創造王の遊び場 (辺 鋭一)
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プロローグ

皆様こんにちは、辺 鋭一です。

今回は、今年の3/15のにじファン規制強化にて削除したネギまの二次連載作品をリメイク(と言うほどでもありませんが)しての投稿です。

当時の未熟な文章がほとんどそのまま残ってますので、そう言うのが苦手な方は戻っていただくか、問題点を明記の上、感想、あるいはメッセージへお願いします。
では、行ってみましょう。


   ●

  
 ……どこだここは?

 
 なんだかわからないが、今自分は和室にいる。
 それも茶室のような狭いながらも趣のあるような所ではなく、大奥などの時代劇に出てきそうなとても広い畳敷きの部屋だ。
部屋の真ん中に寝転がっていた体を起こし周りを見てみるが、見えるのは木目のきれいな天井と、自分を取り囲む穴などどこにも空いていないまっさらな障子と、床に敷かれた新品同様の畳だけだ。
 畳二百畳分ぐらいありそうな広い部屋には和室にありがちな掛け軸や壺などの飾りは一切なく、それどころか障子以外の壁は全くない。
 障子を開けて外に出ようとするが、そもそも開けられるようになっていないようだ。
 何しろ同じレールの上にすべての障子がぴっちりはまっているため、取り外すために障子を持つための隙間すら作れない。
 仕方なくぶち破ろうとして体当たりや蹴りなどを放つも、ぶち破るどころか穴をあけることもできなかった。
 触る分には普通の木と紙の感触しかしないし、紙の部分を少し押してみても普通の障子紙のように向こう側にへこむが、そこからはいくら力を入れてもびくともしない。
 同じ場所で五分ほど障子と格闘した後、障子に沿って歩きながら観察し、一周してみたがどこも同じようで脱出は不可能だった。
 体力的にはともかく精神的には参ってきていたので、さっきまで自分が寝ていた部屋の中心まで戻りドカッとすわり腕を組んで考える。

 ……落ち着け。まずはどうしてこんなところにいるのか考えるんだ。
   まずここに来るまで私は何をしていた?

 そう考え思い出すのは、朝、大学に向かう途中の道の風景だ。


   ●


 今日の講義の教室の場所はどこだったかなと考えながら校舎に向かっているとき、ふと視界の隅に何かが走った。
 何かと思い見てみると、小学校低学年ぐらいの子どもが自分の横を走り抜けていったようだ。
 自分にはもうない元気な無邪気さに微笑ましい気持ちになっていると、子どもはランドセルを揺らしながらそのまま元気に走っていき、かなり急いでいたのであろう、十字路を渡ろうと車道へと飛び出していった。


 ……すぐ近くに来ているトラックに気が付く様子もなく。


 その道は以前からドライバーからの見通しが悪く、飛び出してくるまで誰がいるかわからず、信号も設置されていないため事故が多発し、人が何人も亡くなっている危険地帯であり、地元住人の嘆願により、鏡や信号設置の計画が立てられていると聞いたことがあった。
 現に自分も、道の端にひっそりと置かれている花束を何度か目にしたことがある。
 目の前で道路を駆け抜け始めている子どもと、迫りくるトラックを見て、そして以前見た花束が大型車の通った風圧で揺らされている光景を思い出し、


 気が付くと全速力で走っていた。


   ●


 トラックが子どもにどんどん近付いていくのを見ながら私は走り続けた。
 インドア派で体もあまり鍛えていなかったために動きが鈍い自身の体を恨めしく思いながら、それでも体を前へ押し進めていく。
 それぞれの位置関係から、このままだと子どものもとへたどり着いたすぐ後にトラックにぶつかるだろうと計算し、それでも走らないことを選択肢から除外し、駆けてゆく。
 そして大きな二車線道路の手前側、ちょうどその真ん中で子どもに追いつき、右から迫るトラックの姿を感じながら子どもの背負ったランドセルの上部にある持ち手をつかみ、思い切り引っ張るようにして後ろに放り投げる。
 振り向くようにしてみた子どもの顔は驚き一色で、空中にいることも相まってとても滑稽に見えた。
 そして、自分の顔に微笑みを浮かべながら、しりもちをつくように安全なところへと落ちていく子どもの、


 着地の直前にトラックのぶつかる衝撃を感じ、私は意識を失った。

   
   ●

   
 あらかたのことを思い出し、

 ……よく生きていたものだね、私は。

 とか考えながら、自分の体を確かめるがどこにも傷はなく、先ほどまで動き回ったり障子相手に格闘していたことを今更ながらに思い出し、疑問を強くする。

 ……いくらなんでも無傷はないな。まさか夢落ちか?

 ここは見た感じ病院ではないし、ではどこなのだろうと考えながら、ふと、ここに来てから一言も発していないことに気が付き、のどの調子を確かめようと少しの茶目っ気とともに声を発した。

「ここはだれ? 私はどこ?」



「逆じゃろ、それは」



 いきなり聞こえてきたしわがれ声に驚き、振り返りながら立ち上がり身構えると、そこには禿げ頭でもじゃもじゃの白いひげを生やし、藍色の着古したような甚平を着た爺さんが立っていた。
 驚きながらも、疑問に思ったことを尋ねる。

「あなたは誰だ? というかいつからそこにいた? それ以前にどうやってここに入ってきた?」
「ずいぶん質問が多いのぅ。質問は一度に一つずつと教わらなかったのかの?」
「それは失礼した。では、今のこの状況を説明していただけるとありがたい。いきなりこんなところに連れてこられ、少々混乱している」
「先ほどからの行動とここにきての第一声から鑑みるに、あまり混乱しておるようには思えんのじゃがの……。儂ゃ、おぬしが何か話したら出てこようと思っとったんじゃが、案外のんきじゃのう、おぬし」
「そんなことはない、混乱した時こそ冷静に行動しないと痛い目を見ると経験から学んでいるのでね。それに、緊迫しているときほど先ほどのような冗句が冷静さを生み、解決策を与えてくれるものだとも思っている」
「一歩間違えれば何も考えて無いばかじゃな。どうでも良いが、その無駄に偉そうな話し方どうにかならんのか? わし一応おぬしより長生きしとるんじゃが」
「それはできない。私は相手が目上だろうが目下だろうが万人に対して同じ姿勢を貫く事にしている。個性として受け止めたまえ」
「下手をしなくても周りが敵だらけになると思うんじゃが」
「そんなことよりご老体、まだ私の質問に答えていないぞ。早く私の現状を説明したまえ」
「おお、そうじゃったの。はっきりいうがの、おぬし、死んだぞ」


   ●


 ……は?


「……すまないご老体、今少々聞き取りづらくてね。もう一度言ってはくれないか?」
「じゃから死んだんじゃて、おぬし」
「……ご老体」
「何じゃ?」
「自覚は無いと思うので控えめに言わせてもらうが、あんた頭おかしいぞ、ボケが始まったのではないか? よければ良い医者を紹介するぞ?」
「控えめという言葉を考えた人に土下座してこい。ともあれぼけとらんわ!」
「ご老体、ボケた人間は皆そう言うんだ。狂人が自分の事をまともだと思っているようにな」
「それおぬしにもぶーめらんするぞ? ともあれわしの話を最後まで聞けい。話はそれからじゃ」
「良いだろう、話を聞こう」
「本当に偉そうじゃのう。怒りや呆れを通り越して感心してきたわい。まあともかく説明を始めようかの」


   ●


「……ここは死後の世界じゃ。それで儂は神じゃ。

「ああ、突っ込みは後にせい。今は儂のたーんじゃ。

「なに? 慣れない横文字は使うな? いいじゃろ別に、儂の勝手じゃ。

「ともあれ話を戻すぞ。

「まず大前提として、おぬしは死んだ。とらっくにはねられての。覚えておらんか?

「夢ではないぞ、すべて本当にあった事じゃ。全身を強く打ってほぼ即死じゃ。その時の様子を見てみるか? かなりむごいぞ?

「……まあそのほうがよかろう。あまり見たいものでもないしな。

「……ああ、あの子どもなら無事じゃよ。投げられたときに尻を打ったぐらいでの。 

「……まあ目の前で人がはねられたのを見てしまって、少々精神的に参っているようじゃがの。

「……まあ、今のかうんせりんぐ技術はなかなかのものじゃからの、何とかなるじゃろう。

「……まあその子の話は置いといてじゃ、今はおぬしの話をするぞ。

「本来の運命なら、あの子どもはあの場でとらっくにはねられ、死んでおるはずじゃった。

「……そう、じゃが生きておる。運命が変わってしまったのじゃ。おぬしの影響での。

「……ああ、別に怒っておるわけではない、驚いてはいるがの。

「本来運命は人間にはそうそう変えられぬものなのじゃ。たとえ命を懸けたとしてもの。

「これは絶対の法則じゃった。……おぬしの事例を除いての。

「確かに運命は不変のものではない。

「じゃが、もし運命を変えようとすれば、とても大きなえねるぎーが必要となる。

「そのえねるぎーは人間一人の命程度ではとても賄いきれるものではない。

「極々まれに大きなえねるぎーの魂をを持って生まれる者もおる。

「歴史に名を残す英雄たちじゃの。

「運命を変えるならば、そのようなある種の先天的な能力を持つ者が、多くの人々を率い、立ち向かってゆく必要がある。そこまでしてやっと可能性が見えてくる程度じゃがの。

「無論おぬしにはそんな才能はない。確かじゃ。何度も調べたからの。

「もともとそうほいほい出てくるような能力ではないからのう。次に出てくるのは何十年、何百年先じゃろうかの。

「じゃがおぬしは、その法則を覆しおった。

「死ぬはずじゃった命を、自分の命一つですくいおった。

「これは英雄でもなかなかできることではない。それほどのことじゃ。

「それ故に、儂はおぬしにとても興味を持った。

「じゃからの、おぬし、……転生してみんか?」


   ●


「転生?」
「そうじゃ、転生、生まれ変わりともいうかの」

 いきなりあらわれて変なことを言い続けた爺さん(自称神)が、さらにわけのわからんことを言い出した。

「なんでそんなことをしなければならない? さっさと天国なり地獄なりに送ればいいだろう?」
「まあそれでもいいんじゃが、おぬしのような存在に前例がなくての、下手に運ぶと何が起こるかわからんのじゃよ。それに個人的におぬしに興味を持っておる者もおっての、まあ儂もその一人じゃが。ともあれ、何が起こるかわからんのならば、もっと観察しようということになっての、じゃからおぬしをどこか別の世界へ転生という形で送り込もうと思ったんじゃ」
「……突拍子がなさ過ぎて訳が分からないが、まあご老体の言いたいことは分かった。要するに私という存在が世界にどのような影響を与えるのか実験してみよう、ということか」
「うむ、そんな感じじゃ」
「……ところで、ここは私たちの世界で言うあの世、というものなのだね? それにしてはらしくないな。どう見ても少し殺風景な和室でしかない」
「ふむ、もともとこの場所には決まった形というものがないのでな、とりあえずおぬしが落ち着きそうな形にしてみたのじゃが、違和感があるならもっとわかりやすくしようかの? ……ほれ!」

 そういいながら爺さんがいきなり手をたたいた。
 するといきなり座っていた畳が水に浮かぶ大きな蓮の葉になり、辺りは見渡す限りの蓮の花だらけになり、空には天女が天使と踊っており、少し離れた蓮の葉の上ではキリストと釈迦らしき人物が朗らかに談笑していて、そこに天照大御神らしき女性も加わりさらににぎやかになっていって――

「……いろいろ突っ込みどころはあるが、とりあえず混ざりすぎだ。今すぐさっきの場所に戻してくれ。こんな混沌とした場所では落ち着けない」
「そうかの、あいわかった。では――」

 また爺さんが手をたたくと、周囲の風景は先ほどの和室に戻った。

「さて、これで儂が神だと信じてもらえたかの?」
「……なぜ私が疑っていると?」
「そんなもん、おぬしの心を読んだからに決まっておろうに」
「……なるほど。確かに今ので疑いはだいぶ薄まった。あなたを神だと認めてもいい」
「ほっ、そうかの。それはよかった」
「それで、私はこれから何をすればいい?」
「転生してくれるのかの?」
「別にかまわない。なかなかできん体験ではあるからな」
「そうか、ありがたいの。では、今回の実験について話して行こうかの」

 
   ●


「ではとりあえず、転生するに当たりいくつか説明することと決めておくことがある。
 まず一つ、転生先はおぬしの世界にあったある物語の世界をべーすにした世界になること。
 二つ目に、その世界では何をやってもよいものとする。基本的に今回の話はおぬしが世界にどのような影響を及ぼすか確かめるためのものじゃからの。たとえ本来の物語から大きく外れてもいいように世界を作ったので、世界そのものを壊さない限り、何をしてもおーけーじゃ。
 三つ目に、今回の実験に期間はない。おぬしには不老不死に傷の自動修復機能も付けられることになる。じゃから好きなだけ新しい世界を楽しんできて良いぞ。本来おぬしにはする必要のない事をさせているわけじゃしの。これくらいはさーびすじゃ。やめたくなったらそう願えばいい。そうすれば実験は終了し、おぬしを普通の魂と同じように扱うことを約束しよう。
 四つ目に、これから行く世界には、今までの体と名前は持っては行けぬのでな。新しい姿と名前を決めてもらいたいんじゃ。 
 そしてこれが最後じゃが、おぬしには転生するに当たり、願いを三つかなえてもらえる権利を持つ。新しい世界に備えるため、いろいろ必要なものをそろえるためのものじゃ。よく考えて決めなさい。
 さて、説明はざっとこんなもんじゃが、何か質問はあるかの?」

「私が行くことになる世界とは何の物語をベースにしているんだ?」
「まあ、儂らも何でもよかったのでな、とりあえずおぬしが生前読んでおったものの中から適当に選んでおいたぞ。えーと、……魔法先生ネギまという物語をべーすにした世界じゃ」
「ほう、あの物語かね。それはまた興味深い……。では次の質問だ。三つ願いをかなえるといったが、どんな願いでもいいのか?」
「ああ、構わんぞ。さすがに『転生したくない』とか、『自分も神にしろ』とか言うのは無理じゃがな。きちんと転生してくれるなら、たいていの願いは叶えてやれるぞ」
「……転生と言うと、新しい命として赤ん坊からやり直すことになるのかね?」
「いや、その世界にいきなりあらわれた、という形を取ってもらう。おぬしはその世界の構成物ではなく、あくまでいれぎゅらーとして動いてもらうことになるからの、おぬしの意図に反したつながりは極力避けねばららんのじゃ」
「……なるほど。では転生する時間と場所は指定できるのか?」
「できる。その指定がなければ原作開始時に放り出すつもりじゃったからの。希望があるなら叶えよう。無論原作より未来、というのは遠慮してほしいがの。ああ、この指定は三つの願いとは別に扱われるからの、願いの数が減ることはないから安心せい」
「……ふむ、大体分かった。質問はそのくらいだ」
「そうか。では早速、準備に入ろうかの。ではまず姿の設定じゃ。なりたい姿を想像せい」
「わかった。…………こんな感じでどうだ?」
「ふむ、これでよいのか? では変えるぞ」

 神がそういった瞬間、私の体は大きく揺れた。 
 だがその揺れもすぐに終わり、その時にはもう私は私ではなくなっていた。
 神はどこからか出してきた姿見をこちらに向け、

「どうじゃ? 希望通りになっておるか?」

 そこに映るのは、背丈は大学生ほど、サイドに白髪の一筋入ったオールバックの鋭い視線を持つ顔だった。

「うむ。想像通りだ。素晴らしい」
「ほっほっほ、それはよかった。では次に、名前を決めてもらおうかの。その姿で、おぬしはなんと名乗る?」
「ふむ、ではこの姿の持ち主から名前も頂こうか。いいゲン担ぎになるだろう。私はこれから、『ミコト』と名乗ることにする。苗字はないほうが楽だし、漢字は理解できない者もいるだろうからな。カタカナ三文字で『ミコト』だ」
「……よし。登録完了じゃ。ではミコトよ、願いを三つ言うがよい」
「まず一つ、私の気と魔力を、これから行く世界においての最高クラスにしてほしい」
「ほっほっほ、構わんよ。その願い、聞き届けよう。」
「二つ目は、私に、能力を作る能力を与えてくれ」
「ほっ! ずいぶんちーとな能力じゃのう。何でもできてしまうではないか。……まあ良い、その願い、聞き届けよう。」
「では最後に、……私が今までいた世界において、私の存在のみを消してくれ」
「ほ……? どういうことじゃ?」
「私が死んだことで悲しむものや困るものがいるのは忍びない。私がしてきたことの結果だけは残し、私の存在を完璧に消してくれ。それができなければ、あの世界にいる誰かにかたがわりしてもらってもいい。とにかく私の存在をなかったことにしてくれ」
「……本当にいいかの? 辛くはないか?」
「私はあの世界ではもう死んでいる。今更戻れないなら、いなかったことにしたほうがあの世界の私の関係者はもちろん、私自身も気が楽だ。彼らの悲しむ顔を想像しなくてもよくなるのだからね」
「……そうか、わかった。その願い、聞き届けよう。では最後に、行きたい場所と時間を指定しなさい」
「場所は誰も入ってこれない森の奥深く。時間は原作開始の七百年前で頼む。不老不死だというのならば百年位はゆっくり修行して、力をつけてからゆっくり世界を回るのもいいだろう」
「そうか、わかった。おぬしの希望を聞き届けよう。ついでに、向こうできるろーぶもくれてやろう。おぬしが想像した姿はすーつを着ておったが、おぬしが希望していた時代にすーつはないからの。……さて、これで前準備は終了じゃ。あとはもう、新たな世界へ旅立つだけじゃな。何か聞きたいことは有るかの?」
「……いや、もうない。これで十分だ」
「そうか。では……。ふん!!」

 神はいきなり、足元の畳を平手でたたく。 
 すると、あんなにぴっちりはまっていた畳が一枚起き上がりその下を見せる。
 そこを覗き込んでみると、ちょうど畳一畳分の穴が開いており、下に降りるための階段が暗闇の奥底まで続いているのが見えた。
 
「ここをずっと降りていけば、おぬしが希望した誰も人が寄り付かぬ森に出られるぞ。中は暗いからな、これを持って行け」

 神はそういって、松明を手渡してきた。

「ああ、わかった。何から何まで世話になったな、神よ」
「結局おぬしは最初から最後までそのしゃべり方か。少しは儂を尊敬したらどうじゃ?」
「何を言う。尊敬しているとも。私のわがままをすべて聞いてくれた者だぞ、尊敬しないはずがないではないか。私はそれが表に出づらいだけだよ」
「左様か。……まあ、気を付けてな」
「ああ。次に合うのは私が生きるのに飽きた時になるのか。では、もう二度とあなたに合わないことを祈ろう、ご老体」
「ああ、せいぜい楽しんでくるとよい」
「では、さらばだ、おせっかい焼きの神よ」
「二度と来るな、意地っ張りの不思議人間」

 そういって笑った神を見て、私は階段を下りて行った。

 
 これからの世界が楽しいものであることを期待しながら……。


   ●



はい、そんな感じのプロローグでした。
基本的にテンプレでしたが、何とか少しでもそこからずらしてみようとした結果が、これです。

もう途中までは書き上がっている作品ですので、そこまでは速いペースで投稿できると思います。

が、それでも原作には程遠いです。

そんな駄作ですが、これからもどうかよろしくお願いします。

では。


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第一話

第一話です。

とりあえずの能力の説明と苦悩話です。
わりとテンプレです。

では、どうぞ。


 ●


 気がついたら森の中に立っていた。
 
 
 神に言われた通り、先程まで暗い下り階段を松明を頼りに下りていたが、10分ほど下り続けると明かりが見えてきた。
 光り輝く出口を抜けると眩しさに目が眩み、目が慣れてみると周りには見渡す限りの緑が広がっており、生い茂っている樹木のせいで空もろくに見えない。まさに樹海とも言える場所だった。
 背後を見てみるも、階段どころか出入り口もない。

 ……階段を抜けるとそこは森だった、か。ふむ、私に文学の才能はなさそうだな。

 苦笑しながらあたりを観察するも、神が願いを叶えてくれたのだろう、人の気配はない。

 ……さて、転生というものをしてはみたものの、これからどうしたものか。……もらった能力の訓練をするにしても、ひとまず拠点を探さねばならんかな。さしあたり木の洞や洞窟等が定番か。

 そんなことを考えながら適当な方向へ歩きだす。
 しばらく歩くと少し開けた場所が見えた。大きな木が倒れているところを見るに、どうやら大木が寿命を迎えて倒れてしまい、ぽっかりとできた隙間のようだ。
 やっと空をまともに見ることができ、なぜか安心してくる。

 ……転生などという経験をしても、太陽の下に生きる生物は日の光からは縁が切れないのか。

 そんなことを考えながら見上げた空には雲一つなく、そんな空模様も相まって、なんだか柄にもないことを考えていた自分が可笑しくなってくる。

 ……もらった能力を確かめるためにも集中できる場所が必要だ。こんな深い森だ、人が来る心配はないだろうが、猛獣の一匹や二匹いてもおかしくない。何か来ても入り口をふさいで籠城できる洞窟か、敵を早く見つけられる小高い丘、あるいは開けた場所が適している。ここなら広さも十分だね。とりあえずここを暫定的な訓練所としようか。

 大きな切り株を中心にした空間は、地中に潜る根のせいかところどころデコボコはあるが、それさえ気にしなければ天然の芝生の生えた広場だ。 
 中心まで歩いていき、ローブを脱いだミコトは、自分の体を確かめる。

「スーツ姿か。確かにこの姿にはあっているが、この時代には前衛的すぎるな。何かこの時代に合った服を考えなくては」

 スーツがある程度着られるようになるのは18世紀辺りからのはずなので、指定した年代に送られたのなら今は14世紀。場違いもいいところだ。

「かといってローブ姿でも怪しい。人前に出るためにも何とかしなければな。……まあそれはおいおい考えるとしよう。まずは今できる事の確認と行こうか。あのおせっかい焼きのことだ、おそらくは……、あった」

 歩いている途中から気になっていたローブについている内ポケットの違和感。落ち着いた場所につくまで見ないで置いたそれを確かめると、封筒入りの手紙があった。開けてみるとそこには、

『この手紙を見ているということは、儂はもうおぬしの前にはいないのじゃろう』

「……あんたがこの世界に送り出したんだから当然だろうが。何で自分が死んでいるような文面なんだ……?」

『とまあ冗談はさておき、この手紙にはおぬしの現状と能力の使い方を記してある。よく読んで覚えておくように。テストに出るぞ!』

「何のテストだいったい。全く何でこんな無駄な文章を……」

『まあ、人生には多少の遊び心も必要じゃて』

 本当に破り捨てたくなってきた。だがまあ情報収集は大事なので読み進めていくと一枚目はほとんどがふざけた内容で、大事なことはあまり書いていなかった。便せん三枚の内の一枚を無駄にした神は滅べばいい。()様の怒りを知れ! 

 ともあれ二枚目に取り掛かることにする。

『これ以上ふざけるのはさすがにまずいので、本題に入ろうかの』

 だったら最初からふざけず真面目にやれ。

『さっそく能力の使い方じゃが、魔力と気の方はこの世界の者に聞いて修行したほうが良いじゃろう。言葉で説明しても体で覚えなければ意味がないからのう』

「まあ、それはもとよりそのつもりだが。この場合は知識よりも経験の方が大事だからな。まあ百年も研鑽をつめば何とかなるだろう」

『それに関連して肉体のことじゃが、不老不死になっておる。今の姿は大体18歳ぐらいじゃが、それ以上年を取ることはない。永遠の思春期じゃな』

 うるさい黙れ。

『また、それに伴い、どんな怪我でも一瞬で元に戻るようになっている。この蘇生に魔力、気は必要ない。儂からのさーびすじゃ。おまけに戻るのは怪我をした一瞬前の状態にじゃから、それまでした訓練の成果が消えることはない。まあ治癒能力のすごいものと考えてくれればよい』

「魔力と気が消費されないのは助かるな。いざという時に回復できなくては意味がない」

『また、気と魔力じゃが、今のままでも最強くらすじゃ。じゃが、訓練次第でさらに上げることも可能じゃ。特に上限は設けておらんから、好きなだけ強くなるとよいじゃろう』

「上限なしか、鍛えがいがあるな。これは楽しみだ」

『そして最後に、おぬしの希望した【能力を作る能力】の使い方じゃが、こんな能力を作りたいと考えるだけでよい。その通りの能力を習得できる。作れる数に限界などないので、好きなだけ作るがよい』

「なんだ、ずいぶん簡単だな」

『じゃが、そのように作った能力は、あくまで思い浮かべたことだけしかできん。切り傷を治す能力ならやけどにはきかんし、速く走る能力なら速く泳ぐことはできん。まあ水の上ぐらいなら走れるかもしれんが』

「きちんと細部まで設定しないと不完全なものが出来上がるのか。これに関しては繰り返しやっていくしかないか」

『あと、この能力に関しては制限をかけさせてもらった。制限の内容は、【死者の蘇生と対象の単純な無敵化は行えない】というものじゃ。あまりにも強力すぎるからのう。じゃが、いろいろな能力を使って無敵に近付くのは可能じゃ。まあ能力の説明はこんなところじゃな』

「まあもともと死者の蘇生はするつもりもなかったが……、無敵化はできんのか。いろいろ試行錯誤が必要だな」

 そこで二枚目が終わっていたので、三枚目を見る前に、さっそく能力を使ってみることにした。

「一番最初に作るべきは索敵能力だろうな。いくら強力な能力を作っても、使う前に攻撃されたら終わりだしね」

 そう考えて能力作成を始める。

「対象は人間と大型の動物全般。半径500メートル以内の対象すべてと半径5キロメートル以内の害意を持つ者を察知する能力。……ああ、あと半径100メートル以内の武器とその一部、さらに魔法や気弾、トラップにも反応するように……っと。こんなところでいいだろうか」

 こうしておけば大体の危険には反応できる。武器とその一部も対象にしたから狙撃用の弾丸にも反応できる。回避方法も後々必要になるだろうが、

「ひとまずテストしてみるか」

 作ったばかりの能力を発動すると、神は本当に丁寧に願いをかなえてくれたらしく、範囲内には人間は一人もいなかった。そのかわり……

「なんだ……? この大きな反応は?」

 大きな、おそらく動物の反応がここから400メートルほどのところにある。
 体長はかなりでかい。
 でかいといってもゾウ程度ではない。その数倍の大きさの生物が、こちらにだんだん向かってくる。

「この地球上にゾウより大きな陸上生物は存在しないはずだが……、いきなり不具合かね?」

 だが、何度調節しても結果は変わらず、それどころかどんどん近付いてくる。
 しかもなんだか空気が揺れている気がする。
 まるで何か大きなモノがこちらに飛んできているように。

「……そういえば、まだ手紙には続きがあったね」

 現実逃避気味に手紙の三枚目を見ると、

『最後におぬしの現状を教えておこう。実は【誰も入ってこられない森の奥深く】という条件をくりあする場所が地球上になくてのう』

 なんだかとても不吉なことが書いてある気がする。

『じゃからおぬしを魔法世界の森の中へ送り込むことにしたんじゃ。地球とは違って大型の危険生物がたくさんおるからの、注意するんじゃぞ』

 ……魔法世界? 大型の危険生物? ……まさか――、

『でもまあ、げーむ好きにはたまらんじゃろうの、なんせ本物に遭遇できるからの』

 ……本物? 何の?

 その答えを読むのと同時に、広場全体に影が差した。
 ちょうど大きな反応も自分のこの広場の上空にある。 そしてそのまま、

 《ズズン!!》

 という音と共に地面が揺れる。
 その原因を見たと同時に、先ほど読んだばかりの言葉がよみがえる。



『おぬし、どらごんは好きかの?』



 そして私は足が速くなる能力を急いで作り、ふざけたことをしてくれた神を呪いながら、ローブをつかみ走り出す。
 後ろに体長15メートルほどの翼付きの巨大なトカゲを伴って。



 結局この日は逃走劇に終始した。


   ●


 いきなり遭遇したドラゴンから何とか逃げ切り、へとへとになった所に調度良い大きさの洞窟があったので、索敵能力を使い安全を確認したあと、中に入って休むことにした。
 中に入ってみると、洞窟と言っても精々奥行きが10メートルほどの小さなものだった。
 とりあえずドラゴンから逃げるために急いで作った幻術能力(相手に思い通りの幻覚を見せるもの。視覚だけでなく、猛獣用に五感全てと探査魔法、気配察知もごまかせる優れもの)を使って出入口を普通の岩肌にに見えるようにしたあと、念のために索敵能力を使ったまま、読み掛けだった手紙の三枚目に目を向ける。

『まあ、そちらは地球よりもやんちゃなもの達が多いから、気を付けた方がよいぞ?』

「この文章を最初に持ってくれば良いものを。ご老体め、狙っていたんじゃあるまいな?」

『地球に渡る方法は、まあ教えなくとも良いじゃろう。おぬしの能力なら簡単に移動できるじゃろうしの。』

「確かに、世界間移動用の能力を作れば良いだけだからな」

『それと、戦闘になったときの注意事項じゃが、攻撃を受けた時、傷ついてもお前の体はすぐに回復するが、おぬしの身に着けているものは壊れたままじゃ。気に入っているあくせさりーや服が壊れた場合は元に戻らんから気を付けるんじゃぞ?』

「まあ、身に着けるものは私の一部じゃないからな」

『そこで、今おぬしが着ておるろーぶとすーつには自己修復機能を付けておいたからの。 これで破れても大丈夫じゃ。無論汚れもつかんから洗濯の手間が省ける。これは便利!!』

「どこのテレビショッピングかねいったい。まあ助かるが」

『これで男の半裸という一部の好事家しか喜ばん罰げーむ映像を誰も見ないで済むぞ。よかったのう』

「大きなお世話だクソジジイ」

『さて、とりあえず説明はここで終わりじゃ。後はおぬしで何とかするんじゃぞ?』

「まあ、細かい事は自分の目で確かめるべきだろうな」

『手紙とは言え、おぬしに次に会えるのは当分先になるじゃろう。おそらくおぬしが死んだときじゃ。その時にでも、おぬしの思い出話を聞かせてくれるとうれしいのう』

「その機会が訪れるのは当分先になると思うがね。まあその時になったら、飽きるほど聞かせてやろうじゃないか」

『そろそろお別れじゃ。名残惜しいがそろそろ筆を置こうと思う。おぬしに退屈無き生があらん事を祈るぞ。では、さらばじゃ』

「神が何に祈ると言うのかね……。まあご利益はありそうだが」





『P.S.』

「……ん?」



『この手紙は読み終えると自動的にあたりを巻き込んで消滅する』
 
 

「……なにやっているのかねあのジジイは!?」

 急いで丸めた手紙を洞窟の外に投げ捨てる。
 その後自分もすぐに洞窟の一番奥に避難するが……、

「なにも……起こる様子は無いね?」

 恐る恐る手紙に近付き、拾い上げて広げ直し確かめてみると、先程の文章の後に小さく、

『ようにしようと思ったんじゃが、面倒なので何も仕込んでおらん。おぬしが自分で燃やしてくれい。それでは、健闘を祈る』
 
「……妙なネタを仕込んでいるではないかあのジジイ、今度会ったら一発殴ってやらねばなるまい」

 そう心に決めて、手紙を封筒にしまって燃や……さず、ローブにしまう。

「……得たつながりを少しでもとどめておきたいか……。我ながら女々しいものだね。私に感傷は似合わんだろうが、まあこれぐらいはいいだろう」

 沈みそうな心を何とか奮い立たせようとする。

「さて、まずは手札を増やそうか」

 これからのことを考え、対策を考えていく。

「手始めに身を守る手段だな。戦う手段はともかく、まずは身を守らなくてはならん。身を守る能力、それを訓練する時間、安全な隠れ家……。用意するものは山ほどあるな」

 そうすることで、未来(まえ)を見ることで、過去(うしろ)を見ないようにする。

「とりあえずは隠れ家か。安全対策を講じている間に襲われてはたまらんからな。私以外は誰も入れず、迷い込むことすらできん、完璧な隠れ家を作って見せよう!」

 前の一点のみを睨み付け、わき目も振らず進んでゆく。

「そのためにもどんな能力がいいか、考えなければな」

 だが、それでも。

「能力。能力か……」

 人間の視界は広い。前だけ見ているつもりでも、いつの間にか目の端に過去が飛び込んでくる。

「能力……。能力だ。私が考え、作り出す能力。それでも、この力は神からのもらい物、……いや、借り物だ」

 取り繕った心は、何かの拍子で、簡単に沈み込む。

「借り物の力で自分を守る。なんと滑稽な話だろうか」

 過去と向き合わない心は、いとも簡単にへし折れる。

「能力も、気も、魔力も、体も、顔も、名前さえも、何もかもが、もともとは私の者でない借り物だ」

 彼は笑う。

「私は借り物の力を自分の者のように扱い、偽物の自分を作っているただの案山子(かかし)だ。借り物で構成された、こけおどししかできん偽物だ」

 人からもらったものでしか自分を守れない自分をあざ笑う。
 だが、心が折れても、それでもきちんと過去を見据え、どん底から這い上がっていくことができれば。

「だが、こんな偽物の私でも、この魂だけは本物だ」

 自分の持つ唯一の本物を守るために。

「ならば私は、この魂だけは守り抜く。誰に何と哂われようと、ののしられようと、この魂を守るためならば借り物だろうと偽物だろうと何でも使ってやろう!」

 そんな誰にも折れぬ信念を抱えて這い上がってきた心は、もう折れることはない。

「泥にまみれようが、傷つこうが、何があろうと意地汚く進んでやろう!」

 汚れを嫌う大人など知ったことではないと、開き直った子供のように。

「この世界を、自分勝手に楽しんで見せよう!」

 泥遊びをして泥だらけになり、そんな自分を笑う子供のように。

「その、私だけの望みを叶え、魂の欲するものを手にしたとき!」

 そして、そんな自分を誇るように。

「本物の願いをかなえた私は、本物となるだろう!」

 宣言する。

「ならば私は、この世界を、私の遊び場とする!」

 自分勝手な物言いを、自分勝手に正当化して。

「遊び場で遊んで、遊びつくして、最後の最後まで笑ってやる!」

 世界に対して、自分の魂の叫びを響かせる。

「さあ、これが私からの初めましての挨拶だ! この挨拶をきいたからには……、」

 世界を、自分の思い通りの遊び場に変えるように。

「さようならの挨拶を言うまで、逃げることは許さんぞ!」

 



   「さあ、何して遊ぼうか?」


   ●



今思い返してみても、わりと滅茶苦茶やってますね。

ああ、恥ずかしい……。


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第二話

少し時間が飛びます飛びます。


  
   ●


 私がこの世界に来てから二十数年がたった。
 その間、私は魔法世界の各地を転々としていた。
 理由は、強者と出会い、教えを乞うこと。
 山奥や森の奥深くでひっそりと暮らしている武術家や魔道士と出合い、弟子入りのまねごとをする、あるいは戦って技を盗む。
 そんなことを繰り返していた。
 索敵能力を使って持っている気や魔力が高い者たちを探せばわりと簡単に見つかるし、習得速度が速くなる能力を作ったので盗むのもわりと楽だった。

 ――どんな技も簡単に会得してしまうので、自信を無くす強者たちを量産してしまってからは、少しは自重することにしたが。

 出会う強者の大半は世捨て人だったので、私のことが噂になることも少なかった。
 そして私はその合間を縫っては各地の町で、村で、自作の魔法具を売って歩いた。
 魔法具と言ってもすべてが防御にしか使えない物だ。
 所有者を襲う攻撃を防ぐ、あるいは傷ついた者を回復する。
 そんなものばかりを売って歩いた。

 ――自分の作ったものが、人を傷つける道具にされるのはごめんだったから。

 売るときには道化のような仮面をかぶっているので目立つし、買おうとする人に『人を傷つけるためには使わず、身を守るために使ってほしい』とお願いしているため、噂になるのも早かった。
 道具作成能力と、概念貼り付け能力をフルに使ったおかげで、性能は最高級であり、美術的価値も高いものとなり、しかもわりと低い値段で売ったため、そこそこ有名になってからはかなり売れるようになった。
 客のほとんどは近くの村に住み、盗賊などの脅威におびえているものや、強盗を恐れる旅の商人、医療関係者だった。
 売り始めてから二、三年もたつ頃には、自作の魔道具を売って歩く仮面の男としてかなり有名になっているらしく、最近では創造王(メイキング)などと呼ばれているようで、どこへ行っても仮面をつけて街を歩くだけで、声をかけられ、商談が始まるようになった。
 普通の人には作り出せないような高等な魔法具を大量に作り出し、売り歩くことから名づけられたらしい。
 それがそのままブランド名となることもあるようで、ある商人同士の会話で、

『見ろよ、創造王(メイキング)の本物だぜ!』

 などと自慢している姿を偶に目にするようになった。
 だが、大抵の場合は、購入時に交わされる約束や、使用者を設定するときに行う契約めいた儀式(魔法具のどこかについた宝石に使用者の血液を垂らす)、さらには、使用時に魔法具のどこかに現れる(魔力を通したときに浮かび上がる)光の文字『testament』にちなんで、テスタメントと呼ばれることが多いようだ。
 この『testament』の文字には私にしか行えないような細工がしてある。
 これにより、見るものが見れば真贋が判断できるようになっており、この文字が、私の作品の特徴とされるようになるまで、そう長い時間はかからなかった。
 さらに、この文字には秘密の術式が仕込まれている。
 この術式は、私が設定した状況になった場合にのみ発動するものであり、『testament』の文字と共にすべての作品に刻み込まれている。
 この術式を解除すると魔法具の効果もなくなるので、はずそうにもはずすことはできない。

 ……まあ、普通に生活していればまず発動することはないので、ほとんどの者には知られていないが。

 『武者修行の男』とは違い、『創造王(メイキング)』の知名度は高く、売り始めてから20年ほどたった今では、魔法世界に知らぬ者はいない、とされるようになった。

 
 そんなある日のこと。


 ある町を仮面にローブといういつもの格好で歩いていると、いつものように住人に呼び止められ、商談をしていると、いつの間にか数人の武装した男たちに取り囲まれた。
 どうやら兵士のようで、今日に客の中に犯罪者でもいるのか、などと考えていると、客は全員商談を中止して逃げて行ってしまった。
 それでもなお兵士たちが離れていかないのを見ると、狙いは私か、あるいは私の持っているものであろう。まあ、十中八九後者であろうが。
 そんなことを考えていると、兵士の一人に呼びかけられた。

「貴様、『創造王(メイキング)』だな!?」
「そのように呼ぶものもいるようだ。……自分から名乗ったことはないがな」

 今私がかぶっている仮面には軽い認識阻害(仮面しか印象に残らないようにする)とともに変声効果も付随されているので、中年の男のような低くもはっきりした声であり、口調もそれに合うようにしている。
 ちなみに、仮面をつけ始めた時は若い男の声になるようにしていた。それから5年ごとにだんだん声を低くしていき年を取ったように変えていったので、年を取っていないことはばれていない。
 私の答えを聞くとその男はそうか、と言い、

「このあたりを収める領主様がお待ちだ、ついてこい!」

 と言い放った。

「ふむ、何の御用で?」
「ついてくればわかる。とにかくこい! 領主様を待たせるな!」

 ……この兵士に聞いても無駄なようだね。

 一瞬逃げることも考えたが、

 ……まあ、この程度の者たちからならばいつでも逃げられるね。

 と思い直し、ついていくことにした。

 
   ●


 今いる町はかなり大きな町であり、一人の領主がまとめている。
 その様子は、認められていないだけで、もはや国ともいえるほどになっている。
 だが、今は十分な大きさの町であるが、100年も前は小さな村であったようだ。
 その村が、盗賊などの被害から身を守るために近隣の村と協力し村の規模を大きくした。
 それに伴い、その近くの村、またその近くの村と、大きな木の下に集まるようにどんどん協力してくる村が集まってきた。
 組織の規模が大きくなれば、それをまとめるリーダーが必要になってくる。
 その村でも例外ではなく、最初に協力の話を出した村の長がリーダーの座に収まった。
 そのリーダーは頭がよく、さまざまなことを考え、実行に移した。

 それぞれの村から男たちを集め、鍛え、町の警護につかせたり。

 いろいろものを知っている老人たちを教師とした簡単な学校のようなものを取り決めたり。

 税金の制度を作り、その税により学校の建物を作り、多くの子どもたちの教育をしたり。

 それぞれの町にいた医者と他から呼び寄せた医者と知識の共有を図り、医療を充実させたり。

 鍛え上げた男たちを組織して、このあたりを根城にしていた盗賊集団を殲滅したり。

 そのほかにもさまざまなことをして、村を発展させていった。
 その結果、村は平和に、豊かになった。
 だが、その優秀な長も亡くなり、その息子が二代目の長となってからしばらくすると、人口が膨れ上がり、村では抱えきれなくなった。
 二代目の長は少々気性が荒い人物だったようで、『狭いならば広げればいい。そこに住んでいるものがいても構わない。奪い取ってしまえばいい』と考え、盗賊を退治しても、有事の際に備えて訓練を続けていた男たちを兵士として組織し直し、さらにそれ以外の男たちも徴兵して、武力によって領地を広げていった。
 最初は躊躇していた村のほかの者も、豊かになっていく生活に、取りつかれていった。
 そうして蹂躙と発展を繰り返し、世代が変わり、三代目の長になるころには、今と同じくらい領土を持っていた。
 必然的に長を領主とした都市のようなものが出来上がっていった。

 三代目は穏やかな人物で、領土を外へ広げることよりも、領土の中をより豊かにすることを考え、近隣の領主たちと同盟を結び、これ以上戦いのない生活を目指そうとした。
 その考えはうまくいき、領地は発展し続け、近隣の領主とも良い関係が持たれていった。
 だが、四代目、つまり今の領主はまた気性の荒い人物になり、また時期悪くこのあたりを日照りが襲った。
 今までの備蓄があるため、すぐにどうこうなりはしないが、このままではダメなのは誰が見ても明らかだった。
 そして今の領主はその気性故、領地内で何とかやりくりするよりも、近隣の領土から奪ったほうが良いと考え、兵の準備をしているらしい。
 これがこの町の歴史と、近隣の町やこの町の住民から聞いた噂であった。
 そして今、『創造王(メイキング)』と呼ばれる自分が呼ばれたのならば、その狙いはおそらくは……。



 そんなことを考えている間に、一行はこのあたりでは一番大きな建物にたどり着いた。
 兵士に促され建物に入り、導かれるままに大きく立派な扉の前にたどり着いた。
 そのまま兵士は扉をたたき、

「領主様、『創造王(メイキング)』殿をお連れしました」
「うむ、入れ」

 中に向かって声をかけた兵士に、中年男性の重苦しい声が返事をした。
 その言葉に、兵士は扉を開きながら私にささやきかける。

「入れ。粗相のないようにな」

 今まで無礼な態度だった兵士のその言葉に少々腹が立ったので、

「ああ、少なくとも君よりは礼儀を心得ているとも」

 と返し、眉を寄せた兵士を尻目に、扉の向こうに進んでいった。

 
   ●


 扉の向こうには小さな家の敷地ほどの部屋があり、その部屋の真ん中にある大きく立派な机に豪華な服を着た中年男性が座っていた。
 この部屋もまた豪華であり、敷物から壁にかかっている絵画まで、この町の一般人には手の届かなそうなものばかりだった。
 その部屋の主であろうその男も肥え太っており、日ごろの生活がうかがえる。
 そんなことを思っていると、その男が声を上げた。

「貴様が、噂に聞いた魔法具職人、『創造王(メイキング)』だな?」
「あなた様の部下の方にも申し上げました通り、私自身そのような名を名乗ったことは有りませんが、そのように呼ばれていることも事実であります、領主様。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、その前に貴様、我が前で失礼であろう、そのふざけた面を外さぬか」
「申し訳ありませんが、これは自身の起こした不始末により醜くなった素顔を隠すものです。領主様の気を悪くするのは忍びなくございます」

 無論嘘だが、このような噂が広まっているのは本当のことだ。なるべく素顔を隠しておきたい以上、そのようなことを言っておけば安心だろう。
 案の定、領主は素顔への関心を無くしたらしく、

「まあ良い。早速だが、ここに呼んだ訳を話そう」

 と切り出してきた。

「実は我が領土は、近隣の領主たちから狙われておってな。それ故にこの町を守るための装備を整えねばならぬ。そんなときに貴様がこの町に来ていると聞いてな、すぐに迎えをゆかせたのだ。貴様はすぐれた魔法具を作ると聞いておるからな、その魔法具を売ってほしいのだ」

 やはりな、と思いつつ、

「魔法具、とは、具体的にどのような効果のものをいくつほどでしょうか?」
「うむ。とりあえず防御用の物を500、回復用の物を250ほど売ってほしい。どうだ?」
「……数は十分に在庫がありますので問題はありませんが、さすがに今はそんなには持っておりません。領主様の前にお出しできるのは明日以降になりますが……」
「おお、それはいい。明日にでも持ってこられるならば十分だ」

 領主は嬉しそうにそういうと、今度はニヤニヤ笑いだし、
 
「……ところで相談なのだがな。貴様は身を守る魔法具は数多く作り、安価で売っておるようだが、攻撃用の物は一つも売っていないと聞く、それは本当か?」
「真実でございます」
「……それは何故か?」
「私は、自分の作ったものが戦いに使われ、人殺しに使われるのが嫌なのでございます。それ故に、戦いには役立たず、身を守ることしかできない魔法具のみを作るのでございます」
「我は領地を守る力として、貴様の魔法具を使いたいと申しておる。それでもか?」
「はい、それでもでございます。確かに領主様は立派な人格者でございましょう。ですが、領主様の部下の方々、次代おの領主様とその部下の方々は、はたして私の魔法具を攻撃のために使わないと断言できますでしょうか? それに、万が一私の魔法具が盗賊どもの手に渡った場合、大変なことになります。それは避けねばなりません」

 ウソも方便とはよく言ったものだと思う。

「ですので、申し訳ありませんが、作れません」
「我が頼んでおるのにか?」
「無理でございます」
「わかっておらんな。……我は作れと言っておるのだぞ?」

 その言葉と共に、扉が開き、兵達が飛び込んできて私に武器を突き付け、取り囲んだ。

「作ると言うなら無傷で解放すると約束しよう。だが断るならば……」

 本当に、立派な人格者だな。

「作りません」
「……貴様は今の状況がわかっていないのか?」
「わかっていないのは領主様の方でございます。貴方が欲しいのは私の持つ魔法具。それは私を殺せば隠し場所がわからなくなり、手に入るのは今私が持っている数点のみになるでしょう。それでは意味がありません。金の卵を生む鶏を殺しては意味が無いでしょう?」
「……我が欲しいのは貴様の作る魔法具だ。別に五体満足の貴様ではない。……わかるか? 我には貴様の両足を切り落とし、閉じ込めて魔法具を作らせると言う選択肢もあるのだぞ? 魔法具作成に必要な知識と腕さえあればよいのだからな」
「無理でございます」
「そうか、そんなに作りたくないか。ならば仕方ない。――やれ、殺すなよ」

 その言葉と共に、周りの兵の武器が私の足を襲う。
 ……だが、

「……お忘れですか?」

 その武器は、私まで届く事はない。
 その刃が私の体に届く前に、見えない壁にぶつかったかのように止められているからだ。
 驚く領主を見る私の目は相当に冷たいものだろう。

「噂に高き創造王が誰か。この世界でテスタメントを一番多く所持しているのは誰か。……私が先程言った『無理だ』とは武器を作る事に対してではありません。私を害する事に対してでございます」

 ちなみに、今まで作った製品は全て私が持ち歩いている。ローブのポケットを別空間につながるように改造すれば倉庫がわりにもなる。隠し場所云々は嘘だ。

「お分かりですか? 貴方では私を傷付ける事はできません」

 領主の悔しそうな顔に、少し溜飲が下がる思いがする。

「それでは、私はこれで帰らせていただきます。……ああ、ご心配なく。商品はきちんと明日お渡しいたします。料金は門番の方に知らせておきますので、きちんとご用意いただきますようにお願いいたします」

 そういい残し、呆然とする領主を気にせず部屋を出て屋敷を後にした。


   ●


 次の日、言われた個数を納品しに屋敷へ向かったが、中には入れて貰えず、門番が内容を確認したあと料金を渡して来た。
 聞けば領主は気分が悪いとのことだ。
 私は仕方なく幻術を使って屋敷に入り、領主のいる部屋まで向かって行った。やがて領主の部屋までたどり着くと、気付かれないように領主の部屋に入り、机に着いて何かの書類を羊皮紙に書きなぐっている領主の背後に立つと、幻覚で体を縛り、動きを封じてから話しかけた。

「ごきげんよう、領主様」
「――!!!」

 人を呼ばれても厄介なので、声も封じておいたのだが、自分の状況に驚き、目を白黒させる姿は、とても滑稽だった。

「落ち着いてください。私はあなたに危害を加えるつもりはありません。騒がないと約束していただけるのならば、拘束を解きましょう。……約束していただけますね?」

 その言葉に、領主はぶんぶんと頷きを返す。
 それを見て、とりあえず口をきけるようにした瞬間、

「曲者じゃ!! 早く我を守れ!!!」

 と案の定叫び声をあげた。
 だが何も反応は帰ってこない。
 どうせこうなるであろうと思っていたので、開放する前に防音用の結界を張っておいたからだ。
 話を続けたかった私は、返事が返って来ない事に戸惑いの表情を浮かべる領主に対し声をかける

「話を続けても構いませんか?」
「き、貴様! 我の部下をどうした!?」
「どうもしておりません 貴方様の声を届かせないように防音処理を施しただけです」
「一体何が目的だ!? 金か!?」
「落ち着いて下さいと申しております。私は金にはそれ程困っておりません。日々の生活が出来れば十分でございますし、もう一生分の蓄えは出来ております。今日こちらへ参りましたのは、注意事項を伝えに来ただけでございます」
「注意事項だと!? 使い方ならわかっておるし、金は貴様の言い値を払ったぞ! 他に何が有ると言うのだ!」
「私は私の魔法具を買って頂いた方には必ずある約束をしていただいております。本来ならば今回お売りする500と250の魔法具の所有者となられる方々全てに会って約束をして頂きたいのですが、さすがにそれは骨が折れますので、代表である領主様にお話ししようかと」
「約束だと? なんだそれは!?」
「簡単なことでございます。……私がお売りした魔法具は、決して人殺しには使用しないで頂きたいのです」
「……何?」
「正確には、人殺しの補助にも使わないで頂きたいのです。元々私の魔法具は全て護身用に作った物ですので、それ以外の用途には使えない用になっているのです。本来の用途以外の用途で使って、どんな不具合が起こっても保障はいたしかねます。……どうですか? 約束して頂けますか?」
「……わかった。約束しよう。もとより貴様から魔法具を買ったのは我が領土を守るため。侵略に使う気はない」
「……そうですか、それはよかった。ではその旨、部下の皆様にもお伝え頂けますよう。それでは私の用事はこれで終わりです。お邪魔いたしました、領主様。またのご利用お待ちしています」

 言い終えると同時に気配と姿を消す。
 そのまま待っていると、領主の顔はおびえから驚きに変わり、体の自由が戻っていることに気づいて、安堵を経て怒りに変わり、

「貴様ら! 何をしておるか!」

 部屋の外に向かって叫んだ。
 すぐに領主の部下達が扉を開けて飛び込んできて、

「領主様! 何事ですか?!」
「何事も何もあるか! 警備担当は何をしておった!」
「……? 賊でも入り込んだのですか?」
「……先程までそこに創造王(メイキング)がおったのだ!」

 苛立ちを隠すことなく姿を消した私が立っている場所を指差す。

創造王(メイキング)が?! 一体何のために?!」
「……約束をしに来たんだそうだ」
「約束? どんな約束ですか?」
「あの魔法具を殺すためには使うな、だそうだ」
「確かに、創造王(メイキング)から魔法具を買うと必ず言われるという噂ですが……。約束したのですか?」
「……しなければどうなっていたかわからなかったからな」
「よろしいのですか? あれは元々隣の領土へ攻め込むために……」
「わかっておる。……何、かまわん。誓約の呪いの類をかけられた様子はない。破っても何の影響もない。無意味な約束だ」
「ですが、相手はあの……」
「やかましい! さっさと戦の準備を進めろ! それと、今の警備担当は減給だ! 伝えておけ!」
「……はい、わかりました」

 納得できない感情と不安と不満が混ざり合った顔を作った部下は、それでも領主に返事をして部屋から出て行く。

 ……横暴で浅慮な上司の元で働くと苦労するね。

 そう思いながら、私もその部下と一緒に出て行く。

 ……それにしても、やはりこうなったか。

 あの領主の噂と、実際に会って話してみた感じから、自分の忠告など聞かないであろうとは思っていたが、案の定だった。

「これであの領主も終わりかね……」


   ●
 

 『testament』に刻み込んだ術式。

 それは、人を殺したとき(厳密には致命傷を与えたとき)に発動する、傷ついた者を回復させる術式だ。
 テスタメントを使用する際には、装備者がテスタメントの宝石部分に血をたらし、契約のようなモノを行わなければならない。
 そしてその使用者が人を深く傷つけたとき、使用者の魔力か気を強制的に吸い取り、怪我を回復させる。
 無論、回復させるための魔力や気は対象の怪我の具合によるが、たいていの場合自身の魔力と気をほとんどもっていかれる。
 そんなことをされた装備者はたまったものではない。気と魔力がほとんどゼロになれば、戦いどころか動くことすら儘ならないだろう。
 さらに今回売ったものに限っては、装備者が傷つけたものはもちろん、その周りで致命傷を負ったものにも回復魔法がかかるように調整をしておいた。
 ただし、完全に回復させるのではなく、生き残れる程度の回復だ。
 これならば、一人の魔力や気でも何人かは回復できるし、完全に回復するわけではないので戦いも長引かない。
 けが人はかなり出るだろうが、両陣営ともに死人はほとんど出ないだろう。

 ……私の作った道具で死人なんぞ出させてやるものかね。

 どんな者が、どんな楽しみを持っているかわからないのだから、出会う前に死んでしまわれてはつまらない。

 ……ここは私の遊び場だ。私の手が届く範囲では面白くない事態など起こさせはせんよ。


   ●


 一ヵ月後、とある地方にある奇妙な噂が流れた。
それは、ある地方の領主が隣の領主に戦いを挑んだが、敗戦したというものだ。
 原因としては、戦いの直前に購入した魔道具の欠陥らしい。
 前線からどんどん崩されて行き、結局領土は奪われ、領主は追放されたらしい。
 だが不思議なことに、この戦争で、死者は一人も出なかったそうだ。
 さらに、領主が追放され、新しい領主が納めるようになった土地では、以前の悪政から開放された領民が大喜びだそうだ。

 と、こんな噂だった。
 さらにそれと同時期に流れたもう一つの噂がある。

 創造王(メイキング)が作った魔法具は、死人が出ることを許さない。
 魔法具を受け取ったときの言葉により制約が魂に刻まれ、人を殺した所有者に裁きを下すらしい。
 これは、創造王(メイキング)が平和を愛し、人が傷つくことが我慢ならない人物だからだそうだ、と。



 二つ目の噂を聞いて、苦笑した人物がいるとかいないとか。


   ●



主人公は基本的に身勝手です。
……まあ、これくらいの勝手は許していただけると思いますが……。


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第三話

主人公、ボッチ回避の巻。


   ●


 この世界に来てからもう100年程が経った。
 現在の状況として、とりあえず魔法世界はこちらに来てから30年程で一回りし終えている。
 旅の目的だった達人達には大体出会い、私自身の強化も一通りすんでいたので、人里に下りて、商売を始める事にした。
 今までも創造王(メイキング)として行商人紛いの事はしていたが、今度は町で店を構えて固定客相手の商売をしてみたいと思ったからだ。もちろん怪しい仮面はしていない。
 創造王(メイキング)としては決まった場所に拠点を作ることはできない。どんな厄介が舞い込むかわからないし、その厄介に関係ない一般人を巻き込むわけにもいかないからだ。
 最初は二代目創造王(メイキング)として各地を周り直すのも悪くないと思ったが、段々と商品(テスタメント)の売れ方が悪くなってきていたのだ。
 どうやら世界中にテスタメントをばらまき過ぎたらしく、少し有名な骨董屋に行けば簡単に手に入るようになっていた。
 ちょっとやそっとでは壊れたりしないし、能力も劣化なんかしないので、新しい物に取り替える必要も無くなり、供給が需要を上回ってしまったようだ。

 なので、一つのところに留まって別の商売を始めようと思ったのだ。
 見た目が変わらないのは、長命なヘラス族の血が混ざっているためだ、という事にしてごまかした。

 ……まあ、それでも20年程で移動しなければならなかったが。

 商売は雑貨屋、ということにしている。
 売っているのはアクセサリーに始まり、鍋等の台所用品、各地を回っていた時に集めた様々な地域の工芸品やそれを参考にして私なりに新しく作った土産物等だ。
 創造王(メイキング)の時のように強力な能力や機能は付与していない。
 少し怪我をしにくくなったり、少々運が良くなったりするぐらいの軽いおまじない程度が精々だ。
 製作には能力による創造ではなく、これもまた旅の途中で見つけた珍しい石や材木と、それらに加え近場の森で間引かれた木々の内、形や質が悪く建材として使えないものや建材として切り出した余りの内で良い所を二束三文やタダでもらってきたもの等を材料に、自分の手で削り、整え、着色して、と言うようにしている。
 能力に頼りきるのは抵抗があったし、やってみると結構楽しいものだった。
 そのおかげで単価は安く済み、質の良い物が安く手に入ると評判になり、近隣の町から仕事等でやってきた者たちが土産に買っていき、持ち帰った町でまた評判になる、というように、どこの町でも店は繁盛した。

 ……引っ越す際は、噂の届いていない場所を探すのが大変になったが。

 制作は、日中は店の奥にある工房で店番をしながら行い、夜は店を閉めて制作用の特殊な空間で行う。
 その空間とは、以前交流のあった気のいい貴族に見せてもらった『ダイオラマ魔法球』というものを参考に自分で作りあげた物だ。
 本来のダイオラマ魔法球は大きさ50センチメートルほどの透明な球殻の中に地形や環境などを圧縮し、閉じ込め、一つの独立した世界とするものだ。
 中に入れる物も、小さな物ならば家が一軒程度、大きくても山が一つぐらいだそうだ。
 あまり大きいと管理が大変らしい。
 さらに、この魔法球の効果として、中と外の時間の進み方に差をつけられるというものがある。
 具体的に、その貴族の魔法球は外の一時間が中の一日であり、中と外では時間の進み方が24倍違っていた。

 だが、私の魔法球は持ち運びを楽にするために直径2センチメートル程の球体で、いつもは紐をつけて首から下げている。
 中に入っているのは、一つの『世界』だ。
 閉じられた環境という意味の世界ではなく、文字通りの『世界』。
 海もあれば山もあり、森もあれば生物たちもいる。
 昼夜もあれば四季もあり、天気も変われば雷も落ちる。
 唯一人間だけが存在しない、原始の世界ともいえる場所。

 
 まず、基本となる一万メートル四方の海しかない平面世界に、私の工房たる一軒家のみ存在する小さな5メートル四方の小さな島を最初に作り、次にいくつもの大陸を作り、山や川、砂漠や湖などの地形を作った。
 次に、森から持ち込んだ種や小さな木を植え、大気の二酸化炭素濃度を濃くしてから、一定周期でめぐる四季と昼夜のみを設定し、100年ほど放置した。
 とはいえ、私の魔法球は時間の差を自由に設定できるようにしてある。なのでとりあえず一日を100年にしておいたため、外で一日待っていればいいだけだったが。
 そうして木々が繁殖したら今度は草食動物を一種類につき100個体ずつ入れる。
 大体もともと生息していた環境と同じ環境の場所に入れたので環境に淘汰されることはないと思う。 
 そうしてまた100年待ってから、今度は小型の肉食獣を同じく一種類につき100個体ずつ入れる。
 餌となる草食動物もかなり増えているから、肉食動物が飢え死にしたり草食動物が食い尽くされたりはしないだろう。
 それからまた百年待ち、大型肉食獣を放り込む。
 このようにすれば生態系のピラミッドを保てるだろう。

 ……捕獲には苦労した。数は多いし暴れるしで。特に魚とかは数は多いが食われやすいから親を100匹放り込むだけで足りるかどうかが不安だったが、何とかなったようだ。
 
 そうして、今度は超大型肉食獣(ドラゴン)の雌雄を2、3頭ずつ放り込んだ。


 これに関しては入れすぎるとまずいため、繁殖できるぎりぎりにした。
 まあ、生態系の頂点だと思うし、大丈夫だろう。
 季節や気候はすべての地域で同じではなく、とりあえず地球を参考にして、それぞれの組み合わせで24種類ぐらい作って、それぞれの地域で異なる四季がめぐるようにした。
 そうすると当然気圧の変化や水の循環なども起こるため、天候も規則的に不規則に変わる。
 そのようにして作った、生物の箱庭のような魔法球。
 その中心の、結界を張って生物が入れないようにした工房で、私は作業をしている。

 ……足りない材料も、魔法球の中でまかなえるしね。

 さまざまな金属の鉱山も作ったので、金、銀、銅、鉄なども取れる。
 それに、これだけの時差があると、例え一日で店の商品がすべて売れてしまっても次の日にはいつも通りに開店できる。

 ……まあ、そんなことをすると怪しまれるからしないがね。

 そんなこんなで、我が店には周辺からかなりの客が来る。
 そして自然と、各地の噂話が数多く飛び込んでくる。

 ……実は、これも店を開いた理由の一つだったりする。

 噂話は多岐にわたる。
 曰く、あそこの領主は名君だ。
 曰く、ある領地では町と町をつなぐ街道の整備のため、護衛の戦士を含め、多くの人手を集めている。
 曰く、隣町のはずれの酒場の看板娘は美人だが婚約者がいるので手が出せない。

 為政者の評判から個人の色恋沙汰まで、本当にいろいろな噂が集まる。
 酒場を開けばもっとさまざまな情報が集まるのだろうが、酔っぱらいの面倒を見るのはごめんだ。
 ともあれ、つまらない情報が数多くある中、最近になってやっと面白い情報が私のところに舞い込んできた。

 ――曰く、北のはずれにある火山の火口の中に『不死鳥』の群れがいる。

 その噂を聞いた次の日から、店を臨時休店にして、私は噂の場所へと向かった。


   ●


 いきなり火口に飛び込むのはまずいので、火山の近くの森まで飛んで行き、そこから森を探索しながら進んだ。
 途中で今まで見つけてこなかった植物やその種を収集するためだ。
 あまりいいものは見つからなかったが、一種類だけ、今まで見たことのない木の実があった。
 見た目はみかんのようだが色は青く、大きさは直径5センチ程だった。
 一口食べてみたが、甘さ、苦さ、辛さ、渋み、酸味など、いろいろな味が混ざっており、あまり口に合わなかったが、何かしら効果があるかもしれないと思い、4,5個懐に仕舞い込んだ。
 そんなこんなで火山のふもとまでたどり着き、索敵能力を発動してみると、確かに火山の()に大型の鳥らしき反応があった。
 火山の周りを捜索してみると、岩や木で隠されてはいるが大きめの洞穴があり、そこから中に入っていけそうだ。
 だが、洞窟の中からは有毒なガスが出てきており、普通の生物では入っていけないようだ。
 実際、不用意に近付きすぎたのであろう生物の骨があちこちに転がっている。
 私は、両耳にイヤリングをつけ、さらに自分の障壁を強化して障壁内の大気を密閉し、大気調整用の魔法具を発動してから、洞窟の中に入っていった。


   ●


 私は洞窟を淡々と進んで行く。
 外からの光は入って一分もしないうちに届かなくなった。
 密閉された障壁内で火を起こす程愚かではないので、光の魔法で道を照らす。
 洞窟内部は複雑に曲がりくねっているうえ、いくつにも枝分かれしている。
 それに加えてこのガスのせいで、普通の人間ならばこの天然の要塞の中であっという間に息絶えてしまうだろう。

 ……この私でも、不死鳥たちのいる場所を感知できる能力がなければ、危ないかもしれない。

 そんなことを考えながら、休むことなく進んで行く。
 進めど進めど見えるのは洞窟のみ。
 きちんと目的地に近付いていると実感できるものは、索敵能力と、

 ……この熱さか。

 不死鳥たちがいるのは火山の中心部に近いところらしく、そこは当然のことながら灼熱地獄だ。
 よって、目的地に近付けば近付くほどに周囲の温度は上がっていく。
 最初は氷の魔法で自分の周りを冷やしていたのだが、ただでさえ障壁を張っているのにそのうえほかの魔法まで使うとなると魔力の消費が激しい。
 初歩的な魔法ならまだしも、密閉型の障壁が高等魔法なのは当然として、氷の魔法についても周囲の温度は中級魔法程度でも対処が追いつかなくなってきている。
 仕方なく、概念付与能力を用いて、手持ちの指輪に『周囲の熱エネルギーを吸い取り己の魔力とする』という能力を付け、進んでゆく。
 こうすれば、周囲の熱が高くなるほどに魔力は回復していく。

 ……余剰の魔力は魔力保存用の宝石に封じておけばいい、と。

 70年ほど前に、魔力容量の高い宝石の鉱山を見つけ、根こそぎほりつくしてから生まれた習慣だ。
 魔力を大量にためておくことができる宝石に自分の魔力をためておき、使いたいときに使えるようにする。
 こうしておけば万が一の時に魔力切れで困ることもないだろう。
 日常的に魔力を貯蓄しているので、もうかなりたまっている。
 もっとも店舗や工房の防衛用の術式のバッテリーとして魔力のたまった宝石を使っているので、たまるスピードはそんなに速くはない。
 ためるのに集中しすぎて魔力をすべて注ぎ込んで敵にやられてしまっては意味がないのだから。
 なので、睡眠の前に自分の総魔力の三割ほどを宝石に注ぎ込むのが寝る前の習慣になり、さらに旅先で魔力が大量に手に入った時にも貯蓄に回している。

 ちなみに、これと同じことを気でも行っている。
 違いと言えば、気をためているのは宝石ではなく、それ専用の魔法具であるということ。
 宝石を見つけて魔力の貯蓄を思いつき、それを気にも応用できないかと考え新たな魔法具を作り出した結果である。
 もっとも、魔力と違い気には汎用性がなく、せいぜい身体強化の類にしか使えないため貯蓄量ばかり増えてしまっているのが最近の悩みではあるが。

 ……そろそろそっちの方の活用法も考えなければね。

 いろいろと案を考えながら進んでいくと、洞窟がだんだん明るくなってきた。
 だが、見えている光は太陽のような白くて明るい物ではなく、すべてを燃やし尽くすような灼熱の赤色だった。
 魔法具のおかげで熱くはないが、目がつぶれそうなほどの強烈な光が襲ってくる。
 その対策として、急いで創造したサングラスをかけて、先へ進む。


   ●


 強烈な光の先には広い空間があった。
 どうやらここは火山の噴火口から地中に続く縦穴の途中にできた横穴らしい。
 広さは面積が100m×200m、高さが100m程とそこそこの広さだ。
それぞれの壁面は緩いカーブを描き、ゆかも浅いすり鉢の様にへこみ、入ってきた洞穴からみて反対側には壁が無く、灼熱の光と身を焦がす熱さが襲って来る。
ゆかには直径10メートル以上の岩が幾つもころがっており、そのうちの一際大きな岩の上に、

「やあ、こんにちは。遊びに来たよ?」

 今回の目的がいた。


   ●


 ……素晴らしい

 体長は20メートル程だろうか。
 この灼熱の光にあってもなお紅く輝き、その羽毛は人間が一瞬で消し炭になるであろう高温にも焼け跡どころか焦げ目ひとつない。
 この場所の王が誰であるかなど、疑問にすら上がらない。
 神々しささえ感じる程に、その姿に魅せられる。

 そんな風に堂々と、不死鳥、フェニックスはそこにあった。


   ●


 (敵か、ならば排除する)

 頭の中に響いてくる声。
 殺意を多分に含んだ音ならぬ声を聞き、

「待ってくれ。私は争いに来たのではない! 話に来ただけだ!」

 (やかましいな、さっさと片付けよう)

「だから待ってくれと言っている! 私の言葉はわかっているだろう!? そして私も君の思いはわかっている!」

 (戯れ事だ、聞く意味はない)

「戯れ事ではないし聞く意味はあるとも!」

 (……貴様、本当に私の意志がわかるのか?)

「ああ、わかっている」

 どうやらやっと話ができそうだ。

 (貴様、何故私の意志を読み取れる? 貴様はどう見てもニンゲンであろう)

「ふむ、その答えは簡単だ。私が付けているこの耳飾り。これは対象の意志を聞き取り、理解出来る効果がある。それより、ひとつ聞きたいことがある」

 (……なんだ)

「この場所の空気は人間には毒だが君達には害は無いのか?」

 (害があるならこんな所になどいるものか。私たちにとってここの空気など、外の空気となんらかわりない。少々息苦しい程度だ)

「ならば、外の空気の方が心地良いのだね?」

 (ここより幾分かはな。だが、そんなことを聞いてどうする? 我等はそんなことで外に出たりなどせんぞ?)

「別に外に出てもらわなくても良いよ。この空気では私でもタダでは済まないのでね。……少々場を整えさせて貰おう」

 その言葉とともに、懐から出した太い木製の杭を地面に叩き込んだ。

 (貴様!何を――!?)

「まあ見ていたまえ」

 すると、地面に半ばまで刺さった杭を中心に魔法陣が広がり、瞬く間にこの空間の内部全体を包み込んだ。
 そして、異変はすぐに現れる。

 (これは……、空気が……?)

「そう、この場の空気を浄化し外界と同じぐらいの環境にした。今そこに突き刺した杭は限定空間内の環境を整える効果を持つ。気温気圧湿度大気成分、何でも思いのままに出来るのだよ。先ほどの私のように小さな障壁内で使うもよし、ここのように大きな空間内で使うもよし、いつでもどこでも快適に過ごせる空間を提供出来るこの商品、今なら私の話を聞くだけと言う超お得なお値段でお買い求め頂けますが、どうかね?」

 (何のつもりだ? 貴様ここに何をしにきた?)

「言っただろう? 話に来た、と。話をするのに障壁を挟んでいるというのは、相手を信用していないといわれても仕方のない行為だからね。邪魔な壁を取り払うためにはこうするほかに方法が思いつかなくてね。……ああそういえば、こちらで勝手に調整してしまったが、何か不都合はあるかね? やはりもう少し暑いほうがいいかね?」

(温度はこのくらいでいい。だがニンゲン、話に来たというその言葉、そう簡単に信用できると思うか?)

「まあ無理だろうね。しかしだからこそ話そうというのだ。誤解を解く方法はこれしかないだろう?」

(なるほど、確かにその通りだ。だがニンゲン、この状況を解決するのにもっと簡単な方法がある)

「ほう、それは何かね?」

(何、本当に簡単なことだ。……ここで貴様を排除すればいい!!)

 その意思が響くのと同時に、不死鳥は飛び上がり、密閉型の障壁を解除していた小さなニンゲンに襲い掛かった。
 不死“鳥”というだけあってその動きは素早く、鋭い爪の生えた足を獲物に向けて、高所から飛び掛かってくる。
 対する獲物は逃げることすらせず、ただ穏やかに立ちつくし、

 
 ただ静かに、その爪を受け入れた。



   ●


 不死鳥の爪はニンゲンの体を貫いた。
 ニンゲンの体を掴むようにしている片足の三本の爪の内、一本は腹を、残りの二本は肩を回って背後から胸を貫いている。
 腹への一撃は内臓を幾つも砕いただろうし、背中からの二撃は肺を割ったはずだ。

 (これで終わりだ)

 今までも、自分達のすみかにヒトが来た事は何度かあり、その度に一番長く生きている自分が相手をしてきた。
 来たのは今回の様に一人の時もあったし、団体の時もあった。
 どちらにせよ対応は変わらない。
 ただ排除し、新しいすみかへ移る。
 それだけだ。
 この場所にいられた期間は随分長かった。
 その分愛着のような物もあるし、多少息苦しさはあったが、そのおかげで人間が入って来ることは今までなかった。
 だが、一度ヒトが来た以上、ここももう安全ではない。
 早くここを出て次のすみかを探す必要がある。

 (しかし、今回のニンゲンは妙だったな)

 己の爪で貫いた男を見る。
 自分が攻撃をしたとき、この男は何もしなかった。
 こんな所まで来られる程のニンゲンだ。
いくら自分の攻撃が早いとは言え、それでも防御か回避はするだろうし、もしかしたら反撃等も来るだろうと思っていた。
 最終的な結果は変わらずとも、もっと時間がかかるものと思っていたのだが……、

 (随分とあっけなかったな)

 そう思いながら足を振り、最早生きてはいない侵入者を放り投げ、地面に転がす。

 (さて、感じた気配はこいつの物だけだが、こいつを囮として気配を隠した他の侵入者が潜んでいないとも限らん。警戒は解けんな……)





「おや、気配を殺して訪問するのは暗殺者だけだと思って堂々と正面から来たのだが、余計な懸念を与えてしまったかね?」





 (……!?)

 聞こえるはずの無い声に驚き、先程まで死体が有った場所を見ると、侵入者が服の埃を払いながら、何食わぬ顔で立っていた。

 (馬鹿な!? 何故生きている!? 腹を貫き、肺も両方割った!! ほぼ即死のはずだ!!)

 今まで何人もの侵入者を排除してきた経験が、確実に仕留めたと言っている。
 だが侵入者は生きていて、それどころか、

 (何故傷一つ無い!?)

 目の前の侵入者には、腹や胸の致命傷や、投げ捨てたときに付くはずの擦り傷すらもなく、服に開いていたはずの穴すらない。

 (幻覚魔法か……?)

「確かにそのような魔法を使えばこのような事も可能だがね、残念ながら魔力感知まではごまかせん。私は確かに本物だよ」

 (ならば、何故生きている!?)

「何、たいした事ではない。ただ、私が不老不死だと言うだけだよ」

 (不老不死……だと?)

「そうとも。私は少々特殊な人間でね。決して老いる事は無いし、どんな傷も、それが例え致命傷でもすぐに治ってしまう。だから死なない。つまりは不老不死というわけだ」

 (……要するに、私には貴様を殺せない、ということか)

「そうだ。だが、これで私が君達を狙っていたのではないとわかってくれたかね?」

 (……どういう事か、言ってみろ)

「君達不死鳥を人間が狙う理由は主に、不老不死の研究のためと、魔道具の材料や儀式の道具等のためだ。後はまあ鑑賞用にすることぐらいか。まず、私に不老不死の研究は必要無い。もう不老不死だからね。次に、魔道具の材料や儀式の道具についてだが、先程見せた杭もそうだが、私は必要な物は自分で作れるし、そのための材料も無から作れる。そういう能力を持っていてね。だから君達を襲うなんて危ない橋を渡る必要も無い。鑑賞用についても、私は金は十分に持っている。だから見世物などやる必要は無い。……どうかね? 私が君達を襲う意味を持たない事がわかったかね?」

(……なるほど、確かにその通りだ。道理にかなっている)

「わかってくれて幸いだよ」

(ならば、なぜここに来た? 今の話が真実ならば、貴様がここに来ることに何のメリットがある?)

「真実ならば、か。まあ、不死の部分はともかく、不老については今すぐ証明するのは難しいからね。それはおいおいわかってもらえばいい。それと、ここにきて何のメリットがあるか、だったね。それについては問題ないよ。ちゃんと私にもメリットはある」

(それは、なんだ?)

「先ほども言ったが、私はここに君たちと話をしに来たのだよ。だからメリットも、『君たちと話せること』、これに尽きる」

(わからんな、話し相手ならばここに来なくとも、外にニンゲンがいくらでもいるだろう。そいつらと話していればよい)

「確かに、世間話程度ならばそれでもかまわない。だが、そこでは私は普通の人間でいなければならない」

(…………)

「人間ならば人間の、私ならば私の思うことがある。だが、その中では、私は普通の人間が思うことしか話せない。普通の人間の思うことしかわかってもらえない。不老不死である私の考えはすべて奥に仕舞い込まなければならない。……それでは窮屈なのだよ」

(それで、ここに来たのか?)

「ああ。町で不死鳥がここにいるという噂を聞いたときは喜びを押し殺すのが大変だったよ。なにせやっと、『多くの時を生きるもの』が見つかったのだからね。『やっと私は、自分をさらけ出せる場所を見つけたんだ』と、そう思って歓喜した」

(だが、私と貴様では種族が違う。それでは分かり合うことは難しいだろう)

「そうだろうな。だが不可能ではない。それに私は人間ではないもっと別の、『私』という私だけの種族だ。もとより同じ種族と語り合えるとは思っていない。だから異種族と話し、分かり合おうとすることに何のためらいもない。だから、不死鳥よ」



「――私と友になってくれ」



 先ほどから響く目の前のニンゲンの言葉は、とてもまっすぐで、偽りが感じられない。
 今までここに来た人間と同じような、何かを押し殺したような嫌な感じがしない。
 おそらくこのニンゲンは、自分をさらけ出しているのだろう。
 嘘偽りなく、自分の感情をぶつけてきているのだろう。
 それは、今まで汚いニンゲンにしか出会ったことのない自分にはとても新鮮で。
 ――とてもきれいなものだった。
 今まで背後で多くの岩の陰に隠れていた同胞たちも、同じことを思ったらしく、皆、私とこのニンゲンとの会話に耳を傾けているのがわかる。
 私は、目の前でこちらに向かって大げさに手を差し伸べ、動きを止めている人間を見て、そして、

(皆よ、この者に不信を抱くものはいるか?)

 背後からの反応はない。これは、つまり……、

(ニンゲンよ、貴様、名はなんという?)

「ミコト。私の名前はミコトだ」

(そうか。……ならばミコト、お前が我らの友であろうとする限り、我らもミコトを友として迎え入れよう。そして同時に、先ほどまでの非礼をわびよう。すまなかった。……許してもらえるか?)

 私の言葉にニンゲン、いや、ミコトは喜色をあらわにして、

「もちろんだとも!では私からも謝罪と感謝を。いきなり訪れて勝手なことを言ってすまない。そして、こんな私を受け入れてくれて感謝する! 無論、後ろの君たちにも、だ」

 その言葉と共に、私の後ろから同胞たちが飛び立ち、ミコトの周りを取り囲む。

(さあ、まずは歓迎しよう、我らが友、ミコト。我らのすみかへようこそ。何もないが、ゆっくりしていくといい。皆とも話してやってくれ。若い者などは特に、外の話を聞きたがるだろう)

 
「ああ、もちろんだとも。さあ君達、なんでも聞いてくれ。私が今まで見聞きしたものをなんでも聞かせよう。何、安心したまえ、私にも君達にも、時間は無限にあるのだから」

 それから少しの間、私はミコトと皆が話しているのを見ていた。
 皆、ミコトの話を興味深そうに聞いている。
 それもそうだろう。私たちには敵が多く、あまり外に出ることはできない。
 私を含め、人の力が強くなるより前から生きている者たちならばともかく、若い者たちの中にはこの山の周りより外の世界を知らない者さえいる。
 そのような者たちにとって、ミコトの話はさぞ驚きに満ちていることだろう。
 そんなことを思いながら、ふと見てみると、私たちの中でも特に若い――生まれてから大体50年ほど――者が、ミコトの着ているローブの一点をつつきながら、何事か言っているのが見えた。

(ミコト、ミコト、これ頂戴!)

「これ? ……ああ、この木の実のことかね?)

 ミコトは少しローブの中を探ると、青い木の実を差し出した。あれは……、

(そう、それ! それ頂戴!)

「ああ、いいとも、持って行きたまえ」

 その木の実をもらって、その者はとてもうれしそうに、

(ありがと、ミコト! 僕たちみんな、これ大好き! ありがと、ミコト!)

 早速木の実をつついて食べ始める。

「喜んでもらえてうれしいよ。だが、これが皆の好物だ、というのは本当かね?」

(ああ、本当だ。若いのに限らず長生きの者も、皆それが大好きだ)

「ならば次に来るときはこれをたくさん持って来よう」

(それはうれしいが……)

「……? うれしいが、何かね?」

(若くて体の小さい者ならまだしも、私のように長生きして体が大きくなってしまった者には、その木の実は小さすぎてな。食べた気がせんのだよ)

「なるほど、そうか……。――みんな、聞いてくれ。今日のところはいったんここで帰らせてもらう。なに、3,4日で戻ってくる。その時には皆に贈り物も用意しておこう」

 そういってミコトは、去って行った。
 さて、何を持ってきてくれるのか……?


   ●


 不死鳥達に断り、転移魔法の基点となる杭を新たに打ち込ませてもらってから、私は自宅へ戻った。
 こうしておけば、またすぐにあの場所へ転移出来る。
 そしてすぐに魔法球の中に入り、工房の近くに新しくかなり大きめの島を作り、土壌を調整し、肥料を混ぜたあとに例の木の実の種を島の中心に、その他の草花の種を島全体に植えた。
 そうしてすぐに魔法球の外に出る。
 外での一日が魔法球内での100年になるため、外で15分程過ごしてから中に戻ると、中では一年程経って、種を植えた場所には細い木が立っていた。
 順調に育っているのを確認すると、多めに肥料をやり、また外に出た。
 そうして今度は一日、内部時間で100年経ってから入ると、そこには立派に育った大樹があった。
 待っている一日の間にとってきた野性の蜜蜂の巣を中身ごと島に放つ。
 そうして、以前から作っておいた人形(成人女性型)5体に擬似的な命と養蜂技術、蜂の世話をする命令を与え、樹の前に行き、

「さて、植物に概念を打ち込むのは初めてだが、うまく行ってくれよ……!」

 『実りが大きくなる』という概念を大樹に付与し、外に出た。

 そうしておいて、内部で一年程経ってから入ってみると、

 ……少々うまく行きすぎたかね……?

 そこにはたわわに実をつけた大樹があった。

 ……実の大きさが一つ一メートル程の実をたわわにつけた大樹が。




 それらを収穫し、半数を加工して残りの実を持って外に出て、15分後にまた入り、一年後にもまた同じだけ実っている事を確認すると、新たに実や蜂蜜の加工法と草花の手入れ技術を人形達に与え、今まで出来た加工品を持って外に出た。

 そうしてから、内部の大樹の島のみを別の魔法球に移し替え、時間差を24倍(内部の一日が外の一時間)に設定した。

 あまりたくさん出来ても困るしね。


   ●


 準備が出来たので、不死鳥達の元へ向かう。
 打ち込んだ杭を頼りに転移してみると、

(……ん?ああ、ミコト。来てくれたのか。)

(この間は急に帰ってしまったからな、どうしたのかと心配したぞ)

(今日はどんな話を聞かせてくれるんだ?)

(ミコト、ミコト、おかえり!)

 大きいのは10メートル以上、小さいのは50センチメートル程と様々な大きさの不死鳥達から歓迎の意思が一斉に飛んできた。

 ……なかなか壮観だね。たった一日で随分懐かれたものだ。

 そう思い苦笑を得るが、それでもすぐに嬉しさがそれを上回り、笑顔で皆に挨拶を返していく。
 そうしながらここのリーダーである長(そう呼んでくれと言われた。彼等には固有の名前は無いらしく、また必要なかったらしい)に近付いていく。

「やあ、長。元気かね?」

(ああ、元気だとも、ミコト。よくきたな)

「ああ、またすぐに来ると約束したからね。私は約束は必ず守るよ?」

(ほう、ならばもう一つの約束の方も期待して良いのかな?)

 「もちろんだとも。さあ、これだ。受取りたまえ」

 その言葉と共に、虚空に手を差し入れ、中に入っている実を取り出す。
 大分前に作った虚空倉庫。
 転移術や空間操作術を組み合わせ、膨大な容積を持つ空間を異次元に作り、鍵である魔法具(私の場合は左手のブレスレット)を持つものがしようと思えばいつでもどこでも持ち物を仕舞い、取り出せる。
 きちんと整理しないと目的の物を探すのに苦労することになるが、それさえきちんとすればとても便利だし、なにもない空中からいきなり何かを取り出して相手の驚く顔を見られるのは気持ちが良い。

 今回に限っては驚く顔は見られないが(不死鳥の表情を読むのは私にはまだ無理だ。一応表情はあるらしいが)、わずかに喜びの混ざった意思を聞けただけで十分だ。

(こっ、これは……!)

「種を持って帰り、私なりの工夫を加えて育ててみた。味は変わっていないと思うが、私にはわからない違いがあるかも知れん。食べて確かめてくれないか?」

(あ、ああ。頂こう)

 長は恐る恐ると言った感じで実にクチバシを伸ばす。
 何度か実にクチバシを刺して皮を取り除き、中身が見えたら果肉にかぶりつき、飲み込む。

「どうかね、味に何か違いは有るかね?」

(いや、懐かしい味だ。完全に同じでは無いが、むしろかつて食べていた物より旨くなっている)

「ふむ。良い方に変わっているならば、まあ良いだろう」

(ああ、久しぶりにこの実を思い切り頬張る事が出来た。ありがとう、ミコト)

「喜んで貰えて何よりだ。……さて、長のお墨付きも頂いた。皆、存分に味わいたまえ!」

 言いながら虚空倉庫の入口を大きく広げ、持ってきた実を全て取り出す。
 何も無い空間から巨大な実がゴロゴロ出てくるという光景に、不死鳥達は皆驚いているようだが、次第に喜びが溢れていくのが目に見えてわかってくる。

「どうしたのかね? 楽しく話すのに茶菓子は付き物だろう。残念ながら君達の好みがわからないため茶は用意出来なかったが、私が用意出来る限りの菓子を持ってきた。さあ、この時間を存分に楽しもうじゃ無いか!」

 この言葉で、皆の間に喜び以外の感情はなくなった。


   ●


 それからの時間はとても愉快なものとなった。

 不死鳥達は口々においしいと言い、礼を言った。
 好物を食べたからなのか、皆の空気がどんどん明るくなり、この広い空間が陽気な空気で満たされた。
 元気な若鳥達はもちろん、落ち着いた雰囲気の長も(おそらく)ニコニコ笑って隣にいる者に思い出話をしている。
 他にも、笑って騒ぎすぎて疲れたのかふらふらしている者もいるし、なぜか泣いているものや怒っている者、黙って黙々と実を食べている者も……、

 ……というか、酔っ払ってないかね、これは?

 よくみれば皆ろれつが回ってないし、歩けず座り込んでいる者がほとんどだ。
 きちんと話している様に見える長も、話し相手が寝ているのに気付かず同じ話を繰り返している。

 ……おかしいね、アルコール分は入っていないはずだが……?

 食べ残しの実の一部を食べてみても酒気は感じない。
 そのうち、一羽二羽と倒れて眠っていき、最後には誰もいない空間に8ループ目の思い出話をしている長だけが残った。
 倒れた者を調べてみても酔っ払いの症状以外は見つからない。

 ……ベースが人間である私には影響がないことをみると、精霊系の種族のみに作用する成分でも入っているのかね?

 そんなことを考えつつも、とりあえずは、

「……水でも用意しておくかね」

 そう思って見渡すと、いつの間にか長も撃沈しており、残ったのは自分と食い散らかされた実の残骸と、倒れて寝ている不死鳥達だけだった。



 翌日になって目を覚ました不死鳥達を介抱しながら(その際に『毒を盛ったのか』という疑惑も出たが、寝ている間に自分達の身に何もされていない事を確かめるとすぐに消えて無くなった)長に話を聞いてみると、今まで実を食べてもこうはならなかったということで、どうやら実を大きくしたときに何かしらの変化があったらしい。
 不死鳥達の症状は人間の二日酔いと全く同じく頭痛に吐き気等で、水を飲ませると少しは緩和された。
長と色々話して、やはり私の仮説通り、精霊系種族のみに作用するアルコールに似た成分だろうという結論に達した。
 せっかくの土産だったが、思わぬ副作用により破棄される事になった。




 ――と思ったのだが、予想外に好評で『時々持って来てくれ』と頼まれた。
 そこのところは人も不死鳥も変わらないらしい。


 ……精霊系種族に対して良い商売になるかも知れないね。


 新しい商売の予感がした時だった。



   ●


  P.S.

 名前と顔を隠して売り出した精霊系種族専用アルコール『スピリット』は大好評で、例の樹にやった肥料代を引いてもかなりの儲けになった。
 酒場からの要望により、現在新しい味を制作中である。


   ●



少々長めですが、いかがでしたでしょうか。

今回のお話でミコトが行った事は、住居不法侵入に加えて、勝手なリフォームです。
場合によってはブチギレられてもおかしくない行為ですので、絶対にやめましょう。

それと、このお話の中での独自設定として、不死鳥は炎の最上級精霊である、ということにしました。ご了承ください。

では、また次回お会いしましょう。


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第四話

ついに、ついにあのキャラが登場します!!


   ●


 私がこの世界に来てから200年ほどが経った。
 正直言って、もう少し先の時代に送ってもらえばよかったかな、と思う時もある。
 原作開始まであと500年ほど。
 少々暇になってしまう。
 不死鳥たちとの交流も続いているし、月に一度ぐらいは『酒精の実』(精霊を酔わせる例の実の事だ)を持っていき、酒宴を行っている。
 まあ、私は精霊ではないので、『酒精の実』を使った果実酒を飲んでいるが。

 そういえば、精霊用アルコール飲料『スピリット』は依然として人気商品だ。
 売り出して100年ほど経つが、いまだに根強い人気がある。
 まあ、うちの会社の独占商品だから仕方のない事とも言えるが。
 その会社、正式には酒造会社『バッカスの泉』というのだが、つい先日創立100周年を記念して発売した新製品『スピリット・ウンディーネの吐息』も好評で、大いに売れた。
 ミントを混ぜた涼しげな口当たりで、キャッチコピーが『クールな恋人に罵倒されたようなゾクゾク感に夢中になる!!』というものだ。
 先ほどの果実酒も精霊以外の種族向けに発売しているがなかなか評判がいい。
 『精霊系種族と同じ味を楽しめる』というのが理由らしい。

 ちなみに、『バッカスの泉』の本拠地を知る者は誰もいない。
 各地に販売所はあるが、本社の場所や製造工場の場所は誰にも教えていない。
 というより、世界のどこにもそのようなものは存在せず、私が『酒精の実』の樹を植えた魔法球内の島を広くして、そこで製造と新製品の開発を行い、完成品を各地の販売所に転送している。
 従業員は全員擬似的な魂を与えられた人形たちだ。
 まあ人形とはいっても見た目は魔法世界の人々と変わらない。
 普通の人々の中にいても違和感はないし、皆種族や外見はバラバラだ。
 外見はともかく種族が違うのは、それぞれの工程に合わせていろいろな種族を模した人形を作ったからだ。
 擬似魂も、100年ほどで学習が終わり、普通に感情を持つことができる。
 外見や役割の違いからか、さまざまな性格の個体が生まれることとなった。
 彼らにも給料や休暇が与えられ、休みの日には外界に出て楽しむことも許可している。
 まあ、見た目が変化しないのをごまかすために認識阻害魔法はかけていかなければならないが、田舎町ならまだしも人の移り変わりが激しい都市クラスの町なら全く問題なくまぎれることができる。
 私自身は経営にはほとんど口を出さず、時々相談を受け指示を出したり、最終的な判断を下したりするぐらいで、時間の大半は雑貨屋の経営を一人で行っている。
 無論、今でも20年ごとに引っ越しを繰り返しながら雑貨屋は続けている。
 客商売をすることによって噂や情報を集められると言う利点もあるが、何よりやっていて楽しいからだ。
 店名は統一すると私の不老不死がばれるきっかけとなってしまう可能性があるので、引っ越すたびに変えている。
 前回は『ザ・ワード』(御言より)だったし、その前は『イマジン』(創造=想像より)だった。
 今は比較的大きな町で、『フレイム・バード』(不死鳥の外見より。もうネタがなくなってきた)という店名で店を出している。
 今回は大きな町であり、近くに学校などもあることから時間帯によってはかなり忙しい。
 その分いろいろな話をきけるのだが、最近子供たちの数が少なくなってきている。
 どうも学校が終わっても寄り道せずに急いで帰るものが増えているようだ。
 大人からすれば喜ばしいことなのだろうが、子どもが皆簡単に楽しい時間をあきらめるはずがないので、何かしらの事態が起きているのだろう。

 そう思って比較的暇な時間に来た客にいろいろ話を聞いてみると、どうやら近くに危険な犯罪者が来ているとか。
 旧世界や魔法世界で何人もの人を襲い、殺してきた重罪人らしい。
 その者が、最近この近くの町に現れたという。
 その町でも討伐隊が組まれ、撃退しようとしたそうだが返り討ちに合ったそうだ。
 その町から、今度はこの町に来るのではないかとの噂が立ち、そのために子どもたちはあまり外を出歩かず、早く家に帰っているらしい。

 聞いてみれば簡単な理由だった。
 自分が襲われるかもしれないという恐怖が、子どもたちの好奇心や遊び心に勝った。
 ただ、それだけのことだ。
 特に面白い話でもなかったが、ある言葉が、私の興味を大きく引いた。

 曰く、その者は『吸血鬼の真祖』である、と。

 吸血鬼と言えば不老不死で有名だ。 会ってみて損はないだろう。
 そう思って、その者の話をもっと詳しくしてほしいと頼んだ。
 すると客は、噂だから本当ではないかもしれない、という言葉を最初に置いて語りだした。

 曰く、その者は氷と闇を使う魔法使いである。

 曰く、その者は『旧世界(地球)』出身で、30年ほど前から魔法世界に渡ってきた。

 曰く、その者は女、子どもは殺さず氷漬けにする。

 曰く、その者は人形を使って戦う。

 曰く、その者は見た目は金髪の美しい少女だが、もう100年は生きている。

 曰く、吸血鬼なので不死身だが、ネギとニンニクが苦手らしい。

 曰く、その吸血鬼の、彼女の名前は、



『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』



 その名前を聞いたとき、久しく忘れていた原作知識が蘇ってきた。
 そういえば、彼女が吸血鬼化して旅に出るのが原作開始の600年程前だった。
 そこから考えると、旧世界で迫害され、そして魔法世界に渡って来て、しかしこちらでも指名手配されていて、その追手から逃げ続けながら居場所を探している、というところだろうか。

 ……まあなんにしても、彼女も不死の種族だ、接触しない手はない。

 そう思うと私は、情報をくれた客に礼を言い、客が来ないのならば仕方ないということにして店を一時閉店とすると、すぐに索敵能力を最大限に広げ、彼女を探すことにした。
 すると、少し離れた森の奥に彼女らしき反応と、それを追う複数の反応があった。
 それを確認すると、私はすぐに行動を開始した。


   ●


 ……くそっ! しつこい!!

 ここは深い森の中だ。 
 草木が生い茂り、地面には太い根が張り、普通の人間では真っ直ぐ進むことなどとてもできないような、そんな森の中。
 いくら特殊な体を持つ私でも、本来の姿である10歳の子供の姿ではこんな速さで進むことは不可能で、幻術を応用して作った実体付きの幻覚である大人の体でもこのスピードがやっとだ。
 当然私以外の姿はない。

 だがわかる。
 わかってしまう。

 ヒト以上の感覚を持つこの吸血鬼の体は、私が察知できるぎりぎりの距離を維持している2人の気配を感じている。
 こいつらは囮のようなもので、他にも気配を断つことに長けた者が何人かいるだろう。
 でもなければこの私をたった二人で、しかもこんなに遠くまで追ってくるはずがない。
 おそらく、私が囮の2人を襲おうと近付いた瞬間に隠れた者が私を後ろから襲うという作戦だろう。
 つまり奴らは、この私がいい加減にしびれを切らしてやけになる瞬間を待っているのだ。

 ……もっとも、そんなことは有りえんがな。

 これでも100年は生きている。 
 今私を追いかけてきている誰よりも経験を積んでいるだろう。
 特に追いかけられる経験ならばだれにも負けない自信がある。

 ……まあ、何の自慢にもならんがな。

 苦笑して、それから気を引き締めなおす。
 下手に気を抜いて隙を見せた瞬間、奴らは襲いかかって来るだろう。
 ずっと追われ続け、しかし襲われることもなく、休むことも許されない。
 強い敵には正面からでは勝てない。
 ならば、と裏をかいてくる。
 その考えは正しい。
 どんな経過でも勝てばすべてが正しくなる。
 卑怯な手でも勝者の側からすれば策略だ。
 弱者の声など踏みつぶされて誰にも聞こえることはない。
 だから奴らは、強者である私に精神的な揺さぶりをかけに来た。
 だが、奴らは人間だ。耐久力は吸血鬼と比べ物にならない。

 しかし、奴らはその障害を乗り越えてきた。
 人間の武器はその数の多さ。
 個には組織で襲い掛かってくる。
 しかも、奴らはかなり大きな組織らしい。
 追われ続けてもう一週間ほどになるが、何度か人員が交代している。
 おそらく、私が逃げている位置を逐一報告し、予想を立てて交代の人員を送っているのだろう。
 こちらは一人。休むことは許されず、ただ精神をすり減らしていく毎日。
 その点奴らは、交代で私を監視し、交代で休んでいる。
 これでは負けは見えている。

 ……いっそのこと、体力が残っているうちに奴らを――

 そう思いもしたが、奴らも弱者とはいえ手練れだ。
 さらに、先の戦いで自分の従者である兵器人形『チャチャゼロ』は壊されてしまっている。
 幸い核は無事だったため、修理すれば元通りだが、その暇さえ奴らは与えてはくれない。
 従者のいない魔法使いなどいい的にしかならない。
 吸血鬼の多大な魔力があっても使えなければ意味がない。
 身体能力は普通の人間とは比べ物にならないほど高いが、このようなからめ手を使ってくる奴らだ、その対策も取られているだろう。
 状況は硬直していて、しかもこのままでは自分がどんどん不利になっていく。

 ……くそっ! そのためにも早くチャチャゼロを修理したいのに……!!

 思考に焦りが出始め、しかもそのことに気づきさらに焦りが膨らんでいく。

 ……くそ! なんで私がこんな目に……!

 いつの間にか思考は別の方向へ向かっていった。
 その思考は、この100年間幾度となく行ったもの。
 すなわち、吸血鬼(こんなからだ)になったことを恨むもの。

 なんで、なんで、どうして。

 何度尋ねても返事など帰ってくるはずもない。
 尋ねる相手など自分しかおらず、自分も答えなど持っていないのだから。
 唯一の答えとなりそうなものは、もうとっくに壊してしまった。
 10歳の誕生日に、自分を吸血鬼(こんなからだ)にした男は、この手で殺してしまったのだから。
 その時点での恨みは晴らしてしまい、そのあとに生まれたものをぶつける場所はもう失われてしまった。
 よってその恨みは自分の中に溜め込まれるばかり。

 そうやって溜め込まれたものが100年分。
 人間ならばとっくに狂っているだろう。
 そうならないのは、自分が吸血鬼だから。
 だがそれは幸いにはなりえない。
 発狂という逃げ道がなくなったということなのだから。
 ならばいっそのこと、とつかまって処刑されてみようかと思ったこともある。
 だが、今ある道具では自分を傷つけることはできても完全に殺すことはできない。
 苦痛があるばかりで、死という安らぎにたどり着くことはない。
 自分に残された道は、ただ生き続けるという地獄のみ。

 そうしてまた、晴らせぬ恨みがまた一つ積み重なる。

 いつか自分を受け入れてくれる場所がある、と信じて旅をしてみても、出会うのは自分を狙う刺客のみ。
 一縷の望みを託してわたってきた魔法世界にも、そんな場所はなかった。
 ばれれば追われ、隠してもばれ、また追われる日々。
 いい加減うんざりだ。
 だがそれでも、逃げ道がない以上、そこに居続けるしかない。

 恐怖と苦痛、疲労、そして、……孤独。
 それらと共に生きていくしかない。

 ……いや、孤独だけは解決できるな……。

 そう、孤独だけは解決する手段がある。
 とても簡単な方法が、一つだけ。




 ――気に入った人間を吸血鬼(なかま)にすればいい。




 そこまで考えて、考えてしまった自分に恐怖する。
 いきなり吸血鬼(ばけもの)にされる恐怖と絶望を自分は知っているはずなのに。
 にもかかわらずその方法を考え、一瞬とはいえ『それも良いな』と考えてしまった自分の吸血鬼(じぶん)らしさが恐ろしく、また嫌になる。

 そうしてまた一つ、自分に恨みを積み重ねる。
 罪重ねていく。

 そんな風に暗い考えに取り憑かれていき、またこの果てのない追いかけっこの疲れから、意識がもうろうとしてくる。
 また、たとえ今の自分が日の光に触れても大丈夫な体になったとはいえ、それでも太陽の光が好きになったわけではなく、いくら日の光を避けて森の中を進んでいるとはいえその精神的な苦痛もあいまって、集中力はもう底を尽きかけている。

 だから気が付かなかった。

 追っ手の状況にも。

 身の回りの気配にも。

 自分に近付いてくる気配にも。

 自分の目の前に現れた男の姿にも。


   ●


 反応できなかった。
 いきなりあらわれた(実際には気配も隠さず近付いてきていたのだが)男の姿に、一瞬何も考えることができなかった。
 目の前に現れた男はローブをまとっており、顔はよく見えない。
 おそらく、気配を隠していた追っ手の一人が、隙ができたと判断して襲い掛かってきたのだろう。

 ……くそっ! ここまでか!!

 今日だけでも何度ついたかわからない悪態を心の中で突きつつ、臨戦態勢を取る。
 だが、すぐに違和感に気付く。

 ……どうしてこいつは今私の目の前にいる……?

 隙をついて襲ってくるならば、そもそも自分の視界に入ること自体がおかしい。
 全く視界に入らずに仕留めるか、姿を見た時にはもう動けなくしておくのがこいつの仕事のはずだ。
 だが、私に疲労はあれども無事であるし、体も動く。
 ならばこいつは追っ手ではないただの一般人か、あるいは、

 ……何かの罠か。

 後者の可能性が高い。
 いつまでたっても隙を作らない私に奴らがじれて、隙を作るために設置した罠。
 確かにいきなり目の前に人影が現れれば驚き、隙もできるだろう。
 だが、その考えもすぐにおかしいと気付く。
 その理由も簡単で、罠だと考えることができているからである。
 本来ならば、目の前の男を見て、気を取られた瞬間に仕留められていないのは不自然だ。
 罠でもない。ということは……。

 「貴様、何者だ? ここいらの町の者か?」

 なんだかわからないが、考えていても埒が明かないので、とりあえず質問してみることにする。
 そうして、関係者ならば始末するなりなんなりするし、無関係ならば最低限の警戒は残しつつ巻き込まないようにここから離れることにしようと思う。
 そんな悠長なことを考えている余裕はないのに、ぼやけた頭は平和なことを考えてしまう。
 質問の答えにかかわらず、戸惑ったような口ぶりならば無関係、押し殺したような声ならば関係者。
 そういう判断基準を持って、一言目で見極めようと思った。
 そして、目の前の男はローブのフード部分を背中側にやり、奇妙な髪形と髪色(頭髪すべてを頭の後ろになでつけたような髪型に、顔のサイドに一筋白髪が入った黒髪)に鋭い視線を持った顔を出すと。

「やあ、こんにちは、エヴァンジェリン君。……君と友人になりに来たよ」
「…………は?」

 落ち着き払った声に予想していない言葉。
 判断基準外のセリフにまた思考が止まる。

 ……なんだ? こいつはなんなんだ? いやマジで。

 戸惑っていると、目の前の男は何を勘違いしたのか、

「ああ、君を追いかけていたストーカー達四人なら君の幻を追いかけて明後日の方角に向かったよ。だから君は安心して私と歓談できる。心配はいらないよ、私は場をわきまえずに長話をするほど愚かではないからね」

 そんな訳のわからないことを言い出した。
 だが、辺りの気配を探ってみると、確かに今まで感じていた気配が見当はずれな方向へ去っていく。

 ……助かった、のか? いや、その前にこいつは……?

 一瞬安堵を得そうになるが、気を引き締めて目の前の男の正体を暴こうとするが、

「……貴様、何……者だ。何の……つもりで……こんな……こと……を……」

 一瞬でも得てしまった安堵により、体は休息を求めてしまう。

 ……まず……い……。

 そうして意識は遠くなり、そのまま地面に倒れこんでしまう。
 意識を失う直前に感じた地面の感触は、なぜか温かく、そして懐かしいモノだった。


   ●


 ……暖かい。

 心地好い、暖かさ。
 この100年間、感じる事のなかった空気。
 100年前までは当たり前だった空気。
 100年前にいきなり奪われた空気。
 もう得られるはずの無い物を、なぜかまた感じている。
 それはまるで、今までの100年が夢だったとでも言うように。
 目を覚ませば優しかった使用人がいて、着替えて朝食に行けば父と母が笑顔でいてくれて。
 その笑顔に自分も笑顔になって、元気良く、でもおしとやかに挨拶をして。
 それを見た両親の顔がもっと優しいものとなって。
 そうしてそのまま朝食が始まって。
 そんな日常の始まりを思い出させるような、そんな空気。

 今では非日常の最たるものとなってしまった、そんな空気。

 取り戻せない物であるとわかっていたとしても、諦め切れない。
 もしかしたら、今までの出来事は全て悪い夢で。
 目が覚めたら、いつも通りの日常(非日常)が始まるかも知れないと。
 そう思って目覚め、何度絶望したことか。
 それでもなお、信じて、祈ってしまう。
 目を開ければ、全てが悪い夢になっていますように、と。
 そして今もまた、そんなことを考えながら、目を開けた。


 そこは、まだ夢の中だった。


   ●


 真っ白なシーツにふかふかのベッド、
 横を見れば開け放たれた窓からは木漏れ日が差し込み、
 反対側を見れば寝室としては一般的な広さの部屋に趣味のよい家具がほど良い加減で置いてあり、掃除もよく行き届いている部屋がある。
 今の自分では夢の中でしか出会えない物ばかりがそこに並んでいる。
 てっきりどこかの洞穴か廃屋でいつものように目覚めたと思っていたのだが、やはりまだ夢の中らしい。
 ならばもう少し浸っていようと部屋の中や窓の外をぼーっと眺めていると、夢の中に見知らぬ登場人物が現れた。
 その人物は部屋の扉を静かにあけて中に入ってきた。
 そして私が目を覚まし、起き上がっているのがわかると顔を笑顔にして、

「おはようございますお嬢様。お目覚めはいかがでしょうか?」

 私の家にはこんな家政婦はいたっけか、と思いながら返事を返す。

「ああ、悪くない」
「それはようございました」

 にっこり笑ったその女は、自分の着替えを手伝ってかわいらしい外見相応(年相応ではない)の服を着せると、まだ少しぼーっとしている私に、

「それでは朝食にいたしましょう。準備はもうできておりますし、ご主人様もお待ちです」

 そう言って私をどこかに案内していく。
 ずいぶん長い夢だなあ、とか、こんな屋敷見たことあったかなあ、とか考えながらその女についていく。
 少し歩くと他の部屋の物より少し大きく立派な扉があり、私を案内してきた女はその前で立ち止まり、

「こちらでご主人様がお待ちです。どうぞお入りください」

 と促してくる。
 そのうえ扉を開けてくれもしたので、もはや入る以外の選択肢はなくなった。
 そうして中に入ると、寝室や廊下と同様によく掃除が行き届き、家具の趣味もいい、広々とした部屋があった。
 その部屋の真ん中には少々大きめの机があり、そこにはおいしそうな朝食が2人分向かい合わせで並んでいる。
 扉から少し歩いたところには私が座るのであろう椅子があり、その席の机を挟んだ反対側には、男が座っていた。
 夢ならばそこに父がいるのだろうな、と思ってみてみると、残念ながらその男は父ではない見知らぬ誰かだった。
 少々残念に思いながらも、では誰だろう? とよく見てみると、どこかで見た覚えのある顔だ。
 見た覚えはあるのだが、と思い出せないでいると、その様子を眺めていたであろう男が苦笑気味に声をかけていた。

「やあ、おはよう。よく眠れたかね?」

 そのどこか偉そうな声に、私は寝ぼけた頭を一瞬でクリアにし、今までのことを思いだしていた。

 ……そうだ、こいつは森の中で私に声をかけてきた……!!

 思い出した瞬間に私は周囲を警戒し始めるが、

「今更何をやっているのかね。私がその気なら、君は三桁の回数は殺されているよ?」
「うるさい! 貴様は何者だ! 私をどうする気だ!?」
「私が何者か、か……。それは私も知りたいことだ。私という種族は私しかいないだろうからね。説明しようにも『私は私だ』としか言えんよ。あと、君をどうする気かと言えば、これから始まる朝食に招待しようとしているだけなのだがね」
「ふざけるな!! 貴様、私が誰だかわかっていないのか!?」
「わかっていなかったらどうするつもりかね? 自分は悪名高き『吸血鬼の真祖』だとでも言うつもりかね? そんなことをしてもトラブルの種にしかならんよ、エヴァンジェリン君?」
「……っ! 貴様、私が誰だかわかっていてなぜここに招いた? 私は追われる身だぞ? 下手に匿えば貴様も追われることになる。それがわからんのか?」
「下手に匿えば、か。ならば上手く匿えばいい。それだけのことだよ」
「ずいぶんと落ち着いているな? どうせうまく取り入って私が油断した時を見計らって私を追っ手に突き出そうという魂胆だろうが、そうはいかんぞ!」
「だから、そうしようと思えばそうする機会はいくらでもあったと言うのに。寝ている間に縛り上げて封印してしまえばすぐに突き出せるし、そうすればわざわざこんな朝食会など開く意味もない。今頃私は受け取った賞金で豪遊しているだろうさ」
「ならば何が目的だ!? 不老不死の秘密でも知りたいのか!? 生憎だが私を調べてもそんなものはわからんし、私もこの体のつくり方はしらんぞ!!」
「それこそ私にとってはどうでもいいことだよ。私にとって不老不死(そんなもの)は何の価値もない、とるに足らない物だ」


「―――貴様ぁーーーーー!!!!」


 もう限界だった。
 理不尽なものだとは分かっているが、どうしてもこの怒りを抑えることができない。
 先ほどまでの正しすぎる正論にも苛立たせられたが、この怒りほどではない。

 こいつは今なんといった?
 不老不死を『そんなもの』だと?
 私がこんなにも苦しめられているものに対して『そんなもの』?
 許せるわけがない。
 何も知らぬ『若造』風情が、

「知った風な口を、きくなぁーーーーー!!!!」

 こいつが何を考えているかなど関係ない。
 今すぐこの場で殺してしまえば、それで終わりだ。
 吸血鬼のバカ高い魔力に物を言わせて、無詠唱で魔法を発動させる。

「喰らえ! 闇の吹k―――」

 魔法を目の前の男に打ち込もうとした瞬間、

「―――っ!!!!」

 いきなり場面が変化した。


   ●



はい、ついにやっちゃいました『幼・女・誘・拐・!!』

良い子の皆も悪い子の皆も、真似しちゃいけませんよ?


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第五話

そんなわけで、私の苦手な戦闘回です。

至らぬところもあるとは思いますが、温かい目で見てやってください。

では、どうぞ。


   ●


 私は今、広い草原の中心にいる。
 ふと目の前を見れば、先ほどの男が立っているのが見えた。
 そして私の手には、発動させたばかり(・・・)の闇の吹雪が解放されずに残っている。
 このまま留めて置くことはできないので、とりあえず目の前の男に向かって放つ。
 今度は邪魔をされずに放つことができた。
 闇の吹雪が着弾し、煙が上がって男の姿が確認できなくなる。
 だが、奴は生きているだろう。
 それぐらいの実力はあるはずだ。

 ……なにせ、私相手にこんなことができる奴だからな。

 あいつがしたことは簡単だ。
 私が魔法を発動し、開放する前に私のそばに近寄り、私の頭をアイアンクロー気味につかみ、そのまま私を持って、開け放たれた窓から外に飛び出し、開けた草原、つまりここまで連れてきて手を放し、先ほどと同じくらいの距離まで離れる。
 たったそれだけのことだ。
 たったそれだけのことだが、それをこの男は私が知覚できないほどの速さで行った。
 だから私は最初、何が起こったかわからず、いきなり場面が変わったようにしか感じなかった。
 周りを見てみれば、200メートルほど離れたところにそこそこ大きい建物が見える。
 おそらくそこが、先ほどまで私がいたところだろう。
 時間を操る魔法か何かかとも思ったが、先ほども今も、あの男からは魔力を感じない。

 ……とんでもない体術の使い手か。油断できんな……。

 もとよりそんな気はないが、もう一度気を引き締めなおす。
 そうして煙が晴れてくると、案の定男は無傷で立っていた。

「全く、いきなり何をするのかね。せっかくの朝食が台無しになるところだったではないか」
「言いたいことはそれだけか。それは貴様がふざけたことを言ったのが悪い。それに貴様こそいきなり私の顔をわしづかみにしたではないか。それで帳消しだ」
「……いろいろと言いたいことは有るが、まあ確かにレディーの顔をいきなり触るのは紳士のすることではなかったね、謝罪しよう。すまなかった」

 そういうと、その男は私に頭を下げてきた。
 その行動に、毒気を抜かれかけたが、何とか気を持ち直して、

「それで、貴様の本当の目的はなんなのだ? まさか気紛れなどではあるまい」
「まあ確かに目的はある」
「やはりな、それはなんだ? 言ってみろ。一晩の宿代と騒がせ料代わりに聞くだけ聞いてやろう」
「何、簡単なことだよ。私は君に




    友人になってほしくてね」


   ●


「友人……だと?」
「いかにも。私は君と友になりたくて、君を我が家に招待したのだよ」
「……そうか、わかったよ……」
「おお、それでは……」
「貴様がイカレているということがよくわかった」
「おやおや、本当のことを言っただけなのにずいぶんな言い様だね」
「もはや貴様の言葉に聞く価値はない。今まで会話が成立していたのが不思議なくらいだ。私はこれで出ていかせてもらう」
「待ちたまえ、出ていくのならばせめて私の話を最後まで聞いてから――」
「くどい!! もう貴様の言葉に耳を傾ける必要も意味もない! 私が出ていくのを邪魔するならば貴様とて容赦はせんぞ!! 死にたくなければそのままにしていろ!!」
「ふむ、そうしてあげたいのはやまやまだが、私としても話を聞いてもらえないのは少々困るのでね。もう少しここにいてはもらえないだろうか?」
「……もういい。口で言ってもダメならば、貴様を排除していくだけだ」

 そう言ってゆっくり構えを取る。

「はっきり言って普通の人間相手ならばともかくとして、貴様ほどの相手を殺さず無傷で倒すのは不可能だ。そうならない努力は貴様の方でしろ」
「別にかまわんよ。安心したまえ、私を傷つけることは君でさえ容易ではない」
「ああそうかい……。ならば、行くぞ!!」

 苛立ちの表情を隠さずに、エヴァンジェリンはミコトに飛び掛かり、振りかぶった拳をミコトの顔面めがけてたたきつける。
が、

「……やはりこの程度は防ぐか」

 ミコトはその拳を片手で受け止めていた。エヴァンジェリンが一度距離をとるために離れるのを見ながら防御に使った右手をぶるぶる振ったり握ったりをして、

「うむ、やはりこれを無防備に受けるのは少々危険だからね。それにしても、片手とはいえ気で強化した防御の手をしびれさせるとは、吸血鬼の力とは大したものだ。……さすがの私も、無手では少々キツイかもしれん。だから……」

 ミコトは左手を虚空に伸ばし、自身の左側にあけた虚空倉庫の入り口から細長い物を取り出した。

「これを使わせてもらおう」

 それは鞘に納められた剣のようなものだが、普通の剣と比べてかなり細い。
 それはミコトがそれを鞘から抜き放ったことでさらに顕著に現れる。
 その細さゆえ、レイピアの類かとも思ったが、それにしては刃に幅があるし、片刃とはいえ刃もあることから普通の剣でもないだろう。

「……なんだ、その細い剣は? そんなもので戦うというのか? 何かに触れればすぐに砕けてしまいそうな細身で、いったい何を切ろうというのだ?」

 エヴァンジェリンはそういってあざ笑うが、ミコトは特に気にせず、

「これは刀と言ってね。旧世界にある極東の島国で使用されている武器だ。この細見からは考えられぬほど頑丈でしなやかだ。達人ともなればこれを使って鋼鉄をも切り裂くらしい。外見に惑わされないほうが良いよ?」
「フン、それを私に言うことすらおこがましい。貴様の数倍生きている私に説教か?」
「なるほど、確かに見た目幼女な吸血鬼(きみ)は強者だ。見た目で判断することの愚かしさぐらいわかっていて当然だったね」
「なんだか今とてつもなくバカにされたような気がしたぞ」
「気のせいではないかね? 誰もエターナルロリ(きみ)のことをバカにしてはいないよ」
「本当だろうな? なぜか貴様の言葉には裏があるような気がしてならんのだが」
「そんなことはない。私は嘘と坊主の頭はゆったことがないのが自慢の男だ」
「その言い回しからして胡散臭いにも程があるんだが……」

 まあいい、と合法ロリ(エヴァンジェリン)は一息t

「おいこらちょっと待て、まだ私をバカにする奴がいるぞ!!」
「何を言っているのかね? この場には私たち2人以外誰もいないではないかね?」
「いや、今確かに誰かが私のことをバカにしていたような気が……。まあいい、とりあえずこれ以上この話題はやめておこう。不毛すぎるからな」

 さて、とエヴァンジェリンは一息つき、

「貴様の武器はそのカタナとやらでいいのか? ずいぶん大切にしているようだが、私にへし折られる覚悟はできているんだろうな?」
「ふむ、確かに今回私はこの刀を使うつもりだが、へし折られるのはまずいな。直らないわけではないが時間がかかる。それは勘弁してほしいね」
「ん? ならば折らないように手加減でもしてほしいか?」
「いや、その必要はない。折れないようにするからね」
「ほう、どうするというんだ? 刃に障壁でも張るのか?」
「いや、そんなことはしない。ただ、こうするだけだ」

 そう言うと、ミコトは左手の刀を振り上げて、

「――轟かせ、『空牙(くうが)』」

 そう言いながら振り下ろす。
 途端にミコトを中心に風が起こり、思わず顔をかばい、風がすぐに収まったのを確認して前方を見たエヴァンジェリンは、

「……! ……なんだ、それは」

 先ほどの刀とは比べ物にならないほどの大剣を左手に悠々と立っているミコトの姿だった。


   ●


 先ほどまでミコトが持っていたものは長さ1メートル、幅3センチほどの刃を持つ片刃の刀だった。
 だが、今彼が持っているのは、刃だけで長さは1.5メートル、幅は30センチ以上はある両刃の大剣だ。
 いや、両刃の、という表現は正確ではない。
 刀身には直径4センチほどの銀色の鱗の様なものがびっしり隙間なく生えており、刃の部分も例外ではない。
 まるで大蛇をまっすぐにのばして押しつぶし、厚さを1センチぐらいにしたような、そんな異様な剣だった。

「……この刀は斬魄刀という」
「……ザンパク……トウ?」
「そう。この斬魄刀にはそれぞれに名前があってね、その名を呼ぶと本来の姿になり力を発揮してくれる。この刀の名は『空牙(くうが)』。竜の姿を模している、私の力だ」
「……なるほど、蛇ではなくドラゴンか。ずいぶんと面白いものを持っているではないか。……だが、見てくれが変わったからと言って、それがなんだと言うんだ!!」

 叫ぶと同時に、エヴァンジェリンはミコトに飛び掛かっていく。
 先ほどよりも早く、鋭い拳を、ミコトは少し剣を持ち上げ、




 刀の腹で受け止めた。




 「……!!!」

 拳を簡単に防がれたエヴァンジェリンは驚き、急いで先ほどと同じあたりまで離れる。

 ……固い。なんという固さだ!

 心中では驚きながらも、決して表情には出さず、攻撃のための剣を盾のように使っている男に対して、

「なかなかの固さじゃないか。それを壊すのはなかなか骨が折れそうだ」
「お褒め頂き恐悦至極だ。……だがそうだね、この刀を折ることができるか、私に一発でも攻撃を当てることができれば、君がここから出ていくのを止めはしないと約束しよう。 どうかね?」
「ほう、面白い。その勝負、……乗った!!」

 それからのエヴァンジェリンの攻撃は苛烈の一言に尽きた。
 吸血鬼の身体能力を惜しみなく使い、ミコトに立ち向かっていく。
 右手での突き、左手でのフック、右足での直蹴り、左足での回し蹴り。
 それらを間隙なくつなぎ合わせ、ミコトの右から、左から、時には一瞬で後ろに回ってと、さまざまな位置からミコトの体に向かって叩き込む。
 だがミコトは、それらの攻撃をすべて左手で持った『空牙(くうが)』で受け止めていく。
 いくらエヴァンジェリンが裏をかこうとも、瞬時に意図を見破り反応してくる。
 何度打ち込んでも結果は変わらない。
 そのうち、エヴァンジェリンはじれたのか、魔法を打ち込んできた。

「喰らえ! 魔法の射手・連弾・闇の31矢!」

 宣言と同時、暗い闇の塊が31、ミコトに襲い掛かる。
 だがそれに対しても、ミコトはゆっくりしていると錯覚しそうなほど落ち着いた動きで剣の腹を魔法に向け、

「吠えたまえ、『空牙(くうが)』。――『裂破咆哮(れっぱほうこう)』」

 その途端、刃が吠え、魔法がすべて停止した。

 
   ●


 エヴァンジェリンは目の前の出来事が信じられなかった。

 ……なぜ魔法が勝手に停まる!?

 目の前の男が持っている馬鹿でかい剣や障壁で防がれたのならまだわかる。
 だが今あの男は剣を片手で魔法を防ぐように構えているだけだ。
 そうして技名のようなものを呟いたかと思ったら、いきなり剣を中心に空気が震え、それと同時に私の放った魔法がすべて剣に触れる前に停止した。
受け止められたのではなく、ぶつかる直前にそのままの形で空中に止まっているのだ。
 その事実に驚いていると、男は剣を振りかぶり、停止させたばかりの魔法を一薙ぎで殴りつけ、すべてを粉々に打ち砕いた。
 停止させてから殴るまで、わずか一秒足らず。
 たったそれだけの時間で、私の魔法が完全に無効化された。
 砕かれ、空に舞った黒い粉は、すぐに大気にとけて無くなった。
 ……時間停止? いや、今魔法を砕いたとき、空間も一緒に砕けていたように感じた。 ならば空間停止の類か……?

 そう考えていると、男は口を開き、

「この剣は竜を模している」
「……それがなんだというんだ」
「わからんかね? 竜とは最強の存在だ。強い存在は、ただの一声で弱者をひるませ、無力化する。その効果を具現化させたのが、先ほどの『裂破咆哮(れっぱほうこう)』だ。この叫びの向く範囲において、すべての存在はひるみ、停止する」
「ならば今、一撃で魔法を砕いたのは……」
「空間ごと停止させ、固体とみなして砕いた。大概のものは停めてしまえばもろくなるからね。液体でも気体でも固体でも、皆等しく簡単に砕くことができる」
「…………無茶苦茶だな」
「そうでもないさ。停めていられるのもせいぜい数秒だしね。それが過ぎればまた動き出してしまう」

 ……十分な脅威じゃないか。

 戦闘においては、たった一瞬の隙で勝敗が決まることが多い。
 その戦闘において、一瞬どころか数秒も停止させられるというのは、脅威以外の何物でもない。
 しかもその状態においては一撃で体が砕かれてしまう。
 つまり、剣の腹を向けられたまま一ヶ所に留まってしまえばその時点で負けてしまうことになる。

 ……この状況で勝つためには……。よし、やってみるか。

 少々の思考ののち、エヴァンジェリンは男に向かって飛び掛かっていった。


   ●


 ここでエヴァンジェリンがとったのは、先ほどと同じ高速かつ高密度の全方位攻撃だ。
 殴っては移動し、また殴る。
 時によっては“殴る”が蹴りや抉るになったりするが、基本は変わらない。
 それをひたすら高速で繰り返す。
 これならば相手は防御に回らざるを得ず、こちらも移動しているため、空間停止にロックオンされることもない。
 だが、攻撃を放ち、ほかの場所に移動してまた攻撃を放っても、男はすぐに反応して、防いでくる。
 どんなに早く攻撃しても、自分が一人である以上、攻撃には多少のタイムラグが生まれる。
 ほんの一瞬でも、タイミングのずれは消すことができない。
 そして、この男はその一瞬に対応できるほどの実力を持っている。
 ならば戦況は固まらざるを得ない。 
 自分はただひたすらに男の体を狙って攻撃をし続け、
 男はひたすらにそれを剣で受ける。
 男は剣以外で攻撃を受ければ終わりだ。
 体は小柄でも、吸血鬼の力はすさまじく、全力の攻撃を喰らえば普通の人間ならば致命傷になる。
 なので相手も防戦に回らざるを得ない。
 それが延々と続いていく。

 普通の人間ならば肉体的にはもちろん精神的な疲労もたまっていき、いつかミスをして倒れていく。
 だが、この男は普通ではない。
 先ほどから全く疲労の色が見えず、やせ我慢しているようにも見えない。
 本当に何でもないというように平気な顔で攻撃を防いでいる。
 こちらも耐久力は高いので、戦いはいつまでも途切れることなく続いていくことになる。

 ……本当にこいつは何者だ?

 こんなに若いのに自分と拮抗している。
 人並み外れた体力を持ち、さらにとんでもない武器まで持っている。

 ……いったいどんな人生を過ごせばこんなことになるのか……?

 そう考えて、すぐにその思考を頭から消し去る。

 ……そんなことを考えている場合ではないだろうに……。

 今は戦いの最中であり、いかに気を散らさずに動き続けられるかが勝敗を分けるのだ。
 無駄なことに思考を割いている余裕などない。
 確かに興味深い男ではあるが、今ここで始末してしまえば男の過去になど意味はなくなる。
 ならば今は、興味などという感情の一切を捨て、理性による観察のみで動き続けるだけだ。
 感情をそぎ落とし、鋭い理性を持って切り崩していく。
 それが今、この場を生き残る最善の手だ。
 そう判断し、その通りに動き続ける。

 だが、次第に相手には余裕が出てくる。
 考えてみれば当然のことだ。
 高速で動けば動くほど、攻撃について考える期間は減っていき、最終的には今まで積み重ねてきた経験による反射行動のみで動くことになる。
 そうなればどうしても行動にパターンが出てきてしまう。
 そしてそれは同時に、相手に行動を読まれてしまうということにつながる。
 行動が読めるようになれば、あとは次の行動に備えてあらかじめ動いておけばいいので、余裕が出てくる。
 こうなると形成は一気に不利になる。
 だが、これもエヴァンジェリンにとっては計算の内だ。

 ……狙いは一瞬。それを逃したら終わりだ……。

 狙うタイミングは、相手が完全にパターンを読み切り、こちらの攻撃を受けてから次の攻撃の対処に移るその瞬間。
 その瞬間に相手が構えたのと反対の方向に移動して攻撃すれば、相手はそれに対応できず、攻撃を喰らう。
 そして―――、

 ……今だ!!

 エヴァンジェリンは剣を殴りつけ今までの流れならば攻撃を行うはずだった場所に剣が向かうのを確認するとすぐにその反対側に回り込んだ。

「喰らえ! 魔法の射手・連弾・闇の31矢!」

 やっとのことで見つけた隙に、魔法を叩き込む。
 だが、男もそれに気が付いて、すぐに剣を魔法が向かう軌道上に送り込む。
 おそらくタッチの差で、魔法は間に合わず、剣にあたってはじけるだろう。

 ……だが、それも計算の内だ。

 エヴァンジェリンは魔法を放った後、その結果を確認することなく、すぐに男の反対側に移動する。
 そして、今度は己の拳を振りかぶり、がら空きの胴体に叩き込む。
 これがエヴァンジェリンの策、魔法と自分の同時攻撃(コンビネーション)だ。
 これならば、二つの攻撃のタイムラグはなくなり、男は二つの攻撃を同時にさばく必要が出てくる。
 ただでさえ予想外の攻撃が来て戸惑っているところに、さらにもう一つの攻撃を防ぐことはできないだろう。
 対応できるのはせいぜいどちらか一方のみ。
 もう一方は喰らってしまうだろう。
 そして、今放った攻撃はどちらもまともに喰らえば命はないほどの威力を持っている。

 ……これで、終わりだ!

 視界の端で男の驚いた顔を見ながら、自分の思い描いたビジョンに現実が近付いていくのを感じていく。
 そして、

 魔法と拳が同時に着弾した。


   ●


 ……ほう。こちらを受けたか。てっきり魔法の方を防ぐと思ったのだがな。

 エヴァンジェリンは拳を通して感じる固い手ごたえからそう判断するが、

「……ふう。危ないところだったね」

 その声に、今まで思い描いていたビジョンが砕かれたのを感じた。



 ……なっ、なぜだ!? どうして今ので生きていられるんだ!?

 そう思ってよく見てみると、

「な、なんだこれは……」

 鉄色の帯が男を取り囲んでいた。
 その帯は男の周りを少しずつずれながら3周ほどしており、その端は男の持つ剣のつかにつながっている。
 それを見て、目の前の帯がその剣だと判断すると、

 ……まずい――!!

 すぐにその場を離れ、最初の位置まで跳び戻っていった。
 目の前にあるものがあの剣であるならば、空間停止をかけられてもおかしくない。
 今まで自分はそれを警戒して高速移動を続けていたのだから。
 なのにその剣に触れながら考え事など自殺行為でしかない。 
 そう思っての回避行動だ。
 それを見た男は、帯を短く縮めていき、元の大剣に戻した。
 状況から考えるに、あの帯で魔法と拳の両方を防いだのだろう。

「……本当に滅茶苦茶な剣だな。その固さに加え、長さや形まで変えられるのか」
「当然だよ。竜族の鱗の固さは全生物一だからね。竜を模したこの剣の固さもそれぐらいあって当たり前だ。そして、迫りくる脅威に対して何の反応も示さないなどということはありえない。迎え撃つぐらいのことはできなければ最強種とはいえんだろう」

 話を聞けば聞くほど理不尽な性能だ。
 形まで変わるということは、あれは全方位に対応できるということだ。
 そうなれば、いくら同時攻撃を行っても完全に防がれてしまうだろう。
 それ以前に、もう不意打ちは通用しないと考えなければならない。
 同じような手が二度も通用する相手ではないだろうと、それくらいのことはもうわかっている。

 ……こうなると、もう残された手段はほとんどないぞ……。

 いや、一つだけ、あるにはあるが、この状況では使えないだろう。
 彼我の戦力差に軽く絶望しながらも、あることに気が付き、その絶望が怒りに変わる。

 ……まさか、こいつ……!!

「……きさま、なぜ本気を出さない!?」

 ……いや、それどころか――




「――なぜ一度も攻撃してこない!?」


   ●



次回で戦闘は終わります。

何か思った事(良いこと、わるい事問わず)があった場合、感想までドシドシお願いいたします。

では。


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第六話

戦闘終了と、アフターケア回です。

なんか2人して良い空気吸ってますが、まあそこは流してやってください。

では、どうぞ。


   ●


 エヴァンジェリンはどうすればこの男に勝てるか、考えていた。

 ……あの防御性能に加え空間停止能力……、厄介以前に理不尽だな。

 ほとんどの物理攻撃は防がれ、魔法による範囲攻撃は空間停止により止められ砕かれるか剣の変形による広範囲防御で防がれる。

 ……というか、あれで全身をおおわれてしまえばどんな攻撃も通らなくなるんじゃないか?

 おそらく不可能ではないだろう。
 それぐらいのことはやってのけても不思議ではない。

 ……ならばどうする? どうやってあの防御を砕く?

 あるいは、

 ……どうすればあの防御を砕ける状況まで持って行ける……?


   ●


 実を言うと、エヴァンジェリンは勝つための方法を考え付いていた。
 それは、自身の持つ最大の魔法を撃ち込むこと。
 今のエヴァンジェリンができる最強の魔法を撃ち込めば、防御など意味をなさなくなる。

 ……だが、今は撃てない……。

 だが、大きな魔法を撃つためには、当然かなりの時間と集中を要し、その間自分はは無防備になってしまう。

 ……くそっ! チャチャゼロさえ修理できていれば……!

 だが、自分の従者であるその人形は、今は壊され影の中に保管されて修理を待っている状態だ。
 当然修理している暇などあるわけがなかった。
 本来魔法使いの役割とは後衛であり、前衛の従者が敵をひきつけ時間を稼いでいる間に大威力の魔法を準備し発動させ敵にとどめを刺すのが仕事で、究極的に魔法使いとはただの砲台であるともいえる。
 よって従者のいない今、大規模な魔法を使うのは危険が伴う。

 ……とはいえ方法はこれしかない。何とかしてあいつの動きを止めなければ……。

 いろいろな策を考えてはみるが、今一つ決定打に欠けるものばかりだ。
 だが、その策を考えているときに、ふいにあることに気が付き、そこから生まれた絶望が怒りに変わる。

 ……まさか、こいつ……!!

「……貴様、なぜ本気を出さない!?」


   ●


 考えてみれば簡単なことだった。

 ……あいつ、ここに来てからほとんど動いてない……。

 自分が攻撃している間は動かないのは当たり前だ。
 あれだけの高密度の攻撃にさらされればその対処で精一杯になり、体の向きを変える以外はできないだろう。
 だから、この男が動かないのは当たり前だと思い込んでよく考えもしていなかった。
 だが今になって、落ち着いて考えてみると、おかしいことに気が付く。
 攻撃の間はともかく、それ以外の時間には動かない意味がないのだ。
 たとえば、先ほどの会話の最中。
 たとえば、自分の考えが覆されて無様に呆けていたとき。
 そしてさらに、のんきに考え事をしている今この瞬間。
 そのいずれかで動かれ、空間停止を撃たれれば、自分は簡単に終わっていただろう。

 いくらでもチャンスはあった。
 なのに今自分はこうして生き残り、愚かにも考え事をしている。
 もし立場が逆ならば、自分は相手を三桁は殺せているだろう。
 これの意味することは、

 ……明らかに手加減されている……!!

 それだけでも屈辱的だが、さらにこの男は、

「――なぜ一度も攻撃してこない!?」


   ●


 この戦いが始まってから、目の前の男は、自分に対し一度も攻撃を放っていない。
 最初に行ったのは戦闘場所を変えるための強制移動であったし、それ以降は剣で物理攻撃を防御するか魔法を停止させて打ち砕いただけだ。

 ……こいつは……!!

 怒り、悔しさ。
 それらの黒い感情がエヴァンジェリンを支配していく。

「私など戦うまでもないということか!?」

 100年間生きてきた不死者としての自信。
 そして、吸血鬼の真祖としての、最強種としてのプライド。
 自分を形作る重要なアイデンティティを、人間の若造ごときに打ち砕かれた。
 これでは先ほどまでいろいろと考えていた自分がバカみたいではないか。
 その思いに耐えきれなくなり、想いを叫びとして吐き出す。

「……貴様、私を侮辱するか!!」


   ●


 エヴァンジェリンの血を吐くような怨嗟の叫びに対し、男は少々困ったように眉を顰めながら、

「侮辱? そんなことをしているつもりはないのだが?」
「嘘をつくな! ならばなぜ手を抜く!? 貴様には私を攻撃するチャンスがいくらでもあったはずだ! なのになぜ防御ばかりで何もしてこない!?」
「……ふむ、どうやら私と君との間には見解の相違があるようだ」
「見解の相違だと? いったい何の事だ!?」

 男は私の目を見つめ、静かに話す。

「この戦いにおいて、君の目的はここから離れること。そして勝利条件は私に攻撃を通すかこの剣を破壊すること。そうだろう?」
「……そうだ」
「だが、私の目的は君に話を聞いてもらい、できれば友となることだ。そのためには君に出ていかれては困るので攻撃されないように防御に専念している。……つまり、私の勝利条件を満たすために、君へと攻撃する必要がない。……というより、私が君に攻撃するということは、私の敗北につながる」
「……どういうことだ?」
「言っただろう? 私は君に友となってほしい、と。だが戦闘により屈服させて、畏怖と敗北感で縛り付けるという関係は友とは言わず、よくて部下、最悪しもべや奴隷と呼ばれる存在となってしまう。……それでは何の意味もない。私が望むのは友という対等な関係、ただそれのみだ。だから君に攻撃することはできない。……だが、私の勝手な思いが君の心を傷つけたのならば謝罪しよう。……すまなかった」

 毒気が抜かれていくように感じた。
 目の前の男が言っていることは正真正銘の戯言だ。
 普通ならバカにされていると受け取られるだろう。
 だが、この男の声は真剣だ。
 この男の眼はまっすぐだ。
 そして、この男の意志は自分の心に響いてくる。
 間違いなくこの男は、本気で言っているのだろう。
 例え今回のように格下の相手でなく、本気で戦っても勝てない相手であっても、たとえそれで自分が殺されてしまっても、攻撃しないと決めたならば一切攻撃せず、自分の意志を貫き通す。
 それはとても難しいことで、だがそれを、この男ならば当たり前のようにやってのけるであろうこともわかってしまって。
 それによって、自分の中の黒いモノが薄れていくのを感じてしまって。

 ……久しぶりに見たな、こんなバカは。……いや、ここまでのは初めてか?

 なんだか、嫌いになれなくなっていた。

「わかった。そのことはもういい。許す」
「そうか、許してもらえて何よりだ」
「……私はこれから、貴様を殺すために私の持つ最大の魔法を放つ。……貴様の放った言葉が本物だというならば、よけずに受け止め、耐えて見せろ」
「……いいだろう。かかってきたまえ」
「ずっと思ってはいたが、貴様本当に偉そうだな?」
「今まで何度も同じことは言われている。だが、これも私の個性だ。そう思ってあきらめてくれたまえ」
「まあ、偉そうな口調なのは私も同じだがな……」

 そういいながらエヴァンジェリンは空へと飛び上がり、ゆっくりとのぼっていく。

 そして、地上から100メートルほど上ったところで動きを止め、呪文の詠唱に入る。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い、我に従え、氷の女王。来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが」

 呪文を唱えた瞬間、男を中心に50メートル四方が氷に包まれ、白く染まっていく。

 当然男の姿も氷に飲み込まれ、見えなくなっている。
 それでもまだ呪文は止まらない。

「全ての命ある者に等しき死を 其は、安らぎ也 ――『おわるせかい』」

 呪文の完成と共に、巨大な氷の山にひびが入り、瞬く間に粉々に崩れ去っていく。
 その際に砕かれていくのは氷だけでなく、氷に閉じ込められたものも同じ運命をたどっている。
 それを見ながら、エヴァンジェリンはつぶやいた。

「ほぼ絶対零度。150フィート四方を極低温にする広範囲完全凍結殲滅呪文だ。……これを喰らっても同じことが言えるならば、貴様は本物だと認めてやろう」

 普段の自分ならば、ここで氷を砕かず、封印する詠唱の方を唱えるのにに留めていた。
 それならば動けないまま氷の中に閉じ込められるだけなので、殺さずに済むからだ。
 だが、絶対に生き残れないとわかっていても、心のどこかで『あいつなら大丈夫だ』という確信めいた思いがあり、気が付けば氷を砕く方の詠唱をしていた。
 矛盾する想いを抱え、粉々になった氷が舞い散り、煙幕になっている平地を見下ろす。
 だんだんと晴れてくる視界を目を凝らしてみていると先ほどまで男がいた場所には、

「やはりな」

 鉄色の卵があった。


   ●


 直径2メートルほどの鉄色の球体は、近くにエヴァンジェリンが降り立つのと同時にほどけ始めた。
 だんだんとほどけ、球体から帯状のものになりその中が見えるようになると、そこには、

「さて、今回はどんな手品を使ったんだ?」
「なに、大したものではないよ」

 平然と立つ、あの男がいた。


   ●


 鉄の帯を剣に戻し、地面に突き立てた男は少々眉を顰めながら苦笑気味に、

「しかしひどいことをするね、君は。せっかくきれいに手入れされていた草原が更地になってしまったではないかね」

 その言葉と共に、エヴァンジェリンが辺りを見渡すと、確かにきれいに生えそろっていた芝は凍り砕かれてしまい跡形もなく、ひび割れデコボコになった地表が見えていた。
 それを眺め、それから視線を男に戻し、苦笑を浮かべながら、

「それはすまないことをしたな、謝罪しよう。……だが、先ほどの魔法はかなり危険なもののはずなのだが、どうしてお前は生きているのだ? 教えてくれ」

 と尋ねた。
 絶対零度近くともなれば寒いではすまず、一瞬で凍りついてしまう温度だ。
 この魔法の効果から逃れるには、発動する前に効果範囲外に逃げるしかない。
 生半可な障壁では障壁ごと凍ってしまうし、よほど断熱をしっかりさせなければ障壁内の温度が奪われ凍死してしまうだけだ。
 だが、目の前の男は剣――もはや剣と言っていいのかわからないが――の壁だけで、しかも障壁の類の付与もないように見えるのに、目の前で平然としている。

「なに、簡単なことだ。空牙で球殻を作り、そのうえで外側に向かって『裂破咆哮(れっぱほうこう)』を放ち続けただけだよ。冷気でさえも、何もない空間で止めてしまえば中の熱は奪えないからね」

 それを聞くとエヴァンジェリンは急に笑い出し。

「……くっ、はっはっは! そうかそうかそう来たか。それでは貴様が生きているのもわかる。まあ、貴様しかできん荒業だからだれにもまねはできんだろうが、なるほどな。そう言う回避方法もあったか。勉強になったよ」

 ひとしきり笑った後、エヴァンジェリンは一息ついて、

「さて、これで私が今打てるすべての手段を試した。これでも貴様を倒せなかった以上、私の負けを認めよう。……貴様の勝ちだ、好きにしろ」

 その言葉を、剣を刀に戻しながら聞いた男は、

「好きに、と言われてもね。とにかく話を聞いてもらうしかないのだがね」
「ならば気が済むまで聞いてやる。何でも言ってみろ。何が目的で私に近付いた? 私の吸血鬼の呪いでも解いてくれるのか? ん?」

 エヴァンジェリンは冗談で聞いているのだろう、楽しそうに笑っている。

 だがそれを聞いた男は、

「そんなことをして何の意味があるのかね?」

 と真顔で聞いてきた。

 その言い方に少々苛立ったエヴァンジェリンだったが、すぐに気を静め、聞き返した。

「意味も何も、私はそれで化物から人間に戻り、人間として生活できる。何かおかしいか?」
「そんなことは不可能だろう。今更呪いを解いた所で利益はない。今まで君がしてきたことは、呪いを解いても消えてなくなるわけではない。精々化け物ではなく人として処刑されるという自己満足が得られるぐらいだ。それで良いのかね?」

 その答えも自分で気が付いていたのだろう。エヴァンジェリンは男の言葉を聞いても少々眉をひそめる程度で話の先を促した。

「……ならば何が目的だ? 貴様は何故私に近付いた?」
「私が君に近付いたのは実に個人的な理由のためだよ。先ほどから言っているが、私は友が欲しくてね」
「友、か。まあ、友人がほしいという願望は誰にでもあるものだからな。わからんでもないが、なぜ私だ? 知っていると思うが、私は不老不死だ。友になったところで貴様と私ではすむ時間が違う。友人関係などすぐに崩れ去るぞ」
「その通りだ。だがその前提条件として、私が普通の人間であるということが出てくるね」
「そうだな。だが、貴様がたとえ長寿の種族だとしても結果は変わらん。崩壊までの時間が少々長くなるだけだ。そんなものに何の意味がある?」
「ならば、私が不老不死の人間であると言ったらどうするかね?」
「……はっ! 何をバカなことを。そうそう不老不死の人間がいてたまるものか」
「そうかね、ならば証拠を見せよう」

 その言葉を放ちながら、男は虚空に刀をしまい、ついでとばかりに別の剣を取り出した。

「……証拠? いったい何を――」




 その言葉を聞きながら、男はその剣で自分の腕を切り落とした。




「―――!! 貴様、なんの真似だ!?」

 男はさらに、胸の中心、心臓のあたりに剣を刺しながら、

「何の真似、と言われてもね。自分の不死性を証明しているだけだが?」

 剣を抜きながら男は言う。そしてその胸を見れば、

 ……傷が、ない!?

 さらに切り落とされた腕を見てみると、腕は霧のように崩れ、漂いながら本来のあるべき場所に戻っていくところだった。
 少しの間それを眺め、完全に腕が戻り、男が腕の調子を確かめるような動作をしたところで我に返り、

「――貴様、本当に不死なのか!?」
「だからそういっている。ただ、不死はともかく、不老の方は今すぐ証明することは難しいのだが……」
「いや、いい。これで貴様の異常なほどの戦闘能力にも説明がつく。その若さでこれほどとは、と驚いていたが、そういうことだったか。それで貴様、何年生きている?」
「信じてくれて何よりだ。だがそうだね、かれこれ……200年程かね?」

 その言葉に、さすがのエヴァンジェリンも驚き、

「200!? 私の倍じゃないか! それではかなわんわけだ。私の先輩ではないか」
「まあ、生きている時間だけならばもう少し長いがね。時間の流れの違う少々特殊な空間にいることもあるので、実際にはそれ以上生きていることになるが」
「……なるほどな。それで友人に同じ不老不死である私を……」
「そうとも。不老不死の何が一番辛いかと言えば、友人が作り辛いということだ。なにせ君も言った通り、有する時間が有限である彼ら(にんげん)と違い、我らは無限の時間の中に囚われている。下手に友人など作っても、いつか一方的な別れがやって来る。その孤独に耐え切れず、友人を創りだしてしまう者もいる。……君のような時間の囚人(ゆうじん)をね。だが、私はそんなことはしたくない。この辛さを感じる者を増やしたくない。だが私も元人間だ、友人は欲しい。このジレンマを抱えて困っていた所に同じ辛さを知る同胞が現れた。ならば友人になろうとするのに躊躇いなぞ有るはずも無い」

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは意地の悪い顔で笑いながら、

「なんだ? 要するに傷の嘗め合いがしたいのか?」

 と聞くが、

「そうだとも」

 と一言で即答され、あっけにとられることになる。
 その顔を見て、男は心外そうな表情を浮かべ、

「……何を驚いた顔をしているのかね? 詰まらぬ見栄なぞ張ったところで結果が変わるわけでもないだろうに」

 と言い切った。
 男はさらに続けて、

「……何、傷の嘗め合いも良いものだよ。大概の傷は嘗めておけば治るのだからね。だからエヴァンジェリン君……、




 私の友となってくれ」




 そういって差しのべられた手を、エヴァンジェリンはあっけにとられたように見て、

「……私は犯罪者だぞ? 賞金首だぞ? 追われているんだぞ?」
「なに、大したことではない。もとより君の犯した罪はほとんどが正当防衛だろう。それに君はなるべく人を殺さないようにしているし、女・子どもも手にかけないというじゃないか。それは立派なことだ。誇っていい」

 その言葉に、エヴァンジェリンはふと視界が悪くなり、あわてて目をこすると、そこには、

 ……涙、か?

 誇っていいと、そんなことを言われたのは初めてだ。
 吸血鬼となってからは、周りから聞こえる声は全て自分がいなくなることを望むものだったから。
 だから、誰にも望まれない生を、それでも誇っていいと言われたのは初めてだった。
 いくら拭っても、いくらでもわいてくる液体に苦戦しながら、男の話を聞く。

「追われていても構わない。私が君を守ろう。何、友となる者を守りたいと思うのは当然のことだ。気にすることはない」
「……私は、……私は生きていていいのか……?」

 ポツリとこぼれた言葉に対しても、男は誠実に答えてくれる。

「生きていてくれなければ困る。君がいなくなれば、私と語り合える友が一人いなくなってしまう。それはとても寂しく、悲しいことだ。だから、私は君に生きていてほしいと望む」
「……貴様は、……私の居場所になってくれるのか……?」

 こぼれる疑問がまた一つ。それでも男は答えて、応えてくれる。

「君がそう望むならば、私は君の居場所となり、君に安心を届けると約束しよう」
「……私は、……私の生を、……誇っていいのか……?」
「当然だ。君は先ほど、私が手を抜いていると怒ったね? それは君が、誇りを持って生きているからだ。だから君はその誇りを踏みにじられたと感じた時、怒りの声を上げた。その誇りはとても尊いものだ。だから君は、その誇りを、そしてその誇りを抱くことができた君とその生を、誇りに思うべきだ」

 男のその言葉に、エヴァンジェリンはついに泣き崩れる。
 だがその涙の冷たさも、心に生まれた温かい気持ちは冷やせない。
 そうしてうずくまるエヴァンジェリンに、男は手を差し伸べ、

「さあ、どうかねエヴァンジェリン君。私の友に、なってくれるかね?」

 その言葉に、あふれ出てくる涙をぬぐいながら、それでも声を震わせないようにしながら言う。

「……エヴァンジェリン……」

 あまりにもかすかにしか聞こえない声に、男は眉を顰め、

「……すまない、よく聞き取れなかった。もう一度言ってはくれないか?」

 そして、何とか涙を止め、真っ赤になった眼以外はいつもの通りになった彼女は言う、

「……エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。――私の名だ。お前の名を聞いていなかったからな。私は名乗った。だからお前も名乗れ」

 その言葉を聞き、男はにこやかに笑い、

「ミコト。ミコトという。さあエヴァンジェリン君、答えを聞こう。私の友に、なってくれるかね?」
「その前に、私から二つ頼みがある」
「……? 何かね」
「私のことはエヴァと呼べ。長ったらしいのは嫌いだ。……それと――」
「それと……、何かね?」

「――私の、私の友となってくれないか? ミコト」

 その言葉に、ミコトは驚きながらも破顔し、

「喜んで。私は君が望む限り、君の友でいることを誓おう」

 その言葉に対し、エヴァは同じように微笑んでミコトの手を握り、

「ならば私も誓おう。私はお前が望む限り、お前の友であることを誓う。……よろしくな、我が友、ミコト」
「私の方こそよろしく頼むよエヴァ君。……そして」

 ミコトは言葉を一度区切り、手を大きく広げ、言った。





    「ようこそ、私の遊び場へ!!!」




 これが、生涯の友であり続けた、ミコトとエヴァンジェリンの出会いであった。


   ●



今回で戦闘回は終了。
次回からは少しの間、ほのぼの回です。

……まあ、本当に少しの間なんですけどね……。

ともあれ、ストックも残り半分です。
もうしばらく、お付き合いください。

では。


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第七話

ほのぼの回第一話目。

今回から、お話が短めになると思います。
なんとなく、一話にまとめたくない話が多い物で。
今話はその最たるものです。

では、どうぞ。


   ●


 激しい戦闘――攻撃側と防御側がはっきり分かれていたが――が終わり、エヴァンジェリンとミコトは屋敷に戻り、中断されていた朝食会を再開することにした。
 冷めてしまった料理はキャロル(エヴァンジェリンを着替えさせ、屋敷の中をミコトのところまで案内してきた侍女の名前)に頼んで温めなおしてもらっている。
 作り直す、とも言われたが、ミコトは、材料が無駄になるから、と断った。
 いくら不死者でも、否、不死者だからこそ、ものの大切さは理解している、と言って。
 と言う訳で、今2人は朝食会場である部屋で向かい合って席に着いている。
 ミコトは最初に座っていたのと同じ席にゆったりと座り、エヴァンジェリンはその対面に上品に座っている。
 さすがは元貴族というだけのことは有る。

 ……まあ、事情を知らなければ10才の女の子が背伸びをしている微笑ましい光景にも見えてしまうが。

 本人が聞いたらまた先ほどのような戦闘が開始されるようなことを考えながら、ミコトは口を開き、

「さて、少し暇な時間ができてしまったね。この間に何か話しておきたいことなどはあるかね?」

 と尋ねた。
 それに対し、エヴァンジェリンは真剣な顔で答える。

「ああ、聞きたいことなら山ほどあるな。まず第一に……、お前はいったい何者だ?」
「何者、とは?」
「そこらへんにいる奴ならば『人間』、私ならば『吸血鬼』。ならばお前はなんだ?外見的特徴は人間と大差ない。だから亜人ではなさそうだ。だが異常なほどの強さと理不尽な性能の武器を持ち、さらには不老不死。どう考えても普通の人間ではないだろう。……だからこそ聞きたい。……お前は『何者』だ?」
「ふむ、私という存在の定義を聞きたいのかね。ならば簡単だ、その答えはたったの一言で済む」
「ほう、それは?」

 エヴァンジェリンは思わず身を机の上に乗り出して続きを促すが、



 「―――ぶっちゃけ私にもわからんのだね、これが」



 その答えに力が抜け、思い切り机に顔から飛び込んだ。
 ガンッ、ともズンッ、とも聞こえるような形容しがたい音を立てたエヴァンジェリンと机を交互に眺めたミコトは、

「どうしたのかねエヴァ君。私の神の如き言葉に感動して頭を垂れるのは良いが、そんなに勢いをつけて頭を打ったらいくら不死者とはいえ馬鹿になるよ?」

 不思議そうに言い放ったミコトの言葉に、エヴァンジェリンは勢いよく顔を上げ、

「きっ、貴様にだけは言われたくないわ!! 自分のことがわからんとか、馬鹿以外の何物でもないだろうが!!」
「人間、自分のことが案外一番わかっていない物だよ。それを補うために人は鏡というものを発明したのだから。……まあ、ここにはまともな人間は一人もいないがね」

 額を赤くし、若干涙目で叫ぶエヴァンジェリンに、ミコトは飄々と返す。

「だからと言って何もわからんはずもないだろう。生まれた時の状況とか、記憶とか、何かないのか?」

 その問いに対し、ミコトは少々困ったような顔を浮かべ、つぶやくように言葉を紡ぐ。

「……何もない。私は気が付いたら『私』だったからね」
「なに? ……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。約200年前、私の記憶が始まったとき、私はすでに私だった」


   ●


「ふと気が付くと、私は魔法世界の深い森の中に一人でいた。

「姿は今と同じ、人間でいえば18歳ぐらいのこのサイズだった。

「持っているものは、体に纏ったぼろ布一枚だけ。

「あとは言葉などの基本的な知識、そして自分が不死者だという記憶、

「それと、ミコトという名前のみ。

「そういう知識だけだった。

「そう、それ以外は何もなかった。

「親も、友も、金も、家も、食料も、

「……それまでの記憶も。

「……ああ、そうだ。本当に何も覚えていなかった。

「自分が何者なのかも、どこから来たのかも、何をすればいいのかも、全くわからなかった。

「それからしばらくは、サバイバル生活だった。

「その生活の中で、自分のできることを確かめていった。

「何ができるのか、できないのかを考え付く限り試していった。

「この体はたいていの無理はきいたのでね、だいぶ助かったよ。

「身体能力は異常だったから、獲物を捕らえるのも楽だった。

「そこらへんにあるものを口にしても死にはしないしね。

「……まあ、毒のある食材を食べた時には腹痛は起こるし幻覚を見たりもしたが。

「まあ最悪何も食べなくても死にはしなかったがね。

「そう言うのの他は、ひたすら自分のできることの確認だよ。

「……退屈? そんなものはなかったとも。何せ気を抜けば猛獣やドラゴンたちが襲い掛かって(じゃれついて)来たからね。退屈など感じる暇もなかった。

「2,3年で確認は終わり、それからは森を出て旅に出ることにした。

「目的としては、私自身の更なる強化と、世界を見て回ること。

「なにせこんな体だ、つかまれば研究材料として永遠に閉じ込められることはわかりきっていたからね。強化はいくらしても足りないくらいだった。

「だから、いろいろなものを見て回る途中で、世捨て人の達人たちの噂を耳にしてはその者に会いに行き、教えを乞うた。

「本当にいろいろな知識を求めた。

「武術はもちろん、魔法や魔法具づくりの技術など、さまざまなものに手を出した。

「もちろん、簡単に教えてくれるものの方が少なかったので、武道や魔法の達人ならば試合を挑み技を盗んだし、道具制作の名人のもとには何日も通い、弟子入りを願った。

「そうして得た技術を、組み合わせ、昇華し、自分のみの技としていった。

「そのおかげで、戦闘技術は先ほど見せたとおりだし、魔法の技術もかなりのものとなった。

「ただ、旅の中で一番役に立ったのは魔法具の作成技術だね。

「さまざまな系統の技術を混ぜ合わせていった結果、普通ではありえないほどのレベルの魔法具を作れるようになってね。

「それを売って金を稼いでいった。

「ただし、売って歩いたのは防御にのみ特化した魔法具のみだ。

「……ああ、そうとも。攻撃に役立つ物は一切売らなかった。

「私の技術で人殺しをされるのはごめんだったしね。

「……そう、人殺しはしたくなかった。

「私が旅を始めた目的は、世界を見て回るためだ。

「今その時を生きる者たちを見て、楽しむためだ。

「だから、私の力で、私が楽しめる可能性を無くしてしまう殺しだけは絶対にしなかったし、させたくなかった。

「……ん? ああ、別にエヴァ君を攻めているわけではない。これはあくまで私の意見だ、君にまで押し付けるようなことはしない。

「何より私のこれも、根幹にあるのはあくまで自己中心的なものだからね、褒められたものではないさ。

「……話を戻すよ?

「ともあれ、行商をしているときは仮面をしていたし、普通の旅の時も注意はしていたのでね、私が不老不死であることを知っている人間は誰もいない。

「ばれていたらこうしてのんびりすることなどできないことは、……まあ、君は十分わかっているね。

「そんなわけで、行商を初めて数年で、『仮面の魔法具売り』はかなり有名になった。

「時にはそれが理由で襲われるくらいにね。

「それから数十年して、行商でたまった金を用いて、少し大きな町に店を開くことにした。

「その店では魔法具は売らず、普通の工芸品を売っている。

「仮面もかぶっていないから、あの魔法具売りの男と同一視するものはいなかった。

「……ん? ああ、不死者だとはばれないようにはしたさ。

「長命な種族であるヘラス族の血筋を引くものだ、と説明してね。

「外見は遺伝せずに、寿命だけ遺伝した、といえば皆すぐに信じたよ。

「まあそれでも、20年ほどの周期で別の町に移動していったがね。

「さすがにそれ以上ごまかすのは無理があったのでね。

「それを何度か繰り返しながら、各地でいろいろな噂を集めていった。

「……そう、噂だ。特に不死者に関しての情報を集めた。

「店を開いたのもそれが狙いでね。

「工芸品などの土産物を売っていれば、旅の者がよく立ち寄るからね。その者達から話を聞いた。

「そうして、不死者の情報が入るたびにそこに赴き、噂の主を探した。

「……まあ、大半は空振りだったがね。

「それでも、当たりはいくつかあった。 

「無論すぐに友になろうと誘ったとも。

「その結果、今でも交流がある者が何名かいる。

「……ああ、そのうち紹介するよ。君も彼らと友になる資格があるからね。

「ともあれ、そんな感じで今まですごし、君の噂を聞き、そして今、この状況に至るわけだ。

「……理解できたかね?」


   ●


「まあ、大体は、な」

 ミコトの話は、同じ不死者だろうか、とても共感できる話だった。

 ……まあ、私は商売などせず、ひたすら逃げ回る毎日だったわけだが。

 ともあれ、これでミコトのことは大体分かった。
 自分が何者かわからず、下手をすれば自分一人だけの孤独な種族。
 だからこそ、友というつながりを求めたのだろう。
 不死者同士という、めったなことでは切れないつながりを。
 だからと言って、同情はしない。
 そんなものは、『友人』の間には邪魔なだけだから。
 だから、この話は終わりにして、次の質問に移ることにした。

「まあ、お前の成り立ちはわかった。では次の質問だ」
「いいとも、なんでも聞きたまえ」
「では……、あの侍女はなんだ? あれも不死者か?」

 これも気になっていたことだ。
 少なくともミコトはあの侍女の前では不死者のことを隠すそぶりはない。
 ということは、あいつは不死者のことを知っているか、または不死者そのものなのだろう。
 だが、あの女からは吸血鬼の気配は感じないし、何より普通の生物とはどこか違う。
 だから、あいつがどんな種族なのか、興味がわいたのだ。 

「ああ、彼女、キャロル君は不死者ではないよ。彼女は―――」
「お待ちください、ご主人様。私のことは私自身で説明いたします」

 ミコトが説明を始めようとしたとき、ノックが響き、扉を開けて先ほどの侍女がワゴンに料理を乗せて入ってきて、言った。
 主人の言葉を遮るのは本来の侍女としての作法とは違うとは思ったが、ミコトは特に気にする様子もなく、

「そうかね、では任せよう」

 と言って許してしまった。
 その言葉に侍女は「ありがとうございます」と頭を下げ、ついで私の方に体を向け、言った。

「朝もお会いしましたが、ご挨拶がまだでしたのでそちらを先にさせていただきます。初めまして、おはようございますエヴァンジェリンお嬢様。私はキャロル。



  ご主人様の雌奴隷です♥」



 ……は?


   ●



ええ、ここでお話を切りたかったのは、最後の一言のせいです。
種明かしは次回行われますが、問題と解答を同じ話に入れるのは、なんか違うような気がするので。

では、また次回お会いしましょう。


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第八話

お仕置き回です。

しかもまた短め。
せっかく今まで一話が一万文字になるようにしていたのですが……。

読みごたえがないと思う方には申し訳ありませんが、しばしこれくらいの文字数で行きたいと思います。

では、どうぞ。


   ●


 いきなりの言葉に、場の空気は一瞬で凍りついた。
 だが、エヴァンジェリンも歴戦の強者、簡単に我を失ったりはしない。
 何があったとしても、思考を止めることは死につながるのだから。

 ……え? 雌? 奴隷? いや、あの、えーっと、それは、その、つまり、なんだ。
   だからその、あー、うん、いやまて、そうだ、でも、うん、これはつまり、えーと、
   あ゛ーーーー!!??

 多少思考が滅茶苦茶でも、思考を止めてはいけないのだ、……たぶん。
 パニックを起こしているエヴァンジェリンを見ながら、ミコトは冷静にくすんだ銀色の指輪を左手中指にはめ、

「少しは真面目にやりたまえ、この駄メイドが」

 言うと同時にキャロルの頭上に向かって指をパチンと鳴らす。
 するといきなりキャロルの頭の上に妙なモノが現れ、そのままキャロルの頭に向かって落ちていき、

「あいたーーー!!」

 バン、ともベコン、とも聞こえる何とも言えない音が起こり、頭を押さえてうずくまるキャロルの横に、いきなり現れたモノがガランガランと音を立てて転がっていく。
 それはひらべったく、丸い容器で、くすんだ銀色をしていることから何かの金属でできていることがわかる。
 底面積に対して高さが極端に低い円柱の中をくり抜いて器にしたようなそれは、おそらくミコトが出したモノなのだろう事がわかる。
 その光景を見て、少しは冷静になれたのだろうエヴァンジェリンは、顔を赤らめ、少々引きながらミコトに向かって言う。

「あー、その、なんだ。……ミコト、侍女に手を出すのは良いが、少々変な趣味に走りすぎていないか? 友人として、それはどうかと思うぞ?」
「頼むからこの駄メイドの戯言を本気にしないでくれたまえ、エヴァ君。私がこの駄メイドに手を出したという事実は存在しない」
「そっ、そうか。ならばいい。ところで、さっき落ちてきたのは何だ? お前が出したんだろう?」

 エヴァンジェリンが尋ねると、ミコトは先ほどつけた指輪を見せて、

「ああ、この指輪の能力だ。これは私が作った対駄メイド用ツッコミ専用魔法具の一つでね、好きな場所にこの容器、タライを呼び出すと言う効果がある。その名も、『そこにタライがあったらい~な』だ。名前に関しては、旧世界、地球は極東の島国の言葉を学べば意味が分かるようになるよ」
「……そうか、なんとなくくだらなそうだから意味に関しては知りたくはないな。というか、なんでタライなんだ?」
「特に意味はない。怪我をさせない程度にダメージを与えるためにはこのあたりが良いかと思ってね」

 そんなことを話していると、キャロルが頭を押さえながら立ち上がって、

「なっ、何をするんですかご主人様!? 痛いじゃないですか!! ……はっ!? やっぱりご主人様の好み的には『エロペット』の方が良かったですか!?」

 指が二回なって悲鳴が二回響いた。

「……いい加減にしたまえ、キャロル君。次はないよ?」
「は~い、わかりました。ボソッ(……でも、もう一回くらいなら……)ってすいません、本当にもうしませんから!! だからその右手の刀をしまってください!! さすがにそれはシャレになりません!!」
「だったらきちんと自分の身の上をエヴァ君に話したまえ。……全く、どうしてこんなふうに育ってしまったのか……」
「……なんだ、お前たちは親子なのか?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところかね。……ここからは自分で言いたまえ。また変なことを言ったら……、わかるね?」
「は~い、わかりました~」

 そう言ってキャロルはエヴァンジェリンの前に立ち、

「それではエヴァンジェリンお嬢様、私のことを説明させていただきます。……ん~、そうですね~、とりあえず、見てもらった方が早いですね♡」

 そう言ってキャロルはエヴァンジェリンに手袋をした自分の右手を差し出す。

「お手を拝借いたします♡」
「あ、ああ」

 いきなりのことに少々戸惑いつつも、エヴァンジェリンは右手を差し出し、握手の形をとる。

「ちゃんと握ってますね? それでは行きますよ~?」

 何をだ? という問いを発するまでもなく、その結果はやってきた。

「えいっ♥」

 かわいらしい気合の声とともに、彼女の体からパキッ、という軽い音が響き、次の瞬間、エヴァンジェリンの手にわずかな重みがかかる。
 キャロルが一歩下がったのを見て、何事だ? と思って自分の手を見ると、自身の手には右手の手袋が残されていた。




 そう、ちゃんと中身の詰まった(・・・・・・・)手袋が。




「うわぁ!!」

 自分の手の中に残された右手首を見て、驚きのあまり声を上げ、さらにはそれを放りだしてしまう。
 空を舞った手首は、大した時間をおかず、今までエヴァンジェリンたちが向かい合っていた机の真ん中にポトリ、と予想外に軽い音を立てて落っこちた。

「えっ、いや、あの、ちょっ、手首が……」

 再びパニックになるエヴァンジェリンの目の前で、




 手首が五本の指を足のようにして立ち上がった。




 「…………え?」

 混乱しすぎて反応ができなくなったエヴァンジェリンの目の前で、手首は五本の指を器用に使い、蜘蛛のようにトタタタタ……、と駆け寄ってくる。
 その様子は少し、否、かなりホラーなものであり、エヴァンジェリンも「うぉわーーー!!!」と妙な悲鳴を上げ、椅子ごとひっくり返り、頭を打ち付けてしまう。
 その様子を目を見開いて驚いた顔で見ていたキャロルは、机の上を自分の方に向かってきた手首を左手で受け取り、元の場所に付け直しながら、

「あらあら、少々驚かせすぎてしまいましたかねぇ♡ ……ええご主人様、キャロルは深く反省しております。ですので首筋に突き付けているこの刀をどうか収めてくださいませ」
「……真面目にやれ、と言わなかったかね?」
「いえ、あの、事実だけ言っても信じられないかな~っと思いまして。だったら見せた方が早いかな~、と……」
「……まあいい。――どうかね、エヴァ君、これで分かったかね?」

 ぶつけた後頭部を「あいたたた~」と押さえながら立ち上がったエヴァンジェリンに対してミコトが尋ねると、エヴァンジェリンは困惑の表情を隠さずに言う。

「……いや、何が何だか……。義手……なのか?」
「ふむ、二割正解、と言ったところかね」
「ヒントです。私の体は全身作りものですよ♡」

 その言葉に、エヴァンジェリンの表情は驚きに染まる。

「全身、作り物? ――まさか、人形、なのか?」
「正解だ、エヴァ君」

 その言葉に、エヴァンジェリンはキャロルの体をまじまじと見まわす。
 侍女服で全身を包んでいるし、ソックスや手袋で肌をほとんどさらしていないが、その動きはとても自然なものだし、顔も人形とはとても思えない。
 自分も人形遣いであり、それにより数多くの人形に触れてきたし作ってきた。だが、ここまで人間らしく、ここまでしっかりした自我を持っている人形は見たことはないし、作ることもできないだろう。

「人形……、とてもそうは見えないが……?」
「そうですね~。それでは……、えい♥」

 エヴァンジェリンの疑いの声を聞いたキャロルは、しばし考えるそぶりを見せると、両手を耳をふさぐように顔の横に添えると、またかわいらしい掛け声とパキッ、という音と共に、




 自分の首を外して見せた。




 もはや驚きよりもドン引きの方が強くなって少し離れたエヴァンジェリンに対してキャロルは笑顔を浮かべた自分の首を差し出して、

「どうかいたしましたか? エヴァンジェリンお嬢様? そんなに驚いてた顔をして。かわいいお顔が台無しであいたーーー!!」

 そのまま何もなかったかのように話し始めたキャロルの首の上にまたタライが落ちてきて、キャロルの悲鳴が響いた。

「そんなに何度も何度もタライをぶつけて、おかしくなったらどうするんですか、ご主人様!!」
「この程度の衝撃でどうにかなるほど軟な作りにすると思っているのかね? 大体これ以上おかしくなることはないだろうが。私としてはすこしぐらいおかしくなれば逆に正常になるのではないかとふんでいるがね。ともあれさっさと首を元に戻したまえ。いたずらが過ぎるぞキャロル君」
「は~い」

 さすがに何度もタライを喰らうのは嫌なのだろう。キャロルは素直に首を元の場所に戻した。
 その光景を見ながら、エヴァンジェリンは先ほどのミコトの発言について尋ねる。

「おい、ミコト。今お前、こいつを自分で作ったように言っていたが……?」
「うん? ……ああ、その通りだよ。キャロル君は私が作った自動人形(オートマタ)の一体だ」
自動人形(オートマタ)……。そんなものまで作れるのか……?」
「まあ、かなり苦労したのは事実だがね。さあキャロル君、改めて自己紹介を。今度は真面目にやりたまえよ」
「は~い、了解しましたご主人様♡」

 そういうとキャロルは真面目な顔になってエヴァンジェリンの前に立ち、スカートを少しつまんで優雅な礼をすると、

「私はご主人様……、ミコト様により作られた試作型自動人形(オートマタ)第零号機、機体名称『キャロル』と申します。以後お見知りおきくださるよう、よろしくお願いいたします、エヴァンジェリンお嬢様」

 いきなりの変わり様に面食らっていると、ミコトが感心したように、

「やればできるではないかね。だてに稼働時間が現実時間で100年、魔法球使用による実時間で約せ「ご主人様? 女性に歳の話題は厳禁ですよ♥」……さて、この話はいったん止めて、食事にしようか。冷めないうちに、ね」
「はい、ご主人様♡」

 冷や汗を流しながらのミコトの提案に、にこやかに応じたキャロルは持ってきたワゴンから食事の皿を机の上に並べていく。
 そうしてすぐに食事の用意を整え、ミコトの隣に立ったキャロルは、

「それではご主人様、お嬢様、ごゆるりとお召し上がりくださいませ。お食事の後、エヴァンジェリンお嬢様にはデザートとして果物を。ご主人様には果物と私をご用意いたしておりますのでお楽しみにおぉっと危ない!!」

 また戯言を繰り出し始めたキャロルにミコトはまた指を鳴らしてタライを呼び出すが、そう何度も食らってはいられないとキャロルは両手を頭上に差し出してタライを受け止める。

「おや、よく受け止めたね」

 感心したようにミコトが言うと、キャロルはタライをワゴンの上に置きながら自慢げに、

「フフフ……、私はご主人様謹製の自動人形(オートマタ)ですよ? この程度の対応能力など持っていて当然です!」

「そうか、では、これでどうだね?」

 そういうと、ミコトはことさら大きく指を鳴らす。
 すると、今までの直系50センチほどのタライとは違い、直径が2メートルもある大きなタライが降ってきた。
 だがそれも、キャロルは多少ふらつきながら受け止めてしまう。

「おっとっと。……フフフ、少々戸惑いましたが、この程度ならば応用の範囲内です。ご主人様のタライアタックを学習した私にはもう通用しませんよ!!」

 タライを持ち上げながら勝ち誇るキャロルに対し、ミコトはそっけなく、

「そうかね、ではしばしそのままでいたまえ」

 そう言いながらミコトは空中で手を少し振ると、タライを掲げるキャロルを放って食事を始めた。
 その間に、キャロルの掲げるタライの中から妙な音が聞こえてきて……。

「あの~、ご主人様? なんだかタライの中に水が注がれてるような音が聞こえるのですが……?」
「ふむ、君の聴覚素子は正常に稼働しているようだね」
「なんだかだんだん重くなってきたのですが……?」
「感圧素子の調子もよさそうだ」
「あ、あの、ご主人様? さっき何か魔法を使われましたか?」
「魔力感知装置も良好だね。……ああ、水の魔法を使ったよ。ただ単に特定の場所に水を発生させるだけのものだから、水の属性が得意でなくとも発動は可能だよ」
「あ、あの、ご主人様? これ以上は……、無理って重さに……、なってきたのですが……?」
「今度は人工筋肉の耐久度の調査だ。制限時間は私たちの食事が終わるまでだからしっかりやりたまえ。ああ、こぼしたらその倍の重さで行くからね?」
「ぬ、ぬぉーーー……。そ、そんなーーーー……」
「さて、我々はキャロルの言う通り、ゆっくり食事を続けるとしようか」
「……ああ、そうだな」

 場をさんざんひっかきまわした彼女を心配するものは、この場に一人もいなかった。


   ●



はい、そんなわけでお仕置き回でした。

ちなみに、このお話の中での言語は魔法世界の共通言語と言うことになっていますので、日本語でシャレを言っても理解されません。

では、また次回、お会いしましょう。


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第九話

キャロルの正体と、スペック紹介です。
今回も短めですが、ご容赦ください。


   ●


 大きなタライを掲げてプルプル震えているキャロルを無視して、朝食会は進んで行く。
 給仕のキャロルが役に立たない以上、コーヒーや紅茶は自分で淹れるしかないが、そこはまあ許容しておくことにする。
 というか、最初はそこまでするつもりもなかったのだが、ミコトがコーヒーカップを持った瞬間にキャロルが目を輝かせて「ご主人様! コーヒーは私がお淹れします! ああ、ですが困りました! 両手がタライでふさがっている以上、ご主人様にコーヒーを淹れて差し上げることができません!」などとうるさかったのでミコト自身がやることになった。
 さすがにエヴァンジェリンにまでやらせるようなことはしたくなかったので、彼女の分の紅茶はミコトが淹れている。
 それを見たキャロルの顔色は絶望に染まっていたが、二人の中でキャロルは空気と同じ扱いになっているので、気にはしない。
 そんなわけでミコトは、エヴァンジェリンの分の紅茶のお代わりを注ぎ、しくしく泣いてうるさい空気の脇腹をつついて「ひゃうっ!!」と奇声を上げさせてから自分の席にもどる。
 その様子を呆れたように見ていたエヴァンジェリンは、何事もなかったように食事を再開したミコトに向かって話しかける。

「しかし、先ほどの武器といい、この自動人形(オートマタ)といい、お前の技術力は大したものだな。長い年月を生きただけではここまでの物は作れないだろうに……」

「そうかもしれないね。まあ、私の場合は生き残るための手段として主に『技術力』を選んだからね。命がかかっていれば文字通り必死になれるものさ。そのおかげで安全も情報も資金も手に入った。何も言うことはないね」

「なるほど、根っからの研究者、もしくは発明家、という感じなんだな、お前は」

 ミコトの話を聞いて、エヴァンジェリンはミコトに抱いた印象を簡潔に述べる。
 多くの情報や知識、技術を求め、それらを解き明かし、さらには混ぜ合わせ、全く新しい、自分だけのものを作り出していく。まさに研究者、発明家そのものだと言える。

「だがそれにしても、ここまで人間らしい自動人形(オートマタ)を作るのは並大抵のことではなかったろう。そこでプルプル震えているあれだけを見てみても、おそらく世界中の技術の数百年先を行っているだろうさ。体はもちろん、あの豊かな感情についてもな」

 エヴァンジェリンの従者である人形にも感情はあるが、あそこまで豊かではない。

「まあ、体はともかくとして、感情については私が作ったわけではない。基礎を組み立てて、あとは背中を押しただけで、あそこまでの感情を持てたのは彼女自身の努力と意志によるものが大きい」
「……? どういうことだ?」
「先ほどこの駄メイドは自分のことを試作型自動人形(オートマタ)第零号機といったね? 第零号機、つまりこの駄メイドは一番初期に作られた試作機なのだよ。まあ、実際にはさらに前に5体ほど作ってはいるがね」
「先に作ったものがあるのに零号機? 矛盾していないか?」
「その通りだ。しかし、最初に作った自動人形(オートマタ)は作業用でね。命令に従うだけで感情は持っていなかった。だがそれではつまらないと思い、感情を持つことができるように作った最初の機体が、そこの駄メイドなのだよ」
「感情を持つことができるように(・・・・・・)? 感情を持って生まれてきたのではないのか?」
「確かに一度はそれも考えたが、それでは私が作り上げた完全な作り物になってしまうからね。感情ぐらいは自分自身の物を持ってほしかったのだよ。だから、自分で学び、感情を自分自身で作り上げていけるように作った」
「……なるほどな……」
「ところでエヴァ君、『ダイオラマ魔法球』というものを知っているかね?」

 いきなりの質問に、エヴァンジェリンはいぶかしげに答える。

「……? 知ってはいるが……。持ち運びできる箱庭のような圧縮空間で、中と外の時間差を自由に設定できるものもあるというな。無論、そこまでの物はとんでもない値段になると思うが」
「その通りだ、知っているのならば話は早いね。私はそのダイオラマ魔法球の中で自動人形たちの製作、感情育成をしていた。魔法球内の時間を最大限に圧縮しておけば外の一日が中の百年ぐらいにはなるからね。そして、育成の際の手本にするためにキャロルを作り、キャロルの感情が完成するまでざっと100年間試行錯誤を繰り返し、感情育成のノウハウを得て、それから今までいた最初の5体に同じような機構を組み込み、キャロルと2人がかりで同様に感情の育成を試みた。そうして5体全員の感情が育ち切るのに50年。実世界の時間にして約2日の強行軍だったね」
「……ずいぶんと気の長い強行軍だな……」
「まあ、実際さまざまなことをしたからね。花畑に連れて行ったり本を読み聞かせたり料理をさせてみたり……。体の成長が無いという点を除けば子育てとなんら変わらないと思うね。まあ、この6人が後にできた自動人形たちの教育をしてくれるようになってからは、私の仕事は作るだけになったがね」
「……そういえばミコト。こいつらに何か特殊な機能はついているのか?」

 感慨深げに語るミコトに、エヴァンジェリンは気になったことを質問してみる。

「ん? 特殊な機能、というと?」
「ほら、普通の人間にはできないような技術とかだ。お前が作ったのなら、とんでもない技を持っているのではないか? 一国を相手取れるようなすさまじい武器を内蔵している、とか」

 その言葉に、ミコトは少々困ったような顔で、

「とんでもない技、といってもねぇ。基本的には形状のベースとなった種族、亜人や人間を少々強化しただけのスペックだし、武器もつけてはいないよ? 別に戦闘用に作ったわけではないからね」

 その言葉に、エヴァンジェリンは少々落胆したような顔をするが、

「まあ、一つだけほかの種族と違うことがあるとすれば、『重力制御』という能力を持っている、というところかね」

 というミコトの言葉にまた身を乗り出す。

「『重力制御』? なんだそれは?」
「重力とは、まあ、簡単に言ってしまえば、ある物体が他の物をひきつける力のことだね。私の作った自動人形たちは、何もない空間にもこの力を発生させ、いろいろなものをひきつけることができる」
「ひきつける? 糸のようなものか?」
「そうだね、そういってしまえばわかりやすいかもしれないね。もともとこの能力をつけたのも、彼らの動きの補助のためだからね。重いものを持つときの負担を軽くしたり、早く動くための加速のために使ったり、とね」
「なるほど、それは便利だな」
「ああ、彼らもなかなか便利に使いこなしているよ。もっとも……」

 そう言ってミコトは近くにいる空気に目を向け、
 
「はっ! そうか、その手があった! 重力制御を使えばこんなタライ楽々持てる!! フフフご主人様、今こそこのキャロルの恐ろしさを思い知らせてってあれ? なんでタライの上にもう一つ一回り大きなタライを出してるんですか? そして水が注がれる音と共にどんどん重く!?ちょっ、これは、重力制御使っても……、きついです……!」

 悶絶する空気から目を逸らし、

「あくまで補助程度なのでね、無限に出力が上がるわけではないよ。まあ、自動人形たち同士で協力し合えばそれだけ重いものを持ち上げられるがね」

 近くで空気が「誰かーーー!! いないのーーー!? 助けてよーーー!?」とか叫んでいるような気がするが気のせいだ。

「あとはまあ、自動人形間の通信・念話機能ぐらいかね」
「通信・念話? そんなものは大体の魔法使いがやっているだろうが。特に真新しいものでもないだろう」
「彼らの場合は特別だよ。自動人形たちの思考速度は人間とは桁違いだからね。その分短時間で密度の濃い情報をやり取りできるし、見ている映像を送ったりすることもできる。だからこそ、息の合った素晴らしい協力プレイができるのだよ」

「ちょっとーーー! 誰よ通信に『・・・・・(てんてんてんてんてん)』とかわざわざ言葉で返してきたの!? 私はあなたたちの中でも一番のお姉さんなのよ!! その私からの救助要請なんだからすぐさま駆けつけてくるのが普通じゃないの!? ……って、今度は誰よ『え? お姉さん? 誰が?』とか、『ぷぷっ。ワロス』とか『m9(^Д^) わはははは』言ってきてるのは!! どこでそんな悪い言葉覚えてきたの!! お姉さんぷんぷん怒っちゃいますよ!! もう、ぷんぷん!!」

 ミコトが見苦しく騒いでいる空気にどんな仕置きをしてやろうか考えている内に、2人の料理も粗方片付いてきた。
 そこで、今後のことについてエヴァンジェリンと話し合うことにする。

「さて、エヴァ君はこの後どうするかね? 私は君と友になれたし、こうして楽しく朝食会も開けたので、とても満足している。この後君がどこかに行きたいというのならばいろいろな魔法具を持たせて安全な旅を提供することもできるが?」

 近くで「え? 朝食会もう終わり? やったーーー、これで自由の身になれる!!」とか喜んでいる駄メイドがいるが、まだだ、まだ終わらんよ……!
 ミコトの質問に、エヴァンジェリンは少々考え、

「私としては従者人形の修理もしたいし、もうしばらくここにいさせてほしい。……いいか?」

 少々以上に不安げな問いを返す。だがそれをミコトは笑い飛ばし、

「なに、いつまでもいてくれて構わんとも。幸いにも場所はいくらでもあるしね。従者人形の修理というならば私の工房の一角を開放しておこう。好きに使ってくれたまえ。私もできることがあれば協力するよ」

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンも安心したような笑みを浮かべ、

「そうか、ならばその時は頼むとしよう。感謝する」
「なに、友人に協力するのは当然のことだよ。さて、そうと決まればこの食事が終わり次第、この屋敷などを案内しよう。……それでいいかね?」
「ああ、ありがたい。ぜひ頼む。……それと……」

 エヴァンジェリンは一度言葉を区切り、

「これからしばらくの間、厄介になる。よろしく頼むよ、ミコト」
「……ああ、任せておきたまえ」

 言葉を交わしあい、二人は笑いあうのだった。






 「ご主人様~~~、お嬢様~~~。私はいつまでこうしていればいいんですか~~~?」

 泣き言を言う空気には、誰も何も返さなかった。


   ●



虐げられている彼女が不憫だと思う方は、感想にて慰めてあげましょう。

そうでもないと思う方、あるいはもっとやれと思う方は、存分にいじめてあげましょう。


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第十話

今回は少々長め&シリアスチックです。


   ●


 友と語らっていたからであろう、いつもよりも短く感じた(約一名は長く感じたろうが)朝食会も終わり、二人は屋敷を回ることにした。
 キャロルの掲げていたタライは、朝食会の終了と同時に約束通り中身ごと消され、キャロルは晴れて自由の身になることができた。
 そのことを「いやっほーい!!」などとのんきに喜ぶキャロルに対し、心底呆れた表情を浮かべながらミコトは、

「……あまりみっともないところをさらさないでほしいものだねキャロル君。さあ、食器の片付けをとっとと済ませて、なるべく早く魔力の供給を受けてきたまえ。自業自得とはいえ、かなり長い時間重力制御を使っていたのだからね。倒れられては回収するのが手間だ」

 と命じた。
 キャロルは「は~い♡」と気楽そうに返事を返すと、ワゴンに空になった皿をまとめて部屋を出ていった。
 それを見ながら、エヴァンジェリンはミコトに尋ねた。

「おい、ミコト。魔力供給を受けてこいとはどういうことだ? お前が供給しているのではないのか?」
「ん? ……ああ。私がしている、と言えばその通りだね。だが、彼女たちと私との間に、魔術的な契約というものは存在しない」
「契約がない……? どういうことだ?」

 本来の人形遣い、特にエヴァンジェリンのような意志ある人形を使う場合などに関しては、何らかの契約を交わし、常に主人から人形へ魔力が供給されるようにする。そうすることで、いちいち魔力を補充する手間が省けるのだ。

「それはだね、……少々待ちたまえ」

 エヴァンジェリンの疑問に対し、ミコトは虚空に手を突っ込んで何かを探している。
 少しして、ようやく取り出した手のひらサイズの宝石を、エヴァンジェリンに差し出しながら、ミコトは答えた。 

「彼女たちの体内には、この宝石の破片が組み込まれている。……これを持って、魔力を注いでみたまえ」

 エヴァンジェリンは不思議に思いながらも、言われた通りに受け取った宝石に魔力を込めてみて、

「――!!?」

 すぐに驚いた顔になり、宝石を手放した。
 宝石はそのまま重力に従い床に落ち、コツン、と音を立ててエヴァンジェリンの足元に転がる。
 その音に、すぐ我に帰ったエヴァンジェリンは「――すまん」とミコトに謝り、宝石を拾い上げ、しげしげといろいろな方向から眺め始めた。
 その様子を楽しそうに見ていたミコトに、エヴァンジェリンからの声がかかる。

「……これは何だ? 魔力を込めた瞬間に魔力が吸い込まれていった。込めれば込めただけ、すぐに飲み込まれてしまう。普通の宝石ではないのだろう? これもお前が作ったのか?」
「いや、それは私の作品ではなく、自然界に存在しているものだ。まあ、カットしたのは私だがね。……その宝石は、魔力の貯蓄容量が異様に高いのだよ」
「……まあ、宝石やある種の鉱物は大体貯蓄量が高いものだが、こんなの高いものは見たことがない。いくら魔力を込めても溜まっているという感じがせん。……いったいどこでこんなものを……」
「確か、170年程前だったか、ある山の洞窟で偶然見つけてね。すぐに持ち主から山の権利を買い取って、根こそぎ掘り尽くしたんだ。どうやらその山の持ち主もこの宝石のことは知らなかったようでね、安くいいものが手に入ったよ。……まあ、調子に乗って買った次の朝には山を更地どころか窪地にしてしまってね。あわてて逃げてきたのだが、大事になってはいないだろうか……?」
「(……少し前に『山喰らい』という妖怪の伝承を聞いたことがあったが、まさか……)」

 少々嫌な予感が頭をよぎったが、気にしないことにした。 

「……まあいい。それで、この宝石と人形たちとの間に何の関係があるのだ?」
「なに、大したことではない。私はこの宝石を魔力タンクとして使っているというだけだよ」
「魔力タンク、ね。確かにこの大きさでもこの魔力容量だ。人形一体動かすだけならば破片で十分だろうな」
「その宝石だと大体私の魔力で50人分は入るかね。小さな破片でも大体彼らの活動2週間分の魔力が入るから、大きめの宝石に魔力を満タンに込めて補給部屋と名付けた一室に置いておけば、彼らは折を見て自分で補給できるからね。そのほうが何かと便利なのだよ。……まあ、重力制御などを激しく使えばその分魔力を消費するから補給の周期は短くなるがね」
「なるほどな、それでさっきキャロルに補給するように言ったのか」
「まあ、そういうことだね。……その宝石は君にあげよう。少なくともここにいる間は安全に暮らせるはずだ。今のうちに魔力をコツコツためておきたまえ。……いざ、という時のために、ね」
「……ああ、そうしよう」

 いざという時。
 そんなものが来なければいい、という感情と、私が吸血鬼(わたし)である限りは絶対に来るだろう、という理性がエヴァンジェリンの中でせめぎあい、それでも体は勝手に宝石に魔力を込め始めている。
 そんな現実を見て、自虐的な笑いがこみあげてくる。
 そんな様子を見ていたミコトは、

「……さて、とっとと屋敷を回ってしまおうか。皆にもエヴァ君の顔を見せておきたいしね」

 と、エヴァンジェリンを促した。

「……ああ、そうだな」

 と、少々顔がこわばっているエヴァンジェリンだが、それでも少しは気持ちが前を向いたようだ。
 先に立ってゆっくりとしたペースで歩き出したミコトについて歩いていく。
 しばし無言の時間が続いたが、それもすぐに窓の外からの大きな声で終わりを告げた。

「よう、社長!! おはようさん!! 元気かい!?」

 やけに砕けた口調の太い男声と共に、窓が開き、そこから顔が飛び出してきた。
 その顔は黒い短髪の健康的な日焼けをした男の物であり、さわやかな笑顔はまぶしく、暑苦しさの類は全く感じられない。
 開いた窓から見えるのは人間の胸から上までで、そこから下は見えない。
 だが、その肩幅の大きさや、はきはきとした大きな声から、かなりいいがたいをしていることが想像できる。
 急な出来事に驚いて動きの止まってしまうエヴァンジェリンだが、ミコトはいつもの事なのか涼しい顔で、しかし眉をひそめて声の主に言う。

「客人の前だ、少しは落ち着いた言葉使いをしたまえ、ダイク君」

 その言葉に、ダイクと呼ばれた男はミコトの後ろを見て、ようやく小さな影の存在に気が付いたらしく、

「おや嬢ちゃん、驚かしちまったか、すまねえな。俺の名はダイク。この屋敷では主に庭師をやってる。庭弄りの最中だから握手はできねえが、よろしくな!」

 と、威勢よく挨拶をしてきた。

「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 その挨拶に、エヴァンジェリンは戸惑いながらもしっかりと挨拶を返す。
 それを見ていたミコトは、ダイクに話しかけた。

「庭弄り、ということは先ほどの戦闘の後かたずけかね? それはご苦労。どのくらいで元に戻りそうかね?」

 戦闘の後片付け、と聞いて、エヴァンジェリンの顔が曇る。
 少々青ざめた顔で、ダイクに向かって、

「す、すまない! 余計な仕事を増やしてしまった……」

 と謝った。
 先ほどの戦闘で、庭(というか草原)を滅茶苦茶にしたのは主に、というか全部エヴァンジェリンの放った魔法だからだ。
 だが、その謝罪に対してダイクはカラカラと笑い、

「気にすることはねえさ。こっちもあの庭には何か植えようと思ってたんだ。耕す手間が省けて好都合さ」

 と言ってきた。

「しっ、しかし……!」

 と、なおも食い下がるエヴァンジェリンに対し、ダイクは笑顔を向けて、言う。

「だから気にすんなっての。嬢ちゃんはそんなことは気にせず、だんだん出来上がっていく俺の自慢の庭を見ててくれればいい。……そんでもって、出来上がったらそれを見て感想のひとつも言ってくれればそれで俺は報われる。それでチャラってことで、どうだい?」

 その顔には暗い色は全くなく、本心で言っているものだとわかる。
 それを見て、エヴァンジェリンは安心したように、

「そうか……。ならば、楽しみにさせてもらおう」

 と、ダイクに笑顔を向けた。
 その時、今まで黙っていたミコトがダイクに向かって、

「何かを植えるのは良いがね、ダイク君。……妙な植物を植えることは許さんぞ」
「妙な植物ってなんですかい? 俺はいつも普通の植物しか植えてませんぜ?」

 心底不思議そうな顔で言うダイクに対して、ミコトはため息を一つつき、

「少し前にあそこに巨大な食人植物を植えたのは誰かね? 近くを通るたびにつかまって飲み込まれるキャロル君の身にもなりたまえ。人間じゃないから異物として吐き出されるから何度もべとべとになって帰ってきたではないかね。……懲りずに何度も近付いては飲み込まれるキャロル君のうっかりにも困ったものだが」

 その光景を想像したエヴァンジェリンの顔がまた青くなる。
 その言葉に少々あわてた口調でダイクは、

「だ、だけどよ、その前に植えたマンドラゴラは魔法薬の材料としていい儲けになったじゃねえですかい!」

 と言い返す。だがミコトはそれにも涼しい顔を崩さずに、

「ああ、確かにいい儲けになったとも。……だが、引き抜くときに犬を使うべきところをキャロル君が一人笑顔で突っ走っていって悲鳴を浴びて失神していたではないかね。他の者は避難していて無事だったからいいものの、キャロル君以外の被害が出ていたらどうするつもりだったのかね」

この言葉に、さすがのダイクも返す言葉がなく、

「それは、その……、へへへ」

 笑ってごまかすしかなかった。

「全く、今まで大した被害が出ていないからいいが、今度キャロル君以外の被害を出したら庭師を他の者と交代させるよ? いいね?」
「……へい、肝に銘じておきやす」

 そういって、ダイクは窓を閉め、作業に戻っていった。
 どうでもいいがキャロルは被害に含まれないらしい。
 とぼとぼと窓の外を歩いていくダイクを見ながら、エヴァンジェリンはミコトに尋ねる。

「おい、あいつも自動人形なのか?」
「ああ、そうだよ。と言うより、この屋敷では、私とエヴァ君以外は皆自動人形たちだ」
「なるほどな。ところで、ダイクはお前のことを『社長』と呼んでいたが?」

 その疑問に対し、ミコトは「ああ」と思い出したように言う。

「そういえば言っていなかったね。私は会社を経営していてね。彼ら自動人形たちにはそこで従業員をしてもらっているんだ」
「なるほどな、だから社長、と呼ぶわけか」
「彼らは主に、この屋敷で働くか、会社で作業に従事しているか、休暇を使って町に出ているか、この屋敷で休んだり他の者と雑談していたり、というふうに過ごしているね。無論、仕事に関しては給料もしっかり出しているよ?」
「そうか……。ずいぶんと良い待遇のようだな」
「ああ、出ていかずにここにいてくれるということは、そうなのだろうね。……さあ、次に行こうか」
「ああ、わかった」

 そういって、二人は歩いて行った。


   ●


 廊下を歩いていた二人は、ある部屋の前で立ち止まる。
 その部屋の扉は、先ほどまで朝食会が行われていた部屋と違い、この屋敷の中では平均的な、普通の大きさの扉であった。

「この部屋は君が寝ていた部屋だよ。朝はキャロル君に起こされて連れてきてもらっていたし、少々寝ぼけていたようだから覚えていなかったかもしれんが」
「うるさい! 寝ぼけていたというのは余計だ!……だがまあ、確かに覚えてはいないな。場所を覚えるまでは迷惑をかけることになりそうだ」

 エヴァンジェリンは少々顔を赤らめミコトに文句を言うが、すぐに冷静になり、自分の状況を振り返る。

「なに、少しぐらい迷惑をかけてくれた方が可愛げもあるし、何より刺激が生まれるからね。自動人形たちにとってもその刺激はありがたいものだ。ずっとこの屋敷にいると決まった仕事しかできなくなるからね。特に娯楽というものがない自動人形たちにとって、新しい仕事を与えられるということは喜ばしいことに他ならない。最初のころはキャロル君のうっかりで仕事ができても喜んでいたほどだしね。……最近ではそれも日常になってしまっているが」
「なるほどな、そんなものか。……じゃあ、キャロルのあのドジももしかしたら計算されたもので……」
「それはないと思うよ。キャロル君のあれは素だろうからね。……だがまあ、確かに特徴のない扉だからね、迷うのも無理はないだろう。そんなこともあろうかと、ルームプレートを作っておいた。これを扉にかけておけば、この近くに来れさえすればどの部屋か迷うこともなくなるよ」
「ずいぶん用意が良いというか、いつの間に作った? 私がここに厄介になると決めてから、私とお前はずっと一緒にいたはずだが?」
「ははは、私に不可能など641個ほどしかないよ?」
「結構あるんだな……。まあいい、作ってくれたのならありがたくもらおう」
「そう言ってくれてうれしいよ。では少々待っていてくれ、すぐに取り付けよう」

 そういうとミコトは扉に向かい、トンカチで釘を打ち込み始めた。
 狙いを定め、大きな音を立てて一打ちし、そのあと微調整のために数回軽く音が響く。
 そうした後、打ち付けた釘を持って少し動かし、しっかり打ち込まれているかを確認した後、ルームプレートをかけ、角度などを調整する。
 その一連の動きには、技術者としての長年の経験がにじみ出ていて、エヴァンジェリンは思わず『ほう』、と息をつく。
 そうするうちに、ミコトは自らの仕事に満足したのか、扉の前から離れ、

「さあ、できたよエヴァ君。これで迷うことはなくなったね?」

 そうして示された扉を見て、エヴァンジェリンは一つ頷き、そうしていい笑顔でミコトの方を向き、

「この際だ、そのトンカチや釘はどこから出したんだ? とか、そういうことは聞かん。……だが、これだけは聞かせてもらおうか。……どうしてルームプレートがかわいらしい仔猫の形をしているのかな……? どうしてこんなにかわいらしい字なのかな……?」

 そう言うエヴァンジェリンの笑顔は引きつりを隠せておらず、こめかみには青筋が立っているようにも見える。
 なんとなくだが、エヴァンジェリンからどす黒いオーラのようなものまで見え始めている。
 その様子を見て、ミコトは自分の行った仕事(伏せている白い仔猫を横から見たような輪郭のプレートに、ピンク色の丸っこい飾り文字で『Evangeline』と彫り込まれたものが掛った扉)を見て、それからエヴァンジェリンの方を向き、首をかしげて、

「何か、おかしいところがあるかね……?」
「おかしいところしかないわ!! なんで吸血鬼の真祖の部屋の扉にこんなかわいらしいものが掛っていなければならんのだ!? もっと他に何かないのか!? 蝙蝠とか、棺桶とか、もっと吸血鬼らしい形は!? それになんだこの丸っこい文字は!? 100年を生きた私をおちょくってるのか!?」
「いや、アタナシア・キティ(不死の仔猫)の名を持つ君にこそこのプレートはふさわしいものではないかね?あと、100年生きた、というが、この屋敷の中では君が一番年下だと思うよ?」
「……しまった!! ここは不死者の住処だった……!! ……くそっ! 世間では恐怖の代名詞となっていても、ここではただのひよっこか……!!」

 膝をつき、床をドンドンと叩いて悔しがるエヴァンジェリンをミコトはしばしの間眺めていた。
 しばらくして落ち着いたのか、エヴァンジェリンは起き上がり、少々うつろな目で尋ねてくる。

「そういえば、自動人形たちは全部で何人いるんだ? 従業員と言っていたから、そこそこの人数はいるんだろうが」
「70人ほどだよ。忙しい時期は全員で作業に取り掛かるが、そうでないときは全体の20人くらいが働いて、それ以外は休んでいるね」
「結構いるな。そうなると整備とかが大変じゃないか?」
「いや、そこまで大変ではないよ。彼らには自動整備機能がついているからね、よほどの事でない限り、私が手を出す必要はない」
「ほう、そんなものがついているのか。便利だな」
「なに、自分たちの体の構造と整備方法をきっちり教え込んでおけば、あとは各自で暇なときに自分を分解して丁寧にブラシをかけたり洗浄したりできるからね」
「……自動っていうのはそういう意味か……」
「ちなみに、自分でどうしてもできない場合や手が届かないところなどは自動人形同士協力して行っているよ。見た目はバラバラ死体をそれぞれが持っていじくりまわしているようにしか見えんが」
「いきなりその場面に出くわしたら叫びだしそうだな……」

 その光景を想像したのか、否そうな顔をするエヴァンジェリンに、ミコトは「さて」と前置きしてから、

「ここにはもう用はない、次に行こうか」

 と促した。
 特に反対する理由もなかったので、エヴァンジェリンは先を歩くミコトについて歩いていく。
 雑談をしながら少し歩くと、これまでとは違う様子の扉の前にたどり着いた。
 その扉は大きく、そしてかなりしっかりとしたつくりになっており、いかにも頑丈そうだ。
 また、これまでどの扉にもなかった錠前がついていることからも、この扉の特別さがうかがえる。

「ミコト、ここは……?」

「ここは私の工房だよ。この屋敷に私がいるときは、大抵ここにいる。入ってみようか」

 そういうと、ミコトはカギを取り出し、錠前を開けて扉を開き、中に入っていった。
 エヴァンジェリンもそれに続き部屋に入ると、埃っぽい空気がムワッと襲い掛かってきた。

「――! ゴホッ、ゲホッ!」

 たまらずむせると、ミコトは急いで窓に駆け寄り大きく開いて空気を入れ替える。

「――すまない。ここの掃除だけは誰かに任せるわけにはいかなくてね、どうしてもおろそかになってしまう」
「―――ゴホッ! ……いや、別にかまわん。研究室や作業場は主にとって神聖なものだからな。他人に入られたくないのもわかる」

 換気をして少しはましになった工房を見てみると、壁際に机がいくつか並んでおり、その上にはランプや台に固定するタイプの拡大鏡、万力ややすり、アルコールランプやビーカー、フラスコなど、ありとあらゆる工具や実験器具が並んでおり、それらに囲まれるように作りかけのアクセサリーや金属片が置いてある。
 机のない壁にも、戸棚が置いてあり、ほとんど完成しているであろうモノが並んでいる。
 また、壁に打ち付けられた杭には刀剣類が床と水平に何本も掛けられており、そこが工房であることは一目瞭然だ。
 しばらく工房内を眺めていたエヴァンジェリンは、端の方にある大きめの机の上を片付けているミコトに話しかける。

「見事な工房だな」
「そういってくれるとうれしいよ。……ああ、その辺の物に触るのはやめたほうが良い。攻撃性の高いものもあるし、暴発すればこの屋敷ごと消滅するような魔法具が転がっていてもおかしくはないからね」

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは机の上にあった指輪に伸ばしかけた手をあわてて引っ込める。

「ずいぶん危ないものを作っているんだな……」
「いろいろ作っているうちに興が乗ってしまってね。思い返してみるとなんで作ってしまってのかわからないものも数多くある。……まあ、そういうものは奥の部屋にきっちり封印しておいてあるがね」

 そういってミコトが指差した先には、扉がある。おそらく倉庫として使っているのだろう。

「そうか、ならばいいが……」
「だからまあ、あの部屋に入るのは、私が一緒にいるときにしてくれ。少し触ったぐらいで発動はしないが、万が一ということもある。それに……」

 話の途中で言葉を詰まらせたミコトに、エヴァンジェリンは首をかしげて尋ねる。

「それに……、なんだ?」
「……あの部屋には、『不死者殺し専用の魔法具』も置いてある」
「――!! なんでそんなものを!? お前自身が不死者だろうに!?」
「私以外にも不死者はいるし、その者が味方である保証もない。これが理由の一つ。そして、もう一つが……」

 重い空気に息をのむエヴァンジェリンに、ミコトの言葉が継げられる。

「……自決用に、だ」


   ●



……うわあ、重っ!!


ちなみに、これから出てくるミコト謹製の自動人形たちは全て、音楽に関係した名前を付けられています。
なので、ダイクは大工ではなく、第九(歓喜の歌)が元ネタですので、あしからず。
……誰ですか? 『庭師なのに大工かよ!?』って言った人は?


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第十一話

今回は、シリアスの回収と、のちのフラグ設置回です。


   ●


 ミコトの言葉が響き渡り、場は沈黙に包まれた。
 その沈黙を破ったのは、エヴァンジェリンのつぶやくような言葉だった。

「自決用、だと……?」

 ささやくような言葉は、すぐに叫び声にかき消される。

「馬鹿な! お前は不死者だろう!? なぜ自ら死の可能性を作る!?」
「死なないと死ねないでは意味が全く違う。それくらいわかるだろう?」

 先ほどから、ミコトの体勢は変わらない。エヴァンジェリンに背を向け、作業台を片付けながら言葉を放つ。
 こちらに向き合わない背中に対し、エヴァンジェリンの叫びがぶつかっていく。

「そんな言葉遊びはどうでもいい!! なぜ不死者という利点を捨てるような真似を――」
「――それでは君は、死にたいと思ったことはないのかね?」
「――! ……それは……」

 エヴァンジェリンは口ごもった。

 ある。
 それも、一度や二度ではなく、何度も。
 現に、ミコトに出会う直前にも考えていた。

「たとえば、大切な者が目の前で死んでしまったとき」

 思った。死にたい、と。

「たとえば、信じていた者に、裏切られたとき」

 その時も思った、死にたい、と。

「たとえば、つかまって、ひどい拷問を受け、処刑され、それでも生き残ってしまったとき」

 ああ、思った、思ったとも。

「苦痛と絶望に襲われ、それでも不死ゆえに死ぬこともできない。そんなときに思ったはずだ」

 《――死にたい、と》

 ミコトの声とエヴァンジェリンの心の声が重なり、それ以降2人は無言となり、ただ、ミコトが作業台を片付ける音だけが静かに響くのみだ。
 そんな中、ミコトが語りかけてくる。

「我々不死者にとっては、死というものはある種の希望であるともいえる」 

 エヴァンジェリンは何も言わない。

「ヒトは我々に対しては非常に厳しくあたり、世界は我々を排除しようと襲ってくる」

 ただ静かに、立っているだけだ。

「そんな状況の中にそれ以上存在しなくてもいいという許しこそが、死」

 ただ静かに、ミコトの話を聞いているだけ。

「だからこそ、私たちにとって、死とは安らぎであり、希望たり得る」
「……だから、自分が死ぬ手段を作ったのか? ……いつかこの世界から逃れ、安らぎを得るために……」

 ずっと黙って話を聞いていたエヴァンジェリンが放った問いかけに、しかしミコトは首を横に振る。

「そうではない。私はこの道具を、希望につながる架け橋を、逃げる手段に用いるつもりはない」
「……ならば、何のために使う?」

 その問いに、ミコトは片付けの手を止め、エヴァンジェリンと向かい合い、言う。

「私はこの希望を、この世界に立ち向かっていくための手段として用いていく」


   ●


「……立ち向かって、いくための……?」
「そう。自分にはいざとなれば死という希望がある、ならばもう少しこの世界に立ち向かってみるか、と」

 ミコトはエヴァンジェリンの目を真っ直ぐ見つめ、語る。

「そして、私と同じ絶望を知る同胞に、私と同じ希望を与え、そしてこう言おう」

 静かに、しかしはっきりと、言葉を放つ。

「こんな世界にも希望はある。いざとなれば逃げる道もある。――ならば私と共にもう少し生きてみないか、と」


   ●


 その言葉に、エヴァンジェリンは自分の中のナニカが震えるのを感じた。
 だが、そのナニカが何なのかわからぬまま、ミコトに尋ねる。

「……ならば、その希望を見つけた相手が、この世界に立ち向かわず、目先の希望を選んだら、どうする?」

 少々意地の悪い質問に、しかしミコトは飄々と答える。

「なに、そうさせないのが私の説得術の腕の見せ所だよ」

 その、全く自分というものを疑っていない堂々とした答えに、エヴァンジェリンは思わず笑みがこぼれるのを感じる。
 そんな顔のまま、エヴァンジェリンはミコトに対しつぶやくように話す。

「説得術、か。……詐術の間違いではないか?」
「なに、人の考えを自分の思った方向に修正するという点ではどちらも大して変わらん。ただ違うのは、願う幸せが己の物のみか、それとも互いの物かということだけだ」
「くくく……、そうかいそうかい……」

 エヴァンジェリンは、もう笑いを隠すことなく、宣言するように言い放つ。

「ならば、私も騙されてやろう」
「おやおや。それはありがたいが、いいのかね?」
「なに、構わん。不死者にとってはほんの一時の戯れにしかならんだろうよ。……それに……」
「……それに、何かね?」
「お前のその技術を、詐術ではなく交渉術と呼ばせ続けるための努力はお前自身でしろ。私がお前のことを詐欺師だと判断した瞬間、私はお前のもとを去る。……どうだ? できるか?」

エヴァンジェリンのその言葉に、ミコトは一瞬あっけにとられたような顔をみせ、そしてすぐに笑う。

「……ふふふ。無論だとも!!」

 少々の脅しにもミコトは全く屈しない。
 その自信はいったいどこから来るのか疑問に思うと同時に、この男なら大丈夫なのだろうという根拠のない確信も感じてしまう。

 ……本当に、不思議な男だな。

 王の器とでも言おうか、カリスマと言おうか、この男はそう言うものを持っていると思う。
 そんなことを考えていると、先ほどまで片付けていた机から一歩引いた位置にいるミコトから声がかかる。

「さて、大体片付いたね。ここをエヴァ君の作業場にしてほしい。もし狭ければもう少し開拓するが……」

 ミコトが指し示した机の上はきれいに片付いており、残されているのはランプとノミやキリ、小刀などの作業に必要な物だけだ。
 広さも自分が作業するに当たっては十分であるし、設備も申し分ない。

「いや、これで十分だ」
「そうかね。……ああそれと、足りない工具はあそこの工具置き場から探してくれ。大抵のものはあそこにあるが、足りなければ私に言ってくれればすぐに用意しよう。それと……」

 その後少しの間、確認やこの部屋を使うに当たっての注意事項を言われた。

「……さて、とりあえず私から言っておくことはこのくらいだが、何か聞いておきたいことは有るかね?」
「そうだな、もう特に聞きたいことは……、ああそうだ。人形を作るための材料はどこで手に入れればいいんだ?」
「あの部屋の入ったところに木材と金属は種類別に分けておいてあるから、好きに使って構わない。……まあ、貴重な金属もあるから、あまり湯水のようには使わないでほしいがね」
「それなら大丈夫だ。私の人形はほとんどが木とワイヤーでできているからな。それにそこまで大きくないし……、と、そう言えばまだあいつの紹介をしてなかったな。少し待ってくれ」

 と、何かを思い出したのか、エヴァンジェリンは窓の方へ歩み寄り、窓から入ってくる外の光を背にして立ち止まると、足元にできている影にしゃがみながら手を突っ込んだ。
 本来ならば床につくはずの手は、黒い水につかっているように、手先が20センチほど床に沈んで見えなくなっている。
 エヴァンジェリンは影を媒介に倉庫を作っているようで、しばし影に手を差し込み、何かを探していると、

「ん……と……、あった! これだ!」

 やっと見つけ出したようで、立ち上がりながら影から手をずるりと抜くと、その手には……、

「オオ、ゴシュジン。ヤット直シテモラエルノカ? ……ン? 誰ダアンタ? 敵カ?」

 小さな三頭身ほどの人形が首根っこをつかまれ、ぶら下がっていた。
 黒い服を着た緑色の髪のその人形は、おそらく身長は60センチほどだと思われる。
 断定できないのは、体中がぼろぼろであるからだ。
 右腕と左足が根元からちぎれ、右足は膝から下が無く、左腕は形は保っているもののひび割れだらけで、何も握れなさそうだ。
 これでは正確な身長など測りようもない。
 そんな満身創痍という言葉そのものともいえる人形は、片言ながらも己の主人と話し、怪しげな人物に対し敵意を向けてくる。
 まともに戦えないのは一目でわかるのだが、その体から発せられる気迫は並大抵のものではなく、心の弱い者ならば気を保つのも難しいだろうと思われる。

「こら、そう威嚇するなチャチャゼロ。……この者はミコト。私の新しい友だ。ミコト、こいつはチャチャゼロ。私の従者人形だ」
「ふむ、君がエヴァ君の従者か……。私はミコトという。よろしく頼むよ」
「………………」

 2人の仲介役となったエヴァンジェリンは、それぞれに互いを紹介していく。
 すぐに友好的な態度をとったミコトに対し、チャチャゼロの態度は冷たい。

「……オイ、ゴシュジン。コイツハナニモンダ? タダモノジャネエノハワカルガ……」
「おいチャチャゼロ! 失礼だぞ! この者は私の友で――」
「――友? ッハ! 笑ワセンナヨゴシュジン! 今マデソンナ甘イ言葉ニ何度騙サレテキタト思ッテンダ!?
 俺タチニ甘イ言葉ヲ囁クノハ敵ダ! 俺タチニ刃ヲ向ケルノハ敵ダ! 俺タチニ近付ク奴ハ敵ダ! 俺タチノ前ニ立ツノハ敵ダ! コノ世界ニ存在スルノハ全テ敵ダ!! ソウヤッテ今マデ生キテキタンダロウガ!! ダッタラコイツモ敵ダ! サッサト殺サネエト殺サレルゾ!」

 まくしたてるチャチャゼロをエヴァンジェリンは何とか落ち着かせようとするが、チャチャゼロは全く聞く耳を持たない。
 その時、ミコトはゆっくり二人に近付くと、床に膝立ちになり、チャチャゼロと目線を合わせながら語りかける。

「チャチャゼロ君、私は君たちと敵対する気はない。どうかそのことだけはわかってくれないだろうか」

 だが、主人であるエヴァンジェリンの言葉にも耳を貸さなかったチャチャゼロが、見知らぬ男の話を聞くはずもなく、

「オメエモ何寝言言ッテンダ! オメエモドウセ俺タチヲ狙ッテンダロウガ!」

 と、拒絶の言葉を放つ。
 その言葉に、ミコトは少し考えるようなそぶりを見せると、

「チャチャゼロ君、私が君たちを襲う理由は何だね?」
「ア゛? キマッテンダロ、賞金ノタメダ! アトハ俺タチヲ倒シタトイウ名声ガ得ラレル! アト考エラレルトスレバ不老不死ノ研究ノ為ノ研究材料ニスルカ、ソンナトコロダロウ!」
「ふむ、大体はエヴァ君の言っていたのと同じだね。ならば、簡単なところから否定していこうか。まず、不老不死の研究など必要ない。すでに私は不死だからね」
「……不死、ダト? オイ、ゴシュジン」

 ミコトの言葉に、チャチャゼロは人形の身なれど驚きの表情を見せ、己が主人に確認を取る。

「ああ、その通り、こいつは不死だ。私自身の目で確認した」
「……コイツモ、不死……」
「さらには、人外、しかも強い力を持つが故の脅威による迫害も、私には関係ない。私自身も人外の身で、何より君の主人よりも強いからね」
「………………」

 己の主人よりも強いと聞いて、チャチャゼロは無言で主人の顔を見るが、その表情から、事実であると理解したようで、また驚きの気配が強くなった。

「次の否定だが、私はいま言った通り不死だ。ならば表舞台に顔を出せばどういうことになるか、……君達ならばわかるだろう?」
「………………」

 その言葉に対し、チャチャゼロは何も言えない。

「ゆえに、私に名声など必要ない。隠者にとって、それは枷にしかならん。……最後に、賞金についてだが……」
「……ソウダ、生キテイクニハ金ガ要ル! ソレハ不死者ダッテ変ワラネエハズダ!」

 だが、ミコトの口から『賞金』という言葉が出た瞬間、チャチャゼロは声を荒げた。
 今まで、その理由が一番多かったのだろう。

「落ち着きたまえ。そのことについて話す前に……、これを見たまえ」

 そういってミコトが虚空から取り出したのは、一本のボトルだ。

「ン? ナンダソリャ? 酒カ? ……ッテ、ソリャア『スピリット』の100年物ジャネエカ!」

「そう、今この世界で一番飲まれていると言っても過言ではないという、一番人気の銘柄だ。作られて10年以内の若い物はどこの酒場に行っても安く飲めるが、100年物となればそこらの富豪でも持っているものは少ない。むしろ持っていれば金持ちのステータスたり得る代物だ」
「……ソレデ、ソレガ何ダッテンダ? ソレヲ持ッテルカラ金持チダッテ言イテエノカ?ソンナ理屈ハ通用シネエゼ! ソノ一本ノ為ニ無理ヲシテ財産ヲ使イハタシタ貧乏貴族ダッテ存在スル!」
「そうではない。大体、こんなものだったら倉庫に行けばまだゴロゴロしている。これ以上に古いものだってたくさんある。……なぜか解るかね?」
「ダカラ、テメェガ金持チノ上ニ大酒飲ミダッテコトダロ!」
「違う。なぜ私がこんなに『スピリット』を持っているか。それは、私が『スピリット』を製造、販売している『バッカスの泉』の社長だからだ」
「「…………ハァ!!??」」

 今度はチャチャゼロだけでなく、エヴァンジェリンの驚いた声も響く。

「おいミコト! どういうことだ!? そんな話聞いてないぞ!?」
「だからいま言ったのではないかね。本当ならばあとで酒蔵を見せた時に言おうと思っていたのだが、まあ、ここで言っても同じことだろう」
「……『バッカスノ泉』ハ謎ダラケデ本社ノ場所サエ誰モ知ラナイ意味不明ナ会社ダ。今ノトコロオマエノ話ガ嘘ダト言ウ証拠ハ無イガ、真実ダトイウ証拠モナイ」
「その点は、まああとで製造工場を見てもらえばいいだろう。ともあれ、これで私が金には困っていないということがわかってもらえたかな?」
「……マア、ソノ話ガ本当ダッタラナ」

 チャチャゼロはまだ完全に信用したわけではないようだが、それでも少しは態度が柔らかくなった。

「それはよかった。ならばお近づきのしるしにこのボトルを差し上げよう。それと、君はなかなかイケるクチのようだから、体が治ったらでいいので、我が社の新製品の試飲会に参加してはくれないか? 外の者の意見も聞きたいんだ」
「オイゴシュジン、コイツイイヤツダ。信ジテモイイトオモウゼ」
「お前チョロイな! 態度変わりすぎだ!!」

 どうやら信用を得たらしい。
 と、ギャーギャー騒いでいる主従を眺めていたミコトがつぶやいた。

「ふむ、チャチャゼロ君のサイズの人形用の手足が確かこの辺に……」

 そういって机の上やその下をごそごそ探しているミコトを言い合いをやめた主従が眺めていると、

「ああ、あったあった。チャチャゼロ君、君に合いそうなサイズのパーツがあるんだが、どうかね?」

 そういってミコトが差し出したのは、長さが20センチぐらいの右腕のパーツだった。

「オオ、イイパーツジャネエカ」
「ふむ、これなら少々削って調整すれば流用できそうだな」

 どうやら二人の印象も良いようだ。

「気に入ってもらえて何よりだ」

 だがここで、右腕を手に取って眺めていたエヴァンジェリンが、何かを発見した。

「……? おい、ミコト。この肘のあたりから伸びている紐は何だ?」
「ああ、それかね。これこそこの腕の見せ場でね。貸してみたまえ」

 そういってミコトはエヴァンジェリンから腕を受け取り、右手で腕をしっかり持つと、左手で紐を思い切り引っ張った。すると、

 パカッ(人形の腕の掌に穴が開いた音)

 カシャン(その穴から細長い金属の棒が出てきた音)

 プシュン(その棒が円錐状に膨れた音)

 ギュイーーーーン……(その円錐がものすごい勢いで回転しだした音)

「どうかね? これぞ内蔵型穿孔機! 私としてはドリルという名称を定着させたいのだがね。どうだね二人とも、何か浪漫のようなものを感じないかね?」
「えぇ……っと」
「マア、ソノ、ウン。……イイパーツジャネエカ……」

 興奮したように話すミコトだが、生憎二人は何も感じなかったらしく、あいまいなことしか言えない。
 ……というか、人形であるチャチャゼロに気を使われる始末である。
 そのあと、さらに興奮したようにドリルについて熱く語るミコトを何とか落ち着かせ、修理はまた後でということにして、チャチャゼロはボトルと一緒に(チャチャゼロがボトルを抱きしめて離さなかった。ぼろぼろの体なのに)影の中にしまわれていった。
 そうして、入り口に近いところにいるミコトから先に工房から出ていき、後を追おうとしたエヴァンジェリンだが、ふと自身のすぐわきに掛っているものに目が向いた。
 それは鞘に納められた細身の剣で、ミコトがカタナと言っていたものであった。
 自身で使う気は全くないが、興味は有ったのでミコトに内緒で見てみようと思い、壁に掛けたまま柄と鞘を持ち、柄のみを数センチ横にずらす。
 そうすると、きれいな銀色の刀身が顔をだし、思わずそれに見とれてしまう。
 あまりの美しさに、つい手が伸びてしまうが、

「――っつ!!」

 うっかり刃に触れて指先を切ってしまい、刀身に血がついてしまう。
 傷そのものは吸血鬼の治癒能力ですぐに元に戻ったが、刀身についた血の方はそうもいかず、あわてて指でぬぐって目立たなくして、刃を鞘に納める。
 その時に柄を握った瞬間、体から何かが抜かれるような、何かが体の中を走ったような、そんな妙な感覚を得たが、

「エヴァ君? 何をしているのかね? 次に行くよ?」

 というミコトの声に我に返り、

「……っ! ああ、今いく」

 と返すと、カタナに何も変化がないのを確認し、工房を後にした。


   ●


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第十二話

ミコト邸探検、最終回です。



   ●


 工房を後にした二人は、いろいろ話しながら次の場所に向かって廊下を歩いていた。

「そういえば、この屋敷は外から見ると三階建てだったが、この上には何があるんだ?」

 雑談の中で気になったことをエヴァンジェリンが聞くと、

「ああ、二階と三階は主に自動人形たち関係の部屋だ。
 三階のすべてと二階のほとんどは自動人形たちの宿舎で、二階の一部は魔力の補給部屋と簡易整備室だね。基本的にこの上は自動人形たちのプライベートな空間だから、私もほとんど足を踏み入れないし、君も遠慮してほしい。……良いかね?」
「ああ、かまわん。あいつらにも感情があるんだ、そういうのも必要だろう」
「わかってくれて助かるよ。まあ、何か用があるときは一階にいる自動人形の誰かに言えば念話ですぐに呼び出せるからね。用があるときはそうするといい」
「わかった、そうしよう」

 そんな話をしながら歩いていくと、何かをたたくような音や、水を流すような音が聞こえてきた。
 「なんだ?」と思っていると、ミコトもその音に気付いたのか、何やら納得したように言う。

「ああ、もうそんな時間か……」
「……時間? 何のだ?」
「昼食の、だよ。今はその下ごしらえをしているところだろう。今ならそこまで邪魔することもないだろうから、行ってみるかね?」
「そうだな。朝食の礼も言いたいし、行ってみよう」

 方針が決まり、二人は音が聞こえてくる方向に向かって歩いていく。
 音が聞こえるほどの距離なので、目的地にはすぐにたどり着くことができた。
 その部屋の扉は両開きの物だが、今は開け放ってあり、中の様子をうかがうことは容易だった。

 その部屋の中は調理場、とでもいうべきものだった。
 普通の家庭にあるような台所よりは大きいが、レストランにある厨房よりははるかに小さく、この場所を十分に活用するのにもそう人数はいらないだろう事がわかる。
 現にこの場所で働いているのは二人だけだ。
 二人ともコックが着るような白い服と帽子をかぶっているが、共通点はそれだけである。
 一人は大きな体の猫型の(体毛の色からすると虎系の)亜人で、今は大きな肉の塊から、今回使う分を切り取っているところらしい。
 もう一人は小柄な人間の女で、今はまな板の上で野菜を切って鍋の中に放り込んでいる。
 そんな様子を部屋の外から覗いていたエヴァンジェリンだが、その横を通って調理場の中に入っていったミコトを追って中に入っていった。
 調理場の中の2人は自分たちの職場に誰かが入ってきたことにすぐ気付き、二人同時に扉の方に振り向いたが、誰だかわかるとすぐにこちらに体を向け、静かに頭を下げた。
 そんな二人に、ミコトは何事もなかったように話しかける。

「やあ、ご苦労様だね。邪魔して済まない。今、客人にこの屋敷の中を案内しているところでね。君たちの紹介もしておきたいのだが……良いかね?」

 その問いに、二人は静かにうなずくと、ミコトたちの前に歩いてきて並んだ。
 ミコトはその二人を示しながら、

「彼の名はボレロ。見ればわかるが虎人族をもとにした自動人形だ。見た目通り力が強いので工場では力仕事担当だね。そして彼女はマキナ。主に書類整備や事務を担当している。この屋敷では料理が得意なものが交代で料理当番をしているのだが、彼らもそのうちの一人だよ」

 もっとも、食べるのは私とエヴァ君だけだがね、とミコトはつぶやくように続け、

「まあ何にしても、今日もおいしかったよ、二人とも」
「ああ、私からも言わせてもらう。うまかった。また頼むよ」

 二人の言葉に、ボレロとマキナは笑顔になり、


「M5T3T1A2N1A2A5K5T5B1D4S3、A5J5A3S1M1」
「様嬢お、ねすまきだたいてせら作てっ切り張も食昼」



「もうこの屋敷の連中嫌だーーーーー!!」



 エヴァンジェリンが壊れた。


   ●


 涙目になって叫びだしたエヴァンジェリンに対し、周りは冷静に対処した。

「どっ、どうしたのかねエヴァ君!? な、何かおかしいところでもあったかね!?」
「D5A3S1R4M1S2T1K1、A5J5A3S1M1!?」
「?!かたしまい言事な変か何、ちた私 !!長社」

 ミコト、ボレロ、マキナの順に、冷静な声が響く。

「い、いや、私の聞く限り変なことは何も言ってないはずだが……」
「いや、十分おかしかったからな!!? 特に何が何だかわからないかのようにあわてているそこの2人が!!」
「B5K3T1T2G1、D4S3K1……?」
「?!ねうょしでいなゃじんたし事な礼失か何に様嬢おたなあ、ロレボとっょち」
「S2、S2T3K4A2N1!! B5K3H1N1N2M5S2T4N1A2S1!! K2M2K5S5N1N2K1Y1R1K1S2T1N0J1N1A2D1R5A3N4!!」
「!!いなゃじいなけわるあとこなんそ」
「……??? なにかおかしかったかね? 別にいつも通りだが……?」
「こんないつも通りがあってたまるか!! まず何言ってるかさっぱりわからんわ!! そしてお前はなんで普通に受け入れて、しかも会話までできてるんだ!? こいつら明らかに言語機能がおかしいからな!?」

 エヴァンジェリンがミコトにそう訴えると、ミコトはしばし考え込み、

「……ああ、何かと思えば彼らの話し方についてかね。だったら大丈夫だ。彼らは自分からこういう話し方をしているんだ。それにきちんと意味はある。君もきちんと聞いていれば意味が解って来るし、すぐ普通に会話できるようになるさ。こちらの言葉は普通に理解しているしね」
「だったらなんでこんなしゃべり方をしているんだ!? 聞いている側はめんどくさくてかなわんだろうに!」
「まあ、ルールさえわかっていれば簡単に翻訳できる言語だからね。演算能力の高い自動人形たちはもちろん、私も長年このやり取りをしているから慣れてしまってね。めんどくささなんて感じんよ」
「私はめんどくさいんだ!! さっさと元に戻させろ!!」
「ふむ、しかしこれは個人の自由の問題だから、私からは強制できないからね。彼ら自身が納得しない限り、君には不便を我慢してもらう他ないよ」

 その言葉に、エヴァンジェリンは苛立たしげに頭をかきむしると、

「じゃあ、お前らはなんでそんなしゃべり方をしてるんだ!?……ああ、私はお前らの言ってることがわからんから、ミコト、お前が説明しろ!」

 エヴァンジェリンは、質問に答えようとした二人を留めて、ミコトに尋ねる。
 その質問に、ミコトはボレロとマキナに向かって、

「……ということだが、私の口から言ってもいいかね?」

 と聞いた。
 それに対して二人は笑いながら、

「B5K3H1S5R4D4K1M1A2M1S4N0」
「よすでいいでれそも私。らかすで手下口はちた私、かういと」

 と言った。

「そうかね。では、私から説明しよう。何か違うことがあったらその都度言ってくれ。……さて、エヴァンジェリン君。この二人はね、ある悩みを抱えていたんだ」

 真剣な顔で、ミコトは事の顛末を話し始めた。

「ある悩み? なんだ、それは?」
「それはね、……キャラが薄い、ということだ」
「………………………………は?」

 エヴァンジェリンは思考が停止した。


   ●


「私にはよくわからんが、この屋敷にいる自動人形たちはとても個性的で、キャラが濃いらしい。

「そんな中で、この二人は悩んでいた。

「『自分たちには、他の仲間たちのようにひときわ目立つ個性というモノが無い』、とね。

「だからあるとき、二人は私に相談に来た。

「『個性を得るにはどうしたらいいですか?』、と。

「私自身もあまり個性が強いほうではないのでね。すぐには答えが出せなかった。

「……何かね、その何か言いたそうな顔は?

「ともあれ、しばらく三人で考えて、導き出された結論は、『しゃべり方を変えてみる』というモノだった。

「2人はその案をたいそう気に入り、すぐに実行してみることにした。

「そうして試行錯誤の末、今の話し方になった、と言う訳だ。

「どうかね。何か質問はあるかね?」


   ●


 その言葉に対するエヴァンジェリンの反応は、

「とりあえず、お前ら馬鹿だろう?」

 いきなりの罵倒だった。

「なんでこいつに質問したんだ。こいつは個性の塊みたいなやつで、しかも自覚がない。そんな奴に聞いたってろくな答えが返ってくるはずもないだろうに」
「D4、D4S3G1……」
「……かし手のこうも、はにめたる得を性個がちた私」

 うろたえる二人に、エヴァンジェリンは語りかける。

「いいか? お前たちはそんなしゃべり方をしなくてもいい。なぜなら、お前たちにはもう立派な個性があるからだ」
「……B5K3T1T2N2、K5S4A2G1……?」
「?……いたっい、はれそ」
「お前たちが持っている個性。……それは」

 それは、

「普通であることだ」


   ●


「いいか? お前たちは、自分たちとこの屋敷の連中が異なっていると考えている、考えられる。これはとてもいいことだ。なぜなら、この屋敷の外から見れば、お前たちみたいな奴の方が当たり前なんだ。お前たちは、おかしな連中の中にいても、それでもおかしくならずに、自分を保っていられる。これは、この屋敷のお前たち以外から見れば、十分な個性になる。そしてその個性は、私にとって大きな助けになる。主に私の心の平穏的な意味で。だから、頼むから、……普通のお前たちでいて下さい。お願いします」

 エヴァンジェリンは必死で頼んだ。
 必死すぎてもはや半泣きで、丁寧語になるほどだった。
 それほどまでに魔窟にいるのが嫌だったのか。
 それほどに普通の人格の持ち主が存在することがうれしかったのか。
 ともあれ、その必死な思いは二人にしっかりと伝わったようで、

「そ、そんな……。僕たちには、もう個性があったのか……?」
「じゃあ、私たちはもう二度と……」
「「あんな変なしゃべり方をしないでいいんだ!!」」

 どうやら自覚はあったらしい。
 ともあれ、感極まった三人は互いに抱きしめあって泣いて喜んだ。
 その際、生き別れの親子、感動の再会! という題名がミコトの脳裏に浮かんできたのは、また別のお話。
 それから少したって、落ち着いた三人は、ミコトも交えていろいろ話し出した。
 それは主に料理のことで、エヴァンジェリンの好みを聞き出そうとする自動人形たちが主な聞き手になっていた。
 その話の中で、ふとした疑問がわいたエヴァンジェリンは、

「そう言えば、おいミコト。こいつらもそうだが、お前のことを『社長』と呼ぶ者がずいぶん多いんだな」
「そうだね、というか、それがほとんどだね。現にキャロル君以外は全員私のことを社長と呼ぶよ」
「……? キャロルだけ例外なのか?」
「例外、と言いますか……」
「キャロルさんは、私たちと立場が違いますから」

 ボレロとマキナも説明しようとしてくるが、エヴァンジェリンは混乱するばかりだ。

「立場が違う? あいつはだけが偉いのか?」
「それだけはないよ。キャロル君にそんな地位を与えたら我が社は大混乱におちいるだろうね」
「……じゃあ、いったい?」

 その疑問に、マキナが答える。

「キャロルさんは、社長付きの侍女なんです」
「……ミコト付きの? お前もそうじゃないのか?」
「いえ、僕たちは社長に雇われている従業員です。いずれ僕ら自身が仕えるにふさわしい人を見つけろ、と社長に言われています」
「そうとも。私は自動人形たちの生みの親ではあるが、彼らは私に仕えるためだけに生まれてきたわけではないからね。だから、自分が仕えるにふさわしい主、自分が仕えてもいい者を見つけたらその者に付いていけ、それまではここで従業員として働き、技術と資金を蓄えろ、と、そういってある」
「ですから私たちはミコト様を社長と呼び、休みの日には羽を休めて町に遊びに行くのと同時に、主となる方も探しているんです」
「そして、その主を見つけ、仕える許可を頂いたら、ここを出ていき、以降はご主人様に仕えます」
「それが、私たちのもう一つの仕事だと、そういわれました」
「ちなみに、それを従業員みんなに言い渡した三日後に、キャロルさんは主を社長に決めて、許可を取りに行きました。ですので、一番早く主を見つけたのはキャロルさんなんです」
「いきなり『ご主人様になってください』と来た日にはどんな即断即決かと思ったね。本当に、見た目通りバカな自動人形だ。主の趣味が悪すぎる。……どうしてあんなふうに育ってしまったのか……」

 そういうミコトの顔は、呆れの色が強いながらも、その目はとても優しかった。
 エヴァンジェリンも納得がいったのか、二、三頷き、

「……ん? じゃあ、キャロル以外にも主を見つけた者がいるのか?」
「ああ、一人だけね。ノクトと言って、始めの5体の一人だった者だよ。キャロル君とも仲が良かった。たしか、出て行ってもう70年程経つか……。元気でやっているといいが……」
「まあ、ノクトさんの目にかなった主人ですから、大丈夫でしょう」
「そうですよ社長。それに、いざとなったら、って魔法具も渡してあるじゃないですか。本当に心配性で――、えっ! それほんと!?」

 話している最中にいきなり驚きの声を上げたマキナに、皆の視線が集まる。
 それから、マキナは黙って目をつむり、少ししてから目を開け、

「社長、今販売所から帰ってきた娘から連絡が入ったんですが、社長個人宛てに荷物が届いたそうです」
「私個人あてに……? この会社の社長が私である事を知っているものはいないはずなのだが……。送り主はだれかね?」

「それが……、持ってきた方は、ノクトからの使いだ、と名乗って、販売所の娘に宛てた『社長に渡してください』という手紙と、荷物を渡してきたそうです。一応、本人からの物であるという確認はとってますし、外から調べた限り危険物の反応も無かったそうで、今ロンドがここまで運んで来てくれて……、ああ、ロンド。お疲れ様」

 最後の言葉と同時に、一人の侍女が調理場に入ってきた。
 彼女は普通の人の姿で、その手には掌よりも少し大きいくらいの箱を持っている。
 ロンドと呼ばれた彼女はミコトに近付き、

「…………………………どうぞ」

 ものすごく小さい声で呟くようにそう言って箱を差し出した。
 ミコトは隣で「なんでそんなに声が小さいんだ!! なめてんのか!!?」「まあまあ、落ち着いてくださいお嬢様」「ほらほら、私たちは普通ですよ~」などと騒がしくやっている三人を無視して箱を受け取り、開封して中身を確かめ、そして同封されていたカードを見てから、

「ロンド君、確か君は明日、休暇だったね? どこかに行く予定はあるかね?」

 その質問にロンドはフルフルと首を横に振る。

「そうかね、ならば一つ頼みたいことがある。ノクト君のいる屋敷に彼女の様子を見に行ってほしい。できれば本人に話を聞いて、できなければその屋敷の者か近隣の住人に尋ねてきてくれ。無論、明日は仕事とするから給料も出る。仕事が済んだら少し羽を伸ばしてきても構わんし、休暇は別の好きな日にとれるようにしよう。どうかね? 行ってくれるかね?」

 そう尋ねると、ロンドはしばし考え、首を縦に振った。

「そうかね、ありがとう。では頼んだよ」

 そんなやり取りの後、ロンドは一礼して調理場を後にし、ミコトはエヴァンジェリンたちに向き合うと、

「さて、報告が来るまで、ここだと少し暇になるね。屋敷内のめぼしいところはほとんど回ったし、昼食の後はどうしようか……」
「でしたら、お嬢様に町の案内をして差し上げるというのは……?」
「ふむ、なるほど。それならば時間もつぶせるし、ちょうどいいかもしれないね」

 その話を聞いていたエヴァンジェリンはあわてて、

「お、おい! 私がお尋ね者なのは知っているだろう!? いくらなんでも町に出るのはまずい!」
「大丈夫だよ。私がついているし、何より私の魔法具があれば、君が君だとばれることはまずない。安心したまえ」
「そう、か……。……そういえば、ここはどこなんだ? 私が逃げていた森の近くに、こんな広い土地も屋敷もなかったと思うのだが?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。……ここはダイオラマ魔法球内にある居住区画だよ。ちなみに外との時間差は24倍だから、今外は朝だね。この中でロンド君の報告を待っているとかなり時間がかかる。だから、外に出るのはちょうどいい時間つぶしになるからね。昼食後に行ってみよう。私が雑貨屋を営んでいる小さな町だが、その周りも含めてのんびり歩けば半日はつぶせるからね」
「そうか、わかった。……信じているぞ、ミコト」
「ああ、任せておきたまえ」

 そういうと、ミコトは料理のできる時間を聞き、エヴァンジェリンと共に調理場を後にした。


   ●



えう゛ぁんじぇりん は こころ の とも を てにいれた。

ちなみに、マキナとボレロの2人が話していた言語は、わりと簡単な物です。

マキナは見ればわかるとおり、逆さまに話します。
ただ、文章の順番までは入れ替わらないので、読点がある場合は少々わかりづらいかもしれません。

ボレロの方は、ローマ字にして子音はそのまま大文字で、母音はA=1、I=2、U=3、E=4、O=5と言うように変換すればわかります。
ちなみに、『N0=ん』としました。


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第十三話

ちょっとした悪戯を仕掛けてみました。


   ●


 ミコトと私は昼食後、屋敷の外にあった魔方陣から小さな工房のような場所に転移してきた。
 そこは屋敷の工房に比べればとても小さいが、使っている道具は手入れが行き届いていた。

「物を作るのはどこでもできる。落ち着いた空間と、道具があればね」

 机の上の道具を見ていた私にミコトはそういった。

「まあ、ここでは大したものは作っていない。何の効果も持たない工芸品ぐらいだね」

 そう言いながら、ミコトは机の上にあった小さな玉のついた首飾り(と言っても玉と紐のみの簡単なもの)を手に取って首にかけた。
 驚くべきことに、これが先ほどまで私たちがいた魔法球らしい。
 ここまで小さいものは初めて見た。

 ……まあ、魔法球自体あまり見たことはないが……。

 それでも、金持ちの屋敷に忍び込んだ時などに倉庫の奥でほこりをかぶっているのは見たことがあるし、魔法書の記述に出てきたものを読んだことはあるから、どういうモノかはわかる。
 それでもこんなに小さなものがあるというのは知らなかった。
 しかもこれもミコト自身で作ってしまったというのだから恐れ入る。
 工房から出ると小物やアクセサリーがたくさん並べてあるそこそこ広い空間に出た。

「ぶつからないように付いてきたまえ」

 そう言うとミコトは先に立って出入り口の方へ商品が置いてある机を避けながら歩いていった。
 私もそれに付いて歩いていくと、ミコトは出入り口のわきに置いてあったボードに『都合により本日臨時休業します』と書き込み、すぐ隣の窓に外から見えるように立てかけると扉の鍵を開け、外に出た。
 外は今朝を過ぎたころで、近くに学校でもあるのか、小さな子供が急いで駆けて来るのが見える。大方寝坊でもしたのだろう。 

 その子供がミコトの方を見て、それから笑顔を向けると、

「あっ! ミコト兄ちゃん! おはよう!!」
「ああ、おはようテノラ。急ぐのはいいが、転ばないようにね」
「はーい!!」

 駆けて行きながらのやり取りを見て、それから子どもの後姿を見送りながら言う。

「ずいぶん人気があるじゃないか、『ミコト兄ちゃん』?」

 するとミコトは苦笑しながら、

「まあ、子どもに人気の出るようなものを安く売っているからね。私の店は子どもたちにとって放課後の寄り道スポットだ。そこで商売をしていれば、自然とこうなるさ」

 そう言って歩き出し、私もそれに付いていく。
 それ以降も、朝の散歩をしている老人や畑仕事帰りの男、開店の準備をしている魚屋の店主などからも声がかかり、ミコトもその都度挨拶を返していく。
 その時私のことに気が付き聞いてくる者もいたが、ミコトが私のことを『親戚の子どもを預かることになった』と説明するとすぐに信じていた。
 そんなふうに歩いていき、挨拶合戦にも一区切りついたところでミコトに話しかける。

「しかし、お前の一言で皆すぐに私の事を信じたな。お前はずいぶん慕われているようだ」
「まあね。……先ほども言ったが、私のような商売をやっていると子どもに人気が出る。そして子どもはその日あったことを親に報告する。すると自然に私の事も親に知られ、さらに子供にせがまれて休日などに私の店に連れて行かされる。そこで良い印象を持てば、奥様情報網によって私の事は町中に広まり、自然と私の人柄が周知の事実になるわけだ」
「なるほど、それで皆がお前のことを信用しているのか……」
「そうなるね。まあ、最初の段階で失敗すると悪印象が町中を駆け巡ることになるから、注意は必要ではあるが。……子どもに好かれれば親に好かれ、親に好かれれば町全体に好かれる。ここのような田舎の小さな町では特に、ね」
「……そう考えてあんな店を開いているのか?」
「まさか。あの店は私の趣味だ。純粋に私が楽しむためにやっている。……それに」
「……それに?」
「そんな計算ずく感情の無い商売には純粋な子どもは寄り付かない。今の状況はいつの間にか出来上がった結果に過ぎないよ」
「……ふん。『すべてが策の内だ』とか言ったら、大した狸だ、とでも言うつもりだったんだがな」
「残念ながら、私はただの道化だよ。今も昔もね」
「……そうかい」

 そんなことを話しながら歩いていると、背後から声がかかった。

「おお、ミコトの旦那。おはようさん!」

 その声に振り向くと、20代中頃であろう人間の男が手を振りながらこちらに歩いてきた。

「……ふむ、探す手間が省けたな……」

 ミコトは小さくそうつぶやくと、近付いてくる男に手を上げて挨拶を返した。

「やあアデル、おはよう。今日も元気そうだね」
「ははっ、俺はそれだけが取り得みてえなもんだからな。旦那は朝の散歩かい?」
「そんなところだよ」
「そうかいそうかい。今日もいい天気になりそうだからなあ。……って、誰だいその子は? 旦那の子どもかい?」

 アデルと呼ばれた男はミコトと話していたが、あまり人と接することに慣れていない私はミコトの陰に隠れていたのだが、さすがに気付かれないわけもなく、話題に上ってしまった。

「ああ、この子はアリス。今度私が預かることになった子でね。……ちょっといいかい?……ああ、アリスはここで待っていたまえ。あまり変なところに行かないようにね」

 そういうとミコトは私を置いて少し離れたところにアデルを連れて行った。
 どうやら私には聞かせられない話のようだが、吸血鬼(わたし)の耳は人間とは比べ物にならないくらいよく聞こえる。
 ミコトもそれは知っているはずだから、私に聞かれたくないならばもっと離れるか防音用の魔法を使うはずだが、その様子もない。

 ……どうやら『アリス』(私のこの町での偽名だ)にはきかれたくない話らしいな。

 それでも気になるので聞き耳を立ててみる。

『……どうしたんだい、旦那。あんな小さい子独りにしちゃあかわいそうだぜ?』
『なに、少々彼女には聞かせたくない話でね。……実は彼女は『預かった子』ではなく『引き取った子』なのだよ」

 その言葉に、アデルは顔を引き締める。

『そりゃあ……。つーことは本当の親は……』
『死んでいる。一週間ほど前のことだ。私の遠い親戚で、付き合いもそれなりにあったのだが、……住んでいた小さな村が盗賊に襲われてね……』
『………………』
『たまたま村の外に出ていた数人と両親にベットの下へ押し込まれていた彼女以外の村人は全滅だ』
『――そりゃあ、大変な目にあったもんだなあ……』
『他に彼女を引き取れる親族や知人もいない。だからうちで引き取り、育てることになった。年齢はともかく、体は子どもだからね』
『年齢はともかくって、……ああ、旦那の親戚だって言ってたな、……ということは……』
『ああ、彼女も見た目通りの歳ではない。……ぶっちゃけ君よりも年上だよ』
『……おいおいマジかよ……。すげえなヘラスの一族ってのは……』
『だからまあ、普通に学校に通わせることもできなくてね。自宅で面倒を見ながら仕事もできる私が適任だ、ということになったのだよ』
『なるほどなぁ。いろいろ苦労してんだなぁ。だからあんなに無愛想な顔してんのか……』

 ほっとけ。

『それはともかく、そんなわけだから、彼女のことは察してやってほしい。心の傷というモノはなかなかにタチが悪いからね』
『……おうよ、任せとけ! ここみてえなのどかであったけえ所にいりゃあそんなもんすぐにふさがっちまうさ。……じゃあ、子育ての事で何かあったら俺でもうちのカミさんにでも言ってくんな。いつでも相談に乗るぜ?』
『まあ、あの子はおとなしいから大丈夫だとは思うが……。……その時には迷惑をかけるよ』
『なあに、その程度じゃあ迷惑だなんて思わねえさ。旦那にゃあこの町のみんなが何らかの世話になってるんだしよ。その恩返しだと思えば何のことはねえさ』
『そういってくれると助かるよ。……じゃあ、私は彼女のもとに戻るとするよ。この散歩も彼女にこの町を紹介するためでね』
『おお、そうかい。そいつは邪魔して悪かったな。そんじゃ、また今度飲みにでも……っと、ガキ持ちじゃあ遅くまで引っ張れねえな。……まあいいや、また今度飯でも食いに行こうや』
『ああ、君もあまり飲みすぎないようにね』
『あんまうちのカミさんみてえなこと言うない! じゃあな!』

 アデルはそういうとミコトから離れて行き、ミコトも私のところに戻ってきた。

「待たせたね、じゃあ行こうか」
「………………」
「……? どうかしたかね?」
「……無愛想で悪かったな……」
「ああ、そんなことは気にしなくていいさ。私だって無表情だとよく言われるしね。ともあれ、もう少し行くと広場に出る。涼しいし休憩所もある。そこで一度休憩にしよう」
「……ああ、わかった」

 そうして、広場に向かって私たちは歩き始めた。無論その間にも会話は続く。

「しかし、ずいぶんとすらすら嘘が出てくるものだな。本当にお前詐欺師じゃないのか?」
「ははは、弁術に長けていると言ってほしいね。ともあれ、これで彼も君のことを不自然には思うまい。学校に行っていなくても、あまり会話をしなくても、成長しなくとも、ね」
「……まあ、確かにな。……しかし、なんであいつにだけやけに丁寧に話したんだ? そんなに親しいのか?」
「まあ、親しいのは認めるが、それだけではない。彼は交友関係が広く、またうわさ好きでね。彼に話しておけばよっぽど念押しして口止めしない限り三日ほどでこの町に君のことを知らないものはいなくなるはずだ。実際君の噂を聞いたのも彼からだしね」
「……なるほどな、そうしておけば私も簡単にこの町の一員、と言う訳か。ということは、最初からあいつに会うために散歩していたのか?」
「まあ、それも大きな目的の一つではあったね。だからこんなに早く出会えたのは幸運だったよ。もう少し時間がかかると思っていたからね。……だがまあ、一番の目的は君にこの町を案内することさ。……こういうのも悪くないだろう?」
「……まあな」

 つぶやくようにそういうと、私は周りを見渡した。
 そこには、豊かではないながらも活気にあふれ、笑顔に満ちた暮らしがあった。
 今までの逃亡生活が嘘のようで、しかし、これは現実なのだと実感できて、何とも言えない思いが胸の中にいっぱいに広がる。

「……しかし、本当によく気付かれないものだな……。あいつのことが本当ならば、吸血鬼(わたし)のことはこの町の皆が知っているのだろう?」
「まあ、そこは私の魔法具の力だよ。認識阻害に加えてさらにいろいろ手を加えてあるからね。自分から正体をふれて歩かない限り大丈夫だよ」
「……少々目の端に違和感はあるが、この程度の代償はないも同然か……」
「それは慣れてもらうしかないね。まあ、幸い私たちには時間がたっぷりある。ゆっくりやっていこう。……っと、ここが広場だ。ベンチもいくつかあるから、そこに座ってやすんでいたまえ。私は何か飲み物を買ってこよう」

 そういうとミコトは歩いて行ってしまった。
 一人でいても特にすることはないので、言われた通りベンチに座って休んでいることにする。
 いくつかあるベンチの内、幸いにも誰も座っていないものが一つだけあったので、そこに座って空を見ていることにした。


   ●


 ……ああ、ほんとあの吸血鬼野郎どこ行ったんだ?

 俺はお尋ね者の吸血鬼の女、エヴァンジェリンを追いかけてこの近くの森まで仲間と一緒に来ていた。
 だが、あいつは途中で急に逃げる方向を変えていった。
 それでもまかれるようなへまはしない。
 すぐに本部にそのことを報告しながら、こちらも方向を変えて追いかけた。
 だが、しばらく追いかけたところで、いきなり見失ってしまった。
 しばらくそのあたりを探したが、全く影も形もありゃしない。
 仕方なくそのことを本部に報告し、大目玉と減俸の知らせを受け取り、近くの小さな村まで休憩に来た。
 逃げられた時点で任務は終わり、休んでからすぐに本部のある都市に戻らなきゃならないんだが、さすがに苦労して追いかけていた相手に逃げられると肉体的にはもちろん精神的にも疲れてしまい、俺以外は皆宿で休んでいる。

 俺も最初はそうしていようかと思ったんだが、じっとしているとむかむかしてきてしまい、しかも辛気臭い顔を突き合わせているとどんどん落ち込んできてしまうので、町の散策に出ることにした。
 この町は小さいながらものどかで平和だ。今のささくれ立った気持ちの俺にはちょうどいい。
 少し歩くと開けた場所に出た。
 そこはこの町の中心であり、広場になっているらしく朝の散歩の途中で休憩している年寄りや、笑いながら話している女たちがベンチに座っている。
 俺もどこかに座ろうと辺りを見渡すが、生憎誰も座っていないベンチが一つもない。
 ベンチ一つ一つは大人三人が座れる程度の大きさなので、仕方なく相席させてもらおうと思い、ちょうどよさそうな場所を探していくと、ある一つのベンチに目が止まる。

「……あれは……」

 見るとそこには鮮やかな金髪の少女が一人で座って空を眺めていた。
 見た目は十歳に届いていないぐらいの女の子だが、時間的にそれぐらいの子はみんな学校に行っているはずだ。
 何よりその鮮やかな金髪が目について離れない。
 その色は、俺たちの苦労を水の泡にしてくれた、あの吸血鬼の色だからだ。

 あの女が消えたのはこの近くの森だ。

 ……もしかしたら、あいつが……。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、ふらふらとその少女のもとに足が動いてしまう。
 どんどん近付いてくる(正確には俺が近付いているんだが)少女は空を眺めるのに夢中なのか俺のことに気が付く様子はない。
 そうして俺の手が届くところまで来て、俺の手がその少女に減れそうになったとき――





 「――御仁、見ない顔だが、彼女に何をしているのかね」




 静かながらも威圧感のある不思議な声に呼び止められ、俺はふと我に返った。
 はたから見れば、俺は挙動不審に女の子に近付いて連れて行こうとしている人さらいにしか見えないだろう。
 そのことに気が付くと、俺はあわてて声のした方向を向き、弁明をする。

「すっ、すまない。俺は怪しい者じゃない。俺はカリナス・ベグント。賞金首を追うハンター集団『風の猟犬』の一員だ! ほら、団員証だ!」

 まくしたてるように言うと、俺は声をかけてきた若い男に懐から団員証を出して見せる。
 男がそれを見ているうちに、金髪の少女は目の前で起きていることに首をかしげ、男に声をかける。

「ミコトお兄さん、おはようございます。……ねえ、このおじさんだあれ?」
「ああマリー、おはよう。このおじさんは悪い人を捕まえて、皆が安心して過ごせるようにしてくれる人だよ。……それよりマリー、学校はどうしたのかね? ずる休みはいかんよ?」
「ずる休みじゃないもん! 今日はパパとママと一緒におばあちゃんの家のある村に行くんだもん! なんだかおばあちゃんの調子が悪いって言うから、みんなで会いに行くだけだもん! ちゃんと先生にも連絡したもん!」
「ああ、そういうことかね。ならばいい。おばあちゃんに甘えてくるといい。……ほら、ちょうどママも迎えに来たようだよ。……言ってお上げ?」
「うん! ミコトお兄さん、じゃあね!」

 そういうと少女はこちらに歩いてきていた女性の、……母親のもとに走っていった。
 駆け寄ってきた少女と手をつなぎ、ミコトと呼ばれた男に頭を下げると、こちらに元気に手を振っている少女の手を引いて、女性は歩いて行った。
 目の前の男も少女に手を振りかえすと、こちらに向き直り、

「あなたの所属はわかったが、なぜあの子に手を?」
「ああ、それは……」

 男の問いに、自分に非があるとわかっている俺は素直に答えていく。
 どうやらこの男は人の話を聞くのがうまいらしく、俺は気が付けばかなりのことを話していた。
 それも、今回の事には全く関係ない、家族のことに関しても。
 しばらく話した後、男は一つため息をつき、

「まあ、話は分かったよ。何よりその吸血鬼の噂は私も聞いているしね。だが、ここは小さな町だ。身元不明の者が入り込んでも隠れられるような場所じゃない。見知らぬものが来ればすぐに噂になるしね。君も故郷の奥さんや娘さんに愛想を尽かされたくなければ、こんなところで幼女拉致の疑いがかけられるようなことはすべきではないよ?」
「……ああ、わかった」

 なんだかこの男は不思議なやつだ。
 この男の言葉はするりと心に入ってくる。
 他の若者に言われたら『生意気な!』と思ってしまう言葉なのに、そんな気持ちは全く起こらない。

「さて、それでは私はこれで失礼するよ。人を待たせているのでね」

 改めてみれば、この男は両手に飲み物を持っている。 おそらく連れの者の分だろう。

「……ああ、時間をとらせてしまった、すまない」
「なに、大した時間ではないさ。……ああ、もし悪いと思っているのならば、明日にでも私の店に来てくれ。小物やアクセサリーを売っている店でね。小さな子どもが喜びそうなものもある。お仲間を連れて来ても構わないから、娘さんのお土産でも探しに来ると良い。『ミコトの店はどこだ?』と街の者に聞けばわかるはずだからね」

 そういうとその男はすぐ近くのベンチに座っている黒髪の少女のもとに歩いていく。
 男は少女に少々文句を言われているようで、苦笑しながら謝っている。
 それを見て、絶対に後で店に寄ろうと心に決めて、俺は広場を後にして仲間の待つ宿屋に戻った。


   ●



さて、私の仕掛けた悪戯、わかっていただけたでしょうか?

ヒントとしては、親戚の子だと簡単に信じられたことと、目の端の違和感です。


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第十四話

前話の種明かしと、少し前に出てきたノクトさんのお話です。


   ●


 ……人を待たせておいて何をやってるんだあいつは……。

 そう思う私から少し離れたところで、ミコトは金髪の少女にふらふらと近付いていた不審な男に声をかけていた。
 大きな声で話しているわけではないため、本来ならば会話は聞こえるはずないのだが、吸血鬼(わたし)の場合は聞き取ることなど簡単にできる。

 ……ほう。 あの男、私を追いかけていた奴らの一人か……。

 誤解を受けまいと必死で説明する男の言葉からその正体を察する。
 一瞬、散々追いかけまわしてくれた恨みからこの場で始末することも考えたが、そんなことをすれば自分がここにいることをばらすようなものだし、何よりミコトに迷惑がかかる。

 ……それに、この町の者にも……、か。

 何の気なしに自分とかかわりの薄い者たちのことを考えてしまい、少し驚いた。
 自分はそこまでこの町の者たちを気に入っていたのだろうか?

 ……確かに、私に笑いかけてくる奴らなどほとんどいなかったからな……。

 今までの怒号と殺意に塗れた荒んだ生活から一変して、笑顔が存在する穏やかな生活が始まり、その生活を与えてくれたミコトとその館のちょっと変わった自動人形たち、それに、自分を普通の少女として見て、接してくれようとするこの町の住人達。
 前者はともかく、後者に関しては吸血鬼(わたし)の正体を知った瞬間敵になるであろう者たちだが、それでもうれしかった。
 かりそめの身分ではあるが、こんな暮らしがずっと続けばいいと思った。

 ……だが……、こんな生活もそう長くは続かない……。

 ミコトは大体20年程で違う土地へ引っ越していると言っていた。
 この町に来たのは5年程前だと言っていたから、あと15年程。
 少なくとも、この町での暮らしはたったそれだけで終わってしまう。

 ……少なくとも、ここは私の居場所ではない。

 理想郷がほしい。
 ミコトの魔法球の中も素晴らしい環境ではあったが、所詮はあんな小さな玉の中にある箱庭だ。
 もっと、不死者たちが自由にのんびり暮らしていけるような場所。
 そこでは皆が笑顔で、何も変わらず、ただ楽しんでいける、
 そんな、『不死者の理想郷』ともいえる場所がほしい。

 ……ふっ、私も随分強欲になったものだな……。

 ほんの少し前までは、そんなことは考えなかった。
 一人でも、独りでもいいから、誰も来ないような静かな場所で、ひっそりと隠れていきたい。
 以前までの願いはそんなものだったはずだ。
 それが今では、独りは嫌で、多くの仲間を欲している。
 そんな、小さいけれど大きな変化がなんだかおかしくて、思わず口の端が上がってしまう。
 以前まではそこにあった自嘲の色もだいぶ薄くなり、この変化を楽しく感じている自分に気が付き、また笑みが深くなる。

 ……ミコトに願えば、こんな荒唐無稽な願いも叶うのだろうか……?

 おそらく、叶うだろう。
 なにせ、あんな理不尽な魔法具の数々を作り上げてしまった男だ。
 すぐではないかもしれないし、もしかしたら叶わないかもしれないが、その願いを現実にするための努力は一切惜しまないだろう。
 出会ったばかりだが、付き合いの密度は濃かった。
 あの男は身内にはとことん甘い。
 表面上は厳しく当たり、そっけない対応をしたりもするが、根本的なところでは甘く、絶対に身内を見捨てたりはしない。
 身内の為ならば、独りでも平気で無茶をするだろう。

 ……ならば、願ってみようか……?

 そうすれば、自分はあの男の後ろで見ているだけで望んだ世界が現実になる。
 そうなれば、自分はその世界で楽しく暮らしていける。
 そうしたら、ミコトも私の喜んでいる姿を見て喜んでくれるだろう。
 そう思いながら、ふと視線をいまだに話している二人から自身の足元へと移す。
 その時、不意に視界の端に違和感が発生した。
 それは、

 ……黒……。


   ●


 それは、自身の髪の色だった。
 今までの鮮やかな金色とは違い、すべてを飲み込むような漆黒。
 自身の手を見れば、色素のない真っ白だった肌には色が付き、ミコトと同じような色になっている。
 さらに、自身では見る事は出来ないが、その二つの眼は焦げ茶色になっている。
 すべては、ミコトの与えてくれた自身の左手首にはまる腕輪の効果だ。
 効果は、認識阻害と見た目の変化。
 そのどちらも自身の意志で解除でき、しかも魔力は検知されない。
 いいことずくめの素晴らしい道具だ。
 それをミコトは、なんの対価も無しに自分に与えた。
 友だから、という理由で。

 ……それではだめだな……。

 今の状況は、すべてミコトの手によるものだ。
 すべての環境はミコトの手によって整えられ、自分はそこで楽をしている。
 今の私は、一方的にミコトに守られている状態だ。

 ……それでは、友ではない。

 ミコトは私に友であることを求め、私もそれに同意し、さらには自分からも友であってほしいと求めた。
 だが、今の状況はそれとは違う。
 立場の同じ友ではない。
 ミコトに頼り切り、あまつさえそれ以上を求め、自分は何もしない。
 そんなことでは対等であるなどとは到底言えない。

 ……ならば、どうする……?

 今の自分では、ミコトには遠く及ばない。
 戦闘能力はもちろん、知識の面においても、だ。
 そんなことはわかっているし、それを認められないほどちんけなプライドは持ち合わせていない。
 それでも、自身の認めた男と対等な位置に立てないというのは我慢ならない。
 ましてや、いつまでも人の世話になりっぱなしというのはさらに駄目だ。
 だったら……、

 ……強くなる……。

 強くなって、いつかミコトに並び立ち、支え返してやりたい。
 できれば、その先――ミコトに頼られるようにもなりたいが、今はそこまでは高望みしない。
 最低限、自分の身は自分で守り、そして胸を張って自分がミコトの友であると言えるようになる。

 ……さしあたっては、やはり研究中の『アレ』の完成か……。

 強さを求める方法として、逃げ回りながらも研究を重ねていた新技法。
 それを完成させられれば、今より数段強くなれる、……はずだ。
 それでもミコトに敵うかはわからない。あいつの実力は未知数だ。

 ……だが、『アレ』は、研究中というより、行き詰った、という感じだからなあ……。

 逃走中という悪条件の事もあったが、それでも研究は続けていた。
 ミコトの言葉ではないが、研究はどこでもできるのだ。頭脳(どうぐ)さえあれば。
 だが、それでもある一定より先には進めなくなった。
 旅先で急いで仕入れる断片的な魔法の知識では研究に追いつかなくなってきた、というのが主な理由だし、それ以外にも自身の発想力が付きかけているというのもある。

 ……そろそろ新しい知識や考え方を仕入れないと研究は進まないな……。

 そこまで思い至ったとき、ふと少し前に自分が発した言葉を思い出した。


 『なるほど、根っからの研究者、もしくは発明家、という感じなんだな、お前は』


 ……つまり、ミコトならば古今東西、あらゆる知識を集めているはず……。

 その知識を借りられれば、研究は飛躍的に進むだろうし、もしかしたら完成するかもしれない。

 ……いや、完成するだろうな……。

 あの男はこんな小さな町においてもアデルのような無自覚な情報屋を見つけ出し、活用している。
 あれほどの研究者が知識の収集に手を抜くはずがない。きっと私の求める知識はあるだろう。
 結局、追いつくための強さを得ることすらもミコトに頼らねばならぬありさまだが、今はそれでいい。

 ……すぐに追いついて、負債を返してやる……!

 そう心に誓い、ミコトの方を見ると、どうやら話はもう終わりらしくミコトが二言三言話してからこっちに歩いてきた。

 ……というか、私を匿っている場所に私の敵を招くなんてどういうつもりだ……?

 飲み物一つに時間をかけ、さらには厄介の種を運び込んだことに関しては文句を言っても良いはずだ。

 ……まあ、飲み物に関してはあいつの好意だから強くは言えんが……。

 とりあえず、私から頼みごとをするのは文句を言い終わってからにしよう。


   ●


 ……なぜか今、『キングクリムゾン!!』という言葉が脳内に響いたような気がする……。

 そんなことを思いつつ、「まあ気のせいだろう」とつぶやき、私は自室の椅子に座りながら体を後ろにそらし、伸びをする。
 そうして体のこわばりをほぐしつつ、今日の出来事、特にエヴァ君からの頼みを思い出す。

 ……完成させたい技法があるから知識を貸してほしい、か……。

 そのことについては別にかまわないため、資料室の場所を教え、好きに使っていいという許可を与えもしたが、なぜそんなに急ぐのか、と聞いたところ、その返答が、

 ……お前に守られてばかりは嫌だから、強くなりたい、とはね……。

 町の案内から帰ってきていきなり『頼みがある』と言われた時には驚いたが、話を聞いてみると理由は簡単なもので、しかしそこに込められた想いは強いものだった。

『お前とは対等な友でありたい。今はまだお前に頼ることになるが、すぐにその負債を返してやる!』

 そう宣言されては、『では利子付きで頼むよ』と言って不敵に微笑むことしかできないだろう。

 ……本当に、人の成長というのは見ていて飽きないね……。

 不死者には身体的な成長はないが、精神はいくらでも変化する。
 一番素晴らしいのは人間の小さな子供が日に日にたくましく、元気に育って行く姿だが、不死者の成長というのもまた素晴らしい物だと思う。
 そんなことを思いながら、つい先ほどロンド君から受け取った報告書を読みなおし、ほどなくして、

 ……コンコンコン。

 と扉が外から叩かれる。

「ご主人様、キャロルです。お呼びでしょうか?」
「ああ、入りたまえ」

 そう言うと、「失礼します」の挨拶と共に声の主が入ってくる。
 そして、私が要件を話そうとすると――、

「ち、違うんですご主人様! 今日はちょっと張り切りすぎて石鹸を多めに使ってしまったから洗っている最中に手が滑っただけであって、わざとやったわけじゃないんです! だからごめんなさい許してください!!」

 と、いきなり早口でしゃべりだした。

「……何の話かね、いったい」
「……え? 今回の呼び出しは洗い物の最中にお皿を13枚割ってしまったことに対するお叱りじゃないんですか?」
「……その話は始めて聞いたんだがね……」

 半目になってそう言うと、目の前の駄メイドはあわてた様子で、

「えっ! そうなんですか!? じ、じゃあ今日はなんで叱られるんですか!? 先々週の壺の事はもう怒られたし、カーペットのシミの事はうまく隠したはずだし、資料室の掃除のときに本の順番を滅茶苦茶にしたまま放っておいたのはまだ気が付くまで時間がかかるはずだし、……あ! もしかしてスピリットの樽に張る札の貼り間違いの件ですか?」
「最初の一つ以外は今まで気が付かなかったよ。教えてくれてありがとう、キャロル君」
「……っは! しまった! これはもしかして、ご主人様お得意の誘導尋問……!」
「君にはそんなものは必要ないよ。勝手にべらべら歌ってくれるからね。……その件については後で話す事にしようね、キャロル君……?」
「ヒィッ!!」

 言葉と共に一睨みして悲鳴を上げさせた後、一つ息を吐いてから、

「ともあれ、今回の呼び出しは叱るためではない。ただ単に話しておきたいことがあっただけだよ。今回は叱りはしないから、こっちに来たまえ」
「……? お話、ですか?」
「ああ、……これを開けて見たまえ」

 そう言って、私はキャロル君に机の上にあった小さな箱を差し出す。
 キャロル君はそれを受け取り、開けて中身を確かめると、

「……これは、ノクトの……」
「そう、ノクトがこの屋敷を出ていくときに持たせた魔法具だ」

 箱の中には小さなブレスレット型の魔法具が入っている。これの効果は、どこからでもこの屋敷に転移できる、というモノだ。もちろん、使えるのはノクト一人のみ。
 もともとは『主のもとで働くのがつらくなったら使え』と言って渡したものだが、今はここにある。そして……、

「……? このカードは……?」

 箱にはカードも同封されていた。そのカードには、『もう私には必要ありませんので、お返しします。 ノクト』と書かれていた。
 キャロル君は他にも何か入っていないか確かめ、結局何も見つけられずカードとブレスレットを箱に戻して机の上に置き、

「ご主人様、これは、いったい……?」
「……外の時間で昨日、届いたものだ。届けたのはノクトの代理と名乗る者だったらしい」
「……ノクトに、ノクトに何があったんですか!?」

 こらえきれずに叫ぶように訪ねてくるキャロル君に落ち着くように言い、私は続きを話す。

「私にも何が起こったのかわからなかった。だからロンド君に頼んでノクト君の主のいる町に様子を見に行ってもらった」
「………………」
「……ノクト君の主が、亡くなったそうだ」
「…………!!? ノクトの、ご主人様が……。どうして……」
「死因は暗殺や毒殺などではなく、寿命だったらしい。まあ、ノクトが仕え始めてもう70年は経つ。当然だろうね」
「……じゃあ、ノクトは、今どこに……?」
「ノクト君は、主が亡くなってすぐに他の使用人たちに対して今後のことをいろいろと指示して、その後、主の横たわるベッドの隣で、動かなくなったそうだ」
「……!? じゃあ、ノクトは……」
「もういない。自己停止し、もう私でも動かせないし、できてもしない」
「……そんな、どうして!? なんで自己停止なんて……」
「……私はノクト君ではないから、彼女の気持ちはわからない。だが、彼女は穏やかに笑って、停まっていたそうだ」


   ●


「その屋敷の今の主、つまりノクト君の主の奥方に話を聞けたそうだ。彼女が言うに、ノクトは毎日、とてもよく働いてくれたそうだよ。

「ノクト君が己の主に出合ったときからもう奥方と主は夫婦だったそうで、最初は己の夫をたぶらかしに来たのだと思って辛く当たっていたと言う。

「だが、それでもノクト君は主のもとから逃げることなく、主の手助けをし続けて事業を発展させ、主とその妻との間に生まれた子の面倒もよく見て、立派に育て上げ、隠居した後もずっとそばにいたそうだ。

「最初は見た目が全く変わらない、人間どころか生物ですらない彼女のことを気味悪がる者がほとんどだったそうで、彼女もそれをわかってか裏方に徹しようとしていたらしいが、主と奥方がそれを認めず、屋敷ではもちろん、出歩くときも常にそばに置いていたそうだ。

「奥方は『こき使って早く壊してやろうと思ってそうした』と言っていたそうだが、本当のところはどうなんだろうね?

「彼女は動かなくなる直前に『自分に何かあったら、自分の体は砕いて捨ててくれ』と言っていたそうだが、酷いことに奥方を含め、使用人連中はそれを無視して主人の墓の隣の墓に人として埋葬したそうだ。

「奥方は『主人が死んでそれで逃げられると思ったら大間違いだ。あの世でもこき使わせる』と言っていたそうだよ。

「……ちなみに、主の墓のもう反対側の隣は奥方の入る分だそうでね。どうやら夫婦でこき使う気らしい。

「……これでロンド君からの報告は終わりだが、何か言うことは有るかね?」


   ●


「……あの子は、幸せだったのでしょうか……?」

 今まで目を伏せてじっと私の話を聞いていたキャロル君は、私の問いに静かにつぶやいた。

「先ほども言ったが、私は彼女ではないし、彼女のことを常に見ていたわけではないからね、わからないよ。わかるのは事実として起こったことのみで、そこから死者の考えを想像するのが生者の役目だ。だから私は知りえた事実を全て君に話した。そこから何を想像しようが君の勝手だし、自由だ」
「……そう、ですね……」
「……話は以上だ、下がっていいよ。……ああ、明日を君の休暇とする。どこへなりとも自由に行ってきたまえ。 ……ああそれと、休暇とは直接関係はないが、ノクト君の墓の場所はロンド君が知っている。聞いておいて損はないはずだよ?」
「……はい、わかりました。では、明日はお休みさせていただきます……」
「……では、明日まではしっかり働きたまえ」
「はい。……では、失礼いたします……」

 そういうと、キャロル君は扉を開け、静かに出ていき、扉を閉めた。
 少しの間扉の前から動かなかったが、また動き出して移動する気配を感じたところで、

「……ああ、キャロル君。もう一度入ってきたまえ」
「……? はい、なんでしょうか? まだ何かお話が?」

 そういって不思議そうに入ってきたキャロル君に私は微笑みかけ

「いや、ノクト君の話はもう終わりだ。もう話すことはない。……今度の呼び出しは、君から聞かせてもらいたいことがあったからだよ」
「……? 聞きたいこと、ですか?」
「ああ、そうだとも。……ノクト君の話をする前、君はずいぶん面白い話をしていたじゃないか?」

 その言葉と共に、キャロル君は『ビクッ』と震え、冷や汗を流しながら、

「な、何のことでしょうか……? き、記憶にございませんが……」
「おやおや、冷却機能と同時にメモリー機能もおかしくなったかね? じゃあ思い出させてやろう。たしか『カーペットのシミ』だとか、『資料室の本』だとか、『樽に貼る札』とか聞こえた気がしたんだが?」
「……そ、そんなこと言いましたっけ……?」
「ああ、言っていたとも。……その話がとても面白くてねえ。ぜひもっと聞かせてほしいのだが……?」
「いえ、あの、その……。……もうありません、よ?」
「本当かね? 私の目を見て言ってみたまえ」
「その、ええっと……。 ご、ご主人様? お顔が怖いですよ? 今回のお話ではお叱りはないはずでは?」
「ああ、確かにノクト君の話のときの呼び出しでは叱らないといったとも。……だからもう一度呼び出して叱るのだよ……!」
「そっ、そんな~!」
「問答無用!!」
「ひ、ひゃああああああぁぁぁぁぁぁ……」


   ●


 その次の日、とある町のとある墓地に、メイド服の女が現れ、70本ほどの白い花をまとめた花束をとある墓に手向けていった。
 女はその墓に向かって少しの間話していたが、それが終わるとその隣の墓に一礼をして去っていったという。


   ●



ええ、キャロルは永遠のオチ要員ですが、何か?

ちなみに、花束の花の本数は微妙に重要です。
……まあ、大したことではないのですが、意味はあります。


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第十五話

ちょっとした説明回です。


   ●


 エヴァ君が私のところに来てから、外の時間で一週間ほどが過ぎた。
 無論、魔法球内の時間ではその24倍、おおよそ半年と言ったところか。
 その間、エヴァ君は暇さえあれば資料室か工房に引きこもり、研究とチャチャゼロ君の修理をしていた。
 そのため、屋敷の中で顔を合わせるのは、食事のときか工房で一緒になったときぐらいだ。
 最近ではチャチャゼロ君の修理も終わってしまい、工房で顔を見る事も無くなった。

 ……せっかくドリルを仕込むチャンスをうかがっていたのだがね……。

 二人とも「ナイフを持つのに邪魔になるから」と言って付けさせてくれなかったので、何とか言いくるめ……、もとい説得しようと思ったのだが努力もむなしく、その機会は失われてしまった。
 とても残念だったが、「まあ、いいか」とあきらめた。今回はあきらめた。次回こそはきっと……!

 とはいえ、その一週間をずっと魔法球の中で過ごしていたわけではない。
 魔法球内の時間で一週間。外の時間でいうと十数時間程で外に出る必要がある。
 店があるからだ。
 人間の生活の中で暮らす以上、そこから逸脱した行動をとるわけにもいかない。
 周囲に何も言わずにいきなり一週間もいなくなれば怪しまれてしまう。
 今までうまくやってきた以上、それを変えるわけにはいかなかった。
 だから、決まった時間に外に出て、店に立つ。
 もちろんエヴァ君も一緒だ。

 最初エヴァ君は一緒に外に出ることを渋った。
 研究と修理を優先したかったのだろう。
 だが、彼女に身は私が預かることになったといった以上、私のもとにいないと怪しまれるし、何より町の者と触れ合う時間が多ければ多いほどエヴァ君はこの町に馴染むことができる。
 そう説明すると、エヴァ君はしぶしぶながらも納得してくれた。
 それから今まで、かなりいろいろあった。

 基本的には十数日中にいて、半日外にいる、と言うのを繰り返していたのだが、外にいる時がすごかった。
 一番すごかった例として、一日目には招待したとおりに賞金首ハンターズの皆様が団体でおいでになり、思わず漏れてしまったエヴァ君の殺気についてごまかしたり。(即席で『近付くと殺気を放つ置物』を作って見せたら興味をもたれてお買い上げとなった。どうやらハンターズの新人たちの対殺気訓練に使うらしい)
 その騒動を鎮火した後にハンターズの一人が『娘と同年代の子の意見を聞きたい』と言ってエヴァ君にどんなものが良いかを聞き、エヴァ君が対応に困ったり。(アタフタオロオロ)
 そのエヴァ君を見て微笑んでいたらそれに気付いたエヴァ君にすねを蹴られたり。(地味に痛かった)
 追いかけられた恨みも込めて好みと正反対のものを選んだらそれがかなりの高評価だったり。(この後で自分の美的センスについてかなり真剣に悩んでいたエヴァ君がいた)
 そんなこんなでハンターズが帰る段になって学校帰りにやってきた小さい女の子集団と鉢合わせ、こわもての男たちの集団に女の子たちがおびえて泣き叫んでパニックになったり。(怖いおじちゃんたちがいっぱいいるよ~~~!!!)
 その反応にかなり傷つきながらもそれをこらえて精一杯の笑顔で女の子たちをなだめるハンターズがいたり。(しかし引きつった笑顔は逆効果だった。オロオロするハンターズを見たエヴァ君はものすごく楽しそうに微笑んでいた)
 何とか子どもたちを落ち着かせ、落ち込んだハンターズ一行を慰めた後、にやにやしているだけで一切手伝わなかったエヴァ君に子どもたちをけしかけたり。(ほら、アリスお姉ちゃんだ。みんな仲良くしてあげてくれ。は~い!! え、ちょ、おま……!)
 子どもたちに囲まれ質問攻めにあってアタフタしているエヴァ君を眺めて睨まれたり。(ミコト……、あとで覚えていろよ……!!)
 エヴァ君からの視線を一切気にせず、ハンターズと少々話したり。(この町の近くの森で消えたという吸血鬼について、このあたりに潜伏していると見せかけてもう遠くに行ってしまっているのではないかとアドバイスしておいた)
 そんなこんなで客が全員帰った後、少しやつれたように見えるエヴァ君に近付いたらいいアッパーをもらったり。(さっきはよくもやってくれたな!!)

 そんな感じでいろいろあって、夕方になり店を閉じて屋敷に帰るとすぐに食事になり、それが済むとエヴァ君は作業に、私は会社からの報告や運営状況を見て判断を下したりした後に工房で作りかけの魔法具の製作を進めたり、店に出す分の工芸品を作ったりした後、風呂に入り寝た。
 エヴァ君は風呂に入った後もまだ作業を続けていたようだが、まあ寝なくてもいい種族ではあるし、大丈夫だろう。
 その次の日(魔法球内時間で)も彼女は一人で作業をしていた。
 時々探している資料の場所を聞かれて答えたりしたが、それだけだ。
 私の手はなるべく借りず、自分一人の手で完成させたいらしい。
 一度どんな様子か資料室をのぞいてみたが、研究がうまく進んでいるのか「ふははははははは……!!」と高笑いをしながら何やら手元の紙に数式をがりがり書いているのを見て安心した。
 隣で中の様子を一緒に見ていたキャロル君が「調子のいい時のご主人様みたい……。……怖い……」などと言っていた気がするが、まあ気のせいだろう。
 そんな感じで時間は過ぎていき、エヴァ君が中では研究、外では客とふれあってアタフタするという生活を繰り返し、そして今に至る。

 昨日(魔法球内時間で)は修理されたチャチャゼロ君の要望で我が社の酒造工場を見学し、試飲会を行った。
 予想の通り彼女はなかなかイケるクチであり、舌も肥えていたためその意見はかなり参考になった。
 今後も新製品が出たら味を見てほしい、と頼んだところ快く了承を得た。

 ……飲食の必要はないのになんで酒が飲めるのかはわからんが……。

 まあ、気にしなくとも良いだろう。
 そんなわけで、今私は執務室で書類整備を終わらせたところだ。
 これ以上の仕事もないし、次に外に出るまであと数日はあるので、今日は何をしようかと考えていると……、

「……コ……。 ……ミ…………ト………ー」
「……ん?」

 何やら遠くで音が聞こえる。

 ……またキャロル君が何かやらかしたのかね……?

 彼女はこの間の休暇から帰ってきて以来、少しの間ドジを一切せず、『何があった!?』、『何か悪い物でも食べたんじゃ……?』、『いや、俺たちは物は食えんし……』、『じゃあ故障!? 大変! 整備室に連絡を……!』、『いや、いっそ社長に大がかりな整備を依頼したほうが……!』などと騒ぎを起こしていた。
 まあ、しばらくしたらいつも通りへまをやらかすようになり、皆安心したものだが、うっかりをしてもしなくても騒ぎを起こすのはどうしたものか……。
 そんなことを考えていると、その音はだんだん近づいてきて……、

「ミコト! ここにいたか!!」

 その叫び声と共に、扉を開けてエヴァ君が突入してきた。

「いきなり強行(ダイナミック)突入(エントリー)とは随分と元気が良いね。何かいいことでもあったのかね?」

 その問いにエヴァ君はにやりと不敵な笑顔を見せながら言った。

「ああ、あったとも! ついに完成したんだよ、私の新技法、『闇の魔法(マギア・エレベア)』がな!!」


   ●


 それから少しして、私とエヴァ君は屋敷から少し離れた広場に来ていた。
 理由は簡単、戦うためだ。
 戦うのはもちろん、私とエヴァ君の2人。

 ……どうしてこうなった……!?

 まあ、その訳も簡単で、先ほど部屋に飛び込んできたエヴァ君が新技法の完成を告げてからすぐに、

『模擬戦をやるぞ!!』

 と言いだしたからである。
 なぜかと問えば、

『私の目標はお前と同等の力を持ち、お前と共に進んで行くことだ。それを確かめるにはお前と戦ってみるのが一番だろう。と言う訳で模擬戦だ!!』

 という答えが帰ってきた。
 少々脳筋な発言だが、言っていることはわからなくもないため、しぶしぶながら了承した。
 そんなわけで、

「さあ、ミコト。準備は良いか!?」

 と意気込んでいるエヴァ君に相対している私がいるわけだ。
 だが、エヴァ君の『準備』という言葉を聞いて、ある考えが浮かんだ。

 ……どうせだから、ここであれの実験でもしてみるか……。

 そう思って、エヴァ君に待ったをかける。

「待ちたまえエヴァ君。ここで戦えばまたダイク君の手を煩わせることになり、結果的にキャロル君が不思議植物の被害を受けることになる」
「ぐ……、ならばどうする!? この技法はできたばかりだからうまく手加減などできんぞ!! ……ここは涙をのんでキャロルの冥福を祈るしか……!」
「一瞬でキャロル君を見捨てたね? ……まあそれは良いとして、ここは私が一肌脱ごうと思う」
「……? 何をする気だ?」

 その言葉を聞きながら、私はつい最近完成したばかりの試作品である指輪を身に着けて言う。

「こうする気だよ。――『(ひら)きて()じろ! 其は名もなき世界!』」

 その言葉で、世界が変わった。


   ●

「『(ひら)きて()じろ! 其は名もなき世界!』」

 ミコトが指輪をはめ、そう言ってから、ミコトを、正確にはミコトのはめた指輪を中心に何かが広がった。
 そして、私はある異変に気が付いた。 それは……、

 ……風が、……凪いでいる……?

 先ほどまでは、少し離れたところにある木々を揺らし、私たちのいる広場を流れていく空気の流れがあったのだが、今はそれがない。
 だが、いくら待ってもそれ以上の変化は起こらず、

「……おい、ミコト。 なんなんだその魔法具は? 風を止めるだけか?」
「そんな訳はないだろう? 風が止まったのは副次的な効果に過ぎない」
「……じゃあ、その魔法具の効果は何だ?」
「そうだね、この指輪は一言でいうと……現実を模した閉鎖独立空間発生装置、と言ったところかね」
「……なに!! と言うことはつまり……!」
「そう、その通りだよ」

 涼しい顔をして言い放ったミコトに、私は続けて言った。











「さっぱり意味が解らん! 私にわかるように言ってくれ!」









「じゃあなぜ『と言うことはつまり……!』などとわかったようなことを言ったのかね!?」
「それはまあ、あれだ! ……ノリ?」
「疑問形になるぐらいなら素直に聞いてくれたまえ。つられて私も『そう、その通りだよ』とか言ってしまったではないかね恥ずかしい」

 と言われても、ミコトの顔色はあんまり変わってないし、ホントに恥ずかしがっているのかわからん。
 まあ、そんなことは置いておくとして……、

「それで、その指輪の能力、……閉鎖独立なんとか、とはなんだ?」
「『現実を模した閉鎖独立空間』、だね。まあ簡単に言うと、『現実そっくりの幻術空間』といったところか。今実際に見ているわけだが、何か違和感はあるかね?」

 そういわれて改めて見てみるが、風がない以外は普段と全く変わらない光景だった。

「……いや、何も感じんな。普段通りだ」
「そうかね、ならばまずは第一段階は実験成功だ。続いてこの空間のもう一つの効果だが……、ここで起きたことは外の現実には何の影響も与えない、というモノだ」
「……? と言うと?」
「たとえば、ここでどんなに暴れようと、この空間を解除してしまえばその傷跡は全てなくなる、と言うことだ。……見ていたまえ」

 そういうとミコトは大きな剣をどこからか取り出し――もうこの程度では驚きなどは感じなくなった――思い切り振りかぶると近くに見えていた林に向かって振り下ろした。
 すると剣から何かが飛び出し林の方へ向かって飛んでいくと、



 『ドンッ!!』と言う音と共に林の一部が消し飛んだ。



 ……いや、もう驚かんと言ったが、これは……。

「……おい、ミコト。その剣も魔法具か?」
「ん? いや、これは何の変哲もないただの剣だ。少々丈夫にできてはいるがね」
「……じゃあ、なんであの林は吹き飛んだんだ?」
「ふむ、まあ、あれだ、……剣に気合を込めて思い切り振るといろいろあって離れたところが吹き飛ぶんだ」
「お前も研究者の端くれならもう少し理論的に話せ!!」
「そうしたいのはやまやまだが、実際そんな感じだからね。それ以外に説明しようがないのだよ。まあ、そんな些細なことは置いておくとして……」

 全く些末ではないだろうと思いながらミコトの行動を見ていると、剣をどこかにしまったミコトはまた先ほどの指輪を掲げると、

「空間解放」

 その一言で先ほどまでの無風の世界は消えてなくなり、穏やかな風が自身の周りを駆け抜けていく世界に戻ってきた。
 そして、先ほどよくわからない一撃で消し飛んだ林は、

「……元に、戻っている……」

 先ほどまで窪地になっており地面が丸見えだったその場所は、何事もなかったように元に戻っている。
 そのことに私が驚いていると、ミコトが話しかけてくる。

「閉鎖空間の中で何があろうとも、空間を解けば元に戻る。ただし、外の空間から持ち込まれたものは例外だ。それらは現実の存在であるから、壊れてしまえば空間から出てもそのままだ。だからここでした怪我もそのままだし、ここで死んでもそのままだ。逆に、閉鎖空間内の物を現実に持ち出すこともできない。閉鎖空間内の物は全て幻のようなものだからね」

「……なるほどな。その中でなら、周りを気にせず全力でやりあえるわけだな」
「まあ、そうなるね。……君にもこれを渡しておこう。私の物と同じ試作品だが、これでも十分使えることはわかったからね。使用にあたって契約の類は必要ないが、ほかの者の手に渡るとその者でも使えてしまうので失くさないようにしてほしい」

 そういうとミコトは私に指輪を差し出してきた。
 ミコトのしているものとデザインは同じだが、リングのサイズは小さい。おそらく私の体に合わせたのだろう。
 私はその指輪を左手の中指にはめ、手を開いたり閉じたりして調子を確かめながらミコトの話を聞く。

「それをはめて少々魔力を込めながら先ほどの言葉を唱えると、指輪を中心に空間が展開される。展開される範囲は任意で決められるが、一度決めたら変更はできない。空間が不安定になるからね。空間は大きければ大きいだけ魔力を消費するが、大した消費量ではない。空間の形は半球型に固定されている。ここは改良点の一つだね。空間の範囲が決まると、空間の周りには見えない壁のようなものができ、その外には出られなくなる。また、一度空間内に入ってしまえば外からは同じ指輪を持つ者しか干渉できないし、それ以前に空間の察知もできない。 逆に中からも外の様子はわからないがね。同じように中と外では通信・念話も行えない。 それと、基本的に空間内には取り込んだ者以外の生物は存在しない。まあ、植物も生きていると言われればそれまでだから、動物がいない、と言いかえるべきかね。だから被害などは一切気にせず暴れられる。空間に取り込むことができるのは発動したものが認識し、指定した者とその者の装備している物だけだ。その人数が増えても消費魔力は変わらない。関係するのはあくまで広さだけだ。……ああ、発動した者は強制的に空間内に入れられる。敵だけを閉じ込める、なんてことはできないから、そのつもりでいたまえ。発動すると、発動した者が解除するか、その指輪を手放す、あるいは指輪自体が壊れたりしない限り空間は保持される。後は、発動した者が意識を失っても空間は解除されるから、静かな場所で昼寝しようとして使っても無駄だ。空間が解除されると、取り込まれたものは元いた場所に戻される。考えなしに解除すると敵のど真ん中に出ることも考えられるから、注意するように。……さて、私からはこんなところだが、何か質問はあるかね?」
  
 かなり内容は濃かったが、理解できないほどでもない。

「……いや、大丈夫だ。問題ない」
「そうかね、では一度使ってみたまえ。そうすればコツもわかるし、これから行う模擬戦の舞台作りにもなる」
「わかった。えーと、確か……。……『(ひら)きて()じろ! 其は名もなき世界!』」

 大体の範囲を想像しながら魔力を込め、先ほどミコトが言っていた言葉を何とか思い出して唱えると、私を中心に何かが広がっていくのがわかった。
 それは私を中心に大体半径300mほどの半球を作ると広がるのをやめた。
 先ほどまでは範囲や境界などはわからなかったが、指輪を持っているからか、自分で発動させたからか、今でははっきりと知覚できる。

「……と、これぐらいでいいか? ミコト」
「ああ、十分だ。しかし、初めて触れた魔法具をこれだけ上手く扱えるのだから恐れ入る」
「なに、お前が使っていたのを見ていたからな。……どんな技術でも、手本と練習時間さえ十分ならよっぽどのことがないかぎり必ず習得できるようになっているものだ」

 それに、

「お前の作った魔法具だ、扱いづらいわけがない。……違うか?」

 その言葉に、ミコトは苦笑しながら、

「買いかぶりすぎだよ。そこまで言われてしまうと私でも照れる」

「ふん、照れることはないさ。正当な評価だ。……そういえば、これは試作品だといったが、ここから何を変えていくんだ? これでも十分だと思うのだが……」

 その言葉にミコトは少し考え。

「ふむ……。一つは先ほども言ったように空間の形をもう少し自由にすること。さらには、形が指輪だけだと味気ないから、もっと別の形のものを考える。あとは魔力効率の向上と言うのもあるし、いろいろ課題はある。だが……」
「……? だが、なんだ?」

 不意にミコトの言葉が止まり、不審に思った私が言葉を促すと、

「もう一つ、ある効果をつけようと思っている」
「ある効果? ……なんだそれは?」
「……まだ私もしっかり決めたわけではないし、プランもかなりあいまいだ。それでも、あえて言うなら……」

 一息ののち、ミコトは己の計画を吐き出す。

「……空間内に、この世界の法則とは別の法則を持たせるようにしたい」

 つまり、

「新しい世界を創る魔法具を作り出すつもりなんだよ、私は」


   ●



ぶっちゃけ、終わりのクロニクルの概念空間ですね。
この作品では存在確率なんてめんどくさい物は存在しませんが。


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第十六話

私の苦手な戦闘シーンです。

文句のある方は感想の方に来なさい。
……土下座して待たせていただきますので。


   ●


 ミコトの発した言葉に、エヴァンジェリンは少し驚き、それから苦笑いを浮かべ、

「『新しい世界を創る魔法具』、か。……随分と大それたことを考えているじゃないか。 そこまで行くと神の領域の話だな。その話を異端審問会に聞かれたら問答無用で処刑だぞ?」
「なに、神など所詮は効果の不安定な精神安定剤でしかない。その程度のモノは恐るるに足らんよ」
「……本当に処刑されるぞ? ……まあいい。それで、新しい世界とは具体的にどんなものなんだ?」

 その言葉に、ミコトは顎に手を添えて考えながら、

「ふむ、先程も言ったが、この閉鎖空間内限定でこの世界にはない法則が適用されるようにする。具体的にはまだ決めていないが、……そうだね、やろうと思えば『触るとやけどするほど高温の氷が存在できる世界』なんてものも作れるかもしれないね」
「……なるほど。この世界では不可能なことができる世界、つまりは『新しい世界』、と言う訳か。……と言うか、なんでそんなものを作ろうと思ったんだ?」
「特に理由はない。強いて言えば『面白そうだから』、これに尽きる。私にとって友人関係以外で行動理由となるモノは興味だけだからね。今まで経験したことのない状況で戦闘を行えば面白くなると思わないかね?」
「発言だけ聞いていると普通にマッドだなお前。……お前と言う存在を十分に理解すると異常にマッドだと感じるんだが……。……ん? 待てよ? その法則は世界の法則なのだから、そこにいるものならば敵でも味方でも全員に適応されるのか?」
「うむ、そう言うことになるね。……何か変かね?」
「それだと敵も味方も同じ条件で戦うことになるから結局戦力差は変わらないだろうに。 むしろ相性が良かった場合敵が有利になるんじゃないか?」
「そこも楽しむポイントの一つだよ、エヴァ君。今までにない法則をいかに早く理解し、戦術に応用するか。それが今まで誰も考え付かなかったような戦術ならばなおの事良し。私はその敵を尊敬し、そしていかにその戦術を打ち破るか考えられるという楽しみを得る。いい事しかないではないか」

 ミコトが当然のように言い放ったその言葉に、エヴァンジェリンは心底呆れたようで、

「お前は頭が良いのにどうしてそんなにバカなんだ……? しかもその言葉が慢心からではなく好奇心からきているのがわかるからもう何も言えんよ」

 とこぼした。
 そのつぶやきを聞いてミコトは少し首をかしげたが、特に気にすることなく、

「さて、環境も整ったし、それではさっそく模擬戦を始めようか。ルールは特になし。武器を使おうが魔法を使おうが何でもあり。勝敗は互いが着いたと思った時点で終了。ぶっちゃけ不死者同士の戦いだから腕を飛ばそうが腹を抉られようがすぐ治るから寸止めとかは一切なし。そんなところでどうかね?」
「上等じゃないか。それで構わん」
「そうかね。……では、開始の合図はコインで決めようか。このコインが地面に落ちたら試合開始だ。……君がやりたまえ」

 そういうとミコトはエヴァンジェリンに懐から取り出したコインを投げた。
 それを受け取ったエヴァンジェリンはコインに何の仕掛けも無いことを確かめると、

「……よし。では行くぞ」

 と言ってコインを真上にはじいた。
 コインはくるくると回転しながら空に向かって飛んでいき、だんだんゆっくりになり、そして一瞬止まり、すぐに進行方向を地面に変えた。
 コインはだんだん地面に近付いていき……、






 落ちていく途中でエヴァンジェリンにキャッチされ、地面にたたきつけられた。







 そして、コインと地面との間で起きた『チャリーン』と言う音の余韻がまだ消えないうちに、エヴァンジェリンがミコトに殴りかかっていった。

「死ねーーーーーー!!!!」
「不死者に対して言うことではないというか、そこまでするかね普通!?」

 ミコトの顔面に向かって突き刺さろうとするエヴァンジェリンの拳を、ミコトは若干あわてながらも、掌で受け止めた。
 その事実にエヴァンジェリンは少し眉を顰め、舌打ちと共につぶやく。

「ッチィ! やはりこの程度ではダメか!!」

 そのまま拳が触れるミコトの掌に向かって力を込めるが、ミコトもしっかり踏ん張っているため、両者の力は拮抗する。
 力の天秤を釣り合わせたまま、ミコトが言い放つ。

「そんな姑息な手を使ってまで勝ちたいのかね!?」

 その言葉に、エヴァンジェリンは口の端をゆがめながら返す。

「っは! 経験は単純計算で倍以上、気の量は足元にも及ばず魔力量は同じぐらい、さらには理不尽な性能の魔法具を持つような相手に普通にあたって勝てるわけがない! ならば勝つための手段は選ばん!! 卑怯も奇策も裏技も、すべてを含めた私の全力でぶつかる、ただそれだけだ!! どの道この身は吸血鬼、闇に生きる生物だ。まっとうな光の道など歩めるわけがない! きれいな世界になんぞいられるわけもない! ならば泥にまみれようと勝ち抜き生き残り、前に向かって進み続ける!! これまでも、これからも、それが私の生き方だ!!」

 エヴァンジェリンの言葉が響き、それを受け止めたミコトの口の端もすっと持ちあがり、

「……ふむ、その言や良し! ならば、証明してみたまえ……!」
「無論……、そのつもり、っだ!!」

 最後の一声と共にエヴァンジェリンは拳をことさら強く押し付け、逆に足の力は緩めて自ら拮抗を破り、その反動でミコトから飛び退くように離れながら無詠唱で魔法の射手(サギタ・マギカ)を50ほど魔力に任せて打ち込み、さらに続けて闇の吹雪を数発追加してから煙幕の方を見ながらさらに距離を取る。
 連続で打ち込んだ魔法を煙幕代わりにして姿を見失わせ、離れながら影の中から掴んで引きずり出したチャチャゼロを煙幕の中に放り込む。
 何やら『ナンダナンダナニゴトダ!?』とか『む? その声はチャチャゼロ君かね?』とか聞こえる中に向かって、

「チャチャゼロ! ミコトを相手に時間を稼げ!」

 と命じてから、もはやバックステップではなく敵に背を向けた全力の走りでミコトから離れて行く。
 閉鎖空間のぎりぎりまで離れてから、煙幕の中で金属音をガキンガキン響かせている一人と一体を放っておいて、呪文の詠唱を始める。
 煙幕から聞こえる鈍い音のみの音楽会はテンポをどんどん早くしていき、ついにはドラムロールのようなれんだのみとなる。
 だがそのテンポもだんだん崩れていき、

「……解放(エーミッサ)固定(スタグネット) 『千年氷華』……」

 詠唱がほとんど終わり仕上げのみとなったとき、『オワー!?』と声を上げながらチャチャゼロがほとんど晴れた煙幕の中から吹き飛んで行った。
 見た感じ大きな破損はないから、まあ大丈夫だろう。気合気合。
 そして、煙幕が晴れるとそこには刀を持ったミコトがいた。
 その刀が普通のモノなのか斬魄刀なのかはわからないが、とりあえず斬魄刀だと思っておくことにするエヴァンジェリンに、ミコトが歩み寄りながら声をかけてくる。

「……少々人形使いが荒くないかね、エヴァ君? チャチャゼロ君もいきなりの事で訳が分からず実力の半分も出せていなかったよ?」
「それでも時間は十分稼いでくれた。私がほしかったのはそのほんの少しの時間だからな」

 そういうと、エヴァンジェリンはその手にある、発動直前で無理やり圧縮して固めた魔法を見せつける。

 『ゴオオオオオ……』と音を立てて渦巻く魔力の塊を見て、ミコトは遠くで身構えながら、

「そのわずかな時間で準備したのがそれかね? 確かにものすごい魔力だし、直撃すれば痛いではすまんだろうが……」
「くくく……安心しろ、これを直接ぶつけるようなことはしないさ。……これは、こうするんだ!!」
「……!!?」

 魔力の塊を保持する手に力を込め始めたエヴァンジェリンの様子に何かを感じたのか、ミコトは勢いよく駆け寄ってくるが……、

「(遅い! これだけ離れていれば、たどり着く前にこちらの準備が整う!!)掌握(コンプレクシオー)!! 」

 その言葉と共に、魔力塊を握りつぶすように体に取り込む。
 それと同時にミコトの刃がエヴァンジェリンに届き、






 突如出現した大量の氷の槍に押し戻された。





 ミコトがいきなりの攻撃に驚きながらも飛び退いて距離を取ると、その槍の上にふわりとエヴァンジェリンが降り立つ。

(プロ)式兵装(・アルマティオーネ) 『氷の女王』。どうだ? これが私の開発した新技法、『闇の魔法(マギア・エレベア)』だ!!」

 高所に立ち、体の周りに冷気をまとったその姿は、まさに氷の女王と呼ぶにふさわしい物だった。


   ●


 氷の女王はミコトを見下ろしながら言う。

「さて、ずいぶんと待たせてしまったようだが、本番はこれからだ。さあ、ダンスを始めよう。……私と踊ってくれるか、ミコト?」

 その立ち居振る舞いは自信に満ち溢れており、吸血鬼の真祖としてのプライドからか、あるいは貴族の血筋故か、人の上に立つ者が、人を従える者のみが放つ覇気を感じさせる。
 とはいえ、その程度ではミコトがひるむはずもなく、

「ふむ、生憎ダンスの研究はまだ未完成でね。あまり見せられたものではないのだよ。……だから、足を踏まれぬように気を付けたまえ」
「ふふふ……。 ……上等だ!!」

 エヴァンジェリンは獣のような獰猛な笑みを浮かべている。
 それに対するミコトは涼しげな顔をしながらも、その眼は楽しそうに細められ、笑っている。

「さあ、第二幕の開始だ」

 エヴァンジェリンは変わらず立ち続け、

「コインはいるかね?」

 ミコトは剣を下段に構え、

「そんなものはもういらん。邪魔なだけだ。……始めたいときに始めればいい」

 爆発の時を待ち、

「それもそうだね。……では――」

 そして――、






 「「――始めよう!」」







   ●


 最初に動いたのはエヴァンジェリンだった。
 少し離れたところにいるミコトに向かって、己の周りに作り出した氷の塊を連続で叩き込む。
 その氷は撃たれてはまた生成され、またすぐに放たれる。
 常に身の回りには射出待ちの氷塊が数個浮いている状態だ。
 だが、ミコトはそれをひょい、ひょいっと体を半歩動かすだけの動作で避けていく。
 どうしても避けられない場合は手に持つ刀で切り捨てるか、受け流す。
 そのようにしてすべての氷塊に対処している。

 ……ふむ、やはりただの氷塊では意味がない、か。

 相手は自分の倍以上の戦闘経験を積んでいる。
 しかも、エヴァンジェリンのように逃げる中で仕方なく行った戦闘の経験ではなく、自分を鍛えるために自分から得に行った経験だ。
 当然習熟度の差は大きい。と言うより経験の密度が違う。
 その経験から、誘導も付けずに飛んでくる目視可能な速度の氷塊などよけるのは簡単なのだ。
 しかもどのように飛んでくるかもわかるので、動きも最低限に留まり、体力の消費も抑えられる。

 ……馬鹿正直に障壁でも張ってくれれば簡単につぶせたものを……。

 ただの氷塊とはいえ、質量はかなりのものだし、何より数が多い。
 普通の剣士が張っている簡単な障壁ならばもちろん、後衛型の魔法使いの障壁だって多少の時間は必要だろうが絶対に破る自信がある。
 数の力というモノは、それほどまでに恐ろしい。
 ミコトもそれをわかっていて、このような対処をしているのだろう。

 ……それをわかっていても、攻撃の手を休めるわけにはいかんがな……。

 少しでも攻撃を緩めて後手に回ると、勝率がかなり下がる。
 この男(ミコト)はそれほどの力を持っている。
 そのことは出会ったばかりの時の戦闘で十分に理解した。
 そして何より、研究者と言う面を持つこの男にあまり長時間手の内を晒すというのも良くない。
 情報を与えれば与えるだけ、この男は対策を練って来るだろう。
 かといって、出し惜しみをして勝てる相手でもない。

 ……もうひと押ししてみるか……。

 とりあえず、氷塊を生成するテンポは変えず、そこに魔法の射手を誘導ありで加えてみた。


   ●


 ……防戦一方、か……。

 ミコトは迫りくる攻撃を涼しい顔でさばきながら、その実驚いていた。
 簡単に勝たせてくれはしないとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
 先ほどまでは氷塊の投擲を難なく避けていたが、そこに魔法の射手を織り込んでくるようになって状況が変わった。
 おそらく最初の氷塊は様子見だったのだろうが、そこに一手加えるだけでかなりやりづらくなった。
 何しろ、氷塊をよけたと思ったらその陰から体勢の崩れた自分に向かって魔法の射手が飛んでくるのだ。
 しかも誘導がついているため、少しよけた程度ではよけきれない。
 必然的に刀で砕くしかなくなるわけだが、魔法の射手のみに注意を向けていると氷塊の対処が遅れる。
 これだけでも厄介なのに、さらに厄介なのが、

「轟かせ――」
「――隙あり!!」

 これだ。

 氷塊と射手の隙間を縫っていったん止まり、刀を構えて言葉を紡ごうとした瞬間に射手が集中して飛んでくる。
 無限に続くような攻撃をしのぎ切るために 防御の刀を解放しようとすると集中攻撃にあう。
 そのおかげで開放に必要な一瞬の集中を乱され、空牙を出すことができない。
 相手は攻撃を放ち続け、こちらの口が動いたら射手を叩き込めばいいのだから簡単だ。
 無論、名前を呼ばずとも解放はできるが、その方法は本来は声を出せない状況で隠れながら解放するためのもので、名前を呼ぶときに比べて余計に集中を必要とする。
 それでも数秒程度なのだが、この攻撃の中数秒間棒立ちになるのは自殺行為だ。

 飛んでくる氷の塊をかわし、死角から突き刺さってくる射手を右手の刀で切り飛ばす。
 そうしてから刀を左手に持ち替え、左側から飛んできた氷と射手を一度に切り落とす。
 体を反射に任せて動かしながら、勝つための思考は止まらない。

 ……一度距離を取るのは、……無駄だろうな……。

 エヴァンジェリンは遠中近全ての範囲をこなせるタイプの戦士だ。
 しかも一番得意なのが魔法を使った遠~中距離戦である為、離れても不利になるだけである。

 ……ならば……!

 方針は決まった。後は実行するだけだ。
 そう思い、ミコトは右手に刀を持ち替え、何も持っていない左手に新たな力を掴み取る。


   ●


 氷塊と魔法の射手をかいくぐりながらミコトが自分の方に近付いてくるのをエヴァンジェリンは見ていた。

 ……まあ、そう来ると思ってはいたが……。

 両者とも一応は遠中近どの範囲の戦闘もこなせるが、自分と違いミコトが得意なのは刀を使った近~中距離戦闘だ。
 だから、ミコトが距離を詰めて接近戦を仕掛けてくるのは予想していた。だが……、

 ……二刀流、と言うのは聞いていなかったな……。

 ミコトは先ほど虚空より取り出したもう一本の刀を左手に逆手に持ち、今までの刀を右手に順手で持ってこちらに向かってきている。
 無論こちらもそれを黙って見ているわけではなく、氷塊と射手を密度濃くぶつけてはいるが……、

 ……すべてはじくか切り捨てているな……。

 それも、右の刀は向かってくるものを切り捨て、そこから漏れたもののうち体に当たりそうなものを左の刀ではじいたり受け流したりしている。
 どうやら攻撃と防御が決まっているらしい。 

 ……攻撃の右と防御の左、か……。

 ならばミコトの左側(ミコトから見て右手側)に攻撃を集中させればいいと考え、実際にそうしたが、もともと刀一本で先ほどまでの攻撃を避けていた男であるから、大した意味はないだろう。

 ……しかし、これがこいつの本来の戦闘スタイルか……?

 予想の通り攻撃をすべてしのいでいるミコトを見ていても、その動きにぎこちなさはなく、今までのスタイルが偽りだったのでは、とも思わせるが、先ほどまでの一刀流にも不自然さはなかった。

 ……どうせあいつの事だ、『どちらも面白そうだ』とか思って両方とも極めたんだろうな……。

 おそらくそれで正解なのだと思う。
刀一本で戦う一刀流と、攻防がはっきり分かれた変則的な二刀流。
この二つのスタイルを極めた末に折衷として生まれたのが先ほどの刀を右手から左手へ、左手から右手へと持ち替えて振るう滅茶苦茶な扱い方なのだろう。
 そんなことを思っているうちにミコトがかなり近くまで来てしまった。

 ……さて、これ以上中距離戦闘を続けるのは不可能か……。ならば……。

 エヴァンジェリンは今まで以上に大量の氷と射手を作り出すと、それらすべてを一度にはなった。
 それは、ミコトから見れば氷の壁が猛スピードで向かってくるように見えるだろう。
 しかし、エヴァンジェリンはそこで攻撃をやめることはなく、ミコトに合わせて両腕に魔力の剣、『断罪の剣』を作り出すと、高密度の氷塊にまぎれてミコトに突っ込んで行った。


   ●


 目の前に迫ってきた氷の弾丸による壁を前にしても、ミコトのやることは変わらなかった。
 ただ、自分に迫る物を切り捨てる。それだけだ。

 ……だが、さすがにこの量は多すぎるね。

 刀二本で切り捨てるのは不可能であるほどの氷の弾丸は、もはや津波と言ってもいいかもしれない。
 そんな絶望的な状況を目の前にしても、ミコトの顔色に焦りはない。
 散歩の途中のように、涼しい顔で走り続ける。
 そして、走りながらふと思いついたような自然な動きで右手の刀の切っ先を地面にあて、少しの間地面に浅い切込みを入れると、大地をすくい上げるような切り上げを思い切り放つ。
 たったそれだけの動きでミコトの前方の大地の形が変わり、固くとがった土の槍がいくつも現れ、氷の津波に向かって突き進んでいく。
 大地の槍は当たり前のように津波の一点にぶつかっていった。
 いくら硬度の上では土の槍が勝るとはいえ、氷の弾幕は厚く、何度も氷を砕くうちに土の槍も耐久性を失い砕かれ、後に控える槍が氷を砕いていく。

 土の槍と氷の槍がぶつかり合い、互いを折り、貫き、砕きあっていき、そして土の槍が尽きたと同時、氷の壁にも穴が開いて、その向こうの世界をのぞかせた。
 ミコトはその穴を抜け、

「――やっと会えたね、エヴァ君」

 氷の女王と刃をぶつけ合った。


   ●


 エヴァンジェリンは、自らの作りだした氷の弾幕に風穴を開けて抜けてきたミコトに切りかかっていった。
 自分の攻撃を切り抜けられたことに対する驚きはない。
 むしろ、この男ならばこの程度は切り抜けられて当然だとすら思っていた。
 だから、涼しい顔でこちらに話しかけながら切りかかってきたミコトにもひるむことなく断罪の剣をたたきつけた。
 だが、この男が壁を抜けるために用いた方法には驚いていた。

 ……無詠唱の土属性魔法、か?

 魔法も使えるであろうことは予想していた。
 研究者ならば、しかも人外である自分に匹敵するほどの魔力を持っているこの男ならば、魔法の研究くらいはやっていて当然だろうし、資料庫にもそう言う類の資料があったから有効活用させてもらっていた。
 しかし、この男は剣士だという思い込みの為か、無詠唱をこなすほどの魔法使いであることなど予想していなかったし、それに……、

 ……この男の資料庫には炎・雷・風の三つの属性の魔法の研究資料が多かった……。

 自分の得意な氷属性の資料も無いわけではなかったが、他の物に比べると少なかったので、それらの資料は必要ない、つまりは使えない属性なのだと思っていた。
 しかし現実として、この男は土の魔法を無詠唱で、しかも土を操作するだけの簡単な部類の魔法で自分の氷の壁に大穴を開けたほどの土魔法使いだ。
 ならばなぜ研究者であるこの男のもとに研究資料が十分になかったのか、それがわからない。
 気になったので、目の前で自分の断罪の剣としのぎを削っている二刀流の男に聞いてみることにした。

「おいミコト。お前、土の属性も使えたのか? それにしては土関係の魔法の資料が少なかったが……?」
「ん……? ……ああ、そういうことか。なに、ちょっとした裏技でね。確かに私の資質は炎・雷・風だけだが、その裏技によって本来資質のない属性である土の魔法も使えているのさ」

 もちろん、こうやって話している間も戦闘は行っているが、私もミコトも戦闘は反射に任せて会話を続ける。
 ミコトの右手の刀が私の胴を薙ごうとするのを私の左手の剣ではじき、がら空きのミコトの胴体に左手の剣で突きを放つ。
 だがその突きも、ミコトの左の刀に受け流される。
 そうしたやり取りを繰り返しながら、私たちの世間話は止まらない。

「裏技? なんだそれは?」

 おお、今の下段切りは危なかったな。右足を持って行かれるところだった。

「ああ、以前……、具体的には100年程前に炎の上級精霊と友になってね。今も時々一緒に宴会を開いているのだが、その精霊たちとの伝手(つて)でね、土の上級精霊たちとも仲良くなった。主に酒で」
「お前の交友関係はどうなってるんだ……? 普通そういう存在はよっぽどの変わり者でもない限り人から離れて生きているはずなんだがな……?」

 ――ちっ! 今のコンビネーションも避けるか……。

「本来ならばそうなんだが……、どうやら彼らの中では私と言う存在は人間ではない、と言う認識らしくてね。一度『一応私は人間だ』と言ったら大笑いされたよ。『お前はユーモアのセンスが足りないな』、とね」
「まあ、不老不死ならば十分に人外だと思うがな……」

 というか、お前が人間だと言われても私だって信じられん――、ぅお! あぶなっ!

「……私としては人間からそこまで逸脱してはいないと思うのだがね……。まあそんなわけで、上級の精霊たちと仲がいい存在であるということはそこいらにいるほとんど意思のない下級精霊にもわかるらしくてね。彼らから見れば私は王様の友人のようなものだ。それ故に私の言うことを素直に聞いてくれるようになったんだ」
「なるほどな。だから無詠唱であんなことができたのか……!」

 くそっ! こいつ、防御に隙がない――!

「そうだ。……まあ、逆に言えばそれしかできないんだがね。本来適性が全くない土属性の魔法では詠唱しようがしまいが地面の形を変えるぐらいの事しかできない。だから研究もあまり進んでいないんだ。ゆえに資料も少ない」
「……それでもあれだけできれば大したものだろうに。大体、剣に加えて魔法までできる方が異常なんだ。普通はどちらかひとつにしぼるものだぞ? 何だそのふざけた剣技は? 斬魄刀と普通の刀の二刀流と言うだけならまだしも、短剣以外で逆手持ちとか聞いたことないぞ」

 ああもう、なんでこの刀は切れないんだ!? 『断罪の剣』はふれた物を全て気化する魔法だぞ!? 気だか魔力だかを込めて強化しているんだろうが、いい加減イライラしてくる……!

「ああ、私も私以外にこのような戦い方をするものに会った事はない。……まあ、私の斬魄刀の特性上このような戦い方になってしまうのは仕方がないことなのだが……」
「特性? ……ああ、確かにお前の空牙は盾みたいなものだからな。片方の剣を防御用に使って、攻撃は他の普通の剣に頼る戦い方になるわけか……」

 それにしたって頑丈すぎるだろうこの刀! ええい、さっさと折れてしまえ!!

「まあ、おおむね間違ってはいないが、一つだけ訂正がある。……この攻撃に使っている刀も斬魄刀だよ?」
「……は? お前、空牙を二本作ったのか?」

 だとするとどれだけ攻めづらくなるか、わかったものではないな……。

「……いや、もう一本は別物だよ。……それより、気が付かないかね?」
「うん? 何がだ?」

 お前の理不尽さにはもう気が付いているぞ?

「……私の得意な属性は炎・雷・風の三つだ」
「……だからなんだというんだ……!」

 私の得意な属性とほとんどかぶらんから魔法に関しては共通の話題が少なくなっているというだけだろうに!

「そして私はさっき、何と友だと言ったか覚えているかね?」
「……馬鹿にしているのか? 炎の上級精霊だと言っていたでは――」

 ……ん? まさか――、

「そう、炎の上級精霊だ。そして、精霊と友になるとその属性については加護が得られるのだが、当然炎の魔法についても例外ではない」
「……それは、つまり……」

 まさか、まさか……!

「つまり、土属性と違って、本来得意な炎属性の魔法ならば、私はその加護を十全に使えるのだよ。……だからとりあえず――」
「お、おいミコト。お前の後ろにある大量の炎の射手は、一体……?」

 やばいやばいやばいやばいやばい……!!




「とりあえず、先ほどのお返しとして5000程いってみようか?」




 ……もう、ミコトに対して理不尽な攻撃をするのはやめよう。倍返しされる……。




   ●


 私が無詠唱で放った炎の射手5000発を、エヴァ君は一度飛び退いてから即座に氷の射手で迎撃、相殺していた。
 約一分間の炎と氷のぶつかり合いの末、辺りには炎に触れて蒸発した水による靄が広がり、そしてその真ん中には、靄をうっとうしそうに凍らせ、微細な氷の粒に変えたエヴァ君が肩で息をしながら立っていた。

「――はぁ、はぁ……。無茶苦茶しおって。さすがの私も死ぬかと思ったぞ……」
「ははは、不死者のくせに何を行っているのかね。例え全身を焼き尽くされたところで君ならばすぐに元に戻れるだろうに」
「肉体再生はかなり疲れるんだぞ……? それにさすがの私も全身再生はやったことがないからな、どうなるかわからん」
 エヴァ君はものすごく嫌そうな顔をしている。そこまで嫌なのだろうか。ならば仕方ない、全身再生はまたの機会にしよう。

「しかし、すごい物だね『闇の魔法』とは。あれだけの数の射手を相殺するとは……」
「……ふん、まあな。魔法を自分の体に取り込み、霊体に融合させることで力を得る技法でな、自分自身を擬似的に魔法そのものにするようなものだ。取り込む魔法によって付加される効果は変わるが、今回の場合は――」
「――氷属性の魔法を無詠唱で無制限に使える、と言ったところかね?」

 自分の言葉にかぶせるように放たれた私の言葉に、エヴァ君は眉を顰め舌打ちし、

「チッ、もうそこまでたどり着いたか……。……ああそうだよ。お前の推察通りだ。さすがに『おわるせかい』クラスは無詠唱で撃てはしないがな」
「それでも、初級魔法である『魔法の射手』程度であればほぼ無制限に撃てるわけだね。だから、先ほどの私の射手も相殺できた、と」
「ああ、そうだ。……と言うか、私みたいな技法なしで私と同じことができるお前の方が異常だと思うけど、――な!!」

 最後の言葉と共に、エヴァ君が魔力の剣――『断罪の剣』と言うらしい――を振りかぶって私に突っ込んできた。
 大上段から振り下ろされる剣に、私はある仕掛けを施すとすぐに真横に飛び退く。


   ●


 思い切り振りかぶり切りかかったエヴァンジェリンの剣を、ミコトがエヴァンジェリンから見て左に跳び退いてよけるのが見えた。
 3メートルほど跳んでから地面を踏み、少し音を立てて大地を削ってから先ほどエヴァンジェリンが行ったように刀を振りかぶって切りかかってくるのがエヴァンジェリンにはわかり、だから剣を振り下ろした姿勢のまま左側のミコトの姿に視線を送ってから、



 右側の何も(・・・・・)見えない空間(・・・・・・)に剣を叩き込んだ。



 エヴァンジェリンのその攻撃は『キィン』と言う耳障りな音と共に見えない何かに受け止められ、

「……驚いたね。どうしてわかったのかね?」

 何もなかった空間に、ミコトが剣を刀で受け止めた姿勢で現れた。


   ●


 私とミコトは剣と刀ごしに会話を続けた。
 ちなみに後ろにいたミコトは今目の前にいるミコトが目に見えるようになった時点で消えている。

「ふん、私がお前の持つ能力の内、要注意だと判断したものは三つ。一つは多彩な魔法具。二つ目は斬魄刀・空牙。そして最後に幻術能力だ。一つ目と二つ目についての対策は、使う隙や解放する隙を与えないこと。特に魔法具についてはどんなものが出てくるかわからんから、それ以外に対処のしようがないからな。ついでに言うと、空牙を出させたら勝てる確率は一割も無いだろうと考えていた。あの防御性能は異常だからな」
「だが、三つ目の幻術能力は相手に思い通りの幻覚を見せるものだ。視覚だけでなく、猛獣用に五感全てと探査魔法、気配察知もごまかせる優れものなのだがね」
「そう、その能力が一番厄介だった。普通幻術の類は人の五感に訴えかけて発動させる。私の場合は『吸血鬼の真祖』のスキルとして幻術を使えるが、それも目を合わせた者を幻想空間に落とすという、視覚に訴えかけるものだ。……だが、お前の幻術はそうじゃない。お前の意思一つで発動し、相手を幻術に落とすことができる。一瞬で五感が思い通りにされるから、発動されたこともわからず思うがままにされ、やられる。……正直言って、対策なしにこれにはまった場合の勝率は、ゼロだ」
「……ならば、どうやって見抜いたのかな?」
「簡単だ。五感や気配察知以外の感覚を用いればいい」
「五感や気配察知以外の感覚……? そんなことが……」

 あのミコトを出し抜けたことに、私の顔がにやけそうになるが何とかこらえた。

「できるのさ。念のために熱源探知などいくつか用意してきたが、今回使ったのはな、……ほら、見えないか? よく見てみろ、お前の目の前にもあるだろう? 細かいキラキラしたものが……」

 そう言われて目を凝らしたミコトはすぐに目を見開き、

「――これは、まさか……!」
「そう、『氷』だよ」
「……氷。君の魔法で出した物か……。だが、そんなものでどうやって……?」
「先ほど言っただろう? 『闇の魔法』は自身を擬似的に魔法そのものにする、とな。つまり、私と言う魔法から生み出された氷と言う魔法も、私自身なのさ。だから氷がどこにあるのかは手に取るようにわかる。そこで、細かい氷の粒をこのあたり一帯にくまなく散布して浮遊させておけば、氷が存在しないところがお前のいる場所だ」
「……ならば……!」

 私の説明を聞いて、ミコトが魔力を高めるが……、

「このあたり一帯を焼き払って氷を溶かすか? やめて置け、私が闇の魔法を発動している限り、またすぐに氷の粒は出せる。溶けたり蒸発したりしたところで、水分は消えるわけではない。闇の魔法発動時において、すべての水は私の味方だ」
「――くっ!」
「ついでに言うと、これを破ったとしても他にもいくつか手は残っている。もう私に幻術はきかんよ」
 ミコトのこんな顔が見れるとはな。苦労して情報を集めて対策をとった甲斐があるというモノだ。

「……良いだろう、ならばここからは……」
「ああ、小細工なしの純粋な勝負だ」

 ようやく、ようやくここまで持ってこれた。

 ……問題はここからだがな……。

 こいつは小細工抜きでも十分な強さだ。ここまでやっても勝率は五分五分が良いところだろう。

 ……それでもやるしかない、か。

 計算はここまで。後は何も考えずにただ動くのみだ!

 ……さあ、私の力を見せてやろう!!


   ●


 戦闘の再開は、お互いがお互いを弾き飛ばしあうことから始まった。
 先ほどまでいた場所から数メートル離れ、そしてすぐにその距離はゼロになる。
 激突した瞬間から、刀と剣とが奏でる激突の音が閉鎖空間内に響き渡っていく。
 剣を使う者は魔法で作った剣を、刀を使う者は己の自信作である刀を。
 そのため両者とも刃こぼれの心配など一切せず、己の武器をぶつけ合っていく。
 互いに相手の武器以外、つまり体を狙っているのだが、そのたびに相手の持つ武器に己の武器を当てることになる。

 片方は今まで積み重ねてきた経験から。
 もう一方はハイスペックな人外の体と魔法の力に助けられながら。
 それぞれが相手を喰らいつくそうと互いの隙へ狙いを定め武器をふるう。
 それはさながらチェスを指しているようで、互いに互いの弱いところを教え合っているという、そんな印象を得られる。
 そして、対処を怠ればそこから崩され、一気に負ける。
 だが、そんなことはわかりきったことであった。
 だからこそ、エヴァンジェリンは最初から、ミコトは先ほどまでは自身の能力を封じられたことから無表情だったがすぐにそれも崩され、それぞれが獰猛な笑顔を見せている。

 そして、そのぶつかり合いはどんどん加速していく。


   ●


 エヴァンジェリンの左手による上段からの袈裟切りに、ミコトは左手の刀を掲げることで受け止める。
 だが、そこでできたミコトの左わき腹の隙に、エヴァンジェリンの右手の剣が突き刺さろうとする。
 それを胴体ごと体を右にずらすことで避けたミコトは両手から刀を一瞬離し、両方の手首を返して右手の刀を逆手持ちに、左手を順手持ちにする。
 そのでたらめな行為に目を見開き硬直するエヴァンジェリンの頭に、ミコトは左手による上段から真っ直ぐ下に斬撃を放つが、エヴァンジェリンも右に跳んで体をずらし、刀を振り下ろしきって体制の崩れたミコトの首を飛ばそうと左手の剣を横に薙ぐ。

 ミコトはそれを体を起こしながら胴をひねり体の左側に差し出した右手の刀で受け止め、エヴァンジェリンの剣をはじいた勢いを利用して自身もまた右に跳び、着地したところでまた右手の刀を一瞬空中に置き去りにして持ち方を変え、両手が順手持ちの形になりながら自身のもとに左側から飛来した数本の射手を左手の刀による下段からの切り上げで全て切り捨てる。
 切り上げた左手の刀の速度を一瞬でゼロにすると、今度は左手の刀を持ち替えて逆手にして、すぐに体の前に楯のように左の刀を掲げながら右の刀を真っ直ぐ前に伸ばしエヴァンジェリンに向かって体ごと跳びこみ突きを放つが、エヴァンジェリンもミコトの方に向かっており、互いが互いの左側を駆け抜ける結果になった。

 エヴァンジェリンはすぐに体ごと振り返り右の剣をミコトの胴に向けて突き込んでくる。
 対するミコトは首だけで後ろを振り向きながら左の逆手持ちの刀をエヴァンジェリンの頭に向かって突き刺そうとする。
 そして――


   ●


「ここまで、かね……」
「ああ、そのようだな……」

 唐突に両者の動きが止まる。
 エヴァンジェリンは低い姿勢から走り出そうとするような構えで前に向けて伸ばした右腕から伸びる剣をミコトの背中に向けて突き付けた状態で。
 ミコトは首だけで振り返りながら左手の逆手持ちの刀を左脇の下から差し出して切っ先をエヴァンジェリンの頭に突き付けた状態で。

 それぞれが停止していた。

 少ししてミコトが構えを解き、刀をそれぞれ鞘に戻し虚空にしまい、エヴァンジェリンもそれを見て断罪の剣と闇の魔法を解除する。
 エヴァンジェリンが元の状態に戻るのと同時にミコトが右足を地面に向かって『ドンッ』と踏み鳴らす。
 そうすると地面が盛り上がり、向かい合うように配置された椅子の形になる。
 そこに虚空から出した大きめの布をかぶせれば、物は悪くとも立派な椅子になる。
 ミコトはそこに座り、エヴァンジェリンも目の前に現れたモノをポンポンと叩いて耐久性を確かめてから座る。
 後はそこにテーブルとティーセット、それに菓子などを並べれば茶会が行えるだろう。
 座り込んだ二人は一息つくと、

「さて、今回の模擬戦の結果だが、……どう思うかね、エヴァ君?」

 とミコトがきりだし、それにエヴァンジェリンが答える。

「どうもこうも、どちらも勝ちだろうよ。お前が不死者でなければ私の勝ちだし、その逆もまた成り立つ。不死者に相討ちはない。傷を負ってもすぐに治るからな」
「そうだね、私もそう思う。ならば、今回の結果は引き分けだね」
「残念ながら、そのようだな……。……しかし、お前の剣技は何だ? 滅茶苦茶な使い方をしおってからに。なんで刀を空中で手放して順手と逆手を入れ替えるんだ? 一歩間違えれば剣を取り落とすし、相手に弾き飛ばされるぞ。……ジャグリングのつもりか?」
「いろいろ考えて戦いやすくしていったらああいう形になってしまってね。攻撃のときは順手持ち、防御のときは逆手持ちの方がやりやすかったんだが、それだと右手と左手の役割が固定されてしまうからね、それでは攻略されやすくなってしまう。だから攻守の役割を入れ替えられるようにしたんだ」
「……剣術の指南役が見たら泡を吹いて卒倒すると思う……」
「それを言うなら、君の『闇の魔法』もなかなかのものだよ。君が今回取り込んだ氷系の魔法であのような効果が出たんだ。他の魔法を取り込めばもっと違う効果が出るのではないかね?」
「それはそうかもしれんが……、試したことはないからな……。……お前がやってみるか?」
「ふむ、そうだね。物は試しと言うし、やってみようか」

 早速、エヴァから簡単な理論とやり方の手ほどきを受け、注意事項を確認しながらの軽い練習ののち、本番に入る。
 ミコトは椅子を地面に戻すと空間の中心に立ち、右手を前に突き出して構えを取り、

「エンデ・クロニス・ホラグニス  契約に従い 我に従え炎雷の王 来たれ 砕きの雷 消滅の炎! 生きとし生けるものを原初の存在に帰せ 其は無常なる定めなり  『流転の輝き』!」

 魔法を発動させ、いつもならば解き放つところを

「……解放(エーミッサ)固定(スタグネット)……」

 本来ならば広がるはずの魔力を掌の一点に集め、

「……掌握(コンプレクシオー)!! 」

 握りつぶす。

 するとミコトの周りに炎と雷が渦巻き、まとわりつくようになった。
 吐く息は灼熱の炎となり、髪の毛にはパリパリと電気が走っている、物語に出てくる魔神のような姿を成す。
 それを見たエヴァンジェリンはミコトに駆け寄り、

「すごいじゃないか、ミコト!! こんなにあっさり成功させるとは!!」

 と興奮したように笑いかけてきたが、ミコトが動かないのを見るといぶかしげになり、

「……? どうしたミコト? 何かおかしいのか?」

 と尋ねてくるが、ミコトはゆっくりと己の手を眺め、

「エヴァ君、この技法は普通の体の者には負荷が大きすぎるようだ。現に私も魔力が抑えきれず、今にも暴発しそうだ」

 ゆっくりと告げられた事実に驚くエヴァンジェリンに、ミコトはさらに続けて言う。

「……ここは、今まで言いたかったあのセリフを叫ぶチャンスかもしれないね……。……エヴァ君、今すぐ私のそばから離れたまえ。巻き添えを食うよ……」

 今やミコトの体には無数のひびが入っているが、それでもミコトは冷静に話しかける。

「だ、だが、それではお前が……!!」

 ミコトがどうにかなってしまうことを恐れたエヴァンジェリンにミコトはにこりと笑いかけ、

「大丈夫、私が不死なのは知っているだろう? この程度では私は死なん。それよりも、君が巻き込まれてしまうことの方が私は心配だ。……さあ、離れたまえ」

 そういうと、エヴァンジェリンはしぶしぶながらも離れて行った。
 それを確認すると、ミコトは先ほどの優しい笑みとは違った、にやりという恐ろしい笑みを浮かべると、一度息を吐き、それから吸い込み、手を大きく広げて空間全体に声を広げる。

「『あ、それでは皆様、ご唱和ください……』」

 そういうと、もう一度息を大きく吸い込み、

 「『It's All Fictio――』」

 言い切る前に魔力が暴発し、大爆発が起こった。


   ●


 ミコトが何やら妙な話し方で妙なことを口走りながら自爆したのを、衝撃を防ぐための魔法障壁の中で知り、爆発の衝撃をやり過ごした後、エヴァンジェリンはすぐにミコトのもとへと駆け寄った。
 すると、爆発の中心地にはミコトが体中からぶすぶすと煙を上げながら横たわっていた。
 だが、エヴァンジェリンが駆け寄ってくる音を聞くと指が『ピクリ』と動き、エヴァンジェリンがそばに立った瞬間『ムクリ』と起き上がった。
 呆然と立ちすくむエヴァンジェリンに、にこやかに手を上げながら、

「ははは、心配はいらないよ。私の体はこの通り全然平気だ。ぴんぴんしているとも!」

 と言ってエヴァンジェリンがほっとした笑顔を見せたと同時に、体を覆っていた服が限界を迎えて『ボロボロ』と崩れ去った。
 笑顔のまま『ピシリ』と固まったエヴァンジェリンの前で、生まれたままの姿になったミコトは自分の体を見下ろすと一つ頷き、

「……うむ! エヴァ君、安心したまえ。こういうこともあろうかと、我が肉体には見せて恥ずかしいところなど一切ないよ!! 其れよりエヴァ君、ナイスラッキースケベだね!!」

 と、いい笑顔でサムズアップを掲げてくるミコトにエヴァンジェリンの悲鳴と全力の蹴り(ツッコミ)が入るのは、自明の事だった。


   ●



そんなわけで、連続投稿もここまでです。

これから先のお話も一応は考えてありますので、連載自体は可能です。
ただ、なろうにて連載中のオリジナル作品もありますし、何よりリアルが多忙のため、執筆時間が取れるのかすらも怪しくなってきています。

ですので、これからしばらく更新されなくなると思いますが、ご容赦ください。

それではまたいずれ、お会いしましょう。


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第十七話

お久しぶりです。

ほとんど半年ぶりにこの物語に手を付けたので、調子を取り戻すのに苦労しました。

では、どうぞ。


   ●


 ――……っと、い……げんに……。わた……、……。

 最近、妙な夢を見る。

 ――……え! 聞い……すの!? ちょ……、……しの声を……なさ……。

 私は真っ暗な空間にいて、最初はただそれだけだった。
 ただそれだけの夢を、先週ぐらいから(魔法球内時間で)見るようになった。

 最初はなんてことないただの夢だと思った。
 だが、三日ほど同じ夢を続けて見て、そしてあるとき、声が聞こえるようになった。

 ――……ぇ、おねが……から、わ……の事に……付いて……。

 それはかすかな、とてもかすかな声で、しかし、必死に私に語りかけてくる。

 ……お前は、誰だ?

 そう思いつつも、暗闇には私のほかに誰もいない。
 聞こえてくる声もかすれていて、何を言っているかわからない。

 ――ねぇ、いいか……、私の……を……よ!

 ……お前は、一体私にどうしてほしいんだ?

 ――……、私の……を聞いてよ!



『エヴァンジェリン!!』


   ●


「――んぅ……?」

 何かに呼ばれたような気がしてまどろみよりさめてみると、私の目の前には、




「――ンチューー……(* ̄ε ̄*)」




 ――目を瞑り、顔を赤らめながら唇を尖らせているキャロルの顔のどアップがあった。

 ……よしよし落ち着くんだエヴェンジェリン。今までだってこんなことは何度もあったはずだ。こういう時は慌てちゃいけない。落ち着いて、冷静に行動するんだ……!

「――うぉわーーー!!!」

 自分に言い聞かせるような思考の後、落ち着いた私は落ち着いてパニックを起こし落ち着いて叫び声を上げた後に落ち着いてキャロルの顔に拳を叩き込んだ。

「――きゃん!!?」

 寝起きながらも正確にキャロルの顔の中心に拳は叩き込まれ、その結果としてキャロルの首だけが宙に舞った。
 首関節の固定を甘くしていたのか、大した抵抗を感じること無く吹き飛んだキャロルの首は、放物線を描いてこの部屋――私の寝室だ――の扉の近くに落ちた。
 キャロルの首は床に落ちた後も少しの間ころころと転がっていたが、すぐに歩み寄ってきたキャロルの体によって拾われ、小脇に抱えられたまま私の元に戻ってきた。

「――もう、ひどいですよエヴァンジェリンお嬢様! せっかく起こして差し上げようと思いましたのに!!」

 両手で側頭部を挟むように持たれた顔だけ(・・)をずずいと近づけてきて叫ぶキャロルに対し、私も叫び返す。

「お前が変なことをしようとするからだろうが!! 朝っぱらから何をしでかそうとしていた!?」

 私のその質問に、キャロルは不思議そうな顔をして(わざわざ顔を傾けるように持ち直しているところに、なんだか腹が立ってきた)、答える。

「なにって、キスに決まってるじゃないですか。キスですよ、キス。接吻でもヴェーゼでも口吸いでもちゅーでも言い方は何でも構いませんけど」

 ……うん、もうそろそろ我慢しなくてもいいよな?

 いい加減に怒りが収まらなくなってきた。何がしたいんだこの不思議メイドは?

「……ちなみに、なんでキスしようとしたんだ?」

 そう問いかける私に、キャロルは『何を当然のことを!』とでも言いたげな、人を小馬鹿にするような表情を浮かべて、

「そんなの決まってるじゃないですか。……なかなか起きてくれないお姫様を起こして差し上げるには、目覚めのキッスが必要不可欠でしょう? 寝ぼけてらっしゃるんですか、お嬢様?」

 ……よーしよーし、良く耐えたぞ私。さすが私だ。ここまで我慢すればもう十分だろう……!

 私たちの騒ぎを聞きつけたのか、部屋の窓からダイクが顔を見せる。
 そして部屋の中の様子から大体の事情を察し、黙って重力制御を用いて窓を開け放ち、そこから離れて行った。ナイス!
 それから私はキャロルの首を手に取り、きちんと元の場所にはめ直す。
 なぜかって? それはな……、

「……吹き飛ばすのに、パーツが散らばると片付けが面倒だからだ……!!」
「ふぇ? ……って、きゃーーーー!!?」


   ●


 馬鹿を吹き飛ばした直後、私の部屋にミコトが駆け込んできた。

「何事だ!? 今度はキャロル君が何をしでかした!?」
「一瞬も迷うことなく下手人を特定するお前をさすがと言うべきか、当たり前のように毎日問題を起こすキャロルにあきれるべきか……」

 呆れる私を差し置いて部屋の中を見回したミコトは、キャロルがいないことを知ると、

「……ふむ、どうやら逃げられたようだね。では、彼女への折檻は後回しにするか……。さて、寝起きのようだが、支度が済んだら朝食にしよう。……マキナ、ロンド、手伝ってやってくれ」

「はい、社長」
「……………………はい」

 そう言って、湯の入った容器を持った普通の侍女と、服を持った無口な侍女が私の部屋に入ってきた。
 ミコトはその二人私のそばについたのを確認すると、部屋の外に出て、

「じゃあ頼んだよ、二人とも」

 と言うと、扉を閉めた。


   ●


 朝食の最中、ミコトはふと思い出したように私に言ってきた。

「……ああエヴァ君、今日の夕方、時間を空けておいてくれ。連れて行きたい場所があるからね」
「連れて行きたい場所? どこだ?」
「以前言ったことがなかったかね? 『そのうち、君の事を他の不死者たちに紹介しよう』と。今夜はちょうど我が友たちとの集会があるのでね。君も一緒にどうかと思ったのだよ」

 ああ、そう言えばそんなことを言っていたな、と私は思い出しながら、

「……私が参加しても大丈夫なのだな?」
「無論だとも。彼らも長き時を生きている者たちだ。友を得られるというのならば君の事を歓迎するだろう」
「なるほど、ならば是非も無い。私も参加させてもらおう」
「それはよかった。ならば、朝食を食べた後はゆっくり自由にしていたまえ。ただ、魔法球の外に出られると時間の感覚がくるってしまうから、できれば屋敷の中か、この周りにいてくれると助かるよ。何か用があったら、私は書斎にいる。いつでも来たまえ」
「わかった。とりあえず、屋敷の周りを散歩してみることにするよ」

 別に資料室や工房にいてもいいのだが、たまにはゆっくり外を(とはいっても魔法球の中だが)出歩くのも悪くはないだろう。
 特に、なんだかわけのわからない夢を見た後だ、気分転換にもちょうどいい。

「そうかね。では、何かあったらキャロル以外の者に申し付けてやってくれ。最近、私以外の者の世話ができるのを喜んでいるようでね。いい刺激になるそうだ」
「……わかった。その言葉に甘えよう」

 正直、キャロル以外の者達に迷惑をかけるのは気が引けていたのだが、そう言われてしまい逃げ道をふさがれてしまっては、拒むにも拒めなくなってしまう。

 ……まあ、こういう葛藤なら悪くはないな……。

 そんなことを考えてしまう私は、いろいろな意味でもう駄目なんだろうな。


   ●


 朝食の後、私は宣言通り屋敷の庭を歩いていた。
 今回歩いているのは、以前私とミコトが戦って滅茶苦茶にした広場だ。
 あれからもうだいぶ時間が経ったので、芝は青々と茂り、置物として石でできた大きな人形(ミコトの石像のようだが、上半身が裸で天に向かって拳を振り上げている。像の下のプレートより、題名は『我が人生に一片の悔いなし!! ……あれ、玄関の鍵閉めたっけ……?』というらしい)や、ずんぐりとした妙な素焼きの像(同様に、題名は『やあ、土偶だね!?』らしい)などなど奇怪な物体がところどころに配置されている他、少し離れたところには妙な植物が何種類も生えている。 


「――きゃー!! お嬢様ーー! 助けてくださーい!!」


 その中の一つ、うねうね動く触手のような蔓を生やした不思議植物に絡め取られて空中浮遊を楽しんでいるキャロルを尻目に、私は散歩を続ける。
 なぜか先ほどからキャロルの悲鳴や救助要請の声が聞こえるが、気のせいだろう。
 とりあえず私は地面を這うようにして私の方に近付いて来る蔓を凍らせて砕きながら、偶々近くで掃除をしていた侍女に、除草剤をまいたほうが良いという旨の連絡をミコトへしてもらう。
 幸い今は何の被害も出していないが、いずれ誰かが絡め取られてしまうだろうからな。


   ●


 それからしばらく歩き、屋敷の周りを一周し終えてから玄関にに戻ると、そこにはミコトがキャロルに右手でアイアンクローを決めながら立っていた。
 ミコトは腕にかなりの力を込めているようで、キャロルの足は床についていないし、先ほどからうめき声を上げながらミコトの右手を叩いている。
 ちなみに、その周りにも何人か侍女たちが立っているが、いつも通りに掃除やミコトへの報告をしている。誰もミコトの右手を気にしてはいない。
 私も特に気にすることなく(『え゛!? お嬢様!?』)、ミコトの元に歩み寄っていった。
 ミコトは私が近付いて来るのに気が付いたのか、腕の力を強めながら(『うみ゛ゃーーー!?』)私に笑顔を向けて、

「やあエヴァ君。先ほどの報告、感謝するよ。被害が出る前に食い止められてなによりだった。それで、外の様子はどうだったかね? ダイク君の植物以外にも変わったところがたくさんあっただろう?」
「ああ、奇態なモノがかなり増えていたな……。特に裏庭の大木にひっそりと馬鹿でかい釘で打ちつけられていた大男サイズの藁人形には驚かされたよ。あれはいったいなんなんだ……?」
「ああ、あれは『汎用型お百度参り達成機三号マークⅡ改Ω(オメガ)』と言ってね。あれに対して叶えたい願いを叫びながらハンマーで釘を百回たたくと願いが叶う、――と良いなと思って作ったオブジェだよ」
「要するにただの置き物なんだな? そうなんだな?」

 ミコトは『ははは』と笑ってごまかすと、

「……さて、外を歩いて疲れただろう? 軽くシャワーでも浴びて、冷たい飲み物でも貰って休んでいたまえ。そうすればすぐに昼時になるだろう」
「……そうだな、そうさせてもらおう。――すまないが、用意を頼む」
「はい、エヴァンジェリン様」

 私は近くにいた侍女にそう言うと、浴場の方へ歩いていった。


   ●


 昼食の後、私は資料室で魔法関係の資料を読ませてもらおうと思ったのだが、ミコトに頼みごとをされてしまった。
 何でも、『どこぞの駄メイドが資料の順番を滅茶苦茶にしてしまったらしくてね。その整理を頼みたいんだ』という事らしい。
 まあ、資料の場所も覚えられるし、良い暇つぶしにもなる。
 悪い話ではないので引き受けることにした。



 ……ホントに滅茶苦茶だな……。

 基本的に、資料室を使う者はミコトか私ぐらいであり、必然的に資料に直接手をふれるのも私たちだけ。それ以外では時折侍女たちが掃除に訪れる程度だ。
 私もミコトも、欲しい資料を一つ抜き出して読んだ後、それをしまってからまた新しい資料を出す、というやり方なので、資料が乱れることはまずない。
 だから、ここまで滅茶苦茶な資料室を見るのは初めてだ。
 まず順番からしてぐちゃぐちゃだし、本棚に納められた本は上下どころか前後まで間違っている。
 植物の標本の横に雷属性の魔法の資料があったりするのは当たり前で、中には本棚に入りきらなくて床に直接置かれているものもある。
 そんな、まるで嵐か竜巻でも起きたかなような惨状が、私の前には広がっていた。

「……まあ、資料室全体がこうなっていないだけましか……」

 そう、資料室全体の中で、ひどいことになっているのはごく一部。さらに詳しく言うと、ある書架の周囲だけだ。
 何でも、某駄メイドがここの掃除を一人で担当した際、なぜかこの書架だけ倒してしまったそうだ。
 あわてた某キャロルは、何とか体裁だけでも保とうとしていろいろしたところ、こうなってしまったとか。
 本人がちょくちょく来ては直していたそうだが、つい先日他の侍女たちが掃除の際にこの惨状を発見し、発覚したそうだ。
 そして念入りな調査の結果、つい先ほど下手人が発覚し折檻を受け、その後片付けに私たちがあてがわれた、という事らしい。

「……さて、どこからどう手を付けた物か……」

 私は何をすべきかと考えていると、一緒に来ていた数人の侍女・侍従たちのうちの一人が私のところに来て、

「エヴァンジェリン様、私たちはどのように動けばよろしいでしょうか?」
「……? どのようにも何も、ここの事はお前たちの方が詳しいのだろう? だったら私の方こそお前たちに従わなければいけないはずだが?」

 いきなり言われたことに戸惑いながらも聞き返すと、その侍女は、

「はい、確かにその通りなのですが、社長より、『これから資料室を使うのはエヴァ君が主になるだろうから、エヴァ君なりの整理の仕方でやらせてみようと思う。ついては、君たちは彼女の指示のもとに動いてやってほしい』と申しつけられておりますので、エヴァンジェリン様指示を仰がせていただいたのです」

 ……なるほど、確かに一理あるな……。

 ミコトはもはやほとんどの知識を自分の頭の中に記憶してしまっているため、ほとんどここに来る必要はない。
 たまに来るとしても、新しい本をしまいに来るときか、よっぽど難解な調べ物をする時だけだ。
 だったら、資料室(ここ)を最も必要としている私がやりやすいように整理するべき、というのももっともではある。
 だが――

「……わかった、私が指揮を執る。ただ、今までの整理の仕方でも十分わかりやすかったからな、あまり変化させる必要はない。だから、お前たちに今まで通りの整理の仕方を教えてもらい、変更点や改善点を私が逐一支持していくやり方を取ろうと思う。……それでいいか?」

「……作業方針、了解いたしました。それではまず、どのように致しましょうか?」

 そう言われて、私は再び惨状の方へ目を向ける。
 ここまでひどいとなると、少しずつ移動させていくよりも――

「……一度広い場所に中身をすべて移動させ、一度書架を空にしてから順次整理しながら戻して行こうと思う。ここまで滅茶苦茶になっていると、少しばかりの入れ替えでは逆に時間がかかるからな」
「――了解いたしました、ではまずあのあたりに中身を移動していきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

 侍女は件の書架のすぐ近くにある、大きな机のあたりを指し示しながらそう提案する。
 確かに、あの机ならば資料を乗せておくのに十分な広さはあるだろう。
 ただ、机の上にはいろいろな物も置いてあるが、

「……そうだな。ならば、お前は机の上を片付けてくれ。そっちのお前は机が片付き次第、資料を置く場所に何かを敷いておいてくれ。見た感じ、資料には少しばかり古い物やほこりをかぶっているものもある。そういう物もきれいにしながら片付けていった方が効率的だ。お前はそのための掃除道具を持ってきてくれ。乾いた布でいい。そっちのお前は――」

 というように、私は適当な侍女たちを指さしながらするべきことを与えていく。

「……よし、準備は整ったな? ならば、そっちの男衆は適当にあそこまで資料を運んで行ってくれ。女衆は運ばれた資料をきれいにして、なんとなくでいいから種類ごとに分けて置いておいてくれ。私はそれを見て、男衆に戻していく場所を指示する。何か質問は有るか? ……ないようなら、さっそく始めるぞ。やれ」

『はい、エヴァンジェリン様』

 一斉に返事を返してきた侍女・侍従たちは、私の指示通りに動いていく、先ほど私に指示を仰いできた侍女もその中に加わろうとするが……

「――ちょっと待て。……お前、この中でもまとめ役になっているようだが、名はなんという?」

 こいつは明らかに他の者たちに対して指揮を執ることに慣れていそうだったし、他の者もこの侍女に一目置いているように見えた。
 何しろ、私に対して他の者は何も言ってこなかったのに、この侍女だけはミコトから指示を受け、私に指示を仰いで来たのだからな。
 だから、こいつは他とは違うのだという中りをつけ、名前を聞いてみることにした。
 その私の言葉に、その侍女は少し微笑みながら、

「……私はワルツと申します。別にまとめ役と言うほどではありませんが、他の者達よりも長く動いていることは確かですね」
「……と言うと、ミコトの言う『最初の五人』の一人、という事か?」
「……はい。まあ、それだけ長くやっておりますと、有事の際は皆の指揮を執ることもございますが、今は一侍女でございますので、特別扱いの必要はございませんよ、エヴァンジェリン様」

 ワルツはそう言って笑うと、すぐに他の者と共に作業をこなし始めた。
 私は少しの間考え、そして急いで作業の中に入っていった。


   ●


 資料室の整理が終わったという報告が書斎にいる私に届いたのは、昼食をとってから数時間経ち、私の書類作成の仕事が粗方片付いてからだった。
 書斎に入ってきて報告を始めたワルツ君に、私は尋ねる。

「……それで、エヴァ君の様子はどうだったかね?」

 その質問に、ワルツ君は微笑みながら答える。

「いきなり抜擢された指揮役の任もそつなくこなしていました。集団の長として、部下の仕事を部下と一緒に行うのはどうかとも思いますが、今回の場合は皆の印象もよくなる行為ではありますし、問題はないと思われます」
「……君個人から見て、彼女はどうかね?」
「とってもかわいらしい方ですね。おそらく、他の者達も同様に考えると思います。少なくとも、悪い印象を持つ者はいないかと」
「……ということは、例の計画は……?」
「問題ないと思われます。後は他の者達にも同様に彼女の有能さを認めさせ、外堀を埋めていけば良いのではないでしょうか」

 その答えを聞いて、私は一つ頷き、

「そうだね。……まあ、彼女にその気がなければ成功しない計画ではあるが、逆に言えばそれさえクリアしてしまえばそこまで難易度は高くない、ということが分かったのは行幸だ。――しばらくは、君の方からも根回しを頼むよ、ワルツ君」
「了解いたしました、社長」

 書斎の中で、私とワルツ君の笑い声が静かに響き渡った。


   ●


「――っへっくち!!」

 その同時刻、体についたほこりを洗い流すためにシャワーを浴びていたエヴァンジェリンは、大きなくしゃみと共に言いようのない寒気を感じていた。


   ●


 夜になり、ミコトと私は庭に出てきていた。
 今夜はなぜか夕食が少なめになっていたので、おそらく向こうで本格的な食事を取ることになるのだろう。
 そんなことを考えていると、ミコトから鳥の羽を意匠とした銀色のイヤリングを一組渡された。

「今回合う相手は、人語を理解はできるが話すことができないのでね。これをつけていれば、彼らとの意思疎通が可能になる。つけていたまえ。……ああ、イヤリングが嫌ならばネックレス型もあるが、換えるかね?」
「……いや、このままでいい。穴をあけなくとも良い物のようだからな」

 正直、吸血鬼の私では耳に穴をあけてもすぐに閉じてしまうため、意味がないのだ。
 ミコトの方もそれをわかっているからこそ、これを渡したのだろう。
 そんなことを考えながら、私はイヤリングをつけ終えた。

「……と、これでいいか?」
「ああ、それでいい。――似合っているよ、エヴァ君」

「――ふん、当然だ。それで、私たちはこれからどこへ向かうんだ?これは外に出る魔方陣だろう? 店に出て、そこからまた転移するのか?」

 私の問いに、ミコトは首を横に振りながら、

「いや、この魔方陣の出口は店の他にもう一ヶ所ある。そのもう一ヶ所が今回の会の場所であり、今回君が会う不死者たちの住処でもある。何、気の良い者達だ。心配することはないよ」
「……いや、心配はしていないんだが、どんな者達なのか気になってな。そいつらはどんな種族なんだ?」
「ははは、それは見てのお楽しみだ。――さて、そろそろ時間も押してきた。行こうか」
「……ああ、そうだな」

 そうして釈然としない気持ちのまま、私たちは魔方陣の中心に立つ。

「さあ、準備は良いかね? ――『転移』」

 ミコトがそう唱えると、私の視界がどんどん明るくなっていき、ついには何も見えなくなってしまう。
 しかしその光もすぐに収まり、つぶっていた目を開くと、まず先に見えたのは足元の石でできた床だった。
 おそらく洞窟か何かの中なのだろうと思いながら顔を上げると、次に見えたのは鳥だった。

 ……ん? 鳥?

 見間違いかと思い、良く見たら鳥だった。
 目がおかしくなったと思い、目をごしごしとこすってみてみると赤い鳥だった。
 幻覚か何かだと思い、解呪の魔法を自分にかけてから見てみると大きな赤い鳥だった。
 もう自分の脳がおかしくなってしまったのだと思い、自分の頭を思い切り殴りつけてから涙交じりで見てみると、大きな赤い鳥の顔面どアップだった。

(おいミコト、この者は先ほどから何をしているのだ? 大丈夫なのか?)

 私の顔を覗き込んできているように見える鳥の幻覚から幻聴が響いてきた。

「ああ、大丈夫だよ。この者の健康状態に悪いところは一つもない。……ほらエヴァ君、挨拶したまえ。君の見ている物は幻覚ではないよ」

 そうミコトに促されて目の前の光景を良く見てみると、今私たちがいるかなり広い空間には、目の前のものほど大きい者はいないもののかなりの数の赤い鳥が存在している。
 それをみて、私は息を大きく吸い、

「馬鹿でかい鳥だーー!! ――って痛い!! 何故頭を叩くんだミコト!!?」

「君が出会いがしらにいきなり失礼なことを叫ぶからだ。……すまないね、長。彼女は少々混乱しているようだ」

(ははは、かまわないさ。小さき者が何の知識も無しに我々の姿を見れば取り乱すのも当然だ。……それで、この者は誰だ? ミコトの友か?)

「ああ、彼女の名はエヴァンジェリン。私たちと同じ、不死者だ。まだ100年程しか生きていないから少々落ち着きがないが、君達ともすぐに親しくなれると思うよ」

 そんなことをミコトと目の前の鳥が話しているのをなんとなく聞きながら、私は何とか気を落ち着けていた。

 ……大丈夫、大丈夫。これはただ単なる馬鹿でかい鳥だ。大したことはない……いや、体は大したことあるんだが……。って、そんなくだらないことを言っている場合ではなく……いやいや、くだらないことはないだろう。重大なことだ。なにせこんなにでかいんだからな。……って、だからそんなことを……

 思考のさなか、ふと視線を感じて周りを見渡すと、私は大小さまざまな鳥たちに囲まれていた。

 ……うぉおぅ!!?

 思わず後ずさろうとするが、後ろにも当然のように鳥がいるとわかって何とか踏みとどまる。
 と同時になけなしのプライドを絞り出すと、胸を張って背筋を伸ばし、ちょうど目の前にいる一番大きな鳥――の隣にいる中くらいの鳥を睨み付ける。
 隣でミコトが苦笑している気配を感じるが、そんなものを気にしている場合ではない。

「……どうも彼女は緊張しているようだ。みんな、彼女に話しかけてやってはくれないか?」

(わかった!!)

 ミコトの言葉に応じたのは、鳥たちの中でも一番小さな固体だった。
 その鳥は私の目の前で羽ばたきながら停止すると、

(……元気?)

 と語りかけてきた。
 唐突すぎて何も返せないでいると、目の前の鳥ははばたきながら器用に首をかしげて、

(……元気、ない……?)

 聞いている本人も元気がなくなってしまっているようで、羽ばたきの力が弱くなっているように見える。
 私はあわててその鳥の下に手を差し伸べて、腕に止まらせながら精一杯の笑みを浮かべた。

「いや、私は元気だ。心配してくれてありがとうな」

 そんな私を見てその鳥は安心したのか、私の腕の上で大きく翼を広げて喜びを表した。

(そう! よかった!! ……ねえ、名前、何? ミコト?)

 ミコト? なんでここでミコトが出てくるのか不思議になって本人の方を見ると、苦笑を浮かべながら、

「ああ、彼らは固有の名前を持たない種族だからね。特に若い個体は人をヒトとしか認識できていないんだ。だから、ここに来られるような人形の不死者の事を、『ミコト』という種族と認識していても不思議ではないよ。――彼女はミコトではない。全く別の種族だ。彼女の名はエヴァンジェリンという。仲良くしてやってくれ」

(わかった!! エヴァンジェリン、一緒にあそぼ!?)

 そう言いながら、私の腕に止まっている鳥が、私の腕をしっかりと掴みながら羽ばたき始めた。
 どうやら、私をこの空間の中心に連れて行きたいようだ。
 しかも、小さな体なのに妙に力強い……!

「わ、わかった。わかったからそんなに引っ張らないでくれ!」

 そう言って引き止めるが、全く聞く耳を持ってもらえない。
 どうやら、うれしさのあまり周りの音が聞こえなくなっているようだ。
 近くにいるミコトへ助けを求めようとするが、微笑ましそうな顔をするばかりで全く動こうとしない。
 ちくしょう……!

 ……って、うわっ! そんなに一気に群がって来るな!! 息ができんだろうが!! ええいこの! は な れ ろ ! !


 そんな思いを知ってか知らずか、比較的小さい個体が私の方に一気に押し寄せてきて、私はつぶされそうになりながらも何とかこらえた。

 ……だがまあ、こういうのも悪くない……のか?

 歓迎を受けるのは良いが、さすがに窒息させられるのは勘弁してほしいと思いながら、私はついに鳥たちを支えきれなくなり、崩れ落ちた。

 ……そう言えば、結局こいつらは何者なんだ……?


 むぎゅう……。


   ●


「ははは……。まあ、エヴァ君も彼らに受け入れてもらえたようで何よりだね。さて、我ら大人組は大人の楽しみと行こうか。今日も実をたくさん持ってきた。好きなだけ食べると良いよ。調子がわるくなった時用に、わが社の新製品『フツカヨワナインε』も樽で持ってきたからね。心配はいらないよ」

(そうか。だが、ミコトの持ってくるクスリとやらは、良く効くがあまり美味くないからな。できれば世話になりたくないが……)

「そう言いながらも毎回飲みすぎているのではないかね、長よ。……まあ、今日は大丈夫のはずだ。薬自体の味をだいぶ改善したからね。その効果は、君たち自身で試してみてくれ」

(……ふむ。まあ、できれば遠慮したいが、そこまで言うなら仕方ないな。――さあ皆、宴だ。存分に歌い、騒ごうぞ!!)

 周りから聞こえる喜の感情に押されるように、私は持ってきた酒精の実を彼らの前に広げた。
 同時に、私用に持ってきた酒と、ここに来る前にエヴァ君からスッておいたチャチャゼロ君を取り出して、二つ出したグラスに注いでいく。

「オ? ワリイナ旦那。……デ、ココハドコダ? コイツラハ何者ダ?」
「……ああ、そう言えば彼女にも言っていなかったね。
 ここは――」

 とりあえず不死鳥たちに酔いが回るまでは、この人形と思い出話を肴に飲み比べと行こうかね。


   ●



はい、そんなわけで本当に久しぶりの最新話でした。

ネタバレしたことがあるものを含め、様々な伏線を張っておきました。
全部回収できなかったらどうしよう……、とは思いますが、まあ大丈夫でしょう!!

にじファン時代から読んでくださっている方からすれば、本当に久しぶりの更新になりますね。
まだ私もぼけているところがあるかもしれませんので、ご指摘したい点があれば、どうぞお気軽に感想までお願いいたします。

それでは最後になりますが、
ここまで読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。


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第十八話

お久しぶりです。辺 鋭一です。

お待たせして本当に申し訳ありません。
しかもその割に分量は有りませんし……。
その代りと言ってはなんですが、あとがきにちょっとしたおまけがあります。
大したものではありませんが、読んでやってくださいませ。

また、これからも月一更新が続くと思いますが、ご容赦ください……。

では久しぶりに、行ってみましょう。


   ●


 ふと気がつくと、私は見慣れた空間にいた。

 ……ああ、またこの夢か……。

 私の周りに広がるのは、何も見えない暗闇の中、自分の体だけがぽっかりと浮かんでいるような、そんな空間。
 私はそこで、何をするでもなく佇んでいる。

「……いったいここはどこなんだ……?」

 そう虚空に問いかけるも、答える人影などないことはわかっている。
 それでも問いかけたのには理由がある。
 返答する影はなくとも、声はあると知っているからだ。

『――何度も言っているでしょう? ここは貴方の夢の中であり、貴方の心の中ですわ』

 その声は、不思議な声だった。
 どこか遠くから叫んでいるようにも聞こえるし、耳の近くでささやかれているような気もする。
 聞こえてくる方向もあいまいで、しかしはっきりと聞き取ることができる。
 そんな声だった。

「……いい加減、お前と話しているだけのこの夢も飽きてきたな。お前と私以外の者はいないのか?」

『いるわけないでしょう? ここは貴方の心の中であり、絶対の不可侵領域なのですから。外部から入れる方なんて、そうそういるわけがありませんわ』

 だったらなぜお前がいるんだ、と突っ込みたいが、夢に合理性を求めるのも無意味だと思ってあきらめる。

「……というか、お前は一体どこにいるんだ? 声ばかり聞こえるが、姿を見たことは一度も無いぞ?」

『それは仕方がありませんわ。私、ここに声だけを飛ばしていますもの。大体、これだけでもかなり消耗するのですから、これ以上は直接貴方のそばに行かなければ不可能ですわ』
「ほう、そういう物なのか……」

 この不思議な夢を見始めたのは、今から大体一月ほど前からだ。
 一番最初はただ暗闇の中に佇んでいるだけの夢だったが、数日同じ夢を見続けてから、かすかに声が聞こえているのに気が付いた。
 それは遠くから、かすかに、しかもとぎれとぎれにしか聞こえてこない声だったが、それでもその声に込められた必死さは十分に伝わってきた。
 そして今から三日前より、声ははっきり聞こえてくるようになり、意思疎通がしっかりできるようになった安心感からか、声の響きも落ち着いてきて、今では軽い雑談を行えるようになっていた。

「じゃあ、お前は一体どこにいるんだ?」
『まあ、ひどいことをおっしゃるのですね。
 私はずっと、貴方と出会い、契約を果たしたあの場所におりますわ。一体、いつになったら私を見つけて下さるのですか?』

 ……いつも、何を聞いてもこいつはこんな感じだな……。

 『私を早く見つけてほしい』

 よくわからないこの声は何かにつけてそんなことを言い続ける。
 なのに、自分が何者なのかを尋ねても、答えはいつもはぐらかされる。
 唯一答えてくれるのは名前だけなのだが、

「……なあ、お前の名前は何なんだ?」
『――はぁ。何度も言っていますけど、私の名前は■■■です。と言っても、今の貴方では聞き取れないでしょうけれども……』

 こんな感じで、名前の部分だけはなぜか聞き取れない。
 よくわからないが、こいつが名前を名乗る時だけ言葉が認識できなくなるのだ。
 聞こえているはずなのに、聞こえない。
 その理由はよくわからないが、名乗っているこいつは理解できているようだ。

「……なぜ、私にはお前の名前が聞き取れないんだ……?」
『そんなもの、貴方が私を受け入れていないからに決まっていますわ。心を許していない者の声は、たとえうわべだけは聞き取れようとも、心に響くことはありません。……というか、この説明も何回かしましたわよ?』
「――ああ、そうだったな」

 もちろん覚えてはいる。
 だが、何度か同じ質問をしてみて一度でも今までと食い違うような回答があればその話は嘘であるという判断ができるので、これから先も何度か尋ねることになるだろう。

『大体あなたはそうやっていつもいつも――、と、そろそろ時間ですわね』
「……ん? 何のだ?」
『目覚めの時間ですわ。しばしのお別れです』
「そうかそうか。それはよかった。妙な声を聴かなくて済むのは清々するな」
『ふふふ……。そんな強がりを言わなくても良いのですわよ? まあ、どの道貴方が眠れば会えますし、大した別れにはなりませんわ』
「私をさみしがり屋なキャラに仕立て上げるのはやめてもらおうか。それはどちらかと言えば毎晩毎晩夢の中に出張ってくるお前にこそふさわしいキャラだろうが」
『……そうかもしれませんわね。それではエヴァンジェリン。また会えることを願って、貴方に良いことを教えて差し上げますわ』
「なんだ、お前ともう会わなくて済む方法でも教えてくれるのか?」
『まさか。ただ単に、ごく近くにある災難を回避するためにはどうすればいいかをお教えするだけです。やるべきことは簡単。エヴァンジェリン、私が合図をしたら、拳を目の前に突き出しなさい』
「? それに何の意味があるんだ?」
『良いから私の言う事を聞いておきなさい。そうすれば、貴方に小さな幸運が訪れる事でしょう。……さあ、今ですわエヴァンジェリン。前に向かって拳をえぐり込みなさい』
「……なんだかよくわからんが、――こうか?」

 謎の声に言われるまま、私は右手を握り、突き出した。


『ふぎゃっ!!』


 何やら妙な声が聞こえたと同時に、暗い空間に光が差し込んできた。
 それと同時に、私は何やら体が浮かび上がるような感覚を覚えて――


   ●


 目を開けると、良く知っている天井が見えた。

「……んみゅう……?」

 まだ多少ぼやける目をクシクシこすりながら体を起こすと、カーテンが開けられた窓からは良い感じの日光が差し込んできているのが見える。
 右手にある窓から見える朝の風景をぼぉっとしながらしばし眺め、そしてふと左手を見てみると、




「あたま……、あたま……、私のあたま……」




 首のないメイドが四つん這いになり、床をさするように己の首を探し求めていた。

「……なにをやっているんだお前は……」

 『首のない侍女が失った己の首を求めてさまよい出てくる』という普通ならばかなり不気味な光景なのだが、自分のよく知るこの駄メイドがやっていると喜劇にしかならないのは、不思議と言えば不思議だ。
 その首なし侍女の周囲を見てみると、首を探し求める声は体からではなく何やら私の寝ていたベットの下から聞こえてくる。
 どうやら視覚情報を集める頭部が暗いベッドの下に入ってしまい、上手く体を動かせなくなってしまったらしい。
 目の前で朝っぱらから繰り広げられているばかばかしい光景を呆れながら見ていると、私の声を聴きつけたのであろう馬鹿(キャロル)の泣き言が聞こえてくる。

「――あ、お嬢様! 起きていらっしゃるのなら助けてください! 私の頭はどこにありますか!?」
「……お前、本来なら侍女は主を助けるための存在だろうに……」

 『まあこいつの主はミコトだけだし、別にいいのか』とか考えつつ、ベッドから立ち上がるとその下を覗き込んでみる。
 すると、何やら騒がしい毛玉を見つけたので引っ張り出して見たところ、半べそをかいたキャロルの生首だった。

 ……ベッドの下に転がる生首、か……。三文ホラーだな……

 そんなどうでもいいことを考えながら、その首を目の前に掲げて尋問を開始することにした。

「……で、どうしてこんなことになっているんだ……?」
「ええと、これには深い事情がありまして……。というかお嬢様、私の頭を返してくださいよぅ……」
「却下だ。お前が納得いく説明をすることができたら返してやる」

 『そんなぁ……』と泣き言をこぼす馬鹿の体を魔力の糸で縛って動けなくしておき、詳しく話を聞かせるように頼んでみた。
 最初は嫌がっていたが、ミコトを念話で呼び出そうとしたら一気に態度を変えて話し始めてくれた。

「ええとですね、私はいつも通りにお嬢様を起こそうと扉をノックしたんですけど反応がなくて、それで何かあったのかと思って静かに部屋の中に入ったらまだ寝てるだけだというのがわかって、それで起こして差し上げようと声をかけようとしたらなんだかもにゃもにゃ寝言を言っているのが聞こえてきたので顔の近くに耳を近づけてみたらいきなりお嬢様に殴られて、その衝撃で首が外れて落っこちちゃったんです。その勢いがありすぎて、反対側の壁にぶつかった後に跳ね返ってどこか暗い所に入ってしまって……。だから、私は悪くないんです!! 今回私は被害者です!!」
「ほうほう、そうかそうか……。……で、なんで私の寝言を聞こうと思ったんだ?」
「そりゃあもちろん、お嬢様の恥ずかしい寝言を聞き出して、お嬢様をからかうネタを手に入れるために決まって――あ、やっべ……」

 馬鹿(キャロル)の判決が決まったところで、あることに気が付いた私はキャロルの体を縛っていた糸をほどき、首をその体に手渡した。

「……あれ? どうしたんですかお嬢様? 今日はやけにあっさりと返してくれましたね? 普段なら氷漬けにしたうえで言葉にならないような恐怖体験を数時間、という流れでしたのに……」
「お前はそれがわかっていてなんで愚かな所業を繰り返すんだ……? ――まあ、今回は許してやる。近付いただけで殴った私にも積の一端はあると思うからな」

 釈然としない表情を見せながらも首をはめ直したキャロルは、私の方を向いて首をかしげている。

「……それに、お前に罰を与えるのはもっと適任な奴に任せるよ」

 私がそう言った瞬間、キャロルの肩に背後から『ポン』と手が置かれた。
 一瞬『ビクッ』と体を震わせたキャロルは、ゆっっっくりと自分の背後へと振り向いた。

 そこに立っていたのは、いつも通りに無表情なミコトだった。

「……さてキャロル君、何か言い残したことは有るかね……?」
「……………………痛く、しないでくださいね……?」

 その願いがかなえられることはなかった。


   ●


 一騒動過ぎて、いつも通りの朝食の時間になった。
 部屋の隅にある十字架に(はりつけ)にされてしくしく泣いている馬鹿(キャロル)を視界に入れないようにしながら、テーブル越しにミコトと向き合うようにして食事を進めていく。
 普段通り今日の予定やら魔法談義やら食事の感想やらと言ったとりとめのない雑談を入れながら目の前の朝食を片付けていく私達だが、ふとした拍子に話題が途切れてしまったため、何かないかと考えてみたところ、今朝見た夢などはちょうどいいのではないかと思い、話してみることにした。

「……そう言えば、少し前から妙な夢を見続けていてな」
「ほう、どんな夢かね?」

 ミコトも話題が切れていたのか、興味深そうにそう尋ねてきた。

「それが不思議な夢でな。どこだかわからんが真っ暗な空間に一人でいると、どこからか声が聞こえてくるんだ。最初は何を言っているのかわからなかったのだが、だんだん声がはっきり聞こえてくるようになってな。私からも話しかけられるということがわかってからは、夢の中でどうでもいいようなことをずっと話しているよ」
「ふむ、夢の中の友人、というところかね……? その声の主の姿はわからないのかね?」
「ああ、そいつは今まで一度も姿を見せたことはない。どうやら、声だけを遠くから飛ばしてきているらしい」
「……ただの夢でなければ、何者かが念話で話しかけてきているとも考えられるが……。その声に心当たりはないのかね?」
「聞いたことの無い声だった。だが、その声の主は私の事を良く知っているらしくてな。どうやらどこかで出会ったことがあるらしい」
「……普通に考えるならば、その者は君が忘れてしまった知り合いであり、心の奥底に残ったわずかな記憶を追体験している、という解釈ができるね……。その者はなんと名乗っているのかね?」
「それがな、名前を教えてくれはするんだがよく聞き取れないんだ。そいつが名前を言うと、その言葉は聞こえているのに理解できない状態になってしまって……。なんというか、異世界の言葉で話されているような、そんな感じがして――どうしたミコト。何やら浮かない顔をしているが」

 私が夢の内容を思い出しながら伝えていくと、だんだんミコトの様子がおかしくなってきた。
 最初はいつも通りの無表情で相槌を打ち、その合間に食事の手を動かしていたのだが、私の話を聞いていくうちにだんだんと手の動きが鈍くなり、ついには完全に手を止めて考え込んでしまった。
 何事かと思った私が声をかけてみても返事すらよこさず、腕を組んで何やら呟きながらうつむいてしまう。
 少しの間そんな状態が続き、私の中で少しずつ不安が膨れてきたころ、不意にミコトは私の方を見て、言った。

「……エヴァ君。君はもしかして、工房の壁に掛っていた刀――私が使っている剣に似たような物に触ったりしなかったかね?」
「……いや、そんなことをした覚えはないが……」

 いきなりの問いに面食らいながらも答えるが、ミコトはその答えに納得せずに質問を重ねる。

「本当かね? 良く思い出してみてほしい。時期的には私と君が出会ってすぐの事だと思うのだが……」
「…………そう言えば……」

 そう言えば、ミコトが最初にこの屋敷を案内してくれた時、工房から出る際に物珍しさから触ってみた――ような気がする。

「……そして、刀を抜き、刀身に血を擦り付け、柄を掴んだまま鞘に戻したりは、しなかったかね……?」
「……まさか、いくらなんでもそこまでは――」

 ……あれ、そんなようなこともあったような……?

 確かあのとき、つい刀を見て触ってみたくなり、下手に触れてしまって指を切ってしまった、はずだ。
 そしてうっかり刀身にその血をつけてしまい、あわててこすり落としたような気がする。
 また、そのことがミコトにばれたらと思うと恐ろしくなり、あわてて刀を鞘に戻して何事もなかったかのように繕った。

 ……そう、そうだった! 全部思い出した!!

 己のしでかしたことがすべてばれてしまい、体中に嫌な汗が浮かぶ。
 しかも、今の今まで表に出ることがなく、自分でさえも忘却の彼方へと追いやっていた記憶が呼びさまされてしまったのだから、慌てるなという方が無理な話だ。

「あー、その、なんだ……すまん、お前の言うとおりの事をやった……」

 そう言った瞬間、ミコトはやれやれというように右手で顔を覆うと、椅子の背もたれに大きく体重をかける。
 そしてその姿勢のまま、また固まって動かなくなってしまった。

 ……きっと今あいつは、私にどんな罰を与えるかを考えているんだろうな……。

 そう考え、ちらりと今まで無視していた部屋の隅に目を向ける。
 そこには先ほどまでと変わらず十字架に(はりつけ)にされたままのキャロルがしくしく滂沱の涙を流している。
 その姿に未来の自分像がダブって見え、思わず大きく息を吐いてしまう。
 明日は我が身、とはよく言ったものだ。今度からはもう少しだけキャロルに優しくしよう。

「……まあ、事情は分かった。これで疑問はすべて解けたよ」
「……その、ミコト……? 私は別に悪気があってやったわけではなくてだな。あれは何というか……そう、事故のようなもので――」
「そうとわかればことは一刻を争う問題だ。――エヴァ君。早く料理を食べてしまいたまえ。今日の予定は変更する」

 そうとだけ言うと、ミコトは無言で手早く料理を片付け始め、それを呆然と見ていた私もあわててそれに倣った。
 そうして、今までに類を見ない程あわただしく、しかし静かな朝食の時間は過ぎていった。

 ……ああ。これからの事を思うと、胃が痛くて食が進まん……。

 そうは思っても作ってくれた者の手前残すことなどできず、私は無理矢理目の前の料理を口に詰め込んで行った。


   ●


 朝食をいつもより早めに済ませた私とエヴァ君は、後片付けを他の者に頼むと連れ立ってとある場所に向かって歩いて行った。
 なぜか食事中からエヴァ君の顔色が悪く、体にも無駄な力が入っているようだが、何かあったのだろうか?

「……エヴァ君、どうかしたのかね? 随分顔が青いように見えるが、体調でも崩したかね?」

「……いや、なんでもない……。ところで、これからどうなるんだ……?」

 ……ふむ、そう言えば詳しい話は途中で話すつもりで説明していなかったね。

 大切なことを言い忘れていたと思いだし、手短に説明することにする。

「……さて、とりあえずこれからの事を順番に話していこうと思う」

 そう言った瞬間、エヴァ君の体が『ビクリ』と震えたような気がしたが、まあ気のせいだろう。

「……私はどうなるんだ? やはり(はりつけ)か……?」
「……(はりつけ)……? 何のことかね? 私達はこれから工房に向かい、あることを確かめなければならないのだよ」

 私がそう言うと、エヴァ君は先ほどまでの緊張を消し、不思議そうな顔をする。

「……工房? あそこで何をするんだ? 私が汚してしまった刀の掃除か?」
「いや、その必要はない。あそこに掛けてある刀はどれも自動修復できるようにしてあるからね。よほどのことがない限りダメになったりはしない。今回は、私の推測が正しいのかを確かめに行くだけだよ」
「……すまない。私が勝手なことをしたせいで余計な手間を取らせてしまった……」
「なに、気にすることはない。今回の事は、君が望むならやってもらおうと思っていたことだ。それが少しばかり早まっただけの事だ。別に怒っているわけではないよ」

 そう言ってほほ笑んで見せると、エヴァ君は安心したように力を抜き、

「そうか。それならばいいのだが……。――では、今回の事を詳しく説明してくれないか? 正直、何が何だかわからないぞ……」
「そうだね。ではまず前提として、君が触れたあの刀の事を話しておこう。……あの刀は、斬魄刀だ」
「斬魄刀――つまり、お前の刀と同じものか……?」
「……いや、それは違う。私の斬魄刀は私だけの物であり、工房にある物とは別物だよ」

 私のその説明を聞いて、エヴァ君はますます首をかしげる。
 どうやら、斬魄刀=空牙という認識でいるらしい。

「正確に言えば、あそこに何本も掛けてあるのは斬魄刀の素体だよ」
「……素体……?」
「そうだ。そもそも斬魄刀を使うには、刀と契約する必要があってね。その契約の方法だが、まず第一に刀身に自分の血を擦り付けて鞘に戻して契約主であることを示すのと同時に、刀と自分との間に魔術的なつながりを創るところから始まる」
「……契約というと、魔法使い同士の主従契約のようなものか?」

 いまいち要領を得ないはずの私の説明を、エヴァ君は何とか自分にわかりやすい形にして理解しているようだ。

「そうだね。元々この契約方法は仮契約(パクティオー)の術式を改造した物だから、あながち間違ってもいないと思うよ。……そして第二に、その状態で柄を握って自分の魂情報を読み込ませる。これで契約は完了だ」
「……つまり、私は知らず知らずのうちに契約の手順を踏んでいた、と言う訳か……」
「そうなるね。……そして、魂の情報を読み取った刀はその情報を元にして、刀の中に新たな人格を創り出す。それが、斬魄刀の人格だよ」
「……ということは、契約した者が違えばその人格も変わる、という事か?」
「その通りだ。だから私の空牙はこの世界に一振りだけの物だし、君の斬魄刀も君だけの物になるはずだ」

 正直言って、この機構を組み込むのが一番苦労した点だ。
 なにせ最初の頃は、性格が同じだと同じ刀が生まれてしまうようになったこともあったぐらいだからね。

「そして、刀が魂情報を読み取り、それをもとに新たな人格を創り出すのに必要な時間はおおよそ一月ほどだ。今回の場合、何カ月も前に人格は完成していたのにもかかわらず、一向に持ち主が現れないことに業を煮やした刀自身が契約のラインを通じて夢の中に語りかけてきたのだろう」
「……そうか、それであんな夢を……。私は、あいつを長い間待たせてしまったのだな……」

 エヴァ君はすまなそうにそう言うと、工房へと向かう足を少しだけ早めた。
 そのことに私は苦笑しつつも、何も言わずについていく。

 そして、いよいよ件の工房の前に辿り着くと、エヴァ君は無言で扉を開け、中に入っていった。
 そうして壁に掛けられた刀たちの前まで真っ直ぐに歩んで行くと、しばし目を瞑り、そして目を開けると迷わずその中の一振りに手を伸ばした。

「――長い間気付いてやれず、一人にしてしまったな。本当に、すまない……」

 そう呟きながら手を伸ばした先にある刀を手に取り、壁から外して抱え込んだ。


 その瞬間、エヴァ君の体から力が抜け、いきなり座り込んでしまった。


   ●


 刀を手に取り、抱え込んだ瞬間目の前が真っ暗になり、気が付くといつも夢の中で見るなじみの風景が広がる空間に私は立っていた。
 天地が良くわからない不思議な感覚も、前後左右どこを見ても何も見えない闇に支配された空間であることも、今まで見続けた夢と何も変わらなかった。
 ただ、唯一の違いがあるとすれば――

「――まったく、ここまで来るのに随分と時間がかかったものですわね、エヴァンジェリン?」

 私だけしかいない空間に、一人の女が立っていた、という事だけだった。


   ●



とまあ、こんな感じで第十八話でした。
今話で少し前からの伏線の一つを回収した形になります。
次話は対話と修行パートになりそうです。


という感じであとがきに書けるようなことがなくなってしまったので今回はあとがきの代わりに、以前なろうの活動報告に出した小ネタというか、短編をこちらに避難させてきたものを解き放ってみます。
一つ目は、夏でもないのにふと思いついたネタです。

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 それは、ある夏の暑い日のこと。
 店番をしていたエヴァンジェリンは、店先に張られている一枚の紙を見て、ミコトに尋ねた。

「おいミコト。この紙は何だ? この文字は私には読めないんだが」

 商品を並べたりほこりを落としたりしていたミコトは、エヴァンジェリンの質問に静かに答えた。

「ああ、その紙はね、旧世界は極東の島国に伝わる風習でね。夏が来たら皆店先にこれを貼るんだ。 
 そうすると、その店は夏の間繁盛するそうだよ」

「ほお、そうなのか」

「まあ、夏の到来を祝う風習の一つだね。
 ……さて、そろそろ昼時だね。奥に来たまえ。酢のよくきいたあっさり系の冷たい麺料理を作ってみようと思う。食べるかね?」

「ああ、いただこう」

 そんな会話をしながら、二人は店の奥に入っていく。

 2人が去り、あとにはエヴァンジェリンが見ていた一枚の紙が外の熱気に焼かれているだけだ。

 その紙にはこう書いてあった。








 『冷やし中華 始めました』





 数百年後、事実を知ったエヴァンジェリンにボコボコにされたのは言うまでもない。


----------------------------------------

 思いついてしまったので衝動的にやった。

 反省はしている。

 後悔はしていない。


 まあ、日本語がわからないなら、こんな悪戯もできるかなあ、と。

 時系列むちゃくちゃだし、数百年前の人間が冷やし中華とか現代日本の夏の風景とか知ってるのおかしいしで、おそらく本編には載せられないとは思って活動報告へ出してみた物です。






 そしてもう一つのネタ。こっちは台本形式です。
 友人から聞いた話に肉付けしたものです。

―――――――――――――――――――

エヴァ:おい、ミコト。

ミコト:何かね、エヴァ君?

エヴァ:私に料理を教えてくれ。

ミコト:別にかまわないが、どうしてかね?

エヴァ:……べ、別に理由はどうでもいいだろう!(真っ赤)
    とにかく教えろ!!

ミコト:……まあいいだろう。
    では、料理の基礎ともいえる、「サシスセソ」から教えよう。

エヴァ:……ハッ、馬鹿にするな。そんなのは知っているに決まっている。

ミコト:ほう。では言ってみたまえ。

エヴァ:いいだろう。
    まずは、さ:砂糖醤油。

ミコト:……いきなりかましてくれるね。 
    まあツッコミはあとにしよう。続けてくれたまえ。

エヴァ:ああ、わかった。
    し:醤油


ミコト:一瞬まともに思えるのが怖いね。

エヴァ:す:酢醤油


ミコト:一応半分正解だね。

エヴァ:せ:せうゆ(醤油)
    
ミコト:完全に正解だ。日本人でも偶にしらないものがいるぐらいなのだがね。

エヴァ:そ:ソイソース

ミコト:ここでいきなり英語かね。一応日本の文化だと思うのだがね。

エヴァ:どうだ!!

ミコト:正解率だけ見れば3割というところだね。
    内容を見ると0点にしたくなってくるが。
    少なくともそのサシスセソでは食った瞬間病気になりそうな黒くてしょっぱいモノしかできんと思うよ。

エヴァ:……ふふふ、まあ待て。今のはちょっとした吸血鬼ジョークだ。

ミコト:どこにも吸血鬼の要素などなかったと思うがね。
    ……では、正しいサシスセソを言ってみたまえ。

エヴァ:いいだろう。
    さ:酒

ミコト:……まあ、一応そういう意見もあるから、間違ってはいないね。

エヴァ:し:焼酎

ミコト:……香りつけのためかね?

エヴァ:す:すごく度の強い酒

ミコト:っく、もう、フォローできない……。

エヴァ:せ:セブンスヘブン

ミコト:カクテル、かね?

エヴァ:そ:ソース

ミコト:一瞬正しく思えてしまったが、間違っているね。
    そのサシスセソでできるのはものすごく酒臭いソース味の何かだ。
    エヴァ君、君は料理をすべきではないよ。

エヴァ:そっ、そんな……。教わった通りにやったのに……。

ミコト:……? 誰に教えられたのかね?

エヴァ:キャロルだが?

ミコト:……、エヴァ君。今度キャロル君に何かを教わったときは、すぐに信じたりせず、一度私のところに確認に来たまえ。……いいね?

エヴァ:? ああ、わかった。

ミコト:よろしい。それでは私は少々行くところがあるので失礼するよ。





    キィィィィィャロォォォォォォルゥゥゥゥゥゥくゥゥゥゥゥん!!

    どぉこぉに行ったぁぁぁぁぁ!!!!!!



    あれ? ご主人様? 何か御用でって、きゃああああああぁぁぁぁぁ……!!




エヴァ:?????



――――――――――――――――――――


ちなみに、私がこのサシスセソを聞いた時には、一時間ほど笑いが止まりませんでした。


……とまあ、こんな感じのおまけですが、にじファン時代からごひいきにしていただいている方にとってはおまけでもなんでもなかったかもしれませんね……。
こんな私ではありますが、今後とも気長に付き合っていただけると幸いです。


また、いつも通りに誤字脱字報告、感想、筋の通った酷評は大歓迎ですので、振るってご参加くださいませ。

それでは最後になりますが。
ここまで読んで得くださった貴方に、最大限の感謝を。


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第十九話

大変長らくお待たせいたしました。


   ●


 私の目の前に立つ女は、ずいぶん変わった格好をしていた。
 年のころは十代の半ばだろうと思われるその女は、腰まで伸びる長い黒髪を背中に流し、随分と布の多い服を着ている。
 その服がまた豪奢であり、何枚もの服を重ね着して胸の前で合わせ、太い腰帯を巻いて押さえつけているようだった。
 その異様にそでが大きく膨らんでいる(まるで腕にヒレがついているようだ)服には、何やら真っ赤で大きなな花が意匠されており、その女自身も同じ花を一輪、木から直接折って来たのか枝ごと持っている。
 草がまばらに生えている程度でそれ以外は乾いた土しかない、そんな広い空間の中で、その女だけは生き生きとしている。
 どう考えても不釣合いだ。

「……全く、いつまでも待たせておいてやっとここまで来れたと思えば、今度は私のファッションチェックですか? 良いご身分ですわね、エヴァンジェリン?」
「――あ、ああ、すまん」

 反射的に謝ってしまったが、自分が言うべき言葉はそれではないと思い直し、今度はしっかりとその女の顔を見て、頭を下げた。

「――すまない、お前をずいぶんと待たせてしまった……」
「あら、ずいぶんと素直なことで」

 呆れたようにそうつぶやいた女は、一つため息をつくと「頭を上げてくださいな」と言いながら私のもとへ歩みよって来た。
 そしてゆっくりと顔を上げた私と目を合わせ――身長的には私よりも少し高いため、見下ろす形になっているが――、にっこりと安心したような顔をすると。

「まあ、事実を知った途端に私のところに来て、一目で私を選び取った。その上での謝罪です、受け入れねば女が廃るというものでしょう。エヴァンジェリン、貴方を許しますわ」

 そう言って、女は腰をかがめて私を視線の高さを合わせると、

「では、これから私たち(・・・)の物語が始まります。まずはこれまで同様、私の名前を聞き取るところからですね。……まあ、ここまでくればあとはもう少し。貴方が私をどれほど必要としてくれるか、というところですので、頑張ってくださいましね?」

 そういってほほ笑んだところで、私の意識が急激に薄れていくのを感じ、慌てて女に手を伸ばそうとするが、意識の喪失はそれよりも早く、

「――私の名は■■。早く私を呼んでくださいましね、偉大で小さな私の主様?」

 小さなは余計だ、という文句を言う暇もなく、私はすべての視界をなくし、そして――


   ●


「――はっ!?」

 気が付けば、私は工房の中で刀を抱えて座り込んでいた。

「戻ってこられたようだね。改めての対話はうまくいったかね、エヴァ君?」

 と、背後から掛けられた声に首だけで振り向けば、ミコトがいつものように無表情で立っていた。
 どことなくほほえましそうな口元を隠そうともせず、へたり込んだままの私に手を差し伸べて立たせながらミコトは言葉をつづける。

「斬魄刀は意思を持つが、直接私たちのいる現実世界に出てきて会話をすることはかなり難しい。故に私たちと会話をしたいときには斬魄刀自体が自らの世界に主の精神を招き入れて対話を行う。――対話の最中は無防備になる、気をつけておきたまえ」
「……ああ、ありがとう」

 若干のふらつきはあるが、自分の足でしっかりと立てることを確認した私は、手に持つ刀をじっと見つめ、

「ミコト」
「何かねエヴァ君?」
「この刀、私がもらってもいいのか?」

 いわれることは何となくわかってはいたが、ミコトと、そして何より私を待ち続けたこの刀のためにも聞いておくべきだと思い、そう尋ねたところ、ミコトは口の端をさらにゆがめ、答える。

「無論だとも、もはやそれは君専用の斬魄刀だ。生かすも殺すも君次第。大切に、しかし全力で振るい、共にあってくれたまえ」
「……そうか、わかった」

 その言葉に覚悟を決めると、私はもう一つ、続けて言葉を放つ。

「ではミコト、もう一つ頼む。……私に、こいつの名前を聞く方法を教えてくれ!」


   ●


「と、頼んだのは私だが――」

 工房での出来事から数分後。

「――なんで私はこんなことをしているんだ、答えろミコト!?」

 私とミコトは、広い庭で以前の戦いでも用いた指輪を使って出した異空間にて、全力の殺し合いをしていた。

「ははは、もちろんエヴァ君がその斬魄刀の名前を聞き取れるようにするためだよ」

 ガキン、とこの数分で何十回聞いたかわからない金属同士の激突音を追加で聞きながら、私は慣れない刀の振り方を実地で体に叩き込みつつ、これまでのお返しとばかりにミコトに駆け寄りながら、さらに問う。

「だから、なぜ、名前を聞き取ることが、こんな戦いに、つながるのかと、聞いているんだ!」

 突き、払い、袈裟切り、受ける。
 本来ならば行われない刀同士のぶつかり合いも、斬魄刀の耐久性と修復機能に任せて激しく行われている。
 そんな物理的に火花の散る中、私とミコトは高速で移動しながら切り結ぶ。
 いまだ互いの体に傷はついていないが、このままではいつどうなるか分かったものではない。
 それでもなお、ミコトの太刀筋には一切の迷いはなく、それゆえに私もそれ相応の切り返しをせざるを得なくなる。
 なし崩し的に始まったこの切り合いの意味を、私はいまだにつかめないでいた。

「ほらほらエヴァ君、全力を出さないと首が飛ぶよ?」
「要は私が強くなるための訓練のようなものなのだろうが! なぜそこまで本気でかかってくる!?」
「そうでなければ意味がないから、だよ!」

 少しでも隙を見せればすぐさまそこに刃が飛んでくるため、気を抜けば本当に首が飛ぶだろう。
 いくら不死とはいえ、そう気軽に首を飛ばしたくはないため、全力で戦ってはいるが、頭の片隅にはずっと謎がこびりついている。

「意味も何も、お前の作った刀なのだから、お前が教えてくれればすむ話だろうが!」
「先ほど言った通り、斬魄刀の人格は契約時に読み取った魂の情報をもとに一から作られる。それに伴い、その刀の能力や形状、さらには名前までもがその持ち主に合わせて作られる。――つまり、製作者の私ですらその刀の名前はわからない。だからエヴァ君が直接聞き出すしかないのさ!」
「ならば、先ほどのように対話を重ねればいいのではないのか!?」
「それも一つの手だが、エヴァ君はそれを夢の中で何度も繰り返していたはずだ。それでも聞き取れないということは、原因はおそらく別にある」
「聞き取れない原因が別に……? なんだというのだ!?」

 言葉を重ねながらの切り合いに、だんだんと余裕がなくなってきた。
 いくら吸血鬼の身体能力といえど、刀を用いた戦闘技術は文字通り付け焼刃だ。
 おそらく長い実戦経験を積んだミコトにかなうはずもなく、押されることが多くなってきた。

「それはね、エヴァ君。……君がまだまだその刀のことを受け入れていないからだよ」
「――なに?」

 そんなはずはない。
 私はこの刀のことを受け入れ、ともにあることを決めた。
 そのはずなのに、なぜ……?

「君はまだまだ、人を頼ることが苦手なようだ。その証拠に、君の刀に頼ることができていない。刀自身はまだまだ力を発揮できるのに、君はそれを心から望んでいない」
「そんな、ことは――」
「だから、君を追い詰め、全力で戦うことを望ませよう。なに、もし失敗しても体の大半が消し飛ぶだけだ。時間がたてば元に戻るよ」
「無茶苦茶なことを……!」

 ガキンガキンとぶつかり合う刀同士の音の間隔はどんどん狭くなっていき、かわされる斬撃の数は数えることすらばかばかしくなってくるほどになった。
 そんな風に数分間打ち合っていたが、それも長くは続かず、ある時にいきなりミコトは私から距離をとった。

「……どうした、もう疲れたのか? だったらこれはやめにして次の方法を――」
「ああ、そうさせてもらおう。この方法ではらちがあきそうにないからね」

 そういってミコトは刀を鞘に戻し、そしてそれを虚空にしまうと、同じ空間から新たにもう一振りの刀を取り出した。

「それはなんだ? 前に行った戦いの際にも出していたが、お前は斬魄刀を二振り持っているのか?」
「その時に否定したが、私の持つ斬魄刀は一振りだけだよ。そもそも同じ魂の持ち主が作り出せる斬魄刀は一種類のみだ。複数作っても意味はない。――ただまあ、私の場合は少々事情があってね」

 そういいながらミコトは新しく取り出した刀を抜き放ち、鞘を虚空に収納すると、改めて私に切っ先を向け、

「意を示せ――『天牙(てんが)』!」

 と叫んだ。
 その瞬間、空牙を解放した時と同様の風が吹き、そして――

「さあ、エヴァ君。これを出したからには、先ほどまでのようにはいかない。これまで以上に全力を出さないと――」

 そういいながらミコトが掲げたのは、空牙とは似ても似つかない細身の剣であり、

「――体がすべて消し飛ぶよ?」

 そして何より、纏う空気がとても攻撃的な剣だった。

「……おいおい、冗談にしては笑えんぞ。なんだその刀は?」
「冗談ではないし、笑わせる気もない。そして、そんな話をする余裕も今後は一切与えない」
「おい、ミコ――」
「――エヴァ君、よけたまえ」

 まるで何かの動物の牙を削り取ったような乳白色の刀身を持つ剣を振りかぶり、ミコトはこれまでとは全く違う冷たい声で呟くように告げる。

「よけねば、いくら不死身とてかなりきついぞ」
「ま、待て!」

 これまでとは別人だとしか思えないミコトの様子に焦り、そして止めようと声をかけるが、ミコトは止まる様子を見せず、

「――滅破咆哮(めっぱほうこう)

 過たず、私に向かって細身の剣を――天牙を振り切った。
 空牙と違ってとても細く、横から叩けば簡単に折れそうなその剣では当然のように離れたところにいる私を切ることはできない。
 だが、振り始める直前、その剣から光が漏れ始めたのを見た私は、考えることを放棄してその場から全力で飛びのいた。
 ――そして、それが私の命を守ることとなった。


   ●


「以前見せた空牙は守護の剣。私自身や他の者を守ることに特化している反面、攻撃力は極端に低い。せいぜいがその重さで殴りつける程度だ」

 一切の余裕を排除し、吸血鬼の膂力も含めた全力の回避を行った結果、私はそれまでいた場所から50mほど離れた上空にいた。
 その場ですぐに自身の状態を確認するが、傷や修復の痕跡は一切確認されない。
 ただし、私のまとっていた服は無傷とはいかなかったようだ。
 フリルの多い服を着ていた弊害か、回避の際にスカートの裾の部分がすっぱりと持って行かれている。

「そして、この天牙は空牙とは全く逆の性質を持つ。具体的には、容赦のない破壊の力だ」

 そして、私がつい先ほどまでたっていた場所を見てみると、その場所には、

 ――なにも、ない……!?

元々は草原出会ったその場所には、生えていた草どころか大地すらない。
さらに、何もないのは私の立っていた場所のみではなく、ミコトが立っている場所から始まり、私の立っていた場所を含めた延長線上すべてが消滅し、一時的に作り出されたこの半径数kmの空間をほぼ両断していた。

「刀身そのものは大して強靱ではない。刃の角度を少しでも間違えて切りつければ刀身が砕けてしまうような、そんなもろい剣だ」

その破壊を生み出したミコトは、その剣――天牙を振り切った姿勢のまま、その場に立ってつぶやくように天牙の説明を続けている。

「だが、刀身から発される竜の咆哮は、触れるものすべてを破壊する振動を帯びている。魔法による障壁があっても、よほどのものではない限り簡単に破壊し、内部にダメージを与えるだろう」

 ミコトのその言には説得力がある。
 現に、先ほどの一撃は私の展開する障壁をやすやすと打ち砕いて服の一部を切り取っていった。
 障壁に甘えて回避を選ばなければ、私の全身は粉砕されていただろう。
 比較的すぐに元に戻るとはいえ、全身を砕かれる痛みや体を再構成する疲労感を得るのは望ましくないし、なりたてのころに比べればましにはなったが全身の再生にはまだまだ時間がかかる。

「さらに言えば、この咆哮は常時放ち続けることも可能でね。刀身にまとわせるように力場を展開し続ければ、最小限のコストで斬撃を強化することができる」

 そういいながら構えを解いたミコトが掲げた剣をよく見てみると、先ほど放たれた光と同じ輝きがうっすらと刀身全体を覆っているのが見えた。
 あれならば触れたものをすべて砕く無敵の刃になるだろうし、ミコトは言及していなかったが、おそらくは刀身への直接攻撃から刀身を守る防壁の役割も持っているのだろう。
 あれを常時展開されるとなると、いくら頑丈な斬魄刀とはいえこれまでのように受け止めることはできそうにない。
 もし万が一受け止めてしまえば、あっという間に斬魄刀ごと真っ二つにされてしまうことは間違いないからだ。

「……とまあ、自慢げに紹介してみたが、どうかねエヴァ君。私に打ち勝つことはできそうかね?」
「無茶なことを言うな、ミコト。どう考えても――というか、考えれば考えるほど隙が無さすぎるだろう。勝ち方を教えてほしいぐらいだ」
「……ふむ、そこまで難解な問いではないはずなのだがね。私でもいくつか思いつくものがあるのだが……」
「なに? どんな方法か、ぜひ教えてもらおうか」
「それは断ろう、エヴァ君。何せこれは君自身が見つけなければいけないものだ。私が教えてしまえば意味がない」
「そんなすぐに思いつくものではないと思うのだがな……」
「なに、エヴァ君ならばすぐに思いつくさ。なにせ――」

 と、その瞬間ミコトの姿が私の視界から消え、そしてすぐに私の背後から声が聞こえてきた。

「――なにせ、思いつかない限りはこの戦闘は終わらないのだからね!」
「――は!? いや、ちょ、まて」

 私の静止の言葉を受けて、帰ってきたのは背後からの光をまとった斬撃だった。


   ●


 ……くそッ! いったいどうすればいいんだ!?

 先ほどから心中で吐き出されるこの言葉は、はたして何度目のものだったのか、数えることすらもうあきらめている。
 殺し合いが再開してから、もう数時間は経過している。
 その間、ミコトは一言も発さず、私に向けて刃をふるい続けた。
 時には直接光をまとった刃で切りかかり、時には光の斬撃を飛ばし、さらには光そのものを光線として放ってくることもあった。
 それらすべてが私を滅そうという意思を十二分に持っており、現に気を抜けばあっという間にそれが現実になるだろうことは間違いなく確信できるものだ。
 これだけの時間続いたとなると、ミコトのことだ、このまま変化がなければ数日でも数年でもこの状態が保たれると考えたほうがいい。
 私たち不死者の時間感覚がおかしいということを差っ引いても異常なことではあるが、まあミコトだし。

 ……本当に、らちがあかないな!

 避けて、避けて、避けて、避けて。
 回避のパターンをほぼ把握したのはもう2時間ほど前だ。
 それ以降はもはや同じ作業の繰り返しであり、たまに見たことのない攻撃方法が出てきてもこれまでの経験で避けることができてしまう。
 
 ……これでは、つまらない。

 最初は胸が躍るようであったこの殺し合いも、慣れてしまえばつまらない。
 攻撃してみようと隙を伺うが、どうやっても自分の刀が切られて終わる光景しか思い浮かばず、避ける作業に入る。
 いっそのこと何発かくらってみようかとも思ったが、それはそれで何か負けた気がしてくるのでやはり避け続ける。
 こうしてこの膠着状態が出来上がってしまった。

 ……何か、変化がほしい。

 この状態を変えるための変化がほしい。
 ただ、何か魔法を使おうにも、発動に必要なほんの少しの時間がこのままでは確保できない。
 離れようにも、おそらくそんなことを許すミコトではない。
 チャチャゼロは今頃飲んだくれて寝ている。
 ほかの可能性も、すべて結局はこの状態に戻るかしてしまうようなものばかり。

 ……切れる札が、今の私にはまったくない。

 このままでは食事もとれず、雑談もできず、寝ることもできない。
 この身は不死ゆえにそれらは必要としないが、それらがなければ死んでいるのと何ら変わらないというのはこの100年ほどで十分に理解している。
 ただ死なないようにしているだけでは意味がない。
 ひたすらに生を楽しみたい。

 ……もう、死に続けるように生きるのはまっぴらだ!!

 だから、本当に何もないのかと切れる札を探し続けた。
 魔法は意味がない。
 体術は未熟もいいところ。
 退避もすぐに無意味になる。
 それ以外に現状取れる手段は――

 ……ああ、一つだけ、あったか……。

 回避自体はミコトを視界に入れておけば半自動で行えるので、視線を右手に持っていく。
 そこには、もうすでに振ることをあきらめていた私の斬魄刀があった。

 意図せず長い間放置してしまった刀を、持っているとはいえ意識の外に追い出し、また放置してしまっていたことに気が付いてなんだかおかしく思えてくる。
 だが、確かに思い至ってみれば、現状を打破できる可能性を持っているのはこの刀だけだ。
 何が出てくるのか全く分からないが、たとえどんな能力でも現状を変えることぐらいはできるはずだ。
 だから、私はミコトの剣を避け続けながら、強く願う。

 ……何でもいい、私に力を貸してくれ!!!


   ●


(……本当に、あきれた主様ですわね)

 唐突に頭の中に響いてきた声に驚き、うっかり避け損ねて髪を一筋持っていかれてしまった。
 だがそれでも何とか持ち直し、避け続けながらその声に対応する。

「(なんだ、あちらに行かなくても話すことはできるのか。だったらとっとと話しかければいいものを)」
(それでは意味がありません。貴方が私のことを忘れているときに話しかけてしまえば、貴方が私を真に求めることができなくなってしまいますから)
「(それでずっと待っていたのか。気の長いことだな)」
(貴方ほどではありません。私のことに気が付かないおバカな主様のためにうっかり手を差し伸べてしまう程度には、気が短い方です)
「(おいこら、だれがおバカだ!)」
(……ここでは話し辛いですね。ちょっとこちらへ来てくださいな)

 と、いきなり私以外のすべての動きがゆっくりになった。
 当然ミコトの持つ剣も動きがほぼ止まる。
 そして、私の意識もどこかに吸い込まれるように移動していき――


   ●


「さて、本日2度目のご挨拶になりますが、いかがお過ごしですか、主様?」

 つい数時間前に呼びこまれた広い荒野に再び呼ばれた私は、はんッと笑い飛ばしつつ言葉を返す。

「とりあえずいろいろな意味で最悪だ。茶ぐらい出してもらわんと釣り合わん」
「それは重畳。生憎と茶葉や茶器やテーブルなどすべて切らしているため、私とのお話でご勘弁を……」

 おどけたようにそう言ってから、女はあきれたような表情を見せてひとつため息を吐くと、

「しかし、あのような理由で私を求めてくるとは、若干予想外ではありますね。要は暇なのは嫌だから呼ばれたようなものではないですか。もっと、なんというか、命の危機に瀕したから求められたとか、そういうのを期待してまたのに」
「不死者に無理を言うな。いくらミコトが本気で切りかかってきていたとしても、あれはあくまで切るだけであって、消滅したり封印されたりするわけではない。ただ単に体が吹き飛ぶ程度でいちいち命の心配をするような時期はもうとっくに過ぎている」
「まあ、そんなことだろうと思いましたけどね」

 くすくすと笑いながら話していた女だったが、急に表情を消して、無言で手に持つ枝付きの花を差し出してきた。
 見れば見るほど大きく立派な花だが、生憎と何を言いたいのかわからないので、尋ねることにした。

「おい、これはいったいどういうことだ?」
「これが、私です」
「……は?」

 さっぱり話がつながっていないのだが、そんなことを気にせず、女は話し続けた。

「この花は、決して華々しく散らず、その色は血のようで、派手な香りもなく、主張もせず、そっと咲くだけ。そして最後には、首を切られたように花ごとぼとりと不吉に落ちる……。それがこの花であり、この花の名をいただいたのが私です」

 表情を消したまま女はそういうと、おもむろにその花の枝を自分の足元に刺した。

「そして、花は周りからどんな陰口をたたかれようとも、どんな付加価値をつけられようとも、変わらず咲き続けます。……周囲の力を奪い、自らの糧とすることで」

 そういっている間に、花の枝を刺した地面に変化が現れた。
 もともと水気があまりない状態だった地面が、さらに渇き、どんどんとひび割れていったのだ。
 さらにみていると、ひび割れはどんどんと広がっていき、周囲に生えている草のあたりまでたどり着くと、その草すらも目に見えてしなびていき、枯れてしまう。
 そうしてどんどんと周囲から水や栄養を奪ったその花は、より紅く、よりみずみずしくなっていく。

「これが、私です。そしてこれが、貴方でもあります」
「お前でもあり、私でもある……? どういうことだ?」
「私を作ったミコトという者が言っていませんでしたか? 私たちは契約した者の魂の情報を解析して生まれる、と。要は契約者の魂の一部を写し取り、特徴的な部分を強調して大きくしたのが私たち斬魄刀の人格であり、そこから発揮される能力でもあります。別に無から生み出されるわけではなく、ちゃんと契約者という親から生まれてくるのが我々です。なので、私と貴方は厳密には親子ということもできるのですが――まあ、そのような関係は貴方も望むものではないでしょう?」
「……まあ、この背格好でいきなり娘ができたといわれても、生んだ覚えすらないわけだしなぁ……」

 相手もいないのにいきなり「貴方の子供です」などと刀が出てくるとか、訳が分からんにも程がある。

「なので、もともとは同じ存在であったという部分のみを強調して、貴方と私は同一のものである、というようなお話をしたわけです。――お分かりいただけましたか?」
「ああ、おおむね理解した。それで構わないから話を進めよう。……それで?」
「お分かりになりませんか? 周囲をからしてでも自らが咲き続けられるならばそれでいいという独善的な能力は、貴方から生み出されたものだということです。だから――」
「――だから、怖がらずに受け入れろ、と?」
「……そういうことです。どうしますか? やはりこのような存在は認められませんか?」

 そう尋ねる女の顔に表情はない。
 表情はないのだが、

 ……なるほど、なんだかんだ言いつつ、やはりこいつは――

「――私から生まれた一部、ということか……?」
「……はい?」

 私の独り言に首をかしげる女だが、それを気にせず私はにやりと口の端をゆがめ、

「そんな『捨てないで』とでも言いたげな泣きそうな顔をしつつ、それを隠し通せていると勘違いしている様は、やはり私の一部だなと、そう思っただけだ」
「――ちょ、ま……え? そんな顔私がしている訳が……!?」

 先ほどまでの無表情とは打って変わってあわあわと慌て始めた女を見て思わず笑ってしまった私だったが、ペタペタと自分の顔を触って確認している女をしっかと見据え、私は告げる。

「あいにくだが、私は吸血鬼の真祖だ。お前と同じように他者の血を独善的に吸って生きる害悪そのものだ。……そんな私がお前を否定しては、意味がなかろう」
「……主様……」
「それに、お前の力ならば、あのミコトに一泡吹かせてやれそうだ。ならばお前を拒む意味など一つもない。ならばさっさと私に名を教え、私のために働くがいい」

 そう言い切った私の顔を見て、女はしばし呆けていたが、不意にくすりと笑い、

「そうですね、素直になれないところなど、本当にそっくりです」
「――まあ、お前の前で格好つけても仕方がないだろうからな。認めるよ、お前と私はそっくりだ」
「……ならば、私のちから、その一部をお預けしましょう。使いこなせるかどうかは貴方次第ですがとりあえず現時点ではここまでで合格とします」
「その言い方だと、もっと頑張ればもっとちからをくれる、ということか?」
「それこそ、貴方次第です。……まあ、私も貴方も比較的気は長いほうだと思いますので、ゆっくりとやっていきましょう」

 不敵に、しかしとても自然に笑う女は、私に向かって手を差し出す。
 それにこたえるように私も手を差し出し、互いに手をつかむと、

「もう聞き取ることが可能になっていると思いますので、お教えしましょう。私の名は――」


   ●


「――咲き誇れ、『椿鬼(つばき)』!!」

 何千回目になるかわからないが、私がエヴァ君に切りかかろうとした瞬間、唐突にエヴァ君はそう叫んだ。
 それは自分の外に向けたもののようにも聞こえるし、自分の中に呼びかけるためのものにも聞こえ、

「――やっと、聞き出せたようだね」

 そう呟きながらこの戦いの中で初めて少しだけ距離をとった私の目の前では、魔力が吹き荒れることによる風が渦巻き、エヴァ君を取り囲んでいた。
 そしてそれが晴れると、

「――待たせたな、ミコト」
「なに、大した時間ではないよ、エヴァ君。新しいものを見るためならば、私は何百年でも待って見せよう」
「……私と違って、気の長いことだな」

 呆れた顔を見せる、エヴァ君がそこに立っていた。
 手に持つのは一見先ほどまでと同じ刀だが、柄を飾る柄紐が鮮やかな紅色になり、刀身がうっすらと赤くなっている。
 これが、エヴァ君の斬魄刀、『椿鬼』なのだろう。

「――さて、無事に解放も済んだことだし、休憩とするかね?」
「は、わかりきったことを聞くなよ、ミコト。私もお前も、新しい玩具を目の前にして我慢できるほどできた人格ではあるまい。当然、戦って性能を確かめるだろう?」
「まあ、そうしてもらえるとありがたいね」

 口ではそっけない言葉を吐きつつも、表情は好奇心にあふれているのだろうと自分でもわかるほどに、心は躍っている。
 そう来なくては、これまで待ったかいがない。

 ……さて、どんな能力を見せてくれるのかね……?

 天牙に破壊の咆哮をまとわせて臨戦態勢を整えると、先ほどまでと同じように構えをとる。
 それと同時にエヴァ君も手に持つ椿鬼を構え、

「いざ、尋常に――」
勝負(じっけん)だ、ミコト!!」

 一歩目から全力で、前へと同時に踏み出した。


   ●

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第二十話

リハビリも兼ねて、短めです。


   ●


 私とエヴァ君の距離が急速に縮まっていく。
 互いに刃を構え、速度を緩めることなく、ただまっすぐに。
 その目的はただ一つ。
 
 ――目の前にいるモノを、切る。

 ただそれだけのために、私たちは今すべてをかけている。

 ……しかし、妙だね。

 好奇心に熱く燃える頭脳の片隅で、冷静な部分が違和感を告げる。
 曰く、『なぜエヴァ君は全力でまっすぐに突き進んでくることを選んだのか』だ。
 私の天牙の能力は、破壊の力を持った咆哮を放つこと。
 まっすぐ光線状に放つこともあれば、刃を覆える最低限の量を放出して攻防一体の備えをすることもできる。
 そして今も、天牙の表面にはうっすらと光がまとわりついている。
 この状態の天牙に触れてしまえば、いくら斬魄刀といえど無抵抗に切られてしまうだろう。

 ……見たところ、エヴァ君の刀にそれに備えるための障壁は付与されていない。

 このような状態ならば、正面からぶつかると見せかけて途中で回避に移行し、その隙をついて刃以外の部位に斬撃を放つという作戦をとるのが普通だが、この勢いだとそれも考えにくい。
 どう考えても自滅行為にしか見えない軌道だが、まあ本当にエヴァ君が我を忘れているだけだとしても、時間はかかるが斬魄刀の修復自体は可能だ。
 ここはひとつ、適度に痛い目を見てもらおうとそのまま迎撃のために天牙を椿鬼に叩き付け、


 ――二つの刀はガキンという音とともにぶつかり合った。


「なん……だと……!?」

 本来ならば天牙に――正確には天牙を覆っている光に――触れた段階でほとんどの物体は破壊されてしまうため、刃と何かがぶつかり合うことなどありえないことだ。
 そもそも、天牙は何かを直接切ったりぶつかり合うことを想定した形状ではない。
 細い刀身の脆弱さを破壊の光で補っているからこそこれまで大きな損壊もなくやってこられたのだ。
 今回の衝突だって、うっかりとエヴァ君を両断してしまわないようにすぐさま剣を引けるような構えをとっていたからこそ天牙を折らずに済んだようなものだ。
 天牙を傷つけずに済んだことを安堵すると同時に、なぜこんなことが起こったのかを思考する。
 とりあえず量が足りなかったのかと考えてより多くの咆哮を発してみるが、

 ……相変わらず拮抗を続けている、か。

 天牙が折れてしまわないように力加減に気を配っているとはいえ、いくら丈夫な物質でもここまで持ちこたえられるはずがない。
 強力な再生能力で壊れたそばから直しているのかと接触部分を注視するもそもそも壊れている様子すらない。
 と、ここで一つの違和感を覚えた。

 ……魔力の消費が、激しい……?

 鍛錬で天牙をふるったことは数えきれないほどあるが、その時の経験と比べても、今回は魔力の消費がほんの少し多い気がする。
 普段ならば咆哮としてはなった光はゆっくりと大気に溶けていくため消費は緩やかだが、今はまるで何かに吸い込まれていくように魔力が消費されている。

 ……吸い込まれるように……?

 と、ここで自らの思考の中に出てきた『吸い込む』という用語に注目する。
 確かに、咆哮として放った魔力はまるで砂に吸い込まれる水のように消えていく。
 そこまで考えたとき、私の中に一つの仮説が出来上がった。

 ……ならば、次は検証といこう。

 そう思考を切り替え、これまで鎬を削っていたエヴァ君から離れ、距離をとる。
 その瞬間、エヴァ君の顔は驚きから悔しそうな表情へとだんだんと変わっていた。

「……ち、もう気が付いたか!」
「いや、まだ検証が残っている。確定ではないのでもうしばらく協力してもらおう」

 そう告げると同時、私は魔力に任せて作り上げた炎の魔法の矢を10ほど一斉にエヴァ君へと放った。
 対して複雑な軌道を描いているわけでもないそれらの魔法に対し、エヴァ君は手に持つ椿鬼を目の前に掲げる姿勢を見せる。
 そして魔法はすべて椿鬼に当たり、そしてすべてその刀身に吸い込まれていった。

 ……やはり、そういうことか。

「今やっと確信が持てたよ、エヴァ君。君はやはり素晴らしいね、そんなすさまじい能力を発現するとは!」
「その素晴らしい能力も、こんな短時間で看破されてはかすんでしまうだろうが……。まあ、あってるとは思うが一応答え合わせだ。この椿鬼の能力、言ってみろ」
「ああ、その椿鬼の能力は、『刀身に触れたエネルギーを吸い取る』んだろう?」
「……ああ、その通りだよ。『刀身に触れた魔力を吸い取る』と答えないあたりはさすがミコトだな」
「そのあたりをはっきりさせるための炎の矢だったからね」

 そう、何かを吸い取る能力であることはぶつかり合っていた時にもうわかっていた。
 だからこそ、その吸い取る対象にできるのがどこまでなのかを確かめるために、『魔法で作った炎の矢』と『魔法で熱を生み出して二次的に作った自然の炎の矢』の二種類を同時に放ってみたところ、両方ともしっかりと吸収されていた。
 つまり、椿鬼が吸い取れるのは、魔法などの魔力により構成されたものばかりでなく、熱エネルギーも含むことがわかる。
 おそらくは雷などの電気エネルギーも魔力という超自然エネルギーと同様に吸い込むことができるのだろう。

「まさに魔法使い殺しの刀だね。どれほどの偉大な魔法使いでも、その刀にはかなわないだろう」
「まあ、さすがに冷気はエネルギーではないから吸い取れないからな。魔力で冷やして作られた氷などは天敵だし、おそらく石や砂など実体があるものを操作してぶつけられるのには対応できん」
「なるほどね。つまりは――」

 と、話している隙をつき、私はすばやく椿鬼に向けて全力の『滅破咆哮』を放つ。
 破壊の光は速やかに驚くエヴァ君の持つ椿鬼の刀身に当たり、すべて吸収して見せた。

「い、いきなり何をする!? さすがの私も驚いたぞ!」
「いやなに、吸い込める量に限界はあるのかと気になったのでね。少々強引ではあるがためさせてもらった。この分だと、限界はあるがかなりの量を吸い込めるとみて間違いなさそうだね」
「……ああ、一応魔力に換算して、私の持つ魔力量と同等ほど吸い込んで蓄えておけるらしい。試してみないとわからないがな」
「吸血鬼の真祖と同等とは、またずいぶんと大きく出たものだ」

 吸血鬼の人間離れした魔力量が基準となるということは、普通の人間の魔法だと数人分以上吸収しても大丈夫ということになる。
 そして何より、

「吸収するということは、吸いとったエネルギーはおそらく――」
「ああ、純粋な魔力や魔法なら私自身が取り込んで自分の魔力にできるし、それ以外なら椿鬼に蓄えておけば……」

 と、今度はエヴァ君が椿鬼をすっと私の方へ向ける。
 それを確認した私は、前に天牙を向けたエヴァ君同様すぐさまその場を全力で飛び退く。
 そして、

「このように、いつでも解放できる」

 というエヴァ君のつぶやきと同時に、椿鬼から滅破咆哮と同じようなものが放たれた。
 その威力はこれまで私が撃っていたものと同等かそれ以上だ。
 おそらく、先ほどまで溜めていた滅破咆哮に炎の矢などをすべて加えて一気に放ったからだろう。

「攻防一体の素晴らしい能力だ。これから剣術と併せて鍛えていけば、より強くなれるだろう」
「そうだな。これまでの戦術にどのように組み込むかも考えなければならん。またしばらくは研究の日々がつづくだろうな」
「それもまた、我々不死者にとっては楽しみだろうさ。気長にやっていけばいい」
「ああ、わかっているさ」

 と、そういいながらエヴァ君が椿鬼の開放を解いて鞘に戻した。
 なので私も同じように天牙の開放を解き、鞘に戻すが、それを見ていたエヴァ君が眉を顰めながら訊ねてきた。

「おい、お前はなぜ斬魄刀を二種類持っているんだ? 確か少々特殊だとかなんとか言っていたが」
「ああ、そのことかね。大して難しい話ではない。空牙も天牙も、正確には私の斬魄刀ではないのだよ」
「お前のではない? ……ということは、借り物か?」
「ははは、そうではないさ。本来の私の斬魄刀の名は『双牙(そうが)』といってね。その能力は、停止と破壊、二つの性質をもった咆哮を同時に放つというものだ」
「停止と破壊、ということは……」
「そう、停止してしまったものは、ほんの少しの衝撃でも砕けてしまうほどもろくなる。だから、どれだけ手加減して出力を抑えたとしても、必ず対象を砕いてしまうという危険な技だ。それでは戦いを純粋に楽しめないのでね。『双牙』の人格と相談して、斬魄刀を停止の能力と破壊の能力の二つに分けたのさ。それが今の天牙と空牙の正体だよ」

 双牙の人格が双頭の龍として現れたというのも役に立っていた。
 二つの首の片方だけが起きてもう片方が寝ている、という状況を作ることで無理矢理半分だけ開放するという荒技を実現できたのだから。

 ……というか、双牙の方も提案に乗り気だったのには驚かされたものだったね。

 『より長く寝ていたい、そのためなら何でもする』などと怠惰なことを言い出した時はどうしてくれようかと思ったものだが、世の中何が役に立つかわからないものだ。
 ともあれ、このおかげでうっかり模擬戦で相手を消し飛ばしてしまうという悲しい事故が起きる可能性は減ったのだから、よしとする。

「とまあそんなわけで、私の斬魄刀は二本で一つ、というような状況になったわけだ。同じことをほかのものができるとは思えないが、そんな荒業でも行わない限り、一人が持つ斬魄刀は一種類のみだ。何せ魂の情報をもとにして作られるわけだからね」
「なるほど、そういう理由があったのか」

 と、一度納得した表情を見せたエヴァ君だったが、すぐにまた眉を寄せて何事かを考え始め、

「なあ、ミコト。魂さえあれば、人間ではなくても斬魄刀を持てるのか?」
「まあ、理論上はそうなるね。動物などの単純な思考しか持たない存在だとうまくはいかなかったが、しっかりとした思考を持つ者ならば亜人でもうまくいくはずだよ」

 さすがに植物などは魂という概念があるのかわからなかったので試してはいないが、イヌで試してみたことはある。
 結果として魂の読み取りがうまくいかずに変化をおこさなかったが。

「……ということは、だ。魂さえあれば精霊種などの非生物でも斬魄刀を持てる、ということにならないか?」
「十分に可能だろうね。刀身に血をつけるという契約方法を満たせない場合には何らかの手法を考え出さないといけないが、逆に言えば契約方法さえどうにかしてしまえば問題ない。魂の質としては申し分ないものだろうからね」
「つまり、以上の事実を組み合わせて考えてみるとだな――」





「――自動人形たちに斬魄刀を持たせることも可能にならないか?」




「……ふむ、なるほど――」

 その可能性を考えたことはなかったが、確かに言われてみればその通りだ。
 自動人形たちは長い時間をかけて感情を身に着けた、行ってしまえば付喪神のようなもの。
 魂と言えるものはしっかりと持っているはずなので、血による契約以外の方法、それこそ仮契約の術式を組み替えて新しいものを作ってやれば、

「うまくいきそうだ、試してみる価値はある。屋敷に戻ったらさっそく術式を組んでみよう」
「私も協力させてくれ。私が言い出したというのもあるが、何より面白そうだ」
「ああ、ぜひお願いしよう。この可能性は今まで考えたことがなかったからね。どのような結果になるか、とても興味深い」

 さて、では早速戻るとしよう。
 久方ぶりの新しい研究材料だ、どうなるか楽しみで仕方がないね。


   ●


 と、新しい発見に心を弾ませながら結界を解除して屋敷に戻ってみると、

「…………誰か……キャロルの事を……思い出してあげてください……」

 誰にも助けてもらえず数時間放置されたキャロルが磔の状態のまましくしく泣いていた。

「……エヴァ君、実験がうまくいけばコレが斬魄刀を振るうようになるわけだが、どうだろう? ちなみに私は不安しかない」
「まあ、それも含めての実験だと思ってやるしかないだろう。不安しかないが」

 とりあえず、私たち二人分の大きなため息が、部屋の中に響くのだった。


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