一四二センチメートルの気球 (久遠/kuon)
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一四二センチメートルの気球

テスト期間中に『書きたい欲』が高まり書きました!w
未熟な部分がとても多いため小さなことでも意見が聞きたいです!
ただ、煽るような発言だと小心者ゆえ死んでしまいまふ…(´・ω・`)
出来ればお優しくお願いします…
では!短めですがお楽しみください!


一四二センチメートルの気球

 

暗くなっていく夕方の川辺に少女が一人、オキナグサを探していた。

ようやく見つけた小さなそれを丁寧に摘み取って小さく笑みを浮かべる。

タァン、タタァン……と軽やかな発砲音の後に頭上に大輪の光の花が咲いた。

ああ、これが花火なのかな。と心の中で想う。

ほんの少しだけ目を細めて次々と上がる光の乱舞を見届けた。

 

 

 

 

その町はとても賑やかだった。国土を大国に囲まれながらも独立を守り続ける小さな国のたった一つの町。町が国で。国が町だった。

そんな町のある澄んだ青空が印象的な夏の日の話。

「まったく、どれだけはしゃぎ回ればこの町の人たちは気が済むんだ」

町の真ん中を流れる川の川辺の草むらで男が一人仰向けに寝転んでいた。

男の姿はこの国には似つかわしくない、日本という国の大学生のようなラフな格好。

「あのガイドブックは当てにならないな。なーにが『安心の国、観光客を豊かな国力で迎え入れます!』だよ、実際は自分が騒いで楽しむことに夢中で完全に旅行客に『無関心の町』じゃないか」

目を閉じてぶつぶつと呟く男の耳にド派手な発砲音が聞こえる。一瞬体を強張らせて身構えそうになる男だったがすぐに思い直して力を抜きダラける。

「どうせどっかの馬鹿が爆竹でも撃ったんだろ、まったく騒がしい連中だ」

誰にも相手をされなかった反動か独り言が普段より多い。

とある仕事のために色々な国へ行くが、ここまで内向的な国も珍しいものだ。

また発砲音が聞こえて、眉をひそめるように目を薄く開けると男を覗き込むようにして立つ少女が居た。

「……」

透き通るような柔肌と同調する白色のワンピース姿に亜麻色の髪。もう少し成長すれば国を代表する容姿端麗な少女になる、そんな美少女だった。しかしなぜか表情が暗いというより無に近い。

そんな無感情な瞳に男の顔が反射して見えた。

「って、近いッ!!」

男がガバッと起き上がる。振り返って少女を見つめる。少女も無造作に髪を風になびかせながらこちらを見返してくる。

身長は一四〇〜一四五センチくらいだろうか、とても小柄だ。

あとなぜか猫を抱えている。幸せそうな顔をした銀トラ模様の猫だ。

「……何か用か?」

沈黙に耐え切れず男が声をかけた。

少女は静かに首を傾げ、一切表情を変えずに首を元に戻した。

「ここで何をしてたかって、聞きたいのか?」

無言。

どうやら頑として声を出すつもりはないらしい。この国に来て初めて会った静かな人間だった。だからなのか、少し親近感のようなものを覚えた。

「何をしてたかって言われると……ただ暇をつぶしてただけなんだが」

立っているのもめんどくさくなり、今度は草むらに座り込む。少女に隣に座るように促して。

少女は草むらに足を投げ出して座ると膝の上に銀トラ猫を置いた。

そして少女は隣に座る前も、座ってからもずっとこちらを見つめていた。

何か言いたげなその瞳はなぜだか、何を言ってるかなんとなく分かった。

「この国に何しに来たか、か……。少し長くなるけど良いよな?」

少女が少しだけ顎を引く。おそらく肯定の合図だろう。

人の表情よりも経済の表情を読む方が圧倒的に得意なおれでも不思議とこの子だけは特別だった。

 

 

 

「おれはまだ学生だけどここに仕事をしに来たんだ」

すぐそばに大通りがあって相変わらず騒がしいが、川辺にはたまたま二人以外は誰も居なかった。

川からは涼しい風が吹いていてとても気持ちが良かった。

オキナグサという春の花が川辺に咲いていた。

「おれの仕事はちょっと特殊でさ、経済が異常に肥大化してしまった国を……。うーん……」

さすがに年端もいかない少女にこの話は難しすぎる。

なにせ高度経済成長とかいうそもそもカタチの無いものにプログラムとかそういう感じのパソコン要素を織り交ぜてしまうのだ。

ややこしくて仕方が無い。

ちなみにお固く言うと『高度経済成長における異常発展と周辺諸国へ及ぼす影響に対する外部干渉型措置』だ。

もっと親しみやすく言うと『経済エージェント』なのだ。

そこで、少し分かりやすい例えにしよう。

「気球って知ってるかい?」

少女は静かにゆっくりと首を傾げた。

気球を知らないか……この国は国土が狭いから飛ばせないのかも。

「風船は?」

少女が反対側に首を傾げる。

困り果てていると、少女の膝の上でポカポカと丸くなっている銀トラ猫が、にゃあと鳴いた。

「その丸くなってる猫ちゃんが網かごをぶら下げて空に飛んでいく感じ。それが気球だよ」

少女がクスッと笑った。

銀トラ猫が幸せそうに丸くなって空へと昇っていくのを想像したのかもしれない。

想像するとたしかに笑えてきた。

ああ、そういえば。と、そばに投げ出していた鞄を探る。

「ほら、これが気球だ」

中から取り出してきたタブレット端末で世界最大の気球祭りの動画を流して見せる。

「綺麗だろ?」

こくっと少女がさっきよりも強く頷いた。

「で、この気球は空高く飛んでいくといつか中の空気が冷えてゆっくりと下がるんだ。でも時々高く高く飛ぼうとしすぎて気球の限界を超えることがある。そうなると経済崩壊……じゃなくて大変なことになるんだ。だからおれはその気球に重りをつけたり小さな穴を開けたり、飛ばすためのバーナーの火力を抑えてあげたりするわけさ」

動画には気球を飛ばす前段階のバーナーの調節場面や、不運にも墜落してしまった気球の様子が流れていた。

「さて、そろそろ仕事に行かなきゃな。のんびりもしてられないや」

端末の上部に表示されている時刻を見て覚悟を決めた。そんなに大層な覚悟のいる仕事では無いが。

端末を仕舞うと、少女は名残惜しそうに鞄を見つめていた。

「気球も風船も知らないならもしかして花火も知らないかな? おれは仕事が終わったらその国の新たな門出を祝うために景気付けに花火を上げるんだ。たぶん明日の夜になると思う、どういうものかは見たら分かると思うから楽しみにしてな」

それと……と言って鞄から一枚写真を取り出す。青と白の色彩の気球が一つだけ空に浮かんでいる写真だった。そのまま空に溶け込んでしまいそうでとても儚くて美しい。

自分が持つ写真の中でも最高のものだった。

「その写真はおれが初めて飛んだ気球なんだ。友達に下から撮ってもらって。このあとすぐに『あんな識別しにくい色の気球を飛ばすな! もしものことがあっても気づきにくいだろ!』ってお巡りさんに怒られちゃってさ。その一枚しか無いんだ。案外貴重だぜ? 結構気球が好きになったみたいだから気球好きのセンパイとしてそれは君に進呈しよう!」

ほんとはお巡りさんじゃないしもっとキツイ注意を食らったんだけどね。

ポカン、とした瞳で少女はこちらを見つめる。相変わらず無感情な顔だが、別れを惜しむ悲しさ……せめて写真を貰った喜びくらい感じてくれていれば嬉しいな、と思った。

「じゃあな」

軽い別れを告げて背を向け歩き出す。

陽も少し傾き、空の端っこが少し赤くなっきた。まず今日はホテルに帰り明日に備えよう。そう思い目的地を決める。

「【シラユキヒメ】……か」

この国独自だという高度経済成長システムの名を思わず声に出してしまったのは意図的に思考を切り替えるためだった。

だから。背を向けた後ろで、少女が銀トラ猫を突発的に強く抱きしめたせいで手を噛まれたことを男が知るはずもなかった。

 

 

 

その日の夜、ホテルで男は明日の段取りを固めていた。

仰向けに寝転びながら携帯端末を操作する。

「この国が高速で大国に並ぶ規模まで経済発展出来た最も大きな要因……【シラユキヒメ】か」

自分の考えを声に出すのは昔からのクセだった。たぶん声に出すと整理しやすいからだろう。

「調べていくうちに出てきたワードとはいえ、実態はよく分からんなぁ。スーパーコンピュータか何かか? 人っぽい名前からすると……まさかビッグデータを人間にダイレクトに活用してるとか?」

つまり、政府の思うように国民を動かし、操作することで利益を生むということ……。

経済規模の大きくなった大国が禁忌に触れようとすることは良くある。超能力開発、宇宙人研究に手を出した国もある。

「まあ考えても仕方ないか、複雑なことをしなくてもそのパーツを抜けば経済発展が止まるっていうんだからありがたい話だ」

カツ……コツ……と時計が静かに時を刻む中、ぼやーっとしていると夕方別れた少女のことを自然と思い出していた。

「仕事が終わったら気球に乗せてあげよう。気球の上から見る花火も最高なんだよな、きっと喜ぶぞ」

ニヤァ……と笑っていると手を滑らせて携帯端末を顔に落としてしまった。

痛ぇ……!

 

 

 

なんでもない普通のビル。政府が直接支援している会社の下請けの子会社。

コソコソ排気口などから入らずに正面から入り込む。

ウィーン、と自動ドアをくぐり抜けて左右に立つ警備員に笑顔で会釈する。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

大学生がこの企業にインターンに来た、という設定だ。

「ここまで楽々見つけられて、かつ潜入にも成功するとは……罠を疑ってしまうな」

社内を歩きながらノートパソコンを開く。

あらかじめ目星を付けていた廊下の壁に寄りかかり軽くハッキングを仕掛ける。

「挨拶代わりだ、と。早速かかったな。これじゃここが入り口です、どうぞハッキングしてくださいと言わんばかりじゃないか」

苦笑しつつエラー表示の裏で食い潰されていくハッキングツールを眺める。

連続で開かれるウィンドウに高速で打ち込まれていく文字列をしばらく見つめた後に、数回キーボードを叩き、操作する。

すると開かれていたウィンドウが次々と閉じていき、エラー表示すら消え去って一つだけウィンドウが残った。

「使用言語も特に暗号化されてるわけでもなく、国家機密を守るにしてはザル警備すぎるぞ?」

軽く呆れつつ最後のウィンドウの処理が終わるのを待つ。

そして最後の処理が終わった。表示された文字列を日本語に直す。

『こんちには王妃様。自慢のリンゴは持っていますか?防衛機構:七人の小人より』

十秒ほどでそのウィンドウも閉じ、起動時のデスクトップへと戻る。

「なるほど! 向こうも挨拶代わりってわけか! 良いね、俄然燃えてきたよ! 白雪姫とはシャレが効いている! ……でもこれじゃまるでおれが悪者だな。せっかく経済が破綻する前に落ち着かせてあげようと来たのに」

不満を漏らしつつ暗に指示された場所へと向かう。

エレベーターに乗り込み、一度一階へ。

そして連続で九六二二四四四八九と階層を押していく。するとエレベーターはボタンの指示に反して地下へと降りていく。地下三階。

このビルには存在しないはずの階層だ。

「世界で最も美しい人は誰?」

歌うように呟く。

そしてガタガタとエレベーターの扉が開いた。

エレベーターを出るとそこは打ちっ放しコンクリートの円形広場だった。

「まるでコロシアムの最下層みたいだな」

無駄に声が反響する。

そしてそんなコンクリートの闘技場の真ん中に、それはそれは大きな小人が居た。具体的には機械的な筋骨隆々の身長三メートル。

小人のくせに人様の身長を軽く越えてきやがった。

「わお、なんだっけそれ、パワードスーツって言うんだっけ? プログラムで勝てないならフィジカルってわけかい? 趣味が悪いねぇ、いやしかしパワードスーツはスキが多すぎるぜ」

カッ……カッ……と音を響かせながら臆せずに近づいていく。

そして唐突にパワードスーツに光が宿った。

「さて、その様子だと中身無しの機械なわけだが。結局のところプログラム勝負ってことで良いのかな?」

ガガガッ!

とパワードスーツが駆動を始めて対象を定めるよりも早く、勝負は決まっていた。

 

 

 

「なんだ、これまで受けたどの仕事より楽だな」

『七人の子人』と呼ばれる計七つの防衛機構をその身と自前のノートパソコン一つで難なく乗り越えた男は自嘲するように小さく呟いた。

目の前には視界を埋め尽くすほど巨大なスクリーンがあり、その下にスクリーンに比例して巨大な、両手を広げても届かないほど大きな操作コンソールが暗闇に青白く瞬いていた。

「タッチパネル式のキーボードとは……背伸びしてんなぁ」

スクリーン上の操作を本来の操作コンソールを使わずに、接続した小さなノートパソコンで完璧に処理していく。

「よし、作業完了っと」

ッタン! と確定キーを押して【シラユキヒメ】を完全に破壊した。

「結局【シラユキヒメ】ってなんだったんだろうな」

ここまでの過程で説明書らしきものは一切見かけなかった。

まだ日没までには時間がある。

少女との約束は十分に果たせるだろう。

シラユキヒメが破壊されたことを知らせる機能もすでに食い破っているため時間にはまだ余裕があった。

タタタンタタ、タンタタタ……とリズムを刻むように気軽に次々と機密文書を開いていく。

「おっ。……は?」

そしてすぐに目的のファイルを見つけた。

ファイルを開くと、目の前のスクリーンいっぱいにあの少女の写真が表示された。

そしてファイルの中身が公開される。

曰く、【シラユキヒメ】とは彼女である、と。

『……被験者は孤児かつ肉体損傷の少ない個体を選ぶ。脳死状態の者が……わしい……う。幸いにも……となるであろう個…………見されており、この者に……キヒメ】を搭載することで……脳波と信…………』

 

バンッッッ!!

 

思いっきりキーボードに手のひらを叩きつける。認めたくなかった。

今すぐにこのファイルを閉じようと操作を開始する。

ところが、無情にも一つの文章が目に飛び込んできた。

 

『……つまり、被験者は現在【シラユキヒメ】システムによって生かされている状態にある。……』

 

その瞬間、感情が爆発した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

なぜこんなシステムが。どうして実行された。どうやって運用してる。誰が発案した。なぜ彼女が選ばれた。何が足りなかった。何を求めていた。

 

今、どこにいる。

 

バンッ……!と手に持ったパソコンを投げ出して、全速力で外へと続く道を駆け出した。

背後では巨大なスクリーン上に『当該システムの削除実行を完了しました。』と。

少女が無邪気に笑う写真の上に一言だけウィンドウがポップアップしていた。

 

 

 

全速力で駆け回った挙句、最終的にたどり着いた場所は町の中を流れる唯一の川の川辺だった。

花火が空を彩る。だけど、まるで世界は無音だった。

人の居ない夕方の川辺に白い少女が一人寝転がっていた。

ふらふらと虚ろな足取りで少女に近づいていく。まるで今まで走ってきた分の余力だけで歩いているかのようだった。

シンジタクナイ。ミトメタクナイ。

少女の命を自分が、自分自身の手で刈り取っただなんて。

どさっと少女の側に膝をつく。

涙は堪えた。自分に泣く権利などない。ただその虚ろな目に少女の姿を焼き付けようとする。

そして少女が何かを持っていることに気がついた。

「…………」

そっと手を伸ばしてそれを手に取る。

それは、

まるで空に溶け込むかのような青と白の気球の写真とオキナグサの花だった。

オキナグサの花言葉は『告げられぬ恋、何も求めない』。

ついに耐え切れなくなり、涙が溢れる。

吸い込まれるような群青色の空に、燃えるような茜色の空に。

輝く紫色の大輪の花が咲いた。

一四二センチメートルほどの小さな体を抱きかかえ、輝く光を一身に受ける。




オキナグサは紫色の俯向くような花を咲かします。
国の絶滅危惧種Ⅱ類に指定されている植物でもあります。
一応毒を持っていますので見つけても無闇に口に入れたりしないこと!
危険ですからね!(๑´ㅂ`๑)mogmog
汁に触れるだけでも皮膚炎を起こすらしいですよ_:(´ཀ`」 ∠):_
それでは!また会え……る時まで…… チ───(´-ω-`)───ン


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