紅魔の次女に転生しました (センゾー)
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序章【Fake in the darkness】 プロローグ【目覚め】

 暗い暗い闇の底、とても暖かくていつまでもいたくなる、でも、きっと少しの間しかいてはいけないその場所から救われるように私は抱え上げられた。

 急に光に晒されて眩しく感じるも、すぐに慣れた。慣れるまでの間に誰かの手から、別の誰かの手に私がそっと手渡された気がした。

 光に慣れた私に世界が姿を見せた時、私の瞳に初めに映ったのは美しい女性の顔だった。少し見ただけでわかるほどに、相当疲労していたが、彼女は嬉しそうに笑った。夢から覚めたかのようで、霧のかかったような心の私にはまだ思考する力はなく、その理由は分からなかったが、今にして思えば、赤ん坊が生まれたことに対する喜びしかないだろう。

 不意に横から声が聞こえた。それが子供の声と渋い男性の声であることは私には理解できたが、何を言っているのかは微かにしか聞こえなかった。ただ、一つだけ、何故か聞こえた言葉がある。「この子の名は」男性の声が近づき、私の視界に顔が入り込む。

 

「エリーナ、だ。エリーナ・スカーレット」

 

 あぁ、そうか。これは私の名なんだ。私はその名が自然に染み込むような感じがして、納得する事ができた。私の思考がゆっくりと動き始める。そして、その名が与えられている事から、さっきから少し感じていたけど、その異常さ故に避けていた事実を私ははっきりと自覚した。

 

 そうか、私は転生したんだ。

 

 前世の記憶はない。何処で生き、何を成し、何を愛したのか、私は殆ど知らない。目覚めた私に前世から継承されたものは当たり前の常識と東方projectという世界についての知識だけだった。もう少し、何かを残しておいてくれてもいいとは思ったが、そもそも転生の認識があるだけでも特殊だから仕方がないか。

 それで、私がどこに転生したか、ということだが、この世界はきっと東方projectの世界、所謂幻想郷か、或いはそれに関連する所だろう。スカーレットという姓、そしてこの世界に関する偏った知識、世の中に必然性というものがあるのなら、私は東方の世界に転生したと考えるのが妥当なところだろう。

 あぁ、私は東方の世界に来たのか。私は自身のその気づきに喜びを感じた。私は前世で何を愛したかは覚えていない。だが、この反応から察するに東方を愛していたのだろう。東方の世界に転生したのも愛していたからというのが一要因として働いているかもしれない。

 ただ、一つ謎がある。何故転生したかとかはもうわからないし、そういうものとして置いておく。問題なのは、私は東方の中にエリーナという名を知らないということだ。私が知っているスカーレットはレミリアとフランドールという少女だ。この世界は平行世界のようなものなのだろうか。或いは私が知っている時の東方には、まだ、エリーナがいなかったか。これがどうであるかによって、私は自身の行動を制限する必要性が出てくる。さて、どうしたものか。

 考えを巡らせていると、まだ小さな赤ん坊の頭には無理があったのだろうか、唐突に眠気に襲われた。それは耐え難い強さで私の脳を揺さぶる。これ以上の思考は無理か。

 まぁ、赤ん坊の今はわからないことだらけでも、成長と共に知っていくさ。取り敢えず、一つ終わりを出して、抵抗をやめて私は眠りに意識を任せていく。

 

 さぁ、これからは私はどう生き、どう終わるのか。

 

 Hello, world. Do you receive a strange vampire has a secret ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父様、また新しく本を借りてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ、好きな本を持っていきなさい」

 

 微笑む父にお辞儀をし、「ありがとうございます」と言いながら、私は巨大な本棚にある一冊に手を差し伸べた。『魔神アロセール』というタイトルの本だ。中から感じる微量の魔力に、当たりを引いたかと微笑む。そして「失礼しました」と言いながら部屋を出た。廊下を歩きながら、本の一ページを捲る。あぁ、やっぱりだ。私は歓喜に震えた。開いた頁の文字を指でなぞる。その文字には魔力が宿っていた。つまり、これは所謂魔導書であり、同時に魔神アロセールの召喚への鍵となる。

 この世に多くの悪魔や天使、化け物を描き、記した本があれども、その中の一つを対象にした物はそう多くない。というか、そこまで書けるほどの情報を得る手段が殆どない。こういった本では大抵、著者は同じルートを通って記すに至る。そう、対象そのものの召喚である。

 悪魔にしろ天使にしろ、召喚した場合、それらと契約をすることになる。召喚者が得られる利益と、それに応じた報酬に関する契約だ。契約というものは、ヒトならざる者においては単なる約束事に留まらない。彼らは契約の際、召喚者と自身を魔力の管で繋ぐ。当然、契約を反故にさせないためである。そして、繋がっている中で契約者は管を通ってくる彼らの魔力を宿すことになる。だが、人の身でその魔力を管理できる場合はそう多くなく、大抵はどこからか漏れ出しているものだ。この文字に宿る魔力はそういう、契約者がその相手、アロセールについて記した時に付いたものだろう。つまり、この本は空想によって記されたものである可能性が低い。

 まぁ、これだけ述べたが、結局言いたいことは一つな訳で。

 私はこの魔導書から得られる知を基に、アルセールの召喚を可能にする。

 自己紹介が遅れた。私の名はエリーナ・スカーレット。よく知られているスカーレット姉妹の次女に当たる者だ。所謂、転生者であり、本来スカーレット姉妹にはいないはずの存在だ。まぁ、本当はどうなのかわからないが。幻想郷に生まれたかと思ったが、今住んでいる場所は普通にヨーロッパだ。きっと、また、幻想郷に移る時があるのだろう。

 能力は「全ての理を知っている程度の能力」である。私はこの世の全ての理屈を知っている。重力などの様な原初からある自然における理。そして、数学などの人類史の中で構築された人類による理屈も全て知っている。人類が解き明かせていないものまで全てを私は理解している。ただ、この能力勘違いされやすいのだが、私は理屈を知っているだけであり、この世の全てを知っているわけではない。歴史も、大地の地形も、定められたルールも知らない。いつか、幻想郷に移った際に学ぶであろうスペルカード・ルールも私は知らない。私は決して、全知全能ではないということだ。

 私はこれまで、この能力で多くの魔法を生み出した。私は魔力と呼ばれるものの仕組み、流れなどを全て理解しているから、それを弄ることで一定の効果を生み出す魔法を創り出すことができるのだ。そして、魔法に関しては研究はほぼ終えた。書物に記しておいたから、パチュリーがきっと受け継いでくれることだろう。

 魔法の研究を終えた私は二つの研究に取り掛かった。一つは召喚術。これは先程のアロセールのような存在を召喚するための研究、なのだが、これは単純に彼らの情報集めだ。召喚に必要な術式はとっくに組んである。何故、情報を集めるのかだが、この召喚術、情報も媒体もない場合召喚する者を特定化できない。数少ない、知っている者の中で完全にランダムというわけだ。だから、私は情報を集め、特定の相手を召喚できるようにしておこうとしているわけだ。まぁ、ぶっちゃけると、あまり使う気は無い。悪魔とか天使とか面倒くさそうだし。取り敢えず研究しとこう程度のものだ。

 もう一つの研究は–––––––いや、これについてはあまり触れないでおこう。まだ、一人にしか知らせていないから、その人と私の中で秘密にしておこう。一つだけ言っておくなら、それは世界の真実を見るための研究だ。

 さて、自己紹介はこれくらいにしておこう。私は魔導書を抱え、後にパチュリーが暮らすのだろう図書館の扉を開ける。扉から少し埃が落ち、中から大仰な雰囲気が漏れ出す。私はその中に入り、扉を閉めた。

 閉まる大きな音が響いた後には、また静寂が廊下を満たした。だが、少しして、廊下を誰かが歩く音が響く。コツ、コツ、コツ、コツと。

 その人物はエリーナの入っていった部屋の扉をノックした。「どうぞ」エリーナの声が聞こえ、彼女は部屋の中に入っていく。

 

 

 これは一人の転生者の物語。

 

 

「あら、また本を読んでいるのね」

 

 

 世界の理を知りながら、

 

 

「あぁ、はい。新しくお父様より借りた魔神の魔導書なんです」

 

 

 その先を知ろうとした。

 

 

「へぇ、でも、アレはいいのかしら?」

 

 

 彼女は最期に言い残す。

 

 

「えぇ、大丈夫ですとも、ちゃんとやっています。お姉様」

 

 

 消えゆく我が身を見て、微笑みながら、

 

 

「デウス・エクス・マキナはあと少しで」

 

 

「『Ignorance is bliss.』ね」と。



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第一話【冬のある日と】

「あー、死ぬほど寒い」

 

 不満を零しながら夜であるにも関わらず白い窓に目をやると、硝子は少し、吹いた息がかかったようで曇り、水気を帯びた。だが、私がそれを認識するには少しばかりの時間がかかった。何故か。外が吹雪いているせいである。そも、窓が白かったのはそれ自体が白くなっているだけでなく、外が吹雪で一寸先は闇どころか一寸先は白状態であるためだった。まぁ、吹雪いてしまえば強かろうが弱かろうが前はあまり見えないが。そんな窓に結露ができたところで、それを判別する術は灯で水が光るという程度のものだ。

 そう、今は冬だ。ここはイギリスだが、かなり北の方であるためか、十分に寒く、存分に冬が暴れて回っている。本当に寒い。もう、ハワイにでも行きたい。冬の間だけオーストラリアにでも行って、ぬくぬくと過ごしていたい。暖房設備が現代ほどじゃないせいで、ここは寒すぎる。暖炉の火も、寒さのせいで縮こまっているように見えて仕方がないほどだ。私は暖炉に木を足し、魔法で燃やした。少しばかりマシになったが、気休め程度だ。早く春にならないものか。

 あぁ、でも。私は椅子に腰掛け、毛布を被った。冬は冬で嫌いではない。

 冬は他の季節と比べて、明かりは暗く、窓からの光は少し寂しい。木々は葉も実も落とし、生き物たちは穴倉に篭って春を待つ。生き難く、死に易い。この世に終焉があるとしたら、きっとそれは冬に来るのだろう。冬とはそんな季節である。春に始まり、冬に終わる。そんな流れは自然でもよく見られるし、私の記憶する限りでは四月を新しい年度の始まりと言う慣習もある。

 私の前世は日本という国であったらしく、その時の常識や価値観はまだ強く残っている。その中の無常観というものも。万物悉くは絶え間無く流動し、変化し続ける。ものの在り方など瞬きの間に消え、夢のように儚い。私はこの考えの影響を強く受けているように思う。冬とは典型的な、或いは最も理解し易い終着点だ。だから、冬は比較的嫌われ易い。だが、季節などの循環する事象においては、終わるということは始まるということでもある。終わりがあるから始まれる。冬が来るということは、間も無く春が来るということだ。冬に命が見えずとも、春にはまた多くの命の姿を見ることができる。冬の訪れは晩鐘の音、春の訪れは鶏の鳴き声だ。冬は長く辛いが、明けぬ夜がないように、明けぬ冬もない。私は冬もまた愛されても良いのだと思う。

 火を見つめながらくだらない考えに耽っていると、部屋の扉を誰かが叩いた。誰だろう、そう思いながら、「どうぞ」と入室を促すと直ぐに扉は開いた。

 

「あぁ、レミリアお姉様。どうかなさったの?」

「特にこれといった用はないのだけど。まぁ、愛する妹の様子を見に来た、とでも言っておきましょうか」

「そういう事は口に出すべきではないのですけどね」

 

 吸血鬼、レミリア・スカーレットがそこにいた。私の姉である。転生したばかりの頃は東方愛故に姉妹愛など無く、心の中でおぜうだなんだと思ってしまうものかと思っていたが、実際の所はそういうのは無いもので。生まれてからずっと姉妹関係を続けて来たのだから、なんて事なく、私の認識は良き姉だ。幻想郷で出会う人々には憧れの人に出会ったという感動を抱くだろうが、スカーレットに関してはそれはもうない。

 私がワザと嫌味ったらしく言うと、お姉様は「言っても、どうせ疑うじゃない」と言ってクスクス笑った。私も釣られて笑っていると、お姉様は私の対面の椅子に座った。そして、溜息一つを零すと、気怠げに言った。

 

「本当に用はないのよ。こんな雪じゃあ、夜になってもどこにも行けないから退屈でね」

「こんな吹雪は滅多に見ることができませんし、偶には良いじゃありませんか」

 

 私は毛布を被ったまま立ち、窓際までゆっくりと進んだ。窓際まで行くと、冷えた硝子の冷たさが私の頬を撫でた。相変わらず、外は雪ばかりで何も見えない。そのまま、黙って雪を見つめていると、どうしてだかわからないけれどその吹雪そのものが化け物か、化け物の力による現象であるような気がした。私には所謂、直感的能力はそうない。吸血鬼の中では精々中の下といったところだ。だから、この感覚が真実を捉えていやしないことはわかりきっていた。だから、私はこれを沈黙を破る話題に使うことにした。

 

「あの、今私はこの雪が一人の化け物だったり、或いは化け物の能力だったりするような気がしているのですが、お姉様はどう思いますか?」

 

 お姉様は一瞬驚いたような顔をして、少し黙ってから「ふむ」と零した。レミリアお姉様は私とは逆に直感的能力に優れた吸血鬼だ。自分がそんな感覚を抱いていないから、私の発言に驚いたのだろう。そして、直ぐに私が思いつきに近い事を口に出しただけなのだと理解した。すると、お姉様はニヤリと笑い、

 

「そうだったら、随分と強敵ね。私達でもそれなりに苦戦するんじゃないかしら?」

 

 その言葉を聞いた私の顔はきっとニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていたことだろう。その返答が私の予想と大方合っていたからだ。そして、苦戦するだなんて、少しも思ってはいないのだろうという事を私は察していた。傲慢だなぁ。そう思いながらも、私は自身が全く同じように考えている事に内心苦笑した。人の心を持っているとは言え、私は吸血鬼だ。心の本質は現世に依る。

 私は暖炉の火を魔法で更に燃え上がらせた。先程より強い光が部屋を照らす。

 

「討伐方法としては、辺り一帯の雪も、氷も、水も、皆々空へ還すような魔法を使ってしまうのが面白そうで」

「そんな魔法を使ってしまうと周りにも被害が出るじゃない。傍迷惑だし、美しくないわ」

 

 笑いながらお姉様らしいダメ出しをされた。お姉様は優雅である事を信条としている人物だ。こんな方法は好みはしないだろうとは思っていた。ダメ出しに照れたような笑みを浮かべていると、お姉様は「でも」と続けた。

 

「派手なのもそれはそれで面白いし、フランも好きそうね。......あぁ、エリーナ、フランに構ってあげて頂戴ね。あの子、貴方と一緒にいる時が今は一番楽しいようだから」

 

 言い終えて、また、一つ溜息を零すとお姉様は席を立った。「邪魔したわね」そう言いながら、扉を開ける。そして、出掛けに少しこちらを覗いて、微笑みながら、一言。

 

「暖かくね」

 

 私が「はい」と言うのを待たず、お姉様は扉を閉めて退室した。私の中にさっきのお姉様の言葉が響いていた。

 レミリアお姉様、フランは貴女と接している時もとても楽しそうなんですよ。あの子はきっと私も、貴女も、両方を愛し、同じように慕ってくれている。きっと、お姉様は隣の芝生が青く見えているだけ。

 私は被っていた毛布を無造作に置き、暖炉の火を消してから、廊下に出た。蝋燭の火が薄く照らす静かな廊下を少し歩き、冷たくて少し湿った空気が立ち込める階段を何階も降りていく。地の下まで下ると、冷えた空気が溜まり、少し靄がかかったようになっている場所へと辿り着く。私はそこにある、一室の前にいた。

 「フラン」そう呼びかけながら、重々しい雰囲気を纏う扉を叩く。「だぁれ」幼い少女の声が聞こえ、私は「エリーナよ」と言った。すると、タッタッと此方へ駆けてくる音が聞こえ、扉は内より開けられた。

 

「エリーナお姉様! エリーナお姉様なのね!」

「えぇ、貴女を愛するお姉様ですとも」

 

 私は部屋に入り、喜ぶ妹を軽く抱きよせた。それに応えて、フランは私を抱き締める。私が来た事をとても喜んでくれているようで、私はそれを嬉しく思いながら、促されるままに部屋の奥へと進んだ。

 廊下とは違い、綺麗で明るくて、色々な物が揃っている部屋。ここで私の妹、フランドール・スカーレットは生活している。少々気が触れているがために屋敷を出る事を許されず、それ故にこの部屋と屋敷の一部だけが知り得る全ての世界となってしまった少女。だが、気が触れているとは言っても、私からするとたった一人の良い妹だ。私にはよく懐いてくれているし、私と話すときはそう、おかしい様子は見せない。だから、私もフランの事は愛している。できる事なら、外へ出してあげたいが、両親はきっとそれを許さない。私に出来る事は、この地下でフランに世界を話して聞かせ、少しでも知らせてあげる事だ。

 私は椅子に座り、ベッドに飛び込んで私の話を待っているフランに話す。吹雪の事を、凍てつく寒さの事を、読んだ本の事を。語り、教える。フランの未来の為に。もしも、私に、姉に、親に何かがあった時のために。

 

「そういえば、レミリアお姉様は?」

 

 一通り話し終えて、一息つきながらコーヒーを啜る私にフランは尋ねた。私は微笑みながら、何の違和感もなく、躊躇いもなく、答える。

 

「レミリアお姉様は、今は少々忙しいようなのよ。また、時間ができたら来てくれるわ」

 

 フランは優しい子だ。きっと、お姉様が私の方が懐いていると感じて、来る事を避けているなんて言ったら、フランは私とお姉様との関係に気を遣ってしまう。それだけは避けたい。こんな不自由な思いをさせているんだ。心配事なんてないままに過ごして欲しい。だから、私は嘘を吐く。レミリアお姉様がまた、ここに来れるようになるまで。

 「ふーん」と、少し悲しそうな顔をするフランの頭を撫で、私はフランの部屋を立ち去った。あぁ、早く、レミリアお姉様がわかってくれるといいのだがね。私は階段を上り、図書館の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリーナ、お前が悪い、お前が悪いのだ。本当に、私にこんな事を、愛娘を封印させるような事をして」

 

 涙を流す父の姿を見て、私はただただ悔いた。過ぎた事をしたと、封印されても仕方がないのだと思った。そんな私を嘲笑うかのように、動けないよう私の手足に繋がれた鎖が頻りに音を立てて、軋んでいた。何も言えないよう私の口に挟まれた猿轡が千切れそうな音を立てていた。父の横にいるレミリアお姉様が悲しげな目で私を見ていた。だけど、見ていられないという風に目を逸らした。その目からは涙が溢れていた。あぁ、ごめんなさい。お姉様、お父様、フランドール。こんな私でごめんなさい。夏の暑さのせいもあって流れた汗が目を通り、涙のようになっている事があまりに悲しかった。私は涙を流せもしないのかと、自分の非力さを嘆いた。「噫、噫」と、呻く私の姿を見ていられなかったのだろう。お父様の手の動きに合わせて、鎖は私の体を棺の闇の中へと引いていく。私の体が棺に沈み、そして、棺を蓋が覆う時、私はそこに、過去の私を見た。



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第二話【運命の朝】

 闇の底にある思考が何かに焼かれたかのように感じて、私の意識は醒めた。あぁ、もしかして、いや、もしかしなくても。私は瞼を開いた。眼前には闇しかなかった。いや、今までは先ず体に意識が通ず事すらなく、闇も光もない心の底にいたのだから、闇があったと言うべきかもしれない。瞬きを繰り返して、私は目が動く事を確認した。やっぱり、封印が解かれたんだ。私は歓喜に頬を緩ませた。

 まだぎこちなさを感じながらも手足を動かしてみる。動く、動くぞ。体が動く、それだけの事が嬉しくて動かしていると、棺の蓋に足が当たり、コンと音がした。すると、外から「キャッ」と聞き覚えのない声がした。誰だろう、幻想郷の誰かかな。というか、そもそも、ここは幻想郷なのだろうか。あれからどれ程の時が経ったかも私にはわからない。もしかすると、まだイギリスかもしれない。マズイ、急に不安になってきた。

 大体、私の封印を何故、誰が解くのか、という疑問がある。父が解くとは考え辛いし、レミリアお姉様だろうか。或いは、私を置いて、レミリアお姉様達が幻想郷へ行き、置いてかれた私の封印を誰かが解いたとか。あっ、マズイ。益々不安になってきた。幻想郷楽しみにしてたのに行けないとかあの、ホント、勘弁してほしい。お願いだから、そういうパターンはやめて。

 不安で汗をダラダラと流していると、蓋が少し動き、開いた隙間から光が射し込んできた。眩しい。実際には蝋燭の火の光か何か程度なのだろうが。手で光を遮っていると、外から「エリーナ様、お目覚めでしょうか」と声が聞こえた。「えぇ」と答える。

 

「私、エリーナ様のお姉様であるレミリアお嬢様の従者、十六夜咲夜にございます。お嬢様の命により封印を解いたのですが、この棺、人の身である私には些か重く、動かす事が容易ではありません。それ故に、吸血鬼であるエリーナ様のお力をお貸しいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 その一連の台詞を聞いて、私は安堵した。取り敢えず、お姉様には捨てられていないようだ。咲夜もいるのなら、既にここは幻想郷であるか、或いはその時がそう遠くはないということだろう。それは嬉しい。ただ、ただ、恐らくはお父様はもうこの世にはいないのだろう。お父様がいれば、私の封印を解くことを許すはずもない。もうその命はなく、私が再開を果たすことは叶わないのだ。それは、悲しい。とても悲しい。封印されたとはいえ肉親であるし、そもさ、封印の責任は私にあるのだから。私はその死を悼む。嗚呼、お父様、いずれそちらへ参りますから、どうかお待ちになっていてください。

 私は込み上げてくるものを抑え込み、「了解したわ」と答え、棺の蓋を吸血鬼の膂力を以て横へ退けた。全身を火の光が包む。軽い光すらも眩しかったが、ようやく慣れてきて、私はそこにいるメイドの姿を見ることができた。あぁ、咲夜さんだ。銀髪の髪、整った顔、メイド服に瀟洒な雰囲気、どれも彼女の特徴であり、私は眼前の女性にその全てを見た。感動で嬉しくなる。

 

「初めまして、十六夜咲夜さん。エリーナ・スカーレットよ」

 

 私は棺から出て、彼女に近寄り、言った。すると、彼女は少し驚いたような素振りを見せた。が、直ぐにその瀟洒さを取り戻し、綺麗なお辞儀をする。彼女は何に驚いたのだろう。自分の姿を可能な範囲で確認するが、特に異常はない。容姿もお姉様やフランと似たもののはずだ。緋い髪も幻想郷では不思議ではないだろう。何故だ。

 

「あぁ、いえ。エリーナお嬢様の容貌に特異な点は見受けられません。私が驚いたのは、私のような一介のメイドにも柔らかく丁寧な物腰で接してくださった事ですわ」

 

 不思議がっている私に気づいてくれたようで、咲夜さんはその理由を述べた。やっぱり、デキる女は違う。サッと相手の心情を察し、対処するための言葉や行動へと移る、メイドの鑑だ。そして、咲夜さんの述べた理由への答えだが、

 

「あぁ、そういう事。大丈夫、と言っていいのかは少し困るけど、私もお姉様と同じ、普通にいる傲慢な吸血鬼よ」

 

 まぁ、人の心が混ざっているから普通な訳がないのだが。それでも、やはり肉体が吸血鬼であるためだろうか、傲慢さというのは確実に有る。自然とそういう風に心が動くというか、そもそも人の考えが不自然に感じる事すらある。行動を終えてから、それが人より吸血鬼の心に寄ったものであると気付いたりもする。

 この中途半端さはどうにも邪魔に思えて仕方がない。記憶がないから、人の心を持っている意味を大して感じられない。ただただ、吸血鬼としての行動を阻害しているだけに思える。襲いかかって来た蛮勇共を見て、吸血鬼が無謀で単純と思っても、人があるせいで彼らに正しさを感じ取ってしまう。そして、情が移ってしまったりするのだ。そうなると、もう化け物側としては目も当てられない様だろう。実際、それ故に私は奇特な吸血鬼として扱われたのだから。

 少し考えてしまったせいで、私が自身の精神に未だに変化がない事を少し疎ましく思っていると、咲夜さんは背後の少し開いた扉を大きく開けて、

 

「このような所では落ち着いて状況を説明させていただくことも叶いません。お嬢様の所へ案内致しますわ」

 

 咲夜さんに促されるままに出ると、そこは見慣れた廊下だった。やはり、紅魔館自体は変わっていないらしい。ただ、私が出てきた場所、昔はこんな所には扉は無かったはずだ。それに私が封印された場所はこの下、一階にある。他にも場所はあったろうに態々こんな所に部屋を作って、棺を運ぶ理由がわからない。

 違和感を抱いた私はその扉に触れた。さぁ、久しぶりの魔法を使うとしよう。なに、失敗なんてしないさ。なんたって私は––––––アクセス––––––最高の魔法使いなんだからね。

 魔法発動と同時にその扉の情報が流れ込んでくる。扉の状態、古さ、性質、何から何までわかる。魔法が使用された、或いは魔法生成されたものであるかも、ね。

 「ビンゴ」咲夜さんに聞こえない程度の声で呟いた。やっぱり、この扉は前からあるものじゃない。新しい、それも数時間前に生成されたものだ。この部屋は今日この日までずっと誰にも入る事ができないようにされてきた。つまり、棺は、私は隔離されていた。まるで誰も私の存在を知ることすらないように仕向けたかのように。お父様がやったのかな?でも、お父様にはここを選ぶ理由がない。あの人はきっと、封印して尚私の事を愛してくれていただろう。私の事を忘れようとしないし、誰かに語り、記録を残すだろう。棺もこんな所に置くとは私には思えない。

 「ふむ」と漏らすと「エリーナ様、どうかなされましたか?」と咲夜さんが少し離れたところで此方を見ていた。

 

「あぁ、ごめんなさい。何でもないわ」

 

 まぁ、レミリアお姉様に聞けばわかる事か。あの人は私の味方だ。咲夜さんに導かれるままに、私は館内を歩いていく。少し歩くと、ある部屋の前で立ち止まった。私のいた頃、お姉様がよく居た部屋だ。応接室にもなれず、しかし私室とするにも向かない。明確な役割を与えられなかった部屋。中途半端さが心地よく、姉と雑談をするときは大体この部屋でしていたものだ。

 お姉様は変わっていないんだな。そんな事を考えながら咲夜さんが開いた扉を通り、私は中にいる少女と目を合わせた。

 

「久しいわね、エリーナ」

「えぇ、お久しぶりです、レミリアお姉様」

 

 お姉様は以前と同じように椅子に座っていた。だが、私に微笑むその姿は変わらずとも纏う雰囲気は変わっていた。所謂、カリスマ性というものを強く感じ取れた。昔からあったがここまでになるとは。やはり、原因は––––––––

 

「お姉様、一つお伺いしたいのですが」

「何かしら」

「父は、お父様は何処に?」

 

 静寂の時が流れる。その沈黙は最早、私に対する回答になっていた。やっぱり、か。「成る程」そう呟き、私はお姉様の前に跪いた。

 

「レミリアお姉様、スカーレット家当主への御就任おめでとうございます。そして、私の封印解放、誠にありがとうございます」

 

 部屋全体が厳かな雰囲気になり、ちょっとやり過ぎたかな。そう思い、私が顔を上げた時、お姉様は何とも言えない顔をしていた。あっ、これはマズイやつかもしれない。私が慌てて、言葉を加えようとすると、

 

「フ、フフフ、ありがとうエリーナ。貴方が祝ってくれる事を、私は、とても嬉しく思うわ」

 

 あぁ......やっぱりか。今、私の笑顔を引きつっている事だろう。私は確信した。お姉様のカリスマ性は強まり、変わったが、そのメンタルの弱さは昔と何ら変わってはいない。

 昔から、お姉様は父や周りの期待などのプレッシャーに晒され続けたせいか、非常にメンタルが弱かった。言葉の裏を考え、不安になり、こういう風に言動が少しぎこちなくなる。とはいえ、完全崩壊になることはまず無いのだが、まぁ、それでも中々ねぇ。きっと、お姉様は今の私の言葉の裏に「私のいない間に当主になりやがって、あと封印解くの遅い」みたいな意思を感じたのだと思う。長女が当主になるのは当たり前だし、お姉様にはカリスマ性もあるので何の問題もない。封印も解かれただけでも十分良い。私は本当に、本心からさっきの言葉を発した。本当に、お姉様は変わらないなぁ。

 

「お姉様、大丈夫ですよ。先程述べた言にお姉様の想像するような意図は含まれておりません」

「......本当に?」

「本当です、私がお姉様にそんな悪意を向けるような者ですか」

 

 私の言葉に安堵したらしく、お姉様は大きく息を吐き、強張った顔を緩ませた。そして「あっ」と言って、私の右を見た。つられて私もそちらを見ると、そこには一人の女性がいた。紫の髪、パジャマみたいな服、端正だがダルそうに見える顔、私は直ぐに一人の人物の名を思い浮かべた。あぁ、この人が

 

「パチェ、この娘が妹のエリーナよ」

「えぇ、知っているわ。ここで見ていたんだから」

 

 私はそのやり取りを見ている時、パチェ、つまりはパチュリー・ノーレッジと呼ばれる彼女の想像通りの様子に感激し、また、その感激を表に出さないよう努めていた。そのために、私は恐らくは無表情であったことだろう。その無表情が知らない人に会って、キョトンとしている風に見えたのなら、それは怪我の功名であり、幸いだ。

 呆れたような顔でお姉様を見た後、彼女は私に対して、強い眼差しを向けた。何か悪い事をしただろうか。もしかして、お姉様が「あっ」と言うまで、私がその存在に気づいていなかった事を彼女は勘付いているのだろうか。それなら、悪い事をした。そう判断して、直ぐに謝るべきか、否か、焦りと不安渦巻く私の心を落ち着かせるかのように、パチュリーは穏やかな顔になり、私の方へ歩み寄った。

 

「初めまして、エリーナ・スカーレット、我が敬愛せり魔術師よ」

「............え?」

 

 どう、いう、こと、だ。理解が、全く及ばない。

 

「私の名前はパチュリー、パチュリー・ノーレッジよ。レミィから伝え聞いた素性と、遺した魔導書の数々から、貴方がどれ程素晴らしい魔術師か、私は知っているわ」

 

 その言葉に動揺し、混沌とした心情になりつつも、私は一つの結論に至った。あ、あーぁ、成る程ね、そういう事ね。きっと、パチュリーは私の魔導書を読み、私の魔法を受け継いだんだ。いや、確かに本にして遺したのはそれが目的だったけど。こうなる事は予想していなかった。私は間抜けだ、これくらい、容易に思い至っただろうに。

 私はそんな動揺を見せず、穏やかな様子でパチュリーに、

 

「貴女が私の魔法を受け継いでくれたのね、ありがとう。そして、初めまして、パチュリー。お姉様の紹介の通り、私の名はエリーナ、高潔たるレミリア・スカーレットの妹よ。これから、よろしくお願いするわ」

「此方こそ、よろしく。貴方に会えて、本当に光栄だわ。図書館の魔導書を読んでからずっと憧れていたのよ」

「フフフ、そう言って貰えれば、私も嬉しいわ」

 

 転生した身としては、パチュリーに憧れを抱いてもらえるなんて、嬉しくないわけないもの。私が握手をしようと手を差し伸べると、パチュリーはにこやかに応じてくれた。ホント、パチュリーとは仲良くやっていけそうだ。魔法使いだしね、引きこもりだしね、完全に同族だものね。

 私の先行きは明るいぞ、とニコニコしていると、お姉様が少し苦笑した後、言った。

 

「まぁ、貴方はもう自由だから、したい事をなさい。450年余りの眠りは退屈だったでしょう」

「えぇ、そうさせていただきましょうか。取り敢えず、外に出ようと思います」

「あ、それなら、一つ説明しておかなければならないわ」

「ん?なんでしょう?」

 

 それらしく不思議そうな顔をしたが、私はその言葉の続きを知っている。興奮に、思わずニヤける口元を私は手で隠した。あぁ、その言葉が待ち遠しい。お姉様がゆっくりと口を開く。

 

「ここは貴方が知っている世界ではないわ。世界の名は幻想郷、忘却の雨に晒されたモノの終着点。人々が蒙昧の字も書けぬが故に、神も、妖も、何もかもが受容される。そういう場所よ」

「それは、中々に興味惹かれる世界ですね」

 

 私は口元を隠す手を下ろし、その笑みを晒した。あぁ、ワクワクする。想像の中でしか存在し得なかった幻想郷の中に私はいて、これから私はこの世界の何処へだって行く事が出来るのだ。

 「では、行ってきます」そう言って、私は部屋を出た。迷いなく、玄関へと向かうが、その足が少しずつ歩幅を開き、速くなっている事に気付きつつ、私はそれを止めない。早く、早く、幻想郷を見たい。その思いのままに私は動く。

 玄関に辿り着くと、そこには傘を持った咲夜さんがいた。お姉様の計らいだろう。ありがとう、お姉様、また戻って来た時、お礼を言わせていただきます。「ありがとう」傘を受け取り、大きな扉を開いた。陽に照らされた大地が、庭が、門が目に飛び込んでくる。私は傘を開き、その中へと歩み出た。

 

Hello,fantastic world.Please show me many phantasms.



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第三話【不幸な遭遇】

 風が吹き、花の匂いが頰を撫で、それを追うように散った花が私を前から越していく。良い香りだ。その香りの元、私の眼前に広がる異常なほどに沢山の花、特に向日葵が覆う野は美しく、私は思わず微笑んだ。色々とすべき事を終えたら、いつかはこんな所に暮らしたい。綺麗な未来設計が脳裏を過る。この知識を以て先学として恥ずべき点など無い魔術体系を作り上げ、悠々自適に暮らすのだ。

 理想に近いものを見て、理想の未来を脳内で構築する。至って普通な思考だ。誰だってする。あぁ、問題があるとすれば、それは––––––––

 

 「外したか」

 

今の一連のハッピーシンキングはこの酷くマズイ状況に対する現実逃避である、ということだ。私の鼻を草の焦げる匂いが抜けていく。

 ついさっき、風が吹く5秒程前に、私が今いる場所の2m右横を極太高熱ビームが通過していった。そして、ついさっき、風が10秒程前に、私は私が今いる場所の2m右横にいた。何が言いたいかというと、つまり、私は攻撃されたという事だ。

 行く当ても無く、どの方角に何があるのかもわからず、フラフラと飛行する私を閃光が照らし、何だ、と振り返れば熱線が迫っていた。慌てて避け、熱線が過ぎ去るとそこには花畑が広がっていて、そして、風見幽香という名前に違いない緑髪の女性がピンクの傘を此方に向けていた。傘の先端は熱を帯びているように見えるから、それで所謂マスタースパークを撃ったのだろう。威力はかなりの物だ。当たれば蒸発待った無しなんじゃないかな。これを魔理沙も撃てるとか、火力があり過ぎると思うんだけど。

 撃たれた理由? わからないに決まってる。私と彼女は初対面だ。寧ろ、私は呆けていて認識すらしていない状態だったから、対面などしていない状況で私はあれを撃たれた。花に害を与えてもいない。撃たれる理由なんて、私に把握できる範囲には少しだってない。何故だ、何故私はこんな目にあっているんだ。

 取り敢えず、会話に持ち込まないと、訳も分からずに撃たれるのは勘弁して欲しい。

 

 「あの、唐突に何するのよ。危なく蒸発するところだったじゃない」

 

 ダラダラと汗を流しつつも、恐らくは陰鬱なものとなっていた表情を通常営業に戻してから、幽香に問い掛ける。

 「チッ」露骨な舌打ちが返答の代わりに寄越される。うわぁ、機嫌損ねてるよこれ。私何もしてないのに、初対面なのに。幻想郷初エンカウントがこれとは雲行きが怪しくなってきたぞ。私はこの世界でやっていけるのだろうか。

 これからの生活に不安を抱き、少し暗くなっていると、幽香は傘を下ろして、私を指差し、心底不快そうな顔で言った。

 

 「私は風見幽香。その顔、貴方、スカーレットの家の者でしょう。レミリア・スカーレット、私、アイツ嫌いなのよね。だから、よく似た貴方の顔を見ると––––––––

 

 そして、再び、傘を上げ、

 えっ、まさか、そんな理由? そんな理由で? 幾ら何でも、

 

 ––––––––無性に腹が立つ」

 

マスタースパークを私に放った。

 いや、うん、あぁ、はい。こんな理由で攻撃されたのに「彼女なら」と納得してしまう辺り、流石といった感じだ。ムカつく奴に似てるからブチのめす。うん、普通じゃ有り得ない理不尽だけど、幽香なら納得する事が出来る。最早、清々しいくらいだネ!

 というか、これもう戦闘回避不可だろう。RPGのボス戦にありがちな、逃げられない、という奴だ。一面ボスが幽香とかクソゲーとしか思えないが、まぁ、私も魔術を極めた者だ。所謂、強くてニューゲーム状態なんだろうし、負ける気はない。さっきは危なかったマスタースパークも、構えて見ていれば普通に見えるし、そう簡単には当たらない。ひょいと熱線を躱して、幽香の方を見て、私はニヤリと笑った。じゃあ、折角の一面だ、ちょっと調子に乗った事言っちゃおうかな。

 

 「あら、そんなノロマな攻撃が当たるとでも? ムカつく私は無傷よ、妖怪さん」

 

 沈黙の時が流れる。うん、そこそこに煽れたんじゃないかな。これでそこそこに怒ってくれれば––––––

 

 「あ?」

 

 刹那、悍ましいほどの殺気が津波のように押し寄せた。私の背中を冷や汗が伝う。ヤバい、これはマズイ。私の心が喧しいほどに警鐘を鳴らしている。やり過ぎてしまったかもしれない。というか、やり過ぎてしまった。いや、だって、こんなに怒ると思わないじゃない。

 これが幻想郷の洗礼か。自分のせいで起きた事を幻想郷に責任転嫁し、私は一先ず心を落ち着けた。それでもまだビビっているのだが、まぁ、これくらいなら何とかなる。

 そう自分に言い聞かせている私の心中を知ってか知らでか、幽香は怒気を纏いながらも、自信に満ちた様子だ。恐らくは元からだろうが。

 

 「じゃあ、弾幕勝負を始めましょうか」

 「......何それ」

 

 幽香の言葉に首を傾げ、如何にも本当に知らないかのように振る舞う。いや、まぁ、普通に知ってるんだけど、知らない振りをしている方が良いだろう。後から辻褄が合わなくなっても面倒くさい。

 私の反応を見て、彼女は呆れたような顔をして、溜息を吐いた。

 

 「なに、貴方、弾幕勝負、スペルカード・ルールを知らないのね。じゃあ、今回は弾幕勝負は無理ね。また、博麗の巫女にでも聞きなさい」

 

 おや、もう戦闘回避は無理と見ていたが、存外、幽香はどうにかなるのかもしれない。良かった、これであんな熱戦をもう受けずに

 

 「来世でね」

 

 えー、何よそれ。恐らく、今私の目は死んでいるのだろう。最早、驚愕はない。なんかわかってた、絶対回避できないのだろうって。だって、幽香だもの。

 恐ろしい笑みを浮かべた幽香のマスタースパークが開戦を告げ、私に迫って来る。当然、避けるのだが、

 

 「あー、やっぱり?」

 

 避けた先にはマスタースパークが数閃煌めき、逃げ場を消すように襲い掛かってきていた。やっぱり、幽香も直ぐ改善するよね。恐らく幽香が持っているであろうかなりの量の魔力を使った、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる理論のマスタースパーク弾幕。戦術もクソもないけど、単純故にかなり面倒くさい。頑張って全部避けてもいいんだが、こんな熱線の間隙を縫っていては心臓に悪い。ここは一つ、魔法を使うとしよう。久し振りどころの話じゃないが、まぁ、私だって多くの魔法を作り上げた魔術師だ。ここで出来なければ、封印前に一時期呼ばれた『夜の賢者』という称号も返上しないといけない。

 寸前まで迫っていたものを避けてから、私は嘗ての自身の魔法を思い出し、当時の感覚をイメージする。魔法というのは、ある程度詠唱者の精神、想像力にその能力を依存する。ならば、発動する時にはイメージしなければならない。その、魔法の目的を、その魔法の本質を、その魔法の最高の状態を。

 その魔法は私を守るもの。痛みや傷に、慣れぬ為に。これは恐怖を守る魔法。恐れよ、さすればその身を守る盾とならん。さぁ、準備はできた、後は発動するだけだ。私の眼前にマスタースパークが迫る。これを防げなければ、死ぬ事は無かろうとも相当痛いだろう。日光を浴びる原因にもなり得る。それはとても恐い。だから、防がなければならない。

 私は両手を前に掲げ、その名を唱えた。

 

 「恐れよ––––––––オニロ・アイギス!」

 

 その瞬間、私の前に透けた虹色の壁が現れた。その壁は迫っていたマスタースパークを全て受け止め、崩れる事なく私の身を守り切った。いくつもの熱線を受けても、その壁に一切の罅も、欠けも、曇りもない。無傷のままに私への攻撃を阻んでいる。

 うん、成功だ。久し振りでも、案外何とかなるものだね。実は封印が解けた時からずっと気になってたので安心した。私は安堵の息を漏らす。そして、マスタースパークを防がれた幽香の反応を確認はどうだろう、と思い、彼女の方を見た。すると、彼女は吸血鬼が魔法を使うのは予想外だったようで理解ができないといった顔でこちらを見つめていた。

 

 「どうして、吸血鬼が魔法なんか使っているのよ」

 「私の持つ能力がそういうものだからかな」

 「でも、貴方は産まれながらに、吸血鬼の膂力を、その羽根を持っているじゃない。そして、あの家の姉妹が持っているグングニルとかいう槍や、レーヴァテインとかいう剣があるじゃない。どうせ、貴方も同じような代物を隠し持っているのでしょう? どうして、それを使わないの。どうして、力を持っていながら魔法に頼るの」

 

 幽香は全く理解できないといった感じだ。今の言葉で分かったが、きっと私と彼女、或いは私と他の鬼や吸血鬼などの妖怪とは根本的に考え方が違うのだろう。

 武道や魔法は弱者が強者に立ち向かうための武器であり、初めから力を持っている者が使うべきではない。使う事は自身の種族に対する侮辱であり、自身の無力を示す事になる。それが幽香の主張だろう。言いたい事はわかる。わかるのだが、私は理解はすれど、協調はしない。

 何故、貪欲に求める事がいけないのか。私は行ける所まで行く。私の方向性は主に知識面に偏るが、強く在りたいという願いは私にもあるし、魔法もそのために活用する。大体、魔法、というか知識は私が最初から持っているものなんだから、仕方がないだろう。それ以外には能力もないんだし。それに、初めから強かったがために努力せず、自分より強い誰かを超える事ができないというのは私には耐えられない。努力により、あらゆるモノを超えて行く事によって初めて成長できる。

 本来、知識とは努力だ。魔法とは努力だ。私はそれを初めから持っているが為にその努力の過程を飛ばした者だが、飛ばしたが故にその努力を理解する。この結果は多くの努力と命あって果たされるべきものであると理解して、魔法を作ってきた。私は証明する、その努力の価値を。人類の、魔法使いのその努力の先を行こう。努力の果てに勝利があるという事を私が証明し、その道の終わりが光あるものである事を示すんだ。これが努力の過程を飛ばした私の義務なんだ。

 あぁ、そういえば、幽香はスカーレットの武器についても触れていたっけ。少し熱くなってしまったテンションを戻す為にも、私はそちらの方に脳内の誰にしているのかもわからない説明を移す。封印されていた自分の記憶を明瞭にする為、とでもしておこうか。

 さて、スカーレット姉妹の持つ武器についてだが、お姉様はグングニル、フランはレーヴァテインといった、本物かどうかは置いておいて、神話上の武器を持っている。いずれも強大な力を持っている武器だ。まぁ、一応私もその系統の武器を持っているのだが、正直な所、あまり使いたくはない。

 理由は二つある。一つ目は単純で、私が魔法使い寄りの吸血鬼で、肉弾戦ができない事はないが好みではないという理由だ。これは別にいい。必要な時に使えばいいとかそんなレベルの話だ。問題なのはもう一つの理由だ。

 私の武器はフルンティングという剣で、これは叙事詩『ベオウルフ』を出自とする。当然、ただの剣ではなく、歴とした魔剣だ。私が問題とするのはその性質で、この魔剣、なんと血を吸って強くなる。北欧神話にはダーインスレイヴという血を吸い尽くすまで鞘に戻らないという残虐極まりない恐ろしい魔剣があるが、この剣は別にそういう事はない。出したい時に出せるのでそもそも鞘がないのだが、別に血を吸わないといけない、という事はない。

 じゃあ、何が問題なのかと。その理由は単純極まりない。

 だって––––––––

 

 吸血鬼と被ってるじゃん。

 

 この一言に尽きる。

 吸血鬼である私は血を吸う、フルンティングも血を吸う。設定丸被りじゃないか。よく転生ものの物語にいる神様がフルンティングにしたのなら、ちょっとクレーム入れたい。

 大体、基本的に人を殺さない私は大量の血を手に入れる事がないから、その限りある血はほとんど自身で消費する。そのせいで、フルンティングには大した量を吸わせてやる事ができない。相性最悪じゃないか、こんなの巫山戯てる。

  前述の通り、私は自身の能力のせいもあって、肉弾戦を好まない。なら、フルンティングを使う必要もない。また余計に使わなくなっていく。あぁ、クソッタレ、クソッタレにも程がある。一応、長い年月の中でそれなりに血を吸わせてはやったからある程度の剣となっているんだが、まぁ、やっぱりこの戦いでも使う気は無い。

 これだけの思考を数秒間のうちに脳内で繰り広げた後、私は不敵な笑みを浮かべた。

 

 「それは貴方が知る必要のある事かしら?」

 

 また煽るような事を言っているが、今回は別に煽りたくて煽っている訳じゃない。じゃあ、なんでこんな事を言うのか、だが。ハッキリ言おう。これだけの長考の内容を話すのは物凄く面倒臭いじゃないか!

 という事で、私はこんな事を言ってしまった訳だが、まぁ、当然幽香は煽られたとしか思っていない。

 

 「生意気、言ってくれるじゃない」

 

 怒気を含む笑みを浮かべながら、幽香は再び傘を構えた。

 やっぱり、幽香ならそう簡単に諦めたりしないよね。知ってたよ。でも、私は正直、早い所この戦いを終わらせて幻想郷の全てを見たい。なんでもいいから早く終わらせたい。だけど、幽香は普通に戦えばかなり粘るだろう。きっと彼女のタフネスは尋常じゃないはずだ。これじゃあ、マトモに戦うのは疲れるし、得策じゃない。よし、不意打ちでちょっと申し訳ないけど、

 

 「眠れ......シュラーフェン」

 「あ? 今貴方何か言った......って、何よ、これ......」

 「御免なさいね、今は貴方の相手よりしたい事があるから、戦いはまた今度ね。私の名はエリーナよ。私を探すなら、ご勝手に」

 「ま、ちな、さ、い」

 

 そう言い終えたところで、幽香は意識を失い、膝から崩れ落ちた。本来即効で眠る筈なのだが、流石幽香、精神力で10秒以上もたせた。これは戦わなくてよかったね。

 今の魔法はかなり効果発動判定がシビアで、こういう不意打ちでないと使えないんだけど、久しぶりに役に立った。

 よし、これで無事終了という訳だが、向こうの攻撃が先ず理不尽だったとはいえ、こちらも申し訳ない事をした。このまま放っておくのも悪いから、向こうに見える幽香の家なんだろうなぁって感じの家の椅子に座らせておこう。

 私は幽香を抱え、その家まで運んだ。幽香は全然重くなかった。やっぱり、妖怪とはいえ、体は少女か。そんな事を考えながら、椅子に座らせる。傍から見れば、眠ってるようにしか見えないから、これで問題ないだろう。

 

 「初日からとんでもない人に出会ったなぁ」

 

 幽香の言っていた通り、取り敢えず、博麗神社に行くべきだろうか。スペルカード・ルールも知らないという事になってるし。まぁ、幽香が行けと言ったのは「来世で」なんだけど。私はここに来るまで進んでいた方向にまた進み始める。だって、博麗神社の場所知らないんだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「舐めた事してくれるじゃない」

 

 椅子で目覚めた幽香は、自室の鏡の前で呟いた。その顔にはいくつかの落書きが見て取れる。どうやら、幽香はこれをエリーナの仕業と思い込んでいるらしい。

 こんな屈辱、初めてだわ。幽香は心の底から沸々と溶岩のように湧き上がって来る怒りを感じた。

 あの吸血鬼、絶対に、絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に

 

 「絶対にぶちのめしてやる」

 

 勿論、落書きなんてエリーナはしておらず、妖精、具体的に言うとチルノの仕業なのだが、それを幽香が知るのはまた当分先のお話。



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第四話【人形屋敷を訪ねれば】

 行く当ても土地勘も無く彷徨っていたせいで、幽香に出会った時はまだ夕方少し前くらいだったのにもう暗くなってしまった。日は沈み、その代わりに、光量のなさが故に闇を作り出す月が空から地を見下ろしている。そう、今は闇が、陰が、世界の全てを覆っている。

 

 闇の静寂は昼間は気にも留めない小さな風の音を耳へと導き、月下の丘では狼が「俺の時間だ」と言わんばかりに遠吠えを繰り返す。月光しか灯りがない視界は、まるで世界から色が失われ、世界がモノクロームになったかのようになっている。

 

 嗚呼、夜だ。これが、これこそが夜なのだ。長い間、闇の牢獄で眠っていた私はこの吸血鬼が生きるべき、妖が跋扈する『夜』という空間を五感の全てを以て感じ取っていた。その多幸感たるや、一つの魔術の進化の終わりを見た時に匹敵するほどであり、私はもう止まっている事すら耐えられなくなり、意味もなくアクロバティックな飛行を繰り返した。水を得た魚とは正しくこういう事を言うのだろう。

 そのまま数分程、飛行をしていたが、時間と共に燃えるような歓喜は収まっていき、夜の湖のような静かで穏やかな充足感が代わりに私の心を満たした。嗚呼、当たり前をこんなに喜べるなんて、私はなんて幸せなんだろう。

 

 まぁ、それは置いておいて。

 

 私は緩み切った顔一度叩いて引き締め、幸福感へと身を浸す前に私を悩ませた問題にもう一度立ち向かった。

 ここはどこで、私は今からどうすればいいんだ。幻想郷の地理なんて全く知らないから、どっちに何があるかなんてわからない。野宿は出来れば避けたい。転生してからの貴族的生活に慣れ切った私はもう野宿とか嫌だ。さっき周囲を見渡したが光は見えない。何処かに家はないものか。

 

 え? 吸血鬼なのに夜に眠るのか?

 尤もな疑問である。吸血鬼とは夜に生きる者、昼に眠り、夜に活動するのが道理だ。夜に眠る吸血鬼なんて、聞いたことがない。だが、私は夜に眠る。何故か。それは魔法の研究に於いては夜より昼の方が便利だからだ。

 

 幽香の時にも述べたが、魔法、特に私の創ってきたものは本質を重要とする。あらゆる側面からの本質の観測により、その性質の再現を可能とするのが私の主な魔法の基本になっていて、本質に近づければ、それだけ効果は強まる。それで、この手の魔法には本質に近づきやすい環境というのもあって、それが昼だ。何がその差を生むのかと言うと、太陽の有無だ。昼は太陽が直接世界を照らすが、夜には太陽が無い。太陽の代わりにあるのは月であり、その光で薄く地を照らす。だが、月は太陽の光を反射しているだけで結局その光は太陽のそれなのだ。『地を照らす月』の本質は太陽にある。故に、私の創る魔法に於いては昼の方が都合が良かった。勿論、魔法には様々な形があるから、研究するにしても本質に依る事がないものもある。強化魔法等はその類だ。あれは本質云々より、既存の能力の性能向上だから創るには昼だろうが夜だろうがそこまで変化はない。いや、寧ろ一時的な幻のようなものだから、夜の方が良いかもしれないくらいだ。

 

 まぁ、さっき私の創ってきた魔法は本質を重要とするとか言ったけど私は大体の魔法の道は作り上げて来たから、正確には私が得意とし使用する事を好む魔法、なんだけどね。魔法にも適正とか嗜好とかあるからね、私は聖が使うような肉体強化は趣味じゃないし吸血鬼の肉体と合わさって制御できなくなる事もあるから使おうとは思わない。

 

 閑話休題、もう一度今の問題に視点を戻すとしよう。私は主として夜に眠る。野宿はあまりしたくない。最悪、魔法でそこらに小さな家とか創ってもいいけど、魔力の動きが大きくてなんか騒ぎになったりしたら嫌だし疲れるからしたくない。さぁ、どうしたものか。

 解決策も思いつかないし脱線するしで悩みすぎて、宙で座禅組むような体勢になっていると、不意に上から何かの声が聞こえた。見上げると、暗闇でよく見えないが鳥が数羽何処かへ向かって飛んでいた。その姿を見て、私は閃いた。なんだ、簡単じゃないか。さっき、周囲を今の高さで見渡した時は何も見えなかったが、単純に高度を上げれば見つかるかもしれない。どうしてこんな簡単な事に気付かなかったのか。さては私、幽香に言われた「来世で」を引きずってるな。

 自分に呆れ返りながら、鳥がいた高さまで上昇し辺りを見回す。すると、案の定灯りが一つ、見つかった。恐らくは人の眼では見えないのだろうが、私は吸血鬼だから見える。そして、誰が住んでいるかもわからないからその誰かが眠らない内に行くべきだが、人の足では二時間以上かかるだろう。しかし、私は吸血鬼だから飛べるし、その速さは天狗に迫るから直ぐに行ける。フフ、吸血鬼に転生してて良かった。この楽さを一度知ると、人間に転生するなんて、相当なチート貰わなきゃやってられないね。

 

 唐突に始まった吸血鬼自慢を妙な誇らしさと共に締めながら、私は一息で、一瞬で、音より速く行くために、羽根を大きく羽ばたかせる。では、行くとしよう。あの灯りの––––––着いた。自分の思考すら追いつかないほどのスピードで来たせいか少し乱れた髪を整えつつ、下を見下ろして寸分違わず目的地上空で制止できた事を確認する。よしよし、飛行能力もそう鈍ってはいないな。ほぼ封印前の状態のまま維持されているようだ。

 

 「ではでは」

 

 この下に見える家に住む者が幽香みたいなタイプじゃない事を願いつつ、私は下降していく、のだが。「うわぁ」思わず、顔を顰める。私はここの名前を恐らくは当てる事ができる。うん、ここはきっと魔法の森だ。何故かって? だって、こんなに魔の瘴気に満ちている土地なんてそうそう無い。

 いや、でも、私が青ざめたのは瘴気のせいじゃ無いんだ。私は仮にも魔法使いであるからね、瘴気なんて大した事はない。私が吃驚したのはその風景だ。私が今まで思いを馳せていた魔法の森は、鬱蒼とした森の中に気味の悪い模様のキノコや変な形の草花なんかが生えていて魔の瘴気と合わさって幻想的☆みたいなRPGの典型みたいなものだったんだけど––––––––

 私は下降しながら思わず呟いてしまう。

 

 「ナ●シカかよ」

 

 そこは半ば某アニメーション制作会社の有名なあの作品に登場する腐海のような場所だった。正直言って、あまり入りたくはない雰囲気を醸し出している。これを人は避けて故にここに魔法使いが住むのか、人を寄らせない為に魔法使いが作ったのか、どちらにせよ、人を避けるには確かに最適だ。魔法使いでもこんなところ入りたくないわ。いや、まぁ、うん。確かにこれも幻想的だよ。でも、違うじゃないか。こういうのじゃない。この幻想は日常からの極端な逸脱によるものだ。そういうんじゃなくて、そういんのじゃなくて。

 

 行き場のない感情を抑え込みつつ、腐海の上に降り立つ。その時、私はこの家が誰の家か直ぐに判断する事ができた。同時にゾッとする恐怖を覚え、所謂SAN値が削れていっているのを感じた。ここは、きっとアリスの家だ。ショッキングな事象の二連続でグワングワン揺れる精神を固定しながら、私は大きく深呼吸した。

 なに、あれ。なんであんなに沢山の人形を窓際に配置しているの。もう窓がその役割を果たしていないじゃない。大体お分かりいただけただろう。そう、この家の窓という窓全てに人形がギッシリ置かれてる。ホラー映画で使われてもおかしくない程度にはある。しかも、結構な数がこちらを向いている。怖い。とても怖い。

 いや、しかし、こんなに人形を置いているとはいえアリスだ。東方では割と常識人枠に収まっているんだからきっとマトモな人格してるだろう。うん、きっとこの人形も人避けなんだ。わかるよ、私にはわかる。

 

 私の中で予想されるアリスの人の良さに付け入るようで感じる罪悪感と私の中で無理やりマトモにしようとしている理由づけでまた精神を揺らしながら、私は玄関の扉をノックした。すると、中でガタッと音がして「えっ、誰!?」という女性の声と共にドタドタとこちらへ来る音が聞こえる。直ぐに扉が開き、私は女性と顔を向かい合わせた。やっぱり。容貌から察するに、女性はあのアリス・マーガトロイドに違いなかった。私は密かにこの出会いに感動していたのだが、アリスはそのまま数秒制止していた。当たり前だ。こんな夜更けに誰とも知れぬ少女が訪ねてきたのだから。自己紹介すべきか。そう思った時、アリスは困惑気味に、私に問いかけた。

 

 「えぇと、あの、どなたかしら?」

 「あ、私の名はエリーナ・スカーレットよ。紅魔館の者なのだけど、今日初めてこの世界に出てきて迷ってしまったの。こんな時間に突然訪ねておいて何を言うのかと思うと思うし、本当に申し訳ないのだけど、あの、今夜一晩泊めて貰えないかしら?」

 

 アリスは私の一連の言葉を聞いて「あの家の」と小さく呟いて、2、3秒程考えた後「そうね」と納得したように言った。

 

 「泊めるのは良いのだけど、寝床がソファになってしまっても良いかしら?」

 「ソファ! 十分過ぎるくらいよ!」

 

 よし! 今日の寝床確保!

 私が心の中でガッツポーズしている事など知らないアリスは申し訳無さげにしている。

 

 「御免なさいね、折角の客人だからベッドで休ませたいのだけど。今日明日明後日と、最近忙しくて、体を休ませておきたいの」

 「いえいえ、謝るべきは私の方よ。こんな急に訪ねて御免なさいね」

 

 アリス超優しい。メチャクチャ優しい。昼間に遭遇したのが幽香という天災擬きだったせいで余計にそう感じてしまう。ほんま、アリスさんは天使やで。身のこなしも都会派と言うに相応しいもので、研究に篭ってばかりだった私は自分が凄い見劣りしているように感じる。凄い。これが、これがアリス・マーガトロイドか。感動に滲み出そうな涙を必死になって抑える。

 

 「まぁ、こんな所で立ち話もなんだし、どうぞ入って。人形が沢山あって怖いかもしれないけど、それはご愛嬌という事で」

 「うん、大丈夫よ。ありがとう。あぁ、そうだわ。貴女のお名前は?」

 「アリスよ、アリス・マーガトロイド」

 「じゃあ、アリス。お邪魔させていただくわ」

 

 私はアリスの促されるままに家の中に入っていく。こうして、私は幻想郷に来て初めて身内である紅魔館の者以外と対話をする事になり、最初の夜を過ごす。そんな新たな体験に、私はこの時、心躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしよう、今晩、吸血鬼の少女を家に泊めることになってしまった。吸血鬼を招き入れても大丈夫かな?そう思いつつ私は、吸血鬼の少女を家に招き入れながら、内心物凄くビビっていた。

 

 私の名前はアリス・マーガトロイド。魔法の森に住んでいる魔法使いだ。魔界生まれ魔界育ちで、色々あって幻想郷に来た。性格は基本的に暗い。根暗で卑屈で鬱屈で、と、そういった風に評されるような中身をしている。中身を、というのは少し事情がある。

 何かと言うと、マイナス思考を詰め込んだような私だが、無駄で尚且つ悲しい事に見栄だけはあった。凄くあった。その結果として、私は幻想郷に来てから『魔界から来た都会派魔法使い』を自称し、そしてその人物像を演じて来た。周りから見れば、なんとかクールなイケてる魔法使いである事ができているのかもしれない。だが、この内面を知っていると私は滑稽な事この上ないのだろう。実際、私自身この状況のことを考える度に思い溜息が思わず溢れるのだ。そして、今日もまた、都会派魔法使いを演じた。演じてしまった。その結果として、吸血鬼の少女を家に招き入れ、泊めることになってしまったのだ。

 

 泊める少女はどうやらスカーレット家の者らしいが、これは凄く困る。スカーレット姉妹の奴が安全かどうかなんて判断できない。レミリアは傲慢な吸血鬼だが割とマトモだ。だが、聞く所によると妹のフランドールは相当ヤバイらしい。つまり、私の知っている二人は極端で、そのデータからこの少女がどうかを判断は出来ないということだ。

 さっきの応対や、態度を見るにエリーナはマトモなようには見える。見えるのだが、ここは幻想郷で相手は吸血鬼。実際どうなのかなんてわからない。幻想郷は初めてみたいな事も言っていたから、ルールなんて知らなくて襲い掛かってくる可能性も否定できない。私はもう招き入れてしまったのだから、今晩襲われたりする事がないよう祈るしかない。いざとなったらこっちも攻撃はするが、吸血鬼にどれだけ対抗できるか。

 

 嗚呼、明日の朝に私が惨殺死体になっていたりしませんように。

 

 アリスは心の奥底に不安を募らせる。彼女は知らない。恐らくはこの吸血鬼が幻想郷でも屈指の全方面に友好的な妖怪である事を。この吸血鬼が彼女と同じ魔法使いで向こうからはその為に親近感を感じられている事を。



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第五話【機械仕掛けの神】

「えっ、貴女魔法使いなの?」

 

淹れたての熱いコーヒーに角砂糖を放り込みながら、アリスは驚きの声をあげる。

それに対して私はイエスと取れる軽めのドヤ顔をする。

先ほどアリス邸に招き入れられた私は出されたコーヒーを飲みながらアリスと談話を楽しんでいる。

アリス邸の中は人形だらけだ。作業の後があちこちに見られる職人の家みたいなことになっているが、ある程度インテリアや雑貨も置いてあって普通の家っぽさを演出している。

人形の数が多すぎるせいでそれは機能していないが。

というか個人的にはアリスがコーヒー派なのに驚いた。

東方の知識的には紅茶派のイメージがあったから物凄く意外である。まぁ、お陰で久し振りにコーヒーが飲めたが。

 

「そうよ。種族は吸血鬼、職業は魔法使いという特殊なプロフィールだけど。まぁ、吸血鬼なんて変人ばかりなのだから大丈夫でしょう。

あ、因みに紅魔館のパチュリーの扱う魔法は大体私が創り出したものね」

「あー、なるほど。通りで彼女の魔法は見覚えがないものばかりな訳ね。合点がいったわ」

「自分で大丈夫と言ったけれど、吸血鬼の魔法使いなんて珍しいでしょう」

「えぇ、珍しいというか初めて知ったわね。吸血鬼は元から強大な力を有している種族だもの。魔法を持つ必要なんてないと思っていたわ」

「私の能力?が魔法に向いていたから。自然とそういう風になったのよ」

「魔法向きの能力?」

「えぇ」

 

アリスが混ぜ続けていたコーヒーにようやく口をつけ何だろうという風な顔をするが、見当もつかないといった様子である。

まぁ、わかる訳ないよね。結構ヤバイもんね。

 

「わからないわね、どういう能力?」

「全ての理を知っている程度の能力、よ。どう?魔法に向いているでしょう」

「こ、この世の全てを知っている程度の能力.....!?」

 

 

驚きすぎて開いた口から涎が垂れそうになったらしく、ハッと口元を抑える。

そんなアリスの反応はまぁ大方予想通りだった。

というか大体の人がこういう反応になるからね。

仕方ないね。ヤバイもんね。

傲慢さに満ちた渾身のドヤ顔をしていると、涎を拭いたアリスがマジで?って顔で問いかけてくる。

 

「全ての理を知っているって.........?」

「文字の通りよ。私は物は下に落ちるということから世界の真理までありとあらゆることを知ってるわ。勿論魔法のこともね」

「つまり、あなたはどんな魔法でも使えるの?」

「えぇ、全てを知っているもの。魔法を使うなんて造作もないことよ」

「それは......スゴイわね。流石は吸血鬼のお嬢様といったところね」

「そう?でもね、この知識のせいで私はずーっと闇より暗い闇の底に封印されていたのよ。良いことばかりじゃあないわ」

「知識のせいって、貴女は何かをしたの?」

「そうね、私はやり過ぎたのでしょうね」

 

そう、私はやり過ぎた。

やり過ぎてしまったのだ。

 

ニヤリと笑い、不思議そうな顔をするアリスに語りかける。

 

「アリス、あなたは多分完全自立型魔法人形を作ろうとしているのでしょう?」

「.........そうだけれど、何故わかったの?」

「有識者が見ればわかるわ。それにそこの人形に魔法の残りが入ってるもの。それも独立した行動をさせようとする魔法のものが」

「正解よ。私は意思を持つ完全自立型魔法人形の作成を目標にしているわ。だけどそれがどうしたの?」

「完成しても、やり過ぎないようにしなさいね」

「えぇっと、急すぎて話に追いつけないのだけれど、私の目標と貴女の封印に何か関係が?」

「関係大有りよ。私の封印の理由は完全自立型魔法人形を作ろうとしたからなの」

「...........それだけで封印されたの?それが封印の理由になり得るとは思えないけれど」

 

 

そう、それだけなら封印なんてされない。

ただの完全自立型魔法人形なら、封印なんてされない。

つまり私が作ろうとしたのはただの魔法人形ではない。

私は禁忌を犯した。

 

「私が作ろうとした魔法人形の名は、デウス・エクス・マキナ。世界の全てを操る神の魔法人形よ」

 

そう、私はかつて、神を作り出そうとした。

 

「デウス・エクス・マキナ?」

「演劇ってあるじゃない。あれに使われる言葉で機械仕掛けの神とも言われるわね」

「機械仕掛けの、神?なんだか嫌な名前をしているわね」

「そうね、中身もあまりよく思われないわ。機械仕掛けの神っていうのは物語の最後に、全ての因果関係を繋ぐことなく神の手で問題を解決するという演劇の技法よ。

たとえ、自分のせいで邪智暴虐の王によって処刑されようとしている親友のために走ろうとも。たとえ、悪魔が満足したら魂をやるという男を満足させようとしようとも。それは全て徒労に終わる。

男が走っても親友は神が救うだろうし、悪魔が男を満足させても神が男を救うでしょう。神様が全てを終わらせる。因果律は成立しないのよ」

「聞く限り、確かに私は好きではないわね」

「私はこの神を創り出そうとした。運命も未来も将来も、全てはその神の一存で決まる。私はそんな機械を創り出そうとした」

「それは確かに、封印の理由には十分過ぎるわね」

「そう、だから私は封印されたのよ。今は反省しているんだけど、私は貴女には似たような過ちを犯して欲しくなくてね」

「大丈夫よ、そこまでの知識は私にはないもの。きっとそれは貴女だからこそ成し得たことなのでしょう」

「それもそうね」

 

少々気にし過ぎたのかもしれない。

確かに私はあれを知識総動員で作り出した。

私が作らなかったら誰も作れない。未来永劫見ることもないはずだ。

 

「あまり過去を振り返ってばかりでも仕方ないわね。未来を見て進んで行かなきゃ」

「フフッ、前向きでいいわね」

「貴女も何かわからないことがあれば私に聞くといいわ。あまりに進展がない時なんかにね」

「そういう時が来ないことを祈っておくわ」

「応援してるわ。魔法人形の作成、頑張ってね」

「ありがとう。っと、もうこんな時間。そろそろ寝ましょうか」

 

アリスがコーヒーを下げ、奥から毛布を持ってくる。

どうやら私のために出してくれたらしい。

ありがたいことだ。

 

「ありがとう、アリス。ソファ有り難く借りさせて頂くわ」

「いえいえ、じゃあ私も寝るわ」

 

アリスがグッと伸びをしながら欠伸をする。

 

「ええ、いい夜を」

「おやすみなさい」

 

明かりは消え、アリスが階段を上がっていく。

部屋は静寂に包まれ、私の意識は眠りの中に落ちていく。

そうして、私の幻想郷初日は終わりを告げた。






遅くなったのに出来が悪くて申し訳ない。


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第六話【さらば、アリス】

「貴方なら、貴方こそが−−−−−−−−−−−−−−−−−−−」

 

気がつけば私はどこだかわからない場所にいた。

ノイズに塗れた声が、前も見えないような嵐の向こうから微かに聞こえる。

私はその声に聞き覚えがあるのに、知っているのに誰だったかが思い出せない。

誰だった。知っている、知っているんだ。

なのに、わからない。どうしてもわからない。

考えている間に、身体をノイズに侵されているかのように音が痛みに変化する。

痛みに呻き、膝をついて俯くと、その声の持ち主が私の側に歩み寄ってくる。

誰なのか見るためにと顔を上げようとするが、何故か体が思うように動かない。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。貴方なら何も心配することはない。

心配せずに運命に身を委ねればいい」

 

 

「っ!!!」

「エリーナ?大丈夫?」

 

目の前には茶色い天井があった。

周りを見渡すと、私はソファにいて、アリスが心配そうな様子で私を見ている。

どうやら私は眠っていたらしい。

 

「..........夢」

「貴女、物凄く魘されていたわよ?顔色も悪いし、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。ちょっとした悪夢を見ただけだから」

「なら、いいのだけれど.........あ、そうそう朝食用意してるわよ。

レミリアも普通の食事を美味しいと言って食べていたし、貴女も多分食べれるでしょう?

落ち着いたら食べましょう」

「もう落ち着いたし、直ぐに頂くわ。長く置いていくのも申し訳ないし」

「そう?じゃあ、コーヒー淹れるわね」

「あぁ、ありがとう」

 

テーブルにはトーストやサラダなどが用意されている。

美味しそうだ。

アリスがコーヒーを淹れている間に昨日と同じ席に座り、近くの鏡を見る。

顔色は悪いが、他には特に変化は見受けられない。

あの夢はなんだったのだろうか。

明晰夢だったが、夢にしては記憶が明瞭過ぎる気もするし、内容も普通とは思えない妙なものだった。

あの誰かが誰だったのか。かなり気になるが、あの感じだと今考えても思い出せないだろう。

不意に思い出すというのを期待するのが現状では良いんじゃないかな。

まぁ、あの夢が何でもないもので私の杞憂だったというのが一番良いパターンだが。

 

「さぁ、コーヒーが入ったわよ」

「ありがとう、頂くわ」

「トーストにはそのジャムを使ってね。あぁ、それと全部は魔法の森の物は一切使ってないから大丈夫よ」

「あー、自覚はあったのね」

「だってこんな場所だもの。私だってこの森の物なんて食べられないわ。ま、近所の魔法使いさんはキノコなんかを食べているようだけど」

「ってことは食べられるのね一応」

「食べれるとしても食べたくはないけれど」

「そうね、遠慮したいところね」

 

朝食を食しながら、会話を楽しんでいるとアリスが何かを思いついたような顔をする。

 

「エリーナ、貴女今日何処へ行くの?」

「今日は博麗神社ね。昨日の昼間にとある人から弾幕勝負ってのを知りたければ博麗神社に行けって言われたの」

 

来世でだが。

 

「そうなの。霊夢、博麗神社にいる巫女なのだけれど、彼女は多分面倒くさがって話が中々進まないでしょうね。

私が紹介状を書くわ。ほんの少し位なら効果はあるんじゃないかしら、多分」

「ありがとう!アリスにはお世話になりっぱなしね。また一度帰ったら、お礼しに来るわ」

「まぁ、たまの客人は私の気分転換になるし、そこまで気を遣わなくていいわよ?利用されたくらいに思っておけばいいんじゃないかしら」

「そうはいかないわ、私だってスカーレットの者なんだから。私達一族はどうやら知られているらしいし、お姉様の顔を立てないとね」

「そう?じゃあ、楽しみにしてるわ」

「えぇ、楽しみにしていてちょうだい。喜ばせて見せるわ」

 

そのまま他愛ない話を続け、優雅な朝食を終えるとアリスは直ぐに紹介状を書いて持たせてくれた。

 

「今、9時過ぎだから今から普通に飛んでいけば博麗神社には15分もあれば着くわ。方向は向こうの方よ」

 

アリスが指差す方をしっかり確認する。

また迷うのはご免だ。

 

「この時間なら霊夢も普通に起きてるんじゃないかしら」

「ありがとう、アリス。物凄く助かったわ」

「フフ、そんなに何度もお礼を言わなくてもいいわよ。貴女のような魔法使いに会えたことが私に変化をもたらしたかもしれないしね」

「そうである事を願うわ。じゃあ、魔法人形作り頑張ってね」

「えぇ、頑張るわ」

「じゃあ、またねアリス!」

 

言い終えると同時に森の上まで上昇する。

下を見ると、アリスがこちらに向かって掌をヒラヒラさせていた。

このままここにいると、アリスはずっと掌をヒラヒラさせていそうだから直ぐに離れよう。

アリスが指さした方向に向かって羽をはためかせ、空を駆ける。

 

さぁ、目指せ博麗神社。目指せ今日中に弾幕習得。



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第七話【霊夢の弾幕ごっこ講座】

博麗霊夢、という人が幻想郷にはいる。

幻想郷の結界を司る神社、博麗神社の巫女をやっている少女だ。

夏だろうが冬だろうが腋丸出しの、紅白の巫女装束を着ている。

前世でよく描かれていた彼女の特徴は大抵、面倒くさがり、あまり動揺しない、無関心、守銭奴、妖怪に対して無慈悲、などがある。

私のイメージもそうだったし、アリスの発言からして、この世界の霊夢もそういう感じだとわかった。

だからこそ、アリスは紹介状を持たせてくれたわけで。

ただ、私には想定外のことがあった。

 

「エリーナ?大丈夫?喉乾いてない?お茶用意したほうがいい?あ、お腹減ってない?」

「あ、うん。大丈夫、大丈夫だよ」

 

ここの霊夢は物凄くレズレズしい。

私が神社に着くや否や彼女は目を輝かせながら私の元に駆け寄ってきて、その時は参拝客を期待したのかと思ったが、直ぐに発した言葉がその可能性を否定した。

 

「可愛いーーーーーー!!!」

 

突然の可愛い発言に驚いた私がオドオドしてるのを見て、彼女はまた「可愛い」と言い、無理矢理私を神社の中に連れ込んだ。

それで今に至るわけである。

 

「えーっと、巫女、さん?」

「博麗霊夢よ!れいちゃんて呼んでくれてもいいわよ!!」

「いや、それは遠慮しておくのだけれど、明らかに妖怪の私を神社の中に連れ込んでもいいの?名前からして吸血鬼ってわかるでしょう?」

「何言ってるの!いいに決まってるじゃない!こんなにも可愛いんだから」

 

はっきり言ってこの霊夢に私はついていけていない。

可愛いからいいってどういうことだ。

というか、これは皆に対してこうなのか。女好きなのか、ロリコンなのか。少なくともアリスに対しては面倒くさがりなイメージ通りらしい。

アリスは控えめに言って美人だ。そんなアリスに反応しないということはロリコンの線が濃い。

 

「ま、まぁ、あなたがいいのならいいのだけれど........それで霊夢、弾幕ごっこを教えて欲しいのだけれど....」

「弾幕ごっこ?知らないの?」

「えぇ、実は....」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね、昨日に封印から解けたなら私があなたのことを知らないわけね」

 

話しているうちにある程度落ち着いた霊夢が、何度も頷きながら呟く。

 

「えぇ、それでとある人に弾幕ごっこを博麗神社に教えてもらえと言われたから」

 

何度も繰り返すようだが、来世で、である。

実は結構この言葉、私は引き摺っている。

幽香にこんなこと言われたのだ。そういうキャラだとわかっていても少しショックだった。

 

「まぁ、弾幕ごっこをできるようになるのは簡単なんだけど。あまり知られていない。というか知らせてないけれど、実は弾幕は弾幕を目視した経験がある状態で撃とうという意思があれば出せるわ」

「そんなに簡単なの?」

「えぇ、紫、あぁ、紫っていうのは幻想郷の賢者って言われる八雲紫のことなんだけど。彼女が意識に働きかける術を組み込んだらしいわ」

「なるほど」

 

紫結構凄いな。

現象や一定の状態を満たした状態で可能になる、というのを術式で作ろうとすると、相当複雑なものになる。世の中の現象自体に干渉するものになるし、意思にまで干渉するとなると、更に難しくなる。

まぁ、私は普通に作れるが。それは全ての理を知っているからで、そんな私だから言えるがこの術は数百年程度で身につくものではない。

つまり紫はかなり歳をおっとこれくらいにしておこう。

というか逆に言えば、

 

「連鎖的に覚えていくのなら、大元となる人がいるのかしら?」

 

少し驚いたような顔をしたが、直ぐに霊夢は答えを返す。

 

「そうね、いるわ。始まりは先代の巫女、彼女は体内に存在する魔力だとか霊力だとか気力だとか言われる力を撃ち出すことが出来た。能力ではなく、技術でね。能力じゃないということは誰でもできるということ。紫はそれを利用したの」

「その紫って人、賢いのね」

「そうね、恐ろしいほどに賢くて、狡賢くて、幻想郷の為なら非情で、何を考えてるのかわからない奴よ」

「ふーん、機会があったらその姿を拝見したいものね。それじゃあ、そろそろ弾幕っていうのを見せてもらっていいかしら?」

「えぇ、はい」

 

霊夢が手を空に向けると、そこから光の玉がボシュンという音と共に出てきた。

それは虹色に光っていて綺麗だけど、触れてはならないという感覚を感じさせるだけの明らかな危なさは持っていた。

弾幕(と言っても一つしかないが)が消えるのを見届けてから、霊夢はこちらを向き、微笑んで、手で促すような動きをする。

なんか、さっきの感じのせいで微笑んでいるのが少し怖い。

 

「じゃあ、やってみて?」

「えぇ」

 

同じように空に手を向け、念じてみると、思ったより簡単に弾幕は出た。

霊夢のと何も変わらない弾幕で、少し飛んで消えた。

 

「おー出たわね。そういえばエリーナ、貴方、スペルカードの事は知ってる?」

「スペルカード?」

 

当然知っているが、まぁ誰もが予想できるように知らないふりだ。

 

「スペルカードっていう、まぁ、弾幕ごっこの大技ね。人によって数は変わるけど、大体のやつが持ってるわ。知らないようなら作ったほうがいいわ」

「どうやって作るの?」

 

私もスペルカードの作り方までは知らない。

これは素直に聞こう。

 

「自分で名前付けてすごい弾幕を撃つのが良くあるパターンなんだけど、それが苦手な人とか用に、掌が収まるサイズの紙に手を乗せ、念じればその個人の能力や個性が反映されるってのもあるわ」

「へぇー、じゃあ、私は後者を取ろうかしらね」

 

正直、厨二病的スペルカード名を考えるのはちょっと前世持ちの私にはキツイし悩みそうなので、後者で行かせてもらおう。

どういう名前が出てくるのか。

霊夢が机の上から取った紙、文々。新聞と書かれたそれに私は手を乗せ、念じる。

すると、さっきまでは灰色でインクの匂いがほのかにしたそれは小さな紙となった。

 

「選符『オッカムの矛盾忌避』、ね。何か心当たりは?」

「あるわね、私がやっていた学問と関連しているわ」

「そう、なんだか小難しい名前だわね」

 

オッカムの矛盾忌避、これはきっとオッカムの剃刀から来ているのだろう。

私は全ての理を知っている。

だからそれを使っての行動に移したが、一方で私は理に含まれない、答えのない学問に傾倒した。哲学である。

その中にオッカムの剃刀というものがあるのだ。

簡単に言うと、ややこしいのは矛盾があるかもしれないから単純なのを選んでいこうっていうことだが、スペルカードになってそれが直球になったな。

 

「じゃあ、あと2枚くらい取り敢えず作っておく?」

「ん、そうしようかしら」

 

霊夢が適当に取ってきた紙を同じようにスペルカードに変えていく。

出てきたスペルカードカードの名前は、

悔符『囚人の合理的結論の結果』

喜符『快楽説の矛盾迷宮』

となった。

どうにも私のスペルカードは単純さに欠けるように思えるけど、まぁ、なんだかカッコいい気がしないでもないからいいだろう。

私が自分のスペルカードを持てたことに喜びを感じていると、それを見た霊夢が問いかける。

 

「弾幕ごっこ、してみる?」

 

霊夢の提案は願っても無いことだった。

なら私の答えは当然、

 

「えぇ!是非やらせてもらうわ!」

 

となる。



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第八話【弾幕ごっこ】

それなりの時間が経って、もう10時過ぎになっていた昼前の幻想郷は暑かった。

カラリとした夏の暑さと、それに熱せられた地面からの攻撃が私達を襲う。

この暑さには少々気が滅入るが、まぁ、夏なんだから当たり前。我慢しないといけない。

下に霊夢を連れて、吸血鬼なので、少し傾いた日の光に当たらぬよう傘の角度に気をつけながら、博麗神社の上へと昇っていく。

 

「中々に、この世界は暑いわね」

「えぇ、夏だもの」

 

視線を感じる。私は霊夢の方へチラリと目を向ける。

霊夢もこちらへと視線を向けていた。

喜びに満ちた瞳がキラリと輝いている。

だが、その視線はどうにも私のスカートの中に向いているようだった。

要するに私のドロワをガン見しているのだ。

やはりというかなんというか、彼女がロリコンなのかは知らないが、どちらにしろ、この霊夢は相当な変態のようだ。

同性だし、直接的な行動じゃないから、指摘するべきかどうか悩むところだが、取り敢えずは放っておこう。

別に減るもんじゃなし。

あれだけの好意を示してくれたんだ。

これぐらいは見せてあげよう。

 

「ここぐらいでいいかしらね」

 

少し下の方で霊夢が静止し、私に下がるようジェスチャーする。

私のドロワをいつ鼻血を出すかわからないような状態でガン見しながら、キチンと高度の事を考えていたことに、少なからず驚愕しながら、霊夢に合わせるようにして静止する。

 

「高いわね。博麗神社が小さくて、まるで小さな箱のようだわ」

「高い方が避けるのにも楽なの。低いと森や建物が邪魔になってしまうから」

「なるほどね」

 

逆に言えば、それほどアクロバティックな動きを要求されるということだろうか。考えすぎ?

 

「じゃあ、こんな所に長々といるのもなんだから、早いとこ始めましょう」

 

霊夢は全身をコキリコキリと鳴らした。

 

「最初のうちはちょっとぐらい手加減するから、本気で来てね」

「うん、わかったわ」

 

なんだか射命丸みたいなことを言うなぁ。

会ったこともない天狗の事を想像しながら、ふと思った。

でも、霊夢がこんな感じなら、射命丸も私のイメージ通りではないかもしれない。

イメージとどれほど違ってくるか、楽しみにしておこう。

まぁ、今はそんなことはどうでもいい。

取り敢えずはこれからの弾幕ごっこが問題だ。

これは所謂チュートリアル。

ここで弾幕ごっこを掴んでおかないと。

 

「じゃあ、私が弾幕を放った時が開始の合図、ってことでよろしいかしら?」

「構わないわ、いつでもどうぞ」

「よーい....どん!」

 

最初から全力で行くために唱えた言葉と共に、弾幕ごっこ開始を告げる光弾が私から放たれた。

霊夢は欠伸をしながら、私から連続して放たれる光弾を寸前で避ける。

余裕綽々といった感じで、「そんなんじゃ当たらないわよ」とギリギリ聞こえる程度の声量で言いながら、光弾を危なげなく避けていってしまう。

この段階で彼女はまだ、一切の弾幕を発射していない。

私の様子次第ということだろう。

きっと、『初心者相手に始めから撃つのは、可哀想だ』なんてことを思っているに違いない。

あ、勘違いされるだが、こういう対応をされたことに対して、憤怒の思いが湧き上がってきたとか、別にそういうわけではない。

その余裕の表情を崩したいなぁ。

ただ、そう思っただけである。

だから、私は、崩すための手段となり得るものを前方にかざした。

 

「選符『オッカムの矛盾忌避』」

 

その札が輝きを放つと同時に、霊夢の横に、大量の弾幕の壁が結界のように広がる。

そして、霊夢の眼前には、弾幕によって、六つの道のようなものが発生した。

左端は何の障害もなく、壁無き所まで一直線にいけるルート。

右端はかなり入り組んでるように見えるルート。

間にあるルートは左から少しずつ入り組んで行っているように思える。

 

「さぁ、選びなさい!貴女は選択しなくてはならないわよ!」

 

急かす声に、彼女は一切耳を傾けることなく、一番入り組んだ道を選択する。

 

「あら残念、外れね」

 

このスペルカードは左端の直線が最も容易に進めるルートのようだ。

ある事情を説明する時に、必要以上に多くの事を仮定するべきでない。というオッカムの剃刀から来ていることは自明だし、そこから察すると、必要最低限の左端がこの原理に対して最も良い選択であり、必要最低限から程遠い右端が最も悪い選択となる(良し悪しで決めるのは少々宜しくないような気もするが)。

恐らく、霊夢は入り組んだ道の中、多くの弾幕に襲われていることだろう。

でも、まぁ、きっと、この程度では終わらないだろう。

 

「ふぅ、中々面倒くさいスペルカードだったわ」

 

ほら、やっぱりね。

弾幕の中から出てきた霊夢は大して心の動いた気配もなく、余裕のままに浮かんでいる。

私を見て、微笑む姿は穏やかで、弾幕ごっこをしているようには見えなかった。

やはり、弾幕のプロフェッショナルは格が違った。

 

「中々やるわね、エリーナ。ここからはこちらからも攻撃させてもらうわ」

 

霊夢は少しだけ、表情から穏やかさを取り去って、言い放った。

オッカムの矛盾忌避に成果が見られないことに、私は少なからず落胆していたが、どうやらそれなりの成果はあったらしい。

ようやく、弾幕ごっことは名ばかりの、私から霊夢に大して一方的に行われる的当てゲームは、双方が弾幕を放つ本当の弾幕ごっこへと変化するのだ。

かなりの喜びを感じていると、そんなことを知らない霊夢は容赦なく弾幕を放ってきた。

慌てて回避行動に移り、ほとんどの弾は空の彼方へ飛んでいくこととなった。

だが、なんだか一部の弾は追ってきているように感じる。

あ、そうか。霊夢の弾幕には、ホーミングもあるんだ。

 

「やっば....!」

 

初心者には厳しいホーミング弾から逃げつつ、弾幕を放ち続けるが、霊夢が放ち続けるそれは、一つ消えればまた一つ現れを繰り返し、私の行動を制限してくる。

厄介にも程がある。

私がホーミング弾を嫌いになりそうになりながら、逃げ続けていると、不意に、私は前方に嫌な気配を感じた。

 

「頑張ったわね」

 

マズイ。

ホーミング弾に気をとられている内に霊夢が目の前まで接近していた。

霊夢は、その言葉と共に弾幕を放つ。

迷いなく私に接近してくる光に照らされて、眩んだ目を閉じた瞬間、私の体に衝撃が走る。

霊夢の放った弾幕の一つが当たったのだと理解するのに1秒もかからなかった。

一瞬の怯みから回復し、目の前に霊夢の姿を捉えた時、彼女は呟いた。

 

「勝負あり、ね」

 

その霊夢の穏やかな言葉は、私の心を刺激した。

負けた。敗北した。

人生初の敗北だった。

勝利の愉悦、あるいは辟易しか知らなかった。

敗北を知りたい、なんていう事を考えたことのなかった私は少しどころか、強烈な悔しさに見舞われた。

そんな私の心情を察してか、霊夢が少し気まずそうな顔をする。

 

「まぁ、悔しいでしょうけど、貴女は初心者だし、私は熟練者だし、ね?」

「....そうね、まだ、初心者だものね。また、強くなったら貴女に挑戦するわ」

「うん、頑張って頂戴ね」

 

私を笑顔にさせようと、微笑む彼女に釣られて笑うと、彼女の微笑みも自然なものへと変わっていった。

駄目な弾幕だったと思ったが、そんな過去はどうでもいいやと思い直した。

より強く、より美しい弾幕を。

そんな私の思いに共鳴するように、蝉の鳴き声が木々の隙間を埋めた。



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第一章【Revenge of The Heat】 第一話【陽炎】

儂は無縁塚に生まれ落ちた。

母親によって無縁塚で産まれたわけではない。

気がつけば、いた場所、儂が『儂』として発生した場所が無縁塚であった。

目覚めればそこにいた自分には記憶がなく、知識もなく、皮肉のように常識だとか言われる生き足掻くには必要ないものが宿っていた。

所持品は、衣服と刀一本。それだけだった。

刀を抜こうかとも思ったが、抜こうとするとなんだかいけないような気がしてやめた。

目覚めて現状確認した後、最初に目にしたのはたまたま開いていた本の、男の写真が載った1ページだった。

男の名前も載っていて、儂はその名を読むことができたが、さしたる事ではないと本を投げ捨てたことを覚えている。

一頻り考えた後、何も思い出せぬし訳もわからんと、半ばヤケクソ気味に歩き出した。

しばらく歩くと、村のような所へ辿り着いた。

漸く人のいる所へ来れた。儂は安心して、村へと足を踏み入れた。

皆は見知らぬ人である儂を歓迎してくれた。

記憶が戻るまで、ゆっくりしてけばいいと言ってくれた。

ただ、流石にタダで居るというのも居心地が悪いので、儂は仕事を手伝うようになった。

仕事をしていて、怪力を発揮した儂は、自分が人間でないと知った。

それでも、人間でないとわかっても、皆は居させてくれた。

ありがたかった。

ある日、名前がないのは困るから、仮の名前をつけようと言われた。

少し考えて、無縁塚で見たあの名を思い出した。

儂は直ぐに言った。

 

「多聞。山口多聞と名乗っていく」

 

いい名だと、皆は言った。

幸せだった。

だが、その幸せは長くは続かなかった。

ある日、山菜狩りに行った儂は村から煙が上がっているのを山から見て、驚き、跳ねるようにして村へと戻った。

戻った私の眼前には、そこにはもう、私の知る村はなかった。

村などなかった。そこにあったのは燃える家々と、血に染まった皆の屍だけ。

儂は叫んだ。皆の名を、繰り返し、繰り返し、叫んだ。

すると焼ける建物の影から、ゆらりと化け物が姿を現した。

 

「なんだ、まだ生き残りがいたか」

 

その姿を確認した瞬間、儂は腰に差した刀に手を掛けた。

それを抜いたことはなかった。

ただ、刀を何処かへ置いて離れていくと言い知れぬ不安が感じられたために持ち歩いていた。

儂はゆっくりと刃を鞘から引き抜いていった。

初めて見たその刃は、美しい銀色で、どうしてだか薄っすらと緋を灯していた。

怒りを露わにする儂に化け物は言った。

 

「ん?そりゃあ、普通の刀じゃねぇやな。こんな辺鄙な所で妖刀を見つけるなんてツいてら」

「お前が、お前がやったんだな」

「なんだ、ウルセェなぁ」

 

歩み寄ってくるそれが思い切り腕を振り上げた時、儂の意識は途切れた。

 

 

気がつけば、そこには真っ二つになった化け物の死体が転がっていた。

死体は切り口から少しずつ燃えていて、血の付いた刀を見た儂は、自分が殺ったことと刀に焔の力があることを知った。

皆が死んでしまったことの悲しみのあまり、地に手をつけた儂の流した涙が刀に落ちた時、血に隠れていたその名が見えた。

刀の名は、『陽炎』であった。

儂は陽炎を握りしめ、妖怪への復讐を誓った。

 

それから儂は刀術の鍛錬に励んだ。

続けた年は500を過ぎた辺りから数えるのをやめた。

ひたすらひたすら、刀術の鍛錬に励んだ。

 

儂は今、この世界の空にいる。

悠然と眺望絶佳の景色を見下ろしている。

 

「さぁ、異変を起こすとするかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配せずに運命に身を委ねればいい」

 

そう言った彼女は誰だったのか。

霊夢に礼を言い、行く当ても無く彷徨う私は、その事ばかり考えていた。

今朝は取り敢えず考えないことにしたが、どうにも引っかかってならない。

お母様ではない、お姉様ではない、長く会っていない妹でもない、咲夜でも美鈴でもパチュリーでもない。

その声は確かに聞き覚えがあるのに、絶対に知っている声なのに思い出せない。

 

「あぁ、もう。苛つくなぁ」

 

『知らない事』への違和感が私の中で募っていた。

どうして知らない。知っているのに何故知らない。全てを知るものが何故知らない。私の能力は理屈だけで知識ではないという事を誰よりも分かっているのに、何故か私は苛立つばかりだった。

心の奥底の私の智に対する吸血鬼の誇りのようなものが、チリと焼けるのを感じた。

待つしかないのがもどかしい。

こうなれば、永遠亭にでも行ってそういう薬がないか聞いてみようかな。

あ、因みに私の魔法で云々というのは無理。

記憶の探索や、操作をする魔法はあるけれど、それは睡眠や気絶といった状態でないと使えない。平常時だと自動的に精神が防衛反応を示すからだ。

かといって、パチュリーやアリスに頼めるほど、容易に扱える魔法じゃない。

魔法での解決は今は無理とするのが妥当な所だろう。

ま、永遠亭に行こう。



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第二話【竹林に揺らめく焔】

私は今、歩いている。

ひたすらに足を前に出し、ひたすらに大地を踏みしめている。

 

ここはどこだろうか。

 

ふわりと浮き上がる感覚を覚えそうなほど、ぼんやりした気持ちで周りを見回しても何も状況は変化しない。

周りに見える竹がサァサァと靡いている光景はついさっきまでとなんら変わりなく、なんの情報も与えなくて、私に余計にぼんやりさせる。

天高く聳える月は私に味方しているように思えるけれど、彼は具体的方向、あるいはそのヒントや閃きをくれないから気のせいなのだろう。

 

と、ここまでだけだと、まるで夜間、無心になって出歩いている人の心持のようだが。

 

まぁ、迷ったわけである。

 

心を覆うモヤモヤを解消する可能性を求めて、永琳を訪ねに目的地を永遠亭に定め迷いの竹林に来たのだが、正直なことを言うと迷いの竹林の迷いやすさを嘗めていた。

 

空から探せばその内見つかるだろうと思い、竹林上空を空を飛び続けること五時間。上から探しても見つからないと思い、竹林内を歩き回ること五時間。計十時間もの間永遠亭を探している。

しかし、それだけの時間と労力に報いるだけの結果は一切確認できない。

まさに徒労といったわけだ。

浮きそうなほどぼんやりした気持ちは落ち着きとかそういったものでなく、単に諦観しかかっているだけである。

もうダメかもしれない、と。

溜息を吐きながら、棒のようになった足を止めて近くにあった岩に腰を下ろす。

あ、魔法でナビゲートして貰えばいいのではないのかと思ったそこの君。それは無理だ。

流石に行ったこともない場所もわからない場所までナビゲートすることはできない。

某RPGの街移動魔法同様、一度行ったことがある。或いは姿を確認したりした場合でなければナビゲートはできない。

普通の建物なら鷹の目という魔法で上空から確認できたろうが、永遠亭は竹林に隠されている。どうしようもない。

魔法はそれほど万能ではないのだ。

誰にしているのかもわからない説明をし終えるとなんだか虚しくなった。

こんなことになるなら妹紅に会って、案内を頼む方が良かったかな。

岩に寝そべり、頬を岩にべたりとつける。

冷たくて心地いい。でも、その良さが吹き飛ぶくらいに石臭い。

鼻をつまみたい気持ちに襲われつつ、少し嫌な顔をしながら仰向けになると、さっきまでは味方のように思えた月は私を嘲笑っているかのように見えるようになっていた。

月は吸血鬼の味方じゃないのかしらね、と悪態をつく。

まぁ、月を人のように感じてもそれは私が私にとって都合のいい顔を月に貼り付けているだけなのでしょうけど。

嘲笑っているように見えるのはきっと迷いの竹林に対する侮りへの戒めなのだろう。

私は月に私の望む心を貼り付けて、自作自演を繰り返している。なんと滑稽なことか。

少し自虐が過ぎたかもしれない。

現状において、そんな事はどうでもいいのよね。

今の課題はこの迷子という状況を打破すること。私はそれに集中するのがいい。

それで迷った理由なんだけれど。

まぁ、慢心していなかったとは思っていない。

というか、私は吸血鬼なのだからずっと傲慢でいることが普通だ。

夜の王と称される吸血鬼が傲慢さを失えば、それは吸血鬼として、化生の統治者として終わり。

だから、傲慢でいることは仕方がない。

だから、今回迷ったのも仕方がない。

そう、弁解できたらいいのだけれど。

 

「そうは行かないのよねぇ」

 

徐に起き上がり、再び竹林の中を歩き出す。

こうなりゃ、意地でも永遠亭を見つけてやる。

一周回って落ち着いて、やる気の出た心で月を見るとその顔は笑っているように見えた。

本当、滑稽ね。

 

なんとなくいい感じな気分になっている私が歩いていると、近くに廃寺らしき建物が見えた。

ボロさ加減からして、大方、迷いの竹林に飲み込まれたんだろう。

突然現れたそれに驚きつつ、近くによって見てみると中には灯があり、それに照らされて縁側のボロボロな障子に人の影が浮かび上がっていた。

もしかして、藤原妹紅だろうか。

そんな期待が胸をよぎる。

だが、

 

「誰だい、手前」

 

その期待は一瞬の内に裏切られることとなった。

ワクワクした私の期待をぶち壊し、突然、破られた障子の中から現れたのは20歳にならない程度を思わせる少女だった。

容姿は端正であり、黒い髪は長く、少しボロボロになった服を纏い、腰に鞘を携える。

そして、その手には刀が握られ、しかも構えまで取られていた。

刀の刃は美しい銀に緋を灯し、明らかに普通の物ではないとわかる。

 

「あ、あの、この竹林で迷ったのだけど」

 

鋭い眼光を私に向ける少女に語りかける。

彼女は纏う空気を和らげることなく、答える。

 

「ここで迷った?儂もだよ。助けることなんてできやぁしない」

「じゃあ、協力して一緒に」

 

「手前」

 

彼女の声が私の声を遮る。

その声調には周りの発言を一切禁じ、彼女の言葉を聞かせるような気迫が宿っているように感じられ、事実私はそれ以上言葉を続けることができなかった。

体は硬直し、唾を飲み込み。

流れた冷や汗が夜風で余計に冷たく感じられた。

 

「その羽根、その牙、その眼。手前、人間じゃあないね」

「え、えぇ、吸血鬼よ」

 

私が答えると、彼女は纏う警戒を余計に強くした。

強まった警戒は刀の緋と合わさって少し緋く感じられる。

この少女は一体誰なのだろうか。

先ず、人間なのかそうでないのか。

その姿からその情報を得ることはできない。

持ってる刀は先ず普通じゃないけど、人だって刀を扱うことはできる。

一人称が儂だったり、口調が少し女性らしくないこと、そして独特の言葉の重さを考えるとまぁ、人間じゃない方に寄るだろうか。

警戒している理由はまぁ、私みたいな化け物が夜現れたからだろう。特に違和感はない。

もし、人間なら尚更だ。

彼女が妖怪なら、所謂弱小妖怪で潰されることを恐れているってのが妥当なところかな。

 

「あの、私は貴女を襲ったりしないから大丈夫よ?警戒する必要はないのよ?」

 

「......あぁ、大丈夫さ。儂が手前を斬り殺すからな」

 

えっ?

 

「手前は人間じゃなく、化生じゃ。ならその命置いて冥土へ旅立て。閻魔の前で汚ねぇ生の罪を晒せ。手前に出来ることは大人しく儂に斬られて灰燼と化すか、無様に足掻いて斬られて灰燼と化すか、だ」

 

直ぐには理解できず、頭の中がぐるぐるしている。

どういうことだ。

こういうパターンは予想外過ぎる。

人間じゃなく、化生だから殺す?

ということは彼女は妖怪の退治を生業としている者なのだろうか。

あるいは私怨で動いているか。

どちらにせよ私に彼女は殺意を向けている。

この場を穏便に乗り切ることはできない?

あぁ、もうクソッタレ。幻想郷で動き出してからこういう凶悪なエンカウントばっかりしてるじゃないか私!

 

「あぁ、もうなんでこんな目に!」

「燃えちまえ!」

 

私が混乱していることなど御構い無しに斬りかかってきる彼女の刃、それを私は間一髪のところで避けた。

と、思ったが彼女の剣速は私の予想より早く、私の腕に刃が通る。

 

「ぁつっ!」

 

腕が斬られた時、熱い痛みを感じた。

それは普通の事だ。

今、明らかにおかしいのはその焼けるような痛みが持続していることだ。

まさか。

着地と同時に腕を見ると斬られた傷が発火していた。

 

「いつっ」

 

痛みに思わず声を出しながら、慌てて水の魔法で消火すると直ぐに傷は自然治癒で塞がれていった。

傷が発火した。その原因は火を見るより明らかであった。火だけに。

......ごめんなさい。

冗談はさておき、原因は明らかに刀だ。

あの刀が緋を纏っている時点で予想はしていたことだが、やっぱり斬った時に対象を燃やす力があるらしい。

自然治癒は正常に働いているから退魔の力なんかはないようだけど、単純に火は痛いのでダメージは避けたい。

 

「チッ、斬り損ねたか」

 

取り敢えず、露骨に敵意を見せる彼女から少し距離を取る。

一歩踏み出せば刀の届く所にいた彼女はもうそれほど近くはない。

 

「戦いなんてやめましょう!わざわざ戦う必要なんてないじゃない!」

「手前にはないかもしれねぇけどな、儂にはあるんだよ」

「ここまでする理由なんて」

 

「恩人達を皆殺しにされた者の気持ちが手前にわかるかッ!」

 

怒りのままに放たれた彼女の叫びに、私の体がビクッと跳ねる。

 

「手前に、家族とすら思っていた人達を妖怪に殺された気持ちがわかるか......!」

 

彼女の悲痛な言葉に、私の言葉は喉から出なくなってしまう。

どうやら、彼女は辛い過去を背負っているようだ。

妖怪を憎むには十分な理由を持っている。

だけど、きっと、それだけ人を想える彼女が妖怪達を殺していくのは恩人達の望む事ではないはずだ。

これは私の勝手な考えかもしれない。実際は望んでいるかもしれない。

それでも、私は妖怪殺しを見逃すわけにはいかないし、彼女の未来を暗澹たるもののまま放っておくことはできない。

ビビった喉を無理矢理動かして、私は言い放つ。

 

「事情はわかったわ!貴女には戦うだけの理由がある!なら、私は貴女をここで倒し、貴女の復讐を終わらせる!」

 

虚を突かれたのか、一瞬驚いたような顔をした後、彼女は答えた。

 

「上等だ!儂の復讐は始まったばかり、幕を引くには早すぎる!手前を灰に変え、復讐を遂げることとするよ!」

 

「我が名はエリーナ!エリーナ・スカーレット!夜を統べる悪魔の王よ!」

 

「我が名は山口多聞!森羅万象全てを灰に変え、天地全ての妖を葬らんとする者なり!」



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第三話【月下の決闘】

 煌めく月が見下ろす夜。その下に横たわる竹林に焔が光る。

 焔の刀を携える復讐者とそれを止めんとする吸血鬼、二人の戦いは多聞の剣撃から始まった。

 恐ろしく速い剣撃にエリーナは吸血鬼の関節を一斉に駆動させ、大きく仰け反って回避する。

 その顔の上を通った刃の熱がエリーナの顔を熱する。その痛みに顔を顰めながらも、後ろへ4歩ほど跳ぶ。

 しっかりと注意した上でも、多聞の攻撃によるダメージを受けた。

 それはつまり、単純な回避では彼女の攻撃を避けきれないということを示していた。

 

 なんであんなメチャクチャな構えでこんなに速いのよ。

 

 転生者であるとは言え、エリーナは吸血鬼であるから西洋の文化に関してはある程度の知識を有しているが、和の文化である剣術に関しては大した知識を持ち合わせていない。

 そんな彼女でも明らかにおかしいと感じるほどに多聞の構えは独特だった。

 この斬撃の秘密はその構えなのかしら?

 この刹那の瞬間に、エリーナの中をいくつかの考えが飛び交う。

 彼女の斬撃は速く、強い。そんな斬撃が何度も襲い来るだろうから、魔法を唱えている暇などないだろう。避けるのに精一杯だ。

 魔法中心の私にはこの状況は絶望的?否、断じて否。私はこの程度で諦めるほど弱くはない。

 回避に集中しないといけないから魔法を唱えられない。ならば、この剣撃を止める物があれば、いつかそこには隙が生まれる。

 エリーナは多聞がもう一度斬撃を繰り出す前にその手にある物を召喚した。

 召喚されたそれを見て、多聞は斬撃を続けることなく、エリーナから距離を取った。それを視認したと同時に、距離を取らなければ、と咄嗟に思った。

 

「なんだい、それ」

 

 額に少し汗を滲ませながら、多聞は強い警戒と少しの興味を混ぜた問いをエリーナに投げかける。

 それは紅かった。紅く、緋く、赤い。同じ色であるようで、その中では常に赤の濃淡が移ろっていた。まるで血が中を循環しているかのように。

 

「これはフルンティング、血を啜る魔剣よ」

「血を啜る、だと......?」

 

 多聞が驚愕した表情を浮かべた。それとほぼ同時に彼女の中には怒りが湧き上がった。

 此奴も、いや此奴こそが人を殺めんとする者か。人に害するものか。儂が復讐すべきものか。

 多聞はその手の刀をより一層強く握った。

 

 討たねば。

 

 その瞬間、剣を構えるエリーナを恐ろしいほどの威圧感が襲った。

 多聞から発せられる怒りと、悲しみと、悔しさを混ぜて吐き出したかのような圧力はエリーナの全身を覆い、体を震わせる。

 やっぱり、こうなるわよね。

 少しの怯えからか、汗が頬を伝う。だが、エリーナの顔は怯えに包まれておらず、寧ろ、計算通りといった感じの笑みが浮かんでいた。

 

「怒れよ、復讐者!怒って刃を私に向けなさい!」

 

 そして、願わくば、怒りに包まれて剣筋が乱れてくれますよう。

 そう祈りながら、エリーナはフルンティング片手に突撃した。

 そして、彼女まであと5mほどというところでエリーナは思い切り足を踏み込み。

 吸血鬼の膂力を最大限に発揮すべく、前進するために動かす全ての関節に力を通す。

 彼女の反応より早く、間合いを詰めろ。

 間合いを詰めれば、彼女はその刀を振ることは困難になる。

 全神経を集中させろ。この一瞬だけ、視覚も聴覚も触覚も味覚も嗅覚も全てを放棄しろ。

 何よりも速く。自分の影を置き去りにしろ。

 

 –––––––––跳べ。

 

 全力での跳躍によりその足が地を離れた時、帰ってきた五感によって開いたエリーナの眼は多聞の姿を捉え、耳はチリチリと葉の燃える音を聞き、皮膚は強烈な熱さを感じ取った。

 エリーナが見たのはさっきまでと同じく刀を構えた多聞の姿と、燃え盛る焔を纏った刀だった。

 

 なるほど、私の行動は予想されていたって訳ね。

 

 自身の危機を感じながらも、妙にエリーナは落ち着いていた。

 それはあの刀が熱だけでなく焔までもを纏うことはある程度予想されていたからであり、そして、危機感よりも多聞がこの速さに対応してきたことの方が喜ばしく感じられたからである。

 彼女は強い。彼女が恐らくは知らないのだろう弾幕ごっこでの強さはわからないが、少なくともこうした殺し合いに於いては彼女は恐ろしく強い。吸血鬼のスピードに対応し、吸血鬼の反応より速い剣撃を放つ。私が今までに会ってきた者の中でもトップクラスに強い。

 だからこそ、楽しい。

 私が戦いでここまで苦労するということは今までそう多くはなかった。

 弾幕ごっこを除く戦闘では無敗という普通は輝かしい功績も私の知る理を前提とすればそうおかしいものではない。

 叡智は全てに勝り、武も策も理を前にしては無駄。

 そう言われてしまうほどに私の能力は強く、それ故に私の言葉全てが罷り通るほどの権力じみたものとなってきた。

 それが今、私の理はどうだろうか。

 武すら無駄と言わせた理は武の最果てにいるような山口多聞という剣士の前では無能に成り下がっていて、私が嫌って使わなかった魔剣が効果的に使われようとしている。

 理が無敵の魔法を詠唱させるならば、詠唱させなければいい。詠唱されなければ、理は何の役にも立たない。

 私の能力に対する対策の中で最も単純で、最も難しいことをこの剣士はやってのけている。

 それほどの技能を身につける事が困難なんていう単語で済まさせて良いものではないことは私にだってわかるし、私は既に彼女に最大限の尊敬の念を抱いている。

 だからこそ、負けてはならないと感じている。

 これほどの剣術が彼女を闇に堕とす復讐のために使われるのが私にはどうにも耐えられないし、ここで負けて殺されては彼女にこの尊敬の念を伝えることができない。だから、私は絶対に負けられない。

 少しずつ迫る刀の向き、刀までの距離を確認しながら、エリーナはフルンティングを前に置くように少しずつ腕を曲げていく。

 刹那の時間を駆け巡る意識とは裏腹に、体はそこまで速くは動かない。

 刀との接触の前にフルンティングが間に合うか、わからない。いや、間に合わせないといけない。

 夜の王なら、吸血鬼の体なら、これくらい間に合わせてみせろ。

 自身に半ば悪態をつき、無理矢理体を動かす。

 

 間に合え。

 

 次の瞬間、竹林に鋭い金属音が鳴り響き、その音が一つの事実を暗示する。

 

「間に合ったわね」

 

 そう呟きながら、エリーナは安堵の表情を浮かべた。その眼前にいる多聞は憎々しげにエリーナを睨んでいる。

 多聞はキリキリと音を立てて摩擦する刃をそのまま滑らせ、エリーナに焔を移そうと試みる。だが、直ぐに反応したエリーナは同時に滑らせながら少し下がり、焔から逃れた。

 

「危ないわね、その焔。迂闊に近づけないわ」

「当たり前だ、その為に燃やしたんだからな。さっき手前が一瞬で距離を詰めてくる気もしたし」

「なるほどね。やっぱり強いわね、貴女」

「ハッ、どれほどの時間鍛錬を重ねたと思ってんだい......なぁ!」

 

 多聞が話しながら少し距離を詰め、その刀を振る。

 焔のせいで振りにくいのか、剣撃は多少は遅くなった。それでもまだ十分速く、速さ故に置き去りにされた焔を撒き散らした。

 だが、その速さはもう吸血鬼に対応できないものではなくなっていた。

 エリーナはフルンティングで刀を受け止め、少し飛んでくる焔は羽根で対応する。

 問題ない。さっきまでとは全然違う。これなら対応できる。でも、きっと彼女は気づく。これを使うべきではない、と。

 エリーナの予想通り、明らかにエリーナの対応が容易になったことに気づいた多聞は舌打ちをし、その焔を消して元の状態に戻した。そして一歩下がり、彼女は刀を振りかぶり、振った。

 当然、エリーナはフルンティングでそれを受け止める。

 

「手前が焔を纏わぬ儂の剣速に追い付けねぇなら、儂はその剣で受け止める速さが追い付かなくなるまで振ってやらぁ!」

 

 豪快な笑いと、怒りの怒号を織り交ぜたような声で多聞は言い放った。

 

「なら、私は貴女に隙ができるまで受け止めてやるわ!」

 

 まるで友人と勝負しているかのような口振りで、エリーナは笑いながら答えた。

 

 風より速い剣撃を多聞は何度も何度もエリーナに放つ。

 それは下手な小細工を労するより効果的な攻撃であった。

 速く強い、当たることは許されない一撃必殺の攻撃を何度も、何度も、何度も、何度も打ち込む。

 エリーナは必死になって、その剣撃をフルンティングで受ける。

 何度も金属の接触音が響き、その衝撃がエリーナを襲う。

 受けている間に詠唱できる、だなんていうのは甘い考えだったか。詠唱なんかしたらその瞬間に斬られてしまいそうだ。それに衝撃のせいで少し声が出しづらい。こんなに響くものなのか。

 全身に響く衝撃に少し、顔から笑みが消えそうになる。

 そんな辛い状況でもエリーナの気力は衰えることなく、攻撃を受け止めることをやめる気は無かった。

 だが、同時に多聞に攻撃できるかという懸念があることも確かであった。

 どう攻撃する。どう反撃する。まだ私は彼女にダメージを与えていない。

 

「どうしたんだい!そんなんじゃあ儂を倒すなんて叶わぬ夢でしかないよ!」

 

 エリーナの不安を見透かすかのように、多聞は声を上げた。

 そして、そのまま刀を振りかぶって、

 

「その忌々しい剣が邪魔なんだよ!クソッタレ!」

 

振り下ろした。

 フルンティングと刀がぶつかり、その衝撃が私に響く。その衝撃の強さは尋常ではなく、私の体の感覚を鈍らせた。

 それを見逃さなかった多聞は直ぐさま、突きを入れてくる。

 

「隙有りッ!」

 

 私の腹を刀が突き刺し、痛みと共に血が流れ出す。傷口は発火し、その痛みはまた私を襲う。

 それを見た多聞は勝利を確信したような表情を浮かべている。

 多聞の考えている通り、これで終わり?私の負け?私は死ぬ?

 否、断じて否。寧ろ逆だ。私は今、私の勝利を確信している。

 

「この時を待っていた!」

「何!?」

 

 私は自身に突き刺さった刀の刃を両の手で握り、掌が斬れることなど御構い無しに思い切り横に振った。

 痛みで少し弱まっているとはいえ、吸血鬼の膂力で横に振られたのだ。多聞はその勢いで刀から手を放し、ぶっ飛ばされてしまう。

 そのまま、刀を引き抜き、傷に水の魔法を掛けて消火する。直ぐに自然回復が始まり、あっという間に傷は塞がった。

 

「勝負あり、ね」

 

 エリーナは彼女に刀の切っ先を向けながら言った。

 

「......あぁ、負けだよ。クソが」

 

 エリーナは月に背を向け立っていて、多聞は地に腰下ろし天を見上げている。

 勝敗は誰の目にも明らかであった。

 

 ただ、その時二人はまだ知らなかった。今、既に異変が起こっていることに、既に二人が巻き込まれている事に。

 

 先に気づいたのはエリーナだった。彼女はふと空を見上げ、そして違和感を抱く。

 

 

「月の様子がおかしい......?」

 

 

おかしな満月と終わらぬ夜。彼女達の夜はまだ、始まったばかり。



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第四話【おかしな月】

 その夜はあまりにも長く、あまりにもお粗末な夜だった。

 

 

「月が、おかしい......?」

 

 私の呟きを聞いて、大人しくなった多聞が立ち上がり「本当だね、見ててムズ痒いことこの上ない」と言う。その言葉は本音らしく、私を睨む彼女の顔には居心地の悪さが表れていた。私への殺意が敗北してなお変わらないことに少し恐怖を覚えつつ、私は自分の勘違いでないことを理解して、「異変かしら」と漏らした。

 

「かもね」

 

 多聞はそう呟き、再び地面に腰を下ろした。その目は変わらず、私を睨みつけている。この人は私が人に害なす妖であると勘違いしている。それは私がフルンティングなんぞを持ち出したせいなのだが、取り敢えず話を進めるにはその誤解を解くことから始めないといけない。

 私は彼女の前に座り、語りかける。

 

「ごめんなさい、さっきの戦いでは貴女のことを挑発していたけれど、あれは先ず貴女を止めないとと思ってしまったが故のことなの。私は人を襲う化け物ではないのよ」

 

 じっと聞いている彼女の表情は変わらない。私が言い終えて、数秒の沈黙の時間が流れた後、彼女は「信じられない」と言い放った。

 

「あんな、中に血が流れている剣を見せられて信じろって言うのかい?馬鹿らしくて聞いちゃいられねぇ」

 

 私は何も言い返せなかった。彼女の言い分はもっともである。血まみれの包丁や刀を持った者を人斬りと思わない者はいないだろう。マトモな感性した奴なら皆、こう言う。私の額に汗がにじむ。何故か。マズイことに私にはこの言い分を否定できる言葉が無いからだ。フルンティングは人の血を吸っている。私は誰も殺していないだけで、血はいただいている。それは当事者にしかわからないことだ。一々、そんなのを記録しているわけもない。これを言っても、彼女は信用しないだろう。

 

「なんだい、黙りこくっちまって。図星か?化け物」

 

 苛立ちを募らせているらしい多聞が腕を組み、憎々しげに吐き捨てた。彼女を今、納得させる術はない。今、私を信じさせる方法はない。ならば、

 

「貴女、私についてきなさい」

 

今じゃなくても良い。

 私の声が風と共に竹林を駆ける。多聞は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、言葉を詰まらせている。流石に動揺を隠せないようで、彼女は数秒経ってから漸く喉から無理やり抉り出したような声を発した。

 

「手前は何を言ってんだ。頭がおかしいのか?儂が手前について行く道理がどこに」

「貴女は私に敗北した」

 

 その言葉を遮って、私は酷なことだと思いながらも彼女が嫌がる現実を突きつけた。この言葉を聞いて、きっと彼女は怒りに震えるだろう。悔しさに唇を噛み締めるだろう。だが、きっと彼女は従うだろう。彼女は復讐者であるが、同時に武人でもある。それもかなりの腕を持つ。そんな彼女はきっと勝負を大事にする。特に、命を賭した戦いを。

 私の予想は当たったらしく、彼女は私の言葉を聞くなり、地に拳を叩きつける。そして、「クソが」と小さな声で呟いてから、私に向き合った。

 

「......確かに、それは儂が手前の言うことに従うだけの理由になる」

「ならば、私についてきなさい」

「手前の奴隷か何かにでもなれってか?」

 

 私は多聞の言葉を聞き、首を横に振った。「なら」そう呟いた彼女の顔を見て、私は微笑む。

 

「私と共にこの世界を見て回って、私が貴女が嫌うような妖じゃないこと、そして私と同じような妖も沢山いることを学びなさい」

 

 またもや鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている多聞に私はそのまま続ける。

 

「急に刀持って襲いかかってきたっていうことは貴女はスペルカードルールを知らないのでしょう?なら、きっと貴女はまだこの世界を知らない。何も知らずに全ての妖を斬るなんてことしないで、一度世界を見てから決めなさい」

 

 多聞がマトモな精神状態であるかなど御構い無しにペラペラと話す私の言葉を聞き終えた時、多聞は呆けた顔で私を見つめていた。きっと今、彼女の頭はパンク寸前だろう。そりゃそうだ。奴隷だなんだと予想していた彼女が直ぐには理解できないことを言ったのだから。

 彼女には世界を知ってもらう。幻想郷を見て、知って、感じてもらう。それでも彼女が全ての妖を殺すという考えを変えないなら私は皆を守るために彼女を殺すのだろう。だけど、私もこの山口多聞という妖を知らない。だから、私も幻想郷を見て回りながら彼女を知る。もしも、彼女の最後の決定が私を納得させるだけのものなら、私は彼女を殺さない。

 あと、彼女は今のままだと私がいないと誰かを殺しかねないので取り敢えず私が一緒に居ないと危ない。知る過程で退治されるようなことがあってはならない。そんなの勿体無い。ここまでの腕が失われるのは悲しいし、何より、彼女は見ていて感じた極端なまでに純粋な彼女の在り方が失われるのが悲しい。彼女は純粋だ。純粋だからこそここまで復讐に燃えるし、そのために鍛錬を重ねこの域に達した。

 

「............少しだけ、手前を信じてもいい気がしてきた。ペテンにかけられてる可能性もあるから信じきっちゃいねぇが、そこまで言われるとな」

「ペテン師と思ってもらっても構わないわ。今は、ね」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、多聞は「バーカ」と言って、少し笑った。初めて見る笑顔、そこから彼女の心中を察することは叶わなかったが少なくとも彼女は笑った。二人の旅は前途多難であろうが、私はそこに明るい未来を垣間見たような気がした。

 多聞に合わせて立ち上がると、多聞は「じゃあ」と言って、刀の鞘を握って腕を突き出した。

 

「しばらくは大人しくついていくとはいえ、お前が人に害なす妖であると儂が感じた時点で、手前の首は後ろから焼き斬られるものと思えよ」

 

「えぇ、えぇ、問題ないですとも」笑顔で、多聞に握手を求める。すると、案外、彼女は素直に手を差し出してくれた。少しは心を開いてくれたのかもしれない。彼女の手に触れ、滑るように指を絡める。「よろしくね」そう言いながら、その手を握ると、

 

「痛ッ」

「よーろしくなぁ」

「痛い痛い痛い痛い!思いっきり握らないで痛いわ!」

 

 「おっとすまねぇ」多聞は悪びれる様子もなく、笑顔で握る手を離した。前言撤回、彼女は一切心を開いていない。まだ痛みの残る手で漏れ出した涙を拭って、何を見るでもなく適当なところを見ている多聞をちらりと睨んだ。

 あれ、そういえば、彼女は何者なんだろうか。彼女を睨んでいて、ふと私は思った。彼女が何なのか、私は知らない。刀しか使っていないから、判断しようもない。

 

「ねぇ、多聞。貴女は何者なの?」

「なんだい、急に名前で呼びやがって馴れ馴れしい。まぁ、負けた儂にはどうこう言えねぇか。で、何者なのって、どういうことだ」

「貴女は妖怪なの?妖怪なら、貴女はどういう妖怪なの?」

 

 私の問いに多聞は直ぐには答えなかった。どうしたのだろう。疑問に思っていると、「わからない」と彼女は諦めたように言った。

 

「儂は人ではない、化け物だ。それはわかる。だが、記憶を持たずに目覚め、そのままこれまで生きてきたものだから自分がどういう妖なのか、一切わからない」

 

 説明している間の彼女の表情はさっきまでとまったく変わらないものだった。まるで自分の素性なんてどうでもいいかのように。それが強がりなのか、本当に何とも思っていないのかはわからない。だから、私は彼女の素性を探ろう。強がりだったなら、そうすることで喜んでもらえるかもしれない。そうじゃないなら、私が勝手に色々しただけで終わるのだから。まぁ、私をそうさせる要素で最も強いのは好奇心なのだが。私は彼女の素性に興味がある。それに何も知らないなんて、私らしくない。黙っている私を見て、多聞は私が彼女のために探ろうとしていると思ったらしく、「でも」と付け加える。

 

「儂は自分の素性なんてどうでもいいのさ。儂はこの刀を振れるなら、それだけでらしくあれる。何であるか、なんて大した問題じゃないんだよ」

 

 なんかカッコいい。月光に照らされて顔に陰ができて、何かまだ隠し玉を持っている、或いは過去に何かがあるような雰囲気を醸し出している。いや言っていることもカッコいいのだけど、やっぱり剣聖に迫らんとする(私の個人的見解だが)剣士って凄くカッコいい属性だと思う。まぁ、これ以上、この話題に触れても仕方ないし、別の話題に移ろうと思うのだけど。彼女ももう話す気はないようだし。興奮を顔に出さないようにして、少し震えていると多聞が「それよりも」と言い、月を指差した。二人して空を見上げる。

 

「あれの方が問題だろう。あんなの普通じゃないね、誰かが妙なことやってんだ」

「そうね。異変よ、異変」

「じゃあ」「なら」

 

声が重なったことで驚き、私達はキョトンとした表情で顔を見合わせた。私は彼女の顔を見て、フフッと笑う。どうやら、考えていることは同じらしい。向こうもそれを察したらしく、ニヤリと笑った。私が言うまでもなく、言葉の先を彼女はきっと言ってくれるだろう。予想通り、多聞は再び空を見上げ、言った。

 

「異変解決と洒落込もうか」






遅くなって申し訳ありません。ようやく投稿できました。
現在、第一話の前に投稿する予定の話を執筆しており、その都合でこの続きの投稿は今月できるかどうか、という感じです。投稿速度が遅く、お待たせして本当に申し訳ありません。


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第五話【優しい声と】

 「おい、どうする?」

 「どうする、って、私が聞きたいわ」

 

 私は額に手を当て、大きく溜息を吐いた。私はどうにも、困るとこうしてしまう癖がある、らしい。お姉様が昔言っていた。そもさ、人生で困った事などがあまり無いものだから、困るという事象に対する耐性がないのだろう、こうなってしまうと弱い。だから、困ってしまうと、封印される前などはお姉様に頼りなどしていた。だが、今、お姉様はいない。多聞も私と同じ状況だ。さて、どうしたものか。

 ついさっき、私達は「異変解決と洒落込もう」そう啖呵を切った。が、だ。多聞との戦闘で頭からすっかり抜け落ちていた事だが、よく考えると、私は、そして多聞も、この竹林で迷っていたのだ。迷っていたら遭遇して「殺す」ってなったわけで、どちらも脱出方法なんて知らない。多聞はともかく、私は主人公でも、或いは敗北寸前の状況でもないのだから、幾ら格好の良い啖呵を切ったところで状況が好転するはずもない。一般的吸血鬼にそんな補正は掛かりはしないのだ。願わくば、多聞が主人公属性でありますよう。

 偽りの月に調子を狂わされつつも、私と多聞はひたすらに歩きながら、この酷く格好の悪い状況を変える方法を模索していた。動かないよりは、動く方が良いというのは私達二人の意見が一致したための行動だが、さて、どうしようか。どうなるのだろうか。もしも、もしもの話だが、これで誰かと出会う事が出来たなら、それは本当に嬉しいのだけど。

 少しばかりの期待を胸に抱きながら、変わらない風景を横目に歩いていると、多聞が「ん?」と言い、立ち止まった。

 

 「どうかしたの?」

 

 私が気怠げに問うと、多聞は震える腕を持ち上げ、私から見て左側を指した。

 

 「あそこ、灯りがユラユラ揺れているよな?儂が幻を見ている訳じゃないよな?」

 

 多聞の指差す先には、確かに灯りがあった。自分すら信じられなくなり始めているらしい多聞の為に「えぇ」と答えながら、私は余りにも嬉しくって、思わず笑みが零れた。誰かがいる。あそこに誰かがいる。妹紅とか永遠亭の人だったら嬉しいけど、もうこの際、私が知らない妖怪だったり、極悪妖怪でも構わない。最悪、縛り上げてでも出方を答えさせてやる。

 こんな状況のせいで、私も人の事を言えないような物騒な事を考えながら、多聞と共に灯に向かって駆け出す。どんどん灯りが近付いて、人の影が見えるほど近くになった時、踏み付ける竹の葉が大きな音を立てているためか向こうもこちらに気づいたらしく、戸惑ったように灯りを揺らした。構うものか、逃げられてはたまらない。取り敢えず近付いて接触しなければ。

 私も多聞も必死だった。私は縄の魔法を唱え始め、多聞は刀を抜いていた。考える事は同じらしい。私達は顔を見合わせ、コクリと頷いた。取り敢えず、動きを止めて、何処かに行かせないようにしよう。竹林で迷うという非常にマズイ状況で、私達はついさっきまで命を賭した戦いをしていたとは思えないほどに、まるで長年連れ添った相棒であるかのように、以心伝心状態だった。いやぁ、やっぱ、生存本能って凄いね。この経験で割と私と多聞の仲は出た後でも良くなるんじゃないかな。

 それを暗示するかのように、私達は灯りまであと少しというところで同じタイミングに、思い切り踏み込み、大地を蹴った。なんだか嬉しくなったが、それを気にしている暇はない。刹那、私達の体は宙を飛び、灯りのある少し開けた場所に舞い飛んだ。出た瞬間、私は詠唱していた魔法の最後の部分を唱える。

 

 「縄となれ! ファーフテン!」

 

 その瞬間、そこにいた誰かの身を光の線が縛り上げた。よし、出る前から少し詠唱していた甲斐あって、早く、的確に縛る事が出来た。私は満足感を覚えながら、誰かの目の前に着地する。多聞も私が縛ったのを見て、何もする事なく着地した。「いいねぇ」と言いながら、私に笑顔を向ける。

 とびきりの笑顔を向けられた私は爽やかな笑顔で返したが、内心、戦慄していた。これが、さっきまで殺す殺すと言って、私に殺意を向けていた奴なのか。そして、これが危機的状況に於ける思考の変化の振り幅なのか。いや、ホントここまで変わられると私もちょっと気になるじゃん。これが多聞の演技で、実は私がクソみたいな妖怪だと判断したらじゃなくて常に私を殺す機会を伺っていて、ニッコニコの多聞と歩いてたら、私の胸に刀が生えていました、なんてシャレにならない。流石に、心臓を貫かれると同時に焼かれると再生は難しい。

 いやいや、私が信じてやらないでどうする。きっと、この笑みは純粋なもので––––––––––。などと、ゴチャゴチャした思考をループさせていると、気がつけば、多聞は私の視界から消えていた。思わず「えっ」と漏らし、周りを見渡す。すると、多聞の姿はすぐそこにあった。彼女は捕らえられて座り込んでいる誰かの前で屈み、ガンつけていた。

 「あっ」と思わず口にする。というか、多聞の笑顔でちょっと飛んでたけど、この誰かは誰なんだ。多聞の背中で隠れたその姿を拝ませてもらうべく、私は横に回り込んだ。

 「あっ」とまた同じ言葉が漏れる。そこには紫色の髪に現代チックな服装、そして特徴的なウサギ耳を付けた少女がいた。あっ、多分この娘、優曇華だな。私はそう思いながら、多聞に「やめなさい」と言って少し離れさせ、数十秒ガンつけられて真っ青な顔している少女の前に屈んだ。さっきまでの表情と、それこそ180度ひっくり返したような笑みを浮かべ、私は彼女に語りかける。

 

 「初対面で、しかも不意打ちでこんな事してごめんなさいね。大丈夫、私達に貴女に危害を加える気はないわ」

 「......本当に?」

 

 私の笑みは少ないようではあるが効果があったようで、優曇華は少し落ち着いて、私に向き合った。その顔にはまだ疑念が満ちており、私達が信用されていないことは明白であった。まぁ、束縛して、斬りかけるところまでいったんだもんね。しかも、その後に、思い切りガンをつけられるときた。私ならビビって、声も出ない。

 

 「本当よ、あんなに必死になって貴女に襲いかかったのはこの竹林で迷ったからなの。とって食おうってわけじゃない」

 

 その言葉を聞いて、優曇華は納得したように頷いた。どうやら、誰かが竹林で迷うのは割とよくあることみたいだ。これだけ名前が知れてて、入る奴がいるのか。そう思ったが、よくよく考えると、私は幻想郷での迷いの竹林の知名度を知らない。割と普通なのかも。あと、私みたいに舐めてかかって、こうして迷った連中もいる事だろうしね。

 数時間前の自分を殴りたい気持ちになって、自虐的な笑みを浮かべていると、優曇華が不思議そうな顔をしていたので私は慌てて口を開いた。

 

 「と、ところで、貴女のお名前は? この竹林に住んでいるの?」

 「私の名前は鈴仙・優曇華院・イナバ、他の人からは鈴仙や優曇華と呼ばれているわ。この中にある永遠亭という屋敷で色々しているの」

 「そう、なら、竹林の中についても知っていそうね。良かった。私はエリーナ・スカーレット、吸血鬼よ。こっちは山口多聞、よろしくね」

 

 私が魔法を解くと「よろしく」と言って、優曇華は立ち上がった。可愛いなぁ、優曇華。全身像を見て、私はスッと思った。こんな状況で感動するタイミングを逃したが、優曇華も咲夜さんや霊夢と同じで、憧れていた少女の一人なんだもんなぁ。ブレザーは兎耳との連携プレイで巫女服やメイド服とは違うあざとさを演出している。

 余りのあざとさに緩みそうになる頰を慌てて引き締め、私は離れさせていた多聞を呼び寄せた。会話を聞いていた多聞が「よろしく」と言うと、優曇華は、理由がわかっても流石にキツかったのだろう、少し違和感の残る笑顔で「よろしく」と返した。これからは多聞に丁寧な接し方も教えるべきだろうか。そんな事を考えながら、私は優曇華に問いかける。何も知らないはずの私がするであろう問いを。多分、この質問は和らいだ雰囲気をまた変えてしまうだろうが、まぁ、いいだろう。

 

 「貴女も、あの月をどうにかするために行動しているのかしら?」

 

 この問いに対し、彼女は一瞬の戸惑いを見せた後、答えた。

 

 「いえ、私はこの月をもう暫くこうしておく為に行動しているわ」

 

 「なんだと」その声が聞こえるよりも早く、背後から私は強烈な殺気を感じ取った。慌てて振り返ると、聞いた多聞が殺気立ち、腰の刀に手を掛けようとしていた。私はそれを制止し、「落ち着きなさい」と言ってから優曇華への言葉を続けた。

 

 「なら、貴女はこの異変の首謀者の事を知っているのね」

 「––––––––––––えぇ、知っているわ」

 

 優曇華が戦闘可能な状態に入った。その足や腕の微かな動きから私はそれを察知した。彼女は今の言葉に結構な覚悟を秘めていたらしい。私と多聞に勝てるとは思ってないだろうが、それでも戦わないといけない、と、彼女は決めたのだ。

 さて、この戦闘は不可避なものなのか?私は彼女を倒して、輝夜と永琳の元へ向かい、異変解決に乗り出すしかないのか?

 答えは否、断じて違う。私は封印される少し前に、決めた事がある。それは、私は本来の東方の歴史に干渉しないということだ。この世界がどういうものかわからない以上、あまり干渉しない方が良いだろう。私は自分の利益や願いのままに動き、歴史の裏を駆け巡るのだ。故に、私は今回、優曇華と戦う事なく、永琳のところへ向かう。そして、薬を貰うのだ。優曇華と会えたのは本当に良かった。憧れの少女に会えたのだし、私の当初の目的を果たすチャンスになり得るのだから。

 今、私の目的は私の心の違和感を解明する事だ。それが何よりも優先され、他の事項は私に大きな被害が齎されない限り、見逃す。更に言えば、そこまで言っても少し干渉する程度だ。もしも、私が異変解決に乗り出すとしたら、それは私の知っている東方とは違って、霊夢、魔理沙、咲夜達が解決ならずとなった時だ。そうなるまでは自由に動く。

 私は多聞を制止しつつ、優曇華に手を差し伸べた。「優曇華」優しい声が竹林の風の音に混ざる。私はそれこそ、何でも許してしまいそうな笑顔で彼女の瞳を見た。噫、私は悪い吸血鬼だ。少し、忘れていた事実を改めて再確認する。私は自分の利益の為に、多聞の怒りを殺し、正義のような事を語って優曇華に誰よりも優しげな手を差し伸べる。あぁ、そうだ。これが魔法使いだ。私は魔法使いのある種究極系なんだ。全ては私の利益の為に、興味の為に、都合の為に。私は自分の利益の為に、自然と感情や表情を作り上げる。私は自分の興味の為に、復讐者と化した少女を手元に置く。私は自分の都合の為に、サラリと嘘をついてみせる。

 

 「私達は味方ではないけど、敵でもないわ。温和に解決する事が目的だから、首謀者に異変を自己解決するよう申し出て、それが無理なら私は諦める。だから、優曇華、首謀者の元へ案内して頂戴」

 

 

 

 

 

 

––––––––––––––––––私はまた、自分の為に嘘をつく。



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第六話【記憶の薬】

 「ここが、貴女の」

 「そうよ、ここが永遠亭、竹林に隠された屋敷」

 

 私に眼前には大きく美しい屋敷があった。それは上空を飛んだり、少し歩けば容易に見つかりそうな大きさではあるのだが、そうはならない事を私達は経験を以て知っている。本当に竹林に隠されていたのか。私は驚きに「おぉ」と声を漏らす。しかし、実際に見てみると中々感慨深い。ここに来た目的は違和感の除去だが、実は私はずっとここに来る事を、そして蓬莱山輝夜に会う事を夢見ていた。

 「じゃあ、入りましょうか」優曇華に言われるままに、私は永遠亭の中に入って行く。すると、直ぐに「優曇華? 帰ってきたの?」廊下の奥から一人の女性がこちらへと来た。あぁ、永琳だ。私は密かに感動する。そろそろこれにも慣れてきたが、やはり嬉しいものだ。私は「こんばんは」と言いながら永琳に微笑みかける。私に倣うように多聞も「こんばんは」と軽く会釈するが、優曇華と共に知らない少女二人が何故かいるからだろう、永琳は不思議そうな顔をして優曇華に問うた。

 

 「そちらのお二人は?」

 「竹林で迷っていた妖怪二人なんですが、相当な手練れで一度私は拘束されました。お師匠様達と話をしたいという事でお連れしました。争う気は無いようです」

 「こんな夜更けに御免なさい。私はエリーナ・スカーレット、吸血鬼です。こっちは山口多聞」

 

 永琳は「ふむ」と零すと、少し黙って私達を見つめた。あら、これはもしかすると問答無用で追い出されるパティーンかな? 少し不安になりながらも笑顔を崩さないでいると、それは杞憂だったようで永琳は微笑んだ。

 

 「初めまして、私は八意永琳、この屋敷を管理している薬師よ。見た感じ敵意は無さそうですし、どうぞ奥へ」

 「ありがとうございます」

 

 靴を脱いで、板張りの廊下を案内される。永琳は直ぐ近くの障子を開くと、その部屋の中に座って「優曇華、お茶をお願い」と言って私達にも座るように促した。促されるままに座って、私は永琳と向かい合う。多聞は私の横に座っている。彼女はこの異変を解決したいくらいにしか思っていない。やはり、この異変について大体知っている私が対話するべきだよね。変な事を言って怪しまれないようにしないといけない。そこらの妖怪ならともかく、永琳に誤魔化しや記憶改竄が通用するとは思えない。

 ゴクリと息を呑み、緊張している自分を律するべく背筋をピンと伸ばした。そんな私の様子を見て、永琳は驚いたような表情を浮かべてから、フフッと笑った。えっ、なに。

 

 「ごめんなさい。貴女、来た時は物凄くにこやかで優曇華の言う手練れだと言うのも理解できたのに、今はそんな風になっているものだから、つい」

 「あぁ、成る程、確かにそうなるでしょうね。でも、貴女の前ではそうもいかないでしょう?」

 「......どうしてかしら?」

 

 その瞬間、永琳の顔から穏やかさは消え失せた。立場が立場だ、警戒しているのだろう。まぁ、こんな事言われるとね。月の関係者かとも思うだろうし仕方がない。まぁ、実際は私がメタ的に永琳がヤバイ人って知っているからなんだけどね。しかし、それは口実には使えない。どうするべきか? と、普通なら悩むところなんだろうが、私はそうはならない。だって、ちゃんと嘘無しでの口実があるんですもの。

 

 「あぁ、そんなに警戒しないで。だってそうでしょう? 貴女、明らかに私なんかでは及ばない程に強いのだもの」

 「そんな事はわからないのではないかしら?」

 「ふむ、そうね、自己紹介が足りなかったわ。私は吸血鬼よ。だけど、私は同時に魔法使いでもある。加えて言うなら、ほぼ全ての魔法を使う事ができる賢者よ」

 

 さっきまでの永琳の驚きはあくまで隙がない、心の端で驚いたような感じだったけど、この時、自己紹介を聞いた永琳は心底驚いたような顔をした。幽香と同じ思考をしているのかな? 心の片隅でそう思いながらも、私は御構い無しに続ける。

 

 「魔法使いとは万物を分析し、解明し、操作する者。その分析は自己にも、そして他者にも及ぶ。魔法使いとは誰よりも力量の差を理解する者、敗北の見える戦いはしない究極のリアリストよ。まぁ、例外がいないとは言わないけれど。さぁ、八意さん、賢者の眼はどれ程のものとお思いかしら?」

 

 今語った事は全て事実だ。周りを観察し、測る事に関しては魔法使いの右に並ぶ者はいない。前世のネタであった気がするので引用するが、要するにお前の実力やその魔力なんかの質は、全部全てまるっとどこまでもお見通しだ! という訳だ。そして、当然といえば当然だが、その観察力の質は魔法使いとしての力量に比例する。私は仮にも『夜の賢者』だとか『魔術女王』だとか言われた魔法使いだ。この眼で私は永琳の実力をメタ的なものだけでなく、実際の観察により知っている。繰り返そう。私では彼女には勝てない。一矢報いるが精々だ。そもそも、原初の、真性の魔法でもなければ不老不死の彼女を仕留める事は叶わないし、私の扱う魔法ではジリ貧になるのが見えている。

 私は嘘を吐いていない。私は強者には嘘を吐かない。策謀が無いとは言わない。だが、少なくとも発言に嘘はなく、全てが間違ってはいない、そんな事を述べる。故に、説得力が失われる事はない。加えて、今回はそんな詭弁と断じる事も出来るような要素はない。全てが嘘偽りなく、全てが真実だ。だから。

 永琳は溜息を吐いたかと思うと、また、私に微笑んだ。

 

 「成る程、貴方も普通じゃないみたいね、賢者さん? それに今の戦い方はスペルカードですよ?」

 「知っているけれど、今日覚えたばかりでまだ不慣れなもので。貴女も何故か安心しているみたいだし、そろそろ、御託はいいでしょう。本題に入っても?」

 「どうぞ、まぁ、粗方予想はできていますが」

 「それは話が早い。では、単刀直入に。この異変、終わらせてもらえないかしら?」

 「お断りします」

 

 ですよね。私は余りにも予想通りの展開にハハッと乾いた笑いを吐く。多聞も横で唖然としている。直ぐに「おい、手前にはなにか策があるんじゃ」と耳打ちしてきたが、あぁ、そうだとも。策などない。いや、言い直そう。策など必要ない。以前述べた事を繰り返すが私は自分に相当な害が無い限りは異変解決に能動的には動かない。全ては自身の目的の為に。大体はこの前の内容で察する事ができようが、はっきりとさせておこう。私があの時会話による解決を目的としていると言ったのはここに来る為であって、実際そんな事は割とどうでもいい。

 もし、あの時に本当の事情を説明したとしよう。そうすると優曇華は私をここまで導いただろうか。こんな状況の中で、彼女は些細な目的を抱える吸血鬼を本拠地である永遠亭に招いただろうか。いや、きっと彼女は今度案内するとでも言って竹林から脱出させて終わらせただろう。

 私はあの時、説明の上で異変解決者側に立った。彼女は私から防衛しなくてはならなくなった。だが、私や多聞は優曇華の手には余る。すると、吸血鬼は異変解決を対話によって成したいと言った。戦闘は行わないと言った。彼女は防衛しなくてはならない。防衛とは永琳や輝夜のところに行かせない事じゃない。輝夜や永琳の撃退をさせない事だ。この吸血鬼は平和的解決を目的にしている。ここで案内しなければ、どんな行動に出るかわからない。ならば、彼女は私達を案内し、永琳が断る事で解決するのが良いと考える。その場合、最悪戦闘になろうとも永琳が撃退することができる。スペルカード・カードならわからないが、私達はスペルカードで攻撃を仕掛けたのではなく、普通の本気の攻撃をしたのだし、スペルカード・ルールを知らない可能性もある。ここは案内するべきだ、彼女はそう考えたはずだ。

 私の目的は異変解決ではない。違和感の除去だ。その為にここに来ようとあんな事を言った。だから、私はこの状況を悪しとはこれっぽっちも思っちゃいない。多聞には少し申し訳ないが、まぁ、異変は霊夢達が解決するさ。

 私の反応を伺う永琳に応えるように、私は残念そうに頷いた。しかし、これだけで伝わるかどうか、頷いた後になって少し心配になった。内心、慌てながら言葉を加える。

 

 「じゃあ、これ以上は何も言わないわ。私達はこの異変上では貴方達に干渉しない」

 「案外素直ね、何か企んでいるのかしら?」

 

 後ろで「手前、なんで」とか立ち上がって声をあげる多聞を手で制止し「大丈夫よ、元より私達の役目じゃないしね」と言って、多聞が不服そうにしながらも取り敢えず座るのを確認して、私はもう一度永琳に向き合って言った。

 

 「正直に言いましょう。私は異変を解決しようと思ってここに来たし、相手次第では力づくででもとも思っていました。だけど貴女の力量を認識した時にそれは出来ないと判断した。今の私の目的は一つ、薬剤師である貴女に私のちょっとした手助けをして欲しいという事だけよ」

 「私に、助けを求めると?」

 「えぇ」

 

 バレないで、バレないで。嘘だってバレないで。お願い。私は顔には傲慢さを少し感じさせるニヤリって感じの笑みを浮かべているが、心の中は願望と不安で一杯だった。元より願いはそれしかないけど、こうでも言わないと理由が付けられない。最初から今の目的で来たと言うと、永琳のこと、ひいては永遠亭のことまでもを私は知っている事になる。どう足掻いてもここは嘘を吐くしかない。これでも私はこの身体の幼少時からこの人格を宿しながらも隠し通して来たのだから、演技は申し分ないはずだ。普通はこれで騙せるはず。でも、相手は月の賢者、幻想郷屈指のチートキャラだと推測されていた人物、八意永琳だ。恐らくはエゲツないのだろう彼女の洞察力によりバレてしまう可能性はある。どうにか、気づかないでいてくれ。

 永琳は少し考えた後、徐に立ち上がり「こっちへ」と言って、私を部屋から連れ出した。後ろで「訳わかんねぇ」と漏らしながら多聞が付いてきている。

 

 「貴女の頼み、私に出来る範囲なら聞いてあげるわ。薬剤師の、言ったのだから薬関連でしょう? 研究室でね」

 「ありがとう、本当に助かるわ」

 「あれ、どうしたんですか?」

 

 お茶を持って、通りがかった優曇華に「付いてきなさい」と言って、永琳は私達を連れて歩く。優曇華は不思議そうに、小さな声で私に問い掛ける。

 

 「あの、どうして研究室の方へ向かっているんですか?」

 「会話による解決は無理だったから、別件で私が薬剤師である彼女に手助けして欲しいって頼んだの」

 「成る程、まぁ、平和に解決できて良かった......」

 

 心の底から安堵したと言った様子でいる優曇華が少し面白くてフフッと笑い、私は永琳の案内した部屋の中へと入った。

 部屋の中はまるで医者の診察室のような感じになっていた。ただ、一つ一つ違う点がある。薬品が可笑しいくらい沢山あるのだ。イメージ通りと言えばイメージ通りだが、実際こんな量の薬を目の当たりにするとちょっと怖い。

 永琳は椅子に座ると、私に近くの椅子に座るよう促した。私が座ると、永琳は腕を組んだ。その顔つきは先程までの一人の女性といった顔ではなく、一人の薬師、医者となっていた。

 

 「それで、賢者さん。貴方はどうして欲しいのかしら?」

 「思い出したい事があるの」

 「思い出したい事?」

 「この前、夢で誰かの声を聞いたの。その声を私は絶対に知っていて、とても身近で解って然るべきなのに思い出せない。それが誰なのかどうしてもわからない」

 「ふゥん、思い出せない、ね」

 

 永琳は考えるような素振りを見せながら、薬品棚を漁り出す。直ぐにその作業は終わり、彼女は奥から一つの瓶を出した。液体の入ったラベルの貼られている瓶、その液体はまるで水のように透明で無色だった。

 

 「都合の良い事に、そういう薬はあるわ。ただ、思い出すだけでは終わらない」

 「......副作用?」

 「そ。これは思い出す代わりに何かを忘れる薬よ。しかも、何を忘れるかなんてわからない」

 「それは辛いわね」

 「副作用無しも作れるのだけど、材料が無いのよ。それで? 貴方はこれを飲むの?」

 「遠慮しておくわ。そんな度胸はないもの」

 「そう、賢明な判断ね」

 

 残念だ。私は溜息を吐き、視線を落とした。流石に代償が重すぎる。何を忘れるかわからないなんて、到底受け入られられたものではない。今回は諦めて、永琳と出会えた事を収穫と思っておく事としよう。なに、そのうち手段を講じるさ。大丈夫だろう。そう思い、顔を上げた私の肩に多聞が手を置く。

 

 「どうしたの?」

 「異変は解決できねぇのか、解決しに来たんじゃなかったのか」

 

 問いかける多聞の表情は微かに怒りを帯びていた。流石に説明不足か。まぁ、彼女は何も知らない訳だし、説明すれば何とかなるだろう。

 

 「大丈夫よ、この世界には専門家がいるから」

 「専門家? そいつは儂やお前より強いってのか」

 「えぇ、そうよ。少なくともこの世界に定められた戦いの中ではね」

 「定められた、戦い?」

 「えぇ、そうよ。スペル」

 「ちょっと待って」

 

 永琳が説明しようとする私の声を遮る。そして、優曇華に「来たわ、行って頂戴」と言うと、優曇華は少し不安そうになりながらも「わかりました」と頷いて、部屋から出て行く。どうやら誰かが来たらしい。霊夢か魔理沙か咲夜か、誰かは知らないが、うん、そうだ。

 私は多聞の手を握り、永琳に「感謝するわ、八意さん。またお会いしましょう」と言ってから多聞の腕を引いた。永琳は「えぇ、また」と言い、多聞は驚きで思考が働かないようで私に引っ張られるままにされている。流石永琳、察しがいい。私の思いついた事を簡単に読み取ってくれる。

 多聞を連れて、優曇華を追って永遠亭の廊下を走る。

 

 「いい機会だから、多聞、優曇華についていきましょう。貴方にも見せてあげる」

 「何を!?」

 「この世界の戦い、スペルカード・ルールを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人が出ていった後の部屋で、一人残った永琳は薬品棚に先程の薬をしまいながら不思議そうに呟く。

 

 「あの娘、この薬を飲んだとして効いたのかしら」



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第七話【その夜、少女は】

「いい機会だから見せてあげる!」

 

 少女は急に駆け出して、儂達は医者のところを離れていく。

 「用は全部済んだのか」「異変はどうするんだ」そんなことも言えないほど急な行動に私は連れられるままに駆け出すことしかできなかった。

 しかし、焦りのままに文字通り飛び出していった兎の速さには、ただ走るだけでは到底及ばなくて、あいつと私達の二人は離れていくばかりであった。

 それをわかっているのだろう、笑顔を浮かべた少女は儂の腕を強引に引っ張り、目を凝らしてようやく見える距離まで離れた兎を追いかけるべく、その翼を羽ばたかせた。そして、腕をグイと上に引っ張り、宙に浮かせたかと思うと、次の瞬間にはこの体は白い腕に抱えられていた。なんでだ、儂も飛べるのに。

 

「何するんだ、降ろしてくれ」

「嫌だよ、こうする方が速いからこうする」

 

 エリーナは嫌がって暴れる儂の攻撃を避けながら、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、「気を失っちゃいけないよ」と呟いた。

 「は?」と漏らしそうになった、次の瞬間、世界の全てが線に変わった。気がつけば、あの兎が少し遠くに見える所に立っていて、儂は錯乱に瞳を揺らした。エリーナはそんな儂を見て得意げに笑っていた。どうやら、こいつが一瞬で移動したらしい。戦った時から運動能力に優れてるとは思っていたが、まさか飛ぶのがここまで速いとは思っていなかった。

 黙ったままの儂の顔を少し心配気味にエリーナが覗き込む。

 

「大丈夫?」

「は、脳みそが揺れてら。もうちょいマトモにできねぇのかよ手前は」

 

 「ごめんごめん」そう言い笑うエリーナを呆れたように一瞥すると、彼女は「ほら」と兎のいた方を指差した。

 そこにはさっきの兎がいたがさっきとまでとは違い、兎の前に少女が二人いた。紅白のよくわからない服を着た少女と、如何にも胡散臭い見た目に見合わぬ妖艶さを持った少女。二人とも大して真面目な顔をしちゃいなくてヘラヘラと気怠げな態度をしていたが、兎に対して友好的かと言えばそうではないように思えた。

 

 少しの間、会話が続いていたようだったが、交渉は決裂したのだろう。それぞれが戦闘態勢に入った。しかし、どうにも殺気があまり感じられない。殺意がなければ倒す相手も倒せない。あいつらは戦うつもりがあるのか。

 不思議そうに、そして不満そうに小さく唸る儂にエリーナはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを向けている。「なんだよ」と聞くが、此奴はニヤニヤと笑うばかり。

 なんなんだ。そう思っていると、何も言わなかったエリーナが「ほら、見て」と再び少女達の方を指差した。

 今度はなんだ。儂は言われるがままに、その先を見た。

 

 

 それは虹のようであった。花火のようと言ってもいい。あぁいや、そんなことはどうでもいい。何のようだとか、まるで何々の如くみたいな表現は必要なくて、大切な事はただ一つだけ。私が感じたことはたった一つだけだった。

 

 それは綺麗だった。

 

 無数の光球が宙を往来し、様々な光が竹林を染め上げて。本当に綺麗で、この世に生きてこんな綺麗なものは初めて見たと思うことすらできなくて、ただただ立ち尽くすばかりで、きっと笑っていたのだろうエリーナの顔すら見ることができなくなっていた。

 

 本当に、本当に、あれは綺麗だった。

 

 私はそれを見た瞬間から、その光に憧れた。その美しさに憧れた。痺れるような夢に手を伸ばしてしまった。

 私の在ろうとする様が変わったというか、求める色が変わったというか。

 エリーナと出会ってからも変わってはいなかった妖怪への復讐心、それが消え去りはしないものの、そして第一目標であることには変わりはないものの、それに並ぶものができたような感覚がした。

 ずっと、ずっと、復讐しか私にはなかったから。私の中の目標も、糧も、剣の纏うものも復讐でしかなかったから、私は『もう一つ』が生まれたことに戸惑うことしかできなかったのだろう。

 私はその異質さに恐怖すら覚えた。だけど、それが悪でないことも、また、私にとって良いものであることもわかっていたから、受け容れることに迷いはなかった。

 

 少しして、意識を無理矢理に手繰り寄せて、己が思考を取り返した時、私の心はよくわからない何かに包まれていた。

 エリーナに、その光から目をそらすことなく、問いかける。

 

「あれが、この世界の新たな戦い方ってヤツなのか」

「えぇ、そうよ。あれがスペルカード・ルール。通称、弾幕ごっこかしらね」

 

「あの光に当たったら負けなのか」

「そうね、当たったら負けになるわ」

 

「勝つためには、どうしたらいいんだ?」

「絶対に避けられないのは反則らしいから駄目だけど、ひたすらに強い弾幕を展開するか、或いは美しい弾幕で相手の思考を奪うか、この二つが主となるんじゃないかしら」

 

「私でも、」

「ん?」

「私でも、綺麗な弾幕を使えるかなぁ」

 

 少女は驚いたのだろう、一瞬間を置いてから答えた。

 

「えぇ、きっと」

「刀を振ることしかしてこなかった私にも、使えるかなぁ」

「使えるわ、貴方だからこそ。だって、貴方も、貴方の刀も美しいもの。燃える刃も、刹那を斬る斬撃も、刀を振る貴方の動きも、全て美しい」

「私の剣が美しい––––––––そうか、あぁ、そうか」

 

 

 

 私はその時、決めた。誰よりも美しい弾幕を放つ者になると、誰もが心を奪われる光で世を染めると心に決めた。

 

 








武しか知らないが故に、その美しさを誰よりも



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第八話【糸】

 宙を舞う光を鏡のように映す瞳は、その日のまがい物の空よりよっぽど綺麗だった。

 彼女はきっと、瞳に欲という宝石を宿していた。

 きっと彼女は輝きに目を奪われ、その心は美しさに囚われた。飽くほどに光を見た。夢見るよりも未来を夢見た。そして、きっと彼女の在り方は鮮やかになった。

 だって、彼女の心には欲がなかった。あるのはひたすらに復讐で、敵を斬ることしか考えていなかった。きっとその果てには何もない。復讐を果たした時、彼女の前に残るのは数多の屍のみであり、それ以上進むことができなくなる。だって、復讐しかないのだから。

 でも、今日、彼女は欲を手に入れた。美しく在りたいという願いを刻んだ。行き着く果てに未来を繋いだ。

 ならば、大丈夫。たとえ、私が終に復讐を取り払ったとしても彼女は潰れてしまわない。たとえ、私に何かがあって、彼女が幸か不幸か復讐を遂げてしまっても彼女の視界は暗くならない。

 

 やがて、巫女と兎の戦いが終わり、竹林に暗闇が戻る。さっきまでは少し居心地悪そうだった偽物の月が再び我が物顔で空に居座り、私たちを薄く照らした。まだ、偽物の月に不快感はあるものの、慣れのせいか最初よりは幾分かマシになったように思えた。

 とはいえ、不快であることには変わりない。永夜抄の例の三組のどれかが早く解決してくれることを祈ろう。さっき、「異変解決としゃれ込むか!」とか大見栄きったせいで多聞から訝しげに見られることとなったが、

まぁ、この弾幕への感動で誤魔化せたことだろう。

 チラリと横を見ると、彼女はまだ感動かなにかに目を輝かせ、ぼんやりと空を見つめていた。うんうん、大丈夫そうだ。

 下衆な部分を隠しながら、私は囁く。

 

「ねぇ、多聞。貴女もあれがしたいのでしょう?」

「え……? あぁ、うん。したい」

「いいね。じゃあ、あれを先ずは知らなきゃいけない。パッと説明しようか。スペルカード・ルールっていうのは――――

 

 

 

 

 

 

 

ということなのよ。どう? できそう?」

「ん、まぁね」

 

 ふむ、大体の事は説明したが、正直ずっとやたらと穏やかな多聞の様子に驚きながら話していたからまともに伝えられたかどうか。まぁ、何枚かスペルカードも作れたようだし? 戦わせてみればいいさ。命を懸けた戦いじゃないんだ。勝とうが負けようが、実践が一番いいに決まってる。魔法と同じだ。理論より実験の方が手っ取り早くていい。百聞は一見にしかず、ってやつに近いのかもね。

 

「それじゃあ、適当な相手を探しましょうか」

「この竹林でそんな都合よく相手と出くわすかい?」

「さっきの巫女、見たでしょ。普段なら入る奴なんていない竹林も、異変となれば解決しようとするやつが出てくるのよ」

「だから、それはあの赤巫女の仕事なんだろ?」

「えぇ、普段はね。でも今回の異変は規模が違う。与える影響が違う。変な奴が暴れまわっても、天候が変化しても、季節がねじ曲がっても、妖怪たちは気にも留めないでしょう。でも、今回は月。月は変えられては困る。どうにかしようとするやつがわんさか出て来るのよ。何人がここらまでたどり着けるかは別としてね」

「なるほどねぇ、じゃあ、待ち伏せでもするかい」

 

 そう言って立ち上がり、多聞は空を見上げた。つられて私も見上げるが、空には相変わらず嫌な月があるだけで、他には何もなかった。

 なんでまた見上げたのだろう。不思議に思い、多聞の方を見ると、彼女はニヤリと邪悪に微笑んでいた。そして、こちらを見ると楽しそうにまた笑った。

 

「あの館へもう一度行こう。察しのいい奴が来るならあの館だろ」

「あー、まぁ、そうね。そうしましょうか」

「なんだい歯切れの悪い。なんか都合の悪ぃことでもあんのかい」

「いや、別に」

 

 私はなんでもないようなフリをして、「じゃ、行こうか」と言って、永遠亭の方へと歩き始めた。

 永遠亭の方には霊夢が行ったから、多分紫がいる。あんまり会いたくはない。が、仕方がない。覚悟だけはしておこうか。

 若干の不安を抱くも、それはすぐにどこかへ消えてしまうこととなった。

 違和感を覚えた。

 二人で黙々と歩いていると、竹は静かに騒めいて、地は死んだように音を軋ませた。風が髪を靡かせて、天は偽りの月があるばかりで雲一つない。何も問題はない。月以外は至って普通なことのはずなんだが、どうにもこの竹林は何か起こっていて、竹がヒソヒソと噂話をしているような感じがした。どうにもぬぐえない違和感があった。

 私の直感は大して働きはしないが、それもたまには仕事をする。封印前は、それを気のせいとして面倒なことにもなった。一度、確認しておきたい。

 私は歩みを止めて、振り返った。多聞が「なんだ?」と不思議そうな顔をする。

 

「なんだか、竹林の様子がおかしくない? 何か、妙な感じがするの」

「んー、まぁ、感じると言えば感じるが、月のせいなんじゃないのか?」

「でも、永遠亭にいたくらいまでは感じなかったでしょう」

「ンァ、言われてみれば、そうだな。じゃ、これはなんだ?」

「わからない、わからないのだけど、なにか普通じゃないような、なんなのかしら」

「ワカンねぇならどうしようもないさ。取り敢えずあの屋敷まで行こう」

「......そうね」

 

 ザカザカと、足が地を踏み締める音がまた響き始める。歩いて少しした後に、再び二人は永遠亭の前へと辿り着いた。

 さっき、霊夢らがこちらへ飛んでいったが、そのまま着くことが出来たらしく、屋敷の向こう側に光が見えた。淡い虹の玉が空に向かって飛んでは消えた。まるで、シャボン玉のようだった。屋根まで飛ぶどころではないけれど、と、くだらない事を考えながら、小さく笑った。だが、それを多聞に見られていたようで、慌てて、誤魔化すようにすました顔で「やってるわね」と言うと、多聞は「あぁ」と答えて、瞳を輝かせた。

 「よし、取り敢えず戻って来た。まぁ、流石に来た道を戻るくらいはね」多聞はそう言うと、屋敷の門の前に座り込んだ。その顔は今見た誰かの弾幕に少し興奮気味だったが、感情を律することは出来ているらしく、ソワソワする事もなくいた。

 

「さて、誰か来るかね」

「まぁ、どれくらいかかるかは知らないけど、そのうち来るでしょう」

「だといいがね」

 

 短く言葉を交わすと、私も近くに石に座り、誰かが来るのを何をするでもなく待った。

 変化は直ぐに訪れた。期待していたそれこそ誰でもない待ち人が遠くから来るのを、私達の瞳は早くから捉えた。顔を見合わせて、一度頷き合うと、私達は門の入り口を遮るように立ち、待ち構えた。さて、来るのは誰か。魔理沙か、妖夢か、或いは咲夜か。まぁ、誰にしろ私は闘わないから関係ないのだけど。

 ゆっくりと近づいてくる影の正体が、月明かりではっきりと見えた時、私はひどく驚いた。いや、この目は暗闇の中でもその姿の一部を捉えてはいたのだけど、まさか、彼女とは思いもしなくて、服装がよく似た誰かだと思っていた。

 私は、この異変の顛末を知らない者として、さして驚いていないような素振りで彼女の名を唱える。そう、まさしく私の遺産を受け継ぐに相応しい名を持つ者の名を。

 

「貴女は、確か、パチュリー・ノーレッジ」

「あら、エリーナ。こんな所で会うなんて、面白い偶然ね。貴女はこの異変を解決しに?」

「まぁ、そんな所です。スペルカード・ルールを覚えたばかりなものだから、解決は諦めましたけどね」

 

 私が言い終わるの待たず、「忘れてた」と小さく漏らして、パチュリーは横に浮かぶ小さな玉に触れた。すると、玉は微かに煌いて、多少なりとも魔力を得た。きっとあの玉でお姉様と繋げたのだろう。

 知っているとも。だって、あれは私が考えた魔法だ。まぁ、私は使わなかったけど。だって、研究室に引きこもってばかりで魔術会に出席することすらあまりなかったような魔法使いがそんな魔法使うわけがないじゃない。無料通話アプリ感覚って言えば聞こえはいいが、それも相手が機器を持っていなければならないように、相手も同じような魔法を行使できなきゃならない。或いはこっちが事前に提供しておくかだ。というか、そもそも話す相手がいなきゃ話にならない。私は引きこもりだ。友達なんていないんだよ。

 まぁ、パチュリー達が活用しているのな結構結構。トロコン感覚で残しておいた甲斐があったものだ。

 

「もしもし、レミィ?」

『聞こえてるわ。異変解決には早いけれど、どうしたのかしら?』

「原因と思わしき場所でエリーナに遭遇したわ」

「こんばんは、お姉様。クソッタレな夜ね」

『……その局所的な口の悪さ、確かにエリーナね』

 

 私が魔法になんら反応を示さないことにパチュリーも大した反応をせず、話は進む。ただ、多聞が唖然としているけれど、まぁ、うん、そのうち慣れるでしょう。

 

「それでね、今言われて気づいたんだけど、私たち、エリーナにスペルカード・ルールについて何も言ってないわ」

『……あ』

「それでまぁ、誰かに教えてもらったようだけど、覚えたばかりで解決は諦めたらしいわ」

『あぁ、なら、エリーナが首謀者じゃないのね。私、もしかすると貴方が外に出れた悦びでやっちゃったんじゃないかと思っていたわ』

「まさか。まだ知らない世界で問題行動起こすほど私はバカじゃありません」

『じゃあ、そこを通してもらえるかしら?』

「嫌です」

 

 沈黙が場を支配する。多聞はしばらく戸惑っていたが、やがて諦めたように黙って見守り始めた。

 数十秒にもわたる長い沈黙を破ったのは、パチュリーだった。彼女は大きくため息を吐いた後、呆れたような顔で言った。

 

「ホント、姉妹だから通じ合ってるのね。私はまだ何も言っていないのに」

『エリーナに会って弾幕云々程度の話なら、帰ってきてからするでしょう。その子、首謀者であることはあまりないにしろ加担はよくするし、そもそも全く関係なくても邪魔することがあるからね』

「よくわかっていらっしゃるようで」

『それで? 今回は何かしら』

「いやなに、大したことじゃあ、ありません。ただ少し、この人の弾幕ごっこの相手になってもらいたいだけですわ」

 

 私が横にいる多聞の肩を抱くようにして示すと、パチュリーは面倒くさそうな顔をして、そして玉の中からは小さく息の音が聞こえた。きっと、お姉様がまたかといった具合にため息を吐いたのだろう。

 

『えぇ、えぇ、いいわ。いいわよ』

「レミィ、いいの? あなたなら構ってる暇はないとか言いそうだけど」

『こうなったら止められやしないわ。この子は嵐みたいなものよ。不意に現れては避けようがなく、終われば何もなかったかのようにある』

「……なるほどね。じゃあ、相手はするけれど、そうね、一つ条件を付けてもいいかしら?」

「なんです?」

「私が勝ったら、今度、スペルカード・ルールではなく魔法で私と勝負してほしい」

「いいですよ。その程度でいいのなら」

「それはよかった。では戦いましょうか。知らぬ人」

 

 パチュリーが一歩前に出ると、多聞はそれに応えるように刀を抜いた。そして、私に「じゃあ、行ってくる」と言うと、数歩歩み、パチュリーと対峙する。

 

「私は、そのスペルカード・ルールとかいうのはこれが初めてでね」

「だから、手加減しろとでも?」

「まさか! 全力で戦ってほしいのさ! 始まりが半端じゃ気分が悪い!」

 

 多聞はニヤリと笑ったかと思うと、さっき私と戦った時のように構えた。月明りに照らされて輝く刃は彼女の心に呼応するかのように炎を宿し、緋く染まった。

 パチュリーはそれを見ると、

 

「その気概、気に入ったわ。丁度師に当たる人がそこにいるのだし、私の魔法の光、見せてあげる。その目に焼き付けなさい!」

「よし、では」

 

 地をジリと踏む音がした。本がめくれる音がした。焔がゆらりと揺らめいた。懐かしい魔法の輝きが視界の奥に見えた。浮かぶ玉から、小さく笑い声が聞こえた。

 

「いざ!」

 

 夜の竹林を、賢者と剣士が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、負けた負けた」

「結構いい勝負してたじゃない。流石は武人、直感が素晴らしかったわ」

「ハッ、負けりゃあ同じよ。……ところで」

「なに?」

「私の弾幕、綺麗だったか?」

「えぇ、それはもう、とても。一つ一つがその刀のように鋭く輝いていたわ」

「そりゃあ、よかった」

「あっ」

「ん?」

「月が戻ったわよ。霊夢が解決したのかしらね」

「あぁ、やっと、お月様が帰ってきたってわけかい」

「えぇ、それじゃあ、行きましょうか」

「どこへ?」

「どこかへ」

「あてもなく、か」

「見聞を広めるにはそれくらいがいいじゃない。丁度ここは東の果て、あぁ、これもまた東方見聞録ね」

「何を言っているのかわからんが、まぁ、もう迷うのは勘弁だ。兎あたりに案内を頼もう」

「そうね。そうしましょう」

 

 二つの影が、竹林を歩く。あの館で兎に頼むと、代わりに地図が寄越された。二人は地図を見て、竹林を歩く。そして、やがて、迷路を出たとき、二人の旅は始まる。

 

 

 

 

 

 あの日、私は彼女に出会った。

 復讐に彷徨っていた私は少女に出会い、負けて、彼女に付いていくこととなった。

 この先何が起こるかわからず、果てにどうなるかわからず、何もわからない、一寸先は闇であった。

 ただ、この時、思ったことを覚えている。この時、呟いたことを覚えている。

 

「これは鬼か仏か。今宵の出来事は天の仏の垂らす糸か、地獄の鬼が垂らす亡者の腸か。仏なら救われよう。鬼なら……斬り捨てよう」

「ん? 何か言ったかしら?」

「いや、なにも。本物の月はやはりいいなってな。この竹林と良く合ってる」

「えぇ、そうね。綺麗だわ」

 

 あぁ、この夜を私はきっと忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原に出てしばらくすると、不意に声が聞こえた。

 

「貴女が、エリーナ・スカーレットかしら?」

 

 あまりに妖艶な声、あまりに不思議な声、あまりにも、深淵を思わせる声。姿は見えず、声だけがある。

 私はその正体を何となく察した。だって、こんな雰囲気を纏うのは、こんな芸当ができるのは、このタイミングでわざわざ私との接触を図るのは、この幻想郷に一人しかいない。

 

「えぇ、私がエリーナよ。隠れていないで出てきなさいな。さっきの竹林では姿を見せていたじゃない、美しい人」

「あぁ、やはり噂に違わぬ人物のようで。なら、よいでしょう。貴女になら頼める」

 

 声の主は姿を現す。さっき、優曇華と霊夢が戦っていた時、竹林で見えたその姿が目の前にある。

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、エリーナ・スカーレット。私、八雲紫と申します」

 

 長い夜は、まだ終わらない。

 

 



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第二章【Another Outsider】 第一話【賢者との邂逅】

 世界の全てが、正しいものであるわけがない。したり顔で、少女は賢者に語った。

 

 目覚めたときにはもう、少女は見た。

 見えるモノは体だけでなく、不可視の内側さえも、その眼は確かに。

 もう見たくない。妹は涙を流し、やがて放棄を選ぶ。

 少女達を忌みながら、妖共は同情する。あぁ、あんな能力を持って生まれたがばかりに。

 少女は嘲り笑う。同情するならこちらへおいで。変わらず忌むならあちらへどうぞ。

 少女の前には誰もいない。やはりね、と。漏らした言葉は愉悦で満ちる。

 つま先だって守れない、数多の武装で自身を守り、行きつく先はかつての地獄。

 少女を恐れぬ獣共に囲まれて、書斎で進めたるは優れた治世への弛まぬ努力か、それとも悪の企みか。

 

「きっとこれは、悪人に持たせてはいけないでしょうね」

 

「私はどうか? さて、どうでしょう。嘘はあまり好みませんがね」

 

 騙るは罪、語らぬも罪。では、語るは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかります、エリーナ・スカーレット。私、八雲紫と申します」

 

 その声と同時に、彼女は姿を現した。その様は竹林で見た時とは同じで、正しく八雲紫だった。竹林では優しくそうで割と俗っぽい、傍観的な賢者なようだったが、今は傍観者の面が表に出ている。何を考えてるんだかよくわからない。本当に管理者のような感覚がする。

 だが、そこに隙はない。多分不意打ちとかしようとしても見抜かれるんだろうし、何か魔法を起動しようものなら彼女は微笑むのだろう。

 何が恐ろしいって、もうこれは戦力が読めないことに尽きる。私だって魔法使いとしてはそれなりの実力がある。大抵の相手の実力は読めるだろう。永琳だって、読めたんだ。勝てやしないって。でも、紫は全く分からない。強いのか、弱いのか。勝てるのか、負けるのか。全くわからない。

 確かに、これはイメージ通りの八雲紫だ。流石、感動する余裕もない。

 あぁ、でも、ワクワクする。こんなことは今までに片手で数える程度しかなかった。境界をいじったのか、何か特殊な術を使っているのか。私が選んだのは魔術だったから、別の方面はそりゃあ理屈はわかるだろうが、聡いわけではない。今はこの不可思議を理解できない。

 私は驚愕と興奮を身の内に忍ばせながら、嘯くように言った。

 

「ボンソワール、美しいフロイライン」

「……本当に、話通りで」

「あら、どんな話かしら?」

「あらゆる魔法を開拓し、あらゆる魔法の先を見て、あらゆる魔法を操った者。その姿はただの少女、操る言葉は一つでなく、その瞳は何も見ず、その足はどこにも向かない。その様はまるで旅人、その在り方はまるで流浪人。この世を視ても、この世を見ず、何かを知って消えた者。そう、語り継がれてきている。それが貴女だということです」

 

 なんか、凄いことになってるな。確かに見た目は少女だし、日本語的発想でいろんな言葉を混ぜて遊んだりしていたけれど、この眼は多分研究三昧で虚ろになってただけだし、足はどこにも向かないっていうか基本引きこもりでどこに行く気もなかっただけだし。なんか、私が魔法を作りまくって賢人とか色々言われたせいで先入観が生まれてしょうもないことがすごい事みたいになって伝わってるぞ。

 

「ふぅん、そういう風に伝わったか。粗方、魔術会の連中が喜んで吹聴して回ったのでしょう。あの忌まわしきエリーナが消えたって、議会で喜びながらね」

「そこの事情は存じておりませんわ。貴女の話はもはや、噂でなく伝承と相違ない程ですから。その出所などわかりましょうか」

「ま、封印は解けたし、いいのですけどね。それで、貴女、何の用かしら?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 私が言い終わろうかという時に、話を斬るように鋭い声が飛んだ。

 なんだと声の方を見てみると、今の声を出したとは思えないような顔をした多聞がそこにいた。

 

「いや、そこの紫とかいう奴の話に文句はないんだがな、少し、混乱している。え、なんだ? どういうことだ? つまり、手前は物凄い奴だったのか?」

「いや、別に凄いわけじゃ」

「凄い方ですわ、はい」

 

 私の声を露骨に遮って、にこやかに紫は答えた。

 

「紫さん? 私はそんな大層な人物じゃあないのよ?」

「貴女、お名前は?」

「多聞、山口多聞だ」

「ねぇ、聞いているの?」

「山口多聞……? なるほど。それでね、多聞さん。この人は恐らく世界で最も魔術に長けた人物です」

「魔術?」

「そうね、貴女は日本的だから、妖術と言ったらわかるかしら?」

「あぁ、まぁ、わかる」

「では、安倍晴明や芦屋道満は?」

「何となくは知ってる」

「この人は彼らを遥かに凌駕する実力を持った方です」

「えっ」「えっ」

「簡単に言ってしまえば、ほぼ全ての魔術を扱えるだろうお人ですわ」

 

 オイオイオイ、ちょっと待ってくれ。話もすさまじいことになってきたぞ。私は慌てて、「紫さん」と言って止めようとするが、彼女は止まらず続けた。

 

「今、この世界で使われている魔術の殆どが彼女の系譜です。彼女なくして魔法使いがここまでの隆盛を誇ることはなかったと、私は断言しましょう」

「これが……そんなに?」

「そう、そこが問題なのです。この方、それこそ伝説なのに、意図してかしないでか、まるでただの妖怪のように振舞います。大賢者としての威厳も見せません。こうして謙遜しますし、口振りも歩けば出会う程度の妖怪と変わりません」

「そうだな。私も其れなりの実力者だとは思っていたが、そこまでとは思っちゃいなかった」

「英雄には英雄の、妖怪には妖怪の、賢者には賢者の在るべき姿というものがあります。勿論、それに縛られてばかりではいけません。しかし、エリーナ・スカーレット、この人はあまりにもそう在ろうとしなさすぎる。陰に生きるモノ、その中でも屈指の勢力を誇る魔法使い、その王というべき存在であれば、ある程度求められるのです。成したことには責任を持たなければならない。ねぇ? エリーナさん?」

「ぐっ……」

 

 何も言い返せない。実際問題として、私の研究が相当に後世に影響を及ぼしたようだし、存在そのものが伝説的になっている。その研究というのも、ぶっちゃけかなりの牛歩ではあっても研究者の努力によって進歩していたのを乗っ取って、勝手に果てまで進めてしまったのだ。責任は確かにある。

 だが、

 

「いや、私は絶対に認めない。認めてなるものですか! そういうの研究の邪魔だし、ぶっちゃけ面倒くさいのだもの!」

「ほら、多聞さん! これが本音です! こういう人には責任を取らせるべきだとは思いませんか?」

「思う」

「嫌です! 何のために私が数少ない友人のいた魔術会への出席を最低限にしていたと思っているですか!」

「知りません!」

「魔法使いなんて皆、研究者で、学者気質の究極形なんですから、権力に興味なんてないのです。だから議長とか校長とか役職の押し付け合いが当たり前のように行われてて、そして、私みたいな万能型魔法使いがやり玉に挙げられて役職に就かされるんです! だから、議会にも行かないようにして、行ったときになにか言われても、たまにしか来ない不真面目魔法使いには務まりませんよ~とか言って逃げてたんです。それでも一回させられたんですよ!? 魔術会立キャメロット魔術学校校長に、5年間も!」

「それはどうだったんだ?」

「クソだったわ。退屈で単調で意味のない仕事をさせられて、大切な研究時間が削られてることにイライラした。それでも三年頑張ったけど、三年終わった時に不満が爆発して、魔術会本部に掛け合って、どうせ魔術学校に入学する者なんて魔法の才能は保証されてるのだから、細かい点数付け、書類は必要ない。全て、中間期末学期末の三度に行われる私が試験監督を行う魔術実習試験によって進級、卒業を決定するって連絡した。そしたら、認められないって返ってきたから、ブリテンの魔術学校全てを強奪し、私立スカーレット魔術学校~校地に変更するか、魔術会と私が戦争するか、或いは条件をのむかって選択を迫ったら渋々認めてくれたわ」

「こわっ……」

「ほらね、多聞さん。今、魔術会とエリーナさん個人との戦争を脅迫に使ったでしょう? 遥か異国の地に大規模な組織としてあったとされる魔術会に、この人はたった一人で勝つ自信があった。そして、事実として、魔術会はそれを恐れて条件をのんだ。ただの魔法使いでないと今、認めたのよ」

「取り敢えず、私は認めません。認めるくらいなら、舌をかみ切ります」

「吸血鬼の貴女はそれでは死にませんけれどね」

「腹に焔の刃が刺さっても抜いて一寸したらピンピンしてたしな」

「ともかく! 認めませんから」

「まぁ、この件はもういたちごっこでしょうし、もういいでしょう。多聞さんに印象を与えることもできましたし」

「接し方を変えるつもりはないけどね。そんな力があるならそれを意識することでできることもあるだろうさってね、その程度で留めておこう。流石にこの眼で見ないと信じ切れないのもあるしね」

「えぇ、それでいいですとも。それでは、エリーナさん、本題に入りましょうか」

「えぇ……そうしてもらいましょう」

 

 本当に疲れた。紫め、余計なことを多聞に吹き込んでくれた。初めはすごい賢者だと思っていたけど、評価を胡散臭い賢者に落とそう。この恨みは忘れない。あと、私に責任を負わせようとしているのも許さない。絶対にそんなの認めないからな。あの地獄の三年を思い出すと今でも背筋がゾッとするんだ。

 私はもしかすると青筋が浮かんでいたかもしれないけれど、精いっぱいの笑顔で本題への移行を進めた。

 

「それで、此処に何をしに来たかですが、エリーナさん、貴女には地底に行ってもらいたいのです」

「地底?」

「この幻想郷には地底と呼ばれる地下空間があります。嘗ては地獄でしたが、現在は別の場所に地獄が引っ越して、代わりに地上に辟易した妖怪や地上に住むべきでないと私が判断した妖怪の住処となっています。はっきり言うと、相当な危険地帯です」

「なんで、私が地底に?」

「貴女も霊夢から学んだ、新しい戦い、スペルカード・ルール。地底にはあれがまだ伝わっていない。だから、誰かが伝えに行かなければならない。えぇ、言いたいことはわかります。勿論、私が伝えにいけるならそうしたいのですが、私は先程の事情もあって地底の妖怪に嫌われていたり、私と相性の悪い妖怪が地底に多かったりで、それも叶いません。ですから、誰か、相当な実力者で私の頼みを聞いてくれる方が必要だった。そう、貴女です。エリーナさん。だから、私は貴女に今晩頼みに来た」

「事情は大体わかりました。まぁ、さっきの恨みで断ってもいいのだけど、地底、中々面白そうだし、引き受けましょう」

「ありがとうございます。地底はあちらの方角です。しばらく行くと大きな穴があるので、すぐにわかるでしょう」

 

 紫は東西南北どれかは知らぬが、一定の方向を指さした。そして、背後にスキマを広げた。

 

「それでは、御機嫌よう。連絡は魔法で手紙でも寄越してくだされば」

「わかりました。では、またいずれ」

「さようなら、さようなら」

 

 紫は影に飲み込まれていくかのように、スキマの奥へと消えていく。多聞はそれを見て、「不思議な奴だったな」と漏らした。「そうね」短く答えて、私は例の方向へと歩み始める。

 

「歩いていくのか?」

「その方が色々見れるじゃない。空からサーっと見るなんて味気ないわ」

「ま、そうだな。そうするか」

 

 夜の草原を影が二つ。月が優しく見下ろした。

 

 

 

 様々な出来事があった、長い長い夜も、終に終わりを迎える。

 

 

 

 そして、舞台は夜も朝もない地の底へと、移っていく。



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第二話【穴の奥には何がいる】

 叡智が役に立つのは、それが届く所まで。壊れ者注意ってね。したり顔で、少女は賢者に語った。

 

 きっとそれらは正反対であった。

 全てを放棄した悲哀の無意識と、己ですら掌の上に置く甘美の理性。

 遂には彼女らを彩る色すらも反対を示した。

 この眼を潰せば不幸は消えると、少女は嘆く。

 その眼を潰せば幸福は消えると、少女は嘆く。

 不幸に浸るか、無に沈むか。前門は絶望、後門は奈落。

 迷いは消えず、やがて少女は奈落を覗く。

 そこに少女は何を見たか。

 恐らくは、絶望の出尽くした果てに残された希望なのだろう。

 しかし、それは現か幻か。

 少なくとも、前途に光を見出す権利は誰の手にもある。

 その結果を保証する声はどこにもないけれど。

 さて、幻想のパンドラの箱は少女に何を齎したか。

 

 過ぎたるは及ばざるが如し。では、飽和と零では?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、件の大穴か」

「どうやらそのようね」

 

 私と多聞は互いに顔を見合わせて、一度コクリと頷いた。

 

「あまりに不気味だな!」「不気味すぎでしょう!」

 

 どうやら、というか、やはり考えている事は同じだったらしく、似たような事を叫んで、その声を混ぜ合わせながら大穴に響かせた。

 私達が覗くその大穴は、想定より遥かに大きなものだった。直径20mくらいだろうか、大きな穴から瘴気を漂わせている。まるで竜の潜む洞穴のようではあったが、しかし、そこには宝はない。この穴の下にあるのは地獄であった場所。厄介な力を持った妖怪が多く住む都市。

 上等じゃないか。勇儀の能力は見てみたかったし、一度、さとりの能力に対抗してもみたかった。此度は叶わないが、お空の火力もだ。

 魔法は力無き者の為にあるもの。略奪者に、圧政者に、破壊者に、あらゆる力に抵抗する為の万能の力。それ故に、全ての魔法を修めればあらゆる場面を想定し、あらゆる状況に対応できる。

 私はまだ、全てではないが、しかし、能力が故に魔法の数はそこらの魔法使いの比ではない。というか、バリエーションに関しては世界で最も優れている。

 私は世界で誰よりも多くも魔法を修めた者。そして、その多くの果てを見なかった者。

 魔法の果て、それは恐らく二つある。究極の果て、それは無限と零。原初にして、終焉。嘗て魔法は始まり、間もなくそこに至った。

 この世には限りがある。全てのものは有限で、不可説不可説転ですら終わりがある。どれほど多くとも、どれほど途方もなく思えようとも、遥か彼方には終着点がある。この世界に無限はない。であれば、有限の中に無限を創ることは不可能。だからこそ、究極。不可能を可能にする事ができれば、それは最果ての魔法。

 この世には己が在る。魔法もまた、確かに存在する。認識の問題はあれど、その証明が不可能であれば存在は認めざるを得ない。有限の世界は、同時に存在が在る世界だ。無いものは無く、在るものは在る。であれば、在る事を条件とした世界に零を創造することは不可能。だからこそ、究極。無を創造する事ができれば、それは最果ての魔法。

 私はほとんどの果てを見ていない。どれもよくて95%程度だ。だから、究極の一、最果ての魔法を持つものに勝てるかどうかはわからない。というか、多分負ける。

 例を挙げれば、きっと、輝夜には負けるだろう。彼女の能力の永遠を操る部分は、最果ての魔法だ。あれを使われては私にはどうしようもない。須臾の方は――――――いや、今は言及しないでおこう。あれは、また別の意味でヤバい代物だ。

 取り敢えず、だ。私は極めてはいないものの、多くの魔法を修めた。ならば、理論上は、ほぼすべての状況に対応できるはずなんだ。

 今回の地底訪問はそれを証明するに丁度いい、ということだ。

 私は多聞に「行こう」と言って、地の下に落ちるように飛んだ。少し飛ぶと、底がすぐに見えた。少し降りただけで随分と気温は下がって、そのひんやりとした雰囲気は嘗てブリテンで入った鍾乳洞を思わせるほどだった。

 

「すぐだったね」

「そうだな」

 

 ちゃんとついてきているかを確かめるために軽く言葉を交わし、私達は辺りを見回した。地の底とはいえ、瘴気が濃いので多少は周りは見えた。それで、目を細めるまでもなく、多聞の近くに横に続く道があるのを見つけて、私達はそちらへ歩き始めた。

 歩いていても瘴気が薄まることはなく、洞窟内は神秘的な雰囲気を出し続けていた。さっきまでは冗談のつもりだった竜の住まう穴のようというのが、実際にそっくりになってきた。いや、多分、竜はいないのだけど。

 穴の奥で宝を守るのが竜とは限らない。大蛇かもしれないし、トロールかもしれない。結局、決まってることはただ一つ。平和的に解決することが限りなく困難な、ぶっちゃけ面倒くさいやつが宝を守っている。それだけなのだ。

 これは、鬼や覚、他の妖怪達とひと悶着在るかもしれないな。

 嫌な予感をこっそりと感じながら歩いていると、次第に冷たかった空気が熱を帯びてきた。

 「これは」と、多聞が不思議そうに呟いた。

 

「紫も言っていたでしょう。地底は嘗ての地獄なのよ。こっちの地獄も、私のいた西洋での地獄も変わりはしない。灼熱地獄は定番よ。人は焼くのが惨たらしいって、どこの奴らも考えるんだから」

「そんなもんか」

 

 少しずつ見えてきた光に、その熱に惹かれているかのように、私達の歩みは速くなる。飛んで火にいる夏の虫とは言うけれど、さて、剣聖に近い武人と、賢者と呼ばれた吸血鬼ではどうだろうね。

 光が近くなる。視界を少しずつ光が覆っていく。そして、そのすべてが白に染まり、肌がさっきまでの冷たさを忘れたとき、私達は、

 

「ここが、地底」

 

 火と混沌に塗れた街だとわかった。力の支配する場所だとわかった。しかし、そこにスラム街のような暗さは全く感じなかった。

 きっと、ここはイーストエンドとは違う。不意打ちに襲う強盗はいない。貧困と弱さを嘆く貧者はいない。闇夜に紛れて盗みを働くやつはいない。無数の陰口が蔓延りはしない。切り裂きジャックみたいな恐れられる殺人鬼はいない。

 ここは、きっと、今までに見たどこよりも正直な街だった。きっと、此処の連中は喧嘩は真正面から正々堂々とするのだろう。金がなくとも弱くとも、今を笑い生きるのだろう。妬みも嫉みも全て本人の目の前でも言ってみせるのだろう。恐れられるのは強い奴なんだろう。

 実のところ、私は初めてこの見た街に、かなりの好感を抱いた。吸血鬼の血の性だろうか、強いものが全てで、小細工なんて邪魔くさいというのが笑われないことが嬉しかった。

 

「なんだおめぇら」

 

 大きな男の鬼が私達を見つけて近づいてきた。酔っぱらっているようだが、ある程度理性は残っていて、話を試みよう、私はそう思った。思ったんだ。

 

「余所者か。なら、取り敢えず」

 

 私達を影が覆った。

 

「これでも受け取りな!」

 

 影は地へと落ち、岩の砕ける音を地底に轟かせた。それは棍棒だった。どういうことか、大体わかるだろう。

 戦闘の気がなかった私たちは慌てて避けると、多聞が「エリーナ」と私を呼んだ。

 

「ハッ、とんだ歓迎のあったもんだ。なぁ? こいつ、斬っちまっていいか?」

 

 私はニヤリと笑った。

 

「今の轟音が乱闘開始の合図よ。斬った腕も脚も私が治すからいくらでも斬りなさい! ただし、交渉が拗れたら面倒だから命は獲らないこと!」

「あいよ! わかった!」

 

 多聞は刀を握ったかと思うと、次の瞬間にはさっきの鬼の腕を斬り落としていた。

 鬼の悲鳴が響く。さっきの轟音と合わさって、どんどん鬼やらなんやら妖怪達がぞろぞろと寄ってきた。当然のように、皆、戦う気満々だ。

 幾つか、属性型魔法を起動する。さぁ、終わるまでにいくつの魔法を唱える事やら。

 

「では、いざ、参ろうぞ!」

 

「存分に見なさい! 妖共! 貴方達がどれほど長く生きようと、二度とこれ程多くの魔法を見ることはないでしょうから!」

 

 



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第三話【魔法は弱者のためにあれ】

「退いた退いた! 焔が通るぞ、燃えたい奴はかかってこい!」

 

 斬っては燃やし斬っては燃やし、数多の妖怪を斬って焼いて道を開く。返り血に戸惑うことなく、猛者であるはずの地底の者共を雑兵のごとく斬り抜ける。多聞の鬼神が如き闘諍を、エリーナは驚嘆の目で捉えた。

 多聞の戦いぶりを見て彼女は、前世で幾度となく見た、刀を筆のように扱い、居合で斬り伏せれば刃の後には墨が残る、そんな表現の仕方を思い出していた。

 少女はあれは雰囲気付けや、格好いいからしていたというそれだけのものでなかったのだと、今気づいた。

 刀というのは、本当に強い者が扱えば全てを豆腐のように斬ってしまう。肉も骨も臓器も全て、一瞬にして断ち切られる。そして、その中で血を纏うのだ。血を纏った刃は、赤に染まりながらも銀の刃を煌かせ、あまりに速い剣速の中で、サイリウムのように輝く。そして、刹那を斬るような斬撃は、まるで大きな筆で絵を描くようにも見えてくるのだ。一太刀の間に足される赤い墨は、この無双の中では途切れることなく、空にひたすら弧を描く。多聞の刀は焔を纏うから、その紅蓮の輝きは己を誇示するかのように眩いものであった。

 あの表現は、古くから伝わった、本当に強き者のみが達した剣技の美しさだったのだと、少女は知る。

 そして、その美に感嘆すると共に、こんな恐ろしい剣士に自分はよく勝てたものだと、エリーナは内心自分を褒めた。だが、同時に、吸血鬼でなければあんな無茶苦茶な戦法は使えなかっただろうからと、己が未熟さを嘆いた。

 しかし、エリーナは魔法使いであって剣士でなく、畑違いも甚だしい。その嘆きはおかしなものだ。

 エリーナの反省は、恐らくは、力無き者のための魔法を自分が使っていることへの違和感のためだった。理性では、自分は魔法使いの吸血鬼であり、そして最上級の魔法使いであることに誇りを持っている。そう思っているが、本能では力有る吸血鬼が魔法使いであることはおかしい。だから、自己評価は魔法ではなく、それ以外でしなければならないと、感じてしまっている。

 加えて言えば、力無き者に味方する自分が、力有る吸血鬼の体質に頼ってしまった。そのせいで力無き者の勝利の証明は成されなかった。それは未熟さゆえの事。そう考えたのだ。だから、少女は自然と剣技の未熟さを嘆いた。

 彼女はそれにうすうす気づいている。理性に生きようとするからこそ、本能の呻き声を聴いてしまう。そして、当然、苛立ちを覚える。

 理性は本能に打ち克たなければならない。そう思ってきた。世界中の誰もが、本能の誘惑に負けなければいいのに。そう願ってきた。

 魔法使いは理性の種族。理性と智慧の中で、己が道を突き進む。ならば、最上級の魔法使いは最も理性的で在らねばならない。それが何だこの有様は。本能の声を聴くな。己が生まれて持った力など平等なものじゃない。私は全ての努力を認めたい。だから、私は自分のアイデンティティを魔術で確立しなければならない。魔法使いとして勝利を重ね、努力の先にある栄光の未来を確約しなければならない。吸血鬼として自分を評価するのは、生まれこそ全て、本能に従ったやつが強いと認めることだ。私は吸血鬼である自分の強さを認めない。私は、魔法使いだ。魔法使い、エリーナ・スカーレットだ。少女はそう自分に言い聞かせる。

 たまにこうして悩むのよね。ジキルとハイドですら、もう少しマシな葛藤を抱えていたのに。少女はニヒルな笑みを浮かべる。そして、また、己がアイデンティティを誇示するかのように魔法を撃ちだすのだ。

 多聞が斬り進み、エリーナが追撃を払う、どれほどそうして進んだだろうか、何人の妖怪を撃退しただろうか。二人とも無我夢中で、そんな事は考えていなかった。しかし、景色の変化にエリーナが気付くまで、そう時間はかからなかった。

 そこは既に街だった。遊郭を思わせる怪しさと、祭りでもやってるかのような明るさ、真逆のようにも思える二つは確かに調和していた。

 エリーナはその町に見覚えがあった。そして、東方地霊殿で、この街にいた人物の名が悪寒とともに脊髄を過ぎった。その悪寒は名前のせいばかりでなく、恐らくは彼女がすぐ近くにいるのだと思わせるだけの気配を感じ取ったが故のことだった。

 あぁ、これは。「多聞、止まって。危ないよ」エリーナは多聞の肩に手を置いて、静止する。最早、二人が後にした連中が背後から襲いかかることはなかった。彼女らの前にいる連中も、また、襲い来ることはなかった。

 エリーナは確信する。同時に、戦いの熱が冷めた多聞も、何かに気づいたように顔を顰めて、刀を握り直した。この先には、格が違うのがいる。この先には『鬼』がいる。種族が鬼であるばかりか、その在り方そのものが象徴と化す程の化け物がそこにいる。

 不意に拍手が響いた。それは一人のもの、しかし、百人が鳴らすよりも強く響いた。

 その音に気圧されるように、止まっていた妖怪達は道の端へと寄っていく。そして、二人の少女の前に、それは姿を現した。

 

「なんだい、皆して軒下に逃げて。こんな地の底でも雨は降るのかい」

「姐さん......どうしてここに......」

「どうしてって、そりゃあ戦いたいからだよ。ここ最近はここいらの法整備に忙しくて身体を動かしてなかったからね」

 

 怪力乱神の豪傑、力一つならば天下無双、その膂力には不動明王も押し負ける。その腕一つは月を掴み、もう一つは天を裂く。その脚一つは地を砕き、もう一つは水を荒らす。『鬼』星熊勇儀の姿がそこにあった。

 これは確かに、吸血鬼よりも強いかも。私はその規格外の化け物に身を震わせ、そして、同時に笑みを浮かべた。

 「多聞、下がって」彼女の肩に置いた手を引き寄せるようにして、勇儀の私は前に出た。

 

「よ、可愛らしい来訪者さんよ。いやぁ、風がごとく駆けていたところを止めて悪いね」

「いいえ、お気になさらず。嵐は避けようのないものよ」

「おっ、よくわかってるじゃないか。そう、鬼は災いみたいなもんさ」

「そうね、だから、無力な者は耐えなければならない」

 

 燃える火を握りつぶして、開いた手のひらに魔法起動の準備をする。勇儀は輝く魔法陣を見て、「妖術師か。いいねぇ、滅多に戦えない相手だ」と笑った。

 多聞は、自分の体感に加え、私の警戒を見て、勇儀の危険度を最終判断したらしく、真剣な顔をして私に「待てよ」と言った。

 

「どうかした?」

「アイツは手前じゃ分が悪かろうよ」

「えぇ、そうね」

「私が行く」

「駄目よ」

 

 当然のような言葉が交わされていた中での私の返しがあまりにも意外だったらしく、多聞は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で三秒ほど固まっていた。あと、それを見る勇儀は面白そうに笑っていた。

 

「……なんで?」

「この鬼は強い。吸血鬼じゃあ、勝てるかわからないでしょうね。さらに言えば、剣でも拳でも、貴女やあれに勝るなんてことはないでしょう」

「だったら」

「知ってる? 弱き者が上に行くための道は、何も武道だけじゃないのよ」

 

 空中に複数の魔法陣を展開し、そこから数多の剣を地に撃ち出す。

 

「魔法だって、弱者のための力なのよ」

 

 数秒の沈黙の後、多聞は諦めたように「わぁーったよ。手前に任せる」と呆れたように言うと、私の出した剣を一本引き抜き、近くの茶屋らしき所の椅子に座った。そして、その剣を地面に刺して、一言、

 

「勝てよ」

「任せなさい。相手は鬼、私より強い存在。ならば、魔法の力の見せ所。さぁ、魔術の輝き、お見せしましょう」

「いいねぇ、いいねぇ、滾ってくるねぇ。ねぇ、剣士さんよ。この戦いの幕はアンタが開いてくれないか? なに、ひと声出してくれれば十分さ」

「あぁ、いいよ。やってやる」

「ありがとう。そういや、名乗ってなかったね。私の名は星熊勇儀。嘗ての鬼の四天王が一人、『力の勇儀』だ」

「私の名はエリーナ・スカーレット。ここより西の果てにて魔術の王であった者よ」

「魔術というのは妖術のようなものと見た。であれば、その王のアンタは相手にとって不足なし!」

 

 勇儀も拳を握り、構えを取った。互いに臨戦態勢、最早いつ始まってもおかしくはない。後は多聞の合図だけ。

 きっとこの戦いが激しくなると見てのことだろう、周りの妖怪達は固唾を飲み見守りながら、少しずつ離れていき、私達の周りにはやがて多聞しかいなくなった。

 一応、妖怪が離れていくのを待ってあげていたらしく、多聞は周りに誰もいないことを再度確認し、立ち上がった。

 そして、

 

「いざ、尋常に――――――勝負!」

 

 

 

 鬼は退治されるもの。されど、この身は武士でなく、鬼と同じ化生の者。

 吸血鬼は浄化されるもの。されど、あの身は勇者でなく、吸血鬼と同じ魔族の者。

 ならば、此度の鬼・吸血鬼退治の顛末や如何に。



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第四話【激闘】

 激闘の幕は、やはり鬼の拳から始まった。

 その巨体からは想像もつかない速さの踏み込みは、地を揺るがしながら、エリーナの眼前に迫った。

 これじゃそこらの連中ではギリギリ守れても回避はできない。守れたとしても、

 吸血鬼の身体能力を全力で駆使して横に飛び、すんでのところで回避に成功する。しかし、着地に成功したエリーナの頬には、その拳は掠りもしていないのに、何かを纏っているのか、或いは拳圧で空気がゆがんでいるのか、頬に切り傷ができていた。

 やはり、規格外か。

 きっと、この一撃では腕か何かで守ったところで紙一枚と変わらないだろう。何だって砕いてしまいそうだ。

 当たらずとも当たる攻撃、か。どっかの漫画で、当てないから強いとかもあったな。ホント、漫画みたいなことをやってくれる。

 死を掠めたせいか、意識だけが一瞬の間に走馬灯のごとく駆け巡る。

 しかし、私はまだ生きている。戦わないと。そう、剣を取れ。

 刹那を駆け巡る意識に動かされて、近くに刺さった剣を引き抜いて、力いっぱいに、勇儀の伸びた腕に振り下ろす。

 

 やっぱダメか

 

 折れた剣を投げ捨てて、また一つ剣を引き抜いて、振り下ろした。

 

「無駄だよ」

「無駄じゃあ、ないよ」

 

 呆れたような顔をした勇儀に、ニヤリと笑い、手のひらを勇儀に向けた。

 剣が折れるってことはわかってるよ。その肉体が鋼より強いってこともわかってる。無限なんてないと打ち続けたところで、刃が通るまでには数百本じゃ足りないこともわかってる。

 だけど、今の二度の斬撃は無駄じゃない。

 何が通るかわからないんだから、取り敢えずやるしかないんだよ。

 だから、私は、

 エリーナはさっきの動きから、勇儀に特別強いなにかをしたところで、避けられるのだとわかっていた。でも、その瞳は勇儀の動きを多少なりとも捉えることができた。そして、吸血鬼の速さならば、その拳の後の隙に何かができることも理解した。

 しかし、強大な攻撃には隙が伴うもの。わずかな隙では、きっと大したことはできはしなかった。わずかな隙では、だが。

 

 輝け。

 

「なっ!?」

 

 手のひらの魔法陣より発せられた光に勇儀は目を抑える。目つぶしは効いたようだ。

 

「さっきの剣、魔法なのよね!」

 

 数秒前に折れて飛んで行った刃が、私の手の動きに合わせて静止する。そして、私の指差しと同時に二つの刃は勇儀めがけて飛んだ。

 狙うは頭。その刃は正確に、精密に、真っすぐに、勇儀の方へと行く。

 しかし、その勇儀は、目をやられたのに、落ち着いていた。目を開いて、「あぁ、まだ見えないね」と零す。そして、次の瞬間、

 

「甘いよ」

 

 二つの刃は、勇儀の拳によって砕かれた。真っすぐに向かってくる刃に拳をぶつけるようにして。

 砕けた刃がキラキラと煌きながら落ちる。勇儀は「よしよし」と手に乗った欠けらを払いながら、傲慢に笑った。

 

「見えないから当たるとでも? 甘い、甘いねぇ」

「甘いのは、どちらかしらね」

「ッ!?」

 

 刃を操ったままでいたと思っていたエリーナの言葉、勇儀は一番に「しまった!」と思った。優れた術者ならば、刃を操る程度片手間にできる事だろう。長らく、地底で力比べの喧嘩に明け暮れていた勇儀はそれを忘れていた。だから、刃に意識を集中させていた。

 マズいね。咄嗟に後ろに飛び退いて、すぐに来るであろう何かから急所を守るために、腕を前に出し、防御態勢を取った。この一瞬でこれだけの事をできたら十分だ。あとはこいつが何をしてくるかだ。

 勇儀は覚悟した。何が来てもいいよう。どんな衝撃が来ようとも意識を手放さぬよう。

 

 

『別て、晴嵐のデュランダル』

 

 

 勇儀の腕に薄い感覚が駆けた。

 なんだ、今のは。何かをされた。見えないからわからない。今聞こえるのは、あの少女のうめき声だけ。

 二の腕に、温かい何かが動いた。炎か何かをぶつけられたか。賢い術者ならば、効かないとわかってるだろうに。

 勇儀は半ば憐みのような感情を抱いていたが、決して馬鹿にはしていなかった。努力は認めていた。しかし、自分には通じないとわかっているのにやったのだろうということが、あまりにも理解しがたかった。

 取り敢えず相当な攻撃が来ると思っていた勇儀は少し拍子抜けした。何も起こらないままに時が過ぎていたのもその要因の一つには違いなかった。

 相手に動きはない。ならば、取り敢えずは視界を確保しよう。構えだけ取って、勇儀は静かに待つ。

 少しずつ、光が戻ってくる。戻ってきて、色彩が現れて、少女の輪郭が微かに見えて、そして、最初に見た色は赤だった。

 

「なんだい、これ」

 

 あまりにも予想外な光景に、勇儀は純粋な驚嘆の声をあげた。

 視界の端に映る勇儀の腕は血に染まっていた。さっき、温かさを感じたところは血が流れていて、二の腕は鬼の体とは思えぬほどに素晴らしく綺麗に斬られている。

 しかし、血はかなり出ているのに痛みはあまりない。妙な感覚が少しする程度に終わっている。

 いや、違うね。これはその程度で終わったんじゃあない。これはきっと終には感覚がなくなり動かなくなる。そういうことなんだろうさ。

 勇儀は予想外の現実に、寧ろ歓喜していた。鬼の、しかも『力の勇儀』の体を斬る刃などこの世にそう多くあるはずもない。事実、多くの武士と戦ってきた勇儀も一度しかそこまでの刃を見たことがなかった。そんな刃に、一時代に一つあるかないかの大業物に、また出会えた。

 腕が半分持っていかれたような状況にあって、勇儀は戦いを急ぐことより、その刃を見ることの方を優先した。にやつく顔を上げて、エリーナ・スカーレットの方を見る。

 

「ハッ、案外平気そうね。残念、苦しんだ甲斐がなかったわ」

 

 少し青ざめて、息を切らしたエリーナの姿がそこにあった。

 その手からは少し煙が昇っていて、彼女はその手を痛そうに押さえていた。

 なぜ青ざめている。お前は私を斬っただけだろう。私は何もしちゃいない。勇儀の中に疑問が湧き起こる。何故だ、何故だ。しかし、やはり、その心はそんな疑問よりも、

 

「今、私を斬ったのはどれなんだい?」

 

 当たり前のように勇儀は尋ねた。他にもっと聞くべきことがあるだろうに、なんて言葉は野暮だと言わんがばかりの純粋な好奇心、最早伝説と成り果てていようその刃に、勇儀はこの百年で一番の興味を抱いた。

 エリーナの方もそれを察しているようで、「興味津々ね、いいわ。見せてあげましょう」と言うと、魔法陣より一つの剣を出し、それに触れることなく、同時に構成した台座の上に横たえた。

 

 その剣は、最早光そのものだった。

 

 その刃は光を纏うどころのものではなく、本当に光が刃となったのではないかと思わせた。柄には細やかな装飾が施され、それがただ乱雑に打たれたものではなく、一つの芸術としての側面を強く持つことを示していた。

 「おぉ......!」勇儀は感嘆の声を漏らす。これならば、我が身を斬ることもできるだろう。これならば、僅かな感覚を与えるのみで終わらせることができるだろう。これは、中々素晴らしいものを見れた。

 感動に震えながら、勇儀は冷静にもう一つの事実を察していた。あの呻き声と、痛みに歪んだ顔、その理由を鬼は知った。

 

「それ、退魔の力があるんだろう?」

「えぇ、そうよ。この剣は聖剣。邪を祓い、討つもの」

「じゃあ、なんで、あんたがそれを持つ。あんたもこっち側だろう? その手の武具は持ち手を選ぶのがお決まりだが」

 

 勇儀の問いに、エリーナは微かに微笑むと、近くの剣で聖剣の刃を叩いた。当然、眩い刃は折れる事なく、エリーナの手にある剣のみがその価値を失う。

 少女は折れた剣を投げ捨てて、笑った。

 

「私が持っていてもおかしくありませんとも。だって、この剣、本物じゃあないのですから」

「本物じゃない? それだけのものでか?」

「これは、遥か西の国にある聖剣、デュランダルの模倣品。本物は、そうね、刃がありません」

「成る程ね、その光は刃の名残か」

「察しが良いようで。本物の刃は真に光、あらゆるものを斬る最も鋭き剣。持ち手は選ぶけれども、模倣品だから」

「持つ事は出来るが、退魔の力に拒否反応は示す、と」

「そういうこと」

 

 尊き剣の話を聞いて、勇儀は底の底から湧き上がる歓喜の念を抑えきれずにいた。笑みに口元が震え、足がより強く大地を踏み締める。

 いいね、いいねぇ。とても良い。

 勇儀は、再び構えを取る。血が流れる腕に力を込めて、より血が流れようが、最高の一発を何度だって出せるように。

 どうやら私は妖術師を見くびっていたようだ。此奴は強い。きっと、あの剣が切り札というわけではない。あれは数ある手の一つに過ぎない。あぁ、そうだ。私を傷つける方法はまだあるのだ。今まで、一つも傷つけることができず倒れていった者共がいたこの体を、此奴は何度だって傷つけられるんだ。

 

「たまらないね」

「御託は結構。そろそろ続きといきましょう」

「おうともさ!」

 

 またしても、攻撃は勇儀からだった。一瞬のうちに距離を詰め、拳を突き出す。

 まるでタイタンの拳ね。さっきまで見えた拳と同じには見えない。

 その拳圧に畏敬の念を抱きながら、エリーナは吸血鬼の瞬発力を以てさっきよりも更に速く、更に遠くに、逃げる。

 さっきのように当たってもいないのに顔に傷はついたが、さっきのよりマシだ。

 勇儀はその回避に即座に反応し、拳はまたもやエリーナに飛ぶ。

 回避に次ぐ回避。暖簾に腕押しとはいかないけれど、少しくらい避けて見せますとも。

 しかし、回避ばかりでは勝機は見いだせない。どこかで攻勢に転じなければならない。だが、デュランダルの複製のような、勇儀の体にダメージを与えられるほどの魔術の行使は、まだその聖なる力の傷も癒えきっていない状況下での、こんな回避の中では難しかった。

 ならば、

 エリーナは飛んでくる勇儀の拳に、腕に、意識を集中させる。

 その質量の、認識と現実の差に、中々少女は確かな姿を見ることができない。

 集中させて、見ろ。見るんだ。いくらタイタンのような腕でも、その姿は力自慢の連中とそう変わらない。

 何度避けただろうか、もう傷も多くなり分からなくなった時、その瞳は、影を見た。

 エリーナはその腕に絡みつくように触れた。

 魔術がダメならば、武道があるさ。一度、隙を作らなければならない。

 戦闘の中で冴えた思考の末に、この攻撃への対処として、少女は武道を選んだ。魔術師とはいえ、魔法が使えない時のために肉弾戦ならある程度やっていたから、その選択は自然なものだった。

 もうデュランダルのせいで焼けた手は癒えた。次に動きを封じたとき、もう一度、魔術を行使する。

 エリーナは強い決意を以て、蛇のように勇儀の体を捉えた。

 さっきと同じ、謎の力で肉が避ける音がした。

 なんだったか。顎がどうとか、そう、顎だ。顎を挟むように攻撃するのは全て、

 掴んだ腕を放すことなく、少女の脚は鬼の首を捉える。

 先ずは上顎、

 そして、片足を、下から勇儀の顎を目掛けて、振り上げる。

 そして、下顎。

 脚が勇儀の顎に叩きつけられる。骨の折れる音がした。

 そう、これで、虎王完

 

 骨の折れる音がした。

 

 骨が折れる音がした。肉が裂ける音がした。血の赤が視界に入った。

 少女の腕は、何も掴んでいなかった。

 瞳は天、地の天井を捉える。

 あぁ、これはマズイ。何が起こっているのかわからないままに、エリーナはただただ、現状がマズイことを理解していた。

 多分、骨が沢山折れてる。多分、何処かが切断されている。多分、そのうち死ぬだろう量の血が流れている。

 視界の天が少し離れた。そして、異常なほどの衝撃がエリーナを襲った。最早、痛覚は働いていなかった。

 あぁ、これは、内臓が、

 そして、勇儀の拳が振り上げられるのを見た。

 これを喰らうと死ぬな。蓄えた命が一つ減るな。それは、ダメだ。死にゆく命に敬意を。全ての人生に敬礼を。私のために死んだ命に感謝を。

 あぁ、怖い。命を失うのが怖い。一度消える闇が怖い。怖い、怖い。とても、怖い。だから、

 

「恐れよ––––オニロ・アイギス」

 

 そんな、怖い現実は、夢にしてしまおう。

 エリーナの前に虹の壁が展開される。防衛魔法、オニロ・アイギスがその身を守る。恐怖を核とする魔法は成立した。恐らくは、今までで最も高い純度を秘めて、発動したのだ。

 これで、大丈夫。取り敢えずは守れる。エリーナは安堵に瞳を閉じる。

 さて、回復魔法を唱えないと。多分、今、私が負っている傷は一瞬では治らない。一刻も早く、治さないと。

 

 そうして、

 

 再び瞳を開けた時、

 

 少女は、視界を覆う虹の塵を見た。

 

 そして、一秒もたたぬうちに、その瞳が見るものは黒に変わった。

 

 



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第五話【沈く】

「学長が怖いものなんて、本当に悪夢くらいでは?」

 

 夜も更け、蝋燭が揺らめき光を散らす学長室。ソファに深く沈みこむ少女に、青年は言った。

 

「フフ、ナイトメアなんて怖くないわ。だって、この世界そのものが悪夢だもの。良いものがあり過ぎて忘れてしまうけど、本当にこの世界は狂っている」

 

 少女は笑う。そして、小さく唸ったあとに、言った。

 

「でも、そうね。いつか私が、本当に誰にも負けないような魔法使いになってしまったなら、それは私にとって悪夢かもしれない」

 

 有り得ないとでも言いたげにケラケラと笑う。少しして落ち着いたかと思うと、少女は青年の手を握り、穏やかな笑みを浮かべ、静かに囁いた。

 

「だから、貴方も私の壁になってね。貴方はきっと私を倒せるような魔法使いになれるわ。その道の為なら、私も助力を惜しまないから」

 

 利己的な魔法使いという種族、その頂点に立つとは思えないほどに優しい笑みを浮かべた少女の、小さく冷たい手が、青年の手を撫でるように滑る。少女の姉妹よりいくらか大きくはあるが、それでも小さな手だった。魔法使いの頂点に達していると誰もが疑わない。それが、おかしく思えるほどに。

 あぁ、学長。貴方を打ち倒す者になること、それはきっと叶わぬ願いなのです。だって、貴方は余りにも魔法使いでありすぎる。

 ナイトメアなんて怖くないけれど、最強になることが怖い、なんて言えるのは最早破綻している。貴方は誰かに負けてでも、それを源にさらなる高みを目指そうとしている。誰もが勝つために強くなるのに、貴方は強くなるために負ける事を望む。

 学長、手段のために目的を達する事は、破綻しているのです。他者と少しズレている。そんな言葉で終わらないほどに、異常なのです。

 そして、それは同時に魔法使いの素質としては最大のものに違いない。好奇心を、向上心を前にしては、魔法が体に馴染むとか、想像力に長けるとか、そんな才能が霞んで見える。

 あぁ、そうだ。ソクラテスの無知の知。貴方は、恐らくはそれをこの世で最も自然に実践しているんだ。魔術会で誰よりも魔法を知る者となっても、それでも自分は無知であると信じて疑わない。貴方がたまに漏らす自信は、それは義務感であり、そして、智慧を誇るのではなく多くの事を成せることを誇っている。たまに智慧を誇るのも、結局のところ、貴方は自分の下にいる多くの魔法使いのために誇りを騙っているだけなんです。

 貴方は何もわかっていない。貴方がそこまで強いのは理を覗く者だからではない。誰よりも貪欲であるからこそ、貴方はそこまで登り詰めた。ありきたりな才能なんかじゃない。本当に努力ではどうしようもないところにいる。

 私も、魔法使いの才能はあるのでしょう。しかし、それは凡人の範疇に過ぎず、貴方のようにはなれない。

 嗚呼、学長。貴方の嘆きが脳裏を過る。それは余りにも想像に易い。壁がないと嘆く声が聞こえる。

 

 不意に寒さに震えた青年は、ふと窓へと目を向ける。外には少しだけ雪が見えた。秋の終わりを微かに感じる。

 

 冬が来る。あぁ、冬が来る。

 

 もしも、今迄魔法で進み続けてきた貴方が魔法を使って負ける事があるならば、きっと貴方は成長するのでしょう。その敗北を糧として、また高みへと行くのでしょう。それこそ、万能であって完全でなかった魔法が、少しだけ完全に近づくほどに。

 

 青年はカーテンを閉める。少女は、雪を知らぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い、暗い、暗い、暗い、暗い、暗い。

 

 封印の底よりも暗い。何も見えない。何も感じない。何もない。この意志の存在すら怪しく思える。違う。暗いんじゃない。ないんだ。暗さすらない。何もない。

 

 怖い。嫌だ。嫌悪なんて優しい言葉。恐怖なんて甘い言葉。悲哀は慈悲。悪夢は希望。嗚呼、嗚咽に満ちる。

 

 知らない。知らない。こんな感覚知らない。忘れる。過去を忘れる。今を忘れる。自分を忘れる。全てを忘れる。全てを失う。

 

 どこ、ここはどこ。ここはどこか、知りたい。

 

 足掻いても、足掻いても、何もわからない。マズい。ダメだ。終わってしまいそう。嫌だ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

 嫌だ。まだ、死にたくない。

 

 

 消える。消える。命の裏に沈みゆく。

 

 

 

 沈くは朝露のような我が意識。

 

 

 

 

 あぁ、どこかに沈く。

 

 

 

 

 

 声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 小さな声だけど、不思議と、はっきりと聞き取れた。染み込むように、飲み込むように、もう少ししか残されていないのだろう私の自我を引き止める。

 

 「ここがどこか教えてなんてワガママ、通ると思う? ほら、貴方はいつも通りでいいのよ」

 

 誰かの声が嘲笑するように響く。

 

 あぁ、またこの声だ。知っているのに、知らないはずがないと思えるのに、どうしても思い出せない声。

 

 まだ、私は思い出せない。だけど、ありがとう、誰か。私はその言葉で自分を思い出したよ。

 

 私が、仮にも魔術師の王とか言われてるやつが、「教えて」なんて惨めにもほどがある。

 

 私は「教えられる者」じゃない。

 

 私は「知る者」だ。「明かす者」だ。

 

 

 

 あぁ、そうか。これが、死の闇か。

 

 

 

 封印のようにそこに封じられて在るのではなく、どこにもない。そうか、これが死の感覚か。怖い。とても怖い。怖すぎておかしくなってしまいそう。

 

 今まで、なんだかんだ一度も死んだことがなかったものね。一つ命を失ったままに蘇らない吸血鬼がいるって聞いていたけど、その理由がよくわかる。私はもう向こうに戻るし、きっとここで苦しむことはもうないのでしょう。

 

 あの苦しみをもう一度。なんてお断りだしね。

 

 

 でも、そうね。苦しみを対価として、新たな答えは一応見つけたかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇から戻ってきた時、私はさっきからどれ程の時間が経ったのかわからないでいた。

 私の前には拳を地につけた勇儀の姿と、そこにある真っ赤な血だまりだけがあった。血だまりの中には、肉片と思わしきものがいくつか浮いていた。

 あぁ、そうか。あれからまだ10秒も経っていないんだ。そうか、あぁ、そうか。

 

「私は今、一つ命を失ったのね」

 

 感情の揺れはその言葉にはなかった。悔しがるか、悲しがるか、何か、大きな感情を見せるだろう。現れたエリーナの姿を見て、心の片隅で思った多聞のそういった予想は容易に否定された。

 静かに、少しも動かずに、エリーナは立ち竦んでいた。勇儀もその様子におかしなものを感じてか、ゆっくりと構えを取ったが、それに対してもエリーナは特別何か反応することはなかった。

 

「不気味だねぇ。さっきまでとは全然違う。何も感じない」

 

 少女は自分の手を見て笑うだけ。しかし、勇儀の瞳には再び戦意が満ち始めていた。

 

「どうやら今の一瞬で何かを掴んできたらしい。さっきまででも勝機はあったろうに、さらに強くなるとは面白いじゃないか!」

 

 エリーナは勇儀に微笑みかける。そして、その手に光を再び映した。

 

「えぇ、えぇ、そうよ。私はさっきより少し強くなった。さっきより少し智慧が増えたからね!」

 

 好戦的な笑顔を浮かべる彼女の周りに、光と共に五冊の本が纏うように現れ、エリーナの周囲を星のように回り出す。

 その光景を目の当たりにした勇儀は「いいねぇ!」と叫ぶと、大地を踏みしめた。

 

 二人の戦いの第二幕が上がろうとしていた



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第六話【選択】

 雷鳴、爆炎、氷結、飛瀑、暴風、。

 大地の、海の、空の、星のあらゆる猛威が地の底を駆ける。其れはただ一つであろうとも人の恐れるものであり、そして、

 

「効かない! 効かないね!」

 

其れは遥か高みを目指す者が立ち向かうものであった。

 であれば、既に高みにありし者に試練は必要なく、故に星熊勇儀には雷も、炎も、氷も、水も、風も、あらゆる自然の猛威は、魔法使いが自然のままに模倣した程度で効くはずもなかった。

 ただ、それが客観的事実というだけであったならば、勇儀は可能性を恐れて防戦に傾き、エリーナが優勢となったであろう。しかし、やはり勇儀は強者だった。

 勇儀は、全身を駆け巡る痺れを感じていた。自身の肌が焦げるにおいを感じていた。肌を覆う氷の冷たさを感じていた。水に呑まれるあの一瞬も、無慈悲に吹き飛ばす嵐も、エリーナの魔法の全てをしっかりと感じていた。

 しかし、その心は揺らぐことなく、たった一つの言葉で勇儀は笑っていた。

 

 大丈夫。

 

 それは最早慢心と笑われるべきものではなかった。その言葉は確信だった。この鬼は自分にこの攻撃全てが通用しないと、何の根拠もなく知っていた。

 いや、根拠がないというべきではないか。ある。根拠はあるんだ。一つだけ述べるとすれば、それは自身が鬼であるという事実そのもの。

 効かないと信じ攻勢に転ずる。あまりにも無謀、あまりにも愚昧、しかし、真実効かなければ、それは最高の一手。

 エリーナは笑みを崩さぬままに、迎撃に移る。笑んでいるとはいえ、明らかに余裕はなかった。しかし、その迎撃に何もないというわけでもなさそうに見えた。

 勇儀は笑う。

 

「何かあるんだね! さぁ、来な!」

 

 勇儀がその拳を振り上げた時、エリーナはその手に何かを握った。

 次の瞬間、地の底に音が響いた。

 その音は爆発というには派手でないが、誰かの思い切りした拍手にしては大きいものであった。

 後に響くは唸り声。後に匂うは鬼達が懐かしむあの匂い。

 二人の間に、細く煙が立ち昇る。

 片方の血で塗られた口元がゆっくり笑んでいく。

 もう一人の、歪んだ口から言葉が漏れた。

 

「懐かしいものを出してくれるじゃあないか」

 

 勇儀の拳が無造作に振られるがそれに10秒前と同等の力はなく、エリーナはそれを避け、5mほど離れたところに後退する。

 そして、その右手に持つものをクルリクルリと回した。

 

「どうかしら、これ」

「昔は肌を通らなかったんだがね。どうやらそいつは特別らしい」

「えぇ、魔具ですからね」

 

 その手に握った魔具、煙を立ち昇らせる銃をエリーナは勇儀に向けた。

 その銃は鬼達の知っているものとは大きく違っていた。彼らの知る、所謂火縄銃とは違い、それは少女の片手で弄れるほどに小さく、そして禍々しく様々な部品が付いていた。

 

「普通の物では頑丈な連中を撃ち抜けませんからね。さっき貴女を斬った剣、デュランダルという概念を銃弾として模倣したものを使いました。銃も私オリジナル、こんなものそこらの銃では扱いきれませんから」

 

 潰される前までの喧嘩腰な雰囲気はもう無く、のらりくらりと語る姿は勇儀の目にも多聞の目にも異様に見えた。

 

「さぁさぁ、まだ貴方は倒れないのでしょう? わかっているわ。さぁ、来なさい」

「応とも。まだいけるさ」

 

 勇儀はニヤリと笑うと、再びエリーナに向かい突進する。

 エリーナは何度か発砲し、勇儀の体を突き抜けたのを確認したかと思うと銃を投げ捨て、新たな魔具をその手に握った。

 

「なんだい! 短刀の類かい!」

 

 勇儀の言葉に反応を示すことなく、エリーナはその短刀を投げる。

 しかし、短刀は勇儀に当たることなく、あらぬ方向へと飛び、家屋の壁に刺さった。

 

「外れだ! その顔で実際は混乱でもしてるのかい!?」

 

 勇儀のタックルがエリーナを襲う。巨体とその鬼のプレッシャーはまるで勇儀を濁流のように見せ、多くの者はその圧の前に立ち竦んでしまうに違いなかった。

 しかし、エリーナはそうでなかった。

 

「残念。外してなんかいないさ」

 

 そう言ったかと思うと、エリーナの姿は消えた。

 勇儀は急ブレーキをかけ、まさか、と振り返った。そして、勇儀の予想はやはり当たっていた。

 さっき短刀の飛んだ方向、刺さった場所にエリーナはいた。壁の短刀を引き抜いて、指でクイと引き寄せるような動作をする。

 勇儀はその行動の意味をすぐに理解した。少女は「来い」と挑発しているのだ。

 いいさ。乗ってやるとも。どうやら、こいつは変わったのではないらしい。自分らしさを取り戻したのだろう。ならば、これがこいつの戦い方だ。そして、私にはその全てを理解することはできない。ならば、私の選択は一つ。

 

「うおおおおおぉぉぉぉオオオオオッ!」

 

 獣が如き咆哮をあげ、勇儀は走る。

 

「そうよね! 貴方はそうすると思っていた!」

 

 エリーナは笑顔で叫んだかと思うと、その手に新たな短刀をいくつか生み出し、勇儀の走り来る道の両端に投げ刺した。

 しかし、勇儀は止まらない。なにかあるとしても、どうしようもないから。なにが起こったとしても、この体は耐えてくれる、そう信じるしかないのだから。

 

「果てろ! アーク・ラーム!」

 

 その詠唱が終わった時、短刀の輪の中心にいた勇儀の足元が青く光った。

 そして、次の瞬間、青き雷が天に向かい轟き、立ち昇った。

 光の中にいる勇儀の姿は見えない。エリーナは勝利を確信はしないものの、それなりにダメージが入るであろうことはわかっていた。

 その魔法は神話の雷。弧という条件と理を用いることで通常の魔術の枠に無理やり引き込んだ、正真正銘全雷魔法最高峰の威力を持つ大魔術。妖においては強き守りでも、更に上をいく神話の魔術には勝てない。

 さぁ、星熊勇儀。恐ろしい程に強き者。立て、立て。まだ終わりではないでしょう。ここで終わっては面白くないでしょう。さぁ、さぁ!

 

 地が揺れた。大地が揺れ動いた。

 

 皆が体勢を崩すほど。そう強くないエリーナの足がふらついてしまうほどに、揺れた。

 

 しまった!

 エリーナは思った。そして、そう思うと同時にこの揺れがただの地震ではないことは勿論の事、勇儀のただの牽制やら何やらではないこともわかっていた。

 

 四天王奥義「三歩必殺」が来る。

 

 一歩目は終わった。そして、私は今、体勢を崩している。二歩目にくる一撃はともかく、三歩目の回避は不可能。

 あぁ、クソ! 選択肢など残されていないじゃないか!

 勇儀への賞賛で心を埋めながら、少女は選択をする。

 さっき手に入れた新たな策を早速使うことになるとは思わなかった。これも勇儀という鬼のえげつなさが生み出した結果ね。まぁ、貴女のおかげでたどり着けたのだから、貴女に使えるのならばそれは本望かもしれない。

 

 二歩目が来ることを予見して、エリーナは無理やり少し後ろに跳ねた。

 そして、

 

「万物に終焉在り。現実は脆く崩れ去り、夢はやがて儚く散る」

 

 エリーナの予見は的中。二歩目の地鳴りが響くと同時にさっきまでエリーナがいたところに、閃光の如き勇儀の拳が突かれる。

 雷の中より現れた勇儀は少し焦げており、その息遣いからもかなりのダメージが疑える。しかし、彼女は笑っていた。そして、拳の先にいるエリーナを見ると、次の一歩を踏み出した。

 

「理の内に破滅在り。彼方の時には海は涸れ、地は痩せ、空は色を失う。ならば、我が祈りは理と訣別せん」

 

 三歩目が響く。そして、勇儀の拳がエリーナに向かい、

 

「救え、カグ・ノア」

 

 放たれた。



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第七話【乱】

「種明かしはいらないよ、星熊勇儀。素晴らしきバケモノよ」

「あぁ、そうなんだろうよ。なんたって、」

 

 勇儀は小さく笑うと、ゆっくりと後ろに下がって、そして、振り向くように体を捻った。

 次の瞬間、勇儀の拳は投げられるようにして大きく振りかぶってエリーナに向かって飛来した。あまりにも強烈、あまりにも強大、あまりにも理不尽。きっとこの拳は比喩でもなんでもなく、大地を揺るがし、山を割るのだろう。

 しかし、その一撃の後に、何かが起こる事はなかった。

 エリーナを一度殺した時の大量の血飛沫と血溜まりはそこになく、回避しようとも生ずる僅かな傷が漏らす血すらもなかった。エリーナは回避をしなかった。

 破壊という一点では他の追随を許さない勇儀の拳を避けない。それは誰が見ても、可能性という問題を考えれば愚策であるに違いなかった。エリーナを知る、魔術会のご老公達は「奴も堕ちたものよ」とあからさまなくらい残念そうに言うだろう。

 しかし、一人だけそれを愚策としないものがいた。

 

「私ですら壊せないものがあるならば、それは私を知らなきゃできない事だろうからね」

 

 勇儀はエリーナと己の間にある、たった1mを超えられない。だって、そこには壁がある。透明で、そして、勇儀の拳を受けても壊れない何かが、そこにはあるのだから。

 勇儀の拳を回避せず防御する。それは最早慢心と笑われるべきものではなかった。その選択は確信だった。この鬼の攻撃を自分は守れるのだと、少女は知っていた。

 それは慢心? 否、安心とでも言うべきものだ。魔法使いは己の見た、聞いた、知った、その全ての先にした選択を疑いはしない。エリーナは星熊勇儀を知り、安心した。夢をも壊す力は解き明かされた。それがどれほど理不尽なものだったとしても、一度知ればその強大さはいくらかマシになる。

 夢をも砕く拳ですら絶対に守れると、防御を選ぶ。あまりにも無謀、あまりにも愚昧、しかし、今そうしたのはその判断に最も優れた魔法使い。そして真実守れたならば、それは最高の一手。

 

「知ったならば、超えてみせな。守ってばかりじゃあ、何にもならんだろう」

 

 言われなくとも。その言葉を飲み込んで、エリーナはニヤリと笑った。その言葉には、余計な言葉よりは行動の方が価値がある。だから、この笑みが答えよ。

 少女はその前の無を地の空に還した。無は昇るにつれて虹を帯び、街の灯りを受け、その肌を晒す岩が一瞬だけ空を写したかのように美しく光る。

 その光に皆が見惚れる。空無き世界には、空は単なる美しさに留まらないものであった。エリーナを除く全員、勇儀をも含む全員が、一瞬だけ空に目を移した。そして、その一瞬は、魔術の光が瞬くには十分だった。

 

「地よ滾れ、星よ蠢け。血は通い、智は巡る。渺々たるは底の果て」

「あっ」

 

 エリーナの静かな言葉に、皆、引き戻された。勇儀の眼は一瞬呆気にとられたように揺らぎ、しかし、間も無くもう一度無限の闘志を宿す。そして、その場で思い切り地面を叩いたかと思うと、破壊に浮いた大地の欠片をいくつも握り、エリーナに向って投げた。

 当たれば頭など吹っ飛ぶだろう。痣ができるなんて程度で済むはずがない。そう、周りに思わせるだけの速度で、しかしてその速さにほんの一部の者しかそう思えないほどの迅速な行動は、エリーナの身を危険に晒すに違いなかった。

 

「叫べ、アペカムイ」

 

 その行動すらエリーナが予見していたとすれば、危険など少しだってある訳がないのだけれど。

 

「残念、読み通りだ。どうやら、漸く魔法使いの王らしい知性は示せたらしい」

 

 笑む少女の影が揺れる。それは、影が本当に揺らいだわけではなくて、ただ少女を見る者の目にはそう映っただけだった。嫌になるような熱が皆の頬を撫でる。点々と灯された明かりしかなく、それなりには暗い地底を、地を這うそれは煌々と照らす。

 

「魔法使いってのはおっかないね。こんなものも扱うのかい」

「少なくとも私は扱うとも。己の身すら危険に晒すから、多くの者は使おうともしないけどね」

 

 その熱は髪の端から身を焦がす。溢れる星の血はその大きさに見合うだけのもので、触れることすら許されない。そんな熱を持つものは、今少女らがいる空間そのものだった。

 

「こんな地の底には、幾らでも溶岩がある。地の底であれば、四方八方上下左右、どこだって大地。ならば、大地を操ろうものならそれはとても恐ろしいじゃない?」

「あぁ、怖いねぇ。源氏の棟梁くらい怖い」

「嘘。貴方、怖いなんて思っていないじゃない。怖いなんて、思ったこともないんじゃない」

 

 額を押さえ、「バレたか」と笑うと、勇儀は力士のように思い切り踏ん張った。そして、思い切り体を捻ると、純粋にも程がある眼でエリーナを見た。

 「なるほど」エリーナをそう呟くと、地を這う熱を勇儀に飛ばせた。それはまるで蛇のように身を回しながら、明確な危険を伴って勇儀に襲いかかる。

 自分の全力の拳でならば、溶岩にすら打ち勝てる。勇儀の瞳はそう言っていた。詰まる所、あの捻った体はやってみろよと言っているわけだ。

 ならば、やるしかあるまい。己の理屈ではその結果が見えていたとしても、あんなに自信ありげにやれと言われてはやらない訳にはいかない。そうして、エリーナはやろうとも思っていなかった事を現実にした。そう、エリーナはやろうとはしていなかった。だって、

 勇儀の体が回り出す。捻った体が戻っていく。そして、その勢いを以てタイタンの拳は正面の空を殴りつける。

彼女の拳には、ただ溶岩が襲いかかる程度では勝てるわけがないのだから。

 溶岩は霧散した。その形は乱されて、どこかへと消えたのだ。

 

「こんな事だろうと思っていたよ」

 

 魔法使いが指をクイと曲げると、周辺の大地から溶岩が吹き出し、勇儀を囲むようにして降り注ぐ。

 逃げ場はない。大地の下に行こうにもそこにも溶岩が待ち構える。対処法は守ることしかない。しかし、勇儀には溶岩から身を守る守る物なんてただの一つさえなかった。今度こそ当たるはず。周りにいた皆がそう思った。

 だが、その予想はエリーナが考えていない時点で99%外れるに違いなかった。

 勇儀は先程の勢いを止めることなく、その拳を天に向かって振り上げる。

 その行動の結果は先程と何一つ変わらない。勇儀の身は少しも焼けず、周りにボタボタと音を立てながら溶岩が落ちる。

 

「いやぁ、やっぱり鬼ね。理不尽にも程がある。大地の力ですら貴方には勝てないなんて」

「急に単調になったからね。こちらも対処がしやすい」

「そりゃあ、こんなの、ただの一つしかない命が御し切るには負担が大きすぎる。回路が暴走するわよ」

「よく知らんが、まぁ、扱い辛いってことか。しかし、何故足元を崩さないんだい。大地を操れるなら容易だろう」

「やってるわよ、できるものなら」

「ふむ、つまりは、そういう事か」

「察しがいいじゃない。貴女、もしかして自分の能力を理解してる?」

「いんや、全く」

 

 勇儀は照れ臭そうに笑う。エリーナは呆れたように溜息をつきながら、一つ手元に盾を創り出し、勇儀に投げつけた。「おっと」と一瞬わざとらしく不意を突かれたような顔をして受け止めた勇儀に、エリーナは「それを思い切り殴りつけて見なさいな」と言い放った。

 勇儀は言われるままに全力の拳を盾にぶつける。そして、当たり前のようにその盾は崩れ落ちた。

 

「その盾はイージスの盾と言って、あらゆる攻撃を守れる盾よ。貴女の身を裂いた聖剣を以ってしても、この盾は絶対に打ち破れない」

「私の能力のお陰で壊せたってわけか」

「そ。何にせよ、これでハッキリしたわ。貴女の能力は一つの言葉に集約される」

「それは?」

「『乱す』よ。貴女はあらゆる事象を乱す事ができる」

 

 エリーナの答えに勇儀は大して驚くこともなく、愉快そうに下駄を鳴らした。

 

「へぇ、そりゃあ面白い」

「貴女は全てを乱す。拳は空間を乱して当たらずとも傷つけるし、乱れた事でそこを通った溶岩は四散した。貴女が思い切り踏み込んだ大地は乱れ、貴女の周囲だけ魔法の干渉ができなかった。攻守共に優れた力。......それだけなら良かったのだけど」

 

 嫌になるとでも言いたげに額を押さえるエリーナを見て、鬼は「それだけじゃないものだろうさ」と当たり前のように微笑んだ。

 

「貴女の力は概念すら乱す。鬼の膂力の限界を乱し、鬼すら恐れる力を手にした。破壊は不可能、というその程度を乱し、破壊可能にした。乱す力は転じて不可能を可能にする力でもある。貴女は自分がしようと思えば、ほぼ全ての事が可能になるわ」

「不可能を可能にする。そりゃあ、いいや。だが、それじゃあアンタはなんでさっき私の拳から守れたんだい」

 

 問いに対し、エリーナは悪そうな笑みを浮かべた。挑発じみたその笑みは、多聞の目にも勇儀の目にも少々珍しく映った。

 

「ハッ、単純な話よ。破壊できないという程度、防御力10割と言い換えてもいいわ。それが乱されて10割でありながら0でもある状態にされるならば、そもさ破壊という概念が無ければいいのよ。乱すものが無ければいい」

「とんちか何かかい。しかも、どんなのだって私の力で打ち砕かれる可能性があったろうに。アンタの言う事があってるなら私の力も屁理屈みたいなもんさ。どうなるかわかったもんじゃない」

「あれが壊されるならば、それは魔法の敗北よ。もう負けてもいいわ」

「潔いね。足掻いてくれる方がいいんだけど」

「残念、魔法使いは勝利を確信するのが早ければ、負けを認めるのも早いのよ」

「今は?」

「勝利を確信してる」

 

 お互いに心を読みあってるかのような言葉の応酬に空気が騒つく。また、さっきまでの戦いが始まると誰も言わなくとも皆が察して、何歩も後ずさった。

 しかし、それを予見していたかのようにエリーナは手を挙げて、高らかと宣言した。

 

「皆、そんなに離れなくともいいわよ。だって、この戦いは」

「次の一撃で終わるのだから、だろう」

 

 言葉を繋いだ勇儀は、少し飛ばされていた盃を拾うと適当に酒を注いでグイと呑んだ。

 

「わかってるじゃない」

「そりゃあね」

 

 盃を置いて、天を見上げる。

 

「良い技が思いついた。それに、これから先語る力の名前もね」

「良かったじゃない」

「あぁ、だから本気で来なよ」

「当然」

 

 二人は再び向かい合う。

 そして、エリーナは一枚の紙を手元に現し、そこから溢れる絶え間無く変わる色に身を染めた。勇儀は左足を踏み出し、前傾姿勢を取り、仁王すら打ち倒せると思わせるほどの圧力を放ち、構えた。

 

 

 

「不確定には不確定をぶつけましょう。次元が少し違うけどね」

 

「子、怪力乱神を語らず。だったかな、確か」












遅くなってすみません。


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第八話【決着】

 皆は空を指差した。星を指差した。

 

「流星」

 

 私が見上げた空には、無数の星が煌めいた。

 流線を描く粒はその何処にも落ち着けず、消えた空には流跡線が残るばかり。

 まるで空を横切ったかのようなそれは、きっと堕ちただけに違いなかった。

 

「彼は動いている。確かに動いている。でも、私達は彼とすれ違った」

 

 流跡線はやがて消えた。

 

「だって、この舟は止まっていないのだから」

 

 皆は視線を地に落とした。

 私だけが空を見た。

 

「私達はその座標を維持したことなど、ただの一度もないのだから」

 

 星の魔術師の言葉に、私は何も返さない。

 隣にいた青年は私が何かを言うのを待って、何もない事を確認して、言った。

 

「世界はいつだって、誰かの眼によって認識されている」

 

 私の眼は少しだけ閉じた。

 

「モノは見方、全ては認識の如何でどうとでもなる。そして、魔法はその屁理屈を罷り通らせる」

 

 「そうだといいね」という言葉を飲み込んだ。

 

「学長、きっと貴女ならその果てを」

 

 私は眼を開いた。星の光が滲んだ。そこには流星の跡さえ残らず、忘れてしまえば最早無かったと同じだった。

 

「いつかきっと、求め続けた星はこの手に堕ちてくるのかしら」

 

 私は空を指差した。月を指差した。

 

「空は遠い。月はもっと遠い。その遠さはきっと私を繋ぐ」

 

 私は何を指差していたのだろう。

 

「何の魔術師にもなれない私を、何者にもなれないままに、何処か遠くへと届けてくれる」

 

 だから、走り続けなければ。あの遠くへと届くまで。

 

「あぁ、月が綺麗ね」

 

 少女の視線は、月に伸びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は何者にもなれない。星の、炎の、水の、森の、あらゆる称号は私を否定する。

 私は長らくそう思っていた。

 そうだ、あらゆる称号が私を否定する。だって、私は称号を持っていたのだから。

 

 私は結局、人だった。そして、きっと。

 

 通り過ぎよう、不可能なんて言葉も、確定なんて未来も。答えはその先にある。

 

「荒れ狂うは果ての雲、静まり返るは底の空」

 

 矛盾なんて、そう思えてしまうだけさ。

 

 少女は空を指差した。

 

「胎動は星の涙。狂騒も躁狂も静寂の夢なれば、泡沫の世は無限の幻」

 

「この拳で、この肉体で、何だってぶち破ってみせてやるさ」

 

 起きよう、悪夢は終わりだ。私は何者でもない。世界でただ一人、何者にもならない魔法使いだ。

 

 少女はただ空を指差した。月を指差した。星を指差した。何も指差してはいなかった。何かを指差した。

 

 少女の瞳は「」に注がれた。 

 

「砕くは万物、穿つは存在。其は流星が如き不動。月の雷霆で眠りの地を越えよ」

「不言の様は恐れの宴。此こそは我が王道」

 

「流れよ、シェメシ・メイ」「怪力乱神」

 

 

 

 

 

 

 

 閃光が暗闇を侵した。

 魔法使いがどのような魔法を使ったのか、鬼がどのような奥義を放ったのか、知るのは二人のみ。

 他の者は何一つ知る事なく、10秒経った後、全ての光が還った時、そこにあった結果だけを得る。

 

 地の底を揺るがした、世界の殆どが知る事のない知と力の激突は、その過程とは対照的に呆気なく終わった。

 二人は強かった。どちらが勝ってもおかしくはなかった。二人共が、不可能を可能にしてしまえるだけの力を持っていた。

 光の中で衝突した、不可能を可能にする二つの力。

 その結末は、

 

 

 

「あぁ、クソ。勝てやしなかったか」

 

 鬼が半身を黒に染めて、残った半身を血に染めて、膝から崩れ落ちた。最早体はどこも動かず、重力に押さえられるままに伏した。

 

「結局、私は本物には勝てないのね」

 

 魔法使いが肘から先のない右腕で倒れた体を支えようとした。左腕は最早肩から先がなかった。いつもと距離感の違う腕では支え切ることができず、横にフラリと倒れた。

 

「あ? なんだい、アンタも動けないのかい」

「そっちこそ、もう指の一本も動かないみたいじゃない」

「私はこれを勝ちとは思えないね。だけど、それはアンタも同じだろう?」

「えぇ、勝ちとは思わないわね」

「じゃあ、そうか、気にくわないが......」

「そう......なるのかしら」

 

 悔しがる事はなく、ただただ残念そうに二人は笑う。

 

「なぁ、魔法使いの連れてきた剣士さんよ」

「なんだい」

「結果はわかってるだろう。最後にそれを言ってくれないか」

「手前らが分かってんなら伝えるまでもないと思うが......まぁ、いいだろう」

 

 多聞は立ち上がると、二人の間に立ち、叫んだ。

 

「此度の勝負は勝敗が決する事なく、両者共に瀕死となった。故に、この勝負、引き分けとする!」

 

「よぅし、じゃあ、次は負けないからね」

「こっちの台詞よ。次は私が勝ってみせるとも」

 

 ニヤリと笑って悪態をついたかと思うと、二人は意識を失った。

 それを見て、多聞は慌てたように動き始め、周りで勝負を見ていた妖怪達に近づいた。

 

「何が次は、だ! このままじゃ、この手前はともかく鬼の方は死ぬっての! おい、手前ら、ここらに治せるような奴はいるか?」

 

 多聞の問いに、妖怪達は何とも言えない表情でいる。心当たりはあるが、そこに行きたくはないし、彼女らを行かせたくはない。そういう風な様子でいた。

 多聞はそれに苛立って、刀を抜いた。

 

「早く教えろ。何があるんだか知らねぇが、死んだら元も子もないだろう。叩っ斬るぞ!?」

 

「何の騒ぎかと思って出てきてみれば、これは、何があったんでしょう」

 

 不意に聞こえた少女の声に、妖怪達は騒めいた。

 

「おやおや、勇儀さんと彼女が、ふむ、助けなければ、ですか」

 

 振り返った多聞の目に映ったのは桃色の髪を揺らす、幼い少女の姿だった。少女はその幼さとは対照的に大人びた雰囲気を纏い、管に繋がれて浮いている謎の瞳は多聞に嫌悪感を抱かせた。

 こいつは何だ。どう考えてもマトモじゃない。絶対にこいつは厄介だ。

 

「あぁ、そうですね。厄介ですよ」

「なっ!?」

 

 こいつ、私の心を

 

「読みましたとも。私の能力はそういうものですから」

「手前......何者だ」

 

 少女は明らかに邪悪とわかる笑みを浮かべると、指をパチンと鳴らした。

 

「私の名前は古明地さとり。この地底を一応管理している者です」

 

 音から数秒の後、建物の上から、赤い猫のような妖怪が現れる。そして、勇儀とエリーナを車に乗せた。

 

「そして恐らくは、勇儀さんの命を救えるこの場でただ一人の人物です」

 

 その瞳は貪欲に多聞を見つめた。











ようやく戦闘が終わりました。


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第九話【前世】

   は何 を見つ ていた。何も   瞳が、何にも焦点を当てない が、空を ていた。何も見て   のに、その眼は見ていた。彼女は   を見ていた。彼女の何かが変わった。彼女自身がではなく、何か、  めいた  が、そこで変わったような気がした。それはきっと、私の他には      と勇儀さんしか気づけないだろう事だったが、      は  かったし、勇 さんは無我夢中だったから、きっと私しかそれを知らないのだろう。

 面白い事に、       であるらしい彼女に欠けていたもの、彼女が探っていたそれを、彼女はもうどうでもいいと思っているように見えた。それは所謂アイデ ティティ。

 彼女にはオリ   の魔法はあった。しかし、彼女はそれを完成させる事はなく、故に、誰もが最高と言えどもそれ以外の言葉はなかった。彼女はそれを喜びながら悲しんだ。あの時、死という 験を以て、彼女は最早完成ではなく未 故の不確定を己が武 と定め  だろう。 終到達点などい ない。凡 る道半ばが道であ と笑 。

 私は    した。    が  えた。色々な が  えた。その時、私は知った。余りにも残酷で、    愉快で、余り 壮大で、余りにも空想 な事の  を。私は  を知った。通りで  の世 は          思った だ。ずっと、私はその  を探っていた。漸く、わかった。とても、長かった

 きっとこの    は誰の目にも  ずに終わる  ろう。だって、私はこの身をもって、      れる  う事を知っている。この真実は最 の時、皆が知る。しかし、            なる。その時、   いる者がいるとしたら、それは私だけなのだろう。

   ば、       ・      ン、  れた 、少しだけ    者。  の 女。願わくば、その魂に救いがありますよう。

 

『日記(著者: 明地   )』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が醒めると、見知らぬ天井が見えた。あぁ、本当に見たこともない天井だ。

 しかし、私にはどうやらここがどこかわかるらしい。だって、この地底でこんな洋風の造りをした家など一つしかないのだから。

 

「おや、お目覚めですか。勇儀」

「あぁ、助かったよ。さとり。お前が来てくれなかったらどうなってたか、わからん」

 

 勇儀の横たわるベッドの傍に、本を片手に欠伸をするさとりの姿があった。しかし、少女は勇儀の予想した、これで一つ恩を着せたというような怪しい笑みを浮かべることはなく、ボンヤリと後ろを指差した。

 

「お礼ならば、この魔法使いさんに」

 

 指の先には、ベッドに腰掛ける魔法使いの姿があった。ニコニコしながら「おはよう」と言って、私の側へと歩き寄る。

 

「お前が治してくれたのかい」

「えぇ、さとりさんが最低限の処置は済ませておいてくれましたから、治療は楽なものでしたよ。ただ、」

「ただ?」

「貴女の寿命は五年ばかり減りました」

「五年か。まぁ、それくらい別にいいが、アンタの力ってのは案外融通が利かないんだねぇ」

 

 驚いたような驚いていないようなよく分からない顔のままに起き上がると、勇儀は焼け焦げていた半身を見た。いつも通りの肌色がそこにあった。指は思い通りに動くし、腕に力を込めれば大地を揺るがす突きを放てる。完全に元通りだった。

 

「魔法は万能であって完全じゃない。私達は魔力を直接何かに変えるのではなく、魔力で何かに働きかけて何かを変える者よ」

「へぇ、って事は私の身体に何かしたって訳か」

「えぇ。貴方の体の自然治癒力を強めた。死の足音よりも早く、体が治ったというだけの事よ」

 

 エリーナが勇儀の治った腕に撫でて、「それにしたって、あれでこうも容易く治るのは鬼だからね」と笑う。

 

「ふぅん。理屈はまぁわかるが、それよりお前、」

「さとりなら大丈夫よ」

「......それは、まぁ、うん、そういう事なんだろうな」

 

 横で聞いていたさとりが本を閉じて、笑う。そして、余りに厄介そうな笑みを浮かべて、私達を見た。こりゃあ、また、紫の奴の胃が痛むな。ご愁傷様、賢者様。どうやら、此奴は私ほど大人しくないらしい。勇儀は苦笑いしながら、「これで3人目か」と言った。

 エリーナはそれを聞いて、「えぇ」と微笑んだ。

 

「では、改めましてエリーナさん、ようこそ幻想郷へ」

 

 さとりの心底嬉しそうな言葉に、私は「えぇ、ありがとう」と返した。

 幻想郷へようこそ。この言葉には省略されている部分がある。ただの歓迎の言葉ではない。さとりは、新たな仲間の出現を歓迎しているのだ。今まで、二人しかいなかった、さとりと勇儀しかいなかった仲間の出現を。

 そう、それは有り得た可能性。ある種の傲慢故に失念してしまいそうになる可能性。

 何故、この二人が地底にいるのか。本当に地上に辟易したからとか、厄介扱いされるからだとかだけなのか。勇儀はともかく、何故、さとりが地底の管理人なのか。さとりこそが管理人であるべきなのか。嘘嫌いの鬼であるはずの勇儀は何故、あの時、源氏の棟梁みたいに怖いと嘘をつけたのか。

 答えは単純だ。さとりが管理人に抜擢されるのは、心が読める上に法や道徳感に聡いから。勇儀が嘘を吐けたのは、そもそも鬼ではないから。

 これで、何か変わるのだろうか。私に何かすべき事ができるのだろうか。私はさとりが続ける言葉に耳を傾ける。

 

「我々『前世持ち』は、貴女を歓迎します」

「えぇ、ありがとう。この出会いに何者かの祝福を」

 

 所謂転生という現象が、一つの世界に一度しか起こらないだなんて、そんな甘えた考えは初めから持っていなかった。あらゆる可能性は認めるべきだと思っていたから。でも、

 

「まさか、古明地さとりと星熊勇儀が、そうだなんてね」

「......あ? 私達の事を前々から知ってたのかい?」

「え? 当然でしょう?」

 

 私の言葉に勇儀は驚き、さとりは少し深刻そうな顔をしていた。勇儀は何を言っているのだろうか。この二人の名前を知らないわけないじゃないか。

 いや、待てよ。そうか、可能性はまだある。転生者、前世持ちと一括りに考えていたが、私達の異常性がそれだけに終わると考える方が馬鹿らしい。この二人の反応と、私の特性。あぁ、成る程。

 

「あぁ、さとり。つまり、貴女達はそういう事なのね」

「えぇ、御察しの通りです」

「......? どういう事だい、説明しておくれよ」

「この人、エリーナ・スカーレットは私達と同じ『前世持ち』ではありますが、私達にはない、知るべきでないと言ってもいい、そう言った知識を持っています」

 

 静かながらも重い言葉が勇儀の心を焦らせる。「それは、なんだい」小さく漏らした言葉には、少々の怯えと強い好奇心が見えた。

 

「この世界、幻想郷とそれを取り巻く全てによって構成される物語、一つの世界観、『東方project』。この世界が誰かの手によって記された物語であるという可能性」

「私達は、その話の登場人物に過ぎないってことかい」

「可能性の話ですけどね。ただ、同じ『前世持ち』でも、この人の知る世界に既に存在する私達にはその知識がない。そして、同時にこの人の知る世界には『エリーナ・スカーレット』は存在しない」

「えぇ、私はいなかった。スカーレット姉妹はレミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットしかいないはずだった」

 

 そう、エリーナ・スカーレットは、『東方project』には存在していなかった。

 

「物語という観点で話をするならば......私達は、あくまで物語の中で特異な者ですが、エリーナさんはまるで読み手が物語に入ってきたかのような存在になっている。特異存在としては、最上でしょうね」

「これを知ったら、紫が放っておかないね」

「えぇ、しかし、エリーナさんの存在は私達が上手く立ち回るには非常に良い。紫に干渉されるのは惜しい」

「御託はいいわ。さとり、私達は化生の類、言葉の約束なんてどこまで信じられるかわからない。貴女が言いたいことはそういう事でしょう?」

 

 さとりは一つため息を吐いて、「形だけは一応、と思ったのですが」と呟くと、私に邪悪な微笑みを向けた。

 

「私達は紫から貴女を守りましょう。きっと、彼女は主に私に色々と聞いてくるでしょうから。その代わり、貴女は地底の為に暗躍してください。今、此処は少々軽んじられ過ぎている。多少適当に放っておいてくれる方が良いとは思いますが、今は悪すぎるので少し修正したい」

「良いでしょう。その話、乗った」

 

 さとりと軽く握手をした。そう、軽く。さとりはきっと、私との関係に利益が無くなれば容赦無く切り捨てる。これはそういう関係だ。精々私は、いるだけ得になる存在であれるよう、気をつけようじゃないか。

 さとりが笑った。裏のある笑みだった。

 勇儀が笑った。裏のない笑みだった。

 私も笑った。この笑みは『前世持ち』に出会えたからとか、そういう笑みではなかった。

 私は、自身が特異存在である可能性、そこにあり得るこの世界の裏側。真理とは違う、遠く、果てにある真実に近づけていることに私はきっと笑っていたのだと思う。

 軽蔑しても良いよ、と思っておくよ、さとり。きっと、貴女は軽蔑しないだろうから。



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第十話【門前にて】

お久しぶりです。


「あぁっ、クソッ」

「ほら、ほら、早く退くのが吉よ。この色は絶えないのだから」

「そそ、土蜘蛛と橋姫相手したって死ぬしかねぇっての」

「そうかい! 悪いがこっちは身元不明でね!」

 

 緑の闇に迫られ、黒の靄に這い寄られ、少女は身を捩らせながら門を背に捻くれた笑みを浮かべる。必死さはあるが、まだ余裕があるそれは不思議なくらい傲慢だった。

 「威張れる事じゃないのにそんな笑み、妬ましい」闇が言葉に呼応するかのように加速する。靄もまた、それに合わせるように蠢いた。

 当然、少女は徐々に追い詰められていく。いくら避けようとも二つの色は少しずつ距離を詰めていく。王手王手と叫ぶかのように、少女の周りを抉る。

 やがて、二つはその身に伸びた。「王手だよ」願われた事象を確定させるかのように、一人が呟く。

 

「威張れる事じゃない? それは違うね」

 

 闇が揺らめいた。靄がふわりと少し上に浮いた。

 次の瞬間、二つの色は消えていて、二人の頰を熱が撫でた。

 

「曰く、不明は未確定だそうでね。わからないうちは神殺しかもしれんのさ」

 

 一閃、二人の目にはそう見えた。実際のところは念入りに四度刃は空を斬ったのだが、それは少女しか知らぬ話に終わる。

 二人がそれに気づけなかった理由は一つ、それは緑の闇が消えた事。詰まる所、概念めいたものに過ぎぬ心の欠片が文字通り霧消した事が二人の思考を殴りつけた。

 靄は納得できる。しかし、闇が消えるのは不思議に思う他なかった。

 妬ましげに一人が呟く。

 

「アンタ、さとりと同種か何かなのかしら」

「あ? あの強欲と同じな訳がないだろう、心なんて読めてたまるか」

 

 「じゃあ、なんで」と漏れかけた言葉をしまい込み、少女は己を規定する。故に溢れる言葉を土蜘蛛は既に知っていた。

 

「想いを斬るなんて、とても妬ましい力。私は橋姫、水橋パルスィ」

「......ハッ、名乗るなんて久しぶりだねぇ。私は土蜘蛛、黒谷ヤマメだ。そら、名乗りなよ化け物剣士」

 

 姫さんが名乗るほど妬むのなら、私が付き合わない訳にはいかないじゃないのさ。親しい友の嫉妬、橋姫の本気の嫉妬という圧倒的根拠がヤマメの認識を変えた。この剣士は強い。そして、何かただの剣士とは違う。そう思わせた。

 そんな心情の変化を知らず、剣士少女は名乗りをあげる。高らかに、おかしげに、待ちわびたように。

 だってさぁ、あんな闘いを見せつけられて、滾らない訳がないじゃあないか。

 

「我が名は山口多聞。悪鬼羅刹を殺し切る者だ。今は日雇い門番だがね」

「いいわ、いいわよ。妬ましい。悪鬼羅刹を殺す、英雄みたい。妬ましい。その恐ろしいほどの真っ直ぐさが妬ましい。どう考えても型なんてないのに強いとわかる剣が妬ましい。あぁ、妬ましい」

「凄いねぇ、こんなにヤバイ姫さんは久し振りだ」

「御託はいいさ。戦いで全て伝わるのを先に言葉で、なんて無粋よ」

 

 「そうだね」と小さく返して、ヤマメは息を呑む。

 なんだコイツ、頭おかしいんじゃないか。どう考えてもイかれてる。

 ヤマメには違和感があった。出会ってすぐから、静かに抱いてきた違和感。そしてそれは今になっても解消されないのだ。気のせいだろうと思った。だって、そうならマトモじゃない。

 どうして、コイツはどうして実戦経験も大してない筈なのにこんなに止まらないんだ。

 ヤマメは最初に多聞を見た時、雑魚だと思った。

 殺した事はあるが一度か二度程度、技術はあっても場数を踏んでいないと見た。案山子でなく誰かを斬ることに、物でなく命を殺める可能性に慣れていない小童だろうと舐めてかかった。連中が負けたという話も油断からだとした。

 が、結果はこれだ。この評価だ。

 橋姫、水橋パルスィは妬む者だ。妬むには評価が必要だ。故に、彼女は他人を評価するという事に優れる。己が妬むに足るものを発見するだけの眼を持っているのだ。ならば、彼女の言葉は真実だ。対象が矛盾に満ちた存在でもない限り、その言葉は適切だ。

 知ってるかい、山口殿よ。普通、ヤバイ妖怪二人相手にしようって時にはかの有名な宮本武蔵だってビビるもんだし、そんな余裕綽々に口上宣うのは百人殺しの老兵の特権てなもんよ。

 

「それだけの啖呵が切れるなら結構。古来より続く武士共の妖討伐、その一幕を飾ってみせな」

「御託はいいってのにさぁ」

「私は空気を読むんだ」

「?」

「いいのさ。さぁ、行くよ!」

 

 ヤマメの足元を黒い靄が這う。パルスィの瞳より緑の闇が零れて落ちる。

 

「思考は透徹し、嫉妬は饕餮の如し」

 

 先程のものより大きな闇が眼から溢れて零れて蠢いて。間も無く、多聞を襲う。

 闇の洪水、余りにも理不尽だ。地上にいれば避けようがない。しかし、洪水に合わせて靄が多聞の頭上を旋回する。

 飛べばコイツにやられるって訳か。上等だ。

 さっきの余裕に見栄があった訳じゃない。実際、問題はないと思っていた。

 ただ、戦力を見誤った。否、自分のせいで戦力が増した。

 だから、大丈夫だ。私は、私に対する妬みの内にいる私に負けはしない。

 迫り来る闇を10回程斬りつけて、なんとか闇を開いてみせる。当然、パルスィの妬みは色を濃くした。

 

 なに、惚れさせた女をどうにかするようなもんだろう。己が生んだ嫉妬の面倒は手前で見るさ。

 

 更に溢れて来る闇を前にして、多聞は気取った言葉を自分に向けた。

 闇の厄介さはわかった。斬っても斬っても溢れて来る訳だ。

 あぁ、クソほど厄介だ。

 さっきこの闇が斬れた理由は、実の所自分でもわかっていない。ただ斬ると思って振ったら斬れていた。だから、波もひたすらに斬ったら斬れていた。

 つまり、この現状をどうにかする策は何一つとしてない。

 飛んで靄を斬って避けてもいいが、根本的な解決には至らない。

 出来るものならこの地底を駆けて翻弄でもしたいところだが、門番である以上この門を離れる訳にはいかない。

 あぁ、クソ。本当に選択肢なんてないじゃないか。

 

「結局、剣豪らしくいざ尋常にってか!」

 

 先ずは厄介な方から。

 多聞は波を切り分け、パルスィに向かって走り出す。

 そうとも、選べるわけがないんだよ。私は策士じゃあない。私は剣士だ。

 無策の突撃を通すのがこの技の意味じゃないか。

 少女の瞳には諦観が見えたが、しかし、全くの無策という訳では決してなかった。

 想いは斬れたのだ。今まで斬れぬ物は殆ど無かったが、それを把握してたのは物に限った話であった。

 想いすらを斬れるのならば、私が「斬れる」ものは全て斬れるはずだ。

 多聞の内に瞬く一筋の光明。

 それは確かに荒唐無稽に違いない。しかし、不可能では決してない。

 ならば、やる。

 靄を斬り払うに精一杯で、切り分けた闇に身を掠めながら、多聞は少しずつ距離を詰めていく。

 そして、やがてあと一歩踏み込めば斬れる所まで辿り着いた。

 

「腕を貰うぞ!」

「甘いわよ!」

 

 早口に交わされた言葉の後に、パルスィの前に闇の壁が現れる。

 多聞の眼はその性質をすぐに捉えた。

 これは、硬い。これは斬れない。

 想いとは本来打ち砕くものだ。当たれば砕けるものだ。斬るものではない。

 しかし、闇という不安定な形を取っていたから斬れていた、のだと思う。

 でも、これは硬い想いだ。打ち砕かれるべきという想いの性質が強く表れたものだ。

 だから、斬れない。私は「斬れる」ものは斬れるが、「砕ける」ものは斬れない。

 つまりこの防御を突破できない。

 万事休すか。八方塞がりか。山口多聞にはどうしようもないのか。

 透けた闇の向こうのパルスィが、怪しく笑った。

 

 冗談。

 

 まだ終わらない。負けなんかじゃない。どうしようもないわけがない。刹那の中で笑みを浮かべた。

 

 多聞は踏み出せば間合いに入る筈だったその一歩を進まなかった。

 代わりに、そこで多聞は踏み込んだ。

 一閃。

 今度は視認不可でもなんでもなく、パルスィとヤマメの眼に見えた一閃は事実一度斬りつけていた。

 対象は空。

 空振り? パルスィの脳裏を嘲笑が過ぎる。

 いや、違う。コイツは空振りなんかしない。ここで外さない。そんな程度なら私は嫉妬しない。今、コイツは私を斬らなかった。

 衝撃と憶測飛び交う思考に瞳が見る世界は、驚きのあまりに見開いた眼の瞬きに点滅した。

 そして、目の前には多聞がいなかった。

 どこだ。

 視界の端にもいない。

 なぜだ。

 闇は上にも横にも数メートル展開している。

 視界から消える筈がない。なのに、前にも横にもいないのだ。

 

 まさか。

 

 パルスィの脳髄を天啓めいた思考が貫いた。

 まさか、まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさか。まさか。

 橋姫は刹那の内に足を捻って、無理にでも身体を回転させた。

 そして、半回転もしたかという時、その視界の端に輝きがあった。

 

 知ってたさ、近づけば守る策があるだろうという事は。

 知ってたさ、万事休すと言うに相応しい展開が待ってるって。

 だけど、私は己の技を、この刀を信じた。

 あの最悪の状況を、餓鬼の空想みたいな技で切り抜けられると信じた。

 

「後ろの正面」

 

 パルスィの反応が来る。闇の壁を展開しようとする。大地より闇が飛び出す。

 

「だぁれ」

 

 一振り、そして血飛沫。ボトリという音と、少女の呻き声。

 

「落ちた腕は後でうちの魔法使い殿に治してもらえば良いとして、さて、土蜘蛛殿?」

「まだやるかい、ってか」

「御名答」

「あー、そうだね。正直やりたくない。源頼光と闘おうっていう木っ端妖怪がいないみてぇにね」

「じゃあ、やめときゃあいいんじゃねぇの」

 

 至極当然の多聞の言葉に、ヤマメは面倒くさげに、しかし強い想いを瞳に宿して笑った。

 

「そうはいかないのさ。ここで参りましたじゃ呑気に見てるコイツらに示しがつかないし、腕ぇ切られる痛みを得た姫さんに悪いからね」

 

 周りで戦いを見守る妖怪達を一瞥し、ヤマメは黒の靄を展開する。

 「とんだ藪蛇だ」漏らす言葉に迷いはなく、多聞はそれに応えるためにもう一度構えた。

 

「では、いざ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、貴方、何よこれ」

「門番を任されたんでな、無理矢理入ろうとした連中を斬った。どうせ手前の術で治せるんだ」

「おぉう、ヤマメとパルスィじゃないか。こりゃあ、酷いね」

「あー、無理矢理押し通ろうとしたんだけどね。返り討ちにあっちゃったよ。パルスィなんかもう痛いし妬ましいしでゴチャゴチャでグワーってなってるから、勇儀お願いね」

「任された。まぁ、兎にも角にも先ずは」

「治療ね、任せなさい。腕を繋げる足を繋げるくらいどうって事ないわ。じゃ、さとり、地霊殿借りていい?」

「どうぞ、もう用は済みましたし」

「じゃあ、二人とも中に入りましょうか。勇儀、お二人をお願い」

「あいよっと」

「じゃあ、先に部屋まで行って準備をしておきます。多聞、行こう」

「ん、おう」

 

 

 

 

 

「ねぇ、多聞。地底のお二人と戦った感想は如何? 滾った血を冷やすには丁度良かったんじゃない?」

「あぁ、最適だった」

「それは結構な事で」

「それに」

「それに?」

「連中、中々に良い奴らだったよ。

 

 

「なぁ、ヤマメ。あの多聞という奴はどうだったんだい? 強かったのか?」

「強くなけりゃあ負けないよ。いやー、あれが剣豪って奴なんだね。勇儀も今度相手してもらうといい」

「そいつはいい」

「それにしても、話によると勇儀はあの女の子と戦って満足したらしいね」

「あぁ、引き分けに終わったが、満足はできたね」

「私も今回は満足できた。

 

 

どうやら、地底/地上の連中は存外に悪くないらしい」



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第十一話【宵宵の朝餉が白昼夢であれば亜麻色の芥川は芳一】

調子に乗ってます。


はっ、はっ、はっ、はっ

ザッザッザッザッザッミシザッミシザッザッミシザッ

だいじょうぶよ

ザッザッザッザッタッタッタッタッタッ

ピチャ

ヒタ

スス

ピチャ ピチャ

つかれた

ゴゴ

そうね

ピチャ ピチャ ピチャ

くらいよ

しばらくはがまんしてちょうだい

バサッ

こうもりがいる

そうね

スス

ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ

おねえちゃんは

ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ

とおくでまってるわ

ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ

 

ねむいよ

おやすみ

ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ ピチャ

 

ピチャ

 

 

 

 

「ぴちゃん、ぴちゃん」

 

 

 

 

 

 あぁ、眠っちゃってた。

 幼く見える少女は覚醒に見開いた目をパチパチと瞬かせ、子供らしく一つ欠伸をした。心底眠そうだったのに、元気になるのは早かった。

 そして、近くにいる剣士らしき少女に話しかける。

 廊下には四人しかいなかった。内、二人は絶えず話し続けていて、もう一人は黙って眠ったように揺れていた。揺れているのは、長い廊下に響く声と屋敷全体に漂う微かな獣の匂いに気持ち悪さを抱き続けていたからだった。

 少女が話しかけたのは、話してる者の一人だった。その話に入ろうとした。黙っているのに話しかけないのは彼女の機嫌が悪そうだったからなのか。或いは別の理由があるのか。

 

「ねぇ、ねぇねぇ。貴女、凄いわね。二人を倒しちゃうなんて」

「そもそもなんであの時、手前らは無理に押し通ろうとしたんだ。勇儀は治療の為に地霊殿に運び込まれたんだから待つしかなかろうよ」

「刀って凄いねぇ。私も使えるようになりたいなー」

「私達は戦いの惨状を具体的に知らなかったし、死にかけとしか聞いてなかったんだよ」

「貴方の相方の事も知らなかったから、死にかけの勇儀を治す人に心当たりもなかったしね」

「勇儀とエリーナの闘いは凄かったよ。私の生でも屈指の激闘!」

「あー、成る程ねぇ。ここの妖怪達は暴力的な奴ばかりっぽいしなぁ」

「えーそんなことないよ!」

「そいつは、まぁ偏見ではあるが実際そういう奴の割合は多いから何とも言えないねぇ」

 

 はしゃいで会話に入り込む少女の言葉に返す言葉はない。まるで少女がそこにいないかのように会話が進む。しかし、無視しているにしては会話の波は変わらない。まるで、本当に存在しないかのような感覚があった。

 では、少女は幽霊か?

 否。文明進む世にあっても幽霊は発生し得るが、神が信仰を自ら集め妖怪が社会を築く幻想郷はこと怪奇においては恐ろしい程に現実だ。それはもう空想から脱し、不可視を手放す程に。加えて、人ならまだしも幽霊に近い妖怪が幽霊に気づかないとなれば、それはもう意思を失い、幻影じみた存在である。故に、少女は幽霊とは言えない。

 では、少女は幻影か?

 否。第四の壁の向こうから観測された以上、それは何かしらの形で存在する。

 存在しなければ観測されない。存在しない幻影は描き出されない。当たり前のようでそれは疲れて果てる程に真実だ。物語の中ではわかりようがなくとも、あなた達にはわかることだ。

 少女は飽きてしまったかのように、3人の前を離れる。そして、遠く扉越しに聞こえる声の方へ駆け出した。

 その声には覚えがあった。懐かしく親しんだ声であるのに、酷く遠く 、こうして聞かなければ直ぐに思い出せなくなる声だった。でも、聞けば直ぐに思い出すので別に良かった。こんなに貪欲で、こんなに静寂で、こんなに諦観した声は他にないから、忘れても直ぐにわかったのだった。

 

「あっ、お姉ちゃんの声だ」

 

 少女は勢いよく扉を開ける。驚いた事に、大きな音に開けた本人がビックリして、少し静止してしまった。

 どうしてこんな響くのか少し不思議に思ったが、地底は何処にいても音が響きやすいからに違いなかった。少女は地上を彷徨うことが多いからそれを失念していた。そして、少し不思議に思ったきり、次に同じ経験をするまで、少女はその事を考えなかった。少女は今度はそっと扉を閉めた。

 それで、少女が制止するほどの音が鳴り響いたのだが、奇妙な事にそれ以外の声は何も変わらなかった。その部屋で意識ある者は、闖入者は遠く聞こえる炎の唸り声とまだ門の前にいるらしい妖怪連中のざわめきだけだと認めていた。

 会話していた一人、扉の先にいた少女の言った姉の瞳は少女を捉えない。貪るように覗き込む三つめの瞳は大して働いていない。

 会話していたもう一人、屈強な鬼の瞳は少女を捉えない。戦いにあっては何も見逃さない瞳は少女を見逃した。

 いつも通りだ。

 少女は安心したように、或いは寂しげに思った。胸元に揺らめく瞳が、閉じたままであるのに微睡んで閉じたような気がした。

 そのまま出て行こうとした時、姉と反対の色をした綺麗な服が揺れて、誰かの肌に触れた。「ん」と声が聞こえた。

 少女はそれを認識していなかったから少し驚いたが、相手が己を認識しないのなら触れた所で何にもならないのだといつも通りに過ぎようとした。

 しかし、間も無く少女は気づく。

 

「あっ、ごめんなさい。えっ」

 

 緑の少女は当然のように通り過ぎた事実に振り返った。ごく自然に、忘れていたような気がする感覚が口をついて出た。

 そこには眠そうに目を擦る少女の姿があった。瞳は充血などという理由ではないとわかる程に赤く、背中に見える羽根は酷く悪魔的だった。緑の少女は少し前に読んだ本にあった化生の名を思い出した。その名は正解だった。少女の雰囲気が直感的にそう思わせたのかもしれない。さて、壁の向こうの皆様はお察しであろう、その少女は吸血鬼エリーナ・スカーレットである。

 今、私の服に当たって反応した。のかな?

 緑の少女は困惑に包まれて、エリーナの前に立った。外見年齢はそう変わらないように思えるのに、身長にはそれなりの差があった。西洋の人は背が高いと何処かで聞いた気がする。そのせいだろうか。少女は考えたが、そんな事よりも聞くべき事があった。

 

「あなた、私が見えてるの?」

「ん......えぇ、見えてるわよ。私は私だからね」

「ブラーヴァ! あなたやっぱり凄いわ、だって」

 

 緑の少女は感嘆の声をあげ、エリーナの手を握った。そして、少し黙った後に笑った。「数百年ぶりに誰かに意識されたもの」と加えたその笑顔はパレットの色をぶちまけたみたいに歪で、街行く人みたいに普通で、一二三と数えたかのようにゆっくりと変化した。

 どうして、私に出会ってそんな顔をしたんだろう。エリーナは不思議で握られた手を湿らせた。そして、先程さとりから聞いた話を思い出して、瞳を見つめる。

 ねぇ、貴方はどちらなのかしら。古明地こいし。

 エリーナの目に何故その少女、古明地こいしが映ったのか。その理由は彼女の魔法使いとしての在り方に依る。

 魔法使いエリーナ・スカーレットの最も得意とする魔法は再現魔法である。これに必要なのは観測だ。正確な観測による認識があって初めて再現ができる。

 エリーナは転生者という出生故に特殊な感覚を持っている。物語の中にいながら第四の壁の外から見るような感覚、客観視にも似たその認識性をエリーナは持つ。そして、それは事象の再現にはうってつけの道具であった。これは逆に言えばそこまでの観測が出来なければ再現魔法は使えないという事だ。故に、この世界にこの魔法を使うのはエリーナのしかいない。

 エリーナはこの魔法を使い続け、事象を観測し続けた。やがて、少女は世界の観測者となった。

 その眼は凡ゆるものを観測する。そこに在るものをそう観測する。あるがままに、だ。不可視であるならば不可視のものとして観測する。彼女が観測しないのは存在しないものだけだ。

 エリーナの瞳は古明地こいしを観測した。彼女は別に不可視な訳ではない。ただ、無意識の中で動いているから誰も気づけないだけでそこにいるし、見える存在だ。ならば、エリーナには見える。存在しているのならば、エリーナにとってはそこの棚と変わらない。

 古明地こいしの誰にも意識されないという在り方とエリーナ・スカーレットの凡ゆるものを観測するという在り方が、まさしく矛盾で、衝突した結果、エリーナの瞳が勝ったのだ。そして、古明地こいしの意識されないという在り方はこの観測により消える。たった一度の観測が、たった一度の敗北が、意識の可能性を生む。

 彼女は先程の言葉から察するにそうなってから一度も意識されなかった。しかし、これより先はそうではない。意識され得る存在となった今、彼女は意識されにくいだけになったのだ。

 故に、今、エリーナを除く二人、古明地さとりと星熊勇儀の前にも古明地こいしは姿を現した。正確に言えば、二人が彼女を意識できるようになった。

 

「私の審判には優秀な弁護士がいるみたいね、あなたのお陰で理不尽に死ななくてよくなったわ。化け物に成り果てて冷たくされる方がマシと思い始めていた頃だもの」

「嬉しい言葉ね。......審判、か。さとり。ほら、あなたの妹よ」

「えぇ、見えてるわ。久しいわね、こいし。元気そうで何よりだわ」

「お陰様でね。お姉ちゃんはその淡々とした感じ変わんないね、逆にちょっと安心したかも」

 

 こいしが姉に微笑みかけた時、口元が少し笑んだ気がした。しかし、瞬き一つの間に消えてしまって、いつもの笑っているんだか笑っていないんだかわからない顔になったからそれが本当にそうだったのか、もうわからなかった。聞いてもどうせ答えてくれない。やがて考えるのをやめた。

 そして、驚いてる勇儀の前に立ち、ペコリとお辞儀をした。

 

「こんにちは、星熊勇儀さん」

「おう、はじめまして。ずっと話には聞いていたよ。多分、私の事は大体知ってるんだろ?」

「えぇ、沢山見てきたもの」

 

 こいしは久しぶりの人との会話が楽しいらしく、ニコニコと笑っていた。しかし、やはりその笑みはぐちゃぐちゃになった何かが混ざっていて、その真意はわからない。何もかもが渦巻いた瞳の奥に、烏が鳴くような不吉さが見えた。

 幸運だったのは、この場には少なくとも形だけでも平気でいられる者しかいなかった事。エリーナは好奇心でその真意を知りたいとは思ったが恐れてはいなかった。勇儀も多分恐れていないだろう。しかし、さとりはわからない。エリーナはさとりの方を少し気にしながらこいしの話すのを聞いていた。

 しかし、やがてそのさとりがこいしの会話を静止した。「楽しんでいる所、申し訳無いのだけど」全く申し訳なさそうに見えない表情で、躊躇うこともなく、さとりは言った。

 

「一つだけ確認しなければならない事がある。それが終われば、貴方を抱き締める事だって容易いわ」

 

 その言葉はきっと嘘ではなかったが、そう言う時にそこにあるべき、いや、そこにあって欲しいと願わずにいられない感情がさとりからは微塵も感じられなかった。

 こいしの目には姉がどう映っているのかわからないが、こいしは微笑んだ。そして、私達にはわからない感情をさとりの内より感じ取ったのか、姉の前に座り、「なぁに、お姉ちゃん」と問うように言った。

 

「こいし、私達の真実は知っているわね」

「うん、知ってるよ」

「じゃあ、先ず問おうかしら。貴方はカフカをどこで知ったの?」

 

 さとりの問いにこいしは沈黙を返した。さとりも黙ったままにいる。

 勇儀はその問いを意味不明と言わんばかり顔で傍観している。その勇儀にエリーナは小さく「わからなくても大丈夫よ」と囁いて、自身もまた傍観した。

 さとりの問いの意味はわかっていた。エリーナ自身もこいしの言葉を聞いて気にしていた事であった。故に、その沈黙の意味が理解できなかった。答えは二つに一つの筈だ。躊躇いなく答えられる筈だ。憚ることはない。ここにはいる連中はそういう者だ。こいしがそうでなくともどうにかする奴がいないと察している筈だ。だからその沈黙は不思議で、故にエリーナは傍観した。

 そして、沈黙を打ち砕くかのように環境音や廊下の声が混じり込んで来た時、こいしは口を開いた。

 

「何処、なんだろうね」

 

 その答えに一同は驚きを隠せなかった。勇儀は空気を読んだだけのような気がしたが、まぁ、そんなことはどうでもいい。

 あまりにも意外な返答に私は勿論、さとりまでもが目を見開いていた。仕方ない事だ。その問いにこの答えが返ってくると予想できるものか。こいしの表情からするに嘘とも思えない。それはきっと真実だ。さとりもそれはわかっている筈だった。それでも、不思議が勝ったらしく「どうして」とその口から漏れた。

 

「皆が聞きたい事はわかるよ。だから、先に答えるね。私は皆と同じだよ」

「前世がある、と?」

「うん、でもさっきまでの状態になってから長く一人だったから、私の記憶する本や噂が前世のものか今のものかわからなくなってしまった」

 

 語る少女の姿は悲しげで、なんとなくエリーナはずっと感じていた不安定さが理解できたような気がした。

 

「観測されない。私は私という主観でしか今の私を知る事ができない。世界すら私を認識しない。故に不確定だった」

 

 どうしてか分からないけど、続く言葉が分かった。こいしの状態が理解できた。

 

「シュレディンガーの猫?」

「ブラーヴァ、察しがいいね。流石、真諦賢人。そう、私はまさしくそういう状態だった」

「それって、何なんだい?」

「この場で彼女を言い表すならば、確定されない限り可能性は肯定されるってとこかしら」

「そう、私は不確定だった。だって誰も私を確定させないから。さっき貴方が私を観測するまでの有り得た私はほぼ全てが肯定されている。これから先はこうはならないでしょう。でも確定しなかった過去は覆らない。私はこの私が辿っていない筈の私ですら知っている。それでちょっと壊れちゃった」

「だから、膨大すぎる情報が整理されず貯まっていて時系列も何もない、ということですか」

 

 黙って聞いていたさとりが口を開いたかと思うと、彼女はこいしの前に立った。そして、抱き締めた。

 その顔にはさっきまでとは違う、明らかな感情があった。

 

「それは流石に残酷が過ぎる。私でさえ、そんな罰はないのに」

「お姉ちゃん、珍しく悲しそうだね」

「唯一の妹がそんな目にあっていれば私だって悲しいのよ、こいし」

「......ありがとう、お姉ちゃん」

 

 二人の感動的な様を見て、勇儀は涙していた。大粒の涙をボロボロ零し、床を濡らす。

 こいしの話はとにかく残酷だった。想像したくもない。自分の知らない旅が記憶にある。食べた覚えがないのに味は知っている。知らない景色を知っている。その記憶は自分を蝕む。もしかすると私も別の私に統合されるどれかの私かもしれない。自分の存在に確信を持てなくなる。誰かに助けを求めたくても、誰も己を意識しない。深淵に染まるばかり。最悪だ。考えただけでゾッとする。

 エリーナが寒気に震えながら姉妹を見ていると、こいしは彼女に語りかけた

 

「ただ、私はその中で知れた事には物凄いものもあるの。エリーナさん、エリーナ・スカーレット。気をつけて、貴方の赤が揺らぐ時がいつか来る」

「え?」

 

 突然な警告にエリーナは慌てたように驚いた。その言葉が理解できなかった。ただ、こいしの表情は憐れみと祈りに満ちたように見えた。

 廊下から聞こえる多聞の声だけがやけに大きく聞こえた。こういう時に喧しくなるはずの鼓動の音は不気味なくらい小さく聴こえて、命が握られたような感覚があった。きっと顔は青ざめていたと思う。

 だから、どうしようもなく反応ができなくて、「それって」と小さく漏れていた。その声で、何故か嘗て魔術学校で生徒達と見た流星群を思い出した。

 

「これ以上は言えない。言っちゃうとどうなっちゃうかわからないから。だから警告だけしかできない。私はいつも警告だけ。悲しいけど、いつだってそれが私に出来る唯一の事」

「......貴方は何を知っているの?」

「何も知らないよ。私が真実は知っていても、真相は知らない。だから、警告だけ」

「どうして知っているの?」

「私は無意識の中にいた。未だ解明されない人智の闇の中にいたのよ。人智の闇には神が宿る」

「隙間の......神」

「実際、私は神じゃないけど神様みたいものだよ。だって、無意識には誰もいなかった。私が最初で最後の主人なの。だから、私は闇に埋もれる真実を知っている。真相を知らなくとも真実だけを知る。そういう存在であったし、きっとこれからもそうなの」

「貴方、やっぱり得体が知れないわね」

「叡智が役に立つのは、それが届く所まで。壊れ者注意ってね」

 

 したり顔で、少女は賢者に語った。
















ランキング掲載とお気に入り300突破(お陰様で400近いです)、評価などありがとうございます。励みになっております。それで今回は長めになってます。


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第十二話【ドラマツルギー】

「依頼は達成したわよ。賢者さん?」

「えぇ、えぇ。素晴らしい成果です。貴方は星熊勇儀と引き分けた。地底での伝播には期待できそうです」

「そ。じゃあ、私は多聞と幻想郷を適当に回るわ。さよなら」

 

 素っ気ない態度を崩さぬまま、エリーナは歩き始める。最初から最後まで、流動する壁を挟んで、背後に現れた紫に向かい合わぬままに。

 蝉は静かに、蛙の声が陰から聞こえる。夏の幻想郷に、夜の気配が漣のように迫っていた。

 夕陽に背を向け、少女に背を向け、光も視線も避けて進む少女の姿は紫に感傷を抱かせる余地もなく、故に次の言葉は淡々と駆け出した。

 

「貴方、さとりと手を組んだのでしょう?」

 

 沈黙。風の走る音と草木の揺れる音だけが続いて駆ける。

 壁の向こうにいるエリーナがこちらを向いた事が横に見える傘の回転からわかった。会話の意思が見えた以上、紫は夕陽のせいで見えないその顔を見ようとは思わなかった。きっとエリーナもこのままでいる気であった。

 そして、それは異様な光景だった。壁を挟んで、少女二人は向かい合う。これが罷り通るのは此処が幻想郷であるからに違いなかった。

 

「どうしてそう思うのかしら?」

 

 笑みを零してエリーナが問う。

 

「なんとなく、です」

 

 微笑みを絶やさず紫が答える。

 二人には互いの顔など見えていないはずなのに、まるで分かっているかのように会話が進む。

 けれど、言葉は短いままで、語るを拒む様がただただ見える。

 時刻は丁度逢魔時。やがて沈む夕陽に合わせ、二人の影が蠢き始めた。それは正しく妖怪らしく、然して妖怪に振るうべきではない揺らめきであるに違いない。

 二人の賢者はそれを理解する。故に、影は蠢くのみに留まった。陽炎のように、大地を這いずる。

 奇妙なくらいに二人の動向は似ていた。嫌な言い方をするならば、察する力が二人にはあったのだ。

 

「さとりには世話になったけれど、私に彼女と結託する理由があると思って?」

「えぇ、だって、貴方はどう考えても普通ではないもの。貴方の使う魔法は常世で使える代物じゃない」

「私の魔法は皆中途半端、誰にでも使えるものばかりでございましてよ」

 

 飄々とした態度を崩さぬまま、紫が言いたい事が分かっていながら分からぬふりをするエリーナに、紫は少し黙った後痺れを切らしたかのように淡々と言葉を紡いだ。

 

「賢者は賢くある程に疑う事を知るものじゃなくて?」

「......」

「賢者とは得てして世界を疑うもの、自分の認識でしか世界が在ってないと考えるのを皮切りに存在に対する疑問を深めて行く。疑問が疑問を呼ぶ。解決策はない。最悪の循環。故に、『再現』なんていうのは出来るはずがない。観測する己の目を疑わずにはいられないから。貴方程の魔術師なら特にね」

「ふむ」

「貴方は彼女らと同じなのでしょう。向こうの記憶を」

「八雲紫」

「......何かしら?」

 

 紫は傘を強く握り、呼吸を整えた。まだ乱れていない呼吸がこれから乱れぬように。

 日が沈んだ。とっぷりと夜に世界が浸る。光が消える瞬間、墨塗りの空が現れ、消えて、限りなく黒に近い色の数々が全てを彩った。

 そして、月だけが光源となったこの世界で、エリーナ・スカーレットと紫を隔てた壁は消え失せた。しかし、エリーナが日傘を下ろす事はなかった。

 八雲紫は驚愕していた。

 彼女は魔術師という種族を忘れていた。魔法があまりに広がったこの世界で、魔法が栄える前の旧い魔術師の在り方を忘れていた。

 魔術師はかつてはその素性を隠すことを良しとした。必要でなければ己の研究を晒さぬようただの人のふりをする。故に、彼らには二面性があった。即ち魔術師としての在り方と魔術師らしくない在り方だ。

 私は今『魔術師エリーナ・スカーレット』と対峙している。その深淵しか見ない瞳と交差している。

 彼女がそうなるという事は、私の言葉を遮って我が名をただ呼ぶという事は、それ即ち我が身に迫る初の叡智との邂逅。

 叡智に満ちた魔術師が私に「真偽不明のままに不干渉であれ」と言い、必要であれば秘匿の為戦闘すらあり得ると述べるのだ。今、叡智は私を見定めている。

 魔道の開拓者がある種の敬意を以って名を呼んだと考えれば、光栄の至りと考える事も容易いわね。でも、そうはならない。

 彼女はまるで月夜の魔人、人から見れば余りにも吸血鬼であり、妖怪から見れば余りにも吸血鬼らしくなく、故にその美しさは太陽の如き輝きを月の冷たさで包み込んだかのようで在った。

 

「伝えるべき事は伝わった筈。まだ話を続ける?」

「えぇ、続けるわ。それが、私の役割ですから」

「それが血に塗れようとも?」

「ドラマツルギーのカケラもないその瞳が血に閉じようとも」

「......いいわ」

 

 エリーナはその傘を下ろし、畳むと、ニコリと笑った。紫にとって、不気味な程に明るい笑顔だった。

 何がいいのか。彼女はその先に言葉を繋ぐだろう。その言葉を聞き逃さないよう、その事実を見逃さぬよう、紫は耳を澄ませた。きっとそんな事する必要はないとしても、それが彼女には必要だった。

 蛙の声より少し大きく、エリーナは呟いた。

 

「貴女の手腕、いや、成果を見てもらいましょう」

「つまり?」

「私達は近々異変を起こします。なに、この世界を揺るがすようなものではありません」

 

 当たり前のように来た言葉は、紫にとっては意外も意外、想定外の極みだった。

 私を倒して何処かへ行くとか、逃げるとか、何かもっと即時的解決を目指すものだと思っていた。それが妥当な決断だと感じられた。

 だが、違った。異変を起こす。彼女はそういった。

 

「それを私に宣言してどうしようというのです」

「言ったでしょう。成果を見せてもらいます。博麗の巫女による異変解決、その過程を見せてもらいます」

「......ふざけているの?」

「フフッ、やっと感情を見せた」

 

 喜ばしいと言わんばかりにニヤニヤと笑って見せて、エリーナは遠くで待つ多聞を呼び寄せた。

 

「この子は妖怪を殺し尽くそうとした剣士。今は私が抑えて面倒を見ている」

「虐殺を始めようとでも?」

「まさか。私はこの子に世界を見せたいの。多くのものを見せたい。だから、異変を起こして流動する此処、幻想郷を見て回る」

「本当にそれだけと?」

「えぇ、それだけ。はぐれ者同士という事で地底の方々に協力をお願いしたら快く承諾してくれて良かったわ」

「......それは幸運な事ですわ」

 

 エリーナの言葉に紫ははぁと息を零した。

 はたから見ていると、それはため息のようなそうでないようなよくわからないものであった。少なくとも、耳がいいからと遠くから眺めている多聞にはそう感じられた。エリーナのニヤニヤが消えないのと、紫の雰囲気が和らいだところからすると、どうやら今の言葉で上手く話は進んだらしい。息の意図は分からずとも、それだけが分かれば多聞には十分であった。

 ともすれば、多聞はこれ以上気張って聞く必要もなかった。遠くから聞いていたのはもしもの時に奇襲をかけて加勢するつもりであったためであったから、刀に置いた手をダラリと下ろし、のんびりと賢人共の会話を見守るに終わろうと気の抜けた笑いを吹いた。

 そこからの進展はあっという間の事であった。

 先ず、紫は背後によく分からないあの穴を広げた。それはつまりもう帰ろうという事だ。気の抜けたばかりの多聞は初めにこれに驚いた。

 続いて、エリーナがそれを止めようともしない事に驚いた。アイツら、話が通じた気になっているだけじゃなかろうか。そんな疑問すら湧いたが、自分が行ってどうにかなる訳でもないと思い、二人を信じる他ないと自分に言い聞かせた。

 そんな多聞の思いも知らず、去り際に紫が思いついたように言った。

 

「貴女、誰の味方なのかしらね」

「勿論、魔法は弱者の味方よ」

「答えになっているようななっていないような。まぁ、良いでしょう。話は聞き入れた。異変、お待ちしております」

 

 そして、彼女は去った。本当に大したことのない話で終わってしまった。馬鹿みたいな戦いがあるかと思っていたが、終わってみれば呆気ない結末だった。

 多聞は徐に立ち上がって、紫のいない野原に立つエリーナに話しかけた。

 

「あれでいいのか」

「あれでいいのよ」

「......お前は、誰の味方なんだ?」

 

 思いつきというよりは自分もやってみたいという興味心が呼び込んだ問いだった。様々な思惑が交差する賢人共の会話でなく、同行者でありある程度味方である自分が賢人の問いを投げかけた場合、どんな答えが返ってくるのか知りたいと思った。

 答えは予想通りであった。そして、なんとなく来て欲しくなかった答えだった。

 

「魔法は弱者の味方よ。最初から最後までね」

 

 十秒後、こう付け加えた。

 

「何事も平等な方がいいじゃない。だから、私はそう動くの」

 

「ノブレスオブリージュ。この夢は私が古くなるまで続けましょう」













次の話で二章終わりです


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第十三話【悪人】

 淡い岩の空の向こうから、光が届く。

 それはただの幻であったが、私の記憶の残影であればきっとそれは真実の欠片だった。見えもしない現実より、気休めの幻の方が気が利いている。そう思ったところで、真実ばかりを覗き見る者の言うことではないかと小さく笑った。

 深い空色の滲む瞳がまた現実を捉え始めた頃、相変わらず大地ばかり見つめる余り物の瞳が妙なものを感知した。つまりは、心を読む事ができない誰かの接近である。

 用意しておいたお茶をいれる。少女には察しがついていた。昨日の来客の都合を考えれば、早ければ今日、遅くとも明日にはと、面倒ながらにも来客用の準備はしておいていたのだ。彼女が戦闘面では強靭でないにもかかわらず、こうしてある程度の地位を得たのは、そういう賢さがあったからに違いなかった。そして、残念ながら、そういう賢さはその能力と同居すべきでなかった。心を読む力を賢い者が使えば、疎まれる事は避けようがなかったのである。

 現れた客人は待ち合わせたような少女の顔と用意された茶を見て、早々に溜息を吐いた。普通に考えれば失礼と言う他ないが、二人の関係がその程度で変わるものでないことと少女がそう言う反応に慣れていたこともあって、空気が変わることもなく、二人はバルコニーのテーブルで向かい合った。

 前に出された紅茶に少し口をつけて、客人は「相変わらず、良いものを使っているのね」と面白そうに笑った。

 少女は吐き捨てるように笑い、「ここは娯楽が少ないから」と皮肉たっぷりに返した。

 

「それはそれは申し訳ないわ。まぁ、貴女はいつだってきっとこういうものにはこだわるんでしょうけど」

「お茶請けも出しましょうか? 誰が来てもいいように、良いものばかりあるけれど」

「いいえ、結構。そう長く話す事もないもの」

「それは残念」

 

 少女は口振りばかり残念そうで、表情にそんな想いは微塵も感じられない。客人にはそれが少し嬉しく感じられて、ソワソワする手でテーブルの裏を撫でた。

 打算とか欺瞞とか、そういう忌避される要素で構成されたのが目の前にいる少女だ。ごく数人の例外を除き、この幻想郷に少女を知る者で心を許す者はいないだろう。彼女はそういう風に生きて来たし、それを変えるつもりもきっとない。だから、相手が私やその例外でなければ、心底残念そうに振る舞う筈だ。だから、それをしないというのはある種、他より少し彼女に近づいているという事になると客人は信じていた。

 そんな様子を察してか、少女は市街の方を見ると、珍しく穏やかに笑った。

 

「まぁ、貴女も友人でしょうね」

 

 心は読めない筈なのに、まるで見透かされたみたいな答えを返されて、客人はまた少し照れて笑んだ。その答えには打算が混じっている。けれど、友情も混じっている。ミックスになったというだけで、きっとその関係は良好に違いなかった。純粋に打算に始まった関係もここまで来るほどに長くなったかと懐かしさを感じずにはいられなかった。

 客人のそれもまた見透かされて、少女の瞳は呆れたように閉じた。そして、次に瞼があがった時「エリーナ・スカーレットについてでしょう?」と静かに問うた。

 

「えぇ。知らせも無く寄越したのは悪かったけれど、貴女に視てもらうのが一番手っ取り早いでしょう。それで?」

「私と同じよ」

「そう」

「あぁ、それともう聞いたと思うけれど、異変については謝る気はありませんから」

「ふぅん。そうね、まぁ、貴方達が望んだのなら仕方ないでしょう。私が手引きする訳にもいきません」

 

 仕方ない事であるという風に語りながら、客人の言葉には少しばかり棘があった。少女はその意味を直ぐに察し、そして理解していながらその意思に沿って宥めるような物言いをする事を避けた。

 

「残念ながら、貴方は私達とは違う」

「えぇ、そうね」

「例え友人であろうとも、例え私の過去を知る知古であっても、根本的な所で私は貴方の愛する世界の敵だ」

「その世界が全てを受け入れるとしても?」

「文字通り世界を敵に回すその意思が無くとも、可能性を内包すれば少なくとも味方では有り得ない」

「......」

「貴方にはわからない感覚でしょう。これは違う世界を知るから言える事」

「......」

「いいかしら、賢者さん。万に一、億に一、兆に一。それが不可説不可説転の果てにあろうとも、あらゆる可能性はなかったのでは無く、私達にとってのIfに終わっているだけなのよ」

「そうね」

「世界にとって私達はそういう崩壊の可能性を手繰り寄せてしまう存在。だから、貴方は必要以上に私達の味方をするべきではない」

「ただの箱の中でどういう役を演じようと自由ではなくって?」

「そうね。でも、藪蛇はいつだって避けたいものじゃないかしら?」

「......」

 

 荒い口論が終わり、不満そうに紅茶を啜る客人とそれを黙って見ながら頬杖をつく少女の間にはただ沈黙のみが同席する。闖入者もなく、数秒、数十秒、一分、三分と沈黙は延長されていく。

 先に口を開いたのは少女の方だった。「珍しいと思わないかしら」となんでもないように問うた。客人は「何がかしら」と間もなく返した。「私が明確な論理を展開せず、誰かにしつこく忠告する事」と答えを言って、「そうね。私には初めて」と笑った。「だって、この生で初めてだもの」と溜息を吐いた。

 

「私には忠告する事しか出来ない。じゃなければ、貴方に頼らず異変を起こすなんて言いやしないわ」

「貴方は、真実のみを言っていると信じていいのかしら?」

「信じていいわよ。嘘に関しては言わずもがな」

「えぇ、そうね。だって、貴女は生まれつき嘘を吐く事が出来ないのだから。それこそが嘘でなければ。ねぇ? さとり」

「それを言われて仕舞えばお終いね。酷くはないかしら、紫」

「冗談よ」

 

 紫は席を立つ。その瞳には信頼があり、嫌に明確な歓喜の感情を得ていた。さとりはその信頼を七の喜ばしさと、三のうざったさで受け入れた。後者はさとりが過剰である事を嫌うからであった。それなりに疑い、それなりに信用する事が良好な関係への近道だと彼女は信じていた。しかし、もう良好な関係はあるし、多少は良いかと思い、本日二度目の穏やかな笑みを紫に向けた。

 

「悪人の笑顔を一日に二度見るなんて、不吉ね」

「悪人だなんて、酷いわね」

「そうでありながらこうしているのが貴方らしさでしょう」

「......えぇ、そうね。世界の全てが正しいものであるわけがない」

「貴方は、どうするのかしらね」

 

 穏やかさなど微塵もない笑みを浮かべ、さとりは答える。その様は正しく悪人のそれだった。

 

「決まっている。悪人として世界を助けましょう。Murder Is Announced. 黒幕は大人しく結果を見守るのみよ」













多分二章終わりです


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第三章【A Dead Body of the Ash and Glowing Ember】 第一話【灰が来りて焔が宿る】

偏見と想像、然らば後悔。さらば伽藍


 窓の奥にのぞく太陽を疎み、紙魚の湧きそうな本の地獄の中で私は酩酊したように揺れながら、しかし確かな意識を保って数十年開いていなかった一冊の本に向かっていた。

 教科書。そう言うのが相応しいのだろう。魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いの為の魔道教本。筆者はエリーナ・スカーレット。つまりこれは奇妙な本だ。

 世界中の魔術学校で最も偉大かつ奇特な校長が作り上げたこの本には1つも魔法発動の順序がない。魔法陣の絵など一枚もないし、素材についても何もわからない。これを読んでも魔法は使えない。

 では何が記されているのかというと、それは魔法使いの在り方や魔法を使うにあたっての心得である。これだけ聞くと実に老害じみたように思えるが、これは当時効果が馬鹿げているくらいにあった。

 500年前、バラバラだった魔法使い達は偶然魔法使いとして正しい方向に向かう事で成功していた。それぞれが見る方向が違いすぎて全く根本的な所が整っていなかった。どうなるも運次第というわけだ。そして、それを変えたのが前述の教科書である。スタート地点を整えたとでも言うべきか。

 まぁ、魔法発動に関して何もないのは別にそこだけではなく、どちらかといえば著者が超実践主義というか「全部観測できる科学と魔法は違う。順序を載せたところで目隠しで実験するようなものだよ」と宣うタイプだった事が大きな要因としてあったのだが。

 そんなこの教科書、現代ではもう重要視されなくなった。それは喜ばしい事だ。かつては奇妙だった内容が今では当たり前になったという事を示しているのだから。私もさっきの通り、長らく読んでいなかった。

 だが、今こそもう一度読まなければならない。私はこれと対峙するのだから。

 緊張に息を凍らせて、また一頁進む。そして、私の『言葉』と相対する。

 

「基礎こそ最強にして最高である」

 

 この魔道教本に記されたエリーナ・スカーレットの言葉であり、そして、彼女の遺産を幸運にも受け継いだ私がその中に認めたエリーナ・スカーレットの精神だ。

 曰く、最強の魔法とは状況を打開する力である。なにか独自の道を拓いた者も強いに違いないが、しかし、それが敗れれば間違いなく戦いに敗北する。それを打ち破る力が最強の魔法であり、そうならないようにするのが最強の魔法である。そして、それ即ちあらゆる手を用意する五大元素を用いた基礎魔法である。新たな道は、基礎の壁あってこそ無敵足り得る。

 曰く、最高の魔法とはあらゆる環境に適応する力である。どんな能力があろうとも、どんな魔法があろうとも、それに適応するには基礎魔法しかあり得ない。五大元素により構成された世界には、五大元素を以って対抗するべきである。

 エリーナ・スカーレットは魔術学校にて校長を務めた際、第二学年までは基礎魔法を重点的に教育する方針を発表し、それを実行した。そして、それ以降、彼女が校長の時期は手ずからの指導があったから特に、キャメロット校地は優れた魔術師の輩出率が格段に上がり、その方針の正しさを結果を以って示した。その瞳が何を捉えていたのか、その弟子ですら知る者はいないが、彼女の残した言葉は今の教科書に載らずとも語り継がれている程のものだ。

 

「私達の目的は真実の解明です。真理を掴む事だけが結末だ。故に、始まりをこそ祈ろう。当たり前の世界を知らずに、世界の本質に至ろうなどというのは愚か極まりないのだから」

 

 私はその言葉に従った。基礎魔法を練り上げた。五大元素を扱えば並ぶ者はそういないと誇れる程に努力した。

 ようやく長い試験勉強が終わった。ようやく試験が訪れた。

 かつては顔も声も人柄すらも知らず、だがその道を受け取った我が師が来りて、そして、幸運にもただの戦いが肯定されない世界で自由な彼女から約束を取り付けた。悲願はここに成就する。私の100年の答えが今明かされる。

 エリーナ・スカーレット、あらゆる魔法を拓いた人。最高の魔法は何一つ使えず、それ故に足し算で最高に至った、知識あり理念あり魔力あり、然して道理のままに才能はなく凡人であった魔法使い。その眼には、私の世界は、命題はどう映るのだろうか。

 

 

 

 噫、過去に巡ったそんな想いが今、私の足元で怯えている。

 

 

-

 

 

「それで、異変を起こすってのはどうするんだ?」

 

 八目鰻を頬張る私に、多聞は酒と一緒に問いを寄越した。私は硬直し、蒼褪めて、鰻を少し喉に詰まらせる。慌てて近くにあった水分を口に含んで飲み下したが、それは当然酒で、急なアルコールに私はむせた。

 何を考えているのか。ビックリして蓄えた命を一つ消費する危機に瀕しながらも、その言葉だけは消えることはなかった。だから、幸いにも生き永らえた後、直ぐに顔を上げて目の前にいるミスティア・ローレライの顔を見て、続いて多聞の向こうにいる藤原妹紅の顔色を伺った。妹紅はともかく、この時のミスティアの顔は忘れないと思う。

 直ぐに慌てた言葉が飛び出した。驚く程困惑にまみれて出てきた。

 

「多聞、貴方、何を言って......!? あぁ、いや、違うのよ。いや、うん......はぁ......」

 

 二人に弁解をしようとして、どう考えても無理だと悟って、私は俯いた。多聞は不思議そうに「なんだ」とか「どうした」とか言っているけど、その顔は赤くなっていて、頭がゆらゆら揺れていた。酒を飲ませるときは警戒しよう。私はこの過ちを二度と犯さないと心に決めた。

 妹紅は色々と察したらしく、「同情するよ」と憐れんでくれたが、同時に「それで、異変ってのはどういうこと?」と追い打ちをかけた。仕方のないことだから大きなダメージはないが、やはり少し辛い。

 

「お客さん、危ない人なのかい?」

 

 妹紅の方をチラチラと見ながらミスティアが怯えた声で問う。エリーナと多聞が面倒な輩と気づいたが、妹紅がいる事によりある程度落ち着いているらしく、料理の手を止めることはなかった。

 妹紅はそれも把握しているらしく、酒を一口いくと、「大丈夫」と返した。

 

「異変を起こそうとしているのは中々アレだけど、まぁ、悪い人らじゃないよ。特に頭抱えてる方は賢明だから、変な異変はやらかさないんじゃない?」

「よくわかってらっしゃるようで」

「多分アンタより長生きだろうしね。人を見る目くらいは養ったわ」

 

 妹紅の眼に感謝をして、ミスティアが「妹紅さんの言うことなら」と呟くのを聞いて、また、今度はより一層深く妹紅の瞳と信用に感謝した。幸いにも、この場は落ち着きを取り戻した。多聞は酔い潰れて眠ってしまったから、これ以上拗れる事はないだろう。

 安心した私に、「興味本位なんだけどさ」と前置きして妹紅は笑った。

 

「幻想郷歴一週間未満のアンタが異変やろうなんて思ったのかい?」

「それは、私が唆されてるってこと?」

「まぁね。ここには沢山狡賢い奴がいるのよ」

「フフ、そうね。ここは賢い人ばかり。でも、大丈夫よ。私はちょっと協力関係にあるだけだから」

 

 妹紅は安心したように背伸びをした。そして、「ロクでもなさそうだ」と言って、ミスティアにポケットから取り出した金銭を適当に渡した。

 

「おあいそ。それだけあれば足りるよね」

「足りるも何も多すぎるくらい。こんな貰えませんよ」

「いいのよ。お金なんてあんまり多くあったって仕方ないもの」

「じゃあ、これは置いておきます。次は手ぶらで来てくださいな」

「ハハ、格好つけようと思ったけど、やっぱりミスティアには敵わないわね」

 

 ひとしきり信用の垣間見える会話をした後、妹紅はエリーナの肩を叩いた。「ついてきて」そう言って多聞を担ぐと、目の前に広がる竹林に歩き出す。

 

「なぁに。やめさせようって気なら無駄よ」

「そんな無粋な事しないって。私の家に行くだけだからさ、取り敢えず来てみなって」

 

 信用には足ると、言葉のままにエリーナは妹紅についていく。迷いの竹林にこんな直ぐに入る事になるとは思っていなかったが、その心中に不安は然程なかった。妹紅がいれば以前のような事にはならないだろうと分かっていたからだ。

 しかし、妹紅が二人を家に誘う理由は分からないでいた。この前の騒動に関しては特に話すことはない。今回の異変についての事だろうか。だが、少なくとも止める気はないらしい。何度か考えて、やがて彼女は思考を止めた。そして、ただ月下を歩き行く退屈の中で、不死人の道案内とは改めて考えてみれば死神じみていると大層失礼な事を考えた頃に「ついたよ」と妹紅は言った。

 外観を、そして入って内装を見て、エリーナは笑顔で言い放った。

 

「あらボロ屋」

「うん、全くもってその通り。否定のしようがないね」

「廃屋を直したようね。まぁ、貴女の場合は貧乏でなく人の世を離れようとした結果なのでしょうけど」

「大体そんな感じねぇ。不死人とかただの人からすりゃ不気味だもの」

「それがどうかはさておき、うん、いいじゃない。清貧は好きよ」

「そんな大したもんじゃない。不死だと欲がなくなるだけさ」

「過程なんて関係ないのよ。結果として貴女は清貧と呼べるようになったのだから」

 

 靴を脱いで上がった畳はボロボロで、いつ底が抜けるかと不安を抱かずにはいられない状態だった。「これはどうにかした方がいいんじゃない?」素直に漏れた言葉には「大丈夫だよ」と適当に返ってくる。じゃあ、いいけれど。エリーナは溜息を吐いた。

 妹紅は多聞を寝かせ、囲炉裏に火をつける。「座りなよ」と言われて、エリーナは徐に正座した。

 

「おっ、正座か。キツくないの?」

「そろそろ」

「うん?」

「そろそろ、本題に入ってもいいんじゃあない?」

 

 沈黙。

 

「宜なるかな。いや、揶揄って悪かったよ」

「どういう思惑があってか知らないけれど、貴女は懸命な人でしょう。らしくないんじゃない?」

「らしくない。そうだろうね。よし、じゃあ言ってしまおう」

 

 息を三度吸い込んだ。それに対し、息を飲んだ。

 

 予想外の言葉はロケットパンチの如く飛来し、強烈なクリーンヒットを為した。

 そして、同時にどうしようもないくらいのワクワクがホームランのように気持ちよくエリーナの心を通り過ぎた。

 

「私も異変に協力させて欲しい」

 

 エリーナの異変計画はその瞬間、崩壊と再構築を得た。








大義名分の酩酊と諸行無常の宴









遅くなってすみません


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第二話【絢爛たる雑事】

意味がない事に意味がある


 叛逆者の空が覗いたような気がした。知らぬ誰かの影を貪って愛憎混じえて躙り寄る。それは天地無用、表裏一体のうちに右往左往するだけだった。

 雪月花の夢が沈んだような気がした。持ちきれぬほどの明日を廉価に売り払いたい程だった。それは無知蒙昧を書けぬからではなかった。

 

 多くの何かがエリーナの脳裏を過った。いずれも現状との関連性を見出せるものでなく、呼び寄せたのはエリーナ自身に他ならなかった。願ったが故か厭ったが故か、答えは出すべくして出さなかった。

 

「私は、今回の異変を騙られる悪辣非道の声が招く、尊き実験にしようと考えていた」

 

 エリーナが語る。俯いたその顔を妹紅が見る事はなく、故に沈黙が続きを要望した。

 

「追いやられていた者達の足音を、卑屈な笑いを、傲慢な笑みを思い出す頃合いだ、と。恐れは平穏を齎すだろう、と」

 

 語りは続く、淡々と述べる様は諦めたように静寂に包まれていた。だが、語尾に漏れたそれに妹紅は少しずつ気づいていく。

 

「あぁ、アンタ」

「だが、貴女の言葉で変わった」

 

 妖が顔を上げた。人はその顔を見て、苦笑した。

 

「やっぱり」

「今回の異変は暇人の宴にしましょう」

「笑ってら」

「妖も人も関係なく、この世界には化物が沢山いて、ちょっとした気まぐれで静かなのだと叫びましょう」

 

 ユートピアもディストピアも変わらない。

 

「くだらない喜劇を。善意も悪意もなく、暇潰しに世界を巻き込んで」

 

 当たり前が世界を救うのだと。

 

「行進する演劇を信じましょう。劇場の追突を抑えて、蛇を持つ役者に祈りを捧げて、新劇の時が来たのだと。リアリズムが空想でリアルを殺す事は不可能なんかじゃないと戯言に意味を与えましょう」

 

 エリーナは妹紅の手を握った。

 

「藤原妹紅、貴女の助けが欲しい。これが流刑者の鬱に終わらない為に、悪じゃない貴女の心臓がいる」

「......言ってる事の意味はわからないし、その言葉は気持ち悪いけど、いいよ」

 

 血が通う。この世を追い出されて青ざめたままの群れに血が宿る。じきに、巡る。

 紫に宣言して1日目の夜、準備期間は一週間とエリーナは決めていた。残り6日。誰を連れて、誰を倒して、誰の対策をして、誰の力を使うのか。設計図は完成度99%。直ぐだ、直ぐにも、直ぐにだって、始めようと思えば始められる。

 興奮するゾンビに最初に宿ったのは、不死の心臓。次に宿るのは、さて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫から異変が近々起こるという情報を得て、一週間経った。何も起こらないままに、時が過ぎて何も出来ずに日々が去る。

 早く来てくれないかしら。来たら、終わらせるのに。そうじゃなきゃ、ここからひたすらに風情を楽しむ努力を続けないといけない。

 ようやく残暑も枯れようかと思う夕焼けの赤を紅葉に重ねて、少し流れた汗を拭う。

 

「季節の境は、やっぱり異変が起こるものなのねぇ」

「なんだよ、急に。巫女殿の眼にはこの空が異変に見えるのか?」

「いーや、そんな事は全くもって有り得ないわよ」

「じゃあ、何さ」

「何でもないのよ」

「ハッ、言葉は帰ってこないんだよ。異変が起こるって言ったんだ。何かあるんだろ」

 

 少し嫌味に笑った黒い少女は座敷から出て来て、赤い少女の横に座った。その行動に一切の反応はなく、また、その無関心の異様さに関心が示される事もなかった。黒い少女の足が揺れるばかりだった。

 

「まっ、詮索はしないでおいてやるよ。お星様ももうすぐ何かが起こるって言ってるし」

「へぇ、有難いこと。因みにもうすぐってどれくらい?」

「10秒後」

「決まり。私の勘とアンタの預言、重なって当たらなかった試しは?」

「せーの」

 

 先程まで関心の方向が西部劇撃ち合いみたいにすれ違っていた二人の息が運命のようにあって、可憐な少女達はニヤリと笑った。

 次の言葉はいつも通りに。

 

「ない わよね/んだよな」

 

 瞬間、向き合う笑顔の向こうの空が黒くなる。待ち侘びたように二人が立ち上がった。片や気怠げながらも病床を脱したかのような開放感に包まれた紅い巫女、片や祭りに赴く子供のようにワクワクした笑顔を見せる黒の魔法使い。見てくれは奇抜な格好をした少女ながら、二人は異変解決のプロフェッショナルであった。まぁ、後者は職ではなく面倒事には首を突っ込む質なだけであるが。

 空は暗い。夜より暗い。お日様が見えていないのに。お月様は何処にもいないから暗い。その中でわかる事が二つあった。一つ目は、それは何かしらの力で一時的に夜にしているだけで、直ぐに月が登るし朝になれば太陽がまた輝くのだということ。

 二つ目は、本来在るはずの空に光るものが何もないから、暗い空で穏やかに光るそれは直ぐに目に付いた。

 都市。城。要塞。基地。恐らくはどれも正しい。明らかに武装している。明らかに守る事に優れている。であるのに、それただそれだけではない。何かが尊い。何かが貴い。尊重されるべきで、信奉されるべきで、尊厳に満ちていた。その尊厳は、見るもの全てに己が正体を語る。偽りなどない。騙る必要がないから。曲解などない。元々はそうなのだから。

 その日幻想郷に現れたのは、きっと幻想郷には必要のないもの。それの目的は命を護る事。何から? あらゆるものを飲み込む、有限であるのに無限じみて混沌たるもの、世界をやり直す程の質量、語られし大洪水の再現を成せる水、即ち海。であれば、前述の通り、この世界には必要ない。海がない、滅ぼす程の水がない世界にそれは現れない。ならば、きっとそれは本物でなく、再現に過ぎないのだろう。だから、安心しよう。まだ神は人を見放してはいない。だから、恐怖しよう。誰かが神の力を真似て何かを成そうとしている。

 空に現れたそれを見た者は皆、一様にこう言った。その形状と一致しないものの名を。

 

「舟だ」

 

 その姿を語ろう。それは何より大きな木を中心に宿した、浮遊城とでも言うべきもの。下部にはみ出た根が見える事から、巨木の大きさがよくわかる。強固な造りであると一目でわかる構造物は同時に城塞としての堅牢さを示していた。また、都市部には生命体かどうかも怪しい石のような人型の物体が巡回している様子が散見された。

 その異様さから異変の原因の一つであると誰もが断定した。そして、同時に困惑した。当たり前の事が足りていなかった。魔力、或いは霊力と称される力の在り方の都合上、その舟には夜が暗くなる事の関係性が見出せなかった。つまり、明らかに異様なその舟は空を暗くする理由になり得ないし、また、舟が夜にしている訳ではなかった。夜になっている事の必要性が見出せない。そして、また日が昇れば、謎の舟が浮いているというだけになる。舟が異常を齎す様子はない。

 何もかもが謎だった。異変の首謀者の意図などまるでわからなかった。故に、異変解決に臨む者達の考えは同じだった。

 

「わからないなら、あそこまで行って聞けばいい」

 

 これは幻想郷の歴史で最も意味のない異変。ただ試すだけ。ただ闘うだけ。ただ問い、ただ答えるのみに終わる、必要のなかった異変。解決すべき事はない。だから、誰もがこれに挑む。ないからこそ目指すのだ。実際はありもしない目的を聞くために。

 これはとある魔術師からの抜き打ちテスト。400年もの時が何を変えたのか。力を扱うという事に関して進歩はあったのか。それを問う試験だ。

 そして、同時にこれは実験でもある。特にきっと来る魔法使いに対しての。それは意味のない事に対して、今を生きる者達は労力を消費するのかという問いを解決するために行われる。だって、かつて彼女が拓いた魔術という世界は、無駄かもしれない、自分の代では完成しないから少なくとも己が益を得ることがない、そういう事に生涯をかけるものだったから。彼女は過去を懐かしんで、今に問う。変わっていたら責める為でない。自分が過去の遺物に成り果てたのだろうかと疑問を覚えたから。なっていたのならなっていたなりに頑張るさ。なっていなかったら、きっと安堵するのだろう。魔法使いでない者達もそうであったらなら、もしかすると真理は直ぐそこに。

 少女は舟の奥で深く眠る。願わくば、多くの者がここに辿り着きますように。

 

 魔法使いが来るならば、どうか私を打ち倒してしまって。













主人公が作者の手を離れていく。


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番外編【A Wirepuller is Announced】 前日譚【嘘と黒】

エイプリル・フール


 その人は、後に出会う人を騙す事、人を操る事に長けながらも殆ど嘘をつくことのなかった少女とは違い、人を騙す事も出来ないけど、嘘を吐いていた。いや、嘘に吐いていたというよりかは、嘘に塗れていた。まるで自分を悪者に仕立て上げて、他の皆を守るかのように。

 

 夏は去り、秋も旅支度を始めた頃、彼女は我が家に辿り着いた。彼女は浮浪者じみた存在だった。

 最初に彼女は言ったらしい。

 

「私は、両親は既に亡く、最早身寄りなく彷徨うのみの者です。どうか、一晩で良いので泊めてはいただけませんか」

 

 先ず、ここに嘘があった。彼女の両親は実際、亡くなっていたようだが、その親戚が引き取ってくれていた。彼女はそこを何も言わずに去った。親戚は善い人で、彼女を邪険に扱うこともなく、優しく、本当の家族のように接してくれていた。彼女は逃げ出してきたわけではなかった。

 

 父は彼女を通させた。部屋を貸し、食事も用意させた。来訪を聞いた父は食料にでもするつもりだったのだろう。実際、私が彼女と出会うのが1時間遅かったら彼女の命はなかった。

 私はその夜、テラスで星を見上げる彼女をバルコニーから見つけた。淡い紫の髪を伸ばした少女など全く知らない、召使いにも覚えがなかったから不思議に思い、彼女に近づいた。

 

「貴女、うちの者ではありませんね。誰かの客人かしら?」

「身寄りのない乞食です。こちらの家に一晩だけ泊まらせていただくことになりました。本当に、こちらの御主人はお優しいのですね」

「へぇ......」

 

 この時、父の思惑をなんと無く察した。そして、その言葉と、独特の儚さに哀れみのような何かを感じた私は囁いた。

 

「貴女、殺されますよ。この家は召使い以外、私含め皆吸血鬼ですから」

 

 怯えた目で彼女は私を見た。うん、そうなるよねぇ。特に動揺することもなく、私は続けた。

 

「だから、早くお逃げなさい。私が手引きしてあげましょう」

「......え、どうして?」

「貴女が可哀想に思えまして。私はあまり血を吸いませんし、他の者の分もこの夏、暑さに頭をやられて化け物退治した馬鹿どもの血がかなりある。わざわざ殺す必要がないのなら、私は見逃します」

 

 少女は少々不審げに私を見て、しかし、その後に予想外の言葉を漏らした。

 

「それも、良いかもしれません」

「なぜ? 生きたくはないの?」

「私には生きる価値がありませんから」

 

 生きる価値がないと思っていたのは本当だった。しかし、死んでもいいと思ったのは嘘だった。彼女はまだ死にたくはないと、それなりに思っていたと後に語った。

 

「どうして諦めるの? 貴女が諦めればもう誰も救わないのに」

 

 私は彼女の腕を掴んだ。その腕はとてつもなく、冷たかった。体温が低いなんてものではなかった。冷たさに驚き見上げて見た顔は、青ざめて、絶望したように口元が歪んでいた。

 

「貴女」

「私は人ではないのです。何者かはわかりませんが、この体は人が生きるには寒すぎる」

「あぁ、えぇ、うん。ねぇ」

「はい」

「貴女、うちで少し暮らしなさい。私が、何か策を講じてあげる」

 

 少女の顔は驚きに満ちた。不可解がその目に表れて、私はそれを「当然、そうなるわよね」と笑った。

 

「貴女は自分を知らない。私はそれが可哀想」

「貴女は、一体」

「私は紛れもなく吸血鬼よ。だけど、それと同時に魔法使いでもある」

「魔法、使い」

「私の名前はエリーナ。エリーナ・スカーレット。偉大なるスカーレット家の次女にして、魔術会立キャメロット魔法学校校長よ」

 

 少女は私が並べ立てる言葉を理解できないままに飲み込んで、瞳を瞼に潜らせた。「私に、何が」と言って蹲る。

 

「貴女、信仰は篤い方?」

「えぇ、はい」

「なら、残念。神が貴女を救い給う事はなかった。貴女を救うのは、神に無視された哀れな影よ」

「あぁ、あぁ、そうなのでしょう。私もきっと、貴女と同じ神に愛されぬ者なのでしょうから」

 

 嘆くように少女は笑う。私は問うた。

 

「貴女の名前を教えて頂戴」

「名前は、捨てます。貴女がつけてください。それが影で得る初めての宝物なのです」

 

 私は、少女の未来を知っている。心当たりがあった。そうか、この少女が、あの彼女に。

 私は先ずはその名を避ける。もしも、少女が彼女でなかった時のために。この子が幻想郷に行った時に彼女と争わないように。

 

「じゃあ、レティシア。貴女の名は、レティシア・ブラックロックよ」

 

 白になった後に黒幕だなんて、皮肉ねと、私は笑う。









エイプリル・フールなので嘘の話を書きました。
完成は23:59です。間に合ってよかった。最後は猛ダッシュだったのでちょっと修正したりしなかったりすると思います。
続きは次のエイプリル・フールに。


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番外編【Wild Hunt in The Halloween】 前日譚其の一【真っ赤なハロウィン】

 トリック・オア・トリート、お菓子くれなきゃイタズラするぞ。

 少女は、籠を片手に無邪気に笑った。その笑顔は無垢で、正しく子供のそれだった。

 えぇ、いいわよ。

 女性は笑顔でそう言うと、子供に背を向け家の中に入っていく。

 やった。

 少女は明るく声を上げる。

 元気ね。

 女性は笑う。

 ありがとう。

 少女が言った。

 いいえ。

 女性は応えた。

 嬉しいわ。

 少女が駆け寄る。

 待ちきれないの。

 女性が問う。

 いいえ。

 少女が笑う。

 血の匂いがした。

 女性は振り返った。

 ありがとう、それじゃあ。

 少女がいた。

 いただきます。

 女性は最後にその声を聞いた。

 ごちそうさまでした。

 最後に残ったのは。

 お粗末様でしたも言わないのね。

 闇だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピー・ハロウィン!

 私はそう心の中で唱えた。今日は10月31日、所謂ハロウィンだ。トリック・オア・トリート、そう言って、仮装した子供は近所の家を訪ねて周り、お菓子をもらう。街は飾られ、ジャック・オ・ランタンを模したカボチャが彼方此方に晒し者のように置かれる。

 あぁ、今日はハロウィン。幸せなお祭り、ハロウィン。あぁ、幸せな日。

 

 そう、現代ならば、幸せなお祭りの日だった。

 

「クソッタレ! ハロウィン!」

 

 私は片っ端から後にパチュリーが継承するのであろう属性魔法を乱射しながら、腹の底から声を出して叫んだ。

 

「五月蝿い! 作業に集中なさい!」

「だって、こんなこと叫ばずにいられるものですか! 毎年の事とはいえ、」

 

 私が生きるのは中世ヨーロッパ。ハロウィンがまだ、本来の意味を失っていない時代。幻想が幻となっていない時代。で、あれば結論は一つ。

 

「こんな量の悪霊、相手したくはありません!」

 

 私は幾千もの悪霊犇く墓場のど真ん中で、クソッタレの祭を呪った。

 

 ハロウィンは元はケルトのお祭りであり、その目的は秋の豊穣を祝う事、そして、悪霊を払う事だ。問題なのは悪霊で、人間は色々して悪霊対策しているが、あれは実際のところ少しも効果がない。

 じゃあ、なんで悪霊が暴れ回らないのかと言うと、人間がいなくなると困る私達化生、主に吸血鬼系統の連中が墓場で悪霊を鎮圧しているからで、私は今、その作業を行っている。

 毎年、万越えの悪霊相手に戦争を仕掛けているのだから、もう堪らない。やめたい。休みたい。

 いっそ墓場を焼い払おうかと思ったが、それは流石にマズイ。

 感謝もされないのに辛い思いをして、こんなに戦っているのだ。叫びたくもなる。

 

「あぁ! あぁ! あぁ! もうハロウィンなんて嫌い!」

 

 ありったけの呪いを、悪霊にぶつけて私は戦う。その呪いが来年の悪霊を強くすることも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「疲れたわね、早く帰りたいわ」

「そう、ですね。早く帰りましょう。あぁ......当分、魔法は使いたくない」

 

 戦い終えて、私達は帰路についていた。夜も更け、時刻は恐らく丑三つ時くらいになっていて、疲労困憊の私は羽根を動かすのも嫌になって、羽根を生やしたゴーレムに運ばせていた。

 ようやく、戦い終わったのだ。休ませて欲しい。何も起こらないで欲しい。ひたすらに願った。

 だが、その願いは無残にも打ち砕かれることとなった。

 最初に気づいたのはお姉様だった。

 

「ねぇ、あそこの村、血の匂いがするわ」

「家畜が襲われたんじゃないですか? 私、もう魔法は勘弁して欲しいのですけど......」

「いえ、人の血よ、これ。ちょっと生きましょう」

 

 お姉様が不安を顔に浮かべて、降りて行く。私は、「えー」と不満を漏らしながらも、ついていかないわけにもいかないので、渋々付いて行った。

 そして、そこで地獄を見た。

 

「なんですか、これ」

 

 そこは赤く赤く、染まっていた。むせ返るような血の匂いが鼻をついた。嫌になるくらい、月明かりで赤く照る村はどう見ても、この世のものではなかった。

 恐らくは化け物の仕業。でも、ここらでこんなことする奴はいない。

 

「近くで、何かの封印が、解けた......?」

 

 私は小さく呟いた。誰も答える者はいなかった。

 呆然とする私達の意識を取り返したのは、小さな小さな声だった。ハッとした私達は声の元へ駆け寄った。そこには男がいた。腹が割かれて内臓がいくらか無くなっていた。

 何度も、同じ言葉を言っているようだった。私達は耳を澄まして、その言葉を聞いた。

 

「Lumina......Ah......《光、を》」

 

 直ぐに男は息絶えた。不安を覚えた私達は直ぐに化け物を探した。しかし、誰も見つからなかった。それ以上事件が起こることもなかった。

 

 ハロウィンの夜に起きた怪事件、その正体を私達は知らない。

 

 そこには闇があるだけだったのだから。

 

 もしも、知っている者があるならば、それは闇に他ならないのだろう。

 

 影の行方は、誰も知らない。




10月31日22:30にハロウィン何もしてないと思って、慌てて一時間で書いたので雑です。すみません。でも、内容は直ぐに思いついたので割と楽でした。


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前日譚其の二【ワイルドハントの夜】

 ブリテンモンスター保護協会。通称『ゴールデン・ハインド』。

 吸血鬼にして魔法の開拓者たるエリーナ・スカーレットが魔術会立キャメロット魔術学校学長在任時に設立した、現代でいう所のNPO法人のような団体である。

 人や強い妖に虐げられる弱小妖怪達を保護し、力を与える事を目的としたそれはキャメロット魔術学校の旧校舎を居住場として提供すると共に才能に応じ魔法を教えていた。

 学長自ら教鞭をとるということで、学内の教授陣からは学費を払う生徒の親達から反発が生まれる事が懸念されたが、学長は「努力する者や才能ある者は学費免除している。文句を言われる筋合いはない。そもそも、使われていなかった旧校舎を利用し、私が勝手に教えているだけだから学校とは関係ない」と一蹴し、活動を継続した。

 「魔法は弱者のためにあれ」そう語る学長は、多くの妖怪に魔法を教え、強者に対抗する力を与えた。やがて、無敵艦隊を打ち破ったフランシス・ドレイクにあやかり、協会は『ゴールデン・ハインド』と呼ばれる。

 その名はジャイアントキリングの願い。その夢は対等な夜。

 当然、その夢は強者にとってはつまらなく、くだらなく、馬鹿らしい。故に、対立は必然であった。

 エリーナ・スカーレット学長在任四年目、ゴールデン・ハインド成立2年目のハロウィンの夜、運命は来た。

 

 

「さて、来るとは思っていたけれど、実際そうなると厄介ね」

 

 その夜、エリーナは魔道書を錬成しては妖怪達に渡し、防護魔方陣を展開し、戦闘準備に明け暮れていた。

 ハロウィン、死者達が帰ってくる夜。一夜限りの幽霊達のパレード。

 そんな日はきっと、ワイルドハントには喜ばしい。

 予想はされていた。きっと、ハロウィンの幽霊達も引き連れて、ワイルドハントがやってくる。強き者達がやってくる。ゴールデン・ハインドを打ち破る為に、弱者の台頭を防ぐ為に。

 

「弱者に怯える奴は半端者ばかり、本当に強いのは来ないから大丈夫さ」

 

 学長はそう語ったが、やはり元は弱者の集まり。恐れは中々に拭えない。

 だから、エリーナは私財を投じ、魔力を込めた宝石などエネルギーも用意した。そうして今、魔法の軍勢は堅牢になりつつある。

 エリーナは堅牢になる度に、無駄な出費だなぁと思い悲しくなるが、皆の不安は理解できるので仕方ないとも思っていたので、仕方ない出費だと自分に言い聞かせていた。

 それは私なら勝てるという己の魔法への傲慢な信頼か、或いは皆がちゃんと育ったから十分に戦えるという優しい信頼か。少なくとも今の彼女にはどちらかわからないでいた。後者だからこそ、今まで皆が付いてきている事に気付かないでいる。

 一つ欠伸をして、魔法の通信で城壁の者に声を繋いだ。

 

「ワイルドハントに動きはあるー?」

「いいえ、魔方陣のせいか、こちらの出方を窺っているままです」

「よーしよし、せっかくこの一夜の為に魔法防衛に適した要塞を準備したんだ。そうでなくちゃ」

 

 エリーナは全員に魔道書を配り終えた事を確認すると、いくつか魔道書を開き、一斉に展開した。

 部屋が光に覆われ、直ぐに消えた。光の後には威圧感があった。

 そこには人ならざるモノ、然してただの化け物とも思えない何かがいた。それも、三体。

 

「ブエル、ムルムル、アンドロマリウス。今回は真面目な戦いだ。それぞれの得意分野で働いて欲しい」

「了解した」

 

 ブエルと呼ばれた者が了承すると、その三人は姿を消す。周りの妖怪達は終始驚愕に目を瞬かせたが、エリーナは微笑むばかりだった。

 だって、召喚魔法とか教えても悪魔に魂を取られてしまうもの。知らぬが仏ってねぇ。心の中でそう嘯くと、そのまま彼女も窓から外に出て、城壁の上に立った。

 

「取り敢えず、話がしたい。ボスっぽいのはどいつ?」

「多分、あの女性のやつです」

「どれどれ」

 

 それを見た時、思わずエリーナは「えっ」と声を零した。

 その姿を直接知っているわけではなかった。だが、知っている彼女になるであろう者である事はわかった。

 

「闇を操るとかヤバそうとは思ってたけどさぁ」

 

 彼女の名はルーミア、闇を操る人喰い妖怪。幻想郷では幼女の姿で認知される者。そして、その能力故に封印妖であるのではと考えられてもいた妖怪だ。

 私は今、その真実を見ているのだろうか。私がこの世界にいる時点で、何処か私の知る世界とはズレが起きているかもしれない。東方紅魔郷の彼女はそうではないかもしれない。

 だが、私の目に映る彼女は幼女ではなく立派な大人で、その力は強大であった。髪にリボンもない。詰まる所、少なくともこの世界では彼女はそうであるらしい。

 まさか彼女がワイルドハントの主とは。エリーナの額に汗が滲む。心底戦いたくない。勝てない訳ではない。だが、苦戦を強いられる事は確実で、面倒くさい戦いになると容易に予想できるから。

 長く見ていたせいで、ルーミアと目が合う。悪意や敵意に満ちた瞳は最悪だった。

 予想通りといえばそうだが、交渉なんて出来そうにない。戦って勝つか、負けるか。クソったれの二択らしい。

 

「全員に戦闘準備の伝令を」

「え、話し合いは」

「無理よ、アイツは絶対に応じない。言葉が通じるだけ。根本から違いすぎる」

「りょ、了解しました」

 

 部下が走り去り、その旨を語って回ると、城塞内にアラームが鳴り響いた。

 やがて、エリーナのいる城壁の下、門の内側に皆が集まる。不安な者、猛る者、仲間と抱き合う者。様々な妖怪達がいたが、皆、戦う決意は固まっているらしい事は確かだった。

 

「覚悟は出来ているようね! よろしい、戦争の時間よ!」

 

 皆の雄叫びが響き渡る。

 

「生きる為に戦いましょう。負ければ死ぬ。だけど、勝てばまだ生きられる上にもう弱者と呼ばれる事もない。これはもう、勝つしかないじゃない?」

 

 雄叫び。雄叫び。雄叫び。男女問わず、老幼問わず、練度問わず、皆が一様に叫ぶ。

 城門が開く。戦いの幕が開く。散々願った弱者の夢と、それを打ち砕く傲慢の戦争が始まる。

 

「リーダーの黒いのには手を出さないように、あれの相手は私がするから!」

 

 今宵はハロウィン。あの世から死者がやってきて、連れて行こうとする日。

 人は化け物のふりをして今日を過ごす。ならば、化け物はどうしたらいいのだろうか?

 答えは一つだ。戦うしかない。打ち倒すしかない。

 エリーナは魔法使いの装束を纏い、城壁から飛び立った。向かう先は決まっている。一直線に、迷いなく、敵意に満ちて、飛ぶ。そして、彼女の前に立つのだ。

 

「初めまして、ワイルドハント」

「初めまして、ゴールデン・ハインド。夢に微睡むのはもう終わりよ」

「いえいえ、終わりなんかじゃないわ」

「あら、どうしてかしら?」

「だって夢は叶わなきゃ嘘じゃない?」

 

 今宵はハロウィン。死者が生者を攫う夜。今夜、攫われるのは誰かしら?












ハロウィン特別編です。多分来年完結すると思います。


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