この爆裂娘に親友を! (刃こぼれした日本刀)
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この凄まじい魔法に憧れを!ずっと私のターン
プロローグ


 その爆発は何よりもすさまじかった。

 

 その魔法は何よりもカッコよかった。

 

 その魔法に、私と彼女は憧れた。

 

 

 

 私と親友のめぐみんは紅魔の里の危険地帯で遊んでいた。

 

 里の大人たちには危ないからそこには近寄らないようにと言われていたけど、めぐみんが言うには、そういう危ないと言われている場所にこそお宝が眠っているそうなので、私も伝説の武器とかないかなあなんて軽い気分で遊んでいた。

 

 しかし、いくら探しても魔剣とか伝説の魔剣とか呪われた魔剣とかは見つからなかった。

 

「めぐみん、そのおもちゃで遊ぶの飽きた。もう帰ろうよ」

 

 その場所には伝説の武器なんてなかったけど、変な石で作られたパズルのようなものがあり、めぐみんはそれを解こうとがんばっていた。

 

 私が一時間かけてもできなかったのに、めぐみんはものすごいスピードでパズルを組み立てていく。

 

「できました」

 

 しばらく待つとめぐみんがパズルを完成させた。

 

「すごいよめぐみん。パズルもできたしもう帰ろう。私の家でおやつにプリンでも食べようよ」

 

「プリン、今プリンと言いましたね! いいんですか? プリンなんて高級品をごちそうしてもらっても……後でプリンを食べた分だけ働けなんて言われても、3日くらいしか働きませんよ私!」

 

「プリンをあげるだけで3日も働いてくれるの! そんなんじゃ犬だって働いてくれないよ!」

 

 めぐみんの家が貧乏であることは里でも有名な話だけど、まさかプリン一つでここまで反応するなんて。

 

「砂糖を食べるなんて一ヶ月ぶりです。プリンなんて知識では知っていますが、食べるのは生まれて初めてです」

 

「ねえ、めぐみん。私花粉症じゃないのに、目から涙が出てきたよ」

 

 今度からめぐみんにもっとやさしくしよう。今日から毎日めぐみんをおやつに誘おう、絶対そうしよう。私は季節外れの花粉にそう誓った。

 

「あなたはバカですね。一周回ってバカ可愛い子ですね。今の季節に花粉が飛ぶわけがないじゃないですか。汚い手で目を触っちゃだめですよ?」

 

 バカって言われたことはムカツクけど、めぐみんが心配してくれたのはうれしいな。

 

「それからルーちゃん。犬にプリンを食べさせたりしたら働く前に死んじゃいますよ? いいですか、動物には食べさせてはいけない食べ物があるんです。ちゃんと覚えておくんですよ?」

 

「何なのかな! 突然湧き上がるこの破壊衝動は何なのかな!」

 

 どこまでめぐみんは私のことをバカだと思っているんだろう。殴りたい。

 

「どうしたんですか? 最近都会でうわさのキレやすい若者ですか?」

 

「むがぁぁぁ!」

 

 人が心配してあげてるのにめぐみんはまったくもう。今度からめぐみんにやさしくしてあげるのはやめよう。

 

 花粉症で頭がふわふわしていたから変な気分になっちゃったんだ。そうに決まってる。

 

「やれやれです。友人が野生の動物に変なものをあげないか心配で夜も眠れません。仕方がないので、私が友達のおやつをできるだけ食べてあげましょう。そうすれば家で余ったおやつを動物にあげたりできません。動物たちの平和を守れるのは私だけなのです!」

 

「めぐみんは私をどんな子だと思ってるの! これ以上私をバカにするなら、こっちにも考えがあるよ!」

 

 お腹をすかせためぐみん(野生の動物)を紅魔の里の中で見かけても、一週間はおやつをあげたりはしない。私は女神エリス様にそう誓った。

 

「友達が動物だけしかいないなんて、そんな寂しい子には私がしません。私たちは親友ですからね。ルーちゃんは私と一緒にいろんなことをして楽しく遊ぶんです! 目指せ友達1万人!」

 

 めぐみんも私のことを親友だと思っていてくれたんだ。うれしいことを言ってくれるじゃないの。

 

「1万人って紅魔族の人口より多いよ! 私はそんな可哀想な子じゃないから! めぐみん以外にも友達いるから! めぐみんの方が友達少ないくせに!」

 

 さっき女神エリス様に約束したけど、一週間もおやつをあげなかったら、この子は死んでしまうんじゃないか。やっぱりこの可愛い友人を二日に一回はおやつに誘おう。

 

 私は女神アクア様にそう誓った。エリス様とアクア様は、先輩後輩ベストフレンドらしいからエリス様の約束を守れなくても、アクア様との約束を守れればきっと許してくれるはず。

 

「とにかく、私はルーちゃんをゆんゆんみたいな友達が野生動物しかいないような寂しい子なんかにはしません!」

 

「めぐみんはゆんゆんのことをどう思ってるの? 確かにゆんゆんは少し変な子だけど、動物しか友達がいないなんてことはないはず。……ないはずだよね?」

 

 そういえば、私たち以外とゆんゆんが遊んでいるのを見たことがない気が……。いや待て、待つんだ私。

 

 よく思い出すのよ。きっと私たちがたまたま見なかっただけだよ。きっとバカな私が忘れてしまっただけで。

 

 ゆんゆんにも友達が私たち以外にもいるはず。忘れちゃっただけなはず。

 

「……どうしようめぐみん。いくら思い出そうとしても、ゆんゆんの私とめぐみん以外の友達が思い出せないの!」

 

「何でルーちゃんはそんなに焦っているんですか? 突然泣きそうになってますけど、大丈夫ですか?」

 

「うわーんっ! 私、めぐみんが言うようにバカだから。バカすぎて記憶喪失になっちゃったんだ。だから本当はいるはずのゆんゆんの友達のことを思い出せないんだ」

 

「ゆんゆんに私たち以外の友達がいないのは紛れもない事実だから落ち着きなさいこのおバカ妄想娘!」

 

「そうなんだ、やっぱり私はバカな子なんだ。もしかして、このままめぐみんのこととか分からなくなっちゃうのかな? ぐすっ……。嫌だよ、私めぐみんのこともゆんゆんのことも忘れたくないよ!」

 

「え? ちょっと待って待って下さいお願いですから! どうしたのルーちゃん何で泣いてるんですかゆんゆんですかゆんゆんが悪いんですか?」

 

「……ぐす……おとうさん、おかあさん。100人いるゆんゆんのお友達を一人も思い出せないなんて、私は悪い子です。どうしようもないクズです……ひっく……きっと私はいらない子なんだ」

 

「ゆんゆん貴様ァァァァ! もっとあなたが友達を作っていてくれれば、こんなことにはならなかったのに! 心優しいルーちゃんがゆんゆんに本当は友達がいっぱいいるなんて、妄想から抜け出せなくなっちゃったじゃないですか! 待ってて下さいルーちゃん。ちょっと今から里中走り回って、ゆんゆんの友達になってくれる子を10人くらい探してきますから!」

 

「……記憶ってどうやったら治るのかな? 頭とかぶつけたら、記憶が戻るかも。めぐみん、悪いんだけどその頑丈そうな石のおもちゃ……ちょっと貸してもらえないかな」

 

「落ち着いてルーちゃん! うわーん!」

 

 10分後。

 

 私はめぐみんの必死な呼びかけにより正気にもどることができた。めぐみんが言うには、いろいろ危なかったらしい。

 

「もう大丈夫だから泣き止んでよめぐみん」

 

「だってだって。ルーちゃんが突然壊れちゃったんだもん」

 

 さっきからめぐみんが私に抱きついたまま泣き続けている。どうしたらいいんだろう。助けてエリス様!

 

「……そもそもルーちゃんがいけないんです。私の言うことを信じてくれないから」

 

「ごめんなさい。でも動物しか友達がいないなんて、信じられないんだもん」

 

「私は知ってしまったのです、この世界の残酷な真実を! 見てしまったんです、ゆんゆんが3日前動物に話しかけているところを!」

 

「ペットに話しかけてるところをたまたま見ただけじゃないの? 犬や猫に話しかけることはそれほど珍しいことじゃないし、心配しなくても大丈夫だよ」

 

「衝撃でした。まさかゆんゆんが……ゴミ捨て場のカラスに話しかけていたなんて!」

 

「ゆんゆん……私涙が止まらない」

 

 ゆんゆん。いくら友達がいないからって、カラスに話しかけるのはどうかと思うよ。動物ならもっと他にいるでしょ。猫とか猫とか猫とか犬とか。

 

「だから私は女神エリス様に誓ったんです! ルーちゃんを友達がいないからって、ゴミ捨て場のカラスに話しかけるようなゆんゆん2号なんかにはしないと!」

 

「そんな可哀想なシーン見たなら、声かけてあげてよめぐみん! 友達でしょ」

 

「……できるんですか?」

 

「え?」

 

「いくら友達だからって、ゴミ捨て場にいるカラスに話しかけている子に! ルーちゃんは1人で話しかける勇気があるんですか?」

 

 絶叫しながら私の肩をガクガクさせるめぐみん。

 

 想像してみよう。歩いていたら友達の後ろ姿が見えたので声をかけようとする。でも、その友達はゴミ捨て場にいるカラスに一生懸命語りかけている。

 

 とても寂しそうに。

 

「ごめんめぐみん。私が間違ってた。いくら友達だからって、何でもできるわけじゃないもんね。魔王軍すら恐れる紅魔族にも、できることとできないことがあるよ」

 

「分かってくれたんですねルーちゃん。人間にはできることとできないことがあるんです」

 

 今日私は人類の限界を知った。人間には無理でも神様なら。

 

 エリス様、アクア様。どちらでもいいから叶えてほしいお願いがあります。

 

 どうかゆんゆんに、私たち以外にも友達ができますように。

 

「1人で無理なら、今度は2人でがんばって話しかけてみよっか」

 

「そうですね。紅魔族の辞書に不可能の文字はないと言うことを、私たちで証明しましょう」

 

 そんな話をしながら家に帰ろうと思った、その時。

 

「グオオオオオ!!!」

 

 突然目の前に怪物が現れた。

 

 私たちの目の前に、黒くて大きな怪物が現れた。

 

「めぐみん。今日は楽しかったね」

 

「そうですね。明日は何をして遊びましょうか」

 

 私たちは何も見なかったことにして、家に向かって歩き出した。

 

「ガルルルル」

 

「ねえ、めぐみん。何か後ろから変な音しない?」

 

「そんな音しませんよ? まったく、ルーちゃんは怖がりなんですから」

 

「そうだよね。紅魔の里の中にモンスターなんているはずないよね」

 

「当たり前じゃないですか」

 

「「あははははは」」

 

 2人で笑いながら帰り道を歩いた。

 

「ガルルルル」

 

 しかし、後ろから嫌な気配が消える様子はない。

 

「ルーちゃんルーちゃん。何か私寒気がします」

 

「やだなーめぐみん。風邪でも引いたんじゃない? 早く帰って暖かいものでも食べようか」

 

「ルーちゃんルーちゃん。何でルーちゃんはそんなに冷や汗出してるんですか?」

 

「お手洗いだよ! 私、実はさっきからずっと我慢してたんだ!」

 

「それは大変です! 急がないとお互い大変なことになってしまいます!」

 

 私たちは小走りになった。

 

「グオオオオー!!」

 

 後ろから何故か獣の唸り声が聞こえる。首に生臭い息みたいなのが当たっている。

 

「めぐみんめぐみん。後ろから生暖かい風が!」

 

「気のせいです! 生暖かい風なんか!よだれを出した獣の息遣いなんて感じません!」

 

「そうだよね! きっと誰かが強力な炎の魔法でも練習してるんだ。こんなところまで暖かい風が届くなんてすごいよね!」

 

「そうに違いありません! むしろ、そうとしか考えられません!」

 

「こんなところにいたら、その超すごい魔法に巻き込まれちゃう!」

 

「なら急いでここから離れないと! 走りますよルーちゃん!」

 

 私たちは全力で走り出した。その時に後ろは見なかった。

 

「めぐみんめぐみん! ここまで来れば大丈夫かな?」

 

 なんとか恐ろしい獣から逃げ切って疲れ果てた私とめぐみんは、草むらの中で休んでいる。

 

「大丈夫です! 子供なんて食べてもおいしくありません。それにここは紅魔族の里です。あんなモンスター、大人がすぐにやっつけてくれるはずです」

 

「でもさ、めぐみん。ここらへんに大人なんているの?」

 

 ここは禁じられし場所。あそこには何も封印されていないし、近づいてはならない。里のみんなはそう言っていた。

 

「「…………………………」」

 

 そんな場所に人が来るはずがない。

 

「どどどど、どうしようめぐみん! あの猫っぽいモンスター、まだこの辺りにいるかも」

 

「おおぉぉぉおおおお落ち着いて下さい! こういう時こそ冷静になるんです! まずは現在私たちがおかれている状況を整理しましょう!」

 

「なるほど。状況を分析して突破口を考えるんだね! さすがめぐみん!」

 

「まず1つ、ここは禁じられた場所です。人が来る可能性はほとんどありません」

 

「いきなり大ピンチだよ!」

 

「2つ、私たちは魔法が使えません。つまりあいつを倒すことは不可能です」

 

「私たちの後ろで、死神がスキップしてるみたいな状況なんだけど!」

 

「さて、この状況から生き残れるような紅魔族に伝わるセリフはあったでしょうか……」

 

「めぐみん、あいつは私が食い止めるから! あなたは逃げて!」

 

「だめですルーちゃん! そのセリフはカッコイイですけど、確実に死にますよ! もっと別のセリフで! 生き残れそうなセリフを言って下さい!」

 

「私には病気の姉さんがいるの! こんなところで、死ぬわけにはいかないのよ!」

 

「その調子です! その調子で死亡フラグを叩き折って下さい!」

 

「だからめぐみん! ここはあんたに任せるわ!」

 

「待ってルーちゃん! そのセリフだと私が死にそうです。ここは任せて先に行けなんて、私は絶対に言いませんからね!」

 

「あの時めぐみんが言ってくれたこと、今でも覚えてる。私はルーちゃんのためなら死ねるって」

 

「あの時っていつですか! 言ったことありませんよ、そんなカッコイイセリフ!」

 

「いいのよめぐみん……。私はもうここまでみたいだから。私をおいて……あなただけでも……逃げて」

 

「待って下さいルーちゃん。確かにそのセリフなら私は助かる気がします。でもルーちゃんが死んじゃいます!」

 

「私の分まで……生きて! 惨めでもいい、カッコ悪くてもいい。何を犠牲にしたとしても、ここから生き延びて! めぐみんは、これから私ができなかったいろんなことをして。幸せになってね」

 

「ルーちゃん! 私は友達を見捨てたりしません! それにこのセリフだと、私が友人を見殺しにした最低なやつになっちゃいますから!」

 

「そうだ、めぐみん。これを持っていって。きっとあなたの助けになるはず」

 

「なるほど。ルーちゃんがくれたアイテムのおかげで、2人とも助かる生存フラグですね!」

 

「この前二人で行った喫茶店の割引券。大事に使ってね」

 

「確かにいつも貧乏な私の家計的に、非常に役に立ちますけど! 終わった……今のセリフで完全に私たち助からなくなりましたよ!」

 

「最後に……病気の姉さんに伝えて……。おやつのプリンは1日1個までだって」

 

「やりましたよルーちゃん! 多分今のセリフなら2人とも助かります! シリアスが完全にコメディになりました。死亡フラグは折れました。これで大丈夫です!」

 

「やっほー! ありがとうゆんゆん。誕生日にもらった、紅魔族に伝わる死なないためのセリフ名鑑を丸暗記しといてよかったよ!」

 

「愛してますルーちゃん! 愛してますゆんゆん! 私たち3人の友情パワーの勝利です!」

 

 人生最大の危機を乗り越えた私たちは、お互いを抱きしめあった。

 

「私たちは勝ったのです、理不尽な運命に。ルーちゃんの家で勝利のプリンをいただきましょう」

 

「そうだね、私たちは勝てたんだ! あの恐ろしい怪物に!」

 

 私たちは勝利の雄叫びをあげながら、草むらから飛び出した。

 

「グルル!」

 

 あれ? あれあれ? 私たちは怪物に……勝って。

 

「「わああああああああああああああ! モンスター!!」」

 

 草むらから出て来た私たちを待っていたのは、おやつのプリンではなく。あまりにも早い、人生最大の危機との再会だった。

 



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この恐ろしい逃走に終止符を!

 その出会いは突然だった。

 

 その出会いは運命だった。

 

 その出会いで、私と彼女は夢を得た。

 

 

 

「グルルル」

 

「ヘルプ! ヘルプミー! こうなったら、最後の手段です! 私の片腕をくれてやりますよ!」

 

 草むらから出た私たちは、モンスターさんとエンカウント。命がけのおにごっこ第2ラウンド開始のゴングは、めぐみんのそんな叫びから始まった。

 

「めぐみん落ち着いて! 例え片腕を犠牲にしても、絶対助からないよ! 諦めないで走って! ていうか、即座に片腕を捨てるなんて発想が出るとか男らしい!」

 

「誰ですかあんな危険なペットを捨てたのは! 国家権力に訴えて賠償金ぶんどってやろうじゃないか! ふふふ、これでうちの生活水準が大幅アップです。もう3日に1食の生活とはおさらば、こんにちは1日1食の生活!」

 

「気をしっかり持ってめぐみん! 1日1食でも世間から見れば、かなりヤバイから!」

 

「そうです! このおもちゃを使いましょう」

 

 そう言うと、めぐみんは硬い石でできたパズルを怪物に向けて投げつけた。

 

 顔面にパズルの直撃を受けた怪物は失速し、私たちとの距離がかなり開いた。

 

 ……でも相手は獣。きっとアイツは全然本気を出してない。私たちが逃げるのを楽しんでるんだ。

 

 どうしよう。このままだと確実に死ぬ。距離を詰められる前に考えろ、考えるのよ私。

 

 選択肢1。 命の危機に陥ったことで、私に秘められていたあの力が覚醒しモンスターを撃破する。

 

 解答1。 1年前から毎朝殺人光線を出す練習をしているのに、成功したことは1度もない。現実は非情である。

 

 選択肢2。 1億人に1人の天才であるルーちゃんは、生き残るアイデアを思いつく。

 

 解答2。 1時間かけてもパズルが解けなかった私が天才なら、5分でパズルを完成させためぐみんは化け物です。期待するだけ無駄なので諦めましょう。

 

 選択肢3。 幸運を司るエリス様に全力で祈りを捧げ、万が一の幸運にかけて石を持って殴りかかる。頭かち割ってやるんだから!

 

 解答3。 残念! 一撃で仕留められなかった。もっと筋肉を鍛えましょう。反撃された私は死ぬ。

 

 選択肢4。 めぐみんを囮にして逃げる。

 

 解答4。 友達を見捨てるなんてできない。できたとしても、罪悪感で私は死ぬ。

 

 選択肢5。 なんと凶暴なモンスターは少女たちの洋服が大好物だったのです。服を脱いで逃走する。

 

 解答5。 乙女として大切な何かを命と天秤にかけた私たちは、全裸で里の中を爆走。この幼女全裸逃走事件は紅魔の里の中で、永久に語り継がれるだろう。私たちは今日、伝説になる! 例えモンスターから逃げ切れたとしても、社会的に死ぬ。

 

「めぐみん、どうしよう! まともな選択肢がないよ! 特に最後の選択肢だけはありえないよ!」

 

「何よく分からないこと言ってるんですか! バカなこと考えてる暇があるなら、神様にでも祈って下さい! 逃げるのもけっこう限界です」

 

 そうか! 最後の手段神頼みが残ってた。お願い神様。私に生き残れる力を!

 

 むむむむむ。はっ!

 

「来た! 来たよめぐみん! 神様に祈ったら何かお告げ来たよ!」

 

「マジですかルーちゃん! 神様ってすごい」

 

「選択肢6。地上をお散歩していた途中で、偶然通り掛かった美しい女神様が少女たちを助けてくれる。しかし、助けた代わりにアクシズ教への入信を約束させられるだって! え?」

 

「どんなお告げですかそれ! 地上を散歩する女神なんているはずないじゃないですか!」

 

 おかしいな。どっかから変な思念でも受信しちゃったのかな。

 

「きゃっ!」

 

 変なお告げに意識を向けていたら、落ちていた木の枝に躓いてしまった。

 

「ルーちゃん!」

 

 焦った様なめぐみんの声。後ろを見れば、数メートル先に黒い影。

 

「これは夢これは夢これは夢」

 

 私は急いで木の枝を拾い、強く握りしめる。

 

「いいから逃げて下さい!」

 

「これは木の枝なんかじゃないこれは木の枝なんかじゃない。これは木の枝なんかじゃない。これは木の枝なんかじゃない」

 

 私は自分に言い聞かせる。自己暗示ってやつ。

 

 火事場のバカ力とも言えるかも。体のリミッターを外し、私の潜在能力を呼び覚ます。

 

「目覚めよ、神々に封印されし我が力よ! 魔剣開放! くっ、このままでは肉体が魔剣の全力に耐え切れない……身体拘束リミッター解除! 待たせたな化け物、1分で片づけてやる。それ以上の戦闘は我が魂まで消滅しかねんからな」

 

「どこからどう見ても木の枝ですから! 体のリミッターなんて外せませんから!」

 

「これは魔剣これは魔剣! そう、これは伝説の魔剣。魔剣くにょっぱ! ふふふ、私のくにょっぱで三枚おろしにしてやるんだから。待っててめぐみん。今夜は焼肉だよ」

 

「危ないルーちゃん!」

 

 めぐみんの声を聞き、咄嗟に地面を転がる。頭上を黒い影が通過し、髪の毛が数本舞った。

 

「本当にルーちゃんの体捌きがよくなってる! バカな子の思い込みって……すごい」

 

「危なかった。マジで自己暗示かけてなかったら危なかったよ。ていうか、自己暗示かけなかったらもっと余裕で避けられたはず……」

 

 暗示はとけた。むりやり押さえ込んでいた恐怖心が、再び湧き上がってくる。

 

 怖い、もうだめだ、死ぬ。

 

「グオオオ」

 

 黒いあいつは私に狙いを定めている。恋愛経験皆無な子供に、そんなに熱い視線を送らないでほしい。

 

 私の第六感が全力で逃げろと言っている。

 

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……」

 

 勝手に走り出そうとする足を、必死に押しとどめる。私がここで逃げてしまったら、体力のないもやしっ子のめぐみんは多分逃げ切れない。

 

「めぐみん。こんな私なんかと友達になってくれて、ありがとう」

 

 2人で逃げ切れないのなら、誰かが囮になるしかない。

 

「何を……言ってるんですか?」

 

 何回言ってもカッコイイよね、このセリフって。

 

「めぐみん、あいつは私が食い止めるから! あんたは逃げて!」

 

「え? ルーちゃん」

 

「くらえ必殺魔剣投げ!」

 

 私が投げた枝は、魔物の目に直撃した。クルセイダーみたいなデコイのスキルなんてないけど、あいつの怒りは私に向かって大暴走。

 

 仲間を逃がして足止めなんて、すっごく燃えるシチュエーション。紅魔族なら死ぬ瞬間も、格好つけて参りましょう。

 

「グルオオオオオ」

 

 怒り狂ったモンスターが飛び掛かってきた。無理かもしれないけど……私がアイツにやられてる隙に。どこかに隠れてやりすごしてね。

 

「さようならめぐみん……どうか死なないで」

 

 ゆっくり私は目を閉じる。昨日お姉ちゃんが読んでくれた本のセリフを、なんとなく最後につぶやいて。

 

 ガシッ!!

 

 何かが私の上に覆いかぶさって、死んだかなっと。そう思った時だった。

 

「このおバカ娘! 死ぬかと思いましたよ!」

 

 目を開けると、そこにはめぐみんの顔があった。私を押し倒し、ヤツの攻撃を回避したらしい。

 

「何で逃げなかったの! 私がせっかくカッコイイセリフ言ったのに!」

 

「何でって、約束したじゃないですか。おやつにプリンをくれるって。ルーちゃんは私と一緒に楽しく遊んで、友達一万人作るって」

 

「私が囮になってる間に、どこかに隠れればよかったじゃん」

 

 格好つかないな、私。

 

「それに私はさっき言ったじゃないですか。私は友達を見捨てたりしません。私が友人を見殺しにするような最低なやつに見えますか?」

 

 そんな格好つかない私に向けて、めぐみんはカッコイイセリフを言った。

 

「でも、私みたいなおバカが生き残るよりも。めぐみんみたいに頭のいい子が」

 

 ぎゅっと。私に覆いかぶさっているめぐみんの力が強くなる。

 

「震えてるじゃないですか。本当は怖いくせに無理なんかして。ルーちゃんはバカです、大バカやろうです。あなたが死んで、一人だけ生き残れても……私が喜ぶはずないじゃないですか。カッコイイセリフなので、何度でも言います。私は友人を見捨てません」

 

「うぐっ……。ぐすっ……。めぐみ~ん! うわああああん! 怖かったよぉぉ」

 

 やばい。涙が止まらない。

 

「死にたくない。私やっぱり死にたくない。もっとめぐみんやゆんゆんと遊びたいよ」

 

「大丈夫です。ルーちゃんは死にません……私が守るから」

 

 めぐみんが男だったら、惚れちゃったかもしれない。恐るべし、イケメグミン。

 

「キシャー!」

 

 今度こそ私たちを八つ裂きにしようと、文字通りやる気満々のモンスターさん。

 

 ここはヒロインと主人公の感動シーンでしょ? 普通なら邪魔しないでしょ!

 

 そうか、そうだった……私もめぐみんも女の子じゃん、ダブルヒロインじゃん!

 

 ならお約束に期待できなくても、仕方ないか……って、諦めきれないよ!

 

「ヘイヘイ! そこの黒い毛並みがステキなこねこちゃん。ちょっと私たちと、暖かいコーヒーでも飲まない?」

 

 見たかモンスター! これが私の全力全開! ナンパだよ!

 

「何してるんですか? ルーちゃんは何言ってるんですか?」

 

 やれやれ、めぐみんには私の大人の魅力が分からないらしい。この作戦が成功したら、お姉さんが恋愛の何たるかを教えてあげないと。

 

「グオオオオオオ!!」

 

 だめだった。殺気をビンビン感じる。私の全力全開はまったく効果がなかった。

 

 仕方ないじゃん、大人の魅力なんてないよ! だって私幼女だし。

 

「だめですか。だめですよね。そうですか。人生の最初で最後のギャンブルだったんだけど、説得は失敗です。いったい、私はどこで何を間違えちゃったのかな」

 

「最初から最後まで何一つ正解なんてありませんでした。本気で成功するとでも思ったんですか? もうちょっとまともな悪あがきはなかったんですか!」

 

 人生初の告白はあまりにもあっけなく失敗した。

 

 しかも相手はモンスター。将来失恋の経験とか聞かれたら、どう答えればいいの?

 

 相手は野獣だったよって言えばいいの?

 

「……よし、死のう。……アイツに食われる前に、舌を噛み切って」

 

「待って! 最後まで諦めないで下さい! 大丈夫です、今のはノーカウントですから。私たちが生き残る確率は絶望的ですが、来世に失敗を生かすためにも! 反省会をしましょう。だからお願いします、自殺はやめて下さい」

 

 モンスター相手に本気で告白して、もちろん失敗して、自殺しようとする、恋の戦場から逃げ帰った敗残兵がそこにいた。……っていうか、私だった。

 

「やっぱり猫っぽい獣に熱いコーヒーを勧めるのはまずかったかな。冷たいミルクにしておくべきだったかも。動物にあげたらいけないもの、勉強しておけばよかった」

 

「だからさっき、私言ったじゃないですか。動物にはあげたらいけない食べ物があるんですよって」

 

 自殺はやめよう。反省会をする時間もないし。

 

 私も誇り高き紅魔族の一員。自殺するくらいなら、華々しく散ろうじゃない。紅魔族なら最後の瞬間、何かカッコイイことを言い残しておかないと。

 

 ……うーん。

 

「晩御飯のから揚げ、食べたかったな」

 

 やばい、全然格好良くなかった。私の人生最後の言葉、から揚げ食べたかっただよ!

 

「ふふふ、今度はもっと頭のいい子に生まれて下さい。友達としてお願いします。来世でまた会おう、我が友ルミカよ」

 

 私と違って、何かめぐみんはそれっぽいこと言ってる。いいないいな、私のセリフと交換してくれないかな。

 

 でも、私の失敗も無駄じゃなかった。最後にめぐみんを笑顔にできたんだし。

 

「キシャアアー!」

 

 死が迫ってくる。これが走馬灯か、全てがゆっくりに見える。

 

 短かった私の人生。やりたいことはいっぱいあったけど、悪くはなかったんじゃないかな。一緒に笑って死んでくれるような、最高の友達もできたんだから。

 

 唯一の心残りと言えば、私たち以外にゆんゆんに友達ができるかどうか。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 怪物は突然飛んできた火の玉により、10メートルぐらい吹っ飛ばされた。

 

 あれ? もしかして、これって助かった?

 

「めぐみんめぐみん、やったよ! 適当に言ったけど、本当に誰か近くで炎の魔法を練習してたみたい!」

 

「やりましたね、ルーちゃん。どうでもいい一言が伏線になるなんて、思いませんでした」

 

「ふふふ、計画通り。バカのようにしか見えなかった私の悪あがきは、勝利の方程式を完成させるための時間稼ぎだったのよ!」

 

「それっぽいことを言って、誤魔化さないで下さい。あやうく最後の言葉がから揚げ食べたかったになりそうだったくせに」

 

 魔法が発射された方向を見ると、誰かがこっちに走って来る。

 

 深くフードを被ってて顔は見えないけど、やぼったいローブでは隠し切れないボディラインからして、女の人だと思う。

 

「闇色の雷撃よ、我が敵を撃ち貫け! 『カースド・ライトニング』!」

 

 黒い稲妻が怪物を追撃する。これ以上攻撃を受けたくないのか、怪物は私たちに背を向けて走り出す。

 

「逃がさない」

 

 そう言って、ローブの人は早口で呪文を唱え始めた。膨大な魔力が渦巻き、ローブの人の周りの空気を震わせる。

 

 そして、呪文が完成したのだろう。見るだけでヤバイと分かる高密度に圧縮された魔力の塊が、黒い獣に向け解き放たれた。

 

「『エクスプロージョン』ッッ!」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それは、見たこともない魔法だった。

 

 凄まじい轟音と爆風が大気を震わせる。

 

 魔法が着弾した場所には大きなクレーターができていた。

 

 周囲に生えていた草木は根こそぎなくなっている。私たちを追いかけていたあの黒い獣も、何の抵抗もできずに爆風に蹂躙され、遠くに転がっている。

 

 圧倒的だった。こんな大破壊を1人の人間が作り出したなんて信じられない。

 

 あの人は何者なんだろう? 私たちがぽかんとしていると、ローブの人が近づいてきた。

 

「お嬢ちゃんたち。怪我はない?」

 

 屈み込んで私たちの顔を覗き込むローブの人。近くで見ると、やはりお姉さんだった。

 

 ローブでは隠し切れない豊満なボディ。私たちはそんなお姉さんの胸を凝視していた。

 

 さっきの魔法より、この巨乳はもっとすごい。私だって、いつかはこんなナイススタイルに……。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 お姉さんの強大な胸に圧倒された私は、気がつけば謝っていた。未来永劫このおっぱいには勝てないことを、なんとなく本能で悟ってしまった。

 

 戦いにすらならない。私程度がこんな巨乳に勝てるだなんて、一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。

 

 お姉さんの巨乳に勝とうだなんて、100年早かったですごめんなさい。

 

「ねえ? 何でこの子は私に謝ってるのかしら?」

 

「ルーちゃんは気がついてしまったんです。世界は平等ではないと言う悲しい真実に。私もくじけそうです」

 

 めぐみんの家系は、貧乳が多いらしいし。私のお母さんとお姉ちゃんの胸の大きさを考えると……。

 

「フッ、勝った」

 

 ごめん親友、私はめぐみんの一歩先を行くよ。

 

「今笑いましたね! 今私の方を見て、鼻で笑いましたね! 上等です、その喧嘩買おうじゃないか!」

 

「どうしましょう、この喧嘩。よく分からないけど、とにかく止めないと」

 

 3分後、私たちの戦いはお姉さんの圧倒的戦闘能力によって止められた。

 

「めぐみん、争いからは何も生まれないんだね」

 

「私たちは、無力です」

 

 見てしまったのだ。コブシとコブシから始まるコミュニケーションを止めようと、こっちに駆け寄るお姉さんの胸がゆれているのを。そのあまりに強大な武器を見て、私たちは戦意を失った。

 

「よく分からないけど、喧嘩はだめよ。お姉さんとの約束よ」

 

「「分かりました」」

 

 所詮この世は弱肉強食。敗者は勝者に従うしかないのです。

 

「えらいえらい」

 

 そう言って、お姉さんは私たちの頭を撫でた。撫でられるの気持ちいいな。

 

「やばいよめぐみん! 急いでお姉さんから離れて!」

 

「どうしたんですルーちゃん?」

 

 急いでめぐみんの手を握り、お姉さんから距離をとる。

 

 危ない、油断した。もう少しで騙されるところだった。

 

「まだ分からないの? そのお姉さんは自然をあんなに破壊したんだよ。きっと邪神みたいな破壊と殺戮を楽しむ危険人物だよ! だから逃げるの、ほら急いで」

 

「すいません。この子、さっきも怖い目にあったので。まだ混乱しちゃってます」

 

「大丈夫よ。お姉さんは怖い人じゃないから……邪神じゃないし!」

 

 邪神ということだけ強く否定して、お姉さんが近づいてくる。どうしよう。

 

「騙されないもん。巨乳の女はいい女だけど、人を堕落させる悪い人だって、お父さんが言ってたもん」

 

「この場合、私は教育上なんて言えばいいのかしら? 確かに間違ってるとは言い切れないのだけど」

 

「すいません。うちのルーちゃんがすいません」

 

 めぐみんは敵に洗脳されて役立たず。こうなったら仕方がない、これだけは使いたくなかったんだけど。

 

 最後に信じられるのは自分だけだよ。

 

「ごめんなさい! 今日見たことは誰にも言わないから! だから、命だけは。……ぐす……ゆるじてくだざい……」

 

 私は泣きながら土下座した。

 

「もう大丈夫だから。怖いヤツはやっつけたからね」

 

 お姉さんは、怯える私を抱き上げた。

 

 お姉さんの胸が顔に当たる。いい匂いがする。

 

 なんという安心感。これが、大人の魅力ってやつなのかな。

 

 落ち着いて考えたら、分かることだった。命の恩人になんてことを言っちゃったんだ私。

 

 邪神とか失礼すぎる。今度こそ土下座が必要かも。

 

「落ち着いた?」

 

「ごめんなさい。もう大丈夫です」

 

 お姉さんから降ろしてもらった私。やばい、すごく恥ずかしい。そして、すんごい大きさだった。

 

「どうやったら、お姉さんみたいになれますか?」

 

 そんな私の邪念を感じたのか、めぐみんが質問する。それを聞き、お姉さんはくすっと笑った。

 

 さすがは巨乳、女の子がどこを気にして何を考えているかなんてお見通しか。

 

「可愛いお嬢ちゃんたち、お名前は何て言うの?」

 

「めぐみんです」

 

「ルーちゃんです」

 

「……あだ名かしら?」

 

 お姉さんは、何故かしばらく沈黙してそんなことを聞いてきた。

 

「めぐみんが本名です」

 

 お姉さんがなんとも言えない表情で、めぐみんから目を逸らした。

 

「……あなたのはあだ名よね? 本名じゃないのよね?」

 

 気を取り直すように、お姉さんが私を見た。

 

「あだ名です」

 

「良かった。そうよね。普通はそうよね」

 

 私の返事を聞き、安堵したような顔をするお姉さん。

 

「でも、本名は長いし呼びづらいので誰も呼んでくれません。お父さんもお母さんも私の名前をめったに呼んでくれないんです。ルーちゃんとかルミポンとかルーシーとかミツナとかリオンとかいろいろ略されちゃうんだ! だから私的には、ルーちゃんが本名でもいいかなと思ってるの」

 

「………………」

 

 お姉さんは、すごく悲しそうな顔になった。何かあったのかな?

 

「あの……その……そうよ! どうしたら私みたいになれるかだっけ?」

 

 まるで何かを誤魔化すように、お姉さんは話し出した。

 

「早寝早起きを心がけて。好き嫌いせずにたくさん食べて。いっぱい勉強して。誰もがすごいと思えるような大魔法使いになれば。きっと夢は叶うはず」

 

 ……何、だと……

 

「「例えどんな敵が立ちはだかったとしても! どんな苦難があるとしても! 大魔法使いに、私たちはなってやる!」」

 

 私とめぐみんの心が一つになった。夢はでっかく、胸みたく!

 

 大魔法使いになれば、巨乳になれるなんて、人類の歴史上最も偉大な発見である。これを知ればきっと、多くの女性冒険者たちがアークウィザードを目指すだろう。

 

 それはだめだ! そんなことになれば、冒険者たちの職業がアークウィザードに偏ってしまう!

 

 それではバランスの良いパーティが作りにくくなる。このままでは、魔王軍やモンスターたちと戦うことが困難になってしまう。ただでさえ劣勢な人類が滅んでしまうかもしれない。

 

 仕方ない、これは仕方がないことなのよ。

 

 女性冒険者たちが、無理して大魔法使いを目指すことを防ぐためなの。人類滅亡の危機を未然に防ぐためにも、このことは私たちの心の中にしまっておかないと。

 

 勘違いしないでよね。別に私たちだけが巨乳になって、貧乳冒険者を見下したいわけじゃないんだからね。

 

 よし、自己弁護完了。これで勝てる!

 

「大魔法使いになれば、さっきの魔法もきっと使えるわ。でも、この魔法はお勧めできないかな。燃費も悪いし、使いどころに困るし」

 

「ルーちゃん、この話は」

 

「もちろん、私とめぐみんだけの秘密だよ」

 

 さすがはめぐみん。彼女も私と同じ考えに至ったようね。

 

 これで世界の平和は守られた。

 

 お姉さんが何か言ってたけど、私たちの頭の中は大魔法使いになることでいっぱいだったから、全然聞き取れなかった。

 

「ねえ、お2人さん。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

 お姉さんはそう言って、私たちの肩をたたいた。

 

「何なりと聞いて下さい! めぐみんの涙なしでは語れない話から、私のスリーサイズまで! どんな難問にもお答えします」

 

「さあ、お姉さん! 私とルーちゃんはやる気ですよ」

 

 素晴らしいことを教えてくれたこの人に、絶対に恩を返さないと。紅魔族の名に掛けて!

 

「あなたたち以外に大人はいなかった? そこのお墓の封印が解けているの。封印の欠片があちこちに落ちてるし、自然に解ける可能性はないはずなのよ」

 

 そう言って、お姉さんはめぐみんが放り投げたパズルの欠片を拾い上げた。

 

 さっきの爆発でパズルはバラバラになっちゃったみたい。一応全部拾っておこう。

 

「分からないならそれでいいの。誰が私の封印を解いてくれたのかしら」

 

 お姉さんは何かぶつぶつ言いながら、瀕死の黒い獣に近づいていった。

 

「もう少し眠りなさい半身よ。この世界はあなたが目覚めるには平和すぎる。時が来るのを待っていなさい」

 

 お姉さんの手が光り、黒い獣が小さくなっていく。まるで何かを吸い取られたように。

 

 封印術かな? 半身とかよく分からないけど、きっと決めゼリフか何かでしょ。黒い獣は小動物くらいの大きさになると、消えてしまった。

 

「じゃあ、私は出発するから。仲良く遊ぶのよ……え? ちょっとちょっと! 何してるの?」

 

 パズルで遊ぶめぐみんを見て、驚愕するお姉さん。

 

「何って。めぐみんの家は貧乏で遊ぶものがないから。その変なパズルで遊んでたの」

 

「あれ? 欠片が足りないです。お姉さんの魔法でどこかに行っちゃったみたいです」

 

「本当だ。これじゃ遊べないね」

 

「あれ? それは悪いやつを封印する大切な欠片で……おかしいな。そんなに簡単に解けるはずがないのに……。ねえ、お2人さん。ここには入らないようにとか言われたことあるかしら?」

 

「危険な場所にこそ、魔剣とかがある気がしたので、めぐみんと無視して毎日遊んでました」

 

「ルールは守るべきものですが、破ってみた方が大抵面白い。ならば、ルールとはそもそも破るためにあるんだよって、お父さんが教えてくれたので」

 

「……お嬢ちゃんたちのおかげで助かったみたい。お礼に大魔法使いなお姉さんが、何でも願いを一つだけ叶えてあげちゃうわ」

 

 何ですって! このお姉さん、巨乳になるための人類の英知を教えてくれただけでなく。私たちのお願いまで聞いてくれるの?

 

 女神様だ! この人きっと女神様なんだ!

 

「世界を我が手にしたいです」

 

「ごめんね、ちょっと無理かな。他なら大丈夫だから」

 

 めぐみんのお願いが断られた。なら私がお手本を見せないと。

 

「妹がほしいです。将来は私を崇拝してくれて。可愛くて天才でお金持ちでスタイル抜群な金髪で碧眼で常に語尾にセクシーとつけるような妹を下さい! 私を一生やしなってくれる妹がほしい」

 

「お姉さんあなたたちが大物すぎて驚いちゃう。それはお父さんかお母さんにお願いしてね。使い魔とか呼び出せば、何とかなりそうだけど……。ニートはよくないと思うな、だいたい語尾に常にセクシーとつける使い魔なんて、呼び出せたとしても嫌だわ」

 

 そんな。私の未来予想図がパーになっちゃった。何でもの範囲が狭いよ。

 

「なら、私とルーちゃんをナイスバディにして下さい」

 

「ごめん、本当にごめん。将来の成長に期待してくれるとうれしいな」

 

 ショック! 夢の勝ち組人生が。なら次はこれかな。

 

「じゃあ、私泳げないから。この世界から海とか消してほしい」

 

「できないし、やらないから! 水は大切なんだから、海がないとお魚とか食べれないのよ」

 

「お肉食べるからいいもん。魚とかヌルヌルしてて気持ち悪いし」

 

「もう、好き嫌いはいけません。大きくなれないわよ?」

 

「無理言ってごめんなさい」

 

 大きくなれないのは困る。ならその次に考えてた、川を消してほしいも無理なの?

 

「私を魔王にして下さい」

 

「厳しいかな、いろんな意味で厳しいわ」

 

 めぐみんの魔王になるも無理なのか。ならばこれでどうだ。

 

「魔王になれないなら、自分で未来を切り開く力がほしいです。殺人光線を出せるようにして下さい。自分で人類を倒して独立します」

 

「ごめんなさい、お姉さんはあなたたちみたいな大物ではなかったの。何もできないだめだめの魔法つかいだったの。訂正するね、もう少し叶えられそうなお願いはありませんか?」

 

 なるほど。理解しました。大魔法使いは魔王にも神にもなれないけど、その代わり巨乳になれる。

 

 神も魔王も巨乳に比べれば、大したことのないちっぽけな存在にしかすぎない。巨乳を目指すならそれ以外を捨てなさい。お姉さんはきっとそう言いたいんだ。

 

 巨乳以外に目が眩んでしまった、自分が恥ずかしい。

 

 ならば、これ以上大切なことを教えてくれた人を困らせるわけにはいかない。謙虚になろう。

 

「なら私の家は貧乏なので、お腹いっぱいお肉を食べさせて下さい。もしお姉さんも貧乏で無理なら、私のおもちゃの欠片が足りないので探して下さい」

 

「じゃあ、私はさっきの爆風で髪がぼさぼさになっちゃったので、何か髪を結べるものでも下さい。結べるものもないなら、私の髪を整えるのを手伝って下さい」

 

「本当にごめんね、お姉さんの説明が足りなかったね。さすがにもっと大きなお願いを聞いてあげられるから大丈夫! それからここにはもう来ないこと、あの化け物は封印しただけだから。あれで遊ぶのはやめなさいね。後でお姉さんがあなたたちの家に食べ物と髪を結ぶゴムを送ってあげるから! だから他に、もっと他にないかしら? このままだと、お姉さんの魔法使いとしてのプライドが!」

 

 お姉さんの口元が引きつっている。どうしたんだろう、まさかこのお願いも難しいのかな。ちょっと、めぐみんと相談しよう。

 

「どうしようめぐみん。他に叶えたい願いなんて、くせっ毛を直して下さいくらいしかないよ?」

 

「私も食べ物があれば十分なんですが……あっ! そうです!」

 

 めぐみんが、私に耳打ちする。ふむふむ。それはいいかもしれない。私たちは声をそろえて、こう言った。

 

「「さっきの魔法を教えて下さい」」

 

 この日から始まったんだ。長く苦しい私たちの爆裂道が。

 

 




次回からアクセルの町に舞台は移ります。


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この悲しい少女に哀れみを!

 大変お久しぶりです。
 今年就職して執筆時間が取れず、本編の内容は思いついているんですが何故か貧乏店主の登場シーンが書けず。
 何か書かなければと思ったら、過去話の方が先にできたので投稿します。



「めぐみん」

 

「はい」

 

 それはいつもの朝の風景、担任教師が私の名前を呼んだ。

 

 クラスが男女別に別れている小さな学校、女子教室にいるのは私を含めて12人しかいない。

 

 そして、このクラスには出席確認をする度に不機嫌になる生徒がいる。

 

「ルミカ! おい、ルミカ! どうしたんだ、返事をしろ」

 

 先生が呼びかけても、彼女は中々返事をしなかった。

 

「チース」

 

 ルミカと呼ばれた少女は肩甲骨まで伸ばした黒髪をくるくると指でいじりながら、気だるそうに返事をした。

 

「先生、すいません。私の名前はルミカじゃありません。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィです……何回も言ってるじゃないですか」

 

 我が親友ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、略称ルーちゃんは机に肘をつき、頬を膨らませている。

 

 長い名前をきちんと呼んでもらえないことが、彼女は大嫌いなのだ。

 

「いやぁ、すまんすまん。お前の名前は長いからな、つい略したくなって。今度から気をつけるよ」

 

 苦笑いをする先生は知らないのかもしれない。実はルーちゃんの本名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィよりもさらに長いことを。

 

 果たして、彼女の長い本名が間違われず呼ばれる日は訪れるのだろうか。

 

「ふーんだっ!」

 

 ちゃんと名前を呼ばれずすねたルーちゃんは、机の上に行儀悪く足を載せた。

 

 大丈夫なのだろうかあの娘……私の席からだとパンツ丸見えなんだけど。

 

「よーし、全員揃っているな。では……」

 

「あ、あの、先生! ……私の名前……呼ばれてないんですが」

 

 名簿を片付けようとする担任に、私とルーちゃんの間に座る子が泣きそうな顔で挙手した。

 

「いやーすまんすまん、お前の名前は次のページに掛かっていたんだった。では……ゆんゆん」

 

「は、はいっ! ……あれ? ちょっと待って、どうして出席番号が私より後のルミカの方が私より先に呼ばれるの? ……先生!」

 

「よーしっ! それじゃ授業を始めるぞー!」

 

 ゆんゆんと呼ばれた、優等生っぽいちょっぴり地味な子の発言を遮るように、担任が大きな声を出す。

 

「ふっ、……運命とは残酷だ」

 

 ルーちゃんは自分のことを棚に上げ、ゆんゆんを鼻で笑った。

 

「ねえルミカ? その意味深な呟きは何なの? はぁ、私って……やっぱり地味なのかなって……ちょっと何をするつもり!」

 

 ルーちゃんはゆんゆんの話を無視して、筆箱から鉛筆を取り出し。

 

「せんせい、あぶない!」

 

 棒読みで叫びながら、鉛筆を担任の顔面に向けて投擲した。

 

「ウオ! 危なっ!」

 

 担任は咄嗟に出席簿を盾にすることで、ルーちゃんの攻撃を防いだ。

 

「おい、ルミカ! 今のは危なかった、危なかったぞ!」

 

「……ちっ、外した。せんせーい、手がすべりました」

 

 冷や汗を垂らす先生に向かって、適当な言い訳を開始する幼馴染。

 

 あんなに素直でいい子だったルーちゃんがぐれるなんて。私は頭が痛い。

 

「そんな言い訳が通ると思っているのか。先生がお前の名前を何回間違えたと思ってるんだ! ……いや本当にすまなかった」

 

 ちなみに先生がルーちゃんの名前をきちんと呼ばないのは一週間に1回程度であるのに対し、ゆんゆんが忘れられるのはほぼ毎日である。

 

 彼女のあだ名が『いろいろ悲しい地味娘』になるのは時間の問題かもしれない。

 

 ……今度肩でも揉んであげよう。

 

「すいません、先生の背後に怪しげな暗黒のオーラが見えたもので。きっと優秀な魔法使いであり、次世代の紅魔族を育てる一流の担任教師である先生を狙う……魔王軍からの刺客に違いありません」

 

 やれやれ、ルーちゃんは本当に可愛らしい。そんな誤魔化しが通用するはずがない。

 

 なぜならば、魔王軍が命を狙うなら紅魔族随一の天才である私を殺しに来るに決まっているのだから。

 

「なっ、なんだと!」

 

 ……どんな適当な話でも、カッコよければ丸く収まるのが紅魔族のすばらしい点だと思う。でも、紅魔族随一の天才たるこの私を仲間外れにしたことだけは許さない。

 

「まさか、この俺が今まで隠してきた古の禁呪を奪うために。すまない、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。お前のおかげで助かった。こうしてはいられん、俺が魔王との最終決戦に旅立つ前に、選ばれし者に我が禁断の大魔術を伝承せねば」

 

 そう言って、先生はいそいそと教室から出て行った。次の授業の準備があるのだろう。

 

「まったく、ルミカったら先生になんてことするのよ」

 

「私が悪いんじゃない、これも全て魔王のせいだし。ゆんゆんがぼっちなのも、おそらくはやつらの作戦に違いない」

 

「そっか、私に友達がいないのも、絶対に許さない! 魔王なんて経験値にして……違うから、私ぼっちじゃないから!」

 

 ゆんゆんの小言をルーちゃんは顔を横に向け聞き流す。私はそんな2人のやり取りを、にこにこしながら見守る。

 

 気づいてるんでしょうゆんゆん、ルーちゃんが誰のために怒ってくれたのか。頬が赤いのを誤魔化すために、顔を逸らしていることに。

 

 2人とも、お互い素直になればいいのに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ここは紅魔の里と呼ばれる、紅魔族の集落にある小さな学校。生まれつき高い知力と魔力を持つ紅魔族は、ある程度の年齢になると学校で一般知識を学び、12歳になった時アークウィザードという上級職につき、魔法の修行を開始する。

 

 魔法を覚えるまで学校で修行し、魔法を習得すれば卒業となるのが里の常識だ。

 

 つまり、ここにいる生徒は魔法が使えない魔法使いのたまごたちなのである。

 

 私たちは全員、自分の使いたい魔法を習得するために、『スキルポイント』と呼ばれるものを貯めている。覚えたい魔法により必要なスキルポイントは変動し、威力が高い魔法ほど多くのスキルポイントが必要になる。

 

 そして、ここにいる娘たちの多くが覚えたい必殺技こそが上級魔法。魔法使いなら誰もが憧れる、強力な魔法の数々を扱えるようになるスキル。

 

 紅魔族はこれを習得することで、一人前と認められるのだけど……。

 

「よーし、ではお待ちかねのテスト結果を発表する。心の準備はできたか?」

 

「ふふ、……今回の私は一味違うわよ」

 

「どうやら、ようやく我が真の実力をお見せできる機会が訪れたようね……圧倒的な絶望を知るがいい」

 

「この試験の結果に……明日のおやつ(私の全て)を、賭ける!」

 

「戦慄せよ敗北者、これがレベルの、いや格の違いだ」

 

 先生の発言を聞き、クラスメイトたちのテンションが上がっていく。

 

「いつも通り3位以内の者には、『スキルアップポーション』を渡すので取りに来るように」

 

 スキルポイントを増やすには、モンスターを倒してレベルを上げるか、スキルポイントが上がる希少なポーションを飲むしかない。だから、早くカッコイイ上級魔法を使いたい少女たちは、このポーションを得るために全力で定期試験に挑むのだ。

 

 ……ルーちゃん以外の子は。

 

「では、3位から! あるえ!」

 

 名前を呼ばれ、ポーションを貰いに行くクラスメイトを横目で見つつ、私は勉強嫌いな親友について考える。

 

 どうすれば妹分にやる気を出させることができるのだろうか。

 

 前回の試験なんて、ローブの袖に鏡を仕込んでカンニングしようとしていたし(私とあるえが気づかなければ危なかった)

 

 ……できることなら、同じタイミングで魔法を覚え、一緒に卒業したい。

 

「2位、ゆんゆん! さすがは族長の娘、今後も精進するように」

 

「は、はいっ! がんばりましゅ……え?」

 

 隣を見ると、ゆんゆんが顔を赤面させながら席を立った。

 

 ちなみに彼女が顔を赤くしていたのは、ルーちゃんがまた机に足を乗せパンツが見えていたからである。

 

 ……あの子は本当にもう。

 

「それでは1位、めぐみん!」

 

 ポーションを貰いに席を立つ私を、ゆんゆんが悔しそうに見つめてくる。そして、そんなゆんゆんに向けて、何故かルーちゃんは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

 もしかして、私の答案をカンニングして同率1位にでもなったのだろうか。

 

「さすがは紅魔族随一の天才、この調子で今後も頑張るんだぞ。でもめぐみんはそろそろ上級魔法を覚えられるぐらい、スキルポイントを貯めている気がするんだが……。まあそれはそれとして、他の者もめぐみんを見習い、勉学に励むように! 特にルミカ、お前はもう少しやる気を出してくれ、試験の答案の裏に毎回冒険小説を書くんじゃない」

 

 担任が他の生徒たちを激励する中、私は自分の席でこっそりと冒険者カードを確認する。

 

 胸元から取り出したそのカードには、職業欄にアークウィザード・レベル1と書かれている。その下に表示された手持ちのスキルポイントは45。

 

 そして、習得可能スキルの欄には《上級魔法》習得スキルポイント30という文字が光っており、「早く自らを使え」とスキル習得を催促しているかのようにすら感じる。もちろん気のせいに違いない。

 

 私はそんな上級魔法の下にある《爆裂魔法》習得スキルポイント50という灰色の文字を、何回も指でなぞる。……ようやく、ここまで辿り着いた。

 

 あの時のお姉さんは、今どこで何をしているのだろうか。

 

 里では上級魔法を覚えてこそ一人前と認められるけど、私が覚えたい魔法は、爆裂魔法だけなのだ。

 

 今でもたまに夢に見る。死を覚悟した私たちを救ってくれた、ローブの人が使ったあの破滅の一撃。

 

忘れられない、忘れられるはずがない。

 

 私は絶対に爆裂魔法を習得する。そして、いつか憧れたあの人に、私の魔法を見てもらうんだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 1時間目の授業が終わった後の休憩時間。

 

「さあ、めぐみん。いつもの、行くわよ」

 

 隣の席のゆんゆんが私の席に詰め寄って来た。

 

 彼女は、紅魔族の族長の娘にして、文武両道で才色兼備な学級委員。

 

「待っていましたよ、ゆんゆん。お腹が空きました、今日は肉の気分なのですが、私の朝ご飯はなんですか?」

 

「そ、そうなの? 実は今日のおかずは、私が腕に縒りを掛けて作ったハンバーグなんだけど……」

 

 そして私とルーちゃんくらいしか友達がいない、紅魔族随一のぼっちにして。

 

「違うから! 別に私はめぐみんのためにお弁当を作ってるわけじゃないから! どうして私が負けることが、あんたの中では決定事項なの? 絶対に負けない、今日こそは族長の娘として、私が勝つんだから!」

 

 私のために毎日弁当を作ってくれる、自称ライバルだ。

 

 ゆんゆんは毎回お決まりの宣戦布告を告げると、自分の弁当箱を私の机の上に置いた。

 

 私も代わりに、試験のご褒美であるスキルアップポーションを机に置く。

 

「勝負内容は、もちろん私が決めていいですよね? いずれ紅魔族を背負うことになる族長の娘なら、ハンデをくれると信じています。それに、希少なポーションと弁当なんか、本当なら賭け金としてつり合いませんよ。私がここまで特別扱いしてあげるのは、ゆんゆんだけなんですからね」

 

「え? わ、私がめぐみんの特別? そっか、もちろん勝負内容はそっちが決めていいわよ。えへへ」

 

 私が特別扱いでいじるのはゆんゆんだけだ。それにしても、相変わらずちょろい子。

 

「では、勝負内容は次の発育測定で、どちらがよりコンパクトで、世界の環境に優しい女かを競いましょう……」

 

「それは卑怯よっ! そんな勝負、月とすっぽんどころか、エリス教徒とアクシズ教徒! 天地がひっくり返ったとしても、私が負けるに決まってるじゃない。めぐみんといい試合になる子なんて、ルミカくらいしか……」

 

 ビキリ。

 

 私の心に亀裂が入る音がした。

 

「……ねえ、……私もその発育対決とやらに、参加させてほしいんだけど……だけど!」

 

 違った。どうやら私の聞いた音は、ゆんゆんの余計なコメントを耳にしたルーちゃんが、鉛筆を握り潰した音だったらしい。

 

 ところで朝から投げたり握り潰したりと、この娘は鉛筆に恨みでもあるのだろうか。

 

「えっ、で、でも、ほらルミカには私たちみたいに賭けれる物がないんじゃ……だから、勝負はまた今度に……」

 

「そう、分かった。分かりました、賭ける物があればいいのね……命でもかけようかな、ふふふ」

 

 冷酷な笑みを浮かべながら詰め寄ってくるルーちゃんの怒気を感じ、血相を変えるゆんゆん。

 

「どちらが発育してるのか、勝負だゆんゆん! 私はこの対決にゆんゆんが今1番ほしがっている、『どんなに友達がいない可愛そうなあなたでも大丈夫っ! これさえ読めば魔王やドラゴンとでも友達になれる本』を賭ける。その代わり、私が勝ったらゆんゆんは。……バツゲームとして一週間、名乗る時に自ら負け犬と名乗ってもらう。族長の娘が、まさか成績最下位の私との勝負から、……逃げたりしないよね?」

 

 ご機嫌斜めなルーちゃんは、ゆんゆんを煽りながら地獄のような勝負を提案する。いくらゆんゆんが紅魔族随一のちょろい女でも、こんな挑発に乗るわけが……。

 

「その勝負、受けて立つわ! ……これでもっと友達が……」

 

 躊躇せずに即答する文武両道な委員長。どうしよう、将来族長になる娘がこんなので大丈夫なのだろうか。

 

「ふ、ならこの決闘契約書にサインを書いてほしい。あるえちゃんと一緒にカッコイイからと作ったのは良かったんだけど、使う機会がなかったの。ちゃんと出番があってうれしい。ゆんゆん、ありがとう」

 

 満面の笑みを浮かべるルーちゃんから紙を受け取り、ゆんゆんは契約書に自分の名前を書いた。

 

「よし、これで決闘は成立した。カッコイイので私が立会人を務めるよ。この契約書は勝負が終わるまで預からせてもらうから」

 

 いつの間にかやってきていたあるえが、そう言って契約書をローブの胸元に入れる。

 

「美味しい役割を持っていくとか、あるえちゃんずるい」

 

「だってルミカが持っててもなくすだけだと思うし」

 

「……あるえちゃん、話し合おう。あなたの私に対するダメな妹を見守る、お姉さんみたいな態度の理由について。とりあえず私が紙持っとく!」

 

 ルーちゃんがあるえから契約書を取り返そうと鬼ごっこを開始した。

 

「ふふ、ルミカ程度がこの私に追いつけるとでも? 100年早いぞ小娘」

 

「がっかりよあるえ、あなたの本気はこの程度なの? 私が本当の速度ってやつを教えてあげる」

 

「あははは、遅い、遅すぎるぞルミカ! 貴様の動きが止まって見える。この勝負、私の勝ちだ」

 

「バカめ、それは残像よ」

 

「嘘でしょ! ありえない、全魔力を右足だけに集中させて高速移動だなんて、……まさか、その技! ルミカのバックにいるのは……斬り姫デストラクションか!」

 

「そう、私の肉体強化は彼女から受け継いだ技。これから逃げ切った者は、魔王以外存在しない! 全員この世にいないから」

 

 どこまでも盛り上がるあるえとルーちゃん。……教室でいちゃいちゃしないでほしい。

 

「良いんですかゆんゆん? あなたも追いかけっこに参加しなくて」

 

「え、何が?」

 

 ルーちゃんとあるえの追いかけっこを羨ましそうに見つめるゆんゆんに、私は恐る恐る尋ねる。

 

「ゆんゆん、本当にあんな勝負を受けてよかったんですか? 今ならまだバツゲームを変えられます……負けたらぼっちから負け犬にジョブチェンジですよ?」

 

「わ、私がルミカに勝つのは決定事項だから! 族長の娘が、売られた勝負を買わないなんて、ありえないし! だからこれはそう、別にルミカの持ってる怪しげな禁書がほしいわけじゃないんだから! 発育という分野でなら、私はあるえ以外になら勝てる、……この場合、めぐみんより育ってたら負けなんだけど」

 

 自分が仕掛けた勝負ではあるけど、少し腹立たしい。できることなら今すぐ爆裂魔法を放ってスッキリしたい。

 

「……痛い、やめてめぐみん」

 

「何でめぐみんは私の髪を突然いじるの? あっ、こら、勝手に髪を解くな!」

 

 だから私がゆんゆんのほっぺたを抓ってストレスを解消したり、丁度横を通り過ぎようとした幼馴染を捕まえて、ルーちゃんの手触りのいい髪の毛を触ってリラックスするのは仕方ないのである。これは我が強大な魔力の暴走を抑えるための、必要な犠牲なのだ。

 

「おーい、そこの3人。もうみんな保健室に向かったみたいだから、私たちも行こう」

 

 私がゆんゆんとルーちゃんで遊んでいると、あるえが私たちを呼びにきた。

 

 大丈夫、ローブの人直伝の大魔法使いになれば巨乳になる作戦は完璧だ。2人で長年調査しているうちに、魔力の循環が活発だと血行が良くなり、結果的に発育を促進するのではないかということが分かってきた。

 

 紅魔の里の実力者たちには巨乳が多かったし、成績のいいゆんゆんやあるえは最近すくすく育っているし……この仮説には信頼性があると思う。

 

 だとすれば、現在クラスでトップの成績を誇る私が、巨乳になれないはずがない!

 

 はて? ならもしかして。

 

「ルーちゃん、私たちは例え進む道が違っても……ずっと友達ですからね」

 

「ねえめぐみん。何故か私に対する言葉に、ささやかな優越感と哀れみを感じるんだけど」

 

 クラスで成績が一番悪いこの娘が、巨乳になれる可能性は……。

 

 長年競い合ってきたライバルとの呆気ない決着に一抹の寂しさを覚えつつ、保健室の扉を開く。

 

 中に入ると他の子の測定はほとんど終わっており、私たちが最後のようだった。

 

「あるえさんは相変わらず発育がいいわね。クラスで1番じゃないかしら」

 

 おのれ、あるえ……クラスで一番身長が低い私に、その発育を分けてほしい。特に胸。

 

「次はめぐみんさん」

 

 ついに運命の時が訪れてしまった。

 

 私の背が低いのは、朝食に同級生の弁当を当てにしなければならないくらい、我が家が超絶貧乏で栄養が足りていないからだと思う。

 

 そう。だからこれは私が悪いのではなく、全て貧乏が悪いのだ。

 

「あ、あのねめぐみんさん……発育測定の度に言ってるんだけど、魔法を使って計測するから、背伸びしても胸を張っても全然意味はないのよ? あっ、よかったわねめぐみんさん! おめでとう! 少し身長が伸びているわ」

 

 だから私が空しい抵抗を繰り返すのは、世界が選択せし定めであり、私が見栄っ張りなわけではないのである。

 

「……先生、どうしたら身長以外も育ちますか?」

 

「大丈夫よめぐみんさん。あなたはまだ育ち盛りだから、きっとぐんぐん大きくなるわ。……だからそんなに悲しそうな顔をしないで」

 

 保健室なんて……、計測魔法なんて大嫌いだ。

 

「じゃあ、気を取り直してゆんゆんさん」

 

「はい、……はぁ。最近また大きくなったから、めぐみんにはどうせ勝てないんだろうな。でも、今日の勝負は一味違う。ルミカに勝てば、私にももっと友達が。ほら、やっぱりそうだ……めぐみんに負けて悔しい」

 

 本当に悔しいのはこちらの方だ。

 

 弁当のためだとしても、こんなにも屈辱的な勝利があっていいのだろうか。いや、いいはずがない!

 

「落ち着いてめぐみんさん、先生のお仕事が増えちゃうから! 保健室で怪我人を出そうとしないでっ!」

 

「ひどい、ひどいよめぐみん! それが勝者が敗者にすることなの!?」

 

 いつの間にか私はゆんゆんの胸をぽかぽかと叩いていた。

 

「うろたえるな! 真打登場、実は脱いだらすごいと噂される私の本気を見せてあげる。さあ先生、お願いします」

 

 意気揚々と発育測定に挑むルーちゃん。

 

 彼女は私とほとんど身長が同じはずなのに……その溢れ出る自信は、どこから沸いて来るんだろう。

 

 脱いだらすごいってことは……まさか、巷で噂のロリ巨乳とやらに……。

 

「ルミカさんは……んー、これは、前回の測定結果と比べてみても……1ミリも成長していないわ」

 

「……え? ……うそ」

 

 先生の言葉に、呆然とするルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。

 

「あ、あのね、ルミカさん、……めぐみんさんにも言ってることだけど。少しでも身長を伸ばそうと、靴下を5枚重ねにしたとしても、意味は……」

 

「ルミカ。……あんたって、すごく残念な子ね」

 

「靴下5枚重ねって、1センチぐらいしか……ほろりときた」

 

 先生もゆんゆんもあるえもやめてほしい、これ以上言うとルーちゃんがマジ泣きする。

 

 私も人のことは言えないけど、幼馴染の小細工が悲しすぎる。

 

「うぐ、こうなったら仕方がない、最後の手段、……悪魔に魂を売り渡してでも……」

 

 ルーちゃんは不穏なことをつぶやきながら、覚悟を決めた顔でローブから何かを取り出した。

 

「ル、ルミカさんっ! だめよ、あなたにそれはまだ早いわ。大丈夫、これからぐんぐん大きくなるから……女の子の発育に悪影響だから、その胸パッドはやめなさい!」

 




 このすば映画化決定でテンション上がりました。なんとか執筆ペースを月1回にしたいんですが、なかなかうまくいかないです。
 どんなに時間が空いても、死なない限り完結させるつもりではあるので、アクア様の泣き顔でも見ながらエリス様のような慈悲深さでゆっくり待っていただけると嬉しいです。
 今後もよろしくお願いします。



 


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このせつないぼっちに逆襲を!

 あけましておめでとうございます。投稿が少し遅れました。すいません。
 ルミカとめぐみん視点でお送りする、予告通りの紅魔の里編です。

 いつも誤字報告してくれる方に、感謝の花鳥風月を!


「……ねえルミカ? あの、さっきの話なんだけど」

 

 もぐもぐと食べ物をほっぺに詰め込んでいるめぐみんは、小動物みたいでとても可愛い。

 

「相変わらずゆんゆんのお弁当は美味しいですね。けっこう私好みの味付けです……むぐ」

 

「もう、ダメでしょめぐみん。よく咬んで食べないと、はい、お茶」

 

 お弁当を喉に詰らせためぐみんにお茶を手渡し、優しく背中をたたく。

 

「……ありがとうございますルーちゃん」

 

「慌てなくても大丈夫。明日も明後日も、きっとゆんゆんがお弁当をごちそうしてくれるはず。……ごはんはにげない」

 

「それもそうですね。よく噛んだ方がお腹がすきませんし」

 

「ね、ねぇ、ルミカ? いつも私があんたたちに負けちゃうのは事実かもしれないけど。さっきの勝負の、その……ご褒美が……」

 

「まったく……今度はごはんつぶがついてる。うん、これで平気」

 

 いそいそとおしぼりを取り出し、めぐみんの口元を拭う。ちなみにめぐみんについていたごはんつぶは、もったいないので私が食べた。

 

「ルーちゃんは気が利きますね。私の名において、『紅魔族随一の女子力』の通り名を授けてあげましょう。どうです? 将来私の家に嫁に来ませんか?」

 

「……照れる、でも私がここまでするのはめぐみんだけだから、その通り名はいらない」

 

「そうですか」

 

「うん」

 

 私たちは顔を見合わせ、どちらともなく笑い合う。

 

「なんでよっ! どうしてさっきから私を無視するの? 朝から2人で、こ、恋人同士みたいな雰囲気出さないで! 風紀が乱れるじゃない」

 

 ゆんゆんの発育具合が許せなかったので、仲の良い友達同士の雰囲気を全力で出していたら、半泣きで委員長がすがり付いてくる。

 

 少しいじわるだったかもしれない、……ちょっぴり反省。

 

「何を言ってるの、ゆんゆん。私もめぐみんも、あなたのことを無視なんてしてない」

 

「えっ、そ、そうなの? よ、よかった」

 

 ちょっとだけやりすぎたかなと思い、一言否定しただけで、笑顔になるゆんゆん。

 

 ちょろすぎる……この娘、いつか悪いやつに騙されないか心配なんだけど。

 

「そう、無視なんてしていない。私たちはただ、ゆんゆんをいじって楽しんでいるだけなのだから」

 

 私の悪魔のささやきを聞いて、呆然とした表情になるゆんゆん。

 

 ふふん、勝負ありって感じかな。

 

「……ま、まあいいわ。本当はよくないけど、大人な私は赦してあげる」

 

 あれ? おかしいな、いつものゆんゆんなら大抵涙目で突っかかってくるはずなんだけど……。

 

「そう、戦いの勝者である私は、負け犬の遠吠えなんて軽く聞き流せる。発育的にあんたよりも大人な私は、心も成熟してるんだから」

 

 そう言ってゆんゆんは胸を張り、こちらに向け勝ち誇った表情を浮かべていた。

 

 今すぐ「やーいぼっち!」とか「そんなに体に自信があるなら、今日からたゆんたゆんゆんって名乗れば?」とかからかってあげようかな。本当に彼女が大人なら、この程度の悪口は笑って赦してくれるはず。

 

「さあルミカ。約束はちゃんと守ってよね、私に禁書を渡してちょうだい」

 

 ああ、なるほど。ゆんゆんはさっきの勝負で勝ったご褒美がほしかったのね。

 

「……ゆんゆんは愚か。無知とは罪なものね、檻の中のドラゴンは世界の広さを知らずというやつかしら」

 

 今度は私が、ゆんゆんに向けて勝ち誇った笑みを浮かべて見せる。

 

「……え? ちょ、ちょっとルミカ! お互い契約書にサインまでしたのに、約束を守らない気なの?」

 

 ごめんねゆんゆん。運命とは本当に残酷なのよ。

 

 批難の眼差しを浴びせてくるゆんゆんに、心の中で軽く謝罪した。身体測定前の私は、ゆんゆんの心無い一言に怒り狂っていたのだ。

 

「……ゆんゆん、いいことを教えてあげる。契約を結ぶ時は、内容をよく確認しなきゃ大変なことになるよ?」

 

 なので10分前の切れていたルミカちゃんは、契約書にちょっとした小細工(魔法)をかけたのです。

 

「え? ど、どういうこと?」

 

 未だ状況が飲み込めていない様子のゆんゆん。

 

「……あるえちゃん、例のものを!」

 

 ビキンと。そんな彼女を眺めつつ、私は物語の黒幕のように指を鳴らした。

 

「……ゆんゆん、多分ルミカにはめられてるよ。この契約書の内容をよく確認してみな……それにしても、相変わらず姑息な勝ち方を」

 

 私のアイズに合わせて秘書のように横に控えていたあるえちゃんが、恭しくゆんゆんに契約書を差し出す。

 

 確かに私が呼んだんだけど、……さっきまで離れた位置でめぐみんと何か話していたはずなのに、いつの間にあるえちゃんはそばに立ってたの? かなりびっくりした。

 

 黒幕の右腕のようにナイスタイミングで登場したあるえちゃんだったが、何故か私の顔を微妙そうに見つめてくる。……きっと彼女はこう叫びたいのだろう。

 

 普通ならパチンと指を鳴らせばクールに決まるのに、こいつときたらビキンだぞ。ルミカってばダサっと。

 

「ごめんねあるえちゃん、……私、反省してる」

 

「分かってくれれば、それでかまわない。頑張れ」

 

 頭を下げる私に軽く手を振り、さらっと赦してくれるあるえちゃんは相変わらずクールでカッコイイ。

 

 彼女の気持ちに応えるためにも、今回の反省を……必ず次に活かさねば。

 

「……嘘でしょ? こ、こんなのってないよ、あんまりじゃないっ! ね、ねえルミカ……この勝負はちょっとなかったことに……」

 

 しばらく契約内容を再確認していたゆんゆんは、皺になるくらい強く契約書を握り締め、悔しそうにわなわなと震えている。

 

 そんな呆然と立ち尽くすクラスメイトに向けて。

 

「……ゆんゆん、そういうのを人は負け犬の遠吠えって言うの。精神も成熟した大人なあなたは、約束を破ったりしないはず。別にいいよ、私は別に勝敗とか気にしてないし。どうしてもゆんゆんが賭けをなかったことにしたいのなら、それでも。「発育的にも精神的にも、ルミカ様より私の方が愚かで未熟な子供でした、本当にごめんなさい」と謝るなら、なかったことにしてあげるけど」

 

 私は悪女のように嗤って見せる。

 

「う、うぐぐぐ、……わ、私は、発育的にも、せ、精神的にも、……ル、ルミカ様より…………!」

 

 怒りと羞恥心で声を震わせながら、指示通りの科白を言おうとするゆんゆん。これで準備は整った。

 

 見ててね あるえちゃん、さっきの失敗を帳消しにする、私の悪役っぽい名科白を!

 

「でもそんな科白を言うようなら、ゆんゆんはその時点で勝負から逃げた立派な負け犬だけどね」

 

 私の言葉を聞いたあるえちゃんは、目頭を押さえて天井を眺めている。

 

 名監督ルミカさん演出のドラマティックな掛け合いに、感動の涙を流しているのかもしれない。

 

「……ル、ルミカのバカアアアアアアアッ!」

 

 最後まで私の手の平で踊ってくれたゆんゆんは、それっぽい棄て台詞を叫びながら教室を飛び出して行った。

 

ふっ、ルミカ様の完全勝利である。

 

 それにしても、我ながら今のはとてもいい決め台詞だった。忘れないうちに日記帳にメモっておこうっと。

 

 ルンルン気分で日記に科白を書き写す私に向けて、めぐみんは苦笑を浮かべながら告げる。

 

「ルーちゃん、後でいろいろ言いたいことがあるので、放課後は家に来て下さい」

 

 さすがは我が盟友めぐみん、私のことをよく観察している。どうやら指パッチンをしようとして、指を痛めたのがバレてしまったらしい。

 

 まずい。このままでは女の子なんだから体は大切にしなさいって、マジトーンなめぐみんから正座で説教コース?

 

 ぜ、全力で誤魔化さなきゃ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ゆんゆんのぼっち(純情)を弄ぶルーちゃん。相変わらず私以外に素直じゃない子ですね。ルーちゃんがゆんゆんをからかって楽しんでいるのは、半分くらいは趣味だけど、残り半分は彼女の優しさなのである。

 

「やれやれ、ルミカってば本当に不器用な子だね」

 

 いつの間にか隣に近づいて来ていたあるえが、ぽつりと溜息を吐き出した。

 

 ルーちゃんがゆんゆんをからかうのは、ぼっちをこじらせてしまった彼女が少しでもクラスに馴染めるように。そして、ちょろいゆんゆんが将来悪党に騙されないように。

 

 ゆんゆんのためを思って、とても遠回りで伝わりにくいおせっかいを焼いているのだ。

 

 …まあ、時々無自覚でゆんゆんのことを泣かせるのがたまに瑕だけど。

 

「あなたの言う通りですね。ところであるえ、発育の具合といい、ルーちゃんを見守る慈愛の眼差しといい、……時々あるえがあの娘の姉か母親に見えるんですが」

 

「めぐみん、知ってるかい? 私もたまには本気で怒るんだからね。いろんな意味でやめて」

 

 おかしい、あるえの反応が芳しくない。年上扱いしたのが気分を害したのだろうか?

 

 私がルーちゃんの家族扱いされたなら、けっこううれしいのだけど。

 

「めぐみんは、ずっとルミカの味方でいてあげて……本当に苦労してるんだ、あの子」

 

 この時、何故あるえがどこか遠い目をしていたのか。その理由を、私が知ったのはずっと後のことだった。

 

「あそこを見て下さいあるえ。決闘に勝った族長の娘が、発育の件でルーちゃんを挑発してますよ。最近のあの子、お姉さんが家出してから感情が不安定みたいで。泣いたりしないでしょうか?」

 

 話題を変えるため、ルーちゃんたちの方を指差す。

 

 これ以上遠い目をするクラスメイトの話を聞いてはならないと、私の直感が叫んでいるのだ。

 

 本人もあまり人に語りたい内容ではなかったのか、あるえも話題変更に応じてくれた。

 

「本当だ……適当なところで止めないと、大いなる災いが……」

 

 なんやかんや言ってもあるえもルーちゃんを心配しているらしく、ゆんゆんとのやり取りを真剣に見つめていた。

 

「どうしたのですかあるえ? 急にそわそわと体を動かし始めたりして。心配しなくても、あるえが止めないといけないような喧嘩にはならないでしょう。それともその体操は……私に対するいやがらせですか」

 

 ルーちゃんとゆんゆんの言い争いが殴り合いになることを心配したのか、背伸びをしたり手足を軽く曲げるなど、突然準備運動を開始するあるえ。

 

 目の前でそういう動作をされると、どうしても身体の動きに合わせて震える胸や同年代とは思えない体つきに目が行ってしまう。

 

 自分よりも成績が上の私に対する、新手のいやがらせかもしれない。

 

「違うから落ちついてよ。めぐみんは疑問に思わなかったかい? いくら怒り狂っていたとはいえ、あの負けず嫌いのルミカが勝てない勝負をするなんて、どうも私には信じられなくてさ。おそらく私が預かった契約書が、勝敗の鍵を握っているはず……つまり、私が決め顔で登場するチャンスが迫っている」

 

 どうやらこのクラスメイトは、自分の登場シーンを心配していただけのようだ。

 

 でも確かに……あるえの言う通り、ルーちゃんなら契約書に焙り出しを仕込むくらいやりかねない。

 

「じゃあめぐみん。私は先に行くね。そろそろルミカに呼ばれそうな気がするから」

 

 そう言うと、あるえは机の下や椅子の間を暗殺者のごとき身のこなしで駆け抜けると。

 

「……あるえちゃん、例のものを」

 

 決め顔で指を鳴らすルーちゃんの背後へと忍び寄り、あるえはできる秘書みたいにゆんゆんへ契約書を手渡したのだった。

 

……私よりルーちゃんと仲良しみたいで、ちょっと悔しい。

 

 確かにあの登場シーンはかなりカッコイイと思う。準備体操をしただけのことはあった。

 

 ルーちゃんの思考を先読みして行動したのも、お姉ちゃん的にポイントが高い。

 

 だけど……。

 

「さすがはあるえ、やりますね。だけど私は絶対に負けませんから」

 

 私はゆんゆんとルーちゃんの近くまで辿り着くと。

 

「……いや、いきなり何の話なのめぐみん?」

 

 あるえにルーちゃんの幼馴染として宣戦布告した。

 

「確かにあなたはルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィの良き理解者なのでしょう。しかし詰めが甘い」

 

「よく分からないけど、褒めるか貶すかどちらかにしてくれないかい?」

 

 困惑するあるえに私は畳み掛ける。

 

「自分の登場シーンばかり気にして、ルーちゃんを驚かせたのはお姉ちゃんポイント減点ですよ」

 

「え、あの子ビックリしてたの? 私にはルミカが微動だにしていなかったようにしか見えなかったけど。後そのポイントは何の意味があるの?」

 

 私は小首を傾げるあるえに、後頭部の微妙な傾きや首筋の筋肉の痙攣具合などを観察すれば、ルーちゃんの感情は8割程度分かることを懇切丁寧に説明した。

 

「なるほど、理解できない……めぐみん、もうルミカと結婚したら?」

 

 おかしい、あるえに軽く引かれてしまった。幼馴染ならこのくらい普通だと思うのだが。

 

「確かに驚いてびくっとなってるルーちゃんは可愛らしいですが、こういうドラマティックな場面でそれが出ると空気が台無しになってしまいます。ほら、よく見て下さいあるえ。さっきまで冷酷な悪女を演じていたのに、あわあわと微妙に目が泳いでいるでしょう?」

 

「やめてあげなよ、今めぐみんが一番空気壊してるから!! あんたが説明すればするほど、ルミカが恥ずかしい思いをするんだからね、……あっ、本当だ。すごい集中しないと気づけないレベルで、微妙に眼球が動いてる……」

 

「ちなみにルーちゃんがあわあわしている時は、大抵パニクって人の話が耳に届いていないので、空気がぶち壊しになっても全く問題はありません」

 

 うん、これであるえもまた一歩ルーちゃんの保護者へと近づけたことだろう。

 

 最近私1人で幼馴染の暴走を食い止めるのに限界を感じているので……あるえも苦労人(こちら)に来て欲しい。

 

「……嘘でしょ? こ、こんなのってないよ、あんまりじゃないっ! ね、ねえルミカ……この勝負はちょっとなかったことに……」

 

 どうやらゆんゆんも契約書の内容が衝撃的だったせいか、私とあるえとのやり取りは聞こえていないみたい。だらだらと顔に冷や汗を浮かべるゆんゆんに対し、自ら負けを認めるよう要求するルーちゃん。

 

 恥ずかしい科白要求にゆんゆんはしばし葛藤していたが、さすがに一週間負け犬を名乗るのは耐えられないようで、涙目でルーちゃん考案の謝罪文を声に出す。

 

 私とあるえは確信していた。

 

 小悪魔だけど友達思いのルーちゃんは、きっとゆんゆんに最後まで言葉を言わせずに。勝負をなかったことにして、ゆんゆんのことを赦してあげるのだろうと。

 

 そして、彼女は私たちの期待通りにゆんゆんの科白を遮り。

 

「でもそんな科白を言うようなら、ゆんゆんはその時点で勝負から逃げた立派な負け犬だけどね」

 

 赦すどころか、完全に止めを刺していた。

 

「……ルミカ、そうじゃない……私が言いたかったのはそういうことじゃなくて。ゆんゆんに手加減してって伝えたつもりだったのに。分かってもらえなかったみたいだね」

 

 目じりを押さえながら「反省してるって言ったじゃない」と天を仰ぐあるえ。

 

 そうだ、ルーちゃんはこういう子だった。私とあるえは忘れてしまっていたのだ。

 

 ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィという少女が、紅魔の里で無自覚デストロイヤー、無差別級フラグクラッシャーの異名で呼ばれていることを。

 

「……ル、ルミカのバカアアアアアアアッ!」

 

 半泣きで教室から駆け出して行ったゆんゆんが落としていった例の契約書を拾い上げる。

 

 さてさて、いったいどんな細工が仕組まれていたのやら。

 

「あの子がなくさないように預かってただけで、実は私もまだ内容はよく見てないんだ」

 

 そう言ってあるえは後ろから私の持つ紙を覗き込む。

 

 契約書には今回の2人の賭けの内容がきちんと記述されており、そして契約書の後半にはとても小さな字で……。

 

「なお、この契約書にサインした者は、ルミカの代理人としてあるえを立てることを承諾したと見なす」と書かれていた。

 

「……ルーちゃんのやり口が完全に詐欺師のそれなんですが……クラスメイトとの賭けにここまでするなんて、悪魔ですかあの子は! 同級生との勝負に、こんな卑怯な手を使うなんて、私がそのねじ曲がった根性を叩き潰してあげます」

 

 幼馴染が人の道を踏み外す前に、私が彼女を止めなければ。

 

「おそらくゆんゆんが禁書に目が眩んで、細かい部分を確認しないことを見抜いていたんだ。確かにひどい手だけど、盛大なブーメランだよね。私はありとあらゆる手段を使って、毎日クラスメイトから弁当巻上げてるめぐみんの方が悪魔な気がするんだけど……似たもの同士?」

 

 じと目を向けてくるあるえから、プイッと顔を反らす。

 

「後、叩き潰したらルミカは泣いちゃうかも。嫌われてもしらないよ?」

 

 ……!

 

「ルーちゃん、後でいろいろ言いたいことがあるので、放課後は家に来て下さい」

 

 鼻歌を歌いながらうれしそうに日記帳に筆を走らせるルーちゃんに、無駄とは思いつつも私は一応注意を試みるのだった。

 

 それから心配性なあるえがどうしてもと言うので、今日はルーちゃんを怒らないであげよう。うん、そうしよう。

 

 ……別に彼女に嫌われるのが怖いとかじゃない、ないったらない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「めぐみん。ここに、デザートに最適な天然ネロイド配合のプリンがあるわ! これを賭けて私と勝負よ!」

 

「ありがとうございます。あっ、スプーンがないですよ。まったく、ゆんゆんはおっちょこちょいですね」

 

「ご、ごめんね。すぐ用意するから」

 

 またゆんゆんがめぐみんに遊ばれてるなと、のほほんと横目で眺めていたら……。

 

「違うでしょ! どこからどう見てもプリンを賭けて、これから勝負をする流れでしょ! どうして私が甲斐甲斐しくめぐみんに尽くさなきゃならないのよ!」

 

 自分がやろうとしていたことに気づいたゆんゆんが、プリンとスプーンを勢いよく机にたたきつけた。

 

 ……プリンを、たたきつけた?

 

 ゆんゆんとめぐみんがわちゃわちゃしていたけど、今の私にはそんなの関係なかった。今この場で最も重要なことはただ1つ、2人が見ていない隙に横取りしたプリンを食べることである。

 

 プリンをたたきつけるなんて、なんたる蛮行! 食べ物を粗末にするなんて、それもよりによってプリンを粗末にするなんて、そんなの絶対あり得ない!

 

 ……私にはプリン好きとして、ゆんゆんにたたきつけられた可愛そうなプリンの(無事)を確認する義務がある。

 

 よし、自己弁護完了。……おいしい。

 

「よしお前たち、席に座れ。授業を始め……こらルミカ、学校にプリンなんて持ってくるな。そんなものは没収だ……うおっ、殺気が」

 

 教室に入ってきた担任に、意味の分からない理不尽な要求をされたので、つい本気で睨みつけてしまった。

 

「先生、人のものを取るやつを泥棒って呼ぶんですよ。それに魔法使いは頭を使うジョブなので、私の脳には糖分が必要なんです」

 

 私が自分の正当性を担任に主張すると、クラス中から「お前が言うな」という雰囲気の呆れた視線が向けられる。げせない。

 

「……そもそもプリンは私のだし、テスト前でもろくに勉強しないルミカに糖分なんていらないんじゃ……」

 

「はぁ、何をバカなことを言っているのゆんゆん? 優等生が聞いて呆れるし。牛乳や卵は発育にもいいので、このクラスで最も成長していない私だからこそ、誰よりもプリンを必要としてるんだよ。たゆんたゆんゆんとは違って、私みたいな子は1分1秒たりとも成長期を無駄にできないの。もぐもぐ。ふう、ご馳走様でした。……それと、ゆんゆんには昼休み説教するから」

 

 私はゆんゆんの戯言をばっさりと斬り捨てる。

 

 まったく、プリンを食べる時は急がず焦らず、なんというか優雅であるべきなのに。これだから素人は。

 

 プリンを乱暴に扱ったことは、ちゃんとこの子のためにも注意しないと。おやつを横取りしたのを謝罪するのはその後である。

 

 そこは絶対に譲れない。

 

「……た、たゆんたゆんゆん? この娘、どれだけ暴君なのよ! 不条理すぎるでしょ! ねえめぐみん、あんたルミカをどういう育て方してきたの? 今私、人生最大レベルの圧倒的な理不尽を強いられてるんだけど!」

 

「たゆんたゆんゆん、ルーちゃんの前でプリンを出したのが運の尽きです。デストロイヤーに襲撃されたと思って諦めて下さい」

 

「めぐみん、次その名で私を呼んだ時、それがあんたの最後よ」

 

 ゆんゆんが理不尽な言いがかりでめぐみんを困らせる中、担任が黒板に魔法系統を書き出して授業が始まる。

 

 生徒たちが無言で黒板の文字をノートに書き写す中。

 

「……はあ、バカみたい」

 

 そんな真面目な彼女たちを眺め、私は溜息をこぼす。

 

 ……どうしよう、先生に投げたり、怒りに任せてへし折ったりしたせいで、現在使用可能な鉛筆がない。

 

「よし。今日は初級、中級、上級魔法以外の特殊な魔法について説明する。お前たちは上級魔法こそが、究極で完全無欠のカッコイイ魔法だと思っているはずだ。しかし、この世には習得が難しく燃費は悪いが、非常に高い破壊力を持つ特殊な系統の魔法が存在する。それがこれより説明する3つの魔法。炸裂魔法、爆発魔法、爆裂魔法だ」

 

 むぅ、せっかく担任が爆裂魔法の話をしてくれるのに、これじゃ記録が残せない。何かいい方法は……人差し指を歯で噛み切って、血でノートを書くとか?

 

「まずは岩盤すら壊す炸裂魔法。これは上級魔法に匹敵するスキルポイントが必要だが、使えると国の公共事業に呼ばれることがある。土木関係の公務員にでもなりたいやつ以外には、覚えなくてもいいだろう」

 

 我が思い付きながら怖いよ!

 

 ダイイングメッセージで書かれたノートとか、絶対後で読み返せないし。うん、怖いのも痛いのもいやだ。

 

「続いて、伝説の魔女が得意としていたとされる爆発魔法。その爆炎の連発を受け、彼女の前に立ち塞がりし敵は、無慈悲なまでに跡形もなく葬り去られた。だが、爆発魔法は1発撃つための魔力消費が尋常ではない。並の魔法使いでは数発撃ったら動けなくなる。例え魔力に自信があっても、こいつを習得するのはあまり現実的とは言えないな」

 

 そうだ、後でめぐみんかあるえちゃんにノートを見せてもらえば良いじゃん。ルミカってばおバカさん。

 

 パニクってあんまり聞いてなかったけど、先生の話によれば、……炸裂魔法は公務員向けの岩盤破壊魔法、爆発魔法は伝説の皆殺し魔法……みたいな感じだったはず。

 

 ふむふむ、つまり! 次に解説される憧れの爆裂魔法は、選ばれし者だけに使用を許された、禁断の神話級超破壊魔法なのでは!

 

「………………」

 

 私がわくわくした気持ちで解説を待ち望んでいるのに、担任は中々爆裂魔法について説明してくれない。

 

「先生! 残り1つの魔法、爆裂魔法についてですが……」

 

 我慢できなかったらしくめぐみんが挙手をして立ち上がると、担任は笑い出した。

 

「興味があったとしても、爆裂魔法だけはやめておけ。膨大なスキルポイントをなんとか貯めて、実際に習得できたとしても、その消費魔力の凄まじさに、強大な魔力を持つ一流の魔法使いですら、1発も撃てないことがほとんどだ」

 

 …………魔力かぁ。

 

「例え撃てたとしても、その絶大すぎる破壊力はモンスターだけを攻撃するに止まらず、周囲の地形をも変えてしまう。ダンジョンで唱えればダンジョンそのものを倒壊させ、魔法を放つ時のあまりの轟音に、周囲のモンスターをも呼び寄せるはめになるだろう。そう、爆裂魔法はただのネタ魔法なんだよ!」

 

 ガーンッ! 私の憧れって、ネタ魔法なの!?

 

 

 




 檻の中のドラゴンは世界の広さを知らずは、異世界版井の中の蛙です。なんたってこの世界のカエルは、大きすぎて井戸に入らないからね、仕方ない。
 ルミカとめぐみんは幼馴染なら普通だと思っていますが、あるえやゆんゆんは……。
 次回の投稿は2月ごろ、みんな大好きソードマスターキョウヤさんが登場するところまでを投稿します。


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このもどかしい感情に正答を!

 お久しぶりです。世界がパンデミックになり、勤務環境が変わり、モチベーションが下がり、筆が進まず気づけば4年も経っていました。
 この素晴らしい世界に爆炎がアニメ化し、4月からこのすばが帰ってくるということで、私もこっそり帰ってきました。
 待っていてくれた人がまだいるかは分かりませんが、またこつこつと投稿していきたいと思います。目指せ月1投稿。


■■■めぐみん視点■■■

 

 ーー3時間目。国語の時間。

 

「いいか諸君。我々紅魔族にとって、文法や言葉というものはとても重要なものだ。何故だか分かるか? ……めぐみん!?」

 

「魔法を制御するためには、素早い詠唱、正しい発音が大切だからです」

 

 この程度のこと、紅魔族随一の天才たる私にかかれば朝飯前……。

 

「5点だな。ではゆんゆん! クラスで2番目に成績が高い、族長の娘であるお前なら、きちんと説明できるはずだ」

 

「っ! ……そんなバカな!」

 

 この私が5点……。5点なんて、……ルーちゃんの前回のテストと同じ点数じゃないですか。お揃いは少しうれしいけど、さすがにちょっとこれは。

 精神的に打ちのめされた私は、一瞬ふらつきながらもなんとか席に着く。そんな私の様子を見て、ルーちゃんは首を傾げていた。

 

「はいっ、先生! 古に封印された魔法の中には、古い文字が使われています。禁呪といった類いの魔法の解読には、それらの知識が必要不可欠だからです」

 

「ダメだな、それではせいぜい30点だ。基本が全くなっていない! もっと禁呪とか、封印されたとか! それ以外にも大切なことがあるだろう!」

 

「や、やったわ! めぐみんに成績で勝った……? え、30点!? 今、私30点って言われた」

 

 ゆんゆんが悲しそうな顔で席に座る。すると担任が、お前らにはガッカリだとでも言いたげな顔をして、深々と息を吐く。

 

「はあ……。これが、本当にクラスの成績上位者なのか。……お前らにはガッカリだよ」

 

 コノ担任、本当に声に出したぞ。それが教育者のやることか。

 私の不満も先生には届かない。そんな中、腹立たしい担任は3人目の生徒を指名した。

 

「ルミカ! 紅魔族にとって、国語力が重要な理由を答えられるな? さっきめぐみんの答えを聞いて、首を傾げてただろ」

 

 「だって、ゆんゆんならまだしも、めぐみんが分からないとか予想外だったし」

 

 クラスデ最も成績の悪いはずのルーちゃんは、無意識にゆんゆんと私の心にダメージを与えつつ、可愛らしく首を傾げて言った。

 

「爆炎の炎使いとか暗黒なる闇魔導士みたいな、おかしな通り名を防ぐためです。昔、知り合いのお姉さんに爆炎の炎使いという通り名を付けてしまったことを、私は今でも深く後悔しています」

 

 この子……そんなおかしな通り名付けちゃったんだ、しかも知り合いに。

 

「そして、戦闘前の口上を素晴らしい物にし、場の空気を盛り上げるため! 何より、セリフを言った方がカッコイイから!」

 

「100点だ! 後で褒美にスキルアップポーションをやろう」

 

 ……負けた、紅魔族随一の天才である私が、……ルーちゃんに成績で負けた。

 こ、このままでは! 私の姉としてのプライドガ。むぅ。

 

「よくやった、本当によくやったなルミカ。文句なしの100点だ、いつもろくに勉強しないお前が、正答を言えるなんて、今俺は猛烈に感激している。やはり、落ちこぼれそうな生徒であっても、諦めずに根気強く教えるという、俺の教育者としての信念に間違いはなかった! ……もう俺も年かな、目から魔力が止まらない。……ぐす、うおおおん! 覚えにくい、呼びにくい、扱いにくい、あのルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィが成長して、うおおおおん!」

 

 どうやら担任は自分で指名したけれど、ルーちゃんが答えられるとは微塵も信じていなかったらしい。幼馴染の成績が原因で、成人男性が大泣きしているんだけど。

 ……っていうか、生徒を落ちこぼれ扱いするのは、教師として間違っていると思う。

 

「よかったじゃないルミカ、先生もうれし涙を流すくらい喜んでくれてる。お、落ち着いてルミカっ! 褒めてるから、先生はあんたのことを褒めてくれてるから!」

 

「邪魔しないでゆんゆん、そいつ殴れない! 私は今から落ちこぼれだって、落ちこぼれなりのプライドがあるというのを、先生に教育してやるんだから! 何より私の名前は今関係ないでしょうが!」

 

 イラっとする担任の態度に敵意をむき出しにしたルーちゃんを、ゆんゆんが必死で羽交い絞めする中、担任はカッコイイ教育者という自分に酔いしれているようで、もみ合う女子2人を無視して黒板にチョークを走らせる。

 

「そう、我々紅魔族にとって通り名はとても大切なものだ。通り名とは己の生きざまであり、紅魔族として誇れるものでなければならない! もちろん俺にもこの里随一の通り名がある。そして、学校を卒業するころにはお前たちも通り名を考えなくてはならない。人とは違う、自分だけのカッコイイ通り名をな! 喜べお前たち、次の体育の時間では俺が見本を見せてやる」

 

 そうして担任は、次の体育の準備をするために足早に教室を出て行った。

 ……通り名か。不名誉なものばかりだけど、卒業する前から複数の通り名があるルーちゃんって、実はすごいんじゃ?

 

「先生、これはルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィに対して喧嘩を売ってるんだよね。私をバカにするだけに飽き足らず、ろくな通り名のないルミカちゃんの前で通り名自慢なんて、……次の体育で目にもの見せてやる!」

 

「ダメよルミカ、あんたはいつもそう! 何も後先考えずに感情のまま行動するから、紅魔族随一の天災なんて通り名が付いちゃうのよ。少しは反省したら?」

 

「胸はあるけど友達はいない、たゆんたゆんゆんは黙ってて!」

 

「ひ、ひどい! 今日という今日は絶対に赦さないんだから!」

 

 お互いにコンプレックスを指摘されたルーちゃんとゆんゆんが取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

 

「喧嘩はやめなさい最下位プリン姫(ワーストプリンセス)!」

 

「落ち着くのよたゆんたゆんゆん! あなたの発育は誇るべきもの、恥じることなど何もない!」

 

「誰か、この中でおやつのプリンを隠し持ってる人はいないの? 暴走するルミカ(暴食の悪魔)を封印するには、もうプリンに頼るしか方法がないのよ!」

 

「頑張れ! 頑張れロンリーウルフゆんゆん!」

 

 そんな中慌てふためく周囲のクラスメイトたちは、2人を落ち着かせようと懸命に呼びかけているが、よりにもよって不名誉な通り名ばかり口にする。そのため、ルーちゃんとゆんゆんの額には青筋がどんどん増えていく。

 

 ……不憫だ、私の幼馴染たちに対する周囲の反応が悲しすぎる。

 

「めぐみん、何ぼさっとしているんだい? まともにあの2人を止められるのは、めぐみんだけなんだから。このままだとぶち切れたルミカが通り名を口にした相手に襲い掛かって、大乱闘になる」

 

「あるえ、安心してください。絶対卒業までには、私が2人のためにカッコイイ通り名を考えてあげますから」

 

「……長期的な打開策じゃなくて、可能なら今すぐ喧嘩を止めてほしいんだけど」

 

「大切な友達を、可愛そうな子なんかにはさせません。この娘たちは私が責任をもって素敵な通り名の似合う、立派な紅魔族に育ててみせます! まったく、ルーちゃんもゆんゆんも私がいないとだめなんですから。……まずはルーちゃんに女の子としてのおしとやかさを、いえ先にゆんゆんの対人関係をなんとか……幸せ家族計画……」

 

「……大切な友達って今の言葉、ゆんゆんに言ってあげればちょろいから全部丸く収まると思う。母性に目覚めた表情しているところ悪いんだけど、お願いだからめぐみん! 妄想の世界から帰ってきて! 幸せ家族計画じゃないから!」

 

 この日、クラス内での幼馴染2人の悲しい立ち位置が明らかとなり。私が世話のかかる幼馴染への母性に目覚めた一方。

 

「このクラス、私以外全員おかしいだろおおお!」

 

 普段は大声など出さないあるえが突っ込みポジションに覚醒したのだった。

 

 

 学校前に作られた草を焼き払っただけの広場。そこではやる気に満ち溢れた表情の担任が、雨呼びの護符を焚き上げ、空には暗雲が広がっていた。

 

「わざわざこの授業のためだけに高価な護符を焚くなんて、……でも、こういう演出は嫌いじゃない。さあ、見せてもらおうか先生! あなたの名乗る紅魔族随一の通り名とやらを!」

 

 不敵に笑い、腕を組むルーちゃん。とりあえず怒りは静まったらしい。

 

「ねえルミカ、どうしてあんたって子はいつもそうなの? 私の付けられた不名誉な通り名についての話は、まだ終わってないんだけど」

 

 プリプリと怒るゆんゆんがルーちゃんにからむのを止めなければ。無自覚に外道な行動をする幼馴染のことだ、放置していたらまたゆんゆんを泣かせかねない。

 

 まったく、本当に世話が焼ける。

 

「まあまあゆんゆん。今は授業に集中しましょう。せっかくの高価な雨呼びの護符を使っての演出、しっかり見ないともったいないですよ。……あの護符、我が家の食費で計算すると何ヶ月分になることか」

 

「そ、そうよね。今は授業に集中しなきゃ……明日のお弁当は今日よりたくさん作ってきてあげよう」

 

 何故だろう。うまくはぐらかせたけど、どうしてゆんゆんが私を同情的な目で見ているのか。変わり者の幼馴染のことは、よく理解できない。

 

「よし! ではこれより、体育改め戦闘訓練を開始する!」

 

「……戦闘訓練、先生に今までの借りを返すチャンス。よし、殺るか」

 

 授業の始まりを担任が告げた途端、ルーちゃんは酷薄な笑みを浮かべた。

 

「ダメだから。いい子だからルミカは私かめぐみんとおとなしくしてようか」

 

「安心してあるえちゃん、……プロは証拠を残さない」

 

「ねえめぐみん、冗談だよね?」

 

 紅魔族随一の天災少女の発言に、冷や汗を垂らしながらあるえが私に聞く。

 

「ルーちゃんはやる時はやる子ですから、残念ですが本気です。ようこそあるえ、歓迎します。今日からあなたもルーちゃんを見守る集い、通称お姉ちゃんサイドの仲間です」

 

 私は大きく両手を広げ、新たな被害者(仲間)に笑いかけた。

 

 するとあるえは全力で首を振りつつ。

 

「戦闘訓練だから、偶然攻撃が先生に当たっても、それは不慮の事故だし……あっ、返してあるえちゃん!」

 

 ルーちゃんが握りしめていた(凶器)を奪い取り投げ捨てた。けだるそうにしているが、このスタイル抜群のクラスメイトはなんやかんやで面倒見がいい。

 

「さすがに石は危ないからダメだよ、せめて素手にしなさい」

 

 あるえ……素手ならいいんだ。

 

「ゆんゆん! 紅魔族の戦闘において、最も大切なのは何か分かるか!」

 

「戦闘で大切なこと……大切なこと……」

 

 答えに悩むゆんゆんは、ちらりとルーちゃんを見てから。

 

「れ、冷静さです! 魔法使いたる者、何事にも動じない、冷静さが大切だと思います!」

 

「ゆんゆんったら、こっちを必死に見たりして……もしかして私に惚れた? ごめん、私が老若男女が認める超絶美少女なせいで、幼馴染を無意識に誘惑して本当にごめん」

 

 ゆんゆんから視線を向けられたルーちゃんは、相変わらずおかしな思考をしているらしく、少しは冷静になってほしいというクラスの委員長の願いは全く本人に伝わっていなかった。

 

「5点! 次、めぐみん!」

 

「破壊力です。全てを打ち砕く圧倒的なパワー! 力こそが最も大切だと思います!」

 

 力こそが正義、つまり爆裂魔法を極める私こそが最強ということだ。

 

「めぐみんの言う通り、確かに力は必要だ。だが違う! それではたったの50点だ!」

 

 バカな!? どうして私が50点なんだろう。

 破壊力以外で残りの半分とか、いったい全体他に何が必要だと……。

 ガッカリした気分で肩を落とす私の手を、そっとゆんゆんが握ってきた。ゆ、ゆんゆん!

 

 無言で悲しみを分かち合う私たちを見て、

 

「ぺっ」

 

 お前らに期待した俺がバカだったとでも言わんばかりに、担任が地面に唾を吐く。

 

「あっ! つ、ついにやりやがりましたわよ! ……あるえちゃん、いくら教師でもあれはやっちゃダメだと思うのは私だけかな? 朝から色々ストレス感じまくりなルミカ様は、もう理性を抑えるのが限界なんだけど」

 

 抗議するルーちゃんを無視し、憎たらしい担任はあるえを指名した。

 

「あるえー! お前ならば分かるだろう! その左目を覆いし眼帯が似合うお前ならば、戦闘において最も大切な物が何なのかを!」

 

 やれやれと肩をすくめるあるえ。

 

「あるえちゃん、カッコイイ眼帯を褒められたのが嬉しいのは分かるけど、油断しないで! やつは上げて落とすタイプの鬼畜教師なんだから、むぐ!」

 

 あるえは無言で懐から取り出したパンをルーちゃんの口にむりやりねじ込むと、何事もなかったかのように前に出た。

 まさかルーちゃんの相手が面倒になって、物理的に黙らせるとは……今後はあるえを怒らせないようにしよう。

 

「格好良さです」

 

「満点だ! さすがだあるえ、お前にも後ほどスキルアップポーションをやろう。紅魔族の戦闘は、華がなくては始まらないのだとお前たちに実際に見せてやる。さあ刮目せよ、……『コール・オブ・サンダーストーム』!」

 

 担任が魔法を唱えると、空を隠すほど広がった雨雲から紫電が迸り、魔法の影響か不自然な風が吹き荒れ始める。

 生徒たちが吹き付ける強風に髪を押さえる中、担任は用意していた杖を空に高々と掲げた。 

 

「我が名はぷっちん。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……」

 

 担任が名乗りを上げると杖の先目がけ雷が落ちる。

 そして担任がマントをひるがえすと、それをなびかせるように風が吹いた。

 

「紅魔族随一の担任教師にして、やがて校長の椅子に座る者……!」

 

 担任の声と共に、巨大な落雷が発生した。その稲光を背にしてマントをひるがえす担任の姿に。

 

「「「カ、カッコイイ!」」」

 

 私たちが一斉に歓声を上げる中、ふと視線を向けると幼馴染たちが顔を両手で覆い、小さく身を震わせていた。

 普段の態度からは想像できないようなカッコイイ担任の姿に、顔を見られなくなったのかと見ていると、ゆんゆんがつぶやく。

 

「は、恥ずかしい……!」

 どうやらゆんゆんは噂に聞く中2病というやつらしい。担任の格好良さが理解できないなんて、人生を損してると思う。

 

「……ふぅ、パンが喉に詰まるところだった。カッコよかったけど、私が窒息死して最後に見る景色が先生の晴れ姿とか、ちょっと死んでも死にきれない」

 

 よかった。万が一、いや億が一にも担任のカッコイイ姿にルーちゃんが惚れたりなんかしたら、どうしようかと思った。

 

 ……どうしようかと、……あれ?

 

 まだ少し苦しそうにしているルーちゃんの背中をさすってあげながら、少し考えてみる。どうして私は、この子が誰かに恋をしたらと想像して、もやもやしてしまったんだろう。うーん……。

 

 しばらく名乗りの余韻に浸っていた担任が指示を出す。

 

「俺の手本を見てイメージはできたか? 今から2人組みを作ってお互いにカッコイイ名乗りを上げてポーズの研究をしてもらう! 魔法を操り、強敵と戦う瞬間などを想像しろ! 思い浮かべるのは成りたい自分、最高にカッコイイ未来のお前たちだ!」

 

 担任の指示を聞いた途端、ゆんゆんがチラチラとこちらを見てくる。

 

 ……やれやれ、この子ときたら。どうせ誘える相手が私かルーちゃんしかいないくせに。

 

 先ほど喧嘩したばかりだから、ルーちゃんには声をかけにくい。私を誘いたくてもライバルを名乗ってしまったから、自分から組みたいと言い出せない。

 

 …イラッとした。

 

 私とルーちゃんで組んで、仲良し親友空間を見せつけてやろうか。荒療治になるけど、そろそろゆんゆんのぼっちをなんとかしないと手遅れになる気がする。いや、すでに手遅れかもしれない。

 

 人間の友達ができないことに耐えかねたゆんゆんが、魔族なら友達になれるかもしれないと魔王軍に入り、結局友達はできなかったが実力はあるので魔王軍幹部まで出世し、最終的に私の前に立ちはだかるかも……私がそんな恐ろしい未来予想図を想像していると。

 

「先生、私の中に眠る暴食の獣が……生贄を求めて、くっ! これ以上は自力でやつが暴れるのを抑えきれない! このままじゃ、また私はこの手を血に染めてしまう。だから先生、今日の体育は休ませてください。世界の平和と、愛すべきクラスメイトたちを守るために」

 

 シリアスな顔で、お腹を苦しそうに抑えるルーちゃん。

 

「まさか、世界に破壊と禍を齎すと伝わる例のあれが、お前の中に! 分かった、ルミカが保健室で休むことを許可する」

 

「ありがとう先生、この破壊衝動を抑え込めたら、すぐにまたこの戦場に帰ってくるから!」

 

 ルーちゃんは担任から許可をもらうと、そそくさと校舎の中に消えて行った。

 

 ……なるほど。さっきプリンを食べて、あるえにパンを食べさせられたから、さてはお腹を壊したな? でも、たくさん食べられてうらやましい。

 

「……あっ!」

 

 走り去るルーちゃんの背中を、名残惜しそうにゆんゆんが見つめていた。彼女はライバル視している私ではなく、ルーちゃんと組もうとしたようだ。

 

 ふーんーー

 

「先生、私も体育を休ませてもらっていいですか?」

 

 別に、これは体育で疲れるのが嫌なだけで。せっかくゆんゆんからもらったカロリーを消費したくないだけで。

 ルーちゃんがいないと誰とも組めそうにないゆんゆんが余って担任とペアになることとは関係ない、……ないったらない。

 

「だめだな。めぐみんはいつも体育を休んで、一度もまともに受けたことがないだろうが。今日こそはしっかりと授業を」

 

「だめです先生。めぐみんはルミカに封じられた例のあれの邪気に当てられて、具合が悪いんです。きっと、あの惨劇の夜の後遺症がまだ……めぐみんの中に眠る力が、ルミカのあれと共鳴しているんだ」

 

 あるえが私に『素直じゃないんだから』と溜息を吐いてから、担任に向かって挙手した。

 

「そういえば、めぐみんはルミカと幼馴染だったな。俺もあの夜に負った古傷が時々疼いてくる。よし、保健室に行くことを許可する」

 

 今日はどんな言い訳をしようかと考えていたら、あるえが私の味方をしてくれたおかげで、あっさり体育を休めることになった。

 

 その時に惨劇の夜について、オーバーリアクションで熱弁するあるえの巨乳が……イラッとした。

 

「ふんっ、……あるえ、命拾いしましたね」

 

 次こそは、どちらが上か今度の体育で決着を付けてやる。

 

 内心を見透かされたことと発育に対する嫉妬で、気付いたらいかにもな捨て台詞が出てしまった。

 

「どうしてめぐみんは庇ってもらったのに、あるえにそんな態度なの! もしかして、惨劇の夜のせい!? 惨劇の夜に何かあったの!」

 

 律儀にゆんゆんがツッコんでくるけれど、私は無言で校庭を立ち去った。

 

 仕方ない、だって私も惨劇の夜が何かなんて全く分からないのだから。

 

 保健室に入ると。

 

「待っていたわめぐみんさん、どうやらあなたの中に封印されたあれが、制御仕切れないんでしょ。これから再封印の儀式をします……もう2度と、あの惨劇の夜は繰り返させない」

 

 保健の先生は封印の力が施された伝説の市販栄養剤を手渡すと、ベッドの上に寝転がった私に丁寧に布団をかけてくれた。

 

 ……本当に何があったんだ惨劇の夜とやらに。これが今の学校の流行なのかもしれない。

 

 ――爆裂魔法はネタ魔法。

 

 先ほど担任から言われた言葉が耳から離れない。昼寝して忘れよう。

 

「せ、先生! カッコイイ演出はもう十分なので、この豪雨を止めてください!」

 

「……空が、泣いている。全員、俺にかまわず校舎に避難しろ! なあに、心配せずとも、この程度の雨を収めることなどたやすいこと……いや、今日の空は手強いらしい、少し時間が必要か」

 

「先生~っ! カッコ付けて誤魔化すのは無理だと思います!」

 

「誰か、急いでめぐみんを呼んできて! ルミカが年頃の娘がしちゃいけないような表情で校舎から出てきたんですけど!」

 

「ふっふっふ! ショータイムの始まりだよ! 先生、私怨によりお命ちょうだいいたします」

 

「待てルミカ! 今俺は魔力の制御に集中していて動けな、ーー待て、話せば分かる!」

 

 校庭からのそんな叫び声を聞きながら目を閉じる。……ルーちゃんは、いったい何をしているんだろう。

 

 ちなみに、私が起きたら同じベッドに入り込んでいたルーちゃんの顔が間近にあってびっくりしたのは別の話である。

 

 ……本当に、何をやってるんだろうこの子!

 

 

■■■■ルミカ視点■■■■

 

 私がお手洗いから戻ると、先生の過剰な演出によって校庭がどしゃぶりになっていた。

 

 これはいい機会だと思って、ルンルン気分で先生を襲撃しようとすると、クラスのみんなに取り囲まれ、あっという間に校舎内に引きずり込まれた。

 

「みんながくっつくから、私も濡れちゃったじゃん。まったく、困った子たちなんだから」

 

 やれやれと私がため息をもらすと。

 

「いや、困った子はルミカの方だから。魔力で雨を制御するために集中している先生を、背後から襲撃するなんて」

 

 私はただ先生をちょっとゆかいな髪形にしてあげようと思っただけなのに、あるえちゃんがじとっとした目でこちらを見つめてくる。

 

 それに対して周りの女子たちもうんうんと頷いた。

 

「ふっ、私は校長先生が大事に育てていたチューリップが流されてしまったからその敵うちを」

 

「……じー」

 

 周囲からの視線が痛い。まるで私が頭のおかしい子みたいな空気だ。

 

「……ムカッとしたから……」

 

「……ん? どうしたんだいルミカ」

 

 教室の雰囲気に耐え切れず、ポツリと呟いた私の言葉を聞き返すあるえちゃん。

 

 周囲のクラスメイトたちも興味津々で聞き耳を立てているようだ。むー、仕方ないな。

 

 本当は言いたくないんだけど。

 

「……先生が私の大切な友達のめぐみんとゆんゆんの回答に、地面に向かって唾を吐いたのが死ぬほどムカッとして赦せなかったんだもん! 文句ある!?」

 

 クラスメイトから向けられる生暖かい視線で顔がほてる。……恥ずかしい。

 

「……いつもこれくらい素直ならカワイイのに」

 

「めぐみんが世話を焼きたくなる気持が、今ならちょっと分かるかも」

 

「だめだよふにふら! 百合ってのは離れた位置から生暖かく眺めて楽しむものなの! 私たちは素直になれない幼馴染たちの尊い関係を、同性のクラスメイトという恵まれた立ち位置から観察できることを喜びましょう。ああ女神エリス様、このような幸運を与えていただき本当にありがとうございます!」

 

 あれ? 今1人ちょっとやばい発言してる子いなかった!?

 

「そっかそっか。なんやかんやでルミカはいい子だね。よしよし」

 

「にゃ、……やめ、くすぐったいからいきなりくっつくなし!」

 私の肩に顎を乗せて、後ろから抱きついてきたあるえちゃんの吐息が耳に当たってくすぐったい。私のことをペットや小動物みたいに思ってるのかもしれない。

 

「……ごめん、めぐみんと違って私なんかにくっつかれたら嫌だったよね」

 今にも泣きそうな声音で、あるえちゃんの私を抱きしめる力が弱くなる。

 

 しまった、密着されたからこそ分かる発育の良さに嫉妬して、ついあるえちゃんにそっけない態度をしてしまった。

 

「……ちょっと驚いただけで、嫌じゃないよ。あるえちゃんも、私の大事な友達だし」

 

「嘘だ! 私は騙されないんだから!」

 

「嘘じゃないし!」

 

 何で!? 恥ずかしさを我慢して正直な気持をきちんと伝えたのに、即座に否定されてちょっぴり泣きそうなんだけど!

 

 むー、あるえちゃんの考えてることが全然分からない。助けてめぐみん!

 

「嘘つかないで! めぐみんに密着された時、ルミカはもっと嬉しそうにしてたもの。あと、今助けてめぐみんって考えたでしょ! 私だって、ルミカのことが、ウギギギ」

 

 心が読まれた!

 

 あるえちゃんが歯ぎしりしながら私をぎゅっとしてきて少し苦しい。

 

 怒ってるの? 、私が今日含めて普段から迷惑をかけまくったせいで、あるえちゃんは怒りの暴走状態なの?

 

「大変だよみんな! 我がクラスの貴重な常識人のあるえちゃんが壊れちゃった。今こそ普段は見せない協調性を見せるときだよ! 力を合わせて皆であるえちゃんを正気に……あれ?」

 

 人は1人では生きていけないのです。

 

 ここには生まれつき知力が高い 紅魔族が集まっている。そんな頼もしいクラスメイトたちと協力すれば、解決できないことなんてない!

 

 ……ないはずだった。

 

「めぐみんやルミカの対応にあるえも疲れてたのね、可愛そうに」

 

「ちょっとルミカ! あるえがおかしくなったのはあんたのせいなんだから、自分でなんとかしなさいよ!」

 

「あるえ×ルミカ、あるミカ? いや、やはりルミカ×めぐみん、ルミめぐ……」

 

 私が期待してた反応となんか違うんだけど!

 

 落ち着け、落ち着くのよルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。

 

 教室にめぐみんがいなくても、あるえちゃんの態度がおかしくても、クラスのみんなが頼れなくても。私にはまだ、頼れるもう1人の幼馴染がいるのだから。

 

「非常事態なの、助けてゆんゆん! 今の私にはゆんゆんしかいない、あなただけが頼みの……ゆ、ゆんゆん?」

 

 私が心の底から族長の娘に助けを求めると。

 

「えへへ、……友達、大切な友達。私はルミカにとって大切な友達、えへへへへ」

 

 私の助けを求める声を聞いたゆんゆんが、危ないキノコでも食べたのかと言いたくなるような恍惚とした表情をしていた。

 

 ……見なかったことにしよう。うん、絶対そうしよう。

 

「今度はゆんゆん、……ルミカが、また私以外の女のことを考えてる! むむむ!」

 

 あるえちゃんの声がさらに冷たくなり、私を抱きしめる力がまた少し強くなった。

 

「……安心してあるえちゃん。私の幼馴染はめぐみんだけだし、大切な友達はあるえちゃんしかいない! 私の知っていた頼りになる友達だったゆんゆんは、もういないんだ」

 

「そ、そんなヒドイじゃないルミカ! 私は今日を『ルミカが友達だって言ってくれた記念日』として、毎年祝おうと思ったのに! 毎年この日はルミカと2人きりで1日中ボードゲームをして、夜は夜景を見ながらおいしい店で食事。デザートのプリンは食べさせ合って、食事が終わったら最後は家にお泊りするの。そしてお風呂で洗いっこしたり、2人で1つの布団に入って寝るまでおしゃべりしようと思ってたのに!」

 

「1日中ボードゲームするくらいなら定期的に遊んであげるから誘ってよ! ていうか、それは友達との記念日を通り越してカップルのデートだよ……いや、重いんだけど……!」

 

 どうしよう、まさかゆんゆんがこんなになるほどぼっちをこじらせていたなんて。

 

 ゆんゆんのことはしばらく忘れようと思ってたのに、びっくりしてつい反応してしまった。

 

「……やっぱり、またゆんゆんのことばかり見て! 私のことももっと見てくれてもいいじゃないか……」

 

「私だってあるえちゃんの方を見て話したいよ、でも後ろから抱き着かれたままだとあるえちゃんのきれいな顔が見えないんだけど。……ねえ、どうして今もっとぎゅってしたの?」

 

「……ルミカのバカ! ……どうしてこの子は時々恥ずかしいことをさらっと言うのか」

 

 何故あるえちゃんがさらに後ろからぎゅっと密着を強めてくるのかが分からない。

 

 もしかして、鯖折り?

 

「ずるいずるい! あるえばっかりルミカとくっ付いてずるい、じゃなかった! クラスの風紀が乱れちゃうから、あるえはルミカから離れて! ルミカは私の友達でもあるんだし、友達としても委員長としても、ルミカのそういうところは反省してもらいたいし。ここは3日くらいツイスターゲームでもして親睦を深めながら、正しい友情とは何かを考えましょう」

 

 女の子だけでツイスターゲームして楽しいのかな? ゆんゆんの友情感とゲームの趣味は少しおかしいと思う。

 

「……こうなったら、誰にでもそういう態度をしているとどうなるか、教えてあげる」

 

 ……!

 

「お、落落ち着いてあるえちゃん! ぞくぞくするから耳元で囁かないで! きゃっ、ちょっとどこ触ろうとしてるの?」

 

 あるえちゃんの吐息が耳に当たってくすぐったい。

 

 覚悟を決めたような真剣な声音で謎の宣言をすると、あるえちゃんは抱きしめていた両手を何故か私の胸部の方にゆっくりと伸ばし始めた。

 

「え、 嘘でしょ!?」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「それはさすがにまずいんじゃ……!」

 

 クラスメイトたちも私の後ろにいるあるえちゃんの様子を見て、焦ったような表情をしていた。

 

 やっぱり私、このままだと大変なことになるのでは?

 

「……ハアハア、今から少しルミカにすごいことをするけど、ルミカが悪いんだからね……!」

 

 嘘! 背後の大人っぽい女子の息が何故か荒いんだけど!

 

 ……なんか両手がワキワキしてて怖いんだけど。

 

「……!!」

 

 あるえちゃんの手が脇や胸に触れようとした瞬間、私は彼女の抱擁から抜け出し、前方へと全力疾走して、ゆんゆんの背中に隠れるように飛び込んだ。

 

「だ、だめだよあるえちゃん! よく分からないけど、そういうのはだめ!」

 

「……ルミカは、私のことが嫌いだから離れるのかい? 私よりもゆんゆんの方が大切なんだ? ……ふーん」

 

 あるえちゃんが不満そうな顔でこっちを見てくる。

 

「……ふ、ふふっ! つまりルミカは、あるえよりも私を選んだってことだよね! あるえからは逃げて私の方に来たってことは、ルミカは私になら何をされてもかまわないってことでしょ?」

 

 何故かゆんゆんも愛が重い恋人みたいなこと言い出した!

 

「ルミカは私のことが好きなんだよね? ……私も可愛いルミカのことが大好きだから」

 

 顔を俯かせ、興奮で肩を震わせながらあるえちゃんが私に接近してくる。

 

「わ、私の方がルミカと付き合いが長いんだから! ルミカのことは私が一番よく知ってるもん! す、好きよルミカ!」

 

 2人からの言葉に顔が熱くなる。

 

 何これ、何なのこの状況!?

 

 もしかして、私は恋愛的な意味で彼女たちに好かれてるの?

 

「……つかまえた、これでもうルミカは私のものだから」

 

「あ、あのあの、あるえちゃん! あわわわ!」

 

 混乱している間に後ろに回り込まれていたらしい。あるえちゃんに両肩を掴まれ、心拍数がどんどん激しくなる。

 

「わ、私だって、恥ずかしいけど……ルミカに、キ、キスして、自分の大切なものだって印を付けちゃうんだから!」

 

 私に背を向けていたゆんゆんがこちらに振り返り、顔を赤くして私の頬に両手を当てて、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 

「わ、私のために争わないで! いや違う、いや状況的には合ってる? えっと、私も2人のことは好きだけど! 嫌とかでは全くないんだけど、段階を飛ばしすぎっていうか……」

 

 どうしようどうしよう!

 

 こ、心の準備をさせてください。こういう時、小説のヒロインや主人公は何をしてたんだっけ?

 

「「ーーールミカ」」

 

 前後に立つ2人から同時に名前を呼ばれて、私は思わず目を瞑った。

 

 もうあるえちゃんとゆんゆんの間に挟まれて身動き取れないし。

 

 こ、告白してきた子を付き飛ばして逃げるなんて最低なことできないし。

 

 もうキスでもハグでも何でもかかってこい!

 

「「このトラブルメーカー!! ちょっとは反省しなさい!!」」

 

 決死の覚悟をしていた私に向けて、2人からの予想外の言葉が聞こえた。

 

「ほえ? いひゃい! 痛いからほっぺた引っ張らないで! あははは、くすぐったい! くすぐったいってば!」

 

 頭に疑問符を浮かべていた私の頬とわき腹を、突然痛みとくすぐったさが駆け巡った。

 

 ……ど、どういうこと?

 

 目を開けると、涙目になったゆんゆんが私の頬をつねって引っ張りまわしていた。

 

「こしょこしょこしょ、……ふふ、引っかかったかいルミカ? 悪い子にはお仕置きが必要だからね、皆で一芝居打ったのさ」

 

 背後から抱きしめるようにして、あるえちゃんがくすくすと笑いながら私のわき腹をくすぐっていた。

 

「……あるえちゃん、もしかして顔を俯かせて肩を小刻みに震わせてたのって……」

 

 恐る恐るあるえちゃんに質問すると、予想していた通りの返事をされた。

 

「ルミカの勘違いした反応が面白くて、頑張って笑いを耐えてたよ……ああ、もうこの子はそういう純粋なところが可愛いなとも思ったけど」

 

 ……恥ずかしい。羞恥心で顔が赤くなって、頭の中がほわほわしてきた。

 

「……みんなも私を騙そうとして、あんなリアクションを?」

 

 私が周囲を見回せば。

 

「ドッキリ大成功!」

 

「最後のルミカ、完全に恋する乙女みたいな顔になってたよ? ぷぷぷ」

 

「どうかしらルミカ、ちょっとは振り回される側の気持が理解できた?」

 

 ぷるぷると震える私の姿を、クラスのみんながニヤニヤと見ていた。

 

 騙された! 完全に周りの雰囲気に騙された!

 

「……ゆんゆんが可愛そうな友達との遊びやデートを妄想していたのも、涙目で顔を赤くしているのも、私を騙すための恋する乙女顔の演技だったんだね!」

 

「……それが、ゆんゆんは最初にルミカから友達って呼ばれた時点で舞い上がっちゃってて。台本内容を忘れたのかほぼアドリブで話してたから、……最後のキスシーンを恥ずかしがっていた時以外は、割と本心だったのかもしれない」

 

「嘘でしょ! そこは嘘だと言ってよあるえちゃん! マジなの、その目は口ほどに物を言う感じの反応は……残念ながらマジそうだね」

 

 まさか、ゆんゆんの友情がこんなに重かったなんて。合コンでも何でもいいからゆんゆんに友達を増やさないと、私がゆんゆんの感情の重さでつぶれてしまう。

 

「騙したな! よくも私の純情な乙女心を弄んだな! ぐす、……ひどいよみんな! あるえちゃんの演技派女優! 美少女天災役者! すくすく発育健康優良児! うわーんめぐみーん!」

 

 本当はオタンコナスとかバカとか悪口を言おうとしたが、あるえちゃんの方が成績が上なので言えなかった。

 

「ゆんゆんのことは、優しい子だって信じてたのに! 裏切者! 私とめぐみんと3人で幼馴染なのに、1人だけ成長するとか裏切ったな! たゆんたゆんゆん、これで勝ったと思うなよ!」

 

 私はそんな格好悪い捨て台詞を叫びながら、半泣きで教室を飛び出した。

 

 もう私、しばらくめぐみん以外の人が信じられないかも。

 

 羞恥心や乙女心がめちゃくちゃになった私は、今最も安心できる幼馴染の顔が恋しくなって保健室へ駆け込んだ。

 

「あら、ルミカさん? 廊下を走っ来るなんて、何があったの?」

 

 心配そうにして来る保健の先生を、恋の病なんですの一言で納得させた私はめぐみんの寝ているベッドへ潜り込んだ。

 

 めぐみんに抱きつくとなんだか落ち着く。人肌の暖かさやめぐみんの心臓の音を聞いていたら、安心して眠くなってきた。

 

 うう、もう昼休みまでふて寝しようっと。

 




解説
・ルミカ
いろいろとやらかすクラスのトラブルメーカー。今回はなんやかんやでクラスメイトたちにやり返されて半泣きで保健室に逃走した。
ゆんゆんに友情が重いとか思っているが、ルミカの友達に対する感情はかなり重い。その場の雰囲気に流されやすいタイプなので、あるえやゆんゆんがその気なら百合ハーレムルートに突入していた。

・あるえ
演技派紅魔族。3時間目の授業までにルミカの行動に振り回されたので、告白ドッキリをしかけてルミカの乙女心を振り回した。
短時間で今回の台本を書き上げてクラスメイトと協力した。
自分の演技であたふたするルミカの姿に最初は内心にやにやしていたが、素直な気持ちをぶつけられたり泣かれたりでけっこう感情がめちゃくちゃにされた。

・ゆんゆん
朝からルミカによって可哀そうな目にあった人。あまりにも可哀そうだったので、あるえを中心にクラスが団結しルミカにお仕置きすることになった。
みんなと協力して作戦を考えたことで一瞬クラスメイトたちとの距離が縮まったが、台本に書いていなかったルミカに対する友情の拗らせ方が判明し、また一瞬で心の距離が遠ざかった。不憫。

・めぐみん
ルミカやゆんゆんに対する母性が目覚めた。この娘たちは私が守らねば。
体育の時間に意識しそうになったが、ルーちゃんに対する感情が特別であることにまだ気づいていない。
ふて寝から目覚めた後、ルーちゃんにされたことを知っためぐみんはクラスメイトをどうするのか。

次回は爆炎ではなくこのすば本編の話になると思います。


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この新しい仲間と冒険を!あぁ、だめだめ魔法使い
この素晴らしい友人と再会を!


 いよいよ本編開始です。今回はカズマさんと主人公の視点でお送りします。


「すいません。パーティーを募集していらっしゃるのはあなたたちですか?」

 

 彼女との出会いは、あまりにも衝撃的だった。俺じゃなくても驚いたと思う。誰だってびっくりするんじゃないか、あんなことがあれば。もし俺と同じ体験をして、びっくりしないやつがいるならぜひ話を聞きたい。

 

「あれ? もしかして、ルーちゃん?」

 大人しそうに見えた彼女は、一人の少女の姿を見た瞬間。

 

「やっほーめぐみん! 殺しに来たよ!」

 人が変わったように、そんな物騒な発言をしたのだから。

 

 緊迫した空気のギルドの一角で、二人の魔法使いが睨み合っている。

 

「カズマさん! カズマさん! 助けてほしいんですけど! ぼさっと見てる暇があるなら、この子たちを止めてほしいんですけど! 私、こんなシリアスな空気耐えられないんですけど!」

 

 二人の発するシリアスムードに、普段からボケ担当のアクアは耐えられないのだろう。いつもより3割り増しでオロオロしている。

 どうして、こんなよく分からない状況になったのか。それを語るには昨日まで時間を遡る必要がある。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 俺の名はサトウ・カズマ。日本からこの世界に自称女神のアクアを引きつれ、魔王を倒すためにやってきた転生者だ。……だったのだが。

 

「あれね。2人じゃ無理だわ。仲間を募集しましょう」

 

 試しにジャイアントトードと言う巨大カエルを3日以内に5匹討伐すると言う、比較的簡単らしい依頼を受けて見たのだが。あれはやばい。アクアがジャイアントトードをひきつけてくれていなければ、危うく二人ともカエルのごはんになるところだった。

 

 初めての討伐依頼であっさり死にかけた俺たちは、二日以内に残り3匹のジャイアントトードを倒すために、新たにパーティメンバーを募集することにした。

 

 そして本日の、冒険者ギルドにて。

 

「どうして、どうして誰も来てくれないの?」

 アクアは今にも泣きそうな顔をしている。泣きたいのは俺の方だよ。

 

「なあ女神様。そろそろ俺はお前を全力で殴っても、許されるよな?」

 求人の張り紙を出した俺達は、冒険者ギルドの片隅にあるテーブルで、半日近く黄昏れていた。やはり、こいつに募集条件を考えさせたのは間違いだったらしい。

 

「最初から無理だったんだよ。俺たちみたいな未熟なパーティーに、上級職が入りたいとかありえないだろ」

「おかしいわね。私のような蘇生も治療も何でもござれな才色兼備なアークプリーストが誘いをかければ、ぜひこのパーティーに入れてくださいアクア様と。上級職の冒険者たちが100人単位で押しかけてくるはずなのに」

 

 なんとこの自称女神様は、さっさと魔王を倒して天界に帰りたいとか言って、募集条件を上級職以外お断りなんて命知らずな暴挙に出たのだ。

 

「こうなったら最終手段だ。アクア、作戦Aで行くぞ!」

「何よカズマ! そんな作戦があるなら最初から教えなさいよ!」

「アクアを囮にしている間に、俺が何とかジャイアントトードを倒す! これこそ作戦Aだ」

「わあああああん! もうヌルヌルは嫌あああ!」

 

 ちっ、ジャイアントトードに食われかけたことが、アクアのトラウマになってしまったらしい。巨大カエルも食事中は無防備になるので、アクアを犠牲にすれば俺でも倒せるのに。

 

「なら仕方ない。上級職は諦めて、誰でもいいから人数を集めようぜ」

「でもでもでもでも」

「あのな、アクア。上級職ばっかだと、俺の立場が非常に可愛そうな感じになる。上級職にめんどうをかけまくる可愛そうな男になるんだ。しかもだ、上級職のくせに何の役にも立たない元なんとかのお前だっている。俺たちはトラブルメーカーなんだよ! 優秀な上級職の人たちの人生をめちゃくちゃにするのはやめよう! 普通の仲間を探そう」

 

 通常職でも、ステータスが上がれば転職できるらしい。最初は弱かったパーティメンバー。そんなだめだめパーティーも多くの修羅場を経験し、メンバー全員が上級職へと成長する。そして、成長した俺たちは三日間の激闘の末、ついに魔王を倒すのだ。

 

 これはこれでテンプレだよな。そうだよ、俺はファンタジー世界にこういう冒険を求めて来たんだよ。目指せ、最弱職からの異世界テンプレ成り上がり! 渋るアクアを無視して、俺が募集をやり直そうとした時だった。

 

「すいません。上級職のパーティメンバーを募集していらっしゃるのはあなたたちですか?」

 

 俺たちに声をかけてきたのは、クールな顔つきをした中学生くらいの少女だった。少しきつめの印象を与えそうな赤い瞳に、肩甲骨にかかるくらいの長さの白髪を黒いゴムでポニーテイルにしている。肌も透き通るように白い。腰や肩は驚くほど細く、風がふいたら折れてしまいそうだ。

 

 360度どこから見ても、病弱と言うかか弱いと言った印象を感じさせる美少女でした。

 

「どうカズマ、私の言ったとおりでしょ」

 ほめてほめてと言うように、胸を張るアクア。

 

「なあ、アクア。この子は本当に上級職なのか? というか冒険者なのか?」

「見れば分かるでしょ」

「見て分からないから聞いているんだよ!」

 

 その少女はよく分からないファッションをしていた。黒マントに黒いローブ、黒いブーツ。この格好で杖でも装備していれば、間違いなく魔法使いに見える。しかし、その少女はローブの上から皮製の胸当てをし、手には金属製の篭手、両腕には包帯が巻きつけられ、腰には短剣。背中には身長より大きな鎌を背負っている。

 

 ここが日本なら何かのアニメのコスプレかと思うような格好だが、今俺がいるのはファンタジー世界。こんな格好をする上級職があるのかなんて分からない。

 

「さて、問題です。私はいったい何の職業でしょうか。回答できるのは5回までです。見事正解して、私をパーティーにスカウトしてみて下さい」

 

 そう言って、白髪少女は俺たちに微笑んだ。

 

「え? ちょっとちょっと! 私たちの仲間になってくれるんじゃないの?」

「アクア、お前が変なことでもしたんだろ! ギルドじゃお前の悪い噂が知れ渡ってるんだ! だからこの子、適当な理由つけて帰ろうとしてるじゃないか!」

 半日近く待ってようやく出会えた、上級職と思われる少女を逃すわけにはいかない。

 

「変な噂? それは何ですか? そちらの青髪のお姉さんは私に何もしていませんし、お2人の噂なんて聞いたことはないので、安心して下さい」

「ならどうしてクイズなんて始めるんだ? アクアの知能レベルが心配なのか?」

 アクアが俺の脚を蹴ってくる。ステータスの差か、ものすごい痛い。

 

「冒険者には時に観察力も必要になります。これからパーティーを組むことになるお二人の実力を試させてほしいんです」

 なるほどな。俺たちと冒険者として一緒にやっていけるかと言う試験みたいなもんか。 面白そうじゃん。

 

「そのクイズ対決、受けて立つ!」

「そんな簡単なことで仲間になってくれるの? 私の観察力は神の領域なの。悪いけど、あなたの正体なんてバレバレよ」

 そうか、腐ってもこいつは女神。全てを見通す能力くらい持っているってわけか。この勝負もらった!

 

「その特徴的な大きな鎌。あなた、死神ね! 人間の目は誤魔化せても、女神の目は誤魔化せないわ!」

 

 何だと! この薄幸の美少女が死神。確かに人間離れした美しさ、生気もあまり感じられない。地上に女神がいるんだし、死神がいてもおかしくない!

 

「いいえ、違います。私はただの人間です。……っていうか、女神って何ですか?」

「ですよねー。じゃあ次は俺の番だ! その胸当てと小手、腰にある短剣からして。アサシンだろ! その黒いローブは闇に紛れるためなんだろ」

 

「違います」

 違うのか!

「分かったわ! アサシンじゃないなら、その格好は盗賊でしょ」

「違います」

 

 死神でもなければ、盗賊でもアサシンでもない。考えろ、この子のまとまりのない格好には何か意味があるはずだ。もう一度よく観察する。

 

 だめだ、いくら考えても共通点が見つからない。……共通点が、見つからない?

 

「そうか、そういうことだったのか!」

「分かったのカズマ!」

「俺たちは考えすぎていたんだよアクア! この子のチグハグな格好に惑わされていたんだ。答えは最初からあったんだよ!」

「つまり、どういうことなの?」

 

 ははは、やるじゃないか白髪美少女。だが、答えは見えた。ポンコツ女神の目は騙せても、この俺のシューティングゲームで鍛え上げられた観察力は騙せないぜ。

 

「魔法使いと言えばローブ、皮の軽装備と短剣と言えば盗賊、そして鎌を遣う職業は重戦士。それらの技全てを使える職業はたった一つ」

「まさか、カズマさん! この子の正体は……見た目通り……」

 

 どうやら、アクアも気がついたようだ。

 

「全ての職業の技を覚えることができるのはたった一つ。あんたの正体はただの冒険者以外ありえないんだよ!」

 

 負けを恥じる必要はない。君はよくがんばったさ、名も知らぬ美少女。この世界の冒険者相手なら、君はほぼ確実に勝利できていた。そう、君が敗北する理由は俺が異世界人で、それも日本人だったからだ。

 

 恨むなら、トンチなんて屁理屈への対抗策を日本人に教えた、一休さんを恨むんだな!

 

「違います。言ったはずです、私は上級職募集を見て来たのだと。私が最弱職の冒険者だったら、問題にならないじゃないですか」

 

 そうだった。俺ってば、最弱職だった。

 

「分かったわカズマ! この子は見た目通り魔法使いよ! 魔法使いで上級職なら、この娘の正体はアークウィザードよ!」

 

 自信満々に胸を張るアクア。どうやらこいつは俺の失敗から何も学ばなかったようだ。確かにローブにマントなんて魔法使いっぽいけど、魔法使いなら杖を持っているはず。この勝負、俺たちの惨敗だ。

 

「よくぞ見破りましたねお姉さん。そうです、私の職業は見た目通りアークウィザードです」

「ふふん、どうよカズマ。私の心眼に見抜けないものなんてないのよ! 敬って! この才能の塊である私を敬って!」

「納得できねええええ!」

 ちくしょう。いつか天国に行ったら、覚えておけよ一休さん。あんたのせいで、俺はポンコツ女神に負けたんだ!

 

「申し遅れました。私の名前はルミカと言います。これからよろしくお願いしますね」

 こうして、俺のパーティーにアークウィザードが加わった。

 

 

「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者」

「……遊んでほしいなら、そこの青髪のお姉さんにお願いしたまえ」

「ち、ちがわい!」

 人生で最も奇抜な事故紹介を聞いた俺は、現実逃避するつもりで適当にアクアに丸投げしようとしたが、その子は慌てて否定した。いや、めぐみんはないだろめぐみんは。

 

 ルミカを仲間に加えた俺たちだったが、もう一人くらい仲間が来ることを願って、1時間ばかりギルドに待機していると、ルミカよりも少し背の低い少女が募集を見てやってきた。

 

「なあアクア! アークウィザードならすでに一人いるけど、どうする?」

 ルミカにも意見を聞きたいんだが、ここにはいない。彼女は5分ほど前からトイレに行っているため、俺よりも異世界に詳しいであろうアクアに聞いてみた。

 

「……その赤い瞳。もしかして、あなた紅魔族?」

「いかにも。我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん。……あの、初対面の人にこんなお願いをするのは申し訳ないのですが何か食べさせてくれませんか…………」

 

 ここが日本なら、幼女誘拐犯として警察を呼ばれるかもしれない。だからと言って、空腹で涙目のロリっ子に冷たい対応なんてしたら、PTAやら教育委員会から吊し上げられてしまう。子供に道を聞くだけで通報されてしまう、日本とは恐ろしい国なのだ。だが、ここはある意味子供に優しい国日本ではなく、異世界だ。前世の常識は関係ない。

 

「ありがとうございます。1週間ばかり何も食べていなかったので、死ぬかと思いました」

「ご飯くらい気にすんなよ。俺の故郷では女の子には優しくしなさいと言う教えがあってだな。俺はこう見えてジェントルマンだからな」

 美少女には優しくする。YESロリータNOタッチは紳士の嗜みであり、日本だろうと異世界だろうとその考えは変わらないのだ。美少女なら大抵のことが許されるのである。

 

「……ロリコン」

 

 どうやらアクアには俺の考えなんてお見通しらしい。女神様からのゴミを見るような視線が思ったよりきつい。早く俺の心のオアシスこと、ルミカに帰ってきてほしい。

 

「それでアクア。その紅魔族ってのは何なんだ?」

 これ以上アクアの視線を浴びているのは健康上よろしくない。俺はアクアに質問して話題を変えることにした。

「紅魔族と言うのは、黒髪と赤い瞳が特徴で生まれつき魔法使いとしての素質が高い種族なの。……そして、大抵常人には理解できない奇抜な名前と独特のセンスを持っているわ。簡単に言うと、本当に魔法が使える重症の中二病患者かしら」

 

 ロリっ子から冒険者カードを見せてもらうと、確かにそこにはめぐみんと言う名とアークウィザードと言う職業が書かれていた。名前も名乗りも、別にふざけている訳じゃないらしい。

 

「あなたたちの名前の方が、私的にはクリエイティブと言うかセンシティブです」

「なら参考までに聞いて見ましょう。お父さんとお母さんの名前を教えてもらえるかしら?」

「母は紅魔族でも五指に入る専業主婦ゆいゆい。父は紅魔族随一の変わり者ひょいざぶろー。ちなみに妹はこめっこです」

 

「…………とりあえず、この子の種族は質のいい魔法使いが多いんだよな? 仲間にしてもいいか?」

 俺は何も聞かなかった。変な名前なんて聞かなかったぞ。

 

「おい、私の家族の名前について言いたい事があるなら聞こうじゃないか。紅魔族は売られた喧嘩は買う種族、殴り合いもやぶさかではないぞ」

 魔法使いが二人。回復役が一人。俺以外に前衛が後一人はほしいな。

「本当に爆裂魔法が使えるのなら、彼女を逃すのはおしいわ。上級魔法よりも極めて習得することが難しい、最強の攻撃魔法。その一撃は全てを塵にすると言われているの」

 

 前世の父さん母さん。異世界では美少女が最強の攻撃力を持っているらしいです。日本にいたらロリコンが絶滅すると思います。そんなデンジャラスな世界で、息子はなんとかやってみます。

 

「こいつはアクア。俺はサトウカズマ。カズマでいい。後一人、ルミカって言うお前と同じアークウィザードがいるから。これからよろしく頼むよ、めぐみん」

「え? ルミカ、今ルミカと言いましたか?」

 

 ルミカの名前に強く反応するめぐみん。

 

「ルミカがどうかしたの? あのうさぎさんみたいな子と知り合い?」

「うさぎみたい? それはいったいどんな子なんですか?」

「ルミカはお前みたいな赤い眼をした、白髪をポニーテイルにした子だよ。年齢も背丈も、めぐみんと同じくらいだったかな」

 

「……白髪ですか。赤い眼をしたルミカと言うアークウィザードなら、私の知り合いなんですが……。あの子は私と同じ黒髪なので、人違いでしょうか?」

 

 うんうんと悩むめぐみん。確かにルミカのファッションセンスはいかにも中2病だったけど。黒髪じゃないなら、恐らく人違いだろう。

 

「ただいまもどりました」

 

 そこにタイミング良く、話題のルミカが帰ってきた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 彼女を追いかけ紅魔族の里を出て、しばらく立った。私は先に里を出たはずのめぐみんを未だ発見できていない。駆け出し冒険者が集まる街、アクセル。めぐみんもゆんゆんもこの辺りにいるはずなんだけど。

 

 そろそろ、一人じゃきつくなってきた。どこかでパーティメンバーでも募集してないかな。私みたいなポンコツ紅魔族でも仲間に入れてくれるパーティーがあればいいけど。

 

「上級職のみ歓迎?」

 冒険者ギルドの掲示板に、昨日まではなかったパーティメンバー募集の張り紙を見つけた。これはチャンスかも。上級職だけを求めているなんて、私以外のメンバーはかなりの実力者揃いに違いない。新米冒険者の私がミスしても、先輩たちがきっちりフォローしてくれるんじゃない? さっそく話を聞きに行こう。

 

 パーティー募集をしていたのは、青髪美人のアークプリーストさんと冒険者のお兄さん。どうしよう。初対面の年上の人に話しかけるなんて、恥ずかしい。緊張していて気づいたら、話かけようとしてから半日くらい経過していた。

 

 やばいやばい。とにかく話かけないと。

 

「すいません。パーティーを募集していらっしゃるのはあなたたちですか?」

 

 とりあえず、掴みはオーケー。第1印象は悪くないはず。演技は完璧。今の私はどこからどう見ても、大人しそうな少女にしか見えないはず。私が紅魔族であることは気づかれていない。初対面の人に紅魔族だと言うと、けっこうヒドイ反応されるからね。

 

 しかも、私はめぐみんが言うにはあほの子らしい。とりあえず初対面の人相手には、舐められたら負けだからキャラ作っておきなさいってめぐみんが言ってたし。

 

「なあ、アクア。この子は本当に上級職なのか? というか冒険者なのか?」

「見れば分かるでしょ」

「見て分からないから聞いているんだよ!」

 

 え? どうしよう。私の服装って冒険者に見えないの? 武器とか持ってるし、ローブも着てるんだけどな。猫かぶってるのはバレてないけど、別の方向で怪しまれてるよ。

 

「さて、問題です。私はいったい何の職業でしょうか。回答できるのは5回までです。見事正解して、私をパーティーにスカウトしてみて下さい」

 

 どうしよう。緊張してわけの分からないこと言っちゃったよ!助けてエリス様! どうか私にこの状況を乗り越えるヒントを下さい。

 

「アクア! お前が変なことでもしたんだろ! ギルドじゃお前の悪い噂が知れ渡ってるんだ! だからこの子、適当な理由つけて帰ろうとしてるじゃないか!」

「変な噂? それは何ですか? そちらの青髪のお姉さんは私に何もしていませんし、お2人の噂なんて聞いたことはないので、安心して下さい」

 噂と言うなら、私の方が有名になっちゃってるよ。いろんな意味で。

 

「冒険者には時に観察力も必要になります。これからパーティーを組むことになるお二人の実力を試させてほしいんです」

 

 クイズ対決を行うそれっぽい理由をつけたけど、本当に信じてくれたよこの人たち。私の服装から職業が分かっても分からなくても、冒険者としての実力なんて試せないよ。このクイズって、遠回しに私の服装ってどんな感じって聞いてるだけだよね。私、何やってんだろ。

 

「よくぞ見破りましたねお姉さん。そうです、私の職業は見た目通りアークウィザードです」

 なるほど。私の服装は死神とか盗賊とかに見えちゃうのか。誰がどう見てもアークウィザードにしか見えないと思うんだけど、死神とか格好いいから別にこのままでいいや。

 

 2人ともノリが良いし、面白い人たちだ。特に冒険者の人からは、突っ込みキャラの匂いがする。彼なら私がミスしても、華麗な突っ込みで水に流してくれるに違いない。この人たちとなら、私もがんばれるかも。

 

「申し遅れました。私の名前はルミカと言います。これからよろしくお願いしますね」

 

 それから1時間、私たちは上級職の人がやって来るのを待ち続けた。

 

「すいません。私、少しお手洗いに行ってきます」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ただいまもどりました」

 

 私がお手洗いからもどると、人数が1人増えていた。3人だと人数的に不安だったので、1時間待ってて本当に良かった。

 

「私がいない間に、新しい方が増えたんですね」

「あら、ルミカ。お帰りなさい」

「今お前の話をしていたところなんだ」

 アクアさんとカズマさんが、笑顔で私を迎えてくれた。アクアさんの隣に、私より少し背の低い女の子が座っている。

 

「はじめまして。私はルミカと申します」

 

 軽く挨拶すると、彼女は私の顔を見て固まっている。何だろう、私の顔にケチャップでもついてるのかな?

 

「え? 嘘? ……もしかして、ルーちゃん?」

 

「あれ? 私の名前をルーちゃんなんて呼ぶ人は……あの子しかいないはず?」

 

 その少女は黒髪で赤い瞳で人形のように整った顔立ちで。私がずっと会いたかった彼女で。

 

「……まさか、こんなところであなたと会うとは思いませんでしたよルミカ」

「それはこっちのセリフだよ、めぐみん」

 やっと見つけた。

 

「できることなら、あなたとは争いたくなかった。私たちが出会ってしまったからには、戦いはさけられません。覚悟はいいですか、ルーちゃん」

「望むところだよ、めぐみん」

 これが私たち2人の宿命。因縁の対決。

 

「紅魔族に、最強は2人もいらない。消えるのはあんたよ……めぐみん」

「決着をつけましょうルミカ、格の違いを教えてあげます」

 めぐみんが紅魔の里を出てからずっと、この時が来るのを待っていた。さあ始めよう、地獄のような復讐劇を。

 

「え? ねえ、カズマさん。これどういう状況?」

「よく分からないけど、やばそうなのは確かだぜ」

 

 アクアさんとカズマさんが、私たちの戦いを盛り上げようと、それっぽいセリフを言い出した。なんて空気が読める人たちなんだ。2人の期待に応えて、私も決めセリフの一つでも言わないと。

 

「やっほーめぐみん! 殺しに来たよ?」

 どうよめぐみん! 3日前思いついたこの決めセリフは!

「こんにちは、ルミカ。……そして、さようなら」

 くっ、さすがはめぐみん。相変わらずそれっぽいセリフを! 名乗り対決は互角か。

 

 だけど、最後に笑うのはこのルミカ様よ!

 

 こうして、私たちのプライドをかけた決闘は始まった。後にこの戦いは、「最低最悪の地獄絵図」と呼ばれ、アクセルの住民たちにより語り継がれることになる。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おい、アクア! 紅魔族って何、出会った瞬間に殺し合うような種族なのか!」

「そんなことはないはずよ。多分ね」

 

 アクアがそんな不安になるようなことを言った。

 

「くははは! 我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者」

「ふふふ! 我が名はルミカ。しかしルミカとは仮の姿、真の名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。アークウィザードにして、爆裂魔法を極める者」

 

 漫画だったら、背景にゴゴゴゴゴと書かれていそうな重圧を感じる。……つうか、ルミカも爆裂魔法使うのかよ。

 

「おいおい、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィだと!」

「あの特徴的な白髪と赤い瞳、何よりも背中に担いだ鎌。やばい、まさかあいつが最近噂の!」

「全員建物から逃げて! ギルドがぶっ飛ぶわよ!」

 ルミカの名を聞いた途端、慌てる冒険者たち。

 

「おい、あいつって何者なんだ!」

「ねえ、カズマ! あの子私より目立ってない? 女神たる私より目立ってるとかありえないんですけど!」

 神様なら存在感を気にする前に、女神らしく戦いとか止めろよ。

 

「カズマさんたちはアクセルに来たばかりですから、知らないんですね」

 混乱している俺たちに、受付のお姉さんが駆け寄ってきた。どうやら、周囲の冒険者たちが大騒ぎする理由を教えてくれるらしい。

 

「ルミカさんはとにかく説明できないくらいいろいろとすごいんです。戦場のトリックスター、殺戮の舞姫、ブラッドラビット、破壊の女神、神速の堕天使、グロテスクマスター、リアルアンデッド、白銀のペテン師、魔王軍幹部も裸足で逃げ出すルミカさん。数々の異名を持ち、アクセルの冒険者たちに恐れられています」

「女神ですって! この私を差し置いて女神!」

 やばそうな異名がいっぱいあるし。もうこのなんちゃって女神より、ルミカが女神でいい気がしてきた。

 

「どうやったら、女の子にそんな通り名がつくんだ。特にリアルアンデッドとか、もうただの悪口じゃね?」

「みんなルミカさんのことが嫌いというわけではないんですよ。ギルド職員や女性冒険者さんたちには妹のように可愛がられていますし。ただ、変な異名とか変な戦闘スタイルのせいで、パーティにはあんまり誘ってもらえないんです」

 

 俺はルミカをパーティに誘っていいのか、分からなくなってきた。ある意味、アクアより危険な香りがする。

 

「あの日、私は守れなかった。あんたに、大切なものを奪われた! あの時受けた屈辱、悲しみ、怒り。今日まで忘れたことはない! 覚悟しろめぐみん! 私はあんたを許さない!」

「そう思うなら私が悪いんでしょうね、あなたの中では」

 俺がそんなことを考えていると、話が進んでいた。アニメだったら、回想シーンが始まりそうだ。

 

「めぐみん! あんた、自分が何をしたのか! 私から何を奪ったのか、思い出せないとでも言うの!」

「自分の実力のなさを、私のせいにしないで下さい。大切なものを守れなかったのは、あなたの未熟さが招いたこと」

 何かものすごい因縁が。部外者が口を出していい話ではなさそうだ。

 

「確かに、あの時の私は未熟だった。私がもっと。もっとしっかりしていれば。私は失わずにすんだんだ」

「私は何度だって繰り返す。あなたに私が止められますか? あの日、ただ涙を流すことしかできなかったあなたに。私を追いかけることすらできなかった、無力な少女に。このめぐみんが止められるとでも言うの、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ!!」

 

 ていうか、ルミカの本名って。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィなんだ。さすが紅魔族、変な名前だった。ルシフェリオンって何だよ。

 

「あの時とは違う。私はもう、2度と失ったりしない。あんな悲劇、繰り返させたりするもんか! 貴様を倒して、私は未来に進むんだ! この攻撃に、私の全てをこめる。めぐみん、あんたにこれが止められるかしら!」

 めぐみんに向かって、攻撃態勢に入るルミカ。

 

「ふふふ、私も甘く見られたものです。あなたの攻撃なんて、避ける価値もない。我が力の前には全てが無力。もう1度味あわせてあげましょう、圧倒的な絶望を!」

 まるで友人を抱きしめるかのように、両手を広げ構えるめぐみん。その堂々とした立ち姿は、勇者に立ち塞がる魔王のようだった。

 

「ちょっと! 大丈夫なの! カズマ、なんとかしないと!」

「ちくしょう! どうすればいいんだ!」

 

 少女たちの血で血を洗う激闘を何とか止めようと、慌てる俺とアクアに。

 

「昔、ルミカさんに聞いたことがあります、安心して下さい。絶対危ないことにはならないはずです」

 受付のお姉さんは、笑顔で断言した。

 

「これで終わりよめぐみん! あの子の仇!私の怒りを思い知れ」

 

 めぐみんに向けて飛び掛かるルミカ。……え、これ本当に大丈夫なの? あの子の仇とか言ってるけど、本当に大丈夫なの?

 

「よくも、よくも私のおやつのプリンアラモード! 勝手に食べたなあああ!」

 

 絶叫するルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。

 

「………………え?」

 

 そのつぶやきは誰のものだったのか。ギルドの空気が凍りついた。呆然とする俺とアクア。口をあんぐり開けている冒険者のみなさん。

 

「ルミカさん言ってました。おやつを食い逃げした友達に、怒りの鉄拳をくらわせてやるんだって。乙女の誇りにかけて、甘いものの借りは返してみせるって」

 凍りついたギルド内で、受付のお姉さんだけが笑っていた。

 

「あれだけオーバーなこと言ってて……因縁の最終決戦みたいな空気で……プリンアラモード? ありえないんですけど……マジありえないんですけど」

 アクアが俺たちの言いたいことを全部言ってくれた。

 

「ぐふっ! 予想より少し痛かったです」

 

 殴りかかるルミカを、めぐみんはしっかり受け止め抱きしめた。どうやらあの構えは、本当に友人を抱きしめるためのものだったらしい。一瞬でも勇者を待ち構える魔王のようだと思ってしまった、過去の自分を殴りたい。

 

「楽しみにしてたんだからね! 食べる三日前から楽しみにしてたのに……わああああんっ!」

「ごめんなさい、あの時はお腹がすいてたんです。泣かないで下さい、今度同じの買ってあげますから」

 

 泣きながらポカポカとめぐみんを殴るルミカ。よしよしとルミカをなでるめぐみん。

 

「何かあの二人、百合っぽく見えませんか? 抱き合う美少女って何かいいですよね」

 

 そんな二人の紅魔族を、受付のお姉さんは頬を赤くしながら見つめていた。

 ……この人はかなり、危ない人かもしれない。

 

 俺は今日思い知った。このろくでもない世界には、ろくでもないやつらしかいないのだと。

 

 




 ルーちゃんの本名がついに判明しました。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、長いので基本頭文字を取ってルミカとしか呼ばれない可愛そうな子です。次回は戦闘シーンに、なればいいな。


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この忌まわしいカエルにリベンジを!

 ついに、カエルと戦闘です。カズマさんの頼もしい仲間たちが、実力を発揮します。ポンコツアークウィザードも大活躍です。



「すいませんアクア。この借りは必ず返します」

 ちょっと恥ずかしそうにするめぐみん。

「もう2人とも喧嘩なんかしちゃだめよ?」

 私たちにやさしげな眼差しを向けるアクアさん。

 

「俺、もう疲れたよ。おうちに帰りたい」

 何故かホームシックになっているカズマさん。どうしたんだろう? 私たちのハイレベルな決闘を見て、冒険者としてやっていく自信がなくなっちゃったのかな。後で慰めてあげないと。

 

「んぐんぐ。ごちそうさまでした」

 めぐみんとの激闘を終えた私は、約束どおりプリンアラモードを食べている。ただ、めぐみんはお金を持っていなかったので、アクアさんが代わりに買ってくれた。なんていい人なんだこのプリースト。性格も見た目もいいとか、できる女すぎる。きっと戦闘力も一流な凄腕冒険者なのだろう。

 

「仲直りしましょう、ルーちゃん。私が悪かったです」

「全てを許そうじゃないか、我が盟友めぐみん。私こそ大人気なかったよ」

 アクアさんは、少し高めのプリンアラモードを買ってくれた。おかげで私の心はとても穏やかだ。今なら魔王軍の侵略行為すら、笑って許してあげちゃう気分。めぐみんとも無事仲直りできたし、迷惑をかけた二人にお礼を言わないと。

 

「アクアっち、プリンアラモードありがとう! カズカズも何となくありがとう!」

 

「アクアっちって何! 仮にも女神に対して、アクアっちって何! ちょっと軽すぎない!」

 さっきも言ってたけど、女神って何だろう。

「カズカズはやめてくれ、なんか紅魔族みたいで嫌だ」

 おかしいな、カズマさんの顔が引きつってる。こんなにクールなあだ名なのに。

 

「いや、二人ともいい人そうだから。もう大人しい女の子のキャラ作らなくてもいいかなって。なかなかの演技力だったでしょ?」

「ルーちゃんは、基本的にこんなキャラです。あほの子に見えるので、初対面の人に舐められないように、猫をかぶるように指導しました」

 

 えへんと胸を張るめぐみん。なんか可愛い。

 

「とりあえず、カズカズはやめてくれ。カズマでいいから」

「残念。せっかくカズマのために、スタイリッシュなあだ名を考えたのに」

「まあいいじゃないですか、ルーちゃん。紅魔族的に、カズマと言う名はそのままでも十分エレガントな名前ですし」

 めぐみんのコメントを聞き、雷に打たれたような反応をするカズマ。名前を褒められたのが、相当嬉しかったみたい。

 

「なら私のことはそうね、敬愛と尊敬の意味を込めて美しき女神アクア様と呼んでちょうだい!」

「分かりました、美しき女神アクア様」

「カズマ! この子素直よ! 素直すぎて、なんか私罪悪感を感じるわ」

 褒められて即座に謙遜するとは、なんて謙虚な人なんだアクア様。ますます尊敬しちゃうよ。

 

「ルミカ、お前」

 

 何故か私の反応を見たカズマが、信じられないものでも見たような顔をしている。 どうしたんだろう、私の背後に幽霊でも見えたのかな?

 

「アクア様っていい女ですよね、喧嘩を止めるために食べ物をくれたし。美人だし、性格もいいし」

「確かに、初対面の相手に何かプレゼントするなんて、なかなかできないことです」

 私に同調し、うんうんとうなずくめぐみん。

 

「さぞかしもてもてガールなんでしょ? できる女アクア様って感じ、きっと腕利きの冒険者なんですよね。アクア様みたいな人って、憧れちゃうな」

「……うぐ……ぐすっ、今私輝いてる! 地上に降りて来て初めて輝いてるわ! この子私の養子にしたい、いや妹にしたい」

 アクア様がお姉さんか、それはそれで楽しそう。そういえば、私の実姉は今何をしているんだろう。

 

「きっと今回の依頼でも、大活躍するんでしょう?」

「もちろんよ! 私の華麗なるゴッドブローが炸裂するわ」

 なんだって! ゴッドブロー? 必殺技にゴッドとかついてるよ、やばくない?

 

「めぐみんめぐみん! ゴッドブローだって! きっとすごい技なんだよ! 神殺しができる技だよ!」

「神や魔王にすらダメージを与える私の爆裂魔法とどっちが強いか、勝負ですアクア」

 

 私とめぐみんが期待に満ちた眼差しを送ると、アクア様がすごい顔になった。

 

「おい二人とも。あんまり期待しすぎるな。後で後悔することになるぞ」

 カズマってば。そんなこと言って、本当に盛り上げ上手だな。押すなよ、絶対押すなよってやつでしょ? 心配しなくても、紅魔族はお約束を守る種族だよ。

 

「きっと相手は殴られた瞬間、内部から爆発四散するんだよね」

「ルーちゃん、甘いですね。多分もっと派手な技ですよ、敵を殴った余波だけで地面に半径100メートル以上のクレーターができるとか」

 私とめぐみんはカズマの言うとおり、さらに場を盛り上げた。さあアクア様、ゴッドブローについて解説して下さい。

 

「ふふっ、ふふふふふ。あははははは」

「おっ、おいアクア? ……大丈夫か」

 あれ? なんでカズマは顔を引きつらせてるの? もしかして、私たち何か間違えた?

「ふふふ、そのとおり! ゴッドブローとは、そのあまりの破壊力から大昔に神々により封印されし禁断の破壊攻撃! その一撃は全てを虚無へと返し、神をも殺す」

 

「「カッ、カッコイイ!!」」

 私とめぐみんはそんなリアクションしか取れなかった。アクア様は私たちの想像を遥かに超える戦闘能力の持ち主だった。崇拝しそう。

 

「では、見せて下さい。その恐ろしい技をジャイアントトード相手に」

 めぐみんがそう言うと、アクア様は顔を真っ青にして。

 

「ごめんなさい! すいませんでした!」

 

 私たちに対して、華麗なるジャンピング土下座を披露して下さった。

 

 

「じゃあ、アクアが泣き止むまで適当にだべろうぜ」

 カズマの説明によれば、彼女はできる女ではないそうだ。アクア様というか、アクア様(笑)らしい。

 

「ぐすっ……ひっく……。ごめんなさい」

 私たちの純粋な眼差しに耐えられなくなったアクア様(笑)は、全てを白状した。自分はジャイアントトードすら倒せない、ヘッポコアークプリーストなのだと。

 

「アクアがそんなすごい人じゃなくて、けっこう安心しました。これで我が爆裂魔法こそが、最強であることを証明できます」

 嬉しそうにするめぐみん。

「本当に良かった、もしそうだったら大変なことになってたよ」

「大変なことって何だ?」

 心底安堵している私に、カズマが質問する。

「神殺しをしたなんて噂を聞いたら、世界中から最強の称号を求めて、紅魔族が押し寄せて来るよ。毎日が決闘バトルロイアル、刺激的な人生になること間違いなし!」

「……紅魔族って……」

 カズマが私とめぐみんを見て、残念なものでも見るような顔をする。もしかして、カズマも最強の称号がほしかったの?

「ルーちゃん。人事みたいに言ってますけど、私見てましたからね。アクアが神をも殺すって言った時、獲物を狙う獣のような目をしてましたよ」

「紅魔族って……紅魔族って……」

 カズマが私を見て、何かぶつぶつ言っている。大変だ、私のせいで紅魔族のイメージが悪くなっちゃった。急いで訂正しないと!

 

「違うの! 私はただ平和的にこの鎌で! アクアをボコボコにしようとしただけなの!」

「ドン引きだよ! 全然平和的じゃねえよ! 完全に武力行使じゃねえか!」

「ルミカ! 私信じてるから。その鎌の刃じゃない部分で、私の肩を叩いてくれようとしたのよね? そうでしょ? そうに決まってるわ」

 おかしい。カズマも泣き止んだアクアも、どうしてそんな反応をするんだろう。説明が足りなかったのかな。

 

「私はアクアに不意打ちしようとしただけなの! 平和的に一瞬で痛みを感じる暇も与えず、アクアを戦闘不能にしたかったの! そして、神殺しすらできる冒険者に勝利したルミカちゃんと呼ばれたかった、ただそれだけなの!」

「うわあああ! ルミカが、ルミカが私を! うわあああああ」

 私の心遣いに涙を流して、大喜びするアクア。

「ルーちゃん、私もドン引きです。ちょっとあっちで、お姉ちゃんとohanashiしましょうか」

 

 え? 何で? どうしてめぐみんは怒ってるの?

 

「めぐみんが……めぐみんが殴った」

「すいません、私の妹分がすいません」

「いや、その発想はなかった。まさか、アクアを速攻で倒して、自分が最強を名乗ることで紅魔族の襲撃から、アクアを守ろうとしていたなんて。俺はびっくりだよ!」

 

 どうやら、私の説明能力はゴブリン以下だったようだ。全然伝わってなかったなんて。ルミカちゃんの体は優しさ100パーセントでできているのに、疑うなんてヒドイ。

 

「やっぱりルミカは天使だったのね! この私の目に間違いはなかったわ」

 この短時間で分かったことがある。アクアは私以上にきっとだめな子だ。何、このちょろいお姉さん。

 

「そうだ、めぐみん。俺お前に聞きたいことがあるんだ、その眼帯ってどうしたんだ?」

 さすがカズマ。そこに気がつくとは、やはり突っ込みキャラか。

「ふふふ、この眼帯は我が魔力を抑えるためのリミッター。我が魔力は強大すぎるのです。体から無意識に垂れ流される魔力だけでも、環境に悪影響を及ぼしてしまう!」

「すげー!」

 めぐみんの設定解説に感動するカズマ。

 

「私もルーちゃんに聞きたいことがあるんですが」

「何かな、めぐみん。私のスリーサイズを聞きたいの?」

 

 私たちは、子供のころからずっと競い合ってきた。時には殴り合いにもなった。

 そう、どっちが巨乳になれるのかの真剣勝負だ。成長具合はほぼ互角。身長は私の方が数センチ勝っている。だけど、胸は分からない。私も彼女も可愛そうな胸をしている。

 

「そうではなくて、その格好についてです」

 なんだ、そっちの話か。めぐみんは、私にも紅魔族的アピールをさせてくれるらしい。

「私もルミカの格好は気になっていたわ」

 なるほど。アクアも私の格好が気になると。

「実は俺も。もしかしてめぐみんみたいに、何か理由があるのか?」

 ほほう、カズマもですか。

 

「私が里から出た時は、そんな風じゃなかったはずです。ルーちゃんに、何があったんですか?」

 めぐみんの最後の一言で、完全に空気は温まった。

 

 よしよし、君たちの気持ちは伝わったよ。そんなにも聞きたいなら、教えてあげようじゃないか。私が1週間寝ないで考えた最強の鎌、原稿用紙25枚分もあるデスメテオの設定について!

 

「ルーちゃんのその白い髪は、いったいどうしたんですか?」

「………………………………」

 

 やばいやばいやばい。そっちを聞きますか、どうしよう。設定なんて考えてないよ。

 

「……紅魔の里を出てすぐに、私は強大な敵と遭遇したの。本当に恐ろしい相手だった、何回も死ぬかと思った。隙を突いて何とかソイツからは逃げ切れたんだけど……殺されかけた恐怖で髪の色が抜け落ちちゃったんだ」

 

「何だと、そんな恐ろしい敵が。この世界には存在するのかよ」

 驚愕するカズマ。

「ううっ……ぐずっ……。ルミカ。大丈夫だから…もう大丈夫だから……これからは私が守ってあげるからね……ぐずっ……」

 泣きながら私を抱きしめるアクア。

 

 ふう。なんとか誤魔化せたよ。

 

「まあ、私の眼帯はただのファッションですし、ルーちゃんのも嘘なんでしょ?」

「……あはは、バレちゃった」

 

 そして、あっさり私の名演技を台無しにするめぐみん。

 

 

 

「このこのこのこの!」

「うわっ、痛いです。ちょっとマジ痛いです! ヘルプ、謝りますからヘルプミー!」

 カズマに眼帯を引っ張られて、涙目のめぐみん。

 

「いいかしら、ルミカ。嘘をつくことはだめなことなの、罪深いことなのよ。昔から嘘つきはエリス教徒の始まりと言われているのよ、まったく。……それからね……」

 いやいや、アクアこそ嘘でしょ! 何その嘘つきはエリス教徒の始まりって! 聞いたことないよ。

「聞いてますか? ルミカさん、私のありがたいお説教ちゃんと聞いてますか?」

「ごめんなさい! 本当ごめんなさい!」

 アクアによく分からない説教をされる私。

 

「こら、ちゃんと私の目を見て! この曇りなき眼をきちんと見て! 反省が足りないのかしら」

「もうしません、もうしないので許して下さい! なので降ろして下さい! 恥ずかしいから降ろして下さい!」

 

 ギルドの中、多くの冒険者の視線が突き刺さるテーブル席があった。そこにはお互いが向き合う形で、青い髪の女に説教されている白髪の少女がいた。この瞬間、世界中の誰よりも恥ずかしい思いをしている少女がそこにいた。

 

 何故かアクアの膝の上に強制的に座らされ、涙目で謝罪する美少女がいた。

 ……ていうか、私だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アクアからの説教地獄から開放された私は、ギルドのみなさんからの生暖かい視線に耐えられず、他の3人を引きずってジャイアントトードの討伐へとやってきた。

 

「爆裂魔法は威力が高い分、詠唱時間が長いです。呪文が完成するまで、あそこのカエルの足止めをお願いしま……え? ちょっとルーちゃん!」

 

 めぐみんが遠くにいるカエルを、爆殺しようとしている。しかし、別方向からもカエルが現れた。私は一匹のカエルに向かって、全力ダッシュ!

 

「あはははは! あははははは! 殺してやる! 皆殺しよ! カエルなんて、一匹残らず駆逐してやるわ! 恥ずかしかった腹いせよ、乙女の怒りを思い知れ!」

 受けて見よ、我が究極の爆発攻撃を!

「何してるんですか、このおバカ娘! アクア!さっきの責任を取って、その子を止めて下さい!」

「え? 私のせいなの! 私が妹をしかるお姉ちゃん気分を楽しんだのがいけないの!」

 

 カエルを目掛けて突撃しようとした私は、アクアによって捕獲された。おのれ、またもや我の邪魔をするのかアークプリーストめ!

 

「おい、ルミカ! お前魔法使いが接近戦を挑もうとするなよ!」

「あはは、面白いことを言うねカズマ! 私を誰だと思っているの?」

「めぐみんに面倒を見てもらってばかりの、だめだめな妹だろ?」

 そんなバカな! 360度どこからどう見ても、私の方がしっかりもののお姉ちゃんでしょ! 見る目がないね、カズマ。

 

「この殺戮の舞姫、グロテスクマスターと呼ばれるルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィが! 普通の魔法使いの枠組みに納まるとでも思っているの? いいから私にやらせてよ」

「分かった分かった。ならルミカは念のために、ここで待機していてくれ。お前は、俺たちの最終兵器だ!」

 

 何ですって? 私が……最終兵器?

 

「ふふふ、良いでしょう。この私が見守っています、お行きなさい勇者たちよ! 安心して下さい、何も心配することはありません! 貴方たちには勝利の女神であるこの私、最終兵器ルミカがついているのですから!」

 決まった、最高に格好よく決まった。

 

「よし、俺たちには勝利の女神様がついてる! 行くぞアクア!」

「ちょっとカズマさん! 女神ならここにもいるんですけど! 私こそが女神様よ、本物の女神なら最初からあんたについていたはずよ!」

 

「あの……ずっと気になってたんだけど。時々言ってる女神って何?」

 

 私の質問に、カズマは真剣な顔で答えた。

 

「こいつ、病気なんだ。一週間に何回か自分のことを、女神と自称しないと高熱を出して寝込むんだ。今のところ、治療法は見つかっていない」

 

「「へえ、そうなんだ」」

 私とめぐみんはそう言って、アクアに優しく微笑んだ。

「ねえ、何で二人とも息ぴったりなの? 何でそれで納得しちゃうのよ!」

「安心して。私とめぐみんは、これからもアクアの友達だからね」

 

「わあああ! 女神の力、見せてやるわ! カエルごとき、私だけで十分よ!」

「だめですアクア! そのセリフは、確実に死亡フラグです! 戻って来て下さい!」

 私の一言が止めを刺してしまったようだ。めぐみんの忠告も聞かずに、アクアは近くにいたジャイアントトードに襲い掛かった。

 

「確かに昨日までの私は弱かった、ゴッドブローも通用しなかった! だけど、今日の私は昨日までの私じゃない! 私には守るべき妹たち、ルミカとめぐみんがいるの!」

 あれ? 私たちって、いつからアクアの妹になったの?

「人間は大切なもののためなら、いくらでも強くなれる! 私はあの子達に誓ったのよ、必ずカッコイイゴッドブローを決めてやるって!」

 アクア、ゴッドブローのこと……気にしてたんだ。

 

「アクア、お願いです! 普段言わないような格好いいセリフを言ったりしないで下さい!」

「そうだよアクア! この後、自分の過去を語り出したりなんかしたら。本当に死んじゃうよ!」

 

 めぐみんや私の必死の説得も届かない。アクアは語り続け、自分からどんどん死亡フラグを立てていく。

 

「カズマ……あんたともいろいろあったけど、今の私があるのはカズマさんのおかげ。私、すっごく感謝してる!」

「おいアクア! お前大丈夫か、本気で大丈夫なのか!」

 ついにカズマまで、アクアの心配をし始めた。どうして彼女は、誰に頼まれたわけでもないのに、自ら死ぬための伏線を張るんだろう。

 

「掛って来なさい、バカガエル! お姉ちゃんの力、見せてあげるわ!」

 いや、女神の力を見せてやるって言ってたじゃん。アクアはアークプリースト(なんちゃって女神)から、妹バカ(お姉ちゃん)へとジョブチェンジしたらしい。

「私の怒りに震えて消えなさい! これこそがゴッドブローを超えた新必殺技! 妹の前で姉に恥を掻かせたこと、来世に行っても忘れるな! ゴッドラグナロク!」

 アクアが叫ぶと、彼女の右手が眩い光りに包まれる。

 

「ゴッドラグナロクとは、お姉様のプライドと愛情を乗せた究極の右ストレート! 相手は死ぬ!」

 

 自称お姉様の必殺技は、カエルの腹部に直撃した。そして、それは全然効果がなかった。

 

「地獄で待ってるわ、兄弟」

 ちょっと格好いいことを言って、アクアはカエルに食べられた。これが、体を張った一発芸か。アクアは芸人の鑑だね。

 

「誇りに思うがいい、我が必殺の爆裂魔法で死ねることを!」

 アクアの一発芸の合間に、準備が整ったみたい。めぐみん、見せてもらうよ。あんたの爆裂魔法!

 

「『エクスプロージョン』っ!」

 

 眩い閃光、轟く轟音。カエルのいた場所には何もなかった。あるのは20メートルに及ぶクレーターのみ。感動で涙が止まらない。あの時、助けてくれたお姉さんと同じ魔法だ。超絶格好いい。

 

「なるほど……。これが最強の攻撃魔法か……すっげー」

 カズマも爆裂魔法の威力に感動している。

「この美しい破壊……死んだお姉ちゃん(アクア)にも見せたかったな」

 私も雰囲気に乗って、それっぽいセリフをつぶやいてみる。さて、早くアクアを助けてあげないと。

 

「カズマ! ルーちゃん! しんみりしてるところ、非常に申し訳ないんですが」

 

 私がめぐみんの方へ振り返ると、彼女はカエルに食われかけていた。どうやら、近くの地面にもう1匹隠れていたらしい。とりあえず元気そうだったから、手を振っておいた。

 

「やばい!」

 私がめぐみん救出作戦を実行しようと、走り出そうとした時。私とは別方向を見ていたカズマが叫んだ。どうしたの? ついにアクアが消化されそうなの?

 

「あっちの地面からカエルが5匹出て来た! めぐみん、一旦距離を取るぞ! 遠くから爆裂魔法でぶっ飛ばせ!」

 

 カズマはそう言って、私とめぐみんに顔を向けて固まった。

 

「何を……やってるんだ? 新しいかくれんぼか?」

「現実を見てカズマ! めぐみんは遊んでいるんじゃないの! 捕食されかけているんだよ! 確かに少し楽しそうに見えるけど」

「我が爆裂魔法は最強。しかし、消費魔力も絶大。限界まで魔力を振り絞ったので、まったく動けません。だから早く助け……」

 

 こうして、めぐみんは消えていった。格好いいセリフも言ってなかったし。少し楽しそうに見えたけど、意外とピンチだったみたい。

 

「ルミカ、俺が2人を助ける! だから、お前も使えるらしい爆裂魔法であっちの5匹を倒してくれ!」

 

「…………………………」

 沈黙。そして私は、カズマの言うことを無視して歩き出す。

 

「さて、ではカズマ。私が残りのカエルをなんとかするから、だめな姉二人を助けてあげて下さいな」

「待て、ルミカ! 何故俺から目を逸らす!」

「心配してくれて、ありがとう。なら、アクアたちを助けたら、私のことも助けに来てね」

「突然メインヒロインみたいなことを言い出しても、俺は誤魔化されないぞ!」

 

 ちっ、これだから突っ込みキャラは。

 

「この戦いが終わった後でいいの。めぐみんにも、言ってない隠し事があるんだ。みんなにも、聞いてほしいことなの」

「それ完全に死亡フラグだから! 生き残っても、後で話をうやむやにする気だろ!」

 カズマの叫びを無視し、私はジャイアントトードに突撃する。

 

「1匹目!」

 カエルの頭に、デスメテオを振り下ろす! 直撃だ、頭を完全にかち割った。

 

「2匹目!」

 眼球を狙って、腰の短剣を投擲。見事命中、苦しそうに鳴くジャイアントトード。ふふふ、あの短剣には致死性のまひ毒が塗ってある。やつは身動きすら取れずに、あの世行きだよ!

 

 ……この毒高かったんだよね。毒使いとか頭良さそうとか、頭悪いこと考えてつい無駄遣いしちゃったけど。いや、使う機会が来て良かった。

 

「後ろだルミカ!」

 カズマの声を聞き、急いで横にジャンプ。

 

「くらえ! メテオスラッシャー!」

 数秒前まで私がいた場所に、デスメテオをぶん投げる!

 

 私の鎌は特注品、見た目は重そうでも実際は女の子でも投げられるなんちゃって武器。多分そこそこ硬いものに2回もぶつけたら、使えなくなる欠陥製品。1匹目のカエルを倒せたのはまさに偶然。

 

 そして、偶然はまだ続いた。

 

「3匹目!」

 私を捕食しようと大きく開けていたカエルの口に、デスメテオがナイスショット。さらに、格好いいだけで強度0の大鎌は、真ん中辺りから2つに折れた。折れた鎌がうまく喉に引っかかって、カエルはもがき苦しんでいる。コイツは後で止めを刺そう。

 

「おお! すげー! 俺、次は魔法が見たい!」

「………………………………」

 

「おいルミカ! どうしたんだ? お前は魔法使いなんだよな、おいこら待て……何で目を逸らす!」

「ち、違うし! この程度の相手、魔法を使う必要すらないだけだし!」

 不思議だな……ルミカ、とっても不思議だな。戦闘の疲れかしら、冷や汗が止まらないですわ!

 

「……おい、まさかお前。魔法が使えな……」

 

 ぎくっ! ぎくぎくぎく!

 

「やれやれ、仕方ないぼうやですね。いいでしょう、男の子の夢を叶えてこその魔法使いです! さあさあ、見るがいい! この私の爆裂魔法を!」

「バカ! お前こんな近くで爆裂魔法なんて撃ったら!」

 慌てふためくカズマの姿を見て、スカっとした。さて、すっきりしたことだし決着をつけましょうか!

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の……」

「ぎゃああ!」

 

 私の呪文詠唱を聞き、遠くへ走り出すカズマ。くくく、計画通り。私はローブから杖ではない、ある物を取り出した。あそこまで離れていれば、これは見えないでしょ。

 

「『エクスプロージョン』っ!」

 

 そう叫び、私は液体の入ったビンを1匹のカエルに向け投げつけた。ある店で買った、空気に触れると爆発するポーションを!

 

「ふっ、ザコが」

 これは決まった。カエルは肉片となり、返り血が雨のように降り注ぐ。威力は爆裂魔法と比べるまでもないけど、これなら遠くにいるカズマからは、魔法を使ったようにしか見えまい。

 

「ーーールミ…カ。ーーーに…げ…」

 ん? カズマが何か叫んでる。

「どうしたのカズマ! 遠くて聞こえないよ!!!」

 必死に私を指差しながら、走ってくるカズマ。もしかして、後ろ?

 

「ゲコゲコ」

 

 ……そう言えば、まだ1匹残ってた。

 

「ははは……こんにちは?」

 振り返ると、目の前にはカエル。爆発するポーションは、あれで最後の一本だ。武器も全部投げちゃった。

 

 もしかして、もしかしなくても。大ピンチ!

 

「きゃあああ~! ここは挨拶して、また今度みたいな展開じゃないの! 空気読みなさいよ! ごめんなさい! 調子のってましたごめんなさい!」

 

 私は気が付くと、下半身までカエルに飲まれていた。

 

「どいつもこいつも! ほいほい食われてんじゃねええええ!」

 

 遠くにいたカズマが、こっちに戻ってきた。よし、今後のために伏線を張っておこう。完全に飲み込まれる前に、感動の再会っぽい雰囲気を作るのよルミカ。そうすれば、きっとめぐみんにもカズマにも怒られないはず。

 

 アクア? 知らない子ですね。知らない子だけど、膝の上で説教だけは許してほしいな。

 

「私のこと……助けに来てくれたんだね、カズマ。ありがとう。私、カズマのこと信じてた! 絶対に来てくれるって! だから、私信じてる! この後で話を聞いても、カズマなら私を受け入れてくれるって!」

 なんとか伏線を張り終えた私は、完全にジャイアントトードに飲み込まれた。

 

 我が名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。とある理由で、魔法が使えない、ポンコツアークウィザードです!

 




 何故かアクア様にお姉ちゃん属性がつきました。次回はポンコツ少女の説明会です。


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この見苦しい妹の言い訳を

 あの後、ジャイアントトードに捕食された私たちは、カズマによって救出された。カエルの中は臭いだけで面白くなかった。少しだけ楽しそうと思って、のんきにめぐみんに手を振っていた過去の自分を殴りたい。

「ぐすっ……。生臭いよう……」

 アクアが泣いている。

「カエルの体内って、臭いけど快適な温度ですね。いらない知識が増えました」

 自分の限界を超えて爆裂魔法を使っためぐみんは、魔力だけでなく体力も失ってカズマにおんぶされている。

「むにゃむにゃ。もう諦めなよカズマ」

 そして、私は寝たふりをしています。アクアが背中におんぶしてくれて快適だよ。

「こいつ、どんな夢見てるんだ?」

 いやだなカズマ、夢なんて見てません。現実を見ています。

 

 私は考えた。カエルの腹の中でよく考えた。このままだと、私が魔法使い(笑)であることがバレる。そして、答えはすぐに出た。しばらく意識が戻らなかったら、うやむやになるのではないかと。

 

「これからは、他の魔法で戦ってくれよ。爆裂魔法は強敵が現れるまで封印だ、まさに最終兵器だ」

 カズマが、めぐみんにそう言った。これはナイスなタイミング。

「使えません」

 そう、めぐみんは爆裂魔法しか使えないし、使わない。そして、こんな大問題が発覚すれば、私の存在なんて記憶の底に沈む。

「ごめん。よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

 カズマは現実を認めたくないようだ。

「……私は、上級魔法も中級魔法も下級魔法も使えません。爆裂魔法以外は使えません。笑いたければ、笑うがいい」

 自嘲ぎみに笑うめぐみん。

「笑えねえよ、いろんな意味で」

 どうすればいいんだと落ち込むカズマ。

「ふふふ。ふははははは。愚かな」

 大爆笑する私。

「おい! こいつ本当に寝ているのか! 実は意識あるんじゃないか」

 やばい。カズマが私の完璧な寝たふりに気がつきそうだ。

「むにゃむにゃ。愚かな人間たちよ、我に戦いを挑むと言うのか。すやすや」

「カズマ。その子マジで寝てます。夢の中で人類との最終決戦に挑む魔王にでもなっているんでしょう」

「何だ、寝てるのか。紅魔族は寝言まで中2病なんだな」

 危なかった。カズマもめぐみんもバカで助かった。私は貝になる。砂浜に落ちている貝殻のように、存在感を薄くするのよ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「あははは! 俺たちには優秀な魔法使いがいて幸せだぜ! これからもよろしくな!」

 その後、めぐみんをパーティーから追い出そうとしたカズマは、女の武器を使った紅魔族に敗北した。めぐみん、なんて恐ろしい子。

 

「さて、俺はクエストの報告に行くからお前ら2人は風呂入って来い。生臭いぞ」

 

 よし、私は空気だ。カズマなんて完全に私の存在を忘れている。このままアクアに風呂まで運んでもらえば、私の勝ちだ!

 

「さて、ではルーちゃん」

 めぐみんが私を睨んでいる。あれ? おかしいぞ。私は空気と一体になっているはず。

 

「はっ! 何でかしら、私今までルミカを背負ってるの忘れてたわ!」

 私の盗賊もびっくりの潜伏スキルが気がつかれるはずがない。私を背負っているアクアですら、めぐみんが言うまで気がつかなかったのだから。

 

「起きているのは分かってます。いろいろ教えてもらいましょうか」

 確かに我が潜伏スキルを見破ったことは褒めてあげる。でも、私はペテン師。例えどんなことをされても、寝たふりを止めたりはしない。

 

「すやすや」

「ねえ、めぐみん。ルミカは寝てるんだから、起したら可愛そうよ」

「そうだぞ。こいつはカエルと戦って疲れてるんだ。休ませてやれ」

 アクアとカズマからの援護射撃! 私の演技力を甘く見たね。さあ、どうするのめぐみん?

 

「騙されないで下さい! ルーちゃんは変な特技をたくさん持っています! 中でも人を騙すのは大得意です! この子の通り名に白銀のペテン師なんてものもあったはずです」

「確かに、ギルドのお姉さんがそんなこと言ってたな」

 まずい、めぐみんの説明にカズマが!

 

「それにアクア。いくら何でも、背負っている相手のことを忘れるなんて。おかしいと思いませんか? 寝ている人間が気配を消すなんて、不自然です」

「すやすや。アクアお姉ちゃん、かくれんぼだよ。むにゃむにゃ」

「夢の中でかくれんぼしてるからじゃない? だから気配が薄くなったのかも」

 がんばれアクア! 私の作戦はあなたにかかってる。

 

「仕方がありません。この手だけは、使いたくなかったんですが」

 ふふふ、何をしようとむだむだむだ! 貴様の負けだ、めぐみん。

 

「起きないと、ルーちゃんにキスをします!」

 バカめ! 私にそんな脅しが通用するとでも思っているの?

 

「ルーちゃんが悪いんですよ? あなたが可愛すぎるからいけないんです」

 え? え? え? え? 嘘でしょ?

 

「お、おいめぐみん! お前ルミカに何をするつもりだ! いや、別に俺は何をしても止めないが。むしろありがとうございます! キマシタワー」

 おおお、落ち付け! カズマの反応からして、これはマジなの? 私の初めてのキスがこのままだと幼馴染の女の子に!

 

「どうしようカズマ! めぐみんってば本気よ! 目がマジよ!」

 アクアまで慌て始めた。やばいやばいやばい。

 

 だめだよどうしようだって私たちは女の子だよ!

 

「昔話だと、眠り続けるお姫様は王子様のキスで目を覚ますそうです」

 違う違う違う! 私は男の人が好きなの! 確かにめぐみんは時々男らしいけど! こんなのはだめだよ! 恥ずかしいよ! 別に恥ずかしくなくてもだめだけど!

 

「私も初めてなんですよ、誰かにキスするなんて。でも、ルーちゃんが相手なら。初めての相手が、女の子でもいいかなって」

 どうする? どうするのが正解なの? 助けて神様、私に力を!

 

 女神エリス様からの解答。友達とキスするくらい、大丈夫です。私も酔っ払った友達の女騎士にファーストキスを奪われました。だから、女同士でキスなんて普通です! 普通なんです! 全然私は泣いてなんかいません! ショックなんて、女神が受けるはずないじゃないですか! 私みたいに友達に突然キスされて、恥ずかしい思いをする人がもっと増えちゃえばいいんです!

 

 めっちゃ気にしてるじゃん! 女神めっちゃ気にしてるじゃないですか! ていうか、エリス様の友達女騎士なの! まあ、お互いいろいろ大変だけど、がんばりましょう。きっとどんな関係になっても、友情に変わりはないと思います。

 

 女神アクア様からの解答。どんな性癖を持っていたとしても、そこに愛があり犯罪でないかぎりアクア様は許します。相手が悪魔やアンデッド以外なら、お金が恋人でも仕事が恋人でもペットが恋人でも許します。だからあなたも、アクシズ教に入りませんか? 今入信すると、アクア様が丹精こめて作った、手作りデストロイヤーぬいぐるみがもらえます。

 

 何なの、手作りでぬいぐるみ作る女神って。アクア様って水の女神でしょ! くれるなら、水関係のものにしてよ! だいたい、お金が恋人とか仕事が恋人って恋愛関係の話じゃないでしょ!

 

 でも、デストロイヤーぬいぐるみか。すごくほしい。

 

「ルーちゃん、覚悟はいいですか?」

 ちくしょう! 神様なんて大嫌いよ! アドバイスにならなかったじゃん! もう誰でもいいから助けて!

 

 街中に住むリッチーさんの解答。あなたのやりたいようにやればいいんです。自分が後悔しない生き方をして下さい。アンデッドの私には、こんなアドバイスしかできませんが応援しています。

 

 何故リッチーが街中に住んでいるの! どうしてリッチーなのに神様よりも、しっかりしたアドバイスくれるの? リッチーに負けてるけど、大丈夫なのこの世界の神様! でも応援してくれてありがとう。私がんばるよ。

 

「起きるなら今のうちですよ。起きないとすごいキスをしちゃいます」

 ありがとう、街中に住むリッーチーさん。私は覚悟を決めました。友達とキスくらい平気だよ! それに、私もめぐみんになら……キスくらいされても。

 

「カエルの粘液で顔とかもヌルヌルだけど、仕方ないですよね。ルーちゃんの初めては、生臭い味のすごいキスになりますけど。仕方ないですよね」

「仕方ないですませないでよ、何考えてるのめぐみん! 雰囲気とか気にしてよ! 100年の恋だって一瞬で覚めちゃうから! 私嫌だからね、これ以上ヌルヌルにされたくないもん! わあああん!」

 私はめぐみんに掴みかかった。

 

「本当に起きてたのか。ちっ、もう少しで百合が見られると思ったのに」

 今この男なんて言ったの! 舌打ちしたんだけど!

「ひどい。ルミカが私の背中蹴った。ここまで運んだのお姉ちゃんなのに」

 ごめんアクア。でも、私はどうしてもめぐみんを殴らないといけなかったの。そして、そのお姉ちゃんごっこ続いてたんだね。

 

「ふふふ、すいません。冗談ですよルーちゃん」

「良かった、冗談だったんだ」

 ああ、良かった。あやうくヌルヌルにされるかと思った。

 

「私が友達に、ひどいことをするはずないじゃないですか」

 そう言っためぐみんの顔を見ると、少し顔が赤くなっていた。

「嘘だ! 絶対嘘だ! 私が起きなかったら、確実にすごいキスをしていたはず!」

「さて、ルーちゃん。寝たふりもバレちゃいましたし、教えてもらいますよ?」

 どうしよう。怖い幼馴染が私の腕を掴んでいる。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ルーちゃんは、魔法が使えないんですか?」

 いきなり本題に入るめぐみん。私は幼馴染に腕をロックされている。逃走するのは難しそうかな。

 

「それにしても、驚いたよ。どうして私の盗賊もびっくりな潜伏スキルがめぐみんには通用しなかったの?」

 あれについて話すには、心の準備が必要になる。覚悟を決めるまでの時間稼ぎのついでに、疑問を解消しておきたい。

 

「簡単な話です。アクアやカズマが愚かだっただけのこと」

 私の質問に答えるめぐみん。

「覚えておけめぐみん! 男女平等主義なカズマさんは、生意気な魔法使いに顔面パンチができる男だぜ」

 格好つけた顔で、とんでもないクズ発言をするカズマ。

「お姉ちゃんには分かる! めぐみんはルミカのことが心配で仕方がなかったのよ。だから、ルミカに常に意識を向けていたの。おかげでルミカの気配が突然薄くなったことに一人だけ気がつけたのね。女神の目は誤魔化せないわ!」

 

 適当な推理に胸を張るアクア。私の潜伏スキルに、誤魔化されていたくせに。女神の目は節穴に違いない。

 

「べべべべ、別にルーちゃんのことなんて心配してないですから! 勘違いしないで下さいアクア! ただ私は寝顔が可愛いなと思っただけですから!」

 

 めぐみんが心配してくれたのは嬉しいし、恥ずかしくて言い訳しちゃうのも分かるんだけど。寝顔が可愛かったって、言い訳になるの?

 

「カズマさん、これがツンデレってやつなのかしら? 私初めて見たわ」

「ツンデレ評論家の俺に言わせれば、まだまだかな。めぐみん、もっと修行しろよ」

 ツンデレなる意味不明なことを言うアクアとカズマ。

 

「どうしようカズマ! アクアの言ったことが当たってたなんて! バカっぽいアクアの言うことが当たるなんて! 明日の天気はファイアーボールかも!」

 雰囲気を変えるために私はバカなことを言ってみる。

「落ち着くんだルミカ、アクアだって、1年に一回くらいは正しいことを言うんだぞ!多分だけど」

「2人とも。私のシャーロックホームズも土下座する推理力に文句でもあるの? 女神だって怒るのよ? ゴッドブローで泣かされたいの?」

 真っ赤な顔で言い訳するめぐみん。殴り合いをするカズマとアクア。

 

 そして、こっそり逃げ出そうとする私。逃げ足の速さから神速の堕天使と呼ばれる、ルミカ様を舐めないでよ。

 

「クックックック! フハハハハ! アアッハッハッハ! また会おうめぐみん!今回は引き分けだよ」

「なっ! 確かに私はルーちゃんの腕を掴んでいたはずなのに! どうして」

 

 驚愕するめぐみん。

 

「愚かね、めぐみん。紅魔族随一の魔法使いが、聞いて呆れるわ」

 私は不敵に笑った。

「愚かなのはお前だよ。どうして黙って逃げなかったんだ」

 空気の読めないカズマ。やれやれ、これだから突っ込みキャラってやつは。

「分からないの、カズマ。お約束だからに決まってるじゃないの」

 

 何故私は黙って逃げなかったのか。その理由は、悪党が逃げる時のお約束を守るためであり、決してめぐみんに後で怒られるのが怖かったわけではないのです。

 

「分かったわ。これはルミカの魔法よ! きっと彼女は、怒った幼馴染から逃げるため専用の魔法を覚えているのよ!」

 さっきはそれっぽいことを言っていたのに。やはりアクアはアクアだった。

「なるほど。そんな特定のやつしか使わないような魔法があるのか」

 あれ? カズマってバカだったの? いや、魔法に詳しくないだけか。

 

「まさか、テレポートを使ったんですか」

 めぐみんは勘違いをしている。私はテレポートなんかできない。仕方ない。脱出手段を相手に教えるのも、またお約束だからね。

「そんなわけないでしょ? 何故なら、私は魔法が使えないのだから!」

 

 クールに決まった。私のあまりの格好良さに、3人とも言葉も出ないようだ。

 

「「「ええええええ!!」」」

 

 絶叫する3人。まったく、どうしたんだろう。何をそんなに……驚いて……。

 

「すいません。今の話、なかったことにして!」

 私のバカ! どうして秘密にしたいことを、こんなあっさり言っちゃうのさ。覚悟なんて、全然できてないよ。

 

「よし、逃げちゃえ!」

 私は逃走を再開した。とりあえず、3日くらい身を隠さないと。ギルド受付のリーナさんの家にでも匿ってもらおう。

「逃がしませんよ!」

 私の腕をがっしりと掴むめぐみん。

 

「プリンアラモードより甘いよ、めぐみん。逃げ足の速さから神速の堕天使と呼ばれている私を、この程度で捕まえたつもりなの?」

「例えルーちゃんが神速だとしても、この密着状態からは逃げられません。この捕獲技をお姉ちゃんスペシャルと名づけましょう。姉より優れた妹などいないのです、諦めて全部私に話しなさい」

 アクアもめぐみんも、私をだめな妹扱いするのはやめてほしいんだけど。よし、妹の力を見せてやる。

 

「さっき、私はどうやってめぐみんの手から逃げたのか。教えてあげるよ」

「なっ! 手が滑って」

 そう、今の私たちは滑るのだ。ジャイアントトードの粘液のせいで。

 

「妹の方が姉より優れていたならば、それは妹と姉の立場が逆転するんじゃないの? これで私がお姉ちゃん。(めぐみん)は諦めて、大人しくお姉ちゃん()を見送るがいいわ!」

 めぐみんの手から逃れた私は、ギルドに向かって走り出す。

 

「真打ち登場! 次女を倒したとしても、長女のアクア様がいるかぎり、姉のプライドは傷つけさせないわよ」

 めぐみんを突破した私の前に、立ち塞がるアクア。

「あっ! あそこにジャイアントトードが!」

「え? どこどこ? 早く逃げなきゃ!」

 勝った、お姉ちゃん敗れたり!

 

 愚かな長女の脇を通過し、私はギルドを目指して全力疾走。そして、最後の刺客カズマが現れた。

 

「俺はめぐみんやアクアのようにはいかないからな」

 どこから出て来るのその自信。

「ふっ、冒険者のステータスで私に追いつけるの?」

 

「しまった! 俺は最弱職だった」

 

 余裕でカズマの横を走り抜ける。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ様の完全勝利だ。バイバイみんな! 3日後くらいにまた会おう。

 

「ふにゅう!!」

 あれ? ……どうなってるの? 突然全身に強い衝撃を受け、私は目の前が真っ暗になった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さすがはカズマ。抜け目のない男だね。まさか、油断した私を背後から殴って気絶させるなんて。ナイスファイトだった、完敗だよ」

「俺は何もしてないからな。お前の自滅だからな」

 そう、私はカズマの真横を通り過ぎた直後。滑って転んで気絶した。私の体はヌルヌルで、もちろん靴もヌルヌルだったのだ。そんな状態で全力疾走なんてしたら、転んで当然である。

 

「見事な作戦でした。3人の連携により、私は気がつかないうちに滑りやすい場所に誘導されていたのですね。出会ったばかりのあなたがたに、これほどのチームワークがあるなんて思わなかった。さすがの私でも想像できませんでした」

「可愛そうに。よほど自分のミスを認めたくないのね。そっとしておいてあげましょう」

 慈愛に満ちた眼差しで私を見るな!お姉ちゃんの目で私を見るな!アクアのことが少し嫌いになった。

 

「ところでアクア。私は何故こんな状況になっているのかな」

「何って、めぐみんが膝枕してくれてるんでしょ?」

 そう、私は膝枕されている。

 

「ねえカズマ。どうして、私はこんな怖い膝枕を体験してるんだろうね」

「男の子としては、羨ましいよ」

 言葉とは裏腹に、私から目を逸らすカズマ。

 

「ふんふんふん」

 鼻歌を歌いながら私の髪を撫でるめぐみん。だが、目は笑っていない。

 

「あの、めぐみんさん。私的にはもう意識も戻ったから、膝枕はもういいんだけど」

「ルンルンルン」

「えっと……その。頭をそんなに強く固定されると、動けなかったりするんだけど」

 どうしよう。逃げられない。この状態だと、必殺土下座もできない。

 

「逃げないで下さい、動かないで下さい。動くとルーちゃんのきれいな髪が、抜けちゃいますよ?」

 怖い! オサナナジミコワイ! 髪は女の命なんだけど!

 

「めぐみんのやつ、ルミカが少しでも逃げるそぶりを見せたら。髪の毛を抜くつもりか」

「違うわカズマ。もしルミカが勢い良く動いたら、めぐみんが手櫛で整えている髪が引っ張られて! めぐみん、なんて恐ろしい子」

 カズマもアクアも解説する暇があるなら、囚われの私を助けてほしい。

 

「ルーちゃんは、魔法が使えないんですか? カズマが言うには、爆裂魔法を使っていなかったとか」

「違うよ! 私は魔法を使ったよ! あれは爆発系魔法の一つ、炸裂魔法。爆裂系魔法で、一番威力が弱い魔法なんだ」

「なるほどな、だからあの威力だったのか」

 よし、カズマは信じてくれた。誤魔化して見せる、私は最後まで諦めない。美少女とは、決して最後まで希望を捨てないのよ!

 

「そうなんですか、でも不思議ですね」

 冷や汗が止まらない。

「アクア。例の物をお願いします」

 まさか、この娘。私を拷問する気? それは困るよ泣いちゃうぞ?

「はい、これ。カエルの死体の近くに落ちてたの」

 

 ……アクアが持っていたのは、ポーションのビンの欠片だった。

 

「……実は私、最近錬金術を研究していて。特定の触媒に魔力を流すと爆発する、付与魔術を開発したんだ!」

「そうなんですか、すごいですね。でもルーちゃんの説明した付与魔術なら、詠唱なんていらないですよね? だって魔力を触媒に流すだけでいいんですから。カズマが言うには詠唱をしていたらしいんですが」

 ものすごい笑顔で私の頭を撫でるめぐみん。ルミカちゃんの敗北はもう確定的みたい。

 

「カズマの気のせいだよ! きっと風の音が呪文のように聞こえちゃったんじゃないかな」

 必死に目でカズマに訴える。お願い黙ってて!

 

 こくりと軽く頷いて、親指を立てるカズマ。

 

「呪文詠唱してたぞ」

「この裏切り者!」

 カズマさん、冒険者をバカにしたことを根に持っていらっしゃる。

 

「さあ、ルーちゃん。もう言い訳タイムはおしまいですか? 何で魔法が使えないか、怒らないので話して下さい」

 勝ち誇るめぐみん。こうなったら、最後の手段よ。

「いつからかな?」

 

「いつから、私が魔法を使えると錯覚していたの?」

 ルミカさん第2の必殺技。その名も開き直り!

 

「言いたいことはそれだけですか?」

「ごめんなさい!」

 私は幼馴染の笑顔に負けました。

 

「カズマ、さっきのアクアの説明を聞いていたよね?」

「説明ってあれか? 爆裂魔法のことか?」

「そう、爆裂魔法は才能がないと習得できない魔法なの」

 もう観念した私はみんなに説明を開始した。

 

「まさか、ルーちゃん。爆裂魔法が習得できなかったの?」

 悲しそうな顔をするめぐみん。

「安心してよ、めぐみん。あの時約束したよね、いつか爆裂魔法をお互い極めようって」

「なら何で、ルミカは魔法を使わないの?」

 アクアの質問に、私は胸を張って答えた。

 

「めぐみんみたいに才能がなかったから」

 

「おい、才能がないなら爆裂魔法なんて覚えられないんじゃないのか?」

「我が名はルミカ、アークウィザードにして、爆裂魔法を極める者。爆裂魔法を極めたいとは言っていますが、爆裂魔法が使えるなんて言ってないんだよ」

「そう言うこと。分かったわカズマ」

 どうやら、アクアは分かったらしい。

 

「私は爆裂魔法を習得できる才能はあったんだけど、爆裂魔法を撃てるだけの魔力がなかったんだ。めぐみんみたいに体力まで搾り出したとしても、爆裂魔法を撃つ前に死んじゃうから。ごめんね、めぐみん。恥ずかしいから言えなかったの」

 

「はあ」

 ため息をつくめぐみん。やばい、怒ってるかな。

 

「私がそんなことで怒るはずがないでしょ?」

 そう言って、めぐみんは私を撫でてくれた。

 

「めぐみん! ありがとう。私、これからがんばるよ!」

「良かったわねルミカ。妹たちが仲良しだと、お姉ちゃんも嬉しいわ」

 アクアと私が喜んでいると、めぐみんが深いため息をついた。

 

「二人とも喜ぶのはまだ早いです、カズマを見て下さい」

 めぐみんに言われてカズマを見ると、

「そうか、それは大変だったな。これからは他のパーティーでがんばってくれ!」

 さっき、めぐみんを追い出そうとしていた時と同じ反応をしている。なるほど、今からバトルパートか。

 

「大丈夫! レベルアップすればステータスは上がるんだよ? 爆裂魔法もそのうち使えるようになるよ!」

「いやいや、魔法の使えない魔法使いとかいらないから!」

「私が望むのは経験値のみ! 今なら大魔法使いの将来が約束された美少女が、食費だけで仲間になるよ! お得だね」

「いやいや、俺たちのパーティーにはもう優秀な魔法使いがいるから! ルミカの才能は、他のパーティーにこそ必要とされているはずさ」

 

 この男。手ごわい。ならば次のパターンよ!

 

「お願いします。私が敵を短剣でめった刺しにしたり、モンスターを爆殺したりすると、グロイからってどこのパーティーも拾ってくれないの!」

 私の第3の必殺技、泣き落とし!

「グロテスクマスターの由来はそれか!」

「お願いだから! もうマスコットキャラ扱いでもいいから!」

「いらねえよ! そんな物騒なマスコット!」

 

 この男、私のような美少女が涙目で頼んでるのに。まったく動揺しないなんて。

 

「さてはカズマ。ホモなの?」

「違うよ! どうしたらその発想が出てくるんだ!」

 作戦変更。泣き落としパート2開始!

 

「お願いしますカズマ。この子は誰かが見てないと危険です。ルーちゃんは無自覚で火に油を注ぐ子なんです!」

 他の人からの意見なら、カズマも聞いてくれるんじゃないかな?

「お願いよカズマ! 私がこの子たちの面倒をきちんと見るから!」

 がんばれ長女! 私たち紅魔姉妹の生活はアクアにかかってるんだから。

 

「捨ててこいアクア。ヘッポコなお前に子供の面倒が見れるのか? 生き物の世話をするのは大変なことなんだぞ?」

「私やめぐみんは捨て猫か何かか! いいかげんにしないと、ぶっ飛ばすぞお前!」

 カズマ、なんてやつだ。このぼけ担当の私に突っ込みをさせるなんて。1000年に1人の逸材だよ君は。

 

「私は別に魔法使いとしてパーティーに入りたいわけじゃないよ。どうせしばらく魔法は使えないんだから、前衛の剣士として契約するのはどうかな? 私はカエルを4匹倒す程度の実力はあるよ?」

「なるほど。でもな、アークウィザード二人もいらないしな」

「強力な魔法は使えるけど一撃放てばそこで終わりのなんちゃって魔法使いより、魔法が使えないけどそこそこ戦えるなんちゃって魔法使いは、いかがですか?」

「ルーちゃん! あなたって子は!」

 すまないめぐみん。私はあんたを蹴落としてでも、就職先を手に入れる。

 

「こうなったら、禁断の我が秘術でカズマの意見を捻じ曲げちゃうよ」

「やめろ! 俺を洗脳するつもりか!」

 洗脳なんてしない。ただ私はカズマにお願いするだけだ。

 

「お願いお兄ちゃん! ルミカをお兄ちゃんのパーティーに入れてほしいの!」

「何を言っているんだい妹よ。ルミカが生まれる前から、俺のパーティメンバーの席は1人分空いているよ。義妹専用に!」

 禁断の必殺技妹殺し。妹殺しとは、私の演技力と恥ずかしさを込めた愛情表現。相手は死ぬ。

 

「ふう、正義は必ず勝つのよ」

「ルーちゃんもカズマも、どっちも悪ですよ。まあ、一緒のパーティーになれて良かったです」

 えへへ。めぐみんったら、照れちゃって可愛い。

 

「ねえルミカにめぐみん! 私のこともお姉ちゃんって呼んで! 一回でいいの」

 やれやれ、美少女って罪なのかしら。アクアを妹バカにしてしまった。これは責任を取って、めぐみんと二人でこの姉に可愛がられてあげるしかないかも。

 

「じゃあ、問題も解決したことだし。3人とも風呂入ってこいよ、生臭いぞ」

 カズマに言われ、私たちは風呂へと向かった。

 

 だが、この時の私は思いもしなかった。まさか、お風呂に入ったせいで。カズマと真剣勝負をすることになるなんて。

 




受付のリーナさんとは、3話でカズマにルミカについて説明していた百合好きなお姉さんのことです。


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このゆりゆりしい妹の妄想を

3月31日に加筆しました。


「やって来ました大衆浴場! これでカエルの粘液とはさよならバイバイ。さあ2人とも、レッツお風呂よ!」

 大衆浴場にやって来た私たち。アクアのテンションは最高潮だ。しかし、私とめぐみんは脱衣場で睨み合っている。

 

「2人ともどうしたの? 早く入りましょうよ」

 服を脱ぐことを躊躇っている私たちに、アクアが不思議そうな顔をする。

「私はルーちゃんと少し話があるので、アクアは先に行ってて下さい」

「大丈夫だよアクア。すぐに終わるから」

 めぐみんと私がそう言うと、アクアは先に体を洗いに行った。

 

「ルーちゃん、無様に敗北する覚悟はできましたか? 妹が姉に勝てるとでも思ってるんですか?」

「めぐみんこそ、私に負けた時の言い訳は考えた? 落ち込む必要はないよ、私が勝つことは1万年と2000年前から決まっていたのだから」

 女には負けられない戦いがある。絶対に勝たなければならない時がある。

 

「ふふふ、泣くのはルーちゃんです。お姉ちゃんが胸を貸してあげますから、どれだけ涙を流しても安心ですよ」

「胸を貸すのは私。5秒後めぐみんはルミカ様に土下座することになるわ」

 

 女にとって脱衣場とは戦場であり、洋服とは鎧であり剣である。しかし、武器などこの神聖な決闘には必要ない! 相手を倒すなんて、鍛え上げた肉体さえあれば十分よ!

 

「「いざ、尋常に勝負!」」

 

 全裸とは己の全ての力を解放した究極の戦闘モードなのだから!

 

 

「めぐみん、戦いからは何も生まれないんだね」

「まさか、2人とも同じ大きさだなんて。世界とは残酷です」

 紅魔の里を出てからしばらく、二人とも変わっていなかった。私たちは巨乳になれなかったんだ。どっちのおっぱいが大きいか勝負だなんて、初めから無理だったんだ。

 

「ルミカ、めぐみん! こっちこっち」

 落ち込んだ私たちが体を洗おうとしていると、先に体を洗い終えていたらしいアクアがやって来た。

 

「2人とも何してたの? 私が髪の毛とか体とか洗ってあげるからこっちに来なさい。体を洗いっこするなんて、お姉ちゃんっぽいでしょ」

「「……………………」」

 嬉しそうに近づいて来るアクア。私とめぐみんは、言葉も出なかった。おっぱいが近づいて来た! 何そのバカみたいなスタイル! バカだからなの? もしかして、おっぱい大きい人ってみんなバカなんじゃないの!

 

「どうしたの? 何で二人とも泣きそうな顔してるの? お姉ちゃんが慰めてあげましょうか」

 こんなスタイルの人に体を洗ってもらってる少女がいたら。周りはどう思う? 間違いなく妹っぽく見られちゃう。私たちにはアダルティな魅力なんかないんだ。涙で前が見えないよ。

 

 問題はそれだけじゃない。アクアに髪や体を洗ってもらったら、間違えなく彼女の胸が背中とかに当たる。男の人なら天国かもしれないけど、私たちには地獄だ。そんなことをされたら、厳しい現実に心が折れてしまう。

 

「めぐみん、私に合わせて」

「ルーちゃん、まさか!」

「そのまさかだよ!」

 めぐみんに声を掛けた私は、アクアに向かって走り出す。心が殺されるのを阻止したいなら、やられる前にやるしかない!

 

「ちょっとルミカ! お風呂で走るのは危ないわよ」

 私を心配してくれるアクア。他人の心配をする暇があるなら、自分の心配をするべきだよ!

 

「めぐみん! 加速して!」

「了解です! 見せてあげますよ、紅魔族に伝わる禁断のテクニックを!」

 

 私たちは床の水溜りを利用し加速する。これこそが紅魔族に伝わる風呂場用体術、ツルリンパ!

 

「すいませんアクア! あなたに恨みはありませんが、僻みと妬みはあるんです!」

 アクアの右から襲撃するめぐみん。

「くたばれアクア! 乙女の怒りを思い知れ!」

 

 私は左から襲い掛かる。今日私たちは巨乳に勝つんだ! 巨乳に勝って、この理不尽な世界に反逆してみせる! 世界中の貧乳のみんな、私たちに力を貸して!

 

「「ダブルインパクト!」」

 ダブルインパクトとは紅姉妹の嫉妬と悲しみをこめた同時攻撃! 相手は泣く!

 

 むにゅんっ!

 

「2人とも私に抱きついて来るなんて。お姉ちゃんは嬉しいわ」

 やっぱり巨乳には勝てなかったよ。私たちの攻撃はジャイアントトードもびっくりの脂肪のかたまりに受け止められてしまった。アクアの胸で、私たちは泣いた。

 

「ふにゅう。気持ちいいね。めぐみん」

「ルーちゃん、肩までつからないとだめですよ」

「やったわ! 私は背中を流すと言うお風呂イベントをクリアしたのよ。これで明日から二人は、私をお姉ちゃんと呼んで尊敬してくれるはず」

 

 私たち3人は、湯船でまったりしていた。お湯につかっていると、巨乳とか貧乳とかがどうでもよく思える。だけど神様、覚えておけよ。もしもあなたに会う機会があったなら、私はこの世の理不尽に激怒して殴り掛かることだろう。

 

「ルーミーカ」

 私の横に座っていたアクアが肩をつんつんしてくる。

「どうしたの? 湯船に死体でも浮かんでたの?」

 私がアクアの方を向くと。

「えいっ!」

 顔にお湯をかけられた。

 

「うわあああ! 目が! 目がぁぁぁぁ!」

「え? え? 大丈夫ルミカ! ごめんね、私そんな痛いことするつもりなんてなかったのよ! 本当よ、だからお姉ちゃんを嫌いにならないで!」

 アクア、なんて恐ろしい女なの。もう少しで鼻にまで水が入るところだったじゃん。私のような神に選ばれし反応速度がなければ、危うく死ぬところだった。彼女は組織からの追っ手なのかもしれない。

 

 目が痛い、でも私は強い子だから泣かないぞ。

 

「ふふっ、あんな子供騙しにひっかかるなんて。しかも涙まで流して、ルーちゃんはおバカですね」

「違うもん、バカじゃないもん。美少女だもん」

 

 友達が苦しんでいるのに笑うなんて。私はめぐみんを睨みつける。

 

「あれ?」

 めぐみんの横顔を見た瞬間、私の心臓が高鳴った。顔に熱を感じる、胸が苦しい。

 

「どうしたのルミカ。顔が真っ赤になってるわよ」

「べべべ、別に! 真っ赤になんかなってないよ!」

 アクアの言葉が正しいなら、私の顔は真っ赤になっているらしい。落ち着け、落ち着くのよルミカ。真の美少女とは、どんな状況でも慌てない!

 

 そう、これは何かの間違いなの。私がめぐみんに恋しちゃったなんて、間違いに決まってるじゃない。

 

「本当に顔が赤いですね。大丈夫ですか?」

 そう言って、めぐみんが顔を近づけて……。

 

「平気だよ! 私は全然平気だよ! いつもにこにこ元気爆裂、最終兵器ルミカちゃんだよ!」

 私は必死に元気をアピールした。まずいまずいまずい。めぐみんに今近寄られたら、取り返しがつかないことになっちゃう。新世界の扉を開いちゃうかもしれない!

 

「本当に大丈夫ですか? いつもよりもバカっぽいですよ?」

 そう言って、めぐみんが私の顔を覗き込んできた!

 

 人形みたいに整っためぐみんの顔が私の目と鼻の先に! しかも、濡れた前髪が張りついてて。なんかもう言葉にできないよ!

 

「うーん、熱はなさそうです」

 あわわわ。めぐみんがおでこを私にくっつけて! これやばい、下手に動けない。なんか、キスできそうな距離だし。少しでも動いたら……私のファーストキスが!

 

「私も初めてなんですよ、誰かにキスするなんて。でも、ルーちゃんが相手なら。初めての相手が、女の子でもいいかなって」

 さっきのめぐみんの言葉が頭から離れない。頭がクラクラする。

 

「だめだよめぐみん! 世界には良い子も悪い子も、絶対マネしちゃだめなことがあるんだから!」

 ……急いでめぐみんから距離を……。

 

「だめですルーちゃん! 動かないで下さい!」

「ひゃい!」

 めぐみんが私の肩をつかんで、これじゃ逃げられないよ。

 

 どうしようどうしよう。このままだと、めぐみんにすごいキスされちゃう。だめなのに、だめなことなのに。何故かドキドキが止まらない。

 

「めぐみん、まずはお友達からはじめよう」

 よし、覚悟はできた。今までの関係は一回リセットして、友達からやりなおそう。大丈夫よルミカ、あなたならきっとできるわ。動物しか友達のいなかったゆんゆんとだって、仲良くなれたじゃない。

 

 私はめぐみんがどんな子になっても、絶対受け入れてみせる! でも、がんばってめぐみんを百合サイドから助け出す努力は続けよう。

 

「私はルーちゃんが、何を言っているのか理解できません。私たちは昔から友達じゃないですか。それとも、友達だと思ってたのは私だけ……だったの?」

 

 泣きそうな顔をするめぐみん。そうか、私は大きな勘違いをしていたんだね。

 

「ごめん、めぐみん。私かなりひどいこと言っちゃった」

 友達の思いに気がつかないなんて、本当に私はだめな子だ。

「ぐずっ……いいんです。私はルーちゃんを信じてましたから」

 ありがとう。こんな私を信じてくれて。だからこそ、私もその思いには答えないといけないよね。

 

「結婚しよう、めぐみん」

 私は決め顔でそう言った。

 

「え? え? ごめんなさいルーちゃん、意味が分かりません」

 ぽかんとした顔をするめぐみん。

 

「分かってる、もう無理しないでいいんだよ。めぐみんは、ずっと悩んでて。それでも勇気を出して、私に思いを伝えようとしてくれていたのに。今まで気がつけなくてごめん」

「だから何の話ですか! やばいです! ルーちゃんが、いつもの3倍はやばいです!」

 めぐみんったら、乙女なんだから。私のかっこよさにときめいてしまったようだ。結婚式でタキシードを着るのは、どうやらルミカ様になりそうです。

 

 めぐみんの思いは本物で、彼女は友達からなんて関係じゃ我慢できなかったのだ。こんなに一人の人物から思われるなんて、女冥利に尽きるじゃないの。ここまでされて、気がつかないふりをするなんて。私にはできない!

 

「でも、やっぱり私もドレス着たいかも。ドレスでお姫様だっこされるのは、昔から夢だったから。……はっ! そうだよ、2人ともドレス着ればいいじゃん! それでめぐみんにだっこしてもらえば」

「今のルーちゃんの頭の中は、どうなっているんですか! ていうか、ルーちゃんにそんな女の子らしい夢があったなんて! 小さいころは目から殺人光線出すとか言ってたあの娘が! 驚きです」

 

 お母さんが言っていた。良い女って言うのは、全てを包み込む包容力がある人なのだと。包容力イコールおっぱいの大きさだと思ってたけど、今なら違うって分かる。

 

「つまり、アクアは別にいい女なんかじゃなかったの! ただおっぱいがでかいだけのバカなお姉さんだったんだよ!」

 ふう。どうやら私はまた一つ、世界の心理を解き明かしてしまったようね。美少女に生まれられただけでも幸運なのに、その上頭も天才的だなんて。自分の運命が怖い。きっと前世は女魔王とかだったんじゃないかな。

 

「あれ? 何で私いきなり妹に罵倒されてるの? さっきからめぐみんとルミカが、二人の世界に入っちゃって。私様的には非常に寂しかったのだけど、会話に入れてもらったら突然の罵詈雑言とか!」

 アクアお姉ちゃんは、私の名推理に納得できないらしい。認めたくないものですね、自分の姉があほの子だなんて。でも、私はそんなバカ可愛いアクアも大好きだよ。

 

「この世界、女神様に厳しすぎると思うの。分かったわ、これは何者かの陰謀! 女神であるこの私に、次から次へと災難を与えるなんて。こんなことをするのは、あのくそニート? いえ、人間にはそんな力なんてないはず。まさか、これは因果律の操作による運命の改竄?」

 

 アクアはそれっぽいことを言って、現実逃避しようとしている。因果律とか運命の改竄なんて、さすがは我が姉。私も危うくかっこいい言葉に惑わされるところだった。

 

「おのれエリスゥゥゥゥゥゥ!!」

 絶叫するアクア。まずい、早く彼女を止めないと。お風呂でバイトしてる、エルメンヒルデさんに怒られちゃう。あの人が切れたら、アクセルの街が地図からなくなる可能性が!

 

「やめてアクア! 神様のせいにしないで! 大丈夫、おバカなアクアでもできる仕事があるの!」

「いや、そもそも全部ルーちゃんのせいですから!」

 そうなんだ、全部私が悪いのか。つまり、めぐみんはこう言いたいんだ。全ての事象は私を中心に発生していて、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィとは世界の特異点なのだと。めぐみんにとって、私は全ての中心であり神のような存在であると。

 

「めぐみん、聞いたこともないようなかっこいいプロポーズありがとう!」

「駄目だこの娘……早くなんとかしないと……。アクア! ルーちゃんの頭にヒールを掛けて下さい!」

 

「何言ってるのめぐみん? アクアには結婚式で、誓いの儀式をやってもらうんだから。ヒールなんていらないよ?」

「ルミカってば、さっきからいろいろと大丈夫? 『ヒール』! 『ヒール』!」

 二人ともさっきから様子がおかしい。さては、突然の結婚発言にはしゃいじゃってる?

 

 よし、これで覚悟は決まった。もう後戻りはできない。これから私たちは、世間から変な目で見られるかもしれない。泣いちゃうようなことが、いっぱいあるかもしれない。でも、負けるつもりなんてない。私がめぐみんを守るんだ。

 

 そう決意した時、私は目の前が真っ暗になった。

 

「ーーーーーーーー」

 あれ? めぐみんとアクアが何か言ってるけど、聞こえない。どうしたんだろう、かなり焦ってたみたいだけど。なんか意識が……遠のいて……。

 

 

 

「ルーちゃん、もう平気ですか?」

 

 

 アクアに膝枕される私を、めぐみんが心配そうに見つめてくる。どうやら私は、お風呂でのぼせて気絶してしまったらしい。気がつけば、アクアに膝枕されていた。良かった、私の胸の高鳴りは恋じゃなかった。頭がクラクラしたのも、のぼせていただけだったんだ。めぐみんが動くなって言ったのも、のぼせて突然動くのは危ないからだったのです。

 

「大丈夫だよ、心配しないで。めぐみんがちゃんと2人に見えるよ」

 安心したので、私はそれっぽい嘘を言ってみた。

「大変ですアクア! ルーちゃんの脳みそが壊れちゃいました!」

「大丈夫よめぐみん、私の回復魔法があれば、どんな怪我でもちょちょいのちょいよ!」

 

「冗談ですごめんなさい!」

 私は即座に2人に土下座した。勢いよく土下座したら、また気絶しかけてものすごく怒られた。

 

「本当に一人で着替えられますか? ルーちゃんは昔からドジっ娘なので、ものすごく心配です」

「お姉ちゃんたちが、手伝ってあげようか? 女の子同士なんだから、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

 心配してくれるのはとても嬉しいんだけど、この自称お姉ちゃんたちは私を妹扱いするのを本気でやめてほしい。

 

「大丈夫だよ、いくら私がドジっ娘だとしても。服くらい着られるに決まってるでしょ」

 私はきちんと服を着ることはできたんだけど……フラついてうまく歩くことはできなかったので、またアクアに背負ってもらう羽目になっちゃった。このままだと、本当に妹ポジションから抜け出せなくなっちゃう。私より年下のパーティメンバーがほしい。そしてお姉様って尊敬されたい。

 

「じゃあ、いろいろあったけど。クエスト達成お疲れ様! 俺たちのこれからに乾杯!」

 カズマの乾杯の音頭は面白みがなかった。私なら乾杯する前に、口から火を吹く一発芸くらい用意しておくのに。今度みんなに見せてあげようっと。

 

「「「お疲れ様でした!!!」」」

 お風呂からギルドに帰って来た私たちは、カズマからクエストの報酬を受け取り、カエルのからあげパーティに突入していた。やっぱりからあげはおいしいな。

 

 おーほっほっほっほっほ、女の子を飲み込む恐ろしいエロガエルが、今では私たちに捕食されるのを待つだけの哀れな存在に。笑いが止まらないですわ。

 

 クエスト達成の報酬は、三日間でカエルを5匹討伐で10万エリス。倒したカエルの肉はギルドが1匹5000エリスで買取ってくれるので、プラス1万エリス。合計11万エリスをカズマとアクアが仲良く二人で半分にした。

 

  私たち紅姉妹の報酬も11万エリス。私が倒したカエルが4匹、めぐみんが倒したカエルが1匹。爆殺した2匹と毒殺した1匹は食用にできないので、買い取ってもらえなかった。もう毒なんか使うもんか。

 

 偶然とはいえ、3日以内に合計5匹のジャイアントトードを討伐したので、ギルドがクエスト達成の手続きをしてくれたのだ。良かった、11万エリスを4人で山分けだとお財布が寂しいからね。これで新しい爆発するポーションが買える。

 

 報酬はめぐみんと半分ずつにした。めぐみんはカエルを四匹倒した私に、報酬の8割を渡そうとしたけど断っておいた。

 

「私とめぐみんって、姉妹みたいなもんでしょ。喜びも悲しみも2人で分かち合ってきたじゃない? 2人で達成した初めてのクエストの感動も、一緒に分かち合おうよ。だから報酬もはんぶんこにしよう。いつもお世話になってるお姉ちゃんに、妹からのプレゼントです」

 

 私の言葉を聴いためぐみんは感動の涙を流し、カズマも美しき姉妹愛に感激していた。アクアは自分が姉妹に混ざれなかったので、少しいじけてしまった。

 

 私は言えなかった。ただなんとなく、昔読んだ本のかっこいいセリフが言ってみたかっただけだったなんて。……この秘密は墓場まで持っていこう。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「見損なったよ2人とも!」

 私、ルミカは激怒している。

「ふざけないで下さい! アクアもルーちゃんも、頭おかしいんじゃないですか?」

 激高するめぐみん。

「聞きなさい妹たち、女神の顔も三度まで! これ以上バカなこと言うなら、ゴッドブローが火を噴くわよ!」

 完全に戦闘モードのアクア。

「どうだっていいじゃん」

 黙々とから揚げを食べるカズマ。どうやら、この男には信念がないらしい。

 

「から揚げには、レモンに決まってるじゃん! だいたい、揚げ物にレモンは常識でしょ。脂っこさをレモンの酸味がさっぱりさせてくれるんだよ? こんなの赤ちゃんでも分かることでしょ? どうしてめぐみんとアクアはそれが分からないの!」

 どうして争いが起きるのか、それはから揚げがおいしいからさ。私がから揚げにレモンをかけようとしたら、バカな姉二人がいちゃもんをつけてきたのだ。レモン派代表として、負けられない戦いである。

 

「バカなのはルーちゃんです! から揚げに必要なのは塩、これ以外はいりません。レモンなんか使わなくても、塩だけあれば十分素材そのものの良さを出せるんですから! 塩分と言うのは体に必要な栄養素なんですよ? こんなの生まれる前から生物の生存本能に刻み込まれてるじゃないですか!」

 めぐみんは昔から塩を重要視していた。食料がない時は雑草に塩かけて食べてたし……貧乏生活が彼女に塩のありがたさを神聖視させてしまったのかもしれない。

 

「2人ともバカね、素材の味? 笑わせないでよ! から揚げにはそもそも味がついてるんだから、さっぱりしたいなら野菜と一緒に食べればいいの! シンプルこそ最強、これ世界の心理ですから!」

 何もかけないのがアクシズ教だとか意味不明な供述をするアクア。

 

「なあ、そんなのどうでもいいから。スキルの習得ってどうやるんだ? 教えてくれよ」

 空気の読めないカズマがおかしなことを聞いてきた。

 

「「「黙ってろこの突っ込みやろう!」」」

 私たちの右ストレートがカズマに炸裂した。

 

 

「めぐみん、アクア。この決着はいつか必ず」

 カズマのせいでやる気がなくなった私です。それに、まだ少し頭がふわふわしちゃってる。

 

「カズマみたいな冒険者は、誰かにスキルを習うんです。まずは目で見て、そしてスキルの使用方法を教えてもらうのです。すると、冒険者カードに習得可能スキルって欄が現れるので、スキルポイントを使ってそれを選択して下さい」

「冒険者以外の職業なら、現在習得可能なスキル一覧ってやつから選べばいいんだよ~」

 めぐみんの説明に、私は少し補足した。

 

「あはははは! 無理よ、コミュニケーション能力も最弱なカズマさんが人に教えてもらうなんて!」

 大爆笑するアクア。だけどいいのかな? カズマならそのうち、回復魔法を覚えたらアクアをポイ捨てしそうなんだけど。

 

「……つまりめぐみんやルミカに教えてもらえば、俺でも爆裂魔法が使えるようになるのか?」

「その通りです! 素晴らしい点に気がつきましたねカズマ!」

 めぐみんのテンションが最高潮になる。

 

「そうか! ならルミカ、教えてくれ!」

「いーやーだ!」

「断られた! めぐみんに頼むと絶対調子に乗るからルミカに教えてほしかったのに」

 おいおい、カズマ。

 

「あのさ、カズマ。私がカズマに爆裂魔法を見せたら、死ぬよ?」

「ごめん。お前が魔力足りないの忘れてた」

「私が生き残れても、カズマも死んじゃうよ? めぐみんのあの目を見て」

 私に言われて、硬直するカズマ。

 

「ふふっ、カズマ。カズマはルーちゃんを殺したいんですか? 私の可愛い友人を死に掛けにしたいんですか? そうですか、カズマは爆裂魔法を覚えたいんですね。ではまず1発受けて見ます? 物事をしっかり覚えるためには、体で実感するのが一番です。うふふふふふふ。私がその身と魂に刻み込んであげますよ、爆裂魔法の恐ろしさを」

 オサナナジミコワイ! 何これ、めぐみんが怖い! 友情が重いよ! 病んでる? もしかしたら、この娘病んじゃってる!

 

「ルミカ。今のめぐみんみたいな子を、業界用語でヤンデレと言うの。覚えておいて、あれは特大の死亡フラグだから」

 アクアがヤンデレなるものについて説明してくれた。ていうか、何なのその業界! 魔王軍よりおっかないよ。

 

「さあさあさあ! 命がおしいなら、爆裂魔法を覚えると誓うのです! 冒険者はアークウィザード以外で爆裂魔法を覚えられる唯一の職業。ルーちゃんを殺しかけた罪、爆裂道を究める中で償って行きましょう? レッツ爆裂!」

 さっきのは多分冗談だね。私のことを利用して、その場の雰囲気でカズマを爆裂道に巻き込もうとしてる。そうに違いない。そうでないと、めぐみんがヤンデレで私が危ない。

 

「落ち着けシスコン! つーか、どれだけスキルポイントがあれば習得できるんだ? 今3ポイントしかないんだけど」

 カズマがアクアに質問する。

「冒険者が爆裂魔法を習得しようと思うなら、その100倍はほしいかしら。多分ものすごいポイントを貯めれば、習得できるんじゃない? 撃てるかどうかは別だけど」

 

「無理だろそんなもん! 俺は今スキルがほしいんだよ!」

「うわーん! 私の理解者はやっぱりルーちゃんだけです!」

「よしよし。めぐみんは私と爆裂しようね」

 

 ショックを受けためぐみんは、私に抱きついてきた。さっきのヤンデレが怖かったから避けようかと思ったけど、予想以上にしょんぼりしていたので大人しく抱き締められてあげることにする。

 

「なあアクア。お前なら使えるスキル持ってるんじゃないか? 少ないポイントで済んで、どんな状況でも使える感じの必殺スキルを!」

 アクアのスキルか。ゴッドブローかな? あれならカズマの攻撃力が上がるはず。

「しょうがないわねーカズマさんは。私の秘密スキルは半端ないわよ? 地球破壊爆弾くらいやばいわよ?」

「お前は猫型のアイツを知ってるのか! アクアの知識ってどうなってるんだ」

 

「めぐみん。地球って何だろう? カズマって時々変なこと言うよね」

「もしかしたら、カズマもアクアみたいな少し可哀想な子なのかもしれません。大人な私たちが見守ってあげないと」

 私たちは年上二人を優しい目で見守ることにした。

「テテテテーン! ただのコップ! このコップに注目してね。この水の入ったコップを自分の頭の上に落ちないように乗せるの」

 そう言ってアクアは何かの種を取り出した。

 

「まさか、あの技は! 花鳥風月!」

「知っているんですかルーちゃん?」

「あれは確かに必殺技だよ。あれさえ使えたなら、私の旅ももっと楽ができたのに! あの宴会芸さえできれば、アクセルまでの旅費を稼げたはず」

 旅の途中でお金がなくなって、本当に大変だったな。アルバイトもしたし、路上パフォーマンスもしたし。アクシズ教ともいろいろあったし。

 

「すごいけどいらんわそんな宴会芸!」

「めぐみん! ルミカ! うわーん!」

 落ち込んだアクアが私たちを抱き締めてくる。

 

「アクア。私とルーちゃんには分かります。宴会でしか役に立たないのに、戦闘向けのスキルを覚えれば楽ができるのに。貴重なスキルポイントを宴会芸に割り振るなんて、愛がないとできないことです!」

「大丈夫だよアクア。めぐみんの言う通り。非効率ながらもロマンを追い求めるその姿に、私たちは感動した!!」

 あの技の完成度。きっとスキルを覚えてからも、しっかり練習をしたに違いない。アクアの宴会に向き合う真剣さが伝わった。

 

「あっはっは! 面白いねキミ! ねえ、スキルが欲しいんだろ? 盗賊スキルなんてどう?」

 私たちがカズマのことを忘れて語り合っていたら、誰かが話しかけてきた。

 



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この騒がしいギルドに混沌を!

投稿がかなり送れてしまいました。すいません。次回はなるべく8月中に投稿できるようにします。


 私たちに話しかけてきたのは銀髪の盗賊少女と金髪の女騎士だった。どうやら銀髪の人がカズマにスキルを教えてくれるらしい。

 

 私的にはアクアに花鳥風月を教えてもらえばいいと思う。困った時お金が稼げる実用的なスキルだよ。

 

 ていうか、この人たち……どっかで見たような気がする。

 

「む? そこにいるのはあの時の子じゃないか」

 

 カズマと銀髪の人が話し合っているので、暇そうにしていた金髪の人が私に話しかけてきた。

 

「…………………………」

 

 思い出せなかった。

 

 誰だっけこの人? なんとなく最近会った記憶があるんだけど。八百屋でアルバイトしてた人だったかな。

 

「この間はいろいろとすまなかったな。うちのクリスが迷惑をかけてしまった」

 

 え? 私迷惑かけられたの!

 

 どうしよう、本気で思い出せない。

 

いや待て、待つのよルミカ。ここは発想の転換、逆に考えるのよ!

 

 これだけ一生懸命思い出そうとしても思い出せないんだもん。女騎士さんは知り合いじゃない、そうとしか考えられない。

 

 黙り込む私をアクアが心配そうに見つめてくる。

 

「どうしたの、黙り込んで。話しかけられてるわよ? もしかしてまだのぼせてて具合が悪いの? 膝枕してあげようか」

 

 心配してくれてありがとう、でも違うのアクア。

 

 私はクリスと言う人に迷惑をかけられたらしいので、慰謝料がもらえるかなって考えてただけなんだ。決して知らない人に話しかけられてどうしようってなったわけじゃないんだからね。

 

「このけしからんおっぱいの方は知り合いなんですか?」

 

 めぐみんは爆裂魔法とおっぱいのことしか考えていないのかも。まあ、私も人のことは言えないんだけど。

 

「何でさっきから私を無視するのだ! くっ、もしかして……これは……放置プレイなのか?」

 

 やばい、このお姉さんヤバイ! なんか最後の方ぼそっととんでもないこと言ったよ!

 

 ……もう知り合いとか慰謝料とかどうでもいいから帰ってくれないかなこの人。

 

「何で私を無視するのだ。もしかして、忘れてしまったか? 私だ私! ダクネスだ!」

 

 どうしよう。もしかしてこれはあれ? あれなのかしら? アクシズ教徒の必殺技、昔の知り合いを装っての宗教勧誘!

 

「懐かしいな、私だよ私! 昔クラスで一緒だった。アクシズ教に入信してから私すっかり変わっちゃったからね! 分からなかった?」みたいなやつに違いない。

 

 ふふふ、残念でしたねダクネスさんとやら。

 

 ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィに、この程度の宗教勧誘が通用するとでも思ったのかしら? どれだけ友達のフリをしようとも、そんなのはムダなのです!

 

 なんてったって小さいころからめぐみんやゆんゆんと言う変な子たちと遊んでいた私は周りから浮いちゃって、2人以外は友達が1人しかいないのだから! あーはっはっは!

 

 恐れ入ったか、このペテン師め! あまりぼっちを舐めるなよ!

 

 ……自分で言っててすごい悲しくなってきた。おかしいな、目から汗が止まらない。

 

「なでこなでこ」

 

 目をぐしぐしする私の頭を、アクアは優しく撫でてくれた。

 

「よしよし、いい子ですから泣かないで下さい」

 

 めぐみんが背中をぽんぽんしてくれた。

 

 うぅ、今は二人の優しさが何より辛い。

 

「おい、ルミぽん! 突然泣き出してどうしたんだ! 私か、もしかして私が悪いのか!」

 

 あれ? この女騎士さん、私のあだ名を知ってるの?

 

 紅魔の里ではルミカとしか呼ばれず、誰からも忘れ去られた悲しき運命の名を。

 

「頼む、思い出してくれ。そしてできるなら今すぐ泣き止んでほしい。周りの冒険者たちからの視線がきつい」

 

 私のあだ名を知ってるってことは、この人は詐欺師じゃない? つまりは知り合いと言うわけで……。

 

「もしかしてあなたは! 私の生き別れのお姉ちゃん!」

 

 めぐみんがヅッコケた。

 

「ルミカのお姉さんなら私のお姉さん? それとも私がお姉さん? もしくは私がルミカの生き別れのお姉ちゃんである可能性が微粒子レベルで存在する?」

 

 アクアの発言を聞き、転んだ状態から起き上がろうとしていためぐみんは、机に頭をぶつけた。

 

 私が知らない間にリアクション芸人にジョブチェンジしたのかもしれない。そう言いたくなるくらい素晴らしいヅッコケだった。

 

「いい加減にしなさいこのおバカ姉妹!」

 

 めぐみんのデコピンが、私とアクアに炸裂した。けっこう痛い。

 

「まったくもう。ルーちゃんのお姉さんが巨乳なはずないじゃないですか」「確かに」

 

 めぐみんの一言になるほどと頷くアクア。……それで納得しちゃうんだ。

 

「ひどいよめぐみん! 私のお姉ちゃんは貧乳じゃないよ、巨乳でもないけど」

 

 もしかしたら、めぐみんは人のことを顔ではなく胸の大きさで判断しているのかも。どうしよう、私が巨乳になったら他人扱いされちゃうのかな?

 

「ぐすっ……めぐみん。例えあなたが忘れても、私はずっと友達だからね」

 

「え? 何言ってるんですルーちゃん?」

 

 親友が心配そうに私を見つめてくる。

 

 大丈夫だよめぐみん、私がんばって成長しないよ! 牛乳とか飲まないから! 私たちは仲良し貧乳コンビ、ベストフレンドだよ!

 

「私たちの友情は永遠に(めぐみんが巨乳にならないかぎり的な意味で)不滅だよ」

 

「突然何を言ってるんです? 私とルーちゃんは永遠に(死ぬまで的な意味で)友達ですよ」

 

「ねえめぐみん? 何なのかしら、絶対ルミカは何かを勘違いしている気がするのだけど」

 

 アクアの質問にめぐみんは即答した。

 

「アクア、気にしないで下さい。この子は昔から破天荒でドジっ娘で、思い込んだら一方通行。ルーちゃんの変な行動に一々付き合っていたら、命がいくらあっても足りません」

 

 めぐみん、私のこと機動要塞デストロイヤーか何かと勘違いしてない?

 

「ひどい! ひどいよめぐみん! 私はお姉ちゃんやお母さんと違って、どこにでもいるごく普通の紅魔族なんだから!」

 

 私が抗議すると、めぐみんは悲しそうに目を逸らした。

 

「ルーちゃん、覚えていますか? 3年前の森のくまちゃん事件のことを」

 

 くまちゃん事件? 森の中でめぐみんとゆんゆんとかくれんぼをしていて、確か私が鬼で……。

 

「ああ、あれか!」

 

 思い出した!

 

 確か鬼だとなんかやる気が出ないって私がごねて。そうしたら、めぐみんが「鬼が嫌なら別の役割にしましょう。そうですね、カッコイイので一撃熊にしましょう」とか言って。

 

 ゆんゆんが「鬼は何で人を追いかけるのかしら? 今回の場合ならどうして熊は追いかけて来るの? 人間なんておいしくないよ」なんて聞くから。

 

「あれは本当に悲しい事件だったね。まさかゆんゆんがあんなことになるなんて」

 

 あれから1週間、ゆんゆんは家に引き篭もっちゃったのよね。

 

「惜しい人を失くしたよ」

 

 私はそれっぽい言葉で誤魔化した。

 

「何人事みたいに言ってるんですか! 誰のせいであんなことになったと思ってるんですかこの子は!」

 

 誤魔化せなかった。怒っためぐみんが私に関節技をかけてきて地味に辛い。

 

 体術の授業をいつもサボっていた彼女に、こんな完ぺきな技が使えるなんて。

 

 やはり彼女はあの力に覚醒したのかもしれない。そう伝説の力、ツッコミキャラに!

 

「ギブ! ギブアップ!」

 

 めぐみんは涙目で反省したら許してくれました。私の幼馴染は女神かもしれない。

 

「どうしたの? めぐみんがルミカに乱暴するなんて。くまちゃん事件ってそんなにひどい事件だったの?」

 

「ええ、それはもうひどい事件でした」

 

 めぐみんはアクアへ事件の説明を始めた。

 

 そう、あの時ゆんゆんが「そうよ、熊さんは人と友達になりたかったの! だから追いかけて来るのよ! 熊さんとならきっと、友達になれるはず」なんて言い出したので。

 

 心優しい私は熊さんとゆんゆんが友達になれるように、おやつに食べようとしていた蜂蜜を彼女の体に塗ってあげたのだ。

 

 蜂蜜塗れになったゆんゆんは、「う、うう…うわあああ!」と喜びの涙を流しながら走り出し、そんなゆんゆんをめぐみんは慌てて追いかけて行った。

 

「ルミカ、あなたって子は」

 

「仕方なかったの! 当時の私はゆんゆんに良いことしたなって本気で思ってたの! 熊さんの大好物である蜂蜜を身にまとえば、きっと熊さんも大喜びでゆんゆんを抱きしめてくれるのではと」

 

 私の言い訳はアクアにスルーされてしまった。

 

「そう、それでゆんゆんちゃんは……くまちゃんに襲われて……この世にはもう……」

 

 悲しそうに天井を見つめるアクア。いや、死んでないからねゆんゆん。

 

「ゆんゆんは蜂蜜塗りたくられて泣きながら里中走り回ってるうちに甘い匂いに誘われたのか、そこらじゅうから大量の虫が集まって来て。大量の虫にまとわりつかれた恐怖から気絶。全身百箇所以上を虫に刺されて……1週間家に引き篭もって。その後3ヶ月ほど精神が不安定になっていました」

 

 めぐみんの説明は確かに正しいけど、このままでは私が最低なやつだと勘違いされちゃうかもしれないから、一応補足説明をしたいと思う。

 

「虫にまとわりつかれて気絶したゆんゆんを見て、私は笑顔で言ったの。くまさんとは友達になれなかったけど、虫さんとは仲良くなれて良かったねって!」

 

 この説明を聞けばアクアはきっと理解してくれるはず。私は友達思いの良い子なのであって、決して人でなしではないのだと。

 

「どうしよう。私の妹があまりにも外道な子だった……」

 

 アクアにドン引かれた! そして外道扱いされた!

 

 ……うん、確かにいろいろ振返って見ると、私は外道なのかもしれない。今後はいっそ開き直って、これからはダークヒーローでも目指そうかな。

 

「ルミカ、今度ゆんゆんちゃんに謝りに行こう? お姉ちゃんも一緒に行ってあげるから。お詫びの品に蜂蜜でも持って行きましょう」

 

 謝りに行くのは別にいいんだけど、蜂蜜に嫌な思い出のあるゆんゆんに、蜂蜜持って謝りに行くとかアクアこそ鬼畜外道だと思う。

 

「ふっ、あのころの私は若かったからね。今ではいい思い出だよ」

 

「昔はやんちゃしてたみたいな雰囲気で誤魔化さないで下さい! はぁ、本当にもう。ルーちゃんのせいでそもそも何の話をしていたか分からなくなっちゃったじゃないですか」

 

「違うもん! めぐみんが私のお姉ちゃんをおっぱいの有無で判断するのがいけないんだもん!」

 

 私はめぐみんに猛抗議! 何でもかんでも私のせいにしないでほしい。

 

「え? ルーちゃんはお姉さんの顔をちゃんと覚えていたんですか? けっこう前に家出したお姉さんのことなんて、忘れちゃったのかと思いました」

 

「めぐみんは私をどこまでバカだと思ってるの? 私が家族を忘れるはずないでしょ」

 

 確かに時々存在を忘れたくなるような変な姉だけど。

 

「ルーちゃんがボケるのがいけないんです。見知らぬ人をお姉ちゃんなんて呼ぶんですから」

 

 やれやれ、私の発言がボケだなんて。めぐみんってば、まだまだ子供なんだから。

 

「これは私の作戦だったの。話しかけられたけど、誰だか思い出せない。そうだ、とにかく知り合いっぽいから話を合わせておこうと」

 

「なるほど。さすがは紅魔族、素晴らしい作戦ね。今度から私も同じ状況になったらそうするわ!」

 

 私の天才的な発想を賞賛するアクア。そんなアクアをめぐみんは冷ややかな目で見つめていた。

 

「はぁ。全然話合わせられてませんから。生き別れの姉妹なんて設定、どこから出るんですか」

 

 何故かめぐみんにため息をつかれると、すごい罪悪感がする。

 

 姉妹と言えば、お姉ちゃんが家出したのは何でだっけ?

 

 ああ、そうだ。思い出したよ!

 

 確か八百屋さんにキャベツを買いに行ったきり、帰って来なかったんだ。

 

 何やってんのよあの人、お使い一つ出来ないなんて。バカなの? 死ぬの? 方向音痴なの?

 

 今度ギルドに人探しの依頼でも出そうかな……一応心配だし。

 

「ため息とかやめてよめぐみん。めぐみんにそういうことされたら、何ひとつ悪い事してないのに土下座しないといけない気分になっちゃうじゃん」

 

「嘘をつくのは悪いことなんですよルーちゃん。悪い子はアクアに膝だっこの刑です」

 

 なんて恐ろしいことを言うんだこの娘。あんなことをもう一度されたら、今度こそ私は恥ずかしさで死んじゃうよ。

 

「大丈夫だよめぐみん。こんな単純な嘘に騙される人なんていないって。騙されてないなら、それは罪にはならないのよ。だから膝だっこなんて怖いこと言わないで、マジで私泣くから」

 

「それもそうですね。こんなあほな発言を本気で信じる人なんて、世間知らずな箱入りお嬢様くらいですよね。なら膝だっこはなしです」

 

 そう言って、私とめぐみんは笑い合った。

 

 これで安心、膝だっこは免れた。めでたしめでたし。

 

「2人とも、現実を見て! ルミカの嘘に騙されてあわあわしちゃってる可哀想な人を見て!」

 

 言われた通りにアクアが指差す方向を見るとーー

 

「どうしようクリス! 私はどうすればいいんだ! まさか、私に生き別れの妹がいたなんて。お姉ちゃんとは何をすればいいんだ? 急いで父に確認を取らなければ」

 

 私の華麗なるボケによって、女騎士さんは大パニック!

 

 何かぶつぶつ言いながら床の上でじたばたしていて、とても可哀想なことになっていた。

 

 ……やっぱりこれって、私のせいですか?

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ドラマチックなボケがしたかったの。反省してる、反省してるから! だからアクア、ニコニコしながら私を膝の上に乗せようとしないで!」

 

「だめよルミカ。お姉ちゃんには妹が悪いことをしたら、お説教する義務があるの。勘違いしないでほしいのだけど、これはあくまでお説教をするためであって、私がルミカをだっこしたいわけではないんだからね」

 

 嘘だ。アクアは私をだっこしたいだけに決まってる。

 

「助けてめぐみん! アクアがいじめる~」

 

 私はめぐみんに抱きついた。

 

「しまったわ! めぐみんは幼馴染に劇甘! これはルミカを渡して欲しければ、私を倒して行け的なパターンなの? どうしよう、可愛いめぐみん()を殴り倒すなんて私には出来ないよ」

 

 恐れおののくがいいアクア! これが、対シスコン用戦術兵器! これこそが、究極の絶対防御! めぐみんシールドです!

 

「がんばって下さいルーちゃん。私は応援していますから」

 

 そう言って、めぐみんは私の後ろに回り込んだ。

 

 あれ? 私の思ってた反応となんか違う……あれ?

 

「さすがめぐみん! そのままルミカを捕まえといて」

 

「分かりました」

 

 アクアの指示にあっさりと返事をするめぐみん。

 

「え? ちょ、ちょっと待って! ここはめぐみんが私をアクアから守ってくれたりする展開でしょ? 常識的に考えて」

 

 落ち着くのよルミカ。大丈夫、今ならまだなんとかなるはず。

 

 私の座右の銘は策士策に溺れず、冷静に話し合ってめぐみんを味方につけるのよ。

 

「昔からあなたは少し痛い目を見ないと、反省しない子でしたからね。ルーちゃんに反省してもらうためには、アクアの膝だっこが一番です。常識的に考えて」

 

 すごい常識的な答えを返された!

 

「お願い待って待ってちょっと待って! めぐみんは私が嫌いなの? 今あなたがしようとしていることは、お腹を空かせたこめっこちゃんに可愛いニャンコを預ける様なものだよ! 私がどうなってもいいの!」

 

「私の妹を飢えた獣のように言うのはやめてほしいんですが……その気持ちも分からなくはないのが辛いところです」

 

 こめっこちゃん、大丈夫かな? お腹を空かせて雑草とか食べてなきゃいいんだけど。

 

「惑わされちゃだめよめぐみん! ルミカはあなたを言葉巧みに誘導しようとしているのよ! 負けないでめぐみん! あなたが外道に落ちてしまったら、誰がルミカを光の道に連れ戻せるって言うの!」

 

 ちっ、もう少しでめぐみんの意識を逸らせたのに。

 

 おのれアクア、敵ながら中々良いセリフを! だが甘い、私が本当の誘い文句ってやつを見せてあげましょう。

 

「紅魔族なら闇の力とかダークサイドとか、カッコイイと思わない? さあめぐみん、こっちにおいで。共に世界を暗黒に染め上げようではないか!」

 

 ふふふ、紅魔族ならこのシチュエーションに抗えまい! この勝負、私の勝ちだ!

 

「ふっ、甘いですねルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ! この私が、この程度のシチュエーションに、食いつくとでも思ったんですか?」

 

 めぐみんに誘惑が効かないなんて予想外。唖然としていた私は、気が付けば後ろからめぐみんに羽交い絞めにされていた。

 

「嘘でしょ、ありえない! 紅魔族ならこのシチュエーションで私の味方にならないはずが」

 

「なるほど。めぐみんは紅魔族である前に、一人の姉だったと言うことね」

 

 項垂れる私に、勝ち誇ったアクアがそれっぽいセリフを言った。

 

 胸を張っているのが非常に憎らしい。あの胸もいでやりたい。

 

「今まで共に戦ってきた仲間が敵のスパイだったり、ラスボスを倒したと思ったらラスボスの手下が真の黒幕だったり。ダークサイドなら、裏切り者の方がかっこいいと思いませんか?」

 

 確かに、超絶カッコイイ!

 

 まさか、この私が幼馴染の好むシチュエーションを読み違えるなんて……完敗だよめぐみん。

 

「ぐすっ……裏切られた。私、親友に裏切られた。……信じてたのに、めぐみんのことは味方だって……私信じてたのに」

 

 こんなに完璧に負けてしまったら、最後の手段。泣き落とししかないじゃない!

 

「………………」

 

 アクアがぽかんと口を開けていた。「え? 最初に裏切りを提案してたのルミカでしょ?」と目が語っていた。

 

 ごめんねアクア、私って負けず嫌いだから。使えるものは何でも使う悪い子なのです。

 

「何悲劇のヒロインぶってるんですか。ルーちゃんの考えはお見通しです。私のこと、どうせめぐみんシールドとでも思ってたんですよね?」

 

 どうしてバレちゃったのかしら。恐るべし幼馴染。

 

「めぐみん、ヒロインって言うのは死んだらだめなの。ヒロインとは主人公とハッピーエンドを迎えなければならない運命を背負いし者。どんなに絶対絶命な状況からでも、何故だか最後まで生き残る存在を人は畏敬の念を持ってヒロインと呼ぶんだよ。よく物語の中でもあるでしょ? 仲間を肉盾にして敵の攻撃を防いだり、ライバルキャラを敵の囮にしてヒロインレースから永遠にリタイアさせたり。つまり、ヒロインは卑怯卑劣極悪非道、何を犠牲にしても許されるんだよ?」

 

「最低です! ヒロインにあるまじき最低な発想ですね!」

 

「そんな最低な私も最高にステキ! いえーいっ!」

 

 私はめぐみんのセリフに最高の笑顔でそう言った。

 

「笑顔で開き直らないで下さい。確かに可愛いですけど」

 

「私の妹が可愛すぎて生きるのがつらいっ!」

 

 めぐみんもアクアも私の笑顔でイチコロなのです。

 

 これで話題は完全に逸れたはず。ルミカちゃん大勝利!

 

「ではルーちゃん。可愛いヒロインらしくアクアお姉ちゃんにたっぷり可愛がってもらって下さい」

 

 めぐみんの一言に、私の肩がびくりと震えた。

 

「やめてやめて! めぐみんの言う可愛がるは私の思う可愛がるじゃないと思うの! このままだとアクアにルミカちゃんがボコボコにされちゃうかも! だからめぐみん、肩をぐいぐいしないで」

 

 めぐみんは私の肩をぐいぐいとアクアに向けて押し始めた。

 

 何なのこれ! 欠食児童だっためぐみんに、この私が力負けするなんて!

 

 紅魔の里にいた時より、ちゃんとご飯が食べられるようになって元気なのかも。

 

 ……昔から親友の健康を心配していたので、元気に育ってくれてちょっと泣きそう。

 

「もう、ルーちゃんったら。私とアクアがそんなひどいことをするはずないじゃないですか」

 

 ……滑って転んで気絶した時、めぐみんに髪の毛抜かれそうだったよね私。

 

「安心してルミカ。女神アクアの名に誓って、私はルミカを可愛がるだけでボコボコになんてしないわ!」

 

 そもそもアクアって女神じゃないじゃん!

 

「本当? 痛いことしない? 怒ってナイフとか投げない?」

 

 私は二人に恐る恐る尋ねた。

 

「そんな恐ろしいことしないわよ!」

 

「しませんよ! ルーちゃんはお姉ちゃんたちを何だと思ってるんですか!」

 

「もちろん信頼してるよ。二人ともやる時は殺る女だと思ってます!」

 

 特にめぐみんはカズマや私が何かやらかしたら、容赦なく爆裂魔法をぶち込んで来るに違いない。

 

「妹に信頼されてとても嬉しい、嬉しいのだけど……何なのかしら、この複雑な感情は。人として、いや女神としてこのままでいいのかしら私」

 

 なんかアクアが落ち込んじゃった。

 

「人から信頼されてこんなに微妙な気分になったことはありません。安心して下さい、そんな物騒なこと私たちはしませんよ」

 

 めぐみんはちょっぴり涙目になった私を安心させるように、頭を撫でてくれた。

 

「ああ良かった。お母さんが夫婦喧嘩になった時、お父さんに魔剣持って襲い掛かってたり、お姉ちゃんがお母さんとの親子喧嘩で上級魔法を撃ち合ってたから。てっきり、めぐみんやアクアも怒ったら襲い掛かって来るのかと思ってたよ」

 

 ジャイアントトードとの戦闘で手持ちの武器はほぼ使い切っちゃったからね。今襲い掛かられていたら、何も抵抗出来ずに命が危なかったかも。

 

「………………」

 

 あれ? あれ? ……めぐみんとアクアの反応がなんかおかしい気が。

 

「どうしたのめぐみん? どうして突然そんな悲しそうな目で私を見るの? ねえ、何で私の頭をぽんぽんするの?」

 

「ぐす、ルーちゃん……今まで気づいてあげられなくて……ごめんなさい。まさか、ルーちゃんの家が修羅の国だったなんて……ひっく……もう1人で抱え込まないで良いんです、私の前でなら……泣いても良いんですよ」

 

 めぐみんが私の頭を撫でてくる。何故か泣きながら。

 

 どどど、どうしよう、どうしたらいいの!

 

 めぐみんが泣いてる! 私の可愛くて天才で優しい幼馴染が突然ガチ泣きしてる!

 

 私はどうしたらいいの? 助けてアクア!

 

「ぐす、うぐ……お姉ちゃんはそんなことしないよ、大丈夫だよルミカ……ひっく……」

 

 こっちも泣いてるっ!!

 

「どうしたのアクア。何で私を抱き締めるの! 何でアクアも泣いてるの?」

 

 え? 私? 私のせいなの?

 

 私の発言に何か問題点があったから、二人の美少女が泣いてるの? 何この罪悪感……。

 

 仕方ない、こうなりゃヤケよ! 膝だっこでも肩車でも何でもござれ! かかって来なさいシスターズ!

 

「な、なあんちゃって! うっそぴょーんっ!」

 

 ルミカちゃんの必殺技、ペテン! 私は全てをなかったことにした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「まったく……この子はまったく。ルーちゃん、たまにはしっかりきっちりこってり反省して下さい」

 

「いはい、いはいよめぎゅみん! ほめん、ごめんにゃしゃい!」

 

 めぐみんが私の頬を引っ張ってくる。痛い、すごく痛い。

 

 でも、これで良かったのです。美少女に泣かれるくらいだったら、私は喜んで悪役になりましょう。

 

「ルーミーカーちゃーん!!!」

 

 突然後ろから恐ろしい声がした。

 

「ふぇ?」

 

 びっくりした私が恐る恐る振り返ると、そこにはにこにこしたアクアがいた。ていうか今の声どうやって出したの! どすが効いてたよ?

 

「ね、ねえ……何でアクアは私の背中と膝の裏に手を回そうとするの?」

 

 ものすごいいやな予感がする。

 

「ああ、これ? 膝だっこじゃ物足りなかったかなって思って」

 

「……思って……?」

 

 冷や汗をダラダラ流す私の質問に、アクアはとても良い笑顔で答えてくれました。

 

「お風呂で憧れだって言ってたし、お姫様だっこをしてあげようかなってっ! その状態で街中歩き回りながらお説教しましょうか」

 

「やめてやめて! はーなーしーてー!」

 

 そんなことされたら私が死んじゃう!

 

 美少女を泣かせた罪悪感に耐え切れなかったからって、安易に膝の上お説教コースを覚悟してしまったさっきの自分を殺してやりたい!

 

「助けてめぐみん! あなたの親友が公共の場で辱められちゃうよ! お嫁に行けなくなっちゃうよ!」

 

 私の必死の助けてオーラを受けためぐみんは、子供を安心させるように微笑んだ。

 

「大丈夫ですルーちゃん。もしお嫁に行けなくなっても、私がもらってあげますから」

 

 全然大丈夫じゃないですから! 問題しかないですから!

 

 だめだこの親友、助けてくれる気がまったく感じられない。

 

 助けを求めギルドの中を見回すと、みんな私から目を逸らした。

 

 カズマだけが「キマシタワー」と言いながらこっちをガン見して鼻血を流していた。彼とは今度きっちりお話しなければいけない気がする。

 

 後受付のリーナさん、私とめぐみんを見てこっちに親指を立てないで! グッジョブじゃないから!

 

 確かにめぐみんのお嫁宣言にちょっぴりときめいちゃったけど。私たちはそんなんじゃないんだから!

 

 誰か、誰か他にいないの? 私を救い出してくれる白馬の王子様は。

 

「……辱め。……お嫁に……行けなくなる……?」

 

 私の叫んだ単語に反応したのか、さっきまで床でのた打ち回っていたダクネスさんがゾンビのように立ち上がった。彼女と目が合ってしまったが、私は速攻で目を逸らす。

 

 ……さすがにあの人には助けてほしくないよ。

 

「話し合おう、アクア。ここは平和的に話し合いましょう! 話せば人は分かり合えると思うの」

 

 私は最後まで諦めない! 諦めてたまるもんですか!

 

「ルミカが話し合って分かってくれなかったから、今こんな感じになってるのよ」

 

 アクア様のおっしゃる通りですごめんなさい!

 

「それに、さっきも言ったでしょ? 嘘つきはエリス教徒の始まりなのよ」

 

 そう言って、アクアが私を抱き上げようとしたその時。

 

「少し待て。さきほどから聞いていれば、年端も行かない少女を辱めようとは関心できんな」

 

 なんということでしょう。ちょっと変態さんっぽいから助けられたくないと思っていたダクネスさんが、私を助けてくれるなんて。

 

 ありがとうございます騎士様! 清く凛々しく美しいとはあなたのような人のためにある言葉です。

 

 私の中でダクネスさんへの好感度は鰻上り、いやコイの滝登りだよ!

 

「まったく、こんな大勢の人がいる前で説教しなくてもいいではないか……羨まけしからん」

 

 今この人、小さい声で羨まけしからんって言った! 一瞬で好感度が下がりましたよ騎士様!

 

「そもそも、最も許せないのは! エリス教徒である私の前で、女神エリス様のことを嘘つき呼ばわりしたことだ!」

 

 バカな!

 

 まさかダクネスさんみたいな変態さんが気高く神聖で真面目なエリス教徒だったなんて! てっきり変人と変態のユートピアと呼ばれるアクシズ教徒だと思ってたのに。

 

「あなた、もしかしてあの有名な話を知らないの? これは魔王軍幹部に一度殺されちゃったけど、運良く蘇生魔法で生き返った人から聞いた話なんだけどね。女神エリスの肖像画は巨乳に描かれているけど、実際に死後の世界で出会ったエリスはどうやら胸パッドだったらしいのよ。つまり、女神エリスは嘘つきなのよ!」

 

 そんな噂、聞いたことないんだけど。絶対今考えたでしょ。

 

「何……だと」

 

「あっははははははははは! あっははははははははは!」

 

 噂を信じて崩れ落ちる女騎士。勝ち誇り高笑いを上げるアクア。そんな2人からこっそり距離を取る私。

 

 ありがとう騎士様、あなたの犠牲は忘れません。膝だっこが回避できたのは、だいたいあなたのおかげです。

 

「女神エリス、私はあなたを許しません!」

 

 何故か突然怒りだすめぐみん。

 

「権力にモノを言わせて胸を偽るだなんて。万死に値します! 我が爆裂魔法で消し飛ばしてくれる」

 

 エリス様逃げて! 超逃げて!

 

「あっ! あの時の貧乳巨乳コンビ!」

 

 おっぱいの話で思い出した。

 

 銀髪ちゃんがクリス、金髪さんがダクネス。2人ともこの間私を助けてくれた、心優しいお姉さんたちでした。

 

「誰だ私を貧乳って呼ぶのは! ぶっ飛ばしてやる! 貧乳で何が悪い! 貧乳はステータスだよ! 胸なんて飾りなの、盗賊は身軽じゃないとだめなんだ! つまり、私は貧乳なんかじゃない! 職業が盗賊だから仕方なく貧乳になってるんだ! 本気を出したら巨乳にだってなれるんだからね。貧乳には無限の可能性が秘められてるんだ!」

 

 カズマと話していたはずのクリスちゃんが、鬼のような顔でこっちを睨んでいらっしゃる。……土下座したら命は許してくれるかな……。

 

「落ち着けクリス。子供に殺気を向けるな! 気にすることはない、子供とは素直な存在なんだ」

 

 ……子供じゃないし、立派なレディだし!

 

「ダクネスには、私の気持ちが分からないんだ! 胸がないから、男の子によく間違えられる私の怒りが! 初対面の人からお兄さんとか少年とか呼ばれる屈辱が! 女の子からお兄さんと声を掛けられ、街中でナンパされたあの悲しみが! あんたみたいな巨乳に分かるのか!」

 

「そうだよ! どうしてダクネスさんにはクリスちゃんの気持ちが分からないの? 世の中には巨乳だからって、言っちゃだめなことがあるんだよ」

 

 クリスちゃんの魂の叫び、私の胸に響いたよ。

 

「おい! それをルミカが言うのか! 何で私が悪いムードになってるんだ。クリスを怒らせた張本人はルミカではないか! おかしいだろ」

 

 何もおかしなことなんてない。私は巨乳の敵であり、貧乳の味方なのだから。

 

「だいたい胸なんてあっても肩がこるだけだぞ?」

 

「う、ううう。ダクネスの馬鹿ああああ!」

 

「いや、もう貧乳でも何でも良いから! 俺にスキルを教えてくれよ!」

 

 ダクネスさんの心無い一言を受けたクリスちゃんは、泣きながらギルドを飛び出して行った。それを慌てて追いかけるカズマ。うーん、なんてカオスな状況なのかしら。

 

「……クリスを泣かしてしまった。私はなんてひどいことを……」

 

 落ち込むダクネスさんの肩をぽんぽんするめぐみん。

 

「ルーちゃんがすいません。私のルーちゃんが本当にすいません。この娘に悪気はないんです、本当は優しい子なんです。ちょっと頭が悪くて空気が読めないだけなんです」

 

「ねえ、めぐみん。それはフォローになってないと思うの私だけ? 紅魔族随一の優しさを持つルミカさんも、怒る時は怒るんだよ?」

 

 確かに私は頭が悪いかもしれないけど、めぐみんは性格が悪いと思う。絶対私をいじって楽しんでるよこの子。

 

 ていうか私のルーちゃんって何?

 

「まったく、ルミカはトラベルメーターなんだから。お姉ちゃんをあんまり心配させないでね」

 

 トラブルメーカーを言い間違えちゃうアクアの方が、私はすっごく心配です。

 

「ふむ、なるほど。確かに私とクリスがルミカと出会ったのも、バカバカしい理由だったしな」

 

 え? 納得しちゃうの! ダクネスさん納得しちゃうの!

 

 どうしよう、予想以上に私ってみんなからあほの子だと思われちゃってるの?

 

「ルーちゃんはドジっ娘ですから。この子、何か迷惑とか掛けませんでした? 妹が迷惑を掛けたなら、それは姉である私の責任でもあります」

 

 めぐみんならこの後「妹が迷惑を掛けたお詫びに良ければ、その邪魔そうな胸をもいであげましょう」とか言い出すかななんて考えてしまった私は、少し疲れているのかもしれない。

 

「迷惑なんてしていない、私は騎士として当然のことをしただけだ。路上で少女が……」

 

 まずい! これ以上ダクネスさんに話させてはいけない!

 

 このままだとめぐみんとアクアに、私のうれしはずかし姦しいエピソードがバレちゃう。

 

 2人の才色兼備なルミカちゃんのイメージが、残念な子になってしまう! 急いで誤魔化さないと。

 

「私が路上パフォーマンスをしていたら、クリスちゃんたちが話しかけてくれたんだ。そこから話が弾んでね。一緒にご飯を食べたの」

 

 よし、我ながら完璧な言い訳!

 

「あれは路上パフォーマンスだったのか? 私たちは道端で行き倒れていた少女を保護したつもりだったんだが……」

 

 ……あっ。

 

「ルミカ。やっぱりめぐみんとは似たもの姉妹なのね」

 

 アクアはうんうんとなんか一人で納得している。

 

「ふふっ。さすがに行き倒れを路上パフォーマンスで誤魔化すのは、無理だと思いますよルーちゃん」

 

 めぐみんは笑いを堪えている。

 

「違うもん! お昼寝してただけだもん! 道端でお昼寝してただけなんだもん! 私は決して行き倒れてなどいない」

 

 3人とも私の話を聞いてくれない。すごく暖かい目で見て来る。

 

 それから5回ほど。私はどれだけ自分が優雅に地面の上で午後のひと時を過ごしていたのかを説明した。……3人とも信じてくれなかったけど。

 

「うぐ……ぐすっ……違うもん……ひっく……違うんだもん」

 

 恥ずかしい。涙が止まらない。

 

「もう良い、もう良いんだルミカ。それ以上無理にしゃべらなくてもいいんだ。お前が空腹で倒れていたのは私の勘違いだった、お前の『道端に寝転がり優雅に庶民と戯れる姫様』は素晴らしい芸だったから」

 

「そうよね、優雅に地面に座るくらい普通よね! 私も時々地面とハグしてるもの、土との触れ合いって大切よね。常に大地に感謝を忘れないルミカの姿勢は素晴らしいものよ」

 

「もう笑わないので泣き止んで下さい。今ならプリンもありますよ」

 

 ダクネスもアクアもめぐみんも。こんな惨めな私を慰めてくれるなんて……恥ずかしくて死んじゃいたい……いなくなっちゃいたい。

 

 いなく……なっちゃいたい?

 

「くく。くふふ。くははははは! そうだそうだよそうじゃないですか! どうして私はこんな簡単な点に気がつかなかったんだろう。まったく、ルミカってばおバカさん☆」

 

「ねえ、どうしたのルミカ? 目が真っ赤なんですけど! まるでさっきのめぐみんみたいに目が真っ赤なんですけどっ!」

 

「何だ、この背筋を這うような悪寒は……まるでふざけてクリスの胸パッドを取った時のような恐ろしい気配がするぞ!」

 

「まずいですよ2人とも! 本気でまずいです! ルーちゃんが! 紅魔族随一の天災、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィが! 本気で切れました!」

 

「まったく。アクアもダクネスもめぐみんも、何をそんなに焦ってるの? 私は全然怒ってないよ? ただちょっと……」

 

 私は一生懸命考えたのです。うれしはずかしエピソードがバレちゃったのはもう仕方ない。大切なのはその後始末をどうするかなのだと。

 

「ただちょっと……爆裂魔法でギルドを塵にしようかなって!」

 

 私の素晴らしい発言に、ギルド内の冒険者全員がスタンディングオベーション! 荒くれ者たちは絶叫しました。

 

「全員戦闘準備! ルミカちゃんを全力で止めろぉぉぉぉ!」

 

 その時の私は思ってしまったのです。恥ずかしい過去なんて、ギルドごとなかったことにしちゃえば良いじゃんと。

 




 ダクネスさんはルミカのお姉ちゃん発言を受けて、床の上でずっとじたばたしていました。クリスと喧嘩しちゃったり。今回一番の被害者かもしれません。

では一度やりたかった次回予告を。

やめて!これ以上カズマさんの変態的幸運値で、スティールなんてされたら、アクセルから女性冒険者がいなくなっちゃう!お願い、負けないでルミカ!あんたが今ここで倒れたら、めぐみんやクリスの尊厳はどうなっちゃうの?乙女的ライフ(パンツ)はまだ残ってる、ここを耐えれば、カズマに勝てるんだから!
次回、「ルミカ死す」デュエルスタンバイ


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この瑞々しいキャベツにマヨネーズを!

お久しぶりです。ずいぶんと投稿が空いてしまいすいません。原作小説を読んで、プロットに変更点などを見つけてどうしようか瞑想していました。急いで書いたのでいつも以上に誤字が多いと思いますが、土日になるべく修正するつもりなのでご勘弁を。
 このすば2も始まったのでペースアップがんばります。


「どうなってんだこれ!」

 

 ギルドを飛び出して行ったクリスを無事探し出し、そのままギルドの裏でいろいろあったがなんとか初めてのスキルを手に入れた俺がギルドに戻ると。

 

「アクア様もう一度! 5000エリス払うので、もう一度花鳥風月を!」

 

「やばいっす、アクアさんマジやばいっす!」

 

「アクア! アクア! アクア!」

 

 めんどくさそうな様子のアクアの周りで、多くの冒険者たちが熱狂していた。

 

「ルミカちゃん、プリン奢るから! だからお願い、ぜひ月下美人を!」

 

「これがただの宴会芸だと! ありえん、ありえんよ! これはもう宴会芸に収まるレベルじゃない、まさか! あなたが神か!」

 

 ルミカの周りにも人だかりが出来ていた。

 

 しかし、ルミカはそんな騒ぎも気にならないのか。顔色を悪くし、めぐみんに膝枕されていた。

 

「お帰りなさいカズマ」

 

 ルミカの頭を撫でていためぐみんが、俺の到着に気がついたようだ。

 

「おう。それよりこれは何の騒ぎなんだ? 何でルミカはグロッキーになってるんだ」

 

「はぁ、ちょっとこれには丘より高く湖よりは深い事情があるのですが、まあ気にしないで下さい」

 

 そう言って、めぐみんは気まずそうに俺から目を逸らした。

 

「おのれ、ルミカ。なんて恐ろしい技を。決闘の流れ弾に掠っただけでこれほどのダメージを受けるとは」

 

「ダクネスー!」

 

 めぐみんが目を逸らした方向を見てみると、何故か金髪の女騎士が腹を抑えて床に寝転がっていた。それを見て涙目で駆け寄るクリス。

 

「くっ、やるじゃねえかルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。まさかこの俺が、こんな子供に敗れることになろうとは。修行が足りなかったようだ」

 

「アレクさん! 気をしっかり持って下さい!」

 

 なんか血まみれの冒険者が、受付のお姉さんに呼びかけられてるんだけど。しかも今、ルミカとか不吉なワードが聞こえて来たんだが。

 

「めぐみん! 本当に気にしなくて大丈夫なのかあれ!」

 

「床にいるダクネスのことですか? 大丈夫ですよ多分。なんだか分かりませんが自分からルーちゃんの必殺技に当たりに行ったくらいですし」

 

 そっちじゃねえよ! 俺が言ってんのは明らかにやばそうな血まみれ冒険者さんの方だよ!

 

「どうしようもねえろくでなしだった俺の人生も終わりか、でも良かったのかもな。これで俺はもう、他人様に迷惑をかけなくてすむってもんだ」

 

 おいおいおい! え? 何? もしかしてやっちゃった? よく分かんないけど決闘になって、アレクさんとやらを瀕死にしちまったのかアイツ!

 

「何言ってるんですかアレクさん! 冗談はやめて下さい! あなたはこんな場所で死んで良いような人じゃないわ! だから生きて!」

 

 そうか。受付のお姉さんとあの冒険者はそういう関係で。

 

 どうすんだよこれ! 俺たち今後もギルドを利用するのに、あの受付の人と顔合わせるのすげえ気まずくなるぞ。

 

「ははっ、もう良いんだよリーナちゃん」

 

 良くない! あんたが死ぬと俺の精神衛生上非常に良くない! 生きてくれアレク!

 

「何でそんなこと言うの! どうして周りの人の気持ちを考えてくれないんですか貴方は! あなたが死んで残される人の気持ちを! 私の、私の気持ちも考えて下さいよ!」

 

 ちくしょう。俺に、俺にチートが。回復能力なんかがあれば。

 

 回復能力?? はっ、あるじゃないか。俺にはこんな時にこそ役に立つ勝利の女神様(最強の転生得点)が。

 

「アクアー!」

 

 俺がそう声を出したその時。

 

「まったく、そんなに死にたいならモンスターと戦って死んで下さい! あなたがここで死んだら、ルミカさんが犯罪者になっちゃうじゃないですか」

 

 受付嬢の口からこの状況で絶対に出ないであろう暴言が飛び出した。

 

「お、おい! お前ら恋人同士だろ! 死にそうな恋人にそれはないんじゃないのか!」

 

「はい? 恋人? 誰と誰が? 恋人とはめぐみんさんとその膝の上で、ぐったりしているルミカさんのことですか?」

 

 何だこの受付嬢! 冷血ドsか天然なのか? 言葉のキャッチボールが成立しない。

 

「そそそ、そうですよ何を言ってるんですか! 私とルーちゃんが恋人だなんてありえませんから!」

 

 あわあわと顔を真っ赤にするめぐみん。どうやら受付嬢の言葉(変化球)は俺の真横に座っていためぐみんに直撃(デッドボール)したようだ。

 

「俺はそんなこと言ってねえよ! あんたとそこのアレクさんの話だよ」

 

「カ、カカカカズマ! そんな私とルーちゃんが仲良しお似合いカップルだなんて言われても困ります!」

 

 いや落ち着いてくれめぐみん。そんなことは本当に言ってないぞ。

 

「え? お二人は姉妹と書いてカップルなご関係じゃないんですか? すごく仲良しに見えたので、てっきり百合な関係だとばかり。」

 

 おいそこの受付嬢! めぐみんの話に食いつくな!

 

 あんたのストレートはメジャーを狙える腕前なのは分かったから、火に油を注ぐのはやめてくれ!

 

 パーティメンバー同士で恋愛関係とかになったら、なんか気まずいだろ。……いや、でも身近で百合が見られるのは少し嬉しいような。

 

「げほっ。俺の意識がまだ残っているうちに、聞かせてくれないか。つまり、二人はいったいどういう関係なんだ」

 

 おいいいい! 何で血反吐吐きながら話に入って来るんだよアレクゥゥゥー!

 

 もう少しでアクアが来てくれるから! 安静に寝ておけよ!

 

「え、えっとですね。私とルーちゃんは、ですね」

 

 めぐみんも答えなくていいよそんな質問なんかに!

 

「腐れ縁と言うか、ただのご近所と言うか……友達、そう! 私たちは何の変哲もないただの友達なのです!」

 

 めぐみんはただの友達の部分をものすごい強調した。

 

「腐れ縁、ご近所……うぐ……ただの、友達。……そっか、ただの……友達……ひっく……」

 

 悲しそうな声のした。めぐみんの膝を見ると、ルミカが涙目になっており、今にも泣き出しそうである。

 

「違うのですルーちゃん! これは言葉のあやってやつで、全然私の本心なんかじゃないんです! 突然変なことを聞かれたので、恥ずかしくて咄嗟に言い訳してしまいました。私はルーちゃんの可愛いところもドジなところも大好きで、親友だと。姉妹みたいだと思ってますよ。出来ればこれからもずっと一緒にいたいと思ってるんですだからごめんなさい嫌いにならないで下さい! ルーちゃんに嫌われたら私は……私は……ひっく」

 

 膝の上のルミカの頭を激しく揺すり、めぐみんは泣きながら自分の発言を詫び始めた。

 

「ぐす……あり……がとうめぐみん……嬉しいんだ……けど……やめっ……ヤメロォー」

 

 めぐみんの気持ちを聞き嬉しそうにするルミカだったが、グワングワンと頭を揺らされ顔色がどんどん悪くなっていく。そんなルミカの助けを求める声は、必死に謝るめぐみんには届かず。

 

「くー、俺は感動した! 仲直り出来てよかったな……最後にこんな美しい友情が見られて…俺は幸せだったぜ」

 

 1人は友人に嫌われそう的な意味でこの世の終わりみたいな顔で必死だし。

 

 もう1人は気持ち悪さで吐きそうどうしよう的な意味で乙女のピンチを必死に耐えてるんだが。……この様子を見たら、普通感動は出来ないと思う。

 

 俺と受付嬢さんは、めぐみんがルミカを泣かせる原因となる一言を放ったくせに、なんか幸せそうに瞼を閉じ動かなくなったアレクをゴミでも見るように見つめていた。

 

「カズマさんカズマサン! 何か用? さっき私のこと世界一美人で芸達者な女神様って呼んだでしょ?」

 

 人垣をかき分けてやって来たアクアの回復魔法によって、アレクは助かった。

 

 いや、俺も最初は助けようとしてたさ。だけどな、後で俺がいない間に起こった騒動を聞いたら。

 

 やっぱ助けなきゃ良かったと後悔した。何故ならギルドを混沌の渦に巻き込んだ原因は、ルミカとアクアの宴会芸対決と言う名の姉妹喧嘩だったのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「もうルミカってば。私の回復魔法は酔い止めの薬じゃないんだからね。女神様のありがたい祝福なんだから」

 

 私に膝枕をしながら『ヒール』を掛けてくれるアクアは、そんなことを言っていたが妹を看病できて少し嬉しそうだった。

 

「ふぅ。気持ち悪くて死ぬかと思った」

 

 ありがとうアクア。

 

 アクアが回復魔法を掛けてくれなかったらめぐみんの膝を借りて休んでいた私は、乙女的にも友人的にもヒドイ事故を起こすところでした。

 

 ギルドで爆裂魔法を撃とうとしていた私を体を張って止めてくれたし。

 

 アクアは本当に良いお姉ちゃんだよ。でも次は絶対。あなたを宴会芸で倒して見せる!

 

「良かったですねルーちゃん。乙女のピンチが回避できて」

 

 ちなみに私の下半身はアクアの隣の席に座っているめぐみんの膝の上に乗せられている。

 

 何なのこのダブル膝枕状態? イスとか床よりは全然柔らかくて寝やすいんだけど、大丈夫かなこの姿勢……パンツ見えないよね?

 

 今……別の意味で乙女のピンチかもしれない。

 

「いやいや。元はと言えばめぐみんがガクガクしたせいなんだけど」

 

 でも、私に嫌われたくない一心でめぐみんが必死になってくれたのは……正直うれしかった。恥ずかしいから絶対言わないけど。

 

「ねえカズマさん? どうしてカズマさんにスキルを教えてくれるって言ったその子は泣いてるの? 何でカズマさんを睨んでるの?」

 

「……気にしないで……私はただカズマ君にパンツ盗まれただけだから……惨めだな……泣きたい」

 

 アクアからの質問に答えたクリスちゃんは、なんだか頭からキノコが生えそうなくらいじめじめムードだった。

 

「何口走ってんだクリス! 俺は自分のパンツの値段は自分で決めろって言っただけだ! いや、だいたい合ってるけど! 待ってくれ違うんだ!」

 

「クズですね」

 

「クズね」

 

 めぐみんとアクアが言い訳するカズマに冷たい目を向けている。まったく、カズマは何をしてるんだか。

 

「待ってよ二人とも! カズマはそんなことしないはず。仲間を信じてあげようよ!」

 

「ル、ルミカ」

 

 私の言葉を聞いて、感激するカズマ。私は彼を安心させるように微笑んだ。

 

「カズマ。やってないと自分では思ってるんだよね。うん、私は分かってるからね。カズマがそう思うならきっとそれが正しいはず。あなたの頭の中ではその通りなんだよね。大丈夫だよカズマ。私はカズマがお勤めを終えるのを信じてる。私たちずっと待ってるから」

 

 私は上げて落とした。ちなみにこれはめぐみんに爆発するポーションについて問い詰められた時、カズマに裏切られた仕返しだったりする。

 

「全然信じてねえじゃねえかお前!」

 

 いやだってクリスちゃん泣いてるし。どんな理由でも、女の子のパンツ剥ぎ取るのはだめでしょ人として。

 

「べーっだ!」

 

 周りの女性冒険者たちから冷たい目で睨まれあわあわするカズマを見て、クリスちゃんは舌を出していた。思ったより落ち込んでいなくて良かったと思う。

 

「それで? 結局カズマはスキルをきちんと教えてもらえましたか?」

 

 めぐみんのその言葉に、カズマは不敵に笑った。

 

「バッチリだぜ、見てろよ? 行くぜ、『スティール』っ!」

 

 カズマが叫び、めぐみんに右手を突き出す。

 

 何と言うことでしょう。その手にはしっかりと黒い布が握られているではありませんか。

 

 そうです、おパンツ様です。360度どこから見ても、女性用のおパンツ様です。本当にありがとうございますぶっ殺してやろうかこの男!

 

「……カズマ…私今手持ちが6万5000エリスしかないんだけど、これで足りるよね?」

 

 めぐみんのパンツを奪還するは我にあり!

 

 私はアクアとめぐみんの上から起き上がり、カズマに財布を差し出した。さようなら、今回のクエスト報酬含めた私の全財産。

 

「……ル、ルーちゃんが、わ、私のパンツを欲しがっている? お金を出してまで、ルーちゃんは私のことが、……いや早まってはだめです、ごにょごにょ……」

 

 顔を赤くしてもじもじとするめぐみん。何かぼそぼそ言っているけど、きっとパンツがなくて不安で恥ずかしいのだろう。

 

「なっ! 何をする気なのよルミカ! 友達の下着をお金で買おうだなんて! お姉ちゃんそう言う特殊なのはあなたには早いと思うの! 考え直して」

 

 いや、アクアこそ何を言ってるの?

 

「そ、そうだぞルミカ! 早まるな! 今ならまだ引き返せる!」

 

 いきなり仲間にスティールとか、早まったのはカズマだと思うのは私だけでしょうか。

 

「二人とも何言ってるの? パンツの値段は自分で決めろってカズマが言ったんでしょ? でもね、めぐみんはただでさえお金がないんだよ。そんなめぐみんから今日のクエストの報酬を根こそぎ奪い取る気? そうしたら宿にも泊まれなくなっちゃうじゃん。なら誰かが代わりにカズマにお金を出すしかないよね。私の親友のパンツはそんなに安くないよ、だから今持っている全財産を出すね。私なら大丈夫、知り合いの店にでも泊めてもらうから」

 

「アクア、俺たちって……心が汚れてるな」

 

「そうね、私たちが間違ってたわ」

 

 よく分からないけど、私の説明が悪かったのかな? 2人とも落ち込んでしまった。

 

「……あの、スースーするのでいい加減パンツ返してください……恥ずかしいので」

 

 めぐみんにそう言われたカズマは、私のお金を受け取らず慌ててパンツを返した。クリスちゃんにもあっさり返してあげれば良かったのに。

 

 しかし、さっきから違和感がする。何故かめぐみんの言葉が引っかかるんだよね。

 

 私は大切なことを忘れているような気がする。背筋が冷えるようなこの感覚は、まさか! 私は組織に狙われている?

 

「おかしい、スティールはランダムに1つ持ち物を奪うだけのはずなのに。まさか、これが俺の幸運の高さ?」

 

「あれですか? 冒険者はレベルアップしてステータス上がるとクラスが変態になるんですか? カズマは下着専門の盗賊にでもなるつもりですか?」

 

 あっ、分かった。これはやばい。乙女としてこれはないわ。

 

 背筋が冷えるような感覚。めぐみんのスースーする発言に違和感。

 

 間違いない。私、今パンツはいてない!

 

 どうやら頭がふわふわしていたせいで、お風呂に忘れてしまったらしい。

 

「なんと言う外道! なんて言う鬼畜! 公衆の面前で少女からパンツを剥ぎ取るなんて騎士として人として女として許せない! ならば私が彼女たちの盾となろう! だから私をぜひこのパーティーに」

 

「断る!」

 

 良いことを言っているダクネスさんの申し出を、カズマはあっさり断った。

 

「くっ、だがあなたのスティールが本当に故意ではないか分からないと、女性冒険者たちが納得出来ない! そこでどうだろう? もう一度だけスティールをやって見てほしい。安心しろ、私は逃げも隠れもしない! さあ、私のパンツを公衆の面前で剥ぎ取るがいい!」

 

 自分の欲望もあるんだろうけど、ダクネスの言うことにも一理ある。……なんか面倒な展開になりそう。

 

 カズマが私に助けてほしそうな視線を送っているが、ここは無視。時間が掛かりそうだし、カズマには悪いけど私は今からパンツの回収に行かなければならないのです。

 

「じゃあ、私」

 

「えらいわルミカ! 見知らぬクルセイダーの人を庇うために、自分から実験の被験者に名乗り出るなんて! 勇者よ、ここに今勇者が現れたわ!」

 

 ちょっと用事思い出したから席外すねと続くはずだった言葉は、アクアの大声にかき消された。

 

 ちょっと待って! どうしてそうなるの?

 

「ちが、違うの! 私はそんなつもりじゃなくて」

 

 このままではまずい。私は必死に否定する。

 

「ええ、大丈夫よルミカ。何も言わなくても分かってるから。お姉ちゃんには、あなたの気持ち、ちゃんと伝わってるからね。カズマさんの冤罪は仲間である自分の手で証明したいんでしょ?」

 

 まだ私何も言えてないし! 何一つ伝わってないよ!

 

「さすがはルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィだ」

 

「ルミカちゃん、女の敵をやっつけて」

 

「まったく、お嬢ちゃんには何かあると思っていたが。俺の目に狂いはなかったぜ」

 

 アクアの早とちりを、周りの冒険者たちも信じ込んでるし! 何これいじめ? 最後の人の目は確実に狂ってるよ、泣きたい。

 

「待つんだ! ルミカにスティールだけはまずい! ルミカは盗賊殺しのカウンター能力を持っている! アレをやられたクリスはしばらく外に出られなくなったんだぞ! だから私が代わりにスティールを受ける!」

 

 きっと私を庇ってくれたんだろうけど、ダクネスさんが何を言っているのか分からない。そんな能力ないんだけど。

 

「ルーちゃん、女は度胸です。大丈夫、私が慰めてあげます」

 

 度胸なんていらないから、助けてめぐみん。……私もめぐみんと同じ目にあえばいいと思ってない?

 

「さあルミカ!めぐみんとクリスのあだ討ちよ!女のパンツは男にやるほど安くないって所を見せてあげなさい!」

 

 アクアには、後で絶対地獄を見せてやる。

 

 私のゴッドフィンガーを受けて見ろ! 私の足裏マッサージを受け、あなたが涙を流し許しを請う姿が目に浮かびます。

 

 そして足裏を揉まれ健康になったアクアは、このルミカ様に平伏するのよ! 勘違いしてごめんなさい、そして健康にしてくれてありがとうと。

 

「すまんルミカ。こうなったらやるしかない」

 

「待ってカズマ! 今回は本当に待って! 今はマジでやばいの!」

 

 現在の私は装備品が少ない。デスメテオは壊れて鍛冶屋に預けたし、ポーションは使い切っている。

 

 財布もカズマに返してもらったあとはローブに入れず、テーブルに置いている。

 

 私に膝枕をする時に、胸当てもめぐみんによって外されていた。

 

 今の私はノーパンローブで、マントとブーツと腕の包帯と髪ゴムと篭手と短剣しか装備していない!

 

 パンツを取られる方がまだ救いようがあった。もしスティールでローブを取られた場合……私は包帯で裸マントとか言う完全な変態にジョブチェンジしてしまう。

 

 ……こんな事態になるなら、着替えるの素直に手伝ってもらえば良かった。

 

「行くぞルミカ! 俺は準備完了だ!」

 

 こうなったら、先手必勝!

 

「死に腐れこの乙女の敵め!」

 

 カズマに目掛けて短剣を全力投球した。

 

「『スティール』って危なっ!!」

 

 カズマのスティールは大成功! 彼は私から奪った金属製の篭手で見事に短剣をガードしたのだ。

 

「ちっ、さすがカズマ。運の良い男だね」

 

「おい! 今俺に攻撃出来なくて舌打ちしただろ! おいこらこっち向け」

 

「……何を怒ってるのカズマ? 私が仲間を全力で攻撃するはずないでしょ。私はカズマの運のステータスを信じてたよ」

 

 カズマがピンチになれば短剣をガードできる篭手が奪われる確率が上がるかなと思って、全力で攻撃してなんかいないんだからね。

 

「でも良かったじゃんカズマ。これでカズマのスティールが真っ当なスキルだって証明できたよ? もちろん、ルミカちゃんはカズマを信じてたけど」

 

「めぐみん、あの時のルミカの目。かなりマジだったわ」

 

「間違いなく、スティールの発動を阻止するために短剣を全力投球してましたね」

 

 聞こえない。アクアとめぐみんの話し声なんて聞こえない。

 

 でも怖いからカズマには後でちゃんと謝っとこう。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 それは、街中に響く大音量のアナウンス。

 

 それは新たなる戦いの幕開けのアイズ。

 

「ごめんカズマ! 私ちょっと用事が出来ちゃった! キャベツ狩ってくる!」

 

「こら待てルミカ! まだ話は終わってないぞ! キャベツを買うなんて言い訳が通用すると思ってんのか」

 

「カズマさんは知らないと思うから説明するわ。キャベツってのはね」

 

 カズマとアクアが何か言ってるけど今は後回し。キャベツの収穫で街が戦場になる前に、お風呂のパンツを取りに行かなければ!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「やるわねダクネス! さすがクルセイダー! あの鉄壁の守りはさすがのキャベツ達も攻めあぐねていたわ」

 

「そ、そうか。アクアの方がすごかった……多くの冒険者グループに的確に回復魔法を飛ばす姿はまるで女神のようだったぞ。私なんて硬い点以外は不器用で、誰かの壁になるのがやっとだ。それよりも私はめぐみんの爆裂魔法に感激したぞ。キャベツを追いかけて来た大量のモンスターがゴミのようだった」

 

「ふふ、我が必殺の爆裂魔法の前において、何者も抗う事など叶わず。……それよりも、私はカズマの潜伏スキルと敵感知を使っての暗殺者のような戦いっぷりに驚かされました」

 

「4人ともすごいよ。私なんて全然活躍出来なかったし」

 

 パンツを取りに行ったら、けっこう出遅れちゃったから焦ったよ。

 

「いや待て! アクアたちは疑問に思わないのか! 俺はルミカが一番おかしな戦い方をしてたように見えたぞ」

 

 何を言うのかなカズマは。私の行動のどこにおかしな点があったの?

 

「空気読んで! ルミカの収穫方法は確かにバカっぽかったけど、結果はきちんと出てたんだからいいじゃないの! あえて私たち言わないようにしてたんだから。カズマさん空気読んで!」

 

「やめてアクア! 自分でも少しだけバカなことしたなって自覚はあるの! 私の心にグサっと来るからやめて!」

 

 あの時はあれがナイスアイディアだと思ったんだもん。

 

「いきなり拡声器からルーちゃんの声が聞こえたので、びっくりしました。危うく爆裂魔法の狙いが逸れて、街に被害が出る所でした」

 

「私のせいでアクセルがピンチだったの!?」

 

 危うく借金地獄に落ちるところでした。これ以上迷惑かけたら、カズマがストレスでハゲになっちゃうかもしれない。

 

「めぐみんが驚くのも無理はない。いきなり大音量で『アクセルにいるキャベツ諸君! お前たちの仲間はこのルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィが預かった!』などと聞こえたら、誰だって驚く」

 

「まさか、キャベツ相手に人質(?)を用意するとか予想外すぎるだろ」

 

 そんな可哀想な子を見るような目で、こっちを見ないでほしい。私だって必死だったんだよ。みんなから大分出遅れて、焦ってたんだから!

 

「ダクネスもカズマも、そんな呆れなくても良いじゃない。実際怒ったキャベツたちがギルド前に集まったんだから。かなりヒドイ光景だったけど」

 

 アクア、フォローしてくれるなら最後までちゃんとやってほしいんだけど。

 

「ヒドイことなんてしてないよ! ただ私は、捕まえたばかりの新鮮なキャベツをまな板に押さえつけて包丁で千切りにしようとしただけで! 全然悪気はなかったもん!」

 

 嘘は言っていません。食欲はあったけど、悪気はありませんでした。

 

「ルミカがキャベツをおいしそうに丸かじりにしたのが、最大の挑発になったな。仲間を無残に殺されたキャベツたちが一斉にルミカに襲い掛かった時、私は正直キャベツを応援したくなったぞ。もちろん、危なそうなら助けに入るつもりではいたがな」

 

「本当にルーちゃんがキャベツにやられたら、どうしようかとハラハラしました」

 

「ダクネスもめぐみんも心配してくれてありがとう。私も絶対うまく行かないと思って油断してて、正直死ぬかと思ったよ」

 

 キャベツに殴り殺しにされるとか、本当に笑えない。

 

「まさか宴会芸で鍛え上げたジャグリングが、私を一流のキャベツハンターにしてくれるなんて! これも日々の練習の成果だね」

 

 丸いものが飛んできたので、反射的にジャグリングしてしまった私は悪くないと思う。

 

「飛んでくるキャベツをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。スタイリッシュな宴会芸だったわ。でもそこで立ち止まってはだめよルミカ。芸の道は一日にしてならず。日々の積み重ねを大事にしなさい。さすれば芸人への道にまた一歩近づくわ! 私の名において『残虐なる野菜強盗』の称号を授けてあげましょう」

 

「分かったよアクア! 私、来年はジャグリングでキャベツ長者になって見せる! でも私がなりたいのは超強い魔法使いなのであって、芸人じゃないから!」

 

 後そのダサイ称号は本気でいらない。

 

「アクアは花鳥風月でキャベツの鮮度を保つし。ルミカはジャグリングでキャベツの攻撃を受け流して、回転させられて目を回した(?)キャベツを収穫するし。何なんだこの世界は! 宴会芸すらろくでもねえのかよ」

 

 カズマは宴会芸について悩んでいるらしい。もしかして、この人はあのダサイ称号がほしいのかも。

 

「では4人とも、これからよろしくな。名はダクネス。クラスはクルセイダー。一応剣を持っているが、女騎士のファッションみたいなものだ。攻撃は期待しないでくれ。なにせ、器用度が低過ぎて両手剣が全く当たらん。だが安心してくれ、壁になるのは大得意だ」

 

 ダクネスを観察すれば、巨乳になれる方法も見つかるかも。頼もしい仲間が増えて私とめぐみんはとても嬉しいです。

 

「よーし! 今日は初クエスト達成と新たな仲間との出会いに乾杯よ! 店員さん、から揚げ四皿追加で! それからシュワシュワもお願い」

 

「アクアお姉ちゃん! 私とルーちゃん、プリン食べたいんですが」

 

「めぐみんもルミカも遠慮しないで大丈夫よ! 今日はアクアお姉ちゃんがプリンでも何でもおごっちゃうわよ!」

 

 なんて悪女なのめぐみん! 都合の良い時だけお姉ちゃん呼びだなんて! そしてちょろすぎるよアクア。

 

 ちなみにこの後、ダクネスがから揚げにマヨネーズをかけると言う暴挙に出たので、めちゃくちゃ喧嘩した。今日もアクセルの街は平和です。

 




 から揚げに何かけるかは、ネットで調べたランキングのベスト5を参考にしたら、ダクネスが何故かマヨネーズ担当に。そもそもこの世界にマヨネーズはあるのかについては、アニメ題3話で女神様がマヨネーズ持ってこいと叫んでいたので多分大丈夫です。
 アクア様とルミカの宴会芸対決まで書くと長くなりそうだったので、そのうち番外編で書きたいと思っています。

 次回は遅くても2月の初めには投稿します。



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番外編 この美しい宴会に鮮血を!

 大変お待たせしてすいません。上司からのむちゃぶりに悩んで、ノイローゼになってました。しかも投稿が年末になったくせに、本編じゃなく番外編という。
 今回はルミカ視点とめぐみん視点の交互でお送りする、大分前に書くと宣言した前話でほのめかされた宴会対決です。毎回誤字報告してくれる読者さんに感謝と祝福を!

 この話が最新話になっていたので、いまさらながら順番を並べ替えました。


■■■めぐみん視点■■■

 

 空前絶後、一騎当千! 最強の女魔法使いルミカは、周りを取り囲む冒険者たちを千切っては投げ、千切っては投げ。ものすごい暴れっぷりを見せた。

 

 ……なんてことはなく。

 

「………………」

 

 ルーちゃんは無言で顔をうつむかせ、重たい空気を発している。きっと、今になってその場の勢いで自分がやらかしてしまったことに気がついたのだろう。

 

「あは、あははは、あははははははは」

 

 周りを屈強な冒険者たちに包囲され、乾いた笑い声をあげるルーちゃん。

 今彼女の頭の中はとても大変なことになっているのでしょうが、その姿はそばから見るとすごく不気味である。

 

「なんて隙のない構えなんだ。これでは迂闊に近づけない!」

 

「さすがはルミカちゃん……一筋縄ではいかないようね」

 

 爆裂魔法でギルドごと黒歴史をなかったことにしようとするルーちゃんを止めるため、立ち上がった冒険者たちだったが、ルーちゃんの異様な雰囲気に呑まれ、身動きがとれずにいる。

 

 たぶんルーちゃんは周りを冒険者たちに包囲され、緊張して動けないだけだと思う。

 

 ……あの子の人見知りにも困ったものだ。

 

 これ以上騒ぎが大きくなる前に、早く取り押さえてあげてほしい。

 

 

「う、ふふふふ。負けない、私は負けない! 来るがいい、愚かなる冒険者たちよ」

 

 ルーちゃんは肩を震わせ、不敵に笑った。だが、よく見るとその口元は引きつっている。

 

「何なの、あの余裕に満ち溢れた表情は? いったい、ルミカちゃんは何を狙っているの」

 

 ……昔から思っていたけれど、私の幼馴染は死亡フラグにでも愛されているのだろうか?

 

 毎度毎度失敗をどうにかしようとすればするほど、勘違いされて事態をよりややこしくさせるのはもはや何かしらのスキルだと思う。……彼女の幸運値は別に低くないはずなのに。

 

「えーい、恐れるな! 相手はたった1人の少女だぞ! 一斉に襲い掛かれば問題ないぜ!」

 

 いや、たった1人の女の子に一斉に襲い掛かるのは大問題だと思う。本当はここでみんなに勘違いされている可哀想な親友を、助け出すべきだ。

 

 ーーでも。

 

「ふっ、あなたたち程度……10秒あれば充分だし」

 

 強がって冒険者たちを挑発し続けるルーちゃんが可愛らしくて、つい虐めたくなる。

 

「ちくしょう! 舐めやがって! やっちまえ!」

 

 面白そうなのでこの喧嘩、しばらく見守ろうと思う。

 

 

■■■ルミカ視点■■■

 

 どうしようどうしよう、どうすればいいの?

 

 その場のノリでギルド全体を敵に回しちゃった。……めぐみんにさっきからアイコンタクトを送っているのに、笑顔で無視される。

 

 ぐすん、めぐみんがドSだよ~。

 

「光栄に思うがいい、我が絶技を味わえることを!」

 

 よしやるぞ、さあやるぞ! 幼いころから鍛え上げてきた、私のスライディング土下座の威力……篤と味わうがいい。そして許して下さいごめんなさい!

 

「ちょっと待って! みんなを癒すのが仕事のアークプリーストである私の前で、争いなんて許さないんだから。ここは私に任せてもらいましょうか」

 

 全力の謝罪をしようとしたところで、アクアが冒険者を掻き分けて私の目の前にやってきた。

 

「……大丈夫よルミカ……このゴタゴタを丸く治めて、私がしっかりあなたのお姉ちゃんだっていうところを、見せてあげるから……」

 

 私にだけ聞こえるようにアクアは優しく囁いてから、大きな声で周囲に呼びかけた。

 

「今からゲームで勝負よ! 私が勝ったらルミカはみんなにごめんなさいして。あなたが勝ったら無罪放免、生きだ……地面でお昼寝していたのを笑ったことを私たちが謝るわ! みんなもそれでいいかしら?」

 

 アクアがギルド内を見回すと、冒険者たちはうんうんと頷く。……ありがとうアクア。その気遣いに深く感謝します。

 

 でも、もし勝負内容が腕相撲で。無駄に高いステータスのせいで、アクアのあだ名が筋肉ムキムキプリーストになったらどうしよう。

 

 どんなゲームで勝負するのかなと、私がバカなことを考えている間に内容が決定したようだ。アクアは胸を張り、高らかに勝負内容を発表する。

 

「いざ、尋常にっ! 宴会芸対決よ」

 

 え? ……今、なんて言ったの?

 

 

■■■めぐみん視点■■■

 

 アクアが勝負方法を発表すると。

 

「……ふふっ、いいよアクア。その勝負、このルミカ様が5000エリスで買おうじゃない」

 

 ルーちゃんの纏う雰囲気がガラリと変わった。

 

 さっきまでプルプルと震えていたのに、今では飢えた肉食獣のような目をしている。何でこの娘は宴会芸対決に、カエル討伐の時以上のやる気を出しているんだろう。

 

「やれやれ、仕方ない子ね。本当なら私が適当に負けて、ごめんなさいをするつもりだったのだけど、……気が変わったわ」

 

 ギルド内に凛とした女性の声が響き渡る。ルーちゃんと向き合うアクアの真剣な表情に、しばしの間見惚れてしまった。誰だ! このできる女感溢れ出る超絶美少女は!

 

 その横顔には普段の美人だけど、どこかぬけている残念なお姉さんの要素はどこにもない。アクアから放たれる圧倒的なプレッシャーに、ギルドにいた誰もが声を出すことができなかった。

 

 勇者や魔王レベルの猛者が発するような威圧感と同時に、神々しさすら感じさせるその立ち姿は、まるで凛々しく美しい戦女神のごとし。

 

 何これっ! 何なんだろうこのシリアスな空気! ただの宴会芸じゃないですか。

 

「ありがとうアクア。私は芸を嗜む者として、あなたのような強敵に出会えたことを嬉しく思う」

 

「いいのよルミカ、私も姉として妹が一流の宴会決闘者(コメデュエリスト)に成長してくれて、とてもうれしいわ」

 

「アクアに勝って、真のコメデュエリストになってやる! 紅魔族の誇りにかけて、私は、宴会芸で負けるわけにはいかないのだから!」

 

「きなさい小娘、大人な私(お姉さん)が遊んであげる」

 

 真剣な眼差しで見つめ合うルーちゃんとアクア。……ところで、さっきから2人が言ってるコメデュエリストって何なのでしょう?

 

「まさか、一流のコメデュエリスト同士が相見えることになるなんて。……嵐が、来る!」

 

「すいませんお姉さん。コメデュエリストとはいったい何なのですか?」

 

 訳知り顔で冷や汗を流していた受付嬢さんに質問する。

 

「分かりません、ただカッコイイので言ってみただけですから。ところでめぐみんさん、……もう1回だけお姉さんって呼んでもらってもいいですか? 最近はルミカさんも私のことをお姉さんと呼んでくれないので、ちょっぴり寂しくて」

 

「いかにも知ってますって顔してたのに、知らないのですか!? 何なのですかあなたは! 紅魔族みたいなノリとルーちゃんにお姉さんと呼ばれたがるなんて、……ぜひ私と友達になって下さい」

 

「待て、早まるなめぐみん! 正気にもどれ、きっと君は疲れているんだ」

 

 ……危なかった、ダクネス(女騎士さん)が止めてくれなければ、危うく暗黒面(百合サイド)に堕ちるところだった。

 

 私がある意味で生死の境をさ迷っている間にも、アクアたちの勝負が始まろうとしていたらしく、ギルド中の冒険者が注目する中、ルーちゃんがアクアに問いかけた。

 

「アクア、やり会う前に1つだけ聞かせてくれない? この真実を明らかにしないと、本気であなたと戦えない」

 

「何なりと聞いてちょうだい。ちなみに、さっきルミカがトイレに行ってる間に、あなたの氷水を砂糖水と入れ替えたのは私よ」

 

 真顔でどうでもいいことを言うアクアに、ルーちゃんは無表情で首を傾げた。

 

「コメデュエリストって何? 私、そんな意味不明な称号のために、本気になれないんだけど」

 

 ルーちゃんも知らないのですか!?

 

 やっぱりこの子、その場のノリで話していたんだ。

 

「ルーちゃん……コメデュエリストに本気は出せないくせに、宴会芸には本気なことについて、後で話があります。ちなみにアクアの悪戯したコップは、私がカズマのと摩り替えておいたので大丈夫です」

 

 紅魔の誇りを宴会芸なんかにかけるのはやめてほしい。

 

「コメデュエリストとは宴会芸を極めた者に与えられし名誉称号で、世界にはおよそ800人のコメデュエリストが存在する。そして、コメデュエリストは自分以外のコメデュエリスト20人を倒すことで、最強のパフォーマー……エンタティナリストを名乗ることが許されるんだ」

 

「アレクさん、おかしな情報に詳しいんですね」

 

「当たり前だぜリーナちゃん、何故なら俺も……コメデュエリストの1人なんだからな! 2人のコメデュエリストによる戦い、このアレキサンドリア・アレックスが見届けてやるぜ!」

 

 いきなり謎の冒険者が語り出したかと思ったら、……コメデュエリストって本当に実在したんだ。

 

「『返り花』!」※1

 

 

 アクアが頭の上に乗せたコップに、指で何かの種を弾き入れると、そこからにょきにょきと植物が生長し、美しい1輪の花が……えっ、何あれスゴイ!

 

「うわ、すげぇ!! 本物の返り花(かえりばな)だ!」

 

「何で、何で花が咲くのよ! 下手な魔法より魔法に見えるわ」

 

「何回でも見たくなる芸の完成度……もはや勝負ありか」

 

 アクアの宴会芸に盛り上がる冒険者たち。これにルーちゃんはどうやって対抗をーー

 

「甘い、その技はすでに見切ったし!」

 

 ルーちゃんは近くのテーブルの上にあったナイフを、アクア目掛けて投擲した……え、投擲!

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って下さいルーちゃん! 勝負に勝てそうにないからって、アクアを亡き者にするつもりですか! わあああ! アクア、避けてください!」

 

「めぐみん、落ち着いて。ほら、見て見て! 返り花敗れたり、みたいな?」

 

 慌てる私をちらりと見て、ルーちゃんはへにゃっと笑った。

 

 笑顔で血まみれのアクア(仲間)を見ろだなんて……この娘、悪魔か!

 

「す、すげぇ! アクアさんの頭の上に返り花で咲いた花が!」

 

「ルミカちゃんのナイフでスッパリと切られているわ!」

 

「ナイフで切られた花が散り行く光景も、美しいものね」

 

「いや……よく見ろ、まだルミカの芸は終わっちゃいねぇ!」

 

「バ、バカな、……投擲したはずのナイフが。ブーメランみたいに戻ってくるなんて!」

 

 花を切断後、回転しながら戻ってきたナイフを片手で掴み、ルーちゃんが優雅に一礼すると、ギルドは大歓声に包まれた。

 

「どうよめぐみん、すごいでしょ?」※2

 

 すごい、本当にすごい……すごいけど、心臓に悪いのでやめて欲しい。

 

「ふ、ふふ、や、やるじゃないルミカ。まさか、私の返り花を踏み台にするなんて。お姉ちゃんってばいろんな意味で驚いちゃった、いやマジで」

 

 ルーちゃんのヤバイ芸を間近で体験したアクアは、冷静なできるお姉さんの仮面が剥がれかかっていた。ていうかちょっと涙目である。

 

「なんて末恐ろしい少女なのだ、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ! 相手の芸を利用するだけに飽き足らず、ナイフを顔面スレスレに投げることで、敵に恐怖心を植え付け行動を縛るとは。……とてもすごい芸なのだが、女性の顔に刃物を向けるなど騎士として、女として認めるわけには……くっ、仕方ない。ここは私が安全確認のため、あの危険極まりない芸を受けて見るしか……」

 

「おい、そこのクルセイダー。私の幼馴染を興奮した目で見るのは止めてもらおうか」

 

 確かにこのクルセイダーは変態的な意味でやばい人かもしれない。そんな危険人物から興味を持たれるレベルで、ルーちゃんは頭がおかしい子だったらしい。

 

「ダメですダクネスさん! 美少女からの暴力ならば、むしろご褒美と思う私ですら、さすがに今の宴会芸を受ければ、アクアさんみたいに涙目になります。無表情でナイフ投げる少女とか超絶怖いです!」

 

 この受付嬢、今さらっとろくでもないことをカミングアウトした気が。……何も聞かなかったことにしよう。

 

「止めないでくれリーナ! 私は冒険者なんだ、未知を恐れて立ち止まるなんてことはできない。刺激的な冒険を追い求めてギルドの門をたたき、私はクルセイダーの道を志したのだから。今危険に立ち向かわずして何が聖騎士だ! ここで怖気づいたら、私は大切なものを……誇りを失ってしまう!」

 

 ダクネス……このアホみたいなシチュエーションで、そんなカッコイイ言葉は聞きたくなかった。

 

「うわー、どうしよう。私のせいでダクネスちゃんの騎士としてのプライドが粗大ゴミになっちゃった。めぐみん、いったい私はなんて言って謝れば赦されるの?」

 

「まずルーちゃんはナイフを投げたアクアにちゃんと謝りましょうね。それにきっと受付嬢とダクネスはもう手遅れです」

 

「……勢いでやっちゃって、今はものすごい後悔してる。アクアに怪我させない自信はあったんだけど、……赦してもらうためなら、最悪足を舐めろって言われても文句はないよ」

 

 私とルーちゃんが必死に現実から目を背けている間も、世界の時は止まらず動き続けていた。

 

「ごめんなさいダクネスさん、……あなたのことを甘く見すぎていたようです。その決意に満ちた顔、何を言っても無駄そうですね。ようこそ百合サイド(新世界)へ、新たな扉を開きし同胞よ。私はあなたのような性癖(逸材)を待ち望んでいた。これ以上ダクネスさんの性癖が悪化したら、クリスさんになんてお詫びすればと悩んでいましたが、もう別にいいですよね? さあ私と一緒に美少女からの暴力(天国)を存分に味わいましょう!」

 

「へへ、俺だってやってやらぁ! クルセイダーの姉ちゃんの言う通りだ、宴会芸(未知の危険)に飛び込まずして、何がコメデュエリスト(冒険者)だ。お2人さん、俺も宴会芸の極地(新世界)の旅へ同行させてもらうぜ!」

 

「まったく、どいつもこいつも物好きなやつらだ。だが、そういう骨のあるやつは嫌いじゃない……さあ来いルミカ! 私たち3人がお前の宴会芸を受け切ってみせる」

 

 女騎士だけじゃない、受付嬢もアレクも……この人たち、目がマジだ。ほとんど話が噛み合ってないくせに、何故か意気投合してるんですが。

 

「……え? どうして私は、ダクネスちゃんたちから欲望に満ちた視線を向けられてるの? 怖いんだけど」

 

 困惑する幼馴染の声には、若干怯えが混じり始めていた。さすがにこれ以上変態に詰め寄られたら、ルーちゃんのトラウマになりかねない。

 

 幼馴染の名にかけて、私がこの騒ぎを止め、可愛い妹分を守らねば。

 

「待ってちょうだい。まだよ、……まだ私は負けてないわ。来なさいルミカ……今から本気の返り花を見せてあげるわ」

 

 私が変態3人をどうにかするより先に、さっきまで心がポッキリと折れていたはずのアクアが立ち上がる。まるで絶望の淵から這い上がる主人公のようなその姿は、アクアなのにめちゃくちゃカッコよかった。

 

「無駄よお姉様。いくら足掻こうとも、私に返り花はもう通用しない。あなたの時代はすでに終わったのです。でも分からないと言うなら仕方ない……何度でも捻り潰してあげる」

 

 邪悪な笑みを隠そうともせず、アクアと火花を散らすルーちゃん。これが宿命の対決シーンだったら、それなりにカッコイイ決め科白だったのに。

 

 なんで私のパーティメンバーは、これほど宴会芸にのめり込めるんだろうか。

 

「さあルミカ、破れるものならやってごらんなさい。これが生まれ変わった新たなる宴会芸、『返り花』!」

 

「そんなもの、何度だって切り刻んで……バ、バカにゃ!」

 

 アクアは大量の植物の種を取り出すと、目にも止まらぬ早業で次々と指で弾き始める。

 

 そして、四方八方に弾かれた無数の種は、恐ろしい正確さでギルド中のテーブルにあるコップの中へと、吸い込まれるように飛んで行く。余裕の決め顔から一転、アクアの進化した宴会芸(圧倒的な実力)を前に、ルーちゃんは膝から床に崩れ落ちる。

 

 ていうかこの娘、あまりの驚きに語尾の「な」が「にゃ」になってるんですが。……ドジっ子可愛い。

 

「す、すごいわ! なんて正確なコントロールなの」

 

「アクアさん、後ろも見てないのに俺たちのテーブルのコップにまで」

 

 ギルド中のテーブルに、色彩豊かな花が次々と咲き乱れる。荒くれ者が屯する酒場が、まるで神々の住まう天界のように神秘的な雰囲気に包まれる。

 

「わぁ」

 

 アクアが作り出したえも言われぬ美しい光景に、思わず私も感嘆のため息を漏らす。

 

 ……え、いやちょっと待って下さい。

 

 よく考えたら、何でコップのお酒を吸って植物が育ってるんですか? ありえないでしょう! カズマ、カズマ! 早く帰って来て下さい。もうこれ以上私には突っ込みきれません!

 

 

■■■ルミカ視点■■■

 

「これぞ返り花を超えた返り花。そうね、……名づけるなら『百花繚乱』ってとこかしら」※3

 

 

「百花繚乱……無理、あんな速度で花を咲かせられたら、両手でナイフを投げても追いつけない。これが、コメデュエリスト(アクア)の全力だと言うの!? こんなの人間技じゃ……まさかっ! カズマが以前仄めかしていたアクアの正体は、地上に降臨した宴会芸の女神」

 

 あまりにも圧倒的な宴会芸(実力)を見せ付けられ、いつの間にか私の体は小刻みに震えていた。

 

「また一歩、大人の階段を登ったようねルミカ。そう、今あなたの感じているもの……それが恐怖よ」

 

「そんな、このルミカ様が、……敗北を恐れているとでも言うの?」

 

 驚愕から立ち直れずにいる私に、アクアはさらに話を続ける。

 

「キャベツが人を恐れ、空を飛ぶ力を得たように。人が闇を恐れ、獣を恐れ、火を操る方法を編み出したように! 進化には、恐怖という刺激が必要だったの。感謝するわルミカ。私はあなたという強敵のおかげで、神の頂へと辿り着いたのよ!」

 

 このままじゃダメ、もうさっきの技はアクアには通じない。ならば、私はただ黙って敗北を受け入れるの? いやだ、そんなのは絶対にいやだ! 

 

「……はぁ、どうやら私は自らの手で恐るべき化け物を生み出してしまったようね。たった今確信したよ、アクアが私の全力で倒さなきゃいけない宿命のライバルなんだってこと。でも私負けないから……絶対に宴会芸で叩きのめして、「ルミカさんの華麗なる宴会芸を行き倒れと勘違いしてごめんなさい。お詫びにネロイド配合の高級プリンを10個買ってあげるので、どうか愚かなる私たちを赦して下さいませ」と涙目で言わせてやるんだから!」

 

 ギルドを爆破しようとしたのも、3人の変態に詰め寄られたのも、めぐみんがピンチの私を見て少しうれしそうにしているのも……みんな、何もかも全部きっとアクアたちが悪いんだもん。正義はこの私にあるのです!

 

「ななっ、何を言っているのですルーちゃん。あなたの宿命のライバルは私のはずですし、アクアと2人で勝手に盛り上がってたくせに。今更本来の目的を思い出すとか……しかも、さりげなくプリンの要求が増えているのですが」

 

 めぐみんが呆れた目でこっちを見てきて正直辛い。でもルミカちゃんはへこたれない。

 

「え? めぐみんはライバルというか、同じ爆裂道を突き進む大親友だよ? 安心して、貧乏なめぐみんからはプリン代もらわないし。その代わり、私が勝ったら体で払ってもらおっかな」

 

「……ふぇ? か、かか、体でって……そんなのって、これは夢ですか」

 

 私の大親友発言に、顔を真っ赤に染めるめぐみん。可愛い。

 

「私がアクアに勝ったら、膝枕で耳掃除してもらうんだから!」

 

「ルーちゃん、本当にあなたって子は、……本気で1瞬ドキッとさせられました……」

 

 私の発言の裏に気づいたらしく、めぐみんの額には1筋の冷や汗が浮かんでいた。ふふふ、長時間膝枕させて、せいぜいめぐみんの足を痺れさせてあげるとしよう。

 

 膝枕とは長時間姿勢を固定させられる、世にも恐ろしい肉体労働なのです。ギルドという衆人環視の中で、膝枕をする羞恥に震えるがいい。そして、肉体労働の正当な対価として、私はお金のない可愛そうなめぐみんに遠慮せずお小遣いをあげることができる。

 

 ルミカちゃんってばなんて策士なのかしら。幼馴染には恥ずかしい罰ゲームをさせ、私は久しぶりにめぐみんとスキンシップが楽しめ、そして資金難の彼女にさりげなく手助けまでするとは。まさに一石三鳥の完璧な策略だし!

 

「ルミカ、無自覚なあなたにこんなこと言っても仕方ないかもしれないけど。気をつけないと、いつか本当に刺されるわよ?」

 

 顔を引きつらせたアクアが真剣な声音で忠告してきたので、私は素直に肯いた。

 

「分かった、心配してくれてありがとうねアクア」

 

 分かってる、アクアお姉ちゃんの心配は尤もだ。

 

 つまり私の軍師としての才能を危険視した魔王軍が、暗殺者を送り込んでくるかもってことだよね! ふっ、我ながら自分の才能が恐ろしい。

 

「でもねアクア。今は勝負の途中だから、あなたは自分の心配をするべきだよ? ……誰か、このりんごを私に向けて投げてもらえませんか」

 

 ウェイトレスさんにお願いしておいたりんごを受け取り、私が周囲を見回すと。

 

「ふむ、ならば私がやろう。宴会芸には以前から興味があったんだ」

 

 ダクネスが照れくさそうに名乗り出る。

 

「……ごめんなさい、今回の芸は私がりんごを投げてもらうやつなので、……騎士様の性癖には合わないと思うんだけど。……今度ダクネスの頭の上に置いたりんごを、ナイフで打ち落とす宴会芸を企画するから、それで我慢してもらえないかな?」

 

 せっかく手伝いを申し出てくれたのだけど、私はやんわりと首を横に振る。なんとなく今のダクネスちゃんに任せたら、張り切って失敗しそうな気がしたのだ。

 

「どうしてルーちゃんは普段何も考えていないくせに、変な部分だけ気を使うんですか? ダクネスがへこんじゃったではないですか。仕方がないので私が投げてあげますね」

 

「じゃあめぐみん、少し離れた所からそれを私に向けて投げて。うん、そこらへんで大丈夫。私はいつでも準備オッケーだから」

 

 りんごを受け取っためぐみんは、私から10メートルほど離れた位置で立ち止まる。

 

「えいっ!」

 

 そして軽く気合を入れると、私に向けてりんごを放り投げた。

 

「『月下美人』!」

 

 私は技名を叫ぶのと同時に、腰から短剣を引き抜き、りんごに向けて一閃した。

 

 

■■■めぐみん視点■■■

 

「おおっ! すげぇ、すげえぞルミカ」

 

「月下美人! 月下美人!」

 

「短剣捌きが速すぎて、見えなかったんだけど。ルミカちゃんって、アークウィザードよね? アサシンとか盗賊じゃないのよね?」

 

 月下美人を見てギルド内は大いに盛り上がっている。ルーちゃんは短剣で私が投げたりんごを空中で8等分に切断し、ローブから取り出した皿でキャッチしたのだ。

 

「どうアクア? この月下美人なら、百花繚乱と互角でしょ。むしろ私の勝ちじゃない?」

 

 渾身のどや顔でアクアに勝ち誇るルーちゃん。

 

「やるわねルミカ。このりんご、切り方がうさぎさんになってる。なら私も、とっておきの宵闇桜を見せてあげる」

 

「うむ、りんごはうさぎのように切ると可愛らしいのだな……これが噂の女子力とやらか」

 

 アクアとダクネスが言う通り、ルーちゃんの持つ皿を覗き込むと、確かにりんごの皮がうさぎ型になっていた。

 

 どうすればあの一瞬で、こんなに完璧なうさぎさんが……私の幼馴染は絶対才能の使い道を間違えていると思う。

 

 後、どうでもいいことかもしれないけど……百花繚乱とか月下美人とか宵闇桜とか。宴会芸のくせに大層な技名がついていることに、少しイラッとした。

 

「なるほどな、見て楽しい、食べて美味しい宴会芸ってやつか……うん、短剣でやったとは思えない切り口の滑らかさだ」

 

 さきほどコメデュエリストについて教えてくれたアレクが、いかにも評論家っぽいコメントを言いながら、りんごを1切れ食べた。

 

「グボァ……お、お見事、……けっこうな腕前で」

 

 そして数秒後、アレクは白目を向いて倒れた。……え?

 

「はわわ! どどど、どうしたのお兄さん? 随分と気合の入ったリアクション芸だね。そんなにりんごがおいしかったの?」

 

 アレクの行動に若干引きつつ、ルーちゃんもりんごに手を伸ばす。

 

 え、ちょっと待って。ちょっと待ってちょっと待って! 確かルーちゃんは、さっき短剣でジャイアントトードを……。

 

「ダメですルーちゃん!! そのりんごを口に入れては!」

 

 りんごを手から離させようと、咄嗟に私は幼馴染を床に押し倒した。

 

「きゃっ! ……もう、めぐみんったらいきなり何するのよ。びっくりさせないでよね、おかげでりんごを噛まずに飲んじゃったじゃん」

 

 ……あっ!

 

「うぐ、……ごめんアクア、あなたとの決着、来世までお預けみたい」

 

 それから数秒後。

 

「ルーちゃん、目を開けて下さいルーちゃん! いやあああああああ!」

 

 いくら必死に呼びかけても反応せず、顔を真っ青にしたルーちゃんは私の腕の中で意識を失った。

 

 

 

 結末と言うか、今回の落ち。

 

 りんごを切るために使ったルーちゃんの短剣には、ジャイアントトードを始末した時の毒が残っていたのだ。

 

「……げほっ、コメデュエリストの姉ちゃん。これでも俺はクルセイダーでな、自前の状態異常耐性スキルがある。俺は大丈夫だからルミカを治療してやんな」

 

 先に倒れていたはずのアレクが、苦悶の表情を浮かべながらも、治療しようと駆け寄るアクアを制止する。

 

 こ、この人、ルーちゃんのために。コメデュエリストとかいう謎の存在のくせに、めちゃくちゃ善人じゃないですか。

 

「分かったわアレク。大丈夫よめぐみん、ルミカの解毒はもう終わるからね」

 

 ギルド中の冒険者が見守る中、アクアが回復魔法を唱えると、ルーちゃんの呼吸が穏やかになり、顔色に血の気が戻る。

 

 ……本当に無事でよかった。

 

「まったく、ルーちゃんったらまったく。本気で昔から心配ばかりかけて」

 

 今回の宴会芸勝負は引き分けとなり、罰ゲームも白紙になったはず。なのに私は今、口では文句を言いながらも喜んで彼女に膝枕をしていた。

 

 人の気持ちも知らずに私の膝で呑気な顔をして眠っている、可愛い幼馴染の白髪を指で遊ばせながら考える。

 

 この娘には、バカをしないようにそばで見張っている誰かが必要なのだと思う。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィは紅魔族随一のトラブルメーカーで、そんなドジっ子ポンコツアークウィザードに普通の冒険者が付き合いきれるはずがない。

 

 ーーそう、つまり。

 

 いつも一緒にいるパーティメンバーであり、紅魔族随一の天才でどんな失敗をしたとしてもフォローしてあげられる、可愛い幼馴染の女の子が面倒を見るしかないのではないだろうか。

 

 ……やっぱり私は、ルーちゃんのことが。

 

「……うぐああああ!」

 

 そんな深く沈み込んでいた私の意識を、響き渡る絶叫が現実に呼び戻した。

 

「ちょっとちょっと! ダクネスったら何してるの!? ほら、すぐにぺってしなさい」

 

 声の発生源に目をやると、ダクネスが苦しげに床をのた打ち回り、その様子にアクアがおろおろとしていた。

 

「何を言うんだアクア、……例え毒に汚染されているとしても、食べ物に罪はない。……食べ物を粗末にしないのはエリス教徒として当然のことだ。決して未知の苦しみを味わいたいわけではない……あ、苦しいのがなんか気持ちいい」

 

 食べ物に罪はないけど、もしダクネスが死んだらルーちゃんの罪になるから切実にやめてほしい。

 

「なっ、なんてやつだ。毒耐性をそこそこ鍛えている俺ですら一口でギリギリな毒りんごを、4切れも食っただと! まさか、あんたも俺と同じくリアクション芸の頂点を目指すために、プリーストの治療をわざと断るつもりか」

 

 ルーちゃんを心配して治療を後回しにしてくれるなんてと、さっきこの男をほんの少しだけカッコイイと見直した私に謝ってほしい。

 

「いいぜ、あんたに教えてやる! アクセルの街ナンバーワンのリアクション芸人が、このアレク様だってことをな! 残りは全て俺が食う、うりゃああああ!」

 

 なんだろう、何なのだろうか、このもやもやとした感情は。後少しで、長年悩んでいた思いに確信が持てそうだったのに……。答えが出そうだったのに……。

 

「……よし」

 

 今ならこのドM騎士と宴会騎士に、爆裂魔法を打ち込んでも赦されますよね?

 

「よしじゃありませんから! 止めて下さいめぐみんさん。何さらっとルミカさんと同じことしようとしてるんですか! やらせません、やらせませんったらやらせませんから!」

 

 こんなギルドなんて、今すぐ消し炭にしてやる!

 

季節外れに咲く花という意味の言葉。コップに指で種を弾き入れ、種が成長し花が咲く宴会芸スキル

投げたナイフが的にした物体を切断後、ブーメランのように戻ってくるルミカのオリジナル宴会芸。その後、ルミカはこの技に『くるくるくるりん』と名付けた

10こ以上のコップに向けて植物の種を弾き、大量の花を咲かせる宴会芸。複数のコップに狙いを定めて種を弾く必要があるので、返り花よりも難易度が高い。




 今回の人物解説。

 ルミカ
自爆系ドジっ子主人公。一応水洗いはしていたが、短剣に毒を塗ったのを忘れていた。なお、毒が塗ってあるにも関わらず、この後カズマに短剣を投擲しているという物理的な意味で危ない女。めぐみんのことは普通に大切な親友だと思っている。

 めぐみん
実は以前から百合的な意味で幼馴染を意識していたことが判明した。内心ではルミカを心配しつつも、幼馴染の焦る姿を見て楽しんでいる。もしダクネスの邪魔が入らなければ、長年の気持ちに決着がついて完全に百合ルートに突入していた。

 アクア
誰が何と言おうと宴会芸の女神。珍しく神々しいオーラを出してめぐみんやギルドにいた人を戦慄させたが、ルミカによって涙目にされた。コメデュエリストとかいう謎の称号を持っていたらしい。

 ダクネス
たまにカッコイイことを言って、だいたいフラグを折る子。今回リーナには百合だと勘違いされ、アレクにはリアクション芸人だと勘違いされたが、自業自得である。地味にクリス以外の友達が増えた。

 リーナ
百合な受付嬢。ダクネスが百合に目覚めたと思い込み、自分の中でギルドでたまに話す人からベストフレンドに関係が変化した。めぐみんがギルドを吹き飛ばそうとしたが、「職場がなくなったらニートになっちゃう」と頑張って阻止した。

 アレク
職業クルセイダーの27歳男性。本名アレキサンドリア・アレックス。下級貴族の3男に生まれ、家を継ぐ必要がないのならと、幼い日に街中で見かけ憧れた路上パフォーマーになるため、何も持たずに家を飛び出した。「火の輪くぐりとかする時に、防御力が高ければ便利じゃね?」とバカみたいな理由でクルセイダーになった。平日は冒険者活動で生活費を稼ぎ、休日や祭りの時は趣味で路上パフォーマンスを楽しんでいる。毒りんごを3切れ食べてリアクション芸人として成長できたが、アクアの治療を最初拒んだため、毒が体中に回り死にかけていた。最近ダクネスというリアクション芸を競い合う友達ができたと喜んでいる。同じ変人で気が合ったのか、たまにダクネスとリーナと3人で酒を飲んでいるらしい。無駄に設定が考えられているアレクさんだが、多分今後出番はない。



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この頼もしいパーティでクエストを!

 みなさん、本当にお久しぶりです。作者多忙により、時間が取れませんでした。本当にすいません。
 今後はやっと時間に余裕が取れるようになったので、また執筆を再開していきたいと思っています。冬休みと正月休みを使って、今年中になんとか第一章を終わらせられたらと考えていますのでしばらくお待ち下さい。




■■■カズマ視点■■■

 

 拝啓、サトウ・カズマ様。あなたは異世界に転生したら、チートでハーレムでファンタジーな生活が待ち受けていると思っていたことでしょう。

 

 ですが、現実は非情です。あなたが行う異世界は、野菜が人を攻撃するようなマジな異世界です。命がいくらあっても足りません。

 

 もちろん、異世界に行き、良いこともあるでしょう。パーティメンバーは全員美少女で、あなたはどこからどう見てもリア充です。

 

 ……ですが、メンバーは……。

 

「何このキャベツ! めちゃくちゃおいしいんですけど。ほら、ルミカもめぐみんもキャベツ炒めもっと食べなさいよ。大きくなれないわよ?」

 

 見た目と能力だけは完璧に女神なのに、その有り余る知力と幸運の低さが全てを台無しにしている可哀想なプリースト。

 

「アクア、それ以上この私の前で発育についての話をするのなら、爆裂地獄を味わうことになりますよ?」

 

 1日1発しか魔法が使えない、戦力的にも発育的にも残念な魔法使い。

 

「落ち着けめぐみん。仲間の怒りを受け止めるのも騎士の務めだ、打つなら私に撃て。お前の思い、この私が全て受け止めてやる……爆裂地獄か、ふふ」

 

 誰かを守るために体を張れる、凛々しく美しいドMクルセイダー。

 

「え? ダクネスったら大胆告白! 本命はクリスちゃんじゃなくめぐみんなの?」

 

 数々の異名を持ち冒険者たちからも恐れられる、魔法が使えない代わりに宴会芸から接近戦までこなす変な格好と思考回路をした自称魔法使い。

 

 確かにメンバーは全員美少女だが、それを差し引いて余りあるくらい残念なやつしかいない……だからチートに目の前の女神を選ぶのだけはやめておけ! 未来の俺より。

 

「ダメだ、こんなのはやっぱり間違ってる!」

 

 俺は目の前でバカをやってるパーティメンバーたちから、現実逃避するために書いていた過去の俺への手紙を破り捨てた。

 

 このままではまずい、こいつらと一緒にいたら俺の命が危ない……どうにかせねば。

 

「みんな、聞いてくれ。大事な話があるんだ」

 

 俺はいらない子をなんとかパーティから放逐するべく、作戦を開始した。

 

「アクア以外の3人にはまだ言ってなかったが……俺たちは本気で魔王を倒したいと考えてるんだ。俺が冒険者になったのも、全ては魔王を倒すため……」

 

「え! そうなの? まさかカズマさんにそんな勇者願望があったなんて。がんばってね、私も応援するから」

 

 いや、お前もやるんだよ! むしろ誰よりもアクアががんばらないとダメだろ。

 

「俺たちは最強の存在に喧嘩を売ろうとしている。これからの戦いは過酷なものになる。俺はお前らに傷ついてほしくないんだ! めぐみん、ルミカ、お前らはまだ若い。魔王が怖いなら無理しないでくれ、今ならまだ間に合うぞ」

 

 俺は魔王が怖い、ものすごい怖い。せっかく生き返ったのに、魔王に無謀な戦いを挑んで死ぬのは嫌だ。

 

 めぐみんもルミカもまだ子供だ、魔王に対する恐怖心は俺以上なはず。軽く脅してやれば……。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者! この世で最強の存在は魔王ですか? いいえ違います、違いますとも! 最強とは爆裂魔法のためにある言葉、ならば爆裂魔法を操りし我こそが最強! 私は必ず魔王を滅ぼします、そして証明するのです。我が名が最強であることを!」

 

 めぐみんはマントをバサッと翻しながら、ハイテンションで言い切った。

 

 ダメだ、こいつは手遅れだ。魔王に恐怖するどころか、ひと狩りいこうぜみたいなノリで魔王城に突撃しかねない。

 

「どうしたのだ、ルミカ? ……震えているぞ」

 

 ルミカの方を見ると、ダクネスが言うように俯いて体を小刻みに震わせていた。もしかして、びびってる?

 

 チャンスだ! めぐみんはダメだったが、妹の方なら行けるかもしれない。

 

 畳み掛けろサトウカズマ! ここで勝負に出ないと、逆転の機会はもうこない気がする。

 

「よく聞けルミカ、恐怖心を持つことは悪いことじゃない。怖さを知るのも勇気だ……お前はもっと強くなれる。それでも怖いなら、私を……仲間を頼れ! 1人で立ち上がれないのなら、私たちがお前を支えてやる。だから、ルミカも私たちを支えてほしい。困った時に助け合える関係……それが仲間というやつだ」

 

 俺がルミカの精神を揺さぶろうとしたら、ダクネスがなんか語りだした。

 

「安心しろ、私は鉄壁の防御力を持つクルセイダーだぞ? 例えどれだけ魔王が強大な存在だとしても、仲間を傷つけさせはしない」

 

 ……ダクネス。ただのマゾだと思っていたのに、真剣な表情でルミカを勇気付けるその姿はとても凛々しくて……誰よりも格好良かった。

 

「例えお前が魔王に捕まったとしても……私はお前を見捨てない。大丈夫だ、魔王に捕まるのは女騎士の仕事! 私は絶対に……仲間をエロイ目なんかに合わせない!」

 

 誰か俺を殴ってくれ、一瞬でもダクネス(こんなやつ)に見蕩れてしまった自分が恥ずかしい。

 

「くくく、あはははは!」

 

 俺がダクネスのせいで落ち込んでいると、突然俯いていたルミカが笑い出した。

 

「感謝するよカズマ。なんと言う幸運、私たちの出会いは運命だったのかもしれないね。つまり、カズマと一緒にいれば魔王を血祭りに出来るんでしょ?」

 

 魔王にびびって震えていたと思ったら、どうやらルミカは魔王と戦える喜びに打ち震えていたらしい。

 

 紛らわしい反応しやがって。

 

「……魔王を倒して、私が未来の魔王になる野望がついに……ふふ」

 

 ルミカ、なんて恐ろしいことを考えてるんだ。

 

「私、怖くなっちゃった。ねえカズマ、魔王を倒すのやめない? 私と一緒に土木工事で頂点を目指しましょうよ。実は親方から俺の後を継がないかって、誘われてるんだけど。カズマの幸運と私の左官工技術があれば、きっと世界一の土木業者になれると思うの!」

 

 確かにアクアの土木作業技術には、親方も感心していたが……こいつって水の女神じゃなくて、土の女神なんじゃね?

 

「やれやれ、どうやら全員パーティに残るってことで良いんだな?」

 

 俺の発言にアクアだけが嫌そうな顔をする。こいつは腐っても俺の転生特典なので、意見は無視である。

 

 とりあえず、このままクエストに行くと死にそうな気がするので、クリスから巻き上げた金を使って、きちんとした装備を買う決意をした俺なのであった。

 

■■■ルミカ視点■■■

 

 

「どうだ、それほどへんではないと思うんだが」

 

「……ほぉ、見違えたぞカズマ。お前の格好は街でかなり浮いていたからな、気になっていたのだ」

 

「わー。カズマ、やっとへんな人からちゃんとした冒険者にジョブチェンジしたんですね」

 

 せっかく装備を一新したのに、ダクネスとめぐみんのあんまりな反応に、カズマは青筋を立て今にも爆発しそうである。

 

 ……まったく、二人とも男心が分かってないな。私がお手本を見せてあげないと。

 

「似合ってるじゃんカズマ、その頑丈そうな脛当てはどこで売ってたの? 私も欲しいから後で案内してよ」

 

「お、おう、サンキュー」

 

 私のフォローに照れるカズマ。ふっ、どうよ2人とも?

 

「まさか、あのルーちゃんが……落ち込んでいる人がいたら、無自覚に止めを刺していた外道が。髪飾りを新しくした女子に、髪の毛にゴミがついてるなんて指摘して……空気を凍らせてた氷結地獄のルミカが人を慰められるなんて。成長したんですね……ほろりときました」

 

「なるほど、これが女子力。ここでかっこいい脛当てとか言わないのがポイントになるのだな。紅魔族とセンスが同じだと言われたら、自分の感覚が信頼できなくなってしまうはず。うむ、素晴らしいコメントだ。ありがとう、勉強になったぞ」

 

 ルミカちゃんの華麗なるお手本を見た2人は、感心してくれたけれど……私の欲しかった反応と、なんか違う。

 

 私が自分の周囲からの印象について悩んでいたら。

 

「ねえルミカ。あの大きな鎌はまだ修理中なの? 今のあなたの装備で脛当てまでしたら、カズマと服装がかぶっちゃう感じに……」

 

 アクアがそんなことを言ってきた。

 

「ごめんカズマ、やっぱ脛当てはいらない。むしろ、今の私に必要なのは防具なんかじゃない! インパクトのある武器なのよ!」

 

 ありがとうアクア。紅魔族的に、キャラかぶりは致命的なのです。

 

「はあ、俺は今のままでも十分ルミカはキャラが濃いと思うよ。つーか、これ以上武器を充実させてどうするのお前? 本当なら魔法使いは杖とか防具に金を使うもんだろうが」

 

 やれやれとため息をつくカズマから、そっと目を逸らす。私だって……分かってるのよ本当は。

 

 でも、魔法が使えないのだから仕方がないのです。モンスターを倒さないと、レベルは上がらないのだから。

 

「さて諸君。装備は揃えた、スキルも覚えた。となれば、やることは一つだろう……」

 

 カズマは少しもったいぶってから、こう言った。

 

「クエストに行こうぜ! 低レベルな俺達でも安心安全なレベル上げができる、近場でそこそこ報酬もいい討伐系のクエストを受けたい。もっと言うと、俺が危なくないクエストを受けたい」

 

 もったいぶったくせに、発言がヘタレだし! ……まあ、高難易度なクエストを希望されても、それはそれで困るんだけど。

 

 カズマのそんな注文に、ダクネスが自信ありげに頷く。

 

「繁殖期に入ったジャイアントトードが……」

 

「「カエルはやめよう!!」」

 

 ダクネスの意見を、アクアとめぐみんが拒絶する。

 

「よーし! 今度こそカエルをぜんめt……むぐー」

 

「ルーちゃんはちょっと黙ってましょうね。ここからは大人の話です」

 

 ダクネスに賛成しようとしたら、めぐみんが私の口を手で塞いできた。最近親友の私に対する扱いがひどいと思う。

 

「どうしたんだ? カエルは刃物が効果ばつぐん、攻撃もワンパターンな舌での捕食だけだ。肉は食用になるから売れるし、こんなにおいしい獲物はいないぞ?」

 

「ごめんねダクネス。私は宗教的な理由でカエルはちょっと。アクシズ教徒は水の女神アクア様を信仰してるでしょ? だから水棲モンスターは倒しにくいのよね」

 

 嘘つきはエリス教徒の始まりじゃないんですかアクアお姉ちゃん?

 

「すいませんダクネス。実は我が家にはカエルはよく見るとなんとなく可愛いからいじめちゃダメという家訓があるのです」

 

 ……この前カエルを爆殺して、から揚げモリモリ食べてた子が何を言ってるのかしら。

 

 そもそもめぐみんの家は、「人間以外は食べ物! お腹がへったら虫でも食べよう!」みたいな感じじゃん。

 

 何なのこの2人……白銀のペテン師とか呼ばれて嘘つきの代名詞みたいに扱われてる私よりも、よっぽど嘘つきじゃない。

 

「こいつらはな……カエルにトラウマがあるからさ。他のモンスターにしようぜ」

 

 カズマもカエルが嫌いなのかもしれない。表情が若干引き攣っている。

 

「む、そうか? 薄い装備だと食われることもあるらしいが、装備を変更したカズマなら金属を嫌がって狙われないはず。3人は私が守るから大丈夫だと思ったのだが……仕方ない、なら別のクエストを」

 

「よし、カエルにしよう! ダクネス、3人をしっかり頼んだぞ! トラウマ克服のいい機会だ」

 

 こ、この男。自分が安全圏にいると知った瞬間、華麗に強気に手のひら返しとか……あれ、ちょっと待ってほしい。

 

「ねえダクネス! 今のカズマの装備ならジャイアントトードに、食べられないんだよね? 金属を嫌がって、食べられないんだよね! おかしいよ、そんなの絶対おかしいよ! ならどうして私はカエルに食べられたの? 粘液ぬるぬる汚されちゃったの!」

 

「落ちつけルミカ! いいか、落ちつくんだ! 深呼吸して落ち着いたら、私にぬるぬる粘液で汚されたことについて、詳しく話すんだ!」

 

 鼻息を荒くするダクネスに、私は粘液のことは無視して説明する。

 

「私だって金属の篭手持ってたのに、カエルに襲われたんだよ! そんなのってないよ、理不尽すぎるじゃない。これが幸運値の格差だと言うの? おのれ、邪神エリス! 私は、……あなたを許さない」

 

「あの、ルーちゃんがジャイアントトードに食べられたのって。デスメテオと短剣を投げつけて、装備してなかったからじゃ……。そもそも、ルーちゃんに仲間を無残に殺されたカエルが怒るのは当たり前じゃないですか?」

 

「……ふにゅっ!」

 

 めぐみんの指摘に顔が熱くなる。あまりにも恥ずかしくて、変な声が出ちゃったし。

 

 ……本当にはずい。

 

「と、とにかくカエルはやめよう! カエルを皆殺しにするだなんて、人間のエゴだよ。傲慢だよ!」

 

「誤魔化したな」

 

「誤魔化したわね」

 

「誤魔化しましたね」

 

 カズマもアクアもめぐみんも、私をそんな可哀想な子を見るような目で見ないで。

 

「ルミカ、今度2人でリベンジマッチにでも行くか? 私はいつでも手伝うぞ」

 

「ありがとうダクネス、すごく優しい言葉をかけてくれて。それがカエルの粘液を味わいたいなんて欲望あり気の慰めだとしても……私はうれしいよ。分かった、今度一緒にカエルデートしよっか」

 

「ああ、もちろんだっ! この私がいるかぎり、ルミカには手を出させない……粘液ぬるぬるは私のものだ……」

 

 頬を赤らめ、もじもじと返事をするダクネスはちょっと可愛いんだけど……やはり最後の呟きが不穏すぎる。2人で行くのは危険かもしれないので、なんとかしてダクネスの保護者役であるクリスちゃんに付いてきてもらわないと。

 

「みなさん、どうやらお困りのようですね」

 

 私たちがクエスト選びに悩んでいたら、受付のルナさんが現れた。小さい声でカズマが「受付のお姉さん、いったいどこから現れたんだ! 気配が感じられなかったぞ」と驚いていたのが印象的だった。

 

「ゾンビメーカーの討伐クエストなどいかがでしょうか? 夜な夜な墓地に現れる悪霊の一種で、駆け出しのパーティでも安心して戦える雑魚モンスターです」

 

「いいわねいいわね! 迷える魂を冥界に導くのも女神の役割。そろそろ私が真の女神であることを、カズマ以外にも認めさせてあげるわ!」

 

 なんかうちのバカなお姉ちゃんがはしゃぎ出しちゃってるし。

 

「……どうするの? アクアがやる気とかろくなことにならないと思うんだけど」

 

「……大丈夫です……何かあったら爆裂魔法で墓地ごとなかったことにするので」

 

「……大丈夫じゃない、大問題だろ。やっぱりこのクエストもパスしようか」

 

 カズマとめぐみんと一緒に、こそこそクエスト却下の相談をしていたら。

 

「いや待て、ここはアクアのレベルを上げよう。回復魔法がダメージになるアンデッド討伐以外で、プリーストがレベルを上げるのは難しい。だがここでアクアのレベルが上がれば、知力や運のステータスも上がる……つまり、欠点のない完璧なアークプリーストが爆誕することになる」

 

 ダクネスがとんでもないことを言い出した!

 

 このお姉さん、実はドMの皮をかぶったドSなんじゃないかな。

 

 カズマなんて、その発想はなかったみたいな顔してるし。

 

 ん? なんか引っかかるんだけど。

 

「……いや、まさか! このクルセイダー、アクアの欠点をなくすことでカズマに「まったく。優秀なアクアと違って、お前はいくらレベルをあげても防御しかできないの? モンスターに攻撃されて喜ぶとか、お前人として恥ずかしいと思わないの? このスタイル以外取り得のないへな猪口騎士め」と、罵倒されたいがためにこんなことを言い出したんじゃ……」

 

 ダクネスの策士ぶりに、ルミカちゃんドン引きである。

 

「恐ろしい……人間の欲望がこんなにもどす黒いものだったなんて。私、知らなかったし知りたくなかった」

 

 私はパーティメンバーの性癖のやばさに、戦慄が止まらなかった。

 

「私は思ったことが全部声に出てしまっていることに気がつかない……ルーちゃんの方が恐ろしいです」

 

 え、嘘っ! 声に出てたの?

 

「へな猪口騎士、私は……年下の娘にバカにされるほどダメなのか……ダメなのか」

 

 めぐみんのつぶやきから己の過ちに気づいた私が、恐る恐るダクネスの方を見ると。彼女は机に頭を打ち付けていた。

 

 怖い! そしてごめんなさい。

 

「だ、大丈夫だダクネス! お前にはいいところがたくさんあるさ。スタイルとかスタイルとかスタイルとか、ついでに防御力とか……なんかごめん」

 

「おい、慰めるならもう少しがんばってくれ。私だって普通に傷つくことがあるんだぞ」

 

 カズマの一言が止めになり、「……私には冒険者としての価値が……ないのか」とダクネスは机に突っ伏してしまった。

 

「そんなことありません、ダクネスさんはとても魅力的な女性です。あまり自分を悪く言わないで下さい。ダクネスさんはクリスさんといつも仲良しで、百合的な意味で磨けば光る原石です! 例え誰が否定したとしても、私は……あっ、ちょっとルナ放して!」

 

「ではみなさん、ゾンビメーカー討伐クエスト、いってらっしゃい」

 

 ルナさんは突然女騎士を慰めるためにやってきたリーナちゃんを羽交い絞めにしながら、何事もなかったように私たちを笑顔で送り出してくれた。きっと受付嬢には絶対的なスルースキルが必要なのだろう。

 

 私はこのプロ意識の高い可哀想な受付嬢に、今回のクエスト報酬で胃薬を差し入れすることを女神エリス様に誓ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時刻は夕暮れ、街から外れた丘の上にある共同墓地の近くで、私たちは夜を待ってキャンプをしている。

 

「うまいなこの肉。何かワイルドな味がする」

 

「ちょっとカズマ! それ私が育ててた肉なんですけど!」

 

「カズマもアクアもせっかちだね。お肉はいっぱいあるんだから、慌てないで」

 

 晩御飯は鉄板焼き。私の得意料理である。

 

 今度キャンプをする時は、過去に勇者が作り方を伝えたと言うお好み焼きを作ってあげよう。

 

「おい、めぐみん。私はさっきから不思議に思っていることがあるのだが」

 

「どうしたのですかダクネス? そんな真剣な顔をして」

 

「いや、私の勘違いかもしれないんだが。街で買って来た肉の量が、いつの間にか増えている気がするんだ」

 

「うわっ! マジだ、マジで肉が増えてるぞこれ」

 

 ダクネスの発言に、驚きの声をあげるカズマ。

 

「まさか、これが墓場の近くで起こる心霊現象なのか!」

 

「もしかして、カズマさん怖いの? ビビリなの? 助けて下さい美しき女神アクア様と泣いて頼むなら、私が神聖な結界を張ってあげても良いわよ」

 

「アクアもカズマもダクネスも、大丈夫ですよ。お肉が増えたのはお化けのせいではありません。犯人はこの中にいます」

 

 めぐみんの話を聞いた3人の視線が、一斉に私に突き刺さる。

 

 え? 何? もしかして、私…またやらかした?

 

「ねえルミカ。確かルミカって新しい爆発するポーションを買ったから、今金欠なんでしょ? たくさんお肉を用意して大丈夫なの?」

 

 確かに私は金欠で、今手持ちが1万エリスしかない。大ピンチです。

 

「大丈夫だよアクア、安心して。私が用意したお肉は仕入先は秘密だけど、無料で手に入れたものだから」

 

「安心出来るか!」

 

 アクアの質問に答えた私の肩を、突然カズマが掴んで来た。

 

「お前ってやつは! お前ってやつは! 日本人的に食品偽装なんて一番やっちゃいけないやつだから! 熟成通り越して腐ってるやつとかやばい肉じゃないだろうな」

 

 なになに! 日本とか言われても、よく分からないんだけど。

 

「どうしたのカズマ。そんなに怒って、お肉がおいしくなかったの?」

 

 肩を掴まれているので、カズマの顔が近い。男の人とこんなに至近距離で向き合うのは恥ずかしいけど、私は絶対引き下がらない。

 

 食べ物の好き嫌いはダメだと思う。

 

「いや美味かったけども。俺は出所不明の肉が怖いんだよ日本人的に! どうやってこの肉を手に入れたのか説明してくれ」

 

 ……どうやって手に、入れたかですって。

 

「美味しかったなら良いじゃん! 大事なのは味だよ味!」

 

 カズマの質問に冷や汗が止まらない。

 

 お肉に問題はない、ただ入手方法がちょっと言いにくいだけだ。

 

 理由を言ったらきっと、またみんなに可哀そうな子だと思われる。

 

「……おい、本当に大丈夫なんだろうな」

 

 カズマの目が怖い。ちょっぴり泣きそうだけど、私は負けない。

 

 負ける訳にはいかないのよ、美少女的に!

 

「……カズマは本当に…真実が知りたいの? この事実を知れば、もう後戻りはできない。よく考えて、本当に……後悔しない?」

 

 私の最後通告に、ごくりと息をのむカズマ。

 

「ごくり」

 

 あれ? 今誰か口でごくりって言わなかった?

 

 私が声のした方を見ると……。

 

「何だこの気持ちは。カズマが息を荒らげながら、いたいけな少女(ルミカ)に迫る姿を見ていたら……ムラムラしてきたぞ。それに、カズマに迫られて涙目になるルミカを見ていると……くふ」

 

 息を飲み頬を赤く染めたダクネスが、私とカズマを見つめていた。どうしよう、うちの女騎士が正直怖い。

 

「何バカなことを考えているのですかダクネス! 私のルーちゃんを如何わしい妄想に使うのはやめてもらおうか」

 

 ありがとうめぐみん。やっぱり私の味方は幼馴染だけなのです。

 

「ダメよルミカ! 男性とお付き合いするにしても、そこのクソニートだけはやめておきなさい」

 

 カズマと恋愛関係か、残念だけど今のところそれはないかな。

 

 パーティを組んだばっかりで、お互いのこととかまだよく分からないし。こういうのはまず、友達から始めるべきだと思う。

 

「ダクネスもアクアも好き勝手言いやがって! 良いかお前ら、俺はロリコンじゃない! めぐみんもルミカも対象外だ」

 

 私たちバカにされてる? 告白もしてないのに、振られたみたいな状況なのだけど。

 

 いや、そもそも告白するつもりはないんだけどね。なんかもやもやする。

 

「俺はこいつらみたいな胸もない、お子様体型に欲情なんてしない。俺はもっと、ボンキュッボンな色気があるお姉さんが好みなんだ!」

 

 カチンと来た! 私、今のはカチンと来ちゃったよ。

 

「その喧嘩、買おうじゃないか! 紅魔族の力、思い知るがいい」

 

「めぐみんの言う通りだよカズマ! 私だってもう立派なレディなんだから! これでも私、恋愛経験豊富なんだよ!」

 

 あれ? ちょっと待ってルミカ。私の人生で恋愛イベントなんて言ったら……。

 

「ふ、私の初告白…獣? 嘘でしょ……私の失恋、獣?」

 

 こんなに悲しい気持ちになったのは、ゆんゆんがぼっちをこじらせてけむっちと名前をつけて、毎日校庭の木にいる毛虫に挨拶していたのを目撃した時以来です。

 

「……私、死にたい。……このまま墓場で、ゾンビになりたい」

 

 まさか、この私がゆんゆんと同レベルの残念な子だったとは。気づいたら、涙が止まらなかった。

 

「ルミカのやつ、どうしたのだ? もしかして、私のせいだろうか」

 

「ちょっとダクネス。思春期の女の子は繊細なんだから発言には気をつけてよね!」

 

「ダクネスとアクアが余計なことを言うからだぞ! 見ろよ、あのルミカの人生に絶望しきったような目を!」

 

「もとはといえば、カズマが悪いのです。私たちをロリ扱いして、恋愛関係の話はルーちゃんに効果抜群です。3人とも、今後はその手の発言に気をつけてもらえませんか? 慰めるのもけっこう大変なので」

 

 みんなが何か言ってたけど、私はへこんでいたので全然聞こえなかった。

 

 ……悪口言われてたらどうしよう。

 




・ルミカ
 実は幼少期に獣に襲われたことと獣相手にナンパしたことがトラウマになっている。

 毎回毎回誤字報告してくれる方、本当にありがとうございます。
 ルミカの用意した肉は普通の肉ですが、入手方法を話したがらなかった理由がそのうち判明する予定です。


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この怪しい人物に突撃を!

 本当にお久しぶりです。ウィズの登場シーンが中々書けずに、気がつけばこんなに間が空いてしまいました。本当にすいません。
 途中カズマさん視点です。今回はルミカがいつもより頭おかしいと思います。




■■■ルミカ視点■■■

 

 昔のトラウマを思い出し、気分転換にひたすら肉を焼く作業に没頭すること1時間。やっといつものテンションを取り戻しつつあった私の目の前では、カズマによる錬金術が行われていた。

 

「すごいっ! すごいよカズカズ! ある意味で爆裂魔法以上にネタ魔法だと思っていた初級魔法に、こんな使い方があったなんて」

 

 マグカップにクリエイト・ウォーターで水を注ぎ、コーヒーの粉を溶かし、コップの底をティンダーで炙るとは、恐るべき発想力である。

 

「カズカズはやめろ。まあ褒められるのは悪くない、ルミカにもコーヒーをご馳走してやろう」

 

 私が以前付けてあげた素敵なあだ名に若干嫌そうな顔をしつつ、カズマは少し得意げにコーヒーを作ってくれた。

 

「ありがとうカズマ、……わーい、あんまり嬉しくないっ! 私はコーヒー飲めないんだけど、砂糖が欲しい」

 

 フーフーと息を吹きかけながら、ちびちびとコーヒーを啜る。

 

 うーん、やっぱり苦い。これが噂に聞く、ほろ苦い恋の味ってやつなのかな。

 

 ん? ……熱いコーヒー、恋、獣? ……うぐ、頭が割れるっ!

 

「熱っ! ……驚いたらローブにこぼした、舌火傷してひりひりする、苦い、……もう私、大人になるまで絶対コーヒーなんか飲まない」

 

「はぁ、何をやってるんですかあなたは。カズマ、私にもお水下さい」

 

 こっちを見て大きく溜息をつき、めぐみんはカズマからもらった水を一口だけ飲む。そして残った水で自分のハンカチを濡らして、いそいそと私のローブを拭いてくれる。

 

「本当にめぐみんって、ルミカの良いお姉ちゃんなのね」

 

 アクアの何気ない一言が心を抉る。

 

 どうせ私は子供っぽいですよーだっ!

 

「……カズマはすごいな、初級属性魔法などほぼ誰も使わないのに。正直に言うと、ルミカやめぐみんより魔法使いぽく見える……痛っ!」

 

 めぐみんと2人で、つい反射的にダクネスの太ももを抓ってしまった。

 

 爆裂魔法にしか興味がない私たちでも、アークウィザードとしてのプライドがあるのだ。

 

「『クリエイト・アース』! なあ、……細かい土を出す魔法とか、いったいどうすんの? こいつだけ使い道が思いつかないんだけど」

 

 手の平に土を生み出して、カズマが不思議そうに尋ねてくる。

 

 火、水、風、氷、土を扱う初級属性魔法の中でも、確かに土属性は微妙かもしれない。

 

 うん、なら私が説明してあげよう。

 

「ふふっ、いい質問だねカズマ。その魔法で作られるのは、全ての命を癒す奇跡の土。一度使えば花は咲き乱れ蝶が舞い、生き物は活力に満ち溢れる。クリエイトアースは枯れ果てた大地に命の恵みを齎す、人々を笑顔にできる、……そんな素敵な魔法なの」

 

「なるほど、つまり土属性の回復魔法ってことか」

 

 私の解説を聞き、ふむと頷くカズマ。

 

「なあめぐみん、ルミカの説明だとすごい魔法だってことは分かるんだが、具体的な使い方が分からないんだけど。土属性回復魔法って、どう使うんだ? ……怪我した箇所に土でもかけんのか」

 

 カズマの問いに、めぐみんが困ったような顔でこちらを見つめてくる。

 

 そんな幼馴染に向け、私は小さく頷いた。

 

「……えっと、その、ルーちゃんが言うことも間違いではないんですが……簡単に言うと畑に撒けば良い作物が育つ、……それだけの土です」

 

「おいこらこっちを向け! 目を逸らすな義妹」

 

 めぐみんの言葉を耳にしたカズマが、こっちを半目で睨んできてちょっと怖い。

 

 ひどい、少年の魔法に対する憧れを、……私はただ、守りたかっただけなのに。

 

「……そう言えば、お前の通り名の1つに、白銀のペテン師と言うのがあるとクリスが……ダメだぞルミカ。日ごろから嘘ばかり言っていると、ろくな大人にならない」

 

「やめてよダクネス! まるで私を詐欺師みたいに言うのは。そういう偏見に満ち溢れた考え方が、思春期の少年少女を非行に走らせるんだよ。それに、ダクネスみたいに普段から性癖を正直にカミングアウトしているのは……人として恥ずかしいと思います」

 

 まるで自分が真っ当な大人であるかのような態度のお姉さんに、思春期代表としてじとっとした視線を送る。

 

「ち、違う! 私は騎士として普段から堂々としているだけで、何回もクリスに呆れた顔をされる度に興奮を覚える、そんなはしたない女では……」

 

 言い訳が語るに落ちるって感じで、ダクネスこそ絶対嘘でしょ。

 

 私はカズマに、魔法産の栄養豊富な土を使うと、畑が元気になって美味しい野菜が育つから、農家の人たちが笑顔になるんだよって教えてあげただけで。

 

 何1つ嘘は教えていないのです。えへん。

 

「プークスクス! ねえカズマ、あんたクラスを農家に転職すれば? 水も撒けるし土も作れて、おまけにティンダーで焼畑もできるなんて、冒険者よりよっぽど天職だと思うんですけどっ! あはははは! ぐぎゃー!」

 

 私たちのやり取りを見て、爆笑するアクア。

 

 そんな仲間に向けて、カズマは右手に乗せた土を左手から風属性魔法を発射し、突然の目潰し攻撃でアクアをノックアウトした。

 

「何してるんですか! 本当に何してるんですかカズマっ! こうして使うのかじゃありませんから! や、やめてください、ルーちゃんをアクアと同じ目に合わそうとするのは、本気でやめてください!」

 

 顔面に砂埃が直撃し、無残に地面を転げ回るアクアの姿を見て、必死に私を庇おうとしてくれるめぐみん。

 

「いいのよめぐみん、止めないで。カズマに悪魔のような発想を与える、切欠を作ってしまった。これは永劫に消えることのない、私の背負うべき罪よ。そう、罪は償わなければならない。さあ、やりなさいサトウカズマ……咎人には、罪には罰が必要なのよ」

 

 全てを受け入れるように、瞳を閉じ両手を広げる。

 

「……ルミカ、お前……」

 

 そんな私をダクネスは少し羨ましそうに、どこか眩しそうに見つめてくる。

 

「よし、お前の謝罪の覚悟はよく分かったよ。なら俺も、その気持ちに全力で答えなきゃ失礼ってもんだ! 『クリエイト・アース』!」

 

 こちらに向け新しい土を握り締めるカズマ。

 

 科白はカッコイイのに、やろうとしていることは鬼畜そのものである。

 

 まずい、どうしよう。

 

 まさかルミカちゃん題4の必殺技、カッコイイ科白誤魔化しが敗れることになるなんて。

 

 そして私に放たれる土埃(裁きの鉄槌)

 

 はぁ……仕方ない。

 

「「「あっ!?」」」

 

 カズマとめぐみん、ダクネスの呆然とした声が聞こえた。

 

 私は両手を広げ胸を張った状態から背中を反らし、ブリッジする姿勢で魔法を華麗に回避したのだ。

 

 よし、この回避法を優雅なる淑女の戯れと名づけましょう。

 

「この私、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ様が、大人しく攻撃を受けると思ったら大間違いだしっ! 愚かなアクアとは違うのよ、格が!」

 

 うん、完璧に悪役っぽく決まった。攻撃を躱されたカズマの驚いた表情も見れて、ルミカちゃん大満足!

 

 この後きちんとカズマにごめんなさいを言って、仲直りしなくちゃ。

 

 そう決意したこの時の私は、思いもしなかったのです……まさか、カズマたちの驚きが別のことだったなんて。

 

 

■■■カズマ視点■■■

 

「ねえカズマ、今夜の狙いはゾンビメーカーよね? 寒気がするわ、女神たる私の直感が、とてつもなくやばいアンデッドの接近を伝えて来てるのだけど」

 

「気のせいだろ」

 

 俺は余計なフラグを立てそうなアクアの心配を、一言で切り捨てる。

 

 現在時刻は深夜を回っている。どうせこいつは羽衣なんて無駄にひらひらした格好をしているから、体でも冷やしたに違いない。

 

「ほら、アクア。寒いなら私が持ってきた上着を貸してやる」

 

 俺と同じような考えに辿り着いたらしく、ダクネスは自分の着ていた上着を、アクアにかぶせてやっていた。

 

「……あったかい……ありがとうって、違うのよ! 今はダクネスの寒いのを我慢する遊びに、付き合っている場合じゃないんだから」

 

 せっかくの気遣いを邪険にされ、これではダクネスが不憫である。

 

 俺が一言駄女神へ物申そうと……。

 

「ち、違うぞ。これはアクアが風邪をひかないようにと……ほ、本当に違うからな……ちょっとだけ思っただけで」

 

 上着を脱いで薄着になった女騎士は、ぶるりと体を震わせて……図星なのかよっ!

 

「めぐみん、優秀な魔法使いのあなたなら分かるでしょ? カズマやダクネスは魔力の感知にうといから、今私たちが感じているこの恐ろしく邪悪な気配に気づけないのよ」

 

「ふむふむ、確かにこの禍々しい……気配なんて超絶優秀なアークウィザードの私には、全く感じとれないので。アクアの勘違いですね、間違いありません」

 

 きらきらと目を輝かせるアクアに、めぐみんは数秒考えこむような素振りをしたものの、はっきりと首を横に振る。

 

 満面の笑みで……。

 

 絶対このロリっ子、自分のこと優秀って言いたかっただけだ。

 

「どうしてよおおっ! 何でみんな信じてくれないの? 強力なアンデッドモンスターとか、女神の私がいなきゃ、黒ヒゲ危機百発なのに。……ルミカ、ルミカなら、きっとお姉ちゃんを理解してくれるはず」

 

 俺たちに軽くあしらわれ、最後の希望であるルミカに縋り付くアクア。

 

 ……ていうか、このバカの頭の中ではどれだけ今夜の墓場は危ないんだ。黒ヒゲ危機百発じゃ、誰も生き残れねえし。どんな例え話だよ。

 

 俺がそんな思いを巡らせていると、アクアに縋り付かれているルミカがぼそりと呟く。

 

「……フフフ、フフフフフ、我ながら惨めね。クールにブリッジで躱したと思っていたら、まさかあそこに石があるなんて。超かっこ悪い。はぁ、……月がきれい、こんな素敵な夜にはモンスターの返り血がよく映える……アクアもそう思うよね? アハハハ」

 

 本物の神様を疑ってごめんアクア。

 

 おそらくお前の察知した邪悪な気配の持ち主は、そこで空虚な笑いを浮かべてるルミカのことだ。

 

 確かに俺の目潰し攻撃は、ルミカが大きく上半身を反らしたことで失敗したのだが……ルミカはブリッジに近い姿勢になったことで、背後にあった石に思い切り後頭部をたたきつけ、盛大に自滅し気を失ったのだ。

 

 これだけいろいろなドジっ娘ぶりを目撃してしまうと、めぐみんが心配するのもよく分かる。俺も不安でいっぱいだ。

 

 ……アクアよりも運のステータスが低いなんて、そんな可愛そうな子でないことを心から願う。

 

 今度ルミカの冒険者カードを見せてもらおう。

 

「やめてー、やめてルミカ。今あなたが浮かべているのは、絶対に女の子がしていい表情じゃないと思うの。ほら、笑顔よ笑顔」

 

「……うん、そうだねアクア。この湧き上がる羞恥心を発散するには、モンスターを殺しつくすしかない。始めましょう、殺戮の宴を……女の子だもん、舞踏会では笑顔でいなくちゃ。くくく、くははは、あははははは! くたばりなさいゾンビども!」

 

 アクアの話を聞いているのかいないのか。

 

 ルミカは狂ったように笑いながら、今にも墓地へと走り出しそうで。

 

「あのさ、めぐみん。ルミカってアークウィザードのはずだよな? あいつ……バーサーカーとかの方が適性あるんじゃ」

 

「違います、違いますよっ! 確かにルーちゃんは一度暴走すると破壊と混沌を振りまく、機動要塞デストロイヤーみたいな子ですし、実はアークウィザードよりも適性がある職業がいくつかあるそうですが……」

 

 紅魔族のルミカが魔法使い以上に才能のある職業とは、いったい何なのだろう。

 

 ところでデストロイヤーって何だ?

 

「ルーちゃんは狂戦士なんかじゃありません。ただちょっと……何か落ち込むことがあると、モンスターを切り刻みたくなるだけで。どこにでもいる普通の女の子ですよ」

 

「いますぐ普通って言葉を辞書で調べてこい!」

 

「うちの里ではよくいる普通の子ですよ? 私も爆裂魔法を大量のモンスターに撃ち込むと、すごくスッキリしますし、……ルーちゃんとおそろいです」

 

 前から思ってたけど、紅魔族は全員やべーやつなのかもしれない。

 

「……わ、私も、モンスターに襲われるのが好きなだけで、どこにでもいるふつうの女騎士だから」

 

「世界中の女騎士に謝れ!」

 

 めぐみんに張り合い、若干もじもじしながら話すクルセイダーに冷ややかな目を送る。

 

 お前みたいなエロゲにありがちな女騎士が、そんなにほいほい居てたまるか!

 

 いや、むしろ居たらそれはそれで嬉しいけども。

 

 普通の定義とは何か、女騎士という言葉は何故男心を擽るのか、俺が哲学的な問いに頭を悩ませていると。

 

「ねえルミカ。もうそろそろ機嫌直してよー。これから地上に光臨した女神様によるパーフェクト除霊講座が始まるんだから、元気出して! ……ちょ、ちょっと! ルミカったら、そんな物騒な物取り出して何するつもり!?」

 

 どこか焦ったようなアクアの悲鳴が聞こえてきた。

 

「どうしたのですアクア。そんなに慌てて……」

 

「前から思っていたが……ルミカ。お前というやつには……常識ってものがないのか」

 

「……母さん、父さん。俺、ここでちゃんとやって行く自信が吹っ飛んだよ」

 

 アクアの悲鳴が上がった方向を振り向いた、俺たちの目の前では……。

 

「死にたいやつからかかって来なさい、今宵の相棒は血に飢えている……まあ、アンデッドは最初から死んでるけど、きゃはははは」

 

 真夜中の墓場で、怪しく笑いながら包丁を掲げている、ルミカ(とんでもなくやべーやつ)がいた。

 

 何あれ、超怖い。

 

 

■■■ルミカ視点■■■

 

 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

 

 ……まさか、みんなは私の華麗なる回避テクニックに呆然として、思わず「あっ」と声を出してたとばかり思っていたのに。

 

 こちらを心配して「あっ、危ない!」と言おうとしていたなんて。

 

 ……死ぬほど恥ずかしいっ!

 

 強く、己の武器を握り締める。

 

 こんなのは、ただのやつあたりだと分かってる。

 

「ふふ、ふふふふ、あはははははっ!」

 

 ただ湧き上がる感情のままに。狂ったように笑う。

 

 こんなのは現実逃避でしかないと知っている。

 

 ……だから、みんなお願い。

 

「はーなーしーて!」

 

 どうか私を逝かせて下さい。

 

「早まるなルミカ! 今のお前は、一時の感情で自分を見失っている。私は仲間として、一人の大人として! モンスターに無謀な突撃をしようとする、命知らずを止めないといけないんだ!」

 

 1人で墓場に突入しようとする私を、止めるためにダクネスが後ろから抱きしめる。

 

「気にしないでよ。これくらい、いつもダクネスがやってることでしょ! クリスちゃんが困ってたよ、モンスターの群れに飛び込むのはいい加減にしてほしいって。今ここで感情を全部吐き出さなきゃ、羞恥心で死にたくなるの。それに、……さっきからダクネスのが背中に当たって……別の意味で死にたくなるから放して」

 

 このクルセイダー、キャベツとの激戦で鎧が修理中だからって、薄着でモンスターと戦おうとか舐めてるのかしら……まあダクネスなら、いくら雑魚アンデッドに襲われても死なないんだろうけど。

 

 うん、何かダクネスと同じ行動を取ろうとしてたんだと思ったら、冷静になれたよ。

 

「ルーちゃん、さすがに、その、包丁を武器にするのはダメだと思います。衛生的にも良くないですし」

 

 ひとまず落ち着いた私に、めぐみんが困った顔をする。

 

「安心してめぐみん。この聖なる武器お刺身殺しには、アンデッドに対する浄化効果があるの。モンスターを切っても刃こぼれしないし、返り血も付きにくい、とっても便利な武器なんだから」

 

「違います! 私が伝えたいのはそういうことじゃありません」

 

 きちんと武器の性能を説明したのに、何故かめぐみんは頭を抱えてしまっている。

 

「どこのどいつだよ、聖なる武器なんて嘘で子供に包丁を売りつけたのは……ルミカ、お前絶対騙されてるぞ」

 

 カズマがこっちに、可愛そうな子でも見るかのような視線を送って来るんだけど。

 

 ……だ、大丈夫だよね? お刺身殺しは使い心地も見た目も、包丁にそっくりだけど、ちゃんとした武器のはず。

 

「ルミカ。アクセルの街の鍛冶屋では、そんな珍しい武器を見たことがない。いったい、どこでそれを手に入れたんだ?」

 

「いい質問だねダクネス。よくぞ聞いてくれました! このお刺身殺しは、私が以前バイトしていたアクセルの魚屋で譲り受けた……」

 

「包丁だろ」

 

「明らかに刺身包丁でしょ、それ」

 

「完全に調理道具ですね」

 

 ダクネスの質問に答えていた途中で、カズマとアクアとめぐみんが即座に否定する。

 

「武器だから! 私に譲ってくれた、魚屋のおじいちゃんが言ってたもん。幾多の戦場で苦楽を共にし、多くの魔物の生き血を吸わせてきた、我が家に代々受け継がれし由緒正しき名刀だって!」

 

 真剣に説明する私に向け、めぐみんとカズマが目を逸らしていた現実を突きつける。

 

「ルーちゃん。おそらく魚屋さんは紅魔族が喜ぶように、気を遣ってくれたのではないでしょうか」

 

「仕事場という名の戦場で、水生モンスターなんかもたくさん捌いてたんだろうな。嘘は言ってない。俺は子供に優しい良い人だと思う」

 

「……ち、違うし。そんなことありえない、あっていいはずがない。だって、今まで何回もモンスターをお刺身殺しで倒してるもん。アンデッドを攻撃した時なんて、神聖なオーラ的な効果で浄化されてたし。やっぱり本物の聖なる武器……」

 

 なんとか平静を保とうとする私へ、ダクネスが止めの一言を。

 

「……そう言えば、以前魚屋の店主から聞いた話なんだが……バイトに来る冒険者の娘が、まともな武器1つ持たずに、クエストへ行くのを見ていられず。せめて護身用になればと思い、愛用の刺身包丁を譲り渡したのだとか。……まさか、その冒険者がルミカだったとは」

 

 うわー、マジで包丁だったんですけど……ないわー。

 

 確かにあのころは武器を買うお金がなくて、いつ壊れるか分からないデスメテオで、おっかなびっくり雑魚モンスターを倒してたっけ。

 

「ルミカ、お前は良い目をしている。これまで多くの冒険者を見て来たが、お前のようなやつは初めてだぜ。そんな偉大な冒険者になるだろう若者に、俺からの餞別だ。こいつを持ってけルミカ……これは俺が愛用していた伝説の……」

 

 そんな時に、聖なる力を秘めた伝説の剣なんてカッコイイ武器(包丁)を譲り受けて。

 

 自分は魚屋(歴戦の猛者)に認められたすごい才能の持ち主なのではと感激し。

 

 やっとちゃんとした武器を手に入れた喜びで、舞い上がっていた私は……。

 

 ついハイテンションに任せて一週間ほど、毎晩墓場でゾンビを狩りまくったのだ。

 

 プリーストでもないのに、あれほどアンデッドばかりと戦っていたら、アンデッドスレイヤーと呼ばれても文句が言えない。

 

 でもどうせなら、もっとクールな通り名が良かった。永劫なる死を与えし者とか。

 

 拝啓、親切な魚屋さん。お元気ですか? 私は仲間もできて、とても元気です。

 

 あなたがくれた優しさ(お刺身殺し)のおかげで、ルミカはアンデッドスレイヤーの異名で呼ばれるほどの冒険者になりました。数多くの二つ名を持つ私ですが……。

 

 そこに今後は、ただの調理器具でゾンビを殺していたヤバイ少女という、不名誉(ステキ)な通り名が加わるかもしれません。

 

「お前がそれを使ってた事情は分かった。なら必要ない包丁はしまってくれ、今ルミカの格好は殺人鬼顔負けに怖いからな。アンデッドはアクアに任せろ、もし戦うなら短剣かポーションで……」

 

 私の事情を理解したカズマに、思わず叫び返す。

 

「やめてえええええっ! これ以上、私に辛い現実を突きつけないで……仕方なかった、仕方なかったのよ! カエルとの激戦で、デスメテオは壊れちゃったし! 爆発するポーションは行き付けの店の店長が入荷し忘れてて! 短剣はメンテナンス中で使えないから! モンスター相手に素手で戦うなんてできないし、この見た目アレな包丁くらいしか武器がなかったんだもん」

 

「ルミカ、……いや仮にも魔法使いなんだから杖を装備しろよ」

 

 カズマさん知ってる? 正論は人を傷つけるんだよ。

 

「私もいろんな人から指摘されて、カズマの言いたいことも分かってるんだ。ぐす、……ひっく、でもちゃんとした武器だから……武器だと思ってたから、今日までがんばって来たのにー! うわーっ!」

 

 感情が抑えきれず、気づけば流れていた涙のせいだろうか。潤んだ視界には、墓地が月光に照らされ青白く光って見える。

 

 あれ?

 

 涙を拭いても光って見えるんだけど……なるほど、真夜中の墓地で幻想的な魔方陣が光ってたんだ。美しい景色を眺めていたら、なんか元気が出てきたかも。

 

「どうしたのルミカ? 突然泣き止んだと思ったら何をじっと見て……あああああーっ!」

 

 私の目線の先を辿り魔方陣を発見したアクアが、血相を変えて走り出す。

 

「魔方陣にはけっこう興味もあるし、何より面白そうだから私も行ってきます」

 

 誰かに呼び止められる前に、一声掛けてからアクアの背中を追った。

 

「飛んで火に入るアンデッドとはあんたのことよ! 覚悟しなさいリッチー! このアクア様が成敗してくれる」

 

 なっ!!

 

 ……今アクアの口から、リッチーとかいう凶悪モンスターの名前が聞こえた気がするんだけど。

 

 慌てて声の出所に視線をやれば、うちのプリーストが魔方陣の傍に立つ、怪しいローブの人影へ襲い掛かる寸前だった。

 

 本気でまずい! もし相手が本当にリッチーだとすれば、駆け出し冒険者の私たちに勝てるはずがない。

 

 こうなったら、どうにか隙を作ってアクアを救出! すぐにカズマたちと合流して、死ぬ気で撤退するしかない。

 

「くらえリッチー! これこそが女神に祝福されし伝説の対アンデッド用決戦万能包丁! お刺身殺しよ!!」

 

 私は人影の注意をひくため、大声で武器の設定を叫びつつ、包丁を投げつける。

 

 でまかせだけど、アンデッドの天敵みたいな能力があると知れば、相手がリッチーでも隙が生まれるはず……。

 

「えっ、その声……もしかしてルミカさん? きゃあああっ! あ、危ないでしょ何するんですか」

 

 私の声を聞いた人影が、隙だらけな様子でこちらに振り向く。そして驚愕した声を上げると、右肩に迫る包丁の刃を掴み取った。

 

 深く被っていたフードから顔を覗かせ、こちらを見つめる女性の姿に気がつき、口からか細い声が漏れる。

 

「……嘘でしょ、どうして、店長が……ウィ、ズさん?」

 

 そこにいたのは行きつけの魔道具店の店主さんで……。

 

「すいません店長。わ、私はとんでもないことを……っ! 許して下さいなんて甘いことは言いません、今すぐ街に行って……自首します」

 

 殺人未遂を犯してしまった私は、即座に店主さんに土下座後、アクセルに向けて歩き出した。

 

 そう、きちんと罪を償うために。

 

「えっ? えっ! 殺人って、えっ……」

 

「店長の驚きは分かっています。真夜中の墓地で、謎の魔方陣を作っているやつなど怪しすぎる。きっとヴァンパイアやリッチーみたいな高位のアンデッドか、魔王軍の関係者に違いないと決め付け、攻撃するなんて! 私は人として恥ずかしい、……何より命の恩人であるウィズさんに刃を向けてしまった。……生きててごめんなさい」

 

「あ、あの! ルミカさんは勘違いをしているというか、冒険者ならむしろ正しいことをしたというか。今の私が怪しいのも、リッチーなのはできれば内緒にしていただきたいんですが。その、プリーストさんのおっしゃる通り、アンデッドなのは事実なのでっ! もう刺されかけたのも気にしてませんし、自首なんてやめて下さい」

 

 店長が必死で何かを言っているけど、人生お先真っ暗な私は、意識を保つのが精一杯で。歩くのに集中しないと気絶しそうだから、全然聞こえなかった。

 

 ……ごめんなさいウィズさん、罵詈雑言なら法廷でいくらでも受けるから、今は話を聞けない私を。どうか憎んで下さい。

 

「おい、リッチーとやら。お前が設置したこの魔方陣、さきほどから見ていれば墓地の魂を集めているようだが。死者の魂を利用した怪しい儀式、……まさか邪神の召還か? そのために生贄が必要で、ルミカに近づいたのでは」

 

「ち、違います! これは成仏できない迷える魂を天に還してあげるための魔方陣で。私がルミカさんと知り合ったのだって偶然で、疚しいことなんて神に誓って考えてません!」

 

「……そ、そうか、すまない。だが、まさか聖騎士である私の前で、アンデッドの元締めみたいなリッチーが、神に誓うだなんて。ちなみにだが、もし巨大な触手生物とかを召還する時は教えてほしい。人身御供でも人体実験でも、私が協力しよう」

 

「しませんよ、そんな人様に迷惑なこと!」

 

「ごめんねアクア、ダクネス。私、一緒に冒険できなくなっちゃった。ごめんねカズマ、物騒な格好をしていたあなたの義妹は、殺人鬼そのものになってしまいました」

 

 魚屋のおじいちゃんも、せっかく包丁を譲ってもらったのに、本当にごめんなさい。

 

 取調べの時は迷惑にならないように、絶対魚屋のことはしゃべりません。

 

「さすがはリッチー、なんて邪悪な存在なのかしら。人の身体を捨て去ったことで、心まで怪物へと成り果てたか! 人間に成り済まして近づいて、私の大事な仲間を誑かして傷つけるなんて! 女神の身内に牙を剥いたこと、あの世で懺悔しなさい『ターンアンデッド』!」

 

「……えっ、ええええ! 待って待って待ってルミカさん! このプリーストさんに浄化されちゃう! 私の体が半分消えかかってるから! お願いですから今の私を見て自首なんてしなくていいですからお願いなのルミカさん! ターンアンデッドを受けて苦しむ私は、モンスターなので倒しても罪にならないけどまだ死にたくないんです! あなたに今ここで立ち去られたら、問答無用で天に召されちゃう~! 知り合いの誼みで助けてもらえませんか!」

 

「めぐみん。あなたの友達だった私から、最後のお願いがあるの。もし死罪となったなら。私は自ら爆裂魔法を撃って死にたい。こんな最低な私の最後を、叶うならば親友だっためぐみんに、見届けてほしいんだ」

 

「……カズマ、とにかく私は覚悟完了した愚か者(ルーちゃん)をなんとか正気に戻します。なので、カズマは混沌としたこの場をなんとかして下さい!」

 

「お、おう分かった……何だこの状況」

 

 10分後。

 

「ぐす、良かった。店長がリッチーで本当に良かったよ。危うく殺人鬼になるところでした……それから、突然包丁を投げたりしてごめんなさい!」

 

 めぐみんの献身的な呼びかけのおかげで復活した私は、改めて店長に土下座で謝罪する。

 

「ルミカさん、もう大丈夫ですので。元はと言えば、深夜に墓場でいかにも怪しい行動をしていた、私にも原因がありますから……それに、これ以上ルミカさんに謝られると、保護者さんに何されるか……」

 

 ウィズさんはアクアに怯えながら、私を許してくれた。うう、なんて善人なんだろう。

 

 カズマの説明によると、アクセルにいるプリーストが誰もやってくれないので、迷える魂を天に還してあげる活動をしていたのだとか。

 

 アンデッドなんて引退して、女神様にでも転職すればいいのに。

 

「ルミカの誤解が解けて何よりねリッチー……ならもう、この世に思い残すことはないでしょ? あなたのカッコイイ慈善活動は、私がやってあげるから。安心して滅びるといいわ」

 

「バカやろー、こんな健気な善人を討伐なんてできるか! リッチーのウィズが墓場に来ると、ゾンビが活性化するのは仕方ないらしいし。ウィズの代わりにアクアが定期的に墓地へ来れば、丸く収まるんだからそれで良いだろ。ウィズが人を襲ったことがない、善良なモンスターだってことで、めぐみんとダクネスも納得してくれたんだぞ。わがまま言うな」

 

 アクアはどうしても、店長を倒したいらしい。そんな殺るき満々のアクアを、カズマが説得しようとしている。

 

「よく考えてアクア。店長と一緒に墓地を歩けば、いくらでもアンデッドが討伐し放題、レベル上げ放題なんだよ。店長は迷える魂を天に還せて嬉しい、アクアはアンデッドを好きなだけ成仏させられて満足、私達もゾンビを殺しまくりでレベルアップできる、誰一人損をしない素晴らしい取引じゃない。そんな店長を倒そうなんて、絶対間違ってるよ」

 

 私もウィズさんを救うために、全力でカズマの説得をサポートする。

 

「ルミカ、その内容で……本気で説得できると思ってるのか。発想が人として間違ってるぞ!」

 

 うーん、私には何でダクネスが怒ってるのかがわかんない。

 

「紅魔族に伝わる養殖というレベル上げ法と似たようなものですか。私は悪くないと思いますけど」

 

「レベルアップのために死者の眠りをむりやり覚ますとか、……紅魔族的にありなんだ、ないわー」

 

 めぐみんは納得してくれたのに、何故かカズマの表情は死んでいた。

 

 まあいっか、みんなが店長を見逃してくれそうだし。

 

「目を覚ましてルミカ! あなたはそのリッチーに騙されてるの。みんなもよく考えてよ、リッチーなんて悪の代名詞、人類の敵じゃない! 世の中の悪いことの5割はアンデッドがいるから、つまりはだいたいリッチーが悪い」

 

 もう眠いし帰ろっかと思っている私たちに、悲劇のヒロインみたいにアクアが叫ぶ。

 

 やれやれ、仕方ないお姉さんめ。ここは私がカッコイイシチュエーションで、説得するしかないようね。

 

「そんなことない! 店長は私の命の恩人で! 店長はいつも優しくて、私の面倒をみて……」

 

 あれっ、ちょっと待ってほしい。自分の科白にすごい違和感がある。

 

 思い返してみたら、私がお世話されてたというより……私が店長のお世話をしていたのでは?

 

「うわー、すごいですルミカさん! まさか、少しの工夫でパンの耳がここまで美味しくできるなんて。もうこれは一種の錬金術、いや錬パン術です!」

 

 お店の経営が厳しくて、パンの耳くらいしか食べ物がないんだと泣きついてきた店長に、節約料理をいっぱい教えてあげたっけ。

 

「どうしてルミカさん! そのカカシは畑に設置すると、どんな害虫も寄り付かなくなる強力なマジックアイテムなんです、ゴミじゃありません! 珍しく農家さんに買ってもらえた売れ筋商品で、……きゃー、私をどこに引っ張って行く気ですか!」

 

 ウィズさんは説明書を最後まで読んでいなかったのです。

 

 実はカカシはあまりの強力さから害虫どころか、農作物まで枯らしてしまうろくでもないアイテムだったので。購入者が畑に使ってしまう前に、全員探し出して返金するために街中を走り回った。

 

「聞いて下さいルミカさん。これは装着者を幸福にしてくれるブレスレッドなんですよ。いつもお店を手伝ってくれているお礼です、どうか受け取ってもらえませんか」

 

 その腕輪は運のステータスを大幅に低下させる上に、一度装備すれば10日は外せない呪いのマジックアイテムで、もちろん私は地獄を味わった。

 

 後で調べて分かったことだが、腕輪のコンセプトは装着者に多くの不幸を経験させ、腕輪を外した後に最高の幸福感を与えるアイテムだったらしい。

 

 ……いつか製作者を見つけたら、絶対に泣かす。

 

 

 他にもたくさん。店長の被害に遭った回数の方が、圧倒的に……。

 

「ど、どうしたんですかルミカさんっ! 何だか目が怖いような……あの、どうして私に包丁を向けようとしてるんですか? 何なんですかそれ、さきほど刃を掴んだ右手が、若干ヒリヒリするんですけど! リッチーに普通の武器は効かないはずなのに、や、やめて!」

 

「……ごめんね店長。今私の中の天使と悪魔がデスマッチしてるの。運命の天秤がちょっぴり殺意に傾きそうなだけだから。く、やばい、もう抑えきれないかも。私の右腕に封印されし魔物が!」

 

 今回お刺身殺しをカズマたちに目撃されたのも、元はと言えばこの人がポーションを入荷し忘れたからだし……。

 

「落ち着けって。美人を包丁で刺し殺そうとしてるお前の方が、明らかにモンスターだから!」

 

 

 

 墓地からの帰り道。

 

「さすがアクアお姉ちゃん! 女神にとってはリッチーなんて、ゴブリンレベルの雑魚だもんね。格下を余裕の表情で見逃すなんて、真の強者にしか許されない、まさに神の所業ってやつなのかな。憧れちゃうなー、カッコイイなあ。私の姉さんがそんな女神アクア様で本当に良かった!」

 

 私は不機嫌な顔を隠そうともしないアクアを、全力で褒めまくる。

 

 結局、私たちはウィズさんを見逃すことにした。

 

 怒りで我を忘れて、店長に殺意剥き出しだったルミカちゃんはもういない。私はクールで知的な美少女なので、過去のいざこざは全て水に流すことにしたのです。

 

 そう、決して店長が迷惑をかけたお詫びに、爆発するポーションを割引してくれると言ったことは関係ない。

 

 私は物に釣られて怒りを忘れてしまうような、ゆんゆんみたいなちょろい女とは違うのである。

 

「仕方ないわ、今回だけだからね。アンデッドを見逃すのなんて……ルミカにあんなことさせられないし」

 

 アンデッドを目の敵にしていたアクアだったが、私による渾身の土下座でなんとか納得してもらえた。

 

 そんなウィズ(知り合い)を救うために体を張る私に、カズマとめぐみんが軽く引いていたのも、今ではいい思い出。

 

 ……嘘、本当はめぐみんに白い目で見られて、ちょっと泣きたくなった。さらに全力で土下座する私を見たダクネスに、仲間を見つけたみたいな顔をされたことが、何よりも悲しかった。

 

 今後はアクアが定期的に墓地を浄化することで話もまとまり、私の精神がズタボロになった以外はめでたしめでたし……で、終わればよかったのに。

 

 時刻はすでに明け方に差し掛かっており、街まで後少しというところで。

 

「そういえば、ゾンビメーカー討伐のクエストは……」

 

 ダクネスがぽつりと言った。私たちはウィズさんのインパクトですっかりクエストを忘れていたのでした。

 




・魚屋さんが思っていたこと
「ルミカ、お前は(素直そうで)良い目をしている。これまで多くの冒険者を見て来たが、お前のようなやつ(命知らず)は初めてだぜ。そんな偉大な冒険者になるだろう若者に、俺からの餞別だ。こいつを持ってけルミカ……これは俺が愛用していた我が家に受け継がれし伝説の……(うわー、大丈夫か? こいつ心配だから適当な理由を付けて、とりあえず護身用に包丁持たせたんだが、本当に大丈夫か? めちゃくちゃ嬉しそうな顔で包丁握り締めてるんだが、俺の言いたいこと伝わってるよな? あくまでちゃんとした武器を買うまでの間に合わせだからな!)」

・魚屋さん
バイトの娘が冒険者のくせに短剣以外にろくな武器を持っていないと聞き、何もないよりはましだろうと長年使っていた包丁を譲ってくれた親切な人。強めのモンスターから逃げる時に、投げて使ってくれればと考えていたのだが……まさか適当に紅魔族が好きそうな設定を付けたせいで、メイン武器として使われることになるとは思わなかった。

・おさしみ殺し
かつて伝説の海のモンスター、リバイアサンを解体した際に血を浴びて神聖なオーラが付与された魚屋に受け継がれし由緒正しき神器。という設定のただの刺身包丁。
ただの刺身包丁だったのだが、実はルミカがウィズの店で手に入れた錆止めを塗ったことで神聖なオーラが付与されていた。ウィズが包丁でダメージを受けたのはある意味で仕方ないのかもしれない。

・錆止め
塗れば神聖なオーラが付与されて武器が絶対に錆びなくなるというすごい錆止め。だがこの錆止めが使えるのは何故か包丁だけである。
他の件や槍に着けたら、逆に神聖なオーラに武器が耐えられずぼろぼろに朽ち果ててしまう欠陥製品。かつて転生した日本人が、「絶対に錆びない包丁とか作ったら売れるんじゃね?」の精神で開発したが、包丁が古くなったら新しい物を買えばいいということで全く売れなかった。
ちなみにルミカは、この錆止めを包丁専用とは知らずに伝説の武器専用の錆止めだと思ってウィズ魔道具店で15万エリスで購入している。
錆止めの真実を知った時、店長はデストロイヤーのごとく暴れ狂うルミカから逃げ延びることができるのか。

 主人公の頭がおかしいだって? 大丈夫だ、あらすじにもちゃんと書いてある。


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この勇ましい女神と出陣を!

 誤字報告をしてくれた方、本当にありがとうございます。前話だけでなく、昔の話まで修正して下さり、本当に助かりました。
 前半と後半はカズマさん視点、その間がルミカ視点です。


■■■カズマ視点■■■

 

「知ってるか? 噂じゃ魔王軍の幹部の一人が、この街から少し上った丘にある、古城を乗っ取ったらしいぜ」

 

 ギルドに併設された酒場の一角で、俺は別のパーティのやつから話を聞いていた。酒場に入り浸る冒険者たちからは、いろいろと役立つ話が聞けるのだ。

 

 転生してから生活費を稼ぐのに精一杯で、情報収集をする暇もなかった。酒場での情報収集とか、いかにもゲームっぽくて心が踊る。

 

「魔王の幹部がこんなところに何しに来たんだか」

 

「物騒な話だな、まあ俺らには関わりのない話だろうよ」

 

 俺たちは二人で笑い合う。

 

 ひとしきり笑い終えた冒険者は、真剣な顔で言った。

 

「まあ、あれだ。とにかく街の北の外れにある廃城には近づかない方がいい。どんなやつだか知らないが、魔王の幹部なんざ俺らが出会えば瞬殺の化物だ。興味本位で廃城近くに行かないように、お前のところの紅魔族をしっかり見といた方がいい。特にルミカのやつは……危うい部分があるからな」

 

 ルミカをパーティに入れてから、いろんな人に心配される機会が増えた。

 

 ギルドのやつらに愛されているのか、やらかしを心配されているのか……とにかくルミカの動向には気をつけておくとしよう。

 

 男に礼を言って席を立ち、俺が自分たちのパーティのテーブルへと向かうと……。

 

「けっこう重要な情報が手に入ったぞって……どうした? 俺の顔なんかじっと見て」

 

 パーティメンバーたちがテーブルに置いた、コップに刺した野菜スティックをつまみながら、俺を見つめてくる。

 

「別にー? カズマが、別のパーティに入ったらどうしようなんて、思ってないし」

 

 そう言いながらも、アクアは少し不安そうな目でちらちら見てくる。

 

(見捨てないでお兄ちゃんっ! アクアとダクネスは無理、私の力ではめぐみんを養うのが限界なの)

 

 俺にしか分からない角度で、ルミカがそんなメモを見せてきた……こいつ、めぐみんのことが好きすぎるだろ。

 

「情報収集は基本だろ?」

 

 アクアの発言を適当に流しつつテーブル席に座り、俺も食べようと野菜スティックに手を伸ばす。

 

 クイッ。

 

 俺の伸ばした手から逃げるように、野菜スティックが動いた……この野郎。

 

「何遊んでるのよカズマ。野菜ってのはこう食べるのよ」

 

 アクアがテーブルを叩くと、野菜スティックが驚いたかのように跳ねた。

 

 一瞬硬直した野菜スティックを、アクアが一本つまんでかじり出す。

 

 ……おい、ちょっと待て。

 

「……むう。何ですかカズマ。何なのですかカズマ。楽しそうに他のパーティの人と盛り上がったりして」

 

 めぐみんもテーブルをドンと叩き、怯ませた野菜スティックをぽりぽりとやり始める。

 

 やっぱあれなのか? 野菜スティックの食べ方って、ビビらせるのが常識なのか?

 

「胸がもやもやする……何だこの新感覚は? まさか、これが噂の寝取られ?」

 

 コップのフチを指で弾き、そのまま野菜スティックを指でつまむ変態騎士。

 

(ダクネスのことだから、野菜を驚かせるのにテーブルに頭突きでもするのかと思った)

 

 俺に向けてルミカがまたメモを見せてくる。

 

 うん、実は俺も同じこと考えてた。ダクネスならやりかねない。

 

 適度な痛みと恥辱で野菜スティックがより美味しい的な?

 

「ふっ、貴様の動きはすでに見切った。血の海に沈むがいい」

 

 ルミカは素早い箸捌きで野菜スティックをつまむと、ローブから赤い液体が入った瓶を取り出した。

 

 こいつの食い方が一番まともなはずなのに、なんか微妙な気持ちになる。

 

 最近俺の常識が、異世界に毒されて来ている気がする……疲れてるのかな。

 

「みんなも使う? うちの里の名産物、無垢なる乙女の生き血」

 

「「「………………!?」」」

 

 ドン引きする俺とアクアとダクネスに、ルミカがにこにこしながら謎の液体をすすめてくる。

 

 どんな名産物だよっ!

 

 困惑する俺たち3人に向けて、

 

(ルーちゃんの大好物、無垢なる乙女の生き血……紅魔族の言葉でケチャップのことです)

 

 めぐみんがそんなメモを見せてきた。……びっくりして損したぜ。

 

 つーか、メモ使った会話って流行ってるの?

 

「……紛らわしい物を出すんじゃない。寿命が縮むかと思ったぞ、こういうのは私のほしい悪戯とはちが……美味いなこれ」

 

「確かに、濃厚でありながらもどこかさっぱりとした味わいは癖になりそうだけど、名産物としては致命的よね」

 

 ……美味いのかよ。

 

「なんで!? ダクネスもアクアも、無垢なる乙女の生き血美味しそうにつけてるじゃない。無垢なる乙女の生き血はコク深い味わいと爽やかな風味もさることながら、何よりもスタイリッシュな商品名が購買意欲と食欲の両方を掻き立てる。どんな状況、どんな場所でも対応できる万能調味料! 私もいざという時のために、常に何本か持ち歩いているくらいだし。そんな無垢なる乙女の生き血のどこが問題なの?」

 

 ……どこが問題と言われれば、その名前が何よりも問題だ。

 

 ルミカが商品名を連呼するので、周りにいた冒険者たちが怪訝そうにこっちを見ている。

 

「よーしっ! それじゃ俺もそのケチャップを使わせてもらおうじゃないか」

 

 俺は微妙な空気を断ち切るべく、バンとテーブルを叩き、そのまま野菜スティックに手を……。

 

 ヒョイッ。

 

「死に腐れやあああああ!」

 

 俺は野菜スティックを掴み損ねた怒りを胸に、スティックが入ったコップを握り締め、壁に叩きつけようとした。

 

「ダメよカズマ! 罪のない野菜スティックを傷つけるのはやめて! 唯でさえカズマは引きニートなんてろくでもない男だったのよ、これ以上罪を重ねないで! ていうか、私の野菜スティックなんだから返して!」

 

 アクアが俺の腕を掴んでくる。後俺は高校生だからニートじゃない。

 

「止めてくれるなアクア! 男には例えバカだと笑われようと、やらなきゃいけない時がある。野菜ふぜいが人間様にたてつくとどうなるか思い知らせてやる! 食えぬなら殺してしまえ、生野菜だ」

 

「バカ言わないでよ。あんた今、全世界のベジタリアンを敵にしたわよ。活け造りって知らないの? 食べ物ってのは、なんだって新鮮な方が美味しいのよ基本」

 

 どんな活け造りだよ。逃げる野菜とか、日本なら軽くホラーだぞ。

 

「さあ、来い、カズマ。私に向かってその熱い激情をぶつけるがいい! 私がクルセイダーになったのは、今ここで野菜スティックを顔面に投げつけられるためだったんだ」

 

 頬を上気させ、俺の前に躍り出るダクネス。

 

「ダクネス、恥ずかしいからやめて下さい。あっ、何デコイのスキルまで使ってるんですか!」

 

 めぐみんの言う通り、ダクネスは何かスキルを使ったらしい。よく分からないが無性にこの残念美人に対して、敵意が湧いてくる。

 

 俺はもうどうでもいいやと、まさに投げやりな気分でコップを投擲しようと……。

 

「こら、だめだよカズマ、食べ物を粗末にしたら。仕方ないから私が手伝ってあげるね」

 

 ルミカはそう言って、自分が食べようとしていた野菜スティックを俺の口元に差し出した。

 

「………………」

 

 え、何この突然な甘酸っぱい感じのシチュエーション。どうしよう、どうすれば良いんだこの空気。

 

 ダクネスもアクアもポカンと口をあけているし、めぐみんはため息をつきながら俺に野菜スティックを食べて下さいと目で催促している。

 

「はい、どうぞ」

 

 く、食いづらい……すごくむず痒い。俺はロリコンじゃないはずなのに……。

 

「………………」

 

 湧き上がる羞恥心に耐え、ルミカから差し出された野菜スティックの味は……全く分からなかった。

 

「はい、もう1本。あーん」

 

 ただでさえ恥ずかしいのに、さらにあーんだと!

 

 こいつ、いたいけな青少年を羞恥心で悶絶死させる気か。

 

「あ~ん、うん、やっぱり無垢なる乙女の生き血は美味しいですね」

 

「うわっ、ちょっとめぐみん!? いきなりかじりついたらびっくりするでしょ。ローブのすそにケチャップついたら、なかなか落ちないんだからね、まったくもう」

 

 俺があたふたしている間に、めぐみんがルミカの手から野菜スティックを奪い去っていた。

 

 めぐみんのおかげで助かったような、悔しいような……なんとも表現しがたい気分である。

 

「俺、しばらく野菜は食べなくていいや」

 

 これ以上野菜スティックを食うのを諦めた俺は、皆に相談したかった話題を切り出すことにした。

 

「聞きたいことがあるんだけど、俺は次にどんなスキルを覚えればいいと思う? うちのパーティはバランスが悪すぎるから、スキルの選択肢が多い俺がカバーしていく必要が、あれ? いまさらだけど、お前らのスキル構成ってどうなってんだ?」

 

 クエストを効率的にこなしていくなら、パーティメンバーと相性の良いスキルを覚えていくべきだ。ということで、話をしようと思ったんだが。

 

「私は各種状態異常耐性をはじめ、あらゆる防御スキルを片っ端から覚えている。その他だとデコイという、さっきカズマにも使った囮になるスキルぐらいだ」

 

「……攻撃系のスキルを覚えて、武器の命中率を上げる気は……」

 

「全くない。私は体力と筋力にはけっこう自信があるのだ。これでもしホイホイ剣が当たるようになったら、無傷でモンスターに勝利してしまうではないか」

 

 いや、普通はそれでいいんだよ。

 

「圧倒的な勝利など、虐殺と変わらない……空しいだけだ。冒険者たる者、やはりモンスターと命がけの死闘を演じてこそだろう。私が憧れたのは、そんな……御伽噺に描かれているような騎士なのだから」

 

「で、本音は?」

 

「必死に剣を振るうが当たらず、力及ばず敵に圧倒されてしまうのがたまらない」

 

「よし、次! めぐみん」

 

「くっ、こんな扱い……だがそこがまた」

 

 俺の素っ気ない対応に興奮し、自分の世界にトリップし始めた変態は放置し、めぐみんを見る。

 

「私はもちろん爆裂魔法です。最高の一撃を放つために、爆発系魔法威力上昇や高速詠唱なども覚えています」

 

「上級魔法……いや、中級魔法で良いから覚え……」

 

「断固拒否です」

 

 悲しいけど、予想はできてた。

 

「えっと、回復魔法でしょ、それから……」

 

「アクアは いいや」

 

「そんなっ!」

 

「私は爆裂魔h……」

 

「そのネタは、もうめぐみんがやったからパス」

 

「最後まで言わせてよー! めぐみんだけずるい!」

 

 自分のスキルを伝えようとする、アクアとルミカをスルーする。

 

 どうせ、宴会芸スキルかなんかだろ。はぁ……どいつもこいつも個性が強すぎる。

 

「……別のパーティに入りたい……」

 

「「「「!?」」」」

 

 ふと口からもれた俺の本音に、4人は肩を震わせた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ジャイアントトード以上に俺の異世界観を粉々に打ち砕いた、あのキャベツ狩りから数日が経過し、収穫したキャベツは全て売りに出され、冒険者たちにはその報酬が支払われた。

 

 ギルド内では報酬をもらった冒険者たちがお祭り騒ぎで、大いに盛り上がっている。

 

 財布が潤って俺も幸せだ。

 

「見てくれ、カズマ。私の生まれ変わったこの鎧を。予想以上に稼げたから、修理に出した鎧をついでに強化したんだが……似合うだろうか?」

 

 何と言うことでしょう。見事キャベツたちの猛攻から主人を守り抜き、見るも無残な姿に変わり果てた鎧が……。

 

「お前には似合わないぞ、それ。成金趣味の貴族が好きそうなデザインみたいで」

 

 巧みの技により装いを新たにした鎧は、女騎士を成金貴族へと生まれ変わらせたのです。

 

「……カズマはいつだって容赦ないな。私だって素直に褒めてほしい時があるのだ。ルミカなんて『聖鎧もちょてん』とかふざけた名前をつけようとしてくるし……はぁ」

 

 ダクネスが、珍しくへこんだ顔をする。

 

 ダクネスは言葉通りに受け取っちまったみたいだが、これでも褒めてるんだぞ、俺。

 

 俺は鎧を着ているよりも、ダクネスはスタイルがはっきり分かるタンクトップとか着てる方がエロくて似合ってると思う。

 

 スキルのおかげで生身でもけっこう防御力があるらしいので、俺的には常に鎧なしでいてほしいくらいだ。

 

 まあ、そんなことより。

 

「今は普段のお前以上にとんでもないやつがいるから、かまってやれる気力がない。いつもみんなに迷惑をかけてるんだから、たまには年上らしくそこのド変態(年下)をなんとかしてくれよ」

 

「ハア……ハア……。ふふふ、いい、実にいいです! この握り心地、素晴らしい触り心地。た、たまりません、たまらないのです! 魔力溢れるマナタイト製のこの杖……。解放したい、この溢れる思いを魔力と共に。ハア……ハア……」

 

 めぐみんは朝からずっとこんな調子で、新調した杖を抱きかかえて頬ずりしている。

 

 高額な報酬で強化された杖を使えば、爆裂魔法の威力が何割か上がるとか、めぐみんは満面の笑みで恐ろしいことを教えてくれた。

 

「まったく、めぐみんさんったらだらしがないですよ。女の子がそんなはしたない顔をしては、ダメでしてよ?」

 

 優雅に紅茶を飲みながら、そんなめぐみんをお嬢様口調でルミカがたしなめる。

 

「そうだルミカ。私が鎧を取りに行ったついでに、鍛冶屋からお前に渡してほしいと預かった荷物を持ってきた。うむ、確かに届けたぞ」

 

 そんな幼馴染の変態行動を冷静に観察していたルミカだったが……。

 

「やっほーい!ありがとうダクネス! ふふふ、冥府より蘇りし我が半身の力……馴染む、馴染むわ。我が前に立ち塞がる全てを切刻み、蹂躙し……この身とあなたを鮮血で染め上げろと、私の魂が叫んでいるのよ」

 

 ダクネスから修理中だった大鎌を受け取った途端、中2病(自分の世界)に旅立ってしまった。

 

 言いたいことはいろいろあるが、今の紅魔族(こいつら)には関わりあいたくないので黙っておく。

 

 キャベツ狩りで得た報酬は、アクアの提案で均等に分けるのではなく、各自が自分で捕獲したものをそのまま報酬にしようという話になった。

 

 そして、ダクネスやめぐみんよりも収穫量が多く、自分の取り分を増やそうと画策したアクアの換金結果だが……。

 

「どうしてよおおおお! ぐす、……あんなにがんばったのに、50000エリスなんて、ひどいと思うの。可哀想な私、なんでこんなに不幸なの? 神は死んだ……あっ、私が神じゃない」

 

 受付嬢に詰め寄り、クエストの報酬について口論していたアクアが、しょんぼりした様子でもどってきた。

 

 どうやらアクアが捕まえたのはキャベツではなく、ほとんどが換金率の低いレタスだったらしい。……何だそりゃ。

 

「カズマさんカズマさん! 今回のクエスト報酬はおいくらかしら? 50万くらい?」

 

「100万ちょい」

 

 落ち込み状態から復帰した、アクアからの質問に答える。

 

「ひゃっ!?」

 

 アクアとダクネス、めぐみんが絶句する。

 

「……バカな、あんなにひどい手段を取った私ですら80万がやっとだったのに。何故私よりも収穫量が少なかった、カズマの方が稼いでるの? ……まさか、私が葬り去ったキャベツたちの呪いだと言うのっ! ……呪い怖い」

 

 俺の報酬額を聞き、項垂れるルミカ。

 

 どうして俺がルミカよりも少ない収穫量で、小金持ちになれたのか。その理由は俺が収穫したキャベツの多くが、経験値がたっぷりつまった質の良いものだったから。

 

 運も実力のうちってやつか、冒険者にはあまり必要ないステータスだと言われた幸運値も、意外とバカにできない。

 

「カズマ様っ!! 超絶ニートでカリスマ引き篭もリストのカズマ様!」

 

 いや、本当に。幸運値が低いせいでキャベツ狩りに失敗して、俺に金をたかろうとするアクアを眺めていたら。

 

 運って大切だと思う。

 

「……お前、煽てるのが下手すぎるだろ。ニートとか引き篭もりは褒め言葉じゃないからな。無理して褒めなくていいよ、むしろ俺にはそこしか褒める部分がないのかと傷ついた。逆にこっちが慰謝料を請求したいくらいだぞ堕女神。お前にくれてやる金はない、諦めろ」

 

 無慈悲な俺の宣告に、アクアの笑顔が凍りつく。

 

「カズマさああああん! 見捨てないでよ仲間でしょっ! 私、キャベツの報酬がかなりあると思って、この数日で、財布の中身がすっからかんなの。ていうか、大金入ってくると見込んで、ギルドの酒場に10万近いツケがあるのよ! 今回の報酬じゃ、足りないんですけど! うぐ、お願いよ、今度のクエストでちゃんと返済するから、お金貸して」

 

 半泣きで俺に縋りつくアクアを引き剥がし、どうしてこんな後先考えられないやつが、神様やれてたんだと天界の神々に思いを馳せる。

 

「今回の報酬配分を考えたのはアクアだろ。俺はそろそろ馬小屋じゃない、ちゃんとした拠点がほしいんだよ。今回の報酬はその軍資金にする」

 

 その日暮らしで安定した金を持たず、各地を旅する冒険者たちは、基本的に家を持たない。

 

 だが俺は違う。安定した暮らしを好み、日常のちょっとした刺激として時々クエストをこなせれば満足だ。

 

 正直に言おう、俺はポンコツ揃いの仲間たちを率いて、魔王を倒すなんて不可能に近いと思っている。

 

 おまけに俺は日々体を鍛えていた訳でもない、チートもなければステータス(才能)もない、貧弱にして軟弱にして最弱の初期職(冒険者)である。

 

 魔王軍と戦う使命は、俺より先にこの世界に転生したチート持ちの先輩たちに任せた。

 

 なので、俺は何らかの物件を手に入れたいと思ったのだ。

 

「……私には可愛い妹たちがいるの。あの子達を、路頭に迷わせる訳にはいかないわ!」

 

「お前のその可愛い妹たちなら、大金稼いで朝からずっといやらしい顔してたぞ」

 

 俺の返答を受け、アクアはちらりとめぐみんとルミカの方を見て、名残惜しそうに視線を外した。さすがにこのバカ(こいつ)も、子供からたかるのはよくないことだと理解しているらしい。

 

 アクアが大声で泣きながらすがりついてくる。

 

「お願いよ、カズマさん、お金貸して! ツケ払う分だけでいいの! 10万とは言わないから、5万でいいから! そりゃあカズマも健康な男の子だし、馬小屋で時々夜中にもぞもぞしてる理由も分かる、プライベートな空間がほしくなる気持ちも当然だけど……」

 

「了解だぜ相棒、俺たちは仲間だからな。金くらいいくらでも貸してやるから、お願いします黙ってて!」

 

 

■■■ルミカ視点■■■

 

「さあ、ルーちゃん! モンスター討伐に行きましょう! 大量のザコモンスター相手に、新たな杖での爆裂魔法を試すのです」

 

「行く行く! 私も鍛冶屋さんに改造してもらった、デスメテオ零式(ぜろしき)の試し切りがしたかったんだ」

 

 ふふん、夢とロマンとへそくりをふんだんに盛り込んだ、私の零式のかっこよさをめぐみんに教えてあげる。

 

「俺はゾンビメーカー討伐で使えなかったスキルの験し撃ちがしたい。だから安全で無難なクエストにしとこうぜ」

 

「いいえ、稼げるクエストにしましょう! ツケを払ったら財布が真冬で、今手持ちが500エリスしかないの!」

 

 アクア、それ……子供のお小遣いレベルだよ。私だってその100倍は持ってるのに。

 

「なるほど、つまり強敵を狙えばいいのだろう? いくらスキルや武器の験し撃ちをしても死なない頑丈さ、一撃が重くて気持ちいい、すごく強くて高額な討伐報酬が出る、そんな賞金首モンスターを……機動要塞みたいな」

 

 ダクネスがみんなの意見をまとめてくれたのはうれしいけど。

 

「「「「却下!」」」」

 

 全員一致で拒否である。

 

「にゅ! 何故だ!」

 

 そんなおっかないモンスター相手とか、ダクネス以外は死んじゃうから!

 

「こうしていても仕方がないし、掲示板の依頼を見てから決めようぜ」

 

 カズマの意見に、みんなでぞろぞろと掲示板に移動すると。

 

「……何これ?」

 

 いつもは大量に貼られているはずの依頼が、現在は数枚しか貼られていなかった。

 

 しかも残りの依頼は、高難易度なものばかりで……困ったな、私たちにやれそうなのがない。

 

「すいません、みなさん。実は……街外れの廃城に、魔王の幹部が住みついたらしく……。幹部の存在を恐れたのか、アクセル周辺の弱いモンスターは隠れてしまって。現在依頼は掲示板にある高難易度のものだけなんです」

 

「どうして、どうしてこのお金のない時に魔王軍が……このままだと、ルミカに借金するしか……」

 

 私たちの様子を見て、説明に来てくれた受付嬢のリーナちゃんの解説を聞き、床に座り込むアクア。

 

「……よし」

 

 しばらく俯いていたアクアが、ゆらりと立ち上がる。

 

「おい、待てアクア。鬼気迫る表情でどこに行くつもりだ」

 

「心配しないでカズマ。ちょっと迷惑なご近所さんに挨拶してくるだけだから。幹部の根城とやらを神聖な結界で囲んで、嫌がらせしてやるわ」

 

 カズマに対するアクアの不穏な返答を聞いて、真っ青な顔になるリーナちゃん。

 

「や、やめて下さいアクアさん! 来月には国の首都から討伐隊が派遣されるので、それまでは魔王の幹部を刺激するような行動は控えて下さい。本気でやめて下さい……お金は貸せませんが、ご飯なら私が奢りますから」

 

 リーナちゃんの必死の説得(ご飯おごる発言)に、パァッと目を輝かせるアクア。

 

「本当? 本当にご飯奢ってくれるの」

 

「もちろんですアクアさん」

 

「仕方ないわね。私に対するあなたの真摯な態度に免じて、毎日魔王の幹部に悪戯するのはやめてあげる……今日だけにしとくわ」

 

 リーナちゃんと一緒に頭を抱える私たち。……なにこの人、止めなかったら毎日嫌がらせするつもりだったの?

 

 一発は一発だとチンピラみたいなことを言って、さっそく廃城に向かおうとするアクア。

 

「だめだよアクア、そんな勝手なことをしたら」

 

「そうですよアクア、そんな危険なこと、一人じゃ無理に決まってるじゃないですか」

 

 このパーティで2人しかいない常識人として、私とめぐみんがアクアを引き止める。

 

「止めないで2人とも。私は女神として、1人の冒険者として、魔王軍の蛮行を黙って見過ごすなんて、我慢できないの」

 

 ……まったく、私たちのような駆け出し冒険者が、1人で魔王の幹部に挑もうだなんて……。

 

「私も一緒に行くに決まってるじゃん。アクア(姉さん)を、1人で行かせたりなんかしない」

 

「ルーちゃんの言う通りです、アクア。そんな面白……、危険な敵地に、仲間を1人で行かせるなんて、紅魔族にはできません! 幹部の実力は未知数……何が起こるか分かりません、戦力は1人でも多い方がいいはず。私も、私たちもつれて行って下さい」

 

 そう、めぐみんの言った通り。魔王の幹部が待ち構える居城に攻め込むなんて、一生に一度あるかないかの燃える展開……こんなわくわくする状況、参加しないなんてありえない。

 

 今度家に帰ったら、里のみんなに自慢しなくちゃ。

 

「我が爆裂魔法の威力に、恐れおののくがいい」

 

 めぐみんが不敵に笑い、

 

「魔王軍幹部の討伐、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィとデスメテオの不敗伝説がまた1つ、世界に語り継がれるのね」

 

 私は野望を胸に抱き、

 

「2人とも、覚悟はできてるようね。なら私が言うことはもう何もないわ、さっそく幹部の根城に出撃よ」

 

 最後にアクアが気合を入れ直し、さらに言葉を続ける。

 

「待っていなさい魔王軍! 私たちの戦いはこれからよ!」

 

 あっ、まずい……今アクア、絶対だめなフラグ立てた。

 

「「「その話、ちょっと待った!」」」

 

 突っ込みの声が響き渡る。

 

「……私たちの冒険は……これまでか……」

 

 そんな私の独り言は、ギルドの喧騒にかき消されていくのでした。

 

 

■■■カズマ視点■■■

 

「……本当に、危ないところでした。私、今までその場のノリで生きていたんですが、今後はもう少し自重したいと思います」

 

「うちのパーティメンバーがすいません」

 

 アクアたちへの説教を終え、疲れ果てた受付嬢さんと俺の会話である。

 

 話を聞くと、ルミカとめぐみんはアクアがやばいことをしないよう、保護者として一緒に行くつもりだったらしい。城が見える位置まで近づいたら、アクアを街までつれて帰る予定だったとか。

 

 妹が保護者代わりな姉って、それでいいのか自称エリート女神様。

 

「まったく、自分たちが何をしようとしたか分かってるのか。下手したらアクセルが滅びる可能性もあったんだからな。アクアはもっと大人としての自覚を……」

 

「はいはい、分かったわよダクネス! 自立した立派な大人である私は、求人探しで忙しいんだから。遊んでほしいなら後にしてちょうだい」

 

 ダクネスは真剣に、アクアへ大人とは何かを伝えようとしているが、当の本人は求人雑誌に夢中である。

 

「……はあ、アクアはまったく。めぐみんもルミカも悪戯がしたいなら、私にすればいいのに。だいたい、そんな楽しそう……危険な場所に行くなら、真っ先に仲間を守る騎士である、この私を誘うべきだろう」

 

「神速のフラグ回収、アクアが余計なこと言うからだし」

 

「私とルーちゃんは悪くありません、きちんとアクア1人で行くのは危ないと心配していたのです……紅魔族的に、抗えぬ本能だったのも事実ですが」

 

 だめだ、ルミカもめぐみんも、全く反省してねえ。こいつらはアクアを出しにして、幹部の城を観光しようとしただけだ。

 

 ……つーか、説教してるダクネスも本当は一緒に行きたかったっぽいし。

 

「……とても楽しそうなパーティですね……」

 

 俺の仲間たちが本当にすいません。

 

 受付のお姉さんの苦笑いが、俺の心を抉る。

 

「カズマさん、本当にお願いしますね? アクセルの命運は、あなたの肩にかかっているんですから。なんちゃって」

 

 最後に受付嬢さんは冗談っぽく笑って、受付カウンターへと帰って行ったのだが……俺にはそれが、何かのフラグにしか思えなかった。

 

 マジで笑えねえ。

 




 紅魔族ならこんな感じの名産物くらい、きっと売ってるはず。次話はみんな大好きデュラハンさんが、可愛そうな目にあったり、ルミカが百合サイドに落ちかける予定です。
 プロットはできてるんですが、文字数が多くなりそうなので、次回の投稿は3月になると思います。キマシタワーを建てなきゃ。

 それとなく誤字報告をしていただけると、喜びのあまり作者がアクシズ教徒になるかもしれません。……今回は前回より誤字がないといいな。


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このおかしいやつらの暴走を!

 ギリギリセーフ、無事に3月中に投稿できました。
 毎度誤字報告をして下さるみなさんに感謝。本当にありがとうございます。誤字報告をしてもらえると、喜びのあまり作者が女子高生みたいなノリでエリス教徒になります。
 今回は17500字と、かなり多いです。分割しようと思ったんですが、うまい切りどころが見つかりませんでした。前半と後半がルミカ視点、真ん中がカズマ視点です。




■■■ルミカ視点■■■

 

「国の首都から腕利きの冒険者や騎士達による討伐隊が来る日までは、仕事ができないってことか」

 

「そういうことです。……となると、クエストのない間はしばらく私に付きあってもらっていいですか?」

 

 カズマとめぐみんがそんな爆裂デートの約束をしていた。

 

 今現在、アクセル周辺には魔王の幹部にびびって、モンスターたちは出てこない。

 

 私たちがこなせる低レベルなクエストはないけれど、その代わり気軽に街の外に出られる状況のため、暇になっためぐみんは外に爆裂魔法を撃ちに行きたいようだ。

 

「ルーちゃんも一緒にどうですか?」

 

 と、めぐみんに誘われたけれど。

 

 私は以前約束したダクネスとのカエル虐殺デートを理由に断った。

 

 めぐみんの爆裂魔法をじっくり見たい気持ちはあるけれど、私も早くレベルを上げて爆裂魔法を打ちたいのだ。

 

「なあルミカ。今街の近くにいるモンスターは身を隠しているらしいが、どうやってカエルを探すんだ?」

 

「とりあえず、適当な場所でダクネスにデコイのスキルを使ってもらえば、隠れたモンスターでも誘き出せると思ったんだけど、……それでなんとかならない?」

 

 私の行き当たりばったりな作戦を聞いて、腕を組んで唸るダクネス。

 

 そのポーズはとても似合ってるけど、本日の彼女は鎧を着ておらず、薄着の服ごしに豊かな胸が腕を組むことで強調され、何というかエロかった。

 

「むー、地面に潜っているカエルに通用するかは分からないが、やってみる。……これもルミカと私のヌルヌルプレイのためだ」

 

「やめてっ! カエルに食べられることを、恰も私たち共通の目的であるかのように言わないで!」

 

 カエルよりも先に、その経験値がたくさんつまってそうな巨乳を討伐したい私です。

 

 どうして私服を着てきたのか聞いたら、せっかく鎧を修理に出してきれいな状態なのだから、もう少しこの新品感を楽しみたいとか言ってたくせに。

 

 この人……やっぱり金属製の装備をしていたらカエルに襲ってもらえないから、わざと鎧を置いてきたんじゃ……。

 

 私がダクネスをジト目で見つめると。

 

「くっ、……少女からの冷たい視線というのも中々」

 

 ダクネスは頬を赤く染め、びくりと震えた。

 

 エリス様、アクア様。どうか私を助けて下さい。仲間が怪しい目をしています。

 

 ダメだ、このままだときっと私はとんでもない目に遭う気がする。やっぱり次回からは、クリスちゃんも誘おうそうしよう。

 

「じゃあダクネス、この辺でスキルをお願い。デコイが通用しなかったら、私が持ってきた秘密兵器を使ってみるよ」

 

 街からしばらく歩いた荒地で、私たちは立ち止まった。ここは前回アクアやめぐみんと一緒に、カエルに食われた場所である。

 

「よしルミカ、ではやるぞ! 『デコイ』っ!」

 

 そうして、私たちの熾烈な戦いが始まった。

 

 

 

 それはある意味平和で、ある意味地獄のようだったカエルデート初日。

 

「秘密兵器を忘れちゃってごめんね……ダクネス、もう帰ろう。デコイじゃ土の中にいるカエルは出てこないみたいだし」

 

「待ってくれルミカ。後少し、後少しで何かが掴めそうなんだ。土の中に引き篭もるカエルに、何時間も無視されるなんて……これが本当の放置プレイか」

 

 ダクネスの性癖を舐めていた私が、彼女をつれて街に帰ったのは夜中だった。

 

 それは切り札を使い、ついにカエルを誘き出した2日目。

 

「さすが私! あんなに多くのジャイアントトードが! カエルが1匹、カエルが10匹、カエルガ……よ、40匹!? 死ぬ、この数相手に2人は絶対死ぬ!」

 

「う、狼狽えるなルミカ! お前は私の後ろに隠れていろ! 大丈夫だ、あれだけ敵がまとまっているなら……私の剣でも当たる!」

 

 キリッとした顔で全く安心できないことを言うお姉さんと、カエルの群れの中を突き進んだ2日目。

 

 それは私たちを心配したクリスちゃんが、一緒に戦ってくれた静かな朝。

 

「これが、めぐみんの言っていたヌルヌルプレイ。お父様……天国とはここにあったのですね」

 

「うわあーん! クリスちゃんクリスちゃんクリスちゃんっ! ダクネスが、ダクネスがカエルに群がられて見えなくなっちゃったよー!」

 

「落ちついてルミカ。掘るよ、あたしとあんたで、ダクネスをカエルの山から掘り起こすの! ちょっと死ぬ気でいってみよう」

 

 それは涙が止まらなかったギルドの酒場で。

 

「ぐす、……ねえクリスちゃん……どうしてダクネスをこんなになるまで放置したの?」

 

 半泣きで尋ねる私の頭を撫でながら、クリスちゃんは遠い目をして。

 

「いいかいルミカ、よく覚えておいてね。世界には、……例え神様にだって、どうにもならないことがあるの……ルミカも、あんまり友達に迷惑かけちゃダメだからね」

 

 色っぽい溜息をつきながら、彼女は私に何度も同じ言葉を繰り返し言い聞かせた。

 

 時には勝利し、時には泣き、死にかけて殺して合体して殺戮して傷つけて傷ついて。

 

 時々クリスちゃんを巻き添いにしながら、私とダクネスはカエルと戦い続けた。

 

 そして、幾多の戦場を伴に戦い抜いた私たちは……。

 

「お疲れ様ダクネス! 今日も敵の攻撃に興奮しつつも、鉄壁の防御をありがとう。ナイス残念!」

 

「うむ、気にするな。ルミカこそ、次から次へとトラブルに巻き込まれて……お前ほど守りがいがある者は中々いない、騎士冥利に尽きる。ナイス残念」

 

 いつの間にかお互いの欠点に慣れてしまった。むしろ、その欠点が愛おしい。

 

 心の底から互いのポンコツぶり(健闘)を称え合う私たち。そんな光景を見て、クリスちゃんが乾いた笑みを浮かべて言う。

 

「怖い意味で、あんたたち2人はベストパートナーかもしれないね。私以外にも、ちゃんと友達ができてよかったねダクネス、……少し妬いちゃう、かな」

 

「あー、もう、なんだクリス、……可愛いやつめ」

 

 普段とは違うクリスちゃんの可愛らしい姿に、頬を赤くするダクネス。防御力的にも、百合属性的にも頼もしい仲間ができて、もう何も怖くない。

 

 待っててねめぐみん、私たちが編み出した合体奥義を見せてあげるから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 カズマとめぐみんの爆裂デートに対抗して、私とダクネスがカエルさん虐殺デートを初めて1週間。ダクネスの変態発言や行動が、ほぼ気にならなくなってしまった。

 

 よく考えたら、今の私の状態はかなりダメなのでは? 乙女として、人として何か大切な物を失った気がする。

 

大人になるってこんなにも悲しいことだったのかと、溜息をついたそんな朝。

 

『緊急! 緊急! モンスター出現! 全冒険者のみなさんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まって下さいっ!』

 

 街中に響き渡る緊急警報。そのアナウンスを聞いて、私は冷や汗が止まらなかった。

 

 昨日の夕方に正門の辺りで、カエルに使った秘密兵器。

 

 ウィズさんの店で買った、モンスター寄せのポーションを落っことしちゃったんだけど……あれのせいじゃない、よね?

 

「何、あれ?」

 

 街の正門前についた私たちが見たのは、街へ進入しようとするモンスターたちを次々と斬り捨てる、デュラハンの後ろ姿だった。モンスターの仲間割れかな?

 

 集まった冒険者たちが呆然とする中、最後のモンスターを斬り捨てたデュラハンがこっちを向いた。

 

「……俺は先日、この近くの城に越してきた魔王軍幹部の者だが……」

 

「あっ、あのデュラハン。私が落とした魔物寄せポーションの効果で、集まってきたモンスターを倒してくれるなんて……魔王軍って意外と良い人たちなのかな?」

 

「……おい、今こいつサラッととんでもないこと言ったぞ。魔王軍より被害出しそうなんだが」

 

「……最初に言ったじゃないですか。ルーちゃんは誰かが見てないと危険だって」

 

 聞こえない、私にはカズマとめぐみんの内緒話なんて聞こえない。でもごめんなさい。

 

 きっとあのデュラハンは、昔なじみのアンデッド友達であるウィズさんにこっそり会いにきた途中、アクセルを襲おうとするモンスターを倒してくれた、心優しい魔王軍のなんちゃって幹部に違いない。きっとそう、そうだといいな。

 

 いや、なんちゃって幹部ってなんだ! 心優しい魔王軍なんてありえないし!

 

 私が現実逃避に妄想1人突っ込みをしていると、首を小刻みに震わせ、デュラハンが絶叫する。

 

「ままままま、毎日毎日毎日毎日っっ!! おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法撃ち込んでく大馬鹿は、誰だあああああああーっ!!」

 

 デュラハンさんは、マジ切れした。よく分からないけど、さっきの緊急放送は私のせいじゃなかったっぽい。

 

 爆裂魔法とか言ってたよね。まったく、めぐみんってば何をやっているのかしら。

 

「お、おまけに! 魔王軍幹部であるこの俺相手に、雑魚モンスターの群れを差し向けやがって! 舐めてるのか貴様らああ!」

 

 どうやらデュラハンの怒りの原因は、私にもあったようです。

 

「……どうして俺の仲間は次から次へと、やっかいごとを持ってくるんだ」

 

 カズマが怒り狂うデュラハンを見て、遠い目をしている。うーん、最近人に迷惑をかけてばかりいる気がする。

 

 まずデュラハンさんに謝罪して、その後はカズマに土下座した方がいいのかもしれない。

 

「……爆裂魔法?」

 

「爆裂魔法を使えるヤツって言ったら……」

 

「爆裂魔法って言ったら……」

 

 私がデュラハンとカズマへの謝罪と言い訳に悩んでいる間に、爆裂魔法しか使えないことで有名なめぐみんへ、自然と周りの視線が集中する。

 

 ……冒険者たちから視線を寄せられためぐみんは。フイッと自分のそばにいた魔法使いの女の子の方を見る。それに釣られて、周りのみんなも同じくその娘に視線を……。

 

「ええっ!? あ、あたしっ!? なんであたしが見られてんのっ!? 爆裂魔法なんて使えないよっ! あの、私……まだ駆け出しで。あの、本当違うんです信じて下さい。私まだ死にたくない、……小さい弟たちもいるのに」

 

 突然濡れ衣を着せられ、慌てふためく魔法使いの女の子。ひどいいじめである。

 

 そんな彼女を見て、滝のように冷や汗を流すめぐみん。……やれやれ、ここは天才美少女魔法使いルミカ様の出番らしい。

 

 

「……ごめんね、私の仲間のせいで怖い思いをさせて。大丈夫、あなたは私が守るから」

 

 みんなに注目され、慌てふためく女の子を安心させるように抱きしめる。

 

「え、ちょっと、何これ顔近っ! あっ、待って」

 

 恐怖心で涙目の女の子の敵を討つため、私とめぐみんの失敗の責任を取るために。勝負だデュラハン。

 

「落ち着きなさいデュラさんっ!」

 

 周囲の注目を集めるべく声を出し、私は数歩前に出る。

 

「誰がデュラさんだ、誰がっ!」

 

 私のおちゃめな呼びかけに怒るデュラハン。そんなアンデッドに向かって歩き出す私に、冒険者たちが道を開けてくれた。

 

 まるで自分が権力者になったようで、ちょっと嬉しい。こんな状況でなければ、平伏せ愚民とか叫んでいたと思う。

 

「魔王の幹部ともあろう者が、小粋なジョークも返せないの? 興ざめね……」

 

「貴様……」

 

 こちらを憎憎しげに睨みつけるデュラハンに、私は冷笑を浮かべて見せる。人を騙すのに大切なのは、相手を挑発し判断力を鈍らせること。

 

 行くぞ魔王軍! 我が交渉力に恐れおののきなさい。

 

 

■■■カズマ視点■■■

 

 まずいことになった。俺とめぐみんが毎日かかさず爆裂魔法を打ち込んでいたのは、ギルドで聞いた魔王軍幹部のアジトだったらしい。

 

 街の正門の前に仁王立ちするデュラハンから、10メートルほど離れた場所にルミカが対峙した。俺たちはそんな彼女の後ろに付き従う。

 

「魔王の幹部ともあろう者が、小粋なジョークも返せないの? 興ざめね……」

 

 そう言って、ルミカは魔王の幹部をあざ笑った。どうしてこいつは格上相手に、恐れず挑発できるんだろう。

 

「お前……! お前が、毎日毎日バカスカバカスカと! 俺の城にネタ魔法ぶち込んで行く大バカ者か!」

 

「私からの引越し祝いの花火、気に入ってくれたようで何よりです」

 

「お、おま、お前えええっ!」

 

 ルミカの返答に、デュラハンは怒りを抑えるように、小刻みに肩を震わせた。

 

 すいません! うちの子が爆裂魔法のことを、花火だと言い張る子ですいません!

 

「俺が魔王軍幹部だと知った上で喧嘩を売っているなら、小ざかしいまねなどせずに正面から城に攻めてくるがいい! その気がないのなら、街で震えているがいい! 何故こんな陰湿な嫌がらせをする! ここには駆け出しの冒険者しかいないことは知っている! 取るに足らない街だと見逃してやっていれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポン魔法打ち込みにくるとか……!! 頭おかしいんじゃないのか、貴様っ!」

 

 絶叫するデュラハンに対し、ルミカは鎌を振り上げて名乗りを上げる。

 

「我が名はルミカ。アークウィザードにして、爆裂魔法を極める者……!」

 

「……ん?」

 

 ルミカに紅魔族特有の名乗りをされたデュラハンは、大きく首を傾げている。

 

「我は紅魔族随一の魔法の使い手にして、アクセル最強の冒険者。このルミカ様が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたに精神的ダメージを与え、我が前に誘き出すための作戦! ……こうしてノコノコと1人で出てきたのが運の尽きよ! この場に集まった冒険者全員で、……じわじわとなぶり殺しにしてあげる。ふふん、尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだよ?」

 

 ノリノリでデュラハンに鎌を向けるルミカを見守りながら、俺はパーティメンバーにひそひそと囁いた。

 

「……おい、お前の妹がすごい嘘言ってるぞ。毎日爆裂魔法を打たなきゃ死ぬとか、めぐみんが駄々をこねたせいで、ただの散歩が街を挙げての魔王軍討伐作戦になってんだけど」

 

「……うむ、しかもさらっと、この街最強の冒険者だと言い張っているな。それに、悪役みたいなセリフを言っているように見えて、……ルミカは本気であのデュラハンに帰ってもらいたいだけだ。ほら、後ろから見ると首筋の冷や汗がよく見える」

 

「ダメでしょダクネス! そこは黙っといてあげるのが、年上のお姉さんってもんよ。めぐみんのことを必死に庇おうとがんばってるんだから。後ろにたくさんの冒険者が控えているからこそ、あの子は強気でいられるの。今はルミカのがんばりを黙って見守りましょう! 大丈夫、敵がアンデッドなら私が最悪なんとかするわ」

 

「わ、私のせいで、ルーちゃんが危険な目に……いや、でも紅魔族的にはむしろ美味しい展開、むむむ」

 

 俺たちの話を聞いていためぐみんは、いろんな感情がごちゃ混ぜになっているようで、肩を小刻みに震わせていた。

 

「あー、もう! 待つのですデュラさん! あなたの根城に爆裂魔法を打ち込んでいたのは、この娘ではありません、……この私です。そう、我こそが紅魔族随一の天才にして、この街最強の魔法使い、めぐみんっ!」

 

「え、めぐみん、え?」

 

 色々吹っ切れたのか、めぐみんは困惑するルミカを抱き寄せ、幼馴染を庇うようにデュラハンと対峙する。

 

 一方魔王の幹部は幹部で、めぐみんの姿を見て何度も頷き、勝手に納得した様子で言う。

 

「……やはりな。おかしいと思ったのだ。紅魔族といえば黒髪に赤い瞳、イカれた名前が特徴だからな。そこの小娘のように白髪の上、平凡な名前であるはずがない!」

 

「私の名に文句があるなら好きなだけ聞こうじゃないか。お礼に爆裂魔法の餌食にしてあげます」

 

 デュラハンの言葉にヒートアップするめぐみんだったが……。

 

「待って、待ちやがれ、待って下さい。私の本名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、略してルミカ。確かに髪は白いけど、……でも見て欲しい、この赤い瞳を! そう、私だってちゃんとした紅魔族なんだから!」

 

 めぐみん以上に、ルミカはヒートアップしていた。

 

 そんな少女の叫びを受け、デュラハンは感心したように頷くと。

 

「もういい、やめろ。ごく普通の駆け出し冒険者にしては、この俺を相手によくやった。お前が必死で仲間を庇おうとしたこと、勇敢な娘だということは分かった。だからもう、恥ずかしいセリフばかり言う、頭のおかしなネタ種族の真似などする必要はないぞ」

 

 ……デュラハンのその声には、どことなく優しさや哀れみが含まれていて。

 

「……う、ぐす、うわああああ! ……ひっく、私を、ふ、普通って、言うなああああっ!」

 

 人類の敵から送られた、予想外の同情的な視線に、突然ルミカは泣き出してしまった。

 

 ……こいつ、泣くほど名前に嫌な思い出でもあるのか?

 

「よしよしルーちゃん……なんてエグい仕打ちを。ルーちゃんにとって、紅魔族っぽくない名前は最大のコンプレックス。それを、こんな大勢の人間の前で、悪びれもせずに指摘するなんて。……さすがは魔王軍、その名に恥じぬゲスですね」

 

 自分の胸に顔を埋め、声を出し泣き続ける幼馴染の背中を撫でながら、めぐみんはデュラハンを睨みつける。

 

 周囲の冒険者たちも、ひそひそとささやき合い始めた。

 

「……いくら魔王の幹部だからって、……さすがにあれはな」

 

「……なんつーか、年頃の女の子にコンプレックスの指摘は……」

 

「……あたしがあの子だったら、うん、やっぱり泣くかも」

 

 そして。街中から集まった冒険者の群れを前にしても、気にする素振りすら見せなかった魔王の大幹部様は。

 

「あ、あれえー!?」

 

 周りから注がれるいたたまれない視線に、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「他人のコンプレックスを大衆の面前で嘲り、無力で罪のない少女を傷つける……魔王の幹部がそれでいいのですか!? 悪としての美学は、誇りはないのですか! 違うでしょう、人類の敵対者である魔王軍なら、そんな陰湿な真似なんてせず、己が鍛え上げてきた武力で冒険者を血祭りにするべきでしょうに」

 

 何故かめぐみんはデュラハンに大して説教を始めた。

 

 ……ていうか、悪の組織の大幹部に向かって、悪の道を問うお前は誰目線なの? 後血祭りって発想が怖いんだけど。

 

「お、おい紅魔の娘。言いたいことを言うのは勝手だが、お前の胸で泣いているそいつを、まずは別の場所にでも座らせてこい! お互いに話はそれからだ」

 

 ルミカに目の前でいじけられると、さすがの魔王軍もやりずらいらしい。確かにめぐみんとボスキャラとが対峙する姿を、後ろから見守るこちらとしても……。

 

 ルミカがめぐみんにすがりついているせいで、魔王軍と戦う危険なシチュエーションのはずなのに、全然シリアスなムードが伝わらない。

 

「やれやれ、まだ理解していないんですかデュラさん? あなたがそういう態度をとると、上司である魔王の評価も下がるんです。誇り高き悪党として、もっと胸を張ってずっしりと、落ち着いて構えて下さい」

 

 そもそも人類から見れば、魔王の評価なんて最悪だろうに。

 

「……そ、そうか、俺が間違っていた、すまなかっ、……そんなわけがあるか! それとデュラさんって呼ぶな!」

 

 一瞬言いくるめられかけたデュラハンの様子を警戒しながら、めぐみんはルミカに下がるよう手で促す。

 

「……普通、普通、普通普通普通。そうよ、ルミカなんて紅魔の里では変わった名前扱い、里の外では紅魔族ぽくないって言われる。フルネームは長いからって、みんなに全然呼ばれない。あの時、あの時にゆんゆんを止められてさえいれば、……ぐす、私なんて所詮は何の力もないか弱い少女でしかない……紅魔族なのに魔法も使えない、村娘以下の雑魚でしかない。……そんな私に生きる価値なんて……もしかして、ルミカはいらない子?」

 

 ルミカはめぐみんの指示通りにとぼとぼとこちらにくると、しゃがみ込み地面にのの字を書きながら泣いていた。

 

「ねえカズマ? 今から私が速攻で華麗にあのデュラハンを浄化したら、女神とお姉ちゃんとしての株が上がると思うの! どうかしら?」

 

 お前に女神としての株なんざ、誰も期待してねえよ。俺はもう諦めた。

 

「なあカズマ、もしかして、私も今からあのデュラハンに頼めば、ルミカみたいな羞恥攻めをしてもらえるのだろうか?」

 

 ダクネスはもう話すな! 悲しくなる。

 

「……俺は今、この状況でそんなことが言えるお前らをすごいと思う」

 

 俺がアクアとダクネスに呆れていると、面倒くさそうにデュラハンが言った。

 

「……ちっ、まあいい。俺はお前ら駆け出し冒険者に、わざわざちょっかいかけにきたわけではない。この地には、ある調査にきたのだ。しばらくはあの城に滞在することになるだろうが、これからはもう爆裂魔法は使うな。いいな?」

 

「それは、遠まわしで私に死ねと言っているんですか? 世間にはあまり知られていないかもしれませんが、紅魔族は1日1回爆裂魔法を撃たないと死ぬのです」

 

 ……それが事実なら、何回も爆裂魔法を打つ手伝いをしている俺は、めぐみんの命の大恩人である。

 

「嘘をつくな! そんなに爆裂魔法をポンポン打てるやつがいてたまるか! 俺も生前は騎士だった、弱者を刈り取る趣味はない。俺の忠告を素直に聞き入れるのならば、今までの下劣な行動も水に流そう。だが、これ以上陰湿な嫌がらせを続けるのなら、お前は絶望を味わうことになるぞ?」

 

 邪悪な気配を漂わせ始めたデュラハンに、めぐみんは1歩も引かず怒鳴り返す。

 

「陰湿な嫌がらせとはこっちのセリフです! あなたが近所にいるせいで、私たちは仕事もろくにできないんですよ。……何より、うちの子(ルーちゃん)を泣かせて、タダで済むとでも思ってるんですか? こちらにはシスコンをこじらせた、アンデッド退治なら誰にも負けない、心強い義姉がいるのですから! お姉ちゃん、お願いします」

 

「ふふん、任せておきなさいな。私があいつを惨たらしく浄化してあげる」

 

 めぐみんに丸投げされたアクアは、ヤンキーのように首をゴキゴキ鳴らして、魔法を使う気満々だ。

 

 セリフと態度が完全に悪役なんだが、それでいいのか女神。

 

「違うし……泣いてないし。こっち、ねえこっち見てめぐみん! 私だってアンデッドスレイヤーと呼ばれてたりするんだけど、だけどっ!」

 

 いつの間にか立ち直っていたらしいルミカが、クイクイッとめぐみんのローブの袖を引く。

 

「ほう、紅魔の娘の切り札はアークプリーストか? 魔王軍の幹部であるこの俺に、駆け出し冒険者の浄化が通用するとでも? 確かにアンデッドにとって、アークプリーストは天敵だが、だからこそ弱点は対策済みだ。よし、ここは1つ、愚かな紅魔族に魔王軍の恐ろしさを教えてやろう!」

 

 アクアが魔法を称えるよりも速く、デュラハンはめぐみんを指差し叫ぶ。

 

「なんじに死の宣告を! お前は1週間後に死ぬだろう!!」

 

 デュラハンが呪いを放つのと、ダクネスがめぐみんの襟首を掴み、自分の後ろに隠したのは同時だった。

 

 そしてダクネスの行動によって、めぐみんの袖を掴んでいたルミカは、ダクネスの前にズッコケた。

 

「なっ!? ダ、ダクネス!」

 

 めぐみんが叫ぶ中、ダクネスの体がほんのりと黒く光る。ちくしょう、やられた!

 

「……ん? なんともないのだが」

 

 死の宣告を受けたダクネスだったが、体に違和感はないらしい。

 

「ダメよダクネス! 汚らしいアンデッドが移っちゃったかもしれないのよ! きちんと調べないと」

 

 呪いを掛けられたダクネスをアクアが触診する中、デュラハンは勝利を確信したように宣言する。

 

「その呪いは今は何ともない。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が強い貴様ら冒険者には、むしろこちらの方が辛かろう。……よく聞け、紅魔族の娘よ。このままではその女騎士は1週間後に死ぬ。愚かなる紅魔族よ、刻々と迫る死に怯える仲間の姿を見て、己の浅はかさを悔やみ、思い知るがいい! クハハハハハハッ!」

 

「……わ、私のせいで、ダクネスが……」

 

 デュラハンの言葉にめぐみんが青ざめる中、1人の人物が声を上げる。

 

 

「……あ、あの、すいませんっ! えっと、その、真剣なお話中、本当に申し訳ないんですが……うぅ、何で私こんなに注目されてるの、でも頑張って言わなきゃ」

 

 プルプルと震えながら声を上げたのは、さきほどめぐみんに濡れ衣を着せられた女の子だった。

 

「大丈夫だから落ち着きなよ、半泣きで震えてるけど、ハンカチ使う?」

 

 そんな少女を心配し、ハンカチを差し出すルミカ。

 

「あ、ありがとうございまって……きゃあああっ! え、何それ血!? あ、あなたこそ大丈夫なのっ!」

 

 ルミカに話しかけられ、落ち着くどころか余計にパニックになる女の子。疑問に思ってよく観察すると、ルミカの顔がホラー映画のキャラのように血まみれになっている。

 

 ……そういえば、顔面からコケてたもんな。

 

「安心して、こんなの掠り傷だから。掠り傷どころか、ただの鼻血だから!」

 

「……おい、そこの娘はなんなんだ? 本当になんなんだ……」

 

 人間って、あんなに大量に鼻血出て平気だっけ? パニクる少女を安心させるために、笑顔でピースするルミカ。

 

 そんな血塗れで笑う彼女の姿に、俺たちだけでなく魔王の幹部でさえ引いていた。

 

「大丈夫なのっ! ねえ大丈夫なのルミカ! そのレベルの出血を掠り傷で片付けるなんて、精神的な意味で心配になるんですけど……とにかくこっちきてっ! 今すぐヒール掛けてあげるからこっちきてー!」

 

「アクアったらどうしたの? 冒険者が血まみれになるのなんて、日常茶飯事でしょ?」

 

 慌てふためくアクアの反応に、小首をかしげるルミカ。

 

 ダメだこいつ、魔女なのに脳みそ筋肉というか女子力が足りない!

 

「……まさか、さっきの呪いが精神にまで影響してるんじゃ……どうしよう」

 

 ルミカを悲しそうな目で見つめ、濡れ衣少女がぽつりと呟く……えっ、おいちょっと待て、今呪いとか言ったかこの子。

 

「お、おい、呪いってどういうことだ?」

 

「あの、私見たんです。クルセイダーの前で倒れていた、あの人の体がぼんやりと光っていたのを。……みんな女騎士さんに注目してて、気がついてないみたいだったから、だから私、伝えなくちゃって」

 

 俺の問いに、ビクビクしながら答える魔法使いの少女。

 

 なんてこった、マジかよ。

 

 ダクネスの前で転んでいたルミカにまで、呪いが当たっていたなんて。

 

「なるほど。つまり私が咄嗟に身を呈して守ったおかげで、呪いはダクネスと半分こになったってことかな? よかったねダクネス、2週間に寿命が延びて。この間になんとか解呪の方法を……」

 

 さらっと自分がコケたことを誤魔化そうとしつつ、ダクネスの延命を喜ぶルミカだったが。

 

「ほぇ? 呪い、……私にも呪い? ……う、嘘でしょっ! 1人に掛けるはずだった呪いが、2人に掛かっちゃったんだし、死の宣告は不発になってるかも。……きっとそう、そうだよね、そうだと言ってよデュラさんっ!」

 

 現在自分が危機的状況にあることを理解したルミカは、顔色を真っ青にして人類の敵対者へと語りかける。

 

「ふむ、そうだな。こんなことは俺も初めてだが、……失敗どころか、逆に余命が半分になっている可能性すらある」

 

 淡々とした口調で答えるデュラハン。

 

「……あああああっ! ……うあああああっ!」

 

 希望を打ち砕かれたルミカは、地面に座り込み絶望の叫びを上げる。

 

「な、なんてことだ! つまり貴様は、私たちに呪いを解いてほしくば俺の命令を聞けと! 命以外の全てを差し出せとっ! つまりはそういうことなのだな」

 

「えっ、何それ」

 

 ……つまりどういうことだよ。

 

 ダクネスが何を言ったのか理解できていないデュラハンが、素で返した。俺だって同じ気持ちだ。

 

 ダクネスがこれから何を口走るのか、なんとなく予想できるけど聞きたくない。

 

「くっ……! 呪いなんかに、絶対に呪いなんかに、私たちは屈したりしない……屈してなるものか……! でも、どうしようカズマ! 見るがいい、あのデュラハンの欲望に満ちた目を! あれは私たちをこのまま城へと連れ去り、『ぐへへへ、いやらしい体しやがって! 呪いを解いて欲しくば黙って言うことを聞くがいい。ぐへへへへ、騎士の誇りが重要なら別に拒否してもいいのだぞ? ただしその時は、お前の代わりにもう1人の小娘が、ひどいことになるだけだ。デュフフフ、デュハハハ、デュラハハハッ!』と、予想もつかないマニアックなプレイを要求する変質者の目だっ!」

 

 初対面の相手から大衆の前で変質者呼ばわりされたデュラハンは、乾いた声を漏らした。

 

「……えっ」

 

 気の毒に。今なら俺、あの魔王軍幹部と酒飲みながら朝まで語り合える気がしてきた。

 

 つーかデュラハンだからって、デュフフとかデュラハハハハなんて笑い方しないだろ。

 

 これで変なイメージが定着したら、あの幹部泣くんじゃないだろうか。俺なら確実に引き篭もるぞ。

 

「く、やめろっ! ルミカには手を出すなっ! この私の体は好きにできても、心までは自由にできるとは思うなよ! 安心しろルミカ、騎士として、仲間として、お前のような子供を変態おやじの好きになどさせないっ! 城に囚われ、仲間を守るために魔王の幹部の理不尽な要求を飲まざるを得ない女騎士とかっ! くー、どうしよう、どうしようカズマっ!! 予想以上に興奮するシチュエーションだ! カズマと出会えて、本当によかった、……この少しさえない男と行動していれば、理不尽なイベントに巻き込まれるのではと、期待したのは間違っていなかった。私はこのような展開を待ち望んでいたのだ」

 

 ……こいつ、そんな風に思ってたのか。さえないやつで悪かったな。

 

「行きたくはない、行きたくはないがこれも正義のため。ルミカをロリコン幹部から守るためだから仕方ない!」

 

「……ないわー。ロリ扱いした上に性癖の理由に使われるとか、……心がゾンビになりそう、人って本気で絶望すると涙すら出ないのね、……知りたくなかった」

 

 感情のない機械みたいなささやきがした方を見ると、暴走するダクネスの姿を、ルミカが死んだ魚のような目で眺めていた。どうやら死の宣告をされた直後に、ダクネスの不用意な発言が少女の心に消えない傷を生んでしまったようだ。

 

「ギリギリまで抵抗してみるから、私以外は街で待機しておけ! では、行ってくる!」

 

「任せた! お願いダクネス! 頑張って私の分まで呪いを解いてもらえるように、好きなだけデュラさんのお城にいていいからね。敵のアジトに潜入するなんて、すごいなーカッコイイなー、憧れちゃうよ! この際私も一緒に行こうかな、にゃっほーい!」

 

「えええっ!」

 

「止めろ、絶対行くな! ルミカはヤケになるな、そしてダクネスを煽るな! デュラハンの人が困ってるから」

 

 嬉しそうに城へ走り出そうとするダクネスと、精神が麻痺しているルミカをなんとか引き止めると、安心した様子のデュラハンが目に入る。

 

 ……俺の仲間が、なんかごめん。

 

「と、とにかく! これに懲りたら城に向けて爆裂魔法は撃つな! 紅魔族の娘よ、仲間の呪いを解いて欲しくば、我が城にくるがいい! もしも最上階の俺の部屋まで辿りつけたなら、2人の呪いを解いてやろう……だが気をつけろ、城内には配下のアンデッドナイトたちが山ほどいる。駆け出し冒険者ごときに、果たして突破できるかな? クハハハハハハッ!」

 

 デュラハンはそう宣言して、馬に乗り哄笑を上げながら走り去るのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「待てよ、めぐみん。1人でどこ行くつもりだ」

 

 俺が街の外へ出ようとするめぐみんの背に呼びかけても、めぐみんはこちらを振り向こうともしない。

 

「……止めないで下さいカズマ、今回の責任は私にあります。今から廃城に殴り込んで、デュラハンに爆裂魔法を食らわせて! ダクネスとルーちゃんの呪いを解かせてやるのです。絶対に……2人を死なせたりしません」

 

 めぐみんはかなり責任を感じているらしく、その声は震えていた。

 

「止めねえよ、俺も行くに決まってるだろうが。責任を感じてるのはお前だけじゃないぞ。俺もあそこが噂の幹部の根城だって、気づけなかったし」

 

 よく考えれば、毎日最強の攻撃魔法を受け続けて壊れない古城とか、……怪しいにもほどがある。少し前のやり取りが、脳内にフラッシュバックした。

 

「カズマさん、本当にお願いしますね? アクセルの命運は、あなたの肩にかかっているんですから。なんちゃって」

 

 すいません受付のお姉さん。アクアだけではなく、俺も気をつけるべきでしたっ!

 

「それにお前だけだと雑魚相手に魔法を使ってそれで終了。デュラハンの部屋なんか絶対辿り着けないぞ?」

 

「……しょうがないですね、死んでも知りませんよ?」

 

「知らなかったのかめぐみん、男ってやつはいつだって格好つけたがるものなんだぜ」

 

「格好つけるのはかまいませんが、気をつけて下さい。アンデッドナイトには、武器があまり効きません。なので、私の魔法がこの作戦の要になるでしょう。私がカズマを守ってあげます……いつも迷惑をかけていますが、こんな状況です、ドンと私を頼って下さい」

 

 俺の提案にかなり悩んでいためぐみんだったが、渋々納得してくれた。

 

「確かに鎧装備した相手に片手剣じゃ、大して役に立たないかもしれない。だから別の作戦を考えよう。例えば敵感知スキルと潜伏スキルを使って、モンスターを全部無視してこっそりボス部屋に向かうとか。もしくは、毎日城に通って1階から順に爆裂魔法で敵を殲滅して行けば……」

 

 俺の言葉に希望の光が見えてきたのか、めぐみんの表情も少し明るくなった。

 

「待って2人とも。あなたたちがそんな危険なことをする必要はない。……私が1人で行って、全てを終わらせてくるよ」

 

 声が聞こえた方を振り返れば、ルミカが決意に満ちた顔で立っていた。

 

■■■ルミカ視点■■■

 

 予想外の展開に、集まった冒険者たちは呆然と立ち尽くしていた。

 

 死の呪いを掛けられた私も、気を抜けば今にも倒れそうな状態だ。どうしよう、私に残された時間は少ない。

 

 おそらくデュラハンの城に乗り込み、正攻法で最上階に辿りつける可能性は限りなく0。めぐみんの爆裂魔法で壊せないってことは、強力な結界で城が守られているに違いない。結界さえなければ外壁を上って、直接最上階の窓を壊して突入するのだけど。

 

 ……詰んでる、完全に死んだな私。

 

 もう遺言とか財産の整理とかしている時間も惜しい。

 

 こうなったらヤケよ、呪いで死ぬくらいなら全財産でプリンを買い占めて、いっそ食べ過ぎで死んでやる! 見ていろデュラさん、私はあなたに屈しない。

 

 絶望した私が死に際のカッコイイ言葉を考えていると、決意に満ちた顔のめぐみんが1人で街の外へ向かおうとしていた。

 

「……止めないで下さいカズマ、今回の責任は私にあります。今から廃城に殴り込んで、デュラハンに爆裂魔法を食らわせて! ダクネスとルーちゃんの呪いを解かせてやるのです。絶対に……2人を死なせたりしません」

 

 私たちのために……めぐみん、あんたって子は。涙が出そうなくらい嬉しい。

 

「待って2人とも。あなたたちがそんな危険なことをする必要はない。……私が1人で行って、全てを終わらせてくるよ」

 

 だからこそ、私は死地へ向かおうと決意した仲間を呼び止めた。

 

「……何を言ってるんですか、ルーちゃん」

 

 私の言葉に、困惑するめぐみん。

 

「お、おい。恐怖心で気でもおかしくなっちまったのか?大丈夫だ、俺たちに任せてお前はダクネスとアクアと一緒に待ってろ」

 

 心配そうにこちらを見るカズマ。彼の言う通り、今の私は死に怯えて心が麻痺しているのかもしれない。

 

「もしも掛けられた呪いが、1週間の半分になったとしたら。コツコツ1階から攻略してたら、きっと間に合わない」

 

「安心して下さい。あなたには爆裂魔法を使える、最強の幼馴染がいるんですから」

 

 めぐみんの言葉は、いつだって私に勇気をくれる。この子のためなら、がんばれる!

 

「ダメだよ。もし無事に最上階に辿りつけたとしても、室内で爆裂魔法なんて使ったら城が崩れて、カズマたちが死んじゃう!」

 

 本当にやめてほしい。私はそんなの絶対にいやだ。

 

「だから私が魔法を使うよ、……禁じられた力を」

 

「何バカなこと言ってんだ。爆裂魔法しか使えないルミカに、いったい何ができるって言うんだよ」

 

「カズマこそ、バカなことを言わないでよ。できるに決まってるでしょ、むしろ私は、……きっとそれしかできないもの、ふふっ」

 

 カズマの言葉に思わず笑ってしまった。

 

「……できる、それしかできないって、まさか! ルーちゃんっ!!」

 

 顔を青ざめさせるめぐみんと視線を合わせ、私はゆっくりと決意を口にした。

 

「ポンコツなアークウィザードの私でも、魔王の幹部を道連れにすることくらいならできる。全魔力と生命力を振り絞れば、爆裂魔法が打てる、……駆け出し冒険者の命1つで、魔王の幹部を倒せるなんて、安い買い物よね」

 

 呪われて短い命なら、ドラマティックな最後がいい。恋焦がれた爆裂魔法を撃ってから死にたい。

 

 めぐみんとデュラハンの因縁は、私の死を以て終わらせましょう。

 

「安心してめぐみん。あなたの敵は、私が地獄に連れて行くから。あの時言ってくれたこと、めぐみんは覚えてる? カッコイイから私も言わせてもらうね。めぐみんは死なせない、……私が守るから」

 

「そんな昔のことなんて、覚えていません、忘れました! ……だから、ルーちゃんが死ぬ必要なんてっ!」

 

 今にも泣き出しそうな親友の顔を見ると、覚悟が鈍りそうになる。なので私は、思ったことを今全部言っておくことにした。

 

「信じてほしい、あなたが愛する爆裂魔法は最強なのだと。そして、そんな魔法を放てる、あなたの幼馴染も最強であることを。そして時々は、私のことを思い出して下さい、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィは……友達のために命を掛けられる、最高にいい女だったって!」

 

 私の命が今もあるのは、この子が救ってくれたから。獣に捕まりそうになったあの時、彼女が見捨てず抱きしめてくれたから。

 

 だから私は誓ったんだ、どうせ死ぬならめぐみんのために死んでやるって!

 

 覚悟しろデュラハン、私の幼馴染を殺そうとしたこと……地獄で懺悔させてあげる。

 

「……カズマにお願いがあるの。私の困ったお姉ちゃんたちをよろしく。3人とも、他のパーティーじゃやっていけないと思うから。さようならめぐみん、また来世でも友達になってくれると嬉しいな。……例え何度生まれ変わっても、ずっとずっと大好きだよ」

 

 私はそれだけ言って、2人の方を振り返らずに駆け出した。

 

「…………痛い!!!」

 

 が、駆け出そうとした1歩目で私はコケた。後ろを振り向けば、いつの間にかめぐみんに足首を掴まれていて。

 

「……ルーちゃん、あの時のやりとりを覚えていますか? あの時伝えたクールなセリフを、……あなたが私に言わせようとしたセリフを、たった今思い出しました。せっかくなので、冥土の土産に教えてあげます」

 

 冥土の土産とかどう考えても、ろくなことじゃない気がするけど。例えめぐみんに何を言われても、私はもう止まらない……!

 

「私は友達を見捨てません。危ない所でも、一緒に遊びに行くのが友達です。例えそこが地獄であったとしても、2人で回れば楽しい気がしませんか」

 

 掴まれていない方の足を前に出す。

 

「来世でまた会おう、我が友ルミカよ。私たちは何度生まれ変わっても友達です。そんな大好きな親友の最後に、そばに居させてほしいと言うのは、私の我がままでしょうか?」

 

 可愛く小首を傾げるこの娘に、これ以上話させてはならない。動きなさいルミカ、耳を傾けてはダメ。

 

「こうも言いましたね、今度はもっと頭のいい子に生まれて下さい。でも私は最近思うのです、世話の掛かるバカな子ほど可愛いと」

 

 聞くな、聞くな、聞くな!

 

 全力で足を前に出せば、それだけで振り解けるはずなのに。私はこの子を守りたいから、あのデュラハンをなんとしても道連れにしなきゃ。

 

 しなきゃいけないのに、……たった一歩が踏み出せない。

 

「今ならはっきり言えます。私はルーちゃんのためなら死ねるって。むしろ、あなたを1人で死なせるくらいなら、……私も一緒に死んであげます」

 

 ……!

 

「……ぐす、……ひっぐ、……めぐみんのバカ。全部覚えてるじゃない」

 

 ダメだ、もう無理だよ。さっきから優しい(カッコイイ)ことばっかり言ってくれて。私が死んだら死ぬなんて言うバカな(親友)を残して、死ねるはずないじゃない。

 

 すすり泣く私を後ろから抱き締め、めぐみんはさらに続ける。

 

「私たちは仲間じゃないですか、地獄だろうとどこだろうと、逝く時は一緒です……」

 

 どうしよう、このイケメグミン。危うく惚れるところだった。

 

「……じゃあ行こうか。2人で」

 

「私とルーちゃんが力を合わせれば、きっとなんとかなりますよ」

 

 めぐみんと並んで街の外へと再び歩き始める。

 

「おいおい、誰か忘れてねえか。俺もお前らの仲間だろうが。爆裂魔法を撃って動けないめぐみんを、ルミカが背負って帰れるのか?」

 

 そう言って、カズマは私たちの横を歩き出した。

 

「……どいつもこいつも、バカじゃないの……でも……ありがと……」

 

 私は2人に聞こえないように、小さくお礼を言った。

 

「気にすんな。デュラハンが街に来たのは、俺やめぐみんのせいだ。幹部をキレさせたのはルミカにも責任がある。なら、俺たち3人で落とし前をつけようぜ」

 

 私のささやきが聞こえていたらしい。カズマが励ましてくれた。

 

「……バカじゃありません、私は学校の主席でした」

 

 めぐみん……そこは聞かなかったことにするのが、優しさだと思う。

 

 これからもみんなと笑い合うために、親友を助けてくれたダクネスを死なせないために。私たちは、戦うんだ。そう私が改めて決意を固めていると……。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 気合の入ったアクアの声がした。気になってそちらへ振り向けば、……そこにはアクアに魔法を掛けられ、淡い光を放つダクネスがいて。

 

 ……あれ?

 

「はい、次はルミカね。『セイクリッド・ブレイクスペル』! オッケー、これでもう大丈夫。呪いは解いたわ」

 

 ……あれ? ……え、嘘!

 

「ありがとうアクア。……こんなに簡単に解呪できるなら、もっとこの状況を楽しんでおきたかったな」

 

「美しく気高い完璧なアークプリーストであるアクア様に掛かれば、解呪なんて朝飯前なんだから。魔王の幹部の呪いすら簡単に解いちゃう、私ってすごくない? みんな私が女神だって信じてくれる気になったでしょ! 尊敬しちゃって、持て囃してっ! どうせならこの機会にアクシズ教徒に……」

 

 ダクネスとアクアが何か言ってたけど、とあることで頭の中がいっぱいで、私はそれどころではなかった。

 

 どどど、どうしよう! その場の雰囲気でめぐみんに、いろいろとはずいこと言っちゃったよ私!

 

「……ルーちゃん……」

 

 私と似たような考えに辿り着いたのか、頬を赤らめためぐみんがこちらを潤んだ目で見つめてきて……無理です、目が合わせられません!

 

 うう、最後だと思ったから真顔で大好きとか言っちゃったし……めぐみんも私のこと、大好きって言うし。私のためなら死ねるとか、もはや完全に愛の告白なのでは?

 

 ……私とめぐみんが結婚したら、お父さんはいったいどっちになるんだろう?

 

「えっ、ちょっとルミカ? どこ行くの?」

 

 心配そうなアクアの声が、後方から聞こえる。気づけば私は誰もいない場所を目指して、全速力で走り出していた。

 

 バカな妄想を、頭から追い出すために。

 

 どうしようもない、羞恥心を忘れるために。

 

 恥ずかしがるめぐみんの横顔を見てからずっと止まらない、……この胸の鼓動を誤魔化すために。

 

「私があの子にときめくだなんて、どう考えてもデュラさんが悪い! 全部呪いの影響なんだもんっ!」

 

 そんな戯言を吐き捨てて、私はしばらく走り続けた。

 

 ちなみにこの後、数時間我武者羅に走り続け、街の路地裏に倒れこんでいた私が。探しにきたアクアに背負われて帰る中、ずっと叱られたのはまた別の話。

 

 おのれ魔王軍! この借りはいつか必ず、100倍にして返してやる。

 




 今回の解説
・ダクネス
性癖がおかしい子。今までダクネスだけセリフが少ないような気がしたため、今回暴走させられた。ちなみに第1期題3話のオーディオコメンタリーによると、そっちの趣味はなくても親友のクリスがどうしてもと言うなら、百合も考えてくれるらしい。

・めぐみん
元祖頭のおかしい子。仲間思いのめぐみんなら、一緒に死んでくれたりするはず。今回最後の方に少しだけ百合フラグが立った。

・ルミカ
名前とか考え方がいろいろおかしい子。血まみれで笑顔になることを気にせず、ダクネスの変態行動を気にしなくなったり、女子力がおかしい方向に成長中。
自爆フラグ、百合フラグ、魔王軍への理不尽な復讐フラグなど、いろいろなフラグを建設中。目指せ1級フラグ建築士。

・ベルディア
圧倒的被害者。原作よりも紅魔族が1人増えたことにより、さらなる災難がデュラハンへと襲い掛かる! 今回の呪いで地味にルミカ覚醒フラグも立ててくれたぞ!

・引越し祝いの花火
この世界での花火とは炸裂魔法や爆発魔法などを空に打つことを、カズマさんは知らない。でも人の家に花火を打ち込むのはどう考えても頭がおかしいので、あながち間違ってはいない。

 今回は文章が長くなってしまったので、解説を入れてみました。



最後に作者もこの前流行していた女子高生診断してみました。こういう女の子が書いていると思います。
3年B組 刃こぼれした日本刀ちゃん
身長…156cm
髪…オレンジでくるくる
目…黒くて猫っぽい
得意科目…情報
バスト…C
特徴…先生に好かれてる
性格…病んでる。やさしい子とは相性よし

性格が病んでるとか、作者が1番頭がおかしい子かもしれない。


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