コーヒー提督と艦船型少女 (せつ763みだれうち)
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第0話 コーヒー提督 ―幕開―

時計の秒針だけが聞こえる、そんな、落ち着いた雰囲気の中、

 

一室には窓から零れる黄昏時の陽光で二人の影が映った。

 

一人は、本日の秘書艦、特型駆逐艦1番艦の吹雪、秘書艦のデスクで書類整理を

 

せっせと行っており、その手つきは慣れたものである。

 

そして、もう一人、吹雪のデスクにとある飲み物が入ったマグカップを置き、

 

自分のデスクに向かう男。

 

部屋では吹雪の「ありがとうございます」と声が響き、男は「…ああ」と答えた。

 

自分のすべき仕事、本日の作業を終え後は吹雪を待つばかり、

 

そんな彼は、デスクで一息つき右手のマグカップを口元に近づけ、香りを楽しんだ後、喉を潤す

 

 

「……クッ!!……何度飲んでもうめえ」

 

 

彼が飲んでいるもの、それはコーヒー。根っからのコーヒー好きで彼は既に16杯も飲んでいた。

 

常人ならありえない数字である……

 

 

「…おいしい。やっぱり司令官が淹れてくれたコーヒーは美味しいです!!」

 

「…フッ……当然だな」

 

 

普通、お茶汲み、もといコーヒー汲みは秘書官が行うべき業務である。

 

しかし、彼にはコーヒーに並々ならぬ拘りがあり、その役を譲渡しなかった。

 

当初、艦娘達は一同、恐縮し自らが淹れようとするが、

 

提督より美味しいコーヒーを淹れられない為、その役を申し訳なく譲る形となった。

 

そしてコーヒー好きと聞いて一部の艦娘は……

 

 

『Oh……提督がコーヒー党なんて知らなかったヨ。

 これでは素敵なTea Timeが送れないないネ……』

 

『美味しい緑茶をと思いましたが、まさかコーヒーしか御飲みにならないとは思いませんでした。

 少々、寂しいです…』

 

 

と、嘆いていた。そんな事は露知らず、提督は今一度、喉を鳴らす。

 

 

「司令官。書類整理完了致しました」

 

「ご苦労さん」

 

 

肩肘を机につけ、左手の甲を顎に添え、ニッと笑みを浮かべる提督。

 

今年、齢30を迎えるにあたり、その仕草から大人の渋さを醸し出していた。

 

 

「ですが、司令官。コーヒーを飲み過ぎですよ……」

 

「そう堅い事をいうなよ。ブッキー」

 

「ブッキーって呼ばないで下さい。司令官には吹雪って呼んでほしいのに…」

 

「ああ。すまない…ブッキー」

 

「もう!!司令官!!」

 

 

提督はクッと笑みを溢す。すると、タイミング良くドアからノックの音が響く。

 

 

「失礼します。提督」

 

 

ガチャっとドアが開くと六人の艦娘が部屋の中に入ってきた。

 

近づく足音、足取りは嬉々としたものと思うほど軽い様に窺える

 

 

「旗艦、蒼龍、以下、陸奥、鳥海、能代、時雨、叢雲、帰還しました!」

 

 

6名の艦娘達は水兵式の敬礼をし無事を提督に報告をした

 

皆、一様に着衣が所々破れ肌が露になっており、戦闘の過酷さが顕著に現れている。

 

その中で、構成された艦隊の中心艦娘、蒼龍の損傷は著しいものだった。

 

所謂、大破の状態であり、まともに艦載機も飛ばせなかったであろう。

 

だが、彼女の表情は成し遂げたと言わんばかりに歓喜と達成感に満ち溢れていた。

 

 

「……やったな蒼龍」

 

「はい!!やっちゃいました!!」

 

「おめでとうございます、蒼龍さん!!」

 

 

その提督の一言、蒼龍の返答で察しがつく人がいると思うが、

 

彼女達は一つの海域の攻略に成功したのである

 

蒼龍は屈託なく満面な笑みを浮かべ、吹雪は胸の前で手を叩き自分の事かのように喜んだ。

 

提督はフッと息を漏らす。その息は決してため息ではない。

 

むしろその逆、喜びを交えているものである。しかし、提督は鞭も必要だと考えていた。

 

提督は蒼龍に近づく、勿論、右手にはマグカップを持っている。

 

 

「…だが、無茶はするもんじゃねぇ。オマエさんの事だ道中、中破にも関わらず進軍し

 そんな状態になっちまったんだろう…?」

 

「う!……わかっちゃいますぅ」

 

「…当然だ。オレを誰だと思っている。オマエたちの提督、だぜ」

 

 

提督は、再度コーヒーで喉を鳴らす。

 

 

「…オレが嫌いな事わかるな。帰還した至福の一杯、二度と美味いコーヒーが飲めない事だ」

 

「は、はい……」

 

 

独特な言い回しで蒼龍に注意を喚起する提督。この男はコーヒーで比喩するのが当然である。

 

コーヒー至上主義、その心がこの様な変態的な言い回しなっていた。

 

しかも、その変態的な信念が枷となり本質が旨く伝わらない事も多々ある

 

支離滅裂ではあるが今回の比喩は伝わりやすい方であった

 

 

「うう、すみません……」

 

 

蒼龍はシュンと身を小さくしてしまった。

 

 

「…あまりオレを心配させるんじゃねぇ。おまえが居なけりゃ意味がねえんだからな」

 

「え…?」

 

 

蒼龍が顔を上げ提督を見つめる、吸い込まれそうな大きな瞳、

 

それでいて青みがかった瞳は確りと提督を捉えていた。

 

提督は何も厳しい男ではない、彼は飴と鞭の使い分け、人の機微を見極めるのは確かである。

 

また、艦娘を兵器として扱うのではなく、一人の対等の女性として接している。

 

その証拠に無理に敬語を使わなくて良いと伝え、

 

艦娘達にとって過ごし易い環境を提供したのである。

 

それと、もう一つ提督はどうしても嫌いな事があった。それは堅苦しい上下関係、

 

なのでこれを撤廃し本名で呼んでいいと口にした際は、

 

流石に提督に対して失礼と一部の艦娘に止められたのはいい思い出。

 

とにかく提督は艦娘の為に尽力した。クールな心に隠された熱き血潮を燃やして。

 

その結果、艦娘達は彼に惹かれたのは言わずもがな

 

 

「もう、無茶はするなよ。頑張るのは結構だが頑張り過ぎるのは良くねぇ。

 

 蒼龍の長所だが短所でもあるからな……」

 

 

そう言うと提督は蒼龍の頭を強くひと撫で、

 

そして蒼龍の反応を確認せず横を過ぎ去っていった。

 

蒼龍は乱れた髪を気にせず過ぎ去った提督の背中を見つめ、

 

見る見るうちに張りとツヤのある頬を染めていった

 

 

「提督、ちゃんと私の事見てくれて、や、やだやだ。嬉しいけど恥ずかしいぃぃ……」

 

 

熱が上がっている頬を手で押さえ女性特有の仕草を見せる蒼龍。

 

その蒼龍に視線を突き刺す五人の目、嫉妬を交えているのは間違いないだろう。

 

だが、蒼龍はその視線に気がつかない。彼女は今、花畑におりそれ所ではないから。

 

そんな中、提督は蒼龍の後ろで待機していた陸奥、鳥海、能代、時雨、叢雲に近づく。

 

その際、陸奥と視線が合いウインクを貰いフッと笑った

 

彼女の意図を読み取ったからだ。私の事は後でいいから、あの子達を労ってあげて、

 

そんな鎮守府の姉のポジションにいる陸奥の献身さ、更に裏っかわの若干気にしていた

 

運のなさ、残り物には、この場合最後には福があると思っての事だと思うと

 

提督は笑みを溢さずにはいられなかった。苦笑した提督は陸奥以外の四人、

 

鳥海、能代、時雨、叢雲に視線を移す。

 

すると、前の四人、後ろからは吹雪の視線が冷ややかに突き刺さっているのに提督は気づいた。

 

前門の虎、後門も狼といった所であろうか。しかし、提督は動じない。

 

 

「……おいおい。そんな見つめられると照れちまうぜ」

 

「……はぁ」

 

「ふん…!!」

 

「あ、あはは…」

 

 

五人の艦娘達は、ため息をついたり、そっぽを向いたりと多種多様な反応を見せた。

 

皆、提督はこういう人であると思い出した。我が道を行く、他人の視線などものともしない人だと

 

そう思い出したが故、無意識にそういった仕草が出てしまった。

 

だが、今、提督が吐き出した言葉が本心であるかどうかは誰もわからない。

 

積み重なった年齢と、それまでの経験により提督の器が計り知れないからだ。

 

もし、その心が知りたいと思い探りを入れたとしても、旨くはぐらかされ、

 

逆にからかわれると皆知っている。

 

一度、一部の艦娘がどう思われているか知りたいと探りを入れ、無残にも敗戦したからだ。

 

それでも、時折、提督にどう思われているか知りたいと探りを入れてしまうのは彼女達の人として

 

淡い感情によるべきものなのであろう。

 

 

「…クッ!!…ご苦労だったな。鳥海、能代、時雨、叢雲。それと蒼龍のサポートも助かった」

 

 

提督が蒼龍と口にすると、蒼龍は我に返り、花畑から再び鎮守府に帰還し、

 

あれっと口にして辺りを見渡していた。

 

 

「いえ、鳥海は当然の事をしたまでです」

 

「ええ、仲間を助けるのは当たり前、ですから」

 

「ボク達は感謝される事はしてないよ。提督」

 

「フン。それにアンタの為にしたんじゃないし」

 

「…フッ。それじゃあ何も言えねえな。なら言葉ではなく行動で示すか」

 

「「「「え…?」」」」

 

 

提督は満足気な表情でコーヒーを飲みながら、鳥海、能代、時雨の順番に頭を撫でた。

 

鳥海は不意を突かれた為、驚きを隠せずにいたが次第と身を縮ませるようにして

 

固まってしまった。

 

能代も同様に恐縮し、徐々に何も言えなくなり身を委ねるだけ、

 

時雨は、はにかんだ笑顔を見せながら一言。嬉しいなと口から漏らしていた。

 

三人とも頬を朱色に染めていたのは言わずもがな、そんな中、叢雲は順番が迫るにつれ、

 

そわそわと落ち着きをなくしていた。そして、時雨の頭を撫で終えた提督は叢雲に……

 

近づかず、コーヒーを一口、踵を返そうとしている

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」

 

 

叢雲からの大きな一言

 

 

「どうした?」

 

「どうしたって、何で戻ろうとしているのよ!!」

 

「…クッ!!この間頭を撫でたらプルプルと震えて嫌がっただろ」

 

 

叢雲は若干、顔を歪ませた。確かにあの時撫でないでと口にした。

 

しかし、それは油断し蕩けきった顔を見られた羞恥心により発してしまった言葉だった。

 

本音は飛び跳ねるほど嬉しかったのだが、叢雲は考えを巡らすどうやって自然に

 

撫でて貰えるかと。しかし、ここで提督からの一言が思考を巡らせていた叢雲に割り込んできた。

 

 

「…もしかして、撫でて欲しいのかい」

 

「んなっ!?そ、そんな訳ないじゃない自惚れないで!!」

 

 

この提督からの一言が叢雲の素直になれないツントリガーを引いてしまい、

 

脊髄反射的に拒んでしまった。

 

気がつけば折角のチャンスを無駄にしたと、内心、落とし穴に落ちた様な気分になっているが、

 

表面上は怒っている雰囲気、とても後悔している様子はなかった。

 

表に出さないのは彼女のプライドが故であろう。だが、そんな叢雲を見て提督はクッと笑う。

 

 

「…冗談はさて置き、叢雲、お前は知っているだろう。俺はやりたい事を遠慮しない男だと…」

 

 

そう言うと、提督は叢雲に近づき遠慮なく頭に手を置いた。無論、提督は

 

叢雲の心内など見透かしていた。今までの行動は只、叢雲をからかっていただけに過ぎなかった。

 

 

「…オレは今、無性にお前の頭が撫でてえんだ。嫌だろうが知った事か」

 

「そ、そんなに私の頭が撫でたいの…?」

 

「…ああ。撫でたいねぇ」

 

「そ、そう。ならしょうがないわね。特別に許すから丁寧に撫でなさい」

 

「フッ…頭皮が薄くなるまで撫でてやる」

 

「…何言ってるのよ。もう――」

 

 

叢雲は表情を偽るのを自然と止めてしまった。今、見せている表情はまさに恋する乙女。

 

照れて顔を俯かせた。しかし、彼女はハッとし顔を上げる。

 

叢雲は、またもや油断してしまった。それ故、忘れてしまったのだろう。

 

この空間は提督と叢雲の二人きりではないという事を。叢雲は辺りを見回すと時既に遅し、

 

そこには皆のニヤニヤとした好奇な眼差しだった。

 

 

「~~~~~~~~っつ!!」

 

 

あの時と同じく羞恥心が膨れ上がり、叢雲は一気に顔を赤く染め上げた。そして、混乱し

 

提督を突き飛ばそうと勢い良く両手を押し出す。しかし、これは空を切る事となった。

 

提督は叢雲の性格を把握し十中八九、こうするであろうと読んでいたからだ。

 

身体ごと勢い良く手を押し出していた叢雲は、体勢を崩し倒れそうになる。

 

そこに、半身の構えをとっていた提督の左腕がスッと現れ、

 

ストッパーとしての役割を果たし叢雲を支えた。

 

 

「…おいおい。気をつけてくれよ。コイツが無残な姿になっちまう」

 

 

そう言うと提督はコーヒーを一口、そろそろ残りが少なくなっている事だろう。

 

そして、叢雲は首をブンブンと横に振った。顔のほてりを雲散させる為、

 

なおかつ、見惚れてしまった気持ちを落ち着かせ普段の振る舞いに戻そうとする為に。

 

 

「う、うっさい!!…バカ」

 

 

叢雲は自らの意思で提督から離れ、身体を背けた。そこに吹雪を始め、

 

陸奥以外の五人が叢雲を中心としぞろぞろと集まっていくる。

 

 

「もう、叢雲ちゃんは相変わらず素直じゃないなぁ」

 

「私は何時でも素直よ!!」

 

「あの様子では、とてもそういう風には見えなかったよ」

 

「ですね。もう少し柔和な印象を提督に与えてみては…?」

 

「いえ、それでは叢雲さんの長所が消えてしまいます。叢雲さんはやはり、こうでなくては」

 

「そうそう。これでこそ叢雲ってね」

 

「…そう、ですね。失言でした」

 

「何納得してるのよ。アンタ達は!!」

 

 

叢雲に対して会話の花を咲かせている吹雪、時雨、蒼龍、能代、鳥海。

 

それを不機嫌に反論する叢雲、そして、提督はと言うと陸奥に労いの言葉を掛けていた。

 

 

「陸奥。色々と助かった。オマエには迷惑を掛けるな」

 

「別にいいわよ。これも貴方の為ってね」

 

「…そうか」

 

 

吹雪達に視線を移していた二人、すると陸奥は提督との距離を徐々に縮めていた。

 

 

「ねぇ、そんな事よりも、わ・た・し・に・は、撫でてくれないの」

 

 

情熱的な眼で提督を見つめてくる陸奥、胸を強調する様に腕を組み、

 

左手の人差し指は唇にそっと触れている、プルンとした唇、魅惑的な胸部、

 

その姿は明らかに提督を誘惑していた、だが、提督は…

 

 

「さあて、どうかな…」

 

 

はぐらかした。しかも楽しそうに。流石の陸奥もこれには少し肩を落とした。

 

 

「もぅ…これだけしても貴方の心は揺さぶれないのね」

 

「…フッ。揺さぶるねぇ―――」

 

 

目を瞑り笑みを浮かべると提督は一気にコーヒーを飲み干した。

 

そして…

 

 

「どうせなら盗んじまいな。こんな風に、な」

 

「キャア!!ち、ちょっと…!!」

 

 

提督は陸奥の顎を優しく触れ、顔を近づけた、その距離およそ五センチ、お互いの吐息が

 

感じられる程に近い。陸奥は提督から滲み出ているコーヒーの香りに包まれながら、

 

平常心を保てないでいた。こんな間近な距離で提督の顔を見たと事は今まで一度もない。

 

それ故、今の陸奥には余裕がなく目を泳がせては、弱々しく提督に視線を合わせる

 

といった仕草を繰り返していた。

 

 

「…オレを誘惑するならこれ位、やらなきゃダメ、だぜ――」

 

「…はい――」

 

「…クッ!!顔が赤いな。爆発でもするかい」

 

「ば、爆発なんて……しちゃう、かも」

 

「…司令官」

 

「む…」

 

 

傍から見ているとイチャイチャしている様にしか見えない二人に、輪になって話をしていた六人が

 

目を据わらせて提督と陸奥を睨んでいた。皆、その眼差しに明らかに怒気を孕んでいる

 

しかし。ここで提督自慢の武器がこの危機的状況を打破するのである。

 

 

「…そんなに熱い視線を送らないでくれ。火傷しちまいそうだ。オレはウェルダンは好みじゃねえ。

 血が滴る様な、レアが好みだぜ」

 

「なら、アンタの血を滴らせてあげましょうか」

 

「中々にバイオレンスな発言をするじゃねえか。ムラクゥー」

 

「ムラクゥーって言うな!!」

 

「良いじゃねえか。オレとオマエの仲だろ」

 

「ど、どういう仲よ!!」

 

「無論、人前で頭を撫でた仲、だぜ」

 

「~~~~っつ!!」

 

「提督、君には失望したよ」

 

「失望?何故、オレに失望するんだ…時雨」

 

「む、陸奥さんにあんな事したからだよ。もう少しで…」

 

「もう少しで、何だ」

 

「キ、キスしそうだったじゃないか」

 

「キス、か。…クッ!!

 時雨はおマセさんだな。キスに興味があるのかい?」

 

「い、いやない事はないけど」

 

「なら、練習するかい?キスの。オレは毎日してるぜ。熱いコーヒーとな」

 

「え?!えっと、あの、うぅ~…」

 

「…司令官さん。流石に今のはどうかと思います」

 

「…鳥海」

 

「な、何でしょうか」

 

「いや、鳥海が感情を露にするのが珍しくてな。中々、可愛らしいじゃねえか」

 

「か、からかわないで下さい…」

 

「からかってなんかいないさ。オマエは何時も何処かで遠慮してるんだ。

 

 今の様にもっと我を表に出しな」

 

「で、でも、それでは司令官さんに迷惑を掛けてしまいます」

 

「迷惑なんて思わねぇ。むしろ、信頼の現われってやつさ。だからな、鳥海。

 オマエはもっと我が儘になりな。心配するな。オレはどんな鳥海だって支えてやるよ」

 

「は、はい。司令官さんがそう望むなら、ど、努力します」

 

「…はぁ」

 

「凄いため息だな…能代」

 

「いえ、提督の巧みな話術を目の当たりにして…」

 

「口八丁って言いたいのか?クッ…そいつは残念だぜ…」

 

「い、いえ、決してその様な…!!提督は尊敬に値するお人です!!

 私たちの事を何より考えて下さって、それに、水上機ユニット装着して、

 前線で指揮を振るう提督など他に類を見ません。

 危険を顧みず堂としたお姿、そして、あの時お教え頂いた比類なき覚悟、

 私の心から片時も消えた事も消える事も一生ありません。提督は能代の理想の提督です」

 

「…フッ。よせやい照れちまうぜ、だがその評価を下げるわ訳にはイカねえな。

 能代、オマエを頼りにしている。これからも力を貸してくれ」

 

「はい!!阿賀野型軽巡二番艦の能代。力の限り提督に尽力致します!!」

 

「ありがとうよ…」

 

「わぁ、皆、陥落しちゃった。でも提督?私は雰囲気に流されませんよ。ぜったいに」

 

「…蒼龍」

 

「な、何ですか。その目は…」

 

「オマエは今の状態を直様、頭に叩き込む事をおすすめするぜ…」

 

「え…」

 

「乙女の柔肌なんざあまり見せつけない方がいい。自慢の九九艦爆が今にもこぼれ落ちそうだ」

 

「あっ!?や、やだやだ。提督――み、見ないで!!」

 

「…やれやれだぜ」

 

 

五人は…提督の前で無残にも沈んでしまった。提督の口から発せられた言葉は、

 

魔法の様に事態を収束させた。まさに、口先の魔術師、大本営ではその異名で噂され、

 

弁に対しては右に出るものは居ないと評された程の実力。しかし、勘違いしないで欲しいのは、

 

彼は嘘を吐いていないと言う点、提督が艦娘らに送った言葉には偽りはない。

 

多少、茶目っ気を出して辛かってはいるが…

 

それと、余談だが、彼の異名は多々存在する。

 

歩くコーヒーメーカー。カフェインの申し子、ボス艦コーヒー、などなど

 

 

「…司令官」

 

 

蒼龍に自らの上着をかけている提督に吹雪が声をかける。

 

その蒼龍だが上着に染み付いている提督の匂いを密かに楽しんでいた。

 

 

「…ブッキーはオレに言わないのか」

 

「司令官には口で叶いませんから。それにそういう人ですし…」

 

 

諦めた様相で吹雪はため息を吐くものの、それまでは若干、頬を膨らませていた

 

 

「…クッ!!流石は、ブッキーだ」

 

「でも、自分が起こした行動には注意して下さいね」

 

「ああ。さて、浮わついた空間にしちまったが最後は締めるとするかい…」

 

 

提督は自分のデスクに戻りながら手を叩き、

 

出撃した全員の名を普段よりやや低音な声で口にした。

 

室内の雰囲気は先程と明らかに異なり、少しピリッとした空気に一転した。

 

そして、その雰囲気を汲み取った艦娘達は敬礼をする

 

 

「…再度言うが、皆ご苦労だった。こうして生還してくれた事がオレにとって何よりの褒美だ。

 今日は勝利の余韻に浸りながら、次の出撃に向けてゆっくりと英気を養ってくれ。以上だ」

 

「了解!!」

 

「それと、吹雪。もう上がって良いぜ」

 

「えっ…でも」

 

「夜更かしは美容の天敵、だぜ」

 

「いえ、まだ夜半どころか、宵に差し掛かる頃合ですが…」

 

「クッ!!…まぁ、後はオレに任せな。

 吹雪が纏めた書類を再確認するだけだから、そんなに時間はかからねぇよ」

 

「…わかりました」

 

 

提督は徐ろに行動する。その行動は17杯目の熱いコイビトと再び邂逅する為だった。

 

だが、吹雪が司令官と口にし提督の行動を遮った。

 

どうやら蒼龍達がまだ提督に用があるとの事らしい出撃した今日6人を代表して蒼龍が口を開く

 

 

「提督。一つお願いがあります。私達にコーヒーを淹れて頂けませんか。

 勿論、提督の愛情たっぷりで」

 

 

この一言と同じタイミングで外は丁度暗くなり、窓から差し込む陽光は本日の役目を終えていた。

 

その為、室内は先程より暗い。それなのに、提督の目には先程よりも艦娘達が輝かしく映った。

 

提督はクッと笑う。それは温かさを感じる絵画の様な優しい光景を目の当たりにしたからか、

 

それとも、愛して止まないコーヒーを所望してくれたからか。そんなのは決まっている。

 

間違いなく両方だと…

 

 

「…ああ。淹れてやるぜ。至福の一杯を、な。吹雪も飲んでいきな、ご馳走するぜ」

 

「はい!!頂きます!!」

 

「それと蒼龍。何時までもオレの臭いを楽しむのは結構だが、後でちゃんと返してくれよ…」

 

「「「む…ちょっと、蒼龍(ちゃん)(さん)!!」」」

 

「あ、あはは…了解」

 

「クッ!!相変わらず騒がしい鎮守府だぜ……」

 

 

本日も執務室は騒がしくコーヒーの香りに包まれていた

 

 

 

 




ここまで読んで頂きありがとうございます。

まだまだ、至らない点があるかと思いますがよろしくお願い致します



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第1話 長門 ―秘密―

廊下、そんなありふれた場所で一人の艦娘に事件が起ころうとしていた…

 

 

 

ギイと音を立て年季が入ったドアを開ける男、それはこの鎮守府の提督だ。

 

今日も髪を逆立ておりライオンのタテガミの様な髪型で左耳にはワッカ型のピアスをつけている。

 

服装は純白の軍服を身に纏っているが、視線を上げると相変わらず軍帽を被っていなかった。

 

彼は常に軍帽を被らない、あまつさえ大本営に出向を命じられた時も同様だ。

 

では何故被らないないのか、その理由は単純明快この男帽子が嫌いだから。

 

頭が締め付けられる感覚が好まない、セットした髪が台無しになるといった理由で被らないのだ。

 

大本営に所属していた頃から彼はこのスタイルを崩さなかった。

 

その際、上層部からお咎めがなかったのだが、それは異端児と認識されていた事と

 

もう一つはひとえに彼の実力を認めていたからだろう。

 

但し、彼の類い稀なる実力に嫉妬し敵意を持っている人間が少なからず存在していた。

 

彼はこの事を知ってはいたが別段気にも留めていなかった。

 

それが人であるとわかっていたのと、こんな男でも好きにやっていると自覚していたから。

 

閑話休題。更にこの提督には他に類を見ない特徴がある。それは彼が右手にマグカップを持っていること。

 

中に入っている飲み物、それは勿論、コーヒーだ

 

 

「…おお。入れ違いにならなくて良かった。提督」

 

 

そう言って提督の前に現れたのは鎮守府のエース格長門型一番艦長門。

 

長門は凛とした印象が強く物怖じしない艦娘である。

 

人間でいうと歳は二十代前半と言った所であろうか。

 

長くツヤがありそれでいてコシがあるもののサラサラの黒髪。

 

襟足は腰元まで伸びており、前髪は目にかかる程度に切り揃えている。

 

服装は白と黒を基調とし、丈の短い着物をイメージしたかの様なノースリーブのヘソ出しルック。

 

肌の面積が強くそれでいて白いミニスカートをはいている。

 

更に手甲を着けているのだが、その長さは二の腕付近まである。

 

そして、長門自身スタイルが良くでる所は出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる、

 

まさに女性が憧れを抱く様なプロポーションだ。さながらモデルの様なのだが、

 

どちらかと言うと長門はスポーツ女子と言う言葉が最も適していた。

 

 

「…オレに用があるのか。となると、さっきの演習、だな」

 

「フッ…その通りだ」

 

 

お互い静かに笑みを零した。

 

 

「駆逐艦の子達が良い動きをしていてな。陣形の乱れがなく日に日に練度が高まっているぞ」

 

「クッ!!…そいつは重畳だぜ。これも優秀な教官の教えの賜物だな」

 

「そう褒めるな。しかし、提督にそう言われると悪い気はしないな」

 

 

提督と会話に花を咲かせている長門だが実は自分からあまり会話をしようとはしない。

 

するとするならば、こう言った情報共有や報告と言った場合のみ、

 

戦闘とは違い受け身の態勢。会話をする事は嫌いではないが別段好きでもなかった。

 

だが、提督と話しをするのは嫌いではない。それは提督と波長が合うからだと長門はそう思っていた。

 

また、多くを語らない事や普段の立ち振る舞いから駆逐艦からカッコイイと尊敬の念を抱かれているが

 

長門自身はその事に気づいていない。

 

 

 

「それと提督。そいつの飲み過ぎには注意しろよ。カフェインの多量摂取は身体に毒だぞ」

 

「…忠告ありがとうよ。だがなオレの身体は愛しきコイビトの野暮な成分は受け付けないのさ」

 

「…そうか。因みに今、何杯目だ」

 

「クッ!!…まだ9杯目だ」

 

「十分飲み過ぎではないか」

 

 

長門は苦笑した。

 

 

「提督に倒れては陸奥が悲しむ事になる。それだけは覚えておいてくれ。では私はこれでな」

 

 

知っていた。長門は陸奥が提督に恋慕の感情を抱いている事を。

 

そして、叶うならその想いが成就する様にと願っていた。

 

では長門は提督に恋慕を抱いていないのか、その答えは長門も良く分からなかった。

 

恋愛には疎い無骨者故、陸奥の気持ちに気づいたのは何度も提督の事ばかり話していてもしや思ったから。

 

自身の心内は自分で問答しないといけない為、一向に答えなく心情は分からないまま。

 

だが、一つだけわかったのは提督を心から信頼していると言う事だけ。

 

長門は演習の成果を伝え終え立ち去ろうと踵を返し一歩二歩と踏み出した。

 

 

ポト…

 

 

「…待ちな。長門」

 

 

しかし、提督に呼び止められる

 

 

「コイツを落としたぜ」

 

「ああ、すまない」

 

 

足を止め提督に詫びる長門。きっとハンカチでもを落としたと思っていた。

 

しかし、次の場面で長門の思考は破壊される。

 

提督はコーヒーを一口、ゴクッと喉を鳴らし長門の掌にある物を置いて、一言。

 

 

「ソイツが長門の幸運の女神かい」

 

「女神?」

 

 

そう言い掌に視線を移すと、そこには直径5センチ程の顔だけ型どった動物のアクセサリーが置かれた。

 

しかも綿でできていて犬、兎、猫、栗鼠などが可愛らしく縫われており、

 

なおかつ各種紐でくくられ一つに纏められている。

 

長門はそれを見て酷く動揺した。

 

 

「クッ!!…中々良い趣味をしているじゃねえか」

 

「なっ!!い、いや。これはだな…」

 

「好きなのかい。こう言う可愛いのが…」

 

「っつ!!こ、こい…!!」

 

「………おいおい、これはないだろう」

 

 

混乱を極めていた。長門は瞬時に綿のキーアクセサリーをポケットに入れ何故か提督を抱えた。

 

所謂、お姫様抱っこである、身長180㎝台の大柄の提督を苦もなく抱えられのはやはり艦娘のなせる業か。

 

そして、廊下、螺旋階段、玄関テラスと遂には外へ飛び出していった。

 

その際、右手のコイビトを溢さず、むしろ落ち着いてコーヒーを飲む提督は流石だが、

 

偶然にも、この奇妙な光景を目の当たりにしてしまった二人の艦娘がいた。

 

 

「い、今のは一体…」

 

「て、提督が長門さんに連れ去られちゃった…」

 

 

阿賀野型軽巡、能代と秋月型駆逐艦、照月、両方とも二番艦の艦娘だ。

 

能代は栗色の長い髪を三つ編みにしており。白いノースリーブのセーラー服にワインレッドの丈が短かいスカート。

 

白い手袋に片脚のみニーソックスを履いている。

 

一方、照月も亜麻色の髪を三つ編みにしており、スクリューの様な髪飾りを着けている。

 

服装は白と黒を基調としたセーラー服に黒いミニスカート。

 

白黒の手袋に膝上からのオーバーニーソックスと赤いブーツを履いている。

 

どちらも二番艦で三つ編みだからか普段から何かと気が合い、姉妹艦の次に話す機会がおおかった

 

 

「ど、どうしよう。能代さん…!!」

 

「と、とりあえず。戦艦か空母の人達を呼びましょう…!!」

 

「は、はい…そうだ!!今日は陸奥さんが非番の筈…」

 

「なら、急いで呼びに行きましょう!!行くわよ、照月!!」

 

「り、了解」

 

 

 

 

「…流石のオレも恥ずかしかったぜ、よもや、お姫様抱っこ…いや、この場合は王子様抱っこか」

 

「す、すまない」

 

 

長門の暴走が収まり、資材倉庫の裏側で地に足をつけた二人。

 

提督は恥ずかしいと口にしているものの、その素振りを見せなかった。

 

むしろ楽しんでいる様に窺える。

 

一方、長門はと言うと反省の色を隠さずシュンとしている。

 

 

「…別に構わねぇよ。それより珍しいな。長門が動揺するなんて。よっぽど、アレは人目につかれたくはなかったのか」

 

「…ああ」

 

 

長門は振り絞る様に声を出した。

 

 

「私の様な無骨者が、あの様な愛くるしいアクセサリーが好きなど可笑しいだろう。連合艦隊の旗艦を務めた私が…」

 

「何故、そう思う」

 

「いや、だからな…」

 

 

提督はコーヒーをゴクッと一口。そして、クッと笑う

 

 

「いいじゃねえか。好きなら好きと声を大にすりゃあいい。

 無骨者、連合艦隊の旗艦を務めた威厳、そんな事を気にする道理はねえ」

 

「しかし…提督も可笑しいと思うだろう。この私があの様な物を」

 

「…やれやれ、長門、コイツを見てくれ…どう思う?」

 

「なっ?!こ、これは…!!」

 

 

長門は驚愕した。提督が長門に差し出した物、それはマグカップからひょっこりと顔を出している犬のキーホルダーだった。

 

長門は目を輝かせた。その愛くるしいキーホルダーは長門の心を容易く射止めたのだ

 

 

「て、提督。コレをどこで手に入れた?」

 

「クッ!!…コレはオレが好意にしているコーヒーショップのキャンペーンで貰ってな

 名をコーヒーワンと言う…」

 

「コーヒーワン…」

 

 

長門はウットリとして、キーホルダーを見つめている

 

 

「残念だが、今はもうキャンペーンは終了していてなソイツは非売品だ」

 

「何?そうなのか…」

 

「でだ。さっきの問いを質問で返すが、長門はコイツを持っていた俺にどんな印象を受けた」

 

 

提督は左手を握りしめ、流れる動作で左手の親指と人差し指で先端の輪っかを摘みキーホルダーを長門に見せつけた。

 

長門はハッと我に返りコーヒーワンに後ろ髪を引かれているものの視線を提督に捉えた

 

 

「む…そ、そうだな。意外だと思った」

 

「それで」

 

「…提督もこの様な物を持つのだなと思ったが。別に可笑しいとは感じなかった」

 

「クッ!!そうか…なら、そう言う事だぜ」

 

「…っ!!提督、まさか貴方は…!!」

 

「…全て、オマエが思い描いている通りだ」

 

 

提督は喉を鳴らしながら一気にコーヒーを飲み干した。

 

そして、ニッと子供の様な笑顔を浮かべている。

 

してやられた。やはり食えない男だと長門は改めて実感した。

 

 

「気づかぬうちに答えを出していたんだな。私自身が」

 

「ああ。オマエのセリフをそっくりそのまま返すが意外とは思ったが

 可笑しいとは感じなかったぜ。オマエだって一人の女、なんだからな」

 

「フッ。兵器の私に女など、それは妄言ではないか」

 

「…女だよ。誰が何と言おうと。姿形それに心も人と変わらねぇ

 …オマエは立派な女だ。二度とそんなくだらない事を口にするな」

 

「提督…?」

 

「…すまねぇな。柄にもなく少しばかり熱くなっちまった。だが、二度と口にしないでくれ」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「…長門、そのコーヒーワン良かったらやるぜ」

 

「何、いいのか!!あ、いや、しかし。それでは提督に…」

 

「ソイツはスペアだから気にするな。それにな…俺にはまだまだ癒し隊が大勢いる」

 

 

提督がポケットから手を差し出すと、そこには猫、ヒヨコ、ネズミとバリエーション豊かなキーホルダーが顔を出した。

 

まるで、お風呂に入っているかの様にコーヒーに浸かりながら、優雅に過ごしているネズミや、

 

カップの縁に留まりながらコーヒーに嘴を浸けるヒヨコなど、コーヒーワンのデザインとは明らかに差異があった。

 

こんな物を見せつけられ 勿論、長門は平然とはしていられない

 

 

「お、おぉ~」

 

 

光悦、まさにそんな言葉適している表情と声を出して長門はまたもや目を輝かせた。

 

その様は最早子供、此処に暁がいるとしたらレディー失格の烙印を押されてしまうだろう。

 

それくらい普段とのギャップが凄まじかった。

 

 

「もう、偽らないのかい」

 

「…最早、提督の前では不要だろう。それに気にする必要はないのだろう?」

 

「クッ!!ちげえねぇ…なら、コイツらも持っていきな。オレから長門へのプレゼントだ」

 

「…感謝する。提督。色々と」

 

 

長門は両手でしっかりと譲り受け、キーホルダーを感慨深く見つめた

 

 

「気に入ってくれて何よりだ。そういやぁ、近々またコーヒーショップでキャンペーンを実施するらしいぜ。今度は栗鼠らしいが長門も一緒に来るか?」

 

「是非、共にしよう!!」

 

「決まりだな…」

 

 

約束を取り決めていると、二人の名を遠くから叫ぶ女性の声が聞こえてきた。

 

その声主達は徐々に迫って来ており、長門は貰ったキーホルダーを瞬時にポケットの中に入れる。

 

すると見つけたと高らかに口にし、地面には四つの影。

 

その影の正体は先程の能代と照月。

 

それに長門型二番艦の陸奥と翔鶴型二番艦の瑞鶴の四人だった。

 

現れた四人は少しばかり焦りある様相で息を荒げている。

 

 

「ちょっと長門!!提督を連れ去ろうとしたって本当なの!!」

 

「い、いや。そんな事をした覚えはないぞ」

 

「嘘言わないでよ。

 提督さんをお姫様抱っこして行くのをこの子達が見たって言ってるんだから!!」

 

「他言して申し訳ございません。提督、長門さん。

 ですが、鬼気迫ると言った感じでしたので万が一と思い…」

 

「長門さん。目が血走ってからコレは只事じゃないって思ったんだ。

 だから陸奥さんと近くにいた瑞鶴さんに応援を要請したんだよ」

 

「さぁ、長門。観念して白状しなさい!!」

 

「あ、アレはだな。何だ、その…」

 

 

しどろもどろと長門ははっきりとしない。

 

事の発端が実は可愛い物が好きと提督知られ挙げ句の果てに動揺してしまいお姫様抱っこした、

 

と言う理由からでは、どうしても長門の口からは真実を伝えられなかった。

 

いざとなると、艦娘も人と同じで簡単には性格は変えれない様だ。

 

しかし、そんな長門を見兼ねて提督は前方に出て長門を守る形となる。

 

そして移動した際、小声でオマエがその気なら伏せといてやる。話を上手く合わせな。と長門に呟いた。

 

 

「アレは俺が長門に頼んだんだぜ」

 

「えっ。提督さんが、なんで…?」

 

「クッ!!オレもお姫様の気分を味おうと思ってな」

 

「お姫様気分って…長門に何をさせているのよ」

 

 

呆れた声で、陸奥は額に手を当てた。

 

普通この様な素っ頓狂な物言いはとてもじゃないが信じられない。

 

しかし、この提督だとやりかねないと思ってしまう。

 

他の艦娘も同様に異議を唱えず不思議と納得してしまった。

 

 

「だから、御礼としてな。今度、長門とデートする事にした」

 

「「「「えっ?!!」」」」

 

 

一転、提督の一言により騒然とした。

 

陸奥達は勿論、長門までが目を丸くし次第と提督に問い詰める形となる。

 

 

 

「お、おい。提督!!」

 

「どうした、長門」

 

「何て事を言うのだ!!」

 

「クッ!!…事実だから別に構わねえだろ」

 

「そうだが、別に言わなくとも…!!」

 

「ちょ、ちょっと提督さん。デートってどういう事!!」

 

「言葉通りの意味だが…?」

 

「違ーう!!聞きたいのはそこじゃなくて!!!」

 

「長門が提督とデート…ありえないわ」

 

「提督とご一緒にいいなぁ…」

 

「むー。提督、長門さんとデートするんだ」

 

 

納得いかないといった瑞鶴。提督と長門がと信じられない陸奥。

 

願望の眼差しで長門を見つめる能代。可愛らしく頬を膨らませムッとした表情を作る照月。

 

四者四様、心情を露にした。

 

 

「…長門をデートに誘うとしても、どうしてこんな場所なのよ」

 

 

陸奥は腕を組み不機嫌な態度を隠さず提督に問いを投げつけた

 

 

「そんな事は決まっているだろう。

 ここなら誰の邪魔も入らず二人だけでしっぽりと密談出来るから、だぜ」

 

「しっぽり…」

 

「み、密談…」

 

 

口に出した能代と照月は耳まで赤くし、音が出そうな位に瞬時に頬を染めあげた。

 

それに呼応してか瑞鶴も同様に顔を赤く染め、

 

口を金魚の様に何度も開閉し提督に指を指している。

 

陸奥もなんだかんだで顔を赤くしていた。

 

そして、長門だが首を傾げ皆、

 

どうして顔を赤くしているのだと頭の上でクエスチョンマークを浮かべている。

 

そんな中、提督はニッと口角を上げ笑っていた。

 

 

「クッ!!なにを想像しているかは知らねえが、オマエ達が思っている様な事はないぜ。

 女学生が憧れる様なもっとピュアなデートのお誘いだ」

 

「「「「っつ!!!」」」」

 

 

してやられた。四人は自分が思い描いた想像に恥じながら更に頬を染めた。

 

赤と言うよりは最早深紅である。

 

そして、長門は提督の言を聞き、陸奥達が顔を赤らめた理由を今、知った。

 

そして、自らも達磨の様に顔を赤らめワナワナと震えている。

 

 

「お、お前達!!何て事を考えていたんだ。破廉恥だぞ!!」

 

「し、しょうがないじゃない提督が誤解を招く様な言い方をするから!!」

 

「そ、そうよ。全部提督さんが悪い!!」

 

「また、からかわれてしまいました…」

 

「もう、提督の意地悪!!」

 

「クッ!!現に密に話していたから間違ってはいないだろう?」

 

「しっぽりは余計よ!!」

 

「そう言えばそうだな。そいつは失礼した。

 だがオマエ達を見るとあの噂は強ち間違ってはいねえな」

 

「…あの噂って何よ。提督さん」

 

「二番艦はスケベ」

 

「「「スケベじゃない!!ありません!!よ!!」」」

 

 

瑞鶴、能代、照月が素早く一斉に否定し…

 

 

「それを言うならスケベボディよ!!」

 

 

陸奥が訂正した。すると瑞鶴が自分の胸部装甲を見つめて、

 

ムッとした表情で艦載機発着準備完了、爆撃の構えを見せた。

 

 

「スケベでもスケベボディでもない!!もう、この話は終わり!!

 これ以上話したら提督さんと言えども爆撃するからね!!」

 

「クッ!!そいつは勘弁だぜ。わかった。これ以上は追求しねえよ。

 だが、それならこっちの話も終わり、でかまわねぇな」

 

 

流石は提督である。自慢の舌で長門の件の追随を交換条件として提案した。

 

 

「………」

 

 

陸奥は黙った。この手の会話は耐性がある為、続けても良い。

 

しかし、前回の様に行動で示されると陸奥と言えども弱いが。

 

他の子を見ると相変わらず瑞鶴は激昂し、

 

能代と照月は恥じらいから何も言えないと陸奥の目にはそう映った。

 

陸奥はやれやれといった様子で息を漏らす。相手が長門だから人一倍聞きたい欲が強い。

 

でもお色気担当のお姉さんは自分の我儘より、他者の気持ちを尊重した。

 

その心優しい気遣いが提督が陸奥を重宝する一つの理由でもある。

 

 

「…はぁ。わかったわよ。この話はこれでおしまい」

 

「クッ!!感謝する」

 

 

提督は左手の人差し指を眉間につけ笑った。

 

その笑顔を見た艦娘達は怒気や恥じらいを雲散させ、場は柔和な雰囲気へと変貌した。

 

 

「もう、こんな時間か」

 

 

腕時計の針は既に正午12時を回っていた。そろそろ昼食をとるには良い時間だった。

 

 

「腹が減ったな。長門、陸奥、瑞鶴、能代、照月、間宮食堂に行くぞ。

 せっかくだ奢ってやるぜ。勿論大本営がな」

 

「そこは、普通オレって言う場面じゃないの。提督さん」

 

「…オレは正直者でピュアだからな。本当の事しか言わねぇのさ」

 

「どこがよ」

 

「あ、あはは。でも、ありがとうございます。提督」

 

「礼は必要ねぇよ。オレの財布は痛くも痒くもないからな」

 

「全く相変わらず食えぬ男だ」

 

「食えたとしても、上手いとは思えねえぜ。長門」

 

「フッ…減らず口を」

 

 

皆が苦笑する中、照月だけが目を輝かせていた。

 

 

「提督、本当に本当に奢ってくれるの。好きな物食べていいの」

 

「ああ、好きな物を腹一杯食べていいぜ」

 

「わぁ…あっ、でも秋月姉や初月に悪いなぁ…」

 

「確か秋月と初月も非番だったな。

 なら、二人を呼んでいいぜ。その方が照月も気兼ねなく食事が出来るだろ」

 

「ありがとう。提督。早速呼んで来るね!!」

 

 

足取り軽く照月は嬉しそうに駆け出していった

 

 

「…照月らしいわね」

 

「姉妹がいる能代なら、気持ちがわかるだろ」

 

「はい。阿賀野姉も酒匂も甘えん坊でほっとけないし、

 矢矧もあれでいて私を頼ってくる一面もあるんですよ」

 

「クッ!!…そうか、あの矢矧が、か」

 

「私は、下の子がいないから甘えられる気持ちがわからないな」

 

「そうね。私達はわからないわね。でも癒される気持ちは共感できるんじゃない」

 

「確かに翔鶴姉を見てると分かるけど、陸奥さんは長門さんを見て癒されてるの?」

 

「アレはアレで可愛い所があるのよ」

 

「へぇ。そうなんだ」

 

「うるさいぞ陸奥!!」

 

「あらあら。聞こえてたのね」

 

「ふふ。でも陸奥さんが言ってた事、分かっちゃったかも。長門さん、あんなに顔を赤くしてる」

 

「ね。可愛いでしょ」

 

「だから…!!」

 

「…そこまでだぜ。長門。なんならもっと可愛らしい所を見せてやろうじゃねえか。

 それも嫉妬する位にな」

 

「…なんだと」

 

「こいつを持ってくれ。くれぐれも落とすなよ。熱いコイビトの器をな」

 

 

そう言うと提督はマグカップを渡し長門の背後に回った。

 

 

「危ないから、暴れるなよ」

 

「なっ!!て、提督?!」

 

「あっー?!!」

 

「あら、あらあら…!!」

 

「はあぁ…」

 

「な、なにしてるの!!提督さん!!」

 

「なにって見りゃわかるだろう。お姫様抱っこだよ」

 

「だからさっきもだけど、そう言う意味じゃなーい!!」

 

 

そう提督は長門をお姫様抱っこした。瑞鶴、陸奥、能代はどうしてと驚嘆な態度を見せるが、

 

当の長門は混乱している様で後の言葉が出ないでいた。

 

そんなことはつゆ知らず提督はまたもやニッと笑みを浮かべる。この男の悪い癖が現れた様だ。

 

 

「何故、長門にお姫様抱っこをしているのかしら」

 

 

陸奥が笑顔のまま静かに怒った。鬼の守護霊が憑依しているかの様なそんな凄みがある。

 

並の人なら冷や汗が吹き出るであろう。だが、提督はものともせず堂々としている。

 

 

「クッ!!やられたらやり返す。そいつがオレのルールだ」

 

「…既にデートに誘ったのだから、そのルールは守られたんじゃないかしら」

 

「倍にして返す。そいつもオレのルールだぜ。陸奥」

 

「もう、ああ言えばこう言うんだから…!!」

 

 

陸奥はそっぽを向いた

 

 

「大体、長門が嫌がっているわよ。そんなの柄じゃないってね。声まで出せていないじゃない」

 

「クッ!!らしくねぇな陸奥。よく見ず言うなんて。それに柄じゃないって本当にそう思うのかい」

 

「えっ?」

 

「どんな女の子でもお姫様に憧れるもの、だろ」

 

 

提督は長門に向けて珍しくウインクした。提督との距離が近いせいか長門はその仕草を見て、

 

ドキリと普段とは違う胸の高鳴りを感じていた。

 

 

「嫌いかい。こういうのは…」

 

「い……いや…き、嫌いでは…ない……」

 

「だそうだぜ、陸奥」

 

「な、長門。貴女まさか…」

 

「さて、食堂に行くぞ。秋月姉妹が既に待っているかも知れねぇからな。

 もたもたしてると置いてくぜ。陸奥、瑞鶴、能代。人は待っても時は待ってくれねえ」

 

 

提督は返答を待たずスタスタと歩を進めた。その際、長門は提督の顔を見つめていた。

 

そして一笑。提督が歩く度身体が揺れる感覚に見舞われながら落ち着きを取り戻し

 

他の者に聞こえぬ様、小声で提督に話しかける

 

 

「提督。あの件は、やはり他言しない事にする」

 

「…理由は」

 

「何、二人だけの秘密も悪くないだろう」

 

「クッ!!…なるほどな」

 

「ああ」

 

 

二人は笑みを零し、次第に長門は提督から渡されたマグカップを持ちながら、

 

器用にも提督の首に腕を回し、提督の胸に頭を預けた

 

 

「後でコーヒーを馳走してくれないか?飲みたい気分なんだ」

 

「いいぜ。長門の心がより晴れやかな気分になる一杯を淹れてやる」

 

「ありがとう。提督…」

 

「ちょ、ちょっと。まだ話は終わってないんだから、提督さん、待ってよ!!」

 

「長門のあんな顔初めて見た。嬉しいけど少し複雑だわ…」

 

「長門さん、いいな。私もお願いすればしてくれのかな」

 

 

その屈強な背中に追い付こうと三人は提督の元へと駆け出した。

 

季節は春。鎮守府内には桜の花弁が舞う中、

 

一人の艦娘の心に人に近づく感情が芽生えた時間であった

 

 

 



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