神と、戦士と、魔なる者達 (めーぎん)
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時を操る魔法少女と、乱れゆく時空

魔法少女まどか☆マギカ と 聖闘士星矢 のクロスオーバーSSです。
繰り返される悲劇のなか、一つのことしか考えられなくなったとある魔法少女、彼女が当たり前のように自分自身と大切な友達のためだけに繰り返す時空遡行が、聖闘士と神闘士たち、そして神々の戦いに思わぬ影響を及ぼしていきます。

基本的には、聖闘士星矢(無印~アスガルド編~冥王ハーデス編)と、魔法少女まどか☆マギカのテレビアニメ版の世界を軸に展開させていく予定です。


ここは日本の見滝原市。近代的な町並みと豊かな自然に恵まれたこの美しい街、しかし、突然この街を襲った想像を絶する暴風は、街にある全てをなぎ払おうとしていた。スーパーセルなどというレベルではなく、高層ビルまでも無残にへし折られ、宙を舞っている。

 

そんな絶望的な街の片隅で、一人の少女が動けなくなっていた。少女の名は「暁美ほむら」。

全ての力を使い果たしたかのように、彼女は暴風荒れ狂う空、いや、暴風の正体である巨大な魔女、「ワルプルギスの夜」を見上げていた。

 

「また、まどかを救えなかった」。彼女はぽつりと呟く。

 

彼女の正体は「魔法少女」。地球外からやってきたという謎の生命体であるインキュベーターと契約を取り交わし、自分の望みをかなえるのと引き替えに不思議な能力を持つ存在、魔法少女となったのである。

彼女の願い、それは自分にとって初めての、そして唯一の「友達」である少女「鹿目まどか」との出会いをやり直すこと。鹿目まどかは彼女の目の前で魔法少女としてワルプルギスの夜と戦い、命を落としたのだ。暁美ほむらは、彼女との出会いをやりなおし彼女の命を救うため、魔法少女達が「キュウベエ」と呼ぶ白い生き物、インキュベーターと契約を取り合わしたのだ。

契約によって彼女の得た力は「時間停止」と「時間遡行」。その力で彼女は鹿目まどかと出会ってからの1ヶ月を何度も何度も遡り、やり直していたのだ。

 

何度やり直しても、まどかは結局は魔法少女となり、そのたび魔女との戦いで命を落としていた。何度繰り返してもほむらの望む未来は得られない、それでもほむらは諦めず、時間遡行を繰り返していた。

 

ただ、ほむら自身も気がついていなかったが、繰り返すたび、彼女達が迎える結末はますます悲惨なものとなっていた。見滝原を今回襲ったワルプルギスの夜はこれまで以上に強大になっており、ほむらは魔女を倒すどころか手出しすら出来なかった。まどかや他の魔法少女達、美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子は戦いの中で命を落とし、あろうことかまどかの家族が居る避難所までも壊滅させてしまったのだ。

 

またダメだった。。ほむらは当たり前のように左腕の盾、時間遡行の魔法を発動させる鍵を作動させ、跡形も無く破壊された街からいずこかへと姿を消した。その一瞬の行為がこれからもたらす、とてつもない災禍に思い至ることもなく。

 

 

 

同じ頃。見滝原とは全く異なる光景、雪と氷に閉ざされたとある国で、美しい鎧に身を固めた戦士達が激しい戦いを繰り広げていた。

 

ここは、アスガルド。ヨーロッパの北、北欧諸国のさらに北にある極寒の大地である。この地では、大いなる神オーディーンの加護のもと、その地上代行者である心優しく慈愛に満ちた少女「ヒルダ」を中心に、人々が貧しいながらも慎ましく暮らしていた。そのはずだった。。

しかし、海界を支配する神、ポセイドンの魔の手に捉えられ、その先兵として操られてしまったヒルダは、それまでとは全くの別人、好戦的で冷酷な独裁者へと変貌してしまった。彼女はアスガルドの南にある暖かく豊かな大地を求め、ギリシャにある「聖域」を拠点に地上を守っている女神アテナと、彼女を守護する選ばれし戦士達「聖闘士」に戦いを挑んできたのだ。

 

ヒルダがポセイドンに操られていることなど知る由もない。ヒルダとアスガルドを守る伝説の戦士、北斗七星を守護星とする「神闘士」達は、戦いに勝利すればアスガルドの民に暖かい日の光と豊かな生活が約束されていると信じて、ヒルダをポセイドンの手から解き放とうとアスガルドにやってきた聖闘士達を迎え撃った。激しい戦いの末、神闘士達は次々に命を落としていった。

 

最後に残った最強の神闘士、アルファ星ドゥベのジークフリートは、聖闘士達と拳を交えるなかで、ついに真実を、ヒルダを操るポセイドンが全ての黒幕であったことを知ることとなった。

ポセイドンを守る最強の7人の戦士、海将軍。ヒルダとジークフリートを海底にあるポセイドンの神殿へと迎え入れるべくアスガルドに姿を現した海将軍の1人、セイレーンのソレントの口から全てを知ったジークフリートは、後事を聖闘士達に託し、ソレントを道連れに最期の時を迎えようとしていた。残されたわずかな力でセイレーンを拘束し、共に散るべく大空に輝く北斗七星へと昇っていくジークフリート。しかしむざむざと倒されるソレントではなかった。ジークフリートに仕掛けた幻覚をきっかけに一瞬の隙をつき、ソレントはジークフリートの拘束から逃れることができた。

 

セイレーンを取り逃し、無念の思いとともに今まさに消滅しようとしていたジークフリート、しかしその体は、彼の纏う聖なる鎧、双頭のドラゴン・ファフニールを模した深い蒼の神闘衣とともに、忽然と姿を消した。

 

 

 

同じアスガルドで、神闘士がもう1人、最期の時を迎えようとしている。彼の名は、エータ星ベネトナーシュのミーメ。神闘士の中でも最強クラスの実力を持ち、本来は音楽を愛する優しい人柄ながらも、彼はかつて誤解から自分の育ての親、フォルケルを自らの拳で死に至らしめた。それ以降、彼は偽りの記憶で自分の過去を封印し、非情の戦士となっていた。

しかし、青銅聖闘士、鳳凰座フェニックスの一輝との戦いの中、ミーメは養父から注がれ自分もまた養父に感じていた深い愛情、そして優しさにあふれたかつての自分を取り戻すことが出来た。最期に友として認めた一輝にアスガルドの将来とヒルダを託し、力尽きた彼は雪原に1人横たわっていた。神闘士としての責務を果たせなかったことを、頭上に瞬く北斗七星と彼の養父に詫びつつ。

 

彼の命の灯が消えようとしたまさにその時、ミーメの姿は彼の纏う真紅の神闘衣と彼が片時も手放さなかった竪琴とともに、その場から消え去った。

 

 

 

大空に散ったはずのジークフリートは、目を覚ました。暖かい陽の光、草原に吹きわたる心地よいそよ風、かぐわしい花の匂いと美しく咲く花々。アスガルドでほとんど出会うことのなかった光景が彼を包み込んでいた。

「聖闘士。。。さん?」 気がつくと、彼の傍らには少女がかがみ込んでいた。

「初めて見る聖闘士さん。。 だけど、酷い怪我。。待ってて!聖闘士さん!」

少女は遙か彼方に見える、古代の遺跡を思わせる建物へと走り去っていった。

 

ここがアスガルドではない何処かであることまでは理解できた。しかし、アスガルドからほとんど外に出たことのないジークフリートには、ここがどこなのかは全く見当つかない。なんとか手がかりを見つけるべくジークフリートは起き上がろうとしたが、彼が受けた深手はそれすらも許さなかった。彼は再び気を失った。

「。。ルバフィカさま、こっちです!」と再び駆け寄ってくる先ほどの少女の声と、鎧がぶつかり合うような、かすかな金属音を聴きながら。。



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未来から来た男達

次に目を覚ました時、ジークフリートは粗末な小屋の中に横たわっていた。相変わらず傷は痛み、指一本動かすことすらままならない。ただ、自分の傍らに人が二人立っていることは、気配から感じることが出来た。傍らに立つ二人が何者なのか、自分がどのような状況にあるのか。ジークフリートはそっと目を開いてみた。

一人はまだ年端もいかぬ少女。開いた目に怯えながらも、じっとジークフリートを見つめている。もう一人は、淡い水色の髪の青年。その整った顔立ちから、ともすれば女性にも見間違えてしまいそうである。それよりも、ジークフリートが目を見張ったのは、彼が纏う黄金の鎧、そして彼から放たれ周囲を圧する何か、であった。ジークフリートはそれに覚えがあった。

 

「小宇宙(コスモ)」。彼がアスガルドで聖闘士達と拳を交えた時、ペガサス座や竜座、鳳凰座の青銅聖闘士たちが放っていた、それである。聖闘士達は、自らの体内に秘められたエネルギー、宇宙の一部とも言われる神秘的なエネルギーを感じ、修行にそれをより高め、燃焼させることで絶大な力を発揮するとするという。ジークフリート達神闘士もまた、仕える神こそ違えど、同じように小宇宙を高め、幾多の戦いを繰り広げてきたのである。黄金の鎧の彼から感じる小宇宙はしかし、青銅聖闘士達のそれとは明らかに異質であった。それはこれまでに出会った誰よりも強烈かつ巨大で、神々しさすら感じさせる。まるで、黄金が放つまばゆい輝きのような。

 

「アルバフィカさま! 聖闘士さんが目を覚ましたみたい。。あ、まだ動いちゃダメです!!」本能的に彼らから距離をとらんと全身をこわばらせたジークフリートに少女が叫ぶ。その声は心から彼を心配しているようである。

「アガシャの言うとうりだ。お前の体は動けるような状態ではない。怪我がもう少し回復したら色々調べさせてことになるが、とりあえず今ここでお前に危害を加えるつもりはない。無理をするな」。黄金の鎧を纏った青年は、静かに、しかし厳かにジークフリートに語りかけた。

 

「アルバフィカ、と言ったな。ここは聖域。。サンクチュアリ、なのか? よかったら、私の置かれているこの状況について教えてはくれぬか。。」

息も絶え絶えながら、ジークフリートは問いかける。

「確かにここは聖域、アテナの治める神聖なる場所だが。」余計な情報を与えぬよう、アルバフィカはジークフリートの問いに事実のみを淡々と答えた。

「お前がどこの誰なのか、アテナの結界で守られたこの聖域にどのようにしてたどり着いたのか、なにゆえにそのような深手を負っているのか、私は知るよしもない。ただ、お前から感じる小宇宙から察するに、お前もまたいずこかの神に仕える戦士なのだろう。我々が神話の時代より闘ってきた神々の戦士達とは違うようだが。何よりお前の小宇宙からは、邪悪さを微塵も感じない。おそらく聖域に仇なす者ではないだろう、と私はみている。」

彼の言うとおりならば、当面の危険はない。ジークフリートもまた少し落ち着きを取り戻しつつあった。

 

ジークフリートがなおも彼に声を掛けようとしたそのとき、小屋の扉が静かに開き、大柄の男が1人、小屋のなかに足を進めてきた。

彼もまた、黄金の鎧を纏い、ただならぬ小宇宙を放っている。それよりも、ジークフリートの目は、その男が抱きかかえている1人の男にくぎづけとなった。

「ミーメ。。」

そう、彼と同じくアスガルドを守るために戦い、散っていたエータ星ベネトナーシュの神闘士、ミーメであった。

「なんじゃ、お前の知り合いか?」 もう1人の黄金の青年は驚いたように言い放った。

「アルバフィカ、この男は白羊宮の傍らの花畑に倒れておったのじゃ。シオンが任務で不在じゃったのだが、たまたまワシが通りかかってな。悪いやつではなさそうじゃが、万が一ということもある。念のため、12宮から少し離れたここに連れてきたというわけじゃ。深手を負っているが、ここならまともな寝床もあるしな。」

「童虎よ、お前は相変わらず人がいいな。」

「なに、確かにこの男の小宇宙はワシらに匹敵するくらい強大じゃが、この瀕死の状態で、しかもワシら黄金聖闘士が守る聖域で、たった2人では何もできまい。相変わらず心配性じゃのぉ」 童虎と呼ばれた男は、威勢よくカラカラと笑いながら答える。

「ただ、冥王ハーデスが動き始めている時期でもあり、放ってはおけぬ。こやつらから感じる小宇宙から察するに、傷が少しでも癒えてきたら、青銅聖闘士や白銀聖闘士では太刀打ちできないかも知れぬしな。ワシは教皇に報告してくるから、お前は念のため見張っておいてくれぬかの? 頼んだぞ!」 アルバフィカが答える猶予も与えず、童虎は小屋から出て行ってしまった。

 

「やれやれ、相変わらずだな、童虎は。。」童虎がベッドに寝かせていったもう1人、ミーメと呼ばれた男を見つめつつ、アルバフィカは苦笑いをしている。

 

「聖域ということは、青銅聖闘士達、ペガサスの星矢やドラゴンの紫龍、フェニックスの一輝達。。彼らはもう戻ってきているのか?」本当に聖域であれば、自分の知る聖闘士達とコンタクトをとれるかもしれない。ジークフリートは、彼の知る聖闘士達の名前を挙げてみる。

「確かにペガサスの青銅聖闘士は居るが、彼の名はテンマだ。星矢という名ではない。。他の者達の名も私は聞いたことがないが。。」

「そうか。。ここは確かに聖域のようだが。。私の知る聖域とはどうにも違うようだ。。」ようやく理解できたかと思っていた状況がまたわからなくなり、ジークフリートは困惑した。自分は今どこにいるのか。。

 

その時、ジークフリートは小屋の窓の外で瞬く光に気がついた。月明かりではない。もっとかすかな光、星明かり。彼らの守護星であるおおぐま座の北斗七星と、北極星の光だ。しかし、ジークフリートは気がついた。ほんのわずかだが、星々の位置が違うのだ。常人では気づくことも無いであろうごくわずかな違いだが、ジークフリートがそれを見逃すことはなかった。

空の星々は、一つ一つが太陽と同じ恒星である。地球からとてつもない彼方にあるそれぞれの星々は、天球上で完全に静止しているわけでは無く、それぞれが銀河系の中を動いており、長い年月の間に、星々の集まりである「星座」は少しずつ形を変えていく。彼の視線の先にある北斗七星は、ほんとうにわずかだが、彼の知るそれとは違っていた。。

 

「アルバフィカよ、一つ尋ねてよいか?」

「私の答えられることであれば答えよう」

「今は、今年は何年だ?」

「なんだ、そんなことか」アルバフィカはこともなげに言う。

「今年は。。」

「1762年です!。怪我のおかげで忘れちゃったんですか?」アガシャと呼ばれる少女が不思議そうに答える。

「1762年、だと。。?2006年、ではないのか?」

「1762年で間違いない。。。。ん、たしか、お前の知るペガサスの聖闘士の名は、私の知るペガサスとは違っていたが。。

まさかお前は、243年後の未来からここへやってきたというのか。。?」

 

アルバフィカは、目の前に横たわっている男が、はるか未来からやってきたことに気がつき、驚きを隠しきれない。神でもない彼らには、なぜこのような状況が発生したのか、理由はわからない。ただ、本来なら決して出会うことのない、異なる時代に生きている彼ら。。彼らは実際に今こうして顔を合わせ、話をしているのだ。

 

そして、なぜ自分とミーメだけが、遙か昔の、しかもアスガルドから遠く離れた聖域に飛ばされることとなったのか?元居た時代に帰り、ヒルダやフレア、もしかすると自分達と同じように生き返っているかもしれない神闘士達に再び会うことは出来るのか? 自分の予想をはるかに超えた事態に困惑しつつ、まだ目を覚まさぬミーメをみやり、ジークフリートは思いをめぐらせていた。。。

 



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教皇の尋問~過去・現在・未来の聖域

過去に飛ばされていたのは2人の神闘士だけではなかった。243年前の聖域が、神闘士たちへの尋問をきっかけに未来で起きている事態を察知し、内偵にとりかかります。

そして、アルベリッヒさん残念。。


それから数日間は、特に何も無く、平穏な毎日が過ぎていった。昏々と眠り続けていたミーメがようやく目覚めてくれたことは、ジークフリートにとっては何よりも喜ばしいことだった。ミーメにとっても今のこの状況は理解しがたいことだったが、彼はジークフリートよりもクールなせいか、淡々と今を受け入れているようである。聖域の医者達の献身的な努力で、2人の容態は日に日に回復していた。並外れた回復力をもっていたせいもあるだろうが、2人とも、一週間もすると小屋の中を歩けるくらいにはなっていた。

 

2人の担当を聖域から仰せつかったらしいアルバフィカは、任務の合間をぬって小屋を頻繁に訪れていた。

回復のすすんだ2人の様子を見て、そろそろと思ったのであろうか。アルバフィカは2人にある提案を切り出した。

 

「そろそろお前達のことを私達に教えて欲しい。今日これから、この小屋にとある方が訪れる。その方からはいくつかの質問が投げかけられるだろう。答えられる範囲で構わないが、お前達のことを疑っている者達もいることも心得ておいて欲しい」

アルバフィカの微妙な言い回しから、2人は今日予定されている面会が自分達の運命を左右しかねないことを理解した。もとよりやましいことはない。2人はどのような質問に対しても正直に答えることにした。

 

 

 

小一時間ほどたっただろうか。何かの気配を察したのか、アルバフィカはおもむろに小屋の入り口に向かうと、扉を静かに開け、その場に傅いた。入ってきたのは、黒色のローブを纏い、黄金のマスクをかぶった老人であった。傍らには、聖域にやって来た日に会った童虎が控えている。

「お初にお目にかかりますな。」

老人の声は、年齢を感じさせぬほど凜としており、威厳に満ちている。しかし、マスク越しに見える視線は鋭く、彼の前では何もかも見通されてしまうように感じられた。

 

「私はこの聖域をアテナより預かっております、教皇 セージと申しまする。一通りの話は、そこに控えるピスケスのアルバフィカとライブラの童虎より聞いておりますが、貴方たちがどこから来た何者なのか、結界で厳重に守られた聖域になぜ現れることができたのか、そして他にも聞いておきたいことがいくつかありましてな。そうそう、お名前もまだ聞かせて頂けておりませんでしたな。」

 

ジークフリートは、おもむろに、言葉を選びながら口を開いた。

「私は、北欧の地、アスガルドを治める神、オーディーンに仕える神闘士(ゴッドウォーリア)アルファ星ドゥベのジークフリートと申します。こちらは同じく神闘士、エータ星ベネトナーシュのミーメ。アスガルドは雪と氷に閉ざされた貧しい土地ながら、オーディーンの地上代行者、北極星ポラリスのヒルダさまのもと、私達は平和に暮らしておりました。しかしある日、海神ポセイドンによってヒルダさまはお心を支配され、事もあろうに聖域に戦いを挑んでしまったのです。私、こちらのミーメなど8人の神闘士は、アスガルドにて5人の青銅聖闘士たちと激しい戦いを繰り広げ、我々は皆戦いの中で命を落としたはず、でした。しかし、私とミーメの2人はなぜかアスガルドの地から遠く離れたこの聖域にこの身を移され、今こうしているのです。」

 

「そうでしたか。貴方たちから感じる小宇宙の巨大さは教皇の間からすら感じられるほどでしたが、なるほど、仕える神は違えど、神の名のもとに闘う戦士、でしたか。貴方達が繰り広げた戦いについてはこの次に聞くとして。。アスガルド。。。。失礼ですが、貴方たちが確かにアスガルドの者であることを示す証はなにかお持ちですかな?」

「この神闘衣が証ともいえますが、我々を信じていただくしかありますまい。」

身一つでこの地にやってきた2人は、簡単に自分達の身元を証明する手立てを持ち合わせていない。しかも、自分達の本来居る時代から二百数十年も過去の地なのだ。ジークフリートはミーメと顔を見合わせる。その場は一気に重苦しい空気に包まれた。

 

 

 

「おぬし、アスガルドから来た、と言ったな。」

教皇セージの傍らに立つ男、童虎が驚いたように声を発した。

「ならば、「アルベリッヒ」という男を知っておるじゃろう。わしもとある縁でその男のことを知っておってな。おぬしの知っているその男とワシの会った男が同じであれば、これに勝る証はあるまい。」。

童虎は、彼なりの直感から2人のことを信じている。だからこその助け船であった。

 

ただ、アルバフィカは彼ら2人が未来からやってきたことを童虎に伝えていないのだろう。童虎の親切心からの助け船は、かえって2人を混乱に陥れることとなった。

 

童虎のいうアルベリッヒはジークフリート達が知る「あの」アルベリッヒなのか。

だとすれば、アルベリッヒまでこの時代にやってきているのか、いや、来てしまっているのか?

それとも、この時代にはまた別のアルベリッヒが居るのか。

ジークフリートは全身の血がさーっと引いていくのを感じた。

 

「アルベリッヒ。。確かに我々はその男をよく存じております。」

ジークフリートは沈黙に耐えきれず口を開いた。その男がどのような人物なのか、それを答えられれば自分達に対する疑いも軽くなるだろう。ただ、それをできない理由があった。

 

(ミーメよ、私はとてもじゃないが、奴についてこれ以上語ることはできん。お前の口から言ってはくれぬか?)

ジークフリートはミーメにテレパシーで語りかける。

(オレだってイヤだ。こんなところでアスガルドの名に傷をつけられるわけがあるまい)

ミーメも困惑しきって答える。

 

「アスガルドの頭脳」と言えば聞こえはよいが、その頭脳を戦略や作戦活動に活かすことはなく、相手を出し抜き裏切り手玉に取るずる賢い一面ばかりが目立つ男。ジークフリートはアルベリッヒを正直苦手であった。そんな彼の人となりが改めて聖域に知れたら、アスガルドの評判は地に落ちるに違いない。

 

「どうした?ジークフリートよ。答えられぬのか?」

童虎は困惑して問いかける。

「かつて手合わせしたことがあるが、堂々としたなかなかよい男であったぞ!」

さらなる助け船のつもりで童虎は付け加える。

 

(ヤバイ、絶対違う、アルベリッヒがそんないい印象を残すわけがない。ヤツはこっそり後ろから忍び寄っていきなり技をしかけたり、靴の中にこっそり画鋲を仕込んだり、恥ずかしい写真をばらまいて精神攻撃するような男だ。。)

(落ち着け!ジークフリート、だが俺も正直そう思う。ライブラが会ったのは本当にアルベリッヒなのか?)

 

どうすればこの状況を打開できるのか、弁がたつほうではないジークフリートとミーメは困り果てていた。

とりあえず、当たり障りのない情報を断片的に出して、童虎に勝手に繋げて貰うのがよいかもしれない。彼の技は、どのように使われるのかまで言わなければ、とりあえずは普通なもののはず。

「アルベリッヒはデルタ星メグレスの神闘士。自然と一体となった技を得意とし、ネイチャーユーニティという技を使う」

ジークフリートは彼なりに最大限の気を遣い、最小限の情報を出してみた。童虎はどんな反応を返すだろう。

「おうおう、そうじゃそうじゃ。あいつは確かに「ネイチャーユーニティ」という技を使いよった。自然に棲む精霊どもを味方に付けたあいつの技には手こずったわい!ワシも自らを無の境地に追い込み五老峰の自然と一体化することでどうにか勝ちを得たが、正直紙一重の勝利だったのぉ。負けはしたが潔い男であった。あれほどの男、さぞかしアスガルドでは重く用いられておることじゃろう。」

 

(ライブラは納得してくれたようだが、やっぱり違う!本当にそいつはアルベリッヒなのか。。)

ジークフリートとミーメは顔を見合わせた。

「お前らへの疑いはこれで晴れたじゃろう。よかったのぉ。アルベリッヒ13世に感謝しなくてはな!」

 

(アルベリッヒ13世、だと!)

(ライブラめ、なんでそれを早く言わん!)

(同じ一族でありながら、先祖はたいそうな人物であったようだな。どこでアルベリッヒ家の遺伝子はねじ曲がったんだ?)

ジークフリートとミーメは、聖闘士達に気づかれぬように気をつけながら、テレパシーで全力でツッコミを入れずにはいられなかった。

 

 

 

そんな2人の心中を知ってか知らずか、その後の教皇からの質問は、それまでとはうってかわって和やかな雰囲気ですすんだ。オーディーンのこと、アスガルドのこと、ジークフリートとミーメは出来る限り率直に正直に答えていった。

教皇はなぜか、2人がかつて生きていた「時代」、その時代の聖域についてはふれてこない。理由はわからぬが、彼らにも聞けない事情があるのかもしれない。ややこしい質問に答えずに済むのならそれにこしたことはない。。2人がそう思い始めていたそのとき、教皇が改めて問いかけた。

 

「貴方たちがアスガルドからやってきた、信用に足る戦士達であること、よく理解できました。では、そろそろ本題にうつらせてもらえませぬかな。どうやら童虎と貴方がたの知るアルベリッヒは別人物なようですしな。。」

 

(やはり見抜かれていた。。こうなれば仕方ない。)

ジークフリートとミーメの表情に緊張が走る。

 

「貴方たちが、いつの時代から、どのようにして、なぜこの時代へとやってきたのか? 誰の助けを借りてやって来たのか? 教えていただけませぬかな?」

 

やはり、この問いから逃れることはできないのか。。ジークフリートは言葉を選びつつ答え始めた。

「私達はこの時代から243年後、2006年からこの地へ、この時代へ送られてきたようです。なぜこの時代なのか、なぜ聖域なのかは私達にもまったく見当がつきませぬ。我々の敵にも味方にも時の流れを操れる者はおりませぬ。我が神オーディーンも神話で知る限り時間を遡るようなことはしていないはず。アテナの思し召しとも思えませぬ。そして、我々と未来の聖域との戦いに関与したポセイドンがこのような手の込んだことをするとも思えず。私達も当惑しております。ただ、一つ言えることは、まさに命の灯が消える瞬間に私達がこの時代に飛ばされたこと。小宇宙で探る限り、同じようにして散った6人の神闘士は今のところこちらには来ていなさそうだ、ということでしょう。」

 

「そうか。このようなことが出来る者に心当たりがないこともない。今から243年前の聖域に、牡羊座の黄金聖闘士が同じように未来からやって来たことがあった。その男、アヴニールは彼の時代の聖域と地上がたどった苛酷な運命を変えるために、時の神クロノスの手を借りておよそ500年の時を遡ってきたのだ。かつて刻の神であったカイロスもまた時の流れを操ることが出来るのだが。。。ただ、貴方達からはクロノスやカイロスの関与を匂わせるような小宇宙を感じませぬ。私の知る神々の悪戯ではないようですな。時の流れを考えれば、アヴニールは貴方達とほぼ同じ時代を生きていたはずですが、ちなみに貴方たちが知る牡羊座の聖闘士、名はなんと?」

「直接会ったことはありませぬが、たしか「アリエスのムウ」という男のはず。アヴニールという名には心当たりありません」ジークフリートは、聖域との戦いにあたって収集した情報から答えた。他にも、聖域に教皇が不在であったこと、知りうる限りの黄金聖闘士の名、そしてアスガルドと聖域の戦い。言葉を選びながらも慎重に答えていった。

 

 

「そうでありましたか。貴方がたの生きた未来は、アヴニールのそれとは少なくとも違うのでしょうな」教皇はかすかに安堵の表情を浮かべている。前聖戦でのアヴニールの想い、そしてこれから自分達が闘うこととなる聖戦。その先にある未来は、今のところアヴニールが未来で闘ったそれとは違うもののようだ。それだけで、教皇セージは満足であった。

 

「聖域との戦いは貴方がたの預かり知らぬ理由で起きたものゆえ、これ以上は聞かぬことにしましょう。最後にもう一つだけ。。貴方がたの生きた時代のアテナはどのような御方でしたかな?」

「地上代行者がポセイドンに操られたことにより、我々の住むアスガルド。。北極海の氷が溶け出し、地上は想像を絶する洪水に襲われようとしておりました。アテナはアスガルドに単身で乗り込み、自らの小宇宙で氷山の融解を防ごうとする勇ましさの一方で、アスガルドの行末や我ら神闘士にも心を配られるお優しい方にございました。」

本当は幼少時代のアテナのことなども知っていたのだが、ジークフリートはそれについては黙っておいた。

 

「当代のアテナに比べると少々勇ましいようですが、それを聞いて安心いたしました。この聖域はまもなくハーデスとの聖戦を迎えまする。我々のほとんどもおそらく戦いの中で命を散らすこととなりましょう。それでも、未来の地上を守るアテナがそのような御方であれば、我らも心置きなく次代のために戦えるというもの。」

「貴方がたがこの時代を訪れたのには何か理由があるのかも知れませぬ。ただ、元の時代に戻ることを望むのなら、私どもも力を尽くして術を探してみましょう。それまでは傷を癒やしつつ、この時代でゆっくりくつろぎなされよ。聖戦が始まるまでのつかの間の平和にしか過ぎませぬがの。。」

 

教皇セージは、一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべると、アルバフィカと童虎をともなって、小屋から立ち去っていった。

 

 

 

小屋からの帰り、教皇たちは聖域の墓地に立ち寄った。そこには他の黄金聖闘士たち、そして祭壇座の白銀聖闘士、ハクレイが集まり、教皇達の到着を待っていた。

「尋問は終わりましたかな?教皇」 ハクレイが問いかける。

「彼らの言うことに嘘偽りはなかろう。これまでの者達と同様に未来からやってきたことは間違いない。ただ、生きてこちらへとたどり着いてくれたおかげで、多くの手がかりを得ることができた。」

教皇セージは、墓地の端にあるいくつかの粗末な墓たちに視線を送りつつ答えた。

墓には、「暗黒聖闘士 龍座の某」「白銀聖闘士 猟犬座のアステリオン」と刻まれている。

 

「手がかり、とはなんじゃ?」ハクレイは興味深そうに教皇をみつめている。

「彼らは、彼ら自身の意志で時空を旅してきたのではない。かといって、アヴニールの時とは違いクロノスも、そしてカイロスも関与していないようだ。我らの知るあの神々以外の手によって、あいつらは時空を超えて飛ばされてきておる」

「意味がわからねぇな、お師匠。結局振り出しにもどっちまったじゃねーか」

蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドがニヤッとしながら言う。

「そう言うな、マニゴルド。あの神々の仕業と決めつけていたのは我らの勝手な憶測。それにもう2つ、重要な事実が彼らの口から判明したんだしな」

「それはどのようなことでしょうか、教皇」牡羊座の黄金聖闘士、シオンが怪訝な顔をして問う。

 

「ひとつ目はどちらかといえば良い知らせだな。彼らの居た243年後には聖域は健在で、しかも牡羊座がアヴニールではなかったということ。彼の時間軸で地上にもたらされる悲惨な結末は今のところ回避出来ているということだ」

シオンの顔に安堵の表情が浮かぶ。それは、アヴニールの望み、彼の時代において冥王ハーデス軍が勝利するという最悪の結末が避けられたことを意味するからだ。結果としてアヴニールは未来に存在しえないこととなったが、彼にとってはそれも望み通りだろう。

 

「もう一つは、まだなんとも判断がつかぬことなのだが。。聖域の外で起こっている重要な戦いに、黄金聖闘士達が赴いている気配がないのだ。」

「なんだそりゃ、未来の黄金聖闘士は、戦いに出ることも出来ない腰抜けぞろいか?」蠍座の黄金聖闘士、カルディアが不機嫌そうに呟く。

「いや、聖域でそれぞれの宮を守る”何人か”については名前は聞くことが出来た。何人か、はな。」

「どういうことでしょう、教皇」シオンが再び問いかける。

「簡単に言えば、冥王ハーデス軍との聖戦を目前に控えているのに関わらず、奴らの時代には教皇も、教皇を補佐する祭壇座の白銀聖闘士も居らん。そして黄金聖闘士も本来の半分くらいしか居ない、ということだ。黄金聖闘士が聖域の外での戦いに出られないというのは、人数が少ないために聖域を守護するのが手一杯、ということかも知れぬ。」

「243年後の聖域が、ただならぬ状況にある、ということは間違いないですな。私達の知る限り、教皇不在かつ黄金聖闘士がそこまで数を減らしたまま聖戦に臨んだ記録はありません」水瓶座の黄金聖闘士、デジェルが語る。

 

「ここしばらく、深手を負った状態で243年後の世界から突然この時代に飛ばされてきた聖闘士、暗黒聖闘士たち。彼らがやってくる間隔はなぜか1ヶ月ごと。一方で、大きな損害を受けていると推測される聖域の状況。冥王ハーデス軍との聖戦を前にして、聖域を巻き込む大戦がたびたび起こっているのだろう。そして243年後と今がなんらかの理由で繋がってしまい、戦いに倒れたもののうち強大な小宇宙を持つ者のみがこの聖域に飛ばされてきている。何が起きているのか、確かめておかねばなるまい。今、八方手を尽くして、未来と繋がる回廊を探しておるところだ。それが見つかったら、彼らを未来に送るとともに、我々のうち誰かが付き添ってあちらの世界を眺めてくることになろう。」

 

 

 

「それは興味本位に過ぎませぬか? 教皇」

ハクレイが教皇の真意を探ろうと問う。

 

「たしかに興味本位、かもしれぬな。その時代の地上を守るのはその時代に生きる者でなくてはならぬしな。ただ、我々が繋げようとする次代への希望がどのような形で未来に体現されているのか、それくらいは知っておいてもよかろう?」

教皇は、時の果てを見据えるかのように、聖域の時計塔へと目を移した。

 

「アルバフィカよ、神闘士たちをいつまでも聖域に置いておくのは、彼ら自身のためにもなるまい。ロドリオ村のどこかよさげな場所に彼らを移し、治療をすすめるように。」

「デジェルは北欧に向かえ。アスガルドの地に、何か鍵が見つかるやもしれぬ。オーディーンの支配する地ゆえ、隠密な行動を心がけよ」

 

教皇は矢継ぎ早に指示を出すと、教皇の間の奥、神話の時代からの記録が眠る書庫に向かった。



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魔女、そしてインキュベーターとの邂逅

傷の癒えつつ2人の神闘士。村でのつかの間の平和を楽しんでいた2人は、この時代に来てから感じていた違和感の正体と向き合うことになる。

※Pixivにも同名で投稿しています


教皇との会談からほどなくして、ジークフリートとミーメは聖域の麓にあるロドリオ村に移ることとなった。アルバフィカ曰く、山麓で気候のおだやかな村のほうが静養になるから、とのことだったが、おそらく他にも理由はあるのだろう。2人は敢えてそれ以上アルバフィカに聞かなかったが、聖闘士たちが12宮の補強や雑兵の訓練を慌ただしく行っているのを見るに、近いうちに大きな戦いが起こること、部外者である2人を好意と警戒の双方ゆえに聖域から遠ざけたことは察しがついた。2人は聖域の判断に黙って従った。

 

聖域のはからいか、ロドリオ村では雨風をしのぐのに十分な家を与えられた。村の医者が定期的に様子を見に来てくれるほか、この時代にやってきて最初に出会った少女、アガシャが仕事の合間をぬって食事などなにかと世話を焼いてくれる。これまで修行と戦いばかりに生きてきた2人にとって、体が完全に回復するまでのつかの間とはいえ久しぶりの平穏な日々であった。

 

動かなくては治る傷も治らない、ということか。ジークフリートはアガシャの家が営む花屋の配達や花畑の手入れを、ミーメは村の広場や病人の家で竪琴の演奏を、2人はそれぞれ自分が出来ることをして、村人達の厚意に答えようとしていた。

ただでさえ美形でしかも紳士的、礼儀作法も心得た2人である。村人達の注目を集めるのにそれほど時間はかからなかった。

ジークフリートは村のお年寄り達にすっかり気に入られ、集まりに呼ばれたり差し入れに野菜を貰ったりしている。ミーメが竪琴を弾き始めると村の少女達が我先にと集まってくる。少女達は皆目を輝かせて竪琴に聴き入っており、何人かはそれ以上の関心をミーメに向けているようだった。中でも、アガシャの友人であるという髪に赤いヒナギクの花をさした少女は、頻繁には来られないようだが時間を見つけてやって来て、人々の一番前で竪琴に聴き入っている。大工の娘だそうだが、父親が仕事で怪我をしたために毎日朝から夜まで働きづめであり、竪琴を聴くことを何よりも楽しみにしているとのことだった。その少女が来た時には、少しでも心を癒やせるよう、ミーメは普段よりもさらに優しく竪琴を奏でるのだった。

 

「ミーメ、この村で結婚相手が見つかりそうなくらいのモテようだな?」

「なんだ、妬いているのか?」

「そ。。。そんなわけがなかろう。私はただ。。」

「ふっ。冗談だ、わかっているとも。元の時代に帰れる可能性が万が一にでもあるのなら、私もそれに賭けたい。もしそうなったときに帰れない事情を自分でつくるわけにもいくまい」

「うむ。帰る方法がないか、聖域でも調べてくれているようだしな。体力さえ戻れば私達自らこの時代のアスガルドに向かって帰る手段を探すこともできよう。諦めさえしなければチャンスを拾うことが出来るのは、星矢たち青銅聖闘士たちが教えてくれたではないか。何があろうとも2人で元の世界へ、ヒルダさまのいるアスガルドに戻ろう。」

2人は、空に輝く北極星と北斗七星をみやりつつ、改めてアスガルドへの帰還を誓った。

 

「ところで、ジークフリート。聞きたいことがあるのだが」

「どうした、ミーメ」

「この時代に来てから、聖闘士とも神闘士とも違う、何か異様な気配をたまに感じるのだ。お前はそのようなことはないか?」

「確かに、それは私も聖域に居た頃から感じていた。この村に来てからも1度だけ、村の中から非常に強い気配を感じたことがある。まがまがしい気配が爆発的に現れ、次の瞬間には別の何かへと姿を変え、そして数日すると消え去ってしまった。」

「私が感じていた気配と同じもののようだな。聖闘士の小宇宙とも違う、何かこう、深い絶望のようなものだ。そして、話に聞くところでは、その気配が現れたのと同じ日に、村から少女が1人、姿を消していたそうだ。」

「ミーメ、それは捨て置けぬな。人さらいか隣国からのスパイか、冥王のさしがねか何かはわからぬが、調べてみる必要があろう。鈍った体を鍛え直すにもよい機会だろう。」

「聖域には伝えておくか?」

「そうだな、隠れて動いてもどうせ聖域にはつつぬけだろう。怪しまれぬためにもきちんと話しておくべきだろうな。明日、ピスケスとライブラが来るはずだ、ちょっと話をしておこう。」ジークフリートは戦士としての本能が甦ってきているのか、そう言うと拳を握りしめた。

 

 

 

翌日、アルバフィカと童虎が2人の家にやってきた。

「どうじゃ?体の具合は? 戦ぬきで村人とふれあうのもたまにはよいじゃろう。」ライブラの童虎が屈託なく笑う。

「お気遣い感謝する。2人とも確実に傷が癒えつつあるようだ。村人もよくしてくれるしな。聖域とこの村の人達にはどれだけ感謝してもしきれないと思っている。」

「相変わらず堅いのぉ。ところでミーメよ、お前は少女達にモテておるようじゃな?」

「アスガルドに居たころは、竪琴を聞いてくれるのは、動物たちや森の木々、凍て付いた風ばかりだったからな。ここに来て、こんな私の竪琴を多くの人が聴きに来てくれるのを見て、自分のためでなくまして戦いのためでなく、ほかの誰かのために奏でる音楽の美しさを思い出すことが出来た。うれしくないわけがあるまい。あ、聴衆に少女が多いということであって、特別な感情など持つつもりはないがな。」

ミーメは若干不機嫌そうに言う。

「ミーメ、お前も堅いのぉ。アルベリッヒ13世もそうだったが、どうして北の者達は堅いのじゃ。せっかくの平和、もう少し楽しんでもよかろうに。」

 

「ライブラよ」

ジークフリートが、話を切り替えるように童虎に問いかける。

「堅いのぉ、童虎、とアルバフィカでよいぞ」

「では、童虎よ。平和というが、それはほんのつかの間のこと。聖域は大きな戦いを控えているのであろう?」

「さすがじゃな、お前達には隠し事はできぬようだ。確かに聖域はまもなく大きな戦いを迎えることになる。243年ごとに起こる聖戦、冥王ハーデス軍との戦いじゃ。冥王軍はすでに動き始めておる。ワシやアルバフィカ、他の聖闘士達がたとえ全滅することになっても勝たねばならぬ戦いだ。ただ、お前達までも聖戦に身を投じなくてもよいからな。これはワシらの戦いじゃし、お前達が介入すれば冥王軍の手がアスガルドにも及びかねぬ。」

 

ジークフリートは、やはりという顔で童虎に答える。

「童虎、あなたのいうとおり、この時代のアスガルドを戦火に巻き込むことはできない。私たちはよほどのことがない限り、聖戦には関わらぬつもりだ。ただ。。私達がこの時代に来てから、聖闘士とも神闘士ともおそらく冥闘士とも違う、なんというか絶望に満ちた気配を感じることがあってな。先日もこの村の中でそれを感じたところだ。そして、それと同時に村の少女が1人、姿を消したらしい。童虎よ、聖域ではその事態、把握しているか?」

 

童虎が何か答えようとするのを遮って、アルバフィカが答える。

「あなたたちも気づいていたのか。確かに、小宇宙とは違う大きなエネルギーの発生と同時に村の少女が忽然と姿を消したこと、その後立て続けに村人が数人行方不明になったことは我々も察知している。ただ、どんなに調べても、それが何なのか手がかりすら得られずに居るのだ」

「童虎、アルバフィカよ、よければこの一件、私とミーメに調べさせてもらえぬか? 聖戦を控えた貴方達よりは、我々のほうが身動きもとれよう。」

「あいわかった。先日も冥闘士が1人、聖域に忍び込んだばかりじゃ。警戒をゆるめるわけにはいなんしな。ただ、お前達はまだ回復しきっていないことを忘れるな。何かあったらいつでもワシらを呼ぶのじゃぞ。教皇にもこの一件伝えておくでな。」

 

 

 

それから10日ほどたったある日、2人は隣村から異様な気配、絶望が爆発的に弾ける気配を感じた。隣村に駆けつけてみると、村には一見なにも起こっていないように見える。ただ、小宇宙を研ぎ澄ましてみると、村のどこかからかすかに不気味な気配があふれ出しているようだ。村はずれの廃屋に近づくほど、その気配は強まっていった。

木陰からその家の様子を伺っていると、まるで夢遊病者のように1人の村人が家に近づいてきた。次の瞬間、2人は自分の目を疑った。村人は扉ではなく、家の壁に吸い込まれるようにして姿を消したのだ。

 

2人はあわてて壁に近づいてみるが、扉どころか隙間すら見つからない。窓から覗いても家の中に変わった様子はない。ただ、壁の向こうには確かにあの、絶望の気配を感じる。

ミーメは静かに小宇宙を高めると、壁へと神経を集中させてみた。すると、わずかながら壁の周りの空間が歪み、その隙間の向こう側に異様な空間が見え隠れしている。2人は小宇宙を高めると一気に隙間をこじ開け、空間の内部へと足をすすめた。

空間の奥へと侵入した2人は言葉を失った。空間の中はさまざまな食べ物で満たされている。果物。。チーズ。。パン。。その奥にはブドウを思わせるような異様な姿の怪物が立っている。身長5mにもなろうかというその怪物は先ほどの村人をまさに掴もうとしていた。

 

ミーメはとっさに竪琴からストリンガーレクイエムの弦を伸ばすと、村人を弦で自分達のもとへとたぐり寄せた。怪物の手からすんでの所で逃れることができた彼女は意識を失っているのか、そのまま彼らの足下に倒れ伏した。

 

「貴様!何をしている!」 ジークフリートが怪物に向かって叫ぶ。怪物は、ジークフリートの声に反応したのかこちらを向くと一声何か唸ったが、次の瞬間2人に向かって襲いかかってきた。この状況では応戦するほかない。村人の保護をミーメに任せ、ジークフリートは最初の一撃を難なくかわすと怪物の頭上へと飛び上がった。小屋の中のはずなのに、怪物の空間はどこまでも広がっているかのように広く高い。ジークフリートは怪物から十分に距離をとると、そのまま下の怪物へと彼の技を放つ。

「ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!」

ジークフリートの両拳が青くまばゆい光に包まれる。ジークフリートは渾身の力を込めて、両拳を怪物に向けて放った。

怪物はその腕で攻撃を防ごうとしたが、ジークフリートの両手から放たれた拳は、激しく輝く光となって怪物の両腕を、そして胴体を貫き、怪物の体を木っ端微塵に打ち砕いた。爆風が空間に充満し、やがてそれが落ち着くと怪物はその姿を消していた。小さな、黒い宝石のような石をその場に残して。

 

 

 

「倒した。。のか。。」ジークフリートはあたりの気配を探るが、さきほどの異様な空間は怪物のまがまがしい気配とともにいつの間にか消え去っている。狭い廃屋の中に2人は立っていることに気がついた。狭い小屋の中で神闘士の技を放ったのにも関わらず、小屋のどこにもその痕跡は残されていない。

「我々の感じた気配の正体はあの怪物だったようだな。。いったい何者だったんだろうか?」ミーメがいぶかっていると、背後から突然甲高い声がした。

 

「やれやれ、魔女が現れたから来てみたら、君たち、魔法少女じゃないみたいだね。どこの誰だか知らないけど、魔法少女の取り分を横取りするなんて感心しないなぁ。」

 

2人が振り返ると、猫とも犬とも違う、小さな白い動物がそこにたたずんでいた。耳はウサギのように長く、目は大きく赤く、一見すると可愛らしいが、その顔は無表情で感情を読み取ることが出来ず、なんとも言えない不気味さすら感じさせる。何より驚くのは、その動物は人の言葉を話すのだ。口が動いているわけではないので、テレパシーで話しかけてきているようだが。

 

「君たち、魔法少女でもないのに僕の言葉が聞こえるのかい? まぁそんなことはどうでもいい。君たちが今倒しちゃったのは、魔女。結界の中に閉じこもり、街の人々をたぶらかしたり食糧にしているのさ。そして魔女を狩るのが魔法少女。希望を叶えることと引き替えに魔法少女になった彼女たちは魔女を倒し、君たちの前に落ちているそのグリーフシードを手に入れる。君たちは魔法少女の狩りをジャマしちゃったのさ。せめてそのグリーフシードはそのままそこに置いておくといい。魔法少女が手に入れられるようにね。」

 

「貴様、何者だ」

ミーメは、突然現れた生き物に警戒しつつ、問いただした。

 

「僕はキュウべえ。魔法の使者ってとこかな。少女たちの望みを叶えるのと引き替えに魔法少女になってもらう契約を結ぶ、それが僕の仕事さ。君たちこそ何者だい?」

 

「私は、アスガルドの神、オーディーンに仕える神闘士、アルファ星ドゥベのジークフリート」「同じくエータ星ベネトナーシュのミーメだ。」

「ふーん。まぁいいや。あんまり魔法少女のジャマをしないでくれるかな。彼女達が困っちゃうしね。」キュウべえはそう言い放つといずこかへ去って行った。

 

 

ようやく気がついた村人を送り出すと、ミーメとジークフリートは小屋をあとにした。村は、何事もなかったかのように静まりかえっている。

「あの動物は、魔女の結界、と言っていたな。どうやら私達がこの時代にやってきてから感じていた異様な気配は、さきほど出くわした魔女という怪物に関係していたようだな。そして今はあの気配は感じられない。この時代にはあの魔女がたびたび現れ、おそらく魔法少女という存在に倒されているのであろう。私達の技で対抗できるのはわかったことだし、もうしばらく内偵してみるか。」ジークフリートはミーメにそう語ると、ロドリオ村へと足を向けた。

 

2人が小屋から離れつつあったその時、彼らが去るのを待っていたかのように1人の少女が小屋に入るのを、ミーメは目にした。

「どこかで。。」

後ろ姿だったので確証はもてないものの、ミーメはその少女になんとなく見覚えがあった。ミーメが小屋に戻ろうとしたその時、騒ぎに気がついたのか、童虎がテレパシーで2人に呼びかけてきた。村から居なくなり、しかも戦いの場に身を投じていた2人を心配しているらしい。後ろ髪を引かれる思いで、ミーメはジークフリートとともにその場をあとにした。

 



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マリアとエリザベス

ミーメが知り合った2人の少女。竪琴の優しい音色の陰で、少しずつ、確実に運命の歯車が狂い始める。。


2人がロドリオ村に帰り着くと、童虎が待ち構えていた。

「派手に暴れたようじゃのぉ。小宇宙の大きさからただ者ではないと思っていたが、予想以上じゃの。」

童虎は、2人を責めたり問いただすつもりはないようだ。むしろ一緒に暴れたかった、そんな本音すら感じる。

 

「今回の戦いで、あの不思議な気配の正体がわかった。あれは「魔女」という怪物であって、外界から遮断された結界に身を潜め、村人に危害を加えている。その魔女を倒してまわる魔法少女という存在が居るらしいこともな。」

「魔女は、見たこともない異様な風体の怪物だが、我々の技で倒せる存在のようだ。魔法少女は、魔女を倒すことで、グリーフシードという黒い宝石を手に入れる、それがなんの役に立つのかまではわからないが。」

ジークフリートは、童虎に事の次第をかいつまんで報告した。

 

 

「ということは、異様な気配がわき上がっても数日程度で消えていたということは、魔女が魔法少女とやらに倒されていた、ということじゃな」

童虎も事態を理解し始めたようだ。

 

ミーメが付け加える。

「ただ、よくわからないのが、キュウべえという謎の生物の存在だ。見た目は白いネコのようだが、我々の知るどのネコとも違う風体で、しかもテレパシーを使って私達に話しかけることができるのだ。」

「せっかくわかり始めてきたのに、またよくわからん存在が出てきたな」童虎がすかさず返す。

 

「キュウべえは少女と契約し、少女の希望を何か叶えるかわりに、少女を魔法少女という存在に変化させるようだ。なぜそんなことをするのか、魔女とどんな関係があるのか、魔法少女になったあとの少女がどうなるのか、わからないことだらけだが。」

「キュウべぇという存在が魔法少女を産み出しているということなんじゃろうが、では魔女はいったいどこから生まれてくるんじゃ?」

「それもわからない。ただ、闘った魔女の結界は人間の好む食べ物で満たされていたし、魔女自身も果物をかたどった造形をしていた。魔女と人間にはなんらかの繋がりがあるのかもしれん。」

ミーメは戦いを、そして魔女の結界があった家に入っていった見覚えのある少女を思い出しながら、呟くように答えた。

 

「次に魔女が現れた時には、ワシらもつきあわせてもらうぞ。この時代の地上を守るのはワシらの責任じゃしな。とりあえず、今回のことは教皇にも報告しておこう。」

童虎はそういうと、ジークフリートとミーメの肩を叩き、去って行った。

 

 

 

「そうか、あの怪しい気配の正体は、魔女という存在であったか」。童虎から報告を聞き、教皇セージは呟いた。

「聖域のどの文献にも魔女に関する記録はない。魔女とはどのようなものたちなのか、魔法少女という存在と魔女の関係、そして得体の知れぬ白い生物の存在、気にかかることがあまりにも多い。童虎とアルバフィカは神闘士二人を支援し、魔女探索と実態解明の任にあたるように。場合によっては青銅を連れて行ってもよい」。教皇は矢継ぎ早に指示を出した。

「お前にも頼みがある」。教皇は牡羊座の黄金聖闘士、シオンに声をかけた。

「あの者達の纏っている鎧、神闘衣といったか。この時代に来る前の戦いで激しく損傷したままで、これからの戦いに支障を来すかもしれぬ。なんとか修復できないか試みてくれぬか?」

「了解しました。手を尽くしてみましょう」。シオンは一言答えると、そのまま教皇の間から立ち去っていった。

 

ほどなくして、ロドリオ村のジークフリートとミーメのもとをシオンが訪れた。

「お初にお目にかかります。私、牡羊座の黄金聖闘士、アリエスのシオンと申します。」

「アリエスのシオン。。」。ジークフリートとミーメはその名に聞き覚えがあった。聖域とアスガルドの間で戦いが起こる13年前、双子座の黄金聖闘士サガに暗殺されたという未来の教皇、彼もシオンという名であった。

この若者が未来の教皇だとすれば、聖域の未来を繋ぐために彼はこの聖戦をなんとしても生き残らなければならない。ただ、おそらく彼にとってそれは、取り返しのつかない犠牲と尽きることの無い葛藤をともなうことになろう。。。

 

二人はそれをシオンに悟られぬよう、感慨深げに彼を眺めた。

 

 

「お二方の神闘衣、かつての戦いでかなりの傷を受けたままと聞いております。私は聖域では聖衣の修復を担当する者。ここは私に修復を任せてはくださりませぬか?」。

シオンは二人に提案した。

確かに、二人の神闘衣はかつての青銅聖闘士との戦いで破損したままである。鍛え抜かれた神闘士である二人だからこそ、神闘衣がこのような状態でも闘うことが出来よう。

ただ、これから先に大きな戦いが起こるかも知れないことを考えれば、万全を期したい。

 

「わかりました。貴方のお手を煩わせることは心苦しいが、よろしくお願いしたい」。

「神闘衣にふれるのは初めて。聖衣とは勝手が違うとは思いますが、万全を尽くしましょう」。シオンはそういうと、二人の神闘衣を調べ始めた。

材質はオリハルコンと同様の素材であり、これなら聖衣と同様の手法で修復できるだろう。ただ、本来あるべき何かが欠けている。

シオンの様子に気がついたのか、ジークフリートが声をかける。

「神闘衣には本来、オーディーンサファイアと呼ばれる石が組み込まれている。ただ、オーディーンサファイアはここではなく、我々の居た243年後のアスガルドにあるはずだ。ポセイドンの野望を打ち砕くために必要なオーディーンローブ、それを出現させるためには7つのオーディーンサファイアが揃っていることが必要だ。ここにないということは、ペガサス達は今頃はオーディーンローブを甦らせ、ポセイドンの野望を打ち砕いていることだろう。本来は我々がそれをせねばならなかったのだが。。」

 

「貴方達を破ったほどの聖闘士達。きっと成し遂げていることでしょう。」

シオンは、自責の念にかられてか視線を落とす2人を気遣って、落ち着いた声でフォローする。

 

再び神闘衣に目をやると、シオンは話を戻す。

「要となるそれがない以上は完璧な修復は難しい。ただ、形だけでも元に戻しておけば、防具としての機能は果たせるはず。あとはお二方の小宇宙しだい。私は出来るだけのことはしよう」。

シオンはそういうと、神闘衣とともにいずこかとテレポートしていった。

 

小一時間ほど待ったか。シオンは再び二人の家に現れた。オーディーンサファイアがないことを除けばほぼ完璧に修復された神闘衣とともに。

「勝手がわからぬなりに手を尽くし、出来る限りの修復は行ったつもりです」

確かに、神闘衣はヒビや欠けた部分が補われ、以前のような姿に復元されている。シオンに礼を言おうとしたジークフリートは、シオンがひどく消耗していることに気がついた。

「案ずることはない。聖衣の修復と同様、神闘衣の修復にも人間の血が必要だったということです。病み上がりの貴方達の血は使えぬゆえ、童虎と私の血を少し使ったまでのこと」。

「かたじけない。貴方達の血によって甦った神闘衣、貴方達の志に恥じぬよう、地上と人々の平和のためになるよう力を尽くすことを誓いましょう。」

ジークフリートとミーメは、憔悴しきったシオンの手を取ると、力強く答えた。

 

 

 

その後数日間は、聖域の周辺では魔女はなりを潜めているのか、異常は感じられなかった。ジークフリートとミーメは村人達に引っ張り回される日々が続いた。

そんなある日、竪琴を弾くミーメの周りには、また多くの少女が集まっていた。

一番前にいつものように陣取る赤いヒナギクの少女、その隣にいる少女にミーメは気がついた。先日、隣村で魔女を退治したあとに、魔女の居た小屋に入っていった少女がそこに居たのである。

彼女もまた、ミーメの竪琴を聴きに来る少女の1人だったのだ。頭には色鮮やかなタンポポの花輪をかぶっており、かつてはその花輪の花のように明るく元気だったその少女はしかし、あきらかに元気がなかった。哀しみに沈んだように瞳は輝きを失っており、ヒナギクの少女もそんな彼女を気遣ってか、曲の合間にはなるべく明るい話題を振って元気づけようとしているが、彼女の反応は重いままだった。

 

竪琴を弾き終わると、ミーメは立ち去ろうとする少女を呼び止めた。

「なにかあったのか? いつもよりも元気がないようだが。。」ミーメは、少女を追い詰めないよう、落ち着いた声で問いかけた。

少女は答えない。沈黙がその場を包み、なおもミーメが問いかけようとしたところで、その少女は無言で起ち上がると、ミーメに向かってお辞儀をしてその場を去って行った。

 

呼び止めようとするミーメを制して、ヒナギクの少女が口を開いた。

「彼女は、マリアは信じていた恋人に裏切られたんです。結婚の約束までしていた人に。」

「彼女はほんとうに嬉しそうでした。でも、彼女の恋人は、ある日突然、何の前触れも無く彼女の前から消えてしまったんです。「全てを投げ出しても構わない、仕えるべき御方を見つけた」とだけ言い残して。彼女には、隣国のお姫様と結婚するって伝えたらしいんですけどね。それ以来、彼女はすっかり元気を無くしてしまって。」

 

「そうだったのか。以前のような明るい子に戻ってくれるとよいのだが。。」。ミーメは、少女の去って行った方向を見つめ、つぶやく。

「彼女は、ほんとうに幸せいっぱいだったはずなのに。今は深い悲しみと失望に捕まってしまっているけれど。彼女もミーメさんの竪琴を聴くのを楽しみにしていました。ミーメさん、これからも彼女に素敵な竪琴を弾いてあげてください。そうすれば、いつかはまた元の明るい彼女に戻ってくれるかもしれません。」。ヒナギクの少女は、ミーメを見つめながら懇願する。

 

「わかった。私にできることは、音楽を奏でることくらいしかないが、全力を尽くそう」

「ありがとうございます。彼女もきっと喜んでくれると思います」。少女は嬉しそうに答えた。

「私もミーメさんの竪琴が大好きです。お父さんが怪我をしてしまってから生きていくだけで精一杯だし、この世は争いだらけで悲しいことばかりだけど、こうして素敵な音色を聴いていると心が落ち着いて、元気がでてくるんです。」

そう言うと、彼女も席をたち、ミーメに一礼すると立ち去ろうとした。

 

「戦いばかりに身をやつしてきた私のような人間でも、人に希望を与えることが出来るのなら、こんな嬉しいことはない。私からもお願いだ、これからも竪琴を聴きに来てはくれないか?」

ミーメは少女に声をかけた。

「ありがとうございます。今日はミーメさんとお話ができて、嬉しかったです。私の名前、エリザベス。。。長いので、エルザって呼んでください。これからも竪琴、楽しみにしていますね。」

少女は笑顔を見せると去って行った。

 

 

 

次の日、1人の若者を伴って、童虎とアルバフィカがジークフリート達の家を訪れていた。怪我の状況の確認もあったが、若者を紹介するのが主な目的のようである。

「魔女探索任務を手伝ってくれる聖闘士を連れてきた。若くて元気がよすぎる奴じゃがな。」

童虎はカラカラと笑うと、紹介を始めた。

「こちらはテンマ。お前達の知っているペガサスとは違うが、この時代のペガサスの青銅聖闘士で、ワシの弟子でもある。まだまだヒヨッ子ゆえ迷惑かけるかもしれんが、気を悪くせずつき合ってやってくれ。」

「アンタたちも神に仕える戦士なんだってな?よろしく頼むぜ!」

「ペガサス。。いや、テンマ。今回の任務は得体の知れない怪物が相手だし、それ以上に魔女の謎を解き明かすほうが重要だ。騒ぎすぎて警戒されてしまっては、元も子もなくなる。頼りにしているが、くれぐれも慎重に頼む」。ジークフリートが、冷静にクギを刺す。

 

「ハーデス軍が動き出しつつある今、私達は宮の守護をおざなりには出来ぬ。それ故、普段のサポートはテンマにも手伝ってもらうが、私達も引き続きお前達をサポートする。今のところ魔女は活動していないようだが、何かあれば私達にも必ず連絡するように。」

アルバフィカがそう言いつつ童虎とともに家を去ろうとしたまさにその時、ロドリオ村の片隅から異様な気配が立ち上った。

 

深い絶望を感じさせるそれは、まさに魔女のそれであった。ジークフリートとミーメに緊張が走る。素早く神闘衣を纏うと、童虎たちに声をかける。

「童虎!アルバフィカ!テンマ!お前達も感じるか?」

「ああ。気配はここからすぐ近くでわき上がっている。すぐ向かうぞ!」。童虎、アルバフィカ、テンマはそれぞれ聖衣を纏うと、気配のもとへと急いだ。



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魔法少女の願い

魔女との戦いに巻き込まれた聖闘士たち、そこに意外な人物が現れる。
少女の願い、とは?
そして、その少女の生き様には、時を超え、とある魔法少女の姿が重なる。。


気配のもとは、農家の古ぼけた納屋だった。5人は小屋を取り囲むと、中の様子をうかがっている。ジークフリートとミーメが結界への進入をはかろうと小宇宙を高め始めたそのとき、窓から中を覗いていたテンマが童虎に話しかけた。

「なんだかおかしいよな、童虎。気配は感じるのに、中には誰も居ないんだ。」

「ワシもそう思っていたところじゃ、テンマ。これほどのおどろおどろしい気配があたりに充満しているのに、中には魔女どころか人っ子一人居ないし、どこから気配が立ち上っているのかもわからん。相手は姿を消すことでも出来るのかのぅ。。」。

アルバフィカもこの状況に困惑しきった顔をしている。

 

「気配を発している結界は確実にこの小屋にあるのだが。。気づかぬか?」

「この小屋のあたりだということはわかるのじゃが。。お前達には気配の出所までわかるのか?」

ミーメの問いに童虎が答える。

聖闘士たちは気配までは気づけても、結界の場所まではわからないらしい。。それに気がついたミーメは、小宇宙を高めると小屋の壁に手をかざした。壁の一部がゆがみ、やがてその奥に結界が開き始めた、のだが、童虎たち3人はそれに気づいた様子はなく不思議そうにながめている。

結界も自分たちにしか見えないのか? そう考えたミーメは、結界の中へ歩みを進めてみた。

 

「おい、ミーメが壁の中に消えたぞ!」

案の定、テンマが大騒ぎしている。やはり、彼らは結界を認識できないのだ。自分たち二人でも魔女を相手にするのは問題ないが、ここで3人を置いていけばあとあと面倒なことになるかもしれない。どうしたものか。

しばし思案してから、ミーメはジークフリートに、3人を結界の入り口のそばまで来させるよう促した。素直に壁のそばにやってくる三人。怪訝な顔をして壁を見つけている童虎とアルバフィカの腕をつかむと、ミーメは二人を一気に結界に中に引きずりこんだ。ジークフリートは、呆然としているテンマの腕をつかみそのまま結界の中へ連れ込んだ。

 

結界の中には、この間とは全く違う風景が広がっていた。まるで美術館のように、四方は絵画で埋め尽くされている。ギリシャ正教会のイコンのようなもの。中世ヨーロッパの絵画のような荘厳なもの。あまりに異様なこの光景に、童虎たち3人は呆然としている。

 

「これが、魔女の結界だ。」ジークフリートは3人に聞こえるように呟いた。

「このような空間があったとは。お前達は、結界の存在を認識できるのか?」

アルバフィカの問いに、ミーメが答える。

「私たちもこの時代にやってくるまでは、このような空間の存在には気づきもしなかった。結界の主たる魔女に引き込まれるか、結界を何らかのきっかけで知った者に導かれるか、それによって人は結界を認識できるようになるらしい。一か八かでお前達を結界に引きずり込んでみたのは、それを確かめるためだ。」

「聖域が魔女や結界に気づけなかったのは、そのためか。やり方はちょっと荒っぽかったが、感謝するぞ。それにしても、絵画とは。。お前達から聞いた結界もそうだったが、魔女というのはやはり人間と深い関わりがあるようだな。」

童虎はそういうと、静かに小宇宙を高め、あたりを探り始めた。

 

すでに相手の結界に入り込んでいる以上、いつ攻撃を受けてもおかしくない。5人が戦闘態勢に入ろうとしたまさにそのとき、突然なにか液体のようなものが彼らに襲いかかってきた。すんでのところで液体をかわし5人はあたりを見回したが、どこを見ても魔女らしきものは見当たらない。すると今度は背後から液体が襲いかかってきた。5人はそれをなんなくかわしたが、液体、よく見るとそれは絵の具のようだが、それが飛んできた方向には絵画があるだけで魔女の気配はない。

 

身構えた魚座の黄金聖闘士、アルバフィカの右手に、黒バラが現れる。

「ゆけ!全てを噛み砕く黒バラ、ピラニアン・ローズ!」

アルバフィカが放った黒バラは絵画へとむかい、それを跡形も無く粉々に砕いた。。はずだったが、何も無くなった空間には再び別の絵画が現れ、すぐさま液体を放ってきた。

 

5人はそれをかわすと、今度はテンマが技を放つ。

「ペガサス流星拳!」

テンマの拳からは無数の流星が放たれ、結界の中の絵画を次々と砕いていくが、そこにはまた別の絵画が現れる。

 

液体をかわすことは難しくはないが、これでは埒があかない。しかも絵画の数はどんどん増えていき、相手の攻撃の手数も増えている。光速で動くことのできる黄金聖闘士、神闘士はともかく、青銅聖闘士であるテンマにはしだいに厳しい状況になりつつあった。

 

なおもテンマが攻撃を放とうとしたその時、突然あたりが眩い光に包まれた。それと同時に、無数の光の矢が絵画を次々に打ち抜いていく。矢が飛んできた方向を5人が見ると、そこには一人の少女が立っていた。鮮やかな緑色のドレスを纏い、左手に弓を持ち、胸元には緑色の宝石のようなものが光っている。ジークフリートとミーメは、その少女に見覚えがあった。隣村にあった魔女の結界で見かけた少女、そしてミーメの竪琴を聞きに来ていた少女。

 

「なんでこんなところに普通の。。ん?金色の鎧? えっ!その赤い鎧着てるのはミーメさん!? いえ、今はそんなことを聞いている場合じゃないわ!まずはこの魔女を片付けてから。。」

そう言うと、彼女は襲いかかる液体をかわし、再び矢を放つと周囲の絵画を次々に打ち抜いていく。それを見ていたミーメは、結界の上部にある天窓に気がついた。そのあたりには絵画はないが、絵画が現れるたびそのあたりにはほんの一瞬だが影のようなものが現れる。

 

「天窓のあたりに何か居るぞ!」

ミーメの声に彼女は天窓を見据える。確かにそこだけ光が微妙に屈折しているように見える。そこに狙いを定めると、ひときわ大きな矢を放った。

 

光に包まれた矢は天窓へとまっすぐ飛んでいき、その手前にある何かに突き刺さった。次の瞬間、矢の刺さったところには黒い巨大な影が現れ、やがてそれは絵の具のパレットを思わせるような怪物へと姿を変えていった。怪物はなおも少女に攻撃しようと向かってきたが、矢が刺さったところからは眩い光が広がっていき、怪物を包み込んでいく。やがて怪物は、断末魔の叫び声をあげたかと思うと、すさまじい爆風とともに消え去っていった。四方を囲んでいた絵画も美術館を思わせる空間も消滅し、納屋の中には小さな黒い宝石が残されていた。

 

「あ~あ、ミーメさんに私の正体バレちゃった。。」

少女は黒い宝石を手に取ると、少し寂しそうに笑いながら変身を解いた。そこには、ミーメの竪琴を聞きに来ていた少女、マリアが立っていた。少女の首にかかっていた宝石は、先ほどのエメラルドを思わせる美しい緑から、黒く濁ったような色へと変わってた。そんな宝石を見て少し悲しそうな表情をしつつ、少女は黒い宝石を胸元の宝石にあてる。胸元の宝石を染めていた黒い濁りは黒い宝石へと吸い取られていく。ただ、宝石の濁りは完全に消えず、緑色の輝きを少し取り戻しただけであった。

 

「隣村で見かけた時「まさか」って思ってたんですけど、ミーメさん、聖闘士だったんですね。」

マリアはミーメに笑いかける。

 

「まぁ、似たようなものだ。アテナの聖闘士ではなく、極北の地アスガルドでオーディーンに仕える神闘士、だがな。魔女と戦う魔法少女というのは、マリアのことだったのか。」

ミーメはそう言うと穏やかな顔でマリアに問い返した。

 

「魔法少女や魔女を知ってるんですね、ミーメさん達。私だけじゃありませんけどね。魔法少女って。うちの村のあたりにも何人か居るんですよ。新しい子が加わったり、いつの間にか居なくなっちゃう子もいますけど。魔法少女のこと、知りたそうですね?」

マリアは戦いで乱れた髪をなおしながら、少し疲れた表情を隠すかのように精一杯の笑顔をつくった。

 

「命にかえても叶えたい願いが見つかると、キュウべぇさんっていう妖精さんがやってくるんです。妖精さんと契約して、願いを叶えてもらう代わりに魔法少女になるんです。不思議な魔力も使えるようにしてもらって、罪もない人達を襲う魔女を退治するんですよ。これが魔法少女の証、ソウル・ジェムなんです、ちょっと濁っちゃってますけどね。」

マリアの手には、さきほどの緑の宝石が輝いている。

 

「魔女と戦って魔力をいっぱい使っちゃうと、ソウル・ジェムが黒く濁っちゃうんです。でも、魔女を倒すと手に入る黒い宝石、グリーフシードで濁りを吸い取ることで、ソウル・ジェムの輝きが戻って魔力が回復するんですよ。普段変身していない時にも少しずつソウルジェムが濁るし、気分がひどく落ち込んだ時にはなぜかソウル・ジェムがすごく濁るから、グリーフシードは欠かせないし、そのために魔女との戦いは続けなきゃいけないんですけどね。」

 

「そうか、マリアは魔女と戦い続けないといけないのだな。。。しかし、魔女とはいったい何者なのだろう」

 

そう呟いたミーメに答えるかのようにマリアが続ける。

「私にもよくわかりません。自分の作り出した結界の中に閉じこもって、魔女を手伝う使い魔達に犠牲になる人達を呼び寄せさせる恐ろしい存在、ってことくらいしか。魔女に目を付けられてしまった人には、首元に「魔女のくちづけ」って私たちが呼んでる紋章みたいなものが現れるんです。魔女はいつのまにかどこからか現れて、倒さないとどんどん増えてしまうんです。私たちこれからも頑張って魔女を倒していかないと。」

「私たちも、少しでもマリアたちの力になれるとよいのだが。。」

「そう思っていただけるだけで、すっごく嬉しいです。でも、魔女と戦わなきゃいけないのが魔法少女、ですから。私、ミーメさんの竪琴聴いてるとすごく穏やかな気持ちになれるんです。これからも楽しみにしてますね!」

 

マリアがそう言って納屋から去ろうとした、その時、テンマがマリアを呼び止めた。

 

「マリア、魔法少女になるときに、いったい何を願ったんだ?」

 

マリアは一瞬躊躇したが、腹を決めたように答える。

「お隣の国との間に起こりそうになっていた戦争が起きませんように、そして両方の国で作物がよく実るように暖かい陽の光がいっぱい降り注ぎますように、だったんです。この国とお隣の国ではひどい飢饉が続いていて、そのせいで戦争が起こりそうになってたんです。私の好きだった人は軍隊の将校さんで、もし戦争になったら戦いに行かなきゃいけなかったんですけど、戦争さえ起きなかったらこの村で私とずっと一緒に居られるかな~っと思って。おかげで戦争は起きず、作物もいっぱい実るようになったんだけど、好きだった人は他の人に。。お隣の国の貴族の娘さんと結婚することになっちゃって。。上手くいかないものですよね、こういうことって。」

 

「そうだったのか。。ごめん、辛いこと聞いちゃって。」

申し訳なさそうに視線を落とすテンマに、マリアは声をかける。

 

「いいんです、私の本当の願いは叶わなかったけど、2つの国の人が幸せになって、平和な世の中でみんながお腹すかしたりせず安心して生きていけるなら、私、それで満足ですから。。」

 

マリアはそう言うと、ミーメにぺこりとお辞儀をして、小屋から去って行った。

 

彼女が去ったあと、アルバフィカがぽつりと呟いた。

「あの娘、マリアはああは言っているが、心の中には計り知れない寂しさや絶望が住み着いてしまっているな。。願いを叶えた代償に魔法少女になったはずなのに。」

 

「確かにそうじゃな。キュウべぇとかいう動物、彼女の本当の願いにまでは考えが至らなかったということか。。ただ、こういう結果になってしまった以上、彼女にはせめてまた新たな道で幸せを掴んで欲しいものじゃ。。」

 

童虎は、そう独り言を言うと、ミーメに話しかける。

「あの少女、おぬしの中に何か希望の光を見いだしているようじゃな。せめておぬしがこの世界に居る間は、彼女がさらに悲しまぬよう、さりげなく支えてやることじゃ。」

 

ミーメは、複雑な表情をしつつ、無言でアスガルドのある北の方角を見つめていた。

 

 

「ところで、おぬしらはこの世界に来てから結界を認識できるようになったと話していたが。。」

童虎が話を変えにかかる。

「ということは、もしかするとおぬしらがこの世界にやって来たのには、魔女や魔法少女が関わっていたのかもしれぬな。あやつらが関与することによって、おぬしらも結界に気づくことができるようになったのかも知れぬなぁ。そのあたりの謎を解くためにはまだ証拠が足りぬが、面白い仮説とは思わぬか?」

 

「それはあり得る話だ。だとすれば、私たちがこの時代の聖域にやってきたことにも、やはり何かしら意味があるのかもしれない。今のところ、元居た時代に戻るすべも見つかっていないし、この世界で私たちが果たすべき事は何なのか、その視点で改めて探ってみるとしよう。」

ジークフリートは童虎たちに答えた。

 

 

 



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ウルズの泉

極北の地、アスガルドで探索活動を続けていたデジェルによって、未来への道が開かれる


その頃、水瓶座の黄金聖闘士、アクエリアスのデジェルは北欧アスガルドの地で探索活動を続けていた。

 

アスガルドはポセイドンの勢力圏だということは、事前に教皇セージから聞かされていた。冥界との聖戦を控えたこの時期、聖闘士がアスガルドに潜入していることが海界に知られれば、聖域の海界への侵略と見なされかねず、予期せぬ事態を招く可能性がある。

デジェルは誰にも告げず、1人氷の大地を彷徨っていた。

 

アスガルドの中心であるワルハラ宮を臨む山岳地帯に彼がさしかかった時、前方から馬に乗った女性がやってくるのに出会った。

怪しまれぬよう小宇宙を抑えつつ、軽く会釈をしてやり過ごそうとしたデジェルは、不意にその女性に話しかけられた。

 

「時の流れは、川の流れにも似ている。流れるべくして流れ、決して山へと遡っていくことはない。旅人さんも、そう思いませんか?」

 

声の聞こえた方を振り返ったデジェルは、そのまま眠るように気を失った。

 

 

 

どれほど眠っていたのだろうか? 眠りから目覚めたデジェルは、周囲を見回して驚いた。

先ほどまで大地を覆っていた雪や氷はどこにもなく、あたりは美しい花が咲き誇っている。デジェルの傍らには、神秘的な泉が美しくどこまでも透き通った水をたたえており、そのほとりにはとてつもなく巨大な樹がそびえている。

 

 

「ここは。。どこだ?」

 

そう呟いたデジェルに応えるかのように、いずこからか声が響く。女性の声だ。美しくも厳粛で、どこか神々しさを感じさせる声。

 

「ここは、ウルズの泉。偉大なる世界樹、ユグドラシルを潤す、聖なる泉だ」

 

いつの間にか、泉のそばに白い衣をまとった3人の女性が立っている。

 

 

「私はウルズ。この世の運命を記し、過去を司る女神」

「私はヴェルザンディ。世界の今を刻み、現在を司る女神」

「私はスクルド。なすべき事をこの世に与え、未来を司る女神」

 

3人の名前に、デジェルは聞き覚えがあった。いずれも北欧スカンディナビアの民が口承により伝えてきた、はるか古の神々の名である。

なぜその神々が、この時代にデジェルの前に姿を現したのか?

神々からは特に敵意は感じられない。

デジェルは警戒しつつも、敬意を表し頭を垂れた。

 

「そなたの友人達は、本来あるべき時に帰る必要がある。たとえ彼らにとって今この時代が最も安らかな居場所であったとしても」

ウルズの厳かな声が響く。

 

「邪悪なる半神の悪戯により産まれたこの世界。本来は神にしか行き来出来ぬ時と空間の川を、傲慢かつ不完全な文明がもたらした歪によって遡らされ、彼らはここへ流れ着いた。」

ヴェルザンディが続ける。

 

「時を司る私たちが介入すれば、そなたの友人達をもとの時空へと送り返すことは可能だ。ただ、それに伴って運命づけられる未来を、そなた達は受け入れられるか?」

 

スクルドが問いかける声が次第に遠くなる。デジェルは再び深い眠りの泉へと沈んだ。

 

 

 

深い眠りに落ちたデジェルの脳裏に、次々に不思議なイメージが浮かぶ。

炎に焼かれるアルデバラン。。薔薇の花に包まれ倒れるアルバフィカ。。次々に戦いに倒れていく同胞の姿。

そして、氷の中で事切れるデジェル自身、力尽き燃え尽きるカルディア、そして神々しい聖衣に包まれたテンマとともに空へと登っていくアテナ。

 

これは、自分達の未来の姿なのか。深い眠りの中で、夢の中の彼らの腕をつかもうとデジェルの意識がもがく。

 

 

浮かんでくるイメージは、やがてデジェルにとって見知らぬ人々のものへと変わっていく。

 

双子座の黄金聖闘士に討たれる教皇、青銅聖闘士達と戦い倒れる黄金聖闘士達、黄金聖衣とうりふたつの冥衣を纏い12宮を攻め上がるシオンや聖闘士らしき者達。

人魚を思わせる見たこともない生物、空中に浮かぶ巨大な歯車。

そして、眩い光に包まれ消滅していく3人の戦士。。そのうち2人は聖域へとやってきた神闘士達である。

 

「お前達!待て!」

彼の無意識の叫びと共に、デジェルは再び目覚めた。

 

 

「彼らがこのままこの時代に留まれば、時の流れは変わり、未来は全く異なったものとなる。しかし、彼らが未来へと。。彼らの時空へと帰れば、そなたが今見たものは全て現実のものとなろう。そなたは自分自身を、友を救いたくはないか?」ヴェルザンディはデジェルに問いかける。「今まさにこの瞬間が、時の流れの分岐点となろう」

 

 

デジェルの脳裏には、倒れていく友の姿が、アテナやテンマの姿が、そして消滅していく神闘士2人の姿が再び浮かぶ。

彼らが帰らなければ、もしかしたら。。。

 

しかし、デジェルの心の迷いを引き戻したのは、倒れていく者達、空へと消えていくアテナやテンマ達だった。

彼らは。。彼女らは皆、心から満足した顔をしている。残された者へと想いを託し、なすべき事を全て成し遂げた、そういう顔をしている。もちろんデジェル自身も。

 

 

 

デジェルは顔をあげ、ヴェルザンディの問いに答えた。

「私たちは、今を生きる人々の思いを未来へと繋げ、未来を生きる人々に希望をもたらせるよう、今なすべき事をなし、己の生を全うしアテナと共に戦うまででございます」

「はるか神話の時代より、数えきれぬ程多くの聖闘士達が自らの魂と小宇宙を燃やして繋いできた命の道、私たちがここで断ち切るわけにはいきません。私たち自身は数十年、大いなるアテナのご加護があったとしても数百年の命です。ただ、未来へと繋げることで私たちは人としての死をも乗り越え、魂が紡ぎ出す希望の光となって未来を照らすことができるのです」

「果てしなく続いてきた聖戦を終わらせ、地上に真の平和をもたらす、そのためにも、私たちは彼らを、神闘士達を未来へと送り届けなければなりません」

 

 

デジェルの答えを聞いていた3人の女神。彼の答えが終わるとともに、ウルズとヴェルザンディの姿は泉へと消え、スクルドのみがその場に留まった。

 

「聖域よりの使者よ、そたたの願い、しかと受け止めた。未来と今を結ぶ道を、そなたに授ける。聖域のアテナのもとへ、この鏡を持ち帰るがよい。聖域とアスガルドとこの世界があるべき姿に戻らんことを」

スクルドは、北欧の神々を象った彫像で縁取られた、美しい鏡を手にしていた。

 

 

「時を渡りたい者は、この鏡に姿を映し願うがよい。ただし、鏡の力を享受できるのは、アテナと彼女が認めし者のみとする」

「鏡に願いし者は、過去と未来を1回に限り往復することができる。」

「そして、時を往き来した者が24人に達したら、この鏡はアテナの手元から永遠に消え去り、私たちのところに帰ってくるだろう」

 

そう言い残すと、スクルドもまた姿を消した。

ウルズの泉も、ユグドラシルの大樹も消え、あとには鏡のみが残された。

 

 

 

鏡を大事に懐にしまい、聖域へと歩き始めたデジェルは、目の前に女性が立っているのに気がついた。

ウルズの泉へ導かれる直前、デジェルに声を掛けた女性だ。

 

「私は、アスガルドの神、オーディーンの地上代行者を務める、リリヤと申します。未来からこの時代へと送られてきた神闘士を助けていただいたアテナと聖域には、感謝しています。」

「生きている時代こそ違えど、彼らもまたオーディーンに選ばれし戦士。彼らと神闘衣が持つ未来の記憶は、同じくオーディーンに仕え遙かアスガルドにて祈りを捧げていた私の心へと流れ込んできました」

 

「もしや、貴方は彼らがなぜこの世界にやってきたのか、ご存じなのですか?」

デジェルはリリヤに問いかける。

 

「彼らが生きていた二百数十年後の未来は、人間とも神々とも違う何者かによって時空を歪まされ、並行して流れるいくつもの時空へと切り刻まれています。私にも、その何者かが誰なのかはわかりません。ただ、彼らの行いにより時空に蓄積された歪は限界を迎えつつあり、やがて大きな破綻が訪れるでしょう。そうなれば、アスガルドだけでなく、聖域もこの地上もどうなることか。。」

「歪をもたらす何者かは、聖域からも、アスガルドからも遠く離れた、日本という国に居るようです。スクルドの鏡を手にした貴方達ならば、未来の地上を包もうとしている災禍を防ぐことが出来るかもしれません」

 

「日本。。大いなる海と陸を越えた遙か東方にあると、聞いたことがあります。そこに答えがあるのならば、行って確かめねばなりますまい。聖域へとやってきた未来の神闘士は、アスガルドと聖域、現在と未来とを繋ぐ、新たな道となることでしょう」

デジェルは、かつて書物で読んだ謎に満ちた黄金の国の記憶を思い起こしつつ答える。

 

 

「未来のアスガルドを私自身が訪れることができないのは残念ですが、貴方達ならきっとやり遂げてくれることでしょう。アテナにもよろしくお伝えください」

 

リリヤから渡された小さな箱を受け取ると、デジェルは雪と氷の大地、アスガルドをあとにした。



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魔女の誕生

その時は突然訪れた。

ジークフリートとミーメが倒してきた魔女、その正体は。。


デジェルがアスガルドへ赴いていたちょうどその頃、聖域の麓、ロドリオ村で二つの事件が起きていた。

 

 

いつものようにジークフリートとミーメが目覚めたその時、彼らの家に一人の少女、アガシャが飛び込んできた。

元気ながらも礼儀正しい彼女にしては珍しく、ノックもなしに駆け込んできた彼女を見て、

二人はただならぬ事態が起きていることを察せずにはいられなかった。

 

「エルザが。。エルザがどこにも居ないんです!」

 

確かに、エルザはここしばらくミーメの竪琴を聞きに来ていなかった。

これまでも、父親の看病が忙しくて姿を見せない日はあった。ただ、今回は一週間近くたってもエルザは現れなかった。

心配したアガシャが彼女の家を訪れてみると、すでに家はもぬけの空になっていたというのだ。

 

エルザも、エルザの父も、そして彼女たちが飼っていた猫も一緒に。

 

辺りに彼女らの気配はない。事態の大きさに気がついたアガシャは、一目散に二人の家へと駆けつけたのだ。

 

ジークフリートとミーメは、アガシャと一緒に村中を探し回った。

彼女たちを見つけることはできなかったが、彼女たちに何が起きたのか、いくつかの手がかりをつかむことができた。

 

 

きっかけは、ロドリオ村を訪れた一人の旅人だった。

 

フランスからやってきたという彼は、ある雨の日に村へとやってきた。いや、村はずれで倒れていた。

 

彼を最初に見つけたのは、エリザベスであった。彼を助けなければ。。彼女は純粋に親切心から彼を助け、自分の家へと連れて行った。

優しい彼女だからこその行為だった。

 

ただ、問題があった。

 

彼は、ペストに感染していたのだ。

 

「ペスト」

 

かつてヨーロッパの人口を半減させ、中国やイスラム世界でも猛威をふるったこの病は、

医療技術も科学的な知識も不十分だった18世紀においてもまだ逃れることのできない、死の病、であった。

 

案の定、彼女の父親、そして彼女の猫もまた、この病に感染してしまったのだ。

 

エリザベスは奇跡的に感染せずに済んでいたが、聡明な彼女は、ペストの侵入が何を意味するのか、よく理解していた。

このままでは、ペスト菌は他の村人にも感染し、彼女の愛したこの村を全滅させかねないのだ。

亡くなった旅人を葬ると、エルザ達は密かに村を立ち去ったのだった。

 

 

ペストに感染した父親とのあてのない旅、彼女たちに降りかかるであろう運命。。

 

ジークフリートとミーメ、アガシャは黙って彼女たちの向かった西の空を見つめるしかなかった。

 

 

 

二つ目の事件は、それから程なくして起きた。

 

エルザが居なくなったことを聞いて、マリアはひどく打ちひしがれていた。

ペストへの感染を防ぐためとはいえ、エルザが村から立ち去ってしまったことは、ただでさえ塞ぎこみがちだった彼女の精神を徹底的に叩きのめしてしまった。

なんでエルザがそんな目にあわなければいけなかったのか。。私も一緒に旅立ってしまえばよかった。。自分は彼女に対して何もできなかった。。そう思い込み自分をひたすら責め続けたマリアは憔悴しきっていた。

 

そんな彼女を慰めようと、ジークフリートとミーメ、アガシャは彼女の家を訪れた。

どうすれば彼女の気持ちが楽になるのかはわからないが、せめて近くに誰かいたほうがよいだろう、何よりも今の彼女を放っておくことはできなかった。

 

彼らは、今回の事件が止むを得ない出来事であったこと、マリアには非はないこと、そしてこれからジークフリートとミーメがエリザベスを探しに出ようと考えていること。。どちらかといえば口下手な3人だが、言葉を尽くしてマリアの心に何重にも絡みついた負の感情を少しでも解こうとしていた。

 

 

マリアはうつむいて何も答えずにじっと聞いていたが、やがて下を向いたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私、お隣の国との間に起こりそうになっていた戦争が起きませんように、そして両方の国で作物がよく実るよう暖かい陽の光がいっぱい降り注ぎますように、と願って魔法少女になりました。」

「でもほんとうは、それで私の好きな人が戦争に行かずに済んで、ずっと私のそばに居てくれたらって、自分のための願いだったんですよね。格好つけちゃったのか、恥ずかしかったのか。。ほんとバカみたいですよね、私って。」

「遠回しなお願いしちゃったせいで、結局自分の本当の願いは叶わなかった。初めから、あの人がずっと私のそばに居てくれることを願えばよかったのに。。」

 

「それからは、この世界の人たちが平和に暮らせたらいいなって思って、自分がみんなの希望の光になるんだって、ひたすら魔女を倒し続けてました。正義の味方ってのにちょっと憧れもあったし。」

「いったい何十匹の魔女を倒してきたかわからないけれど、あの頃は一緒に戦ってくれる魔法少女が他にもいっぱいいて、今思えば楽しかったな。。」

「でも、仲間の魔法少女さんたちもいつの間にか少しずつ居なくなって、一方で新しく現れる魔法少女はみんな希望に満ちてキラキラ輝いていて。。あの子たちと一緒にいると、新しい魔法少女たちが放っている希望の光がすごく眩しくて、なんだか私自身がすごく惨めに思えてきて。。周りには仲間がいっぱい居るのに、なんだかすごく寂しいなぁって。」

 

「そして、どんなに頑張って魔女を倒しても、村の人たちは誰も私を褒めてくれない。。ありがとうって言ってくれない。。当たり前ですよね、魔女に襲われた人は死んじゃってるし、魔女に襲われてない人は誰も魔女の存在を知らないんだし。」

「あたしって、なんのために命を懸けて戦ってるんだろう。。って。いつしか思うようになって、自分自身どうしていいかわからなくなっていったんです。」

「そうしてるうちに、一番大事な存在だったエルザが居なくなっちゃって。みんなを守る存在だって粋がってたはずの魔法少女が、あの子がほんとに助けが必要な時に何もしてあげられなかった。」

「残されたのは、他人の光を羨むことしかできなくなっちゃった、何もできない。。孤独な私。。」

 

そう言って彼女が開いた手。。今の今まで固く握りしめられていたそこには、ソウルジェムが現れた。

 

ただ、以前見たような美しい緑色ではなく、真っ黒な闇に濁り切ったソウルジェム。。心なしかそれは、内側から何かが溢れだそうかとしているかの如く、軋むような音を発していた。

 

アガシャがあわてて何か言葉を発しようとした、その時。。

 

「私って、ほんと。。。」

 

マリアの頬を涙がつたい、こぼれ落ちた涙がソウルジェムを濡らし。。

 

 

ソウルジェムが。。

 

 

爆せた。

 

 

 

あたりを真っ黒な瘴気とともに凄まじい爆風が襲う。

吹き飛ばされそうになるアガシャをかばい、ミーメとジークフリートは急いで神闘衣をまとうと、とりあえず安全な場所まで後退した。防御姿勢をとりつつ吹き荒れる爆風が収まるのを待ち、あたりが静かになってからマリアのほうを見ると、そこにはマリアの姿はすでになかった。

 

黒い瘴気が少し晴れてきたそこにあったのは、見たこともない不思議な物体だった。

高い塔の先には、一見すると太陽のような形をした赤いオブジェがついている。ただそれは太陽のように光を発することはなく、うっすらと明るい背後の空間に影としてその姿が浮かびあがっていた。

 

そのオブジェを包む異様な気配に、ジークフリートとミーメは覚えがあった。

「魔女」。絶望に染まりきったそれは、まさに魔女の気配だった。

 

 

「遅かれ早かれ魔女になると思ってたけど、思ったより早かったなぁ。」

 

突然響いた甲高い声に二人が振り向くと、そこにはあの白い獣、キュゥべえがいつの間にか座っていた。

 

「まぁいいや、大きな願いを叶えて優秀な魔法少女になった彼女が魔女になる。希望と絶望の相転移。おかげさまで僕たちは膨大なエネルギーを回収できた。」

 

「どういうことだ?」

ミーメがキュゥべえに問いかける。アガシャはキュゥべえの姿が見えないのか、ミーメが誰と話しているのかわからず怪訝な顔をしている。

 

「魔法少女にはなれない君たちには関係ないことさ。それよりどうするんだい?「マリアだった」あれを、君たちは倒せるのかな?」

 

「あれが、マリア。。だと?」

 

「かつてマリアだった魔女、だね。彼女は自分で魂を削って魔力を生み出して戦い、自分で勝手に絶望して魔女になった。」

「いくら君たちが強くても、あれには手を出せないんじゃないかな? かといって、魔女をもとの人間に戻す手段はない。エネルギーはもう回収しちゃったし、それを戻す手段までは僕たちは知らないしね。」

 

 

「貴様。。っ!」

 

ジークフリートはキュゥべえへ向かって拳を放つ。キュゥべえは跡形もなく消え去った。。はずだった。

ところが、キュゥべえの居たところには何事もなかったようにまたキュゥべえが座っていたのだ。

 

「やれやれ、こんなにバラバラにしちゃったら、いくらなんでも記憶やデータの回収ができないじゃないか。仕方ない、一部だけでも回収しておくか」

そういうと、キュゥべえは辺りを舞っていた「キュゥべえだったもの」の欠片を食べ始めた。あっけにとられる二人に視線をやりつつ、キュゥべえが答える。

「なんど壊しても無駄さ。僕たちの体は本星と通信しデータをやりとりするための使い捨て端末。壊したところでまた新たな端末が起動して活動を始めるだけさ。君たち人間は無駄なことが大好きなみたいだけど、そのたびにいちいち端末壊されたらもったいないじゃないか。」

 

「。。。っ!」

身構えるミーメをジークフリートが制する。

 

 

「君たちが出来ることはないはずだよね。あとの処理は他の魔法少女に任せて、うっかりあれを倒しちゃわないうちにここを去ったほうがいいんじゃないかな?僕たちは感情が無いからどうとも思わないけど、君たちは自分たちであれを倒しちゃったら悲しむんじゃないかな?」

 

キュゥべえはそういうと、いずこかへ去っていった。

 

 

「どうする、ミーメ。。あの魔女がマリアなんだとしたら、とてもじゃないがすぐには手を下せない。」

「この魔女は今のところ私たちを攻撃してくる気配もない。人間を襲わないように監視しておく必要はあるが、ここはいったん魔女の結界から離れて善後策を考えよう。」

 

 

二人は茫然としているアガシャを連れて、魔女の結界を離れると、童虎とアルバフィカに事の次第を報告した。

二人の黄金聖闘士もよほど大きなショックを受けたのか、あれこれ聞き返すこともなく報告を聞いていたが、やがて童虎から「教皇の間まで来るように」との短い指示が返ってきた。

 

 

ジークフリートとミーメは無言のまま、重い足取りで十二宮の階段を教皇の間へと登っていった。

 

 

 



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新たなる決意

ジークフリートとミーメ。

未来へと戻ろうとする彼ら、その新たな目的と決意


聖域の教皇の間では、アスガルドから帰還したデジェルがアテナや教皇セージを前に事の次第を報告していた。

 

「。。なるほど、アスガルドも事態を把握しつつあったか。かの2人が本来存在していた時代、243年後への道が開けたのは最大の成果ですな、アテナ。」

教皇は満足げにデジェルからアテナへと視線を移す。

 

「デジェル、ご苦労でした。まずは疲れをゆっくり癒してくださいね。」

「ありがたきお言葉。では、これにて」

 

デジェルが教皇の間から立ち去ったのと入れ違いに、童虎が慌ただしく駆け込んできた。

 

 

「教皇、魔女の一件にて大きな動きがありました。急ぎお知らせしたいことが。」

「ただ事ではなさそうだな。まずは報告を聞こう。」

 

「はっ。まずは、ロドリオ村にて新たな魔女が発生いたしました。」

「そうか、神闘士たちと協力して対処。。ん?どうした?」

「それが。。魔女と化したのは、神闘士たちや我々とも面識のあった、ロドリオ村に住む一人の少女なのです、」

「どういうことだ、これまで人間を襲い、我々が討伐してきた魔女の正体は、人間だったということか。。?」

「はい。人間、中でも魔女の討伐に関わっていた魔法少女なる存在が、その存在の限界を迎えたときに魔女に変異する、ということのようです。」

 

ジークフリートたちと深い縁のあった魔法少女が彼らの目の前で魔女へと姿を変えたこと。

魔法少女のソウルジェムに蓄積された「濁り」が魔力の消費だけでなく、魔法少女の精神や魂の消耗、自らや他者への呪いや絶望によって加速すること。

魔女討伐で得られるグリーフシードがなければソウルジェムの浄化ができないこと。

浄化が追い付かなくなりソウルジェムの濁りが限界を迎えたとき、ソウルジェムが内から砕けグリーフシードへ転移して魔女が誕生すること。

魔法少女と深い関わりを持つ「キュウべぇ」はそれらを全て知っていたうえで少女を勧誘し魔法少女としていたこと。

そして、魔法少女が魔女になった時に放たれる膨大なエネルギーを、キュウべぇが回収していること。

言い換えれば、魔法少女を魔女にすることこそが、キュウべぇの目的である可能性が高いこと。

 

童虎は感情を抑えつつ、今回の件で明らかとなった事実を淡々と報告した。しかし、声は時に震え、キュウべぇに対する怒りは隠しようもない。

 

「やはりあの獣が黒幕であったか。。あやつを捕獲して、事の真相を白状させねばなるまい。して、魔女は?」

「さすがにこれまでのように討伐することも出来ず。村人が襲われぬよう、テンマを付けて監視させておりまする。魔女を認識できるのは、魔法少女や魔女と何らかの関わりがある者に限られますゆえ。」

 

 

そこへ、ジークフリートとミーメが到着した。

歴戦の勇者である彼らも、目の前で起きた出来事から受けた衝撃は大きく、平静を装ってはいるものの憔悴しきっている。

 

この時代において彼らと関わりの深かった少女が魔女と化したこと、それを彼らが防ぐことが出来なかったこと、そしてこれまで討伐してきた魔女達もまたおそらくは魔法少女の成れの果てであったこと。

逃れるすべのない自責の念が、彼らを追い詰めていた。

 

教皇セージは、彼らの受けた衝撃に配慮しながら穏やかに言葉を投げかける。

「貴方たちの目前で起きたこと、心中察するに余りありまする。魔法少女が魔女になるというからくりをもし知っていたとしても、此度のことを防ぐことはできなかったでしょう。どうか、自らを責められぬよう。」

 

「お心づかい、感謝いたします。魔女を魔法少女に戻す方法を見つけられないか、今はひたすらそれを考えております。」

ジークフリートが答える。

 

「聖域も出来る限りのことをいたしましょう。希望に満ちた幸せな人生を送るはずだった少女がおぞましい魔女となる、そのような悲劇をこれ以上繰り返させるわけにはいきませぬ。。。」

 

「ところで、こんな時にと思うかも知れませぬが、聖域からも貴方たちに伝えなけばいけないことがあるのですが、よろしいですかな?」

「是非とも」

 

「聖域はこの時代のアスガルドに向け、使者を送っていたことはご存知でしょう。その使者が無事に勤めを果たしてまいりました。かいつまんで申せば、貴方たちが時を渡り自らの暮らした時代に戻る術を、アスガルドの神々から授けられたのです。また、アスガルドの地上代行者もまた貴方たちの存在や境遇、そしてこの時代だけでなく243年後の時空に異常が生じていることも把握しており、協力は惜しまないとのことでした。」

 

「これは。。聖戦を控えた大事な時期に重ね重ねのお心遣い。どれだけ感謝しても足りませぬ。今すぐにでも元の時代に帰ります、と申し上げたいところなのですが、せめてかの魔女を元の人間に戻してからでなければ、とも思うのです。」

 

「貴方がたならそうおっしゃるだろうと推察しておりました。実は。。」

教皇セージは居住まいを正して問いかける。

 

「此度神々より時渡りの術として鏡を授かりました。ただ、神々によれば、鏡で時渡りできるのは24人まで。鏡の力を享受できるのは、アテナと彼女が認めし者のみ、そして各人が可能な時渡りは往復1回だけということ。」

「貴方がた二人だけでなく敢えてその人数というあたり、神々のご意思は貴方がたの帰還だけでなく、さらにその先、時空に異常が起こるきっかけとなった現象、その解決を見据えたものであるように思うのです。」

 

セージはジークフリートとミーメの反応を探りながら話し続ける。

 

「今のところ、神々のご意思がなんであるのかは私たちも察することが出来ておりませぬ、ただ、アスガルドの地上代行者によれば、根本的な原因は遙か極東に存在する国「日本」にあるとのこと。」

「これはまだ私の推察にすぎませぬが、この時代とかの時代の者で力を合わせ、貴方たちがこの時代に至ったそもそもの要因であろう、魔法少女と魔女のからくりを解き明かすこと。そして、人間がかの獣に誑かされて魔女にされるという不幸を無くすように、それがアスガルドの神々の意思であるように思うのです。」

 

「なるほど、それが本当に実現できれば、魔女になってしまったマリアを人間に戻せるかも知れませぬ。わかりました、困難な道であることは間違いありませぬが、私たち2人、あの白き獣によって人々の生がこれ以上脅かされぬよう、全力を尽くしましょう。もしかすると、私たちがこうして生きながらえることが出来ているのは、このためなのやも知れませぬな。アスガルドのために戦士となり、アスガルドのために戦ってきた我ら。これから後は、地上の人々が魔女に怯えることのない過去と未来のために、この身を捧げるのもよいでしょう。」

ジークフリートとミーメは、静かに、そして力強く答えた。

 

 

「感謝いたします。この一件、時渡り出来る人数に限りがあることも考えれば、243年後の聖域とアスガルドの助けがあるに超したことはございませぬ。まずは243年後の聖域とコンタクトをとり、事の次第を説明し協力をとりつけることが必要でしょう。」

「この時代の聖域から使者を送り、道筋を整えたうえで貴方がたに元の時代へ向かっていただくのがよいと考えまする。どうやら243年後の聖域もまた、かつてない異常な状況にあるようですしな。それでは、貴方たちは魔女のところに戻られるとよい。青銅が見張りについているとはいえ、気がかりでしょうしな。」

 

 

ジークフリートとミーメは教皇の申し出に感謝しつつ、ロドリオ村へと戻っていった。

 

 

「さて、使者は誰がよいかな。」

同じ聖域とはいえ、243年後の聖域にこの事態を伝え、ましてや協力をとりつけるなど、容易なことではない。

教皇セージは、後ろに控えた聖闘士達に聞こえるように独り言をつぶやいた。

 

「師匠、俺が行ってやろうか?」

蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドの申し出に対し、教皇は首を振る。

「そう焦るでない。此度の一件、お前の出番はおそらく事態が核心に迫った頃になると見ている。それに、外交事はおぬしあまり得意ではあるまい。」

 

「ならば私が行くしかあるまい。」

そう声を発したのは、祭壇座の白銀聖闘士、教皇の兄でもあるハクレイであった。

 

「さすが物わかりがよい。本来ならワシが行きたいところだが、さすがに教皇が聖域を離れるわけにもいかぬしな。無駄に年をとったわけではないこと、とくと見せていただこう。」

セージは我が意を得たりとばかり、ニヤッと笑う。

 

「では、さっそく取りかかるとしよう。さて、忙しくなるわい。。」

ハクレイとセージは、内密の相談をすべく、教皇の間の奥へと姿を消した。



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二つの時代、繋がる

現代の聖域、前聖戦の聖域。二つの聖域がいよいよ繋がる。

そして、魔法少女の存在により領分を侵された冥界もまた、暗躍をはじめる。


静まり返った、宮殿を思わせる厳粛な空間に、甲高い声が響き渡る。

 

「急ぎお伝えしたきことが!」

 

それに答えて、重々しく、それでいてイライラしたような声が響く。

 

「なんですか、騒々しい。」

 

「人間の魂が一つ、またしてもかき消えたのです。これが騒がずにはいられましょうか!」

 

「そんなことはすでに承知しておる。そなたが気にすることではない。またこの鞭に巻き取られたいのですか!?」

 

「ひぃぃっ それだけはご勘弁を。このような身にはなっても、死というのは恐ろしい故」

 

「よい、さがれ。」

 

「しかしながら、このようなことがミーノス様に知られたら。。」

 

「ええいっ 何度も同じことを言わせるな。さがれ!」

 

 

 

声の主がしびれを切らして身構えたそのとき、2人とは違う声が響き渡る。

 

「なんの騒ぎですか。ここを裁きの館と知らぬわけでもないでしょう!」

 

至極丁寧でありながらどこか冷酷な嘲笑を秘めた声が、静寂な館内に響き渡る。

 

「ルネよ。部下の躾がなっていませんね。雑兵の替えなぞいくらでも居ますが、仮にもトロメアの守りを担う者。それにふさわしい最低限のマナー程度は叩き込んでおいてもらわねば。」

 

「はっ。申し訳ございませぬ、ミーノスさま。そこなスケルトンが身の程知らずなことで騒ぎ立てた故。。」

 

「聞こえておったわ。人間の魂がいくつか消えたとて気にすることはない。スケルトンよ、傀儡と化したくなければ早々に下がるがよい。」

 

 

つい先ほどまで狼狽していたスケルトンは、その冷酷な声に命の危険を感じ、そそくさと立ち去っていった。

 

 

「ルネよ。私の用向きはすでに察しておろうな?」

 

「はっ。ギリシャにて先ほど、いずれはこちらに送られてくるべき人間の魂が一つ、忽然とかき消えましてございます。いきなり消えるわけではなく、まるで何かに塗りつぶされていくかのように、魂の気配が次第に途絶えていくのも、これまでと同様です。急激に増えつつある人間の総数からすればほんの一部に過ぎませぬが、消滅する魂の数も次第に増えつつはあり、見過ごせぬ事態と考えます。」

 

「ふっ。さすがはルネですね。すでにそこまで把握していましたか。」

ミーノスと呼ばれた男は、機嫌よさそうに笑いながら答える。

 

「消える魂は常に、大人になる一歩手前の少女のもの。魂の消え方にも共通点が多い。自然に起きているのではなく何者かが人間の魂に手を出しているのであろう。魂を管轄する冥界の領分を犯すような所行、見過ごせぬところだが、この件、実はすでに双子神が動いておる。ヒュプノスさま直々に地上を探りを入れる故、我々はこの件には関知せず、粛々と聖戦にむけ準備を整えよ、とのことである。相変わらず無駄なことに興味を持つ。。いや、深慮故に自分で調べねば気が済まないのであろうな。ご苦労なことだ。ルネ、お前はこの件が他の冥闘士やパンドラさまの耳に入らぬよう手を回せ。聖戦に比べればどうでもよいことだが、アイアコスやラダマンティスあたりに知られれば面倒なことになりかねん。あのスケルトンめは知りすぎた。ケルベロスにでもくれてやるがよい」

 

銀の法衣に身をつつんだミーノスは、そう言うと裁きの間の奥に消えていった。

 

 

 

 

その頃、ロドリオ村に戻ってきたジークフリートたちを、マリアだった魔女を監視していたテンマが出迎えていた。

 

「すまない。マリアだった魔女を見失ってしまった。」

テンマは申し訳なさそうに首を垂れる。

 

「あんたたちが聖域に向かったあと、魔女を刺激しないよう、村人が結界に引き込まれないように家の外でずっと見張っていたんだけど、まるで霧が晴れるみたいに結界ごとここから消えちゃったんだ。。すまない。」

 

「そうか。。」

ミーメは、どこかほっとしたような表情を一瞬浮かべたが、すぐにことの重大さに気がついたのか緊張感を取り戻し応える。

 

「テンマ、お前が責任を感じることはない。魔女の能力は私たちにも未だ計り知れない。結界という異空間をたどってどこかほかの場所へ移動するのも、魔女ならたやすいことだろう。とりあえず、ロドリオ村の中には居ないようだが、いずこへ消えたか。私たちがもとの時代に帰るまではまだ時間の猶予があるようだし、また人間を襲われては取り返しがつかなくなる。とにかく手を尽くして探してみよう。テンマも聖戦前で忙しいだろうが、よろしく協力頼む。」

 

 

「うん、わかったよ。。。って、あんたたち、もとの時代に帰れることになったのか!こんな時になんだけど、おめでとう!でいいんだよな?こっちはもうじき聖戦が始まりそうな気配だけど、それまではめいっぱい協力させてもらうぜ!」

ジークフリートとミーメの手を取り、テンマが答える。

 

「それとさ。。俺思うんだけど、マリアの魔女、ほんとうに危険なのか?」

 

「テンマ、何を言っているんだ」

ジークフリートが、テンマの真意を計りかねて問う。

 

「あの魔女、人間を襲ったり結界に引きずり込んだりする気配が全然ないんだ。近くを村人が通りかかっても何も反応しないし。結界の奥に身を隠して、まるでこのまま消滅するのを待っているかのようでさ。」

 

「魔女の性質というものにはまだまだ謎が多いが、もしかするとあの魔女は、マリアの優しさを完全に失わずにいるのかもしれない。もちろん警戒することにこしたことはないが、ほんとうに人間を襲わないのであれば、倒さずになんとか助ける道も残しておかねばな。。行方がわからぬエルザのことも気にかかる。これまでよりも探索範囲を広げてみるとするか。。」

ミーメの提案に、二人はうなづいた。

 

「ほんのわずかだが、西のほうにマリアの魔女の気配を感じる。すでにかなり遠くまで行っているようだが、今からなら捉えられるかもしれないし、急ごう。それに、エルザも西の方に向かったという情報がある。童虎たちには私たちから伝えておくから、テンマもよろしく頼む」

 

三人は遙か西、イタリアの方角へと急行した。

 

 

 

 

所変わって、ここは現代の聖域。立ち並ぶ12宮の最深部、教皇の間のさらに奥、アテナ像の前でアテナはたたずんでいた。

時は夕刻。スニオン岬のはるか彼方にまで広がる地中海に、まさに太陽が沈もうとしている。つい先日、海皇ポセイドンとの闘いが終わり、地上に牙をむいていた海は何事もなかったかのように静まり返っている。

美しい夕暮れ、これ以上なく美しく平和な世界を見つめながら、今生のアテナこと城戸沙織は、まもなく訪れるであろうハーデスとの聖戦、それに伴い地上を、聖域にもたらされるであろう犠牲を思って心痛めていた。

 

 

その時、アテナ像のすぐそばの空間に、まるで水面に石を投げた時のようなさざ波が、音もなく現れた。

 

ただならぬ気配にアテナは身構えつつ、そのさざ波を見つめている。やがてそこには、一枚の鏡が現れた。ガラスで作られた現代の鏡とは違う。銀を思わせる美しい金属を磨き上げた鏡面。そして鏡の縁には荘厳な神々の彫像が象嵌されている。

 

やがて、鏡の中に一人の老人の姿が映し出されたかと思うと。次の瞬間、鏡のそばにはその老人が一人、立ち尽くしていた。ただの老人ではない。年齢を感じさせないほど凛とした空気、そして彼から横溢する、周囲を圧するすさまじい小宇宙。黄金聖闘士ですら、これほどの小宇宙の持ち主はそうは居るまい。

 

「今生のアテナ、でよろしいですかな?」。老人が問いかけた。

 

なぜ自分がアテナであることをこの老人は知っているのか。そして、聖域の厳重な結界をかいくぐって、なぜこの老人はアテナ像という聖域の核心部にいきなり現れたのか。

そんなことが出来るのは、神をおいて他にない。アテナと呼ばれた少女は、老人を観察しつつ答える。

 

「すでにお見通しのようですが、敢えて答えましょう。いかにも、私こそこの聖域を治めるアテナです。」

 

「なるほど、今生のアテナは少々勇ましいと聞いておりましたが、確かにその通りのようですな。こうして向き合っているだけで、これまでの数多くの戦いを経て貴方様の御身に染み付いた、すさまじいばかりの決意と、その結果背負った深い悲しみが伝わってまいります。」

 

「その凄まじい小宇宙といい、いきなり聖域の核心部に現れるという所行といい、初対面なのにいろいろご存じな様子といい、貴方もまたただ者ではないようですね。私も正直に答えたのですから、次は貴方の素性を教えて頂けませんか?」

 

 

アテナが続けて言葉を発しようとしたその時、老人に向かって赤い閃光が走った。光速で放たれた閃光は、迷いの欠片もなくまっすぐに老人へと向かう。

閃光がまさに老人を貫こうとしたその瞬間、やれやれという顔をしつつ、こともなげに老人は体を翻すと、その閃光をかわして見せた。

 

立て続けに、今度は15本の閃光が老人を襲う。四方八方から老人を包むように、逃げ場がないように巧みに放たれた閃光。しかし老人はまた難なく、その閃光すべてをかわして見せる。

 

「アテナ!おさがりを! その侵入者、このミロが片付けます故!」

閃光を放ったのは、蠍座の黄金聖闘士、ミロであった。閃光の正体は、蠍座必殺のスカーレット・ニードル。本来なら避ける術のない黄金聖闘士の技、それをこの老人はまるで蚊でも追い払うように軽くいなしてしまったのだ。

 

「ミロ、勝手に天蠍宮を出てきたのですか!?」

アテナの叱責を遮るかのように、ミロは問う。

「スカーレットニードルを初見で見切るとは。。黄金聖闘士であってもこれほどの手練れはそうはいない。貴様、何者だ?」

「やれやれ、蠍座はいつの世も後先考えずに突っ走るのじゃのう。蠍というよりは、猪ではないか。蠍座の黄金聖衣には、猪の精霊でも取り憑いているのかのう?」

 

「おのれ。。」

ミロは、老人の煽りを真に受けて激高している。ミロが今にも殴りかかろうとしたそのとき、老人の周りを無数の黄金の光矢が包み込む。

 

「ライトニング・プラズマ。ご老体、アテナの御前にもかかわらず、貴方のその振る舞い、少々度が過ぎてはいませぬかな?老人に手をあげるのは気が引けるが、ここは少々痛い目を見てもらおう。」

無数の光の筋は老人に向かっている。そのすべてが老人に達しようとしたそのとき、老人は動いた。。次の瞬間、光の筋はすべて消え去っていた。

 

「ライトニング・プラズマの拳筋をすべて受け止めた、だと? しかも片手で。。貴様、何者だっ!」

 

「蠍につづいて獅子までもか。我々とともにあった獅子と比べれば少々年期が入っているようだからもう少し大人かと思ったが。。相手を見極めることもせず、ただひたすら拳を向ける。どうしてここの黄金聖闘士は筋肉バカばかりなのじゃ?」

 

ことごとく技を受け流され、ミロとアイオリアはすっかり頭に血が上っている。ただ、老人はいっこうに攻撃してくる様子を見せない。

 

「ん? これは。。 ジャミールの民か?」

老人は、何かの気配を察してつぶやく。ほどなくして、階段の下から現れたのは、牡羊座アリエスの黄金聖闘士、ムウであった。

 

「アテナ像のあたりがやけに殺気立っていると思って来てみれば。ミロ、アイオリア。二人がかりでなにをしているのです?そこなご老人も、ここが神聖なるアテナ像の前と知っての狼藉ですか?事の次第によっては、寿命を迎える前にここから冥界へ直接放り込むことになりますが。」

ムウは軽く微笑みながら、皮肉とも嫌みともつかない言葉を吐く。ただ、その目は全く笑っていない。

 

「ほう、当代の牡羊座は、これはまたずいぶんときつい皮肉屋のようじゃな。ジャミールもずいぶんと変わったものじゃ。」

「たしかに貴方からは、私と同じジャミールの空気を感じます。当代。。まるでご老体は他の時代から来たような物言いですね。」

「そうだと言ったら?どうしようというのじゃ?」

「時渡りなど、神の所行。アテナ以外の神のいたずらだとしたら、このムウ、全力で排除するまでのこと。」

「そうか。それではワシも、それなりの準備をしなくてはな?」

 

そういうと老人は、居住まいを正し、身構えた「我が身を覆え!祭壇座(アルター)の聖衣よ!」

次の瞬間、いずこからか現れた白銀聖衣が老人の身を包む。

 

「祭壇座の聖衣。。。今の世、祭壇座の聖闘士は空位となっているはず。貴方、いったい何者なのですか?」

ムウが、あまりの出来事に呆然としながら問う。

 

「よかろう、そろそろ種明かしといくとするか」

「我が名はハクレイ。243年前と486年前、この時代から見れば前聖戦と前々聖戦を戦った、祭壇座の白銀聖闘士じゃ。」

 

 



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雷光と星屑

アテナ像を前に対峙する、2つの時代の聖闘士。血の気の塊のような若者と、なにか仕掛けたくてたまらない老人。二つの拳がぶつかり合う。


老人の口から告げられた、あまりにも荒唐無稽な言葉。前聖戦を戦った聖闘士、しかも教皇の補佐を役目とする祭壇座の白銀聖闘士。

アテナも3人の黄金聖闘士も、その言葉をにわかに信じることができず、立ち尽くしている。

 

 

沈黙に耐えきれず最初に口を開いたのは、アイオリアだった。

「前聖戦と。。前々聖戦、だと!?ふっ、冗談にしては面白くない。何か証拠があるのならまだしも、どうせ口から出任せではないのか?」

アイオリアはまるで信じようとはしていない。ミロも、同じく老人の言を疑ってかかっている。

一方、ムウは何か考え込んでいる。老人の言葉に、なにか思い当たることがあるのか、自らの記憶をたどっているようである。

 

「ムウよ、そのような根も葉もない言い逃れに惑わされるとは。お前も存外お人好しだったようだな。」

アイオリアはムウに言葉をかけると、ゆっくりと構えをとる。

 

「今度は手加減なしだ。お前が本当に時の彼方からやってきたというなら、また時空の彼方に消し飛ばしてやるだけのこと。受けるがいい、我が渾身の拳を。」

「ライトニング・ボルト-っ!」

 

猛る獅子、アイオリアの全力の拳が老人を襲う。

 

「ほう、今度は本気なようじゃな。ではこちらも少しだけ本気を出すとしよう。ワシの技でもよいのじゃが、この分からず屋どもに信じさせるなら、こちらの技がよいじゃろう。我が弟子シオンの拳、まさかこのような形で振ることになろうとはの。」

老人はゆっくりと小宇宙を高める。。

 

「シオン? 弟子!?」

ムウがなにかに気づいたように老人のほうを振り向き、つぶやく。

 

「愚かな若者よ、その曇った目、星屑の眩き輝きで覚ましてやるとしよう。スターダスト。。。レボリューション!」

 

 

 

無数の光弾が老人の両手から放たれる。一つ一つの光弾は、ライトニング・ボルトの拳をはじき、そしてアイオリアの黄金聖衣にことごとくヒットする。何とか堪えていたアイオリアだったが、ついに受けきれなくなると、圧倒的な力の前にアテナ像の下の階段まで吹き飛ばされてしまった。

 

「その技は。。。」ムウとミロは、目の前で今まさに起きた出来事に呆然としている。

 

「何を驚いている。所詮は真似にすぎないが、アリエスには馴染みの深い技じゃろう? 前聖戦後に二百数十年にわたり聖域を支えていた教皇、そしてかつての牡羊座の黄金聖闘士、アリエスのシオンを鍛え上げたのは、このワシじゃ。」

 

「確かに、その技は牡羊座の聖闘士の魂に刻み込まれ、師から弟子へと受け継がれてきた拳。。シオンの師。。 我が師シオンの師であったという、ジャミールの長とは、あなた様でしたか。。これは大変失礼いたしました。数々のご無礼、どうかお許しください。」

 

「お前らのあまりの脳筋ぶりにくらくらしてしまったが、わかればよい。アテナ、これまでのご無礼、なにとぞご容赦を。これで信じて頂けましたかな?」

 

「私たちが今こうしてまた力を蓄え、新たな聖戦に臨むことが出来るのも、かつての聖域を支え、はるか神代からの道をここまでつないでくれた数知れぬ聖闘士あってのこと。感謝しますよ、ハクレイ。」

 

「もったいなきお言葉。少々寄り道はしましたが、信じていただけましたこと、感謝いたします。そなたらも、理解したか?」

ハクレイは、アテナ、ムウとミロ、そしてなんとか階段を這い上がってきたアイオリアに声をかける。

 

「さて、挨拶はここまで。さっそく本題に入るといたしましょう。ただ、夜風はアテナのお体にさわりましょう。ここではなんですので、主なき教皇の間へ場を移しましょうかの?」

ハクレイにうながされ、皆は教皇の間へと足をすすめた。

 

 

 

「なるほど、聖域の分裂は、私たちの時代にも、それ以前にもあったことです。少々情けなくもありますが、もはやお家芸といいましょうか。」

ハクレイは、アテナやムウの説明を聞き、半ば呆れつつ答える。

 

「双子座たちをお許しいただいたアテナの慈悲の心、きっと彼らにも届いておりましょう。黄金聖闘士が半減というのはさすがに私の記憶にもありませぬが、青銅たちもまた立派に聖闘士のつとめを果たしてくれているようですし、安泰とは言えぬまでも、冥界に遅れをとることはありますまい。」

 

「はい、ポセイドンとの戦いは本当にイレギュラーでしたが、青銅の少年たちのおかげで、冥界との聖戦の準備、順調に整いつつあります。彼らには本当に申し訳ないのですが。。。」

ムウがちょっとバツが悪そうに答える。

 

 

「まさかシオンめがそこまで見通していたとは思えませぬが、降りかかった運命の中で、きゃつなりの最善を尽くしたのでしょうな。あの世でまみえることがあれば、たまには褒めてやるとしましょう。」

双子座の黄金聖闘士サガの乱の経緯、その後のアスガルド、海界との戦いの経緯をひととおり聞き、ハクレイは、アテナや黄金聖闘士をねぎらう。

 

「ハクレイ、今度は私たちがお話を聞かせていただく番ですね。時渡りのこと、現代の聖域を訪れた目的、もちろんお聞かせ頂けますね?」

今度はアテナがハクレイに問いかける。

 

ハクレイは、243年前の聖域へと送られてきた2人の神闘士、それ以前にも1ヶ月ごとに聖域へと送られてきた聖闘士や暗黒聖闘士、魔法少女や魔女、キュウべぇのこと、時渡りがアスガルドの神々の助けによること、神々から託された「スクルドの鏡」による時渡りは、アテナ自身とアテナが認めた24人に限られること、今回の異常の原因が現代の日本にあること、過去と現在の聖域が力を合わせてこの異常の解決に臨むことが求められていること、など彼が知りうるすべてを話した。

 

 

 

「確かに、最近もなにかこう、呪いを思わせるような気配を感じることはありましたが、原因はつかめずにおりました。どうやら、ハクレイがおっしゃった魔法少女と魔女は現代もどこかで活動しているのでしょう。状況は理解しました。聖域としてできる限りを尽くしましょう。日本は私が幼少の頃過ごした国、そして青銅聖闘士達の多くが産まれた国ゆえ、馴染みはあります。私が統べるグラード財団を日本での拠点とすることを許可しましょう。冥界との聖戦を間近に控えているので限界はありますが、聖闘士たちによる支援もおまかせください。」

 

「感謝いたします、アテナ。ご協力いただけるとのこと、たいへん心強く思いまする。」

 

「ただ。。」

アテナの表情に、かすかながら不安が浮かぶ。

 

「この1週間ほど、アスガルドとの連絡が取れなくなっているのです。アスガルドとは、あの戦いのあと連絡をとりあい、極北の復興のために力添えをしていたのですが。。なにか強力な結界のようなものに阻まれて、声を交わすことができません。地上代行者ヒルダの小宇宙は感じますし、氷が解けてはいないのでワルハラ宮の機能は生きているようですが。。神闘士、ジークフリートとミーメはおそらくヒルダのもとに立ち寄ってから日本に向かおうとするでしょうけれど、彼らがアスガルドにたどり着けるのかどうか、私たちもわからないのです。」

 

「アテナの小宇宙でさえ遮る結界とは。。そんなことが出来るのは神としか思えませぬが、海皇ポセイドンは封印されているはず。冥王がそんな手の込んだことをするとも思えませぬ。いったい何者がそのようなことを。。ただ、あの神闘士2人、どんなに我々が引き留めたとしても、必ずアスガルドには立ち寄ることでしょう。彼らにことの真相を確かめてきて貰うしかありますまい。」

ハクレイは、もしかすると神闘士2人が直面するかも知れない辛い運命に思いをはせつつ、静かに答えた。

 

「聖戦を控えたこの時期、聖域にあまり大きな負担をかけるのは、私も本意ではありませぬ。こちらの聖域もまもなく聖戦を迎えることとなりますが、様子をみつつこちらからも聖闘士の応援を出しましょうぞ。時渡りの枠は24人。早々に枠を使い切るのは得策ではありませぬが、必要とあらば黄金聖闘士をこちらに送り込むこともありましょう。ご承諾いただけますかな?アテナ。」

 

 

「教皇と黄金聖闘士の半数を失っている現状で、その申し出、心強い限りです。過去と現在を結ぶ連絡役はいかがしましょうか?」

 

「当面は私が務めましょう。そこな二人ほどではありませぬが、こちらの聖域もまた血気盛んすぎる聖闘士が多いゆえ。ただ、私もそう長居するわけにはいきませぬゆえ、追々こちらからの聖闘士がやってきた折りには、彼らに役目を引き継ぎまする。」

ばつが悪そうに目をそらしているミロとアイオリアを横目に、ハクレイは淡々と答えた。

 

「さて、では一つ実験を。。」

ハクレイは再び鏡の前へ足を進める。

 

「セージよ、聞こえるか・・・こちらは首尾良く成功じゃ。かねてよりの手はずどおり、神闘士をこちらの時代に戻してやることにいたそう。それと、聖闘士をこちらに送り込むことについても承諾いただけた。こちらからは随時情報を入れる故、人選を進めておくのじゃぞ。。」

 

「アテナ、過去の聖域、教皇の間に控える教皇セージと小宇宙を通して意識をつないでみる試みも、どうやら成功してございます。スクルドの鏡をとおせば、過去と現在に生きる者が小宇宙をつかって意識をつなぐことも出来るようですな」

 

「時空転送機能に通信機能。。便利な鏡ですね。アスガルドの神はオーディーンといいスクルドといい、私たちの常識を遙かに超える権能をお持ちのようで興味深いです。さっそくですが、私は明日より日本に戻り、溜まりに溜まった財団の仕事を片付ける予定です。ハクレイ、あなたもついてきて頂けますね? 今回の事件の鍵が日本にあるのならば、日本を探さないことには始まりませんからね。」

 

「よろこんでお供つかまつりましょう。ジャミールよりもさらに東の果て、かつては黄金の国と呼ばれ、私たちの時代には国を閉ざしていた神秘の国。今から楽しみですわぃ。」

 

 

「ところでハクレイ、途中にちょっとだけ寄り道したいと思うのですが。。?」

 せっかく日本に行くのなら、ちょっと途中で寄り道をしたい。なにか思いついたかのようにアテナが提案する。

 

 

 ハクレイは、この時代の聖域にやってきてすぐに、遙か東の彼方、五老峰に鎮座する懐かしい小宇宙に気がついていた。おそらく彼もまた、聖域に突然現れた馴染み深い小宇宙に気づいているはずだ。出来ることならぜひとも会ってみたい、二百数十年にわたる労をねぎらってやりたい、ハクレイは思った。

 

 ただ、未来を知りすぎることで、知らず知らずのうちにそれを踏まえた行動をとってしまい、聖域の運命を変えてしまう可能性もあるだろう、それに気がついたハクレイは、アテナにそれと悟られないよう、わざと軽口をたたきつつ、話をはぐらかした。

 

「前聖戦を生き残ったのは、シオンだけではないようですな。驚かして心臓発作でも起こされたりしたら、洒落になりますまい。この時代に居れば、いつか顔を合わせることもありましょう。まずは、日本へ。」

 



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魔女と神

現代に戻る前に、魔女と化したマリアをなんとか助けたい、それが叶わぬならせめて自分たちの手で安らかな眠りにつかせたい。

そんな神闘士と聖闘士の前に、想像を遙かに超えた存在が現れる。


「聖域からずいぶん遠くまで来てしまったようだ。ここが、イタリアなのか?」

 

聖域のあるギリシャと変わらぬ眩しい日差しに目を細めつつ、ジークフリートがつぶやく。

 

丘や平地に散在する古代の遺跡。行き交う人々は陽気で、言われなければ違う国だと気づかないかもしれない。

 

魔女と化したマリアの気配を追って、ジークフリート、ミーメ、テンマの3人は、ギリシャからはるか西方、イタリアのとある町にたどり着いていた。

 

「こっちもいい国だろ? なんてったって、俺の故郷なんだぜっ! 住んでた町はもうちょっと田舎だけどさ。」

 

テンマが嬉しそうに答える。

 

聖闘士になるために故郷を離れてから2年。テンマにとっては、決して忘れることのできない故郷なのである。

 

「アローンはどうしてるかな。俺とサーシャとアローン、3人で過ごしてたのはもうずっと前なのに、ここに来るとまるで昨日のことみたいに思えてくるんだ。」

 

「アローン? サーシャ? もしかしてテンマの兄弟か?」

 

「俺とは血は繋がってないけど、ほとんど兄妹みたいなものかもなっ 小さい頃からずっと孤児院で3人で仲良く一緒に暮らしてきて。。 喧嘩したり笑ったり。。貧乏だったけど、あの頃は楽しかったなー。

 

。。あ、ミーメ、気を遣わなくても大丈夫だからなっ。俺にとってはほんとに大事な、最高の想い出だから」

 

聞いてはいけないことを聞いてしまったのではと後悔したようなミーメに気がついて、テンマが明るく答える。

 

「あんたも会っただろ、アテナに。 サーシャは今、アテナとして頑張ってるんだ。あんな小さな手でこの地上を支えようと、守ろうとして頑張ってる。俺も聖闘士として童虎たちやアテナと一緒に地上を守るために戦うんだ。

 

そして、聖戦が終わったらまたこの故郷で、3人で仲良く助け合って暮らすんだ。夢みたいな話だけど、叶うと信じて頑張ったらきっと。。。こんな夢くらいもったっていいよな!?」

 

「信じて、なすべき事を見失わずにまっすぐに信念を貫き通せば、きっと叶うだろう。どんな状況でも希望を失わず前に進む、それを忘れなければな。。」

 

ジークフリートは、自分たちとアスガルドに起きたこと、ポセイドンに操られ別人と化してしまったヒルダを助けるどころか深く悲しませることになってしまった戦いの日々を思い起こしつつ、自分たち自身にも諭すかのように答えた。

 

(確か。。前聖戦で生き残った聖闘士は2人。牡羊座と天秤座の黄金聖闘士だけだったはず。ということは、このテンマもまた。。いや、お前達が成すべき事をなし、道をつないだからこそ、我々の時代の地上があるのだ。お前達はお前達自身の生を最後まで全うしたのであろうな。。)

 

屈託なく笑うテンマを見つめつつ、ジークフリートは彼らの運命に思いを馳せた。

 

 

そのとき、ミーメが何かに気がついたかのように足を止めた。

 

「近いぞ、この近くに魔女が居る!」

 

「なに!?マリアか?」

 

「いや、マリアではないようだ。。。」

 

「そうか。魔女ということは、元はやはり魔法少女だったのだろう。希望を形にした代償に負う運命にしてはあまりにも過酷だが、人間を襲うようなことがあっては彼女達の悲しみはさらに深くなってしまうだろう。

 

いくか、ミーメ。」

 

「。。。もちろんだ。魔女を魔法少女に戻す方法がわからない以上、彼女たちに今してやれることは一つしかあるまい。」

 

ジークフリートとミーメは、テンマをともなって魔女の気配がするほうへと足を進めた。

 

結界は、町の教会に形成されていた。彼らはそこに近づくと、結界の扉をこじ開け中に入り込んだ。

 

真っ黒い、影のような魔女。その足下には真新しい血痕がひろがる。おそらく魔女の犠牲となった村人の痕跡であろう。

 

魔女は3人の侵入者を見つけると、まるで巨大なイカを思わせるような腕を伸ばして襲いかかる。

 

「せめて、苦しまずに逝け」

 

ミーメが竪琴を鳴らすと、竪琴からのびた弦は魔女の体を縛り、動きを封じる。

 

しかし、そこでミーメの動きが止まった。まるで金縛りにあったかのように。

 

 

「。。どうした、ミーメ?」

 

躊躇するかのように、まるでとどめをさす気配をみせないミーメ。

 

彼が今何を思っているか、ジークフリートには手に取るようにわかる。それでもなお、彼を促すように、ジークフリートは声を掛ける。

 

なおもためらっていたミーメ。しかし、ジークの声を聞くと、何かを振り切るかのように目をつむる。

 

もう一度竪琴に手をかけ、ゆっくりと、弦に手を伸ばす。

 

「。。 ストリンガー。。。 レクイエム。。」

 

かつて多くの強力な敵を葬ってきた、ミーメ最大の技。

 

竪琴の弦を弾くと、弦に縛られた魔女の体を衝撃波が包み、激しい爆風が辺りに充満する。

 

爆風が収まったとき、魔女の姿は消え去っていた。

 

 

 

魔女の結界は消え去った。ミーメたち3人は無言のまま、結界があった場所に立ち尽くしている。

 

これ以上の犠牲を出さないための苦渋の決断とはいえ、元は魔法少女。キュウべぇへの怒り、魔女へと変貌してしまった魔法少女への申し訳なさ。。

 

様々な思いから、3人は何も言葉を発することができなかった。

 

 

そんな3人を、教会の影から見つめる男が一人。

 

全身を包む漆黒の法衣。金色に輝く長い髪。

 

顔立ちは端正だが、まるで彫刻のようにその表情は硬い。

 

ジークフリートがその視線に気づくと同時に、まるで霧が晴れるかのように、男の姿は消えていた。

 

 

 

その後も3人はマリアの影を求めてイタリアをさまよっていた。ナポリ、ローマ、ジェノヴァ。。いくつもの町をさまよい、彼らは北イタリアの小さな町を訪れていた。

 

明るく活気のある町。そんな町の片隅にある廃屋のそばを歩いていたミーメは、何かに気がついて足を止めた。

 

魔女の気配。他の魔女に比べはるかにかすかで、気をつけていないと見落としてしまいそうな気配。しかしミーメ達がそれに気づかないはずはなかった。

 

マリアの魔女。

 

廃屋から感じられる気配は、確かに彼女の魔女のものであった。

 

ミーメは無言で他の2人と視線を交わす。

 

ジークフリートとテンマも、マリアの魔女がそこに居ることに気がついていた。

 

ずっと探していた魔女。しかし、3人の足取りは重い。

 

今の状況で魔女と向き合うこと。魔女を人間に戻す方法を知らない状況では、それは魔女を倒すことと同義だった。

 

探していた、でも出来れば見つけたくはなかった。複雑な感情が3人を包む。

 

沈黙を破ったのはミーメだった。

 

「いくぞ」

 

一言つぶやくと、まずミーメが、続いてテンマとジークフリートが結界へと足を進めた。

 

 

結界の中は、ロドリオ村で遭遇したものと同じだった。

 

明るいのに眩しさを感じない。曇り空とも違う不思議な空。

 

光と影ではない。

 

影と、より暗い影。明るい部分もまた影だが、暗さに幾分欠けるために明るく感じられるだけの不思議な空間が広がっている。

 

結界の中心には、あのオブジェがそびえ立っている。

 

太陽を形取ったような赤い造形。それでいて太陽のように眩い光を放っているわけではなく、それ自体もやはり影。

 

やや明るい影として、おぼろげに空間に浮かび上がっている。

 

 

3人は、太陽のオブジェ。。マリアの魔女を前に立ち尽くしている。

 

動けない。ここで動くことはすなわち、マリアだった存在の終わりを意味している。

 

しなければいけないことはわかっていても、3人は動けない。

 

 

やがて、ミーメが口を開く。

 

「マリア、聞こえるか?」

 

マリアだった魔女は、何も反応しない。ただ静かにそこに立ち尽くしている。

 

「もう私たちのことがわからないのか? マリアだった頃の記憶は残っていないのか?」

 

やはり、魔女はなにも反応しない。ただ、攻撃もしてこない。

 

ただ、そこに佇んでいる。まるで、3人に倒されるのを待っているかのように。

 

そして、他の魔女と比べ、この魔女から感じる気配はひどく弱い。どうも、かなり衰弱しているように見える。

 

この魔女がまだロドリオ村に居た頃、監視にあたっていたテンマは、魔女が人間を襲おうとしないことに気づいていた。

 

もしかすると、その後も人間を襲っていないことで、さしもの魔女も体力がひどく落ちているのかもしれない。

 

 

「私たちはお前を、マリアを助けたい。出来ることなら人間に戻したい。だが、私たちはその術を残念ながら知らない。」

 

ミーメは静かに語りかける。

 

「もし人間を襲う魔女なら、私たちはお前を手に掛けることになるだろう。ただ、もしお前がそうでないなら、人間に手をかけないのなら。。。」

 

「どこか人里離れた場所で静かに暮らしていてくれるなら。。いつか私たちが魔女を人間に戻す手段を手に入れる日まで、人間を襲わずに居てくれたら。」

 

ミーメは、マリアだった魔女をこのまま倒してしまいたくない、なんとか未来に可能性を残したいという一心で、魔女に語りかける。

 

「そうしてくれたら、私たちはお前を討伐せずに。。。」

 

 

「やけに弱った魔女が現れたと思ったら、一緒に人間が居るなんて。魔法少女でも魔女でもない君たちは誰だい?」

 

突然響いた甲高い声に3人が振り返ると、そこにはあの白い獣、キュウべえが座っていた。

 

「貴様、ぬけぬけと!」

 

ジークフリートが怒りに震えて拳を構える。

 

「初対面なのにいきなり殴りかかろうとするなんて、君たち乱暴だなあ。どうして人間というのはこう野蛮なんだい?」

 

「初対面だと!貴様、私たちの顔を忘れたとでも!」

 

「実際、初対面だよね。僕は君たちの顔なんて見たことないし。魔法少女でもないのに結界の中でピンピンしてるなんて、いったい君たちはどこから現れたイレギュラーだい?」

 

「私たちはお前に確かに会っているのだが。。。そうか、お前は私たちがあったキュウべぇとは別個体、ということか」

 

「そういうことだろうね。僕たちは魔法少女や魔女の居るところにはどこにでも居るからね。それより君たちはここで何してるんだい?魔女を倒しに来たわけじゃないのかい?」

 

殺気立つジークフリートと、無表情に淡々としゃべるキュウべぇ。

 

 

「。。魔女を人間に戻す手段はほんとうにないのか!?」

 

「魔法少女ー魔女システムに、まさか不満を持ってるのかい? 知らないね。希望がすべて絶望で塗り替えられたら、魔法少女の魂が詰まったソウルジェムはグリーフシードに変わり、魔女になる。それが魔法少女の仕組みさ。それを巻き戻す方法があるなんて聞いたことないよ」

 

「宇宙の熱的な死をもらたすエントロピーの増大、それを防ぐためには膨大なエネルギーが必要なんだ」

 

「地球に暮らす人類、中でも第二次性徴期の少女が希望から絶望に覆い尽くされる瞬間に発生する莫大な感情エネルギー。それを回収することが一番効率的なことに僕たちは気がついた。だから魔法少女・魔女システムを作った」

 

「どうせ人間なんていっぱい居るだろう?その中のごく一部を魔法少女にすることで、大きな願いを叶え希望を増幅する。魂を輝かせる希望はやがて磨り減り、希望が絶望へと完全に置き換わることで魔女になる。希望と絶望の振り幅が大きければ大きいほど、叶えた願いが大きいほど、得られるエネルギーは莫大となる。魔法少女は自分の魂と引き替えに願いを叶え、そのおかげで宇宙が救われて、人間という種族も結果的に生存できるんだから、すばらしい事じゃないか。感謝されることはあっても恨まれたり否定されるなんて、わけがわからないよ」

 

キュウべぇは、3人の怒りにはお構いなしに、平然と言ってのける。

 

 

 

なおもキュウべぇが口を開こうとしたそのとき、結界の中に拍手が響いた。

 

3人でも、キュウべぇでもない誰かが、結界の中に居る。

 

音のするほうを皆が振り返えると。そこにはあの漆黒の法衣を着た男が立っている。

 

「そこな白き獣よ、頼みもしないのに事の秘密をとうとうと語ってくれたこと、感謝しよう」

 

「ただ、舐められたものだな。人間の魂を管轄するのは我ら冥界。お前達ごときが手を出してよいものではない。ましてや油や薪のごとく使い捨てにするなどとはな」

 

男は静かにキュウべぇに向かって近づいてくる。

 

「ここでお前を塵にしてしまうことはたやすいが、それでは問題は解決しない。手荒なまねはしたくないが、少々荒っぽい手段をとらせてもらおう。お前達がコソコソとたくらんでいること、じっくり調べさせてもらう」

 

男のその言葉に危険を感じたキュウべぇは急いでこの場から逃げようとする。しかし、それよりも早く、男の手が金色の光に包まれた。

 

次の瞬間、キュウべぇは金色の光につつまれる。キュウべぇはそのまま光の渦に囚われ、やがていずこかへと消え去った。

 

「さて、おぞましい獣は、決して逃げることの出来ぬ牢獄へと放り込んだ。あとでじっくりと尋問させてもらおう」

 

男はそう言うと、今度は魔女のほうへと足を進める。

 

「待て。お前、何者だ。冥界、と言ったな? まさかハーデス軍の冥闘士か?」

 

テンマが食ってかかる。

 

「冥闘士。。かような連中と一緒にされるとは。そこな聖闘士の目、ただの飾りか?」

 

男は歩みをとめ、3人に向き直る。

 

「よかろう。アテナの聖闘士と、極北の闘士よ。聞くがいい」

 

「我が名はヒュプノス。眠りを司る神だ。そしてハーデスさまの側近でもある。こたびは人間の魂に手を出した小賢しい連中に、冥界の権威を知らしめるためにわざわざ地上へと足を伸ばしたまでよ。」

 

「さて、そこに居る人間の魂のなれの果て。。お前達が魔女と呼ぶ、おぞましい存在についても調べておかねばならぬ。悪いが、それも連れて行くとしよう」

 

「眠りの神、ヒュプノスだと。。じゃぁ、お前が教皇やジャミールの長が追い求めている、双子神の片割れか! なら容赦しないぜ! 喰らえ!ペガサス流星拳!」

 

テンマは渾身の小宇宙を込めて拳を放つ。

 

おびただしい数の拳が、まるで流星のような光となって、ヒュプノスに襲いかかる。

 

しかしヒュプノスは、それらを避けるどころか、受け止めもしない。

 

すべての拳はヒュプノスにヒットしているが、彼は微動だにしない。

 

ヒュプノスは、いつの間にか、鎧を身にまとっている。まるで黒曜石を思わせるような漆黒の鎧。孔雀を思わせるような美しい鎧は、神にふさわしい神々しさに溢れている。ペガサスの流星はまるで水しぶきのごとく冥衣の表面でことごとくはじき返されて、やがて光の塵となり、消えていった。

 

「神話の時代、ハーデスさまの肉体に唯一傷をつけたペガサスの青銅聖闘士。どれほどのものかと期待していたが、よもやこの程度だったとは」

 

「かくも弱きその拳、そよ風のほうがまだマシというもの」

 

渾身の拳がまるで通じず呆然としているテンマを見て、今度は神闘士が動く。

 

「私たちの正体まですでに見抜いているとは、さすが神を名乗る者。ならば話は早い。オーディーンの戦士の力、思い知るがよい! ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!」

 

今度はジークフリートが渾身の拳を放つ。

 

ミーメもまた、アスガルドでの戦いにおいて鳳凰座一輝をして双子座の黄金聖闘士サガに匹敵すると言わしめた光速拳を放つ。

 

二人の神闘士が放つ渾身の拳。その衝撃波は結界を覆い尽くし、結界全体が激しく揺れ動いている。

 

黄金聖闘士にも匹敵する二人の全力、あまりに強大な神闘士の小宇宙を初めて目の当たりにして、テンマは驚きを隠せない。

 

これならいくら神であろうとさすがに無事では済まないだろう、そう思ってヒュプノスを見たテンマの動きが止まる。

 

これほどの攻撃を受けながら、ヒュプノスはやはり拳を避けることも受け止めることもしない。すべての拳をそのままその身に受けてなお、ヒュプノスは微動だにしない。

 

「やれやれ、人間というのはどこまで愚かなのだ。どれほど小宇宙を高めようが、神には決して届くことはないというのに」

 

そう言うと、ヒュプノスは右手を軽く払うような仕草をした。

 

次の瞬間、3人は立っていた場所から,結界の端まで吹き飛ばされた。3人はなすすべもなく、そのまま床にたたきつけられた。

 

 

「さて、遊びはここまで、私もそう暇ではない。聖戦の準備もある。そろそろ失礼させていただくとしよう。魔女は連れて行くぞ」

 

ヒュプノスはそういうと、今度は魔女のほうへ向き直る。

 

 

「エターナル・ドラウジネス。。」

 

マリアだった魔女はまるで逃げようとするかのようにもがいていたが、やがて動きを止め、静かに眠りに落ちた。

 

 

「まだ243年前の聖闘士のほうが張り合いがあったぞ。此度の聖戦は、間違いなくハーデス様の勝利に終わるであろう」

 

「聖戦のあとで、かの獣や魔女についてじっくり調べさせて貰うつもりだが、どうやらこの魔女、ろくに食事をとっていないのか、ひどく弱っている。聖戦が終わるまでに死なれては困る故、この通り深い眠りについてもらった」

 

「お前達にここでとどめを刺すのはたやすいが、このヒュプノス、無益な殺生は好まぬ。そこな極北の戦士ともども、冥王軍に措置を任せるとしよう。それまでせいぜい鍛錬にはげむがよい」

 

そう言い残すと、ヒュプノスの姿はいずこかへと消え去った。

 

同時に、魔女の結界も消滅する。

 

あとには、呆然自失な3人が残された。

 

 

マリアは冥界に連れて行かれたのか?だとすれば助け出す術はあるのか。

 

予想を遙かに超える事態。

 

魔法少女と魔女の謎に、冥界までもが介入してきたこと。

 

冥王を補佐する双子神、眠りの神ヒュプノスが自ら乗り出してきたこと。

 

キュウべぇとマリア(だった魔女)が、おそらく冥界のどこかに囚われてしまったこと。

 

3人はヒュプノスを追うことも出来ず、どうすればこの行き詰まった状況を打開できるのかわからず、途方に暮れるしかなかった。



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守るべき人々

予期せず現れた双子神の介入により、魔女を連れ去られた神闘士たち。

しかし彼らは、ほんとうに守りたい、守らなければならない人々の存在に気がついていた。


「その者は、確かに、ヒュプノス、と名乗ったのだな?」

 

聖域、教皇の間。黄金聖闘士が居並ぶ中、神闘士二人とテンマの報告をうけて、教皇セージは動揺を隠せない。

 

前聖戦では終局まで表立って動かなかった双子神。その片割れである眠りの神、ヒュプノスがすでに地上で活動しているとは。

 

 

その気配はあった。だからこそ、射手座のシジフォス、山羊座のエルシドと二人の黄金聖闘士を派遣してまで、その動向を探らせていたのだ。

 

 

双子神のうち、慎重で用意周到とされるヒュプノスが、これほど堂々とアテナ軍の前に姿を現してくる。

それは、聖戦の早い段階から双子神との衝突がおこることを意味している。

厳しい戦いとなるであろう来る聖戦を思い、教皇セージは緊張せずにはいられなかった。

 

そして、わざわざ自らの手で、魔女とキュウべぇを拉致していったこと。

魔法少女と魔女の存在に冥界がなんらかの関心を持っていることは確実だが、なぜわざわざヒュプノスみずから動いたのか。

 

 

アスガルド最強の戦士である神闘士として幾多の戦いをくぐり抜けてきた自分達ですら、全く歯が立たず軽くあしらわれてしまう、そんな眠りの神の介入。

魔女が彼の手にある以上、助け出すどころか、居場所をつかむことすら容易ではないだろう。

二人の神闘士とテンマは、この状況に不安を隠せないで居る。

 

 

「相手がヒュプノスであったのなら、その魔女はおそらく無事であろう。」

セージは、神闘士達の不安を慮って声をかける。

 

「ヒュプノスは恐ろしい敵には違いない。ただ、双子神のもう片方、命を奪うことになんの躊躇もない死の神タナトスと比べれれば、ヒュプノスは思慮深い行動をとる。」

「ヒュプノスは自ら魔女を連れて行った、それは彼が魔女を重要な手がかりと捉えているからであろう。」

「魔女は冥王軍の勢力下にあるどこかに囚われているに違いない。ヒュプノスは、聖戦をまず片付けたのち、捕らえた魔女とキュウべぇを使って、魔法少女と魔女の謎を解いていくつもりなのであろう。」

 

「でも、相手は冥王軍だぜ。。いくらヒュプノスが慎重でも、他の連中が。。」

 

「ペガサス、その心配はおそらくあるまい。ヒュプノスがわざわざ出てきたのは、冥闘士どもの関与を避けるためでもあろう。貴重な手がかりである魔女が粗暴な冥闘士によって殺されてしまっては困るだろうからな。」

「冥王軍において、ハーデスと双子神の力は絶対だなのだ。冥王軍を統べる三巨頭でさえ、双子神にとっては赤子同然、双子神の意向に逆らうような行動は、冥闘士達には不可能なのだ。」

 

「アスガルドの戦士よ。我々聖域は、こたびの聖戦においてどうしてもヒュプノスと決着をつけねばならぬ。双子神を倒すことは、この教皇と、ハクレイ、前聖戦から生き残った聖闘士の悲願でもある。」

「そなた達もヒュプノスを倒し魔女を取り戻したいであろう。しかし、そうすれば、そなた達もまた冥界と戦うこととなる。我々もそなた達も無事ではすむまい。」

「そなた達には、自分達の時代に戻り、日本において此度の一件を引き起こした原因を解き明かすという使命がある。気持ちはわかるが、あの魔女のことは、我々に任せてはくれぬか。」

 

 

「。。。」神闘士は沈黙している。

 

「まかせとけって。あんた達はあんた達にしか出来ないことを果たしてきてくれよ! あちらの時代で魔女を人間に戻す方法見つけてくれたら、あとはこっちでなんとかするからさ!」

テンマが努めて明るく言い放った。

 

二人の神闘士はなおも黙っていた。教皇の間を沈黙が包む。

が、やがて、ジークフリートは無言で立ち上がった。

無言のまま、彼はゆっくりと、アスガルドの神に授けられた鏡へと足を進めた。

それに促されるかのように、続いてミーメが、やはり鏡へと向かう。

 

 

「教皇、テンマ、そして聖域の聖闘士よ。マリアのこと、エルザのこと、この時代の魔法少女や魔女のこと。貴方がたに託します。」

ジークフリートはそう言うと、アスガルドの神から授けられた鏡を見つめている。

 

「私たちがこの時代に送られてきたのは、それが私たちに必要なことだと、世界が判断したからなのかも知れませぬ。」

 

 

二人は、この時代で出会った多くの人々のことを思い返していた。

 

聖域の聖闘士たち、アガシャやロドリオ村の人々。

 

村人たちから毎日のように届けられる、食べきれないほどの野菜の山。世話好きな老人たちから次々に寄せられる縁談に途方に暮れたこと。

村人たちに囲まれ竪琴を奏で、少女達の素朴な憧れの視線に当惑しつつも、村人たちが見せる笑顔に素直に喜びを感じていた日々。

ひたすらヒルダやアスガルドを守るために戦っていた日々には想像もつかなかった、一人の人間としての、ごく普通の日常。

人々の笑い声、酒場の喧噪、喜怒哀楽に満ちた平凡な日々。

すべてが二人にとってあたたかくも懐かしい思い出であった。

 

 

守るべきは誰なのか。

今までの自分たちには、アスガルドしか見えなかった。アスガルドのために、ヒルダのために生き、戦ってきた。

しかし、この時代で出会い、短い日々ながらも深い絆を結んだ人々。彼らもまたアスガルドの民と同じくこの地上に生きているのだ。

 

これまでも、これからも、自分達は、アスガルドの戦士、神闘士である。

アスガルドのため、ヒルダのために戦う戦士であることは、これからも揺るぎない。

ただ、この時代に来て自分達は、アスガルドの外にもまた、同じように人の営みがあること、遙か遠くからやってきた自分達に暖かく接してくれる人々が居ることを知った。

これからは、アスガルドだけでなく、この世界に暮らすすべての人々のために戦おう。

今居るこの時代、243年後の未来だけでなく、すべての過去と未来の人々のために。

少女たちが泣いたり笑ったりしつつも幸せな日々をおくり、魔女になることもなく自分達の未来に希望を持ち続けられるように。

 

鏡には、二人の神闘士の顔が映っている。

しかし、二人が鏡の中に見たのは、アスガルドの人々、聖域やロドリオ村、イタリア。。この時代に来てから出会った多くの人々の笑顔だった。

 

「聖域のこたびのご厚意、感謝します。私たちは、己の成すべき事を成すことで、それに報いましょう。」

「この時代の聖域、243年後の聖域、そして私たち。、力をあわせればきっと、あの白い獣の所行から少女たちを守ることが出来ましょう。」

「アガシャ、ロドリオ村のみなさん、私たちをあたたかく迎えてくれた人達にも、よろしくお伝えください。みなのおかげで楽しかったと。人の幸せに改めて気づくことが出来たと。」

 

 

言い終えると、彼らは黙って鏡と向き合う。

 

やがて、鏡からは穏やかな光が放たれ、二人を、そして教皇の間を明るく照らしていった。

やがて光が消えたとき、二人の姿は、教皇の間から消えていた。



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懐かしきアスガルド

現代に戻った神闘士たち。彼らが誰よりも自分達の復活を知らせたかったのは。。


ギリシャから日本へ向かう機上。アテナこと城戸沙織はくつろいでいた。

 

聖域では、教皇のいないなか、聖戦への準備や聖域への目配り、その他諸々の雑務など、アテナとしての役目を果たすことに追われていた。

 

双子座の黄金聖闘士、サガの乱。それによる聖域の傷は深かった。

教皇や6人の黄金聖闘士、多数の白銀聖闘士を失っただけでなく、多くの雑兵や文官など聖域を支える多くの人材が、この13年で失われていたのだ。

教皇や失われた聖闘士たちは、聖域を統べる実務にも長けた者達だった。

乱が終わり、まずアテナたる城戸沙織がしなければいけないことは、荒れ果てた聖域の立て直し、新たなる人材育成であった。

 

その片腕となるべき、残された黄金聖闘士たち。

天秤座の童虎は遙か中国の五老峰において、冥界につながる108の魔星を監視している。

牡羊座のムウは、聖衣の修復者として、要地であるジャミールの主として、聖域を不在にしていることが多い。

 

そして、聖域に常駐する者達。

 

牡牛座のアルデバランは、聖域の誰からも慕われ、人望が厚い。動揺した人心を安定させるのは、彼が最も適任であろう。

 

 

残る黄金聖闘士たち。。

 

乙女座のシャカ、蠍座のミロ、獅子座のアイオリア。。

 

彼らを見て、アテナは密かに決意したのだった。

 

 

「。。。あとは、自分がなんとかしなければ。。。」

 

 

いかに精強であろうと、実務にはおよそ向かない3人。

その代わりにアテナは寝る間を惜しんで働く日々が続いていたのだった。

 

 

「やっと、やっと人並みの生活に戻ることが出来る。。。」

アテナの表情は、久々の休息、信頼する青銅聖闘士たちとの再会を思い、知らず知らずのうちにほころんでいた。

 

 

アテナの乗るプライベートジェットが中国上空にさしかかったそのとき、機内に異変が起きた。

聖域から運んできた、北欧の神・スクルドの鏡。厳重に梱包されたその鏡が、箱を突き破って機内に飛び出してきたのだ。

機内にふわふわと浮かぶ鏡。鏡は眩いばかりの光を放ち、やがて鏡の前に二人の戦士が現れた。

 

 

目の前に立つ少女。彼女から放たれる小宇宙の偉大さ、暖かさから、二人は彼女がアテナであることを一瞬で悟った。

 

「ハクレイ殿、お久しゅうございます。そしてアテナ、北欧アスガルドの神闘士、ドゥベのジークフリート、ベネトナーシュのミーメ、お初にお目にかかります。」

二人の神闘士はそう言うと、機内に膝をつき、目の前に立つアテナ、そしてハクレイと呼ばれた老人に敬意を示す。

 

 

アスガルドの戦いにおいて、アテナは神闘士のほとんどと面識がなかった。

彼女は海岸において氷山の融解を防ぐために小宇宙を燃やしつづけ、ヒルダが海皇ポセイドンの魔の手から解き放たれるとすぐに、彼女はポセイドンの海底神殿へ連れ去られたのだ、

それでも、二人の戦士が放つ小宇宙はアスガルドで彼女が感じていたそれと同じものであることは、彼らと正対してすぐに理解できた。

 

 

「ジークフリート、ミーメ、顔をあげてください。243年前の聖域での働き、ご苦労でした。アスガルドでの戦いはお互いに不幸なできことでしたが、この地上のため、世界のために、できる限りのことをさせてくださいね。」

 

アスガルドでの戦いに負い目を感じているであろう二人の心をおもい、アテナは穏やかな声で二人に語りかけた。

 

「ありがたきお言葉。アスガルドでの私たちの振る舞いはどれほど許しを請うても許されるようなものではないですが、アテナにそこまで言われては、私たちはそれに従うまでにございます。」

 

頭をたれる神闘士たち。

アテナの言葉に緊張を解いた二人。

 

彼らが顔を上げようとしたとき、彼らの体は突然宙に浮かび上がった。

彼らはやがて光の玉のようなものに包まれる。突然のことに慌てる二人。

脱出しようとしても、その玉から彼らが出ることはできない。そのまま空中を漂うばかりである。

 

 

 

 

「あなたたちに伝えなければならないことがあります。」

アテナは、重々しく、やや悲しみをたたえた声で語る。

 

 

「この飛行機に乗っているのは、私たち聖域の関係者のみです。そこにあなたたちアスガルドの神闘士が現れた。」

 

「(どういうことだ?アテナは私たちのことを実は許していないのか。。!?)」

この玉に包まれた状況では、仮に襲われても反撃に移ることができない。

どうにもならないこの状況に、二人の神闘士は動揺を隠せない。

 

「。。。。」

アテナは無言で二人を見つめている。

 

周囲は、次になにが起こるかわからない、異様な緊張感に包まれている。

 

 

 

 

「。。。。定員、オーバー、なのです。」

 

「?」

 

「この飛行機は、私たちだけでちょうど定員いっぱいでした。そこにあなたたち二人が現れた。あとは、わかりますね?」

 

「!?」

 

「さきほどからこの機は、重量オーバーでどんどん高度を下げています。このままでは五老峰あたりに衝突する運命。」

 

「!」

 

「その命の玉に包まれていれば、たとえハーデスであろうと手出しはできません。」

「そしてそれは無事に日本に着くまで、あなたたちを運んでくれるでしょう」

 

「アテナ、お待ちを!ここにはハーデスはおりませぬっ!わざわざこのようなもの用意頂かなくとも。。。」

「この玉、やけに小さくありませんか?もしやペガサス達用では! アルベリッヒやミーメはともかく、堂々たる体躯の私には小さすぎっ。。」

「ちょっと待て今のは聞き捨てならぬっ。。いやとにかく何か他に手段はっ!?」

 

「ということで、日本に着くまで、あなたたちは空中に浮かぶその玉の中でお休みになっていてくださいね。ちょっと狭いかもしれませんが。。うふふっ」

 

「狭いのちゃんとわかってるではありませぬかっ!?」

「アテナ、せめてもうちょっと大きい玉をお願いしたいのですがっ!」

 

 

「。。お休みになっていてくださいねっ!(笑顔)」

 

「。。。」

 

日本に着くまで、二人の神闘士はひたすら、狭い玉の中で膝を抱え、ふわふわと空中に漂っていたのだった。

 

 

 

3時間後、二人の神闘士はふらふらになりながら、滑走路に足を下ろした。

正座の習慣があるわけでもないアスガルド出身の二人にとって、地獄のような長時間体育座り。

アテナたちのあとに続く二人の足取りは、まるで生まれたての子鹿のようにふらふらとおぼつかないものだったという。

 

城戸邸の応接室。二人の神闘士は、243年前に起こった出来事について事細かに説明した。

ハクレイからある程度の話は聞いていたものの、少女が魔女に変貌するという事実、冥界までもがその事件に刺さりこんできたという事実は、アテナを動揺させるに十分だった。

 

「私たちが気づかないうちに、少女たちがそんな酷い目にあっていたなんて。」

 

「私たちを過去の聖域に飛ばした原因となるものは、どうやら日本にあるらしいです。そして、243年前の聖域に着いた私たちは、それまで気づくことも無かった魔法少女や魔女を認識できるようになっていました。」

「おそらく、私たちが経験した時渡りには魔法少女か魔女が関与している。そしておそらく現代の日本に居る魔法少女がなんらかの鍵を握っているのでしょう。」

「もしかすると、魔女を魔法少女に戻す方法、そもそも魔法少女や魔女を作り出すキュウべぇという獣の野望を砕く方法もこの日本で得られるかも知れません。」

そう語るジークフリートにアテナが答える。

 

「ハクレイにはすでに伝えてありますが、この城戸邸を日本でのあなたたちの根拠地として使って頂いて構いません。聖戦を控えてはおりますが、こちらの聖域も最大限の協力をしましょう。将来への希望に満ちているはずの少女たちをこれ以上悲しませるわけにはいきませんから。」

 

「聖域とかつて戦い、どのような報いをうけても何も言えない私たちに、ありがたきお言葉。。感謝いたします。ところで。。。」

 

「? どうかしましたか? ジークフリート。」

 

「この世に再び生をうけた私たち。おそらくアスガルドも私たちに気づいておりましょう。日本で活動を始める前に、アスガルドに事に次第を説明して参りたいと考えております。」

 

「それはそのとおりですね。ヒルダやフレアも心配していることでしょう。ぜひ行ってあげてください。」

 

「かたじけない、ではさっそくアスガルドへ。。しばしの間、おいとまさせて頂きます。」

 

「ヒルダたちによろしくお伝えください。あ、アスガルドは遠き国、遠慮無くグラード財団の飛行機を使ってよいのですよ。」

 

「。。いえ、これまで通り、私たち自身の足で移動しますゆえ(もしやまたあの玉に入れる気では。。)」

「そうですか、たまには飛行機で楽をするのもよいものですよ(残念だわ、また命の玉を出してあげようと思ったのに)」

「(やっぱり。。)事は急を要するゆえ、これにて失礼いたしますっ!」

 

神闘士達は、そう言うと、アテナの前から姿を消した。

 

「今生のアテナよ、少々いたずらが過ぎるのではありませぬかな?」

苦笑しつつ問うハクレイに、アテナは答える。

「聖域とアスガルド、私たちが経験した戦いはあまりにも悲しいものでしたから。どんな形であれ、私たちの間に残る悲しみの記憶を解きほぐしたいのですが。。。」

「アテナ。。お気持ちはわかりますが、もっと他のやり方があるのでは。。」

 

 

 

 

日本を発って数時間。ジークフリートとミーメはアスガルドの国境に立っていた。

もとより光速の動きを身につけた彼らにとって、長距離の移動はさほど苦にはならない。

温暖な日本やギリシャとは違う、キンと冷えた極北の空気。自分達が産まれたアスガルドを前に、二人は言いしれぬ感慨に包まれていた。

 

ここまで来れば、アスガルドの中心、ワルハラ宮は目と鼻の先である。二人はワルハラ宮に向け走り出した。

そのはずだった。

 

次の瞬間、彼らは自分達がまた、先ほど立っていたアスガルドの国境に戻っていることに気がついた。

道を間違えたのか?

彼らは再び走り出した。

しかし、何度試みても、彼らは国境に戻ってきてしまう。彼らにとって、故郷の道は間違えようもないほど体に染みついているはず。

ようやく彼らは自分達をとりまく異変に気がついた。

 

このままでは埒があかない。彼らは小宇宙を使って、ワルハラ宮のヒルダとフレアにコンタクトを試みた。

やがて、ワルハラ宮からの返答が届く。しかし、答えてきたのはなぜかヒルダだけであった。

 

「ジークフリート、ミーメ、やはり貴方たちだったのですね。またこうして貴方たちと話せるなんて、こんな嬉しいことはありません。」

 

「ヒルダさま、それは私たちも同じ事。何よりもこうしてヒルダさまに相まみえること、無上の喜びにございます。」

ジークフリートは、ヒルダとこうしてまた言葉を交わせることに、歓びを隠せない。

 

「ジークフリート、ミーメ、ありがとう。ただ、先の戦いでの私の過ち、いくら謝っても許してもらえるものではありませんよね。」

 

「いえ、あれはあくまでポセイドンの所行。私たちも、アスガルドの民もよくわかっております。」

 

「私の過ちは取り返しがつきませんが、この一身をなげうってでも、せめてアスガルドを再び平和な大地にすることで償いをしていこう、私はそう誓っていたのですが。。」

 

「アスガルドにまた何かが起こっているのですね。実は、私たちは国境からワルハラ宮に向かっているのですが、何度走り出してもこうして国境に戻されてしまうのです。」

 

 

 

「ところでジークフリート、今日は何月何日ですか?」

 

「はい、2006年10月1日ですが、それがどうかしましたか?」

 

「にわかに信じられないでしょうが、アスガルドの暦によれば、今日は2007年5月15日、なのです。」

 

「それはいったい!?」

 

「実は。。アスガルドでは今、外界にくらべ時の流れが数百倍に速まっています。」

「貴方たちを失ってから、私は突然病に倒れました。それに伴ってアスガルドの神オーディーンの地上代行者の役目は、宮廷医師のアンドレアスに引き継がれたのです。」

「ところが、彼は私とフレアをワルハラ宮に幽閉し、新たな神闘士を任命する一方で、禁忌とされていたユグドラシルの樹を復活させたのです。」

「おそらく彼は何者かに操られているのでしょう。おそらく操っているのは、邪神ロキ。。」

 

「ロキ。。かつてアスガルドを幾たびも危機に陥れている、あの邪神が復活したというのですか!?」

 

「はい、ただ、神闘士たちはアンドレアスに忠誠を誓っており、私はこのように病の身。今はユグドラシルを破壊する手立てを探っているところなのです。」

 

「私たちがワルハラ宮に近づけないのも、アンドレアスの差し金ということでしょうか?」

 

「そうかもしれません。ユグドラシルが現れてから、アスガルドでは、外界にくらべ時の流れが数百倍に速まっています。おそらくユグドラシルの成長を早めるため、アンドレアスに取り付いているロキが、なにか仕掛けていることはありえます。」

「それか、下界とアスガルドであまりにも時の流れの速度が違いすぎているので、お互いにその境界を越えることができなくなっているのでしょう。」

「テレパシーは物理の法則に依存しないので、こうして国境をこえてやりとりできているのかもしれません。」

「ただ、ロキが時の流れを制御する能力を持っているなぞ、聞いたことがありません。何者かの力を利用して、ロキが時の流れに干渉していると考えるのが自然でしょう。」

 

「それについては、心当たりがあります。」

ジークフリートはおもむろに語り出した。

「聖域との戦いで命を落としたはずの私たちは、なんらかの力により243年前の聖域に飛ばされ、そこで再び生を得ました。」

「時の流れを司る、スクルドなど極北の神々の手を借りてこうして戻って参りましたが、私たちを243年前に飛ばしたのは、かの神々の仕業ではありませぬ。」

「243年前の聖域にたどり着いた私たちは、それまで知ることのなかった、魔法少女、魔女という存在を認識できるようになっていたのです。」

「魔女を認識するためには、魔女となんらかの形で関わりを持つ必要があることも知りました。私たちは、こたびの一件を経て、この時渡りが魔法少女に関係しているのではと考えております。」

「キュウべぇという獣によって願いを叶えてもらった少女は、その代償として、人知を超えた能力を持つ魔法少女となるようです。アスガルドに起きている時の流れの異常、もしかすると魔法少女が関与しているのかもしれませぬ。」

 

「その仮説、検証に値するでしょう。ただ、下界とアスガルドで時の流れが大きく異なり、空間にひずみが生じている現状では、貴方たちがワルハラ宮やアンドレアスのもとにたどり着くのは、これからも不可能でしょう。」

ヒルダは続ける。

「今のアスガルドに入り込むには、おそらく物質や時間という概念を超越した空間転移が必要なのかもしれません。たとえば、魂そのものを、全く他の空間から転移させるような。」

「そんなことが出来るのは、神をおいて他にないでしょう。そして、スクルドたちが敢えてそれを選ばなかったのは、貴方たちが日本でこの問題の根源に迫ることがなによりも大事であると、彼女達が判断したからに他ならないのでしょうね。」

 

「。。。」

 

「貴方たちの気持ち、痛いほどわかります。私たちも貴方たちとともに戦えればどんなに嬉しいことでしょう。でも、おそらく最善の道はそこにはないのだと私は感じています。」

「ジークフリート、ミーメ、日本でこの事件の真相を解き明かしてきてください。それがきっとアスガルドをこの危機から救うことになると思うのです。」

「お願いばかりで申し訳ありませんが、アスガルドのため、地上のため。。苦労をかけてすみません。アテナもきっと貴方たちを助けてくれることでしょう。」

 

「ヒルダさま、少しでも早く、日本で成すべき事をなしてまたアスガルドに帰ってきます。それまでどうかご無事で。。」

「ジークフリート、ミーメ、私が言えることではありませんが、あなたたちもくれぐれも命を大切に。。」

 

 

二人の神闘士は、アスガルドへの帰還を誓うと、無言で再び日本へと足を向けたのだった。



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二つの再会、新たな出会い

旧友とつかの間の再会。かつて戦った者同士の再会。

そして、思いがけず訪れた新たな出会いによって、運命が動き出す


「やっと、ビジネスの話が終わりました。すっかり待たせてしまってごめんなさい。」

「いいえ~、お会いできるの、ほんとうに久しぶりですから。いくらでも待てますわ。」

 

テーブル狭しと並べられたお菓子やティーセット。きらびやかな調度品がならぶ応接室。

部屋に入ってきた一人の少女の顔を目にするや、部屋に居たもう一人の少女は歓声をあげる。

 

「その制服、中学校のかしら?すごくお似合いですよ。」

「はいっ、中学校の制服ですのよ。胸元の赤いリボン、かわいいでしょ?」

「えぇ、ほんとうに。私も中学校に通って、かわいい制服着て、楽しい学園生活楽しんだりできたらなぁ、って思うこともあるんですよ。」

「きっとお似合いになりますわ! 一緒の学校に通えたりしたら、きっとすごく素敵だと思いますの。」

 

少女たちのおしゃべりは、尽きることなく続く。

 

「ところで、今度のお仕事はすごく大変だとお聞きしたのですが。。」

「はい。今度はもしかすると。。」

「ええっ!? そんなことを聞いて、行かせるわけにはいきませんわっ。どうして沙織さんばかりそんな目にあわないといけないですの?」

「こればかりは仕方ないのです、私はそのためにこの世界に生まれたのですから。」

「そんな。。」

「わかってくださいね、それに、帰ってこれないと決まったわけではないのですし。私と一緒に行ってくれる方たちも、一人も欠けることなく帰ってくることができたら、どんなに素敵なことでしょう。」

「私と同じ年なのに。。せめて沙織さんのお側でお守りすることが出来たら。私、こうみえても護身術の心得はありますのよ。」

「いくら仁美さんがお強くても、相手は、普通の人間ではどうにもならない相手ですから。」

「そうですか。。では、もっともっと強くなったら、沙織さんのお側に居させていただけるんでしょうか?」

「普通の鍛え方ではとても。。お気持ちだけ、ありがたく受け取らせていただきますね。」

「そうですか。。あ、そうそう。。」

 

仁美と呼ばれた清楚な少女は、重苦しい空気を変えようと話をそらす。

いかにも中学生らしい、他愛のない話と笑い声が部屋に響く。

 

 

「沙織お嬢様、そろそろお帰りのお時間ですが。」

ノックとともに入ってきたスキンヘッドのいかつい男性の言葉が、少女たちの楽しいひと時に終わりを告げる。

 

「辰巳、時間、もう少しなんとかなりませんか?」

「お気持ちはわかりますが、見滝原から戻る時間を考えたらこればかりは。。」

辰巳と呼ばれた男性は、申し訳なさそうに首をふる。

 

「もうっ。。残念ですわ。でも大きなお仕事がいつ始まるか、まだわかりませんから。それまではこちらにできるだけいっぱい来させていただきますね」

 

沙織と呼ばれた少女はそう言うと、仁美と呼ばれた少女に見送られ、つかの間ながら幸せなひと時を過ごした豪華な邸宅をあとにした。

 

 

「お父様、どうして沙織さんばかり。。」

「仁美。私にもよくわからないけれど、あのお方は、グラード財団総帥としての役目よりもさらに大きな役目を背負っておられるようなのだ。きっと、あの小さな肩に世界を背負っていらっしゃるのだろうね。」

「。。。」

「グラード財団と志筑コンチェルンはは重要なビジネスパートナーではあるけれど、お前たちは幼いころから本当の姉妹のように仲良く育ってきたのだから。せめて、ここにいらっしゃったときには、あのお方が幸せな時を送れるように、優しく迎えて差し上げなさい。」

「。。。わかりましたわ。それで沙織さんの力になれるなら。。」

 

 

志築家の邸宅を後にした車は、街中をかなり急ぎ目に走っていた。

 

「辰巳、今度ここに来るときは、もう少しゆっくり居させてくださいね。」

「そうは言っても。。。うわっ!」

「どうしたのです!辰巳!」

「道路に黒猫がっ!よけきれませんっ!」

 

急ブレーキを踏んで車を停めたものの、車のすぐ前に現れた黒猫を避けるには、車との距離が近すぎた。

轢いてしまったか。

恐る恐る目をあけた辰巳の視界に飛び込んできたのは、何事も無かったかのように歩道に座っている黒猫と、その脇に立っている一人の老人だった。

 

「やれやれ、辰巳どの。急に猫が飛び出したとはいえ、それを避けられない辰巳どのではあるまいて。何か集中力を乱すようなことがあったのでしょうが、前方には気をつけなされ。」

「ハクレイどの、かたじけない。それよりも、どうしてここへ?」

「なに、未来の日本に来てみれば、見るもの見るもの何もかもが物珍しくてな。散歩しているうちに、ついつい遠出してしまいましたわい。」

「散歩。。城戸邸からここまで200キロはあるというのに。いくら貴方とはいえ、スケールが大きすぎますぞ。」

 

半ばあきれ顔の辰巳をよそに、ハクレイは黒猫を抱き上げると涼しい顔をしている。

 

「エイミーっ! 助かったのね! よかった。。」

慌ててハクレイのそばに駆け寄ってきたのは、制服姿の少女だった。

 

「ありがとうございます、エイミーを助けてくれて。絶対間に合わないって思っちゃって、目をつぶっちゃった一瞬の間に助けて頂けるなんて。すごいです。」

「そうか、こいつはそなたの飼っている猫じゃったのだな。」

「いえ。。飼っているわけじゃ。。 野良猫なんですけど、いつの間にかすっかり仲良しになっちゃって。今日も学校帰りにその子に、エイミーに会いに来てたんです。」

 

ハクレイから黒猫を受け取って抱きかかえると、その少女は深々とお辞儀をする。

 

「わたし、鹿目まどかっていいます。あ、せめて何かお礼を。。この子の命の恩人ですから。。」

「いやいや、気にすることはない。ただの通りがかりじゃし、わしにとってはなんでもないことじゃ。」

「そうですか。。」

少女は申し訳なさそうに立ち尽くしている。

 

「ごめんなさい、エイミーっていうんですね、その子。もう少しであなたの大事なエイミーの命を奪ってしまうところでした。」

止まっている車から降りてきた少女は、鹿目まどかと名乗った少女のところまでやってくると、やはり深々と頭を下げた。

 

「私は、城戸沙織といいます。まどかさん、エイミー、かなり動揺しているようですから、しっかり落ち着かせてあげてくださいね。」

「城戸、沙織さん。。。えぇっ !あのグラード財団の城戸さん、ですか!? わたし、知ってます! そんな、頭をあげてください、気をつけてなかった私が悪いんですっ。」

 

頭を下げあう二人の少女。そしてやはり申し訳なさそうに頭を垂れる辰巳。

収拾のつかなくなっている現場を見て、ハクレイが間に入る。

 

「お嬢様、そろそろお時間です。屋敷で待っている皆のためにも、そろそろ向かわねばなりますまい。」

「そうですね、ハクレイ。まどかさん、エイミーとこれからも仲良くしてあげてくださいね。」

「はい、この子、おっちょこちょいみたいだし、私がもっと気をつけてあげないと、です。お気をつけて。。」

 

城戸沙織、ことアテナの車が立ち去り、まどかもどこかへ立ち去った。

それを待っていたかのように現れたのは一人の少女。

 

「あの老人、いったい何者かしら。でも、エイミーが事故に遭わなかったおかげで、まどかが魔法少女にならずに済んだのなら、感謝すべきなのかもね。」

 

そう独り言を呟くと、その少女もまたどこかへと去って行った。

 

 

 

グラード財団の邸宅に戻ったアテナを、アスガルドから戻った二人の神闘士が待ち受けていた。

「そうですか。。邪神ロキについては、私も聞いたことがあります。アスガルドに立ち入ることが出来ないとなると、いったいどうすれば。。」

「アテナ、時の流れを狂わせるような所業は、時の神クロノス、その兄弟で神の座を追われたかつての刻の神カイロス、そして北欧のスクルドたちしか心当たりがありませぬ。私も探ってみましたが、今回の件、いずれの神も関わってはおらぬようです。この者たちのいうとおり、魔法少女が関わっているという推測、あながち外れてはおらぬかもしれませぬな。」

「ハクレイ、かつてカイロスと接触のあった243年前の聖域がそう考えるのならばそうなのでしょう。この時代で魔法少女や魔女を認識できるのはあなたたち二人だけ。どうか。。」

 

アテナがそう言いかけたとき、部屋の扉が勢いよく開き、何人かの少年が部屋に飛び込んできた。

 

「まさかと思ったら、ジークフリートじゃないか! どうやって助かったのかはわからないけど、また会えるなんて夢みたいだぜっ!」

「ミーメも蘇ったんだね!兄さんが知ったらきっとすごく喜んでくれると思うよ!」

少年たちは二人を取り囲み、興奮が収まらない。

 

「ペガサス星矢、アンドロメダ瞬、ドラゴン紫龍にキグナス氷河、こうしてまた相まみえることが出来るとは。あの時は申し訳なかった。すまない。なんと言ってよいか。。」

「そんなことは気にするなよ!それより、沙織さんから聞いたぜ!日本のことなら任せてくれよ。俺たちも手伝うからさ。」

「そうだ。俺たちの本来の敵とは違うが、この世に生きる少女たちをまるで物のように使い捨てる所業、許すわけにはいかない。俺たちも戦うぞ。」

「そうと決まったら、さっそくその魔女とやらを探しに行こうぜ!あんたたちと一緒なら、俺たちも魔女を認識できるようになるんだろ?」

「星矢、紫龍。。。あなたたち、ポセイドンと戦った時のダメージがまだ残ってるのに、もう少し休んでいてもいいのですよ。」

「沙織さん、俺たちがそんな事でおとなしくしてるなんて思わないだろ?よろしく頼むぜ!」

 

あまりに急な展開に茫然としつつも、二人の神闘士は大きくうなづいた。

「そうと決まったら、さっそく行こうぜ!」

心なしか嬉しそうな氷河の声とともに、4人の青銅聖闘士と2人の神闘士は駆け出して行った。



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狂い始めた軌道

暁美ほむらの新たなループが、再び始まる。

ただ、これまでと違うのは、魔法少女でも魔女でもない、謎の戦士が二人現れたこと。


「ずいぶん遠くまで来ちゃったね、紫龍。」

「魔女がなかなか見つからないのだから、仕方ないだろう、瞬」

 

4人の青銅聖闘士と2人の神闘士は、魔女と、全ての黒幕と疑っているキュウべぇを探して、城戸邸からずいぶんと遠くまで来てしまっていた。

アテナに仕え地上の平和を神話の時代から守ってきた戦士、聖闘士。12人の黄金聖闘士、24人の白銀聖闘士、48人の青銅聖闘士。

88人いるといわれる聖闘士の中でも、彼らはもっとも下の階級である青銅聖闘士だが、それでも最強クラスの戦士であることに違いはない。

そんな彼らにとても、あてのない捜索はやはりこたえるものらしい。

 

「この街に来るのは初めて、かもしれない。ここはなんという街なんだ?」

白鳥座(キグナス)の青銅聖闘士、氷河がジークフリートに問う。

 

「それを私に聞かれても。。お前達のほうが日本には詳しいのではなかったのか? 私もこの街は初めてだが、標識によればここは、”見滝原”という街らしい。」

「みたきはら。。たしか、沙織さんの幼なじみが住んでいる街も、見滝原、だったよな。ところで、この街に来てから、なにか妙な気配を感じないか?」

ペガサス座の聖闘士、星矢が、あたりの様子をうかがいながら答える。

 

「お前も感じていたか、星矢。聖闘士とも、これまで戦ってきた敵とも違う、なにかこう深い呪いを思わせるような気配だ。もしかして、これが「魔女」なのか?」

龍座(ドラゴン)の聖闘士、紫龍が言葉を返す。

 

「間違いない。これが「魔女」の気配だ。魔女は自らの魔力で結界をつくり、その中に潜んでいる。魔女に呼び寄せられた人間や、この街のどこかに居るはずの魔法少女、そしてそうした存在と接触をもった存在、たとえば私達のような者でなければ、魔女の結界には立ち入ることはできないのだ。さっそくだが、どうやらすぐ近くに結界があるようだぞ。ついてこい。」

 

そう言うと、ジークフリートは道路脇の空きビルに近づいていった。壁の前に立った彼は静かに小宇宙を高め始めた。

 

 

「私がまず結界に入り、それからお前達を結界に引っ張り込む。お前達は壁際に立っていてくれ」

ジークフリートは、まるで壁に溶け込んだかのように、壁の向こう側にある結界へ身を投じると、壁際に立っている青銅聖闘士達を一気に結界へと引きずり込んだ。ミーメも彼らに続く。

 

 

結界の中には机や椅子、化学の実験器具のような何かが無数に浮かんでいる。それらには目や口のようなものが付いており、結界への侵入者に気がつくとあからさまに威嚇を始めた。ビルの中に展開された異世界、見たこともない異様な物体に、さしもの青銅聖闘士達も言葉を失っている。

 

「これが魔女の結界だ。浮かんでいるコイツらは、魔女の使い魔だろう。魔女が生きている限り、いくら倒しても次から次へと現れる。攻撃されても君たちなら遅れを取ることはないだろうが、一応気をつけておけ」

 

侵入者に気づいた使い魔は次から次へと襲いかかるが、無数の光条のように空間を埋め尽くすミーメの光速拳を受けて、なすすべもなく引き裂かれ、消滅していく。ミーメは結界の奥へと足を進め、青銅聖闘士たちもまた、降りかかる火の粉を払うかのように使い魔をいなしつつ後を追いかけるが、結界の深部に近づくほど、使い魔はその数を増していく。四方八方から襲いかかる使い魔を仕留めながらでは、思うように前に進めない。

 

やがて彼らの前には、自転車を思わせるような形をした巨大な生き物が現れた。

「これが、魔女だ。こんななりをしているが、こうなる前は、笑ったり泣いたり怒ったり、夢に思いを馳せたりする、ごく普通の少女だったはずなのだ。あのおぞましいキュウべぇに騙され、魔法少女になってしまった少女はほぼ例外なく魔女へと墜ちることになってしまう。キュウべぇは魔女を少女に戻す方法は知らないと言うが、このような不条理が現実に起こりうるのなら、その反対もまた不可能ではないはず。私達が243年前の聖域に送られ、アスガルドの神のご加護によって再びこの時代に戻ってきたのは、そのためなのだと思っている」

 

ミーメは竪琴を構え、静かに魔女を見つめる。

 

「すまない。今の私達には、お前を倒すことしか出来ないのだ。せめてこれ以上の悲しみを積み重ねさせないために、安らかな終わりを与えよう。ストリンガー・レクイエム。。。」

 

竪琴を奏で始めるミーメ。空間を埋め尽くす使い魔は、もの悲しい竪琴の旋律に、まるで眠ってしまったかのように動きを止めていく。

竪琴から放たれた弦は魔女に巻き付き動きを拘束するが、魔女の抵抗はなかなかおさまらない。じわじわと魔女のほうに引き寄せられていく状況。

巨大な魔女との力比べを続けたなら、これ以上時間をかけるのは思わぬ結果を招きかねないだろう。

決着を急ぐべく、ミーメが竪琴の弦を弾く。

衝撃波は弦を伝って魔女へと届き、それと同時に結界を包んでいく凄まじい爆風。荒れ狂う煙と風が収まったあとには魔女の姿も結界も消滅し、あたりは何の変哲も無いビルの室内へと姿を変えていた。

 

「ミーメ! 以前よりもさらに強くなったんじゃないか? あっさり終わったな」

駆け寄る青銅聖闘士たちに囲まれながらも、ミーメの表情は硬いままである。

 

「そう見えるか? 今の魔女はこれまで出会った魔女と比べ、かなり手強いように感じる。たまたまこの魔女が強かったのか、それとも。。」

「そして、キュウべぇはここには居ないようだな。一刻も早く、ヤツを見つけ出してこんな悲劇に終止符を打たねばならないのだが。。。」

 

日本での闘いは、予想していたものよりも厳しいものになるかもしれない。

青銅聖闘士達の声をよそに、二人の神闘士の心は晴れない。

 

 

「すまんが俺たちはそろそろ戻らなければならない。お前達はどうする?」

「私達はもう少しこの街を調べてみようと思う。この街はあちこちに魔女や使い魔の気配が感じられる。」

 

申し訳なさそうな紫龍に言葉を返すと、ジークフリート達は、城戸邸へと引き返す星矢たちと別れ、引き続き見滝原の探索へと向かった。

 

「セージ殿たちもそうだが、この時代のペガサスたちもこれから冥界との闘いを控えている。なるべく私達で事をおさめたいところだが」

「同感だ。それにさきほどの闘いぶりを見ていると、たしかに青銅聖闘士たちはめざましく強くなっているが、海界との闘いで受けたダメージが完全に回復していないようだ。。ん?」

「どうした、ミーメ?」

「さっそくだが、また魔女だ。かなり近いところだぞ。急ぐぞ」

 

二人の神闘士は、あらたな戦場へと急いだ。

 

 

 

 

「ですからっ! ハンバーグにかけるのはケチャップですか?それともソースですか? はい、中沢君!」

「え!? えっと……ど、どっちでもいいんじゃないかと……」

「そのとおり!どっちでもよろしい! ところで今日はみなさんに転校生を紹介します! 暁美さん、いらっしゃい」

 

見滝原市中学校2年のとあるクラス、妙にテンションの高い女教師に促され、一人の少女が教室に入ってきた。

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

長髪でクールな雰囲気の少女は、言葉少なに自己紹介する。

 

(これで何度目の自己紹介かしら。でも、これを最後の自己紹介にしてみせる。。)

クラスの生徒に気取られないよう心の中で呟くと、暁美ほむらは軽くよろめいた。

 

「すみません、ちょっと緊張してしまったようで、めまいがしてしまいました。保健係はどなたかしら? 保健室へ連れて行ってくださる?」

(わざとらしかったかしら?でももう何度も繰り返してきたイベントだし、手間かけずにさっさと進めてしまいましょう。。)

どなたかしら?と言うわりに、暁美ほむらは、教室の真ん中付近に座っている一人の少女だけを見つめている。

 

「保健係。。あ、鹿目さん、いきなりだけど暁美さんをよろしくね」

先生に促されると、鹿目さんと呼ばれた少女は席を立ち、暁美ほむらに寄り添いつつ保健室へと向かった。

 

 

「鹿目まどかとの出会いをやりなおしたい。」

その願いを叶えるために、ほむらはキュウべぇと契約して魔法少女となった。

 

数え切れないほど繰り返してきた、鹿目まどかとの出会い。まどかが魔法少女にならぬよう、魔女にならぬよう、ほむらはこのシーンを、この1ヶ月を何度も何度も繰り返してきたのである。

 

まどかを大事に思う人達の存在を忘れないで欲しい。他人よりも自分を大事にして欲しい。魔法少女なんでろくなものではない。

まどかが軽率にキュウべぇと契約して魔法少女にならぬよう、手を変え品を変え、ほむらは繰り返しまどかに警告してきた。

しかしその思いは報われることはなく、まどかは最終的には魔法少女になってしまう。

 

今回はどのようにしてまどかに伝えるべきか?

どうすればキュウべぇの勧誘からまどかを守り切れるか?

 

それを考えながら廊下を歩いているほむらと、ほむらの体調を気遣いながらゆっくりと側を歩くまどか。

 

 

そんな二人を包む空間が突然揺らぎ、暗転する。

 

「えっ! なに、いったい何がどうなっちゃったの!?」

当惑するまどか。

 

「(これは。。魔女の結界! なぜ?今までこんなところに魔女が現れたことなんてなかったのに。。)」

状況に驚きつつも、ほむらは冷静に周りを見回している。

 

結界。今自分達が居るのは、間違いなく魔女の結界である。

これまでに経験したことのない事態だが、とにかくまどかを守らなければならない。

 

彼女たちのまわりには、早くも使い魔達が集まり始めていた。白い綿の塊にヒゲの生えた顔、そこからは細い手と羽根が生えている。

しかも数が多い。一瞬のうちに二人の周りは使い魔で埋め尽くされてしまった。

 

このままではまどかが危ない。ほむらが身構えたそのとき、あたりを無数の光条が包んだ。

音も無く結界を埋め尽くす光条。その一筋一筋は、全てが狙いを外すことなく使い魔を打ち抜いていく。

百。。いや、千は居たかもしれない使い魔は、ものの数秒で残らず消え去った。

 

 

「君たち、怪我はないかっ!」

 

その声に二人が振り向くと、そこには二人の男性が立っていた。

一人は深蒼色、もう一人は深紅の美しい鎧をまとっている。

 

「大丈夫、私達二人とも怪我はないわ。それより。。貴方たち。。」

そう答えたほむらの視線の先に、またしても使い魔が現れる。二人の男の後ろから、凄まじい速度で近づいてくる使い魔。

ほむらが二人に注意を促すよりも早く、深紅の鎧の男が後ろを振り返ることもなく拳を上げる。

拳から先ほどの無数の光条が放たれ、使い魔は先ほどのように跡形もなく四散した。

 

「怪我はないようでなによりだ。君たちは魔女の結界の中に居る。くわしいことは後ほど話すとして、まずはこの結界の主を倒さなくではならない」

深蒼の鎧の男はそう言うと、結界の奥を見つめている。

 

「貴方たち、何者? どうして魔女を知ってるの?」

ほむらは冷静に言い放つと、紫色の宝石をかざす。次の瞬間、ほむらの左手には丸い盾が現れ、紫色の制服のような衣装がその身を包んでいた。

 

 

「そうか、君は魔法少女だったのか。ならば話は早い。この結界の魔女は強力だ。君たちや他の生徒たちに被害が及ぶ前に倒さねばならぬ。もたついている間に、魔女のほうからこちらに寄ってきてしまったしな」

姿を突然変えたほむらに驚くこともなく、深紅の鎧の男は身構える。

目の前にはいつのまにか、異形の怪物が近づきつつあった。

薔薇のような、長い髪の人間のような、例えようのない異様な物体。二人の男やほむらはともかく、まどかは呆然とそれを見つめている。

 

「そうね。話はあとでゆっくり聞かせてもらうわ。この魔女のことは、よく知っている」

そう言いつつ、魔女のほうを向きなおった、ほむら。

 

「待て。魔力を無駄遣いすることはない。この魔女は私達に任せておけ。」

ほむらを制止すると、深蒼の鎧の男は魔女に拳を向ける

 

「どれだけ苦しんだのか。どのような道をたどって絶望に至ったのか。私達にはわからない。ただ、罪をこれ以上重ねずに済むよう、今すぐ楽にしてやるぞ。安らかに眠りにつくがいい。。」

「ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!」

 

青くまばゆい光が男の両拳から放たれ、目の前の魔女の体へとヒットする。魔女はもがきつつも必死に耐えているが、拳圧にその体はしだいに歪んでいき、やがて歪みの中心を光が貫いた。

爆風が空間に充満し、魔女の体は四散した。小さな黒い宝石、グリーフシードをその場に残して。

 

 

「これは私達には無用のものだ。君が使うといい。」

拾い上げたグリーフシードをほむらに手渡すと、二人は立ち去ろうとする。

 

「待って、貴方たち、いったい何者?どうして魔法少女や魔女のことを知っているの?」

「話せば長くなる。君たちはまだ学校にいなければいけないのだろう? この街には魔女が多い。しかも強力な魔女ぞろいだ。私達もおそらくここを頻繁に訪れることになるだろう。いずれ時を改めて、じっくりと話をすることになるだろう」

「そうだ、一つ話しておくならば。。キュウべぇには気をつけろ、とだけ言っておこう」

「えっ? 待って、なぜそんなことを? 貴方たち、どこまで知っているの?」

 

この男達、ただ強いだけではなく、魔法少女や魔女の謎を熟知しているのでは?

ほむらはなおも呼び止めるが、二人の男達の姿は、一瞬のうちにその場から消えていた。

 



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積尸気の素質

魔法少女のなれの果てである、魔女。

では、その逆はおこりうるのか?

老聖闘士による試みがはじまる


「よかったのか? ミーメ。あの魔法少女とほとんど話もせずに立ち去ってきてしまったが」

「なに、どうせすぐまた出くわすことになる。それに、あの魔法少女、何か隠しているように感じるのだ」

「同感だな。あの状況で彼女が気にしていたのは、目の前の魔女ではなく、私達のことばかりだった。なぜ魔法少女や魔女について知っているのか。そしてなによりも、キュウべぇに対して警戒を促したときのあの反応。。」

「なぜ警戒しなければいけないのか、ではなく、どこまで知っているのか?という反応だな。あれは、自分が魔法少女や魔女、キュウべぇの秘密について知っているという自覚がなければ出てこない言葉だ」

「いずれまたあの少女とは接触せねばなるまい。ただ、今回の一件で彼女は私達に警戒心を抱いた可能性がある。拒絶されるようなことになれば面倒だ。一旦戻って作戦を練ることにしよ。。」

「。。。また、魔女、だな。」

「そうだ、ほんとうにこの街、見滝原には魔女が多い。いったいここはどうなっているのだ」

 

二人の神闘士は、気配をたどり魔女の結界へと向かった。

 

たどり着いた先は、人気のない廃工場だった。

結界の前に立ち、今まさに結界へ突入しようとする二人の肩に、誰かが手を置いた。

 

「。。。!」

「誰だっ!」

 

振り返ったそこに立っていたのは、一人の老人だった。

 

「なんだ、ハクレイ殿ではありませんか。。気配を完全に消して近寄ってくるとは、イタズラが過ぎませぬか。。」

「まぁまぁ、怒るな。さて、さっそくじゃが、ここには魔女が居るのだろう? ぜひワシも結界に連れて行ってくれぬかの?」

「それは構いませぬが。。では」

 

手慣れたふうに、ハクレイを伴って結界へと身を投じる二人の神闘士。

 

 

結界の中は、古びた本を模した使い魔が飛び交っている。それらは侵入者を察知したのか、さっそく彼ら三人の周りを旋回し始めた。

奥には、本棚のような形をした何かが立ちふさがっているのが見える。

 

「なるほど、この結界の主は、かつては本になんらかの縁か願望を抱いたものだったのであろうな。さて、わしは少々試さねばいけないことがある。おぬしらには、周りにいるこいつらの相手を任せてもよいかな?」

「任されましょう。それより、試さねばいけないこととは?」

ジークフリートは、この老人が何を仕掛けるつもりなのか、興味があるようだ。

手っ取り早く使い魔を片付け、ハクレイを見つめている。

 

「まぁ、見ておれ」

ハクレイは魔女と正対する。直立不動の彼に対し、魔女は攻撃をしかけることができない。ハクレイが放つ小宇宙に威圧されているのだ。

 

「積尸気 冥界波!」

 

魔女にむかって突きつけられた彼の指先からは青白い光が放たれた。まるで魂を糧に燃える鬼火のような、不気味な光。それはまるで人魂のように宙を舞い、光の矢となって魔女へと突き刺さった。魔女は何かうめき声をあげもがいているが、そんなことには構わずハクレイは小宇宙を高める。

 

「。。。!」

 

ハクレイが指を上に振り上げるとともに、魔女から何か黒い物体が抜け出してきた。黒い霧のようでいて、それは魔女と似たような形を保っている。

 

「ハクレイ殿、それはっ!?」

何が起こったのかわからず、説明を求めるミーメ。

 

「この魔女の魂、のようじゃな。積尸気冥界波は、生者から魂を引きずり出し、冥界への入り口、黄泉比良坂へと放り込む技。魔法少女が魔女へと姿を変えたのだとしたら、魔女の中にはもしかしたら魔法少女の魂が残っているのではと思ったのじゃが。。試しに引きずり出してみたらこのとおり、人の魂とは少々違う得体の知れぬものが顔を出したというわけじゃ」

 

「ハクレイ殿、それでは、魔女になってしまったらもう、魔法少女に戻る手段はない、ということなのか?」

「ジークフリートよ、まだあきらめるのは早いかも知れぬぞ。そもそも魂でなければ、積尸気冥界波で引きずり出すことは出来ないのじゃ。少なくとも、こやつが魂と何らかの関わりがあるのは間違いあるまい。そしてこの中には、かすかじゃが人の魂の存在を感じる。それを取り囲む分厚い鎧をどうにかして剥ぎ取ることができれば、人の魂をつかみ出すことが出来るやもしれぬ」

「。。。」

 

「ただ、問題はまだまだあってな。魂を引きずり出せたとしても、人として再びこの世に戻すには、魂の入れ物となる体が必要なのじゃ。魔法少女から魔女に姿を変えた直後であれば、本人の体が残っているからそれを使えば何の問題もないのじゃが、この魔女のように元々の体がどうなったかわからぬ場合、如何ともし難い。魔女の体に戻したりすれば、再び魔女として動き出すだけのこと。」

 

「そうなのですか。。ただ、とりあえず帰るべき体さえ確保できていれば、マリアや他の魔法少女を元に戻してやることは不可能ではない、ということなのですね」

「中に隠されているかも知れない魂には傷をつけずに、外側の得たいのしれないものだけを取り去る方法を見つけ出すことができれば、の話じゃが。その方法がわからぬ以上、今はまだ如何ともし難いな。それに。。」

「それに?」

「この時代では、積尸気冥界波を操れる聖闘士がいない、というか居なくなってしまった。まったく、いつの世もどうして聖域は仲間割れをやらかすのじゃ。。前聖戦の聖域ならば、ワシと教皇セージ、そして蟹座の黄金聖闘士マニゴルドが居るが、聖戦が始まってしまったらこちらに来れるかどうかわからぬ。しかも、早々と双子神が活動を始めている以上、奴らと因縁を持つワシとセージは早々に戦線に出ねばならぬだろう。なによりあの鏡では1度往復してしまえばもうこちらを訪れることはできなくなってしまう」

「。。。」

「もしかすると、生き残っている聖闘士の中に積尸気の適性を持っているものが居るかも知れぬし、なんなら適性持ちを新たに探し出す手もあるじゃろうて。気が急くのはわかるが、出来ることを一つ一つ片付けていこうではないか?ワシは一足先にアテナの元に戻るとしよう。この魔女のことはよろしく頼むぞ」

 

ハクレイはそう言い残すと、魔女の結界から消え去った。

 

ジークフリートは、無言で魔女に技を放つ。辺りを爆風が包むとともに、結界は消え去った。

しばし佇んで黙祷を捧げるかのような仕草を見せると、二人の神闘士もまたハクレイのあとを追った。

 

 

 

「暁美さん、さっきはありがとう。ごめんね。私、怖くて何もできなかった。。」

「ほむら、でいいわ。あなたはいいの、魔女を倒すのは、私たち魔法少女の役目なのだから」

「魔法少女。。ほむらちゃんは、魔法少女なんだよね? よかったら、もう少し詳しく教えて欲しいなって」

「魔法少女は、どうしても叶えたい願いを叶えてもらうのと引き替えに、命がけで魔女を倒す宿命を負わされた存在なの。ろくなものではないわ」

 

ほむらは、魔法少女の秘密の核心部には触れずに、まどかが魔法少女にならぬように話を打ち切ろうとする。

 

「でも。。魔法少女になれば、魔女からみんなを救うことが出来るんだよね。さっきみたいに何も出来ずに守られるだけの私から、誰かを守る私になれるのかなぁって」

「魔法少女は、願いを叶える代償に、他のなにもかも。。もしかすると自分の将来の希望すら放り出さなければならないかもしれないの。そんなものに、あなたはならなくてもいいの」

「そうなの。。。かなぁ?」

「あなたは今のあなたのままでいい。他の魔法少女から誘いをうけても、絶対に乗ってはダメ。もしあなたの前に、キュウべぇという存在が現れても、絶対に奴の言うことを聞いてはダメ。あいつはあなたのことを執拗に狙って、ことある事に誘いをかけてくるはずだから」

「うん、わかった。ありがとう、ほむらちゃん。さっきの二人も、キュウべぇには気をつけろ、って言ってたし。わたし、キュウべぇがなんなのかわからないけど、とにかく気をつけるね」

「わかってくれればいいの。あなたの人生はあなただけのものではない、あなたにとって大事な人、あなたのことを大事に思ってくれる人たちの存在を、絶対に忘れないで」

「。。うん。 あ、そうだ、さっきの二人の男の人、かっこよかったよね。まるで、映画の俳優みたいだったよね?」

「(!!っ) うん。。そうね。でも、私はあの二人のことはまだ信用していないの。確かに強いけれど、魔法少女でもないのに魔女の結界に入れたり、魔女を倒したりできるなんて。彼らが何者なのか、信用できる存在なのか、今はまだ全然わからないし。」

「わたし、あの人達は悪い人ではないと思うの。。また、会えるかなぁ? あ、でもほんとに男の人なのかなぁ?」

「また会える、かもねって、どうしてそう思うの?」

「だって、魔法少女っていうから、少女でないと魔女と戦う魔法少女にはなれないよね? 魔女を知ってるって事は、あの人達ももしかしたらすごくボーイッシュな女の人なのかなぁって」

「。。。保健室、いきましょ?」

 

「(言われてみたら確かにそうかも。宝塚、みたいな感じなのかしら。たしかに美形ではあったし。でもなんだか複雑な気分だわ。。。)」

ほむらは、淡々と答えつつも複雑な表情を浮かべ、保健室へと足を進めていった。

 

 

 

「アテナさま。ただいま戻りました。いきなりですが、生き残っている聖闘士の中で、積尸気に目覚めている者は居りませぬかな?」

「ごめんなさい、ハクレイ。デスマスクはすでにこの世を去り、彼に繋がる者も居ない今、残念ながら心当たりがありません。候補生の中にもそうしたものはまだ見当たらないようです」

「魂は死と生いずれにも連なり、輪廻転生を経て流転を繰り返すもの。積尸気使いは、そうした魂の本質を意識し、戦士であると同時に、魂のありように引きずられることなく俯瞰できる者、ともいえましょう」

「もしかして、魔女の魂を人間へと導くすべがみつかったのでしょうか?」

「そう、かもしれませぬ。どうやらあの”魔女”という存在の中には未だ人間の魂が埋もれておるようでしてな。いくつか解決せねばいけない問題はあれど、全く希望がない、というわけでもありませぬぞ」

「問題、それはどのような」

「魔女の中に潜んでいるかも知れぬ”魂”を、それを厚く包む得体の知れぬ何かから引きずり出す方法、そして、引きずり出した魂の入れ物となる体、ですな。そして、積尸気使い。この3つが欠かせませぬ」

「入れ物となる体。。人形とかでは、ダメなのですよね?」

「はい、それはあくまでも、肉体でなければなりませぬ。それも、当世で繋がっていた肉体、でございまする」

「そして、積尸気使い、ですね」

「はい。積尸気を操る素質を持つ者は、さまざまな形で冥界の入り口と繋がっていることがありましてな。たとえば、亡くなったものの魂が勝手にまとわりつく、当代の蟹座がそうだったようですな。また、当人に特段の落ち度があったわけでもないのに、ちょっとした勘違いや間の悪さから、結果として周囲の人々が不幸な結果に導かれてしまったり、はた迷惑な目にあったり、なんていうこともあるようです」

 

「(氷河とか。。もしかして素質あるのかしら)」

「アテナさま、心当たりでも?」

「いえ、なんでも」

「こちらでも手は尽くしてみますが、私もこちらにはあまり長居出来ませぬゆえ、なんとか見つけ出して頂かねば。では、私は少々調べ物をしてきますゆえ、失礼いたしまする」

「ぶつぶつ(。。。ムウは。。たぶん意図的としても。。そういう目で見たらみんな素質あるのかも)」

「(こちらのアテナもたいへんそうじゃな。。)」

 

 

「(ぶつぶつぶつ。。。)」

「あぁ、お腹へったなぁ。。あ、沙織さん、ただいま~!」

「(ぶつぶつぶつ。。) はっ! せ、積尸気冥界波っ! あ、星矢、違うのこれは、その。。 あ、氷河、蟹座になってみませんか?」

「は? アテナ、水瓶座ならともかく、なんで蟹。。」

 

 

 



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無限の銃を持つ魔法少女

二人の神闘士は、新たな魔法少女に出会う。そこはかとなく漂う、「不穏な空気」


「まどか、今日もCD買うの付き合わせちゃって、わるいね~っ! ほんと、同じ曲でもいっぱいCDがあって迷うんだけど、こっちとこっち、まどかならどっちがいいと思う?」

鹿目まどかは、ショートヘアのよく似合う活発な少女と、街のCDショップに来ていた。

 

「私は音楽そんなにくわしくないけど、こっちのほうが、なんだか元気いっぱいで好きかなぁ。なんだかさやかちゃんみたいって」

「へへぇ~、あたしおだてたって何にも出てこないぞ~(笑)でも、ありがとっ!決めた、こっちのCDにするね!」

 

ショートヘアの少女、美樹さやかは、楽しそうにその場でくるりと回ると、CDをもってレジに向かった。

 

「これ聞いたら、恭介、いっつも私がそばに居るみたいって喜んでくれるかなぁ」

「うん、きっと喜んでくれると思う。なによりさやかちゃんのプレゼントだもんっ!」

 

二人の少女は足取りも軽く店を出ると、そのままショッピングモールをぶらついている。

「まどか、これ、きっと似合うから、試着してみようよ!」

「え~っ ピンクのひらひら、確かに可愛いけど、ちょっ可愛すぎるかも。。

「まどかは自分の可愛さに無自覚過ぎだぞ~、じゃぁ、その体、あたしが使うから、あたしのと交換しよっ!」

「え~、そんなのヤダよぉ。。」

「なぬ、あたしの体じゃイヤですとっ!?」

 

二人は楽しそうにモールの中を追いかけっこしている。

どこにでもある平和な風景、のはずだった。

 

 

 

「あれ、ここ、どこだろう?さっきまでショッピングモールの中に居たはずなのに?」

美樹さやかは、立ち止まるとあたりを見渡している。

にぎやかだったモールの風景とはうってかわって、あたりは薄暗く異様な空間となっていた。

賑やかに店内を歩いていたはずの人達は皆姿を消し、静まりかえった空間を、野球のボールのようでいて、手足の生えた不思議な生き物が縦横無尽に飛び交っている。

 

「なによこれっ!あんたたち、なんなのっ!?」

想像すらしたことのない光景に怯えながらも、さやかは無意識のうちにまどかをかばうように立ちふさがっている。

 

「さやかちゃん、この感じ、わたし知ってる。。 たしか、「魔女」っていって、私たちじゃとても敵わないの。。とにかく逃げようっ、さやかちゃん!」

「逃げるって、どこに逃げるのさっ!」

「わかんないよぅっ!でも、ここに居てもどうしようもないから、とにかく走ろうっ!さやかちゃん!」

 

まどかは立ち上がると、さやかの手をとって走り出す。今来た方角へと走り出す二人。しかし、どこまで走っても、まるで迷路のように一向に出口にたどり着くことができない。

そうこうしているうちに、空間を舞っていた使い魔たちは二人の存在に気づいて追いかけてくる。

二人と使い魔の距離はしだいに近づき、ついに追いついた使い魔の一匹が、二人を逃がすまいとまどかに体当たりした。倒れこんだ二人に使い魔たちが次々に襲い掛かる。

 

もうダメだっ! まどかが目をつむったその時、まどかに覆いかぶさっていた使い魔たちが、まるでどこかへ吹き飛んだかのように消え去った。

 

「誰かと思えばまた君か。こいつらは私達がなんとかするから、君たちはそのまま伏せていてくれ。」

 

おそるおそる二人が目を開けると、そこには赤と青の鎧をまとった、あの二人の青年が立っていた。

 

二人はまどかとさやかの前に立ちふさがると、おもむろに拳を構える。

青い鎧の青年、ジークフリートの拳が光ると同時に。周囲を舞っている使い魔は次々に消し飛んでいく。

赤い鎧の青年、ミーメが手にしている竪琴からは無数の弦が伸び、それらはまるでムチのようにしなりながら使い魔たちを切り裂いていく。

 

1分もたたないうちに、数百は居たであろう使い魔たちは、残らず消え去っていた。

 

 

 

「一日に2度も魔女に出くわすなんて。。怪我はないか?」

「あ、ありがとうございます。おかげで二人とも大丈夫です。。」

ミーメの問いにまどかが答える。

 

「それならよかった。当面の危機は去ったが、次はこの結界の主と決着をつけねばなるまいな」

ジークフリートの前方にはいつの間にか、得体のしれない巨大な怪物が姿を現していた。

野球のヘルメットのような帽子をかぶってはいるが、その姿はまるで鳥のようで、手にはホースのような細長い物体を握りしめている。

 

「ミーメはその二人を頼む。こいつには私が引導を渡そう。。」

ジークフリートはゆっくりと身構える。

「お前はどんな願いに希望を託し、どんな絶望に至ってそのような姿になったのか。。出来ることならば倒したくないが、このまま逃がすわけにもいかない。絶望の連鎖からはなれ、安らかに眠。。」

 

「ちょっと待って!そいつは私に任せて!」

結界に、少女の声が響きわたる。

一同が振り向くと、そこにはいつの間にか、一人の少女が立っていた。

黄色いクラシカルなドレスに、カールした黄色い髪が鮮やかな少女。彼女の回りには、無数のマスケット銃が浮かんでいる。それらの銃口はすべて魔女のほうを向き、一斉斉射のときを今か今かと待ち構えているようであった。

 

「貴方たちの戦いはじっくり見せてもらったわ。あんな圧倒的で華麗な殲滅戦を見せられたのは初めてかしら。でも、魔女を倒すのは、私たち魔法少女の務め。せめて最後のととめは私に譲ってくれるかしら?」

その言葉が終わるやいなや、少女の回りに浮かぶマスケット銃が一斉に火を噴いた。無数の銃弾は外れることなくすべて魔女に命中していく。

辺りはすさまじい硝煙につつまれてはいるが、魔女に決定打を与えるにはいたっていないようである。

 

魔女は、標的を少女に変えると、ホースから激しく液体を吹きかける。その流れはまるで刃のようにあたりにある得体の知れないオブジェを切り裂いていくが、少女はリボンをロープのように巧みに操り、いともたやすく魔女の攻撃をいなしている。

 

「なかなか手強いじゃない。並の魔女ならさっきの斉射で吹き飛んでいるところだけど、じゃぁこれには耐えられるかしら?」

余裕に満ちた表情で呟く彼女の手には、まるで大砲のような巨大な銃が現れた。

 

「一気に決めさせてもらうわよっ。ティロ・フィナーレ!」

 

巨大な銃からは、まるで大砲の弾のような巨大な弾丸が放たれ、まるで吸い込まれるように魔女へ命中する。轟音とともにあたりを包み込む猛烈な爆煙。

しばらくして煙が晴れると、そこにはもう魔女の姿はなかった。

 

 

 

「これでもう安心ね」

少女は二人の神闘士、二人の少女の前に降り立つと、変身を解いた。まどか達と同じ制服に身を包んだ、まだあどけない少女がそこに居た。

 

「私は見滝原を守る魔法少女、巴マミ。その子たちは、私の中学校の後輩なの。助けてくれてありがとう。結界の中で魔女と戦っていたけれど、貴方たちも魔法少女? というわけではなさそうだけど?」

「私たちは魔法少女ではない。北欧アスガルドの神、オーディーンの戦士、神闘士だ。私はアルファ星ドゥベのジークフリート、こちらはエータ星ベネトナーシュのミーメ。話せば長くなるが、故あってこうして魔女と戦っているのだ」

「そうなのね。神闘士さん。。はじめて聞く名前だけど、貴方たちがそういうなら、とりあえず信じるしかなさそうね。こんなところでもなんだし、よかったらお茶でも飲みながらくわしく話を聞かせてくださいませんか? そうそう、貴方たちも一緒にいかが?」

巴マミは、神闘士たちに興味を持っているようだ。魔女と戦う存在は魔法少女しかいない。そう思っていた彼女の前に、魔法少女以上に強力な存在が現れたのだ。

警戒と好奇心。とりあえず魔法少女にとって危険な存在ではなさそうな二人の戦士だが、素性を知っておくにこしたことはない。マミはそう判断したようだ。

 

「ふーん、マミは相変わらずもの好きだね。ところで君が鹿目まどか、だね。唐突だけど、ボクと契約して魔法少女にならないかい?」

「あら、キュウべぇ。いつの間に来てたの?」

 

聞き覚えのある甲高い声が、結界の消え去った空間に響く。忘れるはずもないその声。243年前の世界と変わらぬその声に、二人の神闘士の顔がこわばる。

声の主は、神闘士の様子には目もくれず、鹿目まどかの前にじっと座っている。

 

「っ!」

ジークフリートは、今にも殴りかからんばかりの勢いだが、それをミーメが無言で制する。

「ミーメ、なぜ止めるっ!」

「(いいからちょっと待て)」

いきり立つジークフリートに小宇宙で語りかけるミーメ。

 

「ちょっと、キュウべぇ。またそうやって何も知らない子をいきなり魔法少女に勧誘してっ。ちゃんと説明しなきゃダメじゃない。」

「いいじゃないか。この少女、鹿目まどかには、最強の魔法少女になれる素質があるんだ。声をかけないなんてもったいないじゃないか?」

「そうなの? でも、それとこれとは話が別。魔法少女が背負い込む宿命の重さを考えたら、ちゃんとリスクを説明して、十分に時間をかけて考えたうえで決断して貰わないと」

 

「(ミーメ。あの魔法少女、巴マミとキュウべぇは、ずいぶんと仲がいいようだな)」

「(そうだ。キュウべぇを倒したところでどうせまた別のキュウべぇが動き出すだけだ。それよりも、ようやく接点を持てそうな魔法少女と接触できたのに、ここで彼女、巴マミとの関係が悪くなりでもしたら面倒なことになる。今は慎重に様子を見ようではないか? とりあえずキュウべぇの勧誘は巴マミが制している。キュウべぇをあえて泳がせつつ、情報をあつめ、機をうかがおう)」

「(それもそうだな。私達が持っている情報はまだ十分ではない。キュウべぇが鹿目まどかを狙っていることには気をつけつつ、様子をみるか)」

「(とりあえず方針は決まったな。おそらく彼女たちは私達の素性をあれこれ聞いてくるだろうが、とりあえず魔女と魔法少女に関することは伏せておくことにしよう。彼女達を絶望に追いやることになりかねない)」

 

 

 

 

「と、いうわけだ。どういう経緯かはわからないが、戦いで命を落としていたはずの私達は、こうしてまた戦うことができるようになった。それと同時に魔女や魔法少女を認識できるようになったのだから、なんらかかの関わりはあるのかもしれない。」

二人の神闘士の話を聞き、3人の少女は半ば呆然としている。

アスガルドという聞いたこともない国で繰り広げられた戦い。アテナとオーディーンに仕える、とても人間とは思えないほどの能力をもった戦士達。自分達の全く知らないところで、人類の行く末を左右するような戦いが神話の時代から続いていること。全てが彼女達の想像を遙かに超えていた。魔法少女ではなく戦いとは全く無縁なまどかとさやかにとっては、想像すらつかない世界だった。

 

「子供の頃からひたすら修行ばかりで、戦士になったら信ずる神のために戦って、傷ついて倒れて。どうしてそこまで自分を犠牲にして戦えるんですか。。?」

巴マミが二人に問う。魔法少女としての戦いも過酷には違いないが、神闘士達はなぜそこまで我が身をなげうてるのか。

 

「アスガルドを守るために選ばれた神闘士としての誇り、そして彼の地に住む人々が少しでも幸せな人生を送り、未来へと営みを繋いでいけるようにするため、とでも言おうか。そうするしかない、と見えるかもしれないが。。」

「犠牲、とは思っていない。戦ってアスガルドを守れたのなら、それは私達にとって何にも代えがたい喜ばしいことなのだ。それに、先だっての戦いで拳を交えた青銅聖闘士たち、私達が倒れても彼らになら安心してアスガルドを託すことができる、そう思いながら逝くことができたのだから、戦士としての私達の人生は誰よりも祝福に満ちていた、と思えるくらいなのだ」

 

彼らが背負う重い宿命にもかかわらず、ジークフリートとミーメの話しぶりは淡々としている。悲壮感どころかまるで夢を語るかのような穏やかな話しぶりに、少女たちの表情からは固さがしだいにとれていく。

 

「魔法少女としてずっと一人で戦ってきて、つらくなったり寂しくなったりすることもあったけど、お二人の話を聞いていたら、なんだか心のつかえがとれたような気がします。元気ださなくっちゃ!」

 

そんな巴マミを、二人の神闘士は複雑な表情で黙って見つめている。

なぜ、このような少女が自分の魂を代償にして魔女と戦う宿命を背負わされ、いずれは討たれる側の魔女にならなければいけないのか。

出来ることなら、魔法少女で居ることをやめて、ごく普通の少女に戻って欲しい。

絶望からは少し遠のけることにはなったが、魔法少女としての彼女の背中を押してしまったかのようで、神闘士たちは少し後悔していた。

 

「ところで。。」

おもむろにジークフリートが話を切り出す。

 

「魔女や使い魔との戦いでは、魔法少女は少なからず魔力を消費するだろう? もしよかったら、私達と共闘しないか? 私達にとってはグリーフシードは無用の長物。それが手に入ったら、それは君のものということでいい。 巴マミ。君にとって決して悪い話とは思わないが?」

 

「そう、ね。正直なところ、最近は魔女だけでなく使い魔もなんだか強くなったようで、ちょっと困っていたところなの。貴方たちさえよかったら、ぜひお願いしたいわ。でも、貴方たちにとって、共闘のメリットはあるのかしら?」

 

「魔女と接触する機会が多ければ多いほど、私達がなぜこのような状況に至ったのかを解き明かす手がかりが得られる可能性が高くなるから、それで十分なのだが。。そうだな。。戦いが終わったらこうしてまたお茶とケーキを楽しませてもらう、ということではどうだ? 極北のアスガルドでは、このような美味な食べ物にはめったにありつけないのだ」

 

「(ジークフリートよ、お前はそんなにこのケーキが気に入ったのか?確かに旨いが。。)」

「(ミーメ、別に食べ物につられたわけではない。こうしてギブアンドテイクの関係にしておけば、巴マミが気を遣わずにすむだろう? 実際、これは旨いのだが。。)」

「(すでに5つ目ではないか。お前がこんなに甘党だったとは)」

「そういうお前も、ずいぶんと。。」

 

 

「ん、ん~っ。えーっと、そんなことなら、頼まれなくてもそうするつもりだったから、大丈夫よ。これで決まりね。楽しみだわっ そうそう、チーム名を決めなきゃね! ピュエラ・マギ・オーディン・トリオ なんてどうかしら?」

「巴マミ、君がそうしたいのなら構わないが。。」

 

「(そんなあっさり受け入れてしまっていいのか?ジークフリート。そのチーム名、なんだか微妙に嫌な予感がするのだが。。)」

「(話の成り行き上仕方ないだろう。とりあえず危険なことにはならないだろうし、おとなしく受け入れておこうではないか。たぶん大丈夫だ、たぶん。。。)」

 

 

こうして、魔法少女と神闘士からなる、変則チームが誕生したのだった。

 



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黄金に煌めく氷

目的を達するためにあせる暁美ほむら。そんな彼女を思わぬ危機が襲う。


「マミ!あとはまかせた!」

「じゃぁ、いくわよっ! ティロ・フィナーレ!」

 

巴マミと二人の神闘士からなる変則チーム、最初こそぎくしゃくしていた三人だったが、2日もするとすっかり息の合ったコンビネーションを見せていた。

 

「今日の魔女も強力だったけど、今の私達なら大丈夫ね」

「巴マミ、確かに危なげない勝利だったが、油断は禁物だぞ」

テンションの上がっている巴マミを制する、ジークフリート。

 

「ところで、結局今日も、君たちは結界の中までついてきたんだな?」

ミーメは、結界の中に居る二人の少女と話している。

 

「だってさ、実際に見てみないと、魔法少女のこと、ちゃんとわからないでしょ?それに、マミさんとジークさん達が居てくれるから、いざとなっても安心だし」

「さやかちゃん、いくらなんでも油断しすぎだよ~。でも、自分で現実をちゃんと見て納得してからでないと、魔法少女になるかどうか、決められないと思うんです」

 

二人の少女は、鹿目まどかと美樹さやか。先日、魔女に襲われているところを二人の神闘士と巴マミに助けられた、あの二人である。

二人は、魔法少女に興味を持ったようで、見習いと称して巴マミたちの魔女パトロールについてきているのである。

むろん、二人の神闘士は制止したのだが、なんだかんだ理由をつけてまどか達はついてきているのだ。巴マミも、危険だからと警告はしているもののまんざらでもなさそうなことが、まどか達の行動を後押ししていた。

 

「じゃぁ、今日もお茶会しながら反省会、といきましょうか?」

魔女との戦いのあとに、巴マミの家で開かれる反省会も、すっかり当たり前の風景となっていた。

お茶会での何気ない会話を通して、神闘士たちは、巴マミが魔法少女になったいきさつ、キュウべぇとの関係をつかみつつあった。

交通事故にあったところでキュウべぇに声をかけられ、とにかく死にたくない、助かりたいという願いの代償として、選択の余地なく魔法少女になったこと。

キュウべぇとはただの契約関係ではない、ある意味戦友のような関係(と少なくとも巴マミは捉えている)であること、そして、魔法少女がたどる運命について案の定キュウべぇが何も話していないことも。

巴マミは、高い戦闘能力を持っているだけでなく、後輩を思いやる優しさ、リーダーシップなどを兼ね備えている。

ベテランとして魔女と戦い続けてきただけに、街の人々を魔女や使い魔から守るという強い責任感も持っている。二人の少女、鹿目まどかと美樹さやかは、巴マミのそんなところに憧れを抱いているようだ。

 

どちらかと言えば美樹さやかのほうが魔法少女になりたいという意思が強いようで、願いさえ決まればすぐにでも魔法少女になるだろう。

一方、鹿目まどかのほうは、元来の性格からか、慎重に考えているように見える。願いが決まらない、ということだけではなく、魔法少女に対して漠然とした不安を持っているようだ。

しかしキュウべぇは、二人のうち鹿目まどかに積極的に声をかけている。どうやら彼女には、本人も知らないところで膨大な因果がまとわりついており、キュウべぇはそれに目を付けているらしい。

 

気になるのは、巴マミがやけにまどかとさやかを気にかけていることだ。まだ魔法少女になっていない二人を、なぜマミが気にしているのか? 魔法少女になるかどうか慎重に判断するようにとは言うけれど、なぜ止めないのか? 神闘士たちにはイマイチ理解できなかった。これまでずっと一人で戦ってきたはずの巴マミが、やたらと「チーム」にこだわることも。

 

彼女達と同じ世代の星矢たちにも聞いてみた。

「そりゃ、一人で戦うよりは仲間と協力したほうが、強い敵と戦えるよな!」

「つるむのが好きなんじゃないのか?」

彼らの答えはこんな具合であった。一般論としては確かにそうかも知れないが、巴マミの場合、ちょっと違う気がするのだ。

漠然とした不安を抱えつつ、3人のチーム、ピュエラ・マギ・オーディン・トリオ(PMOT)と2人の少女は魔女との戦いを続けていた。

 

 

翌日、いつものように結界を発見したPMOTは、中に潜む魔女と戦っていた。

この結界の魔女も手強かったが、神闘士たちが使い魔たちを蹴散らしつつ魔女を攻撃し、巴マミがとどめを刺すというコンビネーションで、危なげなく魔女を倒すことができた。

結界も消え、いつものとおり反省会に向かおうとした彼ら。

キュウべぇは、どこからともなく現れ、鹿目まどかの側を歩いている。

 

「鹿目まどか。そろそろ願いは決まったかい?」

「ううん。私のなかで、これしかないと思えるような願いがまだ見つからなくって。これってそんなに急いで決めないといけないものなのかなぁ?」

「急ぐことはないけれど、僕としては、なるべく早めに決めてもらえるとありがたいね」

神闘士たちはまどかたちの様子をさりげなくうかがいながら、少し離れて歩いている。

 

ふと、ミーメは自分達の背後に人の気配を感じた。柱のかげに一人、誰かが隠れている。

 

「あなたたち、巴マミと組んだのね。完全に気配を消したつもりだったのだけど、さすがね。」

現れたのは、一人の魔法少女だった。

 

 

「君はたしか、暁美ほむら。。」

「ほむらちゃん!」

 

現れたのは、まどややさやかのクラスに転校生としてやってきた魔法少女、暁美ほむらだった。

 

「ほむらちゃん、応援に来てくれたの?ありがとう。でも魔女は。。」

「いいえ、まどか。用があるのは、まどかのそばに居るそいつ」

ほむらの手には、拳銃が握られている。

 

「まどか、そいつを信用するなって言ったはずよ。キュウべぇから離れて」

ほむらは無表情で拳銃を構える。銃口はキュウべぇに向けられている。

 

「ほむらちゃん?どうして? たしかにキュウべぇは私を魔法少女に誘ってくるけれど、そんな、いきなり殺そうとしなくても。。」

「まどか、そいつに騙されてはダメ。魔法少女なんて。。。!」

 

ほむらは、悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻るとが引き金を引いた。

キュウべぇへ向けて放たれた銃弾。が、それと同時に、キュウべぇの姿はそこから消えていた。

 

「ずいぶんじゃない? 暁美さん、でいいのかしら。鹿目さんの友達らしいけど、それ以上キュウべぇを傷つけようとしたら、ただではすまないわよ」

巴マミの腕にはキュウべぇが抱えられている。彼女の後ろに浮かぶ無数のマスケット銃は、その銃口をことごとく暁美ほむらに向けている。

 

「巴マミ。あなたこそ、どうして、魔法少女でもない普通の子を結界に連れ込んでいるのかしら? あなたはいつだってそう。どうして自分の愚かさに気づけないの?」

「え? わたし、あなたとは初めて会ったのに、なんでそんな言われ方されないといけないのかしら?」

「さぁ? わからなければそれでいい。私はあなたに余計なことをして欲しくないだけ。ただね、正義の味方ごっこしたいのなら、仲間なんて作らずに、誰にも依存せずに、あなた一人でやればいいじゃない」

「言いたいことはそれだけかしら。暁美さん。。鹿目さんたちに免じて今回は見逃してあげるけど、次はないわよ。おとなしく立ち去りなさい」

キュウべぇを睨み付けると、暁美ほむらはその場から音も無く消え去った。

 

 

「あいつ、なんなの?マミさんにあんなひどいこと言って。魔女を先に倒されちゃったからって、負け惜しみにもほどがあるって」

「。。。。」

興奮気味に話すさやかに対して、巴マミは、うつむいて押し黙っている。

 

「マミさん、気にしなくていいですよ! あんな思わせぶりな態度とってるけど、どうせ口から出任せなんですから!」

「どこかで暁美さんにあったこと、あったかしら。。。。そうね、気にしても仕方ないわよね。」

 

 

一方、二人の神闘士の疑問は確信にかわっていた。

「(やはり、暁美ほむらは魔法少女と魔女の秘密を知っているな)」

「(魔法少女が魔女に変わるところに立ち会ったことがあるのかもしれない。そして、暁美ほむらも鹿目まどかのことばかり気にしているように見えるのだが)」

「(ミーメ、お前にもそう見えるか。鹿目まどかを執拗に魔法少女へと誘うキュウべぇ、キュウべぇを鹿目まどかから遠ざけようとする暁美ほむら。ごく普通の少女に見えるのだが、鹿目まどかには何か重大な秘密があるのだろう)」

「(あと、暁美ほむらは、マミと何度も邂逅しているようだ。マミにはそういう認識がないところを見ると、一方的な出会いなのか、マミの記憶が欠落しているのか。これは、改めて暁美ほむらと接触をもったほうがよさそうだな)」

「(あまり悠長に構えているわけにもいかないし、ではこのジークフリートが。。。)」

 

「(待て、ドゥベのジークフリートよ。お前達はすでに彼女に面が割れている。接触を図ってもおそらく拒絶されてしまうだろう。ここは私に任せてはもらえないか?)」

 

「(いきなり話に割り込んでくるとは何者。。? この小宇宙は。。そうか、君が来てくれたのか。それなら暁美ほむらの件はお任せしよう。ただ、あの少女はかなり面倒そうだぞ、くれぐれも気をつけてくれ)」

「(まかせたまえ。こと女性の扱いならば、お前達よりは私のほうが慣れていると思うのだ)」

「(。。。少々気にかかることはあるが、君がそこまで言うのなら、とりあえず健闘を祈ろう)」

 

小宇宙でのやりとりに割り込んできた声の主は、そのまま姿を消した。

 

 

 

数十分後、学校からほど近い結界に、暁美ほむらは居た。

 

「他の魔法少女の協力なんて必要ない。全ての魔女は、私が倒す」

 

彼女の戦闘スタイルは、他の魔法少女と比べてあまりに異質だった。

拳銃、ライフル、手榴弾。左手の盾から次々に軽火器、重火器を取り出すと、熟練の狙撃手のように、次々に使い魔や魔女を屠っていく。

 

そんな彼女の様子を高みから見つめている、一人の男。

彼は、ほむらの独特な戦い方を注視していた。

中でも、彼が注目していたのは、魔女を相手しているときの、ほむらの戦いぶりだ。

魔女と正対する、ほむら。身構えてはいるが、武器を手にしているわけでもなく、魔女の様子をうかがっている。いったいどのようにして魔女と戦うのか。

次の瞬間、男は自分の目を疑った。

ほむらはほとんど動いていないのに、魔女の目の前に爆弾が突如現れ、魔女を爆殺したのだ。

いったい何が起きたのか?

 

次の魔女の結界でも同様のことが起きた。

やはり、魔女の目の前に爆弾が突然現れ、魔女を吹き飛ばしたのだ。

 

「あの少女は、私の目でも捉えられないような高速で動けるのか。いや、それはありえない。だとしたら空間転移? いや、それにしては空間に歪みが全く無い。いったい何が起きているのか」

男は独り言をいいつつ、ほむらの戦いぶりを観察している。

 

 

何体かの魔女を倒したほむらは、続いてまた別の結界へと足を踏み入れた。

蜘蛛の巣のような透明な糸が張り巡らされた結界。ほむらはこともなげに使い魔を手早く片付けると、結界の最深部、蜘蛛のような姿の魔女の前へと足を進めた。

 

 

「(さて、この魔女とはどのように戦う?)」

男は結界の中にあるオブジェに腰を下ろすと、ほむらの戦いを眺めている。

しかし今回はなにやら様子がおかしい。ほむらはなかなか魔女への攻撃を始めない。というよりも、魔女からの攻撃、ほむらを絡め取ろうと魔女が吐き出す糸をひたすらかわすのに手一杯のようなのだ。

なぜ、ほむらはさっさと魔女を爆殺してしまわないのか。

そうこうしているうちに、魔女の糸がついにほむらの足に絡みついた。ほむらは拳銃を放って糸を切断するが、すかさずまた別の糸がほむらをとらえる。

次々に糸がほむらに絡みつき、やがてほむらは無数の糸で縛り上げられてしまった。

ほむらはなんとか逃げだそうと試みているが、手足の自由を奪われたほむらにはどうにもならない。しだいにほむらと魔女の間合いは詰まっていく。

 

ついに魔女はほむらのすぐ側までやってきた。鎌のような腕がほむらめがけて振り下ろされるのが見える。

 

「こんなところで終わるなんて。。まどか、ごめんなさい。結局あなたを助けることが出来なかった。。」

やがて激痛が襲い、すべてが無に帰すだろう。静かに目をつむるほむら。

 

 

おかしい。いつまでたっても激痛がやってこない。

ほむらは、あたりが妙な静寂に包まれていることに気がついた。

 

そっと目をあけたほむらの前には魔女が立っている。いや、立ち尽くしていた。

魔女の腕の先、鋭い鎌は?

視線を上に向けると、鎌はたしかにそこにある。がそれもまた動きが止まっていた。

次にほむらの視線に飛び込んできたのは、一人の男の姿だった。

魔女の腕は、男の右手、人差し指と中指に挟まれて、その動きを封じられていた。

巨大な魔女の体は、たった指2本で動きを拘束されているのだ。

 

男は鎧を纏っている。

ほむら達を先日助けた二人の神闘士が纏っていた紅と蒼の鎧とは違う、まばゆいばかりの神々しい金色の鎧。

 

不思議な静寂の原因もわかった。

魔女のまわりの空気が凍り付いているのだ。

空気中の水蒸気が昇華した無数の氷片によって、黄金の鎧から放たれる光が乱反射し、男と魔女は眩いばかりの光芒に包まれている。

戦いの最中にもかかわらず、ほむらはあまりに美しいその光景に見とれてしまっていた。

 

 

「人としての記憶はとうに消え去ったか。見ていられないな」

 

男はそう呟くと、右腕を軽く払った。

魔女の巨体はまるで木の葉のように吹き飛ばされ、結界の床にたたき付けられる。

 

すかさず立ち上がると再び魔女は襲いかかってくるが、何度しかけてもその男には歯が立たない。軽くいなされ、宙を舞い、弾き飛ばされるだけだった。

魔女はようやく、自分ではその男に絶対勝てないことに気づいた。圧倒的な実力差。このままではこの男に屠られる。

結界が歪みはじめる。魔女が撤退にかかっているのだ。

 

 

「この期に及んでまだ逃げようとするか。悪あがきにも程があろう?」

男はそう言うと、右手の拳を魔女に向けて静かに突き出す。

ほむらのまわりの空気はさらに凍てつき、運動を止めつつあった。

 

「いかなる物質も、呪いでさえも凍り付く絶対零度の凍気で逝くがよい。。。 ダイヤモンド・ダスト!」

 

男の拳からは、無数の氷片が凍気となって放たれ、瞬く間に魔女を包み込んでいく。

ブリザードのように吹き荒れる凍気によって、魔女はまたたくまに凍結し、氷のオブジェと化していた。

 

「これでもう、お前は絶望することも、新たな悲劇を生み出すこともない。ようやくおぞましい呪いの鎧から解き放たれたのだ。まだ魂が残っているのならば、安らかに眠るがいい」

男が指で軽く突くと、氷のオブジェは跡形もなく砕け散った。

 

結界が消え、残されたグリーフシードを拾い上げると、男はそれをほむらに手渡した。

「君はそれなりに戦いの経験を積んでいるようだが、それだけでは生き残っていくことはできない。冷静に敵を観察し、効果的な攻撃で無駄なく相手を仕留めることが出来なければ、いつか魔女の餌食になるだろう」

「心配してくれるのね。助けてもらったことには礼を言うわ。でも、私には私の戦い方がある。それよりも、あなたは、どこの何者なの?」

「正体を隠す理由は私にはない。いきなりだが名乗らせてもらおう。私はアクエリアスのデジェル。女神アテナに仕え、地上の平和を守る、水瓶座の黄金聖闘士だ」

 



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黄金聖闘士の推理タイム

不思議な魔法を使う少女と、絶対零度を操る聖闘士の異種格闘戦が始まる


「黄金聖闘士? 水瓶座の、デジェル? 巴マミと組んだ2人と何かしら関係があるのかしら? 聞きたいことはいっぱいあるけれど、とりあえず、なぜ私を助けてくれたの?」

「君があまりにも危なっかしい戦いかたをしているから、だ。さっきも言ったが、あれではいずれ魔女の餌食になる。なぜ敢えて一人で戦っているのだ?」

「あなたにそんなことを話す義理はないけれど、まぁ、助けてもらった立場だし。私は他の魔法少女を信用していない。感情に流されたり、冷静な判断ができなかったり。私一人で戦っていたほうが、効率よく、確実に魔女を仕留めることができる」

「ふむ、それにしては、先ほどの魔女にはずいぶんと苦戦していたし、戦いぶりも冷静さを欠いていたように見えたが?」

「。。。。っ!」

 

「私達は君と手を組みたいと考えているのだ。だから助けた。魔女との戦いで君が死んでしまう事態は避けたいのでな。私達の当面の目的は、魔法少女が魔女になることを防ぐ方法、魔女になってしまった魔法少女を元に戻す方法を見つけること。そして、そもそもの元凶といえるキュウべぇの目的を明らかにしたうえで、かの存在のこれ以上の活動を防ぐこと。もっとも、これが最終目的というわけではないが。君の目指しているところもそれほど変わらないと思うのだが、どうかな?」

 

「(この人、どうして魔女と魔法少女の関係を知っているの?)私は別にそんなことを目指しているわけではないし、誰の助けも借りるつもりはないの。さっきはちょっと油断しただけ。どうしても首を突っ込んでくるというのなら、力ずくで排除させてもらうわ?私には時間がないのだから」

ほむらはそう言うと、デジェルから距離をとり、盾を構えて戦闘態勢にはいった。

 

「君と戦うつもりはないが、それでも攻撃してくるというのなら、防戦はしないとな。では、お手並み拝見といこうか?」

水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは直立不動のまま、ほむらの出方をうかがっている。

 

「舐められたものね? 後悔するわよ」

 

 

この少女の戦闘スタイルから推測するに、次の瞬間、おそらく爆弾が自分の目の前に現れるだろう。爆弾の爆発を回避することは容易いが、それではいつまで経っても決着が付かない。反撃して彼女を倒すことも難しくはないが、それでは意味が無い。さて、どうしたものか。。

そんなことを逡巡しながら彼女の攻撃に備えていたデジェルを待ち受けていたのは、四方八方から彼を取り囲むように放たれた無数の銃弾だった。

どの弾も、彼から数十センチの距離に突然現れ、彼めがけて飛んでくる。意表を突かれて少なからず驚いたデジェルだが、それぞれの弾の軌道を見切り、どうにか弾をかわす。

避けきって次の動作に移ろうとするデジェルの周りを、再び無数の銃弾が取り囲む。

 

「大口叩いていたわりには、銃弾をかわすだけで手一杯みたいね。全ての弾をかわしているのはさすがだけれど、いつまでもつかしら?」

ほむらの立っている位置は、戦い始めてからほとんど変わっていない。巴マミのように無数のマスケット銃を魔力で生み出しているわけでもないのに、なぜあらゆる方向から同時に銃弾が飛んでくるのか?

 

いったん距離をとろうとジャンプしたデジェルだったが、それでも弾幕から逃れることはかなわない。

避けては囲まれ、また避けては囲まれる。

 

何度かそれを繰り返しているうちに、デジェルはあることに気がついた。

 

「なるほどな。どうしたものかと思っていたが、わかってしまえばどうということはない」

 

「あら、負け惜しみ? それとも動揺を誘おうとしている? いずれにせよ、それでどうなるものでもないわ。そろそろ終わりにしてもいいかしら?」

再び弾幕がデジェルを取り囲む。今度はデジェルから十センチも離れていない空間に無数の弾丸が現れた。

「どうかしら、これでまた回避できたらたいしたものだけど」

 

そう余裕を見せていたの表情を浮かべていたほむらの表情が、こわばる。

 

氷。

 

現れた瞬間デジェルに一斉に襲いかかるはずだった無数の弾丸は、現れた場所で一つ残らず凍り付き、空間で止まっている。そう、まるで時が止まったかのように。

 

「さきほどまでは様子をうかがっていただけのこと。この程度、絶対零度を操る私には造作も無い。では今度はこちらからいかせてもらおうか。。 ダイヤモンドダスト・レイ!」

 

デジェルの周りに現れた無数の氷塊、それに乱反射した太陽の光が眩いばかりの光芒となってデジェルを包む。

 

「目くらましなんて、またずいぶんと単純なギミックを使ってくるものね。そんなことでは。。」

と言いかけたほむらの動きがまた止まる。

 

光芒の中に現れたのは、無数の人影。氷塊の中からデジェルの無数の分身が姿を現すと、それぞれが宙を舞い、ほむらをとりかこんでいる。

どのデジェルも本物と見分けがつかない。さしものほむらもこの状況には戸惑っている。

 

「どうした?あの不思議な術を使わないのか?」

さきほどのほむらのように余裕を見せつつ、デジェルが問いかける。

その声に我を取り戻したほむらは、左腕の盾に手をかける。どんな状況であろうと、次の瞬間には巻き返せる。絶対の自信をもって盾に手をかけたほむらだったが。。

 

「どうした? また予想外の出来事に戸惑っているようだな」

「!? そんなはずは。。 どうして、なぜ貴方は動けているの?」

「事態がまだわかっていないようだな。自分の足下を、見るがいい」

 

そう言われて、ほむらは自分の足下に目を向ける。

視界にはいってきたのは、蜘蛛の糸よりも細い、一本の糸。光をうけてキラキラと輝く細い糸が、自分の足に巻き付いている。銃で撃っても、ナイフで切りつけても、まるで鋼のように硬いその糸をどうしても切断することができない。

 

「それは、絶対零度の凍気で編まれた糸。そうやすやすと切ることはできない。さて、謎解きの時間だ。その前に、ちょっとだけおとなしくなってもらおうか。。 カリツォー」

 

ほむらのまわりに、いくつもの氷の輪が現れる。それらは次々に数を増やすとともにほむらの体を縛り上げていく。ものの数秒も経たないうちに、ほむらは完全に動きを封じられてしまった。

 

「すまないが、ちょっとの間、我慢していてくれ。君の操る魔法は”時間停止”だな? 魔法を発動することによって、君以外の時間を止めることができる。攻撃、防御、回避、あらゆる行動を妨げ、どんな不利な状況に陥っても魔法を発動するだけで逆転を可能にできる。全くもって、恐ろしい魔法を操るものよ」

「。。。」

 

「一見無敵に見えるこの魔法にも、弱点がある。暁美ほむら、君に物理的に接触している限り、時間の流れは君と同じとなる、つまり時間停止の影響を受けなくなるということだ」

「たったあれだけの時間でそこまで見抜かれていたなんて。たいしたものだわ。」

 

「君は自分のその魔法に絶対の自信を持っているようだな。だが、それ故にその魔法に頼りすぎている。戦い方も単調な一本調子で工夫がない。からくりに気づきさえすれば、勝負はあっけなく決まる。」

「それは認めるわ。そこまで見抜いているのなら、魔法少女としての私のもう一つの弱点にも気づいているのでしょうね」

「もちろん、だとも。君は魔法で時間を止めることはできても、他の魔法少女のように魔法で攻撃することはできない、そうだろう?」

 

この男の洞察力は底が知れない。ほむらは、諦めたかのようにため息をつく。

結果を受け入れて落ち着いたほむら。心に余裕が出てくると、今度は好奇心がわいてきた。

 

「その通りよ。勝負、あったようね。わかった、降参するわ。それにしても、なぜ私の魔法を見抜けたのかしら? 今まで、私から明かしたり、偶然バレたのを除けば、私の魔法に気づいた人はいないのだけれど」

「きっかけは、君がやたらと撃ちまくった銃弾だ。君のその銃は、魔法で生み出したものではなく、通常の拳銃やマシンガンだろう。私は氷を操る聖闘士。物質の温度を操ることに長けている。君の放った弾丸、その一つ一つを見ると、どれも少しずつ温度が違っている。温度の高い弾、低い弾。温度の高い弾は、弾の近くに火薬の煙や衝撃波を伴っていたが、温度の低い弾にはそれがない。また、銃弾のライフルマークを見てみると、温度の高い弾は、温度の低い弾に比べて、摩耗が進んだ銃身から発射されていることもわかった。これらから私が立てた仮説は、弾は同時に放たれたのではなく一つ一つ順番に放たれたということ、そして発射された弾は一定時間経つとその動きを止めるということだ。」

「。。。」

 

「君は、私から等距離で弾が停止するように、自分の立ち位置を変えながら丹念に撃っていたようだが、私にはその動きはつかめなかった。結構な手間と時間をかけて君があれこれやっているのに、私はそれを認知できない。そこで私はもう一つ仮説を立てた。君は私の時間を一時的に止めつつ、自分はその影響を受けず自由に行動できるのでは、とね。そこで、それを証明するために、ちょっとした仕掛けをさせてもらった」

「仕掛け?」

「君の盾を見るがいい」

 

ほむらは、自分の左腕に取り付けられた盾を見てみた。

「氷!?」

「そうだ。私は、細かく砕かれた氷を、君の盾に付着させたのだ。そして全く同じものを自分自身の聖衣にも。しかも、絶対零度の氷ではなく、融点ギリギリの比較的高速で融ける氷をな」

「なぜそんなことを。。。はっ!?」

「気がついたようだな。君の盾の氷は、私の聖衣の氷に比べ、より融解が進んでいた。君の氷のほうが、私の氷よりもより多くの時間を経ていた、ということだ」

 

「私の時間が止められていることはわかった。その次は、時間操作からいかに逃れるか。解決のヒントは、先ほどの魔女がくれた。糸でもなんでも、なんらかの手段で君と物理的に接触を保っている限り、私は君と時間を共有できる、つまり時間停止から逃れることが出来るとね。あの魔女はそれを意識していなかったようだが、君はやたらと慌てて冷静さを失っていた。自分の最大のアドバンテージが完全に失われてしまうのだから、無理もない」

 

「あなたには勝てる気がしないわね。敵対するよりは、協調路線をとったほうがよさそうね」

「そういうことだ。ちょっと手間はかかったが、物わかりがよくてなによりだな。」

 

パチパチパチ。。♪

 

突然、二人の背後から誰かの拍手が聞こえてきた。

 

「ハクレイ殿、いつからそこに?」

「「正体を隠す理由は私にはない」のあたりだな」

「ほとんど始めからではないですか?」

 

突然現れた老人は、デジェルとなにやら親しげに話している。

 

「あなた、あのときエイミーを助けてくれた。。」

その場に放置される格好になったほむらが、じれったくなって口をはさむ。

 

「そうじゃ。そういうそなたは、物陰からわしらをのぞき見しておったな?」

「もう、嫌になるくらい何でもお見通しなのね。ということは、あなたもデジェルと同じ聖闘士なのかしら?」

「その通り。ワシは、白銀聖闘士、祭壇座アルターのハクレイと申す。暁美ほむらと言ったな? そなた、時間がないと言っておったじゃろう。ならば、さっそく話を進めさせてもらおう。会わせたいお方がいる。ついて参れ」

「問答無用なのね。わかったわ」

 

3人は連れだって、いずこかへと去って行った



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女神/魔法少女会談

聖闘士の力を思い知った、ほむら。聖闘士達に連れられ、訪れた場所に居たのは。。


「アテナさま、暁美ほむらを連れて参りました」

 

二人の聖闘士に連れられて、ほむらはとある場所へやってきていた。

 

 

シンプルながらも気品のある調度品、廊下に並ぶ古代ギリシャ様式の彫刻。

ここの住人がただ者ではないことは、門をくぐった瞬間からひしひしと伝わってきた。

 

アテナ? ここの主の名前だろうか?

デジェルたち黄金聖闘士は、アテナに仕える戦士だという。

魔法少女になる前、病院のベッドで読みふけっていたギリシャ神話の本で何度も目にした女神。

神話の世界がまさか実在していたとは。

にわかに信じがたい気持ちと、神話へと足を踏み入れることへの好奇心。

ほむらは、促されるままに部屋の中へと足を進めた。

 

 

重厚な扉が開くとそこには、清楚なドレスを纏った一人の少女が待っていた。

後ろには、美しい黄金の鎧を纏っている男が控えている。金色の長髪が美しい彼もまた、黄金聖闘士の一人なのだろう。

そして左右には、ほむらと同じくらいの年頃の少年が4人。

彼らの鎧は黄金色ではなく、白、赤、青、ピンクとカラフルで、黄金聖闘士のそれにくらべ、体を覆っている面積が狭い。

年若いことも考え合わせると、黄金聖闘士よりはやや位の低い聖闘士なのかもしれない。

 

 

「ハクレイ、デジェル、ご苦労さまでした。あなたが、暁美ほむらさんですね」

 

ドレスの少女が、二人の聖闘士をねぎらう。彼女もまた、年の頃はほむらと同じくらいだろうか。まだあどけない少女でありながら、威厳と高貴さを備えたその声。

ほむらはその少女に見覚えがあった。

まどかが可愛がっている野良猫エイミーが車に轢かれそうになったとき、その車に乗っていた少女。彼女は、グラード財団の総帥、城戸沙織と名乗っていた。

ほむらとほとんど同じ年頃ながら、世界有数の巨大企業体、グラード財団の総帥として全てを取り仕切っている少女。

城戸沙織こそがアテナだったのだ。

 

 

「さきほどはごめんなさい。でも、私達はどうしても、ほむらさんたち魔法少女とコンタクトをとりたかったのです」

「先に仕掛けたのは私ですから。どうかお気になさらず。戦って勝てる相手ではないことも、よくわかりましたし」

 

城戸沙織ことアテナは、こちらを威圧してくることなく、至極丁寧に話しかけてくる。誠実に向き合おうとしていることも、アテナの表情からひしひしと伝わってくる。

油断は禁物だが、必要以上に警戒する必要もなさそうだ。

 

「あなたたちがなぜ魔法少女や魔女と関わりたがるのかは、実のところまだよくわからないのだけれど。ただ、私の邪魔をしないと約束してくれるなら、手を組んでもいいかもと思っています。」

こちらの疑問を率直に伝えつつ、ほむらも極力友好的な態度で答えた。

 

 

幾たびも一ヶ月間を繰り返すうちに、ほむらが誰かに頼ることはほとんどなくなっていた。

最初のうちは他の魔法少女を頼ったり、手を組んだりしたこともあった。しかし、ある時は頼った相手に裏切られ、またある時はほむらの意図とは全く違った方向へと事が進み、まどかですらほむらの真意には気づくことなく、最後には決まって悲劇的な結末を迎えていた。

何度繰り返してもまどかを救うことが出来ない。周りが頼りにならないのなら、自分一人で全てを背負い込めば良い。いつしか、誰にも本心を明かすことなく、ほむらはただ一人で戦うようになっていた。

そんな中で出会った、人間の常識を遙かに超えた聖闘士や神闘士たち。彼らはほむらが邂逅した誰よりも強く、なによりまっすぐで誠実な戦士だった。

もしかしたら、彼らなら信じてもよいかもしれない、彼らとならばこの状況を変えられるかもしれない。

頑なだったほむらの心に、ほんのわずかながら希望の光が差し込み始めていた。

 

「私達がなぜ魔法少女や魔女、そしてキュウべぇと関わりを持つようになったのか。私から話すこともできますが、それはやはりアスガルドの神闘士たちに話してもらうのがよいでしょう。私達は、彼らの悲しみと決意を知り、彼らの力になるべく動いています。そしてほむらさん、私達はあなたの邪魔をするつもりなどありません。ほむらさんが何を求めて独りで戦っているのか、なぜ頑なに他の魔法少女と協力することを避けるのか、私はまだ思い至っていません。ただ、単に魔女を倒すというようなものではなく、もっと遠くをあなたが見つめていることはわかります。それに、内に秘めている何かは、地上の愛と平和を脅かすものでないであろうことも」

「そういってもらえると助かるわ。たしかに、その辺りを荒らしている魔女を倒すこと自体は私の目的ではないの。私が本当に。。」

 

そこまで言って、ほむらは口を閉ざした。

 

「本当に?」

「いえ、それをあなたたちに伝える必要はないわ。別に目的地がわからなくても、経路や手段に誤りがなければ、一緒に歩くことはできるでしょう?」

「たしかにそうではありますが。。」

 

もしそれがわかったならば、ほむらの本当に求めている何かにも協力できるかもしれない、そう言いかけてアテナは口をつぐんだ。

ほむらが頑なにそれを明らかにしないのには、理由があるのだろう。相手はまだ年端もいかない少女、しかも魔法少女とはいえ聖闘士たちとは違う普通の人間なのだ。

もしかすると、ほむらの隠している何かが、今回の一連の現象の核心に繋がっているかもしれない。

アテナはある種の直感でそう感じ取ってはいたが、とりあえず平和裏にほむらとの協力関係ができれば、あとはゆっくりと可能性を探ってゆけばよい、と思い直した。

 

その後は、聖域と聖闘士について、見滝原の魔法少女達について、そして同世代の少女たちならではの雑談、と和やかに情報交換と会話が続いた。

最初は様子を探りつつ言葉少なに対応していたほむらも、少しずつ警戒心を解いているように見える。

気がつくと、陽は傾き。夕暮れを迎えつつあった。

 

「ほむらさん、すっかり長居させてしまって、すみませんでした。今日は有意義な一日になりました。これから、よろしくお願いしますね」

アテナに送り出されて、ほむらが部屋を出ようとした、その時だった。

 

「暁美ほむらよ。。」

アテナの後ろに控える黄金聖闘士が、突然口を開いた。

 

「この世において形あるものは全て無常である。そなたが後生大事に仕舞いこんでいる何か、そしてそなた自身も、移ろいゆくのが必然なのだ」

 

彼は、ほむらが部屋に入ってきてからも、微動だにせずずっと目を閉じている。にも関わらず、ほむらの心のうちを見通すかのような視線を、ほむらはずっと感じていた。

デジェルともハクレイとも、マミたちと共に居る二人の神闘士とも違う。むしろアテナに近い神々しさすら感じさせるこの男は何者なのだろう?

 

考えてみれば、ほむらの中に居るまどかは、ほむらと共にワルプルギスの夜と戦い、魔女になりたくない、キュウべぇに騙された過去の自分を救って欲しいと懇願したあのときのまどか、そのままである。

一方で、今この時空に居るまどかは、そんなことは知るよしもない。「あのときのまどか」とは、同じまどかであるとはいえ、たどってきた道も、現在おかれている状況も必ずしも同じではない。

あの時のまどかの願いを、この時空のまどかは知らない。知らないはずなのだ。

果たして今自分がやっていることは、この時空のまどかにとって本当によい結果に繋がるのだろうか?

そして、まどかたちの1ヶ月は、ほむらが時間遡行するたびに本当にリセットされているのだろうか?

ループのたびごとに結末が悲惨さを増していくのは、もしかして、それまでのループを背負ったほむらの言動が影響しているのではないか?

 

幾たびも繰り返した1ヶ月、それを知っているのはほむら自身のみのはずである。自分以外には誰もそれを知らないゆえに、このような問いをこれまでに突きつけられたことはなかった。

 

「暁美ほむら、魂の輪廻から外れつつある者よ。そなたはいったいどこからやって来て、いずこかへ去ろうとしているのかね?」

 

「(!? この男、私の時間遡行に気がついている? まさか、そんなはずは。。)」

 

無言で自問自答しているように見えるほむらを見遣りつつ、その男は続ける。

 

「まぁよい。そなたがいつまで彷徨い続けるのか、それに決着をつけるのはそなた自身なのだからな? そうではありませぬかな? 鏡の中からこちらを覗きしお二方」

 

 

「鏡?」

そう言われて、皆は部屋の奥にある鏡に目をやった。

 

「やはり、ばれておりましたか」

 

部屋の中に居た誰とも違う、穏やかで高貴さに溢れた女性の声がするとともに、鏡が光を放つ。

部屋を覆い尽くすまばゆいばかりの光。それが消えると、鏡の前に二人の人物が立っていた。

一人は、アテナとほとんど同じドレスに身を包んでいるが、アテナよりもやや年上の女性。

もう一人は聖闘士のようだ。彼が纏っている鎧、それは部屋に控えていた四人の青年のうち一人のそれとよく似ている。

 

「あなたは?」

アテナは鏡から姿を現した女性へ声をかける。

 

「驚かせたこと、お詫びします。私は、アテナ。一つ前の聖戦を控えた聖域よりやってきました」



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失わざる魔女

これまで出会ったことがない魔女たち。魔法少女はそこに何かを見いだしかけて


「場が落ち着いてから出てこようと思っていたのですが、乙女座の目はやはりごまかせませんね」

 

元からこの場に居たアテナ。そして、鏡から現れたもう一人のアテナ。

 

神が。しかも同じ神、二つの時代のアテナが一堂に会するとは。予想だにしなかった事態に、聖闘士たちは皆、声を失っている。

 

乙女座の黄金聖闘士を除いて。

 

「まるで、幼なじみと戯れる少女のようでしたな...傍らのペガサスは、よほど気を許せる存在なのでしょう。。。いや、つい出過ぎたまねをしてしまいました。どうぞ、こちらのアテナとお話くださいませ」

 

「私にとってペガサスは本当の家族のような存在ですから。人間として過ごしていた幼い日々を、つい思い出してしまったのかもしれません。いつ見つかるかと思いつつも、たしかに楽しいひとときでした。そして、あなたの小宇宙がしだいに穏やかになっていくのが感じられました。乙女座は世の真理を追い求めるがゆえに多くの悲しみも見てしまうそうですが、わずかでも癒やしを与えられたのならなによりです」

 

乙女座に促され、鏡から現れたアテナは、当代のアテナのほうへと向き直る。

 

「こちらのアテナ、はじめまして。243年前の聖域を統べるアテナとして、って、ややこしいですね、人としての名はサーシャと申しますので、私のことはサーシャとお呼びください」

 

「こちらこそ、はじめまして。当代の聖域におけるアテナ、人の世での名は城戸沙織と申します。ですので、私のことも沙織と呼んでくださいね。こちらの乙女座、シャカは普段はもっとこう。。あれなのですが、鏡の向こう側の様子がよほど楽しかったのでしょう。私もそんなシャカを見るのは初めてで、ついうれしくなってしまいました。どうか気になさらないでくださいね、うふふっ」

 

当代のアテナこと城戸沙織は笑みを浮かべて答える。

 

「なんの前触れもない訪問、さぞ驚かれていることでしょうね。私の時代でも、まもなくハーデスとの聖戦がはじまります。その前に一度、こちらの時代を訪れておきたいと考えていたのです。詳しい話は後ほどゆっくりとさせていただくとして。。」

 

そう言うと、鏡から現れたアテナは、ほむらへと視線をうつす。

 

 

「あなたがほむらさんですね。あなたもさぞかし驚いていることでしょう。事の次第については、私からお話ししましょう」

 

何が起きているのか理解できず戸惑っているほむらを気遣い、サーシャはゆっくりと、魔法少女や魔女と関わることとなった経緯、アスガルドからやってきた神闘士のこと、243年前からの時渡りについて話し始めた。

 

 

「にわかに信じがたい話だけれど、あなたがそう言うのならば、そういうことなのでしょうね。想像の範囲を超えることが次々に起こるので、もうちょっとやそっとのことでは驚かないし」

 

ほむらは、サーシャの語ることをあっさりと受け入れていく。

 

「なによりあなたの言うことならば不思議とみな信じられるの」

 

ほむらの表情は、今の彼女を知る者なら信じられないくらい、穏やかだ。

 

疑り深いほむらをして素直にさせる何かが、サーシャにはあった。

 

 

「ところで。。」

 

おもむろにサーシャが切り出す。

 

「ほむらさん?あなたが胸の奥に大事にしまっている何か。それが何なのかはわからないし、詮索するつもりもありません。ただ、私にはなんとなく感じられるのです。それは、ほむらさんにとって大事な誰かとの、約束なのではないか、と。ね? テンマ?」

 

「うん、俺にもよくわからないけど、あんたの様子を見てたら、たしかにサーシャの言うとおりかもしれないって。あんたにとって、それが何よりも大事なものなんだろうなってことも」

 

「私とテンマ、そして私の大切なアローン兄さん。今は離れて暮らしているけれど、私達も大切な約束で結ばれています。だから、わかってしまうのかもしれません。人は、約束を守るためなら、たとえたった一人であろうと、何もかもを投げだす覚悟で、何者よりも強くなれ、どんな困難にも立ち向かえるのです。ほむらさん、あなたと大事な誰かとの約束、何があっても守り抜いてくださいね」

 

無言のままうつむく、ほむら。サーシャはそれを見て何かを察し、優しく微笑んでいる。

 

 

 

 

「アテナ!!」

 

穏やかな空気に包まれていた部屋に、緊張感に満ちたデジェルの声が響く。

 

「魔女が現れました。結界はかなり遠くにあるようですが、感じられる呪いの規模は桁外れに大きい、これはただごとではありません!」

 

デジェルは、窓の外、呪いが渦巻く遙か彼方を見つめている。

 

「確かに。よほど強力な魔女なのだろう。。いや、呪いの波長がわずかながら違う。魔女は複数居るようだ。結界の場所は。。見滝原、だな。これは、あの街に居る魔法少女だけでは対処できないかもしれぬ」

 

事態の深刻さを感じてか、ハクレイの声に、いつもの飄々とした余裕がない。

 

「ハクレイ、もっとくわしい状況はわかりますか?」

 

「アスガルドの神闘士達は魔女のもとに向かっています。彼らであればしくじることはないでしょうが、向かっているのが”彼らだけではない”ことを考えれば、後詰めが必要かと」

 

「沙織さん、ハクレイの判断を聞くに、見滝原の状況、決してよくはないようです。これは。。」

 

「はい、念のため、援軍を送ったほうがよさそうですね。星矢、青銅聖闘士4人で、今すぐ見滝原に向かいなさい。ただ魔女と戦うだけでなく、くれぐれも周囲の状況への配慮、怠りなきように」

 

「テンマ、あなたもこちらの青銅聖闘士たちと一緒に、今すぐ見滝原に応援に向かってください。くれぐれも、油断しないでくださいね」

 

沙織とサーシャはそれぞれ、矢継ぎ早に指示を出す。

 

青銅聖闘士たちはすぐさま見滝原にむけて飛び出していった。

 

「私も見滝原に戻るわ。全ての魔女は私が倒すと決めたのだから、ここでじっとしているわけにはいかないの」

 

ほむらもまた、聖闘士たちの後を追うように、見滝原に向かった。

 

 

 

その頃、見滝原に現れた魔女の結界に、神闘士たちが到着していた。

 

「これは。。」

 

ジークフリートとミーメは、結界の中の状況に絶句していた。

 

いかにも強力そうな魔女。しかも、3体も。

 

一つの結界に複数の魔女が存在している、そんな状況に出くわすのは、彼らは初めてだった。

 

「どういうことだ? まさか、共食いというわけでもあるまいし」

 

ミーメは魔女達の様子をうかがっている。一箇所に集まるわけでもなく、かといって広い結界の中に散らばっているわけでもなく、魔女たちはほぼ均等な距離をとって、神闘士たちを取り囲んでいる。

 

「こちらは2人、魔女は3体。とりあえず、1体ずつ倒していくことにしよう。いくぞ、ミーメ!」

 

二人の神闘士は、まずは正面に立つ、植物に覆われたかのような1体へと勝負を挑むことにした、が。

 

「!!」2人は攻撃をやめ、魔女から再び距離をとる。いったい、何が起きたのか。

 

「魔女が、魔女を助けるなんて」

 

神闘士たちは、たった今起こったことをまだ信じられずにいる。

 

魔女の右と左からそれぞれ襲いかかった2人、彼らに、残り2体の魔女、巨大な手のような魔女と、手足の生えた鏡のような魔女がそれぞれ攻撃をしかけたのだ。

 

まるで、植物の魔女を守るかのように。

 

2人は今度は左側、手の魔女に攻撃を仕掛けたが、またしても残り2体の魔女が攻撃を遮ろうとする。

 

3体の魔女の攻撃は素早く、かつ強力で、油断すれば神闘士たちでさえ無事では済みそうにない。

 

攻めあぐねている神闘士たちに、今度は鏡の魔女が攻撃をしかけてきた。

 

魔女が振るう巨大な槍をかわそうと高くジャンプするジークフリートだが、それを待っていたかのように植物の魔女が蔓を振るう。不意を突かれた彼は、なすすべもなく蔓に弾き飛ばされた。

 

空中で体勢を立て直そうとした彼の飛んでいく先には、いつのまにか手の魔女が待ち構えている。魔女の巨大な手によって、彼はまるで羽虫のように叩き落とされてしまった。

 

床にめり込むほどに激しく叩きつけられたジークフリートは、あまりの激痛に立ち上がれずにいる。

 

そんな彼のもとに向かったミーメだが、彼もまた3体の魔女に立て続けに攻撃され、結界の壁に叩きつけられてしまった。

 

かろうじて立ち上がった2人は、魔女から十分に距離をとって身構える。

 

強力な魔女が、巧みな連携のもとに攻撃・防御を繰り出してくる様は、まるでチームプレイのようにすら見える。

 

かといって、鳴き声などで意思疎通を図っているようには見えない。

 

まるでお互いの行動パターンを熟知しているかのように、3体はお互いをフォローしつつ、他の魔女が傷つかないよう、攻撃の効果が最大になるよう巧みに行動しているのだ。

 

「これならどうだ!」

 

ミーメが光速拳を放つ。

 

これまでの戦いで、立ちはだかる魔女をことごとく粉砕してきた無数の光条。たとえ魔女が3体居ようが防げるものではない。

 

しかしそれらは魔女に届くことはなかった。

 

拳はことごとく、どこからともなく現れた魔女の使い魔によって遮られた。まるで魔女たちの盾になるかのように。

 

「ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!」

 

今度はジークフリートが渾身の拳を放つ。

 

遮ろうとする使い魔たちを吹き飛ばし、拳は植物の魔女を直撃するかに見えた。

 

しかし。

 

拳は虚空を切り裂き、結界の果てに消えていった。何が起きたのか?

 

横から、鏡の魔女が植物の魔女を蹴り飛ばしたのだ。そして鏡の魔女は反動を巧く利用するかのように宙を舞って拳から体をそらす。、

 

まさか、勝負を決めるべく放った必殺の拳までかわされるとは。

 

力押しでは、魔女を倒すどころか、こちらが致命傷を負いかねない。

 

二人が一旦撤退しようとしたそのときだった。

 

 

「待たせたわね!さぁ、PMOTが揃ったからには、魔女の好きにさせないわよ!」

 

想定しうる最悪の事態が起こってしまった。

 

魔法少女、巴マミ。そして彼女の後輩である、ごく普通の少女が2人が結界に現れてしまったのだ。

 

いつものように颯爽と現れたマミと鹿目まどか、美樹さやかが見たのは、手傷を負いながらも、かろうじて立って身構えている神闘士2人だった。

 

「いったい何があったの!? あなたたちがそんな傷を負わされるなんて。。」

 

「マミ、詳しく説明している余裕はない。私達が魔女を引きつけている間に、その2人を連れて、はやくこの結界を離れるのだ。でないと、全員ここで命を落とすことになるぞっ」

 

「あなたたちこそ、そのキズを早く治療しないと。大丈夫。私が魔女を倒すから、そこの二人と一緒に安全なところまで離れていてね!」

 

「マミっ! 待てっ!」

 

ミーメが止める声も聞かず、マミは魔女のほうへ向かっていく。

 

その先の結果は、さきほどと全く同じであった。

 

マミのマスケット銃による攻撃はことごとく使い魔に遮られ、マミもまた魔女達の攻撃によりなすすべもなく打ちのめされた。

 

再び立ち上がって魔女に立ち向かうマミ。しかし、何度繰り返しても、魔女達にはかすり傷一つつけられない。

 

ようやく、マミも事の重大さを理解した。

 

「魔女が3体同時なんて。そして、なんでこの魔女たちは協力しあってるの? まるで、まるで、ベテランの魔法少女チームみたいじゃない。。」

 

「わかったか、マミ。とりあえずこの場を離れて、いったん体制を立て直すぞ。このままでは、まどかとさやかも危険に晒すことにな。。」

 

ジークフリートの声を遮ったのは、植物の魔女が放った蔓だった。マミ達を守るために立ち上がった彼を、容赦なく襲った蔓。

 

直撃こそ防いたものの、蔦を防ぐことに気を取られているうちに、5人は3体の魔女に完全に囲まれてしまっていた。

 

時に交互に、時に同時に。魔女達は3人の死角を突いて、巧みに攻撃を仕掛けてくる。

 

まどかは恐怖のあまりすくんでしまい、さやかはバットを手にして魔女たちのほうへ飛びだそうとしては、マミたちに取り押さえられる。

 

2人の少女を守りながらの戦い、神闘士とマミたちは確実に追い詰められつつあった。

 

「なんとかさやかとまどかだけでも。。 はっ!」

 

魔女たちは今度は5人の周りを回転しながら、同時に攻撃を放つ。

 

無数の蔦と槍と指が、文字通り360度全ての方向から、しかもそれぞれがランダムな軌道を描いて彼らを襲う。

 

全てを防ぎきるのは不可能に見えた。

 

神闘士たちは身を挺して防ごうと、マミたちの盾になるように立ち上がった。

 

 

激しくなにかがぶつかり合う音が響き渡る。

 

続いて、一瞬の静寂。

 

思わず目をつぶったマミが目を開くと、2人の神闘士は自分たちの前に立ちふさがったままであった。

 

その向こうに何かが、何かが彼女たちの周りを回転している。

 

鎖。

 

彼女たちを守るように、銀色の鎖が高速で回転しているのだ。

 

 

「間に合ってよかった!」

 

声に振り返ったそこには、鎖を手にした少年が立っている。

 

「すまぬ!アンドロメダ!おかげで助かったぞ」

 

「ジークフリート、ミーメ! あなたたちが苦戦するなんて。でも安心してください!魔女が3体いても、これで数の上ではボクたちが有利になったんだしね」

 

少年はそう言うと、後ろを振り返る。

 

その先にはさらに4人の少年が身構えている。

 

「ひさしぶりだなっ!」

 

「テンマ、お前も来てくれたのか!」

 

「ついさっき着いたばかりさ!とりあえずこの状況をなんとかしないとな。あとは任せてくれ!ペガサス流星拳!」

 

不意をつかれて魔女たちがひるんだすきに、2人の神闘士はマミたちを連れて魔女たちから距離をとる。

 

「さぁ、今度はこっちがしかける番だ!ダイヤモンド・ダストー!」

 

「結界の中で砕け散れ!廬山昇龍波!」

 

2人の少年の拳が、植物の魔女と鏡の魔女をそれぞれ襲う。

 

慌ててそちらへ向かおうとする手の魔女。

 

「どこを見ている?お前の相手はこの俺だっ!ペガサス流星拳!」

 

テンマが再び拳を放つ。

 

3人同時に、3体の魔女それぞれに放たれた拳。今度こそ魔女たちに届くかと思われた拳だったが、さきほど同様、蔦や指、そして使い魔に阻まれる。

 

再び攻撃をしかける聖闘士たち。しかし、それもまた阻まれる。しかも、攻撃の隙をついて反撃までかけてくる始末なのだ。

 

 

「なんて奴らだ。こんな魔女がいるなんて。聖闘士でも、ここまで見事な連携をとれる者はそうは居ない。使い魔も、落としても落としてもまた湧いてくるし、なにより皆、身を捨ててまで魔女を守ろうとしている。なるほど、これはアスガルドの2人でも苦戦するはずだ」

 

「どうするの?紫龍?」

 

「単に数で勝っているとはいえ、力押しではこの魔女たちに勝つのは難しい。しかも、驚くべきことにこの魔女たちは、俺たちの技や動きを少しずつだが見切り始めている。他の魔女の行動を防ぎつつ、各個撃破するしかあるいまい。みんな、ちょっと耳を貸してくれ」

 

聖闘士と神闘士たちが紫龍のもとに集まる、短い打ち合わせが終わると、彼らは再び魔女のほうへ向き直る。

 

「手はず通りに、では、いくぞっ!」

 

氷河と星矢は植物の魔女に、ジークフリートとミーメは鏡の魔女に向かう。放った拳は使い魔たちに防がれるが、彼らは構わず技を放ち続けている。

 

「廬山、昇龍波!」

 

続いて、紫龍が手の魔女に向かう。慌てて拳を防ぎに来る使い魔たち。他の魔女たちは、星矢たちの攻撃によって足止めされながらも、それでも手の魔女への攻撃を防ごうと蔦や槍を伸ばす。

 

「よし、今だ!瞬、テンマ、頼む!」

 

「ネビュラチェーン!」

 

「ペガサス流星拳!」

 

二人は拳を放つ。ただ、魔女に向かってではなく、紫龍の昇龍波をとりまくように。

 

使い魔たちは、昇龍波を阻もうとするが、流星拳とチェーンによって守られた拳を止めることができない。

 

慌てて回避しようとする手の魔女だったが、無数の矢のように降り注ぐ流星拳とチェーンに退路を絶たれ、逃げることができない。

 

昇龍波は手の魔女にヒットし、やがてそれを貫いた。

 

凄まじい爆風がおさまると、そこにはグリーフシードが一つ残されていた。

 

 

「やったな!紫龍! このまま他の2体も。。っ!」

 

手の魔女を倒した7人に、残り2人の魔女が襲いかかる。

 

さっきのような統制のとれたチームプレイではない。

 

それぞれがただただ怒濤のように、猛烈に攻め立ててくる。

 

それはまるで、仲間を失ったことに逆上し、我を忘れたようであった。

 

攻撃は先ほどにも増して凄まじいが、こうなればもう7人の敵ではない。

 

ミーメと瞬が竪琴の弦と鎖で魔女たちの動きを封じると、星矢とテンマが同時に拳を放つ。。

 

「ペガサス流星拳!」

 

「ペガサス流星拳!」

 

2つの流星拳で、結界の中は無数の流星に覆い尽くされている。

 

2体の魔女は必死で耐えていたが、やがて使い魔もろとも吹き飛ばされ、ついに消滅した。

 

 

7人の戦士は、無言で立ち尽くしている。少し離れて、地面にへたりこんでいるマミ。結界を覆い尽くす技の衝撃と恐怖でいつの間にか気絶している、まどかとさやか。

 

「星矢、あの子達、ずっとああやって一緒に戦っていたのかな?」

 

「瞬。。」

 

「うん、わかってる。それまでの道はどうあれ、あそこへ行き着いてしまった以上は、倒すしかないよね。でも。。」

 

「あいつらもきっと、苦しかったんだろうな。。」

 

「魔女は死んだ後どこに行くのかはわからないけど、あの子達、せめてこれからも一緒に居られるといいよね。。」

 

 

聖闘士たちは、言葉少なにその場をあとにした。

 

神闘士たちもまた、気を失っているまどかとさやかを抱え、マミとともに歩き始めている。

 

「ミーメさん?」

 

「どうしたのだ?マミ」

 

「。。その。。ありがとうございます」

 

「礼なら。今度また会った時にあの聖闘士たちに言ってやるといい。私たちも、彼らが来なかったらどうなっていたことか。。」

 

「あの人達、私とほとんど同じくらいの年なのに、きっと今までたくさん戦ってきて、たくさん悲しい思いもしてきたんでしょうね。。この街で魔女と戦っていたら、またきっと会えますよね。。。ところで。。もしかしてあなたがたは、魔女について何か私たちの知らないことをご存じなんですか?」

 

「。。!」

 

「魔女は倒すべきはずの敵のはずなのに、あなたたちも聖闘士さんたちも、どこか躊躇っているようにも見えて。。戦い終わったあともなんだか悲しそうで。。いえ、やっぱりやめておきます。なんというか、もしかして知らない方がいいことなのかもしれないですし」

 

「。。」

 

すっかり日も落ちて暗くなった見滝原の路地。マミと神闘士たちは黙々と歩き去った。



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海からの訪問者

神闘士たちにとって縁浅からぬ者たちが、見滝原を訪れる。


「ったく、あれじゃマミさんがかわいそうだよ!」

「さやかちゃん、助けてもらえなかったら、今頃私達も死んじゃってたかもしれないんだよ」

「そんなことないよ、まどか。マミさんだって強いんだし、なんたって正義の味方だもん。どんなにピンチでもきっと最後にはひっくりかえせたはずだよ」

 

街を二人の少女が歩いている。一人は相手を必死でなだめようとしているが、もう一人の少女の興奮はおさまらない。

 

「でも、昨日はほんとうに危なかったと思う。。ジークさん達だって怪我するくらいだったんだよ」

「そりゃ、あの魔女たちは今までとは段違いだったと思うけどさ。でも、もうちょっとうまいやり方だってあったんじゃない?」

 

どうやら美樹さやかは、昨日の魔女との戦い、途中で助太刀に入ってきた聖闘士たちのやり方が気にくわないらしい。

マミなら不利な状況をきっと逆転できていたはずなのに、聖闘士が入ってきたせいでマミの立場がなくなった、そう思いこんでいるようなのだ。

 

二人はマミに対して憧れのような感情を持っている。

ただ、まどかがマミを頼れる先輩として慕っているのに対し、さやかは子供の頃夢見た正義のヒーローの姿をマミに重ねているようだ。

 

「ねぇ、さやかちゃん、CD屋さんに着いたよ。ね?一緒にCD選ぼう?」

「。。。そうだね。こんな怒った顔、恭介に見せられないし。さ、気持ち切り替えてこ~!」

 

そこから先はいつもの二人、どこにでも居る仲のよい二人へと戻っていった。

 

 

 

「なんだろう?病院のロビーがずいぶんと混雑してるけど」

 

さやかが思いを寄せる少年、上条恭介の入院している病院。普段から混雑している一階のロビーが、今日はいつもに増して人で溢れている。

 

「今ならまだ前のほうの席が空いてるよ。ほら、はやく」

集まっている人の一人に促されたさやか達。

 

「今日はいったいなにがあるんですか?」

わけもわからず案内されているさやかが聞く。

 

「あれ、知らないで来たのかい? こないだ世界中で酷い洪水があっただろ? 世界中を旅しながら、被害にあった地域で慈善コンサートをしているお方が、今日はこの病院に来てるんだよ」

 

そういえば、ニュースで見たことがある。ギリシャの大富豪が私財をなげうって世界中を巡っていると。

 

案内されるまま前のほうの席に進むと、そこにはさやかの想い人、恭介が居た。

 

「やぁ、さやかも来てくれたんだね。病院のロビーで演奏会なんて、びっくりだよ! どんな人たちだろう?楽しみだなぁ。。」

 

恭介もまた、どこにでもいる極普通の少年である。ただ、幼いころからヴァイオリンを習っており、周囲の人たちも、恭介自身も、将来はヴァイオリン奏者として身を立てていくのだろうと考えていた。ある日、病に襲われるまでは。。

入院はすでに長期にわたっており、さやかはそんな恭介を元気づけるために、彼の好きな音楽のCDを差し入れしたりするなど、頻繁に病院に通っているのだ。

 

恭介はどちらかといえばおとなしいものの、好きな音楽のこととなるとついつい感情が高ぶることがある。

まもなく始まる演奏会への期待からか、いつになく興奮気味に語る恭介。

その隣にさやかが、そのさらに隣にまどかが座る。

 

 

さやか達が着席するのを待っていたかのように、目の前のステージに二人の男性が現れた。

一人は高貴なたたずまいの青年、傍らにはやはり落ち着いた雰囲気の青年が控えている。

 

「お集まり頂きありがとうございます。私はギリシャから参りました、ジュリアン・ソロと申します。こちらは私とともに世界各地を巡っている音楽生で、ソレントと申す者。先だっての大洪水は世界各地で大きな被害をもたらしました。私たちは、被害にあわれた皆様にとって少しでも癒やしとなれるよう、こうして各地を巡っております。本日は、短い時間ではありますが、この病院の方々の心に希望の灯を点すことができれば、と思いこうして演奏会の場を設けさせていただきました」

 

ジュリアン・ソロと名乗った青年は手短に挨拶を済ませると、傍らの青年、ソレントに合図を送る。少しでも長く演奏時間を稼げるようにという配慮なのだろう。

それを察してか、ソレントは一礼するとおもむろにフルートを口にした。

 

まるで春の風を思わせるようなたおやかな音色。

ロビーのあちこちから聞こえていた怒鳴り声、呼び出しアナウンス、廊下を駆けまわる靴音や金属がぶつかり合う音。

それらの全てにフルートの澄んだ音がしみ込み、浄化していく。

恭介、まどか、さやか、そして病院の中のありとあらゆるものが、動きを止め、彼のフルートに聞き入っている。

15分? 30分ほどたったであろうか?やがてフルートの音色がやむと、一瞬の静寂に続いて割れんばかりの拍手がロビーに響き渡る。

 

「本日は、私たちに演奏の機会を与えていただき、ありがとうございました。世界各地を旅し続けている私たちですが、この美しい街、見滝原には少し長めに逗留し、旅の疲れを癒す予定でおります。ぜひまたこうして皆様の前で演奏させていただければ幸いです」

 

二人の青年は、穏やかな微笑みをもって拍手に答えながら、去っていった。

 

 

 

「さやか!すごい!すごいよ!あんな美しいフルート、聞いたことがない!世界には僕の知らない素晴らしい音楽がまだまだいっぱいあるんだね!」

恭介の興奮はおさまらない。

「うん、あたしもこんなに素敵なフルート聞いたの初めてだよ! ソレントさんたち、しばらく見滝原に居るって言ってたし、また一緒に演奏聞けるといいね、恭介」

 

すっかりテンションのあがっている恭介。そして、恭介のそんな様子を見て、先ほどまでの興奮が嘘のように笑顔になっている、さやか。

 

 

「。。さやかちゃん! 私、今日中に終わらせないといけない用事、思い出しちゃった。ゴメン、先に戻ってるね?」

そんな二人を見て、それとなく気を利かせたのだろうか? 踵を返して病院の出口に向かうまどかを見送り、恭介とさやかは病室に戻っていった。

 

 

病室に戻ってからも、恭介の興奮はなかなか収まらなかった。ソレントの音楽は、恭介の芸術家としての意識を強く刺激したらしい。

 

一方、さやか自身はそこまでクラシック音楽に詳しいわけではない。幼い頃に恭介の弾くヴァイオリンを聴いて、"恭介の"音楽に興味を持つようになったのだ。なので、ソレントのフルートに心高ぶっているものの、恭介による解説、特に技巧や曲の構成の分析については正直なところ理解できない時もある。それでも、恭介に寄り添いたい、その一心で必死で彼の話に耳を傾けていた。

 

ひとしきりしゃべり倒して気持ちが落ち着いたのだろうか。ようやく静かになった恭介に、さやかがつい先ほど買ったCDを差し出す。

「今日も恭介のためにCD探してきたんだよ。ソレントさんのフルートもすごかったけど、きっとこれも気に入ってくれると思うんだ。ね、聴いてみようよ?」

 

さやかが差し出したのは、若いながらも才能に恵まれた、一人のピアニストのコンサートを収録したCDだった。慣れた手つきでCDをプレイヤーにセットすると、さやかはイヤホンの片方を恭介に差し出す。恭介とさやかで一つのイヤホンの片方ずつを使って同じCDを聴く。さやかにとっては、それが何にも代えがたい幸せなひと時なのだ。

 

「ねぇ、さやか? 片方ずつだと、ステレオ録音の片方しか聴けないんじゃ・・・?」

「大丈夫だって、恭介。これ、すっごく昔の演奏だから、ステレオじゃないんだって。だからどちらのイヤホンでも同じく聞こえるんだよ。何十年も前のコンサートを今こうして聴けるって、すっごいよね?」

「うん、コンサートをそのまま録音したせいか音はちょっと悪いけど、すごく瑞々しくて生き生きした演奏だね。さやか、いつもありがとう」

 

いつのまにか陽は傾き始めていたが、二人は静かに音楽に耳を傾けていた。

 

 

 

一方、城戸邸には二人のアテナ、5人の青銅聖闘士、2人の神闘士たちとハクレイが集まっていた。

 

 

ハクレイは、神闘士、聖闘士たちに、3体の魔女との闘いの様子、魔女の行動について事細かに確認している。

 

「アンドロメダの推測は興味深い。魔女がお互いの特性を把握したうえで攻守において巧みな連携をごく当たり前にとっていたこと、1体の魔女が倒れたことがきっかけに残りの魔女がまるで感情の抑えが効かなくなったかのように暴走しだしたこと。魔女になる前は、チームとしてお互い助け合いながら戦っていた3人の魔法少女だったと考えれば納得がゆく。ただ、そうであるならば、魔女は人としての感情、やもすると魂すら、その体のどこかに残している、ということでもある。魔女は魔法少女であった頃の記憶を完全に失い暴れまわるだけの存在と思っておったが、必ずしもそうなるばかりではないということなのじゃろうな」

 

ハクレイは、以前、魔女に積尸気冥界波を放った時のことを思い出しつつ、自らの推論を投げかけていた。あの時おぼろげに感じていた、人の魂の感触。それは今回の出来事を受けて、確信に変わりつつあった。

 

「ただ、魔女の中に人間の魂が隠れていたとしても、それを覆い隠している呪いの鎧、魂をおさめる肉体、そしてこの時代にとどまり続けることのできる積尸気使い。それらを解決する道筋が見えていない以上、わしらが取れる道は限られておるのじゃが」

 

 

それを聞いて口を開いたのは、サーシャだった。

 

「魔女の中に人間の魂が残っている可能性が高まったこと。それがこの時代の日本に来たことで判明したのであれば、北欧の神々が示唆した何かに近づくうえで、それは大きな前進なのかもしれません。次の魔女との闘いには、私も連れて行ってもらえませんか?いかなる邪悪であろうと浄化するアテナの盾、ハクレイの言う呪いの鎧を取り去るうえでもしかすると役に立つかもしれません」

「アテナさま、それは危のうございます。あなたは聖戦において最も大切なお方。ここでお怪我でもなされたら取返しがつきませぬぞ」

「これだけ多くの聖闘士、神闘士、そして魔法少女たちが居るのですから。そのような心配はせぬともよいでしょう。それに、私もこうして鏡で時渡りできたということは、こちらの時代で何かしら果たすべき役割があるように思うのです」

 

「これは、止めたところでお聞き届けいただけぬようですな」

「ハクレイ、アテナというものは、いつの世も、言い出したら聞かぬものなのです。うふふっ」

城戸沙織にまでそう言われてしまえば、もうこれ以上の反論は意味をなさない。半ば呆れ顔でハクレイは承知した。

 

 

「それではせめて、このハクレイもお供させて。。」

「それは無理な相談というものですな、兄上」

 

突然割って入ってきた老人の声。声は例の鏡から響いているようだ。

 

「これは教皇、いかがなされましたかな?」

「兄上、こたびの任務、兄上でなければ難しきことゆえやむを得ずそちらの聖域へ送り出しておりましたが、そろそろこちらにお戻りいただかねばなりますまい。聖域の周辺をうろつく冥闘士は日に日に増え、ジャミールにも冥闘士が現れたとのこと。聖戦の準備、これまで以上に急がねばならぬでしょう。それに、デジェルでなければ務まらぬ任務もありますゆえ」

「まだワシは調べたいことがあるのじゃが。どうしても戻らねばなりませぬか?」

「我儘もたいがいにしていただけませぬかな?兄上」

「そなたにそうまで言われては仕方ない。では、そちらは代わりに誰を送り出すつもりですかな?」

「そちらの状況を踏まえれば、務めを果たせるものは一人しかおりますまい。デジェルと交代する者もすでに決めておりまする」

「さすがは教皇、伊達に長生きしておりませぬな。では、諸々の段取りが終わったらおとなしく交代するとしましょう。それでよいですかな?アテナさま」

「教皇の判断であれば、きっと大丈夫でしょう。そちらがそういう状況であれば、私とテンマもこちらにはあまり長居できませんね」

「はい。アテナさまも、早くお戻りになられますよう、お待ち申し上げておりまする」

「そうですか。それでは、こちらで成しておきたいことを終わらせたら、そちらへ戻りましょう」

 

二人のアテナは、教皇と鏡をとおして何か打ち合わせすると、部屋から出ていった。

 

 

ハクレイもまた、部屋をあとにする。

たしかに魔女については、これまでにわかっていなかった情報がいくつか判明しつつある。ただ、なぜ神闘士たちが243年前の聖域に至ったのか、北欧の女神たちが示唆したこととどう繋がるのか、肝心な部分につてはまだ手掛かりは得られていない。それらを残したまま243年前に帰らなければいけないのか。なんとももどかしい心地で廊下を歩くハクレイ。

そんな彼を呼ぶ声がする。

 

(ハクレイ殿、こちらへ)

 

何か内密の話であろうか。ハクレイは声の聞こえてきた小部屋へと足をすすめた。



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雪解けの気配

ずっと孤独に戦ってきた、ほむら。
だが、氷の黄金聖闘士と出会い、堅く凍り付いた彼女の心に変化が表れ始めていた。




小部屋でハクレイを待っていたのはデジェルだった。

 

「姿が見えなかったようじゃが」

「暁美ほむらとともに、見滝原まで行っておりました」

 

 

 

 

全ての魔女は自分が倒す。

そう言って見滝原に向かったほむら。

魔女の結界に着いてみると、そこでは3体の魔女と6人の聖闘士・神闘士たちが壮絶な戦いを繰り広げていた。結界は、戦いによって生じる衝撃波で激しく震えている。

そして少し離れたところに居る、三人の少女。

鹿目まどかと美樹さやかは、気を失っているようだ。

巴マミは絶望的な状況でも戦意を失わず、四方から降り注ぐ結界の破片や使い魔を完璧に防ぎとめているものの、疲労の色は隠しようがない。

 

まどかを守らなくては。まどかの前に降り立ったほむら。

そんな彼女を見つけて、四方から数匹の使い魔が襲い掛かってくる。

瞬く間に近づいてくる使い魔の速度、時間停止の操作すら間に合うかどうか。

 

これまでのほむらなら、誰が居ようとお構いなしに、自分だけでまどかを守ろうとしただろう。

誰も頼ることなどできない。頼ったところで結果は同じ。まどかを守れるのは自分だけ。

 

だが、ほむらがとった行動は、彼女自身にとっても意外なものだった。

 

 

「デジェル!お願い!まどかを守って!」

 

 

まるでその声を待っていたかのように、ほむらの傍らに現れた、デジェル。彼の右手が、静かに上がる。

それとともに、訪れた静寂。

結界の奥では凄まじい爆音が鳴り響いているが、まどか達の周りはまるで雪の日の朝のような静けさで包まれている。

 

静寂をもたらしたのは、まどかとさやかの周りを包む、黄金色に輝く氷の霧だった。使い魔はお構いなしに襲い掛かってきたが、氷の霧は使い魔が飛び込んだ瞬間、氷の壁と化した。

使い魔は氷壁に取り込まれ、動きを封じられている。

 

「。。金。。色。。。?」

茫然として見上げる巴マミ。

 

「フリージング・シールド。。もう大丈夫だ。わが師より受け継いだこの絶対零度の氷壁は、いかなる攻撃もはね返す」

「。。あなたは。。誰?」

金色の光に包まれた人影に、巴マミは問いかける。

「そうか、君とは初対面だったな? 私は黄金聖闘士、水瓶座のデジェル。向こうで戦っている青銅聖闘士たちと同じ、アテナの聖闘士だ」

穏やかだが凛とした声が響く。

 

「ありがとう、デジェル。感謝するわ」

「ほむらよ、礼にはおよばん。それより、使い魔はまだ居るぞ。氷壁に守られている限り、まどかたちに危険はないとはいえ、油断はせぬことだ」

「あとは大丈夫。それより、向こうの聖闘士たちの加勢に行かなくてもいいの?」

「彼らは青銅とはいえ、海神ポセイドンと渡り合ったほどの者たちだ。それに、私に勝るとも劣らぬかもしれない神闘士たちが二人もついているのだから、よほどのことがなければ遅れはとるまい」

「。。。神とも戦ったってさっき聞いたばかりだけど、彼らがそうなのね。。?」

 

 

そうこうしているうちに、氷壁の向こうでは聖闘士たちと3体の魔女との闘いに決着がつきつつあった。

「とりあえず危機は去ったようだな。私はここらで失礼するとしよう」

 

まどか達を守っていた氷壁は、淡雪のように消え去った。

魔女たちの断末魔の叫びとともに、結界は揺らぎ、消え去った。

 

 

「これでわかったでしょう? 巴マミ。まどかを守ってくれたことには感謝するけれど、魔法少女でもないまどかを結界に連れ込むのは、やめにすることね」

巴マミは、一言も発せず、うつむいている。ほむらはそんなマミから視線を逸らすと、その場を速やかに去った。

まどか達にかけよる、神闘士たち。

 

 

 

「。。。待って、デジェル」

結界から離れたデジェルを追いかけていたほむらは、彼をひどく慌てて呼び止める。

 

「どうした?まだ何か用があるのか?」

「。。。さっきは。。。ありがとう。おかげでまどかは無事で済んだわ。でも、あそこには私も巴マミも居たのに、何故まどかと美樹さやかだけを氷壁で守ってくれたのかしら?」

「君は、何に代えてでも自分の手で鹿目まどかを守ると言っていただろう。 だから、私は君と同じく"壁の外"に立った。それだけのことだ」

「。。。」

 

思ってもみなかったデジェルの言葉。

ほむらの心は、激しく揺さぶられていた。

 

「まどかに守られる自分ではなく、まどかを守る自分でありたい」

まどかのために、何もかも自分独りで背負い込もうとしていた、ほむら。

誰もそんなほむらの心情も行動も理解してくれない。そう思っていた。

 

だがこの青年は、まだほとんど言葉を交わしていないにも関わらず、ほむらの決意を察したうえで、それに応えてくれているのだ。

魔法少女になって、1か月をひたすら繰り返すようになってから、初めて感じた何か。

冷たく凍てついていたほむらの心が、少しずつではあるが融け始めているような気がした。

 

 

 

 

「ハクレイ殿、よければもう数日、こちらの時間に留まらせていただくことはできませぬか?」

「あちらの状況は切迫しつつあることは、そなたも承知しているだろう?にも関わらずそれを望むということは、なにか理由があるのじゃな?」

 

デジェルは、243年前の聖域を守る黄金聖闘士の中でも、冷静で理知的な判断ができる男である。

彼の守護する宝瓶宮は無数の本で埋め尽くされており、任務の間など暇を見つけては本を読んでいる。

それゆえに彼は、知の聖闘士と呼ばれ、社交界への潜入、各国要人との接触など困難な任務を任されることが多いのだ。

それは現代に来てからも変わらない。

彼は時間があれば城戸邸の書庫や図書館を訪れ、現代の知識を取り入れることに余念がない。

それは、武器の知識や歴史、風俗にとどまらず、物理学や数学、医学、心理学、推理小説などにまで及んでいる。

ほむらの魔法、「時間停止」を見抜くことができたのも、得た知識と観察に基づいて、無数の可能性を科学的・論理的に絞り込むことが出来た故である。

そんな彼だからこそ、ハクレイの次に現代を訪れる聖闘士として選ばれたのであろう。

 

 

「わかった。デジェルよ、こちらでの滞在、あと数日延ばすことにしよう。ただ、再度の延長はない。やっておくべきことはしっかり終わらせておくのじゃぞ」

「はっ。お任せあれ」

 

許可を得たデジェルは、次の行動に移るべく、その場をすぐに去っていった。行先は、見滝原。

「(暁美ほむら、たしかにまだまだ多くの謎を秘めてはいるが。。なぜだろう。。とにかく何か気になるのだ)」

 

 

 

 

次の日の午後、見滝原中学校の生徒たちが、家路についている。

校門から出てきたのは、鹿目まどか、美樹さやか、そして志筑仁美。

彼女たちは同じ2年のクラスメイトで、しかも幼馴染なのだ。

 

「仁美は今日も習い事かぁ。2年になってから、一緒に遊びに行けないよね。さやかちゃん、寂しいぞ~。あ、もしかしてあたしの他に好きな女の子ができちゃったとか?」

「さやかさんったら、もぉっ! でもただでさえ習い事が多すぎるのに、受験勉強まで始まっちゃったらどうなってしまうんだろうって思うこと、ありますの。ほんとは以前みたいにさやかさんとまどかさんと楽しく過ごしていたいのに。。」

「わたしたちは変わらないのに、周りの状況がどんどん変わっていっちゃうと、なんだか焦っちゃうよね。でも、さやかちゃんと仁美ちゃんとわたし、ずっと友達だよ。それだけは絶対変わらないから!」

「もちろんだよ! 何があっても、この3人は友達だからね! 」

 

あたたかな日差しが、そんな3人を包んでいる。

 

「。。あ、そうだ、それならさぁ、3人いつまでも一緒って感じの何か、欲しくない?」

「うん、それ、すごくいいと思う。でも、何がいいかなぁ?」

さやかの提案に、まどかが応える。

 

「うーん。。花輪なんていいと思わない? たとえば、あたしたちがずっと通ってる通学路のそばで咲いてる、そのタンポポとか」

「さやかさん、それはとても素敵な考えだと思いますの。私たち3人が小さい頃から、毎年そこで咲いていて、ずっと見守ってくれてたタンポポですもの」

 

3人はその場にしゃがみ込むと、タンポポの花を集め始めた。集めた花で、仁美が器用に花輪を作っていく。やがて、3つの花輪が出来上がると、仁美はそれをまどかとさやか、そして自分の手首に付けてみる。

 

「お揃いの花輪、とっても素敵ですわね」

3人は、花輪を巻いた腕を嬉しそうに眺めている。

そして、3人向かい合うと、花輪を巻いた拳をおもむろに突き合わせてみる。

 

「不思議な感じだね!」

「なんだか本当に、ずっと仲良しで居られる気がしてきますわ!」

 

3人は拳を突き合せたまま、まるでフォークダンスのように、笑いながらその場をくるくるまわっている。

 

 

「仁美さん!?」

自分を呼ぶ声に、仁美が振り返る。

いつの間にか、彼女たちの側に一台の車が止まっている。声の主は、止まった車の後部座席から降りて、3人のほうへ向かってくる少女だ。

その後ろには、声の主とよく似た雰囲気の少女がもう一人、続いている。

 

「まぁ、沙織さん!見滝原に来ていらっしゃいましたのね?」

「えぇ、たった今、着いたばかりですわ」

「もうっ、前もって連絡いただければ。。」

「急にこちらに来ることになったので、仕方がなかったのです」

 

「ええっと、城戸沙織さん、ですよね。。」

「そういうあなたはたしか、鹿目まどかさんでしたね」

「はいっ、この間はエイミーを助けていただいて、ありがとうございました」

「どういたしまして。その後、エイミーは元気にしていますか?」

「はい、相変わらずそそっかしいけど、とっても元気にしています!」

 

「ちょっと、まどかも仁美も、いつの間にか、すごい人と知り合いになってるんじゃん」

美樹さやかも、目の前に居る自分たちとほぼ同じ年齢の少女がグラード財団総帥であることは知っている。

 

「そちらのお方は?」

「わっ、私は、美樹さやかって言います。鹿目まどかさんと志筑仁美しゃんとは、とっても仲のよい友達。。ですます。。」

テレビでしか見たことのない雲の上の存在、凛とした美少女を目の前にして、緊張から敬語が怪しくなっているさやか。

 

「沙織さん、そちらのお方はどなたでございますの?」

沙織の後ろにいる少女のことが気になって、仁美が声をかける。

「紹介が遅れましたね。こちらはサーシャさん。遠い国から日本にやってきたばかりの、私にとってとても大切なお方なのです」

「はじめまして、志筑仁美さん、鹿目まどかさん、美樹さやかさん。ギリシャからやってきた、サーシャと申します」

 

初めて出会ったサーシャの穏やかで可憐で儚げで、それでいて包容力に満ちた雰囲気に、3人は自然と笑顔になる。

 

「みなさん、とても仲の良いお友達なんですね。私にも、とても大切な幼馴染と兄が居るんですよ。あなたたちの様子を見て、思わずその人たちを思い出していたのです」

右腕の花輪を見つめながら、応えるサーシャ。

 

「サーシャさんのお兄さんと幼馴染の人なら、きっと素敵な人なんだろうなぁって思います。。その花輪、大事なものなんですか?」

サーシャが腕に巻いている花輪に、まどかが気づく。

 

「これは、今からずっと前、3人がいつも一緒に居た頃につくったものなのですよ。今は兄とは離れ離れになっているけれど、いつかまた3人一緒に。。そういう祈りが込められているのです。あなたたちの、おそろいの花輪もとても素敵ですね」

「はい、わたしたち3人がずっと一緒に、仲良しで居られますようにって願いを込めて、さっき作ったんです」

サーシャからよく見えるように、花輪をつけた腕を差し出しつつ答えるまどか。

 

「それが、あなたたちにとっての、祈りの花輪なんですね。3人がその思いを大事にし続けていたら、あなたたちの友情もきっといつまでも続くことでしょう。もしよかったら、私も祈りを込めさせていただいてよいでしょうか?」

「それなら、私もお祈りさせていただきたいです。ささやかですが、あなたたちの友情、応援させてくださいね」

「わぁっ、サーシャさんと沙織さんにお祈りしていただけるなんて、とてもうれしいですっ」

2人からの思いがけない申し出に、すっかり舞い上がっている、まどか。

 

花輪を巻いた腕を差し出す3人。サーシャと沙織は、そっと目を閉じると、手のひらをかざして祈りを込めている。

花輪と腕がなにかあたたかいものに包まれていくのが、3人にもわかる。

それが2人のアテナの小宇宙であることは、3人は知るよしもない。

この2人が3人のために祈ってくれた、それだけでも、3人にとってはなにより嬉しかった。

 

「あなたたちの願い、きっと叶えてくださいね。私たちの祈りがそれを後押しできたら、どんなに素敵なことでしょう」

「私たち、そろそろ行かなければいけません。名残惜しいですけれど、きっとまた会えますよね」

二人のアテナ、沙織とサーシャは、そう言ってほほ笑むと、3人を残して、車でいずこかへ去っていった。

 

 

「城戸沙織さん、テレビではすごく切れ者っぽくてなんとなく怖そうだったけど、あんなに素敵な人だったんだね」

「サーシャさん、また会えるといいなぁ。もし女神さまが本当に居たら、あんな人なのかも」

楽し気に話している、まどかとさやか。

 

仁美は、笑顔でうなづきながらも、腕の花輪を見つめている。

 

「仁美、なにぼーっとしてるのさ!ほら、行くよ!」

「もうっ!さやかさん、せっかく素敵な心地でしたのに。待ってくださいですわ~っ!」

 

3人もまた、ひだまりに包まれた道を走り去っていった。

 



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話過ぎる二人

寡黙な魔法少女。
理知的な黄金聖闘士。

弾まなさそうで、不思議と進んでいく会話に、お互いの秘密と背景が見え隠れする。


「あら、デジェル。ずいぶん早く戻ってきたのね?」

見滝原の町はずれ。とある結界で魔女と戦っていたほむらのもとに、デジェルは再び現れた。

 

「用事は済ませてきたのでな。援護は。。要らなさそうだな」

「私だけで問題ない、けれど。。使い魔がちょっとだけ鬱陶しいから、手伝ってもらえると助かるわ」

 

確かに、揚羽蝶を思わせるような使い魔が数百匹、ほむらのまわりを飛び交っている。

時間停止の魔法を使えるとはいえ、銃や爆弾を主要武装とするほむらにとって、これだけの数を相手取るとなると相当な量の弾薬を消費することになる。

魔法で武器を生み出せないほむらの場合、消費した分はどこかで調達しなければならないのだ。

 

「そうか。では、少しだけ助力するとしよう。フリージング・シールド。。」

 

 

ほむらの周りを、うっすらと霧がとりまいていく。

一見すると何でもない霧。

はじめこそ警戒していた使い魔たちだったが、特に問題ないと判断したのか、群れを成してほむらに襲い掛かる。

 

が、それらが霧に突っ込んだ瞬間、漂う霧は突如、氷の壁へと姿を変えた。

無数の使い魔は、氷に閉じ込められた魚のように動きを封じられている。

 

 

「3体の魔女と戦った時にも見たわね。この氷壁、いったいどんな仕掛けなのかしら?」

「ほむら、君は過冷却、という現象を知っているか?」

そういうとデジェルは懐から眼鏡を取り出して、おもむろに身に着ける。

 

「さぁ。。理科の授業で習ったかもしれないけれど,それが何か関係あるのかしら?」

デジェルの眼鏡に興味があるのか、ちらっと視線をやりつつ、答えるほむら。

 

「水は摂氏零度で氷となることは知っているな。ただ、ゆっくりと冷やしていくと、水は零度よりも低い温度でも氷にならず、液体の状態を保つことがある。それが、過冷却現象だ。そして、過冷却状態の水は、ちょっとした衝撃を与えると急速に結晶化し、氷となる。あとは、わかるな?」

「衝撃。。使い魔が突っ込んだことで、過冷却の霧滴が一気に氷になったということかしら。」

「そういうことだ、トリックはもう一つある。霧の回りに絶対零度の凍気を少しだけ漂わせてあった。ただの霧なら氷の粒に変わるだけだが、絶対零度の凍気が霧と混ざり合うことで氷の結晶形成が劇的に進み、空気中の水蒸気もとりこんで、一瞬のうちに堅硬な氷壁と化した、というわけだ」

 

デジェルはそう言うと、氷壁を軽く小突く。

閉じ込められた数百の使い魔は、氷とともに砕け散った。

使い魔が居なくなって裸同然となった魔女を、難なく撃破するほむら。

 

 

「ずいぶんと手の込んだことをするのね。あなたなら、そこまでしなくても普通に凍らせられるんじゃないかしら?」

「トラップというものは、相手の油断が伴わなければ十全に効果を発揮できない。いかに油断させるか、いかにトラップに呼び込むか、ということだ。そして、魔女の中にも知恵の回るものがいる。そうした輩が同じような罠を仕掛けてこないとも限らないだろう?」

 

「確かに最近の魔女には知能が高いのも居るというし。気を付けるにこしたことはないわね、ありがとう」

珍しく素直に感情を表に出してしまったほむら。そんな自分自身に驚いたのか、照れ隠しなのか、慌てて話題を変える。

 

 

「ところで、眼鏡をかけた戦士って、珍しいと思うのだけど、あなた、もしかして目があまりよくないのかしら?」

 

「かつての戦いの後遺症、だな。君との戦いで見せた、ダイヤモンドダスト・レイという技があっただろう? あれは、私の先代の水瓶座黄金聖闘士であり、わが師でもあるクレストの技なのだ。わが師との命をかけた戦いで、私は真の絶対零度を受け継いだのだが、その代償として目にダメージを負ってしまったのだ。この眼鏡は貰い物だが、なかなかどうして私を助けてくれる」

 

「師匠との戦い?」

 

「聖闘士の中には、アテナの命により数百年を生き続け、のちの世の聖闘士たちの道しるべとなる者がいる。わが師もそうだったのだ。ただ、真の平和を求めて聖戦を幾たびも乗り越え戦いを繰り返しても、いつまでたっても争いの絶えない世を見続けていれば、いかに黄金聖闘士といえども、心の中に迷いや絶望が入り込むこともある。500年以上も生き続けたわが師も例外ではなかった。人間の短い生では真の平和を導くことはできない、永遠の生を生きる存在が必要だと考えてしまったわが師は、結果として人に仇なす者たちに手を貸すこととなってしまった。そんな師を、私はこの手で葬むったのだ」

 

「そう。。あなたたちのような人たちでさえも、何百年間戦いを繰り返しても、目指したものには結局辿り着けなかったのね。。」

 

「一人の人間なら、必ずいつか限界を迎えるだろう。だから私たちは次代に託し、思いを繋ぐのだ。アテナの聖闘士たちは、そうして神話の時代から戦い続けてきたのだ。私も、まもなくもとの時代に戻って聖戦に身を投じることになる。冥王ハーデスが勝利してしまえば、この地上は闇に包まれ、すべての生命は死に絶えることになるのだから。」

 

「そうだったわね。。城戸沙織さんの屋敷で聞いたわ。あなたも243年前の聖域から来た聖闘士だって。そして、数百年を生きた師とは違って、あなたは「この時代」にはいない。ということは、そういうことなのね?」

 

ほむらの表情は、どこか寂し気に見える。

 

 

 

「前聖戦では、79人の聖闘士が戦いに参加したが、生き残ったのは牡羊座と天秤座の黄金聖闘士、たった2名だったとのことだ。こちらに私が居ないということは、そういうことなのだろう。だが、アテナの守る地上は残っている。私は世界のどこかで今でも氷壁の中に閉じ込められているのかもしれないが、自分の務めを果たせた、ということだな」

 

243年前のアスガルド、ユグドラシルの樹のもとで見せられた夢。氷壁の中で息絶える自分自身の姿を思い出しつつ、デジェルは答える。

 

 

 

そういえば、自分はあの時、どこで戦っていたのだろう? 戦地へ向かう途中の風景は、自分が聖闘士になるための修行の地、ブルーグラードのようだったが。

 

逡巡しているデジェル。それを悲しそうに黙って見つめているほむら。

 

 

空気が重い。話題を変えなければ。デジェルが再び口を開く。

 

「そういえば、ほむら、君には師と仰ぐ者は居るのかな?」

 

「ええ、居る。。いや、居たわ」

ほむらの脳裏には、一人の魔法少女の姿が浮かぶ。

 

 

巴マミ。

 

ほむらが魔法少女になったばかりの頃、魔法少女としての戦い方を叩き込んでくれたのは、巴マミだった。

身体能力こそ向上しているけれど、一時的な時間停止を除き戦闘に関わる魔法をもたないほむらがここまで生き残れたのは、巴マミ、そして傍らでほむらを励ましつづけた鹿目まどかの存在あってこそだろう。

 

「私と同じく、銃を手に戦う魔法少女だったわ。私と違って彼女は、魔力が続く限り銃を無限に作り出して戦うスタイルだったのだけれど。魔法の代わりに銃や爆弾を使った戦い方を教えてくれたのは、彼女なの」

「(無数の銃? その魔法少女、心当たりがあるのだが。。)」

つい先日見かけ、今は神闘士たちと行動している一人の魔法少女? もしかすると、彼女のことではないのだろうか?それにしては、少なくとも巴マミはほむらと初対面のような挙動だったが。

 

「居る、ではなく、居た、なのだな」

「そうね。ここの彼女は私の師ではないの。。。いや、彼女ではないの」

「。。。」

「とにかく、今話したこと、気にしないで(なぜかしら、つい話過ぎてしまう)」

「(わかりやすく焦っているな。これも彼女の秘密に関係することなのだろうか?)」

 

 

「(話題を変えなきゃ)その眼鏡、貰い物と言っていたけれど、アテナ。。サーシャから頂いたものなのかしら?」

「あぁ、これか。わが師との戦いの後で、共に行動していた少女、フローライトから貰ったものだ。この眼鏡は彼女の父の形見というべきものなのだが、視力が落ちて不自由している私を見かねて譲ってくれたようだ」

「。。ふーん。ずいぶん親切な子だったのね、その、フローライトって子。。。」

「そういえばその時、「私の中でこの時だけの一般人にだけは絶対になりたくない」と言っていたのだが、どういう意味なのだろうな?」

「。。。」

急にジト目になってデジェルを見つめる、ほむら。

 

「ん? どうしたのだ?」

「さぁ?どういう意味なんでしょうね? ただ、あなた、女性にももう少し気をつけないと、いつか痛い目にあうわよ」

「(なぜほむらは急に機嫌を悪くしたのだろう?)そうか、忠告痛み入る。たしかに、女性と拳を交えることもあるだろうから、肝にめいじておこう」

「なんでそうなるのよっ?! デジェル、どうせなら恋愛小説とかも読んでみたらどうかしら?(この、小宇宙(コスモ)朴念仁っ!)」

 

 

何か話すごとに、どういうわけか妙な空気が漂う。

ただ、初めて会ったときは無表情だったほむらは、今はずいぶんと感情を見せるようになっていた。

デジェルも、彼自身は気づいていないようだが、ずいぶんと饒舌になっている。

 

この二人、相性がいいのか、悪いのか。

 

 

"なぜか機嫌の悪い"ほむらをよそに、デジェルはさきほどのほむらの言葉を反芻していた。

「(彼女の師の話、もしかするとほむらの謎をとく大きな鍵になるかもしれない。そうだ、この時代の乙女座は、何か気づいていそうな様子だったな。話を聞いてみるか)」

 

鹿目まどかのところへ行くというほむらと分かれ、デジェルは城戸沙織の屋敷へと向かっていった。

 



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託された希望

かつて戦いの決着をもって託されたものが、魔法少女へ再び託される。


「こんなところに来ていたのか。」

 

乙女座の黄金聖闘士。バルゴのシャカを探して小一時間。

デジェルは見滝原市の山間にある、小さな寺にたどり着いていた。

 

城戸沙織邸に戻ってみると、シャカは出かけているという。彼の行きそうなところといえば、神仏のおわすところか、ということで神社仏閣を巡ってみたデジェルだったが、果たして推理は正解だったようだ。

 

 

最も神に近い男。

幼い頃から神仏と対話している。

相打ちで消滅したはずなのに、何事もなかったように帰ってきた。

 

デジェルの代における乙女座、アスミタもまたつかみどころのない不思議な男だが、シャカについて聞こえてくる話は、とても同じ人間とは思えないものばかりだった。

 

「先の水瓶座ではないか。私は神仏との語らいで忙しいのだが、そなたは私の邪魔をしにやってきたのかね?」

寺の本堂の中央に一人座し仏像と向き合う、黄金の鎧を纏った男。目を瞑ったままの彼が面倒そうに答える。

 

「瞑想を妨げたのであれば申し訳ない。ただ、私はそなたにぜひとも聞いておきたいことがあるのだ」

「ほう。知の聖闘士と呼ばれるそなたがどのようなことに興味を持ったのか。ぜひ聞いてみたいところだが、実は私もそなたに問うてみたいことがあってな?」

「最も神に近い男からの問いか。ならばまず、そちらから聞かせてもらえるかな?」

「そうか、では早速。。」

 

シャカは、おもむろにデジェルのほうへ向き直ると、おもむろに語り始めた。

 

「デジェルよ、そもそもなぜハーデスとの聖戦が始まったのか、そなたは考えてみたことがあるかな?」

 

 

シャカからの問いは、意外なものだった。

だが、神話の時代より絶えることなく続いてきた聖戦、それがなぜ始まったのか? 聞いたことも考えたこともないことに、デジェルは改めて気が付いた。

 

「そなたも、ハーデスと豊穣の神デメテルとの逸話は知っておろう?」

 

はるか神話の時代のこと。

ハーデスは、ゼウスとデメテルとの間に生まれた娘、コレーに想いを寄せ、ゼウスに唆されたこともあり、強引に冥府へと連れ去ってしまった。

それなのにデメテルは、ハーデスがそのようなことをするはずがない。神々の中でも最も心優しい彼に限ってそのようなことはない、となかなか信じなかった。

コレー自身もまた、そのような経緯にも関わらず、ハーデスの誠実さにひかれ、ハーデスの妻ペルセポネとして冥府にあることを受け入れたという。

そんなハーデスが、なぜ執拗に地上を狙うようになったのか? なぜ、人間の命を奪うことになんの躊躇もなくなったのか?

 

目を閉じたまま、シャカは語り続ける。

 

「もしも神もまた、人と同じく無常の理からは逃れられぬのだとしたら。。そなたたちのアテナ、サーシャを見ていて、ふと気が付いたのだ。よく笑い、楽しみ、悲しみ、怒る。神も感情を露にすることはあるが、特にペガサスたちとともに在るときのアテナは、神というよりはむしろ人の子のようではないか?」

「サーシャさまは、アテナ神殿ではなく、人の子としてごく普通の夫婦のもとに生まれ、その後は兄のアローンとともに孤児院でテンマたちと親交を深められたと聞く。普通の子供として生活し、人間の感情に直接触れ続けてきたことで、まるで人のように感情豊かな性格となられたのであろう。アテナは心優しくも厳格な戦女神と聞いていたので、私たちも最初は驚いたものだ」

「ただ、サーシャは聖域でアテナとして覚醒されたのであろう? ということは、人としての感情が神としての在りように影響を及ぼしているのかも知れぬ。それがよいことなのか否かは、このシャカにもわからぬが」

 

城戸沙織の館に暁美ほむらを迎えた時のこと、まるで少女がかくれんぼをしているかのように鏡の向こうに見え隠れしていたサーシャの姿を思い出しながら、シャカは語る。

 

「神をも揺さぶる感情、か。そうか、シャカよ、そなたはハーデスにもそれが起きたのかもしれない、と考えているのか?」

「さすが、知の聖闘士。察しが速い」

「聖戦が始まってから、ハーデスの在りようは変わっていない。となれば、ハーデスに何かが起きたとすれば、それは聖戦が始まる前ということになるだろう。言い換えれば、優しく純真であったハーデスが、なんらかの理由で邪悪に染まったことこそが、聖戦のきっかけとなったということか。今のところはまだ憶測にすぎないが」

 

そこまで言って、デジェルはふと気が付いた。

聖闘士たちとの戦いを経て、人間らしさを取り戻した2人の神闘士。

感情の揺らぎ、希望から絶望へ転がり落ちることで魔女へと変容する、魔法少女。

なぜ聖戦直前のこの時期に、通常ならあり得ぬような形で、神闘士たちや魔法少女と接点が生まれたのか?

それは単なる偶然なのだろうか。。

 

 

逡巡をはじめたデジェルだが、それを気にかけることもなくシャカが声をかける。

「デジェルよ、今度はそなたの質問に答える番であろう?」

 

「そうであった。シャカよ、私からの問いは至極シンプルだ。暁美ほむらという少女について、そなたは何か気が付いているのか?」

 

アテナの屋敷でシャカが暁美ほむらに投げかけた言葉。

「魂の輪廻から外れつつある者よ。そなたはいったいどこからやって来て、いずこかへ去ろうとしているのか?」

 

それらは、ほむらが隠している何かを見透かしているかのような言葉だった。

シャカは暁美ほむらにいったい何を見たのか?

 

シャカは、静かに語り始める。

 

「違和感、のようなものだ。。実はハクレイ殿より、面白い少女たちが居ると聞いて、暁美ほむらと鹿目まどかを少し前より観察しておったのだ。デジェルよ、そなたにとって、師や友と過ごした修行の日々の思い出は何物にも代えがたいものであろう? しかし暁美ほむらはなんとも奇妙でな。親や兄弟、幼き日々を共に過ごしたであろう人々の影が、あの娘からはまるで見いだせないのだ。そして、あの娘が見つめているのは鹿目まどか、あの娘がどのように行動しようとしているのか、それのみなのだ」

「シャカよ。。そなた、いつの間に。。確かにそれは、私も感じていた。あの二人は、出会ってからまだ数日しか経っていない。それなのに暁美ほむらはなぜあれほど鹿目まどかに執着するのか。鹿目まどかのほむらに対する言動が、出会って間もない普通の友人に対するようなごく当たり前のものだけに、なんとも不可解なのだ」

「暁美ほむらが鹿目まどかにあれほど執着する理由を、鹿目まどかは知らないのか、忘れ去っているのか。いずれにせよ暁美ほむらにとっては残酷なことのはずだが、不思議なものよ」

「そういえば、巴マミという魔法少女と暁美ほむらの関係にも同じような不均衡があるのだ。巴マミは暁美ほむらにとって魔法少女としての師にあたるようなのだが、ほむらは「ここの彼女は師ではない」と言う。そして、暁美ほむらは明らかに巴マミの存在を強く認識しているのに、巴マミはまるで初対面かのようにほむらに接しているのだ」

 

そう語るデジェルの様子を感じてか、シャカの口角が少しあがる。

 

「デジェルよ、そなたも気づきかけているではないか。もし、暁美ほむらの師である巴マミ、そしてほむらに強い拘りを抱かせた鹿目まどかが、この街に居る彼女達ではない、ここではないどこかに居る彼女達なのだとしたら、どうだろう? それを踏まえ私が投げかけた問いに対して、彼女は明確な肯定も否定もせず、ただ動揺を返したのみだった。暁美ほむらにとって、この問いは答えに窮するものであった、とりあえずの答えとしては、これでも充分であろう?」

 

「なるほど。では、魂の輪廻から外れつつある者、というのは何を指しているのだ?」

 

「人というものは、この世に生まれ、流れる時の中で、さまざまな人と出会い分かれ、喜びや不安、希望や絶望に揺さぶられながら育ち、やがて死に至る。それが人であれば逃れられぬ理というものだ。その流れに抗い、ここではないどこかからやってきて、またどこかにある現在を求め彷徨い続けるのであれば、いずれその魂は時の流れからこぼれ落ちるであろうな。輪廻とはすなわち時の流れ。正しい時の流れから外れるということは、輪廻からも外れるということなのだ」

 

「輪廻から外れた魂はどこへ行くというのだ?」

 

「冥界でさえも時の流れとは不可分なのだ。時の流れからこぼれ落ちた魂、落ちゆく先は、虚無しかあるまい」

 

 

 

 

一方そのころ、巴マミは一人、魔女の結界に身を投じていた。

 

魔女を倒し、グリーフシードでソウルジェムの穢れを浄化すると、また次の結界へと突入していく。

鬼気迫る形相で次から次へと魔女を倒していく巴マミの姿は、それまでの華麗でどこか余裕すら漂わせていた彼女とは、まるで別人に見える。

 

「マミ、今日はいったいどうしたんだい?いつもの君らしくないじゃないか?」

「キュウべぇ、あなたは黙ってて! ウロウロしてたら流れ弾にあたるわよっ!」

「わかったよ。とりあえず、僕はここにはいないほうがよさそうだ。用が出来たら呼んでくれ。」

 

キュウべぇが去ったあとも、巴マミは魔女を倒し続けていく。

出来るだけ短時間で、魔力消費を極力抑えるように効率よく戦う様は、暁美ほむらのそれすら思わせる。

 

グリーフシードのストックが10個を超えたところで、巴マミはようやく変身を解いた。

 

「これくらいあれば、十分かしら?」

グリーフシードを見つめると、それを額にあて、一瞬祈るように目を瞑る。

しばしの沈黙ののち、巴マミはおもむろに携帯電話を手にする。

 

 

 

(せ~いんと せ~いや~♪)

 

大音量の音楽を突然鳴らし始めた小さな箱に、ジークフリートはひどく慌てていた。

連絡用にとグラード財団から貸し出されたばかりの携帯電話。アスガルドには無かった、最新の文明の利器。

使い方について一通り説明はうけたものの、いざ使う段になるとなにをどうしていいのかわからない。

なり続ける音楽を止めようと操作してみるが、音はいっこうに鳴りやまない。

周囲の人たちの好奇心に満ちた視線が集まり始めているのに気が付いたミーメは、電話を奪い取りおもむろに通話を始めた。

 

「もしもし、ジークフリートの電話だが。。マミか?いったいどうした?」

茫然としているジークフリートをよそに、ミーメは電話を手に淡々と会話している。

「わかった、それでは今から行く。そのままそこで待っていてくれ」

 

通話を切ったミーメは、ぽかんとしているジークフリートをやれやれという表情でみやる。

「聞いていたな、巴マミのところへ行くぞ」

移動を促すと、ジークフリートの手を引き、周囲の視線から逃れるように足早にその場を去っていった。

 

「ミーメ、おかげで助かったが、ずいぶんと機械の扱いに慣れているのだな?」

「私は神闘士に選ばれるまで、傭兵としてアスガルドの外でも活動していた。よほど特殊なものでもない限り、たいていの機器には対応できるのだ。ところであの着信音はお前が自分で設定した。。わけはないな」

「辰巳からあの機械をもらった時に、たまたま傍に居たアンドロメダ。。瞬がしょきせってい?とやらをいろいろやってくれたのだが。。」

「アンドロメダ、純粋に好意でやってくれたのか、それとも。。あの音を聞くと、ポセイドンに操られていた頃の恐ろしいヒルダさまが仁王立ちしている様が脳裏に浮かぶのだ。もっとこう。。普通の着信音にしたほうがよいぞ」

「。。ちゃくちん。。おん、とは?」

「そこからかっ!?」

 

 

 

そうこうしているうちに、二人は巴マミの待つ町はずれの山林にたどり着いた。

 

「待たせたな。こんな人気のないところに呼び出して、どうしたのだ?」

 

「二人とも、ありがとう。ちょっと。。ね。人の目につかず、周りに迷惑かけずに済む場所を探していたら、こんなところになってしまったの。結界を使えるわけでもないし」

「人払いが必要? マミ、君は何をしようとしているのだ?」

「。。ミーメさん、実は。。お二人に私と戦って欲しいんです。。」

 

マミからの答えは、神闘士二人にとって予想外のものだった。

 

「この間の戦いで私、あらためて思い知ったんです。魔法少女としてはそれなりにベテランのつもりだったのに、あの場ではほとんど何も出来なかった。。お二人や青銅聖闘士さんたち、そしてあの黄金の人が居なかったら、鹿目さんと美樹さんはどうなっていたことかと思うと、自分が許せなくて、このままじゃいけないと思って」

「マミ、私たちが戦っている間、君は必死にまどか達を守っていたではないか? もし星矢たちが来なければ、私たちとて危なかったのだ。気に病むことはないと思うのだが」

 

ジークフリートがフォローを入れるも、マミは聞かない。

 

「もっと!もっと強く!なりたいんです。 私、両親が亡くなって、魔法少女になってからほとんど、独りで戦ってきました。私を慕ってくれた魔法少女も居たけれど、その子とも結局長続きしなくて。そこに鹿目さんたちが現れて、魔法少女に興味を持ってくれて。。もしかしたら、一緒に戦ってくれる魔法少女のとも。。魔法少女になってくれるかもしれないと思って、つい舞い上がってしまったんだと思います。どんなことがあっても魔女からあの子たちを守りぬける強さを持ちたいんです!お願いです!私がもっと強くなれるよう、手合わせしてください!」

 

しばしの沈黙のあと、おもむろにミーメが口を開く。

「本音を言えば、君たちには戦ってほしくない。できれば、できることならばマミにも普通の少女としてこれからを生きて欲しかった。だが、魔法少女である以上、戦いからは逃れられないのも事実。。マミ自身がそう願うのであれば、私たちはその力になろうと思う。まずは私が相手になろう。心して掛かってこいっ!」

 

 

深紅の神闘衣がミーメの体を包む。それを見て、魔法少女へと変身する、マミ。

 

「銃弾でもなんでもいい。私に攻撃を当ててみろ。当然、こちらからも迎え撃つ。少しずつ拳速をあげていくが、避けきれるかな? まずはマッハ0.5だ」

 

ミーメが左手を上げると同時に、マミの周辺を無数の光条が包む。マミは冷静にそれらをヒットする直前でかわすと、リボンを巧みに使い、無数のマスケット銃が現れた宙へと舞い上がる。

 

「何度もあなたたちの戦いを見てきたんですもの。このくらいはよけられて当然。さぁ、次はこちらの番よっ!」

 

一斉に火を噴く無数の銃口。しかし、弾丸がヒットする直前、ミーメの姿はそこから消える。

 

「お互い小手調べといったところね。私もこの程度の攻撃が通用するとは思っていないわ」

「では、これはどうかな。青銅聖闘士なみのマッハ1まで拳速をあげてみよう。いくぞ!」

 

先ほどよりも数と威力を増した拳がマミを襲う。

巧みにかわしてはいるものの、さすがに余裕がなくなっているのか、マミの体を拳がかすりはじめる。

 

「並みの魔法少女や青銅聖闘士なら、この段階ですでにサンドバック状態だろうが、さすがだな。ただ、避けているばかりでは埒が明かな。。っ!」

 

マミの居たところには、いつの間にかリボンでできた大きな球が現れている。拳はリボンに勢いを殺されているのか、マミには届いていないようだ。

そして再び宙へとジャンプするマミ。無数のリボンは今度は筒のように形を変えて、拳からマミをガードしている。無数の銃口が再び火を噴くが、やはりミーメには届かない。

 

 

「3体の魔女を相手にしたときの、私たちの戦い方を真似たか。経験を生かした臨機応変な戦いぶりはさすがだな。では、これではどうだ?」

 

ミーメの放つ拳の速度は先ほどと変わらない。そのはずなのに、今度はわずかながらも拳がマミにヒットし始める。マミの表情に焦りが浮かぶ。

 

「どうして。。なんで拳が当たるの?」

「気づかぬか?同じマッハ1でも拳筋を変えているのだ。先ほどは、すべての拳をマミに向かって放っていた。君もそれを前提として拳筋を読み、リボンをコントロールしていたのであろう? なので今度は、リボンの隙間を抜けるように拳を放っているのだ」

 

「そういうことなのね。それはつまり、私の動きもリボンの軌道も完全に読まれているということ。ならっ!」

 

マミの周りの空間に、まるで蜘蛛の巣のようにリボンが広がる。

時にはリボンを掴み、時には手にしたリボンを張り巡らせたリボンに絡ませ、マミは移動方向をトリッキーに変化させていく。

 

 

「これにも対応したか。相手が強ければ強いほど、自らも強くなっていく。。まるで、フェニックス。。一輝や星矢たちを相手にしているかのようだな」

だんだんと狙いが的確になっていく銃弾を避けながら、驚いた表情を見せる、ミーメ。

 

「だが、君が目指すべきはまだまだ先なのだ。これはどうだ?マッハ5!白銀聖闘士なみの拳速だ。避けられるかな?」

 

目視不可能なほどの速度で、無数の拳がマミを襲う。

 

「どうした? まさかこれで終わりではあるまいな?」

「。。。」

 

もはや全ての拳をかわすのは不可能。

少なからぬ拳がヒットし、マミの動きが鈍る。

 

「(私はもっと強くなりたいの。あの子たちが魔法少女にならなくてもいいように。何があってもあの子たちを守り切れるように。なのに、どうして! 私はどんなに頑張ってもこの程度なの? 力が、力が欲しいっ!聖闘士さんや神闘士さんと肩を並べて戦えるくらい、いや、もっと強く。。)」

 

 

「(さすがにこれ以上は無茶か。いったん仕切りなおすか。。ん?なんだ、この光は。)」

マミを包む淡い金色の光。先ほどまでは無かったそれに、ミーメは気づく。それは、マミの髪に輝くソウルジェムから放たれていた。

 

マミが、無言で立ち上がる。先ほどまで無数の拳に打ちのめされていた彼女とは違う。光に包まれた全身からは、凄まじい闘気があふれ出している。

 

「なんだ、これは。。まるで、小宇宙ではないか?」

 

闘気はやがて無数のリボンへと姿を変えると、四方八方へと爆発的な速度で拡がっていく。ミーメの放った拳は、リボンとぶつかり合ってことごとく相殺されてしまった。

 

マミの勢いは止まらない。無言でミーメのほうを向くと、地を這うような低い軌道で飛び掛かってきた。先ほどとは比べ物にならない速度で。回避は間に合いそうにない。両手でマミを受け止めたものの、ミーメはそのまま数十メートル後ろへ弾き飛ばされてしまった。飛ばされた先には、いつの間にかマミが待ち構えている。今度は右足でミーメを高く蹴り上げると自らも飛び上がり、空中で体を反転させつつオーバーヘッドキックの要領で蹴り落とす。下にはまたしてもマミが居る。

 

なんとか体制を立て直すと、今度はミーメが拳を放つ。

無意識に放った手加減なしの光速拳。最強とうたわれた双子座の黄金聖闘士、サガにも匹敵するといわれた凄まじい威力と速度の光速拳が容赦なくマミを襲う。

 

「やめろ!ミーメ。マミが死んでしまうぞっ!」

慌てて止めに入るジークフリート。しかし彼が次に目にしたのは信じられない光景だった。

ミーメの拳を、マミは全てかわしていたのだ。目視不能な速度で無数の光条を巧みにかわしきった彼女の傍らに、巨大な大砲が現れる。

 

言わずと知れた、マミのフィニッシュ・ブロー、ティロ・フィナーレ。

 

しかも、普段の大砲に比べると砲身が数段大きい。戦艦の主砲を思わせるようなそれをこの至近距離でまともにくらえば、いかに神闘士であろうと無事ではすまないだろう。

何がなんでも発射を防がねば。

冷静さを取り戻したミーメは竪琴を奏で始める。

美しい音色とともに、一人、二人。。瞬く間に数十人のミーメが現れ、それぞれがマミの狙いを攪乱するかのように空中を舞っている。

さしものマミも、どれが本物かわからず戸惑っているようだ。

その隙を彼は見逃さなかった。

 

「ストリンガー・レクイエムっ!」

 

慌てて回避にかかるマミを、竪琴の弦がとらえる。

アスガルドでは、最強の青銅聖闘士、不死鳥フェニックス一輝をも捕らえた強力な拘束。体に幾重にも巻き付いた弦をなんとか解こうともがくマミだが、こうなってしまえばもう逃げようがない。

動けなくなったマミから闘気が急速に消えていく。やっと、我にかえるマミ。

 

 

「途中からよく覚えていないのだけど、わたし、いったいどうしていたの? なんで縛られてるのかしら?」

「やっぱり覚えていないのだな。まさかあそこまで完膚なきまで打ちのめされるとは思わなかったぞ。あの闘気、私たちが持つ小宇宙のようであったが、それも覚えていないのか?」

「えぇ。。 でも、力が欲しい、鹿目さんと美樹さんを守れる力が欲しいと強く思ったら、体の中からなんだかよくわからない何かが沸き上がってきたところまでは、かろうじて覚えているんです」

「そうか。。小宇宙というのは、何も聖闘士や神闘士だけが持つものではない。この星に生きる誰もが宇宙の一部であり、それ故に小宇宙をその内に秘めているのだ。それを感じて燃焼させることが出来る者が聖闘士や神闘士となれるのだが、誰もがそうなれるわけではない。マミは強力な魔法少女だが、実は小宇宙を目覚めさせる素質も持ち合わせているのかも知れないな。それとも、小宇宙に目覚める素質を持ち合わせている少女が、強力な魔法少女となれるのか。。?」

「私、もっと強くなれるんですか?」

「小宇宙を自らの力でコントロールできるようになれれば、だがな。そのためには厳しい修行や戦いで自らを磨き上げていくしかないのだ。あの青銅聖闘士たち、ペガサス星矢やフェニックス一輝たちは、幾たびも死地を乗り越え、究極の小宇宙、セブンセンシズへと到達した。マミももしかしたら可能性はあるかもしれない」

「(星矢さんにはこないだ助けてもらったけど、フェニックス一輝って誰だろう?)そうなんですね。すごく難しいのはわかってはいるけれど、ちょっと希望が湧いてきました」

「そうだ。希望をもって闘えば、どんな夢も叶えることが出来るのだ。希望を叶えた結果が魔法少女なのだろうが、魔法少女になってからも希望は持ち続けてよいのだからな」

「希望をもって闘えば。。 どんな夢も叶えられる。。」

 

 

 

「いい感じのところすまないが、魔女だ。この気配は、かなり強力だぞ。すぐに向かわなければなるまい」

すっかり蚊帳の外状態だったジークフリートが、若干申し訳なさそうにミーメとマミに声をかける。

 

3人は、魔女が現れたという見滝原市の病院へと向かっていった。

 



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運命の分岐点

見滝原の中心街にある病院。

魔女の結界が出現したのは、とある病室の中だった。

 

「こんなに目立つ場所に現れるとは。結界に身を隠しているとはいえ、大胆不敵にも程がある。よほど強力な魔女なのか? それともここでなければいけない理由があるのか?」

 

ジークフリートが呟く。

幸い、病室とその周辺には誰も居ないようだ。

3人は気配を殺して結界に足を踏み入れると、中の様子を探る。

 

渦巻模様が特徴的な小さな使い魔が結界内をうろついているが、数はそれほど多くない。

結界の中は、ケーキや飴、チョコレートなど無数のお菓子で埋め尽くされている。

奥の方には魔女らしき気配がある。かなり強力そうだが、1体だけのようだ。

 

 

「あら。巴マミ、あなたもここの魔女に気が付いたのね」

 

一同がその声に振り返ると、一人の魔法少女が結界の入り口からゆっくりと現れた。

暁美ほむら。声は落ち着いているが、その表情は険しい。

 

「むしろ気づかないほうがおかしいんじゃなくて。もしかして魔女の横取りでも狙っているのかしら?」

自分に対してやけにつっかかってくるこの魔法少女に対して、巴マミもまた淡々と、しかし攻撃的な口調で答える。

 

「結果的にはそうなるかもね。ここの魔女はあなたとは相性が良くない。悪いことは言わないから、この魔女は避けたほうがいいわよ。私だって魔法少女が倒れるところは見たくない」

「あら、意外なことを言うのね。もしかして心配してくれてるのかしら。ここで引くことはできないの」

2人の間には張り詰めた空気が漂っている。

 

「巴マミ、いくら経験豊富でも、ここの魔女はやめたほうがいい。あなた、死ぬわよ」

「ずいぶんと詳しいのね。まるで、ここの魔女と戦ったことがあるみたい。確かに、そうならないとは限らない。見滝原の魔女はここ最近強くなっているし、何よりあなたがそう言い切るからには何か根拠があるのでしょう?」

「。。。」

 

「言えないのね。それならそれでいいわ。私はしなければいけないことをするだけ」

マミはほむらに背を向けると、結界の深部に向かってゆっくりと歩きだす。

 

「巴。。さ。。」

歩き去ろうとするマミを呼び止めるかのように声をかける、ほむら。

普段のほむらからは想像できない蚊の鳴くようなか細い声だったが、それに気づいたのか数歩進んだところで再び歩みを止めるマミ。

 

「魔女にむざむざやられるつもりで戦うわけではないけれど、力が及ばなかったり、運に見放されることはあるかも知れないわね。もし私が倒れるようなことがあったら、そのあとは暁美さん、よろしくね。なんとなくだけど、ここの魔女も、鹿目さんたちのことも。あなたになら安心して任せられるような気がするの。。」

ほむらに背を向けたまま語り終えると、マミはそのまま結界の奥へと歩き去っていった。

 

 

 

結界の最深部には、まるで人形のような小さな魔女が控えていた。

おどろおどろしさはない。妖精と言われればそう見えてしまうような、かわいらしい魔女。

マミが来たことには気づいているようだが、迎え撃つような仕草は見せていない。

ただ、じっとマミのほうを見つめている。

マミもまた、慎重に魔女の様子を伺っている。

 

「ずいぶんと小さな魔女なのね。。」。

強力な魔女にはとても見えないが、もしかするとなにかとてつもない力を秘めているのかもしれない。

不意な反撃に備えながら、マミはマスケット銃で攻撃を始める。

小さい弾とはいえ、小さな魔女にとっては強力な攻撃には違いない。

弾が当たるたび、弾き飛ばされ、突き上げられ、魔女は無抵抗で一方的に打ちのめされている。

 

「おかしいわね。あなたから感じる魔力は相当なものなのに。でも、いくら無抵抗だからって、あなたが魔女である以上、情けをかけるわけにはいかなくてよ」

マミは攻撃の手をゆるめない。

すでに相当な数の弾丸を受けて満身創痍なはずの魔女。しかし、見た目には深いダメージを受けているようには見えない。

ほぼ無傷なままただひたすら攻撃を受け続けている、いや、受け流している様子には、不気味さすら漂う。

 

「そう。この程度の攻撃では決着はつけられないということなのね。なら、一気にとどめを刺させてもらおうかしら」

魔女を高く放り投げると、マミは大砲のような巨大な銃を出現させる。

これまで数えきれないほど放ってきた、そして魔女との戦いに必ずと言っていいほど決着をつけてきた大技。

慎重に狙いを定めると、マミは引き金に指をかける。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

凄まじい轟音とともに、巨大な弾丸が放たれる。

結界に充満するまがまがしい魔力を切り裂き魔女へと突き進んだそれは、命中するやいなやリボンへと姿を変える。

リボンは魔女の胴体に巻き付くと、音を立てて締め上げていく。それとともに、まるで風船のように大きく膨れ上がる魔女の顔。

このままいけば、魔女はあと数秒のうちに破裂し絶命するだろう。

マミも、神闘士たちも、無言のまま魔女を見つめている。

 

 

だが、次の瞬間思いがけないことが起きた。

膨れ上がった魔女の口から、蛇のような形をした巨大な何かが現れたのだ。

体の模様はカラフルでかわいらしさすらあるが、大きな口には鋭い牙が無数に並んでいる。

体から放たれる魔力は、強烈で禍々しい。これこそが、魔女の本当の正体だったのだ。

 

眼下に見える魔法少女、つい先ほど自分にとどめを刺そうとした彼女を獲物とみなしたのか、魔女は不敵な笑みを浮かべながらマミを見つめている。

あっけにとられているマミ。あまりに予想外のことが起きたからか、その場から逃げることも出来ず魔女をぼーっと見つめている。

魔女はそんな彼女にあっという間に近づくと、大きな口を開けて襲い掛かる。

 

瞬きする間も、叫び声をあげる間もない一瞬の出来事だった。

魔女はマミに噛みつき、そのまま噛みちぎってしまった。

 

あまりに呆気ない、一人の魔法少女の最後。

「。。まさか、こんなことが。。」

茫然と魔女を見つめているミーメ。

言葉を失っているジークフリート。

一方、まるでこうなることがわかっていたかのように、ほむらは無表情で魔女を見ている。

 

 

いかにも貪欲そうなあの魔女が、次はこちらへ狙いを定め襲い掛かってくることは間違いないだろう。

 

しかし、魔女は動かない。

何かを噛むように口を動かしつつ、納得のいかないような表情をして、さきほどまでマミが居た場所を、そしてその周りを何か探すかのようにキョロキョロしている。

 

 

「どうやらお気に召さなかったようね。味付けが口に合わなかったのかしら?」

 

静まり返った結界の中に、聞き覚えのある声が響く。

いったいどこから声がしたのか、

あたりを見回す、魔女、神闘士たち、そしてほむら。

しかし、いくら探しても声の主は見つからない。

やはり気のせいだったのかと思いかけたその時だった。

 

魔女の頭上から、凄まじい数の銃弾が降り注いできたのだ。

数百発、いや、数千発?

先ほどまでとは数も威力もけた違いに違う、凄まじい弾幕。

一瞬のうちに無数の弾丸を浴び、魔女は姿勢を崩し倒れこむ。

その脇に音もなく舞い降りた、見慣れた人影。

 

「マミ!無事だったのか!」

「ミーメさん、ありがとう。私はこの通りなんともないわ。あなたと戦った経験、さっそく生かすことが出来たみたい」

「経験。。そうか、さきほど魔女が襲ったのは。。」

「そう。あれは私に似せてリボンで編み上げた操り人形。ミーメさんみたいに幻影を生み出すことはできないけど、私なりの方法でやらせてもらったの」

「私たちでさえ気づかなかったのだ、魔女もまんまと騙されたというわけか。」

 

魔女もようやく声の主に気が付いたのか、再び起き上がると猛然とマミに襲い掛かる。全身に弾丸を浴びているにも関わらず、その動きには衰えが感じられない。どれほど強力な魔女なのか。

マスケット銃で雨のように弾丸を浴びせかけるマミだが、それらも魔女に大したダメージは与えていないようだ。

なぜなのか? 放った弾の行方を追ったマミが目にしたのは意外な光景だった。

弾丸の多くは、魔女の体に当たっても、そのまま跳ね返されている。マスケット銃の弾では、まるでゴムのような弾力を持つ厚い皮膚を貫くことができないのだ。

 

どうすればこの魔女に決定的なダメージを与えて沈黙させることができるのか?

どこかに弱点はないのか?

 

攻撃をいなしつつそれを探していたマミの視線が、魔女の体の一部に止まる。

 

巨大な口。その魔女の恐ろしさが集約されたようなその部分には、当然ながら厚い皮膚はない。

ここから魔女の体内へ攻撃を届かせ、体内から魔女を破壊すれば、大きなダメージを与えられるかもしれない。

ただ、小さな弾丸では破壊力が足りない。巨大な弾丸ではどうしても速度が遅くなるし、歯や口で引っかかって奥まで届かない可能性もある。

どうすれば。。

 

「どうした、マミ! 避けているばかりでは埒があかないぞ!」

ジークフリートの声に、思わず彼のほうを向く、マミ。

 

「そうだわっ!」

 

マミの頭には、彼のある技が思い浮かぶ。

 

ドラゴン・ブレーヴェストブリザード。

彼の拳から放たれる、強大なエネルギー波を思わせる強力な拳。

あのような技ならば、途中の障害物を薙ぎ払いつつ、魔女の体内に到達するだろう。

 

イメージは出来た。あとはそれを形にすればいい。

でも、どうすれば。

彼らがしているように、自分も小宇宙を高めればよいのか?

彼女の中に、つい先ほど、ミーメと手合わせした時の記憶がうっすらとよみがえる。

自分の中に眠っていた何かが目覚めた時、自分でも信じられない強大な力が内から湧き上がってきた。

あの力があればもしかすると。。

 

「私の中の宇宙、お願い。もう一度目覚めて。私に力を貸して」

 

魔女から少し距離を取ると、マミは静かに気を研ぎ澄ませる。

すると、ミーメとの戦いのときのように、マミのソウルジェムが金色に輝きだした。

だが、ミーメと手合わせした時とは違い、光はそれ以上強くならない。力が沸き上がってくることもない。

 

「どうして? なぜ今度はダメなの?」

 

頑張って精神を集中するが、状況は変わらない。

焦れば焦るほど、集中は乱れていく。

どうしても好転しない状況。

やはり自分ではダメなのか。

 

そんな心の折れかけた彼女の脳内へ、どこからか声が響いてくる。

 

「お前はただ強くなりたいのか? 誰かの力になるため、守りぬくための力が欲しいのか?」

 

「誰? 私に呼び掛けてくるのは?」

 

初めて聞く見知らぬ男性の低い声に、マミはあたりを見回す。

ジークフリートでも、ミーメでも、そこには居ない聖闘士たちでもない。

力強く雄々しく、それでいて優しい声。

 

「自分自身のためではなく、誰かを守りたい、誰かの力になりたいという望みに応えて燃え上がるのが、お前の小宇宙なのだ。だからこそ、私も力を貸すことができる。巴マミよ、ふるいたい力ではなく、守りたい誰かをイメージするのだ。。」

 

「わかったわ。どこの誰かは知らないけれど、確かにその通りかもしれない。。ありがとう」

 

巴マミは、静かに想いを向ける。鹿目まどか、美樹さやか、クラスメイトや見滝原の人々。

彼らの姿が、声が、巴マミと綴った思い出が溶け合って、一つのイメージを作り上げていく。

現れたのは、無数の星々からなる小宇宙。やがてそれらの星々は一つの星へと集約されていく。

それとともに、光を失いかけていたソウルジェムが、再び輝きだす。

光は次第に強くなり、やがてマミの全身はソウルジェムから放たれる金色の光に包まれていく。

聖闘士や神闘士たちに勝るとも劣らない強大な小宇宙。マミの中で厚く燃え上がっていく小宇宙は凄まじい闘気となって周囲にあふれ出している。

 

対峙していた魔法少女の只ならぬ様子に危機感を覚えたのか、今度こそマミを噛み砕こうと襲い掛かる魔女。

だが、全ては手遅れだった。

静かに右腕を突き上げたマミ。腕先には、全身を包んでいた光が集まり、まばゆいほどに輝いている。次いで、輝く右腕をいったん後ろへと引き、そこから魔女に向かって突き出す。右手にはいつの間にか大きな銃が握られている。まるで神造兵装のような美しく神秘的な意匠の施されたそれは、これまでマミが手にしていたどの銃とも違う神々しいオーラに包まれている。右腕を包んでいた光は、瞬く間にその銃へと集まっていく。

 

「もういいのよ。私の手で終わらせてあげる。。。ティロ・フィナーレ・エーラクレッ!」

 

マミが引き金を引くと同時に、美しい銃が火を噴く。放たれたのは、銃弾や砲弾というよりは、まるでペガサス星矢の彗星拳やジークフリートのドラゴン・ブレーヴェストブリザードを思わせるような、マミの小宇宙を集めた猛烈な光条だった。

慌てて回避しようとした魔女だったが、その光は渦となって魔女に襲い掛かり、大きな口から体内へと飛び込んでいった。

あたりを包む一瞬の静寂。だがそれは、すぐに破られた。魔女の体を突き破るように無数の光条が放たれ始めると、凄まじい爆音とともに、魔女の胴体は爆発四散していった。

 

体を砕かれ、頭部だけがかろうじて原型をとどめている魔女は、力なく結界の底に落ち、そのまま横たわっている。

魔女の側に再び降り立つと、マミは銃を構える。まだ息のある魔女にとどめを刺すために。

 

 

 

「待ってください!」

 

不気味な結界に響き渡る女性の場違いな声に、マミは思わず銃を下す。

声のしたほうに視線を向けると、聖衣に身を固めた四人の男性を従え、二人の少女が近づいてくる。

なんと美しく神々しい少女たちだろう。戦いがまだ続いていることも忘れ、マミは彼女たちを見つめている。

 

「アテナ。こんな危険なところに来たら、聖闘士たちが心配しましょうに。デジェル、テンマ。星矢、そしてハクレイ殿、あなたたちが居ながらなぜこのような。」

「我々もお止めはしたのだが、お聞き届けなさらなかったのだ」

ジークフリートとハクレイは、半ばあきれ果てたような表情で言葉を交わしている。

 

アテナ? マミもその名がギリシャ神話の女神のものであることは知っている。

聖闘士たちはアテナとともに地上の愛と平和のために戦うのだと、神闘士たちは言っていた。

ということは、あの2人が聖闘士たちを束ねる女神なのか?

 

そういえば、アテナに従う4人の中には、見知った顔がいる。

先日、3体の魔女と戦った時に、マミやまどか、さやかの危機を救ってくれた黄金聖闘士。

 

「あなたは。。デジェルさん、ですよね。先日は助けていただいてありがとうございました。そちらの方々は?」

「こちらのお二人こそ、私たち聖闘士が仕える女神、アテナだ。なぜ二人なのかはややこしいからまたあとで説明しよう。こちらはハクレイ殿。教皇を補佐する祭壇座の白銀聖闘士だ。こちらの二人はペガサス座の青銅聖闘士。。」

「星矢さんとテンマさん、ですよね。あの結界ではありがとうございました。ペガサスがお二人なのも、アテナさまがお二人なのと同じ理由、ということですよね」

「お察しが速くて助かります。あなたが巴マミさんですね。はじめまして。あなたの戦いを止めてしまったこと、お詫びさせていただきますね。私たちは。。」

「私のことはどうかお気になさらないでください。それよりも、お急ぎなのですよね。。お二人の暖かな小宇宙を感じていると、これから起きることはきっと"この子"にとってよいことなんだろうなぁって思えるんです」

「驚きました。マミさん、あなた、小宇宙を感じることができるんですね。。わかりました。。では、ハクレイ、さっそくですがお願いします」

 

アテナことサーシャに促されたハクレイは、無言で巴マミのほうに視線を向けたが、彼女の表情に何かを察するとおもむろに居住まいをただす。

「よろしいですな? では。。」

 

ハクレイは右腕を上げ、魔女に向かって指を突き出すと静かに小宇宙を高めていく。

 

「積尸気 冥界波!」

 

ハクレイの指先から、青白い光が無数に放たれる。それらはまるで人魂のように空中を舞うと、次々に魔女に突き刺さっていく。青白い燐気に包まれ淡く光り出した、魔女の体。

やがて、魔女からは真っ黒い何かが引き出されてきた。

すでに同様の光景を見たことのある神闘士たち、アテナとハクレイが何をしようとしているのか知っているデジェルとテンマ、星矢はは冷静に事の成り行きを眺めているが、暁美ほむらと巴マミは何が起きているのかわからず茫然としている。

 

「よほど呪いを溜め込んだのか、時が経ち消耗が進んでいるのか。呪いの鎧に包まれた魂の気配はもうごくわずかですが、いかがなされますかな?アテナさま」

「えぇ。少しでも可能性があるのならば。サーシャ、いきますよ」

 

もう一人のアテナ、城戸沙織は円い盾を、サーシャは金の杖を手にしている。二人はそれを、魔女から引き出された黒い物体に向かって静かにかざす。

杖と盾から放たれる金色の光。それは黒い何かを包んでいく。しばらくすると、物体を包んでいる黒い塵のようなものは、光に溶け込むかのように物体から剥がれ落ち、消えていった。

黒い物体は次第に小さくなるとともに、黒から灰色へ、灰色から青白い人魂のような色へと姿を変えていく。

 

「アテナさま、そろそろよろしいかと。では、少し離れていただけますかな」

 

アテナたちが物体から離れたのを確認すると、ハクレイは静かに小宇宙を高めていく。その腕には、いつのまにか小さな人形のようなものが抱えられている。

 

「ぬんっ!」

 

右腕を大きく振るハクレイ。それに引っ張られるかのように、物体はハクレイのほうへ引き寄せられ、そのまま人形の中へと消えていった。

 

 

「これは、ヨーロッパのとある国より取り寄せた、ホムンクルスというもの。厳密には元の体と何の関係もないが、果たして器となりうるじゃろうか」

 

ホムンクルスを見つめるハクレイ。彼はいったい何をしようとしているのか。他の皆も少し遠くから様子を眺めている。

やがてそこに居た皆は目を見張った。ホムンクルスの目と口がゆっくりと開いたのた。その唇は、何かを語ろうとしているかのように、ゆっくりと動き続けている。

 

「。。。です。。」

「。。なぎさは。。。です。。」

 

それを聞いて駆け寄るアテナたち。だが、それよりも速く、人形の傍らに屈みこんだのは、意外なことに巴マミだった。

 

「それが、あなたのお名前だったのね。私は巴マミ。さっきはごめんなさい。痛かったでしょう?」

「。。痛かったのです、とっても。でも。。。ありがとうなのです。ずっと苦しくて、悲しくて、助けてって思い続けてたけど。。。マミのおかげで。。やっと楽になれたのです。。」

「もう、苦しまなくていいのね。。そうですよね、アテナさま?、ハクレイさん?」

「。。。」

アテナことサーシャと城戸沙織は、悲しそうにうつむいている。

 

「そうじゃな。。ただ、その者自身が一番よくわかっているであろう。呪いから解放されはしたが、仮初の体に、消耗しきった魂。おそらくもってあと数分であろうな」

 

はっとした表情で人形を見つめるマミ。

黙ってホムンクルスの手をとると、優しくそっと握りしめる。

 

「もう数分しかないの? なぎさちゃん、すごく長い時間苦しんできたはずなのに。。」

「マミ、いいのです。。。ちょびっとだけでも話すことができて。。うれしい。。ので。。す。。もし生まれかわ。。れたら。。」

 

マミを見つめる目が、みるみるうちに光を失っていく。なにか話そうとしても、もうほとんど力が残っていないのか、声にならず、弱弱しく口が動くだけ。

ただ、何を伝えようとしているのかはわかる。

「ありがとう」と。

 

マミの手を握り返していた手から、力が抜けていく。やがて静かに目をつむると、ホムンクルスとその中の魂は静かにこと切れた。

 

 

「あの、デジェルさん?」

マミはホムンクルスの手を握ったまま、傍らに立つ黄金聖闘士に声をかける。

 

「この子とあちらの魔女、せめて穏やかに葬ってあげること、できますか?」

「わかった。私に任せておきたまえ」

 

デジェルは、マミの望みがわかったのか、静かに小宇宙を高め始める。

両腕を頭上に上げ、交差させて両手を組む。さながら水瓶を持ち上げているかのように。

それとともにデジェルのまわりには凍気が立ち込め、氷結した水蒸気がダイヤモンドダストとなって輝いている。

 

「オーロラ・エクスキューション。。」

 

デジェルは腕を静かに前へ振り下ろす。膨大な絶対零度の凍気は、まるで水瓶からあふれ出るかのように周囲に満ち、放たれた。

なんという美しい技だろう。

マミとほむらは、初めて見る黄金聖闘士の究極の技に見とれている。

凍気は黄金の光を放ちながら、静かに、しかし激しい氷の流れとなって魔女とホムンクルスに向かっていく。

凍気に包まれ、魔女とホムンクルスは音もなく一瞬のうちに美しい氷の像と化した。

 

「アテナさま。。」

「はい。。」

 

サーシャはゆっくりと氷像に近づくと、手のひらを像にかざす。

彼女から放たれる暖かい金色の小宇宙、それに包まれた氷像はほんのり淡い光を放ち、やがて光の塵となって消滅していった。

 

「これでよかったのだな?」

ハクレイは、光の塵を見つめているマミに声をかける。

無言でうなづく、マミ。

 

 

「誰か近づいてくるようですね。騒ぎにならないうちに、私たちはここを離れましょう。マミさん、またそのうちゆっくりお話しさせてくださいね」

サーシャは城戸沙織とハクレイ、星矢とテンマを促すと、消滅しつつある結界を後にした。

 

後には、マミとほむら、二人の神闘士、そしてデジェルが残された。

 

 

「巴マミ、あなた、いつからわかっていたの?」

「そうね、確信に変わったのは、3体の魔女に出会った時、かしら。あの子たち、魔女なのにまるで魔法少女のチームみたいだったわ。それに聖闘士さんたちや神闘士さんたちは、戦っている間も、戦い終わったあともほんとうに辛そうで。あの様子を見て、わからないほうがおかしくなくて?」

「そう。。取り乱さないのね?」

「そりゃぁ、自暴自棄にもなりたくなるけれど、それでどうにかなるわけでもないじゃない。それに、ジークフリートさんやミーメさんが魔女について何か秘密を知っていて、それを私に悟られないように必死で隠しているのも感じていたし。お二人とも、隠してるのがあまりにもバレバレで。もうっ、演技がほんとうに下手なんだから。。薄々感じていたから、取り乱さずに済んだのかもしれないわね」

 

ジークフリートとミーメは、ばつが悪そうに目をそらしている。

苦笑いしているデジェル。

 

「それに、アテナさんたちやハクレイさんがやっていたこと、あれは魔女になってしまった魔法少女を元に戻すためなのでしょう? 条件さえそろえば魔法少女に戻れるのかも知れない。。なら、希望はまだ残されているじゃない。なぎさちゃんにはかわいそうなことをしたけれど、」

「そうね。運命は変えられるのかもしれないわね。今すぐではないにしても」

 

「じゃぁ、私も行くわね。すぐにでもやらなきゃいけないことが出来たんだから」

「?」

「美樹さんと鹿目さんのところにね。今ならまだ間に合うんだし」

「そう。。いい心がけね。すぐにでも行くといいわ。」

 

 

 

そう言ってその場を去ろうとしたマミ。

だが、次の瞬間、マミの足が止まる。

 

「なーんだ、もう魔女をやっつけちゃったんですね! 正義の魔法少女の初陣、次にお預けかぁ」

 



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騎士の証

新たな魔法少女の誕生。何が彼女の決断を誘ったのか。


現れたのは、白いマントと青い服を纏った、ショートヘアの快活そうな少女。

スカートの少し上に輝く美しい蒼色の宝石は、彼女が魔法少女であることの何よりの証だった。

 

少女の姿を目にして、言葉を失っているマミ。

 

「よく見たら、ジークさんたちに、金色の聖闘士さん? 転校生まで。みんな勢ぞろいしちゃってるじゃないですか?」

「美樹さん。。」

「マミさんも。そんなびっくりしたような顔しちゃって、どうしたんですか? 大丈夫!これからはあたしと一緒に見滝原を魔女から守りましょう!。どーんと、頼っちゃってくださいね!」

「あ。。え。。そうね。。うん、ありがとう、美樹さん。とっても心強いわ」

「じゃ、あたし、さっそくパトロールに行ってきます!。魔女見つけたら連絡しますね! 」

 

突如吹き荒れた嵐のような喧騒が去り、その場には再びマミたち5人が残された。

皆、一言も発せず黙りこくっている。鉛のように重い空気。

 

 

「どうして。。キュウべぇと契約しそうな様子はまだなかったのに。。」

「何があったのかはわからないけれど、彼女はもう契約してしまった。あの子が結末を迎えるまでにはそれほど時間はかからないはず。しっかりとケアしてあげることね」

「暁美さん。。でも、なんとなくだけど、私もそう思うの。。とにかく今は早く鹿目さんのところに行かなくちゃ。キュウべぇは鹿目さんをしつこいくらい頻繁に勧誘してたんだし」

 

言い終わるや否や、巴マミは、ひどく慌ててその場を去った。

 

 

 

1時間ほど前のこと。

 

マミたちが病院の結界に向かうのと時を同じくして、一人の少女がその病院のロビーを歩いていた。

美樹さやか。彼女はいつも通り、その病院に入院している幼馴染、上条恭介の見舞いにやってきたのだ。

 

病室の扉の前に立つと、差し入れとして持ってきたCDを確認し、目を瞑り深呼吸する。なぜだろう。幼馴染のはずなのに、最近になってから顔を合わせるたびに感じる不思議な緊張感。

 

「やぁ、さやか。今日も来てくれたんだね」

 

部屋の中では、恭介がベッドからこちらを見つめている。

ベッドの側にはヴァイオリン、そしてさやかがこれまで届けてきた数多くのCDが積みあがっている。

その横には、とても高級そうな果物が置かれている。誰が持ってきているのかはわからないが、以前から恭介の病室でよく見かけるものだ。裕福な人が見舞いに来ているのだろうが、誰なのか敢えて聞いたことはない。いつもと変わるところのない、病室の風景。

 

 

ただ、いつもと違うのは、病室の中に青年が二人居ることだ。どこかで会ったことのあるような気がするのだけれど、いったいどこで?

「さやか、今日はお客さんが来てるんだ」

体を起こして二人を紹介しようとする恭介。それをさりげなく制すると、二人のうち背の高いほうの青年がさやかのほうへ向き直る。

「あなたがさやかさんですね? こちらのCD、なかなか興味深い内容のものが多く、どのような方が選ばれているのだろうと気になっていたところなのです。紹介が遅れました。私はジュリアン・ソロと申します。こちらはソレント。。」

「あーーーっ!!! 思い出しました! お二人で世界中を巡って演奏旅行されてるんですよね!ついこの間、この病院のロビーで演奏されてるの、私も聴いていたんです」

 

喜び、悲しみ、怒り、幸福、不幸、楽しみ、苦しみ。人の世の何もかもを包み込み、洗い流していくかのような美しいフルートの音色を、さやかは今もよく覚えている。恭介のヴァイオリン以外で、さやかがあそこまで心奪われてしまったのは初めてだった。

「貴方もあの場にいらっしゃったんですね。このソレントの演奏をお気に召していただけたのならば、光栄です。あの演奏会がきっかけとなって、私と同じく音楽の道を志す上条さんとお近づきになることができ、今日はここにお邪魔しているのです」

 

 

恭介は、さやかの前では明るく落ち着いた振る舞いを見せている。

しかし、長くしかも回復の見込みすら定かでない入院のせいなのか、恭介は病院の関係者には荒んだ態度を取りがちだということは、さやかも耳にしている。

どらかといえば問題の多い患者とみられていた彼が、演奏会が終わった後、担当の看護師に「ソレントたちに会いたい」と頼みこんだのだ。普段の彼からは想像できない謙虚で素直な態度に担当医も看護師も皆驚いたが、彼が希望を取り戻すきっかけになるのではと手を尽くして連絡をとり、見滝原郊外に宿泊しているジュリアンたちもまた快諾してくれたのだ。

 

ジュリアンとソレントの話は、恭介にとってとてもエキサイティングなものだった。ラスベガスのカジノ、ヨーロッパやアフリカの王宮、パタゴニアや東シベリアの漁村、中国奥地の先住民集落、南極の越冬基地、紛争地帯最前線の塹壕陣地。世界中を渡り歩いてきた二人の演奏旅行は、同じく音楽を志す恭介にとっても血沸き肉躍る冒険譚そのものであった。また、高度に体系化されたソレントの音楽理論もまた、恭介が自分の演奏を見つめなおし、新たな試みへと向かう情熱に再び灯をともすこととなった。

 

そんな彼の様子をさやかは横から眺めている。退院後に何をしようか、どこへ行こうかと未来への希望を取り戻しかけているように見える恭介の様子は、彼女にとっても何よりうれしいものだった。

一方で、盛り上がる恭介とソレントから置いて行かれているように感じる軽い疎外感。うまく説明できないさまざまな感情が、さやかの中で渦巻いている。

もしかして、退院した恭介は、音楽活動に没頭するあまりさやかから遠く離れた世界に行ってしまうのではないか? 華々しく活動する彼とは別の世界に、取り残されたように佇む自分の姿が見えてしまう。

恭介の幸せを願うほどに不安に包まれ曇っていく自分の心。精一杯の作り笑いでごまかそうとする自分自身の振る舞いもまた、さやかを次第に追い詰めていった。

 

 

ふと気が付くと、あたりが暗い。もう日が暮れてしまったのか? いや、そんなはずはない。

我に返ったさやかは、病室が異様な空間へと変わっていることに気が付いた。

ジュリアン・ソロやソレント、そして恭介までが結界の中に閉じ込められている。

恭介は気を失っているようだ。ジュリアンとソレントは、自分たちが取り込まれた異様な空間に気が付いたのか、不安げに周囲を見回している。

この感覚をさやかは知っている。

 

魔女の結界。

 

使い魔こそ見当たらないが、結界の奥からは魔女の気配が感じられる。自分たちの存在に気が付いたのか、魔女は少しずつこちらに近づいているようだ。

「マミさんに連絡しなきゃっ!」

急いでマミに電話するさやかだが、いくら待ってもマミは応答しない。

それもそのはず、マミは今、別の魔女と激烈な戦いを繰り広げている真っ最中なのだ。

 

さやかは、傍に落ちているモップを拾い上げると結界の奥へ向かおうとする。

魔法少女でも聖闘士でも神闘士でもない自分が魔女と戦うなんて、無理に決まっている、それはよくわかっている。

それでも、この中で魔女のことを知っているのは自分だけなのだ。怖さで体中が震えているが、それでもここは自分が行かなければならない。ジュリアン達、そして恭介を守るために。

 

そんな彼女を制したのは、意外なことにソレントだった。

「ここがどのような場所なのかはわかりませんが、おそらく危険な状況なのでしょう? さやかさん、あなたは恭介さんとポ。。ジュリアンさまを連れて、早くここから離れてください。私が時間を稼ぎますので」

「ソレントさん、ここは魔女の作り出した結界なんです。あたし、ここがどんな場所かも、どうすれば助かるのかもわかってますから、あなたこそみんなを連れて逃げてくださいっ!」

「。。お気持ちは有難いです。ただ。。ほら、足が震えているではありませんか。。ここはひとまず私におまかせを。すぐに後を追いますので」

無理やり心を奮い立たせようとしているさやかと、それを見抜いて彼女たちを退かせようとしているソレント、どちらもなかなか引き下がらない。

 

その様子を見て、間に入ったのはジュリアンだった。

「さやかさん、大丈夫です。ソレントは優れた演奏家であるだけでなく、私のボディーガードでもあるのです。これまでも、世界のあちこちで危機に陥るたびに彼は私を守り通してくれました。このままではここに居る全員が逃げ遅れてしまいます。どうかここは彼に任せて、私たちは安全なところまで引きましょう」

 

魔女を知っているのに、どうすれば魔女と戦えるのかわかっているのに、それをできない、させてもらえない自分がもどかしく、そして情けない。

ただ、確かにこのままでは、ジュリアンとソレントだけでなく、恭介まで危険にさらすことになる。

 

「。。。わかりました。。ソレントさん、すぐ助けに来ますから、絶対に無理しないでくださいね」

 

そういうとさやかは、恭介を車いすに乗せ、ジュリアンとともに魔女とは反対の方向へと走り出した。

 

 

さやかたちが十分に離れたのを確認すると、ソレントはおもむろに結界の奥へと歩き出した。視線の先には、オートバイとハイエナを合わせたような不思議な生き物が待ち構えている。身長3mほどか。大きさはそれほどでもないが、明らかに敵意をむき出しにして、今にも襲い掛からんとうなり声をあげている。

 

「さて、このような存在に向き合うのは初めてだが、どうしたものか。せめて鱗衣(スケイル)があればよいのだが、ここに呼び寄せる余裕はないし、万が一でもジュリアンさまに見られてしまったら。。」

 

フルートを手にすると、魔女と向き合うソレント。身構えた彼に魔女が襲い掛かるが、ソレントは冷静にそれをかわす。

魔女の攻撃をいなしつつ、隙を見つけてはフルートで殴りかかる。無駄がなくそれでいて華麗な動きは、とても一介の音楽生のそれとは思えない。しかし、魔女にダメージを与えることはできても、致命傷には至っていないようだ。

魔女もまた、相手が只者ではなさそうなことに気が付いたのか、これまで以上に激しく襲い掛かってくる。

 

「やはり小宇宙を抑えていてはダメか。ならば、仕方あるまい」

体当たりを仕掛けてきた魔女をかわし、少し距離をとると、ソレントは居住まいを正す。魔女は再び距離を詰めてくるが、ソレントは意に介さずおもむろにフルートを口にした。

 

 

 

一方、さやかたちは結界の出口あたりまでたどり着いていた。追いかけてくる使い魔も居ないようだ。

恭介とジュリアンを結界から解放したら、一刻も早くソレントを助けに行かなければ。。マミの応援さえあれば、この状況をなんとかできるはず。

落ち着きを取り戻し、携帯電話を手にしたさやかは、かすかに聞こえてくる美しい旋律に気がついた。

誰が、どこで奏でているのか? 耳を澄ませて聴いてみると、どうやらそれはフルートの音色のようだ。

結界の遥か奥、魔女の居るほうから、魔女のうなり声とともにそれは聞こえてくる。

 

なんでこんな時にソレントはフルートを吹いているのだろう?

「このフルート、ソレントさん、なんだよね? でも、こないだの演奏会の時とは違って、なんだかこう、頭を締め付けられるような不安に満ちた激しい旋律。。あの人、こんな演奏も出来るんだ。でもどうしてこんな時に。。」

怪訝そうな顔をする、さやか。電話を仕舞うと、結界の奥を見つめている。

 

ソレントはいったいどうしたのだろう?

さやかの疑問をよそに、フルートの旋律はさらに激しさを増していく。

 

「やっぱりあたし、ソレントさんを助けに行く! 待ってて、ソレントさん!」

フルートの旋律がクライマックスを迎えようとしているなか、結界の奥へと再び駆けだした、さやか。

 

そんな彼女の足が、止まる。

「え。。? いったい何がどうしたっていうのさ。。?」

 

結界が、消えた。さやかたちの周りだけでなく、魔女が居た最深部のほうまでも。魔女の気配も完全に消えている。

マミやほむらなど見滝原の魔法少女は来ていない。ジークフリートたち神闘士や聖闘士が助けに来たわけでもない。

なのに、なぜ。

 

「まさか、ソレントさんが?」

「ほら、だから大丈夫だと言ったでしょう? 彼はとても強いのですから」

ジュリアンはさも当たり前のようにそう語るが、ごく普通の音楽生、ただの人間であるはずのソレントが魔女を倒せるとは思えない。一体何が起こったのか。

向こうからは、ソレントが何事もなかったようにこちらへ歩いてくる。

 

「ソレントさん、無事でよかったです。魔女は。。?」

まだ気を失ったままの恭介をベッドに横たえながら、さやかはソレントと言葉を交わす。

「必死に戦っているうちに、居なくなってしまったようですね。みなさんご無事でなによりです。」

事もなげに答えるソレントだが、結界が次第に歪みつつではなく突如消えたことは、魔女がどこかへ去ったのではなく倒されたことを示していた。

 

「ソレントさ。。」

「ジュリアンさま、明日の演奏会の準備もありますので、そろそろホテルに戻らなければなりませんね。名残惜しいですが、今日のところはおいとまいたしましょう。さやかさん、先ほどの現象、たいへん興味深いものでしたので、改めてゆっくり話聞かせていただければと思います、恭介さんにもよろしくお伝えください。それでは。。」

何が起きたのか、なおも聞き出そうとするさやかだったが、ソレントはそれをやんわりと遮るかのようにジュリアンを促すと、足早に病室から去っていった。

 

 

病室には、恭介とさやかが二人残された。

 

「ごめん、恭介。。」

 

さやかは、ベッドに横たわる恭介に静かに語り掛ける。

その声に反応したのか、恭介が意識を取り戻した。

 

「え? どうしたの、さやか? あれ、ソレントさんたちは?」

「ううん、なんでもないよ。恭介さぁ、久しぶりにいっぱい話したせいか、疲れて眠っちゃってね。ソレントさんたちは、また来るからよろしく、て言って今帰ったところ」

「そうだったんだ。さやか、傍に居てくれてありがとう。確かにちょっと疲れちゃったみたい」

「だよね~。あたしも今日はそろそろ帰ろうかな。この後はゆっくり休んでね。また来るね、恭介」

 

精一杯の元気を振り絞った笑顔で、さやかは病室を後にした。

 

 

病院から出たさやかは、特に目的もなく公園を一人歩いている。

先ほどの魔女の結界で、さやかは、自分が恭介に抱いている感情が「恋」であることを、はっきりと意識していた。

危機に直面して、さやかが真っ先に考えたのは、自分の身よりもなによりも、恭介を守ることだった。

大好きな恭介。出来ることならさやか自身の手で恭介を守りたかった。

でも、そうすることはできなかった。

なぜか? 自分が魔法少女ではないからだ。守るための力を持たないからだ。

キュウべぇと契約するという決断、それをぐずぐずと渋っていたせいで、肝心な時に恭介のために戦えなかった。

もしあの時ソレントがいなければ、自分も恭介もどうなっていたことだろう?

 

もちろん今も、魔法少女になるのは怖い。

あのマミや神闘士、聖闘士たちでさえ苦戦を強いられた3体の魔女との戦い。もしあそこで戦っていたのが自分だったら、果たして生き残れただろうか。

もし魔女との戦いで命を落とすことになってしまったら、恭介は悲しんでくれるだろうか?

 

恭介が魔女の結界に囚われるという事態は、今後も発生するかもしれない、いや起こるだろう。

そうなら、今度こそ自分が恭介を守りたい。大切な人を魔女の手から絶対に守り抜きたい。

守れなかった、なんて後悔はしたくない。

 

心は決まった。

迷いはもう無い。

心にずっとかかっていた靄のようなものが、次第に晴れていく。

 

 

「やっと決断してくれたようだね。美樹さやか。さぁ、願いを言ってごらん。ソウルジェムの輝きで君の祈りを照らそうじゃないか」

 



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近づく別れ

まどかは、学校から帰ってきて、家の庭で彼女の弟、たつやと遊んでいた。

 

「まどか、ちょっといいかしら?」

 

いきなり話しかけられ辺りを見回す、まどか。

ちょうどたつやの視線から隠れられる角度にある、街路樹の陰にほむらが立っていた。

ちょっと待っててね? とたつやに声をかけ、まどかはほむらのところに駆け寄る。

 

「え、ほむらちゃん、いいけど急にどうしたの?」

 

そんなまどかの指をほむらはさりげなく確認する。魔法少女の証である指輪はまだない。まどかはまだキュウべぇと契約してはいないようだ。

 

「たまたま近くに来ただけ。いい?まどか。あなた、自分の人生が、存在が自分だけのものなんて思っていないわね?」

「へっ? あ、うん。。」

「まどかには温かい家族や友達が居る。今の幸せは、まどかが今のまどかだからこそここにあるの。みんなを悲しませたくなかったら、決してキュウべぇの誘いに乗ってはダメよ。」

 

まどかはたつやの方を振り返る。確かに、魔法少女になったら、魔女との戦いで命を落としてしまうかもしれない。もしそうなったら、大事な人たちを悲しませることになるのかもしれない。

 

「うん、何にも出来ないわたしだけど、魔女との戦いで死んじゃったりしたら、みんな悲しいのかなぁ。。」

「それをわかってくれるなら、いいわ。決して、他の誰かのために自分を粗末にしないでね」

 

そう言い残すと、ほむらは去っていった。

 

 

 

「(ほむらちゃん、いきなりどうしたんだろう。。?)」

 

再びたつやと遊び始めたまどかだったが、誰かからまた話しかけられる。

 

「鹿目さん、ちょっといいかしら?」

 

振り返ると、さきほどほむらが居た場所にまた誰かが居る。

 

「マミさん、こんにちは!」

彼女らしいあどけない笑顔で返事をする、まどか。

 

「あ。。うん、今日はパトロールの予定はなかったけど、たまたま近くまで来たからちょっと寄ってみたの。元気そうで、なによりだわ」

 

そう言いつつ巴マミも、さりげなくまどかを観察する。指輪はまだない。マミは心の中でそっと胸をなでおろす。

 

両親を事故で失って以来、巴マミは一人で生きてきた。

どんなに自分をごまかそうとしても、寂しさはふとしたきっかけを見つけて心に忍び込んでくる。

楽しそうに家庭の話をする友人。街で見かける幸せそうな家族連れ。

そして、ここにもまたありふれているようでかけがえのない幸せな家庭がある。

マミにとって眩しすぎるこの空間もまた、まどかが魔法少女になってしまうことで、そして魔法少女が逃れることのできない運命を彼女もたどることで、いとも簡単に壊れてしまうことだろう。

絶対にまどかを魔法少女にさせてはならない。

 

 

「鹿目さん、楽しく遊んでいるところ悪いんだけど、ちょっと相談したいことがあって。お時間いいかしら?」

「(なんだろう?内緒の話ならテレパシー使えばいいと思うんだけど、何か理由があるのかなぁ)いいですよ、ちょっと待っててください)」

 

まどかはたつやを家の中へ連れていく。家の奥から聞こえてくる、優しそうな男性の声。まどかの父親だろうか? 数分ほどでまどかは再び出てきた。

あまり人気のない場所を探して、まどかと巴マミは川沿いの小道にやってきた。

 

 

「マミさん、話ってなんですか?」

 

少し不安げなマミの様子が気にかかるのか、敢えて笑顔で、まどかが話しかける。

 

「もうすぐ晩御飯の時間でしょう? だから、手短に話すわね。まず一つ目。美樹さんがキュウべぇと契約して、魔法少女になってしまったの」

「えっ? さやかちゃんが、ですか? そんな様子はまだなかったのに、どうして。。」

 

まどかもまた、さやかの突然の契約に戸惑っているようだ。

 

「私も、いきなりのことでまだ気持ちの整理がついていないの。私が魔女探しに誘ったりしなければ、こんなことには。。。」

「いいえ、マミさんは悪くないです。。って、マミさん、どうしたんですか? 前は、ちゃんと考えたうえで決断してねって言っていたのに。。」

 

確かに、以前の巴マミは、キュウべぇと契約すること、そして何を願うのかについてじっくり時間をかけて考えてから決断するようにと言っていた。契約を急ぐキュウべぇや、魔法少女になることについてまどかより積極的だったさやかを制止していてはいたものの、契約すること自体にはあまり否定的ではなかったはずなのだ。なのに、今日のマミは、さやかの契約に少なからず動揺しているようだ。

 

「うん。。それが話したかったもう一つのことなの。今はまだ理由は言えないけれど。。鹿目さん、絶対にキュウべぇの誘いにのってはダメよ」

「えっ? ほんと、何があったんですか? 魔法少女になれたら、ずっと一人で戦ってたマミさんと、一緒に魔法少女として戦えるのかな~って思ってたのに。まだ願いは決まってないし、魔女と戦って死んじゃったりしたらって怖いのはありますけど。。」

 

まどかのその言葉に、明らかに動揺するマミ。

魔法少女になったことで学校のクラスに溶け込むこともできず、魔法少女の仲間もいない。ずっと孤独感を抱えたまま、魔女と戦う恐怖に内心泣きそうになりながら一人で戦ってきたマミにとって、まどかの言葉は何よりもうれしかった。まどかたちと一緒に戦うことが出来たらどんなにかよいことだろう? 同じ魔法少女として悩みも楽しみも恐怖も共有して一緒に歩むことのできる仲間、友人、パートナー。ついつい、決意が揺らぎそうになるが、心を奮い立たせてマミは続ける。

 

「魔法少女になってしまったら、単に魔女と戦う宿命を負うだけではない、もっと取返しのつかないことになってしまうの。もし知ってたら、魔法少女になんて。。」

「取り返しのつかないことって。。もしよかったら、どうなってしまうのか教えて欲しいです!」

「ううん、今はまだ話さないほうがいいと思うの。もし万が一にでも、美樹さんに知られてしまったら、きっとあの子はその事実に耐えられるかどうか。。」

「そんな。。それじゃ、さやかちゃんはいったいどうなっちゃうんですか?」

 

さやかのことが心配なまどかは食い下がる。

 

「私もはっきりこうなるとは言い切れないのだけれど、希望が無くなったわけでもないわ。もしかしたら悲惨な結末を迎える前に救えるかもしれないの。鹿目さん、あなたは絶対に。。キュウべぇはあの手この手を使ってくると思うけど、絶対に負けないでね」

「わかりました。キュウべぇは今日も来てたけど、大丈夫です。わたし、どんなに誘われても契約したりしないように頑張ります。ほむらちゃんにも言われたし」

 

まどかの様子を見て安心したのか、緊張でこわばっていたマミの表情が少しゆるむ。

なおも何か話しかけようとするマミだったが、ちょうどそのタイミングで携帯が鳴りだした。

 

「ちょっとごめんなさいね」

 

電話をとると、相手と何か話しているマミ。どうやら電話をかけてきたのはミーメのようだ。どこかに呼び出されているらしい。

 

「私はこれからまたミーメさん達のところに行ってくるけど、もしなにかあったらすぐに連絡してね」

 

そう言って駆けだしたマミ。だが、何かを思い出したかのように立ち止まる。

 

 

「鹿目さん。。あなたの家族、とっても素敵な人たちね。みんな、あなたのことを大切に思ってくれていると思うの。あなたも、あの人たちのこと、これからも大事にしてあげてね」

 

改めて念を押すと、マミは立ち去って行った。

 

 

 

 

指定されたホテルの部屋に着くと、そこには城戸沙織とサーシャをはじめ、先ほどの結界に居た顔ぶれが勢ぞろいしていた。

 

「先ほどは慌ただしく立ち去ってしまいましたが、どうしてもほむらさんとマミさんに伝えておきたいことがあったのです」

 

おそらくまたショックを受けるであろうマミを気遣いつつ、サーシャは語り始める。

 

サーシャやテンマ、ハクレイやデジェルが243年前の聖域からこの時代にやってきた、過去のアテナや聖闘士であること。

聖域が神闘士たちを支援するようになった経緯。

そして、さきほどの結界で彼らが何をしようとしていたのか。

 

「アテナの杖と盾で魂を包む呪いを浄化できることはわかりました。ただ、私の感触では必ずしもアテナの力がなくとも、清浄な小宇宙であれば浄化を果たせるように思えるのです。そして魂から消耗してしまった何かを補うことが出来れば、魔女と化した後でも魔法少女に戻すことが出来る、私はそう確信しています」

 

魔法少女の魔女化。改めてそれを事実として突きつけられ、ショックではなかったと言えば嘘になる。

だからこそ、条件さえそろえば魔法少女に戻れるかもしれないなら、その可能性に賭けてみたい。

マミはサーシャの説明を真剣に聞いている。

 

ほむらもまた、黙って話を聞いている。

以前のほむらなら、聖域が差し伸べた手を拒み、独り戦い続けただろう。

そんな彼女を変えたのは、サーシャとデジェルとの出会いだった。

ほむらにとって、約束が何より大事な心の支えであることに気づき、独り戦い続けるほむらに寄り添ってくれたサーシャ。

そして、同じくほむらの思いを理解して共に戦い、固く凍り付いていたほむらの心を融かしてくれたデジェル。

出会ってからまだ数日しか経っていないのに、二人の存在はほむらにとって大きなものになっていた。

 

「ハーデスとの聖戦が迫っているので、私とデジェル、テンマとハクレイは、一両日中に243年前の聖域に戻らなければなりません」

 

そうか、もう間もなく、デジェルとの別れが来るのだ。

覚悟はしていたが、これが恐らく永遠の別れになるのだろう。

無数に繰り返した1ヵ月の中で、自分以外の誰かを頼りにしたのは、いつ以来だろう?

悲しさとも寂しさとも違う、体験したことのない不思議な感情が、ほむらの心に流れ込んでくる。

 

「もちろん代わりの聖闘士たちがこちらの時代に来ます。ほむらさん、マミさん、私たちが戻ったあとは、彼らを導いてあげてくださいね。あなたたちなら安心して任せられます。」

 

正直、なぜ聖域がこれほど魔法少女を支援してくれるのか、マミにはわからない。

ただ、サーシャの声を聞いていると、少しづつ心が癒されていくのがわかる。女神らしく威厳と包容力に満ちていて、それでいて普通の人間のように温かい声。

サーシャに頼られた嬉しさからなのだろうか、体の中から、不思議な力が湧いてくるのが感じられる。

聖域の目的がなんであっても、サーシャなら信じられる。この人たちとなら、魔法少女の運命を変えられるのかも知れない。

 

 

気が付けば、外はすっかり暗くなっている。

 

「ごめんなさい、すっかり話し込んでしまいました。お二人なら大丈夫とは思いますけど、念のため誰かついていったほうがいいのかもしれません。誰がよいかしら。。」

 

サーシャは聖闘士や神闘士たちを見回しつつ、ミーメに一瞬だが視線を送る。それを見て何かを察したのか、ミーメが前に出る。

「ならば、マミには私たちが同行しましょう、それでよいな? ジークフリート」

 

有無を言わさず話を進めるミーメ。何が何だかわからずとりあえず同意するジークフリート。我が意を得たりと少しニヤニヤしながらそれを眺めているハクレイ。

 

その様子を見てニッコリしながら、サーシャは話を進める。

 

「ありがとうございます。それでは、ほむらさんには。。 デジェル、お願いしてもよろしいですか?」

「はっ!うけたまわりました」

 

一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに神妙な表情でデジェルは膝をつく。

 

ほむらは、困惑するでもなくなんとも形容しがたい不思議な表情をしている。

 

 

マミと神闘士たち、ほむらとデジェルはサーシャの部屋を発ち、それぞれ見滝原の街へ去っていった。

 



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束縛の小宇宙

陽はすっかり落ち、見滝原の郊外は夜の闇に包まれている。

まるで宇宙を透かし見るかの如く暗い新月の夜空を引き裂く、天の川の光芒。

 

星灯りでかすかに照らされた夜道を、デジェルとほむらは歩いている。

 

 

「夜空って、こんなにも美しかったのね」

 

足を止め、ふと空を見上げたほむら。

 

「私、魔法少女になる前はずっと心臓の病気で入院していたの。時間だけはあったから、いろんな本を読んでいたわ。ギリシャ神話の本もね。星座にまつわる神話は大好きだったけど、入院していたら本当の夜空を見る機会なんて無くて。見たこともない星空に憧れがつのっていくばかりだったわ」

「。。。」

「魔法少女になってからも、まどかを守ることばかり考えていたの。星空はいつだって私の上にあったのに、私にはまどかしか見えてなかった。今もそれは大して変わりないけれど、こうして星空を美しいと思えるようになったのは、サーシャやデジェルのおかげかもね」

「私たちは、君の力になれているのだな」

「そうね、もう誰にも頼らないと決めていたはずなのに」

 

 

また歩き始めたほむらだが、再び足を止める。

 

「ねぇ、デジェル?」

 

ほむらの瞳は、星灯りが映りこみ、まるで星空のように輝いている。

デジェルは思わず息を呑む。

なぜだろう? この少女は時折、あまりに歳不相応な、大人びた陰のある美しさを垣間見せるのだ。

 

「どうした?」

「。。。次は、あなたのことを聞かせてくれないかしら。だって、さっきから私のことばかり話してるの、なんだか不公平じゃない?

 

思わぬ言葉に驚いているデジェル。

そう言ったほむらもまた、戸惑っている。

まどか以外には関心を持たなかった。まどかを守るために必要か、そうでないか。そういう目でばかり人を見てきた。

そんな自分からこのような言葉が出てくるなんて。

 

「不公平、というのはよくわからないが、そういうものなのか? そうか。ならば、少しの間、私の話に付き合ってもらおうか。君の期待している話かどうかはわからないが」

 

足を止めるとおもむろに夜空を見上げる、デジェル。

視線の先には、天の川と、夏の夜空を彩る星々が煌めいている。

 

 

「サーシャさまは、君が胸の奥底に秘めているのは誰かとの約束ではないか、とおっしゃっていたな」

「そうね。あの時私はなにも言葉を返せなかったけれど。。うん、そうとらえてくれて、いいわ」

「神でありながら人の子として育ち、遊び、笑い、悲しみ、出会いや別れを幾たびも経験してきた、サーシャさまだからこそ、気づかれたのであろうな。ほむら、君には天の川の中ほどに輝く大きな十字が見えるか?」

「白鳥座、夏の大三角形をつくっている星座の一つね?」

 

ほむらは、少し目を細めて天の川の中ほどを見上げる。天の川に隔てられてその両岸にまたたく、琴座とわし座。そして川幅いっぱいに翼を広げる、白鳥座。

そんなほむらを見つめつつ、デジェルは話を続ける。

 

「あれは、私と友との約束の証でもあるのだ。かつて聖闘士になるため私が訪れた修行地、ブルーグラードは海皇ポセイドンの魂を封印した聖闘士たちの縁の地、雪と氷に閉ざされた大地だった。そこで私は、肉体や小宇宙の鍛錬をするばかりでなく、その地の領主の息子、ユニティと親友として固い友情で結ばれたのた。ユニティや、彼の姉である、まるで太陽のように暖かく優しいセラフィナさまと時に語らい時に研鑽した日々は、私にとってかけがえのないものだった」

「。。。」

「ユニティと私は約束したのだ。私は聖闘士に、ユニティはブルーグラードの領主になり、天の川の両岸を繋ぐ白鳥座、ノーザンクロスのように、世界とブルーグラードを繋ぐ架け橋になるのだ、と。それを実現することが私の夢であり、私はそのために戦い続けてきたのだ。。と、すまない、結局また聖闘士の話になってしまったな」

 

 

「(セラフィナさま。。)」

 

ほむらの心にまた、困惑とも苛立ちとも違う、自分でもよくわからないさざ波がたつ。

この間、デジェルからフローライトの話を聞いた時にも感じた、なんとも言えない感覚。

あの時、フローライトがデジェルに向けていた感情は、本で読んだ「恋愛」のようなものではないかと考えた。

一方で、あの時も、たった今も、自分の胸をざわつかせているこの感情は何なのだろう?

 

わからないが、デジェルに気づかれてはいけないような気がして、胸の奥にそれをひそかに押し込む。

 

「いいえ、ありがとう。だって、その夢は水瓶座の黄金聖闘士ではなく、デジェル、あなた自身のものでしょう? あなたが時折どこか遠くを見つめていて、そういう時のあなたの瞳はなんだか穏やかに輝いていて、ずっと気になっていたの。何を見ていたのか、ようやくわかって嬉しいわ」

 

「そうか、気づいていたんだな」

 

デジェルは再び白鳥座を見上げる。

 

「私は間もなく聖戦に向かうことになるだろう。私たちの役目は聖戦に勝ちを収め、地上をほむら達が生きる今に繋ぐことだ。君たちの希望や未来を踏みにじろうとする魔女化の運命、それを覆すのは、過去に帰らなければいけない私たちではなく、今を生きる君たちやこちらの聖域でなければならない。しかし私たちにも出来ることはある。ほむらよ、私にとってそれは、君自身がさらなる未来を生き、君の約束を果たせるように力を尽くすことだ。君と共に魔女と戦い、戦いの術を伝えようとしているのは、そういうことなのだ。。そうか、君を知ったことで、私にはもう一つ、新たな夢が出来たのかも知れないな」

 

 

ああ、そういうことなのか。

 

まどかを魔法少女化の運命から解放する。

その先は。まどかは未来へと歩んでゆく。

自分がどうするのか、そんなことは考えてもみなかった。

魔法少女はいずれ魔女となって狩られる運命なのだから。

 

しかし、未来を見つめるデジェルの視線の先に、自分の姿がある。さらなる未来を生きて欲しいと願い、寄り添ってくれている。

ならば、自分も生きたい。

デジェルたちが切り開いてくれた未来への道を、まどかと一緒に歩んでいきたい。

 

自分は強くならなければいけない。

ワルプルギスの夜との戦いに勝ち、魔女化の宿命も断ち切り、まどかと未来へと歩むために。

 

虚ろに夜空を映し込んでいたほむらの瞳に、これまでなかった光が灯る。

未来への希望の光。

未来を生きるまどかと自分の姿、それこそがほむらにとっての、夢。

 

 

それなら。

 

ほむらが再び口を開く。

 

「デジェル、もう一つ、お願いしたいことがあるの」

「お願い、とは?」

「私にもっと稽古をつけて欲しいの。あなたが過去に戻ってしまっても、あなたが切り開いてくれた未来で、私が私とあなたの夢のために戦い続けられるように」

 

ほむらは、デジェルを見つめている。確固たる意志。ほむらの瞳に灯った光は、ますますその輝きを増している。

 

「そうか。ならば、まず場所を変えねばな。。では、頼む」

「えっ?ちょっと待って、今すぐ?」

 

デジェルが話し終えると同時に、デジェルとほむらの姿はは金色の光に包まれ、その場から消えた。

 

 

 

 

「。。ここは?」

 

先ほどまでは夜のはずだったのに。再び現れた先は、眩しいばかりの陽の光に包まれている。

デジェルは自分の傍らに立っている。

日差しが痛いほどに強い。日本ではないどこか。ここはどこなのか? 自分達にいったい何が起きたのか?

 

「はじめまして。暁美ほむらさんですね?」

 

声のするほうに振り向くと、そこには黄金の鎧を纏った一人の男が立っている。

優雅で穏やかな微笑み。おそらく黄金聖闘士なのだろうが、デジェルとも、アテナ邸に居た乙女座の聖闘士とも違う。

 

「そうだけど、あなたは?」

「自己紹介が遅れました。私は牡羊座の黄金聖闘士、ムウと申します。アテナ、というか、アテナを介したデジェルの頼みであなた方を日本から聖域までテレポートさせたのです。さっそく申し訳ないですが、私についてきてください」

「ここは聖域なのね。いきなりどこへ連れていかれるのかしら?」

 

この程度ではもう驚かない、とばかりに、ほむらは淡々とムウの後をついていく。

 

「氷の聖闘士と魔法少女が心置きなく力をぶつけ合えるところ、ですね」

 

 

 

ムウは聖域の坂をどんどん登っていく。

 

白羊宮に始まり、頂上のアテナ神殿まで続く12の宮が視線の先に見える。

ここで、神話の時代からアテナや聖闘士たちと神々の戦いが無数に繰り広げられたのか。

思わず気持ちが引き締まる、ほむら。

 

 

金牛宮、双児宮、巨蟹宮。

 

そこには宮の守護者たる黄金聖闘士の姿は見えない。

 

「アルデバランは、アテナの護衛として日本に行っています」

 

ムウは金牛宮の主についてのみ、不在の理由を明かす。

では、双子座と蟹座の黄金聖闘士は?

 

怪訝な表情を隠さないほむらの様子に、ムウが言葉をつなぐ。

 

「ここだけではありません。この先、人馬宮、磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮を守る黄金聖闘士は、すでにこの世を去っています」

「あぁ。聖闘士同士の戦いがあったと聞いたけれど、そういうことなのね。。」

 

ここで同じ聖闘士同士の戦いがあった。今ここに居るのは、かつての仲間を討ち、討たれ、生き残った者たち。

ほむらはそれ以上何も聞かなかった。

 

 

やがて一行は獅子宮に差し掛かる。来客の気配に気づいたのか、宮を守護する聖闘士が宮の入り口で待ち構えている。

 

「アイオリア、こちらが。。」

「聞いている。そなたが魔法少女、暁美ほむらだな」

「えぇ。あなたは?」

「獅子座の黄金聖闘士、アイオリアだ。本当に、お前はそれでよいのか?」

「ええ、まどかを守り、戦い続けるためならば、私はどんな困難も乗り越えて見せる」

 

言葉少なに返す、ほむら。

アイオリアは、ほむらをじっと見つめている。

 

「愚問であったな。時間がないのであろう? 行くがよい」

 

目を瞑り、ほむらたちに背を向けたアイオリアを残し、ほむらたちは先を急いだ。

 

 

ほむらたちは次の宮、処女宮にさしかかる。

中には乙女座の黄金聖闘士、シャカが目を瞑り座禅を組んでいる。

アテナ邸で、まるでほむらの時間遡行に気づいているかのような問いを投げかけてきた聖闘士だが、今は何の反応も見せず、ただひたすらに瞑想しているようだ。

 

「いつもこうなのです。シャカ、通りますね」

一礼すると、ムウは宮の外へと歩みを進めていく。あわててその後を追う、デジェルとほむら。

 

「…ほう、ここを終わりと定めたか」

 

不意に背中に向けられた声に振り返る、ほむら。

 

「(この男…)」

 

シャカは瞑想したままだ。しかし、何もかもを見通すかのような圧倒的な何かが、ほむらの精神に刺さりこんでくる。

この男、いったいどこまで見抜いているのか。

 

「えぇ。」

 

軽くうなづくと、ほむらはそのまま処女宮を後にした。

 

 

 

無人の天秤宮を抜けると、その次の宮は天蠍宮。

入り口には、早くも一人の黄金聖闘士が待ち受けている。

鋭い眼光は、まるでほむらを撃ち抜くかのようだ。

思わずひるみそうになりながらも、ほむらは宮に向かって足を進める。

 

「暁美ほむらか?」

「そうよ。あなたが天蠍宮の黄金聖闘士なのかしら?」

「蠍座 スコーピオンのミロだ。悪いことは言わぬ。お前はここで引き返すべきだろう」

 

そう言うと、ミロはほむら達の前に立ちふさがる。

ミロの表情は固い。冗談、というわけではなさそうだ。

 

「なぜかしら? 私は強くならなければならないの」

「お前が何故に力を求めるのか、俺にはわからぬ。ただ、お前が誰かを守りたいと思うように、お前を必要とする者、大切と思う者もいるであろう。なぜいたずらにその身を危険にさらそうとするのだ」

 

ほむらの脳裏に、まどかの姿が一瞬浮かぶ。

 

「…そうね、私にとって大切な誰かを守るため、守り続けるため、かしら。もちろん、私も倒れるつもりはないわ。生き残らなければ守れないのだから」

「そうか、どうしても行こうとするか。ならば…」

 

無言でマントを振り払うと、ミロは小宇宙を高め、ほむらに向けその右腕、人差し指を突き出す。

ミロ必殺の技、スカーレット・ニードルの構えに他ならない。

 

「ミロっ!何をするのですかっ!」

ムウが叫ぶ。

 

一瞬の出来事だった。あたりは静寂につつまれている。

ミロは、居住まいを正し、ほむらを見つめている。

ほむらもまた、ミロから視線をそらさず睨み返す。

 

「後戻りの出来ぬ一本道だ。そして、お前は本来敵とせずによかった存在とも戦うことになるだろう。力を手にするというのは、そういうことなのだ。それでよいなら、行け」

 

「……そうね。忠告、ありがたくいただいておくわ。結果としてそうなるなら、私はそれを受け入れるだけ」

 

ほむらは、ミロに軽く一礼すると歩み去っていった。

 

 

「ミロ、あなたは…」

「ムウよ、魔法少女、いかほどのものかと思っていたが、あの者、なかなかよい目をしているではないか」

「では、先ほどのあれは?」

「あの状況でスカーレットニードルを放つわけがあるまい。それと気づかれない程度に調整して真央点を突いたまでのこと。本当に目覚めることが出来たなら、きっとあの娘の役に立つことだろう」

「そうですか、あなたのことですから本当に撃ちかねないと思っていたのですが、たまには私の見通しも外れることがあるようですね」

「お前は俺を何だと思っているのだ…。先の水瓶座よ、あとは暁美ほむらとそなた次第だぞ」

「それは任せておけ。ほむらならば、必ず成し遂げるだろう」

デジェルはそう言うと、かすかに口角を上げてほほ笑む。

 

「どうした、なにがおかしい?」

「…失礼した。いや、240年たっても、蠍座はやはり蠍座なのだと思ったのだ」

「そうか、お前がそう言うのならそうなのだろうな。ふっ、いつかこうして、先代の蠍座と語らってみたいものだ」

「そうだな、私たちの聖域の蠍座、カルディアにも伝えておこう。心にアンタレスを宿す者同士、どのように向き合うか、私も楽しみだ…」

 

天蠍宮から先へと進む一行の背中を見送る、ミロ。

 

「…カミュよ、見ているか? お前にはあの者の覚悟、如何様に映るのかな」

 

 

無人で静まり返っている、人馬宮と磨羯宮。磨羯宮は今もなお粉々に砕け散ったままである。ここでどれほど激しい戦いが行われたのだろう。

そして、その先に静かに佇む宮が一つ。

心なしか、周囲の気温が下がってきている気がする。

 

「あれが宝瓶宮、今回の目的地だ」

「そう。。ということは、デジェルがあちらの聖域で守っている宮でもあるのね」

「そうだ。ここから先は、双魚宮を挟んで教皇の間とアテナ神殿だ。ここまで敵が到達することがあれば、地上の平和は風前の灯火ということになる」

「最後の砦、というわけね。ところで、ここは空気がまるで凍り付いているかのように寒いのだけれど、どういうことなのかしら?」

「。。やはり感じるか。第一関門クリアとみてよさそうだな」

「第一関門?」

 

どこかほっとしている表情のデジェルにほむらが問う。

 

「ほむら、人間は誰もが宇宙の一部であり、内に小宇宙を秘めている、という話はしたな。もちろん君自身の内にも小宇宙が眠っているのだ。君が感じている寒さ、なぜだかわかるか?」

「?」

「ほむら、君は私と出会ってからこれまでの戦いで、私の小宇宙による凍気に晒されてきた。並の人間なら凍り付いてしまうような絶対零度の凍気だ。だが、君は凍傷を負うことすらなかった。それは、小宇宙によって生み出された凍気に対して君がある程度の耐性を有していることの証なのだ。それが意味するところが何か、わかるな?」

「もしかして、私が内に秘めている小宇宙のせいだというの?」

 

考えたこともなかった自分自身の可能性に、まだ半信半疑のほむらは聞き返す。

 

「君が感じている凍気は、すでに亡き水瓶座の黄金聖闘士カミュの小宇宙の残滓。並の人間ならばそれを感じることはない。しかし、同じく凍気に関わる小宇宙を有している君だからこそ、ごくわずかにとどまっているカミュの小宇宙に気づけたのだろう。君をここに連れてきたのは、それを確かめるためなのだ」

「第一関門クリア、というのはそういうことなのね」

「そうだ。君が操る魔法、時間停止は言い換えれば時間の流れを凍結させるようなもの。その魔法ゆえに君の小宇宙も"凍結"の性質を有するようになったのか、それとも元からそうだったからか、そこは私にもわからないが。君が、そして巴マミがこれまで魔法少女として続けてきた困難な戦いは、聖闘士の修行に匹敵するようなものだったのかも知れない。巴マミは何者かが関与することで小宇宙に覚醒しつつあるようだが、ほむら、恐らく君の小宇宙も目覚め始めているのだろう。ただ、小宇宙に覚醒し、それを力とするためには、小宇宙を意識し、自らの意思で使いこなせるようにならなくてはいけない。本来なら聖闘士たちのように長期間の修行が必要だが、そんな時間がないことは理解できるな?」

「そうね。あなたも私も、決して時間があるわけではないわ。でもそれならどうやって?」

「星矢たち青銅聖闘士のことは知っているだろう。彼らは厳しい修行の末、青銅聖闘士となった。そしてここ十二宮での戦いの中で、極限まで己の小宇宙を高めることで、黄金聖闘士に並び立つ小宇宙、セブンセンシズに目覚めたという」

「ということは、私も?」

「君にも戦いの中で己を極限まで追い詰めてもらう。具体的に言おう。ここ宝瓶宮で、氷の聖闘士私と本気で戦ってもらう。黄金聖闘士カミュの小宇宙を感じながらな。君なら大丈夫と信じてはいるが、実際できるかどうかは君次第だ」

 

黄金の光があたりを包む。光が消えた時、そこには水瓶座の黄金聖衣を纏ったデジェルが立っていた。

 

「さっそく始めようか」

 

言うやいなや、デジェルは右手を高々と上げる。

 

「フリージング・シールド」

 

氷の結晶があたりに満ち、ほむらを包み込む。

一瞬のうちに、ほむらは厚い氷の壁に包み込まれてしまった。

 

「!」

「身動きとれまい。この状況では火器は使えないし、そもそもこの氷壁は通常の兵器では絶対に破壊できない。黄金聖闘士数人がかりでの攻撃か、天秤座の黄金聖闘士が持つ武器か、ないしは私に匹敵する極限の凍気。この壁を壊すにはそれらが必要なのだ。いかに君といえど、この壁に包まれていたらいずれは凍り付く。脱出するには、君自身が小宇宙に覚醒し、自らの凍気でこの氷壁を破壊することしかない」

「でも、どうやって。。」

「私の、そしてカミュの小宇宙を感じるのだ。そして、己の内に気を集中させ、奥底に眠る小宇宙に呼び掛けるのだ、目覚めよと」

「そんな。。でも、やるしかないのね。私の内に眠る小宇宙。。」

 

ほむらは静かに集中を高める。2人の氷の小宇宙は身近に感じる。2人の小宇宙が自らの感覚と溶け合い、浸透していくのがわかる。

しかし、自らのどこを探しても、小宇宙らしきものには行き着かない。

そうこうしているうちに、フリージング・シールドの凍気が体に刺さり始める。

皮膚から皮下へ、そして筋肉へ。

いかにある程度の耐性を有しているとはいえ、直に氷と触れていればさすがにただではすまない。体の末梢から次第に感覚が消え始めているのがわかる。

このままでは、体の芯まで凍気に侵される。

 

こんなところで果てるわけにはいかない。

遠のき始める意識の中で、自らに溶け合っている2人の小宇宙を追う。

まどか。その姿が2人の小宇宙の先に浮かぶ。

自らが何に代えても守ろうとする存在。

しかしそこにも凍気が至りつつあるのか、次第に薄まりつつあるまどかの影。

 

待って。消えないで。

必死に手を伸ばす。

伸ばした手がまどかの影に届く。

感覚はない。でもこの手に掴んだまどかを離すわけにはいかない。

無意識のうちに力の入る手。

 

やがて、まどかの影があったあたりから光が満ち始める。太陽とも月とも違う光。

暖かい。なんだろう、この感覚は。

 

「。。暁美ほむらよ。。」

「あなたは、誰?」

 

伸ばした手の先のほうから、穏やかな声が響く。

 

「クールであろうとしても守るべき者を想うと血が沸き立つのを抑えられぬ様、己が内に凍気を宿した者の宿命なのかも知れぬな」

 

声のするあたりは、まるでさざ波が立っているかのような波紋が広がっている。シベリアの大地を覆う凍てついたブリザードのような波紋。

 

「先の水瓶座もずいぶんと思い切ったことをするものだ。守るべき者へ必死で手を伸ばすそなたの様を見せつけられて、何もせぬわけにはゆくまい。私は自らの全てを氷河に伝え、すでにこの世を去った身。とはいえ、微力ながら背中を押す程度はできよう。。」

 

 

ブリザードはほむらを包み込んでいる。凍てつく空気のはずなのに、不思議と暖かく感じられる。

やがてブリザードの氷片は一粒一粒が輝きだす。氷の結晶から、まるで夜空の星のように。

ブリザードは無数の星屑へと姿を変える。無数に集まるそれは、まるで銀河。

銀河のイメージが感覚を満たし、横溢するそれはほむらの全身へ、さらに外へと広がっていく。

 

「。。これは。。」

デジェルとムウは、ほむらの様子を無言で見つめている。

 

フリージング・シールドの厚い氷が軋むかすかな音が聞こえる。

やがて、小さなヒビが現れ、瞬く間にそれは拡がっていく。

ヒビからは光が漏れ始め、さらには凍てつくような凍気があふれ出す。

激しい音とともに、ついに氷は粉々に砕け散った。

 

 

ほむらは何が起こったのか理解できず、茫然と立ち尽くしている。

 

「今のが、小宇宙。。?」

「そうだ。ほむら、君は確かに自ら小宇宙を燃やし、フリージング・シールドの氷を砕いたのだ。さぁ、次だ」

 

デジェルはすかさず身構える。その構えは、ほむらが何度も目にしてきた彼の技。

 

「ダイヤモンド・ダスト」

 

デジェルから放たれる凍気の渦。

逃げようがないのはわかっている。しかし避けなければ。

 

「。。うそ」

 

ほむらは何事もなかったかのように立っている。

 

避けられた。

あり得ないほどの速度で、ほむらの体は反応し、凍気の渦を回避したのだ。

 

ムウは、あり得ないものを見たかのように、目を丸くしている。

 

「その調子だ。よし、畳みかけるぞ」

立て続けに連射されるダイヤモンド・ダスト。

それをほむらは見事に避けきって見せる。

 

「これが、小宇宙の力?」

「そうだ。その様子だとまだ自分ではコントロールできていないようだが、君は確実に小宇宙に覚醒しつつあるのだ。では次だ。私に攻撃をヒットさせてみろ」

 

 

そんなことが出来るのか?でもやるしかない。

とにかく身を躍らせると、ほむらは拳を繰り出してみる。

魔法少女として、そんな戦い方はしたことがないけれど、今はそれしかないのだ。

 

デジェルは巧みにほむらの繰り出す拳をかわしている。

当てたい。頭に血が上り、思わず拳に力が入る。

 

「落ち着け。拳ではなく、自らの精神を研ぎ澄ませ、小宇宙を高めるんだ」

 

デジェルの声に気が付くと、言われたとおりほむらは自らの内の小宇宙に精神を集める。

次第に体が軽くなるのを感じる。

当てづっぽうに放っていた拳は次第に精度を高めていき、ついにはデジェルの聖衣をわずかにかすり始めた。

 

「いいそ、その調子だ。だが、まだ足りぬ。」

 

デジェルは再びダイヤモンド・ダストを放つ。

今後のそれは確実にほむらを捉える。氷の渦に包み込まれていく、ほむら。

 

「どうした?このままではいかが君でも何も出来ぬまま凍り付くぞ」

「どうした、って言われても。いったいどうすればいいの?。。。  え?」

 

まるで何者かに操られているかのように、体が勝手に動き出す。

 

「小宇宙を拳に集めるのだ。このように。。」

先ほどの声が再びほむらの内から響く。

 

右腕がゆっくりと前に突き出され、小宇宙が腕先に収束していく。

そうか、凍気をデジェルのダイヤモンド・ダストのように打ち出すことができれば。

 

突き出した拳で凍気を打ち出す様をイメージする。

やがて、拳に集まった凍気はまるで銃身のような形に収束しはじめる。

大口径の銃。これまでの戦いで銃火器を扱ってきたからか。

銃口からは輝く凍気が横溢していく。

これなら、やれる。

 

「っ!」

 

引き金を引くイメージとともに、凍気が放たれる。

 

ダイヤモンド・ダストとは違い、まるで銃弾のように細く鋭い軌跡を描く凍気。

ダイヤモンド・ダストの凍気を切り裂き、凍気の弾丸はデジェルに一直線に向かっている。

 

「(いかんっ)」

 

フリージング・シールドを前面に展開するとともに、デジェルは宙へ身を躍らせる。

弾丸がヒットしたシールドはしばらく持ちこたえていたものの、やがて弾丸によってうち抜かれ、粉々に砕け散った。

貫通した弾丸はそのまま宝瓶宮の壁に当たり、それを打ち砕くと宮の外へと突き抜けていった。

 

 

「これほど、とはな」

辛くも弾丸をかわしたデジェルは、そのままほむらの側に降り立つ。

いきなりの実戦。消耗が激しいのか、ほむらは息も絶え絶えにうずくまっている。

遠目にも、ほむらのソウルジェムは濁っている。デジェルは懐からグリーフシードを取り出すと、ほむらのソウルジェムを浄化する。

 

「あ。。ありが。。とう。。」

ほむらの口から素直にお礼の言葉が出てくるとは、果たしていつ以来だろう。

 

 

「とりあえずは、合格だな。あとは訓練と実戦で磨いていくことで、より的確に小宇宙を使いこなせるようになるだろう」

「そうね、これならあの魔女を越えた後も戦え。。魔女との戦いもこれで少しは楽になるかしら」

 

少し回復したのか、立ち上がると変身を解くほむら。

 

「それじゃ、慌ただしいけれど日本に戻らないと。こうしてる間にも魔女やインキュベーターは活動を続けているんだし」

 

 

さっそく歩き始めるほむらだが、ムウが呼び止める。

 

「ほむらさん、少しだけお時間よろしいですか? あなたのソウルジェムを見せて欲しいのです」

 

黄金聖闘士なら危険はないだろう。立ち止まると、ほむらはソウルジェムをムウに手渡す。

 

「なるほど。インキュベーターは魂をソウルジェム化することでより安全に戦えるようになると言っているそうですが、こうもむき出しの状態なら砕くのはさほど難しくはありませんね」

「確かにそうね。ソウルジェムを狙われれば、魔法少女はそれまで。でも、それがどうしたのかしら?」

 

ほむらの脳裏に、過去のループでの出来事がよぎる。

魔法少女の宿命を悲観した巴マミが、取り乱しつつも冷静に佐倉杏子のソウルジェムを撃ち抜き、鹿目まどかがマミのソウルジェムを撃ち抜いた、あの時。

そして、魔女になってしまう宿命にあったまどかのソウルジェムをほむらが撃ち抜いた、あの時。

 

「私からの餞別、とでもいいましょうか? ほむらさんにとって悪くないプレゼントを考えているのです。ちょっと時間はかかりますが」

「それはソウルジェムを守る何か、ということでいいのかしら? 魔法少女にとってソウルジェムは致命的な弱点だから、リスクが少しでも下がるのであればありがたいわね」

 

「そうか、私たちの聖域でシオンが担っていた聖衣の修復、こちらではそなたが担当しているのであったな? 小宇宙に覚醒しても、ほむらたちには聖衣が無い。代わりに身を守る何かがあればたいへん心強いことだ」

ムウとほむらのやりとりを見ていたデジェルが言葉を繋ぐ。

 

「ところで、ほむらだけでなくほかの魔法少女の分も頼むことはできるだろうか?」

「えぇ、手間はかかりますが、数個程度であれば問題はないかと。いくつ要りようなのですか?」

「そうだな、ほむらと巴マミ、それと美樹さやか。今のところ3人か」

「。。ええと、それなら5つお願いすることはできるかしら?」

「5つ? 他にも魔法少女が居るということか?」

「えぇ、そのうちわかるわ」

「ならば5つということで。思ったよりも人使いが荒いのですね。よろしいでしょう。準備しておきましょう」

「時間がかかると言っていたけれど、実際のところどれくらい。。そうね、あと18日くらいでなんとかなりそうなのかしら?」

「それだけあれば十分大丈夫です。楽しみに待っていてくださいね」

 

ほむらたちは再び聖域の入り口に戻ると、ムウの手により日本へとテレポートしていった。

 

聖域は再び静寂に包まれる。

 

「あと18日、ですか。あの少女、まだまだ隠していることがありそうですね。。」

まもなく聖戦の舞台となるであろう聖域を見やりながら、ムウは呟いた。

 



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因縁の二人

「呪いを振りまいて人々を襲う、それが魔女なんです。で、それを倒すのが魔法少女。あ、でもソレントさんはまだ魔法少女には会っていないんですよね?」

 

見滝原の街を見下ろす丘の上で、美樹さやかとソレントが話し込んでいる。

 

 

恭介やソレント、美樹さやか達が魔女に襲われた日の夜、思いもよらぬことが起きた。

 

恭介の病状が奇跡的に回復したというのだ。

リハビリが終わればすぐに退院できるという。

現代の医療では治癒不可とされた病の回復。まさに奇跡としかいいようがない。

彼にいったい何が起こったのか?

 

さやかなら、何か知っているのではないか?

彼女には魔女について情報を貰う約束になっている。

次の日、ソレントはそれにかこつけて、恭介の見舞いを終え帰り道につこうとしたさやかを呼び留めたのだ。、

 

 

「ソレントさんだって、すごいじゃないですか? 普通の人が魔女に立ち向かうだけでも、めっちゃすごいです」

「いえいえ、私の役目はジュリアンさまをお守りすること。あの状況では当然のことをしたまでです」

 

終始活発な中学生であるさやかと、青年ながらも老練さを感じられるほどに落ち着いているソレント。正反対に見えて、不思議と相性は良いようだ。

 

「魔法少女、私も会ってみたいものです。いったいどのような方たちなのでしょう?」

「この見滝原にも何人か居るんですよ。キュウべぇって動物?妖精?。。そういえばいったいあれ何なんだろう? とにかくキュウべぇに願いを叶えてもらうのと引き換えに、魔法少女にしてもらって魔女と戦うんです。この街の人たちを魔女から守る、正義の味方、みたいな感じ、かな?」

「願いを叶える、ですか。それはどのような願いでも?」

「はい、人によって素質の違いはあるらしいんですけど。病気を治したり、亡くなった人を生き返られたりもできるらしいです」

 

「(病気を、治す。。)」

 

やはり。

ソレントの脳裏には、恭介の姿が浮かぶ。

 

キュウべぇは、亡者を生き返らせることすらできるという。

たとえポセイドンのような神であっても、そんな奇跡は叶わない。出来るとしたら、冥府を統べる神、ハーデスくらいであろう。

キュウべぇとはいったい何なのか。

そして、そんな存在がなぜ自分で魔女と戦わず、わざわざ願いを叶えるという手間をとってまで魔法少女を生み出し戦わせるのか。

不可解なことが多すぎる。

 

「さやかさん、もしよかったら、知り合いの魔法少女を紹介していただ。。」

「やはり貴様だったかっ!」

 

 

和やかな雰囲気は、突如響き渡った怒声によって霧散した。

 

こちらに向かってゆっくり歩いてくる、一人の青年。

ファフニールを模した深い蒼の神闘衣。

ソレントがかつてアスガルドで相打ちになりかけ、かろうじて生を拾った相手。

アスガルドの神闘士、アルファ星ドゥベのジークフリートだ。

 

「先日からかすかに感じていた小宇宙、まさかと思っていたが、辿ってみて正解だったな」

ジークフリートはすでに臨戦態勢だ。

 

普段の落ち着いた振る舞いは消え去り、全身からは凄まじい小宇宙が怒りを帯びた闘気となって放たれている。

 

「ジークさん、どうしたんですか? この人はソレントさんといって、洪水の被害にあった世界中の人たちを力づけるために演奏旅行を。。」

「そうだ、ソレントで間違いない。美樹さやか、騙されてはいけない。この者の正体は、海皇ポセイドンに仕える7人の海将軍(ジェネラル)の一人、セイレーンのソレントなのだ」

「はいっ?」

「地上世界を滅ぼそうと洪水を引き起こし、我が祖国アスガルドではオーディーンの地上代行者たるヒルダさまを罠にはめ邪悪に変えた。諸悪の根源たる海皇ポセイドン、そしてこの者はその走狗なのだ。今度は何を企んでいるっ!?」

 

「信じられない。。本当なの? ソレントさん?」

 

にわかには信じられない。何かの勘違いであって欲しい。助けを求めるようにソレントを見つめる美樹さやか。

 

「。。全て本当です、さやかさん。私はかつて、ポセイドンさまに仕える海将軍、セイレーンのソレントだった者です」

「そんな。。」

「欲望のおもむくまま大地を穢し、海界まで手に入れんとする地上の人類を粛清し、心清らかな人々のみからなる理想郷を実現する。そう決意されたポセイドンさまに従って戦ったのが私たちなのです」

「しかし、海底神殿におけるアテナの聖闘士たちとの戦いで、海将軍筆頭のシードラゴンとこのソレント以外の海将軍は皆命を落としました」

「闘いの中で私はアテナの大いなる愛に触れ、己の過ちに気づきました。ポセイドンさまも再び封印され、結果として地上は救われたのです」

 

黙ってソレントの話を聞いている、さやか。

聖闘士たちやジークフリートとも戦ったことがあるというのなら、確かに魔女をを倒すことも難しくはないだろう。しかし。。

 

 

「ポセイドンさまの依り代となっていたのが、ジュリアン・ソロさまです」

「依り代としての記憶を失ってもなお、洪水の被害に遭った人々の慰安のためと旅を始められたジュリアンさま」

「彼をお守りし、私たちの所業によって不幸になった人たちとこの命尽きるまで向き合うこと、それが、一介の音楽生に戻った私にとっての、せめてもの罪滅ぼしなのです」

 

あたりを包む沈黙。

 

 

「。。言いたいことは言い尽くしたか? ソレントよ」

 

静寂を破ったのはジークフリートだった。

 

「ちょっと待ってよ、ジークさん。ソレントさんの今の言葉聞いたでしょ? それでもまだ戦うつもりなの?」

「どれほど悔い改めようと、それは自己満足でしかない。洪水で命を落とした人々も、戦いで倒れていった神闘士たちも戻ってくることはないのだ」

 

言い終わるや否や、ジークフリートは無数の光速拳を放つ。

 

「ソレントさん!」

 

思わず魔法少女に変身し、ソレントの側に駆け寄るさやか。

 

「ぐっ!」

ジークフリートの拳がさやかをかすめていく。

それでもソレントを抱え、そのまま全力で走りジークフリートの拳をかろうじてかわす。

 

「(そうか、上条恭介の腕を治したのは。。)」

 

目の前の少女剣士を無言で見つめている、ソレント。

 

 

「邪魔をしないでくれ、美樹さやか」

「さやかさん、これは私とジークフリートの問題。戦わなければいけないのも私です。どうか私の事には構わず。。」

「どきません。ソレントさんは魔女に襲われた私や恭介を守ってくれました。今度はあたしがソレントさんを守る番です。あたしだって、戦える力をやっと手にしたんだから」

 

歴戦の勇士ジークフリートと、魔法少女になったばかりの美樹さやか。

まともにやりあえばさやかに勝ち目はない。

それでも。。

 

「あくまで邪魔をするか。ならば。。。むっ! これは。。」

ジークフリートの腕には、黄色いリボンが巻き付いている。

 

 

「ジークフリートさん! どうしたんですか! 無抵抗な人を一方的に攻撃するなんて、あなたらしくないです!」

「マミさん!」

 

さやかが思わず叫ぶ。

 

「なんだか異様な雰囲気が気になって来てみたら。。美樹さん、これいったいどういう状況なの?」

マミに聞かれて、状況について説明する美樹さやか。

 

「聞いただろう? この男は、我ら神闘士にとって許しがたい仇なのだ。ここで会ったのも何かの運命。止めないでくれ」

 

闘いをやめるつもりのないジークフリート。このままでは埒が明かない。

 

「美樹さん、ソレントさんを連れてこの場から逃げて。その間、私が時間稼ぎをするから)」

 

あらんかぎりのリボンを繰り出し、マミはジークフリートの動きを封じにかかる。

さしものジークフリートも、小宇宙で強化されたリボンを簡単には振りほどけない。

千載一遇のチャンス。さやかはソレントの手を引いて、その場から脱出しにかかる。

 

「逃げるか!」

 

アスガルドで、寸でのところで取り逃がした仇敵。

渾身の力をこめるジークフリート。マミのリボンが1本、また1本と千切れはじめる。

 

「逃さぬ! ドラゴン・ブレーベストブリザード!!」

 

ジークフリート最大の拳。

冷静さを完全に失ったジークフリートから放たれた極限の凍気が渦となってソレントを襲う。

海将軍にとって最強の守り、黄金聖衣にも匹敵するとされた鱗衣はここにはない。

生身の体でまともに喰らえば無事ではすまないだろう。

それでも、さやかに手を引かれて逃げだすことは、ソレントのプライドが許さなかった。

立ち上がり、フルートを手にさやかの前に出ようとするソレント。

 

「だめ。あたしが、守ります!」

 

ソレントを制すると、さやかは再びソレントの盾になるべく拳の前に立ちふさがる。

普通の人間に比べ強化されている魔法少女の身体ならば、少しは耐えられるだろう。

ここでソレント一人守れないようで、どうして恭介を守りきれるだろう?

それに、守らなきゃいけない人を見捨てることなんて、あたしにはできない。

さぁ、来るなら来い! あたしは正義の魔法少女なんだ!

思わず目を瞑りつつ、全身に力を込めてさやかは拳を受け止めにかかる。

 

 

 

・・・・

 

 

 

衝撃がこない。静かだ。いったいどうしたのだろう。

 

恐る恐る目を開けたさやかの視界に飛び込んできたのは、一人の少女。

さやかの前に仁王立ちとなり、凄まじい闘気を放っている、巴マミの姿だ。

マミの右腕は、前へと突き出されている。大きく開いた手のひらにまとわりついているのは、凍気。

ジークフリートの拳を受け止めたのか、右腕の袖はわずかに凍り付いている。。

 

「マミ。。さん?」

 

違う。

いつもの優雅さとはあまりにかけ離れている。

姿形こそ巴マミその人だが、むしろジークフリートや星矢たち聖闘士を思わせる、雄々しい闘気。

 

「マミさん、じゃない。あんた。。誰なの?」

 

"巴マミ"は、さやかの問いには答えず、ジークフリートを睨み付けている。

 

「ジークフリートよ。お前がアスガルドを愛する心、そしてそれを支える戦士としての矜持と信念、今も錆びついてはおらぬようだが、それゆえに本当に大事なことを見失ってしまう。アスガルドでの戦いでお前は何を学んだのだ?」

 

低く力強い声。巴マミではない誰か。

 

 

「誰だ。この私を知っているようなその言葉。。。いや、この小宇宙。覚えがある。まさか。。」

「俺やハーゲン達、そしてヒルダさまがいつ、お前に敵討ちを託した? それにこの者はすでに前非を悔い、自ら命を絶つよりも困難な贖罪の生をおくる覚悟をしている。なぜそのような者を討とうをするのだ」

「。。ならばどうしろというのだ。これは私の戦い。誰であろうと邪魔をすることはできないのだ。どかぬのなら力づくでどいてもらうまで。ドラゴン・ブレーベスト。。」

「。。この頑固者め! しかたない!」

 

"巴マミ"は静かに右腕を突き上げる。

まばゆいほどに輝いている右腕を後ろに引き、力強く突き出す。

先日、お菓子の魔女との戦いで見せた、"ティロ・フィナーレ・エーラクレ" か。

しかし腕から放たれる小宇宙は遥かに力強く雄々しい。

 

「目を覚ませ! タイタニック・ハーキュリーズっ!!」

 

巴マミの拳から、力の奔流が放たれる。

躊躇いをもって放たれたジークフリートの拳とぶつかり合ったその拳。

しばし燻っていたが、その均衡はやがて破れ、2つの拳は1つの衝撃波となってジークフリートを後ろへ弾き飛ばした。

 

「そうか。やはりお前は。。」

 

「そうだ。我こそはアスガルドにてお前と共にヒルダさまをお守りした神闘士、ガンマ星フェクダのトールだった者。目は覚めたか、アルファ星ドゥベのジークフリートよ」

「あの戦い、たしかにきっかけはポセイドンではあった。しかし、ヒルダさまの変貌を疑いもせず聖域に戦いを挑んで滅び去ったのは我らの過ち。この者。。セイレーンのソレントを討ったとて、我らの罪が消えることはないのだ」

「それに、お前は敵討ちのために生き永らえたのか? そうではあるまい」

 

ジークフリートの脳裏に、243年前のロドリオ村、魔法少女と魔女の姿が浮かぶ。

 

そうだ。私は。。

 

 

「すまなかった、美樹さやか、私はまたしても過ちを犯すところであった。トール、感謝する。再びこうしてまみえたこと、嬉しいぞ」

「あまりの強情さに頭を抱えたが、わかればよい」

 

緊張から再会の喜び。

当面の危機は去ったようだ。

 

 

「今の状況について聞いておきたいことは山ほどあるが、今の私は自らの肉体を持たず巴マミに間借りしている身。あまり長時間活動できないのだ。またしばし眠ることにしよう。巴マミ、すまなかったな」

「そのあたりの事情はまたゆっくりと聞こう。それまでゆっくり身を休めるがよい、トールよ」

 

表に出ていたトールの意識が巴マミの体の奥底で再び眠りにつこうとしている。

 

 

「。。ちょっと待って。なんだかよかったみたいな雰囲気だけど、なんで私が蚊帳の外なの?。トールさん、まず、なんで貴方が私の中にいたのか、説明してもらえるかしら」

 

体の主導権を取り戻したマミは、トールを呼び止める。

 

「いや、私も実はよくわからないのだ。アスガルドで星矢たちと戦い、私は死んだはずだった。しかし、戦いで命を落とした戦士の向かう地、ヴァルハラはなぜか私を拒んだ。まだお前はここに来るべきではないと。気が付いたら私の意識は、はるか極東のこの国にあった」

「あてもなく漂っていたのだが、巴マミ、魔女と戦うそなたの姿を見かけたところで、私の意識はまるで吸い込まれるようにそなたの中に取り込まれたのだ」

 

「いつの間に、そんなことが。。もしかして、ミーメさんとの特訓の中で私に語り掛けて力になってくれたのは、あなたなのかしら」

「そうだ、そなたは素質を持ちながらも小宇宙の存在を意識できずにいた。私は自らの小宇宙を少しばかり使ってきっかけをつくったまで。まぁ、触媒のようなものと思ってくれ」

 

「"ティロ・フィナーレ・エーラクレ"。どこかで見たような構えだと思っていたが、今にして思えばタイタニック・ハーキュリーズそのものだったな」

 

「そうだ、マミはどうやらイタリア語が好きなようだから、技の名もそれっぽくアレンジさせてもらった。ハーキュリーズ。。ギリシャの英雄ヘラクレスはイタリア語ではエーラクレと呼ばれるそうだからな」

「トールさん、私がミーメさんと対等にまで渡り合えるようになったのはあなたのおかげだったのね。。ありがとう」

「巴マミ、そなたが誰かを救おうとするときにはまた力を貸そう。私がこうしてこの世に居場所を保つことができたのもそなたのおかげ。感謝するのはこちらのほうだ」

 

巴マミとトール。出自も立場も異なる2人は、なんとなく上手くやっていけそうだ。

 

 

 

「では今度こそ眠り。。」

「待って、トールさん」

 

いい感じの雰囲気に紛れて再び隠れようとするトールを再び引き留める、マミ。

 

「えーと、ちなみにあなた、男性ですよね。。 たとえば、私がお風呂に入っているときとか、あなた、どうされているのかしら?」

「。。zzz。。」

「どうしてそこで黙るんですか!?」

 

「トールは神闘士の中でも女っけのな。。いや紳士の振る舞いを身につけた者。おそらく必死に目を瞑っているだろう、たぶん」

「せめてそこは断言して欲しいのですけど、ジークフリートさん。。」

「まぁ、心配せずともトールなら大丈夫だろう。。先ほども、マミに負担がかからぬよう、魂のみとなった身にわずかに残された自らの小宇宙のみで戦っていたようだ。おそらく、一刻も早く眠りにつかねば消滅しかねない状況のはず。そのような気づかいの出来る男なのだ。 ところで、ソレントよ」

 

呼ばれ、無言でジークフリートを見つめるソレント。

 

「ポセイドンと海闘士たちの所業、私はやはり許すことはできない。ただ、美樹さやか達を守ってくれたことについては感謝する。改心したというそなたの言葉も、信じてみようとも思う。人はやりなおすことが出来るのか? そなたも、そして私も。。 巴マミ、美樹さやか、見極めてくれるな?」

 

無言で顔を合わせる二人。

ほんとうにやり直せるのか、そしてその先に待つのがどのような運命なのか。

神でもない二人にはわからない。

それでも、せめて背中を押すくらいなら。

 

巴マミは、わずかにほほ笑むと、ゆっくりと口を開く。

 

「。。えぇ、信じてますわ、きっと出来るはずです。あなたたちも、私たちも」

 



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始まりなき終わり

夕暮れに赤く染まる街並み。

長い影を道に落として、一人の少女が歩いている。

 

美樹さやかだ。

いつものような、元気に溢れすぎている姿ではない。

視線を下に落とし、漂うように力なく、ひどくゆっくりと足を進めている。

 

 

あれほどまでに美しい音楽を奏でるソレントに、かつて地上を滅ぼそうとした過去があったなんて。

 

正義の戦士を体現する存在と思っていたジークフリートが、

たとえ仲間の仇であったにせよ、すでに改心したソレントや、彼を守ろうとした自分にまで拳を向けようとしたなんて。

 

そして、巴マミ。

憧れの魔法少女。

魔法少女になれて、やっとその傍らに立てると思っていたのに。

彼女ははるか先、神闘士たちの域まで歩み去ってしまっていたなんて。

 

いくつもの出来事に、彼女の心は押し潰されていた。

 

 

恭介と話がしたい。

何もかも忘れて、恭介と過ごす幸福に身をゆだねたい。

 

彼女の足は、無意識のうちに恭介の病院へと向かっていた。

 

 

ようやく病院のすぐ近くまで来たさやかの足が止まる。

 

視線の先、病院から出てくる一人の少女。

見覚えのある少女。

幼い頃からいつも一緒に過ごしてきた、自分の親友。

 

軋んでいた心に、決定的な楔が撃ち込まれる。

 

「あぁ、そういうこと、だったんだね。。」

 

 

 

------------------------------------------

 

天まで届くような巨大な滝。

中国、五老峰、音に聞こえた廬山の大瀑布。

 

滝を望む高台へと続く小道を歩く、少年と少女の姿があった。

轟音と水煙に覆い尽くされた道を、ゆっくりとした足取りで、時折まるでためらうように足を止めながらも歩んでいる。

細身ながらも屈強な少年。小柄ながらも凛とした少女。

 

高台には、一人の老人が座している。

微動だにせず、ただひたすらに瞑想を続けている。

廬山の瀑布の威容も、老人が放つ圧倒的な気の前ではそよ風のようだ。

 

 

老人にゆっくりと近づく、二人。

老人の眉がかすかに動く。

数日前から日本に懐かしい小宇宙が現れたことに、気が付いてはいた。

長い生の中で、片時も忘れたことのない、忘れられるわけのない、大切な存在。

 

「あぁ、そういうこと、だったのじゃな…」

 

 

「童虎! ずいぶんと縮んたんじないか?」

「テンマ、そういうお前は昔と何も変わらんではないか」

 

はるか243年前、毎日のように聞いていた声が耳に飛び込んでくる。

 

かたや、前聖戦から243年の時を生き続けた自分。

かたや、前聖戦で時の止まった少年。

 

平静を保とうとしても、高ぶる感情は抑えきれない。

 

 

「童虎、243年もの永きにわたる過酷な務め、ありがとうございます…」

 

聞き覚えのある声がまた聞こえてくる。

 

前聖戦、ハーデスを追って空の彼方へ去っていった彼女たち。

まるで昨日のことのように、その光景が鮮明に浮かぶ。

堰を切ったように溢れだす感情。

深い皺の刻まれた頬をつたう、一筋の涙。

 

「おぉ… 我々の女神よ…」

 

老人は、顔をあげ、目の前で膝をついて自分を見つめている少女へと視線を移す。

 

「なんともったいなきお言葉。これまで保てたのは、貴方さまから託されたからこそ。それに、聖域で230年にわたって教皇の務めを果たしたシオンに比べれば…」

「あなたたち二人にばかり、重荷を背負わせてしまいましたね」

「貴方さまがハーデスから守り、この時代に繋げた地上。その先を貴方さまに見て頂けて、これほど嬉しきことはありませぬ。シオンもきっと喜んでいることでしょう。それに、聖域にはシオンや当代の聖闘士たち、そして傍らでは紫龍たちが私を支えてくれておりました」

「紫龍…龍座の青銅聖闘士、彼がそうなのですね。頼もしい立派な聖闘士に育ちましたね」

「なんの、…………」

「そういえば…………」

 

243年間秘めてきた語り尽くせぬ想い。

これから先、歩みを止めることになる自分達の意思を継いでくれた聖闘士への想い。

 

語り合う3人の声が、五老峰にいつまでも響いていた。

 

 

------------------------------------------

 

「わかってたんだ、なんとなく」

 

見舞いにいく度に必ず病室にあった、高級でしかも恭介への気配りが感じられる見舞いの品々。

恭介に関わる人達の中で、それが出来るのは。

 

さやかは、くるりと向き直って病院に背を向ける。

 

「音楽のことよくわからないくせにCD持ってちょくちょく見舞いに来る、幼馴染ってだけのうるさい女の子と、英才教育で音楽のことちゃんとわかってて、おしとやかで可愛いお嬢さま。はじめから勝負になんてならなかったんだよね、あたしと仁美じゃ」

 

ソレントと恭介の会話についていけなかった、あの時。

見たこともないくらい興奮して楽しそうだった恭介と、疎外感で居場所がなくなっていくようだった自分。

 

魔法少女になったのも、恭介を守りたかったから… 

恭介にとって特別な存在になれるかも、という気持ちも、全くなかったわけではない。

 

 

幼い頃からこれまで、恭介と刻んできたたくさんの思い出。

まるで昨日のことのように、その光景が鮮明に浮かぶ。

堰を切ったように溢れだす感情。

細かく震える頬をつたう、一筋の涙。

 

「ずっと好きだった、あたしの恭介…」

 

恋人になれたらきっとこんな感じかな、と思い描いていた二人の将来の姿が、ありふれた幼馴染という色で塗りつぶされていく。

黙っていたら感情で押し潰されてしまいそうで、訳も分からず叫びたくなる。

 

そんな衝動を必死で抑え込むと、頬を手の甲で拭う。

 

「うん、誰よりもお似合いの二人だよね。元気がとりえの幼馴染キャラは、めいっぱい二人を応援してあげなきゃ」

 

 

夕映えの中、志筑仁美に気づかれないよう、さやかはその場を後にした。

仁美の足取りがやけに重いことに、気づくこともなく。

 

 

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「えぇ、わかっていたのですわ」

 

志筑仁美は、力なく空を見上げる。

 

 

さやかが恭介の病室を頻繁に訪れていることは知っていた。

そして、恭介に対するさやかの恋慕も。

 

わかっていたけれど。

それでも好きになってしまったのだ。

 

思春期の少女にとって、恋は人生の全て。

ひとたび恋心が芽生えれば、他の事なんて考えられなくなってしまう。

 

さやかの気持ちはわかっている。わかっているけれど、自分だって。

さやかの邪魔はしたくない。でも自分だって幸せになりたい。

幸せになってもいいはずなのだ。

誰にも言えない葛藤を抱えながら、仁美もまた恭介のもとに通っていた。

 

恭介のことをずっと好きだったのはさやかだ。

ならば、やはり先に告白のチャンスを得るのはさやかであるべきだ。

でも、もしそのまま二人が付き合うことになったら。

勝負に出ることすらできずに自分の恋は終わってしまう。

残されるのは、どうしようもなく惨めな自分。

 

恭介は間もなく退院する。

学校生活や音楽活動が再び始まり、色々なことが一気に動き出すだろう。

しばらくは落ち着かない日々が続くだろう、ならば…

 

明日、恭介への告白をさやかに提案しよう。

 

もしかすると、恋心を秘めて恭介と話ができるのは、今日が最後になるかもしれない。

そんな思いを胸に、仁美は恭介の病室を訪れた。

 

 

恭介はいつになく元気だった。

やっと退院できる。また音楽に打ち込むことができる。

そんな希望が恭介の心を高ぶらせていたのだろう。

 

病院でのソレントの演奏会、その後のソレントやジュリアンとの面会。

タガが外れたように、ここしばらくの出来事を恭介は興奮気味に仁美に話し続けた。

 

素晴らしいフルートを、"さやかと"聞いたこと。

ジュリアンとソレントの演奏旅行譚を、"さやかと"わくわくしながら聞いたこと。

よほどの音楽通でなければ知らないような数十年前のモノラル演奏のCDを、"さやかが"見つけてきてくれたこと。

 

さやかが。

さやかが。

さやかと。

 

恭介が何かに心躍らせたとき、そこにはいつも"さやか"が居たのだ。

恭介にとってさやかは、すでに当然の如く隣に寄り添っている存在なのだ。

 

自分の居場所なんて、そこにはなかったのだ。

 

「私の恋、始まることさえ許してもらえなかったのですね」

 

そこから先のことは何も覚えていない。

とにかく精一杯の笑顔をつくり、恭介に気取られぬよう普段通りに振る舞って、いつも通りに病室を後にした。

 

小道をわたる爽やかな風。深紅に燃える美しい夕映え。

しかし仁美の心にそれらは届くことはなかった。

 

夕陽が道に落とす仁美の長い影。

日没とともに広がる闇のように、心の奥底に潜んでいた陰が少しずつ仁美の心を侵食し始めていた。

 

 

------------------------------------------

その翌日。

 

 

「アテナ、お待ち申し上げておりましたぞ」

 

城戸沙織邸に戻ってきたサーシャとテンマをハクレイが出迎える。

 

「ちょっと用事…とのことでしたが。滝巡り、楽しめましたかな?」

「っ!」

 

こっそり五老峰を訪れていたこと。ハクレイにはすっかりバレていたようだ。

 

 

「まぁ、我々がこちらに来ていることはあ奴も気づいていたでしょう。これまでの240年、ねぎらってやりたいという気持ち、わからぬではありませぬ」

「童虎は喜んでいました。これから先の私が彼に負わせてしまった責務の重さを思えば、せめてこれくらいは…」

 

そうでしょうそうでしょうと言わんばかりにサーシャが言葉を継ぐ。

 

「ただしっ!」

「ぴゃっ!」

「我らの時代から生き続けてきた者とみだりに関わることは、歴史そのものを変えてしまうことに繋がりかねませぬ。お忘れになりませぬように」

「…はい」

 

「さて、お説教はここまでとして。わしらは今日を持って聖域に帰還することとあいなった」

 

ハクレイは、部屋の中を見渡す。

 

サーシャとテンマ、デジェル。

城戸沙織と星矢はじめ青銅聖闘士たち。

 

ジークフリートとミーメ。

そして暁美ほむらと巴マミ。

 

聖域と、聖域に関係した魔法少女が勢ぞろいしている。

 

 

「アテナ、デジェル、テンマ。し残したことは…なさそうですな」

 

テンマとサーシャは、ここに来ている者たちと、別れの挨拶は一通り済ませていた。

 

デジェルとほむらも然り。

 

「私から教えるべきことは、十分に伝えた。君ならばきっとさらに磨きをかけてくれることだろう」

「そうね、あとは魔女との戦いの中で経験を積んでいけば、私の戦いのスタイルとも馴染んでくるとおもうわ…」

 

サーシャと城戸沙織は二人の様子をチラチラ眺めている。

しかしそこはこの二人のこと。やはり少女たちが期待するような展開にはならないか。

 

「デジェル、できればあなたにはもう少し残っていて欲しかったのたけれど、あなたをあまり引き留めるわけにもいかないし。戻ったら聖戦、なのよね。どうか、よき戦いを。。」

「大丈夫だ、私に出来ることは全てやりつくすつもりだ。君のこの時代へ平和な地上を繋ぐためにな」

 

「(瞬、今、「君の」って言ってたよな?「君たち」じゃなくて)」

「(星矢、そこはスルーしなきゃ…二人ともあんな感じだから、本当のところはどうなのかよくわからないけど)」

「(え? 瞬さん、今何か妙なところ、あったかしら?)」

「(マミさん、もしかして星矢よりもにぶ。。いやなんでもないです)」

 

普通の男女ならともかく、ことその手の感情に疎そうなこの二人。

単に師匠と弟子のような関係なのか? 知らず知らずのうちに何かしら別の感情が発生しているのか?

本人たちですら気づいていないのかも知れない。

 

 

「それでは皆、鏡の前に」

ハクレイの声に、皆が現実に引き戻される。

 

「みなさん、ありがとうございました。たった数日間ではありましたが、魔法少女に関する謎を解き明かすきっかけがいくつも見つかりました。私たちは243年前の聖域に戻りますが、代わりにあちらからまたやってくる手筈となっています。魔法少女の運命が少しでもよきものとなるよう、引き続き彼らと協力してくださいね。それでは…」

 

鏡から放たれる眩い光に包まれる4人。

光が消えた時、彼らの姿はすでになかった。

 

 

「行って、しまいましたね」

城戸沙織がぽつりとつぶやく。

 

「テンマともっと一緒に戦いたかったなぁ。ペガサスが二人もいるなんて、きっともうないだろうし」

星矢も心なしか寂しそうにしている。

 

 

しんみりとした空気が漂うなか、再び鏡が輝きだした。

あたりは眩い光に包まれていく。

 

果たして今度は誰が来るのか?

 

 

やがて光が弱まってくると、そこには3人の男が立っていた。

 

一人は星矢たちと同い年くらいの少年。

一人は長身の青年。

 

もう一人は… 

「え?ハクレイ?」

城戸沙織が思わず声を上げる。

確かにそこには、ハクレイにそっくりな、一人の老人が立っていた。

 

「なぜ貴方がそっちに行っておるのだ!」

鏡の向こうからは、かなり慌てた様子のハクレイの声。

 

では目の前に居るのは?

 

「今生のアテナ、直接お目にかかるのは初めてですな。私はハクレイの双子の弟でセージと申す者。あちらでは教皇を務めております。こちらの青年は魚座の黄金聖闘士、アルバフィカ。こちらの少年は獅子座の黄金聖闘士、レグルスと申すもの。きっと皆のお役にたちましょう」

 

「頼もしい援軍、ありがとうございます。ところで、そちらの聖域は聖戦を間近に控えているとのことですが、教皇が聖域を離れてもよいのですか?」

少々心配げな沙織。

 

「なんの、あちらには我が兄ハクレイが戻りましたので。それに、射手座の黄金聖闘士、シジフォスにも留守を頼んでおります。とりあえず心配はないかと。それに…」

「それに?」

「此度の任務、おそらくこの私でなければ務まりますまい。時間がないのでさっそく本題に入りましょう」

 

教皇が自ら赴かなければいけない任務とは?

 

「Walpurgisnacht(ヴァルプルギスナハト)、日本での呼び方は「ワルプルギスの夜」。この中に、ご存じの方は居りませぬかな?」

 



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鬼火の担い手

セージ達が現代を訪れる2日前のこと。

 

セージは教皇室の奥にある書庫に一人籠っていた。

 

はるか神代から続く聖域の歴史。

聖域の中枢ともいえる教皇の間には、膨大な量の資料が残されている。

聖戦の準備のかたわら、セージはそれらを一冊一冊、丁寧に読み込んでいた。

 

アスガルドの神闘士がはるばる未来からこの聖域にたどり着いたこと。

これまで全く知ることのなかった魔法少女や魔女の存在を認識したこと。

 

聖戦を間近に控えたこの時期に起こった2つの出来事。

これらは何か関係があるのか?

それともただの偶然なのか?

それらが聖域と、そして聖戦に何か影響を及ぼしうるのか否か?

 

もしかすると過去の記録になんらかの手がかりが隠れているかもしれない。

ギリシャ語、古ラテン語、古ヘブライ語。もはや現存していない謎の古言語。

それらを時に言語学者の如く翻訳し類推しつつ、莫大な資料をじっくり時間をかけて一行一行読み解いていく。

気の遠くなるような作業の繰り返し。

 

さすがのセージも終わりなき作業に辟易とし始めていた頃。

1枚の羊皮紙が本の間から現れた。

 

かつてはびっしりと書き込まれていたであろう古代のギリシア文字。

長い年月を経た今となっては、文字の大半はかすれている。

判読可能なのはごく一部。ただ、そこに記された内容に、セージの目は釘付けとなった。

 

 

冥王は地上に●●●●●●●●●

巫女は●●●●●嘲笑に●●●●

 

其は人に非ず。神に非ず

●●●●●、人を呪い、神を憐み

全て等しく原初へと立ち返らせる

不可視の災厄。ワルプルギスの夜

神々は●●●●戦い人●●●●●

●●●●戦女神は人を●●●●●

 

 

断片的ながらもそれは、冥王と戦女神アテナとの聖戦について言及しているようだ。

そしてそこに唐突に現れる、「ワルプルギスの夜」。

文脈からは、なにかしら聖戦と関係しているように見える。

 

それにしても、災厄でありながら不可視とはいったい?

 

そこで、セージはふと思い至る。

 

人の世に災いを振りまき、しかも不可視であるもの。

そうした存在につい先ごろ遭遇したではないか。

 

魔女。

結界に息を潜め、魔法少女やそれに関わる者でなければ認識できない存在。

 

はるか以前、聖戦に関わる魔女と魔法少女が存在していたのか、

あるいは何の関係もない単なる偶然か。

 

あまりに断片的な記述からは、それ以上のことは読み取りがたい。

いくら探してもこれに関わるような文書は他には見当たらない。

 

ならば、多くの魔法少女とコンタクトが取れる次代で手がかりを探してみるのが次善の策であろう。

聖域の歴史や過去の聖戦、神々や聖域以外の勢力についても知識を有し

得られた情報をそれらに基づいて読み解ける者。

となれば聖域の中でも教皇たる自分が赴くしかなく、またそうすべきだろう。

 

それに、自分がなすべきことはそれ一つではないのだ。

 

 

 

さて。現代を訪れて早々に投げかけた問いは功を奏するだろうか?

 

セージは静かに反応を待つ。

 

しばしの静寂。

やはりそう簡単ではないか?

 

 

。。。

 

 

「…えぇ。あなたの言うそれと同じものかどうかは知らないけれど」

 

その場に居る全員が振り返る。

声の主は、部屋の隅に控えていた魔法少女、暁美ほむらだった。

 

「そなたが知っている、ということはワルプルギスの夜とは…」

「えぇ、魔女よ。それも最悪のね」

 

セージの問いに、暁美ほむらは無表情で答える。

 

「魔法少女の間で語り継がれてきた魔女」

「あまりに強力であるが故に、結界に身を隠す必要すらない」

「人々からは、姿が見えないことで気象災害として認識される」

 

ワルプルギスの夜について、ほむらは淡々と説明していく。

 

「なるほど。遥か神代のそれと同じ個体かどうかはわからぬものの、あながち無関係とも言えなさそうではありますな」

「ただ、もしその羊皮紙に書いてあることがほんとうなら、やはり違うのかもしれないわね」

「ほう、なぜそう思うのですかな?」

「ワルプルギスの夜は、全てを嘲笑い、容赦なく全てを無に帰していく。たとえ相手が神であろうと、憐れむなんてことは絶対にないわ」

「そうですか、謎に少しは近づけたかと思いましたが、引き続き慎重に検証する必要がありそうですな。して、その魔女は現代ではどこに?」

 

情報は得られたものの、そう簡単に遭遇できるものではないのだろう。そう思いつつも聞いてみるセージ。

 

 

「…もうすぐ、そうね、あと3週間もすれば、見滝原にアイツはやってくる」

 

 

------------------------------------------

家に帰ってからも、志筑仁美は必死で平静を装っていた。

 

いつも通りに家族との食事を済ませると、風邪をひきかけているかもと言い残して自室に引きこもった。

 

始まることすらできずに泡と消えた、はじめての恋。伝えることすらできず、無かったことになってしまった恋。

 

誰に相談できるものでもない。

部屋で一人泣き明かし、涙とともに洗い流す。今思いつく方法はそれくらいしかない。

 

恭介はきっとさやかと恋人同士になるのだろう。

そうなった時自分はどうすれば。

 

決まっている。

何事もなかったかのように、恋心など最初から欠片もなかったかのように。

これまでと同じように微笑んで、二人を祝福すればよいのだ。

 

そんなことはわかっている。

人一倍負けず嫌いで、それでいて恋に恋する普通の少女。

良家の令嬢として落ち着いた振る舞いと洗練された仕草を身に着けてはいるが

それはそんな自分を人に見せないための外装。

本当はその場から逃げ出したいくらいなのに。

 

心の奥に生まれた軋みを必死に押し殺す。

泣き疲れるまで泣けば、少しは気持ちが落ち着くのかもしれない。

 

声を殺して泣き、ひたすら泣き、夜が更ける頃、仁美は泣き疲れて眠りに落ちた。

 

 

差し込む日差しに、仁美は目覚める。

 

今日の夕刻、城戸沙織が見滝原に来るという。

海外の拠点へ重要な仕事を片付けに行くのでしばらく会えなくなる、その前に仁美に会っておきたいとのこと。

精一杯の笑顔で送り出したい。

 

仁美はてきぱきと身支度をすると、いつも通りに学校へと向かった。

 

------------------------------------------

美樹さやかは、夜の公園を一人歩いている。

 

お似合いの二人。

恭介と仁美。

クラスの誰からも祝福され羨ましがられる恋人同士になるのだろう。

 

なら自分はどうすればよいのだろう?

 

決まっている。

二人に気を遣わせてはいけない。

いつも通り、これまで通り。

二人の共通の友人として。

 

そんなことはわかっている。

生真面目で不器用で。

物事を適当に流すことが苦手で、ちょっとしたことであっても深く傷ついてしまう自分。

明るく元気で賑やかで図々しく。

それはそんな自分を人に見せないための外装。

本当はその場から逃げ出したいくらいなのに。

 

ならば、自分がこれからもずっと続けていけることは?

それは魔女から恭介を守ること。

魔法少女だからこそできること。

 

巴マミの頼れる後輩魔法少女…にはちょっとなれそうにもない。彼女ははるか高みに登ってしまった。

でも恭介を守ることなら今の自分にも出来る、だろう。

きっと出来るはず。

出来ないといけないんだ…

彼を守って戦っている時は、自分は彼にとっての特別な存在になれる…

 

 

ドンッ!

 

 

「あっ! すいませんっ!」

 

うつむいて歩いていたさやかは、向かい側から歩いてきた誰かとぶつかってしまった。

 

こんな夜遅く。ヤバイ人だったらどうしよう?

恐る恐る顔をあげる、さやか。

 

目に入ってきたのは、二人の青年だった。

二人とも、見上げるほどの長身。

強面で無表情。体格のよさは黒いスーツを着ていても容易にわかるほどだ。

無言で、鋭い視線で自分を見下ろしてくる。

 

どう見てもヤバイ人だ、逃げなきゃ。

そうは思っていても、足がすくんで動かない。

 

いったいどうすれば…

 

 

「おい、娘…」

 

どうしよう、やっぱり怒ってる。

 

「……………」

 

二人のうち、より体格のいいほう、自分がぶつかってしまったほうの青年が、自分を睨んでいる。

 

 

「……怪我は、なさそうだな」

 

怒気のない、低く、落ち着いた声。

 

「… ふぇっ?」

 

「こちらの不注意でもある。気に病むことはないが、相手によっては大事になりかねない。気を付けることだ」

 

あれ?もしかしてこの人たち、そんなにヤバイ人ではない?

 

「こんな夜更けに一人で出歩くものではない。はやく家に帰るのだな」

 

そう言い残すと、二人はそのまま歩き去っていった。

 

 

「たすかっ…たみたい。よかった、いい人たちで」

 

突然訪れたピンチを脱することができたせいか、さっきよりも気持ちが少し落ち着いたように感じる。

 

 

公園を離れると、さやかは家路へと急いだ。

 

 

「今の娘…」

「あぁ、間違いないだろう。ずいぶんとあっさり見つかったな。それにしても、神はなぜこのようなことを我々にさせているのか…」

 

 

------------------------------------------

 

学校での一日は、何事もなく終わった。終わったように見えた。

 

「わたくし、今日はちょっと用事がありますので、お先に失礼しますね」

「仁美ちゃん、今日も習い事?」

「いいえ~。私の大事なお方…城戸沙織さんがついにギリシャへ行かれることになって。今日は私の家へ出立のご挨拶にいらっしゃいますの」

「あ、こないだ会った、あのグラード財団の? そっかぁ、それは習い事よりもずっと大切じゃん。なら、早く帰らなきゃ!」

「さやかさん、そうですね。ではお言葉に甘えさせていただきますわ」

 

仁美はまどか、さやかと別れると、小走りで家路を急いだ。

 

 

「そっか~。城戸沙織さん、ついに行っちゃうんだね。あたしももうちょっとお話したかったな~」

「私も、エイミー助けてもらったお礼、もう一回ちゃんとしたかったなぁ」

 

まどかは、腕に付けたタンポポの花輪を見つめながら、沙織の事を思い出していた。

 

「さやかちゃん、この花輪、お水あげてるわけでもないのに全然枯れないし。なんだか魔法でもかかってるみたい」

「… あははっ! そんなことあるわけないじゃない。でも不思議だよね、これ」

 

さやかも、しげしげと腕の花輪を眺めてている。

 

「…サーシャさんも、もしかしてギリシャに行っちゃうのかなぁ?」

遠く、西の空を見やりながらまどかがつぶやく。

 

「…」

「どうしたの、さやかちゃん?」

「ううん、ちょっと用事思い出して。まどか、あたしも今日はお先に失礼するね!」

「えっ? さやかちゃん、ちょっと、どうしたの?」

 

まどかを一人残し、さやかは仁美の後を追うように走り去っていった。

 

------------------------------------------

 

「わぁ、沙織さん、お待たせしてしまって申し訳ありませんわ」

「いいえ、私たちも少し前に着いたばかりです」

 

仁美が家に帰ってくると、沙織たちがすでに応接室で待っていた。

 

沙織の執事である辰巳、護衛と思われる二人の少年と一人の老人、仁美の両親も一緒だ。

 

挨拶もそこそこに、手を取り合って別室に入っていく沙織と仁美。

 

「長くなりそうですな。それでは私は念のため周辺を見回ってくることにします」

「セージさま、貴方のような素晴らしいお方が補佐に付かれているのなら、城戸沙織さんもご安心ですね。屋敷は私たちが見ておりますので、どうぞごゆるりと」

「そこな二人の少年は見かけ以上に頼りになる者たち。身辺警護は頼むぞ」

 

セージもまた、何か気になることがあるのか、屋敷の外へと歩き去っていった。

 

 

部屋の中からは少女らしい笑い声が聞こえてくる。

 

「瞬、ヒマ~。俺もセージさんと一緒に散歩行けばよかったかも」

「星矢、万が一ってこともあるから油断しないでちゃんと護衛の役目果たさなきゃ… でも、うん、退屈だよね」

「コラっ!お前ら、だらけてないで真面目にやらんか!」

少々ダレ気味の青銅聖闘士二人の様子を見かねたのか、辰巳の檄が飛ぶ。

 

「そんなこと言ってもさ、いくら聖戦が近いっていったって、こんなところに冥闘士が現れるとか、ちょっとあり得ないんじゃないか? …え?」 

辰巳に反論しようとした星矢は、何かに気づいたように辺りを見回している。

 

もや? 霧? 何とも言えない何かが、部屋の中を漂っている。

それは少しずつ濃くなり、視界は次第に閉ざされていく。

 

「星矢、これ、ただの霧じゃないよ。でも冥闘士の小宇宙も感じられないし、いったい何だろう?」

「…瞬、とにかく沙織さんのところに行こう、なんだかいやな予感がするんだ」

 

仁美たちの居る部屋もまた、すでに霧が充満していた。

 

「…これは?」

星矢たちより少し先に部屋にかけつけた仁美の両親も、思いがけない光景に戸惑っている。

「沙織さんの護衛の方々ですね。これはいったいどういうことでしょう?」

「僕たちも何が起きたのかわからないんです。沙織さん!無事ですか!」

沙織の父に答えつつ沙織に呼び掛ける、瞬。

 

「その声は、瞬ですね。はい、私も仁美さんも大丈夫です。視界が効かないのですが、声のするほうに向かいます」

 

やがて、霧の中から沙織と仁美が現れる。

早くこの部屋から外へ出ねば。そうすべく振り返った星矢たちだったが、今入ってきたばかりの扉は忽然と消え去っていた。

代わりにそこに広がっていたのは、果てもなく続く霧の空間。

そして、どこからともなく感じられる、魔女の気配。霧はさらに濃さを増していく。

 

「これはもしかして、結界!?」

「瞬、じゃぁこの霧、魔女の仕業なのか?」

 

星矢がそう言うのと同時に、霧は集まって人魂のような形に変わり、星矢たちに襲い掛かってきた。

反射的に拳を放つ星矢。霧は霧散するが、やがてまた集まり剣のような形に姿を変えて襲い掛かってくる。

とにかく沙織達を守らねば。

しかし、まるで空気を相手にしているかの如く、星矢の拳は虚空を引き裂くのみだ。

 

「絶対にうごかないでください。皆さんは僕たちが守ります!」

瞬はチェーンを展開し、ローリングディフェンスで沙織達4人を守っている。

沙織と辰巳はともかく、仁美とその両親は何が起きているのかわからず茫然としている。

ただ、経験したことのない危機的な状況にあること、彼らを守る少年たちが只者ではないことは理解しているのだろう。

3人集まって、沙織とともにじっとしている。

今のところその守りは有効なようだが、果たしていつまでもつか。

 

 

「大丈夫ですかっ! って、星矢さんと瞬さん!」

霧の中から一人の少女剣士が現れる。

魔法少女、美樹さやかだ。

 

「(うっすらと魔女の気配がしたから来てみたら、うわーっ城戸沙織さんに、仁美とそのご両親もいる…って、仁美の家なんだから当たり前か…)」

 

この状況で戦えば、自分が魔法少女であることが仁美たちにバレてしまう。

ならばこの場を離れるか? 星矢たちも居るから、自分が居なくてもなんとかなるのでは?

…いや、そんなことは出来ない。

自分は魔法少女。何があっても魔女からみんなを守らないといけないんだ。

腹をくくると、さやかは霧と正対する。

 

「さやかさん、この霧って?」

「瞬さん、うん、こんなの初めてだけど、この魔力は確かに魔女だと思う」

そう言うと、さやかは霧に向かって剣を振るう。

星矢の拳と同じく、さやかの剣もまた空を切る。

だが沙織や仁美たちに霧を近づけないようにすることはできるはず。

決して無駄ではない、そう自分を奮い立てつつ、さやかは剣を振るい続ける。

 

 

「さやか、さん…」

仁美は、自分の目の前で剣を振るう少女を見つめている。

魔法少女を知らない仁美には、さやかの恰好が何を意味しているのかはわからない。

ただ、わかることはおそらく命がけで自分達を守ろうとしてくれているということ。

ならば、自分だって。さやかにばかり危険を押し付けることなんてできない。

なにより、恭介とさやかは幸せになってもらわなければならないのだから。

 

意を決して、傍にあったモップを手に立ち上がった、仁美。

そんな彼女を制する、さやか。

 

「あたしはこいつらと戦わなきゃいけないの。あたしたち魔法少女は魔女と戦う力と義務があるんだから。大丈夫、仁美はそこでご両親を守ってて、ね?」

(それに、あんたは恭介と幸せになってもらわないとならないんだよ…)

 

出るべきではない。仁美は両親の傍らに戻っていった。

 

 

どれくらい時間がたっただろう?

1時間か? いや、まだ5分くらいかもしれない。

辺りを包み込むホワイトアウトの中では、時間の感覚も失われてくる。

いくら拳を放ち、剣を振るっても相手にはまるでダメージを与えることが出来ず、

鎖で引き裂いてもまた何事もなかったかのように襲ってくる、霧。

しかもあたりの魔力は次第に高まり、彼らを襲う霧の勢いは強まってくる。

終わりの見えない戦いに、3人の疲労は確実に蓄積しつつあった。

 

「くそっ、どうしたら… ぐっ!」

一瞬の隙を突かれた攻撃で、さやかが思わずよろける。

「さやかさんっ! …っうわっ!」

「瞬!」

動揺した瞬もまた、四方から霧に撃たれ態勢を崩してしまう。

 

それを好機とみたか、霧はさらに勢いを増して、四方八方から襲い掛かってきた。

 

「しまった!」

霧は星矢たちだけでなく、背後に居る仁美たちへのほうへも向かっている。

間に合わない!

 

 

 

だが、霧はまるで時が凍り付いたかのように動きを止めた。

何が起こったのか?

 

霧の中、何かが光を放っている。

それは、青白く燃えている、炎。

 

 

「させない…お父様とお母さま、そして沙織さんたち、絶対に…」

 

炎の中に見えるのは、仁美。

そして、霧の中に浮かぶ、真っ黒い何か。

 

漆黒のそれは、青白い炎にまとまりつかれ、動きを封じられている。

茫然とそれを見つめている、沙織とさやか、そして仁美の両親たち。

 

 

「星矢、これって…」

「あぁ、そうか、瞬は直接は知らないよな?」

「え? それってどういうこと?」

「12宮の戦いで、俺と紫龍が巨蟹宮で対した相手、蟹座の黄金聖闘士デスマスクが使っていた、積尸気。それと同じなんだ」

「うそ、それじゃぁ、あの真っ黒いのって魔女の魂…?」

「…ペガサスの言う通りよ。魔女が積尸気により魂を抜かれている今こそが好機。まさか積尸気使いがこのようなところに居りましょうとは」

 

やや薄まりつつある霧の中から現れたのは、一人の老人。

先代の教皇、セージだ。

 

「なぜ…聖闘士でもない仁美さんが、積尸気を?」

「城戸沙織さま、いや、アテナさま、私にもそれはわかりませぬ。ただ、彼女には素質があった、ということですな」

「そんな…」

「アテナさま、お気を確かに。時間の猶予はありませぬぞ。彼女も無意識のうちに積尸気を発動したにすぎませぬ。抜き取られた魂に直接攻撃を加えれれば、決着をつけることができましょう。その役目は私が承ります、では…」

 

セージはゆっくりと右手を上げる。

 

「積尸気 鬼蒼焔」

 

セージから放たれた青い炎によって、魔女の漆黒の魂は激しく炎上し、断末魔の叫びをあげつつやがて燃え尽きた。

辺りを包んでいた霧、そして結界は消え、元の部屋の風景が現れた。

 

「積尸気鬼蒼焔は、魂を糧に燃え上がる鬼火。魔女の魂が消滅した今、本体も間もなく消え去りましょう」

 

 

当面の危機は去った。しかし、アテナの表情は暗い。

積尸気を使えるということは、今後の戦いに仁美がいや応なしに巻き込まれることを意味するのだ。

 

「…私、いったいどうしていたのかしら?」

 

仁美は何が起こったのか理解していないようだ。両親と沙織を守りたい。その一心で、無意識のうちに内に眠っていた積尸気を発動させたのだろう。

 

「…アテナ?」

 

彼女の両親もまた茫然としている。

自分の娘が思いもしない力を秘めていたこと、そして家族同然の付き合いをしてきた城戸沙織が、ギリシャ神話に語られる女神アテナだということ。

 

 

「詳しくは、私からお話ししましょう」

 

セージはゆっくりと、順を追ってこれまでのいきさつを、そして今目の前で起こったことについて話していく。

 

「そして、私からあなた方にお願いしたいことがあるのです」

「…どのようなことでしょう?」

どことなく覚悟を秘めた表情で、仁美の父が答える。

 

「ご息女を私どもの聖域にお預けいただけませぬでしょうか?」

 

この時代、積尸気を使いこなせる人材、蟹座の黄金聖闘士デスマスクはすでに世を去っている。

聖域に預ける、すなわちセージや星矢たちと同様に聖闘士への道を歩ませてほしい、ということ。

 

 

「待ってください。セージ、仁美さんは聖闘士ではなく、ごく普通の女の子なのですよ。いくら積尸気を身に着けているとはいえ彼女を危険にさらすわけには…」

「アテナさま。お気持ちはわかります。ただ、ハクレイからも聞いていることでしょう、間もなく始まる聖戦を戦い地上を守るために、そして魔法少女たちをその運命から解き放つために、彼女の力がどうしても必要なのです」

「それは…」

 

セージの説明は至極もっともであるだけに、沙織は言葉を詰まらせる。

 

「セージさん、だっけ?だからってなんで仁美がそんな危ない目に合わなきゃいけないんですか! 探せばきっと他に、もっと適任な人が居ると思うんです。それに魔法少女の運命って何なんですか? 私には訳が分からないです」

 

今度は美樹さやかが食い下がる。

そんなことで仁美と恭介を引き裂くわけにはいかない。なんなら自分が代わってでも。でないと、仁美と恭介のために身を引いた自分の想いも行動も全て無駄になってしまう。

仁美が居なくなれば自分が恭介と… そんな狡い考えが一瞬頭をよぎりかけたのも事実。

それに対する自己嫌悪がさやかの心を激しくかき乱し、抗議を激しいものにしていた。

 

「それで済むのなら私もそうしたいのです。蟹座の黄金聖闘士亡き今、私も他の聖闘士たちも、積尸気を使える者、おそらく数億人に1人いるかいないか、そんな人材を探し続け、これまで出会うこと叶いませんでした。今生の世で上で積尸気を使えるのは彼女だけでしょう。わかっていただけませぬか」

 

セージも容易には引き下がらない。なおも食い下がろうとするさやか。

 

 

「セージ、さん…… 私をその… 聖域とやらに連れていっていただけませんか?」

「仁美、あんたまでそんなことを…!」

 

当の本人からのまさかの言葉に、さやかが叫ぶ。

 

「さやかさん、沙織さん、そしてお父様、お母さま。それが本当に私にしかできないことであれば、私はそれをしなければいけないと思いますの。さっき、さやかさんは命がけで私たちを守ってくださろうとしておりました。自分がしなければいけないことだと言って。その言葉、そっくりあなたにお返ししたいと思いますの」

「そんな…だからって…」

「ご心配なさらないでください。大丈夫です、私、ちゃんと役目を果たして、きっとここにまた戻ってきますから」

 

じっとセージを見つめている仁美の意思は固い。

 

「…わかりました。沙織さん、いえ、アテナと呼ぶべきでしょうか? 貴方が背負おうとしていたのが何なのか、ようやくわかりました。セージさん、貴方の言葉に嘘偽りはないと信じます。仁美をよろしくお願いします」

 

仁美の父親が、落ち着いた声で沙織とセージに答える。

 

「あなたっ!」

「仁美にしかできないことであれば、そしてそれを仁美が務めあげようとするのならば、私たちが出来るのは背中を押してあげること。ここはせめて笑顔で送り出してあげようと思うのだよ」

「…」

 

 

「お心遣い、感謝いたします。実は残された時間はほとんどありません。準備を整えて明日、お迎えにあがります。それまでに身支度のほど、よろしくお願い申し上げます、ではアテナ、参りましょう」

 

 

仁美の両親、そして友を奪われるさやか。その心中いかほどか。

 

彼らを気遣いつつ、アテナとセージたちは志筑邸を後にした。

 



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戦士の誇り

「たいへん急な話ですが、志筑さんは今日をもってギリシャへ留学することになりました」

 

担任の早乙女先生から伝えられ、クラスに動揺が走る。

 

「急すぎるよ~」

「なんでこんなに突然留学しちゃうのさ」

 

戸惑いを隠せない同級生たちをよそに、美樹さやかは虚ろな目で遠くを見つめている。

視線の先には、クラスの皆に質問攻めにあっている志筑仁美。

 

いくら自分以外に適合者が居ないとはいえ、なぜ仁美は聖域行きを受け入れてしまったのか。

生きて帰れる保証などどこにもないのに。

なにより、間もなく退院してくる上条恭介のことはどうするつもりなのか?

 

鹿目まどかもまた、何が起きているのか分からず茫然としている。

何の前触れもなく、幼馴染が突然目の前から去ってしまう。

ただ、事情を知らないまどかのほうが、さやかよりもまだ幸せなのかもしれない。

 

 

 

 

その日の夕方。教皇セージは志筑仁美と美樹さやかを伴い、城戸沙織邸に戻っていた。

 

「アテナさま、私でなければ務まらぬ役目、おおむね片付きました故、志筑嬢を連れて過去の聖域に戻りまする」

「短い間でしたが、ありがとうございました。仁美さんをよろしくお願いします。私もこれよりこちらの聖域に向かいます」

「こちらの青銅、頼もしい限りですな。身辺の警護については心配なさそうですので、こちらに残すアルバフィカとレグルスにはそれぞれ探索任務を申し付けておりまする。どちらも追って報告あることでしょう」

 

 

「ねぇ、仁美。まどかは、呼ばなくてよかったの?」

「えぇ、本当のことを知ったら、まどかさん、きっと耐えられないと思いますの。さやかさん、魔法少女になったこと、まどかさんには…」

「うん、まだ伝えてない。なんとなく言い出せなくってさ」

 

互いに親友に話せぬ秘密を持ってしまった。それに気が付いたのか、言葉はそこで途切れる。

 

「(でも、恭介のこと、どうするのさ…)」

 

 

 

「そろそろよろしいですかな?」

「…はい」

「では、こちらへ」

セージは仁美を、部屋の隅にある鏡の前へ連れていく。

 

「ではアテナさま、さやか嬢、貴方がたにとって大切なご友人、私どもの聖域にてお預かり致します」

 

光を放ちだす鏡。セージと仁美は眩いばかりの光に包まれていく。

 

「仁美、ちゃんと帰ってくるんだよね。待ってるから」

「ええ、私、必ずこちらに戻ってきますから。あと、さやかさん、恭介さんと…」

 

あまりの眩しさに思わず目を瞑るさやか。再び目を開いた時、すでにセージと仁美の姿は部屋から消えていた

 

 

 

「「恭介と」か… 「恭介を」でなかったの、なんでだろ?」

 

城戸邸からの帰り道、さやかは一人、賑やかな路地を歩いている。

 

仁美は無事にこちらに帰ってこられるのだろうか?

聞けば、前回の聖戦を生き残ったのは黄金聖闘士2人だけだったという。

こちらに帰ってくることが前提の仁美はもちろんその数には入っていないはずだが、セージやデジェルですら命を落とすような激しい戦いということは、こちらの聖戦の激しさも想像を絶するものなのだろう。

帰ってきても、聖戦を乗り越えて生き残れるのだろうか。

 

 

「… え。こんなところに? 空気読めない魔女だよね。でもあたし、戦わなきゃ」

 

さやかは、路地裏の結界へと飛び込んでいった。

 

 

結界の中は多くの使い魔が飛び交っている。

強くはないものの、数が多い。使い魔を倒すのに手間取りながら先へと進む。

 

「あれ、もう誰か戦ってるみたい」

結界の最深部、魔女以外にも誰かの魔力を感じる。

マミならば使い魔を放っておくわけがない。ほむら、だろうか?

 

最深部に居たのは、見たことのない魔法少女だった。すでに決着が着きつつあるのか、魔女はすでに瀕死の状態だ。

 

「あん?」

 

魔法少女はさやかに気が付いたようだ。

 

「あとからノコノコやってきて人の獲物を横取りしようなんて、ずいぶんと図々しいんだね、あんた」

「いや、別にそんなわけじゃ…」

「魔法少女の礼儀、先輩から教わってないわけ? じゃぁ、改めてあたしが教えてやるよ」

「えっ!? ちょっとまっ」

 

さやかの答えも待たず、その魔法少女は容赦なく襲い掛かってきた。

さやかも応戦はするものの、相手は強く、まるで歯が立たない。

 

「なにこれ、よわっちぃの。巴マミのやつ、まともに後輩鍛えてないんじゃないの?」

「なんで… なんであんたがマミさんのこと知ってるのさ!?」

「ちょっとした知り合いさ。こっから帰ったら、佐倉杏子が呆れてたってマミに言ってやんな…って、ほら、無駄口効いてる余裕あんのかい?」

 

動きが一瞬止まったのを見逃さず、槍で足を払いにかかる佐倉杏子。

すでに全身打ち据えられていたさやかには、避けることも逃げることもかなわない。

転倒し背中を打ち付け、結界の床に力なく横たわっている。

 

「なーんだ、もう終わりかい?」

「ねぇ、一つ聞かせてよ。あんた、なんで使い魔ほっといてるのさ…」

「はぁ?あんたこそ、バッカじゃねぇの? 使い魔、グリーフシード落とさないじゃん。魔女になるまで育ってもらうほうが効率的、っていうかさ?」

「あのさ、使い魔が育つって、要はそれまでに何人も人を殺してるってことじゃない。あんたって奴は… 」

「それはこっちの台詞だよ。魔法少女が生きるためにはグリーフシードが必要なんだ。見ず知らずの人を助けるためにあんた、自分が死んじまっても構わないってのかい?」

「…」

「あんたさ、そんなことしてたらそのうち野垂れ死ぬぞ。生き続ける気がないんだったら、いっそのことここでってのもいいんじゃない? おらっ、終わりだよっ!」

 

霞む視界の向こう、杏子が槍を振り上げるのが見える。

ごめん、仁美、まどか、マミさん。あたし、こんなヤツにやられて終わっちゃうんだね…

 

 

「!! なんだてめぇ、邪魔すんのか?」

「…情けないものだな。これだけの力を持っている戦士が、やっていることは後輩虐めとは」

 

さやかの視界に飛び込んできたのは、杏子と自分の間に立ちふさがる、黒い影。

いや、いかにも頑強そうな鎧を纏った青年が、杏子の槍を握りしめて立ちふさがっている。

 

「てめぇ、誰だ?」

「…」

青年は杏子の問いには答えず沈黙を保っている。

 

彼が纏っている鎧は、黄金に光輝く黄金聖衣とも青銅聖衣とも、アスガルドの神闘衣とも違う。

漆黒の鎧。まるで黒曜石のような、深い闇のようで不思議な輝きをもった鎧。

そして何よりも目を引くのは、背中からのびる美しくも雄大な翼。

 

「誰、あんた?」

たまらず、さやかも目の前の青年に問いかける。

 

「命令に背くことにはなるが、戦士としての誇りがこれ以上黙っていることを許さなかった」

そう言うと、青年は掴んでいた槍を振り払う。槍とともに放り飛ばされた杏子だったが、空中で体制を整え着地すると素早く身構える。

 

「人の喧嘩に首突っ込んできて、そんな態度かい。ちょっと痛い目に合わないとわからないってか」

再び襲い掛かる杏子。青年は身をひるがえして槍をかわし拳を繰り出すが、今度は杏子が冷静に拳筋を読んでかわす。

 

「誇りなき戦士なぞ、なんの価値もない。消え去るがいい」

「あ、なんだって?名乗りもしないで偉そうに見下してくるんじゃねぇよ」

「そうか。名も知らぬ者に倒されるのは哀れであろうな。貴様がそこに至れるかわからぬが、もし裁きの館で問われたら己を葬った者の名を告げるがよい」

「…我が名はラダマンティス。ハーデス様に仕える冥闘士を統べる三巨頭が一人、天猛星ワイバーンのラダマンティス。覚えておくがいい」

 

「ハーデス?冥闘士、なんだそ…」

 

青年は問いには答えず、ゆっくりと身構える。凄まじい闘気が青年から横溢してくる。

それは、やがて拡げられた両腕に収束し、目の前の少女に向かって放たれた。

 

「…グレイテスト・コーションっ!!」

 

「!!っ やっべ!!」

 

青年が放つ凄まじい衝撃波。それは、使い魔も、瀕死の魔女も、結界そのものさえも蹂躙し、粉々に砕き、跡形もなく消し飛ばした。

 

「…逃げたか」

 

結界は消滅し、元の暗い路地裏には茫然とへたり込むさやかと、鎧を解いたスーツ姿の青年が残された。

 

「あんた、あの時の」

 

恭介の病院で仁美をみかけた帰り道、公園でさやかがぶつかった青年の一人がそこに居た。

 

「助けてくれて、ありがとう。あたしは美樹さやか。見ての通り、まだひよっこの魔法少女さ」

 

青年はあの夜の公園と同様に、無表情でさやかを見つめている。

 

「情けないのはお前もだ、美樹さやか。お前が何を望み、何を守ろうとして魔法少女になったのか、俺は知らぬ。ただ、戦う覚悟を決めて戦士となったのであれば、強くなれ。何者をも凌ぐ力と鋼の如き強靭な意思を持て。強くなければ貴様の信念を貫くことも、守りたいものを守ることもできず、より強いものに蹂躙されるのだ。弱き戦士なぞ、誇りなき戦士と同じく価値のない存在なのだから」

「そうだよね。こんなんじゃ、恭介を守りきることもできそうもないし。仁美だって、あたしがもっとちゃんと強かったらあんなことには…。わかってるんだ、もっと強くならなきゃいけないって」

力なくうつむく、さやか。

 

 

「ラダマンティスさま。ここに近づく者の気配を感じます。ここは一旦…」

「わかっている、バレンタイン。行くぞ」

「はっ」

 

 

さやかが再び顔を上げた時、ラダマンティスの姿はそこから消え去っていた。



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冥府の暗躍

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!」

 

旋律もなにもない、狂ったようにかき鳴らされるハープの音が部屋に響き渡る。

見滝原からほど遠くない、街から離れた深い森にそびえる、古風な洋館。

その一室で、一人の青年がもがき苦しんでいる。

 

「まさかお前が命令に背くとは。ハーデス様への裏切りにも値するその罪、容易に許されるものではないと、心得ていような?」

 

輝きの無い冷徹な視線と言葉を投げかける、漆黒のドレスに身を包んだ一人の少女。

窓から差し込む月明りを受けて輝く、腰まである美しい黒髪。一方で、月明りを映し込むことなく深い闇に染まった瞳。

白く細い指は滑らかに、しかし激しくハープの弦を弾く。

乱れ鳴らされるその音色に捉えられ、何の抵抗も出来ずにもがき苦しむのは、美樹さやかの危機を救った男、冥界三巨頭が一人、冥闘士ワイバーンのラダマンティスだ。

 

「しかしながらパンドラ様、あの命令はハーデス様ではなく双子神よりのものと聞き及んでおります。なぜあのような命令に我々がぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!」

「黙れ、ラダマンティス。双子神はハーデス様の側近。神話の時代よりハーデス様を支え冥界を統べてこられた。故にその命令はハーデス様からのそれと変わぬと言えよう」

 

パンドラと呼ばれた少女は、そう言うとさらにハープをかき鳴らす。

無慈悲に放たれる音色に全身を苛まれ苦痛に耐えかね、ラダマンティスは床へと崩れ落ちる。

 

「極東の島国、日本の見滝原において魔法少女、そして魔女と接触をとりつつ監視せよ。ただしいかなる場合においても魔法少女や聖域に冥闘士の気配を気取らせてはならぬ、か。この私とて、なにゆえにヒュプノス様が聖戦と何も関係ないそのような命令を下されたのか、推しはかりかねてはいる。だからといって、それが命令に背く理由とはならぬのだ」

「ぐっっっっ…」

「それにしても、なにゆえ命令に背いたのだ?冥闘士の中でも、誰よりもハーデス様への忠誠心の篤いお前が? お前のことだから何か理由があるのだろう? 事と次第によってはこの懲罰、わずかながらでも軽くしてやってもよいのだぞ」

「…………」

 

ラダマンティスはパンドラを見つめつつ、押し黙っている。

 

「そうか、言えぬか…」

「申し開きなぞ必要ありませぬ。命令に背いたのは事実、いかなる罰も甘んじて受ける所存」

「わかった。では、存分に…」

 

パンドラは、おもむろにハープの弦に指を添える。黙って跪く、ラダマンティス。

 

「パンドラよ、もうよい」

 

静寂に包まれた部屋に、パンドラともラダマンティスとも違う声が響き渡る。低く、威厳に満ちていながらも感情を微塵も感じさせない、冷たい声。

 

「これは! このような遥か地の果てまでお越し頂けようとは。恐れ入りまする、ヒュプノスさま。」

 

ヒュプノス。

ハーデスの側近中の側近である双子神の一柱。眠りを司る神。

普段は冥界の最深部に位置する神々の楽園、神々と選ばれた人間のみが立ち入りを許される地であるエリシオンに、主神たる冥王ハーデス、双子神のもう一柱である死の神タナトスとともに座する神だ。

よほどのことがなければエリシオンから出てこない神が、なぜ。

 

 

「此度の任務、ラダマンティスに任せるよう命じたのは、この私だ。ならば私にも咎があると言えるのではないか、パンドラ」

「いえ、そのようなことは決して…」

「それに、命に背いたとはいえ此度の結果、思いがけぬ方向に転びそうでもある。希望、絶望、敵意、共感、執念、意地… 人間の感情というものはかくも面倒だが、それらが交わった時、この神の想像をも遥かに超える力を示すことがある。ラダマンティスなればこそ、手繰り寄せることができた道やも知れぬ」

「と、申しますと?」

「いずれわかる時がくるだろう。今はまだ話すべき時ではない。見滝原の任務、ラダマンティス、そなたと部下に引き続き任せることとする。パンドラは引き続きこの館において冥闘士の指揮にあたるように」

 

そう言い放つと、パンドラたちの居る部屋から立ち去ろうとするヒュプノス。

 

「ヒュプノスさま!」

消えかけている神の背中を、パンドラが呼び止める。

 

「神の命に逆らうつもりは毛頭ありませぬ。ただ、一つ教えていただきたいのです。聖域との関わり合いを避け、魔法少女や魔女とやらの在りようを探るこの任務、此度の聖戦とどのような関係があるのでしょう?」

「…無用な詮索をせず、ただひたすらに任務をこなせばよい。ただ、安心するがよい、遥か神代より続くこの聖戦を今度こそ終わらせるために必要なことだ。そなたたちもいずれ、自らの身をもって知ることになるだろう」

 

そう言い残すと、ヒュプノスの姿は闇へ溶け込んでいった。

 

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「確かに、ラダマンティスと名乗ったのだな?」

傷ついた少女に応急処置をとりつつ話しかけているのは、青銅聖闘士、龍座の紫龍だ。

 

「…うん、間違いないよ。アイツ、冥界三…巨頭? ワイバーンの、だ…ラダ、マンティスって言ってた」

答えているのは、美樹さやか。

ラダマンティスが去った直後、青銅聖闘士たち、紫龍や神闘士ジークフリート、ミーメがその場に駆けつけ、深手を負った彼女を見つけ出したのだ。

美樹さやかの魔法は治癒能力に優れてはいるものの、魔力が弱った状態ではそれも十分には機能しない。

紫龍たちはさやかの負担が軽くなるよう、その場でできうる限りの治療をしている。

 

「それで、この傷は、ラダマンティスにやられたのか?」

ミーメは薬草から抽出した薬をさやかに塗りつつ話しかけている。

情報を引き出すため、というよりは、声をかけ気をこちらに向けさせることで、途切れかけている意識を保たせているということか。

 

「…ううん、これは他の魔法少女にやられた傷。魔法少女と魔女が戦ってる結界に迂闊に入り込んじゃってさ、それで魔女を横取りしに来たと勘違いされちゃって」

「確かに魔法少女にとって魔女を狩れるかどうかは死活問題だが、それにしてもここまでしなくても… ではラダマンティスは?」

思ってもみなかった答えが返ってきて、紫龍たちは目を丸くしている。

それはそうだろう。これまで彼らは、魔法少女同士の本気の戦いには遭遇していないのだ。しかし考えてみれば、魔女が巷に溢れている状況ではない以上、ハンターである魔法少女同士の縄張り争いは起こってしかるべきものだ。

では冥闘士はなぜここに?

 

「…」

美樹さやかはなぜか問いに答えず、黙っている。

 

再び聞こうとする紫龍は、口をつぐむ。もしかすると答えにくい事情があるのかも知れない、と思い直したのだ。

 

 

「あいつ、助けてくれたんだ、あたしのこと。佐倉杏子って魔法少女にあたしがボコボコにやられてて、あぁ、もうダメかなって諦めかけた時にあいつが現れて、佐倉杏子を追っ払ってくれた。もっとも、助けに来たっていうよりは、相手の魔法少女の振る舞いが許せなくて出てきちゃったって感じかな? 自分の誇りが許さなかった、とか、命令違反とか言ってたし…」

「…」

「そうだ、そして、誰かを守りたいならもっと強くなれって説教しつつも励ましてくれた…」

 

そう言いつつさやかは、自分の傍らに何か落ちているのに気づく。

 

グリーフシード。

 

魔女はラダマンティスの技により文字通り消し飛んだはず。

魔法少女、佐倉杏子もまた生死こそ不明だが、グリーフシードを回収する余裕まではなかっただろう。

ということは、これは?

 

「そうか、あいつの置き土産、か…ありがたく頂くよ」

グリーフシードを拾い上げると、それを自分のソウルジェムにあてる。

黒く濁っていたそれは、みるみるうちに元の青い輝きを取り戻していく。

魔力が回復したためか、美樹さやかの傷は急速に回復していく。

 

「そうだ、あいつには前にも一回会ったことがあったっけ。夜の公園を一人で歩いてたら、「危ないからさっさと家に帰れ」って… なんかあたし、あいつには怒られてばっかりだね」

 

「冥闘士が人を助けるなんて、いったいどういうことだ?」

さやかの言葉を聞いてもなお半信半疑な様子なのは、ジークフリートだ。

無理もない、冥闘士はハーデスの忠実なしもべ。どこまでも残忍で、人の命を奪うことになんの躊躇いもない者たちと聞いてきたのだ。

 

「確かに、俺も驚いている。ただかつて老師に聞いたことがある。冥闘士の中には、凶暴だが必ずしも邪悪ではない者たちも居る、と。「誇り」を口にするあたり、ラダマンティスもそうなのかも知れない」

かつての修行時代を思い出しつつ、紫龍が答える。

さらに詳しく聞こうとしたものの、「まぁ、よい」と当時ははぐらかされてしまった。ただ、老師が嘘をつくはずもない。

 

「ねぇ、冥闘士て、どんだけ強いの?」

おそらく彼らと戦うことになる志筑仁美に思いを馳せる、さやか。

 

「俺もよくは知らないが、老師によれば冥闘士は冥王軍に108人いるという。ほとんどは白銀聖闘士に匹敵し、強い者は黄金聖闘士クラス、三巨頭は黄金聖闘士数人分の強さを持つという。雑兵でさえ青銅聖闘士と渡り合えるとのことだ。油断ならない相手には違いないだろう」

 

「そうかぁ、なら、魔女を結界ごと吹き飛ばしちゃうくらい平気で出来ちゃうよね。あんな無茶苦茶な強さ、見たことなくってさ…」

 

「(グレイテスト…コーション…グ!!)」

三体の魔女と聖闘士・神闘士たちの戦いも信じられない光景だったが、先ほどの結界でラダマンティスが見せた力はそれをも遥かに凌駕していたことは、さやかにもわかる。

「(今まで出会ってきた聖闘士さん達や仁美は、あんなのと戦わないといけないのか…、どう考えても、ヤバイ、よね…)」

 

ただその一方で、最強の三巨頭なのに、冷酷というよりは何だか人間味が漂っていている、あいつ。

 

「(なんだろう、この変な感じ…)」

 

 

 

 

三巨頭が日本に現れた、その情報は直ちに聖域へ伝えられた。

あまりにも予想外な冥王軍の動向に、聖域は震撼した。

 

冥王軍の中でも最強の三巨頭が、聖戦を前にして、なぜ聖域ではなく日本に居るのか?

聖域と日本に聖域の戦力を分散させたうえで聖域を狙う陽動作戦か?

ただそれならば、三巨頭の一人を投入するまでもないだろう。

ならば、冥王軍にとって大事な何かが、日本にあるのか?

 

 

彼らの狙いはわからない。しかし、ただでさえ数の減った黄金聖闘士、白銀聖闘士を日本と聖域に分散させるわけにはいかない。

日本については星矢たち青銅聖闘士が引き続き警戒と情報収集にあたることとなった。

 

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「あ、いててっ… まったく、なんてデタラメな強さなんだ、アイツ…」

 

見滝原の路地裏で、一人の少女が座り込んでいる。

手にした林檎を齧りつつ、全身の傷に手を当てて何か念じているようだ。

 

少女の名は佐倉杏子。自分に向けて放たれたラダマンティスの技からなんとか逃れた魔法少女だ。

今は物陰に身を隠しつつ、魔力で傷を癒している。

危険を察知し素早く姿をくらましたことで、致命傷は負わずに済んだ。

それは魔法少女としての佐倉杏子の強さを如実に示している。

一方で、傷を癒し体を回復させるヒーリングはどちらかと言えば得意ではない。

あちこちにあった傷は次第に回復しつつあるようだが、ほんとうに少しずつ、時間がかかっている。

 

聖闘士、とか神闘士とか、魔法少女ではない存在が見滝原を中心に活動していることは知っていた。

彼らが巴マミ、杏子と少なからぬ縁のある魔法少女と共に行動していることも。

探りを入れてみた限り、彼らはなんらかの目的をもって活動しているものの、それは決して魔法少女と競合するものではなさそうだ、

ただ、不用意に接触すれば余計な戦いを招くこともありうる。

それは、魔法少女として生きていくためには得策ではない。

そう判断して、敢えて巴マミの周辺には近づかないようにしていたのだが。

 

「冥闘士、なんて聞いてねぇよ」

 

普段の杏子なら、得体のしれない敵と遭遇したら、無理に戦わず迷わず撤退を選んでいただろう。

なのに、あの男のあからさまな"挑発"に乗せられ、ついつい突っ込んでしまった。

いや、そもそもなんでその前に、いかにも経験不足で弱く、それでいて妙に気に障る魔法少女に突っかかってしまったのだろう?

しばし逡巡したところで、佐倉杏子は考えるのをやめた。

きっと、虫の居所がわるかったのだろう。

おかげでせっかく仕留めかけた魔女のグリーフシードも手に入らず、魔力と体力を無駄に費やしてしまった。

 

拠点である風見野市に帰って、さっさと飯喰って寝よう。

傷の回復はまだ十分ではないが、気持ちを無理やり切り替えると、杏子は立ち上がって歩き出す。

 

 

ガンっ!!

 

暗い道に落ちていた何かに、杏子は躓きそうになった。

固いようで軟らかい何か。

倒木でもない。かといってゴミでもなさそうだ。

 

あぁ、今日は本当にツイてない。

そう独り言を言うと、杏子はそれを避けて立ち去ろうとする。

 

「…もうさぁ、いきなり踏んづけるなんてあんまりだよ…」

 

いきなりしゃべった、その"何か"。

杏子は反射的に距離を取り、暗闇に横たわっているそれを注意深く観察する。

 

「…… おなか、すいたぁ。ねぇ君、何か食べるもの持ってない?」

 

 

なんだ、こいつは?

 

 

さきほどのこともあり、何があっても対応できるよう身構えていたのに。

あまりに緊張感のないその言葉に、杏子は全身から力が抜けるのを感じる。

 

「昨日から何にも食べてなくてさぁ。この街、どこを探してもウサギもイノシシも居ないし、ここで使えるお金も持ってないし…」

 

輝くような金髪。外国から来た少年のようだが、よほど腹が減っているのか、その声には張りがない。

とりあえず危険はなさそうだ。

そのまま放っておいて立ち去ってもよかったが、それでこの少年が飢え死にでもしようものなら夢見が悪くなりそうだ。

 

「林檎でいいなら、食うかい?」

 

我ながららしくないなと思いつつ、手にしていた林檎を杏子は差し出す。

少年は力なくそれを受け取ると、林檎と杏子の顔を代わる代わる眺めつつ、次の瞬間猛然と林檎を齧り始めた。

あっという間に、種からへたまで食い尽くされる林檎。

 

「おい、あんた。いくら腹減ってるからって、種とかまで食べちまうことないんじゃないの? 林檎からしたらそこまで綺麗に食べてもらえてうれしいかもしれないけどさ」

 

少年は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに表情を崩し、ニッコリとほほ笑んだ。

 

「そうかぁ、食べ物はちゃんと残さず食べなきゃってがっついちゃったけどさ、たしかに林檎も嬉しいかもな!」

 

 

なんだ、こいつは?

 

 

食べ物を粗末にしないのは、悪い気はしない。

それに、屈託のない笑顔を見ていると、こちらまでつられて頬が緩んでくる。

こんな感覚はいつ以来だろう?

 

「まぁ、飢え死にでもされたら正直気分よくなかったしさ。空腹が紛れたんならよかったよ。じゃぁな!」

そそくさとその場を去ろうとする杏子だったが、少年に腕を掴まれる。

 

「そんな急いで行っちゃわないでよ。まだちゃんとお礼も言えてないんだしさ」

いきなり掴まれてどやしつけようと思った杏子だったが、少年の邪気のない瞳に、そんな気も失せていく。

 

「おかげで助かったよ、ありがとう。よかったら、君の名前教えてくれないかな?」

「あたしの名前かい? いいよ、減るもんでもないし。佐倉杏子。さくらが苗字で、きょうこが名前だよ。これでいいかい?」

「うん、お礼を言うならちゃんと名前も呼びたかったしさ。ありがとう、キョーコ。林檎、すごく美味しかったよ」

「ならよかったよ。そうだ、あんた、名前は?人に名前聞いといて自分は教えないなんてないだろ?」

 

そう言ってから杏子は少し驚く。

なんでこの少年の名を知りたいと思ったのだろう?

空腹の少年に食べ物を分けてやった、それで終わり。この少年とまた会うなんてことはきっとないだろう。

生きていくためになんの足しにもならないことなのに。

名を知ったところで自分にとって何のメリットもないはずなのに。

 

「あ、ごめん、そうだよね」

少年はゆっくり立ち上がると、手のひらを開いて杏子へと差し出す。

 

「それじゃぁ、改めてよろしく、キョーコ! 俺はギリシャの聖域からやってきた、レグルス! 獅子座の黄金聖闘士、レグルスって言うんだ!」

 



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懐かしい外食

「ブラックドラゴンについて知りたい、と?」

 

日本の城戸沙織邸で、青銅聖闘士、紫龍は意外な人物に呼び止められた。

 

「敵として俺たちと初めて拳を交えた暗黒聖闘士の一人、なのだが、貴方が聞きたいのは恐らくそういうことではないのだろうな」

 

長身の青年は、黙ってうなずく。

 

「俺の知っている限りのことでよければ全て話すつもりだが、それにしてもなぜブラックドラゴンなのだ? 今回の件となにか関わりがあるのだろうか?」

 

 

ブラックドラゴン。

 

勝つためには手段を択ばず、しかも強大な力を持っていた暗黒聖闘士たち。

中でもブラックドラゴンの強さは目覚ましく、彼と紫龍の戦いはどちらが倒れてもおかしくないほどに壮絶なものだった。

ただ、戦いを終えて互いに死を待つばかりとなっていた状況で、ブラックドラゴンは紫龍の真央点を突いて自分の命を救ってくれた。

そして、共に戦っていた彼の兄、"伏龍"が倒れた時に見せた彼の激しい動揺は、友情など信じぬという彼の冷徹な言葉とは裏腹なものだった。。

 

生死を賭けた戦いの中でも、ブラックドラゴンは決して人の道を踏み外すことはなかった。

生きていればきっと、よき友となれたことだろう。

 

「そうか。悪逆の限りを尽くしアテナにすら見放された暗黒聖闘士の中にも、そのような者がいたのだな」

 

無表情な青年に、ほんの一瞬だが安堵の色が浮かぶ。

 

紫龍に礼を言うと、青年はいずこかへ去っていった。

 

 

 

 

「なんだい?いきなりやってきて、アステリオンについて聞きたいって」

 

ギリシャの聖域。

警備任務にあたっていた白銀聖闘士、鷲座の魔鈴は突然の訪問者に警戒しつつ聞き返す。

 

「答える義理はないけどさ、ただ、あんたがそれを聞いてくるってことはなにか意味があるんだろう? いいよ、教えてやるよ、あいつとは知らない仲でもないし」

 

 

猟犬座の白銀聖闘士、アステリオン。

 

星矢たち青銅聖闘士の討伐のために、偽りの教皇サガの命により派遣された聖闘士の一人だ。

戦いの中で魔鈴により倒されこそしたものの、紫龍に倒されたペルセウス座のアルゴルと共に、白銀聖闘士の中でも屈指の実力者であった。

聖域に対してどこまでも忠実であった彼。それ故に袂を分かつこととなったが、魔鈴にとっては信頼のおける大切な仲間だった。

 

「生きて聖域に帰還し事の次第を教皇に伝えるように」

 

魔鈴はそう言って、最期を迎えるばかりとなっていた彼に敢えてとどめを刺さず、送り出した。

 

それは、彼ならばたとえ力尽きようとも諦めずに聖域にたどり着くであろうと思っていたから。

そして、叶うことなら彼には聖域で生き延びていて欲しかったと、心のどこかで思っていたせいかも知れない。

 

淡々と事実を伝えながらも惜別の念が隠せない魔鈴の表情から、青年は生前のアステリオンに思いをはせる。

 

手短に礼を言うと、青年は歩き去っていった。

 

 

 

過去に生きた無数の聖闘士たちが眠る、聖域の墓地。

その片隅に、訪れる人も少なく草に深く埋もれつつある粗末な墓たちがある。

蟹座のデスマスク、山羊座のシュラ、魚座のアフロディーテ、水瓶座のカミュ、双子座のサガ…

ペルセウス座のアルゴル、蜥蜴座のミスティ、ケルベロス座のダンテ、ケンタウルス座のバベル…

サガの乱で倒れていった黄金聖闘士、白銀聖闘士たちのものだ。

 

荒れ果てたそれらの墓碑の前に丁寧に手向けられた、白薔薇たち。

アフロディーテの墓には、深紅に染まった白薔薇、ブラッディ・ローズ。

 

 

「魚座ってのはどうしてこうも気障なのかねぇ」

 

日差しを受けて輝く薔薇の花を見つめている、魔鈴。

 

「…でも、ありがとうと言わせてもらうよ」

 

 

------------------------------------------

 

 

「アスガルドの2人、ブラックドラゴン、そしてアステリオン。共通点があるか否か図りかねておりましたが、アルバフィカの働きによリ糸口が掴めてございます」

「セージ、日本から聖域に戻ってきて事の成り行きを報告したあとに行方知れずとなっていたアステリオン、そしてブラックドラゴンまで、まさか243年前の聖域にたどり着いていたとは。彼らを丁重に葬っていただき、ありがとうございます」

 

聖域、教皇の間。

先代、243年前の聖域にはサーシャと教皇セージ、その兄ハクレイ、当代の聖域には城戸沙織と蠍座の聖闘士ミロ、そして探索から戻ってきた、先代の黄金聖闘士魚座ピスケスのアルバフィカ。

彼らは、アルバフィカが行ってきた探索結果について、スクルドの鏡を介して意見を交わしている。

 

一か月おきに先代の聖域に突如として送られてきた、幾人もの戦士たち。アスガルドの2人以外は発見された時には死を迎えるばかりとなっていた。ために、かろうじて聞けた名前や身に着けていた聖衣以外に情報は得られず、身元になんの手がかりもなく無名の戦士として葬られた者も多い。

 

「教皇、皆、強さだけでなく心技体兼ね備えたひとかどの漢であった、ということでよろしいようですな」

「そして兄上、彼らがこちらで戦いを経て瀕死となった時期もまたおおむね1ヵ月ごと。ということは、送り込む側にも1か月ごとにならざるを得ない事情や制約があるのか、それとも時渡りのきっかけとなるなんらかの現象が一か月ごとに起きるのか。いずれにせよ、こちらで激しい闘いが続き戦士が命を落とし続けていたこともまた、一か月ごとの時渡りが成立する原因であったということなのでしょう」

 

どうやらセージとハクレイが抱いていた仮説は、アルバフィカの探索を経て確信へと変わったようだ。

 

「ハクレイどの、それなのだが…」

「ん?次代のスコーピオンか。どうした?」

 

それまで黙っていたミロが口を開く。

 

「そちらへ送られた戦士は、大半が手遅れの状態であったという。それは、送る側は送る者の状態を吟味できなかったということであろう? ということは…」

「より可能性が高いのは後者、時渡りのきっかけになる現象が一か月ごと、出来るのは優れた勇者を送ることまで、ということか」

 

ほう… とばかりに、軽い驚きをもって答えるハクレイ

当代のアテナ、城戸沙織もまた、そんなミロを口が半開きの状態で眺めている。

 

「アテナまで。私をいったいなんだと思っているのですか? 目的があるのなら、わざわざそれを達することができない状態で送りはしないだろう、そう思ったまでの事… やっ、アテナ、額に手を当てようとしないでください!」

 

当代の聖域で繰り広げられているコントを、サーシャたちは微笑ましそうな目で眺めている。

アルバフィカの表情も、いつになく少しだけ和らいでいるようだ。

 

「セージ、この平和、いつまでも続いてほしいものですね」

「はい、切にそう思います」

 

 

「さて、アルバフィカ、探索の目的はおおむね達せられたが、そなたにはもう一つ任務を頼みたい。よいか?」

「教皇、なんなりと」

「どうやら見滝原でハーデス軍が動いているようだ。そなたには引き続き、ハーデス軍について探ってもらいたい」

「確かに、これまでもかすかではありますが冥闘士らしき小宇宙を感じたことがあります。それにしてもなぜ聖域ではなく日本に…?」

 

アルバフィカの疑問は当然のことだった。聖戦の長い歴史において、ハーデス軍がはるか極東の日本に現れたという記録はない。

いったい、なぜ?

 

「三巨頭を送り込むほど重要な何か、それが日本にあるということなのだろう。魔女と魔法少女の周辺に彼らが現れているのは気になるところだが…」

「教皇、そういえば我々の時代では、眠りの神ヒュプノスが魔女とキュウべぇを連れ去っております、もしや、彼らの狙いはそこにあるのでは?」

「日本におけるハーデス軍の隠密裏な行動、作戦の中心に慎重かつ周到なヒュプノスが居るのであれば、納得がいくというもの」

 

前聖戦の時代において、連れ去った魔女とキュウべぇからヒュプノスがなんらかの情報を得たうえで、この行動をとっているのだとしたら。

聖戦がまだ始まっていないこの時期に、魔女と魔法少女の周辺で彼らが行動しているということは重大な意味を持つ。

 

「アルバフィカよ、ハーデス軍が日本のどの地域に現れているかについても確認してもらいたい。日本の各地なのか、それとも見滝原周辺だけなのかを」

「わかりました。今のところ魔法少女に危害を加えていないようですが、これからもそうとは限りません。慎重に探索を続けます。ではアテナ、これにて」

 

アルバフィカはそう言い残すと、教皇の間を後にした。

 

「ところでセージ、たしか、獅子座のレグルスも探索任務にあたっているとのことでしたが…」

「城戸沙織さま、砂浜でたった一粒の水晶の欠片を探すような、と申しましょうか。極めて困難な任務ではありますが、レグルスなればこそ果たしうるもの。もう少々お待ちいただければと存じます」

 

 

------------------------------------------

 

 

同じころ、見滝原の病院を一人の少女が歩いている。

見舞い客にしては、まるで何かを探しているように、そして人目につかぬように周囲の気配を探っている。

佐倉杏子だ。

 

やがて、医者も看護師も出払って無人になっている部屋を見つけた彼女は、周りに誰もいないことを確認し、おもむろに魔法少女に変身する。

防犯カメラの死角から素早く部屋に侵入すると、慣れた手つきでいくつかの薬を手にし、何事もなかったかのように廊下に戻ってくる。

 

「(人手不足かなにか知らないけど、不用心過ぎるんじゃないかい? 風見野のほうはすっかり警戒厳しくなったから、こっちがザルなのは助かるけどさ)」

 

用事は済んだ。あとは見とがめられる前に病院を去るだけだ。

そそくさとその場から去ろうとする彼女の耳に、ふと看護師たちの会話が飛び込んできた。

 

「はぁ、上条さん、やっと退院してくれるのね…」

「ほんと、ここ数日は別人のようにおとなしくなったけど、それまでは私たちに当たり散らすわ、自暴自棄になるわでキツかったよね~」

 

どうやら、問題のある患者がやっと退院してくれるらしい。気が緩んでいるのか、彼女らは言いたい放題患者の悪口を言っている。

 

「(ふん、よくもまぁそんなに陰口たたけるもんだね。何が"白衣の天使"だ)」

 

杏子は半ば呆れつつ、その場を離れようとする。

 

「でもさ、今の医学じゃ絶対に治らないはずだった上条さんの腕が、一晩明けたら完治してたなんて、今でも信じられないわ」

「そうそう、魔法でもあるまいし…いったい何がどうなってるのかしら? なんにせよ退院してくれるんだから、こんな有難いことはないけど」

 

「(…なんだって…?)」

 

何が起きたのか? 杏子には思い当たるところがある。

魔法少女の願い。

どんな願いでも、たとえ死人を蘇らせたいというものであっても叶えることが出来る奇跡。

 

「(ちっ、どいつもこいつも、願いを他人のために使いやがって…)」

 

苦虫を噛み潰したような表情になる、杏子。

いったいどこの誰が?

 

「そういえば、さやかちゃん、今日はまだ来てないわね」

「珍しいよね、ほとんど毎日のように、学校帰りにお見舞いに来てるのにね」

 

つい最近耳にしたばかりの名前が耳に刺さる。

まさか。

 

「いったい上条さんのどこがいいのかしら? あの子、明るくて可愛いんだからもっといい人とくっついちゃえばいいのにね」

「私もそう思うけどさ、こればっかりは美樹さんの好みの話だから。でも将来絶対苦労しそう…」

 

 

「(あいつ…)」

 

あいつなら、美樹さやかならやりかねない。

 

「(ったく、何から何まで癇に障るヤツだ…)」

 

杏子はそそくさとその場を後にした。

 

 

------------------------------------------

 

 

風見野に帰ってくると、そこには一人の少年が待っていた。

 

「おかえり、キョーコ!」

「あん? えーと、あんた…、レグルスだっけ? なんだ、また食べ物せびりにきたのか?」

「ひっどいなぁ、次はちゃんとお礼にくるって言ったじゃないか」

「えっ? そういえばそんなこと言ってたっけ わりぃわりぃ」

 

仏頂面だった杏子の表情が、少しだけ緩む。

とぼけながらもさらっと詫びを入れる杏子と、膨れっ面しつつもすぐに笑顔に戻るレグルス。

 

「食べ物のお礼だから、食べ物で返したいなって思ってるんだけどさ」

「いやいや、林檎一個だろ、そこまでしてくれなくてもいーよ。」

「それじゃ俺の気が済まないよ。今度はちゃんとお金も持ってきたから、何か美味しいもの食べに行こうよ、奢るからさ!」

「そこまで言うなら遠慮なく奢られるけどさ」

 

容赦なく追い払ったりしないのは、タダ飯を喰えるチャンスと思ったのか、それとも彼の屈託のない笑顔のせいか。

 

佐倉杏子は、一人で生きてきた。

いや、少し前までは家族が、暖かい家があった。

ある出来事をきっかけに、それらはことごとく失われてしまったが。

以来、彼女は誰の力を借りることも、誰かを頼ることもせず、魔法少女として独りきりで生きてきたのだ。

利己的に、冷徹に、己の欲望のままに。

 

そんな彼女の前に現れた、一人の少年。

 

「そんなこと言って、ほんとはレグルスが旨いもの喰いたいだけじゃねーの?」

「お礼したいのは本当だよ。それに、美味しいもの食べるなら、独りじゃなくて誰かと食べたほうが楽しいと思うんだ」

 

そう言って微妙にむくれるレグルスを、杏子はじっと見つめている。

 

「(独りじゃなく、誰かと、か…)」

 

ほんの一瞬何かに思いをはせるかのように目を閉じていた杏子。

 

「よーし、じゃぁレグルスの奢りでパーッといこうぜ! あたしの知ってる店、あるからさ」

「わーい、すっごく楽しみ! ありがとな! 」

 

 

 

しばらくして、風見野のとある古いファミレスに、佐倉杏子とレグルスの姿があった。

 

「どーだ、なかなかいい感じの店だろ? せっかくだから遠慮なく食べたいもの頼ませてもらうよ。えーと…」

 

杏子はメニューを眺め、ある品を探している。

どうやら、この店に来たら必ず頼むメニューがあるようだ。

 

「お、あったあった。しばらくぶりだから手間取ったけど、ちゃんと残っててよかったよ。あたしはハンバーグランチにするけど、レグルス、あんたはどうする?」

「なら俺もそれにしようかな? キョーコのお気に入りなら間違いないと思うんだ」

 

店の中に二人の賑やかな声が響く。

 

「うわー、美味しそう、いっただっきまー…」

運ばれてきた食事にさっそく手を出そうとしたレグルスだったが、目の前の杏子の様子に気が付き、神妙な面持ちになる

杏子が、食事を前に目を閉じて十字を切り、静かに祈りを捧げているのだ。

 

「アテナさま、今日のこの尊いご馳走に感謝をささげます… いただきます」

彼もまた、そっと目を閉じて祈りを捧げている。

 

「あ、つい昔の癖が出ちまった。わりぃなレグルス、待たせちゃって」

 

祈りを終えた二人、目の前の食事に舌鼓をうちつつ、賑やかな歓談を続けている。

 

「ハンバーグって初めて食べた。すごく美味しーね、これ!」

「そうだろそうだろって、ん? 初めて? …ま、いーか。そうやってすごく旨そうに食べてくれて、嬉しいよ。」

 

レグルスの言葉に何か気にかかったことがあるようだが、とりあえず気にしないことにした杏子。

一方、レグルスは何か小声で話している様子の厨房奥に気が付いたのか、視線をたまにそちらに向けている。

何か聞きたそうなレグルスだが、やはり深く詮索することは敢えてせず、出会ったときのことなどを冗談交じりで楽しく話している。

 

 

 

「杏子ちゃん、よかったね。またおいで。待ってるからね」

 

食後のお祈りと会計を終えた二人は、店主の女性の笑顔に見送られ、店を後にした。

 

「えーと… レグルス、今日はありがとな、久々に旨いもの喰えて楽しかったよ。それじゃあたし、寄ってくとこあるから。じゃぁな」

 

一瞬何か躊躇した様子だった杏子だが、笑顔のレグルスに見送られその場を後にした

 

 

「よし、俺も仕事に戻らなきゃ。それにしても、どこを探せばいいんだろう?」

 

 

------------------------------------------

 

 

「ちっ!面倒なことになったな…」

 

とある魔女の結界。無数の使い魔に囲まれ防戦一方になっている魔法少女がいる。

佐倉杏子だ。

 

食事からの帰り道、腹ごなしのつもりで立ち寄った結界。

いつもなら中の様子を慎重に探ったうえで、リスクが高いと判断したら無理せず立ち去っていたのだが、今日はどこか気が緩んでいたようだ。

さっさと魔女を倒してグリーフシードをせしめようと思ったが、あまりにも使い魔の数が多かった。

さらに、数を頼みにヒット&アウェイ戦法で攻めてくるここの使い魔は、槍を得物とし近接戦にはめっぽう強い杏子と相性は良くないようだ。

 

「こんな時、アイツなら…」

 

杏子はとある魔法少女のことを思い出している。

彼女の助けがあれば、数だけが頼みな使い魔など瞬く間に蹴散らされていただろう。

しかしそれは望むべくもない。

もうずいぶん前にその魔法少女とはコンビを解消しているのだ。杏子のほうから一方的に別れを告げる形で。

 

「チッ、なんであいつのことなんか」

 

どうしてこんな時に彼女のことを思い出してしまうのだろう?

自分だけではどうにもならないピンチのせいか?

他人のための願いで魔法少女になった彼女に心を乱されたせいか?

それとも、久々に独りでない、"少しだけ"楽しかった食事のせいか?

 

あたりが眩しい。疲労から視覚がおかしくなっているのだろうか?

独りで生きていくなんて言っていながら、結局はこのザマか、自業自得ってやつかもな… ハハっ…

 

 

「…た!」

 

ん? 人の声? こんなところに誰もいるわけない。誰もあたしを助けに来るはずなんて…

 

次に視界に飛び込んできたのは、凄まじい光とともに切り裂かれている使い魔たちの断末魔だった。

結界に、自分以外の誰かが居る。

 

「まさか… マミか!?」

 

すっかり余裕がなくなっていたせいか、ふと思ったことがそのまま言葉となって出てきてしまう。

 

「えーと、ゴメン、その人じゃないけど。待ってて、今なんとかするから!」

 

気が付くと、傍に誰か立っている。周りが眩しいのは、この"誰か"のせいか?

 

「って、キョーコ! よし、こっちは俺に任せて! キョーコは魔女をお願い!」

 

あぁ、こいつだったのか。そういえば、初めて会った時に言ってたっけ。

 

「言われなくてもやってやるよ! そっちこそ、しくじるなよなっレグルスっ!」

 

力が戻ってくる。魔女相手なら任せておけとばかりに、杏子は再び立ち上がる。

 

 

「キョーコをいじめるな! ライトニング・プラズマ!」

 

周囲の空間を走る、無数の稲妻。

数十、いや、数百は居たはずの使い魔は、瞬く間に切り裂かれていく。

 

目の前には、使い魔を剥がされて無防備な魔女。

ならば、あたしも。

 

渾身の力を振るって槍を繰り出す。

自由に動けるなら、こんな魔女に後れを取ることなんてない。

 

頭から縦一文字に切り裂かれ、消滅していく魔女。

あたりを包む爆風が消えたあとは、いつも通り小さなグリーフシードが残されていた。

 

「今度はこっちが助けられたわ、あんがとよ! 思い出したよ、あんた、黄金聖闘士って言ってたよな。それが何なのか、わかんねーけど」

「もー、ちゃんと覚えておいてよ。困ったときは助け合い、さ。キョーコこそ、魔法少女だったんだね」

「そーさ、調子に乗って使い魔に手こずる程度の、一匹狼気取りな魔法少女さ… って、あんた、魔法少女知ってるのかよ!」

 

レグルスが魔法少女を知っていたことに、驚きを隠せない杏子。

 

「うん、知ってるさ! だって、魔法少女を守るのが俺の任務だから」



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冥衣の矛盾

「次代のアテナさま、暁美ほむらが牡羊座アリエスのムウに託した依頼をご存じでしょうか?」

「セージ、はい、聞いております。ソウルジェムを守るために必要な何かと聞いておりますが…」

「ほむらがムウに依頼したそれは5つ。なんらかの手段により未来を知っているほむらが、必要分をそのように見積もったということでしょう。一方で、今のところ聖域で把握している魔法少女は、暁美ほむら、巴マミ、そして美樹さやか。ということは、暁美ほむらが存在を把握し、生存を企図している魔法少女が少なくともあと2人居る、ということになりますな」

 

あと2人。だとしたら、果たして誰か。

 

鹿目まどか。

彼女は魔法少女たちと接点を持ち、キュウべぇも積極的にアプローチをかけてはいる。

暁美ほむらは彼女の魔法少女化を阻止しようとしているので、本来は対象外のはずである。

ただ、万が一まどかが魔法少女化した場合のことを考えている可能性もあるだろう。

 

では、もう一人は?

 

これから魔法少女になる誰かか?

まだ自分達の前に現れていない魔法少女か?

 

「念のため予備をもっておきたいという可能性はないのでしょうか?」

「いいえ、無駄を嫌い、しかも自らの行動に自信を持っている暁美ほむらのこと。単に予備を欲しているとは思えませぬ」

「では、誰かが新たに魔法少女になるという可能性は?」

「それならば、暁美ほむらはすでにその対象にコンタクトをとるか、監視の対象としていることでしょう。今のところ、その気配はありませぬ」

「ではやはり、まだ現れていない魔法少女が他に…」

「それを探し当てることこそが、レグルスの任務にございます」

 

しかし、見滝原か、それとも広い日本のどこかか? いや、日本に限らないのかも知れない。

 

「ワルプルギスの夜が見滝原を襲うまで、あと3週間、ほむらはそう言っておりました。もしほむらが魔法少女と接触をとってワルプルギスの夜に対処することを考えているのであれば、時間の余裕はあまりないはず。見滝原ではないにせよ、すでに周辺に居る可能性があると考えるべきでしょう」

 

ただ、存在を明らかにしない魔法少女を探すのは容易なことではない。

 

「砂浜でたった一粒の水晶の欠片を探すような…と言ったのは、そういうことだったのですね」

「はい。ただレグルスは我らの中で最も若きゆえ、誰よりも可能性を秘めております。そしてあの者は、たいへん良い目をしております」

「良い目、というと?」

「曇りなき目、と言い換えることもできましょうな。それ故に、見かけや偽りに惑わされることなく真に今後の鍵を握る魔法少女にたどり着くこともできましょう。それに…」

 

セージは、何かに思いを馳せるように目を瞑る。

 

「望みを叶えた魔法少女は、あとは絶望へと転がり落ちていくのが必然。レグルスは、日々光を失いゆく彼女たちを穏やかに照らす光となることでしょう」

 

 

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「ってことはさ、あんた、どこで誰を探せばいいのかもわからないで、ひたすら魔法少女探してたってのかい?」

 

運が悪ければ、何日経っても魔法少女に巡り合うことさえできなかったかもしれない。

それに、仮に魔法少女に出会えたとしても、相手がすんなりとレグルスを受け入れてくれる保証もない。

実際、何人かには相手にされなかったという。

 

「守りたいと心から思える魔法少女を見つけ出し、全力で守り抜くように」

 

なんという抽象的で大雑把な指令。

任務だとはいえ、なんというお人よしなのだろう。佐倉杏子は半ば呆れ顔だ。

 

「でも、おかげでキョーコに逢えたんだよ」

 

出会いはほんとうに偶然だった。

追い払われてもおかしくない状況。

それでも、嘘偽りも、打算も演技もなく、真っすぐに懐に飛び込んでいったレグルス。

だからこそ、固く閉ざされた杏子の心の扉をわずかでも開くことができたのかもしれない。

 

「それにさ、守りたい魔法少女を見つけられたんだから、この任務、もう成功しちゃったようなものじゃないか」。

「あのさぁ、お前…」

 

あっけらかんとしているレグルス。

ただ、彼が結界で見せた強さならば、確かに対象を見つけさえすれば、任務完了といえよう。

その対象が自分というのがどうにも解せないが。

 

自分にとって損か得か? 生きていくために必要か否か? それにばかり拘ってきた杏子。

それが、レグルスと出会ったことで少しづつだが変わりつつある。

誰かと過ごす楽しさ、暖かさ。そう、かつて自分が家族と過ごしていたころ、無意識に感じていた、それ。

とうの昔に失われた、家族と過ごすかのような、ちょっとだけ幸せな時間。

巴マミと一緒に戦っていた頃の、誰かを頼り頼られる喜び。

 

拒絶のようでいて、実は強がり。

杏子の心を冷たく固く覆い尽くしていた鎧が、少しずつ剥げ落ちていくのを感じる。

 

「(あたし、また夢、みてもいいのかな?)」

 

 

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「はぁっ、はぁっ」

 

とある結界で、息も絶え絶えになりつつうずくまっている、美樹さやか。

ここの魔女は、それほど強くなかった。巴マミや佐倉杏子ならばおそらくあっさりと片付けられていただろう。

 

自分が未熟なのはわかっている。今回も、巴マミの助けがあればもっとあっさり終わっていただろう。

でも、マミを呼ばなかった。呼びたくなかった。

今の自分では恭介を守れるかどうかすら、怪しい。

魔女や使い魔に手こずる無様な自分を恭介に見られでもしたら。

その焦りが、さやかを無茶な戦いへと追い込んでいた。

 

グリーフシードを自らのソウルジェムに当てる。

なぜだろう。黒ずんだ濁りは少し薄まる程度だ。

どうして?

マミが同じことをしたときは、もっと綺麗になったのに。

 

ここに居ても仕方がない、帰って休もうか… そう思って立ち上がったさやかの視線の先に、2人の男が映る。

 

 

 

「どうした? そのようなあからさまな尾行。見つからないとでも思ったのか?」

 

早々に気づかれる、さやかの”尾行”。

 

「うん、別に隠れるつもりもなかったしさ。あんたさ、あたしに”強くなれ”って言ったよね」

「そうだな、確かにそう言ったが。それがどうした?」

 

背の高いほうの男が答える。

 

「あたし、強くなりたいんだ。あのさ、よかったら、鍛えてもらえないかな?」

「なぜそれを俺に? お前には仲間が居るのだろう?」

「あんたのほうが、あたしの弱さをよく知ってるよね。弱いからって容赦もしないだろうし」

 

男は、さやかをじっと見つめている。

 

「…仲間に己の弱さを見せたくない、ということか」

「ぎゅぅっ… そんなはっきり言わなくても… まぁ、それもあるけどさ」

 

「…」

男は黙っている。

 

「バレンタイン、今日は鍛錬の日だったな」

「ラダマンティス様、たしかにそうですが、まさか…」

「美樹さやか。死ぬかもしれんが、構わぬな?」

 

一瞬躊躇ったように見えたさやかだったが、何かを決断したかのように顔をあげる。

 

「うん、でも、死なないから。」

「そうか、では、付いてこい」

 

 

どれだけ歩いただろう。

周りの風景は、街から森へ、そしていつの間にか洞窟へと変わっている。

心なしか、あたりの空気が寒い。

遥か遠くからは、風のような、声のような不思議な音が漏れてくる。

いったい自分はどこへ連れていかれるのだろう。

 

「着いたぞ」

 

周りは明るく、ならない。

花どころか、草一本生えていない荒涼とした風景。

暗い空には、星一つ見えない。

 

遥か向こうには小高い山がそびえている。

その頂に向かう一本道を列を成して歩いているのは、人、だろうか?

 

「あれは、亡者だ」

「えっ?」

もう一人の男の言葉に、さやかが振り返る。

 

「…そういえば、自己紹介はまだだったな。私は、天哭星ハーピーのバレンタイン。ラダマンティスさま直属の冥闘士だ」

「バレンタイン…亡者ってことは、ここは地獄ってことなのかな?」

「厳密に言えば違う。ここは、黄泉比良坂。冥界へ至る入り口だ」

「じゃぁ、あの人たちは…」

「あの亡者どもは、あの坂の果てにある大穴から冥界へと落ち、裁きを受けたのち罪を償うことになる」

 

死後の世界。

物語として聞いたことはあったが、実際にこうして見ることになるとは。

にわかには信じられず、さやかは茫然と山の上を眺めている。

 

「そうか、あたしたちもいずれはここにやってくるんだね」

「そうだな、お前たち魔法少女も、場合によってはここに来ることになる」

「え? 場合によって?」

ラダマンティスの言葉に、さやかが思わず聞き返す。

 

「いずれわかることだ、それまでせいぜい生き足掻くがよい… ん、来たな」

 

遠くから駆け寄ってくる、3人の男が見える。いずれも、黒曜石のようなあの美しい輝きの鎧を纏っている。

 

「ラダマンティス様、お待ちしておりました! ん?その娘は?」

「お前たちと共に鍛錬に挑むと言って聞かない、命知らずの魔法少女だ。礼儀だ、名乗るがいい」

「いきなりだね。あたしは、美樹さやか。まだ駆け出しの、ひよっこ魔法少女さ。あんたたちは?」

 

ラダマンティスが魔法少女とはいえただの人間を黄泉比良坂に連れてきことに驚きつつも、3人はそれぞれ名乗りを上げる。

 

「俺は、ラダマンティス様直属の冥闘士、天魔星アルラウネのクィーン」

「同じく、天牢星ミノタウロスのゴードン。ただの人間がか、舐められたものだな」

「同じく、天捷星バジリスクのシルフィードだ。美樹さやかと言ったな。俺たちの鍛錬に参加するとか、お前、正気か?」

 

冥闘士は、108の魔星のいずれかに宿命づけられ、ハーデスの覚醒とともに冥界に集まってきた者たち。

彼らが纏う冥衣(サープリス)は装着者の肉体を作り替え強力な戦士と成すため、冥闘士には本来、特別な修行や資質は必要ない。

しかし、ラダマンティスの直属部隊は、聖闘士ですら恐れをなして逃げ出すほどとされる厳しい鍛錬を己に課すことによって、冥衣に与えられる強さを遥かに上回る、冥闘士の中でも最強クラスの実力を持つに至っているのだという。

 

そんな彼らの鍛錬に付いてこれるのか?

さやかを睨み付ける、シルフィード。さやかも負けじと強い視線で睨み返す。

 

「…本気、なのだな。ラダマンティス様が目をかけるだけのことはあるが、死んでも俺たちを恨むなよ」

 

踵を返して立ち位置へと移動するシルフィード。

どうやらここが鍛錬の場らしい。

 

「最初はシルフィードとゴードンだ。準備はよいな」

合図とともに組手に入る二人。あまりのスピードに、さやかにはいったい何が起きているのかわからない。

ただ、拳のぶつかり合う凄まじい音と衝撃波は伝わってくる。

 

「ゴードン! 拳筋がまたわずかにブレているぞ。肩に力が入りすぎだ。あと、いかなる時も冷静さを忘れるな。シルフィードはもっと視野を広く持て。相手の拳しか見ていなければ、不意を突かれた時に対応できないぞ」

ラダマンティスの檄が飛ぶ。

 

「よし、次はクイーンとバレンタイン!」

ラダマンティスの指示により、二人はすかさず立ち合いを始める。先ほどの二人に輪をかけて激しい打ち合いが目の前で展開されている。

それをじっと見つめている、さやか。

 

「ほう、少しは捉えられるようになってきたようだな」

さやかの視線から、二人の動きをとぎれとぎれながらも追えるようになってきたことに気づいたのか。ラダマンティスの表情にやや驚きの色が見える。

 

「よし、クイーンもバレンタインも、前回に比べ動きがよくなっている。バレンタインは動きが直線的になりすぎること、クイーンは相手の思考の裏をかくことをもっと意識するように」

 

息も絶え絶えの二人が脇に逸れるのを見やりつつ、ラダマンティスが前に出る。

 

 

「次は美樹さやか、前に出ろ。相手はこの俺だ」

 

魔法少女に変身したさやかが歩み出る。

 

「本気でなければ鍛錬の意味がない。お前の全力でかかってこい」

「言われなくてもわかってるさ。いくよ!」

 

刀を手にすると、美樹さやかはラダマンティスに真っすぐ切りかかる。力任せに刀を振り降ろすものの、ラダマンティスはそれを全て見切り、軽々とかわす。

刀の勢いを制御できず、思わずふらつくさやか。

 

「刀の使い方がなっていないな。得物に十分な重量があるならまだしも、お前の刀は薄く軽い。力任せに振り下ろしたところで相手を切り裂くような力は得られない。それよりも、軽さ故の速さと冴えにこそ賭けるべきだろう」

 

そう言うと、ラダマンティスはさやかの刀を奪う。

そして、おもむろに足元の岩を手にすると、それを上に軽く放り投げる。

 

「こうだっ!」

 

落ちてくる岩にあわせて刀を一閃する。

まるで紙のように、真っ二つに切り裂かれて落ちる岩。

 

「うそ…」

 

さやかは茫然として眺めている。

 

「刀の筋、刃の流れがブレないよう、まずはそれだけを意識して、同じようにやってみろ」

 

そんなの無理だよ、と思いつつ、言われたとおりにやってみる、さやか。

刀は岩に弾かれ、痺れるような衝撃が腕に響く。

 

「刀を振り切るその瞬間まで、集中力を切らすな。太刀筋を研ぎ澄ませ」

 

ラダマンティスが事もなげにやってみせたこと。

自分にだってできるんだ、出来なきゃいけないんだ。

 

十回、二十回、百回。

痺れる腕は次第に感覚を失う。

 

「おいおい、魔法少女だかなんだか知らないが、ただの人間には無理だろう、無駄な努力はするな」

 

クイーンが無表情でさやかを止めにかかる。

 

「………!」

 

それでも振り続ける、さやか。

 

無言でさやかの動きを見定めているラダマンティス。

各々鍛錬を続けていたシルフィード達も、いつしか手を止め、無言でその様を見つめている。

 

もう何回続けただろう、そろそろ一息入れたらどうか、とシルフィードが提案しようとした、その時だった。

 

「!」

 

刀筋のあとに、真っ二つになった岩が宙を舞う。

 

黄泉比良坂を包む、一瞬の静寂。

しかしそれはたちまち破られた。

 

「おぉぉっ!!!」

「やったな!美樹さやか!」

 

「うそ…出来た、出来たよ! ありがとうっ!」

 

「ほらな!こいつなら出来ると思ったんだ」

「ったく、クイーンは調子がいいな」

 

さやかに駆け寄るシルフィード、ゴードン、クイーン。

ずっと無表情だった3人の冥闘士たちに笑顔がこぼれる。

つられたのか、さやかの表情にも笑みが浮かぶ。

 

「ほう、お前達の笑顔を見るなど、いつ以来だろうな。美樹さやか、お前も笑うことがあるのか」

バレンタインが少し驚いた表情でつぶやく。

 

たしかに、初めて出会った時から、さやかはずっとぶっちょう面だった。

恭介への思慕が揺らいだ時、佐倉杏子に完膚なきまでに叩きのめされた時。

絶望の一歩手前にあるような状況だったせいか、表情は暗く、口調もいつものさやかとは別人のように荒んでいた。

 

それが今はまるで子供のように、シルフィード達3人とはしゃいでいる。

 

「…… よし、では次だ。この私が相手になろう」

 

低く響き渡る、バレンタインの声。

 

「おい、バレンタイン、少し休ませてからでもいいんじゃないのか?」

「ゴードン、美樹さやかはせっかく感触を掴みかけている。完全に自分のものとするためには、間を空けないほうがよいだろう」

 

それはそうだが、という表情のゴードンだが、さやかを気遣っているのか、明らかに戸惑っている。

 

「そうだよね、一息つけたし、すぐにはじめてもいいかな? バレンタインさん、よろしく」

 

さやかは軽く汗をぬぐうと、バレンタインの前に歩み寄る。

先ほどまでとは違う。目に光が戻り、気力が満ち満ちているようだ。

そんなさやかの表情は、バレンタインを前にたちまち引き締まる。

 

氷のように固い表情。鋭い三白眼。ラダマンティスが"剛"ならば、バレンタインは"冷徹"

はたしてこの男に、人間らしい感情など存在するのだろうか?

 

「よし、来い!」

 

掛け声と同時に、さやかはバレンタインに切りかかる。

先ほどまでとは違い、剣に体を振り回されることはない。

しかし、実力の差はあまりにも明確だ。

バレンタインは冷静に剣筋を見極め、ギリギリでかわすとさやかの肩に拳を打ち込む。

致命傷にならない程度にコントロールされた拳だが、苦痛にさやかの表情がゆがむ。今度はこちらがと反撃に出るが、力み過ぎているせいか動きが固くなり、刀は空を切る。

大きくふらつくさやかの隙を見逃さず、冷静に拳を打ち込むバレンタイン。

 

「美樹さやか、冷静に拳を見極めろ、そして、バレンタインがそうしているように最小限の動きでかわすのだ。そうすれば次の攻撃への展開が開ける」

 

ラダマンティスの声に我に帰るさやか。

確かにバレンタインの動きには無駄がない。無駄がない故に、防御姿勢から攻撃へ移るタイムギャップがほとんどないのだ。

バレンタインの拳が真っすぐに迫る。どのようにかわすか。

真っすぐ、ならば。

さやかはまるでスリップしたかのように体を横にわずかにスライドさせる。右肩に当たるかに思えたバレンタインの拳は、肩をかすっていく。

力を載せていたがゆえに、バレンタインがわずかに体勢を崩すのが見える。

今だ。

さやかは腕を畳んで剣を手元に引き寄せると、振り回さずにそのまま真っすぐ突きにかかる。

 

ギリギリのところでバレンタインは剣をかわす。

さやかの突きは空を切るが、それも見越していたさやかはすぐに体勢を整える。

 

「上出来だ、次は体重移動に気を付けろ。真逆の方向にではなく、すでに得ている加速度と斜交する力を加えることで、致命的な隙、動きが止まる瞬間を生じずに済むのだ」

 

ラダマンティスの言わんとすることを理解する。前から後ろ、右から左ではなく、右から左斜め前方へ、前から右斜めへ。さやかの動きから無駄が消える。

つい先ほどまでは攻め一方だったバレンタインの動きが鈍り始める。トリッキーかつ素早いさやかの動きに対応するために、余裕がなくなっているのだ。

 

「次だ、自分だけでなく相手の動きも利用しろ。利用できるものは全て利用するのだ」

 

屈んで拳を打ち上げようとするバレンタインの姿が目に入る。これを利用するには…

 

体を少し右にスライドさせて拳をかわすと、さやかはバレンタインの腕を掴む。

高く振り上げられたところから、拳の勢いを利用してブランコの要領で体を大きく振り回転させる。

虚を突かれたバレンタインはさやかの動きを追えていない。

そのままバレンタインの背後に回ると、勢いを生かしたまま剣を繰り出す。

 

ガンっ!

 

鈍い音とともに、冥衣に弾かれる剣。

それでも。初めて攻撃を当てた。

 

よし、次の一撃をと思ったさやかに生まれる一瞬の隙。

バレンタインはそれを見逃さなかった。

一瞬で繰り出された拳で、さやかの体は弾き飛ばされる。

宙を舞い、岩壁に叩きつけられそうになったさやか。

すんでのところで彼女を受け止めたのは、ゴードンだった。

 

「あ、ありがとう」

「あ、いや、き、気にするな」

ゴードンはなぜか、明後日の方向を見て答えている。

 

「おい、ゴードン。もしかして、照れているのか?」

明らかに不自然な彼の挙動を見逃さず、クイーンが冷やかす。

 

「すまんな、美樹さやか。冥界はこのとおり女っけが無くってな。ゴードンみたいに初心だと、女の体に触れるだけでも刺激が強すぎたようだ」

そんなクイーンを、さやかは不思議そうな目でじっと見ている。

 

「でもさ、クイーンさん、女の子じゃないの?」

「ちょ!違う!断じて違う。これは、冥衣がそういう名前でデザインなだけで、俺はれっきとした男だ」

 

おそらく、天魔星アルラウネの冥衣が誕生してから無数に繰り返されてきた勘違い。

無理もない。アルラウネの冥衣は胸の造形や丸みを帯びた全身の形態から、女性が着ることが前提になっているとしか思えないのだ。

 

 

「お前達、緊張感が欠けているぞ。今日はここまでだ」

ラダマンティスの声が響く。

 

「美樹さやか、今日身に着けたことを忘れぬよう、地上に戻ってからも鍛錬に励むことだ。そうすれば、お前を叩きのめしたあの魔法少女とそれなりに戦えるレベルにはなるだろう。あとは、もう少し感情の起伏を抑えるように。お前は普段から自分の感情を内に抑え込んでいるのだろう。普段ならそれでも構わぬだろうが、少しでも追い込まれたり余裕が無くなった時に、抑えきれなくなった感情は最悪の形で発現することになる。戦闘中であれば命取りだ。重々心得ておくように」

 

ラダマンティスの指摘はいずれも核心をついている。

 

「まるで長年の付き合いみたいに、あたしの性格まで把握しちゃってるんだね。でも、悔しいけどほんとその通りなんだよね」

「自覚はしているのだな。あとは相手の行動パターンや思考までを読み切ること、そして読めたからといって調子に乗って慢心しないことだ。やらねばならぬことはあまりに多いが、一つ一つこなしていくことが肝要」

「はははっ… そこまで読まれちゃってるんだ。でも、ありがとう、だ…ダヂャマンテス、あ、こめん、ラ ダマンティス。名前言い間違えるなんて失礼だよね。なんだか呼びにくくって」

 

反省することしきりな、さやか。

 

 

「…ぶっ ククっ 」

 

誰かが笑いをこらえているのか。

周りを見回すさやかの視線の先に、思わぬ光景が飛び込んできた。

 

腹を抑えて笑いを堪えている、一人の男。

肩を震わせ、身をかがめて、必死で堪えている。

 

バレンタインだ。

 

「も、申し訳ありません、ラダマンティス様、美樹さやかの呼び間違いがつい、ツボに入ってしまい」

「よい、美樹さやかもバレンタインも悪意があってのことではないのだろう。俺の名前が呼びづらいことは理解している」

 

気にするふうもなく、さらっと流すラダマンティス。

 

「そりゃ、驚くだろうな。バレンタイン、あぁ見えて実は笑い上戸でな。冥界に来たばかりの頃は、ちょっとしたことで笑い出すものだから、ラダマンティス様によく叱られていたものだったな」

呆れ顔のシルフィード。

 

「ところで美樹さやか、そろそろ地上に戻ったほうがいい。神の加護を受けていない人間は、黄泉比良坂に居るだけで肉体と魂にダメージを負い、いずれは死に至るのだ。どういうわけか、お前はそれほど影響を受けていないようだが」

元気そうなさやかを不思議そうに見つめつつ、ゴードンが提案する。

 

「そうだな。これ以上ここに居るのは思わぬ結果を招くかもしれぬ。戻るぞ、美樹さやか」

「ありがとう、シルフィード、クイーン、ゴードン。あたし、ちょっとだけ強くなれたような気がする。もっと鍛えて一人前の魔法少女になるからね」

 

皆に手を振りつつ、ラダマンティスとバレンタインと共に、さやかは黄泉比良坂を後にした。

 

 

「(ラダマンティスだけじゃない。バレンタインもゴードン達も、冥闘士なのに普通に人間っぽいところ、残ってるよね。なのに、なんでみんな、冥界側に居るんだろう…)」

 

ラダマンティスに初めて会った時に感じた疑問が、さやかの中でさらに大きく育ちつつあった。

 



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時を超える思念

243年前のイタリア。

 

静かな森を一人の少女が歩いている。

汚れた衣服はあちこちが破れ、髪はボサボサに乱れている。

足取りは重く、遠くを見つめながら。

まるで漂うようにゆっくりと足を進めては立ち止まり、しばし休んではまた歩き出す。

 

「おなか、すいたなぁ」

 

見えない誰かに話しかけるかのように独り言をつぶやき、少女は空を見上げる。

 

腕には薄汚れた猫を抱え、髪には枯れ果てた花が一輪。

花びらの色が失われてすでに久しいそれは、ヒナギクか。

 

梢から差し込む日差しが痛い。

森を駆け抜けるそよ風でさえも、肌に突き刺ささるように感じられるほどに憔悴しきった少女は、やがて木陰にへたりこむ。

 

喉が渇いた。お腹がすいた。

歩かなきゃ… でも、もう歩けそうにない。

立ち上がらなきゃ… でも、もう立ち上がる力もない。

 

少女は何もかも諦めたかのように、力なく草むらに体を横たえる。

 

 

 

そういえば、わたし、なんでこんなところまで一人で歩いてきたんだっけ?

マリア、どうしてるかな?

村に戻りたいなぁ。

 

そんなささやかな望みをよそに、少女の瞼は閉じていく。

 

全身から力が抜けていく。

 

もういいや… やっと楽になれるのかな…

でも、あと一度だけでいいから、あの人の…竪琴を聞きたかったな…

 

先ほどまでは痛くすら感じられた、そよ風が肌を撫でる感覚も消えていくのを感じる。

 

その時。

誰かが自分の傍らに膝をつき、寄り添っているのに気が付く。

 

「…………」

 

もう長いこと聞いたことが無かったような、優しい声。

消えかけていた聴覚が、その言葉を捉えようと必死に蘇ろうとしている。

 

 

 

「……ぁ あなた、 誰…?」

 

夢か、幻か? あの世の光景なのか?

全てが曖昧になっていくなかで、目の前のそれもまた現実なのかどうか定かではない。

ただ、この世を去る間際、それが何かを知ろうとするくらい、構わないだろう。

ここまで頑張ってきたのだ。せめてそのくらい、望んでもよいはずだ。

 

「………君たち、ずっと頑張ってきたんだね………」

 

誰かの手が、そっと彼女の頬を撫でる。

 

「きみ… たち…… ?」

 

もう永久に開かないかと思われた瞼に、再び光が差し込んだ。

 

-------------------------------------------------

 

「ここの魔女も手強かったわね。ミーメさんたちが居てくれたからとりあえず勝てたけど…」

 

見滝原のとある結界。

 

話しているのは、魔女との戦いを終えた巴マミと二人の神闘士、ジークフリートとミーメだ。

巴マミの日課となっている魔女パトロールは、ここ数日激しさを増していた。

神闘士たちとの特訓を経て見違えるほど強くなった巴マミをもってしても、ここ数日の魔女の強さには閉口気味だ。

 

「…また、別の魔女が現れたみたい。一息つく間もないわね。私、行ってきます」

「待て、私たちも行くが、少しは休め…、おいっ! ミーメ、行くぞ!」

 

再び駆けだしたマミの後を追う、二人の神闘士。

 

 

結界は、商店街の片隅に佇む廃屋にあった。

 

「誰かしら? 中で誰か戦っているみたい。急ぎましょう」

結界の奥へと急ぐと、そこではスピーカーのような形をした魔女と、一人の魔法少女が戦っている。

 

「美樹さん!」

「マミさん、大丈夫、使い魔もあらかた片付けて、あとはこの魔女だけだから」

そういうと、美樹さやかは再び魔女と向き合う。

最小限の動きで巧みに魔女の攻撃をかわすと、流れるような動きで魔女の後ろに回り込み、刀を振るう。

一太刀ごとに体を切り落とされ、深刻なダメージを負っていく魔女。

 

さやかが佐倉杏子になすすべもなく打ちのめされたのは、つい先日のことだった。

それがどうだろう? 今の彼女は経験豊かな歴戦の戦士のようだ。

この数日で、いったい彼女に何があったのか。

なんにせよ、今の美樹さやかなら安心して任せてよさそうだ。

巴マミ達は、少し離れて戦いの様子を見つめている。

 

「マミさん、頼もしい後輩の戦いっぷり、よーく見ててくださいね。よし、これで最後だ!」

そろそろ決着をつけようと、美樹さやかは刀を振り上げる。

あと一振りで魔女は仕留められるだろう。さやかの心が昂ぶる。

 

「さやか!後ろだっ!」

 

結界にジークフリートの声が響く。

勝利を確信して警戒心の緩んでいる美樹さやかの背後にうごめく、小さな影。

それは一瞬のうちに槍のような形に変わり、さやかの背中に突き刺さらんとしていたのだ。

振り向いたさやかだったが、全力を載せた刀筋はそう簡単には止まらない。

間に合うかどうか、とにかくなんとかせねばと駆け出すジークフリートだったが。

 

 

ザスッッ!!!

 

 

切り裂かれて床に落ちる、影の槍。

その傍らに降り立つ、影二つ。

 

 

「ったく、戦いの最中に調子に乗って油断してんじゃねーよ」

 

 

その声に振り返った、美樹さやか、そして巴マミ。その表情には明らかに戸惑いが見える。

立っていたのは、一人は赤い服を纏った魔法少女。もう一人は黄金の鎧を纏った少年だ。

 

「なんだよ、あたしが人助けしちゃダメってか?」

「お前は…?」

「そっか、あんたら二人が神闘士さん? 会うのは初めてだったな。あたしは…」

「佐倉さんじゃないっ!」

 

自ら名乗る前に巴マミに素性を明かされてしまい、ばつが悪そうな魔法少女は、佐倉杏子。

杏子の名を耳にして臨戦態勢に入るジークフリート達。

 

「俺は、獅子座の黄金聖闘士、レグルス。って言っても、243年前のだけどな」

 

少年は、自分で名乗ることができたせいか、少し誇らしげだ。

ただ、杏子はそれが気に食わないのか、レグルスに食って掛かる。。

「レグルスさ~…」

「キョーコだって…」

 

「お前達はいったい何しに来たんだ」

自分達をそっちのけで始まった兄妹げんかのような言い合いに、半ば呆れかえってツッコミをいれるミーメの声で、二人は我に帰る。

 

「ほら、キョーコ…」

なにかを促すように杏子を突っつくレグルスと、何か言いたそうだが言い出せずにモジモジしている杏子。

凶暴で危険な魔法少女、美樹さやかとの一件で焼き付いたイメージとあまりに違う目の前の少女の姿に、ミーメたちもまた戸惑っている。

一人だけ、妙に得意げなマミを除いて。

 

「あのさ… えーと… こないだは…」

 

蚊の鳴くような声でぼそぼそしゃべる杏子。

なかなか本題に入れない様子に、レグルスがさらに杏子の脇腹をつつく。

 

「あんたさ… すごく強くなったんじゃねーか…」

「そうそう… って、ちがう!」

 

レグルスのつっこみが炸裂する。

再びレグルスに促される杏子。

 

 

 

「えーと、さ、こないだは、すまなかったよ…   ごめん…」

 

あまりに意外な言葉に、さやかもジークフリートたちも茫然として立ち尽くしている。

 

「あのさ、謝ってくれた、それはわかった」

「……」

 

「けど、だからってあたしはまだ、あんたを信用できない」

「美樹さん、佐倉さんは…」

「マミさん、あたし、こいつに殺されかかったんだよ。そんなすぐに、ああそうですかって許せるわけないじゃない。今だって油断したらまた襲い掛かってくるかもしれないし」

 

そう言うと、美樹さやかは身構える。

一見すると棒立ちのように見えて、まったく隙のない構え。

武術の心得があるわけでもない普通の少女だった美樹さやかは、いったいどのようにして、わずか数日でここまで戦闘能力を高めたのか。

 

彼女を鍛え上げたのは、レグルスだろうか?

いや、年齢的にさやか達とほとんど違わないレグルスに、それは難しそうだ。

では、誰だろう?

 

 

 

「アイツがここに居るのかっ!?」

突然響いた声に、その場の皆が振り向く。

 

声の主は、杏子の側に立つ黄金聖闘士、レグルスだ。

 

「君に、そしてキョーコにもほんのかすかに纏わりついている小宇宙。間違いない、アイツ…ラダマンティスだ! どこに! どこに居るのっ!」

 

杏子と漫才のような呑気なやりとりをしていた時とはまるで違う。

表情には闘気と怒りが溢れだしている。

 

「……… 見つけたっ!」

 

叫ぶや否や、レグルスの姿は消えていた。

 

「いかん、いくら黄金聖闘士とはいえ、あれほど自分を見失っていては、まともに戦えるはずがない」

「小宇宙を辿れば居場所はわかるはず、ミーメ、追うぞ!」

 

二人の神闘士は、何処かへと駆け出して行ったレグルスの後を追いにかかる。

 

「待って、あたしも行く!」

「誰かと思えば、佐倉杏子か。もし行先が冥界三巨頭、ワイバーンのラダマンティスなら近づくだけでも命の危険がある。連れていくわけには…」

「んなこたわかってる! それでもいいから連れてけって言ってるんだ!」

 

顔を見合わせる、ミーメとジークフリート。彼らの腕をつかんで離さない杏子。

これは置いていったところで必ず後を追ってくるだろう。

 

「わかった、ついてこい。ただ、絶対に無理をするな」

 

3人はそのままレグルスの後を追って走り去っていった。

 

-------------------------------------------------

「遅かったか」

 

3人がたどり着いた、人里離れた深い森の奥。

 

木々があるいは焼け焦げ、あるいは根元から吹き飛ばされた窪地で、黄金と漆黒、二つの影が相対している。

 

「獅子座の黄金聖闘士、アイオリア、ではないな? あまりに若い」

「そうだ、俺はレグルス。父さんをお前に殺された。忘れたとは言わせないぞ!」

「お前の父を、俺が?」

「ラダマンティス様、これはもしかしてヒュプノス様が言っていた、あの件では?」

「前聖戦の聖闘士がうろついている、というあれか、バレンタイン。そういえば、前聖戦の獅子座の名は、レグルス。そうか、お前が」

 

レグルスは怒りのあまり、完全に冷静さを失っている。

 

「お前の父の仇は、243年前のワイバーンなのだろう? 気持ちはわからんではないが、その者は無関係のはず。落ち着くんだ」

 

ジークフリートの声は届かない。

急激に小宇宙を高める、レグルス。

 

「この時を、ずっと待ってた!」

 

レグルスは目の前の黒竜に襲い掛かる。

 

凄まじい勢いで繰り出される拳。

地面は割れ砕かれ、引き裂かれていく木々。

それでもラダマンティスは動じない。

怒りのままに繰り出される拳を、最小限の動きで冷静にかわし、いなしている。

 

その動きに、ジークフリートは見覚えがある。

「(そうか。美樹さやかを鍛え上げたのは、やはり)」

 

「これでは、わけもわからず殴りかかってくる子供ではないか。これで黄金聖闘士とは」

 

纏わりつく蚊を払うかのように、無言で腕を振り払うラダマンティス。

彼の動きが全く目に入っておらず、弾き飛ばされる、レグルス。

 

「っ!!! ライトニング・プラズマっ!」

 

レグルスが反射的に放った拳。数万、数億、いやそれ以上、無数の光速拳が空間を埋め尽くす。

 

「このっ!!! ライトニング・ボルトっ!」

「そのような苦し紛れの拳。どうということもない」

 

またしても、レグルスの拳は事もなげにラダマンティスに受け止められる。

 

「素質はあるようだが、精神も肉体もあまりに未熟。これが黄金聖闘士…つまらぬ、終わらせてもらうぞ」

 

ラダマンティスは、小宇宙を高めていく。

杏子の身に戦慄が走る。

あの時、魔女の結界を木っ端みじんに吹き飛ばした、あの攻撃が来る。

 

「ヤバイっ! 逃げろっ、レグルス!!」

 

杏子の叫び声もまた、ラダマンティスから横溢する小宇宙の渦に掻き消される。

 

「グレイテスト…コーション…グ!!

 

杏子がつい先日見たそれを遥かに上回る、凄まじい衝撃波。

杏子を守らんと、ジークフリートとミーメが彼女の前に出る。

 

 

 

あたりを覆い尽くしていた砂塵は、数分の後、少しずつ晴れていく。

 

杏子は恐る恐る目を開く。

辺りの木々は完全に薙ぎ払われ、一面の荒野と化してしまっている。

幸いにも、杏子自身はかすり傷程度で済んだようだ。

 

目の前には二人の神闘士。

黄金聖闘士に匹敵すると云われた神闘士の守り、そしてオーディーンの加護を受けた神闘衣はその役目を果たしたようだ。

決して無傷ではないが。

 

レグルスは…

 

杏子の目に、黄金の鎧が映る。

自分達とラダマンティスの間に立っている、一人の少年。

よかった。無事… ではなかった。

黄金聖衣こそ無傷だが、肉は裂け、足元には血だまり。レグルス自身は遠目にもわかるほどの深手を負っている。

 

その両腕は、大きく横へと広げられている。

そう、レグルスは、杏子と神闘士たちを庇うために、グレイテスト・コーションをあえて回避せず、まともにその全身に受けたのだ。

3人の無事を確認したのか、彼はゆっくりと、力尽きたかのように膝をつく。

 

「バッキャローっ! レグルス、てめぇどうしてっ!」

「だって、さ… 俺、キョーコを守らないといけないから」

 

息も絶え絶えのレグルス、杏子の声に消え入りそうな声でかろうじて答える。

 

 

「佐倉さんっ!」

 

荒野と化した森に、二人、魔法少女が現れる。

巴マミ、そして美樹さやかだ。

 

「よかった、無事ね、って、これは… 佐倉さん、ここでいったい何が起きたの?」

「マミ、詳しいことは後で… って。 オイっ、ヤバイから早くここから逃げろ」

「え、そんなに慌てて、どうし… !!」

 

杏子とマミ、さやかの視線に、漆黒の鎧を纏ったラダマンティスの姿が映る。

黒曜石のような輝きを放つ冥衣から、再びあふれ始める巨大な小宇宙。

 

 

「わが身を盾にして仲間を守ったか。未熟とはいえその心意気は認めよう」

「なればこそ、戦士に対する礼は尽くさねばならぬ」

 

ラダマンティスは、再びゆっくりと身構える。

 

「これほどの小宇宙、見たことがない。次またあの技が放たれたら、ここにあるもの全てが消滅しかねないぞ」

 

レグルスは… 無言で再び立ち上がると、腕を広げる。

意識はほぼ失われているようだが、それでもまた、自らを盾にするつもりなのか。

 

 

 

「おい、神闘士さんたち。あんたら、まだ動けるかい?」

 

不意に杏子が、ジークフリート達を呼ぶ。

 

「多少傷は負っているが、問題ない」

「そうかい、ほとんど面識ないあんたらに頼むことじゃないとは思うけどさ…」

「頼みとは… お前、まさか」

「なんだ、察しがいいじゃねーか。その、まさかさ。レグルスとマミ、美樹さやか、そいつらを連れて今すぐここを離れてくれないか?」

「それは構わないが、お前はどうするのだ?」

 

答えはわかっている。それでも問うジークフリート。

 

「どうするって、ほんの一瞬でも誰かが時間を稼がなきゃ、ここに居る連中みんな共倒れだろ? まかせとけって」

「待って、佐倉さんだけ置いて逃げられるわけない…」

「マミ、あんた相変わらず甘いな。この状況で切れるカードなんて、1枚しかないだろ?」

 

「………」

さやかは無言で杏子を見つめている。

 

そうこうしているうちに、ラダマンティスは技を放つ体制に入る。

 

「いいからさっさと逃げろって言ってるだろ! 時間がねぇんだ!」

「美しい友情というやつか。ただ、非情に徹することが出来なければ、いずれは倒れることになる。共々逝くがいい。グレイテスト…」

 

 

杏子はラダマンティスの前へ駆けていく。

微動だにしないレグルスをマミ達のほうへ蹴り飛ばすと、自分がラダマンティスの前に立ちふさがり、両腕を広げる。

コンマ数秒でも時間を稼げれば。

せめて技の威力を少しでも受け止めることができれば…

 

 

 

 

 

衝撃が、こない。

音も、ない。

 

そうか、あたしは死んだのか。

死後の世界、静かすぎてつまんねぇけど、しゃーねぇか。

あいつらは逃げられた、かな?

 

 

「…佐倉杏子、呆けているヒマはないわ、はやくここを離れなさい」

「! 誰だ?」

「そんなことは気にしなくていい。あなたを死なせるわけにはいかないの。時間がないわ、どれくらい離れればいいのかしら?」

 

腕に冷たい糸のようなものが巻き付いている。

あたし、死んでない。

杏子の思考が再起動する。

 

「そうだな、100メートル、いや、1キロは離れたほうがいい」

「そう、なら急がなければね。とりあえず巴マミと美樹さやかの腕を掴んで。絶対に手を離さないこと。マミ達が動き出したら、そこの神闘士二人の腕を掴ませ、黄金聖闘士を背負わせなさい」

 

そう言われて杏子はマミの方を見る。

そこには、まるで写真のように動きを止めたマミ達の姿。

歩み寄り腕を掴むと、マミとさやかが動き出す。

 

「佐倉さん、これはいったいどういうこと?」

「わかんねぇよ。けど時間がねぇ、マミ、さやか、行くぞっ」

「………」

 

何者かに促されたとおり、神闘士たち、そしてレグルスを連れ、杏子は走り出す。

 

ラダマンティスは、まるで石像のように微動だにしない。

それだけではない、砕かれた森も。風さえも、何もかもが動かない。

 

とにかくここから離れねば。少しでも遠くへ。

わけもわからず、とにかく走る5人、ジークフリートの背中には瀕死のレグルス。

 

どれほど走っただろう?

荒野から森へ。

充分離れたであろうその時、腕に絡みついていた冷たい感触が消える。

 

あたりの森が動き出すのと時を同じくして、はるか彼方で轟く轟音、そして衝撃波。

砕かれていく森を背に、杏子たちは街を目指し駆けていった。



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登場人物 紹介

増えてきた登場人物について、改めて整理してみました。

鏡で時渡りを出来る24人のうち、これまで10人が二つの時を渡っている。
まだ半分にも満たない、ということは…


 

★人界(現代)

 

・魔法少女

願いを叶えることと引き換えに、キュゥべえと契約を結び、魔女と戦う使命を課せられた存在。

契約によりソウルジェムと呼ばれる宝石型のアイテムがつくられる。

ソウルジェムは魔法少女への変身アイテムであり、魔法少女が戦うために不可欠な魔力を生み出すエネルギー炉の役目も持つ。

 

実際には、ソウルジェムは願いを叶えた代償に魔法少女の体から抜き取られた魂の入れ物であり、魔法少女の本体。

ソウルジェムが無事である限りは魔法少女は不死身に近い存在だが、破壊されると魔法少女は即死に至る。

 

魔法を使用するとソウルジェムには穢れが貯まり輝きが次第に失われていく。

魔女を倒すと得られるグリーフシードにより穢れを浄化できるが、穢れが蓄積し濁りきるとソウルジェムはグリーフシードに変わり、魔法少女は魔女へと変貌を遂げる。

 

 

・魔女

世間に呪いと不幸をばらまき、人間を誘い込み襲う異形の存在。

通常の人間には姿が見えず、ごく一部の強力な魔女を除き、普段は結界に身を潜めている。

魔法少女は魔女を倒すことでグリーフシードを得て、その命を繋いでいる。

 

その実は、呪いと絶望によって濁り切った魔法少女のソウルジェムから生まれる、魔法少女のなれの果て。

人としての感情や記憶は失われている… はずだが、生前で強い絆で結ばれていた魔法少女は、魔女となり果てたあともそれを完全には失わないこともあるらしい。

 

・キュウべぇ

猫のような姿をした小動物だが、人語やテレパシーを操る。

言葉巧みに少女を契約に誘い、魔法少女へと変えている。

魔法少女とのやりとりは一見すると友好的に見えるが、感情を持たないため彼女達との意思疎通は事務的。

自分達に不都合なことは敢えて伝えない、徹底した利己的営業スタイルである。

 

正体は、遠い異星からやってきた「インキュベーター」と呼ばれる存在。

魔法少女が魔女になり果てる際に放出される感情エネルギーを集めることが真の目的である。

 

 

・暁美ほむら

見滝原中学校の2年生(14歳?)。

容姿端麗で歳不相応な大人びた魅力を持つ少女だが、人を寄せ付けない孤高の雰囲気を漂わせている。

基本的には冷静沈着だが、鹿目まどかが関わると冷静さを失うこともしばしば。

見滝原で活動する魔法少女の一人。時間停止の魔法を駆使し、銃火器や爆弾を武器に魔女と戦ってきた。

 

魔法少女になるにあたっての願いは、「鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」。

魔法少女化の運命から鹿目まどかを救うため活動している。

彼女が魔法少女化するたびに1ヵ月の"時間巻き戻し"を行うものの、何度繰り返してもまどかは魔法少女化。

失敗を繰り返すうちに誰も信じられなくなり、孤独な戦いを続けるようになっていた。

 

そんな何回目かのループにおいて、先代のアテナであるサーシャ、そして黄金聖闘士(先代)アクエリアスのデジェルと出会う。

ほむらが内に秘める"約束"に気づき、彼女の意思を尊重して支援するサーシャやデジェルとの交流により、冷たく心を閉ざしていたほむらは、少しずつ心を開くようになっていく。

デジェルとの特訓、黄金聖闘士(当代)アクエリアスのカミュの小宇宙の助けもあり、凍気を駆使する小宇宙に目覚めた彼女は、鹿目まどかだけでなく自らの未来をも思い描くようになり始めた。

恩人ともいえるデジェルに対しては、彼女自身が理解できない"不思議な"感情を抱いている。

 

 

・鹿目まどか

見滝原中学校の2年生(14歳)。

大人しく気弱そうに見えつつ、実は芯の強い少女。

美樹さやか、志筑仁美とは幼い頃からの親友。

本人も知らない間に膨大な因果がまとわりついているらしく、キュウべぇから魔法少女になることを誘われている。

 

暁美ほむらが繰り返したループでは最終的には必ず魔法少女となっていたが、このループではほむらによる妨害や、巴マミが魔法少女の運命に気づいたことにより、今のところは魔法少女化していない。

 

 

・美樹さやか

見滝原中学校の2年生(14歳)。

正義感が強く明朗快活な元気娘だが、生真面目で思い込みが激しい性格を内に秘めている。

鹿目まどか、志筑仁美とは幼馴染。上条恭介には恋心を抱いている。

鹿目まどかとともに、憧れの存在である巴マミの魔法少女体験ツアーに参加、巴マミが魔法少女の運命に気づき止めにかかった時にはすでに魔法少女になっていた。

願いは恐らく「上条恭介の腕の治癒」。

 

上条恭介とともに魔女に襲われた経験から彼を守りたいという意識が強いが、魔法少女としてはまだ経験に乏しい。

そのため、魔女から上条恭介を守れるかすら怪しい自らの力量に劣等感を抱いていた。

そんな中、ふとしたきっかけでハーデス軍のラダマンティスやゴードンなど冥闘士と知り合う。

冥闘士たちとの鍛錬で戦士としての力量をあげつつも、残忍かつ冷酷とされる彼らの中に残る人間らしさに気づき、なぜ彼らが冥界に与しているのか疑問を抱き始めている。

 

 

・巴マミ

見滝原中学校の3年生(15歳)。

先輩然とした振る舞いで鹿目まどか、美樹さやかに尊敬されている、経験豊かな魔法少女。

一方で、長く孤独な戦いを続けてきたために、不安や恐怖で心が押しつぶされそうになっていた。

魔法少女になった時の願いは「生きること」。

 

その後、ジークフリートたち神闘士と知り合い、自らの体にいつの間にか間借りしていた神闘士トールの助けもあって小宇宙を目覚めさせる。

他の時間線では自らの脱落要因となっていた魔女Charlotte(お菓子の魔女)をも撃破する。

彼らとの共闘を経て魔法少女の運命に気づくも、救いの道もあることを察しており、今のところ絶望には至っていない。

 

 

・佐倉杏子

風見野市で活動する魔法少女(14歳)。

盗みでその日の糧を得、グリーフシードを得るために使い魔を見逃すなど利己的な行動をとっている。

元々は貧しいながらも教会の宣教師である父親はじめ家族とともに幸せに生きており、近所のレストラン店主などにも可愛がられていた優しい性格だった。

魔法少女になった時の願いは「皆が父親の話を聴くようになること」。

自らの願いが家族を破滅へと導いたと考えており、それ以降「他人のために魔法は使わない」と心に決めている。

 

槍を得物とし、攻撃能力では最強クラスの魔法少女である。

ハーデス軍の冥闘士ラダマンティスとの偶発的な戦闘でも、その力量を察知して迅速に撤退するなど、状況判断力も優れている。

ふとしたきっかけで先代の獅子座の黄金聖闘士レグルスと知り合った。

彼の天真爛漫ながらも真っすぐな行動にペースを乱されているものの、悪態つきながらも言動に変化が表れ始めている。

 

 

・志筑仁美

見滝原中学校の2年生(14歳)。

日本有数の企業体である志筑コンチェルンの令嬢。

容姿端麗かつおしとやかで心優しい性格であり、クラスの人気を集めている。

当代のアテナである城戸沙織、同じ見滝原に暮らす鹿目まどか、美樹さやかとは幼馴染。

 

上条恭介に恋心を抱いたが、彼の中での美樹さやかの存在の大きさに気づき、恋心を封印。

それによる心の揺らぎのせいか、自宅を魔女に襲わる。

その中で、家族や城戸沙織を守るために無意識ながら積尸気を発動、小宇宙を覚醒した。

当代における唯一の積尸気使いとして先代の教皇セージにスカウトされ、聖闘士への道を歩むこととなる。

 

 

・上条恭介

見滝原中学校の2年生(14歳)。

美樹さやかの幼馴染であり、将来を嘱望される音楽家の卵だったが、事故により左腕の自由を失い音楽への道を絶たれる。

頻繁に見舞いに訪れる美樹さやかとは良好な関係にあるものの、音楽が絡むと周りが見えなくなることがある。

 

見滝原を訪れたジュリアン・ソロ、ソレントと知り合い、彼らの演奏旅行やソレントの音楽に魅せられたことで、将来への希望を取り戻しはじめていた。

彼らと美樹さやかの訪問中に魔女に襲われるも、その直後に左腕が突然完治する。

 

 

・早乙女和子

見滝原中学校で、まどか達のクラスの担任を務めている。

 

 

 

★人界(先代)

・アガシャ

聖域の麓、ロドリオ村で暮らす、花屋の娘。魚座の黄金聖闘士アルバフィカに憧れとも思慕ともつかぬ感情を抱いている。

 

彼女の献身的な働きでジークフリートとミーメは死の淵から回復することができた。

一方、親友のマリアが目の前で魔女化、エリザベスは村を突如去るなど、立て続けに友人の不幸に見舞われている。

魔法少女の存在、そして魔法少女が魔女となり果てる運命を知っている、数少ない人間。

 

 

・マリア

聖域の麓、ロドリオ村で暮らしていた少女。

神闘士ミーメの竪琴に心を癒されるうちに、彼自身へもほのかな恋心を抱くようになっていた。

 

実は魔法少女であり、比較的長きにわたって魔女と戦い続けていた。

魔法少女になる際の願いは「隣国との間に戦争が起きないこと、両方の国で作物がよく実るよう暖かい陽の光がいっぱい降り注ぐこと」

この願いによって、恋した男性が戦争に向かうことを防ぐことはできたが、その男性は隣国の貴族と結婚すると言い残し、彼女のもとを去る。

その後も魔法少女として戦い続けていたが、当たり前のことだが誰も彼女を誉めてくれず、さらに仲間を次々に失うことで少しずつ絶望に囚われていった。

新たに現れる魔法少女たちの輝きに対する羨望と嫉妬を自覚したこと、親友のエリザベスが村を去ったことで絶望が加速、アガシャや神闘士たちの前で魔女化する。

魔女化したのち、イタリアで眠りの神ヒュプノスに囚われ、キュウべぇの1個体とともにいずこかへ連れ去られる。

 

 

・エリザベス

聖域の麓、ロドリオ村で暮らしていた少女。

優しさと気遣いにあふれ、アガシャやマリアのよき友人。

マリアと同様、ミーメにほのかな恋心を抱いていた。

大工であった父親と飼い猫がペストに感染したことをきっかけに村を去り、行方不明となっていた。

 

 

・アローン

テンマ、サーシャと共に孤児院で暮らしていた。サーシャの兄で、テンマの親友。

 

 

★アスガルド勢

・神闘士

北欧の地、古い因習に囚われ一年のほとんどを雪と氷に閉ざされた貧しい国、アスガルド。

そこで、神オーディーンの地上代行者であるヒルダに仕え、アスガルドの地を守護していた戦士たち。

北斗七星を成す星々を守護星としており、それぞれに宿命づけられた鎧、神闘衣を纏う。

当代における神闘士は、アルファ星ドゥベのジークフリートをはじめとする8人。

 

この作品の時間軸の1ヵ月ほど前、海を支配する神、ポセイドンに操られ邪悪へと墜ちたヒルダの指示により、アテナの統べる聖域と戦うこととなる。

アスガルドへやってきた星矢たち青銅聖闘士たちをあと一歩まで追い詰めるも、激戦の中で全員が命を落とした、はずだった。

 

 

・アルファ星ドゥベのジークフリート

神闘士のリーダー格(24歳)。

双頭の竜、ファフニールを模した深蒼色の神闘衣アルファローブを纏う。

神闘士の中でも最強クラスの実力者で、星矢たち青銅聖闘士を5人まとめて相手にして退けるほど。

ポセイドンに操られたヒルダを救うべく、ポセイドンの使者である海将軍セイレーンのソレントを道連れに散ろうとするも、彼を取り逃す。

 

まさに消滅せんとする直前に、何者かの手によって243年前の聖域へと送られた。

自分を襲った事態に戸惑うも、そこで魔法少女の運命を知り、彼女らをその運命から解放すべく再び立ち上がった。

正々堂々とした戦いを好む一方で、熱くなりやすく、アスガルドでの仇敵ソレントを、相手が非武装かつ現在は一般人であるにもかかわらず、容赦なく打ち倒そうとした。

現代の機器の扱い、恋愛など人間の感情の機微にやや疎い。

 

 

・エータ星ベネトナーシュのミーメ

神闘士の一人。

竪琴を模した深紅のエータローブを纏う。

アスガルド随一の勇者フォルケルの息子、ということになっているが、実際はフォルケルが倒した戦士の遺児を引き取って育てたもの。

それを知ったことによりフォルケルを殺害、その後は愛や友情を軽蔑して生きていた。

光速拳を自在に操り、神闘士の中ではジークフリートに勝るとも劣らない実力者。

 

アスガルドでの戦いで聖域の青銅聖闘士、フェニックス一輝と対峙、父フォルケルへの愛を思い出し、一輝たちにアスガルドの未来を託して散った、はずだった。

ジークフリートと同様に243年前の聖域に送られ、魔法少女たちのため立ち上がることとなる。

ジークフリートよりもやや冷静、かつマイペースで他者とは積極的にコミュニケーションをとらない性格だが、巴マミの小宇宙覚醒に手を貸すなど、あまり抵抗なく魔法少女たちと付き合っている。

巴マミの言動に振り回されたりジークフリートのフォローに手を焼くなど、苦労人の要素も開花しつつある。、

 

 

・ガンマ星フェクダのトール

北欧神話における毒蛇、ヨルムンガンドを模したガンマローブを纏う神闘士。

アスガルドの戦いでは青銅聖闘士、ペガサス星矢と対峙したことをきっかけにヒルダの豹変を確信、星矢たちにアスガルドを託し倒れた。

 

死して後、魂のみが日本の見滝原にたどり着く。

そこで出会った巴マミの小宇宙覚醒に手を貸しつつ、彼女の肉体に間借り中。

心優しい性格で、マミとの"同居"にあたっては相当に気を使っている様子。

 

 

・ポラリスのヒルダ

当代において、アスガルドの神、オーディーンの地上代行者を務める少女(16歳)。

アスガルドを統治しつつ、祈りを捧げることで北極海の氷が融けることを防いでいる。

海皇ポセイドンにより黄金の指輪ニーベルンゲンリングをはめられたことで邪悪に心を囚われ、地上を支配するために伝説の七人の神闘士を甦らせた。

星矢たちにより指輪を破壊されたことで正気に戻るが、時を置かずして復活したロキによりワルハラ宮にフレアとともに閉じ込められている。

 

 

・フレア

ヒルダの妹。明るく快活な少女だが、アスガルドの戦いにおいて幼馴染の神闘士、ベータ星メラクのハーゲンを失う。

現在はヒルダとともにアスガルドのワルハラ宮に幽閉されている。

 

 

・リリヤ

243年前のアスガルドで地上代行者を務めている少女。

未来の世界において時空に起きている異常、そしてその原因が日本にあることを、探索に来ていた黄金聖闘士、アクエリアスのデジェルに伝えた。

なぜ彼女が未来の状況を把握していたのかは、不明。

 

 

・ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド

北欧に古くから伝えられる神々。

ウルズは過去を、ヴェルザンディは現在を、スクルドは未来を司る。

ジークフリート達が「傲慢かつ不完全な文明がもたらした歪」により243年の時を遡らされたことを、アスガルドに潜入していたデジェルに伝えた。

時渡りを可能とする鏡は、スクルドからデジェルに託されたものである。

 

 

 

★聖域勢(現代)

・城戸沙織(アテナ)

冥王ハーデスとの聖戦に備え、地上に降臨した女神アテナ(13歳)。

聖闘士たちの先頭に立って敵の本拠に乗り込むなど、武闘派な女神。

 

世界屈指の企業「グラード財団」の総帥と、聖域を統べるアテナとの兼業、そして魔法少女への支援と多忙な日々を送っている。

志筑仁美の幼馴染。

アテナとして振る舞う時以外は普通の少女の顔も見せ、個性豊かな聖闘士たちと魔法少女が織りなす人間模様を楽しんでいる。

 

 

・黄金聖闘士

アテナを守護する聖闘士88人の中でも最強の存在。

黄金聖衣を纏い、黄道12星座と同じく12人で構成される。

光速に達する拳をもち、五感剥奪、次元を操るなど多彩かつ圧倒的な実力を持つ。

13年前に発生したサガの乱、アテナと彼女が率いる星矢たち青銅聖闘士との戦いにより、12人中6人までが命を落としている。

 

 

・牡羊座(アリエス)のムウ

聖域の白羊宮を守護する。20歳。

アジアの奥地、ジャミールの出身であり、聖衣の修理も担当する。

冷静沈着で理知的だが、それゆえに直情径行な他の聖闘士と意見がぶつかることがある。

 

デジェルとほむらを日本から聖域にテレポートさせるなど強大なサイコキネシスの能力を有する。

常に優雅な微笑みを絶やさないが、暁美ほむらからの手間のかかる依頼に「人使いが荒い」と返したり、アテナからも隠れた別人格を察知されかけている。

 

 

・双子座(ジェミニ)のサガ(未登場)

双児宮を守っていた黄金聖闘士。28歳(没年齢)。

黄金聖闘士の筆頭格で教皇候補となっていたこともある。

神の化身とうたわれる善の心の裏に悪の心が同居しており、13年前に前教皇シオンを殺害、自らが教皇になりかわっていた。

聖域へ攻めあがったアテナと星矢たち青銅聖闘士たちによって倒されたという。

 

 

・獅子座(レオ) のアイオリア

聖域の獅子宮を守護する。20歳。

正々堂々とした、策略を好まない真っすぐな性格であり、星矢たち青銅聖闘士のよき先輩となっている。

その一方で直情径行なところもあり、ミロとともに脳筋扱いされることも。

 

 

・乙女座(バルゴ) のシャカ

聖域の処女宮を守護する。20歳。

「最も神に近い男」と呼ばれ、黄金聖闘士の中でも最強クラスの実力者。

冷静沈着で感情を表すことはほとんどない。

また、幼い頃から神仏と対話している、時空を行き来する、フェニックス一輝と相打ちになり消滅しても何事もなかったかのように戻ってくる、など人間離れした逸話を多く持つ。

 

魔法少女たちには積極的には関わってこないものの、暁美ほむらが何か重大な秘密を隠していることには気づいている模様。

 

 

・天秤座(ライブラ)の童虎

聖域の天秤宮を守護する。261歳。

実は243年前の聖戦を生き残った2人の聖闘士のうち1人。

当時のアテナであるサーシャからハーデス軍108の魔星にかけられた封印を監視する任務を与えられ、243年間にわたり中国五老峰、廬山の滝に座している。

 

243年前の青銅聖闘士ペガサス座テンマの師である。

また、243年前の聖域に送られたミーメを発見、いち早く保護し、何かと気遣うなど面倒見のよいカラッとした性格。

 

 

・蠍座(スコーピオン)のミロ

聖域の天蠍宮を守護する。20歳。

情に篤い一方で気性が激しく、曲がったことが大嫌いと、アイオリアと並ぶ脳筋枠。

敵に対しては容赦しないが、一度認めた相手には誠実かつ絶対的な信頼を寄せる。

 

聖域での特訓を望む暁美ほむらを止めようとするも、彼女の覚悟を認め、小宇宙に覚醒した時に役立つよう、ほむらの星命点に何かを撃ち込んだ。

 

 

・水瓶座(アクエリアス)のカミュ

聖域の宝瓶宮を守護していた聖闘士。20歳(没年齢)

絶対零度にほぼ達する氷の闘技の使い手であり、黄金聖闘士の中でも最強クラスの一人。

青銅聖闘士、氷河の師でもあり、サガの乱において氷河と対戦、彼を究極の小宇宙セブンセンシズに導きつつ自らは氷河に倒された。

 

243年前の水瓶座の黄金聖闘士デジェルと暁美ほむらの特訓が宝瓶宮で行われた際には、宮に残された彼の小宇宙を通じて、ほむらが小宇宙に目覚めるきっかけを作った。

 

 

 

・白銀聖闘士

聖域の中核となる戦力を成す聖闘士。

白銀聖衣を纏い、24名からなる。

マッハ2~5程度の拳を持ち、黄金聖闘士には及ばないものの、青銅聖闘士との実力差は圧倒的である。

サガの乱において聖域側の主戦力として星矢たちと戦い、12人が倒されるに至った。

 

 

・鷲星座(イーグル) の魔鈴

白銀聖闘士の一人であり、星矢の直接の師。16歳。

普段は聖域の守りを担っている。

 

聖域を訪れたアルバフィカの求めに応じ、かつての同胞だった白銀聖闘士、アステリオンの在りし日の在りようを伝えた。

 

 

・猟犬星座(ハウンド) のアステリオン(未登場)

白銀聖闘士の中でも有数の実力を持つ。16歳。

魔鈴をはじめ他の聖闘士たちからも信頼されていた。

偽教皇サガの命令により星矢たちを討伐するため日本を訪れ、星矢たちを追い詰めるも魔鈴に敗れた。

聖域に戦いの顛末を伝えるよう魔鈴に送り出され、聖域にたどり着いたのち絶命したと思われていた。

 

実際には、何者かの手により死の直前に243年前の聖域に送り込まれていたものの、すでに手遅れの状態であり直後に亡くなった。

 

 

 

・青銅聖闘士

青銅聖衣を纏う聖闘士で、48名からなる。

拳の速度はマッハ1程度と聖闘士の中では最下級だが、通常の人間とは比べ物にならない圧倒的な強さを持つ。

白銀聖闘士のサポートが任務だが、星矢たち5人のように黄金聖闘士と互角に渡り合う実力を秘めた者もいる。

 

 

・天馬星座(ペガサス) の星矢

明るく正義感の強い性格の青銅聖闘士。13歳。

日本で城戸沙織を守る青銅聖闘士たちのリーダー格。

 

 

・龍星座(ドラゴン) の紫龍

城戸沙織を守る青銅聖闘士の一人。14歳。

義理堅く誠実な性格であり、青銅聖闘士たちの中では参謀としての役割も担っている。

 

 

・白鳥星座(キグナス)の氷河

城戸沙織を守る青銅聖闘士の一人。14歳。

冷静沈着で寡黙だが、実はかなり熱しやすい性格。

少々天然がはいっているが、本人は"クールであること"を自らに課している。

 

 

・アンドロメダ星座 の瞬

城戸沙織を守る青銅聖闘士の一人。13歳。

闘いを好まない心優しい性格で、戦いのさなかに感傷に囚われ攻撃の手が緩むほどだが、いったん腹を決めると容赦ない。

デジェルとほむらの間に流れる奇妙な空気に気づくなど、浮世離れした聖闘士の中では最も一般人に近い感性を持っている。

 

 

・鳳凰星座(フェニックス) の一輝(未登場)

城戸沙織を守る青銅聖闘士の一人。15歳。

青銅聖闘士どころか全聖闘士の中でも最強クラスの実力を持っている。

アスガルドでは、ミーメやジークフリートとも激戦を繰り広げ、ミーメが本来の優しい性格を取り戻すきっかけとなった。

ミーメが巴マミに言った、「希望をもって闘えば、どんな夢も叶えられる」は、一輝が息絶えようとしていたミーメにかけた言葉。

馴れ合いを嫌う性格であり、今のところ姿を見せていない。

 

 

・辰巳 徳丸

城戸家の執事。32歳。

言動は乱暴ながらも城戸沙織や星矢たちから信頼されている。

 

 

・ブラックドラゴン

暗黒聖闘士(私利私欲のために聖闘士の力を使ったため聖闘士の称号を剥奪された、ないし与えられなかった者たち)の一人。15歳(没年齢)。

紫龍と同じ龍星座の暗黒聖衣を纏、暗黒聖闘士の中でも最強クラス。

愛や友情を信じていなかったが、実際には実兄である“伏龍”が倒されたことに動揺するなど人の心までは失っていなかった。

血止めの真央点を突いて紫龍の命を救ったのち、力尽きた、はずだった。

何者かの手により死の直前に243年前の聖域に送り込まれていたものの、アステリオン達と同様すでに手遅れの状態であり直後に亡くなった。

 

 

 

 

★聖域勢(先代)

・アテナ(サーシャ)

この時代のアテナ。14歳。

人間として普通の家庭に生まれ、テンマやアローンと孤児院で貧しくも幸せに暮らしていたところ、アテナとして聖域に引き取られる。

優しさときめ細やかな心遣い、勇気を併せ持っているが、人間として暮らしている時間が長かったためか、少女らしく他人の恋愛に心ときめくなど、感性は人間のそれに近い。

 

 

・牡羊座(アリエス)のシオン

黄金聖闘士の一人。18歳。

ハクレイを師とし、童虎の親友でもある。

聖域では聖衣の修復も担当し、ジークフリートとミーメの神闘衣の修復にあたっては自らの血を提供した。

前聖戦後は教皇として聖域の再興に尽くすも、230年後、サガによって倒される。

 

 

・蟹座(キャンサー) のマニゴルド

黄金聖闘士の一人。25歳。

教皇セージを師とする積尸気使い。

ダーティな言動が目立つが実力は高い。

 

 

・獅子座(レオ) のレグルス

黄金聖闘士の一人。15歳。

天才的な才能を持つ一方で、幼少期に父をラダマンティスに殺害された。

 

現代では見滝原周辺での魔法少女探索と護衛を任務としている。

天真爛漫かつなんの打算もなく真っすぐにぶつかっていったことが功を奏したのか、佐倉杏子との間に不思議な友好関係を築きつつある。

現代にて冥界3巨頭ラダマンティスの存在に気づき暴走、我を忘れた状態で戦いを挑むが重傷を負う。

 

 

・天秤座(ライブラ)の童虎

黄金聖闘士の一人。18歳。

明るく陽気で豪快な性格。テンマの師でもある。

243年前の聖域に送られてきたミーメを真っ先に発見、その後も事あるごとに彼らの世話を焼いている。

 

 

・蠍座(スコーピオン)のカルディア

黄金聖闘士の一人。22歳。

言葉遣いは乱暴だが、その実は友情に篤く面倒見のよい性格。

デジェルの親友でもある。

 

 

・射手座(サジタリアス) のシジフォス

黄金聖闘士の一人。29歳。

心優しくも統率力に優れる、聖闘士のリーダー格。

 

 

・水瓶座(アクエリアス)のデジェル

黄金聖闘士の一人。22歳。

凍気を自由自在に操り、最強クラスの聖闘士の一人。

守護する宮に膨大な蔵書をもち、強いだけでなく博識かつ理知的な性格。

 

現代の聖域に派遣されると、暁美ほむらの存在に注目。

魔法少女として彼女が抱えている様々な謎や秘密を論理的に解析するとともに、彼女の小宇宙覚醒にも貢献した。

誰も信用しようとせず独りで全てを背負おうとしていたほむらの信頼を得る。

彼女にとって戦いの師とも言える存在であるとともに、"表現しがたい不思議な感情"を持たれている。

 

 

・魚座(ピスケス) のアルバフィカ

黄金聖闘士の一人。23歳。

誇り高くも人への気遣いを忘れない優しい性格。

アガシャにも慕われているが、ある理由から敢えて彼女や他人を遠ざけている。

童虎とともに、243年前の聖域に送られてきた神闘士たちの世話係として彼らの復帰に大きく貢献した。

 

現代では、243年前の聖域に送られてきた戦士たちの現代での生き様を調べるとともに、日本で隠密に活動する冥界勢の探索も担っている。

 

 

・教皇(セージ)

教皇の重責を担う。243年前の聖戦の生き残りであり、ハクレイの双子の弟。かつては蟹座の黄金聖闘士であった。

現代の聖域と協力して魔法少女を支援するとともに、神闘士たちが聖域へ送られるきっかけとなった現象を探っている。

また、暁美ほむらが何か重大な秘密を隠していること、聖域と冥界が神代から続けてきた聖戦に魔法少女が関与している可能性に気付いており、隠密裏に調査を進めている。

 

 

・祭壇座(アルター) のハクレイ

白銀聖闘士の一人。243年前の聖戦の生き残りで、セージの双子の兄。教皇を補佐する役目を担う。

現代の聖域との協力関係を築くために243年後(現代)の聖域を訪れ、聖闘士たちの指揮をとっていた。

積尸気冥界波により魔女を魔法少女に戻す可能性も探りつつ、神闘士たちが243年前の聖域に送られてきた背景を探っている。

 

 

・天馬星座(ペガサス) のテンマ

青銅聖闘士の一人。15歳。

サーシャ、アローンと共に孤児院で暮らしていた幼馴染。

ジークフリートたち神闘士たちと信頼関係を築きつつ、サーシャの護衛として現代の聖域を訪れる。

 

 

 

★冥界(当代)

・冥闘士

冥王ハーデスを守る108人の戦士。

悪魔や魔獣、幻獣や精霊に由来する108の魔星に宿命づけられ、それらを模した鎧「冥衣(サープリス)」を纏う。

冥界で活動するが、彼ら自身は地上に生を受けた人間である。

 

 

・天猛星ワイバーンのラダマンティス 

冥闘士の中でも最強を誇る三巨頭の一人。23歳。

実直かつ誇り高い性格であり、冥闘士たちからの信頼が厚い。

 

ヒュプノスの命により日本で魔法少女への接触と監視を行っている。

佐倉杏子に襲われている美樹さやかに遭遇、命令に背くとわかっていながら彼女を助けた。

さやかの特訓に付き合う、叱咤しつつもアドバイスを行うなど、さやかとの間には奇妙な縁が生まれている。

 

 

・天哭星ハーピーのバレンタイン

ラダマンティス直属の冥闘士。20歳。

冥闘士の中でも最強クラスの実力を持つとともに、彼に絶対的な忠誠を向けている。

さやかとの鍛錬を通じて、彼女の戦士としての力量向上に貢献。

無表情かつ強面だが、実は笑い上戸だったらしい。

 

 

・天捷星バジリスクのシルフィード。19歳。

・天牢星ミノタウロスのゴードン。20歳。

・天魔星アルラウネのクィーン。19歳。

ラダマンティス直属の冥闘士たち。バレンタインと同様、冥闘士の中でも最強クラスの実力を持つ。

ラダマンティスに絶対的な忠誠を向けている。

美樹さやかとの合同鍛錬には当初は否定的だったが、ひたむきに鍛錬を続ける彼女の姿にふれ、鍛錬の成果が現れた時にはさやかと一緒に喜んでいた。

 

シルフィードは3人の中ではリーダー格で、責任感の強い性格。

クイーンは3人の中では最も冷徹で任務に忠実。自分の冥衣が女性型であることには納得いかないところがあるらしい。

ゴードンは豪快だが短気な性格、女性に耐性がないらしい。しかし反射的にさやかを守りに動く、さやかの疲労を気遣い休憩を提案するなど、彼なりに彼女に気を使っている。

 

 

・パンドラ

冥闘士たちを統率する、冥界の女主人。16歳。

ハープの音でラダマンティスに懲罰を加えるなど、冥闘士を服従させる絶対的な力を持つ。

冥闘士たちと同じく人間。

 

 

・ヒュプノス:眠りを司る神

はるか神話の時代からハーデスを補佐する、双子神の一柱。

金色の髪と瞳をもち、眠りを司る。

冷静かつ慎重、無駄な殺生を好まないなど落ち着いた性格。

 

パンドラとラダマンティスに、魔法少女への接触と監視を任務として与えているが、何を意図しているのかは不明。

 

 

・冥王ハーデス(未登場)

冥界を統べる王。

 

 

★冥界(先代)

・天貴星グリフォンのミーノス

冥界三巨頭の一人。死者を裁く「裁きの館」を司る。

秘密を知った部下を容赦なく切り捨てるなど、酷薄で冷徹な性格。

 

 

・天英星バルロンのルネ

ミーノスの部下であり、裁きの館では死者を裁く裁判官となっている。

 

 

・ヒュプノス:眠りを司る神

眠りの神。

神闘士たちの前に現れ、圧倒的な力で神闘士たちを退け、マリアの魔女とキュウべぇをいずこかへ連れ去る。

 

 

・冥王ハーデス

冥界を統べる王。

 

 

★海界(現在)

・ポセイドン

海界を統べる神。かつて、ヒルダを操って世界を大海嘯により滅ぼそうとしていた。

現在はアテナにより封印されている。

 

 

・ジュリアン・ソロ

ポセイドンが現界した際に依り代とした、ギリシャの大富豪の青年。16歳。

現在は、ポセイドン時代の罪を知ってか知らずか、大海嘯により被害をうけた世界中の人々を慰問する旅を、ソレントとともに続けている。

 

 

・海将軍(ジェネラル)

ポセイドンを支える戦士(海闘士)の中でも最強の7人。

黄金聖闘士に匹敵するとも言われ、大海を支える7本の柱を守護している。

聖闘士たちの聖衣に相当する、「鱗衣」(スケイル)を纏っている。

 

 

・海魔女(セイレーン)のソレント

ジュリアン・ソロとともに慰問の旅としてフルートの演奏旅行で世界中を回っている。16歳。

かつてはポセイドンに仕える7人の海将軍の中でも最強格で、南大西洋の柱を守護していた。

 

演奏旅行の途中で、さやかや恭介たちと知り合い、恭介が再び未来に希望を持つきっかけとなる。

ポセイドンが封印された現在でも、さやかたちを襲った魔女を鱗衣なしで倒すほどの実力を有する。

ただ、自らが海将軍であったことはジュリアン・ソロには秘密にしている。

アスガルドでの一件によりジークフリートとは因縁があり、見滝原で彼に遭遇した際には、罪の意識からか敢えて抵抗しなかった。



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無限を超える大罪

「おい!しっかりしろ、死ぬんじゃねぇぞ!」

 

必死の形相で叫んでいる、佐倉杏子。

黄金の聖衣を纏った少年は、力なく横たわっている。

 

どうにかラダマンティスから逃れた杏子たちは、巴マミのマンションに身を寄せていた。

 

回避も防御もせず、グレイテスト・コーションの威力をまともに受けたことの代償は大きかった。

結果、杏子たちを守ることはできたものの、彼自身は深手を負うことになってしまった。

 

ミーメの手当により出血は止まったものの、レグルスは意識を失ったままだ。

佐倉杏子は、自らの魔力でレグルスの回復を試みる。

見た目にも濁りを深めていくソウルジェムだが、杏子はそんなことも意に介さず、魔力をレグルスに注ぎ込んでいる。

深い傷口は、少し、また少しと塞がろうとしているものの、如何せん傷が大きすぎる。

 

「これでも足りないっていうのかよ! それならありったけ注ぎ込んでやるっ!」

 

赤く、赤黒く光始める杏子のソウルジェム。

魔力を最大限まで高めたことで、治癒の速度はほんの少し上がっているようだ。

しかし、ダメージの大きさに比べれば気休め程度にすら思えてくる。

 

「アタシじゃ何の役にも立てないっていうのかよ… また、またアタシは救えないってのかよ…」

 

杏子の目からあふれ出す、涙。

ソウルジェムは限りなく闇に染まっている。

今にもソウルジェムからあふれ出しそうな、呪いの渦。

巴マミは後ろからそっと近づき、グリーフシードを杏子のソウルジェムにあてる。

無力感に打ちひしがれ、それに気づくことすら出来ない杏子。

 

わずか数日だが、レグルスと過ごした記憶が杏子の脳裏を駆け巡る。

 

ラダマンティスの元からどうにか逃れた直後の、緊張感の欠片もないけれど、なぜか楽しかった出会い。

貧しくも楽しく過ごしていた頃を思い出せた、食べることの楽しさを思い出せた、あのレストラン。

含むところの無い、心の底から溢れてくるそのままの笑顔を思い出せた日々。

ちょっとだけ、血は繋がっていなくてもなんだか家族みたいだなと思い、くだらないことで笑いあっていた、目の前の少年。

 

 

そんな杏子の傍らに、歩み寄る誰か。

 

「…あんた、何する気だ?」

 

涙で霞んだ杏子の視界に、一人の少女が映る。

無言で近づいてくると、少女は静かに杏子の傍らに膝をつく。

 

「見てられなくってさ。こういうの、あたしのほうがちょっとだけ得意だから、手伝わせてよ」

「手伝うって… さやか、あんた…」

 

力なく自分を見つめる杏子の肩を軽くたたくと、さやかはレグルスの胸に掌をかざす。

さやかのソウルジェムから放たれる青い光が、血の気のないレグルスの顔を、黄金聖衣を照らす。

 

「!」

 

手の施しようがないかに思えたレグルスの傷は、みるみるうちに回復していく。

青白く、冷たく冷え切っていた肌や唇には赤みが再び差しはじめていく。

その様子を茫然と眺めている、杏子、そしてマミ達。

 

 

やがて、さやかはおもむろに立ち上がる。

 

「自分に回復魔術かけるのとは勝手が違うけど、これである程度、傷は治ったと思う」

 

レグルスは?

杏子の視線の先には、まるで眠っているかのように静かに横たわる少年が居た。

先ほどとは違い、顔には生気が戻っている。

ただ、起き上がる気配はみえない。

 

「小宇宙が酷く消耗しているからだろう。それを補うことさえ出来れば、彼ほどの男、再び立ち上がることが出来るはずだ」

 

そう言いながら立ち上がり、レグルスの傍らに歩み寄るのは、ジークフリートだ。

 

「レグルスはおそらくこれから、本当の親の仇と戦うことになるだろう。それまで死なすわけにはいくまい」

 

ミーメもまた、レグルスの傍らにしゃがみ込む。

自らの小宇宙を分け与えるため、静かに小宇宙を高めていく二人。

 

 

「なぁ、あんたにあんなことしたあたしが、言える義理でもないけどさ…」

 

少し落ち着きを取り戻した杏子は、傍らに立っているさやかの方へ向き直る。

立ち上がろうとするが、魔力を消耗しているせいか、瞳に力はなく、そのまま再び膝をつく。

弱弱しく、息も絶え絶えながら、杏子は言葉を絞り出していく。

 

「レグルスを助けてくれて、ありがとうな」

 

さやかもまた、杏子をじっと見つめている。

 

「あんなの見せられて、何にもしないわけにいかないじゃん。戦いの真っ最中に調子に乗っちゃうへっぽこだけど、これでも正義の味方なつもりだし。別にあんたを許したわけじゃないけどさ」

「そうだよな…」

 

杏子は体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。背筋を伸ばし、ゆっくりと正座で座りなおす。

 

「さぁ、煮るなり斬るなり、好きにしてくれ。あんたの気の済むようにしてくれていいからさ」

 

そう言うと、杏子は覚悟を決めたかのように目をつむる。

 

「それなら… 覚悟はいいかい?」

 

さやかは刀を手にすると、それを高く振り上げる。

 

「美樹さん!ダメっ! 佐倉さんはっ…」

 

マミの止める声をよそに、全力で振り下ろされる刀。

 

 

ガンっ!

 

 

鈍い音があたりに響き渡る。

座っていたところから数m吹っ飛ばされた杏子。

頬は赤く腫れ、わずかだが血がにじんでいる。

 

「あんた…」

 

杏子は頬を押さえることもなく、ゆっくりと起き上がる。

 

「気は済んだかい? 痛かったでしょ。これでおあいこ、後腐れ無しってことでいいよね?」

 

刀を鞘に納めつつ、さやかが答える。

さやかは、刀の刃の部分ではなく、胴の部分で杏子を思いっきり打ち据えたのだ。

 

「あぁ、ありがとな」

 

ふらつきながらも、何かを吹っ切ったかのように立ち上がる、杏子。

 

 

「そちらももうよさそうだな。レグルスはもう大丈夫だ。小宇宙が馴染むまでしばらく安静にしている必要はあるが」

 

そうなるのがまるでわかっていたかのように、ジークフリートとミーメは事もなげに立ち上がる。

 

「レグルスは、見滝原に出没している冥界三巨頭の一人と偶発的な戦闘状態に陥った。神闘士や魔法少女を守るために盾となり、立派に役目を果たした。 それでいいな? マミ」

「ジークフリートさん、えぇ、そうね。レグルスさんは、冥闘士と出くわして窮地に陥っていた私たちを助け出してくれた、そういうことよね」

 

ジークフリートは、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。

 

 

「親の仇、か…」

 

去り際、誰にも聞こえないような小声で、独り言をつぶやくミーメ。

 

「…」

 

それに一人気がついて見上げた杏子をよそに、神闘士たちは去っていた。

 

-------------------------------------------------

 

「ルネ、獣からは何か情報を引き出せましたか?」

 

243年前の冥界、裁きの館の奥の間、地下牢を思わせるような小部屋に、男の冷酷な声が響く。

 

「これはミーノス様。いえ、いくら締め上げても全く効いていないのか、一向に」

 

半ば呆れたかのような声で、ルネと呼ばれた男が答える。

 

「君たち、いつまでこんな無駄なことを続けるつもりだい? ボクには感情はないからいくら拷問されても怖くはないし、もし死んでも他の端末が動き出すだけなのに」

 

無機質に答えるのは、キュウべぇ。

マリアの魔女と共に、イタリアで眠りの神ヒュプノスに捕らえられた個体だ。

冥界に落ちてきた人間の罪を明らかにし、冥界での行先を決定する役割を持つ、第1獄、裁きの館。

キュウべぇから情報を引き出すのであればここが適任だろうということで、ヒュプノスはキュウべぇをここに預けたのだ。

 

「全く、私たちとてヒマではないというのに、眠りの神の興味本位な行動に付き合わされる身にもなって欲しいものだ」

 

嘲笑交じりに、ミーノスが呟く。

冥界三巨頭の一人、天貴星グリフォンのミーノス。

美しい銀髪と落ち着いた言葉遣いから漂う気品。

一方で、強大な力と酷薄さ、そして弱者に対する徹底的な無慈悲さで、冥闘士たちにも畏れられる男だ。

 

「しかしミーノスさま、ハーデス様の側近たる双子神の命令、もし果たせなければ私たちとてただでは済まないでしょう」

「冥闘士の代わりなぞいくらでも居る、双子神なら平気でそう言い捨てるでしょうね、私も無駄死にはしたくありません。ならばさっさと終わらせてしまえばよいのです」

「そのようなことは私とてわかっております。しかし、どのようにしても口を割らぬのならば、如何にせよと?」

 

天英星バルロンのルネ。冥界三巨頭であるミーノスに代わり亡者たちを裁く役を任せられている男。

長身で美しい銀髪や丁寧な言葉遣いからは、ミーノス同様に気品すら感じられる。

しかし、やや神経質なところがあるのか、ミーノスの言葉の端々に散りばめられた毒に、少々イラつきを見せている。

 

「ルネ、生真面目なのはよいことです。ただ、馬鹿が付くほどの真面目と要領の悪さ、これから先、私の下で務めてゆくのであれば、もう少しなんとかして欲しいものです」

「いつもサボ… いや、私に仕事を任せきりにしておられる貴方の要領のよさ、欠片程でも私に備わっていれば、このようなことにはならないのでしょう」

「そう拗ねなくともよいではないですか、言わぬのならば、こちらで引き出せばよいのです」

 

そう言うとミーノスは、ルネが手にしている一冊の本を奪い取る。

古びたその本は、亡者の罪を白日の下にさらけ出すもの、そして人類誕生以来、冥界に落ちてきた数億、数十億の人間の罪と歴史が記された、全能の書。

 

「モノは使いようと言うではありませんか。こうしてやればよいだけなのです」

 

ミーノスは、全能の書をキュウべぇに突きつける。

 

「君たち、そんな古びた本で何をするつもりだい?」

 

ミーノスの意図がわからず、思わず問いかけるキュウべぇ。

 

「冥界に落ちてこない故に、お前達、インキュベーターどもの罪はこの書には記されていなかった。ならば、こうしてこの書に認識させればよいだけのこと」

「そんなことが出来ると思っているのかい?」

「なぁに、お前からではなく、お前がつながっているところから、お前を通じて引き出せばよいこと。さぁ、全能の書よ! この者どもが地上に刻んできた罪、残らず明らかにするがよい!」

 

全能の書は、猛烈な勢いで頁に文字を記し始める。

次々に新たなページが開き、文字で埋め尽くされていく。

それは、地球でインキュベーターが積み重ねてきた歴史。彼らの手によって生み出された、魔法少女たちの歴史。

 

「おぉ、見なさい、ルネ。これは、地上に生まれながら異形の化け物と化し、裁きの館に、冥界に至ることなく、泡の如く消えていった少女たちの魂の歴史。数千、数万、数百万… これほどの魂が木炭の如く使い潰されていたとは」

 

文字は留まるところを知らず、なおも増え続ける。一冊では足りず、次々に新たな本を作り出しては、膨大な記録で埋め尽くしていく。

 

「インキュベーター達が犯してきた罪の深さ、これほどのものだったとは。 ん?」

 

ミーノスは、とある頁に記されはじめた文章に目を止める。

 

「なんと… おぉっ、これは! なんということでしょう! 少女たちの魂を掠め取ってきたことなど、これに比べれば取るに足らぬ些細な罪…」

「ミーノスさま、まさかこれほどとは…」

「ルネ、これは俄然面白いことになってきましたよ」

 

怒りに震えるルネとは対照的に、ミーノスの表情は冷酷な嘲笑で歪んでいる。

 

「この事実、双子神に伝えるのはいかがなものかと」

 

「いやいや、ルネ、そのまま"眠り"に伝えてやればよいのです。好奇心は猫を殺すと言いますが、双子神、さぁ、どのように出てくることやら…聖域にも、敢えて漏らしてやりましょう… ほう?」

「いかがなされました? ミーノスさま」

「あの神気取りの少年にも、すでに運命の糸が絡みついているようですね。黙って我らの傀儡になっておればよかったものを。此度の聖戦、退屈せずに済みそうですよ」

 

ニヤリと笑うと、ミーノスは館の奥へと去っていった。

 

-------------------------------------------------

時は現代。

 

鹿目まどかは一人、家路についている。

 

志筑仁美は遠く"ギリシャ"へと旅立った。

美樹さやかと巴マミは、おそらく魔女討伐に追われているのだろう。

暁美ほむらは、たまに気配を感じるものの、姿はみえない。

 

ついこの間まで、当たり前のように彼女たちと過ごしていた平穏な日々、懐かしくないと言えば、それは嘘になる。

寂しくないかと聞かれたら、「そんなことはない」と言い切れる自信はない。

 

私も魔法少女になったら、みんなとまた一緒に過ごせるのかなぁ?

そんな考えが頭によぎりかけ、慌てて自分で振り払う。

巴マミも、暁美ほむらも言っていたではないか。

自分は、今ここにある、少し退屈だけれど平穏な日々、家族とともにある幸せを大切に守っていけばいいのだ。

 

青空を見上げ、軽く首を振ると、鹿目まどかは歩き去っていった。

 

 

それを物陰から見つめる男が、一人。

 

「ふん。わかっていても迷いを払えぬ、か。愚かな…」

 

男の姿は、まるで陰に溶け込むように消えていった。



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戦いの先

「レグルス、だいぶ回復してきたみたいで、安心したよ」

 

見滝原のとあるマンションの一室で二人の少女と一人の青年が賑やかに騒いでいる。

 

「さやか、通って来てくれて、ありがとな」

「そんな、別にあんたのためじゃないし…」

「「え? なになに? キョーコ、サヤカ、これがセーシュンってやつ?」

「レグルスさぁ、お前のその微妙にズレた知識、いったい誰に教わったんだ? 元気になったと思ったら、すっかり通常運転じゃねーか」

「だってさ、キョーコが別人みたいにしおらしいんだもん。シジフォスが言ってた、青春ってこんなのかなぁって」

 

 

グラード財団は見滝原にある関連会社が所有するマンションの一室を、レグルスのために提供してくれた。

気心の知れた付添人が必要だろう、ということでも杏子にもここに住むようにと声がかかったのだ。

魔法でホテルに不法滞在したり野宿したりという生活をしていた杏子は猛烈に嫌がったものの、レグルスのためと辰巳に説得され、"しぶしぶ"了承した。

食事は、通学のついでにマミが立ち寄り、消化の良いものを作っている。

杏子の看護とさやかの治癒魔法によって、レグルスは翌日には起き上がって軽口を叩けるくらいにまで回復しつつあった。

 

意識が戻った直後、レグルスは誰が見てもそれとわかるほど、落ち込んでいた。

自分の暴走で、多くの人間を危険に晒してしまった。

その罪悪感で、まだ未熟なレグルスの心は押し潰されていたのだ。

そんな彼を救ったのは、やはり杏子だった。

命を救ってくれたレグルスへの感謝。そしてこれまで変わらない、心地よい空間。

杏子の気遣いを感じ取っていたのだろう。

表向きかもしれないが、しばらくすると、レグルスはいつもの快活な少年へと戻っていた。

 

 

「なんか、騒いだらお腹がへってきちゃった。マミのご飯はさっき食べちゃったし…キョーコ、待ってて。今、何か作るから」

 

レグルスは立ち上がると、ゆっくりとキッチンに向かおうとする。

 

「おい、待てよ。そんなことアタシがやるって」

 

慌てて杏子はキッチンへと走ると、とりあえずリンゴとジャガイモ、牛肉を冷蔵庫から取り出す。

あまりに珍妙な組み合わせの食材。

 

「えーとさ、杏子… キミはいったいなにを作ろうとしてるのかな?」

「さやか、なにって、そりゃぁ、カレーとか…」

 

そうか、おそらく杏子は自分であまり料理をしたことがないのだ。

マミはどうやら杏子とは何か因縁があるらしい。

呼んだわけでもないのに、マミがわざわざ寄って食事を準備したのは、それを知っていたせいか。

さやかはキッチンへ駆け寄ると、冷蔵庫の食材を使って手際よく料理を始める。

 

「さやか、ずいぶん器用なんだな」

「家庭科の授業でやってるし、家でもたまに手伝いするしさ」

 

 

簡素だが暖かい料理、賑やかな食卓。

 

「そういえばレグルスさぁ、あんた元の世界ではどうだったのさ。あ、でもそんなモテるわけないか、お子ちゃまだもんな!」

 

話題は、少年少女らしい、恋バナへと移っている。

 

「もーっ!キョーコだってお子ちゃまなくせに! 俺、すっごくモテてたもんねっ!」

「ふーん、ならば聞かせてもらおうではないか? 若き獅子の恋愛遍歴とやらを!」

 

むきになって言い返すレグルスの様子が面白いらしく、さやかも煽りにかかっている。

何やら考え込んでいる、レグルス。

 

「お、レグルスの彼女、どんな子なのさ」

「えーとね、古いお城に住んでて、すっごく昔の光の神さまの血をひいてて、ふわふわしててちっちゃくて笑顔がすっごく可愛くて、でも俺が危なかった時は悪い精霊から俺を守ろうとしてくれた強い子で… あれ、コナーって彼女?だったっけ?」

 

かつて、任務先で知り合い、命がけで守り抜いた一人の少女、コナー。

顔も耳も真っ赤になって混乱しているレグルスを、杏子とさやかはニヤニヤしながら眺めている。

 

「それって本物のお姫さまじゃん!ヒューヒューッ♪ いや~、それだけ好きなところが次々いっぱい出てくるあたり、そのコナーって子が気になってしょうがないんじゃない? 彼女かどうかはとりあえずおいといてさ」

 

他人の恋バナは楽しくて仕方がないという様子の、さやか。

 

 

「(あの時あぁしてなかったら、あたし、今頃めちゃくちゃ後悔してたんだろうな)」

「(杏子ってどんだけヤバイやつかと思ってたけど、もしかしてすごく仲良くなれるのかな…)」

「(なんだかここ、あったかいな。ずっとこうしていられたらいいのに…)」

 

賑やかな団らんの中、交錯する三人の想い。

 

 

「(これが、俺たちが聖戦を戦いきった先の世界なんだな…)」

 

レグルスは、ふと我に帰ると、すっかり柔らかくなった杏子の笑顔を見つめている。

 

「(…ゴメンね、キョーコ)」

 

-------------------------------------------------

一方その頃、魚座の黄金聖闘士、アルバフィカはヨーロッパに居た。

最初は見滝原で冥闘士の動きを探っていた。

しかし、どれほど詳しく調べても、動きを掴めた冥闘士はラダマンティス、バレンタイン、シルフィード達3人、そしてパンドラ。

冥王軍の指揮官や主力クラスではあるものの、その数はあまりにも少ない。

そして、見滝原に現れてはすぐに姿を消しているらしい、眠りの神ヒュプノス。

 

日本の他の街、多くの魔法少女が居る街を探索してみても、冥闘士の気配はない。

おかしい。他の冥闘士はどこに居る?

それを探し求めて、彼ははるばるドイツまで来ていたのだ。

ドイツの深い森の奥、ハインシュタイン城は冥王軍で溢れている。

聖域の周辺にも斥候らしき下級の冥闘士の姿が散見された。

 

この状況、冥王軍はこれまで通り聖域を狙っているとしか考えようがない。。

 

ではなぜ、この重要な時期にパンドラやラダマンティスは遥か極東の日本に張り付けられているのか。

しかも、アテナや聖闘士ではなく、魔女や魔法少女を監視するという、別に彼らでなくともよい任務を任されているのか。

 

「ラダマンティスやパンドラを、魔法少女と接点を持たせつつ見滝原に置く」

 

それが、冥王軍、いや、双子神の片翼、ヒュプノスにとって聖戦の準備よりも重要な意味を持っている。

そう考えざるを得ないのだ。

 

アルバフィカは聖域に立ち寄ると、当代のアテナである城戸沙織と先代の聖域に事の次第を報告した。

 

城戸沙織、聖域の参謀役を務めている牡羊座のムウ、そして先代の聖域もまた、冥王軍の意図を図りかねている。

ただ一人、先代の教皇であるセージは何か気になるのか、考え込んでいる。

しばしの沈黙の後、セージは口を開く。

 

「アルバフィカ、ご苦労であった。あのヒュプノスが無意味な行動をわざわざ取るとは思えない。ただ、意図を読み、一手先を抑えるにはまだ鍵が足りぬ」

「と、申しますと?」

「パンドラやラダマンティス、あの者たちが自分達の任務の意味を理解しているのか、そこがわからぬのだ」

 

彼らがそれを理解しているか否か。それにどのような意味があるのか。

アルバフィカもまた、セージの意図を図りかねている。

 

「アルバフィカ、そなたに次の任務を任せたい。美樹さやか、あの者は冥闘士と接点を持っている魔法少女であることは存じておるな? 適度に距離を保ちつつ、美樹さやかを護衛するように。危険があれば助けても構わぬが、くれぐれも彼女の行動を妨げぬようにな」

「なるほど、「泳がせつつ、彼女を介して冥王軍の情報を得よ」と?」

「そうとも言うか。レグルスとそなたの任務、今後の作戦において極めて重い意味を持つ。苦労をかけ、申し訳ないと思っている」

 

敢えてセージの意図を知らないことにもまた意味があるのかもしれない。

アルバフィカは聖域から再び見滝原へと向かった。

 

鏡による交信を終え、セージは一人、教皇の間に佇んでいる。

双子神との対峙は、セージとハクレイが負う最も重要な使命。

射手座のシジフォスと山羊座のエルシドの探索で得られた情報により、双子神の性格や行動原理についてはある程度解析が進んでいる。

 

「(神々の中でも最も周到なヒュプノスなればこそ、気まぐれなどではなく、行動には論理があるはず。それに至る鍵さえ得られれば…)」

 

そして、未だ糸口すらつかめぬ、もう一つの謎。

神闘士たちやアステリオンたち未来の戦士は、何者の手によって自分達の聖域に送り込まれてきたのか?

いや、そもそも…

 

「(なぜ「私たちのところ」なのか…)」

 

-------------------------------------------------

 

「ミーメ、どうしたのだ?」

 

杏子たちのマンションの警護にあたっていた神闘士、二人。

冥闘士たちが追撃してくる気配はないものの、用心に越したことはない。

警戒を解かずに見回りを続けていたジークフリートは、ミーメの様子がいつもと少し違うのに気が付いたのだ。

 

街を歩く親子連れ。年若い夫婦。どことなくボーっとしたようなミーメの視線の先には、おかしな気配もなく注意を払う必要はなさそうな、普通の人々が居た。

マイペースではあるものの任務に関しては忠実なミーメにしては、珍しい振る舞い。

 

「あ、いや、なんでもない…」

「そうか、お前にしてはめずらしいなと思ってな。そうか、ここ数日忙しかったせいで、私も少し疲れが溜まっているように感じていたところだ。もうすぐ紫龍たちが監視任務の交代に来るから、久しぶりに少し休むとするか」

「そうだな、たまには気分転換するのもよいだろう…」

 

ちょうど、紫龍たちがこちらに歩いてくるのが見える。彼らに向かって二人が歩き出した、その時だった。

 

「魔女か!」

 

禍々しい気配を感じたジークフリート。気配からは、かなり強力な魔女のように感じられる。

結界もすぐ近くにあるはず。

魔女に気づかれぬよう、慎重に気配を探っていたジークフリートだったが、不思議なことに、次の瞬間にはその気配は消えていた。

 

「どうした、ジークフリート。何かあったのか?」

 

ミーメはその気配に気が付いていないようだ。気のせい、だったのか?

その間に、紫龍と瞬は彼らのすぐそばまでやってきていた。

 

「ジークフリート、交代の時間だ。ところで、一瞬だが魔女の気配がしなかったか?」

「紫龍、わざわざ見滝原まで来てもらって、すまない。そうか、お前も感じたか」

 

どうやら紫龍も同様の気配に気が付いていたようだ。

 

「変だよね、かなり強そうな魔女っぽかったのに。一応気を付けておくね。そうそう、マミさんがお茶会の準備しているそうだから、行ってあげて」

「瞬、お前もか。大丈夫とは思うが、念のため注意しておいてくれ。わずかではあるが疲れも溜まっているようだし、私たちはこのままマミのところに向かうとしよう」

 

ミーメの様子もすっかりいつも通りに戻っているようだ。

簡単な引継ぎを済ませると、神闘士たちは近くにあるマミのマンションに足を向けた。

 

 

 



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虚ろな器

「お買い上げ、ありがとうございました!」

 

見滝原のとあるブティックに元気な声が響く。

声の主は、美樹さやかと鹿目まどかだ。

 

今日は、見滝原中学校の体験学習日。

美樹さやかはレグルスの世話を杏子に任せ、鹿目まどかとこのブティックで一日店員をしているのだ。

最初こそ緊張していたものの、まどかの気配りとさやかの明るさで、二人はすっかり店員とも訪れる客とも仲良くなっていた。

ウィンドウには、白薔薇が一輪、やわらかな日差しを受けている。

 

「このお洋服で演奏会を聞きに行くのだけれど、どんな帽子が似合うかしら?」

「えーと…お客様、それでしたら、明るい色のジャケットに似合うこちらの帽子とアクセサリーなどいかがでしょうか?」

 

普段は引っ込み思案なまどかも、そんな雰囲気に背中を押されてか、普段よりも積極的になっているようだ。

 

「忙しさも一段落したみたいね。あなたたちならお店番頼んでも大丈夫そうだから、私はちょっと取引先に電話してくるわね」

 

彼女達の世話をしていた店員がバックヤードに下がると、二人はほっと息をつく。

 

 

 

「君たちはいったい何をしているんだい?勉強は学生の義務らしいから仕方ないにしても、こんなこと勉強とはなにも関係ないじゃないか」

 

二人の足元には、いつのまにかキュウべぇが腰を下ろしている。

 

「これだって社会勉強になるんだから。あたしたちだって将来は社会に出て働かないといけないんだしね」

「…… 僕に言わせれば、そんな無駄なことにエネルギーを費やす行為、理解に苦しむけどね」

「確かに将来こういう職業につくかどうかはわからないけどさ、経験はきっと無駄にはならないと思うなぁ… あ、いらっしゃいませー!」

 

二人は笑顔で次の客を出迎える。

 

 

入ってきたのは、一人の少女と二人の男性だ。

女性は、さやかたちより少し年上のようだ。雪のように白い肌、憂いを帯びた瞳。そして、まるで喪服を思わせるかのような、美しい黒のドレス。

 

「(さやかちゃん、すっごく綺麗な人だね。わたし、失礼なことしちゃわないかなぁ…)」

「(まどか、あたしもなんだか震えてきたかも…どこかの国の王女さまみたいだよね、こんな素敵な人、見たことない)」

 

ヨーロッパのどこかの国の王族を思わせるような訪問者に、まどかとさやかははガチガチに緊張している。

 

「パンドラさま、こちらの店で間違いございません」

 

付添の男性のうち、背の高いほうの一人が少女に声をかける。

 

「(あれ? この声、聴いたことある)」

 

緊張ですっかり縮こまっていたさやかは、ふと我に帰る。

 

「ラダマンティス、大儀であった」

 

少女が答える。

ラダマンティス。

さやかは顔を上げると、それとなく男性の方に視線を向ける。

 

冥衣こそ着ていないが、そこに居たのは間違いなく、天猛星ワイバーンのラダマンティスだった。

ということはその隣に居るのは… 

 

「(うわー、バレンタインじゃない!あんたらいったい何やってんの?)」

 

彼らも、さやかに気が付いたようだ。

冷静を装っているが、その表情には明らかに動揺が見て取れる。

さも、なんでお前がここに居るのだ?とでも言いたげな様子だ。

 

そんな彼らを気に留めることもなく、パンドラと呼ばれた少女はさやかのほうに静かに近づいてくる。

 

「堅苦しくなく、それでいて品格を失わないような、普段使いの服を探している」

 

厳かで、気品に溢れた声。

 

「はい、それでしたら…」

 

言ってからさやかは言葉に詰まってしまった。

いったいどのような服を勧めればよいのか?

ほんの一瞬が、何十分間にも感じられる。

 

 

「それでしたら、こちらにございます…」

 

意外な方向からやってきた助け舟。声の主は、まどかだった。

驚くほどてきぱきと、まどかはパンドラを店の奥の方へと案内していく。

 

「うむ、このようなものを求めていた。あとは私が自分で選ぶとしよう。感謝する…」

 

それまで氷のように冷たく固い表情だったパンドラが、まどかに向かってほんの少し微笑んだように見えた。

 

 

「(まどか、ありがとね。助かったよ…)」

「(ううん、さやかちゃんすっごく緊張してたし、今日の体験学習でもすごく助けてもらってたから、今度は私が何とかしなきゃって思ったの)」

 

鹿目まどか、普段はどちらかと言えば気の弱い、どこにでもいるような普通の少女なのに、ここぞという時には信じられないほどの勇気と思い切りのよさを見せることがある。

そんなまどかをちらりと見やると、さやかはそっと天を仰ぐ。

 

「(あたしにも、まどかのクソ度胸、ちょっとでもあればなぁ)」

 

未だに恭介に想いを伝えることが出来ていないさやかには、まどかのそれがとても眩しく見える。

 

 

 

「ラダマンティス、こちらへ」

 

突然自分を呼んだパンドラの声にこたえ、ラダマンティスは店の奥へと静かに足を進める。

 

「そなたに尋ねる。こちらと、こちら。どちらがよいと考えるか?」

 

パンドラは2着の服を手にしている。

 

片方は、気品のある深い青紫色のワンピース。

もう片方は、やはり上品な、赤紫色のブラウス…

パンドラならどちらもそつなく着こなすことができるだろう。

 

「パンドラさまのお気に召すままに」

「私はそなたに聞いておるのだ。答えよ、ラダマンティス」

 

パンドラは、ラダマンティスになおも問う。

 

 

絶対零度の凍気で固まったかのようなその場の雰囲気に耐えきれなくなったまどかが、たまらず助けに入ろうとする。

それに気が付いたのか、まどかへ視線を向けると、それを片手でやんわりと制するパンドラ。

 

「気遣い、痛み入る。だが、私はこの者に聞いているのだ。答えよ。」

 

さやかはそっとバレンタインのほうへ視線を向ける。

ラダマンティスの忠実な部下である彼なら、この窮地を乗り切る手助けができるかも知れないと思ったのだ。

そんなさやかの目に飛び込んできたのは、バレンタインの思いがけない表情だった。

困惑でもない、焦りでもない。

苦笑い。

さも、「あぁ、またか…」とでも言いたげな。

 

では、ラダマンティスは?

ラダマンティスのほうを見たさやかの目に、やはり思わぬ光景が飛び込んできた。

表情こそ冷静を保っているが、頬にうっすらと浮かぶ汗。

そして耳はかすかながら赤く染まっている。

 

 

「(これって… あぁ、なるほどね)」

 

さやかは、なにかに納得したのか、ニヤリと笑う。

 

ラダマンティスがパンドラに対して密かに抱き、パンドラもまたラダマンティスに対して抱いている感情。

互いに相手のそれに気づくことなく、そして当の本人すらそれを理解できていなさそうな感情。

さやかなら、さやかだからこそ、気づけてしまうのだ。

 

なんて不器用な、とは言えない。

さやか自身も、恭介に自らの感情を告白できていないのだから。

いかにしてラダマンティスに助け舟を出すか。

 

パンドラは先ほどから、青紫色のワンピースと他の服をしきりに見比べていた。

ならば、彼女の中で本命は青紫色のほうなのだろう。

ただ、赤紫色のブラウスも気になる。

それ以上に、ラダマンティスがどちらを好むのか、それも気になっているのだろう。

ならば。

 

さやかがそれとなく青紫色のワンピースへと視線を送ろうとした、まさにその時。

 

「僭越ながら、赤紫のブラウスのほうがパンドラさまの気高さが引き立つかと存じます」

 

ちょっ! そっちじゃない、ラダマンティス。

懸命に彼に合図を送るさやかだったが。

 

「そうか、そなたがそう言うのならば、そうなのだろう。では」

 

相変わらず硬い表情だが、パンドラの声はどこか満足気だ。

呼び寄せられたまどかを相手に、手短に支払いを終わらせるバレンタイン。

 

「おかげでよい買い物ができた、感謝する」

 

店を後にしようするパンドラたち。

店を出かかったところで足を止め、パンドラはゆっくりとまどかのほうへ振り返る。

 

「そなた、名は何と申す?」

「えーと、か…鹿目、まどか です」

「そうか。良い名であるな。親に感謝するがよい」

 

かすかにほほ笑み、そう言い残すと、パンドラたちは店を後にした。

 

 

「ふぅっ、どうなるかと思った、まさかアイツが来るなんて…」

「ほんと、びっくりしたね…って、さやかちゃん、もしかしてあの人たち知り合いだったりするの?」

「え? あ、あぁ、ほんのちょっとだけね、全然なんでもないから…あ、いらっしゃいませー!」

 

一息つく間もなく、さやかたちは次の来客を慌ただしく出迎えた。

 

-------------------------------------------------

 

パンドラたちは、街を離れ、森の洋館へと向かっていた。

道端には様々な花が咲き乱れている。

たんぽぽ、すみれ、そして白い薔薇。

 

「それにしても、この私自らあの店に行けなどと。聖戦を間近に控えたこの時期に、"眠り"はいったい何を考えているのだ」

 

内心嬉しくて仕方がないのに、いかにも不満げにこぼしている、パンドラ。

半ば呆れ顔で聞いているバレンタイン。

付き合わされているこちらの身にもなってくれ、と言いたげな表情だ。

 

一方、ラダマンティスはまるで敵に備えるかのようにあたりの気配を探っている。

 

「貴様、何ゆえに先ほどから我々を付け回しているのだ?」

 

ラダマンティスの視線の先、声にこたえて物陰から姿を現した白い影。

キュウべぇだ。

 

「貴様が、魔法少女と魔女を生み出している存在か?」

「それは否定しないよ。提案はするけれど、選択するのは人間だから、責められるいわれはないけどね」

 

キュウべぇは、今にも自分を踏み潰しそうなラダマンティスの問いに、淡々と答える。

 

「そんなことより、キミも、ボクの姿が見えるんだね。神闘士とかいう連中といい、どうしてこの街はイレギュラーだらけなんだい? ワケがわからないよ」

「貴様…」

 

戦闘態勢に入ろうとしているラダマンティス。

そんな彼を気に留めるでもなく、キュウべぇは足を進める。

 

「君が、パンドラだね? 驚いたよ。君に纏わりつく因果は、あの鹿目まどかに勝るとも劣らない。君なら、間違いなく最強の魔法少女になっただろうね」

 

今にもキュウべぇを掴み上げそうなラダマンティスたちを制し、パンドラは冷静に答える。

 

「何を言い出すかと思えば、他愛もない。私ならば当然のことであろう?」

「そうだね…  だから、残念だよ」

「残念、だと?」

 

ため息をつきつつ、踵を返して立ち去ろうとするキュウべぇ。

 

「待て、どういうことだ」

「気づいていないなら仕方がない。伝える義理はないけれど、聞かれたなら答えなきゃね」

 

キュウべぇの無機質な視線が、改めて目の前の少女に向けられる。

 

「魔法少女の証であり、魔力の源であるソウルジェム。しかし君からはソウルジェムを生み出すことは出来ない。それだけさ」

「どういう、ことだ?」

 

 

やれやれという表情で、キュウべぇは続ける。

 

 

「ソウルジェムに収めるべき魂、君にはそれが無いんだ」

「魂が、無い、だと? なぜだ?」

 

パンドラの表情に、初めて困惑が浮かび上がる。

 

「そんなこと、こちらが聞きたいよ。パンドラ、確かに君は生きている。なのに、君にあるべき魂が見当たらない。こんなケースは恐らく初めてだ。ボクはもう君にはなんの用もない」

 

言いたいことを言って立ち去ろうとするキュウべぇ。前に立ちはだかるラダマンティス。次の瞬間、キュウべぇの体は粉々に砕け散った。

 

「パンドラさま、あのような者の言うことを真に受けてはなりませぬ」

「わかっておる… わかっておる、ラダマンティス。魂が無い、など、出まかせにも程があるというもの。戻るぞ」

 

平静を装っているが、動揺を隠せない、パンドラ。

森の奥に佇む洋館に、彼らの姿は消えていった。

 



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陽だまりに忍び寄る闇

見渡す限りの荒れ果てた大地。

肌に突き刺さる強烈な日差し。

人影の見当たらない、崩れ落ちた街。

 

立ち尽くしている、一人の少女。

 

「ここは、どこ?」

 

青く輝くソウルジェムは、魔法少女の証。

 

「あたし、なんでこんなところに…」

 

あたりを見回し戸惑っている少女は、美樹さやかだ。

 

彼女はやがて歩き出す。

何かに吸い寄せられるかのように、神殿のような古びた石造りの建物の方へフラフラと漂うように。

コツ。コツ。 

天井は落ちているがそれでもなお薄暗く、誰も居ない静かな回廊に、さやかの足音だけが響いている。

 

どれほど歩いただろう? 彼女の目の前に現れる、古びた石棺。

その蓋は固く閉ざされている。

 

やがて、彼女しかいないはずの回廊に、囁くような声が響き始める。

儚げながらも強い意志を感じさせる女性の声。

 

「…やっと、やっと、私の願いが叶う。幾星霜、待ち続けて、やっと…」

「ねぇ、あなたならわかるでしょ? わかってくれるよね? 私のこの気持ち。だから…」

 

声とともに、石棺からあふれ出す眩いばかりの光の渦。

それは瞬く間に回廊を覆い尽くしていく。

ヤバイ、呑まれる! さやかは必死で抗うが、なすすべもなく渦に呑まれ…

 

 

 

ガバっ!

 

目を覚ましたさやかは、あたりを見回す。

いつもと同じ、自分の寝室。

何も変わったことはない。

 

「よかった、夢かぁ」

 

さやかは、ほっと胸をなでおろす。

外はすっかり明るくなっている。

 

ふと気になって時計を見ると

 

「よくないっ! もうこんな時間じゃん!」

 

今日は、退院した恭介が学校に久々に登校してくる日。

慌てて跳ね起きたさやかの傍らに、ひらりとなにかが舞う。

 

「なに、これ…」

 

ゆっくりと床へと落ちたそれは、夢の中で見た眩い光の渦のような、黄金色に輝くひとひらの花びらだった。

 

-------------------------------------------------

 

「やはり、私の読みどおりでございました」

 

現代の聖域。先代、243年前の聖域。鏡越しにアルバフィカの報告を聞き、教皇セージは目を瞑る。

眠りの神ヒュプノスは、パンドラたちに目的も何も伝えることなしに、彼女達と魔法少女に接触を持たせていたのだ。

 

ヒュプノスの狙いはどこにあるのか。

 

「眠りの神は、パンドラたちの働きによる成果ではなく、その存在そのものに何か価値を見出しているようですな」

 

ラダマンティスは冥界3巨頭の一人。そしてパンドラは冥界を束ねる女主人。

強大で油断ならない相手であることは疑いない。

目的を伝えれば、自らの果たすべき役目を理解し、最大限の成果をあげるであろう。

しかしヒュプノスはそうはしなかった。

 

「それは、「贄」ということでしょうか?」

 

心優しくも、人間を深く知るサーシャだからこその直感。

本人たちに目的を伝えなくても、存在そのもの、そして条件さえ整えれば、おのずと役目が果たされる。

本人たちに伝えれば、目論見が崩れ去る可能性がある。

なれば、選択肢は限りなく絞られる。

冷静で無駄な殺生を嫌うとされるヒュプノスだが、それはあくまでも死の神タナトスに比べればの話。

彼らの目的がそれで果たされるのではあれば、神ゆえの冷徹さで躊躇なくその選択肢をとるであろう。

 

それでは、ヒュプノスの目的はなんなのか。

パンドラ、そしてラダマンティスの存在を費やしてまでヒュプノスが求めるもの。

戦力としての彼女たちの価値を上回るほどの目的。

 

 

「それは…」

 

何か思い至り、少しだけ得意げに城戸沙織が語り始めようとした、その時。

 

 

「それは、ハーデスの真の覚醒では!?」

 

2つの聖域を覆う一瞬の沈黙。

漂う、なんとも言えない空気。

 

「やって、しまいましたね…」

 

沈痛な面持ちで呟いたのは、先代のアテナことサーシャだ。

 

「…」

 

セージは黙って首を振る。

 

「どうかしましたか?もしや、全くの見当外れだったとか?」

 

戸惑っている、一人の男。

ジト目でじっと彼を見つめている沙織。

 

視線の先に居るのは、蠍座の黄金聖闘士、ミロだ。

 

「次代のアテナさま、気持ちはわかりますが、今は討議をすすめましょうぞ」

 

ふくれっ面でポコポコとミロの胸を叩いている沙織を制するかのように、セージが話を進める。

 

 

「彼らの存在と引き換えにしてまでも双子神が求める目的、その可能性は高いといえましょう」

 

元々、冥王軍ではハーデスと双子神が圧倒的な戦力を成している。

三巨頭は確かに黄金聖闘士数人分の力を有するが、ハーデスや双子神と比べれば赤子も同然。

ハーデスは真の肉体をエリシオンにて眠らせているとされる。

もし真の覚醒に至ればこれまで聖戦で辛くも勝利を収めてきた聖域にとって圧倒的な脅威となることであろう。

 

問題は、ヒュプノスがどのようにしてその結論に至ったかということ。

そして、なぜこれまでの聖戦でそれを行わなかったのか、ということ。

 

セージが片っ端から調べた聖域の文書には、それを思わせるものはなかった。

 

「そなたは如何に考えるか?」

 

直観力に優れ、時に物事の本質を鋭く突く男、ミロにセージは問う。

 

「僭越ながら… 眠りの神が目的を達するには、パンドラたちたちと何らかの縁を結んだ魔法少女、そして見滝原の地が重要なのではないのかと」

 

魔法少女は、冥王軍の地上での根拠地、ハインシュタイン城があるドイツも含め、世界中に居る。

パンドラたちの存在がただ必要なのであれば、冥王軍の分散という愚を犯さずそのままドイツで活動すればよい。

わざわざ見滝原まで出向き、しかも魔法少女と接点を持たせたのは、そうすべき、そうせざるを得ない理由があったということだろう。

 

やはりヒュプノスは、243年前に連れ去ったキュウべぇからなにか情報を得たのであろう。

もし彼らの目的がハーデスの覚醒であれば、聖域としてそれを何としても防がねばならない。

 

一方でセージは考える。

 

聖域側にも意図せず魔法少女との縁が結ばれたこと。

243年後から繰り返し送られてきた戦士たち。

スクルドの鏡により結ばれた2つの時代の聖域。

冥界と聖域、2つの勢力で同時に発生した、魔法少女との関わり。

 

神代から続く聖戦の終結。

 

冥界だけでなく聖域に対しても、これまでにない変化が起きているということは。

 

 

「私たちにとっても、またとない好機かも知れませぬな」

 

静かに、しかし無表情で呟くセージ。

無言でセージを見つめている、サーシャと城戸沙織。

 

何かを察したかのように、二人の黄金聖闘士がセージの傍らへ歩み寄る。

聖戦への備えとして、双子神の探索にあたっている黄金聖闘士、射手座のシジフォス、そして山羊座のエルシド。

 

二人はセージになにか耳打ちされると、いずこかへと向かって行った。

 

-------------------------------------------------

 

美樹さやかと鹿目まどかは、その日の授業を終え、家路についている。

 

「結局、ほとんど話できなかったなぁ」

 

今日はさやかの想い人、上条恭介が久しぶりに登校してきた日。

朝から午後まで、彼の周りは常に級友で取り囲まれていた。

友達との久しぶりの再会に、恭介もいつになくハイテンションのようだ。

 

さやかもその輪に強引に割って入ろうと思えば、出来ないことはなかった。

以前ならきっとそうしただろう。

しかし今日は、遠巻きにそんな彼らの様子を眺めていることしかできなかった。

いや、同じ教室に居るのに、今日は恭介が遥か彼方に、そしてどんどん遠ざかっていくようにすら思えてしまう。

 

「明日にはもう少し落ち着いてるから、それからでも、いいよね、うん…」

 

そう自分に言い聞かせてみるが、このモヤモヤした感じは、なんだろう。

恭介の級友たちへの遠慮、とは少し違う。

これまで感じたことのない感情。

 

笑顔をつくってはいるものの、どこか虚ろな視線。

まどかはそんなさやかが心配でしかたない。

では、どうすればいいのか? どう声をかければよいのか?

 

「あ、マミさんから電話だ」

 

美樹さやかの携帯電話が鳴る。

 

「ゴメン、まどか。魔女が現れたみたい。マミさんの応援に行ってくるね」

 

どこか不安げなまどかにそう言うと、駆け出していこうとしたさやかだったが。

 

「あれ? すごく綺麗な蝶…」

 

見上げる二人の視線の先には、朧げに光を放つ一羽の蝶がひらひらと羽ばたいていた。

 

-------------------------------------------------

 

見滝原のとある結界で戦っているのは、巴マミと佐倉杏子、美樹さやか。

そして二人の神闘士、ジークフリートとミーメ。黄金聖闘士、レグルス。

 

つい先ほど、一体の魔女を倒し、ここは二つ目の結界だ。

 

結界を守る使い魔は、彼ら彼女らの攻撃で瞬く間に排除された。

魔女に正対するのは、美樹さやかと佐倉杏子。

まるでずっとコンビであったかのように息の合った二人が相手では、使い魔を剥がされた魔女はひとたまりもなかった。

さやかは魔女の攻撃を避けつつ巧みに近づき、刀の一振りごとに手足を落としていく。

動けなくなった魔女のとどめを刺すのは佐倉杏子だ。高くジャンプすると槍を振り下ろす。

真っ二つになった魔女は、ほとんど抵抗することも出来ずに消え去った。

 

「あんたら、大したもんだな」

 

佐倉杏子は、神闘士二人、特に自らの幻影を巧みに操り、無数の使い魔を冷静に切り裂いていったミーメの戦いぶりに何か感じるところがあるようだ。

ミーメに声をかけようとする杏子だったが、祈りを捧げるように目を閉じている彼の姿を見て思いとどまり、何か考え込んでいる。

 

「佐倉さんや美樹さんとこうして一緒に戦えるなんて、夢みたい」

 

戦いを終えた巴マミの表情からは笑顔がこぼれる。

誇らしげな表情の美樹さやか。

どこか照れくさいように顔をそむける佐倉杏子。

 

数日前の敵対関係が嘘のような彼女達の様子を見て、神闘士二人は安堵の表情を浮かべている。

すっかりチームワークも整ったこの様子なら、よほどのことがない限り彼女達3人が魔女に後れを取ることはないだろう

 

「そういえば、暁美ほむらの姿をしばらく見ていないのだが、何か知っているか?」

「あ、転校生ね。学校には来てるんだけど、あいつまどかとしか話しようとしないし、放課後にはあっという間にどこかへ居なくなっちゃうんだよね」

 

ミーメと美樹さやか。この二人も少しずつだが打ち解けてきているようだ。

 

すっかりいつもの調子を取り戻したレグルスは、神闘士二人の戦いぶりが気になって仕方がないようだ。

闘い方の似ているジークフリートにちょっかいを出しては、彼の技の真似をしたりしている。

屈託ないレグルスの笑顔に、鬱陶しそうにしながらもジークフリートは悪い気はしていないようだ。

 

「えーと、こうだっけ? オーディーン・ソード!」

 

レグルスの指から放たれた衝撃波は、円を描いて地面に突き刺さり、地面は無数の鋭い剣のように砕かれ、舞い上がっていく。

 

「うぉっ! 気を付けろよ、レグルス。あたしたちに当たっちまうじゃねーか」

「うわっ、ゴメン! 上手く出来たからつい調子に乗っちゃった。怪我、ないよね?」

 

技のとばっちりに遭いそうになった杏子と平謝りのレグルス。まるで兄妹のような二人。

 

 

「お前達、気を抜いている場合ではないぞ。次だ」

 

すぐ近くに発生した、魔女の結界。

ジークフリートに促され、彼らは休む間もなく、次の戦いの場に向かった。

 

「ん? 近くにもう一体、強力な魔女の気配があるな」

「ジークフリートさん、私もたった今魔女の気配を… あれ、消えた」

「ほんとだ、結構近くに… あれ?」

 

ジークフリートと巴マミは別の魔女の気配に気づいたようだ。

そして、レグルス、美樹さやか、佐倉杏子も。

 

ただそれはほんの一瞬現れて、いずこかへ姿を消したようだが。

 

 

「またか、いったいどうなっているんだ。とりあえず今は目の前の魔女に気を付けろ、すでに結界に引き込まれた者がいるようだ」

 

ジークフリートがそう言いつつ切り開いた結界の入り口。

中国の古い街並みを模したような結界には、若い夫婦と幼子が倒れている。

周囲を無数の使い魔に取り囲まれている彼らに、道士を思わせる風貌の魔女が近づきつつあるのが見える。

 

「連戦で魔力も消耗しているだろう、ここは私たちとレグルスで…」

ジークフリートがそう言いかけたところで、結界に光が走る。

 

「消えろっ!魔女どもっ!」

 

光速拳が無数の光条となって、使い魔たちを切り裂き、結界の全てを粉々に砕いていく。

無数の使い魔を瞬く間に消し去られたことで、魔女は怯むどころか怒りに任せて暴れはじめ、

使い魔の亡骸や瓦礫と化した結界の構造物が倒れている人たちに降りかかる。

 

「おいっ! どうしちまったんだよコイツっ!」

 

倒れていた親子を退避させようと光速拳の真っただ中へ突っ込んだ杏子だったが、彼らは網の目のように広がる弦で覆われ、寸前で瓦礫から守られた。

 

「私にもわからん。いったいどうしたというのだ、ミーメっ!」

 

その声は、もう一人の神闘士には届かない。

怒りに満ちた鬼気迫る表情、殺戮機械と化した戦士は、容赦なく目の前の魔女に襲い掛かる。

無数に現れたミーメの影。

四方八方から魔女を絡めとったストリンガーレクイエムの弦は魔女を容赦なく締め上げ、やがて粉々に引きちぎった。

 

 

魔女は倒れた。

強き戦士に力及ばず倒された、そんな生易しいものではない。

圧倒的な力によって蹂躙された、いや、一方的に殺戮されたというべきだろう。

魔法少女たちは皆、茫然と立ち尽くしている。

 

肩で息をしながら膝をつくミーメ。

ジークフリートが彼の元に駆け寄る。

 

「私はいったい、何を…魔女はどうしたのだ?」

「ミーメ、お前、覚えていないのか?」

「結界に入ったところまで、使い魔から親子を助け出さねば、そう思ったところまでは覚えているのだが…」

 

そう語るミーメの表情は、普段の彼のそれに戻っている。

 

自らの感情を表に出すことは少なく、冷静でマイペースな彼。

魔女に対しても正々堂々と戦い、余計な痛みを伴わないよう最小限の攻撃でとどめを刺し、倒したあとも哀悼の意を忘れなかった彼。

アスガルドで、ポセイドンの魔の手に落ちた地上代行者ヒルダの戦士としてアテナの戦士たちと戦っていた頃でさえ、このような戦いぶりは見せたことがない。

 

そんな彼にいったい何が起きたのか。

 

 

「(ミーメさん…)」

 

マミは心配そうに彼を見つめている。

 

「(いったい、どうしたってのさ…)」

 

ジークフリートとミーメを交互に見やりつつ、不安げな、さやか。

 

「…」

 

ミーメを遠目に見ながら、なにか思い当たることがあるのか目を瞑る、杏子。

 

 

 

 

重々しい空気、誰一人言葉を発することなく、彼らはその場から去っていった。

 

 

 



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逃れえぬ罪

「あの者、その後いかがしておるか?」

 

243年前の聖域、その最深部に位置する教皇の間で、2人の男が話している。

 

「素質はまぁまぁ。やる気も十分、というか怖いくらい真面目で手を抜かねぇ。下手するとうちの聖闘士候補生たちよりよっぽど見込みがあるときてる」

「ほう。お前がそのように褒めるとは珍しい」

「ただ、なぁ…」

「ただ?」

 

若いほうの男は、何か言いにくいことがあるのか、口ごもっている。

 

「足りねぇ。聖闘士としてやっていくには、決定的な何かが足りていない」

 

それが何なのか。

結論に達してはいないものの、とにかくそのことについては伝えておく必要がある。

そう考えて言葉にはしたものの明らかに困惑している青年。

一方、老人は我が意を得たり、という表情。

 

「ほう、すでに気づいておるではないか」

「なんだよお師匠、もったいぶりやがる」

「そう怒るな。マニゴルドよ。お前に任せた甲斐があったというものだ」

 

蟹座の黄金聖闘士、マニゴルド。

自らの懸念が間違っていなかったことを確認できたせいか、悪態をつきつつも満足気だ。

 

「あの者はいずれ未来に帰らねばならぬ。戻り次第聖戦だけでなくもう一つの使命に身を投じねばならぬ。孤独な戦いとなるであろうな」

「だからこそ、自らがそれに気づき、克服せねばならぬのだ。志筑仁美に教えるのではなく、導いてやってくれ。苦労をかけるな…」

「…わかってる。糸口は掴みかけてる。ただ、もう少し時間が必要だ。それは頭に入れておいてくれ」

 

そう言うと、マニゴルドはだるそうに腰をあげ、巨蟹宮へと戻っていった。

 

-------------------------------------------------

 

「アンドロメダ、よく来てくれた」

 

 

現代の見滝原。

巴マミの部屋の中央を占める三角形のガラステーブルを囲んで、5人の男女が座っている。

 

アスガルドの神闘士ジークフリート。

魔法少女巴マミ、美樹さやか。

そして、青銅聖闘士、アンドロメダ瞬。

 

レグルスは打ち合わせのために城戸沙織の屋敷に行っている。

ミーメは、風見野の魔女掃討を手伝って欲しいと、佐倉杏子が言葉巧みに連れ出している。

 

 

ここ数日、ミーメの様子はあきらかにおかしい。

ただ、その理由はジークフリートにもわからない。

 

オーディンの地上代行者たるヒルダに仕える、アスガルドの神闘士。

アルファ星ドゥベのジークフリート。

ベータ星メラクのハーゲン。

ガンマ星フェクダのトール。

デルタ星メグレスのアルベリッヒ。

イプシロン星アリオトのフェンリル。

ゼータ星ミザールのシド。

 シドの影たるゼータ星アルコルのバド。

そして、エータ星ベネトナーシュのミーメ。

 

ジークフリートとハーゲンは幼い頃からヒルダとその妹フレアに仕えていたこともあり面識は深い。

一方で、その他の者たちとは神闘士となってから聖域との戦いが始まるまでのつかの間のひと時を共に過ごしたに過ぎない。

 

一人竪琴を奏でていることの多かったミーメは、他の神闘士とはほとんど交わることはなかった。

決して本心を明かすことはなく、父フォルケルとのことも、ミーメ自身がどのような人生を送ってきたかもほとんど話すことはなかった

 

ミーメの取り乱しようから判断するに、今回の出来事はおそらくミーメ自身が秘める何かに起因するものであろう。

しかし、その何かに迫る術も鍵になる情報も、残念ながらジークフリートは持ち合わせていない。

そしておそらくトールも、仮に生きていれば他の神闘士も。

 

アスガルドの戦いで、ミーメは青銅聖闘士アンドロメダ瞬、そしてフェニックス一輝と激しい闘いを繰り広げた。

一輝の鳳凰幻魔拳を受けたことで、ミーメは心の奥底に封じ込めていたかつての記憶を取り戻したのだという。

フェニックス一輝は未だに神闘士たちの前に姿を現さない。

戦いの場に立ち会った瞬ならば何か心当たりがあるかもしれない。

ジークフリートはそう考えたのだ。

 

「これはあくまで僕の想像なんだけど」

 

瞬はせめてヒントになればと、当時のことを思い起こし、話はじめた。

 

 

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同じ頃。

見滝原からほど近い、風見野市のとある結界で魔女と戦う二人。

ミーメと佐倉杏子だ。

 

ミーメの様子はいつもと変わらない。

使い魔を早々に片付け、魔女と相対する杏子の援護を的確に行っている。

 

「助かったよ。しばらくこっちを空けてたら魔女だらけになっててさ」

 

5体目の魔女にとどめを刺すと、佐倉杏子は変身を解く。

 

「力になれたのならよかった。とりあえず、近くの魔女は大体倒せたようだな」

 

ミーメもまた、神闘衣を解く。

役目は終わったと見滝原に戻ろうとするミーメだったが、引き留める杏子。

 

「ところでさ、あたしが聞いていいことかどうかわからないけど…」

 

杏子がおもむろに切り出す。

 

「あんた、最近どうしたんだ? 今みたいに落ち着いてると思えば、突然別人みたいになったりさ」

「何かと思えば。いや、それについては私もよくわからないのだ。何かがきっかけになっていることは間違いなさそうなのだが」

「そうかい、もしかしたら、お… いや、いいか。 えーと、あんたさ。このあと時間あるかい? ちょっと寄っていきたいところがあるんだけど」

「特に用事はないから構わないが、私を連れていくということは、何か考えがあるのだな」

 

そうか、こちらが本来の目的か。ミーメは杏子の言う場所へと足を進めていった。

 

 

「ここは…」

 

風見野の片隅、とある教会の跡地に二人は居た。

 

「食うかい?」

 

杏子はミーメに林檎を投げ渡す。

林檎を手にしつつ、ミーメは街の雰囲気とはあまりにかけ離れた、無残に荒れ果てた教会の様子を見つめている。

 

「あんたならわかるかもしれない、と思ってさ。ここは、魔法少女の願い、そのなれの果てさ」

 

杏子は、ぽつりぽつりと話し始める。

 

 

 

彼女の願い、それは「みんなが父親の話を聴くようになること」

聖職者であった彼女の父は、本来の教義にはないことを説き始めたことで教会からも信者からも見放されてしまい、杏子たち家族はその結果として窮乏の極みに至った。

そんな中、杏子の前に現れたキュウべぇ。

願いを伝え魔法少女となる契約を交わしたことで、父の元には信者が戻り、幸せな生活が戻った。

しかし、そんな生活は長続きしなかった。

杏子が魔法少女であり、彼女の魔法によって信者が戻ってきたことを知った父は、杏子を詰ると自暴自棄に陥った。

そして、あろうことか杏子一人を残して、妻と杏子の妹とともに一家心中してしまった。

 

「つまりさ、あたしにとっても「親の仇」はあたし自身ってことさ」

 

リンゴを齧りながら、杏子はつぶやく。

 

「(親の仇、か…)」

レグルスとラダマンティスの戦いの後、ミーメがつい呟いた独り言。

佐倉杏子だからこそ思うところがあったのだろう。

 

 

「そうか、君は気づいていたのだな」

 

何かに思い当たった様子のミーメ。

 

「その心遣い、礼を言わせてもらおう。ただ、大きな違いがある」

 

ミーメは杏子を静かに見つめている。

 

「君はきっかけの一つを作ったに過ぎない。私は、言い逃れようのない殺意を持って、自らの手で父を殺しているのだ」

 

そう言うと、ミーメは自らの生い立ちについて、淡々と語り始まる。

思ってもみなかったその内容に、杏子は息を呑む。

 

-------------------------------------------------

「そんなことって…」

 

瞬の語ったミーメの生い立ちは、マミたちの想像をはるかに超えていた。

 

 

アスガルドの隣国の戦士であったミーメの実の父は、アスガルドの勇者フォルケルと戦い敗れた。

まだ幼子だったミーメの存在に気づき、父を見逃そうとしたフォルケルの隙を突こうとした父は、反射的に反撃したフォルケルの拳により、彼を庇おうとした母と共に命を落としたのだ。

それ以来、フォルケルはミーメの養父となり、実の子のように愛情を注ぎ、ミーメを育てあげたのだった。

 

一方、ミーメが神闘士になる運命に気づいたフォルケル。

神闘士が現れるということは、アスガルドにかつてない大きな危機が訪れるということ。

まだ幼いミーメに申し訳なく思いつつも、神闘士にふさわしい力を身に着けられるよう、フォルケルはミーメに厳しい修行をつけていく。

 

そんな中、ふとした偶然から生い立ちの真相を知ってしまったミーメは、怒りのあまりフォルケルを手にかけてしまったのだ。

 

父の命を自らの手で奪ってしまった。

その罪の意識から、ミーメはフォルケルと過ごした日々の記憶を偽りの記憶で塗り替え、友情や愛を軽蔑して生きてきた。

 

やがて迎えた、アスガルドと聖域との戦い。

青銅聖闘士フェニックス一輝との激しい戦いで彼の鳳凰幻魔拳を受け、実の親のように愛情を注いでいたフォルケルの記憶を取り戻したミーメ。

一輝との最後の戦いで倒れたミーメは、一輝を友として認めアスガルドの未来を託すと、神闘士たる自らの手でアスガルドを救えなかったことをフォルケルに詫びつつ、死を迎えようとしていた。

そのはずだった。

 

 

ミーメが何か思いにふけっていたり、我を失った時、彼の視線の先には必ず、親と子の姿があった。

生き永らえてしまったことで、神闘士の務めを果たせなかった悔恨、それ以上に親殺しの罪の意識もまた、心の内に抱えたままになっているのだろう。

 

 

言葉を失っている、マミたち。

 

一方、瞬の言葉を黙って聞いていた、さやか。

茫然としつつも、その表情にかすかながら浮かぶ困惑に、その場の誰も気づくことはできなかった。

 

「瞬さん、貴方のお兄さん、その…フェニックス一輝さんって、今はどちらに居られるのかしら」

 

マミは瞬に問いかける。

ミーメの記憶を蘇らせ、アスガルドの未来を託された男、一輝ならミーメを救えるかもしれない。

そう考えたのだ。

 

「僕も兄さんならミーメを救えると思うんです、でも…」

 

瞬は口ごもる。

 

「僕にも兄さんがどこに居るのか、わからないんです。ただ…」

「ただ?」

「兄さんは、まだその時ではないと考えているのかも知れない、と思うんです。誰よりもミーメのことを知っていて、信じている兄さんだから」

「そうなんですね、一輝さんがそう考えているのなら、まだ… え? こんな時に魔女、なんて…」

 

-------------------------------------------------

 

魔女の結界は、マミのマンションからそう遠くない路地裏にあった。

かなり強力な魔女のようだ。放っておくわけにいかない。

マミ、さやか、ジークフリート、そして瞬。

4人は休む間もなく結界に足を踏み入れる。

幸い、使い魔の数はそれほと多くない。

手早く使い魔を片付けると、魔女が潜んでいるであろう、結界の最深部へと足を進める。

 

やがて彼女達の前に魔女が姿を現した。

巨大な狼のような魔女。

相手の出方を見つつ、慎重に立ち向かおうとしたマミ達だったが。

 

魔女の前に、すでに一人、見知らぬ男が立っている。

彼女たちに背を向け、どうやら魔女と戦っているようだ。

 

「フンっ! 行き掛けの駄賃にもなりゃしねぇな。さっさとくたばりやがれ!」

 

男はその巨体を揺さぶると、ゆっくりと両手を高く掲げる。

 

「喰らえっ! ローリングボンバーストーン!」

 

無数の巨岩が宙に現れる。

それらは男の掛け声とともに魔女に殺到する。

圧倒的な質量攻撃。

魔女は、叫び声をあげる間もなく岩塊に押しつぶされた。

 

「ふん、化け物め、他愛もない」

 

魔女を仕留めた男は、ゆっくりとマミ達のほうを振り返る。

 

「見ぃつけた」

 

男の表情は嘲笑で歪んでいる。

 

「魔法少女だかなんだか知らねぇが、小娘と青銅聖闘士風情、それにどこの馬の骨かわからないヤツ。さっさと片付けて俺の手柄にしてやるから、有難く思うんだな」

 

無数の岩がまた空間に浮かぶ。

空を埋め尽くす岩塊が、次の瞬間マミたちに襲い掛かる。

 

身構えるマミとさやか。

チェーンを手に引き寄せる瞬。

特に反応せず、棒立ちのジークフリート。

 

「なんだ、あっけねぇ… ん?」

 

無音。

 

岩同士がぶつかり合い何かを押しつぶす轟音。

男の意に反して、それは響かない。

何が起きたのか?

 

岩は全て、蜘蛛の巣のように張り巡らされたリボンに絡めとられていたのだ。

 

「どこのどなたかは知らないけれど、ずいぶんと乱暴ですのね。ただ、そんな雑な攻撃で私たちを殺そうなんて、舐められたものね」

「フンっ! 生意気な。黙ってやられておけば、痛い目に遭わずに済んだものを。」

 

今度は、先ほどとは比べ物にならないほど多くの岩が現れる。

 

「俺は、冥界の第3獄の守人、天角星ゴーレムのロック。俺様の手にかかること、光栄に思え」

 

巨体を覆う、漆黒の冥衣が怪しく輝いている。

辺りを包む巨大な小宇宙。

獄の番人を名乗るだけのことはある。

今度は防ぎきれるか?

 

マミたちに襲い掛かる岩。

今度は凄まじい轟音が響き渡る。

あたりを包む土煙。

岩塊は… 

 

一つ残らず粉々に砕かれていた。

 

次の瞬間、土煙が激しく波打つ。

四方に広がる衝撃波。

その中心から放たれた何かは、ロックの巨体を数十m以上も弾き飛ばした。

 

「ドラゴン・ブレーヴェスト・ブリザード。その程度かわせないとは、鍛錬が足りていないのではないか」

 

ジークフリートは、ゆっくりと拳を降ろす。

 

「貴様、こちらが手加減していれば、調子に乗りやがって。今度こそ皆殺しだっ!」

 

逆上したロックは、今度は全力で技を放ちにかかる。

マミ達の頭上だけではなく、四方八方に岩が現れる。

 

 

「これでパンドラ様もラダマンティス様たちもこんな街には用は無くなるってもんだ。さっさとか…」

 

腕を振り下ろそうとする、ロック。

 

しかし、そのままの姿勢で、まるで彫像のようにその動きが止まっている。

いや、動きを止められているのだ。

 

 

ギシッ… ギシッ… 

 

 

全力を込めて何かを振りほどこうとしているその腕は、不気味な音を立てて軋んでいる。

 

 

「なんだ、この巨大な小宇宙は… 神闘士でも聖闘士でも、これほどの小宇宙を持つものはそうは居ない」

 

ジークフリートは即座に身構える。

 

あたりを包む異様な小宇宙。

ラダマンティスのそれと比べても勝るとも劣らない。

彼らに近づく小宇宙の主を探してあたりを見回している、ジークフリート、瞬、そしてマミ。

 

 

「冥闘士が一人、地上に向かったと聞いて来てみれば。貴方は自分のしていることがわかっているのですか?」

 

どこかから、静かに声が響く

ロックは声のするほうをゆっくりと向く、いや、頭を何かに引っ張られ、強引に向かされているというべきか。

 

「俺様にそんな… ひっ! どうしてあなたか、ここに…」

「どうして、ですか。私だって、好きでこんなところに来ているわけではないのですが」

 

ロックの顔が恐怖に歪む。

逃げようとする彼だったが、その巨体は、ゆっくりと宙に浮かんでいく。

 

「命令違反を犯した愚かな冥闘士には、ただ、死あるのみ」

 

ロックの頭が、腕が、脚が、そして冥衣がありえない方向に曲がり、ねじられていく。

 

「ぐっ… や、やめてくれ… 助けてくれ… 俺はただ、ア…  ぐぎゃぁぁっ!」

 

「残念ですが、これまでです。コズミック・マリオネーション…」

 

関節が、骨が砕ける不気味な音と、叫び声があたりに響き渡る。

ロックの体は、人間のそれとは思えないような無残な形となって、地面に崩れ落ちた。

 

「貴方は、誰に命令されたわけでもなく、ただ功を焦って愚かな振る舞いに至った。そういうことにしておきますね…」

 

彼の体の向こう側から、ゆっくりと現れる一人の男。

 

 

「この度は、不心得者がご迷惑をおかけしたこと、ご容赦いただきたい」

 

丁寧で気品に溢れながらも、どこか冷酷さの漂う、冷たく感情に乏しい声が響く。

 

彼の体もまた、漆黒の冥衣に包まれている。

ロックのそれとは比べようのないほどに優美な意匠。

大きなメットで隠され、その表情を伺うことはできない。

そして、その背中には雄大な翼。

 

「北欧の神に仕えし戦士、そして魔法少女のお三方、私たちは貴方がたに危害を加えるつもりはありません。私たちに拳を向けるようなことをしなければ、ですが」

 

そう言うとロックの巨体を難なく担ぎ上げ、男はマミ達に背を向ける。

 

「待って、あなたは誰なの?」

 

立ち去ろうとする男をマミが呼び止める。

 

「そうですか、確かに名乗らずに去ろうとするのも失礼ですね」

 

男はゆっくりとマミのほうへ向き直る。

相変わらず、その表情を伺い知ることは出来ない。

 

「私の名は、ミーノス。ハーデスさまに仕える冥闘士を統べる冥界三巨頭、天貴星グリフォンのミーノスと申します。みなさんには再びまみえることとなりましょう。以後、お見知りおきを」

 

そう言うと、男は静かにその場から去っていった。



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軋む冥王軍

聖戦への準備を進める冥王軍。未だ真意を明かさぬ眠りの神の命により、魔法少女たちとの接触を続けるうち、冥王軍に微かな軋みが生じてゆく。


「ミーノス様、いかに貴方でもここは通すわけにはいきません。どうかお引き取りを」

「雑兵ごときが私を止められるとでも?」

 

冥界の深部、コキュートスの傍らに建つ館、アンティノーラ。

その入り口で、冥王軍の雑兵が必死で侵入者を押しとどめようとしている。

 

「どうしてもというのなら、あなたにここの主のところまで案内いただくまで」

 

雑兵の体が突如、宙に浮かぶ。

 

「コズミック・マリオネーション。たかが雑兵といえども、知らぬわけはありませんね」

「私の念力で編まれた操り糸。あなたはこれで指一本も自らの意思で動かすことはできない。私の思うままに操られる憐れな傀儡と化すのです。それが嫌ならば、さぁ、案内しなさい」

 

体中の関節を全てあらぬ方向に曲げられ、雑兵の顔は恐怖に歪む。

なおも抵抗の意思を崩さない彼だったが、突如、解き放たれたかのように、その体が地に落ちる。

 

「居るのならばさっさと出てくればよいのですよ」

「ふん、やけに騒がしいから様子を見に来たまでのこと。それより何の用だ、ミーノス」

「それは貴方が一番よく知っているのではありませんか? 天雄星ガルーダのアイアコス」

 

天雄星ガルーダのアイアコス。

天猛星ワイバーンのラダマンティス、天貴星グリフォンのミーノスと共に、冥界三巨頭の一角を成す冥闘士。

こと戦場においては、冥界でも最強との呼び声高き戦士だ。

 

「第三獄の番人、天角星ゴーレムのロックを地上に送ったのは、アイアコス、貴方でしょう?何故そのようなことを。眠りの神の命令、知らぬわけではないでしょうに」

「気に食わないからだ。それの何が悪い。冥王軍に絡め手など不要。ただ戦い、聖域を根絶やしにすればよいことだ」

「神話の時代から続く聖戦、そうやって戦い続け、これまで勝ちをおさめることができなかったではありませんか。今回こそ私たちは勝たねばならぬのです」

「今回は冥王軍に俺が居る。勝つにはそれで十分だ。パンドラさまやラダマンティスを贄にすることも、魔法少女とやらに頼る必要もない」

「アイアコス、双子神の意に逆らうのですか?」

「ハーデス様の意思かどうかわからぬ以上、従う義理はあるまい。それともミーノス、お前はあの眠りの神、ヒュプノスの真意を知っているとでも?」

「さぁ、どうでしょう?」

 

ミーノスはニヤリと笑う。

 

「ミーノス、お前こそ何を企んでいるのだ?」

「別に… せいぜい双子神の怒りを買わぬよう気を付けることです。冥界三巨頭である我々も、彼らの前では赤子も同然なのですから」

 

 

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「今日こそは、恭介と…」

 

退院し復学して以来、上条恭介は放課後になるとすぐにそそくさと学校から去ってしまう。

そのせいで、美樹さやかは恭介と遊ぶどころか、話すらほとんど出来ていないのだ。

もっとも、美樹さやかが放課後は専ら魔法少女として活動していることもまた、その状況に輪をかけているのだが。

 

放課後、後片付けを早々に終わらせたさやかだったが、気が付けば恭介は教室から姿を消していた。

 

「今日こそは、せめて一緒に帰るんだからっ!」

 

校庭を全力で駆け抜けていく、さやか。

 

「はぁっ… はぁっ… 中沢くん! 恭介、見なかった?」

「恭介ならさっき、あっち…街のほうに行ったけど」

「あれ、恭介の家って反対の方なのに… とりあえず、ありがとっ!」

 

そう言うと、さやかは脱兎のごとく駆け出していった。

 

「居たっ! 恭介、見つけた!」

 

道路のはるか先、探し求めていた少年の姿が現れる。

息を切らしながらも、追いつこうと必死で走っていくさやかの瞳に映る恭介の姿はどんどん大きくなっていく。。

 

 

「おい、あれは美樹さやかじゃないか?」

 

恭介の近くでたまたま佇んでいた三人の青年は、遥か遠くから、鬼のような形相で猛然と走ってくる少女の姿を目にして呆気にとられている。

 

「シルフィード、どうする、隠れるか?」

「ゴードン、変にコソコソ隠れるのはそれこそ不自然だろう。顔は見えないように背を向けておけばいい」

 

3人はさりげなく向きを変えると、少女が走り去るのをひっそりとやり過ごそうとする。

 

「(あれ、ゴードン達、こんなところでなにしてるんだろう? あれで隠れてるつもり? いやいや、とりあえず今は…) 恭介~!」

「やぁ、さやか。そんなに急いでどうしたんだい?」

「あ、えーと… 学校帰りにたまたま恭介のことみかけてさ、たまには一緒に帰るのもいいかな~って思ったんだよね」

 

「(あれで たまたま はないんじゃないか?)」

「(しっ! クイーン、俺もそう思うが、言うな)」

 

あからさまに不自然なさやかの返答、シルフィードはクイーンをなんとか押しとどめたものの、彼自身も吹き出しそうになりながら背を向けている。

 

「さやか、ありがとう。でもこの後ちょっと用事があるから、また今度でいいかな?」

「そうかぁ、じゃぁ…明日とか、明後日、いや、来週でもいいんだけど、一緒にCDとか…買いにいったりしない、かなぁ」

「うーんと…」

 

珍しく積極的なさやかに対し、恭介は答えに詰まっている。

 

「えーと… ちょっとそれは難しい、かな」

 

さやかの様子を伺いつつ、やんわりと誘いを断りにかかる恭介。

ようやく息づかいが落ち着いて笑顔が浮かんでいたさやかの表情が、明らかに曇っていく。

 

「…どうしてさ、わたしとの時間… ううん、そっか、恭介、ずっと入院してたから、やらなきゃいけないこと、今はいっぱいあるもんね、仕方な…」

「うん、ソレントさんが見滝原に居る間に、音楽について少しでも教えてもらわないとって思ったら、ほんのちょっとの時間でも勿体なくてさ」

「(!!)」

「ごめん、さやか。今日もソレントさんのところに行く途中なんだ。時間なくなっちゃうから、また今度ね」

「ちょ、恭介、待って…まってよ…」

 

さやかの返答を待つことなく、恭介は走り去っていった。

茫然としたまま、さやかはその場に立ち尽くしている。

 

「あの少年、あの言い方はあるまい。あれでは美樹さやかがあまりに… どっ、どうしたゴードン!落ち着け!」

「クイーン、これが黙っていられるか。あいつの粗雑な態度、到底許せるものではないわっ!」

 

ゴードンは今にも恭介を追いかけんばかりに興奮している。

 

「いいから待て!」

「そうやって見逃しているからあの男がつけあがるんだ。止めるなシルフィード!今すぐ追いかけてアイツをここに連れ戻してやる!」

「当の美樹さやかがあぁして必死に耐えているんだ、お前にはあいつの気持ちがわからないのか!」

 

シルフィードとクイーンは、190cm近いゴードンの巨体を必死で抑えている。

 

「あんたらさぁ、そこに居るの、バレバレなんだけど」

 

半ば呆れ顔でこちらを向いているさやかの声に、3人は慌てて居住まいを正す。

 

「もうちょっとちゃんと隠れないと、ラダマンティスに怒られるよ、あんたたち…」

「すまなかった、美樹さやか。俺たちは見滝原の巡視でたまたまここに居ただけなのだ。それはわかってくれ」

 

シルフィードが申し訳なさそうに答える。

 

「…でもさ、ちゃんと恭介に怒れないあたしの代わりに腹を立ててくれたのは、ちょっとうれしかったよ。ありがと、ゴードン、みんな…」

「あんなこと言われて何も言い返せないなんて、情けないって思ってるよね。でもさ、あたしにとって恭介は大事な人なんだ。だから、あんなヤツでも、許してやってくれるかな?」

「あんなに目を輝かせちゃって。恭介にとって、音楽って何よりも、誰よりも大事なものだからさ。あいつが退院したらこうなるのも、なんとなくわかってはいたんだよね」

 

シルフィード達は、黙ってさやかの言葉を聞いている。

 

「あんなに嬉しそうで、希望いっぱいの恭介、幼馴染のあたしでもあまり見たことない。だから、あたしもあいつが音楽に集中できるように、邪魔しないように、しっかり支えてあげないと、守ってあげないといけないんだ。また魔女に襲われたりしないようにね」

 

恭介の走り去ったほうを見ながら、何かを吹っ切ったように寂しそうに笑う、さやか。

 

 

「うーん、それはどうだろう?」

 

突然その場に響く、甲高い声。

 

「美樹さやか、君が彼を守らなくても、恐らく彼が魔女に襲われることはないんじゃないかな?

「え? キュウべぇ、何言ってるの? それ、どういうこと?」

「どういうって、ボクの言ったことそのままさ。さやか、だから君は彼を気にせず、心置きなく他の場所に居る魔女と戦うといい」

 

さやかは、キュウべぇの言葉の意味がにわかにわからず、きょとんとしている。

 

「わからないかなぁ。上条恭介は今が幸せの絶頂だ。彼の心のどこにも、ほんの欠片すらも絶望は無い。まぁ、絶対に襲われないわけではないけれど、魔女からしたら他にいくらでも狙える人間が居るんだから」

「でもさ、病院では恭介が魔女の結界に捕まって…」

「それは、あの時は上条恭介が絶望の淵に落ちかけていたからさ。今の彼を狙うなんて、魔女にとっても効率が悪すぎる。可能性は限りなくゼロだろうね」

「…それじゃぁ… それじゃぁ、あたしが魔法少女になったのって…」

「美樹さやか、君は魔法少女になることで願いを叶えた。それでいいじゃないか。何が不満なんだい? それよりも、叶えた願いの代償として、魔法少女として頑張ってくれればいい」

「キュウべぇ、あんた…」

 

さやかの表情が曇る。キュウべぇを睨み付けているさやかが何か言おうとした時だった。

 

「ぐっ… や、やめて、くれ…」

 

踏みつけられ、地面にめりこみそうになっているキュウべぇ。

無表情でキュウべぇを見つめ、踏みつぶしているシルフィード。

 

「これ以上こいつと話していても仕方ないだろう。美樹さやか、お前ははやく立ち去れ」

 

静かに怒りを押し殺しているシルフィードの姿に冷静さを取り戻したさやかは、礼を言うと足早に立ち去って行った。

 

 

「君たち、いったいボクに何の恨みがあるんだい。はやく離してくれないか?」

「そうか、なら望み通りにしてやろう、インキュベーター。大いなる風を受けて、異次元まで消し飛べ… アナイアレーション・フラップ!」

 

天捷星バジリスク、必殺の技が放たれる。

キュウべぇの体は粉々に砕け、風とともに消え散った。

 

「ふん、人の情、まだ捨て去りきれていなかったとは、俺も甘いな」

「シルフィード、お前…」

「わかっている、クイーン。地上の命あるもの全てを滅ぼし尽くすのが我らの使命。この街とて例外ではない。だからこそわからぬのだ。眠りの神が何を考えているのかをな」

 

 

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「パンドラさま、いずこへ?」

「なに、少々確かめたいことがあってな」

「ならば、このラダマンティス、護衛仕ります」

 

冥王軍の日本での拠点となっている森の洋館。

その入り口で、外出の用意を整えまさに出かけんとしている冥界の女主人パンドラと、冥王軍を統べる3巨頭の一人、ラダマンティスが立ち話をしている。

 

「よい、大した用事ではないのでな。私一人でも差し支えなかろう」

「いえ、聖闘士たちがうろついている状況、たとえパンドラさまであろうと、お一人では危のうございます」

「黙れ、ラダマンティス。このパンドラがたかが聖闘士に後れをとると思ってか。それに、たかが小用に物々しい護衛をつけてうろつけばそれこそ目立って仕方ないであろう」

 

どうあっても一人で行きたいパンドラと、そうはさせまいとするラダマンティス、お互い譲る気配はない。

 

「パンドラさま、ならば申し上げます。高貴ないで立ちの方が供も付けずに一人で歩いていれば、それこそ不自然というもの。怪しまれぬためにも、護衛は必要かと」

「…わかった、わかった、ラダマンティス。そう剣呑にするな。ではそなたが付いてまいれ。それでよいであろう」

 

ややしばらくして、見滝原の片隅に二人の姿があった。

先日買い物をしたブティックを再び訪れたパンドラだったが、それで用事が終わりというわけではないのか、何かを、誰かを探しているか、あちこちをふらふらと彷徨っている。

そんなパンドラの様子に、怪訝な表情を浮かべているラダマンティス。

ただ、それを指摘するとパンドラが不機嫌になるのがわかっているので、敢えて何も言わず彼は付き添っている。

 

やがて、二人はとある川岸の小道にたどり着く。

店があるわけでもない、なにか施設があるわけでもないが、パンドラの足がはたと止まる。

なぜこんなところに?

辺りを見回すラダマンティスの視線に、一人の少女と、その家族らしき数人の姿が飛び込んできた。

 

「パンドラさま…」

「ラダマンティス、そなたはそこで待っておれ」

 

そう言い放つと、パンドラはゆっくりとその家族のほうへと足を進めていく。

 

「えーと… えっ! パンドラさん! お久しぶりです!」

「久しぶり、か。まだ数日ほどしか経っておらぬがな…」

 

若干緊張気味な少女は、鹿目まどかだ。

 

「(私に勝るとも劣らぬ因果、か。こんな普通の少女のどこにそのようなものが秘められているというのか? インキュベーターが嘘を吐くとも思えぬが…)」

 

まどかの周りを少し見回しつつ、怪訝な表情をしているパンドラ。

 

「それより、今日はいったいどうしたんですか? もしかしてまたお買い物とか」

「また少々服が要りようになって、あの店を訪れてきたのだ。ここに来たのはほんの気まぐれ、といったところか。ところで、そちらの方々は?」

 

パンドラは、まどかの背後で落ち着かない様子の2人に目を向ける。

 

「あ、この人たちは私の家族なんです。パパとママ、そして弟のタツヤです」

「パンドラさん、はじめまして。まどかの母の詢子です。ほら、パパも」

「あ、どうもはじめまして。父の知久です。まどかがお世話になっているようで、ありがとうございます」

 

とりあえず無難に挨拶を済ませたものの、二人は緊張しまくっている。

 

「これは私も名乗らなければいけませぬね。私はパンドラ・ハインシュタイン。務めによりドイツから日本を訪れている者です」

 

いつもの無表情ではなく、パンドラの表情は心なしか穏やかだ。

その後は特に当たり障りのない会話が続く。

緊張気味だった知久と詢子も、少しは打ち解けてきたようだ。

 

 

「パンドラさまは何ゆえにあのような者達と… ん?」

 

その様子を遠くから眺めているラダマンティスは、微かに漂う気配に気づく。

一人はどうやら魔法少女。物陰から鹿目まどかの様子を伺っているようだ。

気になるのはもう一人。

そこに居るのか、居ないのか。近いのか遠いのか。なんとも得体の知れない誰か。

ラダマンティスは静かに様子を探る。

 

「ふん、冥界三巨頭ともあろう者が、まるで番犬のようではないか。ほれ、三度回ってワンっと吠えてみろ」

「なんだと? 貴様、何者だ?」

 

怒りのあまり、つい小宇宙を高めるラダマンティスだったが、それを嘲笑うかのように、もう一人の気配は風のようにその場から消え去った。

 

 

そうこうしている内に、だんだんと陽が傾いてくる。あたりを包む夕映えが美しい。

 

「これは、すっかり引き留めてしまい、申し訳ない。まどか、さん。今日は偶然お会いできて…嬉しかったのですよ」

「私もです、パンドラさん。まさかまたこうしてお会いできるなんて思っていませんでした」

 

簡単な別れの挨拶を済ませ、その場を去ろうとするパンドラ、だったが。

 

「ぱんどら、これっ!」

 

パンドラの足元から不意に声が響く。

差し出される一輪の花。

短い腕を必死に伸ばしているのは…

 

「た、タツヤ! そんな、失礼なこと…」

「まどか、よい。これは私に?」

「うん、まどかと仲良くしてくれてありがとう、のお礼」

「そうか、ありがたく頂いておくことにしよう。タツヤ、といったな? 姉さんと仲良くするのだぞ」

「うんっ!」

 

満面の笑みを浮かべるタツヤ。

まどかたちと別れ、パンドラはその場を後にする。

 

 

「パンドラさま、これは…?」

「よい、気にするでない。鹿目まどかが私に匹敵するほどの因果を持つというから改めて見に来たが、何のことはなかったな。ところで、ラダマンティス」

「?」

「あのフェアリーはお前の仕業か?」

 

妖しく光を放つ冥界の蝶、フェアリー。

鹿目まどかの頭上に、つかず離れず舞っていたそれを、パンドラが見逃すはずもなかった。

 

「いえ、私はそのようなことは決して」

「そうか、ではいったい誰が…」

 

冥界の女主人たるパンドラも、冥界三巨頭の一人であるラダマンティスも知らぬ間に、冥界の何者かが鹿目まどかを監視している。

 

「…まさか…」

 

穏やかだったパンドラの表情を、再び陰が覆う。

まどかたちの声が遠くでかすかに響く。

 

「家族、か」

 

遠ざかるまどかたちの方を見遣ると、パンドラは手にした花をじっと見つめていた。

 

 



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不吉な夢

「パンドラさん、素敵だったなぁ。わたしもあんなふうになれるかなぁ… うーん、さすがに無理だよね」

 

パンドラとの素敵な時間を、ベッドの上でまどかは思い出していた。

ブティックで初めて出会ったパンドラは、美しいけれど、無表情で近づきがたい存在に感じられた。

しかし今日の夕方のパンドラが見せた柔らかい表情。

きっと、今日のパンドラが本来の彼女なのかもしれない。

 

ほんわかと温かい気持ちに包まれていたまどかは、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

「まどかっ! 駄目っ!」

 

まどかを必死に引き留めようと声を張り上げる、傷だらけのほむらの姿が傍らに見える。

 

空には巨大な歯車のような巨大ななにかが浮かんでいる。

遠くにはボロボロになったマミやさやか、杏子、そして神闘士たち。

 

足元にはキュウべぇが無表情にこちらを見つめている。

絞り出すように、何かをキュウべぇに告げようとする自分。

 

 

「ヤメてっ! まどか! それだけはっ!」

 

遠くで叫んでいる、黒衣の女性。

パンドラだ。

なぜ彼女がこんなところに居るのだろう。

 

体が、あたりが光に包まれる。

どうやら自分は魔法少女になろうとしているのだろう。

 

しかし、その光は瞬く間に失われる。

辺りを覆い尽くす、深い闇。

さやか、マミ、杏子、戦士たち、パンドラ、そしてほむら。

まどかは必死で手を伸ばすが、彼女達はなすすべもなく倒れていく。

 

闇は地上のありとあらゆるものを飲み込んでいった。

 

 

ガバッ!

 

汗だくになって、目を覚ますまどか。

 

あたりはいつもと何一つ変わらない、自分の部屋。

外はまだ暗い。

夢、だったのか。

それにしても、なんと衝撃的で悲しい光景だったことか。

記憶を振り払うかのように目を瞑り、頭をブンブンと振ると、まどかは逃げるように部屋から出ていった。

 

 

-------------------------------------------------

次の明け方。

 

「こんな魔女、あたし一人で、充分、なんだからぁっ!!! …はぁっ、はぁっ…」

 

上条恭介の行き先、ソレントとジュリアン・ソロの投宿しているホテルの近く。

とある魔女の結界に、美樹さやかの姿があった。

 

「恭介を、守るんだっ! あたしがーっ!」

 

自分が恭介を守る、その誓いを守るため。

魔女を全て倒してしまえば、恭介に危険が及ぶことはない。

力任せに、感情の滾るままに、使い魔を、魔女を切り伏せていく。

 

「この街に居る魔女は、あたしが全部、倒すっ!」

 

魔女を仕留めると、この日4体目となる魔女の結界へと進んでいく。

 

「くっそ、こいつ、強い…」

 

体はすでに傷だらけ。疲れは隠しようもなく、荒々しく肩で息をしている。

先ほどの魔女よりも。この結界の魔女は手強いようだ。

 

「せ…正義の味方が、こんなところでっ ぐっ…」

 

疲れ切って冴えを失った太刀筋は見切られ、その隙を突いて加えられる重い一撃。

支えきれず、さやかはよろけ、膝をつく。

 

「なんで、 どうし…て…」

 

使い魔の群れが、魔女の剣が迫るのが見える。

避けたくても、避けられない。

 

「こんなんじゃ"恭介を守れない"」

 

無理やり心を振るいたたせると、魔女の剣を受け止めようとするさやかだったが。

 

 

「え?」

 

暗かった結界に光が差す。

太陽の光を思わせる、眩い光。

 

力を失い、枯れ葉のように結界の底に落ちていく使い魔たち。

何かに撃ち抜かれたように穴だらけな、魔女の腕。

 

「そこから動くな」

 

自分の前に立つ男が見える。

眩いばかりに輝く、黄金の鎧。

 

「黄金聖衣? 誰? レグルス、じゃない」

 

見上げるほどに高い体躯。

光を受けて輝く、蒼く長い髪。

そして、辺りを包む、薔薇の香気。

 

「援護なんて…あたしが…」

「これを使ってソウルジェムの穢れを取り除いておけ。お前が先ほどの結界で残していったグリーフシードだ」

 

目の前に、グリーフシードが3つ。

今日倒してきた魔女たちの残滓だ。

 

我に帰る、さやか。

ソウルジェムに目をやると、それは穢れで真っ黒に染まり、今にもはじけそうに軋んでいる。

あわてて一つ手に取ると、ソウルジェムへと手をかざす。

 

「魔力さえ回復すれば、お前ならここの魔女など恐れることはないはずだ。だが今は、とりあえず私に任せておけ」

 

さやかが落ち着きを取り戻したのを背中越しに確認した男は、魔女のほうへゆっくりと歩みだす。

 

「お前はもう充分に苦しんだ。今、楽にしてやろう。クリムゾン・ソーンっ!」

 

深紅の、針のような弾幕が現れ、魔女に向け放たれる。

瞬く間に、機銃に撃たれたかのように穴だらけになった魔女はその場に崩れ落ちた。

 

消滅していく結界、再び現れた元の世界では、桜が満開に咲き誇っている。

 

 

 

「倒れてしまえばそれまでだ。守りたい者が居るのであろう。ならば、無茶はせぬことだ」

 

男はそう言い捨てると、立ち去ろうとしている。

 

「ちょっと待って、お礼くらい言わせてよっ!」

 

慌てて駆け寄ろうとするさやかだったが。

 

「私の側に近寄るな!」

 

男は強い言葉で制す。

思わず後ずさりする、さやか。

 

「…せめて、名前くらい聞かせてよ」

 

「…黄金聖闘士。魚座(ピスケス)のアルバフィカ」

 

無表情で告げ、男は静かに立ち去って行った。

 

 

「なんだってのさ、あの態度。聖闘士さん達って、どうしてみんな… えっ!」

 

不機嫌でぷりぷりしていたさやかの表情が、固まる。

視線の先には、一本の桜の木。

 

「か、枯れてる。さっきまで満開に咲いていたのに、どうして…」

 

 

-------------------------------------------------

 

その頃、巴マミのマンションでは、マミと佐倉杏子、アンドロメダ瞬とペガサス星矢が集まっていた。

話題は、最近頻繁に姿を現しているらしい冥闘士のことだった。

 

美樹さやかと頻繁にエンカウントしているらしいが、特段の事情や理由があるようにも見えない。

たまたまその様子を見かけた杏子によれば、まるで友人同士のように冗談すら交わしていたという。

なにか狙いがある、ようには見えない。

 

それでも警戒は怠るべきではないとする星矢たちと

とりあえず様子を見るべきだというマミたち、意見の隔たりはなかなか埋まりそうにない。

 

 

一息いれようと、ケーキに手を伸ばした瞬と星矢の手が、止まる。

 

「うそ…」

「…なんでだよ」

 

茫然としている二人。

マミと杏子も、何か不穏な気配を感じているようだ。

 

 

「いったい、何が起きたんですか?」

 

心配そうに声をかけるマミ。

 

「たった今、聖域で…処女宮で、シャカの小宇宙が、大きく弾けて、消えた」

「そして、もう一人… 兄さんの小宇宙も」

「シャカと、一輝が、死んだ…そんな」

 

生き残っている黄金聖闘士の中でも最強と目される、乙女座バルゴのシャカ。

ミーメの現状を解決に導けるかも知れない重要人物である、鳳凰座フェニックスの一輝

 

その2人の小宇宙が、消えた。

あまりのことに、手にしたフォークを落とす二人。

 

別人のように悄然としている二人に、声をかけることすらできない、マミたち。

 

やがて、星矢がおもむろに立ち上がる。

 

「瞬、こうしちゃいられない。行くぞ、聖域に。何が起こったのか、確かめるんだ」

「…うん、そうだね。星矢。まだ死んだと決まったわけではないかもしれないんだし」

 

今にも駆け出さんとしていた、星矢。

その動きが、止まる。

いや、止められる。

 

「気持ちはわかりますが、今、あなたたちはこの街を、日本を離れてはなりません」

「止めないでくれ、俺たちは行かなきゃいけないんだ… って! あなたは!」

 

星矢の肩に手をかけたその人物。

部屋に黄金の光が満ちている。

 

「あなたたちのことです。きっと聖域へ駆けつけようとするでしょうから」

 

いつのまにか、現れた一人の青年。

驚きを隠せない、星矢と瞬。

突然現れた青年に腰を抜かし、部屋の隅でへたりこんでいる、マミ。

 

「大丈夫です。シャカも、一輝も、死んだわけではありませんから」

「え? だって、二人の小宇宙はさっき大きく弾けて、消えて…」

「落ち着きなさい、星矢。思い出すのです、十二宮の戦いを。あの時も、一輝がセブンセンシズに目覚めて小宇宙を爆発させたことでシャカと一輝は粉々に吹き飛んで消滅しましたが、そのあと何事もなかったかのように戻ってきたではありませんか」

「そういえばそうだったな。焦って損したぜ」

 

納得して星矢は再び腰を下ろす。

 

「(粉々に吹き飛んで消滅したのに?)」

「(何事もなかったかのように戻ってきた?)」

「(どうして星矢さんはそれで納得してるの?)」

 

宇宙猫のような表情で、マミと杏子は困惑している。

 

「実は、一輝はとある場所に向かおうとしていたのです。ただ、そこは普通ならどうやってもたどり着けない場所。方法があるとすればただ一つ、十万億土の彼方からならば、時と空間のねじれを利用してそこに至れるかもしれない、だから…」

「兄さんは十万億土の彼方まで一旦吹き飛ぶために、シャカともう一度戦ったんだね」

「そうです。そしてまた、私はシャカをまたこの世に引き戻し、一輝はその足でとある場所へ向かったというわけです」

「兄さんの行先は、教えてくれないんだね」

「はい、男と男の約束ですから」

「…ムウからその言葉が出てくるの、なんだか妙な感じだけど、わかった。ところでせっかくだし、ちょっと休んでいったらどうだ?」

「そうですね、たまには聖域の外の空気を吸うのもよいものです… あ、ケーキ頂きますね」

 

「…えーと…」

「あ、申し遅れました。あなたが巴マミさん、そちらの方が佐倉杏子さんですね。はじめまして。私、聖域で白羊宮を守る、牡羊座の黄金聖闘士、アリエスのムウと申します、以後、お見知りおきを」

 

早くもその場の雰囲気に馴染んだのか、器用に正座すると、あたりまえのようにケーキを口にし、紅茶をたしなむ、ムウ。

ムウのマイペースさに戸惑いながらも、マミと杏子も歓談の輪に加わる。

 

「ところで巴さん、こちらには暁美ほむらさんはいらっしゃらないのですね」

「はい、同じ見滝原の魔法少女ですけど、暁美さんは私たちとはあまり関わりを持ちたくないようで…」

 

ムウの口から意外な名前が出てきたことに驚きを隠せない、マミ。

 

「そうですか、やはり彼女は…」

「(やはり? なに?)」

 

肝心なところをぼかして語らないムウ。

そんな彼にに呆れながらも、マミの心中に一つの疑問が浮かぶ。

 

「(そういえば暁美さん、今まで関わりがあったわけでもないのに、どうしてあんなに私への当たりがキツかったのかしら…)」。

 

-------------------------------------------------

その頃、聖域では。

 

処女宮での出来事について報告を受けたアテナこと城戸沙織は、大きくため息をつく。

 

「どうしてこうもうちの聖闘士たちは…」

 

デジェルやハクレイ、セージ、レグルス、アルバフィカ、テンマ。

多少の個人差こそあれ、基本的には紳士的でまとも(に見える)243年前の聖闘士たちと比べ、今の聖域、特に黄金聖闘士たち、シャカ、ミロ、ムウ…どうしてこうもフリーダムな面子ぞろいなのか。

 

「あぁ、サーシャさんがちょっとだけ羨ましく… いえ決してそんなことは… でもやっぱりちょっとだけ」

 

城戸沙織は、そう思いたくなるのをどうにか振り払うかのように、首をブンブン振る。

まさにその時、机の上に置かれていたスクルドの鏡が輝きだした。

 

「アテナさま、未来のアテナさま、243年前の教皇、セージにございます」

 

慌てて居住まいを正す、城戸沙織。

 

「実は、そちらへまた一人、送り込みたい者が居るのです。よろしいですかな?」

「えぇ、あなたの選んだ者であれば、誰であれ私は歓迎いたします」

 

今度はどんな聖闘士が来るのだろう? デジェルやセージのような紳士か? レグルスやテンマのような明朗快活な青年か?

密かに期待する気持ちをセージに悟られないよう、アテナは厳かに、来客を待つ。

 

輝きを強める、鏡。

光に包まれて一人の影が次第に現れる。

 

わくわく…

 

やがて光が弱まっていくと、そこには…

 

 

小さな籠を手にした、一人の少女が立っていた。

 

 

 

 

「あなたがこちらの、未来のアテナさまですね! はじめまして、私、ロドリオ村のアガシャと申します!」

 

 

 

 

「……… ………     はい? 」

 



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