ガルパン短篇集 (はるたか㌠)
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新戦力です!

友人から元ネタをいただいた後、試行錯誤したらこうなりました。


「ヒャッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇ!」

「ゆかりん、ハイテンションだね」

「うん。いつものパンツァー・ハイ……かな?」

 

 みほと沙織、顔を見合わせ苦笑する。

 

「さて、それじゃ見て回ろうか」

「はい!」

 

 ナカジマと梓を加えた一行は、会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 数日前。

 

「やあやあ西住ちゃん!」

 

 生徒会室に呼びだされたみほは、不安を隠さずにいた。

 既に蟠りは解けているとは言っても、一人生徒会室というのはやはり初めの頃が脳裏に浮かんでしまうようだ。

 

「そんなに硬くならなくていいのよ? とりあえず、座って」

「は、はい」

 

 柚子に勧められるまま、みほはソファーに腰掛けた。

 その対面に、どっかりと腰を下ろす杏。

 

「実はさ、西住ちゃんに頼みたい事があるんだよね」

「わ、私にですか?」

「そ。小山」

「はい」

 

 柚子は、一枚のチラシをみほの前に置いた。

 それを手に取り、目を通すみほ。

 

「戦車がらくた市……ですか?」

「そう。まぁ、戦車のフリマってトコかな?」

「はぁ……。それで、これと私がどう関係するんでしょう?」

 

 困惑するみほ。

 

「西住さん。新学期になってから、戦車道の履修希望が殺到しているのは知っている?」

「え、そうなんですか?」

 

 廃校の危機を免れた大洗女子学園。

 その救世主とも言えるみほは、本人が予想もしなかったような大スター扱いとなってしまった。

 ファンレターは殺到し、いつの間にかファンクラブまで出来ている始末。

 そんなみほが隊長を務める戦車道チームに、参加を望む生徒が続出するのは想像に難くない。

 

「まぁ、最初にいろいろぶち上げちゃったのもあるからねぇ。かと言って今更撤回もできないし」

「そうですね。ただ、それは関係なしにとにかく収拾がつかない状態なのは確かなの」

 

 そう言って、溜息をつく柚子。

 

「でも、うちは戦車は全部で八両しかありませんし」

「そうそう、そこなんだよ西住ちゃん」

 

 干し芋を食べながら、大きく頷く杏。

 

「やっぱり、履修するからには戦車に乗れないと意味がないと思うの」

「でもさぁ、うちの学校は予算もあまりないかんねぇ。戦車の叩き売りなんてなさそうだし」

「……それで、このがらくた市で探すって事ですか?」

「ご名答。やっぱさ、そうなると西住ちゃんが頼りなんだよね~」

「今週末、大洗に寄港するからその時に行ってきて欲しいの」

「そ、それなら優花里さんとか沙織さんの方が……。それとか、自動車部の皆さんとか」

 

 そんなみほに、杏はずいっと顔を近づける。

 

「もちろん、西住ちゃんが何人か連れて行ってもいいよ。でも、選ぶのは西住ちゃんがやってね」

「ど、どうしてですか?」

「……西住さん。今の戦車道チーム、このまま活動を続けられると思う?」

「え?」

 

 柚子は、少し寂しげに笑みを浮かべる。

 

「会長や私、桃ちゃん。他にも風紀委員や自動車部とか」

「……あ」

 

 ハッとなるみほ。

 

「私らさ、三年生なんだよね。進学にしろ就職にしろ、もう戦車道にばかり時間をかけてられなくなってくる訳」

「だから、メンバーを入れ替えるいい機会でもあるの。でも、そうは言っても戦車の数が足りないのは変わらないから」

「…………」

「黒森峰とかプラウダみたいに二十両揃えるのは無理でもさ、せめて十両はあった方がいいと思わない?」

 

 杏の言葉に、みほは首肯かざるを得ない。

 戦車道の全国大会では、二回戦までのレギュレーションは十両。

 今年の大会は急造チームという制約があったが、来年以降も同じ条件で戦えるとは限らない。

 ましてや大洗女子学園は優勝校。

 当然、対戦相手も全力で向かってくる筈。

 

「……西住ちゃんにばかり負担かけちゃって悪いって思ってるけど。でも、うちは他に方法がないんだよね」

「本当にごめんね」

 

 二人の言葉に、頭を振るみほ。

 

「……いえ。確かにお二人の仰る通りだと思います」

「……うん。ありがとね」

 

 

 

 そして。

 みほは沙織と優花里、ナカジマ、それに梓を伴って会場に来ていた。

 

「みぽりん。でも私で役に立つの?」

「沙織さん、戦車の事すっごく勉強してるし。そうだよね、優花里さん」

「はい! 初対面の時、パンツァー・フォーを聞き違えたのと同一人物とは思えませんよ」

「もう、その話はやめてってばぁ」

 

 赤くなる沙織。

 

「武部先輩、どう聞き違えたんですか?」

「も、もう! そういう事は聞かないの、梓ちゃん!」

 

 そんなやり取りを微笑ましく見ながら、みほとナカジマは品定めをしていく。

 

「これ、33式150mmですね」

「Ⅲ号に積めるね。でも、ちょっと状態が良くないかな?」

「西住殿! あれを見て下さい!」

 

 優花里が指差す先に、緑色に塗られた戦車があった。

 

「これ……T-40?」

「流石武部殿! 水陸両用戦車で、足が速いのが特徴なんですよねぇ」

 

 目を輝かせる優花里。

 

「でも、秋山先輩。武装が機銃だけですよね、この戦車」

「うん。偵察に特化するならともかく、戦車道だとちょっと辛いかな……?」

「……ですよねぇ」

 

 落ち込んだ優花里だが、次の商品を見てはまたテンションを上げている。

 

「こ、これはオデッサ戦車!」

「……ゆかりん。それ、装甲車じゃない」

「お! あ、あれは……バレンタイン!」

「秋山先輩。また自走砲増やす気ですか……?」

 

 沙織や梓のツッコミもどこへやら、テンションの上がりまくった優花里は完全に居並ぶ車両に夢中になってしまっていた。

 

「あはは……。優花里さん、好きに見てていいから」

 みほも、半ばあきらめ顔。

 

 

 

「うん。これ、ちょっと工夫すればいけるかも知れませんよ」

 

 ナカジマが見つけてきたのは、試製三十七粍戦車砲。

 八九式中戦車の改造案として検討された主砲で、長砲身なので威力もそれなり。

 

「アヒルさんチーム、火力がもっと欲しいっていつも言ってるもんね」

「佐々木先輩の腕にこの砲が加われば、鬼に金棒ですね」

 

 沙織と梓も賛成のようだ。

「じゃあ、これにしよっか。あとは……」

「90mm高角砲がありますね。これ、ちょっと手を加えてルノーB1に積んでみますか?」

「え? な、ナカジマさん、それだとARL-44になっちゃいますよ……?」

 

 慌てるみほだが、ナカジマは何処吹く風。

 

「いいんじゃない? それを言ったらⅣ号だってH型っぽくしてるだけだし」

「……自動車部が言うと、出来そうで怖いかも」

「……私も武部先輩と同意見です」

「あ、あはは……。パーツは結構見つかったけど……車体は難しいね」

 

 みほの呟きに反応した沙織が、カバンからノートを取り出す。

 お手製の戦車図鑑だが、そのわかりやすさは戦車道チーム内でも評判だったりする。

 

「確かに難しいよねぇ。他のチームが使っている車両は選べないし」

「大洗女子の車両って、個性豊かで好きですけどね」

 

 梓だけでなく、それは大洗戦車道チームメンバーが思っている事。

 

「でも、秋山さんはあの調子だし。地道に見て回るしかなさそうですね」

「……はい」

 

 ナカジマにそう言われた当の本人は、レアもの戦車を見ては歓声を上げていた。

 

「こ、これは幻のブラックプリンス! たった六両しか試作されなかった超レア車ですよ!」

「……重戦車なんだね、これ」

「流石だね、沙織さん。……でも、これは聖グロにもあるって聞いてるし」

「それに、重戦車はやっぱり高いですね」

 

 梓の言葉に、一同は溜息をつく。

 値札は、生徒会の用意した予算では手の届かない金額がつけられていた。

 他校が云々以前に、彼女達には縁がないとしか言えない。

 

「重装甲に強力な主砲。それだけで戦車道では有利ですからね」

「大学選抜チームなんて狡いよ。あんなに沢山パーシング持ってるんだもん」

 

 優花里と沙織が肩を竦める。

 

「でも、私は重戦車を集めるよりもバランスとチームワークかな。身の丈にあった戦いをすればいい、澤さんもそうだったよね」

「はい。それが、大洗女子学園の戦車道だと思います」

「整備も大変だし、足回りも弱いから私達としても重戦車はあんまり増えて欲しくないかな?」

 

 ナカジマの言葉に、一同頷いた。

 

「燃費もありますから、やっぱり軽戦車か中戦車かな?」

「あの、西住殿……。これなんかどうでしょう?」

 

 優花里が足を止めた場所。

 

「T-26軽戦車?」

「はい。装甲は薄いですが、世界最多の生産両数を誇るソ連の代表戦車の一つですし」

 

 沙織はパラパラとお手製図鑑を捲り、

 

「いろんな派生型もあるんだね」

「確かに悪くないかも。ナカジマさん、どうですか?」

 

 みほとナカジマは、車体を隅々まで覗き込んで確かめる。

 

「きっちりメンテすれば行けそうですよ。装甲もしっかりしてますし」

「そうですね。価格も手頃ですし」

「じゃあ、これにしましょうか。あと、もう一両ぐらいあるといいかな」

 

 T-26を仮押さえして、一行は他を見て回る。

 

「KV-1もあるんだね」

「でも、継続高校が使ってるね」

「おおっ、M6重戦車です!」

「確か、サンダース大附属にあったよね?」

 

 沙織と優花里は、顔を見合わせる。

 

「西住先輩、どうしてご存知なんですか?」

「澤さん。大会はどんな車両が出てくるかわからないから、保有車両は一通り覚えてるの」

「す、凄いです。流石は西住先輩……」

 

 梓が、尊敬の眼差しでみほを見る。

 

「私は、凄くなんてないよ。でも、私がしっかりしないとみんなが不安になっちゃうから」

「でも、西住さんのお陰でみんなこうして一緒にいられるんだし。私達自動車部も、解散せずに済んだんですから」

「そうですよ西住殿。もっと自信を持って下さい」

「え、ええと……あ、あの……」

 

 挙動不審になったみほの肩を、沙織がポンポンと叩く。

 

「いつものみぽりんだよね。らしくていいけどね」

 

 

 

 その後も会場を一周りした一行。

 

「あまり目ぼしい物はなかったね」

「結局、車体はT-26だけでしたね。パーツはいくつか買えたから、帰ったら取り付けてみますね」

 

 みほとナカジマが相談するのを他所に、優花里が何やら思案に暮れている。

 

「秋山先輩。どうかなさったんですか?」

「あ、ちょっと心当たりがあるんです。電話してみますね」

 

 携帯を取り出し、優花里はどこかにかけ始めた。

 

「……はい。え、宜しいのでありますか?」

 

 そう言うと、優花里は振り向いた。

 

「皆さん、この後お時間は?」

「私は大丈夫かな」

「はい、私も大丈夫です」

 

 沙織と梓が応え、みほとナカジマも頷く。

 

「皆さん大丈夫みたいです。……はい、了解であります!」

「ねえ、ゆかりん。誰と話してたの?」

「すぐにわかりますよ、武部殿。ではいざ、パンツァー・フォー!」

 

 訳がわからないまま、一同は顔を見合わせた。

 

 

 

 数時間後。

 一行は遥々長崎へとやって来た。

 

「ヘイ、みほ! オッドボール!」

「ケイさん、態々迎えに来ていただいてありがとうございます」

「突然連絡して済みません」

「いいの、いいの。二人ならいつでもウェルカムよ!」

 

 いつもながらテンションの高いケイ。

 一方、沙織と梓はフラフラ。

 

「まさか、いきなりV-22に乗せられるとは思わなかったよぉ」

「西住先輩と秋山先輩……流石ですよね」

 

 最後に出てきたナカジマは二人と違い、上気した表情だった。

 

「普段触ってるのがレトロな子ばっかりだから、最新機も新鮮でいいですね」

「我がサンダース大付属でも一機しかないから、私も滅多に操縦する機会がない。でも、気に入って貰えて嬉しい」

 

 操縦席から降りてきたナオミは、ナカジマ相手にあれやこれやと説明を始めた。

 

「ポルシェティーガーの車長だっけ、彼女? あのナオミと打ち解けるなんて、なんか凄いわね」

「そうなんですか?」

「意外と気難しいところあるのよ、あの子。もっとフランクになれ、っていつも言ってるんだけどね」

 

 みほ相手に肩を竦めるケイ。

 

「ラビットの車長も久しぶりね。そっちの彼女はⅣ号の通信手だったわね」

「はい。澤梓です」

「私、武部沙織です!」

「オーケーオーケー。みんな、大歓迎よ!」

「ところでケイ殿。早速で申し訳ないのですが」

「そうね。それじゃ、レッツゴー!」

 

 

 

 そして。

 

「で、これを貰ってきたのね」

「はい! ジャンクで置いてあるだけと伺いまして、西住殿とナカジマ殿に状態を確かめていただいたのであります!」

 

 ケイの好意で、帰りも学園艦まで送って貰った一行。

 迎えに出た生徒会の面々の前には、一両の戦車があった。

 M7中戦車。

 ……の残骸同然という姿ではあったが。

 柚子は呆れ顔で、杏は悪戯っぽい笑顔でそれを眺めている。

 

「しかし、中戦車とは言っても元々は軽戦車じゃないか」

「確かにそうですね。でも、75ミリ砲搭載ですし、戦力にはなると思いますよ」

「西住がそう言うのならいいが。だが、ちゃんと直せるのか? サンダースでもレストアを諦めたような車両なんだろう?」

 

 桃はカンカンと装甲を叩く。

 

「それも大丈夫だと思いますよ。時間かけてじっくり修理さえすれば」

 

 ナカジマに呼ばれたのか、自動車部の面々が車体のチェックに入っている。

 そのM7中戦車の隣には、運ばれてきたばかりのT-26もあった。

 

「これで10両ですね」

「問題は乗員だね。それでね、澤さん」

「はい、西住隊長」

 

 姿勢を正した梓に、みほは微笑む。

 

「副隊長をお願いしたいの。受けてくれる?」

「え? ……ええっ、わ、私がですか?」

 

 慌てて他の面々を見回す梓。

 だが、誰も驚いていない事に気づいた。

 

「で、ですが私はまだ一年ですよ? 副隊長と言うなら、秋山先輩とか磯辺先輩の方が……」

「澤殿。私は戦車の知識と装填手としての自信はありますが、それだけです」

「磯辺さんやエルヴィンさん達にも聞いたの。皆さん、澤さんの指揮でなら戦えるって」

「…………」

「折角廃校がなくなったこの大洗女子学園……澤さんになら任せられると思うの」

「私が……。でも、まだ自分のチームだけでも精一杯ですよ?」

「それは、おいおい身につけていけばいいよ。どうかな?」

 

 躊躇う梓の前に、杏が立った。

 

「私も、西住ちゃんの意見に賛成かな。澤ちゃんなら大丈夫だって!」

「会長……」

 

 俯いていた梓は、拳をぐっと握り締めた。

 

「梓、やりなよ」

「うんうん。梓なら大丈夫」

「あゆみ、優季。みんなも」

 

 ウサギさんチームの面々も集まっていた。

 

「私達も、頑張るからさ!」

「うんうん! 紗希も賛成だって!」

 

 梓は、みほに目を向けた。

 

「……わかりました。私で良ければ、一生懸命やらせていただきます」

「うん、ありがとう。頑張ろうね」

「はい!」

 

 

 

 こうして、大洗女子学園戦車道チームは新たな一歩を踏み出した。

 この後も、戦車道大会で数々の伝説を残していく事となる。




短編にしましたが、続きのネタも考えています。
そのうちに公開できるかも知れませんので、その際はどうぞよろしくお願いします。


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西住姉妹です!

本作は短編ですが続きを書いてみました。
前の話とのつながりは全くありません。

劇場版を見てきて、何となく浮かんだ話です。
もうちょっとコミカルな話にするつもりでしたが、どうしてこうなった。


「いやぁ、帰って来たねぇ」

 

 学園艦に降り立った杏は、感慨深げに辺りを見回す。

 大洗港に接岸している現在、艦内のあらゆる場所で人々が汗だくになりながら動いている。

 一度は解体が決まり、学園生のみならず全員が強制退艦。

 当然家財道具一式は梱包の上搬出済みであり、戦車道チームの活躍で廃艦が撤回されたからと言って即普段通りに戻れる……という訳にはいかない。

 試合を終えて帰艦した彼女達をを待ち受けていたのは、天地がひっくり返さんばかりの喧騒であった。

 

「学園も、いろいろ元に戻さないといけないね」

「頑張って片付けたんだがな……」

 

 桃と柚子が、顔を見合わせた。

 他のメンバーも、余りの事に呆然としている。

 

「あ、夏休みは予定通り今日までだから。みんな、頑張ってねぇ」

 

 杏の爆弾発言に、更に皆が凍りつく。

 

「ええっ! じゃあ宿題も……?」

「延期ならない!」

「そんなぁ……。どうしよう」

 

 崩れ落ちる沙織。

 

「さっさと片付けない沙織が悪い」

「学年主席の麻子と一緒にしないで! みぽりん、華もそうだよね?」

「え? 私はもう終わってるよ?」

「わたくしも済ませましたよ」

 

 二人の返事を聞き、沙織は縋るように優花里を見る。

 

「ゆかりんは? ゆかりんは私の味方だよねっ!」

「え? いや、武部殿。私も終わらせているのでありますが」

「みんなの裏切り者~!」

 

 頭を抱えて悶える沙織に、一同から笑いが巻き起こる。

 

「帰ってきたんですね、私達」

「そうだね、優花里さん」

 

 みほは、ほんの数日経っただけなのに妙に懐かしく感じられる風景に目を細めた。

 当分は落ち着かない日々が続くだろうな、という予感を抱きながら。

 

 

 

「ふう」

 

 皆と別れ、みほは寮の自室に戻っていた。

 まとめた荷物は運び込まれていたが、当然全てダンボールの中。

 ベッドや机のような大きな家具は別として、小物は手付かずのまま。

 元に戻すだけでも、一仕事。

 

「何処から手をつけようかな……」

 

 途方に暮れていても仕方ないと、みほは手近なダンボールに手をかけた。

 と、チャイムが鳴った。

 

「はーい」

 

 小走りに玄関に行き、ドアを開けた。

 

「どちら様……え?」

「みほ」

「お、お姉ちゃん?」

 

 みほは目を擦るが、そこにいたのは紛れもなく姉のまほ。

 私服姿のせいか、いつもの凛とした雰囲気は影を潜めているように見えた。

 

「ど、どうしたの?」

「荷解きが大変だろうと思ってな。手伝いに来た」

「で、でもお姉ちゃんも学校が始まるんだし。大丈夫なの?」

「それならば心配要らない。それよりも、手早く片付けるぞ」

「あ……う、うん。……ありがとう、お姉ちゃん」

 

 みほの言葉に、まほは頷く。

 

 

 

「うん、このホットサンドはなかなか美味いな」

「そうだね」

 

 目処のついた二人は、寮近くの喫茶店で一息入れていた。

 殆どの店がてんてこ舞いする中、営業している数少ない店の一つだった。

 

「なかなかいい趣味の店だな」

「沙織さんに教えて貰ったの。あ、沙織さんってのはね」

「知っている。IV号の通信手だな?」

「え? う、うん」

「操縦手が冷泉麻子、装填手が秋山優花里、砲手が五十鈴華……だったな」

 

 みほは、さり気ない姉の言葉に驚いていた。

 

「お姉ちゃん。なんで、そんなに詳しいの?」

「不思議ではなかろう。『ミラクル大洗』と言えば、戦車道に携わる者の間では有名だからな」

「み、ミラクル……?」

「ああ。無名校を全国優勝に導いたどころか、強豪の大学選抜まで破るなど最早伝説だぞ?」

「ええっ? い、いつの間にそんな事になってたの……」

「その立役者であるみほのチーム全員がそう呼ばれてる。私が知っていてもおかしくはないさ」

「そ、そうなんだ」

 

 あはは、と苦笑いするみほ。

 

「私も、他の隊員がやるべき事をやれば結果は自ずと出ると思っていた。だが、みほの凄さは未経験者の集団を一流のチームに育てた事だ」

「そんな事ないよ。私は、いい友達に巡り会えただけだから」

 

 まほは、フッと笑った。

 

「ダージリンの言う通りだな。みほは不思議な奴だ」

「え?」

「敵同士ともすぐに仲良しになれる。黒森峰でもそうさせるべきだったのかな」

「お姉ちゃん……」

「いつの頃からか、私は西住の看板に縛られるようになっていたのかも知れない。だから、みほにもそれを強いてしまった……」

「……そんな事」

「いや、みほに責めはない。あの時は……」

 

 まほは目を閉じ、頭を振る。

 

「もういいよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの気持ち、わかってるから」

「みほ……」

「それに、大洗に来たから私の戦車道を見つけられたんだから。私、後悔なんてしてないよ?」

「そうか……。そうだったな」

 

 まほは頷き、コーヒーカップを手に取った。

 

「お姉ちゃん。ところで」

「ああ、私の事か。それなら……」

 

 と、そこに新たな客が入って来たようだ。

 

「あ~、お腹空いたね」

「学園の食堂、早く再開しないかなぁ」

 

 学園の生徒らしき二人連れだった。

 店内に客と言えば西住姉妹だけ、必然的に目に入ってしまったらしい。

 そして、二人連れはそのままみほらに近づいてきた。

 

「あの。西住先輩……ですよね?」

「え? あ、はい」

 

 一年生のようだが、いきなり声をかけられたみほは丁寧語で返してしまう。

 

「凄い! 本物の西住先輩だ!」

「あ、あの。握手して下さい!」

「え? え?」

 

 いきなりの事に、混乱するみほ。

 知名度で行けば圧倒的にまほの方が上なのだが、この学園艦ではみほ以上の有名人などいない。

 二人も、みほしか目に入っていないらしい。

 

「あの、写真撮らせて下さい!」

「もしよかったら、サインお願いします!」

「あ……え、ええと……あわわ」

 

 まほが、スッと立ち上がる。

 

「すまないが、みほは疲れている。また今度にして貰えないか?」

 

 そして、みほとの間に割って入った。

 

「あなた誰ですか?」

「うちの生徒じゃなさそうですけど」

「実姉だ。それがどうかしたか?」

 

 不服そうな二人だったが、まほが睨むと忽ち顔が青ざめた。

 戦車の搭乗中ではなくとも、まほは元々眼光が鋭い。

 下手な不良ですら震え上がるぐらいだから、この二人が縮み上がるのは当然と言えた。

 

「行くぞ」

「あ、え?」

 

 二人組みが硬直するのを横目に、まほはみほの手を引きレジへと向かった。

 

 

 

「お姉ちゃん、その……」

「やり過ぎ、とでも言いたげだな?」

 

 小公園のベンチに、並んで腰掛けるまほとみほ。

 

「変わらないな、みほは。……だからこそ、心配でもあるのだが」

「え?」

「みほは、自分が思っている以上に有名人だ。さっきみたいな事はこの先続くと思った方がいい」

「ふえっ? ど、どうしよう……。私、自信ないよ」

「今のみほは一人じゃない。そうだろう?」

「……うん」

「私が何故此処に来たか、まだ話してなかったな」

 

 みほは、姉の横顔を見た。

 

「私はもう三年。あと半年で卒業だ」

「うん」

「黒森峰だけじゃなく、どの学校も代替わりの時期だ。大洗もそうだろう?」

「…………」

 

 頷くみほ。

 まほの言う通り、今のチームは三年生も多い。

 新学期が始まれば、彼女らが戦車道に関われる時間は減っていく事になる。

 

「じゃあお姉ちゃん。黒森峰は?」

「ああ、正式にエリカを隊長に指名した。今のエリカなら、十分に務まる筈だ」

「そうなんだ。でもお姉ちゃん、卒業にはまだ早いよ?」

「そうだ。だがなみほ、何か忘れてはいないか?」

「え?」

「私は、大洗に転校しているのだがな」

「で、でもあれは……」

 

 苦境に陥ったみほと大洗女子チームを救う為に、ダージリンらが考えた策。

 それに従い、まほも短期転校という方便を使っただけの筈。

 みほはそう理解していたし、現に他のメンバーは皆それぞれの学園艦に戻っていた。

 

「見てみろ」

 

 まほは、一枚の書類を取り出した。

 あの時、ティーガーから降り立ったまほが示した転校手続き用紙。

 みほはゆっくりと目を通し……末尾の一文に釘付けとなった。

 

「お姉ちゃん。期限は特に定めないってあるけど……ま、まさか?」

 

 まほは、軽く頷く。

 

「そうだ。エリカらは大学選抜戦が終わった次の日に黒森峰に戻った。だが、私の在籍はそのままになっている」

「で、でも……。第一、お母さんは?」

「当然、御許しはいただいてきた。この通りな」

 

 まほは、別の書類をみほに手渡す。

 そこには、明らかにまほとは筆跡の異なる署名と捺印があった。

 実の親が書いた字である、みほも見間違える訳がない。

 とは言えあまりの事に、みほは固まってしまう。

 

「みほ。お母様に蟠りがあるのはわかるが、もうお母様はお前の事を認めている」

「…………」

「無論、西住の看板を背負う事は多分お認めにならないだろう。だが、戦車道に携わる者としては別だ」

「お姉ちゃん……」

 

 まほは、みほの手を取った。

 

「西住流は、私が継ぐ事になるだろう。私は西住流そのものだからな。だが、みほは違う」

「……いいの?」

「構わん、それが私の生き様だからな。みほは戦車道を続けるならそれでいい、西住の名に縛られる事なく……な」

「でも、それなら尚更大洗に転校なんて」

「言っただろう、御許しをいただいたと。私は今までずっと、お母様の言う通りに生きてきた。だが、偶には我儘も言わせて貰いたいと」

「ええっ! そんな事をお母さんに?」

 

 みほの脳裏に、激しく言い合う母と姉の姿が浮かんだ。

 が、まほは頭を振る。

 

「みほ、私はお母様とやり合った訳ではないぞ。どうやら、既に察していたらしい。反対もせず、黙って判を押してくれた」

「そ、そうなの……? ちょっと、意外かも」

「みほ、一度お母様ときちんと話をしろ。お母様はああ言うお方だ、みほから切欠を作らなければずっとそのままだぞ?」

「う、うん……」

 

 ぎこちなく、みほは答えた。

 みほも、その思いはずっと抱き続けている。

 麻子のように、和解しないまま永遠の別れとなればずっと後悔する……と。

 

「それから、私が大洗に来た理由はそれだけではない」

「まだあるの?」

「ああ。そ、それはな……」

 

 言葉を濁すまほ。

 常に明瞭な話し方をする姉という印象のあったみほには、あまりに意外だったらしい。

 

「お姉ちゃん?」

「……わ、笑わないか?」

「笑わないよ。だってお姉ちゃん、ウソと冗談がヘタじゃない」

 

 みほの言葉に、まほは目を丸くする。

 そして、耐え切れないとばかりに吹き出した。

 

「ま、まさかみほにそう言われるとは」

「え? え?」

 

 訳もわからず、オロオロするみほ。

 

「私なんかよりも、ずっとウソも冗談もつけないお前がな」

「そ、そんな事ないもん!」

「全く。みほも言うようになったな」

 

 まほは嬉しげに、みほの頭をわしわしと撫で回す。

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん」

「……こうやって、みほと巫山戯あえる日がまた来るとはな」

「お姉ちゃん……?」

「……こういう日々を、私は内心何処かで待ち望んでいたようだ。半年後からは、また戦車道に明け暮れる事になるからな」

「…………」

「それならば、せめて半年はみほのように女子高生として楽しんでみたいと思った。可笑しいか?」

 

 少し寂しげな眼をするまほ。

 みほは、そっと頭を振る。

 

「ううん。お姉ちゃんの気持ち、わかるよ」

「みほ……」

「私もね、黒森峰にいた時よりもずっと毎日が楽しいから。転校して来なかったら私、戦車道も学校生活も両方嫌になっていたかも知れないから」

「……そうか」

「この学園なら、お姉ちゃんの願いも叶うと思うよ。そういう事なら大歓迎だよ!」

「ありがとう、みほ」

 

 今のまほは、世間に知られた鉄の少女ではなく。

 一人の、年相応の女の子そのものだった。

 

「さて、帰るとするか」

「うん。あ、そう言えば」

 

 みほは、何かを思いついたらしい。

 

「どうした?」

「お姉ちゃんの住む場所は? 寮なら空いてると思うけど」

「ああ、それなんだが」

 

 まほは頭を掻いて、眼を逸らした。

 

「急に決まった上に、一連の騒ぎで学園の事務窓口が対応出来ないと言われてな。まだ手配がついてないのだ」

「えーっ? じゃあ、どうするの?」

「とりあえず、学園の宿直室を貸して貰うつもりだ。寝泊まりだけならそれで済む」

「だ、駄目だよそんなの!」

「ならば、野営の訓練でもするか」

「だ、だから駄目っ!」

 

 みほに強く否定され、まほはしょげ返ってしまう。

 

「どうしろと言うのだ、みほ?」

「それなら、私の部屋に泊まってよ」

「みほの部屋に?」

「うん。ベッドはちょっと狭いけど……我慢してくれる?」

「いいのか?」

「うん、私の大切なお姉ちゃんだもん。ずっと、という訳にはいかないけど」

「そうか。すまないな、みほ」

「ううん。何だか、昔を思い出しちゃうね」

「ああ、そうだな」

 

 まほは、頬を緩めた。

 

「それなら、帰って片付けの続きをしなければな」

「そうだね」

 

 二人はベンチから腰を上げた。

 ……と。

 みほの携帯が鳴った。

 端末を取り出し、通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

「あ、みぽりん? 助けて!」

 

 いきなり、切迫した沙織の声が聞こえてきた。

 

「さ、沙織さん?」

「何かあったのか?」

 

 不穏な気配に、まほの顔も険しくなる。

 

「とにかく、うちに来て! お願い!」

「う、うん。わかった」

 

 電話を切り、みほは不安げにまほを見る。

 

「沙織さんだった。すぐに来て欲しいって」

「……ふむ。私も行こう」

「え? でもお姉ちゃん」

「みほの親友が困っているのだろう? それなら、私にも他人事ではない」

「お姉ちゃん……。ありがとう」

「急ぐぞ」

「うん!」

 

 二人は頷き合い、駆け出した。

 

 

 

 息を切らせながら、沙織の部屋までやって来た二人。

 チャイムを鳴らそうとすると、ドアが勝手に開いた。

 

「みほさん。……あら?」

 

 顔を見せたのは沙織ではなく、華。

 まほを見て少し驚いたようだが、それでも二人に中に入るよう促した。

 玄関には、靴がいくつも並んでいる。

 

「華さん。どういう事……?」

「ご覧いただければわかりますよ」

「えっと……沙織さんは?」

 

 テーブルには沙織の姿はなく、何故か麻子と優花里がいた。

 

「夏休みの宿題がどうしても終わらないと泣きついて来た」

「それで、我々も招集された訳であります。……ところで西住殿」

 

 麻子と優花里の眼が、まほに向けられた。

 

「改めて自己紹介する。みほの姉、まほだ。宜しく」

 

 事情を語るには時間が惜しく、またそのような状況でもない。

 まほはそう理解したし、他の面々もそれに気づいたようだ。

 

「冷泉麻子です」

「私、秋山優花里であります!」

「五十鈴華と申します。それで、沙織さんなんですが」

 

 華曰く、沙織は戻るや否や引っ越し荷物から教科書やノートを引っ張り出したらしい。

 猛烈な勢いで片付けようとはしたものの、ただでさえ残っていたところに廃校騒ぎが起きてしまった。

 時間は当然足りず、まずは麻子に泣きつく。

 それでも手が足りないと華や優花里、そしてみほにまで連絡をしたらしい。

 

「で、熱を出して寝込んでいる訳だ」

「明日から新学期ですから、流石に時間が足りませんし」

「それで、どうしようかと皆さんで相談しようとしていたんです」

「あはは、そ、そうなんだ……。沙織さん、大丈夫なの?」

「あれなら問題ない。明日の朝には起きられるだろう」

 

 祖母の看病などもあり、この中では麻子が一番この手の事に手馴れている。

 

「問題は、残りをどうするかであります」

「わたくし達が書いてしまっては、筆跡でわかってしまいそうですし」

「そうだよね……」

 

 と、まほが沙織のノートを手にした。

 少し眺めてから、電話機の脇にあるメモ用紙を一枚取り何かを書き始めた。

 

「お姉ちゃん?」

「……ふむ。こんな感じか」

 

 メモを、みほに手渡してきた。

 みほの眼が、驚きで見開かれた。

 

「……お姉ちゃん、これ……」

「どうだ?」

 

 華と優花里が、みほの隣からメモを覗き込む。

 そして、みほと同じ反応を見せた。

 

「す、凄いです!」

「そっくりであります!」

「お姉ちゃん、どういう事?」

 

 まほは、フッと笑う。

 

「大した事じゃないさ。お母様の代筆をしたりするうちに、他人の筆跡を真似られるようになった」

「……じゃあ!」

「ああ。私が書けばいいだろう、カリキュラムが違うから問題を解いたりするのはお前達に任せる」

「凄い、凄いよお姉ちゃん!」

 

 ブンブンと、まほの手を取ってはしゃぐみほ。

 

「だが、やむを得ないとは言え不正行為はあまり好まない。今回限りだぞ、このような真似は」

「勿論だ。沙織の為にもならない」

「そうですね。今回だけは、助けてあげましょう」

「了解であります!」

「そうと決まれば作戦開始だ。パンツァー・フォー!」

「応!」

 

 

 

 翌朝、眼を覚ました沙織が事の経緯を聞かされて狂喜乱舞したのは言うまでもない。

 

「お姉さん、本当にありがとうございました!」

「礼なら彼女達に言うがいい。私は手を動かしたに過ぎん」

「いえいえ。お礼に、今夜は私の手料理、ご馳走しちゃいます。何でも作っちゃいますよ?」

「そ、そうか」

 

 まほは、思わぬ事で沙織らの信頼を勝ち得たようだ。

 何よりも、誇らしげなみほの顔がまほには一番のご褒美だった。

 

(どうやら、楽しい半年が過ごせそうだ)

 

 まほの髪を、潮風が揺らした。

 青空の下、学園艦は大海原を進む。




いやぁ、まほ姉って本当にいいものですね(水野晴郎風


澤ちゃんの方はもう少々お待ちを。


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文部科学省学園艦教育局局長・辻廉太

大洗女子学園のその後、というのもおかしい気がしますが例の役人はどうなったんだろう?と思ってちょっと想像して書いてみました。
本編の開始前から劇場版アフターまでの流れとなります。

ちょっと書き方を変えています。


なお、劇場版のネタバレ全開です。
未視聴の方はご注意下さい。
なお、セリフは若干変えてある箇所があります。


 学園艦。

 文字通り、学校を中心とした巨大艦である。

 そのサイズは桁違いで、比較的小型とされる大洗女子学園のそれですら嘗ての巨大戦艦『大和』を軽く凌駕してしまう程。

 それ故に建造費も維持費も莫大。

 毎年の予算案作成時にも、その金食い虫ぶりは予算削減に血道を上げる財務省や政府批判を第一とする政治家から必ず槍玉に挙げられる。

 所管する文部科学省でもそれは議論の対象となり、結果実績が乏しく艦齢も長い大洗女子学園は格好の的にされてしまった。

 文科省としても税金の無駄遣い削減に協力しているという格好のアピールにもなり、浮いた予算で他の事業を進めたいという目論見もあった。

 

 学園艦教育局長、辻廉太。

 エリート揃いの文科省にあってひたすら学園艦教育局一筋に勤め上げ、その敏腕ぶりで出世街道をひた走ってきた。

 まだ若い彼が局長としてその椅子に座っている事に、嫉妬はあっても異論を唱える者はいない。

 彼は更なる高みを目指し、改革と称して学園艦の統廃合という歴代の局長が誰も着手しなかった案件に目をつけた。

 幸い、トップである大臣は交代したばかり。

 しかも、嘗てのような族議員ではなく教育行政には全くの素人。

 辻のみならず、局長クラスにそっぽを向かれては組織を運営する事すら覚束ない人物だった。

 百戦錬磨の官僚らしく、辻は周到な根回しと膨大な資料を武器として大臣に大洗女子学園の廃校を迫り首を縦に振らせる事に成功。

 学園艦には生徒を含めて約三万人が居住しているが、廃艦後の割り振りについては総務省にいる同期に協力を要請。

 縦割りと批判を受けがちな中央省庁にあって、辻は異質とも言える調整の達人でもあった。

 

 そして全ての準備が整った後、彼は大洗女子学園生徒会長を呼び出した。

 大洗女子学園は学校であり最高責任者は本来学園長である。

 だが、病気を理由に学園長は生徒会長である杏を代理に指名。

 辻も小娘の方が手玉に取りやすいと見て、それを認めた。

 呼び出したのは杏だけであったが、何故か副会長の柚子と広報の桃が一緒にやって来た。

 一人が三人でも変わりはないだろう、と辻は三人を局長室に通した。

 そして、用意した資料を手渡し話を始めた。

 近年、大洗女子学園は目立った活動実績がない事。

 生徒数も年々減少傾向にある事。

 学園艦自体の老朽化が進み、艦の維持運用が難しくなってきている事。

 全てが事実であり、疑念を抱かせるような隙は見せなかった。

 辻としてはそれを突きつけた上で、廃校に向けた準備をするよう仕向けるつもりであった。

 ……が。

 計算し尽くしていた辻に対し、思わぬ誤算が生じた。

 

「一つ、宜しいでしょうか?」

「はい、伺いましょう」

「活動実績が乏しいから、と局長は仰せになりました。では何らかの活動で実績を残せば別という事でしょうか?」

 

 杏がそこで食い下がったのだ。

 文科省が戦車道世界大会誘致に全力を挙げていて、その為に全国の学校に対して戦車道の奨励を行っているのは周知の事実。

 杏曰く、その奨励に従い戦車道を取り入れるなら実績として認められるのかと。

 辻にしてみれば想定外の反撃とも言えたが、彼とて高級官僚。

 動じる素振りも見せず、それ自体は良い事だと答える。

 が、それだけで自分の押し進めるプロジェクトを取り止めるつもりは毛頭ない。

 そこで、彼は条件を設けた。

 戦車道を始めるだけでは廃校撤回は認められないが、今年度開催の高校戦車道大会で優勝すれば別……と。

 戦車道自体数十年前に途絶えてしまっている学校にはあまりにも無茶な条件であり、これで泣き寝入りだろうと辻はほくそ笑んだ。

 

「それで構いません。もし優勝したら、廃校は撤回されるのですね?」

「……もし、本当に優勝できたのなら前向きに検討すると申し上げておきます」

 

 戦車すら碌に持たない素人集団があっさり勝ち進める程戦車道は甘くない。

 いや、初戦敗退の方が圧倒的に確率が高いと言えよう。

 そう思い直し、辻は三人を見送った。

 ……よもや、彼の計算を覆すイレギュラーな存在が大洗女子学園に加わるなどとは微塵も思わずに。

 

 

 

 新年度になり、辻は杏との口約束など御構い無しに着々と準備を進めていた。

 巨大な学園艦ともなれば、解体するだけでもかなりの大仕事。

 作業を請け負える業者も如何に造船大国の日本とは言え数は少なく、また長期に渡る作業となる為に工程の打ち合わせも欠かせない。

 学園の生徒もただ転校させれば済む問題でもなく、各地の学校に分散させる必要がある。

 意図的に散らばらせるというより、いくら生徒数減少傾向の大洗女子学園とは言え人数は数十人という訳ではない。

 一度にそんな人数を受け入れられる学校など見つかる筈もなく、カリキュラムなどの違いから受け入れ自体を渋られたりもする。

 いくら優秀な辻でも、全てを思い通りに動かせる訳もない。

 兎に角、全てが順調に運んだとしても完了までには相応の時間がかかる案件である。

 それらの調整を行ううちに、彼は今年度末での廃校ではスケジュール的に無理という部下の報告を受けた。

 学園艦の解体が予想以上に困難で、引き受ける業者によると遅くとも9月には着手しなければ無理との事。

 となれば、全てを前倒しで進めねばならない。

 学園艦教育局は、文字通り修羅場モードとなった。

 辻も毎日深夜まで残業し、通常業務と合わせて膨大な書類と格闘する羽目となってしまう。

 その書類の中に、大洗女子学園が高校戦車道連盟に参加したという通知が混じっていた。

 だが、彼は一枚の書類を呑気に眺めるだけの余裕などなかった。

 軽く目を通しただけで、記憶の片隅にすら留めなかった。

 

 

 

 初夏になり、辻は漸く一息つける状態になっていた。

 そんなある日。

 彼は局長室で茶を啜りながら、新聞を広げていた。

 政治資金絡みで外務大臣が引責辞任に追い込まれたというニュースが紙面に踊っていた。

 幸い、今の上司である文部科学大臣はスキャンダルとは無縁。

 省内が無駄に混乱せずに済む上、基本官僚の言いなりである為に辻に取っては願ったり叶ったりの状態だった。

 内閣総辞職ともなれば別だが、今のところその気配はない。

 彼が紙面をめくると、スポーツ欄に小さな記事を見つけた。

 高校戦車道全国大会の組み合わせが決まったという内容だった。

 その中に、大洗女子学園の名前もあった。

 そして、トーナメント表を見た辻は思わずニヤリとしてしまう。

 対戦相手は、強豪のサンダース大付属高校。

 日本一裕福な学校で、戦車の保有台数と隊員数も日本一。

 一回戦のレギュレーションは十両までという制約は、物量で押せ押せのサンダース大付属には足枷になるかも知れない。

 が、対する大洗女子学園の戦車はたったの五両。

 それも、嘗て戦車道を止める際に引き取り手のなかった残り物をかき集めただけの雑多な戦車隊。

 

 バランスは取れているが、装甲は薄く主砲の威力も今ひとつのⅣ号戦車。

 中戦車とは名ばかりの威力のない主砲と紙装甲の八九式中戦車。

 そもそもが対戦車戦を考慮しての設計ではない軽戦車、38(t)。

 75ミリ長砲身は脅威だが、所詮は自走砲でしかないⅢ号突撃砲。

 主砲は二門あるが車高が高く、中途半端な性能のM3中戦車。

 

 一方のサンダース大付属は第二次大戦のアメリカ軍を代表するM4シャーマンがずらり。

 それに17ポンド砲を搭載したファイアフライが加わる。

 辻は戦車道の専門家ではないが、素人が見ても大洗女子学園の勝率は限りなく低いとしか思えないだろう。

 つまり、その時点で廃校は確定となる。

 時期が繰り上がる事で多少揉めるかも知れないが、そこは根回し済み。

 辻は、これまでの苦労が実る事を微塵も疑わなかった。

 

 

 

 戦車道大会は順調に日程が消化され、ベスト4が出揃った。

 黒森峰女学園、プラウダ高校、聖グロリアーナ女学院。

 そして、大洗女子学園。

 辻は軽い驚きでその知らせを受け取った。

 あくまでも軽く、ではあるが。

 大洗以外の三高はいずれも優勝か、準優勝経験のある強豪揃い。

 まぐれにしてもよほどの強運か、と辻はパソコンで大洗女子学園戦車道チームの情報を調べてみる事にした。

 そして、思わず呟いてしまう。

 

「西住……? 西住と言えば、あの西住流か?」

 

 大洗女子学園戦車道チームの隊長、西住みほ。

 その苗字が気になった彼は、みほについてインターネットで検索。

 元黒森峰女学園で戦車道チーム副隊長を務め、その後大洗女子学園に転校したとあった。

 黒森峰女学園の隊長が西住まほである事は流石に辻も知っている。

 そして、この二人が実の姉妹である事もすぐに判明。

 それで、大洗女子学園の快進撃について得心が行った辻。

 姉ほどの知名度はないが、あの西住流の血を引く以上は優秀なのであろう。

 この短期間で、少なくとも準決勝まで残れるチームに仕上げたのだから。

 

「だが、戦車道は個人だけの力では勝てない。ツキもこれまでという事でしょう」

 

 戦車道関係者からすれば大いなる番狂わせかも知れないが、それも此処まで。

 準決勝の相手は、昨年の優勝校であるプラウダ高校。

 まともにぶつかれば万に一つも大洗に勝機はない。

 となれば奇策を取るより他にないだろう。

 

「最も、奇策が通じる相手ならば……ですけどね」

 

 辻は含み笑いをすると、パソコンの前を離れた

 

 

 

 更に数週間後。

 高校戦車道全国大会は、幕を閉じた。

 大洗女子学園優勝という、前代未聞の快挙と共に。

 マイナーな武芸でしかなかった戦車道はこのニュースで大いに盛り上がり、世界大会誘致を目指す文科省内でもその話題で持ちきりとなった。

 

「局長。……如何なさいますか?」

 

 号外を握りしめた部下が、顔面蒼白になって辻の前にやって来た。

 

「如何、とはどういう意味かな?」

「ですから、これです!」

 

 部下は新聞を叩きつけた。

 

「局長は、大洗女子学園の生徒会長と約束したと伺いました。優勝すれば廃校は撤回すると」

「落ち着き給え、君」

「これが落ち着いていられますか! もしそうなれば今までの苦労が全部水の泡です!」

「確かに、廃校を撤回すればそうなる。だが、私が約束したという証拠が何処にある?」

 

 冷徹に言い放つ辻に、部下はギョッとなる。

 

「口約束ならした。優勝すれば、廃校の撤回について前向きに検討する……と」

「き、局長……。しかし、それでは」

「君も官僚ならばわかるでしょう。検討するイコール決定ではないという事ぐらい」

「…………」

「戦車道が盛り上がる、大いに結構。だがそれとこれとは話が別だ、大洗の廃校は予定通り進める」

 

 そう言って、辻は席を立つ。

 

「ど、何方へ?」

「来週は出張に出る。その為の打ち合わせだ、少し外すから電話は取り次ぐな」

 

 それだけを言い残し、辻は局長室を出た。

 そして、呟いた。

 

「全く、何を狼狽えているのだ。全てはスケジュールで進めているのだ、今更何も変えられんよ」

 

 

 

 八月末。

 大洗の町は、大賑わいを見せていた。

 大洗女子学園・知波単学園連合対聖グロリアーナ女学院・プラウダ高校連合の、戦車道高校大会記念エキシビションマッチが開催され全国から大勢のファンが詰めかけていた。

 そんな中、喧騒を他所に辻は大洗港に降り立つ。

 停泊する学園艦を見上げ、そしてタラップへと向かった。

 

「あ、此処は立ち入り禁止です」

 

 白いセーラーを来た女子生徒が、辻の行く手を遮る。

 大洗女子学園船舶科の生徒だった。

 辻は無表情にポケットに手をやり、身分証を取り出す。

 

「文部科学省学園艦教育局局長、辻だ。学園長に話がある、通らせて貰う」

「え……?」

 

 気圧される生徒を押しのけ、辻と同行するスタッフはタラップを登り始めた。

 

 

 

 そして、夕刻。

 

「何よこれ!」

 

 大洗女子学園の校門前に、戦車道チームが戻ってきた。

 封鎖された校門を見て、全員が混乱し騒いでいた。

 

「君達。勝手に入っては困るよ」

 

 背後から、声をかける辻。

 生徒だから中に入れろという声を受け流し、

 

「君達はもう生徒ではない。後の事は君から説明しておき給え」

 

 先に呼び出し決定事項を伝えておいた杏にそう告げた。

 そのまま、立ち去る辻。

 

「漸く、終わったな……。長かった、此処まで」

 

 そう独りごちながら。

 だが、事態は彼の予想しない方向へと進んでいく。

 

 

 

 数日後。

 杏は戦車道連盟会長、蝶野強化委員、更には高校戦車道連盟責任者まで引き連れ文科省に乗り込んできた。

 その前にも一度抗弁に訪れていたが、口約束を盾に廃校撤回を迫る杏を軽くあしらった辻。

 杏一人でまたやって来たのなら追い返す事も出来たが、流石にこの面子を門前払いは出来なかった。

 特に厄介なのが、高校戦車道連盟責任者である西住しほ。

 大洗女子学園チーム隊長西住みほの母親である事は当然、辻も承知している。

 娘可愛さのあまりやって来ただけならば、彼も応じようがあった。

 が、しほは正論でぶつかってきた。

 

「優勝する程実力のある学校を廃校にするのは、若手育成を目指す文科省の理念に反するのではありませんか?」

「しかし、先生。まぐれで優勝した学校ですし……」

 

 辻は返答に窮してそう言ったが、それが却ってしほの怒りを買ってしまう。

 戦車道にまぐれなし、あるのは実力のみ。

 それが理解できないのなら、プロリーグ設置委員会の委員長を辞退するとまで。

 流石の辻も、そこを突かれては黙らざるを得ない。

 どうすれば認められるのか、と迫られた彼は思わず、

 

「まぁ……大学強化チームに勝ちでもすれば……」

 

 と口走ってしまった。

 すると、待ってましたとばかり杏が誓約書を書けと言い出し他の三人も頷く始末。

 辻は謀られたと気づいたが、後の祭り。

 その場で覚書を作らされ、しほと戦車道連盟会長が署名。

 辻は大学戦車道連盟の同意も必要だと逃げを打ったが、責任者の島田千代がしほの説得にあっさりと同意。

 結果、自身も連署させられる事になってしまう。

 それだけでは安心できなかったのか、大臣の同意も得るように強く迫られてしまい辻は全面降伏の格好となってしまった。

 

 が、彼はやられっぱなしで済ますような性分ではなく。

 そもそも、大学選抜チームは三十両。

 対する大洗女子学園は八両。

 いくらみほの神がかり的な指揮と個々の力量があるとは言え、数の暴力には逆らえない。

 ましてや大学選抜の車両はセンチュリオンにパーシング、チャーフィー。

 第二次大戦時の車両という条件こそ満たしているものの、戦後も活躍したような車両ばかり。

 試合形式も一発逆転があるフラッグ戦ではなく、殲滅戦とする。

 世界大会がこの形式だからという事で押し通し、それで進めてしまえばいい。

 ここまでやるか、という一方的な条件を整えた。

 そして大学選抜の指揮官は天才少女であり島田流家元の娘、愛里寿。

 今度こそ、大洗女子学園に勝ち目はない。

 

「だが、もう一つ手を打っておくか。大洗の諸君、奇跡は二度起きないという事を分からせてやろう」

 

 クククと、辻は不気味に笑った。

 

 

 

 いよいよ、試合当日。

 辻は試合会場に足を運んでいた。

 大洗女子学園に引導を渡す瞬間をこの眼で確かめる為に。

 ……が。

 試合開始直前になり異変が起きた。

 みほの姉、まほが黒森峰女学園の戦車四両と共に会場に現れた。

 大洗女子学園への短期転校と、試合への参加承認を携えて。

 辻は隣りにいた戦車道連盟会長に卑怯だと罵るが、会長は手続きを踏んで私物を持ち込んだだけと柳に風。

 そのうちにサンダース大付属やプラウダ高校、聖グロリアーナ女学院などの主力戦車が続々と搭乗。

 あっという間に大洗女子学園は三十両を揃えてしまう。

 直前での増員はルール違反だと審判長の亜美に抗議する辻だったが、試合相手の愛里寿が受けて立つと即答。

 辻の思惑は外れ、試合は始まった。

 

(まだだ。まだアレがある……いい気になるなよ、大洗女子学園!)

 

 一人ドス黒い執念を燃やす辻だった。

 

 

 

 そして。

 隠し玉であるカール自走臼砲は序盤で大洗女子学園チームに手痛い打撃を与える事に成功。

 途中で発見され撃破されてしまうものの、元々大学選抜に有利だった戦況を更に傾かせた。

 その後も愛里寿の的確な指揮で大洗女子学園チームは追い詰められたが、あと一歩のところで状況が変わってしまう。

 個々が独自の判断で動くみほ得意の戦況になり、気がつけば大学選抜チームは愛里寿搭乗のセンチュリオンのみ。

 大洗女子学園チームもみほのⅣ号とまほのティーガーの二両だけが残っていた。

 ……激しい戦いの末、みほはまほとのコンビネーションでセンチュリオン撃破に成功。

 辛くも、大洗女子学園の勝利という結果に終わった。

 歓喜の渦が巻き起こる会場で辻は一人、灰になっていた。

 

 

 

 数日後。

 辻は、文部科学大臣に呼び出された。

 

「辻君。何故呼ばれたか、わかっているだろうね?」

「……はい」

「ならば宜しい。新しい辞令だ、引き継ぎはすみやかに行うように」

 

 大洗女子学園の廃校撤回は、それだけで済む問題ではなかった。

 学園艦解体の準備はもう進んでいて、業者が受け入れを待つばかりとなっていた。

 生徒達の転校についても細部までは決まっていなかったが、その方向で大筋の調整は終わっていた。

 その為に当然予算は費やされていたし、それが全て白紙だからそれで終わりとはならない。

 キャンセル料の支払いは発生するであろうし、下手をすれば訴訟沙汰になる恐れすらあった。

 辻の根回しが、結果として全て裏目に出た格好だった。

 マスコミはここぞとばかりにバッシングを始めるだろうし、ネットではもっと辛辣な扱いになる事は目に見えている。

 その矛先は、辻本人は勿論の事文部科学大臣と文部科学省全体に向けられるかも知れない。

 辻が左遷される事は、決定事項と言えた。

 

「初等中等教育局でも頑張り給え。下がって宜しい」

「……失礼します」

 

 辻は、十歳は老けたかのような雰囲気を漂わせていた。

 そこには、少し前までのキレ者エリート官僚の面影は皆無。

 そして、そんな彼に近寄ろうとする者はいない。

 嘗ての部下や同僚も。

 ……彼の妻と子供もまた、家を出て行ってしまう。

 

 

 

 閑職に回された辻は、相変わらず灰になったまま。

 見かねた上司が休養を勧め、彼があてもなく電車に乗った。

 そして、ふと気がつく。

 

「……私は……どうしてこんな場所に」

 

 茨城県東茨城郡大洗町。

 自分の人生を狂わせる事になった、大洗女子学園が所属する町。

 何処をどうやって辿り着いたのかわからないまま、彼は駅舎を出た。

 港の方を見れば、巨大な学園艦が威容を誇っていた。

 彼はふらふらと、港の方へと歩き出す。

 そのまま、車道を横切ろうとした。

 

「危ない!」

 

 急ブレーキと共に、車が停まった。

 そして、何人かが降りて彼の方へと駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですか!」

「いきなり飛び出したりしたら危ないですよ……あら?」

「……五十鈴殿。この人は、まさか」

「あーっ! あの時の」

「役人か」

 

 奇しくも、市街地を走っていたⅣ号の面々だった。

 ふらつきながら車道に出てこようとした男が、あの文科省官僚だった事に気付く。

 

「まさか、まだ懲りずに廃校を狙ってるの?」

「そうはさせませんわ」

「どうする? 学園に連れていくか」

「冷泉殿。いかに敵とは言え、民間人を捕虜にするのはどうかと」

「待って!」

 

 みほが、仲間達を制した。

 そして、辻の手を取って立ち上がらせる。

 

「約束通り、廃校を撤回していただいたんですよね」

「……え?」

 

 訳もわからず見返す辻に、みほは微笑む。

 

「辛い戦いでしたけど、お陰で他の学校の方々とも仲良くなれました。これも、大洗女子学園を残す約束を守ってくれたお陰です。本当にありがとうございました」

「…………」

「それでは、私達はこれで。車には気をつけて下さいね」

 

 頭を下げ、みほはⅣ号に戻る。

 仲間達も何も言えず、辻を一瞥してみほに続いた。

 Ⅳ号はバックして彼を避け、そのまま走り去った。

 辻は、俯いた。

 

「……ありがとう……か。はは、はは……」

 

 空虚な笑いが、青空へと吸い込まれていく。




勢いで書いてしまいましたが、果たして。


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聖グロリアーナ女学院、新たな船出

ドラマCDを聴いていて、聖グロの話が書きたくなって考えてみました。
別作でもそうですが、ルクリリとローズヒップは公式設定で学年が不明の為それぞれ二年生と一年生の設定としています。


 コポコポと音を立て、琥珀色の液体がカップを満たしていく。

 湯気と共に、香りが立ち上る。

 

「どうぞ、ダージリン様。アッサム様も」

「ありがとう」

「いただきますわ」

 

 聖グロリアーナ女学院での日常光景。

 オレンジペコが紅茶を淹れ、ダージリンとアッサムが嗜む。

 授業よりもティータイムの方が長いのでは、と他校から見ればあり得ない時間。

 それが此処での日常だった。

 

「そう言えば、こんな言葉を知っている?」

 

 また始まったかと、アッサムとオレンジペコは顔を見合わせる。

 ダージリンの格言・名言好きにも慣れたとは言え、あと半年は付き合わされるのは確実な二人。

 とは言え今更なので、黙ってダージリンの言葉を待つ。

 

「じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて、進め」

「……はい?」

「……ダージリン様。それってまさか」

「アッサムはわからないようだけど、ペコは知っているようね」

「は、はあ……。ナポレオンですよね、それ」

「そうよ。流石ペコね」

 

 満足気に頷き、ダージリンはカップを傾けた。

 

「いえ、そうではなく。いいんですか、ナポレオンの名言なんて使って」

 

 聖グロリアーナ女学院はあくまでイギリス風の、日本の高校である。

 とは言えただ校風がそうだという訳ではなく、考え方も英国風になっている生徒も少なくない。

 ナポレオンは言わずと知れたフランスの英雄だが、同時にイギリスからすれば仇敵でもある。

 ダージリンが名言として拝借する人物としては不適切……オレンジペコにはそう思えてしまう。

 だが、当の本人は意に介した様子も見せない。

 

「歴史がどうあれ、それを頭ごなしに否定するのは愚かね。柔軟さこそ、戦車道には大切なのよ?」

「ダージリン様。大洗に影響されたんですか?」

「うふふ。プラウダ戦で一生懸命に大洗を応援していたのは誰だったかしら?」

「あ……」

 

 赤くなるオレンジペコ。

 

「しかしデータによりますと、我が校では」

「わかっているわ、アッサム。だからこそ、さっきの言葉ですわ」

「仰る意味がわかりませんが」

「私もです」

「ペコもまだまだね。では、本題に入りましょうか」

「……話の枕が相変わらずわかりにくいですけど」

 

 ボソと呟くオレンジペコ。

 

「何かおっしゃいまして?」

「いえ。それで何でしょうか、ダージリン様」

 

 ダージリンはカップを置き、オレンジペコを見た。

 

「我が校戦車道チームの今後の事よ」

「今後、ですか」

「ええ。わたくしとアッサムはもう三年生。あと半年程で卒業よ」

「そうですね。そろそろ、次の隊長も決めませんと」

「そうよ。それでわたくし、ずっと考えていましたの。ですが、もう結論は出たから後は進むのみ」

「それで、ナポレオンだったんですね。……では、どなたを隊長に?」

 

 と、クスクス笑い出すダージリン。

 オレンジペコは訳がわからず、困惑した。

 

「ペコ、ここまで話してまだわからないのかしら?」

「申し訳ありません」

「ま、いいわ。ペコ、貴女よ」

「……はい?」

「だから、貴女を新隊長に任命すると言ったのよ」

「……え? ええーっ!」

 

 思わず、ポットを取り落としそうになるオレンジペコ。

 アッサムが素早く手を伸ばし、床が大惨事になる事態は避けられた。

 

「アッサム、ありがとう。ペコ、気をつけなさい」

「ど、どういう事なんですかダージリン様!」

「言った通りよ。ねえ、アッサム?」

「はい。私も賛成でしたし」

「…………」

 

 呆然となるオレンジペコ。

 が、すぐに立ち直ってみせた。

 

「ダージリン様、私まだ一年ですよ?」

「勿論、知っているわよ」

「二年生の方々も大勢いらっしゃいます」

「それなら問題ないわ。黒森峰のまほさんだって一年生から隊長を任されていたわ」

「西住流家元のエリートと比べないで下さい。第一、私は装填手しかやった事ないんですし」

「ええ、そうね。でも、貴女はずっとわたくしの隣にいたわね?」

「それは……そうですが」

「なら、わたくしの采配は貴女が一番良く知っているでしょう? そんな隊員は、他にいないわよ」

「…………」

「貴女がどうしても気が進まないのなら仕方がないけど。どうするのかしら?」

 

 オレンジペコは、どう返すべきか思い悩んでいるようだ。

 来年になれば、もしかしたら隊長や副隊長候補にはなれるかも知れない……そのぐらいならば彼女も考えた事はある。

 が、副隊長どころかいきなりの隊長指名。

 ダージリンがそれだけ自分を買ってくれていた事は嬉しく、光栄ではあった。

 が、だからと言って即答出来る程には心の準備は整ってはいない。

 オレンジペコは自信過剰とは無縁の性格であり、大胆よりは慎重と自分を見定めていた。

 

「ダージリン様」

「何?」

「ルクリリ様やローズヒップさんはどうなさるおつもりなんですか?」

 

 オレンジペコが挙げた二人は、車長だけでなく小隊長の経験があった。

 それがチームの総隊長に繋がるかどうかは兎も角、少なくとも車長すら未経験のオレンジペコよりは実績も上と言えよう。

 

「そうね。ペコが隊長なら、ルクリリは副隊長かしら。ローズヒップは……」

「クルセイダー以外には似合いませんね。チャーチルやマチルダIIは速度も遅いですし」

「そうね、アッサム。それに、あの娘は防御よりも攻撃で真価を発揮するタイプだから……」

「我が校の伝統を考えれば、不適任かと」

 

 ローズヒップについては口にこそしたものの、オレンジペコも二人の見方に異論はないようだ。

 性格ばかりは急には変えようもなく、またクルセイダーの快速を活かす方が聖グロチームには間違いなくプラス。

 

「ルクリリ様はどうなんですか?」

「悪くはないわ、だからこそ副隊長にと考えたのよ」

「ですが、それなら隊長をルクリリ様にして私が副隊長の方が自然だと思います」

「ペコ。同じ事を何度も言わせないで、わたくしは考えた末に進んでいるのよ?」

「…………」

「貴女も見たでしょう。大洗の、そしてみほさんの戦いぶりを」

「……はい」

「来年は間違いなく優勝候補筆頭ね。みほさんなら抜けた戦力をきっちり補強して来るでしょうから」

 

 それにはオレンジペコも同意せざるを得ない。

 戦車も不揃い、隊員は素人ばかりのチームを纏め上げ実力で全国大会優勝を成し遂げたのは快挙と言うよりない。

 例え対戦相手の慢心や油断があったにせよ、運だけで勝ち上がれる程甘い世界ではない。

 西住みほという実力の確かな指揮官あってこそではあっても、大洗女子学園自体の強さも疑いようのない事実。

 

「今のままでは、来年も我が聖グロリアーナが優勝旗を手にするのはかなり難しいでしょう」

「はい。データによりますと、現状で比較した場合でも大洗女子学園が優勝する確率は五割を超えます」

「それならば、尚更」

「ペコ。何も、来年優勝をしなければならないとは申しませんわよ?」

「……はい?」

 

 気の抜けたような声を出してしまうオレンジペコ。

 

「みほさんは確かに手強い相手。ですが、再来年には?」

「三年生ですね。……ダージリン様、まさか……?」

 

 ダージリンは頷き、カップを手に取った。

 

「そう。聖グロリアーナが目指すのは再来年の優勝。……勿論ペコが来年も優勝すると言うのならより結構だけれど」

 

 戦車道大会に参加する以上、どの学校も当然優勝を目指すのは当然。

 あのアンツィオ高校でさえ、チャンスがあるならば優勝とアンチョビが口にしていたのだ。

 だが、仮にも聖グロリアーナ女学院は準優勝経験もある強豪。

 先を見据えての事とは言え、ダージリンの決断はあまりにも大胆過ぎる。

 OGや隊員からも批判が出るのは必定で、そんな状態でオレンジペコが指揮など取れる筈もないだろう。

 確かにみほが引退した後ならば、如何に大洗女子学園と言えども勝ち抜くのは相当に厳しくなる可能性は少なくない。

 その間に戦力を整え、練度を上げ続けていたとしたら。

 他校も気を緩めたり手を抜く事はないだろうが、元々高い実力のある聖グロを自身も鍛え上げたオレンジペコが率いる……ダージリンが予想する成果を得る事も夢物語ではなくなるだろう。

 ただし、その為にはダージリンの壮大な構想に理解を得て皆に協力を得るのが大前提。

 

「少し、考える時間をいただきたいのですが」

「ええ、宜しくてよ。でも、早めに返事は聞かせて欲しいわね」

「時は金なり、ですか?」

 

 オレンジペコの言葉に、ダージリンは目を丸くする。

 そして、微笑んだ。

 

「まさか、ペコの方から諺を言うとはね。ふふ」

 

 

 

 オレンジペコは一人、戦車用ガレージへとやって来た。

 大洗女子学園とは違い、伝統ある聖グロリアーナだけあって設備一つ取っても本格的である。

 整備班が入念に各車両のチェックをしているのが見えた。

 

「ご苦労様です、みなさん」

「こんにちは、ペコさん。何か御用ですか?」

「いえ。ちょっと、チャーチルを見たいのですが宜しいですか?」

「ええ、どうぞ。整備は終わってますから」

 

 整備班長に許可を貰うと、オレンジペコはチャーチル歩兵戦車の側に立った。

 彼女は聖グロに入学すると、戦車道を選択。

 隊長のダージリンはその素質を見抜き、隊長車であるチャーチルの装填手に抜擢した。

 オレンジペコはその期待に応え、すぐに優秀な隊員にしか与えられない紅茶の名で呼ばれるようになった。

 彼女もその事は誇りに思っているし、ダージリンに対しても敬意を払っている。

 このチャーチルは、オレンジペコの戦車道そのものとも言えた。

 

「よっ、と」

 

 小柄な彼女だが、手慣れたもので車体にするするとよじ登る。

 ハッチを開け、車内へ。

 乗員五名のチャーチルだが、オレンジペコが座るのはいつも装填手の席。

 すぐ隣が車長席、ダージリンの指定席。

 もうすぐ、それも空席になる。

 

「……隊長、か」

 

 オレンジペコには、その情景がどうしても想像できない。

 常に優雅で冷静。

 的確な指示で強豪軍団を率い、結果を残してきた名隊長がいなくなる。

 世代交代は世の常とは言え、どうしても実感がわかない彼女だった。

 ……と。

 オレンジペコは車内を見回し、それからハッチを閉めた。

 そして、そっと車長席に座る。

 いつもと同じようで、違う視界。

 ……いつかは、この席に座る日が来るかも知れないとは思っていた。

 それが、すぐに現実になろうとしている……彼女の決断如何では。

 

「本当に……私でいいのかな」

 

 独りごちるオレンジペコだった。

 

 

 

「ペコ。起きなさい、ペコ」

「……ん」

 

 体を揺さぶられ、オレンジペコは目を開けた。

 彼女を覗き込むのは、ダージリン。

 

「……あ、あれ? ダージリン様?」

「姿が見えないからと探したら、こんな場所で寝てるんですもの」

「す、すみません……」

「それにしても」

 

 ダージリンは、オレンジペコの額を小突いた。

 

「考えさせて欲しいだなんて、ペコも一人前に焦らしたつもりなのかしら?」

「え? い、いえ。これは……その……」

 

 慌てて立ち上がろうとする彼女。

 ダージリンは微笑むと、手を伸ばしてハッチを開けた。

 

「ペコは自覚十分みたいだけど、どうかしら?」

「ペコが隊長で異議無しでございますわ!」

「私も、ペコの指揮を見てみたいですね」

「ローズヒップさんに、ルクリリ様?」

 

 ハッチから顔を覗かせた二人。

 どうやら、ダージリンと共にやって来ていたらしい。

 

「……ダージリン様」

「ペコ。わたくしはもう進むのみよ、貴女はどうするの?」

「……もう、選択肢もないじゃありませんか。わかりました」

 

 オレンジペコは立ち上がり、ダージリンに頭を下げた。

 

「不束者ですが、隊長の役目お引き受けします。改めて御指導御鞭撻、宜しくお願いします」

「そう……良かった。後の事は気にせず、頑張りなさい」

「はい!」

 

 

 

 後に数々の名勝負を繰り広げた伝説の隊長、オレンジペコ誕生の瞬間だった。




聖グロに関しては、ルクリリが隊長というのはどうしてもしっくり来ません。
となればペコを抜擢する他ない訳で。
その前提で、思い切って仮説を立ててみました。

同じような事がプラウダ高校でも起きそうですね。


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もし、みほが沙織&華と別のクラスだったら

そんな設定をツイッターで見かけたので書いてみました。
こんな感じで本編が始まったとしたら、全然違う展開になりそうですが。

ちょっと長くなりましたが、宜しければご一読下さいませ。


 昼休み。

 生徒達は連れ立って食堂、或いは購買へと向かう。

 弁当持参の生徒は天気が良ければ屋上や中庭へ。

 そんな中、ぽつんと一人教室に残る生徒がいた。

 

 西住みほ。

 熊本の黒森峰女学園から転校してきたばかり。

 中途半端な時期での転校という事もあるが、彼女はクラスに溶け込めずにいた。

 訳ありな雰囲気を放っているせいもあり、周囲はみほに関わろうともしない。

 お陰で、未だに友人はおろかまともに話せる相手すらいない状態だった。

 

「お昼、食べなきゃ」

 

 誰もいなくなった教室で、みほはポツリと呟く。

 溜息を付きながら、のろのろと立ち上がる。

 がたん、と机に足がぶつかり机の上にあったものが床に落ちてしまう。

 拾おうと机の下に潜ると、今度は頭をぶつけて筆箱が落ちた。

 要領の悪さというか、鈍さは相当なものらしい。

 何とか拾い集め、整理し終わる。

 

「はぁ……」

 

 溜息をつくが、反応する人もなく。

 みほは頭を振ると、教室の出口へと向かって行った。

 

 

 

 購買で売れ残りのパンを買い、牛乳で流し込んで昼食は終了。

 あまり人気のない場所を探すうちに、みほはレンガ造りのがっしりとした倉庫裏に来ていた。

 特に何も書かれておらず、重そうな鉄扉はしっかりと閉じられていた。

 使われている雰囲気もないが、誰かに聞こうにも周囲に人気はない。

 

「……あれ?」

 

 ふと、みほは人が出入りする扉が一箇所だけ開いている事に気づいた。

 他はしっかり施錠されているのに、そこだけ開放したままというのはあり得ない。

 つまり、人が出入りしているという事になる。

 幸い、みほは簡単に食事を済ませてしまったせいもありまだ授業までは時間もあった。

 好奇心に駆られ、みほは扉に近づいていく。

 ……と、中から話し声がするのに気づいた。

 

「いやぁ、こんな場所にあったとはねぇ」

「でもこれ……動くんですか? なんかボロボロなんですけど」

「Ⅳ号戦車D型。これに間違いないようです」

 

 中にいるのは、三人らしい。

 その中の一人が言ったキーワードに、みほはピクリと反応する。

 

(Ⅳ号……? どうして、此処にそんなものが?)

 

 大洗女子学園では現在、戦車道は行われていない。

 転校先を決めるに当たり、みほが重視したのはそこであるから間違いはない。

 みほも独自に調べてみたが、数十年前に戦車道は取り止められていて所持していた戦車も売却されたという事だった。

 が、現にIV号というキーワードが聞こえてきた。

 みほは気になり、扉の影からそっと覗き込んだ。

 倉庫の中は薄暗く、はっきりとは視認出来ない。

 だが、ドイツ製戦車について叩き込まれているみほにはわかってしまう。

 

(間違いない。あれは……IV号)

 

 この学校がその後戦車道を一時的にでも再開したという記録はないから、取り止めてから一度も動かしてはいないのだろう。

 当然だが、戦車を動かすには燃料を入れるだけなく入念な整備が欠かせない。

 遠目に見ても車体には錆が浮いていて、履帯も外れているようだった。

 売り払った筈の車両が此処にある理由はわからないが、少なくとも稼働状態にはなさそう……それがみほの見立てだった。

 戦車道を実施している学校は他にもあり、コレクターもいる。

 状態は悪いようだが、売りに出せば引き取り手はあるかも知れない。

 売却して学校の運営資金にでも充てるつもりで探していたのだろう、みほはそう結論付けた。

 

 と、三人のうち一人が振り向いた。

 

「誰だ、其処にいるのは!」

「ひゃっ!」

 

 誰何にみほは思わず叫んでしまい、他の二人も振り向く。

 そのまま、みほのところへとやって来た。

 制服姿の三年生だと気付いたが、もう逃げようにも手遅れだった。

 

「おい、貴様! 此処は一般の生徒は立ち入り禁止だぞ!」

「す、すみません! 私、転校してきたばかりで……その」

「言い訳など要らん! ちょっと来い」

 

 片眼鏡の生徒に捲し立てられ、みほは押されて狼狽するばかり。

 と、隣にいた背の低い生徒が前に出た。

 

「まぁ、待て河嶋」

「ですが、会長!」

「桃ちゃん」

「む……」

 

 もう一人、胸の大きな生徒に窘められ片眼鏡は黙り込む。

 

「転校生……もしかして、西住ちゃん?」

「ふえっ? ど、どうして私をご存知なんですか?」

 

 会長と呼ばれた生徒は、ニカッと笑った。

 

「いやぁ、奇遇だねぇ。私は生徒会長の角谷杏だ、よろしく~」

「副会長の小山柚子です」

「広報の河嶋桃だ」

「は、はぁ……。西住みほ、です」

 

 みほは混乱しながら、三人の自己紹介を受けた。

 確かに高校での転校生は珍しいかも知れないが、何故生徒会が自分の存在を知っているのか。

 問題行動を起こした覚えもないし、そもそも友達もまだいないみほがマークされるのも妙な話だ。

 たまたまなのかも知れない、そうみほは思い始めた。

 ……が。

 

「西住ちゃん。戦車道の経験者だよね?」

「え、ええっ?」

「調べはついてる。貴様、黒森峰女学園で副隊長まで務めたそうだな?」

「それに、あの西住流家元の娘さんなのよね?」

 

 みほは、甘い希望的観測が跡形もなく吹き飛ばされた事を否応なしに思い知らされた。

 生徒会は知っていたのだ、それも正確な事実を元に。

 それにしても、不可解ではあった。

 戦車道が実施されていないこの大洗女子学園で、みほの家系や過去の経歴など何の意味があるのか。

 もし役立つとすれば、目の前のIV号を診断するぐらいだろうか。

 それでもみほは本職の整備士ではなく、正確な価値など弾き出せる筈もない。

 中古戦車を扱う専門業者は何社もあるのだから、査定させて見積もりを取ればいいだけ。

 そうなると、ますますみほには理解不能だった。

 

「あ、あの……。私、何をさせられるんでしょう?」

 

 怯えるみほに、杏がズイッと顔を近付けた。

 

「実はさ、今度うちも戦車道再開する事になってさ。西住ちゃんにもやって欲しいんだよね」

「え、ええっ!」

「西住さんも知っていると思うんだけど、もう何十年も戦車道やってなくて経験者が誰もいないの」

「その点、西住はうってつけだ。会長がそう判断されたのだ」

「そ、そんな……」

 

 三人に迫られ、愕然となるみほ。

 

「で、とりあえずIV号は見つけたんだけどさ。いやぁ、こんな状態とは思わなくてな。西住ちゃん、これ使えそうかどうか診てくれないかな?」

「西住さん、お願い」

「まさか、会長の頼みを聞けないとは言わないだろうな?」

「あ、あの……。私、そんなつもりじゃ……」

 

 みほはジリジリと後退りしてしまう。

 

(と、兎に角逃げなきゃ!)

 

 頭ではそう思うが、身体が動かない。

 そんな機敏さがあれば、そもそもこんな事態には陥ってはいない筈だ。

 その時。

 

「うわあ、本物のIV号D型が見られるなんて感激であります!」

 

 そう叫びながら、誰かが倉庫に駆け込んで来た。

 呆気に取られる四人を他所に、一人の生徒がIV号に手をついた。

 そして、なんと頬擦りを始めてしまう。

 

「あのロンメル戦車軍団でも主力を務めたIV号! この肌触りが堪りません!」

「……河嶋、小山。あれは誰だ?」

「さ、さあ……?」

「見た事ない生徒ですね」

「…………」

 

 生徒会の三人は勿論だが、一番引いていたのはみほ。

 戦車道の経験でも、こんな場面には出くわした事はない。

 戦車の好みならみほにもあるし、それを仲間と語り合うぐらいならば当たり前にしていた。

 が、ここまで戦車そのものに愛情を露わにする人物はまだお目にかかった事はない。

 みほも、その正体を計り兼ねていた。

 

「あ……すみません。西住殿、此処にいては皆さんの邪魔になります。行きましょうか」

 

 頬に鉄錆をつけたまま、件の生徒はみほの処にやって来た。

 そのまま、みほの手を取って歩き出す。

 

「ふえっ? あ、あの……」

「どうもであります!」

 

 みほは戸惑いながらも、そのまま引きずられて行く。

 後に残された生徒会の三人は、暫し固まってしまう。

 

「あー、逃げられちゃったね」

 

 杏の言葉に、柚子と桃はやっと再起動。

 

「追いかけますか?」

「いや、いいって。どうせ、学園にいる限りまた会うしね」

「そうだよ、桃ちゃん。それより、準備に戻ろう?」

 

 三人も、みほ達が出て行った扉へと歩き出した。

 

 

 

「不躾な真似、申し訳ありませんでした!」

 

 一方。

 みほは体育館裏まで連れて行かれた。

 どうするのかと思いきや、件の生徒はいきなり土下座して謝り出した。

 幸いにも全く人気はないようだが、みほはオロオロするばかり。

 

「あ、あの……止めて下さい」

「いいえ。咄嗟の事とは言え、西住殿ともあろうお方の手をいきなり掴んでしまうなど。本当に申し訳ありません!」

「で、ですからいいんですって。私を助けようとしてくれたんですよね……?」

「……はい。西住殿がお困りのご様子でしたから。差し出がましいとは思ったのですが」

 

 みほは、屈んで視線を合わせた。

 

「私の事をご存知みたいですけど、良ければお名前を教えて貰えませんか?」

「あ、失礼致しました。私、二年C組の秋山優花里と申します!」

「秋山さん、とりあえず座って話しませんか? 私も、そのままでは落ち着けませんから」

「い、いいんですか……?」

「はい。ちょっとびっくりしちゃいましたけど……大洗に転校してきて、初めてちゃんとお話出来そうで」

 

 みほは寂しげに笑う。

 優花里は、複雑そうにみほを見た。

 

 

 

「……そうでしたか。あの試合、観ていたんですね」

「はい! あの試合からずっと、私は西住殿のファンであります」

「…………」

 

 みほにとっては、トラウマでしかない出来事。

 戦車道全国大会決勝戦でみほが取った行動そのものは、未だに悔いはない。

 だが、実の母親であるしほには厳しく叱責され、周囲からは激しい非難も浴びた。

 元々戦車道を強いられていたという実感のあったみほは、それが切っ掛けで戦車道に背を向けてしまった。

 大洗女子学園には自分の意志でやって来たとは言え、それを逃げたという者もいる。

 

「私は、西住殿のあの時の判断は間違っていなかったと思います」

「……私も、もし今同じ事が起きたとしてもやっぱり同じ選択をすると思っています。でも……」

「それでいいじゃありませんか」

「……え?」

「ご自分で正しいと思った事を貫き通したのですから。そんな西住殿を、やっぱり私は尊敬するしかありません」

「秋山さん……。本当に、そう思ってくれますか?」

「はい!」

「……あり……がとう……」

 

 みほは、優花里の手をしっかりと握った。

 その眼からは、涙が溢れている。

 大洗に転校してきて正解だったのか、ずっと悩んでいた。

 なかなか友人も出来ず、一人ぼっちの毎日が続いた。

 戦車道から遠ざかろうとした、自分自身で選択した結果ではあった。

 それでも、みほには辛く我慢の日々。

 やっと、自分の話を聞いてくれる相手に巡り会えた。

 感激するなと言う方が無理であろう。

 一方、優花里は軽くパニックに陥ってしまう。

 

「に、西住殿!」

「ありがとう……本当に……ぐすっ」

「あ、あの。とととりあえず、涙を拭いて下さい。これ、どうぞ!」

 

 空いた手で、迷彩色のハンカチをみほに差し出す優花里。

 みほは頷くと、それを受け取り目元を押さえた。

 

「いろいろ辛い思いをされてきたんですね。……でも、少なくとも私は味方ですよ。西住殿」

「秋山さん……」

「……実は、西住殿が転校されてからずっとお話する機会を探していたんです。ですが、クラスが違いましたし……何となく、西住殿が近寄り難い雰囲気だったので」

 

 みほはハッとなった。

 大洗でずっと孤独だったのは、自分が奥手だったせいだけではない。

 知らず知らずのうちに、壁を作っていたのだと。

 それでは周囲の生徒も近寄ってくる訳がない。

 

「私は戦車の事にしか興味がありませんし、だから友達と呼べる人もいません。ですが、私で宜しければこうしてお話させていただきたいのであります」

「え? それって……」

「……駄目、ですか?」

 

 みほはブンブンと頭を振った。

 

「いいえ、本当に嬉しいです。……良ければ、お友達になって下さい」

「い、いいんですか?」

「勿論です!」

 

 優花里は両手を頬に当て、ぐりぐりと頭を動かした。

 

「に、西住殿とお友達になれるだなんて。感激であります!」

「お、大袈裟ですよ。……あ、そうだ」

「どうかなさいましたか?」

「うん。お友達に丁寧語は変かな、って。名前で呼んでもいいですか?」

「は、はい! ご随意に!」

「もう。……じゃあ、優花里さん。改めて、宜しくね」

「ここ此方こそ。不束者ではありますが、宜しくお願いするであります!」

 

 みほに、久しぶりの笑顔が戻った。

 優花里も、つられて笑顔になる。

 二人は、こうして知己を得た。

 

 

 

 その日の放課後。

 生徒会から召集がかかり、全校生徒が体育館に集められた。

 必修選択科目のオリエンテーションと言う名目ではあったが、実際は戦車道復活の告知と履修希望者を募る為のプロパガンダ。

 みほにはそれがわかったが、隣に座る優花里は目を輝かせてスクリーンに見入っていた。

 まだ仲良くなったばかりだが、みほには優花里がどれだけ戦車に愛着を持っているかは理解出来ていた。

 その戦車に実際に乗れるとなれば、優花里が興奮しない訳がない。

 最も、倉庫で見たあのIV号以外に車両があればの話。

 みほの調べた通りならあれが唯一の車両だし、しかも動かせるのかどうかもわからない。

 戦車道は団体戦、両数が多ければ戦術の幅が広がったり故障や不具合があってもカバー出来る。

 みほは西住流戦車道を叩き込まれた事もあり、強力な戦車を揃えて相手を圧倒する事の有利さが身に沁みていた。

 ……が。

 そんな現実を優花里に告げる事など、みほには思いもよらない事。

 楽しげな優花里の気分を無駄に害したくもなく、折角出来た友達にそんな事も言いたくなかった。

 プロモーション映像が終わると、生徒会は履修すれば様々な特典を与えると宣言。

 みほには生徒会権限でそこまでやれるのかと疑問に思えたが、すっかり雰囲気に呑まれている周囲を見て小さく溜息を漏らすばかりだった。

 

「西住殿はどうするのでありますか?」

「うん……」

 

 配布された用紙を手に、連れ立って下校する二人。

 戦車道の欄が強調されてはいるが、他にも華道や忍道などの選択肢が書かれていた。

 

「優花里さんは、やっぱり戦車道を?」

「はい! やはり、実物の戦車に乗れるまたとない機会ですから」

「そうだよね……」

 

 やはり、言えなかった。

 優花里は戦車そのものの知識だけなら、みほよりも上かも知れない。

 だが、戦車道は車両の知識だけで行えはしない。

 生徒会も突然復活を言い出した理由は不明だが、みほから見ても無謀としか言いようのない行為に映る。

 ただ戦車道を復活させたいだけにしても、車両だけではなく設備も人もない。

 燃料や弾薬、スペアパーツだって勿論タダではない。

 どう贔屓目に見ても金のないこの学園で、唐突としか言えない戦車道復活。

 文科省が世界大会誘致を見据え、若手育成を掲げて戦車道を奨励したという理由だけではないのだろう。

 そんな得体の知れない中では、優花里がいくらやる気に満ちていても何も出来ないままになりかねない。

 

「西住殿は……やはり、気が進みませんか」

「うん。どうしても戦車道はやりたくなくて……ごめんね」

「そうですか……。西住殿と一緒に戦車に乗れたら最高だったのですが」

「…………」

 

 優花里はみほに無理強いはしなかった。

 みほが強豪の黒森峰、それも副隊長と栄えある立場を捨ててまで此処にいる理由は察するに余りある。

 みほに対する敬慕の念は変わらないが、嫌々戦車に乗るみほは見たくなかった。

 自分から進んでと言うのなら、優花里は一も二もなく賛成しみほに従うつもりだった。

 

「では、どうするのでありますか?」

「香道を取ろうかな、って思ってるの。一度やってみたかったし」

「わかりました。……あ」

 

 優花里は、不意に足を止めた。

 

「どうしたの?」

「……家に着いてしまいました」

 

 其処は理髪店で、看板には確かに秋山と書かれていた。

 

「秋山さんの家、床屋さんだったんだ」

「はい。大変名残惜しいのですが……」

「ううん。じゃ、また明日ね」

「はいっ! それでは明日も宜しくお願いするであります!」

 

 優花里は敬礼をして、店に入って行く。

 戦車道の事はあったが、それでもみほは登校時に比べて明るい気分だった。

 優花里という友人を得られたのは、やはりみほには最大の収穫には違いなかった。

 

「早く明日にならないかなぁ」

 

 そう呟きながら、軽い足取りで寮へと向かうみほだった。

 

 

 

 翌日。

 みほは優花里と待ち合わせ、学食で昼食をとる事にした。

 一人ではあれだけ敷居が高かったのが不思議な程、みほは自然と足を踏み入れていた。

 

「メニューが豊富なんだね」

「それが自慢と言われていますから。何でも、生徒会長が食事が充実しなくては学園生活を楽しめないと主導したとか」

「生徒会長って……あの?」

「そうであります。西住殿はご存知ないかも知れませんが、今の生徒会長は兎に角イベント大好きでして。去年の学園祭など大いに盛り上がりました」

「そ、そうなんだ」

 

 生憎、みほはそうした姿は見ていない。

 倉庫で恫喝紛いに迫られた印象しかないのだから、素直に頷ける訳がない。

 大洗に来てしまった以上は顔を合わせずに済むとは思えないが、出来る限り接点は持ちたくないと思うみほだった。

 ……が、そんな彼女の願いはあっさりと打ち砕かれてしまう。

 

 

 

「これはどういう事だ!」

「何で、選択しないかなぁ」

 

 食事中、みほは緊急放送で生徒会室に呼び出された。

 心配してついてきた優花里と二人で部屋に入ると、例の三人が待ち構えていた。

 桃はみほが提出した必修選択科目の用紙を手に、みほを怒鳴り立てる。

 杏は呆れたように椅子に踏ん反り返り、柚子はその隣で何故か半べそをかいている。

 

「お終いです……。もう我が校は」

「そんな事はない! おい西住、今すぐこれを書き直せ!」

「そ、そんな……。必修選択科目は自由に選べるんじゃ……」

「貴様は別だ! 他を選ぶなど許さん!」

「待って下さい! いくら何でも横暴過ぎるのであります!」

 

 見かねた優花里が助け舟を出そうとする。

 が、三人には通じない。

 

「横暴は生徒会に与えられた正当な権利だ!」

「どうしてもやりたくないなら、二人ともこの学園にいられなくしちゃうよ?」

「会長は本気よ? 今のうちに謝った方がいいと思うよ?」

 

 優花里も気圧されてしまい、言葉に詰まってしまう。

 

「どうして……どうしてですか。私は、戦車道をやりたくなくて態々転校して来たのに」

「そうです! 嫌がる相手に無理強いせずとも、戦車道を復活させるだけなら」

「……復活させるだけじゃ駄目なんだよねぇ」

 

 杏の言葉に、桃と柚子が押し黙る。

 みほは、其処に重い何かを感じた。

 

「……理由を聞かせて下さい。戦車道は、IV号一両だけではどうしようもありません。しかも、そのIV号でさえ使えるかどうかも定かではないと思いますが」「西住……殿?」

 

 みほは、言わずにはいられなかった。

 隣にいて自分を案じてくれている友人には悪いと思ったが、もう止められなかった。

 そこまで自分に、そして戦車道に執着する理由を確かめるまでは。

 

「そんな事は貴様が知る必要はない!」

「そ、そうよ? 私達はただ、文科省の」

「河嶋、小山。……もういい」

「会長?」

「ま、まさか……」

 

 戸惑う桃と柚子を制して、杏はみほを見た。

 

「西住ちゃん。それから秋山ちゃん……だっけ? これから話す事、聞けばきっと後悔するけど覚悟はいい?」

「か、覚悟でありますか……?」

「そう。私達が何もしなくても、この学園にいたくなくなるかも知れないけど」

「に、西住殿……」

 

 優花里は、恐る恐るみほを見た。

 が、みほは俯く事なく杏を見返していた。

 

「……聞かせて下さい。どうするかは、お話の後で考えます」

「秋山ちゃんはどうする? 出て行くなら今のうちだけど」

「……いえ。西住殿がそう仰るなら、私も伺います」

「やれやれ、二人共物好きだね」

 

 杏は苦笑すると、食べていた干し芋を飲み込んだ。

 

 

 

「廃校……?」

「しかも、今年度限りでありますか……?」

 

 みほと優花里は、驚きを隠せない。

 文科省は学園艦の統廃合を進めていて、大洗女子学園はその検討リストに入っている事。

 目立った実績もなく、生徒数が減少している為にその最有力候補である事。

 そして、それを回避するためには戦車道を復活させ……しかも全国大会で優勝する事が条件である事。

 

「つまり、我々はあの黒森峰やプラウダ高校に勝たないと駄目……。いくらなんでも無茶であります!」

「無茶は承知だよ」

「それぐらいしか思い浮かばなかったのだ、あの時は」

「そうよね……」

 

 杏達は、沈痛な表情をしていた。

 優花里も、流石に顔面蒼白になっていた。

 ……そして、みほは。

 ジッと、何かを考え込んでいた。

 

「西住ちゃん、どう? また転校したくなった?」

「…………」

「…………」

「西住殿……」

 

 四人の視線が、みほに集まる。

 それでも、みほは微動だにしない。

 そのまま、沈黙が辺りを支配する。

 

 

 

 やがて。

 静寂を破ったのは、みほだった。

 

「会長さん」

「何?」

「……会長さんは、この学園が大好きですか?」

「愚問だね、西住ちゃん。私だけじゃない、河嶋も小山も」

 

 桃と柚子は、何度も頷いた。

 

「優花里さんは?」

「私もであります。……初めは、戦車道のある学校に行けなくて残念に思った事もありました。ですが、今はこの学園が私の居場所です」

「そっか……」

 

 みほは一度俯き、そして顔を上げた。

 その眼には、決意が漲っていた。

 

「……やれるとは言いません。また、大丈夫とも言いません。ですが……みなさんにその覚悟があるなら」

「……西住殿?」

「やります、私。戦車道を!」

「ええっ!」

 

 優花里だけでなく、桃と柚子も驚きの声を上げてしまう。

 杏だけが、みほの言葉を冷静に受け止めていた。

 

「……本当にいいんだね、西住ちゃん」

「はい。その代わり、宝くじを当てるよりもずっと難しく厳しい戦いになります。会長さん、後には引けませんからね?」

「どのみち、もうウチには進むしかないからさ。やってやろう」

「……わかりました。優花里さんはどうする?」

「言った筈ですよ。西住殿と一緒に戦車に乗れたら最高だと、あの言葉に嘘偽り無しであります」

「……うん!」

 

 みほは頷くと、全員を見渡した。

 

「兎に角、人を集めましょう。それから、戦車が他にないかもう一度確認をお願いします。Ⅳ号の状態確認も今からやらないと」

「…………」

 

 杏は席を立つと、みほの前まで歩いてきた。

 そして、手を差し出した。

 

「……ありがとう、西住ちゃん。一緒に、頑張ろう?」

「……はい」

 

 その手を握るみほ。

 桃と柚子、それに優花里がその上に手を重ねる。

 

「西住ちゃん、何か号令」

「ふえっ?……じ、じゃあ……パンツァー・フォー!」

「応!」

 

 

 

 大洗女子学園戦車道チームが、産声を上げた瞬間だった。



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これも一つのアンツィオ戦です!

アンチョビが作戦を変えて臨んだら、二回戦はどうなっていたか。
そんなifストーリーです。

OVA未視聴の方は盛大にネタバレが含まれていますのでご注意下さい。


4/15
誤字が盛大にありましたので訂正しました。


 次々に入る撃破報告。

 千代美は覚悟していた……最初から。

 戦車道全国大会二回戦、対戦相手の指揮官はあの西住流家元の娘。

 千代美率いるアンツィオ高校が所有する戦車は、彼女が乗るP40と数両のM41セモヴェンテ。

 そして主力は豆戦車(タンケッテ)であるCV33(カルロ・ベローチェ)

 豆戦車と言うだけあり、武装は機銃のみで装甲も気休めレベル。

 身軽さを活かしての撹乱や偵察、陽動ならば使えなくもないという感じで他校であれば戦力にもならないだろう。

 仮にアンツィオ高校がサンダース大付属や黒森峰のように資金力のある学校ならば、もう少しやりようもあるかも知れない。

 無い袖は振れないのが事実で、このP40でさえコツコツと貯めた資金でやっと手に入ったぐらいだ。

 一回戦は名門ながらも此処数年の低迷から抜け出せずにいるマジノ女学園と対戦し、苦戦しながらも相手フラッグ車の撃破に成功。

 その快挙には全校が湧いた。

 彼女が戦車道チーム立て直しの為に招かれた時点では、アンツィオ高校は弱小校に過ぎなかった。

 陽気で仲間想いの集まりではあるが、ノリと勢いだけで突っ走るのみでまともな戦術もない。

 車両は他校に比べて明らかに見劣りし、燃料や弾薬も潤沢ではない為に練習も十分に行えない。

 そんなないない尽くしのチームを見て、千代美は頭を抱えるしかなかった。

 それでも招聘された以上、彼女にも意地がある。

 幸い、アンツィオ高校にはリーダーの素質がある人材がいた。

 戦車道のベテランで頭の良いカルパッチョ。

 常に陽気で皆をまとめる力のあるペパロニ。

 二人を副隊長に起用すると、千代美はチームの改革に取り掛かった。

 未だにそれは道半ばではあったが、着実に成果は挙げつつあった。

 そうでもなければ、いくら実施校が限られた戦車道とは言え全国大会出場ですら覚束ないレベルだったアンツィオ高校がこの場にいられる訳がない。

 一回戦に出さなかったこのP40を加え、作戦も立てた。

 勝てるかどうかはわからない。

 それでも、彼女は自分に言い聞かせるよう勝利への執念を口にし続けた。

 ……だが、与えた指示をペパロニが忘れるというハプニングが起こり作戦は失敗。

 不屈の精神で隊員達は戦ってくれたが、頼りのカルパッチョはⅢ突と激しくやり合っていて他車の援護は不可能。

 ペパロニは八九式に追い回され、指揮系統はズタズタになってしまっていた。

 千代美は自力でフラッグ車を撃破するしかなく、38(t)を必死に追い回した。

 そして、追い詰めた筈が……気が付くと誘い込まれていた。

 Ⅳ号の放った一弾がP40を直撃し、試合終了。

 結局、大洗女子学園で撃破されたのはⅢ突のみ。

 一方、アンツィオ高校は全車両が行動不能に。

 

(完敗だな……ははは)

 

 千代美は薄れゆく意識の中、そう呟いた。

 

 

 

「………チェ。ドゥーチェ」

「……ん?」

「起きて下さい、ドゥーチェ」

「何だ、もう朝か……?」

 

 ノロノロと顔を上げると、カルパッチョが心配そうに千代美を見ている事に気付いた。

 どうやら、机に突っ伏して寝ていたらしい。

 目の前には広げた地図がそのままになっていた。

 

「ふぁぁ……。カルパッチョ、今何時だ?」

「七時です。そろそろ出発しないと間に合いませんよ?」

「間に合う? 今日何かあったか?」

 

 首を傾げる千代美に、カルパッチョは溜息をつく。

 

「しっかりして下さいドゥーチェ。これから試合じゃありませんか?」

「試合?」

「そうです。二回戦、大洗女子学園との試合です」

「……おい。何を言ってる? それならもう……」

 

 そこまで言いかけて、千代美は卓上カレンダーに目をやった。

 そして、ハッとなった。

 

「おいカルパッチョ。P40はどうした?」

「今整備科の子達が最終チェックをしていますけど……」

「ペパロニは?」

「マカロニの積み込みと確認をしている筈です」

 

 おかしい、と千代美は思考を巡らす。

 まるで、今は大洗女子学園との試合前としか思えない状況だ。

 実際、カレンダーの印は大洗戦に臨む前のまま。

 カルパッチョがそんな小細工で自分を担ぐ筈もない。

 ……すると、先程まで自分が見ていたのは夢だったのだろうか。

 それにしては妙にリアルな夢だったが……この際、それはどうでもいいと思い直した。

 

「カルパッチョ。ペパロニと、車長達を至急集めろ」

「ど、どうしたんですか?」

「緊急の作戦会議だ!」

「わ、わかりました!」

 

 気圧されるような格好で、部屋を飛び出していくカルパッチョ。

 その後ろ姿を見送りながら、千代美はフッと息を吐いた。

 

「予知夢なんて信じてはいなかったが……。やってみるか」

 

 

 

 数時間後。

 千代美はカルパッチョと共に、大洗女子学園チームの集まる場所へ向かった。

 

「なあ、カルパッチョ」

「はい、何ですかドゥーチェ」

「一つ聞くが……大洗にはお前の幼馴染がいるらしいな」

 

 驚くカルパッチョ。

 

「ドゥーチェ。ど、どうしてそれを?」

「い、いや少し大洗の事を調べていてな。いるのだろう、相手チームに?」

「……はい、仰る通りです。ですが、幼馴染でも手加減をするつもりはありませんよ?」

「別にそんなつもりはない。カルパッチョの事は信じている、それはいつも変わらない」

「ドゥーチェ……。ありがとうございます」

 

 カルパッチョの礼に頷きながら、千代美は思う。

 あの夢が本当なら、未来を変える事が出来るのではないかと。

 優勝を目指すという言葉は嘘ではないが、現実的には厳しい以上に無茶だろう。

 仮に大洗女子学園に勝ったとしても、準々決勝の相手は昨年の優勝校であるプラウダ高校または準優勝校の黒森峰女学園。

 どちらにせよ、万が一にも勝てる相手ではない。

 だが、自分はもう三年生。

 これがアンツィオ高校隊長としての、最後の全国大会となる。

 隊長として招かれ、その結果を十分に出せたかどうかと問われたら返答に困るかも知れない。

 初戦突破とP40の導入だけでも実績ではあるが、どうせならば準々決勝進出もそこに加えたい。

 自分の名誉としてではなく、後輩達に自信と誇りを持って貰う為に。

 ……そうだ、可能性があるなら賭けようじゃないか。

 

「ドゥーチェ、着きましたよ?」

 

 カルパッチョの声で、千代美は我に返る。

 前方では、大洗女子学園のメンバー達が何事かと此方を見ていた。

 

「行くか」

「はい、ドゥーチェ」

 

 車を降り、歩き出す。

 

「やあやあ、チョビ子」

「角谷さんか。そっちの隊長は?」

 

 杏の呼び方はスルーし、千代美はみほに目を向けた。

 

「おい、西住!」

「はい。何ですか?」

 

 間違いない、あの西住みほだ。

 オドオドしていてまるで小動物のようだが、西住流は伊達ではない。

 見た目に騙されるなと自分に言い聞かせ、千代美はみほを見る。

 

「私はアンツィオの隊長、ドゥーチェ・アンチョビだ」

「西住みほです。宜しくお願いします」

 

 ふと、千代美の頭に浮かんだ事。

 それを言ってみる事にした。

 

「去年の決勝戦、私も見ていたぞ?」

「……え?」

 

 みるみる顔がこわばるみほ。

 

「仲間を助けたい一心で、フラッグ車である事を顧みずに救出に向かうとはな。驚いたぞ」

「…………」

「大洗じゃなく、ウチに来ていたら大歓迎だったんだがな。勿論、戦車道など抜きにしてだ」

「……ど、どうしてですか?」

「さあな。この試合でウチに勝てたら話してもいいがな」

「……それなら、負ける訳にはいきませんね」

「兎に角、宜しくな」

 

 千代美が差し出した手を、みほが握り返してきた。

 柔らかく、小さな手だった。

 

 

 

「いいか? まずはマカロニ作戦だ!」

「了解っスよ、アンチョビ姐さん!」

 

 ペパロニの返事に、他のメンバーも元気よく応じた。

 

CV33(カルロ・ベローチェ)六両はマカロニ展開後、敵後方に回り込め。敵は八九式中戦車(ティープキュウハチ)とM3中戦車を斥候に出してくる筈だ」

「ドゥーチェ、どうしてそんな事がわかるんスか?」

「まさか、サンダースの真似っスか?」

「アホ! まあ、勘だ勘。私を信じろ!」

 

 まさか夢で見たからとも言えず、千代美は押し切る。

 あまり深く考える事のないメンバー達は、流石ドゥーチェと勝手に納得したのだが。

 

「そうなれば敵は残り三両。フラッグ車は一番身軽な38(t)だろうから、残りの二両を撃破すれば向こうは丸裸だ」

「おおーっ!」

 

 一斉に歓声が上がる。

 今朝説明した筈の車長達までもが初めて聞いたかのような反応だが、千代美は苦笑するに留めた。

 

「Ⅳ号とⅢ突はいずれも75ミリ砲搭載だ、まともに食らえばP40もタダじゃ済まない。が、それは向こうも同じだ」

「それで、セモヴェンテを集中投入ですか?」

「その通りだ、カルパッチョ。フラッグ車ではないにしろ、向こうの隊長車は厄介だ。逆に言えばⅣ号さえ撃破してしまえば我々は勝ったも同然だ!」

「じゃあアンチョビ姐さん、CV33(カルロ・ベローチェ)はただ走り回ってればいいんスか?」

「ちげーよ! 厄介なⅢ突を封じ込めろ、装甲を抜くのは無理だが囲んでⅣ号から引き離せればそれでいい」

「了解っス。流石ですよ姐さん」

「ハァ……。兎に角、しっかり頼むぞペパロニ。それから、カルパッチョ」

「はい」

「お前はP40から離れるな。連携してⅣ号を叩かねばならんからな」

「わかりました」

「では、全員乗車しろ! 前進(アヴァンティ)!」

 

 

 

「ドゥーチェ、マカロニ完了です!」

「よし、では次の行動に移れ」

はい(スィ)!」

 

 まずは先手を取った。

 これで、二両は釘付けに出来る筈だ。

 

「ドゥーチェ、それにしても驚きました」

「何がだ、カルパッチョ?」

「マカロニです。用意した予備を置いてきてしまうとは……大丈夫なんでしょうか?」

「心配いらん、どのみちいつかはバレる。それに」

「まだ、何か?」

「……ペパロニの事だ。予備があるのを忘れて全部置きかねん、それじゃバレるだけだ」

「確かにそうかも知れませんね」

 

 同じ轍は踏まない。

 そうでなければ、あの夢を信じる事にした意味がなくなる。

 もしかすると、予想よりも早く看破されるかも知れない。

 が、もう賽は投げられた。

 

「行くぞ、カルパッチョ」

「はい。セモヴェンテ各車、私について来て下さい」

 

 千代美は砲塔ハッチから上半身を出し、辺りを窺う。

 敵が上手く引っかかってくれれば、Ⅳ号は十字路へと向かう筈。

 その後背をつけば、多少なりとも混乱させられるに違いない。

 車高の高いP40ではアンブッシュは無理だから、ペパロニが上手くやってくれる事に期待するしかない。

 そう思っていると、その本人から連絡が入った。

 

「アンチョビ姐さん、敵隊長車とフラッグ車発見!」

「よーし。Ⅲ突はいるか?」

「いえ。見当たらないっスよ?」

「いない? そんな訳がないのだが……」

 

 十字路の救援にⅢ突を差し向けたのだろうか。

 確かに75ミリ長砲身は此方の射程外から撃つ事は可能。

 もしそうなら、絶対的なチャンスではある。

 

「ペパロニ、Ⅳ号と38(t)を引き離せ。但し、無理はするな?」

「了解です、ドゥーチェ。よーしテメエら、行くぜ!」

「カルパッチョ、展開して待ち伏せだ。私の方に誘い込め」

「わかりました」

 

 Ⅲ突の所在不明が気がかりだが、今のところ戦況は悪くない。

 CV33(カルロ・ベローチェ)が奇襲をかけた時点で、マカロニの意味はなくなる。

 八九式とM3は全速で引き返してくるだろうから、その前にフラッグ車を叩く。

 成功すれば良し、さもなくばⅣ号を撃破したい。

 結成されてまだ半年にもならない大洗チーム、要はどう考えても隊長であるみほ以外にあり得ない。

 ひょっとすると、その撃破に成功すれば戦意喪失で降伏してくるかも知れない。

 

「兎に角、時間との勝負だな……」

 

 そう独りごちる千代美だった。

 

 

 

撃てっ(フォーコ)!」

 

 75ミリ砲が火を噴く。

 砲弾はⅣ号に迫るが、巧みな機動で回避されてしまう。

 

「次弾、装填急げ!」

はい(シィ)!」

「それにしても厄介な相手だ。ちょこまかと」

「ドゥーチェ、あと少しです!」

「ああ。いいか、我々は弱くない! もう勝利は目前だ、お前らもう一踏ん張りだ!」

「おーっ!」

 

 ペパロニは上手く立ち回り、十字路から駆け戻った二両の合流を阻止している。

 38(t)は取り逃がしてしまったが、その代わりⅣ号には集中砲火を浴びせていた。

 一回戦での動きはビデオで確認してはいたが、その機動性を目の当たりにすると本当に面倒な相手だと痛感させられる。

 加えて、P40の乗員は練度が高いとは言い難い。

 実戦投入は今回が初であり、燃料弾薬や保守部品の都合から日頃の練習でもあまり頻繁には動かせない。

 慣れない車両で化け物じみた動きをするⅣ号を相手にするには、此方の実力不足は明白だった。

 だが、千代美はそれで乗員を叱咤する事はしない。

 予算不足は誰のせいでもないが、結局はその為の環境を十分に整えられなかった彼女にも責任の一端はある……そう思っていた。

 とは言え、四対一ではいくらⅣ号でも不利な事に変わりはない。

 あと少し、あと少しなのだ。

 祈るように、千代美は砲撃戦を見ていた。

 

 

 

 ……と。

 ドン、と大きな衝撃音に千代美は振り向いた。

 P40の後ろで砲撃を続けていたセモヴェンテが、煙と白旗を上げていた。

 その向こうに、砲身を此方に向けた車両を発見。

 

「Ⅲ突か!」

「あのパーソナルマークは……。ドゥーチェ、私が抑えます!」

「おい、カルパッチョ!」

 

 千代美は慌てて制止したが、カルパッチョはⅢ突へと突進して行く。

 これでは、夢と同じではないか。

 ……いや、違う。

 まだCV33(カルロ・ベローチェ)が残っている。

 とは言え、ペパロニが踏ん張れるのもそろそろ限界だろう。

 此処は、勝負に出るしかない……そう千代美は覚悟を決めた。

 

「セモヴェンテ、援護しろ! 突撃(アッサルト)!」

 

 P40は、猛然と突き進む。

 Ⅳ号の砲口が、ピタリと向けられる。

 

「右に回避したら停止! すぐに撃て!」

 

 千代美の指示通り、P40は動いた。

 そして、必殺の一弾が放たれた。

 ……惜しくも、それはⅣ号の車体を掠めただけ。

 その直後、Ⅳ号の75ミリ砲が咆哮した。

 ドスンという衝撃と共に、P40は動きを止めた。

 

「やられたか……」

 

 上がる白旗を横目に、彼女は息を吐いた。

 背後から衝撃音が二つ、どうやらセモヴェンテとⅢ突が相討ちになったようだ。

 

(結局、私は何も変えられなかったのか……無様だな)

 

 自嘲しながら、千代美は砲塔から這い出した。

 

 

 

 試合が終わり、千代美は後始末に追われていた。

 行動不能になったのはP40以外にセモヴェンテ三両、それにCV33(カルロ・ベローチェ)が三両。

 全滅しなかっただけ、夢の結果よりはマシではある。

 が、結果は敗北。

 自分もそうだが、アンツィオ高校チーム自体がまだまだ力不足という事なのだろう。

 後輩達の為に、一つでも多くの事を遺してやりたかった……彼女は指示を出しながら、その想いが頭を占めていた。

 

「ドゥーチェ。大洗の隊長がいらしてますよ」

「……そうか。連れて来てくれ」

 

 カルパッチョに案内され、みほが一人で姿を見せた。

 

「完敗だな。おめでとう」

「あ、ありがとうございます。……でも、驚きました」

「何がだ?」

「ノリと勢いだけ、なんて言われていたアンツィオチームがあんな作戦に出てくるなんて。本当に、やられちゃうかと思いました」

「まあな、勝つつもりで挑んだんだが……。流石は西住流だったな」

 

 みほは、ニッコリと笑った。

 

「いえ、勉強させていただきました。ありがとうございました」

「ああ。次も頑張れよ、応援に行くからな?」

「はいっ!」

 

 千代美はみほの肩に手を回し、抱き寄せた。

 悔しくない訳ではない、だが勝者は称えるべき……それが彼女でありアンツィオだった。

 

「よし、お前ら。後片付けが終わったら宴会の準備だ! 盛大に持て成すぞ!」

「おーっ!」

 

 恥ずかしがるみほの手を取り、千代美はブンブンと振り回した。

 アンツィオのメンバーは、二人に駆け寄りもみくちゃにし始めた。

 

 

 

「ドゥーチェ。一つ、聞いても宜しいですか?」

「何だカルパッチョ?」

 

 帰り道。

 カルパッチョは運転しながら、千代美に話しかけてきた。

 

「試合前に、西住さんにお話されていた事です」

「あれか。アンツィオ高校に来ていたら、と言った事か」

「そうです。あれは本心だったんですか?」

「当然だ。……だってそうじゃないか、試合よりも仲間を大切にする奴だぞ? アンツィオに相応しいと思わないか?」

「あ、なるほど。確かにその通りですね、ドゥーチェ」

「だろ?」

 

 隣で爆睡するペパロニを見ながら、千代美は思った。

 本当にみほがアンツィオを転校先にしていたら、と。

 

「それもまた夢、か」

「えっ? ドゥーチェ、何ですか?」

「何でもない。すまんが少し寝るぞ、カルパッチョ」

「あ、はい。どうぞ」

 

 千代美は頷くと、腕を組んで目を閉じた。

 また、違う夢を見られるかも知れない……そう思いながら。




結果は原作と同じ、大洗女子学園の勝利としました。
みほの指揮能力と、アンツィオの戦力を考えると逆転はやはり厳しいかなと。

後日、また別のテーマで何か書いてみようと思います。


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もし優花里がサンダース大付属に合格していたら

ガルパン「もしも」シリーズ第2弾。
優花里がケイに好かれているのは勿論ですが、その出会いが同じ学校の先輩後輩としてだったら?
優花里視点で書いてみました。
なお、優花里がややチート気味かも知れません。

あと、オリキャラが一人だけ登場します。
と言ってもチョイ役ですけど。


「イヤッホホホゥ!」

 

 思わず叫びながら、ガッツポーズであります。

 

「優花里、うるさいわよ」

 

 おっといけません、母に怒られてしまいました。

 私は見ていたメールをプリントアウトして、下に降りました。

 

「お母さん、お母さん」

「どうしたの、優花里?」

 

 母はそれでも手を休め、此方に来てくれました。

 

「これ、見て貰える?」

「何かしら……あら?」

 

 母の顔が、驚きに満ちていくのがわかります。

 

「優花里。凄いじゃない!」

「うんっ! やりました!」

 

 お店を掃除していた父が、何事かと振り向きました。

 

「何事だ、一体」

「お父さん。優花里がやったんですよ!」

「優花里が?」

 

 母が、プリントした紙をお父さんに手渡しました。

 

「……こ、こりゃ。本当か?」

「うん!」

「そ、そうか……。おめでとう、優花里」

 

 そう言いながらも、父は少し寂しそうです。

 私は、念願のサンダース大学付属高校に合格しました。

 ですが、これから三年間は長崎で過ごす事になります。

 希望すれば両親も含め、学園艦に引っ越す事も可能です。

 ですが、父がそれを望みませんでした。

 地元であればまだしも、長崎は遠過ぎる……この茨城を離れるつもりはないとの事でした。

 嬉しい事には違いないのでありますが、父のこんな顔を見せられるとそうとばかりも言えません。

 

「お父さん。優花里の前でなんて顔をするんですか」

「け、けどなぁ」

「優花里が努力した結果なんですよ? お祝いしなきゃ」

 

 そう言って、母は私の頭を撫でました。

 母の言う通り、実はサンダース大付属に受かるのは大変でした。

 アメリカ風の学校ですから英語が出来なければ話になりませんが、それ以上に学費が高いのです。

 お金持ちばかりが集まる学校ですから仕方ないのではありますが、うちは残念ながら裕福ではありません。

 勿論、お金がなくても行く方法はあります。

 それは、奨学金制度。

 いくつか条件はありますが、成績が良くなければその資格も満たせなくなります。

 それを知ってからの私は、戦車の本を読んだりグッズを集める時間も惜しんで勉強に励みました。

 母は二つ返事で、そして父はしぶしぶではありましたが……私の決意に賛成してくれました。

 ……そして、見事結果を出す事が出来ました。

 秋山優花里、張り切って参ります!

 

 

 

 そして、四月になりました。

 

「うわぁ……。凄い、凄いです!」

 

 目の前には、巨大な学園艦が停泊しています。

 日本でも最大級、戦車だけで五十両以上を一度に投入出来るという学校だけの事はあります。

 何もかもが大きく、圧倒されてしまいます。

 私達新入生は、学校のあちこちを案内されました。

 ……そして、いよいよ戦車の格納庫へやって来ました。

 

「うわぁ……。凄い凄い! M4シャーマンがズラリと! あ、あっちはM5スチュアートであります!」

「あ、コラ! 勝手に行動するな!」

 

 思わず駆け寄ろうとしてしまい、引率の先輩に怒られてしまいました。

 と、別の先輩がそれを制して私の方を見ています。

 

「いいじゃない。もっと近くで見たら?」

「ふ、副隊長!」

「い、いいんですか!」

「オフコース! 戦車が好きみたいね、あなた?」

「はい! そりゃもう!……ハッ?」

 

 気がつくと、周囲の目が全て私に向いていました。

 

「す、すみません……」

「ノープロブレムよ。あなた、名前は?」

「は、はい! 第六機甲師団所属、オッドボール三等軍曹であります!」

「ホワット? ……プッ! アッハッハ!」

「……あ、ああっ! し、失礼しました!」

 

 その先輩は吹き出し、お腹を抱えて爆笑してしまいました。

 と言うか、あああ何を言ってるんでしょう私は!

 

「す、すいません! その、私はオッドボールではなく、秋山優花里と申します!」

「な、なんでいきなりオッドボールなのよ。あー、ダメ。笑いが止まらない!」

「いい加減にしろ、ケイ。君、新入生にしてはいい度胸だな」

 

 今度は髪をショートにした、顔にソバカスのある先輩が出てきました。

 ……この顔、見覚えがあります。

 

「あの。もしや、ナオミ殿でありますか?」

「ああ。私を知っているのかい?」

「勿論であります! 全国の高校でもナンバーワンの砲手とか!」

「へえ。ナオミも有名になったものね」

 

 爆笑していた方が、やっと収まったようです。

 

「あ、自己紹介が遅れてゴメンね。私はケイ、戦車道チームの副隊長よ。よろしくね」

 

 そう言って、ケイ殿は右手を差し出して来ました。

 恐る恐る握り返すと、ケイ殿は力を込めて来ます。

 

「痛い、痛いですって!」

「そう? でもこれ、ウチじゃ普通よ?」

 

 こんなところまでアメリカ風のようです。

 

「でも、あなたみたいな娘なら大歓迎よ。是非、チームに加わってね?」

「い、いいのでありますか?」

「ウェルカムよ。ね、ナオミ?」

「ああ。良かったら放課後、此処に来るといい。練習を見学させてあげるよ」

「本当でありますか? 是非!」

 

 入学していきなりシャーマン軍団を見られるとは。

 頑張った甲斐がありました!

 

「ちょっとアンタ。感激するのはいいけど、みんな行ってしまったわよ?」

「……え? ああっ!」

 

 我に返ると、本当に誰もいなくなっていました。

 私に声をかけてくれた一人を除いて。

 

「す、すみません。気付きませんでした」

「全く、世話が焼けるわね。ホラ、行くわよ?」

「は、はい。あの、私は……」

「覚えたわよ、オッドボール」

「ええっ? それは違いますって!」

「じゃあね、待ってるわよオッドボール」

「ケイ殿まで!」

 

 私は件の生徒に引きずられながら、ガレージを後にしました。

 ちなみにその後自己紹介されました。

 アリサ殿、だそうです。

 ソバカスと控えめなツインテールが印象的な人です。

 

 

 

 放課後になりました。

 ガレージに行くと、沢山の一年生が集まっています。

 流石強豪校、戦車道の人気も目を見張るものがあるようです。

 

「アリサ殿。凄いですね!」

「本当に戦車が好きなのね、オッドボールは」

「うう……もうそうとしか呼ばれないのでありますか?」

「いいんじゃない? 優花里よりもこの学校らしくって」

「そ、そうかも知れませんが……」

 

 アリサ殿も戦車道を履修するつもりらしく、こうしてご一緒させていただいています。

 一見怖そうな印象ですが、話してみるとなかなかいい方です。

 

「ヘーイ! オッドボール!」

 

 ケイ殿が私を見つけ、手を振っています。

 お陰で一年どころか、戦車道チームのみなさんまで私を見ています。

 ケイ殿とナオミ殿、そして三年生の先輩が私の前へとやって来ました。

 

「ケイ、知り合い?」

「イエス、マム! さっきのオリエンテーションの時に」

「ふーん、そう。私は戦車道隊長のレイコよ、宜しくね」

 

 こちらの方は背が高く、スレンダー美人でありますね。

 

「は、はい。私は秋山優花里であります!」

「あれ? オッドボールじゃないの?」

「い、いやあれはですね……」

「オッドボールでオッケーよ。だってクールじゃない?」

「良くわからないわね。まあ、ケイがそう呼ぶならオッドボールでいいわ」

「え、ええっ?」

「諦めなさい。もう無理っぽいわよ」

「アリサ殿まで……」

「隊長と副隊長、ああなったら言っても無駄だ」

 

 ナオミ殿が、ポンポンと私の肩を叩きました。

 

「さ、じゃあ始めましょうか。ケイ、ナオミ」

「イエス、マム!」

「イエス、マム」

 

 恥ずかしいのでありますが、もう取り消しは効かないようです。

 ……どうやら、三年間はそう呼ばれて過ごす事になりそうです。

 

 

 

 体験という事で、早速シャーマンに搭乗させて貰える事になりました。

 勿論、いきなり操縦や砲撃が出来る訳ではありませんが。

 シャーマンは中が広いので、正規の乗員以外にも乗る事が出来るようであります。

 ヘルメットを渡され、案内されました。

 ……ただ。

 

「あの……」

「どうしたの、オッドボール?」

「いえ。体験搭乗はとても嬉しいのでありますが……どうしてケイ殿が車長の車両なのですか?」

 

 そうです。

 五十両も用意されたシャーマンの中から、私は何故か副隊長車に連れて来られてしまいました。

 

「嫌だった?」

「い、いいえ! 勿論ありがたいのであります!」

「ならいいじゃない。私、オッドボールの事気に入っちゃったし」

「は、はぁ……」

「それより、オッドボールは戦車道未経験だったよね?」

「はい。機会もありませんでしたし」

「そっか。ま、楽しんでみて? ゴーアヘッド!」

 

 ガクンと揺れ、シャーマンが動き出しました。

 あのシャーマンに、今自分は乗っているのであります!

 

「イヤッホゥゥゥ! 最高だぜぃ!」

 

 思わず叫んでしまいました。

 ……あ。

 ケイ殿だけでなく、乗員のみなさんが驚いた顔になっているようです。

 

「オッドボール……人が変わったわよ?」

「……す、すみません」

「タンク・ハイね。アハハ、やっぱりあなた最高よオッドボール!」

 

 バシバシと、ケイ殿に背中を叩かれてしまいました。

 手加減なしなので痛いのですが、ケイ殿は意に介した様子もありません。

 

「副隊長、隊長車から通信です」

「ラジャー」

 

 やれやれ、解放されたようであります。

 ケイ殿には完全に気に入られてしまいましたが、入学早々大丈夫なのでしょうか。

 もっとも、サンダース大付属は車両も隊員数も日本最大。

 なんと三軍まであるぐらいで、ケイ殿からご好意をいただけたとしてもそれだけで試合に出られる訳ではありません。

 練習を重ねて実力を見せ、一軍に定着して初めてそのご期待に添えると言えます。

 その為には並々ならぬ努力が必要でしょうけどね。

 

 

 

「プライベートルームまで隣とはね」

「偶然でありますね」

「……なんか、アンタとは腐れ縁になりそうな気がするわよ」

 

 割り当てられた寮は、アリサ殿と隣同士の部屋になりました。

 寮とは言え広々していて、自宅で使っていた部屋の倍以上。

 戦車グッズはあまり持って来られませんでしたが、これなら本を置くスペースには困らなさそうです。

 なかなか終わらないのを見てか、アリサ殿が手伝って下さっています。

 

「……アンタ、随分本が多いのね。これ全部戦車関連?」

「流石に教科書や参考書もありますが、大半はそうであります」

「趣味なんでしょうけど、これならちょっとした図書館ね」

「そう言えば、アリサ殿は機械弄りがお好きでしたよね?」

「そうよ。アマチュア無線の資格も持ってるし、戦車整備の経験もあるわ」

「凄いです! アリサ殿ならきっと一軍に上がれますよ!」

「そ、そう? アンタこそ、それだけ知識があるなら後は実技次第じゃない」

 

 照れ隠しでしょうか、アリサ殿はそっぽを向いてしまいました。

 先程アリサ殿の部屋も見せていただきましたが、見るからに高価そうな無線機がありました。

 その他にも様々な工具や部品をお持ちです。

 私にはメカニカルな知識はありますが、実際に触ったり仕組みを調べたりした経験はありません。

 アリサ殿ならば、優秀な通信手か整備士のどちらかになれるでしょう。

 

 コンコンとドアがノックされました。

 

「はい、どうぞであります」

「ハーイ! あら、アリサも一緒? 仲がいいのね」

 

 ケイ殿でした。

 タンクジャケットを無造作に羽織ったままですが、普段からあの格好なのでしょうか?

 

「わ、私は部屋が隣ですから。それに、荷物が多過ぎて手間取ってるみたいで見てられなくて」

「アハハ、でも仲が悪かったら手伝いなんてしないわよ?」

「ふ、副隊長……」

「それにしても、本当に凄い冊数ねオッドボールは。流石、噂の特待生だけはあるわ」

「え? オッドボール、アンタ特待生だったの?」

「え、ええ……まぁ。一応」

 

 アリサ殿は驚いたようです。

 サンダース大付属の奨学生はなかなか条件が厳しいと知ってから、私は必死に頑張りました。

 合格通知が来た時はそれだけで浮かれてしまい、詳細には気付きませんでしたが……。

 後日郵送されてきた書類を見て、成績優秀につき特待生という扱いになる事を知りました。

 在学中の成績次第では、奨学金の返還義務がなくなるようです。

 家は裕福ではありませんし、サンダース大付属の三年間で必要になる費用は社会人になっても何年で返せるかわからないぐらい高額です。

 ですから、それを知った時は驚きもしましたがそれ以上に喜びがありました。

 天才や秀才とは程遠い私は、兎に角努力するしかありません。

 ですが、結果は結果。

 その事には誇りを持っていますし、自信にもなりました。

 ……ただ、恥ずかしいので自分からひけらかすつもりはありませんけど。

 

「アリサは知らなかったの? 彼女、割と有名なのよ。期待のスーパールーキーとして」

「は、恥ずかしいから止めて下さいよ、ケイ殿」

「なんで? 本当の事だしいいじゃない」

「そ、そうでありますが……」

「だから、最初のオリエンテーションではみんなオッドボールには注目してたのよ? 勿論、私もね」

 

 そうとも知らず、私はシャーマンを目の当たりにしてハイテンションだったようです。

 

「だから、嬉しかったわよ。オッドボールが戦車道チームに来てくれて」

「なによ……。そんな凄い奴なら最初から言いなさいよ」

 

 アリサ殿が呟きました。

 

「すみません。私、今まで友達が出来た事もなくて……」

「ホワイ?」

「そうよね。見た感じ、ガリ勉って感じもしないし」

 

 私の告白に、お二人は意外そうな顔をされています。

 

「戦車にしか興味がなくて、話の合う友達もいませんでしたから」

「それは意外ね。そりゃ戦車道はマイナーな武芸だけど、今までに一人もそっちの知り合いもいなかったの?」

「はい。それに、サンダース大付属に入る為に頑張ったのは確かですが。まさか、特待生として迎えられるとは思っていませんでしたから」

「呆れた。それで控えめにしてても、あんなに戦車を見てはしゃいだら意味ないじゃない」

「……返す言葉もありません」

「そっか。いろいろあるんだ、オッドボールにも」

 

 そう言って、ケイ殿は私に向かって歩いて来ました。

 そして、いきなりハグされてしまいました。

 

「ケ、ケイ殿!」

「なら、私が友達第一号ってのはどう?」

「……え?」

「年上の友達は嫌?」

 

 私はブンブンと首を横に振りました。

 

「い、いえ。ただ、いきなりで何がなんだか」

「そう? 私はオッドボールみたいな娘好きだし、あなたが私を嫌いじゃなければだけど」

「め、滅相もない!……い、いいんですか?」

「オフコースよ。ね、アリサ?」

「わ、私もですか?」

「そ。友達は多い方が楽しいじゃない。あなたもいいわよね?」

「ま、まあ……。オッドボールも、悪い奴じゃなさそうですし……」

「あ、ありがとうございます!」

 

 信じられません。

 いきなり友達が出来ました。

 しかも、二人も。

 ……ですが、感動に浸る間もなかったようです。

 

「はい、決まりね! さ、二人とも行くわよ!」

 

 そう言うと、ケイ殿は私とアリサ殿の手を掴みました。

 

「行くとは、どちらにでありますか?」

「決まってるじゃない。新入生歓迎パーティーよ!」

「……そう言えば、そんな案内が来ていたような」

「アンタね、それ先に言いなさいよ!」

「二人が来ないから迎えに来たのよ。でも、来て良かったわ。じゃ、レッツゴー!」

「わわっ!」

「ひ、引っ張らないで下さいって!」

 

 いやはや、何ともパワフルな先輩に気に入られてしまいました。

 ですが、ケイ殿もアリサ殿もいい方ばかり。

 この学校に来て、良かったのであります!




このまま続けば、アリサの勝利のために手段を選ばない性格は少しは変わったんでしょうか……。

なお、本作に関しては大洗女子学園は廃校騒ぎに巻き込まれずにいる前提になっています。
もっとも、優花里が入学した頃にはそんな話は持ち上がっていませんでしたが。
ですので、みほと優花里が対戦するとすれば黒森峰とサンダース。
……接点ないまま終わりそうですね、どうも。


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もしも、みほとエリカが

間が空いてしまい申し訳ありません。
ちょっと行き詰まっていたのですが、降りてきたので一気に書いてみました。
澤ちゃんの方も進めてますので暫しお待ちを。

今回はタイトルでバレそうですが、黒森峰の話です。


「青師団高校、フラッグ車行動不能。黒森峰女学園の勝利!」

 

 ベルデハ2の砲塔から白旗が上がり、全戦車が停止。

 ティーガーⅠのキューポラから身を乗り出した人影は、辺りを見回してフッと息を吐いた。

 そこに、他の車両から降りた隊員達が駆け寄ってきた。

 

「やりましたね、隊長!」

「まずは初戦勝利ですよ!」

「はい。みなさんのお陰です」

 

 柔らかな笑みに、隊員達も釣られて笑顔になる。

 黒森峰女学園戦車道チーム隊員、西住みほ。

 彼女が隊長になって、初の公式戦勝利だった。

 車体から降りた途端、彼女はあっという間に囲まれてしまう。

 そんな隊員達の輪の中から、一人が前に進み出た。

 

「お疲れ様、みほ。……いえ、隊長」

「エリカさん。うん、お疲れ様」

「全く、相手にしたら信じ難いんじゃない? 貴女みたいなフワフワした娘率いるチームに、いくら黒森峰相手とは言えワンサイドゲームだなんて」

「それは、エリカさん達が頑張ってくれたお陰だよ」

「はいはい、謙遜も度が過ぎるとただの嫌味よ? さて、撤収しましょうか」

「うん!」

 

 

 

 前年の全国大会決勝戦。

 みほは副隊長としてフラッグ車を任されていた。

 当時の隊長だった姉のまほの指示で、川沿いの隘路を進んでいた。

 対戦相手であるプラウダ高校のフラッグ車を撃破して一気に勝負をつける作戦だったが、見破られてしまい待ち伏せを受けた。

 みほ自身が搭乗していたティーガーⅡは兎も角、同伴のⅢ号戦車は装甲が厚いとは言えない。

 プラウダ高校は最小でも76ミリ砲車両で編成され、破壊力は大きい。

 運の悪い事に、先行するⅢ号は一年生ばかりで編成されていた。

 経験が浅い彼女達は、完全にパニックに陥ってしまった。

 その中に、通信手の赤星小梅がいた。

 

「みほさん! どうしたらいいですか?」

 

 思考停止していた車長に代わり、みほに指示を仰ごうとした。

 

「まずは落ち着いて下さい。此方も動いていれば、砲撃はそうそう当たるものではありません」

「は、はい!」

「道幅が狭いので、川に落ちないよう注意しながらゆっくり後退して下さい」

「え? ですが、それではみほさんが」

「ティーガーⅡの正面装甲なら大丈夫。弾着を見る限り、敵はIS-2ではなさそうですから」

 

 みほの落ち着き払った声に、Ⅲ号の乗員は冷静さを取り戻した。

 小梅はホッとしながら、みほに感謝した。

 

「ちょっとみほ! 貴女何を考えてるのよ! フラッグ車がやられたらおしまいなのよ?」

 

 もう一台の随伴車、パンターG型から通信が飛び込んで来た。

 装填手のエリカだった。

 

「おい逸見! 勝手に通信をするんじゃない!」

「ですが先輩!」

「車長は私だ、指示に従え!」

 

 マイクのスイッチを切られたらしく、通信はそれで途絶えた。

 その間にも、ティーガーⅡは前へと出た。

 プラウダ高校も強豪校、射撃はなかなかに正確だった。

 76ミリ、あるいは85ミリ砲弾が車体にぶつかりガンガンと音を立てた。

 もう少しでⅢ号と順番が入れ替わる、そう誰もが思った瞬間。

 ティーガーⅡの装甲に弾かれた一発が、Ⅲ号の動きを止めた。

 折からの雨で、車体がズルズルと滑り出した。

 

「山側に突っ込んで下さい、急いで!」

 

 みほの叫びに、Ⅲ号は必死に立て直そうとした。

 その最中、突然履帯が外れた。

 結果、何とか動きを止める事に成功した。

 

「Ⅲ号のみなさん、大丈夫ですか?」

「はい。全員無事です!」

 

 小梅の応答に、みほは胸を撫で下ろす。

 

「回収車は手配しますが、全員速やかに降車して下さい」

「え? ですが」

「今は止まりましたが、この天候です。いつ滑り出さないとも限りません、留まっている方が危険です」

「わかりました。副隊長の指示に従います」

 

 砲撃が続く中だったが、Ⅲ号の乗員はみほの判断を信じた。

 雨に濡れながら、最後の一人が着地したその瞬間。

 降り続いた雨で地盤が緩んでいたのか、新たな着弾と共に土砂崩れが発生。

 乗員は間一髪逃れたが、Ⅲ号は押し流されて川へと落ちて行った。

 あまりの衝撃に、プラウダ高校の砲撃も止まっていた。

 その間にみほは素早くティーガーⅡとパンターG型に後退を指示、敵の射程圏外へと逃れる事に成功。

 結果としてフラッグ車を守りきり、まほ率いる本隊の敵フラッグ車撃破の知らせを聞く事となった。

 黒森峰女学園、10連覇。

 前人未到の偉業に、普段は規律の厳しい学園内もお祭り騒ぎになった。

 隊長のまほは当然だが、的確な判断と指示を出したみほの力量は最早疑う者はいなかった。

 西住流家元にして母親のしほですら、それは例外ではなく。

 寧ろ、不用意にフラッグ車を手薄にする格好となったまほが軽い叱責を受けた程だった。

 

 

 

 そして、大会終了から数日後。

 まほはみほを連れ、しほの部屋へ。

 

「お母様。今日は折り入ってお話があります」

「聞きましょう。みほにも関係する話なのね?」

「はい」

 

 みほは不安げに、しほとまほを交互に見た。

 

「黒森峰の隊長を、みほに任せようと思います」

「ええっ? ど、どういう事なのお姉ちゃん?」

 

 寝耳に水のみほは、飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「私も理由が知りたいわ。まだあなたは二年生よ、まほ」

「はい。理由は二つあります。一つは、国際強化選手としての活動に本腰を入れたいからです」

 

 来る世界大会誘致に向けて、文科相は若手育成に力を入れ始めていた。

 プロリーグ設立の準備も進められているが、同時に全国の高校や大学から有望な選手を集めて国際試合を経験させようというプロジェクトも立ち上げられていた。

 まほだけでなく、例えばサンダース大付属のナオミや聖グロのダージリンなども候補として名が挙がっていた。

 世界を相手にするとなれば、全ての面において高いレベルが求められる。

 特にまほは西住流後継者として周囲の期待も大きく、早くも将来の日本代表チーム隊長候補という声も少なくなかった。

 それに専念するというまほの考えはおかしなものではない。

 

「もう一つは……。みほは私よりも才能があります。隊長としても十分に務まる筈です」

「お姉ちゃん、そんな事ないよ。私、そんなに凄くない!」

「いや、これは身内贔屓で言っているのではない。それはお母様も同じだ」

「……確かに、まだまだみほには甘いところが多い。西住流の果断さや力強さには欠けるわね」

「お母さんの言う通りだよ、お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんみたいに強くないから」

「みほ、話は最後まで聞きなさい」

 

 しほに(たしな)められ、みほはシュンとなった。

 

「みほ。あなたは確かに荒削りだけど、その代わり柔軟な発想が出来るわ。それに、状況判断が的確でもある」

「……お母さん?」

 

 キョトンとなるみほ。

 

「私は西住流家元として、西住流の訓えに則った戦車道を身につけるようにしか言えなかった。でも、あの決勝戦を見てあなたに対する認識を改めざるを得なかったわ」

「みほ。私は西住流そのものだが、お前は違う。どちらかと言えば島田流に近い発想をしているな」

「そ、そんな……。私は別に……」

「責めている訳ではないのよ、みほ。……寧ろ、今までそれに気付こうともしなかった私の未熟を恥じるべきね」

 

 初めて見る母の表情に、みほは驚きの連続だった。

 常に冷静沈着、厳格な面ばかりを見せられてきたのだから。

 少なくとも、みほが戦車道をやるよう強いられてからずっと。

 それが、みほから戦車道を楽しむという事を奪う原因ともなっていた。

 そんな母が、これまでの事を悔やむなどとは思いもよらない事。

 

「まほ」

「はい、お母様」

「あなたがそこまで言うのなら、みほに隊長の座を譲る事には異論を唱えるつもりはないわ。ただし」

 

 しほは、みほに視線を向けた。

 

「みほ、あなたが引き受けるというのならね。私からそうしろとは言わないわ」

「お母さん……」

「良く考えなさい、みほ。まほもそれでいいわね?」

「はい」

 

 みほはまだ幾分混乱していたが、少なくとも母に対する印象は大きく変化していた。

 今までなら自分の意見など聞こうともしなかった母が、である。

 が、姉が身を引き自分が後を任されるなどと想像もしていなかった。

 みほは気がつくと、自分の部屋にいた。

 ベッドに置かれた特大ボコを手に取り、抱き締めた。

 

「私……どうしたらいいのかな」

 

 母や姉には相談できない。

 かと言って、みほは元々奥手な性格が災いして親友と呼べる存在もいない。

 一人思い悩んでも、解決策など見つかりそうにもなかった。

 負のスパイラルで、みほの思考はどんどんネガティブになっていくばかり。

 と、その時。

 滅多に鳴らない携帯から、着信音が鳴り始めた。

 

「ふえっ? あ、で、出なくっちゃ」

 

 慌ててしまい転びながら、みほは携帯のボタンを押す。

 

「も、もしもし?」

「何慌ててるのよ、全く」

 

 電話の向こうで、エリカが呆れていた。

 

「あ、エリカさん。こんばんは」

「はいはい、こんばんは。みほ、アンタ忘れ物したでしょ?」

「え?」

「変なクマのストラップがついたペンケースよ。アンタしかいないと思ったんだけど」

「え、ちょ、ちょっと待って!」

 

 みほはわたわたしながら、カバンを開けた。

 ゴソゴソと中を漁るが、確かにペンケースは見当たらない。

 

「う、うん。私のだと思う」

「やっぱりね。持ってきたから、取りに来て」

「ふえっ? 持ってきた……って?」

「外にいるわ。アンタの家、簡単にチャイム鳴らしてお邪魔する訳にもいかないじゃない」

「え、ええっ?」

 

 みほは慌てて外を見るが、塀に遮られて見える訳がなかった。

 

「玄関前にいるから、ゆっくり来なさい。慌てるとアンタ転んだりぶつかったりするでしょ?」

「え? う、うん。今行くね!」

 

 みほは電話を切ると、部屋を飛び出した。

 その際、盛大に転んだのは言うまでもない。

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。お待たせ」

「慌てるなって言ったのに、全くアンタは。はい、これ」

 

 呆れ顔を隠そうともせず、エリカはペンケースを差し出した。

 ボコのストラップがついたそれを、みほは大事そうに受け取った。

 

「あ、ありがとう……」

「戦車を降りると抜けてるわね、ホント。もう忘れないようにしなさいよ」

「う、うん」

「それじゃ、また明日」

 

 そう言って、エリカは立ち去ろうとした。

 

「あ、待ってエリカさん!」

「まだ何か御用?」

「あ、あの……。せめて、お茶だけでも飲んでいって。折角来て貰ったのに、何だか申し訳ないから」

「…………」

「……ダメ、かな?」

「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないの。いいわ、そのぐらいなら」

「あ、ありがとう!」

 

 大げさなみほの反応に、エリカは苦笑するしかなかった。

 

 

 

「ふ~ん、アンタの部屋ってそのまんまなのね」

「そ、そうかな?」

 

 みほはエリカを連れ、自分の部屋に入った。

 菊代が入れてくれたお茶と和菓子を受け取り、床に置きながら。

 

「変なクマと戦車グッズだらけじゃない。誰が見てもこれ、みほの部屋だって言うわよ」

「あははは……。これね、変なクマじゃなくてボコだから」

「悪いけど、私は興味ないから」

 

 そう言いながら、エリカはお茶を一口飲んだ。

 

「で。何か話があるんじゃないの?」

「……え?」

「顔にそう書いてあるわよ。お礼がしたかったってのは口実でしょ?」

「ち、違うよ! 届けてくれた事は本当に感謝してるから」

「ま、それも嘘じゃないのはわかるわ。でも、それだけじゃないのも間違いじゃないでしょう?」

 

 みほはわかりやすいぐらいに狼狽した。

 エリカは肩を竦めながら、

 

「ほら、聞いてあげるから言ってみなさいよ」

「……い、いいの?」

「ここまで来て嫌なんて言う訳ないじゃない。そこまで冷たくはないつもりだけれど?」

「……ありがとう。エリカさん」

 

 みほも茶碗に口をつけ、一口啜った。

 そして、ポツリポツリと話し出した。

 まほが隊長の座を譲ると言い出した事、しほに自分で決めるように告げられた事。

 エリカは、黙ってみほの話を聞いていた。

 時折、眼を閉じながら。

 

 ……そして。

 みほが話し終わっても、エリカは黙っていた。

 

「……私、どうしたらいいのかな?」

「引き受ければいいじゃない」

 

 あっさりと、エリカは言った。

 あまりに素早い反応に、みほは固まってしまう。

 

「だって、隊長はそう決めたんでしょう? それに、家元はみほ次第だって。なら、引き受ける以外にどうするの?」

「そ、それは……」

「だいたい、次に隊長やるとしたらアンタしかいないじゃない。実力からしてもね」

「そう、かな? エリカさんだって実力なら」

「無理よ。みほがいる限り、私はその気もないし」

「……え?」

 

 キョトンとするみほ。

 

「自己評価が低いのは相変わらずね。でもね、私はみほの指揮なら喜んで従うわよ」

「……で、でも。私、お姉ちゃんみたいに才能もないし」

「そうね、みほは隊長みたいにはなれないわ」

 

 キッパリと言われ、落ち込むみほ。

 が、エリカはフッと笑みを浮かべた。

 

「でもね、みほは隊長とは違う戦車道が出来るわ。それは多分、みほにしか出来ないものね」

「私にだけしか出来ない戦車道……?」

「ええ。みほがいる限り隊長はやらない、って言ったでしょ? 見てみたいのよ、私もね」

「エリカ……さん」

「やりなさいよ。隊長が去ってしまうのは確かに残念だけど、アンタが後を引き継ぐのならそれはそれで楽しみよ」

「……ありがとう、エリカさん」

 

 みほの目に、涙が滲んだ。

 

「全く、このぐらいで泣かないの」

「……ご、ごめんね。私、嬉しくって……」

 

 エリカはハンカチを取り出し、みほの目元に当てた。

 

「私で良ければ相談に乗るから。だから、胸を張って引き受けなさい」

「……うん。エリカさんがいてくれるなら……頑張ってみる」

「ええ。頑張りなさいな、隊長さん」

 

 

 

 そして。

 エリカは副隊長として、みほを支える立場となっていた。

 重心突破を得意とするエリカを、みほは巧みに用いた。

 イレギュラーに弱かった黒森峰だが、そのコンビネーションでそれを克服。

 新たな伝説が刻まれようとしていた。

 

「エリカさん」

「何、隊長?」

「……ありがとう」

「お礼を言われるにはまだ早いわ。11連覇、成し遂げてから聞かせて頂戴」

「……うん!」




前半は本編と違いますが、こんな展開もあったらなぁと。
この場合大洗女子学園が微塵も出てきませんが、廃校ナニソレという事で。


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優花里のBirthday

大洗の秋山殿誕生日会、楽しそうでしたね。
行けなかったのですが、せめてお誕生日祝いを……と思っていたら仕事でドハマりして遅くなってしまい遅刻になりました。

ほとんど一発書きなのですが、よろしければ。
おめでとう、秋山殿!


7/1改訂
やはりラストが気になりましたので書き直しました。


 今日は六月六日。

 私、秋山優花里の誕生日であります。

 毎年の事ですが、格別何かがある訳ではありません。

 両親は勿論祝ってくれますし、それはそれで嬉しいのですけれどね。

 そう思っていたら、スマホにメールが届いたようです。

 一体どなたでしょう?

 おや、ケイ殿からですね……何事でしょう?

 ……窓を開けて空を見ろ、と書かれていますね。

 ターボプロップエンジンの音が近づいてくるようです。

 ……あれは。

 C-130J(スーパーハーキュリーズ)

 世界最高の輸送機とも言われる名機が、何故ここに?

 そう思っていると、誰かが機体からダイブしました。

 勿論パラシュートは背負っているようですが……まさか?

 私は部屋を飛び出し、階段を駆け下りました。

 

「優花里? 危ないから階段は駆け下りちゃダメよ?」

「ゴメン! 急いでるから!」

 

 母の窘める声に返事をし、私は靴を履いて外に飛び出しました。

 その間にも、パラシュートはゆらゆらと降りてきます。

 学園艦の上とは言え、造りは陸上の街と変わりません。

 電線も張り巡らされていますし、それに海上だから風の影響も受けます。

 そう思いながら追いかけてみると、どうやら学園のグラウンドに向かっているようです。

 あれぐらいなら、私もペースを落としても良さそうです。

 日々装填手としての体力づくりを兼ねて鍛えてはいますが、準備運動もしないでの全力疾走は楽ではありませんから。

 

「あれ? ゆかりん?」

 

 と、武部殿とばったり出会いました。

 

「どうしたの、そんなに急いで?」

「実は、ケイ殿に呼ばれまして」

「ケイさんに? でも何処に?」

「……たぶん、あれです」

 

 私は、グラウンドに降りようとしているパラシュートを指さしました。

 

「……え? まさか、空から降りてきたの?」

「どうもそのようであります」

「やる事が豪快よねぇ。サンダース大付属の校風なのかな?」

「わかりませんが、兎に角行ってみようかと。武部殿はどちらへ?」

「うん、ちょっと買い物に。でも、それなら一緒に行こうかな?」

「宜しいのでありますか?」

「別にいいよ。ゆかりん、友達だし」

 

 さり気なく仰せになる武部殿。

 でも、それがどんなに嬉しい事か。

 本当に、この学園に来て良かったです。

 

「あ、着陸したみたい。行ってみよ?」

「了解であります!」

 

 

 

 グラウンドに着いてみると、ちょうどパラシュートを外している最中でした。

 

「ハーイ、オッドボール!」

「ケイ殿!」

 

 私の姿を認めると、ケイ殿は手を振りながら駆け寄ってきました。

 そして、勢い良く抱きつかれました。

 

「ハッピーバースデー、オッドボール!」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 そんな気はしていましたが、やはりその為にわざわざ来て下さったようです。

 

「え? ゆかりん、今日誕生日なの?」

 

 私達を見て呆然としていた武部殿ですが、ケイ殿の言葉で我に返ったようです。

 

「はい」

「もー、なんで言ってくれなかったのよ!」

「いえ、何だか恥ずかしくて……。それに、今までは祝ってくれる人もいませんでしたし」

「それはそれ! ああもう、こうしちゃいられないじゃない!」

 

 そして、武部殿は慌ただしく電話をかけ始めました。

 

「それにしてもケイ殿も無茶をしますね」

「そう? あのくらい普通よ?」

「いや、空挺部隊じゃないんですから」

「あ、そうそう。これ、プレゼントよ!」

 

 そう言って、ケイ殿は一冊の本を差し出しました。

 

「い、いいのでありますか?」

「言ったでしょ、プレゼントだって」

「あ、ありがとうございます!」

 

 お礼を言い、本を受け取りました。

 どうやら、何かの写真集のようですが……。

 

「これは……。ファイヤフライとナオミ殿の写真集でありますか?」

「オフコース。オッドボールなら喜んでくれるかな、って」

「勿論であります! 発売されたら真っ先に買うつもりでしたから!」

「あはは、それはナオミも喜ぶわよきっと。ナオミー!」

 

 上空に、先ほどのC-130J(スーパーハーキュリーズ)が戻ってきました。

 そして、ロックウィングを始めました。

 

「ケイ殿? もしや、あのC-130J(スーパーハーキュリーズ)はナオミ殿が?」

「そうよ、ホラ!」

 

 いくら名機とは言え、輸送機でアクロバット飛行は大丈夫なのでしょうか?

 

「ゆかりん」

「武部殿。電話は終わりましたか?」

「終わったわよ。ゆかりんが水臭いから、あまり繋がらなかったけどね」

「……あまり? もしや武部殿……」

「そうよ。折角だもの、戦車道やってるみんなに連絡してみたのよ」

「ええーっ? は、恥ずかしいですよ!」

「隠すゆかりんが悪いんだからね。とりあえずみぽりん達は連絡ついたから」

「に、西住殿もですか?」

「当然じゃない。私達、チームだよ? ケイさんもそう思いません?」

「うんうん、いい事言うじゃない!」

 

 ど、どうしたらいいのでしょう?

 ケイ殿に祝っていただけただけでも十分過ぎますけど、その上西住殿にまで。

 あああ、どのような顔をしてお会いすれば良いのでしょう。

 

「じゃ、私の家に行きましょ。ケイさんも良かったらどうですか?」

「リアリー? それなら是非行かせて貰うわ。ナオミもいいかしら?」

「え、ええ。でも、どうやって?」

「着陸させて貰うからノープロブレムよ、場所はGPSで追跡してくればいいから。じゃ、ゴーアヘッド!」

「わ、わっ! 押さないで下さいよ!」

「あははは、オッドボール覚悟!」

 

 すっかりノリノリなケイ殿であります。

 静かに過ぎると思っていた誕生日ですが、とんでもない事になってきてしまいました……。

 

 

 

「お邪魔しま~す」

「こんにちは」

「来たぞ」

 

 西住殿に五十鈴殿、そして冷泉殿がやって来ました。

 

「あがってあがって~。華、頼んだ物買ってきてくれた?」

「勿論です」

「あ、沙織さん。混ざりたいって人がいるんだけど……一緒にあがって貰ってもいい?」

「いいけど、ナオミさん?」

「ううん。大洗の人」

「誰だろう?」

 

 武部殿の後ろから覗き込むと、見覚えのある帽子が見えました。

 

「……エルヴィン殿?」

「邪魔するぞ。グデーリアン、今日は誕生日だそうだな。私にも祝わせてくれないか?」

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 そしてナオミ殿もすぐに到着。

 ……私、夢でも見ているのでしょうか?

 誕生日を祝っていただけるというだけでも驚きなのに、この顔ぶれ……。

 

「急いで作ったから軽い物ばかりだけど、食べて食べて~」

 

 テーブルの上に、武部殿心尽くしの料理が並べられて行きます。

 

「ケーキ、買ってきましたよ。文字とかは間に合いませんでしたけど……」

「フライドチキンとポテトだ。冷めてしまったがレンジアップすれば割とイケるぞ?」

「バームクーヘンも買ってきたぞ」

 

 五十鈴殿にナオミ殿、そしてエルヴィン殿までも。

 ……なんだか、視界がぼやけてきました。

 

「どうした、秋山さん」

「優花里さん?」

 

 冷泉殿と西住殿が、私の顔を覗き込んできました。

 ……いつの間にか、泣いてしまっていたようです。

 

「す、すみません……。嬉しくって、その……」

「オッドボールに涙は似合わないわよ? ほら、スマイルスマイル!」

「うんうん。あ、ケーキにロウソク立てて火をつけるね?」

 

 丸いケーキの上に、武部殿がロウソクを立てて行きます。

 ……いつもなら、両親が用意してくれていました。

 そして、その全てに火がつけられました。

 

「さ、優花里さん。火を吹き消して下さい」

「華。その前に、歌おうよ。せーの」

 

 武部殿の合図で、皆さんが歌い始めました。

 

「ハッピバースデートゥー・ユー、ハッピバースデートゥー・ユー。ハッピバースデーディア優花里さ~ん。ハッピバースデートゥー・ユー!」

「あ、ありがとうございますっ!」

「あはは、いいから火を吹き消して?」

「り、了解であります!」

 

 西住殿に言われ、私は息を吸い込みました。

 見事に火は消え、一斉に拍手が巻き起こりました。

 と、パンパンと乾いた音が鳴り響きます。

 どうやら、ケイ殿がクラッカーを鳴らしたようです。

 これは、夢なのでしょうか。

 ……頬をつねってみましたが、しっかりと痛みがありました。

 

「皆さん……。重ねてありがとうございます!」

「それよりケーキを食べないか?」

「もう、麻子さんったら」

 

 笑いが巻き起こります。

 賑やかな誕生日とは、こんなに楽しいものだったとは。

 秋山優花里、感激しっぱなしであります。

 

 

 

「優花里、起きなさい!」

「……はっ?」

 

 母の声で飛び起きました。

 

「朝ごはんできてるから、起きて着替えなさい」

「あ、うん」

 

 夢、だったのでしょうか……。

 そう思い、部屋を見渡すと。

 部屋の一角に、見慣れない箱や袋が集めてありました。

 昨日いただいた、プレゼントの数々。

 ……やはり、夢ではないようであります。

 思わず、顔がニヤけてしまいます。

 

「優花里?」

「……ハッ? い、今行くから」

「早くしなさいね」

 

 母は苦笑しながら、ドアを閉じました。

 さて、学校に行くとしますか。

 私の、大好きな大洗女子学園に。




来年こそは行きたいですね、お誕生日会。


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バミューダアタック!

タイトル通り、大学選抜チーム三人組の話です。
ドラマCDを聴いてからずっと書こうと思っていたのですが、難産で随分と時間がかかってしまいました。
ベタですが、あのキャラも登場します。

ちょっと三人組が暴走気味ですので悪しからず。


「ルミ、そっちはどう?」

「こりゃ駄目だわ。アズミは?」

「ちょっと厳しいわね……。メグミも無理みたいね」

 

 三人は顔を見合わせ、ガックリと肩を落とす。

 

「まさか、三人ともここまで女子力がないなんて」

「メグミや私はともかく、アズミまで駄目だとは思わなかったわ」

「仕方ないじゃない、ずっと戦車道一筋だったんだから」

「そうよねぇ……」

「参った参った」

「でも、本当にどうする? このままじゃ、隊長との約束破る事になっちゃう」

 

 戦車道大学選抜チームではエースとして鳴らし、その実力は誰もが認めるところ。

 そんな彼女らに欠点などない……そう思われていても当然だろう。

 が。

 

「料理ってこんなに難しいのね」

「小中学校の家庭科で調理実習とかはやったけど、忘れちゃったわ」

「興味がなかったし、なくても困らなかったものね」

 

 そんな三人の目の前には、炭と化した物体が山積みになっている。

 形も大きさも不揃いだが、とにかく真っ黒。

 試しにフォークを突き立ててみたところ、硬すぎて弾かれてしまうレベル。

 そして、キッチンにはタマネギの皮や肉のトレイ、卵の殻などが散乱していた。

 

「ハンバーグなんて、材料混ぜて丸めて焼くだけって言わなかった?」

「私に言わないでよメグミ。ねえ?」

「ルミの言う通りよ。やっぱり、温めるだけでいい奴にしない?」

「それじゃ意味ないし、隊長がっかりするわよ?」

「そりゃそうなんだけど……でも、これじゃなぁ」

「メグミが言い出したんだから、何とかなさいよ。サンダース大付属出身なら、ハンバーガーよく食べてたんでしょ?」

「ちょっと、ルミもアズミも私にばっかり言わないでよ。そりゃ、確かにあの頃はハンバーガーとかハンバーグステーキとか食べる機会は多かったけど……」

「けど、何だよ?」

 

 メグミはふう、と息を吐いた。

 

「サンダース大付属は、食堂が充実してるの。だから自炊なんてする娘はほとんどいなかったし、たまに隊員の娘が作ってくれたりはしたけど」

「……まぁ、それもそっか。うちはもうちょっと自炊してたけど、それもやる娘が率先してたしなぁ」

「それを言われると、私のところも同じね。……でもメグミ、頼れそうなのはあなたのところぐらいじゃない?」

 

 二人に詰め寄られ、タジタジとなるメグミ。

 

「……後輩達に頼んでみてもいいけど。あまり期待しないでね?」

「それでも、ないよりはいい!」

「そうね。時間もあまりないし、可能性に賭けましょう」

 

 

 

 翌日。

 一機のヘリが、学園艦に着陸した。

 降り立ったメグミら三人を、不機嫌さを隠そうともしない人物が出迎えた。

 

「ようこそ、黒森峰女学園へ。隊長の逸見エリカです」

「突然ごめんなさいね。大学選抜チーム中隊長のメグミです。それにアズミとルミ、宜しくね」

「……宜しくお願いします。それで、ご用件は?」

 

 盛大に溜息をつきながら、エリカは三人を代表して前に出たメグミを見る。

 まほから戦車道チーム隊長の座を受け継いだエリカは、日々多忙だった。

 強豪チームの隊長として優勝一回、準優勝二回の実績を誇るまほ。

 その後任であるエリカにかかるプレッシャーは尋常ならざるものがあり、エリカもまた必死にそれに応えようとしていた。

 ……そんな中。

 サンダース大附属前隊長から、まほを通して三人がエリカに面会の申し入れがあった。

 断る事も出来た筈だが、エリカはそうしなかった。

 敬愛するまほからの頼みという事もあったが、黒森峰隊長としての自覚からだった。

 とはいえ接点が特にある訳でもなく、スケジュールを割いての事だけに不機嫌が顔に出てしまっていた。

 

「逸見さんは、ハンバーグが好きって聞いたのだけれど本当?」

「? ええ、まぁ」

 

 怪訝な顔をするエリカ。

 それはそうだろう、ほとんど初対面同然の相手にいきなり食べ物の話を切り出されたのだから。

 が、メグミは意に介する素振りも見せずに続けた。

 

「それなら、作るのも得意よね?」

「得意と言うか……嫌いではないですけど」

「じ、じゃあ! 目玉焼きハンバーグとかも?」

 

 ルミが身を乗り出す。

 

「目玉焼き……? ハンバーグはハンバーグでは?」

「それじゃダメなのよ!」

 

 アズミがエリカに迫る。

 思わず後ずさりしてしまうエリカ。

 

「ちょ、ちょっと! 一体何なんですか」

「……実は」

 

 メグミは、事情を語り始めた。

 

 

 

「……そういう事でしたか。でも、それなら私じゃなくたって誰か他にいるでしょうに」

「でも、それじゃ隊長に喜んで貰えないかも知れないって」

「どうせなら、美味しいハンバーグをご馳走してあげたいし」

「私達、隊長の喜ぶ顔が見たくって」

 

 三人の言葉に、エリカは考えこむ。

 

「隊長のために、ですか」

「ええ。私達、隊長を心から尊敬してるの」

「あなた達との試合には負けてしまったけど、愛里寿隊長の指揮は本当に凄いからね」

「そんな隊長のために何か出来る事はないかって思ったの」

「……事情はわかりました。ですが、料理というならもっと上手い娘がいると思いますよ。例えばⅣ号の通信手とか」

 

 エリカがそう言うと、三人は頭を振った。

 

「武部沙織さんでしょう? それは調べたわ」

「でも、ねぇ……」

「彼女には頼めないの」

「どうしてですか?」

「隊長とね、大洗の隊長は仲良しじゃない? そんなところに行ったら隊長に知られちゃうから」

「……料理ができるって事にしてるからね、私達」

「隊長にウソついてました、なんて今更言えないのよ」

「全く……。最初から素直にそう言えばこんな事にはならなかったんじゃないですか?」

 

 シュンとなる三人。

 

「……でも、隊長のためにって言葉にウソはないようですね」

「え?」

「じゃあ……」

「協力してくれる?」

「仕方ないでしょう。断ったら何をしでかすかわからないという顔をしているんですもの」

「ありがとう!」

「やりぃ!」

「やったわ!」

 

 三人は、一斉にエリカに抱きついた。

 

「ちょ、ちょっと! 誰か助けなさいよ!」

 

 周囲にいる黒森峰の隊員たちは、暖かい目で遠巻きにエリカ達を見るばかりだった。

 

 

 

「いきなりフライパンに油を敷かないで!」

「え? そうなの?」

「そっちは卵をもっと綺麗に割って! 殻が混じってるわよ」

「難しいなぁ……」

「玉ねぎはみじん切りって言ったでしょ、もっと細かく!」

 

 黒森峰女学園の家庭科室を借りての、エリカの料理教室。

 基本からなっていない三人に、エリカの容赦無い指導が始まった。

 メグミらがそう望んだ事であり、最初は戸惑っていたエリカもあまりの体たらくに鬼軍曹と化していった。

 

「ハァ……。本当に料理全くやった事ないのね」

「サンダース大付属では必要がなかったから」

「継続高校も同じく。まぁ、やる娘はやってたけど」

「BC学園もね。黒森峰女学園は違うのかしら?」

「……ま、ウチもやらない娘はやらないわね」

 

 エリカは、脳裏を過ぎったまほのイメージを慌てて振り払った。

 

「だいたい、作り方なんて今時ネットや本がいくらでも出てるでしょう?」

「そうなんだけど……もっと簡単かと思って」

「継続じゃ味付けはシンプルが一番って感じだったし」

「材料さえ揃えれば、後は特訓すればいけると思ったのよ」

「いくら何でも行き当たりばったり過ぎよそれは。ああ、火が強すぎる!」

 

 エリカの悪戦苦闘は、続いた。

 

 

 

 そして。

 

「うわぁ……」

「これは……」

「目玉焼きハンバーグ!」

 

 失敗を重ねながらも、漸く彼女達が目標とする物が完成。

 げっそりしながら、エリカもやっと合格点を出した。

 ソースを作るところまでは諦め、最初から出来合いのテリヤキソースを使う事で妥協。

 付け合せの野菜も、カット済みの物を使う事に。

 流石にハンバーグそのものと目玉焼きは完全自作。

 それでも、短時間に形になっただけに三人の喜びもひとしお。

 

「ね? 試食してみない?」

「賛成!」

「いいわね」

 

 そんな三人に呆れながら、エリカはナイフとフォークを用意した。

 

「まさか、これは使えるんでしょうね?」

「それは大丈夫。じゃ、いただきます!」

 

 メグミが先陣を切り、ハンバーグにナイフを入れた。

 程良い硬さのハンバーグは、軽い弾力があった。

 

「ちょっと硬いかしら?」

「隊長の好み、聞いておけば良かったなぁ」

「それよりも、ちゃんと火は通ってる? 生焼けとかダメよ?」

 

 やいのやいの言いながら、メグミが切り分けたハンバーグを口に運ぶ三人。

 そして、顔を見合わせた。

 

「これ……」

「旨い……よな?」

「美味しいわ!」

 

 エリカも少し切り分け、フォークで口に運んだ。

 ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。

 

「確かに硬いわね、少し焼き過ぎたようね。でも、最初から見ればだいぶマシじゃないかしら?」

「じゃあ逸見さん、ベストには程遠いという事かしら?」

「これで合格点なんて出すのは私のプライドが許さないわよ、アズミさん」

「あちゃー。やっぱ鬼教官は厳しいね」

「でも、そのぐらいじゃないとダメかも知れないわね。逸見さん、もう一度作ってみたいの。いい?」

「いいわよ、ダメと言っても食い下がりそうな顔してるもの。……でも、嫌いじゃないわアンタ達のそういうところは」

 

 エリカの言葉に、三人はパッと顔を輝かせる。

 

「ありがとう! 嬉しいわ」

 

 そう言って、アズミはエリカを抱き締めた。

 身長差のせいもあり、その見事な胸部装甲に顔を埋めるような格好になるエリカ。

 

「ち、ちょっと!」

「アズミばかり狡いぞ! 私も頬擦りしちゃう」

「抜け駆けは許さないわよ、ルミ!」

「い、いい加減にしなさい!」

 

 揉みくちゃにされてしまうエリカ。

 ……その後、三人が正座で説教されたのは言うまでもない。

 

 

 

 数日後。

 

「……何よ、コレ?」

 

 エリカの部屋に、大量の荷物が届けられた。

 赤ワインにオレンジピール、シナモン。

 そして、アイスバイン。

 ハンバーグばかりが好物と勘違いされる事もあるエリカだが、どうやら送り主はそれ以外の好物を把握しているらしい。

 

「そりゃ、確かにグリューワインとアイスバインは好きよ。でも、もうちょっと量を考えてほしいわよね全く」

 

 荷物に添えられた手紙の封を切りながら、エリカは溜息をつく。

 差出人は、メグミらだった。

 御礼の言葉と共に、数枚の写真が同封されていた。

 彼女らの隊長、愛里寿が笑顔でハンバーグを食べる姿。

 三人が愛里寿を囲んでVサインを決めている写真もあった。

 

「上手く行ったようね。まぁ、そうでなかったら私が苦労した甲斐がないけど」

「エリカさん、どうかしたの? 何か嬉しそう」

「いっ?」

 

 慌ててエリカが顔を上げると、小梅が入口で首を傾げていた。

 

「あ、アンタ! いつからそこにいたの?」

「ついさっきだけど。ちょっと、エリカさんに報告があったんだけど……後にした方が良さそうね。じゃあ、また」

「ちょ、ちょっと待ちなさいって!」

 

 慌てて後を追うエリカ。

 その手に、しっかりと手紙を握り締めながら。




秋山殿の話も修正してありますので、宜しければ。
澤ちゃんの方はもう暫しお待ちを。

追伸
日野屋商店さんでお会いした方、大変お待たせしました。


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華の決意

こちらの方もご無沙汰しておりました。
もう一億番煎じぐらいになりそうですが、既に公表された最終章の設定から。
今日誕生日でもある華のお話です。
ちょっと短めですが、よろしければご一読下さいませ。


 見るからに頑丈そうな、重々しい扉。

 それを、ゆっくりと押し開く。

 手前の部屋とは違い、絨毯(じゅうたん)敷きの妙に広い部屋。

 大洗女子学園の生徒会室である。

 

「今日から、ここで過ごす事になるんですね」

 

 そう独りごちるのは、この部屋の新たな主……華。

 

 

 

 数日前。

 無事に廃校を免れた大洗女子学園で、新学期早々新たな騒ぎがあった。

 と言っても廃校騒動がぶり返した訳ではない。

 杏や柚子、桃といった三年生は卒業を控える時期となっていた。

 生徒会メンバーの世代交代という、それまで皆の頭になかった事案。

 良くも悪くも彼女らがいればこそ、今の大洗女子学園があるとも言えた。

 その後継者を決める、そう言われてもピンと来ない生徒ばかりだった。

 一応生徒会役員は他の学校同様選挙で決める事にはなっているが、複数候補が出る事はまずあり得ない。

 特に杏が会長になってからの生徒会を知る生徒達からすれば、尚更であろう。

 いろいろと好き放題やっていたのも事実だが、その分膨大な仕事をこなしていたのもまた然り。

 となれば、杏が指名した人物が最有力候補となる。

 そうなると、多くの生徒が思い浮かべたのは……みほ。

 大洗女子学園の救世主であり、無名だった学校が一躍全国区になったのは彼女の功績に他ならない。

 仮に杏がみほを選んだとしたら、文句なしに選出されるだろう。

 ……が。

 

「私……ですか?」

「そ。五十鈴ちゃん、次の生徒会長よろしくね」

 

 杏に呼び出された華は、直接そう告げられた。

 無論打診などなく、いきなりの事だ。

 

「あの……。理由をお聞かせいただけませんか?」

「五十鈴ちゃんは肝が据わってるし、事務能力も高いよね。なあ、小山?」

「はい。書類整理とか手伝って貰ったけど、字も綺麗だし仕事も早かったよ」

 

 笑顔で頷く柚子。

 

「会長直々のご指名だ。断る理由などなかろう、五十鈴」

「河嶋、そう頭ごなしに言わなくてもいいって。で、どうかな?」

「どう、と仰せられましても……」

 

 華は困惑するばかりだった。

 冷静というだけなら自分だけではない。

 字だって書類を作るのにはあまり必要なスキルとは言えない。

 そもそも、自分よりももっと適任者がいるという思いがあった。

 

「でも、わたくしは人の上に立った事がありません。それなら、みほさんの方が適任だと思います」

「西住ちゃんか……。でも、それだけは駄目なんだよねぇ」

「何故ですか? みほさんには人を惹きつけるカリスマがあります」

「うん、それは五十鈴ちゃんの言う通り。ちょっと頼りない面はあるけどね」

「でしたら、副会長やその他の役員でサポートすればいいと思います」

「あ~、言い方が悪かったかな? 西住ちゃんを選べない理由はそれじゃないんだ。河嶋」

「はっ。五十鈴、これを見ろ」

 

 そう言って、桃はプリントアウトの束を持って来た。

 メールや手紙、それにフォームから投稿されたもののようだ。

 

「全部西住宛だ。単純なファンレターだけじゃない、取材の申込みもある。講演の依頼、戦車道の指導……挙げればキリがない」

「これ全部、ですか……」

「そうだ。会長の指示で、今のところ西住には一通も見せていないがな」

「どうしてでしょうか? ファンレターなら、みほさんも喜ぶのでは?」

「それはそうだろうね。でも西住さんにもしそんなものを見せたらどうなるかな?」

 

 柚子の言葉に、華は少し考え込む。

 そして、顔を上げた。

 

「みほさんの事です。一生懸命、お返事を書こうとするでしょうね」

「だよね。そうなると、西住さんもっと大変になると思わない?」

「……そうですね。ましてや、それ以外のお手紙なんて見せた日には」

「西住ちゃんの時間がどんどんなくなっていくって訳。それでも五十鈴ちゃん、西住ちゃんが適任だと思う?」

「…………」

 

 黙って首を振る華。

 杏はフッと息を吐いた。

 

「西住ちゃんは不器用だけど、うちの象徴。戦車道に専念して欲しいし、そうさせるのが生徒会の仕事でもあると思うんだ」

「ええ。会長の仰せの通りだと思います」

「それは、西住ちゃんをよくわかっている人間じゃないと任せられないんだ」

「それで、わたくしに?」

「そ。五十鈴ちゃんなら、安心して後を託せるからね」

「……ですが。それなら沙織さんや優花里さんの方が」

「あ~、それも考えたんだよね。でも武部ちゃんは人の上に立つって感じじゃないし、秋山ちゃんは西住ちゃんに思い入れが強すぎるような気がしてね。あ、でも」

「?」

「会長は五十鈴ちゃんでいいけど、他の役員は五十鈴ちゃんが選びなよ。私はそこまで口を挟むつもりはないから」

「宜しいのですか?」

「もっちろん。あ、ただし早めに決めてね。小山や河嶋達の引き継ぎもあるし」

「…………」

「で、どう? 引き受けてくれる?」

 

 そう、華はまだ返事をしていない。

 三人の視線が華に集まるが、それを彼女はしっかりと受け止めていた。

 

「一晩、考えさせていただけますか?」

「いいよ。じゃあ明日の朝、またここに来てね。よろしく~」

 

 

 

 その日の放課後。

 華は沙織と優花里、それに麻子に声をかけた。

 みほは杏が相談があると呼び出され、不在だった。

 その事に華は気づいたが、顔には出さない。

 

「みぽりん待たなくていいの?」

「今日は遅くなるって仰せでしたね」

「なら仕方ないだろう。お腹空いた」

「じゃあ、帰りにカフェに寄って行きましょう」

 

 華の提案に異論は出ず、四人は手作りケーキが評判のカフェへ。

 今日は他に客の姿もなく、彼女らの貸切状態だった。

 オーダーした紅茶とケーキがテーブルに置かれ、店員は一礼して去っていく。

 

「で、華。話があるんでしょ?」

「え?」

「何か思い詰めておられたようですから」

「ああ。確かに今日の五十鈴さんはちょっと変だと思った」

 

 三人に言われ、華は思わず苦笑を漏らす。

 

「あらあら、お気づきでしたか」

「みぽりんの前では必死に抑えていたみたいだけどね。でも、親友を甘く見ないで?」

 

 沙織が冗談めかして言うと、華は肩の力を抜いた。

 

「そうですよ、五十鈴殿。あんこうチームの団結力は日本一、いえ世界一でありますから」

「五十鈴さんには世話になっているからな。私で良ければ相談に乗るぞ」

「優花里さん、麻子さん……。ありがとうございます」

 

 そして、華は語り始めた。

 杏から次期生徒会長としての打診を受けた事。

 みほではなく、華が選ばれた理由。

 ……何より、自分がそれにどういう思いを抱いたかを。

 三人は、黙ってそれに聞き入る。

 

 

 

 語り終えた華は息を吐き、ぬるくなった紅茶で喉を潤した。

 それを横目に沙織と優花里は顔を見合わせ、頷く。

 

「で、華は引き受けるんだね?」

「……ええ。みほさんの為と言われればお断りする訳にも参りません」

「五十鈴殿のお考え、間違っていないと思います。……ただ、砲手はどうなるのでありますか?」

「わたくし、戦車道は続けます。あんこうチームも抜けるつもりはありません」

「そこまで覚悟決めてるなら、もうあたしからは何も言う事はないかなぁ」

「言いたい事はそれだけか、沙織?」

 

 麻子はそう言いながら、ケーキの追加を頼んだ。

 

「何よ、麻子?」

「別に。沙織の事だ、五十鈴さんに全部押し付ける気などないだろうと思っただけだ」

「当たり前じゃない! 華!」

 

 沙織はずい、と華に身を寄せた。

 

「華だけに大変な思いさせないから。あたしも手伝うよ!」

「沙織さん……」

「ゆかりんも麻子も、いいよね?」

「当然であります!」

「私もか? だが、何をする気だ沙織」

「決まってるじゃない。ゆかりんは副会長、麻子は会計やろうよ」

「ええっ? わ、私が副会長でありますか?」

「……私が会計とか、どういうつもりだ?」

 

 驚く優花里と不満げな麻子。

 

「ゆかりんはアクティブだし、華と意気ピッタリじゃないかなって。麻子は計算に強いから」

「アクティブなのと、副会長は関係ないような……」

「私も、それだけの理由で会計など。第一、沙織はどうするのだ?」

「あたしは、広報やるよ。どうかな、華?」

「どう、と仰せられましても……」

 

 華は、困惑を隠せない。

 沙織らに話したのは自分の思いを聞いて貰いたかっただけであり、彼女らに隠し事はしたくなかったから。

 決して、巻き込むつもりなどなかった。

 が、沙織は進んで華と行動を共にしようとしている。

 優花里や麻子も驚きや戸惑いこそあるが、反対という表情ではなかった。

 

「華。一緒にやろうよ」

「ですが、皆さん……」

「大丈夫だって。華一人でやるより、みんなでやった方が楽しいに決まってるし」

「……よろしいのですか? 優花里さんに麻子さんも」

「は、はぁ……。副会長はともかく、五十鈴殿をお手伝いする事は喜んで」

「……言いたい事は山ほどあるが、西住さんの為でもあるのだろう?」

「当然! みぽりんの為にもなる、華の為にも。一石二鳥じゃないこれって?」

「秋山さんや私の意見を聞かずに先走る時点で、それはどうかと思うぞ?」

「いーじゃん、みんなでやった方が楽しいし」

「沙織さん。お気持ちは嬉しいのですけれど……やっぱり、皆さんにまで迷惑をかける訳には参りません」

「……あたしは、そうやって水臭い華の方がよっぽど迷惑だなぁ」

「…………」

 

 沙織の意思は固そうだった。

 だが、華は素直に頷けない。

 生徒会がどれだけ激務か、それは華も良く知っているつもりだ。

 ここにいる四人は、同じ戦車に乗る仲間というだけではない。

 大洗女子学園戦車道隊長として、全体の指揮を執るみほ。

 同時に彼女が車長を務めるあんこうチームはその主軸であり、シンボルでもある。

 当然対戦相手からは最重要目標として付け狙われる立場でもあり、チームの一人ひとりにかかる負担も小さくはない。

 ディフェンディング・チャンピオンとして全国の高校から挑戦を受ける側になった以上、戦車道にもより一層打ち込む必要がある。

 勿論、学生としての本分も疎かにする訳にはいかない。

 その分、ただでさえ貴重なオフを削る事になりかねない。

 

「一人で頑張らなくていいんだよ、華」

「え?」

「あたし達はチームじゃない。……あと」

 

 ジッと、華の顔を覗き込む沙織。

 

「言いにくいんでしょ、みぽりんに?」

「そ、そんな事は……」

「本当に?」

「…………」

「五十鈴殿は嘘が下手でありますな」

「だな。沙織程ではないが、顔に書いてあるぞ」

 

 優花里と麻子に言われ、華は顔を赤くする。

 

「みんなで言えばわかってくれるよ。みぽりんだって分からず屋じゃないんだし」

「チームワークで戦う、西住殿の口癖ですよ!」

「で、どうするんだ五十鈴さん?」

「……全く。沙織さんがここまで押しが強いとは思いませんでした」

「恋愛でも、とにかく押して押して押しまくる! これが一番だもん」

「その割には成果が出ていませんけどね」

「あ~、華もひっどーい!」

「だが、五十鈴さんの言う通りだ」

「武部殿、白旗でありますな」

「もーっ! みんな揃って!」

 

 華もつられて笑顔になった。

 

「あ、やっと笑いましたね。五十鈴殿」

「だな」

「あたしのネタでってのはちょっと納得行かないけど。でも、やっぱ華はそうやって笑っているのが一番かな?」

「皆さん……?」

「五十鈴殿、ずっと思い詰めた顔でしたから」

「……すみません。そんなに暗い顔でしたか?」

「ああ。だが、もう心配なさそうだな」

 

 そして、沙織が華に手を重ねた。

 

「一緒に頑張ろう、華?」

「沙織さん……わかりました。もう何も言いません、宜しくお願いしますね」

 

 

 

「華、おはよう!」

「五十鈴殿、おはようございます!」

 

 その声に、華は回想から引き戻された。

 正式に生徒会広報となった沙織、そして副会長の優花里。

 

「おはようございます」

「麻子、やっぱり起きなかった。まぁ、遅刻はしないと思うけど」

「冷泉殿の仕事は、昼からお願いするとしましょう」

「わかりました。……では、今日から頑張りましょう」

「そうそう、頑張ろうね会長!」

「了解であります!」

 

 華は力強く頷くと、会長の椅子に座る。

 そして、山と積まれた書類を一枚手に取った。

 

(わたくしのパンツァー・フォーですわね。……頑張らないと)



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天才整備士と大洗一速い女

約半年ぶりになってしまいました。

フォロワーのちまきさん(@U9Works)が描かれていたワンドロ絵を見て浮かんだ話です。
タイトル通り、ナカジマとホシノの話となります。
宜しければご一読下さい。


5/6 誤字訂正と一部修正。


 ピタリ、と停止線に停まった車のドアが開いた。

 降り立った人物は、ヘルメットを脱ぎ髪を揺らした。

 そこに近づく、別の人影。

 

「ホシノ」

「あ、ナカジマ。どうだった?」

「また新記録だね。流石、チーム一速い女だね!」

 

 ナカジマの言葉に、フッと表情を緩めるホシノ。

 

「でも、いいの?」

「何が?」

「ナカジマだって、走らせたいんじゃないかって。なんか、いつも整備ばかりさせちゃってるし」

「いいっていいって」

「でも……」

「最近、走らせる以上に整備が面白くってさ。自分のチューンでホシノのタイムが短くなっていくと嬉しいんだ」

「そう? それならいいけど」

「それより、ホシノも一緒にエンジン周り見て欲しいんだ。ちょっと、試したい事があってさ」

 

 そんな遣り取りをする二人、傍目から見ても大の仲良しと言えた。

 

 

 

 出身地の違う二人が出会ったのは、とある自動車レース。

 元々モーターファンだった二人は、両親にせがんでしばしばレース観戦に足を運んでいた。

 自動車レースの最高峰は勿論F1グランプリだが、それ以外にもレースは数多く開催されている。

 たまたま二人が揃って観戦したレース。

 観客がまばらだった事もあり、同じ年の二人は何となく言葉をかわした。

 そして、当然のように意気投合。

 連絡先を交換して、メールやSNSでやり取りする仲になった。

 そんな折、ナカジマの両親が転勤で茨城県に引っ越す事に。

 意図した訳ではないが、家もホシノの近くに決まった。

 会いやすくなった事に二人は喜び、互いの家に頻繁に遊びに行くようになる。

 こうして親友になると、今度は一緒に実際のモータースポーツに携わりたいと考えるようになった。

 双方の両親に理解があり、また我が子の熱意を見たのか地元のチームに入る事をすんなりと承諾。

 知識と言えば試合観戦や本での事ぐらいであり、加入当初は当然基礎から学ぶ事になった。

 

 そのうちに、ナカジマとホシノはそれぞれに適性を発揮し始めた。

 勿論、一通りの事が水準以上にこなせた上での話。

 ナカジマは元々機械いじりが好きだった事もあり、整備技術がぐんぐん上達していく。

 一方のホシノは、ドライビングテクニックで才能を開花させていた。

 自然に、二人の役割は定まっていく。

 華やかで目立つ存在のドライバーと比べ、縁の下の力持ちであるメカニックはどうしても地味な存在になってしまう。

 ホシノはナカジマの整備に絶対の信頼を抱きつつも、一方で自分ばかりスポットライトを浴びる事に申し訳なさも感じてしまっていた。

 それで、度々このような会話が繰り広げられていた。

 ナカジマもそれはわかっているので、時折逆の立場にもなったりしていた。

 ナカジマにしても、整備やチューニングの結果がどうなるかを自分で確かめる意味もあってそれはそれで楽しんでいた。

 ホシノも整備が嫌いだった訳ではないし、腕も決して悪くなかった。

 そんな二人が組んでいるのだから、結果は自ずと出てくる。

 いつしか、二人は地元では有名な存在になっていた。

 

 

 

 そして、年は過ぎ。

 中学三年生となった二人は、進学先を決める時期となっていた。

 女子高だけではなく、共学の高校で自動車部を持つ学校からの誘いも数多く来ていた。

 中にはかなりの好条件を提示してきた学校すらあった。

 そのぐらい、二人は有名になっていた。

 

「ホシノ、どうするか決めた?」

「ううん、迷ってる。けど」

「けど?」

「ナカジマと一緒の学校がいいな。これからも一緒に走らせたいし」

「勿論! とりあえず、話を聞いてみてからかな」

 

 二人が整備をしながらそんな話をしていた時。

 一人の人物が、二人を訪ねてきた。

 直接スカウトが来た事はあるが、聞けば教員ではなく彼女らと同年代との事。

 訝しく思いながらも、二人はとりあえず会う事にした。

 

「初めまして。私は大洗女子学園一年のテラダ、よろしく」

「あ、こちらこそ。私はナカジマです」

「ホシノです」

 

 テラダと名乗る高校生は、人好きのする笑顔を見せた。

 

「いきなりでゴメンね。実は、二人をうちの学校に招待しようと思って」

「招待?」

「スカウトじゃないんですか?」

「勿論、うちの学校に来てくれたら嬉しいけど……」

 

 と、テラダは頭を掻いた。

 

「うちの学校、他の学校みたいに裕福じゃないんだよ。だから授業料免除とかそんな事はとても無理なんだ」

 

 率直なテラダの言葉に、ナカジマとホシノは思わず顔を見合わせた。

 

「だから、まずは招待って訳。うちの学校、同じ県内だから近いしどうかな?」

「それはありがたいんですが……」

「何かな、ナカジマさん?」

「どうして、テラダさんが? 普通、こういう場合って先生とかが来られるんじゃないかって」

「ああ、それなら話は単純なんだよ。うちの学校、生徒の自主性を第一にしていてね。だから校外に出て何かをしたい場合、申請して通ればこうやって動ける訳さ。それに」

「それに?」

「会ってみたかったんだよ、凄腕コンビにね」

 

 テラダは片目をつむってみせた。

 

「つまり、テラダさんも自動車部って事ですか?」

「その通りさ、ホシノさん。あ、別に招待したからってうちの学校に入学しろなんて言わないから。それは約束するよ」

 

 ナカジマとホシノは、互いに頷き合った。

 

「そういう事でしたら、喜んで」

「今度の週末だったら、レースもありませんから」

「じゃ、決まりだね。大洗駅まで来て貰えたら迎えに行くから、時間がわかったらこの番号に連絡をお願いね」

 

 こうして、二人は大洗女子学園を訪ねる事となった。

 

 

 

「これが学園艦……」

「凄い大きさ……」

 

 女子高は学園艦に設けられているという事は知っていた二人だが、改めてその巨大さに圧倒された。

 大洗女子学園学園艦は人口としては三万人、所属する大洗町の陸上部と比べても倍の人数が暮らしていた。

 艦船である以上、運行させる人員が必要となるがこれは船舶科の生徒が担っていた。

 高校生だけで対応しきれない問題は大人が手伝う事もあるが、基本的には口出しをしない。

 これは大洗女子学園に限らず、全ての学園艦が同じ。

 

「これでも小さい方なんだよ。サンダース大学付属高校の学園艦なんて、うちのと並んだら小山と富士山ぐらいの違いがあるから」

「そ、そうなんですか……」

「聞きしに勝るってヤツですね……」

「あはは、まぁうちのを見ておけば他に行ってもあまり驚かなくなるかもね。じゃ、中に入ろうっか」

 

 艦内に入り、エレベーターで上甲板へ。

 航空母艦を模した構造の学園艦は、ここが街になっている。

 大洗女子学園の校舎を中心に、住宅や商店、公園などが設けられていた。

 周囲を見渡せば勿論海が見えるが、それがなければ地上と何ら変わらない。

 台数は多くないものの、車も走っていたりする。

 

「ホシノ、これ完全に普通の街だよね?」

「ナカジマもそう思う?」

「確かに、風が潮の香りだけど……驚いたね」

「うん。コンビニとかスーパーまであるし」

 

 物珍しそうにキョロキョロと街並みを眺める二人は、テラダに連れられ学園へと到着。

 古さは否めないが、立派な校舎がそびえ立っていた。

 その入口に、二台の車が停まっている事にホシノは気づいた。

 

「ナカジマ、あれ」

「え?……ポルシェ911ターボS!」

「流石だね。勿論、その隣もわかる?」

 

 テラダの問いに、二人はその車に近づいた。

 

「ホシノ、ソアラだね」

「うん、Z20系かな」

「ご名答。どう、乗ってみない?」

「え?」

「ポルシェにですか?」

「違う違う。ソアラの方だよ、ポルシェは学園長のマイカーだから」

「ぽ、ポルシェがマイカーですか……」

 

 若干引き気味のナカジマ。

 一方のホシノは、ソアラのドアを開けて運転席に滑り込んだ。

 クラッチを踏んでキーを回すと、ツインターボエンジンの心地よい振動が伝わってきた。

 

「これ、だいぶ手を入れていますね?」

「わかる? それ、うちの自動車部が日々チューニングした結晶なんだ」

「エンジン音が違いますから。あ、ボンネット開けていいですか?」

「いいよ」

 

 ホシノは一旦エンジンを切った。

 それからボンネットを持ち上げ、ナカジマはエンジンルームを覗き込んだ。

 ホシノも運転席から降り、その隣に並んだ。

 

「これ……かなりのモンスターだね」

「いろいろと手を加えたのがよくわかるね」

「わかって貰えて嬉しいな。……あ、やって来たね」

 

 そこに、五十代と思しき男が姿を見せた。

 テラダを見て頷くと、ポルシェのドアを開けた。

 

「あれが学園長さ」

「そ、そうなんですか……?」

「あの……。それで二台並んでいるのはどういう事ですか?」

「もし良かったらだけど、学園長と勝負してみない?」

 

 唐突なテラダの提案に、ナカジマとホシノは目が点になった。

 

「どういう事ですか一体?」

「見ての通り、学園長も車好きでね。機会があれば、私達も勝負してるんだけど……」

「?」

 

 言い淀んだテラダに、二人は首を傾げた。

 

「私達のメンバー、整備は好きなんだけど走行技術の方が今ひとつでね。この子を乗りこなせなくてなかなか勝てないんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。それで、二人に是非乗って貰いたいって思って。学園長に話したら、入学の話抜きで大乗り気になったんだよ」

「そうでしたか。ホシノ、どうする?」

「私は構わないけど……。一つ、聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ」

「勝負って言いましたけど。もし負けたら、入学しろって事じゃないんですね?」

「ああ、それはないから。純粋に勝負してみて欲しいだけだよ」

「わかりました、そういう事なら。ナカジマ、いい?」

「私もいいよ。ホシノが、これをどう乗りこなすか楽しみだから」

「じゃ、決まりだね。コースは学園艦一周で」

 

 ホシノはナカジマとグータッチを交わし、ソアラに乗り込んだ。

 

「じゃあ、位置について。三、二、一……スタート!」

 

 テラダが勢い良くフラグを振ると、ソアラとポルシェは勢い良く走り出した。

 

 

 

 そして。

 学園長のポルシェは途中でコースアウトし、艦橋に激突。

 怪我こそないものの走行不能になってしまった。

 一方のホシノは、初めて走るコースにも関わらず巧みな走りで無事走り抜け戻ってきた。

 

「おかえり。どうだった?」

「うん、楽しかった!……途中で相手がリタイヤしちゃったけど」

「あはは、学園長たまにやっちゃうんだよねあれ。だから、私達も全敗にならないんだけど」

 

 苦笑するテラダ。

 

「でも凄かったよホシノさん。初めて乗ったこの子をあそこまで乗りこなすなんて」

「ええ、とても楽しかったですよ。でも、まだまだポテンシャルは引き出せそうですね」

「そうだろうね……。あのね、もし良かったらまた乗りに来て貰えないかな? ナカジマさんにも、チューニングに加わって欲しいんだ」

「え?」

「私も、ですか?」

「勿論。うちに来て貰わなくてもいいけど、もっとこの子でいろいろ試したいんだ。どうかな?」

 

 ナカジマとホシノは、少し考えてから頷いた。

 

「いいですよ。私も、勉強になりそうですし」

「私もです。また、この子に乗ってみたいですから」

「本当? うん、助かるよ!」

 

 こうして、二人は暇を見ては大洗女子学園を訪ねるようになった。

 ……そして、そのまま進路として選ぶまでに時間は要さなかった。

 テラダのソアラへの想い、それが二人を運命づけた。

 

 

 

「……そんな事があったんだね」

「でも、それがなかったらこのメンバーは集まらなかったんだから。運命だよねぇ」

 

 コスモスポーツを整備しながら、スズキとツチヤが口々に言った。

 

「ま、まさかその時は戦車の整備までやる事になるとは思わなかったけどね」

「そうだね。でも、私はナカジマと一緒にやれて嬉しいけどね」

 

 今日も、いつものツナギ姿で油に塗れる自動車部の面々だった。




また何か浮かんだら更新します。
澤ちゃんの方はもう暫しお待ちを……。


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亜美と華

ふと思いついて亜美の過去話を書いてみました。


 蝶野亜美一等陸尉。

 陸上自衛隊富士学校の幹部教育支援や戦術の研究などを行い、全戦車部隊の模範とされる戦車教導隊に所属している。

 隊長は一等陸佐、一尉である彼女は幹部の一人でもある。

 最新型の装備である10式戦車は第一中隊に配備されている。

 あの若さでその地位にある、それだけでも彼女がエリートである事は疑いようがないだろう。

 戦車乗りとして優秀なのは間違いなく、それは学生時代に打ち立てた数々の伝説が物語っている。

 そんな彼女は、当然ながら多忙である。

 本来の業務もさることながら、戦車道連盟の公認審判員に日本戦車道プロリーグ強化委員としての役割もある。

 果たしてプライベートの時間はあるのだろうか、隊員達の中には首を傾げる者も少なくない。

 

「う~ん、やっと着いたわ」

 

 その当人が、駅を出て大きく伸びをした。

 鹿島臨海鉄道・大洗駅。

 エキシビションマッチでは駅前広場が砲撃でボコボコになったりした場所だが、当然ながら今は綺麗に修繕されていた。

 今日の亜美は、ジーンズにTシャツという軽装だった。

 普段のきっちりとした制服姿しか知らない人間が見れば、大抵はそのラフさに驚くかも知れない。

 

「ようこそ、大洗へ。お待ちしておりました」

 

 そんな彼女の前に、同じぐらいの背格好の女性が立った。

 大洗女子学園の新生徒会長、華だった。

 

「こんにちは、五十鈴さん。今日はお招きありがとう」

「いいえ、こちらこそご足労頂きありがとうございます」

「西住さん達は元気?」

「はい。来年に向けて、皆さんと一緒に頑張っています。……申し訳ありません、本当は皆さんでお迎えに上がりたかったのですけれど」

 

 視線を落とす華に、亜美は手を振る。

 

「仕方ないわよ。本当は、五十鈴さんだって忙しいんでしょう?」

「いえ、わたくしはまだ……。優花里さんや沙織さん達も頑張っていただいてますし」

「だから気にしないで。それより、早く行きましょう?」

「はい。ではご案内します」

 

 一礼し、華は歩き始めた。

 

 

 

 駅を出て、歩く事約十分。

 住宅街を抜け、商店街へ。

 

「変わらないわねぇ、この町も」

「そうなんでしょうか。普段は学園艦ばかりですので、あまり町は歩いた事がないのですけれど」

「そうよね。私の時もそうだったし」

「……あの。失礼ですが、蝶野さんは大洗にいらっしゃった事があるのですか?」

「昔ね。もう何年前かなぁ」

 

 そう亜美が呟いた時。

 道路を走ってきた軽トラックが、二人の前で停まった。

 運転していた男性が窓を開け、亜美に目を向けた。

 

「お、アンタは確か亜美ちゃん!」

「あら、お久しぶりですわ」

「いやぁ、べっぴんさんになったなぁ。いつ帰ってきたの?」

「ついさっきです。今日は、五十鈴さんに招待していただいたんですよ」

「そっかそっか。後でうちの店寄りな、お茶ぐらい出すからよ!」

「ありがとうございます」

 

 男性は手を振ると、そのまま走り去って行った。

 

「あの~。今の方、お知り合いでしょうか?」

「ええ、商店街の方ね。昔からお店をやっているのよ」

「そうなんですか。先程、何年前かに大洗にいらっしゃったと」

「そうよ。あ、ちょっとあのお店に寄りましょう。ちょっとお腹空いちゃったし」

「は、はぁ……」

 

 割とマイペースな華ですら、亜美には振り回され気味であった。

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

 テーブルに置かれた皿から、甘い香りが漂う。

 大洗名物の一つ、みつだんご。

 提供する店舗は今となっては数えるほどしかないが、その味に惹かれる人は少なくない。

 材料は小麦粉と水を混ぜ、焼く。

 それにみたらし団子のような蜜だれをかけるだけのシンプルな一品である。

 

「ふふ、相変わらず美味しそう。……それにしても、五十鈴さん?」

「はい、何でしょうか?」

「確かにみつだんごはおやつだけど……お昼食べてないの?」

 

 呆れたように話す亜美の視線の先には、山盛りとしか例えようのない程のみつだんごがあった。

 ちなみに亜美が頼んだのは、三本。

 軽く食べるのならこれが普通の量と言える。

 一方、華は小首を傾げて皿に目をやった。

 

「いえ、このぐらいなら普通じゃないのでしょうか?」

「いや、どう見ても普通じゃないんだけど……」

「?」

 

 華は黙々とみつだんごを平らげていく。

 店員も特に驚いた様子もなく、ただニコニコとしていた。

 

「ま、いっか。私も冷めないうちにいただきます……ん、美味しい」

 

 と、奥から年配の女性が姿を見せた。

 そして、亜美を認めると笑顔で側へとやってきた。

 

「あら、亜美ちゃん! 随分お久しぶりじゃないの」

「こんにちは、おばさん。お元気そうで何よりです」

「そりゃ、戦車道でこんなに大洗が盛り上がっているんだもの。病気なんてしてらんないって!」

 

 そう言って、豪快に笑った。

 それから、華に目を向けた。

 

「あんた、確かあんこうチームの人だったよね?」

「あ、はい。五十鈴華と申します」

「西住ちゃん、あの娘も凄いけど。この亜美ちゃんも凄かったんだよ!」

「え?……あの、失礼ですけど。蝶野さんとは一体どういうご関係なんでしょうか?」

「決まってるじゃない。この娘は、あんたの大先輩だよ! 大洗女子学園のね」

「まあ、そうだったんですか」

 

 驚く華。

 もっとも、リアクションはみほや沙織らに比べれば随分と薄いのだが。

 

「残念ながら優勝旗は持ち帰れなかったんだけどね」

「でもあの時は盛り上がったねぇ。特に十二時間に及んだ決勝戦とか!」

「じ、十二時間ですか?」

 

 優花里に肝が座っていると評される華も、これには驚いたらしい。

 数々の激戦を潜り抜けた彼女ではあるが、半日ともなると流石に未経験だった。

 その間撃破されずに戦い続けるだけでも至難の技だが、何より人間の集中力はそこまで長時間維持など出来ない。

 実際の戦争とは違いあくまで戦車道は武道であり安全には配慮されているとはいえ、それとこれとは話が別。

 

「生徒会長さんも、そのぐらい知っておいた方がいいよ。ここいら辺の大人には当たり前の話だからさ」

「は、はぁ……申し訳ありません」

 

 華は亜美に顔を向けた。

 

「では、蝶野さんが最初に教官役を引き受けていただいたのも……?」

「ええ。私が卒業して少ししたら、大洗女子学園の戦車道はなくなる事が決まったの。寂しかったけど、私は当時防大の学生でしかなかったし……。わかってると思うけど、戦車道は人数も必要だし何より費用が膨大にかかるのよ」

「県立高校でしかない大洗女子学園には、その負担に耐えらなかったんですね」

「そうね。それでも暫くは寄付が続いたし何とかなってたんだけど……」

 

 店の女性が、ため息を吐いた。

 

「運がなかったよねぇ。ちょうどあの頃、景気が一気に落ち込じまってさ」

「そうでしたね……。それで、寄付金が一気に減ってしまったと聞きましたから」

「おまけに県知事選があって、新しい知事は赤字削減を掲げて当選したから。大洗女子なんて槍玉にされたりねぇ」

「あの……。まさか、その時も廃校の話があったんでしょうか?」

「五十鈴さん、流石にそこまでは話が発展しなかったわ。ただ、戦車道は打ち切りが決まったけどね」

「戦車も売りに出されちまってねぇ。亜美ちゃんの愛車もそれっきり」

「ですが蝶野さん。学園艦には、戦車が何輛か残っていましたけど」

「ああ、あれね。……あれはね、実は売れ残りなの」

「売れ残り……ですか?」

「そうよ。戦車道は勿論当時も他の学園艦では続けられていたし、主力戦車はすぐに買い手がついたの。でも装甲が薄かったり整備が大変な車輛は結局そのまま。処分するにも費用がかかるから、それなら学園で保存する……そうなる予定だったらしいんだけど」

「保存費用の見積もりが県議会で論争になってしまってねぇ。使いもしない戦車に税金を無駄遣いするのはけしからん、って」

「そうでしたわね、おばさん。で、結局予算案は否決されて半ば不法投棄みたいな形で学園艦のあちこちに放置されていたのよ」

「そうだったんですか……。わたくし、ちっとも存じませんでした」

 

 落ち込む華。

 そんな彼女の前に、何かが差し出された。

 濃厚な牛乳から作られたソフトクリーム、この店の隠れた人気メニューだ。

 

「あの……?」

「食べな、これは奢りだから。女の子がそんな辛気臭い顔するもんじゃない、折角の美人さんが台無しじゃないか」

 

 店の女性は、屈託なく笑う。

 

「知らなかった事を今知ったんだ。勉強になったじゃない」

「…………」

「そうだろ、亜美ちゃん?」

「はい。五十鈴さん、溶けちゃう前にいただきなさい。知らない事は恥じゃない、それにこれは昔話だから。大洗女子学園の歴史はこれからもまだ続くんでしょ?」

「……はい! では、有り難く頂戴します!」

 

 華はにっこり笑うと、ソフトクリームを受け取り口に運んだ。

 

 

 

 夕方。

 二人の姿は再び大洗駅にあった。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう、五十鈴さん」

「いえ。あの、本当に学園艦にお立ち寄りになりませんか?」

「また今度にしておくわ。これもあるし」

 

 そう話す彼女は、トートバッグやリュックに詰められたお菓子や地酒に目をやった。

 自分で買った物もあるが、ほとんどが商店街を歩いていて誰かしらに渡された物。

 華はその度に目を丸くしてしいた。

 

「あの……。一つだけお伺いしても宜しいでしょうか?」

「いいわよ?」

「……角谷さんが戦車道を復活させると言い出した時、蝶野さんにもお知らせが行ったのでしょうか」

「どうして?」

「蝶野さんは戦車教導隊所属と伺っています。本来なら戦車そのものの指導は職務や専門とは違いますよね?」

「ああ、それなのに私が教官としてやって来たのは不自然だって事?」

「はい」

「そうでもないんじゃないかな? 五十鈴さん、私は確かに自衛官だけど別の肩書きを忘れてない?」

 

 そう言われ、華は顎に指を当てた。

 

「戦車道連盟の公式審判員……でしょうか?」

「それもあるけど、ハズレ。戦車道連盟のプロリーグ設立に向けての強化委員としては、近い将来を担う存在として高校生選手やチームの動きはどうしても気になっていたの。その中に自分の母校の名前があったら、五十鈴さんでも自分で見てみたいと思わない?」

「それは……そうかも知れませんね」

「でしょう? だから、その立場を使わせて貰った訳。でも、行って正解だったわ。心配していた西住さんにも会えたし……何より五十鈴さん達に知り合えたんですから」

「え? 私達……ですか?」

「ええ。母校の戦車道が復活しただけじゃなく、二度にわたる廃校の危機まで救ってみせた。あなた達のお陰よ」

「そんな……。それに、それを言うなら蝶野さんのお陰です」

 

 亜美は頭を振った。

 

「私は大した事はしてないわ。それに、私もただ母校の危機だからと言うだけだったら……あんなにあなた達に肩入れする事はなかったでしょうね」

「では、どうしてですか?」

「そうね。あなた達の試合が、戦車道が楽しかったから。この先もずっと見たかったから……それじゃ理由にならないかしら?」

 

 ニカッと笑う亜美。

 

「頑張りなさい、これからも。期待してるわよ、後輩」

「……はい。お任せ下さい、先輩」

 

 亜美は華の肩を叩くと、改札へ向かって行った。

 

 

 

「そっか。蝶野さんとうちの学校ってそんな因縁があったんだねぇ」

「意外ですね。でも、そう考えれば今までの事が全て腑に落ちる気がします」

 

 学園艦に戻った華は、生徒会室で一日の事を沙織と優花里に話した。

 

「でも、そんな話が聞けるんだったら私も行きたかったなぁ」

「武部殿、それは私も同じですよ。ですが……」

 

 優花里は、溜息をつきながら振り向いた。

 そこには、乱雑に置かれたダンボールの山が。

 

「廃校騒ぎで書類を全部しまって、まさかそのままだったとは……」

「もー、いつになったら終わるのよこれ! 戦車道関係の書類だけでも全然揃わないじゃん!」

「沙織さん。とにかく、手を動かしましょう。私も手伝います」

 

 華はそう言って、未開封のダンボールに手をかけた。

 学園の歴史が、また一日紡がれていく。



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継続高校のとある一日

明確な公式設定ではありませんが、この二人が同時期に所属していたら……そんなif話です。
ミカの設定はより非公式で説の一つに過ぎませんが、それを踏まえてご一読いただければと思います。


 継続高校。

 戦車道が盛んな学校であり、フィンランド軍をモデルとしている。

 サンダース大学付属高校や聖グロリアーナ女学院のように予算が潤沢ではない都合上、戦車も寄せ集めで強力な車輌はほとんどない。

 全国大会には毎年出場こそしているものの、殆どが初戦敗退の弱小校である。

 他のスポーツでもそうだが、強豪校ともなれば生徒は必然的に集まる。

 戦車道でも、黒森峰やプラウダなどは毎年応募が殺到し倍率も相当なものになっている。

 継続高校は定員割れにこそならないものの、それらと比較するとお寒い限り。

 当然、戦車道経験者も少なく有望株が来る事など期待もできない。

 それでも、歴代の隊長は必死に結果を出そうと努力を重ねていた。

 今年の隊長もまた、例外ではなく。

 

「う~ん……」

 

 編成表を前に、今日も唸っていた。

 彼女自身は、この学校にしては珍しく戦車道の経験が豊富だった。

 それならば他の強豪校に何故行かなかったのか、そう問われた事もある。

 だが、経験があればどの学校でも通用するとも言い切れない。

 強豪校は必然的に集まる生徒のレベルが高く、レギュラー争いも熾烈なものとなる。

 それに破れ、二軍や控えに甘んじる可能性も決して少なくはない。

 戦車道自体を楽しみたいのなら、そういった場所よりも寧ろ……と考える生徒も一定数存在する。

 彼女もまた、その一人だった。

 

「車輌は仕方ないとしても、メンバーだよなぁ……」

 

 ボヤく彼女。

 三年生となり、そろそろ次期隊長を選ぶ時期になっていた。

 今も副隊長を置いてはいるものの、残念ながら後を任せるには物足りない。

 他に適任も見当たらず、そうなると新入生から抜擢せざるを得なかった。

 継続高校は伝統的に操縦技術は高く、その意味で戦力として期待できそうな生徒は少なくなさそうだった。

 だが、戦車は動かすだけではどうしようもない。

 車長というだけなら、経験を積み鍛えればどうにかなるかも知れない。

 隊長は冷静な判断力と、何より他のメンバーを惹き付けるだけの何かが必要……彼女はそう考えていた。

 それで、何度となく新入生の経歴を眺めているのだが。

 

「ピンと来るような娘はいないなぁ……。とりあえず、いろいろやらせてみるしかないか」

 

 溜息をつくと、彼女は立ち上がった。

 

 

 

「皆さん、継続高校へようこそ。私は隊長のルミ、よろしく」

 

 集まった新入生一同を前に、ルミは挨拶を始めた。

 

「皆さんが知っての通り、我が校は決して強豪ではありません。ですが、戦車道を楽しむという点では他校に決して引けを取らないと自負しています」

 

 そう話しながら、全員を見渡す。

 ……と、ルミは一人の生徒に目を遣った。

 集まった新入生の一番隅、木の根っこに腰を下ろしてチューリップハットを被っている少女がいた。

 しかも、手にしたカンテレを優雅に奏でながら。

 話を聞いていない訳ではなさそうだが、一年生にしては妙にふてぶてしい態度とも言えた。

 咎め立てする事も出来たが、何故かルミはその気になれなかった。

(変わった娘だけど、何か気になる……。確かめてみるか)

 

「では、早速ですが動かしてみましょう。未経験者は上級生が指導します、右手に集まって下さい」

 

 その言葉に、一部の生徒がぞろぞろと移動した。

 件のカンテレ少女は、微動だにしない。

 つまり、戦車道経験者という事なのだろう。

 未経験者達は他のメンバーに任せ、ルミは残った経験者集団に向かって続けた。

 

「こちらは経験者のようですね。では、チーム編成を行います」

 

 継続高校所有の車輌で、比較的癖が少ないのはⅣ号J型、Ⅲ号突撃砲G型、T-34あたり。

 その中から割り振りを行おうと、ルミはメンバーを選び始めた。

 と、件の少女が立ち上がった。

 

「ちょっといいかな」

 

 上級生であるルミに対し、いきなりのタメ口だった。

 が、不思議とルミは腹立たしい思いは感じなかった。

 ミステリアスな雰囲気のせいかも知れない。

 その代わり、ルミも丁寧語を止めた。

 

「何だ?」

「乗りたい戦車を、選んでもいいのかい?」

「そりゃ構わないが、整備が済んでない車輌もある。動かせる奴の中からならいいぞ」

「じゃあ、アレでいいかな?」

 

 少女が指差したのは、BT-42。

 快速戦車ではあるが、継続高校が持つ車輌でも一番癖が強い。

 装甲も薄く、何より搭載している榴弾砲の設計が古く手間のかかる分離装薬式の為連続発射も出来ない。

 扱い辛い為にルミ自身もほとんど乗らず、試合でも出番は少なかった。

 

「……一応聞くが、どんな戦車か知っての事だろうな?」

「勿論さ。あの子が、私に乗って欲しいって呼んでいるのさ」

「なら好きにすればいい。じゃあ、メンバーは……」

「この二人でどうだい?」

 

 少女の傍らに、二人の新入生が立っていた。

 一人は背の低い、金髪のお下げ髪。

 もう一人は赤髪で、どことなく活発なイメージがある。

 付き合いの長さまでは窺えないが、どうやら三人は既に知り合いのようだ。

 

「いいだろう。その前に、名前ぐらい聞かせてくれないか?」

 

 少女はポロロン、とカンテレを鳴らす。

 

「私は名無しさ」

「おいおい、名無しはないだろう。それとも、名乗れないのか?」

「じゃあ、ミカとでも呼んでくれればいいさ」

「ミカ、な。そっちの二人は?」

「はい、私はアキです」

「私はミッコ!」

「わかった。じゃあ、三人でBT-42に」

 

 ルミがそう告げると、ミカは漸く腰を上げた。

 

 

 

「おいおい……」

「あれ、本当に新入生なのか?」

 

 好きに動かしたいと言うミカ。

 不遜とも言える態度にムッとするメンバーもいたが、ルミは敢えてそのままにさせた。

 ただの大言壮語なのか、それとも実力に裏打ちされた自信のなせる技なのか。

 お手並み拝見とばかりに、その行動を見守る事にした。

 ……そして、誰しもが呆気に取られていた。

 搭乗の際、役割分担については動かす前に各車とも必ず申告させていた。

 ミカの車輌については、車長がミカで操縦手がミッコ、装填手兼砲手がアキと認識している。

 BT-42が扱い辛い理由の一つが、狭い車内という事もあり三名で運用しなければならない事。

 操縦手は当然それに専念するしかないので、実質二人で装填と砲撃を行う必要がある。

 ……が、ミカは車長のみで他は全てアキがやっているというだけでも驚愕物としか言えない。

 114ミリ砲は分離装薬とは言えそれなりに重量はあり、加えて砲の仰俯角と旋回のハンドルが別々という構造。

 照準を合わせるには本来は別々の人員が対応しなければならないのに、それもアキ一人でやっているのだから。

 それでいて、静止しているとは言え的にはきっちりと当てている。

 アキのポテンシャルが高いのは勿論だが、果たしてそれだけだろうか。

 それに加え、ミッコの操縦技術も相当なもの。

 眺めるメンバー達の反応は、至極当然と言えた。

 

「こりゃ意外な拾い物……。いや、ひょっとすると……」

「ルミ隊長?」

「私の車輌、用意してくれ。整備は終わっているんだろう?」

「あ、はい。じゃあ、運んできます!」

 

 傍らにいたメンバーが、戦車置き場の方に駆けていく。

 それを見送りながら、ルミは無線機を手にした。

 

「ミカ、訓練中止! 元の位置に戻れ!」

 

 

 

 そして。

 

「あ~あ、負けちゃったね」

「惜しかったよなぁ。もうちょいだったのに」

「そうだね。でも、この勝負は人生に取って大切な事かな?」

 

 ルミが指揮するT-34とのタイマン勝負となり、ミカは敗れた。

 仮にも隊長であるルミとしては負けるつもりもなかったし、また負けられなかった。

 だから、一切手を抜かずに勝負に臨み……勝利を得た。

 が、その表情は厳しいまま。

 声をかけようとしたルミ車のメンバーも、それを見て思いとどまってしまう程だった。

 黙ってハッチから出ると、ミカ達に近寄った。

 アキとミッコはそれを見て立ち上がったが、ミカは我関せずとばかりにカンテレを奏でている。

 ルミもそれを気にする素振りも見せず、三人の前に立った。

 

「見事な動きだったな。もう少しで、こちらもやられるところだった」

「そうかな?」

「私も、事実を認めない程狭量じゃないつもりだけどな。アキとミッコは経験者だったな?」

「はい。中学ではずっと、装填手をやってました」

「私は始めた時から操縦手一筋!」

「……だろうな。で、ミカはどうなんだ?」

「…………」

 

 ミカは質問に答える事なく、素知らぬ顔をしている。

 

「あの変幻自在の動き、ミッコの操縦技術だけじゃないだろう。まさか、二人に任せっきりでただカンテレを弾いていただけじゃないだろう?」

「さあ、どうだろうね」

「アキとミッコが高いポテンシャルを持っているのはよくわかった。でも、戦車は車長次第だという事ぐらい私も重々承知している」

「この子が、こう動けって呼んだだけさ」

 

 掴みどころのないミカにも、ルミは動じない。

 

「アキ、ミッコ。ミカの指揮はどうだった?」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

「確かに二役は大変でしたけど、ミカが言うタイミングで装填して照準を合わせて撃ったら外れる気がしませんでした」

「私も、ミカの指示で止まったり発進したりだったけど……絶妙だったかなぁ」

「二人はこう言ってるぞ、ミカ?」

「じゃあ、きっとそうなんじゃないかな」

「……なら、はっきり言おうか。ミカ、あの動きは島田流そのもの。自己流ではああはならない、違うか?」

「君がそう思うのなら、それでいいんじゃないかい」

「え? ミカ、あの島田流門下なの?」

「そりゃ凄いぜ!」

 

 ルミのみならず、戦車道に関わっている者であればその流派について多少なりとも知っていて当たり前。

 ましてや、西住流と並び称される島田流である。

 その門下生ともなれば、有望どころの話ではない。

 

「島田流でも西住流でも、それに意味はあるのかな?」

「大アリだろ、普通に考えて!」

 

 思わずツッコミを入れてしまうルミ。

 そして、フッと息を吐いた。

 

「ま、言いたくないならそれでもいいさ。ミカ」

「なんだい?」

「今日から、お前には我が校戦車道チームの副隊長をやって貰うよ」

「ええっ!」

「ふ、副隊長!?」

 

 驚くアキとミッコ。

 当のミカ本人は、相変わらず涼しい顔のままだったが。

 

「いいのかい? 素性も知れない一年生に、いきなりそんな大役を任せても」

「実力は見せて貰った、後は経験だけだろう? ミカなら、私なんかすぐに追い越してしまうかも知れないし」

「……風に流されてやってきて見れば。人生はわからないものだね」

 

 ポロロン、とミカはカンテレを鳴らした。

 

 

 

 それから、二年が過ぎた。

 

「ルミ副隊長!」

「なんだ?」

「は、はい! 大洗女子学園チームに、次々と増援が!」

 

 ルミはチームメンバーの声に立ち上がり、双眼鏡を手にした。

 

「こんにちは! 継続高校から転校して来ました!」

 

 草原の彼方から、見慣れた車輌が姿を見せた。

 白い車体に、大きく描かれた『継』の文字。

 見間違えようもない、あのBT-42そのものだった。

 

「来たか……ミカ。まさか、こんな形で勝負する事になるとはね」

「副隊長?」

「……油断するな。相手は高校生とは言え、楽な勝負にはならないかも知れないぞ」

 

 そう言ったルミは、不敵な笑みを浮かべた。

 立場を変えた二人の激突が、始まろうとしていた。



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役人異聞

ガルパン世界唯一(?)の悪役設定、役人こと辻廉太。
彼が違ったタイプの人物だったら……と思いついて書いてみました。

注)
・本作品はフィクションであり、実在の人物や組織とは一切関係ありません。
・政治的な意図や思想は特に込めていません。
(コメントなどでそういったご意見をいただいてもお答え致しかねます)


「ハァ……」

 

 重厚感のある机に向かいながら、男がため息をつく。

 七三分けで整えられた髪に、シワひとつないスーツ。

 それだけでも、彼がそれなりの身分だと窺い知れる。

 男は、一通の書類に目を落とす。

 そして、頭を振った。

 

「全く、宮仕えの身とは言えとんだ貧乏くじですね」

 

 文部科学省学園艦教育局局長。

 それが彼、辻廉太の肩書であった。

 

 

 

 事は数週間前に遡る。

 国政選挙で時の与党が大敗、野党第一党が政権を担う事となった。

 選挙では歳出削減による財政赤字削減と、国債発行額の抑制を最大の公約として掲げていた。

 新政権がスタートするとすぐにプロジェクトチームが結成され、事業仕分けと称して各官庁や独立行政法人に対してのヒアリングが行われた。

 無論、国の事業全てが無駄な筈もないし削ってはいけない予算も少なくない。

 が、新政権は高い支持率をバックに強気の姿勢を崩さなかった。

 多額の予算を占める事業がその槍玉に挙げられるのはもはや必然だった。

 それは、文部科学省も例外ではなく。

 

「この学園艦ですが、かかっている費用が高すぎますね。統廃合を進めるべきでは?」

「急には無理です。生徒や父兄に対する説明も必要ですし、転校先の振り分けも」

「そうやってズルズル引き伸ばす気ですか! あなた方はそうやってすぐに有耶無耶(うやむや)にしようとする!」

 

 ダン、と机を叩くプロジェクトのメンバー。

 

「いいですか? 学園艦事業は艦そのものの維持だけではありませんよ? 兎に角莫大な税金が投入されているんですよ? これは血税なんですよ?」

 

 同意とばかりに頷く財務省の官僚達。

 当然だが、財務省は歳出削減は歓迎しても増加にはいい顔をしない。

 削除する金額や件数が多ければ多い程、彼らは諸手を挙げて賛成する。

 プロジェクトチームが強気一辺倒な理由の一つでもあった。

 

「戦車道や部活動で目立った活躍もない、生徒数が減少している高校もあると聞いています。その整理は決定事項です、存続の予算は認められませんね」

 

 有無を言わせぬ調子で迫られ、文部科学省からの出席者は反論すら出来ない有様。

 そして、その後始末は担当部局へ回される事となり。

 その責任者である辻は、通達を前に頭を抱える事となってしまった。

 行政は縦割りが基本であり、上位から来た指示はその通りに実施する以外の選択肢はない。

 無論根回しなどで方針転換をさせてしまう場合がなくもないが、政権交代に伴い国務大臣も官僚達とは何の接点もない人物が就任。

 彼らから見て、教育行政に精通しているとは言い難い素人だった。

 が、兎に角新政権は政治主導を錦の御旗として掲げ官僚の提言よりも世論に耳障りの良い方を選んでいた。

 当然、新大臣は強気で官僚達に対して恫喝紛いで指示を出した。

 学園艦の統廃合も当事者からすれば堪ったものではないが、世論は自分に直接関わりのない事は兎角冷淡でしかない。

 辻からすれば、統廃合の対象とした関係者の矢面に立つ事になり気は進まない。

 それでも責任者である以上逃れられる筈もなく、あくまで抵抗すればその地位を追われる事は確実だった。

 彼はその肩書を得るだけの才能と実績を持っていたが、同時に保身的でもあった。

 つまり、彼には選択肢など最初から存在しない。

 

「やるしかないんだよなぁ……。ああ、胃が痛い」

 

 ストレス性の胃痛と戦いながら、辻は仕事を進める日々だった。

 

 

 

 学園艦教育局がリストアップした統廃合候補。

 その中で最有力とされたのが、茨城県立大洗女子学園。

 私立が多い学園艦の中で、その名の通り珍しい公立高校である。

 直接の所管は茨城県だが、その莫大な維持費を地方自治体だけで賄える筈もなく国からも助成を受けていた。

 事業仕分けで遡上(そじょう)に上がった通り、ここ数年目立った実績もなく生徒数も減少している学校であった。

 学園艦自体も老朽化が進み、大規模な改修若しくは新造が必要となる見通しでもあった。

 一説には大型タンカーの寿命が十五年と言われる中、大洗女子学園の学園艦は時折改修を行いながら既に数十年に渡り運用されている。

 このまま存続すれば、維持費が膨大になるのは火を見るよりも明らか。

 他に挙がった候補を差し置いてまで存続を主張するのは難しい……辻と部下の一致した見解だった。

 

「やむを得ないでしょう。……大洗女子学園を廃艦、廃校にする方針とします」

 

 辻の決断で、全てが動き始めた。

 

「局長」

「何でしょう?」

「大洗女子学園への通達はどうなさいますか?」

 

 部下の一人が、遠慮がちに尋ねた。

 流石に電話一本、という訳には行かないが書面で知らせる方法もあった。

 無論、それだけで終わる筈もないのだが。

 学校関係者だけではなく、生徒や父兄に対する説明もしなければならない。

 全て上意下達という訳にはいかない。

 これもまたいろいろな根回しが必要であり、用意すべき書類も膨大になるだろう。

 無論これを辻一人でやる訳ではなくとも、彼は責任者としての役割がある。

 

「……あの学園は、確か生徒会が実質的な権限を持っていましたね?」

「ええ。今の生徒会執行部になってから、学園長が大幅に裁量を認めたとか」

「では、その生徒会長を呼んで下さい。私から伝えます」

「わかりました。では早速、連絡を取ります」

 

 部下はホッとしたように、辻の部屋を出ていった。

 嫌な仕事を任されずに済んだのだから無理もないが、辻は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

「……まぁ、仕方ないでしょう。一番逃げ道がないのは私なんですから」

 

 そう独りごちながら、彼は書類を手に取った。

 

 

 

 数日後。

 呼び出しを受けた杏達が、辻の部屋に通されていた。

 

「は、廃校……ですか?」

「はい。大洗女子学園は、来年三月末を以って廃校とする事が決定しました。学園艦もその後解体となります」

「そ、そんな……」

「…………」

 

 オロオロする桃と、困惑する柚子。

 二人に挟まれた杏は、腕組みしながら何やら思案している。

 辻はその様子を見ながら、書類を読み上げていく。

 

「……以上がお知らせする内容となります。何かご質問は?」

「あ~。ちょっといいかな?」

「……どうぞ」

 

 仮にも年上に対する態度ではなかったが、それで目くじらを立てる程辻も小さくはない。

 杏も気にした様子も見せずに続けた。

 

「それって決定事項なんだよね?」

「勿論です」

「ふ~ん。じゃあ、逆に目立った成果を何か出せば撤回ってのもアリ?」

「……成果、ですか。確かにそれが廃校の理由ではありますが」

 

 食い下がろうとする姿勢は理解できるが、実際には難しいだろうというのが辻の思いだ。

 いつも以上にトップダウンで行われている案件であり、覆る事はまずあり得ない。

 

「ですが、残り一年で何が出来ますか? 断っておきますが、私の権限だけでどうにかなる話ではありませんよ」

「だろうねぇ。……あ、そういやこんな記事を見たんだけど」

 

 そう言いながら、杏はカバンから新聞を取り出した。

 紙面を広げ、一つの記事を示した。

 

「今、文科省は戦車道に力を入れてるんだって?」

「ええ、その通りです。世界大会の誘致に向けて、全国の高校に対して戦車道の履修を奨励しているところですが」

「なるほどねぇ。じゃあさ、例えばだけど……高校大会で優勝したら?」

「戦車道全国大会での優勝ですか?」

「そそ。目立った実績って言えるんじゃないかなぁ、文科省の方針にも沿う訳だし」

 

 辻は考える。

 確かに、杏の言う事は正しい。

 ……ただし、実現可能な話であればだが。

 高校の戦車道は歴史もそれなりに古く、伝統ある強豪校も揃っている。

 例えば、九連覇を果たした黒森峰女学園。

 ドイツ陸軍をモチーフにした学校だけあり、戦車の質も高く選手も実力者揃い。

 それ以外にもサンダース大学付属高校やプラウダ高校、聖グロリアーナ女学院なども控えている。

 大洗女子学園は嘗ては戦車道を行っていたようだが、それも数十年前に途絶えていた筈。

 その際に目ぼしい車輌は売り払ったと記録にもあり、第一在校生に経験者がいるのかどうかすら怪しい。

 そんな素人集団がパッと飛び込んであっさり成果を出せる程、甘い世界ではない。

 万が一実現できたとしても、廃校をひっくり返す事はまず無理としか言えない。

 それでも、一縷の望みをかけようという事なのだろうが……。

 

「小山、河嶋。という訳だから、戦車道やろっか?」

「ええっ?」

「か、会長? 本気ですか?」

「もっちろん。優勝した学校をさ、まさかそれでも廃校にする……なんて言わないよねぇ?」

 

 辻としては、無駄なあがきと切って捨てるのは簡単だった。

 ……が。

 今回のやり方には、いくら官僚の彼とは言え正直腹に据えかねる面があるのも事実だった。

 それを口に出す事は出来ないが、今の政権や大臣のやり方をはいそうですかと素直に従うのも疑問があった。

 彼一人だけならば兎も角、少なくとも学園艦教育局の職員は多かれ少なかれ同じ思いを抱いていた。

 

(……利用するようで気の毒だが、あの上から目線の連中にしっぺ返しを食わせるのも悪くないか)

 

「……前向きに検討はするとお約束しましょう。今はそれだけしか申し上げられませんが」

「じゃ、決まりって事で。手続きに必要な書類とか、後で送ってね」

「はい。手配させましょう」

 

 言質は取った、とばかりに杏はニンマリとした。

 勿論書面を取り交わすつもりもない、ただの口約束。

 彼とて、縁もゆかりもない大洗女子学園の為に積み上げてきたキャリアを棒に振るような真似は出来る筈もない。

 無論口約束も全くの空手形という訳ではないが、証拠として形に残してはいないのだから後でどうとでも言い逃れ出来る。

 

(……それでも、一泡吹かせるのが関の山でしょうけどね。それ以前に、そもそも全国大会に出場する資格を満たせるかどうかも怪しいものですが)

 

 そう思いながらも、辻は何故か可能性はゼロではない……そんな予感がしていた。

 

 

 

 新年度になった。

 学園艦教育局も、学園艦統廃合プロジェクトだけが仕事ではない。

 国家公務員は世間一般で考えられている以上に激務な職場も多い。

 辻達も決して例外ではなく、仕事の山は一向に減る気配がなかった。

 辻本人も効率化重視で局長室を出て、他の職員と同じ部屋で作業に当たっている有様だった。

 

「局長。こちらの書類もお願いします」

「やれやれ、また増えましたか。そこに置いて……おや?」

 

 溜息をつきながら、新たに回ってきた書類が辻の眼に止まった。

 その中に、大洗の文字を見つけたからだ。

 

「……ほほう。とりあえず第一関門はクリアしたようですね」

「局長?」

 

 辻の独り言に、書類を置いて立ち去ろうとした部下が振り向いた。

 

「例の大洗女子学園、戦車道を再開したいとの申請が来たんですよ」

「え? 戦車道……ですか?」

「もう廃校は既定路線だというのに、最後の思い出づくりでしょうか?」

「第一、全国大会までもう時間もないのに」

 

 会話を聞きつけた他の部下達も、根を詰めるのに飽きたのかぞろぞろと集まってきた。

 

「局長。戦車道の全国大会は確か、最低でも戦車五輛を揃える事が条件でしたね?」

「その通りです。どうやら、彼女達はそれは満たしたようですね」

 

 確かに、その書類には申請に当たって必要な戦車の名前が記されていた。

 

「Ⅳ号D型に三号突撃砲F型、八九式中戦車甲型、M3中戦車……それに38(t)ですか。何とも個性的な顔ぶれを揃えたものですね」

 

 辻も仕事柄、戦車道で使用を認められている車輌については必要十分な知識を備えている。

 それが故に、このラインナップがどうかと問われれば即座に答えるだろう。

 数だけは揃ったが、それだけの事……と。

 生産国もバラバラで、装甲は紙な車輌ばかり。

 火力も三突以外は十分とは言い難いレベルでしかない。

 これでは、率いる隊長も苦労が絶えないだろう。

 ……ふとそこまで思いを巡らせてから、辻は書類にもう一度目を通した。

 

「局長、何か?」

「……いえ。大洗女子学園には戦車道経験者はいない筈ですが、隊長は誰が務めるのかと思いまして」

 

 そして、見つけた。

 隊長西住みほの名前を。

 

「西住……みほ?」

 

 戦車道に携わる人間なら、西住の名前を聞いて覚えがなければモグリと言われても仕方がない。

 武芸としての戦車道で最大の流派と言えば、西住流。

 当然、辻は家元のしほとは繋がりがある。

 

「西住、という事はあの西住流の?」

「長女は黒森峰の隊長でしたね。確か、名前はまほ」

「ですが、大洗女子学園は戦車道が途絶えて久しい学校です。何故そんなところに西住の人間が?」

 

 部下達の疑問に答えたのは、辻だった。

 

「西住みほ。……西住流家元の次女で、黒森峰の前副隊長ですね」

「前副隊長? それって凄いじゃないですか」

「でも、どうしてそんな娘が大洗に?」

「……そりゃ、去年の全国大会だろ。原因があるとすれば」

 

 その声に、一同は腑に落ちたとばかりに頷いた。

 

「戦車道のない学校で、静かに学校生活を送ろうとしたのでしょう」

「それが、また表舞台に引きずり出されるとは……皮肉なものですね」

「それだけ、大洗女子学園は形振り構っていられないという事なのかも」

「とは言え、まだまだ子供に負わせるにはちょっと重荷過ぎる気もするなぁ」

 

 立場上肩入れする事は出来ないが、彼らとて人の子。

 横紙破りばかりの大臣や政治家にストレスマッハな日々という事もあって、みほや大洗女子学園の境遇に同情を禁じ得ないのも無理はなかった。

 

「ところで、局長?」

「何ですか?」

「わからないのが、大洗女子学園がいきなり戦車道を持ち出してきた事です。そりゃ、確かに奨励するよう通達は出していますけど」

「素人がいきなりやっても成果など出せませんし、その割にはかかる費用も膨大ですからね」

「でも、この短期間で体裁は整えた。その手腕は大したものですが、そもそもその発想に至りますかね普通?」

 

 職員らが、一斉に辻を見た。

 当人は狼狽える事もなく、眼鏡をかけ直した。

 

「彼女達も必死であれこれと手立てを考えた末に至った結論なんでしょうね」

「そうでしょうか? 局長は何かご存知では?」

「……君達、私を何だと思っているのですか。しがない中間管理職ですよ?」

 

 部下達は、思わずツッコミを入れそうになるのを必死で抑えた。

 辻が本当にしがない小役人でしかないのなら、この若さで今の地位に収まっている筈がない。

 そして、今回のプロジェクトについても口にしないだけで憤懣(ふんまん)遣る方無いのも彼らは察していた。

 詳しい経緯まではわからずとも、辻が何らかの指針を与えたのではないか……と。

 そんな好奇心に満ちた視線を受け流し、辻は腰を上げた。

 

「さて、私はちょっと副大臣に呼ばれていますので。休憩は構いませんが、程々に切り上げるように」

 

 

 

 そして、第六十三回戦車道全国高校大会。

 無名の存在でしかなかった大洗女子学園が大波乱を引き起こした伝説の回が、始まろうとしている。

 辻以下学園艦教育局の面々が、予想だにしなかった結末を用意して。



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