デーモン・ゲート 魔物娘、彼の地で斯く蹂躙せり (イベンゴ)
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プロローグ

 

 

 それは唐突に起こった。

 

 東京は秋葉原のど真ん中、その上空に突如として巨大な魔法陣が出現した。

 紫の光で構成された道の文字と紋様。

 多くの人間がスマホやカメラを向けている中、陣の中央から奇妙なものが現れる。

 

 それは美しい人間の女性……に、似た何か。

 

 赤、青、紫……と色とりどりの髪や肌をした異形のモノたち。

 そいつらはコウモリに似た翼をはためかせてアキバの空を我が物顔で飛び回る。

 中には奇妙な刺青らしい紋様が顔や肌に浮かんでいたり、角のはえている者もいた。

 共通しているのは、みな若く美しい女性だということ。

 そんな者が何十と飛翔する中、魔法陣から巨大な帆船が出現した。

 空飛ぶ帆船はアキバ上空に浮遊したまま動かない。

 そのうち、翼をはやした異形の女たちはゆっくりと地上に降りてくる。

 地上に降りた彼女たちは、フレンドリーな笑顔で通行人へ、

 

「はじめまして。ごきげんいかが?」

 

 と、極めて流暢な日本語で話しかけた。

 警察やマスコミが駆けつけてきたのは、ちょうどその頃だった。

 

 

「私たちは魔界から来た、魔王の使いです」

 

 なし崩し的に交渉に立たされた警察官に向かい、彼女たちは語る。

 

「この日本という国と国交を結びたいと思い、やってきました」

 

 ゲームみたいなことを言われて困り果てる警察。

 だが、彼女たちは『お土産』と称して多量の宝石・貴金属を見せてきた。

 

 紆余曲折あってどうにか政府の人間が応対したところ。

 彼女たちは魔界という異次元世界から、やってきたのだという。

 最近こちらの世界を知って、交友関係を持ちたいと考えていたが――

 

 他の国では自由がなかったり、宗教上の問題でうるさかったり、戦争だったり。

 とにかく落ちつかないので、比較的平和で自由な日本を相手に選んだらしい。

 このことは瞬く間にネットなどを通じて世界中に広まった。

 世界中のマスコミが彼女たちにインタビューを行ったが、

 

「私たちの姿や能力・嗜好の問題から、日本がもっとも好ましい」

 

 おおむねこんな答えが返ってきた。

 

「アメリカではダメだったのですか? 世界有数の国ですよ」

 

 と、米国記者が訪ねたこともあったが、

 

「宗教関係でうるさい国だからダメ」

 

 と、けんもほろろであった。

 同じ理由でキリスト教の盛んな国々……。ヒンドゥーのインド、イスラム圏の国々もダメ。

 

 確かに彼女たちは、デーモン、デビル、サキュバス、インプなどなど……。

 キリスト教における悪魔そのものの名称であり、姿である。

 

 これはまずい。

 

 すったもんだはあったが、やがて魔界と日本との国交が成立することとなった。

 実際そうなってみると、魔界人たちの影響はすごいものであった。

 

 まず交流の中心であるデーモン・デビルは魔界でも上層に位置する種族で金持ち。

 不況であった日本市場にとってまたとないお客様となる。

 デーモンは日本の観光地や一流ホテルで優雅に過ごし、気前よく金を使ってくれる。

 

 デビルやインプはデーモンほどの勢いはないがその以上に数があった。

 日本のお菓子や漫画・アニメを気に入って大量に買っていく。

 これには出版業界や食品業界もえびす顔。

 ガンプラなどのオモチャ類も飛ぶように売れた。

 中には自分たちで直接漫画家などアーティストに仕事を注文する者も大勢現れる。

 そのうちに、オークやコボルト、ゴブリン、ダークエルフ、ドワーフという他の種族も次々

日本を訪れるようになった。

 

 ちなみに、それらの種族もみんな女性。

 魔界では基本として女性しか生まれないとのことだった。

 

 つまり彼女らが異世界まで友好を求めてきたのは、男を求めてのことだったのだ。

 悪魔属の上級種はともかく、オークやコボルトはかなり直接的で――

 日本に来ては逆ナンのようなことをして、日本人男性を誘惑した。

 オークにしろコボルトにしろ、豚の耳や角が生えていたりするが、その姿は美しい女。

 女性慣れしていない者の多いアキバ系は瞬く間に『捕獲』されてしまう。

 

 またゴブリンやドワーフは見た目は未成年の少女とそっくりで。

 そっちの属性の人間たちも誘蛾灯に誘われるがごとく捕食されていくのだった。

 しかし、利益のほうがはるかに大きいためにあまり問題視する声はなかった。

 政府としても、石油をはじめとする各資源を『お友達価格』で売ってくれる魔界は、末永く

お付き合いしたい相手である。

 

 こうなると他の国も黙っていない。

 我も我も魔界との接触を試みた。

 しかし、それをさせない動きというのも当然あった。

 それは他国というよりも、むしろ自国内である。

 大体、魔界という異次元から来たわけのわからん連中を忌避する勢力は多い。

 

 例えば、アメリカでは宗教右翼が、

 

「悪魔の住処である魔界に核を撃ち込め!」

 

 とデモをしたりして、政府関係者に頭痛を引き起こした。

 中東などでも、やはり警戒する声は大きい。

 魔界の人間を拉致しようと工作員を送り込む国もたくさんあった。

 しかし、大抵は工作員はそのまま行方不明になり、何事も起こらず終わる。

 

 何をやっても暖簾に袖押し。

 いたずらに手駒が消えていくばかりだった。

 もっとも、これは平穏な場合と言える。

 

 ある時などはCIA長官の部屋に、全身をグシャグシャにされ肉団子状態になった工作員が

音もなく放り込まれるということも。

 また魔界に軍事侵攻をもくろんでいたある国のトップは、ある朝、手足も目も鼻も歯も舌も

ない芋虫のような状態でベッドでもがいているところを発見された。

 

 各国のこういった動向――

 これは、魔物娘たちが日本に対して基本平和的かつ友好的だったためだ。

 彼女たちは確かにマナーを守り、優しかった。

 ただし、それはあくまでも相手が善良であるか、彼女たちが気に入った相手に限る。

 敵対しようとする相手には、ひとかけらの慈悲も与えなかった。

 

 そこはやはり『魔物』なのだった。

 

 日本を中心とした地球と魔界との交流は日を追うごとに盛んになり、ついには日常となる。

 主に日本に住み着きだした魔界の住民たちもかなりの数となった。

 地球に来れるのは上流階級が多いためであろうか? 

 基本金持ちで気前のよい彼女らはあっさりと地元に溶け込んでいった。

 

 デーモンやデビルの他、鬼族や河童、天狗、狐や狸なども多い。

 これらの住むジパング地方は言葉や文化が日本と酷似していたせいもあるらしい。

 

 一年後。

 

 モンスター娘たちのいる日常が当たり前となった頃だ。

 

 銀座事件と呼ばれる出来事が起こった。

 

 

 

 その日、真夏であるの黒いフード付きマントをした女が銀座にいいた。

 目的は最近銀座で行方不明になったという女性の捜索。

 文化交流の傍ら知り合った家族から、相談されてのことだった。

 

 名前はゴルト。

 リッチ……高い魔力を誇る上級アンデットである。

 アンデットと言ってもその肉体は腐敗も劣化もせず、全盛期のまま。

 リッチとしては年若い彼女は持ち前も好奇心から、銀座周辺の異変に興味を持った。

 

 確かに銀座では奇妙な時空の乱れが生じているらしい。

 上級の魔族たちは敏感にそれを感じ取り、政府に調査をしたいと申し出ている。

 だが、いくら多くの利益をもたらしてくれると言っても魔界人たちに大規模な活動をされる

ことに政府は難色を示していた。

 

 そもそも、行方不明事件も魔界によるものではないか?

 と、疑う声も少なくないのだ。

 もちろんそれは誤解と断じるゴルトは昨夜から休みなしで調査を続けていたのだが――

 ふと、強い魔力の波動を感じて、振り返った。

 そこには、今までなかったはずのものがあった。

 

 巨大な門。

 

 得体のしれぬ、しかしアンデットであるゴルトとかどこか似通った魔力。

 それを発散する門。

 同時に、ゴルトは門の中から発せられる殺気にも気づく。

 

「いけない」

 

 静かにつぶやいて、門に向かって封鎖魔法を展開した。

 紫に輝く光のドームが門を包む。

 と、同時に門から異形の集団が躍り出てくる。

 人を醜悪に歪めた角の鬼とでも言うべき怪物たち。

 そして武装した中世から迷い出てきたような軍隊だった。

 ものすごい数だ。

 

「これはまずい……」

 

 ゴルトは舌打ちをする。

 

 住人やそこらならともかく、これだけの数が相手では、自分一人では手におえない。

 封鎖魔法に閉じ込められた集団は、光のドームの中で叫びをあげている。

 

「あの、映画か何かの撮影ですか?」

 

 無表情な顔の下で冷や汗をかいているゴルトに、話しかけてくる女子学生。

 手にはスマホを持っている。

 

「警察……早く呼んで!!」

 

 振り返りながらも、ゴルトは大声で叫んだ。

 めったに出さない大声だった。

 

 その剣幕に、周辺の人間もただごとではないとわかったらしく、どよめきだす。

 

「――なに、こいつら?」

 

 引いていく人波に逆らうように、一人の女が声をかけてきた。

 

 中性的な美貌に、男装のような服装をした女だった。

 人間の女ではない。

 強靭な尾と翼を持つ、魔界ではデーモンなどに匹敵すると言われる強種族。

 

 ドラゴンだ。

 

「緊急事態」

 

「見ればわかる」

 

 ドラゴニュートの女は面白そうに軍勢を見ている。

 それは捕食者の眼だった。

 

「みんな、急いでここから逃げろ! 大至急!!」

 

 ドラゴニュートは後ろの人垣に怒鳴りつけると、バサリと翼を広げる。

 

「助かる。もう封鎖魔法がもたない……」

 

 ゴルトは弱気な声で言う。

 言葉通り、光のドームは徐々に消滅しつつあるようだ。

 

「日本は平和だけど、ちょっと退屈だったんだ。憂さ晴らしにちょうどいい」

 

 ドラゴニュートは美しい顔に凶暴な笑みを浮かべた。

 その殺気に、ドーム内の軍勢はたじろいだようだった。

 

「ところであいつら何言ってるかわからないんだけど?」

 

「今翻訳の魔法をかける」

 

 ゴルトは片手でドームを維持しながら、もう片方で魔法を使った。

 と、ちょうど良いタイミングで……

 

「蛮族どもよ、よく聞くが良い!!」

 

 ゴルトの魔法で翻訳された声がドーム内の軍勢から響いた。

 

「我が帝国は皇帝モルト・ソル・アウグスタスのこの地の領有と占有を宣言する!!」

 

「はあ?」

 

 魔界人から見ても時代錯誤なこの宣言に、ドラゴニュートは肩をすくめる。

 

「もう……限界」

 

 同時に、ゴルトが震える手を下ろそうとしていた。

 パトカーのサイレンが聞こえてきたのは、ちょうどその時である。

 

 そして、光のドームが消えた。

 自由になった軍勢が一気に銀座の街へと雪崩れ込んでいく。

 

 しかし軍勢の刃が届く前に、ドラゴニュートがその翼でゴルトを近くのビルへと運んでいた。

 まさに疾風のごとき速度。

 

「助かった。私はリッチのゴルト」

 

 阿鼻叫喚の騒ぎとなっている下を見ながら、ゴルトは名乗る。

 

「僕はドラコ。ドラゴニュートのドラコさ」

 

 一方的な攻撃が続いているようでいて、『帝国軍』とやらに反撃している者もいた。

 警官たち、ではない。

 無論警官も応戦しているが、それ以上に攻撃的な魔物娘たちが戦っているようだ。

 

「おっと、僕もお祭りに参加しなくちゃねえ!!」

 

 ドラコは叫びながら、下へと舞い戻っていく。

 そして、人を襲おうとしているワイバーンに蹴りをいれた。

 

 矢や刃が彼女を襲うが、人間の刃物は彼女の肌を傷つけることはできない。

 凶暴な竜人の怒りに触れて、叩き潰されるだけだった。

 

「それにして……一体誰が」

 

 ゴルトは謎の軍勢が出てきたゲートを見つめながら、ほうとため息をついた。

 

 

 



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キャラかぶり

 

 

 

 

 累々と重なり、散らばる死体の絨毯。

 死肉と糞便の臭いが充満し、吐き気を催す空気が漂っている。

 

 人間はただの肉体の塊だ。

 無数の戦死者たちはそう主張しているようでもあった。

 

「銀座とあわせて12万か……」

 

 アルヌス――そう呼ばれる丘に広がる戦場跡を見て、伊丹はつぶやく。

 

「この死体を片付けるのに、魔法を使ってはダメなの……?」

 

 横に立つ黒いマントを来たリッチ・ゴルトは不服そうに言った。

 

「便利っちゃあ、便利なんだけど……。色々あるからなあ」

 

 特地と呼称されるゲート内の世界に派遣された自衛隊。

 それに特別協力者として、参加した数少ない魔界人たち。 

 翻訳のほか、いくつもの便利な魔法を使えるゴルトはこのメンバーに加わっていた。

 

 『銀座事件』。

 

 ゲートから出現した軍隊による虐殺事件においては、魔界人たちも大いに活躍した。

 軍勢……暴徒の鎮圧に加えて、民間人の救助。

 

 しかし、以前より魔力を持っていたり、人間よりもはるかに強靭な肉体を持つ魔界の住民が

大手を振って日本国内をうろつくことには疑問の声もあった。

 

 銀座事件においては――ドラゴニュートやミノタウロスといった凶暴な種族が、何十人もの

暴徒を殺戮している。

 

 状況が状況なだけに、特別な措置として罪には問われず魔界に帰国されるという『穏当』な

方法が取られはしたが。

 マスコミの中には、ゲートの軍勢よりむしろ魔界人たちを危険視して攻撃するという動きも

少なからず見受けられた。

 

 それはともかくとして、ゲートという未知の状況に関して魔界の協力は是非とも欲しいはず

であるのだが、色んなものが交錯した結果……。

 

 ごくわずかな協力者をのぞき、魔界人のゲート立ち入りは禁止とされた。

 一応彼女らが『外国人』であるという建前で。

 

「でも、こいつをゾンビ化すれば色々とはかどると思うけど……」

 

「死者の尊厳って知ってるか?」

 

 まだ少年ともいえる兵士の死体を見ながらつぶやくゴルト。

 その頭を軽くこづく伊丹。

 

「…………」

 

「お前さんだって、勝手に他人に操られたり、弄られたりしたら嫌だろう」

 

「そういう考えもある……」

 

「ところであんたの仕事は……」

 

「行方不明者の捜索……」

 

 ゴルトは特地の調査協力の他、ここに迷い込んだあるいは拉致された可能性のある日本人や

 

魔界人の捜索も任されていた。

 

「日本人はともかく、魔界の種族はまず大丈夫と思うけど……」

 

「行方不明になったのって、悪魔……だっけ?」

 

「違う……。デーモンの一人。強大な魔力を持つ魔界でも上級クラスの種族……」

 

「でも、そんなすごい人がやってきた様子もないけどなあ」

 

 戦場跡を見回す伊丹と、うなずくゴルト。

 

「確かに……デーモンにとって原始的な人間の軍隊などアリの群れに等しい……」

 

 恐ろしいことをさらりと言うゴルトに、伊丹は顔を引きつらせる。

 それから、しばらくしてから。

 

 ゴルトは伊丹の率いる第三偵察隊に加わって、本格的な調査を行うことなる。

 

 

 

 

 そんな彼女らの同行とは別に、アメリカのホワイトハウスでは。

 

「ゲートはフロンティアだ」

 

 アメリカ大統領ディレルはデスク前の軽い演説のようなことを言っていた。

 

「宝の山があるかもしれないというのに、日本軍は何を手をこまねいているのか……」

 

「開拓に躍起になる必要はないと考えているのかと。魔界との国交が順調なようですし」

 

「あのデーモンども相手にか? あんな連中を本気で信用しているのか、ジャップは!?」

 

 ディレルは興奮して椅子から立ち上がる。

 

「我が国と違って、宗教的な問題はあまり浮上していませんからな」

 

「かといって過剰な圧力は、日本の魔界依存を高める危険性があります」

 

「それにゲートに下手に対応して、魔界の介入されるのを恐れてもいるのでしょう」

 

「忌々しい話じゃないか。ここでもあいつらが邪魔をしているのか……」

 

 ディレルは嘆息する。

 

「ですが魔界は我が国にとっても無視できない巨大な市場となります。敵対するのは……」

 

「しかし、それを納得しない国民も多いのだ!」

 

 部下の意見に、ディレルはデスクを叩いた。

 現在の調査では、デーモン種だけでも魔界人は17億いると言われている。

 他の種族を加えれば、一体どれだけの数になるか見当もつかない。

 その巨大な国土に進出できれば、アメリカの経済はどれほど成長するだろうか。

 財界からの後押しも多い反面、相手が『悪魔』ということから、反発している人間は単純な

計算でも相当なものになると思われた。

 過激なキリスト教原理主義者を票田にしてきたつけが回ってきたとも言える。

 

「とにかく、今は日本の支援をしつつ魔界の協力をえられるよう工作すべきでは?」

 

「うまくすればゲートを我が国に転移できるかもしれません」

 

「何しろ、魔界の連中はアレよりも高性能なものを自由に展開できるのですから……」

 

 魔界と地球をつなぐ魔法陣。

 今現在それは魔界から一方的につなげられるている。

 一応日本をはじめ各国では大使館のような扱いになってはいるが――

 地球側に魔法陣を作る技術はないのだ。

 魔界側がその気になればいつでも切断、または好きな場所に展開できる。

 それが地球側の最大の問題でもあった。

 

 ディレルはいったん呼吸を整えて、席に身をもたげる。

 

「とにかく財界の協力を得て、魔界との交流をイメージアップするんだ」

 

 その指示に部下たちは一斉にうなずく。

 

「すでに我が国の車をはじめとするハリウッド映画などが向こうでも売れています」

 

「財界も喜んで賛同するかと」

 

 会話がいったん区切りのつきそうになった時だった。

 

「大統領……悪い報せです。DCにある魔界の『大使館』に原理主義者たちのデモが計画して

いるとのことです」

 

 絶好のタイミングできた最悪の報告に、ディレルは頭を抱えた。

 

「……何としても鎮圧しろ。放っておけば手遅れになる」

 

「あの大使館にいるのはデビルやデーモンが中心です。民衆のデモ程度でどうにかなるような

相手でしょうか?……」

 

 悪魔種の強大な魔力――

 その引き起こす非現実……現実改変能力としか言いようのない力は、出現以降世界中に知ら

れている。

 特にもっとも交流の盛んな日本では震災を受けた地域を半日で完全に復興させ、使用済みの

核燃料などの廃棄物を一瞬で無害な土塊に変容させた。

 この力が牙をむけばどうなるのか、想像することさえ恐ろしかった。

 

「そういう問題ではない。向こうに隙を与えることになるというのがマズいのだ……!」

 

 ディレルはヒステリックに叫んだ後、

 

「奴らは何故あんな悪魔の姿で現れた!? 天使の姿で出てくれば、話はもっと簡単に運んだ

はずだろうに……! それがわからないはずがない!」

 

「あるいは……」

 

 補佐官がゆっくりと口を開く。

 

「その混沌こそが、彼女らの望みなのかもしれませんね……」

 

 

 

 

「…………燃えてるねえ」

 

「…………燃えてる」

 

「アレ何やってんのかなあ?」

 

「多分人間……もしくはそれに近い生き物を襲ってる」

 

「…………」

 

「今向かうのは自殺行為だと思う……」

 

「わかってますって」

 

 遠くで燃え盛る森を見ながら、伊丹とゴルトは会話を交わす。

 

「魔界にも、あんなのがいたりする?」

 

「いる。棲息圏が人家から離れているから、あまり害もないけど」

 

 やがて、ドラゴンが去った後に自衛隊は森の探索を開始する。

 焼け焦げた家屋や、転がる焼死体を見ながら、まだ熱の残る地を調査するのだ。

 

(まさか…………ここに、探している人間がいただろうか?)

 

 ゴルトは焼死体を見ながら、焼死体を念入りに調べていく。

 

(いや……ここに人間が死んだ気配はない。エルフの村という情報に間違いはなし)

 

 調べていた焼死体から立ち上がり、ゴルトは周辺を見た。

 この分では生存者は見つかりそうにない。

 

(いっそ……死体をアンデット化して情報を…………)

 

 魔法を使いかけるも、途中で手を止めるゴルト。

 伊丹からもその上からも、アンデット化の魔法は禁止されている。

 地球の人間にとって、アンデットには強い忌避感があるようだ

 

「めんどくさい……」

 

 そうつぶやいた時、

 

「生存者だ!!」

 

 伊丹の声で、ゴルトは振り返った。そして、急いでその場へ駆けつけていく。

 

「エルフなんだけど……容態わかります?」

 

「私はネクロマンサー。医者じゃない……」

 

 言いながらも、ゴルトは初級レベルの治癒魔法をかけてやる。

 リッチは高レベルの魔術師がアンデット化したモンスター。

 白魔術は専門ではないが、この程度は軽いものだった。

 目を覚ましたエルフの言うことには、

 

「村が炎龍に襲われた――」

 

 とのことである。

 そこまでは良かったのだが、村が全滅したとゴルトが伝えると――

 

「ひっ……!」

 

 短い悲鳴を上げて若いエルフは失神してしまった。

 

「……無神経すぎます!」

 

 黒川という美人の自衛官にたしなめられ、ゴルトは首を下げる。

 

「反省……。エルフにあまり良い感情がないもので……」

 

「魔界にも、エルフっているんですよね? やっぱり排他的だったり?」

 

 倉田なる自衛官が興味深そうに質問。

 

「ここのエルフがどうかは知らないが、魔界ではそう。人間やほかの種族をバカにしてる」

 

「ふーん……」

 

 ともかく偵察隊はアルヌスに帰還することとなった。

 その途中、コダ村という場所を経由したのであるが、

 

「炎龍が出たじゃと!?」

 

 伊丹から話を聞くなり、村は大騒動となった。

 というか村全体が引越しというか避難をする運びになってしまう。

 

「人の味をおぼえた龍は人を狙い続ける……魔界の龍と違って贅沢……」

 

 ゴルトがそんなことを考えながら、ボーッと様子を見ていた。

 そんな中、馬が興奮して暴れ出し、けが人まで出す騒ぎが起こる。

 

「…………殺さなくても、私なら拘束できたのに」

 

 人を踏みそうになった暴れ馬を射殺した自衛官に、ゴルトは小さく意見する。

 

「馬も貴重な財産かと……」

 

「非常事態でしたからね。人名が第一ですよ」

 

「このままだと気の毒……」

 

 けが人を治療した後、ゴルトは死んだ馬に魔法をかけた。

 紫の燐光に包まれて、死んだはずの馬がいななき、立ち上がる。

 

「う、馬をゾンビ化したんですか!?」

 

「人間じゃないから、かまわないはず……」

 

「そうは言いますけどねえ……」

 

「――見たことのない魔法」

 

 声にゴルトが振り返ると水色に近い銀髪の少女が興味深そうにしている。

 

「なにか?」

 

「わたしはレレイ・ラ・レレーナ。魔導を学ぶ者」

 

「私はゴルト。魔導を研究するネクロマンサー」

 

 ゴルトとレレイは名乗り合った後、しばし見つめ合うのだった。

 

 

 

 

 



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炎龍退治

 

 

 

 ゾンビ化した馬は結局、

 

「気味が悪い……」

 

 という持ち主の声で、再びただの骸に戻った。

 しかし、炎龍のために騒然となったコダ村は戻ることなく――

 

「早く早く!」

 

「馬鹿! そんなものおいていけ!」

 

 龍から逃れるべく、コダ村の住人は大急ぎで避難の準備に走る。

 

「……緊急事態なので手伝おう」

 

 自衛隊と異世界のリッチはとりあえずそのように提案してみた。

 

 この後、村を紫の燐光に包まれた骸骨が歩き回ることとなる。

 ゴルトの操るスケルトン……龍牙兵だ。

 さすがに気味悪がった村人たちだが、今は緊急事態。

 それにスケルトンたちは忠実で疲れ知らずに動き回る。

 馬車を押したり、荷物を運んだりと大活躍だ。

 

 おかげで村人はかなり早い時間に村を脱出することができた。

 その中に、魔導師の子弟が一組加わっていたことも付け加えておこう。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 自衛隊やスケルトンの助太刀があったとはいえ、避難民の足は重く、苦しいものだった。

 

 雨のために道はぬかるみ、満足に食事もなく、水もない。

 先々で喧嘩や馬車の故障など、トラブルが絶えなかった。

 そのたびにいちいちゴルトや伊丹を初めとする自衛隊が動く羽目になる。

 

 なまじ翻訳の魔法で言葉が通じるせいで仕事が増えること、増えること。

 もっとも、ゴルトは無表情な灰色の顔を動かしもせずに手助けに動いた。

 元来魔界人……魔物娘は人間に対しては友好的だ。

 よほどのことがない限り、人間を傷つけたり、殺したりするようなことはしない。

 残念ながら、地球においてはそのよほどのことを行う人間が多かったわけだが。

 

 それは別に語ろう。

 

「水や食料の予備は十分にあると思う……使ってほしい……」

 

 と、ゴルトは紫の魔法陣からそれらを取り出して疲れた避難民に振る舞う。

 

「王の財宝の魔法使い版?」

 

 その様子を見る伊丹たちは感心するしかなかった。

 ゴルトの使っている『異空間倉庫』の魔法はさほど難しいものではない。

 とはいえ、リッチのような高クラスモンスターとなれば、その容量は広大だ。

 軽く体育館いっぱいにものを収納できるのである。

 

 しかし、これだけのことをされても、ゴルトの人気は今ひとつだった。

 

 何しろ骸骨を操る気味の悪い魔法に、灰色の髪や肌。死人のごとき無表情。

 同じメンバーにいる黒川や栗林といった女性自衛官の方が早く打ち解けていた。

 ただし、中には彼女に終始べったりしている者をいる。

 

「……なるほど、これが『自動車』を動かすエンジンの理論」

 

「そう、地球における技術の基本となってる……」

 

 レレイは出会った直後からゴルトと話し合い、魔法や自衛隊のことを質問していた。

 

「地球の学問や技術はここまで発展しているとは。しかも魔法は魔界に遠く及ばない」

 

 ゴルトからの話を聞きながら、レレイはその眼をギラギラとさせている。

 地球の技術だけでも凄まじいのに、魔界という広大な世界までも門とつながっている。

 

(これでは帝国に万に一つの勝機もない)

 

 流浪の民としては帝国に義理も恩もないのだが、少々同情を禁じ得ない。

 仮に技術で日本と互角だったところで、魔界の圧倒的な魔導にはまずかなわない。

 リッチであるゴルトの魔法だけを見ても、レレイたちの知る魔法の遥か先を行っている。

 

 そこには大人と子供の以上の絶望的な差があった。

 しかも魔界には不死身に近い肉体強度を誇るドラゴン属、リッチ以上の魔力を持つデーモン

をはじめとした悪魔属がひしめいていると言う。

 

 そしてレレイは感じる。

 日本の学問や魔界の魔導を学べば、自分はさらなる飛躍ができるはずだと。

 彼女がグッと手を握り締めた時だった。

 

 ふとゴルトが顔を上げた。その瞳は今までにない真剣な光が宿っている。

 

「何か来る……。これは……悪魔属?」

 

 ゴルトが獣の頭蓋骨を模した杖を手に空を見上げた――

 

 と。

 

「だーーーーー! もう、しつっこいな~~~~~~~~~~!!」

 

 空の向こうから、甲高い少女の声が聞こえてきたものである。

 

「何だあ!?」

 

 伊丹が手をかざして声の方向を見やる。

 太陽を背にして、翼をはやした何かがまっすぐにこちらへ飛翔してきた。

 青い肌にコウモリのような翼と可愛い尻尾。さらに頭にはこれまた可愛い角。

 

「デーモン……いや、デビル」

 

 伊丹と同じ方向を見たゴルトは首を傾げた。

 自衛隊に同行している魔界人は自分の他にもいる。

 しかし、デビルはいなかったはずだった。

 

(ひょっとして、行方不明にになった中の一人……)

 

 だが、思考もそこまでだった。

 逃げるデビルの後ろから、真っ赤な色をした巨大なものが迫ってきたからだ。

 

「炎龍だ!!」

 

 避難民の間から悲鳴が上がった。

 同時に、ゴルトは杖を握り締めて外を睨む。

 青い空の向こう側から、赤い巨龍が翼を広げて接近してくる。

 そいつがデビルを追っているのは明白だった。

 

「しつこいんだよ、クソトカゲ!!」

 

 デビルは背中の翼を蠢かしながら、毒舌を吐いて手から光弾を放つ。

 それが命中した途端、凄まじい音と閃光が広がり、炎龍の体がぐらりと揺れた。

 煙の中から飛び出した龍の顔半分がひどく焼けただれている。

 しかし、炎龍はますます勢いづいてデビルを狙って、口から炎を吐き出した。

 

「やられた!!」

 

 叫んだのは誰だったのか。

 デビルは火に包まれながら、ゆっくりと地上に落下していく。

 伊丹が応戦の指示を放ったのは、その直後だった。

 デビルを撃墜した炎龍は、そのまま避難民に向かって下降し始める。

 目的は飢えた瞳で明らかだった。

 

「ゴルトちゃん、魔法でどうにかできない!?」

 

 襲い来る怪物に銃の掃射を浴びせながら、伊丹が叫ぶ。

 

「戦闘魔法はあまり得意じゃない……!」

 

 どの魔法を使うか思案しながら、ゴルトは言った。

 

「あのデビルに協力してもらうほうが建設的……」

 

「え。でも、あの子はさっき……」

 

「デビルはあの程度では死なない」

 

 ゴルトの意見に伊丹が驚きの声を漏らした時である。

 

「……よくもやってくれたな!!!」

 

 凄まじい怒声が大気を震わし、紫色の光の柱が天高く昇った。

 光の柱の中央から、巨大な翼をはやした少女が目を怒らせて宙を駆けてくる。

 

「マジかよ……」

 

「マジ」

 

 呆然とする伊丹と、うなずくゴルト。

 

「死ね!!」

 

 空中からの飛び蹴りが炎龍の頬を貫き、その巨体を浮かせた。

 そして、先ほどよりもはるかに大きな光弾がその胴体吹き飛ばす。

 地上の避難民たちは頭を抱えて、逃げ惑うこともできずにうずくまっている。

 

「よし……今だ」

 

 炎龍がデビルにボコボコにされているの見ながら、ゴルトは魔法を完成させていた。

 と、地面から灰色の巨大なものが突き出して、無数の土煙を吹き上げていく。

 出現したもの――それは炎龍と同じくらいのサイズの、骸骨だった。

 

「……ぼ、ボーンゴーレム?」

 

 見上げながらつぶやく伊丹。

 巨大なスケルトンはゆらゆらと炎龍に組みつき、後ろから羽交い絞めにする。

 そして、ずるずると炎龍を遠くへ引き離していくのだった。

 

「はい、どうぞ……」

 

「え。あ……!」

 

 ゴルトに言われた伊丹は、我に返った。

 炎龍が巨大スケルトンから逃れようともがいている。

 そこに、自衛隊のパンツァーファウストがまともに命中したのだった。

 

 当然ながら胸を大きくえぐられ、炎龍はあっけなく絶命する。

 ゴルトの出したスケルトンはその衝撃と吹き飛ばされ、灰になって散っていく。

 不死身と恐れれた怪物がどうと地面に倒れ伏した後。

 

 避難民は何が起こったのかと、ただポカンとして炎龍の死体を見つめるだけだった。

 

 そこへ、デビルが静かに舞い降りてくる。

 炎龍のブレスをまともに浴びたにもかかわらず、火傷一つ負ってはいなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「アタシはデビルの、リリス。何か知らないけど、ちょっと前から迷い込んじゃってさ」

 

 デビルはそう言いながら、翼を閉じたり広げたりしていた。

 炎龍を倒した後、避難民は恐怖とも畏敬ともつかない顔で、自衛隊やデビルを見ている。

 自衛隊は炎龍を倒すという偉業を成し遂げ、リリスは炎龍と戦って、その上に炎を浴びても

ピンピンしている。

 恐怖を通り越して信仰の対象になってもおかしくなかった。

 

 まあ、デビルは逆の意味で信仰の対象になりそうな存在ではあるのだが。

 

 ともかく、炎龍がいなくなったということは避難の必要がなくなったということだ。

 村に戻れるという事実に気づいても、村人たちはまだポカンとしていたが。

 あまりにも信じがたい出来事が続いたために、感情がついてこないのである。

 

 そのへんは自衛隊も似たようなものだったけれど。

 

「これは……持って帰ったほうがよい?」

 

 龍の死体を調べながら、ゴルトは伊丹と話し合っている。

 その背後にはレレイが目を皿のようにしながら異邦人たちのやり取りを聞いていた。

 巨大な骸骨を召喚した魔法。龍のブレスを浴びて平気な亜人。龍殺しの戦士たち。

 どれもこれもぶっ飛んだことばかり。

 これをみすみす逃して村に戻る気になどなれはしなかった。

 いよいよもって彼らと交流を広げ、見聞を広めねばなるまい。

 彼女はそうかたく心に誓っていた。

 

 エルフの少女は、龍の死体を呆然と見つめて動かない。

 故郷を滅ぼした敵のあっさりとした死。

 それが壊れかけた彼女の心を、どうしようもなくかき乱し、同時に凍らせていた。

 

 ゴルトは視線に気づいて振り返り、エルフの少女に言う。

 

「あなたの仇は、私たちが殺した」

 

 冷淡とさえ言える口調に、エルフの少女は曖昧にうなずくだけだった。

 

 と、ここで。現場にはさらなる闖入者が登場する。

 

「まさか……炎龍を殺すなんて……」

 

 驚愕に目を見開いているのは、漆黒のハルバートを持った黒いゴスロリ少女。

 

「神官様だ!」

 

 子供の叫び声と共に、ゴスロリ少女に村人たちが群がっていく。

 

「宗教関係者……?」

 

「暗黒の神・エムロイの使徒。ロゥリゥ・マーキュリー」

 

 ゴルトの問いに、レレイが答えた。

 

「はじめましてぇ。あなたたち、何者かしらぁ?」

 

「自衛隊とその協力者」

 

 ゴルトが率先して答える。

 

「アタシは違うよ? ただの迷子」

 

「じえいたい?」

 

「今帝国が戦っている相手と言えばわかる……?」

 

「へ~~~……。じゃあ、門の中から来たのぉ?」

 

 ニコニコしながらも、その眼はまるで笑っていない。

 探るような、刺すような視線でゴルトやリリスを見ている。

 

「何だよ、アタシたちに何かよう?」

 

 視線に気づいたリリスは挑発するように鼻を鳴らす。

 

「お仲間……というわけじゃ~なさそうねぇ? それと、あなた――」

 

 と、ロゥリィはゴルトを見やり、

 

「あなた、生きているのかしら、死んでるのかしら?」

 

「一応は生きていると言える……。普通の人間とは生死の概念が違うかもしれないけど……」

 

 尋ねられたゴルトは、一応の返事をするのだった。

 

 

 

 



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※(仕切り直し) その1、日本と魔界と世界と

仕切り直しになりますが、大筋はそんなに変わりません

魔物娘万歳もの。


 

 

 

 雲の少ない快晴の休日だった。

 東京秋葉原の上空に、それは忽然と現れた。

 赤く輝く無数の文字や数字らしきもので構成された円形の巨大発光体。

 もっとわかりやすく語ると、赤い魔法陣が出現したのである。

 ちなみにファンタジーで定番といってもいい魔法陣は日本独特のものだそうだ。

 遡ると水木しげる御大が『悪魔くん』の中で登場させたのが最初で、そもそもオリジナルと

言うべき魔法円は呼び出した悪魔から身を守るためのものらしい。

 

 それはさておき。

 

 赤い巨大な魔法陣から真っ黒な船が出現した。

 凄まじく巨大な船体である。

 それはちょうど空母のような形状をしていたが、サイズが尋常ではなかった。

 地上の人間にはそれが船であると認識できなかったほどだ。

 空に浮かんでいるわけだから、船だとは思わないのは普通かもしれない。

 後で明らかになることだが、その船の全長は2630メートル。幅は390メートル。

 化け物のようなサイズだった。

 

 さらに。

 

 空飛び空母周辺には、無数の空飛ぶ者が群れて飛び交っていた。

 その飛行する者は黒や赤など色とりどりの翼を羽ばたかせ、頭には角があった。

 この角もまた、各自で個性があったようである。

 コウモリのような翼に、角。尻尾。

 

 悪魔。

 

 まさにイメージ通りの悪魔そのものの姿をしていた。

 唯一違うのは、そいつらが全員美しい女性であったことだろう。

 日本のオタク文化的に言うなれば、悪魔っ娘である。

 巨乳爆乳の熟女から、色んな団体から抗議の来そうなロリタイプからまで千差万別。

 そんな非現実的なモノが無数にアキバ上空に出現したのだからたまらない。

 人々は呆然としてその闖入者を見上げるだけだった。

 中には半ば無意識に画像映像を取り、ネットにあげる者も。

 白昼堂々の出現だから当然目につき、たちまち警察の出動となった。

 出動した警官たちもひどく困ったことだろうが。

 

 情報はあっと言う間に拡散し、日本中、世界中がこの船に注目した。

 やがて空飛ぶ悪魔娘が地上に降り始め、積極的にコンタクトを取り始める。

 悪魔娘たち、実に流暢に日本語を話すことができたのだった。

 いや、日本語ばかりでなく、英語から中国など様々な言語をネイティブばりに話した。

 やがて、日本政府はこの闖入者たちとの対話の結果、次のような答えを得る。

 

「私たちは魔界から友好を求めてきました」

 

 代表として人間たちの前に立った銀髪の悪魔娘は嫣然して言った。

 彼女たちは異世界――魔界から来た、魔族であり地球の住む人間と交流するべく使者として

やってきたと語る。

 

 銀髪の魔物娘は、アルフォンヌ。

 魔界の第四十七王女、魔王の娘リリムの一人と名乗る。

 

「まずは現状で唯一ゲートを開くことのできる土地、この国と友好を得たい」

 

 そう言って、アルフォンヌは山のような贈り物を日本の贈呈した。

 黄金の魔物娘像。銀製の食器類。まっ黒な美しいドレス。輝く宝石の数々。

 一つとってもひと財産になりそうなものばかりであった。

 

 この宇宙人ならぬ異世界人の来訪に、世界中は沸き立った。

 

「私たちは日本人と魔族が隣人同士、いえ、夫婦として仲睦まじく暮らせることを願います」

 

 記者会見の席でアルフォンヌはそう宣言した。

 それがすなわち、魔王――魔界の意思であると。

 

 超親日路線で迫ってくる魔界に対して、日本政府は困ってしまった。

 いくら美女ばかりで友好的とはいえ、相手は得体の知れない存在である。

 また彼女らの存在自体が大きな波紋を呼んでいた。

 

 魔族、すなわち悪魔。

 

 

 科学者は、

 

「あくまで空想上の悪魔に酷似した姿」

 

 という意見を出しているが、彼女ら自身が魔族だと言っている。

 

 アメリカではキリスト教原理主義者が反魔族を叫んで、デモを起こした。

 銃弾が飛び交い、死傷者すら出した物騒なデモである。

 

 これに対して魔界側はすぐに会見を開き、

 

「アメリカとは付き合わない。それでいいでしょ」

 

 というような意味のことを言った。

 魔界としては下手に刺激するのではなく、様子見の意味でそう言ったらしい。

 

 しかし、困ったのはアメリカ政府。

 ある意味宇宙人とも言える存在から拒否されたのだ。

 魔法と言う未知のテクノロジー? を持つ魔界との付き合いができない。

 それは交流を持つ他国に遅れを取るということである。

 現に、この時中国やロシアが競って魔界と交渉を開始していた。

 魔界側もそれは望むところだったらしく、それに応じている。

 アメリカ政府は大統領が長時間の情熱的演説をぶつことで、どうにか反魔族の声を抑えて、

魔界との交渉を開始した。

 しかし、日本のような堂々したものではなく、あくまで水面下でのものだった。

 

 さて、何故魔族が最初に日本を訪れたのか。

 

 それは彼女らの言葉通り、魔界と地球をつなぐゲートが日本にしかつながらなかったから。

 これは魔界にとっても早急に解決すべき問題であり、すぐに魔王軍・魔術部隊たるサバトや

魔法に長けたリッチ、ダークメイジを招集して研究に着手した。

 魔術師たちはこぞって、

 

「魔界からの研究では限界があります。ともかく現地で研究しないと」

 

 という意見を出し、魔王もそれにうなずいた。

 

 

 だが……ここで大きな問題が発生。

 

 魔術にもっとも長けたサバトの構成員。

 バフォメット、魔女。

 彼女らはみんな少女の姿をしている。

 しかも、日本行きに志願をするのは、夫を求める者ばかり。

 これはまずかった。

 バフォメットはまだいい、

 山羊の角、獣毛を持つその姿は少女とはいえ、人間ではないことをアピールできる。

 それでも彼女が成体であることを人間側に納得させるには骨が折れたらしい。

 というより、現状では納得させられていない。

 だが、それ以上に問題なのは見た目は完全に人間の少女としか見えない魔女たちだ。

 彼女たちをホイホイ入国させれば、たちまち男性とそういう関係になる。

 それは最初にやって来た魔族――サキュバスたちで十分に証明されていた。

 悪魔娘という外見のサキュバスは成人女性然とした姿の者も多い。

 その角、翼、尻尾でバフォメット同様人間ではないと主張できる。

 しかし、魔女はそうはいかないのだ。

 いくら本人が望もうが、未成年……のようにしか見えない彼女らと恋人関係になることは、

法律上許されない。

 これには日本政府だけではなく、他の国々も大いに困った。

 秘密裏に入国させて秘密裏に研究という意見もあったが、もしもバレた時にどういう炎上が

起こるか分かったものではなかった。

 

 大体バフォメットやロリタイプのサキュバスもまずいといえばまずいのだ。

 散々議論はされたが、余計な問題の発生を恐れた日本政府の意見もあって、サバトの入国は

無しとされた。

 その代わり、リッチやダークメイジに頑張ってもらうということになったのだ。

 

 だが、引きこもり体質の多いリッチや自分本位の多いダークメイジでは圧倒的に研究機関の

統制が取れない。

 おかげで遅々として研究は進まないのだった。

 

 しかし。それが次なる問題を起こした。

 アメリカや日本が手をこまねいている間、中露など他の国が魔界との交渉を進め、自国内に

魔界とのゲートをつなげる研究を開始したのである。

 

 ここで大きな結果を出したのだが、中国だった。

 魔界と巨大なゲートを地上に開くことに成功したのである。

 場所は魔界の中では、『霧の大陸』と呼ばれる地域だった。

 そこは中華文明とよく似た文化のある場所で、何をとち狂った中国は、

 

「うちに似ているということは、昔うちの領土だったに違いないアル」

 

 という主張をして、ゲートから軍を侵攻させたのだった。

 だが、この無茶苦茶な行動の結果はというと――

 

 まず結論として侵攻した軍は誰一人国に帰れなかった。

 

 近代火器で武装した軍は、何の役にも立たなかったのである。

 正確には、その武器が。

 

 まず戦闘機や戦車の電子機器は魔界に入ってすぐに全滅した。

 続いて火器も使用不能になり、あわてて戻ろうとしたもののゲートは閉じられてしまう。

 そして、二度と開くことはなかった。

 

 中国はあわてて、

 

「我が国から拉致した人間を返すアル。謝罪と賠償を要求するアル」

 

 と魔界に要求するが、その後交渉の窓口が開くことはなかった。

 中国内のダークメイジや魔女たちも全員魔界に帰ってしまう。

 

 その後、中国の暗部情報が世界中に拡散し、世の中を震撼させる。

 この騒ぎの背景には、情報操作を得意とするラタトスクたちの暗躍があったらしい。

 

 大小の差はあるもののあちこちで似たような問題が起こり出した。

 

 ロシアでは地理的に相性が良いのか、氷の女王率いる氷の精霊グラキエスたちと交渉を重ね

ついには彼女らの住まう雪山の採掘権を得る。

 そこには数々の地下資源が眠っていることがわかったのだ。

 

 が、採掘作業に訪れた者たちはみんなグラキエスたちにさらわれ、採掘は全く進まない。

 それは別に妨害をしようというより、人間を求める精霊たちの本能が働いたに過ぎない。

 人員を送り込んでも送り込んでもみんな帰ってこない。

 ロシアはこのことを大々的に魔界側へ抗議したものの、

 

「別に悪いことしてないでしょ」

 

 という返事。

 

 結局氷の精霊たちの交渉を打ち切り、他の勢力との交渉に切り替えるしかなかった。

 だが、問題は終わらない。

 『研究』のために魔界から連れ帰った大量のグラキエスたちが逃げ出したのだ。

 というよりも、元々人間に拘束できる存在ではなかった。

 逃げ出したグラキエスたちは人間を捕まえて夫とし、雪山や森林に隠れ潜む。

 やがて小型のグラキエスたちが大量にロシア国内に目撃されるようになるのだった。

 

 これがロシアを悩ませる問題となっていく。

 

 

 また中東のある国では、戦争によって難民となった者たちが大勢魔界に流れ込んだ。

 そこで彼らを待っていたのは大いなるカルチャーショック。

 まず若い男性は、気の荒いオーガやアマゾネスなどに連れ去られ、強引に夫にされる。

 それは少年と言える年齢の子供も同じだった。

 

 次に少女や若い女性は、サバトの勧誘を受けてイスラムの教えを捨てていく。

 さらに残った者たちにもダークプリーストによる堕落神の勧誘が襲い掛かった。

 結局難民たちは一か月もしないうちにほとんどバラバラになってしまう。

 

 このため魔界に行くと無理やり改宗させられるというデマが中東で広がってしまった。

 

 

 そして、話は戻って日本である。

 

 この来訪者をどのように付き合っていくかで国会は揉めた。

 ちなみに使者の来訪当初の政府は、

 

「国際的なつながりを強める」

 

 という声のもと、魔界の情報を中国など引き渡していたことが明らかになり、解散した。

 この時の総理は、ネットでは、

 

「ポン引き総理」

 

 と揶揄され、ひどく面目・立場を失うことになる。

 それでもその後度々特定アジアに出向いて、

 

「日本は謝罪するべき」

 

 というような講演をして、現地で好評を得たとか。

 

 とはいえ、及び腰な外交がかえって功を奏したというべきか。

 

 何とかお互いに納得のいく形で交流が進んでいったのだった。

 だが、傍目から見れば魔界の魔法と言うオーバーテクノロジーにより、ほぼ一方的に日本が

助けられることになってしまう。

 震災などの復興にはドワーフなどをはじめとする魔界のボランティアが集い、瞬く間に被害

地域を以前の姿にしてしまった。

 放射能も、あっさりと除染され、さらには魔法を応用した安全かつ、高効率の原子力発電が

開発されてしまう。

 これには実用化に相応の年月と費用が掛かると予想された。

 

 が、これも魔界のチートにより解決。

 しかも新型原発の建設費用は全て魔界によって出された。

 どっからそんな金が出るのや、という疑問も出よう。

 しかし、いったん人間世界に進出し、その構造やルールを知った魔族にとって金儲けなどは

ソシャゲのログインボーナスを得るようなものだった。

 

 あらゆるとろこに触手を伸ばし、金を吸い上げる。

 しかして、それを様々な場所に放出するのだ。

 魔族に自分たちがため込むという発想はない。

 そもそも、そういう行為を行う魔族は――サキュバスをはじめとする高魔力を持つ上級悪魔。

 彼女らにとっては日本円だろうがアメリカドルだろうが、所詮使い捨ての道具にすぎない。

 だから気前よくいくらでも金を出すのだ。

 

 他にもドワーフのようにその技術で金を儲ける者。

 コボルトのように魔界に所有する鉱床の開発によって儲ける者。

 刑部狸のように純粋に商売で儲ける者と、色々いたりした。

 だが基本的に人間世界の金は、あくまで便利な道具。

 それは人間たちとの交流をスムーズにするのに使われる。

 魔族たちの好意も手伝い、人間社会との関係はけっこう良いものになっていった。

 

 やがては、魔界から人間世界にホームステイにやってくる魔族が増え始める。

 また人間の学校に留学してくる者も。

 最初は大学ばかりだったが、だんだん高校や中学、小学校にも留学生を送る計画が出る。

 このへんについては、基本美女しかいない魔族との交流を風紀の乱れ、不純異性交遊などの

危険性を叫ぶ団体もあったが。

 

 基本魔族の観光や留学は歓迎された。

 魔族の中核をなす悪魔属たちは、人間世界で言えばエリートのご令嬢。

 観光地で暴れるようなことはしなかったし、金払いも良い。

 また留学生たちは日本での一人住まいのため、冷蔵庫やテレビなど家電を購入する。

 商売人たちにとっては美味しいお客様なのだった。

 かくして。ほんの数年間で、魔族こと魔物娘たちは人間世界――

 いや、日本において日常の一部となってしまったのである。

 

 そんなある年、東京・銀座周辺で奇妙な失踪事件が多発するのだった。

 

 

 

 

 



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その2、銀座事件の前に――

 

 

 

 

       1

 

 

 

 はてな、という気持ちで老人は目を覚ました。

 

 今まで妙な夢を見続けたようなが気がする。

 それはひどく曖昧でぼんやりしている時もあれば、まるで現実のような時もあった。

 

 目覚めた後、自分の現状を見て驚く。

 

 そこは自分が暮らしていたはずのアパートではなく、真っ白な部屋だった。

 ようく観察するとどこかの病院であるらしい。

 何か事故にあうか急病にでもなって、運び込まれたのだろうか。

 

 そう思っていると、部屋のドアが開いて看護師らしき人物が入ってきた。

 美しい女性看護師だったが、老人は彼女を見るなりギョッとした。

 

 抜けるような白い肌と、金の瞳。そこはまだ良いとして。

 ありえないような髪の色と頭に羊のような角をはやし、腰には黒いコウモリに似た翼。

 まるで悪魔の仮装みたいな姿をしているのだった。

 

 しかし、何かの仮装にしては生々しい、冗談かテレビの撮影だろうか。

 そう老人が思っていると、女性のお尻から黒いハート型の先端が見える尻尾が。

 

「一体どういう冗談なのだ」

 

 たまりかねて老人が言うと、

 あら、と看護師は首をかしげて、金の瞳で老人を見つめる。

 

「どうやらすっかり良くなられたようですね」

 

 看護師は嬉しそうに言うと、ナースコールで人を呼んだ。

 

 すぐに医師らしき男と、同じく医師らしき女が駆けつけてくる。

 しかし、この女というのが曲者だった。

 

 見た目は女というより、少女と言うべき年齢に見える。

 妙にニコニコして、愛想が良く、笑顔が可愛らしい。

 だが、その肌は灰色に近く、まるで死人のようだ。

 何よりも瞳が銀色なのが薄気味悪く感じる。

 

 一方、男の方は凡庸などこにでもいそうな若い医者。

 

 二人は交互に老人に質問を重ね、それにこたえるたび満足そうにうなずくのだった。

 

「わたしはシルバ。ずっと前からお会いしてましたが、あなたに認識できるようになったのは

ついさっきのようですねえ。いやはや」

 

 少女は名乗りながら、クスクスと笑った。

 

「ここはどこだ。君たちは医者のようだがどうもおかしい。ちゃんとした病院なのか?」

 

 老人が訪ねると、男の医師は思案顔になる。

 

「こうして病状も回復されましたし、隠すのはかえってよくないですね。うん」

 

 それに対してシルバは急かすようにそんなことを言う。

 この態度に老人は少し怖くなったが、何とか気力を保つ。

 考えてみれば、財産もなくこの年まで独身のわびしい暮らし。

 先も長くないし、失うもののないとなればあまりビクビクするのも馬鹿らしい。

 

「変に気を持たされるのも面白くない。話してください」

 

「ここはどこかとおっしゃいましたねえ。実際にご覧になるほうが良いでしょう」

 

 そう言って、シルバは指を振った。

 すると部屋の壁が展開して、外部が明らかになり始める。

 ガラスのような透明の壁越しからは、見たこともない都市が。

 どこかの都会、いや環境の良い地方都市だろうか。

 高いビルも多くなくって、自然環境も豊かなようだ。

 そして、上には青い空が――

 

 老人は視線を上げていくうちに、おかしなことに気づく。

 空の向こうが、薄暗くなっている。

 いや、ようく見るとこの都市自体が見えない膜のようなものに覆われているようだ。

 

「なんだ、ここは。SF映画にでも紛れ込んだようだが……」

 

 老人がつぶやいていると、街の空を何かが飛んでいく。

 鳥にしてはやけに大きい。

 いや、鳥ではなかった。

 それはコウモリのような翼をはやした美しい女性。

 

 さらに見続けていると、ギリシャ神話のハーピーのような女も飛んでいく。

 街を見下ろすと、街には腰から下が大蛇の女や、ケンタウロスのような女も。

 まるでハロウィンみたいな光景なのだが、どうも皆本物らしい。

 そういえば、一番最初に合った看護師も……。

 

「何なのだ、私は怪物の街にでもさらわれたのか?」

 

「落ちついてください。覚えていないでしょうが、あなたは重度の認知症だったのです」

 

 男の医師が静かな声で言った。

 

「そうだったのか。そういえば記憶のハッキリしないことが度々あったような……」

 

「そこで入院されていたのですが、その時にある医薬の被験者に選ばれたのです」

 

「認知症の特効薬のね」

 

 医師の言葉をシルバがつなぐ。

 

「ううむ。するとその薬がきいたのだな? 医学の進歩はすごい。もう治ったのか?」

 

 医学の進歩――老人の言葉に、医師の顔は微妙なものになった。

 

「詳しい検査をしてみないと断言はできませんけど、希望は持てるでしょう。嬉しいでしょ」

 

 そうシルバに言われるが、老人の疑問はまだ消えない。

 

「そこはわかったが、ここはどこだ。あの奇妙な連中は何なのだ」

 

「奇妙……。まあ、あなたから見ればそうでしょーねえ。でも、ここじゃああいう魔物娘って

いうのはフツーというか一般人?」

 

魔物娘(モンスターガール)だって。それじゃあ彼女たちは怪物のようだが……」

 

「まあ、だからそうです」

 

 言いにくそうに医師は言う。

 

「何だって、じゃあ……」

 

「ここは魔界。魔物たちの住む世界。あなたやこちらの医師はお客様」

 

 そう言ってシルバはクスクスと笑う。

 

「本当にそうなのです」

 

 医師が真面目な口調で、魔界と人間世界に通路が開いた事件について語り出した。

 今では魔物の存在は全世界共通の一般常識になっているらしい。

 

「私が知らない間にそんな事が……。しかし、私はどうして魔界に――」

 

「それは人間世界では研究の難しい新薬の開発のためですよ。人間の医学では認知症の特効薬

というものはまだ作れない。ですが魔界の技術なら……」

 

「魔族の治癒魔法や錬金術を応用すれば、できるんですよね。でも、そういう研究が行われる

のを嫌う人は多い。わかります?」

 

 シルバの言葉に、老人はうなずく。

 

「まあ、わかるよ」

 

 法律で人工中絶を違法化しようと話もあったりする世の中だから、魔法だの錬金術はさぞや

そういう宗教家たちを怒らせるだろう。

 悪魔の業だといって暴動が起きるかもしれない。

 

「そこなんですよー。でも、実際に薬ができればみんな嬉しいでしょ。だから、密かに魔界で

研究開発をしてるんですよ。他にも癌とか水虫とか色々ね」

 

「しかし、私は今後どうなるんだろう」

 

「できれば今後も研究にご協力願います」

 

 医師が頭を下げる。真面目ぶった態度だ。

 

「ちゃんと報酬もお支払いするし、ご要望もできるだけかなうようにしますよ。さしあたって

何かありますー?」

 

「もう年だし、これといって欲しいものもないが、上等のシャンパンが飲んでみたい。何しろ

貧乏だったからな」

 

「わかりました。今晩にでもご用意しますね」

 

「本当にかなえてもらえるのかい。そいつは嬉しいね……それにしても」

 

 老人はシルバの顔を見ながら首をかしげる。

 

「もしも失礼だったが謝罪するけど、君ものその、魔物なのかい」

 

「ええ。リッチのシルバ」

 

「よくわからんが、ゾンビのようなものか」

 

「アンデットの上位種族。魔法が得意です」

 

「ふーむ。そう言われると確かに顔色は良くないが」

 

「わたしはこれで健康体なんです。力もけっこう強いですよ」

 

 そう言って握手をしてくるシルバの握力は、確かにかなりのものだった。

 軽く握られているのに、その強さが腕から体全体に響いてくるようだ。

 

「しかし、私は別にいいんだが、薬がちゃんとできたとしてもそれを堂々と売り出せるのか。

魔法がからんだ薬だから嫌がる人間も……」

 

「そのへんは上の方が考えることで、私たちが考えることじゃあないですな」

 

 医師は苦笑して、

 

「まあ、そのへんは隠して売るんじゃあないですか」

 

「本当ならもっと早く開発できるはずだったんだけど、成分を濃くすると余計な副作用も出る

かもって心配されたりして。大変だったですよ」

 

 シルバはそう言ってやれやれとため息をつく仕草。

 顔色は良くないが、ユーモラスで愛らしいの少女だった。

 

「ところで君はいくつなんだい。いや、見る限り子供のように……」

 

「私? 423歳ですよ」

 

 老人の質問にシルバはぶっ飛んだ回答をする。

 実年齢。それとも享年とするべきだろうか。

 

 とにかく――

 

 いつの間にか訪れた幸運のおかげで老人はゆったりとした余生を送れることになった。

 病状が回復し、一人暮らしが可能になった後は研究所が家を用意してくれた。

 そこで少年時代を思い出して犬を飼い始める。

 魔界の街並みはきれいで住み心地よく、水も空気も格別だった。

 街を歩いているのはみんな魔物娘ばかりだが、慣れるとどうと言うことはない。

 昼間は犬の散歩をし、夜はシャンパンをお供に古い映画やドラマを楽しむ。

 ここではそういうサービスも充実していて、本も注文すればすぐ届けてくれる。

 

「まったくいいところにきたものだ」

 

 つくづくそう思う老人だが、故郷であるはずの地球のニュースは物騒なものが多い。

 魔物娘の排斥を叫ぶ評論家やデモがテレビで繰り返し流され、人類は結束して魔物を倒せと

主張する国家。魔物娘へのテロ行為など、ひどいものが後を絶たない。

 何をしても勝手だが、静かな老後を壊さないでほしいものだと、老人は願うばかりだ。

 

 

 

 

 

       2

 

 

 

「全くどうしたものだろうか……」

 

 日曜日の穏やかな午後。天気は上々。

 しかし、父親の顔は苦虫を噛み潰したかのようだった。

 

 彼はごく平凡なサラリーマン。

 すでに中年と呼ばれる時間もすぎ、そろそろ老後について考える年齢だ。

 だが、安定した老後と言うものは、現状では難しい。

 

 それは世の中が不景気だとか、そういったものではなくもっと身近な問題。

 父親は濁った眼差しで二階を見上げる。

 そこにはしばらく姿を見せていない息子がいるはずだ。

 今ドアを開けてみれば、息子の姿はどこにもなくて――

 そんな想像をしてから父親は煙草に火をつける。

 

 息子はいわゆる引きこもりというやつだった。

 特に厳しくも甘くも育てなかったつもり。だが、何が災いしたのか学生の頃に引きこもりと

なってしまい、現在に至る。

 特に暴力や浪費をするわけではないが、人間ただ生きているだけで何かと金がかかる。

 

 子どものうちはいいだろうが、大人になってしまった現在経済的にも精神的にも大いに負担

となっている。これでは親戚にもまともに会わせられない。

 心療内科でカウンセリングを受けさせたり、薬をもらったりしても改善なし。

 いたずらに金を持っていかれるばかりで、今では馬鹿らしくなっていた。

 

 世間では、異世界人とか宇宙人とかの交流でやかましいが、父親にとってはどうだって良い

話。やたらに流れるニュースでイライラすることすらある。

 

(誰かあいつを遠くにやってくれないだろうか……)

 

 ついついそんな投げやりな思考が浮かんできた。

 玄関のチャイムが鳴ったのはそんな時だ。

 

 億劫な気分でドアを開けると、外にはものすごい美人が立っていた。

 ただし、ピンク色の変な髪の毛に、紫の瞳。牛のような角。鉤のある尻尾。

 来ているものは品の良いレディース物のスーツだが、その姿は女悪魔。

 どうやら、巷で噂の異世界人とかいうやつらしい。

 

 しかし、何故ここに?

 

 そんな父親の心を読んだかのように、女悪魔は微笑んだ。

 

「お邪魔いたします。わたくし、こういうものです」

 

 良い香りがしみた名刺には、何とかカウンセラーというもっともらしい肩書。

 要するに引きこもりのような社会参加のできない人間を支援する組織であり職種……らしい

いうことはわかった。

 

「折角だが、うちにはあまり金がなくてね。借金も嫌だし」

 

「いえ。お金は一銭もいただきません。全てボランティアですわ。何らかの出費が必要になる

場合、全てこちらが負担いたします」

 

「それはありがたいが、何だか虫が良すぎる気もしますな」

 

 父親は警戒する。一緒に並ぶ母親も不安そうな顔だった。

 

「ごもっとも。何でしたら誓約書や会話の録音・録画なども同意いたしますよ」

 

 不審の視線を向ける父親に女悪魔は笑顔のままだ。

 そこまで断言するのなら、と思っているうちに、父親は女悪魔の話に引き込まれていく。

 

 気が付けば息子のことをアレコレしゃべってしまっていた。

 

「なるほど。わかりました。それでは息子さんと少しお話をさせていただいても?」

 

「こっちはかまわないが、あっちがどうするか……」

 

「ご安心を。わたくし、プロでございますから」

 

 女悪魔はすぐに息子の引きこもる部屋に向かい、ドアをノックする。

 しかし、反応はない。

 

「あらあら」

 

 女悪魔は無反応に、ドアにちょっと耳を当てていたが、すぐにうなずく。

 

「失礼いたします」

 

 言うなり、女悪魔の体はドアにめり込み、そのままドアの向こうに消えていく。

 父親は当然驚いたが、息子はもっと驚いたらしく悲鳴が聞こえてきた。

 母親はあわててドアに飛びつくが、鍵はかかったままだ。

 

 しばらくドタバタとやかましかったが、それはやがて静かな会話となる。

 時間は30分くらいだろうか。普通にドアが開き、女悪魔が出てきた。

 

「色々お話ができました。今度はご両親も一緒にお話を――」

 

 そういうわけで今で話をすることになった。

 

「当方では息子さんのような方を支援するための施設も用意しております。環境も良いところ

ですから、しばらくはそこで社会復帰の練習をされてはどうでしょう」

 

 と、パンプレットを取り出しながら、言葉巧みに話をする女悪魔。

 

 それに乗せられて、両親も息子本人もすっかり乗り気となり、次の日曜日は施設へと見学に

向かうこととなった。

 家からは遠い街にあったが、誰も気にしなかった。

 そこへ行くための車も向こうで用意してくれ、両親はただ運ばれるだけで良かった。

 その上途中で飲み物や弁当まで提供されるというサービスぶり。

 

 案内された施設も田舎町にあるということ以外は文句なしの優れものだった。

 あれよあれよという間に手続きは進み、引きこもり息子は施設に入ってしまう。

 

 一か月後。

 

 厄介者を処理した開放感が若干の不安になり出した頃、息子から父親の口座に振込が。

 それは安サラリーマンの給料一か月分……その半分といった程度の金額。

 どうやら施設で簡単な就労についており、施設では生活費がいらないから、という理由。

 

 そして瞬く間に一年。

 魔物娘関連の問題で世間が色々議論し合っている頃、息子があの魔物娘と一緒に帰省した。

 見ると二人は完全に恋人同士という雰囲気。

 

「この人と結婚するよ。もう決めたから」

 

 と、息子は断言して、母親を混乱させた。

 

「い、いくら何でも人間じゃないひとと結婚なんて……」

 

 そう母親は言っていたし、父親も抵抗がないわけではない。

 しかし女悪魔が真剣に息子を愛しているらしいことは感じ取れたし、女との付き合いが全然

なかったこいつがこんな美人で結婚できるのなら、悪くはない。

 多少の悶着はあったが、結局は結婚を許してしまった。

 

 その後も息子からの仕送りは続き、安定している様子。まあ肩の荷はおりた。

 孫の顔が見れるのか不安なところもあるが、あまり贅沢は言えまい。

 

 後で父親は勉強したところによると―― 

 嫁となった女悪魔はサキュバスという魔界でも中核をしめる種族だとか。

 上級悪魔と言うだけあってその魔力のなせる業か懐も温かいらしい。

 おかげで色々プレゼントをもらって良い思いができる。

 

 だが、良いことばかりではなく、息子の嫁が魔族だとわかるとおかしなことも起こった。

 それは心霊現象とかそんなものではなく、同じ人間による嫌がらせだ。

 変な中傷ビラを家に貼り付けられたり、わけのわからない宗教家がやってきたり。

 うんざりした夫婦は、息子夫婦の勧めに従って引っ越しをしようかとも考え出した。

 

 さらに嫁の伝手で、新しい職場も紹介してくれるようなので転職も。

 

 いっそ魔界に新しく作られる人間と魔族の住む街に行くのも悪くないかもしれない。

 魔界や魔族に関してはテレビや新聞で色々言われているが、少なくとも自分たちは何の害も

受けてはいないのだ。

 それどころか、嫁の力がなければ自分たちも息子もこの先どうなっていたことか。

 しかし、世の中は父親のように思う人間ばかりではないらしく、息子が魔物娘と付き合うと

知ると怒り狂って殺そうしたりする母親や、平等とか人権とか声高く叫ぶわりに魔物娘を排斥

しようとする活動家など。変な人間は数多い。

 

「人権っていうのは、人間の権利でしょう。魔物にはありませんよ!」

 

 そんなことを叫ぶ人間がテレビで脚光を浴びているのだ。

 

 

 

 

 

       3

 

 

 

 薄暗い空の下、魔界の中心部で威容を放つ巨大な城。

 その内部で、何度目になるかわからない会議が行わなれていた。

 円卓の集まった魔界の実力者、ジパングや霧の大陸の代表。

 場をまとめる魔王は発言を控え、静かに会議の進行を観察している。

 

「……以上のことから、日本の魔界化は難しいものと思われます」

 

「向こうの人間たちはこの世界の人間とは、生物学的にも似て非なる存在です」

 

「もちろん交配が可能な範囲内の差ですが、やはり違うものは違います」

 

「神の手ではなく、自然発生的に生まれた存在ゆえでしょうか」

 

「そのため、魔物の彼らに対する殺意や暴力への忌避感は絶対なモノではありません」

 

「一歩間違えれば悲劇につながる可能性も高いため、そのための対策が必要でしょう」

 

「治療薬や健康食品の開発に伴い、人間の魔物化も研究中ですが、やはりこちらの世界の人間

と比べると遅く、常に一定量の魔力を注入せねばなりません」

 

「中には相性の良いタイプも存在しますが、10年20年越しで考えねばならないようで」

 

「しかし、とにかく今は最も行き来のしやすい日本を取り込むことを最重視しましょう」

 

「……ところで最近、東京の一部で奇妙な魔力の波動が確認されています」

 

「魔界と地球をつなぐ魔法陣と酷似した波動だとのこと。すぐにでも調査を行うべきかと……」

 

 

 

 

 



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その3、特地

 

 

 

 

       1

 

 

 ゴルトは無言で、計測器を片手に銀座の街を歩いていた。

 

 道行く人々は皆彼女を振り返り、怪訝そうに顔をしかめる。

 彼女の恰好は、彼女がアンデットの魔物娘であることを差し引いても良く目立った。

 灰色の肌に、銀色の髪の毛。そして黄金の瞳。

 アンデットの上級クラス・リッチである彼女は本来引きこもり体質であり、こういった都会

に出てくることはほとんどない。

 

 今回もできれば遠慮したかったのだが、魔王とサバトからの依頼とあっては断れなかった。

 

(…………やはり、異なる空間同士をつなぐ魔力の波動がある)

 

 計測器の表示される数値に、ゴルトは眉を曇らせた。

 何者かが、おそらくは異なる次元の何者かが銀座と何処かを繋ごうとしている。

 しかし、詳細がわからない。

 まるで地底の暗闇のように、見えにくい力。

 しかし、見えにくい=弱いではない。

 明瞭な力があること自体は、嫌でもわかった。

 それはアンデットであるゴルトと、何か通じるものがあるような。

 

(不死者の国に似た波動……)

 

 まさか、アンデットの何者かの仕業だろうか?

 ゴルトはそう思いかけたが、何かが違うように思った。

 これはただ空間と空間をつなげるだけで、死者に影響を及ぼす魔力が感じられない。

 しかし、確かに冥府の力を感じる。

 ならば生と死の女神ヘルの仕業か――

 

(しかし、ヘルならば冥府の力だけではないはず……)

 

 疑問ばかりわいてくるが、これというものが出てこない。

 しばらく銀座中をうろついて調査してみたが、結果は思わしくなかった。

 

(まさか、魔界とは異なる世界との出入り口……?)

 

 確かに『世界』とか『宇宙』というものは無限に並行して存在するらしい。

 すでに前例がある以上、別の世界との門が開いても不思議ではなかった。

 

(これは思ったより大変な事態かもしれない……)

 

 ゴルトはひとまず他の調査員と連絡を取るため、通信用の魔法を展開した。

 もっともそんなことをせずとも、周りを見れば調査に出回っている魔物娘だらけだ。

 そういえば、ここ最近銀座で行方不明になる者も多いらしい。

 行方不明者の中には魔物娘もいるということで、秘密ながら大々的な調査が行われている。

 

 この時、ちょうど時刻はAM11:51。

 

 ゾッとするような『力』の奔流を感じ取ったゴルトが顔を上げた時だった――

 銀座の真ん中に、巨大な門が出現したのである。

 

「……マジ、これ?」

 

 日本語でつぶやきながら、ゴルトは他の調査員との連絡を取る。

 石や木材で造られた、その巨大な門を見上げながら、ゴルトは嫌な感触をおぼえた。

 内部から感じる、殺意。

 

(これは危険……)

 

 バカでも分かるようなその匂いに、しかし日本人は気づいた様子もない。

 防御のための魔法を展開させながら、ゴルトはどうしたものかと思案する。

 空には、連絡を受けた、あるいは自分で異変に気付いた魔物娘たちが集まってきた。

 

 そうこうするうちに、門が開き、中から異形の軍隊がぞろぞろと現れたのである。

 すでに忘れられつつある旧時代――その魔王軍とはこんなものだったかもしれない。

 黒い欲動にまみれた怪物たちを見ながら、ゴルトは思った。

 探知の魔法をかけたところ、最前でやってくるのは人間ではないようだ。

 

(なら、遠慮はいらない)

 

 その辺はあっさりしたものだった。

 相手はどう見てもお話合いとかお友達になりに来た態度ではない。

 こういうのは、手っ取り早くやっちゃうに限る。

 

死の雲(デス・クラウド)……」

 

 瞬間、灰色の雲が異形たちを包み込んだ。

 途端に怪物どもは口からどす黒い血を吐いて倒れ始める。

 あっという間に銀座の道路には死体が重なるように広がっていく。

 数は多いがこういう呪力に対する防御力は皆無のようだ。

 

(後は、死体に自分で歩かせて……その後どっかで処分して……)

 

 それで終わりだな、とゴルトは気楽に考え出した。

 しかし、どうでもそうではないようだ。

 軍隊は、怪物たちの他に人間の騎士や歩兵たちもいるのである。

 というか、むしろそっちが本隊らしい。

 

「うーん……」

 

 これにちょっと考えてしまうゴルト。

 死の雲(デス・クラウド)の対象を広げればすぐに殲滅できるが、一応相手は人間だ。

 殺虫剤でハエを殺すようなわけにもいかない。

 とはいえ、この日本で悪さをするようなら遠慮も慈悲も無用にせねば。

 

(下手に情けをかけて、日本に迷惑をかけてはいけない……)

 

 日本との融和政策を掲げている魔王にも背くことになる。

 ならば、やはりこいつらの自業自得と言うことで……。

 よく見ると、空を飛ぶ飛竜騎士もいるし、巨大な投石機も用意している。

 グズグズはできまい。

 そう考えるが、状況は少しまずいようだ。

 数が多すぎる。

 千人やそこらではない。

 

(気は進まないけど、死の雲(デス・クラウド)で……)

 

 ゴルトがそう判断しかけた時、突如空が真っ黒に染まった。

 まるで一瞬で夜になったかのように、黒い大気が銀座の空を覆っている。

 その下に浮かぶ翼持つ影。

 

「これは……」

 

 強大な魔力を感じて、ゴルトは驚く。

 下級、中級でもなく、サキュバスとも異なる波動。

 突然の天変地異に、異世界の軍隊も驚き戸惑い、統制が乱れている。

 

「星よ、(いかずち)となれ! 侵略者どもを打ち砕け!!!」

 

 詠唱とも絶叫ともつかない声と同時に、空から星が地上に降り注いだ。

 その隕石とも言うべき塊には、まるで鬼のような形相が浮かび、火花を放つ。

 地上に落下したそれは凄まじい音と共に、爆風で軍隊を吹き飛ばした。

 

「はったりだ……」

 

 人間たちの目には阿鼻叫喚、この世の終わりのように思えたかもしれない。

 だが、魔力を持つゴルトには、それが音と光だけのコケオドシとわかった。

 

 殺傷力はまず、ない。

 

 それよりも、その隙に放たれるビームのごときエナジーボルトのほうが怖い。

 魔力の矢は飛竜を貫き、即死させ、投石機を破壊し、馬を暴走させた。

 猛り狂った馬は主人である騎士を振り落とし、そのまま蹄鉄を振り下ろす。

 もはや軍隊は逃げ惑うだけの、哀れな存在と化していた。

 その間に、集まってきた魔物娘たちの魔法が無慈悲に炸裂し、ある者は麻痺、ある者は石に

なり、ある者は眠りこけていった。

 

 というか、慈悲はあるのだ。

 集まっているのは上級悪魔や魔術の使い手たるリッチやダークメイジ。

 殺す気ならば、もっと手っ取り早く一時間もかからず皆殺しにできる。

 

 警察が到着した頃には、軍隊は門の中に逃げ戻っていた。

 この乱痴気騒ぎを、銀座の人々は呆然として見守るばかりであった。

 

「まあ……どうやら、犯人はわかったらしい……」

 

 銀座の惨状を、高いビルから見下ろしながらゴルトはつぶやく。

 

 異世界からの侵略者。

 陳腐な表現だが、つまりはそういうことらしかった。

 これでひとまず魔王に報告書を送ってゴルトの任務は終わり。

 

 

 ……とは、ならなかった。

 まず、銀座で使った死の雲(デス・クラウド)の件で警察に拘束された。

 人には効かないと言っても、いわば猛毒ガスを散布したようなものだから当然か。

 他の悪魔たちにも当然文句が来た。

 あっさり軍隊を退けたせいもあってか、むしろ魔物娘に対する風当たりが出てしまう。

 しかし、向こうが侵略する気まんまんだったのは、とりあえずわかる。

 野党はこれに関して、

 

「魔界の陰謀ではないか」

 

 という論を出して糾弾してきて、国会は揉める。

 ゴルトたちも呼び出され、くだらない茶番で時間を浪費することになってしまった。

 

 とはいえ、異世界の門(ゲート)を放置するわけにもいかない。

 

 ひとまずゲート内を調査してみんことには……という結論になる。

 この時点で、日本政府はわりと楽天的に考えていた。

 

 しかし、門をくぐった日本人を待っていたのは、侵入時以上の数と装備で固めた軍勢。

 おまけに捕まえた『捕虜』の話から、やっぱり日本に侵攻するつもりだったと判明。

 結局のところ、門の周辺で自衛隊が経験したことのない大戦闘、大殺戮が繰り広げられた。

 このゴタゴタに、魔界はどうした態度に出たものかと論議される。

 

 門の世界にも人間がいるなら、接触を試みるべきではないか。

 

 必要ならば、魔界の庇護下におくべきではないか。

 

 いや、ああいう野蛮人はいかん。いや待ての繰り返し。

 

 結局場所が場所だけに日本の問題だとして魔界はひとまず支援の様子見となった。

 ゴルトたちの処遇は色々揉めたが、結局魔界が保釈金を出すことで解決。

 それでもまだクレームをつける人間はいたが、魔界の情報により魔物娘が迅速に対処せねば

銀座では大量虐殺が行われていただろうとことが明瞭になる。

 

 アメリカはこれはチャンスとばかりに分け前目的で支援を表明した。

 

 ある国々は日本による未開国家への侵略行為と叫んだが、そう言った国とは疎遠になるだけ

のことで、日本の趨勢にはあまり関係なかった。

 大体が魔界という強大な親日国が出現してしまい、そちらとの交流で利益が出ている以上は

やたらに文句をつけたがる国々との関係など問題視されなくなっていたのだ。

 

 当然というべきか、それに反発する勢力もあったが時勢というのはどうしようもない。

 

 

 

 

       2

 

 

 ゲートをくぐった異世界……後に特地への自衛隊派遣が決定する前。

 

 東京のとあるホテルから一人の男が出てくる。

 何人もの部下を引きつれた禿頭の男はソフト帽子にコート姿で静かにホテル前の車へと乗り

こんだのだった。

 

「どうでした、会談の結果は? 彼女らは我々の要求を承認してくれましたか?」

 

 車中で待っていた部下が待ち遠しそうに声をかける。

 

「易々とすると思うかね? 連中にとっても特地は魅力的な開拓地……いや植民地だ」

 

 男は帽子を取りながら、冷たい声で言った。

 

「それに魔界の助力なしでは特地調査は想像以上に手間と金がかかることだろう」

 

「では、やはり駄目でしたか」

 

 がっかりした顔で部下が言うと、男が悪戯っぽく笑った。

 

「承認させたよ。連中の一部を協力者として同行させるという条件付きだがね」

 

「脅かさないでくださいよ。一瞬途方にくれました」

 

「まあ魔界の協力を得るということ自体は悪いことじゃない。特に言葉の問題はな」

 

「翻訳魔法、ですか。まさに魔法。便利なものですね」

 

「いずれは独力で得たい技術だが、そううまくもいくまいな。何しろ我々の科学とは全く違う

進化を遂げた技術だ」

 

 やがて、車は走り出す。

 昼間のように明るい都会の道を走りながら、男たちの会話は続く。

 

「でもやると思っていましたよ。先生はタヌキ……いえ、腕利きですから」

 

「タヌキでもキツネでもかまわんがね。とにかくやらねばならなかった。魔界と交流で経済は

再生しつつあるが、負け組になった連中はそれに代わるものを渇望していた。そこへきて特地

の登場だ。見逃すことはできん」

 

「特地は連中への飴玉ですか」

 

「そんなところだな。とはいえ、これからが大変だ」

 

「魔界への見返りは何を? まさか日本が併合されるなんてことはないでしょうね」

 

「そこんところはアメリカさんへの対応もあるし、ありえんよ」

 

「では……」

 

「魔界の小型種族と日本人の結婚を認める」

 

「何ですって!?」

 

 男の答えに部下は瞠目した。

 

「それはつまり……デビルやドワーフ、ゴブリン、それに魔女との……」

 

 小型種族とは、魔女を初めとして少女……未成年女子としか見えない容姿の魔族を指す。

 児童ポルノなどの問題もあり、その存在はあまり公けにされてはいない。

 人間とほぼ変わりのない姿の魔女は特に。

 

「魔女はあまりにも人間に近すぎる。それはさすがにカンベンしてもらったよ」

 

「ですが……それを引いてもかなりの問題ですよ? 地雷を踏んでしまったのでは」

 

「それなら、魔界と共同で特地へ入るかね。こちらの出費が激減する代わりに、得られるのは

限られてくるぞ? ここは無理でも日本主体でやらなければならないのだ」

 

「……野党やフェミニストの声が今から憂鬱ですよ」

 

「確かにマスコミの依怙贔屓は笑えんが、国民全体の支持は与党に傾いている。特地の飴玉を

ちらつかせれば折れるのが大勢出てくるさ」

 

「ですが、現在でも魔族と人間の交流は反対する人間が多いんですよ。マスコミはひた隠しに

していますが、ヘイトクライムだって起きている。調査段階でも結構な数に……」

 

 部下はハンカチで汗をぬぐった。

 

「わかっとるよ。我が国と魔界が近くなると都合の悪いのが大勢いるんだ。その点については

アメリカさんだって油断ならんのだからな」

 

「でしたら……」

 

「アメリカさんには特地の開発で美味いところを差し出すしかなかろう。どっちにしろ、日本

単独で全てどうにかできるわけもないのだ」

 

「頭が痛いですね」

 

「仕方ない。現状日本は経済にしろ、福祉にしろ、魔界におんぶに抱っこの状態になっとる。

このままズルズル行ったら君がさっき言った併合が現実になりかねんのだ。これを先駆けに

して自主独立の基盤を作らねば……」

 

「老人介護に、低所得者の救済……。情けなくなりますね」

 

「魔界の助けがなければ半ば切り捨てる対象だったからなあ」

 

 男は顔をくしゃくしゃと歪めて、顔を右手で覆った。

 

「しかし……もしも、小型種族との結婚がうまく運ばなかったらどうします? 今は彼女らを

『類似未成年』として人間の未成年に準ずる扱いでしたが……」

 

「それも半分は表向きだからな、今さらさ。見かけは若い娘でも中身は我々なぞ比較にならん

力を持った連中ばかりなのだ」

 

「はあ」

 

「それとだ。失敗したらなんてことは万が一にも言えん。何が何でもこれを通さなければ魔界

との裏契約を破ることになる。連中は契約違反には情け容赦せんぞ?」

 

「……胃腸のお薬のほう、準備しておきます」

 

「やれやれ。これで当分胃薬が相方になってしまう……」

 

 男の嘆きを乗せながら、車は夜の街に消えていくのだった。

 

 

 

 

       3

 

 

 ドタバタと慌ただしく法整備をして後の、特地へ足を踏み込んだ結果。

 アルヌスと呼ばれる『門』の存在する地域は、人馬の死体で埋まっていた。

 人馬の他にも人型をした異形の生物。竜。犬。その他色々。

 全て自衛隊の火器に一方的な犠牲者だった。

 戦死者数、およそ10万人。

 

「ひでえもんだな。こうなると帝国さんも末期症状じゃないの?」

 

 戦場跡を歩きながら、伊丹耀司は嘆息した。

 

「それはどうかと思う……」

 

 隣を歩く灰色のフードをかぶったマント姿の少女は否定した。

 

「ここから帝国の首都からは距離がある……。そこから見て案外気楽に考えている可能性も……」

 

 フードの少女――リッチのゴルトは金の瞳で戦場を見る。

 

 まだ、あちこちで煙の燻る戦地。

 そこら中にミンチとなった人間の死体が散乱しているが、少女は冷静そのものだった。

 

 否、見た目は少女だが彼女の実年齢は400歳を越えている。

 そういう意味では、隣で歩く伊丹なんぞお子様に過ぎない。

 

「というか、こうなる前にもっと平穏な解決法はなかったもんですかね?」

 

 ヘルメットの下から、伊丹はわずかに汗を流した。

 

「無理……。最初からこちらを下等と見下して侵略する気だった相手だから……」

 

 言いながら、ゴルトは比較的損傷の少ない死体をひょいとまたいだ。

 まだ少年と言ってもいい兵士の死に顔にも、彼女の表情に変化はない。

 

「向こうの損害も自業自得……。同情の余地はない……」

 

 取り付く島のないゴルトの態度に、伊丹の汗は冷や汗に変わった。

 

(何というか……敵には全然容赦ないのね、この人たち…………)

 

 オタク者として、魔界に住む魔物娘たちのことはそれなりに知っている伊丹。

 友人・知人にも魔物娘と結婚した、恋人関係にになったという人間が多い。

 魔物娘との結婚が公式に許可されたのは最近のことだから、わりと結婚ラッシュだった。

 

 おかげで出費が多く、結構痛かったことは記憶に新しい。

 そういった伝手で耳にする魔物娘の話は基本的に好意的なものだ。

 特に夫・恋人に対する愛は深く大きく、激しく、深い。

 どちらというとコミュ障だった知人が、結婚を機にぐっと落ちついた例も多かった。

 ほとんどヒモ同然の暮らしをしている者もいるが、時間がたつにしたがって、ヒモではなく

専業主夫にクラスチェンジしたようだ。

 

 恋人となる相手にはいいことづくめだが、そうでない場合もある。

 それは夫や恋人を害する存在に対してだ。

 

 基本的に友好的な魔物娘だが、そういった相手には関してはとことん辛辣で冷酷だった。

 愛情の深さが一転して攻撃や憎悪に変換するらしい。

 帝国に対する態度も、その延長のようなものかもしれない。

 日本で暮らし、日本で生活する魔物娘たちにとっては、帝国は自分たちの縄張りに侵入した

れっきとした敵である。

 敵に対して下手な情けをかけると自分の子供や夫に害が及ぶ。

 

 それは、

 

(許せない……)

 

 ことなのだ。

 

「とはいえ、ここまでの犠牲が出たんだから敵さんももうちょいと考えてくれるといいんだけ

どねえ……」

 

「あなたは甘い……」

 

 空気を変えようと少しおどけた態度で言った伊丹に返ってきたのは辛辣な返答。

 一瞬ビクリとする伊丹だったが、自分を見るゴルトの金瞳は優しかった。

 

「でも、そういうところは悪くない……」

 

「あははは……」

 

「あなたの奥さんは幸せ……」

 

「はは、離婚してますけどね……」

 

 伊丹は妻と離婚した経緯を簡単に話しながら、空気が変わったことに内心感謝した。

 

「ふうん……」

 

 伊丹を見るゴルトの目は呆れたものに変化した。

 

「あなた……女の気持ちがわかってない……」

 

「だから、離婚になったんですってば」

 

「そういう意味じゃない……」

 

「はい?」

 

「あなた……奥さんがあなたを愛してることに気づいてなかったの……?」

 

「へ?」

 

 困ったやつだという眼のゴルトに対して、伊丹は硬直する。

 

 どういう意味だろう?

 一瞬伊丹は理解ができず、ゴルトの言葉が異郷の地に呪文に思えた。

 

「はあ……」

 

 そんな伊丹を嘆息と共に観察しながら、

 

「奥さんがかわいそう……」

 

 ゴルトは心からそう言うのだった。

 暴力夫やモラハラ夫ではなかったつもりなのだが、と伊丹は引きつった笑みを返すばかり。

 

 

 

 

 



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