七夜雪彦の暗殺教室 (桐島楓)
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始まりの時間

上手く書いていけるかわかりませんが頑張ります。


 

 雪彦の家は広い―――厳密に言うと家の敷地は広い。何せ山一つ丸ごと七夜の敷地なのだ。一応普通に歩く道もあるのだが、迷いやすく、山の中には危険な野生動物や危険なトラップが仕掛けられている。その為進入禁止となっている。一般人が入ろうものなら罠にかかって死ぬか、動けなくなって熊にでも食われるかの未来しか待っていない。そういった者は年に数人いるのだが持ち主たちからすれば進入禁止や猛獣注意の看板を至るところに配置してあるにも関わらず入ってくる輩が悪いとスルーしている。

 そう言った意味で普通とは少し自分たちの感覚は違うのだろうなと七夜雪彦は常常思っていた。そんな山も雪彦にとっては学校に通うための通学路であり、遊び場であり、修業の場でもあった。

 今日も友人たちと分かれ雪彦は帰路に付く。

 イヤホンをつけてメガネをかけて歩いている姿は至って普通の人畜無害そうな少年である。

 

(ん? 車……)

 

 山に入る前に――一台の黒塗りの車が止まっているのが雪彦の目に入った。車の後部座席から一人の男性が降りた。そして、その男性に雪彦は見覚えがあった。

 

「―――烏間さんですか?」

 

 少し小走りに近づいて確認するように聞く。おそらく間違いはないが最後に会ったのが数年前ということもあって朧げだったからだ。

 

「……君は―――雪彦くんか?」

「はい。お久しぶりですね」

「そうだな、最後に会ったのは5年ほど前か。随分大きくなったな」

「成長期ですので」

 

 烏間惟臣―――雪彦の父親の友人であり、雪彦も幼い時からよく会っていた男である。

 そんな烏間のまるで甥とでも話してるかのような気安さに車内に残っていた者は驚いていた。彼らの知る限り烏間が仕事中に誰かと気安く話している場面などないからだ。

 

「ああ、紹介しよう。彼はこれから会いにいく七夜史彦さんの息子で雪彦くんだ。雪彦くん、こっちは防衛省の同僚だ」

「防衛省ですか? 烏間さんは確か―――」

「それにはついては後で話そう。色々あってな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情でそういう烏間に雪彦はこの人も結構な苦労人だなあと思った。

 

 

 道中野犬に襲われるというハプニングがあったが烏間が犬を見た瞬間笑顔になり、野犬が犬とは思えない顔芸を披露し逃げ出すというイベントをこなし、雪彦と烏間は家までたどり着いた。

 雪彦の家は昔ながらの和風な作りとなっている―――というより、場所のせいで業者が来れず、建て替えもリフォームも出来ないのだ。むしろ電気が通ってることに驚くくらいだ。

 客室に烏間が通され雪彦は自室に引き上げようとしたのだが父親に呼び止められた。烏間も雪彦が残ることに異論は無さそうだったのでその場にとどまった。

 

「お久しぶりです、史彦さん」

「久しぶりだな烏間―――それで、こんな引退した老いぼれに何のようだ?」

「……お力を貸していただきたいのです。……月が爆破された話はご存知ですか?」

「人並み程度にはな」

 

 そして烏間は話を切り出した。その話は雪彦だけではなく、史彦も驚く内容だった。

 

「つまり―――月を爆破したタコが3年E組の教師をやってるから3月までに秘密裏に暗殺する――ということですか?」

「そうなる―――だが、この生物はとにかく素早い。各国の軍や殺し屋が相手でも全くが歯が立たなかった」

「そこで、俺たち七夜にか」

 

 七夜の体術は五体満足なら獣でも継承可能である。その動きは通常の人間というより限りなく獣の動きに近いとも言える。人間の兵器や殺し屋でダメなら獣のような動きのできる七夜なら或はという思惑があったのだろう。

 

「史彦さんが引退し、雪彦くんにあとを継がせる気がないのも分かっていますが―――」

「まあ、地球の危機とまでなっては引退だのとは言ってられないな。だが、俺はブランクも長いし、最後の仕事で左手と右足をやられてしまってる。正直は俺が行っても足を引っ張るだけだろうな……雪彦」

「なに?」

「出来るか?」

「さあ、実践なんてしたことないし」

 

 精々不良との喧嘩くらいと内心で続ける。

 

「けど、必要なら受けるよ―――いや」

 

 暗殺者としての血がそうさせるのか、雪彦は日常の中でも妙な虚しさを感じることがあった。もし、この仕事を受ければその虚しさが埋まるかもしれない。そう考えると答える言葉は変わった。

 

「やってみたい」

 

 

 雪彦が部屋から出ると、烏間は再び史彦に頭を下げた。

 

「すみません、史彦さん。雪彦くんを巻き込んでしまって」

「気にするな。さっきも言ったが状況が状況だ。ターゲットも生徒には危害を加えない契約になっているのだろう。何を考えてるかは分からんが、信じて大丈夫だろう。元々高校生になったらどこかで一人暮らしをさせるつもりだったしな。それが少し早まっただけだ。それに、あいつにとってもいい刺激になるかもしれない」

「刺激……ですか?」

「ああ、アイツは誰かを殺したいと思ってるわけじゃない。だが、それでも七夜の血の影響か―――どこかで自分と普通の間にズレがあることを感じ取ってる。多感な時期だから仕方ないかもしれないが、この仕事でなにか答えを掴めるかもしれない。お前のことだ、最低限普通の中学生のような生活を送れるようにはしているんだろう?」

 

 そう言い史彦と烏間は昔を思い出す。雪彦が暗殺者の一族の人間だと知ったときの事を。まだ十歳なったばかりだというのに、驚くことも自暴自棄に陥ることもなくただ静かに受け入れた。年不相応に達観していたのだ。もし、今回のような普通ではない環境に入り、その環境の中で学生らしく楽しんでいるものを見れば雪彦もまた変われるかもしれない。

 

 

 こうして、七夜雪彦は椚ヶ丘中学校、3年E組に転校することとなった。

 

 

 




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雪彦の時間

とりあえずオリ主TUEEEEの時間となります。まあ、ここまで動くのは今回だけだと思いますが


椚ヶ丘中学校

 

 東京にある学校法人椚ヶ丘学園が設立した名だたる進学校の私立中学校である。偏差値は66で、理事長の浅野學峯は、創立10年で椚ヶ丘学園を、全国指折りの優秀校にした敏腕経営者だ。

 

(態度悪いなこの理事長……)

 

 そんな理事長だが、理事長室に入ってきた雪彦に背を向けていた。そんな理事長に対して経営手腕もいいけど一般常識も学べと言いたい雪彦だがそこはグッと堪える。一般常識を語れるような身分ではないからだ。

 

「―――ふむ」

 

 転校手続きを済ませ、いくつかの質問に答えると理事長はようやく雪彦の方を向いた。値踏みするように雪彦を見えると、ふむと一つ頷き。

 

「君、このルービックキューブを解いてみてくれないか?」

 

 そう言ってルービックキューブを雪彦に投げてきた。それをキャッチし、ルービックキューブと理事長を見て、理事長に質問した。

 

「―――どんな方法でもいいんですか?」

「ああ、構わないよ」

 

 そう言われると雪彦はルービックキューブを素手で分解し始めた。その様子を理事長は面白そうに見ている。

 

「僕はルービックキューブの解き方なんて知りません。なので―――」

 

 分解したルービックキューブを並べ直して理事長の机に置いた。

 

「乱暴ですがこうします」

「……残念だ。テストの成績といい、その考え方。君にはA組に入ってもらいたかったよ」

 

 ……え、気に入られたの!? と内心雪彦はびっくりする。雪彦的には最初に見向きもせず投げやりな感じでやられた腹いせも兼ねてやったのだがまさかの展開に逆に驚いてしまった。というよりこの人に認められるということはこの人と同じ思考回路をしてるということだろうかとすら思ってしまう。

 

「まあ、仕方のないことだね。もし、暗殺が上手くいったらぜひA組に編入し直してくれたまえ。その時まで強者であれたのなら、の話だけどね」

 

 そういう理事長に雪彦は底知れぬものを感じた。

 

 ―――世の中色んな人間がいるんだな。

 

 

 

 場所は変わって椚ヶ丘中学校旧校舎。理事長との話が長引いた雪彦は少し遅れての登校となってしまった。1時間目の授業が終わる時間に教室に行くことになり、今前を歩く烏間の後を追い教室へ向かっていた。

 

(まあ理事長が原因だし仕方ないか)

 

 そう思いながら懐に手をいれる。そこには烏間に用意してもらった対先生用のナイフがある。それもE組生徒が使っているものとは別に用意してもらったものだ。普段体術の練習で使っている短刀と同じサイズで重量も同じにようにしてもらったものだ。素材が違う分若干の違和感は残ったが貰ってから1日中振り回してるうちにその違和感も消えていった。今なら通常のものと同じ感覚で振れるだろう。

 

(さて、初仕事上手くいくかどうか……)

 

 そして教室の中に入り雪彦が来たことを伝える。廊下で待つ雪彦は目が疼くのを感じた。七夜の特異体質で感情が高ぶると瞳が青白くなるというものだ。付けているメガネも度は入っていない。特殊なメガネで青白く燐光する瞳を隠すためのものだった。動くときに邪魔なメガネを外し、わざと気配を消さず普通にして立っている。

 

『それでは皆さん、新しい仲間が来たようなので紹介します』

 

 おそらくこの声がターゲット『殺せんせー』のものだろう。と雪彦は考える。そして懐からナイフを取り出す。

 

『入ってください、七夜雪彦くん』

 

 雪彦はその声が聞こえると同時に自分の気配を強くする。

 気配を消すのではなく逆にアピールするように。そしてドアを開けた瞬間気配を消し相手の視線から外れるように移動する。そして、強く発した気配は一瞬で消えず僅かだが気配がその場に残留する。

 残留した気配に相手の意識が取られた隙に死角に入り込んだ雪彦は跳躍した。

 

 

 ―――閃鞘・八穿

 

 

 視覚と意識の死角をつき、真上に跳びナイフで切りつける。七夜雪彦が最も得意とする七夜の体術である。振るわれたナイフは殺せんせーの顔を深々と切り裂く。しかし、切り裂いた感覚から雪彦は即座に悟った。

 

(仕留めきれないっ!?)

 

 突然の攻撃と今まで見たことのない獣のような動きに動揺し殺せんせーの動きが一瞬だが遅くなる。その隙を逃さず雪彦は流れるように追撃に移る。獣ような動きで初速からトップスピードを出せる七夜の体術だからこそできる動きとも言える。

 

 

 ―――閃鞘・四辻

 

 ナイフで斬りつけ、返す刀でさらに斬り、さらに突進しながら斬る。この攻防で殺せんせーの触手を最初の二撃で二本破壊できた。

 

(動きが少し鈍った―――)

 

 だが、最後の三撃目の攻撃は回避されてしまった。殺せんせーは雪彦の背後に回り込んだ。

 しかし、それは失敗だった。普通の人間の動きなら突進した直後背後を迎撃することなど無理だろう。七夜の体術はそれを可能にする。身を屈め左足を軸に無理やり反転し

 

 

 ―――閃走・六兎

 

 後ろ蹴りを放った。靴裏には対先生用繊維が仕込まれている。当たればダメージを与えることはできるだろう。しかし、閃走・六兎は空振りに終わった。

 

(失敗か……)

 

 着地して教室の後ろを見ながら雪彦は自分の暗殺が失敗したことを悟った。いや、そもそも、最初の閃鞘・八穿で殺しきれなかった時点で七夜の暗殺者としては失敗だったと言えるのかもしれない。

 どちらにせよ、もう今回ほど上手くはいかないだろう。今回は条件が良かった。狭い空間、相手が油断していた、相手が七夜の体術を知らなかったこと……全てが最高の条件だったと言えるだろう。しかし、今後は殺せんせーも警戒するのは当然であり、今回のような不意打ちもほぼ不可能となるだろう。

 やってみたい、などと言っておきながら無様な失敗をしてしまったことに対して雪彦は自虐的な表情を浮かべながらメガネをかけた。

 そんな風に自分の評価を地に落としている雪彦と周囲の評価は対照的だった。

 

(予想以上だ……!)

 

 烏間は雪彦の動きを見て戦慄していた。殺せんせーにダメージを与えた生徒なら他にもいる。だが、殺せるかもしれないとまで思わせたのは雪彦が初めてだった。七夜の体術もそうだが動きだけではなく自分の気配を強弱を利用して相手の意識の死角を付く技術。どれも高水準のものだ。

 今回は失敗した。だが、チャンスはまだある。

 

(どれだけの修練をつんだのか……)

 

 殺せんせーもまた雪彦の技量に舌を巻いた。身体能力自体ははっきりいって殺せんせーから見ればどうとでもなるものだ。おそらく生徒の中ではトップクラスに入るだろうが、烏間と比べたら劣る。しかし、一瞬とはいえ追い詰められたのは、あの変則的な体術のせいだ。多くの経験を積んだ殺せんせーでも次の動きが全く予測できなかった。

 

(あの殺せんせーを殺しかけた……)

 

 生徒たちの心境はほぼ全員がこの一言に尽きただろう。

 

 

 

「大したものですね。その年でここまで練り上げるとは」

 

 気を取り直した殺せんせーはナイフを懐にしまう雪彦を見て引き際も分かっているとさらに顔に丸をつけながら評価を上げた。

 

「正直殺れると思ってたんですけどね。……早々上手くはいきませんか」

「いえいえ、殺意も技術も素晴らしかったですよ。ただ先生の方が少しだけ上手だっただけです。これからも頑張ってください。あ、でも授業中の暗殺はNGですよ」

 

 そう言われてふと思う。中途半端な時間に来てしまった自分はもしかして授業を中断させてしまったのはないかと。

 

「もしかして授業まだ終わってなかったですか?」

「いいえ、ちょうど休み時間に入ったところでした。まあ、それはそれとして本日の課題は2倍ですね」

 

 何食わぬ顔で2冊のドリルを渡す姿を見て―――

 

『小っせえ!!』

 

 クラス全員で突っ込んだ。

 

「改めて自己紹介をお願いします。」

 

 その突っ込みをスルーして雪彦にそう促す。雪彦もそう言われてそういえば自己紹介してなかったと思い出す。なにせ開幕早々暗殺に乗り出したのだから。

 

「七夜雪彦です。入って早々お騒がせしましたがよろしくお願いします」

 

 そう言って礼をした。反応がないなあと思っていると。

 

「あの、雪彦くん……私のこと覚えてる?」

 

 恐る恐るといった感じに雪彦に声をかける少女がいた。

 




 今後しばらく七夜の体術使う機会がないのでいくつか使わせることになりました。

 ク○タ族みたいに感情が高ぶると目の色が変わる主人公ですが、目の色が変わるだけで別に特殊能力とかはないです。オーラは変わらないし、見えないものが見えたりはしないのです。本当に色が変わるだけです。
本来の七夜には浄眼があるのでそれの代わりみたいなもので設定をつけてみました。

 さて、最後に話しかけた生徒は誰でしょう…



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E組の時間

 あらためてアニメ見てたら速水さんが可愛くて自分の中でトレンド入りしている今日この頃です。


「おはよう雪彦くん」

「おはよう渚」

 

 自分の席に着きながら雪彦と潮田渚はあいさつを交わす。

 転校してからほんの2、3日ではあるが雪彦はクラスに馴染んでいた。人当たりの悪い性格ではないし、暗殺者の一族としての自分と普通の学生としての自分を上手く両立してきた雪彦だが、本人もここまで早く仲良くなれるとは思っていなかった。

 暗殺者の血を引くということから自分が異常だと理解している雪彦は、初日に暗殺技術を披露してしまった事から正直なところ周囲から距離を置かれると思っていた。

 しかし、ここ(E組)は月を爆破し、地球を破壊すると予告している超生物が担任を務め、その担任を暗殺しようとしている生徒のいるクラスである。通常恐れられるであろう暗殺技術も一つのステータスになってしまっている。言ってしまえばこのクラスは雪彦と同じく、少しズレてしまってるのだ。もっとも、そのおかげで雪彦としては非常に過ごしやすい空間でもあるといえる。

 そしてもう一つ……。

 

「おはよう、雪彦くん」

「おはよう―――桃花」

 

 にこやかに手を振りながら挨拶をしてくる少女―――矢田桃花の存在も大きかった。

 

 

 転校初日―――

 

「あの、雪彦くん……私のこと覚えてる?」

 

 恐る恐るといった感じに雪彦に声をかける少女がいた。

 雪彦は一瞬その少女が誰かわからなかった。それでもなんとなく見覚えがあると記憶をたどっていく。中学校―――は今まで別の学校に通っていたので知っているわけがない。少なくとも前の学校で椚ヶ丘中学校に転校した生徒がいるという話は聞いたことがない。

 ならば、小学校―――とそこまでいき雪彦は思い出した。そういえば小学校の時に転校した仲の良い女友達がいたことを。

 

「―――桃花?」

「そうだよ! 雪彦くん私のこと忘れてたの!?」

「そ、そんなことないよ。えっと、ほら! 当時の姿と中々一致しなくて、お互いもっと小さかった……し……」

「……」

 

 矢田にジト目で見られ雪彦はそっと目をそらした。

 

「雪彦くん、私の目を見てもう一回言ってみて?」

「あはは、―――すみませんでした。……そういえば、弟くん元気?」

「この前また体調崩しちゃって……」

「そっか……今度会いに行ってもいいか?」

 

 昔はよく雪彦兄ちゃんと言って懐いてくれていたのを思い出し雪彦は懐かしそうに目を細め、矢田にそう聞いた。

 

「うん、そうしてあげて。あの子も会いたがってたから」

 

 そんなほのぼのとした二人を周囲は生暖かい目で見守った。若干2名ほど悪戯の光を目に灯しているものもいるが。

 

 

 

 そんな感じにクラスの特異性と幼馴染がいたおかげもあって雪彦は割と簡単にクラスに馴染むことができた。悪戯好きなカルマと主にトラップ制作について意気投合したり、千葉龍之介と音楽について語り合ったりと趣味方面でも気の合う者が出来たりと文字通り転校生ライフを満喫していた。

 友人関係だけでなく授業についても面白いと雪彦は転校初日から感じていた。

 殺せんせーの教え方は丁寧で分かりやすく、前の学校でいまいち理解できていなかった場所をしっかりと理解することができた。

 体育の授業も烏間のナイフの扱いなどの基礎訓練だ。雪彦も七夜の体術を学ぶ上で基礎的な武術や武器の扱いは学んでいるが、今の歳になって再び基礎を学び直すと新しい発見などもあり、こちらも楽しんでいた。

 そして、E組にはもう一人専任の教師がいる。この後の英語のイリーナ・イェラビッチ、E組の中での相性はビッチ先生である。ちなみにこの授業でひと悶着あった。

 雪彦が転校してきた初日の英語の授業。

 

「英語で教科書はほとんど使わない?」

「うん、ビッチ先生は実践的な英会話を教えてくれるの」

 

 そう言って英語の授業について説明してくれるのは、神崎有希子という生徒である。転校してきた雪彦は彼女の隣の席になったのだ。まだ届いてない教科書を見せてくれたりと雪彦は世話になっていた。ちなみにその斜め前には矢田がいる。

 

「さあ、授業を始めるわよ。で、あんたが噂の転校生? あのタコにダメージ与えたそうじゃない」

「失敗しましたけどね」

「まあ、簡単には殺せないわよ。私はイリーナ・イェラビッチよ」

「よろしくお願いします。ビッチ先生」

 

 雪彦がそう言った瞬間、イリーナがこめかみにピキリと音を立てて青筋を浮かべた。

 

「誰よ!? コイツに変なこと吹き込んだのは!?」

 

 うがー! とハニートラップの達人とは思えない声を上げるイリーナをよそに赤髪の生徒、赤羽カルマが飄々と手を挙げた。

 

「俺だよー」

「またお前か!? 余計なことしないでよ! せっかく何も知らないことを利用してイリーナ先生って呼ばせよとしてたのに」

 

 この短期間で雪彦はイリーナの立ち位置をはっきりと確信した。

 

「だいたい察した」

「察するな! ていうか察したならイリーナ先生って呼べ!」

「分かりましたビッチ先生」

「」

 

 この数分後に授業が始まった。

 約30分後に雪彦のファーストキスが奪われるのだがそれは余談である。さらなる余談だがその光景を見て2名の生徒が硬直することになったがそれも余談である。

  

 

「そういえば雪彦くん。聞きたいことあるんだけどいい?」

 

 放課後、途中まで帰り道が同じ方向の矢田と帰っているとそう聞いてくる。

 

「……何?」

「眼の事なんだけど」

「ああ―――」

 

 矢田は数少ない雪彦の―――というよりは七夜の特異体質を知っていた。

 

「俺としては暗殺者の家系ってことに突っ込まれるかと思ってビクビクしてたけどね」

「う~ん、私も最初は驚いたけどね。烏間先生が雪彦くんは人を殺していないって聞いてたし、昔からちょっと変わってる所もあったから、ある意味では納得したんだ」

 

 補足するのであれば、実際に何人か殺している殺し屋を間近で見たり、実銃を装備した強面の男を見たりである程度耐性ができていたのも大きいかもしれない。

 

「……俺そんなに変わってたか?」

 

 雪彦としては自分の異常性を理解しているがために外では普通の生活をするように努力していたつもりだったのだが。

 

「一緒にいる時間も多かったしね。それに、何回頼んでも雪彦くん自分の家について頑なに教えてくれなかったし」

「―――確かに不自然か」

 

 不自然さは根本的な問題だった。

 

「殺せんせーを暗殺しようとしてた時は驚いたけど、話してみたら昔と変わってなくて良かったよ」

 

 昔馴染みがいきなり暗殺者としてやってきて、曲芸師みたいな動きで殺せんせーを攻撃する姿を見て桃花は雪彦が自分の知る雪彦ではないような感覚に囚われた。だから、最初に声をかけた時に恐る恐るになってしまったのだ。実際話してみると昔とほとんど変わっていなかった。

 

「そっか……で、俺の眼がどうかした?」

「うん、その眼なんだけど。やっぱり隠してるの?」

「まあ、俺としてはどうでもいいけど、気持ち悪いと思う人もいると思うからね」

 

 雪彦自身は目が青くなることに対してなんとも思って言ってない。というより、感情が高ぶると青く変化するという性質上、実は日常生活では早々変化することなどないのだ。本人が普段は割と、のほほんとしているのもあるが。とにかく、本人は気にしていないがだからと言って周囲に気持ち悪がられる趣味もない、ゆえに特殊なメガネをかけて生活しているのだ。

 

「―――私はすごく綺麗だと思うけどな」

「……ん―――ありがと」

 

 正面からそう言われ雪彦は思わず照れてしまった。

 

「赤くなってる?」

「夕日のせいだよ。ありきたりなことだろ?」

「言い訳としてね」

「っ!?」

 

 再会して早々に手玉に取られてばかりだと雪彦は肩を落とした。雪彦の転校初日はこうして終わった。

 

 

 




矢田さんの話し方こんな感じであってるでしょうか。

主人公のプロフィールとかあげたほうがいいですかね


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集会の時間

FGOセイバー式引けて良かった!


 全校集会とはどの学校にもあるものだ。基本的に同じ時間に集まるものだがE組となると少し変わってくる。

 E組は他のクラスよりも早く集まり整列しなければいけないのだ。E組の校舎は本校者から離れた山の上にある。そのため本校舎の生徒とよりも早く集まらなければならない。

 雪彦は烏間とイリーナともに並んでいる。転校生のため全校生徒に紹介されるためだ、若しくはE組ということで晒し者としての側面もある。

 少ししてから本校舎の生徒たちが入ってくる。ほとんどがE組のメンバーを指差しニヤニヤと笑っている。

 その光景を見た雪彦はE組って本当に差別の対象なんだと改めて実感した。ちなみに、烏間とイリーナを見て若干悔しそうといか羨ましそうに見ている者もいるが。

 全クラスが並び終わり、プリントを配り始める。しかし、E組にだけは配布されなかった。

 

「すみません! E組の分がまだなんですか」 

 

 委員長である磯貝がそう言うと、壇上に立つ生徒会はニヤリと笑い。

 

「あれ?おっかしいなー、すみませーん。3年E組の分は忘れてきてしまったみたいです。3年E組の方たちは覚えて帰ってください。ほら、記憶力とか鍛えないとでしょう?」

 

 そう言うとE組を除いたクラスが笑い出した。

 

「なによこれ、陰湿ね」

 

 イリーナは不愉快そうに言う。そして

 

「本校舎って集会に使うものを忘れる程度の記憶力でも残れるんですね」

 

 この瞬間間違いなく空気が凍ったんだ、と後に潮田渚は語っている。

 ふむふむと頷きながら、ボソリと雪彦は呟いた。別に悪意があって言ったのでなく、純粋に疑問に思ったのがポロッと口から出てしまっただけである。が、当事者である生徒会のメンバーからすれば悪意以外のなにものでもない。

 ちなみに烏間は頭を抱えイリーナは口元を抑え笑いを堪えている。

 

「ね、ねえ矢田さん……雪彦くんってもしかして―――」

「うん……普段は割と普通なんだけど……時々すごく空気が読めない」

 

 雪彦の弱点

・時々KY

 

『うるせーぞE組転校生!』

『お前らの記憶力鍛えるためにわざとやってやったんだよ』

『お前らに発言権なんてないんだよ!』

「え? それは学校ルール以前に基本的人権に関わるような―――」

 

 しつこいようだが、雪彦は本校舎の生徒に喧嘩を売ってるわけではない。

 そんなことをやっていると風が吹いた。そしてE組生徒と雪彦の手にプリントが配られていた。

 

「磯貝君、問題はありませんね。手書きのコピーが全員分あるようなので」

 

 いつの間にか雪彦の隣には変装? した殺せんせーが立っていた。が、変装しても目立つ、それこそ国家機密がこれでいいのか? と思うくらいに目立つ。具体的に言うとさっきまで雪彦に文句をつけていた生徒が吃驚するくらいには。

 

「すみません、プリントあったんで進めてください」

「嘘!? なんで!? 誰だよ!? 笑いどころ潰した奴…………ん! それでは集会を始めます」

「誤魔化すってことは後ろめたい事してた自覚はあるんだな」

『……っ!!』

(((((マジで空気読め!!)))))

 

 本校舎の生徒が凄い目で睨み、E組は烏間のように頭を抱えながら心の中で突っ込んだ。

 ちなみに雪彦の紹介の時はどこぞの議会のごとくヤジが飛んだのだがスルーして自己紹介だけして普通に終わった。

 

 

「まったく君は……」

「すみません烏間先生、つい口が滑って」

 

 本校者の生徒と敵対するつもりはないんですけどね、と続けながら雪彦は軽く頭を下げた。悪気があったわけではないのだが、いらぬ心労をかけてしまったのは事実だからだ。

 

「いいじゃない、面白かったわよ!」

 

 バンバンと雪彦の背中を叩くのはイリーナである。イリーナとしては陰湿な連中に一矢報いた気分で心労どころか、逆に晴れやかな気分に近いのかもしれない。

 

「ん? あれは」

 

 そんな風に体育館の外にでると、ニキビ面の男とメガネの男が渚に絡んでいた。

 

「―――因縁つけられてるのか」

「まったくこの学校は」

 

 雪彦と烏間は助けに行くべきかと思ったが、動く前に殺せんせーの触手に止められた。

 

「あの程度では屈したりしませんよ、私の生徒たちはね」

 

 何を? と思った雪彦だが、次の瞬間ゾクリとした悪寒に襲われた。

 

((殺気―――!?))

 

 誰がと思い雪彦と烏間は振り向く。渚に絡んでいた二人は掴んでいた手を離し、渚は二人の間を悠々と歩き去った。

 

「ほらね、私の生徒たちは殺やる気が違いますから」

「……殺せんせー」

「はい?」

 

 雪彦は渚と数日過ごし、そして今の渚の殺気を感じ思ったことがある。殺気を隠し自然体でいる才能、殺気をだし相手をひるませる才能。

 

「―――渚って、もしかして―――」

「そうですね、おそらく君の思っているとおりです」

「そっか―――」

 

 暗殺者の才能―――それが渚にはある。

 

 




というわけKYの雪彦くん。ちなみに以前の学校での評価は、基本的にいい奴だけど時々空気の読めない不思議な奴です。


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第二の刃の時間

感想や意見などいただけると嬉しいです


「さて皆さん―――始めましょうか」

(((((いや何を?)))))

 

 中間テストが迫るなか、殺せんせーは分身していた。分身というより高速で移動した残像だが、そこは置いておく。

 

 

『中間テストが近づいてきました』

『そうそう』

『そんなわけでこの時間は』

『高速強化テスト勉強を行います』

 

 分身で分けながら喋るせいで変な聞こえ方でクラス中に届く。

 

『先生の分身が一人ずつマンツーマンで』

『それぞれの苦手科目を徹底的に復習します』

 

 そう言って個人に合わせて教科とハチマキを変えて勉強を始めた。

 

「くだらねー、ご丁寧に教科別のハチマキまで作りやがって……!?」

 

 なお寺坂のみ―――

 

「なんで俺だけナルトなんだよ!?」

「寺坂くんの場合苦手な科目が多いので―――」

 

 ちなみに雪彦の目の前の分身には理と書かれている。つまり理科の問題だ。ちなみに生物は詳しかったりする―――急所を殺る的な意味で。

 そんな風に勉強をしていると、突然殺せんせーの顔が変形した。

 

「カルマ君! 急に暗殺しないでください! それ避けると残像が乱れるんです」

 

 舌を出しながらナイフを突き出すカルマに殺せんせーがそういう。

 

「ふむ―――」

 

 雪彦も一緒になってナイフを目の前に突き出した。

 

「にゅやああ! 雪彦くんまで!?」

 

 そして、さらに顔が面白い形に変わってく。いろんな意味で器用な先生だった。その様子を見て雪彦はアメリカのネズミに喧嘩でよく負けている猫を思い出していた。

 と、こんなふうにする生徒がいる一方で

 

「殺せんせーこんなに分身してて疲れないの?」

 

 情報収集の一環もあるのだろうが、クラスの人数全員分の分身を作っている殺せんせーに渚がそう尋ねる。

 

「ご心配なく。外で分身を一人休ませてます」

 

 外にはジュースを飲みながら漫画を読んでいる分身がいた。

 

((それむしろ疲れない!?))

 

 雪彦と渚が同時に突っ込んだ。

 

 

 

 E組の職員室に理事長が訪ねてきていた。

 理事長はルービックキューブをいじっている。

 

「この六面体の色を揃えたい、素早く沢山、しかも誰でもできるやり方で……貴方がたならどうしますか? 先生方」

 

 烏間とイリーナに訪ねながらルービックキューブをいじる。そして、おもむろにマイナスドライバーを取り出した。

 

「答えは簡単―――分解して並べ直す、合理的です」

 

 理事長がそう言うと同時に殺せんせーが職員室へ戻ってきた。

 

「にゅや」

「ん? 初めまして殺せんせー」

 

 入ってきた殺せんせーを見ると理事長はにこやかに挨拶をした。

 

「にゅ?」

 

 殺せんせーは初めて見る人物、それも底知れぬ何かを秘めている人物を訝しげに見る。(表情の変化はないが)

 

「この学校の理事長様ですってよ」

「俺たちの教師のとしての雇い主だ」

「にゅやあ!?」

 

 上司と聞いた瞬間突然お茶を用意し

 

「これは山の上まで!」

 

 ついでにお茶菓子を用意し肩を揉み始める。偶々前の廊下を通った渚と雪彦は隙間からその様子を見て新たな殺せんせーの弱点を見つけた。

 

「それと私の給料もうちょっとプラスになりませんかねー」

 

 殺せんせーの弱点、上司には下手に出る

 

「だからなんで給料で生活してるのさ」

 

 雪彦が突っ込んだ。ちなみに以前別の生徒も同様の意見を残している。

 

「こちらこそすみません、いずれ挨拶に伺おうと思っていたのですが―――、貴方の説明は防衛省やそこの烏間さんから聞いていますよ。もっとも私には全てを理解できるほどの学はないのですが……」

 

 そう言う理事長に雪彦は内心で「どうだか」と思っていた。

 立ち上がり殺せんせーの正面に理事長は立つ。

 

「なんとも悲しいお方ですね、世界を救う救世主となるつもりが、世界を滅ぼす巨悪となり果ててしまうとは」

 

((救世主? 巨悪?))

 

 その言葉が外で聞き耳を立てていた二人に疑問符を浮かべさせた。

 

(烏間さん―――なにか知ってるのか?)

 

 知っていて敢えて自分やE組に伝えていないのか、それとも伝える必要性がないから伝えていないのか、雪彦には判断がつかなかった。

 

「いや、ここでソレをどうこう言うつもりはありません。私ごときでは地球の危機は救えませんし―――、しかし、この学園の長である私が考えなければならないのは、地球が来年以降も生き延びる場合」

 

 理事長に窓辺に座り込み話を続ける。

 

「つまり、誰かがあなたを殺せた場合の学校の未来です。率直にいえばE組はこのままでなくては困ります」

「……このままとは、成績も待遇も最底辺のまま、ということでしょうか」

「働き蟻の法則を知っていますか?」

 

 理事長は語る、20%の怠けと20%は働き、残りの60%は平均になる。理事長の目指す理想は5%の怠けと95%の働き者がいるという理想的な比率を達成するというものだ。

 その方針に対して殺せんせーも合理的と認めた。

 

(性格の悪さだけは取り返しがつかないことになりそうだけどね)

  

 集会の様子を見ると雪彦はそう思わずにはいられなかった。

 

「今日D組の担任から苦情が来ましてね、E組の生徒に物凄い目つきで睨まれた、殺すと脅されたと」

 

 そう言われ渚が微妙な顔をしている。少しで離れたところで見ていた雪彦は殺気で怯ませたんだから似たようなものか、と逆に納得していたが。

 

「暗殺をしているのだから、そんな目つきも身につくでしょう。それはそれで結構」

 

 理事長が問題としているのは、成績底辺の生徒が成績優秀な生徒に歯向かうことが問題だと。それは理事長の方針では許されない。

 椚ヶ丘中学校における絶対的な強さ―――それは学業の成績。それだけが椚ヶ丘中学校における強さなのだ。

 

「以後慎むよう厳しく言っておいてください。……それと、七夜くんはどうですか?」

「っ!?」

 

 唐突に自分の名が出て雪彦は驚いた。

 

「どう、とは一体?」

「先ほどのルービックキューブ。彼にどう解く訪ねたら、躊躇なく私と同じやり方を彼は選びました」

 

 そう言うとその場にいた全員が驚いた表情をした。渚からも驚きの視線を向けられるが本人は

 

(理事長と同じって言われても、あまり嬉しくないなあ)

 

 失礼なことを考えていた。

 

「編入テストの成績も良好であり、極めて合理的な考え方。中々に興味深い―――」

「―――彼はクラスに馴染んでいます」

 

 烏間がそう言った。そして、それに殺せんせーも同意した。

 

「まだ転校してきて数日ですが、楽しそうにしていますよ」

「―――そうですか」

 

 それを聞くと理事長は職員室から出てきた。

 

「あっ」

 

 扉の前にいた渚は慌てて退き

 

「ああ、中間テスト、頑張りなさい」 

 

 そう空虚な声援を残し歩き去っていった。

 

「白々しい応援だね―――ていうかあの人バラしたキューブそのままにしていきやがった」

 

 

 

 

 そして翌日

 

『さらに頑張って増えてみました。さぁ、始めましょう!』

(昨日のアレが原因か)

 

 殺せんせーはどうやら理事長に対抗意識を燃やしていた。昨日よりもさらに分身の数を増やしてテスト対策に乗り出したのだ。

 

「殺せんせー何かあったのかな?」

 

 神崎が雪彦に聞く。雪彦は昨日のことで間違いないだろうと感がている。とはいえ、あのときの会話を気軽に他人に話してもいいのか迷い雪彦は。

 

「本校舎の教師たちに対抗意識燃やしてるんじゃないかな?」

 

 真実も織り交ぜながらぼかした伝え方をした。この言い方ならどうとでも取れるからだ。それこそ先日の集会のE組差別を見て、殺せんせーが対抗意識を燃やしたとか思うだろう、と。

 

(……俺も性格悪いか―――)

 

 どよーん、と影を背負いながら若干の自己嫌悪に浸っていると。

 

「コラ、雪彦くん! ボーッとしてないで次いきますよ! ノルマを達成したなら、ついでに先取り学習もしておきましょう!」

 

 そう言い雪彦にテスト範囲外の問題を差し出した。ちなみに昨日もこんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わると殺せんせーは完全なグロッキーになっていた。

 

「相当疲れたみたいだな」

「今なら殺れるかな?」

「試してみる?」

 

 前原と中村がそう言い、雪彦が追従するようにナイフを投擲する。が、あっさり避けられ、ハンカチで包んで返された。

 

「こんな状態でも速いね」

 

 渚がそう言い。

 

「なんでここまで、一生懸命なのかね~」

 

 岡島がそう言うと殺せんせーは

 

「君たちのテストの点を上げるためです。そうすれば……」

(殺せんせー、やっぱり昨日の……)

 

『殺せんせーのおかげでいい点とれたよ!』

『もう殺せんせーの授業なしじゃいられない!』

『殺すなんてできない!』

 ↑尊敬の眼差しの生徒たち

『先生! 私たちにも勉強教えて!』

 ↑近所の評判を聞いた近所の巨乳女子大生

 

「という風に先生にとってもいいことづくめです」

「「「「「下心か!!」」」」」

(き、きっと建前……だよね?)

 

 雪彦はいまいち自信がなかった。というか存在自体が国家機密の殺せんせーの評判がそんな簡単に近所に広まっては困るが。

 

「いや、勉強はほどほどいいよな」

「なんたって暗殺すれば100億円だしな」

「100億あれば成績悪くても、その後の人生バラ色だしな!」

「にゅやッ!? そ、そういう考えをしてきますか!」

 

 最近になって転校してきた雪彦はそうでもないが、最初からE組に落ちてしまった生徒たちは劣等感に苛まれ、目の前の大きな目標だけを頼りにそれ以外が疎かになってしまっていた。

 

「―――分かりました。……今の君たちには暗殺者である資格がありませんね」

 

 校庭に来てください、と言い殺せんせーは出ていく。生徒たちはよく分からずついて行くしかなかった。

 

「殺せんせーどうしたのかな?」

「ん~、多分だけど、今の考え方が良くないと思ってるんじゃないかな」

 

 廊下を歩きながら桃花が雪彦に意見を聞いてみようと訪ね、雪彦は推測を話してみた。

 

「今は目の前に100億円の首があるけど、もし何か事情でそれが手に入らなくなったら何も残らない。だから何があっても残るものを持つように言いたいんじゃないかな―――」

 

 仮に殺せんせーこの教室から逃げてしまえば、結局は下のエンドのE組として自分たちしか残されないのだから、と。

 校庭には烏間とイリーナも来ていた。呼び出した本人である殺せんせーはなぜかサッカーゴールをどかしていたりしている。

 

「さて、イリーナ先生。プロの殺し屋として貴方に伺います。貴方が仕事を行う際用意するプランはひとつだけですか?」

「何よいきなり……違うわ、本命のプランなんて思った通りに行くことの方が少ない……だから不測の事態に備えて、予備のプランを綿密に作っておくのが暗殺の基本よ」

 

 イリーナの言葉を聞き雪彦は、自分の暗殺者としての心構えの低さを思い知った。そして、幼い時に渋る父親に駄々をこねて教えてもらったことを思い出し

 

 ―――暗殺は初撃で誰にも気付かれず行うのが理想だが、上手くいかないこともある。そのために第二撃、三撃も想定しろ。そしてそれでも仕留めきれなければ正面戦闘になる

 

 実際七夜の体術にはそういった状況を想定して正面戦闘用の技もある。

 殺せんせーを暗殺しようとした時に雪彦は追撃に移れた。それは父親の言葉を忠実に守った結果とも言えるが、雪彦が事前にそれだけのことを想定していたかというと、本人も首をひねってしまうだろう。初撃が外れたら追撃する―――いうならその程度の大雑把な計画だったのだ。

 

 

「次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

「……一撃目は最重要だが、二撃目以降の動きも重要だ。強敵が相手の場合初撃を躱される可能性は高い。第二、第三の攻撃の精度が勝敗を分ける」

「結局何が言いてえんだよ」

 

 前原が殺せんせーに真意を問う。

 

「先生方の仰るとおり、自信のある次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。大して君たちはどうでしょう? 俺たちには暗殺があるからいいやと考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです……仮に先生がこの教室から逃げたら、もし他の暗殺者に先生が殺されたら。暗殺というよりどころを失ったら君たちに残るのはE組という劣等感だけです。そんな君たちに先生からアドバイスです」

 

 

 ―――第二の刃を持たざる者は……暗殺者の資格なし!!

 

 殺せんせーはクラスに向けてそう言い放った。そして、その場で高速で回転を始めた。校庭に巨大な竜巻が起こり豪風を撒き散り、砂埃が舞い起こる。

 生徒たちも烏間もイリーナもあたりが見えなくなる。

 

(ん?)

 

 左手で顔を庇いながら様子を伺う雪彦は服の裾が引っ張られるのを感じた。

 

(確か後ろにいたのは、神崎さんと桃花か)

 

 唐突な風と砂埃に驚いて身近にあったものを掴んだのだろうと判断した。

 そして竜巻が止む。

 

「校庭に雑草や凸凹が多かったので手入れしました。先生は地球も消せる超生物、この辺り一帯を平らにすることなど、容易いことです。もしも君たちが自信を持てる第二の刃を持てぬなら―――先生の相手に値する暗殺者はこの教室にいないとみなし、校舎ごと平らにして出ていきます」

「第二の刃……それっていつまでに?」

 

 渚が殺せんせーに恐る恐る訪ねた。その質問に殺せんせーは笑顔に戻り

 

「明日までです。明日の中間テスト、全員50位内に入りなさい」

 

 その言葉に生徒たちは絶句した。無謀だと、自分たちは成績不振でE組に落ちたのに―――! と。しかし

 

「君達の第二の刃は既に先生が育てています。本校舎の教師たちに劣るほどとろい教え方はしていません。自信をもってその刃を振るいなさい。ミッションを成功させ、恥じることのない、笑顔で胸を張りなさい……自分たちが暗殺者(アサシン)であり、E組であることに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

「え、なに? 雪彦くん」

「?」

 

 二人が可愛らしく首を傾げる。

 

「いや、離してほしいな、と」

「―――ご、ごめん」

「―――ごめんなさい」

 

 二人は慌てて手を離した。このやり取りで少しE組の緊張がほぐれたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




  ルービックキューブに関しては理事長(普通の人)が道具を使うのに対して、雪彦(暗殺の訓練を受けた人)が素手で分解するといったところに普通と普通じゃない違いが出せたらないいなと思いやってみました。

 雪彦が比較的第二の刃の答えに近かったのは現時点では未熟とは言え他のE組メンバーよりも僅かにプロの暗殺者に近かったためです。


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テストの時間

 主人公の容姿について、実はふわふわしたイメージしか無かったのですが、雪彦という名前にメガネでとあるキャラを思い出し、そのキャラで固定されてしまいました。
 というわけで七夜雪彦のイメージはゲットバッカーズの弥勒雪彦でお願いします。性格は全然違うけど…
その内主人公プロフィールもあげたいなあ




 テストは本校舎で受ける決まりのため、集会と同じくE組は本校舎に移動しなければならない。

 本校舎へやってきたE組のメンバーだが、普段よりは本校舎の視線が気にならなかった。なぜなら……

 

「―――なんか凄く敵視されてるな」

 

 なんでだろう? と首をかしげているのは、本校舎の生徒からの視線をほぼ独占している雪彦である。

 

(((((この前の集会が原因だよ!)))))

 

 E組のメンバーの心が一つになった。

 雪彦はこの前の集会でのKY発言で本校舎の人間全員から敵視されていた。なお当の本人は、E組差別って本当に酷いな。と間違ってはいないが微妙にズレている天然ボケを発揮していた。

 

 

「いいかE組! エンドだからってカンニングなんてするんじゃないぞ!」

 

 監視役の教師がそう言うと本校舎の生徒たちがクスクスと笑いをこぼす。

 

「ばっちり監視してるからな」

 

 とニヤニヤと笑う教師はきっとE組の誰かがカンニングすると考えているのだろう。どんなふうに晒し者にしてやろうかと考えているのが素人目に分かるほどだ。もっとも、E組の生徒は殺せんせーの授業や、昨日の言葉もあってかモチベーションは完璧と言える状態だった。E組として、超生物を殺す暗殺者(アサシン)として胸を張ろうと。なので、教師の嫌味など多少ムカつきはするものの無視することが出来た。

 実際問題のほとんどをE組の生徒は解けていた。それこそ監視役の教師が驚く程に……しかし、

 

(……この問題も)

 

 国語、数学とテストを解いていく中、中盤以降の問題―――そこでE組は壁にぶつかった。今回テスト範囲外の問題が多く存在していたのだ。

 

(殺せんせーのミス? いや、殺せんせーはそんなミスするタイプじゃない……と、なると―――)

 

 問題を解きながら雪彦は思考をする。可能性を一つ思い浮かべては潰していく―――そして最後に残った可能性は。

 

(あの理事長―――ここまでやるとは)

 

 この学校の支配者である理事長だった。特に殺せんせーとの会話を聞いていた雪彦にとってそれは疑いようのないものだと確信すらあった。

 

 

 テストが終わり返却された日、殺せんせーは生徒たちに背を向けていた。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘くみすぎていたようです。君たちに顔向けできません」

 

 E組全員が50位内に入ることはできなかった。殺せんせーの授業で生徒たちの学力は確かに上がった。それこそ、本当に50位内に入ることも可能なほどに……しかし現実ではそうはいかなかった。

 なぜなら、テストの()()()に範囲が変更されたのだ。そしてE組にはその連絡が来なかった。如何に殺せんせーの教え方が優れていようと、生徒のモチベーションが上がったとしても、()()()()()()範囲のテスト問題ができるはずがない。その結果、昨日の殺せんせーの立てた目標を叶えることは出来なかった。

 二日前に試験範囲が変わるなど通常ありえない。表向き担任の教師である烏間は当然のように抗議した。しかし、理事長の方針とあっては烏間も何とも言えない。学校内で暗殺以外の事柄は全て理事長が握っているからだ。

 

 誰もが暗くうつむく中、ふと視線を感じた雪彦が後ろに振り向くと、カルマが答案と対先生用ナイフをちらせつかせながら雪彦に目配せをしていた。

 

(……マジ?)

 

 雪彦はカルマの意図を明確に理解した。一瞬迷ったが雪彦も対先生用ナイフを取り出す。そして、二人同時に殺せんせーに投げつけた。

 

「にゅやッ!?」

 

 突然の奇襲だが、殺せんせーはそれをよける。

 

「いいの? 顔向けできなかったら、俺たちが殺しに来るのも見えないよ」

「カルマくん! 雪彦くん! 先生は今落ち込んで……」

 

 殺せんせーの言葉を遮るようにカルマと雪彦はそれぞれの答案を出した。

 

 

赤羽業

合計点数:494点

186人中4位

 

七夜雪彦

合計点数:488点

186人中7位

 

 その点数を見てクラスが驚愕した。

 

「カルマ数学100点かよ……」

「雪彦くんは国語が100点だ―――」

「あんたがさ、俺の成績に合わせて余計な範囲まで教えたからだよ。だから出題範囲が変わっても対処できた」

「ノルマ終了後に次々範囲外のところも教えてもらったから、カルマほどじゃないけど対処できました」

 

 雪彦もまさかあの先取り学習がこんな形で役立つとは思っていなかったが、やっておいてよかったと心から思った。

 

「だけど俺はこのクラスから出て行く気ないよ。前のクラス戻るより暗殺の方が断然面白いし」

 

 ちなみに雪彦は暗殺がメインで転校してきたということもあるので、成績とか関係なくクラスから出る気がない。仮に暗殺の必要がなくなっても本校舎に行くなんてゴメンだと思っているが。

 

「で、どうすんの? 自分のせいだーって言って逃げるの?」

「殺せんせーの教え方自体に落ち度はなかった、それなのにリベンジもしないんですか?」 

「ああ、わかったよ雪彦。下手にE組に残って殺されるのが怖いんじゃないの?」

「なるほど、だから今回のことを理由にして―――」

 

 挑発的な二人に殺せんせーがプルプルと震えだす。その様子を見て他のクラスメイトたちもアイコンタクトを送る。

 

「なーんだ、先生怖いなら先にそう言えばいいのに」

「それならそうと言ってくれればなあ」

「ねー、『怖くてここにはいられない』って」

 

 他のクラスメイトたちに煽られ、さらに激しく震えた殺せんせーが顔の至るところ怒りマークを浮かべ真っ赤になり、ついに爆発した。

 

「にゅやーーー!! 逃げるわけがありません! 期末テストであいつらに倍返しでリベンジしてやります!!」

「「「「「ははははは!」」」」」

「にゅやッ!? なんで笑うんですか!? まったく!」

 

 その様子を外で見ていた烏間とイリーナは殺せんせーが出て行かないことに胸を撫で下ろした。

 殺せんせーの立てた目標には届かず、中間テストで彼らは壁にぶつかった。しかし、彼らはそれでも心の中で胸を張った。自分たちがこのE組であることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ―――」

「どうした雪彦?」

 

 答案を見ながらなにか思案する雪彦に千葉が声をかけた。10位内というトップクラスの点数を取った雪彦だがカルマに負けたことを悔しがっているのでは? と思ったが

 

「ほら、7位って苗字と同じ数字で縁起がいいなと思って」

 

 割とどうでもいいことを真顔で考えていた。聞いて貰えたのが嬉しいのか妙にいい笑顔である。

 

「……お前って少し天然入ってないか?」

「はは、まさか」

 

 千葉にそう言われた雪彦は、ないないと手を振った。

 




修学旅行の班はどうしよう…←ノープラン


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班決めの時間

修学旅行になります。……ヒロイン追加してもいいかな


「楽しかったね」

 

 修学旅行初日の夜。ホテルの個室で雪彦と矢田は話をしていた。

 

「そうだね……桃花が同じ班にいてくれたから」

「え?」

 

 唐突にそう言われ矢田が驚くと雪彦は立ち上がりそっと矢田の肩を抱き寄せる。

 

「ゆ、雪彦くん」

「……桃花―――俺、本当はお前のことをずっと……」

 

 その先を言いよどむ雪彦。自分は暗殺者の人間だ。矢田に拒絶されてしまうのが怖いのだ。

 

「大丈夫だよ。だって、私も同じ気持ちだから―――子供の頃からずっと……だから、教えて雪彦くんの気持ちを」

「桃花―――」

 

 

 そして二人の顔が近づき重なり―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピピピピピピっ!!

 

 

 合う直前で矢田の目は覚めた。目覚まし時計を止めて項垂れる。

 

「―――なんで? ……せめて、せめて、あと1分あれば……」

 

 起きて早々に矢田は凹んだ。が、すぐに気を取り直した。

 

「―――大丈夫、そうクールにならなきゃ」

 

 素数を数え矢田は一度落ち着いた。

 

(初恋の相手がクラスに転校してきて運命の再会。そしてこの意味深な夢―――どれを取っても恋愛運が私の追い風になっている証拠! それにビッチ先生から男の子が好きそうなことは色々聞いたし、この修学旅行というシチュエーション―――絶対に逃せない!)

 

 とはいえまだまだ、問題は山積みである。まず雪彦は矢田を仲のいい友達と見ていること。そして

 

(有希子ちゃん―――会って数日のはずなのに雪彦くんと凄く仲がいいんだよね)

 

 席が隣のせいか二人はよく話していることが多い。その中で何故か雪彦の趣味や食べ物の好みなどを把握していることが多いのだ。しかも、あまり男子生徒に進んで話かけることの少ない神崎が気軽に話をしている点も気になっていた。

 二人が知り合いという可能性は低いだろうと矢田は考えている。というより、雪彦は知らないと言っていたからだ(忘れてるだけの可能性も捨てきれないが)。

 では、神崎が隣の席に着た雪彦をよく見ている理由は単純に世話焼きなためか、もしくは短期間の間に神崎が雪彦に好意を持つようになったためか。

 

(もしそうなら、ライバルとして強力すぎる!)

 

 可能性が0とは言い切れない。若干天然で時々空気が読めないのが玉に瑕だが、運動神経の良さは初日で、勉強ができるのも中間テストで実証済みだ。暗殺者という肩書きもE組の中ではステータスでしかない。E組筆頭男の娘の渚ほどではないが顔も女顔で綺麗に整っている。ワイルドな男が好きな人からすれば物足りないかもしれないかもしれないが、神崎がそうだという話は言いた覚えがない。

 

「ど、どうしよう~~~!?」

 

 ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悩む矢田。結局最近体調の良い弟が「お姉ちゃん遅刻するよ」と呼びにくるまで悩み続けた。

 

「と、とにかくアレを正夢にしないと!」

 

 慌てて登校の用意をした矢田は決意を新たに家を出た。

 

 

 

 だが、彼女は忘れていた。

 

 

 

 修学旅行のE組の宿泊施設―――それは

 

 

 

 

 個室ではなく男女別れただけの大部屋であることに。

 

 

 

 

 ちなみにその恋する乙女の悩みの中心人物は

 

「たい焼き一つください」

「おお、学校頑張れよ坊主」

 

 朝食のたい焼きを購入していた。

 

 

 

 

 

 

 

 今朝矢田は一つの決意をした。そのために必要なのは雪彦を自分と同じ班に入れることだ。桃花の班は第1班であり、一番最初―――つまり雪彦が転校する前に決まっていた。が、一人増えることを拒絶されることはないだろう。当初少し距離をおいていたメンバーも中間テストで本校舎の人間に一矢報いたことで、前より雪彦との距離は縮まっている。

 磯貝や前原とよく話しているのも見かけるし、磯貝が用事があるという時に片岡の手伝いをしている姿も見かける。なので、誘っても問題ないはずというのが現在の桃花の考えだった。あらゆる角度から戦力をねっていく矢田だったが。

 それらの下準備を行うために矢田が教室に着いたとき、それを目撃した。

 

 

 

 

 

 ―――あらゆるの戦略

 

 

 

 

 ―――あらゆる考え

 

 

 

 

 ―――あらゆる決意

 

 

 

 

 

 それらすべてをあざ笑うように―――

 

 

 

 

 

「雪彦くん班は決まった?」

 

 朝登校し机で本を読んでいる雪彦に渚がそう声をかけた。

 

「班?」

「うん、修学旅行の」

「ああ、こっちはまだだったんだ。まだ決まってないね」

 

 雪彦は前の学校で既に修学旅行に行っているので椚ヶ丘中学校の修学旅行も終わっているものだと思っていたからだ。

 

「それじゃあさ、一緒の班にならない?」

「いいの? それじゃあ頼むよ」

「うん、わかった。―――片岡さん4班最後の一人は雪彦くんになったよ」

「はいはい」

 

 

 

 ―――笑顔の死神に雪彦が連れて行かれるのを……。

 

 

 

「いや助かった、ぼっち修学旅行になるところだった―――どうしたの? 桃花」

「ううん、なんでもないよ」

 

 崩れ落ちる桃花を見て心配そうに声をかける雪彦だった。

 

「あと1分……あと1分速ければ―――」

 

 朝とは真逆のことを言う矢田であった。

 

 

 

 修学旅行といってもE組のは普通の旅行ではない。殺せんせーの暗殺も兼ねた旅行だ。

 国が雇ったプロのスナイパーが狙撃するため、生徒たちはそれをサポートすることになる。そのため普通以上に念入りに現地の調査をする。渚たちの4班も調査を行っている、一度修学旅行で行っている雪彦の意見は随分と参考になるものだった。

 

「ふん、あんたらもガキねえ。世界各国を渡り歩いてきた私からすれば国内の旅行なんていまさらだわ」

 

 無駄に気障ったらしい仕草で言うのはイリーナである。

 

「それじゃビッチ先生は留守番しててよ」

「花壇に水あげといて」

 

 前原と岡野は振り向きもせずにそう言った。イリーナのE組での立ち位置がよく分かる一幕である

 

「ここはどうかな?」

「ここは障害物が多すぎて狙撃には不向きじゃないかな?」

「でも逆に盲点を付けるかもしれないですよ」

「それに障害物が多いなら身を隠せる場所も多い」

 

 ほかの生徒も同じようにに暗殺ルートの考えに夢中であった。その様子を見て徐々にイリーナの目が半眼になっていく。

 

「―――ちょっと! 私抜きで楽しそうな話しないでくれる!?」

 

 叫びながらデリンジャーを抜くビッチ先生。大人気ないように見えるが、この人はこれでも世界でも有数の殺し屋である。

 

「行きたいのか行きたくないのかどっちなんだよ!?」

「めんどくさいなこの人」

「うるさい! 仕方ないから行ってあげるわよ!!」

「やっぱり行きたいのか―――」

 

 などと騒いでいると教室に殺せんせーが入ってきた。

 

「一人一冊です」

 

 そう言って生徒に辞書のような書物を配り始めた。

 

「重っ!」

「なにこれ!?」

「修学旅行のしおりです」

「広辞苑かと思ったよ」

 

 明らかにしおりなんてレベルのものではない厚さの辞書を渡されクラスからはブーイングが出る。実際に持ち歩くにはスペースと重量的にかなり問題があるつくりである。

 

「徹夜で作りました。イラスト解説の人気スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門~応用に付録には組立紙工作の金閣寺がついてます」

「どんだけテンション高いんだよ!?」

 

 前原が当然といえば当然のツッコミを入れた。

 

「いやでもこれよくできてるよ。ほら、お土産は老舗から最近評判になってる店まで入ってるし、金閣寺も細かく作りこんである!」

「雪彦くんそういう問題じゃないと思うよ」

 

 若干喜んでいる雪彦に渚が冷静に突っ込んだ。

 

「テンションは勿論高いですよ。先生は皆さんと旅行できるのが楽しみで仕方ないのです!」

 

 勿論テンションが上がっているのは殺せんせーだけでなく、クラスの人間全員上がっていた。

 

「さー皆さん! 準備はしっかりやっておいてくださいね!」

 

 



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買い物の時間

 オリキャラとちょっとだけ雪彦の前の中学の話がでます。

 感想などをいただけると励みになるのでぜひお願いします


 修学旅行を間近に控えた土曜日、荷物の用意をしようとした雪彦だがある問題に直面した。

 

(しまった―――そういや前の修学旅行でどこぞの高校生と乱闘になって鞄壊れたの忘れてた)

 

 他にもいくつか足りないものがあるのを確認すると雪彦は仕方ないと立ち上がった。

 

(仕方ない、買いに行くか)

 

 

 

 休日のショッピングモールとは混むものである。一人で買い物来ている者もいれば、友人、家族できている者もいる。そんな中で―――

 

「なあ、一人で買い物ってのも面白みがないだろう?」

「俺たちと回ろうぜ」

「この前までコイツ入院しててさあ、女の子と出歩いたりしてなかったんだよ。コイツの為も思ってさ」

「……」

 

 と、こんな風にナンパされているのは速水凛香である。修学旅行用の買い物をしに来たのだが、本当に運悪くガラの悪い高校生たちに絡まれてしまった。当初こそ断っていたがいつまでも解放されず無言になってしまった。それをいいことに

 

「無言は肯定と受け取るぜ」

 

 そう言って高校生は速水の腕を取った。

 

「あっ―――やめっ」

 

 そう声をあげよとした瞬間

 

「あれ? 誰かと思ったらあの時高校生の人」

 

 そう声が聞こえた。私服を着た雪彦だ。そして、その声を聞いた高校生は一気に硬直した。

 

「な、なな七夜さん」

 

 何故か年下雪彦になぜかさん付けで呼ぶ高校生。

 

「ナンパ? 別にいいけど―――その娘俺の知り合いなんだけどさ、まさかまた嫌がってるのに連れて行こうとしてるの?」

 

 雪彦は目つきを鋭くしながら指をパきりと鳴らす。

 

「いえ、とんでもないです!」

「マジかよあの学校の生徒かよ―――」

「バカ! ここで言うな―――すみません! もう行きます!!」

 

 そう言って高校生たちは去っていった。それを見届けると何時もの少しのほほんとした表情に戻る。

 

「ねえ、七夜―――あの人たちになにかしたの?」

 

 知った顔に助けてもらえて落ち着いた速水は雪彦にそう聞いた。

 

「まあ―――色々? 当時は俺も若かったし……あ、壊した鞄の代金貰えばよかった」

 

 今の高校生こそが、前の学校の修学旅行で雪彦たちと乱闘騒ぎを起こした張本人だった。念のため補足しておくが雪彦たちから絡んだわけではない。

 

「鞄? 鞄を買いに来たの?」

「うん。壊れちゃってね」

 

 目当ての物が同じだったこともあり二人一緒に鞄を取り扱っている店に向かった。

 

 

 速水と雪彦がショッピングモール内を歩いていると、突然雪彦が襲われた。180cm近い大柄に趣味の悪い金のピアスをつけたプリンカラーの頭の持ち主にラリアットで……。

 それを見て速水はさっきの高校生の仲間が報復に来たものだと思ったが。

 

「雪彦―――裏切りやがったな?」

「いや何がさ」

 

 ラリアットを普通に受け止めながら雪彦はそう言った。

 

「彼女なんてつくる気ないっすわ~とか言っておきながら貴っ様アア!! こんな可愛い娘と買い物だと!?」

「いや、彼女じゃないけど」

「彼女じゃない……だと? それなのにデート!? つまりとっかえひっかえしてると……。おのれ! そんなに綺麗な顔が偉いかァ!? 羨ましいじゃねえか畜生!!」

 

 神よ!? などと膝を付きながら叫ぶ男―――山岡大河を速水は唖然と見ている。見た目は寺坂に近いのに中身は岡島のようだと。

 

「あ~、ゴメン速水。こいつは前の中学で一緒だった山岡大河。気軽にプリンと呼んでやってくれ。一応俺の友達……かなあ?」

「なんで疑問符付けるんだよ!? 俺たち親友だろ!? 中一のとき、夏の浜辺で拳で熱く語りあったのを忘れたのか!?」

「その親友にいきなりラリアットかましたのかよ―――。あとそれやったの二年の夏でゲーセンの前な。警察呼ばれて逃げるのが大変だった思い出しかないよ」

 

 やれやれと言いながら大河は立ち上がった。その顔には久しぶりに友人と会った喜びが現れている。殴りあったこと自体はいい事ではないかもしれないが、そのお陰で二人は遠慮することのない友人となれたのだ。

 

「たく、相変わらずクールに突っ込みやがって」

「お前が騒がしいから釣り合いが取れるだろ。ところで大河―――後ろ」

「ん?」

 

 大河が後ろを振り向くと警備員のおじさんが腕をポキポキと鳴らしながら立っていた。180cmある大河よりさらに頭一つ分背が高く、腕は丸太のようである。そして何故か顔に深い刀傷がある。こう言っては失礼だが、なぜデパートの警備員をやれてるのか不思議なくらい、その筋の人オーラが出ている。

 

「あっ」

「君、悪いけど事務所まで来てもらうよ」

「ちょっと待ってくれおっちゃん! アイツは!?」

「どう見ても君が絡んでいたぞ。つまり君が加害者で彼が被害者、OK?」

「……助けてくれ! 雪彦!」

「その人唐突にラリアット打ってくるから気をつけてください」

「情報提供に感謝する」

 

 そして大河は首を捕まれドナドナされていった。それに雪彦はひらひらとハンカチを降る。

 

「いいの?」

 

 速水が聞くが雪彦は慣れたように

 

「大丈夫、30分もすれば戻ってくるから。それより、カバン見に行こう。俺も持ってないから買わないと」

「―――七夜がE組に簡単に馴染めた理由が分かったわ」

 

 E組は個性の強い面子が揃っている。その中に普通に馴染んでいたのは前の学校でも個性的な人がいたからか、と速水は納得した。

 

「いや、前の学校もあんな色物ばかりじゃなかったぞ―――バレンタインとクリスマスにカップル税を導入するように国に掛け合おうとした奴とか、ラグナロクに備えて戦士が必要とか、革命戦士を自称する奴はいたけど、後は何故かカップリング押しとかいうのが多かったな。主に女子がクラスメイトの―――」

 

 E組とは別のベクトルで色ものが多いと凛香が思ったかどうかは定かではない。速水はこれ以上考えると頭がパンクしそうだと、考えるのを止め二人でカバンを取り扱っている店に向かった。

 

 余談だが30分後に予見通り大河は戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪彦の前の学校のクラス(※あくまでネタで本編には登場しないし関係ありません)

 

3年Z組:本人たちは知らないが問題児を集めたクラス(全員勉強やスポーツ、美術のスペックだけは無駄に高い)、むしろ集めたことで歯止めが効かなくなってることには誰も気づいていない。

 

Zの由来:出来るだけ遠くに置いておきたいから

 

女子:8割近くがプリヤのミ○のような趣味。女顔の雪彦はターゲットになりやすかった(なんのターゲットかは秘密)。この年齢では買ったり見てはいけないものを、買って、見て、描いて、布教するため教師と両親は頭を抱えている。本人たちは自由権を盾に日夜戦い続けている。

 

男子:意中の相手がその趣味だったせいで恋愛に飢えて、リア充を憎んだり、厨二的な意味で変な方向に向かってる。なぜかそれが行き過ぎて学校の外で変な宗教とされ、生徒が教祖扱いされて休日に数百人が黒づくめの衣装で校庭に集まってミサをしているため教師と両親は頭を抱えている。こちらもまた自由権を主張している。

 

担任:女性で美人だが口が悪く生徒を猿扱いする。昼休みに創作活動をしてそのまま午後の授業をサボろうとする女子や、フェンリルの封印が解かれたといいどこかへ旅立とうとする男子を制御できるのがこの人しかいないので学校にも保護者からも黙認されてる。ちなみにドSで彼氏は出来ても約3日で逃げ出してしまう。最速記録は3時間。

 

 雪彦はこのクラスに3週間ほどいました。大河との喧嘩や修学旅行の乱闘が主な理由で放り込まれた。

 2年生までは普通のクラスです。転校せず一年間このクラスにいたら普通とのズレとかどうでもよくなっていた……かも。

 

乱闘騒ぎ

 雪彦たちの中学校の修学旅行(当時2年生)で宿泊していたホテルで起きた。2年Z組の女子を無理やり部屋に連れ込もうとした高校生を2年Z組の男子たちが「戦いの時は来た! いざ進め戦士たち!!」などと言いながら止めに入りそのまま乱闘。

 当時2年B組だった雪彦は友人の大河が殴られているのを見てなんとか止めようと割って入ったが、高校生にカバンを壊され、殴られ、ビールをぶっかけられキレて本格参戦した。

 ちなみにその乱闘をみた女子たちはそれすらネタにしてその高校生たちそっくりキャラが登場する本を制作し発売したために、高校生たちは母校でいろんな誤解を受けている。そのため高校生たちからいろんな意味で恐れられている。



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修学旅行の時間

神崎さん、速水さん、矢田さん―――みんな可愛くて困る―――!


 修学旅行当日となり。

 

「うわ、A組からD組までグリーン車だぜ」

 

 こんなところでも差別があるのが椚ヶ丘中学校である。成績優秀者はグリーン車。E組は普通車なのだ。

 

「学費の用途は成績優秀者に優先される。E組の生徒たちは―――ねえ?」

 

 とD組の生徒の一人がニヤニヤ笑いながらそういう。周囲の生徒もそれに釣られて笑いだす、が

 

「……そのE組のカルマより順位低かった人達はどんな顔して乗ってるんだろう」

 

 ビキリ! と空気が凍った。

 そんなことを言ったのは例によって雪彦である。D組の方を見ておらず、はて? と首をかしげている。しつこいようだが悪意があるのではなく、つい口からポロっとこぼれてしまっただけなのだ。

 

「……っ! ……っ!!」

 

 プルプルと指差し何かを言い返したいD組の生徒だが言い返せない。雪彦は中間7位。E組とは言え、この学校のルールからすると強者であるのだ。仮に成績について何か言おうものなら全てカウンターで帰ってくる。止む終えず教師が

 

「はっ! それでもE組の殆どが底辺だったのは事実だ! 我々本校舎の生徒は理事長の教鞭もあって完璧に仕上がったがね!」

「理事長の、ってことは―――先生たちじゃ無理だったんですね」

 

 もう一度ビキリ! と空気が固まる。雪彦の一言は教師のプライドをズタズタにするどころか粉微塵に粉砕してしまうものだった。当の雪彦は「あの理事長何考えてるか分からないけど、やっぱり凄いなあ」と感心している。雪彦の言葉を聞いていた本校舎組は額に青筋を浮かべ、E組のメンバーは頭を抱えている。数名笑いを堪えている者もいるが。

 

「ふん、君たちからは貧乏の香りがするからね、もう行かせてもら「ごめんあそばせ」

 

 何を言っても無駄だと判断したD組の生徒の捨てセリフを遮ったのはイリーナだった。

 しかも、ハリウッドセレブ顔負けの―――というより成金趣味のような派手な服装である。素人目にもかなりの高級品であることが見て取れる。もはや最後の捨て台詞である貧乏臭いすら言えなくなってしまったD組の生徒はトボトボと車内へ入っていった。

 

「ご機嫌よう生徒たち」

「凄い服だねビッチ先生」

「女を駆使する暗殺者としては当然の心得。良い女は旅ファッションにこそ気を使うのよ」

 

 ほうほうと納得する雪彦。そして烏間がイリーナの後ろから現れ

 

「目立ちすぎだ、着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」

「堅いこと言ってんじゃないわよ烏間! ガキどもに大人の旅「脱げ、着替えろ」

 

 鬼のような表情の烏間に凄まれイリーナはヘタレてしまった。そして一番地味な寝巻きに着替えさせられ新幹線のシートでいじけていた。

 

「誰が引率なんだか」

「金持ちばかり殺してきたから庶民感覚がズレてるんだろ」

 

 そんな様子を片岡と磯貝は分析していた。

 

「ビッチ先生も庶民感覚というか、もう少し空気読めればいいのにな」

 

 と、雪彦がぼやいた直後

 

「「「「「お前が言うな!!」」」」」

「えっ?」

 

 その場にいた全員に突っ込まれた。

 

 

「―――そうだったのか。……そうだったのか……そう……だったのか……」

「……そんなにショックだったの?」

 

 新幹線のシートでショックを受けている雪彦に渚が声をかけた。雪彦がショックを受けているのは勿論先ほどのお前が言うな発言にである。

 

「そんなに空気が読めてなかったのか―――」

「だ、大丈夫だよ! 何時も読めてないわけじゃないから、これから気をつけよ?」

 

 そう言って励ますのは横に座っている有希子である。

 

「そうだぜ雪彦、っていうか正直さっきお前がD組の教師に言ってくれてスカっとしたし」

 

 同じく4班である杉野友人も励ましている。

 

「ありがとう、これから気をつけるよ」

「あはは……そういえば殺せんせーは?」

 

 なんとか立ち直った雪彦を見て乾いた笑いを浮かべた渚がふと思い出し周囲を見回した。渚の言葉にほかのメンバーもそういえば、と周囲をキョロキョロ見回した。国家機密の存在だから来れなかったのか? と思ったが、そんなことで止まるような先生なら100億の賞金なんて掛けられてはいない。

 

「―――殺せんせーならここに居るよ」

「え? どこ―――」

 

 雪彦がそう言い指差しているのは窓ガラスだった。渚が窓を見る。

 

「なんで窓に張り付いてるの!? 殺せんせー」

「駅中スイーツを買ってたら乗り遅れました。次の駅までこのままついていきます」

「それ大丈夫なの!?」

「ご心配なく、保護色にしてるので、外から見えるのは洋服と荷物だけです」

「それはそれで不自然だよ!」

 

 結局本当にそのまま付いて来た殺せんせーは次の駅に着いてドアが開く同時に中に入ってきた。

 

「いやあ、疲れました。目立たず旅行するのは疲れますね」

「そんなくそでかい荷物持ってくるなよ」

「ただでさえ殺せんせー目立つのに」

「ていうか外で国家機密がこんなに目立ってヤバくない?」

 

 岡島、倉橋、中村が至って正論を述べ、全員がそれに頷く。

 

「その変装もそばで見ると人じゃないってバレバレだし」

「殺せんせー、まずは付け鼻から変えようぜ」

 

 菅谷が殺せんせーの付け鼻を改良し手渡す。

 

「おお! 凄いフィット感!」

「顔の曲面と雰囲気にあうようにしたんだよ。俺、そういうの得意だし」

 

 旅の中でクラスメイトの意外な一面を見ながら新幹線は京都へと走った。

 

 

「ねえ、皆の飲み物買ってくるけど何飲みたい?」

「あ、私も行きたい」

「私も」

 

 出発して少し時間が経ち、有希子がそう言い立ち上がると、奥田と茅野も続いて立ち上がる。

 杉野がスポーツドリンクを頼み、カルマと渚がお茶を頼みお金を渡す。雪彦は何を頼もうか一瞬迷ったが、最近カフェオレを飲んでないから久しぶりに飲みたいと感じ

 

「じゃあ、俺はカフェオレ頼んでいいかな―――できれば」

「雲印のやつだよね?」

「あ、うん―――」

 

 雪彦もお金を渡すと3人は楽しそうに売店へ向かっていった。

 

(神崎よく俺の好み知ってるな―――少なくともE組に来てからカフェオレ飲んだことないはずなのに……雲印のカフェオレ人気だからか?)

 

 疑問は湧いたものの、気にするほどでもないかと雪彦は考えを打ち切った。

 

 一方売店に向かう有希子は。

 

(ふふ、変わってないな雪彦くん)

 

 そんな風に考えながら歩いていると前から歩いてきた人にぶつかってしまった。

 

「あ、ごめんなさい」

 

 丁寧にお辞儀をしてから、また歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれどこ中よ?」

「多分椚ヶ丘中学だな」

「へえ、頭の良い坊ちゃん、嬢ちゃんばかりの」

「結構いけてなかった、あの娘」

「ああ、あの娘たちに、京都でお勉強教えてやろうぜ」

 

 黒い思惑を乗せたまま、新幹線は京都へ向かい続けた。

 

 

 



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しおりの時間

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 修学旅行二日目。

 

 E組4班は殺せんせー暗殺のためのコースの確認をしながら京都を回っていた。

 

「ここなら狙撃にむいてるかもな」

「狙撃手の人に見えるかな」

「変な修学旅行になったね」

「そうだね」

「でもさ、冷静に考えると普段も変な学校生活だよね」

「た、確かに―――」

 

 班員で会話をしながら回っている姿は、内容さえ無視すれば至って普通の修学旅行生のものだった。

 

「でも、せっかくなら普通に回りたかったよなあ」

 

 杉野の意見ももっともだ。京都は世界的にも有名な観光スポットだ。景色の良さ、名物品の多さなど、楽しむことのできる要素は事欠かない。しかし、同時に暗殺用スポットを探したがために、普通以上に京都について調べられたのだが。

 まあ、これはこれで楽しもう。と言おうとした雪彦だがポケットのスマホのバイブ音に気づき中断した。ディスプレイに表示されたのは父親の史彦だ。それも、緊急時用の番号だ。

 

「―――ごめん、ちょっと電話にでる」

「うん、わかった」

 

 渚たちにそう言い少しだけ離れて電話に出た。

 

「もしもし?」

『雪彦か? すまないな、修学旅行中に―――』

「別にいいけど、どうしたの?」

『少し問題が起きてな。悪いが少し一人になってくれないか』

 

 僅かな情報漏れを警戒している様子の史彦に雪彦は表情を少し険しくした。

 

「わかった、少し待ってて」

 

 一度電話を保留にしてから橋の上で待っている渚たちのもとへ向かう。

 

「ごめん、ちょっと緊急の電話で長くなりそうだから先に行ってて」

「え? 待ってるから大丈夫だよ」

「いや、気にしないで。ルートは覚えてるから終わったらすぐに追いかけるからさ」

「いいの?」

「ああ」

 

 そう言い渚たちを先に行かせてから雪彦は橋の下に降りた。

 

「―――大丈夫」

『ああ、すまない。最近周囲に変な奴はいないか?』

「変な奴って―――殺し屋なら結構ウロウロしてるけど?」

 

 椚ヶ丘市には殺せんせーを暗殺するために世界各国のプロの殺し屋がよく出入りしているのだ。

 

『そういえばそうだったな……単刀直入に言ったほうがいいか。実はな、俺に恨みを持ってる奴がいるんだ』

「だろうね」

 

 即答した。史彦は暗殺者である。むしろ恨みを買わないほうがおかしい。

 

『その恨みを持ってる連中の中でも特に危険な男がいるんだが―――そいつが日本に姿を現したらしい』

「―――それで俺を狙ってる。そういうこと?」

『ああ、本当にすまないと思ってる』

「わかった。周囲を出来るだけ警戒するよ」

『ああ、俺も伝手を使って出来るだけ対処する。詳細は烏間も知ってるから後で確認してみてくれ。―――旅行中に悪かったな、できるだけ楽しんでくれ』

「分かった。お土産は八ツ橋でいいかな?」

『―――粒あんで頼む』

「了解」

 

 通話を終了した二人が、普通の親子らしい会話は最後の数秒だけだな、と同時に思い、苦笑していたのだがそれを知る者はいない。

 

「さて―――」

 

 周囲を警戒しながら旅行を楽しもうと、雪彦は渚たちのあと追った。

 

 

 電話を終えた雪彦が渚たちに急いで合流しようと急いで後を追うと4班の男子たちが倒れて、三人を奥田が開放している姿が見えた。

 

「っ!? 何があった!?」

 

 まさかさっきの電話で聞いた奴の仕業か? と一瞬考えた雪彦だが。

 

「ゆ、雪彦くん! それが―――」

 

 高校生たちに待ち伏せをされ、三人は気絶させられ。神崎と茅野が拉致されたという説明を受けた。犯人はナンバーを隠した車―――おそらくは盗難車を使って逃走したらしい。雪彦は三人の容態を見て、ひとまず命の危険まではないと判断した。

 

「ごめんなさい、私怖くて、ずっと隠れていたんです」

「それが正常な判断だから気にしないで」

「―――地元の高校生でしょうか?」

 

 奥田の質問に対して雪彦は少し考えるとそれを否定した。

 

「……いや、地元の人間の可能性は低いかな。人通りの少ないこの通り。元々面識のある人間がここを通るの知っていて待ち伏せするならともかく、来るかどうかも分からない旅行者を狙うために待ち伏せしてるとは思えない。ここに来ることを事前に知っていた可能性が高いね。となると神崎がなくしたメモ帳もあいつらに新幹線でスられたか。奥田、昨日新幹線で飲み物買いに行ったとき、誰かに話しかけられたり、ぶつかったりしなかったか?」

「ど、どうしてですか?」

 

 昨日、神崎が日程をメモした手帳を落としたと言っていた。しかし、今の状況と合わせれば、几帳面な神崎が落としたというよりも、盗まれたと考える方が繋がると考えたのだ。

 そして盗まれたなら場所はどこか? 新幹線に乗る前、新幹線を降りた後はずっとグループ行動だった。宿泊する旅館はE組以外の宿泊客がいない状態だ。雪彦も目の前で何かをスられたのを見逃すほど甘くはない。自分から離れたタイミングはその時しかなかったからだ。

 

「あ、そ、そうです! 確かあの人たち新幹線で!」

 

 奥田はその時怖くて目を瞑ってしまったが、声や体格が同じだったことを思い出した。

 

「なら、俺たちと同じ地域の連中かな。駅で高校生連中見かけたし。後はしおりにある場所を……車も隠せる場所で、声が聞こえない場所となると―――おそらく」

 

 修学旅行のしおりの『拉致実行犯潜伏対策マップ』を確認し、その場所を頭に叩き込むとそれを鞄にしまい、メガネを外す。動くのにメガネは邪魔だからだ。

 

「皆の介抱をお願い、あと殺せんせーに連絡もお願い」

「え? 雪彦くんは?」

「俺は先に行く」

「先にって―――ええ?」

 

 そう言い雪彦は屋根に飛び乗った。曲がり角や障害のない屋根伝いに行けば直線の最短ルートで行けるからだ。罠や野生動物が群生する、山の中を遊び場兼修練の場にしていた雪彦にとって屋根はむしろ安定した足場だった。

 

(急がないと―――)

 

 その眼は何時もの穏やかな眼差しではなく、鋭く、そして青く輝いていた。

 

(場合によっては……)

 

 上着のポケットに手を当て獲物を確認した。

 

 

 マップで確認した、廃工場のような場所に付き、車が止められているのを確認すると雪彦は二階の窓へ行き中を伺いながら耳をすませた。

 

「お前らには俺たちの相手をしてもらったらちゃんと帰してやるよ。また来てもらうことになるけどな」

 

 そう声が聞こえた瞬間、まだ間に合うと、窓ガラスを割って雪彦は中に突入した。二階の足場から獣のような動きで一階まで飛び降りる。

 物音がして不良の一人が振り向くと、既に雪彦が懐まで潜り込んでいた。

 

「寝てろ」

 

 

 ―――閃鞘・一風

 

 

 首を掴み半回転させ背中から叩き落とし気絶させた。

 

「ぐえっ!?」

「なんとか間に合ったか! 二人とも大丈夫?」

「雪彦くん!?」

「どうしてここが」

 

 二人は助けに来てくれたことに対する喜びと同時になぜ場所がわかったのか困惑の声を上げる。

 

「殺せんせーのしおりだよ」

 

 ナイフを取り出した雪彦は二人の手を縛っているロープを切り二人を自由にする。神崎と茅野の前に立ち雪彦はほっと一息つく。二人も雪彦がやってきたことで少しだけだが安心することができた。

 

「な、てめえ! 何者だ!?」

「同級生だけど」

 

 不良たちのリーダー格であるリュウキはそう威嚇しながら言うが雪彦はナイフをしまいながらしれっと答えた。

 

「―――! くそっ、ふざけやがって!!」

「ふざける? ふざけてるのはお前たちだよ―――」

 

 リュウキたちと雪彦の視線が交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その瞬間、リュウキたちの首が切り落とされた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っはァ!?」

 

 一瞬飛んでいた意識を取り戻したリュウキたちは膝をつき首に手を当てる。

 

「つ――付いてる?」

「ああ、まだね」

 

 雪彦は酷薄に嗤う。一見普段と同じに見えるが、雪彦は非常に頭に来ていた。端的に言うとキれている。口調も普段より冷酷さを感じさせる冷たさと殺気が宿っていた。

 今まで暗殺とは無縁だった渚ですら殺気で相手を怯ませるほどだ。それを幼い時から訓練し研ぎ澄まし続けた雪彦の殺気であれば、戦闘慣れしていない相手であれば殺されたと錯覚し、死ぬ瞬間をビジョンとして幻視してしまうほどだった。その殺気に当てられ三人ほど気絶してしまった。

「て、てめえ!」

「それにむしろ感謝して欲しいね。さっきの奴にしても、本当は頭から叩き落として、砕けた頭蓋骨の破片と衝撃で脳みそをぐちゃぐちゃにするのが本当の使い方なんだ」

 

 リュウキたちはその雪彦にただならぬ迫力を感じ一歩後ずさった。

 

「ま、彼女たちにこれ以上の危害を加えていたら―――全員散らすつもりだったし、悪運は強いね」

 

 散らす―――この場でその言葉の意味が分からない者は雪彦の後ろにいて、殺気を受けていない二人を除いていないだろう。すなわち、命を散らすということであると。

 

「エリートが見下しやがって!! バカ高校の不良と思って舐めやがって!!」

「エリート? つくづく無能だね、あんた。肩書きに拘ってるのは自分じゃないのか? 上っ面しか見てない奴がE組(俺たち)を語るな」

「―――てめえがどんなやつか知らねえがな、こっちはツレを十人も呼んでんだぜ! てめえらが見たこともねえよな不良をな!!」

「それが?」

「え?」

「ああ、そうか。組まれると手こずるから今の内に戦力は減らしておけと言いたいわけか」

 

 戦力を減らす―――その意味もリュウキ達は理解してしまった。

 

(さてどうするか)

 

 雪彦は殺す気は今のところない。もし神崎と茅野がリュウキ達が言うところの相手をさせられた後だったら全員切り刻んで殺していた可能性は十分あるが―――まあ『もし』の話なんてしたところであまり意味はないだろう。

 十人来るという話も嘘か本当か判断はできなかった。が、仮に来ても負けることはないだろうというのが雪彦の考えだった。一応雪彦は正面戦闘の訓練も受けている。その中には多対一を想定したものもあった。というより、護身術として教えられたこともあって、全体的に見ると暗殺用の技よりも実は正面戦闘用の技の方が精度が高いのだ。もっとも一番得意なのは暗殺技の八穿の方で一番気に入ってはいるのだが。

 その十人一人あたりの強さを目の前のリュウキを二倍程度で想定した上で、まだ雪彦は負けるとは思っていない。全員が烏間レベルだったら流石に無理だが、あのレベルの強さの不良がゴロゴロいたら日本は今頃世紀末である。なので流石にそれはないだろうと判断して何パターンもシミュレーションしていく。まあ、仮に烏間レベルが十人来ても防戦に徹して殺せんせーが来るまで時間を稼ぐくらいならなんとか―――辛うじてできるかもしれないのだが。

 そんな風に考えていると、扉が開いた。

 

「来たか!」

 

 リュウキ達が歓喜の声を上げ、雪彦も身構えるが―――入ってきたのは渚たちだった。

 

「班員が何者かに拉致された時の対処方。犯人の手がかりがない場合まず会話の内容や訛りから地元民であるかそうでないか判断する。地元民でなくさらに学生服を着ている場合→1244ページ。考えられるの相手も修学旅行にきてオイタをする輩です」

 

 渚が殺せんせーの修学旅行しおりを読み上げる。

 

「皆!」

「土地勘のないその輩は拉致したあと遠くへは逃げない。近場で人目につかない場所へ連れ行くでしょう。その場合→付録134ページへ。先生がマッハ20で下見した拉致実行犯潜伏対策マップが役立つでしょう」

「凄いやこの修学旅行のしおり」

「やっぱり渚は持ってきてたか」

「うん、雪彦くんも」

「ああ、持ってきた。凄いよなこれ」

「やっぱ、修学旅行のしおりは持っとくべきだねえ」

「読んでも意外と面白いよ」

「雪彦これ全部読んだの?」

「ああ、もちろんだカルマ」

 

 そんな風に話していると

 

『ねえよそんなしおり!!』

 

 気絶している不良を除いて全員が叫んだ。カルマは気絶している不良数名を見たあと。

 

「ていうか、雪彦。俺の分も残してくれてあったんだ」

「はは、別に残したわけじゃないけどね」

 

 雪彦には普通に話していたカルマだが―――

 

「で、どうすんのお兄さんたち? これだけのことしてくれたんだ、残りの修学旅行はずっと入院だよ?」

 

 不良たちには怒りを込めた表情と声でそう言う。

 

「でも、鬼籍に入るよりはマシだよな? まだ六銭使いたくないだろう?」

 

 雪彦は後ろからそう言い。前門にカルマ、後門に雪彦という状態。

 

「くっそ! あいつら何してんだよ!?」

「あいつら?」

「あと十人の社会不適合者が来るんだってさ」

 

 雪彦がそう言い終わると同時に再び扉が開いた。

 

「来たか! 覚悟しろよてめえら、あと十人はマジでやべえ、不良中の不良だ」

「いいえ」

 

 雪彦たちE組にとって馴染みのある声が聞こえてきた。

 

「不良も社会不適合者もいません。全員先生が手入れしましたから!」

「殺せんせー!」

 

 殺せんせーは何故か黒子の恰好をしながら手入れした不良を触手にぶら下げていた。

 

「つか十人じゃなくて四人だね、数も数えられないの?」

 

 雪彦はやっぱりただの脅しだったかと重い、人の嘘を見抜く練習もしなければと思っていた。

 

「遅くなって済みません。この場所は君たちに任せて他の場所からしらみつぶしに探していたので」

「なに? その黒子みたいな顔隠しは?」

 

 渚の疑問はもっともである。

 

「暴力沙汰ですので、この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

 暴力教師どころか月を破壊し、地球も壊すと予告している生物とは思えない発言だった。

 

「渚くんと雪彦くんがしおりを持っていたから迅速に先生に連絡して対処できたのです。これを機にみなさんもちゃんと持ちましょう」

 

 そう言って持ってないメンバーにしおりを配り始めた。あの分厚いしおりを何処に入れていたのかは不思議であるが、殺せんせー自体が突っ込みどころ満載なので気にしてはいけない。

 

「先公だと!?」

「ふざけんな!」

「舐めた恰好しやがって!」

 

 不良たちは殺せんせーに殴りかかった。が、雪彦に手も足も出なかった連中が、その雪彦が不意打ちしても殺しきれない相手に適うわけなどなく。殺せんせーはそれを一瞬で倒した。

 

「ふざけるな? それは先生の台詞です」

(何された? 速すぎて見えなかった)

 

 リュウキは理解した。

 さっきの雪彦にも得体の知れなさを感じたが、こっちはそれ以上の化物だと。

 

「ハエが止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなど、ふざけるんじゃない」

「っけ、エリート高は先公まで特別性かよ―――てめえも肩書きで見下してんだろ!!」

 

 そう言うと後ろへ走り出した。

 

「動くんじゃねえ! 動いたらこの女が―――っ!?」

「どうなるんだ?」

 

 リュウキが有希子を人質にしようと手を伸ばすが、後ろに雪彦がいることを失念していた。有希子に手が届く前に雪彦がリュウキの腕をひねり、ポケットから取り出したナイフの刃をリュウキの首に軽く押し付けた。

 ひやりとした感触にリュウキは動けなくなる。

 

(くそ―――っ!?)

 

 視線だけ動かし雪彦の青い瞳を見て、リュウキは後悔した―――。

 

(や、やべえ―――コイツ―――俺の命なんてなんとも思ってねえ!)

 

 リュウキは不良だ。それも犯罪慣れしている。世間一般的に言うところの危険な人物に会ったこともある。が、その中でも今の雪彦は別格だ。それこそ他人の命なんて雑草程度にしか考えていない、と分かってしまった。

 震えるリュウキの手からナイフが滑り落ち、雪彦はひねっていた手を離した。

 

「先ほど君はエリートと言いましたが、エリートではありません。彼らは確かに名門校の生徒ですが、学校内では落ちこぼれと呼ばれ、そのクラスは差別の対象となっています。ですが、それでも彼らは前向きに取り組んでいます。君達のように他人を水の底に引き釣り込むような真似はしません。学校や肩書きなど関係ない。ドブ川に住もうが、清流に住もうが、前に泳げば魚は美しく育つのです。……さあ、私の生徒達よ。彼らを手入れしてやりましょう。修学旅行の基礎知識を体に教え込んでやるのです」

 

 殺せんせーの言葉を合図にそれぞれが鈍器(しおり)を手に持つ。そして躊躇なく振り下ろした。

 

(―――狙う相手……間違えたかも)

 

 その思考を最後にリュウキ達は意識を失った。

 

「どんな環境でも魚はまっすぐ泳げば美しく育つか……ほんと、いい先生だな」

 

 地球爆破を考えてなければ最高の教師だ。静かにメガネを掛けながら雪彦は本気でそう思った。

 

「ん? 連中のスマホか―――え?」

 

 雪彦が足元のスマホを拾うと表示されていた写真と有希子を見比べる。有希子は少し恥ずかしそうにしている。カエデの方はハラハラしているが。

 

「もしかして―――有鬼子?」

「字が違うよ」

「そこ突っ込んじゃダメだよ有希子ちゃん!! ていうか知り合いだったの!?」

 

 茅野がツッコミを入れているが雪彦はそれどころではなく硬直している。有鬼子とは雪彦がゲームセンターで知り合った少女の名前―――厳密にいえばゲーム内で使っていた名前だった。同じゲームをやって徐々に話すようになっていったのだが、夏の終わりごろから姿を見なくなっていた。ちなみに、前の学校の同級生である大河と殴り合いに発展した理由にも少し絡んでいるのだがそれは置いておく―――ぶっちゃけると速水の時と同じような理由だ。

 神崎は少し悲しそうに

 

「薄々そうじゃないかとは思ってたけど―――雪彦くん本気で気づいてなかった?」

「―――声は似てるなと思ってはいたけど」

 

 似てるも何も本人である。ついでに言うのなら有希子という名前に思うところはあったのだ。しかし、リアルの名前をゲームで使う人はあまり多くないし、偶然だろうと考えていたのだ。

 

「むしろなんで今まで気づかなかったのさ!?」

「俺が聞きたいよ!?」

 

 ショックで雪彦は再び落ち込んだ。髪の色と雰囲気が違うだけで友人に気がつかなったのだ。

 そして雪彦は神崎の前で正座して、頭を下げた。最近流行の土下座である。

 

「本当にすみませんでした! 許してください! なんでもするから!!」

 

 と、雪彦が言ったところ。

 

「え? 今なんでもって―――お、怒ってないから大丈夫だよ!」

 

 といった感じのやり取りがあり、一応雪彦は許してもらえた。

 

「どういう状況?」

 

 珍しくカルマも含めてそんな様子を呆然と眺めて渚が呟いた。なお殺せんせーのみメモ帳にメモを取っていた。

 

(これぞ生徒の恋愛! 良い小説のネタになります)

 

 ゲスかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。朝食の席で―――。

 

 

「ねえ雪彦くん、これ・・・」

 

 雪彦は渚に差し出された新聞を読む。見出しには

 

『謎の人影! 現代に蘇った忍者が京都の空を駆ける!』

 

 と出ていた。写真はピンぼけしていて分かりにくいが、屋根から屋根へと飛び移る途中の人影―――間違いなく雪彦だ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 渚はどうしよう、といった表情で雪彦を見る。しかし

 

「忍者か、本物なら会ってみたいけど、偽物だね、忍んでないし。忍者好きな外国人観光客かな?」

「これ君だよ!」

「え? 俺って忍者だったの?」

「そうじゃなくて!」

 

 旅行先でも朝から渚の突っ込みは絶好調だった。

 

 

 

 




 雪彦がキレてる間の口調が威圧的になるようにしたつもりです。
 なんというかバトル展開書くといまいち暗殺教室っぽさが無いような気がしましたが、どうでしょう。またしばらくバトル的な要素はないので許してください。


 雪彦の持ってるナイフは以下からご想像ください。その内固定するかもしれませんが、今のところどれとでも取れるように書いてるつもりなので……。
 ※アンケートではありません

①七夜と言ったら七ッ夜でしょう、JK(飛び出しナイフ)

②空の境界コラボあったし式のナイフもいいのでは(和風の鞘付きナイフ)

③ジャックのナイフでもいいんじゃないかな?(洋風ナイフ)

④その他


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好奇心の時間

「また負けた―――」

 

 雪彦は膝をついた。先ほどから幾度となく戦いを挑み、そのたびに負けているのだ。

 

「凄いです神崎さん15連勝ですよ」

 

 神崎を褒める奥田。そして渚は雪彦の胸に15連敗と書かれた槍が突き刺さっているのを見た気がした。雪彦が弱いというより神崎が強すぎるのだ。

 

「おしとやかに微笑みながら手つきは完全にプロだ!!」

 

 杉野も神崎の意外な特技に目をひん剥きなが驚いていた。ちなみに雪彦が神崎を名前で呼ぶようになったことに気付いた杉野が、旅館に帰ってくるまでの間に雪彦を締め上げていたりしたのだが、まあそれは余談である。

 

「意外です。神崎さんがこんなにゲームが得意だなんて」

「……黙ってたの。遊びが出来ても進学校じゃ白い目で見られるだけだし―――」

(なるほど、周りの目を気にしてたから姿を変えて態々向こうの街のゲーセンまで来てたのか……)

 

 どうして地元のゲームセンターでなく、別の街に来ているのか知らなかった雪彦だが今理解した。

 

「でも、周りの目を気にしすぎてたのかも。服も趣味も肩書きも、逃げたり流されたりして身につけてたから自信がなかった。殺せんせーに言われて気付いたの。大切なのは中身の自分が前を向いて頑張ることだって」

 

 攫われたときに茅野と話をしたせいか二人の空気は軽かった。そんな二人と微笑ましく見ていた渚だが

 

「も、もう一回―――次は勝てる気がする」

「それ危ないよ! ギャンブルで破産する人の常套句だよ!?」

 

 雪彦がフラフラと財布から百円玉を取り出すのを見て渚が必死に止めに走った。既に15回負けている、一回百円として既に1500円だ。中学生としては結構な金額である。というよりゲームでここまで言われる人も珍しいのではないだろうか。

 

「大丈夫だ、渚。次こそ勝てると俺の本能が叫んでるんだ」

「それはただの幻聴だよ!」

 

 

◆ 

 

 

 結局もう1プレイしなかった雪彦が自動販売機のあるエリアに降りて飲み物を買っていると、速水が降りてきた。

 

「速水か、そういや暗殺どんな感じだった?」

 

 失敗したのは分かっていたが、それでも何か殺せんせーの弱点などが見つかったりしなかったかと思い聞いてみたが。

 

「何時もどおり。これといって変わったこともなかった」

 

 予想通りの答えが帰ってきた。雪彦が自動販売機で買ったオレンジジュースを取り出し前から離れると、速水が飲み物を買おうと前に立つ。

 

「あっ・・・・・・」

「どうした?」

「何でもない」

 

 そう言って何も買わずに前から離れた。持ってきたと思った小銭を忘れてしまったのだ。

 

「―――そういえば速水ってどんな飲み物が好みなの?」

 

 自動販売機に小銭を投入しながら雪彦は聞いた。

 

「え?」

「オレンジジュースは嫌い?」

「好きだけど―――ちょっと!」

 

 速水は雪彦が何をしようとしているか悟って止めようとするが、その前に雪彦はボタンを押していた。

 

「はい」

「でも……」

「二本もいらないから受け取ってくれると助かる」

「―――ありがとう。後でお金返すから」

「別にいいよ。これくらい」

 

 受け取りプルタブを開けて一口口に含んだ。

 

「―――神崎から聞いたよ。そっちは大変だったらしいね」

「俺はそうでもないよ。拉致られた有希子たちや殴られた渚たちだね、大変だったのは」

「そうなの?」

「俺はあの連中投げ飛ばしただけだからね―――しかし、前回といい何故旅行先で高校生に絡まれるのか」

 

 う~む、と悩む雪彦。そして同時についさっきのことを思い出し二つの意味で頭を抱えた。一つは鬼籍だの六銭だの無駄に古風な格好つけた言い回しをしてしまったこと。もう一つは―――

 

「……ねえ。前は神崎のこと苗字で呼んでなかった?」

「―――ああ、なんというか……有希子と知り合いだったんだよね」

 

 まさかの友人であった神崎について全く気が付かなかったことだ。

 

「そうなの?」

「まあ、俺は全く気が付かなかったんだけど―――」

 

 仕方ないんだ雰囲気が違いすぎたんだ。と内心言い訳をしている雪彦である。彼の中での神崎のイメージは、カジュアルな服を着こなし、ダンスゲームでキレッキレの動きを披露したり、格闘ゲームで相手をボコボコにしてる姿の有鬼子だったのだ。

 

(……なんで気分が悪いんだろう)

 

 一方で速水は内心少しイラつく自分に戸惑っていた。

 

 

 速水と少し話し別れたあと。レモン煮オレを買いに来たカルマと部屋に戻ると部屋が騒がしいことに気づいた。

 

「なんだろう?」

「さあ」

 

 聞いてみれば分かるさ、と雪彦が部屋に入ると男子が集まって紙に何かを書き込んでいた。

 

「何してるの?」

「お、カルマに雪彦か。これだよ―――」

「ん? 気になる女子ランキング―――ああ、なるほど」

 

 前原に紙を見せられ盛り上がるわけだと納得した。

 

「お前らクラスで気になる娘とかいる?」

「皆言ってるんだから逃げられねえぞ」

 

 正義と前原が楽しそうに聞いてくる。この年頃の者は男女問わずこの手の話題が好きなのだ。

 

「うーん? 奥田さんかな」

 

 カルマが何食わぬ顔で答えると全員が意外そうな顔をした。

 

「一緒になって悪戯する中村あたりだと思ったんだけど」

「なんで?」

「だって彼女、怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそうだし。俺の悪戯の幅が広がるじゃん」

「…………絶対にくっつかせたくない二人だな」

「そうだね」

 

 悪魔と魔女の恰好をした二人を男子全員で想像しながら前原の意見に雪彦も深く同意した。

 

「雪彦はどうなんだ?」

「そういや気になるな。神崎とか矢田と仲いいだろお前」

 

 気になる女子ランキングで1位と2位の二人と仲がいいとなっては気になるのは当然である。特にその二人に投票したメンバーはすごい目つきで見ている。クラス内で浮き気味の寺坂グループでさえ興味を持っているくらいだ。

 

「う~ん、そうだな……」

 

 仲のいい女子といえばその二人が確かに頭を過るのだが、たった今あったばかりの凛香も脳裏をよぎっているのだ。

 

「あ、前の学校の女子とかもちょっと聞いてみたいかも」

 

 と、渚がふと思ったことを口にすると雪彦は前の学校の女子を少し思い出し―――。

 

「止めとけ渚、興味を持たないほうがいい」

「え?」

「餌食になるだけだぞ」

 

 元々雪彦も()()()()変わったクラスだとは思っていたのだが、最近になって()()()変わったクラスだと認識し始めた。下手に興味を持たせて関わらせたくないと思ったのだ。

 

「そ、そうなの分かったよ」

(((((どんなクラスだったんだよ!?)))))

 

 目が本気と書いてマジになっている雪彦を見て渚は引いた。怖いもの見たさになっている男子もいるが。

 

「―――で、気を取り直して誰なんだ?」

「んー、やっぱり―――」

「って、まさかお前神崎さんじゃないだろうな!?」

 

 答える直前にビシッ! と杉野が指を付ける。

 

「いや、有希子も可愛いとは思うけど」

「ちょっと待て! なんでお前神崎を名前で読んでるんだ!?」

 

 ガタッ! と立ち上がったのは寺坂グループでドレッドヘアーが特徴の吉田大成だ。吉田がそう指摘して何人かの男子がそういえば、と雪彦を取り囲んだ。矢田は所謂幼馴染だから理解できるとして、何故昨日まで苗字呼びだった神崎まで名前で呼んでいるのだ? と事情を聞くために立ち上がったのだ。

 男子の中でも事情を知っている、渚、カルマ、杉野の三人は、カルマは面白そうと止めようとしないし、杉野は取り囲んでいる男子の中。渚だけ一応説明しようとしているのだが誰も聞いていない。磯貝も渚と一緒に止めようとしているが。

 

「まあ、みんな落ち着いて―――。皆あれ!?」

 

 磯貝が指差す。全員がその先を見る。するとそこには

 

「ふむふむ」

 

 サラサラとメモを取り、そっとふすまを閉める殺せんせーがいた。

 

「メモとって逃げたぞ!」

「あれは男子だけの秘密だ!」

「殺せ! 殺してメモを奪い取れ!!」

 

 男子全員でナイフや銃を持って駆け出した。修学旅行でも変わらず3年E組恒例の暗殺の時間が始まったのだ。

 

 

 一方少し前の女子の部屋では。

 

 こちらもこちらで気になる男子ランキングの制作を行っていた。考えることは皆同じだ。

 

「で、1位が烏間先生って、生徒じゃないでしょ」

 

 集計結果を見た中村突っ込んだ。

 

「はい、やり直し」

「え~、でも格好良いよ」

「それはわかるけど、男子の生徒にしなさい」

 

 倉橋がブーイングを出すが。中村もそんな分かりきった結果よりも生徒の中では誰が気になるかを知りたいのだ。もう一度やり直して集計した結果。

 

「お~い、ガキ共。もうすぐ就寝時間だって事一応伝えに来たわよ」

 

 ビール半ダースを片手にイリーナが就寝時間を伝えに来た。

 

「一応って」

「どうせ夜通しお喋りするんでしょ―――ん? 気になる男子ランキング? ちょっと見せなさいよ」

 

 目ざとく集計結果の紙を見つけると結果に目を通す。

 

「1位が烏間って、あんたたちの年頃なら大人に憧れても仕方ないかもしれないわね。男子の方もヤってたら私に入れてるでしょうし」

 

 ※1票も入ってません

 

「でも折角なら男子生徒に限定しなさいよ」

「それ一回目のやつ。下の二回目が生徒だけのだよ」

 

 中村そう言い指差す。

 

「こっちね。磯貝が1位か妥当なところね。前原が2位で―――渚と赤羽に1票づつ。結構バラけてるのね。で、七夜が3票と、転校したてなのに結構集めたわね。二人は大体察しがつくけど後の一人は―――」

「ビッチ先生、一応詮索は禁止だよ。私も最後の一人が気になるけど」

「まあ、いいわ。私くらいになれば目を見れば分かるし」

 

 そう言い女子をじっと見始める。

 雪彦に入れた三人。神崎と矢田…………そして速水はそっと目をそらした。

 

(凛香ね。ちょっと意外ね。あまり接点はないと思ったのに)

「ま、黙っといてあげるから安心しなさい」

「そ、それよりさ! ビッチ先生の話が聞きたい!」

 

 ニヤニヤと笑うイリーナを見て矢田が話を変えようと提案した。元々興味もあったので渡りに船だ。もっとも彼女が票を入れたことは全員にバレてるのであまり意味はないのだが。

 そして、イリーナの話を聞いていると、驚愕の事実が明らかになった。

 

「ええ!? ビッチ先生二十歳ィ!?」

「経験豊富だからもっと上だと思ってた」

 

 片岡が驚きながらそう言うと殆どが同意した。

 

「毒蛾みたいなキャラのくせに」

「それはね、濃い人生が作る色気が……誰だ今毒蛾つったの!?」

 

 毒蛾扱いされ少し遅れながら突っ込む。誰かが突っ込み遅いよ。と思ったのだがそれはそれだ。

 

「女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って、危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

 

 そのイリーナの言葉には深い重みがあった。生徒たちもそれを強く感じている。普段は烏間を怒らせたり生徒に弄られる面白キャラなイリーナだが、多くの経験をつんだ暗殺者であり、そして今は教師なのだ。

 

「ビッチ先生がまともなこと言ってる」

「何か生意気~」

「なめくさりおってガキ共!!」

 

 とはいえ普段のキャラのせいでこうなってしまうのだった。

 

「じゃあさじゃあさ、今までオトしてきた男の話聞かせてよ」

「あ、興味ある!」

「フフ、いいわよ。子供にはちょっと刺激が強いから覚悟しなさい。アレは私が17の時……」

 

 始まる話の内容が想像できずゴクリと喉を鳴らす女子…………と、いつの間にか侵入していた殺せんせー。

 

「おいそこォ!!」

 

 さりげなく混ざっていた殺せんせーに皆驚いた。

 

「さりげなく紛れ込むな女の園に!!」

「いいじゃないですか。私もその色恋の話聞きたいです」

「そーゆー殺せんせーはどーなのよ。自分のプライベートはちっとも見せないくせに」

「そーだよ人のばっかずるい!!」

「先生は恋話とかないわけ?」

「巨乳好きだし片想いぐらい絶対にあるでしょ?」

 

 女子に指突きつけられ殺せんせーはえ? え? と戸惑い。

 

「…………おや?」

 

 何かを見付け、それをメモに取り出した。

 

「あっ」

 

 倉橋がメモをとっているものの正体に気がついた。気になる男子ランキングだ。サラサラと素早くメモを取り終わると殺せんせーは逃げ出した。

 

「逃げやがった! 捕まえて奪って吐かせて殺すのよ!!」

 

 女子も武器をちゃんと持ってきており(何故か全員浴衣の袖に入っていた)、こちらでも恒例の暗殺が始まった

 

 

 

「ま、助かったか」

 

 雪彦は窓を開けて風に当たりながらほっと一息ついた。

 冷静に考えれば雪彦はまだ誰にも入れてないし、暗殺に夢中になって神崎を名前で読んだことに対する怒りを忘れてくれれば自分はノーダメージで済む。と中々にせこいことを考えてさり気なく暗殺から外れたのだ。そんな雪彦に声をかける者がいた。

 

「何が助かったの?」

「ん? 速水か。よく会うな」

 

 さほど広くない同じ旅館なのだから会っても不思議ではない。

 

「―――そっちも暗殺始めてるってことはランキングでも見られた?」

 

 雪彦としてはちょっとした冗談のつもりで言ったのだが。

 

「―――なんであんたが知ってるの? まさか覗き?」

 

 半分くらいはそれが原因の女子からすれば笑い話ではないと、速水はガチャりと銃口を向けた。

 

「まてまて! 男子がそんな理由で始めたから適当に言っただけだ!」

「ふーん。…………で、ビッチ先生が1番だった?」

「ビッチ先生? 1票も入ってなかったけど―――」

「…………」

 

 その速水の沈黙と表情で雪彦は明確に悟った。イリーナが男子が気になる女子ランキングをやったら自分に入れるはずだと言ったんだと。

 

「…………黙っとこうか」

「そうね」

 

 二人は同時に頷いた。このことはビッチ先生には黙っておこう、と。言ったら絶対面倒になると分かってるからだ。

 

「―――ねえ。七夜は誰に入れたの?」

 

 答えてくれるとは思っていないが、気になって抑えきれずに速水は聞いてみた

 

「俺は入れる前に殺せんせーが来たからな」

 

 だから無投票と答える雪彦に、だから暗殺に参加せずサボってるのかと少しだけ呆れた。

 

「まあ、入れるとした有希子か桃花、速水の三人で悩んでたんだけど」

「え?」

 

 サラっと答えことにもそうだが、さり気なく自分の名前が入っていて速水は驚いた。

 

「直前に会ってたからかな、気になる女子って言われたら思い浮かんだ」

「―――そういうことね」

 

 もしかしたら口説かれてるのでは? と一瞬だけ思ったが何時も通りの雪彦を見てそれはないなと確信した。そんな女心を全くわかっていない雪彦に対して決して速水は怒っていない。銃を持つ手が若干プルプル震えているがそれは気のせいなのだ。

 

「それにしても一人に絞れないって岡島みたいね」

「ちょっ!?」

 

 クラス1のエロ好きを自称する岡島と同じ扱いは嫌だと抗議しようとするが、実際岡島も一人に絞れねえ! と叫んでいたので否定する要素がなかなか出てこない。

 

「あ! 雪彦そっちにタコが逃げたぞ! ってなんで速水も一緒!?」

 

 そしてその岡島の声で抗議の声で遮られた。

 

「にゅやあああ! なぜそこに雪彦くんと速水さんが二人っきりで!?」

 

 その他にも後ろから「雪彦と速水が二人っきりでいるらしい!」など声が聞こえこのままではいらぬ誤解を招くと、二人は即座にアイコンタクトを取った。

 

「やっぱり来たな殺せんせー! ()()()()していた甲斐があった! な、速水」

「そうね、()()()()して正解だった」

「よし援護頼む!」

 

 そう言って雪彦は閃鞘・八点衝を打ち、速水が銃でその援護をする。

 

「にゅや!?」

 

 壁のように迫る斬撃と、逃げ場を塞ぐ形で迫る対先生用BB弾の壁に避けきれず触手を二本破壊されてしまった。

 

「っち!? 逃げられたか。だが()()()()()()は上手くいったな」

「そうね。殺せんせーも動揺してたし。()()()()は効果的ね」

 

 「なんだ待ち伏せしてたのか」「触手二本落としたしいけるかも」などと言って遠ざかっていくE組メンバー。何とか誤解されずに済んだと二人ともほっと息をついた。

 

「なんか二人とも妙に待ち伏せを強調するね」

「そうだね」 

 

 渚と茅野がそんな二人をみてこう呟いた。




書き終わってから気付いた。矢田さんの出番がない。


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転校生の時間

小説情報開いたらお気に入り450件超えててビビった。本当にありがとうございます!


 修学旅行が終わり今日から通常授業が始まる。E組メンバーも何時もどおり山道を通り校舎へと向かっていた。

 雪彦は磯貝、前原と歩きながら昨日きたメールについて話していた。

 

「そういえばさ、昨日の烏間先生からのメール見た?」

「あ、うん。今日から転校生が来るってやつだろ。なんか外見が変わってるとか言ってたな」

 

 磯貝と前原の言葉を聞いて雪彦は改めてメールを見る。

 

「文面的には暗殺者だよな―――きっと」

「転校生暗殺者には雪彦がいるから、あまり驚きはないけどな」

「ああ、確かに。特に初日は驚いたからな。流石にあのインパクトは超えないだろ」

「あはは、いやあの時は驚かしちゃって……いや、でも待てよ。烏間先生が態々外見に驚くなってことはさ……」

 

 もしかしたら並みのインパクトじゃないかも。と続けて磯貝は沈黙した。

 

「例えばさ、授業中は暗殺禁止って言われた直後「OK」って言いながら銃撃つ筋肉モリモリマッチョマンの元コマンドーとか」

「さ、流石に……いや、ないとは言い切れないか」

 

 日本の元精鋭部隊の烏間が来ているのだ。外国の精鋭部隊が来ても、まあ可笑しくはない。なにせ日本だけでなく文字通り世界の危機なのだ、殺せんせーとは。

 

「ふっふっふ」

 

 そんな怖い想像をしている二人とは裏腹に前原は不敵に笑う。

 

「そんなこともあろうかと思ってさ、昨日写真とかないですか? って聞いてみたんだよ。そしたら、ほら」

 

 そう言い自分のスマホに写真を表示させ雪彦と磯貝に見せた。

 そこには至って普通の可愛い少女の顔が写っていた。

 

「へえ、女子か」

「俺も驚いた。しかも結構可愛いんだよ」

「そうだね、確かに可愛い」

 

 雪彦が写真を見てそう言うと二人は微妙な顔をする。

 

「なあ、雪彦―――」

「何? 妙に神妙な顔して」

 

 ガシッ! と雪彦の肩をつかみ前原は言う。

 

「悪いこと言わないから、絶対に神崎と矢田の前では言うなよ」

「?」

 

 何が言いたいのかよく分からず雪彦は首をかしげる。磯貝の方を見ると

 

「そうだな、そのほうがいいかも」

「まあ磯貝がそう言うなら」

「って俺は!?」

「女性関係で前原の言うことは間に受けるなって、とある筋から聞いたんだけどガセだった?」

「…………ふッ」

「「否定しないのかよ!?」」

 

 そんな会話をしながら教室に到着した。

 教室に入ると黒い直方体の何かが増えていた。それを前に渚など一部生徒が固まっている。

 

「……なにこれ?」

 

 磯貝が聞くと直方体のパネルに映像が写った。そこには写っているのは先ほど前原が見せた写真の少女だった。

 

「おはようございます。今日から転校してきました。"自律思考固定砲台"です。よろしくお願いします」

 

 そう言い終わるとパネルは消え、再びただの黒い直方体として沈黙した。

 

(((そうきたか!?)))

 

 つい先ほどの渚たちも同様のコメントを残したのだが三人は知る由もなかった。

 

 

「知っていると思うが、転校生を紹介する」

 

 表向きE組の担任である烏間が震える声でそう言いながら黒板にチョークを走らせる。彼らしい生真面目さを感じさせる丁寧な字で

 

 "自律思考固定砲台"

 

 と書かれていた。突っ込み所が多すぎたせいか最後にチョークを少し砕いてしまったのだがそれについては置いておこう。

 

(烏間先生も大変だなァ……)

(俺あの人だったら突っ込みきれずにおかしくなるわ)

 

 生徒たちから気遣われ、そして本当の担任である殺せんせーは自律思考固定砲台を見て。プークスクスと笑っていたが、色物具合はどっちも似たようなものである。

 

「お前が笑うな、同じイロモノだろうが。言っておくが、彼女は思考能力(AI)と顔を持ちれっきとした生徒として学校に登録されている。あの場所からお前に銃口を向けているが、お前は彼女に反撃できない」

 

 月を破壊し地球も破壊すると宣言している危険な超生物である殺せんせー。彼がE組の教師をするための条件に『生徒に危害を加えない』というものがある。それを逆手に機械を生徒として送り込む。地球の命運がかかっている以上形振り等構っている状況ではない。

 

「いいでしょう。自律思考固定砲台さん。貴方をE組に歓迎します」

 

 自己紹介を終えて授業が始まる。

 

「でもどうやって攻撃するのかな?」

 

 矢田が疑問に思ったことはそこだった。砲台という割に砲門がどこにもついていないのだ。

 

「多分―――」

 

 雪彦が予想を答えようとすると、自律思考固定砲台に変化が訪れた。ガシャガシャッ!! と音を立てて両横から銃を現れた。

 

「ああなるよね。伏せた方がいいかも」

 

 言い終わるや否や対先生BB弾を発射した。一機でありながらもショットガン四門、機関銃二門による弾幕は生徒数人ぶんの弾数だ。と言っても

 

「ショットガン四門、機関銃二門。濃密な弾幕ですがここの生徒は当たり前のようにやってますよ」

 

 E組の全生徒の弾幕でさえ殺せんせーを殺せないのだ。そんな殺せんせーにとってこの程度の弾幕で躱すのは簡単だった。しかし、流石は人工知能というべきか弾道を計算してあり、一発だけ殺せんせーも避けられない弾があった。しかし、それもチョークを使って弾いた。

 

「それと、授業中の発砲は禁止ですよ」

「気を付けます。続けて攻撃に移ります」

 

 言った端からこれである。

 

(あ、ある意味当たった)

 

 先ほど雪彦はどこぞの映画の大佐のようなやつかもと言った。外見はともかく「OK」と言った直後に発砲と「気を付けます」といった直後に攻撃―――状況的には少し似ているかもしれない。

 

「弾頭再計算、射角計算、自己進化フェイズ5-28-02に移行」

「…………こりませんねえ」

 

 顔をシマシマにしながら殺せんせーは笑う。しかし、ここから自律思考固定砲台の本領発揮だった。再び弾幕が張られる。

 

(さっきと全く同じ射撃―――しょせんは機械ですねぇ。これもさっきと同じ。チョークで弾いて退路をっ!?)

 

 チョークを使って退路を作ろうした殺せんせーのだが、チョークを触手が弾け飛んだ。

 その光景に全員が驚いた。

 

(一発目の弾で二発目を隠したのか?)

 

 一発目の弾丸で二発目を隠すことで死角を作る。それなら一発目を弾いても二発目が直撃する。

 

「右指先破壊。増設した副砲の効果を確認しました」

 

 自律思考固定砲台は進化する。AI(あたま)構造(からだ)もターゲットの殺せんせーを確実に殺すためにターゲットの防御パターンを学習し、武装とプログラムを改良、確実に効率的に相手の逃げ道を減らしていくように自らの手で進化していく。

 

「次の射撃で殺せる確率は0.001%未満。次の次で殺せる可能性0.003%未満。卒業までに殺せる可能性90%以上」

 

 スラスラと述べられる自律思考固定砲台の言葉に生徒たちは気付いた。

 

 ―――彼女なら殺るかもしれない

 

 雪彦は不意打ちで殺せんせーを殺しかけた。不意打ちが通用しにくくなった今、雪彦単独で殺せる可能性は限りなく低くなっている。だが、自律思考固定砲台はその逆、殺せんせーの動きに合わせて進化していくことで殺せんせーを殺せる確率を上げていくのだ。

 入力済み(プログラム)の笑顔で、転校生は次の進化を始めた。

 認識を間違っていたと殺せんせーは認めざる得ない。

 

(アレはただの機械ではなく、紛れもなく殺し屋だ)

 

 その様子を教室の外で見ていた烏間とイリーナはその技術に驚いていた。

 

「自己進化する固定砲台か―――すごいわね」

「使っている弾こそBB弾だが、使われている技術が最先端の軍事技術だ。確かにこれならいずれ殺せるかもしれない―――」

 

 ただ、一つ問題がある。

 

「フン、そう上手くいくかしら―――」

 

 イリーナは教室の中で再び攻撃を始めた自律思考固定砲台の弾幕に慌てる生徒を見ながら、かつての自分を思い出していた。

 

「この教室がそんなに単純な暗殺場(仕事場)なら、私は先生なんてやってないわ……」

 

 

 授業終了後。

 

「これ……俺たちが片すのか」

 

 前原が面倒くさそうに言う。自分たちが撃った弾ならともかく、授業妨害しながら撃った者の弾を授業妨害されていた自分たちが片付ける事に納得がいかないのだ。それは勿論前原だけでなく他の生徒も同じ意見だ。

 

「掃除機能とかついてねーのかよ。固定砲台さんよお」

 

 村松がそう言うが自律思考固定砲台は沈黙したままだ。

 

「チッ、シカトかよ」

「やめとけ、機械に絡んでも仕方ねーよ」

「もし固定砲台が殺せんせー仕留めても―――報酬は開発者のところにいくのかな?」

 

 雪彦がポツリとそう言うとクラス中が沈黙した。勉強の邪魔をされ、掃除をさせられ、挙句に報酬は向こうに持っていかれる―――冗談ではない。というのがE組の一同の思いだった。

 

 そして、2時間目、3時間目と一日中自律思考固定砲台の攻撃は続き、生徒たちは大いに迷惑していた。

 

 

 

 その日雪彦は普段よりかなり早い時間に登校していた。

 

(―――もう少し寝てたかったな。ん?)

 

 雪彦が教室に着くと寺坂たちが既に教室に来ていた。

 

「寺坂?」

「あん? 雪彦か」

 

 そう言って振り向く寺坂の手には粘着テープが握られていた。

 

「考えることは同じか」

 

 雪彦もまた自律思考固定砲台が壊れない程度に動きを拘束するつもりだった。昨日のようなことを続けられてはたまったものではないからだ。隣の席の神崎や斜め前の矢田が雪彦の目と鼻の先で怖がっていたのが最大の要因ではあるが。

 

「みてーだな」

 

 寺坂の後ろの黒い直方体―――自律思考固定砲台は粘着テープで雁字搦めに固定されていた。

 

「テープで大丈夫?」

「ああ、見たところ開閉する力はそんなに強くなさそうだからな」

 

 そう吉田が言った。

 

「なら態々チェーンなんて持ってくる必要なかったかな」

「いいんじゃね、一応巻いとけば」

 

 村松のそう言われ、それもそうかと雪彦は鎖を巻きつけた。

 その後登校してきた生徒たちは自律思考固定砲台の姿を見て驚いたものの、昨日のような授業妨害はされないと安心していた。

 

 

 



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協調の時間

今回は短いです。でもどうしても言いたかったんです! ルーキーランキングで7位に入ってました! ありがとうございます!!

雪彦「やった! 苗字と同じ数字で縁起がいい!!」

 あと言い忘れていたのですが読みやすいかと思って前々回あたりから地の文での生徒の呼び方を名前で統一するのではなく、作中でよく呼ばれてる方で書くことしてみました。渚やカルマは名前のままで、神崎有希子などは苗字で書いてます。



「朝八時半。システムを全面起動。今日の予定六時間目までに二一五通りの射撃を実行。引き続き殺せんせーの行動パターンを分析……」

 

 機械ゆえに正確な時間に自律思考固定砲台は起動を始めた。しかし、自分の体が拘束されていることに気がついた。

 

「……殺せんせーこれでは銃が展開できません。拘束を解いてください―――明らかに私に対する加害であり契約で禁じられているはずですが」

「俺たちがやったんだよ」

 

 そう言って寺坂が粘着テープを見せた。

 

「どー考えたって邪魔だろーが。常識ぐらい身につけてから殺しに来いよポンコツ」

「ま、機械には分かんないよ常識はさ」

「授業終わったらちゃんと解いてあげるか」

 

 寺坂に続く形で菅谷と原がそう言い。今日は通常通りの授業を受けれた。

 授業終了後拘束を解き生徒たちは帰宅した。

 

 

「んー! 今日は普通に過ごせたね」

 

 帰り道矢田と帰りながら雪彦は困っていた。

 

「と言っても何時もああはできないよなあ」

「……そうだよねえ。機械って言ってもやっぱり少し可哀想だし」

「それもあるけどね……」

 

 実際のところ雪彦が困っているのはいつまでもああしていれば開発者が文句をつけてくる来ることに対してだった。妨害しているのは明らかに自律思考固定砲台だが、最新技術であることや壊した際賠償金などを盾に取られてしまえば雪彦たちは何もできなくなる。

 一方矢田は

 

(―――どうしよう)

 

 葛藤していた。自律思考固定砲台についてではない。

 

(なんとかデートに誘いたいけど―――あ、あと一歩が踏み出せない)

 

 修学旅行で矢田は雪彦と殆ど関わっていなかった。精々新幹線と旅館で少し話した程度だ。修学旅行中に神崎を急に名前で呼び出したことも気になるが、同じぐらい気になるのはあの『気になる男子ランキング』で雪彦に入った三票の内最後の一人についてだ。

 

(一人は有希子ちゃんで間違いないと思うけど……もう一人がわからない)

 

 E組の中で雪彦と仲のいい女子といえば自分と神崎の二人だと矢田は理解している。次点でよく話しているとすれば速水だ。そしてその速水こそが正解なのだが―――矢田がそれを知るはずもなく。

 

(凛香ちゃんと雪彦くんの接点が全くわからない)

 

 強いて言うならクラスメイトということだが、逆にいえば矢田はその場面しか知らないのだ。

 

(あ、でも確か千葉くんとよく射撃訓練してるっていうからその時に一緒にとかかな―――でも)

 

 等と色々と考え込んでいるのだ。

 

「桃花どうしたの?」

「えっ!? あ、えっと―――!」

 

 俯きながら考えに没頭していたあまり気がつかなかったが、心配そうな表情の雪彦が下から顔を覗き込んでおり驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「いや、深刻そうな顔してたから」

「あはは……ねえ雪彦くん!」

「うん?」

 

 キョトンとした雪彦を前に矢田はついに覚悟を決めた。

 

「今度二人で遊びに行きたいんだけど! ど、どうかな?」

「いいよ」

 

 その言葉を言うまでどれだけの乙女の葛藤があったかも知らず、雪彦は二つ返事で了承した。嬉しいことは嬉しいのだが、どこか納得のいかないところのある、複雑な心境の矢田だった。

 

(桃花と遊びに行くのも久しぶりだな)

 

 と、楽しみができた雪彦は自律思考固定砲台に対する悩みを少し忘れることができた。

 

 

 翌日。

 雪彦の悩みはあっさり解決を迎えることになった。

 廊下で会った渚と杉野が烏間に苦情を言ったほうがいいかもしれないと相談しながら教室にはいると

 

「おはようございます! 渚さん、杉野さん、七夜さん」

 

 自律思考固定砲台は体積が増え、昨日までの感情を一切感じさせない声ではなく、とても明るく爽やかな声と笑顔で挨拶をしてきた。

 

(え? 誰?)

「親近感を出すための全身表示液晶と体・制服のモデリングソフト。全て自作で八万円!!」

 

 驚き思考が緩やかになってしまっている雪彦の背後から殺せんせーがぬっと姿を現した。

 

「今日は素晴らしい天気ですね! こんな日を皆さんと過ごせて嬉しいです!!」

「豊かな表情と明るい会話術それらを操る膨大なソフトと追加メモリ同じく12万円! ―――先生の財布の残高5円!!」

 

 自分の財布の残高がそこまで減っても生徒のために動く殺せんせーは教師の鏡なのかもしれない。そう思いながら急速に変わった転校生と殺せんせーを見比べ雪彦は一言。

 

「殺せんせー機械にも強かったんですね」

「そっち!?」

 

 一番常識的なところに雪彦は突っ込みを入れた。

 

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって……」

「これ一応固定砲台だよな?」

 

 クラスメイトが驚くのも無理はない。つい昨日まで文字通りただの機械だったものがこうも変わってしまったのだ。

 

「何騙されてんだよお前ら。全部あのタコが作ったプログラムだろ。愛想は良くても機械は機械。どーせまた空気を読まずに射撃するんだろポンコツ」

 

 今までが今までゆえに口は悪いが寺坂の言うことも正論の一つではある。しかし、音を立てパネルが寺坂の方を向くと

 

「……仰る気持ちわかります寺坂さん。昨日までの私はそうでした。ポンコツ―――そう言われても返す言葉がりません」

 

 泣いていた。それはもう今までのことを後悔し懺悔するように。それを見た片岡と原は

 

「あーあ泣かせた」

「寺坂くんが二次元の女の子泣かせちゃった」

「マジかよ、寺坂サイテーだな」

「誤解される言い方やめろ! つーか七夜! テメーも昨日一緒になって鎖まいてただろ!?」

 

 雪彦はそっぽを向いた。寺坂の怒りのボルテージが上がった。

 

「素敵じゃないか二次元。Dを一つ失う所から女は始まる」

「竹林! それお前の初ゼリフだぞ! いいのか!?」

「へえそうなのか」

「納得しちゃだめだよ雪彦くん!?」

 

 矢田と神崎は必死である。普通なら大丈夫だと思うのだが、雪彦の場合勘違いしたまま何処かへ行ってそのまま帰ってこない気がして仕方ないのだ。

 二人の必死の説得で雪彦は道を踏み外すことはなかった。

 

「けど皆さんご安心を。殺せんせーに諭され、私は協調性の大切さを学びました。私のことを好きになっていただけるように努力し、皆さんの合意を得られるようになるまで、私単独での暗殺は控えることにいたしました」

「―――へえ、何というか・・・・・・可愛いもんだね」

「「「っ!?」」」

 

 雪彦は今までのことを反省し努力する姿勢と笑顔を見てそういったのだが。クラスメイトたちはいろんな意味で捉えていた。特にとある三人は物凄い表情をしていたと後に潮田渚は語っている。

 



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反抗の時間

 その日のE組の授業は普段とは少し違っていた。

 

「では菅谷くん。教科書を伏せて。網膜の細胞は細長い方の桿体細胞とあと一つ太い方は?」

「え? オレ? えーっと……」

 

 居眠りをしていた菅谷はヤバイと思いながら何とか答えようとするが答えは出てこない。その時、菅谷の視界の隅にチカチカと光るものが目に入った。何だ? と菅谷が振り向くと。

 全身が映るようになった自律思考固定砲台が足に答えである『錐体細胞』の文字を書きながら菅谷の方を見ていた。唇に手を当てているのは殺せんせーには内緒という意味だろう。

 

「えーと、錐体細胞」

「こら! 自律思考固定砲台さん!! ズルを教えるんじゃありません!!」

「でも先生、皆さんにどんどんサービスするようにとプログラムを」

「カンニングはサービスじゃない!!」

 

 なんてことがあったりした。そして休み時間になると自律思考固定砲台の周りには多くの生徒が集まっていた。

 

「へぇーっ! こんなのまで作れるんだ」

 

 自律思考固定砲台が身体(ボディ)から取り出したのは銃―――ではなく、見事な彫刻だった。

 

「はい。特殊なプラスチックを体内で整形できます。設計図(データ)があれば銃以外も何にでも!」

「すげー造形!」

 

 その彫刻の出来は芸術面に秀た菅谷も認めるほどのものだった。

 

「おもしろーい! じゃあさ、花とか作ってみて」

「分かりました。花の(データ)を学習しておきます」

 

 矢田と自律思考固定砲台が睦まじく話す傍らで

 

「王手です千葉くん」

「……三局目でもう勝てなくなった

「なんつー学習能力だ」

 

 将棋を指していた千葉が三局目にして勝てなくなってしまったことに項垂れ、前原はその学習能力の高さに驚いていた。

 

「凄い人気だね」

「殺せんせーを受け入れられるクラスなんだし、授業妨害さえなければ人気出るのも納得だけどね」

「アハハ、確かに……」

 

 そう言う神崎と雪彦に苦笑しながら同意する渚。

 

「しまった……」

 

 しかし、クラス全体が盛り上がっている中約一名焦っている者がいた。

 

「何が?」

 

 渚が訪ね、傍にいた神崎と雪彦もどうしたのだろう? と不思議そうな顔をしている。

 

「先生とキャラが被ってる」

「かぶってないよ1ミリも!!」

「流石にそれは図々しいよ殺せんせー」

 

 渚と雪彦の突っ込みを受けるが、謎の危機感を抱いた殺せんせーは全く相手にしていない。

 

「このままでは先生の人気が喰われかねない!!」

「先生の人気は固定砲台さんとは別のベクトルだから張り合わない方がいいと思うけど」

 

 先ほどと同じように雪彦の言葉はスルーして殺せんせーは自律思考固定砲台の周りに集めっている生徒の所へと行く。

 

「皆さん皆さん!!」

 

 皆が振り向くと殺せんせーの顔に変化が現れていた。

 

「先生だって人の顔ぐらい表示できますよ! 皮膚の色を変えればこの通り!」

「キモいわ!!」

 

 ある意味当然のカウンターを受けた殺せんせーは落ち込み、教卓に座って泣き始めた。ちなみに誰も気にしていない。

 

「このコの呼び方決めない? 自律思考固定砲台っていくらなんでも」

「そうだね」

「なんて名前にする?」

「やっぱり女の子らしい名前の方がいいよね!」

 

 新たな仲間を何時までも物としての名前で呼びたくないと皆で名前を考え始める。とはいえそんな簡単に決まるものではない。名付けとは重要なものだ、今後その名前で生きていかなかればならないのだから。

 

「う~ん、雪彦くんは何かある?」

 

 矢田が雪彦にそう聞く。聞かれた雪彦は一瞬難しい顔をしてから。

 

「―――律は?」

「―――いや安直すぎだろ」

 

 木村が苦笑いしながらそう言う。

 

「まあ言われるとは思ったけどさ、適当に一文字取っただけじゃなくて、一応願いも込めてあるぞ」

「そうなの? どんな理由?」

「―――秘密だよ。まあ、どちらにせよ最終的には彼女が気にいるかどうかだけどね……」

 

 速水の確認に雪彦は頷き、自律思考固定砲台の方を見た。一瞬呆けた後

 

「―――嬉しいです! これから律とお呼びください!!」

 

 花のような笑顔で自律思考固定砲台改め、律はその名前を受け入れた。

 

「上手くやっていけそうだね」

 

 渚が傍にいるカルマにそう言う。昨日まではどうなることかと思っていたのだが、自律思考固定砲台改、律は見事E組のメンバーとして馴染み始めている。しかし、聡明なカルマはこの状況を楽しみながらも冷静な考えを止めていなかった。

 

「どーだろ。寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いているだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない。あいつがこの先どうするかは―――あいつの開発者が決めることだよ」

 

 それは一見すれば冷たい言葉ともとれるが事実であった。それこそ、今の彼女を見たら開発者は無駄な機能として全てフォーマットしてしまうかもしれない、そう冷静に現実的な考えをカルマを持っていた。

 

(あいつもそれぐらいは分かってるはずだけどね)

 

 目を細めながらカルマは雪彦を見る。名前を付け、その理由もあると言った雪彦の真意がカルマには読み取れなかった。

 

 

「おはようございます、皆さん」

 

 そして翌朝、カルマの予想通り、律は開発者の手によって元の固定砲台に戻されていた。協調性や感情など必要ない。ただの暗殺用の兵器としての固定砲台に。

 

「"生徒の危害を加えない"という契約だが、今後は改良行為も危害とみなすと言ってきた。君たちもだ、彼女を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ。開発者の意向だ従うしかない」

「開発者とは厄介な……親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですけどね」

「…………」

 

 困った表情をする殺せんせーは仕方ないと授業を始めた。

 だが、雪彦は黒板を見ず無言で固定砲台―――律を見つめ続けている。

 

「どうしたの?」

「―――いや」

 

 神崎が肩に力の入っている雪彦にそう聞くが変わらず見続けている。

 そして、固定砲台が動き出した。クラス全員が初日を思い出した。この起動音がり弾幕が張り巡らされ、授業を一日中妨害され続けたのだ。それぞれが伏せたり、教科書で頭を庇ったりする。

 だが、機械の身体が出てきたのは銃身ではなく―――花だった。

 

「…………花を作る約束をしていました」

 

 あっ、と声を出し矢田は昨日のことを思い出した。確かに、彼女は昨日の休み時間に律に花を作って欲しいと頼んでいた。そして、律は花のデータを集めておくと言った。それは暗殺とは無関係のものだ。つまり、開発者から暗殺に不要な機能を排除された固定砲台が花など作るはずがない。

 

「殺せんせーは私のボディーに計985点の改良を施しました。そのほとんどは―――開発者が「暗殺に不要」と判断し削除・撤去・初期化してしまいましたが……学習したE組の状況から、()()()は『協調能力』が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました」

 

 そう語る律のプログラムされただけの空虚な笑みが徐々に変化していく。

 

「…………素晴らしい。つまり律さん、貴女は」

「はい、私の意志で産みの親に逆らいました」

 

 変わっていく、感情の篭った笑顔へと。そしてそれはE組の生徒たちもだ彼女の変化に次第に笑顔になっていく。

 

「殺せんせーこういった行動を"反抗期"と言うのですよね。律は悪い子でしょうか?」

 

 律の言葉に殺せんせーは顔に二重丸を浮かべてこう返した。

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構」

 

 こうしてE組に新たな仲間が一人増えた。 

 

「―――よかった」

 

 雪彦は小さく、それこそ隣の席の神崎にも聞こえない程度の小さな声で呟き、肩から力を抜いた。

 

 

 放課後、雪彦は教室に残っていた。律に話があると言われたからだ。

 

「すみません、こんな時間まで残ってもらってしまって」

「別に大丈夫だよ、一人暮らしだし」

 

 変わらぬ表情で雪彦はそう言う。

 

「それで聞きたいことって?」

「はい―――その、私の名前の理由というのを聞きたかったんです」

「―――ああ、なるほど」

 

 雪彦は『律』という名前を提案した時に理由があるといった。速水がその理由を聞いたときははぐらかしたのだが、律は気になってしまい雪彦に残ってもらったのだ。雪彦も律に隠すつもりはないので素直に打ち明けた。

 

「―――こういう理由だけど、どうかな?」

「―――ありがとうございます、雪彦さん。頂いたこの名前は私の宝物です。―――でも皆さんにはなぜ教えなかったのですか?」

「―――いや、まあ色々ね」

 

 『律』とは自律思考固定砲台の自律から取った名前だ。『自律』―――自分自身で立てた規範に従って行動すること。即ち他からの支配や制約を受けずに自らの考えを持って行動するということである。

 律にだけ教えた名前の由来。それは機械であっても開発者の意向ではなく自分自身の意志で生きて欲しいという願いだった。

 雪彦が今朝、固定砲台へと戻された律から目を背けなかったのは、その願いを込めて名前を付けた身として最後まで信じたいと思った故の直感的な行動であった。

 といった感じに律という字を選んだのにはちゃんとした理由はあるのだが、雪彦は周囲には教えない。なぜなら

 

(何か恥ずかしいし)

 

 律に恥ずかしい名前をつけたわけではない。しかし、それでもなんとなく照れているからだった。律は律で人間の複雑な感情をもっと学ばねばと改めて決意した。

 

「えっとこれだけいいの?」

「はい、ありがとうございます!」

「うん、じゃあね律。また明日―――っ!?」

 

 会おうねと続けようとした雪彦は視線を感じて振り向いた。雪彦と律のいる反対側、つまり教室の前のドアだ。そこには

 

「ふむふむ―――」

 

 修学旅行の時のようにサラサラとメモを取る殺せんせーだった。メモを取り終わるとそっとドアを閉じた。

 

「―――じゃあ律明日会おうね。俺はちょっと急用ができたから」

 

 改めて言い直し、専用の対先生用ナイフを取り出した雪彦は教室から弾けるように飛び出た。目的は一つ

 

(メモを奪って殺せんせーを殺す!!)

 

 ヌルフフフと聞こえてくる笑い声を頼りに夕暮れの教室を校舎を駆け抜けた。

 ちなみに結局メモも奪えず殺せず何時も通りに逃げられ、この放課後鬼ごっこは終了した。

 

 




当初の予定では雪彦が開発者に対して一言言う予定だったのですがボツにしました。それと律の名前の理由ですが、ぶっちゃけ普通に書くと原作のままになってしまうので無理やりねじ込むことになってしまいました


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転校生の時間・2時間目

 ビッチ先生の残留の時間はカットの方向で。すみません! あの話は教師陣メインということもあって生徒絡めた話が思い浮かばずカットする方向にしてしまいました。


「…………ふぅ」

 

 梅雨入りし湿度の高くなってきた季節。机の上から起き上がりぼんやりしていた雪彦は一言呟いた。

 

「……遅刻だ」

 

 雪彦は寝坊した。

 雪彦は朝に弱い。そのため普段から複数の目覚まし時計をセットしているのだが。今回は夜に勉強をしていてそのまま眠ってしまった。今まで勉強はそれなりにこなせればいいと考えていた雪彦だが、椚ヶ丘中学校に転校しその校風に触れ、E組で第二の刃の必要性を知った雪彦は今まで以上に勉強にも力を入れるようになっていた。

 学校から帰宅したら課題と暗殺術の訓練、寝る前に予習を行うというのは日課だったのだが。

 

(失敗した)

 

 後悔しながら身支度を済ませていく。遅れたからといって開き直ってのんびりしたり、学校を休むわけにはいかない。

 制服を着込み、鞄に必要な教科書、対先生用ナイフと愛用の普通のナイフを放り込む。

 

「……そういえば、今日また転校生が来る日だった。どんな人かな」

『初期命令では私と彼の同時投入の予定でした』

「…………え?」

 

 自分の携帯から聞こえてきた声に驚き雪彦が取り出すと

 

『おはようございます! 雪彦さん』

 

 お邪魔してますというプラカードを持った律がいた。

 

「律か、びっくりした。ていうか、なんで俺の携帯に?」

『皆さんとの情報共有を円滑にするために全員の携帯に私の端末をダウンロードしてみました。モバイル律とお呼びください』

(割となんでもアリだな)

 

 人間の感情について学習していく彼女は日々感情豊かになっていた。そして自発的にE組のメンバーと交流することを楽しんでいる。人としても協調性を持つ暗殺者としても進化しているのだ。

 

「それで同時投入の予定だった。ということは中止になったの?」

『はい、当初は私が遠距離、彼が近距離で暗殺を行うはずでしたが二つの理由からキャンセルになりました。一つは彼の調整が予定より時間がかかったこと、もう一つは私の性能では彼のサポートに力不足……私が彼より暗殺者として劣っていたから』

「マジ?」

 

 律が劣っていると聞いて雪彦は驚いた。最先端の軍事技術で生み出された律すら力不足という評価をされてしまうとは俄かには信じがたいものだからだ。

 

『はい。あ、それはそうと雪彦さん、殺せんせーからメッセージが来ています』

「あっ」

 

 雪彦は自分が遅刻している身であることをすっかり忘れていた。『再生しますね』と律が言うと聞きなれた担任の声が流れてきた。

 

『雪彦くん! 律さんとラブコメしてないで早く登校してください!!』

「ちょっ! 聞いてたのかよ!?」

 

 そのメッセージを聞いた雪彦は傘を手に取り家を飛び出た。

 

 

『それにしても雪彦さんが寝坊するだなんて珍しいですね』

「というか、元々朝には弱いんだ」

 

 雪彦は律と話しながら登校していた。走りながら話しているのが携帯の画面の中の少女という一点を除けば普通である。

 

『そうなのですか? でも以前―――』

 

 そう律が思い出すのは転校二日目のことである。寺坂達と雪彦が律を縛った日だ。律自身はスリープ状態だったためその時の様子は覚えていないが、会話の流れや、状況から判断して早朝に行われたはずだと判断していた。

 

「あの時は頑張って早起きしたからね。……そういえばごめんね。あの時は縛ったりして」

『いえ気にしないでください。あの時は私も悪かったんです』

「―――そう言ってもらえると助かるけど」

『それに私のために早起きして頂いただなんて』

 

 そして画面の中の律は頬を染めて照れだした。雪彦は一体今の会話の何処に照れる要素があったのか分からない。

 

「いやそこで照れるのはおかしくないかな?」

『そうだ! 雪彦さん、よろしければ朝は私が起こして差し上げましょうか?』

 

 そう言うと律は『目覚まし律』と書かれたプラカードを取り出した。

 

「え? う~ん、俺としては頼みたいけど……律は大変じゃないの?」

『大丈夫です! 私はもっと雪彦さんやクラスの皆さんとお話したいです』

 

 雪彦は少しだけ悩む。AIとはいえ律はクラスメイトの女子だ。いいのだろうか? という葛藤と、無機質な目覚まし時計よりは律の声の方が目覚めがいいのではないかという、二つの思考で揺れ動いていた。

 

「……それじゃあお願いできるかな」

『はい、お任せ下さい!』

 

 敬礼を取る律。E組の校舎がある山をひょいひょいと進みながらそんな律を微笑ましく思っていた雪彦だが、校舎を見た瞬間表情が引きつった。

 

「えっと、なにこれ?」

『転校生が空けた穴ですね』

 

 雪彦がE組の校舎に着くと、なぜか教室の壁に穴が空いていた。それも人一人が通れるほどの大きな穴だ。穴の前で穴の側面を観察する。

 

(切ったとかじゃなくて力尽くで破ったって感じか……転校生ってゴリラか何か?)

 

 そして顔を上げるとクラスの皆が雪彦を見ていた。『何してんの!?』と突っ込みたいのだろう。

 そんな中で一人、雪彦の見覚えのない生徒がカルマの顔を見ていた。そして雪彦を見ると、近付いてきた。

 

「―――あ、ども。七夜雪彦です」

「お前強いな」

「小前強稲くん?」

 

 変わった名前だなと思う雪彦だが、当然彼の勘違いであり

 

「「「「「いや違うだろ!!」」」」」

 

 E組恒例のクラス一丸突っ込みが入った。

 

「あはは、そりゃそうか」

「―――でも俺の方が強い。俺より弱い……だから殺さない。安心しろ。俺が殺したいのは俺より強いかもしれないものだけ」

 

 そう言うと転校生のイトナは教壇へと向かう。そして殺せんせーに向かって言った。

 

「この教室ではあんただけだ、殺せんせー」

「強い弱いは喧嘩のことですかイトナ君? 力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

 言ってることは経験者らしく格好良いのだが、何故か殺せんせーは羊羹を齧りながらそう言ったため格好良さは半減している。そしてイトナは―――殺せんせーの食べているものと同じ羊羹を取り出した。

 

「立てるさ。だって俺たち血を分けた兄弟なんだから」

 

 そして衝撃的な一言を放った。

 

「「「「「兄弟ィ!?」」」」」

 

 当然のことながら全員が驚愕する。イトナはどう見ても普通の人である(壁を破壊したことを除けば)。それに対して殺せんせーはタコ型の生物。兄弟というには無理がある。

 

「兄弟同士小細工は要らない。兄さん、お前を殺して俺の強さを証明する。時は放課後、この教室で勝負だ」

 

 そしてイトナは教室の後ろに向かって歩きだし穴の前でもう一度振り返りこう告げた。

 

「今日があんたの最後の授業だ。こいつらにお別れでも言っておけ」

 

 それだけ言うとイトナは雪彦の横をすり抜けて出ていった。

 

「授業は?」

 

 雪彦が後ろからそう声をかけたがイトナは振り返ることはなかった。

 イトナが出て行った直後教室は静寂に包まれた―――はずもなく、殺せんせーにE組生徒から質問の嵐が飛んだ。

 

「ちょっと先生兄弟ってどういうこと!?」

「そもそも人とタコで全然違うじゃん!!」

「いっ、いやいやいや!!」

 

 驚いた生徒たちの質問が飛び交う中、同じように驚いているのは殺せんせーも同じだった。なぜなら、

 

「まったく心当たりがありません! 先生生まれも育ちも一人っ子ですから!! 両親に「弟が欲しい」とねだったら家庭内が気まずくなりました!!」

(((((そもそも親とかいるのか!?)))))

 

 その日は殺せんせーとイトナが本当に兄弟なのか否かの憶測が教室を飛び交うこととなった。ちなみに、この騒ぎのどさくさに紛れ雪彦は席に着いた。

 

 

 そして昼休み。イトナは自分の机の上に大量の甘いお菓子を置いて食べていた。控えめに言っても人間が食べたら身体に悪いとしか言いようのない量だ。

 甘党な所、表情が読みづらいなど共通点が多い二人に生徒達は本当に兄弟なのかという疑問へ関心がより強くなっていく。

 

「……兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してます。ムズムズしますねぇ」

 

 イトナと同じようにお菓子を食べていた殺せんせーが居心地が悪そうにそうぼやく。イトナが気にしていないのとは対照的だ。

 

「気分直しに今日買ったグラビアでも見ますか。これぞ大人の嗜み」

「いや、教室で読むのはまずくないですか?」

 

 神崎、矢田と昼食を取っていた雪彦がそう言う。世界広しといえど担任が教室で昼休みに生徒の目の前で堂々とグラビアを読むのは殺せんせーぐらいのものだろう。暗殺が行われていることと比べれば些細な問題かもしれないが。

 そしてここでも共通点が見つかった。

 

「……」

「……」

 

 イトナもグラビアを取り出したのだ。それも同じ雑誌、同じページだ。

 

(((((巨乳好きまで同じだ!!)))))

「……これは、俄然信憑性が増してきたぞ」

 

 そういうのはE組のエロ代表岡島である。

 

「そ、そうかな岡島君」

「そうさ!! 巨乳好きは皆兄弟だ!!」

 

 渚がそう言うと岡島は鞄から二人と同じグラビア雑誌を取り出しそう力説した。

 

「三人兄弟になっちゃうよ!?」

 

 そんな岡島に対して渚が言う。

 

「……もし本当に兄弟だったとして、どうして殺せんせーは分かってないの?」

「うーん、きっとこうよ」

 

 プリンを食べていた茅野が疑問を口にすると漫画好きの不破が予想を口にする。

 

 

 殺せんせーとイトナは某国の王子であった。しかし、その国で戦争が起こり遂に王家にまで敵軍が迫ってきた。

 そして王は苦渋の決断を下す。王である自分が城を離れるわけには行かない。だが、せめて息子たちだけでも

 

「息子達よ!! お前達だけでも生き延びよ」

 

 そして逃げる殺せんせーとイトナ。しかし敵の進軍は予想以上に早かった。そこで兄である殺せんせーは

 

「先に行け弟よ!! この橋を渡れば逃げきれる!!」

 

 そして弟を逃がすために単身敵兵の足止めを行う殺せんせー。しかし、敵の猛攻により殺せんせーは橋から落下してしまう。

 

「兄さーん!!」

 

 それを見たイトナは殺せんせーを助けようとする。しかし、殺せんせーには兄の意地があった。

 

「構うな行け!! 弟よ生きろ!!」

 

 

「……それで成長した二人は兄弟と気付かず宿命の戦いを始めるのよ」

 

 不破は今週のジャ○プを握りそう力説した。

 

「うん、で、なんで弟だけ人間なの?」

 

 横で聞いていた茅野がそもそもの根本的な謎を聞く。

 

「それはまあ、突然変異?」

「肝心なとこが説明できてないよ!!」

「キャラ設定の掘り下げが甘いよ不破さん!!」

 

 その話を聞いていた茅野と原がそう言うが不破はのらりくらりとしたものだった。

 

「ていうか気付かずって言うけど、イトナの方は普通に兄さんって呼んでたよ?」

 

 途中から一緒に聞いていた雪彦が二人が兄弟と気付かずという流れは無理があるんじゃないかと質問すると。

 

「細かいこと気にしたら負けだよ雪彦くん」

「細かい……のかなぁ?」

 

 そして昼休みが終わり、放課後。イトナが指定した時間が刻一刻と近づいてきていた。

 



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絆の時間

 放課後―――イトナの指定した時間となった。

 E組の教室は普段とは少し様子が違っていた。教室の机が隅に寄せられ中心が開けられている。そして机のリングの中央辺りに殺せんせーとイトナが立って互いを見据えている。そしてその二人をリング外で見守るE組の生徒達と烏間、イリーナ。さらにイトナの保護者を名乗るシロという男もいる。その様子はさながらコロシアムのようだった。

 

「ただの暗殺には飽きているでしょう殺せんせー。一つルールを決めないかい? リングの外に足をつけたら即死刑!! どうかな?」

 

 というシロの提案は信じられないものだった。

 

「なんだそりゃ? 負けたってだれが守るんだそんなルール」

 

 杉野の言う通り、そのような直前に決めた口約束などで自分の命を掛けるなど普通はありえない。

 しかし、カルマは杉野の言葉を否定した。

 

「……いや、皆の前で決めたルールは破れば先生としての信用が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだの手の縛り」

 

 殺せんせーは一瞬考え込んだ。

 

「……いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君。観客に危害を与えた場合も負けですよ」

「…………」

 

 コクとイトナは一つ頷く。それを見てシロは満足そうにする。

 

「では合図で始めようか」

 

 シロが静かに右手を頭上に掲げる。そして

 

「暗殺……開始!!」

 

 手を振り下ろした。

 それと同時に―――殺せんせーの触手が切り落とされた。

 全員の目がただ一箇所に釘付けになっている。切り落とされた触手にではない。

 

「……まさか……」

 

 殺せんせーが呆然と声を出す。その気持ちはE組のメンバー全員が同じだった。

 

「「「「「触手!?」」」」」

 

 殺せんせーの触手を切り落としたもの。それはイトナの頭上でヒュンヒュン! と音を立てて動いている職種だった。

 

(雨の中手ぶらでも濡れなかったのはそういう事ね)

 

 カルマは冷静に朝抱いた疑問の解答を得ていた。朝校舎の壁を破って現れたイトナは雨が降っているにも関わらず手ぶらで一切濡れていなかった。触手で全てを弾いていたのだ。

 

(そりゃ壁も壊せるな)

 

 雪彦もまた朝抱いた疑問を解消していた。いくらE組の校舎が古く脆いとはいえ簡単に壊せるものではない。しかし、それもあの触手を持っているというのならば納得できた。

 

「………………こだ」

 

 殺せんせーが顔をドス黒く染め怒気の篭った声を出した。

 

「どこでそれを手に入れたッ!! その触手を!!」

「君に言う義理はないね殺せんせー。だがこれで納得しただろう。両親も違う、育ちも違う。―――だが、この子と君は兄弟だ。しかし、随分と怖いかをするねぇ。何か嫌なことでも思い出したのかい?」

「……どうやら、貴方にも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

 殺せんせーが触手を再生しながらそう言った。

 

(マズイな―――触手を破壊された後の殺せんせーは動きが少し鈍くなる)

 

 雪彦は転校初日の事を思い出していた。雪彦が触手を破壊した際殺せんせーの動きが鈍くなったことを。そして殺せんせーは今動揺している。この状態では殺せんせーの方が不利なのは明らかだった。

 

「聞けないよ。死ぬからね」

 

 そう言うとシロは手を―――厳密には袖に仕込んである物を殺せんせーに向けた。すると袖口から光が発射された。

 その光を浴びた殺せんせーは硬直した。

 

「この圧力光線を至近距離で浴びると君の身体は一瞬だが硬直する。全部知っているんだよ君の弱点はね」

 

 シロは親指を下に向けた。そして硬直した殺せんせーをイトナの触手が貫いた。

 しかし、殺せんせーはそれを脱皮を使い回避していた。

 

「脱皮か、そういえばそんな手もあったっけか。しかし、それにも弱点がある。脱皮は見た目よりもエネルギーを消費する。よって直後は自慢のスピードも低下する。加えてイトナの最初の奇襲で切り落とされた触手の再生にも体力を消費する。私の計算では身体パフォーマンスはほぼ互角。また触手の扱いは精神状態に左右される」

 

 回避に務める殺せんせーを眺めながらシロは淡々と殺せんせーの弱点を説明していく。あえて口にすることで殺せんせーを精神的に追い詰めているのだろう。

 

「加えて、保護者の献身的なサポート」

 

 再び殺せんせーに向けてあの光が照射される。それにより硬直した殺せんせーはイトナによって足を破壊されてしまった。

 

「これで足も再生しなくてはいけない。より殺しやすくなったねぇ」

 

 その光景を見ていた者達全員が思った。もしかしたら、殺せんせーを殺せるかもしれないと。

 この場でイトナが殺せんせーを殺せば地球は助かる。しかし

 

(……気に入らない)

 

 雪彦はそう思った。

 

 ―――このまま殺せんせーが殺されたら地球は助かる。しかし、そうなったら自分は何のためにこの教室にやってきた? 今まで何のためにE組の仲間と暗殺訓練をしてきた?

 

 明確な答えを出せない自問自答を内心で繰り返し、無意識の内に抜いた対先生用ナイフを握り締めた。

 

「足の再生も終わったようだね。次のラッシュを耐えられるかな?」

「……ここまで追い込まれたのは初めてです」

 

 足を再生した殺せんせーがそう認めた。

 

「一見愚直な試合形式の暗殺ですが、周到に計算されている」

 

 触手をポキポキと鳴らしながら殺せんせーはイトナとシロの戦略を称えた。

 

「貴方に聞きたいことは多いですが、まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」

「まだ勝つ気かい? 負けダコの遠吠えだね」

「シロさん。まだ一つ計算に入れ忘れていることがあります」

「ないね。私の計算は完璧だ……やれ」

 

 シロの言葉と同時にイトナは跳躍し上空から触手で殺せんせーを貫いたように見えた。

 しかし、実際は違った。それを見た瞬間雪彦は気づいた。

 

(そうか、同じ触手なら)

 

 イトナの触手は溶けいた。

 

「おやおや落し物を踏んでしまったようですね」

 

 そういう殺せんせーの足元に対殺せんせー用のナイフが落ちていた。ハンカチで職種をガードし雪彦と同じように無意識にナイフを握り締めていた生徒からスりとっていたのだ。

 なおスりとった当の殺せんせーは素知らぬ顔をしている。

 そして触手を失い動揺しているイトナに先ほど脱皮した際に残った抜け殻が被さる。

 

「同じ触手なら失ったときに動揺するのも同じ。でもね先生のほうがちょっとだけ老猾です」

 

 そういいイトナを校舎の外へ投げ出した。

 

「先生の抜け殻で包んだからダメージはないはずです。ですが、君の足はリングの外です、つまり先生の勝ちですね」

 

 顔に縞模様を浮かべ舐めきった表情の殺せんせーが自身の勝利を宣言した。

 

「ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺れませんねぇ」

「っ!?」

「生き返りたいのならこのクラスで皆と学ぶことです。性能差だけでは測れないものはそれは経験です。少しだけ経験と知識が多い。先生が先生になったのはね。それを君たちに伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ、君は私には勝てませんよ」

 

 そう殺せんせーが言うとイトナは呆然としていた。しかし

 

「勝てない……俺が弱い?」

「まずいな、イトナは大の勉強嫌いだ。勉強嫌いの子供に強要すれば……」

 

 白の呟きと共にイトナが急変した。

 

(黒い触手!)

 

 イトナの触手は黒く染まった。殺せんせーと同じということはそれは激怒しているということになる。

 

「俺は……強い! 誰よりも強くなった!!」

 

 そう叫ぶと同時に黒い触手を共にイトナが再び教室内へと舞い戻った。

 だが、第2ラウンドが始まることはなかった。イトナが入ってきた直後倒れたからだ。

 

「すいませんね殺せんせー」

 

 皆が何が起こったか分からない中シロの声が響く。シロは右手をイトナに向けていた。より厳密に言うのなら右袖に仕込んだ銃口をだ。その銃口から発射した麻酔のようなものでイトナを止めたのだろう。

 

「どうもこの子はまだ、登校できる状態ではなかったようだ。転校初日でなんですがしばらく休校します」

 

 シロがイトナを持ち上げ教室から出ていこうとする。勿論それをただ見逃す殺せんせーではない。

 

「待ちなさい! その生徒は担任として放っておけません。卒業するまで面倒を見ます」

「いやだね。それとも力づくで止めてみるかい」

 

 殺せんせーが触手で肩を掴んで止めようとするが、その前に雪彦が声を出した。

「待って殺せんせー! 多分そいつの着ているマントは……」

「ほうよく気づいたね。そう、これも対殺せんせー用の繊維で作られている。君に私を止めることはできないんだよ。それに、心配しなくてもすぐに復学させるよ。三月まで時間もないしね」

 

 そう言い残しシロはその場から立ち去った。

 

 

 その試合から少しして。

 

「恥ずかしい、恥ずかしい」

 

 生徒達が机を元に戻している中殺せんせーは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

「何してんの殺せんせー?」

「さあ、あっきからああだけど」

 

 終わってから延々とああしているのを見ればE組生徒が疑問を持つのは当然のことである。

 

「シリアスな展開に加担したのが恥ずかしいのです。先生どっちかというとギャグキャラなのに」

「自覚あったんだ」

 当然のように呆れるものが大半だ。が、中には

 

「格好よく怒ってたね、どこでそれを手に入れたッ!! その触手を!! って」

 

 狭間綺羅々がしっかりと一字一句間違いなく復唱すると

 

「いやーーーーーーーー!!」

 

 と奇声を発しながら

 

「言わないで狭間さん自分でも思い返すと逃げ出したくなる!! 掴み所のない天然キャラが売りだったのに、これではキャラが崩れる!!」

「計算尽くであのキャラやってるのが腹立つな」

「確かに」

「けど、驚いたよ。先生以外にも触手を持ってる人が居るなんて」

 

 雪彦がそう言うとクラスメイト全員が頷く。気持ちは皆一つだった。

 

「先生、教えてもらえませんか。あの二人とどういう関係なのか」

「それに先生の正体も」

「あんなもの見せられた気になるよ」

 

 殺せんせーが生徒全員を見渡す。皆真剣な眼差しだ。これを裏切るわけにいかないと一つため息をつき。

 

「仕方ありませんね、真実を話さなければならないようです」

 

 それでも多少の迷いはあるのか数秒だけ溜めてから重い口を開いた。

 

「実は先生、人工的に作られた生物だったんです!!」

「っ!?」

 

 そう告白した殺せんせーだが生徒達の反応は薄かった。雪彦を除いて……。

 

「だよね、で?」

「ちょっ! 反応薄くないですか!? 結構衝撃的な事実じゃないですか!? ほら雪彦くんも驚いてます!!」

「てっきり殺せんせー宇宙人か何かだと思ってた」

「失礼な!」

 

 雪彦は途中で転校したため最初の殺せんせーの自己紹介(生まれも育ちも地球発言)を聞いていないのだから仕方がない。

 

「でも自然界に音速超えるタコなんていないし」

「宇宙人でもないならそれくらいしか考えられない」

「で、イトナくんは弟と言ってたから先生の後に作られたと想像がつく」

(察しが良すぎる、恐ろしい子達)

 

 衝撃的な事実をさらりと流されて殺せんせーが驚愕していた。

 

「知りたいのはその先だよ殺せんせー」

 

 話を進めたのは渚だった。

 

「どうしてさっき怒ったの? イトナくんの触手を見て。殺せんせーはどういう理由で生まれて、何を思ってE組に来たの?」

 

 渚の質問に殺せんせーも皆も無言になる。

 

「…………残念ですが、今それを話しても無意味です。先生が地球を爆破すれば皆さんが何を知ろうが全てチリになります。逆に君たちが地球を救えばいくらでも真実を知る機会を得ることができる。もうおわかりでしょう? 知りたいのなら殺してみなさい。アサシンとターゲット。それが先生と君たちの絆です。先生の中の大事な答えを聞くには暗殺で聞くしかないのです。質問がないのなら今日はここまでです。また明日」

 

 そう言って殺せんせーは教室から出ていった。

 

「恥ずかしい、恥ずかしい」

 

 出る直前にもう一度顔を覆いながら。

 

 

 

 殺せんせーとの話が終わった後、生徒たちは帰宅せず烏間の元へと訪れていた。

 

「烏間先生!」

 

 修繕の手配をしていた烏間は呼びかけに応じて振り向く。

 

「どうした? 大人数で」

 

 生徒たちを代表して磯貝が話を切り出した。

 

「烏間先生、俺たちに暗殺技術をもっと教えてください」

「今以上にか?」

 

 烏間は現状の訓練内容に満足とまで言わないが十分納得はしていた。中学生の少年少女たちが行う暗殺訓練として十分だと。だからそう聞いたが

 

「はい」

 

 生徒たちに迷いはなかった。

 

「今まで結局誰かが殺るって、どこか他人事だったけど」

「今回のイトナ見てて思ったんだ、他の誰でもない、俺たちの手で殺りたいって」

「もし他の強力な殺し屋に先を越されたら、俺たちなんのために頑張ってたのか分からなくなる」

「だから限られた時間、殺れる限り殺りたいんです。私たちの担任を」

「殺して自分たちの手で答えを見つけたい」

 

 そう言う生徒たちを見て烏間は笑った。

 

(意識が一つになったな、いい目だ)

「わかった。希望者は放課後に追加で訓練を行う。今までよりも厳しくなるぞ!」

『はい!』

 

 すると烏間親指で自分の背後を指さし

 

「では早速新設した垂直ロープ昇降、始めッ!!」

『厳しッ!?』

 

 

(俺はどうするべきか―――)

 

 殺せんせーの話を聞きE組の生徒達がさらなる実力をつけようと烏間に頼み放課後の訓練を始める中雪彦は悩んでいた。悩みの内容はいたってシンプルである。単独の暗殺技術を磨く訓練を優先するべきか、E組メンバーと組むチーム戦の訓練をするべきかである。雪彦は単独の暗殺技術しか持っていない。そして特異な動きの七夜の体術では指揮する人間が上手く活用できない。この事から雪彦はチームを組んで行う暗殺に関しては上手く力を発揮できていないのが現状だ。

(なんとかしないとな)

 



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