私と契約してギアスユーザーになってよ!! (NoN)
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プロローグ

 

 目が覚めると、そこは瓦礫の山だった。

 

「……え?」

 

 遠くから銃声が聞こえる。

 近くで悲鳴も聞こえる。

 

「何……これ……」

 

 全くわけがわからない。

 

 地面に手をついて、体を起こす。

 

 そうして、自身の手が子供の物になっていることにも気が付いた。

 

「ははは……ほんとに何なのこれ」

 

 乾いたような笑い声が口からこぼれる。

 何がどうなっているのか、まるで理解できない。

 

 こんなWEB小説みたいなことがおきて、理解できるはずもない。

 

 おまけに、何故か身体がうまく動かせないようで、立ち上がってすぐに座り込んでしまった。

 

「……逃げなきゃ」

 

 ただ、このままではいけないことはわかる。

 

 辺りから聞こえる悲鳴が、自身にこの場所の危険さを教えていた。

 

 再び立ち上がり、足を一歩前に動かす。

 筋力に問題があるわけではないようで、思った通りに足が動いた。

 

「人形みたいな感じかな?」

 

 ふと、何故かはわからないが、自分の身体の状態を理解することができた。

 どうやら、この身体は意識しないと動くことができないようなのだ。

 普通の人間が自然に行えるような動きを、自然に行うことができない、そう言えばわかりやすいだろうか。

 

 歩くことも、左右の足を交互に出すことを意識しなければ、バランスを取ることを意識しなければ行えない。

 この感じだと、鉛筆を持ったり、箸を持ったりすることも難しいだろう。

 

「……まぁ、今はそんなことは無視していいかな」

 

 とりあえず、歩くことができるならいい。動くことができるなら、逃げるできるだろう。

 

 ゆっくりと足を動かし、時折近くの建物や瓦礫に手をつきながら悲鳴から遠い方へと歩く。

 悲鳴が聞こえるということは、そっちには危険があるということだと感じたからだ。

 

 瓦礫に手を突き、懸命に足を動かす。

 

 

 

 

 

 

 人気(ひとけ)のない道を、懸命に足を動かして歩く。

 

「……寒い」

 

 しばらく歩いていると、身体が風の冷たさをを感じはじめた。

 

 自分の服装に目を向けてみれば、アニメのキャラクターが着ていそうな服装をしていることに気が付く。

 

「コスプレか」

 

 恥ずかしかったので、傍にあった瓦礫に引っかかっていた、少し血の付いた、シーツの様な大きめの布をローブのような形で身体に身に着ける。

 血が付いていたことは嫌だったが、他に代わりになりそうなものがなかったので仕方ない。

 

 意外と保温性の高い布であったのか、僅かに感じていた寒気がなくなった。

 

 これは、良い拾い物であったかもしれない。

 

 血にさえ眼をつむれば、かなりいい拾い物だ。

 

 再び、壁に手をつきながら道を進む。

 

 

 

 

 ――少しは考えるべきだったのだ。

 

 辺りは瓦礫の山。

 後方から聞こえる悲鳴。

 人の姿を見かけないこの状況。

 

 

 そう、瓦礫の山ということは、既にこの辺りは攻撃を受けたとは考えられないだろうか。

 

 悲鳴が聞こえないということは、悲鳴を発する存在が既にいないと考えられないだろうか。

 

 人の姿を見かけないということは、既にその先にいる人は死んでいるとは考えられないだろうか。

 

 

 

 

 

 急に、自分のいる場所に影がかかる。

 

 太陽は後ろから指しているため、自分の後方に影の主がいることになる。

 

 何があるのかと思い、背後を振り返ると――

 

 

 

 ――そこに、それはあった。

 

 人型ロボット。より正しく言えば、それは……

 

 

「ナイトメア……フレーム……」

 

 架空の兵器、コードギアスと呼ばれるアニメに登場する人型兵器が、こちらに銃口を向けていた。

 姿形からして、おそらく第五世代機のサザーランド。色から考えるに、ブリタニア軍の純血派――軍の人間は兵士一人に至るまでブリタニア人が務めるべき、という思想を持った集団――の機体だ。

 

 とっさに、右足で地面を強く蹴る。

 身体が宙を飛び、5メートルほど先に転がった。

 

 直後、衝撃が走る。

 

 少し前まで立っていた場所を、サザーランドのアサルトライフルが吹き飛ばした。

 

 ――あれは、本物のサザーランドだ。

 

 呆然としていた思考が、命の危機を感じて急速にはっきりとしたものに変わる。

 

 架空の兵器に興奮しようとしていた心が、恐怖一色に染まる。

 目の前の兵器が、テレビの向こう側でないと自覚する。

 サザーランドが、自身の命を狙う危険であると思考が至る。

 

 ――逃げなきゃ

 

 急いで立ち上がり、走るために足を動かす。

 

 だが、走ろうとした身体は、うまくいかずに3歩目で倒れた。

 

 ――なんでっ!?

 

 当然だ。この身体は、満足に歩くことすらできなかったのだ。走ることなどできるはずがない。

 倒れこんだ身体が、自分と言う存在の無力さを示していた。

 

 ふと顔を上げれば、サザーランドがこちらを見ているのに気が付く。

 そのサザーランドは、まるで恐怖心を煽るかのように、手に持った銃をゆっくりとこちらに向けた。

 

 死の恐怖で、頭が凍り付く。

 自分の、今までの人生が脳裏をよぎる。

 

 

 

 父親のぎこちない笑顔。

 義理の母親の、初めて会った時の暖かさ。

 生まれたばかりの、妹の小さく柔らかい手のひら。

 友人たちとの、何でもない会話。

 

 死んだ母の、力なく倒れた身体と、冷たい体温。

 

 

 

 ――私は、こんなところで死ぬのか

 

 

 

 

 

 ――そんなのは、絶対にごめんだ

 

 

 

 

 死ぬのがごめんだというわけではない。

 人はいつか死ぬ。それを知っているからこそ、死から逃れられないのはわかっている。

 

 けれど、こんなわけもわからない場所で、わけもわからない状況で、命を無駄に散らせたくはない。

 

 まだ死にたくない。生きていたい。

 

 

 

 ――こんなところで死ぬなんて、死んでも嫌だ!

 

 

 

 瞬間、自分の中で何かがつながる感覚がした。

 

 身体に強烈な力がかかり、サザーランドの股下を抜ける様に吹き飛ばされる。

 

「これは……」

 

 宙を舞う中で、手足を動かすようにこの"力"が操れるようになったことを認識する。

 

 『自身に重力をかける力』、それが今使った力の正体だった。

 

 いや、重力と言うのは少し変だろう。上にも横にもかけられるのだから。

 正しくは……なんと言うべきだろうか?

 

「コードギアス的に言えば、『ザ・スピード』かな?」

 

 コードギアスの外伝、ナイトメア・オブ・ナナリーに登場した少女のギアス、ザ・スピード。

 この力は、背後のサザーランドのことを考えると、なんとなくこう呼ぶのがふさわしい気がした。

 

 いや、そんなことは今はどうでもいい。そんな事を気にしている場合ではない。

 

 地面に身体が付く直前に、逆方向の加速をかけて衝撃を軽減する。

 さらに、地面にぶつかった身体に再び斜め上方向の重力をかけ、足を使わずに加速しながら跳躍、少しでもサザーランドから距離をとる。

 

 一刻も早く、あれから逃げることが大切だ。

 

 回転しながら宙を舞う中で、こちらに振り返り、銃口を向けようとしているサザーランドの姿が見えた。

 

 

 ――もっと早く!

 

 また接地。

 今度は足で大地を踏みしめ、必要な速度の減速を抑える。

 同時に、左斜めに跳躍、さらに加速。直線的に動くのを避け、サザーランドの銃口から逃れる。

 

 直後、右側の地面がサザーランドのアサルトライフルにより薙ぎ払われた。

 

 先ほどのまま直進していれば、おそらく銃弾で消し飛ばされていただろう。

 

「まだっ!」

 

 目の前の煤けた建物の壁を蹴り、道路を挟んだむこう側の建物へと加速しながら跳躍する。

 

 また衝撃。先ほど蹴りつけた建物が、サザーランドによって蜂の巣にされた。

 

 今度は、着地と同時に前方に跳躍。上方向と右方向にわずかに力をかけながら、壁を地面に見立てて跳躍する。

 

 

 地面を、壁を、あらゆる足場を駆使してサザーランドの銃口から逃れつづける。

 

 

 そして――

 

 

 

「――ふぅ、逃げ切った」

 

 十分ほど経ったところで、背後のサザーランドの姿が消えた。

 見失ったのか、それ以外の理由か、よくわからないがサザーランドはいなくなった。

 

 とにかく、自分は逃げ切ったのだ。

 

 灰色の建物の上で、大きくため息をついた。

 

 

 視界が、揺れる。

 

 ――あれ?

 

 疲労のためか、安心感の為か、一気に意識が薄れ始めたのだろう。

 

 辺りに悲鳴は聞こえない。だが、此処が危険な場所であることは確かだ。

 

 此処で眠るのはまずい。

 僅かに働く冷静な脳がそのことを訴えるが、身体は疲れで動かず、思考の大部分も霞がかったままだ。

 

 

 そして、自分はそこで意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこはどこかの建物の中だった。

 

 ――ここは……

 

 視界の景色からして、此処が病室のような場所であるということはわかるが、それ以外何一つわからない。

 

「おめでとう!」

 

 ――うわっ!?

 

 そう考えた直後、傍から声をかけられ、思わず飛び上がってしまう。

 

 声の方向を見れば、そこには薄紫の髪に水色に近い色をした瞳をした、研究者の様な装いの男性がいた。

 

 そう、某プリン伯爵である。

 

 やはり、この世界はコードギアスの世界なのだろうか。

 

「スザク君に感謝しなよ、戦場で人助けなんておかしな話だとは思うけど、君がそれに救われたのは事実なんだからさ」

「――スザク……」

 

 枢木スザクに救われたということは、どこかで黒の騎士団との戦闘に巻き込まれたということになる。

 

 純血派が戦場にいたことを考えると、ここはシンジュクゲットーだろうか。

 

「ところで……」

 

 そんなことを考えていた時、ロイド伯爵がこちらに身体を乗り出して迫って来た。

 

「……君はいったい何者かな? 見たところナイトメアのパイロットみたいだけれど、クロヴィス殿下指揮下にナンバーズがパイロットを務める部隊は無かったはずなんだけどなあ」

 

 ――それはこっちが訊きたい。

 

 それ以前に、私がパイロットとはどういうことだろうか。

 

 鏡を探して、部屋の中を見渡す。

 その時、視界の端に自分の髪が映った。

 

 ――金髪だ。

 

 自分の髪色は、本来は黒だったはずだ。髪を染めた記憶もないので、金髪であるはずがない。

 

 頭を触ってみる。

 触ってみた感触からして、どうやら自分の髪型はツインテールになっている様だった。

 

 ――まさか

 

 間違いなく、この身体が自分の身体でないことは確定である。

 

 金髪ツインテールで、中学生程度の子供の体形で、ナイトメアパイロットの服装をしていて、『自身に重力をかける力』、いや『加重力で相対的に超高速を得る力』を持つ存在。

 

 そんなものを持つ存在を、自分は一人しか知らなかった。

 

「私は、アリス。アリス・ザ・コードギアスと言います」

 

 外伝の世界の存在が、何故この世界にいるのかはわからないが、此処にいるということは確かなのだ。

 

「――ロイド伯爵。あなたに取引を持ち掛けたい」

 

 故に、まずは生き残る手段を講じなければならない。

 

 ロイドさんの背後で、アレの武装、ブロンドナイフを具現化させる。

 

 『加重力で相対的に超高速を得る力』と同じく、それは念じたとおりに行うことができた。

 

「取引、ねえ。僕はそういうのは好きじゃないんだけど――」

「あなたが知らないナイトメアに関する技術を提供する代わりに、私を雇ってほしい」

 

 その言葉に、ロイドさんがこちらに振り向く。

 

「かつて、アッシュフォード家がフレーム構想の一環として提唱していたマッスルフレーミング。

 ロイド伯爵のランスロットには、それは搭載されていなかったはず」

 

 私のアレには、そのマッスルフレーミングは搭載されていたはずだ。

 なら、それは交渉の札として使用できる。

 

「何も、騎士としてほしいというわけではない。用務員でも、清掃員でもなんでもいい。

 私を人として生きられるようにしてほしい。お願いする」

 

 ここで生活を確保できなければ、飢え死にすることになる。

 ましてや、此処はコードギアス世界の日本だ。ブリタニア人でも日本人でもない少女を放り出せば、目も当てられないことになるだろう。

 

「なるほど、それなら――」

 

 そこまで言いかけたところで、この部屋唯一の扉が開き、バインダーを抱えた士官服の女性が姿を現した。

 

「ロイドさん、スザク君の助けた子は……あら、起きたみたいですね」

 

 ロイドさんは、その女性を見ると笑顔を作って言った。

 

「ああセシル君、この子、うち預かりのデヴァイサーにするから」

 

 

 

 ――はっ!?

「――はっ!?」

 

 その言葉に、自分の内心の反応と、セシルさんの反応が重なった。

 

「な、なに言ってるんですか。身元不明の子供をデヴァイサーにするなんて――」

 

 セシルさんが、ロイドさんの言葉に驚いたように声を出す。

 

 デヴァイサーとは、パイロットのことだ。

 ロイドさんは、こんな身元不明の私をパイロットとして起用しようとしているのだ。保護を願った身で言うのもなんだが、ちょっと頭おかしいんじゃないだろうか。

 

「いいの、パーツは一つでも多い方がいいでしょ。

 ――君もいいよね」

 

 ロイドさんのその言葉に、うなずきで返す。

 

 現状、ロイドさん以外に頼れる存在はいないのだ。ならば、彼を頼る以外ない。

 

 

「よろしく、お願いします」

 

 

 自分のその言葉に、ロイドさんは笑顔で答えた。




ナイトメア・オブ・ナナリーを知っている人はいるのだろうか


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1話

 ナイトメア・オブ・ナナリーとは、

 本編頭脳派主人公であるルルーシュが、生身でKMFと殴り合う話である。(嘘は言ってない)


 神聖ブリタニア帝国。

 

 世界の三分の一を支配する大国家で、皇帝を頂点とした絶対君主制の下、厳格な身分制度が敷かれている国だ。

 この国は、「不平等が競争と進化を生む」という方針を国是とし、20世紀初頭から世界各地で大規模な領土拡張戦争を繰り広げている。

 

 

 皇歴2010年、今から7年前に、そのブリタニアはここ日本に侵略を開始した。

 切っ掛けは、日本の地下から採掘される『サクラダイト』と呼ばれる資源をめぐる外交摩擦だ。

 

 戦争初期、その圧倒的な海軍力で日本はブリタニアを一蹴。ブリタニアの物量の前に内地まで戦線は押されたにもかかわらず、一時は国民のほとんどが勝利を確信するほどに善戦した。

 しかし、その事態を重く見たブリタニアが、とある新兵器を投入すると事態は一変する。

 

 ――人型自在戦闘装甲騎 KnightMare Frame(ナイトメア・フレーム)の登場である。

 

 従来の兵器とは隔絶した機動力。

 人型であるがゆえに人間が使用できるあらゆる兵器が使用できる汎用性。

 そして、サクラダイトにより作られた小型バッテリー『エナジーフィラー』やサクラダイトによって作られた回路から生み出される驚異的な出力。

 

 彼等にとって、装甲を持った騎士たる馬であるそれを前に、日本は敗北することになった。

 

 

 のちに極東事変と呼ばれるその戦争の後、日本はブリタニアの属領となり、その名前を「エリア11」と改めることになる。

 

 それにより、日本人は日本人という名を奪われ、イレヴンという名で呼ばれるようになった。

 

 

 エリア11という名前からわかる様に、ブリタニアの属領となったのは日本だけではない。南アメリカ各国、中東、ニュージーランド。様々な地域が、ブリタニアに支配されている。

 

 そこに住む人々は、「ナンバーズ」と呼ばれ、嘲笑され、立場の低い存在として扱われる。

 

 

 私の身体の持ち主、アリスもそのナンバーズである。

 彼女は、ブリタニア人とほぼ同等の身分を法的に保障されている人間である『名誉ブリタニア人』の一人だ。

 とある宗教団体により人体改造を受けたのち、ギアスという特殊な能力を持った名誉ブリタニア人で構成された部隊、『特殊名誉外人部隊(イレギュラーズ)』の一員として活動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そのアリスに、なんで私が憑依しているのか

 

 

 まるで、中学生の書く物語の様な展開だ。

 こんなフィクションの様な状態は、フィクションだからこそ許されるものなのだが……

 

 ――ちょっとそこで待ってて、と言われてもなあ。

 

 先ほど、私の身元を保証してくれることになったロイドさんが言った言葉を思い出す。

 

 あの後、私はロイドさんとセシルさんに連れられ、この一室に放り込まれた。

 

 おそらく、私に関することで色々と話し合っているのだろう。

 追い出される心配はしていない。コードギアスに登場した二人は、なんだかんだでいい人で、一度口にしたことを曲げるような人ではなかったからだ。

 

 

 

 

 ロイドさんは、ブリタニアの第二王子であるシュナイゼルの部下に当たる人で、この特別派遣嚮導技術部、通称特派の主任を務める研究者だ。

 はっきり言って本当に天才的な技術者で、コードギアスという物語に登場するブリタニア側の最新技術の開発、そのほとんどに関わっている。

 ついでに伯爵で、ブリタニアの貴族としては丁度真ん中あたりの階級に位置する人だ。真ん中と言われるとあまり偉くないように聞こえるが、実際はかなり偉い人である。

 

 セシルさんも、ロイドさんと同じで研究者だ。

 将来的にほぼすべてのKMFに搭載されることになる飛行システム、フロートシステムを開発した人物で、ロイドさんに並ぶ頭脳の持ち主と言えるだろう。

 ちなみに、ロイドさんではなくこの人が特派の庶務全般を仕切っているらしい。

 

 

 

 二人とも信用できる人間ではある。2次元の存在と混ぜて考えるのは危険かもしれないが、手持ちの生かせる情報がこれしかないのだから、この、アニメの知識という物を使うべきだろう。

 

 ――早く来ないかなあ

 

 部屋にあったベッドに横になり、二人が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりですか!?」

 

 セシルは、ロイドの手を掴んで引き留めた。

 

「どういうつもりって、いったい何が?」

「何がも何も、あの子の事です。

 いくらナンバーズだからって、あんな子供をデヴァイサー、それも負担の大きいランスロットのデヴァイサーにするだなんて正気ですか!?

 下手をすれば、彼女の身体は機体に殺されることになりますよ!」

 

 セシルが、ロイドを激しい剣幕で怒鳴りつける。

 その様子を見たロイドは、小さく肩をすくめると、溜め息をついてから口を開いた。

 

「あのさ、僕は別に悪魔じゃないんだよ。何の理由もなく、彼女をデヴァイサーにするなんて言わないさ」

 

 ロイドは、そう言って持っていたバインダーを彼女に渡す。

 怪訝そうな表情でそれを受け取ったセシルは、それを見た直後、自身の表情を驚愕の感情で染め上げた。

 

「――KMFに対する各種適正が……平均でAプラス!?」

「勿論、あくまで肉体的な素質に限った話だけれどね。マークスマンシップとか各種技能に関してはまだわからないよ。

 でも、僕がデヴァイサーに選ぶには十分な理由だろう? こんな逸材は、どこを探しても簡単に見つかるような物じゃないさ。このまま外に放り出していい人材じゃない」

 

 そう言ってロイドはセシルを後にし、自身が作り上げたKMFであるランスロットの下へと足を進めた。

 

 

 

 彼女からこちらが見えない場所まで離れたところで、ロイドは懐から一枚の写真を取り出す。

 

 それは、先ほど()()した少女、アリス・ザ・コードギアスの首筋を写した写真だ。

 そこには、普段は髪に隠れて見えないであろう注射痕が、はっきりと写されていた。

 

「少し、僕らしくなかったかな?」

 

 この位置から考えて、この注射は自らの意志で行ったものではないだろう。

 暴力などの虐待や、薬物的な何かを……そういうことになる。

 

 それに、『アリス・ザ・コードギアス』と言う名前。

 アリスという名はともかく、契約の符号か、契約の記号か……いずれにしても、人に付けるような姓ではない。

 

 こちらと話すときに一切表情を変えないことも、それらと無関係ではないだろう。

 

 ――人体実験

 

 嫌な言葉が頭を過ぎる。

 

「かつてKMFの開発に携わって()()アッシュフォード、そこが提唱していた理論であるマッスルフレーミング。

 それが欲しかったというのも事実だし、僕らしくなかったわけではないかな」

 

 小さくため息をつく。

 

「こんなことに頭を悩ませたりしないで、自由に開発でもしていたいんだけどなあ」

 

 ロイドの人間としての良心が、彼の研究者としての思考を妨げる。

 彼女――あのアリスという少女がKMFに対して高い適性を持っていることは確かだが、本来それだけではデヴァイサーに、KMFのパイロットにしようだなんて思うはずがない。

 

 彼女を特派の専属のデヴァイサーとしたのは、デヴァイサーとして働かせるためではない。

 

 ――デヴァイサーは、KMFがなければ戦闘員として戦場に行くことがないからだ。

 

 この特派にあるKMFは、枢木スザクの駆るランスロットの一機のみ。予備パーツでもう一機組み上げることができないわけではないが、ランスロットの運用データ収集を目的としている特派には、わざわざそれをする理由がない。ゆえに、彼女が戦場に出ることはないだろう。

 

「……まあ、スザク君に何かあった時のスペアパーツができたと考えれば、それでいいかな」

 

 あんな子供のことを助けようとするなど彼らしくないかもしれないが、ロイドの中に僅かに存在した良心が研究者としての心とうまいこと折り合いをつけたのだろう。

 

 手に持った写真を再び懐に仕舞うと、整備中のランスロットの下へと再び足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ロイドさんとセシルさんが私を迎えに来たのは、時計を見ることができなかったのであいまいだが、およそ5時間以上経ってからだった。

 

 その間、この身体の動かし方などを把握することに勤めていたために暇ではなかったが、何とも言えない思いがある。

 

「無表情なのに、何となく怒っているのがわかるわね……」

 

 私の手を引くセシルさんが、苦笑いを浮かべながらそんなことを言ったのが聞こえた。

 

 ……別に怒ってはいない。

 

 

 

 

 そうそう、この身体のことに関して、気が付いたことがある。

 

 この身体、全くというわけではないが、基本的に動かそうと思わないと動かないのだ。

 歩行もそうだが、普通の人間が自然にできる動作が、この身体は行えない。

 

 例えば、私が何も知らずにびっくり箱を開けたとする。

 当然、それを見た私は、普通であれば驚いたような声を出し、驚いたような表情を浮かべ、驚いたような動作をするはずだ。

 

 だが、この身体はそのような反応を示さない。

 声を出そうとしなければ声は出ないし、表情を作ろうと思わなければ表情もでない。驚いたような動作などするはずがない。

 

 本当に、動かそうと思わなければ動かない不便な身体なのだ。

 

 ただ、不幸中の幸いと言うべきか、指一本一本に至るまで動かさなければ動かないというわけではない。

 

 まばたきや心臓の鼓動、呼吸などの一部の動作は勝手にしてくれるようだったのだ。

 もしそうでなかったと考えると、心底肝が冷える。

 

 

 ちなみに、私がセシルさんに手を引かれているということからわかる様に、私がきちんと歩けないことは二人にはバレている。

 あの部屋の中には監視カメラが仕掛けてあったらしく、私が必死に歩く練習する姿が見つかってしまったのだ。

 

 これから軍人として雇ってもらえるというのに、何たる無様な姿だろうか。

 

 セシルさんには、作ったような明るい声で励ましてもらったが、余計に惨めになるばかりだ。

 

 

 

「おっめっでっとっ~、ようやく家に到着だよー!」

 

 妙なテンションのロイドさんが、勢い良く扉を開けて部屋に入る。

 

 ロイドさんの家、という言葉から考えて、ここは特派の研究室か何かだろうか?

 ロイドさん個人の部屋、という事は無いだろう。根っからの研究者であるロイドさんが、自分の部屋を自分の家と言うとは考えにくいし。

 

 なんてったって、この人はセシルさんの手料理三食よりも研究が大好きな人なのだから。

 ……自分で考えた言葉にツッコミを入れるのも変だが、この言葉は全く説得力がないな。

 

 とりあえず、この部屋が何なのかは入ってみないことにはわからない。

 私は、ロイドさんの言葉に苦笑いを浮かべるセシルさんに手を引かれ、ロイドさんが進んでいった扉を潜った。

 

 

 

 扉の向こうは、まさにロイドさんの城だった。

 

 入り口近くには何台もの大型のコンピュータが並び、どこかの国際的な研究機関のような雰囲気を作り出している。

 その側には数多のコードに繋がれた白いKMF、世界で唯一の第7世代KMFである『ランスロット』が置かれ、そのコックピットがある辺りには何人ものここの研究員らしき人達と茶髪の青年が集まっていた。

 目に見えるところには見当たらないが、KMFの整備機器なども何処かにあるだろう。

 

 最新の設備と最新のKMF、研究者には夢のような場所だった。

 

「スザク君! ちょっと来てもらえるかしら」

 

 自分の隣にいたセシルさんが、ランスロットのコックピット付近にいるであろうスザクさんを呼び出す。

 

「あ、はい!」

 

 セシルさんの声が響くと研究員達の中から青年の声が響き、その直後に研究員達の中から一人の青年が文字通り跳び上がるようにして飛び出してきた。

 2、3メートル程跳び上がった彼は、きれいに衝撃を膝で吸収して着地する。

 

「お疲れ様です、ロイドさん、セシルさん」

 

 彼はロイドさんとセシルさんに素早く敬礼し、すぐさまその敬礼をやめた。

 ロイドさんが、こういう規則を嫌っていることを知っているからだろう。

 

 

 さて、今私の目の前にいるこの茶髪の青年。

 彼がランスロットのデヴァイサー、この研究室に置かれた白いKMFの騎手であるスザクさんである。

 

 日本がエリア11となる前、まだ日本と呼ばれていた頃の最後の内閣総理大臣の息子で、コードギアスという物語において主人公の親友を務める人物だ。

 

 

 

「はーいお疲れ。セシル君、僕はランスロットのデータ視るからその子の紹介をお願い」

 

 ロイドさんは、スザクさんのあいさつに軽く答えると、彼の脇を抜けて研究員達の元へと足早に向かっていく。

 

 そんなロイドさんの様子に、セシルさんは何となく寒気のする笑顔を浮かべる。

 ……後でロイドさんは大変な目に合いそうだ、そう何となく思った。

 

 そして、セシルさんはスザクさんに少し申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「ごめんなさいね、急に呼び出して。スザク君もお疲れさまでした。

 スザク君には、この子の紹介をしたかったのよ」

 

 セシルさんはそう言って、私を軽く前に押し出す。

 

 それと同時にスザクさんの、いや、ロイドさん以外のこの部屋にいる人間全員の視線が私に向けられた。

 

「この子は、アリスさん。ランスロットの補欠のデヴァイサーとして入るから、同じデヴァイサーとして、余裕があればでいいから気にしてあげて」

 

 完全に子ども扱いである。

 外見年齢が中学生なのだからしょうがないとは思うが、なんとなく釈然としない思いがした。

 

 とりあえず、スザクさんに挨拶をする。

 挨拶すらできずに、もっと子ども扱いされるようなことにはなりたくない。

 

「アリスです。シンジュクでは助けていただきありがとうございました。

 今後は同じデヴァイサー同士、よろしくお願いします」

 

 そう言って、小さく、バランスを崩さない程度に頭を下げる。

 

 そんな私に、スザクさんは軽く微笑んで言葉を返した。

 

「こちらこそ、ランスロットのデヴァイサー同士、お互い仲良くやっていこう」

 

 

 

 ……そういえば、特派のデヴァイサーになることは知っていたが、いつの間にランスロットのデヴァイサーにされたのだろうか。




 コードギアスの外伝作品で一番面白いのは『ナイトメア・オブ・ナナリー』である。
 異論は認めるが、譲る気はない。


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2話

主人公は流され系です
(正確には、社会人2年目の夢も生き甲斐も特にない系日本人をイメージした感じです)


 なんだかんだでランスロットの補欠デヴァイサーとなった日の翌日。

 

 私は、特派の研究室の一角で、スザクさんと共に朝食をとっていた。

 

 この世界に来てから初めての食事であるこの朝食のメニューは、新鮮なハムとレタス、チーズを挟んだ簡単なサンドイッチだ。

 

 KMFのバッテリーである『エナジーフィラー』を椅子代わりに、スザクさんと隣り合うように座って朝食をとる。

 

「いただきます」

 

 スザクさんが、器用に膝の上に置いた皿の上にサンドイッチを置き、手を合わせていただきますと言うのを横目に見ながら、私も両手でサンドイッチを挟むようにして持った。

 

「いただきます」

 

 そう口にして、サンドイッチをほうばる。

 

「……」

 

 ――口にしてから気が付いた。

 

 この身体は子供の身体だ。少なくとも肉体的には大人であった前の自分の基準で物を口に入れれば、口が思うように動かせなくなる。

 つまり、口の中にほとんど隙間なくサンドイッチが入り込み、うまく咀嚼をすることができなくなってしまったのだ。

 

 ……小学生か私は!!

 

 すっぱいものを想像することで唾液の出を良くし、その唾液でサンドイッチのパンを湿らせ小さく押しつぶし、なんとか懸命に咀嚼する。

 

 3分ほどかけて、どうにか口の中のサンドイッチを飲み込む。

 朝から完全に無駄な労力を費やしてしまった。

 

 わざわざそれを表情に出すことはしなかったが、心の中で少し落ち込んだ。

 

 ――ふと、視線を感じてサンドイッチを見ていた顔を上げる。

 

 だが、こちらに視線を向けている人間はいなかった。

 周りの研究員たちから見られているような気がしたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

 再び視線をサンドイッチに移し、今度は子供の身体であることを考慮しても少し小さめに感じるであろう程度、サンドイッチを咥える。

 

 

 すると、口の中にハムのほのかな香りが広がり、同時に口の熱で僅かにチーズが溶け出した。

 チーズは、日本では味わったことがないような濃厚な味がしており、それほど食に通じていない私でもいいものだとわかった。

 

 さらに、口にしたサンドイッチを噛み締めれば、口の中でレタスが瑞々しい音を口の中に響かせる。

 その歯ごたえも、食感も、明らかにいい素材を使っていることがわかった。

 

 ――おいしい。

 

 単純に素材が良かったのか、アリスの舌が肥えていなかったためか、昨日から何も口にしていなかったために空腹だったからか、いずれにせよ、このサンドイッチは私が食べたサンドイッチの中で最もおいしい物だった。

 

「おいしいですね」

「うん、そうだね。なんでだろう……普段はこんなに美味しくはないんだけどな。

 アリスには一応言っておくけれど、いつもはこんなにおいしいわけではないからね」

 

 私の言葉に、スザクさんも不思議そうに返す。

 

 実はこのサンドイッチ、スザクさんから分けてもらったものだったりする。

 

 別に虐められているとかではない。本来の私の朝食は、きちんと別にある。それも、少し前にわざわざセシルさんが手作りしてくれたものが。

 

 なので、本当はスザクさんのものを分けてもらう必要はなかった。

 ……なかったのだが、その話を聞いた特派の研究員の人達がスザクさんに何かを吹き込んだようで、気がついたらスザクさんの朝食を少しだけ分けてもらうことになったのだ。

 

 ――作っているときに見た感じ、材料はホイップクリームとカスタードクリーム、オレンジ系のジャムとバナナだったから、別に不味くないとはおもうんだけどなあ。

 

 

 セシルさんは、実は味音痴である。

 おにぎりにブルーベリーを詰めてくるような人だと言えば、どれほどの味音痴かわかるはずだ。

 

 今回のことは、おそらくそれを知っていた研究員の人が実行したのだろう。

 

 

 口の中の物を飲み込み、サンドイッチをもう一口咥える。

 

 ふとその瞬間、また視線を感じて顔を上げる。

 

 だが、またこちらに視線を向けている人間はいなかった。

 ……先ほどのように周りの研究員たちから見られているような気がしたのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

「……」

 

 ――杞憂だったらいいなあ

 

 絶対見られてる。私が自意識過剰でもなければ、研究員の人達に絶対に見られてる。

 なんだ、一体なんだと言うのだ。私が一体何をした。

 

「……スザクさん」

 

 サンドイッチを飲み込み、口の中を空にしてからスザクさんに話しかける。

 

「ん、んぐっ。アリス、どうかしたのかい?」

 

 スザクさんは、口に入れていたサンドイッチを呑み込むと、こちらの方を向いた。

 

「なんだか、先ほどから皆さんに見られているような気がするのですが、私の気のせいですか?」

 

 私は、先程から感じる視線について、スザクさんに問いかけてみることにした。

 近い将来、ブリタニアの皇帝直轄部隊であるナイトオブラウンズの一員となる彼なら、この視線には気が付いているだろう。

 

「別に気のせいじゃないよ、確かに特派の人たちはこっちを見てる」

 

 ……一瞬、頭が真っ白になった。

 もしかして、この研究室は星刻(シンクー)の様なロリコンばかりなのだろうか。

 

 ブリタニアに並ぶ大国家、中華連邦のとある武人に対して失礼なことを考えつつ、スザクさんを盾に研究者達の視線から逃れる。

 

「ちょっと、いきなりどうしたの?」

「すみません、少しの間だけでいいので、ロリコンたちの壁になってください」

 

 戸惑うスザクさんに壁になるよう要請する。

 

 そんな様子の私を見たスザクさんは、苦笑いで私に告げた。

 

「ロリコンって、そんなことはないと思うよ。

 軍ではアリスみたいな年齢の子は多くないから、接し方が上手くわからないだけじゃないかな」

 

 ……なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 中学生程度の年齢で何らかの仕事に従事するなど、ブリタニアでは皇族やギアス嚮団(きょうだん)関係者以外はそうそうないはずだ。

 

 そう考えれば、研究員の人達が私に対して視線を向ける理由もわからなくはない。

 

「なるほど、確かにそうですね。少し短慮な行動だったかもしれません」

 

 スザクさんにそう告げて、私はスザクさんの陰から出る。

 私がそうやって距離をとってしまっては、上手く接するなどできるはずがない。

 

「そういえば、スザクさんはこの後何か予定か何かありますか?」

 

 そしてまた、私からも研究員の人達と関わる理由を作るべきだろう。

 

「この後? ランスロットのチェックのために、ロイドさんからシミュレーターを使うように言われてるけど……」

「でしたら、その相手を務めさせてもらえませんか。補欠とはいえデヴァイサーですから、万一の時のためにランスロットの操縦に慣れておきたいんです。

 それに、研究員の皆さんと接する機会にもなりますから」

 

 シミュレーションとはいえ、ランスロットを操縦すれば研究員の人達と話すきっかけ、もしくは話のネタになるだろう。

 それに、KMFを操縦したことがない私にはスキルアップを図るいい機会だ。

 

「うん、セシルさんかロイドさんに聞いてみて、許可が貰えたらお願いするよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 スザクさんからは、問題なく了承を得ることができた。

 シミュレーションで戦闘を行うのならば、ランスロットの戦闘データをとることができる以上、ロイドさんは許可を取れるだろう。

 

 

 その後、ロイドさんに許可を貰いに行ったところ、「はいはーい、いいよー」と二つ返事で許可をもらうことができた。

 

 

 そんなわけで、午前中はシミュレーション上でスザクさんと模擬戦を行うことになった。

 

 とは言ったものの、すぐにそんなことができるわけではない。

 第一、私はKMFの操縦方法を知らないのだ。それなのにいきなり戦闘などできるはずがない。

 

 そのため、まずは研究員の人達からKMFの操縦方法を聞かなければならなかった。

 

 スザクさんが本日一回目のシミュレーターでの戦闘を行っている間、私は研究施設の隅に置かれていたシミュレーション用のコックピットを使用して、研究員の人から操作手順を習う。

 

 驚いたことに、外見からの予想とは異なり、人型兵器であるにもかかわらずKMFの操縦は簡単なものだった。

 

「思ったより操縦は難しくないんですね、驚きました」

「KMFには、パイロットであるデヴァイサーの感応波を微弱だが読み取る機能がありますからね。細かい動きは、それを読み取って調整してくれます。

 だから、似たような動きであれば同一の操作で済ますことができるのです」

「なるほど、優秀なデヴァイサーの多くが身体能力に優れるのはそれが理由ですか」

 

 彼に言われてから思い出したが、スザクさんが劇中でランスロットを初めて起動する際、ランスロットがデヴァイサーであるスザクさんのストレスを読み取っている様子があった。

 なるほど、随分と便利な機能があるものである。

 

「ブリタニアの誇る、医療サイバネティック技術の応用です。これが確立されるまでは、本当に操縦が大変だったそうですよ」

 

 医療サイバネティック技術、それを聞いて、とある褐色の肌の女性が思い浮かぶ。

 

 ラクシャータ・チャウラー。コードギアスの主人公であるルルーシュが組織した黒の騎士団、そこに所属する技術者の中で頂点に立つ人物だ。

 黒の騎士団側のKMF飛行システム、飛翔滑走翼を開発した人物でもある。

 

 彼女は、学生時代にロイドさんと同じゼミで医療サイバネティック技術について研究していたと聞くし、何か関係あるのだろう。

 

 ――まあ、それは今度聞けばいいかな

 

 頭の中に浮かんだ考えを断ち切る。

 今は、操縦を学ぶことに集中しよう。

 

「それに、技量に優れない騎士であっても自らの技量以上の力を出せるよう、別のデヴァイサーの戦闘データを元に動きを自動(オート)で補正する機能が全KMFには備わっています」

「戦闘データを元に自動で補正、ですか」

「ああ、勿論この機能を解除して、マニュアル操作に切り替えることも可能ですよ。

 もっとも、マニュアル操作は非常に難しいために、ラウンズの方々以外がすることはほとんどないと聞きますがね」

 

 研究員はそう言うと、今私が座っているこのシミュレーション用のコックピットから離れた。

 

「一通り教えたことですし、試しにシミュレーション上で動かしてみましょうか」

「はい、お願いします」

 

 研究員の人の言葉にうなずき、深呼吸をして操縦に集中する。

 

 その状態でしばらく待つと、目の前のモニターにコンクリートで舗装された広大な大地が表示された。

 

『では、アリス・ザ・コードギアス准尉。これより、ランスロットの操縦シミュレーションを開始します』

「はい、お願いします」

 

 コックピットの右側に、先ほどの研究員の人のバストアップが表示される。

 同時に、右側から彼の声が聞こえた。

 

 私は、その声に了承の意を返す。

 

『では、今から画面にルートを表示させますから、ルートに従って動かしてみてください』

「了解です」

 

 彼の言葉が終わると同時に、シミュレーションの光景に光の道が追加される。

 道は途中まで大きく蛇行、その先からは細かく蛇行していた。

 

 おそらく、まずはKMFの最大の武器である機動性能を体感させようとしているのだろう。

 

 ランドスピナー、KMFの脚部に装着されている高速走行用の車輪を展開し、起動させる。

 スザクさんのように、いきなり全力でとばしたりはしない。およそ50%程度の出力でまずは慣らす。

 

 先ほど教わったように操縦桿を操作すると、ランドスピナーの車輪でランスロットは前へと進みだした。

 思ったよりもGは来ない。このシミュレーターはGも現実の操縦と同じように再現するようなので、ブリタニアの耐G関連の技術は前の世界よりもかなり優れているのだろう。

 

 二つ目のコーナーを曲がったところで、ランドスピナーの出力を70%にまで引き上げる。

 KMFの操縦が、思っていたよりも上手くできていたためだ。

 

 加速した機体に合わせ、タイミングよく操縦桿を駆る。

 曲がる際に外側に働く慣性も、KMFの関節を使い可能な限り制御する。

 

 こうやって動かしたことは初めてのはずなのに……

 

 ――まるで、私がKMFを操縦したことがあるようだ。

 

 次のコーナーで、ランドスピナーの出力を100%にする。

 

 それによって加速する視界、操縦難度が上昇してゆく。

 しかし、私の身体はそれに難なく追従した。

 

 普段はうまく動かせない筈の身体が、こうやってKMFを動かしているときだけは自然に近い形で動かせる。

 これでは、K()M()F()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かの様じゃないか。

 

 内心で自分の動きに驚愕しつつ、いくつものコーナーを抜けて、細かいカーブが用意された場所に突入する。

 もし、私がKMFの動かし方を理解していなければ、ここは非常に難しかっただろう。

 

 だが、今の私にとっては何よりも容易い。

 

 ランドスピナーだけではなく腕のスラッシュハーケン、カーボンのワイヤーで繋がれた特殊鉄製のハーケンをも用いて最高速で小刻みに曲がる。

 

 減速はしない。曲がりきれなくなりそうなときは、KMF本体すら持ち上げる程の出力を持つこのスラッシュハーケンを地面に深々と突き刺さるように射出し、強引に曲がった。

 

 加速し、機体を力に沿って流すように動かし、時に力に逆らいながらも減速せずに動かす。

 

 そうやって小刻みに曲がり続けていると、ちょうど100の角を曲がったところで道はなくなった。

 

「……終わりました」

 

 半ば呆然としつつも、区切りをつけるために終わったことを口に出す。

 右側に映っていた研究員のバストアップの映像を見れば、彼は口を半開きにして呆然としていた。

 

『アリス准尉、実機、シミュレータ問わずKMFの操縦は今回が初めてですよね?』

「はい」

『……才能、ですか。なるほど。

 今のアリス准尉の操縦技術を考えると、即座に枢木准尉との戦闘に移っても問題ないと考えますが、そちらに異存はありませんか』

「はい、大丈夫です」

『了解しました。しばらくお待ちください』

 

 表情を強張らせた研究員の彼を見ながら、少し意識を落ち着かせる。

 

 先ほどの自分の操縦感覚を、まだ記憶にあるうちに反芻する。

 

 ――歩き方すら覚えていないのに、KMFの操縦方法だけは身体が覚えている。随分とおかしな話だ。

 

 非常にありがたいのだが、なんだか不気味に感じる。

 まるで、だれかが私に戦うことを強制しているかのようだ。

 

『お待たせいたしました。準備が整いましたので、シミュレータを再起動します』

 

 丁度その時、研究員の人が声をかけてきた。

 

 彼の言葉通りシミュレータが再起動され、今度はコンクリートの大地ではなくビルの立ち並ぶ市街地へと降り立っていた。

 

『今回の環境は、KMFの機動が最も生かせる環境、コンクリートで舗装されたビル街です。

 天気は晴れ、湿度は50%。地面の凍結などの特殊な環境は想定されていません。

 ――では、アリス准尉、枢木准尉、双方共に戦闘を開始してください』

 

 彼がそう告げると同時に、私はファクトスフィアを、KMFに搭載されている多目的センサー群を起動する。

 センサーは即座に周辺の様子を調べ上げ、1kmほど前方からスザクさんが全力でこちらに疾走してきていることを教えてくれた。

 

 それを確認した私は、スザクさんへと全速力で加速する。

 

 先ほどのシミュレーションの様子から考えて、この身体は高速移動中でも問題なく動くことがわかっている。

 それが、アリスの持つギアス『ザ・スピード』の影響なのか、魔女のコピーであるネモと融合したことによって肉体が強化された影響なのかは置いておいて、私にとって非常に有利に働いているのは確かだ。

 

 私が加速したことにより、スザクさんのランスロットと私のランスロットの間隔は即座に詰められる。

 

 スザクさんは、一瞬の状況変化に対応し、ランスロットの両腕に装備されているスラッシュハーケンの刃を展開しながら、私に殴り掛かって来た。

 

 私は、右腕のスラッシュハーケンを地面に突き刺すことで、その反作用により跳躍しスザクさんの攻撃を回避。

 機体を捻る様に高速で回転させながら、スザクさんに踵落としを放つ。

 

 しかし、彼はそれをランスロットの高い運動性能を生かし回避する。

 同時に、着地する直前の私にスラッシュハーケンを飛ばしてきた。

 

 その一撃を、左腕のブレイズルミナス、緑色に薄く光るビームシールドの様なエネルギー場の盾を起動させることでで防ぐ。

 そのまま、ブレイズルミナスを展開したまま疾走。スザクさんに接近する。

 

 

 後に開発されるブレイズルミナス関係の武装の一つに、ブレイズルミナスコーンという武器がある。

 これは、盾であったブレイズルミナスを槍のような形状で展開することで、槍の代わりにするという物だ。

 

 ――まあ、つまり何が言いたいのかと言うと……

 

 ブレイズルミナスというものは、盾以外の物としても機能させることができるということだ。

 

 

 スザクさんが射出してきた両腕のハーケンを、同じく両腕のハーケンで打ち落とし絡ませる。

 

 ――これで、ハーケンは使えない。

 

「ブレイズルミナス、出力最大」

 

 隙を晒したスザクさんに、左腕のブレイズルミナスを、盾ではなく刃として振り下ろす。

 

 だが、その一撃はわずかに回避され、相手のランスロットの右腕を切り落とすだけに終わった。

 

 ――なら、もう一度っ!

 

 右腕のブレイズルミナスを展開、再びスザクさんに振り下ろす。

 

 

 

 

 しかし――

 

 

 

 

『シミュレーション終了、枢木准尉の勝利です。お疲れさまでした』

 

 その刃がスザクさんに振り下ろされるよりも早く、スザクさんのランスロットの左腕、そのブレイズルミナスが、私のランスロットのコックピットを貫いた。

 



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3話

 微妙に話が合わない様子を書くのは楽しい。

 (注)あまり原作の描写をそのまま書くのはどうかと思ったので、後半少し強引に描写を削りました。申し訳ありません。


 

 

『シミュレーション終了、アリス准尉の勝利です』

 

 

 ――やっと勝った!

 

 シミュレーション8戦目、そろそろお昼ご飯の時間になろうというとき。ようやく私はスザクさんに勝利した。

 

『あはは、まさかもう負けることになるとは思わなかったよ』

「私もです。正直、少なくとも今日一日は勝てないと思っていました」

 

 通信越しにかけられるスザクさんの声に、少し誇張しながらも正直に応える。

 

 と言うのも、実は3戦目が終わった時点では、なんとなくスザクさんに勝てそうな気がしていたのだ。

 

 おそらく、私が2戦目を終えた時点で、シミュレーションを始めた直後のスザクさん相手なら勝てたはずだ。

 

 問題となったのは、スザクさん自身も私と同じで成長の余地を残していたこと、それとMVSの存在である。

 

 

 3戦目を終えた時点で、私は次はスザクさんに勝てると考えていた。

 そんな時、研究員の一人からシミュレーション上でのMVSのテストを頼まれた。

 

 

 MVSとは、Maser Vibration Sword(メーザーバイブレーションソード)、俗に言う高周波ブレードのことだ。

 

 非常に高い切断能力を持っており、その一撃はスラッシュハーケンですら真っ二つにしてしまうほど。

 

 そんな物を、剣術を修得しているスザクさんが手にしたのである。

 

 4戦目は、こちらのMVSごと機体を真っ二つにされた。

 内心、勝てるかっ! と絶叫していたものだ。

 

 5戦目からは、MVSはブレイズルミナスで受ければいいことに気が付いたのでどうにかなったが、その分エネルギー消費も激しくなり、先にエネルギー切れで敗北。

 

 ナイトメア・オブ・ナナリーにおいてアリスは逆手の二刀流をしていたので、その身体を持つ私ならMVSで逆手の二刀流が上手くできるだろうと考え頑張ってみたが、6戦目7戦目とあえなく敗北。

 

 8戦目にて、試しに一刀流で戦ってみたところ意外と手に馴染み、長期戦の末にMVS一本分のエネルギー消費の差でスザクさんをエネルギー切れに追い込むことに成功したのだった。

 

『さて、少し早いけどお昼ご飯にしようか』

「はい、ちょっともう疲れました」

 

 スザクさんの言葉に従い、コックピットから降りる。

 長時間コックピットに座っていたからか、身体が固まっていたので手を組んで上に伸ばす。

 

 背中や胸から音が鳴り、どれほど集中してシミュレータに籠っていたのかを実感させられた。

 

「お疲れさま」

 

 身体を伸ばしたり傾けたりして身体をほぐしている私のところに、水の入ったペットボトルを2本持ったスザクさんが現れる。

 スザクさんは、私が身体を起こすのを見計らって左手に持った水を渡して来た。

 

「ありがとうございます」

「気にしないで。

 それにしても、アリスがKMFの操縦をするのは、本当に今日が初めてなのかい?」

「はい、でもスザクさんもKMFの操縦は昨日が初めてでしたよね」

「僕の場合、正規の訓練こそ受けていないけれど、軍が僕たち名誉ブリタニア人を使って実験データを収集するために何度かシミュレータ上で乗せてもらったことがあったんだよ。アリスの場合はシミュレータも含めて今日が初めてだろう? 比較にならないさ」

 

 そう言って、スザクさんは手に持った水に口をつける。

 

 それを見て、私も喉が渇いていたことを思い出し水を飲んだ。

 

「……それは、そうですが」

「素直に誇りなって。君の実力は本物なんだから。

 まあ、昨日乗ったのが初めての僕の言葉だと、信用できないかもしれないけどね」

 

 スザクさんは、その顔に苦笑いを浮かべる。

 

 私は、スザクさんの、その自虐的な言葉に反論するために口を開いた。

 

「スザクさん、それは――」

 

 

 

 だが、その言葉は、直後にこの研究室に入って来た憲兵の様な服装をした男たちが発した言葉に遮られる。

 

「――枢木スザク准尉、枢木スザク准尉はいるか」

 

 彼等はそう言って、この研究室の中をぶしつけに見回す。

 そして、スザクさんを見つけると同時に、彼らはこちらにとびかかって来た。

 

 いくらスザクさんでも、急に複数人に襲われては逃げることができないらしく、あっという間に拘束されることになった。

 

「――何ですか、あなたたちは」

 

 私が彼らを睨みつけながら問いかけると、彼は私の顔を一瞬だけ見つめてから鼻で笑い、私を無視してスザクさんの方を見た。

 

「汚らしいイレブンめ、ようやく尻尾を出したな。

 枢木スザク准尉、貴様をクロヴィス殿下暗殺の容疑で拘束する」

 

 

 

 

 スザクさんを連行してゆく男たちが、扉の向こう側、研究室の外へと消える。

 

 私は、心を落ち着かせるために、小さくため息をついた。

 

 ――神聖ブリタニア帝国第3皇子にして、ここエリア11の総督であるクロヴィス・ラ・ブリタニアの暗殺

 

 それが、スザクさんにかけられた疑惑の正体だった。

 

「馬鹿げてる。明らかなアリバイがあるのに」

 

 先日のシンジュクゲットーでの戦闘、その終了直後にクロヴィス殿下が殺害されたらしい。

 そうだというのなら、スザクさんが犯人なわけがない。スザクさんはその時、ランスロットに乗っていたのだから。

 

 この研究室には、その時採取した機体のデータが存在している。確固たる証拠が存在しているのだ。

 

 そうであるにもかかわらず、スザクさんがクロヴィス殿下を暗殺した犯人として逮捕された。

 あまりにも杜撰な捜査、それに強い怒りを覚える。

 

 

 だが、実は私はスザクさんのことはそれほど心配していなかった。

 なぜなら、この事件はコードギアスという物語のストーリー上に存在した事件であり、スザクさんに無罪判決が下され、生きて帰って来ることが確定しているからだ。

 

 ――けどまあ、万が一のために、念のため証拠集めだけはしておこう

 

 この騒動に研究室内が騒然としている中、私は近くにいた研究員の人に声をかける。

 

「あの、すみません」

「……あ、はい。なんでしょう」

「先日のシンジュクゲットーにおける戦闘、その時のランスロットのコックピット内の映像をまとめておいてもらうことはできませんか」

 

 私のその言葉に、研究員の人は少し表情を硬くして、目の前のコンピュータを操作してから応えた。

 

「……わかりました。私たちの方で、枢木准尉の無実の証拠を集めておきます。

 ですので、アリスさんは先ほどの事をロイ……いえ、セシルさんにお伝え願えますか」

 

 ――研究以外のこういう件に関しては、ロイドさんは部下にも信用されていないのか

 

「了解です」

 

 短く返し、此処とは別の場所で書類の整理をしているであろうセシルさんに、このことを伝えに走る。

 

 

 

 

 ――が、その為の一歩を踏み出したところで、私は勢いよく転倒した。

 

 ……満足に歩くことすらできない私が、走るなんて無理な話でしたね。

 

 

 

 

 

 

 そして、その次の日。

 

『まもなくです、まもなく時間となります。

 御覧ください、沿道を埋め尽くしたこの人だかりを。

 

 ――みな待っているのです。クロヴィス殿下殺害の容疑者、名誉ブリタニア人の枢木スザクが通るのを。

 

 元イレヴンを、今か今かと待ち構えているのです!』

 

 研究員の人に協力してもらいパソコンの画面に映したテレビの映像、私はこの場にいないロイドさんとセシルさん、ランスロットの整備などの仕事がある人達を除いた特派の人達全員でそれを見つめていた。

 

「酷い演出ですね。冷静な声を熱狂的な方たちだけで覆い隠して、真実を捻じ曲げる」

 

 私は、自らの思いを口に出さずにはいられなかった。

 

 私は、コードギアスという物語の知識から、これが演出されたものだと知っていた。

 後に黒の騎士団の情報関係の責任者に任ぜられる男、今はHi-TVというテレビ局の、エリア11トウキョウ租界支局報道局に所属しているスタッフ、ディートハルト・リートによって演出されたものだと知っていた。

 

 知っているが故に、私は報道の醜悪さ、大衆の真実を誇張し偽りへと変えるそれへの憤りを隠すことができなかった。

 

 私の言葉を聞いた研究員の人の一人が、そんな私の言葉を諭すように告げる。

 

「マスコミとはそういう物だよ。全てではなく、物事の一側面を知らせるのがマスコミという物だからね。

 むしろ、まだ嘘を伝えていないだけこれは誠実だよ。私たちのように、スザク君が無実だと冷静にとらえる人もいれば、この熱狂的な人たちがいるというのもまた事実であるのだから」

「それは……理解しています」

 

 研究員の人の声に、言葉を詰まらせる。

 

『おっ、見えてきました。枢木容疑者です。枢木スザクが、まもなくこちらに――』

 

 テレビに、スザクさんを乗せた護送車両の姿が映った。

 それを伝えるナレーターの声の影に、スザクさんを罵倒する群衆の声が混じる。

 

 ――人でなし!

 ――イレヴンめ!

 ――クロヴィス殿下を返せ!

 

 心無い罵声。

 その言葉を聞いていると、私の脳裏にふと、「これが普通のブリタニア人だったらこんなにも罵倒されるのだろうか」という考えが浮かんだ。

 

 

 クロヴィス殿下無き今、軍は純血派と呼ばれる一派が統率している。

 純血派の理念は、軍の人間は兵士一人に至るまでブリタニア人が務めるべき、というもの。

 

 観衆の中にも、これに近い思想、ブリタニア人とそれ以外を差別すべきという思想を持っている人間は多いだろう。

 

 そう考えると、あの場にいるのが普通のブリタニア人であったなら、きっとあんなにも罵声が飛び交うことはなかっただろうに、と考えてしまう。

 

「スザク君が無実だって、私たちは知っているのに……」

 

 スザクさんに対する罵声が聞こえたのか、テレビを見ている私たちから少し離れた場所で仕事をしていたセシルさんがそう呟いた。

 

 セシルさんのその言葉を聞いたロイドさんが、少し疲れたような口調でセシルさんに告げた。

 

「法廷が僕らの証言を取り上げないって決めたんだ。仕方がないよ」

「でも……」

 

 セシルさんが、何か言いたげに言葉を途切れさせる。

 そんな様子に気が付いたロイドさんが、不思議そうな声色で彼女に問いかけた。

 

「ねえ、それって博愛主義? それとも人道主義?」

「こんな時に言葉遊びですか」

「君だって知ってるでしょこういうケース、サミットでシュナイゼル殿下(あの人)には連絡取れないし、もうあきらめるしかないよ」

 

 そう言って、ロイドさんは小さくため息をついた。

 言葉の上では何でもないように言っているが、ロイドさんにも何か思うことがあるのだろう。

 

 それが、スザクさん(身近な人間)がいなくなることに対する思いか、スザクさん(ランスロットのパーツ)が無くなることに対する思いかはわからないが。

 

『怨嗟の声が、怒りの声が揚がっています。殿下がどれほど愛されていたかという証の声です。

 

 ――テロリストを裁く、正義の声なのです!』

 

 アナウンサーの男性が、強く謳い上げる。

 

 ……この放送を見ていると、強く感じる。

 何のための名誉ブリタニア人制度なのだろうか、と。

 

 

 ブリタニアには、名誉ブリタニア人制度というものがある。

 これは、植民地出身者であるナンバーズであっても、役所に書類を提出しさえすれば簡単なチェックを受けるだけで、法的にブリタニア人と同等の権利を持った存在である『名誉ブリタニア人』になれるというものだ。

 

 

 そんなものがあるにもかかわらず、純血派のような存在が、名誉ブリタニア人を差別するような風潮が存在している。

 

 心の中に、小さくない感情が沸き上がり始めた。

 

 その直後、テレビの画面が切り替わる。

 

『事件を解決したジェレミア辺境伯自らが、代理執政官として指揮を執っています』

 

 スザクさんに罵声を浴びせる群衆の絵から、護送車とその護衛を指揮する純血派のリーダー、オレンジ卿……ではなく、ジェレミア・ゴットバルト卿に映像が切り替わる。

 

 瞬間、私の中にあった負の感情が一気に萎んだ。

 

 ――何故か。

 

 別に彼に一目ぼれしたとか、彼の美貌に見とれてしまったからとかではない。

 

 彼は、コードギアスという物語の果てにオレンジ農家を営む事になる。

 その理由、それを今思い出したからだ。

 

 

 ――彼が、オレンジ農家を営むようになる理由は、今から起こるとある事件が原因である。

 

 

 その時、画面の向こうの護送車が、その動きを停止させる。

 

『これは、どういうことでしょうか。

 枢木容疑者を乗せた護送車が停止しました。これは予期せぬことでしょうか。

 ここで停止するというのは、予定にありません。何かのアクシデントでしょうか?』

 

「――来る」

 

 興奮のあまり、画面の前で今から事が起こることをつい口にしてしまった。

 

 画面が再び切り替わる。

 そこには、いかにも豪華な青と白の二色が眩しい車が前方から走ってくる姿が映されていた。

 

『――こ、これは!? クロヴィス殿下専用の御料車です。

 見えますか、正面から向かってきます』

 

「これは……」

 

 研究員の一人が、呆然とした様子で呟いた。

 

 車は護送車の前で止まり、そこから黒い仮面にマントの様なものを羽織った男が現れる。

 

『な、何者でしょう、この人物は。

 自らをゼロと名乗り、護送車の前に立ちはだかっています』

 

 

 ゼロ、この仮面を被った不審者こそ、コードギアスという物語の主人公である。

 彼もまた、私と同じでギアスという特殊な力を持っている。

 彼の力は『絶対遵守』、たった一度だけだが、他者に強制的に命令を下すことのできる力だ。

 

 

 彼は、ジェレミア卿の合図に従い空から降りてきたKMFによって自身の周りを囲まれるが、おびえたような素振り一つしなかった。

 

 当然だ。彼は、自身を撃たせない為の『武器』を持ってきているのだから。

 

 彼が指を鳴らすと、護送車の後方部分に、何らかのカプセルの様なものが出現する。

 

「――毒ガスだとっ!?」

 

 テレビを見ていた研究員が、驚いたようにそう言った。

 

 

 そう、護送車から出てきたカプセルは、先日のシンジュクゲットーで毒ガスが入っているとされ、捜索されていたカプセルである。

 

 

 彼は、今この瞬間、周囲にいる全ての市民を人質としたのだ。

 

 

 私は、席を立って、テレビの前から外に出るためのドアの方に向かった。

 

「どこに行くんだい?」

 

 ロイドさんが、愉快そうに私に問いかける。

 

「ロイドさん、思い出したことがあるので、外出してもいいですか」

 

 私の言葉に、何かを勘違いしたのか、セシルさんが思いつめたような表情で私に何かを言おうとする。

 だが、ロイドさんに手で止められ、口をつぐんだ。

 

「いいよー、怪我はしないようにね」

 

 ロイドさんに許可を貰えたので、ロイドさんに頭を下げると私は研究室を出た。

 

 

 それにしても、()()()()()()()()()()()()心配してくれるなんて、ロイドさんは意外と優しい人物でびっくりした。

 

 

 

 

 この直後、ゼロによってジェレミア卿は『オレンジ』というありもしないスキャンダルをでっち上げられ、『絶対遵守』の力によりゼロ達を「全力で見逃す」事になる。

 

 その光景を、ロイドは愉快そうな顔で不満そうに笑いながら見ていた。

 

 

 

 

 

 ザ・スピード。

 その力を使い、ゲットー中をを目にも留まらぬ速さで跳び回る。

 

 目的地は、崩れた劇場らしき施設。コードギアスにおいて、ゼロが、仲間であるテロリストたちと仮の拠点として使っていた場所だ。

 

 

 私が思い出したのは、スザクさんがゼロに救出されたのち、その劇場でゼロと少し話して別れた後、彼には自分の足で法廷に向かう様子を見せながら、実際はそこまでたどり着けなかった、ということだ。

 その描写はつまり、スザクさんはかなり消耗しているということを示している。

 

 その為、私はスザクさんを迎えに行こうと考えたのだ。

 

 20分ほど跳び回った結果、額に赤いバンドをした数人の集団が入り口近くで集まっていた劇場を見つけることができた。

 

 流石に真正面から入るわけにはいかないので、裏手に回る。

 

 すると、ちょうど劇場から出てきたスザクさんを見つけた。

 

「スザクさん、迎えに来ました」

「っ!? アリス!? どうしてここに……」

「だから、迎えに来ました。

 スザクさんの身体は、純血派の『事情聴取』のせいでかなり消耗していると思ったので」

 

 私の言葉に、スザクさんは困ったように笑う。

 

「あはは、ありがとうアリス。

 ――でも、車もないのにどうやって僕を送ってくれるつもりだったの?」

「それは、スザクさんをおぶって……あ」

 

 そこまで口にして、私は自分の身体が前とは異なり子供になっていることに気が付いた。

 

 これでは、スザクさんをおぶって支えることなど、到底できない。

 

「あはは……」

 

 私は、スザクさんに笑ってごまかす。それだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ――結局、シミュレータが終わってからも外すのを忘れていた私のインカムを使い、セシルさん達を呼ぶことになった。



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4話

 夜、誰もが寝静まった静かな夜。

 

 そんな夜中、特派の研究室にはキーボードを叩く音が微かに響いていた。

 

 その音の主は二人、特派のツートップであるロイドとセシルだ。

 

「これでお引越しの準備は終わり!

 ……随分遅い時間になってしまいましたね。もういい時間ですから、ロイドさんも寝たらどうですか」

 

 セシルは、自身の仕事である事務処理を終え、隣で研究を進めているであろうロイドに声をかけた。

 

「悪いけど、もう少し待って。

 気まぐれで拾った拾い物が思ったより良いものだったからね、そのデータをまとめるのに忙しいんだ」

「拾い物……あの子の事ですか」

 

 ロイドの言葉を聞いたセシルは、視線を研究室の片隅に向ける。

 

 そこには、毛布に包まって眠る少女、アリスの姿があった。

 

「そう、あの子だよ。面白いよね、あの子。

 シミュレータ上とはいえ、ランスロットを使いこなしているんだ。並みの人間では扱うことも難しい、僕のランスロットを」

 

 ロイドの言葉に、セシルも同意を示す。

 

「たしかに、そうですね。

 反応速度はスザク君には僅かに劣りますけど、それでも皇族の親衛隊以上。判断能力や不安定な姿勢における機体制御などは、ほんの僅かですがスザク君を上回っています」

「反応速度が遅いのも反射的な行動を一切しないからだし、たぶん動体視力や思考速度はスザク君より良いんじゃないかな。

 おまけに、それだけの力を持ちながら、まだ成長の余地を残している。恐ろしいパーツだよ、彼女は」

 

 ロイドの言葉に、自身の端末の電源を落としたセシルは、少し緊張した様子で問いかけた。

 

「恐ろしいというのは、彼女の騎士としての、KMFのパイロットとしての力の事ですか。

 ――それとも、彼女が敵であるかもしれないということですか」

「純粋にパーツとしての性能を見て、だよ。あの子は僕たちの敵にはならないさ。

 そんなことを言うということは、調べたんだろう。彼女の身体のことを。

 君は、彼女が僕らについている嘘のことに気がついたんだろう?」

「……はい、アリスさんのKMFに乗ったことがないという言葉が、嘘だというのはわかりました。

 彼女の筋肉は、明らかにKMFパイロットの筋肉の付き方をしていましたから」

 

 それを聞いたロイドは、キーボードを叩いていた指の動きを止める。

 

「まあ、そうだろうねえ。彼女は、KMFに乗ったことがあるはずだ。

 むしろ、あれほどの逸材がそうでないことの方がおかしい」

「わかっていたなら、どうして彼女を軍に入れたんですか。いつ裏切るかもしれないような子を……どうして」

 

 セシルは、悲痛そうな声でロイドに問いかける。

 おそらく、この二日間で彼女に情を持ってしまったのだろう。

 

「裏切らないと確信しているからさ。

 ――彼女の血中から、明らかに合法ではない薬品が複数投与されていた形跡が見つかった。

 それに、彼女の細胞の一部が、普通の人間の物ではないものに置換されていることがわかっている。

 脳にも、何らかの異物が存在しているみたいだよ。

 

 ――セシル君、僕の言いたいことはわかるかい」

 

 ロイドの言葉に、セシルは驚愕する。

 

「まさか、人体実験ですか!? あんな中学校も出ていない様な子供に!?」

「そんなに珍しいことでもないでしょ? 大規模なテロ組織が人体実験をしていた例なんて、知らべればいくらでもある。

 ――だから僕は、彼女が敵になるとは考えていないんだよ。

 だれだって、自分の身体をおもちゃにするような場所にはいたくないだろうからね」

 

 ロイドの言った言葉に、セシルは口を閉ざした。

 

「さて、これでよし。

 セシル君、憐れんだりする必要はないよ、それこそ彼女に向けてはいけない感情だ。

 パーツについて触れるのは、その性能だけで十分さ」

 

 口を閉ざしたセシルに、ロイドはそう告げて席を立った。

 

「じゃ、セシル君おやすみ」

 

 研究室の扉を開け、ロイドは研究室を後にする。

 

 

 

 そこには、俯くセシルだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうしてこうなった。

 

 私は、朝起きて早々に恐ろしいものを見ることになった。

 

「あら、おはようアリスさん」

 

 視線の先には、笑顔でほほ笑むセシルさんがいる。

 

 そして、その手元にはお皿に乗せられた大量のおにぎりがあった。

 

「……」

 

 笑うしかない。

 

 味音痴のセシルさんが用意したおにぎり、全弾当たりのロシアンたこ焼きを前にした気分だ。

 

「せ、セシルさん。おにぎりの具は何ですか?」

「中身? ブルーベリーにイチゴ、カスタードと……それに生チョコよ。

 租界でいいものが手に入ったから、ついつい作り過ぎちゃったの。遠慮せずに食べてね」

 

 優し気な雰囲気を漂わせるセシルさん。

 だがなんだろう、私はその笑顔に恐怖しか感じることしかできなかった。

 

 というか、何故おにぎりに甘いものを入れる。一般的な具材は調べなかったのか。

 

 とりあえず、これを私一人ですべて食べるのは嫌だ。だれか巻き込んで食べる量を減らそう。

 

「すみません、寝起きで食欲がないんです。食べるのは少し後にしてもいいですか」

 

 此処には私とセシルさんしかいない。研究室に他の人が来るまでの時間を稼ぐ。

 

「あら、そうなの。なら、その間に私はもっとたくさん作っておくわ」

 

 ――やらかした!!

 

 セシルさんの言葉に、全身から冷や汗が湧き出る。

 私は、慌ててそれを止めた。

 

「い、いえ、大丈夫です。私は小食ですから、たくさん作ると無駄になってしまいます。

 食べ物を無駄にするのは良くないですよ、無駄使いは良くないです」

「うーん、それもそうね」

 

 セシルさんの言葉に、ほっと息をつく。

 これで、あんなゲテモノが増えることはないだろう。残るのは、すでに作られてしまったものだけだ。

 

「セシルさん、食べ物だけでは喉が渇いてしまうので、飲み物をとってきますね」

「そう、ならお願いするわね。

 隣の執務室に魔法瓶に入った紅茶があるから、それをお願い。コップは自由に好きなのを持ってきていいわよ」

「わかりました」

 

 セシルさんの言葉にうなづく。

 

 ――戻ってくるまでに、誰か来てるといいなあ。

 

 そう思いながら、私はドアを開ける。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 ――その先には、扉の陰に隠れようとしている研究員の人達がいた。

 

 思わず、無言で見つめ合う。

 

「――お、おはようアリス准尉」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、研究員の内の一人が苦笑いを浮かべながら私に挨拶をしてくれた。

 そんな皆さんに、私は笑顔を作って挨拶を返す。

 

「おはようございます、皆さん。

 ――ちょうど良かった、一緒に朝ごはんでも食べませんか」

 

 

 というわけで、今日の朝食はみんなで仲良く分け合うことになった。

 

 ――たくさんの人と食べるご飯は、楽しいですよね!!

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の後は、仕事の時間である。

 とはいっても、昨日とは異なり、私の仕事はシミュレータを使用したデータ収集ではなく、書類などの荷物運びである。

 

 何故そんなことをしているのか。

 それは、今日の仕事は引っ越しの準備だからだ。

 

 私たち特別派遣嚮導技術部は、クロヴィス殿下殺害による軍内部でのごたごたの影響で、この研究室から引っ越さなければならなくなった。

 その期日が明日の様なので、前日である今日から準備をするのだ。

 

 私は歩行に不自由しているが、足に障害を持っているわけではない。単純に歩行に慣れていないだけである。

 その為、それほど重くないものであれば、きちんと持って歩くことができた。

 

 

 事務室と研究室、それに外にあるトレーラーの間を行ったり来たりと歩き回る。

 

 スザクさんが書いたランスロットに関するレポート、研究員の人の新しいMVS武装提案書、世界のプリン全集、周辺部隊に対する模擬戦闘の申請書など様々な書類を運んでゆく。

 

 また、何度も往復するうちに歩行にも慣れ始め、走りさえしなければ転ぶこともなくなった。

 

 

 

 

 

 往復数が50を超えた頃、時間は10時を迎えた。

 

 私は、荷物運びを止め、お昼ご飯づくりに移ることになった。

 

 目的はセシルさんがお昼ご飯を作成することの阻止だ。

 もともとは軍の食堂で食べることができる予定だったのだが、セシルさんが自分で作るからいいと言って断ってしまったらしい。なんてことだ。

 

 もちろん、ロイドさんに許可は貰っている。

 ロイドさんは、セシルさんのごはんは食べたくないらしい。

 

 お昼ご飯の材料費は、研究員の人達から貰うことができた。

 みんなも、セシルさんのご飯は食べたくないようだ。

 

 行先は、租界のショッピングモール。

 ナンバーズである私が不用意に歩くとと危ないので、ロイドさんが用意してくれた軍服を着て行く。

 

 軍の施設から出て15分ほど歩けば、目的地のショッピングモールにたどり着くことができた。

 

 ショッピングモールに行くと、そこには少なくない人数の人がいる。

 その人影に混ざり、私も食料品を買うことにした。

 

 野菜売り場を回り、研究員の人から貰った主要の野菜の定価が書かれたメモを手に、安い野菜を探す。

 

 見て回ったところ、人参、玉ねぎ、長ネギ、ジャガイモ、キャベツ、アスパラガス、トマトが安いようだった。

 

「それなりに量も作る必要があるから、カレーとかがいいかな」

 

 カレーの一般的な具は、豚肉、人参、玉ねぎ、ジャガイモだ。

 ジャガイモは私が嫌いだから抜くとして、豚肉、人参、玉ねぎさえあれば問題ないと思う。

 

 そんなわけで、野菜売り場で人参と玉ねぎをかごに入れ、そこから離れてカレーのルウと豚肉を手に入れることにした。

 

 肉売り場に行くと、そこでは多めの豚肉が安売りしていた。

 パックに入れて小分けにされたそれらを手にとり、いいものがないか探す。

 

 そんな中、ふと傍を通った日本人らしき女性2人組の言葉が耳に入った。

 

「今日は豚肉が安いみたいね。晩御飯は豚汁にでもしようかしら」

「豚汁……おいしそうね。夫が豚汁嫌いだから、ここ数年食べてないわ。

 そうね、私は生姜焼きにでもしますか」

 

 ――豚汁

 カレーと一緒に出すことは悩んだが、ちょうど肉も安いし、いいかもしれない。

 場所によっては、牛丼屋でカレーと味噌汁が一緒に出るのだ。なら、カレーと豚汁も問題無いに違いない。

 

 カレーに使うには多めの肉を手に取り、野菜売り場へと戻る。

 そこで長ネギと追加の人参をかごに入れ、近くの売り場で味噌、だし、ごま油などの調味料を購入。カレールウも忘れずに購入する。

 

 それらをレジでお会計をしたのち、大きな袋二つにそれらを詰め、持って運ぶことにした。

 

 ちなみに、ゴボウは売っていなかった。太平洋戦争後の裁判で捕虜にゴボウを食わせた兵士が罰せられたと聞くし、前の世界で英国に当たるこのブリタニアには、もしかしたらゴボウを食べる習慣がないのかもしれない。

 

 特派全員分の量とあってかなり重いが、魔女のコピーと融合しているこの身体はそれを軽く持ち上げる。

 両手にそれぞれ持ち、うまくバランスをとりながら来た道を戻る。

 

 無事、転ばずに施設の食堂までたどり着くことができた。

 

 

 軍の食堂に到着すると、そこの厨房の一角を借りる。

 年齢の関係で買えなかった調理酒があることを確認して、調理に移った。

 

 まず、大根と人参は皮をむいていちょう切り、玉ねぎはくし形切り、豚肉は適当な大きさに、とそれぞれの具材を切る。

 次に豚肉をごま油で炒め、二つの鍋に炒めた豚肉を入れる。

 そして、二つの鍋の片方には人参と玉ねぎを、もう片方には人参、玉ねぎ、大根を入れる。

 そして、大根を入れなかった方には水を、入れた方には水とだし、酒を入れて煮込んだ。

 

 煮込んでいる間に、包丁とまな板を洗い、片付けておく。

 ついでに米を洗い、炊飯器のスイッチを入れた。

 

 肉から出たアクを取り、焦がさないようにかき混ぜながら、時折二つの鍋の野菜の硬さを確認する。

 

 しばらく待つと、大根を入れていない方の鍋の野菜が柔らかくなったので、そちらのコンロの火を止め、カレーのルウを溶かし始めた。

 ルウが溶けるのを確認した後、カレーを軽くかき混ぜながら、コンロの火を入れる。

 同時のもう片方の鍋の火を止め、時折カレーの鍋をかき混ぜながら、味噌を溶かした。

 

 味噌が溶けるのを確認すると、その鍋――豚汁の鍋に火をつけた。

 

 これで、カレーと豚汁の完成である。

 

 時間を確認すると、時刻は11時47分だった。お昼ご飯にはちょうどいい時間だ。

 

 

 厨房の人の好意から台車を借りることができたので、それに炊飯器と鍋、お皿を乗せて特派まで運んだ。

 

 

「――ご飯ですよー!」

 

 研究室の扉を開けて、大きな声で叫ぶ。

 本来であれば軍隊ではこんなことをしてはいけないが、特派は例外だ。主任があんな人なので、かなりアットホームな形になっている。

 

 作業を止めた人たちに、よそったカレーライスと豚汁を渡し、ロイドさんとセシルさんを含めた全員にいきわたったことを確認してから、自分も食べることにした。

 

 ――うん、甘口で正解だった。

 

 小さく頷く。

 昨日の朝食のことを考え、子供の舌になっていると予想してカレーは甘口にしたが、どうやら正解だったらしい。

 僅かな辛みが舌を刺激し、しかししっかりとした旨みと甘みを感じる。

 

 子供の頃に食べた、学校給食のカレーに近い味のような気がした。

 

「おいしい」

 

 次に、豚汁に手を付ける。

 本当は厨房で味見をするべきだったのだが、つい忘れてしまったのだ。

 

 器に口を付け、熱いので一口だけ汁を飲む。

 

 ――こっちも、上手くできてる。

 

 少し物足りない感じがしたが、肉の旨みや味噌の味が溶け込んでいておいしかった。

 さらに、豚汁の温かさで身体が内側から温まるのもいい。

 

 ほっと、身体が落ち着いた。

 

 ――今度作る機会があれば、醤油を少し足すのも良いかもしれない。

 

 息をつきながら、そう思った。

 

 

 

 ご飯と豚汁は無くなったがカレーは残ったので、あんドーナツを作る要領でカレーパンにして、差し入れとして研究室の隅の机に置いておく。

 

 鍋とお皿を片付けると、私も書類運びの仕事を再会した。

 

 今度は、外に運び出す書類ではなく、施設内の別部署に届ける書類である。

 セシルさんの後ろを歩きながら、セシルさんが運びきれない分の書類を持つ。

 

 3時間ほどで、全ての書類を運び終えることができた。

 

「これで終わりね。お疲れさま、アリスさん」

「はい、セシルさんもお疲れ様です」

 

 書類を届けた際に代わりに受け取った書類を執務室に置き、一息つく。

 見れば、セシルさんは魔法瓶から紅茶を2つのコップに注いでいた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 紅茶を渡されたので、お礼を言って受け取る。

 

 一口飲んでみると、少しぬるくなっていたがおいしく飲むことができた。

 

「――ふぅ、おいしかったです。

 後は、何か手伝うことはありますか?」

「大丈夫、あなたに手伝ってもらうようなことは、これで終わりよ。本当にご苦労さま」

 

 そう言って、セシルさんは私に微笑んだ。

 

 セシルさんと少し話して、私は研究室に向かった。

 

 扉を潜る。

 研究室の方も片付いたようで、ランスロットもなくなり、随分とすっきりした空間に変わっていた。

 

 研究員の人達も仕事を終えたようで、何人かずつで集まって世間話をしている。

 

 ロイドさんだけが、カタカタとキーボードを叩いている。

 

 ふと、その時ロイドさんが指を止め、顔を上げてこちらを見た。

 

「アリス君、ちょっとこっちに来て」

 

 気の抜けたような声、その声に従って私はロイドさんの下に歩いた。

 

「はい、どうしましたかロイドさん」

「うん、ついさっきいいものが手に入ったからね。

 

 ――残念でした、君のIDカードだよ。今日から君は、正式にブリタニアの国民さ。

 ま、名誉だけどね」

 

 ロイドさんが、私にカードを投げつけてくる。

 私はそれを受け取り、軍服のポケットに入れた。

 

「ありがとうございます、ロイドさん」

「いいよいいよ、君は貴重なパーツだからね。君がここに留まる様に全力を尽くすさ」

 

 ――ID、簡単に言えば戸籍だ。

 

 これで、私は地に足の着いた人間になったことになる。

 

 少しだけ、うれしかった。

 

 

 

 

 

 

「それと、スザク君が明日釈放されるらしいから」

 

 それに続けて、ロイドさんがさらりと告げた。



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5話

 

 

 今日は、引越しの日。

 そして、スザクさんが釈放される日でもある。

 

「スザクさんが釈放されるのは何時ごろなんですか?」

 

 引っ越し作業を進めるセシルさんに、工具箱をトレーラーに移しながら私は問いかけた。

 

「上の方からは、スザク君の釈放は午後3時ごろって聞いてるわ。

 スザク君の事情聴取が終わり次第こちらに連絡を入れてくれるみたいだから、連絡が来たら迎えに行きましょうか」

 

 セシルさんの言葉に、私は肯きをもって返した。

 

 私の仕事は、昨日積み込んだ物が、きちんと積み込まれているかの確認だ。

 手元にある一覧と見比べ、きちんとチェックするように言われている。

 

 ランスロットの武装から工具一つに至るまで、指で指しながら一つ一つ声に出してあることを確認してゆく。

 

 声に出すことは重要だ。

 指差し呼称や声出し確認などと呼ばれる行動は、ヒューマンエラーが起こる可能性を大きく下げるとされている。

 ここエリア11ではどうなのかはわからないが、私がいた日本では、鉄道などの命にかかわるような物には指差しと声出しは必須の行為だった。

 

「模擬戦の申請書、よし。KMFの設置許可書、よし。世界のプリン全集……まあ、よし。これで全部かな」

 

 ただ、この指差し呼称、私の様な子供がやっているとごっこ遊びをしているようにしか見えないという欠点がある。

 ……いや、指差し呼称のことを教わったことがないから、セシルさんとかの真似をしているように見られているのだろうか。

 

 理由はどちらにせよ、これをしていると研究員の人達から微笑ましい目で見られるのだ。

 私は、これが嫌だった。

 

 ふとそんな時、リストの中に三日前に私が使ったシミュレータが含まれていないことに気が付く。

 近くにいたセシルさんに、シミュレータを持って行かなくていいのか確認する。

 

「セシルさん、リストの中にシミュレータがないのですが、持って行かなくていいのですか」

「シミュレータ? ああ、あれね。あれは普通のシミュレータではないから、本国のシュナイゼル殿下旗下の研究機関に送ることなっているのよ」

 

 普通のシミュレータではない? いったい何が違うのだろうか。

 

「普通じゃないって、何か特殊な技術でも使われているんですか?」

「そういえば、アリスさんは一般のシミュレータを使用したことがなかったわね。

 普通のシミュレータは、あのシミュレータのように機体のGを再現してはくれないのよ」

「え、機体のG再現は普通のシミュレータにはついてないんですか」

「ええ、そうよ。だから、今度引っ越し先でシミュレータを使用するときは、そのことを忘れないでね」

 

 そうか、機体のGの再現は普通は行われないのか。

 

「わかりました」

 

 私は、セシルさんの言葉に肯くと、自分の仕事に戻った。

 

 

 

 

 トレーラーに荷物を積み込むと、一つ問題が発生した。

 

 あまりにも荷物が多すぎたため、荷物がトレーラーに入りきらなかったのだ。

 

 そのため、私たちは荷物を二回に分けて運ぶことになった。

 まずは、すでに乗っているランスロットとその武装関連の荷物。

 次に、それ以外、という形だ。

 

 引っ越し先は、技術系の大学だ。

 施設の一部を間借りして、そこで私たちは研究をするらしい。

 

 ここから大学までは、車で20分ほどかかる。

 現在時刻が12時34分なので、荷物の搬入などの時間を考慮すると、終わるのは14時30分頃だろう。

 

 ――なんとかスザクさんを迎えに行くことはできそう。

 

 スザクさんが釈放されるのは15時なので、このままいけば迎えに行くことができそうだった。

 

 

 だが、この考えは叶うことはなかった。

 

 大学に到着して、二つ目の問題が発生したためだ。

 

 

 研究員の人の運転で、大学に到着する。

 一旦、トレーラーを大学前に止めると、外側の助手席に乗っていたセシルさんが車を降りて、書類を持って大学に入っていった。

 

 少しの間、暇な時間が流れる。

 

 ふと私は、この大学のむかいにある学園、アッシュフォード学園に目が向いた。

 

 ――なんというか、貴族の人が通う学校みたいだ。

 

 正面玄関から校舎までは、白いアーチの様なものが続き、そのアーチの周りには綺麗に整備された芝が生い茂る。

 校舎も白く輝いていて、見る者に清涼感を与える色合いになっていた。

 

 確か、私の記憶では内装も豪華だったはずだ。

 小さなパーティーであれば、そこで催すことができてしまいそうな作りだったと覚えている。

 

「何、気になるの?」

 

 そんな私の様子を眼にしたのか、ロイドさんが声をかけてきた。

 

「いえ、学校そのものに興味があるわけではないんです。

 ただ単純に、すごくきれいだな、と思っただけなので」

「ふーん、そう。つまんないなあ」

 

 私の言葉が興味を持つ様な物ではなかったためか、ロイドさんはそれっきりそっぽを向いてしまった。

 

 

 

 そして、待つこと15分。ようやくセシルさんが戻って来た。

 

 ――ただし、すごい冷たい笑顔で。

 

 私と運転手である研究員の人は、すぐにロイドさんを見た。

 私はロイドさんやセシルさんと会って間もないが、基本的にセシルさんが怒っているときはロイドさんが原因だからだ。

 

 セシルさんは、車に乗り込むと、ロイドさんに問いかける。

 

「ロイドさん、KMFの搬入許可の書類、大学と軍に出しましたか?」

 

 その言葉で、私たちはすべてを察した。

 

 

 

 そんなわけで、大学には何一つ降ろさずに、研究室に戻ることになった。

 

 研究室に着くと、そこにいた特派所属の研究員の人達にセシルさんが事情を説明し、ランスロットとその武装をトレーラーから降ろす。

 代わりにそれ以外の物をすべて積み込み、トレーラーは再び大学を目指して出発した。

 

 今度は、私は居残りだ。

 少し不満だったが、私はランスロットの補欠デヴァイサーなのだ。スザクさんがおらず、ランスロットがここにある以上、もしもの時のために私は残らなければならないらしい。

 

 大学までの往復の時間と、運んだ物品を大学内に運び込むまでの時間を考えると、トレーラーが戻ってくるのは1時間後。

 それまで、私は完全に暇である。

 

 私は、トレーラーが戻ってくるまでの間、研究員の人達と世間話をすることにした。

 

 とはいえここは特派、会話の内容もそんな方向に偏るわけで……

 

「――そういえば、ゼロのせいか神戸でもテロがあったみたいだけど、お前お菓子のお取り寄せしてなかったか?」

 

 男性の研究員が、ふと思い出したように傍にいた女性の研究員の人に声をかけた。

 彼の言葉に、彼女は落ち込んだ様子で答える。

 

「……はいはい、してましたよー。昨日のセシルさんのお昼ご飯事件のお礼に、アリスちゃんにおいしいもの食べさせてあげようと思ってしてましたよー。

 お店の経営者、ブリタニア人だったからお店ごと吹き飛ばされちゃったけどね……」

「お、おう。そうか、悪いこと聞いたな」

 

 思ったよりも暗い返答だったためか、男はばつの悪そうな表情を浮かべた。

 

「私のために、わざわざそんなことまでしてくれたんですか」

「うん、ごめんねアリスちゃん。私のお気に入りのチーズケーキ、食べさせてあげられなかったよぅ」

 

 飛びつかれて、腕の中に抱きしめられる。

 悲しみのあまりといった形だったので悪い気はしないが、ちょっと苦しかった。

 

 今は抱きつかれて見えないが、先ほどは本気で泣きそうな表情をしていたので、昔母にされたように背中をさすってあげる。

 すると、落ち着いたのか、声色が泣きそうなものから普段の調子に戻った。

 

「け……く通り」

「ん? 何か言いましたか?」

「ううん、なんでもないよー」

 

 抱き着いてきた彼女が離れ、私に笑顔を向けてくる。

 落ち着いたようで、本当に良かった。

 

「バート、お前も昨日の昼休みにお取り寄せかなんかしてなかったか?」

 

 彼は、今度は近くで雑誌を見ていた男に声をかける。

 男もまた、少し落ち込んだ様子で口を開いた。

 

「してない、いや、してはいたのかな。

 正確には、本国にいた頃からお気に入りの和菓子があったから、二日前から注文してたんだ。

 ……注文したんだけど、その和菓子職人さんの親族がテロに参加したみたいで、取り調べのために一時的に拘留されてるみたいなんだよ。そのことが昨日メールで送られてきたのさ」

 

 また暗い話だ。彼はどうしてこうも地雷を踏むのだろうか。

 

 とりあえず、どうにかしてこの空気を変えよう。

 

「み、皆さんお菓子好きなんですね。研究者の人達って、みんなお菓子が好きなんですか?」

 

 私のその疑問に、先ほどの女性が答えてくれた。

 

「うーん、そんなことはないかな。本国にいた時は、甘いものが嫌いな連中は結構いたし。

 あ、でもここ特派には、お菓子が好きな人は多いよ」

「どうしてですか?」

「えーっと、ほら、セシルさんの手料理って、あんな味じゃん」

 

 そういわれて、脳裏にあの糖分の塊の様なおにぎりが思い浮かぶ。

 近くにいた研究員の人達も考えてしまったようで、みな顔色を悪くしていた。

 

「あんな味だから、チーズケーキみたいに甘さ控えめのお菓子とか、和菓子みたいに優しい甘さのお菓子とか、おいしい甘さの物を各自で探し始めたんだよ」

「な、なるほど」

 

 ――ず、随分と反応に困る返答が……

 

 それにつけ足すように、先ほどバートと呼ばれていた男が言葉を重ねる。

 

「それに、セシルさんはお菓子食べてるときは差し入れしてこないからね。防御手段にもなるのさ。

 ……ああ、予定の分の盾がなくなってしまった。今日セシルさんが来たらどう躱そうか」

 

 そう言って、先ほどよりもさらに悲壮感漂う様子でうなだれた。

 

 

 

 そんな形で、研究員の人達と話に花を咲かせていると、大学からトレーラーが戻って来た。

 

 近くにあった時計を見ると、針は14時50分頃を指している。

 

「ごめんなさいね、遅くなりました。

 ロバートさん達は、ランスロットの積み込みをお願い」

 

 大急ぎでトレーラーから降りてきたセシルさんが、先ほどの彼らにランスロットの積み込みを命じる。

 

 彼らは短く了承の言葉を返すと、慌ただしく動き始めた。

 

「お疲れ様です、セシルさん。

 ロイドさんは、トレーラーの中ですか?」

「ええ、KMFの搬入に関する書類を書いてもらっているわ。

 ランスロットを積み終わったら、私たちは大学に行く前にスザク君を迎えに行く予定だけど、アリスさんも一緒に来るかしら」

「はい、お願いします」

 

 一昨日見たときはかなり衰弱しているようだったので、できれば様子を見たい。

 

 それに――

 

 ――今度は、ちゃんと迎えに行きたいしね。

 

 一昨日の夜は何とも締まらない形となったので、今度こそきちんと迎えに行きたかったのだ。

 

 

 

 ランスロットの積み込みは、10分程度で終わった。

 

 荷物の確認後、すぐにここを出る。

 時刻は15時ちょうど。今からスザクさんのところまでは10分かかるから、少し遅れることになるだろう。

 

 だが、私たちがスザクさんが拘束されていた施設まで行くことはなかった。

 

「遅れちゃったなあ、待ってくれているといいけど」

 

 途中にあった赤信号で足止めされるトレーラー。

 その時、ロイドさんがそんなことをつぶやいた。

 

「もう少しで着きますよね」

 

 私は、ロイドさんのその言葉を聞いてセシルさんに問いかける。

 

「ええ、もうすぐ着くわ。ただ、少し時間が過ぎてしまっているから、もしかしたら軍の施設の方に行ってしまったかもしれないわね」

「そう、ですか。待ってくれていれば嬉しいんですけど……」

 

 また、迎えに来ました、という言葉の後ろに括弧(かっこ)が付くようにはなりたくない。

 

「……あれ、なんで」

 

 その時、窓の外を眺めていたロイドさんが、何かおかしなものを見たような声を上げた。

 

「どうかしたんですか、ロイドさん」

「……見たほうが早いんじゃないかな。ちょっとあれを見てもらえる」

 

 そう言って、ロイドさんは窓の外を指さす。

 

 その先には、サングラスをかけたスザクさんと、猫を抱えたピンク髪の女性がいた。

 

 ――そういえば、釈放された日に会うんだったっけ。

 

 私は、何とも言えない気分で二人を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリタニアには、80人以上の皇女が存在している。

 

 その中の一人に、ユーフェミア・リ・ブリタニアという少女がいた。

 彼女は、今度からここエリア11の新しい総督になるコーネリア・リ・ブリタニアの妹で、姉のコーネリアと同じくここの副総督になる人物だ。

 

 つい最近まで学生として学校に通っていたために有名ではないが、知る人ぞ知る皇女様といえる。

 

 ――そして、コードギアスという作品の中で、最も悲惨な死に方をした人物の候補の一人に挙げられる人物でもある。

 

 

 

 

 その皇女様が、スザクさんと一緒にいた。

 

「あらまあ、スザク君もそういう年頃なのね」

「……たぶん、セシル君の想像とは違うと思うけどなあ」

 

 この様子だと、セシルさんはユーフェミア様の事を知らなくて、ロイドさんはユーフェミア様の事を知っているようだ。

 

「あの、ロイドさん。スザクさんの隣にいるのって、あの人ですよね」

「ああ、アリス君は知ってるのか。

 オリヴァー君、ちょっとスザク君のことつけてくれる。今近づいて話しかけてもいいけど、デートの邪魔するのも野暮だしね」

「了解しました」

 

 運転手の研究員の人に、ロイドさんが指示を出す。

 目の前の信号が青になると同時に、トレーラーは発進。少し先で方向転換し、スザクさん達を追跡し始めた。




スザクはどこでサングラスを手に入れたんだろう


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6話

 

 皇歴2017年

 ユーフェミア・リ・ブリタニアは、エリア11のイレブンに対し、一つの提案を行った。

 

 ――行政特区日本

 

 それは、富士山周辺という限定的な範囲ではあるものの、イレブンに自治権を認めさせ、さらに彼らに日本人という名前を名乗ることを公的に認めた区域を作る、というものであった。

 

 これにより、日本各地で起こっていた小規模なレジスタンスによるテロは消滅。

 ゼロの率いる『黒の騎士団』も、参加を余儀なくされることになる。

 

 なぜなら、この特区に参加しなければ、『黒の騎士団』は日本人からの支持を無くし、自然と解散してしまうからだ。

 

 そう、限定的な物とはいえ日本が復活するというこの特区は、エリア11中の日本人が、そしてテロの消滅という意味では、エリア11中のブリタニア人すらも消極的にではあるが望んだものだった。

 

 そして、コードギアスという物語において、この特区は一応の成功を収めることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ユーフェミアが、特区の成立を祝う式典において、『日本人を皆殺しにしろ』と言わなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、特区は地獄に変わった。

 

 会場にいたKMF達は、その手のアサルトライフルを乱射して集まった日本人を殺害。

 警備に来ていた兵士たちも、その命令に従い日本人を虐殺する。

 

 その牙は会場の外にいた日本人達にも向けられ、ゼロと『黒の騎士団』がブリタニア軍を鎮圧するまで、膨大な人数の死者が出ることになった。

 

 

 これが、外向きの特区日本の結末だ。

 

 もちろん、現実は違う。結末は同じだが、そこに至るまでの過程が大きく異なる。

 ユーフェミアという女性はそんなことを命令する人間ではないし、行政特区は日本人をおびき出すための罠でもない。

 

 黒の騎士団のCEOであるゼロ、彼が自らの『絶対遵守』のギアスを用いて命令したのだ。

 それにより、彼女は自らの意志とは反した行動をとり、結果虐殺を行うに至った。

 

 彼女は、間違いなく被害者だったのだ。

 

 

 

 

 さて、今私の目の前に、そのユーフェミア様がいる。

 猫とニャーニャー言って会話したり、スザクさんの手を引いてウインドウショッピングを楽しんでいるユーフェミア様がいる。

 

「そうよね、スザク君もお年頃なのよね。それなら――」

 

 隣でセシルさんが何か言っているが、意識からシャットアウトする。

 

 私は、彼女を見てとあることに悩んでいた。

 

 

 

 

 彼女に対して行われたゼロの『絶対遵守』は、完全に偶然によって発生したものだった。 

 彼の『日本人を殺せ』という命令、そこに彼の意志は無かった。

 

 彼の持つギアスの暴走。

 彼が冗談で言った一言が力を持ち、ユーフェミア様を縛る『絶対遵守』となったのだ。

 

 

 

 私が悩んでいるのは、この事件を防ぐべきか否かだった。

 

 防ぐ手段があるにもかかわらず防がないというのは非常に冷酷な考えかもしれないが、これを防いだ場合、将来的に世界が滅亡……まではいかないものの、既存の世界の理が崩壊し、よくわからないがとんでもない事態に陥ることになるのだ。

 

 いや、それ以前に、行政特区はゼロの活動が実を成した結果として、世界中のテロリズムを促進することになるだろう。

 コードギアスの外伝に位置する作品『双貌のオズ』は、ゼロの活動によって加速するテロについて描写している。

 『オズ』の時系列は、ゼロがブリタニアに敗北した直後、ゼロが死亡したという知らせが世界中に広まったころの話だ。つまり、世間の認識としてゼロ程の男であってもブリタニアに敗北した、という認識がなされた後の話である。

 

 それにもかかわらず、『オズ』では世界中の激化したテロについての描写がなされているのだ。

 

 

 そう、『ブリタニアに抵抗した』という事実だけで、世界中のテロリストは立ち上がる力を得られたのだ。

 

 

 では、そのゼロが成功してしまったとしよう。どうなるだろうか。

 念のために言っておくが、行政特区はゼロの成功の結果ではない、という意見は無しだ。事実がそうであったも、テロリストたちにとっては、ブリタニアに反感を持つ人々にとっては、ゼロの出した『結果』なのである。

 

 

 そう、成功を収めたという事実が生む力は、抵抗をしたという事実が生む力とは比べ物にならないほど強力な物だ。仮に世界中のナンバーズ達が立ち上がったとしても、ありえないと断じられるものではない。

 

 

 そうなれば、現在のブリタニアによる安定した支配は崩壊し、ナンバーズによる無秩序な自由か、ブリタニアによる苛烈な支配のどちらかを生む。

 

 

「頭が痛い」

 

 口に出さずにはいられなかった。

 なんだこれは、何故人を一人助けようと考えるだけで世界規模のテロを想定しなければならないのか。

 

「頭痛が痛い」

 

 間違った言葉だが、頭が痛いでは足りない私の心境を的確に表していると言えた。

 

「うん、アリス君の気持ちはよくわかるよ」

 

 傍にいたロイドさんが、私の言葉に賛同する。

 その言葉に、そういえば皇族が護衛なしにふらついている現状も、かなり頭が痛い事態だなと思った。

 

 

 

 しばらくして、スザクさん達がその足を不穏な方向に向ける。

 そう、その先はシンジュクゲットー。ついこの間までテロリストがいたとされ、それなりの規模の戦闘があった場所だ。

 

「あの人、自分の立場についての自覚あるんでしょうか」

「あるとは思うよ。最近まで学生だったあの人には、それが足りてないだけで」

 

 何も知らないセシルさんを置いてけぼりにして、ロイドさんと会話をする。

 

「ところで、ロイドさん」

「ん、何?」

「なんで私たち、スザクさんをストーカーみたいに双眼鏡で観察なんてしてるんですか」

「決まってるでしょ。あそこがゲットーだからだよ」

 

 流石に、軍のトレーラーをテロリストがいるであろうゲットーに向かわせるわけにはいかないらしい。

 そのため、私たちは租界とゲットーとの境目にある大きなショッピングモールの屋上で、スザクさんとユーフェミア様を双眼鏡で監視していた。

 

 ちなみに、ロイドさんの双眼鏡は自前の豪華なもので、私の双眼鏡はトレーラーに備え付けられていた黒い武骨な物だ。

 

 セシルさんは此処にはいない。先ほど言ったように、トレーラーの中に置いてけぼりにした。

 

 ロイドさんの双眼鏡を見て、そういえばロイドさんは伯爵だったなと思い出した。

 

 普段の姿が普段の姿なだけに、そう見えなくて困る。

 

 白衣着て膝の上に置いたノートパソコンを叩いてる姿なんて、明らかに伯爵が見せる姿じゃない。

 

「あ、殴った」

 

 視線の先では、ゲットーにいた学生に絡んでいたツンツン頭の日本人、私の記憶が正しければ黒の騎士団の一員である男に、スザクさんが殴られていた。

 その後、激昂した様子を見せた男に再び殴りかかられる。

 

 今度は不意打ちでなかったためか、スザクさんはその一撃を受けることなく、逆に男を投げ飛ばした。

 

 ――おー!

 

 流れるような動き。体術を嗜む人間の動きだった。

 私の心の中に、感嘆の声が浮かぶ。

 

 少なくとも、あの動きは私にはできないだろう。

 

「アリス君、ちょっといいかな」

 

 スザクさんの鮮やかな投げ技に見惚れていると、ロイドさんが私の身体を小さく揺すった。

 

「あ、はい。なんでしょうかロイドさん」

「あそこ、今スザク君がいるあの場所。

 軍、というより純血派によって非常線が敷かれたみたいだから、戦闘が始まる前にスザク君とあの方を迎えに行くよ」

「非常線ですか、純血派が?」

「たぶん、純血派の内ゲバじゃない? あのオレンジ卿のこともあるし」

 

 なるほど、そういえばコードギアスでもそんな描写があったことを思い出した。

 

「なら、迎えに行った方がいいですね」

 

 私は双眼鏡から手を放すと、私を置いてトレーラーに向かうロイドさんの後を追った。

 

 

 

 

 

 

「スザク君!」

「セシルさん!?」

「ここは危険よ、乗って!」

 

 スザクさんの傍で、トレーラーが勢いよく止まる。

 そして、セシルさんが助手席の扉を開き、スザクさんにトレーラーに乗る様に告げた。

 

「純血派の内ゲバなんだよ、さっさと逃げよ。

 ――ああそれと、釈放残念でした。また付き合ってもらうよ」

 

 ロイドさんも、スザクさんに逃げる様に告げる。

 それにしても、ロイドさんはもう少し嬉しそうに釈放を祝ってもいいと思うんですが。

 

「しゃ――」

「待ってください!!」

 

 ロイドさんの言葉に続いてスザクさんにお祝いの言葉を言おうとしたら、スザクさんの声に遮られてしまった。

 

 一瞬、スザクさんが決まりの悪そうな顔をしたが、彼は表情を引き締めて言葉を続ける。

 

「あ、ごめん、アリス。

 ……ランスロットの戦闘データをとる、いい機会ではないでしょうか」

「えっ!?」

「おほー」

 

 スザクさんの言葉に、セシルさんが驚いたような声を、ロイドさんが興味深そうな声を上げた。

 

「スザク……」

 

 そして、ユーフェミア様はその言葉に心配そうな声を上げる。

 

「ごめん、ユフィ。ここでお別れだ。

 僕は行かなきゃならない。ランスロットなら、止められるはずだから」

 

 そう言って、スザクさんは顔を引き締めた。

 

 

 

「――だから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――MEブースト』

「ランスロット、発進!」

 

 ランスロットの脚部に付いた車輪、ランドスピナーが音を立てて回転し、ゲットーの大地を蹴る。

 その力でランスロットは加速、白煙を上げて、純血派の機体が戦闘を行うコロッセオへと疾走していった。

 

「相変わらず、いっつもスザクさんは全力疾走で発進しますね」

「僕は、そういうの好きだけどね。ランスロットの全力を発揮してくれているから」

 

 私のつぶやきに、ロイドさんが答える。

 その言葉に、やっぱりロイドさんは研究者だな、という事実を再確認させられた。

 

「あら、そういえばあの子はどこに行ったのかしら」

 

 セシルさんが、周囲を見回してそんなことを言った。

 

 ――あの子?

 

 そう言われて、私は周囲を見回す。

 少なくともトレーラーの側には、あの特徴的なピンク色を捉えることができなかった。

 

 ロイドさんと顔を見合わせる。

 

「セシル君、たぶんスザク君を追ったみたいだから追いかけようか」

「スザク君を!?」

 

 スザクさんを追う、それはつまり、戦場の真っ只中に向かったことを意味する。

 

 ――姉妹は似ると言うけど、もう少し自身の身の安全を考えて欲しいなあ

 

 彼女の姉であるコーネリア様、皇女なのに最前線をKMFで駆ける女性を思い浮かべ、小さく溜め息をついた。

 

 運転手である研究員の人、オリヴァーさんがコロッセオへとトレーラーを発進させる。

 

 トレーラーは何事もなくコロッセオに到着したが、道中にユーフェミア様の姿は無かった。

 

 つまり、ユーフェミア様はもうコロッセオの中にいることになる。

 

 事情は知らなくても一般人が戦場に向かったとは認識しているセシルさんと、事情を知るロイドさんはコロッセオに向かって走っていった。

 

 研究員の人に車の番を任せ、私もセシルさん達の後を歩いて追う。

 

 だが、まあ色々と遅かったようで、私が着いた頃には戦闘は終わり、ロイドさん以外がユーフェミア様に傅いていた。

 

 どうやら、自身の生まれを暴露した様だ。

 

「少し遅かったみたいですね」

「残念でした。もう戦闘は終わっちゃったみたいだよ。

 はあ、ユーフェミア様が途中で割って入らなければいいデータが取れたはずなのに……」

「ロイドさん! その言葉は不敬ですよ」

 

 相変わらず研究一筋なロイドさんらしい言葉に、セシルさんが注意するように言う。

 

「でも事実は事実でしょ。ここにいるパイロットは腕もいいみたいだし、こんな良い戦闘データはなかなか取れないんだからさ」

 

 そう言って、ロイドさんはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 総督府から来たヘリコプターがユーフェミア様をピックアップし、純血派のKMFが引き上げた後、スザクさんをトレーラーに乗せた私たちは、今後間借りすることになる大学へとその足を向けていた。

 

「スザクさん、釈放おめでとうございます」

 

 何か考え事をしている様子で窓の外を見つめるスザクさんに、遅いかもしれないがお祝いの言葉を告げる。

 

 するとスザクさんはこちらに視線を向け、少しうれしそうな顔で返事をした。

 

「うん、ありがとう。

 ……さっきはごめんね、お祝いの言葉を遮っちゃって」

「いえ、私の間が悪かっただけですから気にしないでください」

 

 私のその言葉に、スザクさんはほっとした様子で表情を柔らかくした。

 

 ――私は、そんなことで腹を立てるほど子供に見られているのだろうか。

 

 少し腹が立つ。

 腹が立ったので、スザクさんをからかってみることにした。

 

「ところでスザクさん。ユーフェミア様とのデートは楽しかったですか?」

 

 スザクさんがむせたように咳をする。

 

「あ、アリス!?」

「猫にむかってにゃーにゃー言ってるユーフェミア様、かわいかったですよね」

「い、いったい何時から見てたのさ」

 

 スザクさんが、恥ずかしそうに頬を染める。

 

 ……なんだか、スザクさんが頬を染めるとそっち方面を連想してしまう。

 私がアリスとなる前は、腐女子ではなかったはずなんだけどなあ。

 

「何時からデートを始めたのかはわかりませんが、釈放された時間から考えてかなり最初の方からです。

 たしか――『何なりとお申し付けください、お姫様』でしたっけ、かっこよかったですよ」

 

 その言葉に合わせ、私は微笑むような笑顔を作る。

 

 それを聞いたスザクさんは、恥ずかしそうに頭を抱えて顔を隠した。



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7話

注)今回の話には、『ザ・スピード』で○○○を回避しようとする場面があります。
 これは、私がナイトメア・オブ・ナナリー(以下ナナナ)が好きであるために『ザ・スピード』を魔改造したわけではなく、ナナナにそのような場面があったために記述しました。

 ナナナを知らない人には頭のおかしいシーンかもしれませんが、これは設定上きちんとできることです。


 スザクさんが釈放された次の日。

 

 私は、大学から提供された一室……ではなく、大学外にある特派のトレーラーの中で目を覚ました。

 

 傍では、セシルさんとロイドさん、スザクさんが眠っている。

 

 三人の寝顔を見て、私は昨夜にあった出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「スザク君とアリスさんは、大学内に入れられない!? どういうことですか!!」

 

 セシルさんが、大学の職員に叫ぶ。

 その様子を見た職員は、あきれた表情を隠そうともせずに肩を竦めた。

 

「どういうことも何も、私は当たり前のことを告げているだけなのですがねえ。

 ここは大学ですよ? 汚らわしいナンバーズを入れるなど考えたくもない。ここに通しているだけ感謝してほしいものです」

 

 そう、その職員はナンバーズに対する差別意識が高い人間だった。

 

 職員の言葉に、セシルさんは心を落ち着けて反論する。

 

「彼等は名誉ブリタニア人です。ナンバーズではありません」

「そんなものは建前でしょうに。家畜の血は制度では変えられませんよ。

 ……いえ、それは家畜に失礼でしたね、申し訳ない。神聖な学び舎に、汚物を持ち込むことは教育者として許せることではありません」

 

 汚らしく笑う職員の男。その男に、セシルさんは拳を震わせた。

 

「人を汚物と呼ぶ人間が教師ですって!」

「人を汚物など呼んではいませんよ、汚物を汚物と呼んでいるのです。

 それに、仮にそこのナンバーズ達が人間だとしても、私は彼らを汚物と呼びますよ。教師の誇りを持ってね」

 

 そう言って、職員は聞き分けのない子供をあやす様な声色でセシルさんに告げる。

 

「お忘れですか? 我らがブリタニアの国是を。

 『不平等が競争と進化を生む』、私は、この言葉を子供たちに教えているだけです。

 私は、誉れある一人の帝国臣民として、我が国の理念に従いそこのナンバーズを区別しているのです」

 

 その言葉に、セシルさんは激情をもって反論しようとする。

 

「だからといって――」

「はいそこまで、セシル君は静かにしようか」

 

 その直前、セシルさんの言葉に割って入る様にロイドさんが言葉を挟み、無理やりセシルさんを黙らせた。

 

 そうしてセシルさんが何も言わなくなったことを確認すると、ロイドさんはいつもの声色で相手に言葉をかけた。

 

「なるほど、たしかに君の言葉には一理ある。けど、これは軍からの命令なんだ。理解してもらえるかな?」

「言葉で解決できないなら脅迫ですか?」

「いえいえ、単純に事実を告げたまでですよ」

「そうおっしゃいますか……軍からの命令となると致し方ありませんな」

 

 そう言って、職員は小さくため息をついた。

 

「申し訳ありませんが、一部の保護者の方々からの要請により、いくら軍からの命令といえど私の一存でそこのナンバーズどもを学内に留めることはできません。ですから……」

 

 そこまで言って、職員は再びため息をついた。

 

「ですから、生徒の保護者の方々にもしっかりとお伝えさせていただきましょう。

 幸いなことですが、向かいのアッシュフォードと同じで、ここにも貴族のご子息やご令嬢が多数いらっしゃいます。

 ――もちろん、中には軍に関係している親御さんを持つ方々もね」

 

 その言葉に、セシルさんの顔が蒼白に、ロイドさんの顔がまずいことをしてしまったような顔に変わる。

 

「待ってください! それは――」

「さあ、本日のところはお帰りください。ナンバーズごときに付ける案内役などここにはいませんが、ここに来た道は覚えているでしょう?」

 

 セシルさんが何か言おうとするが、職員は笑顔でそれを遮り私たちに帰る様に告げた。

 

 

 

 

 

 まあそんなわけで、私とスザクさんは大学の外で寝ているのだ。

 その際、一緒にランスロットも追い出されてしまったので、セシルさんとロイドさんもこのトレーラーに乗っている。

 ロイドさんとセシルさんがあの職員に「ナンバーズの乗るような塵を学び舎の中には置けない」と言われ、色々とすごい顔をしていたことが印象的だった。

 

 ――起こさないようにしないと。

 

 枕元に置いておいた服に着替えた後、スザクさんの上を跨ぎ、ロイドさんとセシルさんの間を歩いてドアの前へ。

 そこから、音をたてないようにゆっくりとドアを開け、そこから外に出た。

 

 早く起き過ぎてしまったのか、外はまだ薄暗かった。

 遠くの空が少し明るく見える程度で、夜明けにはまだ早い。

 

 私は、トレーラーの傍で大きく背伸びをすると、身体をほぐすためにストレッチを始めた。

 とはいえ、私は元々ストレッチをしているような人間ではなかったので、どんなことをすればいいのかよくわかっていない。

 そのため、屈伸や伸脚などの知ってる動きを適当にやっていた。

 

 準備体操などで行うこの動き、前の私には非常に簡単にできたが、今の私にはかなり難しい。

 今の私は、身体のバランスを上手くとれないので、屈伸を早くやったり、極端にゆっくりやったりするだけでも転びそうになってしまう。

 

 屈伸、伸脚を20回連続でこなせるようになった時には、太陽も顔を出し、空は明るく照らされていた。

 

 ――やっぱり、バランス感覚を鍛えないとダメかな。

 

 私は、小さくため息をついた。

 

 その時、トレーラーのドアが開く音がする。

 トレーラーに視線を向けると、そこには寝間着姿のスザクさんがいた。

 

「おはようございます、スザクさん」

「あ……おはよう、アリス」

 

 スザクさんは、トレーラーから出た直後は随分と焦った様な表情をしていたが、私に挨拶を返す直前になってその表情を笑顔で隠した。

 

 ――悪い夢でも見たのだろうか。

 

 そう考えて、ふとコードギアスという物語で語られたスザクさんの過去について思い出した。

 

 

 

 

 

 スザクさんは、日本最後の総理大臣である枢木ゲンブの息子だ。

 そんなスザクさんは、ブリタニアと日本の戦争、極東事変が始まる直前、人生で初めての殺人を犯すことになる。

 

 ――彼は父親を殺したのだ。

 

 戦争を止めるため、スザクさんはブリタニアとの徹底抗戦を唱えていた父を殺し、日本国内が戦火に巻き込まれることを止めようとしていた。

 

 だが、スザクさんの願いが果たされることはなかった。

 

 彼の願いは果たされることなく、ブリタニアは日本に侵攻。

 彼の行ったことは、ただの殺人以上の物ではなくなってしまった。

 

 日本人である彼が、名誉ブリタニア人となってブリタニアの兵士として働いているのも、このことが原因だ。

 スザクさんは、このことから『間違ったやり方では何も変えられない』という考えを抱くようになった。そのため、日本のテロリスト達のようにブリタニアを外側から変えるのではなく、中から変えることにしたのだ。

 

 

 ブリタニアの王子であるゼロ、本名ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが日本人達を束ねて戦い、日本の総理大臣の息子、枢木スザクがブリタニアの一員として戦う。

 なんとも皮肉な話だ。

 

 

 

 

 スザクさんが起きてきたので、ここでストレッチは終えることにした。

 

「ロイドさんとセシルさんは、もう起きましたか?」

「いや、ロイドさん達はまだ寝てるよ。昨日はあんなことがあったから、精神的に疲れているんじゃないかな」

「そうですか……セシルさん達には迷惑をかけっぱなしですね。

 まさか、選民思想がこんなところで出てくるとは思ってもいませんでした」

 

 私は、民主主義的な思想を持っていたので、大学に差別的な思想を強く持つ様な人間がいるとは思ってもいなかった。

 

 だが、この国の事を考えれば、むしろない方がおかしかったのだ。

 ここはブリタニア、社会的な階級を重視する、悪く言えば差別を推奨する国。

 最高学府たる大学にいるのは、そこにいることができる財力と学力を持った人間だけだろう。ならば、そこにいる教員もそれ相応の地位と学力、思想を持つ存在だ。

 

 いくら、特派が伯爵を主任としていて、第二皇子であるシュナイゼル殿下の部下であっても、エリア11の大学内にナンバーズを入れない程度の事ならできるだろう。

 シュナイゼル殿下はエリア11において確かな地位を持つわけではなく、ここに通うのはそれだけの地位を持つ人間であるのだから。

 

「まあ、ここは大学だからね。純血派の人達よりも苛烈な思想を持つ人がいてもおかしくないよ。

 さて、アリスは朝ご飯は何を食べるつもり?」

「あー、予定では大学内の食堂を利用できるという話でしたからね。

 近くのファストフード店で何か買いますか? セシルさんの好意が襲来する前に、できれば決めてしまいたいんですけど」

「ファストフードか……僕はいいけど、アリスがその年から朝ご飯にそれを選ぶのは――」

 

 スザクさんがそこまで口にしたところで、それを遮る様に女性の声が辺りに響いた。

 

 

 

「――話は聞かせてもらった! 特派は滅亡する!」

 

 

 

 そこには、以前チーズケーキが買えずに泣いていた、あの特派の女性研究員がいた。

 

「な、なんだってーー!」

 

 おもわず、その言葉にリアクションを返してしまう。

 いや、なんで私がファストフードを食べただけで特派が滅ばなければならないんだ。

 というか、そもそもこの台詞は日本の漫画の台詞だろう。ブリタニア人であるあなたが何で知ってる。

 

「ど、どういうことですか。特派が滅亡だなんて、一体何が……!」

 

 研究員の人の言葉に、スザクさんはひどく動揺したような素振りを見せる。

 

 ――そういえば、スザクさんはそれなりに天然の入った人だったなあ。

 

 生まれを考えると漫画やアニメなんかを見たことはないだろうし、ネタを知らないならこんな反応を見せても仕方がないかもしれない。

 

 思ったよりガチな反応を見せたスザクさんに、研究員の人は急いでネタを解説し始めた。

 

 ――ネタ発言が本気にされた瞬間って、結構大変なんだな。

 

 二人のあたふたした様子を見て、なんとなくそう思った。

 

 

 

 

 

「つまり、先ほどの言葉は漫画の言葉を捩っただけであって、本当に特派が滅亡するわけではないんですね」

「うん、そうだよ。本当にそうなるわけじゃないから安心して。……まさか本気にされるなんて」

 

 5分ほど経ち、ようやく落ち着いたので、私は二人に話しかけることにした。

 

「おはようございます。……えっと研究員さん。

 言うのが遅かったかもしれないですが、スザクさんは若干天然の気があるので、ネタを振るときは注意した方がいいですよ」

「おはようアリスちゃん、ちょっと言うのが遅いよ~。

 とりあえず、二人には朝食を渡しておくね」

 

 彼女は、手に持っていたバスケットからサンドイッチを取り出し、私とスザクさんに手渡した。

 

「これは?」

「食堂のコックさんに作ってもらったのよ。いくら大学はその手の人が多いとはいえ、考え方はピンからキリまであるからね」

 

 つまり、大学の人間全員が、私たちナンバーズを悪く思っているわけではないのだろう。

 それを聞いて、少しだけ安心した。

 

「ありがとうございます、研究員さん。

 これ、もしかしてロイドさんとセシルさんの分も含まれてますか?」

「いや、ロイドさんもセシルさんもきちんとしたブリタニア人だから問題ないよ。

 私がここに来たのは、セシルさんがアリスちゃんに朝食を作らないよう、止める為だったからね」

「それは……ありがとうございます、助かりました」

 

 朝食から甘いもの。それは嫌だったので、この差し入れはかなりありがたかった。

 

「うん、セシルさんがご飯を作り始める前に来れて良かったよ。

 それにしても、アリスちゃんはよくこのネタ知ってたね。勢いで言っちゃったけど、正直二人とも本気にするかもしれないと思ってちょっと焦っちゃったよ」

 

 あははは、と笑う研究員の人を見て、何とも言えない気分になった。

 

「私としては、ブリタニア人の研究員さんが知ってる方が不思議だったんですが」

「エリア11が日本だったころは、サブカルチャー方面でもある程度人気があったからね。私たちみたいに工学系の人間は、その手の知識が豊富な人が多いよ。特派も、セシルさんやロイドさんみたいな大学出てる人達以外は、この手の知識が豊富だし」

 

 そう言って、研究員の人は恥ずかしそうに目を背ける。

 

 つまりはあれか、機械系の研究関係の人は日本の理系大学みたいにオタクが多いのか。

 なんとなく納得がいったが、同時に少し複雑な気分になった。

 

「な、なるほど……そ、それじゃあ朝ごはんを食べることにします。

 お姉さんはどうしますか? 一緒に食べますか?」

 

 場の空気を変えるため、朝食を食べることにした。

 

 その時、私の言葉を聞いた研究員の人が不意に頭を上げる。

 

「……お姉さん、今、お姉さんって言ったわよね」

 

 ――なんだろう、嫌な予感がする。

 

「はい、言いましたけど……」

 

 そう告げたところで、研究員の人の眼が赤く輝いた……気がした。

 

 ――まさか、ギアス!?

 

 私のギアス『ザ・スピード』を発動し、相手のギアスを回避するために身構える。

 

「はう~! お持ちか――」

「――はい、もう帰ろうか」

 

 だが、研究員の人が何かする前に、突如、別の研究員の人、たしかロバートさんが現れ、彼女を拘束。引きずって大学の方に連れ去っていった。

 

 ――なんだったのか、今のは。

 

 余りの早業に、反応することができなかった。

 特派はスザクさん以外は普通の人しかいないのだと考えていたのだが、案外そうではないのかもしれない。

 

 とりあえず、スザクさんと一緒にサンドイッチを食べることにした。

 

 

 

 

 

 

 その三日後、私たちはユーフェミア様の計らいで大学内に入ることができるようになった。

 ランスロットは、大学側が搬入する準備ができてないそうなので入ることはできなかったが、いずれ入ることができるだろう。

 

 ユーフェミア様から直々にその通達があった時、セシルさんとロイドさんは、凄い"いい笑顔"をしていた。



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8話

 数日後、気が付いたらスザクさんが学校に行くことになっていた。

 

 びっくりだ。物語的な知識で知ってはいたがびっくりだ。

 なにせ、当日の朝になるまで私は何も知らなかったのだ。私以外の特派の人達は知っていたというのに。

 

「なんで誰も言ってくれなかったんですか!?」

「いや、だって君。学校行きたくないって言ってたよね」

 

 ロイドさんは、私にそう告げる。

 その言葉を聞いて、数日前、具体的にはユーフェミア様と初めて会った次の日に、ロイドさんから集団生活が好きかどうか聞かれたこと思い出した。

 

 その時、質問に「そんなに好きではないです」と答えたら「ふーん」なんて何か含んだ返事をされたので何か変だと思っていたが、まさかこんなことになるとは。

 

 朝から憂鬱な気分になった。

 

 

 

 

 

 そんなわけで、今日は私一人で、朝からシミュレータを使用したデータ収集をしている。

 

 今回のテストは、以前私とスザクさんが行ったシミュレータ上での戦闘を見てロイドさんが考案した武装、シュロッター鋼ソードのテストだった。

 

 このシュロッター鋼ソードは、ロイドさんが二日前に考案した合金『シュロッター鋼合金』により作られた剣である。

 ロイドさんが考案したこの『シュロッター鋼合金』は、ブレイズルミナスを停滞させる性質を持っているらしく、剣にブレイズルミナスを纏わせることで高い切断能力を持たせることができるようだ。

 

 この名前には聞き覚えがあるので、おそらくコードギアスのどこかで出てきた武装だろう。

 

 シミュレータの画面に、対ナイトメア戦闘用大型ランスを構えたグロースター、このランスロットを除いた現行の最新型KMFが出現する。

 

 テスト内容は、戦闘時におけるテスト武装の耐久試験。

 このグロースターを相手にして戦闘を行い、件の武装がどれほど戦闘に耐えられるかテストを行うようだ。

 

『嚮導兵器Z-01ランスロット、作戦行動を開始してください』

 

 セシルさんの声に従い、目の前のグロースターに疾走する。

 身体にGがかからないことに違和感を覚えつつ、グロースターの槍にMVSを振り下ろした

 

 グロースターは、槍を持った右手を引きながらランドスピナーを利用し左足を軸に回転、MVSを振り下ろして隙を晒した私に手のランスを振り下ろす。

 

 ――早い!

 

 スラッシュハーケンを利用して跳躍、攻撃を回避すると同時に距離をとる。

 同時に左手のスラッシュハーケンをグロースターへと射出、追ってこれないように牽制した。

 

 200メートルほど離れた地点に着地、そこで私は小さく息を吐いた。

 

 ――あまりにも、反応速度が速い。

 

 感覚的には、操作を入力した直後に反応された気分だ。少なくとも、0.1秒以下で攻撃に反応された。

 スザクさんよりも早い。相手は、一体どんな反射神経をしているんだか。

 

「セシルさん、あのグロースターのパイロットは一体誰ですか?」

 

 気になったので、戦闘をモニターしているはずのセシルさんに聞いてみた。

 

『相手は、引退したとある騎士のデータを参考にロイドさんが構築したAIよ。参考にした騎士が誰かはわからないけれど、作っているときのロイドさんの様子から考えて、それなりに高名な騎士のデータを使用しているみたい』

 

 セシルさんからは、そんな答えが返ってくる。

 引退した高名な騎士……高位の騎士は、こんな格ゲーのAI並みの超反応をしてくるのか。

 

 右手のMVSをシュロッター鋼ソードに持ち替え、剣にブレイズルミナスを伝播させるためのコードを接続、持ち替えたMVSは左手に持つ。

 私は両足のスラッシュハーケンを射出し、同時にグロースターに疾走した。

 

 グロースターは、迫るハーケンをランスで巧みに叩き落とし、こちらにスラッシュハーケンを射出してくる。

 

 そのハーケンを両手のブレイズルミナスで受け流しながら左手のMVSを投擲、シュロッター鋼ソードを両手で握りしめてグロースターに振り下ろした。

 

 だが、投擲したMVSはグロースターにつかみ取られ、シュロッター鋼ソードを受け流された。

 

 ――ランスロットか! それはこっちの!

 

 焦りながらも目の前のグロースターにツッコミを入れつつ、両手のスラッシュハーケンを利用してわずかに跳躍、いつの間にか迫っていたランスを回避しながらハーケンのワイヤーをグロースターの両腕の関節部に食い込ませて振り返ることができないように軽く拘束した。

 

 そして隙だらけの背後に着地し、シュロッター鋼ソードをコックピットに突き刺す。

 

 しかし、その直前にランスロットのバランスが崩れ、シュロッター鋼ソードは何もない地面に突き刺さることになった。

 

 ――嘘でしょ!? KMFでは転んだことなんてないのに!

 

 一瞬思考が自分のミスを疑うが、直後に視界に映った光景がそれを否定した。

 

 よく見れば、グロースターが引き戻したスラッシュハーケンのアンカー部分が、グロースターの腕の関節に食い込んでいたワイヤーに引っかかり、こちらのスラッシュハーケンを引っ張っていた。

 

 今、スラッシュハーケンのワイヤーは、グロースターを拘束するためにぴんと張っている。

 その為、少しワイヤーを引っ張るだけで、私の機体は傾いてしまったのだ。

 

 グロースターは手に持ったMVSでこちらのスラッシュハーケンを切り払い、拘束をほどく。

 

 それを見た私は、シュロッター鋼ソードを地面から引き抜き距離をとった。

 相対するグロースターは、ランスを捨ててMVSを両手に構える。

 

 私は、小さく深呼吸を行い、シュロッター鋼ソードを上段に構えてランドスピナーで疾走した。

 

 上段に構えたシュロッター鋼ソードを、グロースターに振り下ろす。

 目の前のグロースターは、MVSでその一撃を右に受け流し、その隙に下段からランスロットの右足めがけてMVSを振るう。

 

 その一撃を、左手のブレイズルミナスを展開しながら体当たりすることで阻止し、同時に右手に持ったシュロッター鋼ソードをグロースターに振るった。

 

 その斬撃も、MVSで受け止められる。

 

 一歩引いて薙ぐ。それも受け流される。

 

 さらに何度も薙ぎ、突くも、それらは巧みに受け止め受け流された。

 

 そして、10度剣を交わし合った直後、突然シュロッター鋼ソードの刀身が崩壊する。

 

 ――っ!?

 

 とっさに背中から新たにMVSを引き抜こうとするが、その一瞬を突かれコックピットにMVSを突きたてられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりかー」

 

 シミュレータの光景を見ていたロイドは、AIの操るグロースターとアリスの操るランスロットの動きを見比べ、小さくそう呟いた。

 ロイドのその言葉を聞いたセシルは、その言葉を発した彼に不思議そうな眼差しを向ける。

 

「やっぱりって、いったいどういうことですか」

 

 セシルの言葉に、ロイドは複雑な心境を顔に浮かべながらセシルに告げる。

 

「セシル君は、あのランスロットとグロースターの動きを見比べて、何も思わない?」

「ランスロットとグロースターの動きを見比べて、ですか?」

 

 ロイドにそう言われ、セシルはシュロッター鋼ソードとMVSを打ち合わせる二機の動きを見比べる。

 

 彼女は、二機の剣を打ち合う姿をしばらく見比べる。

 

 ランスロットの振り下ろした剣を、グロースターが左脇腹から右肩に僅かに振り上げるような薙ぎで受け流す。

 グロースターは、剣を受け流した直後に刃を返す様にしてランスロットに振り下ろす。

 ランスロットは、その一撃を先ほどのグロースターに似た一撃で受け止めた。

 両者は一旦距離を取り、即座に距離を詰めつつ剣を振るう。

 今度は、ランスロットは突きを放つ。狙いは、グロースターのコックピット。

 技術者であるセシルには、正確無比にすら見えるその一撃はしかし、グロースターの叩き落とすかのような一撃によって軌道を逸らされることになった。

 空振るランスロットの剣、その隙を突くようなグロースターの鋭い一撃。

 ランスロットは、瞬時にシュロッター鋼ソードを引き戻すと、その一撃を打ち払うように受け流して少し距離をとった。

 

 セシルは、二機の動きに少し違和感を感じた。

 

「随分と、似てますね」

「そうみたいだねえ。

 アリス君の動きは、中距離、そして近距離における一撃目こそ下手な物まね程度にしか似ていないけれど、近接戦闘におけるとっさの反応は、粗削りではあるものの驚くほど似てる。

 おそらく、とっさの反応以外の動きは考えて動くから似てないだけで、戦闘の資質というか癖というか、その辺はかなり近いんじゃないかな。それこそ、血縁とか弟子とかを疑うほどに」

 

 ロイドのそれを聞いて、セシルは目を見開いた。

 

 一般的に、KMFのパイロットは"名誉の付かない"ブリタニア人が務める。

 つまり、ロイドの言葉が確かだとすれば、アリスはブリタニア人の血縁者か、もしくはブリタニア人に教えを乞うた人間ということになる。

 アリスを保護した際にロイドがこっそり行った検査、KMF騎乗における肉体的素養と共にセシルが見たその結果と、彼女の外見から推測されることが正しければ、結果は後者だろう。

 

 だが、それは本来あってはならないことだ。彼女は、最近まで何らかの人体実験を受けていたのだから。

 それが正しいとすれば、ブリタニア軍が人体実験に手を出していることになる。

 

「ロイドさんが構築したあのAI、基にした人物は誰ですか……?」

 

 セシルは、ロイドに恐る恐る問いかける。

 そんなセシルの様子を見て、ロイドはおかしそうに笑った。

 

「あはは――残念でした、セシル君の考えているようなことはありえないよ。

 基にした御方は、十年くらい前に引退して、それから二年程度で死んじゃった人だからね。アリス君の年齢を考えると、彼女が弟子だったなんてことはないでしょ」

 

 ロイドがそう告げたところで、シミュレータのランスロットがグロースターに撃墜された。

 

「ん、ちょうど終わったみたい。セシル君、今度はランスロットのスラッシュハーケンを切断タイプのものに換装して」

「わ、わかりました。

 切断タイプって、あのガウェインのものですよね」

「そうだよ、その後はハーケンブースターのテストをするから」

「なるほど、わかりました。では、本来のランスロットと同じくブースターを封印するような形で、ブースターを搭載したものに換装しておきますね」

 

 セシルは、シミュレータのランスロットの武装の変更を始める。

 その後ろで、ロイドは難しそうな表情を浮かべてシミュレータのグロースターを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 呆然とする私の目の前で、シミュレータはランスロットが撃墜されたことを表示した。

 

 ――いや、なんで刀身無くなったのよ。

 

 余りの驚愕に言葉も出ない。

 戦闘中に刃が消えるなど、欠陥兵器もいいところだ。

 

 そこまで考えて、ふとシュロッター鋼ソードという名前をどこで聞いたか思い出した。

 

 『ランスロット・グレイル』、ブリタニア第88皇女マリーベル・メル・ブリタニアの率いるグレイル騎士団、その筆頭騎士であるオルドリン・ジヴォンが駆る機体に搭載されていた武器の一つだ。

 試作兵器の一つで、刃にブレイズルミナスを纏わせることができるが、一度ブレイズルミナスを纏わせると刀身が崩壊するという性質を持っていたはず。

 

 おそらく、試作兵器の試作兵器であるために、戦闘中に刀身が崩壊するなんてことになったのだろう。

 

『アリスさん、聞こえる?』

「あ、はい。大丈夫ですセシルさん」

 

 セシルさんから急に通信が入ったので、考えることを止めて顔を上げる。

 

『今度は試作型のスラッシュハーケンをテストしてもらうけれど、続けてシミュレータをしても大丈夫かしら』

「はい、問題ないです」

 

 セシルさんの心配する声に、元気よく答える。

 セシルさんは、シミュレータの連続使用による負荷を気にしているのだろう。

 だが、問題ない。この肉体はネモとの融合で強化されているのだ。精神的にはともかく、肉体的な疲れは全くなかった。

 

『なら良かったわ。

 それでは、今度は新しいスラッシュハーケンのテストを行います。

 テストする武装の名称は、試験強化型スラッシュハーケンⅡ。従来のスラッシュハーケンとは異なり、移動手段としてではなく攻撃手段の一つとしての強化が施されています。

 出力の向上、ワイヤーへの切断能力の付与が行われた反面、ワイヤー部の耐久性が低下しているので注意してください』

「了解です」

 

 つまり、スラッシュハーケンがピアノ線になったと考えればいいのだろう。

 

 私は、セシルさんの言葉に頷いた。

 

 それから少しして、目の前のモニターの映像がシミュレーションを始める前の光景に戻る。

 だが、今度は先程とは異なり、その光景にいくつもの煤けたビルが追加された。

 

『それでは、嚮導兵器Z-01ランスロット、作戦行動を開始してください』

 

 私は、セシルさんの言葉に合わせ、シミュレータの操縦桿を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 昼を過ぎて、その夜。

 シミュレータで幾つかの試作兵器を試した私は、何時ものように大学側にあるトレーラーの中で横になっていた。

 

 大学内で寝食をする許可は取れたものの、その当日に何者かに私とスザクさんのお部屋が汚部屋にされるという事件が起こったため、未だに大学内で寝ることは叶っていない。

 私の視線の先にいるランスロットも、ナンバーズをパイロットにしているので念の為大学外に置かれている。

 

 今このトレーラーにいるのは、私とロイドさん、セシルさんの三人だけ。スザクさんは、大学の友人の家に泊まっているとの連絡が入っている。

 

 寝返りをうつ。

 振り向いた視線の先には、私と同じで床に敷いた布団に包まって眠るセシルさんと、KMFのバッテリーであるエナジーフィラーの上で胡座をかき、膝の上に置いたノートパソコンを叩くロイドさんの姿があった。

 

 暗闇の中、キーボードを笑顔で叩くロイドさんは、まるで悪の科学者の様で少し怖い。

 

「ロイドさん、何してるんですか?」

 

 不安になり、ロイドさんに声をかけてみる。

 ロイドさんは、キーボードを叩く手を止めると、私の方を見て少し難しそうな顔をした。

 

「ねえ、君に初めて会ったあの日の約束、覚えてる?」

「約束ですか? えっと、マッスルフレーミングの事ですよね」

「うん、そうそれ。

 今はランスロットが忙しいからその約束は後でいいけど、それに関してちょっと聞きたいことがあるんだよね」

「聞きたいことですか?」

 

 ロイドさんの言葉に、内心首をかしげる。

 

 理論が聞きたいとかではなく、それ以外のことで聞きたいことがあるというのは、一体どういうことだろうか。

 

「そのマッスルフレーミングを開発したのって、アッシュフォードであってる?」

「いえ、違いますが」

 

 ロイドさんのその言葉を、私は否定する。

 私の機体、コードギアスを開発したのは、少なくともアッシュフォードではない。

 おそらく、ナイトメア・オブ・ナナリーの世界のエデンバイタル教団だ。ネモの生み出したコードギアスやマークネモは、エデンバイタル教団と繋がりがあるはずの、特殊名誉外人部隊が使用していた機体を基にした機体なのだから。

 

 その私の答えに、ロイドさんは、ぽかんとした表情を浮かべ、ため息をついて肩を落とした。

 

「そ、ならいいや」

 

 ロイドさんは、そう言って再びキーボードを叩き始める。

 アッシュフォード家が開発していることに、何か問題があったのだろうか。

 

 しばらく考えて、一つのことに行き着いた。

 

「ロイドさん、もしかしてアッシュフォード家のご令嬢と婚約するつもりですか?」

「ん、そうだよ。なんでわかったの?」

 

 ロイドさんは、私に不思議そうな顔を向けた。

 

 私がそう思ったのは、コードギアスという物語において、ロイドさんはアッシュフォード家の令嬢であるミレイ・アッシュフォードに婚約を申し込んだことがあったからだ。それも、アッシュフォードの持つ第三世代KMF『ガニメデ』目当てに。

 まあ、彼女に何の感情も持っていなかったわけではないようなのだが、なんともひどい話である。

 

 

 

「いや、だってロイドさんですから」

「……君、明日のテスト倍ね」

 

 ――完全に言葉を間違えた。




 舞台はアニメ、キャラは漫画、キャラの心境は小説、時系列はゲーム

 ……なんというか、つぎはぎだらけだ。


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9話

 不意の発言により、地獄のシミュレータ漬けを迎えてしまった昨日。

 

 その地獄を越え、疲れた体を引きずりなんとか起き上がった今朝、ようやく使える様になった大学寮の一室にあるベッドの上で私は、大きなミスをしていたことに気が付いた。

 

 ゼロの『絶対遵守』のギアスを無駄に使わせるチャンス、それを逃してしまったのだ。

 

 

 コードギアスの物語通りに進んでいれば、昨日、アッシュフォード学園にゼロの仮面を被った猫が出没したはずだ。

 もし、私がそれを見ていれば、ゼロから『今見たことは忘れろ』という命令(ギアス)を受けることができたはずなのだ。

 

 ――失敗した。

 

 気分は橋田さんだ。今すぐ電子レンジを改造したい。

 

 

 そんなわけで、昨日一昨日と同じように、今日もまた憂鬱な朝を迎えた。

 

 

 

 

 今日の夕方、クロヴィス殿下の国葬が行われる。

 スザクさんは学校で、私やロイドさん達は職場でそれを見る予定だ。

 

 それまで、私は今日もシミュレータ漬けの時間を過ごす。

 

 今日のテスト装備は、赤い翼のような装備、KMFの飛行装置であるフロートユニットだ。

 詳しい理論はよく知らないが、電気熱ジェット推進装置とヒッグス場の限定中和による質量封じ込め装置の二つを組み合わせることで、飛行機の様な推進機構を用いずに空を飛ぶことを可能としているらしい。

 

 電気熱ジェット推進? ヒッグス場? それが何かはわからないが、とりあえず使えるということがわかればいいだろう。私は研究者じゃないし。

 

 今回対峙するのも、一昨日から毎日ロイドさんが改良を施しているAIを積んだグロースター。

 

 通常兵器用の装備をテストする場合を除いて、私は基本的にこのグロースターを相手にしている。

 ロイドさん曰く、私のスキルアップには最適な相手らしいのだが……

 

『アリスさん、聞こえる?』

「あ、はい。聞こえます」

 

 セシルさんから通信が入ったので、一旦考えるのを止め、返事を返した。

 

『うん、大丈夫そうね。

 ――それでは、試験内容を説明します』

 

 セシルさんがそう告げると、シミュレータのモニターに赤い翼のようなユニットを取り付けたランスロットが映った。

 

『今回の試験は、フロートユニットを使用した空戦機動のテストです。加速を重視したタイプA、旋回性能に特化したタイプB、最高速度を意識したタイプCの3種類を順に使用し、同様のフロートユニットを装備したグロースターを撃破してください』

 

 次に画面に映るのは、ここ三日で見慣れたグロースター。

 いつもと異なり、背後に黒いフロートユニットを付けている。

 また、武装の方も異なり、何時もの大型ランスではなくMVSを装備していた。

 

『なお、今回のテストで使用するフロートユニットは燃費が非常に悪いため、従来のKMFのエナジー量では満足なデータが取れないと判断されています。

 よって今回のテストでは、ランスロット、グロースターは共にバッテリー切れが発生しません。十分に注意して下さい』

「了解です」

 

 セシルさんの声に、私は頷く。

 

 しばらく待つと、シミュレータの画面が切り替わり、雲の上の青空を映し出した。

 

『――状況設定完了。

 それでは、嚮導兵器Z-01ランスロット、シミュレーションを開始してください』

 

 私は、操縦桿を握りしめる。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 ランスロットのメインエンジン、ユグドラシルドライブの出力を一気に上げる。

 私は、センサーであるファクトスフィアを展開しながら、大空へと羽ばたいた。

 

 ――最初は慣らしだから、グロースターはいないのかな?

 

 センサーに敵機の反応はない。流石に、いきなりフロートユニットでの戦闘を行わせることはないのだろう。

 

 操縦桿を動かしながら、インメルマンターン、スプリットS、バレルロール、ナイフエッジなどのマニューバをこなして慣らす。

 戦闘機とは異なり、フロートユニットによる飛行は推進器による加速を必要としない。

 空中停止状態から一切の加速をせずに機体を360°回転させることすら可能とするフロートユニット、それを用いれば私の様な素人でも何の問題もなくマニューバを行うことができた。

 

『敵機、前方より接近中』

 

 セシルさんの声が聞こえる。敵機とは、おそらくグロースターだろう。

 私は、シミュレータの操縦桿を強く握りしめた。

 

 

 ――見えた!

 

 モニターに、小さく紫色の点が映る。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 私は、そのグロースターに向けて機体を加速させる。

 同時に、ランスロットに装備されている唯一の銃である可変弾薬反発衝撃砲VARIS(ヴァリス)(Variable Ammunition Repulsion Impact Spitfire)を構え、グロースターに放った。

 

 この世界に来るまで銃なんて撃ったことはないが、昨日だけであのグロースター相手に千発近く撃ったのだ。牽制程度には使うことができる。

 

 コックピットめがけて撃ち、直後に回避先を塞ぐように二発の弾丸を放つ。

 

 ヴァリスは、弾丸を射出するための反発力、つまり弾丸の速度を操作できる銃だ。

 ランスロットの操縦に対する追従性と合わせれば、今撃った三発の弾丸をかなり近いタイミングで標的に到達させるという曲芸じみた事すら可能とする。

 非常にシビアな操作が求められるが、昨日、グロースターを墜とすために散々練習したのだ。失敗はしない。

 

 普通のグロースターであれば、これだけで打ち落とすことができるだろう。

 

 ――まあ、これで終わったら苦労しないんだけどね。

 

 グロースターは、回避先の弾丸を無視。手に持ったMVSで、コックピットへと向かうヴァリスの弾丸を斬り裂いた。

 

 昨日も思ったが、弾丸を斬り捨てるなど、このAIはどんな騎士を元にしたのだろうか。

 個人的には、ナイトオブラウンズの頂点に立つ男、ナイトオブワン、未来予知のギアスを持つヴァルトシュタイン卿だと思っている。そうでなきゃ無理だ。

 仮にそうでなかったとしても、間違いなくラウンズだ。こんな反則級の騎士がごろごろいるわけがない。いて欲しくない。

 

 お互いのMVSを打ち合わせるようにすれ違い、直後に停止。さらに180°方向転換をかけ、すぐさま背後に向き直りながら加速する。

 従来の戦闘機ではできない動き、しかしフロートユニットはそれを可能にする。

 

 ――実際にこれやったらGで死にそうになるだろうなあ。

 

 高速から急停止し、反対方向に全力で加速する。

 こんな動きは、実機でやったら大変なことになるだろう。今のネモとの融合により強化された身体ならともかく、前の私がこんなことをしたらミンチになる。

 

 だが、そんな動きをしたにもかかわらず、振り返った私の目の前には、MVSを構えて十分に加速した状態のグロースターの姿があった。

 

 ――ロイドさん、これ中に人が乗ってる動きではないですよね。

 

 この事実は、目の前のグロースターが私以上の勢いで減速をかけ、私以上の勢いで加速したことを意味する。

 一瞬、頭の中でロイドさんを罵ってしまった。

 

 しかし、頭の中でラウンズの面々の顔がよぎり、「あ、ヴァルトシュタイン卿とかスザクさんならできそう」と思ってしまう。

 ラウンズの一部は人外。その一部の面々なら、あのグロースターのような動きもできるだろう。

 

 グロースターのMVSを後退しつつ受け流し、飛行しながら斬りあう。

 剣技の腕は私の方が大きく劣るが、機体性能は私の方が上。ほぼ反射に近い動きで操縦桿を操作すれば、こちらから斬りかかることこそできないものの、受け止める程度ならできる。

 

 振り下ろされたMVSを、左手のブレイズルミナスで防ぐ。

 肩と胸の間から射出されたスラッシュハーケン、それを脚のスラッシュハーケンで弾く。

 続く体当たりは受けてしまったが、フロートユニットの操作によりその衝撃を軽減し、同時に飛んできた膝蹴りを脚で逸らす。

 フロートユニットを狙ったMVSの一撃を回避し、グロースターの右手による一撃を左手でパリィ。

 

 機体出力、武装の数で勝つはずのこちらが押される。有利なはずだが優位に立てない。

 

 何とか距離を置こうとしても、逃げる速度と同じ動きで追いかけられる。間合いが変わることはない。

 

 ――このままいくと、私は負ける。

 

 普通に戦ったのでは、間違いなく勝てないだろう。

 こちらのあらゆる有利な点を、純粋な技量で潰されているのだから。

 

「ならっ!」

 

 グロースターのMVSを受け止めると同時に、その一撃を受け流しながら()()()()()()()()()()()()()()

 

 ランスロットは、踏ん張るための()を失ったために背後に吹き飛ばされ、同時にパージされたフロートユニットがグロースターの頭部、カメラに迫る。

 グロースターは、一瞬で手首を返してそのフロートユニットを斬り裂いた。

 

 フロートユニットを失ったランスロットは、翼を失い地に落ちる。

 だがそれよりも前に、フロートユニットを斬り裂いた状態のグロースターにヴァリスを突き付けた。

 

 フロートユニットの陰になってこちらが見えないグロースターは、この一撃に対処することができない。

 なおかつ、MVSを振り上げた状態であるならば、最初の時のように弾丸を切り捨てることもできない筈だ。

 

 ヴァリスから放たれた黄緑に輝く弾丸は、グロースターのコックピットを貫いた。

 

 

 

 

 その後も、私はグロースターとの戦闘を二度続けた。

 結果は、三戦合わせて一勝二敗。初戦以外まったく勝てなかった。

 

 私は、少し不機嫌に昼食兼おやつをとることになった。

 

 

 

 

 

 

 

『人は、平等ではない』

 

 テレビから、野太い男性の声が聞こえる。

 

 その日の夕方、私はロイドさん達とテレビを見ていた。

 

 テレビに映されているのは、ここエリア11の元総督であるクロヴィス殿下の巨大な絵と、その絵の前に立つブリタニアの皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア陛下だ。

 

 そう、これはクロヴィス殿下の国葬。

 陛下はそこで、力強く声を震わせながら演説をしていた。

 

『生まれつき足の速い者、美しい者、

 親が貧しい者、病弱な身体を持つ者、生まれも育ちも才能も、人間は皆、違っておるのだ。

 

 そう、人は、差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる』

 

 この考え方が、ブリタニアという国だ。

 それは、この大学の一件でよく実感した。

 

 民主主義の人間だったからか、この考え方に対する不快感はある。

 しかし正直なところ、この考え方は何もかも間違っているわけではないということも理解していた。

 

『不平等は悪ではない。平等こそが悪なのだ。

 権利を平等にしたE.U.はどうだ? 人気取りの衆愚政治に堕しておる。

 富を平等にした中華連邦は? 怠け者ばかりだ。

 だが、我がブリタニアはそうではない。争い競い、常に進化を続けておる』

 

 人気取りの衆愚政治、そう、民主主義の政治は、常にその側面をはらんでいる。

 本来議題を改善する場である国会が、ただの誹謗中傷の場に変わることなどよくあることだ。

 人気を取るために本来の議題を置き去りにする、法の改正など考えず、ただ追い落とすことに固執する。

 

 その点、ブリタニアにはそんなことがない。

 他者を下げることで上に立つのではない。社会全体が競い合うからこそ、他者を上回ることで上に立とうとする。そんな人間ばかりだ。

 そして、上を目指すために皆が強い意志を持つので、誰かに蔑まれる様な考えを持つ人間が驚くほど少ない。

 

 それは、ブリタニアの良いところだと言えるだろう。

 

「進化、いい言葉だ」

 

 ロイドさんが、笑うようにそう呟いた。

 

『ブリタニアだけが前に、未来へと進んでいるのだ。

 我が息子クロヴィスの死も、ブリタニアが進化を続けているという証』

 

 息子の死を悼むような言葉一つない。

 

 こんな様子の陛下が、実はかなり子に対して思いやりのある人間だとは、物語を知らなければ全く思えなかっただろう。

 ゼロ、ナナリー、マリーベル、三人にあったことを知らなければ、本当にわからなかったと思う。

 

『戦うのだ!

 競い奪い獲得し、支配せよ。その果てに未来がある!

 

 オール・ハイル・ブリタァニアァ!!』

 

 そう言って、陛下は拳を天高く突き上げる。

 それに合わせ、式典に出席している人々が声を合わせて叫んだ。

 

 ――オール・ハイル・ブリタニア!! オール・ハイル・ブリタニア!! オール・ハイル・ブリタニア!!

 

 何度も何度も叫び続ける。

 私は、その光景を黙って見つめ続けた。



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10話

「はーい、解散解散! 今日は出番なし、おーめーでーとーっ! おしまいっ!」

 

 昼、新しい武装のテストを兼ねたグロースターとの三連戦、それを終えてコックピットから出ると、ロイドさんが叫び声をあげていた。

 

 ロイドさんはひと息にそう言い切ると、心の底から残念そうにため息をつく。

 

「セシルさん、ロイドさんに何があったんですか?」

 

 何があったんだろうか?

 端末の前でスザクさんの宿題の手伝いをしているセシルさんに、事情を聞いてみる。

 

「えっ? ああ、アリスさんは、朝からずっとシミュレータをしてたから知らなかったわね。

 二時間くらい前かしら、ロイドさんが、サイタマゲットーで戦闘をすることを聞きつけたの。それで、その戦闘に参加できるよう、総督であるコーネリア皇女殿下に交渉をしに行ったのよ。

 ……あの様子だと、断られちゃったみたい。

 そうね、スザク君もアリスさんも仕事は終わりにしていいから、どこかに遊びにでも行ってきなさい。

 特にスザク君は、学校に行ってくるといいわ。授業はもう終わっているかもしれないけれど、友達に会いに行くことも大切よ。昔からの、大切な友達がいるんでしょう」

「はい、ありがとうございます、セシルさん」

「わかりました、お疲れ様です、セシルさん」

 

 スザクさんと共にセシルさんに返事をする。

 

 そんな私たちの様子に、セシルさんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 そんなわけで、私は向かいにある学園、アッシュフォード学園に来ていた。

 スザクさんについて行った形である。

 

 アッシュフォード学園に行くことは、そこに通うゼロに『絶対遵守』のギアスをかけられる可能性があるので避けていた。だが、コードギアスの物語の知識で彼が学校にいないことを知っていたので、私は行くことにしたのだ。

 

 研究員の人に同行して貰うことで学園内に入る許可をもらい、スザクさんの後ろをひょこひょこついて歩いている。

 

 スザクさんが所属しているクラスの教室、整備された校庭、各種道具の充実した体育館。

 スザクさんは、私にアッシュフォード学園の様々な場所を教えてくれた。

 

 そして、主要な場所を回ったところで、スザクさんの目的地である生徒会室にたどり着いた。

 アッシュフォード学園のドアは、学園長室などの一部例外を除いて自動ドアになっているので、ドアの前に立つだけで勝手に開く。

 

「失礼……します」

 

 さっさと入っていくスザクさんの後を追い、私も生徒会室に入った。

 

 そこにいたのは、栗色の長い髪をなびかせた少女、シャーリー・フェネットだった。

 

「あ、おはようスザク君……と、お客さん?」

「うん、僕の職場の同僚の子だよ。

 今日は仕事が早く終わったから、生徒会への顔出しついでに連れてきたんだけど……」

 

 スザクさんが紹介をしてくれたので、私は自己紹介のために口を開いた。

 

「初めまして、スザクさんと同じ職場で働いているアリスです」

 

 そう言って、私は頭を軽く下げた。

 

「こんにちわ、アリスちゃん。

 私はシャーリー、シャーリー・フェネット。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします、シャーリーさん」

 

 シャーリーさんの明るい挨拶に、私は顔を微笑ませて肯いた。

 

「ところで、会長やルルーシュは?」

「会長は学園長に呼ばれてる、そのうち戻って来るんじゃないかな。

 ルルはわかんない。たぶん、クラブハウスにいると思うんだけど……」

「そっか、それならそのうち来そうだね」

 

 二人の会話に、私はコードギアスにおいて語られた、この時のゼロの状況を思いだしていた。

 

 ゼロは今、サイタマにいる。

 彼は、コーネリア皇女殿下の挑発に乗り、シンジュクゲットーで起こした奇跡をサイタマで再現しようとしているのだ。

 

 ――あれ、ちょっと待った。

 

 そこで、私は一つの問題に気が付いた。

 

「あ、すみません。来て早々で悪いのですが、ちょっと用事を思い出したので帰らせてもらいます」

「アリス?」

「アリスちゃん?」

 

 シャーリーさんとスザクさん、二人がきょとんとした顔をするが、私は無視してすぐさま生徒会室を出た。

 

 私が気が付いた問題というのは、C.C.のことだ。

 

 C.C.は、他者にギアスを与える力、コードを持つ少女だ。

 不老不死の魔女で、最低でも日本が江戸時代だった頃よりも昔から生きている。

 ナイトメア・オブ・ナナリーの世界では、私と融合している魔道機『ネモ』のコピー元でもある。

 

 私が問題だと思ったのは、彼女の持つネモに対する干渉能力だ。

 彼女は、ネモの五感を共有したり、ネモの身体を乗っ取ったりすることができていた。

 

 もちろん、そんなことができたのは、彼女がネモのコピー元だからだろう。

 この世界のC.C.とあの世界のC.C.は別人だ。来歴も違うし、扱う力も異なる。

 

 しかし、彼女がネモを乗っ取ることができてしまう、その可能性を私は捨てきれない。

 

 

 そんなC.C.、彼女はいまこのアッシュフォード学園にいる。

 あまり詳しく憶えていなかったので忘れていたが、サイタマにいるゼロを助ける少し前、今この瞬間はまだこの学園内にいるはずなのだ。

 

 また、乗っ取りができなくとも問題はある。

 C.C.と同じくコードを持つ存在であるV.V.は、コードを持つ存在を感知できていた。

 ネモの持つ力は、複製されたコード。きちんとしたコードではないとはいえ、感知される可能性がある。

 

 C.C.やV.V.のもの以外のコードがあるなんて事がばれれば、ブリタニアの秘密組織であるプルートーンやギアス嚮団に襲われる危険性もあるのだ。見つかるわけにはいかない。

 

 まあ、私の場合は、ギアスを使わない限りコードが外見に出ないので、ギアス関係者に見つからなければばれないことが数少ない救いだろうか。

 

 

 廊下を走らず、しかし可能な限り速く歩く。

 初めて訪れた建物であったが、不思議と出口への道のりがわかった。スザクさんの案内が上手かったからだろうか。

 

 だが、急いでいたためだろう。曲がり角で急に出てきた生徒にぶつかってしまった。

 

「あっ、すみません」

「あ、ごめんなさい」

 

 私とぶつかった生徒、二人が同時に謝る。

 私は、そのぶつかった生徒の声に、どこか既視感を感じた。

 

 僅かに顔を上げれば、燃え上がる焔のような赤い髪が視界に映る。

 

 ――どんな偶然!?

 

 そう、そこにいたのはカレン・シュタットフェルトという少女。

 ゼロの率いるテロリスト集団、黒の騎士団に所属するKMFのエースパイロットだった。

 

「あれ、見学の方ですか?」

「はい、最近ここに知り合いの人が編入してきたので、その人の案内で来ました」

 

 さっさと会話を切り上げて逃げたい。

 スザクさんの名前を出すと会話が長引きそうだったので、名前を隠して説明することにした。

 

「そうなの。それにしては、案内してくれる人はいなさそうだけれど……」

「いえ、今から帰るところなんです。

 その人は何か用件があるようなので、私だけで帰ろうと思って」

「そういうことね。出口までの道はわかるかしら?」

「はい、此処をまっすぐ行ったところにエレベーターがあるので、そこから降りれば帰れるはずですから」

 

 それを聞いた彼女は、自身が今来た道の方を指さして言った。

 

「それなら、こっちに階段があるから、その階段を使った方が早いわよ。

 あっちのエレベーターを使うと、少し遠回りになるわ」

 

 そう言われ、私はその階段を使ってこの階に来たことを思い出した。

 

 ――どうして私は、わざわざエレベーターを使おうとしていたのだろうか。

 

「そういえばそうですね。ありがとうございます、カレンさん」

 

 私は、彼女に礼を告げると、急いで学園の外に向かった。

 

 

 

 

 

 校舎から出た私は、急いで学園から離れ、そのままショッピングモールに向かった。

 

 ――これだけ離れれば、もういいや。

 

 建物の中にあったベンチに腰を下ろし、息を吐く。

 

 なんだろうか、今日の私は、いまいち危機感が足りなかった気がする。

 少し考えれば、ネモの存在がまずいことも、学園内にC.C.がいることもわかっただろう。

 

 ――ちょっと、浮かれすぎてたかな。

 

 そう考えて、私は思考を一瞬固めた。

 

 ――浮かれすぎていた? 学校に行くことに?

 

 そんなことはあり得ない。私が学校に行くことを望んでいたわけがない。

 アッシュフォード学園が隠れた危険地帯だとかそんなことに関係なく、()()()()()()()という意味でだ。

 なにせ、私は――

 

 その瞬間、私の手が私の頬を張った。

 その突然の衝撃に頭が揺れる。ぐらりと視界が回転して、平衡感覚がおかしくなる。

 

 痛みが引くまで待って、小さく深呼吸。悪い考えを頭から振り払った。

 

 ――今の問題は、何故学園に行こうと考えたかだ。私の昔話はどうでもいい。

 

 そう言い聞かせて、思考を切り替えた。

 

 

 

 では、なぜ私はアッシュフォード学園に行きたがったのだろうか。

 

「……わからない」

 

 必死に考えたが、何一つ思いつかなかった。

 KMFの操縦技術といい、今回のおかしな思考といい、なんだか私の知らない何かがこの身体にはある気がする。

 

 ――もう少し、色々と考える必要がありそう。

 

 とはいえ、それは今でなくてもいいだろう。

 今の私には、何も思いつかないのだ。それなら、今考えることは時間の無駄だ。

 

 立ち上がって、周囲を見渡す。

 このまま帰るのもなんだし、特派の人達にお土産でも買って帰ることにしよう。

 

 目に付いたのは、以前訪れた食品系の施設。

 考え事には甘いものと言うし、お菓子か何かがいいかもしれない。

 

 私は、買い物かごをもって店内に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、面白いこともあるものね」

 

 エリア11、かつて日本と呼ばれた地から海を挟んだ向こう側。

 神聖ブリタニア帝国、そのとある施設の中に、彼女はいた。

 

「ええ、よくわかったわね。流石というべきかしら」

 

 彼女は、誰かと話しているかのような口ぶりだったが、周囲には誰もいない。

 彼女の手には電話もない。普通に見れば、彼女は独り言を発しているかのように見えるだろう。

 

「そんなことはしないわよ。私だって親よ、子供の顔を見たいと考えるのは普通じゃなくて?」

 

 そういって、彼女は小柄な身体を揺らす。

 彼女は、自身のことを親と言ったが、その身体は子持ちの人間と見るにはあまりにも小柄だった。

 

 高めに見積もっても、まだ18にもなっていないだろう。

 下手をすれば、16にもなっていないかもしれない。

 

 そんな少女である彼女が子持ちであるとは、誰も思えないだろう。

 

「それは仕方がなかったのよ、私たちの近くにいては、間違いなくあの子たちは死んでいたわ。

 ……わかってるわよ、そう思われても仕方ないってことくらい。

 あの選択が最善のものではなかったことくらい、よくわかってる」

 

 そう言いながら、彼女は苛立たし気につま先で地面を叩いた。

 

「はあ、あなた、私を何だと思ってるの?

 ……いい度胸じゃない、今度会った時は覚えてなさいよ」

 

 彼女は何者かにそう告げると、何か思いついたような顔をして歩き始めた。

 

「そうね、決めた。

 私が直接行きましょう。ビスマルクに行かせるつもりだったけど、気が変わったわ」

 

 顔に笑顔を浮かべ、歩くのに合わせて自身のピンク色の髪を揺らす。

 

「もちろん、手加減くらいはするわよ。せっかくのあの子の夢だもの。ラウンズである()()()はわからないけれど、私自身が邪魔をする気はないわ。

 私の目的は、あくまであなたの言う『珍しいもの』の確保よ。V.V.に気が付かれるよりも早く、知られるよりも先に確保するの」

 

 そう言って扉を潜り、鮮やかな芝生の茂る庭を後にする。

 そして、近くのハイウェイへと足を向けた。

 

「シュナイゼルお抱えの特派だっけ? そこの第七世代KMFにも興味あったしね」

 

 そう言って、彼女、ナイトオブシックスのアーニャ・アールストレイムはにっこりとほほ笑んだ。

 

 ――もっとも、その眼は出荷される豚を見るような、ひどく冷たい目をしていたが。



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11話

 アッシュフォード学園を訪れてからしばらくして……

 

 

 今日も今日とて、私はシミュレータ漬けである。

 まあ、私の仕事はランスロットや新しい武装のデータ収集なので、こうなるのは当たり前だが。

 

 今日は学園が休みなので、スザクさんは特派にきている。

 よって、シミュレータの内容は、スザクさんのランスロットとの戦闘だ。

 

『さて、今日も勝たせてもらうよ』

「それはこっちの台詞です」

 

 通信越しに、スザクさんと声を交わす。

 

 現状、私とスザクさんの勝率はスザクさんの方が上。

 シミュレータに籠っている時間は私の方が長いので、私はランスロットをスザクさんより上手く操作できているはずなのだが、純粋な戦闘技術の差で勝ち越せずにいた。

 

 だが、私だって負け続ける気はない。

 KMFの操縦にも慣れて、反応速度もだいぶ良くなった。

 鬼畜AIグロースターの動きも読めるようになったし、剣の腕もヴァリスの扱いも上手くなったはずだ。

 

 今度こそ勝つ。

 

 ――絶対にスザクさんなんかに負けたりしない!

 

 

 

 

『――シミュレーション、開始します』

 

 いつもの崩れた市街地、そこに私とスザクさんのランスロットはいた。

 

 ランスロットの持つ武器は、ヴァリスと二本のMVS。

 スザクさんは両手にMVSを、私は右手にのみMVSを構えている。

 互いにヴァリスは腰に差したまま、手には取らない。この間合いでは、ただ無駄になるだけだ。

 

「――行きます!」

 

 気合いを入れるために声を出す。

 その声が聞こえたのだろう、正面にいるランスロットが腰を少し落とした。

 

「ランスロット、MEブースト!」

 

 私の声にランスロットが応え、機体のメインエンジンであるユグドラシルドライブが力強く稼動する。

 その力は機体の脚を伝い、ランドスピナーを勢い良く回転させた。

 

 力を得たランドスピナーは、私のランスロットをスザクさんのランスロットへと加速させる。

 

『ランスロット、MEブースト!』

 

 それと同時に、通信越しに聞こえるスザクさんの声。

 視線の先では、私のランスロットと同じく加速する、スザクさんのランスロットの姿があった。

 

 二機の距離が狭まり、お互いの間合いが交錯する。

 

 

 ――『最初のアタックは正面から、フェイントをかけることは絶対にない』

 

 コードギアスにおいて解析された、スザクさんの戦闘動作パターン。

 私の脳裏に、それを告げるゼロの言葉が響き渡る。

 

 

 スザクさんの間合い、MVSの刃が届く距離に入る。

 それと同時に、私は左足のスラッシュハーケンを地面に射出、その勢いを利用して跳躍する。

 

 その直後、私がいた場所にスザクさんのMVSが振り払われた。

 それを確認した私は、背後、正確には斜め下に入るスザクさんへと右足のスラッシュハーケンを撃ち出す。

 

 

 ――『躱された場合、次の攻撃を防ぐためすぐに移動する』

 

 

 スザクさんは、それを前方に跳躍することで回避。

 スラッシュハーケンはかすり傷一つつけることができず、コンクリートの大地に突き刺さった。

 

 私は、スラッシュハーケンがコンクリートに突き刺さるのを確認した時点で、両足のスラッシュハーケンを巻き取る。

 私のランスロットは、その力によって大地に引き戻され、すぐさま体勢を整えることができた。

 

 左右のランドスピナーを駆使して機体を反転させつつ、同時に腰に刺したヴァリスを引き抜く。

 狙いはもちろん、跳躍して逃げ場のないスザクさんのランスロット。

 

「ヴァリス、インパクトレールLevel4」

 

 そう口にして、引き金を引く。

 ヴァリスは、可変弾薬反発衝撃砲。弾頭と反発力の調整、すなわち威力の調整が可能な銃だ。

 Level4であれば、それは100m以上大地をえぐり取ることすら可能にする。

 

 スザクさんは、ヴァリスの一撃を左腕のブレイズルミナスで防いだ。

 だがしかし、その衝撃までは受け止めることができず、機体が上空に吹き飛ばされ、左腕が大きく跳ね上げられる。

 

『くっ!』

「もう一発」

 

 苦悶の声を漏らすスザクさんに、再びヴァリスを構える。

 ランスロットにフロートユニットが搭載されていない今、空中での姿勢制御はスラッシュハーケンを地面やビルに刺すことでしか行えない。

 

 つまり、スラッシュハーケンを放つ隙さえ与えなければ、スザクさんは隙だらけになるわけだ。

 

 ――ランスロットが着地するまでに、必ず決着をつける。

 

 地上でまともに斬りあえば、技術で劣る私は絶対に勝てない。

 勝てるのは、今この瞬間。一方的に銃撃を行えるこの瞬間だけだ。

 

 第二射を放つ。

 薄緑に輝く弾丸が、宙を舞うスザクさんのランスロットに迫る。

 スザクさんはそれを、今度は右腕のブレイズルミナスで防いだ。

 

 再びランスロットが宙を舞い、その右腕のブレイズルミナスが腕ごと弾き上げられる。

 

 弾き跳ぶランスロットに合わせ、狙いを修正する。

 今度は外さない、確実に仕留める。

 

「最後」

 

 第三射。

 ヴァリスを構え、スザクさんに引き金を引く――

 

 ――その直前に、私は操縦桿を操作して後ろに跳躍した。

 

 私がいたところに、紅に輝くMVSが突き刺さる。

 それは、スザクさんの右腕のMVS。ブレイズルミナスごと右腕が弾き上げられたあの一瞬に、その手に持ったMVSを投擲したのだ。

 

 強引に弾かれた腕でまともに投擲して、しかもそれを狙い通り当てるなんて、スザクさんはどんな腕をしているのだろうか。

 

 私が狙いを外したその隙に、スザクさんは近くのビルにスラッシュハーケンを打ち込み、それを巻き取ることで大地に着地する。

 

 私は、地上に着地したランスロットめがけて威力を少し下に再設定したヴァリスを3連射するが、それらは全て回避されてしまった。

 

 ヴァリスを再び腰に差し、右手のMVSをしまいながら地面に刺さったMVSを手にする。

 私はそれを構えつつ、こちらに接近するスザクさんから距離を取った。

 

 牽制にヴァリスを連射することも考えたが、それは無駄な弾と隙を生むと考え止める。

 

『今度はこっちから行くよ、アリス』

 

 通信越しにかけられる、スザクさんの声。

 私は覚悟を決め、スザクさんを迎え撃った。

 

 まず初撃、スザクさんのランスロットが振り下ろしたMVSを、左のブレイズルミナスで受け流す。

 同時に、スザクさんが剣を振り切った隙をつくように、ランドスピナーを使って回し蹴りを放つ。

 

 その一撃を、スザクさんは僅かに下がる様に回避した。

 

 回し蹴りを終えた私の視界に映るのは、右腕に持った紅色の剣を薙ごうとしているランスロットの姿。

 とっさに手に持ったMVSでそれを防ぎ、コックピットへと二本のスラッシュハーケンを放つ。

 

 そのスラッシュハーケンは、ランスロットの左腕に生じたブレイズルミナスに阻まれた。

 その直後、スザクさんのMVSを受け止めていたMVS、それを弾き上げられ、その隙に伸びきったスラッシュハーケンのワイヤーを切断される。

 

 背中に格納していた新たなMVSを引き抜き、スザクさんが振り下ろそうとするMVSに打ちつけることで二本のMVSを強引にへし折る。

 

 そのまま、左足のスラッシュハーケンを使用して跳躍。空中でコマのように回転しつつ、ランスロットのコックピットにランドスピナーを叩き込んだ。

 

 しかし、その一撃はブレイズルミナスで防がれる。

 

 ブレイズルミナスに弾き飛ばされる機体。

 宙を舞い隙を晒した私に、スザクさんは四肢全てのスラッシュハーケンを放った。

 

 それを、跳躍に使用したスラッシュハーケンを巻き取ることで回避。

 着地と同時に腰のヴァリスを引き抜き、その四つのスラッシュハーケンを全て撃ち落とした。

 

 だが、その直後にヴァリスが爆発する。

 それを投げ棄てつつスザクさんのランスロットを見れば、そのランスロットはヴァリスをこちらに構えていた。

 私のヴァリスが爆発したのは、おそらくあのヴァリスが原因だろう。

 

 残されたこちらの武装は、両足のスラッシュハーケン、ブレイズルミナス、そしてMVSの四つのみ。

 対するスザクさんの武装は、ヴァリス、ブレイズルミナス、それといつ拾ったのか、先程まで私が持っていたはずのMVS。

 

 ――接近戦をするしかない。

 

 遠距離で使える武器がスラッシュハーケンしかない以上、その間合いではヴァリスを持つスザクさんには勝てない。

 

 戦うなら接近戦。

 スザクさんの剣技の腕に私では及ばないが、それでも遠距離で戦うよりかは勝ち目がある。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 私は、ヴァリスに当たらないよう機体を左右に振りながら、スザクさんへと間合いを詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――スザクさんには、勝てなかったよ……

 

 もちろん、近接戦闘でスザクさんに勝てるわけがなく、私は黒星を増やすことになった。

 

 シミュレータ終了直後に設けられた休憩。

 休憩中の私は、あまりの疲労でパイロットスーツ姿のまま、シミュレータ前に座り込んでしまった。

 

 ――肉体的にはあまり疲れていないけど、精神的にほんとダメ。

 

 15分ほどの近接戦。常に防戦一方だっただけに、全く安心できなかった。

 

 小さく溜め息をついて、私は顔を上げる。

 そして、今までのスザクさんの剣と、今日のスザクさんの剣を同時に思い浮かべる。

 

 ――スザクさん、絶対に今までは手加減してたでしょ、あれ。

 

 二つのスザクさんとの戦闘を比較し、私はそう考えた。

 今日の近接戦闘は、最初の数十秒こそ拮抗できていたが、その後はずっと押されっぱなしだったのだ。

 今までは何とか戦えていただけに、すごく落差を感じる。

 

「お疲れ様、アリス。

 ……えっと、やった僕が言うのもなんだけど、大丈夫?」

 

 疲れと疲れと疲れで項垂れる私に、スザクさんが声をかけてきた。

 

「はい、大丈夫です。身体は疲れていませんから。

 それにしても、スザクさん、今まで手加減してたんですね。ちょっとびっくりしました」

「うん、僕が本気でやったらすぐに終わってデータ収集にならないからって、接近戦だけは本気でやらないようにロイドさんに止められていたんだ。

 アリスには悪いことしちゃったね。ごめん」

「いえ、そういうことなら大丈夫です。ロイドさんに言われていたなら仕方ないですから」

 

 スザクさんにそう言いつつ、こっそりロイドさんに視線を向ける。

 ロイドさんは私の視線に気が付いたのか、笑顔で私に手を振ってくる。

 

 ――あとで、セシルさんにお寿司を握ってもらおう。

 

 私は、ロイドさんに復讐(八つ当たり)を決意した。

 

「でも、今回は本気を出してくれましたよね。どうしてですか?」

「偉そうな言い方かもしれないけど、アリスの腕が思っていたよりもよかったからね。つい、本気になっちゃったんだ」

 

 その言葉を聞いて、少し嬉しくなる。

 自身の努力、その成果を褒められたのだ。嬉しくない筈がない。

 

「そう言ってもらえると、本当に嬉しいです。

 だったら、今度からも本気でお願いできませんか」

「僕は構わないけど……アリスは大丈夫?

 毎回そんなに疲れさせるのは、あまりよくないと思うんだけど……」

 

 スザクさんが心配そうな表情でこちらを見る。

 私は、そんなスザクさんを心配させないように、明るく笑顔を見せた。

 

「大丈夫です。少し大変なことは事実ですけど、スザクさんとの戦いは得られるものが多いですから」

 

 私の言葉に、スザクさんは不安げな表情を残しながらも、ためらいがちにうなずいた。

 

「わかった、アリスがそう言うなら、僕もそうするよ。

 ただ、辛かったら必ず言ってね。言ってくれればきちんと手加減するから」

「はい、その時はお願いします」

 

 真剣そうに表情を引き締めるスザクさんに、私は軽く頭を下げた。

 

「それじゃあ、さっそくお願いします」

「いや、もう少し休もうか。きちんと休むことも大切だからね」

 

 少しやる気が出てきたのでそう言ったが、スザクさんに休むように言われる。

 スザクさんの言葉はもっともだったので、私その言葉に従い休むことにした。

 

 

「――おめでとう、そのシミュレータは今度になるかなー?」

 

 横から、いきなり声が聞こえた。

 びっくりしつつそちらを向けば、そこには満面の笑みを浮かべたロイドさんの姿が。

 

「何かあったんですか、ロイドさん」

 

 スザクさんが、ロイドさんに問いかける。

 

「あれ、見てみなよ」

 

 ロイドさんは、そんなスザクさんに部屋の中にある端末、そのうちの一つを指差した。

 

 そこに映っていたのは、マイクを持ったニュースキャスターと、その背後に立つタワーの様な建物。

 

「あれは……河口湖ですか?」

 

 スザクさんが呟く。

 それは、富士の麓。富士五湖の1つに数えられる湖である河口湖に建つ、コンペンションセンタービルだった。

 

「そ、今、サクラダイトの分配レートを話し合ってる河口湖。

 そこがテロリストに占領されたから、出動することになりましたー!」

 

 テロがあったと言うにしては、随分と嬉しそうな様子だ。

 サイタマでは出撃を断られたので、今回のテロでようやくランスロットのデータを取れると興奮しているのだろう。

 

 理由はわからなくはないが、何となく釈然としない思いがあった。

 

「ロイドさん、不謹慎です!」

 

 シミュレータの側にある端末で作業をしていたセシルさんが、ロイドさんに少し怒鳴る。

 

「そう言うセシル君だって、ここの一員である以上、ランスロットのデータ取りの機会は望んでいたわけでしょ。

 それってつまり、こういう事件を望んでいたって事なんだから、今さら不謹慎も何も無いでしょうに」

 

 怒鳴られたロイドさんは、セシルさんにそう言ってからこちらを向いた。

 

「そんなわけだから、二人とも河口湖に出発ね。

 服装はそのままでいいから、15分後に外のトレーラーの前で集合しといて」

「わかりました、ロイドさん」

「了解です」

 

 ロイドさんの言葉に、スザクさんと私はうなずく。

 ロイドさんはそれを聞いて満足気にうなずくと、セシルさんを連れてここから出て行った。

 

「……シミュレータはまた今度だね」

「はい、テロがあるのに出撃しないわけにはいかないでしょう」

 

 スザクさんが不安そうな、少し焦った顔をしているのを見て、私は物語で語られたこの事件について少し思い出した。

 

 ――そういえば、アッシュフォードの生徒会の人達が人質の中にいるんだっけ。

 

 コードギアス、その7話か8話当たりの話だ。

 あの人質の中には、スザクさんとゼロ、カレンさんを除いた生徒会の人達がいる。

 スザクさんの様子からして、生徒会の人達が河口湖に行った事を聞いていたのだろう。

 

 もしかして、誘われたりでもしたのだろうか。

 

「顔色が悪いですけど、何かあったんですか?」

「いや、何でもないよ。

 さて、じゃあ僕らも支度をしようか」

 

 明るい声でそう言って、スザクさんは私の前から立ち去る。

 一人残された私も、必要な荷物を準備することにした。




 今回のヴァリスlevel4の威力は、ナリタ山の時の物を参考にしました。
 あれがlevel4と呼ばれている描写はありませんが、ナリタのあれは、河口湖のlevel3よりは威力が上なので、適当にそこに置くことにしました。


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12話

 今起こっているテロ、それは河口湖畔事件、のちにそう呼ばれる事件だ。

 

 常温超伝導体を作成するために必須とされるサクラダイト、その生産国が一度に集う『サクラダイト生産国会議』。

 それが行われている最中、この事件は発生した。

 

 犯人は、日下部中佐を代表とした日本解放戦線というテログループ。

 彼らは、ジェームス議長を中心とする会議に出席していたメンバーと、ホテルに居合わせた学生を含む一般人を人質に取り、立てこもっている。

 

 彼らの要求は、政治犯とされた旧日本軍人の釈放。

 

 その要求は、テロリストに対し強硬な姿勢をとるコーネリア皇女殿下にとって、受け入れることのないものだった。

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、そんなわけで僕らは待機ね」

 

 現場に到着してしばらくした頃、コーネリア皇女殿下のいるG1ベースから戻って来たロイドさんは、落ち込んだ様子でそう言ってため息をついた。

 俯いた姿で道端で小石を拾い、湖のほとりに座り込む。

 

「僕たち特派は、救出作戦には参加できないんですか」

「一応申請はしてあるけど、うちは命令系統の違うイレギュラーだし、それに――」

 

 スザクさんの問いかけに、ロイドさんはそこで言葉を切る。

 言わなくてもわかるだろうと、ロイドさんはスザク君に告げていた。

 

 投げやりな様子で、手に持った小石を湖に放る。

 投げられた小石は水面で跳ね返り、四度跳ねて沈む。

 

「イレブンに、作戦を任せるわけにはいかない」

 

 硬い表情で、スザクさんはロイドさんに言う。

 その言葉が正解だったためか、ロイドさんは少しだけ笑顔になり話を続けた。

 

「コーネリア殿下は、ナンバーズとブリタニア人をきっちり区別される方でね」

「……受け入れてもらうには、まだ足りないんですね」

 

 悔しそうな表情で、スザクさんはそう呟く。

 実際、悔しいのだろう。ランスロットは世界唯一の第七世代KMF、その力があれば、救出作戦の大きな助けになるに違いない。

 

「でもそれじゃあ、何のための名誉ブリタニア人制度なんだか……」

 

 セシルさんが二人の会話を聞いて、そう呟く。

 

 結局は、名誉ブリタニア人制度も機能していないということだろう。

 この制度はここ最近、ブリタニアが諸外国を侵略し始めてから制定された制度だ。

 若い人ならともかく、厳しい教育を受けてきた貴族の人間や大人には、まだ理解されない部分が大きいのだろう。

 

「それだけ、敗戦国の復讐心は根強いのですから、仕方がない部分もあるのではないでしょうか」

「そこは僕も理解してるよ、アリス。

 僕の知り合いにも、ブリタニアへの復讐心を持ってる人は大勢いる。そしてそれは、イレブンへの差別がなくならない限り、決してなくなることはない」

 

 ――それはつまり

 

「負の連鎖、ですか」

「ブリタニア人がイレブンを差別するからこそ、イレブンはブリタニア人を憎む。

 イレブンがブリタニア人を憎むからこそ、ブリタニア人はイレブンを差別する。

 あはは、こりゃ改善は無理だね。どうしようもないよ」

 

 そう言ったロイドさんが、愉快そうに笑う。

 それでも、スザクさんは表情を変えることはなかった。

 

「それでも、自分はここで努力し続けるだけです。変えるためにも、変わるためにも」

「頑なだねえ。まあ嫌いじゃないよ、そういう矛盾した生き方は」

 

 ロイドさんはスザクさんにそう告げると、立ち上がってトレーラーの方に足を向けた。

 

「ま、考えても出撃できるわけじゃないし、僕はシミュレータ用のAIの改造でもしてるよ。

 君もアリス君も、念のためいつでも出れるようにしといてね」

 

 ひらひらと手を振り、ロイドさんは立ち去る。

 スザクさんは、少し複雑そうな顔をしていた。

 

「私は、スザクさんは間違ってないと思います。少なくとも、今回の様なテロでは何も変えられませんから。

 そんなことより、スザクさん、たぶん出番があると思うので、準備しておいた方がいいですよ」

「アリス?」

 

 スザクさんの様子が心配だったので、つい余計なことを言ってしまう。

 私は、昔見た物語の知識を引っ張り出すことにした。

 

「コンペンションセンターホテルへの道は地上、空中、水中、地中の四つです。

 地上と空中は難しいので、行くならば水中と地中の二択。テロが起こってから経過した時間から考えて、水中は試していると思いますから、水中は駄目だったんでしょう。

 残るは地中。コンペンションセンターホテルへは、物資搬入を兼ねたライフラインのトンネルが伸びているので、近いうちにそこから突入作戦が行われると思います」

 

 私はそこで言葉を区切り、ランスロットを積んだトレーラーの方に視線を向ける。

 

「でも、解放戦線の人も対策はしているでしょう。少なくとも、アンチナイトメアライフルか何かは設置していると思います。

 もし、精鋭であるコーネリア皇女殿下の部下の人達が突入に失敗したとすれば、そこにあるのはサザーランドでは回避できない武器です。散弾系の何かか、トンネルにリニアレールが設置されていることを考えれば、最悪の場合はトンネル全体をリニアカノンにしている可能性すらあります。

 そんな場所を突破できるのは、おそらくこの場には一機しかありません」

「――ランスロット、だね」

 

 スザクさんの言葉に、私はうなづく。

 

「ランスロットの運動性能、そしてブレイズルミナスなら、トンネルを突破できます。

 もちろん確実とは言えませんが、スザクさんならできるはずです」

 

 私はそこまで言って、スザクさんの顔を見た。

 スザクさんの表情はあまり変わっていないが、目に強い力を感じる。

 

「ありがとう、おかげで少し元気が出たよ」

「いえ、私の言ったことはあくまで想像でしかないですから。

 ランスロット以外に手段があれば、コーネリア皇女殿下はそれを使うと思います」

「うん、それはわかってる。

 でも、君が元気づけようとしてくれたことそのものが、僕にはすごく嬉しかったんだよ」

 

 そう言って、スザクさんは私の頭をなでる。

 そして、スザクさんはその場に私とセシルさんを残して、トレーラーに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日の夕方。

 日が暮れても、命令が下ることはなかった。

 

「命令、来ないですね」

「むこうのリニアカノンのせいで、突入作戦は失敗してるみたいなんだけどねえ」

 

 私のつぶやきに、傍にいたロイドさんが答える。

 

 スザクさんとセシルさんは、そばに立つランスロットのコックピットで操縦系の調整をしている。

 関節部のパラサイトケーブルがどうたらこうたらとよくわからない会話をしているので、私は逃げてきたのだ。

 

 ――私も勉強するべきかなあ。

 

 学校の勉強もあるはずの、多忙なスザクさんがそういう勉強をしているのだ。補欠とはいえデヴァイサーである私も勉強するべきだろう。

 

 この事件が終わったら、合間の休憩時間とかに勉強しようと決意した。

 

 そんな時、

 

「――やめろぉぉ!!!」

「スザクさん!?」

「枢木准尉!?」

 

 突然、スザクさんが絶叫を上げる。

 ロイドさんと私は、慌ててランスロットのコックピットに集まった。

 

「どうしたんですか、スザクさん!」

 

 小さな体を生かしてコックピットにシートの隙間から滑り込み、スザクさんの顔を見る。

 

 スザクさんは、呆然としたような表情でランスロットのモニターを見ていた。

 それの視線を辿り、私もモニターに目を向ける。

 モニターには、コンペンションセンターホテルの屋上にいる数人のテロリストが映っていた。

 

「そんな……人質を……」

 

 スザクさんが、呆然と呟く。

 私は、その言葉で、何があったのか思い出した。

 

 ――日本解放戦線は、この屋上から人質を突き落としたのだ。

 

 そんなことも忘れていた自分ののんきさが嫌になる。

 思い出していれば、せめてスザクさんにその瞬間を見せない程度の配慮はできただろうに。

 

「落ち着いてください、スザクさん」

 

 呆然とした様子のスザクさんに声をかけ、軽く肩を揺さぶる。

 私の声を聞いたスザクさんは、はっとした表情になり、すぐに普段の様子を取り戻した。

 

「……いや、ありがとうアリス。僕は大丈夫だ」

 

 その表情に、無理に作った様子は見られない。

 どうやら、ちゃんと落ち着いているようだ。

 

「大丈夫ならよかったです。

 それじゃあ、失礼しますね」

 

 私はスザクさんの膝から降り、シートの隙間からコックピットの外に出た。

 

 ふとセシルさんの様子を見れば、セシルさんも動揺してしまったのだろう、珍しく真剣な表情のロイドさんに手を握られている。

 

「……」

 

 ――爆発しろ。

 

 たぶん昔の身体なら、その言葉が口から溢れていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから20分程して、トレーラーに備え付けられていた通信機が鳴る。

 

 その前に座っていたロイドさんがそれに素早く反応し、通信を繋げた。

 

「はぁーい! ご指名ありがとうございまぁーす!

 あははは、出していいって、ランスロット」

 

 しばらく黙り込んだ後、興奮した様子でロイドさんが周りに叫ぶ。

 それを聞いたスザクさんとセシルさんは、ぽかんとした表情を浮かべた。

 

 ――スザクさん、信じてなかったんだ。

 

 彼のその表情に、私は少しだけ落ち込んだ。

 

「へ!?」

 

 スザクさんが、驚いたような、信じられないことを聞いたような声を上げる。

 

「トンネル内のリニアカノンに向かって突っ込めってさ」

「ロイドさん!? それってうちを囮にして隙を作るってことじゃないですか」

 

 命令の内容を話すロイドさんに、セシルさんが眉間にしわを寄せて声を上げる。

 

「うん、混乱に乗じて親衛隊が突っ込むみたい」

「みたいってそんな――」

「セシルさん」

 

 スザクさんが、セシルさんの言葉を止める。

 振り向いたセシルさんに、スザクさんは何かを決意した様な表情で口を開いた。

 

「やります、やらせてください!

 みんなを助ける可能性があって、今は僕とランスロットが必要とされているなら、やるべきです。

 ――それが例え、囮であろうと!」

 

 スザクさんは、力強い眼差しでロイドさんを見つめる。

 

 ――不思議と、少しだけ胸が痛んだ。

 

 

 

 スザクさんの駆るランスロットが、クレーンに吊られてトンネルの中へと入って行く。

 それを私は、セシルさんとロイドさんの後ろで見つめていた。

 

「枢木准尉、作戦概要を説明します。

 プライムサーチによると、人質はホテルのミドルフロア、食料貯蔵庫に閉じ込められている模様。

 嚮導兵器Z-01ランスロットは、ライフライントンネルを使ってホテル地下に移動。現着後、基礎ブロックを破壊してホテルを水没させる。

 人質のいる場所は、八分はもつと推測される。救出並びに、テロリストの掃討は別部隊が担当する。

 なお、基礎の破壊にはヴァリスを使用。インパクトレールは、アンチマテリアル、level3に設定」

 

 セシルさんが、淡々とした声で作戦の内容を説明する。

 

「こうして聞く分には、簡単そうに聞こえますね」

「問題のリニアカノンに触れていないからね。

 ある程度の広さはあるけど限定空間だから、回避率はランスロットでも47.8%」

 

 私の呟きに、ロイドさんが解説を付け加えた。

 

「47.8……五割切ってるんですね」

「そこは、40%を越えていることに驚いて欲しかったんだけどなあ」

 

 五割を下回ることに私が驚けば、ロイドさんは不満そうに呟く。

 たしかに、普通のKMFの性能を考えれば、この確率は異常な数値だろう。

 

 ――けどその確率は、命を賭けるにはあまりに低い。

 

「本当にやるんですか?」

「うん、だから適当なところで戻ってきてよ。ランスロットを壊すわけにはいかないしさ」

 

 セシルさんの言葉に、ロイドさんは答える。

 だがその表情は、スザクさんが戻ってくることを期待した表情ではなかった。

 

『適当なところ?』

 

 通信越しに、スザクさんがわざわざ日本語で問いかける。

 

「うん!」

 

 ロイドさんは、更に嬉しそうな笑顔を作った。

 適当、その言葉の意味を知っていたからだろう。

 

『……わかりました』

 

「作戦開始まで、後12分。カウントダウンに入ります」

 

 セシルさんが、カウントダウンを始める。

 

 作戦開始まで、残り720秒。

 私は、ロイドさんに事前に渡されていたインカムを耳に付けた。

 

「スザクさん」

『ん? 何だいアリス』

 

 通信越しに、スザクさんの声が聞こえる。

 私は、その声に何となく不安になった。

 

 それは、私が体験する初めての実戦だからか、それともスザクさんの戦う無意識的な理由、『死にたい』というものを、物語(コードギアス)の知識から知っているからか。

 

 よくわからなかいが、不安になっていることは確かだった。

 

 ただ、私が不安になったからといって、私がすべきことは何もない。

 スザクさんは、囮であるこの任務、失敗を前提に考えられたこの任務を成功させるのだ。

 それを知っている私には、その不安が杞憂だとわかっているからこそ、何もできなかった。

 

 何かして、スザクさんが失敗する、その可能性が生まれることが嫌だったのだ。

 

「――生きて帰ってきてください」

 

 故に、私が言うことができたのは、そんなありきたりの言葉。

 ごく普通の、定番の言葉だけだった。

 

『うん、必ず戻ってくるよ』

 

 スザクさんは、笑顔で答える。

 

 それきり、私とスザクさんの間に会話はなくなった。

 

 

 

「――10秒前」

 

 セシルさんの言葉に、KMFに乗っていないにもかかわらず、身体に力が入る。

 

「9」

 

 淡々としたセシルさんの声に、鳥肌が立つ。

 

「8」

 

 同時に、不安が大きくなってゆく。

 

「7」

 

 何故、こんなにも不安になるのだろうか。

 

「6」

 

 これが、実戦の緊張感から生まれるものだろうか。

 私には、理解できなかった。

 

「5」

『アリス』

 

 そんな時、インカムからスザクさんの声が聞こえた。

 マイクのスイッチを入れ、スザクさんの声に応える。

 

「はい、スザクさん。何かあったんですか?」

『いや、何かあったわけじゃないよ。ただ、一言だけ言いたくなったんだ』

 

 インカムの向こうから、小さく息を吸う音が聞こえた。

 

『――行ってきます』

 

 その言葉に、何故か思考が固まる。

 

「1」

 

 同時に、セシルさんの淡々とした声がすぐ傍で響いた。

 

 

 

『MEブースト!』

 

 通信の向こう側から、ランスロットのユグドラシルドライブの活動を加速させる声が聞こえる。

 

 私は、小さくスザクさんに呟いた。

 

「行ってらっしゃい、スザクさん」

 

「――ランスロット、発進!!」

 



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13話

「ランスロット、発進!」

 

 目の前のにある大穴、地下のトンネルに通じる縦穴から、ランドスピナーのタイヤが擦れる音がする。

 その後、その音は小さくなりながら遠くに向かって行った。

 

「全力って……スザク君、まさか突破するつもり!?」

「あははは!」

 

 驚愕するセシルさんをよそに、ロイドさんは笑い続ける。

 

 二人の、そして私の目の前にある端末の一つ。

 それは、ランスロットのカメラ画像を映し出していた。

 

 ランスロットの視線の先にあるのは、赤色の光で照らされたトンネルと、遠くに見える黒い点。

 このカメラでは遠くて点にしか見えないが、その点は第四世代KMF、グラスゴーを四機結合させたリニアカノンだ。

 

 超電磁式榴散弾重砲『雷光』、それがこのリニアカノンの名前だ。

 超電磁式というその名の通り、弾丸を電磁誘導により加速して撃ち出す様になっている。

 

 使用されている弾丸は、榴散弾。

 球体の散弾を多数内包した弾丸のことで、目標付近で中身を放出、弾丸を足元付近にばらまき機動力を削ぎつつ破壊する機能を備えている。

 

 発射方法から考えて、弾速はかなりのものだ。

 スザクさんは人外な部分があるのでなんとも言えないが、普通の人間ならば絶対に回避できないほどの速度がある。

 

 散弾であることも考慮すれば、スザクさんでも回避するのは難しいかもしれない。

 ロイドさんも回避率は47.8%と言ってたし、その可能性は高いだろう。

 

 けど、スザクさんはそれを実現する。それを私は知っている。

 

 

 第一射、視線の先が僅かに光を発する。

 その直後、ランスロットが回転。カメラが揺れ動き、機体の周囲を散弾が通り過ぎた。

 数発当たりそうなものもあったが、右腕に煌めいたブレイズルミナスがそれを弾く。

 

 何か、嫌な予感がする。

 

 ランスロットが榴散弾をしのぐその光景を見て、不思議と未視感(ジャメヴュ)を感じた。

 アニメで一度見た光景なのだから、本来は少しくらい既視感(デジャヴュ)を感じてもおかしくないはずなのに……

 

 ――もしかして、視点が違うからかな?

 

 その直後、目の前の大穴から暴風が吹き荒れた。

 

「だから言ったじゃないですか!」

「うん、囮じゃなくてやりきっちゃうつもりだね」

 

 ロイドさんが愉快そうに口にする。

 

 ……ランスロットが破壊されるかもしれないというに、どうしてこんな風に笑っているのだろうか。

 

 ふと、とある考えが脳裏をよぎった。

 

「ロイドさん、さっきの確率ってもしかして……」

「んー? 僕は嘘はついてないよ?」

 

 喜々とした笑顔で、ロイドさんは笑う。

 

 その表情と言葉に、私は自分の考えが間違っていなかったことを確信する。

 

 きっと、さっきの47.8%は、普通のパイロットが操縦したらの確率だったのだろう。

 そうだとしたら、スザクさんの場合なら十分にこなせる確率だ。なにせスザクさんは、将来KMF能力オールSという偉業を成し遂げる人物なのだから。

 

 

 ランスロットの視線の先で、僅かに光が煌めく。

 第二射。『雷光』が雄たけびを上げようとする輝きだった。

 

 直後に、ランスロットに搭載された二対のファクトスフィア、高性能のセンサーであるそれが展開され、トンネル全体の細かな情報をランスロットに伝えてくる。

 

 『雷光』が、榴散弾を放つ。

 

 ファクトスフィアはそれを捉え、その速度、機動、回転の度合いなどの情報を一瞬で計算、コックピットのモニターの一つに表示する。

 さらに、それが表示されたのとほぼ同時、強化されている私の肉体でようやく認識できる程度に遅れて、榴散弾が内部の細かな弾丸を開放した。

 

 ランスロットは、ファクトスフィアからの情報を基にすぐさまそれを計算、結果を表示する。

 

 そして、結果が表示されてからおよそ0.02秒後、弾丸の嵐がランスロットを襲った。

 

 榴散弾から分離した弾丸の数は、およそ40。

 寸分の狂いなく弾丸が縦に並ぶ、などの偶然が起こらない限りそれが全てだろう。

 

 スザクさんは、それをランスロットの機動性を駆使して回避しなければならない。

 

 救いとなるのは、40発すべてが同時に着弾するわけではなく、通路全体を塞いでいるわけではないということだろう。

 

 ほんの一瞬の隙間、そこを縫うようにランスロットが舞う。

 通常のKMFにはない滑らかな関節の駆動、過去の世代のKMFに比べてより対KMFを意識した設計が、その動きを可能としていた。

 

 ランドスピナーを利用した信地旋回、トンネルの壁を足場に見立てた三次元的な軌道などによりそのほとんどを回避する。

 どうしても回避できない十数発は、両手のブレイズルミナスを駆使することで防ぎ、機体への損傷や負荷を最小限に抑えていた。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 第一射の直後よりも、その予感が大きくなる。

 

 だが私は、軽く頭を振ってその予感を振り払った。

 コードギアスの物語では、スザクさんは突破できたのだ。私の予感は杞憂に過ぎないはずだ。

 

 しかし、何度そう思っても、不安は少しずつ大きくなるばかりだった。

 

「うーん、予想より再装填が早いかな。

 4射で突破できると思ったけど、もしかしたら第5、いや第6射目まで行くかもしれないね。

 ――おめでとうスザク君、成功率が凄い数値だよ!」

『問題ありません、自分は任務を遂行するだけです』

 

 大穴から吹き上がる突風を眼にしながら、ロイドさんが余計なことを言った。

 いい意味で捉えれば、遠回しにいつでも任務を放棄してもいいと言っているのだろう。そうであってほしい。

 

 スザクさんは、その言葉に冷静に応えつつも、眉一つ動かすことなくランスロットの操縦を続ける。

 

 

 第三射、『雷光』にその予兆が灯る。

 

 ファクトスフィアを展開、放たれる弾丸の情報を取得し、そのデータをランスロットのモニターに反映する。

 モニターに表示された情報は、40の弾丸がランスロットに隙間なく迫っていることを示していた。

 

 スザクさんは、右手のブレイズルミナスを展開、飛来するすべての弾丸を防ぐ。

 弾丸は薄緑の幕に遮られ、トンネルの内壁に飛び散った。

 

 だが、弾丸が当たった衝撃そのものは無くすことができず、ランスロットは大きく押し返される。

 

 それでも、ランスロットは無傷。

 ブレイズルミナスでは衝撃は無効化できないために、腕部の関節やランドスピナーなどには大きな負荷がかかったものの、損傷と言えるものは全くなかった。

 

 ――そこで、私は予感が的中し始めていることに気が付いた。

 

 目の前にある端末、その画面の一つには、ブレイズルミナスのエネルギー残量が表示されている。

 画面は、私にエナジーの枯渇が近づいていることを伝えていた。

 

 受け方によっては、インパクトレールをLevel4に設定したヴァリスによる攻撃を、三度は防げるブレイズルミナス。

 それを、受け方が良くなかったとはいえここまで削る『雷光』。

 

 その威力に、私は戦慄を隠せなかった。

 

 目の前の穴から、また突風が吹きあがる。

 

 モニターに表示された情報を見た感じからして、あと一撃でも直撃を受けたらブレイズルミナスは展開できなくなるだろう。

 もしかすれば、その一撃すら受けきれないかもしれない。

 

 セシルさんやロイドさんは、他の駆動系などの負荷に夢中で、そのことに気が付いていない。

 スザクさんは気が付いているかもしれないが、ここまで来ては戻ることも難しいだろう。気が付いたからといって、どうにかなるものではない。

 

 コードギアスにおいて、『雷光』が発射された回数は5回。

 今のは3回目なので、残り二回。

 

 スザクさんは、たしかコードギアスでは第5射目をブレイズルミナスで防いでいたはずだ。

 その光景が現実のものとなるのであれば、第4射をブレイズルミナスなしに凌がなければならないことになる。

 

 第3射をブレイズルミナスで防がなければならなかったことを考えれば、近づいたことによって回避が難しくなった第4射を完全回避することはかなり難しいだろう。

 

「――っ!」

 

 スザクさんに叫ぼうとして、そこで口を噤む。

 

 一体何を言おうというのか。

 

 ここまで進んでしまったのだ、今さら戻れとは言えない。

 そもそも、今ここで私が何かを言えば、スザクさんの集中力が途切れるかもしれないのだ。

 完全に回避しなければならないこの状況下において、それはあまりにも致命的だ。

 

 物語では、第5射目にブレイズルミナスを発動していたのだ。

 きっと、スザクさんはこの第4射目を完全に回避するのだろう。

 

 そう、きっとそのはずだ。

 

 

 第4射の光が灯る。

 同時に、ランスロットのファクトスフィアが展開される。

 

 初めの時よりも鮮明に見えるようになった『雷光』、その砲身から弾丸が飛び出す。

 

 それを捉えたファクトスフィア。

 だが、情報をランスロットに搭載されているコンピュータがその情報を解析し終える前に、弾丸の中から小さな弾丸群が飛び出した。

 

 計算は間に合わない。ファクトスフィアが捉えた情報が反映されるよりも早く、弾丸はランスロットに到達する。

 

 軌道すら解析できていない。

 視認することすら常人には不可能な恐怖の雨、それがランスロットに降り注ぐ。

 

「スザクさんっ!!」

 

 それを見て、私はスザクさんの死を確信した。

 

 

 

 

 ――けれども、私は忘れていた。スザクさんは決して常人ではないことを。

 

 ランスロットは、超信地旋回しつつ僅かに跳躍。

 足元を薙ぐ多数の弾丸を飛び越し、機体の胴体に当たりそうな数発の弾丸をスラッシュハーケンのアンカー部分で逸らし、残りの弾丸を掠める様に回避した。

 

 頭部を掠め、僅かにつま先の装甲を砕き、左足の付け根付近にあるスラッシュハーケンを吹き飛ばした弾丸は、それ以上の損害を一切与えることなくランスロットの背後に消えて行った。

 

 ――なんだそれは。

 

 顔に吹き付ける風を感じながら、スザクさんの理不尽さに心の中で呆然とした。

 

 確かに、スザクさんが今したことは私もできる。

 さらに言えば、私のギアス『ザ・スピード』や『ザ・コードギアス ゴッドスピード』を使えば、無傷で回避することも不可能ではない。

 

 だが、それは魔女のコピーであるネモと融合しているからこそできることだ。

 KMFに生身で勝利する存在、エデンバイタルの魔女たるC.C.、そのコピーと融合しているからこそできることなのだ。

 

 間違っても、普通の存在でしかないスザクさんができる芸当ではない。

 

 

 大穴から爆風が届く。

 

 ……まあ、とりあえず第4射を乗り越えられたことを喜ぼう。

 残る攻撃は、一回。それをブレイズルミナスで防げば終了だ。

 

「――ふぅ」

 

 身体の力が僅かに抜ける。

 私は、端末の前にあった椅子に身体を預け、なんとなくロイドさんの方に顔を向けた。

 

 

 ――そこには、顔を強張らせたロイドさんの姿があった。

 

「枢木准尉っ!」

 

 ロイドさんが叫ぶ。

 それとほぼ同時に、ランスロットの視線の先で『雷光』が光を発した。

 

 第5射の弾丸は、第4射よりも速く弾ける。

 コンピュータでは計算が間にあわない。回避するにも、回避姿勢をとるために必要な時間が確保できない。

 

 必然的に、スザクさんの行動はただ一つ、ブレイズルミナスを展開することのみになる。

 

 スザクさんがブレイズルミナスを展開し、機体正面に構える。

 分裂した弾丸は薄緑に輝く光の盾に激突、高い音を立てて光を削った。

 

『――っ!!』

 

 インカムの向こうから、スザクさんが衝撃に耐える声が聞こえる。

 直後に盾が消失、ブレイズルミナスはその力を失った。

 

「スザクさん!」

「スザク君!」

 

 ランスロットのカメラに僅かにノイズが走る。

 衝撃により機体が揺れ、金属同士がぶつかり合うような音がした。

 

 それでも、映像が途切れることはない。

 爆発音などもしなかったから、ランスロットがやられたわけではないだろう。

 

 

 

 

 ――しかし

 

 

 一瞬ランスロットのカメラに映った光景は、私に――

 端末の画面の一つ、機体のコンディションを表示している画面は、ロイドさん達に驚くべきことを伝えていた。

 

『……ロイドさん、ヴァリスを落としました』

 

 それは、左ランドスピナーの破損とヴァリスの喪失。

 一瞬遅れてランスロットに到達した小さな5発の弾丸が、消失したブレイズルミナスを潜り抜け、腰にあったヴァリスと足元のランドスピナーを吹き飛ばしたのだ。

 

 『雷光』が付属の砲台を、四連腕部自在砲台を展開する。

 

 連続で発射される弾丸。

 連射されるその弾丸を、スザクさんのランスロットはその足で走りながら回避する。

 

 だが、その間にも『雷光』の発射準備は進んでゆく。

 

 ――いてもたってもいられず、私は走り出した。

 

 

 

 

 

 慣れてきたせいか、今回は転ぶことはない。

 

 そんな自分の足に何とも言えない思いを感じながら、私は後悔の念を感じ続けていた。

 

 

 ――私の、せいだ。

 

 

 スザクさんが命の危険を晒しているこの状況、その原因が私であると、私は確信していた。

 

 アニメにおいて、スザクさんはこの砲台を突破して見せた。

 それも無傷で、一切の怪我なくだ。

 

 何故スザクさんは、コードギアスとは異なりこんな状況に陥っているのか。

 

 ――それは、ランスロットの操縦技能が、本来よりも劣っていたからだ。

 

 スザクさんの現状は、コードギアスの物語のスザクさんよりも操縦技術が劣っていたことが原因だ。

 今思い出したが、本来スザクさんは、第1射目をブレイズルミナスなしに凌いだはずだ。

 

 それができなかったからこそ、ブレイズルミナスのエネルギー不足を招き、ダメージを負うことになってしまった。

 

 では、スザクさんは何故操縦技術が劣ってしまったのか。

 

 ――それは、スザクさんの仕事を私が奪い続けてきたからだ。

 

 コードギアスでは、ランスロットのパイロットはスザクさん一人。

 他の人間は、派閥などの問題により、ロイドさんがデヴァイサーとしてスカウトできなかった。

 

 そのため、私が行っていたテストなどは全てスザクさんが行っていたはずなんだ。

 

 しかし、この世界においてそれは違う。

 スザクさんがした分の仕事を、私が行ってしまった。

 

 スザクさんがランスロットに触れる機会を、その分奪ってしまったんだ。

 

 ――成長の機会を、奪ったんだ。

 

 

 だから、私のせいだ。

 私がいなければ、スザクさんが危機に陥ることはなかった。

 危険はあれど、無事に終えることができたはずなんだ。

 

 

 

 そうであるならば、私ができることは一つだけ。

 

 ――私は、私がしたことの尻拭いを、責任を果たさなければならない。

 

 目の前にある大穴。

 スザクさんのいるトンネルへの入り口に、この身を投げる。

 

 

「――来て、コードギアス!」

 

 

 そして、私の身体は黒い光に呑まれた。

 

 

 

 

 



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14話

 ロイドは、焦っていた。

 いつものへらへらした顔を止め、真剣な表情をしてしまうほどに焦っていた。

 

「ロイドさん?」

 

 表情に気が付いたセシルがロイドに声をかけるが、彼の頭にはその声は入らない。

 

 彼の意識は、ランスロットの機体状況を表示したモニターに縛られていた。

 ロイドの視線の先にあるそれは、関節部などに大きく負荷がかかっていることを示している。

 

 以前、枢木スザクがランスロットを操縦したときは、こんな事にはならなかった。

 彼は、アリスとは異なりKMFの動きの摂理を理解している。意識してか無意識かはわからないが、彼女と違い無理のない動き方をする傾向がある。

 おそらく、剣術を納めているからだろう。ブリタニアの騎士と同じく、人の動きの延長線上で戦っているのだ。

 

 そんな彼が、こんなにも機体に負荷を与える動きをしている。

 ロイドには、それが不思議で仕方がなかった。

 

 

 ――そして、ロイドは一つの疑問を抱いた。

 

 

 テロリストたちの所持するリニアカノンの第4射、それをスザクは完全に回避できなかったのだ。

 

 ロイドの思考の焦りが、さらに強くなる。

 リニアカノンは、スザク(パーツ)能力(スペック)を考えれば、完全に回避することも不可能ではないものだったからだ。

 

 端末のキーボードを叩き、操縦関係の調整に関するデータをを呼び出す。

 

 ――ロイドの考えが、確信に変わった。

 

 そこにあったのは、通常よりも8%ほど、操縦に機体が反応するよう調整されたランスロットだった。

 この調整は、枢木スザクという人間用に調整されたものではない。アリスが操縦するように調整されたものだ。

 

 さらに、いくつかのデータを呼び出す。

 ロイドが見る限り、普段ロイドが調整している物のいくつかが、枢木スザクのものではなくアリスのものになっていたことがわかった。

 

「枢木准尉!」

 

 ロイドは、思わず声を上げた。

 スザクの失敗は、完全にロイドの失敗だ。

 

 本来、今日はアリスの実機操縦を行う予定だった。

 ランスロットにはそのための調整が施されており、当然、枢木スザクではなくアリスに合わせた出力の調整などが行われていた。

 

 ロイドは、この調整をセシルが全てやってくれたと思い込んでいたが、彼女は普段ロイドが調整する部分には手を出さなかったのだ。

 

 ロイドは、セシルが全てやってくれたと思っていたため、その部分には何も手を付けていない。

 おそらく、セシルも同じような思考をしたのだ。普段ロイドが調整している部分は、何時ものようにロイドが調整していると思い込んだのだろう。

 

 結果、スザクは普段と違うランスロットに戸惑い、僅かなミスを重ねることになったのだ。

 

 第1射、第2射の完全回避を失敗したのは、この影響が大きいだろう。

 普段通りなら、確実に避けられたはずなのだから。

 

 その直後、ランスロットが被弾した。

 

 今度の破損個所はランドスピナー。

 同時にブレイズルミナスのエネルギーも尽きたため、これ以上あのリニアカノンを防ぐことはできないということになる。

 

 それでも、その場からヴァリスを撃てば何とかなるだろう。

 

 ロイドは、この時そう考え、一切心配をしていなかった。

 だが、その考えはすぐさま消し飛ばされる。

 

『……ロイドさん、ヴァリスを落としました』

 

 無線越しのスザクの声に、ロイドは顔色を変える。

 

 ヴァリスも、ブレイズルミナスもないこの状況で、ランスロットに未来はない。

 もちろん、そこに乗るデヴァイサーの命も。

 

 ロイドは、端末のキーボードに手を乗せた。

 

 

 

 ブレイズルミナスのエネルギーは、ランスロットの駆動系と同じくエナジーフィラーのエネルギーを使用している。

 

 だが、そのまま使用しているわけではない。

 ブレイズルミナスの使い過ぎが原因で機体が動かなくなる、負荷がかかり過ぎてブレイズルミナスの発生装置が破損するなどという事が無いよう、ブレイズルミナスには使用限界が設けられている。

 

 この限界は物理的にではなくプログラム的に設けられたもので、使用者に合わせロイドやセシルが簡単に調節できるようになっている。

 

 

 

 ロイドの手が、踊る様にキーボードを叩き始める。

 その速さは、もはや人間の物ではない。1秒間に15文字、彼の人生でもこれ以上ないという速度でタイピングを行っていた。

 

 しかし、彼の中にはそのことに関する考えは何一つない。

 彼の中にあったのは、僅かに持っていた人としての良心が促す焦りと、科学者としてのプライドだった。

 

 ――自分のミスで人を殺すなんて、そんなことはイヤだ。

 

 まとめてしまえば、それだけ。

 それ以上の考えはなく、彼はタイピングを続けた。

 

 彼が行っているのは、ランスロットに対するハッキング。

 つながりの確立されているこの端末からランスロットのセキュリティを突破、ブレイズルミナスのエネルギー分配を書き換えようとしているのだ。

 

 本来、KMFのプログラムは、この端末からは書き換えることができるようになっていない。

 必ず、コックピット内の端子につないで書き換える様になっている。

 

 それでも、出来ないわけではないのだ。

 ランスロットを作り上げたのはロイドで、そのソフトの6割に何らかの形で携わっている。

 セキュリティに限って言えば、およそ7割だ。ほとんどがロイドの物だと言っていい。

 

 加えて、KMFが電子的に攻撃されるという状況があまりにも稀であるため、そして少しでも機体の追従性を高めるため、あまり強力な防壁は用意されていなかった。

 

 できない筈がない。

 ロイドという男は、不可能を可能とするために科学者となったのだから。

 

 

 もし、もっと時間があったなら、ロイドはランスロットのシステムを書き換えることができただろう。

 

 ――しかし、現実はそうはいかなかった。

 

 

「できたっ!」

 

 ロイドは、ランスロットのセキュリティを突破する。 

 ロイドにとってはそれほど強固なセキュリティでないとはいえ、驚異的な速度だ。

 

 だが、ロイドの視界の隅、そこにあったランスロットのカメラが、今にもリニアカノンが発射されることを彼に伝えていた。

 

 今から書き換え始めたとしても、ほんの数瞬分だけ時間が足りない。

 

 このままだと、間に合わない。

 

 ロイドは、スザクの死を覚悟した。

 

 

 

 

 だが、ロイドの予測した未来が訪れることはなかった。

 

 

 

 

 次の瞬間、ランスロットのカメラは、怪しく紫に輝く何かを映し出した。

 突如現れたその何かは、ランスロットの前に立ち、リニアカノンを見つめている。

 

「重力変動……?」

 

 ロイドのすぐ隣で、セシルが小さくつぶやいた。

 

 直後、リニアカノンが発射される。

 ロイドたちの前にある穴から突風が吹き、細かな小石などが端末に当たり金属音を鳴らした。

 

 だが、ランスロットは健在だ。

 それどころか、機体には大きな破損が一切ない。

 

 ランスロットの外部マイクが、リニアカノンを構成しているグラスゴーの放った砲弾、その発射音をいくつも拾う。

 目の前の何かは、それらを受けながらも傷一つ付かなかった。

 

『これは、ナイトメア?』

 

 端末の向こうから、スザクの声が聞こえる。

 

 その瞬間、彼がナイトメアと言った何かは消え去り、同時にリニアカノンが崩壊した。

 

「あははは!!」

 

 ロイドの口から、笑い声がこぼれる。

 彼の隣にいるセシルは、呆然とその映像を見つめていた。

 

 ――もはや、ナイトメアの速度ではない。

 

 視認することすらできない、圧倒的な速度。

 ロイドの最高傑作であるランスロット、それですら先ほどのナイトメアの10分の1すら出せないだろう。

 

 現状では世界最高の性能を持つはずだったナイトメア、ランスロットですらこれなのだ。

 こんな速度、どんなことをしたってありえない。

 

 しかし、現実として、そのありえないナイトメアが目の前に存在している。

 

 彼は、もう笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 ――ザ・スピード。

 ――ザ・コードギアス ゴッドスピード。

 

 加速する力を持つアリスのギアスと、それを魔女のコピーであるネモが強化した無限大に加速するギアス。

 それが私の持つ、2つのギアスだった。

 

 トンネルに落下した私は、ギアスを用いてランスロットの前に移動。

 ザ・コードギアス ゴッドスピードを使って無限大に加速し、ランスロットに迫る『雷光』の榴散弾を有機的な動きができるスラッシュハーケン、ブロンズナイフで全て破壊した。

 

 その後『雷光』を解体し、ランスロットの代わりにホテルの基礎ブロックを破壊したのちに脱出した。

 

 

 そんな私が今いるのは、特派のトレーラーの傍。

 コードギアスを降りて、ギアスでこっそり湖を渡った私は、アリバイ作りのためにここに移動することにしたのだ。

 

 トレーラーの中には、特派の研究員の人がいる。

 私はトレーラーに乗ると、備え付けの端末をじっと見つめる研究者の人に声をかけた。

 

「……」

 

 かけようとした。

 だが、その前にふと思った。

 

 ――あれ、そういえば私はこの人の名前を知らない。

 

 普段、心の中で研究員の人と呼んでいたためか、私はこの人の名前を覚えていなかった。

 

 名前を知らない相手に話しかけるときは、なんて声をかければいいのだろうか?

 こんばんわは変だし、すみませんも何かおかしい気がする。

 

 あまり人に慣れていない私としては、少し難しい問題だった。

 

「あれ、アリスさん? どうしてここに?

 ロイドさんたちと一緒にいるのではなかったのですか?」

 

 私がそう悩んでいると、研究員の人が声をかけてきてくれた。

 

「はい、その……。

 少し、怖くなってしまって……」

 

 気を取り直して、私は研究員の人の言葉に答える。

 私の外見年齢は中学生だし、実際の戦場に出ることは初めてではないことを考えれば、こう思うのもおかしな話ではないだろう。

 

 ……実際、怖いと思う感情が無いわけではないし。

 

「あー……まあ、うん。そっか。

 じゃあ、此処にいるといいよ、そのうちロイドさん達も来るだろうしね」

 

 研究員の人は、そう言って近くの椅子を指さす。

 私は、そこに座ると、ぼーっとすることにした。

 

 ふと、正面の画面に目が行った。

 

 正面の端末の画面に映っているのは、変な仮面を被った男、ゼロの姿。

 

 私のその様子を見た研究員の人は、消していた端末のボリュームを上げる。

 

『――れらの名は、黒の騎士団!』

 

 

 

 

 

 ――その声を聞いて、不思議と心が痛んだ。



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15話

 

 河口湖で起きた、ホテルジャック事件の次の日。

 

 特派は、昨日の事件の話で賑わっていた。

 

「――そもそも、正義の味方ってなんだよ。

 一般的なブリタニア人の価値観を、ナンバーズかどうか関係なく適用することを正義だとでも言いたいんかね」

「単純に、世のため人の為ってやつでしょ。正義の味方って言ったら、こう……水○黄門みたいに」

「え、お前あれ見てたの? あれってたしか本国では放送されてなかったはずだろ」

「バートからデータ借りたの。昔のエリア11が持つ独特の雰囲気が面白かったわ」

「正義の味方つったらエミヤでしょ。他には考えられん」

「はいはい型月型月」

 

 ただし、少し方向性がおかしな気もしたけど……

 

 今日は、いつものごとくシミュレータだ。

 予定では実機での演習だったが、肝心のランスロットが昨日の戦闘で破損してしまったので使えなくなってしまったのだ。

 

 相手は、いつものグロースター。AIも同じ。

 私の機体もいつものランスロットで、戦う場所もいつもと同じ市街地だった。

 

 テスト内容は、ロイドさん以外の研究員の人が考案した、ハドロン砲と呼ばれるビームを撃てる試作型のスラッシュハーケン。

 おそらく、後にラウンズ専用機に搭載されることになる『ハドロンスピアー』の試作型なんだろう。

 

 ただ、ハドロン砲がきちんと集束できないために散弾のようになってしまったり、小型化が上手くいかずスラッシュハーケン用のユニットを別に装着しなければならないなどの問題がある。

 まあ、試作兵器なんてこんなものだろう。

 少なくとも、いきなり刀身が消えてしまったシュロッター鋼合金の剣よりはましだ。

 

 まずは、グロースターがいない状況で試作型のスラッシュハーケンを動かしてみる。

 

 背部の、ちょうどエナジーフィラーに覆いかぶさるように取り付けられたユニットを起動。

 操縦桿を操作し、わきの下を潜る様に試作型スラッシュハーケンを射出する。

 

 撃ち出されたスラッシュハーケンは、20メートルほど直進して進み、その後段々と失速、50メートルほど進んだところで斜めに地面に刺さった。

 

「随分と重いですね」

 

 シミュレータの外にいるロイドさんに、思ったことを率直に伝える。

 

 スラッシュハーケンは、少なくとも50メートルほどでは落下しない。

 これだけ大型のユニットを使用して射出しているのだから、射出の為の出力が不足しているとは考えにくい。単純に重いのだろう。

 

『試作だからね、軽量化とかはまだしてないから。

 ハドロン自体の集束もできてないし、ほんとに試作だね』

 

 ロイドさんが無線越しに答えてくれた。

 

「なるほど、それなら重くても仕方ないですね」

 

 疑問が解決したところで、シミュレータを再開する。

 

 正面に試作型スラッシュハーケンを射出し、それに搭載されたハドロン砲の発射機構を使用してみる。

 スラッシュハーケンは、私の操作に従い機体正面で連結され、赤黒いエネルギーを発射した。

 

 それは散弾のように正面に広がり、路面、近くの建物、それらを穴だらけにする。

 

「……これもこれでいいんじゃないですか?」

『まあ、対ナイトメアには十分なんだけど、対艦とかだとちょっとね』

 

 威力もある程度あるし、わざわざハドロン砲を集束させず、散弾である今のままでも良いのではないかと思ったが、そうはいかないようだ。

 

『一応、ハドロン砲が完成したころには、集束率の調整とかは考えてみるよ。

 もっとも、ハドロン砲は調整が難しいから、期待はしないでほしいけど』

 

 ロイドさんは、そう言って端末のキーボードを叩き始めた。

 すると、ランスロットのレーダーにKMFの存在が反応した。

 

『じゃ、今日も始めようか。

 確認するけど、相手はいつものグロースター、AIもいつものね』

「はい、了解です」

 

 ロイドさんの言葉に答えて、私は正面のモニターに集中した。

 

 視線の先に、小さく黒い点が映る。

 ファクトスフィアを展開し、映像を拡大。黒い点は、紫色のKMFに姿を変えた。

 

 グロースターだ。

 

 外見から考えて、武装は大型の電磁ランスとMVS、アサルトライフルだ。

 フロートユニット、そして今回の試作スラッシュハーケンは積んでいない様に見える。

 

 ――とはいえ、それしかないって考えるのは危険かな?

 

 以前のテストで、グロースターのスラッシュハーケンにブースターを積まれていたことがあったので、安心することはできない。

 アサルトライフルが改造されていたり、MVSのダガーを隠し持っていたり、電磁ランスの出力が2倍化されていたりするかもしれないのだ。油断するわけにはいかない。

 

 グロースターへとヴァリスを構え、引き金を引く。

 ヴァリスのインパクトレールはLevel3、ある程度の連射性が確保でき、かつグロースターを一撃で破壊できる"はず"のレベルだ。

 

 三連射。

 コックピットへと一発、そこから僅かに左右にずれた場所へと二発、単純な回避では回避しきれず、斬り払いもできないように放つ。

 

 グロースターは、それらの弾丸を横一線に斬り払った。

 

 ……水平にはならないよう、ほんの僅かにずらすべきだったかも。

 間合いの問題で、グロースターの持つMVSではぎりぎり刀身が届かないように撃ったはずだったんだが、ランスロットのMVSと比べ長めのものを装備していたらしい。叩き落とされてしまった。

 

 再びヴァリスを放つために狙いを定めるが、それよりも早くグロースターがアサルトライフルを引き抜く。

 

 私は、急いで機体を操作し、その銃口から逃れる。

 

 ――その瞬間、気が付けば目の前にグロースターがいた。

 

「――っ!?」

 

 避ける間もなく、MVSにランスロットが両断される。

 私は、それを見ていることしかできなかった。

 

『……はい、シミュレータ終了。

 ちょっと、AIのレベルを下げようか』

「……すみません、お願いします」

 

 向こうから、ロイドさんの落胆したような声が聞こえる。

 その言葉に少し悔しく思いながら、同時に違和感を感じながら、私はロイドさんに肯いた。

 

 

 しかし――

 

 

『シミュレーション終了。

 ……ちょっと降りてきてもらえるかな?』

 

 AIの難易度を下げたにもかかわらず、私はあっという間にグロースターに撃破された。

 

 操縦桿を強く握りしめる。

 そうでもしなければ、物に当たってしまいそうだったからだ。

 

 昨日まで倒せていた相手が、全く倒せなくなっている。

 そんな状況に、私は悔しさを隠せなかった。

 

 なぜこんなことになっているのか。

 当事者である私でも、その理由はわからない。

 急に腕が悪くなったわけではない。少なくとも近接戦闘はきちんとこなせていたし、ヴァリスも狙ったように撃てていた。

 

 それなのに、どうして急にダメになったのか……

 

『アリス君?』

「あ、はい。今出ます」

 

 ロイドさんに催促されたので、シミュレータを降りる。

 シミュレータを降りて端末の前にいるロイドさんのところに向かうと、ロイドさんは私に黒い合成皮革の財布を渡してきた。

 

「はい、お給料」

「へ?」

「いままで給料をあげたことなかったでしょ。本来の給料日は明日だけど、早めに渡しとくよ。

 財布はプレゼントね、お金をむき出しで持つわけにはいかないでしょ」

「あ、ありがとうございます。

 でも、どうして急にお給料を?」

 

 渡された財布を受け取りつつ、ロイドさんに問いかける。

 

 すると、ロイドさんは心底嬉しそうな顔で私に言った。

 

「残念でした、君、今日と明日はお休みね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が、特派の間借りしている研究室から出て行ってから少しした頃――

 

 ロイドとセシルは、端末の画面に表示されたランスロット、今日のシミュレータにおけるアリスの動きを見ていた。

 

「CSRでしょうか」

「たぶんね。銃弾だけに反応しているところとか、昨日あったこととかを考えると、それで間違いないでしょ」

 

 セシルの言葉に、ロイドは頷いた。

 

 CSR、戦闘ストレス反応と呼ばれるそれは、文字通り戦闘によるストレスから生じるものとされている。

 凄く簡単に言えば、恐怖心から起こるものだ。

 

 二人は、端末で再生されている映像に視線を向ける。

 映像の中のランスロットは、グロースターの銃弾をぎこちない動きで大きく回避、その隙を突かれ撃破されていた。

 

 狙撃の腕や剣撃に対する対応などの技能はいつも通りであったが、それだけはぎこちない。

 

「無意識でしょうか……」

「どうだろう。少なくとも違和感は感じてるはずだよ」

 

 そう言って、ロイドは映像を消した。

 

「まあ、彼女は軍人としての教練を受けていたわけじゃないし、初めての実戦ならこんなこともあるでしょ」

 

 どうでも良さげな様子で、ロイドはそうセシルに告げる。

 セシルは、ロイドのその言葉に納得したように肯いた。

 

「そのうち彼女の中で折り合いをつけるでしょ。僕らはそれまでに今までのデータをまとめておこう」

「でも……いえ、そうですね。彼女自身がどうにかしなければならないことである以上、そうするしかないんでしょうね」

 

 セシルは、少し悩んで、ロイドにそう返した。

 

 話が終わった二人は、そこで離れて仕事を再開する。

 

 ロイドは、セシルがいなくなったことを確認すると、先ほどとは別の映像を端末に映し出した。

 

 それは、昨日のランスロットがカメラに映した、正体不明の機体の映像。

 トンネル内に突如出現し、あっという間にリニアカノンを破壊したナイトメアを映した映像だ。

 

「シェルショックに近いCSR、それを戦闘に参加せずに発症した……ね」

 

 その映像を見ながら、ロイドは笑みを作る。

 

「無くはないだろうけど、ちょっと都合が良すぎるかなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学の外、以前訪れたショッピングモール近くの公園で、私はぼーっとしていた。

 理由は単純で、休みに何するか思いつかなかったのだ。

 

 ――何しよっか。

 

 前の自分であれば、漫画を読んだり、ゲームをしたり、アニメを見たりしたのかもしれないが、ここではそんなことはできない。

 

 特派の仕事用の端末を使うわけにはいかない以上、アニメを見るにもテレビがない。

 ゲームをするにもハードがないし、ゲームセンターのゲーム機を含め、そもそも知っているゲームが存在しない。

 漫画はあるが、それは全てブリタニアのもの。書店には、日本の漫画が一切ない。なのでよくわからない。

 

 食べ歩きなども考えたが、びびっと来るものは何もなかったため、買うことはしなかった。

 

 アッシュフォード学園に忍び込んでみようかとも考えたが、昨日の事件の際にシャーリーさんの父親がニュースに出たせいで、学園近辺を記者の人達が取り囲んでいた為に忍び込めそうになかった。

 

 ――まあ、ギアスを使えば行けそうだけど……

 

 そこまでして、行きたいとも思えなかった。

 

 そんなわけで、私は今ぼーっとしている。

 

 

 そもそも、どうして私は突然休みになったのだろうか。

 特派に勤めるようになってからそれなりに経つが、ロイドさんに休むように言われることなんて一度もなかった。

 

 ――やっぱり、シミュレータの成績が原因?

 

 私には、それ以外考えられなかった。

 

 ここ最近は、例のグロースターに勝ち越せるようになっている。

 負けるにしても、僅差で負けるという状況がほとんどだ。完敗したり秒殺されることはない。

 

 だが、今日は違った。

 

 32秒。二回の戦闘シミュレーションで、私が生存できた合計時間がそれだ。

 完敗だった。一瞬で落とされた。抵抗すらできなかった。

 

 グロースターの攻撃は、アサルトライフルを撃って、私が回避を行うその隙に間合いを詰めただけ。

 二回目も同じだ。何も特別なことはしていない。

 

 ――いったいどうして……

 

 そう頭の中で口にして、私は軽く頭を左右に振った。

 

「目を背けちゃダメ」

 

 自分に聞かせるよう、私は口に出す。

 

 そう、「いったいどうして」なんて嘘だ。「わからない」なんて嘘だ。

 どうしてかわかっている。何故かなんて理解している。

 

「私は、怖いんだ」

 

 目を背けないためにも、はっきりと口に出した。

 

 

 コードギアスという機体は、他のKMFと操縦方法や性能が大きく異なる。

 その違いはいくつかあるが、今一番重要になるのは、その手ごたえだ。

 

 コードギアスは、パイロットの意志をほぼ直接的に機体に伝える。

 同時に、機体の様子を従来のKMFよりも鮮明にパイロットに伝える。

 手ごたえや場の空気、スラッシュハーケンの動き一つに至るまで、はっきりと伝えるのだ。

 

 細かい操縦を可能とするその性能が、今はパイロットである私に牙をむいていた。

 

 

 手を見る。

 震え一つないこの手だが、もし以前の私の身体であれば、みっともなく震えていただろう。

 

 昨日のあの戦闘、私は、『雷光』に撃たれた。

 機体に当たる弾丸は全て打ち落としたが、私に当たらなかった弾丸が機体のすぐそばを掠めただけで、私は怖くなってしまった。

 

 さらにその直後、私は『雷光』を破壊した。

 その手ごたえが、鋼鉄を裂き、肉を潰した手ごたえが、私は自分の身体が行ったかのように鮮明にフィードバックされた。

 

 ――怖かった。

 

 戦場そのものだけではない、自分の力も怖かった。

 

 おそらく、こういうのをトラウマというのだろう。

 陳腐な言い方だが、自分の両手が血に染まっているような気さえした。

 

 二の腕を強くつかみ、自分自身を抱きしめる。

 

 自分でも、何が何だかわからない。

 アリスになる前の私が、車にはねとばされたときと同じように、心がまっすぐに立っていなかった。

 

 ――結局、この日は、公園でうずくまるだけで終わった。



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16話

 正面の『雷光』、その砲身に光が灯る。

 それは、発射の予兆。まもなく、電磁投射された榴散弾が、私に襲い掛かるだろう。

 

 ここはリニアトンネルの中、回避できるだけの空間はない。

 防ぐための盾は、この機体には装備されていない。

 

 だが、この機体にはその必要はない。

 

「ギアス伝導回路、稼働開始」

 

 コードギアスに搭載されているギアス伝導回路、私のギアスの力を増幅するためのそれが動き出し、私の力をその四肢に伝える。

 

 防ぐ必要はない。

 それよりも早く――

 

「――叩き切る」

 

 ギアス、発動。

 

 ――ザ・コードギアス ゴッドスピード

 

 

 

 

 

 

 しかし、そのギアスが発動することはなかった。

 

「へっ?」

 

 思わず唖然とする私の目の前で、『雷光』の光が増す。

 

 ――なんで、どうしてっ!?

 

 何度もギアスを発動させようとするが、まるでそんなものは無かったかのように発動する気配がない。

 それどころか、コードギアスそのものが動かなくなってしまった。

 

 さらに光を増す『雷光』。

 私は、それから逃れようと必死にコードギアスを動かそうとする。

 

 だが、動かない。

 

 恐怖で身体が震える。

 もはや、コードギアスが私を拘束する楔にしか思えなかった。

 

 そして、『雷光』が榴散弾を発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 布団から跳ね起きる。

 気が付けば、景色はトンネルではなく、大学から借りている私の部屋へと変わっていた。

 

 ――夢?

 

 先ほどの光景は、どうやら夢だったようだ。

 

 小さくため息をつき、部屋にあるシャワー室へと向かう。

 あんな夢を見たせいだろう。寝汗の量がすさまじく、服がぺたついて気持ち悪かったからだ。

 

 ふと、なんとなくギアスを発動させる。

 

「――ザ・スピード」

 

 瞬間、私の身体は加速し、一瞬でシャワー室の間へと移動した。

 

 ギアスは、ちゃんと使える。夢のようなことはない。

 

 それを確認して、私はシャワーを浴びた。

 

 

 

 

 

 今日は休日二日目。明日から仕事になる。

 だが、私の恐怖は消える気配がなかった。

 

 昨日と同じ公園に向かい、昨日と同じベンチに座り、昨日と同じくぼーっとする。

 することは変わらない。私は、何も変われていなかった。

 

 そうやってぼーっとしていると、視界の隅にになんだか見てはいけないものが映った気がした。

 

 意識を戻し、それを見つけたところを見る。

 

 ――そこには、ピンク色の髪をした少女がいた。

 

「何してるんですか……ユーフェミア様」

 

 エリア11の副総督にして、総督の妹であるユーフェミア皇女殿下。

 彼女が、私服姿でそこにいた。

 

 彼女の周囲を見渡すが、護衛の姿はない。

 以前、スザクさんとデートをしていた時のように、護衛を撒いてきたのだろう。

 

 ――いくらなんでも、危機意識が足りてないんじゃないんだろうか。

 

 最近まで普通の学生だったとはいえ、彼女は皇女なのだ。

 皆無に近い程度にしかメディアに出ていないために知名度が低いが、もう少し気を付けるべきだろう。

 

 私は、ベンチから腰を上げる。

 そして彼女に近づき、声をかけた。

 

「あの、ユーフェ……ユフィさんですか?」

「っ!? あら、あなたは……確かスザクのいる特派の……」

「はい、特派所属のアリスです」

 

 声をかけると、彼女はまるで見られてはいけないものを見られたかのように飛び上がった。

 だが、声をかけたのが私だと気が付くと、表情を安心した様子に変える。

 

「ああ、やっぱり! スザクは元気にしているかしら」

「はい、今日も元気に学校に行ったらしいです」

「そう、それはよかったわ。

 一昨日の事件で特派のランスロットが破損したと聞いて、少し心配だったの」

 

 ユーフェミア様は、その言葉通り本当に心配していたようで、安心したように息を吐いた。

 

 ユーフェミア様のその様子を見て、ふと一つの考えが思い浮かんだ。

 

「もしかして、ユフィさんはスザクさんに会いに来たのですか?」

「ええ、でもスザクのいるアッシュフォード学園は、記者の人達が取り囲んでいたから、入れなかったの

 私は、その……そういう立場だから、むやみにテレビに映るわけにはいかないと思って」

 

 ――そもそも、会いに行ってはいけないという考えには至らないのか。

 

 なんというか、考えが足りない。

 いや、ある意味それがユーフェミア様の一番の武器だったりするから、一概にダメとも言えないのか。

 

 ゼロをして、最強の敵と言わせた彼女の武器は、その皇女らしくない言動なのだから。

 

「たしかにそうですね。ユフィさんは有名人ですから」

「せめて、スザクにお礼の一つでもできたらよかったのだけど……」

 

 そう言って、ユーフェミア様はうつむく。

 そんな彼女の様子を見て、私は自然と彼女の手を取っていた。

 

「だったら、何か贈り物をしましょう」

「え?」

「直接言葉を届けられないなら、何か別の方法でお礼を言うべきです」

 

 ちょうど、ここはショッピングモールの近くにある。

 あそこなら、何か贈り物に適したものを買えるだろう。

 

「そう、そうよね。できないなら、できる範囲で何かするべきだわ。

 ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」

「いえ、私もいい気分転換になると思っただけですから」

 

 ユーフェミア様の言葉にそう返すと、彼女は私の両手を取って、真剣な表情を形作る。

 

「――それでも、よ。あなたの言葉は、本当に私にとっては助けになったの。ありがとう」

 

 おもわず、ドキッとしそうになる。

 同性同士のはずだが、おもわずそういう感情を抱きそうになるほどに、不思議と彼女の言葉は心に届いた。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 私は、彼女から顔を背け、軽く手を取ってショッピングモールに向かう。

 

 ――不思議と、後ろのユーフェミア様が笑っているような気がした。

 

 

 

 

 買い物を終え、ショッピングモールを出た私たちは、そばにある公園のベンチに腰を下ろしていた。

 ユーフェミア様の傍らには、紙袋が一つある。

 

 それは、彼女が選んだプレゼント。スザクさんへの、感謝の贈り物だ。

 その中身は、サングラスらしい。以前のデートの際、ユーフェミア様を庇った為に、スザクさんのサングラスが壊れてしまったから、その代わりになる様にと考えたようだ。

 

「ふぅ、なんだか普通に買い物するのも久しぶりだわ。

 副総督になってから、こうやって出歩くわけにはいかなくなって……」

「喜んでもらえて、よかったです」

 

 心の中で、小さくため息をつく。

 

 ここのショッピングモールは、食料品売り場以外はあまり使わなかったので、きちんと案内できるか心配だったのだ。

 どうやら、満足してもらえたらしい。

 

「そうだ、忘れないうちに渡しておくわね」

 

 安心した私をよそに、ユーフェミア様が袋をあさり始めた。

 しばらくごそごそと音を立て、そして小さな包みを袋の中から取り出す。

 

「はい、今日はありがとう」

「……えっと、もしかして、これは私にですか?」

「ええ、買い物に付き合ってもらっちゃったから、そのお礼にって思ってね」

 

 ――ラノベの主人公か!

 

 心の中で、彼女にツッコミを入れる。

 

 行動が、完全にラノベの主人公だ。ユーフェミア様が男の人だったら完全にそれだ。

 

「ありがとうございます、ユフィさん」

 

 一言お礼を告げて、その包みを受け取る。

 大きさから考えて、ヘアピンなどの小物だろう。

 

「お礼なんていいわ、その為にプレゼントしたわけじゃないから」

 

 そう言って、彼女は微笑む。

 その笑顔を見て、なんだかむず痒い気分になった。

 

 だが、その気分は続く言葉で吹き飛ばされることになる。

 

「――ところで、あなたはどうしてここにいたの?」

 

 彼女の言葉に、頭の片隅に置き去られていた、一昨日の記憶が沸き上がる。

 

 私は、その記憶から派生する恐怖心を押し殺し、彼女の問いに答えた。

 

「少し調子が悪くて……上司の人に、気分転換に休暇を取るように言われたんです」

 

 実際はそこまで言われてないが、ロイドさんはだいたいそのつもりだろうからそう答える。

 

 すると、目の前の彼女は、優しそうな目をして、ふむふむと首を縦に振った。

 

「優しい上司さんね。

 スザクと同じ特派ということは、少ないとはいえ戦闘もあるのでしょう?

 私はそんなに詳しくないけれど、精神的なものも重要視されるべきだってことぐらいはわかるわ。

 お姉様が、精神的不調は怪我とかに比べて軽視されがちだって言ってたから、そういう考えの人は多いと思うの。理解のある人でよかったわね」

「そうですね。上司のロイドさんは変人って言われてますけど、なんだかんだで優しい人です」

 

 ユーフェミア様の言葉に、肯きながら応える。

 普段は研究一直線でふらふらした人だが、ロイドさんは意外と気遣いができる人であるのも事実だ。

 私の戸籍を用意してくれたり、特派という危険が伴うけれどもしっかりとした居場所を与えてくれたりしてくれた。

 

「――大切にするのよ。そういう人は、そう多くはないから」

 

 ユーフェミア様は、そう言うと今度は寂しげに笑った。

 

 その言葉の声色に、その表情に、不思議と心が締め付けられる。

 

 人を引きつける力、姉のコーネリア様とは異なるカリスマ。

 誰もを魅了する彼女の存在感に、私は飲み込まれていた。

 

「はい、ユフィさん」

 

 かろうじて、何とか返事をする。

 私の様子を見たユフィさんは、一転して嬉しそうに笑った。

 

 ……なんだろう、恋とは違う、けどそれに近い何か。

 不思議と、私はユーフェミア様に母性の様なものを感じていた。

 

 無理に言葉にするなら、頼りない姉に対する好意といったところだろうか。

 

 ――というより、ダメンズウォーカーの心理に近い感じかな?

 

 一瞬、失礼な考えが頭を過ぎる。

 小さく頭を振ってその考えを振り払い、顔を上げてユーフェミア様を見つめた。

 

「うん、いい返事ね」

 

 ユーフェミア様は、嬉しそうに微笑んでいる。

 

 その笑顔を見て、つい、口から言葉がこぼれた。

 

「――ユフィさんは」

「ん? なに?」

「ユフィさんは、自分の立場が怖く思ったことってありますか」

 

 突然の問いかけに、ユーフェミア様は不思議そうな顔をする。

 少しして何かを思いついたような顔をすると、彼女はしばらく真剣な表情で考え込んで、そして私の方を見て答えた。

 

「もちろん、あるわ。

 私の立場は、人を導く事ができるもの。いい方向にも、悪い方向にもね」

 

 そう言って、彼女は視線を空に移す。

 何となくだが、彼女の視線の先には、空以外の何かが映っているのだという事はわかった。

 

「私は、お飾りの副総督よ。実権を持たない、ただのシンボル。

 それでも、そんな私の言葉でも、人を破滅させたりすることが簡単にできるの。

 私は、それを怖いことだと思っているわ。逃げ出してしまいたいくらいにね」

 

 そこで言葉を切り、視線を私に戻す。

 

「――なら、どうしてそんなに明るくいられるんですか。

 怖いんですよね、逃げ出したいとも思ってるんですよね、それなのにどうしてそこまで明るくいられるんですか」

 

 

 

「――怖いからよ」

 

 彼女は、強く言った。

 

「怖いから、怖いと思えていられるから、そうしていられるの」

 

 力強く、そう言った。

 

「恐怖は、人の持つ優しさから生まれるの。人が、誰かを想うからこそ持つことができる。

 ――だから、私は笑っていられるのよ。恐怖するという事は、私が心ある人間だという事の証明だから」

 

 そう言って、真剣な表情を崩して笑った。

 

「大丈夫よ、怖いことはおかしなことじゃないわ。

 怖いと思ったら、それは誰かを傷つける自分が怖いのよ、きっとね」

 

 ふふふ、と彼女はまた笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、私と彼女は別れた。

 一人帰った私は、彼女から預かった紙袋と彼女から受け取った小包を部屋の机の上に置き、ベッドに身を投げる。

 

 そして、じっと天井を見上げた。

 

「どうして、私は怖いのか、ね」

 

 本当に、私は弾丸が怖かったのだろうか。

 

 ――きっと違うのだろう。

 

 弾丸を怖がることすら、目を背けた結果に過ぎない。

 私が怖いのは、きっと私自身だ。

 

 コードギアスにおいて、スザクさんがあんな目にあうことはなかった。

 それはつまり、私という存在がいることで、この世界が悪い方向に変わる可能性があることを示している。

 

 今回は、どうにかなったからいい。

 だが、毎回そうとは限らない。私では、どうにかできないことが起こるかもしれないのだ。

 

 スザクさんが死んだり、ゼロが死んだり、取り返しのつかないことが起こるかもしれないのだ。

 

 そうなったら、私はどうすればいいのだろうか。

 そんな考えが、私が戦うことを怖がるようになった原因だ。

 

「……でも」

 

 ――私の立場は、人を導く事ができるのもの。いい方向にも、悪い方向にもね。

 

 先ほどの会話を思い出す。

 そう、悪い方向に導くこともできるなら、いい方向に導くこともできるはずだ。

 

 彼女が、ユーフェミア様が、ユフィさんが、怖がることは優しい証拠だと言ってくれたんだ。

 だから、きっと大丈夫。私の恐怖してる限り、悪い方向に進まない努力をし続けられる。

 

「ありがとうございます、ユフィさん」

 

 聞こえることはないとは思うが、私はユフィさんにお礼を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖い、か。

 きっと、あの子と私の恐怖は、全く違うものよね」

 

 トウキョウにある政庁、その一角にある私室で、ユーフェミアは呟いた。

 

「直接手を下すあの子と、ただ口に出すしかできない私では、恐怖が同じわけがないわ。

 あんな言葉が、あの子の助けになれたかしら」

 

 ユーフェミアは、自分の部屋に置かれた、割れた一枚の皿に目を止める。

 

「――ナナリーが生きていたら、今頃はあのくらいかしらね」

 

 彼女は、自身の腹違いの妹、このエリア11で死んだ少女を思い出した。

 

「お飾りの副総督、実権を持たない、ただのシンボル……

 そんな私でも、きっと何かできるはず」

 

 ユーフェミアは立ち上がり、部屋の扉を開ける。

 

「見てて、ルルーシュ、ナナリー、クロヴィス兄様。

 きっと、このエリア11を平和な世界にして見せるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 ――彼女がその青年を見つけたのは、全くの偶然だった。

 

 

 

 本国から来たばかりの彼女は、かつての後輩に挨拶を済ませ、夜の街を歩いていた。

 

 彼女の短いライトグリーンの髪を吹かせる風、その心地よさを楽しみつつ、淡く街灯に照らされた道を歩く。

 

「……テロがあったばかりと聞くけど、意外と活気があるもんだね」

 

 周囲の人の騒めき聞きつつ、彼女は一人そう呟いた。

 

「はあ、あの子も来ればよかったのにねえ」

 

 本国から一緒に来た一人の少女の事を考えつつ、小さくため息をつく。

 そうして視界を近くの草むらに向けた時、彼女は、ふとそこから人の気配を感じた。

 

 何となく気になった彼女は、人の流れから外れ、草むらに近づく。

 

 そして、そっと草むらの中を覗けば――

 

 

 

 

 ――そこには、くすんだ銀髪の青年が倒れ込んでいた。



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17話

 次の日、仕事が始まる前に、私はスザクさんの部屋を訪ねた。

 

 私の手には、小さめの紙袋がある。

 中身は、昨日ユフィさんと買い物に行ったときに、彼女がスザクさんへのプレゼントとして買ったサングラスだ。

 

 ユフィさんは、ここの副総督。そのため、直接スザクさんへと渡すことは難しい。

 そんなわけで、ユフィさんに代わり、私がそれを届けに来たのだ。

 

 スザクさんの部屋の前に着くと、私はドアを三度ノックする。

 部屋の中から「はーい」という元気な声が聞こえ、それから少し待つと、勢いよく部屋の扉が開かれた。

 

「お待たせしました……ってアリス!?」

「おはようございます、スザクさん」

 

 驚いた様子のスザクさんに、何時ものように挨拶をする。

 

「いったい、こんな朝早くにどうしたんだい? 何かあったの?」

 

 昨日の流れを細々と説明するよりも、さっさと渡した方が早いだろう。

 不思議そうな様子のスザクさんに、私は手に持った紙袋を渡した。

 

「えっと、これは?」

「ユフィさんからのプレゼントです。ホテルジャックの時のお礼だそうですよ。

 昨日、たまたまユフィさんに会うことがで来たので、その時に頼まれたんです」

 

 驚いた様子のスザクさんに、何となく笑ってしまいそうになった。

 まあ、この身体は自然と笑うという事が難しいので、そんなことは起こらなかったが。

 

「ユフィからの!?

 河口湖か……僕は、大したことはできなかったんだけどなあ」

 

 そう言いつつ、彼は私の手から紙袋を受け取る。

 そして、中からサングラスを取り出した。

 

「……随分と、高そうなサングラスですね」

「うん、大事に使わないと。

 ちょっと待ってて、部屋の中に置いてくるから」

 

 中から出てきたのは、黒塗りのサングラス。

 私は、あまりサングラスに興味はないのでわからないが、それはかなり高いものに思えた。

 

 流石はユフィさん。皇族らしくはなくても、皇族としての金銭感覚は持っているらしい。

 ……いや、スザクさんへのプレゼントだから、かなり奮発したのかな?

 

 スザクさんは、サングラスを丁寧に袋に詰めなおし、部屋の中に戻る。

 

 しばらくして戻って来たスザクさんは、その手にアッシュフォードの制服と、革の鞄を持っていた。

 

「お待たせ、アリス。

 ところで、髪型変えたよね。何かあったの?」

 

 戻って来たスザクさんは、私の頭部に視線を向けてそう聞いてきた。

 私は、思わず後頭部にある一房の髪に触れる。

 

「はい、ユフィさんにヘアピンとリボンを貰ったので、気分転換も兼ねて髪型を変えてみたんです」

 

 以前のツインテールとは異なり少し重く、髪が慣れないためにかどうかはわからないが、より強く後ろに髪を引かれる気がしている。

 その代わり、普段よりもすっきりとした感覚がする。

 また、少しメタな言い方かもしれないが、アリスは漫画の主要キャラクターだったこともあり、この髪型も非常に似合っていた。

 

 少々あざといが、その場でくるりと回り、スザクさんに微笑んでみる。

 

「どうですか、似合いますか?」

「うん、似合ってるよ」

 

 だがスザクさんは、私の仕草に何の反応もなく、ごく普通にそう口にした。

 

 何となく面白くない。

 そう思いつつも、まあ似合っていないとは言われなかったので、気を取り直した。

 

「それじゃあ、どうせだから朝ごはんでも一緒に食べようか」

「朝食ですか……わかりました」

 

 スザクさんが朝食に誘ってきたので、うなづいて了承する。

 

 私とスザクさんは、朝食をとるためにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「ん、おはようアリス君」

 

 朝食をとった後、スザクさんと別れ、私は何時ものようにロイドさんの下を訪れていた。

 

 まだ少し早かったようで、研究室内にはロイドさん以外の姿はない。

 

「……まあ、大丈夫そうかな?

 とりあえず、今日もシミュレーションお願いね」

「はい、ロイドさん」

 

 ロイドさんの言葉に従い、私は傍にあったコックピットに乗り込む。

 

 まだ何かしたわけでもないが、何となく手の表面が湿っていた。

 

 ――私らしくもない、緊張しているのかな。

 

 そう思いながら、口の中のつばを飲み込む。

 そこで初めて、私は自分が緊張していることを認識した。

 

 まあ、なんだ。

 自分が緊張していることにすら気が付けないほどに、私は緊張していたのだ。

 

『いつも通り、テストを始めようか。

 内容はこの間と同じ、ハドロン砲を搭載したスラッシュハーケンのテストね』

「了解です」

 

 ロイドさんの言葉にうなづく。

 直後に目の前のモニターに色が灯り、荒れた市街地を映し出した。

 

 視線のはるか先には、紫色の小さな影。おそらく、いつものグロースターだろう。

 

 操縦桿を強く握る。

 操縦桿の上にあるトラックボールの様なものを操作し、ブレイズルミナスが展開できること、ヴァリスの調子に問題がないこと、スラッシュハーケンがきちんと使用できることを確認する。

 

『準備はいいかな?

 それじゃ、シミュレーション開始』

 

 ロイドさんの言葉が私に届くとほぼ同時に、目の前の点がビルの陰に消える。

 どうやら、正面から来るつもりは無いようだった。

 

 ――まあ、それも当然かな。

 

 ロイドさんの言葉が聞こえると同時に腰から抜いたヴァリス、左手に持ったそれを腰に戻す。

 早撃ちで四肢の一本ぐらい貰うつもりだったが、気が付かれたのだろう。

 

 何時の日かハドロンスピアーと呼ばれることになるスラッシュハーケン、それを前方に射出し、ハドロン砲を発射する。

 

 散弾のようにばら撒かれたワインレッドのビームは、煤けたビル群を蹂躙し、穴だらけに変える。

 だがハドロンの散弾は、ビルに穴を空けるばかりで、グロースターに当たることはなかった。

 

「相変わらず、集弾性能低いですね」

 

 ハドロンスピアーを放った方向にグロースターがいたとしても、当たらないのではないか。

 そう考えてしまうほどに、ハドロン砲の集弾性能は低かった。

 

 仕方がないので、可能な限り方向に連射を続ける。

 本当は完全に同じ方向に撃ちたかったが、それは難しいので仕方がない。

 

 なにせ、スラッシュハーケンの先端から撃つのだ。

 スラッシュハーケンのアンカー部分からハドロン砲を発射するという性質上、先端の方向を安定させることができないため、特定の方向に安定して撃つことは難しい。

 

 また、意外と知られていないことが多いが、ビーム兵器には反動が存在する。粒子を打ち出す兵器なのだから当たり前だ。

 アンカー部分は固定されているわけではないので、上手く操作しなければ、反動によって先端のアンカーがどこかに吹き飛んでしまう。

 

 ……これ、本当に欠陥兵器なんじゃないだろうか。

 今は一対一だからいいけど、集団戦闘だと怖くて使えない気がする。

 

 限界まで蛇口を捻ったシャワーのノズルを想像してほしい。

 ハドロンスピアーとは、その水をビームに変えて、シャワーのノズルを全力で放り投げるようなものだ。

 

 あぶない。なんという危険兵器だろう。

 

「ロイドさん。今度この武器のテストをするときは、反動制御に関するプログラムとか、バランス関係の調整しませんか。

 まっすぐ撃つことすら難しいのに、普通は怖くて使えませんよ」

『ふーん、随分な言い方だね。

 ま、わかったよ。次はそうしようか。君の意見はもっともだしね』

 

 ロイドさんのその言葉を聞いた直後、モニターの隅に何かが映る。

 

 即座に跳躍、その場を退避。

 僅かに遅れて、ビルにあいた穴の何れかから銃弾が放たれ、私がいた場所を蹂躙した。

 

「ふぅ」

 

 小さくため息をつき、視線を戻す。

 どうやら、私はきちんと回避できているようだった。

 

 銃弾が放たれた方向にハドロンスピアーを射出、拡散するハドロン砲でそのあたりを蹂躙する。

 だが、シミュレーションが終わることはない。どうやら外したみたいだ。

 

 ハドロンスピアーを巻き取り、背部のユニットに格納する。

 同時に、一瞬だけエナジーフィラーのエネルギー残量をチェックした。

 

「燃費も悪いですね」

『ハドロン砲は、技術的にはかなり研究の余地がある兵器だからね。低燃費化はまだまだ先だよ』

 

 私のつぶやきに、ロイドさんが律儀に反応してくれる。

 

 計器の指すエネルギー残量は、およそ5割。

 ハドロン砲を10発程度撃っただけでこれだ。燃費が悪いにもほどがある。

 

 そう思いつつ、腰から再びヴァリスを引き抜く。

 インパクトレールは、Level3。グロースターを一撃で倒すことができる威力だ。

 

 それを正面のビルに向ける。

 

 ――っ!

 

「そこっ!」

 

 ビルに空いた無数の穴。

 そこに一瞬だけ映った紫へと、私は引き金を引いた。

 

 直後、金属同士がぶつかり合うような音が響き渡る。

 

 命中だ。

 しかし、シミュレーションが終了したとは言われない。

 

 三度、先ほどヴァリスを撃った方向に引き金を引く。

 それに合わせる様に、先ほどとほとんど変わらない金属音が聞こえてきた。

 

 ――また銃弾斬ってる!!

 

 一体、ロイドさんはどんなAiを組んでるんだ。

 

 そう思いつつ、ヴァリスをひたすら連射する。

 

 ――銃弾を斬るなんて絶技、そう続けていられるようなものではない筈だ。強引に、数で押し切れる。

 

 銃弾を斬るなんて、スザクさんでもそうそうできなかった技だ。

 どんな人を元にしてるか知らないが、ラウンズになれる程の才能を持つスザクさんを超える逸材でもない限り、こんなことはそう続けていられないだろう。

 

 

 

 

 ……だが、私の予想に反して、ヴァリスの銃弾はグロースターに届くことはなかった。

 

 ――ヴァルトシュタイン卿でもあるまいに!

 

 そう考えつつ、25発目の引き金を引く。

 

 放たれた弾丸は、一瞬映った赤い一閃に引き裂かれ、グロースターの両脇を通り抜けていった。

 

 これはもう、元のデータはヴァルトシュタイン卿、ナイトオブワンで確定だろう。

 未来視の力を持つあの人でもなければ、こんなことを続けられるはずがない。

 

 今度は、26発目。

 私の予想通り、その弾丸もグロースターが持つMVSの餌食になった。

 

 ヴァリスの装填をしつつ、右手で背中のMVSを引き抜く。

 弾丸を放てぬその隙に、グロースターはこちらとの距離を詰めてきた。

 

 後退しつつ、27発目を放つ。

 それもまた、赤い閃光にかき消される。

 

「無理っ!」

 

 そこで私は、グロースターをヴァリスで仕留めることはできないと判断した。

 このまま続けても、目の前のグロースターを破壊できるとは思えない。

 

 ヴァリスを投擲。ついでに、ハドロンスピアーではなく、元々ランスロットに備えられていた腰のスラッシュハーケンを放つ。

 同時に前方に加速。MVSを両手で握りしめた。

 

 ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿、彼の『極至近未来を見るギアス』にはいくつか欠点がある。

 私はその一つ、見ることでしか未来を知覚できないという欠点を突くことにした。

 

 射撃戦であれば、銃弾が来るであろう軌跡を見ることができる彼には勝てない。

 これは、もう間違いないだろう。あれだけしこたま撃ったにもかかわらず、一発も当てることができなかったのがその証拠だ。

 

 だが、近接戦闘であればどうだろう。

 接近して戦えば、ランスロットの全身を視界に納め続けることはできない。

 

 見えない未来は視えない。

 接近戦なら、ギアスの隙を突くことも不可能ではない筈だ。

 

 ただ、この考えには致命的な欠陥がある。

 それは、ヴァルトシュタイン卿が、スザクさん以上の剣の使い手という事だ。

 今回の場合、本人ではないのでスザクさん以上ということはないと思うが、それでも私よりも強いだろう。

 

 つまり、勝つためには――

 

 目の前のグロースターが、こちらのスラッシュハーケンをスラッシュハーケンで打ち落としながら、こちらに加速しつつMVSを振り下ろす。

 私は、そこで思考を打ち切り、グロースターの一撃を受け止める様にMVSを振り上げた。

 

 金属音が鳴り響き、ランスロットの持つMVSが中ほどから勢いよく折れた。

 それにより、MVSのメーザーバイブレーションが停止、紅の刀身が白銀に戻る。

 

 ――うん、知ってた。

 

 機体出力の劣るグロースターが、ランスロットのMVSを折るという現実。

 その冗談の様な光景に自分の目が死んでゆくのを自覚しながら、私は左手で背中にあるもう一本のMVSに手をかけた。

 

 MVSを引き抜くまでの一瞬、その隙にグロースターがMVSを振り下ろすが、右手の折れたMVSでなんとか受け流す。

 

 グロースターのMVSから放たれる、血の様な一閃。

 白銀の刀身が丸ごと持っていかれたが、どうにかそれを受け流すことができた。

 

 MVSを受け流された為に、僅かに姿勢が崩れたグロースター。

 その隙に、MVSを引き抜きながら振り下ろす。

 

 ――殺った!

 

 しかし、その一撃はグロースターの右腕に受け止められた。

 

 MVSを受け止めることはできないが、MVSを持つ腕を受け止めることは可能だ。

 グロースターは、剣の間合いから一歩踏み込み、私の左腕を受け止めていた。

 

 あまりの光景に硬直する私に、グロースターはMVSを振るう。

 咄嗟にそれを右手のブレイズルミナスで受け止め、左腕を掴むグロースターの手を払いながら距離をとった。

 

 踏み込んでもMVSが届かないぎりぎりの距離、お互いの間合いの外で睨み合う。

 

 睨み合う中、眼前の敵に意識を裂きながら、私は止めた思考を再開させることにした。

 

 近接の鬼とも言うべきヴァルトシュタイン卿、彼に勝つためには、不意打ちをするしかない。

 それも、相撲における猫だましのように、真正面からの不意打ちを。

 

 近接戦闘における思考力が欠けている私には、彼の正面以外に位置することができないのだ。これしかない。

 

 小さく息を吸い、視線の正面にグロースターを置く。

 そして、相手の間合いに一歩踏み込んだ。

 

 ――っ!?

 

 その瞬間、私とグロースターの距離が一瞬で詰められる。

 視界に映らなかったわけではない。一切の挙動が見えていたにもかかわらず、私はその動きに反応できなかった。

 

 私はあまり詳しくないのでわからないが、これが無拍子というやつだろうか?

 呼吸の隙をつくその動きには、武芸に精通する者の動きが感じられた。

 

 ――でも、こっちの方が都合がいい。

 

 距離を詰めたグロースターのコックピットめがけ、MVSを振るう。

 同時に、四肢のスラッシュハーケンを射出、逃げ道を塞いだ。

 

 そんな私に対し、グロースターは私のMVSにぶつける様に自身のMVSを振るう。

 

 グロースターの一撃は、先ほどと同じように私のMVSを圧し折った。

 

 ――それは、()()()()()()()!!

 

 それと同時に、グロースターのMVSも二つに分かれる。

 私とグロースター、二本のMVSが割れるような音を立てて砕けた。

 

 武器を失ったグロースターに、膝蹴りを行う。

 

 グロースターは、私の膝を右手で受け止め、折れたMVSをランスロットのコックピットへと突き出した。

 

 私は、それを僅かに左に避けることで右肩に突き刺させ、お返しのように左手の折れた剣をグロースターの頭部めがけて振るう。

 

 もちろん、グロースターはそれを回避する。

 回避できると知っていて振るったのだ。別に何も驚かない。

 

 私の目的は、頭部を破壊することではなく、視界を塞ぐことなのだから。

 

 ――左手の剣を振るうと同時に、残されたスラッシュハーケンを放った。

 

 放たれたスラッシュハーケンは、一瞬赤く輝き、そしてその光を開放する。

 

 MVSを回避したグロースターに、赤い閃光が襲い掛かった。

 

 

 

『はいはーい、シミュレーションしゅうりょーう』

 

 ロイドさんの興奮したような声が無線から響き、同時にモニターが黒く染まった。

 

「――はぁ」

 

 シミュレーションが終了したのだ。

 その瞬間、集中が途切れたために、口から吐き出すのを忘れていた空気が一気に零れた。

 

 ――とりあえず、休みたい。

 

 一旦休憩を挟むために、キーボードを操作しコックピットを開けることにした。

 

 

 

 

 

 だが、何故かコックピットが動かない。

 

『それじゃあ、次に行こうか。

 次は大型MVSのテストね』

 

「ちょ、ちょっと待って。少し休ませてください!」

 

 慌てて、外のロイドさんに叫ぶ。

 

 ロイドさんは、そんな私の様子に笑みを浮かべると、口を開いた。

 

『おめでとう! 二日も休んだせいで、予定が押してるからね。

 今日の午前中は休みなしだよ!』

 

 ――おめでたくない!

 

 心の中で、私は叫んだ。



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18話

「ぐわー」

 

 ファンタジーの雑魚キャラクターが出す様な悲鳴を口にしつつ、私はデスク一体型の端末に上半身を預けた。

 

 本来であれば起き上がらなければならないのだが、ひんやりとしたデスクが心地よく、ついそのままでいたくなってしまう。

 

「お疲れ様、アリスちゃん。

 ……流石に、午前中休みなしでのシミュレーションは、結構堪えたみたいね」

 

 あの後、私は休みなしで4時間ものシミュレーションをすることになった。

 

 シミュレーションには衝撃などがなく、かつ私の肉体はネモによって強化されている。そのため、肉体的にはまだまだ元気だ。

 なのだが、常に集中することを求められるあの激戦で、心のほうがもう限界だった。

 

「うー」

 

 頬をデスクにくっつけ、手を大の字に広げながら、例のチーズケーキの研究員さんが言った言葉に答える。

 すると、そんな私の目の前に、黄緑色の小さな箱が置かれた。

 

「はい、チョコレート。

 甘いものは疲労回復に良いって聞くから、よかったら食べてね」

 

 どうやら、箱の中はチョコレートらしい。

 

「ありがとーございますー」

 

 力ない声で礼を言って、私はそれを手に取った。

 

 箱を開けてみると、ココアのまぶされた四角く茶色いチョコレートが出てくる。

 あまりチョコレートに詳しくない私だが、丸くないのでトリュフではないという事はわかった。

 

 たぶん、生チョコレートだろう。

 私がアリスでなかった頃の父親が良く買ってきた生チョコレート、目の前のチョコレートは、それによく似ていた。

 

 中にあったプラスチック製の小さなフォークを手に取り、一口。

 

 ――これは……抹茶?

 

 食べたチョコレートからは、僅かに抹茶の味がした。

 抹茶のもつ頬かな苦みが、チョコレートの甘さと口の中で混ざり合う。

 

 生チョコレートの口どけの良さと相まって、まさにとろけそうなチョコレートに仕上がっていた。

 

「すごく、おいしいです。

 このチョコレート、どこのものですか?」

「ホッカイドウのとあるチョコレート屋さんのよ。

 抹茶って好き嫌いの激しいものだから心配だったけど、気に入ってもらえてよかったわ」

 

 嬉しそうな研究員さんの様子を見ながら、私はもう一つチョコレートを口にした。

 

 それにしても、このチョコレートは随分と高かったのではないだろうか。

 

 この口どけの良さといい、抹茶との相性といい、安物には出せない味だ。

 握りこぶし二つ分程度の小さなものだが、送料込みで1000円近くはするんじゃないだろうか。

 

 これは、何かお返しをした方がいいかもしれない。

 

 手に持ったフォークを箱の縁において、私は研究員さんの方を向いた。

 

「えっと、研究員さんはチョコレートが好きなんですか?

 前は、チーズケーキが好きだって聞いた気がしたんですけど……」

「どちらかと言えば好き、ってところかな。苦いものは苦手だし、甘過ぎるのも得意なわけじゃないから、そこまで好きって程じゃないよ」

 

 そう言いつつ、彼女は縁にあったフォークを手に取って、箱の中のチョコレートを一つ食べた。

 そして、それを美味しそうな笑顔で頬張る。

 

 このチョコレートは、甘すぎず、かといって苦みが強いわけではないため、彼女にはちょうどいいのかもしれない。

 

 ――甘すぎず、苦すぎないものか……

 

 頭の中で、自分の知るお菓子を順に思い浮かべていく。

 しかし、いまいち良さそうなものは思いつかなかった。

 

 北海道繋がりで"おかき"というのも考えたが、それは甘いものではない。

 研究員というのは、頭を使う仕事だ。それに研究員さんは女性なのだし、できれば甘いものがいいだろう。

 

「なるほど……程よい甘さのお菓子ですか。

 わかりました。なら、今度は私の方が何かごちそうしますね」

 

 とりあえず、何にするか決めるのは今度にすることにした。

 ここは、同じ日本でも違う世界の日本なのだ。特産物などが変わっていてもおかしくない。

 

 ――ちゃんと調べて、それから考えよう。

 

「え!? いや、嬉しいけど気にしなくていいよ。

 アリスちゃん、お給料もらったの初めてでしょ。せっかくもらったんだから自分のために使いなよ」

「でも――」

 

 言葉を続けようとするが、彼女のチョコレートで口をふさがれる。

 

「アリスちゃんはまだ子供なんだから、そういうことは気にしなくていいの。

 このチョコレートも、私が好きでやってることなんだから……ね?」

 

 そう言って、彼女は微笑む。

 

 ――こういう人が、頼れるお姉さんみたいな立ち位置になれるんだろうな。

 

 アリスになる前、私が私であった頃はこんな風にはできなかったから、少し羨ましくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなことがあった次の日。

 

 私がいつものように研究室に向かうと、珍しく中から多くの人の気配がした。

 普段は、私が来る頃には人はまだ多くないのだが、一体何があったのだろうか。

 

 疑問に思いつつ、研究室の自動ドアを動かす。

 

 

 ……そして、入ることなく扉を閉めた。

 

 

 どうやら、私はまだ寝ぼけていたようだ。

 頬を軽く叩き、かすかに残っていた眠気を飛ばす。

 

 眠気がしっかり飛んでいることを確認して、私はもう一度ドアを開けた。

 

 

 ――そこは、まるで何かの儀式の様だった。

 

 電気が消された室内の中央、端末が退けられてぽっかりと空いたそこには、小さな焚火……に似せた明かりがぽつんと存在している。

 焚火の上には、布で恵方巻の様にされたチーズケーキの研究員さんが吊るされており、それを覆面にローブ姿の集団が取り囲んでいた。

 

「は、離せー! 私が何をしたー!」

 

 研究員さんは、ミノムシのようになった身体を揺さぶり、縄から抜け出そうともがいている。

 だが、縄はしっかりと結ばれているようで、彼女の動きは無意味だった。

 

 ――覆面集団……まさかっ!!

 

 私の脳裏に、とある結社の存在がひらめく。

 

 『ギアス嚮団』、私が考えたのはそれだ。

 コードギアスでは特派にかかわることはなかったはずだが、私がいるせいで変わったのかもしれない。

 

 おもわず額を押さえる。

 そこには、赤い鳥の様な紋章、ギアスを使うと浮かび上がるギアスユーザーの印がある。

 

 嚮団に私の存在がばれたのかもしれない。

 

 ――ザ・スピード!

 

 ギアスを発動、室内にあった鋏で強引に縄を斬り裂き、私は研究員さんを回収する。

 そして、鋏をナイフのように持ち、それを覆面達に構えた。

 

「あれ? あ、アリスちゃんおはよー」

 

 研究員さんは、自分を抱える私を見てのんきに声をかけてくる。

 

 落ち着いたその声を聞いて、私は何か勘違いをしていることに気が付いた。

 

「おはよう、アリス君。いつもこんな早い時間にきているんだね」

 

 正面の覆面が、私に声をかけた。

 その声を聞いて、私は自身の勘違いを確信する。

 

「……もしかして、ロバートさんですか?」

「ん? ああ、そっか。これじゃあわからないよね」

 

 目の前の男が被っていた覆面を取ると、そこには特派の研究員であるロバートさんの顔があった。

 

 ――つまり、これはネタ的なおふざけだったという事だ。

 

 鋏を下ろしながら、小さくため息をつく。

 私の心配は、完全に必要のないことだった。

 

 まあここは、本当にギアス嚮団ではなくて良かったと思うべきだろう。

 

 少し思うところがあるが、そう言い聞かせて納得することにした。

 

 ……ただ、ちょっとストレスがたまったので、少しふざけて発散することにする。

 

「よかった、ブリタニア軍の秘密警察的な物ではなかったんですね。

 でも、どうしてロバートさん達はこんなことを……」

 

 そう口にして、少しだけ顔を下げる。

 一拍置き、ロバートさんが口を開けようとしたところを確認して、私は勢いよく顔を上げた。

 

「それは、そ――」

「まさか! か弱い女性の自由を奪ってあんなことやこんなことをするつもりですか。

 

 ――エロ同人誌みたいに!! エロ同人誌みたいに!!」

 

 大事なことなので、大きな声で二度叫ぶ。

 すると、熱気のあった部屋の空気が一変、一瞬で凍り付いた。

 

 ――あれ、何か滑った?

 

 部屋の中が、沈黙で包まれる。

 

 しばらくすると、ロバートさんが無言で覆面を被った。

 

「アリス君、ちょっと彼女を私に渡してもらえる?」

「は、はい」

 

 ロバートさんの平坦な声に、私は思わず返事をしてしまった。

 

 ロバートさんは、私から優しい手つきで彼女を奪うと、乱暴に焚火の下へ放り投げた。

 

「うごっ! わ、私は無実だ!」

「ダウト、嘘はダメですよ?」

「むぐぅ!?」

 

 布団叩きで布団を叩いたような音と共に、研究員さんが覆面の一人に蹴飛ばされる。

 

 そして、彼女が黙り込んだことを確認すると、覆面姿の研究員さんたちが再び彼女を焚火の上に吊るし始めた。

 

 ――ど、どうしよう!?

 

 乱暴に扱われる研究員さんの様子に、私は慌てることしかできない。

 私の発言が原因なのはわかったのだが、その何が問題となったのかがわからないのだ。

 

「ちょっとー、何してるの君たち」

 

 そんな時、研究室の入り口から声がした。

 声の方向に振り向くと、そこには、扉に足をかけたロイドさんの姿があった。

 

「ロイドさん!」

「ロイド博士!」

「ロイド先生!」

 

 覆面の人達が、待ってましたとでも言いたげな声をあげる。

 ロイドさんは、その声に戸惑ったような表情をして室内に入った。

 

「はいはい。

 で、何があったの?」

 

 ロイドさんの視線の先にいるのは、吊るされた研究員さんと、吊るしているロバートさん。

 ロバートさんは、一瞬私に視線を向けた後、ロイドさんの方を向いて言った。

 

「すみませんが、アリス君がここを出てから説明させてもらえませんか。

 今から話す内容は、彼女には悪影響を与える可能性が大いにあります」

「悪影響? 悪影響ねぇ……」

 

 ロイドさんが、うっすらと笑いながらこちらを見る。

 

 私には何のことかわからないので、首をかしげるしかない。

 

「うん、いいよ。とりあえず、アリス君には席を外してもらおうか」

 

 しばらく私を見ていたロイドさんは、ロバートさんに視線を戻してそう言った。

 

 その言葉が放たれるや否や、私は瞬く間に覆面集団に囲まれる。

 そして、研究室の外まで手を引かれると、研究室のドアを閉められてしまった。

 

 驚きのあまり固まっていた私は、思考がパニックから戻ると同時に扉に手をかける。

 

 しかし、内側から鍵がかけられているようで、扉はびくともしなかった。

 

 ならば、せめて声だけでも聞こうとドアに耳をつける。

 

 すると、中の声が少しずつ聞こえてきた。

 

『――君のつく……上に同……を置いた?

 その……誌というのが何な……は知らないけど、別に本の一……二冊く……いいんじゃないかな』

 

 ロイドさんの声が聞こえる。

 ロイドさんの言葉から考えるに、あの研究員さんは私の机の上に何か本を置いたようだ。

 

 ――何の本だろう? 昨日のこともあるし、チョコレートの本だろうか?

 

 中の音を聞くため、さらに耳を澄ます。

 

『よく……です。

 しかも、B……のの……誌ですよ。18……定もかかって……』

『ん、B……?』

『……イズ……の略です。主に、男……士の卑……描写を描いた成……定のものを指します。

 彼女は、それを10冊もアリス君の机の上に並べて置いていたんです!』

 

 ロバートさんの声が強くなり、扉越しでもよく聞こえる程の音量になった。

 

 ロバートさんが声を荒くするなんて、いったいどんな本が私の机の上に置かれていたんだろう。

 

『あー、確かにそ……まずいね。

 個……特異な思想を抱……とを悪いとは言わな……れど、流石に彼女に成……定の書物を見……のはダメだ』

 

 ロイドさんが何か言っているのがわかるが、声が小さくてなんと言っているのかいまいちわからない。

 特異な思想で書物を見せるのはダメ、かろうじて聞こえたのはその程度だった。

 

『とりあえず、君た……この場の片づ……しようか。彼女へのペ……ティは僕が適当に考……おくよ』

『はい。よ……くお願いします、ロイ……ん』

 

 その会話を最後に、ロイドさんとロバートさんの声が聞こえなくなる。

 おそらく、そこで会話が終わったのだろう。

 

 私は、扉から耳を離し、扉の前で静かに待つことにした。

 

 

 

 五分ほどして、研究員さんの一人によって扉が開かれる。

 その人の声に従って研究室に入ると、そこにはいつもの研究室が広がっていた。

 

 あの儀式的な物は一切ない、いつもの研究室だ。

 もしかしたら、こうやってすぐに戻せるようにしていたのかもしれない。いや、していたのだろう。

 

 そんなことを考えながら、きょろきょろと部屋の中を見渡していると、恵方巻姿のまま隅の方で放置された研究員さんの姿を見つけた。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

 おそるおそる近寄ってみると、彼女はどうやら意識を失っているようだった。

 

 恵方巻状態を解除して、研究員さんを彼女の机に着かせる。

 崩れたりしないよう、きちんとバランスをとって席に着かせた私は、彼女の斜め前にある私の席に着いた。

 

 今日のシミュレーションは、研究員さんたちの都合で午後からなので、午前中は昨日テストした武器のレポートを書くことになっている。

 

 席に着いた私は、机と一体になっている端末を起動、文書作成ソフトを使用する。

 

 目の前に広がる真っ白な画面、私はそれに何とも言えない絶望感を感じながら、キーボードを叩き始めた。



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19話

既存のファイルフォーマットは存在しているということにしてください。

え? アメリカがないからadobeは無くて、だからPDFは存在しないって?
……細かいことは気にしないでください。


今回は、超誰得な話。
最初は、ほのぼのとした日常話の予定だったんだけどなあ



「きれいごーとーだけーじゃー♪」

 

 今日も今日とてシミュレーター。

 私は、疲れを忘れるため、やけくそ気味に小さな声で歌を歌いながら、鬼畜変態AIグロースターへとMVSを振り下ろす。

 

 グロースターは、ランドスピナーを使うことで僅かに超信地旋回―左右の車輪を反対に動かすことで、移動することなく車体の向きを変える―を行い、即座に回避。

 同時に、旋回の勢いをそのままに、掌底でランスロットのカメラを吹き飛ばす。

 

『シミュレーション、終了します。

 ――お疲れ様、アリスさん。これで今日は終わりよ』

「はい……お疲れ様です」

 

 セシルさんの声を聞いた私は、操縦桿から手を離し、開いた後ろのハッチから転がり落ちる様に外に出た。

 そのまま這いながら傍の椅子まで進み、そこに置かれたペットボトルとタオルを掴む。

 

「――んぐっ……ぷはぁ」

 

 ペットボトルに口をつけ、中身を勢いよく流し込む。

 その僅かに白く濁った液体からもたらされる甘み、そして塩気が身体に染み込み、僅かな冷気が熱気を溶かす。

 

 流れ込んだ冷気はそのまま喉の奥を通り、口の中には溶けた熱気の欠片が残され、やがて消えた。

 

「15連戦もお疲れ様、アリス」

「あ、ロバートさん、ありがとうございます」

 

 手に持ったペットボトルがちょうど空になった時、ここの研究員の一人、ロバートさんが新たなペットボトルを持ってくる。

 

 手に持ったペットボトルはかなり冷たく、先ほどまで冷蔵庫かなにかで冷やしていたことを想像させた。

 

 お礼を口にしつつ、貰ったペットボトルに口をつける。

 中身は、白濁の液体。おそらくカルピスやアンバサの様な乳飲料だろう。

 

 運動後にカルピスはちょっと……と感じつつも、喉が渇いていたので一気に飲み干した。

 

「――んぐっ……ぷはぁ。

 ふぅ、おいしかったです。ロバートさん」

「うん、それはよかった。

 もう一本いるかい? 炭酸しかないけど、まだいろいろあるよ」

「いえ、もう大丈夫です。1Lも飲めば多いくらいですから」

 

 ロバートさんからの勧めを断り、小さくため息。

 ここ2、3日の間、今日みたいに限界までシミュレーションを行っていたので、どうも私は疲れているようだった。

 

 心なしか、反応が鈍い気がする。

 反射的な反応は変わらないので、思考速度が落ちているのだろう。

 

「んっー!」

 

 2本のペットボトルを手に、両手を天に突き上げて身体を伸ばす。

 長時間シミュレーターを行っていると、どうも身体が固くなる。

 

 一通り身体をほぐした後、私はセシルさんの所に向かった。

 試験武装に関するレポートを仕上げるため、そのデータを貰うのだ。

 

 今日書かなければならないレポートの数は、武装に関するものが15と、装甲や駆動系に関するものが2つ、計17だ。

 数日前の私なら17なんて死んでしまうと考えるだろうが、流石に50以上も書けば慣れる。

 

 昨日の夕方、例のチーズケーキの研究員さんに、端末に入っていたtexの統合開発環境の使い方を教えてもらったので、今日はもっと早く終わるだろう。

 

 

 TeXというのは、どこかの数学者が開発した文書作成ソフトに近い何かのことだ。

 どこぞの企業が開発した文書作成ソフトとは異なり、マークアップ言語、文章の構造を指定する命令文と文章そのものを混在させるように記述する。

 特に数式の記述に優れていて、数学の教科書の様なきれいな数式を描くことができる。

 

 フリーかつオープンソースなので、苦学生であったため某事務所のライセンスにお金を使いたくなかった私は、このTeXをよく使っていた。

 

 慣れない内は時間がかかるけれど、某アレのように図表に付けた番号が狂う事が無いので、図表を大量に使った大学時代のレポート製作に重宝した。

 ……もっとも、当時はTeXの統合開発環境がある事を知らなかったので、メモ帳で書いていた私はあまりの過酷さに一時期首を吊りたくなったこともあったけど。

 

 まあ、そんなことは過去の話。

 今の私にはTeXの統合開発環境、命令文の記述予測や補間などの作成支援を行ってくれる環境があるので、楽……ではないけれど、少ない苦痛でTeXを作成できる。

 

 

 ――メモ帳からはおさらば!

 

 

 そんな事を考えているうちに、セシルさんの元にたどり着いた。

 

「お疲れ様、アリスさん。これが今日の試験データよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 セシルさんからUSBメモリーっぽい記憶媒体を受け取り、今度は自分の端末へ。

 USBポートっぽい端子にそれを差し、データを確認する。

 

 低燃費型MVS、改良型ケイオス爆雷、ランスロット専用試作海上移動装備、同型の試作砂地移動用装備、燃費改良型フロートシステム……

 それぞれきちんと分けて整理されており、わかりやすく分類されていた。

 

 全てのデータがあることを確認し、私は机の上にある大きめな鉢巻を手に取った。

 

 鉢巻には、サインペンで書かれた『必勝』の二文字。

 一昨日の夕方、近くのショッピングモールで売っていた手ぬぐい、それに自分でそれっぽい文字を書いたものだ。

 

 それを額全体を覆うように巻きつける。

 別に、気合を入れる為ではない。額を、厳密にはそこに浮かぶ模様を隠したいからだ。

 

「すぅ――ふぅ」

 

 落ち着くために、小さく深呼吸。

 そして私は、額に赤い光を灯した。

 

「――ザ・スピード」

 

 瞬間、世界が切り替わる。

 全てが遅くなり、私は世界から切り離された。

 

 魔女コピーであるネモによって強化された、ザ・スピード。

 最近気が付いたのだが、それは重力操作による相対的な加速だけではなく、純粋な加速すらも可能としていた。

 

 まあ、少し考えればわかることだったかもしれない。

 もし、ネモの強化が『加重力による相対加速』の範囲に収まっているのだとしたら、ザ・コードギアス ゴッドスピードを発動すると私は死ぬ。

 なにせ、ザ・コードギアス ゴッドスピードは『無限大に加速する』ギアスだ。仮にそれが『加重力による加速』の延長線上にあるのだとすれば、私は無限大に加重を受けることになってしまう。

 

 まあ、それは今はどうでもいい。

 今の私には、やることがある。

 

 加速度を小さくし、加速の度合いを悪くする。

 

 およそ1.2倍程度になったところで、私は端末に手をかけた。

 

 そう、私はレポートを早く仕上げる為だけにギアスを使っていた。

 自分で言うのもなんだが、とても平和的で世界に優しいギアスの使い方だと思う。

 

 もったいない気もするが、あるものは有効活用するべきだろう。

 

 ……なにせ、ブラインドタッチができなくなってしまったのだ。

 

 以前は余裕でブラインドタッチをできた私だが、今はそうはいかない。

 身体が思った通りに動かないこともあるが、キーボードの配置が換わっているのだ。

 

 今、私が使っているこのキーボード、日本語キーボードと違うのは当たり前だが、USキーボードとも違う。ブリタニア独自のキーボードだ。

 texを使用したことがある人ならわかると思うが、『()』や『\』の位置が異なるのは非常に困る。

 英語の基本配置が大きく変わらないのは救いだったが、逆にそれが厄介でもあった。

 

 カタカタとキーを叩きながら、レポートを仕上げる。

 レポートの数は17、もし私が最近の文系卒だったら、疾走(失踪)している仕事量だ。

 

 ――もっとも、それ以前の段階で逃げ出した私が言えた事でも無いけどね。

 

 一瞬頭に浮かんだ不穏な考えを打ち消し、レポートに集中する。

 

 徐々に加速度をあげつつ、ひたすらキーボードを叩く。

 途中から作成支援ツールを使うのもめんどくさくなってきたので、コピペを活用しながらどんどん書き上げる。

 

 マウスを動かすがめんどくさい。机の上にはそれほどスペースがあるわけでもないし、トラックボールでも買ってこようか。

 

 そんなことを考えつつ、『\』や『ENTER』を連打。

 tex上では非常に見栄えが悪いが、今はどうでもいいだろう。誰かに見せるわけでもないし、スパゲティを見るのは慣れている。

 

 書き始めてから40分ほどしたところで、最初のレポートが書きあがった。

 1時間以上かかると思っていたが、どうやら私も慣れ始めているみたいだ。

 

 pdfに出力しながら、二つ目のレポートを書き始める準備をしておく。

 『usepackage』という単語を2、3度連打しながら、タイトルを示すtitle、著者を示すauthor、日付を示すdate、本文を書き始める合図であるbegin{document}を打ち込む。

 

 丁度そこで最初のレポートがpdfにできたので、私はそれを開いて確認した。

 そこで見つけたタイプミスを修正し、再びコンパイル(dvi経由でpdf化)

 今度は問題がないことを確認し、一つ目を完成させたことにする。

 

 軽くひと息つきつつ、二つ目を再開する。

 ギアスの加速度を上げたためだろう。30分ほどで、ちゃんと書きあがった。

 

 コンパイルして実行。生成されたpdfを確認しする。

 

「あ、タイトル忘れた」

 

 本文にタイトルや著者などを表示させる命令文、maketitleを記述し忘れていた。

 texファイルに書き足し、タイプミスがあるか確認する。

 

 追加で見つかったミスを20ヶ所ほど直したところで、再びコンパイルした。

 

 問題がないことを再確認し、今度は三つ目のレポートに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

「おわったー!」

 

 疲れた心に鞭打つこと5時間、時計の針が8時を指したところで、全てのレポートが完成する。

 ギアスを解除し、額を締め付ける鉢巻を取ると、私は手首、肩、首を回して身体をほぐした。

 

 17ものレポートを一日で仕上げるのは今日が初めてだったため、なかなかに疲れた。

 

 もし、資料となるデータが整理されていない状態から始めていたなら、この倍は時間がかかっていたはずだ。

 

 仕上げたレポートをメモリーに移し、端末の前を立つ。

 どう見てもUSBメモリーにしか見えないそれを、私はセシルさんに渡した。

 

「セシルさん、今日の試験のレポートが書き終わりました。確認をお願いします」

「あら、思ってたより早かったわね」

 

 セシルさんは、私から受け取ったメモリーを目の前の端末に突き刺して2,30秒ほど端末を操作すると、メモリーを私に返して笑顔で言った。

 

「――大丈夫みたいね、特に問題はないわ。

 お疲れ様、今日のお仕事はこれで終わりよ」

 

 セシルさんの言葉に、思わず安堵の息がこぼれた。

 

「はい、お疲れ様です」

「明日なのだけれど、ちょっと事情があって試験はお休みにするわ」

「お休み、ですか?」

「残念なことにお仕事はあるわ。

 アリスさんには、明日の午前中までにサザーランドを乗りこなしてほしいの」

 

 サザーランド?

 特派にはランスロット以外の機体はないというのに、何故サザーランドに慣れる必要があるのだろうか。

 

「サザーランドですか? 特派にはランスロット以外のKMFはなかったと思うのですが、ランスロットに何かあったんですか」

「そういうわけじゃないの。トウキョウのナイトメア部隊から、明日の午後に行われる実機演習へのお誘いがあったのよ」

 

 実機演習という単語を聞いて、私はサザーランドを乗りこなさなければならない理由に思い至った。

 

「つまり、実機演習にはランスロットでは参加できないんですね」

「そう、そのとおり。午後の実機演習は、向こうの部隊の人達からサザーランドを貸してもらえることになったわ」

 

 まあ、よく考えたら当然だろう。

 ランスロットとサザーランドでは、比較するのがかわいそうになる程の性能差がある。

 仮にランスロットの乗り手が一般的なパイロットであっても、カレンさんや旧日本軍人である藤堂さん、四聖剣でもない限り、サザーランドで勝つことは難しいはずだ。

 スザクさんクラスのパイロットがランスロットを駆っていた場合、ラウンズでも勝てないかもしれない。

 

 ――もっとも、ヴァルトシュタイン卿みたいな一部例外は勝てるだろうけど。

 

「なるほど、ランスロットとサザーランドでは勝負になりませんからね。

 わかりました、ここに来るのは何時もと同じ時間で大丈夫ですか?」

「ええ。もし心配だったなら、ここの鍵は早めに開けておくから早く来てもいいのよ」

「ありがとうございます。早起きしてしまったらお邪魔しますね」

 

 そうしてセシルさんに挨拶をした後、私は研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おわったー!」

 

 彼女の斜め前で、アリスが嬉しそうな声を上げる。

 表情が無表情に近いので少し怖いが、その純粋そうな姿に私の心は癒された。

 

(ああ、かわいいなあ)

 

 彼女は、いつものようにその姿を眺めた後、自身の端末に目を移す。

 そこには、報告書を作成するために使用しているTeXworks以外に、ここ特派に所属する研究員のうち比較的一般人よりな者達しか知らないチャットが開かれていた。

 

 このチャット、製作者が重度の元ネラーであったため、かつてエリア11に存在したとある匿名系大型掲示板の様なレイアウトをしている。

 もちろん、分類上は社内チャットに近い物であるため匿名性はない。「名無し」にカーソルを合わせると、発言者の名前がわかるように作られている。

 

 彼女は、報告書を作成しながら、ちらりと視線をそのチャットに向けた。

 

 

 

 

929 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:02:47 ID:3Z5DrsHO

アリス「おわったー!」

アリスたんprpr

 

930 :名無し研究員:2017/--/--(-) 20:02:55 ID:25K3NPeJ

この ヘンタイ どもめ !!

 

931 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:02:59 ID:q4VIUfB9

うるせえ変態! お前も恵方巻にするぞ!

 

932 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:03:11 ID:d7SzRFsO

ここには変態しかいないのか……

 

933 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:03:23 ID:Rwtizvou

お前らアリスたん好きすぎだろ

 

934 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:03:40 ID:3Z5DrsHO

分かるまい!アリスたんをprprしようとしないお前に、この俺の身体を通して出る力が!

 

935 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:03:46 ID:Rwtizvou

身体を通して出る力? そんなものが、一般常識を壊せるものか!

 

936 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:03:56 ID:3Z5DrsHO

まだ、prprしないのなら!

――うおおおー!!

 

937 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:04:05 ID:Rwtizvou

動け! クソッ、なぜ動かん!

 

938 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:04:23 ID:3Z5DrsHO

prprしたくなれー!!

 

938 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:04:32 ID:Rwtizvou

私だけが、死ぬ訳に……貴様の常識も、一緒に連れて行く……

 

939 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:04:45 ID:3Z5DrsHO

光が……広がってゆく……

 

940 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:04:57 ID:Rwtizvou

アリスたんprpr

 

941 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:05:02 ID:3Z5DrsHO

アリスたんprpr

 

942 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:05:13 ID:d7SzRFsO

何この茶番

 

943 :名無し研究員;2017/--/--(-) 20:05:34 ID:GRs4QreF

お前らアリスが帰るの待ってないで、さっさと報告書出しに来いよ!

 

 

 

「お先に失礼します!」

 

 彼女がそこまで目を通したところで、研究室内にアリスの声が響いた。

 瞬間、研究室の中を、邪な視線が飛び交う。

 

 多くの研究員がアリスの下へと動こうとしたが、お互いに牽制し合い誰も動くことはなかった。

 

 彼女の頬を、汗が伝う。

 彼女は、諸事情により他の誰よりも警戒されていたため、視線のほとんどを向けられていた。

 

 何も知らないセシルを除き、この部屋にいる半数近くの人間が、その全員の一挙手一投足を警戒していた。

 

 そんな中、一人の男が席を立つ。

 

(バート!?)

 

 ――立ち上がった男の名は、ロバートといった。

 

 彼は、自身に突き刺さる数多の視線の槍を無視し、とある研究員の下へと一歩ずつ歩みを進める。

 

 殺意すら籠もっていそうな視線相手に、臆すること無く進むその様、それはまるでコーネリア様の親衛隊員のようであった。

 

 それを見て、彼女は確信する。

 

(視線では、バートを止められない。

 このままだと、アリスちゃんがアイツの毒牙に!!)

 

 バートは、誰にでも親切に接する誠実な男だ。彼女と違って特殊な性癖を持っているというわけではなく、その精神性はこの特派の中でセシルさんの次にまともだと言える。

 おそらくという言葉を付ける必要があるが、アリスに何か悪いことをしたりはしないだろう。

 

 今のこの状況も、ナンバーズであるアリスが、一人でこの大学内を歩くのは危ないから着いていこうとかいう考えからの行動に違いない。

 

 だが、万が一がある。

 アリスがごく稀につくる自然な笑顔、それを見てしまえば、普段無表情であることとのギャップに彼もやられてしまうかもしれない。いや、間違いなくやられる。

 

 いてもたってもいられず、彼女は立ち上がった。

 

 

 ――ほぼ同時に、研究室の半数近い研究員達が立ち上がった。

 

 どうやら、みな考えることは同じだったようだ。

 

「あ、あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 

 状況を把握できていないセシルさんが、狼狽えたように声を上げる。

 

 その言葉を合図とするように、立ち上がった全員が報告書入りの記憶媒体片手に突貫した。



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20話

『模擬戦闘終了、アリス准尉の勝利です』

 

 次の日の夕方、訓練用に管理されている廃ビル街で、私はサザーランドを駆り訓練相手のサザーランドをぼこぼこにしていた。

 

 第五世代KMFであるサザーランドと第七世代KMFであるランスロット。

 二世代分の性能差がある以上、最悪操縦できない可能性があるかもしれないと考えていたが、思ったより違和感はなかった。

 違いは、反応速度と追従性、運動性能、出力、関節の可動範囲ぐらいだ。少なくとも操縦者側からわかる範囲では、他に差はほとんどない。

 

 ――簡単に言えば、5年前のパソコンを使っている気分だった。

 

『アリスさん、もう戻ってきていいわよ』

「了解です」

 

 セシルさんの声を聞いた私は、仰向けに倒れた目の前のサザーランドを起こし、そのパイロットに通信越しだがお礼を告げて、特派の人達が集まる辺りに移動する。

 そこにあったトレーラーに既定の姿勢でサザーランドを固定すると、私はコックピットから降りて持ってきていたスポーツドリンクを口にした。

 

 ちなみにこのスポーツドリンク、特派お手製のものだ。

 セシルさん以外の研究員さんたちが、暇な時間に集まって作ったらしい。

 

 ――軍隊でこういうことするのって、大丈夫なのかな?

 

 スザクさん向けのものと私向けのものの二種類があり、私向けの方はスザクさん向けのものよりも若干白く、少し酸味があり、甘い。

 例のチーズケーキの研究員さん曰く、成長期である私にはそれに応じた調整がなされているらしい。スザクさんのものよりも若干白いのは、詳しくは知らないが乳飲料が関係しているそうだ。

 スザクさんも成長期だったような……とも思ったが、その場の空気に流されて追及できなかった。

 まあ、牛乳は成長に良いと聞くし、そのあたりに何かあるのだろう。酸味は、牛乳では不足しがちなビタミンCを入れたの影響だと言っていたし。

 意外と知られていないことだが、牛乳は栄養豊富である割に、鉄分やビタミンCなどの一部栄養素は不足してしまうのだ。私が私でなかった頃にそれを知ったとき、とても驚いたものだった。

 

 この辺の栄養に気を遣ってくれる辺り、研究員さん達の優しさを感じられて嬉しくなる。

 

 ――ただまあ、甘いというのは子ども扱いされているようで納得いかないけど。

 

 この間なんか、エリア11ではなかなか見れないものを見つけたとか言って、ロリポップを渡されたほどだった。甘くて美味しかったです。

 

 個人的に意外だったのは、ロイドさんも作成に協力していたことだ。

 

 本人曰く、ランスロットの主要部品であるデヴァイサーに気を使うのは当然でしょ、とかなんとか。

 パイロットに気を遣うのではなくランスロットの為だと言うあたり、「流石は科学に魂を売ったと自称する人だな」と何とも言えない気分になった。

 

 ぐいっと一気に飲み干し、空のペットボトルをごみ箱へと投擲。

 放物線を描いたペットボトルは、見事にごみ箱の中へと飛び込んだ。

 

 ――だが、投げたペットボトルは、ごみ箱内のペットボトルに弾かれ、跳ねるように外へと飛び出す。

 

 ……少し悔しく思いながら、私はそれを拾って再びごみ箱へと入れた。

 

「……」

 

 そっと周囲を見渡す。

 こちらを見る視線はなく、誰かが見ていた形跡はない。

 近くにいた研究員さんに見られたかと思ったが、研究員さん達は一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩いており、仕事が忙しくてこちらを見ていなかったようだ。

 

 私は、ほっと安堵の息をこぼした。

 

 何事もなかったような顔を作り、私は先ほどまで乗っていたサザーランドを見上げる。

 サザーランドはちょうど今、サザーランドを借りた部隊が所有しているトレーラーに乗せられるところだった。

 

 その近くでは、特派の研究員さん達とその部隊の整備師達が難しい顔をして雑談をしていた。

 風向きか、もしくはこの身体の聴覚が優れているためか、彼らの会話が聞こえてくる。

 

「――それにしても、あの子、随分強いですね。どこかの貴族の方ですか?」

「いや、名誉。場所はおそらくE.U.」

「……え、名誉ですか!? 名誉かつあの年でこの腕……すごい才能ですね」

「そりゃあ、うちの変人主任が認めた逸材だからねー。

 うちの資金難で実機での演習はほとんどしてないけど、シミュレータは過労死しそうなほどやってるよー」

「武器の開発とかやってる俺らが言うのもなんだが、ちょっと申し訳なくなってくるくらい頑張ってるからな」

 

 たしかアルマさんだっただろうか?

 特派に所属する数少ない女性、間延びした口調が特徴のアルマさんと、少し大柄な研究員が、申し訳そうにそう告げる。

 それを聞いた年の若い一人の整備師が、興味深そうに問いかけた。

 

「過労死しそうなくらいって、どれくらいやってんの?」

「最低でも、日に6時間。長いと12時間近く」

 

 研究員のその言葉に、傍で話を聞いていた青年の整備士が吠えた。

 

「6時間!? Gのないシミュレータだからってそれはやりすぎだろ。

 あのコーネリア様の親衛隊の方々でも、日に4時間以上やることはないんだぞ。どんな体力してんだよ」

 

 整備士達の視線が、一斉にこちらを向く。

 恥ずかしかったので、私はその視線に気が付かないように装いながら、サザーランドを見詰め続けた。

 

 しばらくすると、彼らは視線を戻して会話を再開する。

 

「そりゃ、あんなに強いわけだわ。訓練の絶対量が違う。

 ……ただ、いくらナンバーズだからって子供にそんな負担かけんな。別にナンバーズを擁護する気はねぇけどさ、流石にかわいそうだろ」

「私たちもそう思ってるんだけどさー、うちの主任があの子の仕事減らしてくれないんだよー。

 この前の河口湖の一件で色々あってねー、ランスロット……うちで開発してるナイトメアの改良に熱中してんのさー」

「なる程、アルマさん達も大変なんですね。

 特派の皆さんって、結構好き放題してるんだと思ってました」

 

 整備士が、何かに納得したように頷く。

 それと同時に、研究員さん達が彼から一斉に視線を逸らした。

 

「あ、あははー、そうだねー、うん。大型ランスに粒子砲積んだりなんてしてないよー」

「あ、ああ。好き放題なんてしてるわけないだろ。ランスロットのMVSを弾道仕様に改造した事なんて無いぞ」

「……何時も毎日、真面目に仕事。揚陸艦サイズのフルアームランスロットなんてなかった」

 

 ――あれじゃバレバレでしょ。

 

 研究員さん達の素直さに、少しだけ不安になった。

 

「ところで、あの子が使ったサザーランドは大丈夫そうですかー」

「ん? 乳臭い名誉の小娘、なんか操縦に問題でもあんのか?」

「セドリックさん、いくら何でもそれは言い過ぎですよ」

「あんまりアリスちゃんを馬鹿にすると、スパナでくいっっとしちゃいますよー。

 ……実はあの子、サザーランドに乗せるにはいかんせん中途半端に腕が良すぎるのか機体を限界まで動かしちゃうんでー、関節とかの細かなパーツの消耗がすごいことになっちゃうんですよー」

「関節の消耗? あー、あの化け物みたいな機動すればなぁ。

 おいエド、ちょっと見てこい」

 

 会話を聞いていた若い整備士は、男の言葉に敬礼をして答えた。

 

「わ、わかりました。確認してきます」

「おう。敬礼なんてしなくていいからさっさと行け。

 ――で、どれくらい酷いんだ?」

 

 少年を見送った男は、アルマさんに向き直って問いかけた。

 

「うーん、全力で動いたら、最悪の場合だと内部のパラサイトケーブル千切っちゃうぐらいかなー」

「うそつけてめぇ、そんなことあるわけねえだろ」

「それがあるんだよー。ま、シミュレータでのことだけどね。

 あの子の機動、どうやらランスロット並みの機体を想定して動いているみたいでさー、第五世代以下のナイトメアに乗せると、最悪の場合は機体を壊しちゃうんだよー」

 

 整備士達の視線が、一斉にこちらを向く。

 その視線に対し、私はとっさに視線を顔ごと逸らしてしまった。

 

「聞こえてんじゃねぇか」

「えー、まっさかー、この距離で聞こえるわけないでしょ。

 ……ないよね? こんなので嫌われたら泣くんだけど」

「おい、いつもの口調はどうした」

 

 何か大変なことになりそうなので、「気になるものがあったので振り向いた」 かのように装うことにする。

 ちょっと驚いたように顔を作りながら、私は視線の先へと歩みを進めた。

 

 視線の先にあったのは、ずらっと並んだ大量のサンドイッチだった。

 某チーズケーキの研究員さんのような特派の料理できる勢が、おやつ用に朝から頑張って作ったものだ。

 

 ――ちょうど3時だし、もう食べてもいいかな。

 

 レタスサンドにカツサンド、セシルさん作のブルーベリージャムサンドなんてものもある。

 私の作った物も三つほど混ざっていて、自分で食べるのを楽しみにしていた。

 

「セシルさーん、サンドイッチ食べていいですかー!」

 

 少し離れた場所、サザーランドを乗せたトレーラーの近くで運転手のロバートさんと話すセシルさんに、このサンドイッチを食べていいか問いかける。

 私の声に気が付いたのか、こちらを向いたセシルさんは、小さく苦笑いをして右耳のあたりを抑えた。

 

『ええ、食べても大丈夫よ』

 

 インカムである。

 着けていることをすっかり忘れていた耳元のインカム、そこからセシルさんの声が聞こえた。

 

 ――なんだろう、今日は恥ずかしい思いばっかりしてる気がする。

 

 赤面しているわけではないが、何となく顔が熱くなったような気がしたので手のひらで扇ぐことにした。

 

 ――気を取り直してサンドイッチを食べよう。

 

 恥ずかしさを頭の隅に追いやり、私は自作のレタスサンドを手に取った。

 別に自分の一番おいしいとか思っているわけではない。単純に、セシルさん作の非デザート系サンドを警戒しているだけだ。

 デザートサンドとして食べる甘いサンドイッチはおいしいが、ハムチーズサンドやBLTサンドが甘味と化していたら悪夢でしかない。

 

 レタスサンドを両手で持ち、その角めがけて一口。

 

 うん、おいしい。

 

 思ったよりも鮮度が保たれていたレタスが、シャキシャキとした触感を出していて美味しかった。

 一応作った時に味見はしていたが、時間を置いたらどうなるか心配だったので安心した。

 

「お、美味そうだな。貰ってもいいか?」

「あ、はい、どうぞ。

 でも、この中にはセシルさん作のものもあるので、注意してください」

 

 背後から聞こえた女性の声にそう答えつつ、私は作っているところを見ていたアルマさん作のハムチーズサンドを手に取った。

 

 他のサンドイッチとは異なり僅かにトースターで焼かれたそれは、時間を置いたためにその熱こそ冷めてしまっているものの、パンにチーズがなじんで美味しそうだった。

 

 手に取ったハムチーズサンドに意識を向けつつ、他のサンドイッチから視線を外す。

 外して……そこで固まった。

 

「……」

「どれも美味そうで、どれから食べればいいか悩むな」

 

 私の視界の中で、ライトグリーンの髪が風に揺れる。

 色鮮やかな髪色のブリタニア人でも、なかなかないであろう色の髪を持つ女性。

 私は、その人物に心当たりがあった。

 

「ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム卿……」

「堅苦しいねえ、ノネットさんで良いよ」

 

 ――なのはさんか!

 

 突然現れたラウンズに驚きつつ、驚きのあまり右手から落ちたハムチーズサンドを空中でキャッチする。

 今度は落とさないように両手で持ち、それから私はノネットさんと目を合わせた。

 

 ノネットさん、ノネット・エニアグラム卿は、皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズの一人だ。

 第五世代のグロースターで第七世代のランスロットにあと一歩まで迫れる実力を持ち、ギアス関係者でもないのにギアスの発動を察知できる凄い人である。

 

 コードギアスの物語では、反逆のルルーシュには登場しないが、外伝の双貌のオズやLOSTCOLLARSに登場している人で、出番が少ない割に凄く人気のあった人だ。

 

 コードギアスという知識を持つ私は彼女が日本にいることを知っていたが、まさか会えるとは思っていなかった。

 

「ノネットさん、でいいでしょうか」

「あー、ちょっと堅いけどそれで良いか。

 知っているみたいだが、ノネット・エニアグラムだ。お前は?」

「特派所属、アリス・……いえ、ただのアリスです」

 

 一瞬、フルネームで自分の名前を言いそうになって、直後にやめる。

 ノネットさんはギアス関係者ではないが、関係者である皇帝直属の騎士だ。余計なことは言わなくてもいいだろう。

 以前ロイドさんに貰ったIDカードを見る感じ、戸籍の方もアリスだけで登録されているようなので、嘘にはならないはず。

 

「わかった、アリスだな。

 特派と言うと、シュナイゼル殿下旗下の技術開発チームだったか?」

「はい、主任が考案、開発した第七世代ナイトメアフレーム『ランスロット』の運用試験を行っています」

「おお、噂の第七世代か。

 突然で悪いんだが、サザーランドの搭乗時間を聞かせてもらえないか?」

 

 ――サザーランドの搭乗時間?

 

 突然の質問に違和感を感じたが、特に教えても問題ないので答える。

 

「えっと、実機では3時間です。シミュレータ込みだと6時間ですね」

「……ん? 3時間? ってことは、今日が乗るの初めてか」

 

 ノネットさんが、じっとこちらを見詰めてくる。

 どう反応しようか困っていると、ノネットさんは少し楽しそうに笑った。

 

「なるほど、第六世代があれだから期待はしていなかったが、お前みたいな才能のあるやつがテストを務めているなら、第七世代は十分期待できそうだ。

 突然声かけて悪かったな、他にない動かし方をしていたから少し気になったんだ」

 

 そう言うと、ノネットさんはサンドイッチの一つを手に取って口にした。

 

「――うん、うまい。

 邪魔したな。また今度、機会があれば会おう」

 

 ノネットさんは、そう言ってセシルさん達の方に歩いて行った。

 

「なんというか、(あね)さん! って雰囲気の人だったな」

 

 会話内容的にそういう感じの発言があったわけではないが、雰囲気的にそんな感じがした。

 ラウンズ相手がから緊張していたが、優しそうな感じの人でよかった。

 

 もし、ナイトオブテンのブラッドリー卿とかだったら、きっと私の命はなかったに違いない。こう「ナンバーズの雌猿が!」みたいなことを言われて、ぐいぐいと首を絞められていただろう。

 

 そんなことを思いつつ、手に持ったサンドイッチを食べた。

 

 ――あ、チーズおいしい。



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21話

 突き出される大型ランスを、手に装備されているスタントンファ、スタンガンとトンファーが一体化したような腕部武装を使うことで受け流し、同時に体当たりを行う。

 

 当然、相手のグロースターはその体当たりを回避する。

 当たり前だ。ラウンズであるなら、この程度は回避できて当然だろう。

 

 故に、体当たりは囮。

 体当たりを行うことでカメラをサザーランドの上半身で塞ぎ、その隙に左足でグロースターの右腕を狙う。

 

 体当たりでカメラを覆われている今、グロースターからはこの左足を見ることはできない。

 仮にカメラを塞がれていなくとも、この密着状態では右手に持ったランスの影になってしまいこちらの左足を見ることは難しかったはずだ。

 

 鬼畜AIグロースターにも、最初の1回だけは通じた攻撃。

 流石のラウンズでも、この一撃を完全に回避することはできず、損傷を与えることができた。

 

 だが――

 

『へえ、思ったよりやるね』

「そう言っていただけると光栄です。エニアグラム卿。

 ですが、小指一本しか奪えずにそう言われてしまうと、少し悔しいものがあります」

『いや、たとえ僅かとはいえど、ブリタニア最強の騎士であるラウンズ相手に一対一で手傷を負わせたんだ。それは十分誇るべきさ。

 皇族の親衛隊でも、私の小指を落とすことすらできないやつは大勢いるんだからな』

 

 小指一本。

 左足のランドスピナーが掠めた小指のみが、私が与えた損害だった。

 確かに誇れるものなのかもしれないが、けっして喜べるものではない。

 

『それじゃ、今度はこっちから行くよ!』

 

 ノネットさんがそう叫び、右手の槍を薙ぐ。

 小指を損傷したせいだろう、先ほどに比べ少し遅く振るわれていた。

 

 その一撃を、槍の間合いの外まで後退することで回避する。

 

 ――その直後、私は直感に従いもう2歩分余分に下がった。

 

 瞬間、振るわれた槍は、間合いを超えて私のサザーランドのコックピットを掠める。

 

 さらに1歩後退。同時にスラッシュハーケンを背後に投射。

 それと時を同じくして、私の両脇を掠める様にスラッシュハーケンが通過した。

 

『良い読みしてるじゃないか!』

 

 アンカーが地面に突き刺さる音が背後から聞こえるのと同時に、スラッシュハーケンのワイヤーを巻き取る。

 目の前のグロースターもこちらとほぼ同時にワイヤーを巻き取り始つつ、こちらに大型ランスを突き出した。

 

 機体出力ではグロースターの方が上。それだけを考えれば、サザーランドよりも巻き取るモーターの力が強いグロースターの方が、素早くワイヤーを巻き取ることができることになる。

 こちらより素早くワイヤーを巻き取ることができるという事は、すなわち手にしている槍を私に突きたてることが可能になるという事だ。こちらの後退速度よりもあちらの前進速度が速いのなら、それは当たり前のことだろう。

 

 だが、ランスは私に突きたてられることなく、空を裂くことになった。

 

 私にとって救いだったのは、機体の重量差だった。

 グロースターとサザーランドの重量差は、私の記憶が正しければ0.2~0.3tだ。それは、格闘戦においては大きな影響を与えうるだろう重量差ではないが、モーターを使用したこの状況において、この一歩分という()を保つには十分な差だったのである。

 

 右手のスタントンファで勢いのなくなったランスを打ち払い、左手のスタントンファで頭部を狙う。

 

 しかし、打ち払おうとしたランスは、スタントンファと接触する直前に引かれ、がら空きになった胴体へと突き出された。

 

 ――っ!?

 

 反応できたのは、完全に奇跡だった。

 私の両腕は思考を置き去りにし、(すんで)の所で左手を滑り込ませる。

 

 マニピュレータと大型ランスが金属音を奏で、左腕が損傷する。

 スタントンファを振るうのにも支障が出そうな損傷で、相手に3度も振るえば折れてしまいそうだ。

 

 受け止めたランスを振り払いつつ、にランドスピナーで後退。

 私は、その場から勢いよく離れた。

 

『これに反応できるのか……。

 惜しいな。エリア出身でなければ、将来的にラウンズすら狙えるだけの才能があるだろうに』

「恐縮です」

 

 ノネットさんの言葉に短く答え、私はそっと息を吐いた。

 

 ――実力差は明確だ。

 

 AIと比較するのは失礼かもしれないが、ノネットさんは間違いなくあのAIより強い。

 個々の技能や単純な反応ならAIの方が上だが、読みに大きく差がある。

 

 勘がいいというのか、視界の外から攻撃しても、それを読まれて対策される。

 ギアスがあるわけでもないのに、自分の心を完全に読まれている気がしてきてしまう。

 

 あのAIに通じたからと言って、ノネットさんに通じるとは思うべきではないだろう。

 

 汗に濡れた操縦桿を、滑らないように強く握りしめる。

 

 

 そうしながら、私はこんな状況になるまでの流れを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!」

 

 模擬戦闘が終わった次の日の朝、研究室を訪れると、そこには焦った表情の男性研究員の姿があった。

 名前はたしか……ジェレマイアさんだっただろうか。研究員さんたちからは、ジェレミーと呼ばれている。黄金の巨大なターバンを着けていたりはしない。

 

 ジェレミーさんの仕事は、私やスザクさん、その他研究員さんたちのスケジュール管理だったと思うのだが、何か問題でもあったのだろうか。

 

「『2週間待ちのはずだったナイトメア用訓練場の使用許可が、今朝になって条件付きとはいえいきなり下りた』

 な……何を言っているのかわからないと思うが、私も何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……

 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

「あ、ネタに走ってるなら大丈夫そうですね」

 

 即座に、心配を破棄する。心配して損した。

 

 部屋の中を見渡すが、人の気配はない。

 どうやら、私が1番乗りならぬ2番乗りだったようだ。

 

 ――いや、やっぱり1番乗りみたい。

 

 ジェレミーさんの血走った目と、彼の椅子に積まれた1枚の毛布を見て、そう直感した。

 

「というわけでアリス君、今日、君とスザク君には実機に乗ってもらう!!」

 

 ――うわっ!

 

 ネタに走っていたジェレミーさんが、いきなりこちらに歩み寄り、自らの身体とドアの間で挟みこむように手をついた。

 

 そう、非ネットスラング的な方の壁ドンである。

 図らずも、私は女性が憧れるこの壁ドンという状況に陥ることになった。

 

 やられてみて思ったが、全く嬉しくない。

 私が一般的な女性から大きくずれているためか、壁ドンされてもこれっぽっちも嬉しくなかった。むしろ頭突きでもしてやろうかと思ったくらいだ。

 

「実機と言っても、うちにはランスロット一機しかないですよね。スザクさんはランスロットに乗るとして、私は何に乗ればいいんでしょうか」

「心配いらないさ! アリス君のナイトメアは、先方が用意してくれるみたいだからね!」

「先方ですか?」

「ああ、喜ぶといいよ! なにせ、かのラウンズの方々からのご指名だからね!」

 

 ……ナイトオブラウンズ?

 その名前を聞いて、一つ、嫌な考えが思い浮かんだ。

 

「もしかして、今日も模擬戦闘ですか?」

「ああ、そうだよ! よくわかったね!」

 

 思い浮かんだ疑問を口にしてみれば、すごいテンションで肯定される。

 

 別に実機での模擬戦闘が嫌いなわけではないが、何となくつかれた気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなわけである。

 

 そこから何だかんだかんだあったのち、私とスザクさんは、グロースターに乗ったノネットさんと、どこかで見たことがあるような、でも見たことのない気もするKMFを相手に2対2の模擬戦闘を行うことになった。

 

 しかも、何故か見学にコーネリア殿下が来ている。

 別にブリタニアの皇族に敬意を持っているわけではないが、とても厳しいことで有名なお偉いさんが来ているとあっては、緊張せざるを得なかった。堅苦しくなくてもいいと言われたノネットさん相手に敬語を使っているのは、彼女がいることが理由だ。

 

 今回の模擬戦で私が使用するKMFは、ノネットさん旗下のKMF開発チームが所持しているサザーランド。

 ファクトスフィアが従来のものよりも強化されていること以外、普通のサザーランドと同じ性能の機体である。

 

 今現在、スザクさんの駆るランスロットは、少し離れたところで見覚えのないKMFを相手にしている。

 私のすべきことは、スザクさんがあのKMFを倒すまでの間、ノネットさんを引きつけることだった。

 

 

 グロースターを正面に捉えながら、視線の隅でサザーランドの損傷具合を確認する。

 大きく損傷しているのは、先ほどの左腕と、開始直後に損傷した右のスタントンファのスタンガン部分。

 他は細々したものばかりで、少なくとも戦闘には支障はない。

 

 それに対して、グロースターの損傷は右手の小指のみ。

 槍を持つ右手に損傷を与えられたことは大きいが、それ以外の戦果は何一つなかった。

 

「――行きます」

 

 とりあえず、何かしなければ。

 劣勢に焦る思考を抑えながら、思考を切り替えるためにそう呟いて操縦桿を傾けた。

 

 ランドスピナーを全力稼働。

 足を肩幅に開いた状態で、ノネットさんのグロースターに接近する。

 

「はっ!」

 

 気合いを籠めつつ、右手のスタントンファを左から右に一閃。

 大型ランスに受け止められるのを確認しながら、操縦桿を素早く操作。

 スタントンファを振った勢いのまま半回転しながら、回し蹴りを行った。

 

『いいねえ、そう来ないと』

 

 その一撃もまた、軽々と受け止められる。

 だが、それも予想できていたことだ。

 

『――へえ』

 

 受け止められたランスを足場にして跳躍する。

 同時に、右のスラッシュハーケンをグロースターの足元に射出。すぐさま巻き取り急制動を行う。

 

「ぐっ!」

 

 急に身体にかかるGに耐えるため、咄嗟に歯を食いしばる。

 シートに身体が吸い寄せられ、一瞬操縦桿から手が外れかけた。

 

 反射的に操縦桿を強く握る。

 それと同時に操縦桿を傾け、機体を捻るようにして回転をかけた。

 

 ――スザクさん直伝、くるくるキック!

 

 ちなみに、スザクさんに近接戦闘の心得を付けてもらったことは、今まで一度もない。

 

 空中で回転するサザーランドから放たれた蹴りは、またグロースターの槍に受け止められるが、今度は大きくそらすことに成功した。

 

 素早く着地して、がら空きになったコックピットに右手のスタントンファを振るう。

 今度は、槍で受け止めることはできない。大型ランスは強力である反面、取り回しに少々難があるのだ。

 

 もちろん、ノネットさんはこの一撃に反応してくるだろう。

 だが、完全に回避することはできない筈だ。今から回避を始めても、完全な回避には間違いなく間に合わない。

 

 私は、このスタントンファが届くことを確信した。

 

 

 

 ――しかし、ノネットさんは私の思考の上を行く。

 

 

 

「なっ!?」

『――なかなかやるじゃないか』

 

 私が駆るサザーランドの右手は、彼女の左手に掴まれ止められていた。

 手を組むように掴まれ、がっちりと固定されている。マニピュレータ1本1本が組み合い、すぐに外すことはできそうにない。

 

 ――あの一瞬で、マニピュレータ1本単位まで見切ったっていうの!?

 

 ノネットさんの持つ驚異的な動体視力に驚愕する。

 

 だが、驚愕してばかりではいられない。

 一刻も早く右手を離させるために、操縦桿を操作する。

 早く離させなければ、それだけ隙になってしまう。ノネットさん相手に、それは致命的だ。

 

『けどまあ、少し経験が足りなかったな』

 

 ノネットさんが無慈悲にそう告げ、僅かに槍を振り上げる。

 

 ――手を離させるのは間に合わない。

 

 突き出されたその槍を、私はじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノネットは、かつてとある騎士に師事していた時期があった。

 

 まだ、幼い時だ。ラウンズになる遙かに前、士官学校に通っていた頃、ブリタニアが国外侵攻を行う前の話。

 

 ノネットが、目の前の少女、アリスに注目したのは、彼女の中にかつての師の面影を見たからだ。

 帝国最強の騎士、その片鱗を見たのだ。

 

 故に、ノネットは彼女を試すためにこの場を用意した。

 彼女が、いかなる存在かを見極めるために。

 

 第七世代を見極めるのもあるが、本題はそちらだった。

 そのために、第七世代を抑えうる人物を連れてきたのだ。

 

 そして、ノネットは確信した。

 

 ――彼女は、ただの天才だ。

 

 片鱗はある。

 才能はある。

 能力はある。

 

 ――だが、それだけだ。

 

 たしかに似ている。

 それでも、似ているの域を出ない。

 単純に、才能があるために似ただけだ。

 

 帝国最強の騎士並の才能、それを持つがために似てしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 今この瞬間まで、ノネットはそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 模擬戦である以上、殺す気は無かった。

 突き出した槍は、コックピット寸前で止める気だったのだ。

 

 しかし、一瞬走った寒気に、咄嗟にノネットは本気で殺す気に移った。

 ノネットの勘は、気を抜けば死ぬと判断したのだ。

 

 ――まず、槍が消えた。

 

 突き出した槍の影に隠れて迫ったスタントンファに、右手のマニピュレータを砕かれた。

 当然、掴んでいた槍はこぼれ落ちる。

 

 ――次いで、膝が迫る。

 

 サザーランドの右手を離し、後退。

 そうして、サザーランドの一撃を回避する。

 

 ――連続して放たれる回し蹴り。

 

 更に一歩後退し、何とかそれを回避した。

 

 蹴りというものは、機体全体のバランスを大きく乱し、相手に隙を与える動きだ。

 ノネットは、勿論その隙を突くために一歩踏み込む。

 

 ――そこで、決着がついた。

 

 グロースターのコックピットに突きつけられた槍。

 ノネットが拳を振るうよりも早く、アリスの右手に握られたグロースターの槍が、グロースターのコックピットに突き付けられていた。

 

 あの回し蹴りの一瞬で、槍を拾ったのだ。

 

「今の動き、あれは……」

 

 その動きに、少し前までの思考を撤回する。

 

 先の動きとまるで同じものを、彼女はずっと昔に見たことがあった。

 

 幼かった頃、コーネリアとノネット自身、そして元ナイトオブツーであるベアトリスがあの人と稽古をしていたあの時、ベアトリスとの稽古でほとんど同じ動きを見たのだ。

 

「――間違いなく、実験の関係者だ」

 

 似ているどころの話ではない。

 その事実に、ノネットは最悪の想定が確定したことを理解した。



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22話

「たお……した?」

 

 私は、呆然として目の前の光景を見つめた。

 

 ほとんど反射的な行動と言ってよかった。

 反射と直感に任せた、本能的なものに近い戦い方に過ぎなかった。

 

 ――そんなお粗末なもので、ラウンズを倒せてしまっている。

 

 私は、目の前の光景が信じられなかった。

 そうして放心していると、ノネットさんから通信が入った。

 

『……お見事。

 まっさか負けるとは思ってなかったよ。思ってたより強いな、お前』

 

 ノネットさんの声に、呆然としていた意識が戻る。

 私は、慌てて通信先にいるノネットさんに応えた。

 

「あ……は、はい。ありがとうございます」

『ははっ、この通信はあいつには聞こえてないから、そう硬くなるなって。

 誇っていいぞ。機体性能で劣るそのサザーランドで、グロースターにのる私を倒したんだからな。親衛隊どころか、皇族の専属騎士以上だ』

 

 あいつ、おそらくコーネリア皇女殿下のことだろう。

 ノネットさんの言葉に、私の心は少しだけ暖かくなった。

 

「ノネットさんにそう言っていただけると、本当に嬉しいです」

『んー、硬いぞ。まったく、嬉しいならもっと嬉しそうにしろよ』

 

 残念そうな口ぶりだが、ノネットさんの声は嬉しそうだった。

 負けたことがそんなに嬉しかったんだろうか? ノネットさんらしくも感じられるが、比較的勝ち負けにこだわる私としては、いまいちよくわからない。

 

 ただ、ノネットさんの嬉しそうな雰囲気を見て、あまり悪い気はしなかった。

 

『おう、それじゃ、味方の助けに行くといい。まだ模擬戦闘は終わってないからな』

 

 そう言って、ノネットさんはグロースターを駆りその場から離れる。

 私は、軽く深呼吸をしてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛来する模擬戦闘用のペイント弾。

 スザクは、敵のナイトメアから放たれるその弾丸、そしてこちらを捉え続ける銃口を、瞬き一つせずに見続けていた。僅かでも目を離せば、その瞬間に負けると確信していたからだ。

 

 機体を捻る様にしてペイント弾を回避し、即座に前進する。

 ブレイズルミナスで防ぐことはしない。相手の弾丸にブレイズルミナスを貫通するに足る威力があった場合、その時点で敗北扱いされるからだ。

 

 そんな警戒をする必要がある程に、相手の機体が持つ銃器は大型のものだった。

 

 大きさは、以前河口湖で見た大型キャノンより2回りほど小さい。ナイトメア一機と同じぐらいの大きさだ。ナイトメアの武装としては、常識外れもいいところである。

 弾速は、計測したわけではないので細かい数値はわからないが、見たところほぼ大型キャノンと同程度。ブリタニアの技術力を考えれば、あの大型キャノン以上の威力があるのは間違いないだろう。

 

 河口湖のアレは、ほんの数発でランスロットのブレイズルミナスをエネルギー切れに追い込んだのだ。それ以上の威力があるのであれば、一撃で消し飛ばしてきてもおかしくない。

 

 ランスロットの武器は、スラッシュハーケンとMVS機能を封印したMVS、ペイント弾に換装したヴァリスだ。

 スザクは近接戦闘が得意なので間合いを詰めたいが、相手の持つ銃のせいで思うように間合いを詰められずにいた。

 

 なにせ、銃口が常にこちらを追い続けるのだ。

 よほど性能の良いFCSでも積んでいるんだろうか? あちらが引き金を引いてからでなければ、回避が意味を成さないとすら感じられる。

 もちろん、二重の意味でそんなことはありえないが、それほどまでに驚異的な性能だった。

 

「流石に僕なんかじゃ、カスタム機相手は厳しいってことか……」

 

 小さく呟きながら、スザクは弾丸を回避する。

 

 ――そう、スザクが相手にしているナイトメアは、サザーランドのような量産機ではなかった。

 

 その機体は、既存の機体よりも明らかに鈍重な外見をしていた。

 

 生半可な攻撃では意にも介さないであろう、堅牢な装甲。

 規格外の砲を使用するに足る、頑丈な手足。

 

 外見だけを見れば、走ることすらできそうにない鈍重さだった。

 

 ――しかし、見た目とは裏腹に、そのナイトメアの機動力はグロースターを超えていた。

 

 ランスロットには及ばないが、重量から考えればありえない機動力だ。

 

 おそらく、動力源であるユグドラシルドライヴには、ランスロット並みの量のサクラダイトが使用されているのだろう。

 機動性の差は、そのまま機体出力の差だ。その高い出力で重量を帳消しにしているに違いない。 

 

 周囲を駆け回りつつ、ひたすら弾丸を回避し続ける。

 スザクには、現状を打開する手段はほとんどなかった。

 

「はやく倒して、アリスを助けに行かないといけないのに……!!」

 

 焦燥感に駆り立てられそうになる心を抑えつつ、操縦桿を右へ左へ。

 

 スザクが勝利することを信じて、アリスはラウンズであるエニアグラム卿を相手にしてくれている。

 ラウンズは、帝国最強の騎士達だ。才能はあるが経験不足のアリスでは、1対1で勝つなんてことは不可能だろう。

 

 一刻も早く、目の前のナイトメアを倒し、救援に向かわなければならない。

 

 だが、一発当たれば終了というこの状況では、腰のヴァリスを引き抜く余裕もなかった。

 

 

 

 そんな時、この膠着状態を打破する機会が訪れる。

 

 相手のナイトメアが、持っていた大砲を投棄したのだ。

 

 弾切れの為にデッドウェイトとなる銃を捨てたのか、それともスザクを誘っているのか。

 どちらにせよ、スザクには選択の余地は無かった。

 

 スザクは、背中に格納されていたMVSを引き抜き、距離を詰めるために脚部のランドスピナーを展開した。

 

 それとほぼ同時に、敵のナイトメアが、予備で持っていたと思われるアサルトライフルを腰から引き抜き、ランスロットへと構える。

 

 誘われたのだ。

 

「それでもっ!!」

 

 スザクは、その事実に構わず踏み込む。

 躊躇した方が負ける。そう考えた彼は、迷うこと無くさらに一歩踏み込んだのだ。

 

 スザクの意識が集中し、彼の感覚が広がる。

 コックピットに映るモニターの映像、相手のマニピュレータ1本に至るまで、彼の視覚は正確に捉え始めた。

 次いで思考が反射に溶け込み、操縦桿を操る指の1本1本が脳と繫がる。

 さらには時間が歪み、スローモーションの映像を見ているかのように意識が引き延ばされた。

 緊張感による意識の乱れも、迷いによる微かなためらいも、今この一瞬だけは霞のように霧散する。

 

 かつて幼い頃、剣術の稽古において何度か経験した感覚。その集中力が振り切れたようなその感覚に、スザクは陥っていた。

 

 ――ゾーン、そう呼ばれる現象だ。

 

 スザクの意識は、今この一瞬に吸い込まれた。

 

 スザクの駆るランスロットが敵の下へたどり着くには、1秒近い時間がかかる。

 敵の持つアサルトライフルは、サザーランドなどが使用する一般的なもの。照準の時間を考えると、それまでの間に5発は撃てるだろう。

 それだけならば、右手のブレイズルミナスで防ぎきれる。

 勢いが多少削がれるために15発程度追加で撃たれるかもしれないが、それを考慮しても十分に防ぎきれるだろう。

 

 正面から、強引に突破する。

 周囲の状況から、スザクはそう判断した。

 

 しかし、視線の端に移ったとある物体を眼にしたスザクは、即座にその考えを破棄した。

 

 スザクが見つけたのは。敵ナイトメアの左手が握る筒状の物体だった。

 

 ――ケイオス爆雷

 

 厳密に言えば、少し形状が異なるのでその改良型か何か。

 僅かな間ではあるが空中に浮遊し、その間に大量の弾丸を敵へとばら撒くその兵器は、その攻撃範囲の広大さのためにランスロットのブレイズルミナスでは防ぎきれない兵器の一つとなっている。

 

 こうなれば、スザクに取れる手段は一つ。

 前進の勢いを殺さずに弾丸を回避し、相手がケイオス爆雷を投げるよりも早くそれを破壊することだけだった。

 

 展開されたランドスピナーが動き出すと同時に、銃口がランスロットに固定される。

 

 発射。

 拳銃とは異なり、アサルトライフルは弾丸をばら撒くように連射するタイプの銃だ。

 

 銃口の方向と位置から考えて、狙いはコックピット。

 スザクは、引き金が引かれる直前に、機体を捻る様に操作した。

 

 吐き出された弾丸が、ランスロットの傍を掠める様にして飛び去る。

 

 ランスロットは敵の懐に飛び込むと、まず右手のMVSでケイオス爆雷を弾き飛ばす。

 同時に左手のMVSでアサルトライフルを弾き上げた。

 

「はあっ!」

 

 コックピットの中で、スザクが気合いを籠める。

 完全にがら空きとなった胴体に、2本のMVSが迫り――

 

 

 

 

 ――そして、コックピットの手前で()()()()()

 

 止まった――寸止めをしたのではない。敵のナイトメアに止められたのだ。

 

「ブレイズルミナスっ!?」

 

 スザクは、ランスロットの両手を縫いとめたものの正体を口にした。

 

 敵ナイトメアとランスロットの間に展開された光の壁。

 光の壁の向こう側にあるMVSは、両腕が壁に埋まったようになったために止められたのだ。

 

『――記録、完了』

 

 通信越しに、向こうのパイロットの声が聞こえてくる。

 直後、敵のナイトメアが上空へとミサイルを放ち、ブレイズルミナスを越える様にしてランスロットに降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がたどり着いた時には、模擬弾によるペイントでランスロットはピンク色になっていた。

 少しファンシーな感じもするその姿は、まるでコードギアスの物語において魔女C.C.の乗ったランスロットの様である。

 

 ……ピンクのランスロットも可愛くていいかも知れないと思ったのは内緒だ。

 

 あの様子からして、おそらくスザクさんは負けたのだろう。

 しかし、実機の搭乗経験を考慮しなければ搭乗時間は私にすら劣るとはいえ、スザクさんは相当強い。

 まして、乗っている機体はランスロットだ。世界初の第七世代KMFだ。普通は負けるなんてことはあり得ない。

 

「そうなると……」

 

 あのKMFは、普通ではないという事になる。

 視線の先に正体不明のKMFを捉えながら、私はそう考えた。

 

 だが、そうなると一つ疑問が残る。

 

 ――あんな機体はコードギアスに登場していただろうか?

 

 ランスロットを倒せるほどの高性能機なら、物語に登場しているはずだ。

 私が知らない話で登場したならわからないが、少なくとも反逆のルルーシュや双貌のオズのSIDEオルドリン版、LOSTCOLLORS、ナイトメア・オブ・ナナリーにはあんな機体は存在しなかった。

 

 外見は、ラウンズ専用機であるモルドレッドやその試作機ゼットランド、旧ヨーロッパにそのルーツを持つ貴族で構成された集団、ユーロ・ブリタニアが開発したアフラマズダの様な重装系。この三つの中では、ゼットランドに一番似ているだろうか?

 専用の武器は、おそらく傍に落ちている大型の大砲だろう。KMFとほぼ同等の大きさがある。当たれば痛いでは済まなそうだ。

 

 ……やっぱり見覚えがない。

 

 そんなことを考えていたとき、突然敵が筒のようなものをこちらに投げつけてきた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に出来事に、ついその筒を大袈裟に避けてしまう。

 

 ――たったそれだけのことで、決着がついた。

 

 緊急の回避行動により崩れた姿勢、それを立て直すのとほぼ同時に、背後から強い衝撃が走った。

 

「うそっ!?」

『模擬戦闘、終了します』

 

 背後に振り返る。

 そこには、煙を上げる筒状の物体、ケイオス爆雷が転がっていた。

 先程投げた筒、それはケイオス爆雷だったのだ。

 

 呆然と、自分の両手を見る。

 今の敗北は、完全に私のミスだった。戦うときに余計なことを考えていたから、今のようなあっけない敗北をしてしまったのだ。

 

 辺りを見回せば、そこら中がピンク色に染まっている。それだけ、スザクさんは頑張ったのだろう。

 それを私は、一瞬でふいにした。その事実に、私は少しだけ死にたくなった。

 

「才能があるといくら言われても、心構えがなってなければこの程度……か」

 

 いくら人間としては規格外の体、アリスの肉体を持っていても、使いこなすことができなければ簡単に負ける。

 今日の出来事は、対人戦に慣れていない私としては、いい薬となる経験だった。

 

『アリス、大丈夫かい?』

 

 通信越しに、スザクさんの声が聞こえてくる。

 モニターに意識を向ければ、そこにはうずくまった私に手を差し伸べるピンク色のランスロットが映し出されていた。

 

『はい、大丈夫です。あまりに無様な負け方に、ちょっと落ち込んでいただけですから』

 

 心配するスザクさんにそう答え、私は左手でその手を取ろうとして――右手の槍を置いて右手で手を取った。

 左手のマニピュレータが壊れていたためだ。壊れている手では、手を取ることなんてできない。

 

『そうかな?

 ここに来たってことは、エニアグラム卿に勝ったんだよね。それだけの事を成し遂げたんだから、集中力が落ちていてもおかしくないよ。

 それに、本来であれば、あのナイトメアは僕が倒さなければならない相手だったんだ。今回の負けは、アリスのせいじゃない』

「……そう、ですね。そう言ってもらえるとありがたいです」

 

 スザクさんの声に、暗い思いが少しだけ明るくなる。

 

 ――単純だなぁ、私。

 

 自分の単純な心に苦笑いを浮かべつつ、私とスザクさんは訓練区画の端へと移動することにした。



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23話

「おめでとう! スザク君達の敗北のおかげで、いいデータがとれたよ!」

 

 訓練施設の端、ロイドさんやコーネリア様がいる辺りに向かうと、私たちはロイドさんにとてもいい笑顔で迎えられた。

 その全く労う気のない言葉に、相変わらずロイドさんらしいなと思いつつ、背後でひきつった顔をするセシルさんに気にしてないという意味で笑顔を向けておいた。

 

「ロイドさん、もう少し言い方を考えてください!

 ……スザクくん、アリスさん、ラウンズの方々相手にあそこまで戦えるなんて本当にすごいわ。二人とも頑張ったわね、お疲れ様」

「ありがとうございます、セシルさん」

「はい、セシルさん」

 

 先ほどの表情から一転、セシルさんが本当に嬉しそうな顔で労いの言葉をかけてくれた。

 その心温まる言葉に、私とスザクさんはセシルさんに軽く頭を下げた。

 

「アリスちゃーん!!」

 

 今度は、背後から声がかけられる。

 振り向けば、そこにはこちらに助走をつけて跳びかかってくる某チーズケーキさんの姿があった。

 

「うわっ!」

「ちょ、アリスちゃん!?」

 

 迫りくるジャンピング・ボディ・アタックを、とある映画のようなレイバック・イナバウアーじみたエビ反りで回避。

 不思議とそのまま身体が自然に動き、研究員さんの胴体を掴んで後ろに倒れ込んだ。

 かなり変則的ではあるが、分類上はスープレックスとされるであろう技である。

 私はあまりプロレスに興味のない人間なのでこれが本当にそう呼ばれるか確信はないが、私の知識の中で一番近い物がそれだった。

 ちょっと体の向きが反対だったりするが、きっと間違いないはずだ。

 

「むきゅー」

 

 私から解放された研究員さんは、痛みに唸りながらその場に倒れ込んだ。

 制服が土まみれだが、特派の制服は洗濯できる様にできているので大丈夫だろう。洗濯するなら、砂だらけなのは少し大変かもしれないが。

 

「あははー、いい気味ねー。

 お疲れ様、アリスちゃん。エニアグラム卿に勝つなんてすごいねー」

「いえ、たまたまうまく反応できただけです。

 アルマさんもお疲れ様です、ランスロットは大丈夫ですか?」

 

 そうやって転がる研究員さんを笑いながら、アルマさんが私にスポーツドリンクを持ってきた。

 何時ものではなく、その辺りの自販機で販売しているような普通のものだ。

 私はそれを受け取り、数口飲んでのどを潤した。

 

「大丈夫、ちょっと色が付いたから掃除が大変なだけだよー。

 そもそも、何か不味いことが起こっていたら、ロイドさんが錯乱してるからねー」

 

 さらっと笑顔でロイドさんに毒舌をこぼしつつ、アルマさんはチーズケーキの研究員さんの襟をつかんだ。

 

「さてとー、それじゃーまた後でねアリスちゃん」

「ま、まってアルマ、首痛いからそこ掴むのは……」

 

 そのまま、襟をつかんで引きずっていく。

 見た目に似合わずアルマさんって筋力あるんだなぁ、なんてことを思いながら、私はロイドさん達の方に振り返った。

 

「あれ?」

 

 ロイドさんとセシルさん、スザクさんの三人の姿がない。

 少し辺りを見回せば、離れたところに立つピンク色のサザーランド、先ほどまで私が乗っていたサザーランドのところに移動していた。

 一人ぼっちでいるのもなんだか寂しいので、ロイドさん達の所に行ってみる。

 

「――まあ、くれるって言うなら貰う以外の選択肢はないでしょ」

「でも、いいんですか? 間違いなく何か要求をしてきますよ」

「ランスロットを要求されることはないと思いますが、アリスはあれだけのことをしたんです。彼女の身柄を要求してくる可能性も考えられると思いますが……」

 

 ――ん? 私の身柄?

 

 少し気になる言葉が聞こえたので、近くのトレーラーの陰に隠れて盗み聞きをすることにする。

 

「あはは、ないない。そんなことはあり得ないさ。

 セシル君達には言ってなかったけど、彼女は本当に特別な存在なんだよ。ただのナンバーズなんかじゃないの」

「特別、ですか?」

 

 ロイドさんの言葉に、スザクさんは少し緊張した様子で呟いた。

 スザクさんだけではなく、セシルさんも難しそうな顔をしている。

 そんな二人の様子を見たロイドさんは、心底楽しそうな顔をして話を続けた。

 

「そ、特別な存在だよ。

 たぶんだけど、エニアグラム卿は気がついたんじゃないかな?

 アリス君は、下手に表の舞台に立たせるわけにはいかない存在だからね。日陰者の特派、それも補欠のデヴァイサーなんて身を隠すには最適だ。

 そんな彼女が、ラウンズに引き抜きなんてされるわけないよ。ラウンズ直下の部隊なんて、世界中から注目される存在なんだから」

 

 本当に、彼女は面白い人材(パーツ)だよ、ロイドさんはそう告げて、サザーランドに視線を戻した。

 

 ……特別な存在。

 ロイドさんの言ったその言葉に、私の胸の中に少し疑心が湧いた。

 

 私の特別な点、それはいくつもある。

 ギアス、コードギアスという物語に関する知識、魔道器ネモ、人間離れした運動能力、魔女C.C.から移植された(正確には、彼女から採取したものを勝手に培養した)C.C.細胞、今一瞬考えただけでも、いくつも思い浮かんだ。

 

 流石にギアスはないだろうが、C.C.細胞辺りがばれるだけでも大問題だ。

 朽ちず老いることのないの細胞、不老不死の夢をかなえる第一歩となるだろうこの存在がばれるだけで、とんでもない事態になるのは想像に難くない。

 

 ロイドさんの口ぶりからして、現状においては特派にいる限りは安全だが、他の部隊に飛ばされてしまったらどうなるかわからない。

 

 ――最悪の場合、ブリタニア軍を脱走して、ピースマークに身を寄せることも考えておくべきかも……

 

 ピースマークとは、世界中のテロリスト、もしくはその支援組織と結びつき、テロを誘発させるテロリスト派遣組織だ。

 詳しくは知らないけれど、どうせろくでもない組織だろう。たが、ロイドさん達の敵になりたくはないけれど、命には代えられない以上は選択肢の一つとして考えておくべきだ。そんな状況には絶対になりたくないが。

 

「まあ、そんなことを考えるのは今じゃなくてもいいか」

 

 一旦軽く頭を振り、その嫌な思考を追い出す。 

 

「問題になるのは、何が特別なのか、かな」

 

 問題はそこだった。

 ノネットさんが気が付く可能性がある特別な点、少なくともC.C.細胞やギアスではないだろう。

 そうなると、何が特別なのだろうか? 私自身が気が付いていない秘密でもあるのだろうか。

 

 ふと、自分の両手を見てみる。そして、拳を握り、開く。

 私の身体は、KMF操縦などの特定の状況を除いて反射的な動作をほとんど行えなかった。

 過去形で言ったが、今でもそうだ。慣れたから普通に動作を行えているが、一部の反射的な動作はまだ難しい。

 

 特別な点とは、この部分なのではないだろうか。

 というより、ノネットさんに見せたものはKMFの操縦ぐらいなので、それ以外は思いつかない。

 

 ……だから何だ? 私が異常な操縦感覚を持っているからといって、何故ノネットさんは注目するんだ?

 

 答えを出すには、まだ材料が足りない。私が考えている以上に、私にはまだ秘密があるようだ。

 

 私はロイドさんたちの会話が途切れたことを確認すると、トレーラーの影から飛び出して、ロイドさんたちの下へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模擬戦闘のあったその日、夜遅く電気の消された特派の研究室。

 ロイドは、一人静かに自身の端末のキーボードを叩いていた。

 

 画面に映し出されているのは、河口湖に現れた謎のKMFの映像。今日のサザーランドの動作データ。そして、アリスがシミュレータ上で操縦しているランスロット、それのかなり初期のころの動作データ。

 

「マッスルフレーミング、外見と動作の比較から把握できるその構造は、これが限界か。

 これでも十分作れるだろうけど、ちょっと時間とお金、あと人手が必要かな?

 うーん、面倒だし本人に言って見せてもらおうかな。機体転送に必要な量子シフトの痕跡を残したくないから、できれば最終手段にしておきたかったんだけど」

 

 ロイドは一人そう呟くと、端末に映し出されたデータをすべて消し、別のデータを画面に映し出した。

 それは、ランスロットのデータ。それも、ロイドの様な研究者でなくともわかるよう、丁寧に整理されたものだ。

 

「まあ、それはこれから次第かな。

 僕の予測が正しければ、エニアグラム卿は食いついてくれ――ると思ってましたよ」

 

 ロイドが途中で言葉を変える。

 彼が手元の端末を操作すると、部屋の電気が付き、研究室のドアが開かれた。

 

「へえ、よくわかったな」

「この部屋のセキュリティに関しては、僕個人でいろいろと弄ってありますから」

「なるほど、流石は殿下に重宝されるだけのことはある」

 

 扉の向こうから、ノネットが顔を出す。

 そしてもう一人、桃色の髪の少女が姿を現した。

 

「おや、エニアグラム卿だけでなく、アールストレイム卿までいらっしゃったのですか」

「ああ、ラウンズとして、ここのランスロットを隠すのは、我が国のためにならないと思ってな」

 

 抑揚のついた、しかしどこか建前のように感じさせる口調で、ノネットはロイドに告げる。

 そんな二人の会話を無視して、ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムは、手に持った携帯で研究室の中を撮影した。

 

「……記録」

「いいのかロイド伯爵、撮影されてしまったようだが」

「あなた方がここに来た時点で、撮影されても問題ありませんよ」

 

 苦笑いを浮かべながらそう告げるノネットに、ロイドは楽しそうにそう応えると、背後の端末を右手で操作した。

 すると、彼の背後に端末の画面、ランスロットの機体データがプロジェクターにより映し出される。

 

「一応、プレゼンの準備はしておきましたが、御覧になりますか?」

「必要ない。私が見ても、パイロットでしかない私にはあまり理解できないだろう。

 そこまで察しているなら話は早いな。要件は、伯爵が考えている通りだ。

 

 ――うちとアーニャ専属のナイトメア開発チーム、そことここ特派の技術交換を提案したい」

 

 ノネットの隣にいるアーニャへ、ロイドが視線を向けると、彼女は小さくうなずく。

 どうやら、ノネットが主導で話してはいるが、その内容にはきちんと同意しているようだった。

 

「詳しい話は後程詰めるとして、概要としては技術者同士の交流、研究データのある程度の共有、などだ。

 普通の研究チームには考慮する価値もない提案かもしれないとは思うが、研究そのものを目的とするそちらには十分考えるに値する内容だろ?

 どうせなら、ある程度であれば資金提供もしていい」

「同じシュナイゼル殿下の派閥であるエニアグラム卿、比較的殿下の派閥に近い位置で中立を保つアールストレイム卿お二方の研究チームとそのような機会を持つことはやぶさかではありませんが……」

「よし! なら決定な。

 詳しい内容については、こっちで明日の昼までに書類を用意する。時間は何時頃がいい?」

「あはは、はぁ……何時でも構いませんよ。明日はセシル君がここにずっといるよう、スケジュールを調整しましたから」

 

 言葉を遮られたロイドは、苦笑いをしつつ彼女の提案を了承した。

 

「なんだか、そっちの手のひらの上にいる気分だな……。まあいいか、特に問題もないし。

 それじゃ、詳しい話は明日にしよう。今日は失礼するよ」

 

 ノネットはそう告げると、その場を後にする。

 アーニャも、彼女の後をついて研究室を出て行った。

 

 静かになった研究室、そこに一人残ったロイドは、回転椅子を回転させて視線を端末に戻した。

 

「ふぅ。考えていたのと少し違うけど、これで人手とお金はどうにかなりそうだ。

 アールストレイム卿旗下の研究チームは、ハドロン砲を八割方完成させているって噂だし、制御系の技術を貰えればハドロンランチャーも完成できそうかな?

 ――これで、僕のランスロットはますます強くなる」

 

 ロイドは力強く呟くと、その笑みを強くした。

 

 

 

 

 

「さて、セシル君に無断で約束しちゃったけど、どうやって説得しようかな?」



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24話

「――っ!?」

 

 早朝、特派を訪れた私は、彼女を見た瞬間、背筋を凍りつかせた。

 

「よう、元気そうだな」

「……」

 

 もちろん、物理的に凍ったわけではない。当たり前だが、比喩だ。そんなことができるのは、事象の世界線を微分し、全ての運動を凍らせるギアス『ジ・アイス』を持つロロだけで十分だ。

 

「お、おはようございます。エニアグラム卿、アールストレイム卿」

 

 ――なんでここにっ!?

 

 私が凍り付いたのは、目の前にいる桃色の髪の少女、アーニャ・アールストレイムが原因だった。

 

 

 

 

 アーニャ・アールストレイム。ナイトオブシックスを冠する、ナイトオブラウンズの一員だ。最年少のラウンズで、その実力はそれほど高くない。

 だがそれはラウンズを基準とした話、ブリタニアの人間としては、ベスト30には入るであろう強さを持っている。

 しかし、私が警戒しているのはそこではない。

 彼女にはとある幽霊の様な存在が取り付いており、その幽霊的な存在が望むタイミングで人格が入れ替わる。

 

 私にとっては、その女性の存在が問題だった。

 

 ――彼女の生前の名は、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 

 このブリタニアにおける、ギアス関係者の一人だ。

 

 

 

 

 反逆のルルーシュにおいて、彼女はこの時点では日本国内に存在しなかったはずだ。

 彼女が日本を訪れるのは、今から1年後のこと。死んだはずのゼロが蘇り、再び黒の騎士団を率いた時のはず。

 間違っても、今日この瞬間にここにいるわけがなかった。

 

「ノネットさんでいいって言っただろ」

「あっ! すみませんノネットさん。まさかラウンズがお二方もいらっしゃるとは思わなくて、つい反射的に硬い言葉に……。

 ところで、お二方はどんなご用事でしょうか? ロイドさんを待っているなら、あと30分ほど待つ必要がありますよ」

 

 当然のことだが、反逆のルルーシュという物語との違いが私という存在しかない以上、彼女がここにいるのは私が原因だ。それはわかっている。

 問題なのは、私のどんな行動が原因で彼女がここにいるのかということだ。

 

 私のシミュレーションデータが原因で、ランスロットに興味を持ったとかなら別にいい。

 だが、何らかの拍子に私の持つ魔道器ネモ、もしくは物理現象への干渉というこの世界ではありえないギアスを持つことがばれたのだとしたらどうだろうか。

 世界の理、生と死、意識と無意識の壁を破壊することを目的とする彼女に、私は強力な手札になると判断されかねない。

 厳密に言えばこの世界のコードとは異なるが、私は複製とはいえコードを持っている。ギアスという力の源であるコードを持つ私は、場合によっては彼女たちにとって何よりも手に入れたい存在となるはずだ。そう判断されれば、私は生きることなどできないだろう。

 

「……」

 

 ノネットさんの隣で黙り込む彼女の姿に、少し鳥肌が立つ。

 気は抜けない。一歩間違えば誘拐コースまっしぐらだ。

 ハイエースの乗り心地は嫌いではないが、だからといっておとなしくハイエースされる気はない。

 

「それなら、待たせてもらうことにするよ。

 私たちのことは気にしないで、いつも通り働いてくれ」

 

 ノネットさんの言葉に続いて、アーニャさんも首を縦に振る。

 2人、特にアーニャさんを警戒しつつ、私は更衣室でパイロットスーツに着替えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 お昼の少し前。

 いつものようにシミュレーションを終え、研究室の隅で一人おにぎりを食べていた私は、ジェレミーさんから受け取った一週間先までの予定表に目を通していた。

 ノネットさん達が特派を訪れたために、大幅にテストのスケジュールが変わったらしいので、目を通すように言われたのだ。

 

「明日はプラズマ推進モータとフロートシステムを併用した新機構と、ブレイズルミナスコーンやコアルミナスコーン、エナジーウィングみたいなブレイズルミナス系統の新兵器に関するテスト……か」

 

 実に酔っ払いそうな内容である。

 併用タイプの飛行システムに関してはよく知らないが、ブレイズルミナス系統の武器なら知っている。

 本来盾であるブレイズルミナスをコーンのように形成するものと、光の翼の様に展開する飛行システムだ。

 コーンはともかくエナジーウィングは強力で、非搭載のKMFではヴァルトシュタイン卿の様な反則的存在以外戦うことすら難しいほどの高速移動を可能とするシステムだ。

 そんな高速戦闘を、一切Gの存在しないシミュレータで行えば、現実とのズレによって間違いなく酔う。ゲロイン化する趣味はなかった。

 

「そして、明後日はナリタ山ね」

 

 予定表には、テロリストの拠点を制圧するなどといった曖昧な表現で、場所については明記されていない。だが、反逆のルルーシュの知識から考えれば、場所はナリタで間違いないだろう。

 私の記憶が正しければ、たしか黒の騎士団もいたはず。黒の騎士団にはC.C.がいるので行きたくないが、任務なので行かざるを得ない。

 できれば近寄りたくないというのに……。お仕事なら仕方ない。

 

「で、明々後日には一昨日の部隊と模擬戦、と。

 シミュレーションといい模擬戦といい、戦ってばっかり」

 

 まあ、補欠とはいえデヴァイサー――ランスロットのパイロットであるのだから、当たり前なのかもしれないが。

 できれば、こう……なんというか、研究員さんたちともう少し話し合う機会を設けたい。

 いまだに研究員全員と話したことはないし、親しい中でも某チーズケーキさんの様に名前を知らない人もいる。何の役に立つのかと言われると返す言葉がないが、個人的にはもう少し研究員さんたちと仲良くしたいのだ。

 

「四日後はお休みだし、誰かとショッピングにでも行こうかな?」

 

 と、そこまで考えたところで、日程に関して重大なことを思い出した。

 

 コードギアス 反逆のルルーシュは、ゼロが日本で黒の騎士団を立ち上げてから、ボッコボッコにされるまでを描いた話である。

 この話、実は媒体によってスケジュールが大きく異なるのだ。

 

 例えば小説版、そこまで深いファンではなかったので詳しく覚えていないが、ゼロが表舞台に姿を現してから退場するまで、その期間が1年くらいであるとして描かれていたはずだ。

 しかし、PSのゲームであるLOSTCOLLORSでは、1ヶ月で黒の騎士団が崩壊する。メタ的な言い方だが、24話が1ヶ月で終わってしまうのだ。ハードスケジュールなんてものではない。

 

 仮に今私がいるこの世界がLOSTCOLLORSのペースで進んだ場合、黒の騎士団崩壊までおよそ2週間。

 その間に、私たちブリタニアは日本解放戦線の本拠地であるナリタ山を攻略し、港で解放戦線の残党を片付け、日本の英雄である藤蔵さんを処刑寸前まで持っていき、スザクさんをユフィさんの騎士に任命し、ギアスの遺跡がある神根島を調査し、キュウシュウを占領した元副総理? だかを逮捕、行政特区日本を設立することを宣言し、その特区設立の場で虐殺をすることになるのだ。

 一つ一つの出来事が1日で終わると仮定しても、合計8日かかる。ナリタ山から港での戦闘までにギアス保持者であるマオが現れること、神根島に赴く前に式根島で戦闘を行うこと、その2つを考えれば、さらに3日足して11日だ。

 あれ? マオは港での戦闘の後だったかな? 少し記憶が曖昧だ。

 とにかく、明確な事実が一つ。

 

 ――休みとして休める時間がないじゃん!

 

 スケジュールの過密さを考えれば、予定されている休みがつぶれる可能性は高い。というか間違いなくつぶれる。

 

「二週間以上休みなしなんて、なかなかできることじゃないよ。

 ……そうならないことを祈ろう」

 

 思考を少しネタに走らせつつ、小さくため息。

 そして、スケジュールを確認するふりをしてアーニャさんに一瞬視線を向けた。

 

「……」

 

 アーニャさんは、携帯電話をカチカチと操作しながら、時折ランスロットを見るという事を繰り返していた。

 ノネットさんの姿はない。彼女は先ほど、見覚えのない研究員の人に引きずられるようにしてどこかに連れていかれた。雰囲気からして誘拐された感じではなかったので、特に問題はないだろう。

 

 スケジュールもそうだが、こっちも問題だ。

 

 アーニャさんがランスロットを見ているのは、第七世代の機体だからだろうか?

 それとも、彼女の中の人が開発に関わった第三世代KMF、ガニメデの技術がランスロットに使われているからか。

 

 ギアスが効果を発揮しているかどうかがわかればいいのだが、加速するしか能のない私のギアスではそれを判別できない。

 あまり警戒しすぎるのも精神的によくないということはわかっていたが、それ故に警戒心を解くことができなかった。

 

「お疲れ様、実機での経験は大きかったのかな。だいぶ動きが良くなってたよ」

「ロバートさん、お疲れ様です。これから休憩ですか?」

 

 数分前まで近くの端末で作業をしていたロバートさんが、一人でお昼ご飯を食べる私に話しかけてきた。

 手にはビニール袋、そして小柄なビン。ビンの方は、形状からして栄養ドリンクのように見えた。

 

「ああ、時間は無いからパンと栄養ドリンクだけどな」

「随分と不健康そうなお昼ご飯ですね、口を付けていないアイスティーありますけど、飲みますか?」

 

 私は、昨日のうちに買っておいた300mlのペットボトル飲料をロバートさんに差し出す。

 しかし、ロバートさんは首を横に振って受け取ろうとしなかった。

 

「いや、いいさ。必要ないから買ってこなかっただけだからね」

 

 ロバートさんは、腰につけていた小さなバッグの中からミネラルウォーターを取り出した。

 どうやら、もともと飲み物は用意していたようだ。

 

 ミネラルウォーターを手にしたロバートさんは、エナジーフィラーを椅子代わりにしていた私の隣に座り、袋からカレーパンを取り出して食べ始めた。

 こっそり袋の中を見ると、それは全てカレーパンだった。

 

「ロバートさんは、カレーパンが好きなんですか?」

「最近好きになったんだよ。運動しないデスクワークの人間としては、油の多い揚げ物はよくないとはわかってるんだけどね」

 

 苦笑いしつつ、ロバートさんはもう一口カレーパンをかじる。

 カレーが好きであるごく一般的な日本人であった私は、その様子を見て少しだけカレーパンを食べたくなった。

 

 そこから、会話はほとんどなくなった。

 お昼休みの時間が終わりに近づいてきたので、お互いに食事に集中し始めたのだ。

 家族や友人とカニを食べに行ったことがある人ならわかるだろう。人は、真剣に食べる時は無言になる。

 

 

 

 

 

 

 隣で4つものカレーパンをたいらげたロバートさんは、私と少し話をしてから、慌てたように去っていった。

 ロバートさんと別れた私は、アーニャさんが携帯を弄っているのを確認してから、シミュレーション用のコックピットへと足を向ける。

 午後からもシミュレーション、セシルさんが来るのを待ってから、いつものお仕事だ。

 

 コックピット近くの椅子に座り、セシルさんを待つ。

 

 ――しかし、お昼休みが終わってもセシルさんが来ることはなかった。

 

 一応、昼休みが終わってから30分ほど待ってみたが、一向に来る気配がない。

 時間に遅れることなんてほとんどないセシルさんが無断で遅刻とは……珍しいこともあったものである。何かあったんだろうか?

 

 近くの研究員さんにセシルさんを探しに向かうことを告げ、席を立って研究室を出る。

 向かう先は、特派の執務室だ。大学設備としての元の部屋がコンピュータ系の部屋だったようなので、現在はロイドさんの第二のお城となっている。

 ここに向かうのは、ロイドさんならセシルさんの居場所を知っているのではないかと考えたためだ。

 

 ドアをノックして「失礼します」と一言。扉を開ける。

 そこにはロイドさんの姿はなく、代わりに某チーズケーキさんの姿があった。

 

 いっつも心の中で某チーズケーキさんと呼ぶのもおかしいので、いい加減名前を知りたい。

 

 チーズケーキさんは、この部屋に唯一あるコンピュータの前に座り、何か真剣な様子でディスプレイを見ていた。

 

「あれ、ロイドさんはいないんですか?」

「うにゃあ!」

 

 声をかけると、チーズケーキさんは猫のような声を上げて驚いた。

 

「あ、アリスちゃん? な、何か用かな?」

「いえ、シミュレーションの時間になってもセシルさんが来ないので、気になって探しに来たのですが……」

「セシルさん? セシルさんなら会議室で他所とお仕事中だよ。

 私やジェレミー、バート辺りには、緊急で用事が入ったって連絡来てたんだけど……伝達ミスかなんかでアリスちゃんには届かなかったみたいね」

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 

 どうやら、セシルさんは別のお仕事をしているらしい。

 緊急の用事という事は、たぶんロイドさんが何かやらかしたのだろう。

 

「シミュレーションの方は、手の空いてそうな人に手伝ってもらって。

 セシルさんも1時間もあれば戻ってくると思うから、そのくらいならみんな手伝ってくれると思うよ」

「わかりました」

 

 チーズケーキさんの言葉に肯いて応え、振り返ってドアの方へと足を向ける。

 そういうことなら、アルマさんにでも頼んでみよう。

 今朝からずっと暇そうにしていたので、1時間なら手伝ってくれるはずだ。

 

「では失礼します」

「はいはーい。頑張ってね」

 

 チーズケーキさんに一言告げて、私はその場を後にした。

 廊下を歩きつつ、先ほどの会話で気になったことについて少し頭を働かせる。

 

 ――急な用事っていうのがどんな内容なのか気になる。問題のある話でなければいいんだけど。

 

 チーズケーキさんから聞いた急な用事、それを聞いてから不思議とアーニャさんの姿が思い浮かぶ。

 アーニャさんのことを考え過ぎると、無駄に警戒しすぎて胃に穴でも開きそうだからいやなんだけどなあ……。

 

 

 

 

 

 その後、セシルさんからラウンズ専属KMF開発チームとの技術交換の話を聞いて、私は胃薬の購入を決意した。

 

 

 

 

 




いい加減、ナリタへ行こう

(今作はロスカラにおける親衛隊√のスケジュールを基に話を作っています。
一応親衛隊√における日程は保存してあるので、今回の日程云々の話で頭が痛くなった人は言ってください。ここのあとがきに追加します。
ただし、仮に追加される場合、追加される日程はあくまで本作における日程ではなく、親衛隊√の日程になります)


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25話

 

「山だーー!」

 

 トンネルを超えた向こうには、大自然の山が広がっていた。

 ここはナリタ、日本解放戦線の本拠地だ。

 

 私たち特派は、日本解放戦線の撲滅を目指すコーネリア皇女殿下の軍にくっついて行く形でここナリタを訪れていた。

 

「あれ? アリスはこういった山とかに来るのは初めてかい?」

「いえ、ロバートさん。そう多くはないですが、山登りとかはしたことありますよ。

 今叫んだのは、単純にお約束だからです」

「それはちょっとアニメ的過ぎるお約束じゃないかな?」

 

 三台のトレーラーの内の一つ、そこに私は、ロバートさん達と一緒に乗っていた。

 ちなみに、このトレーラーは特派のものではない。ノネットさんの専属ナイトメア開発チームから借りたものだ。

 

 特派は、ナイトメアを搭載できるトレーラーを一台しかもっていない。ランスロットに資金を使い過ぎたせいで、特派は最近までかなり金欠だったからだ。

 現在、ラウンズの二人の専属ナイトメア開発チームから資金提供を受けたらしいので書類上今はそうでもないが、それは昨日の今日の話であるためお金があっても物がない状態になっている。

 

 トレーラーの運転席付近にまで出していた顔を引っ込め、私は後ろで端末を叩くアルマさんの元へ移動する。

 

「アルマさん、ナリタ山が見えましたよ」

「あー、もうそんな時間かー。時がたつのは早いねー」

 

 んー、とアルマさんは手の組んで上に突き出す。

 1時間近くこの揺れる車内で集中していたのだ。身体も多少凝るだろう。

 

「間に合いそうですか? もうそう時間をかけずに着きそうですよ」

「ああうん、大丈夫大丈夫。今ちょっとこだわり過ぎてるだけで、基本的な調整はもう済んでるからねー」

 

 アルマさんは、端末から顔を上げて正面の白を見る。

 端末から伸びたコードの先には、ランスロットの予備パーツを取り付けられたサザーランドの姿があった。

 

「特派仕様のサザーランド。

 コアパーツこそサザーランドだけど、ブレイズルミナスとか積んでる時点で絶対サザーランドなんて呼べないよねー」

「それについては完全に同意します。ランスロットとの違いって、出力と関節可動範囲位じゃないですか」

「しかもさー、これエニアグラム卿のとこのサザーランドがベースだから、センサー関連の性能は、燃費を考慮すればってつける必要があるけど、正直ランスロットよりも上だよー」

「詐欺もいいところですね」

 

 この詐欺の塊の様なサザーランド、これが、今日の私の乗騎である。

 私は知らなかったんだが、一昨日の模擬戦の際、ノネットさんから貰ったようなのだ。

 

 ――いくらラウンズとはいえ、そう軽々とKMFを誰かにあげても大丈夫なんだろうか?

 

 しかもこれ、ノネットさんの専用機に使われる技術の試験機的な扱い受けていたものなので、本来は部外秘にしなければならないであろう技術が使われているはずだ。

 本人は、「まずいとこは外しといたから大丈夫」とか言ってたけれど、絶対大丈夫じゃないだろう。

 

「それにしても……」

 

 アルマさんはじっと正面のサザーランドを見詰め、不思議そうに首をかしげる。

 

「何か気になることでもあったんですか?」

「いやー、サー・ランスロット(ランスロット狂)のロイドさんが、よく予備パーツ使うの許したなーって不思議に思ってねー。

 あの人のことだから、こんなこと言いだすのは絶対あり得ないって思ってたんだけどなー」

 

 どうやら、アルマさんはランスロットの予備パーツを使えるこの状況に頭を捻っているらしい。

 

「腐りそうなほどあるんで、セシルさんが何か言ったのでは?」

「うーん、セシルさん少し過保護だからありそうだけど……。

 お金に余裕ができたからかなー? うーむ、わからん」

 

 私が考えていたことを口にすれば、アルマさんはさらに考え込んでしまった。

 

「まー、気にしても仕方ないか。

 とりあえずこっちは大丈夫だから、アリスちゃんはバートの方に行ってて」

「わかりました」

 

 アルマさんに返事をして、私はロバートさんの方に戻った。

 

 

 さて、ここで一つ言っておかなければならないことがある。

 私は、先ほど「山だ――!」と叫んだ言い訳として、お約束だからという解答をした。

 

 ――実は、あれは嘘だ。

 

 本当の理由は、ただの現実逃避だった。

 

 

 

 

 私がとんでもないことに気が付いたのは、ナリタに赴く当日になってからのことだった。

 

 

 朝、特派に――軍隊にこの言葉が適切かは知らないが――出勤した私が見たのは、研究者達に集られた3機のKMFの姿だった。

 右手の一機はランスロット、見慣れた白い機体は、見覚えのない研究者たちにちょっとヤバい目で見られていた。視線で装甲に穴が開きそうだ。

 3機の中央にあるのは、妙にランスロットしたサザーランド。普通のサザーランドとはほんの僅かに――よく見てなんとかわかる程度に頭部の形が異なるので、このサザーランドが一昨日私が乗った機体だとわかる。このサザーランドには、知らない研究者達と、目の血走ったジェレミーさんが集まっていた。

 

 で、問題なのは左手にある最後の一機。

 そこにあったのは、一昨日の模擬戦にいた重装系KMFだ。他の重装系のKMFと同じく、その装甲はワインレッドに塗られている。

 そのKMFには特派の研究員の人達が集まり、その何人かが傍にいるパイロットスーツを着た桃色の髪の少女と話していた。

 

 つまり、あのKMFのパイロットは彼女、アーニャさんであったようだ。

 

「おー、おはよーアリスちゃん!」

 

 ちょうどその時、私に気が付いたアルマさんが私に声をかけてきた。

 

「おはようございます、アルマさん。これは何の騒ぎですか?」

「んー? あー、今日の作戦にアールストレイム卿がうちらと一緒に戦うことになったからー、向こうの研究者の人達が、ついでにお互いのナイトメアの自慢でもしないかって言いだしてー、それでこうなったのー」

「一緒に戦う? もしかして、アールストレイム卿もナリタ山に行くんですか?」

「……っ! ナリタ山に行くなんてよく知ってたねー。

 そうだよー、うちと同じでシュナイゼル殿下の派閥に属するアールストレイム卿は、よっぽどでもない限りコーネリア殿下の指揮系統に属するわけにはいかないからー、同じ派閥の私たち特派と一緒に行くことになったんだー」

 

 

 

 

 以上が、今朝あった出来事だ。

 つまり、今回の作戦にアーニャさんがついてくることになってしまったのだ。

 

 いくらラウンズではないオレンジさんに負けるからと言っても、アーニャさんはラウンズである。

 専用機に乗った彼女、そして魔改造サザーランドを駆る私が戦力に追加されていることを考えると、間違いなくコードギアスの物語通りの展開にはならないだろう。

 

「……あれ?」

 

 そこで、私は自身の思考の不自然さに気が付いた。

 

 ――この考え、まるでナリタ山での戦闘が物語通りに終わってほしいかのようではないか。

 

 C.C.との接触を避けたい私としては――皇帝陛下の計画のことがあるので、長期的にはともかく――短期的には黒の騎士団に壊滅してもらった方がいいはずだ。

 今この場にアーニャさんがいれば、間違いなく黒の騎士団はここで壊滅する。喜ぶ、もしくは悩みはすれど、現実逃避をしよう考えるほどにネガティブになる必要はない。

 

 きもちわるい。

 思考の誘導でも働いているのかのような不自然な感覚、その感覚に不快感が湧き出した。

 

「アリス、もうすぐ到着するから後ろの端末立ち上げといて」

「……あ、はい。了解ですロバートさん」

 

 運転席からかけられた声に、思考から意識を戻して応えた。

 到着したらまず、KMFが正常に動作するかチェックする。もちろん出発前にも確認したが、移動させる際に生じた衝撃で不具合が発生しているかもしれないのでもう一度行うのだ。

 

 後部、サザーランドの近くにある四つの端末に光を入れ、私は小さく息を吐いた。

 

 ――気になることはいくつかあるけれど、ここから先は戦場。

 

 ――まず生き残るためにも、悩むのは帰ってからにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

『――作戦開始っ!』

 

 無線からコーネリア殿下の声が響き、全部隊に作戦の開始が伝達される。

 その声を合図に、ナリタ山近隣の車両基地にあった貨物車両の中から、付近に止めてあったトレーラーの中から、空を飛んでいたVTOL(垂直離着陸機)から、そして移動拠点であるG1ベースから、合計200機近い数のKMFが戦場に放たれた。

 その全てがナリタ山を囲むように展開しており、鼠一匹通すことなく殲滅する気なのが見て取れる。

 

 そんな戦場が生まれつつある今、私たち特派とアーニャさんは、G1ベースの後方で待機を命じられていた。

 特派はシュナイゼル殿下、アーニャさんは皇帝陛下の指揮下にあるため、戦力が十分な今、指揮系統に混乱を生じさせかねない私たちには後ろにいてもらいたいのだろう。

 

「あーあ、ざんねんでした。

 せっかく実戦のデータを取るいい機会だと思ったのに、これじゃあ駄目そうだね。

 わざわざ二機も持ってこなくてもよかったかな?」

「そうですね、つい勢いで持ってきてしまいましたけど、仮に万が一が起きてもアールストレイム卿がいるなら必要なかったかもしれません。

 ……お金が増えてガソリン代まで気にしなくていいと思って、少し調子に乗り過ぎたかしら」

 

 そんなわけで、私たちは完全に暇している状況にあった。

 何か研究でもしているのか熱心に端末を叩き、会話をしているロイドさんや一部の研究員――顔ぶれからして、おそらく特派の駆動関係と電気系統関係の技術者全員――以外は、することも無くて完全に暇だ。

 ブレイズルミナスなどのエネルギー兵器を研究しているアルマさんやロバートさん、トレーラーの運転手やセシルさんの補佐をしているジェレミーさんやオリヴァ―さんなどは、日頃の睡眠不足を解消するために爆睡している始末で、アーニャさんすらも――この人の場合、いつものことなのかもしれないが――ブログの更新をしているようだった。

 

 ――暇だ。

 

 ちなみに私の場合、先日セシルさんから貰った携帯でネットサーフィンをしている。アーニャさんがブログの更新をしていることに気が付いたのも、ちょっと気になって確認したからだ。

 

「駄目、読むの疲れる」

 

 暇なのでWeb小説でも漁ろうと思ったのだが、いまいち面白くない。

 日本が戦争でボコボコにされた為か、日本語で書かれたWeb小説がほとんどないのだ。

 一応、ブリタニアの言語、つまりは英語のWeb小説であれば無いわけではないのだが、私自身が英語のWeb小説という物に読み慣れていないので少し読みにくい。特に、英語圏のネットスラングなんて知らないのでよくわからないものが多かった。

 あ、でも「ゲイ」と「アーチャー」が組み合わさってできた「ゲイチャー」というスラングだけは知ってる。理由は聞かないでほしい。

 

 その時、ふと見覚えのない白衣の青年の姿が目に入った。

 

 部外者ではないだろう。ここナリタ山にいる時点で、軍関係者ではないということはほぼない。

 じっと様子を見ていると、彼は近くにいたセシルさんに声をかけ、彼女と話し始めた。

 セシルさんは、彼に対し既知の人間の様な反応をしていた。

 

「ということは、アーニャさんのところの研究員さんかな?」

 

 そう考えたところで、ふと一つ疑問があったことを思い出した。

 この間の模擬戦で使用された、そして今日ここにあるアーニャさんのKMF、あれはいったい何だろうか。

 専用機と見るには”ラウンズ専用機の割に”あまり強くなさそうで、しかし量産機と見るにはいくら何でも強すぎる。

 

 ――うん、ちょうどいいし聞いてみようかな。

 

 思い立ったら吉日、暇なので聞いてみることにした。

 

 セシルさんとの話が終わったところを見計らい声をかける。

 

「あの、すみません」

「ん? 何か用か?」

 

 帰ってくるのは声変わりしたての様な、アニメ的に言えば女性声優が声を当てていそうな声。

 こちらを向いた彼に、私は言葉を続けた。

 

「特派のデヴァイサーをしているアリスと言います。聞きたいことがあるんですが、少し時間を貰ってもいいですか?」

「デヴァイサー? ああ、特派の補欠パイロットさんか。いいよ、俺も聞きたいことあったし。

 ただ、うちのナイトメアの調整がまだ終わってないから、少し待ってて貰うことになるけど……」

「それなら、調整しているところを見せてもらえませんか。

 サザーランドとランスロット以外のKMFをあまり見た事が無かったので、ちょっと気になってたんです。

 ……機密とかで難しいでしょうか?」

「いや、多分大丈夫だと思う。でも、勝手に近付けるわけ行かないから、一応うちの主任に確認させてもらうな」

 

 ついてきてくれ、という彼の言葉に従い、彼と一緒にアーニャさんのKMFが乗っているトレーラーの前まで移動した。

 彼が先に中に入り、30秒ほどしたところで彼とは違う声に入ってくるように言われる。

 

 私はその言葉に従い、トレーラーの後部に続くドアを潜った。

 

 

 

 

 

 

 トレーラーの中には、あのKMFが置かれていた。

 それ以外に目につくのは巨大な大砲、そして隅に積まれたその弾丸だけだ。

 うちのトレーラーの様に、MVSなどの近接系武装は全く見当たらない。よくグロースターなどの指揮官機が持っている大型ランスすら無かった。

 

「ようこそ、ナイトオブシックス専属KMF開発機関モルゴースへ!!

 私はここの主任のアンナ。よろしくね、補欠さん」

「あ、補欠呼ばわりしてるけど別に主任は喧嘩売ってるわけじゃないから。主任はこういう人なの。

 僕はマルクス、ここの主任補佐をしてる。よろしく」

「はい、アリスです。よろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げて、二人に挨拶した。

 

「うん、アリス補欠ね。覚えたわ。

 それで、うちのナイトメアを見たいってこの子から聞いてるんだけど合ってるかしら?」

「はい、ランスロット以外のKMFをあまり見た事が無かったので、できれば見てみたかったんです」

「うん、いいよ。うちと特派はそういった情報開示をお互いにしようってこの間決まったもの。どうぞどうぞ、好きなだけ見ていって構わないわ。

 ただ、変なところは触らないように」

「はい、ありがとうございます」

 

 許可も得られたことなので、心置きなく見ることに。

 まずは、あのKMFをもっと近くで見ることにした。

 

 KMFの傍にある端末を見ると、そこにはこのKMFの型番とコンディションが表示されていた。

 

「型番は……RZX-6DF。RZ"X"だから、これは試作機だったんですね」

「うん、RZX-6Df『ゼットランド・メモリー』、アールストレイム卿の専用機開発の一環で作成された実験機であるゼットランドシリーズの三号機で、重量級の機体での機動戦闘を検証するために作成された機体だよ」

 

 ……あれ?

 

「この機体、ゼットランドだったんですか」

 

 重装甲であること以外共通点が見当たらなかったのでわからなかったが、どうやらこの機体はゼットランドであるようだった。

 頭部のパーツが違うのでぴんと来ないが、よく考えれば試作機であるゼットランドとその完成機とも言うべきモルドレッドで大きく頭部パーツが異なるのだから、そう言ったこともあるだろう。

 

「……なんでゼットランドのこと知ってるの? そんなに隠してるわけじゃないけど、一応機密なんだけど」

 

 私とマルクスの会話を見ていたアンナさんが、急に私に問いかけてきた。

 一瞬驚きそうになったが、こういった時には便利な身体のおかげで、そういった様子を表に出すことなく対応できる。

 

「はい、ゼットランドがハドロン砲搭載機だとのことで、一度耳にしたことがあったんです」

「……そうね、特派はハドロン砲の理論を考案したロイド伯爵がいるんですもの。そこに属するあなたなら、知っててもおかしくなかったわね」

 

 そう言って、アンナさんは額を押さえてため息をついた。

 そして、小さな声で「……ちょっと疲れすぎてるかしら」と呟き、椅子の背もたれに身体を預ける。

 

 ――危なかった。

 

 一瞬ヒヤリとしたが、うまく切り抜けられて本当に良かった。

 

 そう思ったところで、急にトレーラーの扉が開かれ、そこから焦った様子のセシルさんが姿を現した。

 ドアを開けた時の大きな音で、一瞬心臓が止まるかと思った。

 

「アリスさん、急いでサザーランドに乗って!」

「わ、わかりました。

 ……いったい何があったんですか?」

 

 アンナさんとユリウスに頭を下げてトレーラーの外へ。

 小走りで移動しつつ、私はセシルさんに問いかける。

 

 セシルさんは、緊張した表情で私に告げた。

 

 

「ついさっき、急に起きた土砂崩れのせいでKMF部隊の7割が壊滅。

 アレックス将軍が、行方不明になったわ」

 

 

 それは、黒の騎士団の攻撃を意味していた。




2016/07/11 16:37 追記
今更気がついたけど、アンナとアーニャって名前の元ネタ被ってる気がする。


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26話

 突発的に発生した土砂崩れ。

 それにより、ブリタニア軍は混乱の渦へと叩き込まれた。

 

 全部隊の半数以上が消失。

 アレックス将軍の反応が途絶。

 戦場における、コーネリア総督の孤立化。

 

 土砂崩れによって引き起こされた問題は、数え上げればきりがない。

 正に、ここナリタ山にいる全軍は、混乱状態にあった。

 

 そんな時、G1ベースにてレーダーを確認していた一人の男が、絶望に顔を青くして大きな声を上げた。

 

 ――山頂より、新たな敵ナイトメア部隊を確認!

 

 新たな敵が向かう先は、孤立したコーネリア総督。

 それに気が付いた誰もが絶望に飲まれ、手元の無線機越しに戦場にいるナイトメアたちへと総督の救助を叫んだ。

 

 

 日本解放戦線を追い詰めるブリタニア軍。

 その構図は、ブリタニア軍を討ち取ろうとする黒の騎士団という構図へと、その姿を変えていた。

 

 

 

 

 

 

 サザーランドが格納されたトレーラーまで向かうと、そこにはロイドさんの姿があった。

 トレーラーの中では、アルマさん達が機体の調整をしている。

 

「やっと来たね。おめでとうアリス君、お休みの時間は終わりだよ」

「あれ、ロイドさんがどうしてここに?

 ランスロットの方に付いていなくても良かったんですか?」

「んー、ちょっと君に意見を聞きたくてね」

「聞きたいこと、ですか?」

 

 ロイドさんが私に意見を聞きたいというのは、かなり珍しいことだ。

 私が不思議にしていると、少し寒気のする笑顔で口を開いた。

 

「うん、あくまで参考程度に聞いておきたいんだけど……」

 

 ロイドさんはそこで言葉を切り、珍しく表情を引き締める。

 

 

「今日ここナリタ山に、輻射波動があると思う?」

 

 

 ――っ!? なんで私にそれを聞いて来るの!?

 

 驚愕を表情に出さなかったのは、完全に偶然だった。

 おそらく、少しでも表情を作っていれば感づかれていただろう。普段特派の人達と話す時のように何かしらの表情を作っていたならば、間違いなく凍り付いていた自身がある。

 

 驚愕に震える心を抑えつつ、噛んだりどもったりしないように気を付けながら問いかけに応えた。

 

「えっと、はい。こんな時に偶然水蒸気爆発が起こったとは思いにくいですから、輻射波動機構を備えた何らかの兵器はあると思います」

 

 可能な限り普段と同じような声色で、私はロイドさんの質問に答えた。

 

「ふーん、なるほどね。

 参考になる意見をありがとう、もう行っていいよ」

「はい、では失礼します」

 

 軽く頭を下げて、ロイドさんの前を立ち去る。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 ――その前に、ロイドさんに声をかけられる。

 

「輻射波動、よく知ってたね。それほどメジャーな技術じゃない筈なんだけど。

 それに、可能性は高いとはいえ、土砂崩れの原因が水蒸気爆発だとはまだ断定できないはずだよ。なんで言いきれたのかな?」

 

 振り返って見えたロイドさんの顔は笑顔だったが、明らかに目が笑っていなかった。

 

「……そ、それは、その」

「まあいいよ、ちょっと君に聞いてみたくなっただけだから。

 さ、行った行った。せっかく出撃許可が出たんだ。取り消されない内にさっさと行かないとね」

 

 ロイドさんは私にそう告げると、ランスロットのあるトレーラーの方へと歩いて行った。

 小さく息を吐くと、私もそこから離れ、サザーランドの乗ったトレーラーへと乗車した。

 

 

 

 

 

 輻射波動というのは、ロイドさんのかつての同僚、ラクシャータ・チャウラ―博士が開発したマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステムのことだ。高周波を短いサイクルで対象物に直接照射することで、膨大な熱量を発生させて爆発・膨張等を引き起ことができる。

 

 今、山頂から攻めてきている黒の騎士団KMF部隊の中には、この輻射波動機構を備えた紅蓮弐式というKMFが存在している。

 グロースター以上の機動性と、触れた相手を確実に殺し切るだけの火力を備えたこのKMFは、ランスロットに並ぶ性能を備えた高性能な機体だ。一歩間違えば、スザクさんが乗ったランスロットでも撃墜される可能性がある。まさに、この戦場において最も警戒しなければならない相手と言えるだろう。

 

 サザーランドに乗っていた私は、閉じていた目を開いた。

 

 ――場合によっては、ギアスを使う必要があるかもしれない。

 

 コックピット内の音声や画像は、場合によっては記録が残る可能性がある。

 一旦髪を束ねていたリボンを解き、うまい具合に額が隠れるように結びなおした。

 

『アリスちゃん、準備はいいー?』

「アルマさん……はい、大丈夫です」

 

 急にトレーラーから通信が入り、アルマさんの顔が映し出される。

 モニター越しにかけられた心配そうな言葉に頷くことで返すと、私は操縦桿を握りしめた。

 

『おっけーおっけー、それじゃあ任務をおさらいするよー。

 今回の任務は、Point-9にて孤立したコーネリア総督の救出。特派サザーランドは、ランスロット用のサンドボードを使用し液状斜面を突破、ルート1-7-9を使用してコーネリア総督と合流したのち、追走してきたランスロットと共同で黒の騎士団を殲滅する。

 なお、ランスロットは出撃まであと1分ほど必要であるため、特派サザーランドはランスロットを先行する形となる。

 以上、おっけーかなー?』

「はい、大丈夫です」

 

 私の返事を聞いたアルマさんは、真剣な表情を少しだけ崩して微笑み、それから顔つきを心配そうな物へと変えた。

 

『うん、ならよかったよー。

 ただ、いくつか注意したいことがあるからよく聞いて』

 

 アルマさんの言葉に、私は頷くことで返す。

 

『まず、この特派サザーランドは昨晩に突貫で調整したものだから、細かいところがきちんと調整できているとは言えなくなってる。だから、パーツのほとんどがランスロットのものであると言っても、その通りに動くとは思わないで』

「はい」

『うん、返事ありがとう。

 それともう一つ、一応脚部がランスロットだからランスロット用のサンドボードを装備できているけど、本来このサザーランドはサザーランドだから、重量とか重心とかその辺の関係で接合部の強度に若干不安があるの。普通に走る分には問題ないけど、銃弾が直撃したりしたら外れちゃうかもしれないから注意して』

「はい、わかりました」

 

 返事をしてから、小さく息を吸う。

 操縦桿を握りしめ、サザーランドのユグドラシルドライブに火を入れた。

 

『よしっ! システムオールグリーン。アリスちゃん、いつでもどうぞー』

「了解です。特派サザーランド、発進します」

 

 操縦桿を操作し、フットペダルを踏み込む。

 トレーラーから跳躍したサザーランドは、土砂崩れにより液状化した坂を駆け上がり始めた。

 

 

 

 

 

 この特派サザーランドの武装は、ランスロットとほぼ同じ。違うところは、ヴァリスの代わりに普通のアサルトライフルを2丁装備しているという点だけだ。

 ただし、機体出力が大きく異なるため、武装の使用回数に制限が発生してしまっている。

 例えばMVSの場合、MVSをMVS(メーザーバイブレーションソード)として使用できるのは三度だけ。これは、低出力なサザーランドのユグドラシルドライブで強引にMVSを使える様にしたために、恐ろしく燃費が悪くなっているのが原因だ。また、ブレイズルミナスにも同様の原因で使用回数に制限がかかっている。ランスロットの主力武装とも呼べるその三つに制限がかかっているという事は、ランスロットと特派サザーランドの戦闘力に、大きな差を付けている主因と言えるだろう。

 

 

 しかし――

 

 

「裏を返せば、火力と防御力以外はほとんど同じという事。

 ランスロットの一番の売りである機動性、そこには大きな差はないという事ね」

 

 コーネリア殿下の下へと行くには、土砂崩れによってできた大きな道を利用し、KMFが移動するには向かない森林を迂回するような形で向かうことになる。

 ルート通りに移動した場合、移動にかかる時間はおよそ5分。もし黒の騎士団による妨害が入れば、もっと時間がかかる可能性だってある。

 

 今コーネリア殿下が戦っている紅蓮弐式は、ランスロットとほぼ互角の性能を持つ。ランスロットと同格相手にグロースターで5分間戦うことがどれほど危険なことであるか、シミュレータとはいえ何度もランスロットに乗ったことがある私には、身に染みてよくわかっている。

 コードギアスという物語においては、スザクさんが機転を働かせることで間に合ったが、コードギアスの枢木スザクよりも経験不足であろうスザクさんがその判断ができるかどうか、それは断定できない。

 

「――よし、決めた」

 

 言葉に出して、自分に言い聞かせる。

 スザクさんが間に合うという保証はない。故に、万が一の事態が起こった時に備える。

 

「アルマさん、ちょっとルート外れます」

『え? ちょ、アリスちゃん!?』

「ここでコーネリア殿下を孤立させたという事は、確実に殿下を仕留める事ができるような何らかの策を準備してきているはずです。たぶん、高性能KMFか何かを。

 もしそうなら、このままルート通りに行っても間に合わない。少し無理をしなければ、確実に私たちは負けます。

 だからっ――!」

 

 森の陰に見えた敵のKMFにサンドボードを蹴り上げ破壊し、同時に進路を森の中に向ける。

 

『あ、アリスちゃん!? まさか森を突っ切る気!?

 いくら何でもそれは無理だって。人間の反射神経じゃ、反応できずに間違いなくぶつかっちゃうよ!』

「大丈夫です、私なら」

 

 私は、小さく息を吸い込み、髪に隠れた額に翼の様な紋章を浮かび上がらせた。

 

 ――『ザ・コードギアス ゴッドスピード!!』

 

 瞬間、世界が凍り付く。

 私の身体以外のなにもかもが停滞し、凍り付いたかのように動かなくなる。

 否、世界が凍り付いたのではない。私がそう感じる程に加速することで、相対的に停止したのだ。

 

 そこから私は、少しずつ加速を解くことで世界を加速させる。

 瞬きの時すらもゆったりと感じられるその世界で、私は木々を躱し、コーネリア殿下の下へと一直線に突き進んだ。

 こんな小細工をしていると知らなければ、私の動きは神業染みたものに見えるだろう。

 最高速度で森の中を直進する――それは、スザクさんでもできない動きだ。ノネットさんやビスマルク卿辺りならできそうだが、それ以外の人間ができることではない動きである自信がある。

 

 体感でおよそ30分、実際の時間で2~3分程度の間木々を避け続け、私は森の先に、コーネリア殿下と紅蓮弐式の決闘場に乱入する。

 開けた視界の先では、右腕を失ったグロースターが、左腕をだらりと下げた状態で紅蓮弐式と向き合っていた。

 

 通信の周波数を合わせつつ、両手に持ったアサルトライフルをゼロの乗ったサザーランドと紅蓮弐式に放ちながら、紅蓮弐式からグロースターを庇うような位置に着地する。

 

「こちら特別嚮導派遣技術部所属、アリス准尉です。ユーフェミア副総督の指示で救援に参りました。ご無事ですか、コーネリア殿下」

『特派の……ユフィが命令したのか……いや、そうか』

 

 こちらにアサルトライフルを向けていたゼロをアサルトライフルで牽制し、同時に逆から接近していた紅蓮弐式を反対の手に持ったアサルトライフルで牽制する。

 

『私はゼロを仕留める。お前はそちらの足止めをしろ』

「Yes, Your Highness」

 

 初めてこの言葉を言った気がする。不謹慎だが、ちょっぴり中二病みたいでテンションが上がった。

 左手のアサルトライフルをゼロへと投擲し、背中のMVSを抜いて紅蓮弐式と相対する。

 それと同時に、コーネリア殿下はゼロの乗るサザーランドへとスラッシュハーケンを射出し、彼に随伴していた二機のサザーランドを破壊した。

 

「はっ!」

 

 背後のゼロへと向かおうとする紅蓮二式へと、MVSを一閃。

 僅かに回転するようにそれを回避する紅蓮二式へと一歩踏み込み、突き飛ばすようにタックルを行う。

 ランスロットよりも1t近く重い特派サザーランドによって吹き飛ばされる紅蓮二式。そこに追い打つ様、アサルトライフルを連射する。

 

 普通のKMFであればこれで仕留められただろう。

 だが紅蓮弐式は並みの強さではなく、スラッシュハーケンを駆使してこちらの弾丸を回避した。

 そればかりか、こちらの頭上を飛び越えるように跳躍し、背後からコーネリア殿下を討とうとさえしている。

 

「させない!」

 

 スラッシュハーケンを放ちたいところだが、輻射波動があるのでアサルトライフルを乱射。紅蓮弐式が弾丸を輻射波動の盾で防いでいる隙に、スラッシュハーケンを岩に射出し再びコーネリア殿下と紅蓮弐式の間に立つよう移動した。

 

 輻射波動をくらった場合、弾丸もMVSもスラッシュハーケンも一撃で破壊される。それが物質である限り必ずだ。

 

「ならっ!」

 

 ――その瞬間、私と紅蓮弐式のちょうど中間に位置する壁面が、突き破られるように破裂した。

 

「これは――スザクさん!」

 

 周囲が土煙に覆われ、視界が奪われる。

 その一瞬の隙に、私は紅蓮弐式がいたはずの場所へと加速した。

 

 突き破られた壁面の中から現れたランスロットの横を掠めるように通り過ぎ、MVSを振りかぶる。

 

「はああああ!」

 

 土煙の先、視界を奪われ硬直しているはずの紅蓮弐式へと、私はMVSを振り下ろした。

 だがしかし、紅蓮弐式は驚異的な反応速度でこれに対応し、MVSを右腕から生み出した輻射波動の盾で防ぐ。

 

「かかった!」

 

 紅蓮弐式がMVSを破壊するためには、まずMVSの勢いを殺す必要がある。そうしなければ、輻射波動でMVSを破壊するよりも早く輻射波動の腕が両断されるからだ。

 そのため、紅蓮弐式はまず輻射波動の盾で防いでから輻射波動を使用しなければならない。

 

 そこに、一瞬の隙がある。

 

 勢いの止まったMVSが紅蓮弐式に掴まれると同時に、サザーランド手からMVSが離され、緑に輝く光の盾が出現する。

 ブレイズルミナス、非実体の盾。輻射波動では破壊できない力場の剣。

 

「サザーランド、MEブースト! ブレイズルミナス出力全開!」

 

 紅蓮弐式の輻射波動を知っていたからこそ打てた一手。拳を閉じてしまった紅蓮弐式に、盾による一撃を防ぐ盾はなかった。

 

 

 

 

 ――そう、"盾は"

 

 

 

 紅蓮弐式のもう一つの武装。呂号乙型特斬刀、十手のような形状をした特殊合金のナイフ。

 ブレイズルミナスによる一撃は、十手の凹みに嚙合わせるように受け流された。

 

「っ!」

 

 紅蓮弐式へと体当たりを行うことで強引に勢いを殺し、間合いを取る様にランドスピナーで背後に加速する。

 それを見た紅蓮弐式は、私に見せつけるかのように右手で握りしめたMVSを輻射波動で破壊した。

 

「……読まれてた」

 

 簡単な話だ。

 私が輻射波動の扱い方を知っていたのと同じように、紅蓮弐式もブレイズルミナスの存在を知っていたのだ。

 ランスロットにはブレイズルミナスが搭載されている以上、それと相対したことがある黒の騎士団が知っていることは、別に不思議なことでも何でもない。

 

『アリス、無事っ!?』

「大丈夫です、スザクさん。

 ――敵のKMFは、私が押さえます。スザクさんは、コーネリア殿下の援護に回ってください」

 

 エナジーフィラーの残量から考えて、残ったブレイズルミナスの発動回数はおよそ5回。MVSもあと2度使える。アサルトライフルの残弾も十分にある。

 ここで紅蓮弐式を抑え込むには、十分な残数だ。

 

『わかった、アリスも気を付けて』

「はい、負ける気はないです」

 

 仮に劣勢に追い込まれても、私には奥の手(ギアス)がある。紅蓮弐式に負ける気はこれっぽっちもない。

 

 ――スザクさんを送り出しつつ、私は紅蓮弐式へと加速した。



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27話

 

 

 ――断つ

 

 正面の紅蓮弐式へと、最後の一本となったMVSを振り下ろす。

 しかしMVSの紅は、輻射波動の盾に遮られた。

 

 ――撃つ

 

 掴まれる前に剣を引き、後退しながらアサルトライフルを連射する。

 その連射も、驚異的な機動力と反射速度で回避された。

 

「――っ! いくら何でも速すぎでしょ!」

 

 ザ・スピードでも持っているんじゃないだろうか。純粋な反射速度だけ言えば、スザクさんよりも速いかもしれない。

 そう考えてしまいそうになるほど、こちらの攻撃の悉くに対応される。

 

「スザクさんみたいに読み切られたりはしないけど、スザクさん以上の反射で見切られる――っ!」

 

 流石は、ナイトオブゼロ(コードギアスの枢木スザク)を落すことになる女性。世界最強の資質はもう出始めているようだ。

 

 アサルトライフルで牽制しつつ紅蓮弐式の右手を回避し、回避に追従するナイフをMVSを切ったMVSで受け流す。

 連続で振るわれる紅蓮弐式の右腕を後退しつつ回避し、右腕が伸びて来た時には相打ち覚悟のアサルトライフルで強引に引かせる。

 後退する紅蓮弐式へと前進し、非稼働状態のMVSで一閃。

 紅蓮弐式は、バク転でそれを回避。さらに、逆立ちした状態から回転するように蹴りを放つ。

 

「パリィっ!」

 

 回転を加速させるように蹴りを受け流し、タックル――だと右腕に足を掴まれるため、後退しながらアサルトライフルを連射。

 紅蓮弐式は、腕の力で跳び上がる様に回避すると、スラッシュハーケンを鞭のように振るってきた。

 

「まずっ――!」

 

 スラッシュハーケンに絡みとられれば、輻射波動を回避できなくなるので敗北が確定する。

 

 ――MVSを使えばスラッシュハーケンを切断できるけど……

 

 MVSを使用すれば、スラッシュハーケンを切断してチェーン・デスマッチを避けられる。

 しかし、MVSが使えるのは残り一度のみ。紅蓮弐式にはスラッシュハーケンが二つあるので、もう一度同じことをされればそこで詰む。

 

「ならっ!」

 

 腰のスラッシュハーケンを、紅蓮弐式のスラッシュハーケン目掛けて射出する。

 

 ――狙いはアンカー、ではなくワイヤー。

 

 射出されたスラッシュハーケンは、紅蓮弐式のスラッシュハーケンと絡まり固まった。

 着地した紅蓮弐式は、スラッシュハーケンを強引に手繰り寄せ接近する。

 それに合わせ、私は操縦桿から手を放しコックピットのキーボードを操作した。

 

「パスワードは、たしかロイドさんの好物!」

 

 アニメでロイドさんが言っていた言葉を思い出し、その単語を打ち込む。

 これで、もしパスワードが"僕の好物"だったらキレる自信がある。仮にそうなら、ロイドさんはどんなひねくれ者だ。

 

 ――ハーケンブースター、起動。

 

「動いた!」

 

 絡まっていたスラッシュハーケンのアンカー部、そこに備え付けられていたブースターに火が灯る。

 急に加速したスラッシュハーケンに引きずられ、紅蓮弐式の機体はあらぬ方向に引き寄せられた。

 

「今度こそ……!」

 

 こちらに側面を向けた紅蓮弐式へと、アサルトライフルを連射する。

 だがしかし、いや案の定、その銃弾は紅蓮弐式の右腕から生じた緋色の盾に遮られた。

 

「だから反応速すぎっ!」

 

 絡まったスラッシュハーケンをパージして、後退しつつアサルトライフルで牽制。

 十分な距離を取ったことを確認しながら、紅蓮弐式から視線を逸らさないようにしつつアサルトライフルのマガジンを素早く取り替えた。

 

 思ったよりも紅蓮弐式の反応が速い。ザ・スピードを使えば勝つ戦いに持っていける自信はあるが、仮にそうしても機体スペック差でゴリ押される可能性がある。それほどに速い。

 

「負けない自信はあるけど……勝てるかな、これ」

 

 時間間隔が引き延ばされる関係上、集中力の限界があるからザ・スピードも無限に使えるわけじゃない。無線も聞こえなくなるし、何より私が油断する。

 油断して勝てる相手じゃない。油断しないために危険にさらすというのも本末転倒な気もするが、目の前にいるのはそういった相手だ。

 

 手元の武器は、MVS一回分とアサルトライフル、ブレイズルミナス四回分とスラッシュハーケン三つ、それだけ。

 輻射波動とナイフ、グレネードランチャー、スラッシュハーケンしか持たない紅蓮弐式よりかは多いかもしれないが、持久戦には向かない量だ。

 スザクさんがゼロを捕まえるまでの足止め、つまりここで持久戦に持ち込むことが私の現実的な勝利条件。にもかかわらず手持ちがこれだけとは、何とも辛い戦いだ。

 

「今更だけど、スザクさんと交代したいなあ。

 そもそも、何でスザクさんにゼロを任せちゃったんだろ? 普通に考えれば、引き分け以上がほぼ確定しているスザクさんの方をカレンさんに向けるべきだったのに」

 

 とっさの考えは、口に出すものではない。今回のことは、その良い教訓になった。

 

 こちらに向かってくる紅蓮弐式に対し、アサルトライフルを放つ。

 流石に慣れてきたのだろう。紅蓮弐式は、弾丸を左右に蛇行するよう回避し、右腕の輻射波動を私に突きだした。

 

「レンジでチンされる気はないよ!」

 

 その一撃を、ブレイズルミナスで上から強引に殴りつける。

 ブレイズルミナスと輻射波動が干渉し、私の機体は押しのけられた。

 その状態で後退しつつ、アサルトライフルを連射。右手のスラッシュハーケンを背後に放ち、それを巻き取ることで大きく後退した。

 

「接近戦ができないのがつらい。せめてスラッシュハーケンを武器に使えれば、多少は戦い方に幅ができるのに……っ!」

 

 スラッシュハーケンを起点に宙を舞いつつ、アサルトライフルをひたすら放つ。

 向こうの武器が近接戦闘に偏ってる以上、わざわざそこに入り込む必要はない。アウトレンジからひたすら連撃を打ち込む。

 

 ――まあ、全弾回避されているのが現実だけど……

 

 全然当たらない。まだまだ余裕があるとはいえ、アサルトライフルのマガジンは無限にあるわけではないので、さっさと当たってほしい。

 むこう(黒の騎士団側)の兵器だが、こういったときゲフィオンネットが欲しくなる。

 サクラダイトを使用した兵器の稼働を停止させる兵器、ゲフィオンディスターバがあれば、こういった戦いは一瞬でけりがつく。ブリタニアが大慌てで対策を講じるのもわかるものだ。

 

「はっ!」

 

 こちらに接近してきた紅蓮弐式の右腕を、右手に持ったMVSで打ち払う。

 輻射波動の盾でそれは防がれたが、左に持ったアサルトライフルで強引に引き離した。

 

「これでっ!」

 

 そのまま薙ぐようにアサルトライフルを放つ。

 紅蓮弐式は跳躍することでこれを回避すると、こちらにグレネードランチャーを放ちながら接近してくる。

 

 直撃すればただでは済まない威力のそれを回避し、輻射波動の右腕を受け流すためにMVSを起動していないMVSを構えた。

 

「いい加減に――っ!」

 

 接近した紅蓮弐式の鋭い脚から、放たれる回し蹴り。

 私はそれを回避し、機体の陰から覗いた銀色の手に刃を合わせる。

 

 

 

 その瞬間、機体の衝撃が走り、腕からMVSとアサルトライフルが吹き飛んだ。

 

 

 

「え?」

 

 一瞬だった。

 

 紅蓮弐式の()()()()()()()()()ナイフ、それにMVSを絡みとられ、左手のグレネードランチャーによりアサルトライフルを破壊されていた。

 

「――っ!」

 

 ギアスを発動するよりも早く、ナイフを離した紅蓮弐式の右腕がサザーランドの頭部を掴んだ。

 この状況なら、私がギアスを発動するために意識を集中させるよりも早く、輻射波動の引き金が引かれる。

 

 ――死ぬ?

 

 輻射波動を行われたKMFは、場合によっては脱出機構が働かないことがある。

 可能性としてはそれほど高いわけではないが、低くもない確率だ。

 命をかけるにはあまりに危険な確率に、私は晒されていた。

 

 今思えばわかる。私は慢心していたんだ。

 

 ――スザクさんがゼロを捕まえるまでの足止め?

 ギアスを使えば、勝てる可能性は十分にあった。向こうの手がすべて割れている以上、こちらの手が知られるよりも早く仕留めるべきだった。

 

 ――ギアスを使うと、私が油断する?

 そもそも使えば勝てると考えている時点で、私は完全に油断している。舐めているとも言っていい。

 

 ――とっさの考えは、口に出すものではない。その良い教訓になった?

 間違っても、戦闘中に考えるようなことではない。

 

 後悔しかない。

 

 紅蓮弐式の右腕に熱が灯る。

 モニターにノイズが走り、左右のモニターから光が消失する。

 

「仕方ない、かな」

 

 迫る死の恐怖に震えそうになる声を抑え、平坦に呟く。

 

 こうなったら、もうあれを使うしかない。

 いくら人間離れした身体能力を持つこの身体でも、輻射波動をくらえば流石に死ぬ。

 ブリタニア側にも黒の騎士団側にもこの機体の情報は可能な限り渡したくなかったが、死んでは元も子もないだろう。

 

「来て、コードギ――」

 

 しかし、私はコードギアスを召喚することはなかった。

 紅蓮弐式が、急に腕を離したのだ。

 

「え?」

 

 直後に輻射波動の盾を展開する紅蓮弐式。

 その光の盾に、巨大な弾丸が突き刺さった。

 

 膨大な質量から生み出される強烈な衝撃に、紅蓮弐式が吹き飛ばされる。

 転がった紅蓮弐式は、スラッシュハーケンを利用して勢いを殺し立ち上がる。

 そのわずかな隙に、上空から降りてきた一機のKMFが私と紅蓮弐式の間に立ちはだかった。

 

『――無事?』

「アーニャ、さん? は、はい、無事です」

 

 ナイトオブラウンズ専用機であるモルドレッドの試作機ゼットランド、その三号機『ゼットランド・メモリー』。

 事実上ナイトオブシックス専用機であるそれが、私の目の前にいた。

 

『――そう。

 あなたはゼロの追撃に参加して。ここは私が受け持つ』

「は、い、いえ! 私でやれます。大丈夫です」

 

 一瞬頷きそうになったが、即座にそれを否定する。

 もう油断はしない。今度こそ必ず戦って勝てる。いや、勝つ。

 

『駄目、あなたは追撃に行って』

「ですが、機動力に欠けるゼットランドでは、あのKMFを相手にするのは――」

 

 通信機の向こうから、ため息が聞こえる。

 そこに乗せられた強い感情に、私は言葉を止めてしまった。

 

『――あなたでは、足手まといになる。

 まともに集中して戦ってもいない味方に、足を引っ張られたくない』

 

 息をのむ。

 その言葉に反論するために口を開きかけたところで、私は強く唇をかんだ。

 

 ――言ったところで、私には信用がない。

 

 まともに集中できていなかった人間がどうこう言ったところで、信用など置けるはずがない。

 無能な味方は有能な敵よりも厄介だと言う。今の私は、完全に無能な味方だろう。そんな人間が何を言っても、私がアーニャさんの立場なら信用できるわけがない。

 

 子供としての立場に慣れて、我ながら随分と自分に甘くなったものだ。

 直属の上司では無いとはいえ、上官に反抗するなんて論外だろう。もしアーニャさんがナイトオブテンのような人なら、撃ち殺されてもおかしくなかった。

 

「……了解しました」

『速く行って。あなた達がゼロを捕まえれば、この戦いはこちらの勝利で終わる』

 

 アーニャさんの言葉を背に、私はその場を離れる。

 紅蓮弐式がこちらにグレネードランチャーを向けたが、その直前にアーニャさんが放った大量のミサイルに阻まれ、こちらにそれを放つことはなかった。

 

 

 

 

 

『アリスちゃん、聞こえるー?』

「アンナさん?」

 

 その場を離れると、指揮車にいるアンナさんから通信が入って来た。

 

『うん、ちゃんと聞こえるみたいだね。

 アールストレイム卿から話は聞いてるよ、今からスザク君の位置情報を送るからちょっと待っててー』

 

 ブリタニアの大型兵器は、全てレーダーとIFFで位置がわかるようになっているため、軍のネットワークを使用することで探し出すことができる。

 しばらく待つと、モニターに付近の地図と味方機の位置情報が表示された。

 近くにいるKMFは4機。おそらく、私とスザクさん、アーニャさんとコーネリア殿下の4機だろう。

 

『今モニターに出てるのは、サザーランドの近くにいるナイトメアの位置情報だよー。

 中心にいるのがアリスちゃん、そこからまっすぐ北にいるのがスザク君のランスロットねー』

「了解です」

 

 動力であるユグドラシルドライブの出力を引き上げ、足場の悪い山道を一気に突き進む。

 

「急がないと……」

 

 ランドスピナーを全力で加速させながら、近くの木を躱し森の中の細い道を奥へ奥へ。

 進む先からは大きな音は聞こえないので戦闘は終わっているのだとは思っていたが、何故か胸の中には謎の焦燥感が募っていた。

 

『特派ヘッドトレーラーへ。

 ……ゼロを発見、これより確保します』

 

 指揮車につなげていた無線から、スザクさんの声が聞こえる。

 その言葉に、何故か僅かな安心感と微かな焦燥感が沸き上がった。

 

 森を越え、視界が開ける。

 

 森の中にぽっかりと空いたそこには、倒れ伏すサザーランドと動きを止めたランスロット、そしてランスロットの足に触れる魔女C.C.と仮面を外したゼロの姿があった。

 

 その光景を見て、胸の中の焦燥感が大きくなる。

 その場にC.C.がいることを忘れて、私は更に加速する。 

 

 ――直後、ゼロの手がC.C.の肩に触れた。

 

『――や…ろ……はっ!!』

 

 サザーランドのマイクが、C.C.が漏らした言葉を微かにとらえる。

 何か少し言葉を漏らした後、苦しみだしたC.C.がランスロットの脚から手を離す。

 それとほぼ同時に、沈黙していたランスロットが周囲にヴァリスを乱射し始めた。

 

「スザクさん!」

 

 C.C.が(おこな)ったのは、ショックイメージの転写。スザクさんは、それにより自分がかつて行った罪、父親を殺した情景を見せられたのだ。

 ランスロットが周囲にヴァリスを乱射し始めたのは、それにより錯乱したせいである。

 

 暴れるランスロットに飛び蹴りをしかけ吹き飛ばし、ゼロ達とランスロットの間に降り立つ。

 外部へ音声を飛ばすスピーカーのスイッチを入れ、私は背後にいる二人へと叫んだ。

 

「逃げてください、お――っ!」

 

 その途中で視界にMVSが入り、とっさに機体をしゃがませる。

 しかし反応が少し遅れたためか、サザーランドの頭部とコックピットの上半分がMVSに切り裂かれた。

 

「あっ!」

 

 耳に付けられていたインカムも衝撃で吹き飛び、モニターも真っ二つにされる。

 辛うじて操縦系は無事そうだが、脱出機構は完全に死んでいた。

 

「このっ!」

 

 スザクさんが剣を引くよりも速く、MVSを振るってランスロットの左腕を切り落とす。

 そのままヴァリスを持つランスロットの右手を掴み、押し倒すように強引に倒れ込んだ。

 暴れるランスロットの脚を押さえつけ、地面に拘束する。

 

 しかし、改造されているとはいえサザーランドとランスロットでは出力に大きな差がある。

 

 ランスロットは、押さえつけている私ごと機体を起こし、強引に私を振り払った。

 振り払われた私は、バランスを崩して尻もちをつく。

 そうして動けなくなった私に対し、ランスロットはヴァリスを構えた。

 

 ――『ザ・コードギアス ゴッドスピード』

 

 認識を加速させ、ヴァリスの弾丸を機体のすぐ横を掠めるようにぎりぎりで回避する。

 同時にブレイズルミナスを展開。ランスロットの右手目掛けて盾を振るい、ヴァリスを握るマニピュレータを叩き潰した。

 

 これでMVSとヴァリス、両方を潰した。

 残るランスロットの武装は、ブレイズルミナスとスラッシュハーケンのみ。跳びぬけて高い火力を持つ武装はもうない。

 

 不意の一撃でやられることがないなら、強引に押し切れる――っ!

 

 両手のスラッシュハーケンの刃先を展開し、ブレイズルミナスを展開させたままランスロット目掛けて振るう。

 それと同時にランスロットがスラッシュハーケンを放つが、ブレイズルミナスで受け流し僅かな時間無力化。直後に振るわれたランスロットの右腕による一撃を回避し、脇の下を潜る様に背後に回り込む。

 

「ここっ!」

 

 私は、右腕のブレイズルミナスを解除。コックピットの下にあるエナジーフィラーへと、その右手を突き刺した。



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28話

 

 特派のトレーラー、その貨物席に乗り込みため息を吐く。

 周りには人はほとんどいない。私とスザクさん以外の特派の人達は、このトレーラーの運転席か、もう一方のトレーラーに乗っている。

 

「どーしよ、これ」

 

 再びため息。

 私の視線の先には、ボロボロになったランスロットの姿があった。

 左腕が断たれ、右腕のマニピュレータが砕かれた白い騎士。こちら側からは見えないが、コックピット下のエナジーフィラー挿入口も大変なことになっているだろう。

 

 間違いなく、大破と言っていい姿だ。

 

「ほんとにどーしよ」

 

 声に力が入らない。

 コードギアスの物語においては、ナリタ連山における戦いでここまでランスロットがボロボロになることはなかった。精々装甲表面に傷が多く付き、細々とした部分が消耗した程度だ。間違っても腕一本もげたりしてはいない。

 一応、以前ロイドさんが特派のお金をほぼ全額ランスロットに注ぎ込んだおかげで、特派にはランスロットの予備パーツが数多くある。なので両腕位ならどうにかなるかもしれない。

 

 しかし――

 

「エナジーフィラー挿入口、コア部分は取り替えて終わりってわけにもいかないよね」

 

 ロイドさん曰く、私がエナジーフィラーを直接ぶっ壊したせいで、機体のフレーム全体に大きな歪みが起きてしまっているらしい。幸い主機関であるユグドラシルドライブには問題は起きていないようだが、安心できることではないだろう。

 

 おまけに、問題はそれだけではない。

 

 正面のランスロットを見ていた視線を、トレーラーに備え付けられているベッドに移す。

 そこには、ひどく青い顔をしたスザクさんが静かに眠っていた。

 

 つい数分前、沈静薬を打ち込まれるまで、スザクさんは錯乱したように暴れ回っていた。

 うわごとのように言葉を呟き続けるその姿は、普段のスザクさんからは想像もできないものだった。

 

「スザクさん……」

 

 コードギアスにおいて、次の話では枢木スザクは何事もなかったかのように振る舞っている。しかし、あの姿を見てしまった私としては、スザクさんが普段通りに戻れるとはとても思えない。

 スザクさんは、いつも通りのスザクさんにちゃんと戻れるのか。私の胸の中には、そういった思いが渦巻いている。

 

「ん?」

 

 そんな時、運転席に繋がるドアが開き、ロイドさんがそこから姿を現した。

 

「やあ、アリス君。調子はどうだい」

「あ、ロイドさん……お疲れさまです。特に怪我等はしてないので、少し疲れているだけで他は大丈夫です」

 

 珍しくこちらを気遣うロイドさんに違和感を覚えながら、私はその言葉に応える。

 ロイドさんは私の返答に怪しく微笑むと、私の隣の椅子に座り込んだ。

 

「そう、ならよかった。

 アリス君には、少し聞きたいことがあったからね。心配してたんだ」

 

 ロイドさんは、目を細めて私にそう言った。

 思わず、全身に力が入る。四肢が凍り付き、緊張で重くなる。

 

「そう緊張しなくていいよ、確認したいだけだから」

「何を、ですか?」

 

 怪しく微笑むロイドさんに、私は声を絞り出して聞き返した。

 

 

 

 

 

「アリス君、今回のナリタ山における戦闘がどのように終わるのか、君は最初から知ってたね?」

 

 

 

 

 ――思考が凍った。

 

「えっと、どういうことですか?」

 

 一瞬の硬直の後、すぐさま思考を立て直す。

 何故ばれたのか。いや、何故そう思われたのか。

 記憶の中のあらゆる可能性を探り、何時から疑われていたのかを頭の中で導き出す。

 導き出すと同時に、その理由を否定する言葉を考えることに集中した。

 

「別に隠さなくてもいいよ。スザク君に精神的な負荷を与えないようにするという名目で、この場には君と僕、それに寝ているスザク君しかいない。盗聴器の類も無いことを確認しているから、ここでの会話は外に漏れているなんてことはない」

「だから、えっと、一体何の――」

「――君がさっきの質問に思考して返答した時点で、僕の問いが大きく間違っていなかったことがわかってる。とぼけなくていいよ」

 

 ぞっとした。

 ただ怪しいだけであったロイドさんの微笑む顔が、冷たい作り物の様に見えてくる。

 

「全く的外れな問いかけをしたとき、アリス君がどの程度の速度で回答するのか、そういったデータは既に採取してる。今までの君との会話でね。

 君の思考速度は抜群に速いけど、それでも普段は常識的な範囲の速さだ。一般人より少し早い程度で、才能があるといったレベルを出ていない。何らかの思考の後に返答したかどうかなんて、サンプルがあるからすぐにわかる」

 

 その言葉が意味することを考え、私は一つの考えに至った。

 

「……いつから、私のことを疑っていたんですか」

 

 手に持っていた黒いノートパソコンを起動させながら、ロイドさんは私の問いに答えた。

 

「最初から、君が僕に取引を持ち掛けた時から……いや、この言い方じゃわかりにくいかな。

 マッスルフレーミングという技術が、僕に対して取引材料になると君が確信していた時から、僕は君のことを疑っていたよ」

 

 ――背筋が凍る。

 

 つまり、私は最初の一歩から間違っていたという事だ。

 

「私を、どうするつもりですか」

 

 おそらく、ロイドさんの中では、私は黒の騎士団の一員、もしくは何らかのテロリストのメンバーだと思われているのだろう。

 もしそうだとするなら、ロイドさんは私をどうするつもりなのか。

 一人で来た以上、殺したり拘束する気はないとは思うけど……

 

「勘違いしているかもしれないから一応言っておくけど、別に僕は君が黒の騎士団の一員だとか、中華連邦とかその辺の人間だとか思っているわけじゃないからね」

「えっ?」

 

 私の反応にロイドさんは小さくため息を吐くと、呆れたように私に言った。

 

「君がもしに反ブリタニア勢力だとしたら、今日の出撃の時、出撃準備中だったランスロットを襲うでしょ。

 コーネリア総督さえ押さえれば黒の騎士団は祖国を取り戻せるし、ブリタニアと敵対しているE.U.や中華連邦からの莫大な援助も見込めるようになる。ゼロの持つ扇動者としてのカリスマと知性、そしてコーネリア総督を捕縛したという実績があれば、中華連邦とE.U.を一時的に纏め上げ、ブリタニアと真っ向勝負をすることも不可能ではない筈だ。勝てるかどうかは別としてね。

 あの場面は、細い可能性の話と言えど、それだけのチャンスを秘めた場面だった。あのタイミングで君が裏切らなかった時点で、アリス君が反ブリタニア勢力の人間ではないって確信できるさ」

 

 そう言われればそうかもしれない。

 ギアスという規格外の力があったとはいえ、たった1週間でクロヴィス殿下を殺害し、コーネリア総督を捕縛一歩手前まで追い込んだゼロの実力は本物だ。ゼロであれば、E.U.や中華連邦を手にすることも不可能ではないだろう。

 もちろん、実際にやってみればそう簡単にはいかないだろうが、不可能と断じれる話でもない。

 それだけのチャンスを前にして行動を起こさなかったという事実は、少なくともロイドさんの中では、私の無実を示すに値するものだった。

 

 少なくとも敵とは見られていない、その事実に、少しだけ安心した。

 安心して、私の中に一つだけ疑問が浮かんだ。

 

「あれ? もしその時私が行動を起こしていたら、ロイドさんはどうするつもりだったんですか」

「――本当に、ランスロットが準備中だったと思う?」

「あー、なるほど。私がそうしていたら真っ二つですね」

 

 もしくは、スザクさんの得意技であるクルクルキックで潰されていただろう。

 

 何だか驚かされてばかりな気がする。

 敵対組織の一員とみなされていないなら、いったい何故……いや、みなされていないから拘束する気がないのか。

 身体の力を抜いて、私はほっと息を吐いた。

 

「まあ、もともと君がそうしないだろうって予想もしてたから、僕もそうなるとは最初から思ってなかったよ。君は、スパイとするには不適格な人間だからね」

「ロイドさんは、どうして私が不適格だって思うんですか?」

「本当のスパイは、もっと表情豊かで、もっと普通な人間だからさ。スパイにしては、アリス君は怪しすぎる」

「あ、あはははは……」

 

 ぐうの音も出ない。

 たしかに、よく考えなくても、私はスパイにしては怪しすぎるだろう。

 妙に表情が乏しくて、今はだいぶ改善されたとはいえ運動障害を持っていて、怪しいほどにKMFの操縦が上手い。仮に私がスパイなら、スパイとしては失格もいいところだ。

 

「と、ところでロイドさん。どうしてロイドさんは、私がナリタ山の戦闘がどうなるか知っていると思ったんですか?」

 

 ちょっと居心地が悪いので、強引だが話題を変える。

 敵対しているとは思われていない以上、せっかくなので先ほどの言葉の原因を探ることにした。

 

「うーん、理由はいくつかあるけど、そう考えたきっかけになったのは、君がシミュレータでフロートシステムをテストした時かな」

 

 ロイドさんの言葉は、意外な内容だった。

 日常会話ならまだしも、シミュレータのテストでどうしてそう思われたのだろうか。

 

「何か不自然でしたか?」

「そりゃあ不自然だったよ。あの時、君は一切驚かなかったんだから」

「驚かなかったことが不自然、ですか」

「そ、ナイトメアが自由に空を飛ぶ。本国でテストをした騎士も、それを補佐した本国の同僚も、その光景に誰一人例外なく驚いたんだよ。フロートシステムの開発者であるセシル君ですら、開発した当時は驚いたんだ。それに一切動揺を見せなかった君は、かなり不自然だったね」

「そう言われれば、たしかにそうかもしれないです」

 

 現在存在するKMFの飛行システムは二種類。このフロートシステムとプラズマ推進なんとかだけであり、プラズマ推進なんとかの方はKMF状態では安定した飛行ができなかったはずだ。故に自由に空を舞うフロートシステムは革命であり、そう考えれば私の反応は不自然だっただろう。

 

「僕が考えた中で、君が驚かなかった可能性になりそうだったのは二つ。

 アリス君がプラズマ推進モーターの開発元であるシュタイナー・コンツェルンの人間であるか、事前にフロートシステムのことを知っているか、その二つだ。

 で、ナンバーズである君が、ナイトオブラウンズのKMFを設計しているシュタイナー・コンツェルンの人間であるとは考えにくいから、自然と選択肢は一つに限られる。まあ、仮に君がシュタイナー・コンツェルンの人間であるとしても、全く驚かないのは流石に少し不自然だったけどね」

 

 そこで言葉を切ると、ロイドさんは私にノートパソコンの画面を向けてきた。

 そこには、細かい字で書かれた何らかの論文が表示されている。

 

「これは?」

「ラクシャータが昔書いた、輻射波動の論文さ。ブリタニアでは、この論文はほぼ無料に近い形で公開されている。

 僕がさっき言った考えに至った大きな理由の二つ目が、この輻射波動だよ。

 ……その様子だと、この論文を見たことはないみたいだね」

 

 そう言うと、ロイドさんはパソコンを戻して私に言った。

 

「出撃前に言ったこと、あれは嘘じゃないけど本当の話でもないんだ。

 確かに輻射波動の理論に関する知名度は高くはないけど、別に低いってわけじゃない。少なくとも、この特派を発足した時点で所属している研究員全員が知っている程度には知名度がある」

 

 ロイドさんの言葉を聞いて、出撃前におけるロイドさんとの会話を思い出す。

 

『輻射波動、よく知ってたね。それほどメジャーな技術じゃない筈なんだけど。

 それに、可能性は高いとはいえ、土砂崩れの原因が水蒸気爆発だとはまだ断定できないはずだよ。なんで言いきれたのかな?』

『……そ、それは、その』

『まあいいよ、ちょっと君に聞いてみたくなっただけだから。

 さ、行った行った。せっかく出撃許可が出たんだ。取り消されない内にさっさと行かないとね』

 

「もしかして――」

「そう、水蒸気爆発云々の言葉は別として、輻射波動を知っている事は別におかしな話じゃないんだ。もし君が輻射波動の知名度を知っていたなら、誰かに聞かれたとかでも適当なことを言えば切り抜けられる。

 そうできなかったことから、君は輻射波動という物がどれくらい知名度のあるものだとは知らなかったということ、輻射波動について特派の誰かに聞いたり調べたりした事が無かったという事の二つがわかる。

 もともとは、アリス君が精神的に不安定な状況において、どの様に機体を操作するのかについてデータを取るための誘導質問だったんだけど、それ以上の成果を得られてびっくりしたよ。アリス君、君、突発的な事態に弱すぎ」

 

 ごもっともである。弁解の余地もない。

 完全に手のひらの上で、その上ぼろを出すなんて、穴を掘って隠れたい気分だ。

 

「まあいいや、それで、これが確信した最後の理由なんだ、け、どっ」

 

 言葉に合わせて、ロイドさんがパソコンのキーを打つ。

 ロイドさんの持つノートパソコンの画面には、地震が起きた時の波形のような何かと、何らかの操作記録のような物が映し出されていた。

 

「これ、一体なんですか?」

「ん? 今日のアリス君の音声データと機体操作の履歴だよ。どの様なコマンドがどのようなタイミングで入力されたのかを表したもの、そう言った方がわかりやすいかな。

 映像データはコックピットを吹きとばされた時に一緒に塵になっちゃったけど、この二つは残ってたんだ」

 

 ――音声データ……あっ

 

 頭の中で、戦闘中に発した自分の言葉が想起される。

 

『今更だけど、スザクさんと交代したいなあ。

 そもそも、何でスザクさんにゼロを任せちゃったんだろ? 普通に考えれば、引き分け以上がほぼ確定しているスザクさんの方をカレンさんに向けるべきだったのに』

 

 ――カレンさんに向けるべきだったのに

 ――カレンさんに向けるべき

 ――カレンさんに

 ――"カレン"

 

「あああああああああぁ――っ!」

 

 穴があった入りたい。いや、ザ・スピードで今すぐにでも穴を掘りたい。

 正体不明のエース機、そのパイロットの名前を平然と口にする人間がどこにいる。そうだよ、ここにいるよ、ここにいちゃいますよ。

 しかも引き分け以上が確定しているとか、正体不明機のスペックを把握しているような発言とかしてるし、憲兵に突き出されても言い逃れできない完全なスパイ発言じゃないですか! やだ――!

 

「あはは、あはははっ」

 

 音声を聞いたであろうロイドさんは、もう大爆笑である。

 もう床の上を転がりたい。床の上を転がって、床の段差に頭打って死にたい。

 

「あはははっ、はっ、はっ、ふー。

 アリス君、今度からもう少しメンタルを鍛えようか。

 それで、音声データについてもいくつかあるんだけど、重要なのはそこじゃないんだ。

 重要なのは、音声データじゃなくて操作履歴の方なんだよ」

 

 そう言うと、ロイドさんはランスロットの3DCGを画面に映し出した。

 流石ランスロット大好き人間、こんなものも作っていたのか。

 

「今から見せるのは、今日アリス君が見せた操縦の一部を再現したものだ。

 たぶん、どうして僕がおかしいと思ったのか、見ればすぐにわかると思う」

 

 そう言って、ロイドさんはエンターキーを叩く。

 すると、画面に中のランスロットが、滑らかに左右に揺れつつ前進し始めた。

 動きからして、おそらく森の中を突っ切った時のものの様だ。

 

 ……何かおかしなところがあるのだろうか?

 

「何かおかしいですか? 正直普通の動きに見えるんですけど」

「えっ、わからないのかい?

 なら、もっとわかりやすくしようか。ちょっと待ってて」

 

 ロイドさんは、しばらくの間のノートパソコンをカタカタと鳴らす。

 30秒ほどして画面を私に見せると、そこには森の中を直進するランスロットの姿があった。

 その下には、私がその時サザーランドに入力したコマンドが、まるで太鼓の○人の様に表示されている。

 

 ……いや、このランスロットの動きが森の中を突っ切った時のものだってことはわかってるんだって。

 

「……すみませんロイドさん。私には何がおかしいのかわからないです」

「これでもダメか……なら、もう言っちゃうよ。

 ――1/30秒以下の速度で反応する人間がいるわけないでしょ」

 

 ロイドさんは、あきれたようにその言葉を口にした。それほどまでに、その事実が非常識だったからだろう。

 

「あっ」

 

 ロイドさんにそう言われ、私も何がまずかったのかようやく気が付いた。

 

「いい、アリス君。人間の反射速度の限界は、理論上は0.2秒。実測値でも、故マリアンヌ王妃が出した0.06秒が最速だ。君の肉体は所々人間を辞めているけれど、それでも0.1秒を切るのがやっとだろう。実際、普段シミュレータを操作している時はそうだったからね。

 でも、この時の君は違う。カメラに次の障害物が映ったと思われる瞬間から、最低でも0.03秒、最高だと0.015秒で回避するための操作を始めている。

 はっきり言って、この時の君は人間を辞めた速度を出しているんだ」

 

 ん? 何か私の身体に関して重要な話がさらっとされた気がする。

 今ロイドさん、私の身体が人間辞めてるとか言わなかったか……?

 

 ――いや、それよりも

 

 ロイドさんの、この話の仕方。もしかして――

 

「本来知らない筈のことを、知っていたかのような反応をする。

 現状における技術の知名度を知らないにもかかわらず、その技術がどの様な物であるか知っている。

 初めて遭遇した、正体不明機のパイロットの名前を知っている。

 本来、物理的にあり得ない速度での反応を行っている。まるで時間でも操ったかのように。

 

 つまり、君は――」

 

 今までへらへらとした表情をしていたロイドさんが、その顔を真剣なものに変える。

 

 

 

 

 

 

 

「――君は、未来から来た人間だね」

「いえ、違いますが」

 

 珍しく、ロイドさんはぽかんとした表情を浮かべた。



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29話

 

「あれ、違ったの? 結構自信があった答えだったんだけど。

 まあいいや。とりあえず未来の知識を持っているのは確かだよね?」

「はい、もう言い逃れできないので言っちゃいますけど、たしかに未来の知識と呼べるものは持っています」

 

 未来人というロイドさんの予測は間違っているが、ギアスもコードギアスと言う物語の知識もばれている以上、言い逃れをすることは難しいだろう。

 ロイドさんの問いかけに、私は肯定して頷いた。

 

「うん、ならよかった。

 僕としては、君が未来の知識さえ持っていれば、未来人かどうかなんてどうでもよかったからね」

 

 ロイドさんはそう言うと、顔をこちらに近づけていつものマッドサイエンティストな笑顔でこちらに微笑んだ。

 

「じゃあ本題に入ろうか。

 ――未来の僕の最高傑作、僕の研究の果て、それはいったいどんなものだったか知らないかい?」

 

 研究キチ――ごほんごほん、研究者らしいぞっとする目で、ロイドさんが私を見つめる。

 そのあまりに狂的――素晴らしい笑みに、ちょっとだけ漏らしそうになった。真夏の夜のホラーより怖い。

 

「あれ、未来で何が起こるかとかじゃないんですか?」

「そんなことには興味ないからね。未来でどんな技術が使われていたのかについては興味があるけど、君に聞いてもわからないだろう?」

「なるほど……」

 

 研究一筋のロイドさんらしい発言だ。

 セシルさんの婚期とかいろいろ聞きたいことがあると思うのだが、研究以外のことはどうでもいいらしい。

 

「それで、早く答えてよ」

「み、未来におけるロイドさんの最高傑作ですか……」

 

 未来におけるロイドさんの最高傑作。そう聞かれて真っ先に考えたのは、ランスロットの完成形とも言えるKMF、ランスロット・アルビオンだった。

 作中屈指のチート機体とも呼べるランスロット・アルビオン、超高速飛行を可能とするフロートシステム『エナジーウィング』を搭載し、ナイトオブラウンズ筆頭であるヴァルトシュタイン卿のKMFを一刀両断できる程の出力を持つその機体の性能は、もはや頭のおかしい領域に到達している。

 おそらく、ロイドさん主導で開発したKMFとしては、これ以上の物はないだろう。

 

 いや、だが最高の性能を持つ機体という意味では、紅蓮聖天八極式の方がふさわしいのではないだろうか。

 

 紅蓮聖天八極式は、ブリタニアが黒の騎士団から鹵獲した紅蓮弐式の発展機、紅蓮可翔式をロイドさんとセシルさんが魔改造した機体である。

 ロイドさんにさえ乗りこなせる人がいないと言わしめたその機体は、ランスロット・アルビオン以上の性能を持つお化け機体であり、未来において発生した黒の騎士団とブリタニアの大決戦に参戦した際には、たった一機で戦場をひっくり返した頭のおかしい機体である。頭のおかしい爆裂娘以上に頭のおかしい機体だ。

 

「その最高傑作という言葉が、最高の性能を持つKMFという意味では、おそらく紅蓮聖天八極式が最高傑作になると思います」

「紅蓮聖天八極式? イレブンみたいな名前の機体だけど、ランスロットじゃなかったの?」

「ロイドさんが主導して開発したKMFでは、ランスロットの発展機であるがランスロット・アルビオンが最も高い性能の機体なのですが、聖天八極式の方が性能が高いのでこっちを挙げました」

 

 ロイドさんは、私の言葉を聞くとため息を吐き、疲れたように口を開いた。

 

「その紅蓮っていうのは、たぶん今日戦った赤い機体のことだよね」

「はい、その通りです」

「つまり、ランスロットはその紅蓮って機体に劣るのか。僕のランスロットよりも、ラクシャータの紅蓮の方が強いと」

 

 ロイドさんが、小さく息をつく。

 

「それで、最高傑作を『最高の性能を持つKMF』って言い方に言い直したってことは、君としての最高傑作はその紅蓮聖天八極式っていうのじゃないんだよね。いったい何なの」

 

 ロイドさんの疲れたような問いかけに、私は小さく頷く。

 そう、元の世界では誰一人として同意を得られなかったが、私自身の認識としては、ロイドさんの最高傑作はランスロット・アルビオンや紅蓮聖天八極式ではなかった。

 

「私は、ロイドさんの最高傑作はKMFではなく、フレイヤ・エリミネーターと呼ばれる兵器だと思っています」

「フレイヤ・エリミネーター?」

 

 確かに、ランスロット・アルビオンや紅蓮聖天八極式は強力だ。一騎当千の言葉が相応しく、一機で戦場をひっくり返すだけの性能を持っているだろう。

 だが、コードギアスの物語において、ランスロット・アルビオンや紅蓮聖天八極式は最重要戦力的位置づけはなされなかった。それ以上に驚異的なものが存在していたからだ。

 

「今では考えられないかもしれないですけど、近い将来、今のKMF対一般兵器、KMF対KMFっていう戦場のあり方が大きく変わるんです」

「へえ、ナイトメアが戦場の主役ではなくなるってこと?」

「はい。

 ――大量破壊兵器『フレイヤ』、一撃で帝都ペンドラゴンを吹き飛ばす様な兵器が開発されて、KMFが主役から退場することになります」

 

 『Field Limitary Effective Implosion Armament』、略してF.L.E.I.J.A.(フレイヤ)。どこからJが生まれたのかは知らない。

 簡単に言えば、環境汚染が起こらない核兵器である。

 アッシュフォード学園に在籍しているとある女生徒が考案、開発したこの兵器は、効果範囲や起爆時間をほぼ完璧に制御できる超お手軽核兵器で、KMF対KMFというある種中世の延長線上とも言える戦い方が主流であった戦場を、大量破壊兵器が跋扈する戦場へと一気に覆した。

 

「ということは、そのフレイヤ・エリミネーターというのはフレイヤって兵器の発展形か何かかい?」

「いえ……いや、ある意味そうなのかもしれません。

 フレイヤ・エリミネーターというのは、私の知る限り未来において唯一開発されたアンチフレイヤ兵器です」

 

 戦場の在り方を大きく変えたフレイヤ。

 そんなフレイヤの対抗兵器として、ロイドさんとその女生徒が突貫で生み出したのが、フレイヤ・エリミネーターだ。

 槍型の形状をしたこの兵器は、使用直前の19秒以内に周囲の環境データを入力し、かつ入力した環境データに基づき実行されるプログラム、その実行時間である0.04秒が正しい位置で経過出来るようにフレイヤ本体に突き刺す必要があるという恐ろしいリスクがあるものの、フレイヤの反応を完全に抑え込むことができるというすさまじい兵器だ。

 これだけ聞けばただのハイリスクなゴミ兵器に聞こえるが、環境データを自動で入力するプログラムを組むだけで、この兵器は直接突き刺す必要があること以外リスクのない便利なものに変わる。

 いつでも自動で環境データを入力する事ができるようになるだけで、最も大きな制限となる19秒と0.04秒がなくなるのだ。あとはうまいことフレイヤの弾頭に命中させることができるよう、KMF側のモーションプログラムを整えれば、最後の制限もなくなる。

 それに、このフレイヤ・エリミネーターの理論は、将来的にフレイヤが電力利用されたときにも活用できる。

 万が一事故が起きたとしても、このフレイヤ・エリミネーターと同じ機能をするものを突き刺すだけで、その反応を安全に止めることができるのだ。

 

 それらのことについて色々話すと、ロイドさんは複雑そうな顔になった。

 

「なるほどね。僕の趣味には反する兵器だけど、たしかに僕の最高傑作と言える兵器かもしれない。

 まあ、君の口ぶりからして、僕主導で開発された兵器じゃないみたいだけど」

「うっ、はい。確かにフレイヤ・エリミネーターは、ロイドさんではなくフレイヤの開発者であるニーナ・アインシュタインが主導して開発したものです」

「なら、僕の最高傑作はさっき君が言ってたランスロット・アルビオンだよ。紅蓮聖天八極式はラクターシャのものだし、そのフレイヤ・エリミネーターっていうのもニーナって()のものだ」

 

 ロイドさんは、そう言うと手元のノートパソコンを閉じた。

 そして、疲れたように椅子から立ち上がる。

 

「今度、そのランスロット・アルビオンについて色々聞くから、ちゃんと思い出しといてよ」

「わ、わかりました」

 

 ロイドさんの言葉に、私は慌てて頷く。

 

「うん、それじゃ、例の操縦履歴と音声データについては誤魔化しておくから、アリス君は安心してゆっくり休みなよ。

 スザク君のスペアとはいえ、君だってランスロットの重要なデヴァイサーなんだから」

 

 ロイドさんは、そう言うと運転席の方に歩いて行った。

 ロイドさんがドアの向こうに消えることを確認すると、私はため込んでいた息を一気に吐き出した。

 

「コードギアスの知識を持ってることがばれた時はどうなるかと思ったけど、何とかなったかな。

 ロイドさんが、研究以外に興味のない人でよかった」

 

 これが某チーズケーキさんとかアルマさんとかだったら、もっと大変なことになっていただろう。バレたのがロイドさんにだけで本当に良かった。

 

 私は、顔を上げて正面のランスロットを見詰める。

 

「ま、事態が良くなったわけじゃないんだけどね」

 

 ボロボロになったランスロットを前に、今日何度目かわからないため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロイドさん、スザク君の様子はどうで……何かあったんですか?」

 

 トレーラーの後部から出てきたロイドを見たセシルは、ロイドの珍しい姿を目撃した。

 あのロイドが、いつも明るい変人であるロイドが、誰にでもわかる程落ち込んでいたのである。

 

「いや……なんでもない。何でもないよセシル君」

「何でもないって……そう言うなら、もう少しいつも通り明るくしてください。

 今のロイドさん、誰にだってわかるぐらい落ち込んでるように見えますよ」

 

 トレーラーがトンネルに入る。

 暗くなった車内では、ロイドの顔はより一層暗く映った。

 

「そう? アリス君にはバレなかったんだけどな。そんなにあからさまに見えるのか」

 

 いつものおちゃらけた口調ではない。たまに見せる真面目な口調。

 ロイドは、打ちのめされた様子で席に着いた。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に会話はない。

 しばらくそんな時間が続き、トンネルを抜けた頃になって、ようやくロイドは口を開いた。

 

「別に、悔しいわけじゃないんだ。

 常人では思いつけないような発想、それを形にするだけの才能。僕は天才と言われる部類の人間だけど、君やラクシャータみたいな一握りの天才には、そういった部分で劣っているのは自覚してた」

 

 ロイドの言葉を、セシルは何も言うことなく黙って聞いていた。

 

「僕のランスロットも、究極的にはガニメデの発展機。僕がしたことは、天才が思いついたことをなぞって伸ばして、そして束ねて形にしただけだ。

 僕以外の誰かにランスロットが作れたとは思えないけど、僕がいなくても誰かがそれに近い物を考えたと思う。MVSも、ガニメデの特殊な駆動機構も、ヴァリスも、ブレイズルミナスも、全部僕が考えたものじゃないからね。

 でも――」

 

 再びトレーラーはトンネルに入り、影でロイドの表情が見えなくなる。

 

「――でも、いつかは誰にも思いつけないようなものが作れると思ってた。世界を一変させられる様な、そんな何かを思いつけると思ってたんだ。事実として、それだけの才能が僕にはあったし、それを成せる自信もあったから」

 

 租界からそれなりに距離のあるナリタ山は、きちんと整備された場所だとは言えない。

 そのためトンネルの中の照明もそれほど多くなく、車内を照らす光は不十分だった。

 

「――うん、作れると思っていたんだ」

 

 だから、セシルにはロイドの表情がどうなっているかはわからない。

 けれども、セシルにはロイドが静かに涙を流す姿が見えた気がした。

 

「それだけ、それだけだよ」

「そう、ですか」

 

 セシルは、ロイドには何もしなかった。

 彼女がしたことは、トレーラーがトンネルを抜ける前に、視線をトレーラーが進む先に向けることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ、んんん……」

 

 スザクさんが目を開けた。

 

「おはようございます、スザクさん。気分はどうですか?」

 

 私はスザクさんに軽く声をかけると、前もって机の上に置いていたコップをそっと手に取った。

 

「ここは……僕の部屋?」

「はい、スザクさんの部屋です」

 

 今、私とスザクさんがいる場所は、特派のトレーラーの中ではない。

 ここは、特派が借りている大学の一室、スザクさんの部屋として使用されている寮の部屋だった。

 

「お水飲みますか?」

「あ、うん。ありがとう」

 

 身体を起こしたスザクさんに、手に持った水を手渡す。

 理由は言わないが、おそらく今のスザクさんの口の中は、色々とすっぱくなっているだろう。

 そのために、私は水を用意していた。

 

 ひと息で水を飲み干したスザクさんは、しばらくぼーっと辺りを見回した後、微かに顔を歪めて頭を押さえた。

 

「大丈夫ですか」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。

 ……ナリタ山での戦闘、どうなったかわかる?」

「まだ色々と調査中の様で詳しい話は聞けませんでしたが、日本解放戦線は、そのほとんどが壊滅。リーダーである片瀬中将は逃走した様ですが、もう再起は難しいでしょう。

 黒の騎士団率いるゼロは逃走、コーネリア殿下は無事ですが、ゼロを捕まえるには至りませんでした」

 

 コードギアスの物語、その知識を引っ張り出してスザクさんに答える。

 スザクさんは、落ち着いた様子で私の話を聞いていた。

 

「スザクさんは、どこまで覚えていますか?」

「そういった言い方をするってことは、やっぱり僕に何かあったんだ。

 僕は、ゼロを追っていた所から記憶がないんだ。何か重大なことがあったような気がするんだけど……」

 

 そう言って、再び頭を抑える。

 どうやら、C.C.にショックイメージを流される直前でスザクさんの記憶は途切れている様だった。

 

 C.C.の見せたショックイメージの力か、もしくはスザクさん自身が無意識に蓋をしているのか。

 いずれにせよ、この様子なら問題はないだろう。覚えていないなら、今後に影響することはないはずだ。

 

「はい。私がランスロットを発見した時には、スザクさんは錯乱していて、ランスロットは暴走状態に陥っていました」

「僕が……錯乱?」

「はい。セシルさん達が、原因を調べています。

 セシルさんは、パイロットの感応波を読み取る機能が、何らかの不具合を起こしたんじゃないかと言っていました。KMF開発初期にも見られたトラブルの様なので、スザクさんの脳に何か問題があるわけではないみたいです」

 

 スザクさんの看病を始める直前、セシルさんから聞いた予想をスザクさんに伝える。

 私の話を聞いたスザクさんは、僅かな時間目を閉じると、眠気の飛んだ表情で私の方を向いた。

 

「ありがとう、アリス。

 僕はもう大丈夫だから、アリスも休んだ方がいいと思うよ。今日の戦闘で疲れているだろうし、明日も仕事があるからね」

「わかりました。元々スザクさんが大丈夫か心配なだけだったので、そろそろ失礼しますね」

 

 スザクさんに別れの挨拶を告げて、私は部屋の外に出る。

 そのまま自分の部屋に戻り、着替えることなくベッドに倒れ込んだ。

 

「結局、私って何がしたかったんだろ」

 

 布団に顔を埋めながら、今日の出来事を思い出す。

 

 ――私の今日の行動は、あまりにもちぐはぐだった。

 

 黒の騎士団を倒すために、紅蓮弐式と戦った。

 黒の騎士団を救うために、ランスロットと戦った。

 

 私は、一体何がしたかったのだろう。

 

 スザクさんを助けたかったのか。

 ゼロを助けたかったのか。

 ブリタニアの一軍人として行動したのか。

 黒の騎士団の内通者として行動したのか。

 

 自分の心がわからない。

 自分自身への不信で、頭がどうにかなりそうだった。

 

「頭がフットーしそうだよおっっ……なんてね。なんなんだろ、私」

 

 ふざけても悩みは消えない。

 もう一人の自分でもいるのか。千年アイテムも持ってないのに。

 

 あまりの悩みに、一晩で天空要塞ダモクレスを建造できそうな気分だった。

 ……そういえば、知識と材料と設計図さえあれば、私って一晩でダモクレス建造できるんだよね

 

 そんなどうでもいいことを考えていれば、いつしか私は眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 研究室に行ったら、紅蓮弐式が置いてあった。



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30話

 

 紅蓮弐式がある。

 夢じゃないかと疑ったが、頬をつねっても痛かった。間違いなく現実だ。

 

「え、あ、え?」

 

 ちょっと待った。おかしい、ありえない、それはまずい。

 黒の騎士団で活躍できるKMFは、紅蓮弐式しかないのだ。その紅蓮弐式が鹵獲されたとなれば、黒の騎士団は間違いなく崩壊する。

 特派に所属している私が言うのも変な話だが、ランスロットに対する対抗手段がないなんて、黒の騎士団は完全に積みだろう。ゼロの胃に穴が開く。

 

「おはよう、アリス君。調子はどうだい?」

「は、はい。おはようございます、ロイドさん。体調はすこぶるいいです。

 それで、えっと、その……なんであれがここにあるんですか?」

 

 私の言葉を聞いたロイドさんは、何か変な物を見たような顔をする。

 それからしばらく考え込んで、私の腕を掴んで研究室から外に出た。

 

「ろ、ロイドさん!?」

「いいから、黙ってついてきて」

 

 連れていかれた先は、特派の執務室。ロイドさんの第二のお城。

 電子ロックを開錠して中に入り、そこにあった適当な椅子に座らされると、ロイドさんは部屋の鍵を閉め、すぐ傍にあった机を私の前に置きその正面に座った。

 

「この部屋は僕かセシル君が許可した人間しか入れないから、盗み聞きされる心配をしなくていい。特派がここに来てから誰かを入れた覚えはないし、セシル君にも誰も入れないように言ってあるから、盗聴される心配もない。君の未来の知識についても、隠すことなく話せるはずだよ」

「は、はあ」

 

 それはありがたいが、だから何だというのだろうか。

 

「……えっと、それで、なんで私はここに連れてこられたんですか?」

「そりゃあ、君の知ってる未来と今この状況、何が違うのか確認するためだよ。

 あのナイトメアがあることに驚いていたみたいだしね。それってつまり、あのナイトメアは本来ここになかったってことでしょ?」

 

 ロイドさんの話を聞いて納得する。

 確かに、未知の事柄に驚いたという事は、そう認識されることになって当然だ。むしろ、そう思われない方がおかしい。

 

「はい、その通りです。

 確かに、あの紅蓮弐式という機体は、本来ここにはないはずの機体です。

 もしかして、あれって昨日のナリタ山での戦闘で鹵獲されたんですか?」

「そうだよ。君とアールストレイム卿が交代した後、彼女がパイロットごと捕縛したんだ」

「……パイロットごと、ですか」

 

 ということは、カレンさんも捕まっているのか。

 これだと、黒の騎士団は本当に不味いんじゃないだろうか。カレンさん以外のエースって、次の戦闘までの間だと誰も居ないはずだし……

 しばらくすれば、藤堂さん救出のために四聖剣が合流するが、それまでは本当に誰もいないだろう。カレンさんは、レジスタンス時代から騎士団内でそこそこ高い立場を持っているから、下手したら扇か玉城辺りに反乱起こされて騎士団崩壊の可能性もある。

 

「うん。おかげで軍は大騒ぎだよ。

 なにせ、乗っていたのがブリタニア貴族の御令嬢だからね。拷問にかけることも難しいし、病弱なお嬢様だから縛って牢屋に入れておくこともできない。

 ……それなりに体力が必要になるナイトメアのパイロットが、病弱って変な話だけど」

「あ、そういえばカレンさんってシュタットフェルト家のお嬢様でしたね。すっかり忘れてました」

 

 つまり、いきなりカレンさんが処刑されるなんてことはない。

 

「そうなると、間違いなく黒の騎士団はカレンさんの奪還に動きますよ。

 彼女、黒の騎士団がただのレジスタンスだったころから戦ってますから」

「そりゃーそうなるだろうねぇ。

 なら、あの機体はデータ取ったらさっさと軍に引き渡した方がいいかな?

 ここってただの大学だし、テロリストに襲撃されたらひとたまりもないでしょ」

 

 ロイドさんの言葉に、首を縦に振って答える。

 下手に紅蓮弐式を此処に置いておけば、カレンさんの居場所を探られる際に此処のこと、すなわちランスロットの居場所がばれる可能性がある。

 いくらランスロットが現行最強の性能を持つKMFでも、起動していないならただの置物。居場所がばれてしまったら、間違いなく狙われて強奪されるだろう。

 

「一応、ランスロットの起動キーは、スザク君のと君のスペア以外全部破棄しておこうか。万が一があるかもしれないしね」

「そうしたほうがいいと思います。スザクさんなら鍵を奪われることもないでしょうし、私ならどんな状況からでも逃げ切れますから」

 

 万が一ランスロットを奪われたら、黒の騎士団ハードモードが一転、ブリタニア軍ハードモードだ。魔改造されているとはいえ、サザーランドで紅蓮弐式とランスロットを相手にするなんて悪夢でしかない。

 

「うん、そうしよう。

 それじゃ本題に入るけど、現状における君の周りの状況で、君の知識と異なるものはどんな物がある?」

 

 ロイドさんのその問いに、私は少し考えてから答えた。

 

「色々ありますけど、まずアーニャさんは来日していません。ノネットさんは来てたと思いますが、特派と技術協力なんてしていなかったはずです」

「うん、アールストレイム卿のことは少し驚いたけど、技術協力に関してはまあそうだろうね」

「あれ? 驚かないんですね」

 

 ロイドさんの反応に、少し驚く。

 ロイドさん視点だと、結構意外な話になると持っていたんだけれど、案外そうでもないみたいだ。

 

「エニアグラム卿との関係は、君という存在がいたから繋がったものなんだ。君がいないなら、おそらくこんなことにならなかったと思う」

「私がいたから、ですか?」

「うん。それについては、今度時間があるときに話すよ。

 アールストレイム卿が来日した原因も気になるけど、それは後にしようか。

 それで、他には何がある?」

 

 コードギアスとの大きな違い、次に考えられるのは……

 

「ノネットさんが来たことで生じた違いを除くと、スザクさんの操縦能力とかでしょうか」

「それは知ってるからいい。他には何かない?」

「えっ!? ほ、他の事ですか……」

 

 考えてみたが、なかなか思いつかない。

 いろいろ変えてしまった気がしていたが、こうやって纏めてみると全然変わっていなかったようだ。

 

「細々したことはあるかもしれないですけど、大きな物はたぶん無いはずです」

「なるほど、ラウンズ二人以外はほぼないのね。

 わかった。ありがとう、セシル君が待ってるみたいだから、もう行っていいよ」

 

 ロイドさんは、私にそう言うと額を抑えてうつむいた。

 おそらく、何か考え事をしているんだろう。

 

「了解です。それでは失礼します」

 

 ロイドさんに一声かけると、私は鍵を外して研究室に向かった。

 

 

 

 

 研究室に戻ると、そこいた紅蓮弐式は右腕をもがれていた。

 もがれた腕は機体のすぐそばに置かれており、数人の研究者たちが集まっている。

 私は、紅蓮弐式に集まる研究者たちの中にセシルさんを見つけたので、声をかけることにした。

 

「セシルさん、おはようございます」

「おはよう、アリスさん。昨夜はちゃんと休めました?」

「はい、ばっちりです。

 戦闘があった次の日なのに、もしかしたら今までで一番調子がいい日かもしれません」

 

 おそらく、ロイドさんにコードギアスの知識を話したからだと思う。

 隠し事を話して気が楽になったというか、肩の荷が下りたというか、とにかくそんな感じだ。

 

「そう、ならよかったわ。

 昨日のナリタ山での戦闘、あれだけスペックに差がある機体で戦っていたから、少し心配だったのよ」

「あれだけって、やっぱりそれなりに性能差があったんですね」

 

 我ながら白々しい言葉だが、あとでぼろを出す前にセシルさんから紅蓮弐式の性能に関して聞いておくことにする。

 ナリタ山における戦闘で、あれだけポカをしたのだ。同じ失敗はもう二度としたくない。

 

「ええ、あのナイトメア――紅蓮は、数少ない非ブリタニア製のナイトメアの中でも最高クラスの性能を持つ機体なの。

 ランスロットよりも軽量で、より柔軟に動くようにできているわ。最高速度や機体出力では僅かにランスロットの方が上だけれど、格闘戦闘能力ではランスロットでは勝てないわね」

「へ、へえ、そんなにすごい機体だったんですか」

 

 思わず、冷や汗が流れる。

 そういえば、ランスロットをランスロット・エアキャヴァルリーまで改修して、それでようやく圧倒できる性能を持っているんだった。紅蓮弐式は、現状ではスザクさんよりも経験が劣っているカレンさんが乗って、ランスロットと互角に戦える性能を持っている。そう考えれば、部分的にランスロットを上回る性能を持っていてもおかしくないだろう。

 性能差を実際に聞いてみて、今更ながら怖くなった。

 

「それにしても、ずいぶん速く解析が進んでいるみたいですね。何かあったんですか?」

「エニアグラム卿が、そういった機材を貸し出してくれたの。エニアグラム卿の開発しているナイトメアは観測能力に優れているみたいだから、高価な観測機材をたくさん持っていたのよ」

「なるほど、ノネットさん様様ですね。ただ――」

 

 そこで言葉を切って、紅蓮弐式の近くで機材を操作する研究員さん達の声に耳を澄ませる。

 

「エニアグラム卿の研究チームが使用していた観測機材、一皇女の研究陣程度が勝てるわけがないわ!」

「何、バカなことを言ってるんだ? カリーヌ殿下の研究員なんかに負ける奴、ここにいるわけないだろう」

「研究材料を残してなんかいられるか。俺はここに残って一人になっても調べつくすぞ」

「この仕事が終わったら、まとまったカネが入るんだ」

「胴体は俺に任せて先に行け! 心配するな、後で必ず追いつく!」

「俺、カリーヌ様の研究チームに勝てたら結婚するんだ……」

「っ!? なんだ、センサーの集合体か、脅かすなよ」

 

 徹夜の影響だろうか、研究員さんたちが妙に死亡フラグ臭い台詞を吐いているが、ここでは置いておく。

 気になったのは、何人かの研究員さんが特定の皇女に対し、少しばかり危ないセリフを口にしていることだ。侮辱罪で斬首とかはされないだろうが、あんなことを口にして大丈夫だろうか。

 

「――たしか、第五皇女でしたっけ。カリーヌ殿下は。

 研究員さんたちがいろいろ言ってますけど、大丈夫ですか、あれ」

「大丈夫よ。この場にいる研究者の中に、密告する人なんていないもの」

 

 そう言っているセシルさんの顔を見てみれば、僅かに怒りを滲ませていた。

 何かあったな、これ。

 

 そういえば、コードギアスの外伝である『相貌のオズ』で、カリーヌ殿下が鹵獲していた紅蓮壱式をテストする描写があった気がする。

 たぶんだけど、昨日の時点でカリーヌ殿下か、もしくはそれに近い人物の誰かに連絡を取ったりしたんだろう。で、その時に何かあったと……。

 

「うふふ」

 

 セシルさんが、ロイドさんを殴り飛ばす直前のような笑顔をしている。

 これは相当に怒っている。セシルさんを激怒させるなんて、カリーヌ殿下はいったい何をしたんだ。

 

「聞きたいかしら」

「いえ、遠慮しておきます」

 

 さらっと心を読まれた。

 セシルさんは、いつの間に心を読むギアスなんてものを手に入れたんだろうか。

 

「そう、残念ね」

 

 笑顔のまま、少し残念そうにセシルさんは告げる。

 怖い、今までで一番セシルさんが怖い。

 

 このままこの話題を続けていると、ろくなことにならなそうだったので、強引にだが話題を変えることにした。

 

「とっ、ところで、セシルさんが待ってるってロイドさんが言ってたんですが、何のようでしょうか」

「あ、そうだったわね。ごめんなさいね、アリスさん。昨日のうちに連絡するつもりだったのだけれど、時間がなくて連絡できなかったの。

 今日と明日、アリスさんとスザク君はお休みよ」

 

 お休み?

 セシルさんの言葉に頭が一瞬ぽかんとして、それからようやく認識が追い付いた。

 

「お休みですか? 休暇はこの間取ったばっかりですけど……」

「アリスさんもスザク君も、昨日は大変だったでしょう。私たちは、少なくとも二日間はこのナイトメアの解析をしているから、二人はその間自由に過ごしていいってことにしたのよ」

 

 お休み、お休みかぁ。

 

「スザク君はこの事を知らないから、アリスさんはスザク君に伝えてもらえるかしら」

「わかりました」

「スザク君に伝えたら、アリスさんはそのまま休んでいいわよ。

 ただ、万が一の時のために、ここからあまり遠くには行かないでほしいの。お願いできる?」

 

 セシルさんの言葉に、私は頷いて応える。

 それから、セシルさんと連絡を取るための携帯電話を借りると、私は研究室を後にした。

 

 

 

 昨日と同じように寮長さんの許可を取り、男子寮の一角に部屋を構えているスザクさんの部屋の前に立つ。

 今の時刻は、午前5:48。普段スザクさんが起きる時刻よりも少し早いが、中で微かに物音がするので、多分もう起きているだろう。

 部屋の扉を四度叩き、声を上げる。

 

「スザクさーん、起きてますかー」

 

 時間が早いので、周囲の人に配慮して音量は控えめ。

 中でしていた物音が大きくなり、扉が開いてスザクさんが姿を現した。

 

「おはよう、アリス。何かあったのかい?」

「おはようございます、スザクさん。

 セシルさんから、私とスザクさんの今日のお仕事はないとの連絡がきたので、スザクさんに伝えに来たんです」

 

 一応、一般の人には聞かれてはいけない話もあるとは思うので、スザクさんの部屋の中に入り、どうして休みになったのか簡単に説明した。

 カレンさんに関しては、話していいことなのかわからないので話していない。

 

「なるほど……それなら休みになるだろうね。特派(うち)って人少ないから。

 そうなると……アリス、今日どこか出かける予定とかある?」

「いえ、急に入った休みだったので、特に予定はありません。もともと行きたいところもないので、適当にふらふらするつもりだったんですけど……」

 

 そういった私に、スザクさんは少し安堵した表情で頷いた。

 

「よかった。なら、もし君が良ければなんだけど、アッシュフォード学園に遊びに来ないかい?

 この前君を案内した時、うちの生徒会長が君に会えなかったことに後悔しているみたいなんだ。今日は午後の授業はないはずだから、それほど退屈することもないと思うよ」



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31話

 

 さてそんなわけで――

 

「ようこそ、アッシュフォード学園へ。あなたがアリスちゃんね」

「はい、初めましてミレイ・アッシュフォードさん。特別嚮導派遣技術部所属、アリス准尉です。スザクさんがいつもお世話になります」

 

 そういうことになった。

 

 お昼を少し過ぎた辺りのアッシュフォード学園。

 部外者である私が学園内に入る許可を取るため、また先に学校に行ったスザクさんと合流するために窓口へと向かうと、そこにはこの学園で生徒会長を務める女性、ミレイ・アッシュフォードの姿があった。

 名前からわかる様に、彼女はこの学園を経営する一族の人間。つまり、事実上生徒のトップに立つ存在である。ちなみに、外伝含めてコードギアスシリーズで最もハチャメチャな人でもある。

 

「あはは、そんな硬くならなくていいのよ。自分の部屋みたいに気楽に気楽にー」

「そうだよアリス。ミレイ会長はあまり堅苦しいのには拘らない人だから、そうやって肩肘張らなくてもいいから」

「そう言われても、そんな簡単にできるようなものでもないんですが……」

 

 私の言葉に、スザクさんは苦笑い。

 そういえば、スザクさんはどちらかというと真面目なタイプだ。表面上はともかく、内心では結構慣れるのに苦労したのかもしれない。

 

「それに、比較的ブリタニア人に近い顔立ちをしているといっても、私はナンバーズですよ。ミレイさんは構わないかもしれませんが、他の人達が何て言うかわかりません」

「大丈夫! スザク君と違って、君は生徒ではなく来客。スザク君の時は生徒間の問題ってことで手が出しにくかったけど、あなたの場合は権力振るい放題なんだから!」

 

 それでいいのか生徒会長。

 

「いい? 権力というのは使うためにあるの。陰湿な真似を、それもアリスちゃんみたいな小さい子にしようとする人たちなんて、絶対に許すわけにはいかないわ!」

 

 おー! と拳を振り上げるミレイさん。権力は使うためにあるとか、完全に生徒会長のする様な発言ではない。

 

「……思っていたよりも、個性的な人ですね」

「う、うん。でもいい人だから。僕が学校になじめるよう、色々してくれたしね」

 

 コードギアスでミレイ・アッシュフォードを見たことはあったが、あまりスポットを当てられる人ではなかったので、ここまですごい人だとは思わなかった。

 

「さて、挨拶もしたところだし、そろそろ生徒会室に行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げ、スザクさんとミレイさんの後を追う。

 向かう先は生徒会室。スザクさん曰く、ほぼ全員の生徒会メンバーが揃っているらしい。

 

「ところで、アリスちゃんは軍でどんな仕事をしているの? アリスちゃんの年で軍にいるなんて、なかなかあることじゃないわよね」

「普段は、KMFのシミュレータで新武装のデータ取りをしています。詳しい話はしていいのか判らないので言えませんが、面白いものも結構あって楽しいですよ。

 年齢に関しては……まあ、ナンバーズという事で察してもらえるとありがたいです」

 

 私がいかにして特派に入ることになったのか、それは言うわけにはいかないので少し誤魔化す。

 間違っても、ロイドさんと取引したなんて言うわけにはいかない。というか言えない。なんと説明すればいいのかわからないもの。

 

 私の言葉に、ミレイさんは険しい表情を浮かべた。

 

 この表情……もしかして、騙されて無理矢理仕事をさせられていると思われたのだろうか。

 

「あ、別に強制されているわけではないですよ。むしろ感謝してるくらいです。

 お金もお家も戸籍も無かった私に、特派の主任であるロイドさんは、寝る場所と名誉ブリタニア人としての戸籍、生きるための仕事を用意してくれたんですから」

 

 少し大げさに言ったが、これは私の本心だ。

 もし、あの時ロイドさんに追い出されていたら、まともにご飯を食べることも、屋根のある建物で寝ることも難しかっただろう。あまり態度には示さないけれど、本当に感謝してる。

 

「ごめんごめん、別にあなたの主任さんについて何か思うことがあるわけじゃないの。ただ、名誉ブリタニア人だというだけで、不遇な扱いをされるのは軍隊でも変わらないのかなって、そう思って」

「それは、しょうがないことだと思いますよ。ナンバーズは、手続き一つで名誉になれてしまいますから。万が一のことを考えれば、敗戦国の人間をまともな位置につけるわけにもいかないでしょう」

 

 この辺は、名誉ブリタニア人という立場上しかたがないものだ。

 名誉ブリタニア人に高価な武器を持たせて戦わせるという事は、WW2で例えるなら、日本をボコる時に航空機のパイロットをドイツ人にする様なものだ。実際に発生するかどうかは別として、司令官たちから見れば意図的な誤射が怖すぎる。

 

「なるほどね。ブリタニアが能力主義なことも考慮すれば、負けた側が不遇な扱いされるのは仕方ないのかもしれないわね……。

 ああ、ごめんなさい。嫌な話をさせちゃったわ」

 

 そう言ったミレイさんは、暗い顔を一変させて小走りで数メートル先にあった扉の方へと進んでいった。

 

「スザクさん」

「うん、いつもはもっと明るい人なんだけれど……何かあったのかな?」

 

 スザクさんに聞いてみれば、思った通りの返事が返ってくる。

 おそらく、ミレイさんが若干暗いのはカレンさんが捕まったからだろう。アッシュフォードは、権力争いで敗れたとはいえ名のある家、生徒会の一員であるカレンさんのことが伝わっていてもおかしくはない。

 

「ハイっ、とうちゃーく! 前来たみたいだから知っているかもしれないけれど、ここが私たちの生徒会室よ。

 ささっ、入って入って!」

 

 私の知ってる妙に高いテンションに戻ったミレイさんは、私の腕をがしっと掴むとスザクさんと話していた私を連行する。

 

「ちょ、みっ、スザクさーん!」

 

 とっさにスザクさんに助けを求める。

 しかし、スザクさんは苦笑いをするだけで助けてはくれなかった。

 

「ごめんアリス、この学園ではミレイさんが一番強いから」

「そんなー!」

 

 ――うらぎりものー!

 

 いや、私に危害が及ぶことはないから傍観しているのだと思うので、別に本気でそう言っているわけではないが。

 

 ミレイさんに連れられ、生徒会室の扉を潜る。

 そこには、前来たときに会ったシャーリーさんと、蒼髪の青年、そしてゼロの姿があった。

 もちろん、ゼロの服装は何時もの仮面姿ではなく、アッシュフォード学園高等部の制服姿だ。

 

 私とゼロ、お互いに目が合い、彼が固まった。

 

「久しぶり、アリスちゃん」

「お久しぶりです、シャーリーさん。えっと……だいたい二週間ぶりになりますか」

 

 固まっているゼロに気が付いていないのか、シャーリーさんが私に話しかけてきた。

 さっと周囲を見てみれば、周りの人の視線は私に向いているようで、固まっているゼロを見ている人はいなかった。

 

「河口湖の事件の後、あの時ホテルにいたと聞いていたので心配していたんですが……大丈夫みたいですね。無事で良かったです」

「ごめんね、心配かけちゃったかな。

 大丈夫、この通り私は元気だよ!」

 

 そう言って、シャーリーさんは視線をゼロに移した。

 流石に驚いていたのは僅かな時間だけだったようで、シャーリーさんの視線が向いた時には、ゼロは普通の表情に戻っている。

 

「アリスちゃんはルルに会ったことはなかったよね」

「はい。でも、スザクさんから話は聞いてます」

 

 一応、普段の日常会話でゼロのことは聞いているし、徒会の人に関しては今日の朝に生スザクさんからいくらか聞き出している。

 

()()()()()()、アリスです。よろしくお願いします」

()()()()()()、ルルーシュ・ランペルージだ。スザクから話は聞いてるよ。俺にも君ぐらいの年の妹がいるから、妹とも仲良くしてもらえると嬉しいかな」

 

 お互いに、笑顔で握手をする。

 握手を終えて手を離した私は、握手した手とその手の中にある紙をそっとポケットに入れた。この紙、いつ書いたんだろう。

 

「あとは……」

 

 私は、ゼロから視線を外し、蒼髪の青年に視線を向ける。

 

「リヴァルさん、で合ってますか?」

「ああ! スザクから話は聞いてるぜ!

 俺は、リヴァル・カルデモンド。よろしくな!」

「はい、リヴァルさん。よろしくお願いします」

 

 これで全員、この部屋に入る生徒会の人には挨拶をしたことになる。

 

「ここにいない生徒会メンバーも何人かいるけど、あの子たちについては会った時に話しましょうか。

 ――それでは、ようこそ! アッシュフォード学園生徒会へ! 今日はお祝いよ!」

 

 とーう! と、ミレイさんが生徒会室にあったクローゼットを開ける。

 そこには、ずらっと大量のコスプレ衣装が並んでいた。

 

 そういえば、ミレイさんってお祭り騒ぎとコスプレが好きだったんだった。

 

 コスプレ衣装を見たこの部屋にいる全員が、微妙そうな表情をする。

 

「会長、この間アーサーの歓迎会をやった時に、コスプレはしたじゃないですか。またするんですか」

「当然よ!」

 

 ミレイさんの自信満々な答えに、質問をしたシャーリーさんがため息を吐く。

 そりゃあ、そういった趣味が無い人は、コスプレなんて辛いだけだろう。着てるうちに乗り気になってくるかもしれないが、いざ着始める瞬間は辛いに違いない。

 

 ――生徒会、結構大変なんだなぁ

 

「なに自分は関係ないって顔してるの? アリスちゃん、あなたもよ」

「えっ」

 

 対岸の火事だと思っていたら、ミレイさんがこっちにも火種を飛ばしてきた。

 ミレイさんの手にあるのは、きぐるみパジャマみたいな雄ライオンのきぐるみ。

 

「ほら、着て着て!」

 

 ぐいぐいと押され、生徒会室の中にあった一室へ。

 そこでミレイさんにあれやこれやとなすがままにされていると、気が付けばライオンのきぐるみを着せられていた。

 まさに匠の技。ミレイさんがこの技を習得するまでに、いったい何人の生徒が犠牲になったのだろうか。

 

「どう? きつい所はない?」

 

 ミレイさんに聞かれたので、試しに両腕をぶんぶん上下に振ってみる。

 比較的ゆったりとした造りになっているようで、特に窮屈に感じたりすることはなかった。

 

「だ、大丈夫みたいです」

「そう、よかったわ。スザク君からはあなたの身長しか聞けなかったから、一応ゆったりとした造りのものを選んだのだけれど、少し心配だったのよ」

 

 そう言いながら、ミレイさんが部屋の奥から大きめの姿見を持ってくる。

 靴屋さんとかに置いてある全身を映せる鏡、それを豪華にしたようなやつだ。

 

「どう? 似合ってるでしょ」

 

 ミレイさんは、私に鏡を向ける。

 鏡には、ライオンのきぐるみを着た私の姿が映し出された。

 

 なんだかデジャブを感じる。

 金髪で背が低くてライオン。こんなキャラクターを、どこかで見たことはなかっただろうか。

 

「……ミレイさん。碧のカラーコンタクトってあったりしますか」

「ええ、あるわよ。ちょっと待っててね」

 

 ――あるのか。

 

 自分で聞いといてあれだが、カラコンがあるのにはびっくりした。

 私はコスプレに詳しいわけではないのでわからないが、コスプレでカラコンをするなんてことは、ガチ勢がすることなのではないだろうか。

 

「はい、これね」

「ありがとうございます、ミレイさん」

 

 受け取ったカラコンを付けて、もう一度鏡を見る。

 そこには、若干目の色が違うものの、見覚えのある姿のライオンがいた。

 

「どうしてカラーコンタクトを付けたの?」

「この格好でカラーコンタクトを付けると、昔やったゲームのキャラクターそっくりになるんです」

 

 そう、某同じ顔がいっぱいいるライオンである。

 アホ毛を付けて、髪の毛を少し弄れば完璧だ。

 

「へえ、随分かわいいキャラクターね」

「昔は、一番のお気に入りキャラクターでした」

 

 昔から、私はこういったデフォルメ系のキャラクターが好きだった。

 2頭身キャラとかも結構好きで、運命の虎闘技場や某7体の竜を狩るRPGとかにはすごく嵌った覚えがある。

 

 ……ふむ。

 

「がおー」

 

 両手を挙げて、小声で吠えてみる。

 声が違うので少し違和感があったが、結構かわいい感じだ。

 私は、あまりコスプレには興味はなかったが、たまにする程度ならこういうのもいいかもしれない。

 

「ふふふ、アリスちゃんは可愛いわねー」

 

 ――っ!?

 

 背後から聞こえた声に、さっと振り返る。

 ミレイさんは、そんな私の姿を見ながら優しく笑っていた。

 

 恥ずかしい。思っていたよりも似ていたことに感動して、ついミレイさんのことを忘れてしまった。

 

「……忘れてください」

「だーめ、せっかく可愛かったんだから、忘れちゃうなんてもったいないもの。しっかり覚えておくわ」

 

 くっ、殺せ。

 気分は、まさにくっころ女騎士だ。これ以上の辱めを受けるなら――というくっころ騎士の気持ちがわかる気がする。

 

「さて、着替えも終わったことだし、そろそろ行きましょうか」

「ライオンとはいえ騎士(セイバー)、正にくっころです」

 

 二日連続で穴を掘って蹲りたい気持ちになりながら、私は更衣室と化している一室から生徒会室に出た。

 

 

 

「あれ、ナナリー? 授業は終わったの?」

「はい。つい先ほど終わったので、ミレイさん達がいると聞いて来ちゃいました」

 

 

 

 ――出て、私は固まった。

 

 

 

 

 ウェーブがかかった栗色の髪。

 小柄な体と閉じられた瞳。

 そして、目を引く豪華な車椅子。

 

 今の名は、ナナリー・ランペルージ。本名は、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 コードギアスという物語において、アリスが命を懸けて守った少女。

 コードギアスという物語において、ゼロが命を懸けて守ろうとした少女。

 

 足が動かず目が見えない。そんな障害を持ちながらも、懸命に生きる少女の姿がそこにはあった。

 

 胸の内から、身に覚えのない強い感情が沸き上がる。

 おそらく、私の人生において何よりも強い感情。

 

 

 慈しむ様な慈愛でもない。

 心の底から生まれる仁愛でもない。

 至上の信頼の上に立つ親愛でもない。

 

 

 

 ――その感情は、明らかに"嫌悪"だった。



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32話

 自分の部屋の鍵を開け、部屋の中に入る。

 

「きもちわるい」

 

 私は、吐きそうになりながらもどうにかベッドに倒れこんだ。

 

 自分が、自分ではなくなる感覚。

 ありもしない悪感情が沸き上がる、あの気味の悪い感覚。

 

 私の中にいる私以外の何かが、私の知らないところにいるような気さえしてくる。

 

「二重人格になった覚えは、これっぽっちも無いんだけどなぁ」

 

 さっきの私の感情は、本当におかしかった。

 私がアリスとなる前、私はナナリーが好きだった。一応言っておくが、Likeのほうで。

 おそらく、コードギアスのキャラクターの中で最も好きなキャラクターだったと思う。学生時代、もし母に「カレンかスザクかナナリーかルルーシュかユフィ、この中で一番好きなキャラクターを選びなさい。決めるまで晩飯抜きよ」と言われたら、とりあえずゼロを除いて一晩ほど悩み、悩んだあげく朝御飯を食べるくらいには好きだった。

 もちろん、今日あったナナリーは人間だ。コードギアスのナナリー・ヴィ・ブリタニアというキャラクターではなく、ただの一般人ナナリー・ランペルージだ。同一視する気はない。

 しかし、コードギアスの知識から彼女が好感に値する人間だと知っていた私は、多少好意的な感情を持っていた。彼女と直接対峙するまでは。

 

 あのときの私にとって、あの一瞬だけは、彼女は世界一嫌いな人間だったのだ。

 

 ……いや、嘘だな。正直に言えば、今でも彼女に対する悪感情が多少残っている。もし今、世界一嫌いな人は誰ですかと聞かれたら、間違いなくナナリーか酒に酔った父親のどちらかを挙げるだろう。あ、父親この世界にいないから、実質的に一択か。

 

 吐き気が込み上げてきたので、部屋のトイレに向かい吐瀉物を吐き出す。

 出てきたものは透明だった。この部屋にたどり着くまでに何度も吐いたのだ。もう、出せるものは全て出してしまったのだろう。

 

 

 あの後、私は何事もなかったかのようにミレイさんやシャーリーさん達と会話をした。

 身に覚えのない憎悪に心が狂いそうだったが、何とか隠しながら話すことができたと思う。声色から表情まで完璧に演じた。きっと、何の違和感もなかったと思う。

 

 だから、誰かに心配をかけているということはないだろう。

 誰かに迷惑をかけるようなことだけは避けたかったので、勝手に表情が出ない身体で本当に良かった。

 

 

「とりあえず、今回のことで、私の中に私以外の私がいることは確定」

 

 今まで、どこからか出てきたKMF操縦の才能には疑問を抱いていたが、今回のことで確信した。

 私の中には、私以外の存在が必ずいる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()が、私の中には存在している。

 

「ナナリーが嫌いな人、そんなの二人しかいないよね」

 

 コードギアスにおいて、ナナリーのことを明確に嫌っていた人間はそう多くない。利用しようと近づいた人間は数多くいたが、そんな人間でも嫌っているなんてことはなかった。

 

「一人は、ロロ」

 

 ギアス嚮団に所属している少年で、体感時間を停止させるギアスを持っている。

 

 だが、彼はこの時期ではナナリーのことを嫌っていなかった。

 彼がナナリーを嫌うようになったのは、彼がゼロに篭絡されてからだ。それまでは、特に興味を持ってはいなかったはず。場合によっては、ナナリーのことを知らない可能性すらある。

 

 そうなると、考えられるのはもう一人。

 

「V.V.しかいないよねぇ……」

 

 魔女C.C.と同じ、ギアスを与える力、不老不死の証であるコードを持つ少年。ゼロとナナリーの母親であるマリアンヌ、彼女を殺した彼だけだった。

 

「V.V.は、現ギアス嚮団の盟主。彼なら、何らかのギアスで、私に人格を植え付けることができるはず」

 

 ギアス嚮団に所属しているギアス能力者は、10や20では足りないほどいる。それほど膨大な数のギアス能力者を所持しているのなら、他者に人格を転写するギアスもあるかもしれない。

 

 だが、それだと一つ疑問が生じる。

 

「仮に、私がV.V.の人格を植え付けられていたとして、私が何時そのギアスにかかったのか、全然わかんないんだよね」

 

 問題はそこだ。

 ギアスは、基本的に五感に干渉をかけない限り発動しない。例外はロロのギアスだけだ。人格を転写するというギアスが仮にあったとすれば、そんな強力なギアスが大規模に活用されていない時点で、ロロの様に無差別に発動するものではないと考えられる。

 つまり、私が誰かに人格を転写されていたとすれば、私がロイドさんに保護されてから初めてシミュレータに乗るまでの短時間で、そのギアスを持つ人間と接触していることとなる。

 

 だが、そんなことがあり得るのだろうか。

 

 私がシミュレータに乗ったのは、ロイドさんに保護された日の翌日の午前中。保護されてから、24時間も経っていない。

 保護されてから最初の数時間は、監視された個室で放置されていたので、この時にギアスをかけられたとは考えにくい。この時にギアスをかけられたのだとしたら、誰かが私にギアスをかけに来たことが記録されてしまうからだ。

 個室から出た後も、私はずっとセシルさんと一緒にいた。トイレに行くときはそうではなかったが、寝る時やシャワーを浴びる時ですら一緒にいたのだ。なので、この時にギアスをかけられたとも考えにくい。

 セシルさんから離れたのは、翌日の朝食をとる直前だ。セシルさんと離れてからはスザクさんと一緒にいたし、常に研究員の人達の目が届く状態で行動していた。つまり、この時にギアスをかけられたとは考えられない。

 

 そう、私がロイドさんに保護されてからシミュレータに乗るまでの間、私がギアスをかけられる機会は一切なかった。

 

「あああ! もーわかんない!」

 

 ベッドに戻り、枕をベッドに思いっきり叩きつける。

 それから、ベッドへとうつ伏せに飛び込んだ。

 

 落ち着こう。イライラしても何も進まない。

 

「すー、ふぅ」

 

 小さく深呼吸。

 

 ロイドさんに会ってからギアスを受けていないのだとすれば、特派にギアス能力者はいない。

 そうなると、私がギアスを受けたタイミングは、私がロイドさんに会う前だ。サザーランドから逃げるときにギアスをかけられていれば、ギアスによる瞬間的な意識混濁が発生して私は死んでいたはずなので、ギアスをかけられたのはサザーランドに遭遇する前。ゲットーで目が覚めてから逃げている最中にかけられたことになる。

 

「……いや、そもそも前提から間違っているのかも」

 

 私は、私という人間があの瞬間から始まったという仮定の下に考えていた。

 だが、もし私が憑依したアリスという人間が、ナイトメア・オブ・ナナリーのアリスではなく、元々この世界にいたアリスであったらどうだろうか。

 

 ナイトメア・オブ・ナナリーのナナリー曰く、反逆のルルーシュの世界とナイトメア・オブ・ナナリーの世界は、実際に並行世界として並立しているらしい。

 だから、ナイトメア・オブ・ナナリーの世界にアリスがいるなら、この世界にもアリスという少女がいる可能性は十分にある。

 

 仮に、私が憑依したのがこの世界のアリスであった場合のことを考えてみよう。

 

 まず前提として、この世界のギアスは、ナイトメア・オブ・ナナリーの世界のギアスとは名前が同じだけの似て非なる力だったりする。

 ナイトメア・オブ・ナナリーの世界におけるギアスは、物理干渉や因果干渉など現実世界に干渉する力だ。

 一方、この世界のギアスは、洗脳や読心など人間に干渉する力、人に作用する力だ。未来予知など因果干渉に近い力を持つギアスもあるにはあるが、そのギアスも説明の仕方によっては人に作用する力だといえなくもないので、完全に人に作用する力ではないというギアスはこの世界には存在しない。

 

 そのため、私が憑依したアリスがこの世界のアリスであった場合、私のギアスは『ザ・スピード』ではないという事になる。

 

「加速するギアス……ありそうなのは、自身の体感時間を引き延ばすギアスか、周囲の人間の体感時間を短くするギアスかな」

 

 前者は言うまでもなく、後者は相対的に加速することができる。

 ロロが、周囲の人間の体感時間を停止させるギアスを持つ以上、こういったギアスの存在は、あり得ない話ではないだろう。

 

 もしそうなら、私がV.V.の人格を植え付けられていても何らおかしくない。

 

 私がギアスを持つこと。

 KMF操縦技能を持つこと。

 ナンバーズであること。

 

 その三つは、私が嚮団の一員である以外では説明できないからだ。

 

 ナンバーズでKMF操縦技能を持つことは、本来であればありえない。騎士たる馬であるKMFを騎士以外が駆るとは、ブリタニアの常識ではあってはならないことだ。そうであるにもかかわらず、私がKMFの操縦技能を持っていることは、私がよほどの才能を持つとかでもない限り、どこか普通ではない施設で教育されたことを示している。

 ギアスを持つ。それだけではV.V.ではなくC.C.からギアスを貰った可能性も無くはないが、C.C.が基本的に組織に所属していなかったことを考えると、先の条件を満たすにはV.V.からギアスを受け取ったと考えるのが普通だろう。

 

 つまり、私は嚮団のギアス能力者だったのだ!

 

「――ないね。これはない」

 

 そんな考えを、私はすぐに却下する。

 この考えには、いくつか問題があるからだ。

 

 まず一つ目、この世界のギアスでは、重力に干渉できない。

 ロイドさんに保護されたあの日。私は、たしかに重力を操作していた。現に今でも――

 

「ザ・スピード」

 

 重力操作により垂直方向に力を加え、横になったまま僅かに跳び上がる。

 宙を舞った私の身体は、そのまま半回転して仰向けでベッドに着地した。

 

 このように、私のギアスは重力を操作することができている。

 この世界のギアスでは、加速は可能だが重力操作は不可能だ。故に、このギアスはこの世界のギアスではない。

 

 二つ目に、コードギアスの問題がある。

 どんなに頑張っても、この世界のギアスでは、どこからともなくKMFを召喚することはできない。コードギアスを召喚するには、ナイトメア・オブ・ナナリーとしての力が必要だ。

 

 三つ目に、この世界のギアスでは、どう頑張っても私が憑依した原因を説明できない。

 この世界のギアスは、別世界に干渉することができるとはされていなかった。別の世界の人間であった私を呼ぶには、当然だが別世界への干渉能力を持っていなければならない。

 人に干渉するこの世界のギアスでは駄目だ。因果干渉や平行世界観測の可能性を持つナイトメア・オブ・ナナリーのギアスでなければ、憑依の原因として説明しきれないのだ。

 まあ、ナイトメア・オブ・ナナリーの世界のギアスが原因だとしても、誰かなんの目的でどんなギアスを使ったのか、という疑問が残るけど……それでも、この世界のギアスを使ったと考えるよりかは、説明しやすくはある。

 

「……このまま考えても、答えは出ないよね」

 

 思考が、無駄なところで空回りしている気がする。

 心が落ち着いていない。このままだと、無駄な時間を過ごすだけだろう。

 

 ――寝てスッキリするか、それとも気分転換に出掛けてみるか

 

 今の時間は、午後の6時。

 寝るにはまだ早い時間なので、散歩にでも出掛けることにした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 夜のトウキョウは、日本と比較するとそこそこ治安が悪い。比較対象が悪いのかもしれないが、逆に言えばそれくらい治安がいいとも言える。

 だが、差別対象であるナンバーズの人間にとっては、それほどよい治安とは言えない。路地裏にでも連れ込まれれば、身ぐるみはがされて血だらけにされることもある、とセシルさんやチーズケーキさんが脅しつけてくる程度には。

 

 そこまで治安が悪いわけではないだろう。あの二人のことなので、誇張して警告しているのだと思う。

 実際、スザクさんに聞いてみると、そこまで治安が悪いわけではないと言っていた。名誉ブリタニア人の成人男性なら、余程治安の悪い地区にいかなければ大丈夫な程度の秩序は保たれているようだ。

 ただ、ゲットーにだけは行かないように注意はされた。ゲットーと租界の境目は人が少ないので問題はないが、ゲットーの奥に行くと反ブリタニアの思想を持つ人の中でも過激な一団がいるらしい。テロリストとの繋がりを噂される様な人もいるようで、ブリタニア人に近い外見の私は、ブリタニア人と間違われて大変な目に遭うかもしれないそうだ。

 「アリスの実力があれば大丈夫だとと思うけど、念のため注意してね」とスザクさんは言っていたので、今回の散歩は、ゲットーには行かず租界だけにする。

 スザクさんは天然なので忘れているのかもしれないが、私はKMFの操縦が上手くても、直接戦闘は下手くそなのだ。少し前まで走ることもできなかったのだから、まともに人と殴り会えるわけがない。

 

 街の街灯を眺めながら、夜のトウキョウを歩く。

 ナンバーズだとばれないよう、スザクさんから借りたサングラスをかけているために見にくいが、始めて見る夜のトウキョウは、活気があり美しい街だった。

 高台から眺めることができれば、100万ドルの夜景と称されてもおかしくない美しさの夜景を楽しめるだろう。それほどに美しい、近未来的な街並みをしていた。

 

 ――お昼時は、黒の騎士団の一件以降人通りが少し減っていたけど、夜はそうでもないのかも

 

 最近、黒の騎士団に触発されたテログループが行動を起こしているため、夜は人が少ないだろうと考えていたが、別にそんなことはなかった。馬鹿なのか、それとも政庁のお膝下であるトウキョウ租界で、そんなことは起こらないと思っているのか。

 

 ……まあ、たぶん後者だろう。

 コーネリア殿下は、基本的にテロ絶対殺すウーマンだ。

 

 そんなコーネリア総督がいるトウキョウ租界でテロなんてしたら、間違いなくその場で殺されるのがオチだろう。

 藤堂さんの様な武人ならともかく、一般人にそんな度胸はないに違いない。

 

 近くのスーパーでフランクフルトを買い、食べ歩きながら夜の街を進む。

 

 行儀が悪いのは許してほしい。食べ歩きが良くないことは理解しているが、何か食べていないとイライラしてしまって落ち着かないのだ。

 

 母親と手を繋いで歩く子供。

 スーツ姿で居酒屋に足を向ける男性集団。

 おそらく合コン前なのだろう。妙に意識した格好で、少しおしゃれ気味な居酒屋へと入っていく三人組の男。

 アッシュフォード学園の学生服を着た、ぺちゃくちゃしゃべっている数人の集団。

 閉店時間が来たためか、畳んだ屋台を引きどこかへ向かうイレブンらしき人達。

 

 様々な人たちが、この街には溢れていた。

 

 正直なところ、ブリタニア人は髪の色が豊かなので、こういった集団を見ているだけでも面白い。

 黒一色だった日本の夜の街が、ピンクや青、緑や金といった様々な髪色で彩られるのは、とても自然で不自然だ。しかも、染めているわけではなく全員地毛である。面白くて仕方がない。

 

 日の出ているうちも違和感があったが、夜もまた、昼とは違う違和感があった。

 引きこもり的な行動だが、その気になれば一晩中見ていられる気がする。趣味に人間観察が追加される日は近いかもしれない。

 

 転ばないように注意しながら、(転んだらフランクフルトの棒が刺さるかもしれないので)人混みを避けつつ歩く。

 

 トウキョウ租界の中央にある政庁を目指しながら、特に目的もなくあっちへふらふらこっちへふらふら。

 買い食いやウィンドウショッピングを楽しみながら、私は政庁までたどり着いた。

 

 政庁の入り口には、銃を持った兵士が立って警備をしていた。

 心なしか、空気がピリピリしている。

 おそらく、最近のテロの増加を受けて警戒しているのだろう。一時期、具体的には河口湖一件から次の日まで、特派も少しピリピリしていた。

 

 ……私は、近づかない方がいいかもしれない。

 一応、私は軍に身を置いているが、れっきとしたナンバーズだ。今の私は軍服も来ていないので、近くでウロチョロすると拘束されるかもしれない。

 

 近くに止まっていた車を盾にして警備の人達の視線を避けながら、私は近くの路地裏にそっと入った。

 路地裏はあまりよくないところだと聞いているが、こんな政庁の目の前で狼藉を働く人はいないだろう。すぐに大通りに戻れば、何も問題はないはずだ。

 

 

 ――だがしかし、問題ない筈の路地裏に入った私は、そこで固まった。

 

 そこに、妙に見覚えのある人がいたからだ。

 

 ――え、あ、え?

 

 いや、たしかに政庁の近くをうろついていてもおかしくない人ではあるけど、ちょっと待ってほしい。たしかに政庁から程近い場所で、かつ人目につかない場所といったらそう多くないけれどちょっと待ってほしい。

 

 私が、この広いトウキョウ租界で彼に会える確率は、ほぼゼロのはずだ。ここトウキョウ租界に、いったいどれだけの人がいると思っているんだ。

 ふぁっきゅー、これを仕組んだのが神様なら、アーカーシャの剣で刺し殺したくなる。

 

 彼は、壁に背を預けながら怪しく笑っていた。

 

 ――あーそうでしょうね。心を読めるあなたには、私の思考は面白いでしょうね!

 

 はぁ、と溜め息を吐く。

 私は、アリスとなってからどれだけの幸せを逃がしたのだろうか。

 

 もう、やけくそだ。

 この人と会った時点で、私のコードギアスに関する知識は盗まれたと考えていいだろう。こいつにバレるとか笑うしかない。

 

 ――まあ、ちょうどいいか

 

 思考をリセット。

 別に、この人と会うことがデメリットしかないわけではない。彼は、私が今一番知りたいこと、私の心がどうなっているのかを知ることができる唯一の人だ。彼から私のよく分からない嫌悪感について聞き出すことができたなら、このイライラもきっとなくなるに違いない。聞き出せるとは思えないけど。

 

 ……覚悟を決めよう。

 

「すみません、少しお時間いいですか」

 

 

 ――マオさん。

 

 

 私に声をかけられたマオは、バイザーで隠していた眼を勢いよく見開き、驚愕の表情で私を見つめた。

 

 ……なにか様子が変だ。

 

 驚愕に揺れるマオは、私をじっと見つめると、微かな声で呟いた。

 

 

「C.C.……?」



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33話

 

 ――マオ

 

 彼は、C.C.より『心を読むギアス』を発現させられたギアス能力者である。

 昔は普通の少年だったが、ギアスをOFFにすることができなくなって以来、周囲の人間の心を無差別に読んでしまうようになってしまっていた。

 

 そのため、彼は自分の世界に閉じこもる様になり、唯一心を読むことができないC.C.に依存するようになる。

 

 十数年前、詳しいことは知らないが、マオはC.C.に契約を果たすことができないと認識され、ぽいっと捨てられたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「C.C.……?」

 

 ぽつりとつぶやかれたその言葉。

 私は、その言葉に嫌な予感を隠せなかった。

 

「久しぶりだね、C.C.。元気だったかい?」

「あの、私はC.C.という人ではないんですけど……どなたかと勘違いしていませんか」

 

 そして、その予感は的中する。

 マオは、狂ったような顔で――いや、実際に狂っているのだろう。私に微笑みかけた。

 

「……? 何を言っているんだい、C.C.。僕のことを忘れたのかい?」

「いえ、ですから、私はC.C.という名前じゃないです。あなたとも会ったことないですし」

 

 ゆっくりとこちらに歩み寄るマオから離れるように、少しずつ後ろに下がる。

 

「――嘘だッッ!!!」

 

 突然、マオは叫ぶと、急に私との距離を詰め、私の腕を掴んでコンクリートの壁に叩きつけた。

 

「痛っ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッッ!!!

 全世界の誰もがわからなくても、僕にはわかる!! 君は僕のC.C.でない筈がない!!!」

 

 反対の手で、もう片方の腕を掴まれる。

 

「髪の色が違っても、瞳の色が変わっても、背が縮んでも、声が高くなっても、手足が細くなっても、君の身体のなにもかもが変わっても、僕がC.C.を見間違うはずないだろ!!!」

 

 腕を握る力が強くなり、手首が少しずつ悲鳴を上げる。

 

「痛いっ、離してっ」

「ねえ、C.C.。本当に忘れちゃったのかい? 僕だよ、マオだよ。

 ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえッ!!

 ――忘れたなんて言わないよね。言うはずないよね、C.C.」

 

 マオは、ゆっくりと私の顔に自らの顔を近づける。

 逃げようともがいたが、その外見からは考えられない筋力で抑え込まれていて、逃げることはできなかった。

 

「ほら、君の心はこんなにも静かだ。汚れた声一つない、真っ白な無音の世界。

 こんな声をしているのは、君だけなんだよ。君以外居ないんだ、C.C.」

 

 ――そして、彼は私の頬を舐めた。

 

 背筋が震える。頬に生まれた奇妙なぬくもりに、逃げ出したくなる。

 

「ふふふ、君は甘いね、C.C.。

 11年間、僕はずっといろんな人の声を聞いてきたんだ。でも、君みたいに純粋な心の持ち主はいなかった。

 誰もが汚れていて、誰もが穢れていて、誰もが汚物にまみれていたんだ。

 その僕が、君を見間違うなんてありえない。ありえないんだよッッ!!!」

 

 ――このっ!

 

「離して!」

「離すわけないじゃないか! ようやく君を見つけたんだ! もう、君を離したりなんてするもんか!」

 

 強引に振りほどこうとするが、私の手がマオの手から離れる気配がしない。

 普通の人間の身体能力を超えた私の手が、ただの人であるマオの手から離れない。

 

 ――あったまきた

 

「いい加減っ、離せって言ってるでしょっ!」

 

 右足を、思い切り上に振り上げる。

 狙うはアレ。もう手加減する気はない。

 

 放たれた蹴りは、風を切り空を裂き、そして急所に直撃した。

 

「――っ!!?!?!?!?!?!」

 

 マオが悶絶し、私を掴んでいた両手の力が抜ける。

 私は両手から手を剥がすと、マオを背負いつつ身体を捻って、思い切り地面に叩きつけた。

 背負い投げだ。高校の体育の授業で習ったことが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 倒れたマオのその上に乗り、地面に押さえつける。

 

「ごふっ!」

「私は、C.C.じゃないです! 証拠もありますから!」

 

 痛みに悶えている隙に、体中を弄る。

 流石に銃はなかったが、バタフライナイフとポケットナイフが見つかったので没収する。

 ついでにマオの腰のベルトを外して、紐代わりに使い腕を縛った。

 

「ぉ……ぁ……う……あ……」

 

 おなかを抱えて蹲るマオに、サッカーボールを蹴る要領で蹴りを入れる。

 まったく、乙女のほっぺたを舐めるなんて何て奴だ。

 

 ――さて、どうしようか。

 

 勢いでぶっ飛ばしてしまったが、このまま放っておくわけにもいかない。

 

 マオは、ブリタニアと敵対している中華連邦の人間だ。

 中華連邦は、ブリタニアと戦争しているわけではないが、ここエリア11のテロリストたちに武器弾薬、場合によってはKMFすら供給し、独立運動を影から手助けしている。

 コーネリア殿下がそのことを知らない筈がないので、もし政庁付近でマオが捕縛されるようなことになれば、明るくない未来が待っているはずだ。

 

 ――さすがに、私はそこまで非道にはなれない。

 

 マオはとっても悪い奴だが、現状は何か犯罪を犯したわけではないのだ。

 スパイをしていたわけでもない彼が、身に覚えのない罪で捕まるというのは、なんとも目覚めが悪い。

 

 ……それに、なんで私をC.C.と勘違いしたのかにも興味がある。

 

「無駄な苦労を背負ってる気がする……」

 

 はぁ、とまたため息。このため息は、今日何度目になるのか……思い出したくもない。

 

 私は、ぐったりと倒れているマオを背負うと、大通りを避けながらゲットーの方に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら、たぶん静かなはずです」

「ああ、ありがとう。この辺りは人がいないみたいだから、かなり静かで心が休まるよ」

 

 ゲットーと租界の境界。

 イレブンの人達は選民思想のブリタニア人を恐れて近寄らず、ブリタニア人の人達は過激なイレブンを恐れて近寄らない、そんな場所。

 私とマオは、その一角の廃墟と化した競技場、そのベンチに隣り合って座っていた。

 

「君は……C.C.ではないよね」

「はい、彼女ではありません」

「そっか……まあ、外見違うからね」

 

 マオは乾いた笑みをこぼし、小さくため息を吐く。

 その表情は、首を斬られたサラリーマンのように見えた。

 

 ここまで歩いている間に、私は自分にマオのギアスが効いていないことに気が付いた。

 おそらく、私の脳に潜んでいる魔道器『ネモ』が原因だろう。

 彼女は、コピーとはいえC.C.のコードを持っている。コード持ちにはこの世界のギアスは効力を発揮しないので、ネモのコードがマオのギアスを無効化したのだろう。

 

「それに、途中でアッシュフォード学園の前を通った時に確認しましたよね」

「あそこにC.C.がいるって話かい?

 周囲の人間の心を覗いた感じそうなのかもしれないけどさ、僕にはC.C.の心が読めないんだ。目にしていない以上、必ずいるとは限らないだろ」

「状況的には完璧でしょう。あなた自身も、自覚しているでしょうに」

 

 初めて会った時の様に、C.C.と連呼して私にくっついてこないのがその証拠だ。

 外見が違っても私をC.C.と断定してきた彼が、今の私がC.C.でないことに納得した。これは、私以外にC.C.と呼ばれる存在がいることを認識しなければ起こりえない筈だ。

 

「私をC.C.と呼ばない時点で、C.C.と呼ばれる人がいたと認識しているのは間違いないと思いますが」

「ああいや、君をC.C.だと思っていないのは別の理由だよ」

「別の理由?」

「C.C.が、あんな暴力的なことをするはずないだろ。

 僕の急所を蹴って投げ飛ばしたのはいい。もし彼女が変質者に襲われたなら、やってもおかしくないだろう。

 ――でも、C.C.なら絶対に最後の追い打ちはしない。彼女は、そんなに野蛮じゃない」

 

 右足を、マオの左足の上に思い切り振り下ろす。

 

「ぉぅ!?」

「せめて暴力的と言ってください。内心ではそう思っても、言葉には出さないのがマナーというものでしょう。

 まったく、そんなんだからC.C.に捨てられたんじゃないですか」

 

 だが、正直マオの言葉は否定できない。

 今日の私は、少し普段よりも暴力的だ。お昼にあんなことがあったせいで、ストレスが溜まっているのだろうか。

 

「僕がC.C.に捨てられた? そんなわけないだろ。

 僕はC.C.と約束したんだ。C.C.が欲しいものを手に入れたら、僕の所に帰ってくるって」

「だったら信じて待っていればいいじゃないですか。

 信じられなかったんでしょう。本当に彼女が帰ってくるのかどうか」

 

 その言葉に、マオは言葉を詰まらせる。

 否定するマオだが、この日本にいる時点で彼はC.C.の言葉を信じていないのは明らかだった。

 

 なんだろう、本当に今日の私は口が悪い。

 

「――うるさいッッ!

 君に僕の何がわかるって言うんだ!!!」

 

 マオは、私の方を見て喚き散らす。

 

「君は人の心を聞いたことがあるのか!

 君はすぐ傍の人のの醜い顔を見たことがあるのか!

 君は親に捨てられたことがあるのか!」

 

 ――ないだろ!! 君にはないはずだ!

 

「ちやほやされて、のほほんと生きてる君が! 君が僕を語るな!」

 

 ぜぇぜぇと、呼吸を乱して胸ぐらをつかむ。

 叫んでいるうちにマオのバイザーは外れ、その下にあったギアスの瞳が私を睨みつけていた。

 

 そんな彼を見ていて、私は、なぜマオに対する口が悪かったのか分かった。

 

 思うようにいかない心にストレスが溜まっていたのもある。

 身に覚えのない嫌悪感のはけ口を探していたのもある。

 

 

 しかし――私がコイツを嫌う一番の理由は、たぶん同族嫌悪だ。

 

 

「――まるで、自分が一番不幸な人間みたいな言い方ですね」

 

 指を伸ばし、私を睨みつけるマオを――死なない程度に加減しながら――全力で引っ叩いた。

 もちろん、すごく痛いように、手は振りぬくのではなく頬の表面で止める。

 

 ――マオを見ていると、まるで昔の自分を見てる気分になる。

 

 母が死んだあの頃、鈍い音と共に車に吹き飛ばされたあの日からしばらくの間。

 誰よりも自分が一番不幸な気がして、唯一の肉親である父親以外が幸せそうで憎たらしくて、自分以外の誰もが幸福に見えた、そんな時期があった。

 

 目の前のマオは、そんな昔の私だ。

 被害者ぶって、かわいそうで、そんな自分に構ってほしくて、自己憐憫に浸る自分。

 目の前にいるのは、そんなかつての自分だ。

 

「人の汚い所を人より知っているからって、なんでそんなに不幸な顔をするんですか」

「黙れ! お前に何がわかる!」

 

 マオの拳が、私の頬を打つ。

 その分の痛みを返すように、私は彼に平手を張った。

 

 本当にイライラする。

 甘ったれたマオにも、()()()()()()()()()()()()

 

「人の汚い所ばかり見て、それが見えないからってC.C.を持ち上げて、勝手に逃げ道にしてそれに縋って。

 彼女に迷惑をかけていると、そう自覚してるくせに目も向けない」

 

 どの口が言うのか。自分もそうだった癖に。

 

「人の醜い部分を見ているのが、自分だけだと思いましたか?

 C.C.だけは綺麗な人間だと思いましたか?」

 

 閉じた世界に引きこもり、他者をまるで見ようともしない。

 

「――そんなわけないでしょう」

「――僕のギアスを持ったことがないお前が、知ったような口を利くな!」

「だったら、それを理由に人に接してもらおうとしないでください! 自分の知識だけで人を定義して、勝手に人を嫌うなんてしないでください!」

 

 紡がれる言葉が、ブーメランの様に心を抉る。

 

「どんなに心の優しい人でも、必ず汚い感情はあります。人が人である以上、誰しも悪い感情を持っています」

 

 結局、私は、マオを説得して過去の自分を正当化しようとしているだけだ。

 私は、他者の綺麗な側面を知ることで、他者を否定する自分を変えられた。その変化を、マオを説得することで肯定しようとしているだけだ。

 

 マオを救おうとか、そんなことは考えていない。

 正にエゴ、自己中心的な感情の極みだろう。

 

 

「あなたがしていることは、人の一側面だけを見て、勝手に人に失望しているだけです!」

 

 私がそこまで言ったところで、マオは私の顔面を掴んで、座っていたベンチに叩きつけた。

 

「いい加減黙れよ、お前。

 正論ばっか語って、勝手に人の価値観を押し付けるなよ」

 

 マオの言葉に反論しようとするが、手に口を押えられていて言葉が出せない。

 

「同情してるのか何なのか知らないけどさ、何様のつもりだよお前。

 どんな優しい人にも、汚い所はある?

 人が人である以上、誰しも悪感情を持ってしまう?

 だから、無差別に人を嫌うのは間違っているって?

 違うね。間違ってるよお前」

 

 マオが言葉を紡ぐたび、少しずつ頭の痛みが強くなる。

 

「――それだから、僕はみんな嫌いなんだよ」

 

 そこで初めて、彼が私とは違うことに気が付いた。

 

「君はさ、汚い感情を持つ様な人にだって、綺麗で優しい人がいるって言いたいんだろ。

 そんなのは知ってるさ。僕のギアスが人の悪感情しか読み取れないとでも思ってるのかい?」

 

 そう、マオは――

 

「僕は、どんなにいい人でも、汚い感情を持っているから嫌いなんだよ」

 

 そう静かに吐き捨てると、マオは私から手を離してどこかに歩いて行く。

 

 残された私は、その場に寝そべって、しばらくの間何も考えずに空を見ていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――おまけ――――

 

 ※注意

 ・以下の話は、今回のシリアスを完全にぶち壊す話です。

 ・酷い下ネタ展開です。シリアスの欠片もありません。

 ・重ねて言いますが、本当に()()下ネタです。人によっては、不快に思う人もいると思います。

 

 下ネタ的なノリが嫌いな人は、今回の話はここで終えてください。

 

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 ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件が起きたのは、ナリタ山の一件終わってから、二日目の朝のことだった。

 

 特派の一般研究員たちが使っているチャット、そこに2枚の画像が貼られたのである。

 

 

 

 一枚は、アリスがチ○○にしゃぶりついている画像。

 もう一枚は、アリスがマ○○を舐めている画像だった。

 

 

 

 当たり前だが、犯人はすぐに特定された。

 一見匿名性があるように見えるこのチャットだが、それは皮だけで本当は匿名性はない。

 この画像を誰がアップロードしたのか、それは誰もが知ることができる造りになっているのだ。

 

 

 ――犯人は、ジェレマイアだった。

 

 

 一瞬誰もが某チーズケーキ好きが犯人だと思ったが、そうではなかったのだ。

 

 時々暴走するとはいえ、あの真面目な男がこの様な暴挙を犯したことに、誰もが驚きを隠せなかった。

 

 さっそく、研究員達は彼を拘束して吊し上げ(物理)た。

 当然だ。人に対する思いやりを備えた彼らには、ジェレマイアの罪状を裁判で判決するなんて思考はない。

 悪・即・斬である。年頃の少女にこんなものを咥えさせる画像を作るなど、万死に値する行いだった。

 

 ただ、彼らには一つの疑問があった。

 

 ここ特派のスケジュールを知り尽くし、どんな仕事も泣き言一つ言わずにこなす男である彼が、何故こんなことをしたのか。それが、一切わからなかったのである。

 普段の彼であれば、こういった画像を作ろうかという考えを持つことはあっても、それを実際に行うことは無かった筈なのだ。その程度の良識はあった筈なのだ。

 

 そんなわけで。

 

「で、ジェレミー、どうしてこんなことしたのー?」

 

 天井から吊るされた彼に、代表としてアルマが問いかけた。

 

「私は……わた、わたしは……こんなことをするつもりはなかったんだ……」

 

 吊るされているジェレマイアは、呆然とした様子でぶつぶつと小さくつぶやいている。

 アルマは、彼を瘴気に戻すために、彼の頭に右斜め45°でスパナをぶつけると、以前握った弱みを駆使して強引に吐かせることにした。

 

 

 

 

 ジェレマイアが、こんな画像を作ろうと最初に考えたのは、昨夜のことだった。

 特派の友人と公園で撮った写真に、フランクフルトを咥えたアリスが写っていたのだ。

 

 もちろん、そんな考えを実行することはなかった。

 その考えは、あまりにも非人道的で非人間的な行いだったからだ。

 

 ――しかし、その思いは大きく変わることになる。

 

 事が起きたのは、日付変更直前の深夜のことだった。

 そんなに夜中に、急に電話がかかって来たのだ。

 

「ん? 誰だ、こんな時間にかけてくるなんて」

 

 携帯を手に取り、通話ボタンを押す。

 

 そして――

 

 

 

 

「――そこからの記憶は曖昧だ。

 誰かに何かを言われて、そして何かに追い立てられるかのようにおかしくなって……それで、気が付けばこの画像を作っていたんだ」

「誰から連絡がきたのかは、本当に分かんないんですかー?」

「……すまない、わからない。

 ただ……何となく、ストーカーっぽい男の声だった気がする」

「なるほどー、なるほどねー」

 

 アルマは腕を組み、わざとらしくうなづく。

 そして、しばらく考え込むと、ため息を吐いて研究員たちの方に振り向いた。

 

「とりあえず、めんどくさいので無罪でいいですかー?」

「いや、いいわけないだろう。もし、このことがアリスちゃんにばれたら、ごめんなさいではすまない事態になるぞ」

 

 アルマの言葉に、研究委の一人が声を上げる。

 

「いやー、それは理解してますけど、だったらどうするべきだって言うんですかー。

 ジェレミーって嘘つくタイプじゃないですから、さっきの言葉は嘘じゃない筈ですー。そうなると、この画像は彼が自分の意思で作ったわけではないってことになりますよねー」

 

 アルマの言葉に、研究員の何人かが頷く。

 たしかに、真面目で勤勉であるジェレマイアは、徹夜明けで様子がおかしい時でさえ、嘘を吐くことは一度もなかった。

 その認識は、ここ特派の研究員の中では常識と言っていいほどのことだ。

 

「とすればー、ジェレミーは携帯電話越しに、誰かにマインドコントロールを受けたことになりませんかー?

 これ、今回はアリスちゃんのコラ画像で済みましたけど、もしかしたら研究データすっぱ抜かれてたかもしれませんよー」

 

 その言葉に、研究員たちの目の色が変わる。

 ここ特派に勤める彼らにとって、研究データは命よりも重いものだからだ。

 

 するするとジェレマイアを天井から降ろしながら、アルマは言葉を続ける。

 

「正直、今回の一件は、ジェレミーをコンクリ詰めにしている場合じゃないと思うんですー。

 ジェレミーの罰を決めるのは、マインドコントロールに関する対策ができてからでもいいんじゃないですかー。

 ――今は、それよりも優先すべきことがあります」

 

 アルマの言葉に、研究員たちは頷く。

 

 研究員たちは、少し集まって話し合うと、とりあえず今日の仕事を早く終えるために動き始めた。

 

 研究員たちが居なくなると、その場にはジェレマイアとアルマだけが残った。

 

「……ありがとう、アルマ」

「お礼はいいよー。実際ちょっとシャレにならない問題だったしー」

 

 礼を言うジェレマイアに、アルマはそっけなく返す。

 そう言いながらジェレマイアの袖を引くと、彼女は部屋の隅に移動した。

 

 部屋の隅に移動したアルマは、周囲で聞き耳を立てている人がいないことを確認すると、口元をジェレマイアの耳に寄せる。

 

「一つ聞きたいことがあるんだけど、ジェレミーは、アリスちゃんの物を舐める写真をどこで手に入れたの? 私やあいつはもってるけど、ジェレミーはその写真もってなかったよね」

「……すまない、思い出せない」

「OK、ありがと」

 

 ジェレマイアが答えると、その言葉に満足そうにアルマは頷く。

 

 そして、アルマは何かを手帳にメモると、ジェレマイアの肩を叩いてその場を後にした。 

 

 

 

 

 

 ちなみに、アリスの改変画像は、某チーズケーキ好きの人が責任をもって処分すると言って回収しました。



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34話

 私と母は、横断歩道の前で信号の色が変わるのを待っていた。

 

 微笑む母の左手には、私の手が、反対の手には、買い物袋が握られている。

 袋の中は、挽肉やパン粉、牛乳などが入っている。

 

 「今日はハンバーグなの?」と、私が母に問いかければ、

 「そうよ。お母さんが腕によりをかけて作るから、楽しみに待ってなさい」と、母さんは答えた。

 

 母は、あまり料理が得意な方ではなかったが、肉を焼くことに関しては異様に上手かった。

 そのため、家庭でも比較的簡単に作れる肉料理の代名詞、ハンバーグは、我が家では一番のごちそうだった。

 

 信号の色が、赤から青に変わる。

 

 母は、「それじゃあ、渡りましょうか」と言って、私を握る手の力を、微かに強めた。

 母の言葉に、私は「うん!」と答えると、母の手を強く握り返した。

 

 成長した今ではそんなことは無いが、当時幼かった私は、横断歩道を渡るときにはきちんと左右を確認するように言われていた。

 

 「右を見て」と、学校の先生の口調をまねながら、私は右を見る。

 それに合わせて、手を握っていた母も私と一緒に右を確認した。

 

 「左を見て」と、今度は母が私に言う。

 私は、そう言った母と一緒に左を確認した。

 

「もう一度――」

 

 そして再度右を見る直前に、私の手は母に打ち払われた。

 体重の軽かった私は、その衝撃でのけぞってしりもちをつく。

 

 びっくりした。

 

 驚いた私は、お母さん急に何するの! と怒りながら顔を上げる。

 

 

 それと同時に、どんっという鈍い音があたりに響き、母が車に撥ね飛ばされた。

 

 

 母の身体はぽーんと宙を舞い、数メートルほど吹き飛んで地面を転がる。

 買い物袋の中身は母の周囲に散らばり、その中にあった牛乳が母からこぼれる血と混ざり、ピンク色となって広がった。

 

 

 

 

 

 ――目が覚める。

 

「……寝ちゃったんだ」

 

 視線の先には見覚えのある天井。

 そこは、普段寝ている大学の寮の一室だった。

 

 身体を起こし、近くに置かれた目覚まし時計を目にする。

 時間は、5:32。休みにしては、速く起きすぎてしまったかもしれない。

 

「何年ぶりだろ、あの夢見るの」

 

 幼い頃、母が交通事故で死んだ時の夢。

 もう何年も見ていなかった夢を、私は先ほどまで見ていた。

 

 小学生高学年の、もう何時頃のことか思い出せないほど昔のことだが、あの光景だけは今でも鮮明に思い出せる。

 個人的には忘れたかったことだけど、幼かった私にとって、あの光景は刺激が強い光景だったし仕方がないのかもしれない。

 

「十中八九、マオにあんなことを言ったせいだよね」

 

 寝汗で濡れてしまった服を脱ぎ、部屋に備え付けられていたシャワ―ルームに入る。

 眠気を飛ばすために頭からシャワーを浴びながら、ふと、私は自分の右手を見つめた。

 

「……っ」

 

 大きさも肌の色も変わってしまった手だけれど、これは最後に母の手を握っていた手だ。

 シャワーの勢いを変えていないのに、僅かだが頬を伝うお湯の量が増えた気がする。

 

 ――落ち着こう。もう、どうにもならないくらい昔のことだ。

 

 感傷に浸ったところで、何かが変わるわけじゃない。

 私が何を思い、何を感じ、何を成したところで、どうしようもない過去のことだ。

 涙したところで何も変わらないのだから、私が泣いても無駄に疲労を重ねるだけだ。無駄に交感神経や副交感神経が刺激されるだけで、何も変わらない。無駄な行為でしかない。

 

 だから、

 だから、

 

 だから――

 

「……ひっく」

 

 口からこぼれたしゃっくりのような()()を、強引に押し込める。

 何かを考える余裕もないくらい顔を洗って、寝汗を洗い流すことも忘れて、ひたすら顔を洗い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 外に出る。

 いつもの髪型ではなく髪をポニーテールに変えて、大学の近くにあるショッピングモールに足を向ける。

 

 行先は、ショッピングモールの7階の端にある喫茶店。

 昨日、某生徒会副会長から渡された紙に書かれていたお店だ。

 

 店を訪れると、店員さんに何も言わずに案内される。

 案内された先は、窓際の眺めの良い席。

 

 ――狙撃とか、されやすそうな席だな。

 

 その席を見て、女性としては色々と終わっていそうな考えが浮かんだ。

 いや、軍属になってしまった私だが、流石にいつもこんな考えが思い浮かぶほど感性を捨てていない。

 こんな考えをしてしまったのには、きちんとした理由がある。

 

「こんにちは、ゼロ」

『ああ、いい天気だな、アリス准尉』

 

 ――そこには、仮面を被った不審者の姿があった。

 

 そう、私が案内された席には、ゼロがいたのだ。

 一応、私は意図的にゼロを逃がした身であるが、同時にブリタニア軍に籍を置く人間でもある。こんな眺めの良い席でゼロと対面すれば、狙撃を心配するのも当たり前だろう。

 

 周囲を見渡して、黒髪でセミロングの女性や、おそらくコードギアス史上もっとも嫌われた男がいないことを確認してから、ゼロの対面の席に座った。

 

「私の階級を知っているという事は、多少は調べたみたいですね」

『私はブリタニア軍から追われる身。ブリタニア軍人と会うなら、全く調べないわけにはいかないからな』

 

 そう言って、ゼロは紙が数枚入ったクリアファイルをテーブルの上に乗せる。

 クリアファイル越しに見えた一枚目の紙には、私の顔写真や名前、年齢、所属部署などが詳細に書かれていた。

 

「ストーカーは嫌われますよ」

『探ったことを隠している方が、よっぽど不誠実だろう?』

「会話相手に顔を隠している方が、もっと不誠実ですよ」

 

 内心に湧き上がる興奮を隠しつつ、ゼロにそう返して、クリアファイルを手に取る。

 流石に、指揮系統的に独立している特派の内部情報までは探れなかったみたいだが、他の部署との関係、何らかの新型KMFを開発していること、アーニャさんやノネットさんのところの部署との関係についてまで、結構詳しく書いてあった。

 

「流石、王の力ですね。たった一日でここまで調べられるとは思いませんでした」

『王の力……やはり、ギアスのことを知っているようだな』

「ええまあ、あの時あなたがC.C.を連れていた時点で、あなたがギアスを持っていないわけありませんから」

 

 王の力、それはゼロが持つ絶対遵守のギアス。

 コードギアス 反逆のルルーシュを見たことがある私が、それを知らない筈がない。

 ……まあ、目の前の仮面の男には、そんなことはわからないだろうけど。

 

「それに、あなたはあの血を引く人間です。生まれつき十分な資質を持っているのですから、持っていてもおかしくないでしょう?」

『あの血を引く人間? 人種や民族によって差が出るのか?』

「はい。ちなみに、母親ではなく、父親の方ですよ。C.C.から聞いていませんか?」

 

 コードギアスでは、ゼロの父方の血族、ブリタニア王族の血を引く人間は、生まれつきギアスに対する高い適性を持っているとされていた。

 

 現に、現皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアは、他者の記憶を書き換えるギアスを、元11皇子のゼロは、他者を隷属させる『絶対遵守』のギアスを、第88皇位継承者であるマリーベル・メル・ブリタニア皇女は、他者を意思なき傀儡に変える『絶対服従』のギアスを持っている。どのギアスも、人を支配することができる強力な物だ。

 逆に、資質を持たない人間、例えばゼロの母親であるマリアンヌ王妃は、死の淵に瀕することで肉体という枷から逃れることができなければ、ギアスを発現することができなかった。

 

 私の言葉を聞いたゼロは、微かな間だが言葉を止めて黙り込む。

 

「その様子だと、聞いていないみたいですね」

 

 まあ、それは当然だろう。

 何しろ、この時期のC.C.はギアスの暴走に関することすらゼロに伝えていないのだ。むしろ伝えている方が驚きだ。

 

 このままだと話があらぬ方向に逸れそうなので、少し強引だが話を戻すことにした。

 

「まあ、そんなことはいいので話を戻しましょうか。

 それで、今日は何のために呼び出されたんですか? 私にそれについて話すためではないですよね」

『あ、ああ、そうだったな。手短に言わせてもらおう。

 ――そちらが先日鹵獲したナイトメア、紅蓮弐式とそのパイロットであるカレン・シュタットフェルトを、こちらに引き渡すことに協力してもらいたい』

 

 ――いや、それを私に言ってもしょうがないでしょ。

 

 ゼロの言ってきた話に、私は戸惑いのあまり言葉を止めてしまった。

 

「残念ですが、私にはそれをできるだけの権力はありません」

『知っている。私が要求したいのは、あくまで協力だ。ナンバーズである君に、それだけの立場があるとは思ってはいない』

 

 協力?

 この言い方から考えると、つまり特派に紅蓮弐式があることは調べがついているが、特派の拠点がどこにあるかは知らないのだろう。

 知っていたなら、その辺の大学を落すくらいわけないだろうし。

 

「お断りします」

『理由を聞いても?』

「あなたに関して好意的に思うことはいくつかありますが、だからといって仲間を売る気はありません」

『ナンバーズである君は、おそらく不遇な扱いをされているだろう。こちらに付けば、君は自分の能力に合った評価を得られると思うが、それでもか?』

「仮にそうだとしても、そのつもりはありません」

 

 たしかに、施設を借りた先の大学にいる生徒の中には、私を睨み付けてくる人はいる。ラウンズの研究チームの人の中にも、すれ違い様に舌打ちをしてくる人がいる。特派の研究員の中にすら、私を血走った眼でじっと見つめてくる人もいる。

 

 それでも――

 

「私が嫌われているからといって、それは私が人を裏切る理由にはなりません」

 

 やられたからやり返せばいいというのは、傲慢な考えだ。

 

『それは、虐げられることに慣れてしまった奴隷の考えだ』

「では、あなたの大切な人は奴隷ですね」

 

 例の嫌悪感に引き摺られ、ぽろっと言葉が溢れた。

 

 瞬間、迫る黒に身体が動く。

 私の右腕は、私の顔を目指して振るわれた拳を受け止めていた。

 

 ――まさか、ゼロが手を挙げるなんて。

 

 とっさに受け止めたが、放たれた拳よりも彼が拳を放ったことそのものに驚いた。

 

『ナナリーが奴隷だとっ! 貴様……っ!』

「すみません、言い過ぎました」

 

 ゆっくりと掴んだ拳を離しつつ、謝罪の言葉を口にする。

 まさか、ゼロが実力行使に出るとは夢にも思っていなかった。ゼロは、そんなタイプの男では無かった筈なのに……

 

 お互いに手を離して、背もたれに身体を預ける。

 

 あのゼロが、とっさの行動とはいえ自身の拳を振るった。

 それはつまり、彼の精神がそれほどまでに追い詰められていることを意味しているのだろう。

 

 考えてみれば納得だ。

 貴重な紅蓮弐式を鹵獲され、エースであるカレンさんを捕縛される。これだけでも、テロリスト後援組織であるキョウトからの援助も受けにくくなるだろうし、黒の騎士団内部で軋轢が生じることも避けられない。

 昨日今日の2日間が、ゼロにとって非常にストレスのたまる日々であったこと、それは間違いないだろう。

 

「ですが、間違ってはいないでしょう?

 悪感情に対して反抗の感情を向けないことを、搾取されることに慣れてしまった奴隷の感情というのなら、ナナリーという少女はその意見に誰よりも当てはまるはずです。違いますか?」

『違うな、間違っているぞ。

 あくまで私が言ったのは、健常者の場合の話だ。ナナリーには、抵抗するために必要な眼も、前に踏み出すための脚もない。ナナリーは、反抗しないのではない、できないんだ』

「いいえ、間違っていません。

 仮に彼が健常者であっても、あなたに依存しているナナリーが、あなたの不利益になりうる行動を起こすと思いますか? 他者を傷つけることで、あなたに迷惑が生じる可能性がある以上、ナナリーは誰かに反抗することはしませんよ。結果論ですが、そういった風にあなたが育てたんですから」

 

 小さく息を吐き、机に乗り出しかけた身体を、再び背もたれに預ける。

 私の様子を見たゼロも、一旦頭を冷やすためだろう、座っていた椅子に腰を下ろした。

 

「とにかく、私は裏切り者になるつもりはありません」

 

 ゼロとの会話を、強引に切って終える。

 もしこのまま話が続いてしまえば、お互いによくないことになるだろう。そんな予感があった。

 

『そうか……非常に残念だ』

 

 そう言ったゼロの仮面の一部、左目部分が開き、その下から赤く光る眼が顕わになる。

 それは、使い手を孤独にする王の力、人を隷属させる『絶対遵守』のギアス。

 交渉決裂、それが確定した時点で、ゼロはこの力を使う気だったのだろう。

 

 もっとも、こっちもそれに対応できるよう、ゼロを目にしてから今まで、意識を集中させていたけれど。

 

 ――『ザ・コードギアス ゴッドスピード』

 

 ギアスの力により時間が引き延ばされ、周囲の全てが相対的に停止する。

 止まった世界の中で、私はゼロの背後に移動すると、後ろから抱きしめるように右腕でゼロを拘束し、左手で左目を抑えた。

 

「時は動き出す……なんてね」

 

 ギアスを解除すると、それと同時に止まった世界が動き出した。

 

「絶対遵守をかけようとするなんて、少し酷くないですか?」

『――っ!』

 

 耳元で囁くように告げられた私の言葉に、ゼロが凍りついたように動きを止める。

 

「動かないことをお勧めします。動いたところで何もないですけど」

 

 暴れられると面倒なので、私はゼロに動かないように告げた。

 動いても何もないと言ったのは、そう言えば頭の良いゼロは勝手に焦ってくれると考えたからだ。

 

『これは……まさかっ!』

「はい、これが私のギアスです」

 

 そう言いながら、周囲の人達が、こちらに襲い掛かってこないことを確認する。

 ついでに、窓の外にスナイパーがいるかもしれないので、ゼロが盾になって私に狙いが付けにくいように、身体をもっと密着させた。

 

「ギアスを持っているのは、あなただけではありません。あなたが知らないだけで、ギアスを持っている人間は数多くいますよ。ここ日本にも、私とあなた以外に最低でも二人はいるはずですし」

 

 流石に、誰がどんなギアスを持っているかまでは言う気はない。

 マオはともかく、アーニャさんの中に潜んでいるお母様のことまで言ってしまったら、ゼロが今後どんな行動に移るのか予想がつかないからだ。

 

「もう話し合いどころではないので、今日はこれでお開きにしましょうか」

 

 こんな空気になってしまっては、話し合うもクソもないだろう。

 私は、ゼロを掴んでいた両手を解いた。

 

「それでは、失礼します。今度は、もっとちゃんと話せるといいですね」

 

 ゼロからの返答を聞かず、自身のギアスを発動させる。

 止まった世界の中で、私はテーブルの上に置かれたファイルを手に取ると、そのお店を後にした。

 

 

 

 

 

 正直な所、私はゼロが何を言おうと、好意的な返事をする気はなかった。

 当然だ。ゼロを助けたのはとっさの、反射的とも言える杜撰な判断の元行ったものだったし、そもそも黒の騎士団に属して特派と敵対する気など欠片もないのだから。

 だから、私は別にゼロの呼びかけに応じる必要は一切なかった。

 

 では、何故私はゼロと会ったのか。

 

 理由は一つ、特派に対してどれほど黒の騎士団の目が届いているのか知るためだった。

 

 紅蓮弐式が鹵獲されたことで、黒の騎士団の内偵は、コードギアス 反逆のルルーシュにおけるものよりも強烈になっているはずだ。

 エースを失った黒の騎士団が、紅蓮弐式を使って軍と直接戦闘をという手が取れない以上、その分の余力がこういったことに向けられているのは当然と言えるだろう。

 

 こちらも、帝国の機密中の機密であるラウンズのKMF研究グループと手を組んだ影響で防諜能力は高くなっているが、絶対遵守のギアスの前では油断はできない。

 もし、万が一ノネットさん辺りがギアスをかけられてしまえば、目も当てられない事態になるだろう。まあ、声を媒介にして生じるバージョンの絶対遵守を勘で察知して防いだ人だから、そうなる可能性はかなり低いけれど。

 せめて、コードギアスにおいて、スザクさんの所属がゼロにばれてしまった時、具体的にはマオがゼロに敗れてからしばらくまでは、ランスロットの居場所はばれてほしくない。

 

 そのため、ゼロがあのクリアファイルをテーブルの上に置いた時点で、私は目的をほぼ達したと言ってよかった。

 黒の騎士団が調べ上げた私の情報、これがあれば、ロイドさんならどういった経路で私の情報が流れたのか予測することができるはずなのだから。もちろん簡単ではないとは思うけど、ロイドさんならきっとできるはず。

 情報の流出経路を知ることができれば、どの部署の人間が黒の騎士団に属しているのか、つまり注意すべき対象を知ることができる。

 スパイが誰なのかがわかれば、情報を制限したり誤った情報を流したり、色々できることもあるだろう。

 

 そんなわけで、私個人としては、本日のお茶会は大成功だ。お茶飲んでないけど。

 まさに、アリスちゃん大勝利! である。本日1度目。

 

 ファイルを手にした私は、ショッピングモールから出た後、すぐに近くの路地裏でギアスを使い、走れば追ってこれる程度の速度でその場から離れた。

 

 向かう先は、政庁。

 可能な限り大通りを通らないように注意しつつ、トウキョウ租界の中心地へと向かう。

 

 そして、政庁の近くまで来たところで、ギアスのギアを上げる。

 機械でも知覚できない速度まで加速し、反転して大学の方に駆け抜けた。

 守衛さん達の守る正門を越え、外からは見えないところでギアスを解除する。

 これで、仮に黒の騎士団に後を付けられていたとしても大丈夫だろう。

 

 時間はお昼。時間的に、普段ならロイドさんがちょうどお昼休みを取っている時間だ。

 お仕事が休みなのに仕事場に行くというのはイヤだが、このファイルを渡すのは速い方がいいので仕方がない。

 

 特派が間借りしている建物に入り、研究室を目指す。

 

「あれ、アリスちゃん? 今日はお休みじゃなかったの?」

 

 その途中、背後から聞き覚えのある声がする。

 振り向くと、そこにはチーズケーキ好きな研究員さんがいた。

 

「はい。でもちょっと野暮用があってきちゃいました」

「そう――って、ちょっとアリスちゃん大丈夫?」

 

 普通に返事をすると、急に表情を変えた彼女に心配そうな声をかけられた。

 

「何がですか?」

 

 何か心配する必要があるように見えるのだろうか。

 一瞬、服とかに何かついていたりするのかと思って軽く見てみたが、何かが付いているとかそんなことはなかった。

 

「なにがって……本気で言ってるの?」

「へ? 何かおかしいですか」

 

 自分としては、特に変な様子だとは思っていないが……

 制服姿でない分、普段よりおしゃれをしている程度だ。チーズケーキさんは、一体どうしたのだろうか。

 

 私の返事を聞いたチーズケーキさんは、顔色を曇らせて、痛ましいものを見るように私を見た。

 

「……後で、鏡を見てみなさい。私が何を言いたいのかわかると思うから」

「はあ」

 

 本当にどうしたのだろうか。

 そう思って首をかしげると、チーズケーキさんは膝を折って私と視線の高さを合わせ、ぎゅと私の手を握った。

 

「辛かったら、何でも相談に乗るからね。愚痴でも何でも聞くから、そんなに溜め込んじゃダメよ」

「わ、わかりました」

 

 なんでこんなこと言い出したのかわからないので、ちょっぴりこわい。

 でも、彼女は善意で言っていることはわかったので、とりあえず頷いた。

 

 彼女と別れて、まずは執務室へ。

 扉を守る電子ロックを見れば、開錠されていることを示す青色の光が灯っていた。

 扉の鍵が開いているということは、セシルさんかロイドさんのどちらかがいるだろう。

 

 いきなり開いてもいいと言われているが、一応扉をノックしてから開く。

 

「失礼しま――」

 

 開いて、そこで一瞬固まった。

 

 執務室には、ロイドさんとセシルさん以外にも人がいたのだ。

 そこにいたのは、二人の女性。

 一人は、ノネットさん。普段見かけるラウンズの制服で、スクリーンに映し出された映像を見ている様だった。

 もう一人は、アーニャさんのKMF研究チームの主任を務めるアンネさん。くたっとした白衣を羽織って、タバコを吸っている。

 

 入って来た私に、その四人の視線が一斉に集中した。

 

「し、失礼しましたっ!」

「いや、いいよ。ちょうど話が終わったところだったからね」

 

 思わず帰ろうとしてしまった私を、ロイドさんが引き留める。

 だが、制服を着た偉い人の集団の中で、私服姿の私は少々居心地が悪い。

 

 できれば二人きりで話したかったけれど、ロイドさんの空気を読む能力に期待してさっさと話しを終えよう。

 

 そう思って話を切り出そうとした時、そんな私に、セシルさんからティッシュが手渡された。

 

「はい、アリスさん。誰も急いでいないから、話す前にそれを拭いちゃいましょうか」

「それ?」

 

 セシルさんから渡されたティッシュを前に、どうすればいいかわからず固まる。

 

 ――いや、それって何なの?

 

「アリスさん?」

「いや、あの……それって何のことですか?」

「……え?」

 

 私の問いかけにセシルさんの表情が凍った。

 いや、だから本当に何なんだろうか。

 チーズケーキさんといい、セシルさんといい、一体何が何だって言うんだ。

 

「……少し、目を閉じてもらえる?」

 

 セシルさんの表情が、真剣なものに変わる。

 そのことに不安を抱きつつ、セシルさんの言葉に従い、私は目を閉じた。

 

 その状態で少し待つと、私の目元が優しく拭われた。

 

「はい、もういいわよ」

 

 目を開けて、セシルさんの手元を見てみる。

 そこには、少し湿ったティッシュが握られていた。

 

「あ、え?」

「本当に気が付いてなかったみたいね」

 

 私は目元をぬぐわれて、セシルさんの手元には湿ったティッシュがある。

 それってつまり――

 

「アリスさん。明日、ちょっとお医者さんに診てもらいましょうか」

 

 

 ――私は、泣いていた?



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35話

先にここで書いておきますが、特派が間借りしている大学施設に隠し通路があるのは原作準規です。避難通路というのはたぶん独自設定ですが、隠し通路自体は独自設定ではありません。(追記:逆でした。隠し通路の方が独自設定です。ただし、この通路のことを知っている人がかなり少ないのは原作の設定です)
ただ、小説版2巻が手元にないので、部屋の場所はちょっと間違ってるかも。確認次第修正します。(追記:応接室ではなく休憩室でした)

それともう一つ、私は精神病にはあまり詳しくはないので、少し適当に書いてます。この場合の適当は誤用(最近は誤用扱いしない辞書もある)の方です。

では、長々と失礼しました。


「断定はできませんが、おそらくCSRを起因とした情緒不安定ではないでしょうか」

 

 アリスは、医師にそう告げられた。

 

 

 

 CSRとは、戦闘ストレス反応のことである。戦争後遺症といえば、結構わかりやすいかもしれない。戦闘行為におけるストレスが原因となって生じる、一種のPTSDだ。

 KMFパイロットがこういった症状に陥ることは、多くはない程度の割合であることだ。若いパイロットほどそういったことが多く、その中でも元競技者や平民出身のKMFパイロットなどでは特に多いとされている。

 

「心配する必要はありません。アリス准尉のこれまでのスケジュールから考えて、長期にわたる戦闘活動から生じたものではありませんから、薬を飲んでしっかり休めば、きちんと元の様に戻れるでしょう」

「……そうですか」

 

 アリスは、少し疑問を抱いた様な声色で返事をする。

 それを一瞬、ほんのわずかな時間だけ興味深そうに見た医師は、彼女のことを見なかったふりをして、視点を後ろの女性に移した。

 

「アリスさんは、どれくらい休む必要がありますか」

 

 アリスの付き添いで来ていたセシルが、医師にそう問いかける。

 

「明確に何日休む必要があるのかについては、私にはわかりません。この病気は、肉体の損傷を原因としたものではありませんから、人によって大きな個人差があり、明確に何日休めば大丈夫という事は少々難しいです。

 なにせ、療養に1年近くかかった人もいれば、診断から1時間で治った人もいますから」

 

 医師はそう言うと、椅子を90°回転させ、身体をパソコンの方に向けた。

 

「とりあえず、薬を処方します。

 しばらくは、戦うことを忘れてゆっくりすると良いでしょう」

「……はい、わかりました」

 

 医師の言葉に、アリスは微かに不満そうに答える。

 医師はそれに気がつかないふりをしながら、診察室を後にしようとする二人に声をかけた。

 

「おっと、いけない。忘れるところでした。

 クルーミーさんは、少々残っていただけますか? 枢木准尉の診察結果と、彼とアリス准尉の診断書類に関して、少々お話があります」

「スザク君の診断結果ですか?」

 

 アリスが診断される少し前、スザクもまた精神科医による診察を受けていた。

 ナリタ山での戦闘において、彼が錯乱したことが原因だ。特派の主任であるロイドは、別に心配していなかったのでそういった診断を受けさせることは無かったが、彼以外の特派に所属している人間が心配して診察が受けられるように手配したのだ。

 アリスは、これに便乗した形だ。

 

「アリスさん、もろもろの手続きは私がやっておくから、先に帰ってロイドさんに結果を報告して貰えるかしら」

「はい、わかりました」

 

 セシルの言葉に、アリスは了承の言葉を返す。

 それに安心したようにセシルがほほ笑むと、アリスは軽く頭を下げて診察室を後にした。

 

「……さて、そろそろよろしいですか?」

「ええ、お待たせしてすみませんでした」

 

 アリスがいなくなった室内。

 彼女がいなくなってから少しして、室内の空気が暖かい物から少し鋭いものへと変わる。

 

「とりあえず、本題に入る前に、彼女の情緒不安定について正しい説明をしておきましょう。

 ご存知かとは思いますが、精神病――心の病とは、そう簡単に治る様な物ではありません。治療に1年もかかった人がいると先ほど言いましたが、これは比較的早い方です。人によっては、その生涯をかけて治らない傷を負った方もいます」

「ええ、知っています。私が大学時代に専攻していた研究は、医療サイバネティックに関するものでしたから。

 肉体と精神は、とても密接なもの。専門家の方ほど詳しくはありませんが、多少知識はあります」

「なら話は早いですね。彼女は、軍人として以前に、人としてあまりに幼い。一生付き合わなければならないかもしれないものと言ってしまえば、そうなってしまう危険があると私は判断しました。

 もちろん、医師によっては、私とは異なる意見を出す者もいるでしょう。もし、彼女の保護責任者であるあなたか、もしくはあなたの上司の方がそう考えるのであれば、そのように伝えてしまっても構いません」

「わかりました。ロイド主任と、後日話し合わせていただきます」

 

 セシルの言葉を聞いた医師は、少し肩の力を抜くと、机の端におかれていた大きめの茶封筒を手に取りセシルに渡した。

 

「では、まず約束の品である彼女の脳のレントゲン写真です。本日撮影したものは、これで全てになります」

「ええ、ありがとうございます」

 

 セシルは封筒を開き、中に入っていたレントゲン写真を確認した。

 そこには、脳の中心から放射状に広がる、明らかな異物の影が確認できる。

 

「そちらのもの以外の写真は、既に全て削除させていただいています。その写真が外部に流出しない限り、その異物に関して誰かが知ることは無いでしょう」

「ありがとうございます。お手数をかけてしまって申し訳ありません」

「いえ、本来であればこういった心配がなされないほど、患者の情報が守られなければならないのですから、謝ってもらうようなことではありませんよ。

 むしろ、王族や高位の貴族、軍からの圧力によっては、それを公開しなければならないほど力のない我々医師が、頭を下げなければならない側です」

 

 そう言ってほほ笑む医師の笑顔には、微かに暗い感情が隠されているようにセシルには感じられた。

 

「正直なところ、先程は口にしませんでしたが、アリス准尉の情緒不安定は、戦闘ストレス反応だけではなくその異物も関係していると私は見ています。

 脳にそれほど大きな異物があるのですから、まったく影響がないとは思えません。無い方が奇跡です」

 

 むしろ、影響がないと考える方がおかしいと、医師はセシルに告げる。

 その考えには、内心セシルも同意していた。

 

 脳は、非常に精密な器官だ。たった数cm傷がつくだけで、言語に異常をきたしたり、立って歩けなくなることもあると聞く。

 そんな脳にこれほどまでに巨大な異物が入っているのだ。まったく影響がないわけがないだろう。

 

「これは推測ですが、彼女に原因を告げた時の彼女の様子を考ると、彼女自身この異物に関しては認識している節がありそうです」

「はい、その可能性はこちらでも認識しています。

 彼女は、これ以外にも、法律で認可されていないであろう薬物の投薬や、どうやったのかまではわかりませんが、一部の細胞を別のものへと置き換えるなどの施術が行われていることが確認されていますので」

「それは……なるほど、そこまで身体が変えられてしまっているなら、彼女自身でもある程度は認識しているでしょう。

 ふむ、そうなると……」

 

 医師は、そこで言葉を濁らせる。

 少し考え込んで、そして意を決した様子で口を開いた。

 

「クルーミーさん。この脳の異物、少し注意した方がいいかもしれません」

「注意……理由をお聞きしても?」

「ええ、少し直感が混じった推測なのですが……。

 これほど大きな異物が存在していることを認識しているなら、彼女の反応は少しおかしいのです」

「おかしい? 何がでしょう」

 

 セシルの問いかけるような視線に、医師は少し視線を漂わせて、そして頭の中の違和感を何とか形にしようとしつつ口を開いた。

 

「私が診断結果を伝えた時の反応は、まるで……そうですね、まるでこの異物が、レントゲンに写っていなくても……違うな。

 なんでしょう、こう……彼女の反応は、まるでこの異物が、私に観測されていなくてもおかしくはないような反応でした」

「はい?」

 

 医師の言葉に、セシルは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学に戻り、研究室に続く廊下を歩く。

 研究員さんたちがまじめに仕事をしているためか、廊下には人っ子一人いなかった。

 

「……大丈夫だよね」

 

 気を落ち着けながら、廊下の隅に背中を預け、小さく息を吐いた。

 

 医師の診察によると、私の症状は戦闘ストレス反応から来る情緒不安定であるらしい。

 もちろん、そんなわけがない。私が情緒不安定をおこしているのは合っているとは思うが、原因は原因不明の嫌悪であり、断じて戦闘ストレス反応が原因ではない。自分の身体のことくらい、自分が一番よくわかっている。

 

 とはいえ、診察してもらったという事実は自分でも大きかったみたいで、少し心が落ち着いた。

 

 ただ、一つ問題がある。

 

「……あの時、レントゲン撮られたんだよね」

 

 三日前のナリタ山で起きた戦闘の際に頭部を打ったかもしれないとのことで、私の頭部のレントゲン写真を撮られてしまったのだ。

 

 私が普通の人間であったなら、別に頭部のレントゲン写真を撮られても問題はない。

 しかし、私はC.C.のコピーである『魔導器ネモ』と融合している存在。私の脳には、私と融合しているネモが存在しているはずだ。もしかしたら、ネモの姿が撮影されてしまったかもしれない。

 

「あの先生の反応からして、レントゲンには映らなかったのかもしれないけれど……」

 

 ネモのコードから覚醒させられるギアスは、物理現象だけではなく因果律にも干渉できる力を持つ。なので、もしかしたらX線ぐらいどうにかしたのかもしれない。

 けれど、私はそれを確認していない。撮影されたレントゲン写真を、実際に見ていないのだ。少し心配になる。

 

「ああもう! 心を治すために医師の先生に診てもらったのに、なんで心が疲れるような心配事が増えるかな」

 

 まあ、善意の押しに折れた私が悪いのだろう。そんなことを思うなら、最初から断っておけばよかったのだ。

 

「はあ……ネモ、ネモさん、ネモさーん」

 

 私と融合しているであろうネモに声をかけるが、返答はない。

 『魔導器ネモ』は、ナナリーの持つ負の感情を糧に『ネモ』としての存在を確立して感情を得ているはず。なので、本来であれば、何かしらの反応が返ってくるはずだ。

 だが、返答が返ってくることはない。これはつまり、ネモには『ネモ』としての人格がないのだろう。

 

「もしくは、私がよっぽど嫌われているのか、かな」

 

 ……嫌われてないよね?

 せめて、X線で撮影されてしまったかくらいは答えてくれればありがたいのだけれど、返答がないのであれば仕方ない。

 流石にカルテを盗み出すわけにもいかないし、撮られていないと信じるしかないだろう。

 

「――ま、先生の診断結果から考えて、たぶん大丈夫でしょ」

 

 気を取り直して研究室へと向かう。

 研究室に入れば、仕事に励むロバートさんの姿があった。

 アルマさんやジェレマイアさん、チーズケーキさんはここにはいないようだ。

 

「おはようございます」

「ああ、アリス。おはよう」

 

 研究員さんたちに挨拶をしつつ、ロイドさんの姿を求めて研究室内を見渡す。

 

 ――いた。

 

 ランスロットの方を見れば、数人の研究員と一緒にランスロットのコックピットを覗き込んで何かをしているロイドさんの姿があった。

 

「ロイドさん、アリスです。ただいま戻りました」

「ん? ……ああ、お疲れ様、アリス君」

 

 ロイドさんはそう言うと、私の周りを少し探して、そして首を捻った。

 

「あれ、セシル君はどうしたの?」

「セシルさんは、医師の先生と話があるそうなので、先に帰って診断結果を伝えるように言われました。

 一応、セシルさんからも聞くことになるとは思いますが、セシルさんに言われた通り私から――」

「うん、めんどくさいからいいよ。どうせたいしたことなかったんでしょ。

 もし暇だったら、アリス君は応接室にあるお茶の葉でも入れ替えといて」

 

 私の言葉を遮る様にそう言うと、ロイドさんはコックピットの方に戻っていってしまった。

 会話の間に見えたロイドさんの顔には、くっきりとしたクマがあった。あの様子からして、どうやら急ぎの研究か実験か何かがあるようだ。

 

「わかりました」

「あ、それと、入るときは避難用の入り口から入ってね」

「避難用の、ですか? 了解です」

 

 ロイドさんの言葉に疑問を覚えながらも、頷いて研究室を出る。

 途中でお茶の葉を手に入れ、今度は応接室へ。

 

 実は、この大学にはいくつか避難用の通路がある。ただ、悲しいことに、設計ミスかどうかわからないが、その中には隠し通路の様に見つかりにくくなっている物があったりする。

 応接室にあるのは、そのうちの一つだ。応接室に歓待用のあれこれを持ち込んでいる最中、ロイドさんと一緒に見つけた。この通路のことを知っているのは極僅かで、一部の研究員さんたちとロイドさん、そして私だけだ。セシルさんですら知らない。

 ロイドさんが忙しくて失踪した時は、たいていこの通路を使っている。

 

 それにしても、どうしてロイドさんはこっちから入れと言ったんだろうか。

 別に、応接室の前に行ったら撃ち殺されたりするわけでもないのに。

 

 撃ち殺されるって何だろ。なんでこんな思考に至ったりしたんだろうか。

 また思考がおかしくなってる。これなら、ナリタ山の戦いの後にお休みなんてもらわなければよかったかも。

 

 そんな思考をしつつも、足は止めない。

 

「あれ、アリス。診察は終わったの?」

 

 ――そんな時、正面から声がした。

 

「あ、スザクさん」

 

 顔を上げると、そこにはスザクさんの姿があった。

 

「診察については、はい、つい先ほど終わりました」

「結果は?」

「情緒不安定だそうです。戦闘ストレス反応を起因としたものだそうなので、しばらくは戦うことは忘れてゆっくり休むように、と言われました」

 

 私のその言葉を聞くと、スザクさんは安堵したような、しかし同時に心配するような表情で私を見た。

 

「精神病か……うん、初めての戦闘だし、仕方ないよね。

 ナリタ山での一件で、戦闘中に頭でもぶつけたんじゃないかって心配だったんだ。脳に怪我したとかじゃなくて良かった、っていうのは変かな。少し安心したよ」

「心配させてしまったようですみませんでした。

 スザクさんはどうでしたか? スザクさんも診察を受けたって聞いていたんですけど」

「うん、僕やロイドさんは大丈夫だって言ったんだけど、ロイドさん以外の特派のみんなが心配だから受けろって言ってね。

 結果は、特に問題は無いって」

 

 特に問題はなかった、そう口にしたスザクさんの声は、微かに、本当に僅かだが作ったように聞こえた。

 スザクさんの表情を見れば、何となく少しだけ笑顔が固い気がする。本当に少しだけだけど。

 

 これは――いや、何も言わないでおこう。

 

「そうですか、戦闘中に錯乱するなんて何かあったのかもって思ってたんですけど、何もなくて本当に良かったです。

 それじゃあ、私は仕事中なので失礼しますね」

「仕事中?」

「はい、応接室の茶葉を変えるようにってロイドさんに言われたんです」

 

 そう言って、私は手に持った金属製の缶をスザクさんに見せる。

 それを見たスザクさんは、ちょっと苦笑いの様な変な表情を浮かべた。

 

 ん? 何だろ。何か変かな?

 

「ロイドさんから? 他に何か聞いてたりしない?」

「いえ、何も聞いてませんけど。

 ……何か問題でもあるんですか」

 

 思わず、声に私の不安な感情が乗ってしまう。

 こういったちょっとしたところで、本当に私が精神のバランスを崩してるんだって実感する。

 

 心配そんな声を上げた私に、スザクさんは安心させるように微笑んで言った。

 

「ううん、何もないから安心していいよ」

 

 ――いや、絶対何かあるでしょその反応。

 

 露骨な隠し事に内心ツッコミを入れつつ、スザクさんが話してくれそうな気配がしないので、探るのは諦めることにした。

 何があるのかわからないけれど、スザクさんがこんな反応をするという事は、特に悪いことが起きるわけではないという事だろう。

 ここで聞かなくても、応接室に行けばわかることだ。

 

「そうですか。なら、そろそろ失礼しますね」

「うん、急いで帰ってこなくてもいいから、ゆっくり話してきなよ」

 

 スザクさんと別れた私は、ぐるっと回って外に出て、避難用の連絡口へ。

 木々や建物の陰になって見つかりにくいそこから応接室に入ると――

 

「あら? 今度はアリスなのね」

 

 そこにいた人を見て、私は固まった。




誰とは言わないけれど、この人が来るのも原作(小説版)通り
……ただし、本当は来るのが一日前だったりするけど。


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36話

 上司の命令で休憩室に行ったら、もっと偉い上司がいた。

 本当に驚いた。一瞬、心臓が止まったかと思った。私の前に彼女と会っていたであろうスザクさんも、驚いたに違いない。

 

「ユフィ、さん?」

「ええ、こんにちわ、アリス」

 

 ――そこには、ユフィさんの姿があった。

 

「え、いや、なんでここにいるんですか!?」

「皇族として、慰安のために租界施設を回っているのよ。主任であるロイド伯爵とは事前に連絡を取っていたのだけれど……その様子だと、連絡がいってなかったみたいね」

 

 ユフィさんのその言葉に、いたずらが成功したかのような顔でこちらを見るロイドさんの姿が脳裏に浮かんだ。

 無性にぶん殴りたくなった。

 

「とりあえず、ほら、ここに座って」

「わ、わわっ!」

 

 ユフィさんに手を引かれ、彼女の正面の席に座らされる。

 少し席が暖かい。たぶん、さっきまでスザクさんがここに座っていたのだろう。

 

 強引に座らされた私は、一旦心を落ち着けて、顔を上げてユフィさんを見る。

 ユフィさんは、なんかこう……うふふって感じの笑顔でニコニコ笑っていた。

 

 どうしよう。なんて言おうか。

 

 微笑む彼女に対して、何を言えばいいかわからなくなった私は、とりあえず挨拶を交わすことにした。

 

「あの、えっと、お久しぶりです。ユフィさん」

「ふふ、久しぶりね、アリス。

 数日前に会ったばかりのはずなのに、本当に久しぶりな気がするわ」

 

 そう言われて、私はユフィさんと会ってからまだ一週間と少ししか経ってないことを思い出した。

 疲れているからか、もしくは情緒不安定だからか、ここ最近の時間間隔が狂っている気がする。

 

「言われてみればそうですね。思い返してみれば、まだ一週間ほどしか経っていないはずです」

「それだけ、ナイトメアのパイロットというのは大変な仕事なのでしょう。

 ラウンズの方々との模擬戦闘や、先日のナリタ山における戦闘にも参加していたと聞いているもの。それだけ大変な日々を過ごしていれば、一週間前なんてずっと昔のように感じられるのも仕方がないわ」

 

 そう言って、ユフィさんはテーブルの中央に置かれていた魔法瓶に手をかけた。

 

「あ、私がやります」

「いいの。少し前までは、こういったことも自分でやっていたんだもの。これぐらいできるわよ」

 

 いえ、できるとかできないとかそういった問題ではないのですが……。

 こういったちょっとしたところが、ユフィさんの皇族らしくない行動に繋がっているのだろう。

 悪く言えば、まだ学生気分が抜けていない、良く言えば、考え方の視点が庶民的なのだ。

 

 でも、きっとユフィさんのこういったところが、ある意味彼女なりの皇族の資質なのかもしれない。

 

 今入れる分でちょうど無くなる紅茶の葉を、持ってきたものと詰め替えながら、私はそんなことを思った。

 

 ユフィさんは、まずポットとカップにお湯を注いだ。

 

「本当は、沸かしたばかりのお湯を使いたいのだけれど……」

「魔法瓶のお湯とかは、使ったらだめなんですか?」

 

 ユフィさんの言葉に、私は疑問を抱いた。

 普段、シミュレータの休憩時間などで特派の研究員さんたちに紅茶を入れてもらうとき、研究員さんたちは決まって魔法瓶のお湯を使っていたのだ。

 

「ダメではないわ。ただ、おいしく飲むにはその方がいいの。沸騰直後のお湯の方が、紅茶の香りを引き出してくれるのよ。

 今から入れるこの紅茶は、香りが特徴のアールグレイだから、今度アリスがアールグレイを飲む機会があれば、沸かしたてのお湯で飲むといいわよ」

「なるほど……紅茶の淹れ方とかに注意したことなんてなかったので、全然知りませんでした」

 

 しばらく見ていると、ユフィさんはポットとカップのお湯を捨て、ポットに茶葉をスポーン2杯分淹れてから勢いよくお湯を注いだ。

 そして、ポットの蓋を手に取り素早く蓋をする。

 

「後は、少し蒸らして終わりね」

「紅茶って、意外と淹れるのにも手間がかかるんですね」

「そうね、でも、手間をかければかけた分だけおいしくなるの。アリスも、できるだけおいしい紅茶を飲みたいでしょう?」

 

 ユフィさんの言葉に、私は頷くことで答える。

 ただ、正直なことを言えば、ユフィさんに淹れてもらってまで美味しい紅茶を飲みたいとは思わないけど。

 ユフィさんは、ブリタニアの皇族なのだ。表には出さないが、火傷したりしないか、正直気が気じゃない。

 

 しばらくして、ユフィさんはポットを手に取り、軽く中をスプーンで混ぜてからカップに紅茶を注ぐ。

 カップに紅茶が満ちるにつれ、皇族の人にお茶を淹れさせているという実感がわいてきて、身体が緊張で強張り始めた。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 あったかいもの、どうも。

 

 ユフィさんから、紅茶を一杯頂く。

 この紅茶は……たしか、トワ……トワイブニング? なんか違うな、トウィニングだったかな? まあ、トワなんとかとかいうメーカーのアールグレイだったはずだ。お客さん用の紅茶で、こういったことに関心がないロイドさんの代わりにセシルさんが本国から取り寄せているかなりいいお値段のお茶らしく、私は飲んだ事が無い。

 普段特派の研究員さんたちと紅茶を飲むときに飲むのは、安い業務用の紅茶なので、このお茶がどんな味なのか少し気になっていた。

 

 もっとも、こんな状況じゃ味もわからないかもしれないけど。

 

「では、その、いただきます」

 

 いつもにこにこ這い寄りそうな笑顔に押され、カップに口をつける。

 

 ――ペロ……これは

 

 カット。いくら何でも不謹慎すぎる。

 さっきから思考がネタに走ろうとしている。それだけ緊張かつ混乱しているのだろう。

 

 当然ながら、先ほど予想していた様に、そんな状況で味なんてわかるはずもなかった。

 せいぜいわかるのは、普段よりも紅茶の苦みが飲みやすいものになっていることぐらいだ。

 

「どうかしら」

「美味しいです。あまり高価な紅茶を飲んだ事が無いので、比較対象が安物になってしまうのですが、少なくとも今まで飲んだ中では一番おいしかったと思います」

「そう! 美味しく飲んでもらえたなら本当良かったわ」

 

 私の答えに、ユフィさんは嬉しそうに笑った。

 無性に心が痛くなった。

 

 笑顔のユフィさんは、その笑顔のまま自身のティーカップに手をかけ、紅茶を口にした。

 

「……ちょっと熱かったかしら。

 さて、実は、今日こうやってアリスと二人きりになることは、(わたし)がロイド伯爵に頼んだことなの」

「私、ですか? スザクさんじゃなくて」

「す、スザクにはそういった約束はしていなかったわ。今日会えたのは、ロイド伯爵が気を利かせてくださったからだもの」

 

 スザクさんのことを口に出すと、少しわたわたとしながらユフィさんは何でもないように装って答えた。

 まあ、ユフィさんの性格的に、こういった公務に私情を混ぜるのは、よほどの理由がなければ良しとしないだろう。むしろ、この特派を訪問することにすら、私情が混じっていることを自覚して引け目を感じていそうな気さえする。

 

 ユフィさんは、しばらく動揺すると、わたわたとする様子をじっと眺める私に気が付いたのか、若干頬を染めながら小さく「こほん」と咳払いをして、気を取り直して私を見た。

 

「アリス准尉」

 

 ユフィさんの声に混じる真剣な感情に、思わず背筋が伸びる。

 

「先日のナリタ山における戦闘において、あなたは(わたくし)の姉の命を救ったと聞いています。

 このような質素な形ではありますが、その勇敢な働きに心からの感謝を」

 

 そう言って、ユフィさんは軽く私に頭を下げた。

 

「本当にありがとう、アリス。あなたがいなかったら、お姉様は死んでいたかもしれないわ」

 

 ――だから、本当にありがとう。

 

 ユフィさんの言葉が、休憩室の空気に触れ、そして響いて消えてゆく。

 そんなユフィさんの言葉を聞いて、私は、心がほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

「いえ、コーネリア様の命は、奇跡の藤堂率いる四聖剣を足止めしたギルフォード卿、孤立しつつあった部隊を巧みに纏めたダールトン将軍、その他一兵士に至るまで、私たち特派の出撃を許可してくださったユーフェミア様を含め、皆が必死になったが故に得られた奇跡です。私は、コーネリア様を直接救うという最も目立つ立ち位置にいただけで、ユーフェミア様のお言葉は、私だけではなく、あの場にいたすべての方々に与えられるべきものだと思います」

「そうかもしれないけれど、それでも、あなたがお姉様の窮地を救ってくれたのは事実よ。

 人目があるところではお礼を言うことすら難しいのだから、こういったところ位は、お礼を言わせてちょうだい……ね?」

 

 ちょっと恥ずかしくなっていろいろ言ってみるが、ユフィさんの笑顔に言葉を塞がれる。

 

 ユフィさんの笑顔にもっと恥ずかしくなって、私は視線を逸らした。

 

「ふふ、恥ずかしがることなんてないのに」

「いや、その……あまり、誰かに褒めてもらうことには慣れていないので」

 

 子供のころはそうでもなかったが、大人になってからはそういった機会は無かったので、ちょっと恥ずかしいのだ。

 私の答えに、ユフィさんは口をつぐむと、今までとは少し感じの違う笑みで私を見た。

 

「そう……なら、もっと感謝しないといけないわね」

「いえ、大丈夫です。ユフィさんの感謝は、十分に伝わりましたから」

 

 ユフィさんの言葉を、即座に断る。

 子供でもないんだから、そんなに感謝されなくてももう十分だ。

 

 私がそう言ってユフィさんの言葉を断ると、ユフィさんは少しだけ残念そうな顔をして諦めた。

 

 喉が渇いたので、一旦心を落ち着けるのも兼ねて、少し冷めた紅茶を飲む。

 その時にユフィさんを見ると、同じく紅茶を飲んでいたユフィさんと目が合った。

 

 何となくおかしくて、お互いに顔を合わせて少し笑ってしまった。

 

「ようやく明るくなったわね」

「何がですか?」

「あなたの表情よ。さっきまで、暗い笑顔ばっかりだったもの」

 

 

 ――心臓が、跳ね上がった。

 

 

「そうですか? 私としては、特にそんなつもりはなかったんですけど」

「……また戻っちゃったわね。

 アリスは正直でわかりやすいから、思っていることが顔に出やすいのかもしれないわね」

 

 そう言ったユフィさんは、手に持ったカップを置いてじっと私を見た。

 

「――例えばその笑顔、前に会った時と同じ顔だもの」

 

 ……本当に、こういったところが彼女なりの皇族の資質なのだと実感する。

 その、本質を見通せていないようで、しかし時には鋭く見通しているその眼。それこそが、彼女なりの皇族の在り方なのだ。

 

「そんな顔をする理由、良かったら話してもらえないかしら」

 

 そう言って、ユフィさんは、柔らかく微笑む。

 

 ――前の時と、まったく同じ笑顔。

 

 その人の心を溶かすような笑顔に心を揺さぶられながらも、私は、なんとなーくユフィさんがこんなことを聞いてきた理由に気が付いた。

 

「ロイドさんですか」

「ロイド伯爵が、どうかしたの?」

「いえ、何でもないです。その……少し待ってもらえますか」

 

 ロイドさんの名前を出した時のユフィさんの表情は、特におかしなところはなかった。

 つまり、ユフィさんが私のことを気にしてくれている理由は、ロイドさんがお願いしてくれたというわけではないのだろう。

 すると、消去法的に選択肢は一つに限られる

 

 ――私って、そんなにわかりやすかったんだ。

 

 まさか、特派1天然であろう彼にそこまで心配をかけているとは思わなかった。

 プライベートな場では仲がいいとはいえ、皇族にお願いをするまで、それほどまでに彼を心配させてしまっていたのか。

 

 ここまでされては、流石に相談しないわけにはいかないだろう。

 

 そっと小さくため息を吐いて、私はユフィさんを見た。

 

「その、詳しいことは言えないんですが……。

 ここ最近、自分でも身に覚えのない感情が、急に心の中から湧き出すようになったんです」

「身に覚えのない感情?」

「はい。例えば、誰もが認める優しい人相手に、強い敵意の感情を感じたり、理由もなく急に悲しくなって涙が溢れて着たり。そういった、普段の自分では絶対抱かないような感情が感じられるようになったんです」

 

 私の言葉を聞いたユフィさんは、難しい顔で考え込んだ。

 

「身に覚えのない感情……」

 

 その表情に、少し申し訳ない気持ちが芽生える。

 身に覚えのない感情なんて、相談されてもどうしようもないだろう。これでは、ユフィさんに無駄な心労をかけてしまっただけだ。

 

「あの」

「ちょっと待ってて……そうね」

 

 別に悩まなくてもいいと、そうユフィさんに声をかけようとすると、ユフィさんは私の言葉を差し止めるように遮った。

 

 ユフィさんは、しばらく考え込むと、ふと何かを思い出したかのように顔を上げ、私の顔を見る。

 

「あなたがよくわからない感情に悩まされているのはわかったわ。

 なら、そう感じたあなた自身は、そう思ってどうしたいのかしら?」

 

 ユフィさんから告げられた言葉は、思っていた者とは違うものだった。

 何らかの励ましの言葉が来ると思っていた私は、少しあっけにとられてしまった。

 

「どうしたいのか、ですか」

「ええ、これはお姉様からの受け売りなのだけれど、大切なのは何を感じたかではなくて、自分はどうしたいのかみたいなの。

 アリス。あなたは、その不可解な感情から、どうしたいと思ったの?」

 

 ――自分は、いったいどうしたいのか。

 

 そんなこと考えやこともなかった。その考えに至るだけの余裕もなかった。

 

「……わかりません。そんなこと、考えたこともありませんでした」

「それなら、ゆっくりでいいから考えてみたらどうかしら。

 ちょうど、と言っていいのかはわからないのだけれど、ランスロットは大破していて戦闘には参加できないのでしょう?」

 

 ユフィさんの言葉に、私は頷くことで答える。

 

 そうだ。紅蓮弐式がこちらにあり、かつランスロットが大破している今、マオがおとなしくするまでは、特派が駆り出されるような大規模な戦闘はない。

 限られた時間ではあるが、悩むには十分な時間がある。

 

「少し、考えてみます。私がどうしたいのかを」

 

 それから、ユフィさんと少しだけ雑談をして、私は休憩室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の言葉は、あの子にちゃんと届いたかしら」

 

 アリスが出て行った休憩室で、ユーフェミアは一人呟いた。

 そして、冷めてしまった紅茶を飲んで、そっと彼女が使っていたカップに視線を移す。

 

 スザクに頼まれて、彼女から聞き出した悩み事。

 自分としては上手く言葉をかけることができたと思うが、正直なところ彼女の心を癒せた自信はない。

 

 ――だって、ユーフェミアが彼女に告げた言葉は、ユーフェミア自身にはできていないことなのだから。

 

 今のユーフェミアは、自身が何をしたいのかすらわかっていない。アリスの様に、何らかの理由によって進む道が見えなくなってしまっているわけでもないのに、だ。

 

 言った本人に対してそのまま帰ってくる言葉に、一体何の意味があるだろうか。

 これほど説得力のない言葉はないだろう。あの言葉、かつて自らの芯を見失いそうになっていたユーフェミアに彼女の姉がかけたその言葉は、ユーフェミアの姉だからこそ説得力があったのだ。

 姉に100歩も200歩も劣るユーフェミアでは、説得力以前のものとして、あまりに滑稽だったに違いない。少なくとも、ユーフェミア自身にはそうだった。

 

「私は……」

 

 あの言葉を口にできるだけの人間だったのか。自身にそれだけの価値があったのか。

 ユーフェミアの心の叫びは、空気を伝う言葉にはならず、そっと消えてゆく。

 

 だってそうだろう。ユーフェミアは、ここエリア11に来てから何もしていないのだ。

 

 副総督としての仕事は、ほとんどすべて総督である姉に奪われている。

 もちろん、それが全て姉の善意からきていることは理解しているが、その善意が今の彼女には煩わしかった。

 

 ユーフェミアにできるのは、多忙な姉にはできない、こういったちょっとした仕事だけ。

 お飾りの副総督。政治劇を盛り立てるための道具。

 

 ――そんな人間の言葉に、一体何の価値がある。

 

「はぁ……駄目ね」

 

 悩んだところで、結局は何も変わらない。

 残った紅茶をすべて飲み干して、下降する思考を断ち切った。



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37話

 突然だが、一つ話をしたい。

 

 セシルさんの料理は、甘味の凶器である。

 味の暴力とさえも例えられるそれは、特派の中では名前を言ってはいけないあの人扱いされるほどに知られ、同時に危険視されていた。

 

 まあ、普通に味の暴力と言われてもよくわからないと思うので、例を出そうと思う。

 

 私が特派に来てから初めて実機での戦闘があった日、セシルさんはアルマさんら女性研究員の人達と一緒に大量のサンドイッチを作った。

 私が作ったのは、レタスのシャキシャキとした食感を生かしたレタスサンド。アルマさんが作ったのは、ハムチーズサンドだった。

 他の研究員さんたちも、BLTサンドやツナマヨサンドなど様々なサンドイッチを作っていた。

 そんな中、セシルさんが作ったサンドイッチは、少しだけ他とは違っていたらしい。らしいと付けたのは、私はそのサンドイッチの存在を知らなかったので、後から他の研究員さんたちに話を聞いたためだ。

 

 セシルさんのサンドイッチは、ぱっと見は普通のカツレツを挟んだだけのサンドイッチだったそうだ。

 パンは、よくあるソフト系のもの。唯一普通と異なる点は、パンはトースターか何かで焼かれていて、妙に甘いにおいを放っていたことらしい。

 

 

 第一犠牲者は、アレルギー性鼻炎を持っていた男性研究員だった。

 

 鼻炎により嗅覚を喪失していた彼は、サンドイッチが放つ甘い匂いに気が付くことができず、そのサンドイッチを口にしてしまった。

 

 ――変化は、すぐに起こった。

 

 白い肌は一瞬で青白く変わり、徹夜明けの様に目が血走る。

 余りの甘さに胃が破壊され、彼の口元から血の様な赤色(ケチャップ代わりのイチゴジャム)が飛び散った。

 

 

 第二の犠牲者は、その研究員の友人である男性だった。

 

 倒れ込んだ彼を見つけた男は、彼の右手に付着した赤いものが描いていた文字「犯人は、セシ……」を見て、すぐさま状況を把握した。

 

 すべて書き切られていたわけではないが、状況を把握するには十分な状況だ。

 男は、辺りに立ち込める甘い糖分の香りを払うためにバケットのふたを開け、そして中のサンドイッチ達を覗き込んだ。

 

 ――そして倒れた。

 

 男は、あまりの甘い匂いに耐えきれなかったのだ。

 

 

 この後、他に三人ほど研究員の人達が倒れたらしいのだが、それは置いておく。

 

 

 

 

「……つまり、セシルさんの料理はそれくらい劇物なんです。

 甘い物が嫌いな人であれば、においだけで失神しちゃうほどの」

「ん、ごめん」

 

 私の言葉に、ぼさっとした感じの髪型をした白衣の女性は、私の言葉に申し訳なさそうな表情を作った。

 

「それで、どうして私の口にセシルさんのおにぎりを入れたんですか?」

 

 そう、ユフィさんと会った後、私は今目の前にいる女性によって、口の中にセシルさんが作成したおにぎりを放り込まれたのだ。

 シロップで炊いたかのように甘いお米と、従来のものよりも3倍は甘いであろうイチゴジャムが持つ強烈な甘みに意識を失った私は、気が付けば見覚えのない一室に座らされていた。

 

 いや、完全に見覚えがないわけではない。

 この部屋そのものは知らないが、内壁の造りからして特派の研究室と同じ建物であるとは想像できる。

 

 つまり、この白衣の女性は、ここの大学の人か、私が知らない特派の研究員さんか、特派と協力しているラウンズの研究員のいずれか、ということだ。

 

「ん」

 

 目の前の彼女は、短くそう言うと部屋の中央を指さす。

 指の先には、どこかで見たことがあるシミュレータが存在していた。

 

「乗って」

「あのシミュレータにですか?」

「そう」

 

 そう言って、彼女は私にパイロットスーツを渡してくる。

 

 これはつまり、彼女は私をシミュレータに乗せるために、セシルさんのおにぎりを利用してここに拉致してきたという事だろうか。

 

 ――あのおにぎりテロは確信犯じゃないか!!

 

「えっと、一応私は特派に所属しているので、私の操縦データに価値が存在している現状では、勝手にシミュレータに乗るわけにはいかないんですが……」

 

 まあ、それはともかく。

 彼女がどこの人間であるかわからない以上、私は勝手に行動するわけにはいかない。

 

 そう告げると、彼女はめんどくさそうに近くにあったカバンを漁り、そこから1枚の紙を取り出した。

 

「大丈夫」

 

 彼女は、そう言って私にその紙を見せてくる。

 その紙は、ロイドさんのサインが書かれた、私が他の部署でシミュレーションを行ってもいいという内容の許可書だった。

 

 ――いや、ロイドさん何勝手に変な許可証作ってるんですか。

 

 思わず、ロイドさんの奔放さに呆れてしまった。

 いや、私に許可を得ろとかそんな偉そうなことを言うつもりはないけれど、事前に一言言っておいてほしい。

 

 というか、それ以前にこれは本物なのだろうか?

 

「あー、なるほど、わかりました。

 ただその前に、ロイドさんと電話がしたいので、少しお時間貰えますか」

「時間? ん、いい」

「ありがとうございます」

 

 目の前の女性に一言断って、持っていた携帯電話を取り出す。

 電話をかける先は、特派の仕事用の電話だ。というか、私が知ってる電話番号はこれ以外にスザクさんとセシルさんの私物の電話しかない。

 

 電話を鳴らしてから少し待つと、受話器を取る音と共に聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

『はーい、こちら特別嚮導派遣技術部ですー』

「アルマさんですか? お仕事中すみません、アリスです」

『あれ、アリスちゃん? 何かあったのー?』

 

 アルマさんに聞かれたので、一通り今までの経緯を話すことにした。

 

 

 

 

「――そんなわけで、ロイドさんに確認を取ってもらえますか?」

『わかったわかったー、いいよー、ちょっと待っててねー』

 

 そこで電話の向こうからアルマさんの気配がなくなり、周囲がしんっと静まり返る。

 しばらく待つと、電話の向こうにアルマさんの気配が復活した。

 

『お待たせー。

 確認したら、ロイドさんは確かにそういった許可書を出したみたい』

「誰に書いたかまではわかりませんか?」

『ううん、大丈夫ー。ちゃんと聞いてきたから。

 ロイドさんが書いたのは、合計で三枚。コーネリア様の親衛隊と、ラウンズの研究チームに書いたみたいだよー』

 

 親衛隊と、ラウンズの研究チーム?

 という事は、彼女はノネットさんかアーニャさんの研究チームに所属している人ということになる。

 ナリタ山の時、アーニャさんの所の研究者の人は何人か見たことがあったので、そこで見たことがないという事は、たぶん彼女はノネットさんの所の研究者だろう。

 

「わかりました。お手数をおかけしてすみませんでした、アルマさん」

『いいよー、これぐらいならねー』

 

 アルマさんとの電話を切る。

 ちいさくため息を吐いて、私は彼女に対して向き直った。

 

「お待たせしました」

「ん」

 

 彼女が急ぐように言ってくるので、慌てて着替えてシミュレータに乗り込む。

 シミュレータの中は、やっぱり見たことのあるものだった。

 

「これ、Gを再現するタイプのシミュレータですか」

『ん、アンナの力作』

 

 アンナ……どこかで聞いたことがある名前だ。

 どこで聞いたんだったか。あまり聞き覚えがないという事は、私がアリスになる前に聞いた名前ではないのだろう。

 

『始める』

 

 そんなことを考えているうちに、シミュレータの外にいた彼女の声が届き、シミュレータの画面に光が灯った。

 

 さっと機体の状態をチェックし、シミュレータのサブモニターに映されたその性能に、少しだけ思考が固まる。

 

「あの、すみません」

『何?』

「これって、ランスロットですよね」

『ん、そう』

 

 私が乗っている機体は、ランスロットだった。

 本来であれば、機体のデータすら特派の外に持ち出していいものでは無いのだが、どうして特派のものではないシミュレータにこの機体のデータが存在しているのだろうか。

 

「ランスロットの細かいデータって、特派以外にはほとんど漏らされていない筈なんですけど……」

『外見と戦闘時の映像を見れば、外側だけなら再現できる』

 

 私の疑問に、彼女は何でもないかのように答えた。

 

 まあ、たしかにできなくはないが、そんな簡単にできることではない。再現するにしたって、ランスロットが稼働を始めてから2週間、いくら何でも早すぎる。

 

 ここにきてようやく、私は、彼女がロイドさんやセシルさん並みの天才であることに気が付いた。

 

『ん、今度こそ、始める』

 

 彼女がそう言うと、少し先に一体のKMFが出現した。

 

 その機体は、ランスロットの様な滑らかな装甲を持ち、サザーランドよりは細く、しかしランスロットよりは僅かにずんぐりとしている。

 腰の左右には、波打つようなスカート状のパーツが付けられており、その陰にはいくつかスラッシュハーケンの姿が見えていた。

 

 ――これは、シェフィールド?

 

 いつかノネットさんの専用機として開発が進むことになるKMF『シェフィールド』、正面のKMFは、それに近い形状をしていた。

 ただ、このシェフィールドもどきは、間違いなくシェフィールドではない。

 

 正面に立つシェフィールドの手には、MVSが2本握られていた。

 

 シェフィールドは、ハーケン以外の装備を持っていなかったはずだ。

 ……まあもしかしたら、本来ノネットさん専用機として開発されていた頃は、MVSを持っていたのかもしれないけど。

 

『考え事は終わった?』

「っ! は、はい、大丈夫です」

 

 急に、彼女から声をかけられる。

 どうやら、私が考え事をしていることに気が付いて、シミュレータを一時停止してくれていたらしい。

 

 彼女の声に意識を取り戻した私は、あわてて操縦桿を握った。

 

 正面の敵に、意識を集中する。

 

『始め』

 

 無線越しに声がかかり、向かってくるであろう敵を迎撃するために、私は操縦桿を握る両手に意識を籠めた。

 

 

 

 

「……」

 

 感覚を研ぎ澄まし、相手の一歩を見極める。

 呼吸を浅くし、少しでも瞬きすることを抑えながら、じっと相手を見つめる。

 

「……あれ?」

 

 しかし、相手は一向に動き出す様子を見せなかった。

 

 もしかして、相手のAIは、こちらが動かないと行動を始めなかったりするのだろうか。

 

「なら」

 

 意識を切り替える。

 向こうが攻めてこないならば、こちらから攻めるまでのこと。

 

 こちらの武器は、MVSとヴァリス。どちらも一撃必殺の火力を持つ。

 

 ――この距離なら、ヴァリスかな。

 

 私が選んだのは、ヴァリス。

 最大威力なら、戦艦の装甲をも貫けるその銃に手をかけるため、私は操縦桿を動かす。

 

 ――しかし、私の手は、ヴァリスではなくMVSを手に取っていた。

 

「っ!?」

 

 直後、私の脳が、こちらとの距離を半分まで詰めた敵機を認識する。

 1秒と待たず敵の右手から振るわれる剣を、とっさに手に取っていたMVSで打ち払った。

 

 だが、私にできたのはそれまで。

 

 なんとか打ち払った直後にできた一瞬の隙に、敵が左に持っていた剣が死角から、私のコックピットに突き刺さった。

 

『シミュレーション、終了』

 

 シミュレータ越しに、シミュレーションを終了するという声が聞こえる。

 その言葉に、私は愕然とするしかなかった。

 

「……なにこれ」

 

 瞬殺である。初撃を受け流すのが限界だった。

 否、接近に気が付いた無意識がMVSを取らなければ、初撃すらいなすことができなかっただろう。

 

 そもそも、さっきのシェフィールドもどきの動きはかなりおかしい。

 私は、接近するシェフィールドもどきを目撃していた。それなのに、私はそれを認識できなかったのだ。

 

 いや、どうして認識できなかったのか、一応理屈としてだけはその理由はわかる。

 

 意識の間、認識の隙間。私の思考が、後の先から先の先に切り替わるその瞬間、その一瞬の空白の間に、一気に距離を詰めたのだ。

 

 対面した状態でならともかく、KMF越しにこんなことができるのは、もはや人ではない。

 

『次、2回目』

「あ、はい。……ってもうですか!?」

 

 さっさと次に行くと言われたので、思考を断ち切ってあわてて身体に力を籠める。

 シミュレータがうなりを上げ、先ほどと同じ敵と環境が再現された。

 

『始め』

 

 コックピット内に声が響くと同時に、私はヴァリスを抜きながら後退を始めた。

 それとほぼ同時、いや、ほんのわずかに遅れて、相手のシェフィールドもどきが距離を詰めてくる。

 

 ただの後退では追いつかれそうなので、単純にランドスピナーを回すだけではなく、背後の建物にスラッシュハーケンを突き刺したりしながら、蜘蛛の様に宙を舞って後退する形に変える。

 同時にヴァリスを連射、可能な限り足止めを、できれば撃破を急ぐことにした。

 

 

 だが――

 

 

「――っ! 狙いがっ!」

 

 引き金を引く直前、何故かその一時だけ身体が竦み、タイミングが、ひどい時には照準がずれる。

 辛うじて3発中2発は命中する弾道を取らせることができているが、それらにしても有効弾となる軌道を描くことはできなかった。

 

 もっとも、命中する軌道を飛ぶ弾丸は、全て斬り払いされているので意味がないけれど。

 

 このままでは、弾薬という限界が存在するこちらが、弾切れで敗北する。

 

「ならっ!」

 

 後退から一転。ヴァリスをMVSに持ち替えて前進する。

 銃でけりを付けられないなら、近接戦闘を挑むしかない。射撃戦は、相手に手傷を負わせたその後でいい。

 

 銃弾斬るような相手と接近戦で勝てるとは思わないけれど、両足と片手くらい差し出せば、剣の2本くらいなら持っていけるだろう。

 片腕とスラッシュハーケンさえ残っていれば、回避しながら狙い打つことぐらいはできる。シェフィールドの武装は中距離戦闘に片寄っていたはずなので、それに近い外見をしている目の前の敵機も、かなり中距離に片寄っているだろう。立ち回りかた次第では、一方的に狙撃でぼこぼこにできるかもしれない。

 

 まあ、銃撃戦になったらなったで、さっきから私の照準がぶれる謎現象をどうにかしなければならないのだけれども。

 

 踏み込み、一閃。

 当然ながら片手で受け流され、逆の手が視界から消える。

 

「はっ!」

 

 腰のスラッシュハーケンを利用して、慣性を殺しつつきりもみしながら強引に後方へ跳躍。

 空中で回転しつつヴァリスを引き抜き三連射、牽制することで追撃の足を止める。

 

「MEブースト!」

 

 着地と同時に、ヴァリスをしまいながらMVSを投擲。

 ヴァリスをしまった手でもう一本のMVSを掴みながら、全力で加速する。

 

 MVSは抜かない。

 剣とその鞘を機体の陰に隠すことで、コンマ1秒でも長く剣の間合いを見切らせない様に踏み込む。

 

 居合いなんて、素人が手を出していいものではないのはわかっている。

 そもそも、ランスロットの構造上、鞘を使った居合は上段からしか繰り出せない。この時点で、抜刀術もなにもないと思う。

 だから、あくまで参考にするのはその利点だけ。

 

 不意打ち。

 間合いの隠匿。

 

 西洋圏には、居合という概念が存在しなかったはずだ。

 目の前のAIが、日本人を参考にしたものでなければ、いくらか対応が遅れるかもしれない。

 

 ――間合いの限界で、刃の切っ先で、一刀のもとに斬り裂き殺す。

 

 そして、シェフィールドもどきが投擲されたMVS弾き飛ばすと同時に、私は剣に力を込めた。

 

 

 だが――

 

 

「えっ」

 

 シェフィールドもどきは、MVSの切っ先、そのほんの少し手前まで、僅かに機体を後退させた。

 

 右手に握られた、MVSが空を切る。

 慣性により、右手の動きが数瞬遅れる。

 

 その明確な隙に、シェフィールドもどきは踏み込んだ。

 

 手にしているのは、MVS。紅の光を放つ高周波ブレード。

 

 その剣が、上段から振り下ろされようと迫る。

 

「まだ!」

 

 いや、これで終わりにはしない。

 まだ、左手が動かせる。

 

 ここは、左手のブレイズルミナスで防いで――

 

 

 そう考えたところで、何故か視線が、迫るMVSに固定された。

 

 

 輝く紅。

 

 顔面へと迫る紅色。

 

 ワインレッドの様な光。

 

 機体に鳴るアラート。

 

 消失するメインカメラの映像。

 

 そこに写る紅蓮の――

 

 

「あ、え?」

 

 思考が固まり、口から意味のない言葉が漏れる。

 

 

 ――回避することもできず、私はMVSに両断された。



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38話

「よう! やってるか?」

 

 彼女、ノネット・エニアグラムが部屋に入ると、そこにでは既にシミュレーションが行われていた。

 

 その傍にあるデスクにはいくつもの薄型モニターが置かれ、それらすべてが別角度から見たシミュレーションの映像を映し出している。

 そのモニターの前では、ぼさっとした白衣を羽織った女性が、退屈そうな様子で同時にそれらを見ていた。

 

「ん」

 

 ノネットが入って来たことに気が付いた白衣の女性が、彼女に近寄ってくるノネットへと、一枚のモニターを向ける。

 そこには、鋭く機敏に、しかしどこかぎこちなく剣を振るうランスロットが映し出されている。

 

 ノネットは、その映像に若干の違和感を覚えつつも、部屋の隅にあった椅子を持ってきて、白衣の女性の隣に腰を下ろす。

 

「それで、アリスはどんな感じだ?」

 

 ぐてっとした彼女の横に座ったノネットは、早速本題に入った。

 

「期待外れ」

 

 彼女はそう言うと、モニター前に設置されていたキーボードをかたかたと叩く。

 すると、映像が流れていたモニターのうちの11台がブラックアウトし、そして背後から見る第三者視点(サードパーソン)でのランスロットの戦闘映像が流れ始めた。

 

 どのランスロットも、最初は射撃による遠距離戦での戦闘を行い、その後、近距離でのMVSを使用した格闘戦、もしくはスラッシュハーケンと専用の銃火器を使用した中距離戦闘で敗北する、という結末を辿っている。

 

 彼女が映したそれらは、ノネットがここに来るまでに行われたアリスのシミュレーション記録。アリスがAI相手に惨敗し続ける映像だった。

 

「なんで負けたのか、理解できない」

 

 11すべての映像、そして今行われていた12回目のシミュレーションが終了した時点で、白衣の彼女はそうノネットに告げると、マイクのスイッチを入れて「次、13回目」と口にし、そしてシミュレーションを再開してからマイクのスイッチを切った。

 

 そんな彼女の様子に、ノネットは苦笑いを浮かべる。

 

「そんなに私が負けたのはおかしいか」

「ラウンズは最強の証。ビギナーズラックは起こりえない」

 

 ――白衣の女性がアリスを拉致してシミュレータに放り込んだのは、自身の上司であるノネットを倒した少女がどんな存在か興味を持ったからだった。

 

 特派の研究室前で、そこに所属するパイロットを拉致するのは、かなりのリスクを伴う。

 そんなリスクを冒してまで彼女にシミュレータを行わせたのに、得られたデータは並みより少し強い程度の操縦データだけ。

 

 あまり喋ることをしない彼女はそのことを口にしなかったが、内心ではアリスのことをかなり失望していた。

 

 ノネットは、そんな彼女の内心を勘で見抜き、何とも言えない気分になった。

 

「確かにラウンズは最強の騎士だが、別に無敗ってわけじゃないぞ」

「知ってる。でも、ノネットはこんな素人に勝率を残すような弱さはしてない」

「そう言ってもらえると嬉しいが、お前が言うほど私は無敵じゃないさ」

 

 ノネットの言葉に、彼女は納得しがたいような表情をする。

 

「その子が万全の状態だったら、負けるかもしれない程度にはね」

 

 ノネットは、そんな彼女を微笑ましく思いながら、先ほどから手に持っていた紙を彼女に手渡した。

 

 気だるげにそれを手に取った彼女が、その紙に書かれた文字を見て硬直する。

 そして、それを上から下までしっかりと確認したころには、彼女の表情は真っ青に変わっていた。

 

「……っ!」

 

 手に持っていた紙、アリスの診断書のコピーを投げ捨てると、彼女はすぐさまキーボードに手をかける。

 

 ――しかし、その直前に両手を掴まれキーボードに触れることは叶わなかった。

 

「……ノネット」

「気持ちはわかるが、少し待て。

 こうなってしまった以上、今からこれを止めるのは、今までのアリスの努力を無駄にすることになる」

 

 そう言ったノネットの視線の先には、懸命に敵と斬りあうアリスの姿があった。

 

「さっき、特派でシミュレータを一台都合してもらった。

 アリスには酷かもしれないが、少し荒療治をしようと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫るMVS。

 

 硬直する肉体。

 

 繰り返し再生されるビデオ映像の様に、ランスロットは両断され――なかった。

 

「……」

 

 身体が硬直する前に入力された、相手の動きを予測した防御姿勢。

 斜めに掲げられたMVSによって、シェフィールドもどきのMVSが、流されるように滑り落ちる。

 

 深紅の輝きが消えたことで若干緩んだ竦みを、強引に気迫で吹き飛ばして操縦桿を操作。

 モニターの外から迫っているだろう剣を、自身の反射行動に身を任せることで掬い上げ、即座に蹴りをぶち込んで間合いを開けた。

 

「……」

 

 敗北の寸前を縫うような戦いだが、息に乱れはない。否、既に呼吸などしていない。

 息を挟むことなくスラッシュハーケンを振るい、休むことなく攻め続ける。

 

 だが、シェフィールドもどきの持つ深紅のMVSが大きくモニターに映るたび、私の身体はすくみ上り、攻撃の流れが止まってしまっていた。

 

 そして、敵のAIは、その隙を逃すほど馬鹿ではない。

 

 スカート状の装甲の陰から放たれる左右6、計12のスラッシュハーケン。

 後に半自動制御化され、ACOハーケンと呼ばれるようになるそれは、私のランスロットをスラッシュハーケンの結界に捉えんと迫る。

 

 ――これに捕まったら、詰む。

 

 これに機体を17分割された前々回のシミュレーションを思い出し、身を引き締める。

 

 唯一の救いは、ナイトメア・オブ・ナナリーで登場したとある機体の様に、刃がMVS化されていたり、ブースターが積まれていて空中で軌道を変えてきたりすることがないことだ。

 さっきから、赤色に硬直する原因不明の現象……いや、とにかく硬直する私にとって、このACOハーケンがそんなことになっていたら、回避も何もできなかっただろう。

 

 ――シェフィールドもどきが、ACOハーケンを放った。

 

 逃げ道を塞ぐように放たれる8のハーケンと、こちらを直接狙う4のハーケン。

 こちらの手は二つ、故に、そのどちらもを対処するのは不可能。

 回避するためには、最低でも2つのACOハーケンを迎撃し、それと同時に迫る2つのACOハーケンを、逃げ道を塞ぐように放たれた8つのACOハーケンに触れないような最小限度の動きで回避しなければならない。

 

 両手のブレイズルミナスを起動し、手を下に振るような形でACOハーケン2つを払いのける。

 直後、その両肩の上、肩に設置されたファクトスフィアの表面を斬り裂くようにACOハーケンが通過する。

 

 観測していた各種環境データが、ファクトスフィアが破損した影響か一瞬乱れ、異常事態が起こったと錯覚したコンピュータがアラートを鳴らす。

 

 私は、それを完全に無視して、ブレイズルミナスを切りつつランスロットを踏み込ませる。

 

 

 ――だが、その時すでにシェフィールドもどきの機体は正面にはなかった。

 

 

「……っ!」

 

 私がかすかに息を吸う音が、シミュレータ内に響く。

 頭部のメインカメラには、懐で剣を突き出そうとしているシェフィールドもどきの姿が見切れていたが辛うじて映っていた。

 

 まだ、回避は間に合う。

 

 数瞬遅れていたら無理だったが、今ならまだ間に合う。

 下に向けられている両手から、スラッシュハーケンを射出して押し出すように跳躍すれば、ぎりぎりで回避できるはずだ。

 

 回避できる。回避できるはずなのに――

 

 

 視線が、突き出されようとするMVSに固定される。

 否、MVSではなく、MVSの放つその深紅の輝きに固定される。

 

 息もできない。

 体も動かない。

 意志が四肢に伝わらない。

 

 

 そして、コックピットにMVSが突き刺さった。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 長時間の無酸素運動に疲弊した身体が、酸素を欲して息切れを起こす。

 肩が揺れ、額からは大量の汗が流れ落ちた。

 

 ……いい加減、もう正直に認めるしかないだろう。

 

 私は、最近の精神不安定は、原因不明の嫌悪感が原因だと思っていた。いや、思い込ませていた。

 だが違う。私は、あの医者の先生が言っていたように、戦闘ストレス反応を起こしていたのだ。

 

 今までのシミュレーションがその証拠だ。

 私は、相手の攻撃が私のコックピットを破壊しうるとき、その際に使用された武装が赤色をしていると、全身が凍り付き、身体が震え、汗が止まらなくなっていた。

 

 PTSD、紅蓮弐式が私に輻射波動を浴びせたあの光景、あれが、私にとってトラウマとなっている。

 

「……これだけ落ち着いて考えられるだけ、マシかなぁ」

 

 そもそも、気が付くチャンスはいくらでもあったのだ。

 

 例えば、私がもともと持っているトラウマである『母親の死』。

 これがトラウマとして発現したのは、私が小学生の頃だ。今の私は、完治、なんて言い方は変かもしれないけれど、少なくとも普通に誰かに話せる程度には回復していて、既に日常生活で思い出して泣き出すほど重症ではなくなっている。ちょっと精神的に不安定になったからって、トラウマが再発したりしない。

 つまり、私があの夢を見て不安定になったのは、事故が起きたことではない。

 おそらく、泣いてしまうほど精神的に大きなダメージを受けた原因は、事故によって流れ出した母の血だろう。あの時の私は、それをもともと持っていたトラウマであると認識することで、新しいトラウマを自分自身から隠したのだ。

 

 さらに言えば、私がナナリーに対して感じた謎の嫌悪感。

 私は、今までこれが精神不安定の原因だと言い張っていたが、普通に考えてそれは変だ。

 物事には、必ず原因と結果が存在する。仮にあの嫌悪感が精神不安定の原因だとすれば、原因の原因が、すなわちナナリーに対して嫌悪感をあらわにする様な、自分で自分の心が統制できなくなった原因が存在するはずなのだ。

 

『……次、14回目』

 

 先ほどまでとは似ているが少し違う、興味がないものに対してかける無感情な声から、なにか感情を押し殺す様な声がコックピット内に響く。

 

 その声を聞いた私は、一旦思考を断ち切って意識をモニターに向けた。

 

 とりあえず、今は仕事を果たそう。

 途中で何回戦えばいいのか聞いたとき、あの白衣の人は20回だと言っていた。

 

 あと、7回。それで休める。

 

 疲労で揺れる身体を止め、視線を正面に向けて――

 

「え?」

 

 ――そこには、深紅が見えた。

 

 

「……まさか」

 

 周囲の環境も変わり、先ほどまではビル街だった地形が、木の生い茂る山間部へと変化している。

 天候は、曇り。数日前に見た覚えがある天気だ。

 

「ナリタ、山」

 

 ひっ、と声が漏れ、呼吸が止まった。

 

 正面にいるのは、太陽光を装甲で反射する深紅の機体。紅蓮弐式。

 

 さっきまでシェフィールドもどきと戦っていたのに、どうして紅蓮弐式が相手に変わっているのか。

 

『以後、シミュレーションに使用するターゲットと行動パターンを変更。

 想定環境は、エリア11、ナリタ山中腹。天候曇り、湿度33%、気温20度。

 先日の戦闘データに基づき、周辺では土砂崩れが発生しているものとする』

 

 シミュレータ内に響く言葉。

 その内容は、ほぼ完全にナリタ山の環境と同じだった。

 

「い、っ」

 

 口から溢れそうになった悲鳴を、強引に噛み潰す。

 

 落ち着け、落ち着こう。

 大丈夫、大丈夫だ。

 

 深呼吸、というほどではないけれど、かなりゆっくりとした速度で呼吸する。

 

 大丈夫、正面のあれは、シミュレータが見せるまやかしだ。

 ここはナリタ山ではないし、目の前にいるのも本物の紅蓮弐式ではない。仮に本物であっても、ただ立っているだけの紅蓮弐式だったら大丈夫だったじゃないか。

 それに、戦闘直後、アドレナリンがドバドバしていた時も、こんな発作は起こらなかった。

 

「だから大丈夫、何の問題もない。問題ないから大丈夫」

 

 口に出して、自分に言い聞かせる。

 

 しばらくそうしていれば、呼吸は落ち着いて、意識も元の様に戻ってくる。

 

 私が元通りに戻るのを待っていたのか、私の様子が落ち着いたところで、シミュレータに声が届いた。

 

『もうそろそろいい?』

「あ、はい。すみません、お待たせしました」

『ん、問題ない。

 ……大丈夫?』

「はい、大丈夫です」

「そう。……なら、始める」

 

 その声が聞こえると同時に、目の前の紅蓮弐式はこちらへと加速した。

 

 後退してヴァリスで蜂の巣にしたいが、ヴァリスの間合いに持ち込むには、紅蓮弐式の距離は近すぎる。

 危険だが、下手に下がるよりかは、踏み込んで接近戦に持ち込んだ方がいいだろう。

 

 背中の鞘からMVSを引き抜き、突き出される輻射波動の腕を躱しながら懐へと踏み込む。

 肌がピリピリと沸き立ち、呼吸がおかしくなりそうになるが、唇と両腕を力強く握って強引に止めた。

 

「はっ!」

 

 気合いを籠めて、上段から一閃。

 簡単に回避されるが、さらに踏み込みつつ、返す刀で掬い上げるように斬りつける。

 

 紅蓮弐式は、それを逆手に持った右手の短剣で嚙合わせるように受け止めて、払うように受け流した。

 

「っ!」

 

 腕が捲られ、身体が大きく開かれる。

 その大きな隙を逃すはずがなく、再び輻射波動の腕が突き出される。

 

 竦む。

 凍る。

 固まる。

 

 一瞬の時間が、無限に引き延ばされる。

 

 

 ――ザ・コードギアス ゴッド・スピード

 

 

「……あれ?」

 

 あまりの恐怖心に、とっさに発動したのだろう。

 気が付けば、まるで時間が停滞したかのように、周囲の全てが静止していた。

 

 目の前のモニターに映る紅蓮弐式も、その例外ではない。

 左腕の輻射波動腕部、その指を等間隔に開いた状態で、こちらに腕を突き出すようにして固まっていた。

 

 操縦桿から両手を離して、じっとその手を見つめる。

 

 その手を開き、そして閉じ、きちんと動くことを確認してから、私は肩から力を抜いてシートに身体を預けた。

 

「……はぁぁ」

 

 停止した時間という絶対的な安心感、その安心感に、硬直していた身体が解れ、どっと疲れが湧いて出た。

 身体がふらっと揺れ、一瞬めまいが起きたかのように錯覚する。

 PTSDによって生じた精神的な疲れと、それがもたらす身体の過負荷によって生まれた肉体的な疲れ、それらが一気に噴き出たのだ。ここがベッドだったなら、あっという間に眠ってしまっていただろう。

 

「ひっ、ひっ、ふー……ひっ、ひっ、ふー」

 

 心を落ち着けるために、小刻みに深呼吸。

 肺の中の空気を吐き出して、新鮮な空気を取り込む。

 

 停止した時間の中で深呼吸できるのが不思議な気もしたが、そもそもこの加速による相対的時間停止がどの様に行われているのかもわからないので、あまり気にしないことにした。

 

 さて、落ち着いたところで、これからどうしようか。

 

 まず、大前提として、ギアス発動中にこのシミュレータから逃げることはできない。

 この停止した世界では、私が身に着けている物や、ギアス伝導回路という特殊な魔法陣を搭載した機体以外は、動くことができないのだ。

 いや、厳密に言えばできるが、そうすると大変なことになる。元の時間に合わせた速度で動かさなければ、こちらが干渉していない物質が干渉している物質に置いていかれてしまうのだ。

 

 例えば、目の前に引き戸があって、それをギアス発動中に開けたとする。

 もしこの時、本来の時間の流れに近い速度で開けなかった場合、ドアが取っ手に付いていけずにもげてしまうのだ。

 もちろん、加速の倍率を落し、元々の時間に合わせて動かすことができれば、例えばナリタ山で森を突っ切ったようにすれば、そんなことは起こったりしない。

 

 KMFのシミュレータには、コックピットの開閉を操作する方法が、電子的に開けるものと物理的に開けるものの2種類が存在している。物理的に開ける方は、万が一シミュレーションの電源が落ちて開錠できなくなった場合、内側から空けることができるようにするものだ。

 これを使えば、シミュレータが稼働中であってもシミュレータから脱出することができる。

 

 だが、ギアスを使っていると――

 

「……って、それ以前に、このシミュレータじゃギアス使ってなくても外に出れないじゃん」

 

 ふと、特派が大学に研究室を移す前、軍の施設でこのGを再現するタイプのシミュレータの仕様を聞いた時、セシルさんが「安全のために、このシミュレータは電源が落ちないとロック解除が働かないようになっている」と言っていた言葉を思い出した。

 Gが働いているときにロックが解除されると、そこから投げ出される危険性があるため、シミュレータ稼働中は外部に出れないのだ。

 

 つまり、外にいるあの白衣の人を説得してシミュレータを止めてもらわなければ、外には出れない。

 

「ってことは、外に出るのは無理ってことだよね」

 

 シミュレーション中のあの冷たい声からして、外に出たいなんて言えば、「あと7回で終わるんだから、我慢してさっさとやれ」みたいなことを言われそうだ。

 それ以前に、私個人としてもそういったことはしたくない。仕事を投げ出すなんて、一社会人として絶対にやってはいけないことだ。

 

「でもねー」

 

 じゃあ、今からギアスを解除して、紅蓮弐式と戦うのかと言われれば、正直それも嫌だ。

 今は時間停止中なので冷静でいられるが、もしまた紅蓮弐式と戦い始めたら、最悪の場合取り乱して錯乱するかもしれない自信がある。

 今の私は、アリスという身体が持つC.C細胞の影響かどうかわからないが、コードギアスみたいな規格外機でない限り、内側からコックピットを破壊できるだけの力を持っている。そんな私がここで暴れれば、それはもう大変なことになるだろう。そんなことになれば、特派の人達から変な目で見られるかもしれないし、何よりセシルさん達に迷惑がかかる。

 

 さて、どうしようか……。

 

 

 

 ……いや、わかってる。目を背けるのはやめよう。

 

 あの白衣の人を説得できる可能性が無い以上、今から7回、紅蓮弐式を倒さない限り、このシミュレータから出ることはできない。

 ちゃんと目の前の赤い悪魔に対峙しない限り、この恐怖の時間から逃げることはできないのだ。

 

「……嫌だけど、嫌だけどやろう。やるしかない」

 

 実行することを口に出して、嫌がる思考を誤魔化す。

 一旦深呼吸をすることで呼吸を整え、操縦桿をしっかりと握る。

 

 そして、私はギアスを解除した。




白衣の人、とあるラノベ?のキャラを参考にしてたり。
ごめんなさい、無口系キャラを考えたら、この人しか思いつかなかったんです。


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39話

 ランスロットのMVSを回避し、左手の短刀をコックピットに突き出す。

 ランスロットは、それを掠めるように回避。さらに一歩、こちらの輻射波動の間合いの内側に踏み込み、押し込むように膝蹴りを放つ。

 

「やるねぇ!」

 

 ノネットは、後退しつつ足を大きく開くことで紅蓮弐式の体勢を低くし、その一撃を回避。

 蹴りを放った影響で、一本足でバランスの悪い体勢を維持するランスロットに対し、その体勢から足元を掬うように回転蹴りを放った。

 

 その一瞬、ノネットは視線をサブモニターの一つに向ける。

 そこには、アリスの乗っているシミュレータが観測するデータ、アリスのストレス状況が薄っすらとグラフで表示されていた。

 

 そのグラフに、特に異常はない。

 アリスの精神は、極めて集中した状態にあるだけで、特に高いストレスを感じていたり錯乱していたりなどの状況に放っていなかった。

 

「……そろそろか」

 

 ランスロットは、まるでロンダートのような動きでタイミングよく蹴りを回避し、右側、ノネットから見て左側に移動する。

 その動きを"勘"で読み切ったノネットは、回転蹴りの慣性を維持したまま、ロンダート直後にランスロットが着地するであろう場所へと右腕を突き出す。

 タイミングと位置的に、ロンダートが終わって着地した直後に、ランスロットのカメラいっぱいに腕が映る形になる。

 

 ――ノネットの視界の片隅で、グラフの値が跳ね上がった。

 

 だが、ランスロットはその一撃を硬直することなくMVSで受け止めると、MVSを掴まれるよりも早くノネットの正面から離脱する。

 

 ノネットは、視線を、ちらりとサブモニターに向ける。

 先ほど大きく乱れたはずのグラフは、何事もなかったかのような通常の値に戻っていた。

 

 ――この不可解な動きは、これで三度目になる。

 

 まるで、瞬時に別人と入れ替わったかのような精神の動き。

 最初はシミュレータの故障かと思い、ミリア、今アリスの乗るシミュレータを管理している部下の彼女に聞いてみたが、シミュレータの機能に一切の異常はないとのことだった。

 

 ノネットは、離脱されないように距離を詰め、輻射波動を発動しながら、右腕を突き出す。

 

 ――瞬間、一瞬だけグラフの値が跳ね上がり、即座に沈静化する。

 

 ランスロットは、ブレイズルミナスを発動した左腕で紅蓮弐式の腕を弾くように跳ね上げると、右腕からスラッシュハーケンの刃先を出し、コックピットへと突き出した。

 

 もちろん、その程度の攻撃にノネットが対処できない筈がない。

 紅蓮弐式は、全身を捻りながら弾かれた右腕を引き戻しつつ、輻射波動による盾を展開する。

 ランスロットの右腕は、その軌道を輻射波動の盾により僅かにずらされ、紅蓮弐式のコックピットを掠めるように空振った。

 

『ちっ』

 

 ノネットの駆るコックピット内に、アリスの舌打ちの音が響く。

 それに対して、ふっと笑うような声がノネットの口から無意識に零れるが、その声がアリスに聞こえることは無かった。

 

 本来の模擬戦であれば、通信ができるかできないかが双方向で決まっており、片方に声が聞こえているときはもう片方も聞こえていなければならない。規則ではないが、そういったマナーがナイトメアを駆る騎士たちの中には存在していた。

 しかし、今回のシミュレータを使用した模擬戦では、それが無視されていた。それどころか、アリスは対人戦であることすら聞かされていなかった。

 そのどちらも、ノネットの命令だ。ノネットは、わざわざラウンズとしての権力を使ってまで、こうしてアリスに不利な戦場を用意していた。

 

「はっ!」

 

 攻撃を空振って隙を晒したランスロットに、紅蓮弐式の短剣が突き刺さる。

 

『シミュレーション、終了します』

 

 ランスロットが、コックピットを串刺しにされるという致命傷を負ったことで、ノネットが勝利したという判定が行われ、シミュレーションは強制的に終了した。

 

「ふう、あと6回か」

 

 身体の力を適度に抜きながら、ノネットはそう呟いた。

 

 命じた彼女自身がそんな思いを抱くのも変な話だが、ノネットはこの模擬戦に乗り気ではなかった。

 わざとアリスに不利な戦場を用意していることとか、正体を隠して戦っていることとか、理由はいろいろあるが、中でも一番の理由は、この模擬戦が人のトラウマを抉る様な内容だからだ。

 

 戦闘ストレス反応を発症した騎士は、自己に厳しくあろうとする人間が多いナイトメアパイロットの中でも、多いというほどでもないが少なくない数存在している。

 しかしながら、戦闘ストレス反応が原因で、パイロットを止める人間はほとんどいない。

 

 何故か?

 

 その理由は、彼もしくは彼女らに対して施された、一般の人間には想像できないほど過酷な教育にある。

 

 戦場でナイトメアを駆る資格、貴族としての家柄を持つ人間の多くは、その家柄に恥じないだけの教育を施される。貴族としての立ち振る舞いだけではない。身を護るために必要な護身術、剣術などもだ。なかには暗殺術なんてものを教え込まれる家もある。

 血反吐を吐きながらその教育を耐え抜いた彼らは――もちろん例外はいるが――その教育を耐え抜いただけに、自身に対する自信とそれに見合うだけのプライドを持っている。

 

 何かあったとき、彼らや彼女らは、その自信とプライドを糧に立ち上がるのだ。

 

 ――ノネットがアリスに対してこのような行いをしているのは、アリスはそれらがないと判断したためだ。

 

 ナンバーズであり、そしてブリタニアが行った何らかの人体実験の被害者であろうアリスには、おそらく糧にするだけの自信やプライドがない。

 

 そんな彼女が、自分だけの力で立ち上がれるか。

 ノネットの"勘"は、不可能だという結果を導き出した。

 

 故に、今ノネットはこうした行動に出ている。

 

 紅蓮弐式という機体は、アリスにとって恐怖の塊だ。

 アリスにとっては、その一挙手一投足が恐ろしく、まともな心理状況では立ち向かうことができないだろう。

 

 だが、そんな紅蓮弐式を倒すことができれば、その意識は変わるのではないだろうか。

 

 つまり、ノネットは、アリスに自信を持たせるために彼女と戦っているのだ。

 アリスに全力を出させたうえで、こちらが手加減したと思わせないような形、つまり紙一重で敗北する。トラウマの根源である紅蓮弐式を打倒させることで、アリスに多少は自信を抱かせる。

 

 これだけ頑張ったんだから、自分は立ち上がれる。頑張れる。戦える。

 

 アリスにそういった感情を持たせることが、ノネットの目的だ。

 

 もちろん、この手段がかなり強引な物であるという自覚は十分にある。トラウマを全力で抉りにかかるなど、ノネットがラウンズでなければ、後ろ指をさされてもおかしくない。

 

 だが、現状ではそれ以外に道はない。

 

 ただでさえ、ブリタニア軍内におけるナンバーズの立場は弱い。

 枢木スザクの様な有能な人材ですらあまり良い評価をされていないのだから、まともに仕事もできないような無能なナンバーズは、それはもうひどい目に合うだろう。

 特派の外にアリスの不調が露見する前に、一刻も早く立ち直らせなければならない。下手に外部に露見すれば、アリスが特派から追い出されることになってもおかしくないだろう。枢木スザクやアリスがナイトメアを駆ることを許されているのは、彼らの有能さが大きく寄与しているのだから。

 

 もちろん、仮に不調によりナイトメアに乗れなくなってしまったアリスが特派を追い出されたとしても、ノネットが保護すれば一時的にならなんとかなるだろう。しかし、一部の腐った貴族に目を付けられてしまえば、仮にノネットが保護していたとしても、彼女のあらゆる安全は保障できなくなる。

 

 ナンバーズが軍隊の中で生きるには、力を示し続けなければならない。

 

「――だが、これだと少し不味いな」

 

 けれども、現状はノネットの思惑通りには行きそうになかった。

 

『次、15回目』

「お、もう立ち直ったか」

 

 休んでいた身体を起こし、操縦桿に手をかける。

 

 自分の思惑通りには行かないかもしれない、ノネットがそう考えた理由は単純だ。

 

 

 

 ――思ったより、アリスが弱かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ重くなる両腕を動かし、紅蓮弐式から放たれる鋭い連撃を回避する。

 

 その連撃の合間にできる僅かな隙に、つい身体が反射的に動いて反撃しそうになるが、なんとかそれを阻止する。

 

 この隙を突こうとすれば、こちらが一撃を与える前に相手の一撃がぎりぎり間に合ってしまう。

 いや、もしかしたらこちらの方が間に合うのかもしれないけれど、失敗すれば負けてしまう以上、踏み込むにはあまりにハイリスクだ。

 

 さっきから、何度もこういった隙にならない隙に誘われかけている。

 本当に自然で、機械の動きとは思えないほどの隙に。

 

 しかも、私が紅蓮弐式に対してトラウマを持っていることに気が付いている節がある。

 あの紅蓮弐式の右腕、私はそれを大きく避けるように戦っているのだが、さっきから敵のAIが作る隙は、腕を掠めるように動くことができれば反撃が間に合う程度の隙なのだ。

 もちろん、そんなことをすれば私の身体は固まってしまうので、絶対にその隙に踏み込むことはしないけど。

 

 AIでこんなことができるとは、開発者は相当趣味が悪いに違いない。

 ロイドさんの鬼畜AIでも、こんなことはしなかったのだ。あの性格の悪いロイドさん以上に性格の悪い開発者なんて、全く想像できない。

 

「っ! はっ!」

 

 輻射波動に輝く腕を回避し、その隙に懐に踏み込――まず、続く短刀をブレイズルミナスで受け流す。

 そして、短刀を受け流されたことにより僅かに軸がブレた紅蓮弐式に対し、MVSを一閃。

 

 ――だがその斬撃は、放つには少し遅かった。

 

 MVSの斬撃は、深紅の光に受け止められる。

 

「輻射波動――っ!」

 

 瞬間、硬直する肉体。

 思考が暴れ、全身に鳥肌が立ち、呼吸が急速に乱れる。

 

 ――ザ・コードギアス ゴッド・スピード

 

 混乱する思考のなかで、僅かに残った正気がギアスを発動させる。

 それにより、私の身体は無限に加速し、私の認識する世界は凍ったように静止した。

 

「っ――あぁ! ……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 全てが静止した世界で、正面の輻射波動が動きを止めたことを確認した私は、すぐさま操縦桿から手を離し、震える全身を抱きしめた。

 肩を大きく動かしながら、過呼吸寸前だった吐息を整える。

 

 そして、呼吸が落ち着いたことを確認して、自分の心の中にある悔しさを拳に握り、それを勢いよく膝の上に振り下ろした。

 

「……ちっ!」

 

 パイロットスーツ越しに、強い衝撃が右足を伝う。

 柄にもなく、口から舌打ちが吐き出された。

 

 これで、シミュレーション中に時間を止めたのは5度目になる。

 

 いい加減、鍛えるためのシミュレーションで時間を止めるのは止めたい。

 これは、あくまで訓練だ。しかも、何らかの研究の一環も兼ねていて、正確なデータの収集が求められているであろう状況でもある。正確なデータを取るためにも、こんなインチキはしてはいけない。

 

「……でも」

 

 してはいけない。だが、私が未熟であるがゆえに、せざるを得ない。

 自分の無能さが、トラウマに凍り付く自分が、本当に嫌だ。イライラする。

 

 身体が固まることにも。

 心が冷えることにも。

 喉が一気に乾くことも。

 呼吸が大きく乱れることにも。

 

 全部、全部、全部――全部イライラする。

 

「ちっ」

 

 また舌打ち。

 舌打ちなんて、人生で数えることしかなかったのに、際限なく零れる。

 

 苛立ちで、眉間にしわが寄る。

 

 今の私は凄い表情をしているだろう。

 ここ数日の軽い睡眠不足のせいで白い肌はさらに白くなっているので、鋭くなった目つきと相まって、お化けの様であるに違いない。

 

 眉間を揉み解して、深呼吸をして、気分が収まるまでじっと目を閉じる。

 

「……はあ」

 

 またこれだ。同じ思考を、時間を止めるたびに繰り返している。

 同じ失敗を繰り返して、同じ思考を繰り返して……このシミュレーションで何一つ成長していない。

 

 自分のままならなさに、私はため息を吐いた。

 

「さてと」

 

 パンっと両手で頬を叩き、落ち込む思考を切り替える。

 

 落ち込んでばかりいられない。今はシミュレーション中だ。お仕事中なのだ。

 気分が悪いから仕事を休みますなんて、大人の社会では許されない。

 

「――解除」

 

 私の言葉と共に、ギアスが解かれる。

 

 紅蓮弐式の右腕に、こちらのMVSが握りしめられる。

 

 煌々と輝く輻射波動に皮膚が泡立つように震えるのを無視しつつ、犠牲になることが確定したMVSを手放す。

 元より、MVSでけりをつける気は一切無い。KMFを撃破するための武器としては、MVSの火力は過剰すぎるものだからだ。

 

 紅蓮弐式がMVSを握りしめることで、一時的に輻射波動の脅威が取り除かれる。

 輻射波動の破壊能力は、拳の外には影響を及ぼすことがない。MVSを掴んでいる状態で別のものを掴むことはできない以上、紅蓮弐式がMVSを捨てるまでの数秒は、輻射波動を気にする必要はない。

 

 カウンターで放たれた短剣を、両脚を大きく開いて体勢を低くするとことで回避。

 同時に、回転するように蹴りを放って足を払う。

 

 もちろん、そんな大きな動きを見切られない筈がない。

 紅蓮弐式は、MVSを手放しながら、跳躍して蹴りを回避する。

 

「今っ! MEブースト!」

 

 予測通り、と私は内心で呟く。

 

 空中では、攻撃は回避できない。故に、あらゆる攻撃は防ぐしかない。

 

 両腕にブレイズルミナスを生成し、紅蓮弐式のコックピットへと勢いよく突き出す。

 ブレイズルミナスを発動していれば、紅蓮弐式の拳は盾に阻まれてランスロットの腕を掴めない。

 仮に輻射波動を盾として使われても、ランスロットの方が出力が上である以上、両腕からの一撃であれば強引に吹き飛ばせる。

 

 私は、勝利を確信した。

 

 

 しかし、確信した直後、スラッシュハーケンを利用して瞬時に着地することで攻撃を回避した紅蓮弐式が、ランスロットのコックピットにグレネードランチャーを放った。

 

『シミュレーション、終了』

 

 ランスロットに撃破判定が出され、シミュレータが停止する。

 あっという間の出来事に呆然としながら、私はシートに身体を預けた。

 

 勝利を確信していた状況からの敗北に、どっと疲れが溢れてくる。

 

 何とも言えない気分になった私は、操縦桿から手を離してため息を吐いた。

 

 

 ――結局、その後の4回も勝つことはできなかった。



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40話

諸事情によりあけましておめでとうとは言えませんが、とりあえず今年もよろしくお願いします。

新年早々、色々あって5000文字ぐらい消えたので、心が折れそうになりました。もう二度とWordは使いません。
そんなわけで、遅れてしまいましたが40話です。今回の話は、マオの心理状態に関して、私の独断と偏見がかなり混ざっているので、賛成反対と意見が分かれるであろう内容となっています。
また、マオがC.C.の居場所を知るタイミングが変わったので、マオの行動が変化してある人物の人生が大きく変化していたりします。詳しく描写する気は全くないですけど。

さて、年は変わりましたが、まだ主人公のめんどくさい心理状態は変わることなく続きます。


 アリスが紅蓮弐式に敗北したちょうどその頃、別の場所でもまた、一つの決着が着こうとしていた。

 

 

 

 薄暗いその場所で、彼は小さく、そして深く疲れたようなため息を吐く。

 

「……僕の負けだよ」

 

 そう言って、白のキングを自ら倒した彼の表情は、その言葉とは反して晴れやかだった。

 

 彼の正面に立つ青年は、その様子を怪訝そうな表情で見ていた。

 

「何のつもりだ」

「何が?」

 

 黒髪の青年と、彼はお互いに視線の先を一致させる。

 彼と彼の対戦相手の正面に広がるチェス盤は、二人の対決結果を明確に示していた。

 

 すなわち、黒の圧勝だ。

 

 彼の駒である白は、黒の駒を前になすすべもなく蹂躙されていた。

 

「何故、ギアスを使わなかった」

「使ったほうが良かったかい?」

 

 彼らのいる場所は、アッシュフォード学園内に置かれた教会。

 太陽光を反射して色とりどりに輝くステンドグラスの光を浴びながら、二人は言葉を交わす。

 

「……使ってはいたさ。ただ、君には使っていなかったけどね」

「お前のギアスは、制御が効かないんじゃなかったのか」

「C.C.は言ってなかったのかい? 僕のギアスは、ある程度指向性を持たせることができるんだよ」

 

 彼は、チェス盤の前を離れると、近くに並んでいた長椅子の一つに腰かける。そして、頭に着けていたヘッドホンを外すと、それをゆっくりと自分の隣に置いた。

 

 おかしい、この様子は何だ。

 

 昨日会った時の様子とはあまりに違う彼の姿に違和感を抱きつつ、青年は問いかけを続ける。

 

「先ほど言ったことといい、このチェスの結果といい、一体何のつもりだ」

「何って、特に意味はないよ。意味があるにしても、精々区切りって意味しかないさ」

「区切り?」

「そ、僕の未練とのね」

 

 区切り。

 未練。

 

 どちらも答えとはなっていない、意味のはっきりしない言葉だ。

 青年には、彼が言葉を濁して誤魔化そうとしているようにしか思えなかった。

 

 そんな青年の心を見透かした彼は、疲れたように笑いながら、青年の注意を引くように両手を2度叩く。

 

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。僕は、正直に答えただけだよ」

「ギアスは使っていなかったんじゃなかったのか」

「ギアスを使わなくても、人の心を察するくらいはできるさ」

 

 何でもなく告げられた彼の言葉に、彼は驚きの表情を隠すことができなかった。

 

「そんなに驚くことかい? 君達が普段からしていることだろうに」

「いや……たった一晩で随分変わったな、マオ」

 

 これが、目の前の彼ではなく、普通の人間が口にしたのであれば、青年は驚くことは無かっただろう。

 マオ、そう呼ばれた彼が告げたように、普通の人間であれば、程度の差こそあれ、誰もが常日頃から行っていることなのだから。

 

 だが、この言葉を告げたのは彼だ。

 心を読むギアスを持ち、それに依存する生き方を強いられている彼なのだ。

 

 例え同じ言葉であっても、彼が口にするのでは意味が大きく違う。

 

「昨日、初めて会ったときのお前は、そんなことを口にするような人間ではなかったはずだ」

「言うじゃないか、ルルーシュ。昨日まで僕の存在を知りもしなかった君が」

 

 青年の言葉を聞いた彼は、少し脱力したような口調で反論しつつ、気だるげにルルーシュに視線を向ける。

 

「たった数時間、たった2度チェスを指しただけで、君は人の本質を見通すことができるとでも?

 随分と傲慢じゃないか、ルルーシュ。君は王様にでもなったつもりかい」

「王様気分でなくとも、お前の考え程度は見通せる。何せ、お前は単純でわかりやすいからな」

「へえ、遠回しにバカ呼ばわりとか、喧嘩打ってるのかな? その気になれば僕は――」

 

 少しずつ怒気を高めていた彼は、そこまで告げたところで言葉を切り、一旦口を閉じた。

 そして、大きくため息を吐いてから、改めて口を開く。

 

「……いや、先に口を出したのは僕だったね。それに、敗者としての約束もある。これ以上先を口にするのは止めておこうか」

「――本当に、変わったな」

「僕としてはそこまで変わった気はしてないんだけど……そこまで言うってことは、まあそうなんだろうね」

 

 そう言った彼は、付けていたヘッドホンに一瞬だけ視線をに向けてから、またため息を吐いて、懐から携帯電話を取り出した。

 同時にポケットから一枚の紙も取り出し、その紙に書かれた番号を携帯電話に打ち込んでゆく。

 

「それじゃ、敗者は敗者らしく約束を果たすとしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――負けた。

 

 いくら相手が紅蓮弐式だとはいえ、最新鋭機であるランスロットに乗ったのにAIに勝てなかった。

 紅月カレンの様なエース相手ではない。AIに勝てなかったのだ。

 

「……」

 

 もう何だろう、笑うしかない。いや、笑う気力もない。

 ゆっくりと操縦桿から手を離して、そして私はシミュレータの外に出た。

 

「……お疲れ様」

 

 シミュレータから出て部屋の地面に足を付けると、外にいた白衣の彼女から声がかかる。

 少し無機質でありながら、どこか様子を窺うようにかけられたその声は、明らかに私のことを心配する感情が含まれていて、気持ちそのものはありがたかったが、余計にみじめな気分になった。

 

「はい、ちょっと戦績は悪かったですけど、データは十分とれましたか?」

 

 もちろん、そんな感情は一切表に出す気はないけど。

 

「十分」

 

 白衣の彼女は、短くそう告げて口を閉じる。それから私の顔を少し見て、あっいつもの調子で答えたけど、これだと言葉が足りなかったな、と考えてそうな表情を浮かべ、付け足すように言葉を付け足した。

 

「あなたのおかげで満足なデータが得られた、ありがとう」

「いえ、私も仕事なので」

 

 私に対して気を使ったであろうその言葉に、私も愛想笑いをして答えた。

 もっとも、声色や表情はともかく、言葉には私の内心にある冷たい感情が溢れてしまっていたけれど。

 

 ちょうどその時、まるで図ったかのようなタイミングで、勢いよく部屋の扉が開かれる。

 

「ミリアー! 例の補欠さんのテストは終わったかし――ら?」

 

 入って来たその人、ナリタ山の時に会ったアーニャさんの部下であるアンナさんは、私と白衣の女性を見て、少し固まった。

 

「私、邪魔だった?」

「ん、別に」

「いえ、ちょうどテストが終わったところだったので問題ありません」

 

 アンナさんの問いかけに、ミリアと呼ばれた白衣の彼女と私が同時に応える。

 

「そう、なら良かったわ。

 マルクス、ちょっとその子に飲み物買ってきてくれるかしら。お金は後で私が払うから、金額がわかるものが出るところで買ってきてちょうだい」

「あ、はい。わかりました」

 

 私とミリアさんの言葉に安心したように答えると、アンナさんは後ろ、アンナさんと入り口の陰になってちょうど見えないところにいたマルクスに声をかける。

 

「いえ、そんな」

「いいのよ。子供は大人に遠慮しないの」

 

 とっさに断ろうとするが、重ねるようにかけられた言葉に口をふさがれる。

 そのわずかな時間の間に、マルクスは飲み物を買いに行ってしまった。

 

「あ――行っちゃった……」

「行ったわね。じゃあ補欠さんは椅子にでも座って待っててもらえる?

 さて、ミリア、約束通りデータを見せてちょうだい」

「ん」

 

 アンナさんが、ミリアさんが見ていたモニターをのぞき込む。

 ……少し暇だし、私も見ていいだろうか。

 

「アンナさん、私も見ていいですか」

「補欠さんが? 私の方は大丈夫だけれど……ミリアはどうかしら」

「問題ない」

 

 アンナさんの言葉に、ミリアさんが頷く。どうやら、私が見ても大丈夫なものであるようだ。

 許可がもらえたので、アンナさんの後ろに回って、モニターをのぞき込む。

 

「これは……ランスロットですか」

「そう」

「正確に言えば、これはあなたが動かしたランスロットのシミュレーション稼働データね」

 

 そのモニターには、ランスロットの3Dモデルと、いくつかのグラフが映し出されていた。

 

「私のデータですか」

「そうよ。正規のパイロットである枢木スザクのデータは元々持っていたから、今度はあなたのデータが欲しかったの。ミリア、ユグドラシルドライブの出力系データ出してもらえる?」

「ん」

 

 アンナさんの声を聞いたミリアさんが、本日何度目かわからない「ん」を口にしてキーボードを叩く。

 しばらくすると、最初見ていたモニターの周りに設置されていたモニターに、20枚の線グラフと、20本の棒が描かれた一枚の棒グラフ、そして上空から撮られたであろうシェフィールドもどきや紅蓮弐式とランスロットが戦う様子の映像が映し出されていた。

 

「あれ? 思ったより出力が出てないわね」

「相手が悪い」

「相手? ああ、敵はそっちの試験機とテロリストの最新型だったの。それは確かに悪いかもしれないわね」

 

 アンナさんは、ふむふむと頷きながらモニターを眺めていく。

 2分ほど見て、満足気にアンナさんは大きく頷いた。

 

「ま、結局はこんなとこよね。敵のAIは何使ったの?」

「シェフィールドは例の」

「……随分えげつないわね。あれは超反応どころかこっちのパイロットの心理データを直接読むから誰も勝てなくなるって、ノネットに使うの禁止されてなかったかしら」

「今回は特別」

 

 えげつない? 心理データを直接読む? 特別?

 

「なんとなくそんな気はしてましたけど、私の相手って特殊なAIだったんですね」

「補欠さん? ああなるほど、ミリアは説明してなかったの。随分悪いことするのね。

 あなたが戦ってたのは、ミリアがだいたい10年位前から趣味で組んでたAIなの。相手パイロットの観測データを分析して、呼吸の隙間とか、瞬きする瞬間とか、そういった人間が必ず起こす隙を突いたりしてくる趣味の悪いAIよ」

「趣味悪くなんてない」

「ベアトリクスやマンフレディ卿、グラストンナイツ達にあれだけ言われてよく言うわ」

「マリアンヌ様は良いって言った」

「何年前の話をしてるのよ。そもそも、あなたに同意したのは、マリアンヌ様とノネットだけでしょう。この間なんて、本国の騎士達を散々煽った挙句勝てるまで帰らないなんて強引に約束させて、30時間も拘束して泣かせたでしょうに」

「言い出したのはあっち」

「言わせたのはあなたでしょう。始末書まで書いたんだから、少しは反省しなさい」

 

 アンナさんは、拳を握ってゴンっと頭を叩く。

 叩かれたミリアさんは、少し涙目になりながら頭を抱えて蹲った。

 

「と、まあそんなわけだから、負けたからって落ち込まなくてもいいのよ。補欠さんが弱いわけじゃないんだから」

「……落ち込んでるように見えました?」

「落ち込んでいるとは断言できないけれど、少なくともあまりいい感情をしていなかったのはわかったわ」

 

 思わず、アンナさんの表情に目が行く。

 私の視線に気が付いたアンナさんは、軽く微笑んで私の頭をそっと撫でた。

 

「人生長く生きると、意外と人の機敏ってわかるようになるのよ。

 大丈夫、負けるのが怖いのも、戦うのが怖いのも、人が持ってる普通の感情だから変に思わなくていいわ」

 

 アンナさんの、まるで母親のようにやさしい言葉に、思わず頬が赤くなる。これがナデポか。

 私は幼いころに母を亡くしたので今まで理解できなかったが、マザコンの人の気持ちが少しわかった気がする。

 

「娘も、あなたみたいにおとなしい子だったら良かったのよね……」

 

 アンナさんは溜息を吐くが、私を撫でるのをやめない。

 

 蹲るミリアさんをよそにナデポされること10秒、ファンの音以外しない静かな室内に、PiPiPiっと携帯電話の着信音が響いた。どうやらアンナさんの携帯電話だったようで、私の頭から彼女の手が離れる。

 

「ちょっと失礼するわね。

 ミリア、痛がる振りはもういいから、3戦目の動画とデータ出しておいてくれる?」

「おー」

 

 寝ぼけたようなミリアさんの言葉を背に、アンナさんは部屋の外へ出て行く。

 部屋の中には、私とミリアさんが残された。

 

 何もすることがない私をよそに、ミリアさんは頭を抱えていた状態から体を戻し、モニターを見ながら黙々とキーボードを打ち始める。

 

「……えっと、ミリアさんはアンナさんと長い付き合いだったりするんですか?」

「ん? ん、10年と少し」

 

 アンナさんがいなくなって少し手持ち無沙汰になったので、少し気になっていたことをミリアさんに問いかけてみた。

 ミリアさんは、モニターから視線を離すことは無かったが、少しキーボードを打ち込む速度を抑えて答えてくれた。

 

「そんな昔からですか」

「イオシリーズのころからの付き合い」

「イオシリーズ?」

 

 イオ、木星の衛星? そんな名前の兵器って何かあっただろうか。

 コードギアスで出てきた兵器をすべて知っているわけではないが、そんな名前の兵器は聞いた事が無い。登場しなかった兵器か何かかな?

 

「ん、イオ。私はファクトスフィアの基礎、アンナはマニピュレータの研究をしてた。お互いチームの中では下っ端だったけど」

「へえ、ファクトスフィアのですか」

 

 ミリアさんの口ぶりからして、おそらくイオシリーズとは初期型KMFのことだろう。10年前だから、第三世代KMFであるガニメデと同時期かその少し前くらいだろうか。二人とも随分と昔からKMFの研究をしていたようだ。

 

「ん、アンナは今ではあんなだけど、昔はもっとやんちゃだった」

「やんちゃ、ですか。あまり想像できないですけど……」

「出産してからまともになった。それまでは、ほんとに酷かった。私が作った新型ファクトスフィアに物欲とか落書きしたり、私の目玉焼きを半熟なものにすり替えたり」

「……まるで小学生ですね。全然想像できないです」

「新しいカーペットを買った時、テーブルの高さを3メートルになるまで改造されて、バターとトースト以外の食料を隠されたのはいい思い出」

 

 3メートルの机とバターにトースト?

 ……ああ、なるほど。随分と分かりにくい微妙なネタだ。

 

「なんとも大掛かりないたずらですね。マーフィーの法則でしたっけ、『落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する』とかいう」

「マーフィー? ん……大体そんなの。3メートル以上のテーブルを使うと、ほぼ確実にバターが下になる。結局パンは落とさなかったけど、テーブルが高すぎてすごく食べにくかった」

 

 ミリアさんは、少し首をかしげつつ、私の言葉にうなづいた。

 ミリアさんの反応からすると、おそらく法則の名前が違うのだろう。世界が違うからか、それとも私が法則の名前を間違えているのか。機会があったら、今度インターネットで調べてみよう。

 

「あまり昔のことは話さないでもらえるかしら。私自身、昔の自分はどうかと思ってるんだから」

 

 ちょうどその時、入り口の方から声がかかる。

 声の方を向くと、電話を片手にこちらを見るアンナさんの姿があった。

 

 ……何だろう、どこかアンナさんの顔色が悪いような気がする。

 

「や」

「……まあいいわ。昔のこととはいえ、たしかに私がやったことだものね。

 でも、それらが全部あなたが私の卒論のデータ吹き飛ばしたことに対する報復だってこと、私は忘れてないわよ」

 

 アンナさんの言葉に驚いた私は、ミリアさんの方に振り向く。

 私と視線が合ったミリアさんは、その視線から逃れるように顔を背け、すーすーと鳴らない口笛を吹き始めた。

 

 まるで、小学生である。というか、卒論のデータ吹き飛ばしたって、ミリアさんは何したんだろうか。

 

「はあ、相変わらずこの話をするとすぐそれね。まあいいわ、わかってたことだもの。

 ……補欠さん、ちょっとあなたの名前を聞いてもいいかしら」

 

 ミリアさんに何とも言えない目を向けていると、アンナさんに声をかけられた。

 

「あ、はい。アリスです」

 

 その補欠呼びから何となく想像していたけれど、やっぱり名前は憶えられていなかったのか。ちょっと悲しくなる。

 

「そう、やっぱりそうなのね。……本当にごめんなさい」

「……アンナ?」

 

 アンナさんは、私に小さな声で何か告げると、ミリアさんの問いかけるような声を無視して、テーブルの上に電話を置いてスピーカーのボタンを押した。

 すると、電話の音量が大きく跳ね上がり、電話から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『あーあー、やあ、アリス。聞こえてるかな?』

「まさか、マオ!?」

 

 まるでストーカーの様な粘着質な声、聞く人間を不快にさせる抑揚、電話越しでもマオの声だとわかった。

 

『正解、よくわかったね』

「……あなたの声質は、とてもわかりやすいですから」

 

 それに、自分の名前も名のらずに呼び出してくるような男が、私が知る中ではマオしかいないというのもある。

 

 かなり顔色の悪くなっているアンナさんに一瞬視線を向けてから、私は口を開いた。

 

「それで、アンナさんに何をしたんですか」

『何をしたかって? 安心しなよ。ちょっと脅しただけで、大したことはしてないよ』

「ちょっと脅しただけ? そうは思えないですけど」

『だったら、彼女が君を殺すように仕向ければよかったかな? 僕としては、かなり手を抜いてるんだけどなあ』

 

 煽る様なマオの口調に、思わずイラッと来る。

 

「心を読む程度で、そんなことができるわけないでしょう」

『ははっ、あまり僕のギアスを舐めない方がいい。いまから24時間以内に、君の仕事場にその辺の浮浪者を自爆テロさせることだってできるんだよ』

 

 ――心を読むことができる程度で、そんなことができるわけがない。

 

 私はそう口にしそうになったが、マオはコードギアスにおいてシャーリーさんにゼロを殺させようとしたことがあったので、できないとは言い切れないためにその言葉を心の中で言うだけに留めた。

 

『まあ、君が信じられなくてもいいさ。僕はこんな会話をするために電話したわけじゃないからね』

「なら、何の用ですか」

『ちょっと君に嫌がらせをしようと思ったんだ』

 

 ……ん?

 

「えっと、嫌がらせですか?」

『そう、嫌がらせだよ』

 

 小学生か!(本日三度目)

 あまりに子供じみた理由に、一気に肩の力が抜けそうになった。

 もっとも、あのマオが行う嫌がらせという事で、嫌な予感がして力は抜けなかったけど。

 

「それは、どうしてですか?」

『どうしてかって? 簡単な話だよ。君のせいで、僕はC.C.を信じることができなくなったんだよ。心の声が聞こえない相手が、必ずしもきれいな心を持っているとは限らないという実例を見せられたせいでね』

 

 ……なるほど、つまり私は、最後の安心できる人物を奪ったに等しいわけか。

 たしかに、それなら嫌がらせを受けても仕方がないかもしれない。

 

『始めは殺そうと思ったんだけど、君が時間操作のギアスを持っている以上、僕では殺せないとわかったからね。だから、僕ができる最高の嫌がらせをしようと思ったんだ』

「――っ!?」

 

 マオの言葉に、呼吸が止まった。

 

「時間操作のギアス?」

「……」

 

 沈黙するアンナさんの隣で、私の傍にいたミリアさんが、マオの言葉に反応する。

 

 まさか、ギアス関係者ではない二人がいるこの状況で、ギアスに関して暴露されるとは思わなかった。いや、それ以前に――

 

「……どこで、どこで私のギアスを知ったんですか」

 

 声に感情が乗らないように注意しながら、マオに問いかける。

 厳密には違うが、ザ・スピードは時間操作に近い結果を生み出すギアスだ。つまり、だいたい大まかな形といえど、私のギアスの能力を解明されているに等しい。

 

 私がマオにギアスを見せたことはほとんどなかったはずだ。それ以前に、能力が誰かに露呈するような形で見せたことすら数えるほどの回数しかなかったはずだ。

 

 どうやって見破ったのか。

 どうやって知ったのか。

 

 複数の思考が巡り、考えうる可能性を潰してゆく。

 

『僕は心を読むことができるんだよ? それこそ、君の周辺にいる人物から、君に関する情報を根こそぎ引き出すことだってできるんだ。それなのに、僕が君のギアスを知っていることがそんなに不思議かい?』

 

 そして、私の思考がその可能性に行き着くと同時に、マオは私にそう告げた。

 

 ――なるほど、ロイドさんか。

 

 マオの言葉を聞いて、予想を確信へと変える。

 明言はしなかったが、ロイドさんに話しかけられたとき、時間操作に近い能力を持っていることを否定しなかった。私が未来の知識――に近いもの、を持っていることを肯定した。であるならば、ロイドさんは私が時間を操作する力を持っていると考えているだろう。

 そのロイドさんの思考をマオが読み取ったのであれば、私のギアスを時間操作と考えるのはおかしくない。

 

『まあ、そんなことはどうでもいいんだ。君がどんなギアスを持っているのかは、今は重要なことじゃない。

 重要なのは、君がかなり周囲の人間を信頼しているという事だよ』

 

 その粘着質な言葉に、鳥肌が立つ。

 

 ――まさか、いや、でもその言い回しはもしかして……

 

 マオの言葉を聞いて、心の底から否定したい、嫌な予想が頭をよぎった。

 全く想定していなかったわけではない。しかし、その推測は、個人的に最も否定したいものだった。

 

「それがどうかしましたか?」

『だから、僕は考えたんだ。もし君が、君の周辺にユダがいたと知ったなら、君はどう思うだろうって』

 

 マオが、そこで一呼吸分言葉を切ると同時に、この部屋の扉が開かれた。

 そこから、見知った顔がひょっこりと顔を出す。

 

『――例えば、今ここに入って来た彼みたいなのがいたら、とかね』

 

 

 

「主任、とりあえずスポーツドリンク買ってきました……って、あれ? なんですか、この空気」

 

 

 

 そこには、買い物から戻ってきたマルクスの姿があった。

 

 この場に漂う空気を感じた彼は、不思議そうに首をかしげ、部屋の入り口で足を止める。

 それを見た私は、彼に声をかけようとして……しかしそれは、隣にいたアンナさんに遮られた。

 

「マルクス、そこの扉に鍵をかけてから、ちょっとこっちに来なさい」

「あっ、はい、わかりました」

 

 不思議そうな顔をしながら、マルクスはこちらに背を向けて扉に手をかけた。

 

『アリス、君はおかしいと思わなかったかい?』

「何がですか」

 

 マルクスは、扉をきちんと閉めてこちらにくるっと振り返り、足早にこちらに駆け寄ってくる。

 どうやら、いつもより口調の冷たいアンナさんに、なにかまずいことをやらかしたと考えたらしい。

 

『彼、ずいぶん若いよね。僕も詳しくは知らないけれど、だいたい16~18歳くらいだ』

「ええ、外見から考えると、たぶんそうでしょう」

 

 駆け寄ってくるマルクスから、彼に気が付かれないようゆっくりと半歩分距離を取り、警戒していることがバレない程度に意識を集中させる。

 マオの言葉を信じているわけではない。しかし、万が一の可能性があるからだ。

 

『普通の研究員であれば、まあおかしくはない。けれど、そんな若い人間が、ラウンズ専用ナイトメア開発チームの主任補佐をしているのはおかしくないかな?』

 

 ――マルクスが、僅かに足を止めた。

 

 まるで落ち込んだかのように俯き、それからゆっくりとこちらに歩いて来る。

 

「えっと、誰だかわかりませんけど、僕が若くして主任の補佐なんてしてることが、そんなにおかしいですか?」

 

 マルクスの声質が変わった。

 普段の明るい声から、明るさを装った声へと変貌した。

 

『そりゃあおかしいさ。年齢のこともそうだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、これほど不思議なこともないと思うよ』

 

 ――また、マルクスは足を止めた。

 

「戸籍が、無い?」

「……」

 

 ミリアさんが呆然と呟き、アンナさんが俯く。

 

「戸籍がないって、そんなことが……」

 

 ラウンズの専用チームに、戸籍が存在しない人物がいる。そんなことがあり得るのだろうか。

 普通は、そんなことはあり得ない。私の様に、後から戸籍が作られたのならともかく、現時点で戸籍が存在しないなんてそんなことはあり得ない筈だ。

 

「まさか、そんなことがあり得るはずないじゃないですか」

 

 そんな中、再びこちらに歩き始めたマルクスが、軽い口調でそう告げる。

 

 そう、普通はあり得ない。戸籍がない人間が、ラウンズの開発チームにいられるはずがない。そんな人間がスパイとして潜り込んでいたとしても、最低限戸籍程度は用意しておかなければ、ブリタニアの憲兵たちにすぐにばれてしまうだろう。

 

 そう、普通はあり得ない筈なのだ。

 こうなると、普通だったら、マオがでたらめなことを口にしていると疑うだろう。

 

 けれども、私はそれを可能とする組織を一つ知っていた。

 

「まったく、主任も、ミリアさんも、アリスも、僕ってそんなに――」

 

 そして、そこで彼は言葉を一旦切り、俯いていた顔を上げる。

 

 ――顔を上げた彼の左眼には、紅の光が宿っていた。

 

 そう、それは間違いなくギアスの輝きだった。

 それを見た私は、そのギアスに対抗するために『ザ・スピード』を発動させる。

 

「――そんなに、僕の言葉は信用できませ――んかっ!?」

 

 すれ違うように足を払い、同時に右手で顔を掴むように目を塞ぎ、まるで叩きつけるかのように、強引に仰向けに寝かせる。

 言葉を言い切る前に目を塞ぐことができたので、アンナさん達にはギアスはかからなかったはずだ。

 

『ほら、尻尾を出した』

「今のはっ、ロロと同じ!?」

 

 マルクスが、驚愕と共に口にした『ロロ』という名前。その名前に、マルクスの本当の所属を確信する。

 そう、体感時間を停止させるギアスを持つ少年、ロロ。彼の名前を知っているという事は、彼と同じ組織B、ギアス嚮団に所属しているという事だ。

 

「……なるほど、結構来ますね」

 

 マルクスを拘束しつつ、私はそう呟く。

 

 私と彼は、そんなに親しいわけではない。せいぜい、なりたての友人程度の関係性しかないだろう。

 しかし、そんな彼が嚮団所属であったという事実は、私の胸に強く、そして重くのしかかっていた。

 

 ――なるほど、嫌がらせとはよく言ったものだ。

 

「まさか、君がギアス能力者だったとはね」

「私も、マルクスがギアス能力者だとは思っていませんでした」

 

 彼の言葉に誤用的な意味で適当に答えつつ、彼が絶対に逃げられないように、地面に押し付ける力を強くする。

 

 私の身体はネモによって強化されているはずなので、例え暴れられたとしても、単純な筋力で押し返されることは無いだろう。

 

 マルクスも、少し暴れて逃げられないと理解すると、すぐに暴れるのを止めた。

 

 しかし、それを理解したはずのマルクスは、何故か口に笑みを残している。

 

「でも、ギアス能力者としては、ずいぶん年季が浅いみたいだ」

「それが、どうかしましたか」

 

 マルクスは、そう言うと笑みを深くした。

 

 ――何か、まだ隠し玉か何かを持っている……?

 

 ブラフかもしれないけれど、油断はできない。

 

「それって、一体どういう――」

 

 瞬間、脇腹に衝撃が走る。

 

 急に走った衝撃に不意を突かれ、私の手からマルクスの顔がするりと抜けた。

 

「ほら、まだ甘い」

 

 蹴り飛ばされた。

 そう理解するとともに、僅かに浮き上がっていた身体が、着地して地面に叩きつけられる。

 

「――っく!」

 

 失敗だ。押さえつけるのではなく、顔面を掴んで固定するべきだった。

 

 1回転しつつもすぐに起き上がり、視線をマルクスに戻す。

 

 倒れていたマルクスは、私の視線の先で、こちらを睨むミリアさんに抱えられていた。

 

「まさか、ミリアさんまで……」

 

 思わず、そう呟いてしまったが、自分で考えたその考えを私は即座に否定した。

 マオの言葉を聞いていた時の様子を考えれば、ミリアさんも嚮団の人間であるとは考えにくい。

 

 そうなると、考えられる可能性は一つ。

 

「……ギアス!」

「へえ、気が付くのが速いね」

 

 ギアスが発動する瞬間、私は彼の視界を封じていた。

 それは、ゼロの『絶対遵守』やマリーベルの『絶対服従』、クララの『操作』やトトの『忘却』、皇帝陛下の『記憶改竄』やマリアンヌの『憑依』の様に、私の知るギアスの多くが、視線を合わせることを条件にしていたからだ。

 

 だが、ギアスの多くが目を合わせることを発動の条件にしているからと言って、あくまで多くであり全てではない。

 

 この場合、考えられる可能性は三つ。

 

 一つは、ロロの様に自身を中心とした特定距離内にいる人間の全員を対象とするタイプ。

 二つ目は、オルフェウス・ジヴォンの様に自身を視認している人間に無差別にギアスをかけるタイプ。

 そして、三つ目は――

 

「なるほど、視覚ではなく聴覚に作用するギアスですか」

「正解だよ。よくわかったね」

 

 三つ目は、ライ・ランペルージの様に聴覚に作用するギアス。

 三択とした鎌賭けだったけれど、どうやら当たりだったみたいだ。

 

「僕のギアスは、『信用させるギアス』。僕に信用するよう言われた人間は、しばらくの間無条件で僕のことを信用する。

 ま、僕は失敗作だから、たまに効果にばらつきが生まれたりするんだけど……君みたいに、完全に無効化されたのは初めてだよ」

 

 他二つの様な無差別ではなく、聴覚に作用するギアスであれば、まだやりようはある。

 なにせ、言葉を聞かなければいいだけなのだから。

 

 ――ザ・スピード

 

 ゴッドスピードを使うまでもない。むしろ、こちらの方が加減が効く。

 ギアスをかけられただけであろうミリアさんを傷つけたくはないので、ザ・スピードを発動しながらすれ違うように移動し、その瞬間に首を掴んで連行する。

 そして、たまたま近くにあったシミュレータに、勢い良く叩きつけた。

 

「――っ!」

 

 マルクスから、声にならない悲鳴がこぼれる。

 まるで何か硬いものが折れたかのような、ほんの小さな音を、私の耳が捉えた。

 

「マルクス!」

 

 ミリアさんの、悲鳴のような声が聞こえる。

 視界の隅で、こちらに駆け寄ろうとする彼女の姿が見えたので、シミュレータに押し付けていたマルクスを抱えるように拘束して、ミリアさんに視線を向けた。

 

「それ以上近付くと、折ります」

 

 ミリアさんが、私の言葉を聞いて足を止める。

 さっきのマルクスの言葉が正しければ、彼のギアスはあくまで信用させるだけ、絶対遵守の様な拘束力はない。つまり、人質が有効となる。

 今みたいに拘束すれば、手出しさせないようにすることができるみたいだ。

 

 とりあえず、ようやく一息つける。

 

「ふぅ」

 

 小さく、短くため息を吐く。

 そうしてマルクスの顔を見て、私は固まった。

 

 彼は、私の背後を見て笑っていたのだ。

 

「っ!」

 

 ミリアさんとマルクスから視線を外し、視線を背後に向ける。

 

 

 ――そこには、こちらに銃口を向けるアンナさんの姿があった。

 

 

 迂闊なことに、完全に忘れていた。

 引き金は半ば引かれていて、今からギアスを使っても回避は間に合わない。

 

 死――ぬ?

 

 その考えに思考が行き着くと同時に、銃声が鳴りそして――

 

 

「え?」

 

 

 私――ではなく、私の腕の中にいたマルクスが撃たれた。

 

 撃たれたマルクスの表情が驚愕に染まり、そしてさらに連続して放たれた弾丸に彼が蹂躙される。

 飛び散り、零れ、噴き出された血液が、そばにいた私に降り注ぐ。

 

 そう、赤い、深紅の、紅の……が、私に、わたし、わたしに――

 

「ひっ」

 

 意識が薄くなる。

 

 小さな悲鳴が口からこぼれ、全身に鳥肌が立つ。

 鉄臭い香りが鼻腔を抜け、それが何であるかを脳に伝える。

 

 そう、赤い血だ。紅の血だ。あの光と同じ色のそれだ。

 

 両手を見れば、そこには大量の血液が付着していた。

 両手だけではない。今着ている服にもだ。鏡があれば、おそらく顔に付着していることもわかるだろう。

 

 そう、紅のそれが私の全身に広がっている。

 

「――っっっっっ!!!」

 

 悲鳴、いや、それを超えた絶叫が私の口から放たれる。

 それに連動するように、意識が一気に遠のいて行く。

 

『あっはは! そうだよ! 君のそんな声が聞きたかったんだ!!』

「……ごめんなさい、アリス」

 

 室内に響いた声が、私の耳に届き、脳で処理されることなく素通りしてゆく。

 

 私が最後に見たのは、俯くアンナさんと、彼女に飛びかかるミリアさんの姿だけだった。




ちょっと巻きすぎたかもしれない。

マルクスの元ネタ ⇒ マルクス・ユニウス・ブルトゥス。これだけだとわからないかもしれないけれど、英語読みだとブルータスになると言えば、その名前を選んだ理由はわかると思う。


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41話

 気が付けば、私はベッドの上に横になっていた。

 

「……ここは」

 

 視線の先に会ったのは、ここ最近ずっと見続けてきた天井だった。そう、大学敷地内にある私の部屋の天井だ。

 視線を横に向ければ、アルマさんが椅子に座った状態で寝ているのが見えた。

 

 静かな室内に、すーすーとアルマさんの寝息が響く。

 

「なんで、私はここに……」

 

 眠る前の記憶がない。

 いつの間に私は、部屋に戻って来たんだろうか。歩いてきた記憶が、全然思い起こせない。

 

「実験中に、疲れて寝落ちでもしたのかな」

 

 ネモと融合して強化されているからだろうか、この身体に慣れてきた最近では疲れを感じたことなんてそうそうないが、もしかしたら何かハードな実験でもしたのかもしれない。例えば……30時間耐久戦闘シミュレーションとか。

 いや、流石にないか。現実ではそんな長い時間もランスロットは動いていられないから、そんな無駄な状況を想定したシミュレーションをロイドさんがするとは思えない。

 

「うーん、ノネットさんやスザクさんと10連続で模擬戦したりでもしたのかな」

 

 思い出そうと唸ってみるが、全く思い出せない。私は、一体何をしたんだろうか。

 

 そんな時、アルマさんが発していたすーすーという寝息が止まった。

 アルマさんに視線を向けると、彼女は眼をこすり大きくあくびをしている。

 

「おはようございます、アルマさん。身体痛くなったりしていませんか」

「あ、アリスちゃん。おはよー」

 

 寝ぼけ眼で、アルマさんは私をじっと見つめる。

 アルマさんは、5秒くらい私のことを見つめて、そして急にスイッチが入ったように目をカッと見開いた。

 

「アリスちゃん!? だ、大丈夫、どこか痛い所とかない!?」

「あ、アルマさん? いえ、別にどこか痛い所とかはありませんけど」

「本当に? ……そう、ならよかった」

 

 アルマさんは安堵の息を零し、スッと肩の力を抜いた。

 ……アルマさんの様子は、明らかに私に対して不利益な何かが生じたことを示している。えっと、私はそんなにやばい実験でもさせられてたの?

 

「ふふっ、アルマさんって、普段ののんびりした口調は作った物だったんですね。

 ところで、実は眠る前の記憶がないんですけど……何かあったんですか」

「作るなんて人聞き悪い、大人の女性なら誰だって猫ぐらい被るものなの。アリスちゃんも、大きくなればきっとわかるわ。

 それにしても、倒れる前の記憶はないの? ……うん、なら無理に思い出さなくてもいいよ。ちょっとアリスちゃんには辛いことだったからねー」

 

 そう言ってアルマさんは、硬かった表情をいつもの柔らかなものに戻した。

 うーん、思い出さなくてもいい、そう言われると余計に気になる。

 

「さてと、ようやくアリスちゃんも起きたし、セシルさんにアリスちゃんが起きたって報告してくるから少し待っててねー。もし眠かったら、無理せず寝てもいいよー」

 

 私が起きたことを、さっさと報告しようと考えたのだろう。アルマさんが椅子から立ち上がり、その場を後にしようとした。

 

「ちょ、ちょっとアルマさん!」

 

 まだ、色々聞きたいことがあるのに何も聞いてない。

 とっさに、布団から手を出して、アルマさんの制服の袖を掴んだ。

 

 

 

 

 ――瞬間、息が止まった。

 

 

 

 赤、紅、生命の色。

 

 布団の中にあったその手は、濃いワインのようなその色に染まっていた。

 

「――イヤッ!」

 

 反射的に、掴んでいた袖を手放して手を布団に叩きつける。

 

「アリスちゃん?」

 

 アルマさんが、私の様子を不審に思ったのか振り向いてこちらを見てくるが、私にはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

 血。

 血液。

 人の身体を動かすために必須な液体であるそれが、私の手の表面にべっとりと付着していた様に見えたのだ。

 

 心配そうにこちらを見てくるアルマさんから視線を逸らしながら、ゆっくりともう一度手を見る。

 

 ――赤い。

 

「アリスちゃん、一体急にどうしたの? どこか悪い所でもあった?」

「……いえ、何でもないです。その、アルマさんが急に言ってしまうと聞いて、少し不安になってしまって」

「なるほど。そうね、少し配慮が足りなかったかも。

 うん、だったら私はもう少しここにいよっかなー。どうせもう30分もすれば昼休みだから、あいつも来るだろーし」

 

 アルマさんが椅子に戻る。

 袖をつかんでまで引き留めておいて言うのもなんだが、正直そのまま帰ってほしかった。

 

「あいつ……もしかして、あのチーズケーキが好きなあの人のことですか」

「チーズケーキが好きなあの人って……あいつ、アリスちゃんに名前覚えられてないのかー。ちょっと哀れ……いや、ちょうどいい罰かなー?

 うん、あいつっていうのは、そのチーズケーキが好きなあの人で合ってるよー」

 

 アルマさんの話を聞きつつ、私は手を布団の中に戻した。

 視線の先にあった自分の手は、いつもの温かみのある肌色をしていなかった。まるで大量の血が付着したかのような色をしていた。

 

「……ぼーっとしてるけど大丈夫? 何か気になるところでもあったの?」

「いえ、何でもありません。ちょっと考え事をしてただけです。

 そういえば、アルマさんとあの人、かなり仲良さげですけど、何か古い付き合いだったりするんですか?」

 

 視線を挙げて、アルマさんの方に視線を向ける。

 その一瞬、彼女の顔全体が鮮血で染まっていたように見えたが、視界の端に入ったほんの一瞬のことだったので、気のせいであると自分自身に言い聞かせた。

 

 なんだろう、悪寒が止まらない。

 

「いやー、そうでもないよ。あいつと始めて話したのは、ランスロットの開発が始まって少ししてからだしね」

「話したのが少し前にしては、少し距離感が近くないですか?」

「うーん、まあ言われてみれば確かにそうだねー。付き合いは長くないんだけど、その割には不思議と信頼してるんだよー。人徳があるというか、何となく気が置けないというか、そんな感じだねー」

 

 布団の下で指先をすり合わせると、指紋による微かな凹凸から生まれるざらつきと、さらっとした手汗が感じられた。さっき視界に映ったような、べっとりと血が付いているような感覚はない。

 

 ――気のせい?

 

 一瞬そんな言葉が脳裏をよぎるが、即座に否定する。そんなわけがない。確かにあの時、私の手は赤く染まっていた。

 

「なるほど、そう言われると確かに分かる気がします。あの人、特派でもいろんな人と話してるところを見かけますから」

「たぶん、特派の中では仲の悪い奴はいないんじゃないかなー? あ、ロイドさん以外でね」

「ロイドさん以外?」

「ロイドさんは、ほら……いろいろと独特だから」

 

 私とアルマさんで、ロイドさんを思い浮かべてお互いに笑い合う。

 

「あはは、確かにロイドさんは独特ですからね。正直、私もロイドさんとどうやって付き合えばいいのかいまいちわかってないですし。

 さて、引き留めておいてすみませんが、少しお手洗いに行ってきます」

「んー? ああ、ごめんごめん、私は此処にいるから、どうぞ行ってきなよー」

「はい」

 

 私は、両手が視界に入らないように気を付けながら、ベッドを出てお手洗いに向かった。

 もちろん、目的は用を足すことではなく、両手を洗うことだ。可能な限り視界には入れないようにしているが、身体がぞわぞわしてかなりつらい。

 

 両手をポケットに入れて、転ばないように視線を足元に向けながら洗面台へ。

 トイレのすぐ近くに置かれている洗面台の前に立ち、そこでようやく私はポケットから手を出して、両手を視界に入れた。

 

「赤い……よね、やっぱり」

 

 私の両手は、さっき見た時と同じように、血の様な赤色に染まっていた。

 

「――っ」

 

 その眩しい紅を認識した私の身体が、痙攣を始める。何もない胃が搾り上げられ、胸に焼けつくような痛みが生じ始める。おそらく、喉の遥か奥で、胃酸が外に出ようと暴れているのだろう。すっぱい空気が口の中に広がり、めまいでも起こったのか正面の手の輪郭が揺れ、身体がふらっと揺れた。

 

「はやく、洗おう」

 

 大学生向けの無駄にデザイン性が優れた蛇口を捻り、傍にあった液体石鹸を手に付けると、私は手をこすり合わせた。

 付着した石鹸が泡を生じさせ、赤色を覆い隠すように手全体に広がる。

 

 胃の中からこみ上げた胃酸が口に届いたあたりで、ようやく私の手は泡に包まれた。

 

 視界から赤色が消えたからだろう、食道を上る胃酸の勢いが、ほんの少しだけ弱まった。

 おそらく、このまま待てば、身体を襲う吐き気は少しずつ落ち着くだろう。

 

 とはいえ、吐き気がなくなったわけではない。

 

「んむ……おえ」

 

 痛みと酸味、その二つに耐えながら、私は口の中に広がり、そして今も込み上げ続けているそれを、寝室にいるアルマさんに気が付かれないよう、静かに洗面台に吐き出す。

 胃で出血でも起こっているのか、なんとなく赤いような気がするその胃液は、洗面台を流れる透明な水に混ざり、無色透明と言ってもいい色合いに変わって、排水溝へと流れていった。

 

「……こんなことで気が付くのも変な話だけど、あんまり薄いと何も起こらないんだ」

 

 赤色を見たことによる吐き気はない。その事実に、少しだけほっとした。

 

 ゆっくりと、まるで垂らすような速度で胃酸を吐き出し続ける。

 それが終わったのは、吐き始めてから2分ほどした頃。口の中にその存在がないことを確認してから、私はようやく口を閉じた。

 

 ――さてと、そろそろ手を洗わないと。

 

 口の中が気持ち悪かったが、手を洗わなければ満足に口も漱げない。

 小さく息を吸って、それから泡だらけの両手をこすり合わせた。

 

 しかし――

 

「色が、変わらない?」

 

 いくらこすり合わせても、泡の色が変わることは無い。

 手全体を染める程の大量の血を落そうとしたなんて経験がないのでわからないが、普通は、大量の色のついた汚れを落とそうとすれば、泡が多少その色に変わるものではないのだろうか。

 

 ――嫌な、予感がする。

 

 さらに強く手をこするが、一向に色は変わらない。泡の色は、依然として白いままだ。

 

 全身に鳥肌が立つ。

 少しずつ、再び胃が締め上げられる。

 

 真っ白に泡立つそれが見ていられなくなって、私は手から視線を逸らすように顔を上げた。

 

 

 

 

 

 ――そこで、紅を見た。

 

 

 赤黒い頬。

 鮮血に染まる鼻。

 唇には発色の良い血が広がっている。

 額を隠すように広がる金の前髪は赤く染まっている。

 いや、前髪だけではない。髪全体が、紅の血液に汚されていた。

 

 ――嫌

 

 心臓が、一気に跳ね上がる。

 嫌な意味で目を引くそれらに、視線が吸い寄せられそうになる。

 

 だが、私の目をそれ以上に引くものが一つ。

 

 ――イヤ

 

 それは、深紅の瞳。

 吸い込まれそうなほどに紅に輝くそれに意識を吸われ、全身が震えた。

 

「いやああああぁぁぁぁぁ」

 

 部屋中に、いやおそらくこの建物全体に、私の悲鳴が拡散する。

 

「――アリスちゃん!!」

 

 アルマさんが、倒れ込みかけた私の身体を受け止め、抱きしめるように引き寄せた。

 だが、それに感謝している暇はない。

 

「落ち着いて、しっかりしてアリスちゃん!!」

 

 記憶が回帰する。

 意識が時を遡行する。

 

 シミュレーションの紅蓮弐式に大敗したこと、ミリアさんと話したこと、アンナさんが電話を私に聞かせたこと、マルクスが嚮団の人間であったこと、ミリアさんがギアスにかかったこと、私の手の中でマルクスが死んだこと。

 

 すべてが、私の中に戻ってくる。思い出す。鍵が外れる。

 

「ああああああぁぁぁぁ!!」

 

 感情のままに、私の口が悲鳴交じりの咆哮をあげた。

 アルマさんの私を抱きしめる手が強くなるが、一向に私の声は変わらない。

 

 冷静な思考を失った私には、ただアルマさんの腕の中で暴れることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません、ご迷惑をおかけしました」

「いいのいいのー。誰だって、こういうことはあるからねー」

 

 ベッドを椅子代わりに座るアリスを、アルマはそっと抱きしめる。

 それから、そっと彼女の頭をなでて、彼女の震えが止まるのを待ち続けた。

 

(ちょっぴりだけど、やつれてしまったみたいね)

 

 抱きしめたその身体の線の細さに、アルマは自分の不甲斐なさを噛み締める。

 

 ――ナイトオブナインの仮設研究室にてアリスが倒れてから、今日アリスが目覚めるまでの間に、実に三日もの歳月が経過していた。

 

 その間、アルマたち研究員は、休憩時間を迎えた順にアリスの部屋で彼女を"監視"していた。研究室であった事件の影響で、アリスのトラウマが悪化していると考えたためだ。

 そして、その考えは見事に的中していた。

 

 返り血。自身が血だらけであるという幻覚。

 彼女が見たと口にしたそれは、明らかに精神的なものを要因としたものだった。

 

 おそらく、自分の手の中で人が死んだという事実が、もともと持っていた赤色に対するトラウマと混ざり、彼女の中で幻覚という事象を伴って現れたのだろう。アリスの言葉と、鏡の前で倒れたという事実、そして汚れ一つない手を異常なまでに洗っていた彼女の様子から、アルマはそう判断した。

 

「大丈夫、アリスちゃんは大丈夫だよー」

 

 正直なところ、こういった精神を病んだ人に対する対処は苦手だ。アルマは、心理学の様な心に関する学問を習った事が無い。

 トラウマを抱えた人間に何をすればいいかなんて、見たことも聞いたこともない。

 

(暇なときに、付け焼刃でも学んでおくべきだったかしら)

 

 ただ慰めるような言葉をかけることしかできない自分に、アルマは少し苛立っていた。もちろん、それを腕の中にいる少女に悟らせることは無かったが。

 

「アルマさん」

「んー? なに?」

「今、何時ですか」

 

 アルマは、そっと視線を手首の腕時計に移す。

 

「えーっと、1時だねー。正確には、12時57分22びょー」

「1時……私の記憶では、アルマさんのお昼休みの時間、そろそろ終わりだと思うんですけど」

「そだねー。まーでも、今日はロイドさんもセシルさんもいないし、ちょっとくらい遅れても大丈夫だよー」

 

 アルマの休み時間は、1時10分まで。普段は1時までなのだが、アリスが倒れたという事で、特派の実質的な長であるセシルに頭を下げて、休み始める時間を10分遅らせる代わりに10分終わりを伸ばしてもらっている。なので、仮にロイドやセシルがいても、怒られるようなことは無い。

 ただ、それを口にすればアリスの負担になると考えたアルマは、それを口にすることは無かった。

 

「セシルさん達がいないからって……バレたら怒られますよ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 

(むしろ、この状態のアリスを置いていけば、逆にセシルさんに怒られるわよ)

 

 仮にそうでなくても、他の研究員達にアルマがボコボコにされる。

 特派に所属している人間は、程度の差こそあれどみな天才もしくは秀才ばかり。そんな彼らが全力で嫌がらせをすれば、アルマの社会的地位は3日で地に落ちるだろう。実際、とあるコラ画像を作った某男性は、高校時代に執筆していた俺TUEE系二次創作小説を、顔写真付きでネットにばらまかれたばかりだ。アルマは、そんな目に合いたくはなかった。

 

「だ、駄目です。遅刻は絶対ダメです。一回の遅刻が原因で、会社を解雇されることだってあるんですから!」

「いや、昔のイレブンの会社でもそうそうないわよ、そんなこと」

「あるんです! だって実際私は……いえ、とにかく遅刻は駄目です。私も行きますから、アルマさんも行きましょう」

 

 そう言ったアリスは、アルマの腕から離れるように勢いよく立ち上がると、瞬く間に寝間着を脱いで、クローゼットに吊るされていた制服を手に取ると着替え始めた。

 

「ちょ、ちょっとアリスちゃん。あなた仕事に出る気なの!?」

「当たり前です。感染症に陥ってない限り、働くのは当然のことですよ」

「ちょっと待ちなさい。いくら何でも、それは良識のある大人として、あなたが働くことは認められません」

 

 アルマは、着替え始めたアリスの手を掴んで止める。

 

「何でですか。少なくとも紅蓮弐式と鏡さえ見なければ私は健康なんですから、休む理由にはならないですよ。それに、ナンバーズである私は、成果を出さなければならない立場にあるはずです。休んでなんていられません」

「確かに、ナイトメアのパイロットであり、また名誉ブリタニア人でもあるあなたは、軍にいるためには実績を出さなければならない(利用価値を示さなければならない)立場にあるわ。でも、それ以前にあなたは子供なのよ。トラウマ抱えた子供に、そのトラウマを抉る様な仕事をさせるなんて、一人の大人として認めるわけにはいかないわ」

 

 アルマの言葉を聞いたアリスは、着替えようとするその動きを止める。

 

「その言葉は、口にするにはもう遅いですよ。アルマさん」

「……どうして?」

「私は、本来子供でなければならないのに、特別扱いしてもらって大人の中で働いているんです。それなのに、都合のいい時だけ特別扱いを止めてもらうなんてできません」

 

 アリスはそう言うと、アルマの手をゆっくりと放して再び着替え始めた。

 

 

 ――結局、仕事に向かおうとするアリスを止めることは、アルマにはできなかった。

 



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42話

 アルマさんに軽く手を引かれつつ、パイロットスーツに身を包んだ私は特派の研究室へと向かう。

 時刻は、12時59分。本当にぎりぎりだが、なんとか1時には間に合いそうだった。

 

 個人的には、10分前行動が基本だと思っているので少し心が痛いけど、まあ時間には間に合っているので大丈夫だろう。

 

 ――それよりも、問題はアルマさんだった。

 

 私がシミュレータに乗るのは反対なのか、それとも私が言うことを聞かなかったのが気に食わないのか、アルマさんは私に視線1つ向けようとしない。

 

「……怒ってるのかな」

「怒ってないと思う?」

 

 小さく呟いた、アルマさんに聞かせるつもりがなかった言葉に、アルマさんが背中越しに答えた。

 同時に、アルマさんの歩く速度が少しだけ早くなる。

 

「怒ってると思います」

「……どうして怒っているのか、わかるかしら」

 

 ――どうして、怒っているのか。

 

 そう聞かれると、よくわからない。

 これが一般的な大人、例えば子供が戦うのは反対だ、なんてことを口にする人間であれば、理由は簡単に分かるのだけれど、アルマさんはそんな人間ではない。ロイドさん程ではないが、ロイドさんと同じように科学に魂を売った人間だ。いまさら子供が戦っている程度のことで、ああだこうだいうような人間であるとは思えない。

 これがセシルさんなら、そんなこともあるのかもしれないけれど……

 

「私が、きちんと体調管理をしていなかったからですか?」

「そうじゃないわ。

 ……はあ。ごめんね、アリスちゃん。別にあなたに怒っているわけじゃないの。気分を悪くさせてごめんなさい。

 ちょっとしたら落ち着くから、少し一人にさせてもらえるかしら」

 

 アルマさんがそう言うと同時に、私とアルマさんは、特派の研究室として使っている一室へとたどり着いた。

 

 アルマさんは、私を置いてさっさと部屋の中に入ってゆく。

 私も、この先には紅蓮弐式が存在しているという問題があったために少しためらったが、ドアの前で立ち止まっているわけにもいかなかったので、アルマさんに続いてドアを潜った。

 

「おはよー。私の休憩終わったから、ジェレミー達は交代で休憩入ってねー」

「お、アルマ、もうそんな時間か。これが終わったら私も休憩に――って、おいちょっと待て」

 

 キーボードをカタカタと鳴らしていたジェレミーさんが、一瞬こちらに視線を向けてから自身の端末の画面に視線を戻し、すぐさま顔ごと視線を向けてくるという、まるで乗りツッコミのお手本のような反応を見せる。

 同様に、室内にいた某チーズケーキさんや研究員さんたちも、こちらに顔を向けてその表情を驚愕一色に染めた。

 

「お、おはようございます」

 

 じっと見られると、少しこそばゆい。

 部屋中から放たれる視線に少しどもりながらも、私はアルマさんの後ろで挨拶をした。

 

 すると、不思議なことに室内から音が消え去る。

 

「……アルマ、セシルさんに連絡はしたの?」

 

 静まり返った室内で、その静寂を破る様にチーズケーキさんが声を上げた。

 

「もうしたよー。顔芸はいいから、あんたとジェレミーは休憩しなってー。まだお昼ご飯も食べてないでしょー」

「顔芸なんてしてるか! というか、アリスちゃんはここ来ても大丈夫なの? まだ寝てなくてもいいの?」

「あ、はい。精神的不調以外は特に問題ないので」

 

 突然話を振られたので少し戸惑いつつ、チーズケーキさんの質問に答える。

 厳密に言えば少し気分が悪かったりするのだが、流石に気分が悪い程度で仕事を休むわけにもいかない。私の立場は、あまりいいものではないのだし。

 

「本人がいいって言うんだから、私たちが口出しする必要もないでしょー。はいはい、みんなも仕事に戻りなよー。ただでさえ、今日は搬入があって仕事が多いんだからさー。お話は、仕事が全部終わった後でねー」

 

 パンパンと手を叩き、アルマさんが広い室内に響く大きな声で、研究員さんたちにそう告げる。

 研究員さんたちは、色々と言いたいことがありそうだったが、アルマさんが言う通り本当に仕事が大変なのか、不承不承といった態度で仕事に戻る。

 チーズケーキさん達も、凄く何か言いたそうな顔をしていたが、小さくため息を吐いて研究室の外へと出て行った。

 

「よし、じゃあアリスちゃんもシミュレータ行ってきなよー。ロバート曰く、シミュレーションのスケジュールはかなり押してるみたいだから、頑張ってねー」

「はい、わかりました」

 

 アルマさんは、そう言って私の背中を押すと、自分の席に座って端末の電源を入れた。

 私もぼーっとしているわけにはいかないので、シミュレータの方へと向かう。

 

 シミュレータは、機体調整等の設定をKMFに反映させやすいよう、KMFが置かれている場所の近くに置かれている。そのため、シミュレータに向かう途中、私は今特派で管理しているKMFを見ることになった。

 

 そこにあった機体は2機。ランスロットに近い形へと改造された魔改造サザーランドと、紅蓮弐式だ。

 紅蓮弐式の方は強大な白い布がかぶせられており、実際には姿を見ることはできなかった。しかし、布越しに見えるシルエットから見て、外されていた腕はきちんと取り付けられ、コード等は一切繋がれていない様だった。おそらく、解析などはすでに終わっているのだろう。

 サザーランドの方は、傷一つない形に修復されていた。また、何らかの調整が行われているようで、数人の研究員さんたちがコックピットに詰めており、そこから大量のコードが伸びている。

 

 近くの、KMFの調整やシミュレーションの設定などを行うことができる端末では、ロバートさんが死にそうな顔をして座り込んでいた。

 

「えっと……ロバートさん、大丈夫ですか」

 

 濃いクマと青白い表情、そして瞳を濁らせたロバートさんに声をかけるのは少し怖かったけど、勇気を出して声をかける。

 ロバートさんは、ゆっくりと私に視線を向けると、疲れ切った様子で片手をあげた。

 

「アリスたん? おー、私は大丈夫ですよ。あなたは超能力者ですか?」

 

「えぇ……」

 

 明らかに正気でないロバートさんの言葉に、思わず声が漏れた。

 

 ――リアルで『○○たん』とかドン引きである。

 

 大丈夫と言っているが、あまり大丈夫ではなさそうだ。意思疎通はできそうだが、なんだかいろいろとおかしい。そのうち、中学生の英語の教科書の様に、『あなたはペンですか』とか言い出しそうな気がする。

 

「ロバートさん、ちょっと休んだ方がいいと思いますよ」

「……ちょっと待った。正気に戻ったから、ごめん、今のなしでお願い」

 

 そっと優し気な感じを意識して声をかけると、ロバートさんは急に意識を取り戻して背筋を伸ばした。

 

「あーっと、とりあえず、アリス君体調は大丈夫かい?」

「はい、心配させてしまってすみませんでした」

「そうか、大丈夫なら別にいいんだ。

 とりあえず、君が寝ていた3日分の仕事が溜まっているけど、とりあえずそれらのほとんどは明日にまわそうか。君の体調も不安だし、なにより今日は仕事を増やすことができないくらい忙しいからね」

 

 そう言うと、ロバートさんは端末を操作してシミュレータの電源を入れる。

 私は、ここからシミュレーションを始めるまで少し時間があるので、少し気になっていたことを聞くことにした。

 

「そういえば、皆さん随分と忙しそうにしてるみたいなんですけど、今日って何かあるんですか」

「ああ、そっか。アリス君は知らなかったね。今朝急に連絡があったんだけど、今日の夕方からダールトン将軍が来るみたいなんだ」

「ダールトン将軍が?」

「そ、しかも例の紅蓮弐式のパイロットを連れてね」

 

 ……カレンさんを連れて、ダールトン将軍が特派に来る?

 色々と大変な事態が起こったりしないように処置はするのだろうが、何故わざわざカレンさんと紅蓮弐式を接触させるというリスクのある行為を行うのかがわからない。

 R2でカレンさんが捕まった時は、特にそう言ったことはしていなかったのに……

 

 ギアスの存在がばれていないから?

 それとも、ゼロの存在がR2時代のころほど危険視されていないから?

 まさか、単にアニメでは描写されていなかったからなんてことは無いだろうし……

 

 少し考えてみたが、答えは出なかった。

 

「詳しいことは知らないけど、なんでも検証の一環だとか」

「検証の一環って、なんのですか?」

「さあ、それはちょっとわからないな。僕はあくまで研究者だから、その辺は全く詳しくないし。

 念のため、詳しい話をセシルさんやロイドさんに聞いてみたんだけど、二人ともこの命令が急に出されたものではあるけれど、きちんと正規の手順を通って出された命令だってことしかわからなかったみたい」

 

 セシルさん達でも意味がわからない命令?

 いや、今朝急に出されたものだってことを考えると、単に探っている時間がなかっただけかもしれない。そうなると、ロイドさん達が此処にいないのもその関係だろうか。

 

「一応、正式な命令として受理されている物だから、特に心配とかはしなくてもいいと思うよ。

 アリス君が名誉ブリタニア人だっていうのがちょっと気になるかもしれないけど、ダールトン将軍は血統よりも実力を重視する人だから、一度だけとはいえラウンズを落したアリス君を変な目で見るとは思えないし」

「……はあ、いえ、何か心配っていうわけではないんですが」

「まあ、ちょっと意図が図れない命令ではあるけれど、軍にいればそういったことは珍しくないから、あまり気にしすぎなくてもいいんじゃないかな」

 

 ロバートさんはそう言って話を閉めると、机の上に置かれていた少し薄めのファイルを手に取って私に渡してきた。

 

「それじゃ、今日もシミュレータと行こうか。まずは、15時までにそこの7ページ目までやるよ」

「はい、わかりました」

 

 ロバートさんに了承の意を返して、ファイルを開く。

 ファイルに綴じられた用紙には、1ページに付き3~4つのシミュレーション項目が設定されていた。

 

「……え」

「大変だろうけど、頑張ってね」

 

 全てのページがこのペースで記述されていると考えると、単純計算で21~28項目あることになる。

 近くの時計を見ると、現在時刻は13時12分となっていた。

 

「えっと、あと2時間でこれやるんですか」

「うん、時間がかかるものは後ろにまとめてあるから、がんばれば何とか間に合うかもしれないと思うよ」

 

 ――病み上がり早々(治ってないけど)これって、嘘でしょ!?

 

 私は、急いでシミュレータに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二時間後、

 

「……ロバートさーん、終わりましたぁー」

「うん、お疲れ様」

 

 全力で様々な火器を乱射して、色々なイロモノ武器を振り回して、7枚の用紙に記述されていた計24の項目を終えるころには、私の精神力は限界を迎えていた。肉体的には汗一つ掻いていないのでまだまだ余裕かもしれないけれど、私の神経が持たない。

 

「それじゃ、データ整理もう終わってるから、あとでそれ見てレポートお願いね」

「……はい」

 

 まだ、仕事が終わりじゃないことに絶望しそうになる。

 トラウマ発症してから、私の精神が豆腐メンタル化しているような気がしてならない。

 

「ほら、アリス君、シミュレーションはまだ終わりじゃないよ」

「まだ……あるんですか」

 

 ため息を吐きたい心情を抑えながら、気合いを入れて身体を起こす。

 そうだ、もの凄く疲れているが、このシミュレーション漬け状態も悪いことばかりではない。シミュレーションをしている最中は、かなりの激務なので無駄なことを考えている場合ではなくなる。自分の精神がどうなっているのかとか、アンナさんやミリアさんがどうなったのかとかそんなことを考えられなくなるのだ。……そう思っていないとやってらんない。

 

「次は、アリスちゃん自身のデータ取りだからね」

「私の、ですか?」

「そうだよ。もっとも、君のデータはほとんど揃ってるから、細かい所の調整みたいなものになるけど」

 

 どうやら、今度は武装のテストとかではないらしい。そのことに、少しだけほっとした。

 それにしても、私のデータなんて取ってどうする気なんだろうか。

 

「アンナさんやミリアさん達もそうでしたけど、私のデータなんて取ってどうするんですか?」

「アンナさんとミリアさん? ……ああ、ラウンズの所の人達ね。

 そうしてその人達がアリスちゃんのデータを欲しがったのかは知らないけれど、たぶん僕らとは別の理由だと思うよ」

「別の理由ですか」

「うん、今は教えられないけどね。僕らの仕事が早く終わればダールトン将軍が来る前には、遅くても今日中には教えられると思うから、ちょっと待っててね」

「……はあ、わかりました」

 

 そっとはぐらかされたが、まあ今日中に教えてもらうなら別にいいだろう。

 何となく釈然としない気持ちを胸に、シミュレータの中に身体を戻した。

 

 シミュレータの入り口を閉めて、再び中と外を遮断する。

 それから、身体をシミュレータ内部にあるシートに預け、小さく息を吐いて肩の力を抜いた。

 

『じゃあ、シミュレーションを再開するよ』

 

 少し待つと、シミュレーションを始める前に着けた右耳のインカムから、ロバートさんの声が聞こえてきた。

 力を抜いていた体を起こして、身体に火を入れる。

 

「はい、お願いします」

『うん、さっきも言ったと思うけど、今からするのは君の操縦データの測定だ。可能な限り、自分が動かしやすい動きを意識してほしい。場合によっては、操縦をマニュアルに切り替えてもいいからね』

「はい」

 

 出番はないとは思うけれど、ロバートさんにマニュアル操縦について言われたので、念のため操縦方法をセミオートからマニュアルに切り替える方法を再確認する。

 

『それと、今回の操縦において使ってもらう機体は、普段使ってるランスロットじゃなくて、ロイドさんがさらに手を加えたランスロットの改修機だから少し注意してね』

「改修機ですか?」

 

 操縦観測用に、何か特別な装備でも積んでたりするのだろうか。

 

『モデルを用意してないから外見は変わらないけどね。変化してるのは、あくまで数値だけ』

「具体的には、どのあたりが変わっていますか」

『細々した変化は多々あるけれど、大きな変化は機体重量と出力が少し上がってる位かな。操縦感覚が変わってるかもしれないけれど、機体の重心位置とかはほとんど変わっていないから、そこまで操縦感覚の変化は大きくないと思う』

「わかりました」

 

 出力の向上に機体重量の増加、この時期で改修となると、エアキャヴァルリー仕様にでもなったのだろうか。流石に、一気にランスロット・コンクエスターまでは行かないだろうし。この時期にランスロットがラウンズ仕様になると、紅蓮弐式を奪われたゼロがさらに涙目になる。

 

 あれ、でもエアキャヴァルリーって出力変わってたっけ? 羽付いただけだけだったような……

 一応ストーリーとかは把握しているけれど、映画見に行ったり設定資料深く読み込んだりしなかったから、細かい所がわからない。

 

『まずは、君の細かい操縦データを取るためにも、まずは機体の感覚を慣らそうか』

「はい」

 

 モニターに光が灯り、廃墟となった市街地、日本人達が生きるゲットーの景色がシミュレータに再現される。

 同時に、レーダーにも大まかな地形が表示され、その中にいくつか敵の反応が表示された。

 

『まずは、非エース機体との多対一での戦闘から。

 敵の機体は、日本解放戦線が使用していたナイトメアである無頼とそのカスタム機。使用しているAIは一般的なものだから、本当に慣らすような気持ちで戦って大丈夫だよ』

「無頼ですか、了解です」

 

 日本解放戦線が使用していたKMFである無頼は、サザーランドの一世代前に位置するKMF『グラスゴー』のコピー量産機だ。若干近接戦闘向けに改造されてはいるものの、基本的な性能はグラスゴーのものから変わっていないので、そう手ごわい相手ではない……無頼改に改造されていたり、日本のエースパイロットである四聖剣とか藤堂さんとかが搭乗していなければ。

 

『最初は5機。全滅したら追加で何機か足していって、10分したらレーダーにジャミング入れるから』

「わかりました。何機撃墜したら終了ですか?」

『僕としては、50機撃墜、かつ20分経過したらっていうのを想定しているけど……あくまで慣らしだから、要望があったら変えるよ』

 

 20分で50機、数字としては多く感じるが、一斉に襲ってこないことや性能差を考えれば、それほど多いものでははないだろう。

 

「ジャミングは5分から、終了時間は15分でいいです。撃破機体数はそのままで」

『わかった。5分後からジャミングで、終了時間は15分ね』

 

 スピーカーの向こう側から、カタカタとキーボードを叩く音が鳴り始めた。

 30秒ほど待つと、力強くエンターキーが叩かれる音が響き、そしてふっとロバートさんが吐いたと息が聞こえた。

 

『はい、お待たせ。準備できたから始めるよ』

「お願いします」

 

 ロバートさんの言葉に返事を糸、軽く握っていた操縦桿に力を籠めると、シミュレーションが動き出した。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 まずは、正面の敵を狩る。

 全速力で加速し、同時にロックオンされないように僅かに蛇行しながら距離を詰め、すれ違いざまに右腕のスラッシュハーケンの刃でコックピットを切り捨てる。

 

 ――まずは1機。

 

 モニターの端、視界の隅に表示したレーダー画面を確認し、残り四機の位置を確認する。

 

「ビルの反対側に一機、少し離れたビルの中に一機、遠くの高架下に一機、そして――」

 

 加速した勢いを可能な限り殺さずに跳躍、スザクさんのごとく空中で機体を捻る様に回転させる。

 

「――私の後ろ」

 

 1回転目で敵の位置を確認しながらヴァリスを腰から引き抜き、2回転目で背後から迫っていた無頼を撃ち抜く。

 

 ――これで2機。

 

 着地した機体をさらに加速させ、スラッシュハーケンを利用して正面のビルを駆け上がる。

 そのままビルの上を移動しながら、開始位置から見てビルの向こう側にいた無頼と、遠くのビルの中にいた無頼をヴァリスで狙い撃つ。

 

 ――これで4機……いや、外したから3機かな。

 

 レーダーを確認すると、反応は2機となっていた。

 どうやら、ビルの向こう側にいた無頼は撃破できたが、ビルの中にいた無頼は撃破できなかったようだ。

 

「ヴァリスの貫通力なら、鉄筋コンクリートぐらいなら貫通できる筈なんだけど……」

 

 ビルの中から、反撃として撃ち返されたアサルトライフルの連射を回避しながら、周囲の廃ビルとスラッシュハーケンを利用してターザンの様に距離を詰める。

 

 サザーランドの使用するアサルトライフルですら、コンクリートを貫通できるのだ。ヴァリスができない筈がない。にもかかわらず撃破できなかったという事は、おそらく外してしまったのだろう。

 

「ま、これで終わりだからいいか」

 

 移動中に短時間だけファクトスフィアを展開し、ビルの中を細かく解析。解析結果と弾丸が放たれる位置から、無頼がいる位置を正確に割り出す。

 そして、そのデータを基にヴァリスを三連射。今度は確実に討ち取った。

 

 ――今度こそ4機。

 

 最後は、少し離れたところにある高架、その下に隠れている一機。

 相手もこちらに気が付いたようで、ビルの陰に隠れるようにしながらこちらに近づいてきた。

 

 無頼は、どちらかと言えば近接よりの機体。距離を詰めるという選択は、そのことを考えれば当然の行いというべきだろう。

 

 だからといって、私がそれに付き合う義理もないけど。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 ユグドラシルドライブのギアを引き上げ、ランドスピナーを全力稼働。

 ひび割れたアスファルトの上を、煤汚れたビルの壁面を、むき出しになった鉄骨の上を足場に、最短ルートを通って無頼に接近する。

 

「よし、見えた!」

 

 シミュレータのモニターに頭部に触覚の様なアンテナを搭載した鼠色の無頼が映る。無頼のカスタム機、無頼改だ。

 無頼改との距離は十分。相対速度もバッチリ。ある程度は細かい修正が必要かもしれないけれど、ここからなら確実に仕留められる。

 

「スザクさん直伝――」

 

 腰のスラッシュハーケン二機と右腕のスラッシュハーケンを使い、捻りを加えながら大きく跳躍する。

 重量が増したためか若干高さが予定よりも低いが、十分誤差の範囲だ。

 

 ちょうどいい高さまで跳び上がったところでスラッシュハーケンを巻き戻し、巻き取った時の勢いでさらに捻りが加速する。

 

 回る機体、揺れる視界、その中でも私の視線は、敵機から逸らさない。

 

「――くるくるキック!」

 

 相手が刀を構えるが、もうすでに遅い。

 遠心力とランドスピナーの加速が加わった約7tの質量体を正面から受けた鋼の刃は一瞬で圧し折れ、持ち主である無頼改と共に廃材へと変わった。

 

「……これがもっといいAIだったら、私が逆に斬られていたかな?」

 

 破壊された無頼改を前に、思わずそう呟く。

 

 何せ、相手の持っている刀がMVSであった場合、私は間違いなく両断されていたからだ。無頼改の持つチェーンソー式の刀がそこまで切れ味のあるものであるとは思っていないが、剣の達人のような人間が相手だった場合のことを考えるともう少し注意したほうが良かったかもしれない。

 

 そう考えたところで、レーダーに6機の敵反応が追加された。

 

 位置は、西のビルの中に一機、東の道路に三機、北東の廃ビル街の間に一機、そして北西の道路に一機だ。

 

 四グループともそこそこ距離が離れていそうで、しかし苦戦して時間をかけてしまうとすぐにやってきそうな位置にいる。

 仮に戦うのであれば、一気に撃破できるように戦わなければ厳しそうだ。

 

「これって、あんまりヴァリスに頼り過ぎるなってことなのかな?」

 

 私個人としては、普段使用するKMFであるサザーランドやランスロットならともかく、あまり操縦感覚がつかめていないこの機体で百発百中を決める自信はない。故に、確実に敵を仕留めるのであれば接近戦を挑まざるを得なくなる。

 

 慣れない機体機体を慣らすには、接近戦が一番だとは思う。かなり適当な戦い方でもスペック差で押し切れるので、少し操縦でへまをしても大丈夫だろう。

 

「……接近戦か」

 

 視線を、モニターから武器関係の情報を映した計器に移す。

 ランスロットに積まれている近接戦闘用の武器は、MVSとブレイズルミナス、スラッシュハーケンの三つ。いや、スラッシュハーケンはどちらかと言えば中距離専用の武装で、ブレイズルミナスは本来であれば盾なので、厳密に言えば一つだろう。

 

 本来であれば、このMVSをぶんぶん振り回して戦うのが普通なのだろうけど……

 

「MVSが、赤色じゃなかったらなぁ」

 

 問題は、MVSの色だ。

 赤にトラウマを持っている私としては、正直MVSの使用は遠慮したい。

 

「でも、機体に慣れるには接近戦が一番だし……最大出力のヴァリスで廃ビル街ごと薙ぎ払っちゃダメかな」

 

 いや、『街を壊してはいけないなんて言われてないから大丈夫でしょ』なんて和マンチ的な行動はダメだろう。それでは機体を慣らすことにならない。

 ここは、可能な限りMVSの使用を避けつつ、その上で接近戦を行うしかない。

 

「……はあ、MEブースト」

 

 ユグドラシルドライブの回転数を上げ、ランドスピナーを全力で稼働させる。

 行先は、西にいる無頼。西の無頼を最初に選んだのは、東の無頼が一番多いので、それは後回しにしようと考えたからだ。

 

 廃ビルに囲まれた道を駆け抜け、30秒もせずに無頼がいるビルに到達する。

 

 到着と同時に、ファクトスフィアを起動。ビルの中を可能な限り確認する。

 

「……あれ、いない?」

 

 解析の結果、建物の中に無頼の影はなかった。

 

 ファクトスフィアの能力には、当然だが限界がある。いくらランスロットのファクトスフィアがサザーランドのファクトスフィアを大幅に上回る性能を持っていたとしても、建物の中を完璧に解析することはさすがに難しい。

 だが、建物の正面まで来て、KMFの存在を全く感知できないというのはあり得ない。何階のどの辺にいるくらいのことはわかるはずなのだ。

 

「どゆこと? レーダーには、この辺にいるって反応が――」

 

 その直後、微かにモニターの映像が微かに揺れ、次の瞬間、機体が一気に崩れ落ちた。

 

「なっ!? いや、地面っ!」

 

 否、機体が崩れ落ちたのではない。機体を支える地面が崩れ落ちたのだ。

 直後にカメラに映るのは、ちょうどKMFが通れる程度の高さしかない下水道と、正面からこちらに接近する無頼改の姿。

 

「ロバートさんの嘘つきっ! 慣らすような気持ちで戦っても大丈夫じゃないじゃ――っ!」

 

 振り下ろされる刀型チェーンソーを回避し、ブレイズルミナスを展開した右腕でシールドバッシュを放つ。

 無頼改は、その一撃をチェーンソーの回転を利用することで受け流し、蹴りを放ってくる。

 

「何時ものよりかはかなり弱いけど、これ普通のAIじゃないよね!?」

 

 とっさに左手でMVSを抜きそうになり、それに気が付いた私の意識が手の向かう先をヴァリスへと強引に変更する。

 

「やば――っ!」

 

 だが、そのためらいはあまりに致命的な隙だった。

 MVSであれば余裕をもって無頼改を両断できたはずの隙が、持つ武器をヴァリスに変更したことにより消失――いや、逆にこちらの隙となる。

 

 私自身が出せる最高の速度でヴァリスの狙いをつけるが、それよりも早く無頼改の一撃が左腕へと迫る。

 

「ブレイズルミナス!」

 

 とっさにブレイズルミナスを展開。腕が切断される事態だけは避ける。

 しかし、衝撃は消すことができずに、弾き上げられた左腕はあらぬ方向へと向かい、手に持ったヴァリスはどこかへと飛んで行った。

 

 ――だが、追撃はここで終わりではない。

 

 振り上げられた刃が反転し、無頼改が一歩踏み込む。

 

 ――追撃が来る。

 

 私は、腰のスラッシュハーケンを起動し、その一歩分を下がらせると同時に自身も一歩下がった。

 躱されたスラッシュハーケンは天井に刺さり、その動きを止めるだけで無頼を貫くことは無かった。

 

「ここで!」

 

 スラッシュハーケンを回避した無頼改が踏み込む様子を見せると同時に、操縦をマニュアルに変更。

 ()()()()()前方に跳躍し、同時に腰のスラッシュハーケンを巻き取る。

 

 ランスロットは、一歩踏み込もうとする無頼改に激突し、踏み出した足が地面に付いていなかった無頼改はバランスを崩して倒れ込んだ。

 

 私は、倒れ込んだ無頼改の右腕を踏み潰すと、今度こそMVSを抜き、コックピットに突き刺した。

 

「……ふう」

 

 ため息を吐き、MVSのMV(メーザーバイブレーション)を解除して色を赤から白に戻す。

 それからレーダーを確認し――急いでそこから離れた。

 

 それのすぐ後、天井を突き破って飛来した多数の弾丸に、無頼改が蜂の巣にされた。

 

 急いで落ちてきた穴から地上に出て、周囲を確認する。

 

 そこには、3機の無頼と2機の無頼改の姿があった。

 どうやら、さっきの無頼改に時間をかけすぎたようだ。

 

「……ちょっとまずいかな」

 

 さっきみたいに狭い空間ではないのでだいぶ楽だが、流石に5機纏めて相手にするとなると難しい物がある。

 さらに悪いことに、ちょうど5分経過したのか、さっきまで映っていたレーダーから敵の反応が消えた。地形データはそのまま映し出されているが、敵の反応は全くない。

 

 とりあえず、ヴァリスはどこかに行ってしまったので、もう一本のMVSを鞘から引き抜き構える。

 MVSとしての機能はまだ使っていないために、刃の色は白のままだ。

 

「残り、あと最低でも10分。敵の残りは44機。……もうちょっと減らしてもらってもよかったかな?」

 

 するには遅い後悔を口にしつつ、私はランスロットを一歩踏み込ませた。

 




念のため言っておくと、今回のAIは使用対象が少し強めの騎士を想定していますが、本当に普通のAIです。
主人公が苦戦したのは、トラウマと、あとは単純に近接戦闘があまり得意ではないから(比較対象は周囲のパイロット)。


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43話

 『後悔先に立たず』

 後悔というものはいつも後にするもので、いくら悔やんでもどうしようもない、という意味の言葉だ。

 

 目の前に広がるその光景を前に、私はその言葉が頭をよぎった。

 

 予兆はあった。明らかに不審な点もあった。気が付けるきっかけは十分にあった。

 精神的に余裕がなかったから、そんなことは理由にもならない。風邪を引いたからと言って、仕事で失敗してもいいわけではないのと同じだ。

 

 例えどんな状況であっても、コードギアスという未来の知識を持つ私は、そのことに気が付く必要があったのだ。

 故に――

 

「うそ、でしょ」

 

 ――気が付くことができなかった私は、()()()()()()()()()を見ながら、そう呟くことしかできなかった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◆ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 

「あと4機っ!」

 

 吐きそうになる自分を抑えつつ、MVSで正面の無頼改を両断する。

 直後に背後から迫るスラッシュハーケンをブレイズルミナスで逸らし、スラッシュハーケンを交わした隙を突こうとしていたであろう無頼改を、逆の手に持っていたMVSで一閃。

 

「あと3っ!」

 

 強引な姿勢からMVSを振ったためにバランスを崩しそうになる私に、さらに左右両側から二機の無頼改が迫る。

 まるで鋏の様に迫るその斬撃を、腰のスラッシュハーケンを利用して跳び上がり、スラッシュハーケンを犠牲することで回避する。

 そのまま空中で右手のMVSを投擲。飛んで行ったMVSは、先ほど左側から迫っていた無頼改のコックピットへと背後から突き刺さった。

 

「あと2機っ!」

 

 MVSを持ち替えながら着地し、背後へと左腕に展開されたブレイズルミナスを向ける。

 エメラルドグリーンの水晶の様なその盾は、背後から放たれた突きを受け流し、コックピットが貫かれるのを防いだ。

 そのままブレイズルミナスを解除、至近距離から左手のスラッシュハーケンを放ち、コックピットに穴をあけた。

 

「ラスト!」

 

 反転して戻ってくる無頼改に、MVSを構える。

 まともに戦えば、たとえAIが相手であると言っても確実に勝てるとは言い切れない。

 故に、剣を振るうのは一撃だけ。一太刀見切る程度なら、観察力に優れたこの身体なら十分にできるはずだ。

 

(時間停止能力を、その効果範囲や原理含めて一目で見切ることができるなら、AIの一撃くらい見破れない筈がない)

 

 MVSの光によって負の方向に向かう思考を引き留めるために心の中でそう言い聞かせ、自分のポテンシャルを信じて、手にした剣を振り下ろす。

 

 ――打ち合わされた刀と剣は、剣が刀を圧し折る形で決着を迎えた。

 

『シミュレーション、終了します』

 

 おそらく、シミュレータの外にいるロバートさんは手が離せない状況なのだろう。ロバートさんの代わりに合成音声が響き、シミュレーションが停止した。

 

「……おわった」

 

 熱気の籠るシミュレータの扉を開け、新鮮な空気を肺の中に取り込む。

 口の中にすっぱい味が広がっていたためか若干空気がすっぱかったが、冷たい空気は体温をほんの少しだけ下げてくれた。

 

 シミュレーションがきちんと停止していることを確認して、シミュレータの外に出る。

 本当なら、今すぐロバートさんに声をかけて、次何をするべきか確認を取るべきなんだろうけど……

 

 ロバートさんの方に視線を向けると、ロバートさんは電話を肩で挟みながら、端末を慌ただしく操作していた。

 

「――予定していたハイウェイが通行止めだって? 原因は、いや、それはいいか。そこから下通ってくと予定よりも1時間遅れってところだよね。

 うん、わかったわかった。その時間だと頑張って急いでもダールトン将軍が来る直前になっちゃうから、無理して急いで来なくてもいいよ。……うん、そう、その時間だよね。もし、その時間に来るようだったら、悪いけど大学の外で待っていてくれないかな。……いや、本当はあまり良くないのはわかってるけど、同時にできる程の人手はないし。それに、手続きの一切はもう終わってるから、僕ら特派以外には迷惑は――」

 

 ――本当に大変そうだ。

 流石にあの状況で話しかけるのもどうかと思うし、ちょっと待ってみよう。

 

 そう思ったところで、シミュレータから『ポーン!』と通知音声の様な音がした。

 振り返ってシミュレータの中を覗き込むと、そこにはロバートさんからのメッセージが。

 

 【今ちょっと手が離せないから、少し休んでいていいよ。沢山シミュレーションやったから疲れたでしょ? ;) 】

 

 まさか、こちらに気が付いているとは思わなかった。

 電話しているから、そこまで余裕はないと思っていたんだけど。

 

「……同時進行、いいなあ。私もできればよかったのに」

 

 電話と別の仕事を同時にしながらああやって周囲に意識を配れるロバートさんは、正直少し羨ましい。

 少なくとも、どちらかというと要領が悪い方である私にはできなかった。私用の電話ならともかく、不用意な返事をするわけにひかない仕事の電話では、自分の仕事を一旦止めないと上手くできた試しがない。

 

 シミュレータから顔を出して、近くの冷蔵庫から例のカルピスっぽい飲み物を取り出す。

 

 色々と強化されているこの身体ならできるかもしれないけれど、怖くて試したことは無い。そこまでデスクワークは回ってこないし、電話がかかってくることはまずないからというのもあるけど。

 

「さて、どうしよっか」

 

 喉を潤して、近くの椅子に座って一息つく。

 周りが仕事をしている中で、ただ休んでいるのも少し辛い。なんと言えばいいのか、手持ち無沙汰とかそんな感じだ。

 以前の私であれば勝手に仕事を探して色々やっていたが、ここは仮にも最新鋭のKMF研究チーム、私が手伝える仕事など存在しない。手伝うためには、絶対的な知識量が足りていない。

 

「なんだろ、新入社員な気分。……まあ、ある意味私は新入社員みたいなものなんだけど」

 

 やる事が無い。暇、ヒマだ。

 

 ぼーっと周囲を見回す。

 しばらくそうしていると、KMFが立たされている格納庫付近でふと目が留まった。

 

 ――そういえば、ランスロットの姿がない。

 

 考えてみれば、スザクさんの姿も見ていない。

 ロイドさんやミレイさんと一緒にどこかに出かけたのだろうか?

 

 そう言えば、ロイドさん達は出かけているらしいけど、行先はどこなんだろうか。

 仮にスザクさんが一緒に行っているとすれば、どっかの部隊との演習とかになるんだろうけど……そんな描写、アニメでされていたっけ?

 

「いや、ロスカラとかだと合同演習とかあったし、アニメで描写されてないことは起きてないと考えるのは変か」

 

 ゲームであるロスカラでは近隣部隊との合同演習があったが、アニメではそんなことはしていたという描写は無かった。小説版はどうだったかまでは覚えていないが、アニメには尺という限界がある以上、アニメで起こらなかったことは何一つ起こらなかったという考え方は危険だろう。

 それに、ゲームやアニメ、小説でそれぞれ作中の時間が異なるのだ。ゲーム版に至っては、同じゲーム内でも主人公が関与していないのにルートによって時間が変わったりする。全ての媒体で変わらないのは、起こる出来事の順序くらいだ。

 

 ゲットーでの戦闘の後にナリタ山での戦闘が起こったり、ナリタの後でマオと戦ったり――

 

「アリスちゃぁーん、手が空いてるならちょっといいー?」

「アルマさん? わかりました、今そっちに行きます」

 

 思考を止める。

 声が聞こえた方向を向けば、こちらに手を振るアルマさんが見えた。

 

 小走りでアルマさんの方へと移動する。

 

「アルマさん、なにかあったんですか?」

 

 私がそう尋ねると、彼女は机の上にあった白いクリアファイルをこちらに差し出す。

 

「これ、実験棟4の1階にあるエニアグラム卿の所の主任に渡してきてくれるー?」

 

 実験棟4、私の頭の中にある地図が正しければ、ここから歩いて5分程度の場所にある建物だ。

 3日前のミリアさんとのシミュレーションの際にまさかとは思っていたけれど、ノネットさんのKMF研究チームが本当に同じ敷地内に拠点を持っているとは……

 

「主任? すみません、私主任の人が誰か知らないんですけど……」

「あれ、アリスちゃんはミリア主任に面識あるはずだよね」

「……え?」

 

 アルマさんの言葉に、一瞬思考が固まる。

 

「えっと、うちが言えた話じゃないんと思うんですけど、あのミリアさんが主任だったんですか!?」

「うん、本名はミリア・ハンナ・スチュアート、ナイトオブナイン専用ナイトメア開発チームの主任だよー。

 まあ、信じにくいのはわかるけどねー。あの人あまり喋らないし、喋っても口数少ないから。おまけに研究者なのに擬音を多く使う人だから、技術の説明でも『ふわふわでくるくるするあれ』とか平然と口にするしー」

 

 なるほど、ミリアさんは『カッといってズバッ』みたいな感覚派なのか。しかもそれで有能なタイプ。

 人生を語れるほど長生きしてきたわけではないけれど、私の経験上、感覚派の天才は発想の観点では理論派を超えるところがある。研究者としては、人とは異なる観点を持つミリアさんは有能だろう。

 

 しかし――

 

「それって、組織のリーダーとして大丈夫なんですか」

 

 私としては、ミリアさんが組織の頂点に位置できる人間だとは思えなかった。

 なぜなら、組織の比較的上に位置する人間は、技術よりもコミュニケーション能力が必要になるからだ。

 ミリアさんは、お世辞にもコミュニケーション能力がある人間ではない。アンナさんとの会話を聞いた感じでは、普通に会話する程度のコミュ力はありそうだが、組織を回すだけのコミュニケーション能力があるとは考えにくい。

 

「うちのセシルさん的な位置にエニアグラム卿がいるから、基本的には大丈夫だよー。この間みたいな技術交流に関するの会議とかでも、彼女の代わりにエニアグラム卿が出てくれるからねー」

 

 どうやらミリアさんは、KMF研究チームの主任としての表向きな仕事をノネットさんに押し付けいているらしい。

 

 ……それは、組織としてはOKでも、リーダーとしては駄目だろう。

 

 考えてみれば、ノネットさん専用KMF開発チームは『LOSTCOLORS』や『双貌のオズ』の中ではほとんど出てこなかった。内容を一字一句覚えているわけではないが、たぶんセリフも無かった、もしくはそう感じられるほどに少なかった筈だ。

 

「ノネットさんも大変そうですね」

「あははー……特派(うち)も人の事を言えたものじゃないけどね

 

 アルマさんの小さなつぶやきに、内心でこっそり同意する。

 あまり大きな声では言わないが、ロイドさんもミリアさんとは別方面で問題のある上司だ。ノネットさんが大変そうに見えるという事は、セシルさんもそれぐらい大変だという事だ。

 

「さて、おしゃべりはこの辺にして、そろそろ行ってきなさーい」

「はい、わかりました」

「それと、向こうもアリスちゃんと話がしたいって言ってたから、そこそこ長めにお茶してきてもいいよー。具体的にはダールトン将軍が帰るくらいまでねー」

「長めに、ですか? アルマさん、その……私のこの休憩は、ロバートさんの仕事が落ち着くまでなので、そんなに長くシミュレータを外すわけには行かないんですけど」

 

 私の言葉が意外だったのか、アルマさんは自身ののほほんとした()に合わせて細めていた目を僅かに開いた。

 さらに、私と目を合わせたアルマさんのその眼からゆっくりと光が消える。

 

「あいつ、正気? ダールトン将軍は良いにしても、その周囲の人間がアリスちゃんをどんな目で見るか想像ぐらいできないの?

 ――アリスちゃん、ちょっと待っててね」

 

 アルマさんは、傍の自分の端末を使って研究室内のメッセに何かを打ち込むと、まだシュレッダーにかけられていなかった裏紙を数枚手に取り、ロバートさんの方へと歩いて行った。

 

 何をする気なんだろうか。

 

 アルマさんは歩きながら手元の紙を素早く蛇腹折してハリセンを作り上げ、ロバートさんの前で立ち止まる。

 そして、メッセを見たのかアルマさんの気配に気が付いたのかわからないが、アルマさんを見るために顔を上げたロバートさんの顔面に、そのハリセンを大きく振りかぶって叩きつけた。

 

 社内暴力である。特派は会社じゃないから、どこに訴えればいいのかわからないけれど。

 

 もちろん、冗談だ。仮に冗談で済まなかったとしても、ハリセンで叩いた程度で怒られることは流石にない。

 例えそれが、乾いた音が一切しない、硬いもので肉を討つような音しかしていなくても。

 

 ハリセンの一撃を受けたロバートさんの肩から、電話が吹き飛ぶ。

 驚いて、一体何が起きたのかわからないという表情を浮かべるロバートさんに、光のない目をしたアルマさんが何事かを告げた。

 

 周囲の研究員さん達の声とタイピング音、そして距離が合わさり、アルマさんが何を言っているのかは聞こえない。

 

 しかし、何故だかはわからないが冷や汗が止まらなかった。

 

 それから1分ほど話して二人は別れ、アルマさんがこちらに戻ってくる。

 

「おまたせ。ロバートとは話をしておいたから、ダールトン将軍が帰るまで戻って来なくても大丈夫だよー」

「は……はいっ。ありがとうございますっ」

「あははー、別にいいって。……って、あれ? アリスちゃん、ちょっと距離遠くない?」

 

 アルマさんが、不思議そうに首をかしげる。

 そんなことは無い。ちょっと怖くなって距離を置いてるなんてこと、ないったらない。

 

「そうですか? 気のせいではないでしょうか。

 それでは、ミリアさんの所に行ってきますね」

「あ、うん。いってらっしゃーい」

 

 足早に研究室を立ち去る。

 

 ロバートさんといい、アルマさんといい、今日は色々な人の思いがけない一面を見ることが多い日だった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◇ ◇ ◆ ◆

 

 

 

 

 実験棟4という建物は、特派(私たち)が借りている建物よりも大学の正門に近い所にある。

 ノネットさんの専用KMF開発チームが借りているらしい一室は、その建物の1階、一番奥だった。

 

「おはよー」

「その、はい。おはようございます、ミリアさん」

 

 部屋に入って早々見知らぬ白衣の青年に手を引かれ、部屋の一番奥まで連行された私を待っていたのは、頭部に包帯を巻き、頬にガーゼを当てたミリアさんだった。

 

 木製の折り畳み椅子に座らされ、目の前にショートケーキと紅茶を置かれる。

 

 ――完全に私をここに長居させる気だ。

 

 ミリアさんは、自身の前に置かれていたティーカップを手に取ると、中身を一口にして大きく息を吐いた。

 部屋中にその吐息が反響し、次いでティーカップを置く音がその音を乱す。

 

「元気?」

「はい、この間はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 

 三日前、いったいどのような結末を迎えたのかは知らないが、あの状況で気絶したことは、アンナさんとミリアさんに大きな負担となっただろう。

 そのことを謝ると、ミリアさんは首を横に振り、小さなフォークを手に取ってケーキの苺に突き刺した。

 

「いい。私の方が迷惑をかけていた側だから」

 

 ぱくり、真っ赤な苺を一口で飲み込む。

 直後、イチゴの酸味が思っていたよりも強かったのか、ミリアさんは口をすぼめて力強く目を瞑った。

 

 そういえば、ミリアさんはマルクスのギアスにかかっていたのだった。

 今の様子を見る限りギアスの効果は無くなっているようだが、どうやって解いたのだろうか。

 

 ――失敗作だと言ってたし、ミリアさんには完全にかかっていなかったのかな?

 

 ナナリーにかけられた『記憶改竄』による失明や、トトの『忘却』のギアスもギアスキャンセラーなしに解けていたし、失敗作だと言われているようなギアスなら、そんなこともあるのかもしれない。

 

「――聞きたいことがある」

 

 酸味が引いたのか、ミリアさんはすぼめていた口を元に戻すと、持っていたフォークを置いて私にそう告げた。

 

 何を聞きたいのか――口にはされていなかったが、それが何か私にはわかった。

 

「場所を移してもいいですか」

 

 鋭い目をするミリアさんに、私はそう告げる。

 

「何故?」

「できれば、あまり多くの人には知られたくないことなので」

 

 そう言って、私は周囲を見渡す。

 この部屋の中には、数多くの人がいる。無関係な人が数多くいるこの場所で、会話内容が丸聞こえなこの場所で、今から話す内容は口にしたくなかった。

 

 今から話をする内容――ギアスについて、知っている人は可能な限り少なくしておきたかったのだ。

 

 しかし、私がそう告げるとミリアさんは再び首を横に振った。

 

「それはできない。というより、それをする意味がない。

 三日前に何があったのか、その内容の全ては、ノネット含むこのチーム全員が知っている」

「全て、ですか。それは――」

「――もちろん、『ギアス』に関する会話内容の全ても込みで」

 

 ――加えて言えば、ギアスをかけられた私がどうなったのかも、この二日間みんなは傍で見てきた。

 

 付け足すように、ミリアさんはそう告げた。

 

 ミリアさんの言葉は、つまりこの場がただの確認作業でしかないことを示していた。

 おそらく、ミリアさんの中では『ギアス』がどんな理屈で行使されているのかはわからなくても、どんな条件でどのように作用するのか程度のことはわかっているのだろう。

 

 つまり、もう手遅れだ。

 

 情報を絞る意味は、完全に無い。例えこの場を外してミリアさんにだけギアスについて説明しても、ミリアさんはその内容をこの場にいる全員に告げるのだろう。

 また、仮に私がギアスについてこの場で口をつぐんだとしても、ミリアさん達の中では『ギアスとは何か』という疑問に対する一応の解答が出ているのだ。口をつぐむ意味がない。いや、下手に何も言わなければ、勝手に調査を進めたミリアさん達が嚮団に触れてしまう可能性がある。

 

 コードギアスを知っているという知識面での有利を確保するためにも、また私自身の心情的にも、そうなることは避けたい。私とミリアさんに強い関係性があるわけではないが、気が付いたらミリアさんやノネットさんが死んでいましたとか、私の知り合いが死ぬような状況は嫌だ。

 

「わかりました。なら、ここで話します」

「ん」

 

 

 

 私は、ミリアさんにギアスについて話した。

 ただ、話したのはこの世界のギアスがどんなものかということについてだけ。Cの世界についてや故マリアンヌ王妃がアーニャさんに憑りついていること、ゼロの持つ『絶対遵守』等については一切話さなかったし、私の持つナイトメア・オブ・ナナリーの(エデンバイタルを力の源とした)ギアスについては話題にすら出さなかった。

 

 

 

 

 

「ん、ありがと」

「いえ、中途半端に知っていられる方が、私としては逆に怖かったので」

 

 少し喉が渇いたので、目の前にあった紅茶を一口。

 少し冷めていたが、特派(うち)で使っている物よりも美味しかった。

 

 さりげない所で資金力の差を感じて、少しだけ悲しくなる。

 

 ノネットさんとアーニャさんの専用機開発チームから資金援助をしてもらってるから、前よりはかなり――具体的にはランスロットをもう2~3機作れるくらい――お金に余裕はできたが、それでも新世代KMF開発という研究内容を考えれば、まだうちは金欠なのだ。

 

 ティーカップから唇を離し、小さく息を吐きながら窓の外を見る。

 そこには、薄暗くなった景色と、コーネリア殿下の親衛隊らしき服装の人達と行動を共にするダールトン将軍、そしてC.C.がよく着ていた白の拘束服を身に纏ったカレンさんの姿があった。

 

 ああ、もうそんな時間なのか。

 ミリアさんに長々と説明していたせいで、すっかり時間の経過に気が付かなかった。

 

「どうかした?」

 

 正面にいたミリアさんが、私の様子を不審に思ったのか声をかけてくる。

 

「いえ、ダールトン将軍が見えたのでちょっと……」

「ダールトン? ……ほんとだ」

 

 私と視線の先を共有したミリアさんが、少し驚いた様子でダールトン将軍を見る。

 

 ダールトン将軍は、周りにいた親衛隊数人を率いると、特派の研究室がある建物へと入ってゆく。

 残された数人の親衛隊員達は、車両を守る様に獣をもって周囲に立った。

 

 ――ふと、その光景を見て、少しだけ違和感を感じた。

 

(カレンさんの眼つきが、なんだろ……弱々しい?)

 

 いや、正確には、強い感情が読めないというべきだろう。

 人間観察を趣味にしていたり、本格的に心理学を学んでいたりしたわけではないので信憑性に欠けるところがある私の眼には、カレンさんの目には諦めていない人間が持つ様な強い感情が感じられなかった。

 だからといって、カレンさんが諦めた人間の眼をしているように見えるのかと言われれば、それもどこか異なる。

 

 諦めているようにも、いないようにも見えない。何とも不気味な眼。

 

 そんなことを考えているうちに、カレンさんは建物の中に入り、私からは見えなくなってしまった。

 

「なんでこんなところに」

 

 ミリアさんが、本当に心の底から不思議そうに思っているような声で呟く。

 

 まあ、いきなり総督府の幹部が来たら誰だって驚くだろう。

 というか、ミリアさん達ノネットさん専用KMF開発チームの人達には、一切連絡はなかったのか。

 

 急に決まったことらしいし、守秘義務とか指揮系統が違うからとかその辺の理由で連絡がいかなかったのかな?

 

「えっと、詳しいことはわからないんですけど、紅蓮弐式に関して検証したいことがあるらしいです」

「紅蓮弐式に関する検証? 紅蓮弐式のシステムは完全にコピーしてあるから、そんなのシミュでやればいいのに……変な話」

 

 ミリアさんは、変な話だなと首をひねりながら、近くにあったノート型の端末を操作し始めた。

 

「システムを完全にコピーしてあるって……随分早いんですね」

「そうでもない。もともと、ナイトメアにはそこまで厳重なセキュリティがかけられていないから。

 ナイトメア同士の戦闘は、OSの起動が遅かったり、コンマ1秒以下でも反応が遅くなるだけで結果が変わる場合がある。ランスロットやラウンズ専用機ならともかく、一般のナイトメアとか、開発環境的に私たちほど高性能なコンピュータを用意できないテロリストたちのナイトメアは、そこまでガチガチに守るだけの余裕がない。物理的な鍵と英数字8桁のパスワードしかセキュリティが存在しないわけだから、再入力への対策がなされていなければ計算上最大10分で突破できる」

「もし対策されていたら?」

「ハードが手元にある以上、やり方はいくらでもある」

 

 ミリアさんはそう言うと、端末の画面に視線を戻した。

 

 ……私のコードギアスも、勝手にそういったことができたりするのだろうか。

 

 ミリアさんの言葉に、コードギアスは間違っても鹵獲されないようにしようと決意した。

 コードギアスは、操縦方式から何まで普通ではない機体だが、一応サクラダイトを使用して動く機械なのだ。ロイドさんやラクシャータ博士、目の前のミリアさんの様な天才達の手にかかると、万が一がないとは言い切れない。

 

「……やっぱり変」

 

 決意する私をよそに、端末を見つめるミリアさんが深刻な表情で呟いた。

 

「何がですか?」

「ダールトンがここにいるのはおかしい」

 

 そう言うと、ミリアさんは何かの表の様な物を提示した。

 

「これは?」

「今日、ノネットとイシカワに向かった殿下の部隊、その一部抜粋」

「私に見せちゃダメな奴ですよね、それ」

「どうせ、もう始まってる。今漏れたとしても問題ない」

 

 いや、今漏れても問題ないとか、そんな問題ではないような気が……

 

「今話しているのはそこじゃない。問題は……ここ」

 

 ミリアさんが画面の上の方を指さす。

 そこには、ギルフォード卿の名前が書いてあった。

 

「ギルフォード卿、ですね」

「ん。だから、ここにいる筈がない」

 

 ……ん?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()

 

 少し前にミリアさんが告げた言葉が、遅れて私の頭の中で木霊する。

 

「つまり、えっと……どういうことですか」

「シスコンの殿下が、ユーフェミア様を一人にする筈がない」

 

 確信を持ったように、ミリアさんが呟く。

 

 

 

 ――その瞬間、頭の中で全てが繋がった。

 

 

 

「ミリアさん」

「ん」

 

 繋がった思考が真実であるかを確かめるために、ミリアさんに私は問いかける。

 私がするのは、とても簡単な質問だ。きっと私しか意味が分からないような、しかし答えを得るために確実な質問。

 

「今日は、クロヴィス殿下が定めた芸術週間、その初日だったりしますか?」

「ん」

 

 コードギアスを視聴した時の記憶が正しければ、芸術週間の初日には、ユフィさんがクロヴィス記念博物館でコンクールか何かの最優秀作品を決めていたはずだ。

 

 そして、その補佐役を務めていたのは……

 

 

 ――私がそこまで考えたちょうどその時、どこかから爆発音が鳴り響く。

 

 

 そして連続するように、窓の外にあった車両が爆発した。



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44話

 ――ザ・コードギアス ゴッドスピード

 

 視界の隅で爆発が起こるとほぼ同時に、私のいる世界が引き延ばされるように遅くなる。

 加速した私にとって、この世界は相対的に速度が落ちた世界となったのだ。

 

「まに……間に合った」

 

 私が『ザ・コードギアス ゴッドスピード』を発動させようとしたのは、ミリアさんが私の言葉に返事をしたその瞬間。

 窓の外にあった車両が爆発する前に発動できたのは、完全に偶然だった。

 

「直感に従って正解だったみたい」

 

 まず、正面に置かれたテーブルをゆっくりと足で投げる。

 蹴り飛ばされたテーブルは窓と接触し、時間から切り離されたかのように動きを止めた。

 

「これでよし」

 

 確認はしていないが、テーブルである以上そこそこ頑丈な盾程度にはなるだろう。割れるであろうガラス片と爆発した車両の破片から、一瞬ではあるが身を護ることができるはずだ。

 

 この世界の中で人に触れた場合どうなるかわからないので、ミリアさんをこの状態から運ぶことはできない。

 

「さて、とりあえず」

 

 『ザ・コードギアス ゴッドスピード』を解除して、今度は『ザ・スピード』を発動する。

 

 そして、椅子に座っていたミリアさんを抱き抱えた。

 

「ん? ――っ!?」

 

 ミリアさんを抱きかかえたまま、私の全力をもって跳躍。

 加重力による加速を得た私は、地面、壁、天井の順に部屋を蹴り上げる。そして、窓から離れた場所にあった机の下に潜り込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 減速をすることを忘れてしまったために、デスクの中で腰と背中を強く打ち付ける。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 

 デスクの下に潜り込むのとほぼ同時に、窓ガラスが砕けるような鋭い音が響いた。

 同時に、私たちの頭上から金属が強くぶつかる様な音がする。

 

「爆、発?」

 

 腕の中にいたミリアさんが、呆然と呟く。

 だが、流石ラウンズ専用KMF開発チームの主任というべきか、今の状況に動揺しながらも、どこからか隠し持っていた銃を取り出して、安全装置に手をかけていた。

 

「ありがと。ちょっと待って」

 

 数秒待って、もう爆発が起こらないことを確認したミリアさんは、私の腕の中からするりと抜けだすと、デスクの下からゆっくりと顔を出して周囲を確認する。

 

「ん、大丈夫。出てきていい」

「は、はい」

 

 ミリアさんの言葉に従い、机の下から顔を出す。

 

 ――そして見えた景色は、明らかに凄惨なものだった。

 

 窓はすべて割れ、辺りには割れたガラス片が散らばっている。

 窓側にあったモニターのいくつかには金属片やガラス片が突き刺さっており、部屋にあるモニターのほとんどは使える状態ではなくなっていた。

 

 天井の照明はほとんど壊れており、生きている照明も点滅を繰り返している。

 

 端末のいくつかは、その中身を床に飛び散らせていた。

 

「これは……」

「全員、報告」

 

 ミリアさんの声に答えるように、自らの無事を伝える声が聞こえてきた。

 誰かが怪我をしているとの報告も当然あった。しかし、命に係わる様な大怪我や、立てないほどの怪我をしているとの報告はない。

 

「――ん、全員無事」

 

 2分ほどして全員の無事を確認したミリアさんは、そこでようやく安堵の息を零した。

 

「生きてる端末はいくつある?」

 

 ミリアさんの問いかけに、数人の研究者が手を挙げる。

 それを確認したミリアさんは、その数人に対しデータの保存と破棄を、それ以外の研究者全員にデータをバックアップした媒体の確認を指示した。

 

 そして、一旦ではあるが自身が指示することがなくなった段階になって、それからようやく私に視線を向ける。

 

「アリスは、どうする」

「私は――あっ!」

 

 ミリアさんに問いかけられて、まるで天災にあったかのように散らかった部屋の光景に目を奪われていた私は、そこでようやく意識を現実に戻した。

 

 そうだ、私は此処にいる場合ではない。

 

「……研究室に、戻らないと」

 

 コードギアスでは、芸術週間の初日に、ユフィさんがクロヴィス記念博物館にいる姿が描写されていた。

 同時に、それを補佐するダールトン将軍の姿も。

 

 ――つまり、先ほど研究室を訪れていたダールトン将軍は、偽物という事になる。

 

 では、なぜ偽物のダールトン将軍は、特派の研究室を訪れたのか。

 そんなもの、考えるまでもないだろう。紅蓮弐式を確保するためだ。

 

 カレンさんを此処に連れてきたのも、紅蓮弐式に乗せるために違いない。

 

「そう、ならこれ」

 

 私のつぶやきを返事ととらえたミリアさんは、私に自らの銃を握らせた。

 

「え?」

「アリスの身体能力はラウンズ並みにあるけど、格闘技術は年相応。だから、これを貸してあげる」

 

 手に持った銃は、不思議と見た目以上に重く感じた。

 

「ありがとうございます」

「ん、必ず返すこと」

 

 ミリアさんに一礼してから、私は部屋を飛び出した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◇ ◇ ◆ ◆

 

 

 

 嫌な香りがする廊下をギアスを使って全力で駆け抜ける。

 

 そして、研究室のドアが確認できた時点で、さらに加速して扉を蹴り飛ばした。

 

「大丈夫で――っ!」

 

 研究室のドアから、黒い煙が噴き出す。

 とっさに、私は煙を避けるためにしゃがみ込んだ。

 

 ――火災だ。

 

 辺りから立ち込める匂いと周囲の景色から、火事が起こっていることを確信する。

 

 KMFが並べられていたはずの搬入口付近には、紅蓮弐式と魔改造サザーランドの姿はなかった。代わりにあったのは、KMFが通れる程度の大穴だけだ。

 部屋は炎に包まれており、机の端などにはいくつか血痕が見える。

 さらにそれに混じって、辺りには透明な液体が撒かれていた。

 

 ハンカチで口元を抑え、腰を落として移動しながら意識がある人を探す。

 

 血痕、視界に映る赤色に少しだけ呼吸が乱れ、手足が痙攣する。

 視界に小さな血だまりが映るたびに意識が薄くなるが、拳を握り、奥歯を噛み締め、震えを抑えながら気を保った。

 

「誰かいま――ゴホッゴホッ!」

 

 振るえそうになりながらも声を上げる。

 しかし、声を上げることはできなかった。代わりに、声を出すために軽く息を吸った際に肺に入って来た煙と刺激臭に咽ることになってしまったのだ。

 

 今の匂いは……もしかして。

 

 息を吸った際に感じた香り、それに私は覚えがあった。私がアリスになる前に、ストーブなどで嗅いだ香りに近い。

 

 ――もしかして、灯油?

 

 灯油だとは断言はできないが、少なくとも灯油に近い石油系の可燃性の液体が放つ香りだ。つまり、この火災は人為的なものという事になる。

 

「完全に手口がテロリストだよね、これ」

 

 ガソリンではないのが、唯一の救いか。

 

 この時点で、ダールトン将軍が偽物だったという考えを、私は確信に変えた。

 もし本物のダールトン将軍がここにいたのなら、間違ってもこんな事態にはならない。

 

「だれか、誰かいますか――っ!」

 

 頑張って声を上げるが、ハンカチ越しであるために思ったように大きな声が出せないこと、そして炎の音が激しいこともあって、あまり声が響くようなことは無かった。

 

「誰かいますか――っ!」

 

 それでも、私は何とか声を出す。

 

 研究室には、必ず誰かいる筈だ。いない筈がない。

 

 普段研究員さん達が事務仕事をしている一角にたどり着き、机の下などを探して回る。

 

 この部屋に誰もいない可能性は、全く考慮していなかった。誰かこの部屋にいると、私は確信していた。

 何故なら、仮に研究員さん達が全員殺されているのだとすれば、今の私の目の前には死体があるはずだからだ。だがしかし、私の視界には血痕はあれど死体はない。故に、私は負傷した誰かを運んだ生存者がいると考えていたのだ。

 

 だから、絶対にいる。誰か生きて居る人が、必ずいる。

 

 ……そう考えなければ、どうにかなってしまいそうだった。

 

「だれか、誰かいませんか――っ!」

 

 だが、ここまで声を出しているのに返事がないと、心がめげそうになる。

 

 本当は、もう誰もいないのではないか。

 みんな殺されてしまって、生きている人はいないのではないか。

 生きている人も、もう死んでしまっているのではないか。

 

 ――だからもう、諦めて逃げよう。

 

 頭の中で、自身の弱気がささやく。

 

「誰かいますか――っ!」

 

 そのささやきを振り切るために、私はハンカチを取り去り、全力で叫んだ。

 

 まだ、諦めるには早い。

 研究室の中を全部探して、それからでも遅くない筈だ。

 

 きっと、誰か生きている人がいる筈だ。絶対に。

 

 ――その心が届いたのか、搬入口に近づいたところで私は足を止めることになった。

 

「アリスちゃーん」

 

 声が、聞こえた――っ!!

 

 耳に届いたそれの主を、周囲を見回して全力で探す。

 

「アリスちゃーん、ここー!」

 

 今度は、しっかりと耳を澄ましていたので、どこから聞こえたのかをきちんと聞きとれた。

 

 ――搬入口だ。

 

 正確には、普段ランスロットが置かれている辺り。

 そこを見れば、チーズケーキさんを横抱きにしたアルマさんが、壁を背に座り込みながら、苦笑いを浮かべて私に手を振っていた。

 

「アルマさん!」

 

 腰を落としながら走り、アルマさんの元へと駆け寄る。

 近くで見れば、アルマさんは大量の汗と灯油でてかてかになっていた。

 

「アルマさん、大丈夫ですか!」

「――まったく、何で来ちゃったのよ。

 私は無事。コイツ以外のみんなも、そこから運び出したわ」

 

 そこ、そう告げてアルマさんは搬入口にあいた大穴を指す。

 

 なるほど、廊下を経由して外に運び出すよりも、直接外に続く搬入口から出した方が早いだろう。

 

「わかりました。なら、アルマさんも脱出しましょう」

 

 そう言って、私はアルマさんに手を差し出す。

 しかし、アルマさんは首を横に振ると、代わりにチーズケーキさんの手を私に持たせてきた。

 

 チーズケーキさんの腹部には、一本のナイフが刺さっている。そして、その周りを固定するように、タオルとワイシャツが巻き付けられていた。

 

「悪いけど、腰が抜けちゃって動けないの。先に怪我人のそいつをお願い。間違っても、ナイフに触っちゃ駄目よ」

「え――ならアルマさんは背負っていきます」

 

 瞬間、額に指が軽く触れた。

 アルマさんが、額にデコピンを放ったのだ。

 

「い、痛いです。アルマさん」

「アリスちゃんが変なこと言うからでしょ。

 そいつ、ナイフ刺さってるから、私を背負ったりしてあなたを不安定な体勢にさせるわけにはいかないの。一応固定してあるけど、絶対外れないわけじゃないから」

 

 アルマさんは、私を追い払うように手をひらひらとさせる。

 

 このままでは埒が明かなそうだったので、とりあえずチーズケーキさんを搬入口の穴から外へと運び出した。

 

 外に出ると、そこには気絶した研究員さん達が転がされていた。

 仰向けに横たわっている人もいれば、横向きに倒れ込んでいる人もいる。

 

 全員気絶しているので、この場の全員はアルマさんが運び出したのだろう。この様子からして、一人一人きちんと寝かせている余裕もなかったに違いない。

 

「あれ?」

 

 そう考えたところで、一つ疑問が浮かんだ。

 

「なんで、みんな生きてるんだろう」

 

 別に、私が研究員さんたちに死んでほしいと考えているとか、そんな物騒な話ではない。

 単純に、これだけのことが起こっているにもかかわらず、チーズケーキさん以外死に至る様な怪我をしていないことが不思議だったのだ。

 

 ――いや、そんなことを考えている場合じゃない。

 

 いつもの癖で深く沈みそうになっていた思考を、慌てて呼び戻す。

 今は、そんなことを考えている場合ではない。炎の中には、まだアルマさんが残っているのだ。

 

「アリス!」

 

 チーズケーキさんをゆっくりと地面に寝かせて、声の方を振り向く。

 

 視線の先には、こちらに走ってくるミリアさん達の姿があった。

 

「ミリアさん、皆さんをお願いします」

「ちょっと――」

 

 話を聞いている時間はない。そんな余裕もない。

 悪いとは思ったけれど、何か言おうとしていたミリアさんを無視して、私は炎に包まれる研究室に飛び込んだ。

 

 姿勢と頭のすぐ上を煙が舞っているこの状況のせいで、『ザ・スピード』を利用した高速移動は難しい。

 だが、そんなものが無くても優れた身体能力を有しているこの身体は、15秒もしない内に私をアルマさんの元へと連れて行ってくれた。

 

「アルマさん、行きましょう」

「わお、まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったわ」

 

 チーズケーキさんを運び出してから、ここまで1分もかかっていない。

 ここから外まで30mはある。この非常時でこんなに速く移動できるのだから、驚くのも無理はないだろう。内心、私もびっくりだ。

 

 腰が抜けてしまったアルマさんは、腕に力を籠めるのも満足にできない筈だ。さっきのデコピンの威力で、それはわかっている。なので、アルマさんを運ぶには、さっきチーズケーキさんにしたみたいに横抱きにしなければならない。

 

「すみません、失礼します」

 

 アルマさんの手を掴む。

 アルマさんの体重は知らないが、私なら十分に持ち上げられるだろう。

 

 ――だが、この研究室は、私達をそう簡単に外に出す気はないようだった。

 

 バチン、とまるで金属の留め具が外れるかのような音が研究室内に反響し、鉄が歪む様な鋭い音が私の耳に届く。

 

 音がしたのは頭上。

 視線を上に向ければ、そこには倒れ込んでくるKMF移動用のクレーンアームが。

 

「なっ!?」

 

 とっさに、掴んでいたアルマさんの手を引き寄せる。

 抱えて『ザ・スピード』で後ろに飛べば、下敷きになることは無いはずだ。可燃性の液体が撒かれた床の上を転がることになるが、既に私もアルマさんも程度の差こそあれ全身びしょ濡れなので、誤差の範囲だろう。

 

 しかし、この最悪のタイミングで、ちょっとした不幸が起きた。

 それは、普段ならなんてことない、しかし今は致命的な不幸だった。

 

「……えっ?」

 

 ――手が、すり抜けた。

 

 汗と油で汚れた私とアルマさんの手は、するっとすり抜けるようにお互いを離れさせてしまった。

 

 アームは、すぐ目の前。もう、再び手を繋ぎなおしている余裕はない。

 

 刹那、私の頭の中を、この状況を打開するための手段を模索する思考が、いくつも駆け巡る。

 同時に、コンマ1秒以下の世界で、それらの思考は全て無理だと判断され、ごみ箱へと捨てられた。

 

 『ザ・スピード』では、ミリアさんにしたように突き飛ばす様に抱えて動けば逃げられる。だが、アルマさんが壁を背にしているという位置関係上、その動きはできない。

 『ザ・コードギアス ゴッドスピード』では、アルマさんを手に抱えられる保証ができない。加減を間違えば、クレーンアームではなく私がアルマさんを殺してしまう。マルクスの時の様に、抱きしめた人物がその手の中で死ぬ。しかも、あの時とは違って今度は私自身の手によって死ぬのだ。そんなリスクを冒せるほど、私の心は強くはない。

 

 それ以前に、そもそも私のギアスがバレる様なことはしたくない。

 

 ――諦めて、逃げる……?

 

 私一人で逃げることなら簡単だ。ギアスを使わずとも、ほんの少し後ろに飛ぶだけで、クレーンアームの下敷きとなる範囲から脱せるだろう。

 

 そもそも、こんな火災の中で、自分が死ぬかもしれない状況下で、誰かを助けている余裕なんて本来ない筈だ。アルマさんを見捨てたところで、誰も何も言わない。言うはずがない。

 

 だから、アルマさんを見捨てて逃げることは、別におかしくもなんともないことだ。一生物として、いたって常識的な行動のはずだ。

 

「それなら――」

 

 だが、見捨てられるのか。目の前にいる人を、親しい人間をそんな簡単に見捨てられるのか。

 おかしくないことだからって逃げ出して、何も言われないからって何もしないでいいのか。

 

 ……いや、そんなわけがない。そんな簡単に、アルマさんを見捨てることなんてできる筈がない。

 

 たった三週間程度しか話していないし、この研究室の外で話したことなんてほとんどない相手だ。お互いの趣味なんて単純なことすら、私とアルマさんは知らない。アルマさんの普段の口調が、猫を被った物であることすら今日知ったような関係だ。

 

 それでも、私にとってアルマさんは親しい人間だ。見捨てられない。簡単に諦められない。

 

 見捨てられない。でも、そのために危険は冒せない。

 逃げ出したい。でも、何もせずにはいられない。

 

 感情が揺れ、どうしようもないほどに躊躇う。

 壊れた天秤のように、どちらかに傾くことなく揺れ惑う。

 

 ――そんな時、思考がどちらかに傾くよりも早く、身体がアームから逃げ出すように傾いた。

 

 いや、正確に言えば、傾けさせられたのだろう。

 

 顔を下げれば、そこには私を突き飛ばすアルマさんの姿が。

 

「アルマさ……っ!」

 

 とっさに声を上げようとした私に、アルマさんは笑いかける。

 いつもの様な明るい笑顔ではない。今の状況にはとても似合わない、穏やかな笑みを作っていた。

 

 腰を抜かした人間は、そう簡単に体を動かすことはできない。

 言葉の上では腰を抜かしたと口にするので錯覚しがちだが、その影響は全身に及ぶものだ。下半身だけではなく、上半身も強い脱力感を感じて動けなくなる。本来であれば、這って動くことも容易ではない。

 

 そんな不調もいいところの体調で、自分の命が消えることを確信したであろうこの状況で、アルマさんは私を突き飛ばして見せた。

 

 私を突き飛ばすだけの力が出せるほどに調子が戻っていたのか、それとも意思の力が奇跡を起こしたのか。それは私にはわからない。

 私がわかったのは、たった一つだけ。力を取り戻したアルマさんが、自身が逃げ出す唯一の機会を不意にしてでも、躊躇って立ち尽くしていた私を助けようとしたことだけだった。

 

 世界が固まる。

 事象線が微分されたかのように、世界が凍る。

 

 ゆっくりとした世界で、アルマさん目掛けてアームが落ちてくる。

 

 

 ――アルマさんが、諦めたかの様に目を閉じた。

 

 

「――っ! 来て、コードギアスっ!」

 

 それを見た私は、何かを思考するよりも早く叫んでいた。



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45話

 ――魔神が、炎の中に顕現する。

 

 私の意思に従い、量子の海である私の影から、鋼鉄の魔神が拳を振るう。

 量子シフトによってこの世に出現したコードギアスは、アルマさんの頭上1mもない所まで迫っていたアームを吹き飛ばし、その圧倒的な出力によってアームを壁にめり込ませた。

 

「……あれ?」

 

 不思議そうな表情で目を開けたアルマさんが、自身が生きていることに驚くように疑問符を飛ばす。

 

「アルマさん!」

 

 ポカンとしているアルマさんに、思わず私は抱き着いた。

 立ち込める様な汗と石油系燃料の匂いで、呼吸が苦しくなるが、それが気にならないほどにアルマさんが無事だったことがとても嬉しかったのだ。

 

「アリスちゃん、それって河口湖の……」

「話しは後です。今は、外に出ましょう」

 

 何か言いたそうなアルマさんを抱え、搬入口に開いた穴へと足を進める。

 

「わかったわ。今はそれどころじゃないものね。

 それにしても、大丈夫? 私ってかなり重いから、持っていて辛くない?」

「はい、大丈夫です。そんなに重くないですよ」

 

 何でもないように言ったが、正直、アルマさんは外見からは想像もできないほどに重い。

 そのすらっとした体系から、てっきり50キロもないと思っていたのだけれど、とんでもない間違いだった。体感だから正確な数値はわからないが、60キロ後半ぐらいはあるんじゃないだろうか。下手したらスザクさんよりも重いかもしれない。

 

「あはは……ほんとに重くてごめんね」

「いえ、本当に重くないですから」

 

 絶賛命の危機にさらされているこの状況で、体重の話をしている。そんな現実がおかしくて、少しだけ笑みがこぼれた。

 

 アルマさんの身体は、かなり硬かった。表面上は筋肉がないように見えるが、触ってみるとそれが上手いこと偽装されたものだという事がわかる。

 特に、太ももとかふくらはぎとか、外見は完全に事務職の脚だが、とんでもない間違いだ。どんな食生活と運動をしているのかわからないけれど、皮膚のすぐ下にあるふっくらとしていそうな脂肪とは正反対に、脂肪の下には凄く引き締められた筋肉がぎっちりと詰まっている。見せ筋ならぬ見せ脂肪だ。

 

 いや、ノネットさんと戦った時にチーズケーキさんを片手で引きずったりと、よく考えたらその片鱗は今までにもいくつかあった。

 そもそも、見た目通りの筋力だったら、研究室内にいた研究員さんたちを全員外に放り出すなんてできなかっただろう。50キロの荷物を背負って歩くのは、平時でもかなり体力を使うはずだ。こんな火事の中なら、消耗する体力はそれ以上だろう。

 

 中腰のままアルマさんを横抱きに抱えつつ、早歩きくらいの速度で一歩一歩足を進める。

 かなり本気で動いたので、30秒もしない内に私達は外に出ることができた。

 

 ……コードギアスは、外に出る直前で量子シフトさせて消した。外にミリアさんがいたことを思い出したからだ。

 

「アリス!」

 

 研究室から出てきた私たちに、ミリアさんが駆け寄る。

 

 抱えていたアルマさんをそっと降ろす。

 周囲を見渡せば、見覚えのある人達――ミリアさんの所の研究者の人たちが、倒れ込んでいる特派の研究員さん達に色々と処置を施していた。

 

 

「ふぅ……ミリアさん、すみませんが携帯電話を貸してもらえますか?」

「もう通報はしてある」

 

 私の考えを読んだかのように、ミリアさんが答える。

 消防署に連絡を入れようと考えていた私は、ミリアさんの言葉を聞いて安堵の息を零した。

 

「火災が起きた直後に、私が軍の方にももう連絡したから、もうすぐ政庁の方から応援とかも来ると思うよ」

 

 私の足元で寝転んでいるアルマさんが、ミリアさんの言葉に付け足すように私に告げる。

 警察や救助隊だけではなく、軍の方にも連絡が行っているなら安心だろう。周りにいるミリアさんの所の研究者さん達に焦っている様子が見られないので、現時点でチーズケーキさん以外に危険な状態にある人はいなさそうだし。

 

 安心して肩の力を抜く私。

 

 しかし、アルマさんの言葉を聞いたミリアさんは、逆に表情を曇らせた。

 

「……いや、軍の方からはすぐには助けが来ないかもしれない」

「え、どうしてですか?」

 

 ミリアさんは、そこで言葉を止めると、ちらりとアルマさんのことを見てから私に目を合わせて、自分の瞳を指さした。

 

 一瞬何のことかわからなかったが、すぐにミリアさんのジェスチャーの意味を理解する。

 

 ――ギアスだ。

 

 おそらく、ミリアさんが今から言おうとしていることは、ギアスに関係している可能性のあることなのだろう。

 ミリアさんは、私にアルマさんがギアスについて知っているのか聞いているんだ。

 

「大丈夫です。今は知らないですけど、近いうちに説明するつもりだったので」

 

 ジェスチャーの解釈が間違っている可能性を考えて、少し曖昧に答える。

 そんな私の回答に、ミリアさんは満足気に頷くと、再び口を開いた。

 

「私も政庁の方に連絡を入れたけれど、火事のことなんて初めて聞いたみたいな返答をしていた」

「初めて聞いたかのような反応?」

 

 アルマさんが、不思議そうに首をかしげる。

 

「アルマ、あなたの口ぶりからして、消防の方にも連絡は入れたはず。違う?」

「ええ、確かに連絡しましたけど……」

 

 ミリアさんのアルマさんに対する問いかけから、何が起こったのかすぐに分かった。

 

「つまり、『問題は起こらなかった』という事にされたんですね。ギアスで」

「ん、たぶん」

 

 思い浮かんだのは、『反逆のルルーシュR2』にてC.C.を捕獲するために嚮団から派遣された人達。

 彼らは、ゼロの『絶対遵守』のギアスによって、C.C.の発見などといった異常事態の一切を見過ごすようにされていた。今回、消防関係者と軍のオペレーターには、これに近い内容のギアスがかけられているのだろう。

 

 この研究室は、彼の妹が住むアッシュフォード学園の隣にある大学に設置されている。

 アッシュフォード学園の建ぺい率的に延焼の可能性はかなり低いが、こんな場所で火災を起こして放置させるとは、ゼロはかなり追い詰められているのだろう。

 

「あ、なるほど」

 

 ふと、この状況でどうして死者が出ていないのか、その理由かもしれないことに気が付いた。

 

 ゼロは、この大学がアッシュフォード学園に近いから、可能な限り死者が少なくなるようにしたのではないだろうか。

 

 軍のKMFが鹵獲されたなんて話は、基本的に外に漏れることは無い。つまり、もしこの火事がマスコミに報道されるなら、火事と死傷者だけになるだろう。

 自身の生活圏内で起こった事件、その内容が『火事が発生しましたが幸い死者は出ませんでした』と、『火事が発生し中にいた人が全員死亡しました』では、受け取る際の重みが大きく異なる。前者なら『みんな無事でよかったね』となるのが、後者だと『……嫌な事件だったね。…生存者、まだ見つかってないんだろ?』になってしまう。

 

 まあ、実際はこれだけが理由ではないだろう。ゼロは組織のトップだし、実行役の人間に納得させるためにも、組織の利となる理由を用意しているはずだ。この理由が、私の勘違いという可能性も大きくある。

 

 ただ、もしその理由の一つが私の想像通りならと考えると、そこまで思ってもらえるナナリーが少し羨ましくなった。

 

「……アリス?」

「は、はいっ! どうかしましたか」

 

 ミリアさんの声で、はっと意識が戻った。

 顔を上げると、心配そうな表情が目に映る。

 

「ぼーっとしてたけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。問題ありません」

 

 ミリさんの言葉に、慌ててうなづく。

 今は、ゼロのことを考えている場合ではない。

 

「もし『起こらなかったこと』にされていると、しばらくの間とはいえ、私たちだけでこの火災を止めなければならなくなる」

「まあ、そうなりますね。消防の人来ませんから」

「でも――私たちにはそれをしている余裕はない」

「え?」

 

 思わず、疑問の声が出てしまった。

 確かに気絶している研究員さんたちを診るためにそれなりに人で入るかもしれないが、消火に回るだけの人手は十分にあるはずだ。それなのに、どうしてミリアさんはそんなことを言ったんだろうか。

 

「テロリストたち――おそらく黒の騎士団の一員である彼らは、どうしてこんな火災を起こしたと思う?」

 

 近くにいた研究者の人に手早く指示を出してから、ミリアさんは私にそう尋ねた。

 

「……」

 

 どうしてか、そう言われると確かに不思議だった。

 紅蓮弐式とカレンさん、そしてランスロットもどきを鹵獲するだけなら、こんな火災を起こす必要はない。盗んだらさっさと逃げればいいだけだ。

 

「特派の……私たちを殺害するためではないのですか?」

 

 黙って考え込む私の代わりに、肩で息をしながら寝ていたアルマさんがミリアさんに尋ねた。

 

「もしそうなら、今頃あなたは死んでいる」

 

 まあ、たしかにそうだろう。全力で殺す気なら、アルマさん達はもう死んでいるはずだ。

 

「考えられる可能性は3つ」

 

 ミリアさんは、握りこぶしを私たちに向けた。

 

「わざと、この場所に人を集めたかった」

 

 一本、指を立てる。

 

「私たちを慌てさせたかった」

 

 二本。

 

「アリスを、この場に拘束したかった」

 

 そして、三本目の薬指を伸ばした。

 

「アリスちゃんを?」

「ん。私は、このうちの二つ、『慌てさせること』と『アリスを拘束すること』が目的だと考えている」

 

 腰が抜けていたのが戻ったのか、アルマさんが身体を起こしてミリアさんを見た。

 

 それにしても、どうして私を拘束することが目的の一つであると、ミリアさんは考えたのだろうか。

 

「私たちを慌てさせようと考えたのは、おそらくギアスが露見することを防ぐためのもの。冷静に思考する時間を奪うことで、違和感を感じている余裕を奪おうとしていた。アルマが職員を救出をしなければ、こんなことを考えている余裕がなかったことは間違いない」

「ミリアさんは、こちらがギアスを認知していることを、ゼロが知っていると考えているんですか?」

 

 ミリアさんの予想が、こちらがギアスを知っていることをゼロが認識している前提で話していたので、話を遮るようで悪いかなと思ったが尋ねることにした。

 

 私の問いかけを聞いたミリアさんは、そこで何故か首を横に振って否定を示した。

 

 あれ、私達がギアスを知っていることを、ゼロが知っていると考えているわけじゃないの?

 

「違うんですか?」

「ん、ゼロがそういった認識をしていてもしていなくても関係ない。私がゼロの立場だったら、ギアスがばれているかもしれない可能性を捨てないから」

 

 つまり、私達のギアス認知に関係する情報を持っているか否かに関係なく、ゼロはギアスがばれているかもしれないと考えて行動するだろう、と。

 

 なるほど、ある意味ゼロを見逃している身である私としては、こちら側にギアスに関する情報が出回っているとゼロが確信している前提で物事を考えてしまうので、ミリアさんの意見は参考になる。

 

「――話を戻す。

 肝心なのはもう1つ、ゼロがアリスを拘束することを目的としていると考えた理由。

 私は、これがあちら側における最大の目的だと考えている」

 

 ミリアさんがそこまで告げたところで、ミリアさんの所の研究者の人が小さなノート型端末をもってこちらに走って来た。どちらかというと、ノート型端末というよりも大きめの携帯電話に近いサイズのものだ。

 

「ぴったり」

 

 研究者の人の顔をよく見ると、ミリアさんが私たちに『火災を起こした理由』を問いかける直前に、ミリアさんから何か指示を出されていた人だった。

 ミリアさんの言葉を考えると、わざわざ私たちに説明するための資料か何かを取っていかせていたのだろう。

 

 ミリアさんは、その人から端末とUSBメモリーのような何かを受け取ると、彼に消火作業に参加する様に指示してこちらに向き直った。

 

「黒の騎士団には、エースパイロットが少ない」

 

 端末の電源を入れながら、ミリアさんはそう呟く。

 

「ゼロは、どちらかというと部隊指揮に優れた人間。故に、自分が味方を指揮すれば、一般の人間が操作する兵器はどうにかできると考えている筈。

 つまり、彼が最も警戒しなければならないのは、一騎当千の働きをする、一人で戦場をひっくり返す様なエースの存在」

「つまり、エースであるアリスちゃんを少しの間戦えなくしたかったと?」

 

 アルマさんの言葉に、ミリアさんは頷いた。

 

 PTSD持ってる私でも、とりあえずエース扱いはさせてもらえるのか。

 ……ん? でも、それっておかしくないだろうか。

 

「……待ってください。その考えは変です。

 アリスちゃんを此処に拘束しておきたかったということは、アリスちゃんがどこかでエースとして戦われたら困ると考えているわけですよね。

 コーネリア様が不在な政庁を狙うとかならわからなくもないですけど、黒の騎士団に政庁をどうにかできる程の戦力があるとは思えませんし……。アリスちゃんが今から向かって短時間でたどり着けるような場所に、黒の騎士団が攻めそうな場所なんてありますか?」

 

 アルマさんの言葉に、私は心の中で同意した。

 そう、エースが脅威になるのは、エースが戦う戦場があるときだけだ。戦場がないのに、私を足止めする必要はない。

 

 すると、ミリアさんは端末を操作しながら、ほんの僅かに笑った。

 

「ある」

 

 そう言ったミリアさんは、私とアルマさんに端末の画面を向けた。

 そこに表示されていたのは、とあるニュースサイトの記事。そこに表示されていた内容に私とアルマさんは効凍り付く。

 

「奇跡の、藤堂」

 

 それは、エリア11最大の英雄ともいえる人物、『奇跡』の二つ名を持つ男、藤堂鏡志朗が捕まったというニュースだった。

 

 アルマさんの呟きに、ミリアさんは満足げに頷く。

 

 ――まさか

 

「一般には公開されていないけれど、今夜、調布の収容所で彼が処刑されることになっている。

 ここ、新宿から調布まで、ハイウェイを使えば車でも30分で行ける。ナイトメアならもっと短い」

 

 三日も寝ていたから完全に日付感覚が狂っていた。

 そうだ。『反逆のルルーシュ』の描写通りに話が進むなら、芸術週間の初日は、同時に藤堂さんが処刑される日でもあったはずだ。色々とドタバタしていて、完全に忘れていた。

 

「まさか。テロリストがハイウェイを使って気が付かれないわけがありません。そんな不特定多数に見つかる様なことをするほど、ゼロは馬鹿ではない筈です。ハイウェイを使わずにゲットーや廃ビル街を抜けるとなると、調布まで1時間半以上はかかります。それだけの時間があれば、例え消防が来なかったとしても……」

 

 そこで、アルマさんが急に声をすぼめる。

 

「気が付いた?」

「……調布方面へと向かうハイウェイ、夕方から上下線ともに通行止めになって……いましたね。そのせいで、荷物が届くのが2時間ほど遅れていました」

「ん、ハイウェイの下はゲットーかイレブンが住む廃ビル街。オービスさえどうにかしてしまえば、気が付かれることはまずない。

 紅蓮弐式と半ばランスロット化されている特派サザーランド。気が付かれないようにゲットーを経由してからハイウェイを使うにしても、その二機が調布にたどり着くには40分程度で十分」

 

 『反逆のルルーシュ』における刑務所襲撃時の黒の騎士団の戦力は、藤堂さんの部下の四聖剣と紅蓮弐式、そしてゼロ本人の7機。これに救出された藤堂さん本人を加えた8機で、諸事情により刑務所にいたランスロットを撃破寸前まで追い込んでいたはずだ。

 もしこのままいくと、これにランスロットもどきが黒の騎士団側の戦力として追加されることになる。ランスロットの操縦難易度を考えれば、その劣化版ともいえるランスロットもどきを操縦できる人間が、並み以上の腕を持つことは間違いないだろう。

 

 

 スザクさんを撃破するには、十分すぎる戦力だ。

 

 

 また、私のせいだ。

 

 この世界は、私が認識している範囲では、私以外に本来いなかった人間がいたりなどはしていない。つまり、コードギアスの物語通りに動かない物事は、全て私が原因という事になる。

 つまり、私がいるから敵の戦力が増えて、スザクさんがピンチになっているということだ。

 

 自分の手が、また血だらけで赤くなったように感じた。

 

 私のせいで、スザクさんが死ぬかもしれない。

 私が、スザクさんを殺すかもしれない。

 

 私が殺した日本解放戦線の兵士たちの様に、私の腕の中で死んだマルクスの様に、スザクさんも死ぬ。

 傷口から血が溢れ、少しずつ冷たくなり、人形の様になって朽ちることになる。

 

 ――そんなのは、嫌だった。

 

「だから、アリスには……アリス?」

「は、はい!」

「……本当に大丈夫?」

「大丈夫です。少し考え事をしていただけなので」

「……ん、わかった。

 アリスには、こっちのグロースターで追跡を頼みたい」

 

 ミリアさんは、私の手にUSBメモリーに似た形状のそれ――グロースターの鍵を握らせた。

 

「わかりました。ですが、勝手に出撃なんてして大丈夫なんですか?」

「問題ない。拠点を襲撃した敵を追跡する程度のことは、現場の判断で許されている範囲の権利行使。追撃中止の命令が出たらやめなければならないけれど、それまでは動いても問題ない。最悪の場合、私とノネットが弁護する」

「なるほど、なら心配いらないですね」

「ん、問題ない。

 グロースターの性能に関してだけど、アリスに渡すグロースターは、開発の一環で改造したカスタム機。普通のグロースターよりセンサー関係が良くなってるから、通常よりも遠くから敵を狙えるはず。追いつけなくても、うまくいけば多少足を遅くするくらいならできると思う」

「はい」

「ん、アリスが追跡をしている間、私は直接政庁に行って話を付けてくる。

 ハッキリ言って、グロースターの速力では紅蓮弐式達に追いつけない可能性が高い。でも、政庁経由で調布の刑務所に連絡が届けば、借りに追いつけなくても戦闘の役に立てる可能性が残る」

 

 ミリアさんの言葉に、私は頷いて応える。

 

 ミリアさんが追い付けないと口にするという事は、本当に追いつけないのだろう。"可能性が残る"なんて言い方をした事を考えれば、後に起こる戦闘に参加できない可能性も十分にある。

 

 もし、私が追い付くことができず、かつ後の戦闘にも参加できなければ、スザクさんは撃破されるだろう。

 

 ミリアさんに向けていた視線を、手に持ったグロースターの鍵、そして炎によってできた足元の影へと移す。

 

 もしもの時は、どこかでグロースターを乗り捨てて、コードギアスを使わなければならないだろう。仮にそれが、私がコードギアスの乗り手であると教えることを示していたとしても。

 

 原則として、全てのKMFには敵と味方を識別し、同時に自身の位置情報を知らせることができるIFFという装置が積まれている。乗り捨てなんてすればすぐにばれるし、その直後にコードギアスなんてものが出現すれば、真っ先に私が疑われるだろう。そうなれば、嚮団やブリタニア皇族の汚れ仕事を請け負う特殊部隊「プルートーン」などに誘拐されるなんて目に合うかもしれない。

 

 ――けれど今の私は、それだけの危険を冒してでもスザクさんを助けたいと思っていた。

 

 アルマさんに助けられるまでは、それだけのリスクを冒せるのかとか散々悩み続けていたのに、気が付けばこのの有様だ。我ながらチョロイン過ぎる。

 

 ふと、頭に軽い衝撃を感じた。

 

 頭を抱えるような形で手を動かし、衝撃の原因を探る。

 すると、私の手は、柔らかく、しかしよく揉むと筋肉質だとわかる不思議な手を捕まえた。

 

「アルマさん?」

「ん?」

 

 顔を上げてアルマさんを見つめる。

 手を私の頭にのせていたアルマさんは、私と目が合うと、まるで撫でるかのようにそっと手を揺らした。

 それから、私の耳元に顔をよせ、そっと小さな声で呟く。

 

「大丈夫よ。"それ"を使う必要はないわ」

 

 思わず肩が跳ねる。

 アルマさんの顔を見れば、まるで悪戯が成功したかのような笑みを浮かべていた。

 

「ミリア主任」

「ん、何?」

「わざわざグロースターを用意してくださってありがとうございます」

「ん、別にいい。ノネットとうちのテストパイロット、どっちも留守にしてる今だと、それしかできないから」

 

 それを聞いたアルマさんは、そっと私の手からグロースターの鍵を奪うと、ミリアさんに渡すかのように差し出した。

 

「ですが――これは、お返しします」

「なぜ? 特派には、ランスロットと改造されたサザーランドしかないはず。今は緊急時、別に貸しを作る気とかは――」

 

 ミリアさんのその言葉を遮る様に、アルマさんは首を横に振る。

 

「いえ、そういった意図があってお返しするわけではありません」

 

 そう言ってアルマさんが懐から取り出したのは、USBメモリーのような一つの"鍵"。

 

「ナイトメアの起動キー? 今の特派には、ランスロットと特派サザーランド以外のナイトメアは、まだ存在しない筈」

「ええ。本来であれば、まだ、うちには他のナイトメアはありません。ですが、少し予定が早まりまして……」

 

 それを聞いたミリアさんは、硬直し、まるで『苦労してたどり着いた先にあった宝箱が、実はミミックだった』かのような、信じられないものを見るような視線を、アルマさんに向けた。

 ……例えが、少し変かもしれないが、ともかくそんな感じだ。

 

「まだ? ――まさかっ!?」

「はい、ご想像の通りです。

 ――例のアレが、ちょうど今日届きました」



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46話

……不正(誤字)はなかった
文字色及び背景変更系アドオンを使用している人は、戻しておくことをお勧めします
実はこの話、何度書き直したのかわからないくらい書き直しました。後半は、今後書き直すかもしれないです。


 場所は、大学の裏門の傍。

 そこに止められていたトレーラーの中に、私たちはいた。

 

「届くのは明後日と聞いていた」

「珍しく、うちの主任のロイドさんが本気を出したので、予定よりも手直しが少なく済んだんです」

 

 そこにあったのは、白く輝く2機のKMF。

 

「ただ、ソフトウェア関連の設定がまだなので、ナイトメアとして本領発揮するにはもう少しかかります。なので、そちらに『クラブ』を引き渡すのは早くても明日になります」

 

 ミリアさんとアルマさんの二人が何か話しているようだったが、二人の会話は、私の耳を通り過ぎるだけで全く耳には入ってこなかった。

 会話を続ける二人の隣で、私は呆然とその機体を見つめていた。

 

 アルマさんにクラブと呼ばれた1機は、おそらく奥にあるKMFだろう。

 ランスロットと同じ白い装甲板に、青い基調の線が入れられたKMF。正式名称は確認していないが、おそらく『ランスロット・クラブ』。本来であれば、ライという青年が乗るはずだったKMFだ。

 

 問題は、手前にあるもう一機のKMF。

 

「それにしても、まさか『クラブ』以外の新しいランスロットを新造しているとは思わなかった」

「技術交換の一件でそちらからの資金提供がなければ、この機体は作られることは無かったと思います。なにせ、うちは万年金欠でしたから」

 

 もう一機は、明らかにランスロットだった。

 普通のランスロットとは異なり、背後にでっかい羽根みたいな追加ユニットがくっついていたり、妙に筋肉質な感じがしていたりするが、外見は一応ランスロットだ。

 

「何か新しいシステムとかはある?」

「ええ。この機体は、元々ロイドさんが趣味で設計していたナイトメアに手を加えたものなので、いくつか面白いものが追加されています。一部のシステムはそのままクラブにも移植できるようになっているので、ロイドさんとの交渉次第では、そちらにお渡しできる技術もあるはずですよ」

「ん、ありがと」

 

 ……ロイドさんが趣味で設計していたナイトメア、この時点で嫌な予感しかしない。

 まさかとは思うけど、輻射波動とか積んでたりしないよね? 紅蓮弐式を鹵獲した時に輻射波動のデータを取ったはずだから、ありそうで怖いんですけど。

 見た感じはなさそうだけれど、ロイドさんが設計したと聞くと、腕がガシャンと変形して輻射波動機構的なものが出てきても驚かない。

 

「それじゃ、さっさと起動させましょうか。アリスちゃんもさっさと乗って」

「は、はい」

 

 考えても仕方がないので、コックピットへ。

 

「ほっ、えいっ!」

 

 装甲の凹凸を足場にランスロットを駆け上がると、肩に降り立ったところで私は一息ついた。

 何らかの足場を用意したりせずとも、KMFの膝などを足場にするだけで機体に飛び乗れるだけの身体能力。今更ながら、自分の身体能力に驚かされる。

 

 アルマさんも、流石にこんな状況では身体能力を隠す気がないのか、階段の手すりを足場にして、ランスロットの背後にある端末が置かれた場所に飛び移る。

 

「二人とも……体力余り過ぎ」

 

 きちんとした道を通って移動しようとしているのは、ミリアさんだけだった。

 

 アルマさんにコックピットを開けてもらい、シートの上に滑り込む。

 外部からの指示を聞くためのインカムは、既にアルマさんから預かっている。ランスロットのマイクが捉えた外部の音声を流すコックピットのスピーカ―とは別に、指揮車両――今回の場合はこのトレーラーから発せられた指示は、このインカムから聞こえてくる。万が一、戦闘でインカムが外れてしまった場合は、勝手にコックピット内部の音声に混じる様になるそうだ。

 

 コックピットの形状等には、細々とした変化はあったものの、あまり大きな変化はなかった。計器類もそうだ。

 唯一の大きな変化といえば、機体のコンディションを表示する計器の横に、もう一つモニターが増設されていることぐらいだろう。

 

『テスト、テスト。チッ、チッ。ワン、ツー、スリー。……大丈夫かな?

 うん、アリスちゃん聞こえる?』

「はい、問題なく聞こえます」

『大丈夫みたいね。もし聞きにくかったら、何時でも言ってちょうだい』

「はい」

 

 正面にあるモニター、光の消えたその黒い画面に血だらけの自分が映ったような気がして、そっと目を閉じる。

 

『起動パスワードはランスロットと同じだから、まずは起動させて』

 

 鍵を差し、起動パスワードを入力して、この新しいランスロットを起動させる。

 ユグドラシルドライブが唸りをあげて回転し、エナジーフィラーの電力をKMFの全身に伝えた。

 当然、コンピュータにも電力が流れ、コックピット内部にあるモニターにも光が灯る。

 

 瞼を照らす光から、モニターが鏡ではなくなったことを確認して、私は閉じていた目を開いた。

 

『計器のほとんどは、普通のナイトメアと同じだから説明は省くわね。話しておきたいのは、機体のコンディションを表示する画面の隣に追加されてる、小さなモニターに関してよ』

 

 アルマさんが言ったモニター、そこに目を向けると、なんだかよくわからない数字がズラッと表示されていた。

 

「なんですか、これ」

『――個体識別情報を照合……確認。

 調整に使っていたメンテナンス用のサブモニターね。背中のプラズマ推進モーターの出力や温度、追加された新機構に関する数値が表示されているわ。

 さっき外から見た時、背中におっきな羽があったでしょ。あれが、今回試験的に追加された飛行ユニット、プラズマ推進モーター』

 

 ランスロットの背中に追加された大きな翼、アルマさん曰く、それはプラズマ推進モーターを搭載した追加パーツらしい。

 プラズマ推進モーターという言葉には、聞き覚えがある。確か、ナイトオブスリーであるジノ――ジノ・ヴァインベルグ卿の専用KMFであるトリスタン、その試作機であるブラッドフォードに搭載されていた飛行システムだったはずだ。

 

『――マンマシンインターフェイスの確立を確認……確認完了。

 フロートシステムには劣るけど、現在実用化されている飛行システムの中では、ナイトメアを飛ばすのに最も優れた飛行システムよ。調整難度の問題で、現状ナイトメアをそのままの形で飛ばすのは半分机上の空論扱いされているけれど……っと』

 

 そう告げるアルマさんの声に混じって、キーボードを叩く音がインカムから聞こえてくる。

 しばらくすると、サブモニターの画面から光が消え、先ほどまで映っていた数字の羅列の代わりに、機体のコンディションを表示するモニターに表示されているものと同じ安易的な機体のモデルと、少し雑に描かれた追加ユニットのモデルが表示された。

 機体のモデルの方には、まるで人間の筋肉の様なもの緑の線でいくつも描かれている。追加ユニットの方には、機体との接続部分とブースター周りに緑の光が塗られていた。

 

『……突貫で作ったから少し雑だけれど、これでだいぶ見やすくなった筈よね。

 今新しく表示されたのは、右にある普段のモニターと同じ、各部の調子を表したものよ。緑色の部分が赤くなったら、危険な状態だと思ってちょうだい』

「……了解です」

 

 余りにもアルマさんの仕事が速いので、少し固まってしまった。

 さっき端末に触れてからこの数十秒で、機械的なデータをここまで見やすくしたのが、あまりにも驚きだったのだ。ある程度ひな形の様な物があったのかもしれないが、それにしたって早すぎる。

 

『――ユグドラシル共鳴を確認……ノイズは微弱、許容範囲内。

 プラズマ推進モーターの方は、さっき言った通りね。まだ調整不足だから空を飛ぶことはできないけれど、加速用のブースターくらいにはなるはずよ。

 もしかしたら、使い方によっては跳躍時の負担を軽くする程度のことはできるかもしれないわ』

 

 つまり、飛行未満のことなら役に立つ、という事だろうか。

 それなら、色々と使えるかもしれない。

 

『――パイロットのストレス反応……いえ、この状況ではしょうがないわね。

 その分、エナジーフィラーの消費が激しくなるかもしれないけれど、今回ランスロット側に新しく追加された新機構で全体的に燃費が良くなったから、あまり気にして使わなくてもいいわよ』

「新機構……? わかりました」

 

 さっきから何度か耳に入る新機構という言葉に、少しだけ興味がわいたが、そんな話をしている時間はなさそうなので、今度聞くと頭の中のメモに記録して、今は考えないことにした。

 今は、一刻も早く紅蓮弐式達を追跡することの方が重要だ。

 

 そう考えていたちょうどそのとき、トラックの背後が開き、外への道が繋がった。

 

『――ステータス、フェイズドライでバックアップ。

 さて、アリスちゃん、出撃準備はできたわ。いつでも出れるわよ』

「了解です」

 

 脚部を大きく開き、重心を落とす。

 手首と指を軽く動かし、思った通りに動くことを確認してから、そっと止まっていた息を吐く。

 

「アリス、ランス……」

 

 そうして心を落ち着けたところで、ふと、ちょっとしたことが気になって操縦桿の動きを止めた。

 

「アルマさん、このランスロットの名前って何ですか?」

『ん? 名前? ちょっと待ってね……。

 えーっと、名前は決まっていないみたい。型番も形式上Z-01/Aってついてるけど、特に何か意味があったりはしないから、本当に適当につけられただけ見たい』

「Z-01/A……なるほど、ロイドさんらしいですね」

 

 出撃時に機体の名前を言うべきかと思って聞いてみたが、特に機体の名前があるわけではないみたいだ。

 Z-01/A、たしか、ランスロット・エアキャヴァルリーとランスロット・フロンティアがそこに位置していたはずだ。あれ、フロンティアは違うんだっけ? 流石に型番まで――しかも同一の型番が2機存在する不自然な状態――となると、合っている自信がない。アルビオンがZなのは覚えているんだけど……。

 

『……ああ! 機体の名前がはっきりしないから、なんて言って出ればいいのかわからないのね。別に、そんなことにこだわらなくてもいいのに。

 そうね。時間もないし、とりあえず暫定的にランスロット・ヴァルキリー……いえ、一応空を飛べるからエアヴァルキリーとでもしておきましょうか。これだけ変わっているのに、ただのランスロットなんて締まりが悪いでしょ』

「え、あ、はい? すみません、ちょっと考え事をしていました。何がどうしたんですか?」

 

 少し考えているうちに、アルマさんが何かを言っていたようなので聞き直す。

 いい加減、この癖はどうにかしたいんだけれどなあ。

 

『あれ、インカムの調子が悪かったかしら?

 とりあえず、暫定的にだけれどこのナイトメアの名前はランスロット・エアヴァルキリーとするわ。良い?』

「あ、はい。わかりました」

 エアヴァルキリー……誤字……うっ、頭が。

 機体の名前、変わっちゃったけど大丈夫だろうか。……いや、厳密に言えば、このランスロットはランスロット・エアキャヴァルリーとは別の機体だし、特に問題はないだろう。そのうち、プラズマ推進モーターではなくフロートシステムを装備した、本当のランスロット・エアキャヴァルリーが出てくるはずだ。

 というか、名前が変わったくらいでは、大きな問題にはならないと思いたい。

 

「それでは――」

 

 MEブースト。

 その言葉を小さくつぶやいて、私はユグドラシルドライブを全力で稼働させる。

 

 プラズマ推進モーターに火が灯り、機体が前へと押し出される。

 さらに、今まで通りランドスピナーも加速、スリップ音をたてた。

 

「アリス、ランスロット・エアヴァルキリー、発進します」

 

 ブレーキを外し、ランスロットを勢いよく加速させえる。

 プラズマ推進モーターによる加速を得たランスロットは、いつも以上の速度でトラックから跳び出した。

 

『通行可能なルートのナビゲートは私がするわ。できるだけ指示通りに進んでちょうだい』

「了解です」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◇ ◇ ◆ ◆

 

 

 

 

『はい、そこからハイウェイに乗って。

 通行止めしている人がいるかもしれないけれど、もしいても無視して通り過ぎていいわ。ついさっき、ミリア主任が政庁に行って、公道の利用許可を取って来たみたいだから』

「了解です。特に人はいないので、そのまま先に行きますね」

 

 通行止めの一環として道は塞いであったが、機体を跳躍させてそれを飛び越える。

 

『そこから先は、調布まで特に分岐とかはないわ』

「つまり、紅蓮弐式と会うまでまっすぐ進めばいいわけですか」

『ええ。計算上では、最短で5分、遅くても15分以内に会えるはずよ』

 

 アルマさんの言葉に、疲れかけていた身体がスッと冷えた。

 いや、実際に身体が冷えたわけではないのかもしれない。おそらく、冷えたと錯覚しただけだろう。

 紅蓮弐式にまだ遭遇してもいないのに、もうこれだ。笑うしかない。

 

『……アリスちゃんは、強いわね』

「はい? 何がですか」

 

 封鎖されたハイウェイに乗り、ナビゲートが必要無くなったところで、今まではきはきとした声でナビ役をしてくれていたアルマさんが、急に声を暗く小さなものに変え、私に話しかけてきた。

 

『アリスちゃんをこんな状況に追い込んだ私が言うのも変な話だけど、アリスちゃんは……だって、その……本調子じゃないでしょ』

 

 アルマさんらしからぬ、曖昧な物言い。

 その、彼女なりにかなり配慮した表現に、少しだけ胸が暖かくなる。

 

『新たなトラウマを抱える原因の一翼を担った人に、何一つ悪く言うことなく従って。

 ……紅蓮弐式にトラウマを持っているのに、その紅蓮弐式と戦うようにさせられて。

 それなのに、アリスちゃんは、文句の一つも言わない』

 

 もし、私が以前の肉体でここにいたら、今この瞬間どんな顔をしていただろうか。

 普段あまり表情の変わらないこの顔も、こんな時ぐらいは役に立つのだと思った。

 でなければ、この真剣な状況で笑ってしまうところだったのだから。

 

 もちろん、嘲笑うような、そんな意味の笑顔ではない。

 今作りそうになっている笑顔は、あくまでもこの暖かさから生まれた笑みだ。

 

『――仕事だから?

 そんな大人の事情を押し付けて、私はあなたを――』

「アルマさん」

 

 でも、もうそろそろ止めたほうがいいだろう。

 これ以上言葉にするのは、聞いている私よりも、口にしているアルマさんの方がつらいはずだ。

 

「少し、話を聞いてもらえますか」

『……ええ、わかったわ』

 

 ランドスピナーが大地を駆けるかすかな振動を感じながら、小さく深呼吸。

 

「私は、自分で言うのも変な話ですけど、かなり仕事に熱心なところがあると思います」

『……』

 

 アルマさんは、私の言葉を黙って聞いてくれていた。

 

「仕事のため、そんな言葉で自分をないがしろにできるタイプです。雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ……宮沢賢治のあれじゃないですけど、雨が降っても風が強くても、暑くても寒くても仕事に励む様な、そんな人間です。

 だからですかね。私は……仕事で人を殺すことになっても、その瞬間だけは、何一つ思わずに人を殺すことができていました。もしかしたら、自分を『仕事に熱心な人間』であると定義することで、心を守ろうとしていたのかもしれません」

『……っ!』

 

 マイクの向こう側で、アルマさんが小さく息を吸うのが聞こえた。

 まあ、自分のことながら歪んでいる自信はある。

 

「だから、私は今日この瞬間まで、仕事として以外の心情でKMFに乗ったことは一度としてありませんでした」

 

 正確に言えば、河口湖の1件だけは例外だ。しかし、それを今口にするのは少し憚られた。

 ミリアさんが聞いているかもしれないこの状況で、コードギアスのことは言えなかったからだ。

 

「そして、それは今もそうです。

 私は、仕事の一環として、この戦場に立っています」

『……ごめ――』

「でも」

 

 何か口にしようとしたアルマさんの言葉を、少し強引に遮る。

 言葉を遮ることはあまり好きなことではないのだけれど、今回ばかりは許してほしい。

 

「すみません、遮ってしまって。でも、ごめんなさい。最後まで言わせてほしいんです。

 私は、今まで仕事として戦ってきて、それは今も例外ではありません。

 でも、今日この日この瞬間だけは、仕事"だけ"を理由にここに立っているわけではないんです」

『……え?』

 

 間の抜けたアルマさんの言葉に、ついに笑顔が零れてしまった。

 

「数時間前までの私なら、きっとそうは思えなかったと思います。

 あの時、アルマさんが悩む私を助けてくれたから……だから、私はここにいられるんです」

『私が?』

 

 あの時、火事の中でアルマさんを助けるか悩んだあの一瞬、私はアルマさんに助けられた。

 正確には、助けられたというより、アルマさんを見捨てるように決断させられたと言うべきなのかもしれないけれど。

 

「正直に言います。

 さっきの火事の時、アルマさんが私を突き飛ばさなかったら、私は、最終的にアルマさんを見捨てる選択をしていたと思います」

 

 私は、このランスロットを操縦している間、どうしてアルマさんを助けたのかをずっと考えていた。

 

 私は、アルマさんが大切な人だと感じている。けれど、それは自分を危険に曝してまで助ける程ではなかった。

 コードギアスを呼び出すテレポート技術『量子シフト』は、ロイドさんクラスの天才なら、映像越しに見るだけで量子シフトが行われたと理解できるほどわかりやすい現象だ。仮に直接見ることが叶わなくても、後から観測機器で調べるだけで、量子シフトが行われたことを見破ることができるほどに痕跡が残りやすい。

 

 というかそれ以前に、コードギアスがクレーンを殴りつけた際にできた、拳の跡が壁に残っている。

 

 コードギアスの存在が露呈するというリスク、自分の安全を失うというリスクを冒してまで、アルマさんを助けるなんてリターンを得たいだなんて考えていなかった。

 

 おそらく、アルマさんを助けるか悩んでいたあの時、アルマさんのあの行動がなければ、私はアルマさんを見捨てていただろう。何度も考えて、私はその結論に至った。

 

 ――不思議な話だ。

 

 アルマさんを見捨てる選択を取ろうとしていたのに、私ではなくアルマさん自身がその選択をしたら、途端に見捨てられなくなったなんて。

 

「別に、アルマさんが嫌いだったってわけじゃないですよ。ただ、あれを使うことが、私にとってそれだけリスクのある行動だったんです。

 けれど、私はアルマさんを助けました。何も考えず、反射的に行動してしまったんです」

 

 きっとそれは、理屈抜きに考えた私の本心だったんだろう。

 リスクだとか、危険だとか、そんな考えを抜きにした、私の本当にしたいことだったんだろう。

 

「だから、私は此処にいます。

 ……アルマさん。アルマさんは何一つ言わないで隠していましたけど、私は知ってるんです。奇跡の藤堂を処刑するために、スザクさんが調布にいるってこと」

『――っ! 誰から聞いたの?』

「秘密です。

 もし、あのランスロットもどきと紅蓮弐式が、二機とも調布にたどり着いたら、スザクさんは殺されてしまうかもしれません。いえ、間違いなく殺されてしまうでしょう。

 だから、私は今、ランスロットに乗っています」

 

 どれほどの危険を冒すことになっても、いつかひどい目に合うとしても、それを無視して考えた時、今この瞬間の私は、特派のみんなに死んでほしくないと考えている。それが、損得を抜きにした、私の本当にしたいことだ。

 

「『大切なのは何を感じたかではなくて、自分はどうしたいのか』。

 この前、ユーフェミア様が言っていた言葉です。ギアスがばれるとか、紅蓮弐式にトラウマを抱えているとか、精神的にあまり良い状態ではないとか、そんなことはどうでもいいんです」

 

 そう、大切なのは、何をしたいのか。

 

「私は、特派のみんなを助けたい。短い付き合いだけれど、特派のみんなに死んでほしくない。傷ついてほしくない。それが、『私のしたいこと』です」

 

 そこまで言い切って、私は口を閉じた。

 コックピットの中が静かになり、ランドスピナーとコンピュータ、ユグドラシルドライブ以外の音が消え去る。

 インカムの向こう側にいるアルマさんも、しばらく何も言わずに黙っていた。

 

 十数秒ほどお互いに黙り込む。

 

 それから、インカムからふっとため息を吐く音が聞こえて、アルマさんが先に口を開いた。

 

『……ふふ、そうなの。

 アリスちゃんぐらいの子供に心配されるなんて、大人として恥ずかしいわね。私たちって、そんなに頼りなさげに見える?』

「……え?

 ああっ! いえ、別に頼りにならないとか考えているわけじゃないです。単純に、私が勝手に助けになりたいと考えているだけで……」

『あはは、冗談よ。そんなこと全く思っていないから、心配しなくていいわ』

 

 アルマさんは、先ほどの暗い声からは考えられないような明るい声で、快活そうに笑った。

 

『私が勝手に心配し過ぎていただけだったみたいね。戦闘前に、テンションが下がりそうなことを言ってごめんなさい』

「いえ、戦闘が終わったらアルマさんには言おうと思っていたので、ちょうどいい機会でした」

 

 切っ掛けになったアルマさんには、元々言おうと考えていたので、言うのが早くなっただけだ。

 今日の昼頃まで精神的な不調で倒れていた人間を心配する気持ちもわかるし、意外と責任感のあるアルマさんがそれを気にするのも当然のことだろう。

 

「私が精神的に不安定なのも事実ですし、心配されるのも当然です。アルマさんが気にすることでは――」

 

 ちょうどその時、視界の端にあったレーダーに、2機のKMFの反応が映った。

 明るい方向に向かっていた心が、スッと冷たく変わるのを感じる。

 

『へえ、意外と早かったわね。もう少し時間がかかると思っていたのだけれど……プラズマ推進モーターの加速分かしら』

「そうですね。あと、向こうが2機一緒にいるのもあると思いますよ。なにせ、あちらのランスロットもどきは、直線的な速度は従来のサザーランドに毛が生えた程度しかありませんし」

 

 視線の先に、点のような大きさだが、赤と白、2機のKMFが映る。

 紅蓮弐式とランスロットもどき、先にいるのはその2機だった。

 

『どうする? アリスちゃん』

「もちろん」

 

 腰の後ろにあったヴァリスを引き抜き、インパクトレールを最大値に設定する。

 すると、ヴァリスの装甲の一部が、まるで開くように展開され、より威力の高い一撃を放てるように変形した。

 

「――狙い撃ちます。接近戦は、あまり得意ではないですから」

 

 狙うは、どちらかというと足が遅く、より運動性能の低いランスロットもどき。

 両眼を見開き、直撃するように手早く狙いを定める。

 

「ランスロット、MEブースト」

 

 ユグドラシルドライブの出力を引き上げ、プラズマ推進モーターの出力を上げることで機体をほんの数瞬だけ僅かに浮かせる。

 これで、路面から伝わる僅かな機体の揺れは収まった。

 

 ――誰が乗っているのかは知らないけれど、手加減をするつもりはない。

 

 私は、全神経を一点に引き絞り、その引き金を引いた。




誤字なんて無かった!(目逸らし

ロイドさんが戻ってきたら、名前はエアキャヴァルリーになります。もっとも、新造機なので本来のエアキャヴァルリーとは別物ですが。


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47話

 ヴァリス、その最大出力であるバーストモード。その一撃は、硬い大岩すら貫通する規格外の威力を誇る。

 

 しかし、その一撃は敵を仕留めるには至らなかった。

 

「――嘘でしょ」

 

 ランスロットもどきを一撃で仕留めるはずだったその弾丸は、引き金を引く寸前にこちらに振り返ったランスロットもどき自身によって無効化された。

 その両手に展開されたブレイズルミナスに、受け流すように防がれたのだ。

 

『アリスちゃん、特派サザーランドの持つセンサーは、ほぼランスロットと互角の性能を持っているわ。不意打ちが通じにくいのは当然よ』

「ランスロットと互角!? ……ああ、そう言えばそうでしたね」

 

 思い返してみれば、ランスロットもどきのベースとなっているのは、ノネットさんの所のテスト用KMFだったはずだ。ナリタ山に行ったとき、そんなことを言われた覚えがある。

 

『問題は、バーストモードのヴァリスを受け流したことね。原理上、ヴァリスではブレイズルミナスを貫通できないのは確かだけれど、ブレイズルミナスを支える腕そのものを圧し折るぐらいのことは簡単にできる筈よ。それを、あんな風に受け流すことができるってことは……』

「それだけ、相手の腕が確かだってことですか」

 

 インパクトレールを3まで下げ、紅蓮弐式とランスロットもどき相手に交互に狙い撃つ。

 一応きちんと狙ったものではあったが、2機はそれらを僅かに蛇行するようにして簡単に回避した。

 

 少しでも速度が落ちてくれることを祈っていたが、まったくそんな気配はない。

 

「ばら撒くのができないヴァリスだと、足を止めるのは難しそうですね」

『連射機能を付けると、どうしても一発に対する消費電力が下がっちゃうから、十分な火力が出せないのよ』

 

 取り留めのない話しをしつつ、前進しながら距離を詰める。

 連射の利かないヴァリスでは、撃破を望むどころか足止めにもならない。

 

「やっぱり、やらなきゃだめか……」

 

 自分がこの先に行う事を想像して、足が竦みそうになる。戦うと覚悟を決めた筈なのに、この戦いを投げ出したくなる。

 それでも、そんな感情に蓋をして、操縦桿を握りしめた。

 

 相手の足を止めさせるためには、相手が戦える距離、撃破しようという欲を出させる距離で戦うしかない。

 

 ――例えばMVSや輻射波動の一撃が見込める接近戦とか。

 

「ランスロット、MEブースト!」

 

 ランスロットもどきがアサルトライフルを手にするのを確認すると、それと同時にユグドラシルドライブを出力を引き上げる。

 ランドスピナーとプラズマ推進モーターをめいっぱい稼働させ、全力で加速。

 同時に、背部に吊るされた鞘から1本の剣を引き抜いた。

 

 手にした剣はMVS、スラッシュハーケンのワイヤーすら縦に斬り裂く必殺の剣。

 既存のKMFの装甲の中で、このMVSを防ぐことが可能なものは存在しない。

 

 ――もっとも、それを振ることができればの話だが。

 

「……っ! うぉぇ」

『アリスちゃん!?』

 

 めまいと共に視界が揺らめき、強い吐き気に襲われる。

 それは赤色に対するPTSD、MVSの刀身から放たれる赤い光に、身体が重くなったかのような錯覚を覚える。

 

 ――だが、それだけだ。

 

 四肢が欠けたわけではなく、意識を断たれたわけでもない。

 不調など、ただの思い込みに過ぎない。行動するために、一切の問題はない。

 

「っ大丈夫です!」

 

 すっぱくなった口の中のものを飲み込み、震える視界を研ぎ澄ませる。

 敵に負けるならともかく、自分自身に負けるなんてごめんだ。

 

 ランスロットが、MVSを上段に振り上げる。

 目標は、奪取されたランスロットもどき。

 

 剣閃は鈍らない。

 切っ先は震えない。

 無意識の底から浮かび上がる閃光の様な一太刀で、その一切を両断する――っ!

 

「――斬る!」

 

 高速の踏み込みから放たれる一撃は、ランスロットもどきをその間合いに捉えた。

 

 だが、相手の乗り手も流石というべきか、ランスロットもどきは見事な反応を見せ回避した。

 コックピット表面の装甲を数cmと手に持っていたアサルトライフルこそ真っ二つにしたものの、ランスロットもどきにそれ以外の被害は一切ない。

 

「ちっ! ならっ!」

 

 MVSを振り下ろした勢いを維持したまま、機体を捻る様にして回し蹴り。

 動きが大きいため、流石にブレイズルミナスで防がれるが、特に問題はない。この蹴りは、損害を与えることを目的としたものではなく、間合いを空けるためのものだ。

 

 ブレイズルミナスの表面を蹴って僅かに跳躍。その勢いをプラズマ推進モーターで加速させながら距離を取り、ブレイズルミナスの隙間を回し蹴りの最中に手にしたヴァリスで狙う。

 

「今度こそ、仕留める!」

 

 蹴りの反動緩和のためにランスロットもどきは動きを操縦システムによって多少制限されているため、この状況からヴァリスを回避する余裕はランスロットもどきにはない。

 あの機体は、ここでチェックだ。

 

 ――けれども、物事はそう簡単に物事はうまくいかなかった。

 

 引き金を引いた刹那、射線上に現れた赤い光の盾に、先ほどとは比較にならないほど全身が沸き立った。

 

 MVSを見た時の様な、震えるなんてレベルではない。吐き気を感じる余裕もない。

 

 感覚が凍る。

 呼吸が暴れる。

 五感が脳からはじき出される。

 

 操縦どころか、操縦桿を握っている余裕すらなかった。

 

『アリスちゃん!』

「――っ!」

 

 が、インカムから響いた声に意識を引き戻される。

 顔を上げれば、モニターいっぱいに広がるのは紅蓮弐式の姿。

 

「ブレイズルミナス!」

 

 震える指先を意地で動かし、右腕のブレイズルミナスで紅蓮弐式の右腕を防ぐ。

 そのまま間合いの外まで後退し、スラッシュハーケンやプラズマ推進モーターなどを活用して跳躍。十分な距離を取り、足を止めた2機に向き直った。

 

「すみません、助かりました」

『あまり無理しないでね、アリスちゃん』

「はい、ですが……」

 

 残念ながら、無理せずに倒せるような相手ではない。

 

『無理はしちゃだめよ。時間さえ稼げれば、政庁と調布に詰めている部隊が増援に来るはずだから』

「わかってます」

『焦っちゃだめ。この機体は紅蓮弐式よりも強力な機体だけれど、あの2機は冷静さを欠いた状態で勝てる相手ではないわ』

 

 焦りで返事が荒くなる私に、アルマさんは冷静に諭す。

 近づかれないようにヴァリスを連射しながら、小さく深呼吸をして意識を落ち着けることに集中した。

 

 けれども、当然のことながら相手はそう簡単に私を待ってはくれない。

 

 紅蓮弐式とランスロットもどきは、先ほどと同じく蛇行しながらこちらに近づいて来る。

 

「もうっ、勘弁してよ!」

 

 こっちは紅蓮弐式と対峙しているという状況だけで気分が悪くなっているのだ。近接戦闘という選択肢を先に提示したのはこちらだけれど、それに乗ってきては来ないでほしい。

 しかも2機同時だ。アニメでは紅蓮弐式が調布にいても大丈夫だったんだし、せめて紅蓮弐式だけでも先に調布に行って――

 

 自分の思考に、思わず頬を内側から噛み千切った。

 

『アリスちゃん!』

「大丈夫です」

 

 口元から溢れる血液を無視して、紅蓮弐式の腕をブレイズルミナスで弾き飛ばす。その陰から迫っていたランスロットもどきの一撃も、機能を停止させたMVSで受け流した。

 

 危なかった。

 完全に、思考が逃げに傾いていた。

 

 河口湖での一件が示すように、この世界がコードギアスのお話通りに進まない可能性は0ではない。

 私が紅蓮弐式を行かせないように考えていたのはそれが理由であったはずなのに、今この一瞬、私は恐怖に負けてそれを忘れていた。

 

 口の痛みのせいか、自分自身への怒りのせいか、それともPTSDでどこかおかしくなっているのか……理由はよくわからないが、さっきよりも身体の震えが小さくなったように感じる。戦闘でいつの間にか思考も、少しだけ元に戻った。

 

 返す刀で戻って来たランスロットもどきの一撃を、今度は腕のブレイズルミナスで相手の機体ごと押し込む。本当は受け流して反撃してもよかったが、ランスロットもどきの背後に紅蓮弐式の影が微かに映ったので、反撃にカウンターを返されると思い止めにした。

 

 もう少し強気な戦い方をしてもよかったが、そこまでのリスクを犯す必要もないので止めにした。近接戦闘が未熟な私では、連携によるカウンターができない素早い攻撃を繰り出したり、カウンターにカウンターを叩き込むことができる自信がなかったということもある。

 

 少しだけ元に戻った思考の影響で、今の状況に対し多少冷静な判断が導き出されるようになる。先ほどまでの熱くなった思考では、おそらくそのまま反撃していただろう。かなり危なかった。

 

 ランスロットもどきの腰を抜けるように腰のスラッシュハーケンを放ち、ランスロットもどきの背後にいる紅蓮弐式を牽制する。

 さらに、ブレイズルミナスを展開しているのとは逆の腕からスラッシュハーケンをハイウェイ付近の廃ビルに放ち、勢いよく巻き取ることでその場を離れた。

 

「ふぅ」

 

 ビルの上でヴァリスを構える私と、こちらを睨む紅蓮弐式達の視線が交差する。

 

「アルマさん、増援まであとどのくらいかかりますか」

『おそらくだけど、あと15分もかからないと思うわ。ただ、ちょうどいま調布の収容所の方が襲撃を受けたみたいだから、調布からの増援はないと思って。もしかしたら、政庁からの増援も少なくなってると思う』

「了解です。15分、ですね」

 

 ちらりと機器のうちの一つにあるデジタル時計に視線を向け、その数字を記憶する。増援まであと15分、近接戦闘にさえしなければ、なんとかなる時間だ。

 増援が少なくなるというのは不安だったが、本来であれば2機のKMFに対し二つの基地からKMF部隊がやってくるという状態自体がおかしいのだ。ミリアさんは、一体どんな説明をして部隊を派遣させたのだろうか。

 

『あんまり辛いなら、無理して接近戦をしなくてもいいのよ? 仮に向こうが今から全力で逃走を始めても、収容所に到達してから数分で増援が間に合うわ。スザク君なら、この2機を相手にしても少し間なら余裕で戦えるはずよ』

「……」

 

 こちらを気遣ってのことだろうが、アルマさんが私に無理をしないように言ってくる。コードギアスの知識を持たないアルマさんには、調布を襲撃しているのが四聖剣――スザクさんを倒しうる存在であることは知らないので、最低限の足止めでもいいと言っているのだろう。気持ちはありがたかったが、覚悟を決めたばかりの私としては、ちょっと魅力的な提案なだけにうっとおしい話だった。本当に気持ちはありがたかったが。

 

「いえ、引くわけにはいきません。スザクさんを信用していないわけではないですが、スザクさんでは紅蓮弐式達を相手にするには不安が残ります。せめて――」

 

 そう呟いたところで、紅蓮弐式達が動きを見せた。

 ランスロットもどきが、手に持ったMVSをこちらに投擲してきたのだ。

 

「――っ!」

 

 会話の途中だったので、少し意識が逸れていた。

 ビルから転がり落ちるような形になったが、なんとかMVSを回避する。

 このまま無様に落下するわけにはいかないので、腕のスラッシュハーケンをビルに突き刺そうとして――

 

 ――刹那、モニター中央に擲弾。

 

「うそっ!」

 

 スラッシュハーケンを放つために伸ばしていた腕から、咄嗟にブレイズルミナスを展開。迫るグレネードを防ぐが、代わりにスラッシュハーケンを放つことができずそのまま落っこちた。

 ヴァリスを落さなかったのは、不幸中の幸いというべきだろう。

 

「やば――っ!」

 

 なんとかプラズマ推進モーターのおかげでひっくり返ったまま着地することは無かったが、悪い体勢と足場の影響でつい膝をつく。

 

 まずい。

 足を止めたKMFなど、ただの柔らかい的でしかない。例のAI相手なら、ケイオス爆雷を撒かれて終了だ。

 

 紅蓮弐式がいると思われる方向に、ブレイズルミナスで盾を作る。

 その直後、こちらに向かって煙幕がばら撒かれた。

 

「まずい、読まれた」

 

 ――いや、読まれたわけじゃない、か。

 

 口にした言葉を、頭の中で即座に否定する。

 もし読まれていたのなら、もう少し直接的な攻撃を行ってくるはずだ。あちらの運動性能を考えれば、片膝をついたこちらに対し接近戦を挑んでくるのが普通だろう。一時的とはいえ足を封じられている状態は、相手にとって格好の隙なのだから。そうしていないという事は、勝負を決めに来れるだけの確証がなかったと考えるのが自然だ。

 

 ばら撒かれた煙幕にはチャフも混じっている様で、レーダーが完全に死んでいた。ファクトスフィアを展開すれば赤外線による探知も行えると思うが、煙幕の中では意味がないだろう。ファクトスフィアで音波探知も行えるならいいのだが、今までファクトスフィアの探査方法なんて気にした事が無かったので、実際に行えるのかわからない。……いや、仮に行えるとしたら向こうもできることになるので、止めた方がいいだろう。ファクトスフィアを展開すると少し大きめの音が鳴ったはずだ。

 

 ブレイズルミナスを両手に展開しつつ、可能な限り音をたてないようにゆっくりと膝を持ち上げる。

 

 向こうの狙いは、おそらく輻射波動による一撃必殺。

 とはいえ、グレネードランチャーに対する警戒を怠るわけにはいかない。グレネードランチャーの直撃を受けてよろめけば、そこに輻射波動がやってきて試合終了だ。試合どころか命も終了するけど。

 

「音を立ててでも、強引に動くべきかな? ……それとも」

 

 煙の中から出るか。それともこのまま待ち構えるべきか。

 仮に、このまま待ち構えることを選択したとしよう。自分の反射神経なら、この限られた視界の中でも、輻射波動を見てから対処する自信はある。何らかの思考を行いながら対処するならともかく、避けるだけならできるだろう。KMFと殴り合える細胞を一部だけとはいえ持つこの身体には、それだけのポテンシャルはある。

 だが、私の精神的な事情――赤色に対するトラウマを考慮すると、絶対に対処できると言い切ることは難しい。

 さっきみたいな、意識が飛ぶような事態にはならない自信はある。けれども、では何の支障もなく対処できるのかと言われれば、それは否と返すしかない。

 だって、私はつい数時間前まで、顔に赤色を幻視しただけで暴れていたのだ。今はあれほどのショックを起こしていないが、今後それに匹敵する行動を起こさない保証はない。

 つまり、煙の中から跳び出してくる紅蓮弐式をどうにかできるかどうかは、機体性能の云々ではなく、完全に私次第という事となる。

 

 では、煙の中から出ることを選択した場合はどうなるか。

 こちらが音を立てる以上、相手から位置を確実に捕捉されるし、私も発見が遅れる可能性が高い。

 運よく紅蓮弐式がいる方向とは反対に行くことができれば、このランスロットに出力で劣る紅蓮弐式を振り切って煙幕の外に出れるが、そうでなかった場合、追いつかれて襲撃されるのは確実だ。私の反応がどうなるか未知数である以上、発見が僅かでも遅れるこの行動は、非常にリスクのある行動だろう。

 

 動いても、動かなくても危険なこの状況。どちらかと言えば、この場に留まるほうが安全だろうか?

 本調子なら、絶対に留まったりしないけれど……。KMFは、本来動いてなんぼだし。

 

「……悩んでも仕方がない、か」

 

 どちらが安全か。精神的に不調な今では、セオリーには反するかもしれないが、動かない方が安全ではある。

 

 私は、相手を待って動かないことを選択した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 しん、と静寂が続く。

 

 煙幕で真っ白なランスロットのモニター全体に目を凝らし、ランスロットの外部マイクから拾う音の音量を最大に設定し、第六感にすら意識を集中させる。

 決着がつくとすれば、それは一瞬だ。紅蓮弐式の襲撃にどれだけ早く反応できるかどうかで、全てが決まるだろう。

 ランスロットもどきのMVSにも警戒しなければならないが、そちらにはある程度余裕をもって反応できる自信があるので無視していい。というか、たぶんMVSを使えるだけのエネルギーは残っていない筈だ。この時期のMVSは、少し燃費が悪い武装だったはずだから。

 

 相手とこちらのセンサー性能はほぼ互角。チャフはそれを撒いた相手自身にも有効なので、相手もこちらを探しているはずだ。

 チャフスモークを撒かれた瞬間、私と紅蓮弐式達の視線は合っていなかった。どちらも直接的には相手を眼にしていなかったはずだ。レーダーによる大まかな位置の捕捉はできているだろうが、細かな位置まで把握できているわけではないはず。

 

 どこから来る? 

 

 上から?

 ここは位置的に高架下に位置するので、位置を捕捉された場合上から来ることも考えられる。

 

 前方、もしくは左右のどちらか?

 可能性としては、これが一番あり得そうな気がしてる。立体軌道は、市街地戦闘におけるKMFの売りの一つだが、それにはスラッシュハーケンを用いる必要がある。音を立ててまでわざわざ立体軌道を行う必要はないだろう。

 

 背後は?

 一応、先ほどまで立っていたビルを背にしているので背後から攻撃される可能性は低いが、決して油断はできない。紅蓮弐式のあの腕なら、爪でコンクリートの壁を貫くことができるかもしれない。進化形の進化形である紅蓮聖天八極式が、ヴァリスに耐えられるランスロットの装甲を貫いたわけだし。いや、これは厳密には爪で貫いたわけではないから参考にはできないかな? ……とにかく、警戒はしておこう。

 

 では、足元は?

 普通なら"ない"と断言できるのだが、この状況ではあり得ないとは言い切れないのが本音だ。黒の騎士団のトップであるゼロが最も得意とするのは、敵の足場を崩す作戦。そのことを考えれば、このあたりの地下の状態を細かく把握していてもおかしくない。もし正確に下水道等を正確に把握されているのだとしたら、絶対に防御できない足元からの攻撃は有効かつ効果的な選択肢となりうる。

 

 どこだ。どこから来る。

 

 目に見えない恐怖というのは、かなり精神的に消耗するらしい。何もしていないのに、だんだんと汗が垂れてくる。

 肌荒れが怖いので今は化粧をしていないが、昔だったら化粧が崩れていないか気になっただろうな、なんてどうでもいいことが頭をよぎった。

 

 相手の気配はない。

 音も聞こえないし、姿も映らない。

 

 夜風に煽られ、少しずつ煙幕が晴れてゆく。

 煙幕が晴れるまでに仕掛けてくると考えていた私は、さらに意識を集中させた。

 

 ――そして、音。

 

 どんな音だったかを脳が処理するよりも早く、右手のヴァリスを音の聞こえた先に向け、引き金を引く。

 インパクトレールが低く設定されていたヴァリスは、その分連射が効く。探索射撃を兼ねて放たれたその弾丸群は、数多のコンクリートを打ち抜く音と、微かに別の何かに当たる音を残した。

 

「見つけたッ!」

 

 当然ながら、銃を使った以上こちらの居場所もばれたと思うので、即座に移動。進行方向にブレイズルミナスを展開しながら前進する。

 同時にインパクトレールを換装。ヴァリスをバーストモードに移行させ、先ほど音が聞こえた場所に弾丸を放った。

 

 命中した手ごたえと、ヴァリスの発射音、そして金属が折れる音がコックピットに大音響で響く。

 探索時から音量設定を変更していなかったからだ。あまりの大音量に、思わず意識を失いそうになった。こんなことで気絶なんてシャレにならない。

 そして、音量を下げるためにキーに伸びそうになった手なんとか抑えながら、背中からMVSを引き抜きさらに加速。

 

「はっ!」

 

 真っ白い視界の中で、先ほどの音を頼りに剣を振る。

 さっきのヴァリスでどこを破損したのか知らないが、ヴァリスの直撃を受けてすぐに動くことなんてできないはずだ。紅蓮弐式かランスロットもどきかはわからないけれど、どちらであっても致命傷を負ったのは間違いない。

 

 しかし――今度は、手ごたえはなかった。

 

「躱された?」

 

 狙ったのは、腰の位置よりも少し上。仮にしゃがんでいたとしても、少なくとも頭部は破壊できるはずの高さ。

 最低限、何らかの手ごたえはあるはずのその位置に剣を振ったにもかかわらず、何かを斬った感触は一切なかった。

 

 そのまま留まる、というわけにもいかないので、ブレイズルミナスを両手に展開しながら、速度を緩めずに煙の中を駆け抜ける。

 そして、煙の中を突破すると、すぐさま反転。煙幕で包まれた空間を正面に向け、不意打ち対策としてブレイズルミナスを構えた。

 

 ちょうど強めの風が吹き、煙幕がゆっくりと風に流されてゆく。

 

 そして、煙が全て晴れ、そこで私は何があったのかを知った。

 

 

 ――そこには、コンクリートの大地に突き刺さっていた柄の砕けたMVS以外、何一つ、誰一人いなかった。

 

 

 先ほど撃ったのは、おそらくどこかのタイミングでランスロットもどきが投げたMVS。

 壁から抜けて落ちてきたMVSを、私はKMFと勘違いして攻撃していたのだ。

 

 ――頭が真っ白になる。

 

 完全に失念していた。

 相手の目的は、こちらの撃破ではない。あくまで調布に増援としてたどり着くこと、それだけだ。

 

 今ここに紅蓮弐式達がいないという事は、どこかのタイミングで彼女らがここから逃げ出したという事になる。

 いつ逃げたのか。煙幕の中で意識を巡らせていた時に物音を拾う事がなかった事を考慮すれば、考えられる瞬間はたった一つ。煙幕を張ったその瞬間だ。

 そしてそれは、煙幕の中にいた時間分、こちらは距離を離されたことを意味する。

 

 最初は、相手が遠回りをしていたから何とか追いつけた。

 だが、今回はどうだ。相手は、確実に全速力で調布に向かっている。こちらの方が速度はあるので、追いつくことはできるだろうが……調布にたどり着くまでに、という言葉を頭につければ、それは不可能になってもおかしくない。

 

 スラッシュハーケンを使ってハイウェイに飛び乗ると、私は全速力で調布へと向かった。




あんまりミリタリー系に詳しくないけど、煙幕の中に入ったら煙幕から抜け出すのがセオリーであってる?


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48話

主観が変化する関係上、俗称と正式名称がごっちゃになって描写されているので、一応明記しておきます。
ランスロットもどき=魔改造されたサザーランド=特派サザーランド です。
本来であれば、このように説明をしなければならないような描写を行っていることは問題ですが、許容していただけると助かります。


 正面から迫る一撃。

 

 スザクは、それを僅かに下がって回避しつつ、踏み込んで反撃する。

 

 正面の敵、奇跡の二つ名で知られる彼――藤堂は、機体を半歩右に動かしてそれを回避し、返す太刀で刃を振り上げた。

 

 藤堂の処刑を執行するために調布を訪れていたスザクは、脱走した藤堂と戦っていた。

 ランスロットのコックピットは、藤堂の剣によりその上部を破壊されており、中にいた彼の顔が外部に晒されている。

 そんなランスロットと対峙する藤堂のナイトメア――月下もまた、コックピットハッチを開け、生身で向かい合うように戦っていた。

 

 スザクは、下から上って来た斬撃を機体を逸らして回避する。

 そして反撃しようとしたところで、それよりも早く藤堂から斬撃が放たれた。

 

 普通の鋼鉄等でできた武器では、ランスロットの装甲を貫通するのは困難であるが、藤堂の振るう刃は、まるでチェーンソーの様に赤熱した刃が回転しており、ランスロットでも油断できない切断能力を備えている。

 

 刃をブレイズルミナスで受け流すスザク。

 スザクの視線から彼の思考を見抜いた藤堂は、受け流されるのに合わせて刀を引き、突きの構えを取る。

 

 三段突き。

 

 藤堂の必殺の連撃が、スザクの駆るランスロットへと振るわれる。

 一度目は避けきれずコックピットの一部を破壊されたが、所詮ナイトメアの振るう剣術は本物には程遠い。スザクは、今度は三撃すべて回避すると、体勢を立て直しつつ一歩身を引いた。

 

 藤堂は、その後退に合わせ一歩踏み込む。

 

 藤堂の駆るナイトメアから、踏み込むと同時に放たれる一撃。

 スザクは、辛うじてそれを回避するが、再び剣を振るには難しい体制を余儀なくされる。

 

 一方的な展開、誰が見てもそうとしか見えないであろう攻防。

 

 もう少しランスロットの操縦に慣れていれば、そう思わずにいられない状況の中でしかし、スザクは勝利を諦めていなかった。

 

 綱渡りの様な戦いを切り抜けつつ、必死にランスロットに意識を同調させる。

 一歩間違えば死ぬであろう領域で剣を振るいつつ、着実に操縦技術を向上させていた。

 

「流石だ、スザク君。君がここまでできるとは思っていなかった」

 

 藤堂の言葉に返事をしたいと思うが、スザクにはそこまでの余裕はない。

 スザクにできたのは、藤堂が上段から振り下ろした一撃を回避しつつ、まるで返事でもするように一撃を返すことだけだった。

 

 機体性能差は歴然だ。しかし、その差を技術で覆されている。

 スザクはその事実を認めつつ、けれども焦ることなく確実に凌ぎ続ける。

 

「どうして……!」

 

 弾き飛ばすようにMVSを振るい、スザクは今度こそ距離を取る。

 スザクは、小さく息を吸って、問い詰めるかのように藤堂に声を吐き出した。

 

「あなたは、筋を曲げてまで、そうまでしてでも生き延びたいんですか!」

 

 そう告げたスザクに、藤堂は剣を振り下ろす。

 振るわれたその剣は、まるで鍔迫り合いの様に受け止められた。

 

「失望したか……ならば、予定通り私を処刑したまえ」

 

 藤堂は、スザクに対し野性的な笑みを浮かべながらそう告げる。

 かつて同じ道場で剣を振るった相手が、今は敵である彼が口にしたその言葉に、スザクの剣が鈍る。

 

「どうした! そのつもりでここに来たのだろう」

 

 確かにそうだ。藤堂が言う通り、スザクは藤堂を処刑するためにここに来た。

 けれども、それはそう簡単にできるものではない。知っている顔を殺せと言われて殺せるほど、スザクは割り切れていなかった。

 

「現状に甘んじるだけの、腑抜けた小僧に成り下がるとは……」

 

 まるで挑発の様な言葉、それがどんな意図で発されたのかを考えるよりも早く、スザクはその言葉に反論をしていた。

 その言葉は、彼にとって必ず否定しなければならない言葉であったからだ。

 

「今の社会を否定しても、意味がありません!」

「何?」

 

 外から力によって世界を変えることは、間違っている。

 いかに今の社会が間違ったものであったとしても、スザクにとって社会とは、正しき手段によって変えられなければならないものだった。否定して、力によって変えられてはいけないものだった。

 なぜなら、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「認められて、変えていける力を持つことこそが!」

 

 それこそが、唯一の正しい手段。

 スザクにとっては、それが真理だった。

 

「本気か!」

「当たり前です!」

 

 スザクのその言葉を聞いた藤堂は、ふっと小さく口元を歪めてスザクを見る。

 

「ならば、君はその道を貫け」

「え?」

「勝つにしろ負けるにしろ、すべてを出し切らなければ何も獲得できはしない。それは国でも個人でも同じこと。スザク君、君のその思いが本物であるなら、自ずと道は開けるだろう」

 

 藤堂がスザクを押し込み、直後に後退する。

 それが藤堂なりの激励だと気が付いた時、既にスザクの視界から彼の顔が消えていた。

 

「はい……!」

 

 それでも、聞こえないとわかっていても、スザクは彼に返事をせずにはいられなかった。

 

 その直後、収容所の塀を越えて一機のナイトメアが現れる。

 その機体は、ランスロットと同じ純白の装甲を身に纏っていた。

 

「特派サザーランド、どうしてここに……っ!」

 

 さらに、その後ろから深紅の機体も出現する。

 黒の騎士団から鹵獲したはずのナイトメア、紅蓮弐式だ。

 

「……まさか」

『スザク君、話は後でするわ。今はその二機は敵よ、気を付けて!』

 

 嫌な予感が脳裏に浮かびそうになった時、四方からこちらに接近する四機のナイトメアがモニターに映った。

 

 どこか見覚えがある陣形。

 アリスが、彼女自身の訓練のために行っていたシミュレーションで、対峙するグロースター4機に行わせていた円を描くような動き。

 アリスは近接戦闘が苦手であるとはいえ、それでも最新鋭機であるランスロットに乗っていながら手も足も出ずに敗北した連携攻撃。

 

 彼女曰く、名前はたしか――旋回活殺自在陣。

 

『枢木准尉、ハーケンブースター解除っ! パスワードは"僕の好物"!!』

 

 とっさに、ロイドさんの声に従ってパスワードを入力する。

 それによって解放されたのは、スラッシュハーケンの加速機能であるハーケンブースター。

 スザクは、四肢からすぐさまスラッシュハーケンを放つと、ハーケンブースターを稼働させた。

 

 空中で軌道を変えたスラッシュハーケンは、加速しつつ四聖剣の駆る月下へと突き刺さる。

 

 ただのスラッシュハーケンであれば、彼らのうち一機か二機は回避したかもしれない。

 だが、軌道を変え、加速し、意識の外側から回り込んできたその一撃は、それを初めて見る四聖剣たちには回避できなかった。

 

 ――同時に、それを知っていた"彼"には対応ができた。

 

 四聖剣たちの月下へとスラッシュハーケンがつい刺さった直後、同じく加速したスラッシュハーケンが死角からランスロットへと突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

 カメラを死角に向ければ、そこにはこちらへと直進する特派サザーランドの姿が。

 咄嗟にブレイズルミナスを向けようとするが、それを読んでいたかのようにもう一つのスラッシュハーケンが腕へと突き刺さった。

 

「なら!」

 

 構えるのは逆の手。

 だが、それももう一つのスラッシュハーケンで逸らされる。

 

 後退しようとランドスピナーを動かすが、それすらも読まれていたかのように、ランドスピナーにもハーケンが突き刺さった

 

 まずい。

 

 手数が足りない。

 スザクが生き残るためには、手札が足りない。

 もし、スラッシュハーケンがもう少し早く巻き取れていれば違ったかもしれないが、現実はそうではない。

 

 こちらに突き進む光の一撃。

 今のスザクには、その現実を覆すだけの力はなく――

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 スザクが戦闘を始める少し前。

 

 追いかけるアリスから遠く離れた政庁、その敷地の端に止められた一台のトレーラー。

 アリスだけではなく、もう一人、彼女なりに戦っている人間がいた。

 

「やっぱり、間に合いそうにないかぁ……スペック差は十分あるんだけどねえ。

 アリスちゃんは相変わらず反応はいいけど、判断力が良くないかな。動き方にあまりにも筋がない。データ的には詰めは上手いはずだから、もっといい動きしてもいいはずなんだけど……」

 

 アルマは、トレーラーの出入り口を警戒しつつ、端末の操作を続ける。

 端末に映されたのは、新型のランスロットや紅蓮弐式、特派サザーランド(ランスロットもどき)の三機のスペックと、新型ランスロットの現在地。手元には数式で埋め尽くされた小さなメモが数枚置かれている。

 

「とりあえず、収容所到達前に再接敵するのは不可能ね。現状だと滑空が限界のランスロットが空を飛べるようになって、かつランスロットもどきがアサルトライフルやその銃弾、MVSを捨てていなかったら辛うじて間に合う可能性はあったけど……都合よくカタパルトでもない限りどうしようもないし」

 

 計算は終わったので、計算結果をミリアにメールでとばし、端末に映されていた各種データを消す。

 調布への連絡はミリアの役割なので、アルマにこれ以上の仕事はない。再計算が必要にならない限り、アリスのナビゲート以外の役割はこれで終わりだろう。

 アルマは、端末の傍に置かれたメモを剥がし、ゴミ箱に放り投た。

 

 とはいえ、この状況で腰を下ろすほど、彼女は怠惰ではない。

 

 トレーラー内にあった飛行ユニット関係の書類の束を手に取る。

 もし、現在こちらから調整できる範囲で短時間でもいいのでランスロットを飛ばすことができれば、それだけでアリスの選択肢が広がる。機体の調整はほぼ済んでいるので、彼女がアリスに対してできる手助けはそれ以外にはなかった。

 

「せめて、カウンセリングの資格でも持っていれば、もっと有意義なことができたかもしれないのに……」

 

 インカムのマイクを切りつつ、小さくため息を吐く。

 経験不足もそうだが、今のアリスが一番問題にすべきことは、機体の性能等ではなくアリス自身のメンタルだ。いくら高スペックのナイトメアを用意しようとも、それをデヴァ――パイロットであるアリスが使いこなせなければ意味がない。

 少なからずパイロットと接する機会がある人間であるならば、少しでもパイロットの精神について勉強しておくべきだった。アルマはそんなことを考えて、少し前までの自分が恨めしくなった。

 

 どうにかできるかもしれない状況で、しかし知識が足りずどうにもできないもどかしさ。

 

「もう二度と、こういった思いはしないために頑張って来たんだけどね」

 

 アルマは、自分に聞こえるかもわからないような小さくそう呟きつつ、画面にプラズマ推進モーターのデータを呼びだし、手元の書類と見比べながら脳を働かせる。

 

「できれば飛行ユニットに手を付けたいけど、下手に弄って操縦感覚を狂わせるわけにはいかないし……どうにかして、感覚に影響が出ない程度に弄るしかないわね。弄ってどうにかなればだけど」

 

 フロートシステムのランスロット導入に関する調整を行っていたアルマは、フロートシステムとは別の飛行機構であるプラズマ推進モーターに関して、若干の知識があった。とはいえ、あくまで若干、内部のシステムに関して専門の人間ほど詳しいわけではなく、知り尽くしているとは間違っても言えない程度の知識しかない。

 普通に考えれば、そんな人間がどうあがいたところで、専門家たちがどうしようもなかった『プラズマ推進モーターによるナイトメアの自立飛行』は不可能だとわかるだろう。一般的な常識を持つ人間であれば、誰もがその考えに行き着いて、その不毛ともいえる行為に見切りをつける筈だ。どうにかしようという発想にすら至らない可能性もある。

 

 ただ、アルマは、『どうしようもないから諦める』というのがどうしようもなく嫌だった。

 正確に言えば、『自分ができる可能性』がある事象を、失敗しても不都合になるわけでもない物事を、"たぶんできない"や"おそらく不可能"という曖昧な判断基準を理由に諦めるのが嫌だったのだ。

 

 たしかに、彼女は専門家ではない。

 現時点では、知識が足りていない箇所も多いだろう。

 飛行ユニットの原理を知り尽くしているわけではない。

 

 けれども、アルマは基礎となる知識は習得している。

 足りない知識もあるが、足りている知識もある。

 飛行ユニットの原理を知り尽くしているわけではないが、おおまかな理屈はわかっている。

 

 ――なら、どうにかできるかもしれない。

 

 できないからと諦めて、わからないからと目を瞑る。

 それが何をもたらすかを経験していた……()()()()()()()()アルマは、また同じことを繰り返さないためにも、必死に資料を頭に叩き込んだ。

 

 そんな時、端末の画面がランスロットのコンディションをしめすものに切り変わり、アルマのインカムの向こうから声が聞こえてきた。

 

『――――』

「ん? ちょっと待ってて……ほいっと。お待たせ、どうしたのアリスちゃん」

 

 距離があるためか、珍しくインカムにノイズが走る。

 ブリタニアの高度な無線技術の環境下では、距離があるとはいえあまり見ないノイズという現象に、スッとアルマの目付きが鋭くなる。

 

 通信状況を確認するために、アルマは資料を端末の横において、キーボードに指を走らせた。

 

『――――』

 

 タイピングが止まる。

 アルマは、アリスのその言葉を聞いて、わずかな間だがその動きを止めた。

 

 ――記録を止めてほしい、ねえ。

 

「……」

 

 アルマは、無言で制服のポケットから小型の記憶媒体を取り出す。それから端末を操作して、今までのランスロットのデータをそれに移し、以降のデータの保存先をその記憶媒体に変更した。

 

「……はい、センサーを潰すわけにはいかないから、記録の方を誤魔化しといたわよ。

 リアルタイムの情報やそっちのランスロットの記憶媒体はともかく、こっちの記録の方は手違いで記録できないようにしておいたから」

『――――』

 

 アルマは、普段の素の様子を装いながら、微かに胸を痛めつつ、アリスにしれっと嘘を吐く。

 いや、公的な媒体の記録を誤魔化しているのは確かなので、嘘ではないだろう。単に、私的な媒体で記録をしているだけだ。

 

 そんな時、端末からアラートが鳴り響く。

 アルマがモニターに視線を戻せば、そこにはランスロットのコンディションを示す内容が映し出されており、コックピットハッチが手動で開かれたことを示す警告文が表示されていた。

 

「ちょ、ちょっとアリスちゃん!?」

 

 ランスロットは、構造的に外から開けられるようにはできていない。つまり、ハッチを開けたのはアリスということになる。

 記録を誤魔化してほしいといわれた時点で、何かとんでもないことをするとは考えていたが、流石にこんなことをするとは考えてもいなかったので、思わず叫んでしまった。

 慌てて端末を操作して、端末のモニターにランスロットの後部カメラの映像を表示させる。

 

「えぇ……」

 

 思わず困惑の声が零れた。

 そこに映されているのは、紫の装甲を纏ったナイトメア。そして、そのナイトメアの頭部に膝をつくアリスの姿だった。

 紫のナイトメアは、少し前に火災の中で見たあのナイトメアに非常に酷似……いや、全く同じ姿をしていた。

 

 紫のナイトメアの姿を見て、先ほど無線に起きたノイズの正体に行き着く。

 おそらく、ノイズは量子シフトが原因だろう。アリスの操るあのナイトメアは、量子シフトという転送技術を用いてその場に出現している。実際はどうかわからないが、少なくともアルマにはそのように見えた。アルマはその手の専門家ではないので詳しくは知らないが、量子シフトは、一時的な重力変動や若干の通信異常等、転送場所に大きな痕跡を残すとされていたはずだ。短距離ではそこまで影響はないだろうが、今のような長距離通信の場合、その影響は色濃く出るだろう。

 

 乗り換えるつもりだろうか? アルマの中に、そんな考えが過ぎる。

 

「アリスちゃん、もしかして乗り換える気?」

 

 せっかくランスロットに乗せたのに、乗り換えるのであれば意味がない様な気がしたのでアルマはアリスに声を上げる。

 

『――――』

 

 しかし、アルマの耳に帰ってくるのはハイウェイを駆ける風の音だけだった。

 当然だろう、今大地を駆けるランスロットと紫のナイトメアは、普通の人間であれば振り落とされてもおかしくないほどの速さで進んでいる。環境に合わせて音量を上げているならばともかく、コックピットの中での会話を想定した音量では聞こえる筈がない。

 

 そこまで考えて、アルマはある疑問に行き着いた。

 

 ――何故、ランスロットはその速度で走っていられるのだろうか?

 

 現時点のランスロットでは、コックピット外から機体を操作することはできない。今後そう言った機能を搭載する予定ではあるが、現状ではそれは不可能だ。

 故に、こちらの声が聞こえなくなるほどの速さでハイウェイを駆け抜けさせることは、コックピットの外にいるアリスの操縦では不可能なはずだった。

 

 端末の画面を切り替え、再びランスロットの状態を表した画面にモニターを切り替える。

 モニターに表示された内容を読み解けば、ランスロットには、コックピットハッチが明けられてから一切の操作が行われていないことがわかった。つまり、今ランスロットは一切の自発的行動を行っていない、ということだ。

 

 いったい、何が起きてるの?

 

 アルマは、後部カメラの映像に画面を戻す。

 映像は、先ほどとほとんど変わらない。唯一変化があったのは、紫のナイトメアの頭部に乗るアリスの位置が少し下に下がった程度だ。おそらく、あのナイトメアの体勢が多少変化したのだろう。

 一瞬、インカムに鳴る風の音は普通の風の音で、実際はナイトメアは走っていないのではないかと考えたが、アリスの髪が後ろに揺れるのを見て、その考えを切り捨てることになった。

 

 そんな時、画面の様子が大きく変化した。

 まるで、紫のナイトメアがしゃがみ込んだかのように、アリスの位置が画面下に移動したのだ。

 ……いや、違う。あのナイトメアがしゃがんだのではなく――

 

「あ、あははははははは!」

 

 それに気が付いて、アルマは思わず笑い声をあげた。アリスが一体何をしようとしているのか、アルマは気が付いたのだ。

 

 まさか、ナイトメアで()()()()()をしようとするとは、アルマは思ってもいなかった。

 盲点、いや、普通のナイトメアでは不可能なので、盲点とは言い難いだろう。

 

「ははは、うっそでしょ! そんなのありなの!!」

 

 アルマは、笑いながらランスロットのセンサーで観測した紫のナイトメアのゲインを確認し、それが可能な出力を持つことを確信する。

 バンバンと端末のキーがない部分を叩き、呼吸困難と手の痛みで涙が出そうになるほど連打し続けた。

 

『――ザ・スピード』

 

 インカムに、アリスのハッキリとした声が響く。

 そうして、紫のナイトメアによって、ランスロットが弾丸の如く放り投げられた。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 迫る一撃。

 それが突き刺さるよりも早く、インカムから音が響いた

 

『――(中って!)

 

 それは、まるで言葉を圧縮して再生したかのようなノイズ。

 瞬間、特派サザーランドはまるで車に撥ね飛ばされるかのように吹き飛ばされる。

 

「今のは……」

 

 高い機動性を生かして包囲から抜け出し、スザクは一瞬だけカメラを空中に向ける。

 そこにいたには、背中に翼の様なユニットを背負ったランスロット。それが、空の彼方からヴァリスを構えていた。

 

「まさか……アリス?」

 

 ナイトメアを用いた空中からの狙撃。そんなことができるのは、射撃を得意とし、かつ飛行系技術のシミュレーションを数多くこなしている彼女以外には考えられない。

 

 特派サザーランドの脱出機構が作動し、コックピットが収容所の外へと飛んでゆく。

 ランスロットならともかく、そのスペアパーツで改造した程度の特派サザーランドでは、ヴァリスの直撃を防ぐことはできなかったのだろう。

 藤堂や黒の騎士団たちも、アリスの放つヴァリスを回避しつつ撤退してゆく。

 

 一番弱い機体に乗っていたためか一度も狙われることのなかったゼロを筆頭に、スザクには見覚えのない4機のナイトメア、藤堂さんの駆る機体が煙幕をばら撒きながら逃走する。

 紅蓮弐式だけは、アリスが紅蓮弐式を執拗に狙い続けたために、他のナイトメアに置いていかれる形になりかけたが、結局その紅蓮弐式も煙幕に紛れて逃げてしまった。

 

『スザクさん、無事ですか!』

「ありがとうアリス、おかげで助かったよ」

 

 ゆっくりと地面に近づくアリスのランスロットを眺めながら、スザクは操縦桿から手を放す。

 すぐ傍に倒れる特派サザーランドを見ながら、彼は安堵の息を零した。






今更ですけど、『調布』ではなく『チョウフ』ですよね。


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49話

仕事中にふと、『ジ・アイス』や『ザ・コードギアス ゴッドスピード』などの擬似時間停止能力と、暁美ほむらの盾やザ・ワールドの時間停止能力は、お互いに天敵だってことに気が付いた。

うん、仕事中にこんなことを考えるなんて、私疲れてるな。


「お疲れさまー、アリスちゃん」

「お疲れ様です、アルマさん。研究データは大丈夫そうでしたか?」

「あははー……今朝バックアップしておいた分は、本国のサーバ―にあるから無事だったけどー、他はちょっと考えたくないかなー。……考えたら死にたくなりそう」

 

 最後の言葉が猫被ってない辺り、どれだけ大変なのかが伺える。

 

 調布の収容所からトレーラーに乗って戻ってきた私は、鎮火された研究室で壊れた機材の整理をしつつ、死にそうな顔をした研究員さん達を眺めることになった。

 特にセシルさんの顔色はすごかった。セシルさんは書類関係の管理をしているので、今回の火災でどれ程の書類が焼失したのか想像してしまったのだろう。明日あたり、比較的その辺の管理も兼ねて仕事をしているロバートさんやジェレミーさん、アルマさんなどは、きっと地獄を見るだろう。

 

「というか、データ以上に機材が大変だよー。データは時間さえあればどうにかなるけどー、機材は買う必要があるんだよねー。ランスロットを2機も組んじゃったから、財政的にピンチなんだよー」

「ノネットさん達に、一部でも立て替えてもらうこととかはできないんですか?」

「できなくはないだろうけど……いくら技術提携してるからって、そう簡単にラウンズの方々にお金をせびるわけにはいかないってー」

 

 肩を落としながら、アルマさんは私の隣で肩を落とす。 

 私達以外は誰もいない廊下に、アルマさんのため息がこだました。

 

 今、私とアルマさんは自分たちの部屋へ向かって歩いている。

 現在の時刻は11時過ぎ。本当はもう少し手伝っていたかったが、戦闘で疲れているだろうとセシルさんの言葉で、スザクさんと私は休むように言われ帰されたのだ。

 アルマさんも一緒に部屋に戻ろうとしているのは、私たちと同じように疲れていると判断されたためだ。炎の中で、研究員さん達全員を外へ運んでいたのだから、疲弊しているのは当然だろう。

 

「あー、お金と時間が欲しい。1000万入ったジュラルミンケースとか落ちてないかなー、一日48時間になったりしないかなー」

「48時間もあったら暇なだけですよ。でも、たしかに時間が欲しいと思うときはありますね。以前は、週末に寝だめしたくないとか思ってましたし」

「ミドルスクールくらいのアリスちゃんが言うセリフじゃないよー、それー」

 

 何でもない話をしつつ、お互いに笑い合う。

 私は、アルマさんの話しに相づちを打ちながら、自身の部屋の前までたどり着いた。

 

「それじゃー、今日一日お疲れさまー。ちゃんとベッドで寝て、ゆっくり休んでねー」

「はい、お疲れ様です。お休みなさい、アルマさん」

 

 ドアの前でお互いに軽く手を振り、挨拶をして別れる。

 部屋に入って、ドアの向こう側からアルマさんがいなくなったのを確認してから、私はドアの前を離れた。

 

 そして、一直線に備え付けのトイレに向かい、トイレのドアを背もたれにして座り込む。

 

「……よかった。取り繕える程度には、良くなってるみたい」

 

 私は、若干吐き気がする自分を抱きしめた。

 手を見れば、そこには起きた時にあった赤色はない。あの光景を忘れたわけではないし、赤色に対する恐怖がなくなったわけではないが、少なくとも幻覚を見ることは無くなった。

 

 紅蓮弐式と戦って、スザクさんを助けることができて、少しずつ自分に自信を持てるようになり始めたのがわかる。

 このまま前に進めば、もしかしたら自分は元に戻れるかもしれない。突然異常をきたす様な自分を、元の自分に戻せるかもしれない。

 

 根拠は何もない。

 けれども、今の私には自分が元に戻れるという奇妙な自信があった。

 

 ふと、腕に触れた腹部が、微かに動いていることがわかった。

 腹部は、私がそう認識するのを待っていたかのように、小さな音を奏でる。

 

「……お腹の音を鳴らすって、腹ペコキャラか、私は」

 

 誰かが見ているわけではないが、なんとなく恥ずかしくなった。

 そういえば、起きてから何も食べてない気がする。食事どころではなかったので、すっかり忘れてた。

 

「でも、この時間に食べると太るし……」

 

 随分余裕だな、私。

 夜食を食べるかどうか悩むなんて、つい数時間前までベッドの上で震えていたとは思えない思考だ。

 

 ついおかしくって、口から小さく息が零れる。

 

「……寝よっか」

 

 私は、そのまま汗を流すためにシャワーを浴び、夜食を食べることなくベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、食堂で朝食をとる。

 メニューは軽くサンドイッチを1つ。本当は、お腹がすいていたのでもう少し量を食べたかったが、何となく嫌な予感がしたので軽いものにした。

 

 時間も早いために、食堂には人影はほとんどない。

 特派の研究員の内、特に調子がひどい人たちは病院に搬送されている、ということもあるだろう。

 普段は5、6人ほどいる人影も、今日は片手で足りる程度しかいなかった。

 

「おはようございます、アルマさん、ロバートさん」

「あれ、おはよー、アリスちゃん」

「おはよう、アリス」

 

 そのわずかな人物のうちの二人、アルマさんとロバートさんに声をかける。

 返事をする二人の声には力がなく、その眼は充血で真っ赤に染まっていた。

 

 近くに座っていいかと、一言断ってから席に着き、サンドイッチに手を付ける。

 サンドイッチの中身は、卵とツナマヨ。半分に割ってからそれを食べ、もう半分を皿の上に置いてから二人に話しかけた。

 

「調子が悪そうですが、大丈夫ですか?」

「んー、やっぱりそう見えるー?」

「ははは、鏡は見ていないけれど、君の目でもわかるってことは相当ひどいんだろうね」

 

 ロバートさんは軽く笑っている。

 普段の様な冗談なら、私もつられて笑ったかもしれないけれど、今日はそんな気分にはならなかった。

 

「昨日はいろいろありましたし、無理をしている様でしたら休んだ方がいいですよ。あんなことがあった直後ですし、セシルさんも一日くらい休んでも許してくれるはずです」

 

 何故なら、はっきり言って、今の二人の様子は明らかに普通ではないからだ。

 目を真っ赤にして顔色の悪い二人は、誰がどう見ても不健康そのものだ。

 

「いやー、それをしたいのは山々だけど、やることいっぱいあるからねー。新しいランスロットの調整もあるし」

「僕は、病院に行った他のみんなの調子を見なきゃいけないしね。昨夜のうちにメールとかで何人かの現状は聞けたけど、一部の重傷者、例えば直接刺された彼女とかは様子を見に行く必要があるし」

 

 刺された彼女……ああ、チーズケーキさんのことか。

 二人の理由がそうなら仕方がない。襲撃の危険を考えれば、あのランスロットの調整は一刻も早く終わらせなければならないし、病院へ見舞いや手続きに行く役も誰かしら必要だろう。 

 なんとか私が二人の仕事を代わりたいが、知識量や外見年齢的な面で不可能だろう。

 

「そうですか……それでも、お二人とも無理しないでください」

「わかってるってー。ロバートはともかく、私はそこまで無理はしないよー」

「ああ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ、問題ない」

 

 ……二人とも、これはネタで言っているのだろうか。

 とりあえず、心配しなくていいようなので、とりあえず私は意見を引っ込めた。

 

「どちらかというとー、無理してるのはアリスちゃんじゃないかなー?」

「アルマさん達ほど、無理はしてないですよ」

「言ったなー、このー!」

 

 じゃれ合うように怒ったアルマさんが、私のこめかみに中指の第二関節を当てて軽くぐりぐりと刺激する。

 少し痛かったが、若干身体がこっていた様で同時に少し気持ちよかった。

 

「わっ、い、痛いですってアルマさん」

「ふふー、バイオニクスと医療サイバネティクスをかじっている私には、アリスちゃんのこりの場所などお見通しなのだー!」

 

 寝不足だからだろうか、妙にテンションの高いアルマさんに、顔や頭、肩などを揉みしだかれる。

 抵抗しようと思ったが、結構気持ちよかったので思わず身を任せてしまう。

 ……このマッサージ、本職の人並みにうまいんじゃないだろうか。私が、あまり高級なマッサージを受けた事が無いから、そう感じるだけかもしれないけど。

 

「はあ、程ほどにしときなよ。あまり朝食にかけている時間もないんだから」

「おー、わかってるわかってる。でも心配なのー、揉んでる時の様子を見た感じ、若干反応が鈍いみたいだからねー」

「……っ!」

 

 とっさに、顔を揉むアルマさんの手を振り払い、アルマさんの顔を見る。

 アルマさんは、いつもの猫を被っているときと同じような柔らかい顔をしていたが、その眼つきは比べ物にならないほどに鋭かった。

 

「そう、見えますか」

「うん、アリスちゃんのことはよく見てるからねー。普段と様子が違ったら、うちの人間ならすぐわかるよー」

 

 アルマさんの言葉を聞いて、私は曖昧に微笑んで返す。

 

 ――そう、アルマさんの言う通り、今日起きてから、私の身体は少しおかしかった。

 

 今朝起きてから、私は妙に身体が()()

 

 遠いと言っても、直接的に反応が鈍くなったわけではない。

 五感も正常、身体を動かすことに関して、何一つ変化はない。

 

 では何が変化したのかと言えば、単純に、今まであった『身体を意識して操作する感覚』が強くなったのだ。

 とはいえ、この身体になってからそこそこ時間が経っている。なので、その感覚と付き合い続けていた私にとって、前と同じように体を動かすのは難しくない。難易度的には、自転車から補助輪が外れたような、その程度の変化だ。

 

 つまり、私の反応が少し鈍っているのは、僅かに身体を動かしにくくなったことが原因ではない。

 

 では、何が原因なのか。

 その理由を、起きて数分間身体を動かして確認していた私は、何となくだが理解していた。

 

 私が鈍い原因は、この『アリス』の身体を、より細かく動かせるようになっていいたことだった。

 

 語弊を覚悟で言えば、オートマチックトランスミッションがマニュアルトランスミッションになったような感覚だ。正確にはハンドルを弄っているようなものなのだが、そう言った方がわかりやすいだろう。

 身体が動かしやすくなっていることに、慣れていない私が戸惑っている。これが、反応が鈍い原因だった。

 

「すみません、寝起きで頭が少しぼけっとしているんです」

「寝不足かー、アリスちゃんを働かせている私たちが言えた話じゃないけど、夜更かしは身体によくないよ?」

「ロイドさんに掛け合って、昼食の後に昼寝の時間でも確保するか?」

「いえ、幼稚園児でもないですから大丈夫です」

「恥ずかしがらなくてもいい。E.U.の一部では、シエスタと言って公的に昼寝時間を確保している地方もあるんだ。現在は廃止傾向にあるみたいだが、昼寝というのは大人がやっても普通のことだよ」

「そーそー、恥ずかしがらなくても大丈夫だって」

「いえ、その……大丈夫ですから」

 

 別に寝不足が問題ではないので拒否しようとするが、二人とも心配性なのか妙に押しが強い。

 何とか抵抗したものの、最終的に二対一で押し負けそうになった私は、心配する二人をよそにさっさとサンドイッチを食べて食堂を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を出た私は、部屋で歯を磨いた後、火災で荒れてしまった研究室へと向かった。

 電気系統に異常があるかもしれないので、念のため電源が落とされてただのドアとなってしまっている自動ドアを主導で開け、部屋の中に入る。

 部屋の中には、ロイドさんとジェレミーさん、あとはセシルさんとアルマさんがいた。

 此処にいない研究員さん達の中で、ロバートさんとスザクさんを除く残りの人たちは、全員病院で検査もしくは治療を受けている。

 

「おはようございます」

 

 室内に入ると、セシルさん達が挨拶を返してくれる。

 私は、セシルさんから簡単に今後の予定を聞いて、昨日に引き続き壊れてしまった機材等を運び出すために、私は焼けた端末に手をかけた。

 

「おめでとう!」

「わっ」

 

 瞬間、後ろから捕縛される。

 声と視界の端に映る白い裾から、それがロイドさんであることがわかった。

 

 中学生くらいの私に対し、背後から襲い掛かる成人男性。

 

 どう見ても事案である――冗談だけど。

 

「ようやく来たねアリス君。君が来るのをずっと待ってたよ」

「お、おはようございます、ロイドさん。えっと、なにかありましたか」

 

 ロイドさんの良く通る若干高めの声が、室内に反響する。

 耳元にかかる声がくすぐったい。というかうるさい。どうせ作った声だろうし、もっとテンション下げてほしい。

 

「――トレーラーの記録を消したのはよかったけど、ランスロット自体の記録を消し忘れたのは失敗だったね」

 

 ロイドさんの小さな声が、私の耳に届く。

 

「……あ」

 

 声が漏れる。

 今更気が付いても遅い。いや、ある程度話を通しているロイドさんにバレたのだと考えれば、まだマシな方だと言えなくもない。

 

「――今ならセシル君もここから離れられないし、ちょっとついて来てもらうよ」

 

 小さく、すぐ後ろにいるロイドさんだけがわかる程度に小さくうなづく。

 小声で話してくれているということは、私のコードギアスのことを意図的にばらす気はないのだろう。

 

 ロイドさんは、私が頷いたことに気が付いたのか、回していた腕を離して私を開放してくれた。

 

「いやー、昨日の火災で、君の身体データが吹き飛んじゃってね。再検査のためにちょっとついて来てくれるかな」

「え、データ消えちゃったんですか。

 ……わかりました。復元するよりも再度調べたほうが早そうですし、よろしくお願いします」

 

 若干めんどくさそうな表情を作りつつ、ロイドさんの演技に合わせる。

 普段、私は仕事中にこういった負の側面の表情をする事が無いので、少しやり過ぎたかもしれない。まあでも、セシルさんの方を見れば、苦笑いをしながら「いってらっしゃい」とでもいうように手を振っていたので、たぶん問題ないと思う。

 

 そんなことを考えながら、ロイドさんの方へと振り向くために、視界をぐるっと回した瞬間。

 

 ――アルマさんと、目が合った。

 

「あ、ばれてる」

 

 即座に気が付いた。

 比較的事務仕事の多いセシルさんに比べ、より研究者的な立場に近いアルマさんは、実験等で私と話している回数が多い。

 セシルさんが気が付かなかった私の作った表情も、アルマさんならすぐに気が付いただろう。

 

 アルマさんは、ランスロットに接続していたノート型端末からケーブルを引き抜くと、端末をシャットダウンかスリープか何かをしてこちらに歩いて来る。

 

「ロイドさん、ちょっと……」

 

 背伸びしながら唇をロイドさんの耳によせ、アルマさんが私のことを知っていることについて簡単に伝える。

 それを聞いたロイドさんは、面白そうなものを見たかのような眼つきをすると、やさしく私の頭を軽く撫でてアルマさんの方へと顔を向けた。

 

「うん、確かにそうだ。なら……アルマ君、少し手伝ってもらえるかな。アリス君も、同じ女性同士なら問題ないでしょ?」

「私ですかー? まー、今ちょうど区切りがいい所まで来たのでー、別に問題ないですよー」

「なら決まりだね。ここだと落ち着かないから、外のトレーラーに行こうか」

 

 アルマさんが、わたしよりもはるかに自然に返答する。

 さすがアルマさんだ。普段から猫を被っているからか、こういった時の反応が自然にできている。

 

 そんなことを考えている間に、ロイドさんはさっさと外に行ってしまった。

 

「身体データの測定……あいつが刺されててよかったわね」

「アルマさん?」

「ごめん、独り言だから気にしないでー。

 ロイドさんを待たせるのも悪いし、私たちも早く行こーか」

 

 念のためセシルさんに外に行くことを断ってから、私とアルマさんも建物の外に止められたトレーラーへと向かう。

 トレーラーにたどり着く前に、アルマさんに昨日説明し忘れたギアスについても含めて、先ほどロイドさんと話したことを簡単に説明しておく。

 

「ふーん、聞いた感じだと、ロイドさんの目的はあのナイトメアの解析かなー?」

「一応、以前あのKMF――コードギアスについては、ギアスと一緒に簡単に説明していたんですけど……」

「河口湖の時のでしょー。あれもあれで信じられない光景だったけどー、『ザ・スピード』だっけ? それについて一緒に説明していたら、ギアスの規模を拡大させるナイトメアとしか認識されないんじゃないかなー?

 もしそうなら、今回の一件はロイドさんにとって予想外だったでしょーねー。ランスロットをあの速度で投げ飛ばせるってことはー、あのナイトメアが最低でも従来のナイトメアの数倍の出力を持っていることになるんだしー」

「なるほど。もしそう言った認識のされ方をしていたのなら、確かに呼び出されるのは当たり前ですね」

 

 もし、アルマさんの推測が真実なら、納得のできる話だ。

 私が河口湖で見せたのは、コードギアスの速度と近接武装の切れ味だけ。私のギアスの効果を知っているロイドさんの視点で考えれば、コードギアスの売りはギアス伝導回路――ロイドさんはこの名前を知らないので、正確には何らかのギアス増幅装置を備えていること――であると考えてもおかしくない。

 そんな、実質的に速度が売りのナイトメアが、圧倒的なパワーを見せたならどうだろうか。

 コードギアスの機体出力は、ナイトメア・オブ・ナナリーに登場するKMF、筋力増強系のギアス『ザ・パワー』を持つダルクのKMFには遥かに劣るが、それでも圧倒的なものがある。ナイトメア・オブ・ナナリーのランスロット相手ならわからないが、この世界のランスロットと比較した場合、その差は歴然だろう。さすがに天と地ほどと言えるほどの差はないが、腕相撲をしたら余裕で勝てる自信はある。もっとも、ランスロットが腕相撲をできるかどうかわからないけど。

 

 昨日の戦闘において、私は『ザ・スピード』による多少の小細工を行ったとはいえ、KMFでKMFを上空に投げ飛ばして見せた。それは、ロイドさんには本当に驚きのことだったんだろう。

 

「まー、どーせ危険なことはされないだろうしー、行ってみれば何をしたいのかわかるでしょー」

 

 何が起こるかは、結局は開けてみなければわからない、と。

 のんきにのんきなことを口にするアルマさんに肯定を返して、私はロイドさんの待つトラックへと歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早く量子シフトしてよ」

 

 トレーラーに入って一番に、私はロイドさんにそう言われた。

 普通、いきなり本題に入ったりしないと思うのだが、何事も一直線のロイドさんには通用しないらしい。

 

 というか、予想はしてたけど量子シフトはバレてるのね。

 

「はい、少し待ってください」

 

 いまさら断る理由もない、正確には断ってもあまり意味がないので、ロイドさんの言葉に従いコードギアスを量子シフトする。

 いちいち動かしてセッティングするのも面倒なので、データが取りやすいように、昨日ランスロット・クラブが置かれていた位置に、端末が接続しやすい体勢で出現させた。

 

「おぉー」

 

 背後にいたアルマさんが、小さな声を漏らすのが聞こえる。

 そんなアルマさんとは反対に、ロイドさんは特に驚いた様子もなく大量のコードの束を取り出した。

 

「規格はブリタニアのだよね。それともE.U.系?」

「ベースはブリタニア製なので、たぶん規格はブリタニアのものを使用していると思います」

「なるほど」

 

 手に持っていたケーブルの半分近くを、ロイドさんは端末のキーボードの上に放り投げた。

 それから、ノート型端末を起動し、それらのコードのうち何本かをノート型端末に突き刺す。

 

 普段からランスロットの調整を見ていた私は、何となく何をしたいのかがわかったので、遠隔操作でコックピットのハッチを開けた。

 

「……ベースはってことは、中華連邦かどこかで改造でもされたの?」

「詳しくは知らないですけど、ブリタニアの宗教団体の技術が使われているみたいです」

 

 私の記憶が正しければ、コードギアスやマークネモにはエデンバイタル教団の技術が使われていたはずだ。

 エデンバイタル嚮団とは、ナイトメア・オブ・ナナリーの世界におけるギアス嚮団的な存在のことである。

 

「宗教団体、ね。こんな技術を持った宗教団体があるなんて、想像もできないんだけど」

「餅は餅屋、物事はその道の専門家に任せるのがいいって言いませんか」

「……ふーん、異常な機動力はその辺から来てるのかな?」

 

 ロイドさんが散らかしたコードを束ねているアルマさんをよそに、ロイドさんはコックピットの中を覗き込む。

 

 ――そして、固まった。

 

「ロイドさん?」

 

 何かあったのかと心配になったので、ロイドさんの背後に移動してコックピットを覗き込む。

 考えていたのとは逆に、コックピットの中には特に異常は無かった。前に見た時と変わらない内装だ。

 

「……へえ」

 

 コックピットを見つめるロイドさんの表情が、別人のように変貌する。

 その口角は三日月の様につり上がっており、目は好奇心一色に染まっていた。

 

「アリス君」

「はい」

「今日はコックピットはいいや。内部を見るには、色々と設備が足りてないみたいだからね。

 とりあえず今日はスペックの方を確認したいから、まずはこれに乗ってくれる?」

 

 そう言いながらコードをポケットにしまうロイドさんを見て、どうしてロイドさんが固まったのかを理解した。

 コードギアスは、搭乗者の両腕を機体と融合させて操作するという特殊な操縦方法を採用している。また、他のKMFに採用されているメモリー型の電子錠を採用していない。つまり、ぱっと見える範囲では、接続端子が存在していないのだ。

 ロイドさんはそれを見て、一般のノート型端末では解析するのは難しいと判断したのだろう。

 

「了解です」

 

 ロイドさんの指示に従い、コックピットに乗り込む。

 直接操縦するのは久しぶりだな、なんてのんきなことを考えながら、私は両腕をコックピットに沈めた。




ロロのギアス強すぎワロタ。
最強疑惑のあるこの主人公でも、不意打ちされたら勝てないかも。


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50話

 私は仕事場が火事にあったことないからよく知らないけど、パソコンって火事に巻き込まれるとデータ飛ぶのかな?


「何が目的ですか、ロイドさん」

「んー? 何のことかなぁ」

 

 計測を始めてからしばらくして、コードギアスがその手に反物質を呼び出しているその時、アルマはロイドに小さな声で尋ねた。アルマの言葉に、ロイドはまるでとぼけたかのような声を返すが、彼女はさらに眼つきを鋭くして問い詰める。

 

「とぼけないでください。

 ロイドさん、あなたはあのナイトメアが高い出力を持っていたことを知っていたはずです。この忙しい時に、こんなことをするのは無駄でしかありません。なのに、どうしてこんなことをしたんですか」

「買い被り過ぎだよ。僕が、一体どこであのナイトメアのデータを手に入れたって言うんだい」

 

 ロイドの反応は、まるで本当に知らないかのような反応だった。

 それを見たアルマは、もしかしたら本当に知らないかもしれないという疑惑を、逆にかき消した。

 アルマには、呼吸から返答までの澱みがない、本当に自然なその返答の仕方が、事前に想定されていたために計算されつくしたものにしか思えなかったからだ。

 

「――河口湖」

「河口湖でのデータは、ランスロットの破損で正確に取れていなかったはずだよ?」

「ええ、そういうことになってます。もしかしたら、本当にそうなのかもしれません。

 でも、昨日の夜に復旧したデータの中には、河口湖での画像データと、それの解析データがありました」

 

 ロイドが、道化の様な眼つきを、鋭い物へと変化させる。

 あのナイトメアの解析は、ロイドが個人的に行っていた、いわば趣味の様な物だ。研究員間で共有しているサーバーには、そのデータは保管されていない。

 つまり、アルマは上司であるロイドの端末を勝手にこじ開け、勝手に閲覧したことになる。

 

「勝手に僕の端末を覗くのはどうかと思うけど」

「あの状況では、どれが誰の端末だったかなんてわかりませんでしたから」

「……」

「……」

 

 ロイドの端末とアルマの端末、それらはあまり離れていない場所に設置されている。

 ロイドは、火災とそれの消火を行う際にあったでごたごたで、その二つを含む複数の端末が、近くに転がっていたことを知っていた。知っていたが、自分の端末がどうなったのかにこだわっている場合ではなかったため、特に気にはしていなかった。……今、この瞬間まで。

 

「……まあ、不慮の事故だったってことにしようか」

「ありがとうございます。それで、どうしてアリスちゃんをこの場に呼び出したのか、その本当の理由を教えてもらえませんか」

「いいよ。このタイミングでその札を切ってくるってことは、まだ僕を問いただすのに使える札を持ってるんだよね。それなら、これ以上の否定は時間の無駄でしょ。

 ただ、僕も君に一つだけ質問をさせてもらうよ。それからなら、答えてもいいかな」

 

 まさか自分に質問が飛んでくるとは思っていなかったアルマは、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてきょろきょろと左右と後ろを確認し、それから自分のことを指さした。

 

「私に、ですか」

「そ、アリス君ではなく、君に対しての質問」

 

 僅かな会話で柔らかくなっていたロイドの視線が、再び鋭いものとなる。

 

「さっきから気にはなっていたんだけれど、君、随分らしくない物言いをするね」

「らしくないとは、どんな意味ででしょうか」

「僕は、人事関係の仕事はセシル君に任せているからあまり君たちのことはよく知らないけれど、でもある程度の人柄は知ってる。

 僕の記憶が正しければ、君はもう少し立場という物を考えて行動するタイプだったはずだ。よほどの事が無い限り、上司である僕を問い詰めるような性格はしていない。自分の立場を危うくする可能性のある行動だと知ってるからね」

「まあ、たしかにそうですね」

「でも、君は僕を問い詰めた。それも、アリス君ただ一人のためだけに。

 最初は、君たち二人が仲がいいからだと思った。けれど、君がアリス君に出会ってからの3週間の間で、そこまでの感情を抱くほどに深い付き合いになれるとは思えない。

 どうして君は、彼女のためにそこまで行動できるんだい?」

 

 ロイドが不思議に思ったのはそこだった。

 いくら何でも、アルマがアリスのためにここまで動くのはおかしい。ロイドが知る限り、アリスには短期間でここまで信頼を得ることができるコミュニケーション能力はない。今回の火災で、吊り橋効果的なものが働いたのかもしれないが、それにしたって限度がある。

 

「なるほど、たしかに不自然ですよね」

「ふーん、自覚はあったんだ」

「いえ、自分で気が付くことができたわけではないんです。この間、本国の友人と話しているときに指摘されて、それで初めて自覚したことだったので。

 どうして、私がアリスちゃんに強い親愛の情を抱いているのか、正直に言えば理由はわかりません。でも、ある程度推測はできます」

 

 そう前置きして、アルマはロイドに小さくつぶやくように告げた。

 

「私は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れさまー。アリスちゃん、これで終了だよー』

「はい、わかりました」

 

 コードギアスを量子シフトで送還し、コックピットから脱出する。

 足を捻らないように注意して着地した私に、アルマさんはタオルを渡してくれた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「ありがとうだけでいいよー。謝られるようなことはされてないしねー」

 

 次いで、どこから持ってきたのかわからないが、例のキンキンに冷えた白い自家製スポーツドリンクを渡される。

 大きく動いたりしなかったのであまり汗はかいていなかったが、それでも多少は汗をかく程度には体温が上がっていたこともあり、水分が染み込むように体の中に溶けていくのを感じた。

 

 スポーツドリンクを飲み終えて容器に蓋をすると、今度は頭からタオルを被せられた。

 

「それー!」

「わ、わわっ」

 

 アルマさんが頭に被せられたタオルをわしゃわしゃと動かす。

 振り払うわけにはいかなかった私は、アルマさんがツインテールが崩れない程度に汗を拭きとって満足げに頷くまで、アルマさんのなすがままにされていた。

 

 こういう時、どういった反応を返すのがいいのだろうか。

 

「その年だし、まだ化粧はしてないよねー?」

「え、あ、はい」

 

 アルマさんの質問に、つい頷く。

 当時の『私』はそうではなかったが、幼少期における化粧が及ぼす肌への影響を知っている今の私は、特に化粧はしていない。

 肌が荒れるかもしれないからしていない、そうアルマさんに告げると、彼女はにやりと笑ってタオルの端を手にする。

 

「なら、こうだー!」

「ちょ、ちょっとアルマさん、今朝から様子が――」

 

 アルマさんは、今度はタオルの端を丸く持って私の顔を優しく拭きはじめた。

 いくら何でも過保護すぎるアルマさんの様子に何か言おうとするが、タオルで強引に口を閉ざされる。

 

「命を助けてもらったんだから、これぐらいさせて」

「え……?」

 

 同じ空間にいるロイドさんにも聞こえないような細い声で、アルマさんが私に呟く。

 戸惑う私に、アルマさんはさらに言葉を続けた。

 

「あなたのその秘密が、さっきのナイトメアがどれだけ秘密にしなきゃいけないものなのか、私にだってわかる。

 あのナイトメアは、ランスロットを上回る最強の個よ。一騎のナイトメアっていう戦術単位の存在でありながら、戦略単位で全てをひっくり返すだけの力を秘めてる。当然、そんなものが公になれば、その力を手にするために世界中の人達がアリスちゃんを狙うことになるわ」

 

 だから、私が死ぬ寸前まであなたは使わなかったんでしょ。アルマさんにそう言われて、否定することもできなかった私は、「それは……」と言葉に詰まることになった。

 

「でも、アリスちゃんはそれを私に知らせるデメリットを承知で、私を助けてくれた。その後も、私が誰にも言わないって信じてくれた。私は、それが本当に嬉しかったのよ」

 

 まっすぐに私を見つめて、アルマさんは自然な笑みをこぼす。

 ここまでまっすぐ言われると、なんだかこそばゆい。アルマさんを助けたいと思ったからではなく、そんなことも考えずに助けに動いていたために、余計に。

 

「信頼には信頼を返すし、助けてくれたならそれだけの感謝を相手に伝えたい。

 だから、これぐらいのことはさせて。アリスちゃんがしてくれた事に比べたら、本当に些細なことだけど、ね」

 

 私の頭からタオルを外すアルマさん。

 その姿に、私の否定の言葉は使えてしまったかのように喉の奥に閉じ込められてしまった。

 

「そんなこと言われたら、何も言えないじゃないですか」

「いいのよ、何も言わなくても」

 

 アルマさんは、中身の減ったスポーツドリンクの容器を私から奪い、手早く畳んだタオルと一緒に持つ。

 そして、空いた手で私の髪をそっと撫でると、振り返ってロイドさんの方へ歩いて行ってしまった。

 

「あっ……」

 

 何故か、背を向けるアルマさんに左手が伸びる。

 手は空を切ったために何かを掴むことは無かったが、自分でもよくわからない感情に自分が支配されているのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日"は"、ここまでにしようか」

 

 ロイドさんにそう言われ、私とアルマさんは仕事に戻ることになった。

 私は雑用に、アルマさんはデータの復旧に、それぞれの仕事に戻る。

 普段とは異なり、私とアルマさん、そしてセシルさんしかいない研究室で、私は黙々と片付けに勤しんでいた。

 

 ちなみに、ロイドさんはここにはいない。

 午後になってから、ロイドさんはスザクさんの方へと行ってしまったのだ。

 

 ロイドさんの名誉のために言っておくが、仕事をサボって出かけたわけではない。

 スザクさんがユフィさんの騎士に就任する、その手続きのために、スザクさんの所へと出かけたのだ。

 

 ――スザクさんが、ユフィさんの騎士に指名された。

 

 その連絡が特派に届いたのは、昨夜遅くのことだった。

 どうやら、昨日の調布での活躍がテレビ局によって中継されていたらしく、それを見たユフィさんがスザクさんを自身の騎士にしようと決心したらしい。

 

 私は、コードギアスの物語でそれを知っていたから別に驚かなかったが、セシルさんやアルマさん、ロバートさんの驚きようは凄かった。

 

 なぜなら、スザクさんはイレブンである。『私』の世界的に言えば、植民地支配が公的に存在していた時代に、王家の血を引く人間が植民地にいた人間を側近にしたようなものだ。もう少し過激に言えば、黒人奴隷を人間として取り立てたに近い。

 流石にそこまでナンバーズは差別されていないと思う人もいるかもしれないが、これに近い状況が現実だ。コーネリア殿下があまり過激な植民地政策を行っていないために錯覚しがちだが、それぐらいナンバーズを差別している人間は多い。

 例えば、コードギアスの作中では、日本人を差別するブリタニア人が数多く存在する。学園などの教育機関では当たり前のように虐められるし、下手をすれば路肩で屋台を営んでいるだけで難癖をつけられたりする。

 もちろん、個人差はある。ゼロやアッシュフォード学園生徒会の面々(ニーナを除く)の様に日本人に対し背別意識を持っていない人はいるにはいる。けれども、大多数がナンバーズに対する差別意識を持っているのが現実だ。

 もっとも、それは仕方がないのかもしれない。ブリタニアは競争を国是としている国だ。それを考えれば、植民地の住人は明確な下位の存在として彼らの目に映るだろう。

 

 そんなナンバーズであるスザクさんが、ユフィさんの騎士に指名されたのだ。セシルさん達が驚くのも無理ないだろう。

 

 ちなみに、ロイドさんはあまり驚いていなかった。ナンバーズに対する差別意識の薄いロイドさんにとって、スザクさんがユフィさんの騎士に指名されたことは、そこまでおかしなことではないと思っていたのかもしれない。それに、ユフィさんとスザクさんの仲について、何となく見破っていた節があるし。

 ただ、せっかく手に入れたおもちゃを取り上げられるかのような表情はしていたけど。

 

 そんなわけで、スザクさんは騎士就任の式典に出席するため、この場にはいない。明日にはアッシュフォード学園で騎士就任パーティーがあるそうなので、明日も欠勤するみたいだ。

 

「よっこいしょっ、と」

 

 煤けた金属製の机を肩に乗せながら、私はそんなことを考えていた。

 なにせ、今できる雑用と言えば、そこそこ重い荷物を運ぶだけの簡単なお仕事である。

 流石に金属製の机と端末をまとめて運んだりすることはできないが、端末と机の二回に分ければ簡単に運べる私にとって、ただ軽い肉体労働を続けるだけのこの時間は暇でしかなかった。

 

「セシルさん、これは何処に持っていけばいいですか?」

「そうねえ……少なくとも室内の配線を確認するまでは邪魔になるから、外に敷いてあるビニールシートの上に置いてもらえるかしら」

「わかりました」

 

 セシルさんに言われた通り、煤けた机を外に持っていく。

 綺麗にすればまだ使えそうなものも、そうでないものも関係なく外に運び出す。細かく仕分けている余裕なんてないからだ。

 

 端末に関しては、私には壊れているかどうかの判別はできなかったので、サーバーを弄っているアルマさんの傍に置いてきた。

 割れた照明やガラス等は、量があったので3重にした紙袋の中にまとめてある。きちんと処理すれば一般のごみで捨ててもいいらしいのだけれど、使えなくなった机や端末を処分するための業者が明日来るそうなので、その人達にまとめて渡す予定だ。

 

「よいしょっ……これで全部かな?」

 

 運び始めて30分。

 研究室の中からは、一部を除き机の一切がなくなっていた。残っているのは、端末と一体型のタイプのみだ。

 

 邪魔なものがなくなった室内は、普段よりもかなり広く見えた。

 

「アリスちゃーん、手が空いてるー?」

「あ、はい。アルマさん、何かありましたか?」

「これー、外に持って行ってくれない?」

 

 アルマさんが指を指す先には、記憶媒体が引っこ抜かれた端末がいくつか置かれている。

 

「どこか傷んじゃったみたいでねー、ちゃんと動かないんだよー」

「廃棄ってことですか?」

「そーそー、記憶媒体は壊れてるからって捨てられないけど、データが残ってない部分は邪魔だし捨てないとねー。……これが私物だったら、分解してパーツ単位でチェックするけど」

 

 アルマさんが何か小さい声で言ったように聞こえたが、何と言っているのかはっきりとは聞こえなかった。

 それにしても、もったいない主義の自分としては、記憶媒体以外まるごと捨ててしまうのは少しもったいなく感じてしまう。ばらばらにして再利用しちゃダメなんだろうか。

 まあ、壊れている可能性がある程度存在するようなパーツを仕事で使っちゃいけないとかあるのかもしれない。アルマさんが捨てると言うのだから、さっさと捨ててこよう。

 

「記憶媒体の方はどうするんですか?」

「うーん、ちょっとロイドさんと相談かなー。私がデータを復旧できないことが、この記憶媒体からデータを復旧できないことを意味しているわけではないしー。捨てるにしてもー、完全にデータが戻せないことを確認するか、物理的に粉々にでもしないと捨てるわけにはいかないよー」

「なるほど、研究成果が漏れでもしたら大変ですもんね」

「おー、そのとーり! ……こうすれば、少なくとも敵国には渡らないからね」

「敵国には、ですか?」

「……あー、うん。まあ、貴族社会では味方が味方とは限らないから」

 

 貴族の黒い話を聞いた私は、大変だなーと他人事のように思いつつ、苦笑いをしながら壊れた端末を手にした。

 

「とりあえず、外に持っていきますね」

「おー、場所は駐車場ねー。エニアグラム卿のところと共用だから、多少場所には気を遣って置いてよー」

「はーい」

 

 アルマさんの声に返事をして、端末を担いで外に向かう。

 そういえば、ミリアさん率いるノネットさんの専用機開発チームも、多少被害を受けていたんだっけ。こっちがこんなだから、すっかり忘れてた。

 

 駐車場の近くに移動し、置く場所がないか辺りを見回す。

 何台も車が置かれていたので、目当ての場所はなかなか見つからない。

 10秒と少し、目的の場所が今いる位置から見えるところにはないということを確認すると、車の陰になって見づらいところにミリアさんの後ろ姿が見えた。

 

「ミリアさーん」

「ん?」

 

 こちらを振り返ったミリアさんに、端末を担いでいない方の手で手を振る。

 アルマさんの言葉が正しければ、ミリアさんが壊れた端末を何処に置けばいいのか知っているだろう。

 

「アリス? ……えー」

 

 私を見つけたミリアさんの表情が、「何バカなことやってるんだろ」みたいなものに変わる。なんというか、死んだ魚の目とジト目のちょうど真ん中くらいの表情だ。

 

「こんにちは、ミリアさん」

「おはよう、アリス。それはあっち」

 

 ミリアさんが親指を背後に向ける。

 ひょっこり向こう側を覗けば、そこには一台のトレーラーと何人かの大人、その傍で台車を押す女性の姿が見えた。

 

 ……台車、そっか台車があったなら担ぐ必要はないよね。

 ミリアさんの表情の原因はこれだろう。台車を持ってくればいいのに、わざわざこんな重いものを肩に担いで持ってくるのは馬鹿んぽすることだろう。

 

「中に人がいるから、彼らに渡して」

「はい、ありがとうございます」

 

 まだ、壊れた端末はいくつもある。

 次に持ってくるときは、どこかで台車を借りよう。

 

 ミリアさんにお礼を言って、トレーラーへ。

 

「すみません」

「ん? ああ、アリス君。昨日は大丈夫だったかい?」

 

 トレーラーの中で私から端末を受け取ったのは、昨日ほんの少しだけ言葉を交わしたミリアさんの所の研究者の人。彼に対し「ひどい目にあいましたけど、何とか大きな怪我はせずに済みました」何て答えながら、持っていた端末を渡す。

 そして、ふと、本当に何となく、特に理由もなく、ちょっとした好奇心でトレーラーの中を覗き込んで――

 

「もう二度と、火災には会いたくな――え?」

 

 ――そこで、銀髪の青年を眼にした。



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51話

転職を考えていたため、また主人公がプロット通りに動いてくれなかったために投稿が遅くなりました。すみません。

本来であればここでライと会話するはずだったんですけど、主人公の考え方を考えながら主人公を動かすと、ライと一切口きかないでどこかに行っちゃうんですよね。キャラクターが勝手に動くのを久しぶりに体験しています。


「これで、全部です」

「うん。それじゃ、君達も頑張ってね」

「はい、ありがとうございました」

 

 ミリアさんの所の研究者の人に別れを告げ、小走りで駐車場を後にする。

 そして建物の角を曲がり、トレーラーから見えない場所まで来たところで、私は大きくため息を吐いた。

 

「ふう」

 

 たぶんないとは思ってたけど、ほんとにギアスが飛んでこなくてよかった。

 笑顔を顔に張り付けながら、意識しないように見せつつずっと意識を集中し続けるのは本当に辛かった。

 

 建物に背を預け、凝り固まった顔を揉む。

 普段の不愛想な顔に戻ったところで、私は特派の研究室に向けて歩き出した。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 昨日、ランスロット・クラブを見た時点で、何となくそんな気はしていた。

 ただ、そんな気はしていたが、もしいるとすれば黒の騎士団側だと思っていたので、まさかノネットさんのKMF開発チームにいるとは思ってもいなかった。

 

 彼の名前は、おそらく"ライ"。

 

 PSP、もしくはPS2を媒体に発売されたコードギアスのゲーム、『コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS』における主人公である。名前に対し、"おそらく"という曖昧な言い方をしたのは、ライという名前があくまでゲームにおけるデフォルトネームでしかないからだ。

 

 そんな彼は、昨今の主人公と同じく特殊な力を持っている。

 その一つ、そして今の私が最も警戒していたのが、彼の持つとある『ギアス』である。

 

 それは、命令を"聞いた"相手を命令通りに動かす能力。つまり、ゼロの持つギアス『絶対遵守』から目を合わせなければならないというデメリットを除いた、実質的な上位互換に位置する力。力単体で見れば、この世界で最も警戒しなければならないギアスだ。

 声が聞こえればOKという前提条件の緩さと、たまにライ本人が意識しなくても勝手に暴発する場合があるという凶悪さも相まって、本当に警戒しなければならないギアスだ。

 

 このギアスに対する対抗策は2つ。

 そもそも声が聞こえない範囲に退避するか、肉声を直接聞かないかだ。つまり、遠くに行く、もしくは耳栓をするか遮音性の高いインカムを付けるかすればいい。

 

 そんなわけで、インカムを付けていない私はその場を離れることにした。まさに、触らぬ神に祟りなしである。会話さえしなければ、問題が発生することはない。

 

 そんなわけで、私はライのギアスとその対処法について、その日のお昼休みにアルマさんに相談した。ライ個人に関しては口にしてない。

 場所は食堂。朝見なかった研究員さん達が何人かいたが、それでも普段より人数は少なかた。

 

「えーっと、つまり肉声で直接聞かなかったら大丈夫ってことー?」

「はい、ギアスは範囲発動型等の一部例外を除いて、直接五感で観測しなければ防ぐことができます。さっき言った声のギアスも、肉声を耳で聞かなければ大丈夫です」

「へー、結構簡単に防げるんだねー」

 

 そう言ったアルマさんは、お昼のサンドイッチをすべて食べつくしてから少し考え込んで、何か合点がいった様な表情をした。

 

「つまりー、アリスちゃんはそのギアスを持った人に近づこうとしてるからー、それに対抗できるものを用意しているってことかなー?」

「近づこうとは思っていないですけど、備えあれば憂いなしって言いますから」

「なるほどー……特派のインカム少し弄って、小型の収音マイクでも組み込めばいいかな? わかった。作ってあげる。一時期個人的にこういうの研究していたことあるから、特派のインカムを改造してい行って許可さえ取れればすぐにできると思うよー。

 お休み終わってから許可を取ったとして……二日かなー」

「お願いします」

 

 ぺこりと頭を下げて、アルマさんにお願いする。

 アルマさんは、別にいいよと私に手を振って、私の頭を軽く撫でた。

 

「気にしないでー。私がそのギアスの存在を知った時点で、そういった機械は何かしら作らなきゃいけないからー」

「どういうことですか?」

「声を直接聞いたらダメっていう普通は防げないタイプのがある以上、どこかで対策はしなきゃいけないでしょー。特派は研究機関だからー、スパイ対策はしないとねー」

 

 そう言うと、懐からメモ用紙を取り出して周囲を一瞥した後、音もなくアルマさんはペンで何かを書き始めた。

 同時に、声を潜めて私の耳元でささやく。

 

「これホントは秘密なんだけど、私とロイドさん、あとエニアグラム卿のチームで協力して、ギアスを防ぐ手段を確立しようって計画が持ち上がってるの。たぶん、これはその一環になるわね」

 

 メモに書かれた言葉は一言。

『そのギアスを持ってる人物は、ブリタニア側の人間? Y/N』

 

 ――固まった。

 

「アリスちゃんに渡すのは、書類上はそのプロトタイプって扱いになるかな?

 というわけでー、お金とかは気にしなくていいよー」

 

 耳元から顔を話して、いつものニコニコした表情を作るアルマさん。

 

「……どこで気が付いたんですか」

「アリスちゃんがお金に関して気にしてたってこと? そんなのアリスちゃんの性格を考えれば簡単に分かるってー」

 

『声はダメ』

 素早くペンが走り、メモに短く書き込まれる。

 ……アルマさんは、何時からスパイ映画の住人になったんだ。

 

「そんなにわかりやすかったですか」

 

 非現実的なアルマさんの様子に、少しだけ冷静になった。

 まさか、アルマさんにギアスがブリタニアの技術であるとばれているとは思わなかったのだ。少し考えれば言葉にしないように尋ねなければならないとわかったはずなのに、つい驚いてまっすぐ訊いてしまった。

 

「アリスちゃんは雰囲気に出やすいタイプだからねー」

『何処にいるの? 政庁? 調布?』

「ここに、ここに来てからそんなに長くないんですけどね。そんなにわかりやすかったですか」

 

 アルマさんの表情がそのままに、ペンを持った右手の動きが固まる。

 

「ミリアさんの所でもそんなこと言われたので、正直自信なくしちゃいます。みんな気が付いてないと思っていたんですけど」

「あははー、ミリア主任も私もアリスちゃんの倍近い人生を生きてるからね。無駄に人生過ごしてないよー」 

 

 私が話しかければ、アルマさんのペンの動きが再開した。

 ただ、焦っているためか、先ほどまで鳴っていなかったペンの音が微かに聞こえるようになっている。

 

『エニアグラム卿の所ってこと?』

 

 メモに書かれた言葉に頷いて応え、私は傍にあった水差しの水をコップに注ぐ。

 そしてそれを一気に飲み干して、食堂の食器を片付けるために立ち上がった。

 

「もうそろそろ時間なので、話は後にしましょう。お先に失礼しますね」

「うん、先に行っててー」

 

 アルマさんがこんな会話方法を取ったという事は、食堂だとギアスに関して詳しい話はできないという事だろう。なら、場所を変えるべきだ。

 アルマさんもその意見に賛成なのか、私にぽいっと見覚えのあるカードキーを渡してきた。

 

 食器を片付けた後、身だしなみを整えて研究室の方へと向かう。

 そして研究室に入る直前で、研究室の扉ではなくその近くにあった別の扉をカードキーを使って開いた。

 

 入ったのは執務室、基本的にロイドさんから許可を受けた人間以外には入れない部屋だ。

 アルマさんがカードキーを持っているという事は、ロイドさんから許可を得たといことだろう。ギアスに対する防御策に関してロイドさんと研究する予定と言っていたから、その関係で許可を得たのだろうか。

 

 執務室は、研究室と違って火災に会っていなかったために綺麗なままだった。拳一つ分くらいの小さな書類の山が崩れていたが、それ以外に変な場所は一切ない。

 暇だったので私は崩れた書類の山を元に戻していると、執務室の扉がノックされた。

 

 おそらくアルマさんだろう。

 念のためギアスを発動できるように意識を集中させつつ扉の鍵を開ける。

 

 鍵が開くと同時に、扉の向こうにいた人物は部屋の中に滑り込み、素早く鍵を閉めて息を吐いた。

 

「待たせちゃった?」

「いえ、さっき来たところです」

 

 入って来たのは、アルマさんだった。

 まあ、ここに入ってこれるのはアルマさんとロイドさん、セシルさんだけなので当然だろう。

 

「それで、エニアグラム卿の所にスパイがいるって本当なの?」

「スパイ?」

 

 ――スパイだなんて言ったっけ?

 

 ……あー、そうだ。研究機関に把握しきれていないギアス能力者がいたらそう考えるのが普通だ。

 しかも、ギアスに対する防衛手段を研究をしようとしているところなのだ。そんな時に味方からギアス能力者を見つけたら、その人物がスパイであるという発想に至るのは至極当然のことだろう。

 普通に考えていれば、その人物が記憶喪失で自分がギアス能力者だという事を自覚していないなんて発想には辿り着かない。

 

「すみません、紛らわしい言い方をしました。彼はスパイというわけではないです」

「スパイじゃない?」

「はい。ギアスはもっていますが、ギアス嚮団には所属していませんし、そもそも記憶を失っているので自分がギアス能力者であることすら自覚してません。ごくごく普通の一般……」

 

 ……待った。

 ライを一般人と言っていいのだろうか、という疑問が頭をよぎった私は、そこで言葉を切った。

 

 確かにギアス嚮団の一員ではないという意味では一般人だが、その出自――ブリタニアの皇族と日本の皇族の間に生まれた――は間違いなく一般人ではない。しかも、現代の人間ではなく大昔の人間であるという明らかに一般人が持ちえない経歴を持っている。

 こんな人間を一般人と言っていいものなのだろうか。

 

「えっと、その……」

 

 おもわず言葉が閊える。

 いや、この状況における一般人は、スパイかどうかという意味で使う言葉だ。いかに彼が一般人ではなかったとしても、この状況ではそれは問題ではない。

 

「普通の、まあまあ普通の一般人です」

「まあまあ普通って何よ。まあいいわ、スパイではなのね」

「はい」

「良かった。名前はわかる?」

「いえ、ギアスの暴発が怖くて近づきませんでした。ただ、外見はわかります」

「……ギアスって暴発するのね。わかったわ、早めに対処する必要はありそうだけど、今日中に対処する必要はなさそうね。今日は私もロイドさんも手が離せないから、エニアグラム卿とミリア主任にその彼について後で話に行ってもらえる? 機密事項に関する連絡をしに行ったから午後の仕事ができないって、私からセシルさんに連絡しておくから」

「わかりました。ノネットさんは何処にいるかわかりますか」

「昨夜遅くにシンジュクに戻って来たから、たぶん御自身の研究チームの様子を見に来てると思うわ。もしいなかったらミリア主任から聞いて」

「了解です」

 

 午前中で力仕事のほとんどは終わったために午後から手持ち無沙汰になる気がしていたので、仕事を貰えたのはちょうどよかった。

 アルマさんにカードキーを返し、一応セシルさんに一言告げてからミリアさんの所に向かう。

 ミリアさんの研究室に近づくと、その前には以前此処に訪れた時に見かけた研究者の人がタブレット端末を持って別の研究者の人と話していた。

 

「お、アリス准尉。どうしたんだい。ここに何か用事かな?」

「コンラート? ああなるほど、この子が例のデヴァイサーか」

 

 コンラートと呼ばれた彼が、タブレット端末のディスプレイの光を消してを私に話しかけてきた。

 もう片方の研究者は、興味深げにこちらを見つめている。

 

「はい、ミリアさんとノネットさんにお話が合ってきました。お二人はいらっしゃいますか?」

「ああ、中にいるよ。ただ、主任もノネットさんも中でアールストレイム卿と話してるみたいだから、少し待っていてもらえるかな。予定通りに話しが進んでいれば、もうすぐ終わると思うから」

「わかりま――」

 

 返事をしようとしたところで、タイミングよく研究室の扉が開いた。

 瞬間、扉から出てきた女性、アンナさんとばったり目が合う。

 

「ちょうどよかったな、准尉。こういうのを日本では『噂をすれば――』って、どうした准尉」

 

 お互いに目が合って、私もアンナさんも何も言えずに固まってしまったのだ。

 しばらくして、負い目でもあるかのようにアンナさんがそっと目を逸らす。

 

「その……久しぶりね。アリス、准尉」

「えっと、はい。お久しぶりです」

 

 日数に換算して5日、私の主観では一昨日の記憶だが、私もアンナさんも久しぶりという言葉を使っていた。

 以前話した時よりも、アンナさんの口調がどこかよそよそしい。呼び方も、前の様に呼び捨てではなく階級を付けた呼び方となっていた。

 

「……いくらあなたがナンバーズとはいえ、あなたにしたことは本当に悪かったと思ってる。謝って許してもらえることではないけれど、本当にごめんなさい」

 

 急に生まれた重苦し気な空気に、アンナさんの普段よりも少し低い声が溶ける。

 同時に、ほんの少しだけとはいえ、僅かに下げられたアンナさんの頭。

 

 周囲はアンナさんのその様子に息を呑み、私はなんと返せばいいのかわからず口をつぐむことしかできなかった。

 

 あの日、赤色に対するトラウマに近い物を持っていた私が、血に沈んで死んでいくマルクスを見せられたあの日。

 拘束したマルクスを、わざと私の目の前で殺したのはアンナさんだ。

 

 けれども、別に恨んでいるわけではない。あの時はつらかったけど、今でもつらいけれど、アンナさんのことは恨んではいない。

 だって、あの時の状況から推測するに原因はマオだろうし、アンナさんの様子を見るにアンナさん自身の行動は本意ではなかったはずだ。

 だから、アンナさんを恨んではいない。恨んでなんかいない。

 

「……失礼するわね」

 

 アンナさんが、小さくつぶやいてそっとその場から立ち去る。

 アンナさん御後ろから出てきたアーニャさんも、私を一瞥すると何も言わずにその場を立ち去った。

 

「ん」

 

 何とも言えないでいる私の頭に、扉から出てきたミリアさんの手が乗せられる。

 それからそっと頭をなでると、私の視線に合わせて屈み込んだ。

 

「別に、許さなくてもいい」

「ミリアさん」

「アンナがしたことは、決して許されることじゃない。だから、無理に許さなくてもいい」

「……いえ、許すも何も、別に恨んでたりはしてないです」

「そう。でも、何も思っていないわけではない、違う?」

「それは……」

 

 何かを言おうとして、けれども言葉が出てこない。

 図星だった。そう、恨んではいないが、何も思っていないわけでもない。言葉にできない黒い感情が、胸の中で渦巻いている。

 

「それが普通、それでいい」

 

 ミリアさんは私を見てそう言うと、研究室の中に戻ってしまった。

 

 ……って、違う違う。

 

「ミリアさん!」

 

 研究室に戻ろうとするミリアさんに、慌てて声をかける。

 危ない危ない。アンナさんのことがあったせいで、なんでここに来たのか忘れてしまうところだった。

 

「ん?」

「すみません、アンナさんのこととは別で、少しお時間を貰えますか」

「アンナとは別、……この間話してくれたこと?」

「はい」

 

 私が頷くと、ミリアさんは困ったような表情で考え込み、それから小さくうなづいた。

 

「わかった、入って」

 

 中で話す様なので、失礼しますと断って中に入る。

 研究室の中はもうだいぶ片付けられていて、中にはノネットさんと数人の研究者の人がいた。

 研究者の人は端末に向き合って作業をしていて、ノネットさんは昨日までなかったKMFシミュレータの傍でモニターを覗いていた。

 シミュレータは排熱のために音を立てており、中で誰かがシミュレーションを行っていることがわかる。

 

「お、誰かと思ったらアリスか。久しぶりだな」

「お久しぶりです、ノネットさん」

「昨日の一件は災難だったな。それで、今日はどうしたんだ?」

「はい、えっと、その前に伺いたいんですが、ノネットさんとミリアさんの部下の人に、ライって名前の人はいますか?」

 

 ライ、その名前を聞いたノネットさんの視線が、うなりを上げるシミュレータへと向く。

 

「今シミュレーションをやってるが、あいつに何か用事か?」

「いえ、ライさんに用事があるわけではないです。実は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノネットさんとミリアさんに、彼がギアスを持っていること、それが聞かせた命令を厳守させるものであること、彼がギアス嚮団の人間ではないことを話した。

 私の話を聞いたノネットさんは、少し納得した表情をしてから小さくうなづくと、手振りでミリアさんに何かを指示して私に向かいあった。

 

「へえ、そこに繋がるわけか。ありがとう。ちなみに聞くけど、どこでそれを知ったのかは教えてもらえるか?」

「……すみません」

「そうかい……でも流石に何も聞かないわけにはいかないんだよな」

 

 ノネットさんがミリアさんから何か資料を受け取り、それを私に渡してくる。

 それは何かの報告書の様で、概要の部分にはそれがライの血液データの解析結果であるという事が書かれていた。ライが、イレブンとブリタニアの皇族の血を引く人間だとも。

 

「その様子からしてやっぱり元々知ってたみたいだが、ライの出生は皇室に関わる案件だ。明らかにヤバすぎて個人的には手を出したくないが、皇族がナンバーズと子を生していたとなると調べないわけにはいかない。最悪の場合のスペアになり得るし、そうでなくてもスキャンダルの基だからな」

「……もし、教えられないと言ったらどうしますか」

 

 もし知っていることを話すのなら、それをどうやって知ったのかまで話さなければならなくなる。

 流石に、この世界が実は二次元の世界だったんですよー、なんて言うわけにはいかない。信じてもらえるとは思えないし、仮に信じてもらえたとしてもそれを聞いたノネットさん達がどれほどのショックを受けるのかわからないからだ。

 あなたは作り物ですだなんて、言えるわけがない。

 

「話さないならそれでもいい。だが、できれば手荒い真似はしたくない」

 

 気温が何度か下がったような感覚がする。

 もちろん、それは錯覚だ。けれども、そう認識してしまいそうになるほどの鋭さが、ノネットさんの放つ何かに含まれていた。

 

「っ!」

「嫌な思いをさせて悪いとは思う。それでも、あいつの出生に関する記録は少しでも――」

 

 その時、ノネットさんの後頭部に透明なプラスチックのバインダーが叩きつけられた。

 

「痛っ!」

「やりすぎ」

 

 バインダーを持っていたのはミリアさん。

 ミリアさんは私から資料を回収してそれをバインダーに納めると、もう一回ノネットさんをそのバインダーで叩いた。

 

「痛っ、痛いって!」

「気が立ってるのはわかるけど、関係ないことにまでそれを向けないで」

 

 バンバンバンと、昔テレビで話題になった布団を叩くおばさんの様にノネットさんの頭を連打する。

 

「あ、あの、ミリアさん?」

「む、ごめん。ノネットが悪いことをした」

 

 最後にい大きく振りかぶって、ミリアさんはバインダーを縦にした状態で脳天目掛けて叩きつける。

 流石にそれは当たったら危ないと感じたのか、ノネットさんは慌ててそれを白刃取りで受け止めた。

 

「ちょっ、ミリア、あんたねえ!」

「自分が留守にしたうちに此処を襲撃されたせいで、ノネットはだいぶ苛立ってる。普段はこうはならないんだけど、最近ストレスを感じることが立て続けに起きてるから珍しく誰かに当たってしまったみたい」

 

 そのままぐいぐいとバインダーを押すが、バインダーが動く気配はない。

 ミリアさんはため息を吐いてバインダーから手を放すと、私に向き直って私の手を取った。

 

「言いたくないことなら、言わなくても構わない。知りたいのは私たちの都合で、話したくないのはアリスの都合だから」

「……ミリアさん」

「でも」

 

 ミリアさんは、屈んで私に目線の高さを合わせる。

 ちょうど目が合ったミリアさんの瞳には、どこか真剣さを感じさせる力強さが込められていた。

 

「今の私たちにはアリスしかいない。手がかりになるのは、アリスしかいないの。だから――お願い」

「……わかりました、話します。でも、どうして知ってるかだけは、聞かないでもらえませんか」

「――ありがとう」

 

 ミリアさんは、僅かに頭を下げた。




飴と鞭?


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