Fate/Imagine Breaker (小櫻遼我)
しおりを挟む

第一章 光を失った伯爵
Spell1[狂う運命 Prisma_illya.]


学園都市

 

 

 

「ああっ、クソッ…どっかで見たぞこの展開!」

 

青年は今宵も街を走る。

殺される為に走るのだ。

 

「って、俺は勇者(メロス)かぁーーーーッ!!」

 

誰にツッコんでいるかもわからず、ただただ走る。

 

青年の名は上条当麻(かみじょうとうま)

夜の学園都市を、ひたすら走っていた。

 

学園都市というのは、東京の西部に位置し、東京都の約1/3の面積を占めている都市である。

また、この学園都市には、Level0(無能力者)からLevel5(超能力者)に分けられた能力を持った人間がウジャウジャしている。

 

発火能力(パイロキネシス)電撃使い(エレクトロマスター)なんかがそうだ。

 

「ったく…何処まで追ってきやがるんだアイツら!」

 

そう、上条当麻はただ走っていただけではない。

逃げていたのだ。

 

前にも同じようなことがあったが、今回も似たようなものだ。

 

まず彼は、不良に絡まれていた少女を助けようとしていた。

その少女は、御坂妹(みさかいもうと)という知り合いだった。

助けようとしたのだが、彼がイイ感じにカッコつけ始めたところで、不良の仲間がレジ袋を持ってやってきた。

しかも数人。

 

青年は勝機(自信)を失った。

 

そもそも、彼女を助ける必要があったのだろうか。

御坂妹は欠陥電気(レディオノイズ)という能力を持つLevel3(強能力者)で、五万ボルトの電撃を持っている。

その気になれば不良達を撃退するなんてことは容易かったはずだ。

 

しかも、逃げてる最中に通行人のバッグが腕に引っかかり、急いで外したもののひったくり扱い。

 

上条当麻も幻想殺し(イマジンブレイカー)という能力を持っているのだが、この状況では全く意味を成さない。

 

そして、聞こえた気がしたのだ。

「ふふふ…と、ミサカは愉悦に浸りほくそ笑みます」と………

 

愉しんでやがったな。

 

「御坂妹の奴……次あったら許さねぇ……!」

 

 

そう言ってるうちに、何かよく知らん学区まで来てしまっていた。

よく疲れないな奴ら。

 

「このッ……いい加減止まりやがれ逃走王!」

「るっせぇ!てめぇらこそカサカサ追っかけてくんじゃねぇよゴキブリ野郎!」

 

何という醜い争い。

この戦いはいつまで続くのだろうか…

 

 

 

「うう……不幸だあああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

ちなみに、ゴキブリは死の危険を感じ取るとIQが340にまで上昇するらしい。

 

 

かれこれ30分、やっと撒いたようだ。

しかもなんやかんやで知っている場所まで来ていた。

 

不幸中の幸いとは、まさにこのことである。

 

「ああーっと、もうこんな時間か。インデックスも心配してるだろうし、さっさと帰るかー」

 

と帰路に就こうとした瞬間、

 

上条当麻は何か邪悪な気を感じた。

 

「ッ……なんだ、この気配…?」

 

長年の経験から察するに、この気配は魔術師。

だが、いままで出会ってきた魔術師とは違う。

 

「どこだ……どこにいやがんだ!」

 

周囲を警戒する。

 

人通りは全く無く、勤務終わりの平社員(サラリーマン)の影すら無かった。

また誰かが人払い(Opila)でもかけてるのだろうか。

 

すると、

 

「これ(T)(P)(I)(M)(I)(M)(S)(P)(T)(F)と化す、ねぇ……()()()の魔術は随分と魔法的なもんだな」

 

街灯に一人の11歳ほどの少年が座っていた。

 

肌と髪は真っ白で眼は血のような赤。

一方通行(アクセラレータ)を彷彿とさせる見た目だが、どう見ても違っていた。

 

少女漫画を連想させる黒い杖に、全身黒いスーツ、肩からは外套がポンチョのように垂れ下がっている。

髪は女性のように長く、とても普段着(いつもの)と呼べる格好ではなかった。

 

「ただの子供…じゃねぇよな、何者だ?」

「まだ知らなくてもいい。知られると都合が悪いんでな」

「なんだよ、余計知りたくなるじゃねぇか…で、俺に何の用だ?」

 

少年は上条当麻を指差して、

 

 

「__________ガンド」

 

 

 

赤黒い魔弾を発射した。

 

「うおっ!?」

 

とっさの反応で前転を行い、魔弾を避ける。

コンクリートの地面が抉れ、破片が飛び散った。

 

「ほう…結構速い速度で撃ったつもりなんだが、それを躱すなんてやるじゃないか」

「この魔術……てめぇ、一体何処の魔術師だ!イギリス清教か、それともローマか!」

「そういうのは無しで頼む。歴史とかは苦手なんだよなぁ…」

「クソッ…舐めてんのか!」

 

少年は再び、上条当麻を指差した。

 

「ああもう、うるさいなぁ、ガンド!」

 

複数の魔弾が上条当麻目掛けて襲いかかる。

先程の一撃でパターンを読んだのか、今度は軽やかな動きで躱していく。

 

しかし魔弾のせいで地面は穴だらけ、つまずいてしまう。

 

「しまっ……ぐっ!」

 

魔弾が腹にかする。

それによってバランスを崩し、その場にとどまってしまう。

これでは躱せない。

 

(くっそー…できるだけ個人情報は晒したくなかったが、あっちも既に知ってるかもしれねぇ、やっちまえ!)

 

上条当麻の能力、幻想殺し(イマジンブレイカー)

その効果は_____________あらゆる能力や魔術を無効化する。

 

上条当麻は、飛んでくる魔弾に向かって右手を一気に伸ばし、触れた瞬間、バキンという音と共に魔弾は無効化された。

 

「おお…噂通りの能力だ…!」

「なんだ、やっぱ知ってたんじゃねぇか。じゃあもう聞くことは一つだな。俺に何の用があんだよ?」

「それは、だな………」

 

少年は不敵な笑みを浮かべる。

すると、手に持っていた少女漫画的(ファンタジック)な杖を振りかざし、

 

「やれ、オニキス」

「了解」

「え、杖が喋って…………のわっ!!?」

 

 

気が付くと自分の真下には奈落が広がっていた。

 

 

既に穴の中心にいた上条当麻は、為す術もなく落ちてゆく。

 

「うあっ、ちょっ、なっ、不幸だああああああああぁぁぁぁぁぁ………」

 

そして、消えてしまった。

 

「………彼をあそこに?あなたは一体、何をしようとしているのですか?」

「さあな、俺にもわからん。ただ………

 

面白そうなもんが見れる気がするんだよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬木市

 

 

 

ごく一般的なある一軒家の和室。

少年は眠りから覚めようとしているところだった。

 

「ん、ぬうぅぁーーっ、はぁ………」

 

手を挙げ、大きくあくびをする橙色をした髪の青年。

そしてその傍らには、青年に抱きついて眠る褐色白髮の少女の姿が。

 

「すー…すー…ふふ…お兄ひゃ〜ん…だ〜いしゅき…くぁぁ……」

「んん………なっ!?くっ……クロ!!」

 

瞬間、引き戸を勢い良く開けて現れたのは、もう一人の白髮の少女

 

「なっ、ななぁっ、なななぁぁぁっ……」

「イリヤ!?いや、これは、その、本っっ当に違うんだ!毎回毎回、クロが勝手に部屋に忍び込んで……」

 

 

 

「やっぱり不潔ッ!!」

「なんでさっ!!!?」

 

甲高いビンタの音(モーニングコール)が、家全体に響き渡った。

 

 

 

『いただきまーす!』

 

数人の元気な声(ところどころ暗い)が食卓に広がる。

ここ”衛宮(えみや)家”は、5人の女性と、1人の男性という、なんとも性別的にも不釣り合いな6人の家族で構成されていた。

 

「……シロウさん、私はガッカリしました。2回の添い寝と1回の自称『勝者へのキス』では物足りませんでしたか」

 

白髪ポニーテールのこの女性はセラ。

衛宮家のメイドその1である。

真面目な性格で、家事はほとんど彼女がこなしている。

一見ショートカットに見えるが、ポニーテールである。

虚乳。

 

「……………シロウくんって、変態?」

 

パーマ気味セミロングのこの女性はリーゼリット、愛称はリズ。

衛宮家のメイドその2である。

マイペースな性格で、甘いモノが大好き。

イリヤやクロの通販代はほとんど彼女が払っている。

巨乳。

 

「まぁまぁ良いじゃない。いくらやり過ぎだからといって、思春期のオトコノコを責めすぎちゃダメよ?」

 

穏やかで長髪のこのマダムはアイリスフィール・フォン・アインツベルン。

衛宮家の妻であり、ドイツ生まれ。

衛宮家では絶対的な命令権を持っており、もはや神の壁を超えているらしい。

若くして子を生んだヤンママ。

『姉に勝る妹などいねぇ』と自負している。

 

「そうそう、ママの言うとおりよ。そんなにカッカしてるとイリヤ、シワ寄っちゃうわよ?」

 

青年に抱きついて眠っていたこの少女はクロエ・フォン・アインツベルン。

双子の妹(?)で、毎度際どい格好をしている。

今のところ妹だが、どちらが姉かというので、現時点で姉のイリヤと競い合っている。

運動神経抜群。

キス魔。

 

「うるさいぃっ!全く、お兄ちゃん、いいえシロウ!妹に手を出すなんて、兄に有るまじき行為なんだから!不潔、不潔よ!!」

 

このビンタ容疑者の少女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

現時点では双子の姉、ということになっている。

日本人である父切嗣(きりつぐ)とドイツ人である母アイリとの間に生まれたハーフ。

毎回何かしらの面倒事に巻き込まれている。

魔法少女ヲタ。

 

「俺は……ぐすっ、俺はどう生きていけば………」

 

頬に赤い手形を残して泣きじゃくっているこの青年は衛宮士郎。

衛宮切嗣がとった養子で、イリヤたちの兄という立場にある。

高校では弓道部員。

正義の味方がなんとか言ってる。

料理に関して嘘は許さない。

 

「まぁ、シロウくんの件は置いといて、」

「えぇー………」

 

アイリが強引に話の話題を変える。

衛宮士郎に味方はいないのか。

 

「いろいろ大変なクロちゃんとイリヤちゃん、そして部活が大変なシロウくんの為に、今日はなんと、我が家で家庭教師を雇うことになりましたー!」

「はぁ。家庭教師ですか、奥様?」

 

セラが問いかける。

 

「ええそうよ!あなた達三人を指導してもらうつもりよ。家庭教師さんは正午にお見えになるから、ちゃんとおめかししておくのよ?」

「はーい…」

「はーい♪」

「ううっ…はい…」

 

バラバラな機嫌で返事をする三人。

しかし、やる気はあるようだった。

 

「ねえセラ」

「どうしたのかしらリーゼリット?」

「これで、私の役目は完全に無くなったんだねー」

「あなたは元からだらけてばかりだったでしょう…」

「………そっかー」

 

今日も平凡な一日が始まった。

 

”平凡”な一日が………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エーデルフェルト邸

 

 

 

「私家庭教師なんて初めてで……美遊はどう?家庭教師とかって経験有るの?」

「私は……無いかな」

 

衛宮家向かいのエーデルフェルト邸。

そこでは、イリヤとクロの親友、美遊・エーデルフェルトが暮らしていた。

 

すると、イリヤの髪の中から魔法陣を象ったような羽の生えた桃色の謎の物体が飛び出す。

 

「おやぁ?イリヤさんにクロさん、美遊さんまで揃って何を話しているんです?」

 

美遊の陰からも、同じような青い物体が飛び出す。

 

「姉さん、イリヤ様の家に訪れるという家庭教師の方の話です。聞いてなかったのですか?」

「あ、そうでした?すいません、寝てましたー♪」

 

彼女ら(?)はルビーとサファイア。

何者なのかというと、ある魔術礼装なのである。

 

実はイリヤと美遊は、それぞれ魔法少女なのだ。

昔はクラスカードというものを集める為に、夜な夜な家を抜け出して戦っていたのだ。

 

ちなみにクロは、イリヤの双子の姉妹ではなく、クラスカードのうちの一枚”アーチャー”のカードが核となっている、いわば擬似人間なのだ。

魔術によってイリヤとは痛覚を共有するようになっており、定期的に魔力供給を行わないと消滅してしまう。

 

ここでいう魔力供給というのは、相手の体液を摂取する行為のことである。

それ故のキス魔。

 

「イリヤ達は…家庭教師にどんなイメージを持ってるの?」

「う~ん……厳しくて…ちょっと怖い、かな…」

「私は…優しくて面白いって感じかしら。美遊はどうなの?」

「………色っぽくて…エッチな感じ…?」

「ちょ、どこでそんな知識を仕入れたの!?雀花、また雀花の仕業なの!?」

 

3人(と2つ)が話していると、一人のメイドが扉を開けて入ってきた。

 

「イリヤ、クロ、もう11時半よ。戻らなくていいの?」

「ああっ、そうだ!ありがとうございます凛さん!」

 

このメイドの名は遠坂凛。

イギリスから派遣された魔術師の少女である。

エーデルフェルト邸に居候中なのだが、じつはこのエーデルフェルト邸、共に派遣されたライバル、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが家主のため、エーデルフェルトのメイドを命じられて好き勝手扱われている。

 

凛が言ったように、時間はすでに11時半。

あと30分もすれば自宅に家庭教師が訪れる。

 

その為、30分間のうちに部屋を片付けたり、身だしなみを整えたりしなければいけないのだ。

 

「衛宮くんがもう迎えに来てるわよ?」

「はいはい、わかってるってば!」

「ごめんね美遊。またね!」

 

「いつも妹達の面倒見てくれてありがとな遠坂、ルヴィア」

「いえいえ。シェロのためなら(わたくし)、何でもやって差し上げますわ!」

「くぅ〜っ…ルヴィアの奴しゃしゃり出やがって〜………!」

 

衛宮士郎にベッタリくっつく金髪ドリルの少女ルヴィアと、彼女を恨む凛。

どちらも、穂群原学園で衛宮士郎の同級生である。

この2人ともう1人のある同級生とで、よく三つ巴の争いが繰り広げられている。

 

「衛宮くんも、家庭教師の方と挨拶するんでしょ?着替えなくてもいいの?」

「いや、俺はこれで大丈夫だからさ。心配してくれなくていいよ」

 

衛宮家とエーデルフェルト邸の間で仲睦まじい会話が繰り広げられているその頃、

イリヤとクロの部屋では……

 

 

「ねぇ…どうしても魔力供給しないと……ダメ、なの………?」

「仕方ないでしょ?おめかししておけって言われたし、まだ今日1食もしてないような状態なのよ?」

「うう…お兄ちゃんは1食抜かすことなんてしょっちゅうあるのに……」

「お兄ちゃんは高校生だから。私は高校生でもJK(女子高生)でもないのよ。ほら、誰も来てない内に………」

「もう…………じゃあ、早くしてよね……」

 

ベッドの上で、何やら()しいことが行われようとしていた。

そう、魔力供給である。

 

魔術師における魔力供給というのは、自身の魔術回路を相手に接続し、その回路から魔力を受け渡すという、一見普通な方法だ。

しかし供給源であるイリヤが魔術回路を接続する術を知らないため、やむを得ず禁断の手法……体液摂取(キス)を行うしか無いのだ。

悲しい現実。

 

「行くわよ…………んっ」

「んんっ……ふぅっ、んぅ…………」

 

2人の(魔術回路)重な(繋が)る。

イリヤの唾液(魔力)が、貪られるようにクロに吸い尽くされる。

部屋はピンク色のオーラで満ち、クチャクチャという水が掻き混ぜられるような音が部屋に響く。

 

「ぁん…ちゅぱっ、はふっ………ねぇ、まだ……足りないの…?」

「昨日は1回しかシてなかったもの…まだまだ足りないわ…………ちゅっ…」

「あぁっ……んふっ、やぁっ……そんな、強く吸っちゃ……んんっ!」

 

口の中で舌を絡め合わせ、イリヤの舌を唇で包むようにして吸う。

目を瞑り、手を回す。

ベッドに倒れ、互いの肌が、腹が、胸が触れ合った。

 

念の為に警告してくが、これはただ魔力を供給しているだけの極めて魔術的行為である。

よほど心が穢れてない限り、この行為が卑猥な(エロい)行為には見えないはずだ。

 

「ふぅ………済んだわよ、ごちそうさま」

「もう……毎回激しすぎるよ……」

 

2人の頬はすっかり桃色に染まってしまっていた。

時間はあっという間に過ぎ、もう5分前だった。

 

「クロさーん、イリヤさーん、時間ですよー!」

「さ、あと5分しかないわよ、早く!」

「あんな状況からあと5分って言われても………」

 

セラの声が聞こえる。

そう、ついに衛宮家に、家庭教師が訪れるのだ。

まるで転校生が来るようなワクワク。

それが止まらなかった。

 

アイリは既に迎えに行っているとのこと。

だとすれば、急がなければ。

 

「よし、着替え終わりっと…!行こう、クロ!」

「言われなくても!」

 

2人は勢い良く部屋から出て、階段を駆け下りた。

 

 

「あ、イリヤにクロ。来たの?」

「ごめんリズ、間に合った?」

「うんギリギリ。ちょうど車が見えてきたところ」

 

リーゼリットも珍しくピシッとした正装で表に出ていた。

いよいよだ。

イリヤの心臓は、先程どと変わらず激しく脈動している。

 

金ピカにハートキャッチされるわけではない。

 

「おっ、来た来た!」

 

アイリの運転するメルセデス・ベンツ300SLクーペが到着する。

 

「ふう。お待たせみんな。じゃ、早速自己紹介してもらうわね」

「はい、マダム」

 

アイリの後に車から出てきたのは1人の女性。

黒いサラサラのセミロングに、黒い服。

凛々しい顔つきが、色っぽさや涼しさ、美しさを出していた。

まるで”暗殺者”のような静けさを持った女性が、口を開く。

 

 

「本日より衛宮家で家庭教師を務めさせていただきます、久宇(ひさう)舞弥(まいや)です。宜しくお願い致します」




いかがでしたでしょうか?
これから頑張りますので、よろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell2[停戦破棄の時 acht_after_neun.]

※WARNING!※
舞弥ファンは閲覧注意


冬木市

 

 

 

「____ということで、今日から舞弥さんには住み込みで家庭教師をしてもらうことになりましたー!ちなみに舞弥さんはイリヤちゃん達の部屋に泊まることになったから、二人共、よろしく頼むわね」

「………ぇぇぇえええ私達の部屋!?」

 

衛宮家に訪れた家庭教師、久宇舞弥。

なんと彼女は、イリヤとクロの部屋に泊まり込むことになったのだ。

 

「えっと……ちょっと待って!ベッドは私とイリヤの分しかないわよ?舞弥先生はどこで寝るのよ!」

「私は床に布団を敷かせてもらいますので、大丈夫です」

「あ、それならいい…かな………?」

 

彼女はとても美しく、静かで、笑顔は優しさで満ちていて、少し色っぽい。

イリヤとクロ、そして美遊のイメージがそのまま形になったようだった。

 

地味に胸も大きい。

 

「じゃあ二人共、舞弥さんを部屋に案内してあげて。お茶の用意ができたら呼ぶわ。あ、そうそう、舞弥さんは何のお茶が好きなんですか?」

「トウモロコシのヒゲ茶か紅茶があればそれで結構です」

「なるほど、丁度紅茶があったかしら…?」

「ありがとうございます………じゃあイリヤちゃん、クロちゃん、案内をお願いしてもいいかしら?」

「アッハイ…」

 

イリヤはいまだに緊張が解けていない様子だった。

なんか歩くときに片足と片腕が同時に出ている。

 

すると久宇舞弥が、イリヤに話しかける。

 

「なにも緊張することはないわよ。これから私はあなた達と一緒に暮らすのだから、仲良くしましょう?」

「……………………!!!」

 

イリヤは愕然とした。

久宇舞弥が特に変な行動をしているわけではない。

 

久宇舞弥の天使のような美しい笑顔がイリヤの目に入ったのだ。

 

瞬間、イリヤのヤる気スイッチがオンになった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…あっ、あ”あ”あ”あ”ぁぁぁ……!」

「ん…イリヤ!?」

 

とっさの判断でクロがイリヤを庇うようにして隠す。

 

「あ、あははははは、すいません先生、2階に看板の掛かった部屋があるので、そこのベッドに適当に腰掛けててくださいー…」

 

イリヤの様子がバレないように、早々にイリヤを廊下の奥に連れて行く。

 

久宇舞弥は階段を上がったようだ。

 

「ちょっと、しっかりしなさいよイリヤ!よりによって今!?今スイッチ入る!?あの人別にスクールなんとかの先生じゃないわよ!?」

「舞弥……まいや……マイヤ……maiya……ま、まま、まい、まいまいままま………う”う”あ”あ”あ”ぁぁ………♥」

「あああああダメよ!家庭教師の先生に性的感情を(いだ)いちゃダメええええええええ!!」

 

何発かパチンパチンとビンタをかます。

すると、

 

「ハッ…私は何を………」

「えええ記憶ないの……?美遊と仲良くなってからよね、その症状……」

 

イリヤとクロの悩み、それは今のイリヤの症状だ。

 

イリヤのアッチ系の感情が強まるとスイッチが入り、自我が完全に消滅、制御不能になってしまう。

しかも元に戻った時に、暴走していた時の記憶が残っていないのだ。

 

魔法少女になり、美遊と仲が深まってから症状が出始めたらしい。

 

「あっ、舞弥先生は?」

「部屋で待っているよう言っておいたわ。全く、世話を焼かせてくれるわよアナタはもう………」

「ごめん……ささ、早く行かないと!」

 

久宇舞弥を待たせないよう、急いで階段を駆け上がる。

部屋のドアを開けると、

 

「なるほど…ここがこうなってて…こういう仕組みね……」

「あっ、ああんっ、そんな激しっ、いやん、ソコはダメっ……ダメえええええぇぇぇぇぇぇっっ♥」

 

久宇舞弥がルビーの星の部分や羽などを触りまくってた。

 

「いやああああああああああああルビーの存在がバレてるううううううううううううう!!?」

「これは一大事よイリヤ!!先生の記憶を抹消…はできないし、ああもう、どうすればいいのよおおおおおお!!!」

「おっと……触りすぎたかしら…」

 

二人に気付いた久宇舞弥がルビーを離す。

瞬間、ルビーがイリヤの背後へ退避した。

 

「いっ、いいいいいイリヤさん!!あの人がイリヤさんの言ってた家庭教師ですか!?」

「心配はありませんマジカルルビー。アナタが愉快型魔術礼装で、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグによって作成されたカレイドステッキのうちの一本だということは把握済です」

「…………はえ?」

 

今の言い方、まるで自分が魔術に通じているとでも言うようだった。

 

「いや、そんな…よりによって先生がなんて……」

「………それはどうかしら」

「えっ?」

 

クロが異議を唱える。

 

「ママだって、私達を一撃で打ちのめす程の魔術の持ち主だったのよ?そのママが頼んだ家庭教師なんだから、魔術について少しは知っててもおかしくないわ」

「その通り。まあ私は、そこまで魔術は使えないけど」

 

情報量が多すぎてイリヤはいまだに理解出来ていない。

シュバインオーグやら礼装やら、専門用語が多すぎる。

 

なので、この件は一旦置いておくことにしたようだ。

 

「…改めて見ると舞弥先生って綺麗ですよね……胸もあるし、笑顔が可愛いし…」

「ふふ、そうかしら?良ければ、触ってみる?」

「え!?い…いいんですか!?」

「ええ。互いの中を深めるには、スキンシップも大切じゃない?」

 

ゴクン、と唾を飲み込む。

 

久宇舞弥のバストサイズは、大人の女性ではごく一般的なサイズだった。

しかし小学生であるイリヤからすれば大きかった。

 

巨乳メンツならルヴィアやリーゼリットがいるが、なかなか触る機会もない。

なにより、相手が会って1時間も経っていない家庭教師という背徳感。

 

「ほら、イリヤが触りたいんなら触らせてもらえば?」

 

クロにすら勧められる。

これはもう、やるしかない。

 

「じゃ、じゃあ…失礼します……」

 

フニっと、イリヤの指が久宇舞弥の胸に触れる。

 

「ん……そうそう、優しくお願いね…」

 

どう思っているのか、クロも頬を赤らめて横目で見ている。

 

引き続き触れ続ける。

撫で回し、掴み、つつく。

生温かい久宇舞弥の吐息がイリヤの手にかかる。

 

すると、久宇舞弥が突然服のボタンを外し始める。

 

「んなっ………!?」

「全く、おかげで汗をかいて蒸し暑くなっちゃったじゃない……アナタの冷たい顔を埋めて…冷やしてくれないかしら?」

 

久宇舞弥の汗で潤った谷間があらわになる

 

クロが凄い顔で見てるぞイリヤ。

お前も凄い顔になってるぞイリヤ。

 

「嫌かもしれないけど……ついでに、汗も舐め取ってくれても、いい……?」

「ぬ、ぬぅぅおぉぁぁ………」

 

普段の冷静な久宇舞弥であればこのようなことはしない。

彼女も気が昂ぶっているのだろう。

何故だ。

 

イリヤはゆっくり、胸に顔を近付ける。

口の中で唾液に浸された舌を伸ばし、そして……

 

 

「イリヤー、クロー、先生ー、お茶と昼食の用意ができ………へ?」

 

 

衛宮士郎が3人を呼びに部屋に入ってきたのだ。

 

「え……………………」

「あらら………」

「…………………」

 

すっかり黙り込む4人。

もちろん、姿勢は直前のままだ。

 

「………………サ、早速先生ト仲良クナッタンダナ二人共、オ兄チャンハ嬉シイゾー!ジャ、ジャア俺ハコレデ……アハ、アハハノハ〜…」

 

逆再生でもしたかのような後ろ歩きで硬い笑顔を作りながら部屋から立ち去る。

 

また誤解されたのだ。

 

「ううっ、ルビー……お兄ちゃんの記憶……」

「はいはい、消しておきますよっとー」

「……これは流石にやり過ぎたわね、ごめんなさい」

「い、いえいえ!先生が謝ることないのよ!?断る勇気がなかったイリヤが悪いんだから!イリヤ、アナタ絶対怪しいクスリの勧誘に引っかかるタイプでしょ!保健で習わなかったの!?」

「ごめん…私、どうにかなってたみたい……」

 

部屋全体が暗い空気に包まれる。

とても居心地がいい状態とは言えない。

むしろ悪い。

 

「いいのよクロちゃん、イリヤちゃんにあんなこと頼んだ私が悪いわ。みんなの気分が元に戻るまでしばらく休んでいましょう」

 

イリヤとクロは、今までにない罪悪感を感じた。

彼女らが衛宮士郎の一部の記憶を抹消し、1階に降りたのは十数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新・冬木ハイアットホテル屋上

 

 

 

「わぁぁぁぁぁーーーーーーーッ、いでっ!」

 

上からくるぞ気をつけろよ、と言われんばかりに屋上ヘリポートへ何処からか落下してくる上条当麻。

 

謎の少年魔術師との戦いで奈落へ落ち、気付いたらこの場に送られていた。

見たところ、ここはおそらく学園都市の外。

そんな広範囲の転移は、学園都市の大能力者(Level4)座標移動(ムーブポイント)”でも不可能だ。

強力な魔術的な何かが発動されたのだろうか?

 

いや、それでも学園都市が見えなくなるほど遠く、こんな高さまで転移させることができる可能性は少ない。

 

「……ってか、どこだここ…」

 

すでに空は茜色に染まっていた。

 

高さからしてビルのような建物のようだ。

どんな立地か確かめようと、地上を覗いたその時、

 

上条当麻はあることに気付いた。

 

 

「人が…………いない……?」

 

 

地上には誰ひとり歩いていなかったのだ。

人だけではない。

車も、音も、鳥も、何も存在していない。

 

その場所にあるのは無機物の外見だけで、一切の動力を持っていなかった。

 

アウレオルスの時のような結界……ではない。

先程落下した時の痛みは、三沢塾(結界の中)で階段から突き落とされた痛みに比べればどうってことはなかった。

コインの裏(魔術側)にいた上条当麻達でも(科学側)の住人は目視できた。

 

しかし、ここには表も裏もなく、表にも裏にも人は存在していなかった。

 

すなわち、ここは先程いた学園都市とは全く違う世界。

 

上条当麻は隔離されたのだ。

 

「不幸だぁ………どうすりゃいいんだこんなん…」

 

途方に暮れる上条当麻。

なにか無いかと辺りを見回すと、

 

西に紫色の霧がかかっていた。

 

「あの霧は……どう見ても異常、だよな…」

 

あそこだけ、あそこだけが違う。

 

そして、あの場から放たれる魔力に右手が反応している気がした。

 

「あんなに遠いのに幻想殺し(イマジンブレイカー)が…ありゃ魔術師ってレベルじゃねえよな………」

 

しかし、本能が彼に囁いた。

 

生き延びたいのなら向かえ、と……

 

「なんでだよ!あそこ行ったら多分死ぬぞ俺!………行くしかないのかなぁ」

 

上条当麻はしぶしぶ霧の方へと向かった。

 

 

ビル内のホテルでしばらくくつろいだのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衛宮家、食卓

 

 

 

『いただきまーす!』

 

気持ちの良い挨拶が響く。

 

先程とくらべて食卓を囲む者が1人増え、さらに賑やかになった。

 

今日の昼食はそうめん。

もう9月も半ばなのだが、夏日が続いているため、そうめん人気はまだ衰えない。

 

「おお…未成年なのにこんなにおいしい料理を作れるのですね…特にこの薬味のネギがいい味を出してます……」

「まぁほとんど茹でただけなんですけどね。ネギの選び方にもこだわりったんです。色合いがよく、ピンとしていて、軸に弾力がある。そういうネギを選ぶのがコツです」

「なるほど。私も勉強になります。家庭科がさぞ得意なのでしょうね」

「はい、家庭科は結構得意で…」

 

久宇舞弥も衛宮士郎と話しながらどんどん箸を進める。

 

しかし、そんな中で、1人だけ箸が進まない者がいた。

イリヤだ。

 

「ん、どうしたイリヤ?ネギは苦手だったっけ?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……し、食欲がなくて…」

「そうか…無理するなよ?」

 

食欲が無い理由とは、もちろん先程の部屋でのことだった。

衛宮士郎に見られてしまった時の記憶は彼の脳内から抹消することができたが、イリヤの気分は変わらない。

 

衛宮士郎の知能指数もマッハである。

 

(イリヤ………アナタまださっきのこと根に持ってるの?いい加減忘れたらどうよ?)

(クロがまたそうやって古傷を抉るから……はぁ)

 

どうやら彼女の心の中に深く彫り込まれてしまったようだ。

 

食べてはいるが、ちまちまとしか食べていない。

 

すると、

 

コンコン。

玄関から扉をノックする音が鳴る。

 

「失礼します……すみませーん、少々お待ち下さーい!」

 

セラが玄関に向かう。

 

「……大人の女って大変ね」

「うん、そうだね…」

「いや、大人っていうのは結構たのしいわよ?私だって、大人の女になって切嗣と出逢うことができたんだし……はぁと♥」

「はは……男ってツラいな!ははは…」

 

他愛もない話を交わしていると、セラが戻ってくる。

 

 

「イリヤさん、クロさん、遠坂さんがお見えですよ。なんでも”eins(アインス) zwei(ツヴァイ) drei(ドライ)”だとか……どういう意味でしょう?」

 

 

「………イリヤ、早く済ませましょう」

「うん、わかった!」

 

すると二人は物凄い勢いでそうめんを平らげる

 

「うわっ、二人共急にどうしたんだ!?」

「ごめんなさい、私達急がないと!」

「お兄ちゃん、悪いけど食器片付けておいいて!ごちそうさまでした!」

「なっ、おいイリヤ、クロ____!!」

 

二人は出て行ってしまった。

何やら急いでいる様子だったが、どうしたのだろうか。

 

「__マダム、彼女らは何処へ………?」

「いろいろ事情があるのよ、あの二人には」

 

 

 

 

 

エーデルフェルト邸

 

 

 

「簡潔に言うと、鏡面界で新たな黒化英霊(サーヴァント)の反応を確認したわ。それもかなり強大よ」

 

「そんな……黒化英霊(サーヴァント)は全て殲滅したはずよ!」

8枚目のアーチャー(ギルガメッシュ)の件もあるじゃない。とはいえ、なぜこのタイミングで黒化英霊(サーヴァント)が……?」

 

数ヶ月前。

まだクロが存在していない時、カレイドステッキを与えられ魔法少女となったイリヤと美遊の使命は『クラスカード回収の為の黒化英霊(サーヴァント)の殲滅』だった。

剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)

これらのカードを2人は回収し、使命を終えた。

それからしばらくして、トラブルによりアーチャーのカードを核としてクロが誕生。

それに近いタイミングで8枚目のカードとなるアーチャーが出現、これを撃破。

 

自体は完全に収束を迎えたはずだった。

 

「クラスカードはもともと7枚…それが8枚目に、今回で9枚目……いよいよきな臭くなってきましたわね…」

「どうするのよ!8枚目のアーチャーと同等レベルの黒化英霊(サーヴァント)なんて……」

 

「もちろん、迎え撃つんだよ」

 

口を開いたのはイリヤだった。

 

「あれから何日も何週間もたった…なのにクロはそれでも弱音吐いてばっかり!相手が強くても、私達だって強くなった。ここで仕留めておかないと、8枚目のアーチャーの時みたいに、いつ現世(こっち)に来るかわからない!」

「そう。イリヤも私も最初はヘッポコだった。でも今は違う。力の差を見せつけてやるべき!」

 

イリヤと美遊のこの熱い意見には、さすがのクロの硝子(ガラス)の心も揺らぐ。

 

「ぐぬ……わ、わかったわよ!やればいいんでしょやれば!」

 

「改めて確認するわよ。敵のクラスは未確定。強さは8枚目のアーチャーと同等かそれ以上」

「……ぷっ、全然再確認になってなくてよ遠坂凛?」

「アンタは黙っとれぃ!……で、3人共どうする?それでも戦う?」

 

「もちろん!」

「そんなの当たり前、戦う」

「仕方ないわね…私もよ」

 

3人の決意は固まったようだ。

 

「それと、2周目のアーチャーとコレが出てきたからには言うのが面倒だしごっちゃになるから呼び方を固定しちゃうわよ。

1枚目のアーチャーをアインスアーチャー、2枚目のランサーをツヴァイランサー、3枚目のライダーをドライライダー、4枚目のキャスターをフィーアキャスター、5枚目のセイバーをフュンフセイバー、6枚目のアサシンをゼクスアサシン、7枚目のバーサーカーをズィーベンバーサーカー、そして8枚目のアーチャーをアハトアーチャー。別にどうでもいい変更点だけど、この方が区別しやすいでしょ?」

「ドイツ語……もしかして気使ってくれてるんですか…?」

「何よそのありがた迷惑みたいな言い方…まぁイリヤもクロも元はドイツ人(ジャーマン)だしね」

 

「さて…魔力が確認されたのは未遠川の冬木大橋付近。午前零時に、そこに集合よ。いいわね?」

 

『はい!』

 

威勢のいい返事が帰ってくる。

 

この瞬間から、彼女達の日常は崩れてゆくことになる________




シャレにならないほどのキャラ崩壊オン☆パレード
まぁいいや(諦め気味)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell3[狂気の魔術師 Gilles_de_Rais.]

あれ…?これいちいちアハトとかフュンフとか言わなくても真ナントカとかナントカ改って感じのにすればよかたんじゃ?
…………………………………………(・_・)


衛宮家、イリヤの部屋

 

 

 

 

夜11時を回った。

音はなく、たまに車の走行音が聞こえる程度だ。

家族全員が寝静まった頃だが、二人は起きていた。

 

「ほらイリヤ、もう11時よ」

 

ベッドの横で、赤い外套の戦闘服をまとったクロが呼びかけてくる。

未遠川での黒化英霊(サーヴァント)の討伐に向かうのだ。

 

「わかってるって……多元転身(プリズムトランス)!」

「かしこまりましたー!」

 

ベッドの中から光が溢れる。

 

マジカルルビーの機能による多元転身(プリズムトランス)だ。

これによって魔法少女へと転身したイリヤが布団から出てくる。

 

「う~ん…転身したにしても、まだ時間あるよねこれ……」

「じゃあどうする、私としばらく魔力供給でもする?ていうかして?ちょっと魔力が……」

「えぇ…するの…?」

「ゴチャゴチャ言わずにさっさとベッドの中入る!」

 

イリヤを強引に寝かせ、隣に自分も寝そべる。

ベッドの中がもう狭いので、お互いの吐息が掛かるくらいの顔の距離だ。

 

「はぁ…はぁ…クロの息、ちょっと熱いよ…」

「アナタだって……ちゅっ」

「んふっ…やっ、そんな急に…んんっ!」

 

唇を合わせ、イリヤの口内から唾液を吸い取る。

クロはそれだけでは足りないらしく、唇の周りに付着したものや、イリヤのカラダに垂れたものなども舐めとる。

 

「クロっ…そんなとこまで、舐めちゃ……んあぁっ!」

「静かに…先生が起きちゃうわよ………?」

「ぐぬぬ…こうなったら、クロのも吸ってやるー!」

「へ…!?ちょ、イリヤやめ……んふぅっ!」

 

遂にイリヤも攻め始めた。

復讐心からか、クロよりも激しく吸い、じゅるるっという音を立てる。

 

魔力を吸って出しての連続なので、なかなか魔力がクロに供給されない。

 

「ああん、ああ…すっご……気持ちいい…」

「な、何が気持ちいいよ!こうなったら、魔力全部吸い取ってやるんだから!んっ…ちゅ…ふっ……」

「んむっ、んん…!この……!」

 

するとクロは、イリヤのスカートの中に手を入れ、彼女のパンツに手を掛ける。

 

「アンタのパンツの中も弄り回して……!!」

「え!?いやっ、それは…!」

 

クロがイリヤのパンツを脱がせようとした、その時、

 

 

「んん…イリヤ、ちゃん………?」

 

 

『!!?』

 

久宇舞弥の声が聞こえ、2人の身体がビクンと震え上がる。

布団から顔を出して確認する。

 

「むぅ…いりやちゃ……すー…」

 

どうやら寝言だったようだ。

 

「……静かにしようか…」

「そ、そうね…!やっぱり静かが一番ね!」

 

その後しばらく魔力供給をし、万全の状態で家を出た。

 

 

 

「……で、なんでバゼットまでいるのかしら?」

 

未遠川、河川敷。

午前零時きっかりにそこに集まったイリヤ、クロ、美遊、凛、ルヴィアの5人。

 

と、もうひとり……

 

「決まっているでしょう。私はクラスカード回収のために派遣された者。クラスカードのこととなれば飛んできます。ちょうどバイトのシフトもありませんし」

 

白い筒を背負った彼…のように見える彼女は、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

赤紫色の短髪に茶色のメンズスーツ、つまり男装の麗人だ。

 

実は、クラスカード回収のために魔術協会から派遣された封印指定執行者。

時速80kmの高速パンチを放つことができ、単純な戦闘能力なら歴代執行者一だと自負している。

 

諸事情によりバイトのシフトが凄まじい。

 

「ちょうど戦力も不安だったし、呼んだのよ。いや、貴方達が弱いってことじゃないわよ?敵は強大、念には念を入れて、ね」

「それより、報酬は貰えるのでしょうか?タダで私をコキ使うなんて図々しいにも程がありますよ。片腹痛いわ」

「ビーフジャーキー1袋(¥400)でいい?」

「充分です」

「充分なんだ……」

 

金欠により、もはやビーフジャーキー1袋でも満足らしい。

さすがバゼ(ダメ)ット、歪みない。

 

「さあイリヤさん、出撃ですよぉっ!」

「わかった、接界(ジャンプ)お願い!」

「かしこまりぃ!」

 

イリヤたちの存在する現実世界とカードの眠る目的地である鏡面界を繋ぐのはカレイドステッキであるルビーとサファイアの仕事だ。

 

「半径2mで反射路形成、鏡界回路一部反転します!」

 

半径2mの範囲に魔法陣が描かれ、輝く。

2つの世界をルビーが繋いでいるのだ。

 

「行きますよ〜………接界(ジャンプ)!!」

 

グワンと、地面と視界が大きく揺らぐ。

表現しようのない幻想的な空間が辺り一面に広がる。

そして視界が眩い光に包まれ______

 

______辿り着いたのは、鏡面界の未遠川。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬木、新都

 

 

 

人っ子一人いない新都を歩く青年、上条当麻。

今までの時間で、上条当麻は多くの情報を得ていた。

 

まずここは、冬木市という学園都市とは全く縁のない市だということ。

次に、上条当麻は冬木ハイアットホテルというところに落ち、紫の霧は未遠川という川から出ているということ。

 

そして、ここは人の住む現実世界ではないということ。

 

「ホント、何もねぇなー……」

 

先程は夕方だったのに、ホテルで休み過ぎたせいですっかり夜も更けている。

 

この新都は、冬木市の中では比較的発展した区域であり、未遠川によって区切られている。

とは言うものの、未遠川沿いにはちゃんと住宅地も存在するらしい。

 

現在、住宅地に入ったところだ。

 

「……なんか御使堕し(エンゼルフォール)んとき思い出すな…いや町並みがよ?」

 

上条当麻は夏の頃の思い出にふける。

 

御使堕し(エンゼルフォール)というのは、夏に上条当麻が実家に帰省している際に遭遇した大魔術である。

これによって彼の心には強いトラウマ(?)が植え付けられた。

 

「うぅ…あれは嫌な事件だったな………」

 

あんなことはもう二度と体験したくない。

女の子が大男になったり、大男が女性(ねーちん)になったり…

などと考えていると、

 

 

未遠川の方が一瞬光り輝いた。

 

 

 

「なっ、なんだ!?」

 

先程まで全く音がなかったのに、なぜか川の方が一層騒がしくなった。

 

打撃音や宝石の砕け散る音、魔力が放出される音や肉が裂かれ血が噴き出る音。

 

___何かが戦っている。

 

「誰かいんのか…!?クッソ、急がねぇと!」

 

上条当麻は走りだす。

 

戦場(未遠川)へと________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡面界、未遠川

 

 

 

この場所には、前も訪れていた。

 

ずっと前、まだ美遊がイリヤのことを”イリヤ”と呼ぶ前だった。

 

5枚目のクラスカードの黒化英霊(サーヴァント)…”フュンフセイバー”と戦ったのは、ここ未遠川だ。

あの頃に活躍したアインスアーチャーのカードは、今はクロの(コア)となっている。

 

しかし、その場にいたのは……

 

「………ナニコレ、タコぉ!?」

 

周囲一帯に跋扈する緑に青紫のタコのような怪物。

川にいる紫の霧を放っているこの巨大な肉塊が例の黒化英霊(サーヴァント)だとは考えにくい。

おそらくあの中にいるのだろう。

 

「使い魔の大量召喚……キャスターですか」

「なるほど。9枚目、ノインキャスターってとこね」

 

七柱あるサーヴァントのうちの一柱、キャスター(魔術師)

高い魔力を持ち、陣地作成能力と道具作成能力にも長けている。

その反面身体能力は極めて低く、他のサーヴァントは殆どが対魔力の耐性を備え持っているため、キャスターは”最弱のクラス”とまで言われている。

 

アインスアーチャーとツヴァイランサーを単独で撃破したバゼットならイチコロだろう。

 

しかし、そうもいかない。

 

問題なのは、使い魔の量だ。

キャスターは皆揃って大量の使い魔を使役しているのだが、この使い魔共は幾ら何でも多すぎる。

周囲の使い魔を殲滅しないかぎり、ノインキャスターが入っている肉塊に辿り着くことすらできない。

 

さらに、あの巨大な肉塊は未遠川の中央に鎮座しているため、とても戦える状態では近付けない。

アーサー王の精霊から受けた加護とやらがあれば水上歩行も可能になるのだが、そんなものはない。

 

たとえ辿り着いたとしても、中からどんなのが出てくるかは検討がつかない。

おそらくノインキャスターは肉塊に籠もってずっと出てこないだろう。

奴を外に連れ出すにしても、至近距離で作業を行うことになるため、そんな状態で襲われたらただじゃ済まない。

 

「くっ、邪魔ですわねこのタコ!私、生憎タコは嫌いでしてよ!」

「ほんっとキリがないわね!あとルヴィア、あんた全国のタコ好きジャパニーズに謝ってきなさい!」

 

「こ、こんな状況でもツッコミは欠かさないんだね凛さん……おっとっと!」

「ありゃあもう意図的じゃなくて無意識ね……っと、近寄らないで!」

 

それにしてもタコが多い。

ろくに会話もできやしない。

 

たとえキャスターだとしても、この量の使い魔を召喚できる魔力は異常だ。

何か別のものを魔力源としているのだろうか…?

 

「……わかったわ!あの肉塊に近寄れないのなら、遠距離から狙撃すればいいのよ!美遊、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)出せる?」

 

そういうとクロは弓を投影した。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)というのは、4枚目の黒化英霊(サーヴァント)であるフィーアキャスターが所持していた宝具である。

突き立てた対象の魔術効果を無効化するというその短剣は、まさに掟破り(ルールブレイカー)の名が相応しい。

 

どうやって取り出すのかというと、

 

「うん……フィーアキャスター、限定展開(インクルード)!」

 

美遊がサファイアにフィーアキャスターのカードをかざすと、カードが光り出し、奇形の短剣__破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)へと姿を変えた。

 

限定展開(インクルード)とは、黒化英霊(サーヴァント)を倒すことによって手に入れるクラスカードの使い方の1つである。

そのカードを、その黒化英霊(サーヴァント)の代表的なモノ1つに姿を変えさせる、という代物だ。

 

ちなみに、クロの投影した弓は、本来アインスアーチャーのカードで限定展開(インクルード)を行った時に変化するモノだった。

矢は別売り。

 

美遊はクロに破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を投げ渡す。

 

「何に使うの?………まさか!」

「そう、そのまさかよ!」

 

クロは、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を手に取ると、

 

矢の代わりにして撃ち出した。

 

「なるほど、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を矢の代わりにして、奴のあの肉塊を無効化しようってことね」

 

撃ち出した破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)は肉塊に見事命中し、肉塊を弾けるようにして消し去った。

 

「よし、これで中身が……!」

 

肉塊から出てきたのは、魚人面の男だった。

 

肌は病的なほど白く、長い髪はボサボサで、狂ったような笑みを浮かべている。

皮膚には、血飛沫が布に染みたような痕があった。

青と赤紫の道化師のような服装だが、腕や脚など、白い鎧の一部が残っているところもある。

鋭い爪の生えた手には、赤く光る、人の皮膚で出来た本のようなものが握られていた。

 

『フッ、フフッ、フヒヒ、ヒハ、ヒハハハハハ……!』

 

精神が狂っているような笑い。

仮にも英霊なんて呼べるようなものじゃなかった。

 

「あの本がノインキャスターの魔力源ね…さて、水上のアイツにどう攻撃するか……」

 

遠坂凛は考えようとしたが、使い魔に邪魔されてなかなか考えられない。

 

「もうっ、邪魔ね!…そうだ、いいことを思いついたわ!」

 

どうやら、彼女に考える時間など必要なかったようだ。

 

「アーサー王は水霊の加護を受けてたのよね?賭けになるけど、フュンフセイバーを夢幻召喚(インストール)すれば、行けるかもしれないわ!」

 

夢幻召喚(インストール)とは、クラスカードの本来の使用法。

力を自らに上書きするサーヴァントの疑似召喚、いわば自分がサーヴァントになるということだ。

これによって、宝具は本来のモノとほぼ同じ性能で現界することができる。

 

「さぁ、やりましょうイリヤさん!」

「わかった!夢幻召喚(インストール)!」

 

フュンフセイバーのカードをルビーにかざすと、瞬く間にイリヤが光に包まれる。

 

そしてイリヤは、英霊(セイバー)となった。

 

清楚な白いドレスに、ポニーテールになった髪。

そのドレスは、花畑に咲く美しい一輪の白百合の花のようだった。

そして右手には金色の剣……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)が握られていた。

 

「水の上は……」

 

フュンフセイバーを夢幻召喚(インストール)したイリヤは、水面へ一歩踏み出す。

すると、水面には波紋が広がるが、イリヤは沈まない。

 

遠坂凛の仮説は正しかったのだ。

 

「歩ける!なら、考えてる暇なんてない!」

 

イリヤはそのまま走りだした。

 

フィーアキャスターまではかなりの距離があるが、夢幻召喚(インストール)によって強化されたイリヤの脚力があれば容易い。

邪魔しようとする使い魔を斬り伏せ、水上を突っ走る。

 

そして、あっという間にノインキャスターの目の前に辿り着く。

 

「行ける……はああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を振り、ノインキャスターの身体を斬り裂こうとする。

 

しかし、

 

『ゥ…アアァ、オオアアアアアァァァッ!!』

 

ノインキャスターは、余っていた右腕でイリヤの腹を思い切り殴った。

 

「ごっ……かはっ…!?」

「イリヤっ!!」

 

計り知れないほどの衝撃がイリヤの腹を襲い、血を吐き出してしまう。

痛みはバゼットに殴られた時以上だった。

 

「何よアレ……話が違うじゃない、本当にキャスター!?」

 

遠坂凛にとっても想定外の事態だったようだ。

 

単純に筋力が強い個体なのなら、イリヤはただ殴り殺されてしまうかもしれない。

 

「う…げほっげほっ、おえぇっ……!」

 

イリヤは座り込んでしまい、まだ立ち直れない。

このままでは本当に殴り殺されてしまう。

 

「ぐっ…何やってんのよイリヤ!早く戻って来なさい!」

 

クロには遠坂凛によって呪いがかけられているので、イリヤが痛いとクロも痛い。

つまり、このままではクロも死んでしまう。

 

だが、ノインキャスターはうずくまっているイリヤの腹を蹴り続ける。

 

『アアッ!アアッ!アアアアアァァァァッ!!』

「ぐっ…ううっ……がっ…!」

「くはっ…コッチにまで、痛みが…!」

 

果てしない痛みに2人は恐怖を覚えていた。

 

すると今度は水中から複数の触手が飛び出てくる。

同時に、地上からも触手が飛び出る。

間違いなくノインキャスターによるものだろう。

 

イリヤはその触手に投げ出され、地面に身体をぶつける。

 

それに続き、ノインキャスターもゆっくりと上陸する。

 

「ぐあっ!はぁ…はぁ…」

「イリヤ…!」

 

しかしこれで勘弁してくれる筈もなく、今度は触手がイリヤとクロを拘束する。

 

『フ、フフフ、フフフフフ…!』

「2人を離して…砲射(シュート)!」

 

美遊は触手目掛けて魔力砲を発射する。

しかし、見た目に反して触手が強靭で、なかなか破壊できない。

 

ルヴィアが宝石魔術で触手を攻撃しながら美遊に話しかける。

 

「何をしているの美遊!このままでは、2人共死んでしまいますわよ!」

「わかってます!!わかってるけど、けど……ッ!」

「ぬうっ……ふんっ……!…ダメです、びくともしません」

 

バゼットもなんとか触手を引き剥がそうとするが、力が足りない。

 

そうこうしているうちに、イリヤ達2人はどんどん危険な状況に追い込まれている。

 

「ぁ……うぅ…りん、さ……」

「くっ…こうなったら、本体を直接叩いて…………きゃぁっ!」

 

ノインキャスターに宝石魔術で攻撃しようとするが、触手によって吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐはぁっ!あぁ……イリヤ……!」

「クロ……こんなお姉ちゃんでごめん、ね……」

「誰が…お姉ちゃんよ…………くぅっ!」

『フハハハ、アヒャヒャヒャヒャヒャ、ヒャァーーッハッハッハッハッハッハ!!』

 

相変わらず狂笑を絶やさないノインキャスター。

このままでは二人共死んでしまう。

 

あぁ…私達はこんなにもあっさり終わっちゃうのか………

 

そう思っていた、次の瞬間、

 

 

「おい、テメェ……」

 

 

どこからか声がした。

 

 

「いい年してんのによ……」

 

 

声は冬木大橋から聞こえてくる。

ノインキャスターのほぼ真上だ。

 

 

「幼い女の子を……」

 

 

声の主は冬木大橋から飛び降りると、

 

 

 

「____いじめてんじゃねぇぞッ!!」

 

 

 

ノインキャスターを数mも殴り飛ばした。

 

 

『ボハァッ!ア、アアァッ!!?』

 

ノインキャスターの意識が触手から外れたため、イリヤとクロが拘束から解かれて落下する。

 

「イリヤ…!!イリヤ、大丈夫…?」

「う、うん……もう大丈夫…それより、あの人は……?」

 

橋から飛び降りてきたのは青年だった。

Yシャツにズボン、どこかの学校の制服だろうか。

どうセットしているのか、髪はウニのようにボサボサになっている。

 

一変何の変哲もないただの青年だ。

なのに、なぜ鏡面界にいるのだろうか。

 

「___見たところ、あの本が魔力源だな」

「……それで、どうする気なのよ…?」

「決まってんだろ……」

 

青年は退屈そうにつぶやく。

 

「……消す!」

 

すると、青年は使い魔が蔓延る中に走っていった。

 

「ちょ、ちょっとアナタ、危険すぎますわ!ただの高校生が……」

「ただの高校生だからこそ……魔術も能力もナシで勝負(ケンカ)する!」

 

青年が使い魔を右手で一発殴ると……

 

バキンという音を立てて使い魔は砕け散った。

 

「え…うっ、嘘ぉッ!!?」

「使い魔を……一撃で倒した…!?」

「いや、アレは倒したというより……”消した”の方が正しいわね」

 

青年は次々と使い魔をその右手で消していく。

 

「なるほどな…この使い魔も魔力で構成されたもんだから消せるってことか。てかコッチの世界の魔術にも通用すんのな」

 

予想外の展開に、ノインキャスターも流石にビビる。

 

間近まで接近した青年がノインキャスターに殴りかかろうとする。

ノインキャスターは、慌てて頭を後ろに引く。

 

『ヒ、ヒィッ!!?』

「わりぃけど、俺が殴りてぇのは…」

 

「そっちじゃねぇんだっ!」

 

ノインキャスターの左手を右手で殴る。

 

その手の中には、魔力源の本が。

 

『オ、オオ、オオオォォ……』

 

本は青年の右手によって、消滅した。

それに続いて使い魔も次々と消滅していく。

 

「よし今だ!コイツを丸腰にした、やっちまえ!!」

斬撃(シュナイデン)_______ッ!!」

 

イリヤがルビーから魔力の刃を放つ。

 

その刃はノインキャスターへまっすぐ進み………

 

 

ノインキャスターの半身を真っ二つにした。

 

 

『アァァ、アアアァァァ……ジャ……ジャン……………ヌ…………』

 

ノインキャスターは黒く霧散して消えた。

 

残ったのは、老人の絵が描かれた一枚のカードのみ。

 

「では、回収しちゃいましょう、イリヤさんっ!」

「うん。………クラスカード、ノインキャスター、回収…完了ーーーーーッ!!」

 

周囲から安堵の声が聞こえる。

………バゼットだけ、どこか悔しそうだったが。

 

「うぁーー、疲れたぁぁーーーー!……で、ここどこだろう」

「とりあえずそこのアナタ。カード回収に貢献してくれたのはありがたいわ。でもあの右手、ただものじゃないわよね。一体誰なの?」

「ん、俺か?俺は上条当麻_______

__________ただの高校生、ってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、朝、エーデルフェルト邸

 

 

 

「ぐがーーー……ごぉーーー……」

 

上条当麻はベッドで眠っている。

 

あの戦いの後、上条当麻は行き先がない、ということで少しの間エーデルフェルト邸で世話になることになった。

疲れきっていたので、今ではもうすっかり夢の中だ。

 

「……うわぁー下品、しかも寝相悪っ…普段どんなとこで寝てんのよ……」

 

メイド服で箒を片手に持った遠坂凛は上条当麻をキツイ眼差しで見ている。

 

ちなみに上条当麻が眠っているのは、エーデルフェルトの執事オーギュストの部屋だ。

 

「あら遠坂凛、彼のことが気になって?」

「ばっ……そ、そんなわけないでしょ!まだあって半日足らずなのに…」

「………まぁそうですわよね。今時、こんな類人猿に興味を持つ方が珍しいですわ」

 

地味にひどい発言をするルヴィア。

同じ高校生でも衛宮士郎と類人猿(上条当麻)とでは違うのだろう。

違ってくれ。

 

「ん〜……まぁ、興味は持ってるんだけどね。右手に」

「そうそう、(わたくし)も思いましたわ」

 

そう、上条当麻の、この異常な右手。

ノインキャスター戦にて、使い魔達や、魔力源たる本を消滅させたのだ。

 

「彼がこの屋敷に入ってから、どうも結界が機能していませんの」

「結界が?なんで?」

「この右手が原因なのは確かなのだけれど、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)でも破壊できないような結界を入っただけで…」

「恐ろしいわね…こんなの即封印指定よ封印指定」

 

2人は考える。

そして、考えついた結果は……

 

 

 

「お願いイリヤ、そっちであの上条とかいうのを引き取って!」

 

唐突なお願いにイリヤは少し驚く。

 

「えぇ…なんでうちなんですか?」

「実は、アイツがエーデルフェルト邸にいると、右手が作用しているせいか結界が機能しなくなってるのよ。それに男子なんてアイツだけよ?それに対して、そっちの家は結界もないし、男子だったら衛宮くんがいるでしょ?だから、ね?お願い!」

 

イリヤに向かってこんなに頭を下げている遠坂凛は初めてだ。

隣では、ルヴィアと美遊も頭を下げている。

 

「いいんじゃないかしら?男が2人もいたら、なんか楽しそうだし!」

「えー…これ以上男が多くなると、暮らしにくくなっちゃうじゃん…しかも居候だよ?」

「細かいことはいーの!さ、あの人はうちが引きとるわ。良かったわね3人共!」

「ちょっ、勝手に決めないでよ!私の意見も……あれ?」

 

気が付くと3人はもうとっくにいなくなっていた。

代わりに、目の前には上条当麻がいた。

 

「……………………」

「…………………♪」

「………………何か俺の扱いひどくね?」

 

 

 

「というわけで……新しく当麻くんが家族の一員に加わることとなりましたーー!」

 

喜々として家族全員に報告するアイリ。

 

「……………( ゚д゚)」

 

なんとも言えない顔でいるセラと衛宮士郎。

 

「………………(#・∀・)」

 

頭に血管を浮かばせながらクロを睨むイリヤ。

 

「…………………( ´∀`)」

 

笑顔のクロ。

 

「……………………(・_・)」

 

真顔の久宇舞弥とリズ。

 

「えっと、これは自己紹介した方がいいよな…か、上条当麻です。少しの間お世話になりますので……よろしくお願いします…」

 

「な、なんて言えばいいのでしょう…?」

「…これで俺の影が更に薄くなるぞ……は、ははは…」

 

どうやら衛宮士郎とセラは動揺しているようだ。

どちらも苦労人、さらに苦労することになるのだろう。

 

「私は普通に嬉しいのですが。ねー」

「ねー」

 

いつの間に仲良くなったんだ、と突っ込みたくなる久宇舞弥とリズ。

仲良くなるのはいいことだが、とにかくこの2人は上条当麻を歓迎しているらしい。

 

そして、イリヤがこの場で嫌だと言える筈もなく。

 

「ク〜〜〜ロ〜〜〜〜〜?」

「はいはい、わかったから。……いい加減受け入れたらどうなの?」

「…もう、仕方ないな……今回だけだからね!」

「と言っておいて何度も優しくしてくれる優しいお姉ちゃん♪」

「なっ………何よこのぉっ!!」

 

遂に切れたイリヤが、クロに襲いかかる。

 

「うわはぁっ!?ちょ、やめてやめて!私が悪かったからーーーー!!」

「イリヤさん!?喧嘩はいけませんよ!けっ喧嘩はぁぁ……」

「なんでさぁぁぁーーーーーーーーーッ!!!」

 

たちまち大乱闘へと発展してしまった。

アイリ、リズ、久宇舞弥は相変わらずの態度でいる。

 

 

そして、

 

「……はは、全くいい家族だな…」

 

そう笑顔でつぶやく上条当麻なのであった_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、和室

 

 

 

同じ高校生同士ということで、上条当麻は衛宮士郎の部屋に居候することとなった。

いつも居候させている立場の自分が、まさか居候することになるなんて思いもしないだろう。

 

「ぐぉぁぁ、ふぁぁ〜っ……ん、士郎はまだ寝てるのか……って、んんっ!?」

 

部屋にいるのは、起きたばかりの上条当麻。

隣の布団で眠っている衛宮士郎。

 

そして、何故か下着のままで、何故か上条当麻に抱きついて眠るクロだった。

 

「すー…むにゃむにゃ……もう…入んないよぉ…すぅー……」

「くっ………クロ!!?」

「ん〜…?クロがどうかしたのか当麻〜……って、ああっ!!遂に当麻にも矛先が……!!?」

 

そして、いつも通り奴……あの白い悪魔はやってくる。

同じように、戸をガラガラッと開けて。

 

「ぁぁぁぁああああああああ…………」

「いや、違うんですおぜう様!これは俺が小五ロリという悟りを開いたのではなくてですね……!」

 

 

 

「とうまの不潔ッ!!」

「不幸だっ!!!?」

 

甲高いビンタの音(モーニングコール)で、衛宮家の日常は今日も始まる。




さて、イリヤさんと上条さんが交流なさいました。
上条さんの不幸に染まっていくさまをご堪能くださいまし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 赤き悲劇と黄色い愛
Spell4[学園生活 Heaven_or_Hell.]


一応新章ってことにしてちょ


上条が衛宮家に居候することになってから早数日。

 

「当麻さん、そちらの茶碗は洗ってあるので、そのまましまっておいてください」

「あっはい、わかりましたー」

 

セラの家事の手伝いに(いそ)しんでいた。

 

彼はつい最近まで一人と居候2人で暮らしていた。

居候2人と言っても、服装はほぼ毎日一緒なので、食事以外に苦労することはなかった。

しかし、今回ばっかしは違う。

自分を含む7人分の食事の支度、食器洗い、洗濯などなど、セラと分担で作業しているが、それでも馬鹿にならない量だ。

 

だが上条は、これによって今まで以上に家事のスキルが身に付いた。

彼も正直、やりたくないとは思っていないようだ。

 

「それと当麻さん。気になっていたんですけれど……」

「え、なんです?」

 

「あなた………学校はどうするんですか?」

 

「………あー」

 

実を言うと上条は、この世界の人間ではない。

 

彼が本来いた世界で、帰宅途中に突如この世界に送られたのだ。

当然、この世界での戸籍はない。

だから、こちらでは学校にも通えていない。

 

「確かにこっちじゃ学校行ってなかったな……どうしよ」

 

どうしよ、と言っても、衛宮家の力では学校側に交渉することなど叶わない。

 

しかし、魔術であれば。

魔術の力があれば、何とかなるかもしれない。

 

 

 

「……って感じなんだが、頼む!何とかなんねぇか!?」

 

家事の手伝いを終えた上条はエーデルフェルト邸に来ていた。

といっても、この時刻では、凛やルヴィアどころか美遊さえいない。

 

老年執事オーギュストとの二者面談状態にあった。

 

「私に申されましても…そんなに学校に通いたいのですかね?」

「いや、そういう訳じゃねぇんだがな?そういう訳じゃないっていうのも何だが……一応身形も高校生だし、皆が学校行ってる時間に俺だけ行ってなかったら、なんか補導されちまいそうだなーって……」

「確かに、それは困りますな……」

 

オーギュストは頭を抱える。

 

上条はこちらの世界の魔術はあまり知らない。

正直、この状況を打開できる魔術がこちらに存在するのかさえ確かではない。

 

すると、オーギュストが何かをひらめいたようだ。

 

「……なるほど、暗示の魔術なら…」

「ん?暗示…ってなんだ?」

 

上条は暗示魔術については知らないようだ。

 

「相手に催眠をかけることによって、相手の思考や行動を操作する魔術のことでございます。この辺りで暗示魔術の第一人者といったら…」

「おっ、心当たりあんのか?」

 

少し表情が明るくなった上条。

しかし、

 

「ですが彼女の性格上、承認してくれるかどうか………」

「は?何だよその性格上って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穂群原学園小等部

 

 

 

午後3時頃。

 

ほとんどの小学生は家路につき始めていた。

もちろん、イリヤ達もだ。

 

「ねえ美遊、なんか今日の藤村先生テンション高かったよねー」

「うん…いつも高めだけど、今日は尋常じゃなかった……」

「あれほどだと、逆にこっちが疲れるわよもう…」

 

彼女らの担任、藤村大河。

ヤクザ組長の孫娘でありながら小学校の教師を勤めるという、これまたなかなかレアな人間である。

”冬木の虎”の異名を持っており、その名の読みもあって一部の生徒からは大河(タイガー)と呼ばれている。

英語と剣道に長けており、特に剣道は五段というとんでもない実力。

 

ちなみに、イリヤ美遊クロと、クロにファーストキスを奪われた同級生の栗原雀花、森山那奈亀、嶽間沢龍子の3人で構成された”初ちゅー奪われまし隊”とのドッジボール対決に、同じくファーストキスを奪われた彼女が初ちゅー奪われまし隊として加入したが、顔面に直撃を受け名誉の戦死(?)を遂げた。

魔法少女相手では、かの冬木の虎も所詮この程度なのである。

 

そんな毎日ハイテンションな彼女だが、今日はいつも異常にハイだったらしい。

 

「どうせあの先生のことだから、遠く離れてた初恋の人がこっちの帰ってくるとかでしょ」

「藤村先生だから、っていうのはちょっとアレなんじゃないかな……」

 

そんな会話をしていると、

 

「………イリヤ、あれ…」

「ん?あれって……とうま?それにオーギュストさんまで…何しに来たんだろ?」

 

3人の視界の中に、校舎へ向かう上条とオーギュストが映る。

小学生でも、ましてや学校に通ってすらいない彼らが、なぜここにいるのだろうか。

 

「………ま、所詮私達には関係のないことでしょ。でもなんで小等部なんかに……?」

 

さりげなく答えていたクロも気になっているようだ。

 

上条とオーギュストははそのまま小等部の校舎内へと姿を消した。

 

 

 

「………で、アンタがオーギュストさんの言ってたカレンか?」

 

保健室。

そこに来た上条とオーギュストの2人は、ある女性と対面していた。

 

「初対面でアンタとは何ですか。全く、失礼な青年だこと」

「す、すまねぇ……えっと…」

「仮にも私はここの養護教諭よ。カレン先生と呼びなさいな」

 

彼女の名は、カレン・オルテンシア。

折手死亜華憐の偽名で、ここ穂群原学園小等部にて養護教諭を勤めている。

その正体は、聖堂教会から派遣されたシスター。

クラスカード回収のバックアップ、及び監視をしている。

 

「アンt………先生が暗示魔術に長けてるって聞いたから、教員に暗示をかけてもらって、転入生を偽って高校に通いたいんだが…」

「なるほど。それで私を尋ねた、ということですね」

「ああそうだ。だから____」

 

案外簡単に引き受けてくれそうだ。

上条はそう思っていた。

 

しかし、

 

「………………嫌です」

 

「は…嫌、だって?」

 

今確かに彼女は嫌といった。

駄目でも無理でもなく、ただ”嫌”と。

 

「やはり……ダメだったようですな」

「ちょっ、なんでだよ!シスターってのは、どいつも人に慈悲をかけるんようなのじゃなかったのかよ!?少なくとも、俺が見てきたほとんどのシスターが当てはまってたぞ!!」

「_____どんなことがあってそれほどのシスターを見てきたのかは知りませんが

 

断ったほうが、アナタが苦しみ藻掻く無様な姿が見れそうですから………ふふふ」

 

とんでもないことを言った。

 

今とんでもないことを言ったぞこの聖職者。

 

「…………なあオーギュストさん。コイツの性格上の問題って…」

「その通り、他人が不幸になる様を見てほくそ笑むような方なのです。…メシウマ、といえば分かりますかな」

 

「ねえアナタ。我が家の家訓、何だか知ってる……わけないわよね」

「あ?何だって今そんな話を始めて______」

 

「他人の不幸は蜜の味、よ。……ふふ、愉悦愉悦」

 

「……………もうテメェシスター辞めちまえ」

 

人を職で判断してもいけない、ということを彼はよく理解した。

 

思い出せば、タトゥーを入れてタバコを吸うエセ神父もいたし、見た目小学生なのに立派に高校教師を勤めている合法ロリだっていた。

 

なぜ上条の周りにはこんな人間しかいないのだろう。

 

「そもそも、アナタは本心から学校で勉強をしたいと思っていて?」

「う……そう、といえば嘘になるけども……」

「じゃあ別にいいじゃないですか、行かなくても」

 

確かに言われてみればそうだ。

 

「でもそうですね……どうしてもと言うのであれば、」

「お?」

 

ほんのちょっと期待した上条だったが、

 

「____アナタがまともな実力を持っていることをを証明できてから考えます」

 

そんな期待は無駄だった。

 

どこからか赤い布を取り出し、投げ縄のように上条目掛けて投げる。

 

「なっ、いきなりかよ!?」

「マグダラの聖骸布です。コレにくるまれた者は身体の動きを束縛され___」

 

上条は右手を聖骸布目掛けて伸ばす。

右手に触れた聖骸布は、

 

ヘニョンと、先程までの勢いを失い崩れ落ちた。

 

「束縛、され………え?そんな、束縛…されない………」

 

「ふぅ……とっさの判断で右手出したけど、今回ばっかしは運がよかったな」

「どうして……ありえない、相手は男なのに………」

「っと、こっちも言っとかなきゃな。

 

俺は右手で触れただけで、魔術だろうが神様の奇跡だろうが問答無用で打ち消せんだよ」

 

「魔術も……神の奇跡も……打ち消す………はぁ、わかりましたよ、参りました」

 

カレンが負けを認めた。

ということは、

 

「やれるだけやってみましょう。成功したら、制服や教材一式をエーデルフェルト邸…オーギュストさん宛てに送ります。アナタは翌朝、エーデルフェルト邸で着替えて、8時10分までに職員用玄関まで来るように。わかりましたね?」

「承知いたしました」

「8時10分な、おっけー」

 

なんとかカレンを説得することができた。

これで明日には学校に行けるはずだ。

 

「で、用件が済んだならとっとと帰ってもらえます?いつまでも小学校に強面爺とウニ頭男がいると怪しまれてしまうので」

「強面爺とウニ頭男って…ま、そうだよなぁ……すまねぇ、邪魔したな」

「失礼致します」

 

オーギュストが保健室から立ち去る。

上条も出ようとするが、ちょっと立ち止まり、

 

「そうそう。1つ言ってもいいか?」

「なんでしょう。手短に」

 

「______俺は元々不幸だからな」

 

そう言って、同じく上条も保健室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

「うぁーーーー、おはよ〜……」

 

朝になり、目覚める上条。

士郎の布団は、何故か片付けれれていた。

 

「んん…士郎のやつ起きてんのか?ったく、起こしてくれよ……んんんーっ、あ”ぁ…」

 

ひと伸びしたところで、早々に着替えて朝食をとりに食卓へ向かう。

 

「ああっ当麻さん、遅いじゃないですか!早く済ませて、手伝い、お願いします!」

「あ、はいはい……すんませんセラさん……」

「セラさん、そんなに厳しくすることないんじゃないですか?」

「ですが、このクセが万が一イリヤさんにでも移ったりしたら……」

 

セラは相変わらず忙しそうに家事をしており、向こうはアイリとリズという珍しいコンビが菓子をつまみながらテレビを見ている。

舞弥は、セラの手伝いをしているようだ。

 

そのまま上条は食卓につき、箸を取る。

 

「ん〜何か忘れてる気が…まいっか、いただきまーすっと………」

 

今日の朝食は、焼き魚に青菜のおひたし、で味噌汁とご飯という、THE☆JAPANという感じだった。

 

(こういう飯は風情があって好きなんだよなぁ…お、このおひたしうめぇぞ)

 

順調に食べ進み、半分ほど減った味噌汁の器に手を伸ばした時、ある疑問が浮かぶ。

 

「そういやセラさん、士郎を朝から見かけねぇんだけど、どうしたんですか?あ、そういやイリヤとクロも見てねぇな……」

「シロウ達ならもう学校に行きましたよ。イリヤさんとクロさんも先程、美遊さんが迎えに来ました」

「あぁそっか、3人とも学校なんだよな。朝早くから疲れてないのかよ………って」

 

嫌な予感がする。

 

ふとテレビの音声が耳に入る。

それは、恐ろしいものだった。

死刑囚が脱獄だとか、合法ロリ教師のJSヴォイスだったりとか、そんなチャチなもんじゃない。

 

『では、午前8時5分、朝のニュースをお伝えいたします。えー、沖縄の埋め立てに対するデモ発生を受け、首相らが沖縄知事と会見を______』

 

「沖縄かぁ、どうなるんだろーねー」

「埋め立てはやめてほしいわね。私はこの美しい海が好きなのだけれど……」

 

沖縄埋め立て?どうでもよくないが、今の上条にとってはどうでもいい。

 

大切な部分は、

 

 

(午 前 8 時 5 分 ?)

 

 

確か8時10分に、穂群原学園職員玄関でカレンと待ち合わせをしていたはずだが…

 

「…………は、ははは、まいっかぁ……

 

 

って、よくねぇ!!!!!」

 

 

「はうっ!?い、いきなり大声出さないでください!危うくお皿を………ってコラ、どこへ逃げるおつもりですか!」

「どこへもなにも、学校だよ学校!!」

「なっ、学校にまで逃げるというのですか…………学校?」

 

清涼飲料水でも飲み干すようなスピードで味噌汁を飲みきり、

 

「ぷぁーっ、一応飯全部食ったから!じゃ行ってきます!!やべぇやべぇ……」

 

そう言い残し、行ってしまった。

 

「ふ〜ん…とうま学校行くんだ……」

「あらあら、青春ねぇ……♪」

 

そして、相変わらずブレないアイリズなのであった。

 

 

 

「ああったく、なんやかんやで制服に着替えんのに2分かけちまった…あと3分かよ……っ!」

 

彼らしく首元を開けたブラウンの制服に、黒いピカピカの鞄が栄える。

 

「まだ小学生も歩いてんじゃねぇか……クッソわざと早めに設定しやがったなあの野郎!」

 

ふふふ、と黒い笑みを浮かべるカレンの顔が脳裏をよぎる。

 

しかし、今の上条の脳内BGMはまさに熊蜂の飛行。

余計に危機感がアップしてしまう。

 

何mか走ると、自転車を押す士郎が目に入る。

 

「ああ当麻。いつまでも起きないから先に……あれ、お前なんでウチの制服着t」

「悪ぃ今そんな暇ねぇっ!」

「うわらばっ!?」

 

勢いのあまり士郎を突き飛ばしてしまう。

そのまま後ろにのけぞった士郎は、電柱に後頭部からぶつかってしまった。

 

(うわ痛そう……大丈夫か……大丈夫だよな、大丈夫、うん)

 

そう自分に言い聞かせ、更に走る。

 

「イテテ……………なんでさ?」

 

「クッソ今どんぐらい経った?ああもう、不幸だァーッ!」

 

そう嘆いているが、前で見覚えのある3人…と1人がそれを耳にしていた。

イリヤ、美遊、クロ、3人の同級生の森山那奈亀だ。

 

「えっ、とうま!?なんで制服…」

「イリヤ!?って、おっとととうわっ!」

 

注意がイリヤに向いたのか、つまづき転んでしまう。

そのまま地面を滑り、イリヤの股下で停止した。

 

「うおぉ何だー!?何かウニ頭の兄ちゃんがイリヤの股下に突っ込んでったー!!」

「うへぇ……こりゃ痛いわね〜」

「…………アスファルトに血が」

 

意識は残っているようだ。

力を振り絞って立ち上がろうとするが、

 

「とっとうま、だいじょう……ぶっ!?」

「イリヤ悪い、今急いで………あ」

 

スカートの彼女の股下から立ち上がってしまったため、スカートが上条の頭で押し上げられ、イリヤのパンツがあらわになる。

 

「あちゃー……」

「い、イリヤ?この兄ちゃんって……」

「……今日のイリヤはピンク。おっと鼻から赤い友情が」

「申し訳ありませんイリヤスフィールお嬢この仕置は放課後になんなりとぉぉ…っ!!」

 

またもや走り去ってしまった。

 

「とっ…とうまの……とうまのばかーーーーーーーーっ!!!」

 

更に何mか走った。

昨日の道のりから察するにのこり1/3といったところだろう。

 

「悪い事しちまったな……学校いるうちに遺書書いとかないと……って言っとる場合かっ!」

 

確かあの十字路を曲がれば、後は一直線だ。

 

「やれる上条当麻……その右手を信じるんだ…!…………いま関係ないけど」

 

そう言い聞かせ、角を曲がろうとした瞬間、

 

ゴチンと、同じく十字路を進んできたであろう何者かに衝突する。

 

「いでっ……悪い急いでて…大丈夫、か…」

 

と言おうとしたところで、思わず口が固まる。

 

ぶつかった相手は少女だった。

見たところ彼女も穂群原学園の生徒だろう。

サラサラとした紫の髪に、赤いリボン。

そして何より、かなりプロポーションがよかった。

この体型だと元いた世界の吹寄制理を思い出すが、この少女は吹寄と違って優しそうだ。

 

「いえ、私の方こそすいません……怪我ありませんか?」

 

ほらやっぱり優しい。

天使はここにいたのだ。

 

「あっ……あなた、おでこから血が…!」

「ん?ああ、これな。これはぶっかる前からあったし、そんなに痛くねぇし、大丈夫だ。擦ったぐらいでウジ湧いたりしねぇだろ別に」

「ならいいんですけど……消毒、忘れないで下さいよ?」

「わかってる………って…………」

 

彼女の腕時計の針が目に入る。

長い針がほとんど2のところにかぶっていた。

 

「あと1分もないじゃねぇか!悪ぃ、謝罪ならまた校内であった時にすっから、とりあえずありがとな!」

「あ、はい………」

 

上条は行ってしまった。

 

「……なんか面白い人だったなぁ」

 

「はいセェェェェェーーーーーーーッッッフ!!」

「4秒遅れよ。約束が違うじゃない」

「うわーんいいじゃないですかカレンせんせー!けがしてまでがんばたのにーーっ!」

「はいはい、わかったから落ち着きなさい」

 

なんとか間に合った上条だが、4秒遅れ、ということを責められる。

 

「…で、こんな早くに呼んでどうすんだ?」

「え?どうもしないわよ?」

「え?」

 

思わず2人共硬直してしまう。

特に上条の表情がやばい。

 

「…………卒業証書はどこですか先生」

「行かせません」

 

上条のがみるみる涙ぐんでいく。

朝早く起きてすぐ同居人に叱られ、兄者分を突き飛ばし、妹分のパンツをあらわにさせ、頭を擦りもすれば泣くだろう。

 

「根性のない男子ね。うそうそ、学校に遅れないようにするための予行練習よ。これで時間に対する考え方が変わったでしょ?」

「あー、なるほどな納得」

「早っ立ち直るの早っ」

 

おもわずらしくないツッコミを入れてしまったカレン。

コホンと咳払いをし、これからの流れを説明する。

 

「職員室に行ったら担任の先生のところまで案内するわ。ホームルームは40分だから、時間になるまで職員室で待機。あとその右手の特性上、教員に指一本触れると暗示が解けるからこの手袋を常時着用すること。いいわね?」

 

 

 

キーンコーンカーンコーン、とありきたりなチャイムが鳴る。

生徒たちは朝読書で読んでいた本をしまい、

 

「起立!」

 

ガタガタっと、学級委員の号令で立ち上がる。

 

「気をつけ、礼!」

『おはようございます!』

「着席!」

 

挨拶が終わると、またガタガタと席に座る。

 

それからは机に突っ伏している輩や、隠れて本を読んでいる輩が目立ってきた。

だが彼らも、聞くときは聞いている。

風紀の乱れはほぼない。

 

「えーとだな、唐突なんだが、今日は我が1−Bに転入生が来たぞ」

 

「えー転入生だってどんな子?」

「男?女?」

「パイオツデケェかなぁ」

 

教室が一層騒がしくなる。

 

「転入生が来て騒がしくなるのは当然だからな、俺は責めないぞ。さ、入れ」

 

そう言い、転入生を入室させる。

 

「あ、結構イケメンじゃん」

「なんか面白そうじゃねアイツ」

「うわ髪型すご遊◯王みてぇ」

 

「うん。ああ言ったけど転入生紹介の時くらいは静かにしろよテメーら。じゃ上条、自己紹介を」

 

その言葉の通り、黒板にデカデカと四文字の名前を書く。

 

 

「えーっと、その、なんだ、上条当麻です。んー、不幸になってもいいやつだけ仲良くしてくれ」

 

 

「…あのな、上条は差別してるわけじゃないんだぞ。昔っから不幸体質らしくてな、なんでも疫病神と呼ばれたとか〜うらめしや〜っ!」

「先生……古傷抉んなって…」

「あ、悪い。ま、仲良くしてやってくれよ!」

 

『はーい!』

 

「良い返事だろう上条。んで、お前の席なんだがな……ここだ」

 

座席表を取り出し、上条の席になる場所を指差す。

窓際の、日当たりの良い席だ。

 

「お、この席いいな」

「それならよかった。じゃ、席に座ってくれ」

 

上条は早々に席に座る。

 

「で今日の予定なんだが、まず”弁当がいいか給食がいいかのアンケート”が来ててな_____」

 

「………あの、上条さん」

「ん?」

 

隣から話しかけられる。

振り向くと、そこにいたのは…

 

「うおっ、さっき十字路であった………正直すまんかった」

「いえ、いいんですよ。ぶつかったのはお互い様なので」

 

やっぱりこの少女の天使っぷりは群を抜いている。

絶対下駄箱にハートの便箋いっぱい入ってるタイプだろ、と上条は思う。

 

「そういや、一緒のクラスなんだったら名前知っとかなきゃな…なんてんだ?」

 

「私ですか。私は____間桐桜っていうんです。よろしく、当麻くん」

「おう。こっちこそよろしくな間桐」

 

「おい上条、初日からシカトすんなよ悲しいだろ。あと間桐、お前もだ」

 

「えぇー桜ちゃん珍しいね先生の話聞き逃すなんて」

「うん…ごめんなさい」

「あれだろ、ぜってー間桐お前上条に惚れたろウイーww」

「えっ!?ちょっ、や、やめてよそんな……!!」

 

楽しい愉しい学園生活の始まりなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ某所

 

日本が朝の今、ヨーロッパはすっかり深夜だ。

電気の消え始めた夜の街。

それを見下ろすような高台に、2人の男が立っていた。

 

「…君には悪いが、単独で日本に行ってもらう」

 

黒いボサボサの髪に黒いスーツ、黒いくたびれたコートと、まるで暗殺者を思わせるような身形の男。

 

「あァ?単身日本になンて、何の冗談だそりゃァ?」

 

もう一人は、濁ったような白い髪に赤い瞳、白をベースとした服装にチョーカーと松葉杖の。刃こぼれしたナイフのような印象の少年。

 

「パートナーには既に日本に行ってもらってるんだけど、気になる報告があってね。僕の家に、一人の男の子が居候し始めたらしいんだ」

「居候だ?誰だってンだよ」

 

「上条当麻っていうんだ」

 

「上条……ねェ…」

「彼はあらゆる魔術的要素を無効化する特殊な右手を持っているらしいんだ。もしかしたら、君が”こっち”に来たのと何か関係があるかもしれない。頼めるか?」

「あァ、もちろんだぜ」

 

少年は口をクチャリと動かして

 

「あの三下は、ちょうど俺も気になってるトコだったンだよなァ…………」




ということで、弁当がいいか給食がいいかのアンケートを行います。
不答は許しますん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell5[仲良し兄妹 Domestic_Violence.]

待たせたな!
ってプリヤドライ始まってまったやないかい
ワイ遅すぎぃ!


「へぇ……当麻くんって、先輩の家に居候してるんですか?」

 

穂群原学園高等部校舎屋上。

昼下がりの屋上には、三人の人影があった。

 

上条当麻と衛宮士郎。

そしてもう一人、間桐桜だった。

 

上条が転校した1-Bに在籍している女子生徒。

赤いリボンに紫の長髪の、心優しい少女である。

弓道部の部員で、次期主将を期待されているほどの実力者。

ちなみに彼女の兄は弓道部副部長。

 

弁当箱やパンを手に、彼らは仲睦まじく話し合っていた。

 

「ああ……でも、一応士郎の従兄弟ってことになってっから、ここだけの秘密だぜ。ところで、間桐と士郎はどんな関係なんだ?」

「えっとな、ただの友達同士だよ。まぁ桜は弓道部の後輩だし」

「そうなのか……って、お前弓道部だったのかよ…」

 

士郎の意外な一面を上条が知れたところで、桜が一枚のチラシのようなものを取り出す。

 

「あの……よかったらこれ、今度三人でどうですか?」

「なになに………"蒼崎橙子・ガランドウの抜け殻展”…人形展か?」

「はい。この蒼崎さんっていう人、人形制作だけじゃなくて建物の設計もしているらしくて、ちょっと興味が湧いて……」

「ニュースでも取り上げられてたな…確か冬木美術館で今月末までやってるんだっけ?ちょうどいい機会だし、今度行ってみないか?」

「そうだな……よし、行こうぜ!でも、最近忙しいしなぁ……………」

 

上条がそう言った瞬間、桜の表情が曇った。

怒りとか悲しみとか、そういう類ではない。

 

“無"だった。

 

顔色もおかしくない、健康そうな顔だったが、表情が一切無かった。

光も闇も、生も死も感じさせない、"人形”のように。

その無表情が、"表情が曇っている”と上条に誤認させる。

 

「ちょ…………おい、当麻!」

「……あっ、悪ぃ間桐!そうだよな…誘ってもらっておいて断るなんて、ひどいもんな…」

 

上条は慌てて謝罪する。

すると、桜の表情が少し明るくなった。

 

「……えっ、今の断ったつもりだったんですか?」

「は?いや、全然、断ろうなんて思ってねぇぞ?ただ忙しいからすぐには行けないって感じで…月末までには空き作っとくからさ、許して!」

「わかってます……その代わり、必ず空き作ってくださいね?」

 

桜の天使のような笑顔が、再び現れた。

 

「そうだ。せっかくなんで、握手でもしませんか?まだその手袋外してるところ、一度も見てませんし…」

「ほんとだ……家じゃしてなかったのに、怪我でもしたのか?」

「いろいろ事情があんだよ。っと、いっけね、握手だよな」

 

上条は手袋を外すと、桜に手を差し伸べる。

 

「改めて、上条当麻だ。よろしくな!」

「改めて、間桐桜です。よろしくね!」

 

二人は笑いながら握手を交わす。

桜はサンドイッチを持っていた右手で。

そして上条も、

 

あらゆる異能を無効化する幻想殺し(イマジンブレイカー)が宿る右手で。

 

バキン、という甲高い音が響いた。

上条自身でさえ何を破壊してしまったのか把握できていない。

 

一方桜は、誤って人を殺してしまったような、何かに怯えるような、そんな表情をしていた。

 

「おい……当麻?桜もどうした?」

 

士郎も二人を心配していた。

しかし、所詮心配することしかできない。

何せ彼は、"二人とは違う”のだから。

 

「え………いま、何で。嘘……」

「どうして……俺の、右手が…間桐?」

「いや、あ、ぁあ……ごっ、ごめんなさい!!」

 

桜は左手に持ち替えていたサンドイッチを落として、屋上から走り去ってしまった。

 

「おっ、おい桜!待てって!」

 

士郎も桜を追って屋上を去る。

 

残ったのは上条だけだった。

 

音はなく、流れる風のみが鼓膜を刺激する。

上条は意味もなく虚空を見つめていた。

 

「なんで幻想殺し(イマジンブレイカー)が……間桐に限って、そんなこと………」

 

ふと目に入ったのは、桜のサンドイッチ。

食べかけの歯形がついたサンドイッチは、どこか欠けている桜の心のように思えた。

しかし、桜の心が欠けていると言い切れる証拠は無い。

 

何一つ、無い。

 

何一つ、知らない__________

 

 

 

午後の授業。

彼の隣に、桜は(さか)なかった。

 

 

 

午後の授業も終わり、昇降口は下校する生徒で溢れかえっていた。

無論上条もその中にいたのだが、未だに表情が冴えない。

 

そんな中、偶然同じく午後の授業を終えた士郎に遭遇する。

 

「あ、士郎…お前も帰りか?」

「いや、俺は部活があるから今日は遅くなるよ。………桜のことか?」

「バレちまったか…アイツ、あれから授業に出てなくてな」

 

心当たりがあるのか、士郎が口を開く。

 

「………あの後、桜に追い付いたんだけどな…」

 

 

誰もいない廊下。

二人は走っていた。

 

「待てって、なあ桜!」

「ひっ……!?」

 

士郎は走る桜の腕を掴むが、乱暴に引き離される。

しかし、桜は走るのをやめ、士郎の方を向いた。

 

「何があったんだよ桜!握手した途端逃げ出すなんて……」

「先輩には関係のない話なんです、放っておいいてください!」

「関係なくないだろ!」

「何が関係なくないんですか!?私と先輩は兄妹でも無いのに!」

 

確かにそうだ。

士郎はあくまでも衛宮であり、間桐ではない。

兄妹でないただの後輩なのだから、そこまで気にすることもなかった。

 

しかし士郎は、

 

「ああ、俺は桜の兄じゃない。でもな、俺はいつも桜に世話になってる。いつもそれっきりだ。桜の力になってやりたいんだよ。だからさ、言ってくれ」

「でも、先輩に理解できる話じゃ……」

「理解できようができまいが、それで桜の気が休まるんならいい。頼む……今度は桜が俺を頼ってくれ」

 

士郎の言葉に、桜は涙を流す。

桜は、こんな温かい言葉を欲していたのだ。

 

“愛"に飢えていた。

 

「先輩………………私……………」

 

口を開き、全てを打ち明けようとする。

しかし、

 

「…………うぐっ、おぶえぇぇっ!!」

 

様々な感情が混ざり合った”モノ”に、彼女の心は耐えられなかった。

 

吐いた。

 

桜の口から吐き出された吐瀉物が、ビチャビチャと生々しい音を立てて弾ける。

甘酸っぱいような匂いが士郎の嗅覚を刺激する。

そして、恍惚とした香りも存在していた。

 

「桜っ!?大丈夫か!?」

「ああ…………先……ぱ………」

 

桜は吐瀉物の沼に、顔面から倒れてしまった。

意識はなく、ピクリとも動かない。

 

「おっ、おい桜!すみません誰かいませんか!?誰か!!」

 

 

「結構大事になったんだけどな、気付かなかったのか?」

「んー…まぁアレだよ、俺って昔っから鈍いから」

 

自身の短所を喜々として話す。

だが、その顔には、少し笑顔が戻ってきていた。

 

「うん…ありがとうな。なんでかちょっと気が楽になったわ」

「え………可憐な少女が胃の中身吐いてぶっ倒れる話し聞いて気が楽になるのか、当麻は?」

「違ぇよ!””なんでか”っつったろ”なんでか”って!」

「”なんでか"でも理解できないや、ごめん」

「味方がほちい……」

 

話しているうちに、当麻はいつものノリを取り戻してしまった。

これが上条の長所でもある。

 

どんなに辛いことがあっても、一晩寝て翌朝になればケロリとしている。

これほどポジティブな人間は数えるほどしかいないだろう。

"不幸になってしまった代わり"だろうか。

 

「ところで、それから桜ってどうなったんだ?」

「ああ。一応保健室に連れてってもらったよ。疲労とストレスだとかで二時半辺りに早退したそうだけど、なんで慎二も…」

「しんじ………って誰だ?エヴァパイロット?」

 

聞き慣れない名前に上条は首を傾げる。

 

「なんとかチルドレンじゃないって。間桐慎二、桜の兄だよ」

「そうなのか……なんで兄さんまで?」

「さぁ……よほど溺愛してるのか、本人も何か体調が悪かったか……悪かった様子はなかったな…」

「え、じゃあ前者?マジかよ………」

 

 

それから、士郎は「部活があるから」と言って弓道場へと向かっていった。

部活にも入っていない上条は、その辺をブラブラしているしかなかった。

 

すると、

どこかから怒鳴り散らすような声が聞こえてきた。

 

「ん、誰だ?別に関係ないけど気になるし、ちょっとだけ見てみっか……」

 

上条は声のする方向へ向かった。

 

禁断の領域へ足を踏み入れていることも知らずに。

 

 

 

声が聞こえてきたのは校舎裏だった。

我ながらなんという聴覚だ、と上条は思う。

 

「声が大きくなって……あれ、間桐の声?」

 

そこから、早退したはずの桜の声が聞こえた。

不思議に思い、物陰からこっそり覗いてみると____

 

「___、__________!_________!!」

「______、___…__________。」

「__?___!」

ちょっと遠いからか何を話しているかは聞き取れないが、誰かははっきりわかった。

 

まず一人目に、早退したはずの桜。

嘔吐をした痕跡はなく、すでに立ち直っているんがわかった。

 

そしてもう一人は、見たことのない青年。

ナルシストそうな顔面で髪は青く、その髪は海底に生えるワカメのようになびいていた。

 

(誰だ?結構親しそうに会話してるし…アイツが兄の慎二ってやつか?)

 

だが、おかしい。

兄の慎二も、桜と一緒に早退したはずだ。

なぜこの場にいるのか。

 

すると突然、

バチン、と。

慎二が桜をぶった。

 

(ッ、間桐…………!!)

 

衝撃の光景に、上条は後ずさる。

しかし、不幸にも落ちていた枝を踏んでしまい、

パキッ

 

「ッ………誰か居るのか!」

 

慎二に気付かれてしまった

 

(うわっ、マッズ………!)

「大人しく出てくるんだ。そうしてくれたら、見逃してあげるよ」

 

在り来りなナルシストキャラを発揮した。

 

この状況で、上条はどう動くか。

大人しく出て行くか、そのまま去るか。

 

彼のすべき行動は、ひとつだった。

 

 

「おや、出てきてくれたか。その体格だと、君は一年生かい?」

 

 

「…………当麻くん…!!」

「間桐…………」

 

上条は歩き出した。

 

ここで去ってしまったら、桜が後にどうなってしまうかわからない。

桜の身のためでもあり、上条の心のためでもあった。

 

「お前………間桐になにしてたんだよ」

「一応僕も間桐だから、その辺の区別はしてほしいね」

「なにしてんだっつってんだよ!!」

 

相手は自分の一年年上なのにもかかわらず、大声で怒鳴り散らす。

慎二は一瞬険しい表情を浮かべた。

 

「………昼頃、桜が吐いてしまった上に気を失ってしまったらしくてね。妹を案じるのは兄の務めだろう?」

「そんなことは知ってんだよ……今、今何してた!コイツをぶってなかったか!?」

 

そう、慎二は桜のことをぶったのだ。

妹を案じるのが兄の務めだとしても、妹を傷つけるのは兄の務めなどではない。

上条は、それを許せなかった。

 

「まあ……確かにぶったよ。でもそれがなんだと言うんだい?そんなの、兄妹の間じゃあ当たり前の光景じゃないか」

「当たり前、だって……?」

 

そんなもの、決して、

当たり前などでは、ない。

 

「そんなのが当たり前だったらな、この世の虐待なんてもんは存在しねぇんだよ。でも実際に虐待が起きてんだよ!お前のやったことだって虐待とさして変わんねぇだろ!暴力なんてのはな、相手を自分の思うがままに支配したいがためにする馬鹿なことなんだよ!暴力は振るわず、言葉だけで勝負しろよ!!」

 

上条の熱い説教が校舎裏に響く。

さすがの慎二も、ぐぬぬ、と言った顔になる。

 

「ぐぅ………」

「参ったかよ。なら謝れ、今すぐ間桐に謝れよ!」

 

すると、慎二が状況を打開する何かを見つけたようにニヤリと笑う。

 

「おっと………こんなところに………」

 

慎二は上条の少し後ろ辺りに何かを見つけた。

それは、

 

「いい感じのコンクリブロック………がっ!!」

 

コンクリートブロックだった。

 

「が………はッ!?」

 

上条の後頭部にコンクリートブロックが勢い良く打ち付けられる。

今まで感じたことないような、生々しい耳鳴りと眩暈。

同時に、強烈な吐き気にも襲われる。

 

「ああっ、血が……なんてことするの兄さん!!」

「黙ってろッ!!!」

「きゃあっ!」

 

桜を無理やり引き離す慎二。

地面に倒れた桜の頬は擦れ、微量の出血が起こる。

 

(間桐……!くっそ、身体が思うように動かねぇ……ッ!)

 

身体を起こそうとするも、脳に衝撃を受けたため視界が安定しない。

つまり、立てない。

 

「は、はっっははははははははっははははは!どうだ一年!参ったか!!僕に歯向かったりするからこうなるんだ!!」

 

慎二本人も、人の後頭部をコンクリートで強打するという自身の行動に動揺していた。

あとちょっと強かったら、上条は死んでしまっていたかもしれない。

 

それ故の狂笑。

 

(駄目だ……ここで止めたら、桜はどうなっちまうんだ…!立て……立てよ……!!)

 

右手を地面につき、立ち上がろうとする。

 

いつも不幸ばかりを呼び寄せるこの右手。

異能の力を打ち消す"だけ”の、"至って普通"な右手。

 

だがこの右手には、唯一できることがある。

 

人を笑顔()にす()ることだ。

 

「ほら桜、さっさと帰るぞ!!」

「いや…当麻くんが…当麻くんが……!」

 

「待てよオイ」

 

暗く響く青年の声。

慎二は恐る恐る振り向く。

 

そこには、ウニ頭の青年__上条当麻が、黒い髪を赤く塗らし立っていた。

 

「ひっ……おおお前!これ以上僕にはっは歯向かうと死ぬことになるぞ!」

「死ぬ、だって?()()()()()()()

「は…………?」

 

慎二はコンクリートブロックを再び手に持つ。

 

だが上条は"死"を恐れていない。

今の彼は、必要であれば殺人だろうと犯す、そんなふうに慎二には見えた。

 

「人の頭コンクリで殴っといて謝罪なしに帰らせると思うか?別に謝んなくてもいいけどよ、俺が満足しねぇんだ」

「な……なんなんだよお前!なんなんだよ!!」

 

「今日の上条さんは、ちょっとばかしヴァイオレンスですよん」

 

「あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

慎二はろくに考えもせずにコンクリートブロックを叩きつけようとする。

だが、考え無しに当たるわけもない。

 

上条は屈むようにして横振りのコンクリートブロックを避ける。

 

「ったく、ついてねぇよな…………」

 

屈んだ姿勢のまま拳を握りしめ、

 

 

「お前……本当についてねぇよ」

 

 

慎二の顎目掛けて放った。

ほんの少し浮き上がった後、仰向けに倒れた。

息はあるようだ。

 

「当麻くん………」

 

桜は腰を抜かしてしまっていた。

 

「……ごめんな、お前の兄さんをこんな目に遭わせちまって。こんな俺、幻滅したよな…」

「………………………そんなことないですよ」

 

桜から返ってきた言葉は、暖かかった。

 

「確かに、いきなりがらっと変わったから最初はびっくりしちゃいました…でも、当麻くんの力は兄さんのとは違って、暖かいような、そんな感じがしたんです」

「間桐………」

 

人と付き合うために、力というのは必要ない。

たとえ暴力がなくても、話しあえばなんとかなる。

 

だが、彼の力は優しさに溢れていた。

とても優しくパンチするという意味ではなく、力を発揮することによって誰かが救われる。

いわば正義の鉄拳なのだ。

 

「………えっと、当麻くん、後ろのその人は…?」

「は、後ろ?」

 

桜の言葉で、後ろを振り向く。

そこにいたのは________なんとも言えない笑顔を浮かべたカレン、その人だった。

 

「…………来なさい」

「カレン先生………ナズェミテルンディス!!」

 

 

 

それから、実質カレンの領域である小等部保健室で手当をしてもらった上条だが、同時に説教もされたのだった。

 

「全く……初日から先輩生徒を殴り飛ばして失神させるなんて、問題児にも程があるわよあなた」

「間桐をあのまま見殺しにしてろって言いたいのかよ!」

「そうは言ってないわよ。別にあの娘を放っておいたところで、死ぬわけでもないし。でもその、あれは高校生としてどうなのかな、って……ねぇ?」

「”ねぇ?"じゃねーよ!ビビった!ホンッッッットにビビった、もー!」

「何にビビったのよ。あと先生には敬語」

 

空はもうオレンジ色に染まっており、部活動の概念が存在しない小学生たちはとっくに帰宅していた。

つまり、これほど騒いでも小学生に怪しまれるということは一切無い。

 

だが、上条は思った。

 

「敬語かよ……じゃあ早速なんですけど、慎二のこと、全然騒ぎ立てられてないですよね……」

「ああ、あれね。ちょっくら人払いの魔術を仕掛けておいたのよ。今頃あの二人は家に着いてる頃じゃないかしら」

 

そうですか、とありきたりな返事をする。

 

しかし、上条にはまだひとつ疑問が残っていた。

 

「もうひとつわかんないことがあるんですけど…まず、この騒動の原因って俺にあると思うんですよね」

「そう。なぜ?」

「俺、昼に間桐と握手したんですよ。暗示は教員にだけかかっているっていうから大丈夫だろって思っ手袋は外してたんですけど、なんか幻想(イマジン)殺し(ブレイカー)が発動して、そしたら間桐が急にどっか走ってって……」

「そうなの。じゃあ自業自得よ。………まぁ疑問っていうのは、右手のことでしょうね」

 

上条当麻の幻想(イマジン)殺し(ブレイカー)は、右手で触れた能力や魔術を無効化するというものだ。

この効果は、上条が来たこちらの世界でも発動することが確認されている。

先程の握手場面などでだ。

 

だがあの握手場面にどんな魔術的要素があったのか。

 

「はい。間桐が魔術を使っている様子もなかったし、握手したところで何も変化はなかったし……そもそも魔術を使うような奴じゃあ…」

「そうね……でも、あなたに彼女の何がわかるのよ」

「……………え?」

 

急に哲学的な質問を突き付けられた。

 

「出会ってまだ一日よ?そんな人をわかりきったような態度で語るんじゃないわよ。あなたは、あの娘のおじいさんの名前知ってる?」

「えっと………それは……そんなの親しくても知りませんよ!」

「そんなのはただ逃げるための言い訳にすぎないわ。本当に仲を深め合っている者同士なら、互いの祖父母の名前くらい把握してても変じゃないわよ。所詮あなたはそんなもの。彼女のことは何も知らない。人の都合も知らないでただただ一方的に助けたがる主人公(ヒーロー)気取りのおこちゃま、あなたは偽善者にすぎないのよ」

 

上条には言い返す言葉がなかった。

何も思い付かなかった。

 

彼女の言うことは正しい。

何も知らない、でも助けたい。

無理に人助けばかりして、上条自身は周りからどのような目で見られているのだろうか。

 

英雄を眺める輝いた目。

それとも調子に乗ってる奴を見下す冷たい目。

 

上条にはわからなかった。

 

だが、

彼女の言葉は、ひとつだけ聞いたことがあった。

 

主人公(ヒーロー)気取り、か………」

「なによ、反論?言ってみなさい」

 

彼の記憶にその言葉は残っていない。

 

主人公(ヒーロー)気取りじゃありません……」

 

だがその言葉は、彼の心に、しっかり刻み込まれていた。

 

「………主人公(ヒーロー)になるんですよ」

 

「はぁ………負けたわ。じゃあ精々頑張ってその主人公(ヒーロー)とやらを目指してみなさい」

「…勝負したつもり無いんだけどな」

 

ボソリと呟き、上条は少し下を向く。

 

人は、こんなにも高いところで生きている。

百数cmだとしても、我々には十分高所だ。

 

見上げるか、見下すか。

 

こんな単純な人間でも、主人公(ヒーロー)になれるのだ。

 

「ってか先生、今俺の言葉で負ける要素ありました?そんなに心にきました今の?」

「さぁね………さ、もう遅いんだから帰りなさい。士郎くんもお帰りの時間よ」

「もうそんな時間か……って、ドサクサに紛れて誤魔化したよな!無理、敬語なんか絶対無理ーッ!」

 

 

 

午後六時過ぎ頃だろうか。

帰宅した当麻を、セラとイリヤが暖かく迎え入れた。

 

「ただいまー」

「あ、お帰りとうま。こんなに遅くなってどうしたの?」

「ちょっと、な………説教受けてたんだよ」

「せせ、説教…それにその包帯は……!当麻さん、あなた学校で何をやらかしたのですか!」

「別にいいですよ、何でもありませんので……」

 

………待たせすぎて、ちょっと暖かみが冷めてしまったようだ。

 

セラはエプロンを着ている。

どうやら夕食の支度をしていたようだ。

 

「あれ、晩飯ってもうできました?」

「ええ、あと少しで仕上がります。今日はハンバーグですよ」

「ぉぉおお!いいじゃないっすか肉!」

「でしょう。ならさっさとお風呂に入って、その汚れを落としてきなさいな」

 

それもそうだ。

先程のの乱闘でぶたれたりコケたりしていたので、全身泥まみれである。

もちろん、洗濯もしなければいけない。

 

「今から洗濯かぁ……乾きますかね?」

「替えの制服くらいはありますから、早く入ってらっしゃい」

 

床が汚れないように注意して、上条は風呂場へ向かう。

だが、先に帰っているはずの士郎の姿が見当たらない。

矢筒は確かにあった。

 

「あれ…セラさん、士郎は?」

「ああ、お風呂です」

 

士郎はお風呂?

 

「なんだ、じゃあ俺は後で入ります」

「いえ、時間が無駄なので一緒に入ってしまってください」

 

士郎と一緒に風呂に入る?

 

彼ら二人は、腐っても高校生、たった一年違いだ。

歳こそそこまでわからないが、身体のいろんなところがたくましく成長している。

 

「一緒にって………はぁ!?男同士だぞ何考えてんだアンタ!!」

「たまに本音が出ますね……いいじゃないですか、歳も近いんだし」

「そうは言うけどな、二人共成長してんだよ!主に下半身が!女でも同じだるぉ!」

「なっ、何言ってるのとうまーーーっ!!?」

 

“下半身”というワードに反応してしまったのか、イリヤの顔がトマトのように真っ赤になる。

やはり思春期か。

 

「イリヤさんの前で何を言うのですか!早く行きなさい!」

 

結局強引に連れていかれた。

 

「………包帯どうしよ」

 

 

 

扉を開ける音が浴室に響く。

 

「うわっ当麻!どうしたんだ!?」

「やっぱそういう反応するよな…セラさんが「歳近いんだから一緒に入って来い」ってさ」

「そうなのか…でも、恥ずかしいよな………」

「ほら、タオル持ってきたからこれ使えよ」

「ああ、ありがとう」

 

真っ白なタオルを一枚士郎に投げ渡し、もう一枚を自身の腰に巻き、湯船に浸かる。

ザバァ、と浴槽の湯が結構な量溢れる。

 

「うはぁー……結構キチィ…」

「仕方ないだろ。うちの風呂はな、ガチムチ高校生二人が一緒に入れるようには設計されてないんだ」

「そうらしいな。ったく…設計士に文句言ってやりてぇ……っておい!少なくとも俺はガチムチじゃねぇぞ!」

 

結局、上条は頭に巻いた包帯一度外して風呂に入った。

コンクリートブロックで殴られた傷に湯気がしみ、チクチクと痛む。

 

「当麻…その傷は……」

「ああ、ちょっとズッコケちまって。着弾地点がちょうどコンクリブロックだったもんでな」

「そっか……お大事にな」

 

一度は出血したものの、軽度のもので済んでいた。

今はちょっと心配される程度の傷だった。

 

エコーの響く狭い浴室の中で、上条は口を開く。

 

「なぁ……"きょうだい"ってなんなんだ?俺一人っ子だからわかんねぇんだよ…」

「う〜ん……俺も養子になってからもう十年くらいするしな…」

「え、お前養子だったの?血繋がってねぇの!?」

「そうなんだ。爺さん……あ、俺を引き取った親父のことな。…はもちろん、イリヤや他の人達とはなんの繋がりもない赤の他人だった。もっとも、とても遠くで繋がってるかもしれないけど…って、そんなこと言ったら人間みんな血繋がってるみたいなものだよな」

 

士郎は話を続ける。

 

「でもな、赤の他人だとしても、コイツだけは守ってやりたい!…って人は思うものなんだよ。当麻だってそうだろ?」

「あー………はい……」

「なに縮こまってるんだよ。別に悪いことじゃない、むしろ善だ。人助けっていうのはもちろん辛いさ。心身共に傷つくし、相手の期待にそえない場合だってある。でも人は、気付かないうちに"人助け"をしてるのかもしれない。人を助けることで、自分と、そしてみんなが笑顔になれる幸せな世界を造れるんだ。苦しむ人に救いの手をのべる……”救済"っていう行為こそが、人間っていう生物の”起源"なのかもな」

「起源………」

 

物事の始まり、全ての根源……”起源”。

言葉こそ知っているものの、特に聞き覚えはなかった。

 

だが、どことなく引っかかる言葉だった。

 

「……………随分と哲学的なことをまぁ」

「当麻が聞いてきたんだろ?俺は答えただけだぞ!」

「そんな深くまで聞いてねぇよ!」

「なんでさ!」

 

「そういえば、あの久宇……舞弥だっけ?お前のことも面倒見てんだっけ。どうなんだ?」

「ああ。解説がとても分かりやすくてな。特に歴史なんかヤバイぞ!今度一回教えてもらったらどうだ?」

「えー……だって俺、伊能忠敬わかんなかったし………」

 

そう、それはいつかの秋の出来事だった。

 

彼は過去に、天草式十字凄教という一派と行動を共にした。

天草式十字凄教は日常の僅かな一部分に含まれる魔術的要素を利用する集団だった。

食事やら白いパンツやらなんやらだ。

 

そこで、日本地図に記された”渦”による魔術”縮地巡礼”に話題が出たのだ。

つまり、その魔術を構成したのは、日本を測量し大日本沿海輿地全図を作り出した伊能忠敬である。

 

だが、本人も認める馬鹿である上条は伊能忠敬を知らず、思いっきり魔術側の人物と勘違いしたのである。

 

小学校レベルの人物を知らないというのは、高校生としてあってはならない。

当然だ。

 

「それは……確かに…アレ、だな…でも大丈夫だろ。舞弥先生は小学生のイリヤ達にも教えてるから、その辺の対策もバッチリできると思うぞ。中学生の頃は中二病とかなんとか言ってたけど、高二になったらすぐ大学進路について考え始めないといけないからな。甘ったれてる暇なんか無いぞ」

「べっ、別に甘ったれてなんかねーし!ただ……勉強する気が無いだけだもん」

「ダメじゃん!こうなったからにはもう遊んでる場合じゃないぞ。学校から帰ってきたらずっと勉強、”食う寝る遊ぶ”ならぬ”食う寝る学ぶ”だ!」

「は?おま、ちょ、何勝手に決めて……」

「まずは先生に事情を話さないとな。ごめん、先に上がるな!」

「え、いや、あの……

 

ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!救いはねぇのかよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

不幸少年の不幸な(かなしい)叫びが住宅街に響き渡った。

 

奇妙にも、近所からのクレームは一切来なかったという。

 

 

 

「う、んん…………今何時だ……?」

 

風呂の後夕食を一番遅く食べた当麻は、のろのろと食器を洗い、久宇舞弥と共に勉強を始めた。

こんなスローペースで、どれだけ勉強したくなかったんだ。

 

小学生の範囲が曖昧だった上条は、中学生の範囲なんてさっぱりだった。

だいたい八時ごろから始めたが、何時間かして眠ってしまったのだ。

 

そして、今に至る。

 

「うわぁ、もう十一時半か……セラさんも部屋じゃねぇか…早いとこ寝ないと」

 

もちろん、何も課題を出さないわけがない。

テキストに貼ってあったポスト・イットには小さく”以下のページを明日の夕食後までに♡”という、可愛くも残酷な文字が刻まれていた。

その量十数ページ。

 

「おいおいマジか、この量を仕上げんのかよ……えっとどれどれ…平方根の乗除か………げ、有理化問題あんじゃん!てか何だこれ、もはや暗号の域じゃねぇか、法の書じゃねぇか!!もうやだぁ、分数系は苦手だってあれほど…………右手で消せねぇかな」

 

当然消せるはずもなく。

どうやら徹夜作業になりそうだ。

 

「仕方ないか……はぁ、激しく鬱だ…………」

 

上条は全て諦め、地獄(かだい)を受け入れた。

 

その時だった。

プルルル、と電話が掛かってくる。

 

「電話ですか…?せっかく寝てたのに……早く済ませてください。私は寝ますのでちゃんと電気は消してから寝てくださいね!」

「あっはい、すんません…」

 

どうやらセラを起こしてしまったようだ。

セラニ申し訳なく思いながら受話器を取る。

 

耳に当てると、一人の少女の声が聞こえてきた。

 

「はい、もしもし上条で……違った、衛宮です」

『エーデルフェルトですけど………この声、当麻さんですか?』

「ああ美遊か。どうしたんだよこんな遅くに」

 

イリヤの親友、美遊だった。

 

しかし今は十一時半過ぎ。

よほどグレてでもない限り、女子小学生は寝ている時間だ。

 

『今すぐエーデルフェルト邸に…』

「あー…用があんのはわかってんだがよ、家庭教師の先生から出た課題やんねぇといけないから、明日の朝な」

『でも今じゃないと……』

「平方根の有理化だってよ。頭いいお前なら何か知ってんじゃないか?」

『それは根号の分母を分子分母両方にかけて分母のルートを………って、そうじゃなくて!』

 

と言っておきながら、一部を解説している。

ノリツッコミというものだろうか。

 

そもそもなぜ中学生ですらない美遊が中三で習うはずの平方根を理解できているのだろうか。

そんなことは相当な天才でなければ不可能だ。

いや、彼女がその"相当な天才"なのかもしれない。

 

「あのな美遊、今は小学生が起きてる時間じゃねぇぞ?俺は高校生だからあれだけどよ、この時間に()寝る高校生()だっていんだ。もう寝るからなー、おやすみー」

『………”eins(アイン) zwei(ツヴァイ) drei(ドライ)”』

 

美遊の口から、何かの単語が発せられる。

 

この三語は、一般的に1、2、そして3のドイツ語訳である。

ほとんど使わないし、今の上条には何の役にも立たない。

 

だが、この”暗号”には意味があった。

 

「はいはい、あいつバイト無い(空耳)、っと…………ちょっと待て、ってことは……」

『お察しの通りです______

 

______________十体目の黒化英霊(サーヴァント)が確認されました』




これからはこの作品を「キャラ崩壊のオンパレード」と改名します(嘘)
異論は認めますん

前にもあったなこんな改名


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell6[誓約と絶望の騎士 Diarmuid_Ua_Duibhne.]

※この作品において、イリヤとクロは同室です


夜、イリヤの部屋。

 

二つのベッドに寝ているのは、イリヤとクロ。

住み込み家庭教師の久宇舞弥は、床に布団を敷いて寝ていた。

 

かちゃり。

 

かさ、かさかさ。

 

扉を開け、ベッドで寝る二人へと迫る影がひとつ。

 

(ん、んぅ……なに…?)

 

いち早く気付いたのはクロだった。

部屋は真っ暗で、寝起きなので目も冴えない。

機能停止中の目を(こす)り、無理矢理目を覚まさせる。

 

とっ、とっとっ、ととっ。

 

フローリングの床を突くように影は忍び寄る。

そして影はクロのベッドの前まで辿り着いてしまった。

 

「…………誰!」

 

掛け布団を取っ払い、影の正体を捉える。

 

「うおっ……シッ、静かにしてくれって…!」

「あれ、とうま?何してるのこんな遅くに……夜這い?」

 

影の正体は、まだパジャマに着替えていない上条だった。

パジャマに着替えていないどころか、いくらか上着を羽織っていた。

 

「バカヤロウ、んなわけねぇだろ……」

「じゃあ何よ?女子小学生をこんな遅くに起こして……明日も学校なのよ?」

「んなこと言ってる倍じゃねぇんだ……出たんだよアレが、黒化英霊(サーヴァント)が」

「え……十体目(ツェーン)?」

 

彼らが追っているもの。

それは黒化英霊(サーヴァント)と呼ばれる敵である。

 

その黒化英霊(サーヴァント)を撃破し、身体に眠るクラスカードを回収する。

それが彼らの使命である。

 

上条はその「使命(もくてき)」をつい最近知った。

 

黒化英霊(サーヴァント)は、ドイツと日本のハーフであるイリヤとクロに(なら)って、クラス名の前に目安となるドイツ語数字を付け加えている。

一体目の弓兵であればアインスアーチャー、二体目の槍兵であればツヴァイランサーとなる。

今回の場合十体目なので、ツェーン◯◯◯◯(クラス名)、といった感じになる。

 

「…………先生は、起きてねぇよな?」

「大丈夫、今頃夢の中でケーキバイキングよ。ほらイリヤ、起来なさい!」

 

そう、久宇舞弥はただの家庭教師(なお住み込み)であり、彼らの事情とは何の関係もない。

 

この世界の魔術は「神秘の秘匿」が義務である。

一般人にその神秘が知られると、信仰が弱まり、それに応じて、魔術の力も弱くなる。

 

昔は、何もないところに火を点けたとなると、それはもう大騒ぎだっただろう。

だが、全人類がそれを可能としたならばどうだろうか。

 

それが現代(いま)だ。

 

今はマッチがある、ライターがある、コンロがある。

神の如く崇められていた神秘が、当たり前のように行われしまっている。

それでは火の出現が神秘でもなんでもなくなってしまう。

 

神秘の秘匿とは、そういうことだ。

 

上条のいた世界では、科学と魔術の戦争が起こっていたが。

しかも「第三次世界大戦(WWⅢ)」ときた。

 

それでいいんか世界。

いいんだ…

 

ともかく、この家の中で魔術事情を知っているのは、イリヤ、クロ、上条、母アイリだけである。

 

ちなみにアイリはかなりの強者。

母は強かった。

 

「………十体目の黒化英霊(サーヴァント)!?大変、すぐ行かないと!」

「ああ。とりあえず、美遊とルヴィアと遠坂を呼びに行くぞ!」

「いつの間に呼び捨てするようになったのよ」

 

三人はまたかさかさと、ゴキブリのように忍び足で部屋を出た。

 

「むふー………おなかいっぱぁい………ふたりもぜひたべてくだひゃぁい………まだむぅ………きり___」

 

 

 

「はぁ!?パス!?」

 

夜の街に上条の叫びが響く。

「響く」ほどのものではなかったが。

 

「ええ。アンタ転入直後でイイ気になってるかもしれないけど、あと一週間半もしたら中間テストだから」

「最近忙しかったせいで成績も下がってますし。バゼットもバイトが入っていたはずですので、四人でお行きになって?」

「は、中間そんな早いの!?うちのとこ十月中旬だったぞ!」

「そっちの事情なんて知らないわよ。それと、アンタがいるだけでここの結界消えてるし。私達は勉強しないといけないから、このメモ書き見て何とかしてちょうだい。じゃあね」

 

そう言い、扉を締めてしまった。

 

「なんか……いろいろと悲しいわよねアナタ」

「不幸……圧倒的不幸……ぐぅっ、それもこれも全てこの右手が……おおおぉぉぉん…」

 

上条の右手「幻想殺し(イマジンブレイカー)」は、異能の力なら神の奇跡だろうと問答無用で打ち消す能力を持っている。

神の奇跡だろうと打ち消す。

それはすなわち、神からの加護を断ち切るということ。

不幸になるのも当然である。

 

「で、そのメモ書きにはなんて書いてあるのよ?」

「はぁ………えーっと……?」

「…………新都の新ビル建設予定地だって」

「つまり、工事現場ってこと?でも__」

 

イリヤが不安気な表情を浮かべる。

 

建設物関連の工事といえば、だいたい夜の十時には終わっているものだ。

しかし、警備や監視カメラなどが見張っているかもしれない。

 

「___っていうこともあるから、危ないんじゃ…?」

「確かにな…それに、深夜だって街を歩いている人は結構いるもんだぞ。どうすんだ?」

 

上条も同じく表情が曇る。

 

夜十一時半というと、会社員の帰宅時間はとうに過ぎている時間帯だ。

しかし、酔っぱらいや夜歩きなど、結構人通りがあったりする。

街道沿いだと、車なんて一分に一台は必ず通る。

 

「そうよね……いや、待って。ここに書いてあるんだけど、バゼットがバイトの合間を縫って人払いの魔術を周辺に施してくれたそうよ。街の監視カメラも対策済みですって」

「…バゼットさん、バイトで大変なのにそんなことを………」

 

ちなみに、バゼットも上条には自己紹介済みだ。

 

「そうなのか、なら安心だな……待てよ、移動はどうすんだ?イリヤと美遊はともかく、クロと俺は飛べねぇじゃねぇか!歩きでここから新都だと結構時間かかるぞ?」

 

「え、私飛べるわよ?」

 

『え?』

 

クロを除く三人は愕然とした。

 

長く暮らしてきたイリヤとクロでさえ、彼女が飛行したところなど見たことがない。

超ジャンプで全て済ませてきたからだ。

 

するとクロは、例えのためか、白と黒の曲刀を投影する

彼女のオキニ、「干将(白い方)」と「莫耶(黒い方)」だ。

 

「見たでしょ?私は今みたいに、投影魔術で武器は造ってるの。この戦闘服も同じ。魔力のカタチと向きさえ変えれば、空だって飛べるわ」

「そういうもんなのか、魔術って?」

「そういうもんなのよ、魔術って」

 

クロの脚が光り、少し浮いた。

しかし、

 

「……で、とうまはどうするのよ」

「………あー」

 

そう、クロが飛べても上条は飛べないのだ。

 

これで策は三つにまで絞られた。

①、歩きで行く。

②、飛んでいる他のメンバーにぶら下がって行く。

そして③、日を改める。

 

「………………現実は非情である、ホントよく言ったもんだよなぁ」

「どうするのとうま?」

「ん〜……よし!選択肢①、歩いて行こう!」

 

夜のお散歩(早歩き気味)の始まりだ。

 

 

 

まぁ、結果日付が変わるギリギリまでには着いたのだが。

 

 

 

人通りはなく、車のエンジンすら聞こえない。

魔術が効いているのだ。

 

夜11時55分、新都、新ビル建設予定地。

 

そこは工事現場という印象は全く無かった。

 

建設機械は全て撤収済みなのだろう。

だが、臨時のトイレすらも設置されていない。

まだ解体されただけなのか、先に見えるコンクリート建造物は半壊状態で、辺りには瓦礫のようなものが転がっていた。

 

その様はまるで____

 

「なんというか……廃墟ね」

「あれ工事現場って、もっとこう、骨組みみたいなのが無かった?っていうか建物と思わしきものすら無いんだけど!?」

「多分、解体途中なんだと思う」

黒化英霊(サーヴァント)の野郎、随分と理不尽な場所に出現すんだな」

 

そう、黒化英霊(サーヴァント)は毎回毎回、変なところにいるのだ。

 

川だったり森だったりはまだいい方だが、今回のような工事現場だったり、雑居ビルの屋上で身長約250cmの巨人とやり合ったり、時にはイリヤたちの小学校の校庭に現れ、深夜に本校の女子小学生がコスプレ姿で敷地に潜入するというなんとも度し難い行為に至らせたこともある。

まるでちょっとしたスニーキングミッションのようだ。

 

メタル◯ア……………

 

「じゃあいくよルビー!」

「はい!」

「サファイア!」

「わかりました」

 

多元転身(プリズムトランス)!』

 

魔法のステッキであるルビーとサファイアが現れ、イリヤと美遊を光で包む。

それぞれ桃と青紫の衣装を身にまとい、舞い降りる。

そして、笑顔で二人息の合ったボーズをキメた。

 

「うはぁ、なんとぷりちーな……」

「まぁね。でも、凛とルヴィアはあの日曜日じみた変身のせいで死にかけたって聞いたわ」

「え、悩殺!?」

「いえ、底なし沼」

「えー」

 

上条はもはやツッコミを入れる気すらなくしてしまった。

ツッコみどころが多すぎて、もう面倒くさいのだろう。

 

そして、上条にはひとつ気になることがあった。

 

「あのさ、美遊。会ったときから思ってたんだが____」

「何?」

 

「その衣装……JSにしてはエロすぎね?」

 

瞬間、美遊とイリヤの顔が真っ赤に染まる。

 

「なっ……!?」

「何聞いてるのとうまーッ!」

 

やはり毎度のように女子に蔑まれる。

上条は一度、人との接し方を学び直したほうが良いだろう。

 

「すまん、そんなつもりで聞いたんじゃないんだ。でも、なんか、さ……その年でその服装は…児ポ的な何かに引っかかるんじゃねぇかな、と………」

「そんなこと言ったら、私だっていやらしい服装してるわよ?」

「いや、そうなんだけどさ……その……下、がさ」

「とうまの変態!美遊をそんな目で見てるなんて……!」

「とうまは男子高校生なんだし、仕方ないでしょ。あとソレ、アナタが言えたこと?」

 

イリヤ、クロ、美遊は、それぞれ別々のコスチュームを身に着けている。

イリヤは、よくあるフリフリスカート。

クロはただの水着に赤い布を付けたようなもので、3人の中で露出面積は最も多い。

 

で、問題の美遊の話だ。

 

露出面積はまあまあで、クロよりは多く、スカートも付いている。

しかし、前がほとんど隠れていないためスカートが意味をなしていない。

 

しかもインナーがスクール水着のような形状になっている。

股がよく食い込む為、下半身により目が行ってしまうのだ。

尻なんかは特に目立つ。

 

上条にはどストレートである。

 

ちなみに、筆者(わたし)にもどストレートである。

どうでもいいか。

 

「とっ、当麻さん………」

 

下半身のことを指摘され、お漏らしを我慢するような姿勢で上条に話しかける。

 

「………変えられるけど……その…イリヤに見てもらいたいから…っ♡」

『えっ』

 

瞬間、美遊を除く三人に電撃走る。

 

あの美遊に、まさかそんな趣味があったとは。

さっきからハァハァと小さく吐息を漏らしている。

 

「だから、イリヤ………いっしょに……♡」

「うん……なんというか……今度ね…」

 

美遊の味方をしていたイリヤも、すっかり動揺してしまっている。

そりゃそうだ。

 

「美遊…アナタまさかそんな趣味があったなんてね……」

「……ほ、ほら!()()()()()()()()()っていうだろ!」

 

上条はフォローしたつもりなのだろうが全然フォローできていない。

美遊は更に顔を赤らめ、今までにないほど赤くなってしまう。

 

「う………うぅっ……♡」

(ダメ……スイッチが…………入る……ッ!)

 

何やら先程からイリヤの息が荒い。

正直、美遊以上だ。

何かあったのだろうか。

 

「おい、イリヤ?」

(いや…ここでスイッチが入ったら……!)

「……おーい、お嬢様ー」

(なんとか話を打ち切って…そろそろ接界しないと……)

 

「………返事しろォ!!」

「………ハッ!」

 

飛びかけていたイリヤの意識が、一気に現実へと叩き戻される。

 

「結構時間経ったぜ?そろそろ始めねぇと、いろいろマズいと思うんだが…」

 

上条に正しい指摘をされ、目を覚ます。

 

「そっ、そうだよね!もう行かないと、だよね!じゃあルビー、始めて!…………美遊、ごめん」

「はい、行きます!」

 

四人を中心として魔法陣が展開される。

地面が発光し、得体の知れない風圧が四人を下から吹き上げる。

 

不思議法則によってイリヤのスカートは(めく)れ上がらない。

 

「半径2mで反射路形成ィ!」

「鏡界回路一部反転します!」

 

サファイアも加わり、接界するための陣を敷く。

そして、それはは最高潮にまで達し______

 

接界(ジャンプ)!』

 

_______飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡面界、旧ビル跡地。

 

佇んでいたのは、一人の騎士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時、新大阪国際空港。

 

「着いたか……出身国だってのに、これはまァ随分と懐かしい気がすンなァ……………これがホームシックってヤツかよ」

 

男が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ………ありゃ、なんだ?」

「わからない……緑毛の…イノシシ?いや、でも身体は…」

 

その騎士は、お世辞にも騎士と呼べる風貌ではなかった。

 

前回のノインキャスターは、一部に騎士の鎧を纏っており、騎士であったことがかろうじて確認できた。

だが、今回は違った。

 

首より下は人間なのだが、顔は血塗られたイノシシで、おまけに外套を纏っている。

体毛は翡翠色で、二本の牙は血のような赤と濁った黄。

 

よく見ると背中が盛り上がっており、首より下にもイノシシの特徴が見られる。

 

十体目(ツェーン)というだけで、クラスまでは流石に判別できそうになかった。

 

『ブルルゥゥッ……ブオッ、ブオオォォン…………』

 

イノシシのように、震えるような鳴き声を上げている。

その鳴き声には、何かに絶望するような、そんな悲しさが含まれていた。

 

黒化英霊(サーヴァント)は腕を地面に付け、擦り合わせる。

イノシシや牛などによく見られる、突進前の予備動作だ。

 

「あの動きは………来るぞ!!」

「イノシシの一匹くらい、この弓で射ってやるわ!」

 

上条は身構え、イリヤと美遊は飛び、クロは黒い弓と宝具”赤原猟犬(フルンディング)”を投影する。

相手は所詮イノシシ、狩人に射られる存在、クロはそう考えていた。

 

だが、事態はそう簡単には進まない。

 

ズバッ、という快音を立てて黒化英霊(サーヴァント)が一気に走り出す。

速度は速いが、それこそ目視できる速度だった。

 

「全然トロいわね!()(ころ)しなさい、赤原猟犬(フルンディング)!」

 

轟!と赤い衝撃波を発し赤原猟犬(フルンディング)が発射される。

もはや風を切る音すら聞こえず、当然目視もできない。

 

「うおっ、なんだ!?」

赤原猟犬(フルンディング)。英雄ベオウルフが使った剣で、矢として発射したときは音速の六倍ものスピードが出るわ」

「フルン()ィング、だと……!?」

 

上条はその剣を知っていた。

 

それは、イギリスで”カーテナ”をめぐる戦いの際のことだった。

騎士派のリーダー、騎士団長(ナイトリーダー)が用いた魔剣。

カーテナによる”天使の力”の供給によって力を増す。

 

しかし、今上条が目にしていたフルン()ィングは、形状も用途も異なり、効果も異なっていた。

これも二つの世界での違いかと思いながらも、事を大きくしないよう上条はこのことを胸の奥に秘めることにした。

 

クロが使用した赤原猟犬(フルンディング)は、もちろん投影宝具である。

 

音速を超えるその剣は黒化英霊(サーヴァント)へと直進し____

____()()()激突した。

 

「は…………?」

「避けられたッ!?くっそ、いねぇ!どこに消えた……!」

 

「とうま、上ッ!!」

 

イリヤの叫びが響き、上条は空を見上げる。

 

そこには、跳び上がりこちらへ急速落下する黒化英霊(サーヴァント)の姿が。

牙をひん剥き、こちらを噛み削ろうとしていた。

 

「クロ、避けろッ!!!」

「きゃっ!」

 

クロの手を掴み、無理矢理引き寄せる。

クロがいた地点に黒化英霊(サーヴァント)が落下し、多数の瓦礫と土煙が舞い上がる。

 

「何よ、あれ……バーサーカー!?」

「いや、あの時のノインキャスターだってあれ以上狂ってて衝撃的なヤツだったろ。……でも、可能性は否定できねぇな」

 

煙が晴れる。

そこには、何もなかったかのように凛と(たたず)黒化英霊(サーヴァント)の姿があった。

 

「美遊、私達もやろう!」

「うん!」

 

美遊とイリヤは高く飛び上がり、共にカレイドステッキを構える。

 

砲射(シュート)!!』

 

共通の掛け声で魔力を放射する。

放射された魔力は、赤紫色の太いスジとなって黒化英霊(サーヴァント)へと直進する。

 

『フゴアアアアアアァァァァァッ!!』

 

黒化英霊(サーヴァント)はその場から動かず、雄叫びを上げる。

魔力の放射は黒化英霊(サーヴァント)の顔面を捉えた。

 

「よしっ、行ける!」

 

イリヤは早くも勝利を確信する。

しかし、

 

黒化英霊(サーヴァント)はその魔力を口に咥え込み、

 

噛み砕いた。

 

「な___ッ!?」

「何だあれどういうこっちゃ!魔術の攻撃を噛み砕いて相殺するってよ……!」

「こ……この黒化英霊(サーヴァント)………____」

 

_____次元が……違う………!

 

今までの黒化英霊(サーヴァント)とは、まるでレベルが桁違いだった。

 

かつて、ゼクスアサシンは無限の残機(むれ)を有し、

かつて、ズィーベンバーサーカーは無限の残機(いのち)を有し、

かつて、アハトアーチャーは無限の残機(ざいほう)を有した。

 

ノインキャスターだって、無限の魔力を有していた。

 

この黒化英霊(サーヴァント)は無限など何も有していないのに、無限を有した黒化英霊(サーヴァント)以上の戦闘能力を持っている。

それに、魔力を()()()()()のだ。

 

()()()噛み砕く?

 

「……ちょっと待て。魔力を噛み砕いたんだよな?」

「ええ、そうだけど……」

「魔力って、普通噛み砕くのは無理だろ?口に含むのもさ。アイツの牙……何か魔力を阻害するような能力があるのかもしんねぇ」

「なるほど?珍しく冴えてるじゃない」

 

クロは両手にそれぞれ干将と莫耶を投影する。

 

「じゃあその牙、切り取って業者に売りさばいてあげる!」

 

地面を蹴り、黒化英霊(サーヴァント)へと突撃する。

それに合わせ、黒化英霊(サーヴァント)も進撃する。

 

双方の間の距離が1mにも満たなくなり、クロは剣を振り上げ、黒化英霊(サーヴァント)は口を大きく開く。

 

「貰ったッ!」

 

振り上げた剣を、黒化英霊(サーヴァント)の脳天へと振り下ろす。

 

しかしそう上手くも行かない。

黒化英霊(サーヴァント)は咄嗟に頭を下げ、さらに突き上げ、振り下ろされた剣を弾き飛ばす。

 

クロは手ぶらになってしまった。

しかし、

 

「ふふ……"貰った"って、言ったはずよ?」

 

黒化英霊(サーヴァント)の左右には、先程とは違う剣が一本ずつ浮遊していた。

 

いや、浮遊しているのではない。

投影したてで、まだ重力が反映されていないのだ。

 

それだけではない。

幾つもの剣が、黒化英霊(サーヴァント)を取り囲むように投影されていた。

 

「アナタがその状態で剣が撃ち出されるとどうなるか……さすがにバーサーカーでもわかるんじゃない?」

 

バーサーカーでもわかる、単純な結末(コト)

 

剣は射出され、二本の牙が砕かれるという、未来。

 

全投影(ソードバレル)連続層写(フルオープン)!」

 

そして、その肉体が細切れに切り裂かれるという、どうしようもない事実。

 

「_________発射ァッ!!」

 

クロの掛け声で、剣が一斉に射出される。

先行して発射された二本の剣によって、二色の牙は折れた。

 

残りの全ての剣もそのまま直進し、黒化英霊(サーヴァント)へと突き刺さる。

再び砂塵が上がり、黒化英霊(サーヴァント)の姿が完全に隠される。

 

とても生きていられる剣の量ではなかった。

 

「よ、………っし!」

「うっしゃあ、やったぜ!あれだけ撃ち込まれりゃ、流石に………」

 

誰もが勝利を確信した。

だが、謎が残っていた。

 

奴のクラスは。

 

もし、バーサーカーではなかったら。

 

もっと知的な行動が行えたとしたら。

 

その(ふあん)は、現実となった。

 

「そん、な………」

「…………、嘘」

 

「おい、どうしたイリヤ、美遊!何が見えてんだ!?」

「………まさか」

 

砂塵が散り、黒化英霊(サーヴァント)の姿を再び捉える。

 

五体満足で、肉体はヒトに変化し、先程の牙と同じ色の槍を一本ずつ持った、黒化英霊(サーヴァント)の姿が。

 

「は…お、おい!何で……なんであんだけの攻撃を食らって生きてられんだよ!!」

「まさか……あの二本の槍で、全て弾き切ったっていうの?」

「それじゃあ、あの黒化英霊(サーヴァント)のクラスは……」

 

 

獣のような、その風貌(なげき)

 

 

血涙を流す、血眼(あくむ)

 

 

右手の赤い槍(あい)と、左手の黄色い槍(ひげき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十体目の黒化英霊(サーヴァント)_______「ツェーンランサー」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ア”ア”ア”嗚”呼”ア”ア”ア”愛”ア”ア”ァッァァァァァ亜”ァァァ荒”ァァァァッァァァァァァァ阿”ア”ァ会”ア”ア”ーーーーッッッッッッッ!!!!!!』

 

文に表せないような叫びが、辺り一帯に響き渡る。

その叫びは怒り、そして悲しみを孕んでいるようにも感じた。

 

「槍……ってことは、ランサーか!」

「なるほど、相手がランサーなら…イリヤ!」

「うん、分かってる!」

 

するとイリヤは太もものケースから一枚のカードを取り出す。

そしてそれを自身のカレイドステッキにかざし、

 

「フュンフセイバー、夢幻召喚(インストール)!」

 

そう唱えるとイリヤの身体は輝きだし、鎧を纏う。

 

クラスカードを用いた英霊(サーヴァント)の疑似召喚、夢幻召喚(インストール)である。

 

白い鎧を纏い剣を手にしたイリヤは、地上へと降りる。

 

「セイバーはランサーに強い、と言っても油断しちゃダメよ。ランサーってことは敏捷性も並じゃないってこと。気をつけなさい」

「わかった!」

 

忠告を聞きいれたイリヤは、ビュンと一気に走り出す。

 

その速度は、もはやそこいらの女子小学生とは比べ物にならない。

何せ今の彼女は、イリヤであってイリヤではない。

英霊(サーヴァント)、セイバーなのだから。

 

「はあああァァァッ!!」

 

一瞬のうちにツェーンランサーの懐に潜り込んだイリヤは、その輝く剣を振り上げる。

 

しかしその一撃は、ツェーンランサーの槍によって防がれてしまった。

 

「とうま!アナタ、戦える?」

「は?いや、ムリムリムリムリ!だって、アレ!刃物!二つ!アレ!」

「なら下がってて!私と美遊もイリヤを援護するから、巻き込まれないようにして!」

「お、おう!」

 

クロは投影に使う魔力を脚部に集中させ、浮遊する。

そして、空中からの援護射撃を開始した。

 

本当に飛べるのか。

 

(………やっぱ、ついてきても意味なかったかな)

 

上条は、自分の力の無さを嘆く。

 

彼の右手。

あらゆる魔術を無効化するという、とてつもない右手。

だが、相手が魔術を使わないのなら。

相手が実体のある武器で戦うのなら、その右手も無意味だ。

 

(クソッ……何か、役に立てねぇのか…?)

 

刃と刃の弾き合う音が聞こえる。

 

剣と槍は衝突し合い、火花を散らす。

 

「きゃあっ!」

 

ツェーンランサーがイリヤを押しのけた。

空中からの援護射撃を防ぐためだ。

 

魔力の弾丸と、鋭い剣がツェーンランサー目掛けて撃ち出される。

それに対してツェーンランサーは堂々と槍を振るい、射撃を打ち消した。

 

「手強いわね…美遊もやっぱりお願い!」

「わかった、夢幻召喚(インストール)!」

 

美遊もイリヤと同じうに光を纏い、その身の姿を変える。

現れたのは、赤い槍に全身青タイツの姿へと変貌した美遊。

夢幻召喚(インストール)したのは、ツヴァイランサーだ。

 

「目には目を、歯には歯を___槍には槍を!」

 

ちょっと改変したことわざを放ち、ツェーンランサーを突く。

 

プチュッ、という肉を裂く音。

どうやら上腕二頭筋を(かす)り、肉を持っていったようだ。

 

『………!!』

 

ツェーンランサーは一旦飛び退き、傷を確認する。

 

「やったね、美遊!一撃入ったよ!」

「うん!」

(すげぇな…あれで御坂より年下とか、考えらんねぇ……)

 

だが、喜ぶのはまだ早い。

 

しばらく傷を眺めていたツェーンランサーが顔を上げる。

両手の槍を一回転させ、姿勢を低くし短距離走のようなフォームをとると、

 

消えた。

 

「イリヤっ、気を付けて!」

「わかってる!」

 

イリヤと美遊は背中合わせでツェーンランサーに警戒する。

 

だが、ツェーンランサーのいた方を向いたのは美遊だった。

それが、何を意味するのか。

 

ツェーンランサーは姿を消したのではない。

姿が消えるほど、高速で移動していただけなのだ。

 

この短時間、奴は直進しかしていない。

 

「ごおっ_____ぷぁっ__!!?」

 

瞬間、美遊の脇腹に傷ができ、倒れた。

あまりの衝撃に夢幻召喚(インストール)が解けてしまう。

 

彫刻刀で木を削ったような、鋭い傷。

それはツェーンランサーの槍によるものだった。

 

現れたツェーンランサーの槍、黄色かったはずの槍の先端が赤黒い液体に濡れていた。

言うまでもなく、

 

それは、美遊の血だった。

 

「美遊っ!!!!!」

 

イリヤが剣を捨て、倒れた美遊に近寄ろうとする。

しかし、腹部に謎の衝撃を受け吹き飛ぶ。

 

ツェーンランサーの音速の蹴りが炸裂したのだ。

 

「あがはっ____!?」

 

内臓破裂でもしたのではないか、というほどの量の血を吐く。

イリヤもその衝撃で夢幻召喚(インストール)が解ける。

 

「んごふっ…」

 

痛覚を共有しているクロにも、痛みが伝わる。

 

「はぁ…はぁ…ッ、あぁ……マズイわ…私が食い止めるから、とうまは後退して____とうま?」

 

クロは気付いた。

先程まで物陰に隠れていた上条がなんとも言えない顔で直立している。

 

彼に”逃避"という選択肢はなく、

彼に”恐怖”という感情もなく、

 

ただ、"怒り"があった。

 

「何すんだ、テメェ______」

 

そして、

 

「_____美遊に何しやがんだ、テメェ!!!」

 

自身の全てを、怒りに任せた。

 

「ちょっ、危険よ!武器もないアナタが、魔術を使わないアイツに敵うはず……!」

 

静止を呼びかけるには、すでに遅かった。

 

上条に周りの声など聞こえず、ただ走っていた。

 

走る。

まっすぐ、走る。

 

ツェーンランサーへと向かって、走る。

 

『………………』

 

上条に呆れているのか、ゆっくりと歩き始める。

 

そして、二人の距離が縮まり、

 

「ォォォおおおおおお!!」

 

上条は拳を放った。

 

『…………ォァッ!!』

 

それに合わせ、ツェーンランサーも赤い槍で突く。

 

どちらにせよ、互いの攻撃が相手の本体に届く距離ではなく、拳と槍は、二人の間で交差した。

 

()()()()

 

ツェーンランサーの放った突きが、上条の放った拳に突き刺さったのだ。

 

「あ………ァ…ッ」

 

あらゆる魔術を打ち消す、その右手に。

 

「あ、ぁぁぁあっぁっ、あああああああっああああぁああああああァァァああアアアァああアァぁああああああああああああああァァァァッッ!!!!」

 

先程のツェーンランサーの叫びに負けない程の叫びが周囲の者の耳を(つんざ)く。

しかし、それだけではなかった。

 

上条の傷口、すなわち槍と拳の密着面が輝き出したのだ。

 

『ッッ!!?』

 

さすがのツェーンランサーでも、これにはビビった。

本来起こるはずもない現象が、本来起こるはずもない青年に起きているのだから。

 

「ッ……この、光は…!?」

 

クロも、衝撃を隠せないでいる。

その時、更に驚くべきことが起こった。

 

美遊の脇腹の傷が修復され始めたのだ。

 

「傷が……!!?」

 

更に驚くクロ。

 

「まさか、あの光が…?」

 

明日も学校がある彼女らにとっては都合のいいことだが、その都合のいいことが何故起きたのか、全くわからない。

 

上条の拳の傷は更に光を強め、魔術が通用するはずのない上条の右手をも癒やしていく。

そして衝撃波が発せられ、ツェーンランサーと上条、双方が吹き飛んだ。

 

『………!!』

 

ツェーンランサーの赤い槍は、砕けてしまっていた。

 

傷を負って砕けたとか、そういう類ではない。

年月を重ね腐敗するように、流血を拒むように、ゆっくりと崩れ去ったのだ。

 

「……ちょ、ちょっと!しっかりしなさいよとうま!ねぇ!」

 

状況を把握しきれていないが、とりあえず上条に歩み寄る。

まだ意識があるのか、上条はムクリと起き上がった。

 

「よかった……説明して?アレは何!今の!光は!!」

 

だが、上条は先程のように一切の言葉を聞き入れない。

 

「………とうま…?」

 

上条はゆっくり右手を伸ばし始める。

その手の先には、気を失ったイリヤが横たわっていた。

 

すると、イリヤのカードケースがもぞもぞと蠢き始める。

まるで、何かが出たがっているように。

 

あまりに強く蠢くカードケースのなかのソレは、イリヤの身体の向きすら変えてやっと外へ出た。

と思ったら、今度は上条の右手の中に収まったのだ。

 

「___ノインキャスター__ジル・ド・レェ_」

 

謎の口上を発し、立ち上がる。

そして彼はこう言い放った。

 

 

「_______幻想召喚(インヴァイト)

 

 

すると、上条の身体が光りに包まれる。

それは、まさに___

 

「____夢幻召喚(インストール)と同じ光!?」

 

そう、彼は今「転身」しようとしているのだ。

 

普通はありえない。

普通じゃなくてもありえない。

 

そもそもあの右手は魔術を無効化するはず。

ならば、この光が消えないわけがない。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)の許容範囲を超えた何かが、上条の身に起こっている。

 

光が消え、上条が降り立つ。

 

その姿は、先程までの上条とは見違えるほどの変貌ぶりだった。

 

髪はなびくほど伸び、その黒髪は金髪混じりだった。

右手には輝く剣を持ち、そしてその剣は幻想殺し(イマジンブレイカー)によって消滅しない。

目つきは鋭く、恐怖すら感じさせる程だった。

 

どこからどう見ても彼が上条当麻だとは思えない。

 

一体彼は、()()()()()()()

 

「とうま………」

「_________ッ」

 

上条は、何の迷いもなく駆け出した。

今までの走りとは天と地の差だった。

足を踏み込んだ地面は陥没し、疾走した衝撃のみで瓦礫が舞い上がる。

その姿は、英霊(サーヴァント)そのものだった。

 

『ア”ア"ァ……ゥ彰”ア"ァッ!!』

 

ツェーンランサーは動揺しながらも、もう片方の黄色い槍を振るう。

だが上条はそれを避けた。

マトリックスのような仰け反りで攻撃を躱したのだ。

 

上条はそのまま仰け反り続け、ブリッジをするように地面に手を付くと、思いっきり足を振り上げた。

空振った槍に振り上げた上条の足が直撃し、天高くへ弾き飛ばされる。

 

槍はツェーンランサーの遥か後方、ビルの廃墟に突き刺さった。

回収はできない。

 

素手になりながらも、ツェーンランサーは自らの拳で戦う。

しかしその抵抗も虚しく、拳は上条に命中するより前にその剣で手首ごと切り落とされた。

 

『愚、ゥゥウ”ウ”産”ウ”ゥゥウ”宇"ッッ………!』

 

言葉にならない叫びが木霊(こだま)する。

それは、憎しみだろうか。

あるいは苦しみだろうか。

 

そんなことは、もはやどうでも良い。

なぜなら、彼はもうお終いだからだ。

 

「___________」

『ア”、挙"ァ!ア”ア"ァッ!』

 

上条は剣を地面に突き立て、ツェーンランサーの頭をその右手で掴む。

助けを乞うようなツェーンランサーの叫びが響く。

 

それも、無駄だった。

 

『ア……アぁ遭アあァ……タ須、け…」

「uraf幻sgrenby想m殺vsbvSI」

 

突然、上条の右手から「龍」が(あらわ)れた。

 

右手の「龍」は瞬く間にツェーンランサーを飲み込み、やがて「龍」とツェーンランサーは消え失せた。

 

上条も元の姿に戻り、倒れる。

 

その右手には、「龍」の代わりにランサーのカードが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条当麻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カミやん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三下ァ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________ッッ!!?」

 

上条は悪夢に目を覚ました。

 

見えるのは小洒落たシャンデリア。

エーデルフェルト邸だ。

 

確か自分は、あの時ツェーンランサーの槍が拳に突き刺さって、吹き飛んだはずだ。

それから…………

 

上条は思い出した。

 

あの時の、異常な自分。

使えないはずの魔術を行使する自分。

 

()()()は、一体誰だったんだ___?」

 

すると、部屋の扉が開いた。

 

「とうまっ!」

「当麻さん!」

 

いつもどおりの服装に戻ったイリヤと美遊だった。

そして、五体満足だ。

 

「あれ、お前らもう傷は大丈夫なのか?特に美遊、お前は脇腹を斬り抉られて…」

「ああ………()()()()()()()()()()

「は?」

 

イリヤと美遊は失神していたため、上条の発した謎の光が二人を治したとは知らない。

上条自身も、あれが自分の発した光によるものなのだと気付いていない。

 

「入るわよ」

 

コンコン、と軽いノックをして入ってきたのは、魔術師兼エーデルフェルト邸メイドの遠坂凛だった。

ここまで運んできてくれたのか、傍らにはバイト戦士ならぬバイト魔術師バゼットもいた。

 

なおバイト魔術師というのは上条命名である。

 

「話は一通り、クロから聞かせてもらったわ。アンタ、訳の分からない姿に変身して、黒化英霊(サーヴァント)を瞬殺したそうじゃない」

「ああ、そうみたいなんだよ。でも、あれは俺の意思じゃなくて……」

「わかってる。クロも言ってたわ、「アレはとうまであってとうまではなかった」ってね」

 

あの時起きた不可解な現象が、再度脳裏に浮かぶ。

身体の自由こそ無かったが、記憶は共有できているようだ。

 

「クロの話を聞いて、私なりに仮説を立ててみたわ」

「どんなだ?」

「ええ、でも長くなるわよ。まずアンタの右手。魔術も、アンタの言う「能力」とかいうのも無効化にできるのよね。それを踏まえて、ツェーンランサーのカードについて。あれを限定展開(インクルード)の結果現れたのは赤黄二本の槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)。そのうち破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の効果が______魔術的効果の打ち消し」

「魔術的効果の打ち消し、だって?俺の右手と一緒ってことかよ!」

「いえ、厳密には違うわ。アンタの右手は、神の奇跡とやらも打ち消すんでしょ?破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)はそれ程ではなかった。だからそのとき、砕けたんでしょうね」

 

そうだ。

上条は右手にその破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が突き刺さった後、それを破壊している。

 

(なるほど、じゃああの件にも説明がつくな)

 

イノシシ状態のときのツェーンランサーは、魔術の放射をを自ら噛み砕いた。

そして、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)には魔術を打ち消す効果がある。

 

つまり、あの赤黄の牙がそれぞれ破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)で、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の効果が適用され、魔術の放射を無効化した。

それが周りからは「噛み砕いた」ように見えたのだ。

 

「で、俺の件は…」

「ああ、それはおそらく別世界同士の魔術無効効果による感応現象ね。同じ、魔術を打ち消す力でしょ?それに別世界同士。本来同時に存在しないはずの二つが互いの力を打ち消し合って、おかしくなったのよ。この変身能力___幻想召喚(インヴァイト)、だったかしら。どうしてそれがピンポイントで宿ったのかはわからないし、どうしてイリヤと美遊の傷が治ったのかもわからないけど、これでアンタが遅れを取らずに正面から戦えるのは確かよ」

 

確かに、あのままでは上条はこれから先もただ邪魔なだけだっただろう。

彼女らに少しでも貢献できるとわかった上条は、嬉しかった。

 

「じゃあ……俺はもう、みんなを傷つけてしまうこともないんだな。みんなを、守れるんだな」

「ええ、そうよ」

 

もう二度と、あんな苦しい思いはさせない。

彼の知らない未知の世界で、上条はそう誓った。

必ず、帰る。

この少女たちを救った、その後に。

 

正義の味方(ヒーロー)」に、なる。

 

「そういや、今何時だ?」

「朝の四時よ」

「簡単な記憶抹消なら、私が済ませておきますが」

「………よし、帰って寝よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、午後二時頃、市街地の一角。

 

「ふふ、今日もいい天気♪」

 

カジュアルなロングワンピースに身を包み、エコバッグ片手に帰路につく女。

衛宮家の家主(本人談)、アイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。

 

エコバッグの中には、肉や野菜、リットルサイズの炭酸飲料などが詰められていた。

 

「う〜ん、献立はどうしようかしら。後先考えずに買っちゃったわけだけど……」

 

アイリの脳内に、トンカツやカレー、パスタのイメージが浮かぶ。

今日の夕食はセラと士郎に代わって、彼女が作る予定なのだ。

いつも作ってもらって悪いから、だという。

 

ちなみに、今までの彼女の料理は毎回悲劇を生み出してきた。

 

「え〜っと……じゃあ、今日は無難にカツカレーにしましょ!他の材料は、あの二人に託し____」

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルン、だな」

 

暗い声が、背後から聞こえる。

 

「あ、はい。私がアイリスフィールですけれ、ど………」

 

アイリは振り返り、その光景に言葉を失う。

 

声の主は、高校生くらいの青年だった。

その身体は簡単に折れてしまいそうな程細かった。

改造が施されているのか、変わった形の松葉杖をついている。

 

そして、青年は肌が白く、髪も白く、瞳は赤かった。

 

まるで、彼女達(ホムンクルス)のように。

 

「まさか、貴方………」

「いや、俺はユーブスタクハイトの回しモンじゃねェ。ってか、アイツも流石に諦めてンだろ」

 

特徴的な口調で、青年は言った。

 

「俺は衛宮切嗣の使いだ。言伝(ことづて)がある」

「キリツグから…?」

 

衛宮切嗣。

イリヤ達の父であり、衛宮家の本来の家主。

かつて起こったある「悲劇」がまた起きぬよう、アイリと共にヨーロッパで活動している。

 

アイリは衛宮家にいるので、今は切嗣単身とも言える。

 

そんな多忙の切嗣が、わざわざ使いを送ってまで伝えたい事があるという。

 

「なァに、単純なことだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は………?」

 

突然何を言い出したかと思えば、青年は美遊と上条をまるで()()のように扱っている。

そんな青年の言うことを受け入れる訳にはいかない。

ましてや、切嗣の使いだと信じるわけにも行かない。

 

「な、何を言ってるのよ!そんなこと……クラスカードはまだしも、当麻くんと美遊ちゃんは人なのよ!?そんな、テキトーな扱い方……」

「いや、あのカードとあの二人は()()()()()()()()()()()()()()()だ。オマエがこちらに引き渡し次第即刻()()する」

 

そして、信じられない言葉が青年の口から発せられた。

 

「処分」。

 

「処分って……ふざけてるの!?そんなことはできないわ!それに、貴方みたいな人をキリツグが使いに送るわけがない!」

「なら、証拠を見せてやりゃいいか?」

「証拠って______ッ!!?」

 

そう言い、青年は懐から小さなものをひとつ取り出した。

 

.30-06スプリングフィールド弾。

機関銃の弾薬などに用いられたそれを、青年は()()()()()持っていた。

 

それが何を意味するのか、アイリにはわかった。

 

「……………起源弾」

「そォだ。これで、やっと信じてくれたか?なら、取引の話を続けようじゃねェか」

「でも……それでも、あの二人とカードを引き渡す訳にはいかないわ。美遊ちゃんは娘達の大切な友達、当麻くんは私達の大切な家族。そんな存在を安々と渡せるもんですか!」

 

アイリは拒み続ける。

例え愛する者の頼みだとしても。

彼女は理由が聞きたかった。

何故必要なのか、必要としない問題の解決策はないのか。

 

それを、本人に、直接。

 

「………わかった。一週間、考える時間をやる。一週間だ。一週間後、ここにカードと二人を連れてこい。一週間を過ぎた場合、家族全員を殺してでも奪い取る」

「殺してでもって、貴方自分が何を言ってるのかわかってるの!?それに家族全員なんて、そんなことさせないわ!」

 

アイリは懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。

 

針金だ。

 

アイリは針金に魔力を通し、使い魔などに変形させることができる。

彼女の魔術の腕は、並の魔術師よりかは普通にいい。

敵うものは、そうそういない()()()()()

 

針金を掴み、懐から手を引き抜こうとすると、

 

瞬間、エコバッグが真っ二つに切断された。

 

「_______!?」

 

炭酸のボトルが裂け、パンッ、という破裂音が鳴る。

食材は地面に落ち、それにかかった炭酸飲料がシュワシュワと新鮮な音を立てている。

 

一瞬の出来事に、アイリは呆然とした。

 

よく見ると、青年は付けている黒い首輪のようなものに手を添えている。

そして左手は、軽く空を切り終えたような姿勢をしていた。

 

ピッ、という電子音が鳴り、青年は首輪から手を離す。

 

「俺がガキだからってオマエごときが敵うと思うなよ。下手したらそっちが死んじまう」

「あ……………っ…」

 

恐怖に震えるアイリ。

それに近寄る青年。

 

すると青年は、地面にぶちまけられたエコバッグの残骸とその中身の残骸の側に一万円札を放る。

 

「そのバッグと中身ならこれ一枚で足りンだろ」

 

弁償のつもりだろうか。

 

今更弁償をしたって許されないし、許される立場でもない。

だがアイリは、ただ受け入れるしか無かった。

 

逆らったら、次は自分達が殺されてしまうからだ。

 

こんな使いをよこした切嗣に、失望してもいた。

最愛の夫にこれ程失望したのは、初めてのことだった。

 

「ンじゃま、交渉成立ってことでいいな?」

 

アイリは小さく頷いた。

いや、頷いてしまった。

 

納得したのか、青年は背を向け歩き去ろうとする。

 

「っと、名前をまだ言ってなかったな」

 

青年は立ち止まり、横目でアイリを睨みつけて名乗った。

 

一方通行(アクセラレータ)だァ_____ヨロシク、()()()()()()()()()

 

青年は立ち去った。

 

 

 

その場に人が訪れることはなく、

 

アイリはただ、立ち尽くした。




ご都合主義って素晴らしいね
上条さんを汚してしまったことを悔やみながらも更なる強化を図る牙砕爪鋭でした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話Ⅰ
Fate/Imagine Breaker Material Ⅰ


※一部のCVはイメージです


上条当麻

・読み:かみじょう とうま

・身長:168cm/体重:58kg

・性別:男性

・イメージカラー:黒

・特技:説教、喧嘩(1対1に限る)

・好きなもの:人助け/苦手なもの:勉強

・天敵:右方のフィアンマ

・CV:阿部敦

 

別の世界からやってきた青年。

普通の高校生のような格好だが、非常に魔術に精通しており、使えはしないもののそれなりの知識は兼ね備えている。

ノインキャスター戦でイリヤ達と合流。

こちらの世界では身寄りがなかったため衛宮家に居候。

地味に衛宮士郎より体格が良い。

色んな人に嫌われがち。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)という特殊能力を持っており、あらゆる異能の力は右手で触れただけで無効化可能。

だが消せるのは右手で触れた異能の力だけで、異能の力によって砕け散ったコンクリートの破片だったり、手首より後ろの部位に異能の力が触れた場合は能力は適用されない。

その条件を満たしてさえいれば基本どんな異能の力でも打ち消せるため、元いた世界では盾扱いすらされた。

神の奇跡すら打ち消してしまうため、恐らく人類史上最悪の不幸体質。

 

ツェーンランサー戦にて幻想召喚(インヴァイト)が発現。

クラスカードを用いて自らの「存在そのもの」を変質化させる。

何らかの武器が付属する。

遠坂凛曰く「別世界同士の魔術無効効果による感応現象」によるものだそうだが、詳しい発現原因は不明。

 

こちらの世界では学校に通っていないため、カレン・オルテンシア協力の下、私立穂群原学園1-Bに転入。

間桐桜と知り合い、初日にして彼女の兄である間桐慎二をボコボコにした。

 

 

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

・スペル:Illyasviel Von Einzbern

・身長:133cm/体重:29kg

・性別:女性

・イメージカラー:桃

・特技:ツッコミ(上条談)

・好きなもの:魔法少女アニメ、衛宮士郎/苦手なもの:猫、士郎の下心

・天敵:クロエ・フォン・アインツベルン

・CV:門脇舞以

 

我らがプリズマ☆イリヤ。

本当に彼女を愛しているのなら、その一言で全てが通じる。

 

衛宮家の長女で、小学五年生。

白い髪に真っ赤な眼と、人間離れした外見をしている。

義理兄である士郎が大好きだが、たまに厳しくなる。

クラスメートはいっぱい、良いことである。

最近ブラジャーを付け始めようか悩んでいる。

 

カレイドステッキと契約を結んだ魔法少女であり、夜な夜な鏡面界に出向いては黒化英霊(サーヴァント)を討伐する日々。

最近の黒化英霊(サーヴァント)の進化についていけない。

結構寝不足だが、学校での成績は良い。

クラスカードを用いて宝具を展開する限定展開(インクルード)、自身を擬似英霊とする夢幻召喚(インストール)を使う。

上記の事項は美遊ともほとんど同じ。

 

8月、アハトアーチャー戦にてツヴァイフォームが覚醒。

世界をも破壊しかねない「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」を上回る威力の「多元重奏飽和砲撃(クインテット・フォイア)」を発射可能。

筋系、血管系、リンパ系、神経系までもを無理矢理魔術回路と認識させている為、肉体への負担は馬鹿にならない。

その為、使用するタイミングは限られる。

 

 

 

美遊・エーデルフェルト

・身長:134cm/体重:不明

・性別:女性

・イメージカラー:青

・特技:ほぼ全て

・好きなもの:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、衛宮士郎/苦手なもの:世界の法則に反する発明(要は絶叫系アトラクション)

・天敵:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

・CV:名塚佳織

 

放浪しているところをルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに保護され、エーデルフェルト邸でメイドとして働いている少女。

イリヤのライバル。

 

イリヤと同じクラスで、文武両道の天才。

上条すら理解できない平方根の問題を完全にマスターしている。

運動神経も抜群で、50m走は6.9秒。

ちなみに女子世界記録は5.93秒。

彼女がいかにずば抜けているか、お分かりいただけただろう。

 

彼女も魔法少女である。

以前は空を飛ぶことができなかったが、「空間を跳ねる」ことで飛行が可能になった。

主にツヴァイランサーのカードを使う。

 

何に至っても完璧で、何事も冷静にこなす。

ただイリヤのことを愛しすぎて、ちょっとアッチの気がある。

ツェーンランサー戦前、イリヤに見せるためにあえて下半身の露出の多い衣装に転身していることが発覚。

これによってイリヤに避けられるか、更に愛し合うかはまだわからない。

ただしファーストキスはクロのものとなった。

 

 

クロエ・フォン・アインツベルン

・スペル:Chloe Von Einzbern

・身長:133cm/体重:29kg

・性別:女性

・イメージカラー:赤

・特技:大人のキス

・好きなもの:衛宮士郎/苦手なもの:幼稚なイリヤ

・天敵:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

・CV:斎藤千和

 

通称「クロ」。

キス魔。

 

アインスアーチャーを核としている少女。

その性質上、定期的に魔力供給を行わなければ消滅してしまう。

一番相性がいいイリヤは魔力供給の方法を知らないため、キスという方法によって相手の体液を摂取して済ませている。

キス魔というのは、つまりそういうことである。

 

その正体は、イリヤが幼い頃に封印された裏人格、すなわち「魔術サイドのイリヤ」。

魔術について熟知しており、最近は投影魔術以外も練習している。

痛覚共有の呪いをかけられているが、そろそろ自力で解呪できる日が来るかもしれない。

 

上記の通り投影魔術を用いて戦っており、フェイバリットウェポンは「干将・莫耶」。

アーチャーのカードが核である分弓も使用するが、たまにしか使わない。

本人曰く「弓を使うアーチャーはおかしい」とのこと。

 

ツェーンランサー戦前、空中浮遊が可能であることが発覚。

投影魔術の応用で自身の脚部に魔力の流れを形成し、それによって浮遊している。

つまり飛べる。

 

投影()()なので、上条の右手との相性は最悪。

 

本名は存在しないが、「クロエ・フォン・アインツベルン」という名義で衛宮家の一員に。

もちろん学校にも通っている。

キス魔であることは変わらず、同級生の唇を次々と奪い続け、ついには担任教師までもが標的になってしまった。

勉強は面倒くさがるが成績は優秀。

絵描きのセンスがない。

 

一応イリヤとは双子。

どちらが姉かは決まっていない。

 

もしイリヤが魔術の世界で育っていたら、性格こそ違えどこのような少女になっていたかもしれない。

それはまた別の(せかい)である。

 

 

 

衛宮士郎

・読み:えみや しろう

・身長:167cm/体重:58kg

・性別:男性

・イメージカラー:赤銅

・特技:家庭料理

・好きなもの:家庭料理、人助け/苦手なもの:梅昆布茶

・天敵:平気で人を殺す奴

・CV:杉山紀彰

 

衛宮家の長男。

血縁上イリヤ達とは繋がりはなく、士郎は切嗣が養子として引き取った子である。

 

高校二年生だが、高校一年生の上条のほうがスタイルがいい。

 

上条と同じく人のことを第一に考え、友人柳洞一成が務める生徒会も彼には世話になっている。

ガラクタの修理などもやってのけるその姿は、まさに便利屋(ブラウニー)

 

弓道部員で、弓の扱いには慣れている。

 

セラとローテーションで家事を行っている。

得意なものは料理全般。

度重なる特訓の成果である。

 

上条に次ぐラッキースケベ。

原因はほとんどが魔術関連。

そっとしてやれ魔術(ファンタジー)

 

上条と同室。

ハニートラップの矛先が上条に移って少しホッとしている。

男同士気が合うのか、たまに一緒に風呂にも入る。

別にソッチの気があるわけではない。

 

 

 

セラ

・スペル:Sella

・身長:163cm/体重:49kg

・性別:女性

・イメージカラー:白

・特技:家事全般

・好きなもの:摂理、気品、甘いもの(安物に限る)/苦手なもの:高カロリー

・天敵:衛宮士郎、リーゼリット

・CV:七緒はるひ

 

アインツベルン家、もとい衛宮家のメイドの一人。

メイドとしての制服は存在するが、あえて私服。

 

家事が得意だが、士郎の家事スキルには恐怖している。

日々負けじと、士郎をライバルのように見ている。

異性としてもちゃんと見ている。

 

士郎とローテーションで家事を行っており、セラの日は食事のカロリー低め。

以前()()()()太ったせいである。

 

ド貧乳。

 

上条が来てから手伝ってくれる人が増えて安心していたが、それも所詮束の間の安心であった。

 

 

 

リーゼリット

・スペル:Leysritt

・身長:163cm/体重:52kg

・性別:女性

・イメージカラー:白

・特技:動物的直感

・好きなもの:家族、お菓子/苦手なもの:頑固なセラ

・天敵:セラ

・CV:宮川美保

 

通称「リズ」。

 

セラとは正反対のド巨乳。

 

一応リズもメイドであるが、いつもソファでだらけて菓子をつまんでるだけで、もはやイリヤの姉ポジションと化している。

イリヤのネットでの買い物はだいたいリズが払っている。

 

いつもどこかポケーッとしている。

背後から胸を揉まれても動じないほど。

 

アイリと気が合う。

 

 

 

アイリスフィール・フォン・アインツベルン

・スペル:Irisviel Von Einzbern

・身長:158cm/体重:52kg

・性別:女性

・イメージカラー:銀

・特技:錬成魔術

・好きなもの:夫と娘、家事/苦手なもの:節約、交通安全

・天敵:特になし

・CV:大原さやか

 

衛宮切嗣の妻。

イリヤの母。

クロと士郎もいるが、クロはイリヤから分離し、士郎は切嗣が引き取った養子なので、出産経験は一度切り。

 

普段は切嗣とともにヨーロッパにいるが、最近は日本でのんびりしている。

 

料理を作るのが好きだがその腕前は壊滅的で、食後はアイリ以外の皆の空気が重くなるという。

 

実は魔術師の端くれ。

針金を用いた変形魔術は非常に強力で、イリヤと美遊とクロを一撃で戦闘不能に至らせたことがある。

 

高級車を運転しているが、よく壊す。

 

某日の買い物帰り、一方通行(アクセラレータ)と名乗る青年と遭遇。

「全クラスカードと美遊と上条を一週間後に渡さなければ家族まとめて殺す」と脅迫を受ける。

彼女は一週間後、どう返答するのだろうか。

 

 

 

久宇舞弥

・読み:ひさう まいや

・身長:161cm/体重:49kg

・性別:女性

・イメージカラー:黒鉄色

・特技:教育

・好きなもの:洋菓子/苦手なもの:化粧、服選び

・天敵:特になし

・CV:恒松あゆみ

 

衛宮家にやってきた家庭教師の女。

 

小学生から高校生まで、国語から音楽まで、あらゆる教科をこなす。

得意分野は歴史。

 

しかし、どこの事務所の家庭教師なのかも、過去の経歴すらも一切不明。

正体不明のミステリアスな女である。

 

上条にも数学を教えている。

 

甘いもの、特に洋菓子が好きでよく買ってくるそうな。

 

 

 

遠坂凛

・読み:とおさか りん

・身長:159cm/体重:47kg

・性別:女性

・イメージカラー:赤

・特技:うっかり

・好きなもの:宝石、士郎/苦手なもの:電子機器全般、突発的なアクシデント

・天敵:ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト

・CV:植田佳奈

 

留学先であるイギリスから、クラスカード回収のため派遣された魔術師。

 

五大元素使い(アベレージ・ワン)という強力な魔術師だが、性格のせいで台無しになっている。

カレイドステッキと契約し魔法少女としても活動していたが、カレイドステッキから契約を解除されてから回収続行が困難に。

その後、カレイドステッキと契約を結んだイリヤと出会い、彼女をサポートすることになる。

 

現在は私立穂群原学園に通いつつ、エーデルフェルト邸でメイドをしている。

なぜメイドとして働いているのかというと、金欠なのだ。

彼女が用いるのは「宝石魔術」。

その名の通り宝石を利用する魔術なのだが、その宝石が使い捨てのため、いちいち買い直さなければならない。

ルヴィア程の金持ちでもないため、金をすぐに使い果たしてしまう。

ライバルのメイドとして屈辱を味わいつつ、節約に励む毎日である。

 

上条に対しての態度は冷たい。

突然現れた為怪しく思っているのか、どうもそっけない対応をする。

上条もつくづく恵まれない男だ。

 

胸への自信の無さから、スカートが短くなりがち。

 

 

 

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト

・スペル:Luviagelita Edelfelt

・身長:160cm/体重:49kg

・性別:女性

・イメージカラー:青

・特技:プロレス技

・好きなもの:宝石、士郎(シェロ)/苦手なもの:自分を強いと思いこんでいる奴

・天敵:遠坂凛

・CV:伊藤静

 

遠坂凛と同じく時計塔の魔術師。

 

遠坂凛のライバルで、北欧フィンランド名家のお嬢様。

遠坂凛と同じく宝石魔術を使うが、その他はまるで正反対である。

 

遠坂凛は金欠だが、ルヴィアには金が腐るほどある。

遠坂凛は貧乳だが、ルヴィアは巨乳。

遠坂凛は下劣だが、ルヴィアは上品。

 

まるで遠坂凛を鏡にでも映したかのような人物である。

 

彼女も同じくカレイドステッキとの契約を切られており、新たにステッキと契約した孤児状態の美遊をエーデルフェルトに受け入れ、彼女をサポートしている。

美遊にはとんでもない額の小遣いを与えているという。

 

 

 

バゼット・フラガ・マクレミッツ

・スペル:Bazett Fraga McRemitz

・身長:172cm/体重:58kg

・性別:女性

・イメージカラー:赤紫

・特技:力仕事

・好きなもの:筋肉、日々の鍛錬/苦手なもの:細かい作業

・天敵:貧乏

・CV:生天目仁美

 

魔術協会から派遣された封印指定執行者。

アインスアーチャーとツヴァイランサーを撃破したのは彼女である。

 

硬化のルーンを刻んだ手袋を装備しており、攻撃力は非常に高い。

更に時速80kmというとてつもない速さの拳を放つため、大抵の動くものなら吹き飛ぶ。

封印指定執行者史上最強とまで言われた魔術師。

 

ルーン魔術の名家に生まれた彼女は、幼い頃から魔術の鍛錬を怠らなかった。

様々なルーン魔術を熟知しており、RPGだとチートレベルである。

 

彼女の最強の技が「斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

相手が必殺技を発動した瞬間に使用し、この攻撃を相手より先に放ったものとして相手はダメージを受ける。

実質、相手の必殺技の発動は無効化される。

 

例えるとすれば、ジャンケンで後出しをしたのに他の相手より先に出した扱いになっているようなもの。

また、数少ない宝具の現物であり、英霊(サーヴァント)の宝具にもある程度通用する。

 

この技は刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)が弱点。

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)でキャンセルする前に刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)の「必殺の呪い」が確定するため、相打ちになるとのこと。

これを行うと当然どちらも死ぬため、真相は定かではない。

 

カード回収を引き継ぐためエーデルフェルト邸を襲撃。

クロのと同じ痛覚共有の呪いをかけられ退却。

この戦闘によってエーデルフェルト邸は全壊。

更にルヴィアの企みによってバゼットのキャッシュカードが停止され、エーデルフェルト邸の修理費を全負担することに。

 

これが、バゼット・フラガ・マクレミッツのバイト魔術師としての新たな人生の始まりであった。

 

人付き合いはあまり得意ではない。

故に接客系のバイトでは早々に首を切られる。

 

地味に巨乳。

 

現時点で上条とはあまり絡みが少ない。

 

 

 

オーギュスト

・スペル:Auguste

・身長:不明/体重:不明

・性別:男性

・イメージカラー:黒

・特技:紅茶の選別、戦闘行為全般

・好きなもの:主人の好きなもの/苦手なもの:主人の苦手なもの

・天敵:主人の敵

・CV:玄田哲章

 

エーデルフェルト邸の執事。

 

白髪白髭の老人だが、「筋肉モリモリマッチョマンの変態(コマンドー)」とでも言われそうな強靭な肉体をしている。

身体には無数の古傷が刻まれている。

 

エーデルフェルト邸の管理は全て彼が行っている。

クロや美遊の戸籍偽造も彼がやった。

上条の戸籍偽造も既に済ませてあるようだ。

 

軍隊にでも入っていたのか、重火器や刃物を巧みに操る。

しかし、そのスキルを持ってしてもバゼットには敵わなかった。

 

だが彼も老執事、家事や事務の仕事は難なくこなす。

 

上条が一番最初に「信頼できる」と感じたのは彼。

 

 

 

マジカルルビー

・スペル:Magical Ruby

・全長:不明/重量:不明

・性別:女性?

・イメージカラー:赤

・特技:薬品精製

・好きなもの:イタズラ/苦手なもの:そんなものはない

・天敵:イリヤの敵

・CV:高野直子、中田譲治、他

 

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの製作した愉快型魔術礼装カレイドステッキ、及びその内部に宿る人工人格。

 

「第二魔法・平行世界の運営」を用いるゼルレッチ製作の為、彼女も平行世界に関する機能を備えている。

戦闘時にはイリヤ達契約者を転身させているわけだが、その衣装はカレイドステッキが平行世界上の「契約者が魔法少女である世界」を探し出し、その衣装を契約者に投影する。

下着の形状も変わる。

平行世界からの干渉によって契約者へ無限に魔力を供給することが可能。

また戦闘時は契約者に英霊(サーヴァント)単位で言うAランク相当の魔術障壁、物理保護、治癒促進、身体能力強化などの恩恵を常時与えている。

更に魔力を実態として放出することにより、魔力を弾丸としたり、近接武器とすることもできる。

シールドも張れる。

 

ここまでを見ればただの素晴らしい神礼装である。

 

だが、内部に宿る人格が問題だった。

 

この人格「マジカルルビー」は非常に陽気で、呼吸をするかのようにイタズラを仕掛ける。

しかも屋根裏部屋で毒草などを用いて薬品を生成している。

過去に惚れ薬や自白剤などを精製したが、その効果は正常に発揮されてしまっている。

 

更に彼女は一本の杖でありながら48の体術技によるカレイド流活殺術や24の秘密機能(シークレットデバイス)を備えている。

正直、邪魔である。

 

この性格こそが、契約者とルビーとの関係に亀裂が入る原因であると思われる。

なお、確認できた被害者はイリヤと遠坂凛。

 

 

 

マジカルサファイア

・スペル:Magical Sapphire

・全長:不明/重量:不明

・性別:女性?

・イメージカラー:青

・特技:姉の再教育

・好きなもの:特になし/苦手なもの:ルビーのイタズラ

・天敵:マジカルルビー

・CV:かかずゆみ

 

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが製作したもう一つのカレイドステッキ。

基本的な機能はルビーと同じである。

 

性格は正反対で、彼女は物静かで冷静。

イタズラなどということは決してせず、常に契約者の指示に従って動いている。

 

洗脳電波デバイスを有しており、特定の人間の記憶を抹消することができる。

一回使用するごとに対象のIQが1ずつ低下する。

 

最近声変わりした。

 

 

 

カレン・オルテンシア

・スペル: Caren Hortensia

・身長:156cm/体重:40kg

・性別:女性

・イメージカラー:白銀

・特技:特になし

・好きなもの:愉悦/苦手なもの:人々の幸福

・天敵:上条当麻

・CV:小清水亜美

 

私立穂群原学園小等部の保健医。

実は聖堂教会のシスターで、クラスカード回収の監視をしている。

 

保健医としてもシスターとしても不適切な性格をしている。

父親譲りだとか。

 

魔術回路は有していないが、魔術的工作により実質魔術を行使しているのと同じ状態。

上条の転校もサポートしている。

 

「マグダラの聖骸布」という聖遺物を所持しており、この聖骸布で捕らえた男性を拘束することができる。

なお「男性」というのは魂基準なので、身体が女でも魂が男だと通じると思われる。

上条にはあの右手(イマジンブレイカー)があるため通用しなかった。

長年の使用経験により、マグダラの聖骸布に似た形状のもの(トイレットペーパーなど)なら何でもマグダラの聖骸布のように扱える。

この場合はマグダラの聖骸布のような効果はないため女性にも通用する。

 

普段は白衣。

シスターとしての衣装も所持しているが、何故かスカートがない。

それをイリヤに指摘されてから着用していない。

上条の前では決して着用しないと誓っていることだろう。

 

 

 

森山那奈亀

・読み:もりやま ななき

・身長:不明/体重:不明

・性別:女性

・イメージカラー:桃

・特技:ツッコミ

・好きなもの:友達/苦手なもの:面倒なこと

・天敵:姉の敵

・CV:伊瀬茉莉也

 

イリヤのクラスメート。

初日から上条に悪い印象を抱いた。

 

天然桃色髪で細目。

鋭いツッコミをよくかます。

 

一般人の少女かと思いきや、同級生をアッパーで天井まで突き上げるほどの怪力。

かつてある武術を見ただけでマスターし、その師範を一瞬で吹き飛ばしたそうな。

一歩間違えば、英霊(サーヴァント)すらもが恐れる悪魔と化していた。

 

だが、彼女が英霊(サーヴァント)と関わる日は来ないだろう。

 

 

 

藤村大河

・読み:ふじむら たいが

・身長:165cm/体重:黒く塗りつぶされている

・性別:女性

・イメージカラー:虎柄

・特技:剣道、自堕落、英語

・好きなもの:万物全て/苦手なもの:ライオン

・天敵:特になし

・CV:伊藤美紀

 

ヤクザの御嬢だが小学校の教師。

イリヤ達の担任。

 

トラをこよなく愛しており、ストラップもトラ、異名もトラである。

 

非常に幸運な人間で、上条とは正反対である。

上条との絡みはない。

 

何故か衛宮士郎と親しい。

彼の父親とも交流があるようだが_______

 

 

 

間桐桜

・読み:まとう さくら

・身長:156cm/体重:46kg

・性別:女性

・イメージカラー:桜

・特技:家事全般、マッサージ

・好きなもの:お菓子、怖い話/苦手なもの:甘いもの、怪談

・天敵:特になし

・CV:下屋則子

 

上条が転入したクラスの少女。

 

グラマラスな体型とその性格から、学園中で人気がある。

衛宮士郎とは元から親しい。

弓道部所属。

 

兄にDVを受けているが、彼女はそれに耐えている。

その兄を上条がふっ飛ばしたわけだが、このあともDVが続くかはまだわからない。

 

上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)は彼女に反応したようだが____

 

 

 

間桐慎二

・読み:まとう しんじ

・身長:167cm/体重:57kg

・性別:男性

・イメージカラー:群青

・特技:名推理、捜し物

・好きなもの:子犬、特権/苦手なもの:無条件で幸せな空気

・天敵:上条当麻

・CV:神谷浩史

 

間桐桜の兄。

DV男。

 

上条が正義の鉄拳を下した。

 

実はこれでも弓道部の副部長を務めており、弓道の腕はそれなりにある。

 

髪形がワカメに似ている。

 

 

 

1-Bの担任教諭

・身長:不明/体重:不明

・性別:男性

・イメージカラー:なし

・特技:一発芸

・好きなもの:生徒達/苦手なもの:卒業生の非行

・天敵:地域のクレーマー

・CV:中田譲治

 

特徴的な性格の教師。

上条達1-Bの担任。

 

かなり濃い人間であることが予想できるが、上条は彼と仲良くなれるのだろうか。

ちなみに、上条の第一印象はバッチリである。

 

 

 

ノインキャスター

・真名:d@.・s@・;%

・身長:196cm/体重:70kg

・属性:混沌、悪

・カテゴリ:人

・性別:男性

・イメージカラー:濁った黒

・CV:鶴岡聡

 

・筋力:D

・耐久:E

・敏捷:D

・魔力:C

・幸運:E

・宝具:A+

 

クラス別能力

・陣地作成:B

・道具作成:-

 

保有スキル

・精神汚染:A

・芸術審美:E-

 

九体目の黒化英霊(サーヴァント)

発狂したような男。

というより既に発狂している。

 

鎧の一部が付着していたことから、三騎士のうちどれかにもクラス適性があったと考えられる。

 

キャスター離れした筋力でイリヤを苦しめたが、上条の乱入により戦闘を妨害され、そのすきをイリヤによって撃破された。

 

上条が幻想召喚(インヴァイト)した際は、彼を金髪混じりの長髪に変貌させ、剣を武器とした。

 

宝具

螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)

・ランク:A+

・種別:対軍宝具

・レンジ:1〜10

・最大補足:100人

イタリア語訳のルルイエ異本。

魔力炉を搭載しており、ここから無尽蔵に魔力が生成される。

使用者の技量に関係なく、この宝具が大魔術や儀式呪法を代行する。

これによってノーコストで「海魔」を際限なく召喚することができるが、この宝具が破壊されるなどによって魔力の供給を絶たれると海魔は消滅する。

 

魔力を限界まで開放すれば、旧支配者(クトゥルー)外なる神(ヨグ=ソトース)などの神話生物も召喚できたかもしれない。

 

 

 

ツェーンランサー

・真名:w@E.]Zs@・6w@Eu

・身長:184cm/体重:85kg

・属性:秩序、中庸

・カテゴリ:地

・性別:男性

・イメージカラー:翡翠色

・CV:緑川光

 

・筋力:B

・耐久:C

・敏捷:A+

・魔力:D

・幸運:E

・宝具:B

 

クラス別能力

・対魔力:B

 

保有スキル

・心眼(真):B

・愛の黒子:C

 

十体目の黒化英霊(サーヴァント)

イノシシと人を混ぜたような外見の、いわば獣人。

人間形態にもなったため、本来の彼は人間だったと推測される。

 

ランサーなので、敏捷のステータスが高い。

人間形態ではもはや目に見えぬ速さとなった。

黒化していながらなお美貌。

 

一度は上条達を追い詰めたが、上条の幻想召喚(インヴァイト)発現によって勢いを失い、そのまま撃破された。

 

宝具

破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)

・ランク:B

・種別:対人宝具

・レンジ:2〜4

・最大補足:1人

 

赤い槍。

一見地味だが、この槍自体は非常に強力。

刃が触れた部分のあらゆる魔術的効果を打ち消すことができるのだ。

つまり、魔術でどんなに防御を固めようとも無意味だということ。

 

上条の右手に突き刺した際、同じ効果の幻想殺し(イマジンブレイカー)との感応現象が発生し、上条に幻想召喚(インヴァイト)が発現。

最強の切り札が、自身の破滅を招く結果となった。

 

獣化時は赤い牙となっている。

 

宝具

必殺の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

・ランク:B

・種別:対人宝具

・レンジ:2〜3

・最大補足:1人

 

黄色い槍。

この槍で損傷した傷は、この槍が破壊されるか持ち主が消滅しなければ回復されない。

RPGでいう、HPの「上限」を削られた状態。

 

強力な宝具なのだが、今回の戦闘では影が薄かった。

上条達が活躍させてくれることを願おう。

 

獣化時は黄色い牙となっている。

 

 

 

暗殺者風の男

・身長:不明/体重:不明

・性別:男性

・イメージカラー:灰色

・特技:不明

・好きなもの:不明/苦手なもの:不明

・天敵:不明

・CV:小山力也

 

ヨーロッパから上条達を監視する謎の男。

暗殺者を思わせるその風貌と、暗殺者を思わせるその口調だと、本当に暗殺者なのではないだろうか。

その声色は、どこかダンディでもある。

 

一人の青年を日本に派遣した。

 

 

 

白髪赤眼の青年

・身長:不明/体重:不明

・性別:不明

・イメージカラー:純白

・特技:不明

・好きなもの:不明/苦手なもの:不明

・天敵:上条当麻

・CV:岡本信彦

 

一方通行(アクセラレータ)と名乗る謎の青年。

「暗殺者風の男」によってヨーロッパから派遣された。

アイリに「全クラスカード、美遊、上条の引き渡し」を要求する。

 

戦闘力は不明だが、並の魔術師以上であるアイリを軽く恐怖させるほど。

 

「暗殺者風の男」との会話によると、上条当麻に何らかの因縁があるようだが_____

 

 

黒衣の少年

・身長:不明/体重:不明

・性別:男性

・イメージカラー:黒

・特技:不明

・好きなもの:不明/苦手なもの:不明

・天敵:不明

・CV:代永翼

 

上条をこちらの世界に引き込んだ張本人。

引き込んだ目的は不明である。

 

オニキスという喋る謎のステッキと活動をともにしている。

 

ガンドや人払い(Opila)など、双方の世界の魔術を操る。




二章ごとにこういう感じの整理挟みます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 シフト
Spell7[何でもない土曜日 Countdown_Saturday.]


あーねんまつ


翌日、今日は土曜日。

休日。

 

エーデルフェルト邸。

 

遠坂凛は、試験勉強をほったらかして頭を抱えていた。

 

「……………んー……?」

 

傍から見れば問題の解答に悩んでいるようにも見えるだろう。

しかし、彼女は別の問題の解答に悩んでいるのだ。

 

そこに、エーデルフェルト邸の家主ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが現れる。

 

「あら遠坂凛(トオサカリン)。勉強もせずに、何をしてらっしゃるのかしら?」

「ああ、ルヴィア。ええ、ちょっと…疑問に思うことがあって」

「疑問?」

 

ルヴィアは凛のそばに寄り、手元を覗き込む。

 

凛が手にしていたのは、日本に派遣されてから今までの黒化英霊(サーヴァント)出現記録だった。

 

「……この記録が、どうかいたして?」

「妙なのよ。アハトアーチャーは例外として、アインスアーチャーからツェーンランサーまでがほぼ毎日のペースで出現が確認されている。空いても一日程度。でも今回はどうよ。十一体目___”エルフ(elf)”のサーヴァントは未だ確認ができない。ちっちゃな魔力の流れさえ、ね」

「それは……”妙”ですの?ただ時間が空いただけではなくて?」

 

正論を突きつけられ、凛はたじろぐ。

 

「そう、なんだけども……う〜ん、でもそうよね……二日三日だけじゃあ、ねぇ…」

「もう少し様子を見てから疑問に思ったほうがいいですわよ。一週間、とか」

 

そうね、と、納得した様子で記録を閉じる。

 

「あら珍しいですわねぇかの、五大元素使い(アベレージ・ワン)と評された、かの遠坂凛(トオサカリン)が私の言葉に納得するなんて!」

 

この一言が、引き金(トリガー)と化した。

何のトリガーかは言うまでもない。

 

「なッ、うっさいこのバカ!ツインドリル!贅肉胸(きょにゅう)!そんなだからすぐに下着(ブラ)ダメになんのよ!」

「はあぁ〜!?い、言いましたわねこのエセステータス(ひんにゅう)!なにそのまな板なめてますの!?」

「私はまな板じゃなぁ〜〜い!!77はあるわよ!「くっ」とは言わせないんだから!」

「その程度ですのねぇ!私なんて、軽く見積もって90はありますわよ!!」

「なンにぃ〜!?ああ、もうあっったまきた!そのキレイ()な顔をガンドでフッ飛ばしてやる!!」

「よくてよ!私の潤沢な宝石達に敵うものならね!」

「くうぅーッ、ガンド!ガンドッガンドッガンドッガンドガンドガンド!ガンドォーーーッ!!!」

「効きませんわ!!オォーーッホッホッホッホ!!」

 

凛の部屋はもはや修羅場と化した。

こうなってしまったからには、もうどうしようもできない。

 

そんな二人を陰から冷たい視線で見守る老人と少女が一人ずつ。

美遊・エーデルフェルトと、執事(バトラー)のオーギュストだ。

 

「……オーギュストさん……………」

「あれでいいのです。いくら無益な争いを繰り広げようとも得るものは何もなく、ただ虚しいだけ。喧嘩をしたいならさせておけばいいのです。それが無意味だとわかるまで。その先にあるのは、所詮”虚無”のみなのですから」

「…オーギュストさんがそう言うと、何故かものすごい説得力があります!」

 

流石は熟年執事、言うことが違う。

彼の身体の古傷とその白髭が、全てを物語っているように思えた。

 

何故女子小学生の美遊がオーギュストの服の下を知っているのかは謎である。

 

「ところで美遊お嬢様。本日は休日でございますが、イリヤ様と何かご用事は無いのでございますか?」

「うん、今のところは。だから心配してくれなくても大丈夫」

「左様でございますか……」

 

オーギュストは、特に何も言う気はなさそうだ。

 

凛たちの通う穂群原学園の高等部に土曜日授業はない。

故に、土曜日と日曜日の二日間、生徒は自由なのだ。

 

そして、この”自由”によって繰り広げられているのが、あの争いである。

 

「…せっかくのお休みが、もったいない」

「同感ですな」

 

喧嘩をしている暇があるなら、その分勉強すればいいのに。

この場にいる誰もが、そう思っていた。

 

あの二人を除いて。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーッ!!」

「まだまだあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」

 

「………わけがわからないよ」

 

美遊はどこかへ向けて、首を傾げた。

 

 

 

同時、衛宮家。

 

朝食終わりのリビングで、上条は一人テキストと向き合っていた。

 

「はぁ、鬱だ…」

 

先日、上条は家庭教師の久宇舞弥から数学の課題を出されていたのだが、ツェーンランサーのゴタゴタで本来勉強しようと思っていた深夜の時間がまるまる潰れ、さらに寝不足により学校では暇な時間があれば寝ていた。

帰宅からずっと課題に取り組んでいたが、残り1ページのところで時は来た。

1ページだけだったのに、また二倍以上もの課題を出された。

 

久宇舞弥の考慮により、締切までの時間も二倍になったのだが。

 

「………あぁー、終わんねぇー」

 

イスに座ったまま後ろに仰け反り、身体を伸ばす。

 

すると、二階に続く階段から久宇舞弥が下りてくる。

 

「当麻くん、少し外に出てくるわね。イリヤちゃん達とお買い物に」

「あれ、アイリさんはどうしたんすか?」

 

住み込みといえど、久宇舞弥はただの家庭教師だ。

いくらなんでも皆で買い物に行く必要もない筈。

上条は本来買い物についていくであろうアイリについて訪ねた。

 

「マダムは……ちょっと気分じゃないらしいの。普段より静かだったし。具合が悪いのかも」

 

そう、彼女以外はその事情を知らない。

まだ。

 

「そっか……俺は買い物、遠慮しときます。これやんないといけないので」

「そう?じゃあ私達だけで行ってくるけど……セラさんとリズちゃんも行くから、マダムのことお願いね」

 

そう言い残し、久宇舞弥は部屋を出る。

ガチャリ、と、久宇舞弥が玄関の扉を開けた時、外からイリヤたちの賑やかな声が聞こえた。

 

バタン、と、扉が閉まった。

 

残ったのは、虚しさと静寂だけだった。

 

「………にゃはー」

 

今度は机に突っ伏す。

 

正直、彼も買い物に出かけたかった。

この世界のマンガに、参考書。

買いたいものは山ほどあった。

 

だが彼は、課題を進める時間が減るのが嫌だった。

だから残ったのだ。

 

「ま、いっか。進めよ………」

 

再びテキストと向き合い、課題を進める。

アイリの声もせず、何の音もない空間。

するのはただ、シャー芯が紙に擦れる音と、小鳥の鳴き声。

 

勉強するには格好の環境だ。

 

だが。

 

「だっは!わっかんねぇ!」

 

集中していたが、上条は思わず叫ぶ。

 

難しい。

エラく難しい。

 

先日の課題として出ていた平方根が終わり、今度は2次方程式の問題だ。

問い「図のような正方形ABCDで、点Pは、Aを出発してAB上をBまで秒速1cmで動く。また、点Qは点PがAを出発するのと同時にDを出発し、Pと同じ速さでDA上をAまで秒速1cmで動く。△APQの面積が10c㎡になるのは、点P、QがA、Dを出発してから何秒後でしょうか」。

 

「えっと…一辺が10cmで、AQは(10−x)cmだろ……で、△APQが10c㎡だから、これで式を立てると1/2(10−x)=10。二倍にして展開するとx²−10x+20=0、………んああ、この先だな…因数分解できねぇし………」

 

この先がわからない。

 

答えを言ってしまうと、解の公式を使えばいいのだ。

因数分解ができない場合は、基本的にこの公式を使うのが一番である。

 

それが導き出せない。

 

瞬間、上条はひらめいた。

 

「はッ、そうだ!」

 

上条はおもむろに立ち上がった。

向かったのは、家の固定電話。

 

彼は最終兵器を持ち出すことにした。

 

ボタンを押し、電話をかける。

 

プルルル、と、通話が繋がる。

その先は____

 

「もしもし!美遊、いるか?」

『はい、美遊・エーデルフェルトですけど……って、当麻さんっ?』

 

 

 

冬木市内、商店街、マウント深山。

少年が2次方程式と格闘している頃。

 

「どうしよっかなー。クロは何買う?」

「そうね……とりあえず、お菓子でもちょこっと?」

「何を買っても構いませんけど、無駄遣いはいけませんよ二人共!」

 

イリヤ達一家は、仲良く商店街を散策していた。

 

今日は土曜日。

流石に、商店街の人通りも多い。

 

しばらく歩くと、変わった造形の銅像がある広場に辿り着いた。

 

「じゃあ、そろそろ自由行動に移りましょうか。あまり無駄遣いはしないように、11時にここ集合ですよ!舞弥さんも!」

「わかりました」

『はーい!』

 

久宇舞弥の小さめな返事の後に、イリヤ達の元気な返事が続く。

 

イリヤとクロはじゃれ合いながら走っていった。

先程のように菓子でも買うのだろうか、あるいは漫画だろうか。

 

セラは凛とした後ろ姿で、カバン片手にその場から散る。

今晩の献立の買い出しか、それとも洋服でも見に行くのだろうか。

 

そして、久宇舞弥とリズは____

 

「………何か、買いたいものは?付き合いますよ」

「………ないかな。そっちは?」

「では……スイーツでも」

 

二人もまた、静かに買い物に向かった。

 

 

 

商店街の一角。

某スイーツ店。

 

「おお。おいしそうなケーキがいっぱい」

「好きに見て買っていいですよ。でも、奢りませんからね」

 

そう言うとリズは、うん、と言ってから自分の好みのスイーツを見に行った。

「おいしそうなケーキ」と言っていたが、当の本人はアイスクリームコーナーに釘付けのようだ。

瞳孔の中にシイタケが見える。

 

「さて、私は……」

 

一方久宇舞弥は特に目を輝かせる様子もなく、ただウィンドウ越しのケーキを眺めている。

小さな店舗ではあるが、独特なメニューが揃っていた。

 

「じゅるり……ハッ、私としたことがなんてはしたない………誰もいないし、いいですよ…ね」

 

普段、勤め先でも誰にも見せない自分の一面を一時的に開放する。

他のケーキも近くで見ようとウィンドウに目をやったまま横に移動する。

 

当然、横に注意が向くわけもなく。

ゴスン、と、隣りにいた客にぶつかってしまった。

 

「いたっ…!」

「っと……すみません、余所見していました。おケガは?」

「いえ、ありません。こちらこそ、すみませんでした……」

 

ケーキ群から目を離し、ぶつかった相手を見る。

 

相手は褐色の女性で、大学生ぐらいの年頃。

濃いめの紫髪に、白いワンピースが意外と映える。

 

正直、相手をここまで観察する必要はなかった。

しかし、久宇舞弥の”いつもの癖”が出てしまったのだ。

 

「ケーキ……お好きなんですか?」

「はい。時間が許しさえすれば、スイーツを食べに出かけますね」

「そうなんですか。意外ですね……結構静かそうな方なのに…」

「まぁ、静かですけどね。「暗殺者みたいだ」って、よく言われます」

 

二人はすぐに打ち解け、ケーキを眺めながら話す。

相手の女性もケーキが好きなようだ。

 

「あなたは……イスラム系の方ですか」

「はい。こんな肌の色していれば、みんなそう思いますよね……」

「………落ち込む必要無いと思うんですけれども」

 

女性はイスラム教徒だった。

 

世界三大宗教、仏教、キリスト教、イスラム教。

その内のひとつである。

この3つの中でも、イスラム教には珍しいルールが多い。

 

1日5回、聖地(メッカ)への礼拝。

豚肉の摂取禁止。

一定期間における、日没までの断食(ラマダン)

そして、預言者(ムハンマド)の絵画的描写の禁止。

 

日本人からすれば、かなり辛いだろう。

だがイスラム人は、生まれたときからこれらのルールを守っている。

 

だが、イスラム教では過激派組織が流行している。

それらは世間からテロリストとして捉えられている。

 

そして、事件は起こってしまった。

 

「……………911…」

「はい……そう、ですよね……あんな人殺し集団の仲間なんて、みんな嫌ですよ…」

「人殺し、集団……」

 

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件。

史上最悪のテロであり、彼女らイスラム教徒が差別される原因ともなったであろう事件。

世界中を恐怖に陥れた。

 

もう三年前のことである。

 

ウサマ・ビンラディン率いるイスラム過激派組織「アルカイダ」が主犯となって引き起こしたとされているこの事件。

4機の航空機がジャックされ、多くの人々を不幸にした。

小学生でも知りうるような有名な被害が二つある。

 

まず、世界貿易(ワールドトレード)センタービルの崩壊。

8時46分、アメリカン航空11便が北棟に突っ込んだ。

北棟は爆発炎上したが、この時点ではまだテロとの確信は得られておらず、ブッシュ大統領も航空事故だと考えていた。

 

9時3分、多くのメディアが臨時ニュースをお茶の間に届けている最中だった。

2機目のユナイテッド航空175便が南棟に突入した。

 

リアルタイムで世界中のお茶の間に届けられた、「死」の瞬間。

世界中の人々が、確信した。

これはテロだ、と。

 

同時59分、南棟崩壊。

10時28分、北棟崩壊。

 

世界貿易(ワールドトレード)センタービルだけでも、約1700人もの人々が犠牲となった。

その犠牲の中には女や子供、イスラム人、日本人だっていただろう。

現在、跡地はグラウンド・ゼロとして残っている。

 

ビルから上がっていた黒煙には、悪魔の顔のようなものが映っていたとか。

 

そして、国防総省庁舎(ペンタゴン)への突撃。

 

2機目の航空機が世界貿易(ワールドトレード)センタービルに突っ込んでから35分後。

国防総省庁舎(ペンタゴン)に、アメリカン航空77便(ボーイング757)が突入した。

 

幸い補修工事のためその場にいた人数は少なかったが、それでも航空機の乗員全員と、国防総省(ペンタゴン)職員189人が犠牲となった。

 

まるで夢のような大事件である。

しかし、これは現実なのだ。

 

すると突然、女性の頬を涙が伝う。

 

「私…あの事件があってから学校でもいじめられて……男子も、女子も、先生すらも、みんな言うんです。人殺しー、人殺しー、って………」

 

この事件があってから、世界でのイスラム教徒差別はますます勢いを増した。

彼女も、その被害者である。

 

「…実は私、その時現場にいたんです」

「っ…………!」

 

女性の言葉が詰まる。

久宇舞弥は彼女に子守唄を歌うように優しく語り始めた。

 

 

あの時、私は仕事の都合でアメリカにいました。

あのビルの近くび止まっていて、仕事は済んだので帰国しようと電車の駅に向かっている時でした。

 

突然、飛行機がビルに突っ込んでいったのです。

 

何分かして、多くの報道陣がニュースの撮影を始めていました。

これは実に不幸な事故だと、キャスターの女性はそう言っていました。

 

しかし、私にはわかりました。

本当に事故なのなら、あんなに真っ直ぐ向かっていったりはしない。

高度が全く下がらず、平行に飛行していた。

これは事故ではなく、事件なんだ、と。

 

すると、隣のビルにも飛行機が突っ込みました。

ビルは燃えて、崩壊しました。

 

私は心配して、ついビルの近くに行きました。

ビル崩落の被害を受けるほどの距離ではありませんでしたが、私は恐ろしい光景を目にしました。

 

おびただしいほどの、死体。

()()()()死体。

 

ごしゃっ、ごしゃっ、と、辺りで肉が叩きつけられる音がしていました。

もしやと思い上を見上げると、

 

()()()が。

 

その悲劇に絶望した人々が、ビルの上部高くから、自ら命を絶っていたのです。

下にいた消防隊や避難者にもぶつかり、たくさんの人が死にました。

 

電話がかかってきました。

ヨーロッパで働いている、いわゆる私の相棒のような人です。

 

『今ニュースを見た。そっちはどうなっている?』

「酷い状況です……あの世界貿易(ワールドトレード)センタービルが崩れて……上から、人が……これは、流石に…うぅっ」

『クソッ!そんな…また無実な人々が、無意味に死なないとならないのか!これじゃあ救われる方より、犠牲になるほうが圧倒的に多い…ッ!』

「私は、どうすれば………」

 

気付いたら、私は泣いていました。

彼の前では強がってばかりいた自分が、彼に聞かせた唯一の泣き声でした。

彼も泣きそうでした。

守られるはずの人々が犠牲となってしまった、この現実に。

 

『…………日本に帰ってこい。僕も戻る』

「うっ……あ、っあ…」

『どうしても、というのなら少しくつろいでこい。君は現実を知りすぎた。少し………心を休めるんだ』

「…………ッ……………はい…」

 

私は、人の死に対して耐性がありました。

しかし、流石にあれほどの惨状を目の前に、私は耐えきれませんでした。

 

人の心に、絶望しました。

こんなこと、人間のすることじゃない。

奴等に人の心はないのか、と_______

 

 

「_____そうして、3日後に私は帰国しました」

 

長い話が終わる。

久宇舞弥は、先程と変わらぬ表情で女性を見つめている。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい…!私達が……こんな私達のせいで…!」

 

泣きじゃくる女性の頭を、久宇舞弥は自らの胸に抱きかかえる。

 

「あなたは悪くない。人には必ず善と悪が均等にあるから。ちょっと、奴等の悪が善に勝っていただけです。誰でもあり得ることなんですから。それに、ケーキの前でこんな話は似合いませんよ。せっかくのケーキがおいしくなくなっちゃう」

 

そのまま、久宇舞弥は女性の頭を撫でた。

サラリとした髪の質感が肌を刺激する。

 

女性は、久宇舞弥に励まされ立ち直った。

 

「ッ……そう、ですよね…ケーキ買いに来たんですもんね。こんな話、似合いませんよね!」

「そう、それでいいんです。嫌なことは全部忘れて、今を精一杯生きてください」

 

そう言うと、久宇舞弥はレジに向かった。

カバンから財布を取り出している。

 

「あれ…どうしたんですか?」

「買うもの決めたので、一応待ち合わせの時間があるのでそろそろ失礼しようかと。あ、この「マロンのベターショート」でお願いします」

「そうですか……ちょっと、寂しいかな」

「そんなこと言わないでください」

 

久宇舞弥は女性の方に振り返る。

 

「所詮、私達は赤の他人同士。こんな話は、たわいもない挨拶程度に捉えてもらって結構です」

 

店員からケーキのはいったケースを渡されると、慎重に持ちながら店を出ようとする。

すると、先程の女性が彼女を引き止めた。

 

「あの……!」

「どうしました?」

「そ、その……良ければ、お名前を…………」

「なんだ、そんなことですか」

 

久宇舞弥は呆れたように溜息をつく。

そして、名乗った。

彼女の名を。

 

久宇(ひさう)舞弥(まいや)。どこにでもいる、ちょっとセクシーな家庭教師です」

 

そう言い残し、彼女は店を後にした。

 

「久宇舞弥、かぁ……」

 

今の自己紹介は、一部自画自賛にも聞こえた。

思い出して、女性はプッと吹き出す。

 

「色んな人が、いるんだな…」

 

彼女はイスラム教徒だ。

イスラム教は、犯罪組織を生み出した。

しかし、彼女は彼女だ。

過激派などではない。

彼女は彼女なりに、イスラム教徒なりに、生きる。

 

少しだけ、視界が明るくなった気がした。

 

「______ん?」

 

しかし、ひとつだけ疑問が残った。

 

彼女の話した、911当時の自分の話。

今考えてみると、その話の中にひとつ、矛盾点があった。

 

『私は、人の死に対して耐性がありました。

しかし、流石にあれほどの惨状を目の前に、私は耐えきれませんでした』

 

確かに彼女はこう話した。

 

明らかにおかしい。

 

()()()()()()()()()()()()()って、何_____?」

 

 

 

同時。

 

「お、おおぉおおぉぉおおお!!」

 

イリヤは店頭のモニターに釘付けになっていた。

何故なら、

 

『ニチアサでお馴染み「魔法少女マジカル☆ブシドームサシ」が、待望の映画化!舞台は、なんと神代!?魔獣巣食う古代都市ウルク。伝説の魔獣ゴルゴーン復活の危機!このままでは世界が全て石にされてしまう!そんな時、ムサシちゃんの前に一人の少女。彼女の正体とは!?「映画 魔法少女マジカル☆ブシドームサシSLASH 蛇の魔獣と金星の女神」!11月下旬公開予定!乞うご期待っ!!』

 

イリヤは「魔法少女マジカル☆ブシドームサシ」の大ファンである。

 

「………何よ、そんなガッツポーズなんかして。なんか大往生しそうなんだけど」

「ああ……我が生涯に一片の悔い無し………………っ」

 

かつて、イリヤはブシドームサシ1期目のDVDBOXを一気に観たという伝説がある。

観る間に時間をあけることすら許さない。

これがイリヤのブシドームサシ愛である。

 

なお現在、日曜朝に2期目「魔法少女マジカル☆ブシドームサシSLASH」が放送中である。

 

「……ハッ、そうだ、前売り券買わないと!せっかく貯めてたお小遣いだけど、こればっかしは仕方が無い!コンビニで売ってるかな?それとも劇場限定かな?今のうちにどこに観に行くか決めとかないと。でも、買い方わかんないし……」

「はぁ…あんなお子ちゃまアニメ、何がいいんだか…あーバカバカしい」

 

イリヤの呪文のような独り言を聞いていたクロが異議を唱える。

その異議は、その手のマニアにとっては禁句(タブー)とも言えるものだった。

 

「クロ、ムサシちゃんをバカにするの!?何も知らないくせに!」

「知ってるからバカにしてるんでしょ。「愛と正義と仁義の使者」ぁ?ハン、素人が付けそうな二つ名ね」

「かっこいいでしょ!くぅーっ、ムサシちゃんばかりバカにして!じゃあ、そっちがどんなの観てるのか言ってみてよ!バカにしてあげるから!」

 

イリヤの挑発を耳にした瞬間、クロの頬が緩む。

 

「名前は伏せとくけど、ハーレム物。女子校に転校してきた唯一の男子である主人公に発情した女子達が、主人公を奪い合う。女子達は片っ端から主人公に性技(パフォーマンス)を繰り出し、主人公の心を掴もうとする。地上波放送版では不適切描写を修正済み。円盤?もちろん買ったわよ」

 

最後の言葉を聞いた時、イリヤはハッとする。

 

「もしかして、お兄ちゃんの机に隠してあったあのBlue-rayって…!」

「ああ、見つかっちゃってた?隠すには最適だと思ったんだけど………」

 

そのBlue-rayのパッケージを思い出し、イリヤの顔がみるみる赤くなる。

 

「ほらほら、バカにするんじゃないの?言ってみなさいよ、ほら!」

 

そう、そのアニメは、

紛れもない、一般エロアニメであった。

 

「_____変態!!」

「我々の業界ではご褒美です」

 

普段のクロらしくない反論がイリヤを貫き、撃沈する。

完全に、イリヤの敗北である。

 

「さ、もう行きましょ。買いたいのあるんじゃないの?」

「うるさい、この変態」

 

もはや変態が定着してしまったクロだが、気にせずに歩き始める。

そして、さりげなくイリヤもついていく。

 

もしや、イリヤはツンデレなのか。

 

「でイリヤ、何よ買いたいものって?」

「うん、とね………………ムサシちゃんのTシャツ」

「あら、アナタそんな趣味あったの!意外〜」

「変態に言われたくないっ!」

「もう変態って呼ぶのやめてくれる?別に嫌じゃないけど、名前じゃないとちょっと寂しくなってきたんだけど」

「わかった変態(クロ)

「ルビやめい」

「メメタァ」

 

何のことかわからない会話をしつつ、道を進む。

 

アニメキャラクターのTシャツというのは、そんじょそこらじゃ滅多に売っていない。

しかしこのマウント深山、「とらのくら」という同人ショップが存在する。

 

イリヤは先日、そこにブシドームサシのTシャツがあるということを突き止めたのだ。

 

「にしても、よくそんなことがわかったわね。どうせ雀花でしょ?」

「ぐ、バレたか…」

「別にそんな隠すようなことじゃ…」

 

とらのくらのある通りへの角を曲がる。

遠くに見えたとらのくらは、休日ということもあって多くのヲタクで賑わっていた。

 

この中に女子小学生二人が入るという事実に、イリヤは少したじろぐ。

 

「どうしたの?」

「……私達が、あの軍団の中に…」

「そうね…結構ぽっちゃりさん多いし、ちょっと抵抗あるかもね」

 

ムサシちゃんTシャツのため!と、イリヤは心を改め進む。

 

すると、どこの店舗だろうか、コンパニオンの格好をした美女たちが広告入りのポケットティッシュを配布していた。

 

「いらっしゃいませーどうぞー!」

「よろしくお願いしまーす!」

 

「あっ、可愛い!さっすが大人、私達にはあんなの似合わないわ」

「そうだね。大人だからこその魅力もあるかも」

「真面目に語っちゃってぇ、最近おかしくなってきたんじゃなぁい?」

「そっそんなことないもん!」

 

ぷん、と頬を膨らませる。

 

「まぁ折角なんだし、一個貰ってきなさいよ。貰って損はしないでしょ?」

「うん、わかった。一人分だけでいい?」

「ええ。アタシ、基本ティッシュ使わないし」

 

個数の確認を終えると、イリヤは近くにいたコンパニオンへ近寄る。

するとコンパニオンは、笑顔でティッシュを差し出してくれた。

 

「お嬢ちゃん、ありがとう♪」

「はーい!」

 

イリヤは差し出されたティッシュを、同じく笑顔で受け取る。

そのコンパニオンも実に美しかった。

 

短髪の赤い髪が、意外にもコンパニオン衣装に似合う。

慎重も高めでグラマー。

そして目元にはチャーミングな泣きぼくろ。

 

バゼット・フラガ・マクレミッツのような、美しい女性だった。

 

 

というか、バゼット・フラガ・マクレミッツそのものだった。

 

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「びゃああああああああああああああああああああああああああ」

 

二人は叫んだ。

 

「ちょちょっ、どうしたのイリヤいきな___バゼット!?」

 

クロも間違えない。

そう、コンパニオン衣装でポケットティッシュを配るバゼット・フラガ・マクレミッツがそこにいたのだ。

 

「何やってんのアンタ…?」

「な、何って……バイトです!」

「バイトってのは何でもやれりゃいいってもんじゃないのよ!」

 

鋭いツッコミが炸裂し、バゼットはうつむく。

その顔は、ほんのりと赤い。

 

彼女があの冷酷残忍な封印指定執行者とはとても思えない。

 

しかしひとつ疑問が。

 

「あれ、バゼットさんって確か死痛の隷属(痛覚共有の呪い)かけられてた気が…」

 

死痛の隷属。

クロにもかけられている、彼女らが痛覚共有の呪いと呼ぶものだ。

 

かつて、とある貴族が用いていたという呪術。

その名の通り、双方の痛覚を共有するというもの。

双方向ではなく、この場合で言うイリヤからクロへの一方的な痛覚共有。

イリヤの痛みはクロに伝達するが、クロの痛みはイリヤに伝達しないのだ。

 

エーデルフェルト邸襲撃の際、抑止力としてバゼットにこれがかけられた。

イリヤ本人の「死」は、対象にも伝達する。

つまり、バゼットがイリヤを殺せば、自分も死んでしまうのだ。

 

なので、生活費を稼ぐために、こうして普通にバイト生活を送っているのだ。

 

ちなみに、稼がないといけないのは、バゼットのカードがルヴィアの企みによって止められたため。

 

今回のコンパニオン衣装、へそが丸出しなのだ。

なのに、死痛の隷属らしき紋章は見当たらない。

 

「ああ、それなら……もう解除してもらいましたが」

「え”っ」

 

クロは思わずドスの利いた声を上げる。

 

「解除って…誰に!?まさか、自分でやったの!?」

「いえ、某シスターに解呪してもらいました。私でも時間をかければ解呪できたのでしょうが、私のルーン魔術は攻撃専門である故…」

「解呪系の魔術は習得するのにエラく時間が掛かる、ってことね」

 

だが、イリヤはふと疑問に思う。

 

「ぼう、シスター?」

 

バゼットは死痛の隷属を某シスターに解呪してもらった、と離していたが、某シスターとは一体誰か。

あれからあまり時間は経っていないので、冬木市内だろう。

このあたりでシスターと呼べる人物は_____

 

一人、いた。

 

邪悪な笑みを浮かべる、白髪の魔女が。

 

「奴ね……ッ」

「で、でも、解呪したからといって、もう私に襲う気はありません」

 

それもそうだ。

何せ彼女は、幾つものバイトでやっと食いつないでいる状態。

そんな状態でイリヤを殺してでもみろ。

きっと、「死」以上の苦痛が彼女を襲う。

 

あとちゃんとバイトしないと餓死する。

 

「…………ということで、ここはそろそろ去ってはくれませんか。一応バイト中でして、同僚の目もありますし…」

「そうね。お偉いさんにバレたらどうなるかしら?」

「うぅ……それは私が一番わかっています………っ」

 

ばいばーい、と、イリヤ達は手を振りながら去っていった。

 

案の定、隣の同僚に声をかけられる。

 

「随分小さなお友達でしたね?」

「べっ別に…お友達と言えるほど親しくはありませんっ!」

 

彼女の心は、確実に開いていた。

 

 

 

数時間後、夕方。

 

バゼットはその日の仕事を終え、いつもの男装姿で帰路についていた。

 

「まさか、あんなところであの二人に出会うとは……上司にも笑われてしまっ…………うぅ〜っ」

 

イカツイ体格の男装地味巨乳女が顔を両手で覆い道を歩くという、極めてシュールな光景が広がる。

しかし、それを見るものは誰もいない。

 

何故なら、ここは深い樹海の中だからだ。

 

どうしてこんなところにいるのか。

それはもちろん、この樹海の中にバゼットの自宅があるからだ。

 

では、どんな自宅か。

 

「着いた着いた。ふぅ、今日も疲れました。早いところ寝てしまいましょう」

 

一人敬語を呟きながら樹海を抜け、広い空間に出る。

 

そこにあったのは、白い屋敷だった。

 

これが、バゼットの自宅だ。

何階も、何平米もある大きな屋敷。

大きな正門。

見方によっては城とも見て取れる。

 

これを見つけたのは数週間前だった。

バゼットはふと、ログハウスを建てようと思い立ち、所有者のないフリーの樹海に足を踏み入れた。

なかなか質の良い木が見つからず、そのままどんどん奥へと進んでいった。

その果に発見したのが、この屋敷である。

 

彼女はログハウス建設を断念し、屋敷に住むことにした。

 

蜘蛛の巣こそ張っていたものの、いざ掃除してみるととても美しい仕上がりとなった。

光熱費どうしよう、バゼットは考えた。

しかしこの屋敷に電線はつながれておらず、火をつけるタイプの照明だった。

これならいつも通りのやり方でやっていけそうだ、彼女は思った。

 

彼女はこの屋敷を「フラガ城」と名付けた。

 

だが、最初正門から入ったとき、問題が発生した。

この屋敷、トラップが仕掛けられていたのだ。

 

入ってすぐは暗くて何も見えなかったが、明かりをつけてみると通路の端の像と像の間にワイヤーが仕掛けられていた。

遠くからアンサラーを転がし起動させてみると、両端の像が弾け、中から大量のパチンコ玉がとてつもない速度で飛び出してきた。

クレイモアである。

 

あまりの速度にバゼットは頬をかすってしまった。

傷一つない状態で保たれていた玄関は、一瞬でクレーターと化した。

 

そのクレーターは、今も玄関に残っている。

 

問題だったのは、それらのトラップが屋敷中に張り巡らされていたことだ。

こんな事ができるのは並の人間ではない。

それこそ元軍人か、策略家か。

もしくは、居場所を突き止められたくない孤高の暗殺者か。

 

バゼットはすぐに考えるのをやめた。

そんな考えは、この生活には不要である。

 

面倒なだけだ。

 

「さて、明日のシフトはいつ入っていましたっけ…」

 

バゼットはフラガ城へと入り、ゆっくりと休息をとった。

明日のバイトに備えて。

 

ちなみに、この屋敷にはベッドがあったが、今もなお遊園地でのバイトで貰ったきぐるみを寝巻き代わりに使っている。

なんでも「初心忘るべからず」だとか。




自分でもよくわかんない回でした。
正直やっつけ。
「彼」が「彼」らしい発言をした初めての回でした。
良いお年を。
なお今作の時代設定は2003年秋。

「びゃああああ」がバゼットです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell8[幻想召喚 Invite.]

長らく手を付けてなかったせいで、ルヴィアと黒子の口調がごっちゃでござる


日曜日、昼食後。

 

「ういしょっと………ごちそうさまでした、セラさん」

「いえ、こちらこそ手伝ってくれてどうも」

「そんな改まんなくても!アイリさんちょっと具合悪いっぽいし、住ませてもらってる身だから、手伝って当然ですよ」

「すみませんね。ホント、うちの変態(シロウ)とは大違いですっ!」

(ま〜だ引きずってんのか……一体何やらかしてきたんだアイツ…)

 

日曜は高校も休みなので、上条は家でゆっくり家事の手伝いをしていた。

 

なんでもアイリの具合が悪いようで、部屋から殆ど出てこないらしい。

上条も何かできることはあるか彼女に訪ねたのだが、大丈夫とだけ言って後はだんまり。

 

アイリのことだからすぐに良くなるだろうと、上条は特にそれ以上言及しなかった。

 

「これで一通りの食器は運びましたけど、あと何かやることは……」

「いえ、結構です。ゆっくりしていてください」

「あっ、わかりました」

 

シンクから跳ねた水滴をタオルで拭くと、ソファーに腰掛ける。

が、白いおみ足が邪魔をした。

 

大きな胸が顔面に被ったシルエットは、見間違えようがない。

 

ぐーたらリズだ。

 

「アンタさぁ………家政婦仲間の手伝いくらいしたらどうなんだよ。あと足どけし」

「んー、メンドクサイ。私が家事なんてしたら、あんな貧相なぼでーになっちゃう。やだもん」

 

かちゃん、と台所から目立つ音がする。

色々と嫌な予感がするので、少々急ぎ目でリズを静止する。

 

「そういうのやめとけって………足」

「ん、足」

 

足だけを起用に折り曲げソファーにスペースを作る。

やっとこさ、上条はくつろぐことができた。

 

「……………当麻、最近生意気になってきた。しかも呼び捨てするし」

「普段からずっとそんな態度なんじゃあ、生意気にも呼び捨てにもなるわ!ってか、そんなに菓子食って寝っ転がってたら太るぞ?」

「大丈夫。私につく脂肪は全部おっぱ……………やめとこ」

「うむ」

 

上条はさり気なくリズのポテチを袋から一枚盗み取る。

リズは一瞬頬を膨らませただけで、特に起こる様子はない。

やはり金銭的にも余裕があるのだろうか。

 

「ほら、たまにはニュースも見ろ……って!」

「んぅっ」

 

上条がテレビのリモコンを強引に奪い取り、ちょうどいいニュースがやっているチャンネルに変えた。

 

『____絶賛開催中の「蒼崎橙子・ガランドウの抜け殻展」。そのタイトルにもある主催の蒼崎さんに顔出しNG音声加工の条件付きでお話を聞くことができました。__「蒼崎さん、今回の展覧会の見どころは?」「そうですね。私、何年か人形師をしていまして、当然ボツも出るわけです。でも自分が一生懸命作った人形なのでなかなか廃棄するわけにも行かなくて。そこで今回、彼等がやっと日の目を見ることができたわけです。正規採用になった人形の他にも、今言ったボツ人形をエクストラクラスと銘打って展示致しました。レア物、にあたるんでしょうかね」___「蒼崎橙子・ガランドウの抜け殻展」は、冬木美術館にて9月30日まで開催中です。次のニュースです___』

 

あの時桜に聞いた人形展についての話題だった。

全国ネットで宣伝するあたり行っとかなきゃ損だな、と彼は思った。

 

時事のニュースが流れる。

どうも都知事が政治資金で家族旅行に行ったりなんやかんやして、都知事の座を追われたらしい。

その辺抑えておきたいが_____

 

どうやら来客のようだ。

 

「当麻さん、遠坂さんですよ。大事な用があるんだとか」

「大事な用?約束してたっけ………」

 

遠坂凛がお見えだ。

彼女には向かうと色々大変なので、さっさと向かう。

 

上条がいなくなり、リズは足を伸ばす

ニュースは_____せっかくだから、見てみることにした。

 

『___またしても被害者が出てしまいました。先日、冬木市某所にて、連続猟奇殺人事件の3人目の被害者が発見されました。亡くなったのはアラブ国籍のアトラム・ガリアスタさん、26歳。関節ごとに切断され、段ボール箱に衣類と一緒に詰められていたとのことです。現場には犯人の手がかりとなる証拠が何一つ残されておらず、犯人は未だ行方をくらませています。1995年と1999年にも似たような事件が確認されており、冬木市警は以前の捜査の功績者でもある秋巳大輔氏を迎え、捜査を続けています_____』

 

 

 

「なに?幻想召喚(インヴァイト)を一通り確認したい?」

 

連れてこられたのは円蔵山の林。

そこには、ルヴィアも待っていた。

 

「ええ。いくら未知の幻想召喚(インヴァイト)といっても、クラスカードを用いることには変わりないでしょ?ノインキャスターを幻想召喚(インヴァイト)した時だって本来の宝具とはかけ離れた剣が現れたみたいだし、その異常性を把握しておく必要があるわ」

「でも、あの時の俺は意識を失ってたし……できる?」

「さすがに意識基準でできるできないが変わったりはしないでしょ。カードは借りてあるわ」

 

遠坂凛の手にはイリヤが太ももにつけているホルダーが。

この女、ガチでやる気だ。

 

「い、いや!また気を失ったり暴走したりしたら……!」

「その時はその時で何とかするから、はい、順番でまずツヴァイランサーからね」

 

上条は忘れていた。

みんな、慈悲はないのだ。

 

「はぁ………はい、やってみますよ」

 

渋々了解した上条は、木のない開けたスペースに連れて行かれた。

 

せっかくの日曜日で、舞弥からの宿題もないのでゆっくりしようと思った矢先にこれである。

さすが幻想殺し(イマジンブレイカー)、不幸さは衰えない。

 

「ところで、ルヴィアは………」

「あら、なんですの?文句でもありまして?」

「いや別に、ずっと黙ってたから………」

 

 

 

ちょこっと会話を終えると、ツヴァイランサーのカードを構える。

 

「(クーフーリンのカード……ノインキャスター、ジル・ド・レェの時の証言から察するにその時の剣は、ジャンヌ・ダルクが用いたとされる聖カトリーヌの剣……今回はクルージーン・カサド・ヒャン辺りが妥当かしら………)いいわ、始めて!」

「よし。じゃあまず一枚目、幻想召喚(インヴァイト)!!」

 

光が上条を包む。

自身の存在は書き換えられ、英霊をその身に纏う。

 

「くっ、眩しい____ッ!」

 

あまりの眩しさに顔を背ける。

ルヴィアも同じ様子だ。

 

「これはっ___直視はできません、わね___!」

 

光が止む。

英霊となった上条が地に降り立つ。

 

「………………ルヴィア、もう大丈夫?」

「ええ…………でも、これは……!?」

 

ルヴィアと遠坂凛が目にしたもの。

それは上条当麻であった。

 

青い髪、

 

赤い眼、

 

()()()()()

 

()()()()

 

それは、彼女らの知っているクーフーリンとはかけ離れたものだった。

クルージーン・カサド・ヒャンでもない、ゲイ・ボルクでもない、異形の鎧をまとった上条だった。

 

「_________ん?なんじゃこりゃあ!!?」

 

その発言で、一気に空気がゆるくなった。

しかし、彼女らはまだ驚きを隠しきれていない。

 

「アンタ、それ_____!」

「俺も思った!思ったって!ゲイ・ボルクって槍を出すんじゃなかったのかよ!?」

「ひとまず落ち着きませんこと!?」

 

少しして、三人はなんとか落ち着いた。

 

「えっと、まずゲイ・ボルクが出てくる可能性は低かったわ。ノインキャスターの時に出たのだってジャンヌ・ダルクの剣だった。そう考えると、カラドボルグが出てくるかもしれなかったってことね。で、何故かこの鎧が………」

 

上条の纏っている鎧は、異形そのものだった。

赤い角の生えた兜、赤い爪の生えた腕に脚、赤いトゲの付いた尾、そして全体のベースカラーは黒。

邪悪そのものと言えよう。

 

「なるほど………ッッ!?」

 

遠坂凛の話を理解した上条だったが、直後、脳に違和感を覚える。

彼の中に何かが流れ込んでくる。

 

クーフーリンの記憶____

 

戦い____

 

そして知識が_____

 

「________噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

「…?なんですって?」

「わかった。この鎧は噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)。魔獣クリードの外骨格の鎧!」

 

彼も、自分が何を言っているのかわからなかった。

突然流れ込んできた知識。

その異物感に、吐き気すら覚える。

 

だが、()は。

()()()()()()は、上条を認めた。

故に、この宝具を展開できたのだ。

 

「外骨格の鎧?そんなもの、史実には___」

「確かにな。これは史実の産物じゃない。逸話が宝具に昇華するパターンの宝具だ……!」

 

すると、ルヴィアがハッとした。

 

「クリードの外骨格ですのよね?ゲイ・ボルクの原料はクリードの骨。その鎧も、因果逆転の呪いがあるのではなくて?」

「あー………そうみたいだ。なんか、身体中の棘が二人に引っ張られるような感じがする」

「!?」

 

その言葉を聞いて、二人は宝石を取り出した。

 

「ちょっとぉ!宝具に操られてるわけ!?」

「いや、性質上そうなってるだけで、操られてるって程では………!」

 

何とかして二人を鎮めようとする。

 

どうやら二人は落ち着いたようだが、宝石はしまっていない。

 

「しっかりしなさいよね。もし暴発なんかでもしたら大変なんだから………で、身体の調子は?」

「あー、今言ったの以外は正常。むしろなんか、力に満ち溢れてる気がする」

「なるほど。基本、身体への影響はなし、と………いいわ、解除してちょうだい」

 

遠坂凛の合図で幻想召喚(インヴァイト)を解く。

いつものツンツン頭に戻った上条は、妙に汗だくだった。

 

「うはぁ〜、あっちぃ〜〜…………!」

「ガチガチに鎧着込んでたからね。ご苦労様」

「中世の騎士ってこんな感じだったのか……」

 

 

 

「次に、ドライライダーね」

 

遠坂凛は上条からツヴァイランサーのカードを受け取り、同じようにドライライダーのカードを渡す。

 

「気になったんだけどよ……これって、いちいち宣言しないと幻想召喚(インヴァイト)できないのか?」

「さあ………やってみればいいじゃない。一応こういう時間があるわけだし、試すくらいの余裕はあるわよ」

 

わかった、と上条は一言告げ、同じく開けたスペースに出る。

カードを構え、思考する。

 

(できれば宣言しなくてもいいほうがありがたいんだけどな……色々面倒だし………)

「_____よし、来い!」

 

宣言はしなかった。

しかし、彼の思考を汲み取ったカードが、彼と一体化し、眩い光を放つ。

 

「成功ね、宣言する必要性は、ない_____うっ、眩しっ!」

 

この光には慣れないのか、またもや視界を塞ぐ。

 

音が消え、光はなくなったと確信した二人は目を開く。

 

今度の上条も、あの時のドライライダーには当てはまりそうにない容姿だった。

 

その髪は、赤紫色になびいていた。

しかし短髪。

手に持った得物は長く、先端は鎌のように湾曲していた。

 

「ん、意外だな。メドゥーサって髪が蛇なんじゃないのか」

「まぁそれもそうなんだけど。多分このメドゥーサは、やらかしちゃう前のメドゥーサなんでしょうね」

「でも二人共石になってないよな。どうなってんだ?」

 

メドゥーサの髪は、元々はとても美しかった。

かつて、メドゥーサは海神ポセイドンの愛人であった。

しかしある日メドゥーサは、ポセイドンとその本妻アテナの持つ神殿の1つで行為に及んでしまう。

挙句の果てに、メドゥーサは「私の髪はアテナのそれよりも美しい」などと調子に乗ってしまう始末。

それらがアテナの怒りを買い、メドゥーサの美しかった髪は醜い蛇に変えられてしまったのだ。

 

故に、蛇の髪にはこれといった特殊能力はなく、石化させる魔眼は元から彼女のものなのである。

 

しかし、今の上条には蛇の髪はおろか石化の魔眼すら無い。

となると____

 

「となると、これはメドゥーサではなく、メドゥーサの中に存在するペルセウスの記憶っぽいわね」

「そうっぽいな。これハルペーっていうらしい。確かメドゥーサの首を狩った鎌なんだっけ?」

「そ。通称”不死殺しの鎌”。付けた傷は一切治癒することはないから、これをどう使うかが勝負の鍵になりそうね」

 

 

 

続いてフィーアキャスター。

 

「もう余計な話しないでさっさと終わらせるぜ!」

「余計な話って何よ!」

 

長い作業に嫌気が差したのか会話も詠唱も省略し幻想召喚(インヴァイト)する。

クラスカードも嫌になったのか、発光が短い。

 

髪は水色だった。

手には何やら歪な形の短剣を持ち、その刀身は七色の光を放っている。

 

「その短剣………まさか、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!?」

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)?何だそりゃ。これは修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)ってもんだぞ」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

イリヤ達がフィーアキャスターを限定召喚(インクルード)した際に出現する短剣。

あらゆる魔術を初期化、いわば無効化する、上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)と似た能力を持つ。

ノインキャスターとの戦闘においてクロがこれを矢の代わりに撃ち、ノインキャスターが纏っていた肉塊を魔力にまで初期化することで消滅させた。

 

上条の持つ修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)と対極を成す宝具である。

 

「ふむ、なるほどぅ」

「……で、それはどうなの?」

「これか。これは……なんか”あらゆる損傷を初期化する”らしい。傷とか、余計な記憶とかも消去できるっぽいな。サファイアのアレってやられた相手はIQ低下しちまうらしいし、役に立てるかもな」

「そうね。回復要員として」

「魔術の秘匿なら任せろーバリバリ」

 

余計な傷を負うと治療に時間がかかって周りが不思議がるので、地味に大役だったりする。

 

 

 

次に、フュンフセイバー。

 

「フュンフセイバーは、まぁアーサー王なんだけど……」

「俺のコレの性質上、エクスカリバーはないからな。アレ以外だともう思い当たるのがないっすわ」

「結構豊富でしてよ?アーサーの槍ロンゴミニアドに盾プリドゥエン、ガウェイン卿の聖剣ガラティーンやトリスタン卿の弓フェイルノートなどなど…」

 

意外な円卓の側面を知り、はえ〜、と腑抜けた声を漏らす。

 

しかし、いずれにせよ強力。

無駄なしの弓フェイルノートはその名の通り必中の矢を射り、

聖槍ロンゴミニアドはロンギヌスの槍と同一視され、

聖剣ガラティーンを持つガウェインは午前中に従来の三倍の力を出すとされ、

盾プリドゥエンは聖母マリアの意匠が施され、船にもなるとされている。

 

全盛期の彼等、特にガウェインなんかが敵として眼前に現れた日には、敗北確定である。

 

「んじゃ、早速いっときますか」

 

これから幻想召喚(インヴァイト)するとは思えないほどだらしない言葉と光を放つ。

もはやココの描写を文にする必要すらあるまい。

 

「おっし、なんとか幻想召喚(インヴァイト)でき_____わぁあ!?」

 

姿を変えた上条が驚愕する。

遠坂凛とルヴィアも思わず上条の方を向いてしまう。

 

肉体変化のメインとなる髪は、今度は美しい銀色だった。

 

一般的に、アーサー王には金髪のイメージがある。

実際、彼女らが戦ったフュンフセイバーも色味は薄かったものの金色に近かった。

変身した対象がアーサー王ですらなかったのだから、驚くのも当然だろう。

 

しかし、驚いたのはそのためではなかった。

 

なんと、彼の自慢の幻想殺し(みぎうで)が、銀色の義手にすり替わっていたのである。

 

「わあああああああ俺の右手がああああああああああああ」

「ちょっと、どうしたのよそれ!メイン盾どこよメイン盾!」

「やっぱ俺メイン盾じゃねぇか畜生」

 

もちろん、アーサー王伝説に銀の義手を持つ騎士など登場しない。

しかし、銀の義手を持つ有名な神が、この世には存在する。

 

「こいつは…………なになに、アガートラム?」

「ケルトの神ヌァザの義手!?そんな、アーサー王のカードでなんでよりによってケルト神話の神がピックアップされるのよ!?」

 

ヌァザ。

ケルト神話の神で、その名は「幸運をもたらす者」、「雲作り」を意味する。

戦いの神であり、その力はかのゼウス神にも匹敵するとされている。

トゥアハ・デ・ダナーン、俗に言うダーナ神族の王であるヌアザは、モイツラの戦いにおけるフィル・ボルグ族の戦士スレンとの戦いにてその右腕を切り落とされ、肉体を欠損したため掟により王権を失ってしまう。

その後、医療の神ディアン・ケヒトとその息子ミアハによりこの銀の義手(アガートラム)を与えられ、七年の時を経て再び王座へと返り咲くこととなった。

 

この通り、とてもアーサー王伝説に関連するような神ではない。

上条でさえ、これがどの騎士をモデルとして幻想召喚(インヴァイト)されたのかわからない。

 

そして、問題なのが、

 

「にしても、幻想殺し(イマジンブレイカー)が封じられたとなると………防御がかなり薄くなる。メイン盾ってのも一理あったな」

「そうね。そのアガートラムがどんなものか知れたものじゃないし。とりあえず、他のやっちゃいましょっか」

 

_____だが、ブレない上条達であった。

 

 

 

次に、ゼクスアサシン。

 

「ハサン・サッバーハでしょ?これはもう、本当に予想がつかないわね」

 

クロがやってくる前、最初のクラスカード集めにおけるゼクスアサシンは、異常なほどの大人数だった。

八十はいただろうか。

あれから察するに、ハサン・サッバーハは何人もいる。

だからどのハサンがピックアップされるのか全くわからない、というのが遠坂凛の考えだった。

 

「ま、あれだ。くじ引きってことだろ!」

「似たようなものね」

 

などと話しながら、上条はゼクスアサシンのカードを持つ。

 

「行きます……幻想召喚(インヴァイト)

 

もはや恒例行事となった光る上条。

 

そのカードは直視できないほどの光を発し_____

______手の内から弾け飛んだ。

 

「ぐおっ!?」

「えっ、何!?」

 

バチン、という静電気のような音が鳴り、ゼクスアサシンのカードが手から離れたのだ。

宙を舞ったカードは、そのまま乾いた地面に突き刺さった。

 

「どうなってんだ…こんな事なかったじゃねぇか!」

「カードの中の英霊(サーヴァント)が認めなかった……?それともハサンが多すぎて_____」

「どうすんだこれ。一旦保留ですかね?」

「そうですわね。また時間を置いてから再度試すといいのではなくて?」

 

それも一理ある。

一度失敗しただけでは、決めつけるにはまだ早い。

 

とりあえずは、様子見ということで落ち着いた。

 

 

 

時間的に最後、ズィーベンバーサーカー。

 

「さてと。ズィーベンバーサーカーの真名はかの大英雄ヘラクレスだって言うことがわかっているけど…」

「正直、幻想召喚(インヴァイト)候補が多すぎますわ。ハサン以上に絞り込めなくてよ」

 

ヘラクレス。

ギリシャ神話が誇る大英雄である彼には、恐ろしい人脈があった。

武術の師であるケイローン、エーリスの王アウゲイアス、アマゾネス族の女王ヒッポリュテ、親友イピトス、アルゴー船の同乗者イアソン。

ゼウス神の息子であるペルセウスの子孫なので、ギリシャ神話の殆どの登場人物と人脈があるとされる。

さらに、キャスター以外全てのクラスに適性があるとまで言われている。

 

幻想召喚(インヴァイト)では夢幻召喚(インストール)限定召喚(インクルード)のようにカードの元の英霊(サーヴァント)をそのままではピックアップしないので、これほど性能が高く人脈が広いとピックアップ対象はほぼランダムと言えよう。

 

「う〜ん……これは、ガチャってことでいいのか?」

「提供割合ならほぼガチャのソレね。ただし、その右手だとろくなの引けないかもよ?」

 

やめてくれよぉ、と悲痛な叫びを上げる。

渋々カードを持った上条は荒れた精神を落ち着かせた。

 

言葉で幻想召喚(インヴァイト)宣言しなくていいといっても、雑念が混じっていれば当然幻想召喚(インヴァイト)できるはずがない。

何事においても、それは共通である。

 

「_______よし、侘び石はよ!」

 

…………今の煩悩が幻想召喚(インヴァイト)の掛け声だとは、誰も信じたくないだろう。

だが、彼の幻想召喚(インヴァイト)は始まってしまった。

 

「何よその口上は!」

「ふふ、石なら沢山ありましてよ?ルビーにサファイア、エメラルド、ラピスラズリ、ダイヤモンドでも何でもぉ!」

「アンタは黙っとれ」

 

相変わらずこの二人は仲が良いのか仲が悪いのかわからない。

 

そうこうしているうちに、上条の幻想召喚(インヴァイト)が完了したようだ。

 

大海のように荒れた長い髪。

浅黒い肌の色。

手に持つ弓は岩石のような材質。

しかしそれでいてしっかり弓として成立しており、とても重たいが矢さえあれば射撃も可能だろう。

 

「うん……弓しかないけど、なんか矢は後から生成できるみたいだな。カードの良心?」

 

と、二人の方を眺める。

 

しかし、二人は上条の弓を見て硬直していた。

 

「こ、これは………どういうことですの!?」

「なんで、アレがこんなところに……!?」

「おっ、おい!どうしたんだよ二人共?」

 

上条の心配も、聞こえはしたものの未だに動揺は収まらない様子。

 

「どうしたも何も、それは私達も心当たりがある。真・射殺す百頭よ!金色のアーチャー、アハトアーチャーが宝物庫から取り出した射殺す百頭(ナインライブズ)()()!」

「原、典……?本物ってことかよ!?」

 

言葉の意味を理解し、上条も声を荒げる。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)は、ズィーベンバーサーカーが使用していた岩石のような大剣。

その原典(オリジナル)が上条の持つ真・射殺す百頭。

ヒュドラを殺すために用意された、大英雄ヘラクレスの本来の武装である。

 

当然クラスカードによるものなので、本物を出せるはずがない。

幻想召喚(インヴァイト)の仕様上、この真・射殺す百頭を発現させるのは可能なのかもしれないが、いくら仕様とはいえ完全な原典を出せるだろうか。

 

「マジかよ、ますますわかんなくなってきたなこの力………」

「よく考えてみると…原典を出せるって、かなり戦力になるわよね」

「何だよ、そんなに慌てることじゃなかったじゃんか!」

 

確かに、戦力になることには変わりない。

しかし、なぜこの不安定な術式で原典が発現できたのか。

それは、謎である。

 

 

 

「んじゃ、そろそろ帰るわ。試験勉強せにゃならんしな」

「いいわね、ちゃんと高校生として成長してきてるじゃない!」

 

とのことで。

茜色に染まる夕暮れ時、上条は二人のもとを後にした。

 

 

 

その日の夜。

 

「おーいイリヤー、風呂空いたぞー」

「あ、はーい!」

 

部屋着に着替えた上条が、タオルで頭を拭きながらイリヤに呼びかける。

テレビを見ていたイリヤは、そのまま風呂へ駆けていった。

 

「セラさん、麦茶ってもうできてます?」

「ええ。ちょっと、薄めですけど」

「そんぐらいで大丈夫です。いただきます」

 

冷蔵庫から出したできたての麦茶をコップに注ぐ。

上条はここの麦茶……というより、この商品(むぎちゃ)が大好きなのだ。

 

コップを持って、ソファーへ向かう。

するとそこには、いつものようにリズがいた。

 

しかし、今回はしっかりと座っているようだ。

 

「ん」

「おう、サンキュ」

 

何を言われるのかわかっていたのか、リズがソファーに上条の分のスペースを空ける。

上条はそのスペースに座り、持っていた麦茶をぐびっと飲み干した。

 

「かぁーッ!うンまいなぁ………」

「…………当麻、おじさんみたい」

「いや、こればっかしは高校生でも同じだって!麦茶ナメんなよぉ!」

 

そんなことを言う上条だが、いくら勧めたところでリズは茶系は基本飲まないので信者を増やすには至らないのであった。

 

暇を持て余した上条は、テーブルに置いてあった新聞を取り、テレビ欄を眺める。

どうやら、この時間帯に上条の好きな番組は特にやっていないようだ。

 

「あちゃー、こりゃガチでやることねぇな……特にこれといった記事も載ってなし…」

「当麻、バラエティとかは見ないの?」

「まぁ見るっちゃ見るんだが、今は特に好きなのはやってねぇんだよな…寝支度でもすっかな」

 

どうやら、もう就寝準備に入るようだ。

明日は月曜日、学校もあるので、時間割に合わせて持ち物を整理したりもせねばならない。

 

「わかった。おやすみー」

「おう、おやすみ」

 

そう一言の会話を交えて上条は士郎と共同の自室に戻っていった。

 

休日が終わる。

 

平日が始まる。

 

期限が迫る。

 

 

 

同時、市内某所。

 

「さて、と。そろそろ日付も変わるわけだ…」

 

缶コーヒーの入ったコンビニ袋が、ゆらゆらと揺れる。

 

「リミットはあと5日……返答が待ち遠しいなァ…?」

 

青年は、にたりと笑った。




桜?ああ、いたねそんなゲロイン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell9[一方通行 Accelerator.]

ついにセロリの登場です!
果たしてロリコンなのか!?


目が覚める。

 

身体をゆっくりと起こし、辺りを見回す。

いつも通り、橙の光に照らされたアイリの寝室だ。

 

「んん…ふあ……」

 

あれからどれだけの日数が経っただろうか。

枕元の電子時計を見る。

曜日は(金)と表示されていた。

 

あの遭遇から。

一週間、経ってしまった。

 

「そう………もう、金曜日なのね」

 

いつもハイテンションの化身のような存在だったアイリが、寂しげに呟く。

 

本当に、あの青年はやってくるのだろうか。

それとも、ただのハッタリだったのか。

 

「………その時は、その時ね。それに私には___」

 

___魔術がある。

 

彼の力ですら対応しきれないであろう拘束型。

あの力が魔術かどうかは知らないが、恐らくカマイタチを利用した遠隔攻撃型。

それに、力の発現にはチョーカーの電源をオンにする必要があるようだった。

 

つまり、相手が電源を入れる前に拘束すれば、勝ち目はある。

 

「まあ、まだ来るともわかってないし………もう三時。お茶でも飲もうかしら」

 

心を一新したアイリは、いつもの元気を引き出して、服の袖に腕を通しながらリビングへと向かった。

 

 

 

「にしても、よかった。元気で」

「ええ、ありがとうリズ。この通り、もうバッチリ元通りよっ!」

 

紅茶の入ったコップ片手に、ガッツポーズで今の調子を示してみせる。

安心したのか、普段無表情なリズも笑顔だった。

 

「でも、どうしたの?一週間も、寝込むなんて」

「ええ、ちょっとね。あの後すぐに収まったのだけれど、まだちょっとだるくて……」

 

青年のことを話す訳にはいかないアイリは、家族には体調不要と偽っていた。

普段のアイリでは信じられないことだが、家族は皆それを受け入れてくれた。

その辺り、アイリは家族に信頼されているのがよく分かる。

もちろん、舞弥と、上条からも。

 

すると、

ピンポン、とチャイムが鳴った。

 

「あら、お客さん?」

 

立ち上がろうとするアイリ。

だが、舞弥がそれを静止した。

 

「いえ、マダム。病み上がりなのですから、どうかゆっくりしてください。セラさん、客の相手をお願いします」

「わかりました。奥様、まあお茶でも飲んでいてください」

 

優しい言葉とともに、セラは玄関に向かう。

 

「ごめんなさいね、迷惑かけちゃって」

「そんなことはありません。マダムが寝込んでいる間、他のみんなが家事を手伝っていてくれていましたから。士郎くんはもちろん、イリヤちゃんにクロちゃん、当麻くんも。みんな、本当にいい子です」

「でしょう?例外はあれど私とキリツグの子どもたちですもの、いい子に育たないわけ無いわ♥」

「ふふ、彼も良き妻を持てて光栄でしょうね」

「あっらヤダ、良き妻だなんてっ…♥」

 

二人はいつも通りの仲睦まじい会話を繰り広げる。

 

アイリは、嬉しかった。

家庭教師の立場ながらも家族のようにアイリを心配する舞弥。

いい子になったという、士郎、イリヤ、クロ、上条。

 

これが私のいるべき日常なのだ、と。

この世界への帰還を、心から喜んでいた。

 

そんな会話をしていると、玄関からセラが戻ってくる。

 

「奥様、お客様がお呼びです。鈴科、という方が」

「鈴科?誰かしら…」

「客直々の指名ならば仕方ありません。どうぞマダム。心配せずとも、お菓子は食べませんので」

「ホントそれ、舞弥さんは甘いものに目がないものね!ちゃんと、残しておいてよ?」

 

そう警告し、席を立つ。

廊下に出てみると、玄関の扉は空いたままだった。

 

「もうセラったら、いくらこの短時間といえど不用心すぎじゃないかしら…」

 

セラの心配をしつつ、玄関に出る。

そこには、真っ白いパーカーを着込み、コンビニ袋を持った人物がいた。

あまりにも中性的で、体格から性別は判断できそうにない。

袋の中身はブラックコーヒーだろうか。

 

「すみません、お待たせしました。アイリスフィ__」

 

「口上はいいンだよ、本題に入ろうぜ」

 

その声は、聞き覚えがあった。

 

鈴科がパーカーを脱ぎ、素顔を露わにする。

白い生地に黒いラインが入った独特なデザインのシャツに、真っ白な髪と肌。

奇妙な造形の松葉杖。

その真っ赤な瞳を、彼女は覚えている。

 

「たしか………一方通行(アクセラレータ)さん、だったかしら。鈴科は偽名?」

「さァな。俺の本名だとか騒がれてたが、ンなもン知ったこっちゃねェ」

 

無駄な話を省き、一方通行(アクセラレータ)は本題を切り出す。

 

「さて、期限の一週間が経っちまったわけだが、今ならまだラストチャンスだ。クラスカード全て、美遊・エーデルフェルト、上条当麻。出せよ」

 

もはや交渉する気すらない一方通行(アクセラレータ)

彼のその態度に寒気がしたのか、アイリは服のポケットに手を突っ込む。

 

「ええ、そうね。ちゃんと差し出さないと」

 

否、手を入れたのは寒気がしたからではない。

 

「____キリツグを名乗って命令した人に、あなたの身ぐるみ剥がされた可哀想な姿をね!」

 

“武器”が、あるからだ。

 

「チッ、交渉決裂だ__!」

Shape(シャーペ) ist(イスト) leben(レーベン)!!」

 

手を入れていたポケットから、針金を取り出す。

その針金が鳥の形を作り、一方通行(アクセラレータ)へと飛翔する。

 

一方の一方通行(アクセラレータ)は、背後に飛び退きチョーカーの電源を入れようとする。

しかし、手が電源に届きかけたその時、一方通行(アクセラレータ)の全身が針金で拘束される。

 

アイリの作った針金鳥が、変化したのである。

 

「クソッ、しくったか………!?」

「ええ、しくったわね!これであなたは電源を入れても攻撃に移ることはできない。大人しくしてなさい!」

 

バランスを崩して屈む一方通行(アクセラレータ)を、アイリは見下す。

普段の温厚な自分を捨てて、アインツベルンのホムンクルスとしての姿を表に出した、魔術の秘匿の義務を破った決死の一撃だった。

 

「やれるものならやってみなさい!その姿勢で、カマイタチが出せるとは思えないけれど!」

 

「キヒッ」

 

掠れるような、笑い声。

アイリの表情が変わる。

 

一方通行(アクセラレータ)の口角がつり上がっている。

彼にはまだ余裕がある。

 

「クヒヒッ……あァ、甘ェよ。JKに大人気の原宿スイーツかよ、オマエは」

「何、を。笑っているの………!?」

 

アイリの頬を、一滴の水滴が伝う。

冷や汗。

彼の異常なまでの余裕に、恐れている。

 

「まァ、さすがはホムンクルスってところか。あの時カマイタチで攻撃したってのは正解だ。けども____」

 

予想だにしなかった事実を、告げる。

 

「_____だァれが攻撃系の能力だっつった」

 

ピッ、とチョーカーの電源を入れる。

瞬間、彼を拘束していた針金が弾けた。

 

銀の雪と化した針金が、一方通行(アクセラレータ)に降り注ぐ。

 

その姿はまるで、

死を告げる天使のよう。

 

「そん、な__どうして______ッ!?」

「まだわかんねェか。俺の能力は強いて言えば”防御系”なンだよ」

「何で………一体何をしたの!?」

「ンー、そォだなァ……」

 

一方通行(アクセラレータ)は顔をアイリのすぐ横まで迫らせ、笑って言う。

彼女の決意を嘲笑い、

彼女の喜びを嘲笑い、

彼女の「全て」を嘲笑うように。

 

「………果たしてナニをやっているでしょォかァ?」

 

 

 

ぱりん。

 

「あっ、やっちゃった……全く、これでは奥様のご期待に答えることなど…」

 

手を滑らせたのか、珍しくセラが皿を落とし割ってしまう。

念のために掃除用のちりとりと小ぼうきは常備してあった。

 

「でも、よりによって私が割ってしまうなんて…今日何かあるのかしら………」

 

嫌な予感を感じつつ、皿の破片を拾う。

その予感は、間もなく的中することとなる。

 

破片をあらかた拾い尽くし立ち上がると、嫌な音がする。

また、割れてしまったのだ。

 

しかし、今回は皿ではなく、

家の玄関扉が、だが。

 

「___!?」

 

近隣住宅にも響くであろう音を立て、扉の破片が廊下に飛散する。

どさっ、と何かが床に叩きつけられるような音もした。

 

アイリだった。

 

一体どんな一撃を受けたのか、口からは血を流している。

 

「ッ…二人共、こっちに!」

 

急いで舞弥とリズを台所へと隠れるよう促す。

二人も慌てた様子で台所に隠れた。

ここならば、あの廊下から目視はできまい。

 

 

 

「ぅ___が、こふっ__」

 

口から血が止まらない。

こんなに苦しい思いをしたのは、彼女にとって初めてだった。

 

玄関の扉がない。

扉があったはずのところからは、美しい太陽の光が差し込む。

その光が宙に舞う破片や埃を照らし、神秘的な風景を創り出す。

 

そして、

一方通行(アクセラレータ)をも照らし、まるで彼を天使のように演出していた。

 

「答えはベクトル変換。運動量、熱量、電気量。全ては俺の皮膚に触れただけで向きを好きに変えられる。この能力が防御系ってのは、デフォで反射に設定してあるからだな」

 

意味の分からない単語が、一方通行(アクセラレータ)の口から飛び出す。

 

ベクトルの変換?

反射?

そんなことが、本当に可能なのだろうか。

 

「そんな、こと___ぐっ__魔法の、域にまで_達して______っ」

「あァ、()()()の魔法の基準がどンなだかはわかんねェけどよ、俺のは魔法じゃねェ「能力」だ。学園都市の科学によって開発された超能力。そして、この俺はその学園都市の能力者230万人の頂点、超能力者(レベル5)第一位。最も、()()()に学園都市はねェみてェだけどな」

「ちょう、のうりょ___く?」

 

こんな力が、人の手によって開発されたものだなんて。

アイリには、とても信じられなかった。

 

「ま、どうでもいいか。オマエは俺の期待(クイズ)に答えられなかった」

「いや___いやぁ______やめ、て__どうか、お願い_________!!」

 

血を吐き、涙を流しながら許しを請う。

しかし、今の彼は内面激昂している。

そんな彼が、許すはずもなく。

 

「不正解者には罰ゲームとして、安らかな眠りを♪」

 

一方通行(アクセラレータ)の足が、文字通りアイリの腹に()()()()

 

ぐちゅり。

これ以上ない嫌な音が、アイリの中から響いた。

 

「あ、おぐ、ぶっ、がぁぁああああああっ!?あああっ、あああああああああああああっああっぶぶぶぶぶ!!!」

 

マーライオンにも負けない勢いで血を吹き出す。

それだけではなく、一方通行(アクセラレータ)に踏みつけられた部分の衣服の下から、じわじわと赤い液体が生地に滲み出てきた。

 

「オイオイ、ホムンクルスってなァこンなに脆いのかよ?もう少しでお腹と背中がペッタンコ・ザ・リアルだぞ」

 

ぐりぐりと、踏みつけた腹を抉る。

しかし、アイリは声を上げない。

 

先程の一撃で、意識を失っていたのだ。

もはや目も閉じず、出血もひどい。

すぐにでも死んでしまうかもしれないし、もうショック死しているのかもしれない。

 

そんなこと、彼にはどうでもよかった。

 

ただ、暇ができた。

それだけのくだらない認識だった。

 

「はァ……おい、いンだろ!まだ殺ること殺ってねェンだ、とっとと済まさせやがれ!」

 

大声で叫ぶ。

その声は家全体に響いただろう。

これで誰か出てこなければ、彼は家ごと潰しかねない。

 

だが、そんな男の前に誰かが出ていくわけもなかった。

 

「ふはァっ……クソッ、遅くまで起きすぎたか?まだアクビが出ちまう」

 

口を大きく開けて欠伸(あくび)をする。

しかし、そんな行為を行ったところで、彼がまともに見られることはない。

 

「ったく…………ん?」

 

扉の先のリビング。

そこの床に、何か白いものが転がっていた。

 

セラが割ってしまった皿の破片である。

 

「なンだ、いンじゃねェか」

 

一方通行はリビングに入り、辺りを物色する。

リビングに階段があるのは彼の世界では珍しいパターンだったので、実のところ興味があったのだ。

 

「へェ、なンとご立派な。ふむ、こっちに庭が……」

 

それに、間取りを把握するのも、隠れた対象を探すには大事だ。

 

軽く覗いてみたが、庭には誰も居ない。

鍵はかかっている。

この短時間で外に出るのならまだしも、内側の鍵を外側からかけるなど魔術か能力でもない限り不可能だ。

 

ふと、意識が庭に向いた瞬間だった。

背後から、恐怖で今にも泣きそうなリズが長い竿を振りかざしてきたのだ。

 

「____ッ!!」

 

外干し用の竿が、ちょうど台所に立てかけてあったのだ。

セラ達はリズを静止しようとしたが、リズは聞かない。

 

「おっとォ、危ねェぜ?」

 

その一撃を一方通行(アクセラレータ)はするりと避けてみせる。

力のこもったその一撃は窓ガラスに直撃し、粉砕した。

 

「____出てって!」

「ンだァ、その持ち方は。ハルバードでも持ったつもりか?でも___」

 

振りが甘い。

 

リズはもう一度、我を忘れて竿を振りかざす。

またもや全てのエネルギーを力に回しており、素人でも避けるのは容易かった。

 

一方通行(アクセラレータ)が少し屈むと、振りかざした竿は床に激突した。

力任せに振り下ろしたため、床に当たった時の振動が竿を伝ってリズにも響く。

 

「っ…………うああっ!!」

 

ほんの少しだけ怯んだが、リズはそのまま竿を横に薙ぎ払った。

 

しかし、その()()()()()は、一方通行(アクセラレータ)にとっては十分すぎる時間だった。

 

スイッチを入れた一方通行(アクセラレータ)は無敵だ。

一方通行(アクセラレータ)に触れた竿が、二倍のエネルギーを受けて崩壊する。

そのエネルギーは先程と同じようにリズにも伝わり、リズの両手を無惨に砕く。

 

リズの両手は原型をとどめられず、機能を失っていた。

 

「ああああっ!痛い…………いた、い………!!」

「いたい?そりゃ必要な痛みだ。でも、まだ足りねェ」

 

とん、と。

リズの胸の谷間を平手で突いた。

 

「あ、かっ_____」

 

見た目に反して高威力の突きを受けたリズは、空気の塊を吐き出す。

 

人は、脳震盪を起こす。

脳に強い揺れが起こることにより引き起こされる症状だ。

同様に、心臓震盪と言うものも存在する。

発生条件はほぼ同じだ。

脳震盪が起きると、眩暈や意識障害、記憶障害などが発生するが、どれも命に関わる症状ではない。

対して心臓震盪が起きると心臓が停止し、命の危険に晒されてしまう。

 

そして、今のリズにとって最も問題なのが___

____心臓震盪は、子供が蹴ったボールが衝突する程度の衝撃でも発生するということ。

 

「はっ__!?がぐっ、ぎ、ぃっ_________」

 

魂が抜けたかのように倒れる。

心臓震盪が発生したのだ。

この突きの威力では、心臓震盪が起こるのは当然だった。

 

心臓震盪が起きた場合、救急隊員やAEDの指示に従って適切な順序で蘇生を行う必要がある。

しかしここにはAEDも、医療知識のある善人も存在しない。

 

リズを助ける術は、ない。

 

「_____オマエは、利口みてェだな」

 

一方通行(アクセラレータ)の目に入ったのは、ただ立っただけの舞弥だった。

背後で手を組み、抵抗する気を一切見せていない。

 

「ん?そォか、オマエがアイツの相棒ってやつか。ご苦労なこった」

「___________」

「___つっても、オマエはコイツらにつくみてェだけどな」

「その通り………!」

 

手を組んでいた背後から片手サイズのナイフを取り出し、突撃する。

台所に保管してあったナイフだった。

 

それを一方通行(アクセラレータ)に突き刺そうとするが、彼には通用しない。

防ごうとした一方通行(アクセラレータ)の腕に刃が触れた瞬間、反射が作動した。

しかし、

 

舞弥は、一切身を引かない。

 

「………なンだ。てっきり反射が効かねェのかと思ったが、ここで刃が止まってる辺り、我慢強いだけみてェだな」

「…………っ!」

 

刃は一方通行(アクセラレータ)の腕で止まっている。

舞弥は反射によって弾かれるのを、自らの力で抑えているのだ。

要は鍔迫り合い。

 

しかし、その分舞弥への負担は大きい。

 

「にしてもここまで耐えるなンてな。とても家庭教師って感じじゃねェぞ、オマエ?」

「黙りなさい__ッ!」

 

ついに耐えきれなくなったのか、舞弥はナイフを一方通行(アクセラレータ)から離し、後退する。

そしてまた駆け出し、今度は横に切り払う。

 

一方通行(アクセラレータ)は狙わない。

狙うは、恐らくこの能力の核となっているであろうチョーカー。

 

(あの電極を見た限り、アレは代理演算装置。アレを破壊すれば、あるいは____)

 

「____なンて、考えさせねェよ」

 

いずれ誰かがチョーカーを直接狙ってくるだろうとは思っていた。

だから、首が狙われた時の対処はバッチリだった。

 

手を挙げるように上に振り上げ、ナイフを弾く。

反射されたエネルギーに舞弥は姿勢を崩す。

その隙きを逃さず、一方通行(アクセラレータ)は掌でナイフの切っ先を突いた。

 

先程の鍔迫り合いで消耗していたのか、ナイフはいとも簡単に砕け散ってしまった。

とっさの判断で腕を引いたため腕へのダメージは軽かったが、考えが甘かった。

ナイフを引き寄せたため砕けた破片も舞弥の方に飛び散る。

 

頭部を中心とした上半身の広範囲に、破片は突き刺さった。

 

「っ、あぁ___!」

「遅ェ」

 

ただそう告げ、舞弥の頭を掴む。

そして、その頭をフローリングの床に叩きつけた。

 

叩きつけたのは顔面。

破片がさらに奥まで入り込み、舞弥を傷つける。

 

「あ___っ、がはっ………」

 

あまりの衝撃で脳が揺さぶられる。

もはや視界も定まらず、意識も朦朧としている。

 

頭部に何やら温かい感触を感じる。

人の肌のようだが、どこか冷たい。

もはや、それすら判断できなくなっていた。

 

一方通行(アクセラレータ)がトドメを刺そうとしていることを。

 

「おねンねしてろ」

 

がつん、と。

痛々しい音が床を伝う。

 

同じように叩きつけられた舞弥は、今度こそ意識を失った。

うつ伏せの顔から、赤い水溜りが広がっていく。

鼻でも折れたのだろう。

 

「ったく、雑魚共め」

 

コンビニ袋をぷらぷらと揺らしながら呟く。

 

誰も話さなくなった静かな空間。

そんな中、誰かの荒々しい呼吸が聞こえる。

台所の方からだ。

 

「なンだ、まだいンのか?」

 

台所を覗き込むと、セラが膝を抱えてがくがくと震えていた。

舞弥やリズはともかく、彼女には一切の戦闘能力がない。

 

「オマエは、自分の立場がわかってるみてェだな」

「………………………………」

 

何も話さない。

一方通行(アクセラレータ)の方すら向かない。

 

「ンじゃまァ、一応みんなやっちまったンでな___」

 

一方通行(アクセラレータ)はその細い手をセラに伸ばし、

 

「____オマエもああなってもらうぜ」

 

セラの首を掴んだ。

 

「ッ____あ、が__」

「細ェな、本当に細ェ。少し力を込めただけでぽっきり折れちまいそォだ」

 

自身の掌に返ってくるベクトルを反射して首を絞める力を増大する。

セラの首は更に絞まり、みしみしと軋む。

 

「___ふ、ぎっ_」

「あァ、なンだって?よく聞こえねェよ」

 

セラがばたばたと足をばたつかせる。

顔は変色し始め、もはや何も感じられない。

 

「だ、ず__げ_______で、___」

 

セラは助けを乞う。

一方通行(アクセラレータ)に対して唯一放った言葉だった。

 

「そォか。じゃあ、楽にしてやる」

 

そして、セラから一切の動きが無くなった。

 

一方通行(アクセラレータ)が手を離すと、セラは力無く倒れた。

こうして、衛宮家は地獄と化した。

 

「まだ学校の時間か。上の奴も下の奴も帰ってきてねェ」

 

ふと、テーブルの上を見る。

そこには、一口サイズの菓子が置いてあった。

バウムクーヘンをアレンジしたような、小洒落た菓子だ。

 

「コッチにはこんなモンもあンのか。どれ………」

 

単純な興味から、その菓子を口に放り込む。

なかなかの味だ。

 

「ほォ。菓子ってのもいいかもしンねェな」

 

せっかくなので、傍にあった茶と一緒に菓子もつまむ。

 

一口サイズの、その菓子。

そう、それはまるで___

 

____無惨にも一方通行(アクセラレータ)に蹂躙される弱者のよう。

 

 

 

午後四時過ぎ。

 

イリヤ達は友達の家に寄ってから帰るとのことで、上条と士郎が先に帰路についていた。

 

「もうテストまで一週間無いのか……確かテスト一週間前からは部活も無いんだったっけ?」

「ああ。テストは大事だからな、部活なんてやってる暇ないさ」

「そっか。俺は特に部活とか入ってなかったからなー…」

 

そろそろこの時間にも夕焼けが見えるようになった。

冬が近い。

 

「はぁ……帰ったら、やっぱり勉強かな」

「そうだな。でも、当麻は頑張ってるみたいだな。舞弥先生が言ってたぞ」

 

本当だよ、としんどそうに言う。

 

舞弥の魔改造(しどう)によって上条は以前とは異なる知能を手に入れた。

それは彼の資本となって、一生役に立つであろう。

 

そうしていると家が見えてきた。

 

「そろそろだな。はぁ、暑い…」

「セラさん、アイスでも買っててくれねぇかな………」

 

そんなことを言っていると、あるものが目に入る。

 

上条達の自宅。

その玄関前の道路にこびりついた、僅かな血痕。

 

「あれは………血?どうして…」

「……………士郎、来るな」

「あっ、おい当麻!」

 

士郎を抑えて真っ先に家へ駆ける。

嫌な予感がしてならない。

 

玄関前に到着し、その予想が当たっていることがわかった。

 

玄関の扉が粉々に砕かれている。

そして、その先に横たわっているのは_____

 

「ッ…………アイリさんッ!!」

 

ぼろぼろになったアイリを見て思わず駆け寄る。

目を見開きながら気を失っている。

そして、腹部は血塗れで、目に見えるほど陥没していた。

 

「くそッ……誰が、こんな………!!」

 

「俺だよ」

 

リビングから、乾いた声が響く。

何処かで聞いたような、聞かなかったような。

 

いや。

この声は、確実に聞いたことがある。

 

上条はリビング向き、声の主を確認する。

 

白い頭髪に、病的な程に蒼白の肌。

その細いシルエットからは、もはや性別すらも判別できない。

血のように真っ赤に染まった瞳のその少年は____

 

「やっと会えたな。()()会いたかったぜ、三下ァ?」

「_______一方通行(アクセラレータ)!」

 

再び、出会った。

再び、出会ってしまった。

 

床には、更に三人が転がっている。

 

両手の歪んだリズ。

うつ伏せの顔面から血を流す舞弥。

真っ青に顔を鬱血させたセラ。

 

あの惨たらしい殺戮が、上条の脳裏に蘇る。

例えるなら、まさに地獄。

いや、例えるまでもなく、これは地獄だった。

 

「てめぇ………何しやがった!!」

「何って…お偉いさンの命令に従っただけだ。真っ当な社会人のすることだろ?」

「何が真っ当だ!そりゃあ真っ当でもなんでもねぇ、ただの異常だ!!」

「あァ、そォだ。俺は異常だよ。わかってないとでも思ったか」

 

睨み合う上条と一方通行(アクセラレータ)

 

空気が淀む。

邪気で溢れる。

 

一方通行(アクセラレータ)

彼は、再び倒すべき敵となった。

 

「この野郎___ッ!!」

 

痺れを切らした上条が一方通行(アクセラレータ)に殴りかかる。

かつて彼を下した右手で。

 

しかし、同じ手に何度も引っかかるような一方通行(アクセラレータ)ではない。

 

「はン。今更そンなンがなンになるってンだよォ!」

 

受け流すようにして上条の拳を躱す。

余った左手で上条の腹を叩いた。

 

ベクトルが反射された一撃は、確実に響く。

 

「ご、はぁッ___!?」

「変わンねェなァオイ!!」

 

よろめいた上条の腹を、更に膝で蹴る。

上条は吹き飛び、壁に激突した。

 

「かっ、ぁ___!!」

「そンだけかよ……リアクションがワンパターンなンだよオマエはァ!!」

 

ふらふらとよろめく上条の頭を掴み、地面に叩きつけた。

バスケットボールのように乱暴に扱われ、上条の脳が揺らぐ。

 

「ッ、あぁ____」

「オイオイ、ご自慢の右手がなけりゃただの無能力者(レベル0)かよ!」

「うる、せぇ__」

 

倒れながらも上条は一方通行(アクセラレータ)の足を右手で掴む。

しかし幻想殺し(イマジンブレイカー)が適応されるのは右手首から先だけ。

一方通行(アクセラレータ)はその盲点を突き、右肘の辺りを杖で踏みつけた。

 

「ぐあっ……!」

「やっと人間らしい悲鳴を上げてくれたじゃねェか。その調子でドンドン鳴いてくれよなァ!」

 

ぐりぐりと、肘を踏みつける杖に力を込める。

骨が潰れてしまいそうだ。

 

「ああっ!あっ、があぁっ!!」

 

上条はただ悲鳴を上げることしかできない。

今の一方通行(アクセラレータ)には誰も敵わない。

悲鳴を上げるだけ無意味だった。

 

しかし、

上条は一人ではない。

 

斬撃(シュナイデン)!」

「おっと?」

 

背後から迫る斬撃を躱すために、一方通行(アクセラレータ)は飛び退く。

同時に、上条の肘を踏みつけていた杖も離れた。

 

「この声は…イリヤ!」

「大丈夫、とうま!?」

 

そこにはイリヤ、美遊、クロの三人がいた。

三人とも変身していて、準備は万全だった。

 

「お目当てのお方が自ら出てきてくれるとはなァ……美遊・エーデルフェルト」

「私が……?」

 

さらに、一方通行(アクセラレータ)が何かを察したような表情であっと声を上げる。

 

「そっかァ。エーデルフェルトってのはオマエの姓じゃなかったな。なンつったか……」

 

美遊は驚愕した。

この男は、自分がエーデルフェルトの人間でなかったことを知っている。

それに、今、本名を思い出そうとしている。

禁忌としている、その名を。

 

「そォだ、思い出したぞ。じゃ、訂正させてもらう____」

 

彼は、知っていた。

 

「____大人しく来い、()()()()

 

サファイアが、美遊の手から落ちる。

かたん、と音を立て落下する。

 

美遊はその場にうずくまった。

アレを、思い出したくない。

あの悪夢を。

 

ずっと、この世界で。

エーデルフェルトで、いたかった。

 

「う、ぅっぅぅうぅううぅぅぅうう…………っ!!!」

「美遊っ!?」

「てめぇ、美遊に何を!?」

「いや、なンにも。ただ()()を言っただけだが?」

 

とぼける一方通行(アクセラレータ)

上条の怒りは、更に増大していく。

 

すると、美遊が立ち上がる。

 

「大丈夫です………私には、みんながいるから……」

「ほォ、いい子だ」

 

友達想いな美遊に、一方通行(アクセラレータ)も感心する。

 

「っつゥか、ここじゃ魔術の秘匿も無理だろ。場所を変えンぞ」

 

唐突に、一方通行(アクセラレータ)は家を出る。

一瞬、こちらを向いた。

「ちゃんとついてこい」、ということだろうか。

 

「………俺は行く。やっぱり、アイツは許せない」

「うん。私も、とうまについてく」

 

四人は一方通行(アクセラレータ)についていく。

人目のない所にでも連れて行くのだろう。

 

そうして、一方通行(アクセラレータ)が向かったのは_____円蔵山だった。

 

 

 

上条も、薄々気付いていた。

円蔵山なら、誰にも迷惑はかけないだろうと。

実際、あの時幻想召喚(インヴァイト)の確認をしたのだって円蔵山だった。

 

予想通り、連れてこられたのは円蔵山だった。

 

「ここなら、他人の目にも入ンねェだろ。要点だけ言う、クラスカードと美遊(ガキ)を連れて俺と来い」

「んなもん、断るに決まってんだろ。人をなんだと思ってやがる!」

「…………交渉道具?」

 

てめぇ、と、人を馬鹿にするような一方通行(アクセラレータ)の発言に声を荒げる。

それに対して一方通行(アクセラレータ)は、呆れて溜息をつく。

 

「あのなァ……俺がどんな人間か、俺を除いてこの場で一番詳しいのはオマエだろォが。俺を三下とか言って殴り倒しといて、何を今更」

「確かに、そうだけども………それでも、あの答えは人道的に論外だ!」

「そォだな」

 

ただ退屈そうに肯定する。

恐らく、上条が何を言っているのかすら聞く気はないだろう。

 

「で、注文の品を寄越すのか、寄越さねェのか」

「断る」

 

確固とした答えが一方通行(アクセラレータ)に返ってくる。

よし、と彼は一息ついて、

 

「ンじゃァ、死ンどけ」

 

駆け出した。

 

「ッ、来るぞ!」

 

と、警戒を呼びかけた頃には、既に一方通行(アクセラレータ)は上条の目の前まで来ていた。

一方通行(アクセラレータ)の放った拳が、運良く上条の髪を掠る。

 

(何だ………コイツのパンチ、キレが良すぎる………まさか!)

 

一方通行(アクセラレータ)は四肢の全てを使って上条に迫る。

あの能力が発動している状態では、上条は右手でしか対処できない。

チョーカーのバッテリーの限界まで耐久しようにも、この攻撃はそんなに耐えられない。

 

(コイツ、能力が制限されたのを受けて、自らを鍛えてきやがったな……!)

「ッ、魔術だ!三人共、魔術でアイツに攻撃しろ!」

「ええ、こっちはやれるわ!イリヤ、美遊、アレ、行ける?」

「美遊!」

「うん、イリヤ!」

 

クロが矢を放つ。

そして、イリヤと美遊も、かねてより練習を重ねていた大技を放つ。

 

斉射(フォイア)!」

斉射(シュート)!」

 

二人で一斉に魔力を放つ斉射。

大地を抉る程の光線が、一方通行(アクセラレータ)に迫る。

 

しかし、

 

「キヒッ…三下ァ、オマエ俺の力の仕組みを理解できてねェなァ?」

「何…………ッ!!?」

 

斉射と矢が、一方通行(アクセラレータ)に触れる。

瞬間、その軌道を逆行する。

 

「コレはな、「反射するものを設定する」だけじゃねェ。「反射しないものを設定する」ってのもできンだよォ!!」

 

飛行した弾道をそのまま遡る。

コレが弾丸であった場合、間違いなく銃口にそのまま突っ込んでいくであろう正確さだった。

 

「ッ、避けろ!!」

 

上条の警告で、少女三人は一斉にその場から飛び退く。

目標がなくなった斉射と矢は虚空へと飛翔し、勢いを失っていった。

 

反射に気を取られているスキに、一方通行(アクセラレータ)は急接近する。

 

目標は、美遊。

 

「よォ、朔月」

「私は、朔月じゃない………っ」

 

魔力の足場を作り、一方通行(アクセラレータ)から距離を取る。

そして、自らの意思を語る。

 

「私は………美遊・エーデルフェルト!友達がいて、家族がいる!私は、()()()()に生きてる!!」

「…………あのよォ」

 

しかし、一方通行(アクセラレータ)の精神は強靭だ。

たかが一人の幼女の言葉に惑わされるような人間ではなかった。

 

「そォいうの、いらねェンだよなァ」

 

現実を突き付ける。

そして、手に持っていた杖を平行に投げる。

 

びゅん、と風を切る。

それはきっと、弾丸にも匹敵する速度であろう。

 

ぐちゅり、と、杖が美遊の肩を貫いた。

 

「が、っ____!!?」

「美遊っ!!」

「くっそ……美遊、夢幻召喚(インストール)を使え!並の魔術じゃアイツには敵わねぇ!」

 

聞き慣れない単語を耳にして、一方通行(アクセラレータ)は首を傾げる。

だが、止めなければいけない気はした。

 

一方通行(アクセラレータ)は美遊へと向かう。

そこに、クロが立ちはだかる。

 

「オンナノコばかり狙ってんじゃないわよ、この変態(ペドフィリア)!」

「…………オマエもそのオンナノコだろォが」

 

この程度の子供、一方通行(アクセラレータ)ならすぐに排除できた。

しかし、時既に遅し。

美遊は光を放ち、夢幻召喚(インストール)を実行に移していた。

 

ふと、一方通行(アクセラレータ)は「彼」の言葉を思い出した。

 

『これから君が回収に行くことになるクラスカード。魔法少女達は、そのクラスカードに封じられた英霊(サーヴァント)の力を用いて自らを強化するらしい。いくら君が魔術を反射できるとはいえ、あの力は僕でも把握しきれてない。もし荒事に発展したら_____用心してくれ』

 

そう、その「力」こそが、この夢幻召喚(インストール)なのだ。

 

夢幻召喚(インストール)………ツヴァイランサー!」

 

青いタイツを身に纏い、朱槍を手にした美遊が降り立つ。

しかしその肩には未だに杖が突き刺さっており、彼女自身もとても辛そうな表情をしている。

 

「ツヴァイランサーのスキル「戦闘続行」…………」

 

肩に刺さった杖を空いていた手で持ち、力を込める。

 

「ふんっ………っ……あ、…………ん、あ”ぁっ!」

 

苦しみながらも、杖を引き抜く。

血塗れになった杖を投げ捨て、宣言した。

 

「………今の私なら、岩に身体を縛り付けてでも戦ってやる!」

「ほォ……面白ェ、かかってきな」

 

美遊は女子小学生にあるまじきスピードで駆け出す。

先程の一方通行(アクセラレータ)に迫るそのスピードで、すぐに槍のレンジ内に一方通行(アクセラレータ)を捉えた。

 

朱槍ゲイ・ボルクで、一方通行(アクセラレータ)を薙ぐ。

しかしゲイ・ボルクに無効化系の能力は備わっておらず、一方通行(アクセラレータ)の表面で静止する。

 

(クソッ………やっぱり英霊(サーヴァント)ってなァ格が違ェな。ベクトル変換は通じるものの反射されねェ、()()してやがる!)

 

一方通行(アクセラレータ)の演算の許容範囲を超えてしまっているのか、静止したまま反射されない。

つまり、ゲイ・ボルクと一方通行(アクセラレータ)の肉体が互いに押し合っている状態になっているのだ。

 

「…………ま、傷つかねェンなら問題はねェなァ!」

 

槍が反射できないのなら、他をやってしまえばいい。

一方通行(アクセラレータ)は空いた足で美遊の足を薙ぎ払う。

 

一瞬よろめいた美遊の腹を的確に狙い、蹴り飛ばした。

 

「ごふっ」

 

血の塊を吐く。

あまりの衝撃で、美遊は文字通り大木を破壊する勢いで吹き飛んでいった。

 

「戦略家め………イリヤ、クロ!アイツの能力を発現させてんのは、多分あのチョーカーだ。アレをぶっ壊せ!」

「わかった!ノインキャスター、夢幻召喚(インストール)!」

「おっけー、お安い御用よ!」

 

イリヤが夢幻召喚(インストール)している間に、クロは一方通行(アクセラレータ)の注意を引く。

 

あそこで上条が大声で二人に作戦を伝えたのも、また作戦だった。

この作戦が一方通行(アクセラレータ)の耳に入らなければ、奴は必ず夢幻召喚(インストール)するイリヤに注意を向ける。

そうなると、夢幻召喚(インストール)直後のイリヤが攻撃を受けてしまい、徒労に終わってしまう。

ここで、一方通行(アクセラレータ)の耳にこの作戦が届けば、チョーカーを狙い周囲を飛び回るクロを警戒し気を取られる。

そうすれば、イリヤが万全な状態で夢幻召喚(インストール)できる。

 

夢幻召喚(インストール)完了!」

 

イリヤが、新たな姿で舞い降りる。

 

道化師のようなローブに人の皮膚でできているであろう(ほうぐ)

不衛生な白い髪は、まさにあの日のノインキャスターそのものであった。

 

そして、ノインキャスターは大量の海魔を従えていた。

 

「今だ!行っけぇ、タコさん達!」

 

可愛らしい呼び方だが、海魔は何一つ可愛くない。

見方によっては可愛いのだろうが。

 

一方通行(アクセラレータ)英霊(サーヴァント)の武器のベクトルを計算できても変換はできず、その場に停滞させることしかできない。

それを利用して、大量の海魔で奴を絡め拘束する、という作戦だ。

 

作戦は成功。

キレイに引っかかってくれた。

 

「ッ…………そォ、か。考えやがったな…三下ァ!」

 

この好機を逃す訳にはいかない。

 

クロは干将と莫耶を構え、一方通行(アクセラレータ)に向かって突撃する。

狙うは、もちろんチョーカー。

 

「御首、頂戴……っ!」

 

干将と莫耶を平行に構え、横に斬り払う。

これで一方通行(アクセラレータ)のチョーカーは破壊され、上手く行けば首も跳ねられる。

 

だが、当の一方通行(アクセラレータ)も考えなしではない。

 

「そォいう訳には、いかねェンだよ…!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は唯一自由に動かせる頭部を使い、干将と莫耶にその高さを合わせた。

斬撃は首ではなく頭頂に命中し、ベクトル反射ガ適用される。

 

クロは斬撃と逆方向に吹き飛び、干将と莫耶も原型を保てず崩壊する。

クロの手首も、少し変な方向に曲がった。

 

「く、あっ___!?」

 

ずさあ、と砂煙が舞う。

クロの身体は、砂まみれになった。

そして、落下時に擦りむいたのか、頬からは血が流れている。

 

「____っし、掘れたッ!」

 

一方通行(アクセラレータ)は笑みを浮かべる。

拘束されたときから、僅かに動いた足を使って地面にくぼみを掘っていたのだ。

くぼみで充分なスペースができて、思い切り地面を踏みつけた。

 

瞬間地面に大きなクレーターとも言えるものが発生し、海魔達と地面との間に隙間ができる。

一方通行(アクセラレータ)はその隙間に足を入れ、海魔達を蹴り上げた。

 

海魔達がよろめき、拘束が解かれる。

こうなってしまえば、ここからはもう一方通行(アクセラレータ)のターンだ。

 

一方通行(アクセラレータ)は巨大な空気の刃(カマイタチ)を作り出したのか、海魔達を瞬く間に微塵切りにしてみせた。

 

「この、っ……待ちなさい!」

 

体勢を立て直したクロが一気に飛び出す。

低い姿勢のまま、地面に足をつけることなく一方通行(アクセラレータ)に向かっていく。

 

しかし、五体満足の一方通行(アクセラレータ)に勝てるはずもない。

一方通行(アクセラレータ)はクロをギリギリまで引きつけてから回避した。

唐突の回避に、クロは今度こそ体勢を立て直せない。

 

「トロいンだよッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は、ちょうどいい位置にあったクロの腹を狙い、蹴った。

全力のその蹴りはクロの腹に見事に命中し、クロは身体を「く」の字に曲げる。

 

「ごっ____!!?」

 

吹き飛ぶ。

もはやそれは人間が吹き飛ぶ速さではなかった。

 

車両の如き速さで木の幹に衝突し、背中から発せられた何か痛々しい音がクロの身体を伝う。

 

「お、ご___あ_____っ」

 

ずりずりと幹からずり落ち、弱々しく地面に落下する。

ぴくりとも動かない。

 

戦えるメンバーはもはや後二人だけ。

 

「この野郎_____イリヤ、カードを!!」

「うん、………じゃあ、これっ!」

 

イリヤは一枚のカードを上条に投げ渡す。

 

一方通行(アクセラレータ)はわからなかった。

そのカードで何ができるのか。

カードゲームのアニメではあるまいし、ましてや最近の特撮ヒーローモノでもあるまい。

 

それもそのはず、彼は知らなかった。

上条の力が、幻想殺し(イマジンブレイカー)だけではなくなった、ということを。

 

「ぶっつけ本番!ツェーンランサー、ディルムッド・オディナ、幻想召喚(インヴァイト)ッ!!」

「何!?なンだ、そりゃァ!!?」

 

先程の美遊とイリヤのように、上条も発光する。

全く同じ光を放って。

まさか、奴も変身するのか。

 

異様な光景だった。

日曜朝の魔法少女アニメに、男子メンバーが紛れているようだった。

 

だが、まさにその通り。

上条も、クラスカードの力を纏うことができる。

 

一方通行(アクセラレータ)ぁぁああーーーーーーーッ!!!」

 

変身した上条が光の中から飛び出す。

 

深緑色に変色し、逆立ちなびく髪。

日本人らしからぬ金色の瞳が、一方通行(アクセラレータ)を睨みつける。

 

そして、手には槍兵(ランサー)らしくない赤黄二本の剣が握られている。

その名は____モラルタ、ベガルタ。

 

すぱっ、と。

モラルタによって、一方通行(アクセラレータ)の皮膚が切れた。

 

「な、に_____ッ!!?」

 

切れるはずがない。

ベクトル反射どころか、変換すら通用していなかった。

 

「驚いただろ?」

 

上条が、言葉を放った。

一方通行(アクセラレータ)を見下すように。

 

「モラルタは「一太刀で全てを倒す」。この剣の前にはあらゆる抵抗は無に等しい!…………らしい」

 

どこか腑抜けた解説をする。

 

(そンな………いや、馬鹿な…「一太刀で全てを倒す」、だと……?それは_____)

「______とンだ、戯言だなァッ!!!」

 

足のベクトルを反射し、猛スピードで駆け出す。

向かってくる一方通行(アクセラレータ)を前に、上条はただ()()

 

「この剣は我が怒り。魔を退け、愛を求む。我が怒りの赤薔薇______」

 

モラルタを横に構え、薙ぎの構えをとる。

この一撃で、一方通行(アクセラレータ)を倒す。

その決意が、彼の瞳には見えた。

 

「この_____三下がァァァあああああああッッ!!!」

「咲き誇れ_______大いなる赤怒(モラルタ)ァァァああああああッ!!」

 

一撃(ほうぐ)が、放たれた。

地面と平行に引かれた、一本の筋。

それは大いなる剣(いかり)となって、虚空を切り裂く。

 

「なに__ッ!!?」

 

一方通行(アクセラレータ)は空中に跳ぶ。

あと少し遅かったら、確実に真っ二つだった。

実際、靴底が少し()()に擦れた。

 

一方通行(アクセラレータ)も咄嗟の回避だったため体勢が落ち着かず、着地に失敗し地面を転がる。

 

この三下に、ここまで圧倒されるなんて。

未だに、信じられなかった。

 

「ぐ、けほっ……」

 

上条を見る。

しかし、あの場所に上条は居おらず、

 

一方通行(アクセラレータ)の眼の前で、剣と振り上げていた。

 

「終わりだ、一方通行(アクセラレータ)

 

上条はモラルタを握る右手に力を込める。

もはや慈悲などなかった。

もはや意識などなかった。

英霊(サーヴァント)の精神が、上条の意識を埋め尽くしていた。

 

そして、上条が気付いたときには_____

 

_____黒い銃口が、向けられていた。

 

「え________?」

「俺が普段無防備だとでも思ったか」

 

ぱぁん、と乾いた音が林に響く。

弾丸は、確かに上条の額を貫いていた。

 

「っ……………………とうまっ!!!!」

 

イリヤが、叫ぶ。

だが、それにもはや意味などない。

 

上条当麻は、三度目の死を迎えた。

最初にして最期の「本物の死」だった。

 

「あ、あぁ_____あああぁっ_____」

 

ぺたん、と力なくイリヤは尻餅をつく。

 

「ッ、はァ、はァ、ったく、手こずらせやがる……………」

 

一方通行(アクセラレータ)は拳銃を投げ捨てる。

空港セキュリティ対策に、弾もそんなに入れてこなかった気がする。

予想は的中、落下した音からして弾倉(マガジン)は空だ。

 

一方通行(アクセラレータ)も、もはや限界に近い。

今なら彼を倒せるかもしれない。

 

だが、今のイリヤにそんな気力はない。

 

とん。

イリヤを立たせ、肩に手を置く。

 

すると、イリヤの足を何かが伝っているのがわかった。

足元にも、水溜りのようなものが。

 

あまりの恐怖に、失禁してしまっていたのだ。

 

「……………汚ェな、ガキか」

 

一方通行(アクセラレータ)はイリヤの眼を見る。

死んだような眼だった。

 

「じゃあ_____仕上げだな」

 

ばすん、と。

能力を発動させたまま、全力でイリヤの腹を殴った。

 

「_____足りねェ」

 

もう一度。

 

「_____足りねェ」

 

さらに、もう一度。

 

「_____まだ、足りねェ」

 

もっと。

 

もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。

 

「は、はハ………ヒッハハハハハハハハハハ!!アギャッハハハハハハッハハハハハハハハハハ!!!あァ、楽しい。楽しい!!こんなの始めてだ!!ただひたすらに蹂躙して、蹂躙して、蹂躙して!!この血も、俺の痛みも!!こんなの、あの乱造品共でも味わえなかった!!最ッッッ高だぜ、オマエらはよォ!!!」

 

何回ほど殴っただろうか。

いや、何十回か。

もしくは何百回か。

 

どうでもよかった。

 

こんなニも、タノシいのだカら。

 

「………………でもよ」

 

再び、顔を見つめる。

眼は虚ろで、口からは血を流し。

本当に死んでいそうな顔だった。

 

「もう_____飽きたわ」

 

最後の一撃を、一方通行(アクセラレータ)は顔面に放った。

 

身体は、宙を舞った。

その顔面がどうなってしまったかは誰も知りたくない。

 

「…………ぐ、っはァ__」

 

美遊が抜き取った杖の方へ歩き、手に取る。

もう、ここでやることはない。

クラスカードとか、美遊とか、上条とか。

もう、いいと思った。

 

「あら…………私達、飽きられちゃった?」

 

声がした。

聞こえるはずのない声が。

 

ぎょっとして一方通行(アクセラレータ)は振り向く。

 

そこには、

 

「はぁ…………全く」

 

さっき投げ捨てた拳銃を一方通行(アクセラレータ)に向けたクロが、上半身を起こしていた。

 

「弾丸の投影なんて…消費する魔力、尋常じゃないんだから………ちゃんと、当たりなさいよね」

 

弾丸が放たれた。

緑色に輝く弾丸は真っ直ぐに飛び、

 

一方通行(アクセラレータ)のチョーカーを砕いた。

 

「かっ_______」

 

ぱたん、と、その場に倒れた。

一方通行(アクセラレータ)は、敗北した。

 

「が、ごほ、ごほっ…………」

 

クロは痛覚共有の呪いを受けている。

イリヤの痛みは、そのままクロにも返ってくる。

 

今にも吐いてしまいそうな、死んでしまいそうな痛みが、クロを襲っていた。

 

それでも、倒れない。

イリヤなんかに、負けたりしない。

だって、(クロ)はイリヤの半身(おねえちゃん)だから。

 

「ああ……当麻様、そんな……………」

 

上条の死を悲しむサファイアの声が聞こえる。

そして、こっちでも。

 

「イリヤさん、イリヤさん!起きて、起きてくださいよぉ!!」

「ルビー………イリヤ、は……」

「…イリヤさんは、その………」

 

こちらに背を向けるイリヤの反対側に回り込んでイリヤの様子を見る。

とても、言葉で表現できるような状態ではなかった。

 

「う……………」

 

あまりの惨状に言葉が詰まる。

 

思えば、自分だけ目立った損傷がない。

二人共身を犠牲にして戦っているのに、

 

「______私は」

 

自分だけ軽い傷で申し訳ないと思った。

上条も、死んでしまった。

守れなかった自分が情けない。

 

「………ねぇ、イリヤ。どうしたの?…わかった!きっと魔力が足りないのね?うん……いいわ。今回は特別、私がキスしてあげる」

「クロさん………イリヤさんは魔力が足りないんじゃ…」

「きっとそう」

 

きっぱりと、言い切った。

 

「そのはず、きっとそのはずよ。イリヤはあんなのに負けないもの。長い間戦ってたから魔力が切れて、それで倒れちゃったのよ。そうよ、それしかありえないわ」

「……………………クロさん」

 

今のクロの状態を、ルビーですら察していた。

 

クロはそっとイリヤの顔に手を添え、その唇に触れる。

唾液を分け与え、魔力を供給する。

 

「ん……ちゅ、んん…………」

 

イリヤの唇から、自身の唇を離す。

互いの舌が糸を引き、夕日で照らされる。

 

「ね…これで、魔力も溜まったでしょ?お願いだから、次はこっちにも魔力供給しなさいよね。お願いだから_____」

 

そして、優しくイリヤを抱き締める。

 

「____目を、覚まして……」

 

ただ、戻ってきてほしかった。

いつも通り、笑ってほしかった。

いつも通り、喧嘩したかった。

 

それが彼女の願望。

今は、それだけを望んでいた。

 

そして、声が聞こえる。

 

「く、」

 

掠れたような、声が。

 

「くか、」

 

少女のものではない、声が。

 

「くかき、」

 

悪魔のような、男の声が。

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかかーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

瞬間、空気が歪んだ。

 

仰向けに倒れた一方通行(アクセラレータ)の上空に薄紫の球体が出現する。

その光はとても強く、夕日の光を完全に塗りつぶしていた。

 

超巨大の、高電離気体(プラズマ)

 

「嘘…………なんなの、あれ……そもそも、アイツ、なんでまだ能力があるのよ…あのチョーカー、は………っ」

 

もはや全ての力と魔力を使い果たしたクロは、イリヤの上に被さるようにして倒れてしまう。

残ったのは、ルビーとサファイアだけ。

 

「助けを呼びに行きましょう、サファイアちゃん!もう誰も…戦えない!」

「くっ…………ええ、姉さん!」

 

ここでじっとしていたらこっちまでやられてしまう。

二人は助けを求め下山した。

 

誰も居なくなり、一方通行(アクセラレータ)の狂笑だけが響き渡る。

 

「ッッヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!ギヒャハハハハハハハハハハ!!!ついに戻ってきた!!俺の力が!!もう三十分じゃ終わらせねェ!!!ヒッ…今の俺なら、例え世界だって滅ぼせる………!!!!」

 

もはや風の音はせず。

笑い声だけが空気を震わす。

 

ごうごう、と、風が吹く。

上条のシャツが、髪が、強風になびく。

 

その風は、

彼の命をも呼び起こした。

 

 

 

「ん、んん…………」

 

ゆっくりと、瞼が開く。

 

「あれ、俺…………生きて……」

 

あの時、確かに銃弾は上条の脳を貫いた。

それで、生きていられる訳がない。

 

「一体、どうして_______」

 

ふと、上条の目にあるものが入った。

赤い剣。

ツェーンランサーを幻想召喚(インヴァイト)して現れたモラルタだ。

そして、

 

黄色い()

 

「これは………………ベガルタ?」

 

小なる黄怒(ベガルタ)

剣自体は、特殊な能力を持たない。

しかしその剣は異様なまでに頑丈だった。

伝説において、その剣は刃を砕かれた。

それでもなお、柄のみで相手の脳を貫いたという。

 

この宝具は、剣の命(やいば)を失っても剣として生きた、そんなベガルタの逸話が具現化したもの。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

いわば、()()()()

 

ベガルタが、上条を救ったのだ。

 

だが、これじゃ戦えない。

確かにモラルタは一方通行(アクセラレータ)の能力を貫通できるが、あの高電離気体(プラズマ)の前では恐らくそれも無意味。

きっと刃が一方通行(アクセラレータ)に触れる前に上条が高電離気体(プラズマ)に焼かれてしまう。

 

「おォ……?オマエ、なァンで生きてンだァ…?」

「ッ!?」

 

ついに目をつけられた。

もはや逃げることはできない。

 

「ま、いいか………今度こそ楽にしてやる」

 

高電離気体(プラズマ)の収束する勢いが増す。

間もなく、上条に攻撃するだろう。

 

上条に残された手といえば_____

 

「_____これか」

 

このクラスカード。

あの検証で失敗してm何度も何度も練習を重ねたが駄目だったカード。

 

恐らく今これで幻想召喚(インヴァイト)したところで、99.9%失敗するだろう。

しかし、100%ではない。

100%でない限り、0.1%の希望はある。

それに、賭けるしかない。

 

「ッ…………頼む……」

 

上条はカードを握り締め、立ち上がる。

目の前には巨大な高電離気体(プラズマ)

生き残る確率は0.1%。

この絶望的な状況を、乗り越えられるのだろうか。

 

______いや。

上条は今まで、これの比ではない絶望的な状況をいくつも乗り越えてきた。

求める死は()()()()遠ざかり、()()()()生き延びてしまう。

 

どうやら、休んでいる暇はないようだ。

 

「_____死ネ」

 

一斉に、高電離気体(プラズマ)が撃ち出される。

林全体を覆い尽くす程の電撃が、上条に襲いかかる。

あれは自然界のプラズマを収束させたもの。

例え魔術が消せても、魔術で砕いたコンクリートの破片は消せない。

 

このカードに、全てを託す。

 

そして、その名を名乗る。

 

「______ゼクスアサシン、幻想召喚(インヴァイト)!!」

 

直後、上条を暗黒が覆った。

 

色で例えることのできない、ただどす黒い暗闇。

上条を包んだ暗黒は、高電離気体(プラズマ)をも受け流す。

 

「ッ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああああああッッッ!!!???」

 

苦痛に、声が歪む。

その苦痛は、誰もわからない。

彼にしか、感じることはできない。

 

暗黒は徐々に深まり、ついに上条を目視できなくなるまでに達した。

 

「コイツ、は___!?」

 

先程とは違う邪悪な光に、何が本当かわからなくなる。

 

「……いや、今の俺に制限はねェ。アイツの右手の対処法も考えてある。このコンディションで、負けるはずがねェ……ッ!」

 

再び、天に高電離気体(プラズマ)を召喚する。

あふれる紫の光が、弱まり始めた上条の暗黒を打ち払う。

 

そこには、黒い大剣を片手で持った、それ以外はいつも通りの上条が居た。

 

「…………は、ハッ!なンだオマエ、そりゃ不発じゃねェのかァ!?」

 

もはや容赦はしない。

再び高電離気体(プラズマ)を放つ。

 

「最期の最期までカミサマに見放されて、とンだ不幸だったなァ三下ァ!!」

 

狂ったように笑う。

上条はこれで死ぬ。

上条の死を、限界まで笑い尽くした。

 

否、上条は死なない。

上条の振るった大剣は暗黒の炎を放ち、高電離気体(プラズマ)を打ち消した。

 

「________はァ?」

 

先程とは違う、とぼけた声。

状況が理解できていなかった。

 

上条が顔を上げる。

黒いツンツン頭に黒い瞳、どこからどうみてもただの男子高校生だった。

右手に持った、血塗れの剣を除けば。

 

そして、()()()()()()()()の声が響く。

 

「__我は三下に在らず。その異名は、汝にこそ相応しい」

 

声自体は上条のものだった。

しかし、喋り方が全く違う。

 

これは、上条ではない。

 

「テメェ…………ナニモンだ!!」

「____我に名を尋ねるか。それは汝の死を意味する。否、汝は最早死し身、名を明かしたところで何にもならぬか」

 

奴は、誰だ。

あれは、上条じゃない。

 

訳の分からない恐怖が、一方通行(アクセラレータ)を襲っていた。

 

「___良かろう。死にゆく貴様に、我が真名を告げる。

 

我に名は亡い。強いて言うならば____”山の翁(ハサン・サッバーハ)”。即ち、ハサンを殺すハサンなり」

 

名乗った。

 

瞬間、一方通行(アクセラレータ)を強烈な虚無感が襲った。

やる気がなくなったとか、そういう虚無感ではない。

自分は生きているのか、死を察し、もはや生きる気を失った虚無感。

 

「__我は貴様を殺すべくして顕現した。故に、貴様に明日は亡い。そうであろう___殺戮者よ」

 

自らの肉体に、そう呼びかけた。

殺戮者、と。

 

「____クソッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)はその場から飛び出した。

この”山の翁”とやらを放っておくと命が危ない。

ここで、奴は殺すべきだ、と。

そう、思っていたのだ。

 

上条に手を伸ばす。

この手が触れれば、相手はたちまち崩壊する。

 

対して上条は全く動く気がない。

動けないのか、余裕なのか、策があるのか。

そんなことを考えている余裕は、一方通行(アクセラレータ)にはなかった。

 

(やった___!)

 

一方通行(アクセラレータ)の手が、ついに上条の顔面に触れる。

これで奴は_____

 

「______死なねェ?」

 

ありえない。

この能力が右手以外にも効かないなんて、ありえない!

 

「__我は死を告げし者。貴様の異能は、我に触れた瞬間()()()

 

思考が固まる。

 

次に思考が動き出した頃には、その大剣で、顔面に触れている右腕が切断だれていた。

 

「あ”ッ、がああああッァあああッッァァァァァァあァァ!!!!」

「苦しいか。その痛みは真だ。幻想ではない。幻想は既に死んだ。貴様は、この醜い現実で死を迎える。」

 

続いて、腹が切られる。

内臓が飛び出でんばかりの深い切れ目は、一方通行(アクセラレータ)の叫ぶ気すら無くさせた。

 

「ッ、ァ_____!!?」

「____無様なことよ。我とて人の子、慈悲はある。貴様に、最高の慈悲をかけようぞ」

 

そして、右胸が貫かれる。

ただでさえ血塗れだったその大剣は、さらに血で上塗りされた。

 

「_________ッ」

 

一方通行(アクセラレータ)は意識を失い、倒れる。

 

「_____それは、死だ」

 

抵抗することもできない一方通行(アクセラレータ)の前で、上条の瞳に暗黒の炎が灯る。

一方通行(アクセラレータ)の命を吸い取るような、真っ黒い炎が。

 

「____聞くが良い。晩鐘は汝の名を指し示した」

 

剣が振り上げられる。

どうしようもない死が、一方通行(アクセラレータ)に迫る。

 

「告死の翅_____首を断つか!」

 

上条の目が、血の色に染まる。

その剣に慈悲はあらず、ただ死を与えようとしていた。

 

絶対的な、死を。

 

死告(アズラ)_______________________っ」

 

言葉の途中で、ふらりと上条は倒れた。

 

 

 

「ハッ!?」

 

上条は目を覚ました。

目の前には、何故か舞弥がいた。

鼻が腫れ、顔面が傷だらけの見るも無惨な姿で。

 

「先生___どう、して」

「そんなことはどうでもいいわ。今は周りを見て」

 

見てないものなんて幻想召喚(インヴァイト)後の一方通行(アクセラレータ)くらいだが。

 

上条はゆっくりと起き上がり、目を擦る。

視界が広がり、そこにあったのは____

 

____一方通行(アクセラレータ)の残骸。

 

「ッ___!!?」

「彼をここで死なせるわけにはいかない。色々と聞きたいこともあるでしょ?応急処置はしてあるから、早く修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)を」

「何でそれを____わ、わかりました」

 

上条はすぐさまフィーアキャスターを幻想召喚(インヴァイト)し、短剣を構える。

 

「そうだ___イリヤと、美遊とクロと、あとアイリさん達にも___ッ、アイリさん達は!?」

「あの後オーギュストさんが応急処置をしてくださって、今は無事よ。でも、できるだけ急いだほうがいい」

「はい。_____修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)!!」

 

優しい光が、短剣から放たれる。

一方通行(アクセラレータ)に、イリヤ、美遊やクロの傷が、瞬く間に修復されていく。

 

「___オーギュストさんからメールを受け取ったわ。三人は完治したみたい。それに__私も」

 

鼻に巻いていた包帯を取ると、腫れはすっかり収まっていた。

上条は、舞弥を治すことも忘れなかった。

 

「はい、よかったです___ところで」

「ええ。聞きたいことはだいたい分かる」

 

幻想召喚(インヴァイト)を解いた上条は舞弥の話に耳を傾ける。

 

「私が目を覚ました頃、あの杖がいたの。ルビーと、サファイアだったかしら?最初はわけがわからなかったけど、全部聞かせてもらったわ。クラスカードのこと、クロちゃんの生い立ち………あなたがこの世界に来たこと」

「…………………」

「言葉が出ない?そうよね。魔術は秘匿が大前提なんだもんね。でも………正直、マダムから少し聞いてたの。一生懸命、立派に戦ってるんだ、って」

 

すると舞弥は上条のツンツン頭に手を置く。

そのまま、すりすりと頭を撫で始めた。

 

「な………」

「ごめんなさいね。教え子の助けになるのは先生の役目なのに……助けてもらっちゃったわね」

「いいんです、助けてくれなくても。俺には____みんながいるだけで十分ですから」

「……………そう」

 

一瞬、舞弥が悲しげな顔をした気がする。

気のせいだろうか。

 

「?先生、今…………」

「あら、オーギュストさんが来たみたい。この一方通行(アクセラレータ)っていう人はエーデルフェルト邸の地下に居させておく?」

「……そうですね。ちゃんと拘束もして」

「ええ。ああ、あと、マダム達の記憶は消しておいて。一応ね」

「はい、じゃあ____」

 

幻想召喚(インヴァイト)の光が林を包む。

残酷な戦いの終わりを告げるように。

 

 

 

だが、上条は気付いていた。

ゼクスアサシンのクラスカードが、どこにもないことに_______




人生で一番ルビ乱用した回でした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 果てへと至りしモノ
Spell10[此の夢、其の夢 Question_and_Answer.]


この一方通行なんか違う…


誰も、いない。

 

この虚無は、上条には耐え難い。

 

「ッ………士郎!イリヤ、クロ!みんな……どこなんだよ!!」

 

響く叫び。

それはただ虚しく、虚空へと消えた。

 

「クソッ………なんで、こんな……!!」

 

家を走る。

街を走る。

大地を走る。

 

ただひたすらに走っても、人一人見つからない。

この孤独に取り残された上条は、嘆く。

 

「はぁ………は、っ……」

 

地面に膝をつき、瞼を閉じる。

 

すると、周囲の色が変わる。

アスファルトは消え失せ、暗黒だけが上条の視界を飲む。

 

瞳を開き、前を見る。

 

そこは、地獄だった。

 

幾多もの骸。

肉亡き髑髏。

山のように積み重なったそれは、上条の心を侵す。

 

「あ__あああぁぁああぁああッ!!」

 

上条は無心で地面を右手で殴る。

この世界が偽りならば、覚めてくれ。

この世界が偽りだとしても、耐えられない。

 

なんて、残酷。

無惨。

暗黒。

虚無。

絶望。

 

上条の手は崩壊していた。

偽りだと信じ続けた男の、悲しき果てだった。

 

ふと目の前に、二人の人影が見えた。

白い修道服の少女と、セミロングヘアの少女。

 

「インデックス………御坂……ッ!!」

 

微かに捉えた希望へ、ただ足を進める。

希望は遠ざかることなく、上条へと近付いていく。

 

「二人共!これは、いった、い…………?」

 

二人の方に触れると、謎の違和感が上条を襲う。

これは肉ではない、なにか歯のような感触の固いもの。

 

歯と同じカルシウムでできている、骨。

 

「うそ、だろ______」

 

恐怖に怯える上条は二人から離れる。

そして、二人は顔をこちらに向ける。

ゆっくりと、迫り来る幽霊のように。

 

その貌は、

 

骸でできていた。

 

『な・ぁ・に?』

 

声が一斉に響くと同時に、二人は崩れた。

かしゃかしゃ、と。

骨は虚無となり、衣服のみが残った。

希望を絶たれた上条は、ただ立ち尽くす。

声を上げる気すら、もはや残っていない。

 

「怯えるな、殺戮者よ」

 

背後から。

何かが響く。

 

「この世界は真ではない、(げんそう)だ。貴様の右手によって亡くされた幻想(ゆめ)の果てだ」

 

何を、いっているんだ?

 

「わからぬか。貴様のその右手は、特異な右手などではない。怯え、願い、その全てを貴様は殺した」

 

訳がわからない。

もはや何語なのかすらも疑ってしまう。

 

「貴様の右手は全てを殺めし竜。人々の理想は潰え、虚無へと送られる。その切符たるものが、貴様だ」

 

そんなはずはない。

俺はこれで何度も____

 

「救ってなどいない。それは貴様の一方的な自己満足であり、凝り固まった精神の現れだ」

 

凝り固まった、精神____?

 

「白衣の修道女は救われただろう。超電磁砲(レールガン)は救われただろう。それだけか?見方を変えてみよ。善から悪へ、陰から陽へと」

 

見方を?

 

黄金錬金(アルス=マグナ)はどうだ?ただ邂逅を望んだが故に、顔も記憶も変えられた。彼はもう、想い人を思い出すことすら叶わぬ」

 

いや、アイツは…………

 

一方通行(アクセラレータ)はどうだ?貴様の介入により、立場を失った。力さえも、住処さえも、その誇りさえもだ。今在りし友すら、彼には重荷に過ぎぬ。それを失った時、彼はどうなる」

 

重荷だなんて………

アイツは、一緒に笑える仲間ができて幸せに………!

 

「それだけではあるまい。思い返してみよ。今まで、その拳が貫いた頬の数を数えよ。その頬の数だけ、人は希望を失っている。そして、人は希望を得ている」

 

それは_____

 

「即ち、零。得しもの、失いしもの、共に無い。貴様の存在は、何も変えはしない」

 

そんなことはない!

俺がいなきゃ、インデックスは___!

妹達(シスターズ)は____!

みんなは____ッ!!

 

「貴様は虚無だ。喪失も、会得すらもたらさぬ虚無である。その右手で何を救った。その右手で何を殺した。___否、無い。貴様の存在を、望むものは在らぬ」

 

いや、俺は………確かに感じているんだ。

この生きている喜びを。

みんなに囲まれる幸せを。

 

「それは真か」

 

え、____?

 

「とうま……ずっと、何してたの?神の右席?神浄?どうでもいいよ、そんなの。私は?救うだけ救ったら、もうオシマイ?それじゃ空気と同じだよ!」

 

そんなはずはない!

俺は、ちゃんとお前のことも………

 

「上条ちゃん、どうしてあなたは私の願うような子に育ってくれないのですか?何をしても成績は上がらず、先生は悲しいのです!私では、力及ばずなのですか…?」

 

違う…違う!

先生は悪くない!

俺が、もっと努力しないから悪いんだ!

俺がもっと頑張れば……

 

「ねぇ。どうして、私の想いに気付いてくれないの?鈍感にも程が有るわよ。いつも御坂とかビリビリとか、そんなのは呼ばれ慣れてるっての。お願いだから__美琴って、呼んでよ」

 

確かに、俺は鈍感かもしれない。

もちろん俺もお前のことが好きだよ!

ただ………

それを言い出す勇気が、俺には_____

 

「汝、真の存在を望むか。愛し愛される、必要とされたモノに成りたいか」

 

______俺は。

みんなのことを守りたい。

みんなの思いに答えてやりたい。

いや、違う。

俺は_______どうしたいんだ?

 

「さすれば、往くべき道は只一つ______」

 

 

 

 

 

 

_______首を出せ。

 

 

 

 

 

 

「____っ!!?」

 

目が覚めた。

九月十三日、土曜日の朝。

 

ちゅんちゅん、と、まだ小鳥の鳴き声が聞こえる。

気温も下がってきた長月の中旬。

そんな朝に、上条の身体は汗に浸されていた。

 

「おはよう、当麻。なんか、うなされてたけど…大丈夫か?」

 

自分の布団を畳み終えた士郎が心配そうに上条に話しかける。

 

「ああ、大丈夫………夢を見ててな」

「こんな時に悪夢か。なんか、不吉だな」

 

月曜日が祝日なので、登校は十六日の火曜日からになる。

そして、そこから十九日の金曜日まで、一週間まるまる使っての中間考査が実施されるのだ。

即ち、明々後日からテスト。

 

「そんなことねぇよ。見なけりゃいいだけの話だろ?」

「まぁ、それもそうなんだけどさ…………」

「それにテスト明々後日からだし。今更気にしてらんねぇぜ」

 

それに対して士郎は、そうだな、と一言。

 

上条も着替えて布団を畳み始めると、ぐぅ、という音が鳴る。

上条の腹から。

 

「やっべ、腹鳴った……飯ってもう食った?」

「いや、まだだけど…時間的にそろそろ朝食時じゃないかな」

「そうだな。俺はこれ片付けてから行くから、先行っててくれ」

 

わかった、と士郎は立ち上がり、部屋を後にした。

 

誰もいなくなった部屋で、上条は額の汗を拭う。

 

「____なんだったんだ、あの夢__ッ」

 

あんなことを言っていたが、悪夢のことが心配でならない。

恐らく、あの時消失したゼクスアサシンのカードが何か関係しているのではないか。

と、上条は考えていた。

 

「……………考えてても仕方ないな」

 

ともあれ、今は腹が減った。

朝食を頂くとしよう。

 

 

 

今日の朝食のメインは白米に納豆だった。

白いご飯と納豆をメインと呼ぶのはどうかと思うが、朝食にはふさわしいメニューだっただろう。

 

朝食後に、凛が上条を訪ねてきた。

何でもエーデルフェルト邸の地下に捕縛している一方通行(アクセラレータ)から情報を聞き出してほしいらしい。

そして今、上条は彼が捕縛されている部屋の前にいる。

 

傍らにはイリヤ、クロ、美遊、凛、ルヴィアの5人も。

バゼットはバイトのシフトが入っていたらしい。

彼女は特に一方通行(アクセラレータ)とは関わっていなかったし、別にいいだろう。

 

「…………アイツ、いろいろ大丈夫なのか?」

「ええ。修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)で傷は完治、終末の泥に浸した抗魔布で能力も抑え込んでる。もう、アイツは何の抵抗もできないわ」

「ありがとう。じゃあ………事情聴取と行くか」

 

上条は唾を飲み、一気に扉を開け放つ。

 

そこには、かの聖人(イエス)のように抗魔布で磔にされた一方通行(アクセラレータ)がいた。

 

「……………テメェか三下」

「いい加減その呼び方はやめてくれ。それとも、俺を呼びたくないのか?」

 

十字架に磔にされぐったりとした一方通行(アクセラレータ)が、先日とは全く違う目で上条を睨む。

負けじと上条も精一杯の挑発をしてみる。

 

「そんなことはどォでもいい。……そこのガキ共もそうビクビクすンな。この布、そォいう効果なンだろ?」

 

チョーカーを破壊されても、頭の回転は早いようだ。

なら、まず最初の質問は____

 

「………お前、能力が戻ったのか?」

「俺が知るか。俺だって教えて貰えるンなら教えて貰いてェぜ。このワケわかンねェ状況をな」

 

本人も把握できていないようだ。

 

能力が復活したのには何らかの原因があるのだろう。

しかし、現時点ではその原因はわからない。

 

本人も知らないのなら、聞く意味は無いだろう。

 

次の質問は____

 

「何で……あんな酷い事をした…?妹達(シスターズ)の時は殺す理由があった。認めたくはないけどちゃんとした目的があった。でも…あれに目的はあったのか?」

「________」

 

珍しく、一方通行(アクセラレータ)の言葉が詰まる。

 

「俺は____わからねェ。自分でも、何をしたのか。ハッ、何だろォな………アレじゃ、ただの殺人鬼じゃねェか」

 

笑みを浮かべながら、語る。

その笑みは喜びからなるものではない。

彼のやりきれない気持ちが作り出した笑みだった。

 

「楽しかったンじゃねェか、多分?俺も、あの妹達(シスターズ)を殺るのは楽しかった。自分が強くなってるって感じがしたからな。でも今回は…………完全に、殺すのを楽しンでた気がする」

「__________っ」

 

彼は妹達(シスターズ)との戦いで、殺しの快楽にでも目覚めたのだろうか。

だが、それは決して許されることではない。

一方通行(アクセラレータ)も、そんなことはわかっていた。

 

「心変わりしても、身体が覚えてたンだな。気付いたときには笑ってたぜ、俺は。俺のやることじゃねェってなァわかってる。今更こンなことしたって、なンも変わンねェってのもな。でも………止められなかった」

 

一方通行(アクセラレータ)の表情が曇る。

今まで、誰にも見せたことがない悲しい顔だった。

 

「俺は所詮殺人鬼だ。希望を奪ってく泥棒だ。学園都市の頂点は、こんなにもだらしねェ奴なンだよ。なァ、わかるか?俺の今の感情が。テメェのとこにも、あのシスターがいンだろ。ならわかるよな。テメェがその手を血で濡らして帰って、そのシスターのガキがどんな顔をするか。ハハッ……テメェみてェな善人じゃァ想像したこともねェだろォな。俺にはな、打ち止め(ラストオーダー)がいンだよ。俺がこンなになっちゃァ______一体、どンな面引っさげて帰りゃいいってンだ」

 

誰にも見せなかった涙を、上条に見せる。

上条は、一方通行(アクセラレータ)という人間がわからなくなりそうだ。

どの感情が本音で、どの感情が建て前なのか。

もう、わからなかった。

 

「____ったく、俺が人前で泣くなンてな。やっぱガタがきたか」

 

一方通行(アクセラレータ)は、自らの愚かさを嘆く。

路頭に迷ってしまった、自らの方向音痴を。

どちらに進めばいいのかわからない、自らの判断力の無さを。

 

そこに、上条の喝が響く。

 

「てめぇは……どうしてぇんだよ」

「______あァ?」

「てめぇは何になりたいんだ。殺人鬼か?正義の味方か?いい加減はっきりしろよ!そんなんじゃ誰も喜ばねぇぞ!もっと殺したいんなら殺せばいい。打ち止め(ラストオーダー)を守りたいんなら守ればいい。俺は、てめぇのやり方にどうこう言う立場じゃねぇさ。でも、そうやって子供みたいにウジウジしてんのだけはほっとけねぇんだよ!てめぇは第一位なんだろ、ならこんな小さな選択肢で迷ってんじゃねぇ!てめぇにはもっと、やらなきゃならないことがあるだろうが!!」

 

上条の説教に、辺り一帯が静まり返る。

一方通行(アクセラレータ)はそんな上条のことを、鼻で笑った。

 

「……ンだよ。そンなのでいっちょまえに説教したつもりか?全然、響かねェじゃねェか…」

 

その言葉に、上条は一歩退く。

しかし、

 

「だが……考え直す気にはなった。俺は、しばらくここにいる。その選択肢を決めれるようになるまでな」

 

一方通行(アクセラレータ)は、確かに殺人鬼かもしれない。

それと同時に、正義の味方であるという善を孕んでいた。

どちらの道を進むかは、本当に彼次第なのだ。

 

だからこそ、彼は悩むことにした。

悩むというのは、決して罪ではない。

生きるための選択なのだ。

 

殺人鬼だった一方通行(アクセラレータ)

正義の味方だった一方通行(アクセラレータ)

彼は、人間らしく、悩む。

 

それが、人としての営みなのだから。

 

一方通行(アクセラレータ)。そう言ってくれてよかった」

「何言ってんだテメェ。気持ち悪ィンだよ」

 

そんな罵倒を、上条は笑って受け流す。

心の何処かで、こうやって分かり合えるのを、上条は心待ちにしていたのかもしれない。

 

「さァ………重てェ話はやめようぜ。まだ聞きてェことがあンじゃねェのか?言ってみろ」

「ああ、それもそうだな。じゃ、遠慮なく」

 

そして、上条は第三の質問を投げかける。

 

「_____誰に指示された?」

「_____それか」

 

一方通行(アクセラレータ)は、イリヤ達の方を向く。

急に見つめられて、イリヤはぽかんとしている。

 

「えっ、何?…………え、そういうのやめてよ!?」

「バカが。ンなこと言うと思うか」

 

最もなことを言われて、イリヤは我に返りしゅんとする。

変な反応をしてしまった自分を嘆いているのだろう。

 

「まァいい。そんな気分じゃいられなくなるだろうしな」

「え……?」

 

再び、イリヤはぽかんとする。

今度は、言葉の意図に対してだった。

 

「いいか。俺はアイツの名前を言う。それは、イリヤスフィール、クロエ、テメェら二人にとって()()()()()()()()()男だ」

「一番近くて、一番遠い_____?」

 

そして、一方通行(アクセラレータ)は名乗る。

その、忌々しくも愛しい名を。

 

 

 

「衛宮切嗣______テメェらの父親だ」




やっぱりなんか違う…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell11[最果ての海 Alexander_the_Third.]

これ読んでくれてる人ってまだいるの?


9月18日。

この日、この曜日、穂群原学園高等部では中間考査が行われていた。

 

高校一年生の上条の場合、1日目の16日にコミュニケーション英語Ⅰ、地理A、家庭科基礎、

2日目の17日に数学Ⅰ、生物基礎、現代文、

3日目の本日に世界史A、古典、保健、

4日目の19日に英文法基礎、数学A、化学基礎、

以上の計四日間、計十二科目のスケジュールとなっている。

 

そして今、上条は3日目の保健を終え、帰路についたところだった。

 

上条の隣には桜がいる。

 

「ねぇ当麻くん、今日のテストはどうだった?私は…世界史がちょっと危ないかな」

「俺はな……なんか、いろいろダメだった。考え事しててな、調子狂っちまった」

「そうなの?勿体無い…テストのことだけ考えてれば、良い点行くと思うのに……」

 

そんなことは、重々承知している。

 

あの土曜日、彼のその一言がずっと気にかかっていた。

 

『衛宮切嗣______テメェらの父親だ』

 

一方通行(アクセラレータ)が告白した、首謀者の名。

それは衛宮家の大黒柱であり、イリヤ達の父親だった。

それが真実か偽りかはわからない。

 

だからこそ、この長時間真偽を考えていたのだ。

 

「あ、私こっち。じゃあね」

「おう、また明日な」

 

十字路で桜と別れる。

一人になった上条はただ黙々と足を進める。

 

突然、カバンに入れてあった携帯電話が鳴った。

誰の電話だろうか。

 

「……………はい、もしもし」

『聞いたぞ、三下。テメェ、あの事ばっか考えてテストの調子出ねェらしいな』

 

その特徴的すぎる口調で、相手が誰なのかは一瞬でわかった。

 

一方通行(アクセラレータ)だ。

 

上条達と和解した一方通行(アクセラレータ)は、外に出ず無関係者に危害を加えないことを条件に磔から解放された。

しかしそれからというものの、食っちゃ寝食っちゃ寝で、まるでニートのような生活を送っていた。

実際、ニートなのだが。

 

「っるせぇわ!学園都市第一位サマに無能力者(レベル0)の何がわかるってんだよぉ!!」

『わかるわけねェだろ。俺は読心能力(サイコメトリー)じゃねェンだぞ』

 

それもそうなのだが。

こう改まって正しいことを指摘されると、何と言い返せばいいのかわからなくなる。

 

『そォだ。コーヒー買ってこいよ』

「またパシリか……仕方ねぇな、ブラックか?」

『いや、今日は微糖に挑戦する』

 

一方通行(アクセラレータ)が微糖を頼むなんて始めてだ。

やはり妹達(シスターズ)の一件や今回の事件で何か思ったのだろうか。

 

「話は終わりか?なら切るぞー」

『待て。まだ本題に入ってねェ』

 

電話を切ろうとする上条を、一方通行(アクセラレータ)は静止する。

 

『いいか、よく聞け。テメェらにとってテストってなァ大切なもンだ。でも、そンな時に余計なこと考えてたらろくなことになンねェぞ。何が気に入らないのかは知らねェが、どォしても気になるってンなら帰ってきてから話せ。テスト中はテストに集中しろ。いいな』

「………………」

『何黙ってやがる』

「いや、お前がそんなこと言うと、説得力が半端じゃないんだが…」

 

相手が御坂美琴だったりしたら笑って聞き流していただろうが、相手はあの学園都市第一位(アクセラレータ)だ。

聞き流したりなんかしたら、何をされるかわからないし、そもそも彼の知能は高い。

そんな一方通行(アクセラレータ)の語る言葉は、信頼できた。

 

『話は終わりだ。コーヒー忘れンなよ』

「おう。じゃあなー」

 

そう交わし、通話を切った。

 

「さて。明日は数Aが怪しいかな。あっでも化学もなー、モル計算がなぁ…」

 

上条は明日の考査のことを考える。

正直、不安しかない。

 

考えているうちに、家の前まで来ていた。

ずっと考え事をしていたので、当然コーヒーなど買っていない。

 

「……死にたくないから買ってこよ」

 

上条は道を戻り、コーヒーを買いに行った。

時間は昼の十二時、小学生すら下校していない。

 

 

 

一方通行(アクセラレータ)ぁー、買ってきたぞ…………って、何だその服」

「うるせェ殺すぞ」

 

コーヒーを買い一方通行(アクセラレータ)のもとを訪れた上条だたが、そこで奇妙な光景を目にした。

 

あの()()()()()()一方通行(アクセラレータ)様が、執事服を身に纏っていたのだ。

 

「おい、いろいろ肩書きが余計だ」

「それは置いといて、その服は何だ?あの、いつものシャツはどうした?」

「あー……なンかあの金髪ドリル女が「ずっとこの服を着続けていた!?そんなの不潔の極みですわ!!」とか言って取り上げやがった。男物の服が執事(オーギュスト)のしか無かったってンでこれを着てやってるだけだ。勘違いすンじゃねェぞ、俺は「ずっとこのデザインの服を着続けていた」ってだけでちゃンと洗濯して着まわしてたし、アイツらの執事になった気はねェ」

 

意外と家庭的な彼の性格が明らかになった。

あの()()()()()()一方通行(アクセラレータ)様はイクメンだったのだ。

 

「だから肩書き余計だっつってンだろォが」

 

上条は思う。

 

それにしても、執事服が似合う。

いや、恐らく執事服が似合うのではなくYシャツが彼に似合うのだろうが、執事服のジャケットがまた彼に映える。

 

せっかくなので、上条は、賭けに出た。

 

「___なぁ、一方通行(アクセラレータ)。無理は承知で頼みがあるんだが」

「なンだ」

「その_____執事っぽいことやって」

「断る」

 

予想通り断られた。

逆にここで断らない一方通行(アクセラレータ)とは何なのだろうか。

 

だが、どうしても見てみたい。

なぜだか知らないが、上条はそう思った。

 

「頼むよ、な?どんなふうにやるかは任せるからさ」

「知るか」

 

一方通行(アクセラレータ)は一向に話を聞こうとしない。

そこまで執事演技に執着する必要はないのだが、何かが上条に語りかけていた。

お化けだろうか。

 

そして、上条はイチかバチかの手に出ることにした。

 

「____あー、喉乾いたなー。おや、こんなところに手頃なコーヒーが…」

「テメェ、ブチ殺されてェか?」

「ならやってくれ。それなら、このコーヒーの安全は保証する」

 

だが、一方通行(アクセラレータ)にそんな甘い手が通用するはずもない。

今の彼には、全盛期の能力が蘇っているのだから。

 

ばひゅん、と疾風が発生した。

足裏のベクトル反射によって超加速した一方通行(アクセラレータ)は上条に迫り、コーヒーを手から弾いた。

そのコーヒーを落ちるまえにキャッチする。

 

「うわ、ちょ」

「どォした、こンなもンだったかァ?」

 

上条の完全敗北であった。

 

「いきなりでびっくりしたんだよ!くっそぉ、時間制限のないコイツってこんなに厄介だったか……?」

 

そう、先日の一件の最中、一方通行(アクセラレータ)の能力は回復したのだ。

どうして回復したのかは不明だが、

 

「___使えるもンを使ってるまでだ」

 

そう、吐き捨てた。

 

「でもお前さ、その服正直どうなんよ?」

「そォだな………なンか、堅っ苦しい感じがする」

「そうか。じゃあ今度休みの日に買いに行こうぜ」

 

そう約束し、部屋を出ようとする。

 

その瞬間、何かにぶつかった。

ルヴィアだった。

 

「ってぇな………お前かよ!よく前見て_____」

 

顔を上げてルヴィアの顔を見た時、言葉が止まった。

とても慌てている様子で、顔からは数滴の汗が滴っていた。

 

「ルヴィア?何かあったのか!?」

「次からは気をつけますわ……それより!」

 

ルヴィアは何事もなかったかのように立ち上がり、言った。

 

11体目(エルフ)黒化英霊(サーヴァント)が確認されましてよ!」

 

 

 

「ということで、みんな。11体目が現れた」

「………………」

「これまでと同様クラスはわからない。万全の準備で行くぞ」

「………えっと………………」

「だが、俺ら高校生組はテスト真っ只中だ」

「………………ん」

「だから深夜にあんなことすると色々と問題になるんだが__先生、どうすればいいですか?」

「そうね………明日は面倒な科目が揃ってるから、帰ってきてからゆっくり休めばせめてもの助けになるかしら」

 

……………………………

 

「いや、おかしいでしょ!なんでこの話の場に先生がいるのよ!?」

 

突っ込まずにはいられなかった。

 

魔術には秘匿の義務が存在し、一般人には魔術の存在を決して明かしてはいけない。

故に家庭教師である舞弥は、魔術を知ってはならないのだ。

 

正直なところ、上条が舞弥のことを皆に話し忘れていただけである。

 

「いや、それが……ひ、一人ぐらい問題ないだろぉ!?70億分の1だぞ!」

「それでも、魔術の神秘は確実に減退してるのよ!少しは常識を学___」

 

すると、あの、と美遊が声を上げた。

 

「舞弥先生は大人だから、戦力としては大きい。それに………一人くらい、誤差だと思う」

「えぇ…」

 

長らく魔術に触れてきた美遊の言葉を聞いて、クロは呆れ返る。

皆との生活によって作られた感情が、そう思わせたのだろうか。

 

「ごめんなさい。一応、今の状況は遠坂さんから聞いてるわ。三人は問題ないけど、問題なのは当麻くんね。幻想召喚(インヴァイト)は何とか使いこなせてるみたいけど、数件イレギュラーが発生してる。ゼクスアサシンはカードが消失、ツェーンランサーはベガルタを消耗し使える兵装はモラルタのみ……その辺り、考えておいたほうがいいと思うわ。2件だけだし大丈夫だろうと思うかもしれないけど、ベガルタがないということはこれ以上致命傷を負うと本当に死んでしまう。いくら攻撃に特化したモラルタといえど防御に重点を置くほうがいいわね」

「なんだろう…すごい的確な意見で、凛さん達よりもずっと力になるよクロ……」

「確かにそうだけど………何で私に振るのよ?」

 

確かに、凛は「夢幻召喚(インストール)幻想召喚(インヴァイト)をうまく使いなさい」とか、ルヴィアは「あなた方なら余裕ですわ」とか、オーギュストは「私に意見することはありません」とか、バゼットは「レベルを上げて物理で殴ればいい!」とかしか言えなさそうだ。

家庭教師という立場上、確かに舞弥はこれ以上ないサポーターだ。

 

その軽い作戦会議の後、夜の時間がない為上条はさっさと勉強に取り掛かるのだった。

 

 

 

数時間後。

街は静まり返り、暗闇と静寂に満ちている。

 

深夜0時、冬木大橋。

 

上条にとって、ここは特別な場所だった。

彼が始めてこの世界の人間に出会った場所。

今の彼は、ここから始まったのだ。

 

「……………ここか」

 

今回はいつもの4人に加え、バゼットが参戦した。

何でもあの2人は明日のテストがどうとかで、既に就寝している。

 

「遠坂凛とエーデルフェルトは明日テストのようですが…上条当麻、あなたは大丈夫なのですか?」

「俺はいいんだよ。もう、色々……終わってるから」

「なんか物凄い淋しげ……」

 

上条を気にかけるイリヤだが、彼女も数年後には同じことを経験するハメになる。

上条のように勉強を怠っていなければの話だが。

 

「じゃあ、ルビー。行くぞ」

「わっかりましたぁーっ!いやぁ、随分久々ですね。腕がなります!」

 

瞬く間に魔法陣が展開され、光を放つ。

魔法陣は双方の世界を繋ぎ、道を作り出す。

 

「では、久々のぉ〜…………じゃ、じゃ、じゃ、接界(ジャンプ)!!」

 

世界が塗り替えられる。

懐かしい感覚とともに、風景が歪む。

やがて歪みは収まり、敵の姿が露となる。

 

それは、視界を埋め尽くす程の軍勢であった。

 

 

 

 

「おい、何だこれ!?」

 

驚くのも無理はない。

 

英霊(サーヴァント)というのは基本一人のみが召喚される。

イレギュラーが発生したとしても、2人ガ限度だ。

それにもかかわらず、相手は数万の軍勢。

正直どれが本体なのか上条にはわかっていない。

 

「なるほど……これ、多分宝具によるものね。でも_____」

 

早々に勘付いたクロだが、この状況に納得できていなかった。

彼女はその性質上、相手の魔力を感知できる。

もちろん英霊(サーヴァント)のレベルにもなるとその魔力量は尋常ではないのだが、

 

問題なのは、そのような魔力反応が幾つも感知されたことだ。

 

「これ……おかしいわ!」

「どうした、クロ?」

「これじゃあ、並以上の黒化英霊(サーヴァント)が何体も同時に召喚されていることになる!」

「ふむ、そうなるとこれは恐らく宝具の一種………黒化英霊(サーヴァント)の疑似召喚でしょうか。このレベルの軍勢で兵士のあの装備となると予想できる英雄は_____そうか!」

 

仮に、アーサー王がこの軍勢のような疑似召喚系の宝具を所有していたとする。

その宝具を発動させると、名高き円卓の騎士達が瞬く間に召喚されていく。

ガウェイン、トリスタン、ランスロット、ギャラハッド、ガレス、ケイ、パーシヴァル、アグラヴェイン、それぞれ単体が一騎の英霊(サーヴァント)として成立するような英霊(サーヴァント)達がまとめて召喚される。

 

今バゼットが想像している英雄が正しいのならば、これはかつてない危機だ。

その軍勢は幾多もの英雄を臣下とし、世界を蹂躙した。

その戦力は、圧倒的だった。

 

「ッ……身長の低い男を探してください!恐らくその男は戦車(チャリオット)に乗っています!!」

戦車(チャリオット)!?」

 

その言葉を引き金に、5人はそれぞれ別の範囲を見渡し、戦車(チャリオット)の男を捜す。

だが、この数万といる軍勢の中から一人を見つけるのは至難の業だろう。

 

しかし、言うほど至難ではなかった。

その王は、軍勢の中央にいた。

 

「バゼットさん、あれ……!」

 

全員が美遊の指が示す方角に注目する。

 

2匹の雄牛に引かれる巨大な戦車(チャリオット)

可愛らしくも見える幼い身体。

赤くなびくマントと頭髪。

その身体に似合わないような、鋭い剣。

 

「そう。あれこそ、マケドニアの征服王____エルフライダーです!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーッッ!!!!』

『Alalalalalalalalalalalalalalaiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!』

 

その少年__エルフライダーの雄叫びと同時に、軍勢が駆け出す。

 

「ッ、来るぞ!!」

 

それと同じくして、上条達も一斉に構えを取る。

 

「__メドゥーサ、幻想召喚(インヴァイト)!!」

 

上条の幻想召喚(インヴァイト)を合図に、他の4人も一斉に駆け出す。

鎌を手にした上条も、その後を追う。

 

 

斉射(シュート)っ!」

 

美遊の一言で、青い魔力が弾幕のごとく軍勢に襲いかかる。

しかし軍勢は盾を所有しており、魔力の弾丸を簡単には通さない。

 

「なら……ツェーンランサー、夢幻召喚(インストール)!」

 

光りに包まれ、美遊の姿が変わる。

光が収まる頃には、ツェーンランサーを夢幻召喚(インストール)した美遊によって数体の兵士が叩き伏せられていた。

 

「槍を二刀流…やったことなかったけど、結構使える!」

 

鋭い槍は、兵士を盾ごと貫いた。

ランサー特有の敏捷性を活かして縦横無尽に駆け巡り、兵士を突き刺す。

彼女の輝く貌は、確実に奴等を捉えていた。

 

 

「____はああぁぁっ!!」

 

アスファルトが砕け、岩剣が振るわれる。

 

ズィーベンバーサーカーを夢幻召喚(インストール)したイリヤは、結んだ髪と晒の結び目をなびかせながら戦場を駆ける。

彼女はズィーベンバーサーカーと一つになっていた。

夢幻召喚(インストール)という意味ではなく、もっと本質的な部分で。

2人を結びつける何かが、兵士達を蹂躙する。

 

「凄い………これが、ギリシャの大英雄…」

 

あまりの強さに、イリヤは震える。

それは恐怖ではなく、驚きだった。

自分はここまでできるのかと、我ながら信じられなかったのだ。

 

「これなら……何も怖くない。あ、ちょっとフラグっぽいかな………」

 

考えているうちに、兵士達がイリヤを包囲する。

しかし、今の彼女は無敵だ。

イリヤは、やれるものならやってみろ、と言わんばかりの清々しい笑顔で岩剣を構えた。

 

「大変だけど………行くよ、バーサーカー!!」

 

 

盾が砕けた。

女性の拳とは思えない程の威力に、歴戦の兵士達も恐怖を覚える。

 

「フッ…フッ…どうした?こんなものなのか、マケドニアの大軍勢は!」

 

恐ろしい速度で繰り出されるパンチは、盾など簡単に砕くものだった。

ルーンで補強された手袋は、相手の刃をも弾く。

 

「はん、まだまだだな。イリヤスフィール達の方が、まだ戦い甲斐があったぞ!」

 

と汗を散らす。

すると突然、飛び散ったその汗を一筋の光線が焼き去った。

 

「ッ!何だ…?」

 

そこにいたのは、一人の男。

手には本を持ち、ローブを身にまとい、長い黒髪をなびかせている。

 

それはまるで、あのロード・エルメロイ二世のよう。

 

「ほう………やりますか?」

 

バゼットは拳を構える。

その奇妙な因縁を感じながら。

 

 

「たぁっ!」

 

クロは両手に持った双剣を投げ飛ばす。

それは左右二体の敵にそれぞれ突き刺さった。

そして、また新しい双剣を投影する。

 

「流石は征服王が率いた兵士達ね、単体の戦闘力も高い……」

 

双剣を持ったまま頭部の汗を拭き取る。

かなり倒したつもりだったが、全く兵士の量が減らない。

 

「ったく、どれだけいるのよ!ひょっとして万単位いくんじゃないこれ?」

 

すると、兵士の群れから一人の男が現れた。

金色の髪は逆立ち、手には長い槍を持っている。

 

その装備と表情だけでクロはわかった。

こいつは、幹部格だ。

 

「なによ、面倒くさいわねっ!!」

 

クロはアスファルトの地面を抉る程の力で駆け出す。

同じく槍兵も駆け出し、クロに迫る。

 

剣と槍が互いの刃を打ち合い、軽快な金属音を響かせる。

クロは苦戦を強いられていた。

相手の槍兵が、想像したよりもずっと強かったのだ。

 

(コイツの動き……なんて、素早い!ランサークラスの英霊(サーヴァント)に匹敵するわよ!?)

 

槍を短剣の如く軽々と振り回し、それでいて獣のようにすばしっこい。

クロが一番苦手なタイプだった。

 

二人は一旦離れ、姿勢を立て直す。

クロが疲労している中、槍兵は以前と獣のような低姿勢を維持している。

 

「しょうがないわね……本気、見せてあげる!」

 

そう言い放ち、クロは双剣を投げる。

ただし投げられたのはニ対

槍兵は槍を構え、意識を研ぎ澄ます。

 

「山を抜き、水を割り、なお墜ちることなきその両翼______」

 

しかし、ニ対の双剣に気を取られたせいか、背後に転移した気配に気付けない。

 

「_____鶴翼三連ッ!!」

 

 

 

火花が散る。

それは花びらのように舞い、消える。

 

エルフライダーへの道を塞ぐ兵士を次から次へと薙ぎ倒し、着々と道を切り拓いてゆく。

しかし王を守護する兵士達を上条一人で捌ききれる訳がなかった。

 

「くっ…流石は近衛、量が洒落になんねぇ……!」

 

いくら幻想召喚(インヴァイト)を用いたとしても、相手は兵それぞれが英霊(サーヴァント)一騎相当の戦闘力を保有している為攻略は容易ではない。

高校生一人では尚更だ。

エルフライダーはただ一人、苦戦する上条達を戦車(チャリオット)の上から見下ろしていた。

そんなエルフライダーに、上条は苛立ちすら覚えた。

 

「野郎……」

 

すると、兵士達の表情が一変する。

上条の視界外から長髪とオールバックの二人の男が現れたのだ。

 

だが、その二人は既にぼろぼろだった。

長髪の男は顔面を中心とした全身に痣を作り、オールバックの男も背中を中心に大きな切り傷を負っていた

 

「苦戦しているようで」

「大丈夫?一気にやっちゃうわよ!」

 

背後からクロとバゼットが現れる。

あの二人は彼女達が相手をしたのだろう、と上条は納得した。

自分なんかよりもよっぽど過酷な戦いを勝ち抜いてきた彼女達だ、戦えて当然だろう。

 

「でも、アイツの護衛はなかなか手強いぞ」

「さすがに三人集まれば行けるわよ。さあ、構えて!」

 

そう言い、構える。

三人で連携を取れば確実に勝算はある。

 

すると、

 

『…………___』

 

何かを、喋った。

 

すると、エルフライダーの軍勢が瞬く間に消滅していく。

いや、これは()退()と言った方が正しいか。

そして、それはエルフライダーの戦車(チャリオット)も同じだった。

 

「軍勢が……!?いや、これは…」

「アイツ……タイマン張る気か!」

 

その言葉が図星だったかのようにエルフライダーは笑みを浮かべる。

少年のような可愛らしい笑みが、彼等にはどことなく狂気じみて見えた。

 

そして、

スパン、と王は駆け出した。

 

「速い!?」

 

子供とは思えぬ速度でエルフライダーは上条へ迫る。

 

剣が振り下ろされる。

上条はそれをハルペーで防ぐが、力強いこの剣戟を受け続けてはハルペーの細い柄ではとても耐えられまい。

それに加えて、剣は雷を帯びていた。

 

「畜生…嘗めやがって……!」

 

その剣筋から伝わる気。

エルフライダーが少年の姿でありながらも、紛れもない王の気迫を感じた。

あまりの風格に、上条は押し潰されそうになる。

 

「タッ!!」

 

それを救ったのはバゼットだった。

鋭い回し蹴りがエルフライダーの頭部を蹴り飛ばす。

 

だがエルフライダーも受け身を取り、着地と同時に同じような俊足で動く。

 

「行かせない!」

「コンビネーション攻撃よ!」

 

上条を守るように飛び出たのはイリヤとクロだ。

雄々しい岩剣を振るうイリヤの背後から、クロの投影した無数の剣が迫る。

剣はイリヤに追従するように、エルフライダーを襲う。

 

『______!!』

 

だが、エルフライダーはそのタイミングで剣の雷を一気に加速させた。

現れた巨大な光刃は、まさに”雷”。

神の従える天罰の具現化にも相応しい雷撃であった。

 

「ッ____あああぁぁっ!!」

「イリヤ!」

 

全身が焼け焦げたイリヤにクロが寄り添う。

 

宝具に負けじと劣らない雷撃を放ったエルフライダー。

やはりこれまでの黒化英霊(サーヴァント)同様、生半可な気持ちでは済まない。

 

「なら……これでどうだ」

 

上条は幻想召喚(インヴァイト)を解き、新たにクラスカードを手に取る。

それは上条用にイリヤから渡されていた数枚のうちの一枚。

クラスは_______セイバー。

 

「___来い、アーサー!!」

 

光が溢れる。

この一定時間のみ、上条は完全な無抵抗状態となる。

その隙を、エルフライダーは見逃さなかった。

 

即座に剣を構え、光へと進む。

剣は雷と化し、確実に上条を焼き払わんとする。

 

だが、コンマの差でエルフライダーは遅かった。

 

「__残念だったな、王様」

 

エルフライダーの目の前に現れたのは、

 

「生憎、素手は俺の最強武器だ」

 

白銀の拳だった。

 

顔面に直撃した拳は、エルフライダーを数メートル吹き飛ばした。

剣は彼方へ飛び去り、エルフライダーは先程の笑みを失い、鼻から垂れた血を拭う。

 

上条が幻想召喚(インヴァイト)したのはフュンフセイバー。

アーサー王と、かの戦神にどのような縁があったのかは知らない。

だがソレは、紛れもなくこの場に存在している。

銀色の腕(アガートラム)。それが今の彼の宝具だ。

 

剣を摂れ(スイッチオン)_____」

 

そこからは、上条の独壇場だった。

アガートラムは右腕のみ。

幻想殺し(イマジンブレイカー)を宿す上条にとって、これ以上ない条件だった。

 

剣の無くなったエルフライダーは、例えるなら”針を放したミツバチ”。

ミツバチは毒針を持つが、その毒針には返しがあり、一度刺すと針と繋がった毒袋とともに体外へと放たれる。

そうなってしまっては、強者が溢れるこの世界で、弱者(ミツバチ)もう何者も刺すことはできない。

 

今のエルフライダーはまさにそれだ。

上条の右腕喧嘩の腕は並ではない。

”頂点”すら屈服させたその豪腕に、古代の王が武器もなしに敵うはずがなかった。

 

そして、いまのエルフライダーには軍勢がない。

 

ミツバチは、スズメバチに勝つことができる。

大勢のミツバチでスズメバチを囲むことで高熱を発生し、中のスズメバチを蒸し殺す。

その行為に針は必要ない。

 

いくら武装を持たずともエルフライダーの軍勢はそれこそ無数。

上条がいくら強力な針を持とうと、数で押し切れたはずだ。

 

調子に乗って軍勢を退かせたことが裏目に出てしまったのだ。

 

しかし、それと同時に上条も失念していた。

 

例え相手が丸腰の子供だとしても、それは紛れもない黒化英霊(サーヴァント)

その身体能力は、彼の想像を遥かに上回る。

 

「なッ…そうか、しまった!」

 

エルフライダーは高い跳躍で上条の元を離れる。

向かった先には_____あの剣。

あれが手元にある限り、奴は「王」だ。

 

赤原猟犬(フルンディング)ッ!!」

「クロ!」

 

クロの放った矢が、音速でエルフライダーに迫る。

そう、奴が剣を取りさえしなければ。

勝機は、ある。

 

だが、遅かった。

 

「_______!」

 

矢は、剣によって弾かれた。

 

「畜生、渡っちまったか…なら!」

「あっちょっと、とうま!?」

 

上条は強引にクロの弓矢を奪い取る。

そしてそれを即座に構え、狙いを定める。

この銀腕ならば、矢を引く力も相当なものだ。

 

立ち尽くすクロ。

浮遊するイリヤ。

空間を蹴る美遊。

駆けるバゼット。

嗤うエルフライダー。

立ち込める暗雲。

 

その暗雲から、

上条目掛けて、雷が落ちた。

 

「あああああああああァァァァァァッ!!!?」

「とうま!」

 

空中のイリヤが、上条の叫びで振り返る。

しかし、そこには大きな隙ができる。

その隙を狙って、エルフライダーは雷撃を放った。

 

「ッ、あ_____!!」

 

まるで電線に触れた(カラス)のように。

黒く焼け焦げたイリヤが、呆気なく墜落する。

 

そして、上条も倒れ伏した。

からん、と弓矢が音を立てて落下する。

 

「二人共、気をつけて、アレは_____」

「ええ、まるで____雷神()()()()

 

そう、其れは雷神の子。

雷神の剣を振るいし、神の遺伝子。

暗雲など自らの腕に等しい。

あらゆる王を薙ぎ払い、果てへと至る「王」が、そこにはいた。

 

「美遊、二人をお願い。行くわよ、バゼット!」

「言われなくとも」

 

二人は双方に分散し、雷鳴轟く戦場へと突入する。

一方美遊は、上条に寄り添う。

 

「当麻さん…起きて……ッ!」

 

もう、誰も失いたくなかった。

自分が死ぬのは一向に構わない。

それで、誰かの役に立てるのなら。

だが、人が死ぬのを見るのは、もうごめんだ。

 

なにより、

この青年は、まるで「お兄ちゃん」のような_______

 

「……………」

「あぁ、よかった……当麻さん、わかりますか?」

 

上条は目を開けた。

美遊は必死に上条に呼びかける。

 

すると、声に応えるようにゆっくりと上条の身体が起き上がる。

 

「当麻さんとイリヤ、あの雷に打たれて……一先ずあの二人に任せてあります。当麻さんはゆっくり休んで_____」

 

そして、そのまま立ち上がった。

 

「…、当麻さん?」

 

どこか、遠くを見ていた。

声が聞こえているのかすらもわからない程ぼーっとしている。

立ち上がる余裕なんて、とてもないはずなのに。

 

あの雷が、彼の心臓を刺激した。

そして、彼の中に眠るモノが目を覚ます。

 

「まさか_______ゼクスアサシン!?」

 

一方通行(アクセラレータ)との戦い。

消失したゼクスアサシンのカードは、直前に幻想召喚(インヴァイト)していた上条に吸収されたのではないか、と一度考えた。

だがそれは所詮考察程度のものであり、確固たる証拠はなかった。

 

だが、今回のではっきりした。

彼は上条ではない。

取り込まれたゼクスアサシンが雷の衝撃で目覚めたのだ。

 

そして何より、

目の色が違う。

 

「あっ____」

 

一歩、彼は踏み出した。

それを見て、美遊は思わず声を漏らす。

 

だが、その声は途切れた。

彼から漂うオーラが、「死」を予感させていたからだ。

 

「くそっ、何よこのカミナリ!危なっかしくて近寄れやしないじゃない!」

「あの剣に雷の力が宿っているなんて聞いたこと無い____英霊になるにあたって、新たな能力が付加されたか?」

 

その雷撃が剣の力なのかはわからない。

だがバゼットの推測通りならば、エルフライダーはアメンの子、すなわち同一視されるゼウスの子であるという神託を得ているのだ。

そう考えると、あの雷の力は妥当かもしれなかった。

 

クロに雷撃が放たれる。

かなり疲労していたが、躱す余裕はあった。

 

「キリがない______!」

 

後ろに飛び退くクロ。

すると、視界の端に青年の姿が見えた。

 

「ちょ、何やって______」

 

そして、絶句する。

青年の握る剣、それが目に入ったからだ。

 

「ッ、上条当麻!?下がりなさい、いくらその幻想殺し(イマジンブレイカー)があったとしても、純粋な凶器には敵わない!」

 

バゼットが上条に叫ぶ。

 

否、この青年は上条当麻に非ず。

その目が捉えるのは、「敵」のみ。

 

これを格好の獲物と捉えたのか、エルフライダーは雷撃を放つ。

 

だが、その剣によって、雷撃は呆気なく相殺された。

 

「_____ッ!?」

「我に剣を向けるか。その強さは認めよう。だが我とて、神罰を受ける程愚かな生は送ってはおらぬ」

 

全く違う口調。

青白く輝く瞳。

消えたアサシンのカード。

 

「まさか_____あれが、ゼクスアサシン?」

 

エルフライダーは恐怖した。

だが恐怖に負けず、剣を振り下ろす。

 

「我は汝に死を告げる者。我が現れし時は、晩鐘鳴りし時」

 

その剣戟を、的確な動作で弾き返す。

悠々と語りながらも、その剣はしっかりと攻撃を防いでいた。

 

「____愚かな。確実となった死を前に抗い続けるか」

 

ほんの僅かな隙を狙って、再び剣を弾き飛ばす。

この至近距離で武器を失っては、勝ち目はない。

 

「無駄だ。貴様は死ぬ。我が剣によって」

 

ほろり、と。

エルフライダーが涙を流した気がした。

 

だが、そんな水滴の一粒で心を乱される彼ではない。

 

「天使は降りた。晩鐘の音の元に、汝が命を天へ還さん_________死告天使(アズライール)

 

そして、「死」が振るわれた。

 

ぼとり、と首が落ちる。

胴体だけとなったエルフライダーは、もはや倒れるだけだった。

 

身体が消え去った後には、一枚のカードだけが残った。

 

「上条当麻、貴方は______」

 

上条ではない彼に、バゼットが声をかける。

 

その瞬間。

彼は倒れた。

 

「とうま!?」

 

武器を消滅させたクロが上条に駆け寄る。

先程の剣が消滅しているのを考えると、幻想召喚(インヴァイト)が解けたということだろう。

瞼を開いてみても、黒い瞳をしている。

 

だが、納得できなかった。

あの力は______

 

「あのアサシンは、一体何なの………?」




もっとペース詰めていきたいですね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell12[山の翁 Hasans_called_him_"Azrael".]

とある3期おめでとう(小並感)


そこは、暗黒だった。

 

「黒」としか例えようのない暗闇。

天井は無く、逆さの奈落が広がっていた。

 

上条は目を覚ました。

先のエルフライダー戦でゼクスアサシンの力を使い、その後倒れたことはわかっていた。

あの時、彼には意識があった。

勝手に動く肉体を内側から見ていた。

 

そして、目を覚ますとここにいた。

 

「なんだ、ここ……」

 

半開きの目を擦り、辺りを見渡す。

よく見ると、そこは谷だった。

ごつごつとした青白い岩場。

それは、とても冷たく感じた。

 

「あれから一体、なにが…?」

「何も起きてはいない」

 

虚空から声がした。

現れたのは、一人の巨人。

2mを超えるその長身に黒いローブを被り、その奥から青白い瞳が輝いている。

大剣を地面に突き立て、悠々と語る。

その声に、覚えがあった。

 

「お前が……ゼクスアサシンか」

「如何にも。最も、ゼクスアサシンなるものは異名の1つに過ぎぬ。我に名は無く、どう謳われようが構うまい。強いて言うなれば、”山の翁”と名乗ろうか」

 

”山の翁”。

上条に力を貸し与えていた存在にして、六騎目のアサシン。

だがそれは貸与に非ず、力を見定めていただけだ。

 

「何のようだ、俺をこんなとこに呼びやがって」

「呼んだのではない、汝が訪れたのだ。此処は汝が心象世界。我と一体となり暗く染まった固有結界(こころのうち)よ」

「俺の心……?」

 

心象世界なる場にて、”山の翁”は語る。

此の場の全ては彼に平伏し、彼に従う。

彼は最早生と死を超越した生霊。

 

「即ち、幽谷なり」

「幽谷……」

 

上条は問う。

何故俺は幽谷(ここ)にいるのか、と。

 

「汝は我が権能を使い過ぎた。いくらその右手といえど、我が権能を率いるには脆い。故に汝は倒れた。目覚めたくば我を制しよ。そして我を飲み込むのだ。その肉体に、その右手に、我を「己」として刻みつけよ」

 

わけがわからなかった。

この右手は異能を打ち消すだけだと思っていた。

いや、そのはずだった。

なのに、この世界に来てから妙な進化ばかり訪れる。

幻想召喚(インヴァイト)_____それは竜の力か否か。

 

刹那、地面の一部分が燃えた。

青白い炎は焚き火のようにも見え、そこには一本の剣が突き立てられていた。

 

「剣を取れ、殺戮者よ。この谷にて、貴様の右手は役を成さぬ。貴様の剣の腕のみが、生きる術なり」

「ちょ、待てって。俺がお前を取り込む?そんなこと_____」

「不可能、と云うか」

 

”山の翁”が上条の言葉を遮断した。

 

「構わぬ、不可能と云い続けるが良い。だが、我は貴様を斬り捨てる。どちらにせよ、貴様は目覚めぬ」

 

上条は後退った。

彼の者は暗殺者の王、殺すのは容易だろう。

「殺す」立場であった上条は、「殺される」ことを恐れる。

 

だが、覚悟を決めた。

 

「……そうか。ここで俺が死ぬと、外での俺も死ぬんだな」

「然り」

「なら……ああ。なら、そうしよう」

 

上条は焚き火に向かって足を踏み出した。

その目に、狂いはない。

ただ、確固とした決意があった。

 

「俺にこれ以上の力はいらない。望まない力を持っても、只々邪魔なだけだ」

「否、業である。殺戮者としての業を、貴様が背負うのだ」

「それもお断りだ。そんなでっかいもんに、俺じゃあ耐えきれない。だから_____」

 

そして、柄を掴み、剣を引き抜いた。

巻き上げられた青い火花が、上条を覆った。

 

「お前をぶった斬って、いっその事その業ごと消し去っちまえばいいんだろ!」

「_____笑止。実に期待はずれだ、小僧。我とて、手加減はせぬ」

 

”山の翁”も剣を引き抜き、上条に向ける。

剣筋は交差し、互いの心臓を捉えていた。

 

「最大の試練を、貴様に与えよう。来い」

 

上条は駆け出した。

”山の翁”は一切動きを見せない。

ヤツの実力がどれ程のものかはわからないが、チャンスだ。

 

上条は”山の翁”の腰を狙い、剣で薙ぐ。

その長身に対して、上条の行為は胸を斬るのに等しい高さだった。

 

「ぬるい」

 

だが、”山の翁”は剣を振り上げ、上条の剣を弾く。

反動でよろめいた隙に、”山の翁”が剣を振り下ろす。

 

「ぐっ!?」

 

大きな動きは上条でも先を予想でき、剣を構えて防いだ。

しかしその剣筋は青い炎を放ち、それに圧倒される。

”山の翁”と上条との純粋な力の差もあってか、大きく仰け反った。

 

「強っ……お前、本当に暗殺者かよ!?」

「我、ハサンを殺すハサンなり。故に我に隠密は意味を成さず、愚かなるハサンがいるならば即座に断つのみ」

「それ暗殺者って呼べんのか!?」

 

とツッコむと、地面から青白い火柱が立った。

”山の翁”によるものだろう。

そしてその炎は、上条を狙っていた。

 

「嘘つけこれ絶対暗殺者なんかじゃねぇって……!」

 

この戦いは、そもそも互いの力の差が開きすぎていた。

 

上条が用いるのは剣一本のみ。

幻想召喚(インヴァイト)時の戦闘能力は、クロの投影と同じく幻想召喚(インヴァイト)した英霊(サーヴァント)の記憶を自身の肉体に呼び起こすことで得たもの。

今はただ生身で剣を振るうだけなので、特殊な戦闘能力も何もない。

 

対して”山の翁”は、同じ剣一本でも能力に差があった。

「死」が染み付いた大剣、青く燃え盛る炎、巨人の如き体格。

生身の人間が挑んで良い相手では決して無かった。

 

「其処か…!」

「な___ぐほぉっ!?」

 

大剣が、豪快に振り下ろされた。

上条はそれを剣で防ぐも、圧倒的なパワーですぐに押し負けてしまう。

 

「ッ……野郎ォッ!!」

 

全ての力を剣に集め、”山の翁”を斬る。

だが呆気なく躱され、反撃を喰らうだけだった。

 

「所詮はその程度か。いくら世界を救おうと、いくら悪を滅ぼそうと、それは貴様の力ではない。故に貴様は最弱の名を冠するに等しい」

「わかってんだよ、んなこと……俺は無能力者(レベル0)だから、誰の期待にも添えないから、最弱(じぶん)なりに考えてやってきたんだ…」

 

そうか、と”山の翁”は一言。

その一言は慈悲というか、何というか、「同情」のようなものを感じた。

 

「ならば___」

 

だが、”山の翁”は上条を慰めたりはしない。

彼が己が道を進み続けるのなら、それを阻むだけだ。

 

「____最弱(きさま)らしい、惨めなる「死」を与えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、間桐邸。

 

「……」

 

少女が目を覚ました。

それに続いて、青年の声が少女に呼び掛ける。

 

「おい、桜!お前が勉強を教えてほしいって言うからわざわざ僕が教えてやってたのに寝るって、どういうことだ!」

「ああ……私、寝てたんだ………」

 

少し寝癖の付いた髪をとかしながら、桜は身体を起こす。

時間は午前三時、そして此処は兄慎二の部屋。

机に山積みになった古本が目に入る。

桜の部屋とは似ても似つかないインテリアの部屋だった。

 

「ごめんなさい。せっかく頼んだのに…」

「全くだよ。もう三時だぜ?僕はともかく、お前はテストだろ。さっさと寝ろ」

 

慎二は明日の支度をしているようだった。

こうは言っているものの、慎二もテストなのに変わりはない。

 

だが、桜はその場で固まっていた。

薄目で、ただぼーっとしている。

 

「………桜。聞こえなかっったのか」

「あっ、ごめんなさい!ちょっと、さっき見てた夢のことを思い出して……」

「夢、だ?」

「うん」

 

桜の表情は、暗かった。

 

「とってもこわい夢。みんな死んじゃって、誰もいなくなって…私は一人で泣いてた。周りには死体が転がってて、街が燃えて………」

「なんだそれ、そんな馬鹿みたいなことあるわけ無いだろ。どうせお前の自意識過剰なんじゃないのか?」

 

桜の話を面倒くさがるように言う。

そして、早く出てけ、と心無い一言。

だが桜はその言葉に傷付く様子はなく、慎二の言葉に只々従う。

 

「夜遅くまでごめんなさい。もう、寝ます」

「ったく、ごめんなさいばっかり言いやがって……」

 

ドアノブに手を掛ける。

部屋のドアを閉める直前に、慎二は桜に向けて言った。

 

「____言いたいことがあったら言えよ。一応、僕はお前の兄貴だからな」

 

はい、と、桜は返事を返した。

 

「……さて。早く寝なきゃ」

 

長い廊下を早歩きで進む。

 

だが次の瞬間。

脳裏に明確なイメージが浮かび上がり、桜はよろめいた。

 

「っ……!」

 

頭を抑える。

覚えのない光景に、恐怖する。

その青い炎から顔を覗かせる骸骨面は_____

 

「何、これ_____?」

 

そこで、イメージは途絶えた。

悪いことの予兆か、それとも夢の続きか。

そんな桜の頭には、何故か一人の青年の姿が浮かんでいた。

 

「…当麻くん…………」

 

何かを、感じ取っていた。

負の()()()を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、っは………」

 

上条は倒れる。

全力で剣戟を繰り出したが、”山の翁”には全く通じなかった。

逆に上条は押され続け、傷付き、現在に至る。

 

「それが貴様の弱さだ。人を救うことしか貴様は知らぬ。故に自分のために戦うことに慣れていない」

「それが、どうした_____」

「殺すことを知らぬ剣は脆い。殺すことしか知らぬ剣は鋭い。貴様は前者だ。何も知らぬ、故に何事も成すことは出来まい」

 

事実だった。

能力は弱く、成績は悪く。

相手を中途半端に傷付ける拳しか持たない。

 

何も変わっていない。

何も。

 

「貴様の右手は世界を不幸にする。貴様と関わった人間は、総じて不幸に遭っている。違うか?」

「ああ______」

 

確かにそうだ。

御坂美琴にも、インデックスにも、両親にも、迷惑ばかりかけてきた。

そして、皆辛い目に遭ってきた。

 

「____だけど、てめぇはどうなんだよ」

「む」

 

杖のように剣を突き立て、ぼろぼろになった肉体を起こす。

ろくに歩く力もなく、ただ言葉を発するだけだった。

 

だが、上条にとって。

言葉は第二の武器である。

 

「お前のその大剣には「死」が染み付いてんだろ?つまり殺すことしか知らないってことだ。そんなお前に、人を救う気持ちがわかるか?確かに、結局は悪い目に合うかもしれない。ぶっ倒した敵だって、その先不幸になって苦しむかもしれない。だけどな、誰かを救うってことは、自分の為でもあるんだ。インデックスを助けた時、妹達(シスターズ)を助けた時、フィアンマをぶっ倒して世界のために死んだ時、俺の心は確かに満たされてた。自分が「生きてる」って思えた。まぁ三個目の例じゃ結局は死んじまってたけど……でも、今こうして生きてるんだよ。お前はそう思ったことは、感じたことはあるか?」

「______必要なし」

「当たり前だ。だってその大剣は「救うこと」を知らないんだもんな。殺す相手を見つけては殺して、後は何してた?殺し続けて人生オシマイってか?んなのつまんねぇだろ!誰かを助けてこその人間だろ。どうなんだよ、”山の翁”。誰だろうと心はあるんだ。お前だって、救いたい人、愛した人の一人や二人いたはずじゃねぇのか!」

「____」

 

”山の翁”は口を閉ざした。

殺し続けてきた人生に、生など無い。

「死」に産まれ、「死」に生き、「死」に死ぬ、それが彼だった。

 

救いたい人など________

 

「コイツだけは守ってやりたい、そう思う奴がいたんじゃねぇのか?お前にとってのかけがえのない存在は、確かにあったはずだ!」

 

(_____じいじ。きょうは、なんのおはなしをきかせてくれるの?)

(うむ。ならば今宵は中東の大英雄__アーラシュ。彼の話を聞かせよう)

「______(やめろ)

 

「お前はそれを守れたか?いいや、守れるハズがない!そんな殺すだけの大剣で、何が守れるってんだ!」

 

(___みんな、しんじゃった。じいじ、こわいよ…さみしいよ……)

(恐れることはない。汝が涙を流すならば、我が拭おう。汝が悲しみに凍えるならば、我が廟が暖めよう)

「______(やめろ)

 

「お前は、俺が人を救ったんじゃなくて殺したんだって言ったよな。ならお前は俺と同じだ。そんな大剣(もん)じゃあ___結局、辿り着くのは「不幸」だけなんだよ」

 

(____わたし、いつかじいじのおよめさんになる。えへへ、わたしの「ゆめ」なんだ!)

(そうか。汝が我が妃となり、互いに愛し合う。それは____存外、良きことやもしれぬな)

 

 

 

「____________(やめろ)!!!」

 

叫びが、幽谷に響いた。

今までの”山の翁”らしからぬ発言から見るに、かなり動揺していた。

 

「図星か。そう、お前は死に囚われた生霊でも、死を告げる天使でもない。………とても弱い、どこにでもいる一人の人間だ」

 

”山の翁”はただ呻く。

上条の言葉を否定したい、でも否定できない。

それが、事実だから。

 

「______笑止、笑止笑止笑止笑止笑止!貴様のような愚者に、我の何がわかるか!そのような戯言は、聞くに値せぬ!」

「でも聞いてたんだろ。聞いてるから、お前は動揺してるんだ」

「貴様___貴様はことごとく我を愚弄した。その罪、「死」を以てですら償えぬと知れ!!」

 

青白かった瞳が、怒りの紅に染まった。

”山の翁”は駆け、上条へと剣を振り下ろす。

 

「どうした、さっきまでの的確さがまるでねぇぞッ!」

 

だが、僅かな隙を突いて上条は脇腹を剣で切り裂く。

 

「ぐ、ぬおおぉぉ……!?」

「隙だらけだ!」

 

先程とは打って変わって、上条の一方的優勢だった。

上条も恐らく限界なのだろうが、それでも”山の翁”に攻撃させる暇を与えなかった。

 

まるで、”山の翁(かみじょう)”と上条(やまのおきな)が入れ替わったような。

 

「何故、何故だ!!剣の何も知らぬこのような子供一人にぃ……!!」

「ああ、確かに俺は剣の何たるかも知らない。剣なんて、授業で剣道をちょこっとやったくらいだ」

 

だが、上条は確かに知っていた。

”山の翁”が決して知り得ぬ真理、剣よりも強い武器。

「人の心」だった。

互いの生命のあり方は同じかもしれない。

ひょっとしたら上条は、かつて実在した”山の翁”の生まれ変わりだったりするのかもしれない。

 

だが、歩んできた道の質で言えば。

上条と”山の翁”には文字通り天と地ほどの差があった。

 

「良かろう!ならば、我が至高の一撃を以て貴様を葬り去る!死告(アズラ)______ッ!?」

 

その宝具の発動を、何かが阻んだ。

幽谷の宙からさす一条の光。

”山の翁”によって塗り替えられた幽谷の壁、それを打ち砕き蘇った上条の心象世界の断片だった。

 

「きさ_____ぐぅッ!?」

 

これまでにない大きな隙に、上条は剣を”山の翁”の腹に深々と突き刺した。

そして、突き飛ばす。

腹を貫かれれば、どんなに屈強な男であろうとよろめくはずだ。

 

「いいぜ、”山の翁”。てめぇに守りたい人がいねぇってんなら、愛する人がいねぇってんなら、」

 

”山の翁”が体勢を立て直す前に駆け出す。

その、ぼろぼろになった拳を握って。

 

「てめぇが、その腐った信念を譲んねぇってんなら_____」

 

多くの()()が、この拳を受けてきた。

黄金の錬金術師、学園都市の頂点、貧しき修道女、右方の天使。

 

「________まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」

 

結局のところ、

上条にとって、拳は何よりも強い武器なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……い……おい……おーーーい!」

 

耳元に響く叫びで上条は目を覚ました。

質素なインテリアの和室。

上条と士郎の部屋だった。

 

となると、上条を起こしたのは十中八九士郎だろう。

 

「あぁ……士郎………?」

「なーに寝惚けてんだよ。テストなんだろ、早くしないと予習とか出来ないぞ?」

「あ、そっかぁ………」

 

目を擦りながら身体を起こす。

士郎は既に制服に着替えていた。

 

「ん、士郎も予習すんのか……?」

「それもあるけど、弓道場の掃除当番なんだよ。テスト中だってのに、おかしい話だよな」

 

じゃあな、と士郎は笑いながら鞄を持って部屋を出た。

 

上条の意識はいまいちはっきりしていなかった。

最後の記憶は、あの戦いだった

 

「…………夢、か?」

(まこと)なり)

「ファッ!?」

 

どこからか、あの忌々しい声がした。

正直、もう聞きたくなかった。

だが、辺りには誰もいない。

 

なのに、するのだ。

”山の翁”の声が。

 

「はぁ?えっちょ、どこにいんだお前!?」

(我に姿はない。己が右手を見よ)

 

そう言われ、右手を見る。

能力が宿っているだけで外見的には何の異常もなかった右手の甲に、赤い刻印が刻まれていた。

 

「これは…?」

(令呪と云う。我と汝の契約の証である)

「は?」

 

契約と。

今のは、上条と”山の翁”が契約を交わしたということだろうか。

 

(汝は我を打ち倒した。言っただろう。我を打ち倒した暁には、業を背負うことになると)

「えぇ……あれマジだったのかよ!」

(おおマジ)なり)

 

………気のせいか、”山の翁”の対応が随分と緩くなっている気がした。

 

どうやら、”山の翁”は右手に宿っているようだ。

この右手もいつの間にか賑やかになったもんだと、上条は思う。

 

(我は今、汝の脳に直接言葉を送り込んでいる。そして、この技能は汝も同じ。あまり大声を出すと怪しまれよう、これより念話で会話せよ)

(おお、ホントだ……)

 

学園都市で言うテレパシーに近いものだろうか。

何にせよ、実体のない声と会話するなんていう異常な光景を繰り広げずに済むわけだ。

 

(では、改めて宣言する)

 

”山の翁”は改まって、自らの名を名乗る。

 

(サーヴァント、アサシン。”山の翁”なり。我が命運は汝と共にある、契約者よ)

 

サーヴァント。

話に聞いていた、聖杯戦争で用いられる使い魔。

いかなる経緯でクラスカードだった”山の翁”が意識を持ったかは不明だが、上条は一人のマスターとなったわけだ。

 

(我のことは好きに呼べ。通例通りであれば、クラス名であるアサシンと呼ぶのが適切だが)

(う〜ん、なんか愛想沸かないよな?なんか、道具みたいで。なんか馴染み深いというか、日常でよく使われるような呼称はないのか?)

(ぬぬ)

 

右手の中で、”山の翁”は顔をしかめる。

最もな疑問を投げつけられた。

 

アサシン以外の呼称なら幾つか存在する。

だが、日常会話としてはどれも使われないものだった。

「”山の翁”」は実に的確な呼び名だが、「の」という接続詞に違和感がある。

「キングハサン」というのも考えたが、あまりにも痛々しい。

後世のハサンからは「初代様」と呼ばれていたが、上条はハサンではない。

 

(ふむ、ならば_______)

 

だが、最後に一つだけ、思い当たる節があった。

上条からのオーダーにぴったりの呼称。

 

そして、”山の翁”自身もよく耳にしていた名前。

 

(_______「じいじ」、というのはどうだろうか)




じいじの独自設定が結構多い……多くない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話Ⅱ
Fate/Imagine Breaker Material Ⅱ


第三章、第四章における新キャラの情報と既存キャラの更新です。


上条当麻

 

エルフライダー戦後、意識を失い自らの心象世界内で”山の翁”と対峙する。

勝利した上条は”山の翁”を右手に取り込む形で、自らのサーヴァントとした。

 

なお中間考査の結果はクラス順位一桁、学年順位トップ20圏内。

 

 

 

美遊・エーデルフェルト

 

「朔月」という姓を持つことが判明。

本人はこの姓を嫌悪している。

 

 

 

クロエ・フォン・アインツベルン

 

イリヤを超えるアニヲタであったことが判明。

購入した円盤では、地上波で修正されていた箇所がモロに映っているとか。

 

 

 

久宇舞弥

 

一方通行(アクセラレータ)の一件で魔術の存在を知る。

それからは一人の家庭教師として、イリヤ達の戦術のサポートも行っている。

 

 

 

間桐桜

 

最近、奇妙な悪夢とイメージを見るようだが____

 

 

 

一方通行

・読み:アクセラレータ

・身長:168cm/体重;不明

・性別:男性

・イメージカラー:純白

・特技:殺人

・好きなもの:コーヒー/苦手なもの:特になし

・天敵:上条当麻

・CV:岡本信彦

 

上条当麻と同じく別世界から飛ばされた一人。

 

学園都市の頂点に君臨する超能力者(レベル5)第一位。

幼い頃、身動き1つ取らずに軍隊を退かせたことがあるらしい。

 

その能力はベクトル変換。

皮膚の薄い防護膜に触れたあらゆる「力」のベクトルを高速で計算、変換することで別方向へと弾き返すことができる。

デフォルト設定は「反射」。

彼の身体がアルビノだったり異様に華奢だったりするのはこの能力による弊害とされている。

 

更にこの能力とても多様性がある。

竜巻の発生や高速移動、純粋なパワーの増加、生体電気の逆流、更には毛髪の成長速度までこの能力で操作できる。

例え核弾頭を撃ち込まれようとも、彼は睡眠したままでそれを跳ね返せるだろう。

だがそれ故、能力を考慮しない肉弾戦にはめっぽう弱い。

 

8月31日に脳に弾丸を受けてしまい、あらゆる演算能力、言語機能などを失う。

しかし、御坂妹(シスターズ)のミサカネットワークによる演算補助により、充電式のチョーカーで能力を15分間フルに使用できる。

日常生活でも演算補助が欠かせないため、充電の限界は48時間。

 

なぜこちらの世界に来てもミサカネットワークが維持されていたのか、そしてなぜチョーカーを破壊されたタイミングで演算能力が戻ったのかは不明。

 

クラスカード及び美遊を回収するために上条当麻を襲撃するも敗北、以降エーデルフェルト邸において厳重体勢で監視が成されている。

その監視の中で、本人も考えをある程度改めた様子。

 

 

 

衛宮切嗣

 

イリヤ、クロ、士郎の父親、アイリの夫。

 

一方通行(アクセラレータ) に上条当麻、美遊・エーデルフェルト、及びクラスカードの回収を命じていたことが判明。

目的は不明。

 

 

 

ゼクスアサシン

・真名:”山の翁”(本人は「名は無い」と主張)

・身長:220cm/体重:不明

・属性:秩序、悪

・カテゴリ:人

・性別:不明(男性と推測)

・イメージカラー:無色

・CV:中田譲治

 

・筋力:B

・耐久:A

・敏捷:B

・魔力:E

・幸運:E

・宝具:A

 

クラス別能力

・対魔力:B

・気配遮断:A

・単独行動:B

・境界にて:A

 

保有スキル

・戦闘続行:EX

・信仰の加護:A+++

・晩鐘:EX

 

ゼクスアサシンのクラスカードに宿った真のアサシン。

上条の無理な幻想召喚(インヴァイト)によって一体化し、心を蝕んだ。

だが心象世界において上条に敗北し、彼の右手に宿る形で正しいサーヴァントとなっている。

 

どのような名で呼ばれようとそれを拒まない。

ハサン達には「初代様」と呼ばれ、自らは「”山の翁”」と名乗る。

「キングハサン」や「じいじ」と呼ばれることもあるらしい。

 

宝具

死告天使(アズライール)

・ランク:C

・種別:対人宝具

・レンジ:1

・最大補足:1人

 

血濡れたただの大剣。

だがこの大剣には「死」が染み付いており、この宝具の名を名乗って大剣を振り下ろせば、相手に明確な「死」を与える。

 

なお、彼のようなハサン・サッバーハは19代全てがザバーニーヤという宝具を有しており、死告天使(アズライール)のランクはステータスと一致しないため、これとは別にランクAのザバーニーヤが存在すると思われる。

 

 

 

エルフライダー

・真名:3;gxyq@ー

・身長:151cm/体重:40kg

・属性:中立、善

・カテゴリ:人

・性別:男性

・イメージカラー:赤銅

・CV:坂本真綾

 

・筋力:C

・耐久:B

・敏捷:B

・魔力;C

・幸運:A+

・宝具:EX

 

クラス別能力

・対魔力:D

・騎乗:A+

・神性:E

 

保有スキル

・紅顔の美少年:B

・カリスマ:C

・覇王の兆し:A

 

中間考査期間中というとてつもなく悪いタイミングで相見えた黒化英霊(サーヴァント)

一見子供のようだが、その圧倒的カリスマ性で軍勢を率いて上条達の前に立ち塞がった。

軍勢がなくとも個として高い戦闘能力を誇り、ゼウスの加護による雷撃を放つことが可能。

この雷撃は剣に与えられた権能であり、エルフライダーの宝具ではない。

 

剣の力によって一時は上条達を追い詰めるも、上条の中に眠る”山の翁”が覚醒。

最期は”山の翁”の宝具により首を刎ねられるという、かの大王に相応しくない無残な死を遂げた。

 

宝具

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

・ランク:EX

・種別:対軍宝具

・レンジ:1〜99

・最大補足:1000人

 

エルフライダーの征服王としての力が宝具として昇華したもの。

自身の心象風景で現世を侵食する固有結界。

 

広大な砂漠を展開し、エルフライダーが生前率いた軍勢を擬似召喚する。

これはアーサー王が円卓の騎士全員を召喚するようなもので、軍勢の中に個の英霊としての能力を持つ者が複数存在しても、それら全てを同時に召喚する。

その軍勢の数を考えると、例に挙げたアーサー王のそれよりも強力かもしれない。

 

軍勢だけを現世に引っ張ってくることも可能。

 

 

 

褐色の少女

・CV:豊崎愛生

 

久宇舞弥がケーキ屋で遭遇した少女。

自身がムスリムであることにコンプレックスを抱えている。




人物整理に記されたキャラクターは基本的に物語に関わる人物です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章 動き出す歯車
Spell13[日常の残り香 "Battle"_start.]


あーねんまつ2018


23日。

蝉菜マンション。

 

一方通行(アクセラレータ)は我が家へと帰ってきた。

 

我が家と言っても切嗣から与えられた仮の住居で、マンションに登録されている住民票だって彼のものではない。

数日間エーデルフェルト邸で拘束されていた一方通行(アクセラレータ)はエーデルフェルト邸への転居を命じられ、ルヴィアの使い魔(かんし)の下衣類等の荷物を取りに来たのだ。

別に魔術的な行為は行っていないし、不自然なまでの短期間滞在もどうとでも言い訳できる。

 

「あァ……かったりィ」

 

と言っても、エーデルフェルト邸からこのマンションまではかなりの距離がある。

それを大量の荷物を持って往復しろというのだ。

 

それに加えて、一方通行(アクセラレータ)は今杖をついている。

先日の一件でチョーカーからの呪縛には解放されたもののオンオフは存在しており、長時間能力を発動しているとどうも頭が痛くなる。

チョーカー時代よりかは時間は伸び、デメリットも緩和されたものの制限があることに変わりはなかった。

 

更に、彼は今までの十数年間能力に頼りっきりで、その能力の性質上まともな運動をしたことがなく、かなり貧弱な肉体だ。

ただのパンチで打ち上げられた程である。

 

これらの条件が重なって、彼の荷物運びには無理があった。

 

このあまりといえばあまりな仕打ち、どうやらあちらはまだ彼のことを完全に許したわけではないようだ。

 

「む」

「あ?」

 

マンションに入るところで、一人の少女に出会った。

珍しい白髪に鼠色の瞳、眼鏡の聡明そうな少女だった。

だが、こともあろうか初見で軽くガンを飛ばされたのだ。

 

「おーい鐘ぇー!待っててって言ったじゃ………わぁ」

 

白髪の少女の後に続いて、もう一人少女が駆けてきた。

茶髪のセミロングヘア、そしてどことなくボーイッシュな目つきをしている。

 

叫びながら駆けてきたと思ったら一方通行(アクセラレータ)を観た瞬間急に落ち着いて、今度は白髪の少女とこちらに背を向けた。

 

「……なぁなぁ、あの人知り合い?何かスッゴイ好みなんだけど」

「知り合いというほどでもない。それに嬢、君の好みなど聞いていない」

「でっ、でもさぁ!彼の鋭い目を見た瞬間さ、その、きゅんって………」

(…丸聞こえだバカが)

 

はァ、と一方通行(アクセラレータ)は溜め息を付いた。

それに気づいたのか、白髪の少女がささっと茶髪の少女をいなしてこちらを向いた。

 

「っと、こちらからちょっかいを出しておいてすまない。私は氷室鐘、これは美綴」

「氷室……ここの管理人かなンかか」

「娘だ」

 

チン、とエレベーターが到着する。

三人が乗り込むと、エレベーターはゆっくり上昇を始めた。

 

「汝のことは知っている。あの階に越す者などそうおらぬからな。_____衛宮切嗣、ではないな」

「そいつの部屋を借りてるだけだ。名乗る程のモンでもねェ」

「では(なにがし)と」

 

氷室、という名は聞いたことがある。

この蝉菜マンションの管理人、そして冬木市の市長が同じ氷室という姓だったはずだ。

つまり、彼女は市長の娘ということになる。

 

そんな大物に、彼は初対面で睨まれた。

他からすればただ彼を見ているようにしか見えなかっただろうが、彼にはわかる。

この鐘という少女は、勘がいいようだ。

 

「…住むとこが見つかった。切嗣はしばらく帰ってこねェ。プライベートもある、部屋には近付かないでやれ」

「あい分かった」

 

余計な詮索をされても困るので、適当に言い訳をしておいた。

彼女の言い草からすると、部屋は特定されているようだ。

それもそのはず、彼女はここの管理人の娘で、一方通行(アクセラレータ)の部屋がある十一階はある事件のせいで住民が誰もいない。

彼が目立つのは当然だった。

 

「………ここまで珍しい外見で、日本人ときた。某、汝何者だ?人体実験でも受けたように不自然なアルビノ、それに感情のない___殺しをする者の目をしている」

「ちょっ、鐘!いきなりなんてこと言い出すんだよ!」

 

美綴と呼ばれた少女が口を挟む。

 

一方通行(アクセラレータ)の予想通り。

彼女、氷室鐘はとても鋭い観察眼をもっている。

初対面でここまで見抜くのは相当なものだ。

 

これ以上は色んな意味で危険だ。

なので、彼は一言、

 

「_____ざっと一万ってとこだ」

 

と言って、十一階で降りた。

 

この意味を彼女が理解できるかどうかは問題ではない。

だって、もう会わないのだから。

 

部屋はニ号室。

かつてここに、事件の関係者が住んでいたとか。

 

扉を開けて、部屋に入る。

ソファーとテレビしか無い質素なリビング、調理器具すら無いキッチン。

ああ、そういえば主食はカップ麺だった。

 

「ゴミは……いいか。俺にゃもう関係ねェ」

 

ゴミ箱から目線を上げて、部屋を一望する。

 

こんな部屋を見ると、思い出すのだ。

凶器(ひとごろし)だった頃の、あの輝かしい笑顔を。

 

『___究極の天然さんなのかな〜って、ミサカはミサカは首を傾げてみたり!』

 

『___何かご飯を作ってくれたりすると、ミサカはミサカは幸せ指数が30程アップしてみたり!』

 

『___それでこのガキが殺されて良い理由になンかならねェだろォがよ!!』

 

打ち止め(ラストオーダー)……」

 

かつての部屋は、こんなに綺麗じゃなかった。

扉は無いし、ソファーは引裂かれているし、壁一面にスプレーで落書きされていた。

もちろん本人のせいではない。

上条当麻(レベル0)に敗北したことを理由に、大勢の無能力者(レベル0)から狙われていたのだ。

 

そんな時に出会ったのが、打ち止め(ラストオーダー)だった。

 

悪魔だった一方通行(アクセラレータ)を変えたのは彼女だった。

彼の頭には、初めて会った時のあの憎たらしい、そして可愛らしい顔が残っている。

それは、彼の心の拠り所だった。

 

だからこそ、心配でならない。

打ち止め(ラストオーダー)のことを思い出す度に胸が苦しくなる。

そんな気がした。

 

この想いは、一体何なのだろうか。

 

「…………なァに呆けてンだ、俺」

 

荷物はまとめた。

なら余計なことは考えず、さっさと帰ろう。

曖昧な感情を強引に頭から放り出して、部屋を後にした。

 

一階につくと、一人の少女がいた。

少女と言っても幼女とも言えるような、わずか三歳程の小さな少女。

腕はぷらんと垂れ下がり、赤い頭巾を被ってエレベーターのボタンの前に突っ立っている。

 

目線こそこちらを向いていないものの、少女は一方通行(アクセラレータ)に声をかけた。

 

「お兄ちゃん。ボタン………押して」

 

この蝉菜マンションの怪談は、人に話せる程度には知っていた。

その上で考えると、この少女が何を訴えたいのかがわかった。

 

だが、一方通行(アクセラレータ)は理系だ。

少女のことをわかった上で、吐き捨てるように言い去った。

 

「義手でもこさえてから来やがれ、亡霊」

 

 

 

昼頃。

新たな黒化英霊(サーヴァント)が確認された。

 

そして、時は夕方。

上条当麻、ルヴィア、遠坂凛、イリヤ、美遊、クロ、そして久宇舞弥。

この大所帯がエーデルフェルト邸に集まり、作戦会議を行っていた。

 

「反応はフュンフセイバーに酷似している。恐らくコレもセイバーね。ツヴォルフセイバー、といったところかしら」

「セイバー……イリヤちゃん達から話は聞いています。戦闘力、耐久力、敏捷性、全てにおいて優れた最優のクラスと」

「概ねその通りよ」

 

セイバーというクラスは、剣を使って戦うという王道な英霊(サーヴァント)だ。

それでいてあらゆるステータスが他より秀でており、高い対魔力スキルによって魔術的干渉をある程度無効化する、いわばキャスターの天敵。

だからこそ個ではなく群で戦う必要がある。

相手がいくら強力な対軍宝具を有していたとしても、個で挑んだところで勝ち目はない。

 

「今回のメンバーは上条くん、イリヤ、美遊、クロ。バゼットはバイトの都合で、私達は一方通行(アイツ)の一件でいろいろやらなきゃならないことがあるから。で、新しい幻想召喚(インヴァイト)の確認はできてる?」

「いや、まだだ。色々忙しくって…」

「ぶっつけ本番、か……幸運を祈るわ」

 

そして、この四人だと色々と問題が発生する。

さほど大きな問題ではないのだが、相手の持つ対魔力スキルの影響でイリヤと美遊の攻撃が通りづらいのだ。

上条とクロは問題ないが、イリヤと美遊は物理攻撃系の夢幻召喚(インストール)を駆使して戦う必要がある。

 

次に問題になってくるのが、相手が対軍宝具を保有していた場合だ。

四人全員が近接戦闘だと、全員が相手に接近し、かつ密着する。

そんな時に対軍宝具を発動されでもしたら一網打尽、敗北は目に見えている。

 

「となるとこの場合……クロを後方支援に回すのがいいか。んで俺らは相手の手を狙って、宝具を使わせないと」

「妥当ね、その線で行きましょう。でも、支援が一人だけだと心もとない。上条くん、アンタ遠距離系は無いの?」

「ん〜…ヘラクレスくらいか。でも実際戦闘で使ったこと無いからイマイチ使い勝手が___」

「そんなこといったら殆ど使えないじゃない!!」

 

馬鹿丸出しの上条の回答に、凛が怒る。

当の上条は、どうすりゃいいんだよ、といった顔で凛を見ている。

 

その時、

 

「その戦い、俺が出る」

 

扉を開ける音と共に、声が聞こえた。

 

「お前……一方通行(アクセラレータ)!」

「俺のァただのベクトル変換だ。魔術じゃねェし、遠距離にだって対応できる。俺がこのガキと一緒に後方につく、それでいいか」

 

周囲の言葉が止まる。

というのも、彼には散々な目に会ってきたからだ。

耐え難い痛みを与えられ、秘匿の義務を無視したり、この場の全員が一方通行(アクセラレータ)に悪い印象しか抱いていないことだろう。

 

だがそんな中、一人が声を上げた。

 

「わかった。お前も一緒に来い」

「ちょっ、アンタね!?」

「大丈夫だ、俺が保証する。コイツ、やるときはやるやつだからな」

「黙ってろ」

 

凛もしぶしぶ頷いた。

こうして今回の作戦会議は終了した。

本番は同日深夜0時。

 

「イリヤ、今のうちにクラスカードを何枚か分けてくれ無いか?」

「あ、うん。えっと……この三枚でどう?」

 

イリヤが手渡したのは、フュンフセイバー、ツェーンランサー、そして新しいエルフライダーのカードだった。

エルフライダーは使ったことがないが、こうなったらもうぶっつけ本番だ。

 

「いいな。ありがとう、コレで行く」

 

上条はイリヤに一礼し、今度は一方通行(アクセラレータ)に声をかけた。

 

「なぁ。お前、魔術のベクトルは大丈夫なのか?」

「オマエ、あン時何してやがった。アイツらの魔術を反射しただろォが。だが、黒化英霊(サーヴァント)が相手となると話は変わってくる。アレ相手にゃ停滞が限度だ」

「なら、私にいいアイデアがありましてよ」

 

声をかけてきたのはルヴィアだった。

 

「アイデア、だ?」

「ええ。黒化英霊(サーヴァント)の相手が不安だというのなら、これをお持ちなさい。いざという時、きっと役立ちますわ」

 

そういって渡されたのは、ひとつの宝石だった。

透き通った緑色、エメラルドだろうか。

 

「あァ…宝石魔術ってやつか。使う機会がありゃいいンだがな」

 

一方通行(アクセラレータ)は懐にエメラルドをしまった。

小さいからか、ポケットの異物感はあまりない。

 

ここで、上条が四人を呼び集めた。

 

「じゃあ、決行は0時ぴったし、オーギュストさんの車で、丘の上の教会に行くぞ。っし……やるぞ!」

 

おー!という可愛らしい掛け声の中、一方通行(アクセラレータ)はただ一人、冷たかった。

 

 

 

予定通り、午前0時。

教会、鏡面界。

 

上条、イリヤ、美遊、クロ、一方通行(アクセラレータ)

五人の前にいたのは、一人の女だった。

 

長い金髪を、後ろで乱雑に纏め、肋骨ほどの丈の赤いレザージャケットにホットパンツという秋らしくない服装。

だがバイザーで眼は覆われており、しっかりと黒化英霊(サーヴァント)をやっているようだった。

 

一際目立つのが、彼女のよりかかるバイク。

ハーレーダビッドソンだろうか、バイクらしからぬ高いハンドルに、重々しいエンジン音が辺りに響く。

 

そして、彼女はこちらを目の前にしても一向に攻撃してこない。

 

「おい……コイツァ、どォいうこった?」

「知らねーよ!あれがどんな趣味趣向だとか、初対面の俺にわかるわけねーだろうが!」

「でもアレ…ひょっとしたらレースで勝負しろ、ってことじゃないかしら」

 

クロが呟く。

 

確かに、相手はセイバーだというのに剣のひとつも持っていない。

まだ実体化させていないだけなのだろうが、まるでこちらを挑発するかのような笑みを浮かべている。

 

そして、上条が持つエルフライダーのカード。

もしかしたら、このカードで馬かなにかを出せるかもしれない。

 

「____モノは試しだ、幻想召喚(インヴァイト)!」

 

上条が輝き出す。

強風を撒き散らし、姿を変える。

その様を、ツヴォルフセイバーは笑いながら眺めていた。

 

光が収まる。

上条の髪は赤くなり、瞳も燃えるような赤に染まっている。

そして予想通り、傍らには一頭の馬が。

 

「うわぁ…」

「本物の馬、初めて見ました…」

「……あほくさ」

 

何にせよ、これでレースができる。

ツヴォルフセイバーも先程とは違う笑みを浮かべ、バイクにまたがった。

 

「イリヤ、コイツを下の大通りまで誘導する。お前達は一旦鏡面界を外れて、オーギュストさんと先回りしててくれ!」

「わかった。ルビー!」

 

一瞬の光とともに、四人は消えた。

バイクと馬と車、どれが一番早いかは分からないが、現世での法律云々を考えると、あちらが遅れて到着するだろう。

 

「さて……二人っきりだな、ツヴォルフセイバー」

「_____!」

 

ツヴォルフセイバーは、好敵手を前にしたように笑う。

バイクのペダルを踏むと、大きく黒煙が上がった。

 

「準備万端ってか。いいぜ、テメェがレースでやり合おうってんなら___行くぞ、始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)!」

 

ブケファラスの嘶きが、高く響く。

それを合図に、二つの影が風を切った。




日常パートのネタがない…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell14[燦然と輝く王剣 Sir_Mordred.]

これもうわかんねぇな
お前どう?


アスファルトが揺れている。

煙をふかす轟音と馬の嘶きが、人っ子一人いない鏡面界に響く。

 

「ハハッ!どうしたツヴォルフセイバー、これじゃ俺のがまだまだ早いぜ!」

 

ハーレーに乗るツヴォルフセイバーと、ブケファラスに跨る上条。

実際二人の距離はそれなりに離れていて、かつ上条が有利だ。

ブケファラスは宝具でもあるため、その辺りの補正によってハーレーを上回ったのかもしれない。

 

『ッ_____!』

「は!?お前…ッ!」

 

突如、ツヴォルフセイバーが片手に持った剣から赤雷が発せられる。

優勢の上条が油断していたというのもあるが、レースで勝負しようと持ちかけてきたあちらからルールを破ってくるのは流石に予想できない。

いや、殺し合いだから何でもあり、ということなのだろうか。

 

(契約者。あの赤雷、恐らく彼奴の宝具たる赤剣より放たれしもの。我が剣なれば相殺も叶うはずだ)

「わかった!」

 

じいじ(山の翁)の助言で上条は剣を構える。

そして、再び飛んできた赤雷を剣で斬り払う。

青い炎が、空気を灼く。

 

「これじゃ埒が明かねぇ…引き離すぞ!」

 

応じるように嘶いたブケファラスが更に加速する。

あと数分もすればイリヤ達と待ち合わせたゴールまで到着するだろう。

 

だが、ココで変化が現れた。

距離を離したことで赤雷はことごとく地面に外れたが、赤雷を発する音そのものが止まったのだ。

 

「なんだ……?」

 

怪しく思った上条は思わず後ろを向く。

気づけば遥か遠くにツヴォルフセイバーの姿が見えた。

 

そして、その異様な光景に気づく。

ハーレーが、鎧を纏い始めたのだ。

赤い鎧を纏ったハーレーのフォルムは鋭く、針のように尖っていた。

 

「そっか、空気摩擦を…!」

 

新幹線と同じだ。

日本の新幹線はアヒルの口のようななだらかな流線形になっている。

これは先端を尖らせることで空気を流線形の斜面で受け流し、極力空気摩擦を減らすことでより速度を出すための工夫である。

 

それが、あの鎧のギミックなのだろうが、それだけでここまで追いついてこれるとは思えない。

何かマシンのスペック面を補うような何かがあの鎧にあるに違いない。

 

現に、どんどん近づいてきている。

 

「マジか、あの野郎…ッ!」

 

ブケファラスはまだまだ速度を出せるだろうが、これ以上速度を出すと人の身である上条の反射神経がついていけない。

一刻も早く彼等に合流する必要があるが。

 

そんな希望を抱き、角を曲がる。

 

「___いた!」

 

そこには、現実世界で先回りしたイリヤ達がスタンバイしていた。

この時間を稼ぐために上条はツヴォルフセイバーより前に出て、あえて遠回りをしていたのだ。

 

「よし、あと少しで___」

(契約者、背後に気をつけろ。何やら強大な気を感じる)

 

なに、と振り向くと、ツヴォルフセイバーの周囲が赤いオーラを纏っていた。

そのオーラの出処は___剣。

 

「野郎、宝具使う気かよ!?」

 

そして予想通り、剣から光線が発射された。

それは光線というにはあまりにも太く、力強い一撃だった。

 

「防げるか……!?」

 

上条は不安ながらも右手を差し出す。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が宝具に使えるか、実は試したことがなかった。

 

宝具が右手と衝突する。

防げているようだが、それでも右手に強い圧を感じる。

 

「ぐ……ダメだ…圧が強すぎる……!」

 

今までの魔術の域を超えた攻撃に、上条はうろたえる。

 

いや、或いは。

こちらに来てから幻想殺し(イマジンブレイカー)が弱体化している…?

 

「ッ___一方通行(アクセラレータ)!!」

「遅ェンだよ三下ァ!」

 

宝具の停止を確認した上条は、合図で横にそれる。

そこに、能力をオンにした一方通行(アクセラレータ)が、ヤクザのような真っ直ぐな蹴りを一撃。

それはただの蹴りにすぎないが、能力をオンにした彼が本気で蹴れば、それこそ空間そのものを刺激する重圧となる。

 

『_____!』

 

その圧にハーレーの鎧も流石に耐えきれず、ハーレーは崩壊し爆発する。

 

だが、相手は黒化英霊(サーヴァント)

その程度で死ぬはずがなく、爆発の上から剣を振り下ろしてきた。

 

「おおおおおォォッ!!」

 

転倒しそうな低姿勢で、ブケファラスが駆ける。

跨る上条はその大剣でツヴォルフセイバーの剣を下から防ぎ、ブケファラスが姿勢を起こす衝撃で弾き飛ばす。

 

吹き飛ぶツヴォルフセイバーだったが剣を地面に突き立て自らを静止し、赤雷による加速で一気に接近する。

 

「みんな、作戦通りに!」

 

そう言い、一斉に散る。

イリヤと美遊は左右に。

一方通行(アクセラレータ)とクロは後方に。

 

幻想召喚(インヴァイト)!」

 

上条は、同じセイバーの力を宿し正面へ。

 

白銀の拳と赤色の剣がぶつかり合う。

散る火花は文字通り花弁の如く、二人の戦いの激しさと、その闘争の美しさを物語っている。

 

そして、左右双方から迫り来るはイリヤと美遊。

杖から放つ魔弾は、ただ剣を握る手を狙っていた。

だがツヴォルフセイバーは上条を相手にしつつそれを弾き、一切の隙きを見せない。

 

後方からはクロと一方通行(アクセラレータ)が狙撃せんと視界を定める。

しかし、四人が集中しており、かつツヴォルフセイバーが激しく動き回るため、狙いがつかない。

 

「クソ、あの野郎止まれってンだよ……」

 

このもどかしさに、一方通行(アクセラレータ)もキレ気味。

 

『f、ff、fffffZ!』

「こいつ____ぐっ」

 

一瞬の油断を突かれ、上条は吹き飛ばされる。

 

だが、今のは油断せざるを得ない。

なぜなら、ツヴォルフセイバーは今確かに「言葉」を話した。

恐らく地球上の言語ではないが、それは確かに言葉として成立するだろう。

 

『fZ!』

 

上条が消え攻めが薄まったところで、ツヴォルフセイバーは反撃に出た。

剣を地面に突き立て、それを軸として回転し飛ぶ。

飛んだ先にいたのは美遊だ。

 

「がはっ!?」

 

飛んできた勢いはそのままに、美遊の腹を壁のようにして跳ね返る。

もちろんその分の衝撃が美遊を襲う。

 

そして、美遊の反対側にいたのは___イリヤだった。

 

「な………夢幻召喚(インストール)、バーサー__」

 

ズィーベンバーサーカーのカードを構え、夢幻召喚(インストール)しようとする。

が、一歩遅かった。

 

「_____カ、は……っ?」

「ッ_______イリヤぁっ!!」

 

美遊が叫ぶ。

ツヴォルフセイバーが嗤う。

 

イリヤの腹には、一本の剣が突き刺さっていた。

 

 

 

「っ!」

 

間桐邸。

桜は目を覚ます。

 

ひどい汗だった。

服は引っ付き、髪は乱れ、枕には尿を漏らしたかのように染みができていた。

 

ああ。

また、あの夢だ。

 

「はぁっ___はぁっ____!!」

 

あの骸骨面とは違う、別のイメージ。

 

そこは丘だった。

夕暮れ時の、赤い空。

そして、地面も赤い。

夥しい程の死体の中に、彼女は立っている。

その手には、血濡れた剣が握られていた。

 

桜に相対するのは、一人の少女だった。

剣を失い、仲間を失いながらも少女は屈しなかった。

少女の手に、槍が握られる。

気付いた頃には、少女は目の前で桜の腹を貫いていた。

 

その感覚が、今でも残っている。

命が犯されるあの感触。

生温かい血が肉を伝うあの快感。

そして、言いようのない異物感。

まるで_____

 

「ひっ____!」

 

考えを巡らせていると、頭がおかしくなってしまいそうだった。

桜は掛け布団を翻し、膝を抱え込んだ。

歯はがくがくと震え、視界がちかちかと点滅する。

 

決して胡乱ではない、あの痛み。

明晰な死を、彼女は思い描かずにはいられなかった。

 

「___ひ、ひひっ___あはは__」

 

なぜ、こんな夢を見るのか。

なぜ、こんなにも苦しいのか。

なぜ、こんなにも可笑しいのか。

 

今の彼女にはわからない。

真実は、全てを失ってこそ明かされる。

 

 

ツヴォルフセイバーが剣を引き抜くと、イリヤから鮮血が溢れ出る。

イリヤは声もなく倒れた。

 

「マズイ、早くペインブレイカーを……っ!」

 

そうはさせまいと、血塗れのツヴォルフセイバーが立ちはだかる。

その愉悦に浸った笑顔に、上条は殺意しか覚えなかった。

 

「てめぇ……」

 

その時。

横から、叫びとともに一撃が入った。

 

美遊だ。

 

「あああああああぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」

 

もはや夢幻召喚(インストール)すらすることも忘れ、サファイアに展開した魔力の刃のみで斬りかかる。

剣術もへったくれもないその暴力的な剣戟を、ツヴォルフセイバーは逆に防ぎきれない。

あまりにも乱れすぎているのだ。

 

「よし、今か……!」

 

斬り合う二人をよそに上条はイリヤのもとに駆け寄る。

そしてケースの中からフィーアキャスターのカードを取り出し、身に纏う。

 

修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)……頼む、もってくれ!」

 

いくら宝具の力であろうと、死んだ命を蘇らせる事はできない。

それはもはや魔法の域に到達しているからだ。

 

しばらくして、イリヤの傷が塞がり、彼女の寝息が聞こえた。

一安心だ。

 

「___にしても、美遊……」

 

それはまさにバーサーカーそのものであった。

サファイアをあまりにも強く握りしめているため、掌から血が出ている。

だが、彼女は恐らくそれにすら気付いていない。

 

「しねっ、しねっ、死ねっ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、死ねえええええぇぇぇえぇぇっ!!!」

 

ツヴォルフセイバーを殺すことにしか意識が向いていなかったからだ。

 

「オイ、どォしたアイツ。トチ狂いやがったか」

「……かも。前からイリヤに異様な執着があるのはわかってたけど、だからってあんな美遊見たことない………」

 

それは友情か、それとも愛情か。

イリヤに惹かれた美遊は、人知れず彼女を欲した。

雪のように白い肌も、宝石のように赤い瞳も、水滴のように艷やかな唇も。

もはや昔のようにはならない。

今、この二人は「友人」関係にはないのだ。

 

故に、彼女は怒り狂った。

イリヤを汚したその愚行を、許しはしないのだ。

 

「お、おい美遊!イリヤなら大丈夫だから落ち着けって…!」

「っ!」

 

その言葉を聞き美遊は我に返る。

 

「イリヤ!」

 

そして振り向きざまに、彼女の名を叫んだ。

白雪姫のように眠る彼女を見て、安堵した。

 

だが、彼女の意識は依然イリヤにあった。

背後からの攻撃に、気付くわけもない。

 

「美遊、後ろだ!」

 

ツヴォルフセイバーは魔力を放出させ、美遊のすぐ側まで迫っていた。

この距離では、振り向く頃には遅い。

 

その時だった。

後衛を任されていた一方通行(アクセラレータ)の回し蹴りがツヴォルフセイバーの腹に命中した。

 

「あンまり手ェ出すンじゃねェ豚が」

 

地面と足とのベクトルを変換し、高速で接近したのだ。

その蹴りは腹に強くめり込み、ツヴォルフセイバーを吹き飛ばした。

 

『ッ、_____!!』

 

状態を立て直すには十分なほどの距離が空いた。

だが相手もすぐに攻撃を再開するだろう。

 

「美遊、しっかり!落ち着いてアイツを倒せ!」

「ごめんなさい……すぅ、はぁ___」

 

深呼吸。

彼女が心を休めるには、それで十分だった。

 

「さぁ、来るか______なに?」

 

上条はてっきり、ツヴォルフセイバーが突っ込んでくるものかと思っていた。

だが違った。

ツヴォルフセイバーは剣を両手で持ち、その場で止まっていた。

 

「あの姿勢、もしかして_______」

「何かわかるのか、美遊?」

「宝具が来ます!」

 

その剣は、赤雷を帯びる。

そして、その赤雷は巨大な剣と化した。

 

最も危惧していた事態。

対軍宝具の展開である。

 

「マズイ、あの規模はとうまの右手でも防ぎきれない!」

 

クロが叫ぶ。

確かに、あれは持続的に放射される魔力。

上条の右手で一気に消し切る事はできず、右手の範囲から溢れた余剰エネルギーが周囲を襲う。

 

「ああ。今の俺の右手じゃ、あれは無理だ」

 

だが、上条は前に出る。

確固たる自信を持って。

 

「なら、他の右手で立ち向かえばいい」

 

そう言い、フュンフセイバーを纏う。

その銀腕は、確かに輝いていた。

 

美遊ははっとする。

ズィーベンバーサーカーとの戦いで用いた、聖剣エクスカリバー。

その星の輝き、そのものだった。

 

「あの右腕_____」

剣を摂れ(スイッチオン)

 

その言葉とともに、銀腕は魔力を纏う。

聖なる剣をその身に宿し、己が魂を糧として放つ。

 

それを見て何を思ったのか、ツヴォルフセイバーも笑って剣を振り下ろした。

 

『_____我t@麗dg父^k叛逆(ho;ys・2@oZs@3ーxー)!!』

 

邪剣が放たれた。

禍々しき炎は真っ直ぐに上条へと向かう。

 

それに呼応するように。

上条もその真名()を名乗った。

 

一閃せよ(デッドエンド)_____銀色の腕(アガートラム)!!」

 

二つの光がぶつかった。

そこから放たれるのは火花ではなく、風圧でもなく、夥しい魔力。

銀色に輝く聖剣の如き一撃と、それを振り払わんとする邪剣。

お互いに差は無く、防ぎ切ることも攻め切ることもなかった。

 

「ぐ___おおおおぉぉっ………!」

 

だが、上条は一歩踏み出した。

一歩ずつ、ゆっくりとツヴォルフセイバーに迫る。

彼の強い意志は宝具を押し退け、右手を焼きながらも進む。

 

『u______!?』

 

人間が英霊に向かって突き進むというその異様な光景に、ツヴォルフセイバーは動揺する。

 

その瞬間。

一瞬、宝具の邪光が弱まった。

 

「ッ___行っけええええええええぇぇえぇえぇ!!」

 

上条は駆けた。

唯一訪れたチャンスを、無駄にしないように一生懸命駆けた。

 

そして、辿り着く。

見えたのは、冷や汗に濡れたツヴォルフセイバー。

 

「取った!」

 

銀腕の一撃が、ツヴォルフセイバーを切り裂いた。

それにもはや叫びはなく、彼女は光に呑まれていく。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

『_____ッ』

 

未だ、決着はつかず。

宝具を放ちお互いに疲弊し、もはや戦う気力も残っていない。

 

上条は、いつものウニ頭に戻っていた。

 

「おい、大丈夫か」

一方通行(アクセラレータ)……ああ、悪ぃ」

 

差し伸べられた手を取り、上条は立ち上がる。

それを同じくして、ツヴォルフセイバーも剣を突き、杖のようにして立ち上がる。

 

「アイツ、まだやる気か…っ」

 

然り。

彼女も泥に呑まれようとて騎士。

己が命が尽きるまで、その剣は止まらない。

 

そんな騎士道は、

 

「____新たな天地を望むか」

 

その一言で、潰えた。

 

次にツヴォルフセイバーが目にしたのは、血。

びしゃりと地面にへばりついた鮮血。

その水溜りには、一枚のカードが。

 

ツヴォルフセイバー。

心臓の代わりとなる自身の霊核(クラスカード)だった。

 

『3____aa、45____』

 

次の瞬間。

ツヴォルフセイバーの残骸が、跡形もなく消え去った。

 

「一体何が____」

「何が、と言われても。自分でもわからないので」

 

声がした。

声の方を向くと、そこはまるで異空間だった。

 

青い光帯を背に立ちはだかる六人の人影。

黒衣に身を包んだ青年。

ローブで身を隠した男。

白衣を着た男性。

赤い髪の女。

白髪白髭の老人。

そして___どこにでもいそうな、制服の青年。

 

「お前達は……」

 

上条は問うた。

自身と対をなす、陰の陽たる存在に向かって。

 

「そうですね、自己紹介でもしましょうか。ではぼくから」

 

青年は名乗った。

その名は、この先ずっと上条達に付きまとう忌み名となろう。

 

「上里翔流………六人目の魔法使い(ただのこうこうせい)です」




無理してイリ美遊のフラグを建てる私
ペース上げれるよう頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell15[理想送り World_Rejecter.]

これいる?


「上里、翔流……」

 

突如現れた青年はそう名乗った。

 

「ちょっと、待って……あんな連中が…私達の敵になるわけ……っ!?」

 

凛を見ると、文字通り青ざめていた。

冷や汗はもはやシャワーの如く噴き出、彼女の緊張を物語っている。

 

「あんなの、イカれてるわ…!!」

「おい、待てよ!イカれてるって何だよ、どうしてそんな顔色……」

「仕方ないじゃない!!!」

 

凛の響きが上条の鼓膜を刺激する。

上里はただ思わせぶりな微笑を浮かべていた。

 

「遠…坂……?」

「もうイヤ…説明しなきゃならないのに、言葉にすることすら恐ろしい………」

「では、ぼくが」

 

上里が名乗り出た。

怯える凛達を嘲笑うように語る。

 

「メンバー紹介です。黒髪の彼はシグマ。ローブの彼はマリスビリー・アニムスフィア。白衣の彼はロマニ・アーキマン。赤髪の彼女は蒼崎青子。髭の彼はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」

「あぁ?メンバー紹介だなんて、随分丁寧な_______」

 

上条は気付いてしまった。

聞き覚えのある2つの名前。

そして覚えのある魔力量。

いや___右手に宿るアサシンと同じ波長。

 

「魔法使いと……サーヴァントが、いるのか…?」

「そ。僕は一応ロマニを名乗ってるけどキャスターのサーヴァントさ。名前は____」

「キャスター。私の許可なしに真名は開示させぬぞ」

 

ゴメン、とロマニ__キャスターは陽気に謝る。

 

「上里……てめぇ、何が目的なんだ!」

「目的、ですか。そうですね…」

 

上里はしばらく黙り込む。

何を考えているか知ったことではないが、恐ろしい何かを感じた。

 

「これ以上カードの回収が遅れると面倒なことになるらしいので、君達を始末してぼくらが回収します」

 

何、と上条が言う間も与えず、光帯から光線が飛んできた。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

前に出たクロが7枚の盾で光線を防ぐ。

しかし光線が勝っているようで、盾は一枚また一枚と砕け散ってゆく。

 

「なによ、このビーム……大英雄ヘクトールの投擲を防いだ盾が、圧されるだなんて……!!」

 

片手で展開していたが、クロは堪らず盾を展開している右手を左手で抑える。

だが、それでも光線は抑えきれない。

 

「おお、僕の宝具を防ぐのか…凄いね君!」

「宝具……あんな大きいのが、全部…!?」

 

遂にクロも光線の威力に耐えきれなくなり、盾を離し後退する。

光線は地面に命中するが、そこにはクレーターの1つもなかった。

 

「うん。頑張ったと思うよ。この熱量を相手にその小さな身体で対抗したんだからね」

 

小馬鹿にするような物言いに、クロは思わず歯ぎしりする。

 

「こ、の………黙っていれば、さっきから!そこまで言える自信があるっていうんなら、こっちに来て直接戦ってみなさいよ!」

 

その言葉を聞いた上里が口角を上げる。

やってしまったと、クロは思った。

 

「ですって、皆さん…やっちゃいましょうか」

 

上条達は一斉に構える。

 

「ルヴィアさん、イリヤを…!」

「ええ。あなたも気を付けて、美遊」

 

未だ眠っているイリヤをルヴィアに任せ、美遊も戦線に立つ。

上条、美遊、クロ、一方通行(アクセラレータ)、凛の5人で対抗する。

 

ルヴィアが彼等に戦線を譲ったのは自らの強さの自覚故か。

彼等の中では、ルヴィアは自身の才能を信じる負けず嫌いだと認識されているだろうが。

 

「ふむ、では……」

一方通行(アクセラレータ)はワシがやる。彼とは話したいことが、まぁ幾つかあっての」

「じゃああのクロって娘は僕らが。最後まできっちり相手してあげないと」

 

なにやら作戦会議を始めた。

会議というほど大掛かりなものではなかったが、彼等の余裕さが見て取れた。

 

「あの娘は私が相手をするわ。知ってるわよ、凛ちゃんよね」

「はい。………シグマは」

「……美遊(あのこども)でいい」

 

となると、上里の相手をする者は決まってくる。

 

「……じゃあ、ぼくと」

「……俺か」

 

上条は決意を固める。

詳しい能力もわからないが、この状況では戦うしか無かった。

正直、勝てるとは思っていなかった。

 

 

「____一方通行(アクセラレータ)よ」

「黙れ、クソ爺。わかってンだよ、こっちには」

 

ゼルレッチの言葉を、一方通行(アクセラレータ)は払いのける。

 

「俺がやったことと、衛宮切嗣が俺にした指示。それは…オマエが、衛宮切嗣に吹き込ンだことなンだろ」

「聞いておったのか。なら、話は早い」

「あの上里ってアマが言ってたのも、元はオマエの意思なんだろォな。答えろ。何が目的だ?」

 

うむ、とゼルレッチは申し訳なさそうに言った。

 

「全てはこの世界、いや___全ての世界の為なんじゃよ」

「スベテノセカイ、だァ?」

 

一方通行(アクセラレータ)は呆れた。

あんな嫌な目に合わされてまでしようとしていたことが、ここまで不明瞭な目的だったとは。

呆れを通り越して、怒りすら湧いた。

何せ、あの敗北は彼にとって最大の屈辱だったのだ。

 

「今は分からぬ。そして、わかっても困る。あのカードは世界を跨ぐものじゃ。アレが存在し続ければ世界の壁は裂け、大蜘蛛がやってくる。そうなってしまったが最後、全ての並行世界は水晶に覆われる」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃ…訳わっかンねェこと抜かしてんじゃねェぞ爺ィ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は堪らずベクトル変換でゼルレッチまで駆ける。

そして、思い切り殴り掛かる。

 

が、気付いた頃には一方通行(アクセラレータ)は鈍痛と共に地面に寝転がっていた。

 

「_________?」

「ワシはこんなナリでも第二魔法使いじゃ。あまり無理せん方が良いぞ、若いの」

「ぐ、が…………黙れェ!!」

 

いつ吐いたかもわからない血を口に含みながらゼルレッチに掴みかかる。

だが、その鈍痛が今度ははっきりと襲いかかった。

 

「ッ!?」

 

言葉にできない痛み。

気流のように胸に流れ込み、ミシミシと骨が軋む。

それを受ける度、肺は血を噴く。

 

「がはッ!!こい、ツ………!!!」

 

ベクトルが計算できない。

英霊の攻撃でも、魔術でも、憎き未元物質(ダークマター)でもない。

これが、魔法か。

 

「どうする。傷を負い恐怖を負い、それでもワシに立ち向かうか?」

「ったりめェ、だろォが……ンなモンはな、俺のプライドってのが許さねェンだよ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は怯まず立ち向かった。

次に見たのも、空だった。

 

 

 

サーヴァント。

 

クロ達が今まで戦ってきた黒化英霊(サーヴァント)とは違う、純粋な霊基。

黒化英霊(サーヴァント)を遥かに凌ぐ能力と意志を前に、クロは佇んでいる。

 

「マスターの許可は得た。存分にやり合おうか、クロちゃん」

「馴れ馴れしく呼ばないで、この変態っ!」

 

離れた距離から音速の赤原猟犬(フルンディング)を射る。

キャスターは白衣をなびかせながら浮遊し矢を避け、背後から追尾する矢を自身の魔術で撃ち落とした。

 

「変、態………うぅ、会って間もない少女に言われる言葉とはとても思えない……っ」

「お前のせいだろう。敵とはいえあそこまでしつこく迫れば変態とも呼ばれる」

「そんなぁ、マスターまで!?」

 

何やら会話をしているようだが、クロにはその会話などどうでもよかった。

 

「そっぽ向いてんじゃないわよ!」

 

空中浮遊の魔力靴と干将莫耶を投影し、浮遊しているキャスターに斬りかかる。

 

盾、弓、魔力靴と、剣以外のものを多く投影したせいで魔力消費が激しい。

この干将莫耶の投影だけで、簡潔に終わらせねば。

そしてイリヤの唇を奪わねば。

 

二刀の曲刀が同時にキャスターに迫る。

会話中の不意を突いた一撃、もしばれていてもあそこから背後を向いて二刀同時に防ぐのは難しい。

 

だが、キャスターは左手をかざしただけで二刀の動きを止めた。

金色の光が掌から発せられ、吸い込まれるような錯覚に襲われる。

 

「全く、君は_______一度言わねば分からぬようだな」

「っ!?」

 

ビクン、と背筋が震える。

剣を止められたと思えば、キャスターは目の色を変えてこちらを睨みつけたのだ。

比喩ではなく、強膜は黒く、瞳孔は赤く変色していた。

そして、目の周りには黒い紋様が浮かび上がっている。

 

まるで、人が変わったような。

 

次の瞬間、キャスターが左手を握った途端干将莫耶が圧縮されるように砕け散った。

そして旋回したキャスターが右腕でクロの両手を引き寄せ、両手首をまとめて掴む。

 

「やぁっ!?」

 

恐怖と掴まれている腕から流れるキャスターの得体の知れない魔力のショックで、魔力靴が消滅する。

つまり今のクロは手首を掴まれて宙吊り状態だ。

 

「投影魔術などと、そのような些事が我が冠位に及ぶとでも思っていたのか」

「わる、い…?自信を持つのは、いいこと、でしょ……!」

「ハッ、笑わせてくれる。勇敢と無謀は履き違えるなよ、小娘」

 

キャスターがクロの両手を引き寄せている魔力を放出した瞬間、クロは地面に引き込まれるように墜落していった。

あまりの衝撃にアスファルトの舗装路は砕け、土煙が舞う。

 

「げほ、ごほっ……」

 

血を吐く。

アスファルトが砕けるほどの衝撃を受けたのだ。

内部が損傷するのも当然だった。

 

「私に牙を剥いた勇気は褒めてやろう。だが王に対して牙を剥く勇気は不遜に値する。楽には死なせぬぞ」

 

 

 

「貴女が五大元素使い(アベレージ・ワン)の遠坂凛ちゃんね。改めまして、私は蒼崎青子。ヨロシク」

 

青子は気さくな挨拶を交わす。

だが、当の凛は強張った顔のまま警戒を解かない。

 

「………はぁ。何だって、魔法使いってだけで、こう、避けられなくちゃならないのよ。私だって悪気は無いのに」

「魔法使いが、敵になってるんですから……当然でしょう」

 

そっか、といった感じで掌を拳で叩く。

 

「じゃあ、どうする?殺る?」

 

その一言で凛は後ずさる。

いくら五大元素使い(アベレージ・ワン)といえど、魔法使いに敵うはずがない。

 

「………そうね。相手は聖杯の御三家だし、コネは作っときたかったけど、仕方ないか。でもこれ以上七夜(あれ)みたいな変な縁が____」

 

だが、そんな道理はない。

 

Laden,Kurve(装填、曲射)!」

 

凛が継ぎ接ぎのドイツ語を詠唱し、ルビーをひとつ投げる。

すると、ルビーは砕け散り、その破片全てが個の弾丸となり、更に変則的な曲線を描きながら青子へと飛んでいった。

 

「おっと」

 

青子はとぼけた顔で弾丸を眺める。

一歩も動かず、遂には青子に全弾命中した。

 

と思ったのだが。

 

「へぇ、宝石魔術ってこういう感じなのね。結構金かかりそ、宝石魔術の家系に生まれなくてよかったわ〜」

 

本人は先程と変わらぬ姿勢、表情で、呑気に語っていたのだ。

 

「あれ?………ん、んん!?」

 

一瞬だったので、青子が回避行動を行ったかすらあやふやだった。

少なくとも、凛には何もしていないように見えたのだが。

 

「ゴメンね。タネ明かしはまた今度。今はとりあえず、全力で戦いましょう!」

 

そうして、青子は指を向ける。

 

その指先から、機関銃の如く魔弾が撃ち出された。

 

「っ、速!?」

 

凛は頭を低くして魔弾を避ける。

連なる魔弾はクレーターのように地面を直線に抉った。

 

「ガンド………?……いや」

 

あれはガンドではない。

ガンドの元は北欧の呪い、指差した相手の体調を崩すという軽いもの。

凛の場合、魔術の才能により強化され弾丸の如き破壊力を得ているのだ。

 

だがこの魔弾はあまりにも”破壊的”すぎる。

これではまるで元から人を撃ち殺すためにあったもののようだ。

 

「私、魔法は使えるけど魔術はからっきしなの。だから教えてね、セ・ン・セ」

「っ…」

 

凛は汗を拭い、立ち上がる。

懐から幾つもの宝石を取り出し、それを指の間に挟み、青子へ向く。

 

「ええ。こうなったらダメで元々、トコトン指導してあげるわよ!」

 

 

 

「…………………」

「………………っ」

 

自ら戦いを選択したものの、美遊は恐怖に動き出せずにいた。

 

彼女の相手をする青年シグマ。

その冷酷な目つき。

そして手に持っているのは本物のFN P90(サブマシンガン)

 

今にも残酷に、業務的に殺されそうに錯覚する。

 

すると、シグマは折角のP90を放り捨てた。

 

「俺だって加減はできる。君みたいな子供に短機関銃なんて、使う気になれない」

 

シグマは懐から一丁の拳銃を取り出した。

友人の栗原雀花に一方的に聞かされて、あのような感じの銃には覚えがある。

 

「残念、多分グロッグだとでも思っているんだろう」

 

あ、と美遊は声を漏らす。

 

「これは俺と同じ名を持つ。S&Wシグマ SW40P……パクリだとか言われてるらしいが、俺はコイツが好きだ。性能もいいし、握りやすい、それに安価……いいとこ取りだ」

 

カシャン、とスライドを引く。

びくっ、と美遊が震える。

 

「きっとこれなら……成すべきことを君にしてくれるだろう」

 

その一言で、美遊は耐えられなくなった。

サファイアを振りかざして放った一発の魔弾。

これは攻撃ではなく、恐怖からの自己防衛に近いだろう。

 

だがシグマは流れるように銃口を振り上げ、一発の弾丸を撃ち出す。

それはきれいに魔弾に命中し、魔力の雫が弾けた。

 

「美遊様、気を確かに!イリヤ様は大丈夫です、だから今は自分の心配を!」

 

美遊が恐れているのは、確かに自分の死ではあった。

だがそれは、自分という壁が突破されることでイリヤに危害が及ぶことへの恐怖であった。

 

「………何だ、それ。守ってるつもりなのか」

 

ぱん、という発砲音。

あまりにも早すぎて気づけなかったが、美遊の頬を確実に弾丸が掠めていた。

 

「前言撤回だ。そんなに自分がどうでもいいのなら、あの世で気づかせてやる。命の大切さ、ひとつの命を捨てることの愚かさをな」

 

 

 

拳がぶつかった。

世界を救う拳と、世界を壊す拳が、今相見えた。

 

「い、ってぇ……」

 

痛覚の痛みではない。

上里と出会ったことで起きた痛み、それは痛覚の痛みとは確かに別だ。

セフィラとかエーテルとか、その次元の痛みだ。

 

「ッ……おおォッ!!」

 

はたから見れば、命をかけた殺し合いには見えないだろう。

それは実際ただの殴り合い、高校生同士のありふれた喧嘩だった。

だが、その喧嘩でしか戦えない相手が今ここに居る。

だからこそアサシンの力を使うわけには行かなかった。

 

ふと、上里の拳が上条の頬に突き刺さった。

 

「くはッ」

「はぁ…はぁ……さあ、どうですか!」

「効かせてくれるじゃねぇか、上里翔流…」

 

ごつん、と上条は頭突きを繰り出す。

ごん、という鈍い音とともに双方が退いた。

 

「いっ……やりますね、上条当麻」

「おうよ、こっちだって伊達に喧嘩やってねぇんだ…」

 

頬を叩き上条は自身の目を覚ますが、その瞬間に上里の拳が腹に突っ込んだ。

 

「おぶっ…!」

 

だが意識は保っている。

上条は上里が離れないうちにその頭を掴んだ。

そして、その顔面に上条の右膝を食らわせてやった。

 

「んが、ぐっ ……!!?」

 

上里は後退し、自身の顔を探る。

骨折はないようだが、鼻血が出ていた。

それに汚れに傷だらけ。

 

「この……ッ!!」

 

痺れを切らしたのか、右手を構える。

未だ知らぬ右腕、理想へ上条を送らんと地面に影を伸ばす。

 

『新たな天地を望むか』

 

言葉にならない囁きで上条を誘う。

なに、と上条は一歩立ち止まる。

 

「これがぼくの右手____理想送り(ワールドリジェクター)

 

影に触れたものは、彼の右手に懺悔する。

右手がその懺悔を聞き届けし時、新たなる天地、理想の体現へと送られるのだ。

 

「______ッ!?」

 

ぐわん、と上条が仰け反る。

意識は消失し、虚ろな目が天を見上げる。

 

だが、それは上里の想定とはかけ離れていた。

 

いくら相手の右手が全てを打ち消すものだろうとこの理想送り(ワールドリジェクター)ならば送れるはずだった。

効かないのならまだ自然だった。

意識を失い仰け反るなど、想定しているはずもない。

 

「これは、一体…………」

 

次の瞬間。

 

上条の右腕から、竜が現れた。

 

「!?」

 

その場にいる全員が、戦いを止め竜に気を取られた。

 

それはさながらヤマタノオロチ。

ドラゴン、ワイバーン、サーペント、数多もの竜が右腕から顔を出す。

 

竜の首は四方八方へと飛び散り、ビル街を破壊する。

世界の終末を見ているようだった。

 

「____なんと、悍ましい」

 

ゼルレッチが、そう呟いた。

 

暫くして、竜は破壊を終えた。

静まった竜達は逆再生のように右腕に向かって流れる。

そして竜の首は全て引っ込み、上条はそのまま倒れた。

 

「当麻さ…………っ!」

 

美遊が頬から血を流しながら上条へ飛ぶ。

しかし、上条の側へ寄った上里に威圧され、立ち止まってしまう。

 

「このカードですか、あの回復効果を示したのは。……些か、不平等です」

 

上条の懐からフィーアキャスターのカードを抜き取る。

地面に落ちているツヴォルフセイバーのカードも拾い上げ、四人のもとへ集う。

 

「ぼくの力を見せてしまったからには、これで終わりですね。…このカードを返してほしければ、ぼくらを探してください。殺して、奪い取ってください。できるでしょう?魔術師なんですから……」

 

吐くように言い捨て、五人はキャスターの光帯の中に消えた。

 

「……あっ上条くん!ちょっと一方通行(アクセラレータ)、手ぇ貸しなさい!」

「カッ、なンで俺が……」

 

凛と一方通行(アクセラレータ)が上条に近寄り、肩を貸し立たせる。

応急手当に関しては一方通行(アクセラレータ)が幸いその系統の知識を持っていたためなんとかなった。

 

しかし上条とイリヤを運んでいる最中も、彼等の脳裏にはあの光景が焼き付いていた。

あの竜_______

 

その後、上条は数日目覚めなかった。

 

 

 

数日後、穂群原学園小等部。

 

「美遊、どうしたのトイレなんかに呼び出して……体育でしょ?」

 

昼食時、四時間目の体育のため体育着とブルマに着替えたイリヤと美遊が、狭い女子トイレ個室に詰められる。

呼び出したのは美遊なのだが、先程からずっと股をもじもじと動かし、イリヤとあまり目を合わせない。

 

「ねぇ美遊、授業始まっちゃうからできるだけ早く______!?」

 

突如、イリヤの口を美遊の口が塞いだ。

 

今自分が何をされているかはわかっていた。

イリヤにとって、女児同士のキスはクロとの魔力供給でし慣れていた。

 

しかし、美遊とのそれには違和感を感じた。

普段クロとするときは口元の動きだけで事を済ませている。

直接人体を介した魔力供給の要となるのは該当人物の体液であり、吸血だろうが性行為だろうがキスだろうが、それで唾液(たいえき)が譲与されればよかった。

美遊は違った。

口元だけでなくイリヤを抱き締め、互いの肌をあえて触れ合わせているかのように、身体をひっきりなしに動かしている。

一向に唾液を摂取する気配がない。

 

そもそもクロに魔力供給が必要なのは彼女の肉体が霊核となるクラスカードを中心に構成された、サーヴァントと似た性質を持つためである。

魔力供給は分離元であるイリヤに相手をしてもらうのが一番効率がよく、かつイリヤは魔術回路のパスの繋ぎ方を知らないため体液の譲与という方法で済ませているのだ。

だが美遊は魔力供給せずとも肉体は消滅しないし、魔力供給が必要になったならば、ルヴィアやら凛やらにパスを繋げてもらって正当法で供給してもらえばいいだけの話だ。

 

そして、イリヤの耳元に響いたのは、これまで聞いたことのない”音”。

淫靡に囁く、美遊の嬌声だった。

 

「むうっ、み、ゆ……やめ、てっ!」

 

衝撃のあまり、美遊を強引に突き飛ばしてしまった。

我に返ったのか、今度はイリヤがあたふたとしている。

 

「ごめんイリヤ、私……ヘンなの。イリヤのことを考えると身体が熱くなって…疼いて…お腹の奥が、きゅうってして……」

 

イリヤは理解した。

それは愛欲だ。

本来、異性に抱くべき性愛欲求。

それを同性相手に、しかもこの年齢で抱くのは極めて異常だった。

 

イリヤも、美遊のことが好きだった。

だがそれは友愛であり、決して性愛ではなかった。

 

校舎に鐘の音が響く。

時間のようだ。

 

「…………ごめん、私行くよ。先生には説明しておくから、早く来てね」

 

そう言って、個室から出ていった。

 

明確な拒絶だった。

 

「ああ…イリヤ……」

 

ずん、と洋式便座に座り込んだ。

用を足す訳でもなく、ただ己を模索しているのだ。

自分はどこにいるのか、このタブーは本心から来たものなのか。

 

だが、その思索も虚しく。

気付けば、自らの鼠径部に手を這わせていた。

 

「………んっ」

 

感覚を覚えた瞬間、手を離した。

美遊は放心状態となり、死体のように天を見上げた。

無機質なタイルの壁と天井が、美遊に対するイリヤの感情のように思えた。

 

「いりや、すき…………ああ……」

 

もはや彼女は、イリヤでさえも擁護できない領域にまで達していたのである。




やべぇよやべぇよ…おいどうするよ、めっちゃ表現しちゃったから……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章 伽藍の洞
Spell16[無慈悲なほどに無力 Weak_in_the_girl's_organ.]


そろそろヤバイかも


9月、25日。

余熱も引いた、秋の真っ盛り。

 

「っちゃりゃあォォ!何だってこんな寒くなってまでプールの授業があんだよぉオラァン!」

 

イリヤの親友の一人、嶽間沢龍子が叫ぶ。

 

場は穂群原学園初等部、プールの女子更衣室。

女子の着替えはこれといってお淑やかな要素は無く、中には男子以上に周囲の女子に手を出す女子もいる。

現実である。

 

「でもなー、高校からはプールないんだろ?着替えもめんどくさいし、その方がいいよなー」

「で、でも暑いし…」

 

森山那奈亀と桂美々が話している。

その中、栗原雀花はじっと龍子を見ていた。

 

「あンだ?」

「なんてかさ…タッツン意外と筋肉あるんだ〜って」

「そりゃあ家が家だからな!んな事言ってお前もいい身体してるじゃねーかー!」

「のわっ、ちょタッツン、やめ…ぁん、そこ、ダメだって、だっははは!」

 

何やら雀花と龍子が身体を触りあっているが、むさくるしくないのだろうか。

そもそも次の時間も授業があるため、急いで着替えねばならないというのに、と美々は一人呆れる。

そんな美々に、那奈亀は愛想笑いで応答する。

 

さて、一方のイリヤだが、あまり気分は良くなかった。

先日……

 

(美遊…どうして、あんな……)

 

それを思い出すと、おちおち着替えもしていられない。

美遊が悪い訳では無い。

実際美遊の方をチラチラ見てみると、クロと話をしていてこちらのことなど気にもしていない。

 

それはそれで良いのだが、イリヤの不安からか、常に何者かに視られているような錯覚を憶えるのだ。

どす黒い、まるで黒化英霊( サーヴァント)のような気配を感じる。

魔力など、ルビーの助力無しに感じ取れるはずもないのに。

 

(気のせい、かな…)

 

と、龍子がいきなりイリヤに抱き着いてきた。

そいつはもう野獣だぞ、と雀花が警告する。

負けじと、イリヤも龍子をくすぐり回した。

 

「……………」

 

美遊は、イリヤを見ていた。

 

気にしないはずがない。

ただ、イリヤに嫌われるのが嫌で、彼女の視線がある間はこちらの視線を外していたのだ。

流石にガン見とまでは行かないが、イリヤの身体からは目を話せなかった。

 

下着だけになった白い肌。

プールの水滴で艶やかに光るそれは、むしゃぶりつきたくなるほど麗しかった。

 

(……駄目…っ)

 

全力で、己を制する。

しかし、視線は依然としてイリヤの身体に向いていた。

 

舐め回すようにイリヤを見つめる。

そのうち周りの障害物も見えなくなり、彼女だけが視界に残る。

この支配感が、美遊にはたまらなく病みつきだった。

 

つう、と。

鼻孔の奥に鉄の匂いを感じた。

 

「………っ!」

 

がた、とロッカーに寄りかかる。

 

「ちょっと美遊、大丈夫…?」

「ごめんクロ、鼻血出た感じがして…プールの水が入ったかな…?」

 

小声の会話ではあったが、美遊は笑って誤魔化す。

最近、勉強にも集中できない。

この欲望を、どこかに葬らなければ。

 

(……気付いてるわよ、アナタがイリヤに夢中なことくらい)

 

だが、美遊の隠れた欲望も、"大人"クロにはお見通しだったようだ。

 

 

 

「でさー当麻のアニキー、美遊のやつその後でホントに鼻血出しちゃってさ!」

「大変だなそりゃあ。待て、塩素で鼻血って出るんだっけ…」

 

帰り道。

連続通り魔の出没で部活は無くなり、上条、士郎、イリヤ、そして那奈亀という珍しい面子で帰路についていた。

 

「なんかホッとしたな、当麻が学校に溶け込めてるみたいで」

「俺を舐めんじゃねぇ!前はコミュ力高校一とまで言われた男だぞ!」

 

どっ、と笑いが起こる。

 

だがそんな中、イリヤは浮かない表情をしていた。

 

「ん…どうした、イリヤ」

「お兄ちゃん…ごめん、ちょっと来て」

 

士郎にだけ話せることなのか、上条と那奈亀を隔離して耳元で話す。

 

「…?どうしたんだアイツ」

「それが最近おかしいんだよなー、美遊と全然関わらなくなったと思ったらあたし達とも疎遠になりつつあるし」

 

美遊絡みか、と上条ははっとする。

ツヴォルフセイバーとの戦いでの、あの美遊。

あれを見れば、今どんな問題が起こっているか考えるまでもなかった。

依存しているのだ。

 

「な…!イリヤ、それは……」

 

士郎の声が路地に響く。

どうやら、話していることは合っていたようだ。

 

だからだろうか、最近美遊はクロとばかり登下校していて、イリヤとの接触も少ない。

意図して隔離しているのだとすれば、かなり大事だ。

それほどまでにイリヤが美遊を嫌悪するならば、彼女はいずれ孤立する。

 

「ごめんごめん、ちょっとイリヤと話しててさ」

「ああ、わかってる…」

 

士郎が笑顔で戻ってくる。

どこか無理矢理な、辛そうな笑顔だった。

 

十字路に着く。

森山家は上条達とは別の方角だ。

 

「イリヤー、兄ちゃん達ー、じゃあなー!」

「最近物騒だから気を付けるんだぞー!」

 

一人去っていく那奈亀の背中に士郎は大声で言う。

那奈亀は手を振って、変わらず細目の笑顔を見せた。

 

「はぁ…にしても、ガランドウもあと五日かぁ」

「早めに決めないとな、桜の予定もわからないし。聞いといてくれよ」

「わかってるって」

 

軽く、本当の兄弟のように言葉を交わす。

しかし、イリヤは落ち込んだままだ。

 

その時。

 

「______?」

 

ずん、と嫌な気配がした。

 

(………アサシン)

(魔力を感じる。だがこのように弱くては何者かも感じ得ぬ)

 

右手のアサシンがそう応える。

確かに、魔術師でないにしろ一般人にもそれなりの魔術回路は備わっていることがあると聞いた。

黒化英霊(サーヴァント)の出現とするのは早計だったか。

 

それに、ここは現実世界。

彼等は鏡面界にのみ現れる存在だ。

話に聞いたアハトアーチャーのようなカードそのものに意思が宿る例外でない限り有り得ないことだった。

 

「当麻?」

「いや……空耳だった」

 

適当に誤魔化し、元の道へ戻る。

 

少女の声のような、助けを乞うような声が聞こえた気がした。

 

 

 

「ただいまー………」

 

上条が控えめに言う。

衛宮邸。

暫くして、廊下の奥から足音が聞こえ始めた。

 

リズだ。

 

「ん、おかえり」

「あれ、リズさん?いつもセラさんかアイリさんなのに」

 

士郎も疑問に思う。

それもそのはず、リズは腐っても帰ってきた我々を迎えるようなたちではない。

いつもソファーに寝転がってスナック菓子をつまんでいるか、よくて椅子に座ってスナック菓子をつまんでいるかだった。

 

それに、今日のリズはどことなく声に伸びがない。

 

「……二人は」

「あー、うん……テレビ、見てるんだけど………」

「テレビ…?」

 

上条はそそくさと靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

扉を開けると、ソファーに腰掛けるセラとアイリの姿があった。

 

「ああ二人共、今日はどうしたんで、すか…………」

 

異変に気付いた。

二人が妙に暗い。

アイリはこれまでイリヤですら見たことないような真剣な顔立ちをしており、対してセラは何かに怯えるように身体を震わせている。

 

そして、テレビ。

速報だった。

 

『___繰り返します。速報です。今朝未明、冬木市深山町にて発見された女性の遺体推定二十代は、近日の連続通り魔のような手口で殺害された後、人によって食べられた痕跡があったことが、冬木市警より発表されました。警察は連続通り魔と同一犯として調査を進めると同時に、市民に対し外出を控えるよう警告しています。冬木市の皆さん、これからは一人で、特に夜には外出しないように心がけてください』

 

悪夢のようなニュースだった。

 

学園都市でも、ここまで残酷な事例はなかった。

上条は長期間の戦いの中で、今初めてカニバリズムに接触した。

 

「なんて、残酷な…」

 

その時、ただいま、と威勢よく玄関を開ける声がした。

クロだ。

 

「ママ、ニュース……!」

「ええ、見ているわ。これは……禁忌よ。とても霊長類に許される業じゃない」

 

真面目に語るアイリ。

奇妙な言い回しだったが、正しいのは確かだ。

 

「………はぁ」

 

上条は、ホッと一息吐く。

 

那奈亀のことだった。

この一帯は人通りが少ない。

もし襲われたらと思ったが、あの家の距離なら安心だ。

 

だが、油断してはいけない。

いくら安心できるとは言え、通り魔は直ぐ側に潜んでいる。

いつ誰が犠牲になるか、知れたものではない。

 

「………怖いな」

 

ふと、呟いた。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

夕食後、上条はソファーに腰掛けテレビをつける。

昼のニュースが嘘のように、テレビでは芸人が観客を笑わせている。

 

「ちょっと、当麻くん」

 

舞弥が声をかける。

あちらから声をかけてくるのは、今となっては珍しかった。

 

「?なんですか、急に」

「予習、忘れないようにね」

 

忠告だろうか。

そういって、テキストを手渡す。

 

「えっと……C…r…パスカル……」

「ちょ先生、これ高二の範囲じゃないですか」

 

士郎が口を挟む。

それもそのはず、上条には何がなんだか。

 

「予習。何事も事前演習は大切なんです」

 

えへん、と胸を張って答える。

偉そうな顔が妙に憎たらしい。

 

「どーしたの、見せてっ」

「わっクロ!」

 

クロが背後から飛びついてきた。

テキストの内容を見ているようだ。

 

「う〜ん……わっかんない!」

「ったり前だろ!」

 

ぺし、とクロの頭を軽く叩く。

ふえぇ、とクロらしからぬ弱々しい声を上げる。

 

「で・も、もうしばらくこのままでいさせて♡」

「ん?お、おう…」

 

上条はページを捲り、公式を探す。

クロはそんな上条にわざとらしく胸を押し当てる。

 

淡々とページを捲る上条だったが、手は汗だくだった。

「当ててんのよ」というやつだろうか。

邪魔にならない大きさの膨らみが上条の背中を癒やす。

ふわふわとした感覚の中に別の感触が_____

 

と思うと、イリヤに殴り飛ばされていた。

 

「顔に出てる!とうまの変態!」

「いでで……なんだよ、殴り飛ばすことないだろ!」

「だって変態だもん、ねぇ?」

「クロ……!いつっ、頭が痛むぞ………」

 

フローリングに頭をぶつけたからか、頭が痛む。

一方、クロとイリヤはセラにげんこつをくらい頭を痛めていた。

 

「よかった、やっとセラさんが味方に………いてっ」

 

ずきん、と痛む。

頭痛が走る。

 

「……?おかしいな………」

 

これは外傷による頭痛なのだろうか。

内側から響くような痛み。

頭というより、脳が直接痛むような悪寒。

 

「いったぁ……ごめんなさい、とうま……とうま?」

 

頭にたんこぶを作ったイリヤが上条の様子を見る。

上条は冷や汗を流し、息を荒げていた。

 

「とうま…?セラ、とうまが……!」

「当麻さん!?全くイリヤさん!いくら彼が変態だからといってもアレはやはりやりすぎでは____」

 

「"違う"」

 

上条が、そういった。

周囲が静まり、テレビの音だけが流れる。

 

空気の読めない笑いだけが、テレビから鳴る。

 

「"痛い"んじゃない、"痛む"んだ。頭をぶつけた痛みはもう引いた……これは内側から…」

 

すると、突然固定電話が鳴り出した。

偶然場所が近かった舞弥が応答する。

 

「はい、衛宮ですが。…はい。私、家庭教師の久宇と申します」

 

この悪寒は何だ。

得体の知れぬ恐怖が上条を襲う。

顔はさーっと青ざめ、病人のように目が眩む。

 

「とうま!大丈夫、とうまっ!」

「イリヤさん、電話中です!とりあえず部屋に…」

 

そんな声も届かない。

届くのはテレビの音。

 

『___ヒョウは黒い、丸の中〜、が、空いて……ますやんか』

『___いや周知の事実みたいに言うぅ!?』

 

どっ、と笑いが起こる。

笑いが………

嗤いが………

 

『___っだぁもうええわ、()()()()()

 

「ッ!」

 

その言葉で上条は目を覚ました。

気付いたら家族全員の視線が電話に出ている舞弥に向いている。

 

「那奈亀ちゃんはうちには来ていませんが……そちらに帰っていないのであれば他の子のお宅にも聞いてみたほうが…」

「駄目だ」

 

上条は思い切って言った。

受話器の向こうにも、あえて聞こえるように。

無意識に大きな声で、言った。

 

「那奈亀ちゃんとは一緒に帰ってきた。コンビニのひとブロック前の十字路で別れた」

「当麻くん、それ………」

 

すると、右手のアサシンが何かを伝えた。

その瞬間、上条は涙袋が決壊しそうになった。

 

(晩鐘の音が響く。その少女、永くはあるまい)

 

「………イリヤ、来るな」

「とうま!?」

 

上条は靴も履かずに飛び出た。

 

「そんな……那奈亀…!」

「待ちなさいイリヤ、一人じゃ……!」

 

暫くして、イリヤも裸足で駆け出した。

クロはそれを追い、靴を履いてから家を出る。

 

「俺、一成にも聞いてみます」

 

士郎は連絡用の携帯を取りに部屋へ走った。

 

「ああ、そんな…奥様、どうしましょう!」

「最悪よ……当麻くんがあんな言い方だったら、もうどうしようもないじゃない」

 

アイリは顔を覆い、涙ながらに言う。

それを聞いて、セラは舞弥にひと声かけて受話器を奪い取った。

 

一方舞弥は全てを察した。

 

 

 

見違えるほどの雨だった。

地面は生暖かく、水溜りを踏みつけた水滴がズボンの裾に跳ねる。

 

そんな些細なことは、上条の眼中になかった。

人命がかかっているのだ。

 

どん、と。

人にぶつかる。

 

「つつ……オマエ、三下!」

 

買い物帰りの一方通行(アクセラレータ)だった。

傘は投げ出され、ビニール袋から品物が見えている。

ブラックの缶コーヒーと、何かの雑誌だった。

 

「おいオマエ………濡れたじゃねェかどォしてくれンだ、あァ!!?」

「駄目だ……駄目だ、そんなの……!」

 

上条はそれすらも気にせずに走り出した。

 

「あっ、オイ……」

 

流石の一方通行(アクセラレータ)も急すぎて対応しきれない。

ただ、缶コーヒーを拾うだけだった

 

「……暖けェ」

 

「はっ、はっ、はっ………」

 

上条は首をせわしなく動かしながら走る。

どこかで那奈亀が縮こまっているのではないか。

どこの家から出てくるのではないか。

そんな無意味な希望を抱いたところで、彼に何かできるわけではなかった。

 

(契約者、落ち着け。息を吸わねば、見えるものも見えまいに)

「うるせぇ!はやくしないと…那奈亀ちゃんが……!!」

 

アサシンは黙る。

彼を、そして彼女を知ったうえで何も言わなかった。

 

角を曲がる。

もはやどこなのかもわからない。

 

どこなのかもわからないが、見覚えのない竹林があった。

 

(馬鹿な…このようなもの、冬木にはない…)

「そこに……そこにいるのか!」

 

上条は後先考えず突っ走る。

いつ襲われてもおかしくないこの状況で、たった1つの小さな命のために走る。

 

狭く、暗い竹林。

一本だけ引かれた舗装路を走る。

舗装と言っても道として整理されているだけで、地面は砂利だった。

アスファルトと砂利を裸足で駆けたせいで、足の裏は血塗れだった。

 

「どこだ……どこにいるんだ…!!」

 

幸い、アサシンの力は幻想召喚(インヴァイト)を行使せずとも使える。

視力を最大限まで強化し、竹の隙間という隙間を捜す。

 

「………いた」

 

僅かな隙間だが、確かに見えた。

横たわった彼女のものであろう、桃色の髪が。

 

「ああ、待ってろ……今…!」

 

上条は柵を越え、もはや道ですらない場所を進む。

顔に虫が激突する。

だが、そんなことはどうでもいい。

彼女を救うことができれば、彼はそれでよかった。

 

竹を掻い潜り、筍を踏み潰し、自然を殺し進む。

これだけの自然破壊で人の命が救えるなら。

俺は、世界を更地にしよう。

そう考えるほどだった。

 

竹を越え、少女を見る。

横たわった後頭部だけだったが、間違いなく森山那奈亀のものだった。

 

「ああ、よかった……ああ…!」

 

ふらふらになりながらも那奈亀に近付く。

 

ぐちゃり。

 

「………………………え?」

 

ばちっ、ぐちっ。

びちゃり、ぶちん。

べき、べき。

 

「な、那奈亀ちゃん…?何して…」

 

否、森山那奈亀のものではない。

石のように固まった彼女は、赤い池の中にいた。

 

「________」

 

まるでディナーだった。

 

手の上には脂の乗った肉が握られ、もう片方の手には柔らかいソーセージ。

口にはキモを加えたままの、行儀の悪い客だった。

赤い生き血スープを、ごくりと一飲。

まるで獣のように、客は食事に貪りつく。

 

金の髪が、揺れる。

客はこちらを見て、美しく微笑む。

口紅の塗られた唇が、これ以上ないほどにセクシーだった。

 

ただし、傍らにサバイバルナイフを突き立てて見せる、血の口紅だったが。

 

(あやつ…………アサシンの黒化英霊(サーヴァント)か?魔力を感じる、昼のも奴であろう。心せよ契約者………契約者)

 

アサシンが右手から呼びかける。

 

「あ…………なな、き、ちゃ………」

 

ぼそぼそと呟く。

意識もせずに、涙が流れる。

だが、雨に揉まれ誰も涙に気付かない。

 

真実を受け入れよ、上条当麻。

アレはドライツェンのアサシン。

アレは連続通り魔。

アレが食べているのは内臓。

森山那奈亀の血肉。

 

森山那奈亀は死んだ。

 

「_____ぁぁぁぁっぁあああああああああああア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」

 

上条は叫んだ。

己の喉の限界など考えずに叫んだ。

近所迷惑など考えずに叫んだ。

 

叫びたかったから叫んだ。

それだけだ。

 

「殺す」

 

上条は駆け出した。

武器も持たずに、死体へ向かって駆け出した。

 

(契約者、待て!奴は並の者ではない、無策で挑めば飲まれかねん!)

「黙れえええええええェェェェえェェェエェェえ!!!」

 

その時、上条の腕が変質した。

 

竜でもない、幻想召喚(インヴァイト)でもない。

異形の鎧のような、悍ましい右手へと変質した。

 

(契約者、汝は…)

 

おもむろに、拳を振った。

ドライツェンアサシンはそれを面白みもなく躱す。

躱しざまにナイフを持ち去ったため、奴も戦える。

 

「てめぇ……そんなに死にてぇか…!!」

「………」

 

くすくす、と嗤う。

 

よく見れば、奇妙な格好をしていた。

紫色の着物の上から赤い革ジャンを羽織い、金のセミロングの隙間からは目ではなく包帯が覗く。

そして、ブーツ。

 

これまで以上に異様で、現代的だった。

 

だが、上条には見えていなかった。

 

「死ね!!」

 

拳を放つ。

またもや躱される。

 

「死ね!!」

 

殴る。

 

「死ね!!」

 

蹴る。

 

「死んじまえ!!!」

 

飛びかかる。

 

どれも、容易く躱される。

相手は一度も攻撃していないのに、上条は疲弊していた。

 

今なら、あの時の美遊の心境がわかる気がする。

大切な人を失う恐怖、そして狂気。

守るべき人を守れなかった自分に対する怒り、そして贖罪。

いずれ、刃は自身にまで向くかもしれない。

 

それでも、いい。

上条は、この欲を満たしたかった。

 

「てめぇが殺したんだな!!この子を、未来ある女の子を!!最低だよ、俺も、てめぇも!!!」

 

怒りに任せ、上条は暴れる。

そこにかつての面影はなく、後悔、そして憤怒だけがあった。

 

ざくん、と。

ドライツェンアサシンのサバイバルナイフが、右掌に突き刺さった。

 

「が、ぁ………!!」

 

ドライツェンアサシンは口角を上げる。

愉悦に浸り、上条の無惨を舐め回すように見る。

 

だが、怒りは収まらぬ。

 

「」

 

もはや言葉にすらならない。

上条は怒り狂い、叫び、血を流し、戦う。

いや、これはもはや戦いではない。一方的な暴力だ。

その暴力が成就されるとは限らないが。

 

上条は、突き刺さったナイフを右手を握る形で解いた。

右手は縦に大きく割れたが、気色悪く再生する。

 

「グ、ううぅ…!」

 

その時だった。

痛みに悶た一瞬を、ドライツェンアサシンは拳で突いた。

 

上条の鳩尾に当たった拳は、上条の巨躯を吹き飛ばした。

口から唾液と血が噴き出る。

 

「ごほ、ごほ……てめ____」

 

視線を上げると、そこには誰もいなかった。

ドライツェンアサシンは逃亡し、残ったのは那奈亀の死体だけ。

 

「………ああ、そうか。俺は」

 

そっと亡骸を抱える。

いつも閉じたかのような彼女の細目。

それが、薄く開いていた。

生気の失われた瞳孔が、上条の心に杭を打ち付けた。

 

「……ぐっ、あぁ…」

 

声を上げた。

男は泣くな、と大人は言う。

それは不可能だ。

 

何せ、上条当麻は限りなく弱者なのだから。

 

「いた…とうま!那奈亀、は………」

 

上条に追いついたイリヤも、その惨状を目にして膝をつく。

顔を覆うが、もはや涙もわからない。

 

「いや……いやだよ、そんな…あああぁああああああああああぁぁああぁぁっ!!!」

「イリヤ…」

 

後から来たクロも、イリヤに同情する。

だが、涙は流さない。

だって、クロは"大人"なのだから。

 

「………なぁ、アサシン」

(何用か)

「俺は…この右手は…人を殺す右手なのか……?」

 

上条は、亡骸を抱きながらアサシンに問う。

アサシンはそれに答えを返す。

 

ひどく曖昧な答えを。

 

(我にはわからぬ。だが契約者よ、汝がそう信じるのであれば……きっと、そうなのだろう)




(こんな雰囲気で書ける後書きなんて)ないです
ただひとつ、申し訳ございませんでした


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell17[雨天の灰 Sadness_Knife,and_Dying_Eye.]

映画えろかったよ


葬儀は三日後に執り行われた。

 

上条は斎場を遠くから眺めているだけだった。

土砂降りの雨の中、上条のツンツン頭はペタンと潰れてしまっている。

空が泣いているような大雨。

 

雨の打つ音の他に、啜り泣く声が聞こえた気がした。

この距離で聞こえるはずもないが、上条の神経が過敏になっているのかもしれない。

 

もはや上条は自身のことが嫌になった。

ここに居ることも烏滸がましいと思い、雨天の中その姿を消した。

 

 

 

さようなら、と、元気の無い声が教室に響く。

イリヤ達のクラスには森山那奈亀が在籍していた。

それもあって、他のクラスよりも生徒への精神的ダメージが大きかった。

 

「イリヤ、今日は……ごめんな。先、帰るよ」

 

雀花はイリヤに帰宅を誘うが、イリヤの様子を察し、先に下校する。

 

イリヤはあの日からずっとこの調子だった。

数少ない親友を亡くし、まだ暖かい遺体を間近に捉えた彼女の負担は、グループの中で最も大きかった。

集団下校が義務付けられた現在、下校時は身内の人間を校門で待たせるスタイルになっていた。

 

「ねぇ、イリヤちゃん、ちょっといいかしら」

 

そんなイリヤは、担任の藤村大河から面談を称して呼び出された。

 

フロアの空き部屋で積まれていた机と椅子を二つならべ、対面して座る。

ずっと暗い表情のイリヤを、大河は不安げに見つめる。

 

「あのね、イリヤちゃん…無理に笑顔でいろ、とは言わないのだけど……よければ、私にも話を聞かせてくれないかしら。共有すれば、少しは楽になるかもしれないわよ?」

「……………」

 

イリヤは思った。

人に話しただけで気持ちが安らぐわけがない。

イリヤは大河を尊敬ていたが、所詮は教師という先入観で行動しているのだと。

話を聞けばいい教師でいられるとでも思っているのだろう。

だが、生徒のことは生徒にしか分からない。

イリヤは、話しただけで楽になるとは思わなかった。

 

「ごめんなさい。呼び出してもらって悪いんですけど、嫌です。あんなこと、思い出しただけでも涙が出てくるのに、それを話せだなんて……っ」

 

イリヤは涙を流す。

人の死などとは直面したことが無かった故に、あの出来事は大きすぎたのだ。

 

それを見て、大河はイリヤを優しく抱きしめた。

 

「うん、ごめんね。ごめんなさい…先生分かってなかった。そうだよね……話したくないよね…」

「……っ、うぅ……」

 

イリヤはしばらくの間大河に抱きつき泣いていた。

彼女を抱きしめる大河も、自然と涙を流す。

 

これほどの大きな傷、容易には治らない。

森山那奈亀の死は、それ程大きなものを残したのだった。

 

 

 

一方、クラスメイトと別れた士郎は、一人病院に赴いた。

森山那奈亀の姉、奈菜巳が入院している。

彼女は妹の死に耐え切れず気を病み、病院に入院せざるを得ない状態にまでなってしまったという。

友人として、彼女の見舞いに行ってやらねばと思ったのだ。

 

「奈菜巳?入るぞ…」

 

病室の扉を開けると、そこにはベッドに横たわる奈菜巳の姿があった。

士郎の知る奈菜巳とは違う、見るにも耐えない姿だった。

細い目は吊り下がり、頬は痩せこけ、細目の下にもクマが浮かび上がっていた。

 

「ごめんなさい。入って」

 

士郎は申し訳なさそうに部屋に入り、椅子をベッドの横につけ座る。

 

「…その…大丈夫か?具合とか…」

「うん。落ち着いたけど…まだ食欲は戻らないの」

 

そっか、とだけ言って士郎は黙り込んだ。

 

コップに口をつけ水を飲む奈菜巳。

ぷっくりと膨れて艶やかだった唇は、いくら水を含もうと活気を取り戻さない。

彼女の心の内を表しているようでもあった。

 

ここで、士郎が話を切り出す。

 

「あのさ………妹さんのことは、残念だった。酷いよな、あんなの。絶対に許せないよ」

「…あなたは、本当に正義感が強いのね」

 

微笑む奈菜巳に、そんな、と謙遜する。

しかし、士郎は奇妙なことに気づいた。

細くてもわかる、目が笑っていない。

 

「それに、とっても鈍感」

「鈍感……?」

 

空気が一変する。

吊り上がっていた奈菜巳の口元も、唇を噛み締め震えている。

 

「そんなことを言う為に来たのね。私が一番辛く気にしてることを」

「いや…ごめん、そんなつもりは……」

「じゃあ何で来たのよ!」

 

ガン、とコップを机に叩きつける。

跳ね上がった水が、机に散らばる。

 

士郎は発言を後悔した。

初めて見た、奈菜巳が目を見開いた表情。

逆鱗に触れ、あろうことかそれを叩き割ってしまったのだ。

 

「どうせあなたもマスコミの人達と同じよ!みんなして私の傷を開いて、何が楽しいの!?他人だからって、人の妹の死をネタにして!」

「そんな……」

 

マスゴミ、という言葉は士郎も聞いたことがある。

人にとって都合の悪いことばかりを取材したり、相手を邪魔して取材するような連中のことだ。

奈菜巳の訴えを聞いた時、真っ先にその言葉が思い浮かんだ。

 

そうか。

自分も奴等と同類だったのか。

正義の味方が聞いて呆れる。

 

「…そんなつもりはなかったんだ。俺はただ──」

「もういい、何も聞きたくない、もう誰にも…出てってよ!」

 

奈菜巳は感情に身を任せて、コップを士郎に投げつけてしまった。

森山姉妹特有の怪力で投げられたコップは、士郎の(こめかみ)に命中した途端砕け散り、破片が士郎を傷つけた。

あと少しズレていれば、破片が眼球に刺さっていたことだろう。

 

「…………ッ!」

 

痛みはあったが、士郎は声ひとつ上げなかった。

何か余計なことを言って、彼女を傷つけてしまうことを恐れたからだ。

 

「あ……あぁ…………いやあああああああ!!あああああああああああああああっ!!!ううっ、うううぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

奈菜巳は自分のしたことを再認した途端に叫び出した。

気を病んでいる、という、意味がやっとわかった。

 

すると、怒号を聞いて駆けつけたのか、扉を開けて看護婦達が流れ込んできた。

士郎を退けるようにしめ奈菜巳の周りに集う。

 

「森山さん、大丈夫ですよ、ゆーっくり深呼吸をして落ち着いてください…」

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ひっ、はぁ、はぁ、はぁ……ぅぅぅぅぅ…!」

 

落ち着いたようには見えるが、ベッドの上にうずくまって泣いているのがわかる。

士郎は罪悪感に駆られた。

 

「すみません、お見舞いに来てくれた中申し訳ありませんが、少しお話をよろしいですか」

「あ、はい、すいません…」

「では、こちらへ」

 

士郎は看護婦に連れられ、病室を後にする。

泣き崩れる奈菜巳を、士郎は生き別れる兄妹のような悲しい目で見つめていた。

 

「貴重なお時間をありがとうございます」

「いえ…それで、話というのは」

「森山さんの容態についてです」

 

ああ、と士郎は俯いた。

未だに彼女への申し訳なさが頭の中で蠢いている。

 

「現在、彼女は一種の妄想病(パラノイア)発作的興奮(ヒステリー)を併発しています。妹さんを亡くしたというのと、発見時の妹さんの状態も強く影響を与えていると思われます。彼女の場合、物事を「妹を失った自分を嘲笑している」よう無意識に改変して捉えているようです。そして感傷的になりやすくなっているので、少しの気遣いが彼女を大いに傷つける可能性があります」

「そう、ですか…」

 

思ったより事態は深刻なようだった。

気を病んでいるとだけ聞いていて、こんなことになっているとは思いもよらなかった。

だが冷静になって考えてみれば、妹を失ったのだから当然といえば当然だろう。

 

「……森山さんとは仲がよろしいのですか?」

「…?はい、風邪の見舞いに行くくらいは」

「そうですか、よかった。よろしければ、携帯電話の番号を教えていただけますか?」

 

突然の問いに戸惑いながらも携帯電話の番号を教える。

相手は医療者なのだし、別に怪しいことに利用されるということはないだろう。

 

「あの状態ですと、暫く面会謝絶も辞せません。何か変わった様子があれば、こちらからお電話いたします。気になるようであればいつでもこちらを訪れていただいて構いません。少々大袈裟かもしれませんが、衛宮士郎さん…でしたか。今の森山さんには拠り所が必要でしょうし、彼女を心配する気持ちは衛宮さんも同じはずです」

「そうですね…ありがとうございます。また来ます」

 

親切にさせてもらって悪いが、今はここにいるべきではない。

そう悟った士郎は、ただ一言告げて病院を後にした。

 

 

 

「よお、衛宮」

「美綴…」

 

正門前にいたのは、部活仲間の美綴綾子だった。

彼女も、奈菜巳と交流があったのだろうか。

 

「って、おい!どうしたんだ、そのガーゼ…」

「ああ、ちょっとな。コップ投げられちまって」

「まーた何か言ったんじゃなかろうな、この朴念仁。…だとしてもこの大怪我か。見舞いはやめとくかな」

「ああ。暫く面会謝絶みたいだ」

 

そっか、と缶コーヒーを口に含む。

その顔はいつもの美綴らしくなく、とても暗い表情だった。

 

「……すっかり変わっちゃったな、この辺も」

「ああ、そうだな」

 

少し前までは殺人事件なんて縁がない街だったのに。

それが今では未成年が犠牲になる連続殺人にすっかり埋もれてしまっていた。

正義の味方を是とする士郎にとって最も居心地が悪くなってしまったのだ。

 

「………なあ衛宮、あいつ」

 

美綴に呼ばれ、指差された方を見る。

そこには一人の女性が、奇妙な風貌で立っていた。紫の着物の上に赤いジャンパーを羽織り、金色の髪の下で包帯が両目を覆っている。

 

そして、その口角は大きく歪んでいた。

 

「なんなんだ…あいつ?」

「知らないし、気味悪い。面会もできないし、もう行こうぜ」

 

イカれたコスプレイヤーとでも捉えたのか、軽い反応で流し、振り返ってその場から去ろうとした。

士郎は後をついていく前に、ちらりと病院を見る。

彼女の病室はカーテンで締め切られ、傷がどれだけ深かったかが窺える。

今日は士郎が夕食の当番だったが、今晩は喉を通る気がしなった。

 

「……帰るか」

 

ふぅ、と一息つき、足を進める。

 

その時、しゃきん、と嫌な音が聞こえた。

 

「……っ」

 

士郎は微かに震えながら振り向く。

怪しいのは先程の女。

あれはコスプレイヤーなどでは決してない。

 

その手には、細身のバタフライナイフが握られていた。

そして女は小さく腕を振り上げる。

視線は士郎を掠め───

 

「──美綴ッ!!」

 

咄嗟に飛び出た。

 

「わっ、びっくりしたなぁえみ───?」

 

名を呼びかけた瞬間、美綴の服に血が跳ねた。

何かの返り血、目の前には美綴を庇う士郎。

 

掌には、ナイフが突き刺さっていた。

 

「が、あ────!」

「衛宮っ!!」

 

今まで感じたことの無い痛みに悶える。

だが、士郎の正義感が跪くことを許さなかった。

奈菜巳を救えなかったからこそ、仇をとる。

 

「この、殺人鬼が───っ!?」

 

ナイフを引き抜き交戦状態で振り向くと、すぐ目の前まで迫っていた。

殺人鬼は取り出したサバイバルナイフを大きく振りかざす。

 

「ぐっ…!」

 

鍛錬された反射神経でナイフを防ぐが、女としては異様な膂力で士郎を叩き潰す。

地面に倒れた士郎は乱暴にナイフを振り回す。

 

「逃げろ、美綴!!」

 

美綴は怯えた様子で院内に逃げ込む。

 

「これで二人きりだ、殺人鬼!」

『h、222……』

 

威勢よく挑発する士郎だが、その歯は小刻みに音を鳴らす。

真の恐怖と相対したことのない士郎は、格好の獲物だった。

 

「おおおおっ!」

 

士郎はナイフを振る。

だがその動きに規則性はなく、力任せ。

素人の剣戟を防げぬほど、殺人鬼は甘くはない。

 

殺人鬼は防ぐまでもなく、首を傾げるような小さな動作で躱し切る。

その口は未だに笑い、士郎を嘲笑する。

 

「この、野郎ォッ…!」

 

士郎は刺された手を握り力ないパンチを繰り出す。

剣戟の中の一瞬の隙だったため反応しにくかったのか、殺人鬼はバク転するように飛び退いた。

 

士郎は考え無しにナイフを投げる。

あの動きの後なら避けるスタミナは残っていまい。

 

しかし、殺人鬼はそれを避ける様子すら見せず、指でカードを引くように刃を掴み取った。

 

「な───」

 

士郎は尻餅をつく。

規格外の相手に死を覚悟する。

覚悟するといっても、死を意識しただけであり、その震えに覚悟など断片すら見られなかった。

 

ゆっくり、近づいてくる。

殺人鬼は座り込んだ士郎にナイフを逆手で持ち、その切っ先を向ける。

ぺろり、と舐めずった舌が、異様にも妖しく見えた。

 

(やっぱり、無茶だったか……)

 

士郎は目を瞑る。

いっそこのまま眠ってから殺して欲しいと思った。

 

だが次に五感が感知したのは、鋼鉄がぶつかる音だった。

 

「───!?お前………」

 

轟、と空気を裂くような反響と共に、力負けした殺人鬼が弾き飛ばされる。

 

目の前に現れたのは黒い大剣。

血で錆びたようにも見えるその剣は、殺しに特化たようで、しかしその使用者は信じ難いものだった。

 

同居人の上条当麻であった。

 

「当麻!?どうして………」

「逃げろ!」

 

状況を理解できないようだが、上条らしくない剣幕に圧され、院内へ避難していった。

幸いここは総合病院、手の傷の処置も行えよう。

 

「こんな昼間にご苦労なこったな……ドライツェン」

 

殺人鬼───ドライツェンアサシンの顔から余裕が消える。

あの夜は動揺していたからなのか、今回は精度が桁違いだった。

 

(契約者よ、此度は荒れるでない。以下に日中であろうと、彼奴のような狂気は抑えを知らぬ)

「ああ、わかってる」

 

ドライツェンアサシンは獣のように構え、四足のバネを用いて大きく跳んだ。

上条は冷静に、怒りを忘れ、ドライツェンアサシンの動きを読む。

 

「………ここだ!」

 

こちらに向けたナイフを、上条は大剣の側面で上へ弾く。

振り上がった大剣は前方に円を描くようにドライツェンアサシンの横っ腹を狙う。

だがアサシンの名の通り、身軽なドライツェンアサシンは大剣を体操の鞍馬のように側転し、地面に足を着く直前に上条の横っ腹を蹴る。

 

「がふっ」

 

上条は大剣で反撃するが、ドライツェンアサシンはナイフ一本で衝撃を抑え込む。

きりきり、と刃が擦れる。

それとも力んだ上条の歯軋りだろうか。

 

「ぐ、うううっ……」

 

圧されている。

相手が黒化英霊(サーヴァント)だからなのか、その膂力は和装からは見てとれないものだった。

ドライツェンアサシンは鈍く微笑む。

 

だが、同じく上条も笑った。

 

「ちゃんと仕舞っとけよ、馬鹿野郎っ!」

 

鍔迫り合いの最中、ドライツェンアサシンの懐からバタフライナイフをスリ取っていたのだ。

手首のスナップで出した刃で顔を狙う。

 

『────ッ!』

 

顔面に痛覚を感じ、咄嗟にドライツェンアサシンは飛び退く。

顔を抑え、俯いている。

手の隙間からは包帯が垂れ、どうやら包帯が切れてしまったようだ。

 

「そら見たか!ちゃんと目を見て戦いやがれ!」

(いかぬ、奴は未だ未知数だ、挑発するな!)

 

アサシンの訴えも叶わず、上条は挑発を飛ばす。

やはり、未だに冷静になりきれていないのだろうか。

 

その挑発に答えるように、ドライツェンアサシンは顔を上げる。

包帯は落ち、凛とした顔は瞳を閉じている。

所業を知りさえしなければ、男女問わず誰もが誘惑される貌であった。

 

瞼を開ける。

瞳が覗く。

 

その瞬間、上条にこれ以上ない悪寒が走った。

 

「─────ッ!?」

 

身体が緊張で硬直し、ドライツェンアサシンの瞳を凝視してしまう。

赤と青の螺旋を描く瞳孔。

それは美しく、また恐ろしい。

 

「何だ、あれ……この、威圧感は……」

(否、只の威圧ではない。汝は死を恐れている。そして、あの瞳孔の螺旋……魔眼の類か)

「来る!」

 

ドライツェンアサシンは駆け出した。

上条は大剣を構え、ナイフを相殺するように振りかざす。

 

だが、直前でナイフの軌道がずれた。

曲線を描く様に斬る。

危うくも上条は大剣で防いだが、明らかに攻撃が変わっていた。

その軌道は、首、左胸、手首を一閃にするように滑らかだった。

 

(急所を連続して…剣の刃も欠けている……)

「なんだそれ、クリティカル確定かよ!」

(似たようなものであろうな。恐らく、奴にはモノの死が視えている。直死の魔眼、といったところか)

「それは…………!」

 

上条は言葉に詰まる。

この恐怖と姑息を、如何にして形容するか思い浮かばなかったのだ。

 

その時、何を思ったのかドライツェンアサシンはナイフを納めた。

自身の業が露見し、同時に弱点を見破られ不利になったと判断たのだろう。

聖杯戦争における基本とも合致する。

そこから考えるに、ドライツェンアサシンは相当頭のキレる黒化英霊(サーヴァント)なのだろう。

 

「くそっ、待て!」

(深追いするでない。剣の耐久のみならず、あの魔眼の前では汝の首も危うかろう)

「けど……!!」

 

アイツは、那奈亀を殺した。

裂き、抉り、喰らった。

上条は結局のところ、怒りに呑まれていたのだ。

 

そして、ドライツェンアサシンを見逃すしかできなかった。

 

(決戦は消耗している今夜がよかろう。魔力というのは、人の疲労と違い自然回復し難い)

「……………ッ」

 

きりきりと、歯軋りした。

 

 

 

桜は目を覚ました。

古倉庫だろうか、天井は錆付き、プレハブのような素材で壁、屋根と覆われている。

 

「ん………これって……」

 

この感覚には覚えがある。

桜は仰向けに寝転がり、頭の上で両手が拘束されていた。

足も妙に力がなく、藻掻く程度しかできない。

 

「うぅ……これ、外れ…………はっ!?」

 

枷に気を取られている間に、女が自分に跨っていた。

和装にジャンパー、金色の髪が美しく靡き、赤と青が混ざった瞳が桜の視線を引き込む。

 

「………ああ、綺麗」

 

桜は不覚にもときめいてしまった。

愛を知らぬ身が、その女の肢体に欲情したのだ。

 

『ん……れぇっ…』

「ひっ」

 

突然、女が首筋を舐めた。

ざらつきのない綺麗な舌が、頸動脈を撫でる。

 

女は、舌をどんどん下半身へ向かって降下させていく。

 

「やっ、やめ……ぁん」

 

服の上から、豊満に実った桜の胸に食いついた。

赤子のように吸い上げ、口の中で舐め回す。

意図も知れぬ行いだが、桜は知らぬ間に快楽していた。

 

「だめ、こんな………っ、ふう…」

 

呑み込む快楽に怯えながらも、止めはしなかった。

力がないのもあったが、どこかで桜は受け入れていた。

 

舌が、太腿を伝う。

 

「は……あ、んっ……んうぅ」

 

息が熱い。

顔も火照り、身体が疼く。

もはや桜の顔に嫌がる様子は無く、自ら行為に及んでいるような錯覚に陥った。

 

膝上まで来たところで、女は舌を離した。

桜は惜しそうに舌を出している。

 

「いや、やめて…そんな……生殺しだなんて………っ」

 

女は髪を耳に寄せると、桜の頬に触れ、ゆっくりと唇を合わせた。

 

「んぷっ」

 

突然の出来事に一瞬戸惑うが、直ぐに舌を動かし始めた。

女の口の中はどこか甘く、まるで一粒の飴玉を舐めているようだ。

 

「ん……っ、んう……」

『ふ…………っ』

「っん───!?」

 

すると、唐突に女が桜の舌に噛み付いた。

がり、と肉が削れる音が口内に響き、鉄っぽい味覚を感じる。

 

「んんーっ、んっ、んんんんんっ!!」

 

枷に繋がれた手が、かたかたと音を立てる。

ちゅうちゅうと、舌から血を吸う。

それですら、桜は心地よく感じた。

 

女が口を離す。

唇から垂れた血が、桜の頬に落ちる。

 

「はぁ……はぁ………っ」

 

血を吸われすぎたのか、意識が遠退く。

瞼が重く、力は抜け、声も薄れていく。

 

最後の瞬間、母性に溢れる顔で女は微笑んだ。

 

 

 

「──────」

 

気づくと、自室のベッドに横たわっていた。

舌に痛みはない。

鮮明な夢だ。

痛みと快感が、まだ身体に残っている。

 

「っ、あ…あぁ……いや……しらない、こんなの………」

 

顔は熱いままだ。

風邪の夢だったのだろうか。

だが、その不穏な雰囲気が、震えが止まらない。

 

「たすけて…ここからだして……先輩……当麻くん………」

 

桜は布団に包まり、啜り泣く。

誰にも聞こえないように、独り占めするように、助けを待つのだ。

 

 

 

一人の少年が、視ていた。

間桐邸の傍、電柱の上に座る小学生ほどの黒衣の少年、そしてその手には宝石の埋め込まれた杖があった。

 

「むむ……よもや、そこまで…」

 

杖が言う。

それに、少年は笑って返す。

 

「どうしたの、オニキス。昂ってる女子高生が観れて眼福?」

「いえ。ただ当方は…彼女を警戒しているのです」

 

そっか、と言い少年はそっぽを向き考える。

上条当麻と間桐桜、どちらもこの世界では異質な在り方。

考えるだけでも、鳥肌が立つ。

 

「如何なさいますか。主は、あれを抑え得ると?」

「うん。たかが女、内に何を秘めてようと遅れはとらないさ」

 

ころころと口調を変え、少年が言う。

 

「それに俺には……」

 

少年は一枚のカードを取り出す。

弓兵の姿が記されたそのカードは、どこか輝いて見えた。

 

「……特別な智慧がある」

「流石、お見逸れ致しました。我が主……

 

 

 

……キリト・エインズワース様」




やられてしまいました
まさかこんなに遅れるとは思わなかったんでね
次回もお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell18[阿摩羅識の獣 the_Garden_of_sinners.]

三年間も更新ほっぽってたタユンスカポンがいるらしいんですよ〜


夜も更けた。

黒化英霊(サーヴァント)との戦いの刻限である。

そして、今回は特別な理由がある。

多くの無辜の、そして小さな命を奪った獣。

その無念を晴らさねばならない。

 

同時にこの戦いが、転換点(ターニングポイント)でもあった。

 

 

 

日付変わり頃だろうか。

あのような事件の起きる時世だ、通りに出ても車の一台すら走っていない。

人払いはかけていない。

孤独の為に生まれた魔術、それを超える静寂だ。

 

小道を往くイリヤは、隣の上条に目をやる。

瞳に光こそあるものの、その表情は虚ろで、あの一件からはずっとこの調子だった。

士郎にも、舞弥にも振り向かない。

当然、イリヤにも。

 

上条とは別件で、美遊も触れ難かった。

イリヤに対し性的感情を抱いていると知ったあの日から、互いに避け合っている。

美遊も美遊で、イリヤの純潔を汚してはならないと自制しているのだろうか。

 

それもあって、今回美遊は自宅待機だ。

その面倒を見るため凛とルヴィアも休み。

今回のメンバーは上条、イリヤ、クロ。

そして……

 

「そろそろ目的地周辺ですね……にしても、そのような事情があったとは。シフトを入れていなくて良かったです」

 

バゼット・フラガ・マクレミッツ。

ルーン魔術とマーシャルアーツの使い手。

味方ではあるもののかつての敵、不安は残る。

 

「とうま、あの……」

「わかってる。わかってるさ」

 

感情のない声で上条は返事をする。

その視線はイリヤには向かず、唯一の目標を定めていた。

 

「倒すだなんて生易しい。アイツは絶対に殺す」

 

そんな上条に、イリヤは恐れすら抱いていた。

 

「着きました。ここです」

「ここにアイツがいる…だって?」

 

たどり着いたのは小綺麗な美術館。

まだ平和だったあの日、士郎と桜の三人で行く約束をしたガランドウの抜け殻展…その会場だった。

 

「なんでここに……」

「今までの傾向を見るに、発生場所は無作為です。何があっても単なる偶然に過ぎませんよ」

 

ああ、奴はまた平和を奪おうというのか。

拠り所が失われていく。

自分たちの過ちで、世界が狂っていってしまう。

 

上条の憤りは増す一方だった。

 

 

 

美術館に入ってすぐ、バゼットは異変に気づく。

 

「下がって」

 

突き進む上条を静止し、ぎょろぎょろと辺りに目を配る。

ルーンが刻まれた手袋で壁に触れると、沸きたてのやかんにでも触れたかのように手を引き戻した。

 

「きな臭いですねぇ〜〜」

「これは…ルーンではない……幻術か?」

 

ルビーもバゼットに呼応して辺りを飛び回る。

上条はもしやと思い、壁に触れてみる。

 

………違和感は感じない。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が減衰しているだとか、そういった話ではない。

この"建物"には、何の魔術も施されていない。

 

「おい、どうなってんだよ! さっき幻術がどうとか……」

「ええ、確かに感じましたが貴方の右手が反応しないとなると話は変わります。建物ではない…空間そのものに対する概念付与か、私達への擬似催眠…或いは……"ここ"ではない?」

 

バゼットが考えを巡らせていると、足元に何かが転がってきた。

缶コーヒー程の大きさの筒で、所々に穴ぼこが空いている。

何がピンのようなものが引き抜かれて……

 

「……閃光弾(フラッシュバン)ッ!?」

 

どばっと冷や汗を流したバゼットが缶を蹴り飛ばす。

だが僅かに遅く、缶は蹴り上がった瞬間に爆ぜ、四人の視界を真っ白に覆い隠した。

 

「あっ、目、痛…っ!」

「まだ若いのに、目がおかしくなるじゃない…!」

 

あまりもの閃光に、刺すような痛みが眼球を襲う。

四人ともとても目を開けていられない。

 

その隙に、暗殺者(アサシン)は忍び寄る。

 

「…まずいっ!」

 

バゼットの声。

直後、鋼鉄が叩き合う音が響いた。

きりきりと擦れ合い、つんざくような金属音が鼓膜を刺激する。

 

「三人とも、警戒を! ドライツェンで……ぐぅっ!」

「んなこと言われたって…!」

 

まだ視界がぼやけている。

僅かに見えたのは、部屋の中を飛び回る人影。

見覚えのある身のこなし、型。

 

「ッ……バゼットォォ!!」

 

僅かな視界の中で、上条は人影目掛けて殴りかかる。

人影は焦点の合わないふらふらとした拳をいなすと、そのまま腕を掴み放り投げた。

 

「ごふっ」

 

壁に激突した。

頭を打ったからか、視界がぐるぐると歪む。

だがそのお陰か、フラッシュバンの衝撃が早く収まった。

 

体を起こすと、二人の人影が見えた。

ひとつはバゼット。ルーンが刻まれた手袋でやりあったのか、手袋はほのかに緑色の輝きを放ち、煙だか蒸気だかが立ち上っていた。

 

もうひとつは、奴だ。

歪なファッションに、金色の髪。

自らの指かのように手のひらでナイフを弄り回す、癇に障る立ち振る舞い。

 

「ドライツェンアサシン……!!」

 

ぎり、と顎の力が増す。

我を失いかけている上条にイリヤが呼びかける。

 

「とうま、ダメ! 気持ちは分かるけど、それじゃあアサシンの思うつぼだよ!」

 

上条はハッとした。

ああ、イリヤは強いな。

親友を亡くしたのに、冷静さを失わない。

それに対して自分は……

 

今度は自分への怒りが湧き上がってきた。

 

上条は血塗れの剣をその手に出現させる。

幻想召喚(クラスカード)は使わない。

この手、この力で、殺してやる。

 

そんな些かおぞましい決意が、彼の中には確かに在った。

 

上条は飛びかかり、剣を振り下ろす。

ドライツェンアサシンはその短いナイフで剣を防ぐ。

手応えがない。

黒化英霊(サーヴァント)の常世離れした膂力は、コンクリートを殴りつけるような無力感を感じさせる。

 

上条はすぐさま剣を引いた。直後別の角度からドライツェンアサシンの腹を裂く。

だが、同じことだ。

奴の動体視力をもってすれば、ただの人間が振るう剣など棒振りに等しい。

 

「クソッ……」

 

引き下がる上条。

いくら復讐に燃えるとて、勝機がなければそう気安く戦には臨めない。

 

「クロ!」

「オーケー!」

 

ツヴァイランサーを夢幻召喚(インストール)したイリヤと双剣を構えたクロが一斉に飛びかかる。

双方とも英霊の影法師として襲いかかる。

しかしドライツェンアサシンはこれを躱してみせる。

その仕草はまるで舞踊のように、無駄のない動作で攻撃を避けていく。

そして二人の僅かな隙を突き、確実に攻撃を加える。

 

幸運だったのは、ドライツェンアサシンが再び目に包帯を巻き、直死の魔眼を封印していることだ。

 

だが、それでさえこの格差。

あまりにも洗練されていて、取り入る隙もない。

二人もいずれ疲弊し、攻撃のより多くを受けるようになっていった。

 

問題なのはイリヤだった。

戦闘マシーンとして生を受けたクロと違い、人の身で生まれたイリヤは心が弱い。

故に、その限界はいち早くやってくる。

 

「イリヤ、危ないっ!」

 

駆け寄ったクロがイリヤを突き飛ばす。

そこに振り下ろされるナイフ。

クロはイリヤを庇いつつ回避行動を取り、ナイフから逃れようとする。

しかし二兎を追う者は一兎をも得ず、イリヤの庇護に注力したクロが同時に回避するのは無理があった。

その回避には確かに綻びがあり、ドライツェンアサシンはその一点にナイフを滑らせた。

 

「────っ」

 

転ぶクロ。

その背には定規で引いたような赤い傷跡が。

ドライツェンアサシンがナイフを振り上げる。

 

「やめろぉぉーーッ!」

 

しかしそこへ上条が割り込み、剣を振るう。

不意を突かれたドライツェンアサシンは咄嗟にナイフで防ぐも、力を込め切れず大いに退く。

 

「クロ、大丈夫か!」

「ええ……ちょっと違和感があるだけ……」

 

ドライツェンアサシンはすぐさま体勢を立て直し、再び一歩踏み出す。

しかし、

 

「私を無視しては困りますね」

 

立ちはだかったのは男装の麗人。

ルーンが刻まれたグローブが妖しく輝く。

ドライツェンアサシンは獲物を切り替え、襲いかかる。

 

格闘家のようなファイティングポーズをとるバゼット。

襲いかかってくるドライツェンアサシンの動きを凝視する。

銃よりナイフのほうが強い、そんな僅かな間合い、僅かな瞬間。

その一瞬で相手の動きを見切る。

それが、リーチの短い拳で戦う者なら尚更だ。

 

「シッ」

 

バゼットは身を屈ませ、ドライツェンアサシンの脇腹に拳を打ち込む。

唾を吐くドライツェンアサシン。

その揺らぎを突き、今度は胸に。

 

ドライツェンアサシンは負けじとナイフを振るう。

しかしその動きは既に見切られており、剣筋の一つ一つが鋼鉄のような拳に防がれる。

 

そうしている間にも、バゼットは攻勢を崩さない。

一発一発確実に、時には顔面にさえ拳を叩き込む。

常人であれば全身の骨が粉末状に砕ける程の衝撃。

それを物ともしない黒化英霊(サーヴァント)の身でも、ドライツェンアサシンは次第によろめいていく。

 

「凄い……黒化英霊(サーヴァント)をあそこまで……」

 

暗殺者とはそういうものだ。

その多くは闇討ちしか能がなく、正面一騎打ちには弱い。

 

ぽつり、とタイル床に血が落ちる。

それはドライツェンアサシンの鼻から垂れていた。

 

バゼットは依然としてドライツェンアサシンを威圧する。

上条はクロを支え共に立ち上がり、イリヤも槍を向ける。

 

四面楚歌、いや違う。

ドライツェンアサシンはこの状況で笑っていた。

 

「……そうか、まだ!」

 

ドライツェンアサシンはナイフを自らの顔に振るう。

その刃は包帯を切り裂き、割れた包帯が地面に舞い落ちていく。

 

見開いた"眼"には、"死"が渦巻いていた。

 

「バゼット、避けろ!」

 

警戒を解かないバゼット。

しかしそんな彼女でも、今度の攻勢には面食らった。

 

瞬間移動とも見紛う程素早く接近するドライツェンアサシン。

その眼でバゼットを凝視し、ナイフを振るう。

咄嗟に回避するバゼットだが、その判断はあまりに遅かった。

大きな傷こそ負わなかったが、そのナイフはバゼットの右拳を掠めていた。

 

途端、バゼットの拳から輝きが失われた。

このグローブ、このルーンは今”死んだ”。

 

「これが話に聞く直死の魔眼……生命、無機物のみならず、魔術といった概念すら"殺す"とは……」

 

バゼットは死んだグローブを放り捨てる。

こうなってくると、簡単には攻められない。

 

続いて、上条が剣を振り下ろす。

その背後からはクロが矢を放ち援護する。

しかしドライツェンアサシンは矢を全て躱し、上条の剣を防ぐ。

ドライツェンアサシンのナイフを握るてに力がこもり、剣を押し返そうとする。

 

すると、あろうことか剣はナイフによって切断されてしまったのだ。

 

「は……っ!?」

 

飛び退く上条。

クロの放った矢がドライツェンアサシンに迫るが、その矢を難なく切り裂いてみせた。

 

「そんなのあり!?」

 

障害が無くなり、一気に攻勢に出るドライツェンアサシン。

まずターゲットになったのはクロだった。

 

「来る……!」

 

クロは双剣を投影する。

一刀より二刀の心意気で双剣を振りかざすが、ドライツェンアサシンはそれを容易く防ぎ、上条のものと同じように破壊する。

その度にクロは投影を続けるが、出しては壊されの堂々巡り。

魔力は枯渇し、投影品の質も悪くなっていく。

 

「これ以上は……」

 

そこに、光の玉が飛来する。

夢幻召喚(インストール)を解いたイリヤがルビーで魔弾を放ったのだ。

はじめは二人の間を割って入り、次いではドライツェンアサシンを狙っている。

だがドライツェンアサシンはその全てを避けるのみならず、魔弾のいくらかをナイフで切断しイリヤに迫っていく。

 

迫りくるドライツェンアサシン。

接近するにつれて、イリヤの中で恐怖が込み上げてくる。

 

その恐怖の隙を、文字通り突く。

ドライツェンアサシンはナイフを構え、一直線に突き出してきた。

 

「ひっ」

 

怯えるように頭を抱え屈む。

ナイフは髪を掠め、片方の髪飾りを切り裂いた。

 

ドライツェンアサシンは屈んだイリヤを見下す。

イリヤの目に写ったのはまさに"死"の権化だった。

二人の目が合った瞬間、ドライツェンアサシンはその腹を蹴り上げた。

 

「ぐ、うぅ……」

 

腹を抱え悶えるイリヤ。

ナイフを持ったドライツェンアサシンの手が高く掲げられる。

 

「何するのよっ!」

 

そこへ、魔力を使い果たしたクロが飛びかかる。

クロは背からしがみつき、首を絞め落とそうとする。

しかし子供の抵抗など無に等しく、ドライツェンアサシンはクロを背負い投げ、屈み込んだイリヤにぶつける。

そこへ拳を一閃放ち、白黒もろともノックダウン。

二人は力なく倒れ、苦痛に喘ぐ。

 

残されたのは二人。

片や危機察知し、前線から身を引いたバゼット。

片や剣を両断され、武器を失った上条。

まさにピンチ。

そこへ、ドライツェンアサシンが歩み寄る。

 

「どうします。あの眼があってはそう攻めるものも攻め切れない……!」

(こちらは剣を破壊された。我の魔力もってしても、剣はしばし使えぬぞ)

「…………ッ!」

 

上条は剣を落とす。

そしてあろうことか、拳一つで向かっていく。

 

「上条当麻、無茶です!いくらその右手を持っていたって、奴の眼は……!」

「わかってるさ」

 

この黒化英霊(サーヴァント)のせいで多くの命が失われた。

無垢な子供の命でさえ。

だが、そんな復讐心は後に置いておく。

 

分析する。

自分が今何をすべきか、何が目的なのか。

この拳でどこを"突く"のか……

 

バゼットでさえしなかった凶行に、打って出る。

その勇気、あるいは無謀は、この世界に来る遥か前に上条には備わったものだ。

 

二人が大きく踏み出す。

上条は拳を、ドライツェンアサシンはナイフを向ける。

違うのは、ドライツェンアサシンには上条の"死"が視えるということだ。

 

だがその瞬間、その一瞬だけドライツェンアサシンは固まった。

この男の右手には"死"が視えない。

こんなにも弱く、こんなにも線で満ちた肉体のうち、右手だけなにも写っていない。

白いキャンバスのような────

 

判断が鈍った。

ドライツェンアサシンは意識を引き戻し、ナイフを突き出す。

上条も迷わず拳を突き出す。

 

右手に意識をとられたからか、ドライツェンアサシンのナイフは"死の線"を僅かに外れ、上条の頬を掠めた。

上条は頬の痛みすら気にせず、ドライツェンアサシンの顔面に拳を突き進める。

しかし、その右手は(グー)ではなく二本指(チョキ)だった。

 

「もらったッ!」

 

上条の二本の指が、ドライツェンアサシンの眼に突き刺さる。

ドライツェンアサシンは眼窩から血を吹き出し、押さえ、叫ぶ。

 

上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)

その指がドライツェンアサシンの魔眼に突き刺さった。

そうすれば、間もなく眼の力は失われる。

 

ドライツェンアサシンが悶える隙に上条はイリヤとクロに駆け寄る。

 

「二人とも、しっかりしろ!」

「ごほ、ごほ……私は、なんとか…………」

「私は無理かも……魔力も尽きかけだし、背中も痛んできた……」

 

少なくとも無事ではないが、生きていた。

ようやく守ることができた命の前に、上条は微笑む。

そして心なしか、目頭が熱くなるのを感じていた。

 

「上条当麻」

 

バゼットの呼び声。

上条は振り返る。

しかしバゼットの声色、そして表情にはただならぬものがあった。

視線の先にはドライツェンアサシン。

 

目を向けると、ドライツェンアサシンは獣のように唸っていた。

唸りといえば先程の悲鳴も唸りとさして変わらぬものだった。

だがこれは違う。

例えるなら"怒り狂う肉食獣の唸り"…………

 

「あいつ、何を……」

 

次第に、ドライツェンアサシンの唸りは静まっていく。

そして背筋を正すと同時に、先程までのような、優勢だった時に見せた笑みを浮かべた。

 

「……しまった!」

「何なんだ、バゼット!」

「我々は魔眼という先入観に囚われすぎていました! あんな魔眼は協会の記録にない、だから勘違いしていた! あれは魔眼ではなく、"超能力"の類い! 異能の出力は"眼"には依存していない!」

「で……でも、眼は潰しただろ!?」

「いえ、あの勝ち誇った表情……恐らく奴の死を視る視界は眼球に依存しない! 直死の魔眼は千里眼(クレアボイアンス)でもある!」

 

その時、ドライツェンアサシンが何かを解き放った。

その様子は冷静沈着に見えるが、確かに笑みを浮かべている。

 

正直なところ、上条は勝ちを確信していた。

ドライツェンアサシンの目を潰せば視力を奪うのみならず、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって魔眼も封じることができる。

そうなってしまえば、奴はもう何もできない。

 

だが力が目に依存していないとわかった今、全てが覆った。

状況は何一つ変わっていない。

いや、むしろ目で見る必要がなくなった分、ドライツェンアサシンに分があるとも言える。

甘かった、と言えばそれまでだ。

 

それに奴はナイフを持ったまま、動く気配がない。

つまり、ドライツェンアサシンにはナイフを振るわず、動くことすらなく、上条一行を効率的かつ瞬間的に始末する手段がある。

 

「2、2222……」

「しまっ……!」

 

慌てて上条は駆け出す。

だが何もかもが遅い。

膨大な魔力がドライツェンアサシンに集まっていくのがわかる。

いや、魔力は既に放出されている。

宝具は、既に発動している。

 

ドライツェンアサシンが勝ちを確信した瞬間。

だがその瞬間、胸が何かに貫かれたのに気づいたのは一拍遅れてからだった。

 

「z……t、f………………」

 

本人すら何が起こったのか理解できず、力なく倒れてしまった。

 

上条が視線をやると、拳を突き出したバゼットがいた。

足元には錆びた鉄球が一つ転がっている。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)、か……?」

「その通り。奴が何をしでかすかわからなかったからビクビクしていたものの、大技を繰り出すとなればこっちのものです。正直、奴が宝具を使わず、加減してこちらを殺しにかかっていたら終わっていました」

「そう、か……」

 

今まで体験したことのない緊張。

感情が混ざり合い、押し潰され、威圧された上条はへたり込む。

 

「おわった……」

 

だが、安堵すると同時に、封じ込めていた憎悪がぶり返してきた。

無力感と、虚無感さえも。

 

 

 

9月30日。

上条、桜、士郎の三人で前々から約束していた『ガランドウの抜け殻展』へとやってきた。

一種の人形展で、人間大に作られた奇怪な人形達が展示されている。

現代における人形というニッチさと、最終日滑り込みというのもあって、観客は少なかった。

 

そしてここは、あの殺人鬼(アサシン)と戦った場所でもある。

当然鏡面界だったので、瓦礫や血痕も何一つ見当たらない。

 

「……にしても当麻、俺が来てもよかったのか?桜って言えば、遠坂、ルヴィアに次ぐ穂群原のマドンナだって話題だし、せっかくだし二人きりの方が……」

「うんにゃ、俺にはそんな下心ないからな。ってか、マドンナってのも今知ったし」

「まぁ、そんなに大っぴらに噂話する奴は少ないだろうけどさ」

 

すると、遠くから桜の声が聞こえる。

その声は士郎を呼んでいるようだった。

上条と士郎、どちらの好感度が高いかは明確だった。

 

「ほら、士郎」

「ああ、悪いな」

 

士郎は小走りで桜のもとへ向かった。

二人は仲良く話し、別エリアへ展示を見に行った。

 

丁度いい。

あんな凄惨な戦いの後には、孤独に感傷に浸りたいものだ。

 

上条は人形を見て回る。

ところどころ小型の人形も展示されており、パンフレットの内容と違いバラエティに富んでいると感心する。

そして、その人形のどれもがタイトル通り抜け殻、魂が宿っていたような、元から宿っていないような、絶妙な点を攻めた人形だ。

その不気味さと美しさたるや、美術の授業なんかで見せられたものとは桁違いの、現代に産まれたナマの芸術だった。

蒼崎橙子というのは、凄まじい人形師に違いない。

 

解説を読みながら角を曲がる。

顔を上げると、驚愕のものがあった。

 

死んだ、消滅したはずのドライツェンアサシン。

それに瓜二つの人形が展示されていた。

 

「…………これは」

 

関連がないことはわかっている。

他人の空似というものだ。

この場合人ではなく人形だが。

 

台座に刻まれた解説を読む。

そこにはこう記されていた────

 

"『太極』

1998年作(没作品)

私は当時、ある少女と出会った。

少女は炎のように猛々しく、水のように穏やかで、光と影を併せ持った稀有な人だった。

そして、私は彼女を美しいと感じた。

その時作っていた女児人形があった。

しかしその出逢いを通して、方針を変更した。

そして私は、光と影に生きる彼女、そして彼女を重ねたこの人形に見出したのだ。

この世の根源、太極、生と死を司る陰陽魚、そこに描かれた両儀…………

私は彼女と多くの時を共にしたが、ある時彼女は消えた。

或いは、私が自分から立ち去ったのか。

消息はわからない。

その生死さえも。

しかしその思い出と記憶は、明確にこの人形に秘められている。"

 

────そうだ、関係はない。

だが見れば見るほど魅入られていき、奴のことを想起せずにはいられなかった。

 

ドライツェンアサシンを殺して、残る黒化英霊(サーヴァント)は二騎。

そして、世間を騒がせる殺人鬼も消えた。

 

だが、本当によかったのだろうか。

奴は超常的な存在だ。

逮捕は叶うはずもない。

そして、自分達が奴を殺してしまった。

死体は残らず、奴の残滓はクラスカードだけだ。

 

表向きには森山那奈亀を最後に殺人鬼の凶行、消息は途絶え、永遠の未解決事件として迷宮入りしてしまうことになるのだ。

仮に奴が殺しを続けていれば、犠牲者は当然増えるばかりなのだが、同時に殺人鬼の存在も確固たるものとなり、人々は僅かながら逮捕の希望を見出す。

被害者遺族にとって、果たしてどちらが幸福だろうか。

 

「────いい人形だな」

 

上条は、ドライツェンアサシンとの確執は脳の彼方に追いやることにした。

今更気にしても、糞の役にも立ちはしないのだから。




三年費やさないと書けないようなシロモノではありませんね、えぇ
ならもっと短期間で書けって話です
僕もそう思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話Ⅲ
Fate/Imagine Breaker Material Ⅲ


桂美々

・読み:かつら みみ

・性別:女性

・CV:佐藤聡美

 

イリヤのクラスメート。

大人しく真面目な常識人。

 

だったが、ある一件を境にBLとGLに目覚め、狂っていく。

魂がBLの形をしており、男は男同士女は女同士で結婚すべきだという思想の持ち主。

 

同人作家としての経歴を持つ。

 

 

 

栗原雀花

・読み:くりはら すずか

・性別:女性

・CV:伊藤かな恵

 

イリヤのクラスメート。

ハキハキとした性格で、仲間内ではイチの常識人、現実主義。

BL趣味こそあるものの行き過ぎた仲間を律するなど、あくまで常識の範疇で趣味としてBLを楽しんでいる。

 

美々の覚醒の要因を作ってしまった一人であり、そんな美々を恐れている節がある。

 

 

 

嶽間沢龍子

・読み:がくまざわ たつこ

・性別:女性

・CV:加藤英美里

 

イリヤのクラスメート。

仲間内で一番の天然で、常軌を逸した行動をよく雀花から注意される。

愛称はタッツン。

 

実家は古武術の道場であり、本人も見様見真似で特訓しているが、視点が欠けているためまともに習得できていない。

しかしながら受け身は見事なもの。

 

 

 

森山那奈亀

 

ドライツェンアサシンの連続殺人の標的となり、死亡。

享年10歳。

 

 

 

森山奈菜巳

・読み:もりやま ななみ

・性別:女性

・CV:高橋美佳子

 

士郎のクラスメートで、那奈亀の姉。

おっとりとした性格はクラス内で人気。

凛、ルヴィアの恋敵でもあり、二人を敵として認識している。

 

那奈亀が死亡したことで精神を病み、入院している。

錯乱し、士郎にすら暴力を振るってしまった。

 

 

 

美綴綾子

・読み:みつづり あやこ

・身長:162cm/体重:5okg

・性別:女性

・イメージカラー:オレンジ

・特技:武芸全般

・好きなもの:テレビゲーム全般/苦手なもの:碁、将棋

・CV:水沢史絵

 

穂群原学園弓道部の主将で、士郎の友人。

勝ち気で文武両道、特に武芸においては抜きん出る者はおらず、尊敬の的となっている。

町内の道場では師範代も務める。

 

蝉菜マンション在住で、氷室鐘とはよく下校を共にする。

 

男性の好みは一方通行(アクセラレータ)

 

 

 

氷室鐘

・読み:ひむろ かね

・身長:157cm/体重:48kg

・性別:女性

・イメージカラー:鼠色

・特技:なし

・好きなもの:人間観察/苦手なもの:猫

・CV:中川里江

 

穂群原学園陸上部所属。

美綴とは仲が良く、士郎ともある程度の面識はある。

高跳びのエース。

 

古風な口調が特徴で、文武両道、故に性別問わず尊敬されている。

人間観察が趣味で、人の内面を見抜くことには長けている。

 

蝉菜マンション在住。

父親は冬木市の市長。

 

 

 

上里翔流

・読み:かみさと かける

・身長:171cm

・性別:男性

・天敵:上条当麻

・CV:松岡禎丞

 

自称ただの高校生、第六魔法使い。

ツヴォルフセイバー戦を終えた上条達の前に現れ、クラスカードを強奪しようとした。

結果、ツヴォルフセイバーとフィーアキャスターの二枚のカードの強奪に成功する。

 

大人しいようで、どこかやさぐれたような性格。

ある程度のカリスマ性を持っており、特異な仲間を従えている。

 

本人が第六魔法と自称する理想送り(ワールドリジェクター)の能力は、右手の影に触れたものを"新天地"へと追放する。

応用が効くようで、それによってツヴォルフセイバーは胸部中心のみを抉られ、クラスカードを抜き取られた。

彼の言う新天地に何があるかは誰にもわからない。

 

その能力以外にも優れた戦闘能力を持ち、上条とは互角に殴り合っている。

 

しかしながらまだほんの少ししか交戦していない、未知数の男である。

 

 

 

シグマ

・スペル:Σ

・性別:男性

・CV:花江夏樹

 

上里勢力の一人、魔術使い。

冷静というより、感情がないような希薄な性格。

 

年齢不明、経歴不明。

分かっているのは銃器の取り扱いの上手さと、魔術、特に使い魔使役の才能のみ。

 

少々常識が一般とズレているところがある。

 

 

 

キャスター

・自称:ロマニ・アーキマン

・真名:封鎖中

・身長:178cm/体重:75kg

・属性:秩序、善

・カテゴリ:人

・性別:男性

・CV:鈴村健一(戦闘時:杉田智和)

 

・筋力:E

・耐久:E

・敏捷:B

・魔力:A++

・幸運:A++

・宝具:A+++

 

クラス別能力

・陣地作成:A

・高速詠唱:C

・道具作成:C

 

保有スキル

・啓示:B

・召喚術:EX

・■■■■■■■:EX

・千里眼:EX

 

上里勢力の一人で、マリスビリーのサーヴァント。

医者のような白衣を着ていて、髪は橙色。

 

明るい性格だが、プライバシーを考慮しないような発言が多い。

しかし戦闘時には威厳と共に恐怖を感じさせる性格、声に変化し、対敵には一切の容赦をしない。

 

強大な力を持つ魔術師。

発言内容から、王の類いであると推測される。

 

宝具として、空中に巨大な光帯を展開しており、その帯の一筋をもって破壊兵器とすることが可能。

真名を封鎖していながらも、クロの熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を圧倒するほどの威力を持つ。

 

 

 

マリスビリー・アニムスフィア

・スペル:Marisbury Animusphere

・性別:男性

・CV:野島健児

 

上里勢力の一人で、キャスターのマスター。

ローブで姿を隠しており、詳細は視認できない。

行き過ぎた言動をするキャスターを律するといったツッコミ役としての立ち位置も持つ。

 

地球儀のような杖を持っている。

 

 

 

蒼崎青子

・読み:あおざき あおこ

・身長:163cm/体重:51kg

・性別:女性

・イメージカラー:青

・好きなもの:忠犬/苦手なもの:忠犬

・CV:戸松遥

 

上里勢力の一人で、第五魔法使い。

染めた雰囲気のない赤髪だが明確に日本人顔の奇妙な外見の女。

凛に対して小馬鹿にするような口調で話している。

 

魔法使いではあるものの、魔術の才能そのものは凡庸。

回路の質は普通で、量は少なめ。

だが破壊する魔術に関しては秀でたものがあり、それに関しては非常に燃費効率、威力が良い。

なぜか「相手をカエルにする呪い」は習得している。

 

第五魔法"青"は時間に関係したものだとされているが、学会でも明確な答えが出ていない。

 

80年代のロックが好きで、本人もギターを弾ける。

 

 

 

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ

・スペル:Kischur Zelretch Schweinorg

・性別:男性

・天敵:"月"、"蜘蛛"

・CV:沢木郁也

 

上里勢力の一人で、第二魔法使い。

魔道元帥、宝石翁、万華鏡(カレイドスコープ)、"第三位"。

 

白髪に髭を生やした仙人。

出生は不明ながらも遥かな昔から生きており、現在はその第二魔法を使って並行世界を放浪している。

 

凛の先祖である遠坂泳人の師であり、冬木の大聖杯を設立した者の一人。

同時に凛とルヴィアにクラスカード回収を命じた張本人であり、「常識知らず」と日本滞在延期を言い渡した。

 

衛宮切嗣と、間接的に一方通行(アクセラレータ)を動かしていた黒幕でもある。

 

第二魔法は並行世界の運営。

カレイドステッキを作ったのもゼルレッチであり、インストールの他にも並行世界中から魔力を集めて兵器に転用することも可能。

近年は老化その他諸々により全盛期ほどの魔法行使はできなくなっているものの、一方通行(アクセラレータ)を捻じ伏せる程度の力は残っている模様。

 

 

 

ツヴォルフセイバー

・真名:mーs@;zs@

・身長:154cm/体重:42kg

・属性:混沌、中庸

・カテゴリ:地

・性別:女性

・イメージカラー:赤

・CV:沢城みゆき

 

・筋力:B+

・耐久:A

・敏捷:B

・魔力;B

・幸運:D

・宝具:A

 

クラス別能力

・対魔力:B

・騎乗:B

 

保有スキル

・直感:B

・魔力放出:A

・戦闘続行:B

・カリスマ:C-

 

山上の教会で接敵した黒化英霊(サーヴァント)

鎧を着た女のようで、しかしその振る舞いは男勝り。

ハーレーダビッドソンを駆り上条に対しレース対決を仕掛け、その後には魔剣から赤い雷を放って戦った。

 

上条の一撃を受けるも耐え切るが、上里の理想送り(ワールドリジェクター)によって胸部を破壊され消滅。

 

宝具

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)

・ランク:A+

・種別:対軍宝具

・レンジ:1~50

・最大捕捉:800人

 

魔剣クラレントの最大解放形態。

赤い雷を束ね光線のように射出する。

 

自らの魔力を放出し放つ一撃。

かつて自分の父に抱いた憎悪、怒り、全ての負の感情を乗せて放つ。

しかし上条の幻想召喚(インヴァイト)したカードとは相性が悪かったようで、あと僅かのところで相殺されてしまった。

 

 

 

ドライツェンアサシン

・真名:l94g@dg

・身長:160cm/体重:47kg

・属性:混沌、善

・カテゴリ:人

・性別:女性

・CV:坂本真綾

 

・筋力:E

・耐久:D

・敏捷:A+

・魔力;C

・幸運:A+

・宝具:EX

 

クラス別能力

・気配遮断:C

・単独行動:A

 

保有スキル

・心眼(偽):A

・根源接続:A

 

ガランドウの抜け殻展会場に現れた黒化英霊(サーヴァント)

冬木を騒がせている連続猟奇殺人事件の犯人でもある。

 

金色の髪と紫の着物、そこに赤いレザージャケットという歪な外見の女。

目には包帯を巻いており、魔眼を封じている。

封じる理由は不明。

 

武器はバタフライナイフとサバイバルナイフ。

双方とも切断、投擲に利用することが可能で、自身の身体能力と魔眼の力によってこれ以上ない殺人兵器と化す。

それとは別に閃光弾も持ち込んでおり、上条達を撹乱した。

 

また、どうやら本来の霊基に"何か"が混ざり込んでいるようで、それが殺人衝動を増幅し食人衝動を植え付けた、つまり連続猟奇殺人事件の引き金となったのだ。

 

宝具

唯識・直死の魔眼(ブレーカー・バロール)

・ランク:EX

・種別:対人宝具

・レンジ:1

・最大捕捉:1人

 

ドライツェンアサシンが持つ魔眼。

ものの"死"を線のかたちで視ることができ、そこをナイフでなぞることでどんな寿命やどんな回復力、どんな命のストックを持っていようとも問答無用で"殺す"ことができる。

それはなにも生物に限ったことではなく、無機物や魔術、更に概念すら視界に捉え殺すことができる。

死の線がある場所を一般人が切っても反応はせず、死の線が視えていることが重要。

 

この魔眼は未来視の究極系であり、生命の寿命や物体の風化などの"死の未来"を可視化することで直死とすることが可能になっている。

それは強力な不死でもない限り変わらない。

 

ただ、この魔眼は魔術協会においては研究途上であり、厳密には魔眼ですらない超能力の類で、それを知らず上条は目潰しをしたが効果は薄かった。

またある種のフィルター、階層が異なるため、目が見えない状態でも"死"であれば視ることができる。

 

無垢識・空の境界(ガーデン・オブ・シナーズ)

・ランク:EX

・種別:対人宝具

・レンジ:1~999

・最大捕捉:64人

 

魔眼に秘められた力の最大解放。

宝具名が示す巨人"バロール"の本来の権能に近いもの。

 

この宝具に、凶器は必要ない。

死の線を視て、彼岸より幽世の一太刀をもって、"死"そのものが両断する。

即ち、この世に"死"の概念がある限り、その魔眼で捉えられただけで殺す究極即死宝具。

その点で言えば、"山の翁"の死告天使(アズライール)をも上回る。

 

宝具の要因が死、概念、この世の外側にあるため、上条の右手をもってしても防ぎようがない。

だが宝具が発動し、攻撃が確定するすんでのところでバゼットの斬り抉る戦神の剣(フラガラック)により発動を無効化され、霊核を貫かれ消滅した。




凄いメンツだ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七章 氷原にて立つ
Spell19[星の精霊、貴き姫君よ A_Piece_of_the_Moon.]


一年半ぶりくらい?
そろそろしっかりペースアップを義務化しなければ


 冬木市郊外の森林。その鏡面界。

 そこはもはや別世界と化していた。

 

 

 

「いた……!」

 

 アサシンの力で作り出した剣を構える上条。ドライツェンアサシン戦で破壊された影響はまだ残っており、魔力規模を縮小させ今までの身の丈程の大剣からは小型化されている。

 その傍らにはイリヤ、クロ、美遊、一方通行(アクセラレータ)

 そして、五人の前方。

 一人の女、六騎目の黒化英霊(サーヴァント)が現界していた。

 女王を思わせるような漆黒のドレス。ところどころハネた金色の髪がなびく、快活ながらも淡麗なビジュアル。そして髪の隙間から覗かせる深紅の瞳はとても熱く、魅惑されてしまう。

 女は空を飛ぶような身のこなしで舞い、ずっと笑っている

 狂戦士の黒化英霊(サーヴァント)、フィルツェンバーサーカーだ。

 

「……何なンだ、気色悪ィ」

 

 呟く一方通行(アクセラレータ)。彼の目からしても、彼女の振る舞いは異色だったのだろう。

 こちらは皆戦闘態勢だ。上条とクロは剣を、イリヤと美遊はカレイドステッキを、一方通行(アクセラレータ)はベクトル変換を励起させた剥き出しの殺意をフィルツェンバーサーカーに突きつけている。傍から見ても一触即発、殺し合いの現場に他ならない。

 だが、女は踊っている。この状況、殺戮、戦場を”楽しんでいる”。それは言わば強者の余裕。数的不利においても引けはとらないという自信。いや、もはや自信ではなく、それが奴にとっては当たり前なのかもしれない。それほどの強者。

 

「あの雰囲気、何かが違う。何かヤバイわ」

 

 クラスカードから出づる者の本能か、身震いするクロ。

 学のない上条にも理解できた。フィルツェンバーサーカーが平然と放っている殺意。ドライツェンアサシンと同等かそれ以上の、しかしベクトルの違う殺意に溢れ満ちていた。

 その殺意を突きつけられて、今一番問題になるのはイリヤだった。彼女はつい最近、親友を亡くしたばかりだ。それも自分達が追う殺人鬼によって。そして、殺人鬼との戦いで感じた恐怖──。そんな状況に置かれたイリヤのパニックは想像に難くない。今の彼女は、戦いに身を置く前の、無垢な少女の精神に戻ってしまっている。

 イリヤはおもむろにルビーを向け、先端に魔力を込め始めた。

「待て、早まるなイリヤ!」

「なんで!? ここであいつを殺さないと、また誰が被害に遭うか分からない!」

「この鏡面界は黒化英霊(サーヴァント)を縛る結界のようなもの。今までの例を見ると、そこから抜け出す単独顕現(こうどう)能力を持った黒化英霊(サーヴァント)がそんなにいるとは思えない」

「でも……!」

 

 言い合う上条、イリヤ、美遊。傍らでクロは二刀を構え、フィルツェンバーサーカーの動きを警戒している。

 一方、一方通行(アクセラレータ)は気づいた。秋の暮れ、気温の下がったこの時期にイリヤのかく汗は暑さによるものではない。そして血色の悪い唇と、開いた瞳。怯えきって錯乱し、正常な判断ができない顔だ。

 

「止せ、ガキ──!」

 

 が、遅かった。

 ルビーから放たれた魔弾は直線軌道を描き飛んでいく。その速度は素早く、槍のように頭を貫く姿が想像できる。

 フィルツェンバーサーカーは踊りを止める。そして魔弾に背を向けたまま、その手で魔弾を鷲掴みにした。

 

「な────」

 

 勢い止まらぬ魔弾がぎゃりぎゃりと火花を散らし、手の中で回転している。だが痛くも痒くもない、そんな様子でフィルツェンバーサーカーは手のひらに力を込める。魔弾はうめくように発光すると、その手によって握りつぶされ、空気が抜けるような甲高い音を発して塵と消えていった。

 場が静まり返る。予想を超える敵の反応に皆が言葉を失う。

 女はゆっくりと、ぎりぎりと、機械人形(オートマタ)のように振り向く。

 血のように赤い瞳。

 歪んだ表情。

 

その視線に魅入られた瞬間、空間全てが凍りついた。

 

 刹那、女が跳んだ。獲物を捉えた狩猟豹(チーター)のように、その足は土を抉り、風を切って飛びかかる。

 その目先に捉えるは、魔弾を握り潰され焦燥するイリヤ。

 

「クソッ、三下が……!」

 

 すかさず一方通行(アクセラレータ)も跳んだ。ベクトル反射最大出力、超電導(リニア)の如く突き進む。遠くに居たフィルツェンバーサーカーよりも一足先に辿り着いた一方通行(アクセラレータ)はイリヤを蹴飛ばす。遠くへ、しかし優しく、反射を調整したキックによりイリヤは退いた。

 

「っ、一方通行(アクセラレータ)さ──」

 

 イリヤの呼びかけが届く間もなく、フィルツェンバーサーカーの凶拳が一方通行(アクセラレータ)を突いた。

 

「ご、は────」

 

 ベクトル反射を貫いた、鈍い痛み。ただの拳がこれほどの威力を持つはずがなかった。ましてや幻想殺し(あの三下)でもない、ただの肉弾に。

 内臓を揺らしながら、一方通行(アクセラレータ)は想起する。いつだったか、アインツベルン家に攻め込んだ時だ。どういうわけだか知らないが、一人果敢にもナイフ一本で抵抗してきた久宇舞弥という女。あの斬撃を反射できないことに一瞬面食らったが、それは単にあの女が反射された衝撃に耐えていたというだけだった。

 この現象はそれと似て非なる力業(ゴリ押し)。反射によって返ってくる衝撃をものともせず、保護膜もろとも殴り飛ばしたのだ。

 数十メートルであろうか、長距離を吹き飛び、土煙を立てながら転がる一方通行(アクセラレータ)。痩せっぽちの彼にとっては、身体の内が砕ける程の衝撃だった。

 

「あの女、ただもンじゃねェ……ッ」

 

 立ち上がろうとするも、呼吸が整わない。その様子を嘲笑いながら、フィルツェンバーサーカーが迫ってくる。

 一方イリヤは何事もなかったかのように立ち上がった。蹴飛ばされた衝撃でクラスカードがバラバラに飛び散らかってしまっている。

 イリヤは足元のクラスカードを手に取る。ふと頭を上げると、一方通行(アクセラレータ)に迫るフィルツェンバーサーカーが目に入る。それと同時に武器を構える一同も。

 イリヤは恐怖を押し殺し、ルビーを強く握りしめる。

 

「っ……美遊!」

 

 頷く美遊。イリヤはクラスカードを一旦置き、空を飛ぶ。美遊も共に空を駆ける。

 

「クロ、援護だ! 俺はカードを回収する!」

「オッケー!」

 

 クロは剣を消して弓を投影し、その矢をフィルツェンバーサーカーに向ける。そしてイリヤ、美遊もステッキの先に魔力を込める。

 

「「はぁっ!」」

「やあっ!」

 

 二人のステッキの先から光線が発射される。同時にクロもつがえた矢を射、複数に分裂した矢がうねるように飛翔する。フィルツェンバーサーカーの意識が一方通行(アクセラレータ)に向いていることを逆手にとった不意打ち。

 しかしフィルツェンバーサーカーはその殺気を敏感に感じ取った。攻撃を受けるでも避けるでもなく、自らの手を使って光線と矢を捕らえたのだ。

 

「!?」

 

 それは手で掴む、といったものではなかった。まるで巨大魚類と共生する小魚のように、光線は手のひらの上で残留し、踊っている。そしてそれを両手のひらで抑え込み、変質させている。

 フィルツェンバーサーカーの異能は、これにこそ真価を現す。一方通行(アクセラレータ)を殴り飛ばした拳も、この力により増幅されたもの。一種の現実改変能力、空想具現化(マーブル・ファンタズム)である。

 手が開かれた。そこから飛び出たのは何匹もの蛇の首。赤い鱗と黄色い牙はその毒性を強く思わせる。まるで異次元から飛び出たかのように際限なく蛇の身体は伸び、着地していた美遊へと襲いかかる。

 

「美遊!」

「大丈夫……っ!」

 

 美遊は魔力のシールドを展開し、蛇の進行を抑える。しかし数多の蛇の首がシールドに噛みつき、食い千切ろうとする。

 その勢いは衰えない。

 

『d733z』

 

 フィルツェンバーサーカーはその瞳を煌々と輝かせ、蛇のように唸る。蛇の力が増す。殺戮を楽しむようなフィルツェンバーサーカーの笑顔は、その余裕を写していた。

 そして段々とシールドが食い千切られ、ヒビ割れていく。

 

「くぅっ……!」

 

 地面を踏みしめる美遊。しかし押される一方で事態は改善しない。

 その時。死角から上条が蛇に襲いかかった。

 

「ドライツェンアサシン、幻想召喚(インヴァイト)……!」

 

 上条は散らばったカードから一枚手に取り、即座に幻想召喚(インヴァイト)を行ったのだ。

 忌々しき相手、あの殺人鬼を自身に投影する上条。その手に握られているのは一本の刀。神秘のみを通す魔力の蛇、その首を容易く切り落とした。

 

「臨ム兵闘ウ者皆陣列ベテ前ニ在リ──」

 

 刀に刻まれた九字の刻印。それはこの刀の歴史であり、秘めたる退魔の力。時によって鍛えられた九字兼定は、魔術さえ消し去る概念礼装と化す。

 故にこの刀は、幻想殺し(イマジンブレイカー)に等しい力を持っている。

 侍のように、次々と蛇を切り落としていく上条。切り落とした蛇は霧散し、空に昇っていく。そのうち美遊はシールドを解いていた。

 

「だぁっ!」

 

 大きく刀を振り下ろす。刃は蛇の脳天から入り、その肉体を左右に分けた。

 これで、全部。

 美遊は立ち昇る粒子に目をつけた。あれは空想具現化によって作られたもの。即ち、空想を具現化し得る元素。

 

「サファイア、あれを集めて!」

「分かりました! 吸引、収束……!」

 

 散り散りになった蛇の遺灰が、サファイアの先端に集う。

 カレイドステッキとて魔法の産物。空想具現化の力の残ったこの粒子ならば、別の形に置き換えることも可能なはずだ。

 サファイアに集まった粒子が形を持つ。それは無数の羽虫、巨大な蝿の大群だった。その顎は鋭く、肉を噛み千切るに優れる。

 

「行けっ!」

 

 羽虫が一斉に襲いかかる。その様子に、イリヤは少し引いてしまう。ぶぅん、ぶぅん、と怪音を立てながら飛び交うそれは、まさにおぞましいものであった。

 数え切れないほどの大群がもはや面となってフィルツェンバーサーカーに襲いかかる。

 しかし、空想具現化の主は彼女。この場で最も力を御し得る。

 フィルツェンバーサーカーはその手を空に振った。空想具現化によって増幅されたその一振りは衝撃となって群がる羽虫を砕き散らす。

 一撃だった。あれだけの大群ですら、彼女にとっては腕の一振り程度に等しいものなのだ。

 そして今度はフィルツェンバーサーカーが魔力の粒子を集め始めた。粒子は手のひらに吸い込まれ、還元されていく。

 全てを吸い尽くすと、その手のひらを強く地面に叩きつけた。するとその魔力のこもった一撃故か空想具現化が故か、地面が大きくひび割れ、溶岩が吹き出した。

 亀裂は五人それぞれに迫る。

 

「まずい……! みんな!」

 

 上条が叫ぶ。言われずとも、皆回避に徹していた。イリヤは浮遊し、美遊は宙を跳ね、クロは投影の応用で浮かぶ。

 

「クソッ……がああァ、クソッ!」

 

 ダウンしていた一方通行(アクセラレータ)も己を奮わせ、空気を操作し空へ飛ぶ。

 すると、四人の標的を失った亀裂はかくんと向きを変え、一斉に上条へ襲いかかった。

 

「おいおい、マジかよ!」

 

 飛行手段もなく、慌てふためく上条。それを見て、フィルツェンバーサーカーは笑っている。

 

「チクショウ、イチかバチかだ!」

 

 溶岩の亀裂が迫る。そして、亀裂が上条と接触する直前、上条は手に持った刀を地面に突き立てた。

 鍛え上げられた退魔の力。刀に溶岩流が触れた瞬間、亀裂は閉じてゆき、溶岩は逆流し、光を放って消滅した。

 がらんとした戦舞台。フィルツェンバーサーカーへ伸びる一直線の空白を、上条は見逃さなかった。幻想召喚(インヴァイト)によるサーヴァント並の脚力でフィルツェンバーサーカーへ猛接近する。

 

「おおおおっ!」

 

 上条は刀を平行に構え、突進する。鋭い切っ先が、針のようにフィルツェンバーサーカーを捉えている。当のフィルツェンバーサーカーは避ける素振りを見せない。

 かきん、と。

 突き刺さったはずの刀はフィルツェンバーサーカーの皮膚の上で弾かれ、先端からへし折れてしまった。

 

「な────」

 

 と、言葉を発する暇もなく、フィルツェンバーサーカーの拳で大きく吹き飛んだ。宙を舞い落下するとその衝撃で幻想召喚(インヴァイト)が解け、カードは明後日の方向へ飛んでいった。転がる上条と共に、元々握っていた黒い剣も地面を滑っていく。

 誤算だった。空想具現化を対処できたからといって、本体にも退魔の刀が効くと思い込んでいた。確かにフィルツェンバーサーカーの防御は硬いが、あれは空想具現化による鎧でも何でもなかった。奴が生命体として初めから備え持った皮膚であり、何の種も仕掛けもなかったのだ。

 転がる上条を目視した途端、フィルツェンバーサーカーは跳んだ。一方通行(アクセラレータ)とは違う、自分と戦い得る力を持つ男を慢心せず排除するために、その爪を尖らせる。女の体とは思えないような跳躍力は、上条まで一筋の放物線を描き宙を舞っていく。

 しかしその放物線を遮ったのは、双剣を携えたクロだった。

 

「たぁっ!」

 

 投影魔術で浮かんだクロがフィルツェンバーサーカーに剣を叩き込む。フィルツェンバーサーカーも爪で応戦するが、浮遊能力のない彼女には空中での踏ん張りが足りず、地に落ちる。

 クロは落下したフィルツェンバーサーカーめがけ、双剣を投擲する。たとえ皮膚が硬くても、人体で最も脆い眼球(ねんまく)を狙い、切っ先が向く。

 しかしその動きを視認できないはずもなく、フィルツェンバーサーカーは眼前へと迫った双剣を両手で掴み、握りつぶしてしまった。刃を直に掴んだその手のひらに血は滴っておらず、傷跡すらない。

 ふと見ると、クロの姿が見当たらない。双剣を防ぐのに意識を集中した隙に姿をくらまされたようだ。

 殺気を感じ、振り返る。そこには再び双剣を投影したクロの姿があった。

 

「案外、視野が狭いもんなのねっ!」

 

 目にも留まらぬ乱舞を繰り出すクロ。フィルツェンバーサーカーの肉体に弾かれ剣が壊れてしまうが、その度に新たなものを投影し、攻め続ける。やがてその肉体の剛性が欠け、刃を受け入れるようになるまで。

 圧される一方のフィルツェンバーサーカー。

 彼女の心中に焦りはなかった。いくら攻撃を受けようと、有象無象の投影魔術程度ではこの肉体を打ち破ることなどできない。先の上条の刀を受け、それははっきりしていた。

 しかし、彼女の中にあったのは怒りだった。邪魔くさい、鬱陶しい、面倒くさい。それはまるで引き延ばし癖の子供のような、短絡的な感覚が筋肉を強張らせたのだ。

 ふとした一撃で、クロの双剣が明後日の方向へ吹き飛ぶ。その一瞬に冷や汗がどばっと吹き出て、余裕すら感じていたクロの顔は蒼く冷めていった。

 空想具現化で衝撃を増幅する必要もない、ただの腕の一振り一振りで、クロは圧されていく。剣が壊れる度に新たな剣を投影し、魔力を浪費していく。

 その表情、その攻勢は、先程とはそれぞれ真逆だった。

 

「この……っ!」

 

 僅かな隙に、クロは剣に魔力を込める。怪異を切り裂く陰陽刀、頑健なる鶴の翼(オーバーエッジ)を想起し、その刀身を結晶と成していく。

 

鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)…………っ!?」

 

 ずきん、とした痛み。集中が途切れ、剣を覆いかけていた結晶は剥がれ落ちていく。

 それは先日、ドライツェンアサシンに受けた背中の傷だった。

 クロの動きが止まる。そこにフィルツェンバーサーカーが容赦ない一撃を叩き込む。クロは剣で防御するが、その剣ごと爪が砕き、その頭を地面に叩きつけられた。

 

「クロぉぉーーーっ!!」

 

 居ても立っても居られず、イリヤは夢幻召喚(インストール)もせずにフィルツェンバーサーカーて突撃していく。それを見かねた美遊も援護する。

 

斬撃(シュナイデン)!」

砲射(シュート)!」

 

 魔力の斬撃と弾丸がフィルツェンバーサーカーに飛んでいく。しかしフィルツェンバーサーカーは爪を振りかざし、空想具現化による巨大な衝撃で攻撃をかき消した。そして、羽虫を追い払うように、空想具現化で巨大なツルを形成し、鞭のようにして二人に振りかざす。

 

「イリヤ!」

 

 美遊の掛け声で、我を失っていたイリヤが目を覚ます。空高く飛び、ツルを回避する。フィルツェンバーサーカーはツルを引き戻すと、更に巨大なツルを作り出し、大きく振りかぶる。

 

「やっぱりダメ! 私達じゃ太刀打ちできない!」

「じゃあどうすればいいの!? あのままじゃ、クロが死んじゃう!」

 

 半ばヤケクソで怒鳴るようにイリヤが言う。美遊はそれに反論できず、しかし確定的な戦力の差に俯く。

 

「この、アマが……!」

 

 その時、一方通行(アクセラレータ)が一歩足を踏み出した。やられてばかりで、彼のプライドももはや我慢の限界だった。

 何より、仲間が戦って斃れていっているのに、自分だけ傷を舐めているわけにはいかない。

 

「風だの溶岩だのツルだの……そンなに自然が好きか? ならお望みどォりこっちも自然で応えてやる!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は空に手をかざす。その手のひらに風が収束していくと、ばちばちと稲光が散る。

 

「空気を圧縮……ッ!」

 

 圧縮されたプラズマが放たれる。光線のようにフィルツェンバーサーカーを貫かんと突き進むプラズマ。フィルツェンバーサーカーは腕を交差させ、肉盾をもってプラズマを受けた。

 この時、初めて。

 フィルツェンバーサーカーは仰け反った。

 魔力を持つもの数あれど、指向性を持たせずして最も強力なものは"自然"だ。神代より変わらぬ世界のシステムは膨大な魔力を含有し、あらゆる魔術の媒体となる。特に雷撃(プラズマ)は神の怒りとして畏れられ、ギリシャのゼウス、インドのインドラなどがその象徴とされてきた。

 故に一方通行(アクセラレータ)の一撃は、神の一撃と成り得るのだ。

 

「上条当麻ァ!」

「おう!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の呼び声に呼応して、上条が飛びかかる。

 

「ツヴァイランサー、幻想召喚(インヴァイト)!」

 

 上条の体が輝き、姿を変えていく。腕に纏うのは赤い爪を持った漆黒の篭手。魔獣クリードの骨格より作られた呪いの鎧。

 鋭い呪爪がフィルツェンバーサーカーを襲う。フィルツェンバーサーカーはそれに対抗し、空想具現化の爪を振りかざす。

 両者が衝突する。驚くことに、上条の呪爪はフィルツェンバーサーカーのそれと拮抗し、鍔迫り合っているのだ。

 一瞬、フィルツェンバーサーカーの表情が険しくなったように見えた。上条は微笑み、更に一歩力を込める。

 

「どりゃあぁっ!」

 

 フィルツェンバーサーカーは大きく飛び退いた。上条の呪爪が地面を抉っている。これ程の力があるならば、意識を改めねばならないと、フィルツェンバーサーカーは戦況を分析する。

 

一方通行(アクセラレータ)ぁっ!」

 

 呼応に応え、一方通行(アクセラレータ)は両手を広げる。保護膜に触れる空気、そのベクトルを感知し、計算する。

 すると、飛び退いたフィルツェンバーサーカーの周りを光が回りだした。それは先と同じ、プラズマだった。だが速度も量も増したプラズマはコイルのように回転する。

 ぎゅっ、と一方通行(アクセラレータ)が手を握る。瞬間、フィルツェンバーサーカーを旋回していたプラズマの円は一気に狭まり、牢屋のようにフィルツェンバーサーカーを包み込み捕らえた。

 

「今だ!」

「おう!」

 

 上条は呪爪を地面に突き刺す。ゲイ・ボルグの特殊能力の一つ──分裂によって、地面からいくつもの赤い槍が生え、その波は囚われのフィルツェンバーサーカーへと続いていく。そしてプラズマの檻を突き破り、地獄の針山のように無尽蔵の呪槍がフィルツェンバーサーカーを突き上げる。

 しかし同時にフィルツェンバーサーカーも飛び上がり、僅差で呪槍を回避する。

 フィルツェンバーサーカーの視界が捉えたのは一方通行(アクセラレータ)の姿だった。宙を蹴り、一方通行(アクセラレータ)めがけ跳んでいく。そして拳を握りしめ、その顔面を突く。

 が。

 その拳は一方通行(アクセラレータ)の鼻先で"停滞"した。

 キヒッ、と一方通行(アクセラレータ)は引き裂くように嗤う。

 

「オマエの攻撃(ベクトル)はな、とっくのとォに計算済みなンだよ、三下がァ!」

 

 ぐっ、と一方通行(アクセラレータ)が拳を握る。僅かな瞬間ながら、フィルツェンバーサーカーはその拳から確かにただならぬ意志を感じた。

 拳が振るわれる。拳がフィルツェンバーサーカーの腕をすり抜け、その鼻先に触れる。計算されたベクトルの波がフィルツェンバーサーカーへ裏返る。彼女の持つ力は並大抵ではない。それが自分へ返ってきた時の衝撃は想像に難くない。

 その威力に、とうとうフィルツェンバーサーカーは吹き飛んだ。後退しながら地面を擦り、土煙を巻き上げながら滑っていく。

 

「今しかない……ッ!」

 

 爪を地面に引っ掛け、強引に静止するフィルツェンバーサーカー。それを見て、上条は呪爪を地面に突き立てる。今、先のような突き上げ攻撃をしてもフィルツェンバーサーカーの退路を塞ぐ障害物はなく、効果的には思えない。

 だが、上条の目的は別だった。突き立てた呪爪の刃はフィルツェンバーサーカーを突き上げることはなく、彼女の周囲──四隅に生えた。そしてその四つの刃は、まるで時限爆弾のカウントダウンのように、チカチカとゆっくり点滅している。

 それはカードからの智慧──そう、ツヴァイランサーは槍兵(ランサー)でありながら、一方で原初のルーンさえも使いこなすルーン魔術師(ドルイド)でもあった。これは、そのルーンを破棄して展開する最上級の防御結界。その内に居るものを上級宝具からも護るというが……封印とは、時に「内のモノが外へ出ないようにする」ことにも用いられる。

 フィルツェンバーサーカーは駆け出した。直感的に危機感を感じたのだろう。そして、陣形を組んだ呪刃の檻をすり抜け、こちらにやってくる。……それは、文字通りの時限装置(カウントダウン)なのだろう。本来術師(キャスター)でこそ用いられる特上のルーン魔術を黒化(シャドウ)の力、そして人の身(インヴァイト)で用いるにはそれなり以上の制約が課せられることは不自然ではない。

 ────要は、完全起動(タイムアップ)までにフィルツェンバーサーカーを抑え込み、あの陣形へ放り込まねばならない。

 

「来てみろ! 押し出し一本、決めてやるぜ!」

 

 上条の言葉を聞き入れるまでもなく、フィルツェンバーサーカーは爪を振りかざした。地面が大きく抉れる。上条は呪爪で攻撃を防ぐも、あまりの威力にザザ、と足元が退いてしまう。

 止むことのないフィルツェンバーサーカーの攻撃。それを延々といなす上条。必殺技や形態変化の類ではないはずだが、先と比べて明らかに威力が増している。これは火事場の馬鹿力、或いは生存本能だろうか。彼女は上条達を明確な「脅威」と認識し、全力で殺しにかかってきている。

 だがそれは同時に、それ程に奴を追い詰めているという証明でもあった。

 

「(だが、これは……!)」

 

 あまりにも攻撃が鋭い。両手をフル活用し、休む間も与えずこちらに爪を振りかざしてくる。英霊(サーヴァント)の身なら妥当な持久力だが、こちらはあくまで人間、いくら英霊の力を使おうと真に英霊(サーヴァント)の次元に到達することはできない。

 それは持久力に限ったことではなく、この世のあらゆる武器は振るう度に摩耗し、朽ちていく。刃はこぼれ、鉄は錆び、調整(メンテナンス)無しではすぐ使い物にならなくなる。それは彼の武器も同じで──。

 ばきっ。

 

「な、しま……ッ!」

 

 酷使の果てに、とうとう呪爪が砕け散った。四本の刃が砂のように崩れ、折れ、篭手本体にもヒビが入っている。粉砕するのも時間の問題だろう。それに、そもそも、この状態では戦うことすら叶わない。

 フィルツェンバーサーカーが手を大きく振り上げる。上条は咄嗟に篭手の甲を向け防ごうとする。朽ちかけの篭手では、防げるものも防げないが──。

 爪が振り下ろされる。空想具現化(マーブルファンタズム)により巨大化した威圧が上条を芯まで打ち砕く。

 

 が、その時だった。その爪を、どこかからか現れた輝剣が弾いた。

 

「これは……」

 

 上条が目をやる。立っていたのは、青いインナーに銀の鎧を纏った──フュンフセイバーを夢幻召喚(インストール)した美遊だった。

 ふと、上条はクロの様子を確かめる。どうやら、戦線を離脱したイリヤが看病しているようだった。自ら退き、美遊に全てを託して。

 

「立ち上がって!」

 

 そう言うと美遊は一枚のクラスカードを上条に放り、フィルツェンバーサーカーを押し返す。そのカードは、吹き飛ばされてしまったドライツェンアサシンのカードだった。

 カードを手に取る。その瞬間、閃いた。カードの記憶が上条に干渉する。現状を打開する力、カードの秘めたる能力の全てが流れ込んでくる。

 

「……っしゃ、やるぞ!」

 

 そう言い聞かせるとドライツェンアサシンを幻想召喚(インヴァイト)し、美遊と共にフィルツェンバーサーカーへ斬りかかる。

 

「オイ、アレの点滅が早まってンぞ!」

「よし美遊、押し込むぞ!」

「はい!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉で、二人は攻勢に出る。

 防戦を強いられるフィルツェンバーサーカー。いくら強力な力を持っていようと、英霊級の力を得た二人を相手にしては単純な物量の問題が生じる。

 確かに、キレは増した。だが上条の──ドライツェンアサシンの刀は依然フィルツェンバーサーカーの皮膚を破る気配はない。それは上条も十分理解していた。今は相手を圧し、隙を作り出せばいい。

 辛抱堪らぬフィルツェンバーサーカーが爪を振りかざす。上条の刀ではとても防ぐことのできない攻撃。だが美遊の聖剣ならば不可能ではない。

 ガンッ、と爪が聖剣で止まる。強烈な衝撃波こそ生じたものの、その程度では聖剣は破れない。

 顔先に聖剣を構え、攻撃を防ぐ美遊。それにより大きく右半身を空けたフィルツェンバーサーカーは、急所を晒しているようなものだった。

 

「だぁっ!」

 

 貫けぬ刀ではない。フィルツェンバーサーカーを突いたのは上条の膝。英霊の力によりブーストされた膝蹴りがフィルツェンバーサーカーに衝撃を与える。

 よろめき、退いた。その僅かな隙さえ次へ次へと攻撃を重ねるには十分だった。

 

「吹き飛ばせ!」

結界を纏え(インビジブル・オン)──風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 一瞬、美遊が聖剣を風に隠す。真名を悟られぬためのカモフラージュ。だがこの風の結界を解放すれば、相応の威力を発揮する。

 聖剣を突き出す。突き刺すわけではない。その瞬間、聖剣を覆っていた風が一気に押し出され、指向性を持った旋風としてフィルツェンバーサーカーに襲いかかる。

 が、フィルツェンバーサーカーもそうはいかない。雑魚程度ならかまいたちで切り刻んでしまう風王鉄槌(ストライク・エア)だが、彼女にとっては台風直撃の強風程度に過ぎない。皮膚そのものが硬質で、傷一つつかない。

 だが、それでも風圧を耐えることしかできなかった。上条の膝蹴りで大きく姿勢を崩したフィルツェンバーサーカーは、その油断の隙に風王鉄槌(ストライク・エア)を叩き込まれ、踏ん張る準備ができなかった。

 フィルツェンバーサーカーはその足を地面に突き立て、美遊は聖剣の風を全力で押し付ける。状況は互角、どちらかの持久力が切れるまでの根比べ。──とはならなかった。

 突如、旋風の傍らに人影が現れた。一方通行(アクセラレータ)だ。すると一方通行(アクセラレータ)はあろうことか、その旋風の中に足を突っ込んだ。

 ──自傷ではない。サッカー漫画のように、足を大きく横に振る。ちょうど、フィルツェンバーサーカーの腹を蹴り飛ばす高さだ。だがそれ程単純な考えではなかった。攻撃の中に身を投じる──それは彼のベクトル変換能力(アクセラレータ)にとっては格好の後押しだった。

 突風が一方通行(アクセラレータ)の足を突く。一方通行(アクセラレータ)はその衝撃(ベクトル)を変換し、フィルツェンバーサーカーの腹へ向かう足の前方に集中させた。そして、足がフィルツェンバーサーカーに触れた瞬間、その硬質の外皮によって、常人ならば砕けるほどの衝撃の反発を受けるだろう。一方通行(アクセラレータ)風王鉄槌(ストライク・エア)によってブーストされた一撃、それに比例して反発する強大な衝撃をフィルツェンバーサーカーに向け「反射」する。

 それらを合計した威力は、凄まじいものとなろう。

 

「吹ッ飛べオラァ!」

 

 足がフィルツェンバーサーカーの腹に激突し、そのまま蹴り飛ばす。その衝撃によりフィルツェンバーサーカーは大きく吹き飛び、呪刃の陣形の直前まで退いた。

 ハッ、と足元を見るフィルツェンバーサーカー。策にはめられてなるものかと、右手を大きく引く。空想具現化(マーブルファンタズム)、そのエネルギーを一点一方向に集中させた正拳突き。彼女のそれならば、そのエネルギーは槍となって、遠くの上条さえ貫くだろう。

 だがその肝心の上条は、この状況で刀を鞘に収めている。フィルツェンバーサーカーにも理解できる。あれは抜刀術の構え。だが、この距離で有効な抜刀術など、斬撃そのものを飛ばすしか────。

 彼女は気づいた。思い出した。上条の振るう退魔の刀、その故が何であるかを。

 

「とうま……っ?」

 

 上条の周りに、ただならぬ気配が立ち込める。強烈なまでの、死の雰囲気。そして彼自身の威圧。鞘に収めた刀から溢れ出す、膨大な魔力の奔流。

 イリヤは気づいた。同時に、震えた。この気配と殺意は、あの恐ろしきドライツェンアサシンその死に際のそれと同様のもの。

 すっ、と上条はまぶたを開く。その「目」で、フィルツェンバーサーカーを見据える。

 ……その目は、魔眼ではない。幻想召喚(インヴァイト)は元より、カードの英霊と「縁のある」ものを呼び出すもの。直死の魔眼を投影するのであれば、限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)がその役を担うだろう。ドライツェンアサシンと縁のあるものはこの刀。彼女の「目」ではない。

 そう、この際「目」は必要ない。上条は覚えていた。痛い目を見たからこそ忘れはしなかった。ドライツェンアサシンの直死の魔眼……その異能は「目」には依存していない。

 それは彼女自身。彼女の身体そのものに染み付いた超能力。故に、何も見ずとも、何も見えずとも、「彼女自身」を「心の内」に宿してさえいれば……。

 

「無垢識──────

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

──────空の境界」

 

 抜刀した。

 フィルツェンバーサーカーが拳を突き出す直前だった。刀が空を切ると同時に、世界の裏から、「死」そのものが縦横無尽に斬撃を放った。それは不可視の斬撃となって空間さえも斬り裂く。

 コンマにも満たない僅かな時間間隔での判断……フィルツェンバーサーカーは直感的に「死」の気配を感じ取り、その「何か」を避けた。しかし振りかぶっていた右腕は胴体に対し少し遅れ、斬撃が飛ぶその瞬間にも、射程圏内にとどまったままだった。

 斬撃が右腕を襲う。無数の斬撃が、右腕を縦横無尽に斬り刻む。まるで重機に手を突っ込んだかのようにフィルツェンバーサーカーの腕は無秩序に斬り刻まれ、細切れになり散っていく。その肉の内側からは、血ではなく純白の────死装束を思わせる「花吹雪」が吹き出、舞った。それは奇妙にも美しく──そして恐ろしいものを感じさせる。

 右腕を失ったフィルツェンバーサーカーは、斬撃の勢いで吹き飛んだ。右腕を中心として、きりもみ回転しながら宙を舞う。そして彼女が吹き飛んだ後方──そこは呪刃の陣形の内部だった。

 その時、ちょうど呪刃が点滅を終え、強く発光した。すると四隅の呪刃のルーンを起点とし、フィルツェンバーサーカーを覆う四角形の結界が形成された。

 吹き飛んだ余韻で、フィルツェンバーサーカーは結界の壁に激突し墜落する。身体を起こすと、フィルツェンバーサーカーは結界を破壊するため壁を殴る。……だが、結界には傷一つつかない。上級宝具にすら耐えるというこの結界を、宝具でも何でもない片腕のみで突破するのはほぼ不可能だ。両腕があれば別だったかもしれないが……まさに幸運であった。

 

「今だ、美遊!」

 

 上条の掛け声に合わせ、美遊は姿が顕になった聖剣を天に掲げる。すると剣は金色の光を纏い、巨大な光の刃を形成していく。

 結界の中から、それを見上げるフィルツェンバーサーカー。天高く伸びる光の刃、その直線上──それが振り下ろされた先には、彼女が閉ざされている結界がある。

 この結界は封じ込めるための檻でもあれば、逃さず命中させるための縄でもあったのだ。

 

約束された(エクス)────」

 

 ずん、と一歩踏み出す。そして腕と肩にすべての力を集中させ、巨大な刃を振り下ろす。

 

「────勝利の剣(カリバー)ぁぁーーーーーっ!!」

 

 ごお、と空気すら焼く高エネルギーの刃が振り下ろされる。その先には、案の定フィルツェンバーサーカーの結界があった。フィルツェンバーサーカーを封じ込め、聖剣の一撃で確実に葬る為の策であった。

 結界の天井と聖剣が激突する。接点が火花を散らし、キリキリと軋む。その中にいるフィルツェンバーサーカーは、目の前に迫る聖剣の一撃に怯えているのか、聖剣を見上げながら立ち尽くしている。

 だが、刃は通らない。上級宝具さえ防ぐというこの防御結界は、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の一撃さえも相殺しているのだ。

 

「はああぁぁぁーーーーーっ!!」

 

 美遊は更に力を込める。極太の刃で相手を押し潰す勢いで、腕を振り下ろす。

 結界が、更に大きな音を立て軋んでいる。突破はされていない。が、少しでも余計な衝撃が加わればすぐに砕けてしまうようなギリギリのところで耐えていた。

 美遊は今、かつてない程の力を持って聖剣を振るっていることだろう。その力任せはもはや制御できる領域にすらおらず……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これで……終わりだッ!」

 

 上条が刀を投げ飛ばす。刀の切っ先は真っ直ぐを向き飛翔し……フィルツェンバーサーカーの封じられた結界へ飛んでいく。

 フィルツェンバーサーカーが飛んでくる刀に気づく。迫りくる切っ先。だが、気づいた頃には何もかも遅かった。

 結界に刀が突き刺さる。その瞬間、退魔の力により結界が消滅する。そして結界で留まっていた聖剣は美遊の込めた力の勢いで一瞬で地表へ振り下ろされ、回避するまもなくフィルツェンバーサーカーは押し潰されてしまった。

 光の柱が立ち昇る。まるで綿毛のように、金色の粒子が辺りに満ちる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 疲労と緊張からか、美遊は夢幻召喚(インストール)を解くや否や、ぺたんと座り込んでしまった。同じく幻想召喚(インヴァイト)を解除した上条が屈み、美遊に寄り添い肩に手を置く。

 

「やった、やったぜ美遊! はははっ!」

 

 子供のようにはしゃぎ喜ぶ上条。かつてない強敵であったからこそ、ひとしお喜ばしいことだろう。つられて、疲れ切っていたはずの美遊も微笑んでしまう。

 

「ったく、呑気なこった」

 

 二人に呆れる一方通行(アクセラレータ)。だが、彼は不思議とそれを見て嫌な気持ちはしなかった。妥当な歓喜というか、内心自分もほっとしているというか……。その顔も、彼の気づかぬ内に、どこか朗らかで澄み切ったしかめっ面であった。

 

「おわった、の……?」

「うん、終わったよ。もう大丈夫だからね」

 

 傷の痛みも落ち着き、平静を取り戻したクロと、そばにいたイリヤが立ち上がる。横になっていたクロが外套についた土を払うと、イリヤはそれを見て笑い、自分もスカートの土を払う。それを見てまたクロが笑い、クスクスと笑い合う二人の輪が出来上がった。

 そして、輪の中の二人は、金色の粒子が舞う空を仰ぐのだった。まるで愛しい相手のように、消えてしまわないように、がっちりと手を握り合いながら。

 

 

 

 その時、光柱が弾けた。

 

「な……なんだァ!?」

 

 想定外の出来事に驚愕し上条は立ち上がる。他のメンバーも一転して緊張感を取り戻し、各々の得物に手を添える。

 光柱から出てきたもの。それは光柱に負けじと発光する巨大な腕だった。

 

「……なんだよ、アレ…………」

 

 腕は地面に手をついた。あまりにも巨大なので、それだけで地面が揺れる。ハマった穴から這い上がるように腕に力がこもり、やがて光柱から全身が現れた。

 それは、間違いなくフィルツェンバーサーカーだった。

 間違いなく、と言っても原形はない。シチュエーションと、髪型が同じなのでそうに違いないと判断したのだ。逆に髪型以外は異様そのものであった。

 先程まで身にまとっていたドレスは影も形もなく、巨大な裸体だった。しかしあまりにも強く発光しているためか、そもそもそういう外皮なのか、裸体の細部や顔が白飛びして視認できない。そして何より、その全長。膝をついているにも関わらずその背丈は上条らの遥か上に伸び、まさに「光の巨人」と形容するに相応しかった。

 一同、唖然としている。あの形態でさえあれほど苦労したのだ、ならこれはどう倒せばいい? むしろ誰がこれを倒せるのだ。これまで様々な英霊、現象と遭遇してきたが、その規模も威圧感も、何から何まで桁外れだ。

 ……強いて言うなら上条は、この規模の現象と元の世界で遭遇したことがあるのだが────。

 すると、巨人の足元から、地面の色が変色し始めた。

 

「マズい……ッ!」

 

 いち早く反応し行動に移したのは一方通行(アクセラレータ)だった。始めにイリヤを蹴飛ばしたのと同じように、傷つけない程度の勢いで皆を蹴り飛ばし、巨人から少しでも遠いところへ退避させる。

 

「おい、一方通行(アクセラレータ)、ありゃ一体……」

「知るか。ただ──見てみろ」

 

 巨人を中心とし、周りの地面が真っ白に──「白紙化」されていく。範囲内にあった木々は根さえ残らず消滅し、真っ白の平面のみが残る。そしてそこには、得体のしれない魔力が漂い始めた。息苦しい。肌がピリピリする。強烈な威圧感と嫌悪感。それはまるで、神の生きた時代への回帰のようであった。

 

「……環境を、書き換えてるのか?」

 

 桁外れの行動に辟易する上条。果たしてこの右手があれに対抗できるのか? ……いや、無理だろう。例えあの地表に触れればすべて元通りになる、あの巨人に触れれば身体が消滅しフィルツェンバーサーカーの死体だけが残るのだとしても、この感じだとおそらく近づいただけで毒気にやられ死んでしまうだろう。

 完全に、手の出しようがなかった。

 

「……来る……っ!」

 

 巨人の手が、こちらに伸びてくる。あのサイズなら、上条達全員をまとめて叩き潰すことだってできるだろう。そうでなくとも手から発せられる魔力に焼かれ蒸発してしまうかもしれない。

 こればかしは認めざるを得ない。()()()()()()()。圧倒的な力の前に、誰もがそう思った。英霊を核に持つクロでさえ、学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)でさえ、それを打ち負かした上条でさえ、皆が絶望し、諦観に飲まれていったのだ。

 

 

 

 が、奇跡は起きた。

 だがそれはきっと、「悪い軌跡(Bad Miracle)」だったに違いなかった。

 

「あれは……」

 

 いち早く気づいたのはクロだった。

 大きく天に背を伸ばす巨人。その背後に、我々ほどの人型が一瞬跳んでいるのが見えたのだ。見間違いか、とも思ったが、それにしては人影の像が特徴づいていた。外套をはためかせ、手には剣を持ち……。

 その時。巨人の胸に大穴が空いた。

 

「な────」

 

 皆、驚愕した。あれは()()()()()()()()()()()()のではない。()()()()()()()()()()()()()のだ。だからこそ、驚愕していた。あれに対抗しうる「何か」の存在に。

 かきん、と音がした。気づいたクロが背後を振り向く。そこには一本の剣が刺さっていた。恐らく、射出され、あの胸の穴を空けたであろう凶器。そんなものが存在するなら、是非その骨子を解析して自分の武器庫(ボキャブラリー)に加えたい。そう思い、手を伸ばす。

 だが、奇妙なことが起きた。クロが剣の柄に触れる直前、剣は青い粒子となって霧散していってしまったのだ。

 

「……これ────」

 

 間違うはずもない。これは魔術で作られた剣。厳密には自分の使う投影魔術、それと全く原理を同じくするものだった。

 クロが気を取られている間に、更に沢山の剣が巨人を貫き、その度に肉体──光体に大きな傷をつけていく。大きな穴が空き、脇腹は抉れ、腕はもげ…………。あれだけ小さな剣で、いとも容易く巨人の身体を破壊していく。あの質量と魔力をどうにかできる手段がそうそうあるとは思えない。……となると、性能ではなく巨人への()()()()()可能性がある。

 あっという間に瀕死になった巨人は襲撃者の方を振り向く。視界の端にかすかに見え始めた、小さな人影。が、その全身を見ることは叶わず、巨人の身の丈ほどもある巨大な二本の剣がその光体を貫いた。それが致命傷になったようだった。

 声にならない悲鳴を上げる。実際音としての悲鳴は響いておらず、魔力の波長、巨人が醸し出す雰囲気が巨人の絶望を物語っていたのだ。そしてその悲鳴は空間そのものに木霊するように、巨人の絶望だけを残し、霧となって消滅してしまった。遠くで小さく、紙切れが舞い落ちるのが見える。恐らくフィルツェンバーサーカーのクラスカードだろう。なら、あの巨人が死んだのは確定だ。

 

「誰がこんな……」

 

 と上条口にした瞬間、白紙化が修正された地面に人影が降り立った。

 女だった。雪のように白い髪と、死体のように白い肌、血のように赤黒い瞳。長い髪は後ろでひとつの三編みに束ね、身にまとうのは黒いインナーの鎧と赤い外套だった。そしてその手には細長い、白黒一対の双剣が握られていた。

 その風貌を見て、皆が驚愕した。この姿は────まるでクロにそっくりだ。

 女が姿勢を起こす。顔を上げる。その瞳が捉えたのは、上条でも一方通行(アクセラレータ)でも美遊でもイリヤでもなく、クロただ一人だった。

 

「……あなたは────」

 

 女の風貌は、どことなくイリヤと共通するものを感じた。だがイリヤから分化した存在であり、投影魔術の使い手でもあるクロを女が注目するのは納得がいくのかもしれない。

 女はただ立ち尽くし、クロを見つめている。他の皆もクロに目線を向け、クロはその女と不思議な因縁めいたものを感じざるを得なかった。

 だが、女を除くこの場の皆が共通して女に対し抱き、そして確信した印象があった。

 

 

 

 この女こそが、十五番目(フュンフツェン)黒化英霊(サーヴァント)なのだと。




いやね、違うんスよ
自己顕示的に聞こえるかもしれないですけどもね、FGOさんには先を越されたんス
最初期に七騎の新黒化英霊と戦いますよって話になった次点で姫君のことも決まってたんス
まあ……設定も詳細になったので、怪我の功名って奴ですか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell20[森羅の守護者 The_Counter^2_Guardian.]

難産でした
多分最大文字数更新してると思います


 突如現れた赤い外套の女。その女は、確かに十五番目(フュンフツェン)黒化英霊(サーヴァント)であった。

 ピリついた空気が漂う。黒化英霊(サーヴァント)の視線だけが鋭利にクロを突き刺している。そのクラスさえも察することのできない、得体の知れない──そしてクロと瓜二つであるという不気味。

 だが、クロは思う。

 この女の使用したであろう剣、あれは明らかに投影魔術によるものだった。そしてこの赤い外套とその意匠……それは自分──つまりその元となったアインスアーチャーのものと似通っている。となると、この黒化英霊(サーヴァント)はアインスアーチャーと同じ特性を持つ、アーチャーのクラスということになる。いわば、フュンフツェンアーチャー────。

 各々が臨戦態勢をとる。ステッキを、拳を握りしめる。だがフュンフツェンアーチャーは動かない。何やら戦う準備をしている、と周囲を見渡すだけだ。

 が、クロだけがその手に何も投影できず固まっている。上条はクロにアイコンタクトをとる。角度的には上条が見えているはずなのに、クロの視線はフュンフツェンアーチャーに釘付けになって離れない。

 震えはない。フィルツェンバーサーカー戦で多少の消耗はあるが、魔力切れでもない。その違和感は、クロ本人が最も感じていた。

 

「(コイツ、何なの……? 私だけを見つめて、他の何にも興味を示さない。それにこの、私の中でくすぶってるこの因縁めいた感覚は……?)」

 

 だが、それはある意味では恐怖とも言えようか。何故自分にのみ因縁をつけてくるのか、そして何者なのか……そんな異物感がクロを苛む。

 一方で、美遊だけが違和感に対しある種の答えを得ていた。クロと瓜二つのその風貌と戦い方から、あれが投影魔術だというのは間違いない。だが投影魔術は元々かなり無理のある魔術で、それを使いこなす例がそう現れるとは思えない。それができるのはフュンフツェンアーチャーとアインスアーチャー、及びそのカードから力を得るクロ、そして────。

 

Trace on(s45e,ted)

 

 静寂を破ったのはフュンフツェンアーチャー当人だった。小さく一言呟き、白黒の双剣をそれぞれの手に投影する。

 

「っ……!」

 

 それを目視し、クロも急ぎ干将莫耶を投影する。白黒二刀という点で、フュンフツェンアーチャーのあれも干将莫耶であると考えるのが妥当だろうか。

 だが、目視では遅かった。フュンフツェンアーチャーは目にも留まらぬ速度で双剣を振りかざす。それを咄嗟に防ぐクロ。だがどうだろうか、そのあまりもの膂力の差にクロは圧されてしまう。それは単に体格差のみではない。クロとフュンフツェンアーチャーの、圧倒的な投影魔術の技量の差──。

 

「クロぉッ!」

 

 上条が駆け出す。その手になにも持たず、身一つで。投影魔術も所詮は魔術。それによる剣ならば、この右手(イマジンブレイカー)ほど有利なものはない。

 だがフュンフツェンアーチャーは上条のことを見るまでもなく、クロと鍔迫り合うまま、空中に複数の剣を投影しそれを上条に射出した。

 

「なっ──!」

 

 上条は右手を突き出し、剣に触れる。すると想定通り、剣は快音を発して消滅した。だが剣の数が多い。速度が乗って射出されたそれらを右手一つで捌き切るのは難しかった。身をよじり、かろうじて剣の弾幕を回避する。これはフュンフツェンアーチャーの意識がクロに向いていたが故の幸運だ。明確な殺意を上条に向けたとしたら、こうはいかないだろう。

 

「ぐ……うぅ……っ!」

 

 フュンフツェンアーチャーの圧力をなんとか堪えるクロ。だが力の差は歴然としており、背中の傷も相まってこれ以上圧し返せない。それどころか堪続けるごとに手の力が抜けていく。

 ふと、フュンフツェンアーチャーの目を見る。細まった、冷ややかな目。それはまるで期待外れだとクロに突きつけているようだった。

 フュンフツェンアーチャーが大きく力を込め、クロの双剣を振り払う。すると空いた腹に蹴りを入れ、クロを蹴り飛ばした。唾を吐き、クロが地面を転がっていく。

 それを目にしたイリヤ、美遊、一方通行(アクセラレータ)の三人が一斉に飛び出た。イリヤは高速でフュンフツェンアーチャーの上空を通り抜け、クロの介抱に向かう。そんな中、上条だけは自由に動けずにいた。確かに幻想殺し(イマジンブレイカー)と投影魔術の相性は良いが、あのように右手のみで捌き切れないほどの弾幕を──それこそ自身を覆うドーム状に展開されでもしたら死あるのみだ。

 真っ先にフュンフツェンアーチャーのもとへ迫るのは、ベクトル反射で跳ねた一方通行(アクセラレータ)だった。

 フュンフツェンアーチャーは迫る一方通行(アクセラレータ)へ向け剣を射出する。一方通行(アクセラレータ)は避けようともしない。彼はもはや魔術でさえ反射できる。それも既にクロのそれで分析が済んでいる投影魔術ならなおさらだ。剣は一方通行(アクセラレータ)に触れると、時間を巻き戻るように反射されフュンフツェンアーチャーへ飛翔する。フュンフツェンアーチャーは慌てて剣を手元の双剣で弾き飛ばす。

 

「甘ェンだよ馬鹿が!」

 

 間近まで迫った一方通行(アクセラレータ)が拳を振るう。剣の反射で虚を突かれたフュンフツェンアーチャーは一方通行(アクセラレータ)の拳にその手の剣を向ける。が、同じように一方通行(アクセラレータ)の力によって衝撃が裏返る。彼女にフィルツェンバーサーカーのような異常性はなく、倍になり反射された衝撃で右手に握った黒い剣が砕け散る。

 本来ならば衝撃によりそのまま腕まで砕けてしまうところだった。しかしフュンフツェンアーチャーは咄嗟の判断で体を回転させ、右腕の衝撃を逃しながら後退する。

 

「そンなもンかァ、オイ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)の追撃。踏み込み、拳を突き出す。地面とのベクトル反射により一瞬で間合いが詰まり、後退をもはや無駄なものとする。

 しかし剣が反射され、剣戟が裏返る僅か二撃のみで、フュンフツェンアーチャーは一方通行(アクセラレータ)の力と戦い方を悟ったのだ。迫りくる一方通行(アクセラレータ)。それに向けて、握った白い剣を振るうことなく左腕をただ突き出した。するとその左腕──手首につけられた腕輪から光が開き、魔力の弩のようなものを形成する。……投影魔術が解析されているなら、あの少女(クロ)には使い得ぬ技で応じるのみ。

 

「クソ────」

 

 弩から矢が放たれた。矢は一方通行(アクセラレータ)と接触する瞬間に爆ぜ、莫大な衝撃を放つ。矢を形成する魔力は今の一方通行(アクセラレータ)では理解し得ないものであり、十分なベクトル変換ができない。結果、生身に傷を負うことはなかったが、ベクトルを計算しきれず衝撃で吹き飛んで行く。

 

夢幻召喚(インストール)!」

 

 フュンフツェンアーチャーの後方から聞こえる声、その主は美遊だった。先程と同じくフュンフセイバーのカードを夢幻召喚(インストール)し、聖剣を携え突撃する。

 フュンフツェンアーチャーは振り返ると同時に指揮者のように合図を出し、空中に剣を投影し掃射する。しかし今の美遊はかの騎士王の剣技さえもを身に宿した状態。その歩みは止めず、迫りくる聖剣を全て弾き返した。

 迫りくる美遊を捉え、フュンフツェンアーチャーは再び右手に黒い剣を投影する。そして間近まで迫り聖剣を振り上げた美遊に、その双剣で応戦する。バツの字に交差した双剣の防御をかち割るように、振り下ろされた聖剣が鍔迫り合う。火花が散り、美遊の額には汗が浮かぶ。

 だがフュンフツェンアーチャーの顔に目をやると、汗も流さず疲弊を見せる様子は一切なく、それどころかニヤリ、と微笑みさえ浮かべていた。

 

「っ……!」

 

 怯んでしまった。私はいつでもお前を殺せるぞ、と言わんばかりの笑みに恐怖さえ感じ、聖剣を握るその手が竦んでしまった。

 その一瞬の迷いに、フュンフツェンアーチャーは付け込んだ。聖剣を握る手が緩んだ一瞬、双剣を握る自らの手に力を込め、聖剣を下から弾き返す。

 

「しまった──っ!」

 

 美遊は負けじと聖剣を振るう。しかしフュンフツェンアーチャーの剣に圧されてしまう。あの一瞬で剣のリズムが乱れてしまったのだ。

 その剣戟はフュンフツェンアーチャーの圧倒だった。相手は一刀、こちらは双剣。単純な物量でもフュンフツェンアーチャーに分はあった。だがあの剣は乱れている。美遊が聖剣を弾かれよろめく隙にフュンフツェンアーチャーは二本の剣で絶え間なく斬撃を繰り出し、一切の暇を与えず美遊を追い詰める。

 そして剣戟を繰り返していくごとに美遊の腕は疲弊し、フュンフツェンアーチャーの剣を捌くことも難しくなってくる。剣の間隔も開き、相手により多くの隙を与えてしまっている。そしてここで、やはりフュンフツェンアーチャーは攻勢に出た。美遊がよろめいた隙を突き、左腕の弩を再び励起させたのだ。

 

「これは──」

 

 美遊は確かに覚えていた。一方通行(アクセラレータ)さえ吹き飛ばす矢の威力を。だがそれを想起した時には既に遅かった。

 矢は放たれるまでもなく魔力の爆炎となり放射される。それは美遊の腹を突き、大きく打ち上げた。

 

 

「っ、く……」

 

 呻きとともに立ち上がったのはクロだった。介抱するイリヤの手を振り払い、その手に干将莫耶を投影する。

 

「クロ! ま、まだ……!」

 

 イリヤはクロを静止しようと声をかける。だがクロにその言葉は聞こえていないようだった。

 イリヤが心配しているのは、何よりドライツェンアサシンによる背中の一文字傷だ。フィルツェンバーサーカーとの戦いでも傷の痛みで支障をきたしている様子が見て取れた。同じ力を使う相手と言えど実力は相手の方が圧倒的に上、更に癒えていない傷を負っているとなれば防戦一方どころではない。

 が、クロは跳んだ。フュンフツェンアーチャーめがけ、剣を振るう。背中の傷のことなど頭にないかのような、軽い足取りだった。

 

「やああぁぁぁーーーっ!」

 

 フュンフツェンアーチャーもそれに気づいていた。状況を観察するまでもなく手にした双剣を振るう。黒と白、二色の剣がそれぞれ衝突する。火花を散らしながらも互いに一歩も退かず、強く大地を踏みしめる。

 何が変わったのか、先程までとは明らかに違うクロの太刀筋をフュンフツェンアーチャーは感じ取っていた。故に今度こそクロのことを対等に渡り合う戦士と認めたのか、クロの瞳をじっと見つめ剣に力を込める。

 が、そんな聖戦とも言える剣戟の最中、不遜にも闖入者は現れる。

 上条だ。

 

「うおおおぉぉぉッ!」

 

 上条は拳を振り上げ、フュンフツェンアーチャーに襲いかかる。あの右手と投影魔術は相性が悪い──それを一度のやり取りで理解したフュンフツェンアーチャーは目の前のクロを弾き飛ばし、投影した剣を消して上条と向かい合う。

 互いの拳が突き出される。だが上条は人間、フュンフツェンアーチャーは黒化英霊(サーヴァント)。どうしても認知力の差が出てきてしまうものだ。迫りくる上条の拳を、フュンフツェンアーチャーはコンマ秒の間隔で見切る。顔面を僅かに逸れ、なびく白い髪を拳が通過していく。その間もフュンフツェンアーチャーは上条から目を逸らさず、その顔面に拳を打ち込んだ。

 

「ぶ──ッ」

 

 怯む上条。その隙にフュンフツェンアーチャーは飛び退き、空中に剣を投影する。それは上条が恐れていた、明確にこちらを狙い定め確実に殺しにかかってくる弾幕だった。

 右手だけでは捌き切れない。右手を越えて手首に刃が触れたらそれで終わりだ。

 剣が射出される。何本もの剣が、逸れることなく上条に向かって飛んでくる。こうなったら打ち消すことは考えず、多数を対処できる戦術を取るほうが良い。上条は右手にアサシンの大剣を出現させ、そのリーチの全てを活かし迫りくる剣を弾き返す。

 なるほどそう来るか、とフュンフツェンアーチャーは上条に一時目を惹かれてしまう。

 

「よそ見してる場合っ!?」

 

 そこへ干将莫耶を構えたクロが飛びかかってくる。フュンフツェンアーチャーも双剣をもってそれに応戦する。

 ……やはり、と剣戟においてもクロの動きの変化を感じるフュンフツェンアーチャー。だがこの短時間で状況が変わるとは思えない。変わるとしたら、始め本気を出していなかったか、何らかの手段で自身を好調へと誤魔化しているかの二択。だとすればその剣は脆い。虚勢で塗り固められたその刃は、ただの粘土細工に過ぎない。それを挫いてさえやれば、この好調が嘘だったかのように崩れ落ちるはずだ。

 だが、フュンフツェンアーチャーは失念していた。己に相応しい者との戦い、その決戦を愉しむが故に、周囲他者の攻勢を察知できなかった。

 

「今だ、美遊!」

「サファイア、魔力は!?」

「連戦ですがあと一撃放つことはできます!」

「わかった、それで行く!」

 

 上条の呼びかけと、美遊の会話。目の前のクロも剣戟の中どこか向こうを見つめ笑っている。ハッとしたフュンフツェンアーチャーはクロを強引なタックルで押し退け、声の方を向く。

 するとそこには、天高く聖剣を掲げる美遊と、聖剣から伸びる光の柱があった。あれこそは宝具の光、人一人を相手にするには過剰な熱量の聖剣。だが殺せるのであれば、手段を問う必要はない。

 躊躇はしない。回避もできぬ面の攻撃で蒸発するが良い。

 

約束された(エクス)勝利の剣(カリバー)ぁぁーーーっ!」

 

 美遊は即座に聖剣を振り下ろした。フュンフツェンアーチャーに光が迫る。直撃すれば蒸発は避けられない。

 だがフュンフツェンアーチャーは意外にも大きな抵抗を見せなかった。回避すらせず、諦めの表情も浮かべずに突っ立っている。その余裕は瀕死のフィルツェンバーサーカー以上のものであった。

 するとフュンフツェンアーチャーは左腕を突き出し、弩を展開する。いくら威力のある魔力矢だとしても宝具を前にしては蚊ほどの存在感も持てはしない。……そのはずだった。

 突如、弩が巨大化した。反りが翼のように開き、強い光を発している。それはまるで宝具にも匹敵するかのような、ピリピリとした存在感を放っていた。

 目前まで聖剣が迫ったというその時、弩から何かが発射された。少なくとも矢ではない、不定形の衝撃波。この宝具を相手取るには小さすぎるほどの一撃。

 だが次の瞬間、フュンフツェンアーチャーを除く場の全員が驚愕した。聖剣と弩の魔力波が衝突したその瞬間、聖剣の光は上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)に触れたかのように、跡形もなく消滅したのだ。その一撃を放ったフュンフツェンアーチャーの弩は粉々に崩れ、その左腕も焼け焦げたようにくすみ蒸気を放っている。

 勿論、フュンフツェンアーチャーには左腕以外の傷は一つもついていない。

 

「一体、何が……」

 

 そう、これはフュンフツェンアーチャーの持つ対宝具兵装。自らは宝具に非ずとも、相手が宝具とあれば無類の地位を持つ。()()を破棄し、宝具を完全に打ち消す奥義。弩の名を痛哭刻印(フェイルノート)、一撃の名を夢幻凍結(ファントムキャンセラー)という。

 が、フュンフツェンアーチャーは考えた。彼等は夢幻凍結(ファントムキャンセラー)を使うに値する相手なのだと。刻印が切れれば宝具を防ぐことはできず、消滅あるのみ。ならばこちらも持てる全ての力を使い、殺す。それこそが戦いの中の礼儀であり、生存法でもある。

 

「なんだ、あいつ……?」

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)を防がれた、と思ったら今度は打って変わって反撃に出ることもなくじっとしている。ただ、何かとてつもなく嫌な予感がする。始めのように互いが間合いを見計らう静寂とは異なり、このフュンフツェンアーチャーはこちらを見ることもなく、それどころか目を瞑っている。だが、あれほどの相手が無意味な行動をするとは思えないが────。

 

 

 

「────I am the bone of my sword.(toq@fz.g@w@w@gwe.)

 

 フュンフツェンアーチャーがそう発した瞬間、膨大な魔力が吹き出た。

 それを明確に察知したのはクロだった。それは同じ力を使うためか、はたまた存在そのものに類似する何かがあるためか。

 

「────止めて……あいつを止めて!」

 

 クロは焦った様子で弓を投影し、更に投影したありったけの剣を矢として射る。

 

Steel is my body,(ad6fwzw@)and fire is my blood.(bb\ft@or)

 

 続けて詠うフュンフツェンアーチャー。その最中においてもクロの攻撃を感じ取り、投影した剣を射出して打ち消す。

 

「クロっ、どうしたの!?」

「わかんないわよ! でもあれを()()()()()()()、私達の勝機はこれ以上なく薄くなる!」

 

 そう叫び、クロは剣を構え突撃する。状況が飲み込めていないイリヤだったが、クロに合わせ飛んでいく。

 が、それを妨害するように剣の雨が降り注ぐ。何者の接近も許さない檻のように、クロとイリヤの進行を遮る。

 

I have created over a thousand blades.(ehqv@kpyd@94=b5w2fe)

一方通行(アクセラレータ)!」

「チッ、クソが……!」

 

 続いて上条と一方通行(アクセラレータ)も飛び出す。先行するのはやはり一方通行(アクセラレータ)だ。

 だがやはり、フュンフツェンアーチャーの投影した剣が行く手を阻む。一方通行(アクセラレータ)には直接剣を射出しても意味が薄いと理解したのが、地面に突き立て迷路のように進路を妨害する。

 

「──だああ、うざってェ!」

Unknown to Death.(qq@keas@mfec4fuh)Nor known to Life.(qq@keas@mltex;ue)

「ゴチャゴチャ言ってンじゃねェぞ三下ァ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は進路を遮る剣を打ち砕き、接近する。妨害を乗り越え、相手はベクトル反射を貫通する武器を失い、自由に動くこともできない。

 ……と、勘違いしていた。フュンフツェンアーチャーは言葉を唱えながらも大きく飛び上がり、後退する。それと同時にアクセラレータの周囲に大量の剣を射出し、物理の壁と土煙の二重の妨害を仕掛ける。行く手を塞がれ、視界を奪われ、一方通行(アクセラレータ)苛立ち絶叫する。

 

Have withstood pain to create many weapons.(tkmkfz<ivslz.g@k6tw@d94li94)

「美遊!」

「はい!」

 

 剣を持つ上条と美遊が襲いかかる。

 が、フュンフツェンアーチャーはそれを容易く凌いでみせた、双方向から襲いかかっているにも関わらずそれぞれを片手のみで制してみせる。

 

「この──ッ!」

 

 上条はフュンフツェンアーチャーの不意を突き、剣戟の中で拳を差し込む。唐突に現れたその拳はフュンフツェンアーチャーの剣の片方を消滅させてみせた。

 だがフュンフツェンアーチャーもすぐに気づいた。剣が消えるやいなや空いた拳で上条を殴り飛ばし、残った剣に力を込め傍らの美遊も押し出した。

 

Yet,those hands will never hold anything.(85id94t@eienfuh)

 

 浮遊したイリヤがルビーの先端に魔力を集中させる。フュンフツェンアーチャーの防御を突破するには、投影された剣を塵にするほどの魔力量が必要だ。

 

「んんん〜〜っ……砲射(フォイア)!」

 

 溜めに溜め莫大になった魔力を一気に放出する。

 敵意を感じフュンフツェンアーチャーは剣を射出するが、その強大な魔力光線の前には成すすべもなく、剣は飲み込まれ塵になっていく。光線はあっという間に距離を詰め、フュンフツェンアーチャーめがけ一直線に飛んでいく。

 ……が、直撃はしなかった。フュンフツェンアーチャーが突き出した腕、その先から花弁を模したような魔力の盾が展開し、怯むことさえなく光線を防ぎきってしまったのだ。

 

「あれは────!」

 

 ハッ、とクロは気づいた。投影魔術だけの共通点ならまだしも、あの盾は見覚えがある。飛び道具を完全に防いだあれは、間違いなく熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)────。

 考えを巡らせた頃には遅かった。とうとう誰もフュンフツェンアーチャーを妨害できず、最後の一句を発する許可を与えてしまう。

 

So as I pray,(cktoq@f)UNLIMITED BLADE WORKS!(gzsz.g@w@w@gweq)

 

 その瞬間、光と炎が広がった。眩い閃光が六人を包み込む。

 次第に今、自分がどこに立っているのかすらも曖昧になってゆき────。

 

 

 

 気づけば、荒野に立っていた。

 土は乾き、日は陰り、距離もわからないほどの上空では幻のような歯車が回っている。

 それだけではない。上条は細目を開け周囲を見渡す。──剣、剣、剣。至るところに()も無き剣が突き立てられ、それは地平線の先まで続いていた。

 小高い丘の上を見ると、この”世界”の主であるフュンフツェンアーチャーが立っていた。どこからともなく吹く風に外套がなびく。そして剣のように鋭いその目は相も変わらずこちらを睨みつけている。

 

「なに……ここ……?」

 

 イリヤが後退り怯えている。それもそうだ、ここは現実世界でも鏡面界でもない、まさに”異界”。得体の知れぬそれに、一行は恐怖するしかなかった。

 が、ここでクロが顔をしかめ口を開く。

 

「固有結界……!」

 

 あるいは、リアリティ・マーブル。心象風景の具現化。世界そのものに対し働きかける大魔術にして禁呪。封印指定執行者バゼット・フラガ・マクレミッツ曰く、人の身で行使すれば封印指定──時計塔最奥への幽閉に限りなく肉薄するという許されざる魔術(アンフォーギヴァブル)。一行を威圧するには十分な”未知”であった。

 だが、恐怖したところで状況は解決しない。一帯を埋め尽くす剣の山、そして術者であるフュンフツェンアーチャーの周囲にはそれが集中していた。すると、その剣のうち二つを左右の手に取る。万全の準備が整った、といったところだろうか。

 それに対応し、クロも再び干将莫耶を投影する。

 

「……っ、なんだっていい。やらなきゃ殺られるだけよ!」

 

 そう叫び、クロは駆け出した。

 剣を手にしたフュンフツェンアーチャーはニヤリと微笑み、動かない。迫りくるクロ。そして間近に迫ったクロに、とうとうフュンフツェンアーチャーは剣を振るった。

 キン、キン……剣が互いを打ち合い、火花を散らす。目にも留まらぬ剣戟──特にフュンフツェンアーチャーの剣は、己の土俵に立っているからかより活気を持っているように見えた。だがクロも負けじと剣を振るう。速度は拮抗、力は劣勢……いくらクロが気を張ったところで、元々開いていた差が大きくなったのには変わりなかった。

 

「クソが……オイ、上条当麻!」

 

 ふと、一方通行(アクセラレータ)が呼びかける。

 

「何だ!?」

「オマエの右手でなンとかできねェのか!? 一応、コイツも魔術なンだろ!」

 

 そうか、と上条は大剣を地面に突き立てる。空手になった右手を握り、そして開く。どんな世界に来て、どんな力を手にしようとも、上条当麻は幻想殺し(イマジンブレイカー)無能力者(レベル0)なのだ。

 ダン、と平手を地面に叩きつける。最大の武器たる、この右手で。命を救われた経験は数知れない。上条には、絶対的な自身があった。

 

 ────が、変化はなかった。

 

「────は」

 

 上条は手を離し、再び手をつく。たん、たん、だん、と地面を叩いては、更には拳で殴りつける。

 が、一向に変化は見られない。傍から見れば、ただ何かを悔しがって自暴自棄になっている痛い人にしか見えないだろう。

 

「なんで──」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)の不発は、直近ではドライツェンアサシン戦で経験した。しかしあれは魔眼の力がそもそも目に依存していなかったためであり、”結界”である今回はセオリー通りなら問題なく通用するはずだった。

 通用しないとすれば、一体これは────。

 

「──世界卵……」

 

 何かに気づいたかのように、美遊が呟いた。名家エーデルフェルトに育ち、教養のある美遊だからこそ気づけた何か。上条は言葉の意味を尋ね、聞き返す。

 曰く。

 魔術理論”世界卵”。固有結界の基礎とも言える理論で、ここでは三次元世界を三つの(レイヤー)に分けて考える。基底として存在する世界。そこに肉体を持って存在する自己と他者、そして自己の内側に存在する心象世界。大きい順に並べると世界/肉体/心象世界、となる。固有結界などにおいては、この殻の順番が入れ替わる。世界を内に、自己を外に。具体的には現実世界と心象世界を入れ替える。つまり心象世界/肉体/世界の序列。これにより肉体を持つ者は心象世界の中に閉じ込められる。そして在り処を失った世界は、仮定の入れ物の中に──卵のように、すっぽりと収まることになる。この入れ物のことを、俗に”世界卵”と呼ぶのである。

 美遊の簡潔な説明を聞いて、上条は門外漢ながらも幻想殺し(イマジンブレイカー)の不発をなんとなく理解した。世界とは真っ白なキャンバスで異能とはそこにぶち撒けられた絵の具、幻想殺し(イマジンブレイカー)はその色をごっそりと落とす魔法の消しゴム(イレイザー)に例えることができる。だが美遊の説明を信じるならば、固有結界──心象世界とはキャンバスの絵の具ではなく、真っ黒な()()()()()()()だ。元から黒いそれをいくら消しゴムで擦っても、その下に白色は存在しない。色は落ちない。

 つまり、”自己”の内側に元から存在していたものが外に出てきただけなので、()()()()()()幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用することはない。……封じるなら、固有結界を呼び出す儀式の方に干渉すべきだったのだ。

 

「ちくしょう、じゃあ肉弾戦しかねぇってことかよ!」

 

 上条は大剣を引き抜く。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)は使わない。投影された剣になら通用するのだが右手でカバーしきれない数の剣を射出されたら終わりだし、フュンフツェンアーチャーの本領たるこの固有結界の中ではそのリスクも跳ね上がる。ならば、同じサーヴァントの力で応戦できるアサシンの大剣で始めからいるのが安牌だろう。

 ……だが、付け入る隙がない。フュンフツェンアーチャーが乱入者にも即時対応できるほど用意周到である、というわけではない。あの二人には干渉できないような、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。邪魔しては悪い、とも言えようか。追い込まれ苦渋の表情を浮かべるクロに対し、フュンフツェンアーチャーは楽しむかのように微笑んでいる。その素振りはまるで、クロとの一騎打ちを所望しているかのような……。

 

「────くっ!」

 

 一つ、また一つとクロの剣が砕かれていく。だが投影に要する集中が惜しい──クロは地面に突き立てられた剣を引き抜き、応戦する。だがそれも元はフュンフツェンアーチャーによって投影された剣。それをクロが使っては肝心の技術の投影ができないし、すぐに砕けてしまう。

 が、それ以上にフュンフツェンアーチャーの攻撃が苛烈だった。ただでさえ投影し慣れた干将莫耶の投影すら許さない剣戟に圧倒される。単純な力量の差。決して追いつくことのできない実力不足。剣戟の中、クロはそんな自分の弱さを痛感しつつあった……。

 

「っ……このっ!」

 

 かろうじて生じた隙でクロは剣を投影する。それをフュンフツェンアーチャーに振りかざす……がいなや、その剣を壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)により爆発させ、飛び退く。

 土煙が晴れる。煙に巻かれていたフュンフツェンアーチャーは視界が良好になるとすぐさまクロを視界に捉え直す。

 が、クロは接近せず、手に剣も持たない。するとクロはその手を高く掲げ、空中に複数の剣を投影する。さもフュンフツェンアーチャーが行ったそれのように。

 

全投影(ソードバレル)……連続層写(フルオープン)!」

 

 掛け声に合わせ、剣が掃射される。猛スピードで迫りくる剣の群れ。が、フュンフツェンアーチャーはその全てを軽々と弾いて見せた。時にはステップを踏むように僅かに動くだけで剣を避ける。狙いを逸れた剣が、フュンフツェンアーチャーの足元に突き刺さる。

 

「まだよ!」

 

 すると、フュンフツェンアーチャーの足元の剣が光りだした。先程、クロが飛び退く直前に剣が放っていたものと同じ光だった。

 

「……壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

 フュンフツェンアーチャーに弾かれ、避けられ、周囲に散乱した剣が一斉に爆ぜた。フュンフツェンアーチャーのすぐそばにも突き刺さった剣は少なくなく。猛烈な爆発が直にフュンフツェンアーチャーを襲う。

 ……が、フュンフツェンアーチャーはそこまで甘くなかった。煙が晴れると、そこには多少は汚れながらも熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で身を守るフュンフツェンアーチャーの姿があった。それを見て、クロは思わず後退った。

 

「そんな……、っ……!?」

 

 ふと違和感を感じ、顔を拭う。手についたのは紛れもない、血だった。何らかの攻撃を受けたわけではない、鼻血だ。背中に傷を負い、それを無視し極限まで肉体を酷使したクロ、そしてフュンフツェンアーチャーとの戦いや剣戟における多数の剣の投影で瀕死になったクロが更なる剣の一斉投影、その全ての壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)起動により魔力も体力も限界に達してしまったのだ。

 鼻からひどく出血し、唇を伝う。塩っぽい鉄の味が口内に広がる。その味を知覚した瞬間、ふらっと平衡感覚を失い、倒れるように膝をついた。

 

「クロ!」

 

 上条が叫んだ直後、一方通行(アクセラレータ)が飛び出した。フュンフツェンアーチャーへの攻撃というよりは、方向からしてクロの救護が目的だろう。

 すると、狙ったかのように一方通行(アクセラレータ)の周りに突き立てられた剣が爆発する。……いや、狙っているのだ。ここにある剣は全てフュンフツェンアーチャーの制御下にある。かつ一方通行(アクセラレータ)は投影された剣のベクトルを計算しているので、それ以外の方法で妨害するつもりなのだ。剣がなくなっても新たな剣を投影し、一方通行(アクセラレータ)を囲い、同じように爆発させ、結果一方通行(アクセラレータ)を封じ込めている。

 

「この野郎……!」

 

 絶え間ない爆発の応酬に苛立ちが募っていく一方通行(アクセラレータ)。だがフュンフツェンアーチャーの固有結界内である以上、これで一方通行(アクセラレータ)は封じられたと思ってもいいのかもしれない。

 次に攻勢に出たのは美遊だった。フュンフセイバーの剣技でも追いつけないと悟った美遊は──もう宝具を放つほどの魔力は残っていないため──夢幻召喚(インストール)を解除し、カレイドの姿のまま飛びかかった。

 

速射(シュート)っ!」

 

 サファイアの先端から高速の魔弾を連射する。だがフュンフツェンアーチャーがそれを目視するやいなや突き刺さった剣が自ら浮遊し、魔弾に向かい飛翔し撃墜していく。それでも美遊は臆することなくフュンフツェンアーチャーへ接近していく。

 

「っ……斬撃(シュナイデン)!」

 

 中距離まで接近したところで美遊は攻撃方法を切り替え、サファイアから斬撃を飛ばす。しかしフュンフツェンアーチャーはそれを剣を飛ばすまでもなく手元の剣のみで弾き返す。至近距離に迫った美遊は斬撃(シュナイデン)の応用でサファイアの先端に魔力の刃を形成し斬りかかるが、それこそフュンフツェンアーチャーの土俵で、美遊とは比べ物にならないほどの剣技で圧倒されてしまう。

 フュンフツェンアーチャーの膂力に弾かれ、美遊は大きく浮く。その隙へフュンフツェンアーチャーは投影した剣を掃射する。すんでの反応で美遊はシールドを張るが、剣の衝突と爆発の衝撃波で吹き飛んでしまう。

 

「美遊っ!」

 

 飛んでくる美遊にイリヤは魔力の力場を形成し、クッションとしてキャッチする。そしてゆっくり地面に降ろし、支えながら立ち上がらせる。

 

「い、イリヤ……」

「美遊もだいぶ魔力使ったでしょ? 休んでて、次は私がやる!」

 

 そう言うと、美遊が伸ばした手も気に留めずにイリヤは飛んでいった。

 そうではないのだ。美遊は何より、イリヤに傷ついてほしくなかった。それはクロとの痛覚共有も修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)の不在も関係ない、ただ個人的な願望だった──。

 そんな想いにも気づかずに飛ぶイリヤ。それに気づいたフュンフツェンアーチャーは剣を飛ばし撃墜しようとするが、美遊のやり方とは違う軽やかな飛行で剣を躱していく。ある程度まで接近すると大きく身を翻し、フュンフツェンアーチャーの目測の範囲から外れたところで、太もものカードケースから一枚のカードを取り出す。ケースから取り出した、つまり今回未使用の”ランサー”のカード────。

 

「ツェーンランサー、夢幻召喚(インストール)!」

 

 宣言と共にイリヤの体が輝き、姿を変えていく。

 光から現れたイリヤはフリルのスカートだったカレイドとのシルエットとは打って変わって、ツヴァイランサー夢幻召喚(インストール)時のような──ケルト圏の英霊故か──タイツを身にまとっている。髪は後ろでまとめており、その手には赤黄二色の槍……破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)必殺の黄薔薇(ゲイ・ボウ)が握られていた。

 

「やああぁぁぁっ!」

 

 二本の槍を向け飛びかかるイリヤ。閃光で一瞬眩んだフュンフツェンアーチャーは、剣を飛ばすことはせず手元の剣で槍を防ごうとする。

 赤い刃がフュンフツェンアーチャーの目前まで迫る。そして、それを双剣で防ぐ────はずだった。赤槍の刃はあろうことか構えた剣を透過し、フュンフツェンアーチャーまで迫ってきたのだ。

 危険を察知し、瞬時にイリヤを蹴り飛ばし間を作る。が、吹き飛ぶほど強くは蹴らなかったため、イリヤはすぐさま体勢を立て直し襲いかかる。

 離れている隙にフュンフツェンアーチャーは投影した剣を射出し応戦する。だが、やはり英霊の力と言うべきか、イリヤはこれまでとは比にならない動きで剣を避け、時には弾き、攻め寄ってくる。

 間近まで接近し、フュンフツェンアーチャーは剣を振るう。……が、赤槍にはやはり透けてしまう。一方で、イリヤ本体を狙った斬撃に対しては黄色い槍で防いでくる。……成程、恐らく赤槍には上条当麻の右手(イマジンブレイカー)のような魔術を打ち消す力が備わっている。だがそれは上条のそれと同じほど万能ではなく、既に成立したものには機能しない、いわば()()()()()()()()と言えるだろう。そしてこの手のものは、たいていは敵へ接触する部位──刃にのみ効果が作用するはずだ。柄にまで作用していたら使用者に有利な強化(バフ)も無効化してしまうことになる。……それが判明したならば、然るべき対応をとるまでだ。

 フュンフツェンアーチャーは槍の隙間をくぐりイリヤのふところまで入り込み、斬りかかる。突然の行動にイリヤは慌てて赤槍を振るうが、フュンフツェンアーチャーの予想通り、剣が赤槍の柄を弾く。その衝撃で赤槍は手を離れ、落下してしまう。

 が、ここまでの接近はフュンフツェンアーチャーにとっても諸刃の剣、今度は黄槍の刃がすぐそこまで迫っていた。急いでフュンフツェンアーチャーは飛び退く。しかし接近しすぎたのか回避が間に合わず、黄槍の刃が頬を掠めてしまう。

 たかが頬を掠めた程度……と双剣を握る手に力を込めるフュンフツェンアーチャーであったが、違和感に気づいた。頬の傷に、なにやらグズグズとくすぶる魔力を感じる。恐らく何らかの呪詛の類、そして傷口にはたらく呪詛といえば……再生の阻害といったところか。となると、なかなか厄介だ。強く魔力を込めれば高速治癒も可能だが、それが妨害されてしまう。掠り傷だったから良かったものの、これが重傷となると話も変わってくる。

 

「……あっ、まずい!」

 

 フュンフツェンアーチャーの鋭い視線を感じ、イリヤは二つの宝具の特性を完全に察されたと悟った。少しでも手数を増やすため落とした赤槍に手を伸ばす。しかし、フュンフツェンアーチャーはこれを見逃さず、剣を射出し妨害する。そして赤槍を拾う隙も与えず、双剣で斬りかかる。咄嗟にイリヤは黄槍を構え、双剣を防ぐ。槍一本の状態ならばその運用の勝手はツヴァイランサーにも通じてくるが、この黄槍──必殺の黄薔薇(ゲイ・ボウ)は、これを以て相手に傷をつけなければ効果を発揮しない。投影魔術との相性もあって、破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)は確保したい。チリチリと火花が散る中、イリヤは転がる赤槍にちらりと視線を移す。しかし、その一瞬の気の緩みを突き、フュンフツェンアーチャーは大きく力を込めた。

 大きくよろめくイリヤ。その隙に付け入り、フュンフツェンアーチャーは連撃を叩き込む。一度姿勢を崩したイリヤはフュンフツェンアーチャーの攻撃のペースに大きく遅れを取り、乱れた太刀筋でかろうじて斬撃を防ぐことには成功するも、槍に力が入らず一方的に圧されてしまっている。一瞬の油断によって大きな後退を強いられてしまい、肝心の破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)は遥か遠くへ……。

 

「くぅっ……!」

 

 すると、フュンフツェンアーチャーの双剣が眩い光を放った。よろめくイリヤの黄槍に一撃打ち込むごとに剣は形状を変えてゆき、光が収まる頃には更に巨大な、美しい結晶の剣と化していた。──オーバーエッジ。フィルツェンバーサーカー戦でクロも使おうとした()()()()の強化形態だ。とすれば、あの白黒細身の双剣も形こそ異なれど干将莫耶であるということになるが……。

 オーバーエッジ起動後からのフュンフツェンアーチャーの太刀筋は更に鋭く、重みを増していった。一撃受ける度に手から槍の柄がすっぽ抜けそうになる。にも関わらず双剣の太刀筋は軽やかで、まるで重みを感じさせず、それでいて威力は絶大だ。剣を受ける手も、追い詰められる足も、もはや限界間近だ。

 フュンフツェンアーチャーが、双剣同時の重い一撃を繰り出す。リズムが崩れ、片手のみで黄槍を握っていたイリヤがそれに耐えられるわけもなく、その一撃を黄槍で受けた瞬間、まるで何かに激突されたかのような衝撃と共にバランスを崩し、大きくよろめいてしまう。

 しまった……そう思った頃には既に遅く、一瞬目を足元にやった瞬間にフュンフツェンアーチャーは空中に大量の剣を投影していた。手に持つ剣の一本でイリヤを指し示し、今にも剣が掃射されようとしている。死の恐怖に目をつむる、その隙すらイリヤには与えられなかった。

 

「こっちだ!!」

 

 ふと聞こえた、勇ましい声。イリヤはフュンフツェンアーチャーを視界に捉えながらも、その向こう、視界の端に、大剣を携え駆け寄る上条の姿を確かに見た。

 その殺意──”山の翁(アサシン)”の威圧感は彼の声よりも強くフュンフツェンアーチャーに予感させた。声が聞こえたその瞬間フュンフツェンアーチャーは振り返り、その姿を捉える。大剣を構えた上条が英霊(サーヴァント)の力を得た──人並み外れた速度で駆けている。

 フュンフツェンアーチャーは投影した剣の方向を変え、上条へ掃射する。上条は全てを捌き切ることはできずとも大剣を以て飛んでくる剣を弾き、対応できないものは回避しながら接近する。

 剣が衝突する。双方拮抗する中、フュンフツェンアーチャーは確かに上条の太刀筋に変化を見出していた。先の──固有結界発動を防ぐための剣よりも、此度の──イリヤを守るための剣の方が強いのは、フュンフツェンアーチャーもよく理解できる。人とは()べて、守るものがあった方が必死になる。だからこそ今、上条当麻の剣は干将莫耶(オーバーエッジ)に拮抗し得ている。だが、その強さは勇猛故ではない。それは恐怖──失うものがあるという弱さ──故なのだ。

 恐怖に突き動かされた剣は、(よわ)い。

 

「──ぐ、こいつ……!」

 

 フュンフツェンアーチャーの剣が力を増した。まるで重力に押し潰されるかのような重圧感が上条の腕にかかる。

 その時。上条と向かい合うフュンフツェンアーチャーの後方にいたイリヤが黄槍を持って駆け出した。黄槍の先端を向け、突き刺す構え。その進行方向には、無論フュンフツェンアーチャーがいた。

 気配を感じ取ったフュンフツェンアーチャーは剣の片方をイリヤに向け、突きを受け流す。だがイリヤはそれでも止まることなく突きと斬撃を繰り返す。それを防ぐ一方で上条も同じくフュンフツェンアーチャーに連撃を叩き込む。

 

「イリヤ、いいぞ!」

 

 それからの二人の剣戟はまさに一心同体であった。決して勢いを欠かすことなく交互に大剣と黄槍がフュンフツェンアーチャーに襲いかかる。重い大剣の攻撃と軽やかな槍の攻撃が相まり、互いの欠点を補うかのような隙のない連撃が繰り出される。フュンフツェンアーチャーはそれを剣一本ずつで相手し切らねばならず、単純な戦力は半減。攻撃を押し止めるに留まってしまう。

 が、所詮は停滞。それ以上圧されることはない。

 ギン、と二人の得物が両手それぞれの剣に阻まれる。二人ともキリキリと力を込め、金切り音が響く。だが、フュンフツェンアーチャーは引き下がらない。それどころか、上条とイリヤが揃って圧力をかけているにも関わらず双剣を握るその腕は微塵も動かない。

 すると、フュンフツェンアーチャーの持つ双剣に変化が生じた。オーバーエッジの結晶状の刃、そこに光が漏れるようなヒビが拡がっていっているのだ。そしてその光はヒビが拡がるにつれ眩く増してゆき……。

 

「しまっ────」

 

 瞬間、双剣が爆ぜた。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。オーバーエッジによる双剣の純粋な強化によって、咄嗟での投影剣を使ったそれよりも爆発が大きいように見える。フュンフツェンアーチャーの両手に握られた双剣のそれぞれが爆発し、その様はまるで手のひらから火炎を放つ発火能力者(パイロキネシスト)のようにも見える。

 

「だめ、前が……!」

 

 直撃に晒されながらも英霊(サーヴァント)の力によって辛うじて傷を負わずに済んだイリヤだったが、その強烈な爆炎と巻き上がる煙に視界を奪われる。なんとか視界を確保しようとイリヤはその場から飛び退く。その行動は反対側の上条も同じだったようだ。だが……。

 

「っ──来ちゃだめ、イリヤ!」

「え、美遊────きゃあっ!」

 

 何かに気づいた美遊が叫ぶ。それは警告だった。だが、その言葉がイリヤの耳に届き、脳が意味を解する頃には既に遅かった。

 離れたイリヤに向けて、フュンフツェンアーチャーは投影剣を掃射する。イリヤに直撃するほどの精度ではなかったが、その周りに着弾した沢山の剣が壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)により爆発し、その衝撃がイリヤを吹き飛ばす。──フュンフツェンアーチャーは明確に狙っていたのだ。近距離の敵に一斉掃射→壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の戦法をとっても爆風で巻き込まれる可能性が高く、更に巻き上がるであろう土煙で自分の視界さえも失う可能性がある。故にこの戦法はある程度離れた相手にこそ一方的な効果を発揮する。視野の確保──保身のため後退したイリヤと上条だったが、むしろそれが仇となってしまったのだ。

 宙を舞うイリヤ。次第に勢いが弱まって墜落するのだが……その足が地面についた瞬間、コキャ、と鈍い音がなった。

 

「──()あぁっ!? ひぃ、ひっ……くぁあ……っ」

 

 着地したイリヤは右足を抱え、転がってしまう。息は荒く、痙攣するかのように空気を吐いている。

 異変に気づいた美遊がイリヤの元へ飛んできて、サファイアを使って負傷を探知する。……どうも不意打ちの投影剣掃射だったためか、咄嗟の出来事に受け身を取ることができず、右足を捻ってしまったようだ。幸い折れてはいないが、戦闘継続は難しいだろう。

 一方で、イリヤを追い込んだ投影剣掃射は同じくして上条にも放たれた。

 

「くそっ……!」

 

 上条は投影剣を大剣の刀身で防ぎ──弾こうにも、フュンフツェンアーチャーの好きなタイミングで爆破できるため──ザァッと大きく後退する。すぐさまフュンフツェンアーチャーへ視線を戻すが、彼女の上空には大量の剣が浮かび、その切っ先はこちらを睨んでいた。

 上条は大剣の柄を握り締め、駆け出す。するとすぐさま投影剣が上条に向けて射出される。その飛翔の速度は先程とは桁違いに速い。上条は自身を狙う剣をその大剣で弾くが、それはあまりにも高速で威力が増大しており、弾くだけでも衝撃で腕が持っていかれそうになる。だがそれでも足は止めない。投影剣の衝撃を体の軸の回転で受け流し、ペースを落とすことなく接近する。

 ……が、それほどの威力の投影剣を何度も弾き、その度に衝撃が腕に蓄積されていくと、上条の太刀筋は徐々に弱り始めていく。しばらくするとそれはもはや弾くというものではなく、迫りくる投影剣を僅かに方向転換し受け流す、というものにまで成り下がっていた。正面から弾き返していると一気に姿勢を崩すであろうところまで来ていたのだ。

 すると、フュンフツェンアーチャーは新たな行動に出た。投影剣を飛ばすのには変わりないのだが、自らの身の丈の何倍もある巨大な剣を投影し射出してきたのだ。その剣は、巨人化したフィルツェンバーサーカーを穿ったものと同類のようであった。

 これほど巨大な剣は受け流すことはできない、正面から受けるしかない……。弾くことも難しいと察した上条は剣を目の前で構え、その刀身を盾とし巨剣を迎え撃った。

 が、当然防ぎ切れるわけがなかった。大剣の硬度のおかげで傷こそ負わなかったものの巨剣の衝撃は体に直に響き、理不尽な力を受けたかのように上条の体は吹き飛んだ。

 

「ぐ、が────ッ」

 

 上条は地面を転がりながらも大剣を突き立て、強引に停止する。それでも巨剣による衝撃は凄まじく、大剣を突き立てから停止するまでの滑走で、地面には真っ直ぐな亀裂が刻まれていた。

 そして、上条の体へのダメージも凄まじいものだった。全身に痛みが響き、立ち上がろうとすると足の骨がぷるぷると震え出し覚束ない。

 ふと、周囲を見渡す。フュンフツェンアーチャーの策略か、そこには上条が恐れていた──上条をドーム状に囲い逃げ場すら防いだ大量の投影剣が浮いていた。外すら見えなくなるほどに敷き詰められ、その切っ先は全て自分へ向いている。

 まさに、万事休す。体は痛み、足は震え、立ち上がれず、仮に立ち上がれたとしても大剣一本で全てを防ぎ切れる気は微塵もしなかった。

 

「(──よ……聞こえるか、契約者よ……)」

 

 その時、上条の中で声が響いた。

 

「っ……じいじ(アサシン)か?」

 

 上条の中で眠るクラスカード──ゼクスアサシンのカードに宿ったサーヴァント、”山の翁”──上条は親しみを込め”じいじ()”と呼んでいる──が語りかけてくる。上条の大剣や人並み外れた身体能力をもたらしている張本人。先程イリヤと同時に受けた壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)と投影剣掃射……夢幻召喚(インストール)状態のイリヤが負傷しながらも上条が無傷で済んだのはアサシンによる能力と機転の支援によるところが大きいのだ。

 

「どうだ? 見てみろよ……絶体絶命だぜ、俺ら」

「(言葉通り・文字通りの”四面楚歌”……まこと、よく言ったものよ。……だが案ずるでない。勝機は唯一つ、手中に在る)」

「なんだって?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()声に耳を疑う上条。その言葉の真意を尋ね、()()()()()()()()()()()()()()声に耳を澄ます。

 

「(汝の困憊……それは(ひとえ)に、人たる汝の存在故に他ならぬ。肉体は勿論、その魂が我が力を使役するに堪えぬのだ)」

「ただの人間に、サーヴァントの力は荷が重い……ってか?」

「(左様)」

 

 直球な言葉に顔をしかめる上条。……なんだか、アサシンと融合してから今までの全てを否定された気になってしまった。

 だがそんな思案を繰り広げる間にも投影剣はこちらを睨んでいる。更に投影剣から発せられる魔力の波が強くなり、()()()()()()()()()()()()()のだと悟る。

 

「畜生……じゃあどうすりゃいい!」

「(事はそう(かた)くはない、契約者よ。汝の肉体、その制御を我に渡せ)」

「…………は?」

 

 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。不安に思った上条は何度か聞き返すも返答は同じで、()()()()()()なのだと理解する。そのうえで、上条はアサシンの判断の真意を問う。

 

「(肉体の強化であれば幾らでも()(よう)はあろう。だが魂はそうはいかぬ。魂は替えが利かず人という檻に囚われる。故に我が魂を以て英霊の力を完成させる)」

「で、でも大丈夫なのかよ? お前に主導権を渡すってことは、俺に決定権がなくなるってわけで……」

「(案ずることはない。能力者(アクセラレータ)との戦い、騎兵(ライダー)との戦い……肉体掌握は既に成されている。加えて我は汝に剣を委ねた、であれば其処(そこ)に何の疑心があろうか。──敵はそう待たぬ。速決せよ)」

 

 アサシンの言う通り、上条が決めあぐねている間にもフュンフツェンアーチャーはこちらへ明確な殺意を向けている。彼女にとって、何ら待つ意味はない。フュンフツェンアーチャーは高く掲げ剣を制するその手を、振り下ろそうと動き出す。

 

「……わかった、わかったよ! 頼むから傷つけずに返してくれよな……っ」

 

 フュンフツェンアーチャーの手が振り下ろされる。それを合図に、上条を囲う剣が一斉に射出される。剣は弾丸の如き高速で上条まで軌道を収束させる。地に大剣を突き立てた上条が反応できる速度ではない。

 上条は思わず目をつむる。その間僅かコンマ秒。ヒュッ、と風を切る音が耳元に鳴り響き────。

 

 

 

 ────次の瞬間には、その大剣で全ての投影剣を弾き砕き散らした上条の姿があった。

 

 その時何が起きたのか、その様子を見ていたイリヤ達には理解し難いようだった。だが人の域を外れた──黒化英霊(サーヴァント)の身であるフュンフツェンアーチャーには、上条が何をしたのかはっきりと見えた。

 あの瞬間……上条は大剣を引き抜くと一本ずつ確実に投影剣を弾き返していった。そしてなんとその防衛戦の最中に飛び交う剣の柄を握り、それを自らの剣とし二刀流で投影剣を捌いていったのだ。クロの例でもそうだったように投影者以外が用いる投影剣はある程度の弱体化が成されるが、上条はそれでも剣が砕けたら次の剣を、そして回転するような剣舞で投影剣を弾き返す──その繰り返しであの量の投影剣を乗り切ったのだった。

 

「────」

 

 上条の右手には漆黒の大剣、左手には激務の末へし折れた投影剣。上条は折れた投影剣を大剣を握る右手の甲に押し当て、幻想殺し(イマジンブレイカー)の力で消滅させた。そしてその目が──日本男児のものとはとても思えない()()()が、フュンフツェンアーチャーを睨みつける。

 その様子を傍から見ていたイリヤには、確かに覚えがあった。突然豹変する上条の戦闘能力、なにより発せられている得体の知れない殺気……。

 

「……ゼクスアサシン」

 

 そう──今の上条当麻は()()()()に非ず。その肉体を借り受け現界した()()()()()()()()、”山の翁(ゼクスアサシン)”その人なのである。

 

「──弓兵(アーチャー)で良いか、影法師よ。元来、聖杯戦争に於ける英霊(サーヴァント)とは殺し合う運命(さだめ)。貴様が少女(イリヤ)達に、そして我が契約者に弓を引くというのならば、我はこの剣を以て貴様に戦士としての死を馳走しよう。それが主に仕える従者(サーヴァント)の宿命だ」

 

 別人のような口調で語りかける”アサシン”。声の発し方、そしてその振る舞いさえ上条ののそれとは全く異なっていた。完全な別人……それは確かに、彼の内側にいる英霊の表出であることを示していた。

 フュンフツェンアーチャーは直感した。これほどの死の雰囲気は感じたことがない。故にあれは、こちらを確実に殺すことができるし、恐らくそれを何度も成し遂げてきたものなのだろうと。ともなれば、あれをおいておくのは危険だ。

 フュンフツェンアーチャーは剣を投影し、射出する。視界一面を埋め尽くすほどの弾幕。それと同時に”アサシン”も動き出す。だがそれは駆けるといったものではなく、ゆっくりとした助走だった。

 ”アサシン”に剣が迫る。その歩行の遅さでは避けられまい──フュンフツェンアーチャーは思っていた。だが、剣が目前に迫った”アサシン”は、慣性を無視したかのような速度で剣を回避した。それは先程の剣のドームを乗り切った時のような超加速。辛うじて姿を認識することはできたが、それでも目を疑うような速度だった。

 ”アサシン”はその高速のまま投影剣の合間を通り抜け、フュンフツェンアーチャーへ接近する。ここまで、大剣は一切振るっていない。その速度と動体視力のみで十分に回避が可能なのだ。投影剣の回避ごときに剣は振るわない、殺すためだけに振るうとでも言いたげであった。しかし、あれが人の身であるにしてはあまりにも並外れた動きをしている。投影魔術もそうだが、肉体の性質はある程度変化させ得る。魂に肉体が引き寄せられるとして、”アサシン”の人格に切り替わり肉体が変質したのはわかるが、それにも限度があるはずだ。或いはあの少年が、それほどのポテンシャルを秘めているとでも言うのか……。

 剣を避けつつ接近していた”アサシン”であったが、ヒュンッ、と突然大きく距離を縮めフュンフツェンアーチャーに肉薄する。フュンフツェンアーチャーは慌てて両手の双剣で防御の構えをとる。”アサシン”は大剣の柄を両手で握り締め、野球バットのように横薙ぎに振るう。その刃はフュンフツェンアーチャーの双剣に阻まれる……ことはなく、そのあまりもの膂力で双剣がフュンフツェンアーチャーの胸に押し込まれる。そして”アサシン”は大剣を振り切り、フュンフツェンアーチャーを吹き飛ばす。

 フュンフツェンアーチャーは大剣の衝撃で空気を吐きながらも空中で姿勢を直し、着地する。だが顔を上げた頃には、”アサシン”があの速度でもうすぐそばまで迫っていた。フュンフツェンアーチャーはあの斬撃で破損した双剣を投影し直し、迎え撃つ。

 ”アサシン”が大剣を振りかざした。あれを防ぐのはあまり良い手ではないと学んだフュンフツェンアーチャーは大剣を回避し、回り込んで双剣を振るう。が、”アサシン”も攻撃を回避されたと分かった瞬間には既に防御の構えを取り始めており、その大剣で呆気なく防いでしまう。その度にフュンフツェンアーチャーは回り込んでからの攻撃を繰り返すが、尽くを防ぎ回避される。が、同時にフュンフツェンアーチャーも”アサシン”の攻撃を受けることはなかった。あの大剣での斬撃は大振りで──他の四人からすれば反応できないほどの高速かもしれないが──十分に避ける空間と余裕はあった。また得物そのものが重いため、先の上条のように双剣で受け流すように躱せば大剣の重みと慣性に持っていかれて僅かな隙が生じる。その速度から先程は少し慌てたが……既に相手の特性は見えており、危機感は感じていなかった。攻勢に出るなら、余裕が出た今だ。

 フュンフツェンアーチャーは大きく飛び退き、上条を吹き飛ばした時と同じような巨剣を”アサシン”の背後に投影し、発射する。当然というべきか、”アサシン”はすぐにその存在に気づいたようだ。”アサシン”は振り向きざま横薙ぎに大剣を振るう。するとあろうことか、飛翔する巨剣が大剣の刃に沿って真っ二つに両断されたのだ。それはもはや「人格が切り替わった」で済む話なのか────フュンフツェンアーチャーは一瞬動揺を見せたが、すぐに大した問題はないと理解した。割れた巨剣が消滅すると、フュンフツェンアーチャーはすぐに他の剣を投影し射出する。勿論、”アサシン”はそれらを大剣で弾き返す。だが、それだけでは済まない──フュンフツェンアーチャーが手をかざすと、後方・左右の他方からも剣が襲いかかってきた。よく見るとそれらは()()()()()のではなく、固有結界内の至るところに突き刺さっている剣、()()()()()()それらを遠隔操作して飛ばしているのだ。が、分かってしまえばどうということはない。先程のような速度は出せないが、縦横無尽に飛んでくる投影剣を弾きながら”アサシン”はフュンフツェンアーチャーへ接近してゆく。

 フュンフツェンアーチャーは双剣を再びオーバーエッジさせ、自らも迎え撃つ。二人の剣が衝突する。始めの一撃は半ば不意打ちというのもあったが、”アサシン”の膂力を以てしてもオーバーエッジを押し切る事はできず、火花を散らしながら刃が拮抗している。

 

「押し切れぬ……。我が契約者になんと不甲斐なきことか。元来の我ならば、英霊一人殺すなど容易きことであったが」

 

 二人の剣が弾き合い、仰け反った。二人は互いに負けじと、振り上げられた剣を振り下ろす。

 その剣戟は、まさに”拮抗”であった。”アサシン”の攻撃を受けきれないのは、双剣の強度に問題があった。だがオーバーエッジで性能を底上げした今なら、あの重撃さえ防ぎ・攻めることができる。

 ”アサシン”も似た心地であった。いくら相手が()()()()()とはいえ、こちらは人間の肉体を使っている以上一定の出力の限界は存在する。それでもある程度攻めてはいけたが、オーバーエッジで双剣が強化されその差が縮まってしまった。故に、拮抗。

 だが、”アサシン”にはもう一つ弱みがあった。()()()()()()()()。先程上条が言ったように、この体を傷つけずに返さなければならない。そのプレッシャーと日和見により、攻勢に乗り切れずにいた。

 その”何らかの不調”を、フュンフツェンアーチャーは感じ取っていた。双剣を振るう一撃一撃に力を込め、”アサシン”を威圧する。差が縮まったとはいえ、あくまで()()止まり。隙を作るなり突くなりすればいくらでもやりようはあるはずだが、なぜか”アサシン”は日和って攻勢に出ない。フュンフツェンアーチャーもその理由はなんとなく察した。人の体に傷をつけられないのだ。

 フュンフツェンアーチャーの剣が大剣に当たる度、衝撃で一歩ずつ仰け反ってしまう。他人の体を使う責任からか僅かながら焦りを感じ、力を入れ切れない。一方のフュンフツェンアーチャーは、小さく笑みを浮かべている。まるで自分に勝機があるとでも言っているかのようにいきり立ち、剣戟にも傲慢な隙が目立つようになっている。

 ……どうやら、焦ることはなかったようだ。契約した相手がいる以上、その相手の体を傷つけることは誓って無い。それに、()()()()()使()()()()()()()()()に対する勝利宣言など、大して意味はない。

 

「驕ったな、弓兵よ」

 

 フュンフツェンアーチャーは”アサシン”を睨む。すると”アサシン”は一歩引き、大剣を握る両手に力を込める。足掻きを、とフュンフツェンアーチャーは力強く双剣を振るう。

 その時、炎が灯った。”アサシン”の大剣はチリチリと火花を散らしながら発火し、炎に包まれた。それは青く、白く、どことなく黒く、煌々と燃え盛りながらも死の深淵のような冷たさをもっていた。

 ────そう。上条当麻は”アサシン”と契約しているとはいえ、無能力者(レベル0)の人の身。その肉体では、本来の”アサシン”の力の殆どを発揮できていなかったのだ。

 

「晩鐘を聞け────!」

 

 ”アサシン”が大剣を振るう。大剣は炎の軌跡を残しながら空を裂く。フュンフツェンアーチャーの双剣は止まらなかった。双剣と大剣が触れた瞬間──大剣の持つエネルギーに双剣は完膚なきまでに燃やし尽くされ、砕け・破片が飛び散るまでもなく塵となって消滅した。

 フュンフツェンアーチャーは驚愕した。せざるを得なかった。あの肉体で行う戦闘行為が”アサシン”の全てだと思い込んでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()。英霊の力を宿していても、体がそれに対応していなければ、出力が抑えられるのも当然だった。

 ”アサシン”は振り上げられた大剣の柄を強く握り締め、振り下ろす。相手は油断を見せ、結果武器を失った。殺すなら今しかない────!

 ──が、フュンフツェンアーチャーは心を鎮めた。確かに油断した。だが致命傷ではない。徒手空拳でもない。思い込んでいるのはそちらも同じだ。

 一瞬の行動。フュンフツェンアーチャーは、空手になった()()を突き出した。その手首から肘にかけて、大きな刻印のようなものが弓状に展開した。そしてそこに、膨大な魔力が集まるのを感じる。

 刻印弓──左腕にあって、右腕にだけない道理はない。

 

「む────」

 

 ”アサシン”が危険を感じた頃には、それは発射されていた。今回最も強い──約束された勝利の剣(エクスカリバー)を封殺したそれに近しい一撃が放たれる。それはもはや一発の矢という規模ではなく、大きな爆発だった。見たこともないほどの大爆発。常人であれば熱で溶け、消滅してしまうほどの火炎であった。

 攻撃が命中した”アサシン”を中心に巨大な爆炎が広がった。もはや音すら消滅し、炎の熱と残響だけが残る。規模こそ違えど、核と見紛うような大爆発だった。

 爆炎が収まり始めると、吹き飛ぶ”アサシン”の姿が鮮明になってきた。大剣を目の前に構え、防御の姿勢をとりながら宙を舞っている。その高度が落ちてくると、”アサシン”は慣性で地面を大きく転がっていく。やがてそれも停止し、姿勢を起こす。あれだけの衝撃を受けてもなお、怪我はなかったようだ。だが代わりに爆発を防いだであろう大剣の半ばが高温により赤熱し、少々溶解しているようにも見える。

 

「ぬぅ……侮ったか。我ながら、甘くなったものよ」

 

 そう呟きながら、”アサシン”は立ち上がる。……が、二足で直立した途端にふらつき、倒れ込んでしまう。

 

「やはり、な。人の身では、この程度が限界か」

 

 力を使いすぎたのか、制限時間をオーバーしたのか……ともあれ、”アサシン”は立てる状態ですらなくなってしまったようだ。フュンフツェンアーチャーは”アサシン”を一瞥すると、あの一撃により熱を持った右腕をブルブルと振って冷ます。

 暫くして、フュンフツェンアーチャーは再び双剣を投影する。……が、違和感に気づく。攻め込んでくる相手が誰もいないのだ。上条の肉体を使った”アサシン”でさえあの様だ。

 美遊は戦意を喪失しているようだった。潔いと言うべきか。魔力の消耗に加え、フュンフセイバーの剣技を以てしても敵わず、宝具を打ち消したあの刻印弓がもう一丁あるとなると万策尽きたと言っても過言ではなかろう。

 イリヤは論外だった。あの墜落で随分当たりどころが悪かったのか、捻った足を未だに押さえている。飛行すればいいと思ったが……あの調子ではバランスコントロールも、着地も難しいだろう。

 一方通行(アクセラレータ)は……どうやらあの妨害を突破したらしい。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の爆炎のみならず投影した剣や巨剣による物理障害も設けたが、よく突破したものだ。だがその分体力を使ってしまったようで、肩で息をしているのが遠くからもわかる。あの体格ではそもそもの体力も少ないだろう。

 

「……く、うぅ……っ!」

 

 そんな中ただ一人、立ち向かってきたのはクロだけだった。

 クロは辛うじて投影した剣を一本、振りかざす。だがその速度は先程と比べてもかなり遅く、戦闘の素人でさえ避けられるであろう遅さだった。当然フュンフツェンアーチャーはそれを回避し、今度は自身の剣で斬りかかる。クロは剣を構え攻撃を防ぐが、その衝撃で剣は砕け、クロ本人も残り体力が少ないのか大きくよろめいてしまう。

 だが、それでもクロは諦めずに剣を投影し、斬りかかる。そしてその度に同じようにフュンフツェンアーチャーに攻撃を捌かれてしまう。それを数度繰り返す内に、剣投影した瞬間にほころび始め、とうとう何も投影できなくなり、本人の足元もふらついて跪いてしまう。クロはフュンフツェンアーチャーの顔を見上げる。そこから向けられていたのは、まるで期待外れだとでも言いたげな冷ややかな視線だった。そしてその感想が事実であるかのように、跪くクロをフュンフツェンアーチャーは蹴り飛ばした。

 

「ああっ! はぁ、はぁ……ぐ……」

 

 もはや立ち上がるだけの体力すら残っていないようだ。フュンフツェンアーチャーは投影した双剣を消し、クロを見つめる。蹴り飛ばす直前、あの一瞬クロの顔に表れたのは恐怖の表情だったが、今は強い敵意を持って睨みつけてくる。あれだけボロボロになって、投影すらできなくなってなお、諦めていないというのか。その底意地の悪さに、余計に失望した。

 

「まだ、よ……まだ私は……死んで、な……」

 

 そう呻きながら、地を這いずるクロ。だがフュンフツェンアーチャーに、もう戦う気は残っていなかった。戦えない相手と戦ったところで、何も楽しくない。

 すると、クロの頭の中に声が響いた。フュンフツェンアーチャーがこちらを見つめている。聴覚からではない、頭に文字が浮かぶように流れ込んでくるのは、彼女の言葉だろうか。

 そこには、こうあった。

 

”今回は退く。傷を癒やし、力を蓄え、私と拮抗し得ると確信した時に、また此処に来ると良い”

 

 すたすたとフュンフツェンアーチャーは後退する。本当に戦う気はなさそうだ。それを追う者は誰もいない。あれだけ執着していたクロですら、あの言葉を聞いて戦意が失せてしまった。

 今回の戦いは、あまりにも異例すぎた。鏡面界外で仕掛けてきたドライツェンアサシンもかなり異例ではあったが、二連戦、相手は語りかける程度の知性を持ち、そして何より──敗北を喫し、撤退を余儀なくされたのだ。

 

 だがその時、クロの背後から何かを感じた。嫌な予感というか殺意というか、並々ならぬ感情が渦巻いているのを感じた。

 

突き穿つ(ゲイ)…………」

 

 気配の主は美遊だった。上条が幻想召喚(インヴァイト)を解除した際にどこかにこぼれたであろうツヴァイランサーのカードを限定展開(インクルード)したであろう赤槍を構えている。そしてその赤槍には深紅の光と、魔力が収束しているのがわかる。

 それを持つ美遊の顔は、汗に濡れ、歯を食いしばり、瞳孔は大きく開き、焦りと恐怖の混在した表情をしていた。

 

「…………死翔の槍(ボルク)!!」

 

 逆手に持った槍が放たれた。それはもはや目視すら叶わない光のような速さで、ギュンッ、と空気を歪めながら飛翔した。心臓を穿つ必殺の槍。この土壇場で放った不意の一撃は、真っ直ぐフュンフツェンアーチャーに向けて飛んでいく。

 この瞬間、フュンフツェンアーチャーは確実に焦った。完全な不意打ちだった。フュンフツェンアーチャーは槍の飛翔を確認するとすぐさま手を突き出し、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開する。

 そして、盾と槍が激突した。槍は盾で留まり、そのエネルギーが衝撃波となって辺りに拡散する。

 だが、パリン、と熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が一層割れた。槍は力を失い落ちることなく、盾の向こうにいるフュンフツェンアーチャーの心臓めがけて今も飛び続けているのだ。必ず心臓を貫く槍と、投擲を必ず防ぐ盾。一見拮抗するように見えるが、ゲイ・ボルクが持つ因果逆転の呪いには敵わない。

 また一枚盾が割れる。フュンフツェンアーチャーに伝わってくる衝撃も大きくなり、少しずつ仰け反っていく。このままこの場を去る予定だったが、これでは離脱のしようがない。そして熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)がこの様では、盾が破られ貫かれるのも時間の問題だ。

 すると、フュンフツェンアーチャーはあるものに目をつけた。遠くに放られたもう一つの赤槍……破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)だ。イリヤの手から離れて以降、イリヤは傷を負いながらもまだ夢幻召喚(インストール)を解除していないので、槍は残置されたままなのだ。あれには魔力を打ち消す力がついている。刃で触れた時にのみ発動する一瞬のものであっても、なんとかなるかも知れない。

 フュンフツェンアーチャーは手を伸ばし、赤槍のそばに刺さっている一本の剣を励起させた。フュンフツェンアーチャーは魔力の流れや量を調整し、適切なバランスで剣を引き寄せる。すると剣はうねり回転しながら宙へ飛び上がり、ピンッ、とその足元にあった赤槍を弾き飛ばした。計算されたバランスで弾き飛ばされた槍は宙を舞い、ぴったり狂いなくフュンフツェンアーチャーの左手に収まった。どうやら盾に触れても透けるだけで消滅はしないようだ。そしてフュンフツェンアーチャーは破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)を構え、目の前の突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)に突き立てた。

 その一瞬、目論見通り突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)の魔力は途切れ、因果逆転が中断したように見えた。少なくとも盾にかかる重圧はなくなった。フュンフツェンアーチャーは盾を解除し、同時に破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)を手放す。その瞬間突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)の力は再起し、フュンフツェンアーチャー向けて飛び始める。だが、フュンフツェンアーチャーにはあの一瞬だけで十分だった。

 呪いから解き放たれた一瞬、フュンフツェンアーチャーは世界卵理論を応用し、自身の肉体の位置のみを心象世界の外側に置くことで一人固有結界から離脱した。

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)は行き場を失い明後日の方向に着弾し、爆発する。その後槍の力で美遊の手元に舞い戻り、限定展開(インクルード)が解除されサファイアの姿に戻った。

 

「美遊さま……美遊さま!」

「……はっ、クロ!」

 

 我に返った美遊は急いでクロのもとへ駆け寄る。仰向けにひっくり返したクロは息も絶え絶えで、剣の投影すらできなくなっていることを鑑みるとまさに致命的だった。クラスカードを霊核に据えるクロの場合魔力欠乏は死に直結する。今すぐキスをすれば──恥じている場合ではない──応急処置にはなるかも知れないが、クロ本人がその調子ではなかった。大きく呼吸をし、歯を狭く噛み締め、鼻血は唇まで流れ、その目はフュンフツェンアーチャーがいた虚空を見つめている。

 

「アー……チャー……っ」

「はぁっ……クロ……!」

 

 遠くで座り込んでいたイリヤもなんとか立ち上がり、足を引きずりながらクロのもとへ歩いていく。クロとの間には痛覚共有の呪いが効いている。この足を挫いた時、きっとその時の鈍痛がダイレクトに響いたはずだ。それでもなお立ち向かったクロのことが心配で、そして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せめてもの口づけを……と歩みを進めるが、イリヤは足の痛みに引かれ転んでしまう。だが、それでも立ち上がろうともがく……。

 

 大剣を杖のように突き立ち上がる”アサシン”。そのそばに、息を切らした一方通行(アクセラレータ)が歩み寄った。

 

「ハァ……ックソ、完敗ってか?」

「否。此度の死合で彼奴の力の限界、奥義の多くを垣間見ることができた。遺されたものは大きかろう」

「そォかい……。あァ、今ァあの三下じゃねェンだったな」

 

 ”アサシン”は状況を振り返る。

 あれはクロとほぼ同じ力を持った存在だ。真名はともかく、奴の多くは探れただろう。この肉体を使っている間上条の記憶は無いが、他の者が記録し伝えてくれるだろう。それにより、ある程度の戦略を立てることは可能だ。

 だが、あの調子だと肝になってくるのはクロの存在だ。フュンフツェンアーチャーは時折クロへの執着を見せる。それは類似存在の感応現象か、或いは一騎打ち願望か。だがクロは今のままではフュンフツェンアーチャーには遠く及ばず、ドライツェンアサシン戦で負った背中の傷も随分足を引っ張っている。フィルツェンバーサーカーのカードは試していないが、そう良い効果は出ないだろう。

 今後、クロがどのように思い、どう力を鍛えるかで、勝敗は決まる。

 

「幼子に戦いを強いる、か……世の条理とはまこと残酷なもの、よ────」

 

 そう呟いたところで、”アサシン”の意識はプツンと途切れた。




ボキャブラリーの無さに苛まれるヨ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Spell21[背面の痕 Scars_of_the_Deep_Night.]

お久しぶりでございます
ちょっとね、水星の魔女とかいうドデカコンテンツに浮気していましてね


 フュンフツェンアーチャーとの邂逅から、暫く。

 

 ある休日の昼前、上条当麻は自身が寝泊まりしている士郎の部屋に幽閉されていた。だが、彼がそれ程に重い罪を犯した訳ではない。隣には部屋の主である衛宮士郎が、神妙な顔であぐらをかいている。今、彼らがここから出ることは許されない。今のアインツベルン家リビングは男子禁制、少女の服を剥ぎ、故にこそそこに刻まれた傷に触れ、説教が行われているのだった。

 

 リビング。休日ということもあり──また事の重大性を踏まえ、アインツベルン家に住まう女性陣の全てが集合していた。イリヤ、クロエ、母親たるアイリスフィール、メイドのセラとリーゼリット、そして家庭教師として住み込んでいる久宇舞弥。重苦しい空気の中、全員が眉に皺を寄せていた。

 リビングテーブルに置かれたシャツと下着(ブラジャー)。クロエのものだ。そんなテーブルを前にクロエは両手で胸を覆い隠し、跪いている。その背後に立ち、セラが手に持った包帯の長さを調節している。

 ……イリヤとクロエは、忘れた訳ではなかった。ドライツェンアサシンとの戦闘で、クロエが背中に大きな一文字傷を負ってしまったことを。回復能力を持つフィーアキャスターのカードを上里翔流に奪われたことを。──故に治療ができず、フュンフツェンアーチャーとの一戦で傷が開いてしまったのだ。クロエも魔力で体を維持しているサーヴァントの亜種のようなものだ、傷の治り自体は早いが、それでも背中についた大きな傷は家人全員の目を引いた。

 いつもは二人を甘やかすメイドのセラとリーゼリット。しかし今回だけは、今まで二人が見たこともないような怒りと困惑の表情を浮かべていた。

「……改めて聞きますけど、クロエさん。この傷はどうしたんですか」

「その……人に言えるようなことじゃなくて……」

「もう通用しませんよそれは。全く、こんな大事になって」

 クロエは弱々しい眼差しでリーゼリットを見上げる。しかしリーゼリットも、何よりクロエ達の健全を案じていた。故に彼女も、今はセラの側に立っている。

「正直に話しなよ」

「リズ……」

 呆気なく突き放され、クロエは俯く。事情を知っているイリヤはなんとか二人からクロエを庇おうとするが、根拠のない主張は相手の神経を逆撫でするだけだった。

「お、お願い! セラ、リズ、信じて! クロは誓って、怪しいことなんかなんにも……!」

「だから、分かってるんですからね! 気づかないとでも思いましたか? 家族に黙って、深夜に家を出て行っているのを! 当麻さんも……あの人もです! 男子高校生が、女子小学生を夜な夜な連れ出して何をしているのかは知りませんけど──」

 そう言って、セラはクロエに包帯を巻く。斜めに入った傷に沿うように、肩から脇腹へと包帯を伸ばし巻きつけていく。その間に、端に立っていた舞弥が口を開く。

「……申し訳ございません。イリヤちゃんの部屋に寝かせてもらっている身でありながら、みすみす……」

「本当です。奥様の縁だか何だか知りませんけど、これ以上何かあったら契約は解除しますからね」

「……返す言葉もございません」

 冷静で、優しかった舞弥が、弱々しく頭を下げている。……この現状を作ったのは、自分達だ。夜な夜な黒化英霊(サーヴァント)に立ち向かい、傷ついて帰ってくる。魔術の秘匿はこの世界の基本原則ではあるが、それによって家族の心を傷つけ、家族からの信頼を無下にしてしまっている。勿論、直接的な原因はドライツェンアサシンの一閃だ。だがイリヤ、そしてクロエは、しでかしてしまったことの罪悪感に胸を締め付けられて、たまらなかった。

 セラが包帯を巻き終わる。すると彼女は立ち上がり、覚束ない足取りで後ずさる。

「ああ……どうしてこんな、不良に育ってしまったのかしら。私は何を間違えたと言うの……?」

 口を押さえ、決壊するように泣き出すセラ。双子同然のリーゼリットはイリヤとクロエを尻目に、セラの肩を抱き慰める。

 イリヤとクロエは、絶望していた。自分達の罪を否認する訳ではない。むしろ彼女達の言うことは最もだ。魔術の秘匿よりも大切なものだ。だが、それでも……もう一人の母親も同然に育ててくれたセラに「不良」と吐き捨てられ、我が家に居場所を無くしてしまったように感じたのだ。

「二人は、そっとしておきましょ。私からも話があるから、部屋に来て。舞弥さんも」

 アイリスフィールに先導され、三人は彼女の部屋へ向かう。彼女は──というより、アイリスフィールと舞弥は──イリヤ達の戦いのことを知っている、数少ない人物だった。だからこそ、セラとリーゼリットの前ではできない話が、山ほどあるというものだ。

 だが、決してイリヤ達の味方をしている訳ではない。アイリスフィールが浮かべる表情は、セラやリーゼリットのそれと何ら変わりなかった。

 

 あの後、上条もアイリスフィールのもとへ呼び出され、部屋には五人が揃った。いずれも、魔術世界を知っている者達だ。アイリスフィールは、舞弥は、イリヤ達三人が何と戦っているかも知っている。

「まず……傷は大丈夫なの?」

「うん、ちょっと最近魔力を使いすぎてて、治癒に回せてないけど……補給さえできれば、なんとか」

 ぶるっ、とイリヤが震える。クロエに魔力を供給するというのは、つまりそういうことなのだが……それ自体は大した問題ではなかった。

 アイリスフィールの顔は、依然暗い。この場では彼女の権力が一番強い。彼女をマダムと慕う舞弥も、何も発言せず縮こまっている。

 静寂を破り、アイリスフィールが口を開いた。

「私は、あなた達がどんな敵と戦っているのか知ってる。舞弥さんもね。それに、敵がどれほど恐ろしいかも……。でも、あなた達は強かった。傷一つ負わずに、朝には晩と変わらない元気な姿を見せてくれた。だから、あなた達を許していた」

「なら──」

「でもね。自分の身を危険に晒すようなら、話は別よ。もしあなた達が大怪我をして、今回は隠せてたかもしれないけど隠せなくなって、みんなにバレて……そうしたら、どうなると思うかしら。どれだけの人に迷惑がかかると思う? それに、魔術秘匿の原則は?」

 誰も言葉を返せない。彼女の言葉は至極真っ当だ。だから、イリヤ達はそれを黙って聞いているしかできなかった。同時に、家族をここまで不安に叩き落としてしまった自分達の弱さを痛感してもいた。

「こうなってくると、あなた達を行かせるわけにはいかないわ。……それもそうよね。命のかかっている戦いに、あなた達は未熟すぎる。これからは、エーデルフェルト邸の人達……そうね、一方通行(アクセラレータ)にでも任せるわ」

 それを聞いて、いても立ってもいられず立ち上がったのは、家族会議の発端でもあるクロエその人だった。

「ちょ……ちょっと待ってよ! 敵の黒化英霊(サーヴァント)はあいつで最後なのよ!? あいつだけは、私が倒さなきゃ……! それに、あの人はまだ黒化英霊(サーヴァント)の攻撃に能力を適応しきれてない、あの人だけじゃ──」

「どの口が言ってるの!!」

 カッ、とアイリスフィールの怒号が飛んだ。イリヤでさえ初めて聞くような声色だ。喝を受け、クロエは口をつぐんだ。アイリスフィールは言葉を続ける。

「誰が、自分の娘に死んでほしいなんて思うの? この調子で続けてたら、そう遠くないうちにやられるわ。あと一騎だとしても──いいえ、あと一騎だからこそ、心配なのよ。だって今まで、取り逃したことなんてなかったんじゃないの?」

 あ、とイリヤが気づく。これまではどれほど苦戦しようと、その夜のうちに撃破できていた。だがフュンフツェンアーチャーは違う。戦闘力も、知性も、何もかもがこれまで以上だ。そして、そんな相手に敗北を喫したのだ。殺されても、おかしくなかった。

「私は誰にも死んでほしくないだけなのよ。勿論、当麻くんにも。もしあなた達が死んでしまったら、私は……いえ、そんなこと想像すべきじゃないわね……」

 そう言って、アイリスフィールは俯いた。彼女の言葉を引き継ぐように、今度は舞弥が口を開く。

「私も……マダムの意見に賛成だわ。危なすぎる」

「先生まで……!」

「いい? 私はあの時、一方通行(アクセラレータ)の襲撃を受けて……恐怖を感じたの。死の恐怖よ。どんな強者だろうと、あの状況に置かれれば恐れるというものよ。あなた達が身を置いているのは、そういう戦場なのよ。……死の恐怖を感じたことがない、なんて言わせないわ。仮にそうだとしたら、余計に行かせるわけにはいかない」

 その通りだ。コスプレイヤーのごっこ遊びなんかじゃない。生きるか死ぬかの殺し合いなのだ。

 イリヤは思い出す。クロエが倒れ、ドライツェンアサシンが迫ってきたあの瞬間の恐怖を。声に漏れるの威圧感。震える足……。ではなぜ、そんな思いをしてなお未だ戦場に身を置くのか。……きっと、麻痺していたのだ。死の恐怖は、常にそこにあった。故に、それは何ら異常ではなくなってしまったのだ。

 イリヤとクロエが上条を見上げる。年長者として、縋り付かれている。プレッシャーに押されながらも、上条はアイリスフィールに告げる。

「……分かりました。エーデルフェルト邸の連中と、話をしてきます」

 その言葉を聞いた瞬間、アイリスフィールの頬が緩んだ。もう死の危険に晒されることはない、分かってくれている、と、安堵したのだ。娘達を大切に思うからこそ、彼女は怒った。それは母親として至極真っ当な態度であり、クラスカード回収の意義さえ彼女の前では些事にすぎなかった。だって、娘達が無事なのだから。誰も、彼女の怒号を諫める権利は持っていなかった。

 ギリ……と、上条は奥歯を噛み締めた。

 

「当麻くん、最近元気ないですよね」

 平日の昼時。机でパンを頬張っていると、隣で手作り弁当を食べていた桜が声をかけてきた。

「大丈夫ですか? 新しい学校に慣れなかった、とか……」

「別にそうじゃねぇんだけどさ……最近、色々あって……」

「……ああ……そう、ですね。確かにこの辺りも、最近物騒で。殺人鬼騒ぎだなんて……」

 桜の言うことは、奇しくも上条の不安に近しいところを突いていた。思えばあのアサシンとの戦いがターニングポイントとなって、日常が狂っていってしまったように感じる。実際に被害が出た、小学校の方は尚更だろう。そんな中で、桜は以前と変わらない笑顔を見せてくれている。恋愛的な感情ではないが、今の上条にとって桜は心の平穏を保つのに欠かせない存在となっていた。いつもパンを食べているのを見かねて、時折弁当を作ってきてくれたりもする。彼女が隣の席でよかった、と上条はつくづく思う。

 と、上条は桜を見つめる。最近の情勢を憂んではいるが、その表情の慈愛が欠けることはなかった。

「? どうしたんですか、当麻くん? 恥ずかしいですよっ」

「ああ、いや、別にそんな気は──」

 そこで、彼は気づいた。箸を握る彼女の右手。その甲に、赤いマダラ模様が浮かんでいたのを。……幻想殺し(イマジンブレイカー)で敵をぶん殴ると言う仕事柄、手の甲が内出血を起こし痣ができることがある。ジワリと滲み出るような普通の痣とは違い、手の甲は皮膚と肉が薄く、赤い斑点が浮き上がるように痣ができる。桜のそれには、そういった様子が見てとれた。つまり……強い衝撃を受けた末の内出血の痕だ。

「間桐、ちょっと、右手見せてみろ」

「右手、ですか? ──あっ」

 桜はおもむろに箸を置き、右手を隠すようにした。その反応はやましい事情がある証拠だ。だが上条は、それがどういった事情であるのか何となく察した。

「……兄貴か?」

「……」

「"答えは沈黙(図星)"、ってか。クソ、あの青髪ワカメめ……」

 上条は無意識に拳を握る。あの憎たらしい態度の兄、間桐慎二……。まともに会ったことこそ少ないが、その少ない邂逅の中で彼の悪意は全て見通していた。いや、全て慎二から滲み出ていたのだ。僕はこう言うことをやりますよ、とでも言いたげな態度。実際の行為のみならずそんな態度自体も、上条は気に入らない。

「でも、いいんです」

 しかし当の被害者である桜は、まるで慎二を守るかのような言い分を繰り広げた。

「私は、あの人の妹です。である以上、兄を見習うべきなのは当然だと思うし、それで私がヘマをしたら叱られるというのは、至極当然だと思います」

「でも、自分の家族を、こんな……」

「家族って言ってくれるだけ、兄さんにはありがたいと思ってるんです……」

 そう主張する桜に、上条は悪い傾向を見た。……桜は、慎二に依存している。いくら暴力を振るわれても、無下に扱われても、自分を間桐桜たらしめる存在として兄を許している。そう思う根底にどんな暗い過去があるのかは知らないが、故に彼女は兄に全てを許してしまっている。暴力はまるで日常のように、このままでは悪化の一途を辿り、挙句にはその貞操さえ……。

 上条は強く目を瞑る。しぱしぱと瞬きをする。……変なことは考えるな。ただでさえ最近は気が滅入っているのだ、日常の拠り所・象徴でもある彼女を、己の杞憂で穢すわけにはいかない。

 彼女には……今のままの彼女でいてほしい。

「そう、か……」

 納得はいっていない。だが上条は、そう返すしかなかった。彼女がそう主張し、望むのなら……赤の他人である上条が、それを否定する権利はない。変に口を出して、人ひとりの人生を歪める度胸も……ない。

「(契約者よ)」

 ふと、頭の中に声が響く。上条の中に取り込まれた英霊、アサシンが語りかけたのだ。

「(じいじか。どうした?)」

「(我は汝と肉体を同じくし、汝の記憶も我が物と等しい。故に、問おう。(さくら)と見初めたあの日……()()()()()()()()()のだ?)」

 ……そういえば、そうだ。あの後の慎二の件ですっかり忘れていたが、あの握手で、右手は"何か"を消した。せめて握手の時だけは、と手袋を外したせいだ。右手が発動したということは、つまり彼女には何らかの異能の力がはたらいているということになる。少なくとも、あの瞬間はそうだった。彼女の肉体自体に作用する何らかだ。

 だが……、

「(……いいんじゃねぇかな、別に。仮にこいつが魔術師だったとして、能力者だったとして……あのアサシンみたいに、実害が出てるわけじゃない。だから……いいよ。それがこいつの日常だっていうんなら)」

「(……)」

 アサシンが頭の中で唸る。煮え切らない、あるいは上条の意見には賛同しかねる、そんな意思を感じた。だが……アサシンはそれからすぐ、上条の頭の中から消えた。アサシンにとって今の上条は主君(マスター)だ。上条が桜の意思を尊重するように、アサシンも主たる上条の意思を尊重する。その義務がある。

 上条は、ある種の現実逃避を見せたのだ。上条はこれ以上、日常を失いたくはなかった。殺伐として、陰鬱とした戦いの日々において、上条にとって今や桜だけが縋り付くべき日常の象徴だったのだ。行動原理は慎二についてのことと同じだ。余計な口出しをして、この関係を崩したくない。それが全てだった。だから彼女が家庭内暴力を受けていようと、彼女が魔術の徒であろうと、上条にとってはどうだっていいのだ。特に考えさえしなければ、桜はただ隣の席で笑顔を振り撒く穂群原のマドンナのままでいてくれるのだから。

 ……ふと、上条は桜の顔を見つめる。

 桜は、優しく微笑んでみせた。

 

 放課後、一同はエーデルフェルト邸に集まり、今後の活動についての会議を行うことになった。上条達に加えて凛達魔術師メンツ、執事のオーギュスト、一方通行(アクセラレータ)、そして普段はこう言った集まりごとには顔を見せないバゼットもいた。それほどに事態は急を要した。アインツベルン家での家族の反応や、ドライツェンアサシンの殺人騒ぎ、更にはフュンフツェンアーチャーが野放しときた。魔術秘匿の原則上、この状況を放置していたら最悪魔術世界全体に悪影響が生じる可能性だってある。故に早急に、対策を立てねばならなかった。

 上条はまず、アインツベルンの人々の反応を皆に伝えた。魔術とは縁のないメイドの二人に強く不審に思わせてしまったこと、上条達の活動を存じているアイリスフィールと住み込みの家庭教師でさえ事の重大さと危険性を危惧し今後の活動を制したこと。そしてクロエの傷が完治していないこと……。

「で、殺るならオレに殺らせろ、って言いやがったワケか。光栄なこった」

 一方通行(アクセラレータ)はソファに横たわり、気だるげに話を聞いている。彼とアイリスフィールの双方とも、初対面時の因縁をまだ根に持っているのだろうか、といった態度だった。しかし実際、一連の行動の主導権は一方通行(アクセラレータ)にはない。「別に、勝手にしやがれ」そんな主張が態度から滲み出ていた。流石は学園都市暗部、仕事人の振る舞いだ。

 と、テーブルに資料を並べ思案していた凛が口を開く。

「そう言ってもねぇ。敵はあと一騎、一度は交戦してるわけだし……。そいつの投影剣、その……ベクトル変換とやら、できたんでしょ? 何とかならないの?」

「知らねェよ」

 一方通行(アクセラレータ)は目さえ合わせずに返す。

 続いて声を上げたのは、イリヤだった。

「私は……自分がどうしたいのか、正直分からなくて。倒さなきゃいけないのは分かってるんです。でも、それでリズとセラと、お兄ちゃんと、ママが悲しむのは嫌だし……」

「そこが問題よね……」

 一同、頭を抱える。ああいう状況になると監視の目が強くなるので、抜け出すことは難しくなる。可能性があるとしたら、正面から許諾を受けに行くしかないが、あの様子では……。

「……じゃあさ、全員で行くってのはどうだ? ほら、最近はローテーションで敵と戦ってただろ。動きづらくはなるかもしれないけど全員で戦いに行くんだ。そうすれば一人一人の負傷率も減るかもしれねぇし、アイリさんも……」

「正面から言いに行くわけ? 行かせてください、って?」

「それしかねぇだろ? 少人数じゃ正気が薄い、それはこれまでの戦いでうっすら分かってたことだろ。なら全員でよ……」

「でも……あんなに怒ってたのに、ママ、許してくれるかな」

 上条は言葉に詰まる。許してくれるかといえば、その可能性は低いだろう。だが、低いなら低いなりに、主張しなければいけない。そうでなければならない理由があるのなら、誠心誠意訴えればその思いは通じるはず。アイリスフィールは賢い人だ。だからこそ、自分達の意思を汲んでくれる、と上条は思ったのだ。

「私は、」

 小さく、か細い声が響く。その主は、クロエだった。

「あいつと、また戦わなきゃいけない。この私が」

 そう、クロエは言う。……クロエの中には、まだあの言葉が焼きついたように残っていたのだ。フュンフツェンアーチャーが語りかけた、あの言葉が。”今回は退く。傷を癒やし、力を蓄え、私と拮抗し得ると確信した時に、また此処に来ると良い”……。あの黒化英霊(サーヴァント)は、クロエと同じ力を持っている。クロエは直感したのだ。”運命”だと。奴と戦うことで自分の中の何かが変わる、そんな気がしたのだ。

 ある種の、ケジメでもあった。今のクロエの中には、それが大きな存在感で鎮座していた。

 ……真に迫る言葉は、強い力を持つ。クロエの言葉は、まさにそれだった。

 

 その後、上条達は年長者メンツを引き連れ、アイリスフィールに直談判しに行った。そこで、これまでの戦いの全てを語った。前線に出るメンバーはローテーションで変わっていたこと。故に、クロエのような負傷のリスクも高かったこと。だからこそ、全員で戦う方針に変えれば互いに補い合い負傷を最低限に抑えられるであろうこと。そして……ローテーションの方針を主導したのは上条であった、と言う嘘を。子供達に責任はない……そう訴えることが、年長者としての務めだと上条は思ったのだ。

 アイリスフィールは、眉をひそめていた。それもそうだ、あれだけ釘を刺したのにまだ性懲りもないとは。……だが熟考の末、アイリスフィールは渋々頷いた。アイリスフィールにもイリヤ達を信じたい気持ちはあった。どれほど恐ろしい敵か分かっているからこそ、どれほど大切な戦いかも分かっていたのだ。殺されかねない相手に、理由もなく突っ込んでいく訳がないのだから。

 メイド達に説明する名目としては、お泊まり勉強会ということになった。貴族たるルヴィアがいればイリヤ達が非行に走ることはない、そういう理屈だった。実際は、ルヴィア達こそがクラスカード巡りの主犯でもあるのだが……。その説明を聞いて、セラは安堵したという。同時にリーゼリットにも、いつものだらけが戻りつつあったとか。

 だが実際に行うのは、勉強会ではなく戦闘訓練だ。イリヤ達に欠けている力と精神を培い、負傷の心配さえない万全な状態でフュンフツェンアーチャーを倒す計画だ。メイド達に伝える名目、とはそういうことだ。この計画に、アイリスフィールは反対したい気持ちがありながらも、賛同した。アイリスフィールは何より、子供達を信じていた。子供を叱るのも、愛あっての行為だ。だからこそアイリスフィールは、この修行でイリヤ達は強くなれる、そして確実に黒化英霊(サーヴァント)に打ち克つことができる……そう考えたのだった。

 だが、もし前回よりも負傷がひどかったり、敵を倒せなかったとしたら、その時は──とアイリスフィール伝えた。当然、それも上条達は承知していた。だとしても上条は、あいつらなら強くなれる、勝てる……そう信じていたのだ。子供達を愛するアイリスフィールに同じく。

 

「投影魔術は使えませんぞ」

 エーデルフェルト邸のエントランスホール、外界から魔術的に隔離したこの孤立空間で、オーギュストは宣言する。ホールの中心にはクロエとバゼットが立っている。初めて会った時にも戦った、因縁の相手でもある。手元には木を彫って作られた模擬刀。サイズはちょうど、クロエのメインウェポンである干将・莫耶と同じほど。と言っても、ほぼ木刀のようなものだ。その様子をイリヤや上条達が傍で見守っている。

「投影魔術は、武器のみならずその武器の本来の保有者の記憶──戦闘技術さえも投影する。それではいけません。自らの剣技で戦えるようになる、それが鍵でございます。即ち──自分だけの武器」

 バゼットを前に、クロエは落ち着けずにいた。フュンフツェンアーチャーとの戦いで、自分の剣の腕への不信感がついたままなのだ。剣を振るうことへの不安さえ感じている。ましてや実戦では……。一方のバゼットは、模擬刀のグリップをクルクルと回し、ウォーミングアップをしている様子だ。クロエと異なり、こちらには落ち着きと僅かな余裕を感じる。

「では、私は干渉しません。お二人とも、お好きなタイミングで始められて、どうぞ」

「クローっ、がんばれーっ!」

 イリヤの声援が響く。応援されるのならば、それに応える義務があるが……。

「さあ、クロエ・フォン・アインツベルン。いつでもかかってきなさい。何なら、こちらから仕掛けましょうか」

 クロエは答えない。今の彼女は、マインドを戦闘モードに切り替えるので精一杯だった。……背中には未だに傷の違和感と、包帯の締め付けを感じる。全快とは言い難いが、あくまでこれは模擬戦だ、と自分に言い聞かせる。

 ──意を決し、クロエは駆け出した。剣の間合いでは、僅か大股一歩が生死を分ける。バゼットの問いに返答せず突撃したのはある種の不意打ちでもある。先に動いた分、クロエに分があるように思える。……だが、バゼットはクロエよりも遥かに優れた──封印指定執行者としての観察眼が備わっていた。クロエの脚の筋肉の蠢き、模擬刀を握りしめる拳の強張り、誰も気づかないような細かな予備動作を認識し、クロエが向かってくることを十分に察していた。この状況下でならば、弾丸だって避けられるだろう。

 クロエは右腕を振りかぶり、模擬刀を振るう。それをバゼットは僅かなステップで躱してみせる。何度も、何度も、クロエは模擬刀を振りかぶる。クロエとてクラスカードを核に生み出された半サーヴァントであり、その剣戟もまた人間離れしていた。だがそれに対しバゼットも的確に模擬刀を構え、防ぐ。いくらクロエが人間離れしているといっても、その体格はバゼットの方が幾分か上だ。それに伴い、筋肉の量も実際バゼットの方が多い。模擬刀を振るう際のエネルギーも、より効率よく消費できる。だからこそバゼットは最短の動きで、的確な位置に模擬刀を()()、クロエの斬撃を防ぐことができるのだ。

 その様子を見る観客達……。皆クロエを応援したいだろうが、クロエの劣勢は傍から見ても一目瞭然だった。双剣で戦うというクロエのスタンス上、一刀はあまり扱い良いものではないのかもしれないが、それにしても……な印象をクロエの剣戟に感じる。暗部として戦闘のプロでもある一方通行(アクセラレータ)に言わせれば、”無駄が多すぎる”。脇下を自ら晒すような大振り、跳ねるような足踏み、大地を揺さぶられているかのような胴体の揺らぎ……どれも戦場では避けるべき”余分”だ。一方通行(アクセラレータ)やバゼットのようないわば”仕事人”には、効率的な戦闘行動が要求される。その技術を身につけるにあたって、クロエのそれは真っ先に排除すべきものだった。

「弱い──」

 そう感じたバゼットは、クロエの大振りの隙を突き、脇腹へと軽い一撃を入れる。攻撃を受け流せる体勢ではなかったクロエはその一撃で体が大きく揺らぎ、剣戟を止める。

「どうしました? まだ一発小突いただけですよ」

「なんの……っ!」

 クロエはすぐに気勢を取り戻し、バゼットに向かう。そして、模擬刀を振るう。一見それは同じような大振りに見えたが、バゼットには違いが分かった。これは大振りよりも更に大振り……激しく体そのものを動かし、バゼットを撹乱しているのだ。確かに体格や筋肉ではバゼットに分がある。だが逆に言えば、クロエはその小柄を活かせればいい。小さい体を更によじり、屈め、相手の攻撃の隙間を縫うように躱すことで、攻防を有利にするのだ。

 クロエの作戦は、的確に機能した。バゼットは動き回るクロエに合わせて模擬刀を置きにいくので、それまでの精密な動きがブレてきていた。クロエはその隙を突き、バゼットの膝を砕く。

「ぐっ……!」

 意識外からの攻撃に、バゼットは一瞬膝をつく。クロエはその僅かな一瞬を逃さなかった。僅かな時間にクロエは加速し、バゼットのついた膝を足場に跳び上がる。クロエの体重が膝にかかったことで、バゼットは更に姿勢を崩す。跳び上がったクロエは空中で模擬刀を大きく振りかぶり、振り下ろす構えを取った。重力に乗せた一撃は大きな破壊力を伴う。

 だが、それこそ無駄な動きだった。バゼットにとっては、跳び上がったクロエが重力で着地する程度の時間があれば、体勢を立て直すには十分だったのだ。バゼットはクロエを見据えつつ、無事な方の脚を軸に旋回し、模擬刀の攻撃範囲から脱出する。

「なっ──」

 そのまま模擬刀を振り下ろしたクロエの背後には、旋回し姿勢を起こしたバゼットがいた。死角である背後から、バゼットはここぞとばかりに大きく模擬刀を振りかぶる。クロエは慌てて模擬刀を背後に回し、相手の刃を防ぐ位置に置く。

 バゼットは旋回の遠心力をそのままに、クロエのうなじ目掛け模擬刀を薙いだ。クロエは間一髪で横薙ぎを防いだが、それはただ模擬刀の進路を妨害しただけであり、攻撃を無力化したとは言えなかった。防いだ模擬刀を通してバゼットの斬撃の圧力がクロエにも伝わり、前方へ吹き飛ばされてしまう。

「きゃあっ……!」

 イリヤは思わず叫び、目を覆う。傷を負った、というほどのダメージではないが、クロエは床に倒れ伏してしまう。

「はぁ、はぁ……」

 息が上がる。体を仰向けに起こすだけでもかなりの力を要してしまう。一方でバゼットは息が上がった様子はなく、かろうじて汗が一滴垂れているだけだ。そして、クロエに向けて模擬刀を構え、警戒を解く様子はない。

「はっ、テンカウント前に立ち上がりましたか。ならまだギブアップではないでしょう? さあ、来なさい。──来い!」

「っ……あああッ!」

 クロエは叫び、再びバゼットに飛びかかった。ふらつきながらも、果敢に立ち向かう。

 クロエの剣戟は焦りからか、先程よりも精密性を失っていた。力任せに棒を振り回している、とも見えた。当然隙だらけで、バゼットはことあるごとに模擬刀でクロエを小突く。それを防げないほどにクロエの動きは大雑把で、また防ぐ余裕もないようだった。クロエの動きは、一見疲労を感じさせるものではなかった。動きの俊敏さ、斬撃の鋭さは据え置きだ。だが達人の目線で言えば、十分に動揺が表れていたのだ。そして、フュンフツェンアーチャー、そして黒化英霊(サーヴァント)とは……皆、人の域を超えた達人であると心得なければならない。

 つまり──今のクロエのそれは、とてもフュンフツェンアーチャー相手に敵うものではない。

「ぬるい! さあ、もっと殺す気概でかかってきなさい! 敵は手加減などしてくれませんよ!」

 バゼットが挑発する。それで堪忍袋の緒が切れたのか……クロエは、動いた。

 クロエはそれまでの剣戟をそのままに、模擬刀を振るう一方で、その脚を大きく振り上げた。バゼットは咄嗟に肘で蹴りを防ぐ。それを境に、クロエは攻撃に格闘を織り交ぜてきた。剣を武器にするという固定観念を打ち破り、あえてパンチやキックを用いることで相手の不意を突く。そうすれば実質的にはクロエの攻撃の種類が増え、その分相手は対策を余儀なくされる。また、両手の他に両足も使うようになるので、単純に手数も増える。相手を上回る攻撃の勢いで攻勢に出る。そうクロエは奮っていた。

 だが……、

「甘い!」

 いくら戦法を増やしたところで、今のクロエに扱えるものではなかったのだ。ましてや相手は格闘戦のプロ・バゼットであり、そこに徒手空拳の格闘を仕掛けるのは、はっきり言って悪手であった。

 バゼットは初めこそ不意を突かれたものの、すぐにクロエの行動パターンを学習し、対応を可能にした。特にクロエの戦装束は脚が大きく露出したものなので、クロエが蹴りを放つと考えたのなら脚の筋肉もそれに応じて大きく動く。あとはそれまでと同じ。クロエの全身に注目し、筋肉の動きから攻撃を予測し回避する。それだけの話だった。

 案の定、クロエは再び押されていた。行動パターンや筋肉の動き云々以前に、クロエの技術は単純にバゼットと張り合える領域にない。クロエを鍛える模擬戦なのだからクロエよりも強い相手を置くのは当然だ。問題はそこから成長し、一矢報いることができるかどうかなのだ。……クロエには、それができなかった。

「……弱い。これまでよく、生き残ってこれたものです」

 ぽつり、とバゼットはつぶやいた。それは挑発ではなく、この模擬戦を経て感じたクロエへの評価だった。悪気のない純粋な講評。……だがクロエには、その言葉が己が心に深く突き刺さり、抉る意思を持っているように感じられたのだ。

「……ッ!!」

 クロエは思い切り模擬刀を振った。当然、バゼットの模擬刀によって防がれる。しかし、バゼットの言葉を受けたためか……全力で振りかぶったそれはバゼットの模擬刀と激突した瞬間、真っ二つにへし折れた。それこそ、バゼットの意表を突くものだった。ずっと模擬刀を打ち合っていたし、今だって単純に評価を申しただけだったので、まさかここまでの馬鹿力を発揮してくるとは思わなかったのだ。

 するとクロエは、へし折れ宙を舞う模擬刀の断片を左手で掴み、そのままバゼットの側頭部を打った。

「かはっ……」

 脳を揺さぶられ、一瞬バゼットの全身が無防備になる。これをクロエは逃さなかった。バゼットがふらついた隙にその腹をクロエは蹴り、バゼットの体勢を崩す。筋肉を十分に動かすことができず、バゼットは尻餅をついてしまう。そこへ向かって、クロエは飛びかかった。折れた模擬刀の断面──木材が尖り、容易に人体を突き刺し得るであろう凶器を突きつけて。

「クロっ!」

 模擬戦の前提を無視した暴力的行為に、イリヤは思わず叫ぶ。が、クロエはそんなイリヤの言葉を聞きもせず、バゼットへ向かう。クロエはバゼットを覆い被さるように乗り上げ、模擬刀の断面を首に突き立てる。──しかし、断面の先端がバゼットの喉に突き刺さる直前で、クロエは静止する。自分の首にも感じる、冷たい感触。バゼットは尻餅をついた衝撃で我に返り、手に持った模擬刀をクロエの首に突き立てたのだった。クロエのものと違い、こちらは確かに切先が喉に接触している。

「……(リーチ)を余らせている分、いつでもあなたの首を貫けます。勝負はここまで、ですね」

 バゼットはクロエの喉を模擬刀で押し上げ、覆い被さる彼女の体を押し除ける。ぐえ、と空気を吐き咳き込むクロエ。バゼットはその様子を尻目に、役目を終えた模擬刀をオーギュストに引き渡す。

「いかがでしたか」

「……心身共に、黒化英霊(サーヴァント)と戦えるレベルにはありません。同じ魔術を使うというフュンフツェンアーチャーには、到底敵わないでしょう。ドライツェンアサシンにつけられた傷をまだ気にしている可能性もありますが──」

「クロ、駄目っ!」

「何!?」

 イリヤの叫びを聞き、バゼットは思わず振り返る。すると、折れた模擬刀で二刀流になったクロエが、既にに武装解除したバゼットに向かってきているではないか。もはや、なりふり構っていられないということか……。

「待て! 模擬戦はもう──」

「うるさいっ! 殺す気概でかかればいいんでしょ!? なら……っ!」

 クロエは二本になった模擬刀をバゼット目掛け振るう。その剣舞は……双剣を投影し、敵に向かっていくそれと同じものだった。バゼットを敵とみなし、確実に殺しにかかっている。しかも双剣という、自分に有利な状況を作り出した上で……。

 ……だが、有利な状況にあるのはクロエだけではなかった。

 クロエは目にも留まらぬ剣舞でバゼットを襲うが、バゼットはその全てを軽くいなしてみせる。今のバゼットは模擬刀を返却し、一切の武装をしていない。……バゼットのメインウェポンは()だ。それにクロエが持つのは所詮模擬刀であるから、刃を受けないように立ち回る必要すらなかった。バゼットはクロエの斬撃を軽々と躱してみせ、格の違いを思い知らせる。が、クロエは止まらない。これ以上続けてはクロエのためにもならないと判断したバゼットは、左右の拳を一発づつ放ち、振り下ろされるクロエの模擬刀を弾き飛ばす。そして無防備になったクロエの胸の中心に手のひらを添え……ズドン。腕の筋肉のバネを最大限に用いた超至近距離(ゼロインチ)の掌底を放ち、クロエを吹き飛ばした。

「がァッ……!?」

 地面を転がるクロエは胸を抑え、激しく呼吸を繰り返す。喉を動かすことさえままならないようで、口の端から唾液が垂れてしまっている。その様子を見兼ね、イリヤと美遊、上条がクロエに駆け寄る。

「クロ! 大丈夫? クロっ!」

「落ち着け、深呼吸するんだ!」

「はっ、はっ、はっ、はっ……はぁっ……」

 イリヤに背中をさすられ、呼吸を繰り返すことでなんとか正常な呼吸を取り戻したようだった。クロエが落ち着いたのを見て、上条はバゼットを見据え立ち上がる。

「おい、バゼット! いくらなんでもやり過ぎだろ!」

「いえ、妥当な”躾”です。彼女は周りが見えなくなっていた。喝を入れたに過ぎません」

「けど、これじゃあまりにも──」

「甘ェんだよ、三下」

 そう上条に突っかかってきたのは一方通行(アクセラレータ)だった。彼だけではない。バゼット、オーギュスト、凛、ルヴィア……上条以外の年長者メンツ全員が、クロエの自業自得だとでも言いたげな目を向けている。

「模擬と実戦の区別もつかねェよォな馬鹿が、黒化英霊(サーヴァント)とまともに戦えるわけねェだろォが。背中の傷ってェのが痛むンだかなンだか知らねェが、要は焦ってンだよ、そいつは」

「けどよ……っ……くそっ」

 上条は何も言い返せなかった。上条でさえ、クロエの焦りは見えた。それほどに今のクロエは焦燥していたのだ。フュンフツェンアーチャーへの対抗意識か、あるいはバゼットの挑発に対する憤慨か……。いずれにせよ一方通行(アクセラレータ)が言いたいのは、”その程度のことで気持ちが揺らぐのは戦場では論外”だということだった。それは上条のみでなくこの場にいる全員──イリヤや美遊でさえ、納得できてしまった。不本意にも、クロエでさえ。。

「……いい加減頭ァ冷やせ、ガキが」

 そうぶっきらぼうに吐き捨て、一方通行(アクセラレータ)は立ち去っていく。その背中を、クロエは親の仇であるかのように睨みつけ見送った。

 

 イリヤ達は、夜もエーデルフェルト邸で寝泊まりしていた。そうすれば、いつ黒化英霊(サーヴァント)との戦いに赴いてもアインツベルン家の人間が気づくことはないからだ。とはいえ、一日特訓しただけでは不十分だ。なので、アインツベルン家に伝えた合宿日程をギリギリまで特訓に費やした。実践のみならず、理論的なことまで。そうやって学びを重ねているうちに、残り二日といったところまで来ていた。今晩寝て、次の夜にはもうフュンフツェンアーチャーとの決戦だ。力を蓄えるため、今晩は尚更しっかり休む必要がある。

 ……だが、イリヤは暗闇の中目を覚ました。遮光カーテンが月光のことごとくを遮断している。いくら目が暗闇に慣れても、十分に見渡せるわけではない。

「……喉乾いた……」

 もぞもぞ、とイリヤは掛け布団を翻し体を起こす。寝室には女性グループがまとまって眠れる数のベッドが並んでいる。そこに眠る美遊や凛達の姿もかろうじて視認できる。もっとも、バゼットは夜勤のバイトが入っているとのことで一晩も泊まることはなかった。イリヤ達が朝起きると、バイトを終えたバゼットが姿を表すのだ。……いつ寝ているのだろう?

 すると、イリヤは気づいた。五つ並んだベッドのうち一つが空だ。クロエの姿がない。トイレだろうか? かく言うイリヤも、僅かながら尿意を感じていた。これだけ大きな屋敷だ、トイレが一つしかないということはないだろうが……。

 イリヤはまず台所で水を飲んで、それからトイレで用を足すことにした。廊下に出ると、寝室ほどではない暗闇に月光が差し込む。かち、かち、というクリック音の方を見ると、古時計の針が午前二時半を指していた。イリヤはあまり夜更かしをするタイプではないので、目が冴えないうちにやることやって早くベッドに戻ろう……と早足になる。

 ……十分くらいだろうか。水を飲んで、トイレを済ませた頃にはそのくらいの時間が経っていたように感じる。この屋敷は広いので、普段の家でならば五分前後で済んでいたかもしれない。そうこうしている間に、暗闇が見渡せるくらいすっかり目が冴えてしまった。朝が大変そうだ……。

 と、廊下を歩いていると、ふと不思議な感覚がイリヤを襲った。第六感だろうか? 奇妙なことに、その感覚はどの方向から来るのかを感じ取ることができた。感覚の指し示すままに歩みを進めると、ある部屋の前に辿り着いた。なぜここに導かれたか、なんとなく理解できる。……この部屋だけ異質だ。ここだけ空気の流れが違う。外と遮断されているというか、この部屋だけが異界化されているというか。部屋の中を隠す意図を感じる。だがそれならば、魔術的な遮断がされてなおイリヤが感じる感覚は果たして何なのか。イリヤはそろり……とノブを握り、扉を開く。

 ──するとそこには、部屋の中心に座り込み、宙に何本もの剣を浮かべ、精神を集中させているクロエの姿があった。

「……クロ?」

「っ」

 イリヤの声にクロエは肩を震わせる。同時に、浮いていた何本もの投影剣が音を立て落下し、魔力にほどけ霧散していった。クロエはゆっくり、イリヤの方を振り向く。彼女が見せたのは、今まで見せたことのないような暗い面持ち、弱みにつけ込まれたような不快感を浮かべたような顔だった。

「……おかしいわね。異界化はしてたはずなのに」

「えっと……トイレから戻る途中で、ふしぎな気配がして……」

「まぁ、元々文字通りの一心同体だものね。そりゃ気づいちゃうか」

 クロエの表情が和ぐ。だが依然としてそこには漠然とした不安のようなものが見てとれてしまう。

 クロ、とイリヤが声をかける。……何の反応も見せない。彼女はこんな夜更けに一体何を、とイリヤは歩み寄る。クロエは逃げようとはしない。しかしその手は、逃げるべきか向かうべきか考えあぐねているように、床をぺたぺたと触っている。イリヤはクロエの目の前まで近づき、彼女の目線まで腰を下げる。クロエは、目を合わせようとはしない。イリヤの両目とは異なる、どこか遠くを見つめている。

「一人で、練習を……?」

「まぁね。このままじゃ全然あいつに届かないし」

「あいつって、あのアーチャーのこと? そんな、何もクロだけが頑張らなくたって、みんなで行くんだしなんとか──」

「そうじゃないのよ!」

 クロエは声を荒げる。唐突の怒号に、イリヤは震え後ずさる。クロエは大きく息を吐きながら昂った精神を鎮めている。その吐息は、どことなく小刻みに震えているようにも聞こえる。

「あいつは……私がやらなきゃ。力を合わせて倒す、じゃダメなの」

「どうして、そんなに……」

「あいつに言われたのよ。強くなってから、また来い、って。でも、私はまだ……強くなれてない……!」

 今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しく語るクロエ。イリヤはそっと、その肩に手を置く。痛覚共有の呪いを抜きにしても、クロエの苦しみは等しくイリヤの苦しみでもある。クロエの葛藤を己のように感じるからこそ、イリヤはクロエに寄り添った。

「そんなことないよ。クロは強いよ。私なんて戦うのが怖くて、逃げたくて……友達だって亡くして……それでも立ち向かうクロは──」

 ……だが、イリヤのそんな思いやりは一方通行の偽善でしかなかった。

「違う……違うの!」

 クロエがイリヤの手を振り払う。同時に、クロエは姿勢を崩し、払い除けたはずのイリヤにもたれかかってしまう。はぁ、はぁ、と荒い息を吐き、汗に濡れ、朦朧としているようだ。風邪ではない。彼女の場合は……魔力の欠乏がこの症状にあたる。

「クロ!? もう、魔力が……、一体どれだけ投影を……!」

 イリヤの体を支えとしてなんとか姿勢を起こしたクロエは、右手に魔力を集中させ剣を投影する。致命的なほどの魔力欠乏ではないのか、剣は無事に投影される。しかしその剣は、一見業物でありながらも弱々しく、脆く、クロエの魔力がどれだけ弱まっているかを象徴していた。

「クロ、もう十分でしょ!? そんなに投影しなくたって、もう十分──」

「まだ、足りない」

 え、とイリヤが発するまでもなく、クロエはイリヤを押し倒した。背中に強い衝撃を受けた後にイリヤが目を開けると、クロエの手はイリヤの首元に──投影剣の刃を添えていた。

「ひっ」

 恐怖に、イリヤの筋肉は硬直してしまう。クロエが少しでも腕を引けば、刃はイリヤの喉をかき切ってしまうことだろう。

 だが、クロエはそうはしなかった。彼女は投影剣をイリヤの首元から離し、明後日の方向に放り投げ──そのまま、イリヤと唇を重ねた。

「っ──」

 突然のキスに驚き、ついもがいてしまうイリヤ。クロエへの魔力供給としてはこれが最も効率がいいのは理解しているが、どうもキスという行為自体にまだ不慣れであった。誰にファーストキスを捧げるかさえまだ考えてすらいなかったのに……と、小学五年生の女児には過激すぎる行為だったのだ。

 ……だが、イリヤは戸惑いつつも感じた。普段のクロエがしかけてくる、艶かしく這い寄るようなキスとは違う。今回のものは、なんというか……体の全てを吸い尽くし、貪るような暴力的な衝動を感じた。そしてそれは、実際にクロエの舌遣いにも表れていた。……そう理解した瞬間、舌が猛烈に苦しくなった。イリヤはまるで暴力を振るわれているかのように、全身で拒絶するようにもがく。

「──、──っ!!」

 イリヤの意思とは関係なしに、クロエはその体を吸い尽くす。まるで人としての尊厳を無下にされているようで、イリヤは涙さえ浮かべてしまう。

 クロエが唇を離す。口腔中の水分と空気を失い、イリヤは大きく息を吸い込む。そして、唐突な行為に出たクロエを咎めようと口を開く。だがイリヤの口から出かけていた声は喉に詰まり、ひゅっ、と息を呑んだ。クロエは唇を離すやいなや、その舌をイリヤの首筋に這わせたのだ。

「いやっ……クロ、何してるのっ!?」

 イリヤの声は届いていない様子だ。鼻息を荒くし、イリヤの顔を見ることもなく、まるで飢えた獣のように体を密着させている。……正直なところ、イリヤはキスにはもう慣れていた。驚きや恥じらい、戸惑いこそあるものの、それがクロエに魔力を供給する──クロエの存在を保つために必須であると理解していた。だからクロエが必要とする限り、イリヤはその唇を捧げるつもりだった。だが、これは……魔力供給には、なんの関係もない。イリヤが普段受け身であったのをいいことに、己の情欲の赴くままに襲う。これでは、まるで──。

 イリヤも、クロエに襲われながら自身の感覚に疑念を抱いていた。──気持ちいい。尊厳を破壊する、悪辣極まりない行為のはずなのに……首筋に這う彼女の舌が、まるで抱き締められているような安心感と快感を伴って脳に響いてくる。満更でもない──そんな言葉が、頭に浮かびかけた。

 しかし……クロエの舌が首筋から下へと降りてゆき、イリヤの寝巻きに手がかかったところで、イリヤは正気に戻った。

「い、や──やめてっ!」

 イリヤはクロエを突き離す。それ程力を入れたつもりはなかったのだが、イリヤの想像に反してクロエは大きく姿勢を崩し、尻餅どころではない大転倒を見せた。依然息は荒く、彼女の思うところをイリヤは察してしまう。……今の彼女は、イリヤの力にすら負けてしまうほどに魔力が足りていないのだ。

 そう気づいた瞬間、イリヤは自らの態度に罪悪感を感じた。

「あ……ごめん……でも……っ」

 一方で、イリヤの目は潤んでいた。クロエがイリヤにやったことは、理由がどうあれ性暴力そのものだ。その被害を受けた女が一体どれだけ苦しい思いをするか。ニュースだの何だのでそういった被害者のことは知っているが、彼女達の思いをイリヤは身をもって理解した。

 イリヤは、倒れ込むクロエに近づこうとはしない。まだ、体がクロエを敵視している。家族として彼女を心配する気持ちと、彼女にいたぶられた苦しみが同居していたのだ。ひとまずは彼女を警戒し、動向を注視する。

 ……真夜中の暗闇の中で、クロエの啜り泣きが聞こえた。

「え……」

 イリヤは呆気にとられた。傍から見れば、性暴力を振るった加害者が嘘泣きして被害者面をしているように見えるかもしれない。だがイリヤはクロエと一心同体であった者として、直感できる。今クロエが泣いているのは、イリヤに拒絶されたからではない。己の内面に抱く弱さを疎んでいたのだ。

「……クロ」

 恐る恐る、イリヤはクロエに近寄る。襲いかかってくる気配はない。彼女の肩に触れ、その顔をこちらに向ける。……クロエは、美しいとも形容できる泣き顔を見せ、彼女もまた恐る恐る、イリヤの目を見つめた。

「イリヤ……私、どう見える?」

「……なんだか、辛そう。泣いてるからとかじゃなくて、もっと、こう……心が疲れてる、みたいな」

「そっか。……やっぱり、イリヤにはお見通しね」

 クロエは涙を浮かべたまま微笑む。彼女の暗い感情が消えたわけではないが、少なくともイリヤと心を通じ合わせることで、クロエの気持ちは安堵しているように見える。

「……あのアーチャーが、私にだけ語りかけて、思ったの。あいつは……”私”なんじゃないかって。私の弱いところ、愚かしいところを諫める()()()。そして私は……あいつのようにはなれない、何もかも子供のままの()()()

「そんな、愚かだなんて……」

「いいえ、十分愚かよ」

 クロエは虚空に手をかざし、剣を投影する。しかしその剣は先程のものと同じく──いや、それ以上に──弱々しい、魔力の欠乏した投影だった。クロエが手のひらに力を込めるほどに、彼女の腕は震え、呼吸が激しくなっていく。イリヤはそんなクロエの手を抑え込む。もうやめて、とでも言うように。力を失ったクロエの腕はぶらんと垂れ下がり、投影剣は形成の半ばで霧状に消えていく。

「何も見えてない。自分以外何も。あなたの唇を奪わなきゃ満足に投影もできない。凛やルヴィア、一方通行(アクセラレータ)──魔術師じゃないけれど──みたいに、自分の力で戦うこともできない。バゼットとの模擬戦だって散々。これじゃあ、私──あいつに、到底届かない」

 俯くクロエ。

 イリヤは不思議と、クロエの抱える闇が自分のことのように理解できた。カレイドステッキに頼っている限り魔術も魔力も全てが自己完結だが、自分の力が及ばないという情けなさには強く共感できる。だって──イリヤ自身、自分が間に合わなかった・気づけなかったことで友人を失ってしまったのだから。

 だが、それ以上に……イリヤとクロエが文字通り根は同じであるからこそ、通じ合うのだろう。クロエの下腹部に刻印された死痛の隷属は、イリヤの痛覚のみを一方的にクロエにフィードバックする痛覚共有の呪い。だが二人の間にはそれ以上の何かが、確かにあったのだ。

「クロ……」

 イリヤは俯くクロエの顔を引き寄せると、自ら唇を重ねた。クロエのように激しくはできない。だが今はそれよりも、クロエの心が安らぐようなキスをしてあげることがイリヤにとっては重要だった。クロエは呆気に取られたようで微動だにしない。イリヤが唇を離すと、クロエは我に返ったようにイリヤを見つめながら何度も瞬きを繰り返す。

「……そうだよね。クロ、頑張ってるもんね。それで、ほら……こんなになっちゃって」

 イリヤがクロエの手を取ると、あまりにも魔力が足りていないのかイリヤの手の中で小刻みに痙攣しているのが分かる。心なしか、彼女の手が消えてしまいそうに透けているようにさえ感じる。

「クロが襲いかかってきたのを、許すって言ってるわけじゃない。でも……クロがそう望めば、私の唇はあげるよ。クロの満足いくまで。そうして……一緒に、あいつを倒そう」

「イリヤ……──っ」

 ぶわっ、とクロエの目元から涙が溢れ出す。一瞬だけ顔を歪めたクロエはイリヤを抱き締め、イリヤがしたよりも更に強いキスをした。息苦しそうにイリヤが喘ぐ。しかしイリヤはクロエを拒絶しようとはしない。むしろイリヤはクロエを抱き締め返し、クロエが押し倒したように見える姿勢に倒れ込んだ。

 唇を離し、横たわるイリヤに問う。

「ねえ。前に、さ。キスよりも供給効率がいい方法があるって話したの、覚えてる?」

 その言葉を聞いた途端、イリヤは確かに思い出したようで、頬を赤らめる。しかしそれを嫌そうには思わず、思い出話をするように笑う。

「うん。忘れないよ、あんなの。だって私達まだ小学生なのに……、恥ずかしいったらないよ、もう」

 イリヤと同じようにクロエも笑う。ちょっとオトナなガールズトーク。二人はそんな心地だった。だが次第に、クロエはこれからすることを思い、イリヤはクロエの意図を察し、黙り込み互いに見つめ合う。

「……さっきは、ごめん。自暴自棄になってて……って、謝罪になんかならないわよね。だから、嫌なら──」

「いいよ」

「…………」

「あれは急だったから、驚いちゃっただけ。もう、クロがどうしたいかも、ちゃんと分かったから……、来て」

 そう言い、キスをするでもなく、ただクロエを抱き締めた。クロエはイリヤの抱擁を全身に感じながら、彼女の寝巻きの中に手を入れる。生気の感じられないほど冷たいクロエの手が地肌に触れ、イリヤは跳ねる。クロエが手を腹から腰、腰から背へと滑らせていく。すると……肌でも骨でもない、なにかのかたい感触を感じた。金属質な触感に、レース生地の触り心地……。

「あはは。何、寝る時もつけてるの?」

「えっ、つけないの!?」

「別に、つける人もいるとは思うけど……」

 そう言うと、クロエはイリヤの手を自らの寝巻きに潜り込ませ、胸元へ導く。イリヤの手が、クロエの()()に触れる。ごくり、と息を呑むイリヤ。

「ほら。私は、寝る時はつけないかな。邪魔だし」

「ふぅん……そ、そういうものなんだ……」

「まぁ、でも? 夜もつけてれば”形”が崩れないとは言うし?」

「くっ、崩れるほどおっきくないよ!」

 どっ、と二人は笑う。あまりにも下世話で、上条や一方通行(アクセラレータ)、士郎にさえ聞かせられないような女の子だけのトーク。だが笑いが静まり、互いに見つめ合うと……これから起こることを全身で予感し、体中が火照ってしまう。

「イリヤ……いいの? 本当はこういうのは、魔力供給の都合とか抜きに、好きなひとと……」

 クロエが問うと、イリヤはこれが答えだとでも言わんばかりにクロエの背に手を回し抱き寄せる。同じように、クロエもイリヤを抱き締める。服の上からではない。互いに服の内側に手を入れ、地肌の背中を抱き寄せる。ごつごつとした背骨が手のひらに擦れ。冷たい──もしくは温かい温度が指先から手首までを支配する。

「いいよ。だって、クロが好きだから。魔力供給の都合とか抜きにしても、初めてがクロでよかったって、思ってるもん。だから、ほら……()()()

 するとイリヤはクロエの顔を思い切り引き寄せ、唇を重ねた。今度はクロエも舌を遣う。互いの口腔をなぶるように、キスをし唾液を吸い尽くす。イリヤからも行うそれは単なる魔力供給ではなく、れっきとした愛情表現の一つでもあった。そして、二人はこれからする行為のことを思うと……このキスは嵐の前の静けさでしかなかった。本性に残る緊張をほぐすように、二人は長い長いキスをした。

 

 長く、とても長く。唇を離してなお、二人は抱き合い、触れ合った。

 朝日がそそぎ、二人の肌が明るく照らされるまで。




次回、死闘。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。