クロスアンジュ 遡行の戦士 (納豆大福)
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プロローグ1  偽りの理想郷……そして再会

初投稿なので緊張します。

今回は序章という事で、時間遡行が発生する前のお話です。


この世界には“マナ”という技術が存在し、広く普及している。

 

マナという魔法のような技術によって、戦争や貧困などの諸問題が解消され、人々は平和で豊かな暮らしを送っいた。

誰もがその社会の事を、争いの無い、夢のような理想郷と信じて疑わない。

 

しかしその一方で、マナが使えない人間は“ノーマ”と呼ばれ、迫害されていた。

 

この世界では、ノーマは例外無く、反社会的存在とみなされ、“ノーマ管理法”に基づき、逮捕され社会から隔離される。

赤子であろうと親元から引き離されて、世界の果ての強制収容所へ放り込まれるという、

非人道的な扱いを受けていた。

 

マナが使えないノーマであるというだけで、まるで犯罪者のような扱い。

しかも多くの人々はその事に何の疑問も抱かず、ノーマを差別し、憎み、蔑視した。

 

 

 

そして、嘗てミスルギ皇国の第一皇女であったアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギも、

そんな人間のうちの一人だった。

 

この世界を素晴らしき理想の社会であると考え、その社会を維持していくために、ノーマは

排除しなければならないと考えていたのである。

彼女もまた、歪んだ社会に染まってしまった人間であった。

 

 

しかし、そんなアンジュリーゼに大きな転機がやってきた。それは彼女が16歳になって

洗礼の儀が執り行われたときのことであった。

アンジュリーゼの兄であるジュリオの手によって、アンジュリーゼが実はノーマであったという

事が大衆の前で暴露される。

 

それは本人ですら知らなかった事実だった。

アンジュリーゼの両親が彼女がノーマであるという事を、ずっと隠し続けてきたのである。

そうとも知らす、アンジュリーゼは16年間、自分が()()()()()だと信じて疑わなかった。

 

それまで国民から絶大な人気を集めていたアンジュリーゼだったが、ノーマであるという事が

分かると、すぐさま掌を返され、排除すべき存在として扱われる事に。

そして混乱状態の中、母のソフィアはアンジュリーゼを庇い、その結果、銃弾に倒れて命を

落とした。

 

父である皇帝ジュライも、国民を欺き、ノーマを皇室に入れようとした罪を問われ、皇帝の座を

追われてしまう。

 

 

 

そしてアンジュリーゼは身分はおろか人権までも剥奪され、世界の果てと呼ばれる辺境の

軍事基地“アルゼナル”へと追放された。

 

 

アルゼナル……そこは国防の最前線であった。

それはノーマを隔離する強制収容所であると同時に、人類の敵、()()()()と戦う前線基地でも

あったのだ。

 

そこで彼女は、この世界の実態を知る事になる。

 

ドラゴンと戦うための兵器……それがノーマに許された唯一の生き方。

 

そんなノーマである彼女達が命がけでドラゴンと戦い、人類の領域を守っている。

だから人々は平和で豊かな暮らしを送る事が出来るのだ。

 

しかし、その事実は極一部の人間を除いて、誰も知らない。

ノーマ達が命をかけて人類に貢献し、そして決して人間達から感謝される事は無く、そして多くのノーマ達が人知れず死んでいった。

 

ノーマ達の犠牲の上で成り立っている、偽りと欺瞞に満ちた()()()。それがこの世界の

実態だったのだ。

 

 

 

アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギという名前までも奪われ、()()()()となった彼女は、当初は

現実を直視できずにいた。

自分がノーマであったという事も、自分があんなにも素晴らしいものであると信じて疑わなかった世界がこんなにも歪みきったものであったという事も、……そして、こんな地獄のような場所で

戦わなければならないという事も。

 

一度はは全てを投げ出して死ぬ事も本気で考えたアンジュ。

しかし彼女は、母が最期に残した言葉を思い出す。

 

 

 ── 何があっても生きるのです。 ──

 

 

母のその言葉を思い出したアンジュは思いとどまる。

 

 

そして彼女は決意した。

この地獄で戦い、そして生きる……ノーマのアンジュとして戦っていくと。

 

 

アンジュはノーマとしての自分……その現実を受け入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを受け入れ、戦う事を選んだアンジュ。

パラメイルの搭乗者として、ドラゴンを狩る日々。

 

そんなある日の事。

 

突如アルゼナル全域に警報が鳴り響く。

それは侵入者発見の一報であった。

 

こんな地獄にわざわざ外部から侵入してくる者など前代未聞である。

アンジュは戸惑いながらも、事態に対処するべく、侵入者の所へ向かった。

 

すると、そこにいたのは……

 

 

「モモカ!?」

 

「あ、アンジュリーゼ様!!」

 

 

そこにいたのは、嘗て筆頭侍女としてアンジュリーゼに仕えていたモモカ・荻野目であった。

再びアンジュに会うために、海を渡って来たのだ。

 

 

しかし久々の再会も、アンジュは素直には喜べなかった。

 

自分がノーマであるという事を隠すためにずっと嘘をついていた……自分を騙してきた。

そんな思いがアンジュの中にはあった。

そんなわだかまりはすぐには解けず、そのせいでアンジュはついモモカに辛く当たり、冷たく

接してしまう。

 

 

しかしそれでもモモカは引かなかった。

 

「私の居場所はアンジュリーゼ様のお傍だけです。どうか私をここに置いてください。」

 

そう言って、モモカはアンジュの傍から離れようとはしなかった。

 

 

 

 

「お慕いしております……アンジュリーゼ様。」

 

 

モモカの一切の偽り無き言葉。

本当に心の底からアンジュの事を慕ってくれるモモカに、次第にわだかまりは、少しずつでは

あるが、氷解していく。

 

だがそうしている間にも、モモカが滞在を許された期限は刻一刻と迫っていた。

 

そして、ついに期限切れとなりモモカはアルゼナルから退去しなければいけなくなった。

 

 

 

 

その日、アルゼナルに一機の輸送機が兵士達と共にやって来た。

表向きはただの移送をするための兵士という事になっているが、その実態は口封じの刺客。

ドラゴンや、それと戦うノーマ達の事は、この世界における最高機密である。

 

このアルゼナルに来て、秘密を知ってしまったモモカは、このままでは口封じのために抹殺されてしまう。

 

 

そこでアンジュは決心した。

 

その日、ミッションで獲得した報酬の金と、今まで貯金してきた金を合わせた、大量の札束……

それを一杯に入れたケースを両手で抱えて走った。

 

すると、ちょうどモモカが輸送機に乗せられ連れて行かれるところだった。

 

 

「待って!!」

 

アンジュは叫んだ。

 

「その子の身柄、この私が買い取るわ!!」

 

 

その言葉に誰もが驚愕した。

ノーマが()()を買うなんて前代未聞である。

 

しかし、金さえあれば何でも買えるというのが、このアルゼナルのルール。

移送は即座に中止となり、モモカはの身柄はアンジュのものとなった。

 

 

こうして、アンジュによってモモカは事なきを得た。

 

「アンジュリーゼ様……。」

 

モモカは感激のあまり言葉も出なかった。

 

そんな彼女に、アンジュは微笑みながら言った。

 

「これからもよろしくね、モモカ。」

 

「はい。アンジュリーゼ様。」

 

 

一度は離ればなれになったアンジュとモモカは、嘗ての絆を再び取り戻したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジュも、アルゼナルでの暮らしに徐々に慣れていった。

 

最初の頃こそ、アンジュはアルゼナルの中で完全に孤立していたが、そんな中でも、気さくな

ヴィヴィアンや、世話焼きなエルシャが積極的にアンジュに声をかけていった。

そんな彼女達との交流によってアンジュの態度も徐々に軟化していく。

 

そして、よく衝突が絶えなかった、第1中隊の隊長であるサリアや、同じく第1中隊の

メンバーであるクリスやロザリーとも紆余曲折を経て、和解。

少しずつではあるが、同じチームの一員として受け入れられていき、アンジュ自身も彼女達と

打ち解けていった。

 

 

 

 

そんな中、転機は突如として訪れた。

 

ある日、アンジュと一緒にいたモモカの下に、マナの通信が入ってきた。

 

 

「これは……皇室の秘密回線です!!」

 

「なんだって!!」

 

それはミスルギ皇国の皇室の人間しか知らない通信チャンネルだった。

これが使える人間はごく一部に限られている。

 

即座にモモカは回線を繋いだ。

 

すると、そこから聞こえてきたのは懐かしい声だった。

 

 

「モモカ。アンジュリーゼお姉様には会えた? そこにお姉様はいるの?」

 

「シルヴィア!!」

 

アンジュは思わず目を見開く。

それは故郷に残してきた最愛の妹、シルヴィアの声だった。

 

しかし、久しぶりに声が聞けた事を喜ぶ暇は無かった。

 

 

 

「お姉様、助けてください!」

 

それはシルヴィアの身に危機が迫っている事を知らせるものだった。

 

 

 

「いやっ、離して!」

 

すると突如として、シルヴィアの声が、より切羽詰まったような感じになった。

どうやら誰かに捕まったようだ。

 

 

「助けてください、アンジュリーゼお姉様ああああああ!!」

 

「シルヴィアッ!!」

 

アンジュは叫ぶ。

 

そこで通信が切れた。

 

 

音声だけで得られる僅かな情報だけでは、シルヴィアがどういう状況に置かれているのかは

詳しくは分からない。

しかし、彼女の身に重大な危機が迫っているという事だけはハッキリと分かった。

 

 

 

アンジュは決心する。

シルヴィアを助けに行くために、アルゼナルを脱走する事を。

 

それは、このアルゼナルで出会った、新たな仲間達を裏切る行為に他ならない。

勿論、アンジュもその事は理解していた。

 

だが、それでも止まるわけにはいかなかった。

 

故郷に残してきた家族……最愛の妹が助けを求めている。

このままではシルヴィアが殺されてしまうかもしれない。

そう思ったら、もうアンジュはいても立ってもいられなくなったのである。

 

必ずシルヴィアを助けてみせる……アンジュはそう思った。

 

 

 

それから、アンジュは迅速に動き出した。

 

輸送機を一機奪取すべく、駐機場へ向かう。

 

 

すると、そこにいたのはヒルダだった。

彼女もアンジュと同様に、脱走の為に輸送機を奪おうと画策していた。

 

そこでアンジュは知る事になる。彼女の胸の内に秘められた思いを……。

 

ヒルダもまたアンジュと同じで、故郷に家族を残してきていたのだった。

 

ヒルダは昔、母親の下から引き離されて、アルゼナルへ強制連行されていた。

実に11年もの間、故郷にいる母との再会をずっと夢見て生きてきたのである。

 

 

アンジュはそのヒルダの思いに胸を打たれる。

だから協力し合う事にした。

 

 

 

 

そして、アンジュはヒルダと力を合わせて、モモカと共に輸送機でアルゼナルから飛び立った。

 

離陸後、機内で言葉を交わす二人。

 

「アンジュ……会えるといいな。 妹に。」

 

「ええ。」

 

 

ヒルダの言葉にアンジュは頷いた。

 

それまでは、いがみ合ってきた二人ではあったが、互い相手の背負っているものを知った結果、

奇妙な友情のようなものが芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

その後、アンジュ達は無事に海を渡り、陸に到着。

ヒルダは母親に会うために……アンジュは妹を助けに行くために、それぞれ別行動を取る事に

した。

 

 

別れ際にヒルダは言った。

 

「ここでお別れだな。あばよ。 命は大事にな。」

 

「ええ。あなたこそ。 ………無事、お母さんに会えるといいね。」

 

 

ヒルダと別れた後、アンジュはモモカと一緒にミスルギ皇国を目指して歩き出した。

 

「行きましょう、モモカ。」

 

「はい。アンジュリーゼ様。」

 

 

 

 

こうして、アンジュは再び故郷の土を踏むことになった。

 

 

(待っててね、シルヴィア。必ず私が助けに行くから。)

 

その思いを胸に、アンジュは力強く、前へ進んでいった。

 

 

 

 

その先に、絶望的な結末が待っているとも知らずに……。

 

 




というわけで序章でしたが、サブタイトルからも分かるように、次回は序章その2みたいな感じで続きます。
こんな感じで、時間遡行が発生するまでの経緯をダイジェストのような感じで、やっていきます。

あと、誤字脱字などを発見したら、ご一報をお願いします。


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プロローグ2  絶望の終焉

アルゼナルを脱走し、ミスルギ皇国に辿り着いたアンジュ達。

夜になってから本格的に動き出した。

 

 

まずは移動手段を確保すべく、嘗て通っていた学校に向かう。

そこには競技用エアバイクが置かれており、そのうちの一台を入手するためである。

 

建物に忍び込み、格納庫へ向かって、通路を進んでいく。

 

 

しかし、そこで予期せぬ事態が起こる。

 

こんな真夜中だというのに、人がいたのだ。

 

 

 

(アキホ!!)

 

そこにいたのは、アンジュの嘗ての友人であったアキホだった。

 

アンジュがまだ“人間”として生きていた頃……同じエアリアのチームに所属し、共に汗を流し、

切磋琢磨した仲であった。

 

もしかしたら…親友であった彼女なら、ノーマとなった今の自分でも、あの時を変わらない態度で接してくれるかもしれない……

そんな淡い期待を抱きつつ、アンジュはアキホに声をかけた。

 

 

しかし……

 

 

「来ないで、化け物!!」

 

アキホの叫びによって、その期待は無情にも打ち砕かれた。

そこにあったのは明確な敵意と、拒絶の意思である。

 

それまで親友だった者までもが、ノーマであったというだけで、掌を返してきたのだ。

嘗ての仲間からの仕打ちに、大きなショックを受けるアンジュ。

 

しかし、この時のアンジュには、悲しんでいる暇も、落ち込んでいる暇もありはしなかった。

シルヴィアを助けるためにも、一刻も早く皇宮へ行かなければならない。

 

アンジュはエアバイク一台入手すると、モモカを連れ、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

皇宮を目指し、エアバイクで夜の闇の中を疾走していくアンジュ達。

 

すると、アンジュはモモカに言った。

 

 

「モモカ………ありがとう。あなたはあなたのままでいてくれて…。」

 

それは心の底からの感謝の気持ちを込めた言葉である。

 

モモカは今まで、どんな時も…何があっても、アンジュの味方だった。

嘗ての友を失くしてしまったアンジュにとって、そんなモモカの存在は唯一の

救いだったのである。

どんな事があっても、決して変わる無く、ついて来てくれた……そんなモモカに対して、

アンジュは感謝の気持ちで一杯だった。

 

 

 

そして、この時のアンジュは思いもしなかった。

この、かけがえのない最高の仲間を、最悪の形で失う事になるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直して、再び前進を開始したアンジュ達。

 

しかし、そんな彼女達の前に突如、警察が立ち塞がる。

どうやら待ち伏せされていたらしい。

 

 

しかし、アンジュは止まらなかった。

 

「そこを、どけ!!」

 

アンジュは即座に武器を手に取り、戦闘態勢を取る。そして、そのまま一気に強行突破。

 

この時のアンジュを突き動かしていたのは……何があっても絶対にシルヴィアを助けなければ

ならないという、強い責任感であった。

だから、どんな敵が相手でも決して怯まない。

何があっても必ずシルヴィアの元まで辿り着いてみせる……必ずこの手で妹を救ってみせる……

そんな思いで頭が一杯だった。

そのためならば、立ち塞がるあらゆる障害を全てなぎ払うつもりでいる。

 

 

実際、アンジュは凄まじい勢いで猛進していった。

 

エアバイクで高速疾走し、追跡してくる警察車両とカーチェイスを繰り広げる。

アサルトライフルをフルオート連射して、追跡車輌を牽制。

それに対して警察は、車輌だけでなく航空機まで動員して、アンジュ達を追跡してきた。

しかし、アンジュはそれを、手榴弾で撃墜するという離れ業をやってのける。

 

 

そんな獅子奮迅の如き立ち回りで、警察の追跡を振り切ったアンジュ。

皇族だけが知っている隠し通路を使って、敵を掻い潜り、皇宮正面にまで辿り着く。

 

あと、皇宮内部に侵入し、シルヴィアを探し出し、救出するだけであった。

 

 

離ればなれになった最愛の妹との再会も目前である。そう思ったアンジュは、逸る気持ちを

抑えながら、モモカと一緒に歩を進めていく。

 

 

 

しかし……その時、突如として眩しいライトに、二人は照らされる。

そして、物陰から次々と衛兵達が飛び出してきた。

 

 

「くっ! これは!!」

 

「アンジュリーゼ様…これは待ち伏せです!!」

 

またしても待ち伏せにあった。

衛兵達に包囲されたアンジュは即座に応戦しようとする。

 

 

 

「お姉様!!」

 

その時、声が響いた。

それは聞き間違える筈もない…シルヴィアの声である。

 

 

「シルヴィア!!」

 

アンジュは即座に、声のする方を向く。

すると、そこにいたのは、衛兵達に取り囲まれるシルヴィアの姿だった。

 

 

「アンジュリーゼお姉様、助けて!!」

 

助けを求めるシルヴィアの声。

 

アンジュは敵を睨み、そして叫んだ。

 

 

「シルヴィアを離しなさい!!!」

 

 

すかさず、アンジュは敵を攻撃する。

 

もう少しで手が届きそうな所にシルヴィアがいる。そう思ったアンジュは今まで以上に必死に

なる。

周囲の衛兵達を次々となぎ倒していった。

 

そして、周囲の敵を蹴散らしたアンジュは、シルヴィアを取り囲んでいる敵兵に向けて、

ライフルをフルオート連射して制圧射撃を行なった。

これには堪らず、敵もシルヴィアから離れて、物陰に身を隠す。

 

 

 

「シルヴィア!」

 

敵をシルヴィアから引き離したアンジュは、間を置かずに全力で走った。

 

「来てくださったんですね。アンジュリーゼお姉様…。」

 

そう言うシルヴィアに、アンジュは駆け寄る。

シルヴィアの無事が確認できて、アンジュもとりあえず一安心した。

 

「良かった、無事で。」

 

そう言って、アンジュは喜んだ。

 

 

 

 

この時のアンジュは気付いていなかった。

 

アンジュに向けられたシルヴィアのその瞳の奥に、殺意の光が宿っていた事を……。

 

 

 

「ぐっ!!?」

 

シルヴィアの所に辿り着いたその瞬間、突如アンジュの腕に鋭い痛みが走った。

上腕部に赤い線が走り、そこから血が溢れてくる。

腕を刃物で斬りつけられたのだ。

 

そして、シルヴィアの手には、血に濡れたナイフが握られていた。

 

それが意味する事は……

 

 

 

「シルヴィア………?」

 

アンジュは呆然とする。

何が起きたか、理解できなかった。

ありえない……そんな事があるはずが無い……シルヴィアがそんな事をするなんて、

ありえない………そんな思考が頭の中を埋め尽くす。

 

 

「アンジュリーゼ様っ!!」

 

モモカがアンジュの傍に駆け寄る。

 

「シルヴィア様! 一体何を!?」

 

モモカは見ていた。シルヴィアがアンジュを斬りつける瞬間を。

何かの間違いであってほしい……彼女もそう願っていた。

 

 

しかし、そんな彼女達の思いは無情にも否定され、残酷な現実を突きつけられる事になった。

 

 

 

「馴れ馴れしく呼ばないで。あなたなんか姉でも何でもありません! この化け物!!」

 

急に打って変わって、突如として声を荒げて罵声を浴びせてくるシルヴィア。

ショックを受けるアンジュ達に、彼女は更に追い打ちをかけるかのように言った。

 

「どうして……どうして生まれてきたんですか? あなたさえ生まれてこなければ、こんな事にはならなかったのに。」

 

アンジュの存在そのものを全否定する言葉。

その言葉が彼女の胸を抉った。

 

ショックのあまり、頭の中が真っ白になってしまったアンジュは、遂に崩れ落ちた。

腕の怪我自体は大した事はなかった。しかし、心の方には大きな痛手を負ってしまったのである。

彼女は力なく、その場で膝をついた。

 

 

 

その隙に、衛兵達がネットガンを撃ってくる。

アンジュは傍にいたモモカと一緒に、敵に捕らわれてしまった。

 

しかし、この時のアンジュはそれすらも知覚できないほどまでに、ショックで打ちひしがれて

いる。

最愛の妹から浴びせられた罵声が頭の中で、何度もリフレインした。

 

 

 

 

 

「無様だな。落ちぶれた元皇女には相応しい。」

 

すると、どこからともなく、一人の男が現れた。

 

「お兄様……。」

 

アンジュが消え入りそうな声で呟く。

 

アンジュの目の前に現れたその男は、ジュリオ・飛鳥・ミスルギだった。

アンジュの兄であり、彼女がノーマである事を暴き、アルゼナルへ追放した張本人である。

 

 

「そうだ。その間抜け面が見たかったのだ。」

 

そのジュリオが楽しそうに、捕らわれたアンジュを見下ろしていた。

 

「これで誘き寄せた甲斐があったというもの。」

 

「…………?」

 

アンジュはジュリオが言った言葉の意味を理解できなかった。

そんな彼女を、ジュリオは嘲笑いながら言った。

 

「お前を誘き寄せて捕らえるための策だったんだよ。

 皇室秘密回線を通して出したSOSサインも……警察や近衛兵が待ち伏せしていた事も……

 シルヴィアの演技も……

 全てはお前という、皇室の汚点を我々の手で始末するために、この私が仕組んだ作戦さ。

 そうとも知らずに、必死になっているお前達の姿は実に滑稽だったよ。」

 

「……っ!!」

 

アンジュは愕然とする。

ここまで言われれば、ジュリオの言葉の意味は嫌でも理解できた。

 

(そんな………。)

 

アンジュの表情が、更に絶望に染まる。

 

 

全てはアンジュを誘き寄せるための罠だったのだ。

 

シルヴィアからの、必死で助けを求めてきたあの声も、実際はただの芝居。

最愛の妹を守りたい……そのためならば、どんな危険も顧みない……そんなアンジュの良心に、ジュリオ達はつけ込んだのだ。

 

助けに来たアンジュの姿を見た時、シルヴィアは喜んでいるようなそぶりを見せたが、それも

ただの演技。

実の妹から騙し討ちをされた上で、罵声を浴びせられ、その事で絶望するアンジュの顔を

見るため。

 

 

(私は一体、何のために……)

 

妹を助けたいという、その一心で、死力を尽くしてここまでやって来たアンジュ。

しかし、そのシルヴィアからは騙し討ちをされた上で、罵声を浴びせられるという仕打ち。

その挙句に、全てが仕組まれたものであったと……家族の情を弄ばれていたという最悪の事実を

突きつけられる。

 

 

「この化け物!! あなたなんか……あなたなんか、死んでしまえばいい!!」

 

更に、止めを刺すかのように、シルヴィアから罵声が放たれる。

もはや、アンジュの心は完全に折れた。

 

そして、その様子を、楽しげに薄ら笑いを浮かべながら見るジュリオ。

 

「さあ、断罪を始めようか。 …………お前という罪をな。フフフ……ハハハハハハハハ。」

 

満足そうな表情をしながら、ジュリオは高笑いをする。

その声も、もうアンジュの耳には入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕らわれたアンジュとモモカは拘束され、連行された。

 

アンジュは、衣服を奪われ、ただの布きれのような囚人服を着せられた。

そして、両手に枷をつけられ、鞭刑台に吊るされる。

爪先がギリギリで足場に付くような高さで腕を吊られたため、枷をつけられた両手首に、ほぼ

全体重がかかった。

金属製の枷が手首に食い込み、その痛みにアンジュは顔を顰める。

 

 

この時、アンジュが吊るされている鞭刑台のすぐ隣には、絞首台が併設されていた。

その事からも、これからアンジュがどのように扱われるかはおおよそ見当は付く。

 

最終的には、その絞首台を使って殺すつもりらしい。

しかし、すぐには殺さず、その前に徹底的に痛めつけようという胆なのだろう。

 

 

そして、公開処刑の事前告知がなされていたのか、処刑場には大勢の人が詰めかけていた。

ノーマが嬲り殺される所を見物しようという者達である。

会場は異様な熱気に包まれていた。

 

「殺せ、殺せ!!」

 

「ノーマを叩きのめせ!!」

 

「ぶち殺せ!!」

 

民衆は興奮し、口々に叫びたてる。

 

それによって、アンジュは大きな失望感を味わった。

嘗てアンジュが、平和を愛する崇高なる民だと思っていた者達。

しかし、そんな民衆の、あまりにも醜い本性を、まざまざと見せつけられる。

 

このような残酷な見世物を喜々として見物する民衆。

全ては、ノーマが悪いという理屈……ノーマになら何をしてもよいという理屈で、何でも正当化

される。

その姿には、理性などというものは一切感じられなかった。

 

そんな彼らに対して、アンジュは大きく失望する。

 

 

そして、同時に自己嫌悪にも苛まれるアンジュ。

何故なら、嘗て人間(アンジュリーゼ)として生きていた頃の彼女自身もまた、ノーマを蔑視していたから

だった。

 

(私はなんて愚かな事を……。)

 

以前は彼女もまた、本当の事を何も知らなかったとはいえ、ノーマを蔑視していた者の内の一人だった。

そして、醜態を晒す彼らの姿を見た今なら、昔の自分の言動を客観的に振り返ることができる。

いかに自分が愚かな事をしてしまっていたのかを……。

 

しかし、そんなアンジュに、アルゼナルの者達は手を差し伸べてくれた。

 

(彼女達は、こんな私を受け入れてくれた。)

 

少なくともここにいる“人間達”よりかはよっぽど、優しくて人間味のある者達だったと、

アンジュはそう思った。

 

故にアンジュは、過去の己の言動を、心の底から恥じて、自己嫌悪に陥ったのである。

 

 

 

 

そして、そんなアンジュを他所に、衆人環視の下で鞭刑が執り行われた。

 

「覚悟しなさい………化け物。」

 

そしてあろうことか、鞭を振るおうとしているのは、実の妹であるシルヴィアであった。

 

「シルヴィア………」

 

消え入りそうな、力の無い声で呟くアンジュ。

しかし、ノーマである彼女が自分の名を口にした事が気に入らなかったのか、シルヴィアは激昂

した。

 

「馴れ馴れしく呼ぶな! この化け物め!!」

 

そして、鞭を叩きつけてきた。

鞭を打ちこまれた背中に激痛が走り、アンジュは思わず苦悶の声を上げる。

 

「うぐっ!!!」

 

鞭で打たれた皮膚が赤く腫れあがり、痛々しい痕を残していた。

しかし、その事を気に留めるそぶりも無く、シルヴィアは続けざまに、容赦無く鞭を

打ち込んできた。

 

「思い知りなさい!これはノーマとして生まれてきた罪!!」

 

「ぐぅ!!」

 

アンジュは苦痛の呻き声を上げた。

打ちつけられた所が酷く痛み、その激痛に思わず表情を歪める。

 

すると、見物している民衆は大きな歓声を上げた。

そして、その中にはアキホや、学生時代にアンジュの友人だった者達の姿までもある。

 

「アハハハ。ノーマめ……いい気味よ。」

 

「惨めね。」

 

「そのまま死ねばいいんだわ。」

 

アンジュの痛ましい姿を見ても、同情どころか嘲笑う有様。

 

(みんな……どうして……………。)

 

嘗ての親友達から向けられる、悪意に満ちた言葉がアンジュの心を更に抉った。

 

 

 

 

そして、その後もシルヴィアが鞭を振るい続ける。

何度も……何度も。

 

その度に見物人からは歓声が上がった。

その有様は、中世の魔女狩りを彷彿させるようなものである。

 

 

アンジュは全身のいたる所に鞭を打ち込まれ、体中傷だらけになっていた。

血が滲んでいる所もある。

 

 

 

「シルヴィア様! もうやめてください、こんな酷い事は!!」

 

堪り兼ねたモモカが必死で懇願する。

しかし、それでもシルヴィアは止まらない。

 

「酷い? 何が酷いというんですか?

 このノーマという名の汚らわしい生き物が……悍ましい化け物が……よりによって、

 私の姉なんですよ。これ以上に酷い事が他にありますか!!」

 

シルヴィアは糾弾する。

 

「さあ、謝りなさい。私がノーマなのがいけないんです、て……生まれてきて

 ごめんなさい、て。」

 

「……………。」

 

アンジュは、その理不尽な言い分に反論する事は出来なかった。

もはや言葉を返す気力すらも、もう残ってはいなかったのである。

 

 

 

そんなアンジュに、更なる襲いかけるかのように、ジュリオが口を開いた。

 

「しかし、父上も本当に愚かな事をしたものだよ。ノーマなんかを皇室に入れようなどと……。

 そんな愚劣な事をしなければ死なずに済んだものを……。」

 

「………!!!」

 

その言葉に、アンジュは目を見開く。

 

「フフ……そう言えば、お前にはまだ言ってなかったな。

 元ミスルギ皇国皇帝のジュライは、あの後、国民を欺いてノーマを皇室に入れようとした罪で、

 処刑された。この私が断罪してやったのだ。」

 

ジュリオは得意げに言う。

 

 

アンジュの顔が更に絶望の色で染まった。

 

(お父様………。)

 

今まで自分を大切に育ててくれた……愛情を注いでくれた父が、もうこの世にはいないという事を知らされたのだ。

母も、嘗てアンジュを庇って死んでいる。

愛すべき家族が、もうこの世に一人も残ってはいない。

 

アンジュは深い悲しみで心が押し潰されそうになった。

 

 

 

 

 

その後も、鞭刑は続いた。

アンジュの体に鞭が打ちこまれた回数はもはや数えきれない。

全身に無数の痕が刻まれ、あまりにも痛ましい姿となっていた。

 

そして肉体的には勿論、精神的にも、もう満身創痍の状態となっていたのである。

 

ここにきて、ようやく気がすんだのか、腕を吊っていた枷が外された。

しかし、すぐさま両手を手錠で拘束され、連行される。

その行先は絞首台であった。

同様に拘束されたモモカも一緒に連れていかれる。

 

そして観衆は、アンジュの痛ましい姿を見ても尚、容赦無く罵声を浴びせ続けた。

 

しかし、アンジュはその言葉に何も反応しなかった。

というよりも、反応する事すら出来なくなっていたのである。

この時のアンジュは、もう心が擦り切れてボロボロの状態になってしまっていた。

その瞳は虚ろである。

 

 

 

 

その時だった。

 

一人の者が突如声を張り上げた。

 

「どうしてアンジュリーゼ様がこんな目に遭わなければならないのですか!!」

 

声を上げたのはモモカであった。

モモカは、アンジュに罵詈雑言を浴びせるばかりの観衆に向かって、毅然と反論した。

 

「アンジュリーゼ様は何も悪い事などしてはいないのに!!」

 

それまで言いたい放題だった観衆は、突然の反論に、一瞬押し黙る。

しかし、次の瞬間には再び罵声が押し寄せてきた。

それでも、モモカはそんな観衆に向かって真っ向から立ち向かった。

 

 

その時、モモカの声を聴いたアンジュの、虚ろだった瞳に光が灯った。

 

(モモカ…………)

 

自分を懸命に庇おうとしているモモカの姿に、アンジュは少しだけ救われた気がした。

実の家族からも裏切られたが、それでもモモカだけは決して裏切らなかったのである。

 

(モモカ……今までありがとう。せめて、あなただけは生き延びて。)

 

 

 

この時のアンジュは思っていた。

ジュリオの狙いは自分一人。だから自分が死ねば、それで全て終わると。

 

 

 

しかし、その考えは甘かった。

 

 

 

(ノーマの分際で王家の血を引く、忌々しいアンジュリーゼ。その顔をもっと絶望に

 染めてやろう。)

 

 

ジュリオの悪意はこの程度では止まらなかった。

 

 

 

ジュリオは立ち上がると、観衆に向かって言い放つ。

 

「今宵、処刑するのはアンジュリーゼだけではない。断罪せねばならない罪人はもう一人

 存在する。」

 

(え……?)

 

突然の宣言に、アンジュは思わず、ジュリオの方へ振り向いた。

 

「それは、皇室を私物化して国民を欺いた前皇帝のジュライ……その愚王の共犯者である、元

 筆頭侍女のモモカ荻野目だ!!」

 

(なっ!!?)

 

 

驚愕するアンジュを他所に、ジュリオは続けて言った。

 

「あの愚王の悪計に加担して人々を騙し、皇室を汚すのに一役買った詐術者……それがこの女、

 モモカ荻野目である!!

 その罪は極めて重大。まさに万死に値する。

 そのような者をこのまま生かしておいていいのだろうか? いや、いい筈が無い!!」

 

芝居がかった身振り手振りを交えながら、ジュリオは高々と宣言した。

 

「よって、モモカ荻野目を銃殺刑に処する!

 モモカとアンジュリーゼ……の二名の断罪を以て皇室の粛正は完了する。

 今夜この国は生まれが変わるのだ!!」

 

 

突然の暴挙に、アンジュはまるでハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

(そんな………そんな事が……)

 

アンジュは愕然とした。ジュリオが持つ悪意の大きさに……。

 

 

すると、衛兵がその場でモモカを跪かせた。

そしてライフルの銃口をモモカの後頭部に突きつける。

 

「やめろ!!」

 

即座にアンジュはモモカを助けようと、彼女の所に駆け寄ろうとした。

 

「くっ!」

 

しかし傍にいた兵に抑え込まれてしまう。

振り解こうにも、手錠をかけられているせいで上手く出来なかった。

 

「モモカを放しなさい!!」

 

それでもアンジュは懸命にもがく。

モモカを絶対に死なせまいと、力一杯もがいた。

 

すると、衛兵の一人が銃床を、アンジュの鳩尾に叩きつけた。

 

「かはっ! ……ゲホッ!!」

 

腹部に叩きつけられた衝撃に、息が詰まり、その場で崩れ落ちるアンジュ。

そして、モモカの頭に銃を突きつける衛兵が、そのトリガーに指をかけた。

 

「ゴホッ……………や、やめ……て。お願い……モモカ……だけは……。」

 

呼吸が乱れ、上手く息ができない状態で、アンジュは必死で懇願する。

 

そんなアンジュを見たジュリオは、邪悪な笑みを浮かべながら言った。

 

「安心しろ、アンジュリーゼ。お前もすぐにモモカの後を追わせてやる。」

 

そう言うと、ジュリオは衛兵に合図を出した。

 

「やれ。」

 

 

「モモカあああああ!!」

 

アンジュは力を振り絞って叫んだ。

 

 

 

 

その時、モモカがアンジュの方へ顔を向けた。

 

「アンジュリーゼ様……あなたにお仕えできて、私はとても幸せでした。」

 

その表情はとても穏やかであった。

己の人生に何一つ悔いは無い……そんな意思が伝わってくるような、そんな表情である。

 

「モモカ………」

 

「今まで本当にありがとうございました、アンジュリーゼ様。願わくば、来世でもまた、

 あなたにお会いしたいです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉がモモカの、最期の言葉となった。

 

 

 

 

 

乾いた銃声が響き渡る。

 

同時に鮮血が飛び散り、モモカが力なく倒れた。

頭部を撃ち抜かれて即死である。

 

その瞬間アンジュの心の中の何かが壊れた。

 

 

 

「お前のようなノーマが生まれてこなければこんな事にはならなかった。

 どんな気分だい?自分のせいで仲間が死ぬ気分は……。

 恨むなら、ノーマとして生まれてきた自分自身を恨むのだな。」

 

そのジュリオの言葉もアンジュの耳には入っておらず、茫然自失だった。

ただ、その瞳からは涙が溢れている。

 

 

(実に愉快だよ。ノーマめ。)

 

そのアンジュの様子を見たジュリオは、満足げな表情を浮かべた。

 

 

そして、衛兵達がアンジュを力づくで立たせ、絞首台へと連行する。

もうアンジュには抵抗する気力など、どこにも残ってはいなかった。

ただ引きずられるように連れていかれる。

そして、アンジュの首に縄をかけられた。

 

もはやアンジュは何も考える事ができなくなっており、ただ絶望だけが心を埋め尽くしている。

 

 

「これよりアンジュリーゼの処刑を執行する。」

 

そのジュリオの声も、民衆の歓声も、もうアンジュには何も聞こえない。

 

 

 

そして、ジュリオが死刑執行人に合図を送った。

 

すると、足場の板が外れ、アンジュの体が下に落下する。

縄をかけられた首が、勢いよく絞められる。

 

「がっ………」

 

呼吸が完全に止められた。

 

 

視界が徐々に暗くなっていき、意識が薄れていく。

 

確実に死が近づいてきている事が感じられたが、恐怖は感じなかった。

 

(モモカ………今私もそっちに行くわ。)

 

 

 

それまでだった。

そこで視界が完全に闇に覆われ、意識が完全に途絶える。

 

 

これがアンジュの最期である。

 

もの言わぬ屍となったアンジュ。

その瞳が何かを映すことは、二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルゼナル管制室へ…こちら107便。廃棄物を持ってきた。着陸許可を求む。

 繰り返す。こちら107便……。」

 

 

「おい。もうすぐ着くぞ。起きろ。」

 

 

どこかで聞いた事あるような言葉が聞こえてきた。

 

 




というわけで、やっと序章が終わりました。
次回からはようやく本編スタートです。


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第1話  遡行

いよいよ……というかやっと本編に入ります。



 

 

それはまるで、眠りから覚める直前のような感覚だった。

 

(ん……………ここは?)

 

アンジュは瞼を閉じたまま、ぼんやりと考えていた。

 

(ここは……あの世?)

 

自分は間違いなく死んだ筈なのに、この眠っているような感覚。

死んだ自分には、もう何も感じる事は出来ないはずなのに、薄っすらではあるが、確かに感覚はあった。

 

という事は、自分は今、あの世に来ているという事なのだろうか……アンジュはそう思った。

 

(ここは、天国?それとも地獄? ……もしかしたら、モモカが待っているかしら?)

 

そう思い、アンジュはゆっくりと瞼を開こうとする。

 

 

「おい、起きろ!!」

 

その時、突如、怒鳴り声が響く。

アンジュの意識が一気に覚醒した。

 

「………!!!」

 

アンジュは勢いよく上体を起こした。

 

「ここは!?」

 

アンジュは周りを見渡す。

そこには数人の兵士達がいた。

 

よく見ると、自分の両手と首に枷が嵌められていた。

ふと自分の体を見ると、ドレスを身に纏っている。

そのドレスは所々が破れて、汚れていた。

それは、どこか見覚えがあるような物である。

 

「……………?」

 

いまいち状況が呑み込めず、更に周囲を観察する。

すると、自分が輸送機の機内にいる事が辛うじて分かった。

 

(なぜ私はこんな所に? 私はミスルギ皇国の処刑場にいた筈。いや、そもそも私は死んだ筈。)

 

そんな事を考えながら、周りをキョロキョロと見渡すアンジュに、兵士達は怪訝そうな顔をした。

 

「おいおい、寝ぼけてんのか?」

 

「放っとけ。さっさとこの廃棄物を引き取ってもらって、帰ろうぜ。」

 

そんな兵士の言葉も、アンジュの耳には入らなかった。

今の彼女は、自分の置かれた状況を把握するので手一杯だったのである。

 

 

 

その時、ある物がアンジュの目に入る。

それは時計であった。

 

「!!!!」

 

アンジュは思わず目を見開いた。

アンジュが目にしたもの……それは時計に表示されていた月日である。

 

(4月11日!? 私が死んだ日よりも前じゃない!!)

 

表示されていた日付は、なんとアンジュがミスルギで殺されたあの日よりも過去の日を

示していた。

まるで時間を遡ったかのように。

 

そして、その日付はアンジュにとって、忘れたくとも忘れられない日だった。

アンジュの人生における最大の転換点となった、あの日……何もかもが一変した日。

 

間違える筈も無い。

それは“アンジュリーゼ”の洗礼の儀が行われた日……皇女から奴隷(ノーマ)へと堕ちた、あの日である。

 

 

(まさか、あの日に戻ったというの!?)

 

しかし、アンジュはすぐさま、その考えを自分で否定した。

 

(いや、そんな事はありえないわ。 時間遡行なんて、そんなSFじゃあるまいし。………でも)

 

だが、それでも完全には否定しきれなかった。

 

(だとしたら、あの日付表示は一体何? それに、このドレス……私があの日に着ていた物と

 同じ。

 そもそも死んだ筈の私が、何故こんな所に?)

 

まず、自分が死んだのか否か、という点に関しては、まず間違いなく死んだ筈である、と

アンジュは断言できた。

あの時に味わった“死の感触”は今でもハッキリと覚えている。

 

縄が首に食い込む痛み。

気道が押し潰され、塞がれる苦しみ。

そして、呼吸が止まった瞬間から、じわじわと死が近づいてくる感覚。

そのどれもが決して夢や幻なんかではなく、本物であった。

 

アンジュは改めて周囲を見渡すが、やはり自分がいるのは輸送機の機内で間違いはない。

少なくともここが、あの世だとは思えなかった。

 

それに何よりも、今見えている光景が、あの日に見た光景と、あまりにも重なりすぎている。

見覚えがあるどころの話ではない。

あの時に見た光景と全く同じである。

 

(私は……一体………)

 

 

 

アンジュがそのような思考を巡らせている、その時だった。

 

「これより着陸態勢に入る。」

 

兵士の一人が言った。

もうすぐ目的地に着くらしい。

 

すると、アンジュは窓から外を見下ろす。

そこで見えてきたのは、大海原にひっそりと浮かぶ孤島であった。

暗闇の中に灯る航空灯火や、岩礁に無理矢理鉄板を敷いた作った滑走路。

その無骨な全景には懐かしさを感じる。

 

(あれは、アルゼナル…………。)

 

 

 

 

 

 

こうしてアンジュを乗せた輸送機はアルゼナルに到着。

 

 

それを出迎えたのは、やはり見覚えのある人だった。

 

監察官のエマ・ブロンソン。

そしてアルゼナル司令官のジル。

 

輸送機の兵士達は、アンジュの身柄を彼女達に引き渡すと、そのまま輸送機に乗って撤収して

いった。

 

 

「ようこそ、地獄へ。」

 

ジルがアンジュに向かって言い放つ。

その言葉もまた、アンジュの記憶にあったものと全く同じであった。

 

(このセリフも、あの時のと同じ。)

 

 

 

そのままアンジュは取調室へと連行されていった。

 

「1203・77号ノーマ、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。出身地、ミスルギ皇国。

 年齢、16歳。」

 

監察官のエマが、アンジュのプロフィールを読み上げていく。

 

「今日からあなたは、このアルゼナルに入営し、兵員として戦う事が義務付けられます。」

 

(このセリフも、あの時のと同じ。)

 

そのエマの言った言葉もまた、アンジュの記憶にあった言葉をそっくりそのままなぞったような

言葉だった。

そして何より、ここに来るまでに見てきた光景全てが、どれもこれもあの日に見たものと全く

同じである。

 

そうなると、一度は否定しかけた仮説が、いよいよ現実味を帯びてきた。

そう……つまりは時間遡行である。

信じられないが、そうでないと説明がつかない。

 

 

「所持品を没収します。」

 

そう言って、エマがアンジュの身に着けていた装飾品を取り上げようとする。

 

「………………。」

 

しかし、アンジュは抵抗しなかった。

ただ黙って大人しく従い、身体検査が終わるのをじっと待った。

 

すると、抵抗の意思は全く無いと判断され、エマの手によって枷が外される。

 

 

 

その時、アンジュが口を開いた。

 

「一つ……聞いてもいいかしら?」

 

「何です?」

 

それはエマへ向けられた問いかけであった。

 

「今日は何月何日?」

 

その問いに、エマは怪訝そうな顔をした。

しかし、ここまで大人しくしていたため、心証が良かったのか、すぐに答えてくれた。

 

「今日は4月11日だけど……それがどうかしたの?」

 

その答えを聞いたアンジュは思った。

 

(間違いない。)

 

アンジュが輸送機の機内で見た時計の日付表示は誤表示ではなかった。

 

ここにきて、仮説は確信へと変わる。

自分は、ミスルギ皇国で殺されたあの日から時を遡って、アルゼナルへやってきたあの日へと

戻ったのだと。

所謂、タイムスリップというものである。

 

 

 

 

 

 

アンジュは自分の胸に手を当ててみる。

すると、心臓の鼓動が感じられた。

トクン……トクン……と確かに脈打っている。

 

(生きている…………私は生きている。)

 

アンジュは己の生を実感する事ができた。

一度、確かに死んだ筈だった自分が、こうして生きている。

 

何故、死んだ筈の自分が生き返ったのか。

何故、時間遡行ができたのか。

分からない事だらけではあるが、これだけはハッキリと分かる。

 

モモカが殺されたあの日より前に、時間が戻っているという事は、つまりモモカはまだ生きているという事である。

 

(モモカは生きている。この世界のどこかで、今も生きているんだ!!)

 

そう思うと、嬉しさのあまり、体が震えた。

 

一度は失った大切な仲間………その大切な人と再び会えるのである。

こんなにも嬉しい事は他にはない。

 

 

そしてアンジュは、ある一つの決意を抱いた。

 

(モモカ……今度は絶対に死なせないわ。次は必ず私が守る……この手で!!)

 

アンジュは心に誓った。

 

(強くなろう。大切な人を守れる強さをこの手に。)

 

生きる……生きて、強くなる……そして守り抜く………そんな思いを胸に秘め、アンジュは再び

戦いに身を投じていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(意外だな。)

 

ジルは思った。

 

(16年間も向こうの世界で生きてきた者。しかも皇族。

 さぞや周りからはチヤホヤされて、それこそ何不自由無く生きてきたのだろう。

 それが一転して、ノーマとしてアルゼナルへ強制収容。まさに天国から地獄だ。

 現実が受け入れられずに悪足掻きすると思っていたのだが……。)

 

ジルは、あの時のアンジュの様子について振り返った。

 

(あっさりしすぎていて拍子抜けだな。順応力が高いのか?)

 

身体検査の時、アンジュは特に抵抗する事もなく大人しく従っていた。

だから手荒な事はせずに終わったのである。

 

あの時のアンジュは、目の前の現実をすんなりと受け入れる様子だった。

 

(全てを諦め、もうどうにでもなれ、と自暴自棄になったのか?)

 

その時、ジルは思い出した。

あの時のアンジュの瞳………。

 

(いや、違うか。あの時のあいつの目は、そんな目じゃなかった。)

 

ジルから見たアンジュの瞳……

その瞳の中には絶望の色はなかった。

むしろ希望すら感じられる、そんな瞳である。

そして強い決意に満ちたような瞳でもあった。

 

 

(まあ、何でもいいか。 王室生まれのノーマ……使えるのなら私の計画に組み込もう。

 全てはリベルタスのために……。)

 

 

 




というわけで身体検査における、けしからんイベントは無事に回避されました。
次回はいよいよアルゼナルメンバー達との再会です。


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第2話  再会の第1中隊

この日アンジュは、アルゼナルに来てからの最初の朝を迎える。

朝早くに目が覚めたアンジュは素早く起き上がると、事前に支給された制服に袖を通した。

 

「これでよし、と。」

 

着替えを終えたアンジュは、これからの行動について考えた。

 

(たしか、最初は座学だったわよね。ドラゴンについての……。

 そして、それが終わったら、そのまま部隊配属。)

 

アンジュは“前回”の記憶を辿りながら、今後の事について、思考を巡らす。

 

アンジュがアルゼナルに入営してからの初日。

まず最初にやったのはドラゴンに関する基礎知識を学ぶ授業だった。

そして、その後にパラメイル第1中隊への配属。

 

そう……嘗ての仲間達との再会である。

 

 

 

今でも思い出せる。

 

アルゼナルで完全に孤立していた、あの頃。

意地を張って、孤独なのに強がっていた。

 

 

しかし、そんな自分に手を差し伸べてくれた者達………自分を受け入れてくれた者達がいた。

 

(ヴィヴィアン……エルシャ……)

 

頻繁に衝突し合いながらも、共に戦うチームの一員として和解した者達がいた。

 

(サリア……ロザリー……クリス……)

 

互いの境遇……背負っているものを知り、通じ合うものを感じ取って、友情のような感情が

芽生えた者がいた。

 

(ヒルダ……)

 

その誰もが、今では信頼できる仲間達。

本来ならもう二度と会えない筈だった仲間達。

それが、もうすぐ会えるのである。

 

 

 

そして………

 

 

(ココ……ミランダ……ゾーラ……)

 

嘗て、死なせてしまった者達がいた。

 

“前回”は冷静さを失った自分の行動が原因で、彼女達を死に至らしめてしまう。

本来なら、償いようのない過ちであった。

 

しかし、そんな彼女達が、今はまだ生きている。

 

(今度は死なせないわ。同じ過ちは絶対に繰り返さない。)

 

贖罪の思いを込めて、アンジュは誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時空を越えて侵攻してくる巨大敵性生物、通称ドラゴン。

 このドラゴンを迎撃し、人類の領域を守るのが、ここアルゼナルと、私達ノーマの

 役目なのです。」

 

講師がドラゴンに関する基礎知識を解説していく。

そして、授業を受けている者達は、アンジュ以外は皆、アルゼナル初等部の年端もいかない

子供達。

 

 

(フライトモードで一気に間合いを詰め、アサルトモードで敵の懐に飛び込んで、斬り込むか。

 いや、フライトモードのままで一撃離脱というのもいいかもしれない。)

 

そんな中、アンジュは講師の話を聞きながら、頭の中でドラゴンとの戦闘をシミュレーションしていた。

 

子供達の中にいる、唯一の16歳であるアンジュ。

幼女達の中に混ざって授業を受けている、アンジュの目は真剣そのものである。

 

その時のアンジュの様子を見ていたジルとエマは、その光景に何とも言えないシュールさを感じていた。

しかし、アンジュはその事を気にも留めず、対ドラゴン戦術を頭の中で

組み立てていったのである。

 

 

 

そして、講師が必要な事を一通り説明し終える頃、ジルは動いた。

 

「アンジュの教育課程はこれで修了だ。これよりアンジュは第1中隊配属となる。

 行くぞ。」

 

「……………。」

 

ジルがそう言うと、アンジュはただ黙って席から立ち上がった。

 

 

いよいよ皆に会える……そう思うと嬉しくて、自然とアンジュの口元に笑みが浮かぶ。

逸る気持ちを抑えながら、アンジュはジルについて行った。

 

 

 

 

「ふーん。あれが噂の皇女殿下か。」

 

その時、アンジュの姿を遠方から、双眼鏡で眺める者がいた。

 

「止ん事無きお方の穢れを知らぬ体。甘くて美味しそうじゃないか。」

 

舌なめずりしながら言ったその女………彼女がゾーラである。

パラメイル第1中隊の隊長。

 

彼女は隣に寄り添うようにして立っていた少女の胸に手を這わせる。

 

 

「もぅ……そうやって誰彼かわまず手を出して。女の子なら誰でもいいんでしょう。」

 

その少女が口を尖らせながら言った。

彼女はヒルダである。

 

そして彼女の言葉に、うんうん、と頷く者達。

二人はロザリーとクリスである。

 

 

「何だ、妬いているのか? 可愛いな、お前達は。」

 

ゾーラは更に絡みつくようにヒルダの体に手を這わせていった。

 

 

すると、それを見かねた一人の者が声を上げた。

 

「隊長、スキンシップは程々にしてください。新兵達からも揉み方が痛いと苦情が来ています。」

 

声を上げたのは第1中隊副隊長のサリアであった。

 

「はいはい。気をつけるよ、副長。」

 

サリアの苦言にも、ゾーラは一切悪びれもせずに言った。

 

 

そんなゾーラを他所に、一人の者がアンジュのプロフィールを手に取る。

 

「年上の新兵さんですが、仲良くしてあげてくださいね。お二人とも。」

 

そう言ったのはエルシャである。

彼女はニッコリと笑いながら、二人の新兵に向かって言った。

 

「「は、はい!」」

 

緊張気味に答えた二人の新兵は、ココとミランダである。

彼女達は第1中隊に配属されたばかりの新米ライダーであった。

 

 

「ねぇねぇサリア。クイズ。」

 

おちゃらけた調子で言ったのはヴィヴィアンだった。

彼女は明るいムードを発しながら言う。

 

「誰が最初に死ぬのかな。」

 

明るい雰囲気で、さらっと恐ろしい事を言ってのけたヴィヴィアン。

 

「コラッ!!」

 

すかさずサリアがヴィヴィアンを捕まえ、ヘッドロックをかけた。

 

「死なないように教育するのが私達の役目でしょう!!」

 

「痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ!!」

 

そして、エルシャは笑いながら、二人のやり取りを見ていた。

 

「あらあら。今日も仲良しね。」

 

そんな彼女らの下に、アンジュ達は向かって行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジルに連れられ、訓練所にやって来たアンジュ。

そこでは第1中隊の面々がライダースーツを身に纏って、待っていた。

 

「司令官に敬礼!」

 

ゾーラの号令と共に、全員で一斉に、司令官のジルに向かって敬礼をする。

 

「それじゃ、後は頼むぞ、ゾーラ」

 

「イエス、マム。」

 

ジルはアンジュの事をゾーラに任して、去っていった。

 

 

 

 

「死の第1中隊へようこそ、アンジュ。 隊長のゾーラだ。」

 

そう言うと、ゾーラは中隊メンバーの者達を、アンジュに紹介していく。

 

「右からエルシャ、ヴィヴィアン、サリア、ロザリー、クリス、ヒルダ、ココ、ミランダだよ。

 まあ、仲良くしてやんな。」

 

ゾーラは簡潔にそれだけ言った。

 

 

この時のアンジュは、内心嬉しさで胸が一杯だった。

待ち望んだ仲間達との再会である。

 

(みんな………。)

 

アンジュは、今すぐにでもみんなの所に駆け寄って、抱きしめたい衝動に駆られたが、我慢した。

喜びの感情も極力顔には出さないように努める。

 

何故なら、アンジュにとっては懐かしい顔ぶれでも、相手側からすれば初対面だからである。

それは時間遡行によって生じた、認識のズレだった。

故に、アンジュは嘗ての仲間達に対して、あたかも初対面であるかのように振る舞わなければ

ならない。

アンジュは、その事が非常にもどかしく感じていたが、それも致し方ない事である。

 

だから、アンジュは努めて顔に出さないようにしつつ、演技をした。

 

「初めまして。今日からこちらでお世話になる事になった、アンジュよ。 みんな、

 よろしくね。」

 

友好的に挨拶をするアンジュであった。

 

 

 

(ふーん…………こいつが元姫様か。

 お高くとまっているんじゃないかと思ってたが、意外だな。)

 

その時、アンジュを見ていたヒルダは思った。

 

アルゼナルの、お世辞にも快適とは言えない環境で働かされる事に対して、不平や不満を一切

漏らさず、自身の境遇を普通に受け入れている様子のアンジュ。

そして、ノーマである自分達を蔑視した態度も全く見られない様子である。

何不自由なく暮らしてきたであろう元皇女で、ノーマ差別が酷い“向こう側の世界”で

長年暮らしてきた人間にしては、その態度は非常に意外だと、ヒルダは思った。

 

(見下した態度をとったら、シメてやろうと思っていたが……まあ、いい。)

 

 

すると、その時、不意にアンジュとヒルダの目が合った。

 

そしたら、アンジュはそっと微笑んだ。

 

「…………ッ!!」

 

その笑顔を見た瞬間、ヒルダはハッとした。

そして胸の鼓動が高鳴る。

 

「よろしくね。」

 

「お、おぅ……。 //////」

 

アンジュの言葉に、ヒルダは咄嗟に一言返す事しか出来なかった。

この時のヒルダは、頬が少し赤く染まっていたのである。

 

(こいつ………なんて笑顔をしやがる。 //////)

 

元皇女恐るべしと、ヒルダが思った瞬間だった。

 

 

 

何はともあれ、こうして第1中隊のメンバー達と合流したアンジュ。

第1中隊の面々からは、中々の好印象を抱かれたのであった。

 

 

 

 

 

その後、更衣室でライダースーツへの着替えもすませたアンジュは、これからパラメイル操縦

シミュレーターでの訓練を受ける。

 

 

「これがメインスロットルね。そして、これがインジケーター。」

 

アンジュは今、サリアから、各計器類や操作部に関する説明を受けていた。

 

「各部の説明は以上よ。これから実際にシミュレーターを起動して、操縦をしてもらうわ。」

 

「分かったわ。」

 

本当は前回で経験済みだから、説明などされなくとも最初っから知っていたのだが、勿論

アンジュはその事を顔には出さず、サリアの説明を聞いていた。

 

(すでに知っているような事を、あたかも今初めて聞いたかのように演技をする。

 これって、やってみると結構疲れるわ。)

 

少し気が滅入りそうなアンジュ。

そんな彼女をよそにサリアはフライトシミュレーターを起動する。

 

「アンジュ。誰でも、最初から上手くいったりはしないわ。

 今回はとりあえず空を飛ぶ感覚というものを体に覚えさせて。」

 

サリアはそう言うと、ハッチを閉めた。

 

そして、他の新兵達も次々と準備を終えていく。

 

「ココ機、コンフォームド。」

 

「ミランダ機、コーンフォームド。」

 

そこで、アンジュは最終確認を行なった。

 

「アンジュ機、コンフォームド。」

 

 

全機の準備が完了したことを確認したサリアは、各機に告げた。

 

「これよりシミュレーションを開始する。 ミッション07、スタート。」

 

サリアがスタートボタンを押す。

すると、カタパルトによって機体が加速した。

 

「………!!」

 

急加速によって、体に大きな負荷がかかる。

しかし、アンジュはそれをものともせず、操縦桿を握る手に力を入れた。

そして、そのまま機体が空中に射出された。

 

勿論、あくまでもこれはシミュレーターなので、実際には空を飛んでいるわけではない。

しかしシミュレーターとはいっても、風圧や、慣性によって体にかかる力など、かなり高い

レベルで再現されていた。

体感的には、実際にパラメイルで空を飛ぶのと何ら変わらない……そんな感覚である。

 

(久しぶりね。この感覚。)

 

アンジュにとって、久々の空であった。

その空を、風を切りながら高速で駆け抜ける感覚に、自然と気分が高揚してくる。

 

 

すると、インカム越しにサリアの声が聞こえてきた。

 

「これより急降下訓練に移る。降下開始。」

 

アンジュはサリアの指示と同時に、素早く操縦桿を倒して機首を下げた。

そしてアンジュはそれだけでなく、メインスロットルを操作し、機体を一気に加速させる。

 

その事にサリアは驚いた。

 

「なっ、速過ぎる! アンジュ、減速を!!」

 

サリアはすぐに制止すようとするが、アンジュは構わず急降下していった。

スラスターの推力に、重力加速が加わり、どんどんスピードが上がっていく。

アンジュの機体は、海面めがけて真っ逆さまに突っ込んでいった。

 

「海面に激突するわよ! 機首を上げて!!」

 

サリアは慌てて言うが、アンジュは急降下を続けた。

 

「アンジュ、早くっ!!」

 

サリアがそう言っている間にも、アンジュの機体は高度を落としていき、もはや墜落寸前の所まできていた。

 

サリアが緊急停止装置のボタンに手を伸ばそうとした、その時である。

 

 

アンジュは、機体のエアブレーキを全開にし、減速をかけた。

そして、操縦桿を力一杯引いて、急激に機首を上げる。

 

「はああああああああ!!!」

 

すると、海面激突寸前の所で機体は水平飛行になった。

 

 

「……ッ!!」

 

サリアは驚き、目を見開いた。

一歩間違えば墜落しかねない、危ない所だったのに、この時のアンジュはなんと

笑っていたのである。

 

大抵の新兵は、初飛行の時は極度の緊張で、全く余裕が無い精神状態に陥るものである。

それこそ普通に飛ぶだけでも精一杯といった状態になるのが、普通なのだ。

 

にも関わらず、この時のアンジュはまるで楽しんでいるかのような、そんな表情をしていた

のである。

それは、サリアにとって信じ難い光景だったのだ。

 

 

 

(昔、エアリアをやってた時もそうだったけど、やっぱ空を飛ぶのは気持ちがいいわ。)

 

そんな事を考えながら、アンジュは操縦桿を握っていた。

 

アンジュはそのまま海面すれすれの所で、風圧で水飛沫を上げながら、超低空飛行を行なった。

 

すると、今度は一気に機首を上げ、ほぼ垂直に急上昇。

そして再び水平飛行に移ると、左へ右へと鋭く急旋回していった。

 

もう完全にパラメイルを乗りこなしていたのである。

 

 

「いやああああああーー!!!」

 

「きゃあああぁぁぁーー!!!」

 

ココやミランダが、パラメイルを上手く操れず悪戦苦闘し、半ばパニックになっているのを

よそに、アンジュは縦横無尽に空を駆け抜けていった。

楽しそうに笑いながら……。

 

 

 

サリアは驚きを隠せなかった。

 

新人である筈のアンジュが初飛行で、まるで自分の手足のように、パラメイルを自在に操って

みせたのだ。

それはまるでベテランのような、非常にレベルの高い、精練された動きだった。

 

「一体何なの!? この子……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練終了後、第1中隊の面々はシャワールームで汗を洗い流していた。

 

 

「ハァ……ハァ………うっぷ! お゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛。」

 

ココは真っ青な顔をしながら、バケツの中に嘔吐していた。

新兵がシミュレーション初飛行をした後は、よくある事らしい。

 

「ココ、大丈夫?」

 

ミランダがココの背中をさすっていたが、彼女自身もまた、顔色は決して良くはなった。

 

 

そんな中、クリスとロザリーに、まるで付き人のように自分の体を洗わせていたゾーラが言った。

 

「いやぁ、流石だねぇ。元皇女殿下は……。」

 

ゾーラが口にしたのはアンジュの事だった。

 

「初めてのシミュレーターで漏らさないなんて。 ねぇ、ロザリー。」

 

「え!? いや、私の初めては、そのですね………。」

 

ゾーラに初飛行の事を言われたロザリーは、羞恥に顔を赤く染めながら口籠った。

 

その時、隣にいたヒルダがゾーラに言った。

 

「気に入ったみたいね……あの子。」

 

「ああ。 ますます気に入ったよ、あの子……。」

 

どうやらゾーラは、アンジュの事について非常に興味を持ったようだ。

 

そして、ヒルダもまた、アンジュに対して強い関心を持っていた。

 

(温室育ちの元皇女って聞いてたのに………一体何者なんだ?あの女。)

 

 

すると、同じくシャワーを浴びていたヴィヴィアンが、楽しそうに言った。

 

「ねぇねぇ、サリア。アンジュって何なの? 超面白いんだけど!」

 

ヴィヴィアンもまたアンジュに対して興味津々であった。

 

「さあ? ミスルギって所からやって来た元皇女って事以外は何も分からないわ。

 それにしても、あのパラメイルの操縦技量…………一体何者なの?」

 

アンジュの事を気にしていたのはサリアも同じだった。

 

「元王女様かー。 て、あれ?そう言えば、アンジュは?」

 

その時、シャワー室内を見渡したヴィヴィアンが、アンジュがいない事に気づく。

 

すると、傍にいたエルシャが答えた。

 

「アンジュだったら、居残りでシミュレーターをやってたわよ。」

 

「へぇ~。アンジュって仕事熱心なんだなー。」

 

ヴィヴィアンは感心しながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、アンジュは一人訓練所に残って、パラメイルシミュレーターを居残りでやっていた。

 

(スピードを落とさずに、旋回軌道の半径をもっと小さく……もっと鋭く旋回を。)

 

アンジュは現在の時点でも、メイルライダーとして十分な実力は備わっていると言えよう。

 

しかし、アンジュはそれに満足しなかった。

もっと腕を磨こうと、熱心に鍛錬に励んでいたのである。

 

 

 

そして、ようやく終わったのは、それからしばらく後の事だった。

 

「ふぅ……。」

 

タオルで汗を拭うと、ペットボトルに口を付け、水を飲む。

乾いた喉に水が染み込んでいく。

 

「さてと……。」

 

アンジュは時計を見た。

 

「この後、まだ空き時間があるわね。

 今日はパラメイル操縦の方は、これまでにしておいて……次はあれをやるか。」

 

どうやらアンジュは、今度は別の鍛錬をやるつもりのようだ。

アンジュはそのまま着替えて、操縦訓練所を後にする。

 

 

そしてトレーニングウェアに着替えたアンジュが、次に足を運んだのは、トレーニングルーム

だった。

アンジュは、その中にあったランニングマシンに所へ行った。

 

「とりあえず……これくらい走ろうかしら。」

 

すると、アンジュはランニングマシンの走行距離の設定を行なった。

 

(基礎体力の方も、ちゃんと鍛えておかないとね。)

 

アンジュはパラメイルの操縦技量だけでなく、身体能力の鍛錬も徹底的にやるつもりだった。

その手始めとしてやっているのが、脚力と持久力の強化である。

 

そしてアンジュがスタートボタンを押すと、ピッという機械音と共に、ランニングマシンの

ベルトが動き出す。

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

 

アンジュはひたすら走り続けていた。

 

汗を流し、息を切らしながらも、足を止めない。

 

「ハァ……ハァ……まだまだ!」

 

体力を消耗して、辛くなってきたが、それでもただがむしゃらに走りこんだ。

ある一つの目標を目指して……。

 

(この程度で音を上げてたら、強くなんかなれない。)

 

 

アンジュが目指している事は、ただ一つ。

それは、とにかく強くなる事である。

 

大切な人を守るために強くなると、あの日に決意したアンジュ。

かけがえの無い仲間を失った時の悲しみは、今でもハッキリと思い出せる。

もうあんな思いは二度としたくはない。

 

だから、アンジュは力を欲した。

今やろうとしている体力練成は、その一環である。

まずは体力を鍛え上げ、その次に戦いの術を精練する。

モモカと再会するその日までに、何としても力をつける。

それが、今のアンジュの行動指針である。

 

 

アンジュは、その後も全力で走り続けた。

 

 

 

「アンジュったら、どこに行ったのかなぁ?

 シャワー室にも操縦訓練所にもいなかったし……。」

 

その時、ヴィヴィアンがトレーニングルームの前を通りかかった。

 

「もしかして、ここかな?」

 

すると、ヴィヴィアンは部屋の中を覗き込んだ。

そして、そこで走っているアンジュの姿を見て、ヴィヴィアンは驚いた。

 

「アンジュったら、まだやってたんだ!!」

 

そんなヴィヴィアンをよそにアンジュはずっと走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、更に走り込んだアンジュ。

ようやく目標走行距離を走り終えた時には、もうクタクタに疲れ切っていた。

 

「ハァ………ハァ………ハァ………。」

 

アンジュは長椅子に腰かけ、タオルを頭から被って、俯く。

そのまま、息を整えようとした。

 

 

「ここにいたのね、アンジュ。」

 

すると、そこへサリアがやって来た。

 

「ハァ……ハァ……さ、サリア………。」

 

アンジュはまだ息が切れた状態のままだった。

その状態で喋ろうとすると、かなり辛いのである。

 

「何してたの? ……まあ、いいか。

 はい。これ、部屋の鍵ね。」

 

そういうと、サリアは部屋番号が刻み込まれた鍵をアンジュに手渡した。

 

「今日から、そこがあなたの部屋よ。次の新兵が入って来るまでは一人で使っていいわ。」

 

「ありがとう。」

 

鍵を受け取ったアンジュは、短く一言だけ言った。

 

「それじゃあ、また明日。 おやすみ。」

 

そう言うと、サリアはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

「さてと………」

 

その後、ようやく息が整ったアンジュは立ち上がった。

 

「今日はこの辺にして……明日も早いから、そろそろ寝よう。」

 

アンジュはトレーニングルームを後にした。

 

 

 

そして一人でシャワー室で体を洗うと、自分の部屋に向かう。

 

「……………。」

 

ドアの鍵を開けて、中に入る。

すると、そこには殺風景な部屋があった。

 

あの日に見た光景と全く同じものが、そこにはあったのである。

 

(あの日のままね。)

 

部屋の中を見渡して、自分があるべき場所に戻って来た事を改めて実感する。

 

部屋の壁にカレンダーが掛けてあった。

すると、アンジュはそのカレンダーの、“ある日”に印を付ける。

 

それは前回にモモカと再会を果たした、あの日である。

 

(待っててね、モモカ。また会える、その時までに……私、必ず強くなるから。)

 

 

 




というわけで今回はここまで。
次回は引き続き、アンジュのトレーニングと、アルゼナルメンバー達とのコミュニケーション回です。


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第3話  贖罪の機会

 

 

あれからアンジュはひたすら鍛錬に励んでいく。

隊の訓練以外にも、空き時間を使って、自主的にトレーニングをした。

 

パラメイルシミュレーターを使っての操縦訓練に加え、トレーニングルームでの各種器具を

使っての体力練成。

己の体をいじめ抜くかのように、がむしゃらにトレーニングをやり込んだ。

そして、いつもトレーニングの締めには、ランニングマシーンでの、スタミナが尽きるまでの

走り込み。

 

これらが終わる頃には、もう夜も遅くなっている。

くたくたに疲れ切った状態で部屋に帰っては、泥のように深い眠りについた。

 

しかし次の日は朝早くに起床。

寸暇を惜しんで、トレーニングに打ち込む。

 

 

そんな生活をずっと繰り返していったアンジュ。

そのおかげで体力は大きく向上。

“前回”の最期の時点での身体能力をも超えるほどに強化された。

 

 

そしてアンジュは、体力強化がある程度進んだ時点で、次は格闘訓練にも着手し始めた。

 

トレーニングルームの中には、格技訓練用の設備も備えられている。

アンジュはそこに設置されていたサンドバックを使った。

 

一心不乱にサンドバックへ、パンチやキックを叩きこんでいく。

繰り返していくごとに、その打撃はキレが増して鋭くなっていった。

 

 

更にアンジュは格闘訓練と並行して、射撃練習にも取り組む。

 

射撃場へと足を運んでは、銃を手に取り、それを構える。

レンジに設置された的に銃口を向け、トリガーを引き、的を射抜いていった。

 

何度も何度も射撃場に足を運び、ひたすら訓練に精を出す。

こうする事によって銃火器の扱いも、“前回”以上に習熟していったのである。

 

 

 

このようにして、アンジュはアルゼナルに入営してから、ずっとこの調子であった。

暇さえあれば、鍛錬に没頭する。

 

そして、そんなアンジュを興味深そうに遠目で見ている、アルゼナルの者達。

 

その中にはヒルダの姿もあった。

 

(あいつ………今日もやってたのか。)

 

アンジュの、一生懸命鍛錬に打ち込む姿を見たヒルダは思った。

アンジュの必死さは、遠目に見ていたヒルダにも伝わってくる。

 

(何でそんなにも必死になってんだ?)

 

アンジュの胸の内など、ヒルダには知る由もない。

しかし彼女は、初めて会ったあの日以来ずっとアンジュの事が気になっていたのである。

 

(まあ、私には関係ないし、どうでもいい事か。)

 

ヒルダはそう思いながらも、気がつけば無意識のうちにアンジュの事を目で

追ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は流れていき、ある日の事……。

 

その日、アルゼナル隊員達の各種能力テストが行なわれた。

勿論アンジュもそれを受けさせられる。

シミュレータを使ってのパラメイル操縦テスト。

重荷を担いでの障害走や、ロープを使っての壁登りなどの、体力テスト。

その他にも、射撃テストや格闘テスト等々……。

 

そして、アンジュはその全てのテストで、非常に優れた好成績を叩き出した。

まさに、群を抜くほどである。

その事によって、アンジュはたちまち、アルゼナルの皆から注目の的となった。

 

 

 

「凄い……。」

 

この時、アンジュの奮闘ぶり見ていたココは思わず呟いた。

そして、ココはアンジュに対する、強い憧憬の感情を抱いたのである。

 

 

「へぇ……やるじゃないか。」

 

同じく、アンジュの姿を見ていたゾーラも呟いた。

舌なめずりをしながら………。

 

(うっ……!! 何か変な視線を感じる。)

 

その時、アンジュの背筋に悪寒が走る。

ゾーラの、獲物を見るような視線で、ゾワゾワとした感覚がして、身に危険を感じたのであった。

 

どうやらアンジュは、ゾーラから完全に目を付けられてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

一方その頃………。

 

 

「例の新人なんですが、パラメイル操縦能力や基礎体力、反射神経、白兵戦対応能力、

 戦術論の理解度……その全てが平均値を大きく上回ってます。」

 

「ほう。優秀じゃないか。」

 

司令のジルは、アンジュのテスト結果に関する報告を受けている。

ジルが言った通り、実際にアンジュの成績はすば抜けており、目を見張るものがあった。

 

「アンジュ………元皇女……………使えそうだな。」

 

ジルはそう呟きながら、格納庫の奥の方へと歩いて行った。

薄暗い、格納庫の奥へと………。

 

 

すると、そこには一機のパラメイルが駐機していた。

 

「パラメイル操縦適正……特筆すべきものあり、か……。」

 

ジルの目の前にあったのは、シートを被された、古ぼけたパラメイルであった。

ここ最近使われたような形跡が一切無い機体である。

 

「もうしばらくの間は、様子見だな。」

 

そう言うと、ジルは懐から指輪を取り出す。

それは嘗てアンジュが持っていた、皇族の指輪であった。

アルゼナル入営の際の身体検査で没収した物である。

 

その指輪を眺めながらジルは言った。

 

「ミスルギのお姫様は、果たして“ヴィルキス”の鍵となるのか。

 見極めさせて貰おう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それから翌日。

 

「そんでさー、アンジュったら凄いさー。」

 

その日、アルゼナルの食堂にて、ヴィヴィアンがエルシャと一緒に食事を取っていた。

 

「アンジュったら、本当にもうキレッキレでさ!」

 

ヴィヴィアンは興奮気味に話している。

 

「もう、ヴィヴィアンったら……。ほら、口の周りが汚れてるわよ。」

 

そんなヴィヴィアンを窘めるエルシャ。

こうしていると、エルシャはまるでヴィヴィアンの保護者みたいに見える。

ヴィヴィアンの口の周りを拭いてあげている彼女は、まるで母親みたいだった。

その事からも、エルシャが世話焼きな性分だという事が窺える。

 

 

 

すると一人の者が、そのテーブルの所へやって来た。

 

「ここ、空いてる?」

 

「あ! アンジュ。」

 

ヴィヴィアンが振り返ると、そこにいたのはアンジュだった。

 

「空いてるよ。どうぞ。」

 

ヴィヴィアンがそう言うと、アンジュはトレーをテーブルの上に置いて、椅子に座った。

 

すると、ヴィヴィアンがアンジュに積極的に話しかけていく。

 

「ちょうど今、アンジュの事を話してたんだけどさ。」

 

「私の……?」

 

「うん。 アンジュ、この前のテストでぶっちぎりの成績を出してたよね。

 いや~、あの時のアンジュって凄かったよ。

 それにアンジュって普段から一生懸命に自主練とかしてたけど、アンジュってば仕事熱心

 なんだね。」

 

話しかけるやいなや、ヴィヴィアンはテンション高めでペラペラと喋りだす。

思った事を率直に話していったのだった。

 

 

(ヴィヴィアンは本当に………無邪気というか、何というか……。)

 

アンジュは思った。

 

明るく無邪気な性格のヴィヴィアン。

そんなヴィヴィアンを見て、アンジュは心が和んだ。

 

 

「そうよね。でも、あまり無理をしちゃ駄目よ、アンジュちゃん。

 ちゃんと適度に休んでる?」

 

そう言ったのは、エルシャである。

 

(相変わらず、優しいのね………エルシャ。)

 

自分の事を気遣ってくれるエルシャの優しさに、アンジュは心が温まるのを感じた。

 

 

そんなエルシャに、アンジュは微笑みながら返した。

 

「大丈夫よ、エルシャ。睡眠だってちゃんと取ってる。」

 

「そう。ならいいんだけど。」

 

すると、ヴィヴィアンが言った。

 

「むぐむぐ……エルシャは……むぐむぐ……心配性だなー。」

 

「ヴィヴィアン……とりあえず、食べるか喋るか、どっちかにして。」

 

すかさずツッコミを入れるアンジュ。

 

そんな感じで、アンジュはエルシャとヴィヴィアンと一緒に、楽しげに談笑しながら一時を

過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あくる日も、アンジュは体力練成に精を出した。

トレーニングルームで汗が流すのが、もはや日課となっている。

 

「ふぅ……。今日はこの辺にしておきましょう。」

 

アンジュがタオルを手に取って、汗を拭う。

そんな彼女に駆け寄る者がいた。

 

「あ、あの……。」

 

「ん?」

 

「よかったらこれ、どうぞ。」

 

そう言って、スポーツドリンクを手渡そうとしたのは、ココであった。

 

「ココ………。」

 

「アンジュさん……私の名前、覚えていてくれたんですか!?」

 

アンジュが自分の名前を口にした事に感激するココ。

 

 

すると、そこにもう一人の者がやって来た。

 

「あら? 意外だね。 ココの名前、ちゃんと覚えてたんだ。」

 

そう言ったのは、ミランダである。

 

「ミランダ……。」

 

「私の名前も覚えていてくれたの?」

 

ミランダも、自分の名前をアンジュが覚えていてくれたことに、少々驚く。

 

 

すると、ミランダは言った。

 

「ココったら、アンジュにベタ惚れでさ。」

 

「だってアンジュ様って凄いんだもん。

 強くて、ストイックで、何でも出来て………本当に格好良かった /////」

 

ココは頬を赤くしながら言った。

彼女はここ最近のアンジュの様子を、ずっと遠くから見てきた者である。

そんな中でアンジュの姿に惚れ込み、憧れの感情を抱いているのだ。

 

そして、かく言うミランダもまた、アンジュに対して興味津々だった。

アンジュは元皇女であり、それはココやミランダにとっては、それこそ絵本の中でしか見た事が

無いような存在である。

だから二人はアンジュに対して強い関心を持っていた。

 

特にココは、そういうものに対して、ずっと以前から憧れ続けていたため、こうして話が出来るという事が、夢のような心地なのであった。

 

(本当にあったんだ……魔法の国。そして、その魔法の国の王女様が今、こうして

 目の前に……… ////// )

 

ココの心臓が高鳴りっぱなしだった。

 

 

すると、ココはある話題を切り出した。

 

「あの……アンジュ様……。」

 

「何?」

 

「アンジュ様のいた国って、どんな所だったんですか?」

 

するとアンジュの表情が急に険しくなる。

しかし、ココはそれに気づかずに続けた。

 

「詳しくは知らないけど、外の世界は夢のよう魔法の国だと聞いていました。」

 

 

 

その時、アンジュの脳裏に浮かんだのは、嘗て自分を迫害したミスルギ皇国の民衆の姿だった。

 

 

―― 殺せ、殺せ!! ――

 

 

―― ノーマを叩きのめせ!ぶち殺せ!! ――

 

 

今でもハッキリ思い出せる。心を抉るような罵声の数々。

 

 

 

―― この化け物め!! ――

 

 

―― 思い知りなさい!これはノーマとして生まれてきた罪!! ――

 

 

―― 死ねばいいんだわ ――

 

 

嘗て親友だった者達が……最愛の家族が……ノーマであるというだけで掌を返して、

迫害してくる。

民衆も思考停止し、魔女狩りの如く、たった一人の相手を寄ってたかって痛めつけて、その事に

何の躊躇も無く……それどころか皆で愉しむ有様。

それは、あまりにも醜悪な者達のいる世界である。

 

そんな実態を知らずに、外の世界に幻想を抱き、憧れてしまっているココ。

アンジュは、そんなココが哀れに思えて仕方がなかった。

 

だからアンジュは、ココの質問に対し、ありのままの事を話した。

 

「腐敗に満ちた、汚い世界よ。」

 

「えっ!?」

 

ココの驚愕の表情を浮かべるが、アンジュは続けて言った。

 

「腐った家畜共が溢れかえっている醜悪な世界……思い出しただけで、反吐が出そうになるわ。」

 

アンジュは吐き捨てるかのように言い切った。

その上で、アンジュはココに、諭すように言う。

 

「夢を壊すようで悪いんだけど……あんな腐った世界なんかよりは、このアルゼナルの方がまだ

 マシよ。

 魔法の国だなんて、そんな幻想は捨てた方がいいわ。

 そんな物はこの世には有りはしないのだから。」

 

そう言った時、アンジュはどこか悲しそうな表情を浮かべていた。

そのアンジュの表情を見たココとミランダは察した。

 

(アンジュ様……………なんて悲しそうな顔を……。)

 

(向こうの世界で、辛い事があったのね。)

 

 

 

 

嫌な事を思い出させて辛い思いをさせてしまった……そう思うと、ココはとても申し訳ない

気持ちになった。

 

「ごめんなさい、アンジュ様……。」

 

 

しかしそんなココに、アンジュは優しく微笑みながら言った。

 

「別にあなたが謝る事なんてないわ。 気にしないで。」

 

すると、アンジュは改めて、ココとミランダへ向き直った。

 

「私達、同じ新兵同士だけど……これから、よろしくね。」

 

そう言ってアンジュは手を差し出した。

 

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

ココその手を握り返す。

 

そして、アンジュはミランダとも握手をしようとする。

 

「よろしくね。」

 

ニコッと笑顔を浮かべるアンジュ。

 

 

「…………!!」

 

その笑顔を間近で見たミランダは思わずドキッとした。

ミランダには、この時のアンジュの顔がキラキラと輝いて見えたのである。

 

「よ、よろしく /////」

 

眩しくて直視できず、少し目を逸らしながらも、ミランダは何とかその手を握り返した。

 

 

 

 

「それじゃあ、また明日ね。」

 

そう言うと、アンジュはその場を立ち去って行った。

そのアンジュの後姿を見送ったココとミランダ。

 

「あぁ……………アンジュ様の手を握っちゃった /////」

 

ココは頬を朱色に染めながら、その手をさする。

この時の彼女の表情は、どこかうっとりとしていた。

 

そんなココの姿を横目で見ながら、ミランダは思う。

 

(今ならココの気持ちがよく分かるわ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方……アンジュは先程までとは打って変わって、再び険しい表情をしていた。

 

(ココ……ミランダ………。)

 

アンジュは思い起こしていた。

“前回”で二人が死んだ、あの瞬間の事を……。

 

人間の体がまるで紙切れの如く、いとも容易く切り裂かれる……

化け物に体を引き千切られ、食い殺される、無惨な光景。

 

その断末魔の映像が脳裏でまざまざと蘇ってくる。

 

「うっ………!!」

 

アンジュは、思い出した途端に強烈な吐き気を感じた。

しかし、何とか堪える。

 

 

(ごめんなさい………。)

 

アンジュは心の中で、謝罪に言葉を呟いた。

再び罪悪感が込み上げてきたのである。

 

本来だったら取り返しのつかない過ち。

しかし、奇跡によって、罪滅ぼしの機会が巡ってきた。

だから、アンジュは改めて決意した。

 

(今度は絶対に死なせない。 私が必ず守る。)

 

アンジュはその拳を強く握りしめ、そして心に誓った。

贖罪の思いと共に……。

 

 



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第4話  二度目の初陣

 

いよいよ、“あの日”がやって来た。

“前回”において、アンジュが初出撃をした、あの日である。

 

アンジュはこの日、いつでも出撃できるように、心構えをして待機していた。

そこへ突如として鳴り響く警報。

アンジュはすぐさま駆け出す。

ライダースーツを身に纏い、フライトデッキへ向かって走った。

 

「全機発進準備だ! 急げ、モタモタするな!!」

 

整備士達が慌ただしく動き回る中、第1中隊のメンバー達が次々と集まって来た。

いよいよ実戦の時である。

 

 

メンバー全員の集合を確認したサリアがゾーラに報告する。

 

「隊長。第1中隊、全員集合しました。」

 

「よし。 生娘共、初陣だ。 しっかり付いて来いよ。」

 

「「は、はい!!」」

 

ココとミランダが緊張気味に答えた。

どんなに訓練を積んでも、初の実戦ともなれば、やはりどうしても緊張してしまうものだ。

 

そんなココとミランダの二人を横目で見ながら、アンジュはここで改めて、頭の中で作戦目標の

確認を行なった。

 

(ドラゴンの撃退。 そして、ゾーラ、ココ、ミランダの被撃墜を阻止しての生還……。)

 

“前回”のアンジュの初陣の際に戦死してしまった三人を無事に生還させる事である。

とは言え、ゾーラに関してはベテランのライダーであるから心配は無い筈。

つまり実質、アンジュが注意しなければならないのは、新兵のココとミランダの二人である。

 

 

 

「各員、乗り込め!!」

 

ゾーラの掛け声とともに、ライダー達は各自の機体に搭乗していく。

そして全機の発進準備が完了した事を、ゾーラは確認した。

 

「進路クリア。 ゾーラ隊、出撃する。」

 

先頭のゾーラ機が発進すると、他の機体も続いて、次々と発進していく。

 

第1中隊は、全機が発進すると上空で編隊を組み、作戦空域へ向けて飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、出撃から数十分後。

第1中隊は作戦空域到達まで、あと少しという所まで進出した。

 

「隊長機より各機へ。そろそろ接敵する頃だ。これより全機は戦闘態勢を取れ。」

 

「「「イエス・マム。」」」

 

各機がフォーメーションを組んだ。

アンジュ機は事前の打ち合わせ通り、陣形後列に展開。

その位置は、ココ機とミランダ機に隣接する位置である。

アンジュはパラメイルの操縦をしながら、二人の事に注意を払った。

 

 

 

その時、アンジュ達の前方の空に、突如として稲妻が走る。

同時に、空間に裂け目ができた。

その裂け目は次第に大きくなっていき、やがて巨大な穴となる。

 

「シンギュラー、開きます。」

 

オペレーターが警戒を促した。

 

空間に出現した巨大な穴。

それが所謂シンギュラーという、異次元へ通じる穴である。

その穴から怪物達が飛び出してきた。

 

「来たな。」

 

ゾーラが不敵な笑みを浮かべた。

彼女の目線の先にあったのは、シンギュラーより襲来した怪物達。

その怪物こそが、ノーマ達が戦うべき敵であり、人類の脅威となる存在……すなわち即ちドラゴンである。

 

巨大な1頭のドラゴンに、その周囲を囲むように飛んでいる大量の小型ドラゴン。

巨大なのはガレオン級であり、小さな群れはスクーナー級である。

 

 

「敵、ガレオン級1。スクーナー級22。」

 

敵を観測した管制室より、敵の戦力情報が各員に知らされる。

すると即座にゾーラが動いた。

 

「いくよ。 全機駆逐形態。」

 

「「「イエス・マム」」」

 

すぐさま、全パラメイルがフライトモードから、アサルトモードという人型の形態へと

変形していった。

アンジュ機もアサルトモードへ変形し、対ドラゴン用ライフル型機銃を構える。

 

「攻撃開始!!」

 

ゾーラの号令と共にパラメイルの火器が一斉に火を噴く。

 

放たれた弾丸が次々と、敵の群れへと降り注いだ。

無数の機銃弾がスクーナー級の体を射抜く。

そして大口径砲弾が炸裂し、複数の敵をまとめて吹き飛ばしていった。

 

弾幕の猛攻に、ドラゴン達は血飛沫をあげて、次々と落ちていく。

 

「チッ……ウジャウジャと湧いてきやがって。」

 

前衛のヒルダが思わず舌打ちしながらも、敵を撃ち落としていった。

同じく前衛のゾーラとサリアも手際良く、敵を捌いていく。

 

 

しかし敵は数が多い上に、高速で突っ込んで来た。

 

「まずい。 おい!そっちに何頭か行ったぞ!!」

 

ゾーラが言った。

複数のドラゴンが、前衛のゾーラ達を飛び越えて、後衛陣を目がけて突撃してきたのである。

 

 

 

 

「いやっ!!! 来ないで!!」

 

ココが悲鳴を上げた。

突如、ドラゴンが目の前に迫って来た恐怖で、一気に冷静さを失ってしまったのである。

 

そのままドラゴンがココの機体に取りついてしまった。

このままではドラゴンに引き裂かれてしまう。

 

「いやああああ!! 放してえええ!!!」

 

ココはたちまちパニックに陥る。

 

 

「ココ!!」

 

ミランダは叫んだ。

この時、ミランダ機にも敵が迫っていたのだが、ココの方に気を取られてしまったせいで反応が

遅れた。

 

「あっ!!」

 

ミランダが気づいた時には、敵はもう目前まで迫って来ていた。

ドラゴンが今まさに牙を突き立てようとしていたのである。

 

「ひぃっ!!!」

 

ミランダは恐怖で体が竦み、反射的に目を瞑った。

 

 

 

「………………………ん?」

 

しかし、いつまでたっても何も起こらない。

そこで恐る恐る目を開けてみる。

すると、そこにあったのは、血飛沫をあげながら墜ちていく敵の姿………そしてアンジュの

搭乗機、グレイブ型パラメイルの姿だった。

 

 

アンジュはミランダの無事を確認すると、すぐさまスロットル全開にし、全速力でココの救援に

向かう。

その時、敵がココの機体に喰いつこうとしている所だった。

 

「させるか!!」

 

アンジュ機はこれに急速接近し、そして機銃で敵の体をピンポイントで撃ち抜いた。

敵は断末魔の呻き声を発しながら墜ちていく。

ココの機体から敵を引き剥がす事に成功した。

 

アンジュが見て確認したところ、ココは無事であった。

 

 

「アンジュ様!?」

 

ココは驚き、目を見開いた。

今まさに自分に喰らいつこうとしていたドラゴンが、突然に血を噴いて、墜ちていったのである。

 

冷静さを取り戻し、落ち着いて周りを見渡すココ。

その時、アンジュに助けられたという事はすぐに分かったのである。

 

すると通信機越しのアンジュの声が聞こえてきた。

 

「二人とも落ち着いて。冷静に……。」

 

そしてアンジュは混乱していた二人を鎮めるように言う。

 

「大丈夫よ。 冷静に訓練通りにやれば、生還できる。私がフォローするから。」

 

「「はい。」」

 

その言葉で、ココとミランダは冷静さを取り戻す事が出来た。

 

(アンジュ様…………。)

 

(ありがとう、アンジュ。おかげで助かったよ。)

 

今の二人にとってアンジュのその声は、助けられた直後という事もあって、非常に頼もしいものに感じられた。

だから精神を落ち付かせるのに、十分な効果を発揮したのである。

 

 

そして敵と交戦しながらも、アンジュ達の様子を見ていたゾーラは一安心した。

 

「やるじゃないか、アンジュ。あっちは任しといても大丈夫そうだな。よし。

 それじゃ、こっちも一気に畳み掛けるか。」

 

 

 

こうして第1中隊とドラゴン群との戦闘は、第1中隊が圧倒的優勢に立って、推移していった。

敵は次々と撃ち落とされていき、その数は順調に減っていく。

 

そして遂にスクーナー級の殲滅は完了。

あとはガレオン級を残すだけとなった。

 

 

 

「残すはこのデカブツだけだ。一気に止めを刺しにいくぞ。

 全機、凍結バレット装填。」

 

ゾーラの指示で、全機が凍結バレットを装弾し、敵ガレオン級を取り囲んだ。

そして彼女達の攻撃が次々に、その巨体へ撃ち込まれていく。

さすがに大型ドラゴンだけあって、防御力が高く、耐えていたのだが、こうなっては

もはや時間の問題であろう。

 

 

その様子にアンジュも、とりあえずは安心した。

 

(これなら誰も死なずに任務を終えられそう。)

 

そう思ったアンジュは、自分もガレオン級への攻撃に参加しようと前に出る。

すると、今まさにゾーラが敵に止めを刺そうとしていた瞬間であった。

 

 

 

その時である。

 

 

「!!!」

 

アンジュが何かに気づく。

そしてアンジュは叫んだ。

 

「ゾーラ、上!!」

 

「何!?」

 

ゾーラが上へと目を向けると、そこには一頭のスクーナー級がいて、自分目掛けて

急降下してきていた。

 

「しまった!!」

 

ガレオン級以外はすでに殲滅したと思われていたのだが、スクーナー級がまだ一頭だけ

残っていたのである。

どういうわけかセンサーが捉える事が出来なかった。

そして、その一頭は頭上の死角からゾーラに襲いかかる。

 

ゾーラは咄嗟に撃ち落とそうとするも、あと一歩間に合わず、スクーナー級に取りつかれて

しまう。

 

 

ゾーラは機体に取りついた敵を振り払おうともがく。

 

「くっ……放せ!!」

 

そして何とか機体の足を使って敵を蹴り飛ばし、引き剥がす事が出来た。

しかし僅か数秒の間だったとは言え、動きを止められて、それが隙になってしまう。

 

その小さな隙が命取りとなった。

 

 

「…………………あ。」

 

ゾーラが前方に目を向けると、そこには敵の放った攻撃が目の前にまで迫って来ていた。

この距離ではもう避けられない。

 

そして、この時のゾーラには全ての物の動きがスローモーションに見えていた。

 

(何だこれ? ああ、そうか。これって所謂、死の瞬間ってやつか。)

 

ゾーラはこの時、死を悟った。

 

ここは戦場であり、いつ誰が死んだとしてもおかしくはない。

どんな凄腕のベテランであろうとも、あっさり死んでしまう事だってある。

戦場とはそういう物であり、ゾーラはその事が分かっていた。

 

死の覚悟は常日頃からしてきたゾーラ。

だから己の死をすぐに受け入れる事が出来た。

 

(これが私の最期か。あっけないねぇ………)

 

心の中で呟くと、ゾーラはそのまま目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾーラがスクーナー級に取りつかれた時………アンジュはその瞬間を見ていた。

 

そして、ゾーラ機に一撃を叩き込もうとしているガレオン級にも……。

 

「まずい!!」

 

アンジュ即座にスラスターを最大推力にし、全速力で駆け抜けた。

 

「間に合え!!」

 

 

すると突然アンジュの脳裏に、あの光景が蘇ってきた。

 

物言わぬ屍と化したゾーラが、夥しい量の血を流し、光を映さなくなった虚ろな瞳で、

自分を見下ろす、あの光景。

突如フラッシュバックのように思い出したのだ。

 

このままではあの光景が再現されてしまう。

 

(それだけは…………それだけは、絶対に駄目!!!)

 

アンジュは必死で機体を飛ばした。

 

しかし、そうしている間にも、敵の攻撃はゾーラを打ち落とそうとしている。

もはや後先考える余裕なんて全く無かった。

アンジュは全速力でゾーラの所へ飛ぶ。

そして、そのままパラメイルの腕でゾーラの機体を突き飛ばした。

 

 

「なっ!! アンジュ!?」

 

ゾーラは突然の事に驚き、目を見開く。

その目に見えたのは、自分を庇って、突き飛ばしたアンジュの機体。

そして、アンジュに敵の攻撃が当たる瞬間だった。

 

 

アンジュは衝撃に襲われる。

 

「がぁっ!!」

 

凄まじい激震で体を揺さぶられ、狭いコクピットの至る所に体をぶつける。

肺の中の空気が吐き出され、同時に激しい痛みを感じた。

 

「げほっ!! ぐっ………うぅ……。」

 

破壊された計器やモニターが、破片と火花を撒き散らす中、アンジュは呻き声を上げた。

体がバラバラになってしまいそうな痛みで、意識を持っていかれそうになる。

ふと、アンジュは自分の体を見るが、至る所から血が溢れていた。

 

機体が真っ逆さまに落ちていく。

 

「アンジュ!! アンジュ!!!!」

 

薄れていく意識の中、無線機から聞こえてくるゾーラの声。

 

(やった……………今度は……死なせなかった。)

 

その声を聞くことによって、アンジュはゾーラが難を逃れた事を辛うじて理解できた。

その事に安心したアンジュは、直後に完全に意識を喪失。

搭乗機は海面に激突した。

 

 

 

 

 

 

「アンジューーーー!!!!」

 

ゾーラは絶叫した。

叫ばずにはいられなかった。

自分を庇い、助けてくれたアンジュが目の前で落とされたのだ。

 

すぐに助けに行こうとするが、そんなゾーラの前にガレオン級が立ち塞がる。

すると次の瞬間にゾーラは咆哮した。

 

「クソがああああああ!!」

 

鬼のような形相をしながら叫ぶ。

 

「邪魔すんじゃねえええええ!! くたばれ!!!」

 

アンジュを助けに行くためにも敵を迅速に排除しなければならない。

だからゾーラはガレオン級に全力の猛攻をかけた。

そして中隊各機も、それに続く形でガレオン級を攻撃。

それが止めとなり、遂に最後の敵を仕留める事が出来た。

 

 

 

ゾーラは敵殲滅を確認するや否や、即座に低空に降下。

アンジュの墜落地点へと急行した。

 

「アンジュ、どこだ。」

 

海面を見渡すが、アンジュは見当たらなかった。

機体の一部の破片だけが水面を漂っているだけである。

 

「アンジュ、どこなんだ。 返事をしてくれ。」

 

どんなに目を凝らしてみても見つからなかった。

 

 

 

その後、ゾーラ率いる第1中隊の全機で、墜落地点周辺を手分けして探したが、アンジュの救助は

出来なかったのである。

ギリギリまで粘って探したが見つからず、このままでは燃料切れになってしまうのでゾーラは

司令部に救助要請を出した上で全機帰投を命じた。

 

ゾーラにとって帰投命令を出すのが、こんなにも辛いと感じたのは初めてである。

 

ジルの命令の下、すぐさまアルゼナルより捜索隊が発進したが、結局その日はアンジュが

発見される事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここは……?)

 

アンジュは瞼をゆっくりと開けた。

 

すると目の前には天井が広がっていた。

どうやらベッドに寝かされていたらしい。

そして、その天井は明らかにアルゼナルの物ではなかった。

しかし、どこか見覚えがあるような気がする。

 

(私は確か戦闘中に落とされて………うっ!!)

 

覚醒し、意識が徐々にハッキリしてくると、痛覚も次第に呼び覚まされていった。

 

(くっ………と、とりあえず、生きているって事は分かったわ。)

 

痛みを感じるのは生きている証。

アンジュは痛みを堪えながら周囲を見渡して、状況を把握しようとした。

 

 

 

 

 

(……………………………え?)

 

 

次の瞬間、アンジュはフリーズする。

 

アンジュが顔を横に向けると、そこには一人の男がいた。

その男はアンジュに寄り添うようにして眠っている。

 

その時、アンジュは自分の体を見た。

すると、布団が覆い被されていたものの、その下は裸になっていた事はすぐに分かった。

 

気を失い、目が覚めたと思ったら、服を脱がされ裸にされ、しかも男が隣で寝ている。

それが今のアンジュが置かれた状況であった。

 

(なっ……なっ……… ////// )

 

アンジュの顔は真っ赤になり、頭の中はパニック状態で、脳の処理が追いつかない。

こんな状態では、もはや痛覚すらも麻痺する。

 

 

そして…………

 

 

(何よこれえええ!!!)

 

アンジュは声にならない叫びを上げた。

 

 

 

 




次回、何とあの男が登場。て、言わなくても、この時点でもう分かるか。


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第5話  タスク

 

 

 

アンジュが消息を絶った後、すぐさまアルゼナルから捜索隊の第一陣が発進した。

しかし発見の報は届かず、時間だけが過ぎ去っていく。

 

そんな中、捜索隊の第二陣が発進準備を進めていく。

すると、航空機の離陸準備をしていたメイ達の所に、ゾーラがやって来た。

 

「あたしも乗せてくれ。」

 

「ゾーラ! でもあなたはさっき帰ってきたばかりじゃないか。」

 

「それでも行くよ。 それに……あいつは、あたしを庇って墜とされたんだ。

 だからせめて、あたし自身の手で助けねぇと……。」

 

部下が自分を助けようとした結果、墜とされてしまった。

隊長として、これ以上に悔やまれる事は他にはない。

 

「分かった。」

 

そんなゾーラの心中を察したメイは、ゾーラを乗せようとした。

 

すると……

 

「待ってください。私達も行きます。」

 

そこに、やって来る人影があった。

 

「ココ! それにミランダ、ヴィヴィアン、エルシャまで!」

 

ゾーラは目を見開いた。

 

 

「私にもお手伝いさせてください。私もアンジュ様を助けたいんです。」

 

「私も。 ………それに一刻も早くアンジュを見つけないと……。」

 

ココとミランダが言った。

二人とも元々アンジュに対して好意的であった事に加え、先の戦闘の際に助けられた事もあって、

アンジュの事を心から慕っていたのだ。

 

 

「私には分かるもん。アンジュはまだ生きてるって。」

 

ヴィヴィアンは断言した。

それは単なる希望的観測ではなく、彼女の直感がそうさせているのである。

 

 

「そうよ。 それにアンジュちゃん、きっとお腹空かせてるわ。」

 

そしてエルシャはその手にバスケットを持ちながら言った。

 

それらを見たメイは頷くと、彼女達の搭乗を促した。

 

「そろそろ出発するから、早く乗って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃………

 

 

アンジュは声が出なかった。

目が覚めるや否や、全く予想だにしていなかった事態に直面し、フリーズしてしまう。

 

(何なの、これ!? 本当に何なのよ!!!?)

 

アンジュは天井を見上げながら心の中で叫んだ。

意識を失った状態から目が覚めたら、服は脱がされてる……男が隣で寝ている……もはや全く

意味が分からない。

状況が理解出来ない。

 

 

しかし、そこでアンジュはある事に気づいた。

 

(あれ? そう言えば、この男……どこかで見た事あるような気が……。)

 

それはアンジュの隣にいる男の事である。

先程はあまりにもビックリし過ぎて、よく見ずに目を背けてしまったが、

一瞬だけ見えたその顔は、どこか見覚えがある物だった。

 

そこで、アンジュはもう一度、隣にいる男の顔をよく見てみる。

すると、アンジュは目を見開いた。

 

 

(なっ!! タスク!!!)

 

 

そこにいたのはタスクだった。

 

“前回”アンジュが遭難した時に、助けてくれた男である。

 

(どうしてタスクがここに!?)

 

未だ頭が混乱気味のアンジュ。

 

 

 

すると、目の前のタスクが目を開けた。

 

「あ……おはよう。目が覚めたようだね。」

 

何事も無かったかのように普通に話しかけるタスク。

 

 

それに対してアンジュは………

 

「何してんのよ、あんたはああああああああ!!」

 

思わず叫んだ。

 

「これは一体どういう事な、ぐっ!!!」

 

続けて怒鳴ろうとしたアンジュだったが、叫んだ拍子に体に激痛が走り、言葉が途切れる。

 

「うぅ……。」

 

「駄目だよ、急に動いたら!

 全身数ヶ所に打撲と裂傷……致命傷になっていないとは言え、重症である事に変わりは

 ないんだから。」

 

タスクはアンジュを宥めようとする。

するとアンジュは痛みで表情を歪めながら言った。

 

「くっ………何で私の服が脱がされているのよ。

 あんた………事と次第によっては只じゃ措かないわよ。」

 

その言葉には、どこか殺気がこもっていた。

それを聞いたタスクは慌てて弁明した。

 

「いや、ちょっと待って! ち、違うんだよ!

 僕が見つけた時には、君は全身傷だらけだったから、服を脱がして手当てしたんだ。

 決して厭らしい事なんて何もしてないよ。」

 

「本当に?」

 

アンジュは尚も警戒心を解かず、タスクを睨んでいた。

 

「本当だよ。

 だいたい、いくら何でも意識の無い女の子……ましてや怪我人を襲うなんて、そんな事は絶対に

 しないよ。」

 

そこでアンジュは改めて、掛け布団の下の、自分の体を見てみる。

すると体中の至る所に包帯が巻かれてあった。

タスクの言った通りで、それは打撲や裂傷の手当てをした痕跡である。

 

ここでアンジュはようやく状況を把握できた。

ドラゴンとの交戦中に撃墜され、漂流した事……。

そして偶然にも、“前回”と同様に、タスクのいるこの島に流れ着いたという事を……。

 

 

そしてアンジュは“前回”の、タスクとの出会いの事を思い出した。

 

嘗てアンジュが遭難した時、タスクには世話になっている。

パラメイルの修理をしてくれたり、食料を与えてくれたり……

そしてアンジュが毒蛇に噛まれた時には、手当てした上で看病までしてくれた。

 

その事を思い出したアンジュは、殺気を解く。

そしてタスクの言う事を信じる事にした。

 

「分かったわ。とりあえず、あなたの言う事を信じてあげる。

 それで、私の着てたスーツは?」

 

「それだったら、そこにあるよ。もうボロボロで使い物にならないけど。

 だから、代わりの服をこっちで用意しておいた。そこに置いてあるよ。」

 

タスクの指さした所には、衣服が綺麗に畳んで置いてあった。

アンジュはそれを一瞥すると、次は別の事を尋ねた。

 

「私が乗っていた機体は? あれはどうなったの?」

 

「ああ、あの機体ね。あれは完全に大破してたよ。

 とてもじゃないが、飛べる状態じゃない。」

 

「そう………。」

 

「何にせよ、とにかく今はじっと安静にしている事だよ。

 とりあえず、俺はこれから食料を取りに行くけど、大人しく寝てて。」

 

タスクはそう言い残すと、洞窟の外へ出ていった。

 

 

 

「………………。」

 

タスクの背中を見送ったアンジュは、そのまましばらく横になっていた。

 

(早いとこ、アルゼナルへ帰りたいんだけど……そのためには、あの時みたいに機体を

 修理しないといけないわね。

 損傷の度合にもよるけど、それなりに時間はかかる筈。)

 

ベッドで横になりながら考えるアンジュ。

 

 

そしてその後、しばらくの間大人しくしていたおかげで痛みもある程度治まってきた。

 

するとアンジュはゆっくりと体を起こした。

そして傍に置いてあった衣服を手に取る。

 

いくら掛け布団を被っているとは言え、裸のままではやっぱり心許ないので、その服を

着る事にしたアンジュ。

そこに置いてあった衣服は、ズボンとYシャツだった。

アンジュはそれらを素早く着る。

 

すると次は、ライダースーツの方に目を向けた。

そしてアンジュは顔を顰める。

 

(確かに、こんなボロボロで血塗れのライダースーツなんて、もう使えないわね。)

 

それは所々破れてボロボロになっており、しかも至る箇所に血液がこびり付いていた。

その血塗れのライダースーツが、物語っている。

如何にアンジュが危険な状態だったのかを………。

 

 

 

「あれ? もう起きて大丈夫なの?」

 

すると、そこにタスクが戻ってきた。

 

「ええ。痛みもだいぶ治まってきたわ。」

 

「そう。それは良かった。 あっ、そうだ。お腹空いてない?

 今から調理するから、ちょっと待ってて。」

 

タスクはそう言うと、取ってきた食料をその場に置いて、準備に取り掛かる。

 

しかしこの時、タスクは気づいていなかった。

足元に空き瓶が転がっていた事に……。

 

そしてタスクはそのまま空き瓶を踏んでしまう。

 

「うわっ!!」

 

空き瓶に足を取られ、バランスを崩したタスクはアンジュの方へと倒れこんできた。

 

「あっ!!」

 

自分の方へ倒れてきたタスクを見て、アンジュは思い出した。

 

“前回”、アンジュがタスクと一緒にこの島にいた際に発生した事故を……。

 

 

あの時もちょうど今みたいに、タスクがアンジュの方に倒れこんできた。

そして気がついた時には、タスクが顔面からアンジュの股へとダイブしていたのである。

しかも、そういう事が起きたのは一度や二度ではなかった。

その後もタスクは、事ある毎に、何かに躓いて倒れては、アンジュの股へ顔面から

突っ込むという事を繰り返したのである。

タスクはまさにラッキースケベ体質だったのだ。

 

 

それらの事を、タスクが倒れこんで来るまでの、ほんの一瞬の間に思い出したアンジュ。

しかしそうしている間にも、アンジュは倒れてきたタスクに押され、一緒に倒れそうに

なっていた。

 

そこでアンジュは咄嗟に、受身の姿勢を取ると同時に、素早く両足を閉じ、防御態勢を取る。

そして、そのままタスクが上に覆い被さるような形で、一緒に倒れた。

 

 

 

するとその時、何やら鈍い音が響いた。

 

「ん……?」

 

違和感を感じたアンジュは、仰向けに倒れた状態のまま、下の方に目を向ける。

 

「………あっ!?」

 

そしてアンジュは、鈍い音が鳴った原因を知った。

何とアンジュの膝がタスクの顔面にめり込んでいたのだ。

 

倒れこんできたタスクの顔が、ちょうどアンジュの膝の位置に来てしまっていた。

そのため、タスクの顔面に膝が直撃したのである。

 

 

「…………あ……が……。」

 

偶然にも膝蹴り(?)がクリーンヒットしてしまったタスクは白目を剥いた。

そしてタスクは、そのまま気絶したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……………あれ?」

 

しばらくした後、タスクは目を覚ます。

気がつくと、彼はベッドで横になっていた。

 

すると、心配そうに覗き込むアンジュの顔が見えてきた。

 

「大丈夫?」

 

「あ…………ああ。」

 

頬に痛みを感じながらも、彼はゆっくりと上体を起こした。

 

「何か記憶が飛んじゃってるだけど、何が起きた?」

 

「……………その事なんだけど………ごめん。」

 

とりあえず、アンジュは謝ることにした。

その上で、何が起きたのかを説明する。

 

タスクが倒れこんできた事自体は、決して故意では無かった。

それに対して、同じく故意では無かったとは言え、顔面に膝を叩き込んでしまった事は、

アンジュとしても悪い事をしてしまったと思っている。

 

「わざとじゃないんだけど……ごめん。」

 

「いや……別に………。」

 

「でもよくよく考えてみれば、元はと言えばあんたがいきなり転んだのが

 いけないんじゃない!!」

 

「えっ!!」

 

「ああ、もう! 謝って損した!!」

 

「……………………。」

 

 

すると、タスクが突然笑い出した。

 

「プッ………アハハハハハハ。」

 

「な、何よ?」

 

「いや、ごめんごめん。 ただ、謝ったり、急に怒り出したりで、何か変だなって思ってさ。」

 

「悪かったわね。」

 

アンジュは拗ねたように言う。

 

 

すると、タスクが改めてアンジュに向き直った。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったね。 俺はタスクっていうんだ。」

 

勿論アンジュは既に彼の名前を知っていたが、その事はおくびにも出さなかった。

 

「私はアンジュよ。 よろしくね。」

 

 

 

 





というわけで、タスクのラッキースケベは未然に阻止されました。
アンジュの身体能力、反射神経を強化した事による影響が、こんな所で・・・・(笑)


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第6話  敵襲

 

この日、タスクは海岸に足を運んだ。

その海岸は、アンジュが漂着した場所である。

アンジュの乗っていたパラメイルの残骸が、その浜に打ち上げられていた。

 

それは、手足が引き千切られ、装甲が剥がれ、完全に大破している。

人のような形をしているだけあって、その無惨な姿は、どこか痛々しかった。

タスクが調べたところ、通信機も含めて完全に破壊されており、飛ぶどころか連絡を取る事すら

出来ない状態になっている。

 

そこでタスクは早速、修理に取り掛かった。

工具箱を開け、中から修理道具を取り出して、作業を始める。

その動きは、どこか手慣れた感じだった。

 

(流石に飛べるようにする事は無理だが、せめて通信機だけでも修復しよう。

 そうすれば救難信号を出せるし、アンジュが仲間達の所へ帰れる。)

 

 

すると、タスクの頭に、ある考えが過り、彼は手を止めた。

 

(でも、アルゼナルに帰ったら、アンジュはまた戦わされるんだよな。)

 

タスクは思った。

確かに、パラメイルの修理はアンジュからの依頼である。

アンジュは仲間達の所に帰る事を切望していたのだから、その願いを叶えてあげたいという思いはタスクの中にあった。

しかしアンジュがアルゼナルに帰還すれば、そこで待っているのはドラゴンとの血みどろの戦いである。

常に死の危険と隣り合わせの戦場に、再び戻る事を意味する。

 

出来る事なら、そんな事にはしたくないと思うのも、また事実であった。

 

(本当にそれで良いのだろうか?)

 

タスクは迷いながらも、作業を進めていった。

 

 

 

 

 

 

そして日が落ち、暗くなってきた頃。

 

「とりあえず、今日はこれくらいにしておこう。」

 

タスクは作業を切り上げて、帰路につく。

 

「そうだ。今日は皆の所にも顔を出しておくか。」

 

するとタスクは、アンジュの待っている洞窟へ帰る前に、ある場所へと足を運んだ。

 

 

タスクがしばらく森の中を歩き続けていると、別の場所の海岸に出る。

 

そこにあったのは、地面に突き刺さって並び立っている無数のライフル銃だった。

そしてそれぞれの銃には、上からヘルメットを乗せてある。

 

それは兵士の墓標であった。

タスクはその墓標の前に立つと、黙祷を捧げる。

 

(父さん……母さん……皆……。)

 

タスクは、今は亡き者達に思いを馳せた。

 

 

 

すると、そんなタスクの後ろから声が掛けられる。

 

「タスク、こんな所にいたの。」

 

「アンジュ!」

 

タスクが振り返ると、そこにはアンジュがいた。

 

「アンジュ、大丈夫なのか? じっとしてた方が……。」

 

「大丈夫よ。もう痛みは治まったし……それに適度に動かないと、体が鈍っちゃう。

 それはそうと………。」

 

すると、アンジュはタスクの隣まで歩いて来た。

そして、立ち並ぶ墓標を前にし、アンジュは問いかけた。

 

「タスク……これは一体……?」

 

「それは………。」

 

アンジュの問いにタスクは答える事が出来ず、言い淀んだ。

 

 

 

その墓は、タスクの仲間達……戦いの中で命を落としていった者達を弔う為の墓標であった。

 

嘗て、タスクは彼らと共に、戦いに身を投じていた時期があった。

そしてその戦いの中で、両親も戦友達も……大切な者達が皆死んでいったのである。

 

タスクは、そんな失うばかりの戦いに、嫌気が差した。

だからある日、彼は戦いから背を向け、全てを投げ出し、逃げ出したのである。

そのような経緯があって、タスクは今、このような無人島で一人孤独に暮らしていた。

 

だからタスクはアンジュの問いに答える事が出来なかった。

自分が戦いから逃げて来たなんて事を、知られたくなかったのだ。

もし知られれば、軽蔑されてしまうかもしれない……そう思い、タスクは口籠った。

 

 

 

しかし、そんなタスクを他所に、アンジュは墓標の前に立った。

そして何も言わず、ただ目を瞑って合掌する。

 

 

「…………………。」

 

その後しばらくの間、沈黙が続く。

アンジュは墓前で黙祷を捧げ、死者達の冥福を祈った。

 

 

 

 

 

そして、しばらくの沈黙の後、アンジュは目を開き、立ち上がった。

 

「行きましょう。」

 

そう言うと、アンジュは踵を返す。

 

そんなアンジュを、タスクは思わず呼び止めた。

 

「なあ、アンジュ。聞かないの?」

 

「聞くって何を?」

 

「いや、それは………」

 

「言いたくないんでしょう? なら、無理して言う必要な無いわ。 私も聞かないから。」

 

「……すまない。」

 

「別に謝る事は無いわよ。………さあ、戻りましょう。」

 

そう言いながら、アンジュはタスクと一緒に、来た道を戻っていく。

 

 

 

この時、アンジュはタスクの事について考えていた。

 

(もしかして、タスクも私達と同じ……?)

 

アンジュの頭にはある考えが思い浮かんでいた。

それは、タスクも自分と同じノーマなのではないか、という考えである。

 

何故なら彼は今まで、一度もマナを使っていない。

“前回”のパラメイルの修理の時だって、マナを使えばいいものを使わずに手作業で修理していた。

ならばそれは、使わないのではなく使えないのだろう。

それは乃ち、彼がノーマだという事である。

 

本来ノーマは女性にしか生まれない筈なのだが、もしかしたら例外というものがあるのかも

しれない。

アンジュはそう思ったが、敢えてタスクには聞かないでおいた。

“前回”、タスクに問いかけた時、彼はハッキリとは答えずに、はぐらかされてしまったのである。

 

(何か言えないような事情があるのかしら?)

 

そう思ったから、詳しくは聞かずに、そっとしておく事にした。

 

 

(詳しい事は分からないけど、タスクが嘗て何らかの戦いに身を投じていた事は確かだわ。)

 

そしてアンジュは、多数の墓標が立ち並ぶあの光景を思い出す。

タスクが今まで、どこでどんな戦いをしてきたかはアンジュには分からないが、その戦いで多くの仲間達を失ってきた事は確かである。

だからアンジュは、たとえタスクがその戦いから背を向け逃げてきたとしても、決してその事を

軽蔑する気は無かった。

むしろ、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 

今でもハッキリと思い出せる、モモカが目の前で殺された時に味わった深い絶望と悲しみ。

アンジュの場合は、時間遡行によってやり直す事が出来たし、モモカがこの世界のどこかで今も

生きているという事が心の拠り所になっている。

だからこそ、立ち上がる事が出来たし、戦いに身を投じる事が出来た。

しかし、もしそれが無かったらどうなっていたか……。

 

(もし自分がタスクと同じ目に遭わされたら、それでも立ち上がる事なんて出来ただろうか?

 全てを投げ出す事無く、戦う事なんて出来ただろうか?)

 

仲間を失ったタスクに対し、その痛みや悲しみを知っているアンジュは心の底から同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジュがこの島に漂着してから、数日が過ぎる。

 

タスクの看病のお陰もあって、アンジュの体の傷も回復し、今ではすっかり元気になって

いたのである。

そして、パラメイルの修理の方も進んでおり、通信機復旧まであと少しといった所だった。

 

 

そして、この日もタスクは修理作業を行なう。

本当にこれでいいのだろうか、という迷いを抱きながらも……。

 

すると、そこへアンジュがやって来た。

 

アンジュは彼に飲み物を手渡す。

 

「お疲れさん。」

 

「ありがとう、アンジュ。」

 

 

するとその時、アンジュはふと空を見上げた。

 

「それにしても………綺麗ね。」

 

浜辺の砂の上に座り、頭上を見上げたアンジュの目に映ったのは、満天の星空であった。

 

(そういえばあの時も、丁度こんな感じで夜空を見上げたっけ。)

 

アンジュは“前回”の時の事を思い出す。

今見ている星空は、あの時に見たのとほぼ同じだったが、それは何度見ても良いものであった。

 

「こうして夜空を見上げるのなんて久しぶりだけど、本当に綺麗ね。」

 

すると、タスクがアンジュの隣に座る。

そして、タスクは言った。

 

「君の方が綺麗だよ。」

 

「え……!」

 

アンジュは咄嗟にタスクの方を見る。

すると、彼と目が合った。

そして、彼の言った言葉を反芻し、アンジュは思わず頬を赤くする。

 

その言葉は“前回”も言われたのだが、アンジュにとっては慣れないものであった。

 

「なぁ、アンジュ……」

 

「な、何よ! /////」

 

「もし………もし良かったら、このまま……」

 

タスクはアンジュの瞳を真っ直ぐ見て、手の甲にそっと自分の掌を重ねながら言った。

 

 

 

「「!!」」

 

次の瞬間、二人はほぼ同時に何かに気づいた。

そして、頭上を見上げる。

 

「あれは!?」

 

アンジュは思わず声を上げた。

 

上空に突如飛来したのは複数の大型輸送機と、その輸送機が小さく見えてしまう程の巨大な

ドラゴンの死骸だった。

氷漬けにされた巨大な死骸は輸送機に牽引され、どこかへ運ばれようとしていたのである。

それはアンジュが“前回”この島に来た時に目撃した光景と同じだった。

 

(あれは一体?)

 

しかし、その事についてじっくり考えている時間は無い。

 

(まずい! もし“前回”と同じ展開なら………この後は確か……)

 

アンジュの記憶だと、この後すぐに一頭のドラゴンが襲来する筈だったのだ。

 

 

そして、それは直後に実現してしまう。

 

飛行中の輸送機が突如爆発炎上した。

そして輸送機は、そのまま高度を落としていき、墜落する。

 

「今すぐここを離れましょう。」

 

アンジュはタスクと一緒にその場から離脱しようとする。

 

しかし……

 

(くっ……遅かったか。)

 

その場から離れようとしていたアンジュ達の前に、一頭のドラゴンが落ちてきた。

そして、そのドラゴンはアンジュ達の方へ目を向けると、呻き声を上げながら向かってくる。

もはや戦闘は避けられそうもなかった。

 

「チッ!」

 

アンジュは舌打ちすると、即座にホルスターからハンドガンを取り出して構える。

そして、戦闘態勢を取ったアンジュは叫んだ。

 

「タスク! パラメイルのコクピットにライフルが置いてある筈だから、それを取って来て!!」

 

「分かった。」

 

 

タスクが走り出すのを確認したアンジュは、タスクを庇うように前に出た。

 

「かかって来い、ドラゴンめっ!!」

 

すると、ドラゴンは咆哮する。

そしてアンジュの方へ向かってきた。

 

すかさずアンジュは発砲した。

しかし放たれた弾丸は、ドラゴンの厚い皮膚に阻まれ、致命傷にはならない。

 

そのままドラゴンはアンジュ目がけて突進して来た。

それをアンジュは素早く横飛びで回避すると、すぐさまドラゴンに向かって発砲し、2,3発

撃ちこむ。

 

「チッ! やはりこれでは威力不足か。」

 

ハンドガンでは何発撃ちこんでも決定打にはならなかった。

アンジュは思わず歯噛みする。

 

 

その時、銃声と共に飛んできた複数の弾丸がドラゴンの胴体に着弾した。

アンジュが、音のした方を見ると、そこにはアサルトライフルを構えたタスクがいたのである。

 

「アンジュ! 離れて!」

 

タスクはライフルをドラゴンに向けフルオート連射した。

すると、ドラゴンの体から血が噴き出す。

それに合わせて、アンジュもハンドガンを連射し、敵に弾丸を浴びせた。

 

しかし、それでもドラゴンは止まらなかった。

 

(これでもまだ倒れないの!?)

 

 

するとその時、アンジュのハンドガンのスライドが後退したまま戻らなくなった。

これは弾切れを意味する。

 

「くっ……弾切れか!」

 

アンジュはハンドガンに装弾されている弾薬を全て使い切ってしまった。

予備弾倉も無い。

 

アンジュはドラゴン目掛けてハンドガンを投擲した。

それは敵の額に命中。

勿論、大した効果は無いが、一瞬怯ませる事は出来た。

その隙にアンジュはナイフを取り出す。

 

 

 

すると、ドラゴンが再び咆哮した。

そしてアンジュへ突進してくる。

 

「アンジュ!!」

 

タスクはそれを阻止しようとライフルを連射するが、ドラゴンは止まらなかった。

タスクよりも近くにいるアンジュを先に仕留める腹積もりなのか、一直線にアンジュへ

急接近してくる。

そして鋭い爪を突き出し、アンジュを切り裂こうとしてきた。

その鋭利な爪を生身で受けたら一溜まりも無い。

 

その時、アンジュは突き出された爪にナイフの刃を当て、その攻撃を弾いた。

その直後、今度は反対側の爪で切り裂こうとしたのを、同じようにナイフで防御する。

次々と繰り出されるドラゴンの攻撃を、アンジュは卓越したナイフ捌きを以てガードしていった。

 

 

その間、タスクは全力で走り、敵との距離を一気に詰めていく。

そして、タスクはドラゴンの顔面に銃口を向けトリガーを引き、高速連射の弾丸を浴びせた。

すると、発射された弾丸の内の一発がドラゴンの眼球を直撃。

ドラゴンは悲鳴のような叫び声を上げた。

 

「やはり弱点はそこか。」

 

タスクの目論見通りである。

いくらドラゴンと言えども、やはり目は弱点だったようだ。

 

今の攻撃で片目を潰されたドラゴンは怯んで、完全に動きを止めている。

 

(このまま一気に……)

 

タスクはこの機を逃さずに一気に止めを刺すべく、ドラゴンとの距離を詰めた。

狙うは近距離からの確実な弱点射撃である。

 

 

しかし……

 

「危ない!!」

 

アンジュは叫んだ。

 

その直後、ドラゴンが動く。

体を回しながら尻尾を大きく振り出した。

 

「しまっ!!」

 

タスクが気づいて回避しようとした時には、もう間に合わなかった。

リーチの長い強力な打撃武器と化した尻尾がタスクに襲いかかる。

 

「ぐぅっ!!」

 

硬い尻尾に体を強打されたタスクは数メートルもふっ飛ばされた。

 

「タスクッ!!!」

 

そしてアンジュは、飛ばされたタスクに気を取られて、大きな隙を作ってしまう。

その隙にドラゴンは牙を剥いてアンジュに突進した。

 

「くっ!!」

 

アンジュは咄嗟に回避行動を取ろうとするも間に合わなかった。

その鋭い牙が、アンジュの左腕を捉える。

 

「ぐうぅ!!」

 

腕に激痛が走った。

ドラゴンの牙がアンジュの腕に突き刺さり、そのまま持ち上げられる。

 

しかし、アンジュは怯まなかった。

激痛を堪えつつ、右手に握ったナイフをドラゴンの眼球に突き刺す。

 

これにはドラゴンも一溜りも無かった。

喰らい付いていたアンジュの腕を放す。

 

「がっ!!」

 

そのまま地面に落下するアンジュ。

アンジュの反撃があと少しでも遅かったら、そのまま腕を喰い千切られる所だった。

 

「うぅ……。」

 

ドラゴンの牙で穿たれたその左腕は、深々と肉を抉られ、鮮血が溢れ出ている。

凄まじい痛みに襲われるアンジュ。

 

しかし、アンジュは痛みを堪え、すぐに立ち上がった。

 

 

(こんな所で死んでたまるもんですか。 少なくともモモカに再び会う、その日までは

 絶対に……。)

 

 

アンジュの胸中にあったのはモモカへの強い想いだった。

 

あの日にアンジュは誓った。

必ず生きて再会すると………必ずこの手で守ってみせると………。

その誓いがアンジュの力になっていたのだった。

 

だからアンジュは立ち上がる。

生きるために………誓いを果たすために………。

 

 

 

 

再び、ドラゴンが牙を剥いて、アンジュに喰らいつこうとした。

 

しかし、その直後に鈍い音が響く。

アンジュの鋭い蹴りが炸裂していた。

アンジュに噛みつこうとしたドラゴンの顎を思いっ切り蹴り上げたのだ。

 

これで敵が怯んだ隙にアンジュは駆ける。

そして敵の側面に回り込み、跳躍した。

 

アンジュの狙いはただ一つ。

先程アンジュがドラゴンの目に突き刺し、そのままになっていたナイフである。

 

アンジュはその刺さったナイフの柄に、跳び蹴りを叩き込んだ。

その蹴りによってナイフの刃がより深く突き刺る。

そして刃が眼球を貫通し脳にまで達した。

それが致命傷となる。

 

ドラゴンは一際大きな呻き声を上げると、そのまま倒れて動かなくなった。

 

 

「ハァ……ハァ………やった。」

 

敵が完全に息絶えた事を確認したアンジュ。

 

 

こうしてアンジュは辛うじて危機を乗り越えたのであった。

 

 

 

 





今回はここまでです。
無人島での対ドラゴン戦はパラメイル無しで勝ちました。
アンジュを強化した成果がここで現れました。

あと、遅くなってすいませんでした。


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第7話  帰る場所

 

 

「ん………んぅ……。」

 

タスクは目を覚まし、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「あれ? ここは?」

 

気づくと、そこは寝泊まりに使っていた洞窟だった。

そっと手で頭を触ってみると、頭には包帯が巻いてあったのである。

 

(えっと……俺は確かドラゴンと戦ってて………あっ!そうだ! アンジュはっ!?)

 

タスクは思い出した。

ドラゴンと戦っている最中に、強烈な打撃を食らって気絶してしまった事を。

アンジュの安否が気がかりである。

彼は慌てて起き上がった。

 

すると…………

 

「目が覚めたのね、タスク。」

 

「ア、アンジュ! 無事だったんだね。」

 

「ええ。辛うじてだけどね。

 あと、ここに置いてあった医療キットなんだけど、勝手に使わせてもらったわ。」

 

そこにはアンジュの姿があった。

彼女の左腕には包帯が巻かれている。

 

「そう言えば、あのドラゴンは?」

 

「あのドラゴンなら私が倒しておいたわ。」

 

「えっ!?」

 

タスクは驚愕する。

 

アンジュが言うには、タスクが気絶してしまった後も、アンジュは一人で敵と交戦し、手傷を

負いながらも、一人でドラゴンを倒したらしい。

しかも、手負いの状態でタスクをここまで運んで、更に医療キットを使って腕の治療をした上で、タスクの手当てまでしたのだ。

 

「ありがとう。アンジュのおかげで助かったよ。」

 

「別に、礼には及ばないわ。 それに、今まであなたには世話になったし、

 これくらいはね……。」

 

事も無げに言ってのけるアンジュ。

タスクの目にはアンジュの姿が非常に頼もしいものに見えた。

 

 

そしてその時、タスクはアンジュの姿に今は亡き母の面影を見たのである。

 

(アンジュ………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

タスクは引き続き、パラメイルの修理を行なった。

完了まで、あと少しという所まで来ている。

 

 

「よし。電源が入った。」

 

タスクは声を上げた。

遂に機体の電源が復旧したのである。

電源さえ入れば、あとは通信機で救難信号を発信出来る。

 

「良かった。これでアルゼナルへ帰れる。」

 

アンジュは喜んで言った。

 

 

 

するとその時、通信機からノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

 

『アンジュー。 生きてますかー? 生きてたら生きてるって言ってくださーい。』

 

この声はヴィヴィアンだった。

久しぶりにヴィヴィアンの声を聞く事が出来、アンジュは一安心する。

彼女は思わず笑みを浮かべた。

 

すぐさまアンジュは答える。

 

「こちらアンジュ。生きてます。」

 

『え!!アンジュ!? ……本当にアンジュなの!?』

 

突然、無線で応答があった事に、ヴィヴィアンは驚いた様子である。

アンジュは続けて言った。

 

「救助を要請します。」

 

『りょ、了解!!』

 

すると、アンジュは無線を使って位置座標のデータを送信した。

これで救助隊がすぐにやって来る筈である。

 

 

タスクとの別れの時が迫っていたのだ。

 

 

 

「これで仲間達の所に帰れるわ。 あなたのおかげよ。ありがとう。」

 

「…………うん。」

 

 

すると、タスクはとても寂しそうな表情をしながら言った。

 

この時のタスクの心境は複雑である。

アルゼナルへの帰還はアンジュの望みであるから、タスクはその望みを叶えてあげたいと

思っていた。

しかし同時に、アンジュを戦場であるアルゼナルなんかには行かせたくないという思いも、

心の中にはある。

 

そして何よりも、アンジュと別れたくない……一緒にいたい、という思いがタスクの中で

燻っていた。

無人島でずっと一人孤独に暮らしていたタスクにとって、アンジュとの出会いは一筋の

光明となっていたのである。

そして、アンジュと共に日々を過ごすうちに、彼女に対する強い情が芽生えていった。

 

しかし、そんな彼女ともここでお別れである。

 

 

 

その時、タスクは意を決して言った。

 

「なあ、アンジュ。やっぱりアルゼナルに戻るのなんてやめよう。

 俺と一緒に行こう。」

 

「え?」

 

突然のタスクからの申し出である。

 

「アルゼナルへ戻ったら、また戦場に出なければいけなくなるだろ。

 死の危険と隣り合わせの戦いに………いつ死んでもおかしくない日々に戻らなければ

いけなくなる。

 そんな所にわざわざ戻る事は無いよ。」

 

そしてタスクは更に続けて言った。

 

「アンジュ、俺と一緒に行こう。

 戦いなんかからは足を洗って、人里離れた所でひっそりと暮らすんだ。

 死の危険とは無縁の場所で平穏な日々を………。」

 

タスクはアンジュを説得しようとした。

 

 

しかし、それに対してアンジュは首を縦には振らなかった。

 

「悪いけど、それは出来ないわ。」

 

「どうして?」

 

「今の私の帰る場所は、あのアルゼナルだけよ。」

 

アンジュには、戦場に戻る事に何の躊躇いも無いようだ。

 

「そうか……。」

 

「ありがとうね。誘ってくれて。 でも私にはまだやらなければならない事があるの。

 だから私はあの場所に帰らないといけないのよ。」

 

「やらなければいけない事って?」

 

すると、アンジュはタスクの目を真っ直ぐに見ながら言った。

 

「大切な人がいるの。命に代えてでも絶対に守りたい、大切な人が……。

 その人を守り抜く事……それが私の責務よ。

 その為に、私はアルゼナルへ帰って、戦う。」

 

「そう…………。」

 

その言葉は、大切な人達を全て失ってしまったタスクにとっては、とても重い言葉だった。

 

 

 

「それじゃあ、ここでお別れだね、アンジュ。 ……さようなら。今まで楽しかったよ。」

 

「元気でね、タスク。」

 

すると、タスクはその場を立ち去った。

アンジュはその背中を見送る。

 

 

 

 

二人が別れた、その後。

 

アンジュのいる海岸上空に一機の航空機が飛来する。

それはアルゼナルの救助隊だった。

 

その機体はアンジュの目の前で低空まで降りると、空中でホバリングする。

すると、機体のハッチが開いた。

 

「アンジュー! 迎えに来たよー!」

 

中から顔を覗かせたのはヴィヴィアンであった。

アンジュの無事をその目で確認したヴィヴィアンは満面の笑みを浮かべる。

 

「アンジュー! お前、生きてたんならもっと早く連絡よこせ!マジで心配したんだぞ!!」

 

続いて聞こえてきたその声は、ゾーラの声である。

その時のゾーラの表情は、どこか嬉しそうだった。

 

 

「アンジュ様ー!!」

 

「アンジュー!」

 

そこにはココとミランダの姿もあった。

彼女達も、アンジュの姿を見て、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

特に、ココに至っては感極まって、涙まで流している。

 

 

「皆……。」

 

この時のアンジュもまた喜びの表情をしていた。

仲間達と再会出来た事に、安堵と喜びを感じたのである。

 

 

 

こうしてアンジュは無事にアルゼナル帰還の途についたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、アンジュと別れた後のタスクは、ある場所に足を運ぶ。

そこは、タスクの両親や戦友達が眠る墓場であった。

 

その墓前で、タスクは決心する。

 

(父さん、母さん……俺はやるよ。 もう一度、この戦いを……。)

 

タスクの決心………それは再び戦いに身を投じる事である。

 

アンジュとの出会いが、タスクにその決意をさせたのだ。

 

 

嘗て、戦いで両親や仲間達を失ったタスクにとって、守りたいものなんてもう何も

残ってはいなかった。

だから、戦いに嫌気が差し、ある日、タスクは使命を放棄し、戦いから逃げ出したのである。

しかし、今は違う。

 

(俺は、アンジュを守りたい。)

 

アンジュと出会い、共に過ごすうちに、彼女に対する強い情を抱くようになったタスク。

アンジュを守りたい……彼女を絶対に死なせたくない………タスクは心の底からそう思うようになったのだ。

 

(守りたい大切な人が、また出来た。 一度は逃げ出してしまった俺だけど、今度は絶対に

 逃げない。)

 

心の中で決意表明をするタスク。

 

(だからもう一度、俺はヴィルキスの騎士に………いや、違う。 アンジュの騎士に

 なるんだ!!)

 

 

すると、彼は荷物を持って立ち上がった。

 

「それじゃあ……父さん、母さん……………行ってくるよ。」

 

そう言い残し、タスクは歩き出した。

再び戦場に舞い戻る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゼナルへ、無事に帰還したアンジュ。

 

そんな彼女を待っていたのは………

 

「「「お帰り、アンジュ。」」」

 

第1中隊の面々だった。

 

 

「よく生きてたな。」

 

「全く、心配かけやがって。」

 

ヒルダとロザリーがアンジュに声をかける。

二人もまたアンジュの身を案じていたのだ。

彼女達も、アンジュがゾーラを助けた瞬間を目撃しており、そのためアンジュに対して、非常に

好感を持っている。

 

「アンジュ………ゾーラを助けてくれて、本当にありがとう。」

 

クリスは感謝の言葉をアンジュに言う。

クリスはゾーラの事を慕っていたので、そのゾーラを助けた恩人であるアンジュに対して、

心の底から感謝していたのである。

 

 

「別に礼には及ばないわ。」

 

アンジュは、そう言いながら思った。

 

(“前回”とは、偉い違いね。

 まあ“前回”の時は、とんでもない失態を演じた挙句にあんな事になってしまったのだから、

 当然の事なんだけど……。)

 

 

こうして、アルゼナルへ戻ったアンジュは、第1中隊の皆から大いに歓迎されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後、アンジュはある場所に足を運んだ。

 

そこはアルゼナルの一画にある、戦没者を埋葬する為の土地。

戦士達の墓場である。

 

 

そこにアンジュは佇んでいた。

彼女は何も言わずに、物思いにふける。

 

そんなアンジュの目の前には、何も無い空き地があった。

そこは墓地の空きスペース。

次の戦没者が出た時に、そこに墓石が建てられる予定の場所である。

 

アンジュはその場所をじっと眺める。

その時にアンジュが思い起こすのは、“前回”の記憶。

 

アンジュの記憶では、そこはココとミランダ、ゾーラの墓があった筈の場所であった。

“前回”に、アンジュが死なせてしまった仲間達の墓。

しかし、今そこには墓石は無かった。

何も無い空き地が、アンジュの目の前にある。

 

その土地を眺めて、アンジュは改めて実感出来た。

彼女達を死なせなかった……守る事が出来たと。

 

 

すると、アンジュはナイフを取り出す。

そして髪を後ろで一つにまとめると、その髪をナイフでバッサリと切った。

 

皇女だった頃に、大切にお手入れし続けてきた、金色の長くてしなやかな髪。

それを“前回”と同様に、短く切り落としたのである。

その手に握られた髪は、アンジュが掌の力を抜くと、風に流されて散っていった。

 

 

(まずは一つ……乗り越える事が出来た。 これで私は新たな第一歩を踏み出す事が出来る。)

 

それはアンジュにとって、一種の儀式のようなものだった。

再び歩み出す為の儀式。

 

 

夕焼け空の下、アンジュは改めて誓った。

決して足を止めずに、この道をどこまでも突き進むと……。

 

 

 






こうしてアンジュはめでたく第二形態(ショートヘア)へ進化しました。
次回は遂に・・・というか、やっとヴィルキスが飛翔します。



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第8話  ヴィルキス飛翔・前編

 

 

 

この日、アンジュは医務室にいた。

軍医のマギーに診て貰う為である。

 

アルゼナルに帰還したあの日から、アンジュはここで、傷の治療を受け続けていた。

墜落時に負った傷と、ドラゴンとの生身での遭遇戦で負った傷である。

孤島にいた時にも一応は手当てはしていたのだが、完璧に治す為にはちゃんとした設備のある

ここで医師にしっかりと診てもらう必要があった。

 

 

 

そして、これは先日の事である。

その日、アルゼナルへ帰還したアンジュは医務室へ行き、マギーに診て貰った。

 

この時、アンジュは薬を左腕の傷口に塗られたのだが、痛みが走って思わず顔を顰める。

 

「うっ……!」

 

「痛いかい? ねえ、痛い? 痛むの?」

 

マギーは、アンジュの痛がる表情を見て、興奮している。

しかも酒の臭いがしていた。

 

(こいつ、とんだサディストだわ。しかも酒臭いし……。 本当に大丈夫なの?

 この医者………。)

 

そんなアンジュの心を読んだのか、傍にいたジャスミンが言った。

 

「安心しな、アンジュ。そいつは確かにちょっと性格の歪んだドS女だが、医者としてなら

 信頼出来る奴さ。」

 

「いや、ドSって時点で医者としてどうかと思うんだけど。」

 

「まあ、そうなんだが……それでも、ここの医者達の中では一番の腕前さね。」

 

「本当に大丈夫なの?ここの医療体制……。」

 

不安を口にするアンジュ。

 

そんな彼女を他所に、マギーはアンジュの体の傷を診ていた。

 

「おや? アンジュ……この傷だけ、新しいじゃない。」

 

「ああ。その傷は後からできたものよ。 ドラゴンにやられてね。」

 

「えっ!!!」

 

「…………!!」

 

マギーは思わず声を上げた。

ジャスミンも、声こそ出さなかったものの、驚き、目を見開いている。

 

 

 

そこで、アンジュは孤島で起きた出来事について二人に話した。

ドラゴンに襲われた事、ドラゴンと生身で戦闘をした事、そして仕留めた事。

 

 

「危うく腕を食い千切られる所だったわよ。 生身でドラゴンと白兵戦闘なんて……もう二度と

 やりたくないわ。」

 

アンジュは当時の事を振り返って、しみじみと感じた事を口にする。

それに対し、マギーとジャスミンは驚きのあまり、口を開けポカンとしていた。

 

そしてジャスミンが言う。

 

「アンジュ………あんたもしかして、ミスルギ皇国が極秘裏に開発した、人型戦闘兵器だったり

 する?」

 

「そんな訳ないでしょ!!」

 

アンジュは思わず叫んだ。

すると、今度はマギーが言った。

 

「対ドラゴン用、人型戦闘兵器か、なるほどねえ。」

 

「だから違うってば!!」

 

 

そんなやり取りが先日にあった出来事である。

 

 

そして、その後もアンジュは何度も医務室に足を運び、その度に興奮気味な目を向けてくる

ドSドクターのマギーにジト目を向けながらも、治療を受け続けた。

 

 

 

 

そして、今日………

 

 

「OK、問題無し。これで完治だよ。」

 

マギーから完全回復の宣告を受けた。

墜落時に負った体の傷も、負傷した左腕も完全回復したのである。

 

 

 

するとアンジュはこの日からさっそく、本格的にトレーニングを再開した。

走り込み、サンドバックを使っての格闘訓練、射撃訓練、そしてシミュレーターによるパラメイル操縦訓練。

 

常に全力で、がむしゃらに、トレーニングに打ち込んでいく。

そんなアンジュの姿に皆は感心していた。

 

特に操縦訓練では、その熱心で直向きな姿勢に加え、並外れた技量を見せて、周囲の者達から

一目置かれる。

部隊一のベテランであるゾーラでさえも舌を巻くほどであった。

 

 

そして、元々周りから注目を集めていたアンジュだったが、そんな彼女がいきなり髪を

バッサリ切った事によって、周囲の者達は驚愕し、そんな彼女達の注目を更に

集める事になった。

今やアルゼナル中で注目の的となっている。

しかし当の本人はその事を自覚せず、脇目も振らずに鍛錬に精を出すのであった。

 

 

 

 

(アンジュ、今日もがんばってるなあ。)

 

(アンジュ様、今日も素敵です。 ////// )

 

中でも、ミランダやココは、アンジュに熱い視線を送っていた。

 

(あの長かった髪をいきなりバッサリ切って現れた時は、本当ビックリしたし、勿体無いって

 思ったけど…… これはこれで中々様になっているというか………更に格好良く

 なっちゃってる。 ////// )

 

(アンジュ様。 しなやかな長い金の髪を靡かせる姿は良かったけど、ショートヘアもとても

 素敵です。 ////// )

 

元々、アンジュに対して非常に好意的だったミランダやココであるが、前回の戦闘中にアンジュに助けられた事もあり、

二人は更にアンジュに惚れ込んでしまった。

 

そこへ来て、アンジュがその髪を短くバッサリと切って、イメージチェンジ。

元皇女のアンジュであったが、もはや二人の目にはアンジュの姿は、お姫様というよりむしろ

王子様のように映っていたのである。

 

 

 

 

(あいつ………。)

 

そしてヒルダもまた、アンジュに視線を向ける者の内の一人であった。

初めて会ったあの日から、ずっとアンジュの事を気にしていたのである。

いつも気づくと無意識のうちにアンジュを目で追ってしまっているヒルダ。

そしてこの日もヒルダはアンジュの事を遠くから見ていた。

 

 

すると、そこにロザリーが声をかけてきた。

 

「ヒルダ。どうかしたのか?」

 

「え!? い、いや……別に何でもねえよ。」

 

その時、ヒルダはアンジュの方に目を向けており、近づいてきたロザリーに気づかなかった

らしい。

声をかけられて驚き、咄嗟に答えた。

 

するとロザリーは、先程までヒルダが目を向けていた方を見てみる。

そこにはアンジュの姿があった。

 

ロザリーはニヤリと笑う。

 

「ヒルダ……もしかして、アンジュに気があるのか?」

 

「はあ!? べ、別にそんなんじゃねえよ!!」

 

「本当か? あいつに惚れちまって、気になって気になってしょうがない、とかそういう事

 なんじゃないのか?」

 

「そんなわけ無いだろ!!」

 

ニヤニヤしながら揶揄うように言ったロザリーの言葉をヒルダは否定した。

しかしヒルダはアンジュの事が気になっているという事は事実である。

 

(チッ……。 一体何なんだよ、あいつ。)

 

ヒルダアンジュに対して抱いている感情……その感情が何なのか、ヒルダ自身よく分かって

いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい機体が用意できるのは来週だ。」

 

司令室にて、ジルはアンジュに向かってそう言った。

ジルが言っているのはアンジュの搭乗機の事である。

 

前回に出撃した際に、ゾーラを庇ってドラゴンの攻撃を受けてしまったアンジュの機体は、原形を留めないほどに大破してしまった。

だから新しい機体が用意出来るまでの間、アンジュは搭乗機が無い状態なのである。

その新しい機体が明日には受領出来るとの事らしい。

 

「そう………。」

 

ジルの言葉に対し、アンジュは一言だけそう言った。

 

アンジュとしては、出来る事ならこの機会に、嘗ての愛機であったヴィルキスに乗せてもらいたい所ではある。

しかし、“前回”とは違い、“今回”ジルはまだヴィルキスの事をアンジュには言っていない。

 

だから間違っても「ヴィルキスに乗せろ」なんて言うわけにはいかなかった。

本来ヴィルキスの事を知らない筈のアンジュがそのような言葉を口にすれば、何故ヴィルキスの

事を知っているのか、と問い詰められる事は必至である。

その時に何て答えればいいのか、アンジュには分らなかった。

時間遡行してきた、なんて言ったりした日には精神異常者のレッテルを貼られる事は避けられないだろう。

そうなればヴィルキスどころか、下手したらパラメイル自体に乗せてもらえなくなってしまう

かもしれない。

 

 

 

短く敬礼して、そのまま退室していくアンジュ。

 

(とりあえず、今はこのままいくしかないけど、出来れば早いうちにヴィルキスに戻りたいわね。

 でも一体、どういう感じにいけば不自然にならずに済むかしら?)

 

どうやってヴィルキスに再び乗るかという算段をアンジュは頭の中でしながら、廊下を歩いて

行った。

 

 

(それにしても、ここ最近、ドラゴンの出現が無いわね。)

 

アンジュが前回に出撃してからそれなりに時間は経つが、あれからドラゴンの襲来は無い。

特に何事も無く、ただアンジュがひたすらトレーニングをするだけの、何も無い平穏な日々が

過ぎ去って行った。

 

(新しい機体を受領するまでの間、敵が来なければいいのだけど……。)

 

そんな事を考えながら、アンジュは歩いていた。

 

 

しかし、このアルゼナルは戦の最前線の砦。

そんな平穏な日々は決して長続きする筈など無い。

 

そして当然、敵はこちらの都合なんかお構い無しである。

 

 

 

 

 

 

突如、アルゼナル中に大きなサイレンの音が鳴り響く。

それはドラゴン襲来を知らせるものだった。

 

 

基地全体で人々が慌ただしく動き出す。

司令部では管制員達の指示が飛び交い、格納庫では整備士達がパラメイルをフライトデッキへと

引き出していく。

 

第1中隊のメンバーも速やかにフライトデッキ前に集合した。

 

 

するとロザリーが周囲を見渡しながら言った。

 

「あれ? そう言えば、アンジュは?」

 

アンジュの姿が見当たらない事を不思議に思ったロザリーが周りの者に尋ねた。

そして、副隊長のサリアが答える。

 

「アンジュは前回の戦闘で搭乗機を失って、まだ補充機を受領してないわ。

 今は搭乗機が無い状態なのよ。」

 

するとゾーラが口を開いた。

 

「そういう事。アンジュは今回はお留守番だよ。

 だからその分、私達だけで何とかするしかないんだよ。

 分かってるな、新兵共。」

 

「「は、はい!!」」

 

アンジュがいない事で不安そうな顔をしていたココとミランダはソーラの言葉に慌てて

返事をした。

 

 

「よし、行くよ。 各員乗り込め!!」

 

「「「イエス・マム!!」」」

 

ゾーラの合図と共にライダー達は一斉に自分のパラメイルに乗り込んでいく。

 

 

 

 

そして一方、その頃の司令室では………

 

「だから言っただろう。お前は今回は待機だ、アンジュ。」

 

「本当に1機も無いの? この際、飛べるならどんな機体だっていいわ。」

 

アンジュとジルが言い合っていた。

搭乗機を失ったアンジュが、何とか出撃させて欲しいと、ジルに頼み込んだのだ。

ジルはこれを却下したが、アンジュは食い下がっていたのである。

 

「何度も言っているが、今は予備機が1機も無い。

 整備中の物も含めて、まともに飛べるような機体は1機も無いんだよ。

 聞き分けろ、アンジュ。」

 

「それだったら、あの機……」

 

そこまで言いかけた所でアンジュはハッとした。

 

「ん? 何だ?」

 

「あ、いや……何でも……。」

 

言い淀むアンジュ。

危うく“あの機体”と言ってしまう所だった。

 

 

「とにかく、我慢しろ。

 今回は敵もそんなに多くは無いし……ヒヨッコ新兵二人のお守りがあるとは言え、

 あいつらだけで大丈夫だろ。

 それに、来週に補充機を受領したら嫌でも戦線復帰しなければいけないんだ。

 今のうちに休んでおけ。」

 

「くっ……。」

 

そのジルの言葉に、アンジュは渋々引き下がった。

 

(仕方が無い。ココとミランダは心配だけど、ゾーラ達がついている事だし……それに

 ヴィルキスに乗せろ、なんて言うわけにもいかないしね。)

 

アンジュは歯痒い思いをしながらも、今回は我慢し、この場所から仲間達を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゼナルを発進した第1中隊は接敵予想地点に近づいていた。

 

「隊長より各機へ。シンギュラーは既に開かれたらしい。

 敵はガレオン級1匹に、スクーナー級10匹程度だ。そろそろ接敵する頃合いだろう。

 全機、周辺警戒を怠るな。」

 

「「「イエス・マム。」」」

 

隊長のゾーラが各員に注意を促す。

 

 

そして、そのまま大空を駆け抜けていくと、やがて遠方に影が見えてきた。

 

「来たな。 敵影補足! 全機、戦闘態勢を取れ!!」

 

ゾーラの号令と共に各機が人型のアサルトモードに変形した。

 

そして、それぞれの機体に装備されているライフル型機関砲や大口径キャノン砲が、敵に照準を

定め、一斉に火を噴く。

 

たちまち砲火が敵に降り注いだ。

次々とスクーナー級を射抜いていく。

 

それに対し、敵も負けじと抗戦する。

ガレオン級が大口を開けて咆哮すると、その前に魔法陣のような物が展開した。

そして、そこから無数の光の弾丸が飛び出してくる。

 

その光の弾丸はゾーラ達、前衛陣の所に飛来。

彼女達は光弾を機銃で撃ち落としながら、右へ左へと縦横無尽に駆け回る、回避機動を取った。

そしてその隙に突撃をかけてきたスクーナー級達。

 

 

しかし、彼女達は無数の光弾を避けながらも、接近してくるスクーナー級に射撃を浴びせる。

 

「ふん。甘いんだよ。」

 

前衛のヒルダは余裕の笑みを浮かべながら、敵を狙い撃っていった。

 

 

そして、それを後方からの援護射撃で支援する後衛陣。

 

「訓練通りに……。」

 

「落ち着いて冷静に……。 やったー!当たった!!」

 

ココとミランダも、落ち着いて行動出来ている。

そのお陰もあって、後衛陣も順調に敵を屠っていった。

 

 

 

 

こうして戦況は優勢に進んでいった。

元々敵の数がそれほど多くなかった上に、先手を取れたのが大きかったのである。

 

このまま一気に畳み掛けて殲滅するかと思われた。

 

 

 

 

「ん? ………あれは!?」

 

その時、ヴィヴィアンが何かに気づいた。

そして叫ぶ。

 

「隊長! 下から何か来る!!」

 

「何っ!?」

 

ゾーラは即座に下を見る。

 

すると、突如機体下方から大量の光弾が襲いかかって来た。

 

「回避!!」

 

ゾーラは咄嗟に指示を出した。

皆、回避行動を取る。

 

しかし、死角からの突然の不意打ちであったため、躱し切れずに被弾する機体が続出した。

 

「きゃあああ!!!」

 

「くっ………!!」

 

「クソッ……キャノン砲がやられちまった。」

 

エルシャ、クリス、ロザリー、の機体が被弾、損傷してしまう。

幸い墜落する程の損傷ではなかったが、そのダメージによって戦闘力が低下してしまった。

 

 

その時、ヴィヴィアンが敵の攻撃を躱しながら、下方へ目をやる。

すると、いつの間にか海面上に魔法陣が展開していた。

そこから次々に光弾が吐き出されていく。

 

「罠を張ってたんだ!! おのれ、小癪な!!」

 

ヴィヴィアンは気づいた。

これは敵が仕掛けていた罠であるという事を。

 

おそらく接敵前に、あらかじめ海面上に仕掛けておいたのだろう。

ガレオン級ドラゴンの魔法陣はこのような使い方も出来るという事が明らかになった

瞬間であった。

 

 

「こんな事が出来るなんて……データには無いわ。」

 

サリアが言った。

 

彼女達にとって初めて見る、ドラゴンの未知の戦法である。

それによって完全な不意打ちを受けてしまった。

 

 

 

しかし、隊長のゾーラは冷静だった。

 

「一時後退して態勢を立て直す。」

 

即時に判断を下し指示を出した。

 

 

「了解しました、隊長。  …………ココとミランダは私について来て。」

 

副隊長のサリアはも、ゾーラの指示の下、新米二人を先導しながら後退しようとした。

 

 

 

 

すると、その時………

 

 

 

「海中に巨大な動体反応!? 急速接近中!! ……こ、これはガレオン級!?」

 

突如、オペレーターが新たな敵の出現を告げた。

 

 

次の瞬間、水中に巨大な影が現れる。

そして急浮上してきたそれは、激しく水飛沫を立てながら海面を突き破って飛び出してきた。

 

どうやら海中の深い所に身を潜めていたらしい。

これも今までには無かった異例の事態である。

 

 

「チッ……もう1体、ずっと隠れていやがったのか!」

 

これには流石のゾーラも焦り出す。

 

 

部隊を後退させている最中、彼女達の前に立ち塞がる形で突然現れたもう1体のガレオン級による待ち伏せ。

これによって彼女達は前後からの挟み撃ちを受ける事になってしまった。

 

ドラゴンの放った無数の光弾が彼女達に襲いかかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、司令部では予想外の事態を前に、非常に慌ただしい状態になっていた。

戦いの様子がモニターに表示され、各オペレーター達が状況報告をしていく。

 

「ミランダ機、損傷。推力50%に低下。」

 

「クリス機、被弾。 機体小破。」

 

「ココ機、中破。 機体耐久値が著しく低下。 危険状態です。」

 

次々と上がるオペレーター達の報告からも、どれだけ危険な事態であるかが窺える。

 

 

 

「…………………ッ!!」

 

アンジュはモニターを見ながら、思わず拳を握り締めた。

今すぐにでも自分が助けに行きたいのに、それが出来ない。何とももどかしくて堪らない思い

だった。

 

 

そんな中、司令官のジルが思考を巡らす。

 

(本来ならもっと慎重にいくべき所かもしれないが、ここで予定を繰り上げて奴をヴィルキスに

 乗せるのも良いかもしれん。

 こういう非常時だからこそ試すにはうってつけだ。)

 

その思惑は奇しくも、アンジュにとっては願ったり叶ったりなものであった。

 

 

ジルは言った。

 

「アンジュ。 お前さっき、飛べれば何でも良いと言ったな。」

 

「えっ? そうだけど………」

 

「実は1機だけあるんだ。飛べる機体が。

 まあ正確には、辛うじて飛ばせるって程度の代物……危なっかしいオンボロだがな。」

 

その言葉にアンジュはピンときた。

 

(ヴィルキスの事ね!)

 

 

すると、ジルは立ち上がった。

 

「ついて来い、アンジュ。」

 

 

 

 

そして司令室を出たジルは、アンジュを連れて、格納庫の方へと移動していく。

 

その時、ジルは懐からある物を取り出した。

 

「そう言えば、アンジュ………お前がアルゼナルに入営した時に、これを預かっていたな。

 今、返しておく。」

 

ジルが取り出した物……それは一つの指輪だった。

アンジュの母の形見である、大切な指輪である。

 

(やっと戻ってきた。お母様の形見。)

 

アンジュは今までそれをずっと待ちわびていたのだった。

アンジュはそれを受け取るとすぐさま指に嵌めた。

 

 

 

 

 

その後、二人は格納庫へと到着した。

そして、その格納庫の更に奥へとアンジュを案内するジル。

 

そこにはシートを被せられた一機のパラメイルが置いてあった。

 

そしてその傍には整備士のメイがいる。

彼女はジルに言った。

 

「ジル……本当にこれを出すの?」

 

「ああ。すぐに準備を頼む。」

 

「了解。」

 

すると、メイは機体に被せられたいたシートを素早く引っ張ってどかす。

 

そしてら、その下から出てきたのは、老朽化した機体だった。

全体が色褪せており、塗装も所々剥がれ落ちている上に、装甲表面は錆びついている箇所が

多々ある。

どう見ても、明らかに長年使われていない事を窺わせる有様だった。

 

 

「かなり老朽化した古い機体だよ。

 錆びついた装甲……出力の安定しない古いエンジンに、滅茶苦茶な制御系統。

 何とか辛うじて飛ばせるってだけのポンコツ機だ。」

 

ジルの言った言葉は、この機体の事を何も知らない者が聞いたら間違いなく落胆するようなセリフだった。

 

 

しかしアンジュは違う。

 

 

(久しぶりね……ヴィルキス。)

 

嘗ての自分の搭乗機を前にして、アンジュは心の中で呟いた。

そしてゆっくりと歩いていき、そのパラメイルに手を触れようとする。

 

 

 

すると、その時アンジュの指輪が突如光りだした。

 

そして次の瞬間、パラメイルが突然変化する。

機体が光りだしたのだ。

 

 

「「!!!」」

 

ジルもメイも驚愕し、目を見開く。

 

 

そして、その光が収まったと思ったら、機体の至る所にあった錆が綺麗サッパリ消えていた。

更に、色が落ちて煤けていた装甲は一変し、眩い程の綺麗な純白を基調としたカラーリングに

早変わりしている。

 

先程まで薄汚れた見た目をしていた老朽機が、一瞬のうちに、まるで新品のような姿になって

いた。

 

 

 

「「…………ッ!!!」」

 

驚き固まっていた二人を他所に、アンジュは素早くヴィルキスに乗り込んだ。

 

 

「すぐに出撃するわよ。 準備して。」

 

固まっていたメイは、アンジュのその言葉でハッとした。

 

「わ、分かった!」

 

すぐにメイはリフトを操作して、ヴィルキスを格納庫から運び出そうとする。

 

 

その間に、アンジュは操縦桿を握り、その感触を確かめていた。

 

(久しぶりだけど、やっぱりこっちの方が馴染むわ。)

 

嘗ての搭乗機だけあって、その感触は非常に手に馴染むものだった。

 

 

 

 

そしてアンジュの乗ったヴィルキスがフライトデッキに移送される。

アンジュは計器類等の最終チェックを終え、発進準備を完了した。

 

「アンジュ機、進路クリア。全システムオールグリーン。発進準備完了。」

 

無線機越しに聞こえてくるオペレーターの声が、全ての準備が整った事を告げる。

 

「行くわよ!!」

 

すかさず、アンジュはアクセルを全開にし、エンジンをフルスロットルにした。

スラスターが轟音を立て、機体が急加速。

 

滑走路の先端を越え、空中に飛び出した瞬間、アンジュは機首を上げて機体を急上昇させる。

 

 

 

こうして、ヴィルキスは再び大空へと飛翔したのであった。

 

 

(待っててね。今行くから。)

 

アンジュは全速力で現場へと急行した。

 

 

 

 



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第9話  ヴィルキス飛翔・後編

 

 

 

「クソッたれ!!」

 

ゾーラは、襲いかかってくる光弾を何とか撃ち落としながら、悪態をつく。

 

二方向からの挟撃を受け、不利な態勢での戦闘を強いられた第1中隊。

ゾーラの巧みな操縦と、隊員達への的確な指揮のお陰で何とかもっているが、それでも次々と

被弾してダメージを受ける機体が続出する。

辛うじて被撃墜機は出ていないが、墜ちそうな機体がすでに何機かあった。

 

(このままでは………)

 

ゾーラのその表情に焦りが浮かぶ。

 

そして、ガレオン級が次の攻撃を繰り出そうとしていた。

 

(まずい、次が来る!! 凌ぎ切れるか………)

 

ゾーラは思わず身構えた。

 

 

 

 

その時である。

 

 

突如、ガレオン級の頭上に弾丸が降り注いだ。

 

 

「何!?」

 

ゾーラは目を見開く。

 

突然に飛んできた弾丸は、盾のような魔法陣に阻まれたが、それでもガレオン級の攻撃を止める

事は出来た。

 

 

「あれは!?」

 

ゾーラは上を見上げると、彼女達の遥か上空に1機のパラメイルがいた。

人型に変形した状態で滞空していたそれは、純白を基調とした機体カラーであり、その姿は天使を

連想させるものであった。

 

 

「何あれ!? 超かっけー!!」

 

その姿を見たヴィヴィアンは興奮気味に叫ぶ。

 

 

「何だ、あれは!? あんな機体、うちにあったか?」

 

「中には誰が乗ってるんだろう?」

 

ロザリーやクリスが口々に言う。

 

 

そんな中、サリアは目を見開き、ヴィルキスの姿を見上げながら、茫然としていた。

 

「ヴィルキス!? ………嘘…………何で……」

 

 

 

するとその時、ゾーラの無線機から声が聞こえてきた。

 

「こちら、アンジュ。 私にも参加させてもらうわよ。」

 

「何!? お前、アンジュか!!」

 

 

するとアンジュは即座に動いた。

 

スラスターを噴かすと、敵目がけて急降下。

高速で接近しながら機銃を撃ち込み、敵の盾を削る。

 

それに対して敵は夥しい量の光弾をヴィルキスに向けて放った。

 

 

しかしヴィルキスはそのまま真っ直ぐに速度を落とさず、弾幕目がけて突っ込んで行く。

 

「アンジュ!!」

 

ゾーラは叫ぶ。

 

 

 

 

次の瞬間、アンジュは操縦桿を素早く動かした。

 

 

(そこっ!!)

 

アンジュが狙っていたのは、無数の光弾による弾幕……その僅かな隙間である。

 

高速で突っ込みながら、そのわずかな隙間に機体を滑り込ませた。

そうする事によって弾幕を突破する事に成功する。

 

 

見ていた者は皆驚愕した。

 

あのスピードで、あの針の穴に糸を通すかの如き僅かな隙間を狙ってすり抜けたのだ。

相当の動体視力と反射神経、空間認識能力が無いと出来ない芸当である。

 

 

 

弾幕を突破したヴィルキスは、そのスピードのまま敵に急接近する。

機銃で敵の盾を削り、そして素早くアームで剣を取り出す。

 

ヴィルキスに装備されている零式超硬斬竜刀……ラツィーエルである。

 

 

 

「ハアアアア!!」

 

対竜刀で刺突の構えを取って、高速で敵の懐に飛び込む。

 

そしてドラゴンの胸部に剣を突き刺した。

ドラゴンの強靭な鱗を、刃が突き破る。

更に間髪入れずに、刺さった剣を引き抜き、密着状態から、アームに装填した凍結バレットを

撃ち込む。

 

ガレオン級が悲鳴のような鳴き声を上げながら、墜ちていった。

そして全身が凍りつく。

 

 

 

「まずは一匹!!」

 

目にも止まらぬ早技で巨大ドラゴンを一体仕留めたアンジュは、すぐさまもう一体のガレオン級の方へ、ヴィルキスを加速させた。

敵の放った光弾を難なく次々と躱していきながら、機銃を撃ちつつ、距離を詰めていく。

 

敵は防御用魔法陣を展開し機銃弾を防ぐが、高速連射の弾丸がそのシールドを一気に削っていく。

 

そして機銃弾がシールドを貫通した。

ドラゴンの体に次々と着弾していき、血飛沫が上がる。

これでかなりダメージを与える事は出来た筈だ。

 

 

「このまま一気に仕留める!」

 

アンジュはここで一気に止めを刺しにいった。

ヴィルキスが剣を構え、突撃をする。

 

 

 

しかし、ここで敵は反撃を繰り出してきた。

 

体を大きく捻り、尻尾を振って、ヴィルキスに叩きつけようとした。

硬質な鱗を纏ったそれは強力な打撃武器と化し、真っ直ぐ突っ込んできたヴィルキスの側面から

襲いかかる。

 

 

「アンジュ! 危ない!!」

 

「アンジュ様っ!!!」

 

それを見たミランダとココが叫んだ。

 

 

 

 

しかし、その時のアンジュは敵の攻撃に、即座に反応し、対応していた。

 

敵の尻尾をラツィーエルで受け止める。

激しく金属音が鳴り響いた。

 

そして次の瞬間、相手の打撃の力の向きを逸らすように、刃の角度を傾ける。

それによって、竜の尻尾が激しく火花を散らしながら刀身の上を滑っていき、受け流されたのである。

 

敵の打撃を完璧に受け流した直後、隙だらけになった敵に対し、アンジュはカウンターアタックを仕掛ける。

敵の懐に飛び込みながら、スラスターを噴かし、機体を素早く回転させた。

 

「ハアッ!!」

 

そして回転しながら剣を横薙ぎに振り、ドラゴンの首に叩きつける。

回転の力を上乗せした鋭い斬撃が、鱗を割り、肉を引き裂き、そして首を切断した。

 

 

「討伐完了よ。」

 

アンジュは宣言した。

 

首を失ったドラゴンは、そのまま力無く墜ちていく。

敵殲滅が完了した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「「「………………!!」」」

 

戦闘終了直後、皆は驚愕の表情のまま茫然としていた。

ヴィルキスの凄まじい戦いぶりに、皆は思わず見惚れてしまっていたのだ。

 

戦闘中のヴィルキスの一連の動きは、どれも精練されたものであり、高度な操縦技量を窺わせる

ものだった。

まさにお見事の一言に尽きる。

見ててほれぼれするほどの戦いぶりである。

 

 

 

そんな中、サリアはヴィルキスの姿をその目で見ながら、苦々しい表情をしていた。

 

「どうして…………どうしてヴィルキスが……。」

 

その呟きは誰にも聞き取られる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、危機的状況に陥った戦いではあったが、終わってみれば1機の被撃墜も無く、全機が

無事に帰投する事が出来た。

 

そして、その戦闘の様子は司令室のモニターで映されていたのである。

その場にいたオペレーター達もアンジュの駆るヴィルキスの戦いぶりに驚愕していた。

 

 

「凄いよ! ヴィルキスをあんなにも乗りこなすなんて!!」

 

「やるじゃないか、あのお嬢ちゃん。」

 

戦いの様子を見ていたメイとジャスミンが感心したように言った。

 

 

 

そして、ジルは心の中で呟く。

 

(僥倖だな。 予想以上に強力な駒が手に入った。 この分なら計画を大幅に繰り上げる事が

 出来る。)

 

その時、ジルは笑みを浮かべた。

何か企み事をしているかのような、そんな笑みだった。

 

(作戦名、リベルタス……………その計画発動の日は近い。)

 

 

 

 



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第10話  アンジュVSゾーラ(?)

 

 

 

「ふぅ………ちょっと休憩にしましょう。」

 

その日もアンジュはトレーニングに精を出していた。

ここに来てから、もはや日課となっている。

 

そして、そのトレーニングの合間に、アンジュは食堂へ足を運ぶのだった。

 

 

 

 

カウンターで料理を受け取ると、席に着く。

 

「アンジュー。一緒に飯にしよー。」

 

「アンジュちゃん、ここ空いてるかしら?」

 

すると、そこにヴィヴィアンとエルシャがやって来て、アンジュのいるテーブルの席に座った。

今まではアンジュと一緒に食事を取るのは、この二人である事がほとんどだった。

 

しかし、この日は違っていたのである。

この日は、この二人だけでなく、他にも同席しようとする者がいた。

 

 

 

「おっ。やってるね。」

 

「邪魔するよ。」

 

「私も、ここ……いいかな?」

 

そう言って来たのは、ゾーラとロザリーにクリスであった。

 

 

彼女達は“前回”の最初の頃とは違って、アンジュとは友好的な間柄になっていたのである。

 

何故なら、嘗て戦闘中にゾーラが危機的状況に陥った時、アンジュはそれを身を挺して

助けたからだ。

だから助けられたゾーラは勿論、ゾーラの事を慕っていたロザリーとクリスもアンジュには

感謝している。

更に前回の戦いでも、自分達がピンチの時にアンジュが颯爽と現れて助けてくれたので、

アンジュに対して更に好感を持つようになったのであった。

 

だから今では彼女達はアンジュの事を受け入れ、そして友好的に接している。

 

 

 

 

そしてこの日、アンジュと同席するのは彼女達だけではなかった。

 

 

「アンジュ様。私達もご一緒させてください。」

 

「アンジュ。ここ空いてる?」

 

アンジュのいたテーブルに、ココとミランダもやって来た。

 

 

「どうぞ。」

 

アンジュがそう言うと、二人とも喜々として席に着く。

 

 

その結果、気づいたらいつの間にか大人数での食事になっていた。

アンジュも今ではすっかりこのアルゼナルの面々と打ち解けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、アンジュ様。 良かったらこれ、どうぞ。」

 

「え?」

 

ココがそう言って、デザートのプリンをアンジュに差し出した。

 

ココの大好物にして、アンジュからは大不評の、アルゼナル産のプリンである。

 

 

「これは、あなたのでしょう。いいの?」

 

「はい。いいんです。アンジュ様に食べて貰いたくて……。」

 

「そ、そう………。」

 

その時のココの目はとても純粋でキラキラと輝いていた。

 

「あ、ありがとう。」

 

そんな目で真っ直ぐ見られながら差し出されたら、アンジュは断る事は出来なかった。

 

 

(正直、私にとってはかなり不味いのよね、これ。やたら甘ったるいし……。)

 

そう思いながらも、自分を慕ってくれているココの純粋な好意を無下にも出来ず、

受け取ってしまったアンジュ。

 

(やったー。アンジュ様に受け取って貰えた。 /////)

 

頬を赤くしながら、嬉しそうな表情をするココ。

 

 

「あらあら。」

 

そんなココの様子を見て、微笑ましく思うエルシャであった。

 

 

 

 

するとその時、ロザリーが動いた。

 

「アンジュ。 先輩からもプレゼントだ。ありがたく受け取りな。」

 

ロザリーはそう言いながら、自分の皿にあったニンジンをフォークで刺すと、アンジュの皿に

入れてきた。

 

「え! いや、ちょっと……!?」

 

「な~に……遠慮するなって。」

 

「それって単に、あんたの嫌いな物を押し付けてるだけなんじゃないの?」

 

「そんな事はねえよ。 あとついでにこのピーマンもくれてやろう。こいつも中々美味いよ。」

 

「コラッ!! やっぱり、嫌いな物を押し付けてるだけでしょ!!」

 

即座にツッコミを入れるアンジュ。

そして周りの者達は、そんなアンジュとロザリーのやり取りを見て笑う。

 

 

そんな感じで、アンジュ達の食事は賑やかな一時となった。

 

 

 

 

そんな中、ゾーラが呟いた。

 

「フフフ……中々美味しそうじゃないか。」

 

その呟きは誰にも聞かれる事は無かった。

そして、その時のゾーラの目線はアンジュに向けられていたのである。

それは、まるで獲物を見るかのような目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジュ。今、空いてるか?」

 

ゾーラはアンジュに声をかける。

その時のアンジュはランニングマシンでの走り込みトレーニングを丁度終えた所だった。

 

「何か用? これからシャワーを浴びるけど、その後で良ければ……」

 

汗を拭いながら、アンジュは答える。

 

「ああ。それで構わないよ。 ちょっと話があるんだ。後であそこの部屋にまで来てくれ。」

 

「分かったわ。」

 

「それじゃ。待ってるよ。」

 

そう言って、ゾーラはその場を立ち去る。

この時、ゾーラがニヤリと笑っていた事に、アンジュは気づいていなかった。

 

 

 

 

その後、シャワーを浴びてサッパリしたアンジュ。

彼女はゾーラの指定した部屋に向かった。

 

(話って一体何なのかしら? 仕事に関する事?)

 

廊下を歩きながら、アンジュは考える。

 

(それにしても………)

 

そしてアンジュはこの時、ふと思った。

 

(ゾーラの事について、何か重要な事を忘れているような気が……。)

 

アンジュが思ったのはゾーラに関する事である。

彼女の事について、何か重要な事を忘れてしまっているような気がしてならなかった。

しかし、それが何なのか………思い出す事が出来ないのである。

 

 

そして、そんな事を考えているうちに目的の場所に到着した。

 

アンジュはドアをノックして中に入る。

すると、そこにはゾーラが一人でいた。

 

 

「来たか、アンジュ。」

 

「それで話って?」

 

「アンジュ……初陣の時の事、覚えているかい?

 あの時、私が油断しちまったばっかりに危うく死ぬところだったんだが、それをアンジュが

 助けてくれた。」

 

「ああ、その事ね。

 それなら別に、もういいわよ。機体大破に伴うお金だって、ゾーラが立て替えて

 くれたし……。」

 

「でも私はその時のお礼をまだちゃんとしていない。」

 

(そんなの別に気にしなくていいのに………案外律儀な所もあるのね。)

 

そう思いながら、アンジュは口を開こうとした。

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

「えっ……?」

 

気がついたら、いつの間にかゾーラが間近に接近していた。

そして押し倒され、そのまま組み敷かれてしまっていたのである。

 

 

「なっ!!」

 

「だからさ………お礼として、とびっきりの快楽をあげよう。」

 

仰向けに倒されたアンジュの上に、ゾーラが覆い被さるようにして押さえ込んでくる。

その時の彼女は少し息が荒くなっており、その瞳は情欲に染まっていた。

 

 

(そうだ、思い出した! こいつは、そういう奴だった!!)

 

この時になってアンジュは思い出したのである。

ゾーラが好色で、気に入った子がいるとすぐに(性的な意味で)食おうとする、そんな女である

という事を。

 

実際、アンジュは“前回”ゾーラに襲われた事があった。

部屋に連れ込まれ、押し倒され、挙句の果てに唇を奪われ、その上で犯されそうになったので

ある。

幸い、その時は寸前の所でドラゴンが襲来し、出撃命令が下ったため、難を逃れる事が出来た

のだが、それが無ければそのまま完全に(性的な意味で)食われている所だった。

 

“前回”、そんな経験をしたアンジュだったが、それ以上に重要な事が他にたくさんあったので、すっかり忘れてしまっていた。

そしてゾーラに襲われた今になって思い出したのだ。

ある意味致命的な、痛恨のミスである。

 

 

「ちょっと! 放しなさい!!」

 

「フフフ。良いではないか。」

 

アンジュは必死でもがくが、完全に取り押さえられており、逃れる事が出来ない。

 

そしてゾーラが耳元で囁く。

 

「遠慮するな。 なーに、大丈夫さ。すぐに気持ち良くなる。 とびっきりの快感を味わわせて

 あげよう。

 さあ、私に身を委ねるんだ。」

 

 

アンジュはある意味、最大の危機を迎えていた。

 

(やばい! これ本当にやばい!!)

 

アンジュは必死で、ゾーラを制止しようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってストップ!!」

 

「照れるな、アンジュ。」

 

「いやいやいや、別に照れてないから!! とにかく止めなさい!!」

 

「本当に可愛いねぇ……アンジュ。」

 

「話を聞け!!!」

 

もはやアンジュが何を言っても無駄だった。

今のゾーラはもう止まらない。

 

 

「それじゃあ、いただくとするか。」

 

そう言うと、ゾーラは自分の唇をアンジュの唇に近づけていった。

 

「ちょっ! やめっ……むぐっ!! んむぅ!!」

 

そして、噛みつくかのようなキスをしてきた。

 

「んんっ!! んんんー!!」

 

アンジュは何とか振り解こうとするが、頭を押さえられているので、それが出来ない。

そんな中、アンジュはこの状態から脱出すべく、必死で思考を巡らせた。

 

(このままじゃ本当に犯されちゃう! そんなの絶対に嫌だ!

 ええぃ! このままやられれてたまるものですか!!

 こうなったら、やられる前にやれってやつよ。

 負けるものか!! 食われる前に食ってやる!!!)

 

この時のアンジュの頭はパニックに陥っていた。

完全に思考がおかしな方向へ向かってしまっている。

 

 

すると、アンジュは相手の口内へ舌を捩じ込んだ。

それはまさにヤケクソであった。

 

 

(むっ!! 自分から舌を入れてくるとは、中々大胆じゃないか。 面白い。

 こっちも負けてられないね。)

 

ゾーラも負けじと、舌で応戦する。

 

 

(負けるものかああああ!!!)

 

アンジュも攻め手を緩めない。

 

 

アンジュとゾーラの戦い(?)は激しさを増していったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゾーラ隊長、遅いなぁ。どこ行ったんだろう?」

 

「何かあったのかな?」

 

ロザリーとクリスが廊下を歩きながら話していた。

 

 

 

「もしいるとしたら、あの部屋だろうね。」

 

「そうだね。」

 

そう言いながら、ロザリーとクリスの二人は、ある部屋の前まで来た。

そしてドアを開ける。

 

 

「「!!!」」

 

すると二人は驚愕し、目を見開いた。

何と、そこにはゾーラが倒れていたである。

 

「隊長ー!!」

 

「どうしたの、隊長!? 一体何があったの!?」

 

ロザリーとクリスはすぐさまゾーラの所へ駆け寄りった。

 

 

するとゾーラが呟く。

 

「凄かった……///////」ポッ

 

この時のゾーラは頬を赤く染め、潤んだ瞳をしていた。

 

((乙女みたいな顔してるー!!!))

 

ロザリーとクリスに衝撃が走った。

二人は絶句する。

 

 

 

 

 

一方、その頃のアンジュはというと………

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……………か、勝った。」

 

彼女は息を切らしながら、フラフラと覚束ない足取りで廊下を歩いていた。

 

アンジュとゾーラの勝負の行方は、アンジュの勝利である。

アンジュは見事にゾーラをKO(?)したのであった。

 

 

(な……何とか乗り切った。 もうこんなのは二度と御免よ。)

 

そう思いながら、アンジュはふらつきながらも自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。

 

 

「なあ、アンジュ。 今夜にもう一度………」

 

「断る!!!!」

 

猫撫で声で迫るゾーラと、それをファイティングポーズで威嚇するアンジュの姿が

あったとか……。

 

 

 

 



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第11話  待望の再会

今年最後の投稿となります。
今年度はありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。




 

 

 

アンジュが再びヴィルキスの乗り手となり、戦線復帰を果たしてから、数日が過ぎた。

あれから何度も出撃したアンジュはヴィルキスを完璧に使いこなし、次々とドラゴンを

狩っていく。

 

そして来るべき、モモカとの再会の日に備えて、アンジュは順調にお金を貯めていった。

 

 

ただ“前回”とは違って、他者を押しのけて一人で獲物を独占する極端な荒稼ぎはしていない。

 

あの時とは違って、新兵のココとミランダが生きている。

“前回”の初陣の時に死んでしまった二人だが、今回はアンジュのフォローのおかげで生き延び、

今に至る。

その時点でもう十分にアンジュは責任は果たしたと言えるが、アンジュはその後も二人の事を

気にかけ、戦闘中には二人が死ぬ事がないようにフォローするなど、彼女達の面倒を見ている。

 

その関係から今回のアンジュは、部隊の隊列を無視するような勝手な行動はしていない。

 

尤も、ヴィルキスとアンジュの腕をもってすれば、他者を押しのけて獲物を独占したり

しなくても、十分に稼げるので、アンジュにとっては問題ではなかった。

 

 

 

(この調子でいけば、モモカがこっちに来る日までに、十分な金額を蓄える事ができるわ。)

 

貯金通帳を見ながら、アンジュはそう思った。

アンジュは派手な荒稼ぎはせずに、地道にコツコツと稼ぎ、貯金していった。

 

 

 

 

 

アンジュは日々お金を稼ぐ一方でトレーニングも決して欠かさなかった。

それは勿論、モモカを守っていく事が出来るように、強くなるためである。

 

仮に敵が襲いかかってきたとしてもモモカを守れるように、あらゆる訓練を徹底的に

行なってきた。

アサルトライフル、ハンドガン、ナイフなど、あらゆる武器の扱いに習熟し、徒手格闘の訓練もやってきたのである。

そのおかげでアンジュは、メイルライダーとしての強さだけでなく、歩兵としての戦闘能力も

かなり鍛え上げられていった。

 

 

 

 

 

ある日、アンジュは自室でカレンダーを眺めた。

 

そのカレンダーのある日付には印が付けてある。

それはモモカとの再会の日である。

 

そして今日はその前日である。

 

「いよいよね。」

 

アンジュは逸る気持ちで一杯だった。

 

かけがえのない大切な仲間。

会いたくて会いたくて堪らない人。

 

そんな人との再会の日が間近に迫っているのだ。

アンジュは待ち切れない思いだった。

 

(モモカ………。)

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日……

 

 

アルゼナルに警報が鳴り響く。

 

侵入者の報せに、アルゼナル全体が動揺する中、アンジュは警報が鳴った瞬間に素早く動いた。

アンジュは走る。

 

(モモカ………。)

 

 

遂にこの時が来た……そんな思いで頭が一杯だった。

とにかく1秒でも早く会いたいと言わんばかりに、全速力で走るアンジュ。

 

 

 

そして彼女は辿り着いた。

そこには一人の少女と、それを取り囲む警備兵達がいる。

 

 

「モモカ!!」

 

アンジュは叫んだ。

そして、人波をかき分けるようにして、包囲の輪の中へ入っていった。

 

すると、そこにはいた。

 

 

アンジュの事に気づき、声を上げる少女。

 

 

アンジュはその少女の姿をよく見た。

それは間違いなく、記憶の中にあったモモカの姿そのものである。

 

ノーマである自分に、どんな時も決して変わる事なく、愛情をもって接してくれた人。

嘗ての親友や家族からも裏切られ、絶望の淵に立たされた時に、そんな自分の心を

救ってくれた人。

そして、命に代えてでも絶対に守ってみせると誓った、大切な人。

 

そんな人が今、目の前にいる。

 

 

 

(モモカ………間違いなく、モモカだわ。)

 

モモカが生きていたという事実を、アンジュは改めて実感する事が出来た。

こんなに嬉しい事は他にない。

 

 

 

そしてモモカもアンジュとの再会に、喜びで胸が一杯だった。

 

「アンジュリーゼ様!!」

 

モモカは堪らずアンジュの方へ走ってきた。

 

「モモカ!」

 

そんな彼女を、アンジュは受け止める。

そして、力一杯抱きしめた。

 

アンジュは思わず嬉し涙を流す。

 

 

本当なら、もう二度と会う事など出来ない筈だった。

しかし突如起こった奇跡によって、こうして再会する事が出来たのだ。

今はただ、その奇妙な運命に感謝するばかりである。

 

 

(もう二度と離さないわ。)

 

心の中で呟きながら、モモカを強く抱きしめたのであった。

 

 

 

 







今回はここまでです。

それでは皆さん良いお年を。


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第12話  姫と侍女? 騎士と姫?

 

 

 

 

「このままでは………何とかならないのですか?」

 

「まあ……少なくとも、私には"人間"達の作ったルールをどうこう出来るような権限なんて

 ありません。」

 

モモカがアルゼナルにやって来たその日、司令室にて監察官のエマとジルが話していた。

その話題は勿論モモカの事である。

 

 

アルゼナルに物資を搬入する輸送機に便乗する形で密航してきたモモカ。

しかし、このアルゼナルに足を踏み入れるという事は、決して知ってはいけない世界の秘密を知るという事を意味する。

 

ドラゴンやアルゼナルの事……そしてノーマ達が"人間"の領域を防衛するために、命懸けで戦っているという事実……

それは、この世界における最高機密であり、各国首脳などの極一部の限られた人達しか知らない秘匿事項。

万が一その秘密が外部に漏れ、世界に広まってしまったら、ノーマに対する差別や迫害で成り立っている社会システムの運営に支障が出かねない。

 

故にその秘密を知ってしまったモモカは、このままでは口封じに抹殺されてしまう。

とりあえず、しばらくの間はアルゼナルにモモカを置いておくとして、次の定期便がアルゼナルに行った時にそのまま連行して、秘密裏に消す……というのが”人間”達の委員会が下した決定である。

 

 

エマは同じ"人間"として、そのような悲惨な末路を辿るであろうモモカに対して心の底から同情していた。

何とか救いの手を差し伸べる事が出来ないか、と思い悩んでいたのである。

 

 

しかし、その悩みはすぐさま解消される事になる。

 

 

 

エマが悩んでいる所に、アンジュがやって来る。

その時の彼女は大きなアタッシュケースを持っていた。

 

 

「アンジュ……何ですか?それは……。」

 

エマが怪訝そうな顔をしながら言った。

 

するとアンジュはアタッシュケースの蓋を開ける。

その中には大量の札束が目一杯に敷き詰められていた。

 

「これは……!!」

 

驚くエマ。

そして、そんな彼女を他所に、アンジュは言った。

 

 

「モモカの身柄は私が買い取るわ。」

 

「………ッ!!?」

 

突然の事に、エマは絶句した。

 

 

アンジュはここに来る前に、アルゼナルの銀行に寄って、そこで今まで貯めてきた金の内の大部分を下ろしていた。

ケースの中に入っていた金は、それである。

アンジュは今回も"前回"同様に、モモカの身柄を金で買収し、彼女を自身の物にする事によって、このアルゼナルに置いておくという方法を取ったのだ。

 

人を金で買うという、一見すると非人道的にも取れる行為。

しかしこの場合は、それがモモカを救う最善策なのである。

 

このままいけば、いずれモモカは向こう側の世界へ帰還しなければならない。

そうなれば、その時こそ口封じで消される事になる。

しかし、こうしてモモカの身柄をアンジュが買い取れば、彼女をアルゼナルにずっと置いておく口実が出来る。

向こう側の世界の連中にとって、アルゼナルという名の"牢獄"にモモカを閉じ込めておけるなら、口封じをする必要は無い。

 

 

 

ただ、ノーマが"人間"を金で買うというのは前代未聞の事態である。

 

「こんな紙切れで"人間"を買うですって!? アンジュ……あなた、いくら何でも冗談が

 過ぎるわよ!!」

 

この事態にエマは憤慨した。

ノーマは劣った存在だと、幼い頃からずっと刷り込まれて生きてきた"人間"としては、いくらモモカを助けるためとは言え、素直には同意できないのだ。

 

しかしそんなエマを他所に、ジルが言った。

 

「金さえあれば何でも買える。 ……それがここのルール。」

 

「えっ!? し、司令!?」

 

「いいだろう、アンジュ。 今日から、モモカはお前の物だ。」

 

そう言い切ったジル。

これではエマも渋々ながら認めざるを得ない。

 

 

それを確認したアンジュは、そのまま司令室を出る。

 

 

すると、そこにはモモカがいた。

 

「アンジュリーゼ様。」

 

そんなモモカにアンジュは言った。

 

「あなたはずっと、ここにいて良いのよ。」

 

その言葉に、モモカは喜びで胸が一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部屋に案内するわ。ついて来て。」

 

「はい。」

 

モモカはアンジュに連れられ、一緒に廊下を歩いて行った。

 

 

 

すると、モモカが言った。

 

「あの、アンジュ様………御髪、短くされたんですね。」

 

そう言いながら、モモカは思った。

 

(アンジュリーゼ様………しばらく見ないうちに、雰囲気が変わられましたね。)

 

 

 

モモカの記憶の中のアンジュは、金色の髪を腰の辺りの丈まで伸ばしていた。

しかし、それが再会した時にはバッサリと短く切られていたのだ。

突然のイメージチェンジである。

 

それに加え、ミスルギ皇国で皇女をやっていた時とは、明らかに顔つきが変わっていた。

強い決意と覚悟の表われなのか、その顔には凛々しく精悍な雰囲気があったのである。

それはまるで戦士の顔であった。

 

 

その変りように、モモカは思わずときめいてしまったのだ。

 

(ずいぶんと逞しく、格好良くなられてしまったのですね、アンジュリーゼ様 ////// )

 

歩きながらも、アンジュの横顔につい見惚れてしまっていたモモカ。

胸はドキドキし、頬は赤く染まる。

 

 

「どうかしたの?モモカ……。」

 

モモカの視線に気づき、彼女の方へ振り向くアンジュ。

 

「えっ!? い、いや、別に何でもありません、アンジュリーゼ様 //////」

 

「そう?」

 

アンジュの顔を正面から見たモモカは、頬が更に真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

そして、そんなやり取りをしているアンジュ達を陰から見ている者がいた。

 

 

「アンジュ様………。」

 

ココである。

 

以前からずっとアンジュの事を慕っていたココ。

そして、ある日突然に現れたモモカに、そんな彼女と仲睦まじそうにしているアンジュ。

ココからすれば、アンジュを取られたような気分なのだ。

 

 

 

「アンジュ…………。」

 

そして、その場にはミランダもいた。

彼女もまたココと同様である。

 

 

突如現れたモモカに嫉妬してしまっている、乙女二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の事である。

 

その日、モモカは一人で部屋にいた。

 

「これで良しっと。」

 

彼女はアンジュが出かけている間に、ベッドメイクをしていたのである。

 

 

するとその時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「おや? 一体誰でしょう?」

 

モモカは部屋のドアを開けた。

 

 

 

「あんたが噂の、元皇室侍女かい。」

 

すると、そこにはゾーラがいた。

 

「あなたは?」

 

「私はゾーラ。よろしくな。 ……それにしても中々、美味しそうじゃないか。」

 

その時のゾーラはモモカに対し、上から下まで舐め回すかのような視線を向けていた。

モモカは、ゾーラの言った言葉に意味自体は分からなかったが、それでも目の前の人が危ない人物であるという事はすぐに理解できた。

 

 

「あ、あの………」

 

「フフ……きっと良い声で鳴くんだろうね。」

 

思わず後ずさるモモカに、迫るゾーラ。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

ゾーラの背後で、金属音がした。

同時にゾーラが、自身の後頭部に、何やら鉄の感触を感じる。

 

「モモカに手を出すな。」

 

その直後に聞こえてくるドスの利いた声。

 

 

「アンジュリーゼ様!!」

 

モモカの言った言葉で、ゾーラは察した。

今自分の背後にいる人物が誰なのかを。

 

ゾーラがゆっくり後ろへ振り返ると、額に青筋を立てながら自分に拳銃を突きつけるアンジュの姿が見えた。

しかも、よく見ると引き金に指がかかっている。

 

この時のアンジュは鋭い眼光が宿る目でゾーラを睨みつけており、凄まじい殺気を放っていた。

 

「冗談だよ、冗談。 そんなムキになるなって。」

 

ゾーラは両手を上げて降参のポーズを取った。

 

 

するとアンジュは銃口を下ろした。

しかし目はゾーラを睨みつけたままである。

 

「次はないわよ。」

 

アンジュは短く一言だけ、そう言った。

 

 

 

(アンジュの奴、とんでもない殺気を放ってたな。ありゃあ、まるで獣だ。

 これじゃあ、あの女の子に手を出すのは命懸けだな。)

 

ゾーラは思った。

モモカを背に庇いながら自分を睨みつけてくるアンジュの姿は、まるで子連れの虎を連想させられるようなものだった。

そのうち、「ガルルルル!!」なんて鳴き声が聞こえてきそうな有様である。

 

 

 

 

「アンジュリーゼ様…… /////」

 

一方、この時のモモカの目には、アンジュの姿が、まるで守護騎士のように映っていた。

 

勇ましく、頼もしい……そんなアンジュの姿を見て、モモカはますます胸が高鳴るのであった。

 

 

 

 






タスクがアンジュの騎士になろうと誓っていた頃には、もうアンジュはすでにモモカの騎士になっていたのです。
タスク……哀れ………。

そしてココとミランダが泥棒猫案件になりそうな件について……。



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第13話  サリアの憂鬱

 

「はぁ…………。」

 

第1中隊の副隊長、サリアは深い溜め息をついた。

彼女は今、悩みを抱えていたのである。

 

(今の私は、副隊長としての役割をちゃんと果たせていないわ。

 もっと、しっかりしなきゃ……。)

 

 

副隊長になったばかりのサリアは、慣れない仕事に四苦八苦し、本来副隊長が果たすべき役割を十分に果たせていないと、思い悩んでいた。

なったばかりなのだから仕方がないのだが、元々真面目過ぎるくらい真面目な性格である彼女はそれを良しとはせず、このままではいけないと、ただ気が焦るばかり。

 

 

そして彼女が焦っている理由はそれだけではなかった。

それはヴィルキスの事である。

 

 

 

(ジル………どうしてなの? ヴィルキスは私に任せてって、言ったじゃない。)

 

サリアは、アンジュがここに来るよりも遥か以前より、ずっとヴィルキスの乗り手を目指していたのである。

そのために日々頑張ってきた。

しかしジルはサリアではなく、新入りのアンジュの方にヴィルキスを任せてしまった。

 

(ヴィルキスの乗り手になるのはこの私よ。誰にも渡さないわ。

 いつか必ず私がヴィルキスを取り戻してみせる。)

 

 

サリアは焦っていた。

 

副隊長の仕事を完璧にこなし、個人技量でもアンジュを超える事が出来れば、ヴィルキスの乗り手の座を取り戻す事が出来る筈だと、そう思って寸暇を惜しんで必死に教本を読んで勉強したり、日々の訓練に励んだりしていた。

 

しかし、どうにも上手くはいかない。

教本に書いてある事をどんなに完璧に覚えても、実戦だと中々その通りにはいかない事が多かった。

 

そしてサリアが四苦八苦している間にも、アンジュは更にどんどん腕を上げていったのだ。

ヴィルキスを完璧に使いこなし、ドラゴンを次々と屠っていくアンジュ。

今では第1中隊の実質的なエースとも言えるメイルライダーとなっていた。

 

そんな彼女の姿を見てきたサリアは、アンジュを超えるどころか更に差をつけられていくのを感じ、焦りが募るばかりであった。

 

 

 

 

前回に出撃した時もそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンギュラーより侵攻してきたドラゴンを、待ち構えていた第1中隊のパラメイルが迎撃した時の事である。

 

しかし、この時はいつもよりも大量のスクーナー級がいて、群れで突進してきたのだ。

 

「くっ……なんて数。」

 

これにサリアは必死で応戦した。

 

他の者達も迫り来るドラゴンを撃ち落としていくが、如何せん敵の数があまりにも多過ぎて、遠距離からの射撃では殲滅し切れない。

かなりの数のスクーナー級が接近して来て、戦いは乱戦の様相を呈していた。

 

 

 

その時、サリアはふと振り返る。

 

「………ッ!!」

 

そして目を見開いた。

 

 

そこにいたのはココが乗っている機体と、その機体の背後から今まさに攻撃しようとしていた敵の姿。

 

(危ないっ!!)

 

サリアがそう思った時には、もう遅かったのである。

助けようにも、もはや間に合わないと思われた。

 

 

しかし次の瞬間、突如高速で飛翔して来た鋼鉄の剣が、敵を貫く。

 

「「!!?」」

 

その瞬間を見ていたサリアも、後ろを振り返ったココも、驚いて目を見張った。

 

 

すると、アンジュの駆るヴィルキスが飛来。

ドラゴンの体に突き刺さった剣のグリップ部を掴むと、そのまま敵を切り裂いた。

 

ドラゴンを貫いたその剣は、ヴィルキスの装備である斬竜刀ラツィーエルだったのだ。

ココのピンチを素早く察知したアンジュが彼女を助けるために、敵へ目掛けて投擲したのであった。

 

「アンジュ様!!」

 

「ココ、大丈夫?」

 

「はい。」

 

ココの無事を確認したアンジュ。

 

今までアンジュは、何かと新兵であるココやミランダの面倒をよく見てきた。

“前回”に死なせてしまった二人に対する責任はもうすでに十分果たしたといえるが、しかしそれでもアンジュは二人を死ぬ事が無いように、こうして戦闘中に彼女達のフォローをよくする。

 

 

 

アンジュはココがもう大丈夫である事を確認すると、そのまま敵の方へと向かって行った。

 

そしてヴィルキスを自在に操り、戦場を高速で縦横無尽駆け巡る。

次々と敵を機銃で撃ち落とし、近づいた敵は剣で切り裂き、一刀両断。

そんな調子でドラゴン屠っていき、かなりのハイペースで敵の数をどんどん減らしていった。

 

(こっちも負けられない!)

 

そんなアンジュに対し、サリアはは対抗心を燃やす。

 

(私だって!)

 

躍起になって機体を駆るサリア。

無我夢中で敵を撃つのだった。

 

しかし、この時の彼女は焦って目の前の敵を倒す事に気を取られるあまり、周囲をちゃんと見渡し切れていなかった。

 

 

「おい、サリア!! 上から来ているぞ!!」

 

「えっ!!」

 

隊長のゾーラの声でハッとして、サリアは頭上に目を向ける。

すると、そこには上方からサリアの機体目掛けて急降下してくる敵の姿があった。

 

「しまった!!」

 

サリアは完全に死角からの不意打ちを受けてしまった。

ドラゴンが牙を剥いて襲いかかってくる。

 

 

しかし、その直後であった。

 

どこからともなく放たれた弾丸が敵を正確に射貫く。

撃ち抜かれたドラゴンは、そのまま力無く落ちていった。

 

「なっ! 今のは!?」

 

サリアは驚き、弾丸が飛んできた方を見る。

すると、そこにいたのはヴィルキスだった。

 

 

すると、アンジュはサリアに言った。

 

「何やってるの!」

 

「アンジュ………。」

 

「しっかりしなさい!」

 

アンジュに注意を促された。

 

「くっ……!」

 

不覚を取ってしまったサリアは、悔しさで思わず顔を歪ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、敵を殲滅し、無事に戦闘を終えて基地に帰投した第1中隊。

 

 

帰還後、各員が機体から降りていく中、サリアはしばらくの間、操縦席に座ったまま動けずにいた。

 

この時のサリアの頭の中にあったのは、先ほどの戦闘中にやってしまった失敗の事である。

アンジュを超えようと躍起になって、そして超えるどころかミスをしてしまい、しかもそれをアンジュにフォローされてしまったのだ。

言いようのない悔しさが、その表情に滲み出ていた。

 

 

そんなサリアに、ゾーラが声をかける。

 

「ドンマイ、サリア。 まあ、こんな日もあるさ。あんまり気にし過ぎない方がいい。」

 

「隊長………。」

 

ゾーラはサリアを慰めるように、一言そう言って、去って行った。

 

 

 

その後、サリアは何とか気持ちを切り替えて、機体から降りた。

そして格納庫から出ようとする。

 

「あっ。あれは………。」

 

するとその時、アンジュとココ、ミランダの姿が、サリアの目に入った。

彼女達は何やら話をしているようだった。

 

 

アンジュは二人に言った。

 

「ココもそうだけど、ミランダもまだまだ状況判断に甘さがあったわ。

 そう言うのは、命取りになかねないから気を付けて。」

 

どうやらアンジュは、彼女達に戦闘に関する指導をしていたようだ。

 

「とにかく戦場では一つの事に囚われては駄目よ。

 何をする時も常に視野を広く持つ事………それが生き残るために絶対に必要な事なのよ。」

 

「はい。」

 

「わかったわ。」

 

ココとミランダは返事をする。

その時の彼女達の手元にはペンとメモが握られており、アンジュの言った事を丁寧にメモに書き取っていた。

どうも二人の方から、アンジュに教えを乞い、それに対してアンジュも色々とアドバイスをしてあげていたらしい。

 

「それでも、二人とも最初の頃に比べれば大分上手くなってきたわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「アンジュのおかげだよ。」

 

ココもミランダも嬉しそうに言った。

 

 

そして、そんな三人を離れた所から見ていたサリア。

 

「……………………。」

 

この時の彼女は、何とも言えない気分になっていた。

 

新兵へのアドバイスは本来ならば副隊長の役目だと、サリアは考えていたのである。

それだけでなく、戦闘中における新兵達のカバーも副隊長の役割だというのが彼女の考えであった。

 

しかし先ほどの戦闘では、乱戦の中で目の前の敵に対処するだけで手一杯になってしまい、そこまで気が回り切らなかった。

その間、新兵である筈のアンジュが彼女達の面倒を見て、その挙句にフォローどころか、逆に自分が失敗をしてしまい、アンジュにその失敗のフォローをされるという結果になったのである。

 

そしてココとミランダも、副隊長である自分ではなく、アンジュの方に指導を求める。

しかも、それは今回に限った事ではなかった。

ココもミランダも、いつもアンジュの方ばかりを頼って、自分をあまり頼ってはくれない。

その事で、サリアは副隊長として立つ瀬が無いような思いをしていた。

 

 

 

そんなサリアに声をかける者がいた。

 

 

「よぉ、サリア。」

 

「……………ヒルダ。」

 

そこにいたのはヒルダだった。

この時の彼女は相手を見下すような笑みを浮かべている。

それに対し、サリアも嫌悪感を滲ませた表情をヒルダに向けた。

 

何やら険悪な雰囲気になる二人。

 

 

 

ちなみにサリアとヒルダがこのような険悪なムードになるのは今に始まった事では無い。

この二人は以前から非常に仲が悪かったのである。

 

ヒルダは、真面目な性格であるサリアとはソリが合わず、彼女の事を嫌っていた。

だから何かというとよくヒルダがサリアに向かって嫌味を言う事がよくある。

勿論、サリアもそんなヒルダの事を快く思っていない。

まさに二人は犬猿の仲だった。

 

 

 

ヒルダはサリアに言った。

 

「新兵共の事で、ご不満かい?」

 

「何の話よ。」

 

「とぼけんなよ。あの二人があんたを差し置いて、アンジュの方に教えを乞う事を

 気にしてたんだろ?」

 

「…………ッ!!」

 

完全に言い当てられていた。

サリアは思わず目を見開く。

そんなサリアを見て、ヒルダは鼻で笑いながら更に言う。

 

「ハッ……図星だろ。 いや~ホント、これじゃあ副隊長としての面目丸潰れだねぇ。

 でも仕方が無いよ。あんた頼りないから。

 つうか、あんたさ……副隊長には向いてないんじゃないの? 何だったら副隊長の座、

 私が代わってあげようか?」

 

そのようなあからさまに挑発するような事を言われたサリアは、ヒルダをキッと睨みつける。

しかしヒルダは意にも介さず、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

睨み合う二人。

 

 

「まあ、精々頑張んな。」

 

ヒルダはそれだけ言うと、そのまま去っていった。

 

 

 

「…………………。」

 

この時のサリアの心の中は悔しさで一杯だった。

 

先ほどヒルダが言った言葉……副隊長に向いていないという言葉。

サリアはその侮辱に怒りながらも、言い返す事が出来なかった。

ただ悔しさばかりが募るのである。

 

サリアは拳を強く握りしめる。

悔しさのあまり、その手は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サリアは自室で、机に噛り付くようにひたすら教本を読んでいた。

まるで何かに憑りつかれたかのように、一心不乱に勉強をしていたのだ。

前回の出撃の際にした失敗で、より一層焦りが募り、その焦りが彼女にそうさせているのだろう。

 

 

そんな中、同室のヴィヴィアンが呟いた。

 

「いや~、アンジュは今日もキレッキレだったにゃ~。」

 

ヴィヴィアンはハンモックに横たわりながら言った。

彼女は何気なく言った一言だったが、サリアは“アンジュ”という単語に反応し、ピクッと動いた。

 

そしてサリアは振り向いて、口を開く。

 

「ねえ、ヴィヴィアン。」

 

「ん? 何?」

 

「私とアンジュとでは一体何が違うのかしら?」

 

「ほぇ?」

 

突然の質問に、ヴィヴィアンは少し戸惑ったような声を上げるが、サリアは構わず続けて言った。

 

「私とアンジュでは、実力に大きな差があるわ。その差を埋めるために頑張ってきたけど、

 差は全然縮まらない。

 一体…………一体、私と彼女とで何が違うの?」

 

サリアはつい自分の抱えていた悩みを漏らした。

 

「そんな事私に聞かれても、難しい事は分かんないもん。」

 

勿論、いきなりこのような事を聞かれたヴィヴィアンは、サリアに答えを与える事などは出来なかった。

 

「そう………。」

 

そしてサリアは再び机の方へ向き直る。

 

「サリア………あんま気にし過ぎない方がいいと思うよ。」

 

そのヴィヴィアンからの忠告の言葉も、サリアの耳に入っていなかった。

 

(一体、私には何が足りないの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日経った、ある日の事。

 

その日、サリアは司令室に呼び出された。

そこで、ジルから驚くべき話を聞かされる。

 

「私が隊長代行ですか!?」

 

「ああ、そうだ。」

 

ジルが言ったのは、ゾーラに代わってサリアに第1中隊隊長の代理を務めよ、という話だった。

 

 

ジルが言うには、隊長のゾーラが突如体調を崩し、高熱を出して倒れてしまったため、戦線離脱を余儀なくされたとの事である。

そのため隊長復帰までの間、副隊長のサリアを隊長代行に任命すると、ジルは言った。

 

「頼んだぞ、サリア。」

 

「了解しました。」

 

サリアは敬礼すると、司令室を出ていった。

 

 

そして廊下に立ち、一人呟く。

 

「私が……隊長代理………。」

 

その表情には緊張の色がハッキリと浮かんでいた。

いくらゾーラが復帰するまでの一時的な措置とは言え、いきなり隊長の代理をするのだから、相当なプレッシャーである。

 

(今まで以上に、もっとしっかりしないと。)

 

サリアは改めて意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サリアが第1中隊隊長代行に就任してからしばらく経った。

しかし、思い通りにいかない日々は続いていたのである。

 

アンジュには実力の差を見せつけられ、ムキになって追いつこうとするが上手くいかない。

ココやミランダは、自分ではなくアンジュの方ばかりを頼っていて、隊長代行としても立つ瀬が無い。

ヒルダからは嘲笑われ、見下され、事ある毎に嫌味を言われる。

 

焦りと劣等感と苛立ちで、サリアの心にはストレスが溜まる一方だった。

 

 

そしてある日、ストレスは限界に達した。

 

(このままではいけないわ。 ここは一度、精神メンテナンスをしないと。)

 

その日、サリアはジャスミンモールに足を運んだ。

 

ちなみにジャスミンモールとは、文字通りジャスミンが経営している施設であり、アルゼナル基地内にある巨大酒保である。

取り扱う品目は、日用品や食品、パラメイル用のカスタムパーツなどまで多岐に渡る。

 

サリアはジャスミンモールに着くと、まずジャスミンにお金を渡した。

 

「いつもの……。」

 

その一言だけでジャスミンは察した。

 

「あいよ。一番奥のを使いな。」

 

 

サリアは奥の方にある試着室の中へ入り、カーテンを閉めた。

そして予め用意しておいた衣装に着替える。

 

 

すると、その狭い試着室の中に異様な光景が出来上がった。

 

サリアが身に纏った衣装はとてもファンシーな物である。

そして彼女の手には、これまた何ともファンシーなデザインのステッキが握られていた。

 

サリアはステッキを振り、体をくるっと一回転させる。

 

「愛の光を集めてギュ♪ 恋のパワーでハートをキュン♪

 美少女聖騎士プリティー・サリアン……あなたの隣に突撃よ♪」

 

決めセリフと思われる言葉を口にして、ポーズを取る。

 

「フフフ………決まったわ。」

 

そして悦に入ったように笑った。

 

サリアがやっていた事……それは所謂魔法少女コスプレというものだった。

それはサリアが密かに隠し持っていた趣味。

 

彼女にとって、それは日頃のストレスを解消する方法としては最適のものだったのだ。

サリア曰く、精神メンテナンスである。

特に鬱憤が溜まっている時にはより一層趣味に没頭するのだった。

 

それは普段の真面目で堅物な優等生タイプの彼女からは想像もつかないほどの、はっちゃけようである。

そしてサリアの趣味の事は、ジャスミン以外の者は誰も知らない秘密だった。

こんな異様な光景を誰かに見られたりしようものなら、笑われるかドン引きされるかのどちらかだろう。

だから、このような密室でコソコソとやっていたのである。

 

ここ最近は非常にストレスを溜め込んでいたので、この日はいつも以上に没頭していたのであった。

 

(今日は思う存分に楽しみましょう。)

 

サリアはそう思いながら、コスプレにのめり込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、アンジュがモモカを連れて、ジャスミンモールを訪れる。

アンジュが向かったのは、衣料品コーナーだった。

 

「本当によろしいのですか?」

 

「いいのよ、モモカ。 あなたメイド服だけ持って、こっちに来たでしょ。」

 

「私は別にそれでも構わないのですが……。」

 

「お金の事なら気にしないで。 遠慮することはないわよ。

 あなただってオシャレとかしてみたいでしょ。」

 

「アンジュリーゼ様………。」

 

 

アンジュはモモカのために服を買いに来たのである。

 

 

モモカは、向こうの世界にいた時も、こっちに来てからも、基本的にいつも仕事服であるメイド服を着ていた。

嘗ては皇室に仕える筆頭侍女として多忙な日々を送っていたため、それ以外の服を着る機会はあまり無かったのだ。

そしてアンジュを追ってアルゼナルへ来た際には、必要最低限の荷物だけ持って密航してきたので、今持っている服はメイド服しかないのである。

 

しかし、モモカだって年頃の女の子であり、オシャレだってしたい筈。

そう思ったアンジュはモモカに服をプレゼントしてあげようと思ったのである。

 

そんなアンジュの心遣いが、モモカの心に沁みたのだった。

 

「アンジュリーゼ様……本当にありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

アンジュはモモカに合いそうな服をいくつか見繕った。

そして、ジャスミンに声をかける。

 

「ジャスミン、試着室借りるね。」

 

その時、ジャスミンはちょうど銭勘定をしていた。

 

「ん? ああ。 一番奥のを使いな。」

 

札束を数えながらだったので空返事になっていた。

しかしアンジュはその事を気にせずに、そのまま一番奥の方にある試着室へ向かった。

 

 

 

そして、その直後にある人物がジャスミンの所にやって来た。

 

「ジャスミン、ちょっと試着室使わせてもらうよ。」

 

「ああ………一番奥のを使いな。」

 

またしても金勘定をしながら空返事するジャスミン。

その人は言われるままに、試着室の方へ向かった。

 

 

そして、しばらくしてから彼女はある事に気づく。

 

「あっ…………。」

 

ここに来てようやくジャスミンは思い出した。

一番奥の試着室は今、サリアが秘密の趣味のために使っている最中である。

その事をすっかり忘れていたのだった。

 

「こりゃいかん!!」

 

ジャスミンは慌てて、アンジュ達と、もう一人の人物を止めるために、走り出した。

 

 

 

 

その頃、アンジュはモモカを連れて試着室の前に来ていた。

 

しかしその時、アンジュはふと思った。

 

(あれ? 何か大事な事を忘れているような気が……。何だったかしら?)

 

そう思いながら試着室のカーテンに手を伸ばす。

 

(あっ!!)

 

そして寸前の所でアンジュは思い出した。

 

(確かこの日って、サリアが試着室で、痛いコスプレをしてた日じゃない!!)

 

 

 

それは“前回”の記憶……サリアのコスプレ現場を意図せず目撃してしまった時の事である。

 

あの時も、今と同じように試着室のカーテンを開けようとしていた。

そしてカーテンを開るとそこには、サリアが魔法少女ものの衣装を身に纏って、はしゃいでいるという異様な光景があったのだ。

 

その後はもう大変だった。

誰にも知られたくない秘密を知られてしまったサリアは思いつめ、その結果、口封じのために、アンジュが入浴している時にナイフを持って風呂場に突撃をかましたのである。

何とかナイフは取り上げたが、そのまま掴み合いになり、その後長時間に渡って風呂場で乱闘となったのだ。

 

挙句の果てに、その時の乱闘のせいでアンジュは湯冷めしてしまい、それが原因で風邪を引いて寝込んでしまうという事態に至った。

まさにアンジュにとっては踏んだり蹴ったりである。

 

 

“前回”にそんな事件があった事を思い出したアンジュは、カーテンに伸ばしていた手を即座に引っ込めた。

 

「アンジュリーゼ様? どうかしましたか?」

 

「し、使用中だったみたい。 別の部屋にしましょう。」

 

アンジュはそう言うと、左端の試着室とは反対に、右端の試着室の方へと向かった。

 

(危うく、超面倒くさい事になる所だったわ。)

 

ギリギリの所でトラブルを回避したアンジュだった。

 

 

しかし、その直後である。

 

(ん?)

 

ある人影がアンジュの目に入った。

 

(ヒルダ……。)

 

そこにいたのヒルダだった。

どうやら彼女も試着室を使おうとしているらしい。

 

するとヒルダは一番左にある試着室のカーテンに手をかけた。

 

(あっ! やばい!!)

 

それはサリアが使っている試着室である。

アンジュは慌てて止めようとした。

 

「ちょっ、待っ……!!!」

 

しかし間に合わず、ヒルダはカーテンを開けてしまった。

 

 

 

「シャイニングラブエナジーで、私を大好きになぁれ♪」

 

その時、サリアのテンションは最高潮に達していた。

鏡の前で、決めポーズを取る。

 

 

そして、その背後でカーテンが開かれた。

 

 

「…………あ。」

 

サリアの表情は瞬時に引き攣った。

そして、そのまま凍りついたように固まる。

 

姿見に、背後に立つ人物の顔が映っているため、相手がヒルダである事はすぐに分かった。

振り返る事が出来ない。

 

 

「…………………!!!」

 

それに対し、ヒルダは驚愕の表情をしていた。

普段から、真面目な堅物と評していた相手が、魔法少女コスプレをしている現場に不意に遭遇してしまったのだから無理もない。

 

 

「「……………………。」」

 

しばらくの間、沈黙が続く。

 

 

その沈黙を破ったのはヒルダだった。

驚きの表情のまま固まっていたが、状況を理解出来てから一転、ニヤリと嘲笑する。

 

「へぇ………あんたにこんな趣味があったとは……。こんなコスプレをしてたなんてねぇ。」

 

それだけ言うと、ヒルダはカーテンを閉めた。

 

 

その直後に駆け付けたジャスミンは、手遅れである事を悟り、手を額に当てた。

 

「あちゃー………。」

 

 

そして、その場を少し離れた所から見ていたアンジュ。

 

(サリア………ご愁傷様。)

 

心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

そして試着室の中にいたサリアは崩れ落ち、膝を付いた。

 

(あぁ………何て事を……。)

 

彼女は頭を抱え、嘆いた。

 

(よりによって、ヒルダに見られちゃうなんて………。)

 

まるでこの世の終わりであるかのような表情をしていた。

 

ジャスミン以外の者には、誰にも知られていない……ジルにさえ秘密にしていた事である。

それをよりによって犬猿の仲だったヒルダに見られてしまったのだ。

ヒルダの事だから、悪意をもって言いふらす事は目に見えている。

 

 

 

その後、サリアは制服に着替えてから試着室を出た。

 

「あぁ………もうお終いよ、何もかも。」

 

消え入りそうな声でブツブツと呟きながら、非常に重い足取りで歩いて行くサリア。

その際にアンジュから、かわいそうな生き物でも見るかのような目を向けられるのだが、それに気付く余裕すら無かった。

 

 

サリアは想像してみた。このまま行けばどうなるかを。

 

ヒルダを筆頭に多くの者達からバカにされ、ジルからは呆れられて失望され、その他大勢の人達からはドン引きされる……そんな光景が目に浮かぶ。

そんな事態だけは何としても避けたかった。

 

(こうなったら。)

 

そこでサリアは決断した。

最後の手段を用いる事にしたのである。

 

 

 

 






今回はここまで。
プリティサリアン爆誕の回でした。(笑)


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第14話  サリアの暴走

 

その日の夜。

 

 

ヒルダは浴場にいた。

脱衣所で体にタオルを巻きながら、考え事をする。

 

(まさかあの堅物が、隠れてあんな事をしてたなんてな。)

 

ヒルダが考えていたのは、サリアのコスプレの事だった。

彼女はまだこの事を誰にも言っていないようだ。

 

(副隊長兼隊長代理だからって偉そうにしやがって………あの女の事は、前々から

 気に食わなかった。 

 そして今は、その女の決定的弱みを握ったわけだ。 この秘密、どうしてやろうかな。)

 

そのような事を考えながら、ヒルダは大浴場の露天風呂の方へ歩いて行く。

 

 

そして引き戸を開けて浴場に入ると、そこには先客がいた。

 

「加減はいかがですか?」

 

「うん。丁度いいわ。」

 

そこにはいたのは、アンジュとモモカである。

アンジュはモモカに背中を流してもらっていた。

 

 

(アンジュ……。)

 

すると、ヒルダは立ち止まった。

 

 

ヒルダは前々からアンジュの事が気になっていたのである。

初めて会った時にアンジュから笑顔を向けられてからというもの、それ以来アンジュの事がずっと気になってしまうのであった。

近くにアンジュがいると、いつも無意識のうちに彼女を目で追ってしまう。

 

ヒルダはアンジュに対して何らかの感情を抱いている事は確かだった。

その感情というのが具体的にどんなものなのかは、本人もよく分からないのだが………。

 

 

 

その時、ヒルダはふとアンジュに目をやる。

 

(綺麗な体をしてるな。)

 

思わず見惚れてしまっていた。

 

(……って、何を考えてんだ、私は!!?)

 

すぐさまヒルダは、その考えを頭から振り払った。

 

(全く……アンジュの奴を見てると何か調子が狂っちまうんだよな。)

 

そんな事を考えながら、ヒルダは風呂椅子に座る。

 

 

 

その時であった。

 

 

浴場の引き戸が開かれる。

 

「あ?」

 

ヒルダはそちらに目を向ける。

すると、そこにいたのはサリアであった。

風呂場だというのに、何故か制服を着たまま立っている。

 

(サリアか。何しに来たんだ?)

 

ヒルダが訝しげな顔をしながらサリアを見る。

 

 

 

そして彼女は気づいた。

その時のサリアが鬼気迫る表情をしていたという事に。

 

 

「殺す。」

 

低い声で短く一言呟いたサリアは懐からナイフを取り出す。

 

「なっ!!」

 

ヒルダは驚愕する。

そんな彼女目掛けてサリアが突進し、ナイフを突き出してきた。

 

「危ね!!」

 

ヒルダは咄嗟に、近くに置いてあった風呂桶を手に取り、それを盾にしてナイフを受け止めた。

 

「てめえ! 何しやがる!!」

 

いきなり殺されそうになったヒルダは激怒。

 

そして、近くでその瞬間を目撃したアンジュがびっくりして目を見開き、傍にいたモモカは思わず悲鳴を上げる。

しかし、それに構わず、サリアは言った。

 

「あなたは知ってはいけない事を知ってしまった。 知られてしまった以上は

 消すしかないのよ。」

 

そう言いながら、サリアはナイフを持った腕に力を込めて、押し込もうとする。

ヒルダも負けじと、押し返そうとして力を入れる。

 

両者は押し合いながら、互いに相手を睨み合った。

 

「何だよ、サリア。痛い趣味がバレたからって口封じか?」

 

「なっ、痛いですって!?」

 

「ああ、そうだよ。いい歳した奴があんな事をしてたんだ。十分痛過ぎるだろ。

 つうか超ダサイんだよ!!」

 

「黙りないさい!!」

 

そのまま激しい舌戦に突入する両者。

 

「大体、あんたは前々から気に食わなかったんだよ。」

 

「は!?」

 

「副隊長だか隊長代行だか知らねえが、偉そうにすんな!」

 

「私のどこが偉そうだって言うのよ!!」

 

「偉そうにしてんだろ! そもそも、あんたなんかが副隊長なんて器か? あぁ?」

 

「ヒルダはそうやって、いつもいつも……人の苦労も知らないで好き勝手

 言ってくれちゃって……。

 私だって本当に色々大変なのよ!お気楽な立場の、あなたなんかとは違うのよ!

 この馬鹿女!!」

 

「んだと、てめえ!!」

 

両者は激しくヒートアップしていった。

このままでは浴場が血で染まる事になってしまいかねない。

すると、そんな二人を近くから見ていたアンジュが見兼ねて介入する。

 

「何やってるの!?」

 

アンジュはサリアを後ろからの羽交い絞めにし、そのままヒルダから引き離す。

 

「離してよ!!」

 

「落ち着きなさい!」

 

アンジュに取り押さえられながらも尚、サリアはヒルダに斬りかかろうとしていた。

アンジュの腕を振り解こうともがくサリアを、彼女は全力で押さえ込んだ。

 

その有様はまるで時代劇の、城内で刀を抜いて斬りかかろうとする御役人と、それを必死で取り押さえる武士のようだった。

 

殿中でござる!!

 

せめて一太刀!!

 

そんなセリフが聞こえてきそうな有様である。

 

 

「止めなさいっての!」

 

アンジュはサリアの腕を掴み上げ、その手に握られていたナイフを素早く取り上げた。

 

しかし、サリアはその隙に腕を振り払って、ヒルダに掴みかかろうとする。

取り上げたナイフを捨てたアンジュは、再びサリアを後ろから羽交い絞めにした。

 

 

しかし、その行動がかえって事態の悪化を招く事になってしまう。

 

 

サリアは背後にいるアンジュに向かって叫んだ。

 

「というかアンジュも、さっきから胸を押し付けて!! 嫌味か、それは!!!」

 

「ええっ!?」

 

突如、サリアの矛先がアンジュに向けられたのだ。

 

「本当に何なの、あなたは!? 自慢してるの!? 私の胸の事を馬鹿にしてるの!?」

 

「え!? いや、何を……!!」

 

アンジュにはそんなつもりは全く無かったのだが、サリアを羽交い絞めにする事によって、図らずもサリアの背中に胸を押し付ける事になってしまった。

背中に伝わる柔らかい感触……それが自分の胸にコンプレックスがあるサリアを刺激してしまったのだ。

 

ただでさえサリアはメイルライダーとして、アンジュに対しては強い劣等感を抱いていた。

なのに、その上で胸の事でも差を見せつけられてしまったのである。

怒りと劣等感が混ざり合った感情が一気に爆発した。

 

 

突然の流れ弾にアンジュは戸惑う。

そして、更にヒルダが火に油を注いだ。

 

「さっきから、うるせーぞ、貧乳!!」

 

「何ですって!?」

 

「このド貧乳! まな板! 壁! 平地!!」

 

ヒルダがサリアにあらん限りの罵詈雑言を浴びせる。

 

「ちょっと、あんたも黙ってて!!」

 

事態を余計にややこしくしかねないヒルダの言動に、アンジュも思わず叫ぶ。

 

しかしこの時には、もうすでにサリアは完全に我を忘れて暴走状態に陥っていた。

サリアは力任せに暴れて、アンジュを振り切ろうとする。

その状態でもアンジュは何とかサリアをヒルダから引き離そうとするが、普段のサリアでは考えられないほどの馬鹿力を発揮され、完全に押さえ込む事が出来ずにいた。

 

 

「あっ!」

 

その時、アンジュは足を滑らせてしまった。

それによって体勢が崩れたアンジュは、サリア諸共倒れ込むように湯船に転落する。

そのせいでアンジュはサリアから手を離してしまった。

 

その隙にサリアは一人湯船から上がり、ヒルダの方に走って行き、彼女に掴みかかる。

それに対し、ヒルダも応戦した。

 

「この馬鹿女ああああ!!」

 

「やるか! この貧乳!!」

 

こうして二人は本格的に取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまった。

もはや収拾が付かない状態である。

 

 

「ちょっと! 二人とも止めなさい!!」

 

アンジュが二人の間に割って入って二人を引き離そうとする。

 

「止めなさいって!!」

 

しかし、アンジュは制止しようとしても、二人はそれを無視し、全く止まる気配を見せない。

次第にアンジュもだんだんイライラしてきた。

 

「ちょっと……本当に止めろ!!」

 

アンジュが叫ぶ。

 

 

「生意気なんだよ! この壁!!」

 

「誰が壁よ! このアホ女め!!」

 

しかし、ヒルダもサリアもそれに耳を貸そうともしない。

 

それどころか彼女達は、邪魔だと言わんばかりに、アンジュを押し退けようとした。

 

 

その時、アンジュの堪忍袋の緒が切れた。

 

「止めろって言ってるでしょうが!!!!」

 

キレたアンジュの怒号が響き渡る。

そして次の瞬間、アンジュの拳がサリアの腹部にめり込んだ。

 

「かはっ!!」

 

重い一撃を食らい、サリアは息が詰まった。

そのまま彼女は意識を失う。

 

そして間を置かずして、ヒルダにも同様の打撃が叩き込まれた。

 

「ぐあっ!!」

 

もろに鳩尾を強烈に殴られたヒルダは気絶して倒れた。

 

 

 

「ハァ……ハァ………全く、あんた達は……。」

 

アンジュの電光石火の如き早業で、ヒルダとサリアはまとめてKOされたのであった。

これにより二人の喧嘩は強制終了。

 

 

 

すると丁度そこに、また別の者達が訪れた。

 

「温泉♪温泉♪」

 

「やっぱり疲れた時は温泉よね。」

 

そこにいたのはヴィヴィアンとエルシャだった。

彼女達も温泉に浸かるために来たのである。

 

しかし、露天浴場に足を踏み入れた彼女達が見た物……それは、肩で息をしながら佇むアンジュと、彼女の足元で倒れ伏すサリアとヒルダ、それを見てオロオロと狼狽するモモカであった。

その光景を見た二人は目を丸くする。

 

「ほぇ!? 何じゃこりゃ!?」

 

「あらあら。一体何があったのかしら?」

 

事件現場を目撃してしまったヴィヴィアンとエルシャ。

 

 

そこでモモカが事件の経緯を二人に説明した。

サリアが刃物を持って風呂場に突入して来た事。

アンジュのおかげで流血沙汰は回避されたが、サリアとヒルダの取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった事。

そしてアンジュが喧嘩の仲裁(ボディーブロー)をした事。

 

 

「アンジュ、すっげぇ!!」

 

「アンジュちゃん、大変だったでしょう。 お疲れ様。」

 

「ええ。本当に疲れたわよ。」

 

ヴィヴィアンはアンジュのその腕っ節に感心し、エルシャは労いの言葉をかける。

面倒事に巻き込まれたアンジュはうんざりした様子だった。

 

そして彼女は気怠そうに言った。

 

「ヴィヴィアン、エルシャ……悪いんだけど、この倒れてる二人の事、頼める?

 私はもう疲れたから、部屋に戻って寝たいわ。」

 

辟易とした表情だったアンジュは、その場をエルシャ達に任せて風呂場から出た。

疲れを癒すために温泉浴場に来たというのに、そこで不運にも乱闘に巻き込まれ、そのせいで余計に疲れてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

その後、風呂場で乱闘騒ぎを起こしたという事で、サリアとヒルダの二人は司令室に呼び出され、そこでこってりと絞られた。

監察官のエマから一時間以上、小言を延々と聞かされるはめになったとか。

 

 

そしてアンジュは、そんな二人を他所に、さっさと自室に戻った。

 

「はぁ………疲れた。 おやすみ。」

 

「はい。 おやすみなさいませ、アンジュリーゼ様。」

 

モモカに一言言って、就寝する事にした。

 

途端にどっと疲れが出たアンジュは、ベッドに倒れこむように横になり、目を閉じる。

その時、妙に体が怠く、重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日の朝。

 

「おはようございます、アンジュリーゼ様。」

 

起床したモモカがアンジュを起こそうとして声をかけた。

 

「………………………。」

 

「アンジュリーゼ様?」

 

しかし、アンジュの返事はなかった。

不審に思ったモモカが近づいて確認しようとする。

 

「あっ!?」

 

その時モモカは気づいた。

明らかにアンジュの顔色がおかしい。

 

「うぅ………。」

 

顔が赤くなっており、息も荒く、苦しそうに呼吸をしていたのである。

 

「アンジュリーゼ様!!」

 

モモカはアンジュの異常に気がついた。

すぐにその額に手を当ててみる。

 

「酷い熱!」

 

その時、アンジュの体温は異常な高熱になっていた。

アンジュの体調に異変を起きている事は確かである。

 

モモカは慌ててアルゼナルの医師を呼んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風邪ですか?」

 

モモカは軍医のマギーから話を聞いていた。

 

 

どうやらアンジュは風邪を引いたらしい。

しかも、湯冷めが原因だとか……。

 

昨日、風呂場で乱闘が発生した時、アンジュはそのせいで長時間外にいた。

それによって湯冷めしてしまい風邪を引いたのである。

 

突然に発生したサリアとヒルダの大喧嘩だが、哀れな事に、アンジュは偶々その場に居合わせてしまったばかりに、このような事になってしまった。

とんだとばっちりである。

 

「アンジュリーゼ様………おいたわしや。」

 

モモカは、ベッドで苦しそうな寝息を立てているアンジュに目をやり、呟いたのであった。

 

 

 

 





アルゼナル湯煙殺人事件(未遂)とアンジュの仲裁(物理)でした。

アンジュ強化の影響がこんな所にも表れました。
でも、結局風邪引いてしまうという……。

それは決して逃れられない運命(笑)。



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