

 

「やだ・・・・」

 

レベル差もあり、剥がすことも出来ず姉さんが満足するまで私は動けずにいた。

こんな甘えん坊だったっけ?アイズ・ヴァレンシュタインって・・・・。

 

「妹を好きなだけ抱き着けれるのはお姉ちゃんの特権」

 

何ちょっとドヤ顔で言ってるんだ、この姉は・・・。

仕方なく抱き着いて離れない姉を引きずりながら私はリヴェリアさん達がいる応接間へ向かうとそこにはもうリヴェリアさんとエイナだけではなく神ロキまでいた。

神ロキは私と姉が抱き着いているところを見てグラスを落とした。

 

「姉妹ハグ来たァァ――――――!!ウチも交ぜてえな―――――――!!」

 

「ロキ、うるさい」

 

「へぶっ!」

 

跳んできた神ロキを姉さんは蹴り飛ばした。

いや、一応神なのにいいのか?あんな雑に扱って?

 

「桜に抱き着いていいのは私だけ」

 

後ろから抱き着いてくる姉さん。そんな私たちをリヴェリアさんとエイナは微笑ましそうに見ていた。微笑ましくない・・・・。

 

「あたた・・・ところで桜たんもどうしたんや?アイズたんに会いに来てくれたん?」

 

「桜もエイナと同じ要件だ。落ち込んでいるアイズを慰めてくれていた」

 

「おー、そりゃ、おおきにな」

 

蹴られたはずなのに平然としている神ロキ。蹴られ慣れているのだろうか?

思わずそう思ってしまった。

 

「しっかし、桜たんまでソーマのことについて調べているとなると桜たんのファミリアがソーマと関わっとるんかいな?」

 

「・・・・正直に言えばそうですね。私の仲間が【ソーマ・ファミリア】のサポーターと一緒にいるんですよ。それが気になった主神は調べてこいと言われまして」

 

「ドチビめ。いったい子になにさせてんねん」

 

苛立つように頭を掻く神ロキ。

しかし、神ロキは頭もキレるんだな。私がソーマのことについて聞きに来ただけでだいたいの内容を把握してしまうとは。うちの主神もこの半分ぐらいでいいから賢くなってほしいものだ。

それから神ロキの口からソーマのことについて教えてもらう。やはり、原作通りだった。

 

「そな、アイズたん。いつまで桜たんに抱き着いてないで【ステイタス】の更新しよ?帰ってからまだやっとらへんやろ?な?」

 

「・・・・・・・・・・・・・わかりました」

 

今もの凄い間があったな。そんなに名残惜しいのか?

 

「桜。またね」

 

それだけを言って神ロキと共に去って行った。

やっと離れてくれた。さて、それじゃ私的用事も済ませておくとしよう。

 

「リヴェリアさん。貴女に一つ聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

「ん?それは構わんがファミリアに関することは教えられんぞ」

 

「そんなこと聞いても何もできませんよ。私が聞きたいのは魔法のことです」

 

「ほお。言ってみるといい」

 

興味深そうにこちらに視線を向けるリヴェリアさんに私は訊いた。

 

「並行詠唱のコツを教えてください」

 

並行詠唱。本来魔法の発動の失敗や魔力の暴発を防ぐためにも停止して行わなければならない。だけど、並行詠唱を身に着ければ移動しながらも詠唱を行い、魔法を発動することが出来る。

並行詠唱を身に着ければ【舞闘桜】を発動するまでの無防備な状態をどうにかできる。

 

「ふむ」

 

顎に手を当て考えるリヴェリアさん。少ししてその口が開いた。

 

「並行詠唱は魔導士でも辿り着けれるのは僅かだ。今の桜にはまだ早すぎる」

 

その返答に私は何とか教えてもらおうとしたがリヴェリアさんは首を縦には振ってくれなかった。

 

「桜。今の君は昔のアイズに酷く似ている。がむしゃらに強さを求めている頃のアイズに。並行詠唱は魔法の発動までの無防備な状態を補える。だが、魔力という難物を扱うには相応の技術が必要になる。まだレベル1の桜には無用の技術だ」

 

「無用と決めるのは貴女ではなく私です」

 

「ちょっ!?桜ちゃん、落ち着いて・・・」

 

「エイナさんは少し黙っていてください」

 

慌てながら宥めようとするエイナに私は一蹴する。

 

「身の程を弁えないことだということは十分に理解しています。それでも私には強くなりたいんです。その先に行くためにも力がいるんです」

 

強くはなっている。だけど、今ではまだ足りない。力も技術も何もかもそれを一つでも埋めなければならない。ファミリアの為にも私の為にも。

 

「・・・・・今日はもう帰るんだ」

 

それだけを言って私は門の外へと追い出された。

駄目だったか・・・・・。

仕方がないと息を吐きながら自分のホームへと帰ることにした。



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陰で動く

「全く、ベルは本当にお人好しだ」

 

バベルを目指してメインストリートを歩く私は昨日の夜のことを思い出して溜息が出た。

リヴェリアさんに追い出されて、一応リリの情報を集めた。

そして昨日の夜にベルのナイフを盗んだのはリリだとベルに告げた。

それ以外にも金品を掠め取る『手癖の悪い小人族(パルゥム)』の正体もベルに教えた。

始めはリリは犬人(シアンスロープ)だと言ったがそれは変身の魔法で正体を誤魔化しているという推測まで全部ベルに告げた。

それなのにベルは・・・・。

 

『ごめん、桜。僕は・・・・それでも、あの子が困っているなら、助けてあげたいんだ』

 

それなのにベルは原作通りリリを助ける道を選んだ。

まぁ、どうするかはベル次第か・・・・。

 

「あ」

 

「あ、桜」

 

中央広場で私は偶然にも姉さんと遭遇した。

 

「桜はこれからダンジョン?」

 

「そうだけど、姉さんも?」

 

否定するように首を横に振る。

姉さんは道具を買いに行こうとバベルに向かっていた。

すると、姉さんが手を伸ばしてきた。

 

「途中まで一緒に行こう」

 

「それはいいけど、手は握らないから」

 

「・・・・・・・・・」

 

手を握らないと言ったら落ち込む姉さんに私は溜息を吐いて姉さんの手を取る。

 

「途中までだから」

 

「うん」

 

バベルまで一緒に歩き始める私と姉さんを見て周囲の冒険者がざわつきながらこちらを見ていた。

何人かは剣姫の妹とかどうか騒いでいる奴もいたがこの際は無視しよう。

 

「ねぇ、桜。桜と同じファミリアの子」

 

「ベルがどうかした?」

 

「・・・・・私のこと怖がってる?」

 

沈痛な顔でおどおどしながら言ってきた姉さん。

 

「ベルは別に姉さんのことを怖がってないよ。むしろ感謝している」

 

「でも、逃げちゃうのは私の事怖いって思っているんじゃ」

 

その言葉に納得した。

二回も逃げられたらそう思うのも無理はないか。

ベルもそうだけど姉さんも姉さんでこれは面倒だ。

 

「姉さん。今度無理矢理にでもベルをギルドに連れてくるからそこでちゃんと話し合って解決して」

 

「でも・・・」

 

「でもじゃない。ロープで巻き付けても連れてくるからいつまでもうじうじしないで言いたい事言い合ってそれでもし駄目だったら落ち込んでくれ。いちいち私に甘えてくるのは禁止」

 

「・・・桜、厳しい。リヴェリアみたい」

 

その言葉にリヴェリアさんが気の毒に感じた。

というか、リヴェリアさんみたいって私も気の毒ということか?

はぁ~、と息を吐きながら私は姉さんに言う。

 

「落ち込んでいる時は好きなだけ手を繋ぐのも抱き着くのもいいから。まずは話し合って」

 

「・・・わかった」

 

まったくこれじゃどっちが姉で妹かわからない。

いや、精神年齢的には私の方が年上か。この世界では14で通しているから忘れがちになるな。

 

「あ、桜ちゃん」

 

「エイナさん」

 

しばらく歩いていると今度はエイナに会った。

 

「・・・お、おはようございます、ヴァレンシュタイン氏」

 

何故か動揺気味に挨拶するエイナに対して姉さんは気にせずにぺこりと頭を下げる。

何故動揺しているのかは察しはつくけど。

 

「ヴァレンシュタイン氏と桜ちゃんはこれからダンジョンですか?」

 

「私はそうですけど、姉さんは道具(アイテム)を買いに来たんですよ。偶然鉢合わせしまして一緒に来たんですよ」

 

「ああ、だから」

 

エイナは私と姉さんの繋いでいる手を見て察してあえてそれに関しての追求はしてこなかった。まぁ、私的にもありがたいことだけど。

ふと、四人のガラの悪い冒険者が視界に入った。

防具に【ソーマ・ファミリア】のシンボルが刻まれているのを確認した私は咄嗟に読唇術で唇の動きを読んだ。

内容はリリから金目の物を盗んで殺すという野蛮な作戦だった。

 

「桜ちゃん」

 

声をかけてくるエイナも私と同じように読唇術を使ったのか表情が険しかった。

というかこの表情、見たことあるぞ。

私にベルを助けに行けという訴えってる。

はぁ、わかりましたよ。

私は姉さんと手を放す。

 

「姉さん。悪いけど私は先に行くから」

 

「待って」

 

駆けようとした瞬間に姉さんに呼び止められた。

 

「私も行く」

 

やっぱり来るのか。いや、予測はしていたけど。

 

「まだちゃんと謝っていないし、それに桜だけを置いて行けないよ」

 

「じゃ、行こうか。エイナさん、ちょっとベルを助けに行ってきます」

 

「気を付けてね」

 

私と姉さんはダンジョンを駆ける。少しでも早くベルを助ける為に。

 

「姉さん。こっち」

 

ダンジョンを駆け走り、下へと向かって行く私と姉さん。

 

「その子がどこにいるのかわかるの?」

 

「予測は出来る。たぶん10階層」

 

原作では確かそうだったけど原作通りになっている保証はない。

それでも行ってみる意味はあるだろう。

 

「おかしい。私が会った時は間違いなく駆け出しの冒険者だった。それをたった一月足らずで?」

 

疑問を抱く姉さんは当たり前の反応だろう。いや、普通の常識的な反応だと思う。

でも、そう考えると半月足らずで既に10階層に到達している私は常識外ということだろうか?

互いに思う考えをしながら私と姉さんは10階層へと足を踏み入れた。

霧の中で轟音が聞こえてそちらに視線を向けると炎が見えた。

ベルの魔法か。なら、そこか。

 

「姉さん。行くよ」

 

「うん」

 

私は夜桜と紅桜を姉さんは片手剣(デスぺレート)を抜いてベルを助けるべく駆ける。

ベルを襲おうとしているオークの腕を斬り落とす。

 

「ベル!」

 

「桜!?どうしてここに!?」

 

「いいから」

 

夜桜を鞘に納めて私はベルの腕を掴む。

 

「さっさと行け!!」

 

そして囲まれているオーク達の外へと投げる。

 

「あが!!」

 

頭から落ちたベルだけど問題はないだろう。無駄にベルは頑丈だし。

 

「ここは私たちが引き受けるからさっさとリリを助けに行け!」

 

「・・・・ごめん、ここをお願い!桜!」

 

走って去っていくベルを確認して私も意識を切り替えて夜桜を抜いてオーク達に視線を向ける。

 

「さぁ、戦ろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして私と姉さんでオーク達は全滅した。

それにしても流石は剣姫と呼ばれているアイズ・ヴァレンシュタイン。

オークをあそこまで気持ちよく斬ることは私にはまだできない。

やはり、レベルを上げると変わるものなのか。

 

「桜」

 

深刻な顔で私に声をかけてきた姉さん。

 

「ベル・クラネルと桜はどうしてそんなに早く強くなれるの?」

 

それを聞いて私はアイズ・ヴァレンシュタインの根本は変わっていないことがわかった。

強さを求めるという点は原作と変わらずか。

 

「悪いけど。その質問は答えられない。私はベルが気になるから先に行くよ」

 

「あ」

 

その場から去る私。

流石にスキルのことを教えるわけにはいかない。

少なくとも今はまだ・・・・。

そんなことを思いながら7階層へと戻って来た私が見た光景は。

 

「ごめっ、ごめんっ・・・・ごめん、なさいっ・・・・・!」

 

「・・・・・うん」

 

大泣きしているリリを抱きしめているベルの姿。

それを見た私は壁に背を預けて息を漏らす。

ハッピーエンドってところかな?

私は何も言わずその場を静かに去った。

 

「とりあえずは主神に報告しておくとしよう」

 

あの駄神が何を言うかはわからないけど一応は言っておこう。

後で何か言われるのも面倒だし。

今なら【へファイストス・ファミリア】のところにでもいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあったんですけどどうしますか?神ヘスティア」

 

「そうなことがあったのかい」

 

店の陰で隠れながら神ヘスティアに先ほどのことを報告する。

 

「ベルのことですから保護的な何かを求めにくると思いますけど」

 

「ボクもそう思うよ。ベル君は優しいからね」

 

「神ヘスティアはどう考えますか?ベルとリリルカ・アーデについて」

 

「そうだね・・・」と思案しながらもしっかりと手は動かす神ヘスティア。

 

「桜君はどうすればいいと思うんだい?」

 

オウム返ししてくる神ヘスティアに今度は私が思案する。

 

「私はここでリリルカ・アーデとは完全に縁を切るのも一つの手だと思います。【ソーマ・ファミリア】は金に執着しています。リリルカ・アーデを使って何らかの言いがかりをつけられる可能性もあります」

 

それがあたしの考えの一つだ。

【ソーマ・ファミリア】は金の亡者とも呼べる。そんな奴らがリリルカ・アーデを使ってくる可能性は充分に考えられる。それならそうなる前に関わらないようにするのも一つの考えだ。

 

「もう一つは表向きは小人族(パルゥム)リリルカ・アーデには死んでもらうというのも一つの考えです。リリルカ・アーデは変身の魔法を持っているのは確認済みですので」

 

どちらにしろリリには辛い選択でもあるだろう。今までの自分を殺さなければならないのだから。まぁ、碌な人生を歩んでいないリリにとっては何も変わらないだろうけど。

 

「うん、わかった。とりあえずは一度会ってみる必要ありそうだ、そのサポーター君には」

 

「わかりました。それではそれとなくベルとリリに言っておきます」

 

「任せたよ。あ、それと桜君」

 

「はい?」

 

神ヘスティアは急に私の頭を撫でてきた。

 

「君も少しは自分に優しくするべきだ。ボクでよければいつでも甘えてきてくれてかまわないんだぜ」

 

我儘、堕落、甘えん坊の三拍子揃った神ヘスティアに私は甘える気はない。

とりあえずはこう言っておこう。

 

「まともな神になってから言ってください」

 

「ぐはっ」

 

体をくの字に折る神ヘスティアを無視して私は店の外に向かいながら撫でられた頭に手を置く。

頭を撫でられただけなのにこんなにも心地がいいものなのか?

 

 



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特訓

「そうか、鍛冶の方に集中したいのなら仕方ないか」

 

「悪いな、我儘言っちまって」

 

ヴェルフの工房前でヴェルフからしばらくはダンジョンに潜らずに鍛冶の方に集中したいと申し出があった。

まぁ、金も素材も充分に集まっているし、ヴェルフの本業は鍛冶だから仕方がない。

しばらくはベルと一緒にダンジョンに潜るとしよう。

 

「いや、ヴェルフの意志を尊重するよ。でも、契約は守ってくれよ」

 

「当然だ。一度結んだ契約を破る鍛冶師(スミス)はいねえ」

 

「なら、安心だ。いい装備が完成できるのを祈ってるよ」

 

「応ッ」

 

踵を返してとりあえず本拠(ホーム)に帰ろうしたけど、引き返してヴェルフにある物を借りる。

 

「ヴェルフ。ロープを貸して」

 

ヴェルフからロープを借りた私は本拠(ホーム)へ帰る途中に運よくベルを発見した。

 

「ベル。ちょうどよかった」

 

「桜」

 

「リリはどうなった?一緒に行動できるようになった?」

 

「うん。神様はパーティの加入を許可してくれたよ」

 

まるで自分のように嬉しく語るベル。

だけど、その後ひと騒動あったのだろうと容易に想像できてしまった。

まぁ、それはいいだろう。リリがパーティに加入してくれるということは原作に特に変化もないみたいだし、深くは追求しないほうがいいな。

さて、それそれとして・・・・。

 

「・・・・桜、どうしてロープを持って僕に近づくの?」

 

ロープを持って近づく私にベルは後ろに下がる。

私はベルの質問に答える。

 

「ベルを逃がさないようにするため」

 

逃げようとするベルに私は瞬時にロープでベルをグルグル巻きにして引きずりながらギルドへと向かう。

エイナと一緒に姉さんも一緒にいた。

 

「あ、桜ちゃん、ってベル君!?」

 

「桜」

 

引きずられているベルに驚くエイナと特に気にしていないの姉さん。

すると、急に引っ張られるような感覚が私を襲う。

それはベルが姉さんから逃げようともがいていたからだ。

 

「ほら、ベル。逃げない」

 

「さ、桜・・・・」

 

姉さんを見て耳まで顔を真っ赤にするベルに姉さんは首を傾げる。

それを見て私は溜息が出る。

私はベルを姉さんの前に突き出す。

 

「約束通り。連れてきたよ、姉さん」

 

「うん、ありがとう。桜」

 

ベルを受け取る姉さんにベルは今にでも噴火しそうな火山のように顔を赤く染めていた。

 

「後は二人で話して」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当、驚いちゃったよ。桜ちゃんがベル君を引きずってくるんだもん」

 

ベルと姉さんが話し合っているなかを遠くから見守る私とエイナ。

 

「ああでもしないとベルが逃げますから」

 

「実際逃げようとしていたしね」

 

苦笑気味で話すエイナに私も頷いて答える。

ベルはどんだけ純情なのやら。

 

「そういえば前から気になっていたんだけど、桜ちゃんとヴァレンシュタイン氏は姉妹なの?」

 

「違いますよ。向こうがお姉ちゃんと呼んでって駄々こねてきたので姉さんと呼んでいるだけです」

 

「ふ~ん」

 

意味深に返事をするエイナに私は眉根を寄せる。

 

「その割にはそんなに嫌そうには見えなかったんだけどな~」

 

「本当に嫌なら呼びませんよ」

 

「なら、私のこともお姉ちゃんと呼んで貰おうかな?」

 

「手のかかる姉は一人で十分です。エイナさんは今のままでいてください」

 

いくらベルがエイナの弟分と呼ばれているけど私はエイナの妹分になるつもりはない。

 

「それは私も手のかかるって言いたいのかな?」

 

エイナの腕が私の首に巻き着いて首を締めつけられる。

いや、そこまでは言わないけど。

 

「ギブです。ごめんなさい」

 

「ダメー。許しません」

 

からかう口調で尚締め付けてくるエイナにいい加減私は脱出した。

 

「あ、逃げられた」

 

「そりゃ、いい加減逃げますよ。というかエイナさんには立派な弟分がいるじゃないですか?あそこに」

 

ベルを指す私にエイナはんーと考える。

 

「ベル君もいいけど私的には妹も欲しかったのよね」

 

だから私なのか?遠回しに私の妹になれとでも言いたいのか?この人は。

 

「ダメ」

 

すると、急に私の背後から姉さんが私に抱き着いてきた。

 

「桜は私の妹。誰にもあげない」

 

奪われてたまるかと言いたげに強く抱き着いてくる姉さん。

それを見たエイナは諦めるように息を吐いた。

 

「流石にヴァレンシュタイン氏には敵わないかな。コホン、話は終えましたか?ヴァレンシュタイン氏」

 

「はい」

 

営業スマイルで対応するエイナに姉さんも返答する。

というかいい加減に離れて姉さん。

ベルの顔が凄いことになってるから。

 

「桜。明日の朝、市壁の上に来て」

 

それだけを告げて姉さんは離れてギルドから出て行った。

市壁の上?

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝に私とベルは市壁の上にへとやってきた。

その理由はベルの特訓らしい。

後、姉さん的には私とベルの成長だろう。それを知る為に私とベルを呼んだのはだいたい理解できる。ベルは全く気付いていないだろうけど。

 

「準備は、大丈夫?」

 

「大丈夫」

 

「あ、は、はいっ!」

 

うん、ベルは少しは落ち着こうか。

 

「それで姉さん、どんな訓練をする予定。筋トレ?素振り?模擬戦?」

 

「・・・・何を、しようか」

 

必死に考え込む姉さんに私は呆れるように息が出た。

やっぱり姉さんは天然だ。

 

「とりあえず、ベルの素振りを見てあげたら?」

 

「・・・そうだね」

 

「よ、よろしくお願いします。ヴァレンシュタインさん」

 

「アイズ、でいいよ」

 

ナイフを取り出して二度、三度とナイフを振るう。

その姿を姉さんは凝視するように観察していた。

 

「君は、ナイフだけしか使わないの?」

 

「え・・・?」

 

「私が知っているナイフを使う人は、蹴りや、体術も使うから」

 

まぁ、ナイフなどの刃が短い武器の特徴の一つでもあるからな。

剣や刀と違って小回りが効く分、体術も使いやすい。

だけどベルは体術は使わず、ナイフのみで攻撃している。

師事を受けたことないから仕方がないと言えば仕方がないけど。

 

「貸して」

 

ベルからナイフを受け取った姉さん。

 

「・・・・こう」

 

右手でナイフを坂手持ちにして、左膝を軽く真上に上げる。

上げたまま首を傾げる。

足を下ろして、もう一度上げてまた首を傾げる。

それを見て私は内心で溜息が出た。

天然の姉さんに師事をするということ自体向いていないのかもしれない。

だけど、次の瞬間。

 

「―――――へ?」

 

「あ」

 

姉さんの回し蹴りがベルに直撃してベルが吹っ飛んだ。

そして、動かなくなった。

一応、ベルの容態を確かめるけど気絶だけで終わっていた。

だけど、今のは完全に姉さんが悪いな。

 

「姉さん」

 

「・・・・ごめんなさい」

 

叱られた子供のように落ち込む姉さんに私はまた溜息が出た。

これ以上は私からは何も言わないでおこう。

 

「さて、今度は私だけど・・・」

 

いったい何を教えるつもりなんだ?

そんな疑問を抱いていると姉さんは首を横に振った。

 

「ううん。桜は私と戦ってほしい」

 

「姉さんの相手にならないと思うけど?」

 

Lv1とLv6じゃ明らかにレベル差がありすぎて話にもならないと思うんだけどな。

 

「・・・・・・・」

 

無言で鞘を構える姉さんを見て察した。

これは嫌と言おうが戦わなければいけないのか。

私は息を吐いて武器を抜かずに構える。

 

「刀は使わないの?」

 

「必要になったら使う」

 

互いに闘気を纏わせて構え合いながら私は姉さんを見て感嘆する。

隙が少なく、どう攻めてもカウンターを受けるビジョンしか浮かばない。

オッタルと向かい合った時は威圧感が凄かったけど、姉さんからは静かにだけど荒々しい闘気を感じる。

こちらから攻めたら確実に負けだな。

 

「行くよ」

 

最初に動いたのは姉さん。

一回の跳躍で姉さんは自分の間合いに私を入れてきた。

振るう鞘に私はしゃがんで躱して姉さんと更に距離を詰める。

 

「っ!?」

 

ほぼゼロ距離の間合いに入った私に姉さんは距離を取ろうと下がろうとしたが私が姉さんの足を踏んで動きを封じる。

顎に掌打を繰り出す私に姉さんは体を後ろに曲げて躱す。

その隙に私は足払いして姉さんのバランスを崩す。

 

「ここ!」

 

バランスを崩した姉さんの腹に一撃を入れた。と思ったが鞘を持っていない方の手で防御した。鞘を振って私はそれを躱す間に姉さんは距離を取って私から離れた。

 

「・・・・桜は本当にLv1なの?」

 

「Lv1だよ。ただ対人戦闘には慣れているだけ」

 

この世界に来る前にほぼ実戦的な稽古を受けてきたからな。

感覚が鈍っていなくてよかった。

 

「・・・・どうすれば桜のように強くなれるの?」

 

「姉さんが言うと皮肉にしか聞こえないよ」

 

Lv6の冒険者が何を言っているのやら。

 

「で、続ける?」

 

「ううん、そろそろ目を覚ましそうだし、終わろうか」

 

ベルに視線を向けながら闘気を鎮める姉さんに私も同じように闘気を鎮める。

まぁ、本来の目的はベルの特訓だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル様・・・・どうしてこの頃、ダンジョンにもぐる前からボロボロなんですか?」

 

「は、ははっ・・・・ちょっとね」

 

「気にするな、リリ」

 

姉さんとの訓練が始まり二日後にはベルはダンジョンに潜る前からすでに満身創痍になっていた。達人(アイズ)素人(ベル)だったらそうなるのも仕方がないけど。

私もあれから姉さんと模擬戦をしている。

今のところ全敗。やっぱり剣の腕は姉さんの方が一日の長がある。何回かは当てることはできたけど完全に勝つのは難しいな。

私もまだまだ反省点が多い。精進しないと。

 

「ところで桜様に一つお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

「何?」

 

手招きするリリに私は耳を近づける。

 

「さ、桜様はベル様のことをどう思われているのですか?」

 

ああ、そのことか。

 

「私はベルを弟ぐらいにしか見ていない。神ヘスティアやリリと違ってそういう対象として見ていないから安心しろ」

 

「そうですか・・・」

 

ほっと胸を撫でおろすリリに私は非常に残念かつ可哀相に思う。ついでに神ヘスティアも。ベルには既に姉さんという想いを寄せている相手がいる。

結果的にはどうなるかはわからないけど、私なりにリリやついでに神ヘスティアを応援してあげるとしよう。

 

「さて、10階層到着」

 

10階層に到着した私たちに早速インプ達が襲いかかって来た。

 

『ヒィャアアア!』

 

「ギイイイイ!』

 

相変わらずの甲高い鳴き声を喚かるインプに私は夜桜と紅桜で切り裂く。

 

「私は右を!ベルは左を!リリはベルの援護を!」

 

「わかった!」

 

「はい!」

 

左右に距離を取りながら目の前にいるインプと対峙する。

鋭い指爪で襲いかかってくるインプに私は腕を斬り落としてからインプの胴を切断して灰にする。

チラリとベルの方を見てみると蹴りなど体術も使ってインプ達を倒している。

特訓の成果が出ているみたいだな。

 

『ギィャアアア!』

 

背後から襲いかかってくるインプに私は夜桜を逆手持ちにしてそのまま背後にいるインプを突き刺す。

 

「生憎と強くなっているのはベルだけじゃないからな」

 

増えているインプに向かって突進と同時に瞬時にインプを切り裂く。

姉さんの真似をしてみたけど案外上手くいくな。

速さもまだまだ姉さんにはおよばないけどこの程度なら特に問題はないか。

 

「・・・・!ベル様、桜様、少々すごいのが来ました!」

 

「!」

 

ルームを揺らす地響きですぐに気付いた。

 

オーク、インプ、バッドバットが集団でやってきた。

歓迎されているな・・・・・。

私は内心で苦笑しながらそう思った。

 

「ちょっと、多いね・・・」

 

「いや、いいぐらいだろ?私達には」

 

「桜様は前向きですね。どうしますか、オークだけでもリリが引き付けましょうか?」

 

「いや、必要ない。ベル、私に合わせて魔法を」

 

「うん」

 

魔法の詠唱に入る。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

魔法の詠唱を終え、私はベルに声をかける。

 

「ベル!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

炎雷の速攻魔法を発動させるベルと同時魔法で創造した氷の槍を発射させる私。

炎の雷と氷でモンスターはすぐに全滅した。

 

 

 

 

 

「ねぇリリ、桜。僕、魔法に依存しちゃってるかな?」

 

10階層の安全地帯で休憩している私たちにベルが突然そんなことを言ってきた。

シルが作ってくれたサンドイッチまずいと思いながら噛み締めて飲み込む。

 

「別に気にする必要はないと思うけど?」

 

「う~ん、リリも桜様と同じ意見です。確かにベル様の魔法は使いやすい節もありますし・・・・・」

 

「ベルの魔法は私のと違って無詠唱の速攻性が高い魔法。依存しすぎなければ問題ないだろうと私は思うぞ」

 

私の【氷結造形】はともかく【舞闘桜】なんか詠唱が長いから並行詠唱を身につけたいのだけどこの前リヴェリアさんに追い出されて聞けなかったからな。

 

「ベル様の魔法は効率性に富んだ分、本来の魔法としての意味が薄れているということになりますね」

 

「必殺か」

 

「はい」

 

私の言葉にリリは肯定する。

 

「『魔法』とは本来切り札です。奥の手と言い換えてもいいかもしれません。強力なものならLv.の高低を無視して、格上の相手を撃退することも十二分にありえるのですから。ベル様の魔法は使い勝手が非常によろしい分、その必殺としての一面が見劣りするかもしれません」

 

そういう意味では【舞闘桜】は必殺に入る類になるのか。

 

「長文詠唱型の魔法は時間をかける分、効果も高いわけですから、大きな局面に波紋を投じることも可能とします。まさしく起死回生の一手ですね」

 

起死回生の一手か。

私の魔法もあまり優れているとも言えないからその辺は追々考えて行こう。

【ステイタス】が上がれば魔法の威力も上がるだろうし、今は自分自身の強化に力を入れるとしようか。

 

「蒸し返しますが、魔法に依存しているのではないかという件。あれも魔法の成長を促すのなら、それこそしょうがないことです。魔法に頼りすぎても白兵戦の技術がおろそかになるので、難しい問題ではありますが・・・・リリは、ベル様は今のままでいいと思います」

 

「私もリリの考えに賛成。今は今のままでいいと私も思うぞ」

 

「ベル様の魔法の属性は単純で、威力も平凡かもしれませんが、成長性はきっとピカ一です。自信を持ってください」

 

微笑みかけるリリにベルの表情に自信がついたように見えた。

どうやら問題はなさそうだな。

リリもリリでしっかりとベルをサポートしている。

ベルも多少ネガティブではあるけど特に問題はない。

一応、神ヘスティアに報告しておくとして午後からも頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の朝も姉さんとの特訓。今日は昼寝の訓練というものにつき合わせれた。

私も少しは眠気があったから寝たけど・・・・。

今は都市に出かけている。

ベルがお腹を空かせている為に。

 

「ア、アイズさん、やっぱりいいですよ。あ、あれは事故みたいなもので・・・」

 

「大丈夫、私もお腹が空いたから」

 

恥ずかしいのだろうとベルの気持ちを察しながら私はベルがお腹を鳴らすということには触れずに姉さんとベルについてきた。

 

「姉さん。今はどこに向かっているの?」

 

「北のメインストリート。ジャガ丸くんのお店があるって、ティオナに教えてもらったから」

 

ティオナ・・・・あの胸がないほうのアマゾネスか・・・・ん?ジャガ丸くん?

 

なんだか面倒な予感を感じながらジャガ丸くんが売っている露店へと立つ。

 

「いらっしゃいまぁ・・・・・せ、ぇ?」

 

露店で店員をしている主神、ヘスティアが目を丸くしていた。

私の後ろではベルが顔を真っ青にしながら凍り付いていた。

 

「ジャガ丸くんの小豆クリーム味、三つください」

 

淡々と注文する姉さんに放心しながらもジャガ丸くんを売る神ヘスティアは次第に能面のような顔になって私たちの眼前にやってきた。

 

「―――何をやっているんだ君達はぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

「ごごごごごごごごごごめんなさいぃっっっ!?」

 

噴火する神ヘスティアの背後に回って抑えながらやっぱりと思いながら私は溜息が出た。

 

「?」

 

唯一この状況を理解できていない姉さんはおいしそうにジャガ丸くんを口にしながら首を傾げていた。

神ロキと神ヘスティアは犬猿の仲だというのもあるけどこの駄神の場合は嫉妬も入っているからな。

 

「よりにもよって【剣姫】と一緒にいるなんて、一体どうことだベル君!?」

 

「そ、それがっ、これには深いわけがあって・・・・っ!?」

 

「ご託はいい、早く説明するんだ!というか桜君もいい加減離しておくれよ!?」

 

「離したら暴れるでしょうが・・・・」

 

「君はボクのことをどう思っているんだい!?」

 

駄神と喉まで出かけたが何とか呑み込めれた。流石に言わない方がいいだろう。

抑えているにも関わらず神ヘスティアのツインテールはベルを叩く。

神の髪は意志でも持っているのか?

しばらくして疲れた神ヘスティアはぜーぜーと息を吐きながらやっと落ち着いたのを確認して私も手を放した。

人気のない細道で私たちは軽い輪になった。

 

「・・・ふぅ。まずは詳しい話を聞こうか」

 

冷静になった神ヘスティアに私が説明した。すると神ヘスティアは。

 

「・・・うん、話はわかった。それじゃあ、三人とも、もう縁を切るんだ」

 

「はいっ!?」

 

「駄目、ですか・・・・?」

 

「ああ、ヴァレン何某君、ボクのベル君と桜君にもう関わらないでおくれ。君にだって立場が「神ヘスティア」・・・ん?なんだい、桜君」

 

神ヘスティアの話を遮り私は神ヘスティアに詰め寄る。

 

「一つ、私とベルは神ヘスティアの眷属ではありますが神ヘスティアのではありません。二つ、今の言葉は自分の心情を抜いた言葉ですか?まさか、嫉妬交じりで言ってはいませんよね?」

 

私の言葉に大量の汗を流す神ヘスティア。

 

「あ、当たり前じゃないか?ボクは神だぜ」

 

「ええ、貴女は私とベルの主神です。まさか、子の成長を妨げになるようなことは言いませんよね?」

 

「い、いや、でも、【ファミリア】として・・・」

 

「他の【ファミリア】と信頼関係を築くことの何が悪いんですか?他の【ファミリア】とは関りを持ってはいけないとおっしゃるのでしたら【ミアハ・ファミリア】との関りも切らないといけませんね。まさか、自分にとって都合のいい者しか関わるな、という心狭いことを私が信頼している神ヘスティアはおっしゃいませんよね?」

 

「と、当然じゃないか!ヴァレン何某君!ベル君たちを頼むぜ!」

 

汗を流しながら姉さんに親指を立てる神ヘスティア。

姉さんとベルが引きつった顔をしていたが文句は言わせないぞ?

 

「まぁ、姉さんは三日後に『遠征』を控えていますからあと二日だけの特訓です。神ヘスティアも見学しますか?」

 

「行く!」

 

即答で喰いつく神ヘスティア。

全くベルのことが好きなのはわかるけど嫉妬深いのも考えものだと思うぞ、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神ヘスティアの見学を含めながら私達は夜が更けるまで特訓をしていた。

 

「なぁ、ベル君。桜君はまだしも君はボコボコにされているじゃないか。もう止めてしまおうぜ、きっとヴァレン何某君にとって君は体のいいサンドバック代わりなんだよ」

 

「か、神様・・・」

 

ある意味否定できない神ヘスティアの言葉。私は辛うじてついてこれているけどベルは神ヘスティアの言う通りサンドバックのようにされている。

 

「もう、着きます・・・」

 

小型の魔石灯を持って先頭にいる姉さんは私達にそう告げる。

そこで私は気付いた。複数人が私達を見ていることに。

姉さんも静かに周囲を警戒していた。

薄暗い裏通り。不気味なまでの静かさ。そして、ポール式の魔石街灯が壊されていた。

 

「―――」

 

「――――」

 

「っ!」

 

「うわ!?」

 

姉さんと私は立ち止まる。

先ほどまで隠していた気配が突然複数現れた。これはもう隠れる必要性がないということか。そう思っていると建物と建物の細い間隙から誰かが歩み出てきた。

暗色の防具に顔を隠している獣人のキャットピープル。

歩みを止めない獣人は約二〇Mの距離を残して一瞬でベルの目の前に現れた。

 

「ベル!?」

 

目で追えなかったあまりの『敏捷』の能力。だけど、姉さんがベルを守ってくれた。

だけど、これで終わりではなかった。

私の前に同じく顔を隠した四人の小人族(パルゥム)が音もなく現れた。

剣、槌、槍、斧。

それぞれの得物を持った小人族(パルゥム)が私に襲いかかって来た。

 

 



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兆し

「桜!?」

 

暗闇に招じてベル達に襲いかかって来たキャットピープルと四人の小人族(パルゥム)

キャットピープルとアイズに四人の小人族(パルゥム)は桜に襲いかかる。

ベルは桜を助けようと動こうとしたが同じ防具を身に纏った四人組がベルに襲いかかって来た。

 

「っっ!」

 

迎え撃つベルは咄嗟に《短刀》と《神様のナイフ》を抜き放った。

 

「ぐっ!」

 

四人の小人族(パルゥム)に囲まれた桜は夜桜と紅桜で何とか応戦するが防戦一方で何とか攻撃に耐えるのが精一杯だった。

目の前にいるキャットピープルと戦いながらアイズはキャットピープルと小人族(パルゥム)は第一級冒険者だということに気付いた。

 

助けなきゃ・・・!

 

助けに行こうにも目の前のキャットピープルがそれを妨害する。

下手に桜に助けに行けばやられる。なら、早く倒して助けないとと思いながらアイズは片手剣(デスぺレート)をキャットピープルに斬りつけるがキャットピープルは槍でそれを捌く。

チラリとベルの方にも視線を向けるアイズだけどベルはヘスティアを守りながら見事迎撃しているのを見て相手はベルと桜と同じLv1だとわかった。

問題は目の前のキャットピープルと四人の小人族(パルゥム)だけ。

アイズは意識を目の前のキャットピープルに向けて集中する。

一分一秒でも早く倒して桜を助けないと。

 

「クソが!」

 

アイズの耳に吐き捨てるような悪態が聞こえた。

それは桜を囲って攻撃を繰り出している四人の小人族(パルゥム)の一人の声だった。

 

「何で攻撃があたらねえ!?」

 

え?とその言葉に疑問を感じたアイズはキャットピープルに意識を向けながら視線を桜に向ける。

そこには防戦一方だった桜が四人の小人族(パルゥム)を捌き始めていた。

ありえない。とアイズの脳裏に過ぎった。

相手は一人一人が第一級冒険者。

それを四人を相手にしている桜は防戦一方でも凄いことなのに今の桜は確実に四人の小人族(パルゥム)の動きを見切って攻撃を捌き始めている。

本来なら瞬殺されてもおかしくないはずにも関わらず多少の手傷だけで少しずつ優先になりつつあった桜にアイズは驚きを隠せなかった。

そして、あることを思い出した。

桜が夜桜を持って黄昏の館を出て行ったときのフィンの言葉に。

 

『やれやれ、とりあえずはこれでよしとしよう。彼女とはいい関係を築かないと』

 

『珍しい・・・フィンがそこまで桜にこだわるなんて』

 

アイズにとって今のフィンの行動が珍しかった。

フィン本人が勧誘すること事態は珍しくはないがたった一人にこだわることはアイズに知る限り今回が初めてだった。

 

『まあね。出来れば、いや、何としてでもファミリアに入れたいと僕は思っているよ。それだけ彼女は逸材なんだ』

 

フィンの言葉にアイズは目を見開いた。

桜が本当にLv1と疑うぐらい強いのはアイズも知っているつもりだけど、自分達の団長であるフィンがここまで言わせた。

 

『彼女の東洋の技かな?それも凄いけど彼女、柳田桜の視る力と胆力それに冷静さ。どれも目を見張るものがある』

 

『視る・・・力?』

 

『観察力や洞察力と言えばいいのかな?彼女は他の比べるとずば抜けている。それと、アイズ。一つ聞くけど君は生き返れるとわかっていても死ぬことは出来るかい?』

 

アイズはすぐに首を横に振った。

例え生き返ると分かっていても死にたくないのは誰だって嫌なものだ。

 

『まぁ、僕もだけど。でも彼女はベートとの決闘でそれをやってのけた。自分の死さえも計算に入れてベートに勝った』

 

そして、フィンは桜に対してある推測を立てた。

 

『これは僕の推測だけど。彼女、柳田桜は強敵と戦えば戦う程ありえない速さで成長する』

 

あくまで推測だけどね。と小さく笑いながら言っていたフィンの言葉は正しかったことが今アイズの目の前に起きていた。

 

フィンの言っていた通りだった・・・・。

 

見事なフォーメーションを攻撃を繰り出す四人の小人族(パルゥム)相手にたった数分で攻撃を捌き切っていた。

 

見極めたい・・・・・。

 

強くなる為に桜の成長速度を見極めたいと思ったアイズは同時に何故そんなにも速く成長できるのかと疑問も抱いた。

桜だけじゃない。ベルも。

この二人の成長速度をアイズは知りたいと思った。

 

神聖文字(ヒエログリフ)見せてくれないかな・・・・。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

そんなことを考えているアイズにベルは自身の魔法を放った。

 

「退くぞ」

 

キャットピープルの言葉に桜を囲んでいた四人の小人族(パルゥム)はベルが倒した冒険者を回収して闇の奥へと消えた。

それを確認した桜は夜桜と紅桜を手放してその場に膝をついた。

 

「桜!?」

 

「桜君!?」

 

「桜」

 

ベル、ヘスティア、アイズは膝をついた桜に駆け寄る。

致命傷は負ってはいない桜だけど体中が傷だらけになっていたアイズはすぐに手持ちのポーションを桜に飲ませる。

 

「ありがとう・・・姉さん」

 

「大丈夫?」

 

礼を言う桜に尋ねるアイズ。

この中で一番過酷だったのは紛れもない桜なのだから。

 

「何とか・・・・でも傷一つしかつけられなかった」

 

その言葉にアイズは目を見開く。防戦一方になりつつも桜は攻撃していたことに驚きながらもアイズは思考を働かせる。

本来ならLv1の桜が第一級冒険者と戦うのなら瞬殺されてもおかしくない。

それを防戦一方で耐えていただけじゃなくて攻撃もしていた。

 

「・・・・・・・」

 

もし、アイズがLv1で第一級冒険者と戦っていたら間違いなくなすすべなく負ける。

それなのに桜は傷を負わせた。

 

「しっかし、何だったんだい?さっきの子達は。・・・・まぁ、今はここから離れよう。騒ぎを聞きつけていつ人がくるかもわからないからね。桜君、立てるかい?」

 

「問題ありません」

 

立ち上がる桜とベルは視線をバベル、白亜の巨塔へと向ける。

 

「やっぱり・・・・」

 

桜は誰にも聞こえないぐらい小さな声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今はギルドへと足を運ぶとギルドの中は慌ただしいことになっていた。

姉さんとの訓練を終えて私はエイナに会いに来ていた。

 

「エイナさん。少しいいですか?」

 

「あ、うん。ちょっと待ってね」

 

エイナに声をかけると作業机(デスク)に置いてあった資料を纏める。

 

「お待たせ。今日はどうしたの?ベル君は?」

 

「ベルは今は魔女に捕まっています」

 

「ま、魔女?」

 

シルに捕まったベルは今は雑用でもされているのだろう。逃げてきて正解だった。

 

「まぁ、それは置いときまして。エイナさんに聞きたいことがあるんですよ」

 

「何?」

 

「【ランクアップ】するにはどうすればいいですか?」

 

Lvを上昇させてLv2になるに為に何が必要なのかとエイナに尋ねるとエイナは頭に手を当てて溜息を吐く。

 

「はぁ~、どうしてそう君は私を困らせるようなことばかり言うのかな?」

 

そこまで困らせたことは・・・・あるか。

散々心配をかけて無茶なことをするたびに説教もされたな。後はダンジョンのモンスターの知識なども叩き込まれたっけ?

 

「【ランクアップ】するには」

 

あ、教えてはくれるのか。

 

そう思いながらエイナは【ランクアップ】のことについて教えてくれた。

神々さえも讃える功績、偉業を成し遂げる。

それが【ランクアップ】の条件。

 

「なるほど。ありがとうございます、エイナさん」

 

「なるほどってまさかまた無茶をする気じゃないでしょうね・・・」

 

疑いの目を向けるエイナに私はそっと視線を逸らす。

 

「いえ、単なる興味本位です」

 

「じゃあ、何で目を逸らすのかな?」

 

少しずつ怒気を高めていくエイナに私はダッシュでギルドを出た。

 

「あっ!桜ちゃん!無茶はダメだからね!」

 

逃げた私にエイナは大声でそう叫んだ。

 

ごめんなさい・・・・。

 

内心でエイナに謝罪した。

私は恐らく、いや、きっと無茶をするだろう。今までも、これからも。

そんな私を心配してくれるエイナに本当に申し訳ないと思っている。

前の小人族(パルゥム)達の襲撃。

私は防戦一方で四人の内一人にしか傷を負わせられなかった。

相手が第一級冒険者なのは理解している。

だけど、私が倒すべき相手は第一級冒険者とは比べ物にならない程の強敵。

猛者、オッタル。

あいつを倒す為には私にはまだまだ力がいる。

それに私にはまだ自分の目的を見つけれていない。

 

「私は弱いな・・・・」

 

ボヤキながら私は本拠(ホーム)へと帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

パリンと皿が割れた。

それもひとりでに割れた皿を持って私は嫌な予感しかなかった。

こういう時は嫌なことが起きる前触れみたいなもの。

他の食器を片付けながら私は割れた皿を隅に寄せた。

今日は朝からベルとリリとでダンジョンに潜る予定。

ベルはこれから遠足に行く子供のようにはしゃいでいた。

 

「桜!僕は先に行くね」

 

「あ・・・ベル君!」

 

バックパックを持って出て行こうとしたベルを神ヘスティアが呼び止める。

 

「あ、あー・・・・ほら、【ステイタス】を更新しておかないかい?ここ最近やってあげられなかっただろう?」

 

その言葉に神ヘスティアも私同様に嫌な予感がしたのだろう。

 

「ベル。せっかくだ。更新しておけ」

 

私の一押しもあってベルは【ステイタス】を更新する。

万が一の時の為か・・・・・。

更新していないとしているとでは多少なり変化がある。少しでも生き残れる可能性を神ヘスティアは上げておきたいのだろう。

 

「うわっ・・・・。神様、ごめんなさいっ、僕もう行きます!」

 

時計を見て血相を変えて扉へ直行するベル。

 

「ベル。私は道具(アイテム)を補充してから行くから。先にダンジョンに行っていてくれ」

 

「わかった!」

 

去っていくベルに私は神ヘスティアからベルの【ステイタス】を見て一驚した。

 

ベル・クラネル

Lv.1

 

力:S982

耐久:S900

器用:S988

敏捷:SS1049

魔力:B751

 

魔力を除いてオールS。いや、驚くのは『敏捷』のSSってどういうことだ?Sの999が最大ではないのか?

文字通り限界突破でもしたというのか?ベルは。

 

「・・・・・神ヘスティア。私のも【ステイタス】の更新をお願いします」

 

「・・・・ボク、もうお腹いっぱいだよ」

 

気持ちはわかるけど神ヘスティア。たぶん、お腹を破裂させてしまうかもしれません。

そして、【ステイタス】を更新してもらい神ヘスティアはとうとう頭を抱えた。

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:E488

耐久:D532

器用:D510

敏捷:E498

魔力:D590

 

これが前の私の【ステイタス】。

 

柳田桜

 

Lv.1

 

力:S901

耐久:S983

器用:S992

敏捷:S932

魔力:S999

 

そしてこれが今の私の【ステイタス】。

おかしい、明らかに異常すぎる。ベルみたいにSSはないがオッタルと戦った時以上に【ステイタス】の上昇値が上がっている。

2200オーバー・・・・・・。

前の1400オーバーをはるかに上回る上昇値。

何故こんなにも上がる?

確かに私はここ毎日はLv.6である姉さんと模擬戦をしたり、第一級冒険者とも戦ったりもしたけどそれがどう変化すればこんな上昇値が生まれる?

原因はやっぱり私のスキル【目的追及】の効果なのか?

だけど、私がいつ目的を追求した?強者と戦うことが私の目的なのか?

それとも私自身が原因なのか?

私はイレギュラーな存在。私という存在が何かを動かしているのか?

その影響がこのありえない【ステイタス】の上昇なのか?

そこで私はあることに気付いた。

もしかして私が探している目的と強くなりたいやオッタルを倒したいという目的が相乗効果を生み出しているのではないかと。

【目的追及】の欄には何を目的とは記されていない。だから、私自身が元から探し求めている生きる目的とこの世界に来てオッタルを倒したいという目的ができた。

その二つが相乗効果を生み出してこの異常な【ステイタス】を生み出している可能性が高い。

それなら今までの上昇値も納得できる。

それによくよく考えたらオッタルと戦ってからこの異常な上昇値が生まれたのだからそれ以外考えられない。

姉さんや四人の小人族(パルゥム)の第一級冒険者と戦ったのが後押しになったのだろう。つまり、オッタルを倒すまでこの異常な上昇値は止まらない。

 

「・・・・これはもはや呪いに近いぞ・・・・いや違うか」

 

異常な成長速度は私自身を指しているんだ。

目的を見つけるまで、達成するまで走り続けろ。そういうことだろう。

それも全速力で。

前にリヴェリアさんが言っていたことはこのことか。

がむしゃらに強さを求めている姉さんに似ているということは。

そして、その気持ちを組み込むかのように【目的追及】が私の背中を押している。

無茶でも無謀でもお前は全力で走り続けろ。

てな感じなのかな・・・・・。

結論に至った私は自分自身に呆れた。

まぁ、手っ取り早く強くなれるのならそれに越したことはないから別に困るものでもないか。

 

「それでは神ヘスティア。行ってきます」

 

「帰ってきておくれよ」

 

「はい」

 

心配そうに言う神ヘスティア。

私は道具(アイテム)を補充するために冒険者通りへと足を運んだ。

 

「あ、貴女は!?」

 

道具(アイテム)の補充をしていると一人のエルフの女性が私に声をかけてきた。

エルフに知り合いはいるが山吹色の髪をしたエルフに私は心当たりはなかった。

 

「失礼ですけどどちら様でしょうか?」

 

「・・・・ええ、そうでしょう。私と貴女は初対面です」

 

尋ねる私にエルフはまるで怨敵と話しかけているように恨めしい声音だった。

本当に私、何がしたか?

少なくとも誰かに恨まれるようなことをした覚えは少ししかないのだけど。

 

「私は名前はレフィーヤ・ウィリディス。【ロキ・ファミリア】です」

 

「ああ、神ロキのところの。私は「ご存知です。柳田桜さんでしょう」知っていましたか。姉さんから、アイズさんから聞いたのですか?」

 

「それです!」

 

どれ?

突然指を指された私は妙に気迫が出ているレフィーヤに一歩後退する。

 

「どうして貴女がアイズさんのことを姉さんと呼んでいるのですか!?」

 

その一言で私は全て察した。

こいつは姉さん、アイズ・ヴァレンシュタインのことが大好きなのだと。

こういう輩は何を言っても意味がないから面倒なんだよな。

どう回避しようか、もしくは逃げようか考えていると突然、地震が起きた。

それと同時、何かが爆発したかのような轟音が鳴り響いた。

咄嗟に私は、いや、私とレフィーヤは外に出ると外にはモンスターがいた。

 

「そんな・・・あれは・・・」

 

私の隣で横腹を抑えながら目を見開くレフィーヤ。

土煙が晴れてようやくモンスターの一望が明らかになった。

長い蛇を酷似するようなモンスター。

だけど、その先端は毒々しい極彩色の花。

 

食人花(ヴィオラス)・・・・」

 

花のモンスターの名前であろう言葉を漏らすレフィーヤを無視して私は夜桜と紅桜を抜き放つ。

目の前にいる食人花(ヴィオラス)は推定Lv3~4はあるだろう。

こいつを倒すことができたら間違いなく偉業の達成になるだろう。

【ランクアップ】も可能だろう。

こんなにも都合よく現れてくれるとはこれも神フレイヤの差し金なのか?

まぁ、そうだとしても乗るとしよう。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

食人花(ヴィオラス)の咆哮と同時に私は走った。

私自身の為にもお前を倒す!

 



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魅了する桜

レフィーヤ・ウィリディスが最初に思ったのはどうしてこうなったという疑問だった。

『遠征』に出発する前に道具(アイテム)が不足していることに気付いたレフィーヤは冒険者通りに寄ると桜と偶然にも出くわした。

アイズに強い憧れを抱いているレフィーヤは突然現れた桜にアイズを奪われたと思い違いをしいた。

そんな桜を問い詰めようと、可能であるならアイズの妹の権利を貰おうと考えていたレフィーヤと桜は突然の地震と轟音に外に出ると見覚えのある植物のモンスター、食人花(ヴィオラス)が現れた。

レフィーヤは食人花(ヴィオラス)は倒し終えたと思っていた。

だけど、目の前にいるのは紛れもない食人花(ヴィオラス)。運悪く生き残りが存在していた。

レフィーヤはどうすればいいのか焦っていた。

自分のファミリアである【ロキ・ファミリア】の精鋭はすでにダンジョンに潜り始めているだろう。助けを呼ぶこともできない。

そんな時。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

食人花(ヴィオラス)が吠えたと同時に桜が夜桜と紅桜を抜いて食人花(ヴィオラス)に向かって走っていた。

まずは一撃。という勢いで斬りかかる桜だが、予想以上に硬い食人花(ヴィオラス)にかすり傷程度の傷しかつけられなかった。

その行動にレフィーヤは唖然とした。

 

「な、なにしているんですか!?」

 

「倒そうとしているだけだけど?」

 

叫ぶレフィーヤに首を傾げる桜を見て首を傾げる姿がアイズさんに似ているのですねと思ったが首を振ってそんな考えを飛ばす。

 

「あれは貴女だけで手に負えるモンスターではありません!下がっていてください!」

 

例え気に入らない相手でも自分よりLvの低い者を見殺しには出来ない。

相手は魔力に機敏に反応するモンスターだとしても他のファミリアが来るまでの時間稼ぎぐらいは出来ると踏んだレフィーヤは桜を下げさせようとしたが。

 

「勝手に決めるな、あれは私が倒す。そっちこそ手を出すな」

 

「なっ!?ば、馬鹿なのですか!?Lv.1の貴女が相手になるわけないじゃないですか!?」

 

無茶苦茶をことを言う桜にレフィーヤは思わず叫んだ。

食人花(ヴィオラス)と戦ったことがあるレフィーヤは食人花(ヴィオラス)の強さをよく知っている。

少なくともLv.1の桜が倒せる相手ではない。

それでも桜は食人花(ヴィオラス)に向かって走った。

 

「ああもう!」

 

自分勝手な行動をする桜にレフィーヤはイラつきながら桜に叫んだ。

 

「三分!私を守ってください!私の魔法で倒します!」

 

自身の魔法で倒したことあるモンスターだけど、魔力に機敏に反応する食人花(ヴィオラス)を倒すには前衛が必要だった。

その為に一か八かで桜に前衛を任せて何としてでも倒そうと考えたレフィーヤだが桜はそれを一蹴した。

 

「こいつは私が倒すって言ったはずだ!手を出すな!」

 

「はいぃ!?」

 

あまりの言葉に驚きを隠せなかったレフィーヤ。

食人花(ヴィオラス)は打撃に強いが魔法による攻撃には弱い。

桜は両手に持っている夜桜と紅桜で斬りかかってはいるが大した傷を負わせれていなかった。

 

「無謀すぎます!そのモンスターは魔法による攻撃が弱点です!私の魔法でなら倒せます!ここは協力しなければそのモンスターを倒すことはできません!」

 

桜に協力を要請するレフィーヤ。

桜は跳んで食人花(ヴィオラス)と距離を取ってレフィーヤの傍に寄る。

 

「私が倒すって言っているんだ。邪魔をするな」

 

苛立ちを滲み出しながら胸ぐらを掴む桜。

一瞬怯むレフィーヤだが桜を睨む。

 

「無理です。あのモンスターは貴女が思っている以上に強いんです」

 

「そんなもん百も承知だ。あのモンスターは私一人じゃ倒すことができない」

 

「なら!」

 

「だけどそれでいい」

 

一人では倒すことができないと分かっているのなら協力しようと思ったレフィーヤだけど、桜はそれでいいと言い放った。

 

「あいつを倒すことができれば私は【ランクアップ】出来るだろう。その為に私はあいつを倒そうとしているんだ」

 

その言葉にレフィーヤは言葉を失った。

桜の言う通り、食人花(ヴィオラス)を倒すことができれば【ランクアップ】は可能だろう。だけど、レフィーヤはその考えが理解できなかった。

本来、偉業の達成は一人で成すものではなくパーティを組んで協力し工夫を凝らして初めて実現できる。

その分の偉業の質は下がるけどそれを繰り返せば時間をかけて【ランクアップ】できる。

少なくともレフィーヤがいる【ロキ・ファミリア】はそうだ。

一人で偉業を達成したら【ランクアップ】もすぐに出来るだろうけどその反面に失敗した冒険者に待ち受けるのは死である。

今、レフィーヤの目の前にいる桜は一人で偉業を達成しようとしている。

無茶であり、無謀であり、命知らずという言葉がレフィーヤの脳裏に過ぎる。

 

「わかったら手を出すな。それに今は【ロキ・ファミリア】は遠征じゃなかったか?今からでもダンジョンに向かった方がいいんじゃないか?」

 

そう、レフィーヤは本来、道具(アイテム)を補充してすぐに戻る予定だった。

だけど、今のこの状況を放っておくわけにはいかない。

 

「私よりLvの低い貴女を放って行けるわけないでしょう!」

 

ここで桜を放って自分勝手にダンジョンに行くのはレフィーヤ自身が許せなかった。

せめて援護だけでも協力しようと桜に申し出ようと思った時、桜の説得に意識を向けていたレフィーヤに回避不可能なぐらい接近していた食人花(ヴィオラス)が襲いかかって来た。

 

「きゃ!?」

 

だけど、突き飛ばされたおかげで食人花(ヴィオラス)に襲われずに済んだレフィーヤだが、レフィーヤを突き飛ばした桜は食人花(ヴィオラス)の攻撃を直撃して壁に叩きつけられて夥しいほどの血を全身に染めていた。

 

「桜さん!?」

 

自分を助ける為に犠牲になった桜にレフィーヤは悲痛の声を上げるが血まみれになっている桜は何事もなかったかのように食人花(ヴィオラス)に攻撃を仕掛けた。

 

「え?」

 

驚くレフィーヤ。だけど、思い出せばベートとの決闘の際に首が飛んだにも関わらず生きていたことを思い出して少し安堵した。

桜は壁を蹴って宙に跳んで魔法の詠唱に入る。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷の世界】」

 

魔力に反応した食人花(ヴィオラス)は一斉に桜に向かって襲いかかってくる。

しかし、桜は冷静に氷の魔法を夜桜と紅桜に纏わせて氷の斬撃を放って食人花(ヴィオラス)の首を何個か斬り落とした。

それでも残っている首で桜を食おうという口を大きく開けて食人花(ヴィオラス)は襲いかかってくる。

 

「チッ!」

 

舌打ちする桜は最初に襲いかかって来た食人花(ヴィオラス)を蹴って他の攻撃から回避することができた。

地面に転がりながら何とか着地した桜。

 

「もうわかったはずです!貴女だけではあのモンスターは倒せれないということが!」

 

レフィーヤの言う通り桜だけではあのモンスターを倒すことはできない。

 

「【ランクアップ】したい気持ちはわからなくもないですが、こんな無謀なことに挑戦しなくても少しずつ偉業を達成していけば【ランクアップ】できます!貴女はまだLv.1なのでしょう!?協力しても逃げても恥ずかしいことではありません!こんな無謀なことで命を捨てる気ですか!?」

 

桜はLv.1。

そのこと自体桜は重々承知している。

桜もレフィーヤの言葉は正しいと思っている。

そこまで急いで無茶をしてまで【ランクアップ】しなくてもすでに【ステイタス】がオールSの桜ならここで諦めてもいずれかは【ランクアップ】は出来る。

死んだらオッタルを倒すこともベルやヘスティアを悲しませることも私自身が心から探している生きる目的を探すこともできない。

ここで諦めて身を引くのも一つの手だろう。

 

「レフィーヤ・ウィリディス。お前は勘違いをしている」

 

だけど、諦める、逃げるという選択肢は桜の中にはなかった。

 

「無茶で無謀なことをしているのは理解している」

 

ここで後ろに下がったらもうそれは柳田桜ではない。

 

「だけど、死ぬつもりはない」

 

例え、目の前にどんな強敵が立ちはだかろうともそれを倒してでも前に進む。

 

「私が私自身であるがために私は前へ進む。ただ、それだけだ」

 

その言葉にレフィーヤは何も言えなかった。

レフィーヤがアイズに憧憬して追い続けるように桜にも譲れない何かの為に戦っていることに気付いた。

そして、桜の姿がその瞳が自分が憧憬しているアイズ・ヴァレンシュタインに似ていた。

食人花(ヴィオラス)と向かい合う桜は自身の必殺である魔法の詠唱を始めた。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華】」

 

魔力に反応した食人花(ヴィオラス)は真っ直ぐ桜に襲いかかる。

 

「っ!?」

 

魔法を発動しようとしている桜を守ろうとレフィーヤも速度重視の短文詠唱を発動しようとした時、レフィーヤは目を見開いた。

 

「【夜空の下で幻想にて妖艶に舞う】」

 

桜は襲いかかってくる食人花(ヴィオラス)の攻撃を回避しながら詠唱を続けていた。

 

「並行詠唱・・・・」

 

高速移動を実現しながら展開する離れ技。

『魔力』という難物を扱うこの技術を扱えるのは上級冒険者の中でも圧倒的に少ない。

レフィーヤが未だ辿り着けていない領域をこの土壇場で桜は行った。

 

「【暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う】」

 

次々襲いかかってくる食人花(ヴィオラス)の攻撃を予測しているかのように素早く、最小限の動きで躱しつつ並行詠唱を続ける桜。

 

「【一刻の時間の中で汝は我に魅了する】」

 

レフィーヤは目を疑った。

食人花(ヴィオラス)と戦っている桜が本当にLv.1なのかと。

何者なのかさえ疑った。

 

「【散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

食人花(ヴィオラス)は桜を囲い込んで四方から襲いかかるが桜は高く跳躍して躱す。

 

「駄目!」

 

レフィーヤは叫んだ。それは悪手だと。

宙では身動きが取れない。今、襲いかかられたら間違いなくやられる。

だけど、無情にも食人花(ヴィオラス)は身動きが取れない桜に襲いかかる。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

襲いかかられる寸前に詠唱が終えた。

 

「【舞闘桜】!!」

 

発動と同時にいくつかの食人花(ヴィオラス)の首を斬り落とした。

それでも懲りずに襲いかかる食人花(ヴィオラス)

だけど、桜は襲いかかる食人花(ヴィオラス)を舞うように躱して踊っているかのように首を斬り落とした。

 

「綺麗・・・」

 

戦っている桜を見たレフィーヤの口からそう出てきた。

いや、レフィーヤだけではなかった。

舞って踊りながら戦うその姿、その光景にその場にいる全ての種族を神々も目を奪られた。

美しく舞う桜に神々までも魅了した。

 

『オオオオオオオオオオオッ!!』

 

残った食人花(ヴィオラス)は咆哮を上げて未だ落下中の桜を襲う。

だけど、桜は不思議と冷静だった。

そして、負ける気が全くしなかった。

静かにただ詠唱した。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷の世界】」

 

【舞闘桜】の発動中に桜はもう一つの魔法を発動させる。

【舞闘桜】は自身の武器までも強化することができる。その中に魔法も例外ではなかった。強化された氷の魔法はブリザードとなって食人花(ヴィオラス)を凍結させた。

 

「ハァァァアアアアッ!!」

 

氷像となった食人花(ヴィオラス)に刻み込む無数の斬線。

砕け散り、細氷が舞い落ちる中心に舞い降りたその姿はまるで演劇でも見ているかのように堂々と凛々しく立っていた。

その場にいる者を最後の最後まで魅了し続けた桜に

 

『―――――――――ッッ!!』

 

歓喜の声が、迸った。

 

「桜さん・・・」

 

歓喜の声が迸るなかでレフィーヤは桜に駆け寄った。

勝手に妬み、Lv.1だのと失礼なことを言ったことを謝ろうと駆け寄るレフィーヤ。

だけど、唐突に桜は倒れた。

 

「桜さん!?」

 

走って駆け寄ったレフィーヤはすぐに桜を抱きかかえるが桜はピクリとも動かなかった。

 

「桜さん!桜さん!目を開けてください!桜さん!」

 

何度も呼びかけるレフィーヤに桜は全くの無反応だった。



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兔と桜

私は人生で初めて最悪な目覚めをした。

 

「あらあら、そんなに睨まないでちょうだい」

 

うふふと笑いながら私に膝枕をしながら私の髪を撫でる神フレイヤはとてつもなく上機嫌だ。

何故こうなった・・・・・。

一か八かの並行詠唱を成功させて食人花(ヴィオラス)を倒すことができた私は気が付けば神フレイヤに膝枕をされていた。

さらに言えば私の体が指一本動かせなかった。

いったいどうしてこうなったのか?

どういう経緯で神フレイヤに膝枕をされているか?

私はまるでわからなかった。

 

「それにしてもやっと目を覚ましたのね。貴女、丸二日間は眠っていたのよ」

 

髪を撫でながらそう言ってくる神フレイヤに私は驚いた。

そんなにも眠っていたのか・・・・。

 

「その間に貴女の寝顔をしっかりと堪能させてもらったわ」

 

微笑みながら告げる神フレイヤに私の背筋が凍った。

 

「・・・・・・どうして私はここにいるのですか?」

 

「あら、やっと喋ってくれたわね」

 

私が喋ったのが嬉しいのか微笑みながら私の質問に答えてくれた。

 

「偶然あの場に私の子達がいたから連れてきてもらったのよ。それにしても残念だわ。貴女の輝きを見ることができなくて」

 

本当に残念そうにしょぼくれる神フレイヤの姿がまるで拗ねている子供のようだった。

そんな子供じみた反応さえも美しいと思える。

だけど、今はそんなことはどうでもいい。

今の神フレイヤから聞き捨てならないことを言っていた。

 

「・・・・ベルに何かしたんですか?」

 

この女神は毎日のように私やベルを見ている。

そんな女神が私を見ることができなかったということは他の何かに夢中になっていたということ。私以外に神フレイヤが夢中になるものといえば一人だけ。

 

「本当に賢いのね。ええ、あの子はとっても輝いていたわ。ミノタウロスを倒すほどに」

 

ベルがミノタウロスを倒した。

その言葉に私は驚いたが、ベルが生きていることを知った安堵感の方が強かった。

 

「安心した?ふふ、冷たそうに見えて暖かいのね、貴女は」

 

私の心を見透かしているように言う神フレイヤ。

 

「ちょっと妬けちゃうわね。貴女にそこまで心配されるあの子に」

 

「仲間を心配してはいけませんか?」

 

「いいえ、それは素晴らしいことよ」

 

そう言いながら私の頬を撫でる。

 

「・・・・いい加減に開放させてくれませんか?」

 

私の体は指一本動かない。神フレイヤが何かしているとしか思えない。

 

「ダーメ。せっかく貴女と二人きっりなのだからもう少し楽しませてちょうだい」

 

可愛らしく拒否られた私の髪を今度はいじり出す神フレイヤ。

こら、編むな。

そんなことを思いながら神フレイヤに好き放題されている。

 

「フレイヤ様。そろそろお時間です」

 

いつの間にか現れたオッタルが神フレイヤにそう告げる。

 

「あら、もうそんな時間。残念ね」

 

残念と言いながらも懲りずに私の髪を弄る神フレイヤは指を鳴らすと私の体が自由に動かせるようになった。

 

「残念だけどもうお終いね。また会いましょう。桜」

 

起き上がった私の耳元に神フレイヤは最後にこう言った。

 

「愛しているわ」

 

「っ!?」

 

突然の神フレイヤからの告白に驚く私の姿に満足したのか楽しそうにオッタルの傍に行くと振り返った。

 

「それ、解いちゃダメよ」

 

神フレイヤが指すところに髪を小さく三つ編みされていた。

耳前の片方だけに三つ編みにしながらオッタルと一緒に去っていく神フレイヤ。

解かないでおこう・・・・・。

そう思いながら私は立ち上がって部屋を出た。

どこかの高級ホテルのような部屋から出た私は真っ先に自分の本拠(ホーム)へと帰還した。

ドアの前で恐る恐るドアを開ける私。

ドアを開けるとそこには笑顔だけど明らかに怒っています雰囲気を出している神ヘスティアと心配そうに尚且つ神ヘスティアを怖がっている様子のベル。

それを見て私は全てを察した。

 

「やぁ、桜君。聞いたよ?とっても活躍したそうじゃないか。ボクも誇らしいよ」

 

「どうも・・・」

 

ワザとらしく私を讃える神ヘスティア。

 

「でもね。相当無茶をしたらしいね。ううん、そのこと自体を責めている訳じゃないんだ。君が生きていてくれてボクも嬉しいさ」

 

「・・・・・心配かけてごめんなさい」

 

私は素直に頭を下げた。

神ヘスティアにベルに私は心配をかけた。

そのことは素直に謝らなければならなかった。

 

「うん、許す。と、言うと思ったのかァああああああああああ!!」

 

「か、神様!?」

 

跳びかかってくる神ヘスティアに私は押し倒される。

 

「・・・・あまり、心配をかけさせないでおくれよ」

 

「・・・・・はい」

 

この女神は本当に心から私やベルのことを心配していたのだろう。

無茶は続けるだろうが、私は素直に謝らないといけない。

 

「ただいま帰りました・・・・神ヘスティア、ベル」

 

「「お帰り」」

 

怒っていたけど笑顔で二人は私を迎えてくれた。

そして、【ステイタス】を見て貰ったら私はLv.2になっていた。

こうして私は冒険者を始めて一ヶ月未満でLv.2になったことをエイナに報告したら笑顔のまま気を失ったことは見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが私のLv.2になって発現した発展アビリティ・・・」

 

私が発現した発展アビリティは全部で三つ。

『狩人』

『耐異常』

『魔導』

この三つが私が選べる発展アビリティ。

 

「よかったよ。君まで変わったアビリティが発現しなくてボクも一安心だよ」

 

うんうんと頷く神ヘスティアに私は苦笑した。

ベルは『幸運』という過去に例がないアビリティを発現していた。

ここで私までそんなアビリティが発現していたら神ヘスティアの心労は大変なものだろう。

 

「それで?桜君はどれにするんだい?」

 

催促してくる神ヘスティアに私は顎に手を当てて考える。

堅実に行くなら『狩人』がいいだろう。

異常効果(アクシデント)の対策として『耐異常』を選ぶのいいだろう。

だけど、やっぱり私に必要なのはこれかな・・・・・。

 

「私は『魔導』を選びます」

 

威力強化、効果範囲拡大、精神力効率化などの魔法の補助をもたらすアビリティ。

魔法を酷使したために発現したのだろう。

それだけ私の魔法、【舞闘桜】は酷く使い勝手が悪い。

なら、それを補うことができるこのアビリティは私にとって助かる。

 

「そっか。なら早速やろうか君の【ランクアップ】を。ベル君は外で待っていてくれ」

 

「わかりました」

 

既に【ランクアップ】が終えているベルは外に出て行くのを確認した私は服を脱いでベットへとうつ伏せになり私の上に神ヘスティアがまたがる。

 

「君までもLv.2かぁ・・・・まぁ、君はベル君以上に無茶をするからボクはこの先も心配だよ・・・・」

 

「・・・・すみません」

 

【ステイタス】の更新をしながら愚痴る神ヘスティアに私は謝罪する。

よくよく考えたら確かにそうだ。

初日で6階層まで下りたり、猛者と戦ったり、10階層まで行ったり、姉さんと特訓やら第一級冒険者の襲撃を受けて最後は食人花(ヴィオラス)を倒した。

普通の冒険者なら数十回は死んでいてもおかしくはない。

というより、何度か死んだんだ私は・・・・・・。

だけど、その成果もしっかりと出ている。

強くなれているんだな・・・・。

 

「終わったよ」

 

自分でも珍しく感傷的になっている間に【ランクアップ】が終わった。

特にこれといった変化はないけどこれで正真正銘のLv.2になったのか。

 

「おーい、ベル君!もういいぞ!」

 

神ヘスティアの声に外で待っていたベルが戻って来たのを確認した神ヘスティアは嬉しそうに微笑みながら私とベルに言った。

 

「朗報だぜ、ベル君?桜君?」

 

朗報と言う神ヘスティアは私とベルが尋ねる前に種明かしをした。

 

「スキル、さ」

 

「へっ?」

 

「へぇ」

 

「君達にスキルが発現したんだよ」

 

ベルに二つ目、私に三つ目のスキルが発現していた。

 

柳田桜

 

Lv.2

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

魔導:I

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱式『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇。

・体力・精神力消費増加。

・詠唱式『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

連撃烈火(コンボレイジング)

・連続攻撃により攻撃力上昇。

・『力』の超高補正。

 

これが私の新しいスキル、連撃烈火(コンボレイジング)か・・・・・。

【ステイタス】に表れる『スキル』や『魔法』は、【経験値(エクセリア)】は勿論、『恩恵』を授かった者の本質や望みなどにも影響される。

強者と戦い続けて、強くなることに渇望して、力を欲して食人花(ヴィオラス)を倒した。その影響で発現したのがこのスキルだろう。

 

「――――――う、うぁああああああああああああああああああ!?」

 

新しいスキルのことについて考えていると突然のベルの絶叫に驚いた私は両手で耳を塞いでしゃがみ込むベル。宙にあったベルの【ステイタス】が記されている用紙を掴んで見るとベルのスキルの所に【英雄願望(アルゴノゥト)】と書かれていた。

英雄願望・・・・ああ、そういうことか。

いい年して未だに英雄になりたいと願っていることに神ヘスティアに知られて恥ずかしいのか。道理で神ヘスティアが微笑ましい顔をしているわけだ。

 

「ベルくん」

 

びくっと体を震わせるベルに神ヘスティアは慈愛に満ちた笑みを浮かばせながら優しい声でベルにトドメをさした。

 

「――――可愛いね」

 

「うわァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ベルは部屋全体を震わせるほどの絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

「うぅぅ・・・」

 

「おいおい、いつまでそうしているつもりだい?」

 

部屋の角で両膝を抱えて呻きながら涙を流すベルに私は息を吐く。

ベルも年頃だから仕方がないとはいえ、恥ずかしいだろう。

 

「ベル。そろそろ立ち直せ。別に英雄に憧れるぐらい恥ずかしくないぞ?」

 

「・・・・桜も顔がにやけているよ」

 

励ますつもりがどうやら私も神ヘスティア同様ににやついていた。

コホンと咳払いしながら神ヘスティアと一緒に何とかベルを立ち直させた。

それからベルのスキルのことについて全員で考察したが、情報が少なすぎる為に詳細をしることができなかった。

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

ベルが何らかの行動をすることでチャージすることができるとしても何をどうチャージするのか?まったくわからなかった。

私の新しいスキルと違ってベルのは特殊なのか?

 

「ごめん、ベル君、桜君。ボクはそろそろ出かけるよ」

 

「仕事ですか?」

 

「今日はね、三ヶ月に一度開かれる『神会(デナトゥス)』の日なんだ」

 

神会(デナトゥス)』。神々が【ランクアップ】した私達に命名する二つ名が決まる日。私とベルが【ランクアップ】した為、神ヘスティアにも参加できる権利を得た。

 

「わっ、わっ、わっ!それじゃあ、僕も、アイズさんみたいな通り名を頂けるんですよね!?」

 

ベルは偉くノリノリだったけど私は神ヘスティアの話を聞いてうんざりとしていた。

この世界に来て様々な二つ名を耳にしたがどれも中二病負け劣らずのクソ恥ずかしい称号を持つことになる。

神は娯楽に飢えている。

娯楽を満たすためにどんな二つ名を押し付けてくるのかと思うと頭が痛くなる。

だけど、私たち【ヘスティア・ファミリア】にはそれ以外にも大変なことがある。

 

「神ヘスティア。くれぐれも・・・」

 

「・・・・わかっているよ。ヘマはしないつもりだ」

 

深刻な顔で頷く神ヘスティア。

ベルは一ヶ月半、私は一ヶ月未満でLv.2になった。

過去最速でLv.2になった姉さん、アイズ・ヴァレンシュタインを大きく上回る速さで到達した私とベルを疑う者、いや、神もいるはずだ。

万が一にも私とベルのスキルのことがバレたら間違いなく私とベルは神の玩具にされる。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「は、はいっ」

 

「気を付けてください」

 

決意を決めた顔で神ヘスティアはホームを出た。

神会(デナトゥス)』に向かった神ヘスティアを確認して私はふぅと息を吐く。

せめて、マシな二つ名になることを祈ろう。

私は食人花(ヴィオラス)との戦いで多くの者や神たちに戦っている所を見られた。

もしかしたらもの凄い中二病名がくるかもしれない。

頼みますよ、神ヘスティア・・・・・。

最後の綱の神ヘスティアに私は託した。

 

「さて、ベル、さっきから気になっていたけどそれはドロップアイテム?」

 

ベルは大事そうにモンスターの角を持っている。

 

「うん、ミノタウロスの角なんだ」

 

本当に中層のミノタウロスを倒したんだな。

感心しながら私はある提案をベルに告げる。

 

「ベル。それを武器にするなら私が契約している鍛冶師(スミス)を紹介するけどどうする?」

 

「え!?桜ってもう鍛冶師(スミス)と契約していたの!?」

 

「まぁ、成り行きでな。で、どうする?」

 

「もちろん。お願いするよ」

 

即答するベルに私は内心で苦笑した。

どの道、ベルとヴェルフは会うけど一応言っておいても問題はないだろう。

私も新しい防具を新調しないといけないな。

食人花(ヴィオラス)との戦いで破損した私の防具、白桜をヴェルフに頼んで新しく作ってもらわないといけないな。

まぁ、二つ名も防具も後回しでいいだろう。

それよりせっかくの【ランクアップ】だ。お祝いでもするとしよう。

十万ヴァリスは貯まっている私の貯金を少し使っていつもよりは多少豪華な食事もいいだろう。

 

「ベル。買い物に付き合ってくれ」

 

「うん」

 

私とベルは買い物をするために外へと出た。

メインストリートの方まで行くといくつかの視線が私とベルに突き刺さる。

こちらを見ながら騒めく人や神までもいた。

 

「ね、ねぇ、桜。何だから僕達見られていない?」

 

「気にせず行くぞ」

 

ベルの言う通り私たちは見られている。

だけど、それもそのはずだ。それだけ今の私やベルは注目している。

こういうのは気にした方が負けだ。

 

『―――見っけぇえええええええええええ!!』

 

「うわっ!?」

 

気にしたら負け。そう思っている矢先にベルを突き飛ばして男神たちが私を囲んだ。

 

「見つけたよ!マイハニー!俺の【ファミリア】に入らなーい!?」

 

「抜け駆けするなよ!モンスターとの戦い見せてもらっったよ!俺の踊り子になって」

 

「テメエこそ引っ込んでろ!この子は俺のだ!」

 

ギャーギャーと喚き散らすこの男神たちはどうやら食人花(ヴィオラス)との戦いを偶然にも見ていたのだろう。それで勧誘か。

ベルに声をかけていない所を見ると私の力しか知られていないということか。

少なくとも魔法はもう知れ渡っていると思った方がいいな。

さて、どう切り抜けようか・・・・・。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

どうしようかと考えているとベルが私の手を握って私とベルは男神たちから逃亡を開始した。

 

「あ、逃げたぞ!」

 

「追え―――――!!」

 

追いかけてくる男神たちと私とベルの逃亡は三十分ぐらい続いてようやく終わった。

次からは多少は変装したほうがいいか・・・・。

二つ名が決まったらこれ以上のことが続くと想定してしばらくは変装をすることを心がけて私とベルは神たちに見つからないように買い物を済ませると私はふと思った。

せっかく【ランクアップ】したんだからベルに何かプレゼントでも買ってやるか。

そう思ったが何をあげたらいいのか悩んでしまう。

短剣や防具はヴェルフが作るだろうし、食べ物でもベルは普通に喜びそうだけど何がいいかなと悩んでいると冒険者用装身具(アクセサリー)である白色のブレスレットを見つけた。

 

「これならいいかもしれないな・・・・・」

 

冒険者用装身具(アクセサリー)であるこのブレスレットには装備している者の致命傷をある程度肩代わりしてくれる効果があった。

値段は三〇〇〇〇ヴァリスするがこれから中層にも行くとしたらベルには必要になるだろう。

私はそのブレスレットを値切って購入した。

さて、買い物も終わったし、プレゼントも買ったことだしベルを連れて帰るとしよう。

 

「桜」

 

タイミングよく駆け寄ってくるベルに私は早速プレゼントを渡そうと思った。

 

「えっと・・・桜、これを」

 

プレゼントを渡そうと思った時にベルが私に箱を差し出した。

何だろうと思いながら蓋を開けると中には白色のカチューシャが入っていた。

 

「えっと・・・その、桜も【ランクアップ】したから、なんというか・・・」

 

「私にプレゼント?」

 

そう言うとベルは顔を真っ赤にしながら頷くのを見て思わず笑ってしまった。

 

「ぷ・・・・くく・・・」

 

「さ、桜・・・・」

 

「いや、ごめん・・・・」

 

吹き出してしまった私に顔を真っ赤にしながら睨むベルに謝る。

考えることは同じだったか・・・・。

だけどこういうのは神ヘスティアやリリにしてあげろよ。

呆れながら私もベルにブレスレットを渡す。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ベル。これは私からだ」

 

「うん!ありがとう、桜!」

 

嬉しそうに受け取ってくれるベルに私も自然と頬を緩ませてしまう。

 

「さぁ、帰って神ヘスティアと一緒にお祝いしようか」

 

「楽しみだね!僕達の二つ名!」

 

ごめん、ベル。それは少し賛同できない。

内心で謝りながら適当に合わせて頷く私たちは自分達の本拠(ホーム)へと帰る。

そして、『神会(デナトゥス)』から帰って来た神ヘスティアから私とベルの二つ名を知ることになった。



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二つ名

「【リトル・ルーキー】と【舞姫(まいひめ)】ですか?」

 

「うん・・・・・」

 

「そう」

 

『豊穣の女主人』でリリは怪訝そうに首を傾げる。

神ヘスティアが無難だ!とベルに抱き着きながら私とベルに二つ名を教えてくれた。

ベルはイマイチ不満そうだったけど私は変な中二病名じゃなくて少しほっとした。

 

「リリはどう思う?」

 

「何と言いますか・・・・普通ですね。桜様に至っては冒険者らしくない二つ名だとリリは思います」

 

「だよね・・・・」

 

「まあ、確かに」

 

リリの言葉に私もベルも同意する。

舞姫。姉さん、アイズ・ヴァレンシュタインに似ているという理由も恐らくはあるのだろう。剣の姫で【剣姫】のアイズ・ヴァレンシュタインと舞う姫で【舞姫】の私。

二つ名まで姉妹のようになってしまったことに私は呆れればいいのか、喜べばいいのかわからなかった。

 

『【ヘスティア・ファミリア】、か?』

 

私とベルに様々な視線が向けられる。驚く者もいれば、怪しむ者や苛立ち者の声も聞こえた。

 

「一躍人気者になってしまいましたね、ベル様、桜様」

 

「本当にそうみたいだな」

 

アイズ・ヴァレンシュタインの記録を抜いた私たちのことは既にオラリオに知れ渡っているだろうし、噂の張本人がいれば騒めくのも無理はない。

 

「桜様に至ってはもう神々の間でも噂になっていますよ。人気者ですね、桜様」

 

「皮肉か?リリ」

 

有名になんてなりたくもないというのに噂話が好きなのはどの世界も同じか。

 

「ふふ、じゃあ、ベルさん達もいらっしゃったことですし、始めましょうか」

 

「あの、シルさん達はお店の方は・・・・?」

 

「私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんからの伝言です。後は金を使えと」

 

料理を持ってきたシルとリュー。

するとリューは料理を置いて私のところへと来た。

 

「貴女とこうしてちゃんと話すのは初めてですね。リュー・リオンと申します。あの時は貴女に敵意を向けたことを許してほしい」

 

頭を下げるリューに私は手で制する。

 

「私は気にしてもいませんから頭を上げてください。リオンさん」

 

「ありがとうございます。それと私のことはリューで構いません」

 

「では私も桜と呼んでください」

 

「わかりました、桜」

 

リューと友好を築く私を見てベルは安堵するように息を吐いて事情を知っているシルは嬉しそうに笑っていた。

それからすぐに私たちは乾杯とグラスをぶつけ合って私は果実酒を一口飲み、料理を口に運ぶ。

隣でベルを挟んでシルとリリで修羅場が起きているが私とリューは静かにそれを見守る。

 

「リューは元冒険者ですか?」

 

「それが何か?」

 

唐突の私の質問にリューは眉根一つ動かさずに答える。

やっぱり、と私は納得した。

何となくそんな気がしていた。そして恐らくは今の私よりLvは上だろう。

そんなリューに私は静かに尋ねた。

 

「私達は調子と装備を整えたら『中層』に向かう予定です。出来ればアドバイスを頂けませんか?」

 

「それならクラネルさんとも一緒に話しましょう」

 

それからリューはベルにこれからの動向を聞いた上で私達にアドバイスしてくれた。

リューによると今の私達では『中層』にはまだ行かない方がいいらしい。

上層と中層とでは違うらしく私達では処理できなくなる。

つまり今の私達にはあと一人だけでも仲間を作るべきだとリューは言った。

三人一組(スリーマンセル)がダンジョンの攻略に基本な形式とエイナに教わった。

もし、今のままで中層に行くとしたら私が前衛、ベルが中衛、リリが後衛になる。

だけど、サポーターであるリリが後衛な時点でバランスを崩してしまう。

 

「ところで、【ヘスティア・ファミリア】の団長はどちらなのでしょう?」

 

「ベル」

 

「ええっ!?」

 

団長は誰かと尋ねるリューに私は即答するとベルが予想外の顔で驚いていた。

 

「ぼ、僕が団長なんて務まらないよ!?僕なんかより桜の方がしっかりしているし、頼りになるし、カッコいいし」

 

「ベル、褒めてくれるのは嬉しいが真面目な話。私よりベルの方が団長に相応しい」

 

「な、何で僕なの?そりゃ、桜より早く入団はしたけど・・・・」

 

「いや、それは関係はない。ベルは誰よりも神ヘスティアを敬愛しているのもあるがベルは団長としての素質がある。今は足りないものの方が多いだろうがそれは副団長として私が助けてやる。だから団長になれ、ベル」

 

「・・・・桜」

 

目を輝かせながら私を見るベル。

 

「騙されないでください、ベル様!桜様は都合のいいことを言ってベル様に面倒事を押し付けているだけです!」

 

「ええっ!?」

 

「チッ」

 

リリに目論みを見破られた私は小さく舌打ちする。

騙そうとした私にベル達はジト目で私を睨むため正直に話した。

 

「悪かった。騙そうとしたことは謝る。だけどさっき言ったことは本当だ。私なんかよりベルが団長をした方がいい」

 

私は人の上に立てるような人間ではない。だけど、ベルは違う。

素質はベルの方が明らかに上だ。なら私は副団長としてベルを手助けする方が性に合ってる。

 

「わ、わかった。僕でどこまで出来るかわからないけど・・・・」

 

「では、クラネルさん。貴方達は後一人、仲間と呼べる者を見つけた方がいい」

 

「ああ、それに関しては」

 

「はっはっ、パーティのことでお困りかあっ、【リトル・ルーキー】、【舞姫】!?」

 

新しい仲間としてヴェルフのことを紹介しようとした時突然の大声により遮られた。

見ると、他のテーブルから酒をあおりながら三人の冒険者が私たちのテーブルに立ち止まった。

 

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ?なんなら、俺達のパーティにてめえらを入れてやろうか?」

 

突然のありがい誘いだが、下心が丸見えだな、この冒険者。それに酔っていやがる。

正直速攻で断りたいがベルを団長にした以上少し黙っておこう。

 

「ど、どいうことですかっ?」

 

「どうもこうも、善意だよ、善意。同業者が困っているんだ、広ぇ~心を持って手を差し伸べてやっているんだよ。ひひっ、こんなナリじゃあ似合わねえかぁ?」

 

「い、いえっ、別にそんなことは・・・」

 

気圧されているベルは私に助けを求めるように目を向けるが私は自分で考えろと目で訴える。さぁ、ベル。お前はどう答えるか見させてもらうぞ。

調子に乗る酔っ払いにベルは気圧され続けるのを見た酔っ払いは調子の乗ったのか私に嫌な視線を向けてきた。

 

「お前の所の【舞姫】を俺達に貸してくれよ!?」

 

定番すぎる言葉に私は顔色変えずに内心で呆れていた。

私は姉さんにアイズ・ヴァレンシュタインに似ている。姉さんでは無理だが似ている私に何かして欲しいのだろう。心から嫌だが。

 

「仲間なら助け合うのは当然だろう!?少ーしお前の所の【舞姫】を貸してくれるだけでお前ら二人のお守をしてやるぜ?」

 

「で、出来ません・・・」

 

「ああっ!?今なんつった?」

 

臆しながらもベルはハッキリと酔っ払いに言った。

 

「仲間を・・・家族を売るような真似僕には出来ません。パーティの話はお断りします」

 

弱弱しくはあるがハッキリとベルは断った。

それを聞いた私は静かに笑う。

 

「ああっ!?調子に乗ってんじゃねえぞ!?クソガキ!」

 

怒りに任せてベルを殴ろうと拳を振るう酔っ払いを私は投げ飛ばした。

 

「がっ!?」

 

宙を舞ってテーブルに叩きつけた酔っ払いとその仲間に私が言う。

 

「そういうことだ。それにパーティの問題はすでに解決済みだ。これ以上すると言うのなら表へ出ろ、三人纏めて私が相手になってやる」

 

挑発する私に酔っ払いは立ち上がって激高する。

 

「ナメてんじゃねえぞ、このアマッ!俺たちは全員、Lv.2だぞ!?」

 

「そうか。まだたったLv.2なのか」

 

挑発する私に酔っ払いたちはキレた。

 

「上等じゃねえか!表へ出やがれ【舞姫】!冒険者の矜持ってもんを教えてやる!」

 

「それは楽しみだ」

 

私の喧嘩を買った酔っ払いたちはズカズカと表へ出る。

 

「ベル、リリ。三分間待ってろ」

 

そう言って私も表へ出た。

三分後。ボロボロになった酔っ払いたちを捨てて私は元の席に戻った。

 

「ただいま」

 

「お、お帰り・・・・」

 

何事もないように戻って来た私にベルは顔を引き着かせながら返事をするとリリが呆れるように私に尋ねる。

 

「桜様は戦闘狂なのですか?あんな冒険者様なんか放っておくのが一番です」

 

「その通りです。桜、貴女は無茶をしすぎだ」

 

「そうですよ。何かあったらどうするんですか?」

 

リリ達は色々言ってくるけど実際のところさっきの酔っ払いはたいしたことはなかった。

もちろん、酔ってまともな判断もできなかっただろうけど力も動きも連携も大したことはなかった。

いや、今までの相手が強すぎただけか・・・・。

 

「まぁ、それは置いといて」

 

「逃げましたね・・・」

 

「置いといて」

 

ジト目するリリに無理矢理話題を変える。

 

「前に私と一緒にダンジョンに潜っていた人がいる。明日ベルの防具を買ったとのでも紹介する」

 

「失礼を承知で尋ねますが大丈夫なのですか?戦闘狂はリリは嫌ですよ」

 

「リリが私をどう思っているかよくわかった。だけど、安心しろ。常識ある人で義理堅い人だ」

 

先程のことでリリの中では私は戦闘狂と認識している所を少し話し合いたいが今は聞き流してやろう。

原作ではヴェルフはバベルにいたはずだからヴェルフの工房に行くよりそっちに行った方が速く会わせられるだろう。

 

「まぁ、今は楽しもう」

 

果汁酒を飲みながら今は楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

祝賀会から一夜明けて、朝。

私とベルはバベルにある【へファイトス・ファミリア】の武具屋に足を運んでいた。

せっかくだから私も何かいい物があれば買おうと金を少し多めに持って来ていた。

様々な武器や鎧を見ているとカウンターの方から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。

 

「何でいつもいつもっ・・・・あんな端っこに・・・・!俺に恨みでもあるのか!」

 

店員と言い争っているのは予想通り、いや、ここは原作通りと言った方がいいのか?とりあえずヴェルフがいた。

 

「ヴェルフ、何言い争ってるんだ?」

 

「お、桜!」

 

私に気付いて寄って来たヴェルフは私の肩をバンバン叩く。

 

「聞いたぜ!Lv.2になったんだってな!お前専属鍛冶師(スミス)として嬉しいぜ!」

 

「ありがとう。で、何を言い争っていたんだ?」

 

そう尋ねる私にヴェルフはよくぞ言ってくれたかのように店員を指す。

 

「こいつ俺の作品をいつも端っこに置いていやがるんだよ!あれじゃ売れる物も売れねえ!桜からもなんか言ってくれ!」

 

ああ、そういうことか。

ヴェルフは腕はいい。それは契約している私がよく知っている。

だけど売れないのはクロッゾという家名にもあるだろうけどヴェルフの作品につける名前が残念すぎるから売れないのが大きいと私は思っている。

カウンターに置かれているボックスはヴェルフの作品だろうが売れずに返品でもされたのだろう。さて、どう言うべきか。

 

「あれ、桜?」

 

「ベル、いい防具は見つかったか?」

 

なんて言おうか悩んでいるところに都合よくベルが来てくれた。

 

「ううん、僕が探しているヴェルフ・クロッゾさんの作品は売られていなかったよ」

 

その言葉に声が止んだ。

ベルを凝視する店員とヴェルフにたじろくベル。

 

「ふ・・・・・うっはははははははははは!?ざまぁーみやがれっ!俺にだってなぁ、顧客の一人ぐらい付いてんだよ!!」

 

高笑いするヴェルフは嬉しそうにベルを寄せて作品を見せる。

 

「名乗るぜ、得意客二号。俺はヴェルフ・クロッゾ。【へファイストス・ファミリア】の、今はまだ下っ端の鍛冶師(スミス)でそこにいる【舞姫】の専属鍛冶師(スミス)だ」

 

愛用している防具を作った本人に呆気を取られるベル。

ん?二号ということは私は一号なのか?

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、お前があの【リトル・ルーキー】か!?」

 

「こ、声が大きいですっ」

 

八階に設けられた休憩所で私たちは互いに自己紹介をしていた。

 

「改めて紹介するな、ベル。私と契約している鍛冶師(スミス)のヴェルフ・クロッゾだ。ヴェルフと呼んであげてくれ。名前のセンスは悪いが腕は確かだから安心しろ」

 

「おい、何微妙に貶してんだ、桜」

 

文句を言うヴェルフだが私は無視した。事実だから謝るつもりはない。

 

「にしてもまさか桜が言っていた同じ【ファミリア】の仲間が【リトル・ルーキー】だったとはな」

 

「ちゃんと言ってなかったもんな。ところでヴェルフ、一つ相談なんだがベルとも契約を結んではくれないか?ベルはヴェルフの作品を愛用しているし、私的にも信頼できる鍛冶師(スミス)に武器や防具を作って欲しいんだ」

 

「俺的にはむしろこっちから頼みたいぐらいだぜ?Lv.2のお前らが下っ端である俺とじゃあ、釣り合わないだろ?」

 

ふむ、ヴェルフ的には了承してくれるみたいだな。

 

「ベル。お前はどうだ?ヴェルフはソロで11階層までも行ったことがある。鍛冶の腕もヴェルフ本人も信頼できる。悪くはないはずだ」

 

「うん、ヴェルフさん。僕でよければ僕とも契約を結ばせてください」

 

「応ッ。よろしくな、ベル」

 

手を掴み合う二人に私も一安心する。

さて、パーティもできたことだし、後は私とベルは【ランクアップ】した今の状態を確かめておかないといけない。

明日にでもヴェルフ達と一緒に新しい階層である11階層にでも行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「やってきたぜ、11階層!」

 

私達は新しい階層である11階層へと足を運んでいた。

ヴェルフがパーティに加わり、ベル、私、リリ、ヴェルフの四人のパーティが完成した。

ベルもヴェルフから貰った新しい装備を身に着けて私も新調した白桜を身に着けていた。

 

「はぁー、リリは悲しいです。とてもとても悲しいです。お買い物に行かれただけなのに、見事リリの不安(きたい)を裏切らず厄介事をお持ち帰りなるなんて・・・・ベル様のご厚意に、リリは涙が出てしまいます」

 

酷い言われようだな・・・・・・。

まぁ、リリにとってはそう思うのも仕方がないだろう。

 

「桜様はどうしてクロッゾと契約したのですか!?」

 

リリには既にヴェルフのことを紹介しているのだから。

 

「私が契約したのはクロッゾとしてのヴェルフじゃなくて鍛冶師(スミス)のヴェルフとしてだ。いくらリリでもそれ以上ヴェルフを貶すな」

 

呪われた魔剣鍛冶師、凋落した鍛冶貴族とクロッゾという家名を持っているヴェルフに周りからいい印象はないだろう。

リリは常にベルや全体のことを考えている。

パーティの印象を悪くするようなクロッゾを受け入れにくいのだろう。

リリは悪くはないのは私も十分に理解している。

 

「まぁ、この話は後だ」

 

私は夜桜と紅桜を抜きながら周囲を見渡す。

ダンジョンの壁からオークが産まれて、あっという間にこの『ルーム』全体にモンスターが溢れ返った。

 

「ベル様と桜様は好きに動いてください。この鍛冶師(スミス)の方はリリが微力ながら援護しましょう。正直に言えば、どちらかは時折こちらにも気にかけてくれると助かりますが」

 

「了解。それじゃ、お先に!」

 

私はオークとインプの群れに突っ込むと一瞬で距離を詰めることができた。

 

『ヒェ?』

 

そして、オークとインプ達を瞬殺した。

オークやインプ達が私に気付く前に灰にすることができた。

強くなってる・・・これが【ランクアップ】・・・・・。

Lv.1の時とは全く違う感覚。

これが神の恩恵・・・・。

 

『ロオオオオオオッ!』

 

雄叫びを上げるモンスター、『ハード・アーマード』は全身を丸めて突進をしてきた。

背面の甲羅は堅牢の盾と武器とエイナから教わっている。

突進してくるハード・アーマードだが、その突進は私からにはゆっくりと動いているようにしか見えなかった。

私はぶつかる寸前で躱して横から弱点である腹に夜桜を突き刺した。

串刺し状態になったハード・アーマードはぐったりと動かなくなったのを確認してから夜桜を抜く。

今でもまだまだ余力はある。

強くなっていることに実感しているとあることを思い出した。

私の新しいスキルである【連撃烈火(コンボレイジング)】がどこまで通用出来るのかを試そうと思った時、ヴェルフ達に二体のシルバーバックがいるのを見て私は走った。

 

『ガァァアアアアアアアアッ!!』

 

吠えるシルバーバックは私を殴ろうとしてくるが私はそれを躱してシルバーバックの胸部まで跳んだ。

新しいスキル、【連撃烈火(コンボレイジング)】は連続攻撃により攻撃力が上昇する。なら、少しずつ攻撃してみようと軽くシルバーバックの胸部を斬りつける。

 

「え?」

 

『ガァァァッ!!』

 

恐ろしいほどあっさりと斬れた。

豆腐でも切ったかのようにあっさりとシルバーバックの胸部を切り裂いて倒してしまった。今のは【ランクアップ】の影響だけではないだろう。

オーク、インプ、ハード・アーマードを攻撃していた。

それで攻撃力が上昇して、『力』の補正も加わりあそこまであっさりと倒すことができたのだろう。

この新しいスキルは恐らくダメージを喰らうか、一定時間以上攻撃をしなければ攻撃力は元に戻るのだろう。

だけど、言い返せば一定時間ダメージを喰らわずに攻撃し続ければ攻撃力は上昇し続けると考えていいだろう。

まぁ、もう少し検証してみよう。

私は二匹目のシルバーバックに向かって走った。

 

 

 

 

 

「しかし、とんでもなく速かったな、ベル。桜も最後はモンスターたちを一撃で倒していたしよ」

 

大群のモンスターを倒し終えた私達は小休憩を取っている。

その間にリリは魔石やドロップアイテムを拾っている。

でも、ヴェルフの言う通りベルは速かったし、私も最後はもはや斬った感覚がないぐらいにスパッとモンスターを斬った。

私の新しいスキルは攻撃特化型のスキルだな。

少なくともそれだけはハッキリとわかった。

パーティをするとしたら私は前衛だな。

【不死回数】というスキルもある私はこれ以上ないぐらい前衛向きだ。

だけど、それだったら一番の不安要素である後衛が変わらない。

ヴェルフは武器なども考えて前衛だろう。そこで私とヴェルフが前衛をしたとしても私とヴェルフ二人をリリはサポートしなければいけない。

それだとリリの負担が増えるだけだし、何とかしないといけないな。

パーティのことを考えていると他の冒険者が増えてきたことにより私達は場所を変えて昼食にしようと話し合っていると。

 

「・・・・おい、ベル。それ、何だ?」

 

「!」

 

ベルの右手に白い光の粒が、明滅していた。

そのことにベル自身も目を見開いているがベルの右手からリン、リン、と鐘の音が聞こえた。

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

私達は顔を見合わせる。

 

『―――――――オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

困惑している私達に凄まじい哮り声が轟いた。

その哮り声の先には小竜、インファント・ドラゴンが現れた。

11、12階層に出現する希少種(レアモンスター)で『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が存在しない上層の唯一の階層主。

 

『―――――――ッッッ!!』

 

雄叫びをとともにインファント・ドラゴンは動き出して近くにいた冒険者を襲う。

 

「リリ!?」

 

「リリスケェッ、逃げろっ!?」

 

リリの元に突き進むインファント・ドラゴンに私は走り、ヴェルフは叫ぶ。

連撃烈火(コンボレイジング)】の効果ももう切れているだろうけど今はリリを助けないとリリが死んでしまう。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

リリの元へ走っていると純白の閃光と共にベルの【ファイヤボルト】が飛び出した。

だけど、今まで見た【ファイヤボルト】とは全くの規模が違っていた。

そして、インファント・ドラゴンを撃ち抜いただけでなく、遠くに離れたダンジョンの壁面にまで届いた。

 

「・・・・・」

 

静寂するルームに私を含めてベルに視線を向けた。

驚きながらも私はそれがベルのスキル、【英雄願望(アルゴノゥト)】だと知ったのはもう少し後だった。



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中層進出前

アルゴノゥト。

一つのお伽噺に出てくる英雄の名前。

英雄になりたいと夢を持つただの青年が、牛人によって迷宮へ連れ攫われた、とある国の王女を救い向かう物語。

時に人に騙され。

時には王に利用され。

多くの者達の思惑に振り回される、滑稽な男の物語。

友人の知恵を借り。

精霊から武器を授かって。

なし崩しに王女を助け出してしまう、滑稽な英雄。

 

「・・・・・ベルと似ているな」

 

その童話を読んだ桜の最初の感想はそれだった。

いつもならベル達と一緒にダンジョンに潜っている時間帯に桜は一人で購入したアルゴノゥトの童話を読んでいた。

リリの下宿先のノームが倒れてリリが看病するために今日のダンジョン探索は中止となった。桜は中層に備えてベルとヴェルフで対策でも練ろうと考えたが、その前にヴェルフが桜に耳打ちする。

 

『悪い、ちょっとベルを試させてくれ』

 

ベルが魔剣を欲しがるのか。それが気になっているヴェルフの心情を察してヴェルフはベルを連れて工房へと連れて行った。

唐突に暇ができた桜は昨夜のベルのスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】について調べていた。主神であるヘスティア曰く『英雄の一撃』。

その凄さを目の当たりにした桜はオラリオの書店を巡ってようやく見つけたアルゴノゥトの童話を読み終えていた。

英雄に憧れ、お人好しで、人を疑わず、それとなく誰かを救ってしまう。

このお伽噺に出てくる英雄とベルは非常によく似ている。と桜は思った。

 

「英雄か・・・・・」

 

ぼやく桜は背筋を伸ばす。

ベルには英雄としての器があると桜は推測していた。

だけど、推測するだけでそれ以上は考えなかった。

ベルに英雄としての器があろうとなかろうとそれをどうするのかはベル自身が決めなければならないとわかっているからだ。

 

「ん~~、たまには一日ゆっくりするとしよう」

 

もう一度背を伸ばしながらどこに行こうかと悩む。

武器屋に行って装備を整えるのもいい。

喫茶店へ行ってゆっくりと過ごすのもいい。

本拠(ホーム)に帰ってゴロゴロするのもいい。

街を散歩するのもいい。

 

「桜たん!見-つけた!」

 

どうしようかと悩んでいると桜に抱き着いてくる人物、いや、神がいた。

 

「神ロキ。何の用でしょうか?」

 

「なんや、用事があらへんと声かけちゃあかんの?偶然、桜たんがおったさかい抱き着いただけや」

 

カラカラと笑いながらスキンシップもといセクハラをするロキに桜は溜息をつく。

 

「暇なのですね」

 

【ロキ・ファミリア】は今は『遠征』に行っている為に【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に人が少なくて暇をしているだろうと桜は察した。

 

「そうや、アイズたんもおらへんし暇なさかいブラブラしてたら桜たんを見つけてな、なー、ちょっとうちと付き合ってや」

 

未だにセクハラを止めずに誘うロキ。

桜は仕方がないと思いながらロキの誘いを了承した。

 

「ほな、行こうか」

 

ロキにつられてついて行く桜。

しばらくしてロキが桜に言う。

 

「そうや、桜たん。二つ名気に入ってくれた?色々案も出てきたけど、うちが決めたんやで?アイズたんに合わせて【舞姫】って具合にな」

 

「・・・・ちなみに他にはどんなものが?」

 

「んー、色々出てきたで?不死姫(アンデットプリンセス)氷女王(アイスクイーン)冰華剣聖(アイスパーチソードマスター)後は・・・」

 

「いえ、もういいです」

 

指を折りながら痛恨の名を教えるロキに桜はそれ以上聞きたくなかった。

というか今聞いたものだけでも物騒で痛々しい上にまだ会ったのかと思うと頭が痛くなり桜は頭を押さえる。

 

「神々でも桜たんの噂で持ち切りやで?謎のモンスターを倒した美少女冒険者って」

 

その話は既にリリから聞いている為に特には気にはしなかったが前の時のような男神からの変な勧誘をされないように周囲は警戒していた。

 

「さて、着いたで。桜たん」

 

「ここは・・・」

 

ロキに連れてこられた場所は【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)である『黄昏の館』だった。

もう四度目になる【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)

他派閥である桜がこう気軽に入っていいわけではないのだけど、その主神がかまわへんと手招きされている以上何も言えず、桜は『黄昏の館』に入る。

ロキに招かれて奥へ奥へと向かって行くロキにつられて桜にロキについて行く。

到着したのか一室の部屋の前に止まってドアを開けるロキ。

 

「ほら、桜たんもおいで」

 

ロキに言われて入っていく桜。

 

「ここはうちの部屋なさかい、ゆっくりしてええよ」

 

ドアを閉めてベットへと座るロキに桜は息を吐く。

 

「もうそんな芝居はいいですよ、神ロキ」

 

呆れるように息を吐きながら言う桜にロキの動きが一瞬固まった。

 

「私を見つけたのも偶然じゃなくて意図的。初めからここに連れてこさせるつもりだったのでしょう?神ロキ」

 

「・・・・・どないしてそう思うんや?」

 

「普通では考えられない速さで【ランクアップ】した私とベルを『神会(デナトゥス)』で私の主神ヘスティアに凄みを利かせていたと愚痴を聞きました。だから貴女は接触したことある私からそれとなくその秘密を暴こうと考えていたのではないですか?」

 

「・・・・・・」

 

ロキは細い目をすっと開き無言になる。

桜の言う通り、ロキは『神会(デナトゥス)』が終えた日から街中をうろつき桜を探していた。見つからなければそれはそれで仕方がないと思っていたが見つけたら聞きたいことがあったが二つあった。

一つは桜の言っている通りに【ランクアップ】に至ったまでの経緯などをそれとなく聞こうと考えていた。

もう一つは冒険者通りで暴れていた食人花(ヴィオラス)のことについて情報が欲しかった。

上手く誤魔化しながら聞き出そうと思っていたロキの企みを桜はほぼ初見で見破っていたことにロキは何も言えなかった。

 

いったいどういう頭をしてんねん、桜たんは・・・・。

 

ロキは誘導尋問にはそれなりの自信がある。

だけどこうもあっさりと見破られるとは予想すらしていなかった。

どう誤魔化そうかと思考を働かせるロキに桜が溜息をつきながら言った。

 

「いいですよ、別に。そんなに気になるのでしたら私の【ステイタス】をお見せします」

 

「ほえ?」

 

まさかの提案にロキは口を大きく開けた。

【ファミリア】の内部事情の干渉、団員の【ステイタス】は禁制(タブー)。それを他派閥である桜が自身の【ステイタス】を見せてもいいと言ってきた。

明らかな禁制(タブー)行為にロキの思考は一瞬停止するがすぐに言葉を返した。

 

「・・・桜たんは何が欲しんや?」

 

貴重な【ステイタス】をタダで見せるわけがない。

何らかの条件が存在しているとロキは踏んだ。

 

「一つ、これからお見せする【ステイタス】を公表しない。二つ、ベル・クラネルの詮索はしない。三つ私の【ファミリア】の後ろ盾になって欲しい。この三つを約束できるのなら私の【ステイタス】をお見せします」

 

「ちょい待ち。三つ目の後ろ盾とは具体的にはどないすればええんや?」

 

一つ目と二つ目はまだわかる。

一ヶ月未満で【ランクアップ】した秘密の塊と言える【ステイタス】を公表でもしたら桜は神々の玩具にされるのが目に見えている。

ロキもそれは予想していたし、するつもりもなかった。

面白いものを他に教えるなんて勿体ないことをする気はさらさらないからだ。

二つ目は同じ【ファミリア】の仲間を守る為だろう。

だけど、三つ目に関してはどういうことかわからなかった。

 

「特にこれをしてほしいというわけではないんです。ただ、厄介事になったときに【ロキ・ファミリア】の関係者ということを承認してほしいのです」

 

「・・・・・フレイヤか」

 

ロキは桜とベルがフレイヤに狙われていることは知っていた。

ハッタリとして自分の【ファミリア】の名を使わせてほしいという桜の懇願だとも理解できた。二大派閥の一角であるロキの【ファミリア】の名を出せば大抵の荒事からも回避する為にその承認が桜には必要だった。

 

「・・・・まぁ、ええわ。桜たんならそうほいほい使わへんやろうし」

 

「ありがとうございます」

 

頭を下げて礼を言う桜は上を脱いで上半身裸になって背中に刻まれている【神聖文字(ヒエログリフ)】をロキに見せた。

 

柳田桜

 

Lv.2

 

力:F341

耐久:H193

器用:G290

敏捷:G260

魔力:F360

魔導:I

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱式『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇。

・体力・精神力消費増加。

・詠唱式『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

連撃烈火(コンボレイジング)

・連続攻撃により攻撃力上昇。

・『力』の超高補正。

 

「・・・・・・・・」

 

驚くべき【ステイタス】にロキは何も言えなかった。

Lv.2になってまだ十日足らずで既に『力』と『魔力』のアビリティ評価はF。

通常だったらありえない成長だけど『魔法』と『スキル』に視線を向けてロキは凍った。

 

なんやねん、このレア魔法とレアスキルは・・・・ッ!?

 

見たことのない魔法とスキル。

それを五つも発現させている桜の本質に驚く一方。

唯一普通に見えるのが発展アビリティの『魔導』だけだった。

 

こりゃ、言えへんわ。特にこの二つのスキルは・・・・。

 

全てが無視できないレアばかりだが、その中で特に見逃せない二つのスキル。

【不死回数】と【目的追及】。

命のストックが三つもあってリセットある。

ほぼ反則級のスキルだけどもう一つのスキルの方がもっと酷い。

 

成長を促進させるスキルなんてどういうことやねん・・・・。

 

目的を追えば追う程成長するスキル。

目的を見つけるまで走り続ける。それに合わせて成長する。

 

「・・・・・・・」

 

狼狽しそうになる気持ちを抑えてロキは納得した。

これが桜の異常なまでの成長速度だと。

 

「もういいですか?」

 

「あ、ああ、ええで・・・・」

 

戸惑いながらも返事をするロキに桜は服を着て立ち上がる。

 

「それではくれぐれも約束は守ってください、神ロキ」

 

それだけを告げて桜はロキの部屋から出て行った。

桜が部屋から出て行って数分が経ちロキは部屋に置いてある酒をグラスに注いで飲みながら先ほどの桜のスキルのことについて考えていた。

 

「なんやねん、あのスキル・・・・あんなんもう呪いと一緒やんけ」

 

貪欲にまで強さを求めるアイズにロキは常々こう言っている。

 

『つんのめりながら走っていればいつか絶対転ぶ』

 

そうロキはアイズに言っているが桜の場合だとそれが変わってしまう。

目的を見つけるまで死んでも走り続けろと言っているようなものだった。

もう呪いと言ってもいい二つのスキルにロキは嫌気がさした。

 

「・・・・これはあかんな。あのままやと桜が壊れてしまう」

 

桜は他派閥だが、ロキは真剣に桜を心配する。

正直に言えばロキは桜が欲しい、いや、いつか手に入れてみせると考えている。

【ファミリア】としてもロキ個人としてでも桜が欲しい。

逸材という意味もあるがロキは保護的な意味も考えている。

桜の成長速度は危険だ。あのままだと体も心もいずれかはついてこれなくなり崩壊する。

 

「少し考えなあかんな・・・・」

 

ロキはどうすれば桜を改宗(コンバージョン)出来るか考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しやりすぎたか?」

 

『黄昏の館』を出て【ステイタス】まで見せたことにやりすぎたと少し反省していた。

だけど、後悔はしていない。

二大派閥である【ロキ・ファミリア】の後ろ盾は大きい力となる。

それが吉となるか凶となるかまではわからない。

主神であるヘスティアは嫌がるだろうなと苦笑しながら桜はギルドへ向かった。

 

「中層のことについてエイナさんからもう少し聞いておくとしよう」

 

中層の情報を集める為に桜はギルドへ向かった。

 

 

 

 

 

「では、最後の打ち合わせをします」

 

中層である13階層へ向かう為の最後の打ち合わせをベル達は行っていた。

ベル、桜、ヴェルフ、リリの全員は『サラマンダー・ウール』を身に纏い、それぞれの個々の準備も怠らずに今日の為に準備していた。

 

「中層からは定石通り、隊列を組みます。まず、前衛はヴェルフ様」

 

「俺でいいのか?」

 

「むしろここ以外、ヴェルフ様の務まる場所はありません」

 

そして、ベルは最も負担のかかる中衛。

 

「最後にリリと桜様が後衛です」

 

弓矢を持つ桜。

火力不足を補うためにサポーターであるリリと唯一後衛も可能な桜が今回は前衛ではなく後衛となっていた。

 

「桜様は不慣れかもしれませんがいざというときは魔法で対応してください。それと、状況に応じて前衛へと変わるかもしれませんが判断は桜様に任せます」

 

「了解」

 

アビリティで『魔導』を獲得している桜の魔法でなら後衛ができるかもしれないというリリの案に桜を含めて全員が同意した。

これから行くのはまだ知らない未開の地である中層。

ここにいる全員は不安と期待でいっぱいだった。

 

「それでは、準備はよろしいですか?」

 

「ああ、問題ない。行こうぜ」

 

「うんっ」

 

「大丈夫」

 

ベル達は未だ見る中層へと進出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同時刻。

 

「やっと見つけたで、ドチビ」

 

「な!?ロキ!いったい何をしに来たんだ!?」

 

ベル達を心配しながらもジャガ丸くんを売っているヘスティアにロキは真剣な顔で言う。

 

「ちょい顔かしや。桜たんのことについて話があるんや」

 

「桜君?」

 

一人の少女の為に神同士も動き出していた。

 

 

 



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絶体絶命

「どういうことだい!?ロキ!ふざけるのもいい加減にしないと本気で怒るぞ!?」

 

ベル達が中層に向かったその日にロキの言葉にヘスティアは激高していたがロキは冷静に返した。

 

「ふざけとらんわ。本気で言っとる。桜たんをうちの【ファミリア】に改宗(コンバージョン)することを認めてうちに預けろや。ドチビ」

 

ロキは桜の所属している主神ヘスティアに直接桜の改宗(コンバージョン)するように言いに来ていた。

 

「フン!そんなにも桜君が欲しいのかロキ!生憎だけどボクは君みたいな母性の欠片もない神にボクの子は渡さないぞ!」

 

当然のように反対するヘスティアはロキの無乳(コンプレックス)を笑うヘスティアは見せびらかすように自分の豊満な胸を張るがロキは怒ることもしなかった。

 

「・・・・・あれ?」

 

ヘスティアはロキの様子に唖然とした。

いつもなら「なんやと!?このドチビがっ!?」とでも言って取っ組み合いになるはずなのに今回に限ってはそれがなかった。

 

「・・・・・前に桜たんがうちに自分の【ステイタス】を見せてくれたんや」

 

「なっ!?ロ、ロキ!【ステイタス】は」

 

「知っとるわ。せやけど黙って聞け」

 

ヘスティアでも知っている【ステイタス】の禁制(タブー)。ロキの行動をギルドにでも教えれば罰則(ペナルティ)が発生される。

だけど、ロキはそれを承知した上でヘスティアに話した。

 

「ハッキリ言って異常やで、桜たんの【ステイタス】。もう片方の子のことは桜たんの約束で詮索はせえへんけどこれだけは言わせてもらうわ、ドチビ」

 

目を開けてヘスティアに告げる。

 

「あのままやと桜は壊れてしまう。そうなる前にうちに預けろや、ヘスティア」

 

「っ!?」

 

いつものドチビではなく名で呼んだロキの真剣さにヘスティアは目を見開く。

それだけロキが本気だとヘスティアに伝わったからだ。

だけど、ヘスティアは桜をロキに預ける気なんてなかった。

 

「桜君はボクの大切な家族だ。ボクとベル君でしっかりと桜君を支えてみせる」

 

ヘスティアにとって桜も大切な子であり、家族。

全力で支え、助けてみせる。

そうロキに告げるヘスティアにロキは冷たく言い返した。

 

「じゃあ、聞くけど、ドチビは桜たんに何をしてやれるんや?支える言っとるけど具体的にはどうないすんねん?」

 

「そ、それは・・・」

 

言葉を濁らすヘスティアにロキの視線は鋭くなる。

 

「金も、設備も、人材もなにもかも足りとらへんドチビにいったい何ができるって言うねん?」

 

【ヘスティア・ファミリア】は零細ファミリア。

ロキの言う通り何もない。日頃の生活費だけで精いっぱいだった。

 

「うちは桜たんを気に入っとる。素質や容姿だけだけやないで?桜たんのおかげでアイズたんは前より柔らかくなってきとるし、少なからずうちの子たちにもいい影響を与えとるんや。そんな桜たんを死なせたくあらへん」

 

既に【ロキ・ファミリア】に少なからず関りを持っている桜。

その桜の影響で動いている者も何人もいる。

 

「それにな、桜たんは自分の事だけやない。ドチビ達のことも考えて動いとるんや」

 

最後にロキはヘスティアに告げる。

 

「うちの【ファミリア】なら桜たんを何とかしてやれるかもしれへん。ドチビ、桜たんのことを大切に想っとるなら桜たんの未来のことを考えてやり」

 

それだけを告げて去っていくロキにヘスティアは何も言い返せずに自分の無力さを悔やむかのように手に力を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は今はダンジョン13階層、中層にへと足を運んでいた。

 

「ヴェルフ!後ろからヘルハウンド!」

 

「間に合わねえ!頼む!」

 

13階層で私達は中層のモンスターであるヘルハウンドと戦っている。

弓矢でヴェルフやベルの死角から襲ってくるモンスターを射る、もしくは牽制しながら戦っている。

 

「フッ!」

 

射る私の矢はヘルハウンドの頭を貫通して灰になるが次から次へと新たなモンスターが私達を襲ってくる。

上層とは違うと聞いたけど本当に休む暇もないな。

 

「リリ!矢を!」

 

「はい!」

 

リリから矢を貰いベルとヴェルフをサポートしつつ倒している。リリはモンスターを少しでも倒しやすいようにするために動きを封じている。

 

「ヘルハウンドの炎が来ます!桜様!」

 

少し離れたところにヘルハウンドの口から火炎が漏れている。

今のベルとヴェルフでは炎が来る前に倒すのは無理と判断したリリが私に魔法を使う様に指示を出す。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

足元に桜色の魔法円(マジックサークル)が現れる。

『魔導』のアビリティを持っている者だけが出現する魔法円(マジックサークル)により私の魔法は強化されていた。

私の頭上でいくつのも氷の刃が出現する。

 

「ベル!ヴェルフ!避けろよ!」

 

「って!うおおおおおおおおおおお!?」

 

「うわあああああああああああッ!?」

 

私を中心に周囲に放たれた氷の刃はベルとヴェルフを巻き込んで周囲のモンスターを倒して氷の刃で周囲を埋め尽くした。

 

「殺す気か!?」

 

「酷いよ!桜!?」

 

「そうです!ベル様に当たったらどうするのですか!?」

 

「ごめんごめん」

 

怒鳴るベル達に簡単に謝罪しながら周囲に目を配る。

そこまで力を込めたつもりはなかったはずなのに予想以上に強い魔法を放つことができたし、思ったより精神力(マインド)も消費していない。

これが『魔導』によるアビリティの力なのだろう。

一戦闘終えた私達は一息入れてリリは魔石の回収に入る。

 

「まぁ、幸先はよさそうだな」

 

「初めての中層にしたらな」

 

連携もバラバラなところもあったけどそこまでは悪くはなかった。

しかし、一息入れているのも束の間で道の奥から兔の外見したモンスター、『アルミラージ』がやってきた。

 

「あれは・・・ベル様!?」

 

「違うよっ!?」

 

「ベルが相手か・・・冗談きついぜ」

 

「いや完璧に冗談だから!?」

 

「とうとう野生に返ったか、ベル」

 

「返ってないよ!?」

 

打ち合わせもせずにベルをいじる私達。

そんな冗談を言っている間にもアルミラージは天然武器(ネイチャーウェポン)を持って私達に襲いかかって来た。

襲いかかってくるベル、間違えた、アルミラージとぶつかり合う。

 

『キャウッ!』

 

『キィイ!』

 

私は弓を構えて矢を射てアルミラージの頭を狙うがそれよりも速くベルがアルミラージを倒してしまう。

やっぱり弓矢はまだ慣れないな・・・・。

今までは腰にある夜桜と紅桜を使って戦ってきた分、遠距離の武器にはどうも違和感を覚える。まぁ、弓矢を使えている時点で私も器用だなと感慨深くなる。

 

『オオオオオッ!』

 

遠くの方からヘルハウンドを発見したので射ると狙い通りに頭を貫通させて灰にする。

次から次へとモンスターが襲いかかってくるために予備で持ってきた矢もそろそろ底が付いてしまう。

矢が無くなり次第、私も前衛に行くとしよう。

そう思いながら射る私はベル達の様子を窺う。

後衛のリリと私はまだ余力が十分にあるが、ヴェルフとベルは息切れをしていた。

減る気配のないモンスターに私は先ほどのように魔法でモンスターを一掃しようとベル達に言おうとした時。六人組のパーティが真っ直ぐこっちにへと来ていた。

私達の後方にはルームの通路口があるが、何かがおかしい。

真っ直ぐにこっちに来すぎているような気がする私はあることに気付いた。

 

「止まれ!」

 

私はその冒険者たちに弓矢を向けるがそれでもこっちに真っ直ぐ駆けてきた。

威嚇で一人の冒険者の足を射ろうと考えると大柄の男の冒険者の背中にグッタリとしている女が背負われていた。

 

「・・・・・・」

 

それを見た私は弓矢を下に向けてその冒険者達を素通りさせた。

 

「・・・・行け」

 

「・・・スマンッ」

 

謝罪しながら通路口に向かう冒険者達から来た道から新たなモンスターが獲物を変更したかのように私達に襲いかかってくる。

 

「退却します!ヴェルフ様っ、右手の通路へ、早くッ!!」

 

「おいおいおい、冗談だろ!?」

 

混乱しながらリリの指示のもとに通路に向かいながら私は後ろから向かってくるモンスターを射ながら走る。

だけど、数が多すぎる為に矢が無くなってしまった。

 

「チッ!」

 

舌打ちする私はベルと一緒に前方と後方からくるモンスターを倒す。

リリの案で片方を強引に強行突破して逃げることにした私達だがダンジョンは少しずつ私達の余裕を削っていく。

ベルは時折ファイアボルトで倒すが私の場合はそうはいかない。

『並行詠唱』ができるようになったけどまだ完全に出来るというわけではない。

回避しながら詠唱は出来るようになった。

だけど、回避、詠唱、戦闘を同時にはまだ行えない。

それに短文詠唱とはいえモンスターで溢れ返って次々襲いかかってくるこの状況では魔法を詠唱する余裕もない。

ここできてベルの無詠唱で行える魔法が羨ましくなった。

 

『――――』

 

ビキリ、と。

モンスターと連戦しているなかで不吉な音が聞こえた。

音は次第に隙間なく積み重なり、ついには盛大な破砕音をまき散らして何十匹もの『バッドバット』が天井から産まれ落ちた。

 

『キィァァァァァァァァァァ―――――――――!!」

 

甲高い産声を上げるバッドバット。

更にモンスターが産まれた天井は安定さを失い崩落した。

 

「「「「――――――――ッッ!?」」」」

 

驚く私達に降り注ぐ岩雨に私は魔力暴発(イグニス・ファトゥス)覚悟で詠唱を行った。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】!」

 

何とか発動に成功した私は急いで氷の障壁を作ろうとするが一歩遅かった。

 

間に合わない―――――ッ!?

 

降り注ぐ落石の私は直撃した。

だけど、【不死回数】のスキルのおかげで何とか助かった私だが岩盤により周囲は岩だらけでベル達の姿が見えなかった。

 

「ベル!?ヴェルフ!?リリ!?」

 

叫びながらベル達を探す私にモンスターが襲いかかって来た。

私は夜桜と紅桜を強く握りしめてモンスターに振るう。

 

「どけっ!!」

 

モンスターを斬りながら私は思考を落ち着かせる。

落ち着け。氷の障壁はベル達を中心に少しは張れた。

気休めでもそれが防御の役割にはなったはずだ。それにベル達がこんなところで死ぬとも思えないし、私が覚えている原作知識はもう役には立たないから確証もなにもないがベル達が死んでいないことに会える可能性に賭けよう。

 

 

「なら、緊急時用の作戦通り動いてくれよ、ベル」

 

万が一の時の為に私はベル達に告げておいた。

いざという時は安全階層(セーフティポイント)である18階層へ向かうように言ってある。会える可能性があるとしたらそこだな。

 

「頼むから生きていてくれよ・・・・」

 

私はモンスターを倒しながら18階層へと向かうために縦穴を使うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・16階層」

 

あれからどれだけの時間が経ったのだろうか・・・・・・。

あれからモンスターと戦いながら縦穴を使い下へ降りてきてはいるが体中が重い。

私は最後の高等回復薬(ハイ・ポーション)を飲み干して18階層へと向かう。

 

『オオオオオオオ!』

 

吠えるヘルハウンドに私は炎が来る前に駆け出して倒す。

だけど、吠えたヘルハウンドのせいで他のモンスターまでやってきた。

天然武器(ネイチャーウェポン)を使うアルミラージ。

炎を吐くヘルハウンド。

突進してくるハード・アーマード。

モンスターに囲まれながら私は夜桜と紅桜を強く握りしめる。

 

「私は・・・こんなところで死ぬ訳にはいかないっ!」

 

探し求めている目的を見つけるまで私は死なない。

重い体に鞭を入れながら私は走った。

モンスターを斬って斬りまくり。

魔法を放てるだけ放って倒して。

私は生きる為に、目的を見つける為に必死にモンスターを倒した。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

モンスターを倒し終えて膝をつく私。

少しは小休憩しようと思った時。

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

ダンジョンは無情にも私を休ませてはくれなかった。

目の前にいるのはミノタウロスは天然武器(ネイチャーウェポン)を持って私に襲いかかる。

仕方がない・・・・・ッ!

私は夜桜を自分の胸に突き刺す。

それにより【不死回数】のスキルにより私は全回復する。

18階層までまだあるこの先の為にも使いたくなかったがそうも言ってはいられなかった。これで残りのストックは1。

一気に行くしかない。

回復した私は一気にミノタウロスに近づき天然武器(ネイチャーウェポン)を持っている腕を斬り落として悲鳴を上げている隙をついて首を斬り落とす。

連撃烈火(コンボレイジング)】のおかげで分厚い体を簡単に切断できた。

【不死回数】のスキルのストックがあと一つで、回復している今ならこのまま一気に向かった方がいいな。

私は縦穴を使って更に下の階層である17階層へと降りるとあることに気が付いた。

静か過ぎる・・・・。

先程の16階層とは違い、17階層は静か過ぎた。

奥へ奥へと向かうと私はついに『嘆きの大壁』へとやってきた。

 

「・・・・・・・・」

 

嫌な気配を感じながら私は大広間へと足を踏み入れた。

バキリ、と鳴った。

大壁に亀裂が生まれて、大壁から現れたのは巨人。

迷宮孤王(モンスターレックス)』――――『ゴライアス』。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

咆哮を上げるゴライアスに私は18階層へと続く洞窟へと走った。

今の状態じゃ碌に戦うこともできない。

ポーションもなくなり、装備も心もとない今の状態では戦いにもならない。

だけどそれ以上にベル達が心配だ。急いで18階層へ行かないと。

 

「桜!!」

 

後方より聞き覚えのある声が聞こえた。

振り返ると私は目を見開いた。

そこにはベルに担がれているヴェルフとリリがいた。

生きていたことは正直嬉しかった。だけど。

ゴライアスの狙いが私からベルへと向けられた。

 

「走れ!!」

 

怒鳴ると同時に私は魔法の詠唱を行った。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

ゴライアスの顔中心に氷の槍を連射する。

ゴライアスは痛みのあまりなのか顔を押さえる。

 

「こいつは私が引き受ける!速く18階層へ!」

 

「で、でも!桜が!」

 

「リリとヴェルフを殺すつもりか!?」

 

私の言葉にベルは歯を食いしばって私の横を走り、叫ぶ。

 

「必ず!必ず助けを呼んでくるから!」

 

そう言ってベルはヴェルフとリリを抱えたまま18階層へ繋ぐ洞窟へと飛び込んだ。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!』

 

腕を振るってくるゴライアスに私は回避するがそのせいで魔法円(マジックサークル)が消えて魔法が終わった。

そして、ゴライアスの視線が私に向けられた。

私もベル達同様に速く後ろにある洞窟へと駆け出したいが後ろを振り向いた瞬間に私は壁にへと叩きつけられるだろう。

戦って隙を見て逃げるしかなかった。

そして、最悪なことに【舞闘桜】を使えるだけの精神(マインド)が先ほどの魔法でなくなった。

正確には使えるが数秒から数十秒程度。

その短い間で階層主は倒せない。

最後のストックを使えばいいが、それでも万が一倒しきれなかったら間違いなく私は死ぬ。動けなくなった私にゴライアスはその剛腕で私を潰すだろう。

 

「戦うしかないか・・・・・」

 

攻撃しまくって隙をついて逃げよう。

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

開戦の合図のようにその咆哮と同時に私は動いた。

足から斬り落とす。

足を斬って倒そうと動き出す私にゴライアスは私を粉砕するかのような鉄槌が私に襲いかかる。

 

「くっ!?」

 

私は横に跳んでギリギリで回避するがその風圧に私は軽く吹き飛ばされた。

態勢を整えると同時に握り締めた二つの大拳を私に向かって振り下ろされるが運よくそれも避けることには成功したが近づくことができなかった。

 

「それでも行くしかないッ!」

 

ゴライアスの周囲を円を描くように走って私に狙いを絞らせない。

そして、一気に駆け出して今度こそゴライアスの足を斬るが大した傷を負わせることができなかった。

だけど、せっかく掴んだチャンスを捨てるわけにはいかなかった。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

ゴライアスの足に連続斬りすることにより【連撃烈火(コンボレイジング)】により攻撃力が上昇してゴライアスの足に致命傷を負わせる。

 

『グッ――――――――オオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

絶叫を上げて倒れるゴライアス。

倒れるゴライアスに背を向けて私は洞窟へと駆け出す。

一人で中層をさ迷って体力も精神もほぼ使い果たした今の状態ではこれ以上はまともに戦うことができない。

私の役目は終えた。18階層へ行ってベル達と合流しよう。

そう思いながら駆け出す私に突如影が私を覆った。

 

「―――――え?」

 

次の瞬間。私はゴライアスの大拳に潰された。

ゴライアスは倒れながらも腕で私に攻撃してきていた。

最後のストックのおかげで何とか助かったがもうストックがない以上、次は確実な死。

だけど、ゴライアスはまだ倒れている上に洞窟まであと少し。今なら次の攻撃が来る前に何とか飛び込められる。

そう思って動こうとした時、足が動かなかった。

 

「こんなときに・・・・・ッ!?」

 

地面に叩きつけられたときに私の左足は地面に埋まっていた。

抜こうにも深く埋まっているのか、なかなか抜くことができなかった。

そうこうしている間にもゴライアスは立ち上がり私を睨みつけてきた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

振り下ろされる巨大な拳は先ほど違ってスローモーションに見えた。

私はここで死ぬのか・・・・・?

もう【不死回数】のスキルのストックもない。

この拳が私に当たった瞬間、私は間違いなく死ぬだろう。

ふざけるな・・・・・ッ!

私はまだ、まだ死ぬ訳にはいかない!

私はまだ見つけてもいないんだぞ!ずっと探し続けてきたものを!ずっと追い求めていたものを!まだ、まだ何も・・・・ッ!

死にたくないと強く願いながら私の脳裏に神ヘスティアとベルが浮かび上がった。

いや、神ヘスティアとベルだけじゃない。

この世界に来て出会った人たちのことを思い出していた。

それが走馬灯と知りながら私は叫んだ。

 

「助けてッ!!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

聞こえたその声と同時に風がゴライアスの腕を斬り落とした。

 

「え?」

 

驚く私の前には風を纏う金色の髪をした女性が立っていた。

ベルが憧憬する女性、アイズ・ヴァレンシュタインがそこにいた。

 

「助けにきたよ」

 



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剣姫と舞姫

『―――――――ォォォォォォ』

 

『遠征』の帰りで18階層にとどまっている【ロキ・ファミリア】。

地鳴りのごとき巨人の咆哮が鳴り渡った。

それが聞こえたアイズは何があったのか察した。

階層主である『ゴライアス』が暴れていることに。

アイズは同業者の身を案じて駆け出すと洞窟前でベル、ヴェルフ、リリが倒れていた。

ベル達の前まで近寄るアイズの左足をベルは掴んだ。

 

「仲間が、ゴライアスと戦っているんです・・・・助けてください・・・」

 

絞り出した懇願を告げるとベルは意識を手放した。

アイズは膝を折り、顔を確認する。

 

「ベル・・・・?」

 

ベルを見てアイズはすぐに気付いた。

自分の妹分である桜がいないことに。

そして、先ほどのベルの発言にアイズは理解した。

桜が単独でゴライアスと戦っていることに。

 

「行かなきゃ・・・」

 

アイズはすぐにでも桜を助けようと駆け出したかったがベル達を放っておくわけにも行かずにまずはベル達を自身のファミリアに頼んで急いで『嘆きの大壁』へと向かった。

到着したアイズの視界に入った光景は動けなくなっている桜にゴライアスが腕を振り下ろそうとしている光景だった。

―――助けなくては!

その一心でアイズは魔法を発動する。

 

「助けてッ!!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

桜の助けに応じるかのようにアイズは風を纏わせてゴライアスの腕を斬り落とした。

 

「え?」

 

驚く桜にアイズは桜が無事なことに安堵しながら桜に言う。

 

「助けにきたよ」

 

「・・・・姉さん」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

驚く桜にゴライアスは腕を斬り落とされて腰を落とす。

その間にアイズは埋もれている桜の左足を抜く。

 

「もう大丈夫だから」

 

優しい声音で話すアイズは愛剣である片手剣(デスぺレート)を構える。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

桜を守るためにアイズは魔法を発動させる。

 

「【エアリエル】」

 

風を纏ったアイズは疾走する。

風の斬撃がゴライアスの身を斬りつける。

疾走となって高速移動。

剣は暴風のようにゴライアスを攻撃。

ゴライアスの剛腕さえも払う風の鎧。

それを見た桜は息を吸うことすら忘れてしまう程圧倒的だった。

 

「これが【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン・・・・・」

 

初めて戦っている所を見た桜は改めてアイズの凄さを思い知らされた。

これが【剣姫】だと。

これがアイズ・ヴァレンシュタインだと。

 

「・・・・・・・・」

 

桜は今初めてベルの気持ちが理解できた。

こんなにも悔しいのだと。

こんなにも自分が弱いのだと。

そう思わされてしまう。

だけどそれ以上に。

 

私は甘えていた・・・・・・・・。

 

心のどこかで桜は自分のスキルに甘えていた。

【不死回数】という命のストックがあるスキルに甘えて多少無茶をしても死ぬことはないと。だけど、その結果がこれだ。

アイズが助けてくれなかったら死んでいた。

そんな自分が桜は許せなかった。

桜は自分のスキルである【不死回数】の発現に関して覚えがあった。

桜は今までに三度死にかけたことがあった。

重病にかかり危篤状態になり。

交通事故に会って何ヶ月も生死をさ迷い。

事件に巻き込まれて殺されかけた。

合計三回、死を回避した桜。

それが【不死回数】の発現した理由だと桜は確信していた。

だからこそ桜は甘えていた。

自分は死ぬことはないと。

だけど元より命は一人に一つだけ。

一人一人がたった一つの命を賭けて自分の願いを、望みを叶える為に高みを目指しているのに自分はどうだ?

今まで何回死んだ?いったいどれだけ命を粗末にしてきた。

そんな桜に願いを求める資格なんてあるだろうか?

いや、ない。

そう桜は断言した。

 

「すーはー」

 

一呼吸する桜は夜桜と紅桜を握りしめながら立ち上がった。

 

「・・・・・私には覚悟が足りなかった」

 

願いを、自分の目的を探すために命を賭ける覚悟が。

なら、覚悟を決めよう。

この身を削ってこの命を賭けて資格を得よう。

私の目的の為に。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

「桜・・・・?」

 

魔法の詠唱を行う桜の足元に桜色の魔法円(マジックサークル)を展開しながら詠唱する桜にアイズはゴライアスとの戦闘中にも関わらず視線を桜に向ける。

そして確信する。

これは桜の必殺の魔法だと。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

最後の詠唱が終わり桜は魔法を発動させる。

 

「【舞闘桜】!!」

 

【舞闘桜】を発動させた桜はゴライアスに向かって駆ける。

 

「ハァァアアアアアアアアアアッッ!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

連続攻撃を仕掛ける桜に吠えてゴライアスは桜を叩き潰さんとばかり桜に剛腕を向ける。

 

「させない!」

 

だけど、アイズは風でそれを妨害した。

風を纏う神速の速さで攻撃を繰り出すアイズ。

烈火の如く激しく、舞いながら戦う桜。

【剣姫】と【舞姫】、二人はゴライアスに攻撃どころか休ませる暇も与えずに攻撃をゴライアスに繰り出す。

連撃烈火(コンボレイジング)】のスキルによりゴライアスの硬い皮膚を次第に引き裂いていきとうとう魔石が見えるまでゴライアスの皮膚を切り裂いた。

 

「姉さん!」

 

叫ぶ桜の声にアイズは了承したかのように頷き、後方へと跳んで着壁する。

壁に足をつけた大勢で、アイズは風を剣に留めて必殺技を唱える。

 

「リル・ラファーガ」

 

アイズが纏う風に危険を察知した桜は即座にゴライアスから離れる。

そして閃光となったアイズが狙うのは丸見えとなっているゴライアスの魔石。

閃光のようになったアイズは一本の矢となってゴライアスの魔石を貫いた。

 

『――――――ガ』

 

魔石を貫かれたゴライアスは灰となって消えた。

17階層の階層主、『ゴライアス』との戦いは電光石火のように速く終わりを告げた。

二人の冒険者の手によって。

 

「・・・・終わった」

 

倒れそうになる桜をアイズは抱きしめる。

気を失っている桜にアイズは静かに言う。

 

「お疲れさま」

 

桜を背負って18階層へと戻ろうとした時、自分と同じ【ファミリア】であるフィン達が駆けつけてきた。

 

「やれやれ、どうやらもう終わっていたようだね」

 

槍を持ちながら苦笑するフィン。

 

「え~~、せっかく来たのに~」

 

戦えなかったことに駄々こねるティオナ。

 

「はいはい、終わってるなら仕方ないでしょ」

 

妹であるティオナをなだめるティオネ。

 

「アイズ。桜の治療をしよう」

 

アイズに背負われている桜に治癒をかけるリヴェリア。

 

「アイズ。君と彼女で倒したのかい?」

 

「うん」

 

尋ねるフィンにアイズは肯定する。それを聞いたフィンは面白げに笑みを浮かばせる。

 

「アイズ。そのままテントへ運んであげてくれ。その方が彼女も喜びそうだ」

 

「?」

 

微笑ましそうにアイズと桜を見るフィン達。

背中に桜を背負っている為顔が見えず首を傾げるアイズは知らなかった。

鬱憤が晴れたかのように眠りについている桜は子供みたいに安らかな寝息を立てていた。



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リヴィラの街

「―――――――申し訳ありませんでした」

 

『遠征』帰りの【ロキ・ファミリア】から貸し与えられたテント内で【タケミカヅチ・ファミリア】である命がベル達に土下座していた。

18階層まで来るに至った最初の誘因である【タケミカヅチ・ファミリア】と助っ人として同行したリューと【ヘルメス・ファミリア】団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。

それと神であるヘスティアとヘルメス達はベル達の捜索という冒険者依頼(クエスト)により、ベル達がいる18階層まで来ていた。

 

「・・・・・・いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」

 

「まぁ、確かにそう割り切るものじゃないな」

 

リリとヴェルフは険のある声音を崩さなかった。

目の前で土下座している命達のせいで死にかけたのだからそれを簡単に許すことはリリとヴェルフには出来なかった。

だけど、それ以上に。

 

「あんたらのせいで桜は・・・俺たちの仲間はまだ目を覚ましてないんだぞ」

 

アイズと一緒にゴライアスを討伐後から桜はまだ目を覚ましていなかった。

 

桜・・・・・・。

 

ベルは桜が心配だった。いや、ベルだけじゃない。

リリもヴェルフも桜が心配でしかたなかった。

たった一人で18階層まで向かった桜はベル達を助ける為にゴライアスと戦った。

三人で何とか18階層まで来れたベル達と違い、桜はたったの一人。

それなのに自分達のせいで桜は死にかけていた。

ベルやアイズから全ての事情を聞いたヴェルフとリリは自分達の不甲斐無さに怒りさえ覚えた。いや、不甲斐無いとは自分も同じだとベルは思った。

自分達が死にかけたことよりもそれがベル達が許せなかった。

 

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】団長である桜花は言い切った。

他人の命より仲間の命を天秤にかけてそう決断した桜花に後悔はなかった。

 

「・・・・それをよく俺達の前で口にできるな、大男?」

 

口を吊り上げたヴェルフが桜花と対峙する。

一触即発状態の雰囲気が流れるなかでベルはどうすればいいのかわからなかった。

困惑するなかでベルはこういう時桜だったらなんて言うのだろうかと。

自分の大切な家族であり、いつもベルを自分を助けてくれる桜にベルは情けなくも縋ってしまう。

 

『自分で考えろ』

 

ベルの心の中で桜は何食わぬ顔でこう答えた。

 

『ベルは【ヘスティア・ファミリア】団長なんだから自分の考えをハッキリ言え。私はそれに文句は言わないさ』

 

『愚痴は言うが』と小さく笑いながら桜ならこう言うだろう。

優しく、時には厳しくベル達のことを考えてくれる桜。

『なら、どうすればいいのかわかるだろう?』と心の中で桜がそう言った気がした。

 

「僕は・・・・・」

 

口を開くベルに視線が向けられる。

 

「僕は・・・ヴェルフやリリ、桜を助ける為に同じことをしていたかもしれません。だから、僕は貴方達を許します」

 

それがベルが考えた答え。

その答えにヴェルフ達はもちろん命達も目を見開く。

唯一、ヘスティアだけが満足そうに頷いていた。

 

「ベル!お前は・・・」

 

「ごめん、ヴェルフ。でも、もう決めたんだ」

 

ヴェルフはベルの言葉に反論しようとしたがベルの眼を見て諦めるように息を吐いた。

 

「今のベルに何を言っても無駄か。割り切ってはやる。だが、納得はしないからな」

 

「ああ・・・・それでいい」

 

ベルの言葉に不安な雲行きは晴れていったことに安堵するベル。

それからヘルメスにより今後の予定について話し合ってその場で解散するようになった。

それからベルとヘスティアは桜がいるテントへと足を運んだ。

 

「アイズさん。桜の容態はどうですか?」

 

「うん、大丈夫だよ。ぐっすり寝てる」

 

桜を看病しているアイズの言葉通りに桜は小さく寝息を立てながら寝ていた。

その寝顔に若干微笑ましくなるぐらいに。

 

「ヴァレン何某君。話は全部ベル君から聞いたよ。桜君を助けてくれてありがとう」

 

礼を告げるヘスティアにアイズは首を横に振る。

 

「妹を助けるのはお姉ちゃんの役目だから」

 

妙に自信満々に言うアイズにベルは苦笑するがヘスティアだけは神妙な顔をしていた。

 

「・・・ん・・・・ここは・・・・?」

 

「桜!?」

 

「桜」

 

「桜君!?」

 

目を覚ました桜にベル達は声を上げる。

 

「大丈夫?」

 

「・・・・・・まだ頭がふらつくけど大丈夫」

 

起き上がろうとする桜にアイズは桜を支える。

 

「桜、ごめん!」

 

起き上がる桜にベルは頭を下げた。

 

「僕が不甲斐無いせいで桜ばかりに負担をかけてばかりで桜を助けることもできなくて本当にごめん!やっぱり・・・僕なんかより桜の方が団長に・・・・」

 

不甲斐無い自分より桜の方が団長に相応しいとそう思ったベル。

 

「ベル・・・それは・・・」

 

違うとアイズは言いたかった。

ベルは桜を、仲間を助ける為にアイズに必死に懇願した。

自分じゃなくて仲間を優先にしたベルの気持ちはアイズは知っている。

頭を下げるベルを見て桜は溜息を出す。

 

「ベル。お前が姉さんを呼んでくれなかったら私は死んでいた。しっかりとお前は私を助けてくれた。そんなお前が不甲斐無い?冗談でも怒るぞ、私は」

 

「じょ、冗談なんかじゃないよ!?僕は、僕は・・・・ッ!」

 

ゴライアスとの時、桜を見捨てた自分がベルは許せなかった。

ヴェルフとリリを助ける為とはいえ、たった一人で階層主であるゴライアスと戦わせたことにベルは許せなかった。

 

「前にも言ったけどベルは私以上に団長に向いている。それに足りない所は私が何とかするって私は言ったはずだ。だから頭を上げろ、ベル。私は感謝こそして恨んではいない」

 

ゆっくりと頭を上げるベルに桜は微笑む。

 

「ありがとう、ベル。お前のおかげで助かった」

 

その微笑みにベルは耳まで顔が真っ赤になった。

 

「ヴェ、ヴェルフ達を呼んでくるッ!!」

 

ベルは脱兎の如くテントから出て行った。

それを見た桜は目を見開きながら怪訝した。

 

何で姉さんと会ったような反応するんだ?ベルは。

 

久々に見たベルの初々しい逃走に軽く困惑する桜にアイズは小さく笑みを浮かばせる。

 

「桜・・・変わったね」

 

「え?どこが?」

 

変わったと言われても心当たりがない桜はアイズに尋ねる。

 

「・・・・落ち着いたような気がする?」

 

「いや、私に聞かれても」

 

首を傾げて天然ぶりを発動させるアイズに桜は可笑しそうに笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・すまない、ヴァレン何某君。少し間、桜君と二人きりにしてくれないか?」

 

神妙な顔で言うヘスティアにアイズは何も言わずテントを出る。桜は突然のヘスティアの変化に怪訝するもヘスティアは何も言わず桜の隣へと座る。

 

「いったいどうしたんですか?神ヘスティア。そんならしくない顔をして」

 

「・・・・・桜君。大事な話があるんだ」

 

いつもと変わらず話す桜にヘスティアは真剣な顔で桜に言う。

 

「君はボクとロキ。どっちが頼りになる?」

 

「神ロキですね」

 

一秒もかからずに即答する桜にヘスティアは俯く。

 

「ですけど、私は神ロキより、貴女の方を信用しています」

 

え?と驚き顔を上げるヘスティア。

 

「そりゃ、神ヘスティアは基本怠け者だし散財癖はあるし」

 

「うぐ」

 

「いつもいつも仕事の愚痴を聞かされるし、嫉妬深いし」

 

「ぬぅぅ」

 

「勝手に多額の借金を作るし」

 

「うぃ」

 

「ハッキリ言ってこいつ本当に女神なのかと疑ったこともあるし」

 

「がはっ」

 

「もう神というよりそこらの子供の相手をしている気分」

 

「もう・・・・許しておくれ」

 

今までに溜まった鬱憤を晴らすかのように言いまくる桜にヘスティアはダウンした。

自覚あるなら直せよ。と心で思った桜は言いたいこと言ってスッキリした顔でヘスティアに言った。

 

「それでも貴女は私の主神だ。どこにも行ったりはしませんよ」

 

嘘じゃないその言葉にヘスティアは心の底から嬉しかった。

だけど、ロキの言葉を思い出した。

何もできない自分にいったい何ができるのかと。

桜に何かあったとき助けてあげることができるのかと。

桜の為にヘスティアは桜をロキのところに改宗(コンバージョン)した方がいいのではないかと。

 

「神ロキに何を言われたかはわかりませんけど、だいたいは察しはつきます」

 

桜はヘスティアの手を握る。

 

「私が危なくなったその時は私の手を握って助けてください。無茶をしようとした時もこうやって私の手を握って無理矢理でも私の動きを止めてください」

 

続けて桜は言った。

 

「私は貴女とベルのことを誰よりも信用し、信頼しています。困ったとき、助けてほしいときは必ず助けてくれると信じてもいいですか?」

 

ぐすりとすすりながら涙を浮かばせるヘスティアは両手で桜の手を握る。

 

「もちろんさ。君はこれからもボクの家族だ!」

 

嬉しそうに手を握りしめるヘスティアに桜も微笑む。

 

「桜!?」

 

「桜様!?」

 

そんな時、勢いよくヴェルフとリリがテントの中へと入って来た。

 

「無事でなりよりだ。ヴェルフ、リリ」

 

「「それはこっちのセリフだ(です)!?」」

 

仲が悪い二人が初めて息があった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水晶と岩に囲まれた宿場町・・・・『リヴィラの街』

目を覚ました桜達とアイズ達は18階層にある街へと来ていた。

この街で経営しているのは他ならない冒険者。

街に来た他の冒険者から地上の通常価格より何倍もの値段で販売している。

『安く仕入れて高く売る』

それがリヴィラの街の買い取り所を営む、彼等の合言葉(モットー)

 

「それだとしても高すぎるだろう」

 

「それがリヴィラの街の特徴だからね」

 

品物を見ながら言う桜にアイズが答える。

 

「信じられません!バックパックが二万だなんて・・・・法外もいいところです!」

 

「砥石がこの値段はありえねえ・・・・」

 

桜の近くで嘆き声をあげるリリとヴェルフに桜はあることを思い出した。

 

「ティオナさん。一ついいですか?」

 

「なーにー?桜」

 

桜は同行しているティオナにあることを耳打ちするとティオナは笑顔で親指を立てた。

 

「うん!OKだよ!私から言っておくからじゃんじゃん使って!」

 

「ありがとうございます。おーい、ヴェルフ、リリ。金は【ロキ・ファミリア】が出してくれるから遠慮くなく買い物していいぞ」

 

その言葉にティオナ以外驚き、ティオネが何か桜に言おうとしたがティオナの言葉により納得したように頷いた。

 

「いいわよ。でも、少しは遠慮しなさいよ。こっちも今回の遠征でお金がないんだから」

 

まさかのティオネまでも了承して驚く一方でアイズが桜に尋ねる。

 

「こういう時こそ使わないとね」

 

黒い笑みを浮かばせる桜に少し引くアイズとベル。

 

「お金持ちのワンちゃんを」

 

悪代官顔負けの黒い笑みにアイズを含めて多くがベート(奴隷)に同情した。

しかし、状況が状況の為、最低限の備えだけを購入した。

一人の小人族(パルゥム)は容赦なく買い物しようとしたがベルに止められた。

その時、ヴェルフは思った。

リリと桜がここで店を開いたらとんでもないことになると。

そして、数日後に多額な請求書が送られてくることをベートはまだ知らなかった。

 

「あぁん?」

 

「あ・・・・す、すみません!?」

 

擦れ違おうとした他の冒険者とベルは肩をぶつけるとその冒険者に見覚えがあった。

 

「てめぇ、まさか・・・・・!」

 

「間違いねえ!モルド、こいつ、あの酒場の時のガキだ!?・・・・ということは」

 

『豊穣の女主人』で桜にボロボロに叩きのめされたモルドと他仲間二人は周りを見ると桜と目が合った。

大量の汗が流れるモルド達に桜は優しく笑みを浮かばせる。

 

「「「ご、ごめんなさいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいっ!!」」」

 

全速力で桜達から離れて行った。

 

「うわぁ、桜君、君はあの子たちに何をしたんだい?」

 

「冒険者の矜持を教えてもらっただけですよ」

 

先程のモルド達の反応に引くヘスティアに桜は嘘偽りなく答える。

 

「アハハハハ!なんか桜って私達みたいな反応されるね!」

 

「そうね。ねぇ、やっぱりうちにこない?そしたら私は団長に褒めてもらえるから」

 

勧誘される桜にベルは慌てふためくが桜は首を横に振る。

 

「遠慮しますよ。私は【ヘスティア・ファミリア】の一員ですから」

 

きっぱりと断る桜にベルは安堵する。

 

「え~~どうして?うちは楽しいよ?」

 

「そうでしょうけど。私にも【ファミリア】としての誇りがありますから」

 

そう言う桜にティオナはう~と唸るだけでそれ以上は言ってこなかった。

それからも皆で楽しく18階層を探索する。

 

「ねぇねぇ、みんなで水浴びしに行こう!」

 

明るくそう呼びかけたのはティオナだ。

 

「またぁ?あんた何回行けば気が済むのよ?」

 

「いいじゃ~ん、暇なんだしさ~。ここの清水すごい気持ちいいし~」

 

「そもそも、神ヘスティアの胸なんか見たら、あんた発狂するんじゃないの?」

 

「し、しないしっ!?す、するわけないじゃん!?」

 

アマゾネス姉妹の漫才を見ながら桜も行きたいと思った。

中層ではずっと動きぱなっしで18階層に来てからもまともに体を洗っていなかった。

結局のところ、ここにいる女性陣全員で水浴びをすることになった。

森の奥へと進むと滝の下にある大きな泉があった。

さっそく水浴びをしようと服に手をかける桜の背後でアイズがずっと凝視していた。

 

「・・・・・・・」

 

凝視すれている桜は試しにアイズと向かい合うが桜が動くにつれてアイズも動く。

 

「・・・・・何?姉さん」

 

「・・・・私に気にしないで」

 

そんなに凝視されながら脱げれるかと言いたかったがアイズの企みがわかった桜は溜息が出た。

 

「【ステイタス】を覗き見するのと姉さんの妹を止めるの。どっちがいい?」

 

【ステイタス】を見たら桜はアイズの妹を止める。

逆に【ステイタス】を見なかったら妹は継続。

二者択一を選択させる桜にアイズは落ち込みながらも後者を選んだ。

諦めたアイズに桜はようやく服を脱いで泉で体を洗う。

 

「ふんっ!ボクの圧勝だな!」

 

「何と張り合っているんですか、ヘスティア様・・・・」

 

「みっともないですよ、神ヘスティア」

 

アイズの胸と自分の胸と比べていたヘスティアは誇らしげに胸を張っていたことに呆れていた。

 

「そういう桜君も立派なものを持っているじゃないか!?」

 

桜の胸に視線を向けるヘスティアに桜は再び呆れる。

 

「まぁ、それでもボクの勝ちだけどね!」

 

はぁとげんなりした視線を送る桜とリリ。

 

「ちなみにこの髪飾りはベル君にもらったものなんだぜ!あの子の真心こもった贈物(プレゼント)さ!」

 

「ちょ、ヘスティア様その話を詳しく・・・・!」

 

二つに結わえられていた髪を解き、小鐘の髪飾りを見せつけるヘスティアに桜は肩を震わせた。

桜がつけているカチューシャはベルから【ランクアップ】の祝いで貰ったもの。

それがバレたら嫉妬深い女神と小人族(パルゥム)に何を言われるかわからなかった。

 

まぁ、心配はないか・・・・。

 

基本的子供のヘスティアとヘスティアの髪飾りに夢中になっているリリがそのことに気付くわけがないと思っていた。

 

「そういえば桜もカチューシャをつけていたよね」

 

杞憂に終わると思っていた矢先に突然アイズがそんなことを口走った。

 

「前に会った時、つけてなかったよね?」

 

意外に抜け目がないアイズに桜は思わず目線を明後日の方向へと向けると苛烈なまでに反応する二人がいた。

 

「どういうことだい!?桜君、ま、まさか君までもベル君から・・・・!?」

 

「説明してください!桜様!どうなのですか!?」

 

切羽詰まったかのような気迫を纏いながら詰め寄ってくるヘスティアとリリに桜は溜息を吐きながら答えた。

 

「・・・・・ベルから【ランクアップ】のプレゼントで貰った。私もベルにブレスレットを送ったし」

 

「な、何だと!?まさか桜君までもがベル君を!?いや、ベル君が桜君を!?」

 

「ベル様がつけていらしたブレスレットは桜様が送ったものだったのですか!?道理でベル様にしてはセンスがあると思いました!ベル様!どうしてリリには何も下さらないのですか!?」

 

深読みするヘスティアと嘆くリリに桜の口からまた息が出た。

少し離れたところでティオナが笑い、面白そうに桜達を眺めているティオネや命達。

首を傾げるアイズに同情するような目線を桜に向けるアスフィ。

助けてくれよと思っていると。

 

「―――――――――いいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

空から、正確には木の枝の上からベルが落ちてきた。

 

「げほっ、ごほっ、ごふっ!?」

 

肺に水が入ったのかせき込むベル。

 

「・・・・・アルゴノゥト君?」

 

体を震わせながらおそるおそる視線を上げるベル。

 

「なになにっ、君も水浴びしに来たの?」

 

「大人しそうな顔をして・・・・やるわねぇ、あんたも」

 

隠すことなく肌を晒すティオネとティオナ。

命と千草は勢いよく水中に浸かって身を隠して、アスフィは木の上を睨みつける。

 

「ベル君、君ってやつは・・・・・・!」

 

「な、何をなさっているんですかベル様ぁ!?」

 

赤く呻くヘスティアと甲高い悲鳴をあげるリリ。

 

「何をやってるんだ、ベル・・・・」

 

呆れるように息を吐きながら肌を隠すことなく近づく桜。

 

「・・・・・・・ぁ」

 

ベルはしっかりと見てしまった。

アイズの裸を。

 

「ご――――――ごめんなさぁああああああああああああああああいっ!?」

 

ベルは最高速度でその場から逃げ出した。

 

「何をやっているのやら・・・・・」

 

呆れながら水浴びを再開する桜はあとで一応説教でもしておこうと考えていた。

 

 



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無法者

水浴びが終えた私はとりあえずは迷子になっているであろうベルを捜索しているとダンジョンで出会った、確か【タケミカヅチ・ファミリア】の団長である桜花と目が合った。

 

「すみません。ベルを見ませんでした?」

 

「・・・・いや、見ていない」

 

「そうですか」

 

全くベルはどこまで行ったのやら・・・・。

安全階層(セーフティポイント)とはいえ、モンスターはいるのだから森の奥には行っていないといいのだが・・・・。

一応、森の奥を探してみようと動こうとした時。

 

「待ってくれ」

 

桜花に呼び止められた。

 

「・・・・・怒っていないのか?俺はお前達を死なせかけたんだぞ?」

 

「ああ、そうでしたね」

 

そういえば聞き忘れていたことがあったな。

 

「それで、怪我をした仲間は無事だったんですか?」

 

「あ、ああ・・・・・」

 

「それはよかった」

 

そうでなければ見逃した意味がなくなる。

 

「いや、そうではない。俺は」

 

「いいですよ、私は別に怒っていません。それにどうせベルがうちの団長が貴方方を許すと言っているのでしょう?なら、私も許します」

 

ベルの底なしのお人好しの事だ。どうせ、許しているはずだ。

 

「どうしても罰が必要だというのでしたら今後、私達に何か会ったら助けてください。それで貸し借りなしです」

 

「・・・・・・わかった。主神にタケミカヅチ様に誓おう」

 

満足そうに頷く桜花を見て私はベルの捜索を続ける。

正直、多少許さないとは思っているが全員無事と名前に同じ桜がついている縁で許してやることにした。

それに武神であるタケミカヅチと主神ヘスティアは神友同士。その間に亀裂を入れるより協力関係を深めた方が後々の為になるだろう。

まぁ、何も問題が起きないのは一番だけど・・・・。

それから森の奥の方へ行くとベルとリューを発見した。

 

「さ、桜・・・」

 

私を見て顔が青くなるベル。

 

「土下座とかいいから正座して事情を話せ」

 

「は・・・はい・・・・・」

 

土下座しようとしていたベルの行動を封じて正座させて事情を聞くと神ヘルメスに知らずにつれてこられたと話した。とりあえず軽く説教をした。

ベルに裸を見られても私は神ヘスティアやリリと違って異性として見ていないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

柳田桜

 

Lv.2

 

力:F341→A843

耐久:H193→A810

器用:G290→B765

敏捷:G260→B742

魔力:F360→A856

魔導:I

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱式『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇。

・体力・精神力消費増加。

・詠唱式『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

連撃烈火(コンボレイジング)

・連続攻撃により攻撃力上昇。

・『力』の超高補正。

 

テント内で私は【ステイタス】の更新を行った。

相も変わらず凄まじい成長だ。

いや、今回は特に酷いか・・・・・・・・。

中層を一人で動いて、姉さんと一緒にゴライアスの討伐。

そのおかげか上昇値が2550オーバー。

新記録達成だな。

 

「ボクはもう君の成長に驚く気力すらないよ・・・・」

 

「今回は特別ですよ・・・・」

 

呆れる神ヘスティアに私も溜息を吐く。

流石にこれ以上の上昇はこれから先ないだろう。

それだけ今回は酷かった。

でもこの調子ならあと一月位で【ランクアップ】しそうと思ってしまう私がいる。

いやいや、それはないか・・・・。

苦笑しながら私はテントへ出ると野営地の外れでワンちゃんの声が聞こえて近寄った。

 

「やぁ、ワンちゃん」

 

「んなっ!?何でテメエがここにいやがる!?」

 

驚くワンちゃんの首には私がプレゼントした首輪がしっかりとついていた。

ふむ、ちゃんとつけているみたいだな。

 

「テメエじゃなくてご主人様、もしくはマスターだろ?ワンちゃん」

 

「誰が呼ぶか!俺は認めてねえからな!」

 

「言い訳か?どんな結果であれあれはちゃんとした決闘だ。私が勝って、ワンちゃんが負けた。弱者は強者の言うことに黙って従えよ」

 

「アハハハハ!ベート、ザマー」

 

「うるせえ!この貧乳アマゾネス!」

 

「貧乳言うなああああああああああああああああ!!」

 

喧嘩を始めるワンちゃんとティアナ。

うん、からかうのはこれぐらいにしておこう。後でワンちゃんには多額な請求書が行くだろうし、これ以上は可哀相だな。

 

「あんた、本当にうちのバカ共と気が合うわね」

 

ティオネが呆れるように私に言う。

いや、確かにそうだけど何故かワンちゃんを見るとこう、イジメたくなるんだよな。

私ってサディストだったっけ?

 

「あ、そうだった。あんたを連れてこいと団長に言われていたわ。ついてきなさい」

 

「わかりました」

 

喧嘩をしているワンちゃんとティアナを放っておいて私はティオネについて行き、ディムナさんのいるテントへとやってきた。

 

「団長。つれてきました」

 

「ご苦労だったね、ティオネ」

 

「いえ、団長の為ですから!」

 

褒められて喜ぶティオネは喜びながらテントから出て行く。

 

「体の方はもう大丈夫そうだね」

 

「はい。遅くなりましたが助けてくださりありがとうございます」

 

頭を下げて礼を言う私にディムナさんは手で制した。

 

「何、いずれ勧誘してみせる君を見殺しには出来ないよ。それにアイズに恨まれてしまう」

 

「ハハハ・・・・」

 

苦笑しながら言うディムナさんに私も苦笑で返した。

まだ諦めてなかったのか・・・・・。

 

「まぁ、本題に入ろうか。実は君とアイズが討伐したゴライアスの件で君と話がしたい」

 

「ああ」

 

私と姉さんで倒したゴライアスの魔石とドロップアイテムをどう分けるかをディムナさんがそう私に尋ねてきた。

私の心情では助けてくれたし、姉さんがいなかったら死んでいた。

だから全て渡してもいいと思っているがそういう訳にもいかなかった。

何故なら私の【ファミリア】はすでに多額の借金があるからだ。

 

「7:3で僕達が多めに貰ってもいいかな?」

 

黒い笑みを浮かばせながらそう提案してくるディムナさん。

だけど、その提案に乗るわけにもいかない。

少しでも多く得る為に私とディムナさんの交渉を行った。

数十分にも及ぶ交渉で最終的には魔石の換金は7:3で【ロキ・ファミリア】に多く渡して、ゴライアスのドロップアイテムは私の【ファミリア】に渡すということで話がついた。

 

「いやー、こんなにも長い交渉は久しぶりだったよ。その年で随分と交渉慣れしているんだね」

 

ふぅと息を吐きながら額の汗を拭うディムナさん。

ナメて貰っては困る。私が前に世界でどれだけ会社に貢献してきたことやら。

それでもディムナさんは本当に交渉上手だった。

ハッキリ言って前の世界で私が交渉してきた誰よりも上手かった。

 

「ますます、君が欲しくなったよ」

 

「お断りします」

 

いくら後ろ盾になってくれるとはいえ、【ロキ・ファミリア】に入るつもりはないからな。私は今の【ファミリア】で満足している。

 

「さて、それじゃあゴライアスの魔石とドロップアイテムはいったん僕達が預かって後は交渉通り、君達が帰ってきたら僕達の本拠(ホーム)へ来てくれ」

 

「わかりました」

 

交渉が終えて私はテントへ出るともう【ロキ・ファミリア】の殆どが帰還する準備を終えていた。あと少ししたらいなくなるだろう。

 

「さて、私も帰還する準備でもするとしよう」

 

背伸びをしながら準備に取り掛かろうとする私はベルと神ヘスティアがいるテントへ向かうと誰もいなかった。

いったいどこに行ったんだ?

 

「おーい、ベルー、神ヘスティアー」

 

周囲に声をかけてみるが返事はなかった。

もうすぐ帰るってときにどこに行ったんだ?

 

「桜。ベルとヘスティア様を見なかったか?」

 

「いや、私もいないことに今気づいた」

 

ヴェルフもベルと神ヘスティアを見ていないことに怪訝していると桜花が私に歩み寄って来た。

 

「ベル・クラネルなら中央樹の方へ走って行ったぞ。どこか焦っていたように見えた」

 

ベルが中央樹の方へ走って行ったことを聞いた私はあることに気付いた。

ベルが帰還前に中央樹に向かう訳がないし、焦って走るなんて何か会った時としか思えなかった。そして、いない神ヘスティア。

全てを繋げ合わせてある結論に至った。

 

「神ヘスティアが攫われてそれを餌にベルを呼び寄せた・・・・・」

 

「なっ!?」

 

驚くヴェルフと桜花を無視して私はすぐに行動に移す。

 

「ヴェルフは今すぐにリリを連れて来てくれ。桜花、お前は手を貸してくれ」

 

「応ッ」

 

「ああ」

 

私の指示で行動に入るヴェルフと桜花。

犯人は恐らくモルドとか言うあの冒険者だろう。いや、私とベルを妬んでいる奴らもつるんでいる可能性が十分にある。

私が狙えないからベルを誘き寄せるとは。

どこまでも矮小な奴らだ。

ギリと歯を食いしばらせる私は急いで作戦を考える。

神ヘスティアとベルの救出するための作戦を。

 

「私の主神と仲間に手を出したことを後悔させてやる」

 

酒場の時のように優しくはしない。

数分後、ヴェルフ達と一緒に中央樹へと向かいながら作戦を説明する。

 

「相手も神を傷つけるほど馬鹿じゃない。それに恐らくは狙いはベルだ。ベルと私を妬んでいる他の冒険者がベルを痛めつける為に神ヘスティアを攫ったはずだ。リリ、確か神ヘスティアは香水を買っていたな?お前の魔法でそれをたどって神ヘスティアを救助してくれ。リリの機転の良さなら難なく助けられるはずだ。相手は不特定多数の為、残りはベルを助けに行く。何か異論はあるか?」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

私の指示にヴェルフ達は唖然していた。

私はそこまで変なことを言っただろうか?それとも私が指示を出すこと自体が気に喰わないのだろうか?

そう思っていると桜花が口を開いた。

 

「・・・・お前、本当に団長じゃないのか?」

 

「ああ、【ヘスティア・ファミリア】の団長はベルだ」

 

「・・・・そ、そうか」

 

それ以上桜花は何も言わなかった。

ヴェルフとリリは難しい顔をしているが誰だってこれぐらい思いつくだろう。

とりあえず、異論がない以上私の指示通りにヴェルフ達は動き出す。

ベル、神ヘスティア。無事でいてくれ。

私達は中央樹に到着後、能力(ステイタス)により強化された聴覚が僅かに何らかの喝采する声が聞こえた。

 

「こっちだ!」

 

喝采の声を頼りに走る私達はそこへ向かうとおよそ二十人ぐらいの冒険者が集まっているのが見えた。

 

「――――いやがった!」

 

声を上げるヴェルフに桜花と命は短弓(ショートボウ)の矢を射った。

 

「うおっ!」

 

「何だ!?」

 

「【舞姫】だ!【リトル・ルーキー】を助けに来やがった!?」

 

腐っても第三級の冒険者。桜花と命が射った矢を全て打ち払った。

 

「構わねえ、予定通りだ!潰しちまえ!」

 

「【リトル・ルーキー】も【舞姫】も潰せ!」

 

「タケミカヅチごときが粋がってんじゃねえぞおおおお!!」

 

鬨の声を上げる冒険者達は得物を持って向かってくる。

私も夜桜と紅桜を抜いて向かってくる奴らを斬り伏せる。

 

「向かってくる者は容赦しない!」

 

「数がこっちが上だ!やっちまえ!」

 

次々襲いかかってくる冒険者を私は容赦なく斬り伏せながら前へ進む。

この先にベルがいるはずだ・・・・ッ!

走りながら斬り伏せていく私にようやく襲いかかってくる冒険者達を抜くことができた。

その先で私が見たものは見えない何かから避けているベルの姿が。

 

「おらっ!」

 

背後から奇襲してくる奴を斬り捨てながら視線はベルに向けるとあることに気付いた。

神フレイヤが無遠慮に見てくる時と同じ感覚。

視線を感じた。

避けられているということはベルも同じだろう。

 

「ああああああああああああああああッッ!!」

 

回し蹴りをするベルの場所からモルドが現れた。

 

「がああッ!?」

 

こめかみに直撃したモルドは吹き飛ばされてモルドの頭からは黒い兜が落ちた。

魔道具(マジックアイテム)。恐らく姿を消す能力だろう。

モルドがそれを持っているということは・・・・・。

私は視線を周囲に向けると隠れながらこちらを見ている神ヘルメスとアスフィ・アル・アンドロメダの姿が見えた。

神ヘルメスは私の視線に気づいたのかこちらに手を振っている。

とりあえず神ヘルメスへ向けて親指を下に向けた。

今は周囲の戦闘とモルドを倒してから後で捕まえて吐かせよう。

 

「やーーーーーーーめーーーーーろーーーーーーーーーーっ!!」

 

聞き覚えのある声に振り返るとこちらに走ってきているリリと神ヘスティアがいた。

 

「ベル君達、ボクはこの通り無事だ!無駄な喧嘩は止せ!君達も、これ以上いがみ合うんじゃない!」

 

無事だったことに安堵しながら私やヴェルフ達は武器を下す。

 

「神の指図なんざ構う必要ねえ!?やれ、やっちまえ!!」

 

吠え立てるモルドは眼前のベルへ跳びかかろうとした。

だけど。

 

「―――――――止めるんだ」

 

神ヘスティアの一言で周囲の音を呑み込み、空間を打った。

神ヘスティアの姿に私はすぐに膝をつく。

前に聞いたことがある神の力。神威。

下界の私達を平伏させる神の威光。

それを神ヘスティアは解放したのか。

 

「剣を引きなさい」

 

「ぅ、ぁ・・・・」

 

モルドに諭すように告げる神ヘスティアにモルドを始めとした他の冒険者までも呻く。

この時、私は失礼ながらも思ってしまった。

その百分の一でもいいから日頃からその態度でいてくれと。

 

「・・・・・・・うあああああああああ!?」

 

一人の冒険者が逃亡。それにつられて一人二人と続々と走り出す。

 

「――――ベル君、無事かい!?」

 

「ほわぁっ!?」

 

いつもの駄神に戻った神ヘスティアはベルに体当たりをして高等回復薬(ハイ・ポーション)をベルに浴びさせる。

神威が抑えた神ヘスティアを見て私は夜桜と紅桜を鞘に納めてベル達に近づく。

 

「大丈夫か?ベル」

 

「う、うん。何とか・・・・・」

 

「ご事情はわかりましたが、お一人で行ってしまわないでください!リリ達に相談するだけでもやりようはいくらでもあった筈です!」

 

怒るリリにベルの胸の中で泣きじゃくる神ヘスティアを見て私も安堵した。

とりあえずは一件落着と。

その時だった。

 

「え――――――?」

 

足場が揺れた。

いや、階層全体が揺らめいていた。

揺れが大きくなるにつれて私の中で嫌な予感が高まる。

 

「これは・・・・嫌な揺れだ」

 

リューがそう口にすると同時に私達も悟った。

異常事態(イレギュラー)が起きようとしていると。

 

「・・・・・おい。なんだ、あれ」

 

空を見上げるヴェルフが唖然と呟いた。

中央部の白水晶の中で巨大な何かが、蠢いていた。

階層の光を犯して周囲へ影を落としている。

そして、バキリと白水晶に深く歪な線が走った。

安全階層(セーフティポイント)のはずなのにモンスターが産まれようとしている。

水晶を突き破ったそのモンスターを見て私は目を見開いた。

嘘だろ・・・・・。あのモンスターは私と姉さんで倒したばかりのはず・・・・ッ!

階層主は通常のモンスターとは違い二週間のインターバルが必要になる。

それなのに何故ここにいる!?

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

産まれ落ちてきたのは巨人、『ゴライアス』は産声を上げるかのように吠える。

そして、そのゴライアスは私と姉さんで倒したゴライアスとは色が違った。

 

「・・・・黒い、ゴライアス・・・・」

 

驚愕する私達を無視してゴライアスは階層を脅かすかのように咆哮した。

まずいぞ・・・・これは・・・。

先程の崩落で恐らく出入り口は塞がっているだろう。

敵はあの黒いゴライアスだけじゃない。この階層にいるモンスターもだ。

【ロキ・ファミリア】がいないこの階層にいる冒険者の殆どはLv.2だろう。

あの黒いゴライアスは少なからず私と姉さんとで倒したゴライアスとは違う。

阿鼻叫喚が聞こえる中で私はどうするか思考を働かせる。

その時、誰よりも早く動き出そうとしている者がいた。

 

「・・・・は、早く助けないと!?」

 

ベルだった。先ほどまでモルド達に痛めつけられたにも関わらず助けようと動こうとしていた。

 

「待ちなさい」

 

「っ!?」

 

そんなベルの手を、リューは掴んだ。

 

「本当に、彼等を助けにいくつもりですか?このパーティで?」

 

リューもきっと私と同じことを考えているのだろう。

だけど、ベルは。

 

「助けましょう」

 

間髪入れずに決断したベルに私は思わず苦笑した。

そうだった、ベルはこういう奴だったと。

 

「貴方はパーティのリーダー失格だ」

 

非難の言葉と眼差しを向けるリュー。だけど笑っていた。

 

「だが、間違っていない」

 

「まったく困った団長だ・・・」

 

微笑するリューに苦笑しながら愚痴を言う私。

ヴェルフ達も笑みを浮かばせながら頷き、ベルは叫んだ。

 

「行こう!」

 

私達は戦場へと身を投じた。

 



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信じる桜

戦場である大草原では地獄絵図が広がっていた。

ゴライアスの標的となったモルド一派は悲鳴を上げる。

逃げようとしてもゴライアスの太腕により紙屑のように吹き飛ばされ、逃げようとした冒険者にゴライアスは口内を爆発させた。

 

『――――――――――――アァッ!!』

 

大音声と共に放たれた衝撃波、『咆哮(ハウル)』。

魔力を込め純粋な衝撃を放出される飛び道具。

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

天を仰いで雄たけびを上げるゴライアスが呼んだのはモンスター達。

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいっ!?」

 

四方から襲いかかってくるモンスター達に応戦せざるをえないモルド達。

 

「ハァ!」

 

襲いかかってくるモンスターを斬り裂く桜に疾走するリューは真っ直ぐゴライアスに攻撃を続ける。その後に続くように桜花や命がリューに続く。

 

「ベルに感謝しろよ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

モルドの襟首を掴んでモンスターがいないところに投げ飛ばす桜。

 

「桜様!無茶苦茶すぎます!」

 

「腐っても冒険者だ。あの程度で死にはしない」

 

前例もあるしな、と呟く桜はベルと一緒に他の冒険者を助けながらゴライアスに向かった。草原へ転がった桜花と命にゴライアスは開いた口を照準させる。

 

「【燃えつきろ、外法の業】」

 

ヴェルフの魔法により『咆哮(ハウル)』は大爆発。

怯んでいるそこへ桜はゴライアスに斬りかかる。

 

「ハァアアアア!」

 

斬りかかるがゴライアスの硬い皮膚にはたいした傷をつけることはできなかった。

強度は同じぐらいかそれ以上と思いながら桜は続けて斬りかかろうとしたがゴライアスは口を桜へ照準する。

 

「ふっ!!」

 

『グッ!?』

 

リューがゴライアスの後頭部を強襲して『咆哮(ハウル)』の射撃角度をずらさせる。

 

「助かった!」

 

「桜!無茶はやめなさい!」

 

「今回ばかりは無茶をしないと勝てないだろう」

 

再び斬りかかる桜にリューもゴライアスに攻撃しながら眉目がかすかに歪んだ。

目の前にいるゴライアスの潜在能力(ポテンシャル)はLv.5に届くと判断したリューはゴライアスの脚を狙う。

 

『ゥゥ――――――オオオオオオオオァアアアアアアアアアアアッ!!』

 

目障りだと激高するようにゴライアスは両腕を振るい怒声を上げた。

ゴライアスと戦っているとアスフィが駆け付けてきた。

街の冒険者が援軍として来ていた。

後方より魔法の一斉射撃の準備を行うためその注意を引き付けなければならなかった。

リューとアスフィが一番危険な囮役を引き受ける。

残った他の冒険者もゴライアスを倒さんとばかりそれぞれの得物を持って動き出す。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】」

 

並行詠唱しながら魔法円(マジックサークル)を展開させて短文詠唱を行った桜はゴライアスの腕を使って跳んでゴライアスの眼を狙って氷の槍を突き刺してゴライアスの視界を奪った。

 

『ゥゥオオオオオオオオオオッ!!』

 

視界を奪われたゴライアスは声を上げる。

 

「よし、これで時間を稼げる」

 

後方で魔法の詠唱を行っている冒険者の詠唱を完成させる為に時間稼ぎに徹する桜。

休む暇なく他の冒険者と一緒にゴライアスの脚を狙う桜。

 

「前衛、引けえぇっ!でかいのぶち込むぞ!」

 

魔導士達の詠唱が完了して号令を聞いた桜達はすぐにゴライアスから離れた。

魔導士達は杖を振り上げて、魔法円(マジックサークル)の輝きが弾け、次の瞬間、怒涛のような一斉射撃が火蓋を切る。

 

『――――――――――――――――――ッッ!?』

 

連続で見舞われる多属性の攻撃魔法。その中には一部魔剣の攻撃も加わり、ゴライアスの巨躯が放火の光に塗り潰された。

魔導士達の一斉射撃が止み、ゴライアスは片膝を地に着けて口からは蒸気のような白い呼気が、消耗の深さを物語るように大量の血を吐き出した。

 

「ケリをつけろてめえ等ぁ!!たたみかけろおおおおっ!」

 

チャンスとばかり、頭を垂れているゴライアスに向かって行く冒険者。

その中で違和感を感じたリューと桜は足を止めた。

そして、その違和感はすぐに判明した。

ゴライアスは冒険者や魔導士達につけられた傷が癒えていき、完全になかったものになりゴライアスは勢いよく立ち上がった。

 

「自己再生!?」

 

叫ぶアスフィに迂闊に接近した冒険者は唖然と立ちつくしてゴライアスは巨大な両腕を頭上高く振り上げて足元へと振り下ろす。

 

「―――――――――――――――」

 

大草原が、割れた。

その衝撃波に魔導士も含めた多くの冒険者が倒れ込んだ。

更には追い打ちをかけるように『咆哮(ハウル)』を放つゴライアス。

立っている冒険者はもはや数えた方が早い程ゴライアスにやられた。

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「あいつ、またモンスターを・・・・・!?」

 

二度目のモンスターの召喚に声に階層中にモンスターが応じた。

絶望的な状況。

それでもまだ希望はあった。

 

「ベル!溜めろ!」

 

ゴライアスと戦いながら桜はベルに向かって叫んだ。

その言葉の意味にベルはすぐに気付き、蓄積(チャージ)を開始した。

英雄願望(アルゴノゥト)】。起死回生のスキル。

その一撃でならいくら頑丈なゴライアスでも倒せる。

ベルは蓄積(チャージ)を始める。

その間、桜達はゴライアスの注意を引きつけながら時間を稼ぐ。

リュー、アスフィ、桜は諦めずに懸命にゴライアスに攻撃を加える。

ゴライアスの攻撃を互いに助け合いながら戦闘を繰り返す。

なまじに知能があるのか、ゴライアスは鋭いリューの一撃と攻撃するたびに強くなる桜の攻撃が無視できない。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・」

 

「桜!一旦下がりなさい!」

 

呼吸を切らし始める桜の身を案じるようにリューが叫ぶ。

Lv.4のリューとアスフィと違って桜はLv.2.

二人に比べれば体力が切れるのが早いのは当然だ。

それでも桜は引くことはなかった。

前へ足を踏み込み、腕を上げて刀を振り続ける。

 

「私は・・・・諦めない・・・・ッ!」

 

諦めず動き続け、攻撃し続ける桜の言葉に強い意志が窺わされた。

チリンと鐘の音が聞こえた。

 

「溜まった・・・・!」

 

白光の粒子の収束が、止まった。

蓄積(チャージ)が終わったベルは右手を握り締めて地を蹴った。

暴れ回るゴライアスに接近して射程距離にゴライアスを収める。

 

「クラネルさん!?」

 

モンスターの周囲を行き交うリューが接近に気付き、それに伴って冒険者達の視線も集まる。

 

「離れろ!」

 

桜の声にリュー達は退避する。

そして、ゴライアスと僅かと言える距離を残してベルは足を止める。

 

『―――――――――――――オォッ!!』

 

「【ファイアボルト】!!」

 

強烈な『咆哮(ハウル)』に対してベルの右手から放たれた大炎雷は『咆哮(ハウル)』を突き破ってゴライアスの頭部を一過――――撃ち貫いた。

だけど、それは失敗だった。

胸部を狙ったはずのベルの【ファイアボルト】は出力に弾道が定まらず、敵の頭部に命中して多くの冒険者が勝ったと信じ込もうとした直後。

夥しい赤い粒子が、巨人の首元から発生した。

戦慄と絶望に抱き竦められる冒険者の視線の先でゴライアスは再生した。

頭部を失ってもゴライアスは生きていた。

愕然と立ちつくすベルをゴライアスは睨むつける。

 

「――――――ベルッ、逃げなさい!!」

 

平静をかなぐり捨てたリューの叫び声の横を桜は通り過ぎる。

ベルを助ける為に必死に駆け付ける。

だが、ゴライアスの『咆哮(ハウル)』が一手速く放たれてベルは吹き飛ばされる。

そこにゴライアスは背に溜められた極腕が大気を食い千切って繰り出される。

 

「ベル!?」

 

回避不可能の巨人の鉄槌に桜は悲痛の声を上げる。

だけど、次の瞬間、彼は現れた。

 

「―――――」

 

盾を持って後方よりベルの目の前へと飛び出す桜花。

ゴライアスの攻撃を盾で防ぐが衝撃までは防げず桜花とベルは殴り飛ばされる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

巨人の雄叫びに打ちすえられながら、二人は宙を舞った。

 

「ベル君――――」

 

その光景を目撃したヘスティアは丘から駆け出した。

 

「ベル様―――」

 

リリはなり振り構わず。戦場の一角へと走り出した。

 

「ベル・・・・」

 

震える声でヴェルフは、届かないその名を呼んだ。

 

『意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい』

 

ヴェルフの頭に主神であるヘファイストスの声が蘇り自身の胸を穿った。

また繰り返すのかと・・・・。

自分の意地のせいで桜を今度はベルまでも守れなかったと自責の念がヴェルフを責める。

 

「くそっっ!!」

 

ヴェルフは大刀を放り捨てて、東の森へと駆け込んでいった。

 

「・・・・・・・」

 

桜は吹き飛ばされたベルの方向を一度見て瞑目するように瞼を閉じる。

そして、目を見開きながら詠唱を始める。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華】」

 

足元に桜色の魔法円(マジックサークル)が展開される。

 

「【夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

詠唱を歌う桜にゴライアスは剛腕を繰り出す。

だけど、桜は並行詠唱しながらも縋るかのように詠唱を止めなかった。

 

「自暴自棄なってはいけない!詠唱を中断しなさい桜!」

 

ベルがやられて自暴自棄のように詠唱する桜を止めようとするリュー。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

だけど、桜は歌うのをやめなかった。

 

「【舞闘桜】!!」

 

魔法を発動した桜は駆け出してゴライアスの一閃。

 

「諦めるな!!」

 

階層にいる冒険者達に桜は叫んだ。

 

「希望はまだ生きている!」

 

ゴライアスと戦いながら桜は冒険者達に叫ぶ。

 

「だから立ち上がれ!勝つ為に!!」

 

叫ぶ桜の言葉は何の根拠もなかった。

だけど、強大なゴライアスと向かい合い、戦い、諦めずに何度も駆け出す桜の姿に絶望に浸かっていた多くの冒険者の瞳に光が宿った。

絶望的状況下の中で桜は舞って戦うその姿に、存在に冒険者達は立ち上がった。

 

「てめえらああああああ!あんな小娘に言われて恥ずかしくねえのか!?武器を取って戦いやがれええええええええええええええ!!」

 

『―――――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

桜の声とボールスの喝により再び戦意を取り戻す冒険者達。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

ゴライアスは吠えた。

目を色を変えて桜を睨み付ける。

お前は俺の敵だと言わんばかりに桜を睨む。

桜も負けずに睨み返す。

 

「勝負だ!ゴライアス!」

 

衝突し合うゴライアスと桜。

剛腕を振るうゴライアスに二刀流を使っての連続攻撃を繰り返す桜。

 

「ハァァァアアアアアアアアアアア!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

力と再生で押すゴライアスに対して回避しながらも夜桜と紅桜で斬りつけていく桜。

 

『――――――――アァッ!!』

 

不意打ちと言わんばかりにゴライアスは『咆哮(ハウル)』を放つ。

 

「ハァッ!!」

 

だけど、桜はその『咆哮(ハウル)』を切り裂いた。

その光景に疑わんとばかりに目を見開く冒険者達。

桜の魔法、【舞闘桜】を発動している時、桜の全身と武器に魔力を纏っている。

魔力を込めて衝撃として放出している『咆哮(ハウル)』。

魔力でなら魔力を打ち消すことができると推測していた桜は一か八かの賭けに勝ち、『咆哮(ハウル)』を切り裂いた。

そして、ゴライアスと桜に当てられてリュー達も動き出した。

 

「【――――今は遠き森の空。無窮の夜天で鏤む無限の星々】」

 

桜ばかりに意識を向けないように並行詠唱しながら鋭い動きでゴライアスを翻弄する。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

攻撃、移動、回避、詠唱、この四つの行動を高速で同時展開するリュー。

それを見た命も動き出す。

自分の不甲斐無さを実感しながらも桜の声に闘志を燃やす命も負けじと詠唱を始める。

 

「【掛けまくも畏き―――】」

 

精神力(マインド)をこの一撃に。

 

「【いかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天より導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を】」

 

詠唱を進めるリューと命。

 

「衆目の前では使いたくなかったのですが・・・・!」

 

詠唱を進めるリューと命。

戦いを続けている桜を見てアスフィも自身のとっておきの魔道具を使った。

 

「――――『タラリア』」

 

(サンダル)を手で撫でると二翼一対の翼を広げて、飛翔した。

飛翔靴(タラリア)。【万能者(ペルセウス)】の至上魔道具。

飛翔したアスフィはゴライアスの眼に斬撃を入れる。

 

『―――――――――――――――――ッッ!?』

 

絶叫を上げるゴライアス。

 

「【―――――来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何者よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

 

仰け反り、片手を手で押さえるゴライアスに詠唱が終えたリューはゴライアスと向かい合う。

 

「桜!離れなさい!」

 

リューの言葉に桜は離れると同時にリューは魔法を行使する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

緑風を纏った無数の大光玉。一斉放火された星屑の魔法がゴライアスに叩き込まれる。

 

『アアアアアア―――――――――――――ッッ!!』

 

光玉を今なお被弾しながらゴライアスは突進した。

損傷と治癒を繰り返して強引に突破する。

 

「【天より降り、地を統べと――――――――神武闘征】!!」

 

ゴライアスが突進してくるなかで命の魔法が完成した。

 

「【フツノミタマ】!!」

 

ゴライアスの直上、一振りの剣が出現し、直下すると同時にゴライアスの足元に魔法円(マジックサークル)にも似た複数の同心円。

ゴライアスは命の魔法により重力の檻に閉じ込められる。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?』

 

半径10Mに及ぶ巨大なドーム状の力場。

巨大な口から大呻吟が漏れ出す中で効果範囲内の大草原が円状に陥没、崩壊する。

だけど、閉じ込められたゴライアスも重力の結界から出ようと自身の身を持ち上げる。

押さえつけよとする命だが純粋な力勝負ではゴライアスには勝てず破られる。

 

「おまえ等ァ!死にたくなかったらどけぇえええええええええ!!」

 

森から駆け出してきたヴェルフは白布から炎を凝縮したとも思われる深紅の長剣、『魔剣』を握りしめていた。

たった一撃で砕けてしまう魔剣の名をヴェルフは叫んだ。

 

「火月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

その瞬間、誰もが目を炎の色に焼かれた。

放たれた深紅の轟炎はゴライアスの巨躯さえも覆い、燃焼の猛り声とともに蹂躙した。

 

『―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ァァァァァ!?』

 

ゴライアスの自己再生さえも追いつかない轟炎。

その威力に誰もが戦慄した。

これが『海を焼き払った』とまで言われた『クロッゾの魔剣』だと。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

雄叫びを上げながら桜はその轟炎の中に突っ込んだ。

轟炎を恐れずに桜は炎の中で舞い、戦う。

その光景に誰もが畏怖して魅せられた。

食人花(ヴィオラス)の時とはまた違うその舞いに、その美しさに、その光景に冒険者達は目を奪われていた。

それはモンスターであるゴライアスさえも例外ではなかった。

自己再生すら追いつかない炎の中で自分に向かって攻撃してくる桜にゴライアスは恐怖を感じながらも美しいとさえ思った。

 

『――――――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

だからこそゴライアスは吠えた。

倒さなければならないと。目の前で自分に向かって来ている()を。

再生が追いついていないボロボロの自身の剛腕に力を込めて桜に放った。

自身の最大である巨人の鉄槌を。

 

「っ!?」

 

「桜!?」

 

その鉄槌は桜に直撃して吹き飛ばされた桜にリューは叫ぶ。

轟炎の中、ゴライアスは勝ったと思った時、吹き飛ばされた桜は叫んだ。

 

「いけええええええええええええええベルゥゥウウウウウウウウウウウウウッ!!」

 

そこでゴライアスは初めて気付いた。

白い光を帯びる黒大剣を携え、大鐘楼(グランドベル)の音色を高らかに響かせながら疾駆しているベル・クラネルの存在に。

桜が叫ぶまで気付くことができなかった。

いや、気づかされなかった。

桜が身を挺してまでゴライアスの注意を引き付けていたから。

桜は誰よりも信じていた。

ベルなら立ち上がると。

ベルならゴライアスを倒してくれると。

だからこそ桜はゴライアスの意識がベルに向けられないように誰よりも早く前へ出た。

誰よりも長く戦った。

全てはベルが手に入れた『英雄の一撃』を信じて。

 

―――――ありがとう。

 

桜の頭の中でベルの声が聞こえた。

幻覚に近いその声に桜は笑って答えた。

 

「いけ・・・・英雄(ベル)・・・・」

 

桜は気付いていた。

自分には『英雄』の『器』がないことに。

桜はわかっていた。

自分は『英雄』にはなれないことに。

ベルを見ていて桜はそれに気づかされた。

なら、自分は英雄(ベル)を守ろう。

放っておけない英雄を助けよう。

英雄の傍にいよう。

英雄を救おう。

英雄の道を作ろう。

これからもその先もずっと・・・・・・・・。

馬鹿みたいに英雄(ベル)を信じて。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

炸裂する純白の極光は桜達の視界を埋めつくし、誰もが目を腕で覆った。

ゴライアスの雄叫びをかき消すベルの咆哮、そして凄まじい轟音。

それが聴覚の機能を数瞬奪った後、最後に残ったのは・・・・決着の静けさだった。

視界が回復した者から目を開けるとそこには右腕と、上半身を失ったゴライアスと黒大剣を振り抜いた大勢で固まっているベルの姿。

その光景に誰もが何も言わずに立ちつくした。

 

「・・・・・消し飛ばし、やがった」

 

呆然とこぼれ落ちたヴェルフの言葉に全てが動き出す。

そして、ゴライアスは灰へと変わり、大量の灰の上にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』が残される。

 

『――――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

次の瞬間、大歓声が起き起こった。

終わりが告げられた戦いにリヴィラの街の冒険者は歓喜を分かち合っていた。

 

「まったく貴女は本当に無茶をする」

 

「・・・・ごめん」

 

リューに肩を借りながら立ち上がりベル達のところへ向かう桜。

 

「桜君!?」

 

「桜様!?」

 

「桜!」

 

「桜!?」

 

桜の安否が気になるかのように桜に駆け付けるベル達に桜も手を上げながら応える。

 

「桜君!君という奴は本当に本当に・・・・・!?」

 

涙を流しながら桜の無事に安堵するヘスティア。

 

「本当に心配するこっちの身にもなってください!」

 

無茶をした桜に怒るリリ。

 

「魔剣の炎のなかに突っ込むんじゃねえよ!肝が冷えたぞ!」

 

怒鳴るヴェルフ。だが、僅かに瞳に涙が溜まっていた。

 

「・・・・・・・・ごめん」

 

怒られた桜はバツが悪そうに謝る。

 

「でも、桜が無事でよかった・・・・」

 

桜の無事に安堵するベルに桜は笑みを浮かばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ・・・ああっ、嗚呼!」

 

一人取り残されたヘルメスは南の草原で歓声の中心にいるベルを真っ直ぐ見つめ、瞳を爛々と輝かせていた。

 

「見たぞ、このヘルメスが確と見たぞ!貴方の孫を!貴方の置き土産を!」

 

ここにいない何者かに声を飛ばすように興奮に身を委ねる。

 

「才能がない!?馬鹿を言うな、貴方の目もとうとう腐ったか!?」

 

ヘルメスは狂喜と言っても相応しいほどに、口を吊り上げた。

 

「喜べ大神(ゼウス)、貴方の義孫は本物だ!貴方の【ファミリア】が遺した、最後の英雄(ラスト・ヒーロー)だ!!」

 

ヘルメスは歓声の声を続ける。

 

「あぁ、神託(オラクル)なんて専門外なんだが・・・・ああっ!言わずにいられない!」

 

ヘルメスは芝居がかかった口調で告げた。

 

「動く、動くぞ!時代が動く!十年後か五年後か一年後か、あるいは明日やもしれない!この場所で、このオラリオの地で、時代を揺るがす何かが起きる!」

 

それは神の直感。

多くの英雄の器達がこの地に揃ったこのオラリオの街でヘルメスは叫んだ。

 

「見守る、見守るぞ!必ずやこの目で見届けてみせる!歴史に刻むだろう大事を、英雄達の行く末を、その生と死を!」

 

そして、ヘルメスは一人の少女、桜へと視線を向ける。

 

「【舞姫】、いや、柳田桜よ!例え君に英雄の器がなかろうと俺は見届けよう!君の道を、君の生き様を、君の信じるものを、このヘルメスは見届けよう!」

 

それも神であるヘルメスの直感。

英雄の器を持たない桜がこの先起こるであろう神の悪戯という試練を。

桜が何を思い、何を願うかを。

そして、ヘルメスは叫ぶ。

 

「親愛なる彼等が紡ぐ、【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】を!」

 



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酒場で

都市はざわめいていた。

冒険者達はギルド本部巨大掲示板に貼り出された、とある羊皮紙を唖然と見上げる。

 

――――――所要期間、半月。

 

――――――柳田桜、Lv.3到達。

 

その情報は都市中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。お客様二名はいりまーす!」

 

リヴィラの街で起きた異常事態(イレギュラー)の黒いゴライアスを倒した私達は無事に地上へと帰還した。

何故あのような事態が起きたのかは未だに解明されていないが全員が無事で帰還できたことに喜ぶとしよう。

 

「お待たせしました」

 

ギルドからは『神災』として神達が原因であると断定されて、激しい警告とともに罰則(ペナルティ)として【ファミリア】の資産の半分を払わなければならなかった。

 

「お一人様ですか?カウンターでもよろしいでしょうか?」

 

まぁ、幸いなことに【ロキ・ファミリア】が預かってくれているゴライアスの魔石とドロップアイテムは無事だった。

ドロップアイテムも商業系【ファミリア】に高く売ることができたし、これで多少なりは神ヘスティアが作ってくれた借金は返すことができた。

 

「桜ー、何現実逃避してるニャー。キリキリ働くニャー」

 

「わかってるよ・・・・・」

 

アーニャに声をかけられて私は料理を運ぶ。

リヴィラの街から帰還した私は【ランクアップ】してLv.3へと到達した。

ここ数日は治療に専念していたが、リヴィラの街で無茶な戦闘を行って皆に心配かけた罰として私は『豊穣の女主人』でアルバイトをしている。

 

「桜にはいい薬だ。しばらくはここで働いた方がいい」

 

同じリヴィラの街で戦ったリューは嘆息しながらそう言ってくる。

 

『桜君は一度ダンジョンから離れてここで働くんだ!』

 

神ヘスティアからそう言われてミア母さんの許可を得て今はウェイトレスとして働いている。

 

『おい、あれ【舞姫】じゃないか?』

 

『ああ、最速でLv.3へ到達した』

 

『ウェイトレス姿の【舞姫】・・・・いい』

 

少なからず私のことが知られ渡っているせいか噂話と視線が多い。

それ以外にも私のことを一目見ようと店に来る客も大勢いるらしい。

 

「桜さん、有名人ですからお客さんも多く入ってきて儲かっているとミア母さん喜んでいましたよ」

 

シルが耳元で私にそう言ってくる。

私は客寄せのマスコットか・・・・・・。

はぁと溜息が出ながら私はせっせと働く。

客を席へ案内したり、注文を取ったり、料理を運んだり、片付けたり、一休憩すると今度は買い出しと料理の仕込みとやることが多い。

人気のある『豊穣の女主人』だから忙しいけど前の世界でアルバイトしていた時のことを思い出していた。

ベル達は今頃、『焔蜂亭』で楽しんでいるだろうな・・・・・。

ここでは違う酒場でベル達はヴェルフの【ランクアップ】のお祝いをしている。

私も行きたかったが私がここで働きだしてから客足も増えて忙しく休ませてくれなかった。私も【ランクアップ】したのにな。

そう思いふけっていると店の入り口から足音が聞こえて笑顔を作って挨拶する。

 

「いらっしゃいませ」

 

「桜たんや!?」

 

瞬時、私は凍った。

店に来たのは神ロキと姉さん、それにディムナさん達。

 

「なんや!?ドチビのところを辞めてここで働いてるん!?それならうちのところにくればへぶっ!?」

 

「ロキ。うるさい」

 

神ロキの頭を叩く姉さんは微笑しながら私に近寄る。

 

「似合ってるよ。桜、可愛い」

 

若干頬を赤くしながらそう言ってくる姉さん。でも嬉しくない。

 

「桜!可愛いね!」

 

「そうね、似合ってるわよ」

 

アマゾネス姉妹も私のウェイトレス姿を褒めてくれるけど今の私には羞恥を顔に出さないように振る舞うので精一杯だった。

 

「【ランクアップ】おめでとう。まさかこんなにも速くLv.3になるなんてね」

 

「ありがとうございます」

 

私の【ランクアップ】を素直に褒めてくれるディムナさん。

 

「これならうちに来ても即戦力になりそうだ」

 

だけど、まだ勧誘は諦めていなかった・・・・。

 

「・・・・・・席へご案内致します」

 

もう耐え切れずにお得意様である神ロキ達を席へ案内する。

 

「ハン!どうやら噂は本当だったみてえだな!?」

 

神ロキ達を席へ案内していると突然大声を出す者がいた。

声がした方へ見ると数人組の冒険者が杯を持って叫んでいる。

 

「【舞姫】は【ロキ・ファミリア】の腰巾着つーのは本当だったとはな!それでいいように言われて羨ましいぜ!」

 

一人の人間(ヒューマン)が周りに聞こえるように大声で喚きだした。

 

「まったく同じ冒険者として恥ずかしいぜ!そんなこすい真似して喜ぶ気がしれねえ!?俺なら恥ずかしくて表にも出れねえ!」

 

私を罵倒する人間(ヒューマン)が座っているテーブルの奴らは同じ金の弓矢に輝く太陽のエンブレムが刻まれていた。

【アポロン・ファミリア】の連中か・・・・・。

見覚えのあるエンブレムに正体がわかった私は息を吐きながら構わず神ロキ達を案内するとそれが気に障ったのか、もしくは私の態度が変わらなかったことに虫唾が走ったのか盛大に舌打ちをしていた。

 

「桜・・・・気にしたらダメ」

 

「そうだよ!いったい何なのよ、あいつら」

 

「放っておきなさい」

 

姉さん達が私を宥めるようにそう言ってくる。

神ロキも含めて侮蔑の視線を【アポロン・ファミリア】の連中に向ける。

まぁ、私も手を出す気なんかないけど。

どう見てもあれは計略だろう。芝居かがってる。

私に手を出させて何らかの因縁でも吹っ掛けられたら後々面倒だ。

 

「まぁ、仕方ねえわな!あんなチビで威厳もねえ女神の眷属してるんだ!少しでもいい【ファミリア】に入りたくて媚売っても仕方ねえわな!」

 

「・・・・・はぁ」

 

今度は私の主神を馬鹿にしてくる【アポロン・ファミリア】の連中に私は溜息が出た。

反論できないことに・・・・。

チビで威厳も尊厳もなくて金遣いが荒くてだらけ者で子供のような女神なのだから反論さえできなかった。

すると別方向からドン!と何かが壊れる音が聞こえた。

ミア母さんがテーブルを破壊した音だった。

 

「酔ってるんならさっさと帰りな!飯がまずくなっちまう!」

 

【アポロン・ファミリア】の連中に向かって怒鳴るミア母さんに驚いて【アポロン・ファミリア】の連中は金を置いて逃げ出した。

強いな・・・・ミア母さん。

冒険者さえ逃げ出す腕っぷしを見て何で酒場の店長なんてやっているのだろうと疑問に思った。

 

「桜たん、よう我慢した」

 

「え?」

 

そう思っていると神ロキがあやす様に私の頭を撫でてきた。

 

「うん、よく耐えたね」

 

姉さんも慰めるように私に抱き着きながら背中を擦る。

店にいる皆が宥めるような、何というかよくわからない視線を私に向けてきた。

私・・・・別に何も我慢も耐えてもいないのだけど・・・。

それからの皆は何故か無性に優しかった。

 



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アポロン

【アポロン・ファミリア】の連中に会って姉さん達に慰められてからしばらく経った頃。

私と同じ日にベル達も【アポロン・ファミリア】の連中に絡まれていた。

ただし、そこには【アポロン・ファミリア】の団長である【太陽の光寵童(ポエプス・アポロ)】、Lv.3のヒュアキントスにベルとヴェルフは手酷くやられた。

 

「ふ~ん、なるほどね、喧嘩かー」

 

ヒュアキントスにボコボコにされたベルとヴェルフの治療しながら神ヘスティアは間の抜けた声を出す。

それにしてもまさかワンちゃんがいたのが幸いだったな。

運よく『焔蜂亭』にいたワンちゃんのおかげで何とかなったが万が一神ロキ達と一緒に『豊穣の女主人』に来ていたらベル達が危なかったな。

今度ドックフードでも持っていてあげよう。

 

「ベル君が思ったよりやんちゃで、ボクは嬉しいような、悲しいような・・・」

 

「まぁ、ベルも男ですから喧嘩の一つぐらいしてもおかしくはないでしょう」

 

「きっとヴェルフ様と桜様の影響です!お二人に会ってからベル様はどんどん冒険者気質(らんぼう)になっています!」

 

「おいおい、それは言いがかりだろう」

 

「全くだ・・・・・」

 

だけど、厄介事になったのは間違いないな。

私とベルのところに【アポロン・ファミリア】が来ていたということはこれは偶然ではなく必然の出来事。

更にどちらも私達を罵倒していた。

私は手は出してはいないがベル達が手を出しているとなれば何かを吹っ掛けてくる可能性はあると踏んでいいだろう。

 

「でも、やっぱり喧嘩はよくないぜ?サポーター君の言う通り、しっかり怪我までしているじゃないか」

 

「だって、あの人達っ、神様を馬鹿にしたんですよ!?」

 

初めて見たかもしれないベルが神ヘスティアに反抗したの。

でも、私はそれに関して何とも言えない。

神ヘスティアが馬鹿にされても私は反論出来なかった。

事実だったからな・・・・・・・・。

 

「君がボクのために怒ってくれるのはとても嬉しいよ。でも、それで君が危険な目に遭ってしまう方が、ボクはずっと悲しいな」

 

「・・・・・・」

 

その言葉にベルは何も言い返せなかった。

まぁ、立場が逆だったとしても同じ結果だろうけどそれでも神ヘスティアの言葉は正しいだろう。

 

「まぁ、ベルも次は我慢しろよ」

 

神ヘスティアに慰められているベルに私は簡潔にそれだけ告げる。

 

 

 

 

 

「それじゃあ桜君のところにも来ていたんだね。アポロンのところの子は」

 

「はい。手口はベル達と全く同じでした」

 

ベルがギルドに行ったのを見計らって私と神ヘスティアで私達に絡んできた【アポロン・ファミリア】のことについて話し合っていた。

 

「まったく、アポロンの奴いったい何が目的でベル君と桜君を・・・・ッ!」

 

怒る神ヘスティアに私は自分の推測を話した。

 

「恐らくですけど【アポロン・ファミリア】は、いえ、ここは神アポロンとしましょう。神アポロンは私達にちょっかいをかけて何かを企んでいると思います。そうでなければあんな三文芝居なんてしなかったでしょうし」

 

「だろうね・・・・。問題は何を企んでいるかだ」

 

そう、問題はそこだ。

神アポロンは何が狙いで私達にちょっかいを出してきたのか。

こんな零細ファミリアで価値があるものとしたら私かベルぐらいだが。

まぁ、向こうから仕掛けてきたのだから近い内に何かあるはずだ。

そう思案する私に神ヘスティアは頭を撫でてきた。

 

「桜君はよく耐えてくれたね・・・・怪我がなくてよかったよ」

 

慈愛の女神のような優しい笑みを浮かばせる神ヘスティア。

ごめんなさい、全然耐えても、我慢もしていません・・・・・。

あの後も妙に優しい皆から励まされながら仕事をしていたからそんなこと言えなかったんだよな・・・・・。

今だって普段は見ることができない女神らしい神ヘスティアの笑みを直視できなかった。

この事は一生黙っておくとしよう。うん、それがいい。

そう決意しているとベルが帰って来た手紙を持ちながら。

 

「神様、桜・・・・【アポロン・ファミリア】から招待状を貰ったんだけど」

 

神アポロンは動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アポロン・ファミリア】が開催する『神の宴』に私達は来ていた。

本来なら神だけの宴だが、趣向を凝らしているのか眷属を数名引き連れていいことになっていた。間違いなくこの宴で何かしてくるだろうと睨んでいる私と神ヘスティアは取りあえずは警戒をしている。

 

「似合っているぜ、ベル君、桜君。恥ずかしがらなくても大丈夫さ」

 

そわそわと切ないベルに神ヘスティアは褒める。

 

「そ、そうですか?僕なんかより桜の方が様になっているような・・・」

 

「そうか?」

 

私は着ているドレスを見渡す。

純白で覆われたドレスに胸元と背中が大胆にも空いている為か少し寒い。

 

「英雄譚に出てくるお姫様みたいだよ」

 

「それは褒めすぎだ、ベル」

 

私が姫なんてあるわけがない。いや、確かに二つ名に姫はついているけど私より姫に相応しい人がいるだろうが。

 

「すまぬな、ヘスティア、ベル、桜。服から何まで、色々なものを世話になって」

 

私達より後の馬車から降りてくる神ミアハとその眷属である犬人(シアンスロープ)のナァーザ。メンバーが揃ったことにより私達はギルドが管理している施設。神アポロンが開催する会場へと足を運んだ。

広間に着くとそれぞれの【ファミリア】とその眷属達を引き連れている。

眷属自慢する神達も入れば退屈そうにする神や眷属もいる。

 

「あら、来たわね」

 

「ミアハもいるとは意外だな」

 

「ヘファイストス、タケ!」

 

神ヘファイストスと神タケミカヅチが声をかけて来てくれた。

神タケミカヅチの隣ではガチガチに緊張している命の姿も。

命と少し話そうと思っていたがあそこまで緊張していると今は無理か。

私は先に神ヘファイストスと神タケミカヅチへと挨拶した。

 

「お初にお目にかかります。主神ヘスティア様の眷属、柳田桜と申します。以後お見知りおきを」

 

会釈する私に神ヘファイストスと神タケミカヅチは笑みを浮かばせながら挨拶してくれた。

 

「初めまして、貴女が桜ね。貴女のことはそこの馬鹿から聞いているわ。よろしくね」

 

「はい。いつもうちの主神がお世話になっております」

 

「・・・・そうね。しっかり教育してあげてちょうだい」

 

「ボクは君の子供か!?桜君!」

 

養われているからある意味そうだろう。

 

「それと刀。ありがとうございます。大切に使わさせていただいております」

 

「・・・・そう、それはよかった。大切に使ってね」

 

「はい」

 

嬉しそうに目を細めながら言う神ヘファイストス。

 

「俺がタケミカヅチだ。この間はすまなかったな」

 

「いえ、命さんには助けられました。それに桜花さんには体を張ってうちの団長であるベルを守っていただきました。お互いまだまだ未熟な身同士仲良くして行きたいと思っております」

 

「・・・・そうか、ありがとう。これからもうちの子達と仲良くしてあげてくれ。命」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

緊張しすぎで声がおかしくなっている命だがガチガチになりながらも手を差しだしてきた。

 

「よ、よろしくお願い致します、桜殿」

 

「こちらこそ」

 

握手し合う私と命。命もどうやら少しは緊張が解けたようだし、もう大丈夫かな。

 

「桜君・・・・・何故君はそんなに手慣れているんだい!?もしかしてどこかの貴族だったりするのかい!?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

この程度なんか前の世界で身につけなければならない必須スキルなんだから身に着けていて当たり前だったからな。

 

「―――――やぁやぁ、集まっているようだね!オレも混ぜてくれよ!」

 

「あ、ヘルメス」

 

大きな声で振り返るとそこには神ヘルメスとアスフィさんがいた。

私達の前で人当たりのいい笑み浮かべながら一人ずつ褒める。

 

「やぁ、桜ちゃん。君は美しいを体現したように見えるよ!」

 

「どうも」

 

褒める神ヘルメスに私は素っ気なく返すが神ヘルメスは気にも止めなかった。

 

 

 

 

『―――――――諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 

 

と、高らかな声が響き渡った。

大広間の奥に人柱の男神、アポロンが姿を現した。

口上を述べる神アポロンに乗りのいい神達は喝采を送っていると不意に神アポロンの視線がこちらに向いた。

私達が来て狙い通りって顔だったな・・・・・。

その狙いが何なのかは定かではないが警戒は強めた方がいいかな。

 

『今日の夜は長い。上質な酒も、食も振る舞おう。ぜひ、楽しんでいってくれ!』

 

神アポロンの挨拶が終わり大広間が騒がしくなる。

さて、どうしようか?せっかくだし、何か食べておこうか。

そう思って早速料理に手を付けようと思った時。

 

「やぁ、【舞姫】。とても素敵なドレスだね」

 

どこかの【ファミリア】であろうエルフが私に話しかけてきた。

 

「はぁ、どうも」

 

「だけど、そのドレスの美しさを引き出しているのは君自身から溢れる魅力かな?」

 

ウザい、と心底思った。

そういえば私が知っているエルフって女性しか知らなかったな。男のエルフはこんな感じなのか?いや、それは偏見だな。

 

「おい、そこのエルフ」

 

私とエルフに割り込むように今度は男性の犬人(シアンスロープ)の寄って来た。

 

「胡散臭い言葉述べてんじゃねえよ。【舞姫】が戸惑ってんじゃねえか」

 

「何を言う。私は正直な気持ちを述べたまで。犬は外で待機でもしておきたまえ」

 

敵意がぶつかり合うエルフと犬人(シアンスロープ)

なにこれ?

どうして私の目の前でこんな修羅場みたいなことが起きてんだ。

こういうのはベルの役目だろう。

取りあえず料理は諦めてここを去るとしよう。

どこの【ファミリア】かまでは知らないけど面倒事はゴメンだ。

 

「【舞姫】!この後俺と一曲どうだ!?」

 

「いいや、僕と踊ってくれ!」

 

「こんな奴らより、ぜひ私と」

 

去ろうとした瞬間、我こそはと私に押し寄せてきた。

いや、本当になにこれ?

 

「ごめんなさい!」

 

取りあえず頭を下げてその場を去って神ヘスティアのところに来るとニヤニヤ顔の神ヘスティアがそこにいた。

 

「いや~、モテるね。桜君。ボクも鼻が高いよ~」

 

「・・・・・こっちは迷惑ですよ」

 

踊る為にこんなところに来たわけじゃないんだから。

その時、私は感じた。

嘗め回すような視線に。

この感じは・・・・。

私は視線を感じる方向には神フレイヤが歩いて来ていた。

 

「フレイヤを見るんじゃない、ベル君!!」

 

「へあっ!?」

 

ベルに体当たりするようにベルの視線をベルに向かせないようにしていた。

神フレイヤはオッタルを引き連れて私達のところまで来た。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会(デナトゥス)以来かしら?」

 

「っ・・・・・やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

威嚇するなよ、神ヘスティア。

動物のように神フレイヤに威嚇する神ヘスティア。

今にもグルル・・・って唸りそう。

 

「別に挨拶をしに来ただけよ?珍しい顔ぶれが揃っているものだから、足を向けてしまったの」

 

蠱惑的な視線に男神達はデレデレとしていたが、自分の子に足を踏まれて悲鳴が飛んだ。

流石は美の女神というところか・・・・。

そんな神フレイヤはベルの頬を撫でる。

 

「―――――今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「――――見せるかァ!!」

 

神フレイヤが尋ねると同時に神ヘスティアが吠えた。

もう完全に猛犬のような反応ですよ、神ヘスティア。

すると、神フレイヤは私の方へとやってきて結んでいる三つ編みに触れると小さな声で言ってきた。

 

「ちゃんと守っていてくれて嬉しいわ」

 

神フレイヤに結ばれてから毎日ここだけは小さく三つ編みにしている。

 

「こらっ!桜君にも近づくんじゃない!フレイヤ!」

 

また吠える神ヘスティアに神フレイヤは楽しそうに微笑む。

 

「ヘスティアの機嫌を損ねてしまったようだし、もう行くわ。それじゃあ」

 

オッタルと一緒に離れていく神フレイヤを見て私は息を吐く。

味見しにきたのと、確認をしにきたってところか・・・・。

 

「―――――早速、あの色ボケにちょっかい出されたなぁ」

 

聞き覚えのある声に振り返るとそこには何故か男性用の正装をした神ロキとドレスを着た姉さんの姿が。

姉さんのドレス姿に言わずともベルは赤面する。

 

「姉さん。似合ってるよ」

 

「ありがとう。桜も可愛いよ」

 

薄い緑のドレスを着こなす姉さん。うん、やっぱり私より姉さんのほうが姫だろう。

 

「おおっ!?桜たんのドレス姿や!ごっつい可愛いで!」

 

興奮気味に親指を立てて褒めてくれる神ロキ。

 

「ありがとうございます、神ロキ。ですが、私は貴女のドレス姿が見れなくて少々残念です」

 

「ふん!何を言っているんだい桜君!こんな絶壁にドレスなんて似合うわけないじゃないか!?」

 

「なんやとこのドチビィィ!?」

 

喧嘩を始める神ヘスティアと神ロキ。

ドレス傷つけないでくださいよ、借り物なんだから。

とりあえず姉さんと一緒に喧嘩を止めさせると神ロキがベルの方に視線を向けた。

 

「ふーん、その少年がドチビのもう一人の眷属か・・・・」

 

無遠慮にベルを見た神ロキの感想は。

 

「何だかぱっと冴えんなぁ。桜たんとアイズたんとは天地の差や!」

 

とても冷たい感想にベルは落ち込んだ。

それを聞いた神ヘスティアの頬が痙攣しているがこれ以上もめ事が起こっても面倒なので代わりに私が神ロキに言い返した。

 

「神ロキ。ベルの素晴らしさは何も見た目だけではありませんよ。先ほどの言葉は早計かと私は思います」

 

「ぬぅ、桜たんがそこまで言うんかい・・・・」

 

ベルをフォローする私に神ロキが呻く。

 

「そうだそうだ!そっちのヴァレン何某よりボクのベル君の方がよっぽど可愛いね!兔みたいで愛嬌がある!!」

 

「笑わすなボケェ!うちのアイズたんの方が実力もかっこよさも百万倍上や!?」

 

結局のところ眷属自慢を始める神ヘスティアと神ロキ。

まったく余計なことを言わないで下さいよ、神ヘスティア。

結局のところまた私と姉さんで主神を止めて離れて行った。

 

「桜・・・・またね」

 

「うん、また」

 

ご立腹の主神たちを無視して私と姉さんは挨拶して離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ・・・疲れた・・・」

 

会場の端で私は壁に背を預けて休む。

動きづらいドレスに言い寄ってくる神やその眷属達に流石に疲れた。

何で姉さんじゃなくて私に言い寄ってくるんだよ。いくら姉さんは二大派閥の一角の【ファミリア】で私は零細ファミリアだとしてもそこは度胸で姉さんにも向かって行けよ。

愚痴を言う私は葡萄酒を一口飲んで落ち着きながら神アポロンに視線を向ける。

今のところ特にこれということはしていない。ただ神同士で話をしているだけ。

だけど、何を言ってくるかわからない以上色々対策は考えていた方がいいか。

幸いにも後ろ盾になってくれている神ロキがいる。

いざとなればハッタリでもかまして何とかしてみよう。

そう考えていると曲が流れ始めた。

何人かの人達は手を取り合って踊り始める。

あー、ダンスが始まったか・・・・。

曲が流れて踊り始める人達を見て私はあることを考えた。

だけど、正直なところはしたくはないのだが、保険はかけておくとしよう。

私は男神達に囲まれている神フレイヤのところに歩み寄る。

 

「おおっ!【舞姫】ちゃん!俺と一曲どう!?なんなら【ファミリア】に来てもいいよ!?」

 

「よっしゃリベンジだ!【舞姫】!俺とぜひ!」

 

手を差しだしてくる男神達に私は頭を下げて断る。

 

「申し訳ございません。私の相手はもう決めていますから」

 

私は神フレイヤに手を差しだす。

 

「私と一曲願いますか?女神フレイヤ」

 

「ええ、喜んで」

 

微笑みながら手を握ってくる神フレイヤと私は踊り始める。

 

『うおおおっ!【舞姫】にフレイヤ様を取られた!』

 

『一発OKだと!?【舞姫】何者なんだ!?』

 

『【舞姫】、いや、【百合姫】・・・・いいかも』

 

騒ぐ男神達を無視して私と神フレイヤは曲に合わせて踊る。

 

『うおおおおおおおおおっ!?桜たん!何でフレイヤと踊っとんねん!?』

 

『なぬっ!?フレイヤめ!ベル君だけじゃなく桜君まで食べるつもりか!?』

 

驚く主神を無視して踊っていると神フレイヤが私に話しかけてきた。

 

「ふふ、貴女から誘ってくれるとは思ってもみなかったわ」

 

「私も誘う気も踊る気もありませんでしたよ。でも保険をかけておこうと思いまして」

 

微笑する神フレイヤに私は正直に話す。

 

「私達は神アポロンに狙われている可能性があります。その為の保険を作っておこうと思いましてね」

 

「正直なのね。それで私は何をすればいいのかしら?」

 

「今のところはまだ決まっていませんがいざという時僅かでいいので貴女のお力をお借りしたい」

 

「それなら私を楽しませてちょうだい」

 

微笑みながら告げる神フレイヤに私も微笑みながら応えた。

しばらくして神フレイヤは満足そうにオッタルのところへ戻って行った。

どうやら保険は何とかなりそうだな・・・・・。

 

「桜たん!何でフレイヤと踊るん!?うちとも踊ってな!?」

 

少しだけ安堵していると今度は神ロキが私のところに来た。

まぁ、後ろ盾になってくれているしそれぐらいは応じよう。

 

「それでは神ロキ。私と」

 

「もちろんや!!」

 

最後まで聞かずに私の手を握り締める神ロキ。

 

『おおっ!【舞姫】、今度はロキと!?』

 

『無乳神と【舞姫】!?』

 

『何で【剣姫】とじゃねえんだ!?』

 

私と神ロキは踊りながら私は神ロキから神アポロンの情報を聞いた。

 

「神ロキ。神アポロンとはどのような神なのでしょうか?」

 

「・・・・・桜たん、アポロンには気をつけたほうがええよ。あの神は正真正銘の変態や。執念深く、求愛し続ける神なさかい気を付けたほうがええ」

 

執念深く求愛を続ける変態の神か・・・。

神アポロンの情報を神ロキより聞いていると不意に視界に姉さんとベルが一緒に踊っている姿が視界に入る。

 

「ん?どないしたん?」

 

「いえ、踊りましょうか」

 

ベルよ。こっちの神様は何とかしてやるからしっかりと姉さんと踊るといい。

既にうちの主神は気付いているがアスフィさんが押さえられているところを見ると神ヘルメスがベルにそう仕向けたのだろう。

ほんの少しだけ神ヘルメスに感謝しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神ロキとの踊りもベルと姉さんの踊りも無事に終わって神ヘルメスを処刑して戻って来た神ヘスティアがベルと踊ろうした時。

 

「―――――――諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

とうとう警戒すべき神アポロンから私達に接触してきた。

 

「盛り上がっているようなら何より、こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

適当な言葉を並べた後、神アポロンは神ヘスティアに視線を向けた。

 

「遅くなったが・・・・ヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」

 

「・・・・ああ、ボクの方こそ」

 

「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

 

「言いがかりだ!?ボクのベル君だって怪我をしたんだ、一方的に見返りを要求される謂われはないぞ!」

 

「だが私の愛しいルアンは、あの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた・・・・私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった!」

 

演劇じみた態度を取る神アポロンに私達に歩み寄ってくる全身を包帯で巻いているルアンという小人族(パルゥム)が歩み寄ってきた。

明らかに嘘っぱちな三文芝居だ。脚色しすぎだろう。

更に神アポロンはベル達がいたであろう『焔蜂亭』の客達を連れて神アポロンの言葉を肯定している。

やっぱり全ては仕込んだうえで私達をここに招き寄せたのか。

 

「待ちなさい、アポロン。貴方の団員に最初に手を出したのはうちの子よ?ヘスティアだけを責めるのは筋じゃないでしょう?」

 

「ああ、ヘファイストス、美しい友情だ。だが無理はしなくていい、ヘスティアの子が君の子をけしかけていただろうことは、火を見るより明らかだ」

 

証人とこの場での発言力が一番強い神アポロン。

下手に言ってもこちらの立場がまずくなる一方だ。

 

「団員を傷付けられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる・・・・ヘスティア、どうあっても罪は認めないつもりか?」

 

「くどい!そんなものは認めるものか!」

 

その言葉を聞いた神アポロンは醜悪な笑みを浮かばせた。

 

「ならば仕方ない。ヘスティア―――――――君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)。眷属を使っての神の『代理戦争』。

それを申し込ませるためにここまで手の込んだ三文芝居を考えていたのか。

娯楽好きな神達も神アポロンの言葉に面白おかしく騒めきだす。

 

「我々が勝ったら・・・・柳田桜をもらう」

 

・・・・・・なるほど、全ては戦争遊戯(ウォーゲーム)で私を手に入れる為か。

神ロキといい、神フレイヤといい、何で私を欲しがるんだよ。

 

「――――駄目じゃないかぁ、ヘスティア~?こんな可愛い子を独り占めしちゃあ~」

 

欲望まみれの醜悪な顔で笑う神アポロンに悪寒を感じた。

侮蔑を込めた眼で見ても神アポロンは効果はなかった。

今、流れは神アポロンにある。

そして、向こうは嘘っぱちとはいえ証人がいる上にルアンという証拠もある。

私も姉さんと神ロキという証人がいるが口裏を合わせていると言われたらそれでお終いだ。物的証拠を出さない限りこの流れは切ることはできない。

でも、乱すことはできる。

私は視線を神ロキに向けると神ロキも私の考えに気付いたのか頷く。

 

「ちょい待ち、アポロン。その戦争遊戯(ウォーゲーム)ちょいタンマや」

 

私に近寄り神アポロンに声をかける神ロキ。

 

「それはどういう意味だ?ロキ。今回、君の【ファミリア】とは何の関係もないはずだが?これは私とヘスティアの【ファミリア】同士の問題だ。部外者である君が割り込んでいいものではないぞ」

 

「ところがどっこい関係あるんや」

 

神ロキは私の肩に手を置いて神アポロンに告げる。

 

「うちはこの子、桜たんと取引でドチビの【ファミリア】と契約しとる。気には喰わへんがドチビ、桜たん達に手を出すつーことはうちらも敵に回すってことやで?」

 

「なに!?」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

神ロキの言葉に周囲は一驚するが神ヘスティアとベルはポーカーフェイスぐらいしろ。

驚く神アポロンだがすぐに冷静に言い返した。

 

「冗談はよしてもらおう、ロキ。君ほどの派閥が零細であるヘスティアの子とまともな取引ができるわけがない」

 

「そんなことあらへんで。桜たんからはこれ以上ないぐらいものを貰っとる。少なくとも対価に見合うものほどにな」

 

「ほう、それはいったいなんだというんだ?」

 

「それを教えたら取引の意味がないやろ?それとも自分は取引の材料を他に教えてるんか?それやったら信用を無くすで?アポロン」

 

「・・・・・・・・・」

 

神ロキの言葉に黙る神アポロン。

神ロキの言葉で何とか流れを乱すことはできたが所詮これはハッタリ。

最初に神アポロンが言っていたようにこれは【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】の問題。それを主張されたら終わりだ。

一応はそれ以外も手は打ってはいるがまだ確定ではないからな。

 

「それに桜たんはうちのお気に入りや。いずれはドチビのところから引き抜くつもりを横から引き抜こうゆーなら戦争や、アポロン」

 

「・・・・・・今日はこれでお開きとしよう」

 

それだけを告げて神アポロンは従者をつれて去って行った。

 

「ふぅ、助かりました。神ロキ」

 

「いいねん、桜たんがあんな変態の手に渡るゆーなら本気でアポロン潰そうと思ったし」

 

マジで言っているな、この神。

 

「というかどういうことだい!?桜君、君はいったいいつの間にロキと取引をしたんだい!?」

 

「ドチビよりうちの方が信用されとる証拠や。諦めて桜たんのうちによこせや」

 

「誰があげるものか!?桜君はボクのだぞ!?」

 

言い争いを始める神ロキと神ヘスティア。

神ロキのおかげでこの場は何とかなったが、これで終わったとは思えない。

―――――アポロンは執念深い。

もし、その通りならまだ諦めていないはずだ。念の為に【タケミカヅチ・ファミリア】と協力を要請しておくとしよう。少なくとも私かベルと行動を共にしてくれるはずだ。

そうして【アポロン・ファミリア】が開催した『神の宴』は終わりを告げた。

 

 



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勃発

アポロンが開催した『神の宴』から一夜が明け、翌朝。

 

柳田桜

 

Lv.3

 

力:I0→1

耐久:I0

器用:I0→2

敏捷:I0→1

魔力:I0

魔導:H  耐異常:I

 

《魔法》

 

【氷結造形】

・想像した氷属性のみ創造。

・魔力量により効果増減。

・詠唱式『凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界』

 

【舞闘桜】

・全アビリティ・魔法・スキル・武器の強化。

・察知能力上昇。

・体力・精神力消費増加。

・詠唱式『瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる。舞う。華の名は桜』

 

《スキル》

 

【不死回数】

・カウント3。

・24時間毎にリセットされる。

・一度死ぬたびに全回復する。

 

【目的追及】

・早熟する。

・目的を追求するほど効果持続。

・目的を果たせばこのスキルは消滅。

 

連撃烈火(コンボレイジング)

・連続攻撃により攻撃力上昇。

・『力』の超高補正。

 

初めて私はもの凄い低い上昇値が出てきた。

トータル4。

まぁ、ダンジョンに潜らずに『豊穣の女主人』で働いているからな。

【ステイタス】の更新を行って私は昨夜のことを考える。

神アポロンがあの程度で終わるとは思えない。

だからその場にいた神タケミカヅチと協力を要請してしばらくは【ヘスティア・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】は一緒に行動を共にすることになった。

主に桜花と命だけど。

 

「それでは神ヘスティア。行って参ります」

 

「うん、アポロンのことがあるから気を付けておくれよ」

 

「わかっていますよ」

 

私は朝早くから『豊穣の女主人』に行かなければならない。というより、今は下手にダンジョンへは行かない方がいいが生活もある以上行かなければならない。

取りあえずはいつも以上に周囲に警戒するようにしてもらっている。

本拠(ホーム)である廃教会を出ると桜花と命が待っていてくれた。

 

「それでは命。行こうか」

 

「はい、それでは桜花殿。ベル殿を頼みます」

 

「ああ」

 

私と命、ベルと桜花でしばらくは組んで行動する。

ベルと桜花は後でヴェルフ達と合流してからダンジョンに行くはずだ。

Lv.2が三人もいれば何とかはなるだろう。

いや、一番警戒が必要なのは私か。

変態神(アポロン)に狙われているからな・・・・・。

まぁ、『豊穣の女主人』にはリューもいるし、人目もあるから問題はないとは思うが。

 

「っ!?」

 

「どうされました?桜殿」

 

「あ、いや、何でもない」

 

廃教会の上を見るが誰もいない。誰かに見られた気がしたがまた神フレイヤか?

それにしては嘗め回すような感覚はなかったが警戒しすぎで疲れているのか、もしくは慣れてしまったか?

取りあえずはまずは自分の身を守らないといけないか・・・・。

『豊穣の女主人』に向かいながら私は命に謝る。

 

「悪いな、命。こんな面倒なことに巻き込んで」

 

「い、いえ、友を助けるのは当然ですよ、桜殿」

 

そう言ってくれる命に私はもう一度「悪い」と言いながら神アポロンのことについて考える。ハッタリとはいえ神ロキが私達の後ろ盾になっていることを知ったはずだ。

二大派閥の一角である神ロキの言葉を信じるとまではいかないだろうけど疑いはするはず、ならそうそう仕掛けては来ないだろうし、そもそも『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受理するわけがない神ヘスティアにあれ以上の進言はしても意味がないだろう。

三文芝居をもう一度してきたところで私達に効果があるとも流石に思わないはずだ。

まぁ、何とか解決策を考えていかないと・・・・・。

解決策を命と相談していると『豊穣の女主人』に到着した。

 

「それでは自分は周囲の警戒に当たります」

 

「ああ、でも無理はするなよ」

 

「はい」

 

命は『豊穣の女主人』周辺の警戒に当たり私はウエイトレス服に着替える為に酒場の中に入ろうとしたが――――――――大爆発が発生した。

 

「っ!?」

 

大爆発が起きたであろう場所から煙が上がっているのを見て私は目を見開いていた。

私達の本拠(ホーム)が襲われた・・・・・ッ!?

 

「桜殿!?」

 

周囲の警戒に当たろうとしていた命も今の爆発を聞いて私の方へ駆けつけてきた。

 

「命!本拠(ホーム)へ戻るぞ!」

 

「はい!」

 

私は命と共に本拠(ホーム)へ向かって駆け出す。

もう襲ってきたっていうのか【アポロン・ファミリア】!?いくら何でも早すぎるだろう!?

たった一晩明けての朝早くからの襲撃に驚きながらも思考を巡らせる。

神ロキの話がハッタリだとバレたのか?

いや、あの時の会話には神ロキの私情も交じっていた。ハッタリだとは気付くのは速すぎる。それなら何かあるのか?【ロキ・ファミリア】を敵に回しても大丈夫な何かが?

思考を巡らせながら私と命は本拠(ホーム)へと戻るとそこには無残な状態になっている本拠(ホーム)の姿がそこにあった。

 

「ひどい・・・・・」

 

命がそう呟く。

私も何とも言えない感情が渦巻いているが今はそれどころじゃない。

ベル達がいないということは【アポロン・ファミリア】はベル達を追っているのだろう。

 

「う・・・・」

 

「桜花殿!?」

 

瓦礫の中から桜花が這い上がってきた。

命はすぐに駆け寄って桜花にポーションを飲ませる。

 

「アポロンだ・・・【アポロン・ファミリア】が襲撃してきた・・・・」

 

桜花の言葉に私は納得した。

襲撃したのは【アポロン・ファミリア】。ベルは桜花を巻き込まない為にこの場から離れたのだろう。だけど、神アポロンはどういうつもりなんだ?

ダンジョンではなくこんな地上の朝早くからの襲撃をすれば間違いなくギルドから罰則(ペナルティ)が発生するはずだ。

それを覚悟で襲撃したとしても神ヘスティアが『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を承諾しない限り・・・・ッ!?

私はそこで気付いてしまった。

最悪な答えに。

 

「命!お前は今すぐにヴェルフ達や他の【ファミリア】に救援を要請してくれ!?」

 

「し、しかし桜花殿が・・・ッ!」

 

「俺は大丈夫だ。行け、命」

 

桜花の言葉を聞いて命は私の指示に従ってくれた。

 

「桜花。悪いがお前はここにいてくれ」

 

それだけを告げて私は駆け出す。

ギリと歯を噛み締めながら自分の愚かさに苛立ちを感じた。

私の考えが足りなかった・・・・・ッ!

いや、神アポロンの執念深さを甘く見ていた!

神アポロンはベルを殺して神ヘスティアを強制送還させるつもりだ。

恩恵が刻まれている神ヘスティアがいなくなれば私の背中に刻まれている恩恵は消える。

そして、邪魔者であるベルを抹殺して私を孤立させたところで無理矢理恩恵を刻ませることにより私は【アポロン・ファミリア】の眷属にされる。

先に恩恵を刻んでしまえば神ロキの言葉が本当だったとしても私を手に入れている時点で神アポロンの目的は達成している。

そのことに気付いたのか・・・・ッ!

そして、私が本拠(ホーム)を出た時感じた視線は【アポロン・ファミリア】の連中だったことにどうして気付かなかったんだ。

いや、今はベル達を助けに行かないと。

ベルのことだから助けを求める為にギルドの方向へ向かっているはず。

 

「いたぞ、【舞姫】だ!?」

 

「捕まえてアポロン様に献上しろ!」

 

「一人で行くな!多勢で攻めろ!」

 

駆け付けている私に向かってそれぞれの得物を持って襲ってくる【アポロン・ファミリア】の眷属。

私は夜桜と紅桜を鞘から引き抜き、一気に加速する。

 

「どけっ!!」

 

【ランクアップ】した私の脚はLv.2の時より圧倒的に速く【アポロン・ファミリア】に接近して斬り払う。

 

「く、【紅蓮の炎よ――」

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷結の世界】!」

 

遠方より詠唱を唱えるエルフよりも速く私は魔法円(マジックサークル)を展開して詠唱を終わらせて遠方にいるエルフ達を凍らせる。

『魔導』のアビリティがIからHに上がった為か、より早く詠唱を終わらせることができた。

 

「ぐ・・・強い・・・・」

 

「これが・・・【舞姫】・・・・・」

 

私に斬られて倒れている【アポロン・ファミリア】の連中が呻いている。

 

「おい、ベル達はどこに行った?」

 

私は倒れている一人の男の人間(ヒューマン)の胸ぐらを掴んでそう聞き出すが男は不敵に笑っていた。

 

「ハッ・・・・もう兔は・・・終わりだ・・・あいつはきっと今頃・・・ヒュアキントスに殺され・・・ヒギッ!?」

 

男の肩に夜桜を突き刺して男は悲鳴を上げるが私は淡々と訊ねる。

 

「もう一度訊く。どこだ?言わなければ次は右眼を抉り取る」

 

指を伸ばして男の右眼に近づけると男は根を上げてベル達がいるであろう方向を指した。

 

「フン」

 

私は男を投げ捨てて急いで向かう。

無事でいてくれよ・・・・ベル、神ヘスティア・・・ッ!

ベル達がいるであろう方向に駆け出していると炎雷が空を昇っているのが見えた。

今のはベルの【ファイアボルト】。ということはまだベル達は生きている。

脚に力を入れて更に加速する私。

 

「【舞姫】だ!」

 

「相手はヒュアキントスと同じLv.3だ!全員でかかれ!!」

 

だけど、私の進行を阻止するかのように襲いかかってくる【アポロン・ファミリア】・・・・・いや、【アポロン・ファミリア】と三日月に杯のエンブレム、【ソーマ・ファミリア】も私に襲いかかってくる。

 

「チッ!」

 

【ソーマ・ファミリア】を見て私は舌打ちする。

恐らくはリリのことがバレたのだろう。死んだと思われているはずのリリだけどいずれかはどこから情報が洩れて何らかの因縁が来るかもしれないとは思っていたがこんな形で来るとはな。

タイミング的にはリヴィラの街での騒動が原因だろう。

なら、リリの身にも何かあるはずだが、今はそれどころじゃない。

向かってくる数十人、ざっと見て五十人以上はいる冒険者達。

軽装から重装備、近距離から遠距離で攻撃してくる【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】の冒険者。

クソ!こんなところで時間を喰っている場合じゃないのに!

いくらLv.は私より低くてもこの数相手だと時間がかかる。

そうこうしている間にもベルと神ヘスティアが・・・・ッ!

・・・・・・仕方がない。

私はやむなく【舞闘桜】の詠唱を始める。

 

「雑魚が粋がってんじゃねえッ!」

 

「え?」

 

詠唱を始めようとしたその時、私の横を疾走しながら罵倒と共に【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】を蹴散らす狼人(ウェアウルフ)

 

「ワンちゃん・・・」

 

敵を蹴散らす狼人(ウェアウルフ)、ベート・ローガ、通称、ワンちゃんがいた。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】!?」

 

「何故【ロキ・ファミリア】が【舞姫】を!?」

 

ワンちゃんの登場に混乱する【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】。

いや、私も少なからず困惑はしているが何でこんなところに?

 

「ワンちゃん。どうしてここに?」

 

そう尋ねるとワンちゃんは鋭い目で私を睨む。

 

「勘違いすんじゃねえ。ロキにテメエを助けろと泣きつかれなきゃ誰がテメエを助けるかよ」

 

ああ、なるほど。

その光景がもの凄く鮮明に想像できた。

 

「さっさと兔野郎を追いかけやがれ。ここは俺が何とかしてやる」

 

【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】を睨み付けるワンちゃんにたじろぐ、【アポロン・ファミリア】と【ソーマ・ファミリア】。

 

「ありがとう」

 

「テメエがあんな変態野郎にくたばったら俺は変態野郎より弱ぇことになっちまうだろうが。負けたら承知しねえからな。いずれテメエは俺がぶっ殺す」

 

悪態を吐くワンちゃんに私は内心でツンデレだなとぼやくが直接口には言わないでおこう。

 

「俺と戦うまで負けんじゃねえぞ」

 

「・・・・・ああ」

 

それだけを言って私は別方向からベル達のいるところへと走る。

ワンちゃんのおかげでこの場はなんとかなった。

神ロキの機転の良さに感謝しないと。

おかげで助かったが、これ以上の【ロキ・ファミリア】の助力は恐らくは無理だろう。

『神の宴』で神ロキが私の後ろ盾だと宣言していてはいるから大丈夫だとは思うが、これ以上は世話になっている【ロキ・ファミリア】に迷惑をかけてしまう。

ここからは自分の【ファミリア】で何とかしないと。

それはさておき、後でワンちゃんにはご主人様を助けたご褒美をあげよう。

そんなことを考えながらベル達に向かって私は走り続けると路地裏でとうとうベルと神ヘスティアを発見した。

血まみれでボロボロに倒れているベルに顔を青ざめている神ヘスティア。

紅炎(プロミネンス)に輝く波状剣(フランベルジュ)でベルにトドメをさそうとしているヒュアキントスを見て私は爆走した。

振り下ろされる波状剣(フランベルジュ)を紅桜で防ぎ、瞬時にヒュアキントスの蹴り飛ばす。

 

「ぐっ!?」

 

「桜君!?」

 

後退するヒュアキントスを無視して私はすぐに高等回復薬(ハイ・ポーション)をベルに飲ませる。

 

「よく神ヘスティアを守ったな、ベル」

 

「・・・・桜」

 

袖でベルの顔についた血を拭いながら私はベルに称賛の言葉を贈る。

本当にたった一人で二つの派閥から神ヘスティアを守りながらよく戦った。

 

「ベル。こいつの相手は私がする。お前は神ヘスティアと一緒にここを離れて神ヘスティアを守れ。神ヘスティアを守れるのはお前だけだ」

 

ベルの心情に気を使いながら神ヘスティアを守れと指令を与えて私はヒュアキントスと向かい合う。

 

「もうすぐ命が応援を呼んできてくれる。それまで神ヘスティアを守れ」

 

「・・・・・・うん」

 

苦虫を噛み締めるような顔で了承するベル。

その表情を見て私は神ヘスティアとこの場を離れていくベルにそれ以上何も言わなかった。

悔しいのだろう。ヒュアキントスに負けて、私に助けられて、自分が弱いと思い知らされた。自分がもっと強ければと悔やんでいるのだろう。

だけど、安心しろ。ベル。

お前は強くなれる。誰よりも強くなれることを私は信じている。

 

「よくここまで来れたな、柳田桜」

 

長剣の波状剣(フランベルジュ)を構えるヒュアキントス。

 

「そっちこそ、よくも私の主神と仲間を傷つけたな」

 

夜桜と紅桜を構えてヒュアキントスを睨み付ける。

 

「兔を逃がしたようだが、無駄な足掻きだ。私の仲間がいずれ捕られ、貴様は我が栄えある派閥の一員にしてやる―――――喜べ」

 

「お断りだ。あんな醜悪で変態の神の眷属に誰がなるものか。それとな、これだけは言わせてもらう」

 

紅桜の切っ先をヒュアキントスに向ける。

 

「あまりうちの団長を、ベルを甘くみるな。ベルは私以上に強いぞ」

 

「戯言を。まあいい、貴様を我が主神(あるじ)の元へと連れて行く」

 

駆け出す私とヒュアキントス。

それぞれの得物をぶつけ合いながら私とヒュアキントスの戦いが始まった。



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証明

【アポロン・ファミリア】の襲撃を受けて壊された本拠(ホーム)

ベル達を傷つけた【ファミリア】の団長であるヒュアキントスと私はぶつかり合う。

白を基調にした戦闘衣(バトル・クロス)、腰に穿いた長剣と短剣、揺らめく大型マントを装備しているヒュアキントス。

その中で一番気になるのはヒュアキントスが持っている長剣、波状剣(フランベルジュ)だ。

恐らくは相当の業物だろう。

まぁ、私の夜桜や紅桜よりは劣るが・・・・。

互いに動きながら斬り合っていると突然、ヒュアキントスが口を開いた。

 

「解せんな・・・・」

 

「何がだ?」

 

突然にそう言いだしたヒュアキントスと私は距離を置く。

 

「貴様の噂は聞いている。食人花のモンスターを単独で撃退、最速で【ランクアップ】に到達。最近では【剣姫】と共に『ゴライアス』を討伐した。リヴィラの街では『ゴライアス』に止めを刺したのは他でもない【リトル・ルーキー】。だが士気を高めてたった一人で『ゴライアス』と互角に渡り合った貴様が何故弱小ファミリアに所属している?」

 

すごい噂をされているものだな、私は・・・・・・。

 

「【ロキ・ファミリア】の腰巾着という噂をあったが剣を交えて貴様の実力は本物だと認めよう。だからこそ私には理解できない。何故貴様程の実力者が弱小ファミリアにいる?何故、【ファミリア】の副団長をしている?貴様は明らかに人の上に立つ人間だ」

 

人の上に立つ人間か・・・・・。

久しぶりに聞いたな、その言葉。

そして耳にタコができる程文句も言われたっけ?

以前の私なら興味がないの一言で終わらせているけど、今は違うな。

 

「私がどこに所属しようと私の勝手だろう?それと私は人の上に立てるような人間じゃない。そこまで立派に生きてきたわけでもない」

 

「何・・・・?」

 

眉を歪めるヒュアキントスに私は答える。

 

「私は才能を持って生まれてきたただの人だ。ただそれだけの話だ」

 

興味がないと思っていたことだけどこの世界に来てそれに気づかされた。

そう、私はただの人だ。

それ以上でもそれ以下でもない。

 

「・・・・やはり、理解はできんな」

 

「それはお互い様だ」

 

再び得物を構える私とヒュアキントス。

すると、【アポロン・ファミリア】の連中がヒュアキントスに声をかけてきた。

 

「ヒュアキントス!もういい!『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が申請される!これ以上は無駄だ!」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』を合意したのか、神ヘスティア。

いや、それは正しい判断かもしれない。

神アポロンにこれ以上付きまとわれるぐらいならいっそのこと『戦争遊戯(ウォーゲーム)』でケリをつけた方がいい。

ヒュアキントスは波状剣(フランベルジュ)をしまい、戦意を消す。

 

「どうやら貴様との決着はゲームになりそうだ。最も勝つのはこちらだが」

 

自身が勝利することを揺るがないヒュアキントスに私は言う。

 

「悪いがお前と戦うのは私じゃない」

 

「何・・・・・?」

 

去ろうとしていたヒュアキントスの足は止まりこちらに振り返る。

 

「お前を倒すのはベルだ。私じゃない」

 

それを聞いたヒュアキントスは鼻で笑った。

 

「ハ、何を言い出すかと思えば私が兔に負けるだと?私の前で無様に這い蹲っていたあの兔が私を倒せるわけがない」

 

「そう思うのはお前の勝手だ。精々足元に気を付けることだな」

 

それだけを告げて私はベルがいるであろう【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)へと向かう途中でベルとヴェルフに会った。

 

「桜!無事だったんだね!?」

 

「ベルもヴェルフも無事でよかった。リリは?」

 

「すまねえ・・・リリスケは・・・」

 

それから私はベルとヴェルフから事情を聞いた。

期限は一週間。その間に何とかしなければいけないのもあるがリリが【ソーマ・ファミリア】に戻ったことも厄介だが、取りあえず今はベルだ。

 

「ベル。今すぐ【ロキ・ファミリア】に行って姉さんに会って来い。少しでも強くなってヒュアキントスを倒せ」

 

「お、おい!?いくら何でもそれは・・・ッ!?」

 

私の言葉を聞いたヴェルフが制止しようと声をかけるがベルは力強く頷いた。

それを見た私はベルに告げる。

 

「いざとなれば私の名前を使え。そうすれば何とかなるはずだ。それとリリは私達に任せろ」

 

「わかった!必ず強くなって戻ってくるからリリをお願い!」

 

「ベル!」

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)へと駆け出すベルにヴェルフは止めようとしたが私がヴェルフの肩を掴んで止める。

 

「ベルを信じろ。私達は神ヘスティアが戻り次第リリを取り返しに行く。それまで私は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝つ為の準備をする」

 

私も勝つ為に走り出しながら手に力を入れる。

アポロン・・・・・ッ!お前は卑劣な手で仲間と神ヘスティアを傷つけた。

そっちがその手で来るのなら私も容赦はしない。

徹底的に叩き潰して地獄に落としてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)襲撃から三日が経過して『神会(デナトゥス)』により【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】で行われる『戦争遊戯(ウォーゲーム)』での内容は『攻城戦』と決定。

その間、リリルカ・アーデは【ソーマ・ファミリア】の酒蔵にて幽閉されていた。

リリはずっとベル達のことを心配していた。

恩人達を窮地に追いやったという事実が、小さな胸にぽっかりと穴を空けて。

そして、三日目にして【ソーマ・ファミリア】の団長である【酒守(ガンダルヴァ)】のザニス・ルストラが姿を現した。

 

「気分はどうだ、アーデ?」

 

「・・・・最悪です」

 

見下すザニスにリリは吐き捨てるように答える。

 

「それはすまなかったな。この三日間、都市の動きが目まぐるしくてな、状況を見極めるために手が離せなかったのだ。許せよ」

 

「・・・・ベル様達には、本当に危害を加えていないのですか?」

 

「勿論だとも。主神(ソーマ)の名に誓おう」

 

大仰な返答を信用しながらリリは尋ねた。

何故今更リリに構うのかと。

それをザニスは価値を認めたからだと答えた。

いや、正確にはリリが持っている変身の魔法にだ。

ザニス・ルストラは強欲な男だ。

この世のありとあらゆる快楽を貪る為にリリの魔法は金になるということがわかり、リリを連れ戻した。

全ては自分の欲望を満たさんが為に。

その時だった。

警鐘の鐘が地下牢にも響き敵襲を知らせた。

 

「チャンドラ!チャンドラ、いないのか!?何が起きているか報告しろ!」

 

同じ【ソーマ・ファミリア】のドワーフでザニスと同じLv.2。であるチャンドラは面倒そうに答える。

 

「鼠の侵入を許したらしい。所属はばらばらの連中・・・・・・幼い女神もいるそうだ」

 

幼い女神。その言葉にリリの心臓が跳ねた。

 

「侵入者達は今どこに?」

 

「倉庫一帯の広場で、今も戦っている」

 

「・・・・・【舞姫】はいたか?」

 

ザニスよりLv.が高い桜に警戒するようにチャンドラに聞くザニス。

 

「いなかったみたいだぞ。俺が聞いた範囲だけだがな」

 

桜がいない。その言葉にザニスは少しだけ安堵してリリは当然と言わんばかりに自虐的に笑った。

ベル達を傷つけたきっかけを作ってしまったリリを桜が許すはずがないと思っていた。

前にベルを騙した時も桜は終始何もしなかった。

責めもしなければヘスティアのように罰も与えなかった。

その重荷を背負えと言わんばかりに桜はリリに何もしなかった。

 

「そうか。それでは―――――駆除することにしよう。私が指揮をとる」

 

ザニスの言葉にリリの目の色を変えた。

 

「約束が違います!?ヘスティア様達には危害を加えないと言ったではないですか!!」

 

「あちらが自ら攻めてきたのだ。身にかかる火の粉は振り払わねばなるまい」

 

「では、リリが説得します!!引き取るように説き伏せてみせます、だから・・・・!」

 

「駄目だ。大事な仲間を危険な場所にはやれん。相手の狙いもお前だろう」

 

「約束を違えるなら、リリは貴方に協力しない!」

 

「そうか、それは残念だ・・・・」

 

ザニスは唇を吊り上げて格子に張り付くリリにぐっと顔を近づける。

 

「では仕方がない。私がくすねておいた『神酒』を一滴、お前に飲ませよう」

 

「―――――――――」

 

リリの時が凍る。

『神酒』の恐ろしさはリリも身をもって知っているからだ。

たった一口飲んだだけで神の酒をひたすら求める餓鬼となったことがあったからだ。

リリは檻の先にいるザニスを睨み付けて頭を打ち付ける。

額から血が流れようがリリは鬼の形相でザニスを睨むがザニスは瞳を歪ませたまま嘲笑して踵を返してチャンドラにリリを見張らせて倉庫一端の広場へと向かった。

リリは歯を食い縛りながら脱出を決意する。

自分の魔法で部分的に変身して縄を外した。問題はどうチャンドラの隙をついて脱出するか頭を回転させていると不意にチャンドラがリリに告げる。

 

「出たきゃ出ろ」

 

その言葉にリリは驚愕するなかチャンドラは淡々と告げる。

ザニスが嫌いなど、酒が満足に飲めんなど。

だからチャンドラはリリが脱出することに目を瞑ることにした。

 

「すみません、ありがとうございます」

 

礼を告げて、リリは牢屋を飛び出したところでチャンドラは瓢箪の酒を飲みながら言う。

 

「これでいいだろ?」

 

「ああ、これは約束の物だ」

 

何もなかった筈の空間から忽然と姿を現した少女の手から酒を受け取るチャンドラ。

 

「リリ。ベルにはお前が必要だ。だから帰ってこい」

 

それだけを呟いて少女は再び姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリは駆け出した。

主神であるソーマに向かって。

自分のせいでヘスティア達をこれ以上傷つけない為に戦いを止めようとしたが。

 

「お願いだ、ボク達を――――――――――ベル君と桜君を助けてくれ!!」

 

ヘスティアがリリに助けを求めた。

その言葉にリリは駆け出した。

言葉にできない感情がリリを突き動かす。

戦いを止める為にはザニスより上の権力であるソーマしかいなかった。

涙を流しながらリリは主神のもとを目指していた。

 

「どこへ行く、アーデ?」

 

「ッ!?」

 

廊下を走っていた方から窓を破壊してザニスがやってきた。

それでもリリは走った。ザニスはその背中に硝子の破片がリリの背中に投げるがそれでもリリは走るのを止めなかった。

吹き飛ばされて、殴られて、痛みが全身を襲って来てもリリは吹き飛ばされながらソーマのいる部屋へとやってきた。

 

「ソーマ様っ、ソーマ様!?どうかリリの話を聞いてください!?」

 

全身傷だらけになりながらもリリは顔を上げて叫ぶ。

 

「やかましいぞ、ザニス。雑事は全てお前に任せている」

 

だが、ソーマはリリの言葉を歯牙にもかけなかった。それでもリリは諦めなかった。

 

「お願いします、ソーマ様、今外で起こっている戦闘を停止するようにお呼びかけください――――――ヘスティア様達を、外の者達をお救いください!?どうか、どうかっ・・・・・!」

 

「簡単に・・・・酒に溺れる子供達の話を聞くことに、何の意味がある?」

 

痛切に響く願いの声にソーマは面倒そうに答えた。

ソーマは下界の住人達に失望していた。

酒に溺れて醜い争うをする子供達に失望し、幻滅した。

 

「酒に溺れる子供達の声は・・・・薄っぺらい」

 

ソーマがリリを見る目は失望の塊だった。

 

「なるほど、子も子なら神も神か」

 

「「「っ!?」」」

 

ソーマ、リリ、ザニス以外いない部屋からの第三者の声に驚くリリ達に忽然と姿を現す少女の姿を見てリリは叫んだ。

 

「桜様!?」

 

「【舞姫】・・・・ッ!?」

 

忽然と現れた桜の登場に驚きながらもリリは内心でどうしてここにいるのかわからなかった。

 

リリを見限ったのではなかったのかと思っていたリリだがその前にザニスが叫んだ。

 

「な、何故貴様がここに!?アーデのことを見限ったのではないのか!?」

 

「何で私がリリを見限るんだよ。外のは陽動だ。違和感なくリリを助ける為のな」

 

助ける?リリを?

 

何故桜がリリを助けるのかがリリには理解できなかった。

桜はリリに何もしてこなかった。

それなのに何故助けるのかを。

 

「リリは私の大切な仲間で、ベルの相棒だ。助ける理由なんてそれだけで十分だ」

 

「どうして・・・どうして・・・・リリを・・・・」

 

仲間と呼んでくれるのですか?と言うリリに桜は容赦なくリリの頭に拳骨を入れた。

 

「~~~~~~~~~~~ッッ!!」

 

大怪我を負っているにも関わらず拳骨を入れられたリリは痛みのあまり悶える。

 

「リリ。私はお前に何もしてこなかったんじゃない。何もする必要がなかったんだ」

 

頭を押さえて涙目になっているリリに桜はリリに告げる。

 

「確かにお前がしたことは許されることじゃないだろう。だけど、お前の罰は神ヘスティアが与えたはずだ」

 

桜はポーションを取り出してリリに飲ませる。

 

「それにお前は心からベルに尽くしてくれている。そんなお前に私は何をすればいい?叱れば満足するのか?違うだろう」

 

ハンカチで血が付いているリリの顔を拭きながら桜は微笑する。

 

「リリルカ・アーデは私の大切な仲間だ。だからこそ、私はリリを信頼して何もしなかった。それともリリにとって私は信頼に値しない女か?」

 

悪戯笑みを浮かばせる桜。

その笑みはもう答えがわかっているにも関わらずそれをリリの口から言わせようと待っていた。

 

「そんなことありません!桜様は・・・・桜様はリリの大切な仲間です!凄く、すご~~~~~~~~く信頼しています!!」

 

力強く言うリリに桜も満足そうに頷く。

そして、すぐに目を細めてソーマを睨み、近寄る。

 

「神ソーマ。先に申し上げておきます。申し訳ございません」

 

「なにをッ!?」

 

それ以上、ソーマの言葉は続かなかった。

何故なら桜に殴られたからだ。

 

「「・・・・・・・・・・・」」

 

ソーマを殴った桜にザニスとリリは口を空けて呆然としているなかで桜はソーマの胸ぐらを掴む。

 

「酒に溺れる?子供の声は薄っぺらい?ああ、確かにその通りだ」

 

「さ、桜様・・・・ッ!」

 

威圧感を放つ桜にリリは止めようとしたが桜は止まらなかった。

 

「醜いのも理解できる。失望するのも納得できる。悪いのは全て酒に溺れた子供達が悪い」

 

姿を消してソーマの話を聞いていた桜はソーマの言葉を肯定した。

 

「だけど、全てを放って諦めた貴方はもっと悪い!!」

 

桜は吠えた。

神であるソーマに向かって。

 

「リリを見ろ!あんな傷だらけでも諦めずに貴方を頼ってここまで来たんだぞ!そんなリリの言葉まで耳を傾けないなんて貴方はそれでも神か!?」

 

リリを指す桜にソーマは初めてリリを見た。

その瞳には強い力が宿していることにソーマはやっと気づいた。

桜はソーマを手放して棚にある杯を手に取る。

 

「桜様!いけません!それは!?」

 

取った杯にリリは叫ぶ。

そう桜が手にしているのは人を狂わす魔力を持つ神の酒。『神酒』。

 

「リリ。確かに私はお前に何もしてこなかった。だから今ここで証明しよう。お前は大切な私の仲間であると」

 

微笑みながらリリに言う桜は次にソーマに告げる。

 

「神ソーマ。もし、私がこれを飲んで溺れなかったその時はリリの言葉に耳を傾けてほしい」

 

「・・・・・わかった」

 

了承を得た桜は一気に『神酒』を飲む。

ゴク、ゴクと口から喉に通る『神酒』にリリは心配そうに桜を見守る。

そいて、最後の一滴まで桜は飲み干した。

 

「・・・・・どうだ?神ソーマ。貴方の目から見て私は溺れているように見えるか?」

 

『神酒』を飲み干して尚不敵に笑う桜にソーマとザニスは目を見開いた。

桜は『神酒』の魔力をはねのけた。

 

「約束だ。リリの言葉に耳を傾けてもらおうか?」

 

ソーマはのそりと動きながらリリの傍に寄る。

 

「・・・・・・聞こう」

 

「戦いを、止めてください!!」

 

ソーマのその言葉にリリは願いを叫んだ。

 

その願いを聞いたソーマは言葉を奪われた。

 

「まさか・・・・・!?」

 

そんなソーマの様子を見て、ザニスは危惧を抱いてソーマを止めようとしたが、桜が夜桜を抜いてザニスの首元に当てる。

 

「動くな、喋るな」

 

つーとザニスの首から血が流れる。

それ以上何かをすれば斬ると言わんばかりに桜はザニスを脅す。

ソーマはバルコニーに行き、持っていた酒樽を戦場の真ん中に放り投げて戦場の真ん中で割れる。

それに気づいた【ソーマ・ファミリア】は例外なく息を呑む。

 

「戦いを止めろ」

 

主神である神の言葉に武器を下す。

ザニスは体を震わせて桜を振り払って片手剣を抜いた。

 

「くそがっ、こうなったらお前だけでも――――――ッ!!」

 

理知人気取りの仮面が剥がれ落ちてザニスは野獣のようにリリに襲いかかる。

だが、リリの前にはすでに桜が手を握りしめて拳を作っていた。

 

「ッッ!?!?!?」

 

そして、ザニスの顔面に拳を叩きつける。

叩きつけられたザニスの頬にはクッキリと桜の拳の跡が残っており、ザニスは気絶した。

当然だと言わんばかりに息を吐く桜は鞘ごと紅桜をソーマの前に突き出す。

 

「確か【ファミリア】の退団には金が必要だったな。なら、これを担保にリリの退団を認めて欲しい」

 

「さ、桜様!それは!?」

 

主神であるヘスティアより頂いた紅桜を取り出す桜にリリは悲鳴を飛ばす。

 

「これは【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストス自ら鍛え上げた刀だ。退団に必要な分には足りるはずだ」

 

自身の半身とも言える紅桜を差し出す桜の目には迷いはなかった。

 

「万が一にも私達が負けたらこれを売ればいい。勝てば賠償金で引き換えしてもらう。それでいいだろ?神ソーマ」

 

神ソーマは紅桜を受け取り頷く。

そして、その後に現れたヘスティアによってリリルカ・アーデは【ソーマ・ファミリア】から【ヘスティア・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)した。

それを桜は満足そうに見ていた。

 

「桜君、よかったのかい?」

 

紅桜を担保にしたことによかったのかと尋ねるヘスティア。

 

「大丈夫ですよ。勝つのはこ・・・ち・・・ら」

 

「うおっ!?桜君!?どうしたんだ!?」

 

「桜様!?」

 

突然にヘスティアの胸元に倒れる桜にヘスティアは慌てて受け止めながら悲鳴を上げる。

リリは今頃になって『神酒』の効果が出てきたのかと思い顔を蒼くする。

 

「すー・・・すー・・・」

 

「ね、寝てる・・・・?」

 

気持ちよさそうにヘスティアの胸元で寝息を立ている桜に愕然としながらも何事もなくて安堵した。

その時、ヘスティアとリリは気付いた。

桜の目の下に隈ができていたことに。

疲労が溜まって寝ていない状況で酒を飲み、緊張の糸が解けた桜はついに睡魔に負けて眠りについていた。

この三日間でいったい何をしていたのかはわからないがそれでもリリを助ける為に来てくれた桜の事がリリは嬉しくなった。

 

「桜様、ありがとうございます」

 

リリは寝ている桜に礼を言った。

その後、桜はヴェルフに背負われながら『豊穣の女主人』へと引き渡された。

 

 

 

 

 

 

 

それから【ヘスティア・ファミリア】を助ける為に三人は動き出した。

 

命は互いに助け合うという約束を守る為に【ヘスティア・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)

 

ヴェルフは友のためにと主神であるヘファイストスに許しを得て【ヘスティア・ファミリア】へと改宗(コンバージョン)

 

そして、助っ人制度によりヘルメスは『豊穣の女主人』で働いているリューに協力を仰ぎ、リューはその要請に応えた。

 

 

 

 

 

ヒュアキントスを倒す為に今もアイズとティオナ相手に特訓を続けているベル。

 

アポロンを潰さんとばかり行動する桜。

 

自身の勝利を疑わずにその後の未来に歓喜するアポロン。

 

それぞれの想いを胸に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は始まろうとしていた。



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戦争遊戯

シュリーム古城跡地。

【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】とで行われる『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の開催場所にてそれぞれの派閥は準備を行っていた。

攻めの【ヘスティア・ファミリア】。

防衛の【アポロン・ファミリア】。

交戦期間は三日と定まれ、勝利条件は対象であるヒュアキントスが期間内まで生き延びるか、ベル・クラネルを戦闘不能にすれば【アポロン・ファミリア】の勝利。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』の開催にどちらの派閥が勝つか賭けも行われていたが圧倒的に【アポロン・ファミリア】の方が予想配当(オッズ)は高かった。

盛り上がる神々達はオラリオ創設神であるウラノスの許可により『神の力(アルカナム)』―――――千里眼の力を持つ『神の鏡』を使用して観戦する。

観戦する中には【アポロン・ファミリア】が勝つと疑わない者もいれば【ヘスティア・ファミリア】が勝つことを信じる者達もいる。

 

「柳田桜とは別れは済ませてきたかい?」

 

「・・・」

 

賑わう眼下の街並みを他所に、アポロンがヘスティアに近づく。

薄笑いするアポロンに対してヘスティアはそっぽを向いて『鏡』だけを見る。

 

『それでは間もなく正午となります!』

 

実況者の声がはね上がる。

 

冒険者が、酒場の店員達が、神々が、全ての者の視線がこの時『鏡』に集まった。

そして、

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)―――――――開幕です!』

 

号令のもと、大鐘の音と歓声とともに、戦いの幕は開いたと同時に突如、シュリーム古城が大爆発を起こした。

 

『――――――――はぁ!?』

 

その時誰もが目を見開きながら『鏡』を凝視した。

ヘスティア、ヘルメス、アスフィを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、少し火薬の量が多かったか?」

 

開始を告げる銅鑼の音とともに起爆させた爆弾により【アポロン・ファミリア】のいる古城は大爆発が起きて半壊、いや、七割は崩壊した。

 

「・・・・桜様。聞いてはいましたが本当に容赦がないですね」

 

「全くだ。もう終わりかけてんじゃねえか」

 

リリとヴェルフが半眼で私に言ってくるがそんなこと知ったことか。

 

「というよりこれはルール違反なのではないでしょうか?」

 

「命。いい言葉を教えてやる。バレなきゃ反則も一つの技だ」

 

頬を引きつかせる命に私はいいことを教える。

 

「でも、大丈夫なのかな?流石にちょっと危ないんじゃ?」

 

「あいつらも『恩恵』を授かっているんだから死にはしないだろう」

 

「桜。今回ばかりは目を瞑りますが二度目は私も言わせてもらう。卑怯だと」

 

何で皆して私を責めるように見てくるんだ?

私はただやられた分をやり返しただけだ。

十倍で。

 

 

 

 

 

 

一週間前。

私はベルとヴェルフに別れた後に【ヘルメス・ファミリア】団長であるアスフィ・アル・アンドロメダに会っていた。

 

「それで、私にいったい何の用でしょうか?」

 

そう尋ねてくるアスフィさんに私は壊された本拠(ホーム)から掘り出した黒い兜の魔道具(マジックアイテム)を取り出す。

以前、リヴィラの街でモルドがベル相手に使っていたこれを拾っていた。

 

「これ、便利ですよね?姿を消せるなんて。噂で聞いたのですがこれをお作りになられたのはアスフィさんらしいじゃないですか?」

 

「・・・・・・ええ、確かにそれを制作したのは私です。それが何か?」

 

「いえ、実は少しお願いがありまして」

 

「お願い、ですか?」

 

警戒するアスフィさんに私は前の世界で実際に作られていた爆弾のことについて話した。

ある程度の設計は覚えていたが私一人では容易に作ることができない。

そこで『神秘』のアビリティを持っているアスフィさんに協力を要請しにきた。

一対一の決闘ならまだしも【ファミリア】総力戦になったらこちらに勝ち目はほぼない。アポロンの方が数が多い。

人海戦術で体力や魔力を削られていき負けるのがオチだ。

総力戦になれば『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が始める前に仕掛けて一気にアポロンの人数を削ってやる為に。

 

「・・・・・・なるほど、確かに貴女の今言われた設計と私の『神秘』があれば可能ですが、私が貴女の【ファミリア】に協力をする理由がありません」

 

確かに。アスフィさんとはリヴィラの街で共に戦った仲だがこの人は一つの【ファミリア】を任されている団長。利益なしに協力してくれるなんてことは私も考えてはいない。

 

「アスフィさん。気になりませんか?私がこのような知識を持っていることに」

 

「・・・・・・・・」

 

そう、今話した爆弾だけでもこの世界にはない知識だ。

流石に細かいところやマニアックなものまではわからないが、それでも一般的に知られ渡っているものなら覚えている。

 

「先ほどの爆弾だけではありません。私はそれ以外にも貴女なら制作可能だと思われる物の知識を私は持っています」

 

殲滅に関しては私の世界の兵器の方が強いからな。

 

「貴女が協力して頂けると言うのであれば私は知識を提供します。ダンジョン攻略が少しは楽になるのではないですか?」

 

私の言葉に思案するアスフィさんに私は前もって告げる。

 

「ちなみに何故私がそのような知識を持っているかは秘密です」

 

今の私の言葉は裏を返すと私と協力したらその知識がアスフィさんだけに渡すという意味がある。

私の言葉の意味が通じたのか揺れるアスフィさんに私は止めをさした。

 

「そういえばリヴィラの街で神ヘルメスに裸を見られたな・・・」

 

怯むアスフィさんに私は続けて。

 

「どなたかが制作した魔道具(マジックアイテム)のせいであの時はうちの団長が酷いめにもあったな・・・・」

 

冷や汗を流すアスフィさん。

 

「ここで断られたら私はショックで裸を見られたことを神ロキを中心にあちこち尾鰭付きで言ってしまうかも」

 

「わかりました!わかりましたから!協力させて頂きます!ええ、協力しますよ!」

 

「ご協力ありがとうございます。アスフィさん」

 

「・・・・・もうやだ」

 

何とか交渉(おど)してアスフィさんと協力して起爆装置と爆弾を制作。

後に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の内容が攻城戦とわかり、私とアスフィさんは爆弾を大量制作。

リリを助けに行くときまで私とアスフィさんは不眠不休で作り続けていた。

私はリリを助けた後、迂闊にも寝てしまったがその間もアスフィさんは作り続けてくれていたことに私は心から感謝した。

そして、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で行われるシュリーム古城に姿を消しながら一晩かけて設置。

もちろん、ばれないように建物の死角に置いたり、コーティングしたりなどして。

まぁ、万が一ばれてもこれが爆弾だとわかるのは私とアスフィさんぐらいだからどこかに捨てるか、無視しているだろうし、爆発したら証拠も残らない。

ほぼ不眠不休でこの世界で初めて作った私とアスフィさんの製作品名、初撃(ファーストボム)と名付けた。

ちなみにアスフィさんは終わったと同時に気絶するかのように寝たが主神である神ヘルメスに無理矢理どこかに連れて行かされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在。

私は初撃(ファーストボム)を起爆させて古城が七割崩壊したのを確認してベル達に告げる。

 

「それじゃ、作戦通りにリューは『クロッゾの魔剣』で城壁を破壊してその後は私とヴェルフと命と一緒に敵を倒す。リリは出来る限りベルのサポート。そして、ベル」

 

私はベルと向かい合ってベルに尋ねる。

 

「勝てそうか?」

 

その問いにベルは力強く頷いた。

 

「僕はあの青年(ひと)に勝ちたい」

 

その答えに私だけではなく皆が笑みを浮かばせていた。

 

「なら、団長。号令を」

 

副団長である私はこれ以上何も言わない。後は団長を信じて任せるのみ。

 

「勝とう」

 

その言葉に私達は既に粗方崩壊している城に向かって駆け出した。

 

「攻めてきたぞぉ!!」

 

「嘘だろ!?何でこんなタイミングで!?」

 

「というよりいったい何が起きやがった!?」

 

混乱している【アポロン・ファミリア】達は私達が攻めてきたことに更に混乱する中でリューが『クロッゾの魔剣』を使って城壁を破壊。

そこから私、ヴェルフ、命で【アポロン・ファミリア】に襲いかかる。

 

「クソッたれ!テメエ等何しやがった!?」

 

「さあな?私達も何も知らないさ」

 

白々しく誤魔化す私は次々と【アポロン・ファミリア】の眷属達を倒していく。

 

「なんだっ、なんだ今のはァ!?」

 

瓦礫の中から出てきたヒュアキントス。

ベルは真っ直ぐヒュアキントスに向かって突進する。

襲いかかるベルにヒュアキントスは剣を薙ぎ、短刀と長剣が、火花を放ち、激突した。

 

「全員!ベルとの一騎打ちの邪魔をさせるな!」

 

ベルとヒュアキントスの一騎打ちに邪魔が入らないように【ヘスティア・ファミリア】は二人を取り囲むようにベルを守る。

【アポロン・ファミリア】の眷属達を倒しながらベルとヒュアキントスの決闘に視線を向けると力ではヒュアキントスが勝っていたが速さはベルの方が上。

明らかにこの一週間でベルは成長していた。

 

「―――――誰だっ、お前はっ!?」

 

あまりの変化にヒュアキントスが叫び散らした。

 

「私は、Lv.3だぞ!?」

 

戦慄と動揺を重ねるヒュアキントスに対して、ベルの体がぶれる。

獰猛な輝きを宿す紅緋色の短刀が駆け抜け、ヒュアキントスの波状剣(フランベルジュ)を両断した。

正直、私も驚いている。

ベルがあそこまで成長していることに。

【ステイタス】は見れなかったけどベルの動きから察すると恐らくSかそれ以上のはずだ。私もLv.3であるけどベルとは戦いたくないな。

いったいどんな特訓(しごき)を受けたのやら・・・・・。

苦笑しながら敵を倒していくとヒュアキントスは短剣を振り下すと衝撃と風圧が発生。

その一撃に瓦礫ごと地面は抉れてベルは後方へ下がると同時にヒュアキントスも後方へ下がった。

 

「――――――【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

 

ヒュアキントスは魔法の詠唱を始めた。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

 

魔法を詠唱するヒュアキントスにヴェルフ達は詠唱を止めようと動き出すが私が手で制した。これはベルとヒュアキントスの一騎打ち。

邪魔をしてはいけない。

そのことはリリにも深く言ってある。

 

「【放つ火輪の一投――――】!」

 

「【ファイアボルト】!」

 

魔法の詠唱に気付いたベルは速攻魔法を放ってヒュアキントスに当て、ヒュアキントスの全身は焼き焦げて戦闘衣(バトル・クロス)がボロボロになるが耐え抜いた。

 

「【―――――来たれ、西方の風】!!」

 

ベルはもう一度速攻魔法の構えを取る。

 

「やぁー!?」

 

瓦礫の中から出てきた長髪の女がベルに奇襲された為に射撃が阻害された。

そして、ヒュアキントスの魔法が発動した。

 

「【アロ・ゼヒュロス】!!」

 

太陽光のように輝く大円盤。

 

「【ファイアボルト】!」

 

一歩遅れてベルも魔法を放つが効かず、ベルは回避しようとしたが追尾効果がある魔法なのかベルを追いかける。

 

「【赤華(ルベレ)】!!」

 

瞬間、円盤が輝き大爆発した。

 

「――――がっっ!?」

 

ヒュアキントスの魔法によりベルは吹き飛ばされた。

 

「ベル様!?」

 

「ベル!?」

 

「ベル殿!?」

 

「クラネルさん!?」

 

この場にいるリリ達が悲痛の叫びをあげる。

体が何度も跳ねて、血の粒を散らしながら転がっていく。

ベルは何とか勢いを殺して立ち上がるが右腕はだらりと垂れ下がっていた。

 

「もらったぞ!!」

 

止めの一撃を刺そうと立ち尽すベルに短剣を装備して突撃する。

ベルの体はもうボロボロ。立っているのがやっとだろうと誰もが思うだろう。

ヒュアキントスの勝利だと誰もが疑ってはいないだろう。

普通に考えればだが・・・・・。

ベルの体は確かにボロボロだけど、ベルの目はまだ諦めてはいなかった。

まだ勝つことを諦めてはいなかった。

 

「勝て!ベル!!」

 

私もベルの勝利を疑うことなく信じている。

だから勝て、ベル。

お前自身の力で勝利を勝ち取ってみせろ。

私はどこまでもお前を信じているから。

急迫するヒュアキントスの短剣はベルを串刺しにするかのように襲ってくる中でベルは後ろに身を引いたがヒュアキントスは短剣を握り締めて剣尖を繰り出す。

次の瞬間、ベルは地面に背中から倒れ込んで短剣を回避。

更にその反動で両足を振り上げてヒュアキントスを上空へと蹴り上げた。

上空へと蹴り上げたヒュアキントスにベルはかかとを地面に埋めて疾駆した。

 

「―――――ふッッッ!!」

 

「――――――ま、待てぇえええええええええええええええええええええ!?」

 

突貫するベルにヒュアキントスの顔は恐怖と絶叫に歪む。

 

「うあああああああああああああああああッッ!!」

 

振り上げたベルの左手が、渾身を持って振り抜かれて撃砕する。

 

「がぁっっっ!?」

 

放たれた左拳がヒュアキントスの頬に叩き込んで吹き飛ばした。

三〇Mほど吹き飛ばされたヒュアキントスは立ち上がることはなかった。

そして、落ちてくるベルを私はキャッチする。

 

「お疲れ。お前の勝ちだ、ベル」

 

私達、【ヘスティア・ファミリア】は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝利した。

 

さて、神ロキ経由で賭けておいた金は後で取りに行くとしよう。

 

私達は【アポロン・ファミリア】に勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!』

 

オラリオの上空に、大歓声が打ち上がるなかで勝利を確信していたアポロンは顔を真っ白にして立ち尽していた。

『鏡』の光景が、アポロンを現実から逃避することを許してはいない。

 

「――――――ア~ポ~ロ~ンッ」

 

ゆらぁと円卓の席から立ち上がる神ヘスティアは茫然自失しているアポロンへと近づいた。

 

「ひ、ひぃいっ!?」

 

「覚悟はぁできているのだろうなぁ?」

 

地獄の底から響くような低い声音に、アポロンは盛大に尻もちをつく。

果てしない鬱憤を溜め込んだヘスティアは爆発寸前だった。

 

「ま、待ってくれヘスティアっ!?こ、これは出来心だったんだっ、君の子供が可愛かったからつい悪戯を・・・・た、頼むっ、どうか慈悲を恵んでくれ、慈愛の女神よ!私達は求婚し合った仲じゃないか!?」

 

「だ・ま・れ」

 

嘆願を封殺するヘスティアのツインテールはヒュンッヒュンッヒュンッ、と荒ぶらせるヘスティアの怒りがどれだけ深いのかを悟ってしまった。

 

「勝った暁には、要求を何でも呑むと約束したなぁ?」

 

腰を抜かしたアポロンにヘスティアは怒りの咆哮を上げた。

 

「ホームを含めた全財産は全て没収、【ファミリア】も解散――――そして主神である君は永久追放、二度とオラリオの地を踏むなァ――――――――ッッ!!」

 

「ひぎゃああああああああああああああああああああああっっ!?」

 

絶叫が轟く中、ヘスティアは言う。

 

「と、ボクはそう考えていたよ」

 

「へ?」

 

『神の審判』が下ったと思われた矢先にヘスティアが胸元から一枚の紙を取り出す。

 

「桜君に頼まれてね。君の罰は桜君に決めさせてもらった」

 

はぁと溜息を吐きながらヘスティアはアポロンに言う。

 

「桜君に感謝しなよ。やりすぎたことは許す気はないけど君のことを考えて罰を作ってきたらしいからね」

 

「お、お、おおお・・・・・」

 

両手を祈るように掴んで感涙するアポロンはこの場にいない桜が慈愛に満ちた女神のように見えた。

他の神々も慈悲深いなど、地上の女神など桜を称えているなかでヘスティアが紙を開いてアポロンに与える罰の内容を読み上げようとした瞬間―――――ヘスティアは凍った。

固まるヘスティアに騒めくなか、ヘスティアは震えながらそれを読み上げた。

 

「ホーム及び【ファミリア】が所有しているものを全て【ヘスティア・ファミリア】に譲渡。【ファミリア】解散の後、主神であるアポロンは永久追放・・・・」

 

「え?」

 

呆けるアポロン。

桜が考えた内容は先ほどヘスティアが叫んだものと全く同じだった。

そこまでは・・・・。

 

「続けて、主神であるアポロンが個人的に所有しているものも【ヘスティア・ファミリア】へ譲渡。加えてギルドに神アポロンの名義で金を貸りてそれも【ヘスティア・ファミリア】に譲渡。但しい、一億ヴァリス以上のみ・・・・無理なら他から借りて来てください・・・・」

 

震えながら読み上げていくヘスティアにアポロンは魂の抜けた抜け殻のようになり、それを見ていた神々の顔も引きつっていた。

神ロキですらうわぁと根を上げる程。

 

「さ、最後に一言だけ・・・」

 

ヘスティアは青ざめた表情をしながらコホンと咳払いしてアポロンに告げる。

 

「二度と私達に近づくんじゃねえ。この変態が!」

 

桜の代わりに告げるヘスティア。

アポロンは悲鳴すら上げられなかった。

先ほどまで慈愛に満ちた女神のように見えていた桜が今度は悪徳非道の魔王如き笑みでアポロンを嘲笑っているように見えた。

桜はアポロンを嘲笑いながら地獄へ借金を背負わせた状態で叩き落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだ?ヒュアキントス」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝利した私は倒れているヒュアキントスに声をかける。まだ動けはしないみたいだが、もう意識は取り戻していた。

 

「私の言った通りベルは強かっただろう。何で自分よりLv.が低いベルに負けた敗因を教えてやろうか?」

 

そう言いながら返事をしないヒュアキントスに私は勝手に答える。

 

「ベルは決して諦めなかった。感情論だろうけどベルは最後の最後まで諦めずに戦って勝利した。お前に負けてからずっとベルは挫けそうになりながらも決して諦めはしなかった」

 

諦めずにヒュアキントスに勝つ為に姉さんのしごきを受けてきたのだろう。

その結果がこれだ。

 

「お前の敗因はベルを甘く見ていた。その油断が敗北に繋がったんだ」

 

そう、ヒュアキントスはベルと会ってからずっとベルを見下していた。

見下して、馬鹿にして、ベルに負けた。

相当な屈辱ものだろうな、こいつにとっては・・・・・。

 

「それから、お前は前に私は人の上に立つ人間だと言っていたな。確かに私も才能ある者や優れている者が人の上に立つべきだと思っていた」

 

私はそんなものに興味はなかったからどうでもよかったが私は気付いた。

人の上に立つべき者はどういう奴なのかを。

 

「誰よりも優れている者が上に立つのではなく慕われる者が上に立つのだと私は思う」

 

ヴェルフやリリ達に囲まれながら勝利を喜びあっているベル達を見て私は微笑む。

そう、ベルのような奴こそが人の上に立つべきなんだ。

だからこそベルが団長なんだ。

 

「私が言いたいのはそれだけだ。二度と私達に近づくなよ」

 

どうせ、こいつのことだから自分の主神にでも付いて行くだろうけど・・・・。

私はベル達のところへ駆け寄って私も勝ったことに喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な屋敷が建つ、広い庭の中で神ヘスティアは大いに威張っていた。

 

「じゃーん!どーだ、これが今日からボク達のホームだ!」

 

『おお~~っ』

 

感嘆の声を上げるベル達。

戦争遊戯(ウォーゲーム)』が終わってから私達は元【アポロン・ファミリア】のホームへと来ていた。

神ヘスティアが私の頼み通りしてくれて本当によかった。

これで私の身も守れて金も手に入って借金を大幅に返すことができた。

リリも賠償金をちゃんと【ソーマ・ファミリア】に払ってきてくれたおかげで紅桜も戻ってきた。

全て万事解決。皆、幸せ。

これで良し。

私も嬉しくて頬を緩めているなかで神ヘスティアが改装の要望を訊いてくる。

 

「へ、ヘスティア様っ、どうかお風呂の導入を!?」

 

「ヘスティア様ー!作業用の炉を造ってくれ!」

 

命とヴェルフが興奮気味に懇願するが神ヘスティアは待てと鷹揚に告げる。

 

「ようやく胸を張って【ファミリア】を名乗れるようになったんだ、先にエンブレムを決めようじゃないか」

 

『確かに!』

 

【ファミリア】を象徴するエンブレムは私達にはまだない。

せっかく新しく始めるのならここで決めるのもいいかもしれない。

どんなエンブレムにしようかと考えていると実はすでに神ヘスティアが考えていた。

 

「へっへーん、ずっと前から考えていたんだー」

 

ほどなくして神ヘスティアは羊皮紙に描いたエンブレムを私達に見せてきた。

そこには炎と鐘が描かれていた。

なるほど、神ヘスティアとベルから始まった【ファミリア】だし、これがいいかも・・・・ん?

羊皮紙に描かれている炎と鐘の周りには所々に点?のようなものが垂れていた。

 

「神ヘスティア。この点みたいなのはなんですか?」

 

「桜の花びらだよ!?と言っても見たことないから普通の花びらのようだけど・・・・」

 

桜の花びら・・・・・?

そんな疑問を思っている私に神ヘスティアが答えた。

 

「ボクとベル君そして桜君の三人で始めた【ファミリア】じゃないか!」

 

その満面な笑みに私も笑った。

そんな粋な計らいをしてくれるとは・・・・・・。

嬉しくも恥ずかしい気持ちが心を踊る。

 

「さぁ、今日が本当の意味で、ボク達の【ファミリア】の門出だ」

 

これから私達の【ファミリア】が始まろうとしていた。

その時だった。

私達のホームの庭にこちらに歩み寄ってくる者がいた。

 

「ヒュアキントス・・・・」

 

元【アポロン・ファミリア】団長であるヒュアキントスが私達に向かって歩み寄ってきた。ヒュアキントスの姿を見た私達は臨戦態勢にはいるがヒュアキントスは変わることなく歩み寄ってくる。

 

「・・・・いったい何の用だ?ヒュアキントス。私は二度と顔を見せるなと言ったはずだぞ?」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』が終わって神アポロンは一億の借金を背負ってオラリオから追放された。神アポロンに心酔しているヒュアキントスならとっくにギルドの戦力流出禁止令を振り切って神アポロンを追っていると思っていたのだがな。

問いかける私を無視してヒュアキントスは真っ直ぐベルのところに行き頭を下げた。

 

「すまなかった。謝って許されることではないが謝らせてくれ」

 

その光景に私を含めて全員が目を見開き驚いていた。

こいつ、ベルに謝る為にここに来たのか?

いったい何がこいつをここまで変えた?

 

「い、いえ、もう済んだことですし気にしてません!そうですよね!?神様!」

 

「うん、ボクは許すよ。悪いのは全てアポロンだからね」

 

ベルも神ヘスティアも突然のヒュアキントスの謝罪に驚きながらも許した。

許しを得たヒュアキントスは今度は私のところにへとやってきて――――――膝をついた。

 

「え?」

 

突然、私の前で膝をついたヒュアキントスに困惑しているとヒュアキントスは私の手を取って顔を上げる。

 

「【舞姫】、いや、柳田桜。私は貴女に惚れた」

 

「はぁ!?」

 

惚れた。その言葉に再び私を含めて全員が驚く。

え?どういうこと?だってこいつは神アポロンに身も心も捧げる程心酔しているんじゃなかったか?

困惑する私にヒュアキントスは語った。

 

「私は気付いた。見守るように暖かく仲間を包み込む眩しくも優しい・・・・・そう貴女こそ太陽のような女性だと確信した!」

 

演説のように語るヒュアキントスに私は何が何だかわからなくなった。

 

「この身も心もアポロン様に捧げていた。だが、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に敗れて仲間を見守る貴女の微笑みが私の心を突き動かした。これは恋だと!」

 

自分の胸を強く叩くヒュアキントス。

そして、わかった。

ヒュアキントスを変えたのは他でもない私だ。

 

「どうか私の伴侶になって欲しい」

 

堂々と皆の前でポロポーズされる私の体はどんどん熱くなっていく。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・う。

 

「うああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

私は走った。全力でこの場から逃げた。

どこをどう走っているのか訳も分からず私はとにかく走った。

 

「なんで・・・なんでよりにもよって私の初めて告白される相手があの変態の眷属なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

その日の太陽は何時にも増して憎たらしいぐらい輝いているように見えた。



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ホーム完成前日まで

【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が終わり、今は【ゴブニュ・ファミリア】によりホームの改修をして貰っている。

ベル達はダンジョンに行って冒険者依頼(クエスト)を受けたりなどしている間に未だにダンジョンに行くことを許されていない私は神ヘファイストスのところに借金の返済に来ていた。

先程から受け取った金を計算する神ヘファイストスは確認が終えたのか、一息入れて笑みを浮かばせる。

 

「お疲れさま。これで貴女の分は終わったわ」

 

「そうですか・・・」

 

安堵する私。

神アポロンが個人的に所有していた金銀財宝を売り払い、加えて一億でようやく私の紅桜のローンが終わった。

だけど、まだベルのナイフである二億ヴァリスが残っていた。

まぁ、元々が三億二千ヴァリスだったのが残り二億と考えれば精神的には少しは楽にはなるな。

借金(ローン)は楽にはならないが・・・・・。

 

「前も言ったと思うけど貴女が払う必要なんてないのよ?何百年かけてもあのバカに払わせるのだから」

 

「・・・・流石に額が額なので」

 

私が初めて神ヘスティアから紅桜とベルのナイフの値段を聞いた時は絶句した。

その後、滅茶苦茶説教したが・・・・。

 

「それにあんなんでも一応は主神ですので」

 

「・・・・・そう、ヘスティアもいい子に恵われているわね」

 

苦笑する私に神ヘファイストスは嬉しそうに目を細める。

 

「それじゃ、桜。残りのローンもしっかり返しなさいとヘスティアに伝えといてちょうだい。それと、あまり子に頼るな、もついでにね」

 

「わかりました。それでは失礼します」

 

神ヘファイストスの伝言を預かって私は神ヘファイストスの部屋を出る。

さて、次は入団希望者を集める広告紙をギルドの掲示板や他で貼っていい場所を探さないといけないな・・・・。

私は入団希望者の広告紙を見る。

 

『【ヘスティア・ファミリア】、入団希望者募集!来たれ、子供達!!』

 

共通語(コイネー)で記された広告紙には私達の【ファミリア】のエンブレムが描かれている。

まずは借金があることをバレないようにしないといけないか・・・・。

高級紙にしっかりと二億と記されている契約書を見て溜息を吐きながらとりあえずは広告紙を張りに行く。

万が一バレたら絶対に誰も入団してこないだろうし。

そう思いながら取りあえずはギルドの掲示板に広告紙を貼り、その後も許可をとっては街中のあちこちに広告紙を貼っていく。

 

「さて、そろそろ時間だな・・・・」

 

昼前になると私は『豊穣の女主人』の厨房を借りて新しい本拠(ホーム)の改修をしてくれている【ゴブニュ・ファミリア】の差し入れを作る。

差し入れと言っても簡単な握り飯と飲み物だけだけど。

せっかく改修してくれているからこれぐらいはしておかないと・・・・。

差し入れを作り終えて私は現在改修中の本拠(ホーム)へと足を運ぶ。

 

「【ゴブニュ・ファミリア】の皆さん!差し入れを持って来ましたよ!」

 

「おおおおおおっ!待っていたぜ!!」

 

「至福の一時だぁぁああああ!!」

 

「テメエ等!作業は中止だ!飯にするぞ!!」

 

私の一声に驚くほど速く動き出す【ゴブニュ・ファミリア】の団員。

唯一、普通に歩いてくるのはその主神である神ゴブニュだけだった。

私は一人一人に差し入れを渡すとそれにがっつき始める。

 

「いやー、働いている時に来る美人の飯はうめえ」

 

「【舞姫】。俺と結・・・」

 

「お断りします」

 

何を言うかわかった私は思わず殺気を【ゴブニュ・ファミリア】の親方に放ってしまった。まずいな、変態(ヒュアキントス)のせいで少し敏感になっていやがる。

皆の前で告白してきたせいで私は街中を全力で駆け出していた。

戻ってきた時もあの変態(ヒュアキントス)はまだいたし、その上で【ファミリア】に入団させてくれと何度も懇願してくるわ、ああ、クソ。もっと殴っとけばよかった。

いや、ただでさえあの変態神(アポロン)の元眷属で変態なんだ、今以上に変な属性まで加わったら私が心労で倒れてしまう。

頭を振って変態のことを振り払う。

気を入れ替える為に現在改修中のホームを見るとすでに粗方完成していた。

もう明日には終わりそうだな。

新しく始める私達の本拠(ホーム)と【ファミリア】に感慨深くなっていると私の袖を誰かが引っ張ってきていた。

振り返ると子供達が私の傍に来ていた。

 

「『舞姫』、遊んでー」

 

「あそんでー」

 

遊んでくれとせがんでくる子供達の頭を撫でながら微笑する。

 

「もう少しいい子で待っていたら遊んであげるからちゃんと待っていろよ。返事は?」

 

『はーい!』

 

よろしい。後で遊んであげよう。

 

「美人で飯も上手くて子供にも好かれる・・・・完璧だ」

 

「【舞姫】!やっぱり俺の嫁になってくれ!?」

 

「歳を考えてください、親方」

 

「というより犯罪ですよ、ロリコン」

 

「お前ら酷いな!?」

 

賑やかな【ゴブニュ・ファミリア】の差し入れを渡し終えて私は約束通り私は子供達の相手をする。

夕方ぐらいまで子供達の相手をして子供達を家に連れて帰ってから私は『豊穣の女主人』でウエイトレス姿になって仕事に取り掛かる。

厨房で溜まっている食器を洗い終えた後で給仕の方に取り掛かる。

 

「うわぁ」

 

取り掛かろうと表に行くと見たくない者を見てしまった。

 

「やぁ、桜さん。注文いいだろうか?」

 

変態(ヒュアキントス)が爽やかな笑みを浮かばせながら私に声をかけてきた。

私は作り笑みを浮かばせながら変態(ヒュアキントス)に近づく。

 

「ご注文は?」

 

「貴女を」

 

「ブチ殺しますよ」

 

「冗談です。この店で人気があるものを。もしくは貴女の手料理を」

 

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

さっさと注文を取って速攻で離れる私。

だけど、変態(ヒュアキントス)は「つれないなぁ・・・」と軽く流した。

さて、残飯でも持って行ってやるか・・・・。

軽く復讐してやろうと思ったが流石にミア母さん達に迷惑をかけるわけにも行かず注文どおりのものを持ってきた。

それから近くに寄る度に注文を出し「ウエイトレス姿の貴女も美しい」「【ファミリア】の新設おめでとうございます」「ぜひ、私を【ヘスティア・ファミリア】に」「つれない貴女もいい」「今度私と一緒に食事でも」「明日の予定は?」「好きな趣味は何でしょう?」と話を振ってきた。

う、ウザい・・・・・・・・・。

正直、今すぐにでもこいつをぶん殴りたい衝動が私の全身を駆け巡る。だけど、今のあいつは客としてここに来ている。無駄に高いやつばかり注文してくるしこの店で働く者としてはいい鴨だが、私はいつにも増して疲労が溜まる。

今日、絶対に神ヘスティアからダンジョンに行っていい許可を取ってやる。

変態(ヒュアキントス)のせいで余計に疲れた私はミア母さんに懇願した。

 

「ミア母さん。私、厨房に行ってもいいですか?」

 

「駄目だよ」

 

「・・・・どうしてですか?」

 

私は料理が出来ますよ。何なら三人分働く上に給料半分、いや、三割減らしてもいいから厨房へ行かせてほしい。

そう懇願したらミア母さんは不敵に笑った。

 

「あんたが表にいた方が儲かるだろう?」

 

その言葉に私はがくりと肩を落とす。

そう、少なくともこのオラリオで今、一番勢いがある派閥は間違いなく【ヘスティア・ファミリア】。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の時の熱がまだ収まってはいないからだ。それに団長であるベルがLv.3へ到達したことは皆知っている。

更には眷属希望者の広告紙をあちこち貼っている。

【ヘスティア・ファミリア】の副団長である私がここで働いていることにより私がどんな奴かを見ようと来る輩もいる。

つまり私が表にいると客が増えて、その分の金も入ってくる。

はぁとまた私の口から溜息が出た。

 

「ほら、溜息なんてついてないでさっさと料理を運びな」

 

「・・・・・はい」

 

結局、店が終わるまで私はずっと変態(ヒュアキントス)に話を振られ続けた。

はぁ、何で私って変態に好かれやすいんだ?

セクハラしてくる神ロキ。

ストーカーのようにほぼ毎日嘗め回す様に見てくる神フレイヤ。

私を狙ってきた変態神(アポロン)

その元眷属で現在進行形で言い寄ってくる変態(ヒュアキントス)

その他、有象無象。

私に言い寄ってくる奴にまともなのが一人もいない。

せめて少しでもいいから常識を持って話しかけて欲しい・・・。

そんな切ない思いを抱えながらまた溜息を出して裏口からゴミを捨てに行っていると

銀髪の女の子が倒れていた。

 

「・・・・・エルフ?」

 

女の子を抱きかかえると長い耳を見てすぐにエルフと判明したが、その女の子の身なりが酷かった。布一枚の服に傷だらけの体で裸足。更には首輪のようなものまでつけていた。

纏めると、奴隷が脱走して力尽きた感じだ。

そう感じさせられるエルフの女の子を見て私はとりあえずは同じエルフであるリューのところにその女の子を運んだ。

 

「このエルフはオラリオの外にあるどこかの国か貴族の奴隷でしょう」

 

治療しながらリューに事情を話しているとリューがそう告げる。

この世界には奴隷がいるんだな・・・。

いや、私の世界にも公にはないが裏では奴隷のような人達もいるんだろうけど。

 

「見たところ脱走をしてきたようですね」

 

苛立ちが滲み出ているリューはエルフの首についている首輪に触れる。

 

「どうやらただの首輪のようだ。大人しかったのか、もしくはこのエルフの主人の趣向か、どちらにしろ運がいい」

 

リューは素手で首輪を握りつぶして破壊した。

魔道具(マジックアイテム)の中にはつけた者の居場所を知らせて、身動きを封じる首輪が存在するらしいがこのエルフの首についていたのはただの首輪だったらしい。

 

「まったく腹立たしい。このような子供にまで・・・・」

 

正義感の強いリューはこの女の子の主人に怒っているのだろう。

それも自分と同じ種族だから余計にだろうな・・・・。

 

「商人の荷物に紛れてか、この都市の誰かの商品として来たか。それはこの子が目を覚ましてからでいいだろう」

 

「桜、どちらへ?」

 

部屋を出て行こうとした私にリューは声をかける。

 

「私より同じエルフであるリューの方が目を覚ました時に話しやすいだろう?明日、また来るからそれまで面倒を頼む」

 

それだけ言って私は部屋を出た。



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入団希望

「どうだい、今日からここにボク達が住むんだぜ?」

 

元【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)を改修して新しく私達【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)となった豪邸に私達は眺めていた。

これが私達の新しい家か・・・・。

教会の隠し部屋から一転して豪邸に住めるようになったことに嬉しくもあり前の家がちょっと恋しくなる。

それでもここから新しく始まるんだ。

変わらないのは借金返済ぐらいか・・・・・。

内心で苦笑いしていると【ゴブニュ・ファミリア】がぞろぞろと帰って行く。

 

「【舞姫】!いつでもうちに来てくれよ!」

 

「お前なら特注品(オーダーメイド)でも格安にするからな!」

 

手を振って帰って行く【ゴブニュ・ファミリア】の皆に私も手を振って返す。

 

「ありがとうございました!」

 

礼を言う私に【ゴブニュ・ファミリア】の皆はニヒルに笑みを浮かばせていた。

さて、では私も自分の部屋を見に行くか・・・・・。

 

 

 

 

 

「うん、いい感じだな・・・・」

 

私の注文通りにしてくれている【ゴブニュ・ファミリア】の皆には感謝しないと。

と、言ってもそこまでの要望は出してはいないけど。

質素と言える程の部屋だけど私が主に頼んだのは隣の部屋だ。

部屋の中にはもう一つドアがあり、そこを開けると書店のようにずらりと本が並んでいる。【アポロン・ファミリア】が所有していた本を全てこの部屋に集めて私専用の書庫にした。

私はまだこの世界のことをわかっていないことの方が多い。

その意味と趣味を兼ねてこの部屋を作るように要望しておいた。

 

「さて、さっさと終わらせて一息入れる時にまた来るか・・・」

 

私は荷物を運んで引っ越しを終わらせるとそろそろ【ヘスティア・ファミリア】の入団希望者が集まる時間帯だと気づいて先にどんな奴が来るのか見に行くことにした。

二十、いや、三十人は集まるかな?

出来れば常識を持っている奴が来てくれるとまだ助かるのだが、そこは私と神ヘスティアで見極めよう。

 

「あ、桜様。もう片付けを終わらせたのですか?」

 

「いや、そろそろ入団希望者が集まる時間帯だから先に見ておこうと思ってな」

 

歩いていると間取り図を持っているリリと出くわした。

私も簡単に見たが流石に少人数である私には広過ぎる。

 

「桜様、一つご相談があるのですが、家政婦(メイド)を雇うことについてどう思われますか?」

 

「・・・・いや、まだいいだろう。少なくとも私達自身がこの本拠(ホーム)に慣れてからでも遅くはないはずだ」

 

「う~ん、それもそうですね」

 

私の言葉に合意するリリに誤魔化せたことを安堵する。

確かに私達だけじゃ広いから掃除も大変だろうけど、家政婦(メイド)を雇うだけの金はないからな。

 

「それにもしかしたらベルに好意を寄せて」

 

「ええ、桜様の提案通りにしましょう。そうしましょう」

 

決断したリリは屋敷の調査を続行する。

隠し通すのも楽じゃないな・・・・。

そう思いながら私は入団希望者が集まる屋敷前の庭まで顔を出すとまだ時間が来ていないにも関わらず正門前にはすでに数十人もの様々な種族の亜人(デミ・ヒューマン)が集まっていた。

速いな・・・・もうこんなに集まったのか。

ざっと見て五十人。だけど、時間までまだあると考えてまだ集まるだろう。

人間(ヒューマン)を始め、エルフ、ドワーフ、アマゾネス、狼人(ウェアウルフ)犬人(シアンスロープ)小人族(パルゥム)半亜人(ハーフ)までいる。

予想以上に集まっているが多くても入団させるのはこの中で十人位でいいだろう。

一気に増えると色々面倒だし、内輪揉めになる可能性もある。

まずはそれぐらいで少しずつ増やしていくのが理想かな?

入団希望者を眺めているとその中には変態(ヒュアキントス)も紛れていた。

おい、何でお前がいる?お前は私の安寧と貞操の為に絶対に入団させないからな。

睨む私に変態(ヒュアキントス)は変わることなく爽やかな笑みを浮かばせたまま。

時間が経ち、正門が開かれて入団希望者は庭へと集まる。

 

「あ、桜!凄いね!?夢じゃないよね!?」

 

「ああ、現実だから安心しろ」

 

嬉しそうにはしゃいでいるベルを落ち着かせる。

 

「現実さ!、ベル君!ここにいる子達は、みんなボク等の【ファミリア】を選んでくれたんだ!!」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利したことで一躍有名になってしまいましたからね。特に、オラリオに来たばかりの新人冒険者の目には魅力的に映ったのでしょう。今、一番勢いがある派閥(ファミリア)だと。それと・・・・」

 

入団希望の理由を解説するリリが申し訳なさそうに私に言ってきた。

 

「さ、桜様目当てで入ってこられる方も大勢入られるかと・・・リリは思います」

 

「やめてくれ・・・・」

 

私に声をかけてくる男達は碌なもんじゃなかった。

そう、戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから妙に私は男たちに声をかけられる。

それこそ種族問わずだ。

詩人のように語り掛けてくるエルフ。

堂々と正面から告白してくるドワーフ。

私に声をかける為に作戦を考えてまでくる人間(ヒューマン)

セクハラしてくる小人族(パルゥム)

それ以外にも街中や『豊穣の女主人』でも本拠(ホーム)完成までどれだけ男達に声をかけられたことやら。

軽く男性恐怖症になりそう・・・・・。

これもそれも全部あの変態(ヒュアキントス)のせいだ。

あいつがキッカケになったに違いない。

本当に嫌になる・・・・。

女性中心に入団させてみせよう。

 

「つ、ついに零細【ファミリア】脱出・・・・!!神様っ、やりましたね!?」

 

「ああ!【ファミリア】を発足してから苦節三ヶ月ッ・・・・・短いようで長かった!!」

 

私が落ち込んでいる横でベルと神ヘスティアは手を取り合って喜んでいた。

というより、普通に考えて三ヶ月は短いだろう・・・・。

 

「随分集まっているな」

 

「まあな」

 

屋敷からヴェルフが出てきたヴェルフはベルの様子を見て苦笑していた。

 

「嬉しそうだな、ベルは」

 

「今は放っておいてあげてくれ。時間が来たら一人一人私と神ヘスティアで面接する」

 

「ああ、桜とヘスティア様が面接した奴なら大丈夫だろう。俺も文句を言うつもりはないぜ」

 

「それじゃあ、そろそろ面接を開始するかな!」

 

意気揚々と言う神ヘスティアと一緒に変態(ヒュアキントス)を除いた入団希望者の面接に取り掛かろうとした時。

 

「へ、ヘスティア様ぁー!?」

 

命が叫び声を上げながら屋敷から飛び出してきた。

その手には見覚えのある用紙を持って。

 

「どうしたんだい、命君?」

 

「に、に、荷物の中からっ・・・・・・!!」

 

「まっ!?」

 

止めようとしたがそれより早く命が私達の前に用紙を突き出して叫んだ。

 

「借金二億ヴァリスの契約書がぁ――――――――――――――――――――!?」

 

瞬間、時は止まった。

 

「ぶうっ!?」

 

噴き出した神ヘスティア。それと二億という言葉に私と神ヘスティア以外、入団希望者達含めて目が点になった。

はぁ・・・・よりにもよってこんなところで・・・・・。

頭を押さえる私。石像のように固まる神ヘスティア。

そして、凍結するベルは二億という言葉に意識を手放した。

 

「ふ、ぁ――――」

 

「べ、ベル様ぁー!?」

 

「おい、嘘だろ・・・・・・?」

 

阿鼻叫喚の中、波のように入団希望者は去って行った。

 

「はぁ~」

 

私の口からは溜息が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリ達がベルの看病と神ヘスティアを問い詰めている間、私は後始末をしていた。

ギルドや街中で貼って行った入団希望者の広告紙を剥がす為に。

剥がしながら冒険者達に借金漬けの爆弾【ファミリア】と後ろ指を指されている。

ギルドからの徴収される分も引いて残った金で【ファミリア】の為にあちこち動いて必要な物を買ったり、これからのことも考えて貯金もした。

色々考えて行動してやっと頑張って一億二千万ヴァリス返済したんだぞ・・・・。

三億二千万という借金を必死に返済していき、漸くそこから一億二千万を返済し終えた私の努力はいったいなんだったんだろうか・・・・・?

はぁ、本気で【ロキ・ファミリア】に行きたくなった・・・・。

 

「凄い噂が広まっていますね、桜」

 

嘆いている私の後ろからリューが声をかけて来てくれた。

 

「まぁ、事実だから仕方がないけど・・・・ん?」

 

振り返ると昨日の銀髪のエルフの女の子がリューの後ろに隠れながらこちらを窺っていた。

 

「ティア。この人が貴女を助けてくれた桜だ」

 

リューの言葉に頷くティアは恐る恐ると私に近づいて頭を下げる。

 

「・・・・あ、ありがとう、ございま、す・・」

 

途切れながら礼を言ってくるティアに目線を合わせて頭を撫でる。

 

「どういたしまして。怪我はもういいか?」

 

頭に手を置くと一瞬驚いたようにビクッとなったが撫でたおかげか表情が緩和していた。

 

「は、はい。あの、その、えっと・・・」

 

何か言いたげになるティアにリューが嘆息しながら代わりに答えた。

 

「ティアは桜の【ファミリア】に入りたいようです」

 

「そうなのか?」

 

確認するとコクリと小さく頷くティア。

 

「助けてくれたお礼がしたいとティアはそう言っていました」

 

リューの言葉に何度も頷くティアに私は少し考える。

ティアは見た感じまだ10歳も超えていない。

いや、でも冒険者に年齢は関係ないのか・・・・。

流石に入団数ゼロは私も嫌だし、ここで礼がしたいというティアの好意を断るのも気が引ける。

私はティアに手を差し伸ばす。

 

「それじゃ、私の主神のところに行こうか」

 

私の言葉にティアは嬉しそうに私の手を掴む。

その嬉しそうな笑顔が私の心を浄化してくれているように眩しかった。

 

「それでは私は買い出しの途中ですので、これで」

 

「わかった。じゃ、また」

 

そこで私とリューは別れて私はティアと手を握り、新本拠(ホーム)へと帰宅しながらティアの素性を聞いた。

名前はティア・ユースティ。

盗賊に襲われてとある貴族に売られたティアはその貴族に虐待を受けていた。だが、何とか隙を見て商人の荷物に紛れてこのオラリオに流れ着いた。

しばらく街中を放浪していると力尽きて倒れたらしい。

災難だったな、と思いながら私は全員がいる居室(リビング)に行く。

 

「ただいま」

 

「あ、桜!?どうして今まで黙っていたの!?桜は知っていたんだよね!?」

 

「お前が二億のナイフを使っていると知ったらそれに恐れて使わないようになると思ったからだよ。それより朗報だ。入団希望者を連れてきたぞ、ティア」

 

『え?』

 

私の後ろに隠れているティアの姿を見たベル達は目を見開いているなかでティアは恥ずかしそうに俯きながら私の後ろから出てきて頭を下げる。

 

「ティ・・・ティア・・・ユースティ・・・・です・・・」

 

大勢の前で喋るのが恥ずかしいのかすぐにまた私の後ろに隠れる。

そして、突然の入団希望者に呆然としているベル達は―――――歓喜した。

 

「やったっ!やったよ!?ついに一人目の入団者が来てくれた!?」

 

「うん、うん、そうだね、ベル君!ボクも嬉しいよ!ティア君!ボクが主神のヘスティアさ!君を歓迎しよう!」

 

「よっしゃ!もうダメかと思っていたぜ!」

 

「リリも歓迎します!ええ、歓迎しますとも!桜様!グッジョブです!ティア様ならリリも安心です!」

 

「自分も感激です・・・・」

 

ティアの登場に歓喜するベル達にティアは嬉し恥ずかしそうに顔を赤くして俯いていた。

全く喜びすぎだろう。

まぁ、気持ちはわからなくともないけど。

入団希望者がゼロだと思われていた矢先にティアの登場だ。

必要以上に喜ぶのも頷ける。

というより、リリ。お前の言う安心はベルを狙わないという意味で言ったろ?

 

「よし!そうと決まればティア君の歓迎会を開こうじゃないか!?」

 

「ええ、しましょう!盛大にしましょう!」

 

「僕、食材を買ってきます!」

 

「ベル殿!自分も手伝います!」

 

「なら、俺は酒の準備でもしてくるか」

 

喜びがいつの間にヒートアップしてティアの歓迎会を行おうとするベル達。

いや、待て。歓迎会をするのは賛成だがこの調子だとまずい。

 

「お前ら少しは落ち着いて―――」

 

落ち着かせようとしたがすでにヒートアップしているベル達の耳には私の声は届かなかった。あっという間にティアの歓迎会は開かれて皆でティアを歓迎した。

歓迎会終了後、私と落ち着きを取り戻したリリはかかった費用に頭を悩まされた。

今度から【ファミリア】の金銭管理は私がしよう。

そう強く決意した。

そして、ティア・ユースティは私達の【ファミリア】の一員となった。

 

 

ティア・ユースティ

 

Lv.1

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

 

【シルワトゥス】

・治癒魔法。

・対象者の傷を癒す。

・詠唱式『森林の恵みよ、この者に妖精達の加護を』

 

【アミュレ・リュミエール】

・障壁魔法。

・物理、魔法攻撃を防ぐ。

・詠唱式『鉄壁の守り、堅牢の盾。邪悪な力を跳ね返す森光の障壁よ。我を守護せよ』

 

《スキル》

 

勇敢なる妖精(ブレイブ・フェアリー)

・心に勇気を持つ。

・行動により低確率で奇跡が起きる。

 

 

 

 

 

 

 

「これがティア君の【ステイタス】だよ・・・」

 

歓迎会終了後で神ヘスティアを起こしてティアに『恩恵』を与えた。

皆が居室(リビング)で潰れている中で記されたティアの【ステイタス】を見て私は思考する。

 

「魔導士タイプだな・・・・」

 

治癒と障壁の魔法。流石は魔法に秀でているエルフ。

私達が喉から手が出る程欲しい人材だ。

だけど、気になるのはこのスキルだ。

私の太股を枕に寝ているティアに視線を向ける。

勇敢なる妖精(ブレイブ・フェアリー)】・・・・貴族から脱走して命からがらにこのオラリオにティアはやってきた。

奴隷が逃げたらどうなるかはだいたいの想像がつく。

でもそれでもティアは逃げ出してこのオラリオに来て、私と出会った。

勇気を持って逃げ出して、奇跡的に私と出会った。

それは偶然か、必然か、もしくは奇跡か。

苦笑しながら私はティアの髪を撫でる。

 

「まぁ、でもまだダンジョンにはつれては行けないか」

 

見ていてわかった。

ティアは人に恐怖心を抱いている。

奴隷として生活をしていたのだから当然と言ったら当然か。

まずは人に慣れさせてからダンジョンに行かせないと・・・・。

 

「神ヘスティア・・・・寝ていやがる」

 

「ヴァレン何某君・・・・それはボクの・・・ジャガ丸君だ・・・・」

 

寝言を言いながら気持ちよさそうに寝ている神ヘスティアに呆れながら私はグラスに注がれている酒を一口飲む。

 

「まぁ、これが私達らしいと言えばらしいか・・・・」

 

ティアには明日から神ヘスティアと一緒にジャガ丸くんの売り子を手伝って貰うとして私もちょっと動くとしよう。

最近、頼りすぎて少し申し訳ないけどあの人以上に知っている人はいないだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアの歓迎会から翌日の朝。

 

「朝から申し訳ありません、リヴェリアさん」

 

私は【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に来ていた。

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に私が来たのがもう他の人達も慣れたせいか、友人の家に遊びに来た感覚で中に入れてくれた。

 

「構わんさ、それより戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝ったようだな。流石だ」

 

「ありがとうございます。早速で悪いのですが一つ相談が」

 

「ほう、また無茶ことでも言うつもりか?」

 

微笑みながらからかってくるリヴェリアさんに私は首を横に振って否定する。

 

「違いますよ。実は私達の【ファミリア】にエルフの女の子が入団してくれまして、どこかに魔導士専用の店はあるでしょうか?」

 

「なるほど。入団祝いにその子に何かしてあげたいということか」

 

納得するように頷くリヴェリアさんの表情はまるで子供の成長に喜ぶ母親のように感じたのは私の気のせいか?

それからリヴェリアさんから魔導士専門店である『魔女の隠れ家』の場所を教えてもらった。

 

「ありがとうございました」

 

「もう行くのか?せっかくなんだ、アイズに会って行くといい。きっと喜ぶ」

 

「いえ、実はまだ引っ越しの作業も残っていますので早く帰らないと行けないんです」

 

「そうか。それなら仕方がないか。それでは桜。また来てくれ」

 

「失礼します」

 

用事を終わらせて私は【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)を出る。

門番の人達からも「またな~」って声をかけられるし、本当に友達感覚になっているな。

まぁ、さっさとリヴェリアさんが教えてくれた『魔女の隠れ家』に行って、帰ったら私も引っ越しの作業を終わらせないと。

そして、早速そこを見つけた私はレノアという魔女の店から百万ヴァリスする杖を購入した。戦争遊戯(ウォーゲーム)で全額賭けておいてよかったと思った。

問題は喜んでくれるといいんだが・・・・。

そんな不安を抱えながら本拠(ホーム)に帰宅後、引っ越しの作業を始めて神ヘスティアとティアの帰りを待っていた。



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愚神のおかげで

「きょ、今日は早めに就寝させてもらいまーす」

 

夕食が終えた後で挙動不審の命が居室(リビング)から出て行った。

そして、ベル達は命の尾行に行った。

私とティアだけが本拠(ホーム)『竈火の館』に残り、私達は夕食の後片付けを行う。

流石に全員で行くわけにもいかないからな・・・・。

神ヘスティアはまだ帰ってきていないし、子供であるティアを一人にするわけにもいかず私とティアは後片付けをしている。

私が食器を洗っている間にティアはテーブルを拭いてくれている。

本来なら私一人でもすぐに終わるけど、元々奴隷だったティアに何もさせない方が酷だろうと思い手伝って貰っている。

 

「お、終わり・・・ました・・・」

 

「ご苦労様。それじゃ、食器を拭いてくれるか?」

 

私の言葉にティアは頷いて食器を拭いて行く。

片づけが終わると私は買っておいた杖をティアの前に持ってくる。

 

「私からの入団祝いだ。受け取ってくれ」

 

「え・・・あ、あの・・・・」

 

突然渡された杖にティアは戸惑うが私が半分無理矢理持たせた。

 

「これは入団祝いと私個人からの気持ちだ。嫌だったか?」

 

そう尋ねる私にティアは涙を流しながら何度も首を横に振った。

 

「あ、ありが・・・・どう・・・ございまず・・・・」

 

顔を涙でグシャグシャにしながら礼を言って杖を大事そうに抱えているティアに私はハンカチで涙を拭いて抱きしめるとティアは私の胸元で更に泣いた。

優しくされるのが久しぶりだったのだろう。今までの奴隷生活だと優しくされるなんてことはないだろうからな。

その後、泣き疲れたティアをベットまで運ぶがティアは眠りながらも杖を離すことはなかった。大事そうに寝たまま抱きしめていた。

私的にも喜んでくれて何よりだった。

 

「ただいま~~、桜君~、ご飯をおくれ~」

 

借金返済に燃えていた神ヘスティアは夜になってやっと帰ってきた。

 

「少し待っていてください。すぐに作りますから」

 

すぐに神ヘスティアの分を作って神ヘスティアに命とベル達のことを話しておく。

 

「ふ~ん、命君がね。まぁ、詳しい話は命君が帰ってから聞こうじゃないか。それより、ティア君はもう寝ているのかい?」

 

「はい、杖を抱えたままぐっすりと」

 

「杖?」

 

「魔導士が使う杖ですよ。私が買ってティアにあげました」

 

「ち、ちなみにどれぐらいしたんだい?」

 

「百万ヴァリス」

 

「ぶふっ!?」

 

「汚いですよ、神ヘスティア」

 

せっかく作ったご飯を飛ばさないで下さいよ。勿体ないし、汚い。

 

「さ、桜君!?君は借金を増やすつもりか!?」

 

「あれは私の懐から出したものですから【ファミリア】の金は一切使っていませんよ。戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に全額賭けておいたおかげでまだ多少なり余裕がありますからね」

 

「君はあの状況下でお金を賭けていたのかい!?」

 

先程から驚愕するたびに米粒を飛ばしてくる神ヘスティアに私はティアの素性を話した。

 

「ティアは奴隷だったのです。万が一に連れ戻そうとする輩が来るかもしれません。護身用も兼ねて買ったんですよ。自分の身を守る為に」

 

「そ、そうだったのか・・・・。どうりで時々怯えた眼をしていたはずだ・・・・」

 

心当たりがある神ヘスティアも私の考えに納得してくれた。

 

「それでもティア君はもうボクの大切な子だ。何があってもティア君を守ってみせるよ」

 

慈愛の笑みを浮かばせる神ヘスティアに私も笑みを浮かばせる。

やはり、この神は女神なんだな・・・・。

そう思いながらあるものを神ヘスティアに見せた。

 

「それから明日からティアにはこれを着てもらおうと思います」

 

「ぶぅぅッ!?」

 

また噴き出す神ヘスティア。

 

「こ、こ、これは修道(シスター)服じゃないか!?」

 

私が取り出したのは杖を買った帰りに見つけた修道(シスター)服。背中には【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムを縫っておいた。

この世界は信仰の象徴である神が多いからどこの神に仕えているかはハッキリさせた方がいいかと思ったからだ。

 

「ええ、これなら身を隠すこともできるし、日中出歩いても問題ないでしょう?」

 

「そ、それはそうかもだけど・・・・」

 

言葉を濁らす神ヘスティアに私は続けて言う。

 

「それにこれなら服の下に杖を隠しているのかわからないでしょう?似合うと思いますし問題はないはずです」

 

「うん、まぁ、そうだね・・・」

 

遠い目をする神ヘスティアに訝しむがとりあえずは主神である神ヘスティアの許可も取ったことだし大丈夫か。

 

「それと、そろそろ私もダンジョンに行かせてくださいよ。もう店員で働くの嫌なんですけど」

 

変態(ヒュアキントス)のせいで余計に疲れるから。

 

「う~ん、そうだな・・・・・わかったよ、但しまた無茶をしたらダンジョンに行くのは禁止にするからね」

 

「はいはい、気をつけます」

 

やっと神ヘスティアからダンジョンに行っていい許可を貰った。

その時、ヴェルフ達が勢いよく帰ってきた。

 

「ど、どうしたんだい!?それと、ベル君はどこだい!?」

 

あまりの慌てぶりに神ヘスティアも慌ただしく問いかける。

確かにベルの姿が見えないな・・・・・。

 

「・・・・ヘスティア様、実は・・・・」

 

ベルがいないことも含めてリリが説明してくれた。

命が向かったのは南東区画にある歓楽街。そこに命の知人かもしれない情報を確かめる為に行ったがそこで気が付いたらベルが行方不明となって探していたが、『兔』を見失ったアマゾネスが撤収するのを確認後、目を付けられないように引き上げてきたらしい。

 

「命。その知人は珍しい種族って言うけど何の種族なんだ?」

 

狐人(ルナール)と種族で名前は春姫と言います。ですが、高貴な身分の方ですので・・・」

 

「歓楽街にいるとは思えずにいてもたってもいられず確認に行った。ということか」

 

「・・・・はい」

 

命の言葉に私は顎に手を当てる。

それだけ珍しい種族ならいる可能性が高いだろう。

歓楽街にいるのなら身分など関係ないしな、それより気になるのはアマゾネスの方だ。

確か第三区画は上位派閥の【イシュタル・ファミリア】の本拠地があったはず。

それに【イシュタル・ファミリア】の団員はアマゾネスが多い。

それに追われている『兔』・・・・・・。

頭の中で肉食獣(アマゾネス)に襲われている(ベル)を想像してしまった。

私は悟ったように両手を合わせて黙祷する。

 

「ベル。お前は優しい奴だったよ」

 

「縁起でもないことを言わないでおくれ!?」

 

「そうですよ!?まだベル様が食べられたと決まったわけではないのですから!?」

 

怒鳴る神ヘスティアとリリ。

まぁ、ベルの事なら大丈夫だろう。兔と呼ばれているだけあって足は速いし、逃げきれているだろう。

取りあえず私もそろそろ寝るとしよう・・・・。

欠伸をしながら自室に行きながら明日のことを考えていた。

ベルの事だからまた問題を抱えてくる可能性もあるし、エイナに【イシュタル・ファミリア】のことでも教えてもらおう。

そう考えながら私は就寝した。

次の日の朝、体中から香水の匂いをつけて朝帰りしてきたベルは神ヘスティアの尋問を受けていた。

その時、面白いことにベルが精力剤など持っていたがそんなものをベルに渡す人なんて一人だけ・・・・。

 

「・・・・・・・・・」

 

これはきな臭くなってきたぞ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【イシュタル・ファミリア】の情報ね・・・・」

 

ギルドのボックスで私はエイナから【イシュタル・ファミリア】の情報を聞いていた。

 

「いきなりきて他派閥のことを聞くなんてどうしたの?」

 

「少々気になることがありまして。調べているんですよ」

 

ベルが歓楽街に行ったことは伏せて私はエイナから【イシュタル・ファミリア】の情報を聞いた。

まず、【イシュタル・ファミリア】の団長、二つ名【男殺し(アンドロクトロス)】のフリュネ・ジャミール。Lv.5の第一級冒険者。

それ以外にもアマゾネスの冒険者、『戦闘娼婦(バーベラ)』と呼ばれる戦闘員は何名かのLv.3が存在している。

代表的なのはアイシャ・ベルガ。二つ名【女傑(アンティアネイラ)】の戦闘娼婦(バーベラ)。Lv.3の戦闘娼婦(バーベラ)の中で最上位の実力者。

流石は上位派閥と思いながら狐人(ルナール)の春姫のことを聞いたが団員リストには載っていないとエイナは言った。

人身売買を明るみに出さない為に隠しているのか?

考えられる情報を整理しているとエイナの口から気になることを聞いた。

【イシュタル・ファミリア】は実力を偽っているのではないかと。

 

「当時【イシュタル・ファミリア】と敵対していた複数の派閥が糾弾してね、ギルドに報告されている公式のLv.より、遥かに団員達の力が上回っている、って」

 

そこでギルドは【イシュタル・ファミリア】の調査に向かったが結果は白だった。

薄気味悪いな・・・・・。

もし、偽っているのなら調べられた時点にハッキリしている。

だけど、調べてもギルドの報告通りで結果は白。

その敵対している派閥が言いがかりをつけたとしたとしてもいくら何でもLv.の差はわかるはずだ。それなのにギルドの報告通りだった。

【イシュタル・ファミリア】は何かを隠している?

少なくともなんらかの秘密はありそうだな・・・・・。

 

「ありがとうございました。エイナさん」

 

立ち上がってボックスから出て行こうとする私にエイナは言った。

 

「桜ちゃん。くれぐれも気を付けてね。私は・・・【イシュタル・ファミリア】は凄い怖い派閥だと思うから」

 

「わかりました」

 

ボックスから出た私は【ヘルメス・ファミリア】の主神である神ヘルメスを探し始める。

と言っても自由奔放と聞いているあの神がこのオラリオにいるかどうかもわからないが。

 

「ア―ニャちゃんっ、至急ミアを呼んでくれッ」

 

「にゃあ~、またヘルメス様ニャ?」

 

わりとあっさり見つけてしまった。

それに慌ただしい、いや、なりふり構っていられない様子だった。

ちょうどいいや・・・・・。

 

「神ヘルメス」

 

「おおっ!桜ちゃん!よかった!実は桜ちゃんにも話があるんだ!?」

 

「奇遇ですね。私もあります。せっかくですので中で話しましょう」

 

そう言って奥のテーブルで座る私と神ヘルメス。

神ヘルメスが口を開く前に私はポケットから小瓶を取り出す。

 

「貴方ですよね?ベルにこれを渡したのは」

 

「え、ベル君、もしかして喋っちゃった?」

 

「歓楽街でベルにこんなものを渡すのは神ヘルメスだけです。まぁ、これは別にいいんです。取りあえずお返しします」

 

精力剤を神ヘルメスに返して私は本題に入る。

 

「それで神イシュタルと何を話していたんですか?」

 

「何でそう思うんだい?」

 

「貴方は普段は飄々としていますが何の理由もなしに歓楽街に行くとは考えにくい。それに貴方のような神は自分はなるべく動かずに、他人を動かしてどれだけ状況を面白くできるか・・・・それを楽しむタイプです。違いますか?」

 

「ハハハ、よくわかってるね」

 

実際にそうだった。

リヴィラの街でこの神はモルドに魔道具(マジックアイテム)を渡して、ベルと戦わせた。それをこの神は遠くから見ていた。

 

「これは私の推測ですけど、貴方は神イシュタルに密談、もしくは取引をするために神イシュタルに会いに行った。いや、何かの依頼を貴方が受けていたという線もありますがどうでしょう?」

 

「うん、凄いね。でもオレが普通に遊びに行っていたとは思わなかったのかい?」

 

「ええ。思いませんでした」

 

神ヘルメスの言葉を私は即答する。

 

「遊ぶだけならわざわざ他派閥である【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)がある第三区画に行かなくてもいい。神とはいえ、派閥問題を起こしてしまう可能性も十分にありますから」

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に友人感覚で行くような私のような奴を除いて。

 

「・・・・やれやれ、本当に鋭い女の子だな、桜ちゃんは。桜ちゃんの言う通りオレはあの日、イシュタルと会っていた」

 

観念したかのように喋り出す神ヘルメスはその時のことを話した。

 

「オレは運び屋の依頼を受けてイシュタルにある物を届けた」

 

「ある物?」

 

訊き返す私に神ヘルメスは告げた。

 

「オレが届けたのは、『殺生石』という道具(アイテム)だ」

 

殺生石?

聞き覚えのないその道具(アイテム)に訝しげになる私。

前の世界では殺生石と聞いたら白面金毛九尾と結びつく。

狐人(ルナール)と殺生石。この共通点はただの偶然か?

そんな疑問を取りあえずは頭の端にやりながら私は神イシュタルのことについて聞いた。

 

「イシュタルはフレイヤ様と同じ美の女神でもある。だからイシュタルは自分より上にいるフレイヤ様に妬んでいるのさ」

 

「女の嫉妬、いえ、女神の嫉妬ですか・・・」

 

それは想像しただけでも恐ろしい。

ただでさえ、女の嫉妬は怖いのは同じ女である私もよく知っている。

神イシュタルが神フレイヤを妬んでいることと、何かを企んでいることを教えてくれる神ヘルメス。だけど、いったい何を企んでいるのか、何のために『殺生石』を神ヘルメスに依頼したのかまではわからなかった。

一番気になるのは王を気取るあの女神が地を這い蹲るということだ。

神イシュタルは革命でも起こそうというのか?

それだとしても【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】とでは実力差がありすぎる。何より【フレイヤ・ファミリア】には【猛者】、オッタルがいる。

オッタルの実力が本物なのは実際に戦った私自身がよくわかる。

そんな相手を倒す切り札でもあるのか?

神イシュタルの企みについて考えていると神ヘルメスが申し訳なさそうに言った。

 

「・・・それと悪いけどイシュタルに君達のことを話してしまったんだ」

 

「・・・・・・・・・・死にましたね、神ヘルメス」

 

それだけを告げて去ろうとする私の腕を神ヘルメスが掴んできた。

 

「頼む!どうか助けてくれ!あれは不可抗力だったんだ!?」

 

泣きつく神ヘルメスに私は優しく微笑む。

 

「神フレイヤから死刑宣告があると思いますがどうか残り短い下界の生活を楽しんでください」

 

「助けて!?本当にオレの神生最初で最後のお願いだから!?」

 

「どうせ、美の女神の魅力に当てられてうっかり言ってしまったんでしょう?それは不可抗力ではなくて自業自得といいます。貴方が黙っていれば余計な争いに私とベルが巻き込まれることもなかったのに」

 

「そうだけど、その通りだけど!?謝るから助けてくれ!オレにまだすべきことがあるんだ!だから見捨てないでくれ!桜ちゃんならフレイヤ様に言ってくれれば何とかなるだろう!?」

 

ほら、やっぱり。

嫌だけど私とベルは神フレイヤに気に入られている。

そのことが神イシュタルにバレたらほぼ間違いなく私やベルを捕まえて神フレイヤに嫌がらせをするだろう。

それで自分の優越感を味わうために私とベルは犠牲になる。

この愚神のおかげで私やベルまでも巻き込まれたということは嫌という程わかった。

私は手を振り払って巻き込まれないように何か備えでもしておこうと考えていると神ヘルメスが私の前まで来て土下座してきた。

 

「この通りだ!オレはまだ死にたくない!」

 

土下座って流行っているのか?まぁ、とりあえずは無視だな・・・・。

土下座している神ヘルメスの横を通り過ぎようとすると今度は私の脚にしがみついてきた。

 

「おかしいぞ!タケミカヅチと話が違う!?」

 

「いい加減にしてください!セクハラで訴えますよ!?」

 

「それでもいいから助けてくれ!」

 

いいのか!と思ったその時。

 

「いい加減にしな」

 

「あうっ!?」

 

「あたっ!?」

 

ミア母さんから拳骨を貰って私と神ヘルメスは頭を押さえながら悶える。

 

「店の中でそんな大声を出すんじゃないよ。次にしたらわかってるね?」

 

「「は、はい・・・」」

 

ミア母さんの気迫に私と神ヘルメスは負けた。

私は頭を押さえながら神ヘルメスに話しかけた。

 

「神ヘルメス。条件付きでなら何とかしてみましょう」

 

私は神ヘルメスに言った。

 

「神フレイヤと会わせてください」

 

もうこうなったら直接神フレイヤと交渉してやる。



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今は何も

とあるホテルの一室にて私は今、神フレイヤと会っている。

神ヘルメスを使って私は神フレイヤと交渉に来ていた。

 

「それで、私に何の用かしら?」

 

微笑みながら問いかけてくる神フレイヤに私は話した。

 

「神イシュタルが貴女を狙っています」

 

「そうみたいね」

 

紅茶を飲みながら平然とする神フレイヤの様子を見てどうやら【イシュタル・ファミリア】のことについてある程度の情報は握っているみたいだな。

 

「神フレイヤ。単刀直入に申し上げます。神イシュタルは貴女を倒す算段をつけている可能性があり、私とベルを貴女への意趣返しとして狙っている可能性もあります」

 

そこで初めて神フレイヤの動きが止まり、動揺らしい動揺を見せた。

 

「そう、イシュタルがね」

 

初めて聞いた底冷えする声を聞いただけで私の背筋は凍ったかのように冷たくなった。

間違いなく怒りに触れているな・・・・・。

なら、そこを利用するしかこの女神を動かす手段はない。

 

「そこで神フレイヤ。貴女にお願いがあります。万が一に【イシュタル・ファミリア】と戦うことになりましたら貴女と貴女の【ファミリア】の力をお借りしたい」

 

それが私の考えた最善。

神イシュタルはいずれ神フレイヤに戦争をしかけてくる可能性が高い。

なら、狙われている神フレイヤに私とベルが狙われていることも話した上で協力、いや、【フレイヤ・ファミリア】を利用する。

【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の戦争中に私達は狐人(ルナール)の春姫を掻っ攫う。

正直、かなり気が引けるがこれ以外に上位派閥である【イシュタル・ファミリア】から逃れる手はない。

全ての責任を【フレイヤ・ファミリア】に押し付けた上で私達は目的を達成する。

 

「いいわよ」

 

神フレイヤは了承の言葉を口にした。

 

「それが本当ならイシュタルは線を越えたことになるし、私もそれだけは許せない」

 

表情は変わらず微笑んでいるがその声は本当に怖かった。

私の主神、ヘスティアは怒りながらも多少なりの慈悲や慈愛がある。

だけど、神フレイヤは慈悲や慈愛があった上で本気で怒っている。

 

「前に貴女には楽しませてくれたものね。いいわ、利用されてあげる」

 

「っ!?」

 

微笑みながらあっさりと私の考えを見透かす神フレイヤに私は目を見開き、冷や汗を流す。

私の驚いている反応が面白かったのかくすくすと神フレイヤは笑いながら私の頬を撫でる。

 

「神を利用するのは少しいけないわ。でも、その度胸と私を楽しませてくれたお礼として目を瞑ってあげる」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

心臓をわしづかみにされるような感覚で頬を撫でられる私の本能が逆らうなと言わんばかりに体を動かすことができない。

 

「貴女の魂。前に直接見た時よりもっと美しくなっているわ。ふふ、ますます貴女が欲しくなったわ」

 

笑みを漏らしながら言う神フレイヤに私は何も言えなかった。

それでも構わないのか、気にしていないのか、神フレイヤは私の頬から手を離して立ち上がる。

 

「それじゃあね、桜。いずれ私のモノにしてあげるわ」

 

去って行く神フレイヤが部屋から出て私はやっと体を動かすことができた。

体中から汗が流れ、床へと落ちる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、」

 

荒い呼吸をゆっくりと整えていきようやく呼吸が落ち着き始めてから私は解放されたかのように安堵した。

許してくれたのは・・・本当だろう・・・・。

そうじゃなかったら私は存在していない。

利用しようと企んでいた私に少し罰を与えたのだろう。

万が一に私が気に入られていない奴だったら何をされていたかはわからなかったと考えるとゾッとした。

汗を拭い、私は立ち上がって部屋を出て外の空気を吸って気持ちを落ち着かせる。

取りあえずは何とかなった・・・・・。

後はこのことをベル達に話す前に『殺生石』のことについて調べておかないと。

まだ謎が多い【イシュタル・ファミリア】。

その謎を解明しない限り、どうにもできないだろう。

『殺生石』のことは極東の神である神タケミカヅチに明日聞いてみるとしよう。

そう思いながらホテルを出ると外はすでに夜。

夜の道を歩きながら本拠(ホーム)に帰ると男装している命と出会った。

 

「さ、桜殿・・・!今までどちらに?」

 

「後のことを考えて少しな。それよりその恰好・・・歓楽街に行くつもりか?」

 

「・・・・・・・」

 

私の言葉通りだったのか目線を逸らす命。

 

「春姫・・・・友人に会いに行くつもりか?」

 

「・・・・・・はい」

 

肯定した命は私の横を通り過ぎようとしたが私が命の腕を掴む。

 

「命。万が一にその春姫に会ってお前はどうするつもりだ?」

 

「自分は・・・・自分は話を・・・」

 

「ハッキリ言う。何もできないのなら動くな。それが春姫の為にでもある」

 

ハッキリと言った私に命は目を見開くが私は構わずに続ける。

 

「いたとして話を聞くと思うか?知り合いであるお前に自分が娼婦をしていると知られたらその春姫の心はどうなる?身を堕とした自分の姿を見られて平気でいられるわけがないだろう?」

 

「し、しかし・・・・ッ!」

 

「しかし何だ?自分なら何とかできるのか?それならぜひ聞かせてくれ。そしてそれができるのなら私は止めたりはしない。むしろ協力してやる」

 

「・・・・・・ッ」

 

私の言葉に顔を赤くする命の手は拳を作り強く握りしめているのを見て私は言う。

 

「命。今のお前に出来ることはない。考えもなしに自分の感情のままに動くな。それが春姫の為でもあってお前の為でもある」

 

そう、例え普通の娼婦だろうと【イシュタル・ファミリア】の末端だとしても今の私達には何もできない。だからこそ、私がこうして今も動いているんだ。

 

「それでも・・・それでも自分は春姫殿を放ってはおけませんッ!!」

 

私の手を振り払って駆け出していく命の背中を見ながら私は息を吐く。

これはどうするか、いや、今はそれよりも他に考えなければならないことがある。

それを終わらせてからでも遅くはない。

問題があるとしたら【イシュタル・ファミリア】がいつ仕掛けにくるかだ。

そこら辺も神ヘスティアと相談した上でベル達に警戒するように言っておかないと。

 

 



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狐人の妖術

狐人(ルナール)。多岐にわたる獣人の中でも唯一の魔法種族(マジックユーザー)

魔法種族(マジックユーザー)として代表的なエルフとは毛色が異なった魔法を扱うことが多く、希少魔法(レアマジック)にも数えられるその特殊な魔法によって、極東では『魔導士』ではなく『妖術師』『妖術使い』と呼ばれている。

 

希少魔法(レアマジック)か・・・・・」

 

狐人(ルナール)のことについて書庫の本を読み漁ってようやくそれを知ることができたが、どのような魔法を使うのかと『殺生石』のことについてはわからなかった。

やっぱり、極東の神である神タケミカヅチに聞いた方がよさそうだな・・・。

朝の日差しを見て徹夜したな、と思いながら朝食を作りに食堂へと向かうといかにも落ち込んでいますという雰囲気を出している命と会った。

 

「おはよう、命。眠れなかったみたいだな・・・」

 

「桜殿・・・・」

 

意気消沈した声を出す命を見て息を吐きながら食堂に連れて行く。

 

「これから朝食を作るから手伝え。その方が多少は気が紛れていいだろう」

 

手を引っ張って無理矢理連れて行き、キッチンで朝食を作っていると命が口を開いた。

 

「・・・・春姫殿に拒絶されてしまいました」

 

「・・・・・そうか」

 

それだけ返して私は何も言わずに黙って命の話を聞いた。

 

「自分のような人間は、知らないと・・・・言われました」

 

それはそうだろうな、その春姫の言葉は正しい。

そう言わなければ自分だけではなく命にまで被害が出るかもしれなかったはずだ。

 

「桜殿の言うとおり・・・・自分は何もできませんでした・・・・いえ、それどころか春姫殿を傷つけてしまった・・・・自分は、自分は酷い人間です」

 

自分を責める命に私は息を吐いて軽く頭をチョップする。

 

「ああ、お前は酷い人間だ。私の言葉を無視して、感情のままに春姫に会いに行って傷つけてきた。よくわかっているじゃないか」

 

私の言葉を聞いて命は俯く。

 

「なら、次は考えて行動できるだろう?どうすれば春姫を助けられるかをよく考えてみろ。必要なら私やベル達も協力してやる。だから、落ち込むな。春姫を助けたいという命の気持ちは何も間違っていないんだから」

 

命の頬に涙が垂れるのが見えた気がしたが気のせいにしておこう。

 

「・・・・恩にきます。桜殿」

 

「なら、手を休ませるな。もうすぐ皆が起きて来るぞ」

 

「・・・・はいッ!」

 

それから命と一緒に朝食を作って私はティアを起こしてから皆で朝食を食べる。

さて、今日は取りあえずは神タケミカヅチに『殺生石』の事とティアの紹介にでも行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終えて、私とティアは神タケミカヅチと会っていた。

ティアは私が用意した修道(シスター)服をきちんと着ながらも相変わらず私の後ろで隠れながら神タケミカヅチを窺っている。

神タケミカヅチもそんなティアの様子を微笑ましく見ていた。

 

「この子が私達の新しい団員である、ティア・ユースティです」

 

自己紹介する私にティアはペコリと頭を下げて挨拶する。

それを見て私は苦笑しながら神タケミカヅチに謝罪する。

 

「申し訳ございません。少々人見知りが激しいのと訳アリなもので」

 

「何、気にはしないさ。俺が【タケミカヅチ・ファミリア】の主神であるタケミカヅチだ。よろしくしてくれ、ティア」

 

「・・・よ・・・よろしく・・・お願い・・・します」

 

挨拶してまた隠れながらちょくちょく神タケミカヅチを窺うティアに神タケミカヅチは特に気にしてはいなかった。

ティアの紹介が終わり、私はもう一つの本題に入る。

 

「今日訪れたのはティアの紹介と神タケミカヅチに一つお伺いしたいことがありまして参りました」

 

「俺にか?」

 

「はい。『殺生石』について何かご存知でしょうか?」

 

「――――――『殺生石』だと!?」

 

「っ!?」

 

「神タケミカヅチ。落ち着いてください。ティアが怯えています」

 

激変した神タケミカヅチに私が落ち着くように声をかける。

 

「す、すまん、しかし、どこでそれを?」

 

「実は――――」

 

『殺生石』が神イシュタルが持っていること、それと【イシュタル・ファミリア】には狐人(ルナール)の春姫がいることも私は神タケミカヅチに話すと神タケミカヅチは歯を噛み締めていた。

 

「教えては頂けませんか?神タケミカヅチ。貴方の様子から察して余程な物なのでしょう?その『殺生石』というのは」

 

「・・・・・・この事をヘスティアは知っているのか?」

 

「【イシュタル・ファミリア】に狐人(ルナール)の春姫がいることと神イシュタルが『殺生石』を持っていることは既に報告しています」

 

「・・・・・そうか」

 

腕を組んで真剣な表情をする神タケミカヅチは重苦しそうに口を開けた。

 

「『殺生石』は、狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)だ」

 

それから神タケミカヅチは話した。

『殺生石』は『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材にして生成する禁忌の魔道具(マジックアイテム)。『玉藻の石』の原料は狐人(ルナール)の遺骨で作られ、狐人(ルナール)の魔法を・・・『妖術』の効果をはね上げる道具(アイテム)

もう一つの『鳥羽の石』は月嘆石(ルナティック・ライト)とも呼ばれ、月の光を浴びることで色を変え、光を放ち、魔力も帯びる特殊な鉱石。

だが、月の光に応じて硬度、威力、効果を変える。

 

「そして、『鳥羽の石』の効果が最大限に発揮されるのは満月の夜。その時、二つの石が融合した『殺生石』は悪魔の石に変わる」

 

「悪魔の石?」

 

訊き返す私に神タケミカヅチは険しい表情のまま言葉を続けた。

 

「石の使用者である狐人(ルナール)の『魂』を封じ込めて、『妖術』を第三者に与える。代償として生贄にされた狐人(ルナール)を、魂の抜け殻に変えるんだ」

 

説明する神タケミカヅチ。

なるほど、確かに悪魔の石だ。一人を犠牲にして『妖術』を第三者に与えるとは胸糞悪いものだ。だけど、まだわからない。

仮に春姫の『妖術』を第三者に与えたとしても【フレイヤ・ファミリア】に勝てるものだろうか?

いくら狐人(ルナール)が持つ希少魔法(レアマジック)でも難しいはずだ。

だけど、神タケミカヅチの話はまだ終わっていなかった。

『殺生石』は砕かれてから本領を発揮する。

その欠片一つ一つに『妖術』が行使できる魔法の発動装置で、効果も変わらず、詠唱も必要としない。

そして、砕かれた破片が紛失したり、壊れた場合は春姫はもう元には戻らない。

 

「・・・・・・」

 

【イシュタル・ファミリア】の狙いはわかった。

春姫の『妖術』、いや、『魂』を『殺生石』に封じ込めて砕き、自分の眷属に春姫の『妖術』を与えて、【フレイヤ・ファミリア】に戦争を仕掛けるつもりなのだろう。

希少魔法(レアマジック)を団員全員に与えることができたら確かに【フレイヤ・ファミリア】に勝機が生まれるかもしれないが、いったい春姫の『妖術』はなんだ?

少なくとも神イシュタルが神フレイヤに勝てると思わせるような『妖術』のはず、いったいそれは・・・・・・・ッ!?

私はそこでエイナが言っていたことを思いだした。

 

『当時【イシュタル・ファミリア】と敵対していた複数の派閥が糾弾してね、ギルドに報告されている公式のLv.より、遥かに団員達の力が上回っているって』

 

公式のLv.より上回っていたが結果は白だった団員の力。

神フレイヤを妬んでいる神イシュタル。

【フレイヤ・ファミリア】に勝機を生み出すほどの『妖術』。

『殺生石』と狐人(ルナール)の春姫。

そして、月・・・・・・。

 

「いや、まさか・・・・」

 

今まで集めた情報を纏めて整理していると一つの結論へとたどり着いた私でも本当にそんな魔法、いや、『妖術』が存在しているのか疑った。

だけど、希少魔法(レアマジック)を持つと言われる狐人(ルナール)に神イシュタルが実力差のある【フレイヤ・ファミリア】に勝てると思わせる程の力。

公式Lv.を上回っていて結果は白だということにも全てが繋がる。

そして、残酷なことに今夜は満月。

 

「まずい・・・・ッ!神タケミカヅチ、大至急、桜花達を連れて『竈火の館』に来てください!もしかしたら今夜、春姫が死んでしまうかもしれません」

 

「何!?それはどういうことだ!?」

 

「詳しい説明はホームで話します。私はこの事をベル達に伝えてきます。ティア、行くぞ」

 

ティアを抱きかかえて私は急いでホームへと帰る。

だけど、ホームには神ヘスティアしかいなかった。

 

「神ヘスティア!ベル達は!?」

 

「え、べ、ベル君達なら冒険者依頼(クエスト)でダンジョンに行ったけどどうしたんだい?そんな血相を変えて?」

 

血相を変えて現れた私に神ヘスティアは驚いているが私は何の冒険者依頼(クエスト)に行ったかを訊くと14階層の食糧庫(パントリー)で、石英(クオーツ)の採掘。報酬は100万ヴァリス。その依頼人(クライアント)は商会。

普通なら贔屓してくれという意味の冒険者依頼(クエスト)だと思うが、このタイミングだと間違いなく【イシュタル・ファミリア】が商人を使って仕掛けた冒険者依頼(クエスト)だろう。

ダンジョンでなら人目を気にせずにベルを攫うこともできる。

というか私が帰ってくるまで待てよ、あいつら。

 

「そういえばベル君と命君がやけにこの冒険者依頼(クエスト)にやる気を出していたけど、まさか・・・・イシュタルが・・・・ッ!?」

 

「・・・・・タイミング的にそうでしょう」

 

そういえば確か娼婦には『身請け』が可能だったな・・・・。

その為に急いでこの冒険者依頼(クエスト)を受けたのかベル達は・・・・ッ!

 

「すまない、桜君。ボクの不注意だ・・・・」

 

謝る神ヘスティアにティアを渡して私もダンジョンへと向かう。

 

「もうすぐ神タケミカヅチ達が来ます。私が戻ってくるまで待っていてください!」

 

ダンジョンへと駆け出す私は急いで14階層にある食糧庫(パントリー)に向かう。

だけど、私が駆け付けた時、そこにいたのはヴェルフとリリだけだった。

遅かったか・・・・・。

そう思いながらヴェルフとリリに応急処置をして竈火の館へと帰還して帰ってくるとティアが杖を持ってヴェルフ達に近づく。

 

「【森林の恵みよ、この者に妖精達の加護を】」

 

杖を構えて詠唱を唱えるティア。

 

「【シルワトゥス】」

 

治癒魔法を発動させるティア。

銀色の光がヴァルフとリリを覆うと二人の傷が癒えた。

これがティアの治癒魔法か・・・。

 

「助かったぜ、ティア」

 

「助かりました。ティア様」

 

傷を治したティアに礼を言うヴェルフとリリだけどティアは顔を真っ赤にして俯き、私の後ろへと隠れた。

そしてヴェルフとリリは私に申し訳なさそうに謝る。

 

「悪い、せめてお前が帰ってくるまで待っていれば・・・」

 

「申し訳ございません。桜様」

 

「過ぎたことはもういい。とりあえず今は私の話を聞け」

 

竈火の館へと帰ってきた頃にはすでに【タケミカヅチ・ファミリア】も来ていた。

全員が集まっていることを確認した私は皆に私の考えを話す。

 

「まず、ベルと命を攫ったのは【イシュタル・ファミリア】だ。さっきの冒険者依頼(クエスト)も【イシュタル・ファミリア】が商会に手を回していたんだろう。ベルを攫うため、命は恐らくそれに巻き込まれたと思っていいだろう」

 

「でも、どうしてベル様を・・・」

 

「そのことに関しては予測はつくがまだ言えない。それより、問題は別にもある。私達が『身請け』しようと考えている春姫についてだ」

 

何でベルを攫ったのかは今はリリ達には伏せておこう。万が一知られたら余計な混乱を招いてしまう。

 

「率直に言う。【イシュタル・ファミリア】は今夜、春姫に『殺生石』を使わせて【フレイヤ・ファミリア】に戦争を仕掛ける可能性がある。そして、万が一に春姫が『殺生石』を使うことがあれば―――――春姫は死ぬ」

 

「おい、ふざけたことを―――」

 

「ふざけてこんなことを言うと思うか?」

 

声を荒げる桜花に神タケミカヅチが肩を掴んで止める。

 

「・・・続けてくれ」

 

神妙な顔で言う神タケミカヅチに私は話を続ける。

『殺生石』を使って春姫の『妖術』を神イシュタルは団員達に与えようとしていることからその後、春姫がどうなるかまで全部話した。

この場にいる全員が驚いている中で神ヘスティアが問いかけてきた。

 

「で、でも、いくらイシュタルでもフレイヤに勝てるのかい?ボクにはそれがわからないんだけど・・・・」

 

「ああ、それは俺も思ったさ、ヘスティア。だけど何か心当たりがあるんだろう?」

 

視線を私に向けて答えを待つ皆に私は口を開けて答えた。

 

「あくまで私の推測ですが・・・・春姫が行使できる『妖術』は恐らく階位の昇華」

 

『なっ!?』

 

私の推測に全員が驚く。

 

「『殺生石』の欠片一つ一つが一時的とはいえ【ランクアップ】出来るとしたら神イシュタルが神フレイヤに戦争を仕掛けるにも納得できます。神イシュタルは春姫を使って神フレイヤを地に這い蹲せようとしているんです」

 

推測に皆が難しい顔をする。

 

「確かに・・・・イシュタルならやりそうだ、いや、絶対にするはずだ」

 

神ヘスティアが納得して他も納得し始める。

 

「ベルや命が巻き込まれた以上、私達ももう無関係ではありません。そこでここにいる皆に提案します。今から【イシュタル・ファミリア】に潜り込んでベル達を救出後、春姫を攫う」

 

「ちょっと待ってください桜様!ベル様達の救出はまだわかります。ですが、春姫様まで手を出したらリリ達は【イシュタル・ファミリア】に・・・・ッ!」

 

「その点に関しては問題ない。既に私がとある【ファミリア】に協力を要請している。少なくとも今夜の春姫を使った儀式さえ止めることができたら【イシュタル・ファミリア】は今夜消滅する」

 

「とある【ファミリア】・・・・・ッ!桜君!まさかフレイヤに会ったのかい!?」

 

「はい。神フレイヤに全責任を背負ってもらい私達はベル達を救出後に春姫を掻っ攫う。それが私が皆に出す作戦であり、提案です」

 

「君はまたそんな無茶を・・・・」

 

私が神フレイヤに会ったことに怒る神ヘスティア。

だけど、今回はこれ以外にいい方法はなかった。今回ばかりは目を瞑ってもらいますよ。

 

「俺は賛成だ。このまま黙ってはいられねえ」

 

「リリも賛成です!絶対にベル様達を取り返しに行きます!」

 

ヴェルフとリリに続くように神ヘスティアや神タケミカヅチ、この場にいる全員が賛成してくれた。

だけど、一人だけ連れて行くわけには行かなかった。

 

「ティア。お前はホームで待っていろ」

 

私の後ろに隠れているティアにホームに待機するように声をかけるが、ティアは勢いよく首を横に振った。

 

「今回は相手が相手だ。まだ『恩恵』を授かったばかりのお前には荷が重い。私の言うことを聞いてくれ」

 

人にまだ恐怖心を抱えているティアに今から行く場所はティアにとって心身共に辛いはずだ。そんなところにわざわざ行く必要なんてない。

 

「・・・・・・・ッ!」

 

だけど、ティアは何度も首を横に振って私の言うことを強く拒絶した。

 

「いき・・・ます・・・・行かせて・・・・ください・・」

 

真っ直ぐな強い目で行かせてくれと訴えてくるティアの目を見て私は内心で息を吐いた。

はぁ、この目、よく見る目だ・・・・。

絶対に譲らない頑固者の諦めない目だ。

強く目で訴えてくるティアに私は折れた。

 

「わかった。但し絶対にヴェルフ達から離れるな。いいな?」

 

行くことを了承した私にティアは嬉しそうに何度も頷いた。

そして、私達は【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』を目指してベル達の救出と春姫を掻っ攫いに行く。

 



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救出

ベルと命の救出と春姫を攫う為に私達は第三区画前、【イシュタル・ファミリア】領域(テリトリー)の境界線上まで来ていた。

 

「ここにベル君達がいる筈だ、通してくれ!」

 

娼館街の入り口を封鎖する二人のアマゾネスに神ヘスティアが叫んだ。

 

「女神様ぁ、証拠はあるんがッ!?」

 

「な、ぐっ!?」

 

「さぁ、早く行きますよ」

 

あまりにも白々しいアマゾネス二人の意識を刈り取って私はヴェルフ達に進むように進言するが皆は何故か唖然としていた。

全く何をしているんだ?こっちは時間がないというのに・・・・。

 

「・・・・容赦ねえな」

 

「というより手慣れていませんか?リリは桜様以上に相手の意識を刈り取るのが上手い人は見たことがありませんよ」

 

知った事か。

本来なら尋問でもして吐かせてから言質を取ろうと思ったけど、ティアの前では教育上よろしくないし、尋問する時間も勿体ない。

ヴェルフ達の言葉を無視して私達は第三区画へ入り、目的である『女主の神娼殿(ベレード・バビリ)へと向かう。

満月の光が必要になる儀式ということは確実に外でするはず。そして、誰にも邪魔がされない場所と言えば自分達の本拠(ホーム)の屋上だろう。

走っている私達に突然の爆発音が聞こえて顔を上げると視線の先にベルの魔法である【ファイアボルト】が見えた。

 

「桜君。先に行ってくれ」

 

ベルの魔法を見て神ヘスティアがそう言った。

 

「ボク達が一緒にいると君の足を引っ張ってしまう。だから先に行ってベル君達を助けに行ってあげてくれ」

 

神ヘスティアの言葉を聞いた私はヴェルフ達の方に視線を向けると全員頷いて応えた。

 

「わかりました。では、先に行きます」

 

足に力を入れて一気に加速する。

ヴェルフ達から離れて行き、目的である『女主の神娼殿(ベレード・バビリ)』が見えてきた。中からは既に乱闘騒ぎになっているに乗じて上へと駆け上がる。

さっきの【ファイアボルト】といい、恐らくはベルが囮になって命が春姫を助けに行っているのだろう。というより、捕まったんじゃなかったっけ?あの二人。

そんな疑問を抱いていると二人のアマゾネスと目が合った。

 

「【舞――」

 

言葉を発する前に瞬時に接近して両手で口を塞いで壁へと叩きつける。

 

「いいか?お前達は私の質問に正直に答えろ。答えるのなら一回頷け。嫌なら二回頷け。いいな?」

 

私の言葉にアマゾネス達は一回頷いたのを確認して一人気を失ってもらう。

喋るのは一人で十分。

 

「さて、それじゃ、まずはお前達の計画を教えてもらおうか?」

 

残った一人のアマゾネスから情報を聞き出すことに成功した私は残った方にも寝てもらい、別館にある空中庭園を目指す。

やっぱり私の推測通り、春姫を使って【フレイヤ・ファミリア】に戦争を仕掛けるつもりだったのか。

【イシュタル・ファミリア】に見つからないように慎重に駆けあがっているとベルとモンスター、いや、恐らく【イシュタル・ファミリア】団長であるフリュネ・ジャミールとベルが戦っているところが見えた。

正直、ベルを助けに行ってやりたいがまだこちらに気付いていない以上、私は上へと行った方がいいだろう。

それにベルが表だって囮になっているはずだ。なら、私は目的である春姫を攫うことに専念した方がベルの為にもなるだろう。

別館の空中庭園へ進む空中廊下がある四十階へ向かっていると上から何かの衝撃音が聞こえると命が落ちているのを見てしまった。

 

「――ッ!?」

 

一驚しながらもすぐに窓を突き破って空中で何とか命をキャッチした私は夜桜を壁に突き刺して勢いを止める。

何とか勢いは止まり、空中でぶら下がっている状態になるが何とかなったと一安心した。

 

「さ、桜殿・・・・どうしてここに」

 

私の登場に驚く命に私は頭突きをかました。

 

「~~~~~っ!?」

 

デコを押さえて涙目になる命。

本当なら拳骨の一つでもしたかったが両手が塞がっている以上それは後でしよう。

 

「命・・・・帰ったらお前とベルには言いたいことが山ほどあるから覚悟しておけ。せっかく人が春姫を助ける為にあちこち動いていたというのにそれを無駄にしやがって」

 

「も、申し訳ございません・・・」

 

苛立つ私に命が謝罪してくるが謝って済む問題じゃないんだよ。

こっちはあちこち動いては調べた私の努力を無駄にしやがって・・・・。

 

「聞いたぞ?お前とベルは『身請け』の為に金を稼ごうと目の前にやっていた冒険者依頼(クエスト)の報酬に惹かれて受けたと。少しは怪しいとか、タイミングがいいとか、都合が良すぎるとか思わなかったのか?それを私に一言も相談もせずに黙って行き、その結果がこれか?朝は少しは考えて行動できるだろうと思っていた私は愚か者か?それともそれ以上にお前の頭が馬鹿だっただけか?」

 

「さ、桜殿・・・お叱りは後でしっかりとお聞きしますので今は・・・」

 

苛立ちのあまり思わず言ってしまったがこれでもまだ足りないぐらいだ。

だけど、状況も状況だ・・・・後でしっかりと説教してやるとしよう。

息を吐きながら落ち着かせて命と一緒に何とか館の中へと入る。

 

「命。お前はこのまま空中庭園へと向かえ。私はベルを助けてから行く」

 

「わかりました。どうか、ベル殿を頼みます」

 

そこで命は空中庭園へと行き、私はベルがいた場所へと向かう。

だけど、私が到着したころには既にベルはいない。

その代わりかどうかはわからないが上半身裸の肌黒の男と裸でどこか怒っている神イシュタルがいた。

まぁいい・・・・・せっかくだから会っておこう。

 

「誰だッ!?」

 

降りてきた私に声を荒げる神イシュタルに私は一礼する。

 

「お初にお目にかかります。私は【ヘスティア・ファミリア】副団長、二つ名は【舞姫】、柳田桜と申します。私の団長と団員がお世話になりました」

 

「・・・・ああ、お前か、もう一人のあの女のお気に入りは。なるほど、確かにあいつ好みだ」

 

あの女というのは神フレイヤだろう。

というより、神イシュタルも美の女神だったな、でも、何故だろうか、そこまで美しいとも思えないな・・・・。

そんな疑問を抱えていると神イシュタルに苛立ちが消えて唇を舐めて私を見た。

 

「ちょうどいい、あのガキには妙なスキルのせいで虜にできなかったがお前なら出来るだろう」

 

艶然と微笑む神イシュタルの横にいる肌黒の男が動いた。

というより、妙なスキルというのはベルの【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のことか?そのスキルが神イシュタルの『魅了』を跳ね返したのか?

 

「タンムズ!その女を捕まえろ!今度こそ骨の髄まで『魅了』してやる!」

 

私を捕まえようと襲いかかってくるタンムズを回避するが、予想以上に速いことに気付いた。

 

「タンムズはLv.4だ。Lv.3のお前では逃げられん!」

 

神イシュタルがそう告げる。

それに対して私はちょうどいいと思った。

リューには通用出来るようにはなったが他の奴では通用出来るか試してみよう。

 

「この!大人しくしろ!」

 

襲いかかってくるタンムズ。

だけど、私はそのタンムズを斬った。

どうやら通用できるな、これならLv.5でも多少は通用できそうだ。

斬られたタンムズを見て納得する私に神イシュタルが驚いているまま。

 

「な、何故だ!?何故、タンムズがああもあっさりとやられる!?Lv.3ではないのか!?お前は!?」

 

自分の従者が斬られたことに納得も行かずに叫ぶ神イシュタル。

ああそっか。第三者の視点からだとそう見えるのか。一対一の決闘でなら使えるけど、多数相手だと使えないか。

新しい技の反省点に気付く私はまだまだ練習が必要だと判定して神イシュタルに言う。

 

「私はLv.3ですよ。それでは神イシュタル、私はこれで」

 

「ま、待て!?」

 

駆け上がる私に声を荒げて止めようとする神イシュタルに私は足を止める。

 

「神イシュタル。貴女と神フレイヤの違いに私は気付きましたよ」

 

「何!?」

 

「それは――――」

 

違いについて言おうとした瞬間、別館である空中庭園の方から爆発音が聞こえた。

それを聞いた私は違いを神イシュタルに告げずに急いで駆けあがって行く。

神イシュタルと神フレイヤの違い。

それは―――――品性。

それ以外ないだろう。恐らく神フレイヤも同じ答えを出すだろうな。

・・・・・・・って、何故神フレイヤと共感してしまうんだ、私は。

神フレイヤに染められてきているのかと思うとゾッと背筋が凍った。

私の心の中で神フレイヤが嬉しそうに微笑んでいるように見えた。

それを追っ払って私は空中庭園へとたどり着くとそこには憤怒を身に滾らせているフリュネとアマゾネス達。

そして、ベルと狐人(ルナール)。恐らく春姫であろう人物とベルは何かを言い合っていた。

 

「私はっ・・・・・私は娼婦です!?」

 

自分の体を震わせて抱きしめながら春姫は叫んでいた。

 

「貴方達の重荷になりたくない!?汚れている私に、そんな価値はない!!」

 

「僕達が何もできないとか、自分の価値がないとか決めつけるなよ!?」

 

「―――――――っ!?」

 

「一番恥ずかしいことは、何も決められずに動けないでいることだ!!」

 

ベルの言葉に春姫は瞳を一杯に見開かせる。

 

「僕はまだ、貴方の願いを何も聞いちゃいない!」

 

ベルは春姫に向かって手を伸ばした。

囚われのお姫様を救う英雄のように。

 

「貴方の本当を教えてください!!」

 

響き渡るベルの声に春姫の頬に涙が流れた。

 

「・・・・・春姫ぇ」

 

だが、春姫の背後でフリュネが春姫を名を呼び、春姫は体と尾も震わせながらゆっくり唇を開く。

 

「【――――――大きくなれ】」

 

「っ!?」

 

春姫は詠唱を始めた。

まずい、春姫の魔法は一時的な【ランクアップ】。

ここでフリュネに使われたらいくらベルや私でも勝てるかどうかはわからなくなる。

詠唱を止めようと動く私にフリュネを始め、多くのアマゾネス達やベルが私の存在に気付いた。

 

「お前達!あいつを止めな!」

 

襲いかかってくるアマゾネス達に私は夜桜と紅桜を引き抜く。

 

「【其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

アマゾネス達を相手にしながらも春姫は詠唱を止めなかった。

 

「英雄気取りの文句も無駄だったねぇ~!?ゲゲゲゲッ、今からたっぷり借りを返してやる!」

 

大戦斧を受け取ったフリュネは嗜虐的笑みを浮かばせていた。

 

「【―――――大きくなれ】」

 

アマゾネス達と戦いながら私は春姫の『魔力』の流れに気付いた。

 

「【神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

詠唱は春姫の同胞である【イシュタル・ファミリア】を素通りしてベルへと送られて薄い霧状の『魔力』の光雲が生まれるとベルの頭上に、魔法円(マジックサークル)に似た紋様の渦が出現して、それは柄のない光の槌へと姿と姿を変える。

 

「【―――――大きくなれ】」

 

春姫の詠唱を止めようとするアマゾネス達を今度は私が行方を塞いだ。

そして、春姫の詠唱が終わった。

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

燦然と輝く光槌が落ちてベルを包み込んだ。

 

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

四方の闘娼婦(バーベラ)達を吹き飛ばすベルを見て春姫の魔法、いや、妖術の凄さが実感できた。

確かにこの力があれば神フレイヤと戦争しようともするのも理解出来るな。

 

「は、春姫ええええええええ!?」

 

激昂したフリュネは春姫の首を掴んで宙に掲げる。

 

「アタイ達を裏切るのかァ!?さっさと解けっ、この出来そこないの娼婦めェ!?」

 

フリュネの言葉を聞く限り、どうやら時間制限か春姫の意志で解除ができるのだろう。

春姫を助けようと動く私とベル。

 

「もう、体を売りたくないっ・・・」

 

首を締め上げながら春姫は言った。

 

「もう、誰も傷付けたくない・・・・!」

 

震えながらもその声には強い意志を感じられた。

 

「死にたくない・・・・・!」

 

次の言葉に私とベルは動き出す。

 

「助けて・・・・っ!」

 

群がるアマゾネス達をベルは吹き飛ばしながら私は斬り捨てながら突っ走る。

 

「なァ!?」

 

「あああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

一手早くベルが先の到着して大剣の一撃を繰り出すがフリュネは大戦斧で防いだが、後方へと弾き跳ぶ。

だけど、ベルの腕の中には春姫はいなかった。

もちろん私でもない。

 

「アイシャさん・・・・!」

 

アイシャと呼ばれるアマゾネスのに春姫は抱きかかえられている。

いますぐに

だけど、一番の問題が立ち上がった。

 

「どけぇええええええええええええええええええええええッ!?」

 

頭に血がのぼったフリュネは味方事蹴散らしながらベルに接近する。

だけど、そうはさせない。

私は夜桜と紅桜でフリュネの攻撃を捌く。

 

英雄(ベル)の邪魔はさせない」

 

「どきなぁあああああああああああこの不細工があああああああああああああッ!!」

 

怒りで我を忘れているフリュネの攻撃を捌きながらこの場を離れる。

ベル。こいつは私が何とかしてやる。

だからお前は英雄らしく囚われのお姫様(春姫)を助けてやれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女主の神娼殿(ベレード・バビリ)最上階、歓楽街で最も空に近い屋上で桜とフリュネは交戦していた。

 

「ぬらあッ!」

 

迫りくる大戦斧を捌きながら桜も負けじと反撃する。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲェッ!?やるじゃないかァ!?」

 

「笑うな、気色悪い」

 

血走った眼で交渉するフリュネに桜は淡々と毒を吐く。

 

「ゲゲゲゲゲゲェ!不細工の言い訳にしか聞こえないねぇ!?」

 

それは都合のいい耳をしているな。と桜は内心で思いながらもフリュネの大戦斧を躱し始めて反撃するが見た目に反して素早い動きでフリュネは桜の攻撃を躱す。

 

「あの力があれば、Lv.6だろうと関係ないッ!!【剣姫】という小娘もねェ!?」

 

怒りが高ぶり、フリュネは怨嗟を放つ。

 

「あんな人形女が最強で、美しいだってェ!?冗談じゃないよォ!!」

 

フリュネは目の敵にしているアイズに憎悪して、敵愾心をむき出しにしながら叫んだ。

 

「つくづく腹が立つよォ、お前は!?あの女と同じ顔をしやがって!?」

 

顔つきが似ている桜にフリュネの怒りはさらに高まるなかで桜はただ冷静に攻撃を捌く。

 

「あの力があれば、あんな不細工どうってことないんだよおおおおおおおおォ!!」

 

桜に向かって大縦断の一撃を放つフリュネに対して桜は横に跳んで躱して口を開く。

 

「なるほど。お前はアイズ・ヴァレンシュタインを妬んでいるのか。自分より美しい存在に許せないから春姫の力を使って倒そうと。フフ」

 

「何が可笑しいのさぁ!?」

 

思わず笑ってしまった桜にフリュネは吠えると桜はフリュネに向かって言った。

 

「あまりにも醜いと思ってな、体だけじゃなく心までも。断言してやる。お前はアイズ・ヴァレンシュタインには勝てない。例え、春姫の力を使ったとしてもな」

 

桜の言葉にフリュネは今までにないくらいの怒りが内側から溢れ出て歯を噛み締める。

 

「こ・・・この・・・不細工がぁぁああああああああああああっ!!その顔をグチャグチャにしてやるよぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

完全に怒りで我を忘れたフリュネは砲弾のように桜に突撃する。

大戦斧を振り上げて叩き潰さんとばかりの力を込めるフリュネの攻撃は桜の体をすり抜けた。

 

「なっ!?」

 

怒りで忘れていたフリュネさえもそれに驚き目を見開いたが、すぐに自分の体が斬られていることに気付くと一度落ち着きかけた怒りが再び頂点へときた。

 

「ぬああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

大戦斧を振り回すフリュネだが、一向に桜に当たらないどころが桜の姿さえも見えなくなった。

その代わりに自分の体はどんどん斬られていく。

 

「どこだいっ!?いったいどこに隠れたんだい!?」

 

喚き散らすフリュネの背後に桜は立っていた。

 

「ここだよ」

 

「っ!?」

 

我を忘れていたせいか、桜の存在にやっと気づくことができたフリュネは体を回転させて背後にいる桜を攻撃するが再び桜は姿を消しながらフリュネにまた一太刀入れる。

 

「小賢しいねェ!?それがあんたの魔法かい!?」

 

「お前は恩恵に頼りすぎているんだよ」

 

桜はずっと考えていた。

いずれ戦う強敵(オッタル)をどう倒すかを。

再戦する時が来た時も自分の方が断然に格下。格下が格上を倒す方法を。

Lv.を上げたとしてもそれじゃ相手の方が何歩も上回っている以上それ以外の方法を考えていると桜はあることに気付いた。

いくらLv.が上がっても生物の視界の広さ、体の構造までも変えることができないことに。そして、桜だけの武器もあった。

前の世界で身に着けた武術を活かせることができるのかもしれないと。

桜は自分の主神であるヘスティアからダンジョンへ行くことを禁じられて以来、自分よりLv.が上のリューとずっと特訓していた。

打撃、投げ、締め技。そのどれもリューには通じなかった。

そこで桜は相手への攻撃に通じるものは技は意味がないと思い、別の方向性を考えた。

足さばき、抜き足、歩法など相手を攪乱させたり、懐に潜りやすく技法を身につければどうなるのだろうかと。

そして、それは成功した。

Lv.が上のリューにも十分に通用することができた。

そして、桜はフリュネに動きや重心を錯覚させながら常に死角へと移動することで自分よりLv.が上のフリュネと互角に戦っている。

 

「でも、まだまだあいつには通じないな」

 

相手がフリュネだからこそまだ通用している足さばきだが、武人であるオッタル相手にはこの程度ではまだ通用しないことに桜は気付いた。

そして、悔しいことにいくら上手く動くことができてもLv.の差はあまりにも大きかったことに桜は気付いた。

 

まぁ、初めての実戦にしては良しとしておこう。

 

そう結論を出した桜は詠唱を唱える。

 

「【瞬く間に散り舞う美しき華。夜空の下で幻想にて妖艶に舞う。暖かい光の下で可憐に穏やかに舞う。一刻の時間の中で汝は我に魅了する。散り舞う華に我は身も心も委ねる】」

 

「詠唱!?させると思っているのかい!?」

 

桜色の魔法円(マジックサークル)を展開させて詠唱を唱える桜にフリュネは縦横無尽に攻撃を繰り出すことで自分の視界に桜を入れるが、並行詠唱を身に着けている桜はあと少しで詠唱が完了しようとしていたがそれを阻止しようとフリュネは大戦斧を投擲する。

 

「【舞う。華の名は桜】」

 

迫りくる大戦斧だが、一瞬早く桜の詠唱が完了した。

 

「【舞闘桜】」

 

魔法を発動した桜は一閃で、大戦斧を弾き飛ばす。

 

「っ!?」

 

フリュネは【舞闘桜】を発動した桜を見て認めてしまった。

自分は女神よりも美しいとフリュネは心の底から思っていた。

自分より美しい女なんていないと断言してもいいぐらいに自分は美貌なのだと思っていた。そんなフリュネは一瞬とはいえ認めてしまった。

今の桜は自分より美しいと。

 

「ぐっっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

フリュネは一瞬とはいえ、自分よりも美しいと認めてしまった桜が許せずに咆哮を上げて疾駆した。

自分より美しい奴はいてはならない。

自分以上の美貌の持ち主なんているわけがない。

だから目の前にいる桜を潰して自分の方が美しいと証明しようと桜に突貫するが、桜は冷静に向かってくるフリュネに対して夜桜と紅桜を構えた。

 

『――――――――っ!!』

 

交差する桜とフリュネ。

 

「がふ・・・・・・」

 

どしんと巨体であるフリュネは倒れて桜もその場で膝をつく。

 

「ふぅ・・・・・終わった・・・」

 

息を吐く桜はその場で腰を下ろしてポーションを飲む。

 

「まだまだか・・・・・」

 

フリュネとの戦闘での反省点に気付いた桜はまだまだ精進しなければと決意する。

今回勝てたのは相手がフリュネだからこそで。万が一、別の第一級冒険者だったら結果は逆になっていたかもしれない。

それでも、相手はLv.5。

初めて格上に勝てたことに少なからず桜は歓喜していた。

 

「フリュネ・ジャミールに勝利したか」

 

「・・・・・・・オッタル」

 

桜の前に現れたのはいずれ倒す強敵であるオッタルが姿を現した。

 

「流石はあの方の寵愛を受けるに値する。だが、その程度ではまだまだか」

 

「・・・・・・」

 

表情一つ変えずに言うオッタルに対して桜は不愛想な顔をしたまま何も言わなかった。

オッタルの言葉通り。この程度では駄目だと桜自身も思っている。

いつかの敗北を今度は桜がオッタルに与える為にはまだまだ力不足。

 

「もうじきここは落ちる。今の内に避難しておけ」

 

オッタルは腰から万能薬(エクリサー)を取り出して桜に投げ渡す。

最後の交差で深い傷を負ったことを見抜かれたことに気付かれながらしぶしぶ万能薬(エクリサー)を受け取る桜は一気に飲み干すと傷が完全に治る。

 

「・・・・借りだとは思わないからな」

 

敵に塩を送られたことに悔しむあまり思わずそう言ってしまうが気にも止めていないのかオッタルはその場から姿を消した。

そして、一夜にして【イシュタル・ファミリア】は消滅した。

 



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勉強

【フレイヤ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】の抗争から数日が経過した。

【イシュタル・ファミリア】は消滅して解散。その後【フレイヤ・ファミリア】には罰金や罰則が科せられたらしい。

それでも神フレイヤは約束通りにしてくれたことに少なからず私は感謝している。

本当にああしなければ今でもこうして・・・・・・・・勝手なことをした馬鹿二人に罰を与えることもできなかったろうからな。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

居室(リビング)で目の前にある書物に驚いている命とベル。

何を驚いているんだ?たかが書物の二十冊ぐらいどうでもないだろう?

 

「さて」

 

私に言葉に命とベルは肩を震わせているがどうでもいい。

 

「始める前に何故自分達がここにいるのかわかっているよな?まずは命」

 

「・・・・・じょ、助言を頂いたにも関わらず考えずに行動してしまいました」

 

「うんうん。その通りだよな。で、ベルは?」

 

「・・・だ、団長なのに皆の意見も聞かなかったことと桜に一言も声をかけないで勝手に冒険者依頼(クエスト)を受けたことです」

 

「まだあるだろう?」

 

「・・・・春姫さんを助ける為にオラリオを出ようとしました」

 

二人の言葉に私はうんうんと頷く。

 

「その通りだ。命は春姫を救うことだけでその後の事やそれ以外のことを考えていなかったよな?まぁ、お前に関してはすでに言ったからまあいいが、ベル。お前はダメだ。お前は団長だ。それなのにオラリオに出るだと?春姫を助けてオラリオに出た後、お前がした責任を残った私達に押し付ける気だったのか?そうするしか手がなかったとしてもそうなる前に私に相談なり、話し合ったりすることはできたはずだよな?私が色々後のことも考えて動いている間に冒険者依頼(クエスト)に行って【イシュタル・ファミリア】に捕まる、暴れる、壊す、万が一に私が動いていなかったらどうなっていたかわからなかったんだぞ?春姫を助けるなとは言わない。だが、これからは前もって私に声をかけろ」

 

言いたいことを言って私は命とベルの前に置かれている書物を指す。

 

「馬鹿なお前らには体だけじゃなく頭も鍛えてもらう。いくら馬鹿なお前らでも今よりはマシな馬鹿にはなるはずだ。だからしっかりと勉強しろ、馬鹿」

 

「「・・・・・・はい」」

 

肩を落としながら一番上にある本を取ってページを開く命とベル。

その二人をヴェルフ達は苦笑しながら見ていた。

 

「桜様。もの凄くご立腹ですね」

 

「まぁ、あいつもベル達のことが心配だったんだろう」

 

「うんうん、あれも桜君なりの愛の鞭ってやつだよ。さて、ボクは巻き込まれないうちにティア君と遊んでくるぜ」

 

「では、リリもお供します」

 

「俺は鍛冶の仕事でもしてくるか」

 

「で、では私はお飲み物でも」

 

居室(リビング)から去って行く神ヘスティア達。

新しく【ファミリア】の一員になった春姫はベル達に飲み物を持って来てくれた。

 

「桜様もどうぞ」

 

「ありがとう、春姫」

 

お茶を受け取り一口飲む。

うん、お茶を淹れるのが上手いな、春姫は。

春姫は入団直後自ら家政婦(メイド)を希望してくれたおかげで『竈火の館』の管理役ができて助かっている。

 

「どうだ?まだ数日だけどここには慣れてきたか?」

 

「はい。皆様のおかげで今もこうしていられます」

 

微笑みながら答える春姫の笑みは本当に楽しそうに笑っていた。

まぁ、娼婦生活からまともな生活ができるようになったんだから当然と言えば当然か。

 

「そうか、何か困ったことがあれば言ってくれ。間違ってもこの馬鹿二人のようにはならないでくれよ」

 

「あ、あはは・・・」

 

苦笑する春姫はテーブルに置いてある命とベルの小テストを眺める。

 

「それはベルと命がちゃんと勉強したことが頭に入っているかのテスト用紙だ。春姫もしてみるか?」

 

「え、よいのですか!?ぜひ受けさせてください!」

 

意外にやる気を出す春姫にベル達用の二枚目の小テストを代わりにやっておらう。

 

「出来ました!」

 

数十分後。早くも春姫は小テストを終わらせて採点すると9割は正解していた。

意外に頭がいいんだな、春姫は。

そういえば高貴な身分だと命から聞いたことがあったな、英才教育でも受けていたのだろうか?

 

「凄い・・・・」

 

「流石は春姫殿・・・」

 

「そこの馬鹿二人。しっかり勉強しろ」

 

春姫を称える馬鹿二人に声をかけて再び書物へと視線を向けさせる。

全く隙があればさぼりやがって・・・・。

 

「春姫。この二人は私が見るから春姫は自分の仕事をしてくれ」

 

「わかりました。それでは後程何か甘い物でもお持ち致します」

 

自分の仕事に取り掛かる春姫。

そんな春姫を迷宮探索に連れて行こうと今はリリ達と相談中。

春姫が使う『妖術』は強力だ。来てくれたら探索も少しは楽になる。

だけど、万が一に誰かに知られたらという危険もある為、今はまだ何とも言えない。

だけど、近い内にティアはダンジョンに連れて行くことは決定した。

ある程度人にも慣れてきている為、ダンジョンでどこまで通用するかお試しで今度潜るようになった。

とはいってもティアの魔法は治癒と防御。

後方支援だから私達がしっかりとしていれば特に問題はないだろう。

そう思いながらベル達の勉強を見つつ本を読む。

こうしてゆっくりと読む時間も最近はなかったからな・・・・・。

それにしてもこの世界の教育水準は私がいた世界より低いな。

いや、世界そのものが違うから当然と言えば当然だろうけどその辺の違和感はまだなくなりそうにないな。

それに詳しくはまだわからないがこの世界でも『学区』と呼ばれるところがあり、私の世界では学校のようなものがあるらしい。

まぁ、かなりの金はいるらしいけど。

あー、そう考えるとティアの勉強は私が教えたほうがいいな。

金もかからないし、私が教えた方が色々安心だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が経ち、夕日が沈みかける時、ベルと命の小テストの採点をしていた。

二人はテストの結果が気になる余裕もなくテーブルに突っ伏している。

やはり、たまにはこうして勉強をしたほうがいいな、と思いながら採点を終わらせる。

 

「ベルも命も8割正解。お疲れ様」

 

「や・・・・やっと、終われました・・・ね・・・ベル殿」

 

「そ・・・そうだね・・・・」

 

突っ伏しながらも終わったことに喜ぶ二人を見て私は微笑む。

 

「だけど、継続は力。毎日は流石にきついだろうからたまにはこうして勉強するから普段からも勉強するように」

 

私の言葉に二人は何も言わない動かない屍のようになった。

 

「さて、いつまでも死んでないでそろそろ夕飯にするから食堂に行くぞ」

 

「「・・・・・はい」」

 

目が完全に死んだ魚のようになっているベルと命を連れながら食堂に到着するとすでに神ヘスティア達が集まっていた。

 

「うおおおおっ!?ベル君!命君!目が、目が完全に死んだ魚のようになっているよ!気をしっかり持つんだ!」

 

「ベル様!お気を確かに!」

 

「命ちゃん!しっかりして!」

 

「あはは、神様、僕・・・・いっぱい勉強して頭も強く・・・なりましたよ・・・」

 

「春姫殿・・・・自分は・・・大丈夫です・・から・・・」

 

「【森林の恵みよ。この者に癒しを】」

 

ベルと命の様子を見て驚く神ヘスティア達を無視して私はキッチンへと向かって夕飯の準備に取り掛かる。

それとティア。ベルと命は怪我をしていないから魔法を使わなくても問題はないぞ。

 

「なぁ、桜。いったい何したんだよ?」

 

「別に。ただ勉強を教えただけ」

 

唯一ヴェルフだけが私に声をかけてきたが私は本当に勉強を教えただけだ。

ただその量がベルと命の頭の容量をオーバーしただけ。

さて、そんなことより今日は何を作ろうか・・・・・。

しばらくして元に戻ったベル達と皆で夕飯を食べてその日の馬鹿二人の勉強は終わった。

 

 

 

 



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神様ゲーム

「ゲームをしようじゃないか!!」

 

ある日、全員がいる居室(リビング)で神ヘスティアがそんなことを言った。

 

「急にどうしたんですか?神様」

 

私達を代表するようにベルが神ヘスティアに尋ねると神ヘスティアはチッチッチッと言いながら指を振るう。

 

 

「改めて【ファミリア】が出来てティア君や春姫君が来てくれてからもボク達がこうして集めることがなかったじゃないか」

 

確かに基本的に私達はダンジョンに潜っているし、神ヘスティアはバイトに行っている。

今日は探索は休みにしているし、神ヘスティアもバイトは休みでこうして全員で一日をゆっくりすることなんてなかったな。

 

「だからゲームで親睦を深めて行こうぜ!そうすれば皆のことがよりわかるはずだ。というわけで桜君、何かいい案はないかな?」

 

「丸投げですか・・・・」

 

親睦を深めるっていいこと言っているの肝心な内容は私任せとかそれはそれで・・・・いや、神ヘスティアらしいか。

というより、ゲームか・・・・・。

この世界にはテレビゲームなどはないけどチェス、将棋、トランプは存在していた。

だけど、チェスとかなら私が勝つに決まっているしそれでは面白くないだろう。

出来る限り平等で皆で楽しめるゲームといえば・・・・。

 

「・・・・・・神様ゲームなど、どうでしょう?」

 

「・・・・・・神様ゲーム?」

 

王様ゲームから神様と言い換えたゲームだが、首を傾げているベル達の様子からしてこの世界には王様ゲームも存在していないのだろう。

私は用紙を細長く人数分切ってから神様と番号を書く。

 

「ここから神様と番号が書かれた紙があります。そして、神様は番号を言って好きな命令を与えることができるんです。例えば、抱きしめろやキスしろと命令されたらそれは命令だから仕方がない・・・」

 

「やろうじゃないか!」

 

「やりましょう!」

 

「私もぜひ!」

 

説明にベルに惚れている三人は予想通り喰いついてきた。

合法で抱擁もキスも出来るチャンスがあれば喰いつくか、この三人は・・・・。

呆れながらも結局は全員で神様ゲームをすることになり、第一回神様ゲームが開催された。

それぞれ紙を引いて私も残った紙の番号を確認すると3番だった。

 

「ふふ~ん、ボクが神様だ!」

 

どうやら最初に一回戦は神ヘスティアが神様のようだ。

 

「どうしよっかな~、何にしようかな~」

 

ベルをチラ見しながら子供のように楽しそうにはしゃぐ神ヘスティア。

 

「神ヘスティア。一応言いますが番号を聞いたりするのはルール違反ですよ。それに関わることも駄目です」

 

「わ、わかっているさ!ボクだってそれぐらいはちゃんと守るぞ!」

 

だったら目線を横にせず真っ直ぐ私の目を見てから言いなさい。

 

「1番!神様(ボク)をぎゅーって抱きしめておくれ!」

 

ベルの方を見ながら命令を出す神ヘスティア。

だが、ベルは4番で1番ではなかった。

皆が番号を晒している中で一人だけ晒さなかったのが一名。

 

「・・・・・何でリリがヘスティア様を・・・・」

 

一番の正体はリリだった。

リリはぶつぶつ言いながら神ヘスティアを抱きしめるが神ヘスティアは本命(ベル)でないことに残念がっていた。

外れた残りのメンバーはどこかホッと安堵していたが。

そして、続けて二回戦。

 

「・・・はい・・・」

 

今度はティアが神様だった。

神ヘスティア達も安全地帯であるティアが神様で安堵と同時暖かい目でティアを見ていた。本当に欲望に正直だな・・・・。

 

「えっと・・・・2番さん・・・・」

 

「私だ」

 

私が二番であることを自白すると、ティアは私の膝の上に座って手を自分の頭の上に置いた。

 

「こうして欲しいのか?」

 

頭を撫でる私にティアは嬉しそうに頷く。

だんだん人に甘えられるようになってきたな・・・・。

そう思いながらしばらくティアの抱きしめて頭を撫でてやる。

そして、三回戦が始まる。

 

「お、今度は俺だ」

 

今度はヴェルフが神様だった。

職人気質であるヴェルフがどんな命令を出すのか予想できないがたまにヴェルフはベル達を弄るところもあるからな。

どんなことを言うのかと思案していると。

 

「んじゃ、5番。おかわりくれ」

 

「は、はい。今お持ちします」

 

コップを持ち上げるヴェルフに5番である春姫が茶を淹れに行った。

どうやら普通の命令というか、ヴェルフにはこのゲームは特に興味がないのかもしれないな。春姫がヴェルフにコップを渡してから四回戦が始まった。

 

「今度は私が神か・・・」

 

とうとう私に神様の紙がきた。

私が神様か、さて、どんな命令を出そうか・・・・。

このまま呑気に続けるのもいいけど、少し波乱を加えて可笑しくするのもありだな。

まぁ、最初の一回ぐらいは普通に命令するか。

 

「4番。神様に膝枕」

 

適当に番号を言う私に皆は番号を晒すと4番は――――――ベルだった。

 

「それじゃ、ベル。少し膝を借りるな」

 

「う、うん・・・・」

 

恥ずかしそうに顔を赤くするベルの膝に頭を乗っけて横になる。

中々悪くないな、ベルの膝枕は。

このまま少し寝たいけど、神ヘスティア達が鬼の形相で睨んできている為それは止めておこう。

 

「いつまで桜君を膝枕させるんだい!?ベル君!」

 

「そうですよ、ベル様!セクハラですよ!?」

 

「ええっ!?僕が悪いの!?」

 

とばっちりを受けるベルは目で私に訴えてきたが私は拒否した。

 

「神様の命令は絶対。それに時間制限もしていないから私が気が済むまでこのままだ」

 

困るベルの顔を見て少し意地悪したくなった。

だけど、流石にずっとは出来ないから後一分間はベルの膝枕を堪能しよう。

 

「さぁ、次だ!次だよ!」

 

ベルの膝枕を堪能した後、五回戦が始まった。

 

「わ、私でございます・・・」

 

今度の神様は春姫。

 

「そ、それでは1番様の方・・・ここに・・・・」

 

自分の足をポンポンと叩く春姫を見てどうやら私と同じように膝枕だろう。

そして、春姫の膝枕を堪能出来る1番はまたしてもベルだった。

 

「えっと、失礼します・・・・」

 

そっと春姫の膝に頭を置くベル。

その頭を春姫は満足そうに撫でながら尻尾が凄い勢いで左右に揺れていた。

 

「ぐぬぬ・・・・どうしてボクじゃないんだ・・・・」

 

「次こそは・・・次こそはリリが・・・・・ッ!」

 

悔しがる神ヘスティアとリリ。

これは日頃の行いがいいおかげか?それともベルの『幸運』のおかげか。

まぁ、それはそれで盛り上がり始めて良かった。

しばらくして神ヘスティアとリリが我慢の限界が来てあっさりと春姫の膝枕は終わり6回戦が始まった。

 

「じ、自分です・・・・」

 

今度は命が神様か。

いい感じにバラけて神様になってるな。

生真面目な神様である命は何を言えばいいのか悩んでいるがしばらくしてから命令を出した。

 

「2番の方。5番の方の後ろから抱擁をお願いします」

 

2番は私だ。そして、5番はまたしてもベルだ。

よく当たるな、ベル。

でも、命がこんな命令を出すとは思わなかったな、精々ヴェルフぐらいの命令だと思ったが空気を読んでそう命令したのかな?

まぁ、とりあえずはベルを抱きしめるか。

ベルの背後に回って抱きしめる。

 

「あ、あああ、あの桜・・・・少し・・・」

 

「少しなんだ?」

 

くっ付きすぎと言いたいのだろうけど言わせない。

本当に面白い反応するな、ベルは。

でも、そろそろ終わろう。神ヘスティアとリリの顔が今にも血の涙が出そうなぐらい悔しがってるし。

ベルも神ヘスティア達の顔を見て青ざめている。

それからも盛り上がった神様ゲーム(特に神ヘスティアとリリ)は夕日が落ちるまで続いた。

流石に時間も時間で全員が疲れている為次で最後になった。

 

「フハハハハハハハ!最後はボクが神だ!!」

 

後半から既におかしくなっている神ヘスティアが神様ゲーム最後の神様になった。

 

「このままベル君とイチャつけないなんてゴメンだ!3番!ボクとチューだ!」

 

ベルが当たる七分の一の可能性に賭けた神ヘスティアはリスクも考えずにそんなことを言った。そして、神ヘスティアとキスする3番はベル。

――――――ではなく私だ。

仕方がないか・・・・。

私は神ヘスティアに近づいて肩を掴む。

 

「さ、桜君・・・・・?」

 

「私の初めてを主神に捧げましょう」

 

ゆっくりと唇を近づける私に神ヘスティアは顔を青ざめる。

 

「いやいやいやいやっ!流石のボクも子の、それも女の子である君の初めてを貰う訳にはいかないよ!」

 

「神の命令は絶対です。それに立案者である私が途中でやめるなんてことは出来ません」

 

「これはゲームだよ、桜君!?だからそんな難しいこと考えずに君の初めてはいずれ出来る大切な人にあげたまえ!」

 

「大丈夫ですよ、神ヘスティア。女同士は無効ですから。優しくしますよ?」

 

「お断りするよ!ボクの初めては既に予約済みさ!だからやめたまえ!」

 

必死に抵抗してくる神ヘスティアだが私の力には敵わず逃げ出せることができない。

ベル達も慌てふためいているが、私は神ヘスティアの顔に唇を近づけていく。

 

「さぁ、覚悟はいいですか?」

 

「い、嫌だよ!いくら女同士でもやめておくれ!?」

 

「命令したのは神ヘスティアでしょう?覚悟を決めてください」

 

涙目で叫ぶ神ヘスティアの唇と私の唇は重なり合う。

その寸前で私は神ヘスティアの額にキスする。

 

「へ?」

 

呆ける神ヘスティアに私は微笑む。

 

「どこにとは言っていなかったでしょう?だから額にチューしましたよ。どこにされると思っていたんですか?」

 

しばらく呆ける神ヘスティアは顔を真っ赤にしながら私を睨むが全く怖くなかった。

さて、夕飯の準備でもするか・・・・。

神ヘスティアのご機嫌を取る為に今日は神ヘスティアの好物でも作ろうとキッチンへと向かう。

 



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竈火の小さな料理店

「春姫。そろそろ出来るから食器を出してくれ」

 

「はいっ!」

 

私はいつものように皆の夕飯を作っている。

前の廃教会の時からベル達の分も作っていたからか今では【ヘスティア・ファミリア】の食事は私が担当している。

というか、ちゃんとしたものを作れるのは私と命だけだ。

残りの皆は一応出来るぐらいだし、料理も教えておいた方がいいだろうか?

料理が完成して食卓へ並べると皆で夕飯にする。

 

「相変わらず桜様は料理上手ですね」

 

「これぐらいなら別にそうでもないぞ?今日は少し手を抜いて作ったし」

 

ダンジョン帰りで疲れていたから少し手を抜いて作った。

 

「それでも凄く美味しいよ」

 

「ありがとう、ベル」

 

皆に褒められながら食事を進めていると神ヘスティアがこんなことを言ってきた。

 

「いっそのこと店でも出してみたらどうだい?ボクは繁盛すると思うよ?」

 

店を出すという神ヘスティアの提案。

食事中の冗談だろうけど、案外いいかもしれないと私は思った。

『豊穣の女主人』でレシピは覚えているし、実際に作っていた。

それに前の世界の料理もこの世界で再現できる。

借金返済と情報収集にいいかもしれないな。

 

「・・・・・・・そうですね。考えてみます」

 

それだけを言って私はどうするか考える。

まずは客席をどうするかだ。

まだ余っている部屋はいくつかあるからそこを改装して作ればいいか。

幸い本拠(ホーム)を改装してくれた【ゴブニュ・ファミリア】とはいい友好関係を作れているし、格安にしてくれるだろう。

食材は商業系の【デメテル・ファミリア】と契約して何とかすればいい。

いくら私達の【ファミリア】が多額の借金を抱えているからとはいえ、勢いがある【ファミリア】には変わりがない。

まぁ、その辺は交渉してどうにかしよう。

 

「よし、じゃ、外装と内装をどうするか考えるとしよう」

 

自室で設計図を作成して、後日。

私は【ゴブニュ・ファミリア】へとやって来てそこの主神ゴブニュに設計図を見せた。

 

「図面に不備もない。この程度なら数日でできる」

 

「そうですか。ではこの通りにお願いします」

 

「ああ」

 

そして、次に【デメテル・ファミリア】へと行き、何とか交渉に成功した。

これでだいたいは何とかなった。

神ヘスティア達には私が店を出すとことを周囲に知らせてもらっている。

命は私のサポートして貰って、ベルと春姫には給仕をしてもらうとしよう。

ティア、神ヘスティア、ヴェルフは裏方を担当してもらうとしよう。

メニューは和食を中心に作るとして後は私の気まぐれで洋食や中華も作ってみよう。

様々な試行錯誤と店に出す料理の試作をしたり、資金調達の為にダンジョンに潜ったりなどしている間にあっという間に数日が経ち。

 

「これが私の店・・・・」

 

店が誕生した。

二つ分の部屋を改装して【ファミリア】の館の一部に店を出そうと考えて要約完成した。

それは喜ばしいことだけど問題はこれからだ。

あくまで【ヘスティア・ファミリア】は探索系の【ファミリア】。

主神であるヘスティアの許可を得ているとはいえ、メインはダンジョン攻略。

いわばこの店は私の副業と考えている。

何かあれば私はダンジョンの方を優先する。

いや、それより前にちゃんと客が来るかも問題か。

来なければ意味がないからな・・・・・。

客席も多くて最大二十人ぐらいしか入れない。

まぁ、元々あった部屋を改装しただけだから仕方がないんだけど。

 

「まぁ、まずは店の名前か・・・」

 

後数時間後に開店する私の店だけどまだ名前が決まっていなかった。

私の店だから『桜の料理店』?

いや、やめよう・・・・。

本拠(ホーム)が『竈火の館』だし、『竈火の小さな料理店』でいいだろう。

シンプルに名前を決めた私は店の中に入って準備に取り掛かる。

キッチンは客席からも見えるようにオープンキッチン。

内装を見て、【ゴブニュ・ファミリア】は私の設計通りに改装してくれたことに感謝しながら準備に取り掛かる。

その前に共通語(コイネー)変態(ヒュアキントス)は入店お断りと書いておこう。

 

「桜殿。もうじきお客が参られます」

 

「ああ、準備は粗方終えたし、問題はない」

 

後数分で開店前に私と命はキッチンで準備を終わらせて客が来るのを待っていた。

問題がないのは確認済みだし、さっき外を覗いてみたけど客もチラホラいた。

ベル達には接客を叩き込んだし、後は私の腕で全てが決まる。

そして、『竈火の小さな料理店』は開店した。

 

「やってきたでーーーーーーーーーーー!!」

 

開店と同時に入ってきた客第一号は【ロキ・ファミリア】主神のロキだった。

それに続くように姉さん達も入ってきた。

 

「桜たんが店開くって聞いて一番に飛んできたんや!桜たんの手料理楽しみにしとるで!?」

 

テンションが高い神ロキをディムナさん達が落ち着かせながら神ロキ達は席に着く。

 

「桜って料理出来るんだね」

 

「まあね。姉さんは作らないの?」

 

私の目の前のカウンター席に座って尋ねてくる姉さんだけど私の答えに肩を落としてシュンと落ち込んでいた。

なるほど、料理できないのか・・・・・。

それに察した私はそれ以上は何も聞かずに次々入ってくる客にベルと春姫が注文を取って私は早速調理に取り掛かる。

命と調理しながら調理を終えていき、料理をベルと春姫に運んでもらう。

 

「ウマっ!?」

 

「確かにおいしいね。これは東洋の料理かな?」

 

「うむ。美味だな」

 

神ロキ、ディムナさん、リヴェリアさん達。他の人達も満足そうに料理を食べている姿を見て始めの感じは上手く掴むことができた。

だけど、予想以上に客も増えてきたことにより大変なのはここからだ。

増えてくる客達に対応できるように私も次々料理を完成させていく。

こういう時、『恩恵』を刻んでいるから大して疲れが出ないのがありがたいな。

料理を出しつつ何とか山を越えた私と命は一息入れると神ロキがカウンター席までやってきた。

 

「そんじゃ、桜たん。しばらくお別れやけどまた来るで」

 

「はい。いつでもいらしてください」

 

挨拶して神ロキ達は店を出て行く。

そっか、そういえばラキア王国がオラリオに向かって来ているんだったな。

軍神アレスが統べているラキア王国。

これまでに五回オラリオに侵攻してきているが、【ロキ・ファミリア】などの大派閥がラキア王国を迎撃している。

しばらくのお別れとは【ロキ・ファミリア】もラキア王国の迎撃に行くということか。

手を止めずに納得する私の前にあるカウンター席に一人座ってきた神がいた。

 

「やぁ、店を開いたって小耳に挟んでね」

 

「・・・・・いらっしゃいませ、愚神ヘルメス」

 

【イシュタル・ファミリア】の厄介事に私達を巻き込んだ愚神ヘルメスが店にやってきた。

 

「ハハ、まだ怒っているのかい?あの時の事はオレも深く反省しているんだぜ?」

 

どの口が言うかと言いたかった。

今になって思えばこの愚神はワザと神イシュタルに私とベルのことを話したのではないかと思えてしまう。

でも、証拠もない為それを証明することもできない。

 

「それにしても桜ちゃんが店を開くとは・・・・情報収集と他の派閥の友好関係を築くつもりかい?」

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

相変わらずふざけているように見えて頭がキレる。

この店を開いた理由はもちろん、借金返済や情報収集もあるが、他の派閥と関り合いをもつという理由も含まれている。

この愚神は私の考えをわかっている振りしてあえて尋ねて来るとは。

私も人のことは言えないけど、この愚神も十分に腹黒だ。

いや、ドス黒だ。

まぁ、それはさておきこの前の仕返しでもするとしよう。

私はある料理を愚神の前に置く。

 

「これはこの前にお世話になった私からのお礼です。名付けて『灼熱の業火シチュー』です。どうぞ」

 

マグマのように赤くボコボコと沸騰するシチューを愚神の前に置くと愚神ヘルメスは引きつった笑みを浮かばせながら冷や汗を流す。

 

「さ、桜ちゃん・・・これは仕返しかい?」

 

「いいえ、お礼です。東洋には世話になった方にはお礼参りするという習慣があるんですよ。さぁ、冷める前に食べてください」

 

このシチュー、無駄に時間をかけて作ったのだから。

それから完食した愚神ヘルメスは口を押さえながら涙目で店を出て行った。

あれで懲りるとは思えないけどその時はその時でなんとかしよう。

それからも客は途絶えることなく来て、初日は大成功で収めることができた。

 

「命。後は私だけで大丈夫だから裏の方を手伝ってあげてくれ」

 

「わかりました」

 

客もほとんどいなくなって閉店に近づいている時、ドアが開く音がして客が来たと思った私は顔を上げる。

 

「いらっしゃいま―――っ!?」

 

「こんばんわ」

 

視線の先には神フレイヤがいた。その場にいる客全員も神フレイヤに釘付けになっている。

オッタルがいない所を見て一人で来たのか?

と、思っている私の前に座る神フレイヤ。

 

「注文いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

メニューを眺める神フレイヤ。

幸いなことに今はベルは休憩時間で助かった。

ベルまでいたらどうなっていたかわかったもんじゃない。

注文を決めた神フレイヤに私は調理に取り掛かるが、神フレイヤはずっと私を凝視している。

いつも見られているから慣れているといえば慣れているけど、この至近距離で見られるのは落ち着かない。

それにあの愚神ヘルメスと違って神フレイヤは恩がある。

【イシュタル・ファミリア】の時の全責任を背負ってくれた恩がある以上下手な料理を出すわけには行かない。

調理が終えて料理を神フレイヤの前に置くと神フレイヤは早速一口食べた。

 

「美味しいわ」

 

「ありがとうございます」

 

満足そうに言う神フレイヤの様子を見て安堵する。

神フレイヤは食事を終えると私に話しかけてきた。

 

「ご馳走様。美味しかったわ」

 

「ありがとうございます。代金の方はいりません。この間の些細なお礼をさせてください」

 

「あら、気にしなくてもいいのよ」

 

こちらが気になるんだよ。

基本的子供の神ヘスティアや腹黒い愚神ヘルメスや頭がキレる神ロキなどの思考や性格は予測できるけどこの女神だけは何を考えているのかがわからない。

この女神との関りは出来る限り最低限にしておかないと何が起きるかわからない。

 

「・・・・・・・」

 

神フレイヤは少し思案した後、耳に着けていたイヤリングを外して私に手渡してきた。

 

「お代変わりに貰ってちょうだい。貴女にはきっと似合うわ」

 

「しかし・・・」

 

「それじゃあ、お代じゃなく私個人からの貴女にプレゼントするわ。それならいいでしょう?」

 

断ろうとする私に神フレイヤはすかさず言ってきた。

この女神は私の考えでも読めるのか?

【イシュタル・ファミリア】の時の借りを返して関りを消そうとすればまた関りを持たせようとイヤリングまで渡すとは。

神からの贈り物を無下に扱うこともできない以上、受け取るしか選択肢はない。

それを計算してこんな高級そうなイヤリングを付けてきたのか?この女神は。

 

「・・・・・・わかりました。ありがたく頂戴します」

 

結局、私は神フレイヤのイヤリングを受け取るしかなかった。

 

「また会いましょうね、桜」

 

そう言って去って行った神フレイヤの姿が見えなくなってようやく私は一息つけた。

本当にあの女神は何を考えているんだ?

私やベルが欲しいというのは知っている。

だけど、アポロンのような襲撃などはしてこなかった。

唯一してきたことはベルに魔導書(グリモア)が渡るようにしたり、ベルにミノタウロスを差し向けたりしたぐらい。

食べ頃になるまで待つつもりなのか?それとも別の考えがあるか?

・・・・いや、とりあえずは神フレイヤに関しては放置しておこう。

持っているイヤリングをしまって私は後片付けを終わらせる。

只のイヤリングだと助かるのだけど・・・・・。

初日で売り上げも上々。予想以上に上手く行った。

時々は店を開いた方がいいかもしれないな。

また店を開こうと考えた私だった。



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お母さん

竈火の小さな料理店を開店させた私は初日で予想以上の稼ぎを手に入れることができた。

それの殆どは借金返済に当てるが稼いだ4割は自分の懐に入れている。

開店して初日から数日は客の数は多かったけど、今は大分落ち着きを取り戻して私やベル達は居室(リビング)でダンジョン探索の会議を行っていた。

 

「それじゃ、私とヴェルフが前衛、ベルと命が中衛、最後にリリとティアが後衛で問題ないな?」

 

「リリは問題ないと思います」

 

「俺もだ」

 

「自分も問題はないかと」

 

リリ、ヴェルフ、命、ティアは問題と頷くなかで全員が団長であるベルへと視線を向けた。

最後に決めるのは団長であるベルに決定権がある。

ベルがちゃんとした理由で否定するのならそれを取り入れた上で隊列を変えるし、何かあるのであればそれも取り入れる。

 

「ぼ、僕もこれでいいと思う」

 

自信なさげに返答するベルに私は問いかける。

 

「ベル。本当にいいのか?何か不安や不満があるのなら遠慮くなく言え。団長であるベルの言葉には皆ちゃんと聞くぞ」

 

確認を取るようにヴェルフ達を見るとヴェルフ達も頷いて応えた。

 

「だ、大丈夫!本当に何もないから!桜が考えてくれた隊列に問題はないと僕も思ったから」

 

問題ないと答えるベルに私は少々不安を抱いた。

今回の隊列は私が考えた案でベルや他の皆が考えたものではない。

皆がそれを了承してくれているのならそれはそれでいいのだが、ベルは私に頼りすぎているというか、信じすぎているような気がする。

頼りにしてくれて、信じてくれるのは嬉しいけどこのままではこれからが大変だな。

あくまで私は副団長でベルは団長。

このままだとベルは自分に自信を無くすんじゃないのではないかと思ってしまう。

 

「それじゃ、今日の目標は15階層まで行くとしよう」

 

取りあえずは会議を終わらせてそのことを追々考えていくことにした私はベル達と一緒にダンジョンへと向かい、15階層まで到着すると早速ヘルハウンドやアルミラージが私達に襲いかかってくる。

前衛である私とヴェルフがヘルハウンドやアルミラージを倒す。

横から来たモンスターにはベルと命が対応してくれる。

 

「―――――前方からヘルハウンドの大群が来ます!」

 

探知系のスキルを持つ命がモンスターの接近を教えてくれると前方から約十匹のヘルハウンドがやってくるのを確認したが、まだ目の前のモンスターを倒しきれていない為、今来たヘルハウンドを相手するまで時間が必要の為、ティアに向かって叫んだ。

 

「ティア!障壁魔法!」

 

「【鉄壁の守り、堅牢の盾。邪悪な力を跳ね返す森光の障壁よ。我を守護せよ】」

 

私の声にティアはすぐさま魔法の詠唱を唱える。

 

「【アミュレ・リュミエール】」

 

杖を向けた方向に銀色の円型の障壁が出現してヘルハウンドの行き先を遮った。

ティアの障壁魔法は防御に特化した魔法であらゆる物理、魔法攻撃を防ぐことができる。

その魔法のおかげで目の前のモンスターを倒し終えた私はヘルハウンドへと向かっていく。

今のティアの魔法は中層でもある程度は通用する。

だけど、ミノタウロスなどの『力』などに特化しているモンスターにはまだ弱い。

全く防げれないという訳ではないが、少なくとも前に試した時に私の連続攻撃を20回は防ぐことができたから後は本人の成長に期待するとしよう。

今は前衛や中衛である私達が対応に間に合うように時間を稼いでくれるだけでも十分に助かっている。

モンスターを倒し終えた私達は今日のダンジョン探索を終了した。

 

「【森林の恵みよ。この者に癒しを】」

 

治癒魔法を唱えるティア。

 

「【シルワトゥス】」

 

「サンキューな」

 

怪我を負ったヴェルフの傷を治すティアにヴェルフは礼を言うとティアは恥ずかしそうに俯く。

 

「やっぱり魔導士がいるだけで違いますね」

 

「うん、ティアのおかげで大分楽ができるよ」

 

活躍したティアを褒めるリリとベルにティアは嬉しさと恥ずかしさのあまり私の後ろへと逃げてきた。

 

「ティアに頼るのもいいけど、頼りすぎるなよ。ティアの精神力(マインド)だって無限にあるわけじゃない」

 

一応油断しないように釘を刺しておくとベル達は苦笑で返した。

どうやら少しはそう思っていたみたいだな……。

色々言いたいことはあるが今は言わないでおこう。

私もベル達と同じようにティアには助かっていると思っているから注意しないと。

それと今の調子なら今度は春姫を連れてきてもいいかもしれないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン探索が終えた私は新作を作っていた。

ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブランからロールケーキ、和食のデザートに和菓子までも作ってみた。

作る手順に違いはあったが味は間違いなく本物。

材料もよく探せば見つけることもできたし、機材も一工夫したり、どうしても必要な物はヴェルフと一緒に何とか作れた。

作ろうと思えばできるものだなと、感慨深く頷いてしまった。

 

「まぁ、取りあえずはベル達に試食(どくみ)させてみるとしよう」

 

居室(リビング)にいるベル達に持っていくと早速試食(どくみ)してもらった。

 

「おいしい!おいしいよ、桜君!」

 

「うん!すっごく甘くて美味しい!」

 

神ヘスティアとベルには凄く好評だった。

 

「桜様は本当に何でもできますね、美味しいです」

 

「自分も桜殿を見習わなければ」

 

「とても美味しいです!桜様!」

 

「……美味しい」

 

「俺には少し甘すぎるな……」

 

同じく好評だったリリ達に対してヴェルフには少し甘かったらしい。

なるほど。と納得して少し砂糖の量を減らして作ってみようと改善点を纏める。

『豊穣の女主人』でもケーキを作っていたし、世話にもなっているから改善したら調理法(レシピ)でも教えておこうか。

よくよく思えばこの世界でも私がいた世界と意外に共通点が多いところがあるな。

 

「って、こら」

 

「あうっ!」

 

残っていたケーキに手を伸ばす神ヘスティアの手を叩く。

 

「もう寝る時間に近いんですからこれ以上甘いもの食べたら虫歯にもなりますし、太りますよ?」

 

「ボ、ボクは神だぞ!虫歯にも太ったりもしないさ!だからもう一つだけでも……」

 

「神以前に女でしょう?それに前に酒を飲みすぎて二日酔いになった女神様はどの女神様ですか?」

 

「うぅ……ボクです……」

 

神ミアハと一緒に酒を飲んで酔い潰れている貴女を誰が連れて帰ったと思っているのやら。

 

「これは明日、近隣の子供達にも食べさせる予定ですからこれ以上はいけません。いいですね?神ヘスティア」

 

「はい…」

 

落ち込みながら返事をする神ヘスティアを見てまた作ってあげるとしようと思った。

すると、楽しそうに笑みを浮かべているベルに私は尋ねた。

 

「どうした?ベル」

 

「ううん、ただ桜は僕達の事をよく考えてくれるからまるでお母さんみたいだなって思って」

 

その言葉に私の体は固まったかのように一瞬動けなくなった。

 

「お……お母さん……?」

 

そこは姉じゃなくてか?ベル……。

 

そう思っていると皆が納得するかのように頷いていた。

 

「確かに飯は上手いし、俺達の好みもよく把握しているからな」

 

「買い出しの時も値切りが上手でしたし」

 

「細かい気配りもできています」

 

「掃除も洗濯も私と一緒によくしてくださいます」

 

「子供であるティア君の面倒もよく見ているからね」

 

ヴェルフ、リリ、命、春姫、神ヘスティアはそれぞれの思いつくことを告げる。

いや、ちょっと待って……!

 

「そこは姉とかじゃダメなのか?私はそこまで歳を取っていないぞ」

 

見た目はベルと同じで精神年齢は22歳だが、子供を持つ歳でもないし、そういう経験すらないんだぞ、こっちは。

それを姉を通り越して母親か!?色々ツッコミたいところがあるぞ!?

内心で叫ぶ私に神ヘスティアは私の肩に手を置いた。

 

「これからもよろしく頼むよ、お母さん」

 

憎たらしいほどのいい笑みを浮かべてそう言ってきた。

 

「誰がお母さんだ!?」

 

思わず私は叫んでしまった。



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いつもと変わらず

【ヘスティア・ファミリア】はいつものように変わらない日常を満喫していた。

ダンジョンに潜ってモンスターを倒したり、店を開いたりなどしていつもと変わらない毎日を過ごしていた。

今日も本拠(ホーム)居室(リビング)に集まってそれぞれ好きなことをしている。

 

「はい、僕の勝ちです。神様」

 

「ぐぬぬ……もう一度だ!ベル君!」

 

「いい加減諦めたらどうですか?ヘスティア様」

 

「それでしたら私はお茶でも」

 

「春姫殿。次は自分が淹れます」

 

カードで遊ぶ者もいれば進んで給仕をする者。

 

「ふぁ~」

 

また何もせずぐうだらと過ごす者。

 

「ねぇ、次は桜とティアも……」

 

ソファでティアと一緒に読書している桜達に声をかけるベルだが桜を見て声をかけるのを止めた。

 

「どうしたんだい?ベル君。ああ……」

 

「いかがなさいましたか?」

 

気になって全員が桜達に視線を向けると桜とティアがソファでうたた寝していた。

本が開いている所を見て読んでいる最中に眠気に襲われたのだろうと思いながら春姫は毛布を持っていてそっと桜とティアに毛布をかけた。

 

「お疲れですね、桜様」

 

うたた寝している桜を見てリリがそう言うとベル達も同意するように頷いた。

 

「桜は僕達のことをしっかり考えてくれるから」

 

「自分で店を開いて【ファミリア】の為に一番動いてくれるからね」

 

【ヘスティア・ファミリア】の中で一番付き合いの長いヘスティアとベルは日頃からしっかりと考えて行動してサポートまでしてくれる桜に頭が上がらなかった。

 

「リリもよく桜様を頼って相談などしています」

 

【ファミリア】のことについてとベルのことについてなどリリはよく桜に相談している。

 

「俺もだ。なんだかんだで桜を頼ってるな」

 

ヴェルフも頼りになる桜になんだかんだで頼み事をしていた。

 

「自分もよく稽古に付き合ってくださいます」

 

団員の中でひた向きに鍛錬をする命もよく桜と稽古していた。

 

「私も掃除や洗濯を手伝ってくださいます」

 

給仕をしている春姫も思い当たることが多く合った。

 

「「「「「「……………」」」」」」

 

全員が無言になって改めて思った。

桜に頼りすぎてはいないかと。

【ファミリア】の副団長として団長であるベルをサポートしたり、団員の手助け、主神であるヘスティアの愚痴を聞いたり、自身で店を開いて【ファミリア】に貢献している。

思い返せば思い返すほど皆が皆、桜を頼っていた。

 

「どうしよう……ボク達、桜君に頭が上がらなくなっていたぞ……」

 

桜に頼りすぎていたことにヘスティアはとうとう桜に上げる頭が無くなってきていた。

誰よりも桜に頼っていると自覚がヘスティアには会った。

神友であるヘファイストスに対しても愚痴が主だが、それ以外にも自分の我儘で何度も桜を頼っては土下座でお願いをしていた。

だが、そう思っていたのはヘスティアだけではなかった。

 

「………」

 

ベルもだった。

団長であるはずのベルだが、副団長である桜を頼って団長の分の仕事をさせていたかもしれないと心当たりがあった。

それだけじゃなく、桜が入団した時から何度迷惑をかけたか数え切れなかった。

 

「………桜に休みを取ってもらおうと思うんだけど」

 

「「「「「賛成」」」」」

 

桜に休みを与えようと思ったベルの言葉に全員が即答で応じた。

 

「これからは桜様に極力に頼らずに頑張って行きましょう」

 

リリの言葉に全員が頷いて応えた。

気がついたら頼ってしまう桜に対して全員が反省して今後は自力で何とかしようと反省した。

 

「あ、あの……」

 

反省しているなかで春姫がおどおどと挙手して言った。

 

「思ったのですが、桜様はどこの国の出身なのでございましょうか?」

 

「……言われてみればリリも桜様と出会う前のことは知りませんでした。ベル様とヘスティア様はご存じですよね?」

 

団員の中で一番付き合いの長いベルとヘスティアに聞くリリだがベル達も首を傾げていた。

 

「そういえば、聞いたことなかったような……」

 

「ボクも聞いたことなかったよ」

 

誰も出会う前の桜を知らなかった。

何事もそつなくこなす桜の過去を知る者は誰もいなかった。

 

「名前から察するに命や春姫と同じ東洋じゃねえのか?」

 

「でも、見た目はアイズさんに似ているし違うと思うけど」

 

謎に包まれた桜の正体に誰もが疑問を抱く中で桜は目を覚ました。

 

「あれ?私……寝てた?って、何で皆私を見てるんだ?私の寝顔なんて面白くもなんともないぞ」

 

目を覚ました桜は全員の視線に気づいて素っ気なくそう言う。

ヘスティアは桜君の過去については触れないようにと桜と寝ているティア以外全員にアイコンタクトした。

それに気づいたベル達は桜には人には言えない深い事情があるのだろうと察して頷いて応じた。

 

「さて、そろそろ買い出しにでも行こうか」

 

夕飯の買い出しに行こうと立ち上がる桜だが、ベルが声をかけて止めた。

 

「ま、待って桜!きょ、今日は僕が買い出しに行ってくるよ!」

 

「どうした急に?それに何で挙動不審なんだ?」

 

慌ただしいベルの様子に訝しむ桜はベルの肩に手を置いて言った。

 

「悪いことしたのならちゃんと言え。軽い説教で済ませてやるから」

 

「違うよ!」

 

悪いことをしたと思われたベルは心から否定した。

 

「僕にだってたまには買い出ししたい時があるんだよ!」

 

「それはいいが、ベルが行くと高値で買わされそうだからな」

 

「リリもついて行きますのでご安心を」

 

お人好しで騙されやすいベルの買い出しに不安が生じる桜にリリも買い出しに行くと言ってきた。

 

「あ、ずるいぞ!ボクだってベル君と二人っきりで買い出しに行きたいんだぞ!」

 

「ヘスティア様が買い出しに言ったら余計な物まで買いそうですので駄目に決まっています!」

 

ぎゃーぎゃーといつものベル争奪戦を開始するヘスティアとリリ。

 

「で、では、ベル様と私が……」

 

「「抜け駆けは駄目だぞ(です)!!」」

 

そっと抜け駆けをしようとする春姫に声を荒げるヘスティアとリリ。

それを見た桜はやっぱり自分が行こうと居室(リビング)を出ようとしたが命がドアの前で桜の行く手を阻む。

 

「命。買い出しにいけないんだけど」

 

「えっと、その……か、買い出ししなくてもまだ食材が残っているのでは」

 

「今日の夕飯の分ぐらいはあるけど補充はしたほうがいいだろ?」

 

必死に考えた命の案を一蹴する桜に命は冷や汗を流しながら次の手を考える。

 

「?」

 

いつもとどこか様子が違う桜は首を傾げていると突然命が桜に抱き着いて来た。

 

「ちょっ!命!?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

唐突かつ予想外の命の抱き着きに桜は困惑しながら命を離そうとしたが命は謝罪しながら力を入れて抱き着くばかりで目はぐるぐると回っていることに気付いた。

後ろでは誰がベルと買い出しに行こうと未だに騒ぎ立ててそれを止めようとヴェルフが動いているが止まらず、命は命で大変なことになっていた。

 

「ああもう!!全員正座ァ――――――――――――――ッッ!!」

 

我慢の限界が来た桜は思わず本拠(ホーム)全体に聞こえるぐらいの大声を出して全員(ティア以外)を正座させてベルから事情を聞くと額に手を当てて呆れるように息を吐いた。

 

「まったくそれであの騒ぎを起こすぐらいならまだ頼られた方がマシだ」

 

「はい……ごめんなさい」

 

怒る桜にベルは謝罪する。

 

「だけど、ベル達の気持ちはわかった。これからはベル達の頼み事は聞かないようにするとしよう。どうしてもの時以外は私も手を貸さない」

 

「ボ、ボクの愚痴は……」

 

「神ヘスティア?」

 

「いえ、何でもありません」

 

桜の微笑みにヘスティアは即座に土下座した。

その微笑みにベル達も怯えながら桜を怒らせないようにと決めた。

 

「わかったら皆動く。リリと私は買い出しに行くから、命と春姫は残った食材で今日の夕飯を作って貰おうか。ヴェルフとベルは食器を出す。ティアはベル達が食器を割らないように注意してくれ。神ヘスティアは私達が帰ってくるまで正座。返事は?」

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

完全に主導権を握られている桜に全員は返事をして言われたとおりに動くしかなかった。

全員が桜の指示通りに動いているなか、桜は疲れるように息を吐きながらも笑みを浮かべていることに誰も気づかなかった。

 



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危機感

「桜君はベル君のことをどう思っているんだい?」

 

「何ですか急に?しかもリリ達まで」

 

何の事件も起きずにいつもの日常の中で私は居室(リビング)でティアに勉強を教えていると神ヘスティアとリリ達が私に言い寄って来た。

 

「今はティアは勉強中ですので後にしてください」

 

「そういう訳にはいかないのだよ!?ベル君がいない今でなければ聞けないじゃないか!?」

 

ベルは今はヴェルフや命と一緒に中庭で訓練中。

静かなこの時間帯に私はティアに勉強を教えている。

 

「桜様とベル様の距離が気になってこうしてリリ達は尋ねているのです!?」

 

「距離?ああ、男女の」

 

リリの言う距離に納得した私は質問の意図に気付いて神ヘスティア達が何を言いたいのかも理解出来た。

 

「ベルは弟ぐらいにしか見ていない。話は終わり」

 

バッサリと言い切って私はティアの勉強の方に意識を向けようとしたが、ここで終わることは神ヘスティア達が許してはくれなかった。

 

「そんなわけはないだろう!?こないだだって!?」

 

神ヘスティアが語る疑惑の目撃談、その一。

 

ボク達はいつものように皆でご飯を食べている時。

 

『ティア。口が汚れているぞ。ほら』

 

桜君は口元が汚れているティア君の口をハンカチでふき取る。

その光景をボクは微笑ましく見ていた。

しっかり者で面倒見のいい桜君とティア君が親子の様に見ているとボクはベル君の口が汚れていることに気付いた。

気付いた僕は桜君を見習ってベル君の口元を拭こうと動こうとした時。

 

『ベル。お前も汚れているぞ。ほら、動くな』

 

『い、いいよ。桜。一人でもできるから』

 

『子供じゃないんだから口を汚さず食べろよ』

 

恥ずかしそうに口元を拭かれているベル君に親し気にベル君の顔を押さえて拭く桜君。

ボクは手に持ったハンカチを目から出てくる涙を拭くに使ったよ。

 

「それで?」

 

「ボクはベル君の口が汚れていることにすぐに気付いたさ!それでも速く気づくことが出来た桜君はずっとベル君を見ていた証拠だ!?」

 

「………」

 

神ヘスティアの話は覚えがある。

だけど、あの時はティアの汚れに気付いてたまたまベルの口も汚れていることに気付いただけのはずだったが。

それが面倒なことに神ヘスティアよりも速く気づいてしまったか。

 

「それだけではありません!この前のダンジョン探索の時もです!」

 

リリルカ・アーデが語る疑惑の目撃談、その二。

 

あれは三日前の15階層のダンジョン探索の時でした。

リリ達はいつものようにモンスターの討伐を終えて帰還しようとした際。

 

『ベル。ちょっと止まれ』

 

『何?痛ッ!?』

 

帰還しようとした際に桜様は急にベル様の腕を掴むとベル様は痛みを訴えてました。

何事かと思ってリリは振り返るとベル様の右腕が少し腫れていることに気付きました。

 

『やっぱりミノタウロスの攻撃を受けた時に負っていたか』

 

桜様の言葉に見覚えがありました。

モンスターを倒している時に不意に現れましたミノタウロスにベル様は虚を突かれて一撃を受けてしまったことに。

すぐに桜様がフォローに入り、その後もベル様は何事もないように動かれていましたのでリリも気づきませんでした。

 

『折れてはないようだけど、少しヒビが入っているな。ティア、治してあげてくれ』

 

ティア様の魔法で治すように促す桜様でしたがベル様は申し訳なさそうに。

 

『いいよ、これぐらいはポーションを飲めばすぐに治るから』

 

『バカベル。そのこれぐらいでいちいち遠慮するな。いちいち遠慮されると距離を取られている感じがして私は嫌だぞ』

 

『ご、ごめん』

 

『わかればよろしい』

 

その時、ベル様の顔が赤くなっていたのをリリは覚えています。

 

「僅かな傷も見逃さずにベル様を心配していました。これをどう説明なさると言うのですか!?」

 

いや、あの時はミノタウロスの攻撃を受けているのを覚えていたから負傷しているかもと思っただけなんだがな。

頬を掻きながら今まで黙っていた春姫に視線を向ける。

 

「春姫も何かあるのか?」

 

「は、はい。実は」

 

サンジョウノ・春姫が語る疑惑の目撃談、その三。

 

私はいつものように皆様のお部屋を掃除に回っている時でした。

ベル様のお部屋を掃除に参ろうとした時、桜様がベル様の部屋から出て行くのを見てしまったのです。

 

『桜様。ベル様のお部屋で何を?』

 

疑問に思った私はベル様のお部屋を開けますと綺麗に掃除されているのを見てしまいました。

 

「ご自分のお時間を減らしてまでベル様のお部屋の掃除をなされた桜様に私はいてもたってもいられずに」

 

「神ヘスティア達と一緒に来たと?」

 

頷いて返答する春姫に私は内心で息を吐いた。

恐らく昨日のことだろう。

私は次の探索に向けて陣形や隊列の話し合いをしようとベルの部屋に行ったがベルはおらずにその時に散らかっている部屋を見て思わず片付けて、春姫の負担を減らそうとついでに掃除をして部屋から出て行った時だろう。

思わぬ擦れ違いで変な誤解を生んでしまったか。

額に手を当てて疲れるように息を吐く。

 

「さぁ、どうなんだい!?証人は三人もいるんだぞ!?」

 

「嘘偽りなく答えてください!桜様!」

 

「お願い致します!」

 

問い詰めてくる神ヘスティア達。

どう言おうと悩んでいると私は良い案を思い浮かんだ。

 

「仮に私がベルの事が好きだったとしたらどうします?」

 

「「「えっ」」」

 

驚く三人に私は挑発的な笑みを浮かべて言う。

 

「私はどこかの神と違って我儘もそこまで言いませんし、例えベルが他の女性と一緒にいてもしつこく問い詰めたりもしません。寛容のある方がベルも喜ぶでしょう」

 

「うっ」

 

「どこかの小人族(パルゥム)と違い、私はベルとの接点も多いな。同じ【ファミリア】だけじゃなく、歳もLv.も一緒だし、もうベルの相棒と言ってもおかしくはないだろう」

 

「むっ」

 

「大胆さも時には必要だよな。ベルは奥手だから案外引っ張って行く女性が好みなのかもしれないな。ベルと同じ奥手の狐人(ルナール)と違って」

 

「うぅ」

 

「ベルが他の【ファミリア】のどこかの女性冒険者に振られて私の事を好きになっても案外私はすんなりと受け入れてしまうかも」

 

目を見開き、驚く三人。

 

「我儘で頑固なところもあるけど、ベルは基本的に素直で優しいし、男らしさもいいけど、弱弱しいところも母性がくすぐられて可愛いから私もころっとベルの事が好きになるかも」

 

「「「ダメだ(です)!!」」」

 

否定の声を上げるが私は続ける。

 

「神ヘスティア達が否定してもそうなったら決めるのは私とベルだ。自分の事を褒めるのもなんだけど、私は容姿も悪くないし、スタイルもいい方だ。掃除、洗濯、炊事、家事全般ちゃんとできるし、実力もベルと釣り合っている」

 

挑発的な笑みから余裕たっぷりの笑みに変えて三人に告げる。

 

「自分に振り向いて貰えるように精々女子力でも磨くことですね。最も無駄だとは思いますけど」

 

「ふが――――――――ッ!!言わせておけばなんだい!?スタイルならボクだって負けちゃいないぞ!?」

 

「リリだって負けていません!桜様よりリリの方がベル様の隣に相応しい証明してみせます!!」

 

「わ、私も負けてはいません!」

 

予想通りの反論をする神ヘスティア達に内心でほくそ笑む。

これで少しは危機感を持って自分を磨こうと努力するだろう。

それにしてもベルを餌にするだけでこうもあっさりといくとはちょろすぎて張り合いもないな。

 

「ああ、そういえばそろそろベル達の訓練も終わる頃だし、飲み物でも持っていくとしよう」

 

「ボクが行くよ!こういう時こそ主神であるボクが動いて懐の広さを見せないと!」

 

「今更何を言っているのですか!?ヘスティア様!リリが行きます!」

 

「わ、私が行って参ります!」

 

三人が三人とも飲み物を持ってベル達が訓練している中庭へと走って行った。

一人一つずつしか持って行かなかったけど、ヴェルフと命もいるから数的にはちょうどいいか。

 

「さて、静かになったことだし、勉強を再開しようか」

 

再開するように促すとティアも頷いて返答する。

数分後に中庭からベルの悲鳴のようなものが聞こえたけど、気にしないでおこう。



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お風呂

「相手の動きをよく見ろ。そして次にどのような攻撃がくるのかイメージだ」

 

「はい!」

 

就寝前に中庭で短剣を握り締めさせてティアに稽古をつける。

短剣で向かってくるティアの攻撃を捌きながら隙が大きいところに軽く当てて攻撃する。

まだまだ無駄は多いがティアは素質はある。

鍛え初めて数日だが、並み以上の成長をしているティアを見て私はそう実感させられる。

護身として鍛え始めたつもりだったがこの素質を腐らせるのは勿体ないし、本格的鍛えるのもいいかもしれない。

【ステイタス】を見て魔法に素質はあるのは知ってはいたが、面倒を見ているうちにそれ以外にも魔法と同等の素質があった。

ティアは年齢的は約8歳。

前の勉強ではもう中学生レベルの問題も解けるようになっているし、身体能力も世辞を抜いて十分にある。

私の次ぐらいに才能も素質もあるのかもな。

そう思いながら隙が出来たティアを見逃さずに短剣を弾き飛ばす。

 

「今日はここまで」

 

「あ、ありがとうございました……」

 

頭を下げて一礼するティアの頭を私は撫でる。

 

「ああ、汗も掻いたことだし、風呂に入ろうか」

 

その言葉にティアは嬉しそうに頷く。

脱衣場で服を脱いで髪を丸めてから浴槽に入る。

檜風呂だなんてこの世界に来て初めてなんだよな……。

前の世界でも檜風呂なんて古い旅館でも行かない限りお目にかかれなかったし。

そんなことを思いながらまずはティアの体を洗うことにした。

石鹸を使って泡立てながら手で直接洗っていく。

やっぱり、まだ消えないか……。

ティアの体には奴隷だった時に付けられたであろうみみずばれや擦り傷などの痕がまだ残っている。

消えるのは時間の問題だけど傷に影響を与えないように優しく洗ってやらないと。

 

「ほら、くすぐったいだろうけど動くな」

 

身をよじらせるティアに軽く注意しながら体を洗って次に髪も洗っていく。

体も傷の痕がなければ白くて綺麗だし、この銀髪もサラサラしているから将来は必ず美人になるだろうな。

まぁ、何年も先のことだろうけど……。

 

「目を開けるなよ。目に入ったら沁みるぞ」

 

髪を洗い流して湯船に浸からせてから私も自分の体を洗う。

大分この体にも慣れたものだな……。

突然このダンまちの世界にやって来て容姿が一変してから最初は戸惑いもあったけど今になってみたら今の体の方が自然になってきた。

前の体が悪いとは言わないけど美少女になって少しよかったと思う。

スタイルなんて明らかに前以上に素晴らしいの一言だ。

いや、変態達に異様にモテるようになったことを考えればプラマイゼロかもしれない。

最近はあの変態(ヒュアキントス)も見なくなったことだし、気にしないでおこう。

 

「やぁ、桜君にティア君!ボクも一緒に入らせてもらうぞ!」

 

「どうぞ。湯船に浸かる前に髪と体は洗ってくださいね」

 

「それぐらいわかっているさ!」

 

一応注意しながら私の隣で体を洗い始める神ヘスティア。

一足早く洗い終えた私も湯船に浸かる。

ふぅ、やっぱり湯船に浸かると心は日本人だなとしみじみ思う。

 

「それにしても桜君とティア君は本当に仲がいいね。親子のようだ」

 

「まだ私のお母さん疑惑は消えてないんですね」

 

神ヘスティアの言葉に私は疲れるように息を吐く。

 

「いやいや、素質はあると思うぜ?桜君は普段から落ち着いているし、面倒見もいいからね。ボクも鼻が高いさ」

 

「私より春姫の方があると思いますが」

 

少なくとも私より母性はある。

 

「春姫君もさ。ボクは桜君とティア君が一緒にいるところを見て和むのが最近の日課だ」

 

「そこはベルにしてください」

 

「ベル君は癒しだ!これは譲れない!」

 

何をどういう基準でそう決めているのだろうか?

神ヘスティアの考えはイマイチわからない。

 

「そして、必ずやベル君を振り向かせて見せる!」

 

拳を強く握りしめて燃える神ヘスティア。

 

「桜君にも負けないからな!」

 

「はいはい」

 

この前の挑発が予想以上に効いたのか最近は必要以上にベルにアタックしている。

積極的になったのはいいがもう少しお淑やかになってもらいたいものだ。

昨日の夜にベルが神ヘスティアに嫌われることでもしたのだろうかと相談に乗るほどだったのだから。

リリはリリで妹キャラを通しているのか腕に抱き着いたりもするし、というかリリはベルや私より年上かもしれないな。

春姫は特に変わったところは見当たらないが私は知っている。

さりげなく手を握ろうとしたり、わざとらしくベルの前でこけたふりしてベルに抱き着いたりしていることを。

まぁ、他人の恋路に口出しをする趣味もないから神ヘスティア達には頑張ってもらいたいものだ。

今はラキア王国が迫って来て姉さんがいる【ロキ・ファミリア】は都市外にいるから今がチャンスなのかもしれないし。

私は背中を押すか、相談に乗るぐらいにしておこう。

 

「神ヘスティア。そんなに乱暴に洗ったら髪が痛んでしまいますよ」

 

乱暴に洗っている神ヘスティアを見て私は湯船から出て代わりに神ヘスティアの髪を洗う。

 

「おお、なんという気持よさなんだ……!桜君は髪の洗い方まで天才なのかい!?」

 

「女ならこれぐらい当然です」

 

美容院で働いたことがある私にとってはこれぐらいは当然だ。

この世界には美容院がないから全部自分でしているが。

 

「ティア君が羨ましいよ。毎日桜君に洗って貰えているなんて」

 

「こら、そんな羨むような目でティアを見ない」

 

羨ましそうな目でティアを見てティアは湯船に浸かって顔を隠してしまう。

本当に恥ずかしがり屋だからな、ティアは。

 

「ああ、気持ちいいよ……お母さん」

 

「誰がお母さんですか」

 

「アイタタタタタタタタタタ!!ごめんごめん!ボクが悪かったよ!」

 

手を握って頭をグリグリするとすぐに根を上げる。

そう言えば以前に神ロキの口からリヴェリアさんは皆のお母さんなんて言っていたな。

今度茶菓子でも持って二人で話でもしよう。

神ヘスティアの髪を洗い流して私達は湯船に浸かって気持ちを安らかせる。

すると、神ヘスティアが私の髪を触って来た。

 

「桜君の髪もだいぶ伸びてきたね」

 

「まぁ、出会ってから数ヶ月が経ちますからね」

 

神ヘスティアとベルと出会った頃は肩に触れる程度だったけど今は肩甲骨辺りまで伸びている。

特に切る気もなくこのまま伸ばすのもいいかもしれないな。

 

「ヴァレン何某君に似てきているじゃないか……」

 

「髪を握らないでくれます?」

 

人の髪を握る神ヘスティアの顔は嫉妬に満ちていた。

 

「桜君はヴァレン何某君と血縁関係じゃないのかい?」

 

「違いますよ。それなら【ロキ・ファミリア】に入っています」

 

というより無理矢理入れられるのかもしれないな。

姉さん結構寂しがり屋だし、神ロキは女好きも相まって。

ああ、うん、絶対に入っていたな。

すぐにそう悟ったが、実際のところはどうなんだろうか?

この体は私のものではないが原作ではアイズ・ヴァレンシュタインに妹は存在していない。

なら、何故アイズ・ヴァレンシュタインに似ているこの体になってこの世界に来たのだろうか?

この謎は解けそうにないな……。

そう思うとティアが私の腕を掴んできた。

 

「上がるか?」

 

そう言うとティアは頷き私達は湯船を出る。

 

「それでは神ヘスティア。お先に」

 

「ああ、ボクはもう少し入ってから寝るとするよ」

 

「それではお休みなさい」

 

「お休みなさい……」

 

体を拭いて寝巻に着替えた私達は廊下を歩くとティアが私に言った。

 

「あ、あの、一緒に……」

 

「ああ、一緒に寝ようか」

 

そう答えるとティアはすごく嬉しそうに首を縦に振る。

まだまだ甘えたい年頃でたまにこうして一緒に寝たがるティア。

私自身も特に抵抗もなく一緒に寝ることがある。

神ヘスティアは羨ましいと叫んだこともあったな。

ベルや【ファミリア】の者には大分打ち解けられるようにはなっては来ているがまだまだ根っこの部分は回復していない。

精神治療は本人自身で少しずつ回復していくしか手はない。

私にできることと言ったらこうしてティアの心身を鍛えて、こうして優しくするしかない。

まぁ、経過は順調だし今は問題はないか。

問題はないと結論を出して私はティアと一緒に眠りについた。



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積極的

ラキア王国が軍を引き連れてオラリオに行軍。

そのラキア王国に姉さん達がいる【ロキ・ファミリア】などの上位派閥が迎撃しているなかでオラリオはいつもと変わらぬ日常を過ごしている。

尚且つ私も暇があれば書庫にある本を持って居室(リビング)で本を読んでいたのだが。

 

「桜、どうかしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

心配そうに尋ねてくるベルに問題がないと答える。

そう、現在進行形で私はベルとデートしている。

 

『桜!僕と一緒に街を歩こう!』

 

居室(リビング)で本を読んでいた私にベルは唐突にそう言って私の手を持って無理矢理外にと連れ出した。

居室(リビング)を出る際に一瞬、神ヘスティアやリリ達の怒りと絶望に満ちた顔をしていたような気がしたが気のせいにしておこう……。

それよりも驚くべきことはベルが私を誘ったということだ。

あの奥手のベルが、積極的に女である私を強引に外へ連れ出した。

外に連れ出して初めは買い出しに付き合って欲しいと思ったが違った。

普通にお洒落な店に連れて行かされたり、食べ歩きしながら食べさせ合ったりと普通のデートをしている。

中央広場(セントラルパーク)を歩きながら私は今日のベルの積極性に驚くばかりだ。

どちらかと言うとベルは引っ張られる側だと思っていたがまさかベルからデートに誘われるとは微塵も思わなかった。

買い出しや道具(アイテム)の補充などならまだ私を誘う理由はわかる。

だが、今のところそのような気配もなくいつものように無邪気そうに笑うベルを見て普通に私とのデートを楽しんでいる。

いったいどういうことだと考えているとあることが閃いた。

なるほど、そういうことか……。

 

「ベル。今日は姉さんとのデートの予行練習に私を誘ったのか?」

 

そう、今は姉さんはオラリオの外でラキア王国の軍隊と戦っている。

疲れて帰って来た姉さんを誘って好感度を上げる為の練習として私を誘ったと推測した。

それなら姉さんに似ている私を誘うのも頷ける。

全く、それならそうと言ってくれればいくらでも練習に付き合って上げるというのに。

 

「え?何の話?」

 

「え?」

 

きょとんとした顔で尋ねるベルに私も首を傾げた。

 

「僕は桜と一緒にいたいから誘ったんだよ?」

 

「………」

 

目頭が熱くなった。

ベルの癖に生意気なことを言うようになった。

どこでそんな誑し文句を覚えてきたんだ、こいつは……。

そういう台詞は神ヘスティア達に言ってやれ。

 

「ほら、あっちの方に行ってみよう!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

私の手を握りながら走り出すベルに私は引っ張られる。

いったいどうしたんだ、今日のベルは……ッ!?

いつもと違うベルに振り回されながら私は北のメインストリートに来ていた。

主に服飾関係の店が多いここは様々な亜人(デミ・ヒューマン)がある。

ベルはその中で人間(ヒューマン)の店に入る。

和服から洋服まで種類豊富の服がある店にやってきたベルは私に言った。

 

「今日は僕がお金を出すから好きな服を買って!」

 

「いいのか?」

 

「うん!お金は溜めているから大丈夫だから!」

 

店も経営している私はそれなりに金はある。

少なくともベルの所持金の三倍は持っているが目を光らせているベルの好意を断ることは出来ずに了承した。

私は一応ある程度の服は揃えている。

金銭面を工夫する為に殆どが手作りだがせっかくなので色々試着してみよう。

和服から洋服まで試着して一つ一つベルに感想を聞いたがどれを着ても似合っているの一言で顔を赤くして目を逸らすばかり。

やっといつものベルらしいところが見えて少し安堵するが本当に今日のベルはどうしたのかと思ってしまう。

新しい服を試着してみようと物色していると前に姉さんが着ていた服を発見して試しに着てみた。

 

「どうだ?ベル」

 

「う、うん……」

 

顔を赤くしながら見惚れるのか凝視する。

なるほど、こういうのがベルの好みなのか。

先程とは違う反応をするベル。

私はその服をベルに買って貰い着たまま店を出た。

基本的には命のような和服などを着ている私にとって洋服で過ごすのは少しだけ新鮮味があると自分でもそう思った。

 

「次は繁華街に行こう!」

 

「はいはい」

 

やっといつもの調子になった私はベルに連れられて繁華街に足を運びベルと一緒に遊んだ。

 

「久しぶりに遊んだな……」

 

「うん!」

 

おもっきり遊んだ私達は南西のメインストリートにあるアモーレの広場で休んでいる。

この世界に来てダンジョンに潜ったり騒動に巻き込まれたりと色々大変だったから遊ぶ余裕もなかったが結構遊んでしまった。

帰ったら神ヘスティアに色々問い詰められるだろうな、ベルが。

まぁ、楽しかったから別にいいけど。

 

「それで?今日私を誘った理由は私の休暇か?」

 

「え、もしかして桜」

 

「流石に気付いたさ。お前は心底お人好しなんだから」

 

今日一日、ベルは女性が喜びそうなところばかり私を連れて行った。

そこで私は気付いた。

ベルは強引にでも私に休んで欲しかったのではないかと。

優しいベルの事だ。

日頃から忙しい私を休んでもらおうと考えて今日私を連れ出したのだろう。

ダンジョン探索、店の経営、家事など一日に休める時間など少ししかない。

居室(リビング)を出る時の神ヘスティア達の反応を考えて今日の事はベルの独断なのだろう。

 

「ハハ、やっぱり桜なら気付くよね」

 

ベルは観念したかのように苦笑しながら首を縦に振った。

 

「桜は僕達の為に色々してくれているから、その、恩返しがしたくて……でも何をすればわからなくて考えていると昔おじいちゃんが男なら女子を連れ出して楽しませてやれ!って思い出して」

 

「なるほどな。御祖父さんが」

 

ベルのハーレムや男の浪漫などはそのお爺さんの英才教育(せんのう)のせいか。

一癖二癖あるであろう人に育てられたらそういう考えも持ってしまうのか。

そのベルの御祖父さんに呆れて、やっとベルが私を連れ出した理由に納得できた私は気の緩みと疲労で欠伸が出た。

 

「桜、もしかして眠たいの?」

 

「ん、まぁ、少しな」

 

「僕ので良ければ使う?」

 

自分の脚をポンポンと叩くベルの好意に私は甘えることにした。

 

「少し借りるな」

 

眠気を押さえられずにベルに膝枕してもらう。

周囲の人達から見たら私達は恋人(カップル)のように見えるのだろうか?

この光景を神ヘスティア達が目撃したら大変なことになりそうだな、ベルが。

ベルの事を一人の男性としてではなく弟とでしか見ていない。

けど、たまには(ベル)に甘える(わたし)がいてもいいはずだ。

そんなことを考えながら私は心地良いベルの膝枕に眠気が押さえきれなくなって眠りについた。

 

 

 

 



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甘えん坊

「ティア。そこはそうじゃなくて……」

 

ラキア王国が進軍している中でオラリオはいつも通りだった。

平和が続くなかで私は自室でティアに医術を教えている。

知識、手当て、診察、触診、縫合の知識と人体の構造などを。

ティアには【シルワトゥス】という治癒魔法を持ってはいるし、この世界には回復薬(ポーション)という傷を治す薬もあるからもしかしたら必要ないことかもしれないがそれでもティアの性格を考えればこういうことも身に着けた方が良いかもしれない。

ティアは優しい。

誰かを傷つけるぐらいなら自分が傷つく方が良い。

だからティアには攻撃系の魔法がないのだろう。

ティアの性格を考えて下手に攻撃を教えるよりも治療師(ヒーラー)としても生きていけるように教えておいても損はない。

 

「あ、あの……」

 

「どうした?」

 

「ここが………」

 

「わからないのか?」

 

コクリと頷くティアに私はティアのわからない場所を教えていく。

ティア自身も物事、特に誰かの役に立つことを自分から積極的に身に着けている。

良いことなのだが、少々ティアはいい子過ぎる。

甘えては来るが必要以上に甘えては来ないし、我儘も文句も言わない。

どこかのロリ神にティアの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「はぁ~」

 

口から自然と溜息が出る……。

すると部屋をノックする音が聞こえた。

 

『桜様。お飲み物をお持ちしました』

 

「ああ、入ってくれ。ティア、少し休憩にしよう」

 

「はい」

 

部屋に入って来た春姫からお茶を受け取ってそれをティアに渡して一休憩すると春姫は机に置いている医学書に視線を向けていた。

 

「……桜様は医学も精通しているのですか?」

 

「一応な」

 

私がいた世界では医学の免許は持っていたからな……すぐに私が探しているものとは違うと思って医者の道には行かなかったが。

 

「桜様は何でも出来るのですね」

 

「頑張れば誰だって………どうした?」

 

耳と尻尾が垂れて落ち込んでいる春姫に声をかけると春姫は弱弱しい声で私に言った。

 

「………いえ、桜様は本当に頼りになると思いまして」

 

「私はお前達からベルを取る気はないぞ」

 

「べ、ベル様のことは言ってません!?」

 

「鏡見ろ、鏡」

 

その真っ赤な顔を自分で確認しろ。

 

「ううう~」

 

「人の部屋で項垂れるな」

 

人の部屋で頭を抱えてしゃがみ込み項垂れる春姫に私はまた溜息が出た。

 

「うん……」

 

すると、何かを決心したかのように顔を上げて私に土下座……はぁ?

唐突に私の前で土下座をしてくる春姫に私は困惑した。

一応言うが、それはそれは見事な土下座だった。

流石は極東出身だけはある。

 

「桜様!私を弟子にしてください!!」

 

「ことわ……」

 

そんな面倒なことをしてたまるかと思った私は断ろうとしたがティアが私の袖を引っ張ってきた。

わざとではない上目遣いで無言で懇願してくるティアを見て息を吐いた。

 

「わかった。だけど教える時間は限りがあるからな」

 

「はい!よろしくお願い致します!!」

 

こうして春姫は私の弟子になった。

 

「だからさっさと弟子を卒業してベルを惚れさせろ」

 

「さ、桜様!?」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ春姫は早速ティアと一緒に医術の勉強から始めた。

春姫にも自分の仕事があるから既にある程度教えているティアより重点的に教えているとティアが私の袖を引っ張って来た。

 

「どうした?」

 

声をかける私にティアは私の腕に抱き着いて離れない。

 

「桜様。私のことよりティアちゃんの方を教えてあげてください」

 

「……そうだな」

 

微笑む春姫に私はティアの頭を撫でてるとティアは私の腕から離れて大人しく私の教えを乞う。

ティアにも嫉妬するんだなと内心思いながら。

私はティアの母親ではないが、ティア的には(はるひめ)に母親を取られた妹の心境なのだろう……。

全く、それなら何であの時無言で懇願したのやら。

内心で呆れながら息を吐く私はティアはベルと同じそんな性格の持ち主だと把握した。

この嫉妬は神ヘスティアの影響かと不意に自分の主神を疑ってしまった。

頭の中でそんなわけあるかー!?と怒る神ヘスティアがいるがすぐに追い払う。

これからも苦労しそうだな、私は……。

何となくではあるがそんな感じがした。

その日を境にティアは今まで以上に私に甘えてくる。

隣や膝の上に座って着たり、自分から鍛錬を申し込んできたリ、風呂や寝る時も一緒に過ごすことが多くなった。

 

『ティア君は甘えん坊だね~』

 

あのロリ神から太鼓判を押されるほどに。

神ヘスティアが言える事ではないだろうに………。

もちろん、時と場所は弁えている。

ダンジョンの時は自分に与えられた役割をしっかりとこなしているし何の文句もない。

それに甘えてくるといっても私に迷惑をかけるほどではないし、買い物の時も荷物を持って手伝ってくれる。

嫌なのは神ヘスティア達の視線が慈愛に満ちていることだけだ。

私自身も甘えてくるのは嫌ではない。

ただこの先のティアに成長が少し心配になってしまう。

だけど、今までのティアの過去を考えればある意味良い兆しなのかもしれない。

悩む私にティアは本を持って私の膝の上に座って本を読みだす。

私は軽く息を吐きながっらティアの頭を撫でる。

とりあえずは今のままで様子を見て今後の成長具合によって考えるとしよう。

ただし、神ヘスティアやリリのような嫉妬深い子にはしないようにしないとな。



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秘密と空腹

「………前から気になっていたのですが、桜様はどうして男口調なのですか?」

 

「今更だな……」

 

オラリオの外は戦争中にも関わらずオラリオ内はいつもと変わらず平和。

私達は何時ものように居室(リビング)に集まって寛いでいる中でリリが今更すぎる事を言ってきた。

 

「ボクも興味があるな、桜君は自分の事を話さないしね」

 

「話すようなことでもないと思いますけど?」

 

ごく普通のありふれた一般人だった私の過去などどうでもいいだろうに。

ただ普通の人より才能があって色々なことに挑戦した、ただそれだけの話。

 

「僕も知りたいかな……」

 

ベル、お前もか………。

リリの言葉に神ヘスティアが弁上してベル達の視線が私に集中するなかで私は嘆息して答える。

 

「私には弟がいたから口調が移ったんだ。女の子ぽくなくて悪かったな」

 

「そ、そんなことはありません!桜殿は素晴らしいお方です」

 

「そ、そうでございます!桜様を見習うことは多くございます」

 

「だ、そうですよ、神ヘスティア」

 

「ど、どうしてボクに振るんだい!?」

 

この中で内面的に女の子ぽくないのが貴女だからですよ。

外見、特に一部は立派な女ですが………。

 

「男的には外見よりも内面を重視するって聞くけどどうなんだ?ベル」

 

「え!?ど、どうして僕に聞くの!?」

 

「どうなんだい!?ベル君!」

 

「ベル様にとってリリはどうですか!?」

 

「あの……ベル様、私は……?」

 

私の言葉をキッカケにベルに喰らいつく神ヘスティア達を無視して私は再び本の続きを読むことにする。

私の膝を枕替わりで昼寝しているティアもこの騒ぎで起きない所を見ると逞しくなったものだ。

 

「ハッ!?いつものように流されてたまるものか!」

 

しかし、今日はいつもと違って神ヘスティアが恋する女神からいつもの駄女神に戻ってしまった。

 

「おや、珍しく正気に戻りましたね、神ヘスティア」

 

「それはボクはいつもは正気じゃないと言いたいのかい!?」

 

「散財癖、堕落性格、勝手に多額な借金を作る、嫉妬深い、凶暴、子供っぽい。これらを含めた女神のどこが正気と言えばよいのでしょう?」

 

「なんだと――――――!?言ってはいけないことを言ったね!」

 

「か、神様!落ち着いて下さい!」

 

「離せ!離すんだ、ベル君!ボクは桜君にボクという存在を確かめさせる必要があるんだ!!」

 

ベルに羽交い締めされながら神ヘスティアはツインテールを伸ばして私に攻撃してこようとするが届かない。

 

「桜、あまりヘスティア様を苛めてやるな」

 

「ごめん、ヴェルフ。無理」

 

日頃から散々ストレスを与える元凶にこれぐらいの小言は聞いて貰わないと気が済まない。

 

「それに大丈夫、後で好物でもちらつかせれば気分良くして忘れる程単純だから」

 

「聞こえてるぞ―――――――!!」

 

吠える神ヘスティアに羽交い締めをするベル。

その光景にヴェルフは苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、俺も少しはお前の事を知っておきたいな」

 

「私を口説く為に?」

 

「からかうな。専属鍛冶師(スミス)として仲間としてだ」

 

「残念、ヴェルフなら付き合ってもよかったのに」

 

「ならちっとは残念そうにしやがれ。おもっきり笑っているぞ」

 

冗談を言い合う私とヴェルフに私は咳払いをして話す。

 

「それで、何が知りたいんだ?」

 

「はい!」

 

「はい、命」

 

勢いよく挙手する命を指名する。

 

「桜殿はどこで剣術を?自分と同じ東洋の武術も身に着けているようですが」

 

「武術は一度習うことが出来てな、剣術は独学」

 

流石に別の世界から来たとは言えないから当たり障りのない答えで十分だろう。

 

「あの、家事はどのように?お母様から教わったのでございますか?」

 

「いや、家事ぐらい普通に生活していたら身に付くだろう?料理もそれなりにすぐできるようになったぞ」

 

「ぐはっ!」

 

「神様!!」

 

私の言葉に精神的ダメージを受けた神ヘスティアを見て息を吐く。

作るより食べる専門だからな、神ヘスティアは……。

それでも作れるように努力はしたほうがいいと私は思うのだが。

 

「では次はリリが、先ほど桜様には弟様がおられると仰っていましたが」

 

「ああ、小生意気で私の言うことを碌に聞かない我儘な弟だよ、ベルの方がまだ扱いやすい」

 

「ご実家に戻られなくてもよろしいのですか?」

 

「基本的に放任主義だから別に問題ない」

 

というより帰れないのが正しいが別にあの家族が私の心配などしてないだろう。

両親にとって私は恐怖の対象でしかなかったからな。

 

「………弟様はベル様と似ておられますか?」

 

「いや、全然」

 

私の言葉に安堵する恋する乙女たち。

だから私は別にベルを狙っていない。

 

「桜の出身国はどこなんだ?」

 

「生まれは東洋、後にここに来た」

 

正確には寝て起きたらここに来たが正しいが別に嘘は言ってないからいいだろう。

本当にどうして私はこの世界にやってきたのやら………。

 

「桜君、ボクから質問はヴァレン何某との血縁関係――」

 

「ありません」

 

まだそれを言うか、神ヘスティア。

確かに容姿は非常に似ているけど私は姉さんとは血縁関係ではないのは私自身が良く知っている。

というより、いくらベルの惚れている相手だからと言って警戒しすぎそれに嫉妬しすぎ。

お気に入りの玩具を取られないようにする子供みたいな反応されると私も困るぞ。

最後に残ったベルに視線を向けるがベルは目線を何度も泳がしていた。

 

「ないのなら無理して言う必要はないぞ?」

 

「う、うん。あ、でも一つだけ……桜は家族と離れて寂しくなのかなって」

 

「別にさっきも言ったけど放任主義だからな」

 

「で、でも、家族だったら」

 

「ベル。家族だから仲が良いというわけじゃない。私の家族のように放任主義の家族もいれば仲の悪い家族だっている」

 

ベルにとって家族は掛け替えのないものなんだろう。

純白なベルなら考えそうなことだ。

 

「それに今はここにいる仲間が家族のようなものだ。寂しいよりも苦労が多くてそんなことを感じる暇はない」

 

私の言葉にティア以外の全員が言葉を詰まらせる。

迷惑をかけていると思うのなら少しは考えて行動しろ。

寝ているティアの頭を撫でながら全員を見渡して他に質問はないことを確認する。

 

「他にはもうないか?」

 

その時だった。

キューと居室(リビング)に腹の虫がなった。

誰の腹からとは言わなくてもわかってしまうほど顔が真っ赤になっていた。

 

「はいはい、そんなに自己主張しなくてもそろそろ昼ですから昼御飯を作りますよ」

 

「ま、待つんだ、桜君!い、今のは……!」

 

「言わなくても大丈夫ですから」

 

「や、止めておくれ!そんな慈愛に満ちた目でボクを見ないでおくれ!!」

 

騒ぐ神ヘスティアだがそれは無理な話だ。

既にベル達も私と同じように慈愛に満ちた目で見ているのだから。

誰かと言わないのは皆が優しいからだろう。

だから恥ずかしがらなくても誰も神ヘスティアのお腹が鳴ったとは思っていませんよ。

 

「好物を入れておきますから」

 

「それは嬉しいけど!そうじゃないんだ!」

 

どうして涙目になっているのか私にはわからない。

きっとお腹が減って悲しいのだろう。

今日の昼は奮発して多めに作って上げるとしよう。

 

「命、春姫。手伝ってくれ。ティアもそろそろ起きて」

 

「「はい」」

 

多めに作る為に料理ができる二人に手伝って貰いながら私達はキッチンに向かう。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおッ!!ち、違うんだ、ベル君!ボクは決してはしたなくはないぞ!」

 

「は、はい!」

 

悶える神ヘスティアはどうやら相当お腹が減っているようだ。

これは大変だー頑張って作らないとー。

棒読みしながら私達は料理を作り始める。

結局、神ヘスティアは自分の好物を食べていつもの調子に戻った。

やっぱり単純………。



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謝罪のケーキ

今日もオラリオは平和が続いているなかで私はティアを連れて買い出しに来ていた。

ティアと手を繋ぎながら歩いていると周囲の物陰に隠れている娯楽に飢えたハイエナ(かみがみ)の声が聞こえてくる。

 

『【舞姫】とエルフ娘の仲睦まじい姿は親子だな』

 

『【舞姫】は母親……いや、新妻だ!』

 

『エルフ娘の新妻【舞姫】………いい』

 

『俺が父親だッ!!』

 

『『『『それはない』』』』

 

そんな神々のどうでもいい話を聞き流しながら私はそんなに老けて見えるものかと不意に思ってしまう自分もいてならない。

いや、中身はもう成人した大人だがそれでも……何というか嫌なものだ。

 

「よぉ、桜にティア。こんなところで奇遇だな、買い出しか?」

 

「神タケミカヅチ。ええ、今日の夕飯の食材の買い出しに」

 

道のりを歩いていると後ろから神タケミカヅチに声をかけられて私とティアは神タケミカヅチに軽く頭を下げて挨拶する。

 

「神タケミカヅチはバイト上がりですか?」

 

「ああ、今日は上がりだ」

 

金がない貧しい家計を支える為に神ヘスティアと同様にバイトをしている神タケミカヅチは私の隣にくると荷物を半分持ってくれた。

 

「半分持とう。一人じゃ抱えきれないだろう」

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

恩恵(ファルナ)』を刻まれてLv.3の私には大して重くはないがここは神タケミカヅチの好意に素直に甘えておこう。

 

「……にしても凄い量だな」

 

「今度店に新作を出そうと思いましてその分も含めていますから」

 

「ああ、そういえば桜は店も経営してるんだったな。今度食いに行ってもいいか?」

 

「もちろん構いません。友人価格にしておきますよ」

 

「助かる…」

 

お互い金がないから苦労するものだ……。

主に私達は神ヘスティアが作った借金のせいでだが、それも少しずつ解消していかないとまだまだあるからな。

借金に悩まされている私の口から小さく溜息が出た。

 

「桜、お前って大人びれてるよな」

 

「……いきなりどうしました?それとその発言は私が老けていると言いたいので?」

 

唐突の神タケミカヅチの言葉に苛立ちが滲み出ると神タケミカヅチは冷や汗を掻きながらそれを否定する。

 

「い、いやそうじゃない!だから落ち着け!……お前はしっかりしているし気立てもいい上に面倒見もいい。店を経営するほど自立している」

 

まぁ、色々経験してきたからな……。

 

「だけど所詮は大人びれているだけの子供だ。神々(俺達)にとっては等しくお前も子供だ。もう少し子供らしく我儘を言ってもいいんじゃないかと思ってな」

 

「………私の【ファミリア】にこれ以上子供が増えたらいったい誰が面倒を見るんですか?」

 

主に神ヘスティアの。

 

溜息を漏らす私の頭を神タケミカヅチは撫でる。

 

「俺に言えばいいさ。お前の我儘ぐらい聞いてやる………金以外ならな」

 

「最後の言葉で台無しですよ」

 

言いたいことはわかりますが、そこは最後まで恰好つけましょうよ。

呆れるように息を吐くと私は告げる。

 

「では時々で構いませんので私に武術を教えてください」

 

「ああ、任せろ。だが俺の教えは優しくはないぞ?」

 

「それぐらい上等ですよ」

 

互いに笑みを浮かばせ合うと命が何かを持って私達、いや、神タケミカヅチに近づく。

 

「命?」

 

神タケミカヅチの前で停止する命は無言でばかっと変形した容器を開けるとそこにケーキが入っていた。

何かの祝い物と思われる物を命は手を振り上げる。

 

「――――――タケミカヅチ様の」

 

顔を上げる命の顔はよく知っている嫉妬に燃える女の顔を見て全てを察した私は急いで神タケミカヅチが持っている荷物を奪取する。

 

「――――――タケミカヅチ様のっ、天然ジゴロォ!?」

 

「ブボアァッ!?」

 

神タケミカヅチの顔面にホールケーキが炸裂して命は勢いよく離脱した。

そんな命をベルとヴェルフが追いかける中で私は命の奇行に納得した。

私と神タケミカヅチが話している所を見て嫉妬してその怒りを本人にぶつけたというところだろう。

恋する乙女は盲目というが……少しは落ち着けよ、命。

 

「……神タケミカヅチ、大丈夫ですか?」

 

取りあえず私は崩れ落ちている神タケミカヅチに声をかけてハンカチでクリームだらけの神タケミカヅチの顔を拭いていく。

 

「………どうして命は怒っていたんだ?」

 

クリームだらけの顔で真剣に悩む神タケミカヅチに私だけでなくティアも呆れるように息を吐いた。

命の言う通り天然ジゴロなのだろう。

命も命で苦労してるんだなとしみじみ思ってしまう。

 

「神タケミカヅチ。どうして命が怒っていたのかわからないのでしたらどうして怒らせてしまったのかを考えてあげてください。そうでないと命が報われない」

 

「………うむ」

 

「乙女心は複雑です。特に神ヘスティアのように恋をしている女性には。ではここで」

 

ヒントだけを告げて神タケミカヅチから離れていく私達。

あれだけわかりやすいヒントを与えたら流石に何かは気付くだろう。

はぁ、これでは恋のキューピットだ。

自分の行動に呆れながら私は帰宅すると命が何か言いたそうな顔で私を見ていた。

 

「何を考えているかは大体察しが付くが………違うからな。たまたま買い出し中に神タケミカヅチと会っただけだ」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ、だからちゃんと神タケミカヅチに謝ってこい」

 

疑い深く聞き返してくる命に嘆息交じりで返答して謝罪するように促すと命は表情を俯かせて私に言った。

 

「……自分は桜殿が羨ましいです。美しく聡明で誰からも頼りにされている桜殿が自分は妬ましいと思っています」

 

「それで?」

 

「どうすれば自分も桜殿のようになれるのでしょう……?」

 

嫉妬故の憧れ。

その人に嫉妬しているけどだけどそれ以上にその人が凄いと認めて憧れている。

命にとって私はそれだけ凄いと思われているのだろう。

だけどな、一つだけ愚痴を言わせてくれ、命。

たまたま会っただけで嫉妬するな、面倒臭い。

心の中で愚痴を告げて私は命に告げる。

 

「命、お前はお前だ。お前は私になれない、私もお前になれない、絶対にな。だから同じ女として言わせてもらう。自分に向いて貰えるように自分を磨け。自分の力で惚れさせてみせろ」

 

私はそう言って命の襟首を掴んで調理場へ向かう。

 

「和風のケーキの作り方を教えてやる。それを持って神タケミカヅチに謝ってこい」

 

「……はい!」

 

顔を上げて返事をする命と一緒にケーキを作る私達。

命は何度も失敗を繰り返して、その度にベルとヴェルフに食べさせて処分してを繰り返しながらも命は調理に意識を集中させている。

 

「妹ってこんな感じなのかな……?」

 

「どうされました?」

 

「いや、何でもない」

 

一生懸命に好きな(かみ)の為にケーキを作っている命にそのケーキの作り方を教えていく私は命を見て不意にそう思った。

妹の恋を応援する姉………はぁ、私は何を考えているやら。

アイズ・ヴァレンシュタイン――――姉さんも私のことをこういう気持で見ていたのかな?

うやむやな気持ちを追い払って私は命と共にケーキの完成を急ぐ。

 

「で、できました……」

 

「よし、持って行ってしっかり謝ってこい」

 

「はい!ヤマト・命!行って参ります!」

 

ケーキを持って謝罪に向かう命を見送って私は失敗作のケーキを食べ過ぎで苦しんでいる二人の介抱をする。

 

「全く、恋する乙女は本当に面倒だ……」

 

自分も恋をすればそんな風になるのだろうかと疑問を抱きながら取りあえずは二人の介抱を行う。



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正直になれ

今日は久々に開店して私は来る客に料理を作っていく。

昼間は一気に客が押し寄せてはきたが今は落ち着いて私は料理の仕込みをしていると店の扉が開いて視線を向ける。

 

「桜」

 

「いらっしゃい、姉さん」

 

ラキア王国と戦争中のはずの姉さんが店にやって来てカウンター席に座る。

 

「戻ってこれたってことはラキア王国との戦争は終わったの?」

 

「……ううん、敵の狙いが都市内みたいだから」

 

姉さんの話ではラキア王国は戦争を長引かせて都市内の何かを目的に動いているらしい。

そこで団長であるディムナさんが団旗だけ残して後は【フレイヤ・ファミリア】に任せて一時帰宅。

いや、任せたというより押し付けたんでしょう……ディムナさん。

爽やかな笑みの下に隠された腹黒い正体に若干戸惑う。

 

「桜は最近変わったこととかない?」

 

「んーないかな?」

 

問題児たちの面倒を見ていることぐらいしかしてないからな。

 

「何かあったら言って。お姉ちゃんが助けに行くから」

 

「はいはい、期待して待ってるよ。姉さん」

 

自分の身は自分で守れるけどそう言ったら落ち込むだろうな……。

やる気になっている姉さんの顔を見てそう思いつつ私は姉さんの料理を決めさせて調理を始める。

 

「………」

 

………。

 

「………」

 

………。

 

「………」

 

「……………姉さん、気が散るからジャガ丸くんでも食べてて」

 

じっと眺めてくる姉さんに私はジャガ丸くんを姉さんに渡す。

ずっと見られるとこっちが落ち着かない。

小、中学校の時の授業参観を思い出したぞ。

ジャガ丸くんを頬張りながらも私に視線を外さずにじーと見てくる姉さんに若干呆れつつ溜息を出す。

 

「あ、塩が切れてる。ティア、悪いけど塩を取ってきてくれ」

 

調理中に塩が切れている事に気付いた私は裏で働いているティアに声をかけると少ししてティアは塩を持っていてくれた。

 

「ありがとう」

 

塩を持って来てくれたティアの頭を撫でて礼を言っていると姉さんが急に椅子から立ち上がった。

突然のことにティアは驚いて私の後ろに隠れてしまう。

 

「姉さん、どうしたんだ?急に立つとティアが驚くんだけど」

 

「さ、桜………」

 

口をパクパクさせながら姉さんは私の後ろに隠れているティアを指して言った。

 

「いつの間に子供ができたの……?」

 

「おい」

 

「お姉ちゃん、結婚式に呼ばれてない………」

 

「おいこらそこの姉」

 

「相手は誰?ベル?」

 

「ハッ倒すぞ、この天然姉(バカ)ッッ!!」

 

姉さんの天然発言に思わず叫んでしまった。

子供も作ったことないし、結婚だってしてないわ!!

 

「……この子はティア。私達【ヘスティア・ファミリア】の仲間であり、【ファミリア】唯一の魔導士だ。ほら、ティア、お前も挨拶」

 

心の叫びを呑み込んで私はティアを姉さんの前に誘導させるとティアは俯きながら挨拶する。

 

「ティ、ティア・ユースティです………」

 

ペコリとお辞儀をするティアはすぐに私の後ろに隠れてしまう。

 

「ごめん、姉さん。ティアは人見知りが激しいから知らない人だとこうなんだ」

 

「ううん、気にしてない」

 

首を横に振る姉さんは本当に気にしていないようだ。

私はそっとティアの耳を見せると姉さんはすぐにティアがエルフだと気づいてくれた。

 

「エルフ……なんだ」

 

「そう、だからティアは私の子共じゃないから」

 

取り合えず勘違いを解くと姉さんもティアに挨拶する。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。桜のお姉ちゃんです」

 

「お姉さま……?」

 

「自称が前に付くけど」

 

「自称じゃないもん……」

 

怪訝そうに私達を見るティアに私はそう答えたら姉さんが頬を膨らませて異議を唱えた。

いや、自称だろう……。

というよりもんって……。

色々言いたいことはあるけど呑み込もう。

 

「ティアはこの通りまだ幼い。だから私が基本的に面倒を見ているんだ」

 

というより私以外にまともに面倒を見れるのが春姫ぐらいだな。

後は命か。

ヴェルフは面倒は見れるだろうが女の子相手だとやりずらいだろうし、ベルだと厄介事に巻き込まれる可能性が高い。

リリはリリで変な影響を与えそうだし、神ヘスティアは論外だ。

うん、どう考えても私が面倒を見て正解だったな。

そんなやり取りの中で私は料理を完成させて姉さんに渡す。

 

「やっぱり桜の料理は美味しい………」

 

「ありがとう、姉さん」

 

料理を満喫する姉さん。

 

「桜は本当に何でもできるね……」

 

「ただ経験が豊富なだけ。見栄を張れるほどじゃないし、料理ぐらい女ならできるようにならないと」

 

「うっ」

 

私の言葉に胸を押さえる姉さんに私は姉さんが料理が出来ないことを思い出した。

 

「……私、お姉ちゃんなのにお姉ちゃんらしいことができない」

 

暗い表情を浮かべて落ち込む姉さんは口から姉の威厳が……などと言っているが安心して欲しい。

初めから姉の威厳など姉さんにはないから。

 

「料理、教えようか?」

 

「………妹に教われない」

 

「はい、妙な意地を張らない」

 

姉の威厳を守りたいのか妙な意地を張る姉さんの為に今日はもう閉店させて私は姉さんに料理を教えることにした。

ああそうだ、ついでだ。

 

「ティア、ベルを呼んできてくれ」

 

「は、はい」

 

恋に頑張っているベルに姉さんの手料理を食べさせてやろう。

私は裏から予備の前掛(エプロン)を姉さんに手渡すと姉さんは苦悶な表情をしながらもしぶしぶと受け取った。

 

「さ、桜、どうし―――アイズさん!?」

 

「あ、ベル。今からお前に……どうした?」

 

姉さんの手料理を食べさせてやると言おうと思ったがベルの顔を見て止めた。

 

「ベル?」

 

姉さんも普段とは違うベルの様子に首を傾げる。

 

「ベル、悩み事があるなら話せ」

 

「え、えっとそれよりどうしてアイズさんがここに?」

 

「話せ」

 

「あ、はい」

 

私の言葉にベルは素直に応じてくれた。

 

「桜、怖い………」

 

隣で姉さんが何か呟いているが気にはしない。

ベルは素直に口を開いて悩み事を私達に話した。

驚くことにそれはリリの縁談。

しかもリリの縁談相手があのディムナさんだ。

同じ小人族(パルゥム)としての縁談なのだろうけど……なるほどな。

 

「それで?それをリリに言ったのか?」

 

「………うん」

 

それを聞いて私は呆れた。

 

「リリは怒っていただろう?」

 

「ど、どうして桜がそれを知ってるの!?」

 

リリの心境は最悪に等しいだろうな。

惚れた相手から他人との縁談を持ちかけられるなんて……断れないベルの性格も知っているから余計だ。

しかし、このままでは二人の仲がこじれてしまうな。

 

「まぁ、私はいいと思うぞ?相手は姉さんがいる【ロキ・ファミリア】でリリと同じ小人族(パルゥム)の中でも有名なディムナさんだ」

 

「桜……?」

 

「リリの過去を思い出してみろ、ベル。悲惨な生活を送って来たリリにとってまたのないチャンスだ。もう飢えを感じることも貧しい生活もすることもなくのんびりと豊かに生活ができる。ディムナさん自身も信用もできるから私も安心だ」

 

まぁ少々腹黒いところもあるけどそれを含めていい小人族(パルゥム)だからな、ディムナさんは。

 

「間違いなくリリは幸せになるだろう。だから私はリリが【ファミリア】を退団することになっても止めはしない」

 

「………」

 

「私がリリを引き止めるとでも思ったか?何かいい案でも出してくれると考えていたか?どうして私がリリの幸せを妨害しなければならない」

 

「……………桜、僕は」

 

「勿論ベルもそのつもりでリリに縁談を勧めたんだろう?なのに何でそんな顔をしているんだ?」

 

手鏡を取り出してベルに見せつける。

 

「どうしてお前がそんな感情を押し殺しているかのような顔をしている?」

 

手鏡をしまって私はベルの両頬を押さえて目を合わせる。

 

「正直になれ、ベル・クラネル。お前が本当にしたいことをしろ。我儘を貫いて周囲に迷惑を掛けたら説教して一緒に頭を下げてやる」

 

手を離すともうベルの目に迷いはなかった。

 

「桜……僕はリリを探しに行ってくる」

 

「今の気持ちをちゃんとリリに伝えろよ?」

 

ベルは勢いよく本拠(ホーム)を出て行った。

まったく、世話のかかる………。

 

「桜は凄いね………」

 

ベルを見送っていると姉さんが私の頭を撫でてきた。

 

「桜はお姉ちゃんの自慢の妹だよ」

 

頬を朱色に染めて褒めてくる姉さんに私は笑みを漏らして告げる。

 

「いくら褒めても手は抜かないから」

 

「……………」

 

そっと目を逸らす姉さんに私は溜息をつく。

意外に抜け目がないな、姉さんは………。

 



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神を超える一振りを

これからのダンジョン探索の事を考えて私達は懇意のなかである【タケミカヅチ・ファミリア】と共に17階層を目指し『小遠征』を行うことになった。

長期間のダンジョン探索を視野に入れた、迷宮滞在のお試し版を行うべく私達は17階層まで進んだまでは良かったのだが……。

 

前衛壁役(ウォール)のクソッタレどもおおおおおおおお!?その汚ねえ(ケツ)にもっと力ぁ込めて守れぇ!!」

 

響き渡る怒声の後に続く、巨人の咆哮と莫大な衝突音。

私達は今、リヴィラの街の冒険者達と共に階層主であるゴライアスの討伐に巻き込まれている。

運が悪いことに私達の小遠征を行う日とリヴィラの街の冒険者がゴライアスを討伐する日が重なってしまい止む得ず私達は階層主の討伐に巻き込まれた。

異常事態(イレギュラー)も含めて三度目の階層主、ゴライアスとの戦闘に私は呆れるように息を吐いて加速する。

ヘルハウンド、ライガーファングを斬り伏せながら私はゴライアスに接近して右足を切り裂く。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

「浅いか……」

 

スキル『連撃烈火(コンボレイジング)』によって強化した私でも完全にゴライアスの足を切断することは叶わなかった。

魔法を使えばあるいはと思ったが、【舞闘桜】は体力、精神力(マインド)の消費が激しく燃費が悪い。

危なくなったら使用するが今はまだ早い。

足を切り裂かれたゴライアスにリヴィラの街の冒険者は次々と攻撃を開始する。

しかし、ゴライアスの公式(ギルド)推定はLv.4。

ここにLv.4の冒険者はいない上に私を含めてLv.3は数える程度しかいない。

ついでに雑兵(モンスター)の数が多い為に階層主に手を回すことは出来ずにいる。

仕方ない、少し危険を冒すか……。

 

「お、おい!【舞姫】!何でお前がこっちに向かってんだ!?」

 

前衛壁役(ウォール)の一人がそう叫んでいるように私はゴライアスに背を向けて大盾を持っている冒険者目掛けて全力で駆け出す。

驚愕する冒険者を私は無視して駆けるとゴライアスが私に目掛けて拳を振り上げる。

背後から向かってくるゴライアスの拳を一瞥して私は大盾に足をつけて上空に跳んでゴライアスの拳を回避する。

ゴライアスの腕を足場に駆け出す私は移動しながら詠唱を口にする。

 

「【凍てつく白き厳冬 顕現するは氷の世界】」

 

足元に輝く桜色の魔法円(マジックサークル)

ブリザードをゴライアスの顔に目掛けて放ちゴライアスの顔を凍らせる。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

跳躍して夜桜と紅桜で凍り付いたゴライアスを刻み込む。

凍り付いたゴライアスの顔を何度も刻み続けてそれによってスキルにより攻撃の威力を上げていく私はついにゴライアスの顔に夥しい亀裂が刻まれ、粉砕した。

 

「ふぅ」

 

地面に着地する私の後ろでゴライアスは灰へと姿を変える。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』

 

階層主の討伐に歓声を上げるリヴィラの街の冒険者。

 

「むむ、出遅れてしまったか」

 

歓声が上がる中で一人、褐色の肌と眼帯をした女性が唇を尖らせながら歩み寄って来た。

 

「いやはや、たいした腕前だ。手前も交ざろうと思っておったがその前に終わらせてしまうとは」

 

「それなら危険を冒す必要はありませんでしたね、【単眼の巨師(キュクロプス)】」

 

【ヘファイストス・ファミリア】の団長、椿・コルブランド。

Lv.5の第一級冒険者がくるのなら私も無茶をする必要性は皆無だったな。

 

「二つ名で呼ばないでくれ。怪物(モンスター)のようでその名は好かん。手前は大いに不服なのだ」

 

「それは失礼。椿さん」

 

二つ名を嫌う椿さんに訂正して名前で呼ぶと快く頷く。

 

「貴女ほどの実力者がどうして中層に?」

 

「ふむ。久しぶりに迷宮(ダンジョン)で暴れたくなった。そしてヴェル吉をからかいにきた」

 

「……そうですか」

 

ヴェルフ、ご愁傷様……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階層主との戦闘を終えて待っていたのは醜い戦利品の奪い合いだが、全て私が手に入れた。

勿論、金にがめつい冒険者達は文句を言ってきたが。

 

『止めをさしたのは私だ。文句があるなら実力で示せ』

 

得物をちらつかせてそう言うと誰も文句は言わず素直に従ってくれた。

所詮は冒険者。文句を言わせない腕っぷしがあれば問題はない。

戦利品を手に入れた私はベル達と合流して地上に帰還することを促そうと思って二人を探すと椿さんがヴェルフに冷然と告げた。

 

「才能だろうが『血』であろうが、あるもの全てを注ぎ込まねば子供(われわれ)は至高の武器には至れん。お前が惚れ込んでいるあの女神(ばけもの)の領域など、夢のまた夢だ」

 

全ての鍛冶師(スミス)が焦れる神の領域に辿り着く為にはその血までも利用しろ。

椿さんは言外にそう告げる。

それにヴェルフは強烈な反発心をむき出しにして我を貫こうとする。

そこで椿がベルの短剣を折った。

技ではなく単純な武器の優劣にヴェルフは椿に負けた。

 

「何だこれは、鈍か?」

 

鍛冶師の頂点に立つ椿さんは底冷える声音でヴェルフの心を穿つ。

己のやり方では神の領域の輪郭すら見えないまま寿命が尽いてしまう。

上級鍛冶師(ハイ・スミス)となったヴェルフを椿さんは責めるように睨み付ける。

 

「この程度の武器を打つ者は腐るほどいる。己の適性を見誤るな、ヴェルフ・クロッゾ」

 

忠告と共に去ろうとする椿さんの前に私は立つと椿さんは足を止めて私と目を合わせる。

 

「手前に何か用か?」

 

「いえ、用という程ではありません。ただ同感しただけですよ、貴女の言葉に。確かにまだ見ぬ領域に辿り着く為には利用できるものは全て利用して使えるものは全て使わなければその領域に至ることは出来ないでしょう」

 

私の言葉に椿さんの後ろにいるベルとヴェルフは私に視線を向ける。

 

「ですが、今まで何人の鍛冶師が貴女のように全てを注ぎ込んで、辿り着くことが出来たのでしょうか?」

 

「何……?」

 

「いや、そうしてでも辿り着くことができなかった。それが神の領域のはずだ。椿さん、貴女は先駆者と同じ道を歩んで神の領域に辿り着くことが出来るんですか?」

 

「ほう、手前では不可能とそう申したいのか?鍛冶師でもないお主に手前の歩んできた道を否定すると?」

 

右眼を細める椿さんに私は苦笑を浮かべて首を横に振る。

 

「まさか。私は冒険者であって鍛冶師ではありません。これはただの素人の戯言です。ああそうだ、戯言ついでにもう一言。私はヴェルフの鍛冶師としての信念を肯定します。そして、信じています。ヴェルフ・クロッゾは貴女を、いえ、神ヘファイストスをも超える至高の武器を作りあげると」

 

「桜……」

 

「前ばかり見ていると後ろから追いかけてくる者に一矢報いられますよ?」

 

先程のヴェルフの意趣返しのように忠告する私に椿さんは口角を上げる。

 

「はっはっはっはっ!久しぶりだ!手前にそこまで言い切れる者がまだおったとは!」

 

腹を抱えて大笑いする椿さんは目じりに溜まった涙を拭う。

 

「お主、いや、桜と呼ばせてくれ。桜はヴェルフに惚れておるのか?」

 

「はぁ!?お前何って――」

 

「ええ、惚れてますよ」

 

「ええっ!?」

 

「ヴェルフの鍛冶の腕に」

 

私と椿さんのやり取りに驚く二人に私達は笑みを漏らす。

 

「桜。手前はお前が気に入った。ヴェルフに愛想尽きたらいつでも来るがいい」

 

「ええ、そうならないことを願いますよ」

 

互いに笑みを浮かばせながら椿さんは去って行く。

 

 

 

 

 

 

天井の水晶(クリスタル)の光が消えた、18階層の『夜』。

予定外のゴライアスの戦闘に心身ともに消耗した私達は『小遠征』を中止としてリヴィラの街で宿を取ることになった。

曰くがつくが金がない私達にとっては背に腹は代えられない。

他の宿が高すぎる為に私達は仕方なくその曰くつきの宿で一晩過ごすことになった。

 

「どうしたんだ?ヴェルフ」

 

「桜か……」

 

私は宿を抜け出して同じく宿を抜け出していたヴェルフの隣に歩み寄る。

 

「随分元気がないみたいだけどそんなに椿さんが言ったことが気になるのか?」

 

遠くの酒場から聞こえてくるささやかな笑い声を聞きながら街を眺めつつ私はヴェルフに尋ねた。

 

「……はぁ、やっぱお前には隠せれねえか」

 

観念したかのように頭を掻き毟るヴェルフ。

 

「ああ、あいつの言う通り俺は魔剣鍛冶師としてでなければあの(ひと)のもとに辿り着けないんじゃないかってそう考えちまう」

 

「クロッゾの魔剣の凄さは黒いゴライアスや戦争遊戯(ウォーゲーム)で知ったけど神ヘファイストスはそれ以上の武器を作ることが出来るのか?」

 

「ああ、俺は一度あの(ひと)の一振りの剣を見たことがある。あれは究極の一だ。何の力も持たない、人が到達できる可能性だ」

 

熱を帯びるヴェルフの言葉に私は静かに耳を傾ける。

 

「俺は、あれを超える武器を作ってみたい」

 

胸の高さまで上げた右手を強く握りしめる。

ベルが姉さんを憧憬し追いかけようとしているように、ヴェルフもまた神の領域に至らんと高みを求めている。

 

「なら作ればいいじゃん」

 

悩むヴェルフに私は簡潔に答えるとヴェルフは呆気を取られたかのように眼を見開いた。

 

「お前なぁ、簡単に言うなよ……」

 

「じゃあヴェルフは作れないとでも言うのか?私の知っている専属鍛冶師(スミス)は己の信念を曲げてまで魔剣に縋ろうとしない鋼鉄の意思と猛火のような熱意を胸に秘めているはずだけど?」

 

挑発に近い笑みを浮かべて告げる私にヴェルフは負けずに笑みを浮かべた。

 

「言ってくれるじゃねえか……ああ、そうだな、ここで曲げたらお前達の専属鍛冶師(スミス)は名乗れねえ」

 

自身の頬を叩いて気合を入れ直したヴェルフの瞳からもう迷いは見えない。

吹っ切れたみたいだな……。

 

「やってやろうじゃねえか……ッ!俺は絶対にあの(ひと)を超える武器を作ってみせる。その時は桜、お前が使ってくれ」

 

「いいのか?」

 

「ああ、いや、むしろ俺はお前に使って欲しい。俺の我儘(しんねん)を肯定してあいつにあそこまで啖呵切ってくれたお前が使い手なら俺も満足だ」

 

ヴェルフが打つ神ヘファイストスを超えた武器か……。

使ってみたくないと言えば嘘になるな。

私は紅桜を抜いて刀身をヴェルフに見せる。

 

「ヴェルフ。この紅桜は神ヘファイストスが打った刀だ」

 

「これが………ッ!?」

 

「ああ、そしてこの刀は私が満足できるほどの業物だ。だからこれを超える刀をいつかヴェルフの手で打ってくれ」

 

「任せろ」

 

笑みを浮かばせて私達は互いに契りを結ぶ。

ヴェルフは神ヘファイストスを超える刀を打ち、私がそれを使う。

私はその日が来るのを楽しみにしている。



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