乾巧は四度目の生を生きる (北崎二代目)
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三度目の死、二度目の死

※ 仮面ライダー四号の重要なネタバレになるので気をつけてください


 何度繰り返したのか。何度仲間が死んでいったのか。それはもう覚えていない。彼らが今思えることはただ一つ『乾巧(いぬいたくみ)の死によって戦いが終わる』というその事実だけ。

 

 

「考え直さないか」

 

 仮面ライダードライブ───泊進ノ介(とまりしんのすけ)は巧に言った。刑事で仮面ライダーで、そして一人の人間として優しき心を持った彼がそう提案するのはおかしなことではなかった。いや、むしろ当たり前だ。口には出してないがこの場にいる者たちは皆それを望んでいる。歴史改変装置を破壊する。そうすれば本来の歴史の中で死んでいた巧はまた死ぬ。そんなことを許す人間は彼らの中にはいない。しかし、歪んだ歴史を元に戻す方法はそれしかない。

 

「気持ちだけもらっておくよ」

 

 巧は首を振る。あの時笑顔で死んでいった自分に嘘を吐きたくない。その願いを告げられ進ノ介は渋々引き下がる。本当は彼にこのまま死んでほしくなかった。数え切れない時間を共に戦った仲間だ。言葉で語り尽くせぬ想いがそこにはある。無愛想で猫舌で口が悪く、しかし人の夢のためなら何処までも必死に立ち上がる。巧がそういう人間だと進ノ介は知ってしまった。もう自分と彼は立派な『友』だ。だからこそこんな風に見捨てる自分が許せなかった。それは剛も侑斗も霧子そしてあの海堂も同じだ。そんな彼らが最期に傍にいてくれることが巧は嬉しかった。だから悔いは一つしかない。啓太郎と真理がいないことだけが心残りだ。ずっと共にいた二人がここにはいない。彼らに会いたい。けれど自分が死ぬ瞬間を彼らに見せなくて済んだことは幸運なのかもしれない。二人にだけは自分が死んだと思われるのは嫌だから。

 

「これからも世界を・・・・・・頼んだぞ」

 

 ファイズフォンから放たれた閃光が歴史改変装置を貫く。これでもう時間の繰り返しはなくなった。ショッカーによって歪められた世界が徐々に崩壊していく。もうあと数刻もすれば今、この瞬間の時間はなかったことになる。巧は安堵した。すぐにこの世界が消えるのではなく少しばかりの時間が残されたことに。彼らに自分の想いが伝えられることに。

 

「・・・・・・剛、草加みたいになるなよ」

 

 まずは剛だ。詩島剛(しじまごう)────仮面ライダーマッハ。彼は父の作った機械生命体『ロイミュード』に憎悪の感情を抱いていた。正義感に満ち溢れた彼は父が作った怪人が人々を傷つけ苦しめるのが許せないのだ。だから息子である自分が全てを終わらせると、そう言っていた。剛の戦いは彼らを根絶やしにするまで続いていくのだろう。その姿は憎たらしくて嫌な奴だったかつての仲間によく似ている。あんな風には絶対になってほしくない。

 

「草加って誰だよ? じゃなくて、巧! このまま死んで良いのかよ!?」

「良いんだよ。世界のためにカッコ良く死ねるなら悪くない・・・・・・らしいぞ」

 

 それは剛が言った言葉の受け売りだった。もしかしたらこの言葉があったから巧は今の選択が出来たのかもしれない。

 

「いいか、ちゃんと聞け。お前が憎んでるロイミュードの中にもきっと分かり合える奴がいる。その時に手を伸ばすのは進ノ介でも霧子でもない、お前だ」

「俺・・・・・・?」

「俺は失っちまった。だからお前は失うなよ」

「・・・・・・分かったよ。もうこれ以上失ったりはしねえよ」

 

 涙を堪えて頷く剛の肩を巧が叩いた。

 

「霧子、これからも進ノ介を支えてやれ。こいつは意外と直情的だからお前がいないとダメだ」

「・・・・・・分かりました、乾さん」

 

 次は霧子に想いを伝える。詩島霧子────進ノ介のバディ。彼らは深い絆で結ばれていた。長い間見てきて分かったが進ノ介と霧子は多分、互いに意識しあっている。遠かれ早かれ両想いになるだろう。他人の色恋沙汰に口を出す趣味はないが、他人の幸せを願う夢はある。彼女が頷くと巧は満足げに微笑んだ。

 

「侑斗、またこんな風に時を歪められる時が来るかもしれない。そうなったら進ノ介たちを助けてやってくれ」

「そんなの、言われなくてもわかってる」

 

 最後は侑斗だ。彼は既に涙を流していた。桜井侑斗───仮面ライダーゼロノス。彼の力は人の記憶に依存する消耗品だ。故に他人に忘れられることの辛さはこの中の誰よりも理解している。ひょっとしたら彼と相棒のデネブは巧のことを忘れないでいてくれるかもしれない。いや、そうであって欲しい。

 

「その時はもしかしたら過去の俺もピンチかもしれない。だから・・・・・・頼む」

「ああ、カッコ良くお前らを助けてやるよ!」

 

 この時の巧の警告は遠からず当たることになる。それはもしかしたら彼の願いが少なからずその心の中に残っていたからかもしれない。

 

「あー、もう終わりか」

 

 巧の身体から灰が零れる。オルフェノクである彼の最期は遺体も残さず灰になるのだ。巧の名を彼らは呼ぶ。

 

「・・・・・・じゃあな」

 

 乾巧は世界から消滅した。彼の三度目の死だ。

 

 

「う、うう」

 

 深いまどろみから解放される。うっすらと巧の目が開かれた。そこには綺麗な原っぱが広がっている。

 

「夢、だったのか」

 

 思わず独り言をポツリと呟く。

 

「夢じゃねえべ」

 

 その独り言に答える男がいた。

 

「・・・・・・海堂」

「俺様もお前と同じだぜ。目が覚めたらここにいた」

 

 海堂直也だ。どうやらあれは現実に起きたことらしい。

 

「ちゅーかよぉ、お前俺様に一っ言もなしかよ! あれか、背中合わせで語り合ったから十分てか? 足んねーよ、全然足んねー」

「うるせーな。何も思いつかなかったんだよ!」

「あ、そういうこと言う、言っちゃいます? なんなら今ここで俺様に伝えたいこと伝えてみ? いっぱいあるだろ?」

 

 海堂を無視して巧は立ち上がる。すると灰が少し零れた。二人の顔色が変わる。

 

「二人とも飲み物買ってきたぞ。あれ乾、歩いて大丈夫なのか?」

 

 そこに一人の男がやってきた。

 

「三原・・・・・・。俺は何しにここに来たんだ?」

 

 三原修二。仮面ライダーデルタの装着者。凶悪な力に溺れない強く優しい心を秘めた青年だ。突然の質問に三原は怪訝な顔で巧を見た。

 

「何って・・・・・・二人に最期を見せたくないから、だろ。あのデカいデルタのバイクで君たちを運んだんだ」

「あー、かすかにそんな記憶が俺様にもあるなあ。ふらふらになった乾を背負って三原のトコに来たんだっけなあ?」

「乾はともかく、海堂までどうしたんだよ」

 

 要領を得ない二人に三原は首を傾げる。これまでの経緯を巧は語った。

 

「そうか、俺が少し離れてる間にそんなことが・・・・・・お疲れ様」

 

 不思議なことに三原はこの理解しがたい話しに真面目に耳を傾けていた。

 

「お前、よくこんな話し信じるな」

 

 自分の話してることが全て事実とはいえ巧は三原に少し呆れた。繰り返される時間、時空改変装置、仮面ライダーと呼ばれる英雄。その全てが普通の人間には理解しがたいことだ。彼も直ぐに納得してもらえると思ってはいなかった。

 

「なんでだろうな? 俺も君たちと一緒に戦ったからかな。何となく嘘か本当か、分かる気がするんだ」

「そんなんで良いんか、おめえ」

 

 これにはいい加減な人間代表である海堂も流石に納得がいかない。

 

「まあ良いじゃないか。俺は俺なりに成長したんだ」

 

 二人に並ぶ形で三原は腰掛けた。買ってきた缶ジュースを彼らに手渡す。

 

「なあ乾はその選択に後悔してないのか。世界のために自分を犠牲にしたことをさ」

「さあな」

「まあこういう疑問に答えは出ないよな」

 

 適当に相槌を打ちながら巧は飲み物を口に含む。冷たい。猫舌の自分には助かった。これが真理なら意地悪くホットココアを渡していただろう。そして彼女と喧嘩になり啓太郎が仲裁する。多分、そんな感じだ。

 

「俺様は止めたからな、今更後悔してたとか言わせねえぜ」

「わかってるっての」

 

 海堂は巧を最後まで止めようとした。人外であるオルフェノクとしての孤独に彼は耐えられなかったのだ。それを唯一共有出来るはずの巧がいなくなれば彼は本当に独りぼっちだ。それは凶悪な力を扱いながらも普通の人間であろうとする三原や人間である真理たちには決して理解出来ない海堂だけの苦悩。それも今は吹っ切れたのだが。海堂はオルフェノクの力を誰かに使おうと思った。あの戦いで彼も残された世界や人々を守るという巧の願いを託されたから。そこに今までのような孤独感はない。誰かのためにあろうとする者が孤独になることなんてないのだから。

 

「良い天気だな」

 

 巧は空を見上げる。綺麗な青空が広がっていた。三原と海堂もまた空を見上げる。この空を守ったのは巧と三原そして木場だ。彼らは空を見上げ穏やかな笑顔を浮かべる。

 

「乾、本当に真理に会わなくて良いのか?」

「真理・・・・・・」

 

 巧は目を閉じて彼女の顔を浮かべる。半分は意地だ。あの女に自分の死ぬ姿を見せたくない。残りの半分はプライドか思いやりか、彼には分からない。

 

「ウダウダ考えるくらいなら・・・・・・行くか」

「お、乾。ついに真理ちゃんに会う決心がついたか! よし、俺様が送ってやろう。三原のバイクで」

「俺のかよ!」

「いや、いい。男三人だと気持ち悪いからな」

 

 スッと立ち上がった巧は首を振る。どうやら一人で行く気らしい。その身体から灰が舞うにも関わらず。

 

「待て、乾。無茶だ、送っていく。だって君の身体は『一人で行かせてやれ、三原』・・・・・・海堂」

 

 ふらふらと歩く巧を慌てて三原は追いかける。が、海堂が手で制す。あの時の巧の決意は本物だ。そこに手を差しのべるのは、違う。

 

「・・・・・・乾、俺もう迷わないよ。分かったんだ、俺に何が出来るか。俺は家族を失った子どもたちが平和に暮らしていける世界を作るんだ。だからお前が守った世界は俺が守り続けるから・・・・・・」

「ああ、この世界のことお前にも任せる」

 

 後に三原は地球に突如出現した未知の怪人『インベス』と抗戦することになる。世界中が混乱に陥る中、人知れず戦った仮面の戦士の一人になったのだ。臆病な彼が戦えたのは巧に託された想いと自分の夢があったからであろう。それはまだ誰も知らないことなのだけど。

 

「・・・・・・なあ、海堂。乾はちゃんと真理たちに会えたのかな」

「会えたさ。俺様が保証してやる。あいつは二人に夢を語って死ぬ」

 

 時空改変装置こそ破壊されたが戻された時間にラグがあったのだろう。今、巧たちがいるのは彼が本来死ぬ数時間前なのだ。

 

「結局俺たちが乾にしてやれることは何もなかったんだな」

 

 一人の人間として三原は悔しく思う。何も出来ない自分がもどかしくて仕方がなかった。

 

「いや、ちゃんとしてやれたじゃねえか」

「え?」

 

 しかし、海堂はフッと笑ってそれを否定する。

 

 

「あいつの夢を俺たちはちゃんと受け継いだんだよ」

 

 

 

 

 

────その男には夢がなかった

 

────だから人の夢を守ることにした

 

────やがて夢は、見つかった

 

────その日の空は青かった

 

────澄んだ空に、砂が舞った

 




まだFFFの要素がないです、すいません。次回からはFFFの話しになります


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狼は牙と出会う

今回からファングが出ますが少しオリジナル要素が出ます。注意してください。

 555はテレビ版映画版そして小説を見ました。フェアリーフェンサーエフは通常ADFのプレイ、特典小説二つと砂塵のマントを見てます。何とかキャラクターを崩さないように頑張ってます


 夢のなかった男は長い時間を掛け夢を得た。しかしその男の身体は既に限界だった。その夢を得る過程で多くの仲間と、自分自身を失うことになったから。何もなかった男が夢を得れたのだから悔いはない。友に夢を語れたのだから、戦友に夢を託せたのだから未練はない。傍にいて欲しかった友に囲まれ彼は静かに目を閉じた。ああ、長い旅が終わったんだ。充足感に満たされ『乾巧』は息を引き取った。

 

 

────世界の破壊者と始まりの男に頼まれました

 

────あなたは超越した者の危機に晒された世界で生きていかなければならない

 

────人は人であれば良い、本来穏やかな彼らが戦う力を得る必要も戦う必要もない

 

────だが人でなくなった者はその悲しみを隠して人を守らなければならない

 

────それが戦士の使命なのだから

 

 

 とても悲しい夢を見ていた。それがどんな内容なのか巧はもう覚えていなかった。というより自分自身がなんなのかすら分かない。記憶喪失。今の彼の状況は正にそれだった。

 

「・・・・・・何処だ、ここ?」

 

 目が覚めたらまったく見覚えのない場所にいた。鬱蒼とした森の中。見た限りの印象ではそんな場所に彼は倒れていた。

 

「俺は誰なんだ?」

 

 乾巧。猫舌で無愛想。オ×××××。そして『夢』がない。これらの要素は思い浮かぶ。自分がどういう人間なのかは分かるのだ。だがそこにどうやって至ったのかがまったく思い出せない。確か旅をしていた。そんな記憶がある。気がする。夢を探す旅の途中だった。多分、そうだ。

 

「ま、動き回ってれば思い出せるだろ」

 

 どうにもならない時は物事を楽観的に捉えるしかない。巧は自分の物と思われる高そうな『トランクケース』を持ち、銀色のバイクを引っ張った。

 

「なんなんだ、これ?」

 

 巧は自分の荷物がどういう物なのか分からなかった。とても大事な物の気はするのだが。しかし、トランクケースはともかくバイクがあるのは助かった。幸いなことに自分はバイクの運転の仕方は覚えている。これで道さえ見つければ街に行くことが出来る。そしたら適当に旅費を稼いでまた次の街に行こう。そうだ、今までもこうして旅をしていた。そんな気がする。

 

「・・・・・・ここなら走れそうだな」

 

 しばらく森の中を歩いていると車一台が丸々通れそうな獣道を見つけた。バイクのアクセルを解き放つ。心地の良い音が鳴った。このまま森を抜け出そう。そう思った巧だが即座にその考えが浅はかだったことを知る。・・・・・・獣道とは文字通り獣が通った後の道だ。つまり車が丸々一台通れる道ということは、だ。

 

『ガアア?』

「・・・・・・は?」

 

 車並みの大きさの獣がいる、ということだ。巧と同じようにその獣は森から抜け出した。こんな獣がいるなんて予想すらしてなかった彼はバイクにまたがったままポカンと佇む。それは巧の記憶の中で存在するクマに似ながらも金属製の鉤爪や鉄の仮面にその身を固めた未知の生命体であった。お互いに視線が重なったまま硬直する。巧が獣を怪物と、怪物が巧を人間と認識した瞬間、空気が一変した。

 

『グオオオオ!』

 

 怪物は巧に襲いかかる。

 

「・・・・・・くそ!」

 

 巧はバイクを反対方向に発進させる。なんとか逃げなければあっという間に怪物の餌食になる。『アレ』になるのは出来るだけ控えたい。第一怪物に勝てる保証もないのだから此処は逃走するのが正しい判断だ。この銀色のバイクがオフロードタイプなのが助かった。転がる石ころや木の枝を気にせずただひたすらに走ることが出来る。だが不安定な道でスピードをあまり出すことは出来ない。万が一でも横転するようなことを考えれば当然だ。したがって怪物との距離はなかなか広がらない。しばらくの間このイタチごっこは続く。

 

「う、お?」

 

 背後の怪物を気にしつつ走る巧の目の前に何かが飛び出して来た。慌てて急ブレーキをかけて止まろうとするも間に合わない。その飛び出した生き物を轢いて彼のバイクが横転する。投げ出される形となった巧はゴロゴロと転がり手短にあった木に激突する。激しい痛みが身体を突き刺さるがブレーキをかけてたおかげで軽傷で済んだ。何とぶつかったんだ。視線を向けるとそこには潰れた紫色の巨大なヘビがいた。内心で謝罪しつつ巧は急いで立ち上がる。早くここから離れなければ────

 

『ガウウウ!』

「ちっ! っ!?」

『キシャア!』

 

 怪物は目の前にいた。出来るだけ離れようと後退したら今度は轢いたヘビのつがいと思われるヘビがいた。八方塞がり、巧は知らぬ間に追い詰められていた。こうなったら『アレ』を使うしかないか。巧の頬にうっすらと灰色の紋様が浮かび上がる。出来れば使いたくないがこの状況を切り抜けるにはこれしか方法がない。彼は怪物に向かって身構えた。────その時。

 

────ブオン!

 

 空気を切り裂く風切り音。巧に向かって、いや性格には彼の後ろにいたヘビに向かってそれは一直線に飛んだ。肉を切り裂く音が巧の耳に突き刺さった。慌てて振り返ったその目に映ったのは銀。銀色の西洋剣がヘビを貫いていた。一体誰が、視界を動かすと怪物がうなり声を上げ警戒する一人の少年がいた。

 

「お、流石は俺。狙い通りだな!」

 

 その少年は得意げに笑みを浮かべた。口調から察するにこの剣は彼の物なのだろう。腰のベルトに差し込まれたもう一本の剣がそれを物語っていた。助けてくれたのか、巧は首を傾げてその少年を見た。青い目が特徴的な茶髪の男だ。

 

『何が狙い通りだ。偶然当たっていたのを偉そうに。一歩間違えばあの少年に命中していただろう』

 

 もう一つ声が聞こえる。男の声だ。少年以外にも人がいるのか。巧は周囲を見渡したがその声を出したと思われる者はいない。

 

「うるせーよ『ブレイズ』。俺様が狙い通りって言ったら狙い通りだ。結果オーライなんだよ」

『それは狙い通りではない』

 

 少年の向ける視線の先を追ってみると腰に差さった剣に向けられていた。剣が喋った? 現実感のないことで巧は理解が追いつかなかった。だが何か、道具が喋ることに心当たりが・・・・・・。

 

────standing by

 

────start your engine!

 

 頭に痛みが走る。何か失った記憶の中に彼の剣のように喋る武器があったのだろうか。少し忘れていたモノを思い出した気がした。

 

『ファング~。はやくそっちのモンスターも倒してよー。このまま刺さったままなのやだよ~』

 

 幼い少女の声が目の前の剣から発せられ巧はハッとする。

 

「あ、わりいわりい。さっさと倒して抜いてやるから待ってろ『キョーコ』」

 

 あっちの男の声がする剣はブレイズでこっちの女の子の声がする剣はキョーコという名のようだ。

 

『ふ! フェンサーでもないお前がヤツに勝てるのか、『ファング 』?』

「知ってて言ってるんだろ? 俺が勝つってな!」

 

 少年────ファングは抜剣すると瞬時に駆け出す。剣一本で怪物を倒す気か。巧は目を見張って彼と怪物の戦いを観戦する。いざという時は何時でもファングを助けられるように。彼は剣の間合いに怪物が入り込むと目にも止まらぬ速さで剣を振った。相当腕が立つのだろう。ファングはブレることなど一切なく性格に怪物の首に斬撃を加える。

 

『グ、グオオオ』

 

 怪物は苦悶の声を上げる。が、その巨体は崩れなかった。浅く血を流してるがまだ生きている。しかし、痛みは感じていたのか怒りに任せてその鉤爪が振り下ろされた。このままではファングに突き刺さる。だが彼の顔に焦りはない。激しい金属音が鳴る。彼は瞬時に鉤爪での攻撃を剣で受け流した。地面に深々と突き刺さった鉤爪を直接受け止めるようなことをすれば間違いなく腕が痺れていただろう。

 

「げ、今ので死なねえのか・・・・・・」

『クマは脂肪と皮が厚いの~。剣でやっつけるのはむずかしいとおもうよ』

 

 先ほどの一撃で倒せなかったことが心底意外だったのかファングは口を歪める。そんな彼に巧の背後にいる剣────キョーコが適切なアドバイスを送る。

 

「サンキュー。なら顔面にぶちかましてやる!」

 

 ファングは地面の鉤爪が抜けず隙だらけになった怪物に掌を向ける。彼の手が赤い幾何学模様の光に包まれる。巧が気がついた時には怪物の顔が燃え上がっていた。怪物は顔に激痛が走ったのか鉤爪を無理やり引っこ抜いて大暴れする。ファングは軽く後ろに跳んで避ける。巧は不思議に思った。どうやって火を出したのだろう。魔法でも使ったのか。彼の頭に数多くの疑問が浮かぶ。

 

────さあ、ショータイムだ

 

 ・・・・・・また何かを思い出しそうになった。どうやら自分は記憶を失う前は魔法使いと知り合いだったようだ。赤い炎のシルエットが一瞬頭がよぎった。

 

『今だ、トドメを刺せ』

「言われなくてもそうさせてもらうぜ」

 

 ファングと怪物の戦いはいよいよ大詰めだ。もはやまともに立つことも出来ない怪物にこれ以上の苦痛は与えまいと彼は一撃でケリを付けようとする。まるでバットをフルスイングするかの如く勢いよく振り抜かれた剣に怪物は崩れ落ちた。遠目からでも一目で分かる。溢れ出た怪物の大量の血がヤツの絶命を証明していた。

 

『お見事』

「ま、俺にかかればこれくらい楽勝だ」

 

 ファングはポンポンと手に付いた埃を払う。癖なのだろうか。ヤケに様になっている。それだけ場数を踏んできたということか。

 

(コイツ、何者だ)

 

 巧はファングを強く警戒する。記憶を失っているから何とも言えないが少なくとも彼の想像の中では剣を所持している人間というのは真っ当な物ではなかった。無論、助けてもらったことには感謝しているが。こういうタイプの人間に関わると面倒なことになると失われた記憶の断片が警鐘を鳴らす。適当に礼を言ってとっととこの男から離れよう。巧はそう思った。

 

「おい、お前」

 

 思っただけだった。向こうから声を掛けられれば助けられた手前邪険には出来ない。巧の場合これが街中ならやり過ごして逃げてたかもしれないが相手は武器を持っていて森の中、機嫌を損なわれては何をされるか分からない。

 

「・・・・・・なんだ」

 

 だから無愛想な巧なりに精一杯愛想良く振る舞う。0に何を掛けても0だけど。

 

「その剣、取ってくれ」

 

 要求は単純なものだ。頷いて巧はヘビに刺さった剣を抜く。毒々しい紫色の血をしていた。こんな色の血は見たことがなかった。

 

「あ、血に触るなよ。何の病気があるか分かったもんじゃねえ」

「おっと」

 

 一瞬、その血に振れようとした巧はファングに言われ慌てて手を離した。どうやら記憶を失う前の自分はこういうことは経験してなかったようだ。

 

「ほらよ」

「サンキュー」

 

 ファングは巧から剣を受け取る。キチンと布で血を拭き取ってから。

 

『はやくあらってー』

「へいへい、川を見つけたらな」

『子どもは面倒なものだ』

 

 ファングはブレイズと違ってキョーコが血を拭くだけで満足しないのを知っていた。その不満が募ると一日中うるさいのでたまったものじゃない。どこかで川を見つけなければ。今晩はそこで野宿だ。

 

「あ、お前も来るか?」

「・・・・・・俺?」

 

 ファングの意外な一言は巧を驚かせる。この少年も見たところ旅をしているようだ。どう考えても厄介事を抱えてそうな彼について来るかと聞くのは不自然に思える。そういった『善人』がいるのは知ってるが良からぬことを企んでいる者が大半だ。ここは断るべき────

 

「いや、そのクマ解体して売るから一緒に運んでくれると助かるんだよ。助けてやったんだからそれくらい良いだろ」

 

 断る理由は特になかった。 

 

 

 夜の物静かな森に焚き火の音だけが聞こえる。パチパチと火の粉が散るの巧はぼんやりと眺めていた。これからどうしようか。ずっと悩んでいる。

 

「ほら、これで綺麗になったろ」

『ありがとー、ファング~』

 

 濡らしたタオルでキョーコの刀身を磨けばたちまち彼女は上機嫌の声を上げる。幼いキョーコの喜ぶ姿(剣だが)にファングは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「あんたはどうして俺を助けた?」

 

 何となく気になる巧。いくら腕に自信があってもクマと戦えるかというとそこは度胸の問題だ。

 

「何となく? 強いて言うなら俺が天才でイケメンだからだな」

「・・・・・・理由になってないだろ」

 

 呆れる巧だがファングは本気で言ってるように思える。この男はただの善人でもただの悪人でもない。前置詞に『バカ』が付くタイプだ。

 

『この男の行動に理解を求めるのは無謀な試みだ』

「そうそう。なんせ俺様は天才だからな!」

『ファング、きっとほめてないよ~』

 

 ファングは仲間にも呆れられている。きっと普段からずっとこんなテンションの男なんだろう。・・・・・・なんだかこんなタイプの男とよく似た奴を他にも知っている気がする。

 

「あんたら・・・・・・ブレイズとキョーコだったか? 何で剣が喋ってんだよ?」

 

 気になることは他にある。彼ら喋る剣だ。自分自身も特異な存在だと思うが生命を持つ剣は見たことがない。

 

『我らは『妖聖』。太古の時代『女神』と『邪神』のその身から放たれた封印の力を秘めた剣『フューリー』に宿った魂だ』

「女神、邪神・・・・・・?」

 

 聞いたこともない言葉が次々とブレイズから言われ巧は混乱する。記憶喪失でも知識は残っている。事実自分やバイクのことは知っていた。だがあの怪物やこの剣については一切心当たりがない。どういうことだ。腕を組んで考え込む。

 

「なんか集めると願いが叶うらしいぞ」

「願いが、叶う?」

「本当かは分かんねえけどな」

 

 もし本当に願いが叶うならこの失った記憶を取り戻したい。あるいは『普通』の人間に戻るか。巧は捕らぬ狸の皮算用をしていることに苦笑を浮かべる。

 

『でもファング、ちっともフューリーあつめない』

「今すぐ叶えられんならまだしもそんな手間が掛かること誰がやるか。未来のラクより今ラク出来るかが重要なんだよ」

 

 不思議な男だ。比較的欲が薄い巧でもどれだけ時間を掛けても叶えたい願いがあるというのに。ファングは面倒だからそれをやらないと言い切るのだ。

 

『こういう男だ。故に俺はファングについていく。旅は先の見えぬ方が面白いからな』

『わたしはファングといっしょだとすごく楽しいから旅する~』

「旅、か」

 

 先が見えないと言えば自分もそうだ。記憶を無くした男だ、本当の意味で何のアテもない旅をしていることになる。

 

「あ、そうだ。お前、名前は? こっちばっか話すのは不公平だろ」

「乾巧だ」

 

 今度はこっちが質問される番だ。最も話せることなんて自分の名前しかないのだが。今の巧は何も覚えてない。

 

「巧も旅をしてるのか?」

「さあな」

 

 曖昧な返事しか出来ない。旅をしてたのかも確信を持てない。

 

「さあなって何だよ」

「・・・・・・覚えてないんだよ」

 

 巧は自分が記憶喪失になってることを説明した。気づいたら森の中にいたこと。何も分からないまま唯一持ってたのはバイクとトランクケースしかなかったこと。そして何とか森を抜け出そうとしたら怪物に襲われ今に至ったという訳だ。

 

「・・・・・・信じられねえ」

 

 流石にお気楽なファングも懐疑的な視線を向ける。

 

『だがそれなら軽装で軽率な行動も説明がつくな』

「だよなあ。いくらなんでも俺を騙すメリットはないよな。大方盗賊に襲われたショックで記憶を失ったんだろ。それならこの軽装も納得だ」

 

 だが巧にとって幸いだったのはその服装のおかげだった。どう見ても森を抜ける装備ではない。普通はファングのように野宿の出来るテントやモンスターと交戦するための武器などが必要になるはずだ。

 

「トランクケースは服、バイクは盗品じゃ金にならなかったから盗られなかったんだな、多分」

「・・・・・・信じてくれるのか」

 

 ファングが人を疑わないのは仮に騙されていたとしてもどうにでも出来る自信があるからなのだがそんなことを知らない巧からすれば心底意外だった。

 

『たっくん、かわいそう』

「その呼び方はやめろ・・・・・・いや、やっぱり呼んでいい」

『うえ?』

 

 子どもっぽいあだ名は少し不快だ。しかし一瞬、穏やかな顔立ちの青年が浮ぶ。たっくんという呼び方を過去にしていた者が他にもいたのだろう。嫌だったが何かを思い出す手掛かりになるかもしれない。流石にファングに呼ばれるのは嫌だがこれからもキョーコにはたっくんと呼んでもらおう。

 

「ま、積もる話は後にして飯にしようぜ」

 

 パンっと両手を叩いてファングが話しを切り上げる。

 

「ふむ、そろそろ腹がすいてきた頃合いだったからな」

「わーい、ごはんー!」

 

 ブレイズとキョーコが妖聖の姿で実体化する。ブレイズは黒衣を身に着け白い髪が特徴の美青年の姿を、キョーコは赤色のリボンに薄紫色の長い髪、白衣に身を包んだ可愛らしい少女の姿をしていた。

 

「・・・・・・お前ら人間になれんのか?」

「少しの間だけな。自力で実体になれる」

「フェンサーってヤツがいればずっと実体化出来るんだとよ。俺はコイツらには適性がないらしいからフェンサーにはなれねえらしいけど」

 

 巧は訳の分からないことばかりで頭が痛くなってきた。しかし、こうも理解が追いつかないことばかりが起きるとフューリーを集めると願いが叶うというのも本当かもしれないな。彼は少し希望が湧いてきた気がした。

 

「きょうのごはんはなにー?」

「さっきのクマの肉と穫れたばかりの山菜で作った鍋だ。美味そうに出来たぞ!」

「おいしそー!」

 

 巧の顔が強張る。そのグツグツと煮だった鍋を前に固まって動くことが出来ない。匂いは良い。味噌仕立ての濃い味付けは彼の好みにも合うだろう。しかし、この料理には致命的な欠陥がある。なんとか動かすことが出来た口から絞り出された言葉がこれだ。

 

「・・・・・・熱そうだな」

 

 




オリジナル要素としてファングはアリンに会う前から二本のフューリーを持ってます。理由として街を出ればモンスターや盗賊がいる世界で丸腰は不自然だからです。ゲーム中では特に語られませんでしたがストーリーを書いてく都合で武器を持たない二人でこの先のアリンに会うまでのオリジナルストーリーをやるのは難しいと判断しました。すいません。フューリーの人選はADFの追加組の火属性から選出しました。


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そしてまた旅に出る

「おっせえな」

 

 ファングが倒したモンスターの素材を近くの村まで頼まれてバイクで運んだ巧は酒場に入っていた彼を待っていた。あのモンスターはどうやらこの村から近くの村へと繋がる道を通る人々を襲っていたらしい。被害者が冒険者に討伐の依頼を出していたようだ。ちょうど纏まった金が欲しかったファングは依頼に食いついた。モンスター狩りなんて腕に自信がある者しかやらない。リスクが多い上に真っ当な職で働いてる人間ならそっちの方が金が手に入る。しかし、その日その日をテキトーにダラダラと過ごしているファングにとってモンスターを狩るだけの仕事はまさに天職だ。幸い剣の腕は立つ。・・・・・・ファングが依頼を受けなかったら巧はどうなっていたのやら。

 

「よお、待たせちまったな」

『いっぱいおかねもらえたよー』

 

 ファングは上機嫌で酒場から出てきた。バイクに寄っかかっていた巧は一伸びすると立ち上がる。こっちは一転して不機嫌だ。

 

「で、お前に心当たりがある奴はいたか?」

 

 村に着いた時にファングは言った。この村に巧の家族や友人がいるかもしれないと。結果は態度が物語っていた。

 

「・・・・・・いや、誰も」

「あー、残念だな。見つかれば良かったんだけどなあ」

 

 目に見えてテンションが下がっている巧にお気楽なファングも少し同情する。どうしたものか。手当たり次第に街や村を回るのは効率が悪すぎる。第一ファングにはファングでやりたいことがあるのだ。そこまで協力するのは難しい。かといって巧に一人でなんとかしろというのも厳しいだろう。記憶もなければモンスターや旅の知識もない。いくら快楽主義者のファングとてこのまま見捨てるという選択肢を選ぶのは気分が悪かった。

 

『巧、という名前からして住んでる地方あるいは国が違うのだろう。妖聖にもお前と同じような名前の者がいたがやはり珍しい服装をしていた』

 

 ブレイズの意見は正しいように思える。巧はそもそも自分が住んでる国と違うのではどうにもならないことに気づいた。八方塞がり。自然に記憶が戻るのを待つしか方法はない。巧は悩む。

 

「ファング、お前ならどうする?」

 

 自分でどうしようもないんだ。他人に聞くしかない。

 

「・・・・・・ただ記憶が戻るのを待つのだけは面倒だな。普段なら喜んでゴロゴロするとこだが記憶がないのに何もしねーってのは落ち着かねえ。何かやらないといけないことが絶対にあるはずだ」

 

 しかし、ファングの出した答えは巧の感じている焦燥感そのものだった。

 

『ファングのばあいはやらないといけないことがごろごろすることだよね』

「うるせえ。例え同じことでも分かる分からないで大きく違うんだよ」

『認めるな、阿呆が』

 

 いっそファングたちについて行けたらと、そう思ったが首を振る。他人と一緒に行動するのは苦手だ。面倒なのもあるが何より他人の期待を裏切るような真似は絶対にしたくないからだ。巧はまた思案する。そして何も思いつかなかった。

 

「・・・・・・考えるのも飽きた。メシにしよう」

「じゃあ俺、肉が食いてえ!」

 

 ファングは食べ物のことになると目を輝かす。例えどんなに暗いことがあった後でも。せめてこれくらいのお気楽さが自分にも備わってれば記憶がなくても何とかなるのにな。巧はため息を吐いた。

 

 

「ステーキセット二人前お待ち!」

 

 結局何を思いつくこともないまま昼になってしまった。昼食はファングの要求していた通り肉だ。熱い物が苦手な巧も切り分けてるうちに自然と冷めるステーキは好きだ。

 

「おぉ~、うっめえ」

 

 ファングは大きめに肉を切り豪快にかじりつく。辛めのタレは肉との相性が良く備え付けのごはんの箸が進む。巧は焼きたてでは食べれないので先にサラダを食べてから肉を食べた。巧の口にもステーキの味は合ったのか勢い良くかきこむ。

 

「・・・・・・ブレイズたちは食わないのか」

 

 昨日の夕飯の時は実体化していたのに今は何故一緒に実体化しないのだろうか。巧は疑問に思う。

 

『そうそう人前で実体化など出来ん。フューリーというだけで我らを狙う輩がいる』

『とくにファングはフェンサーじゃないからかっこうのえじきなんだ』

「そんな奴らは全部返り討ちにしてやったけどな。ま、俺じゃないと死んでたかもな」

 

 願いを叶える力は人を変える。他者を殺してでも叶えたい願いを持ってる人間は山ほどいるはずだ。例えば恋人を失った者や不治の病に悩まされる者などは関係ない他人なら迷わず殺せるだろう。ファングは単純な欲望しか持たないから他人のフューリーを奪う気はない。だがそういう人間は何処までも残酷で恐ろしい存在だと理解している。ブレイズとキョーコを彼が持ち手放さないのは無用な争いを避けるためというファングなりの善意なのかもしれない。

 

「巧は記憶を取り戻す以外で叶えたい『夢』とかあるのか」

 

 一足先に食事を終えたファングが言った。

 

「・・・・・・洗濯物が真っ白になるみたいにみんなが幸せになってほしい」

「・・・・・・なんだそりゃ」

「夢って聞かれて浮かんだのがそれだ」

 

 ファングが目を丸くする。巧が自分で言っていてもよく分からない夢だ。だって乾巧は夢のない男なのだから。この夢はきっと優しい誰かの夢だ。巧の夢ではない。無愛想である自分が自身や身内ではなく他者の幸福を願える、そんなことありえないと思う。もし本当に自分の夢なら何を経験すればそんな夢を抱けるようになるのだろう。記憶を失う前の巧が誰からその夢を教えてもらったのかは分からない。とても難しく、そして優しい夢だ。

 

『ほお、どうやら完全に記憶がなくなった訳ではないようだな。断片的には覚えているのか』

「らしいな。ファングが戦ってる時にも何か感じた」

『じゃあたっくんのしってるものがあればなにかおもいだせるかも』

「お、なら巧も旅をすれば良いんじゃねえか」

 

 ファングの提案は良い考えだった。じっとしていても思い出せる保証がないなら自分から動いた方が記憶の戻る可能性は高い気がした。しかし、巧は浮かない顔をしている。何か旅に出るのに抵抗感でもあるのだろうか。記憶が戻るかもしれないのに。

 

「あー、でもお前旅の仕方とかモンスターの戦い方も知らないんだよな」

『ファング~たっくんをたすけてあげようよ』

『そうだ。記憶をなくした若者を一人放置するなど俺は認めん』

「・・・・・・いや、足手まといになるから気持ちだけもらっておく。俺はここに残る」

 

 巧はこれ以上ファングに迷惑をかける気はなかった。本当は頼んだ方が良かったのかもしれない。だがどうしても抵抗感を感じてしまう。記憶をなくす前から多分そういう性格だったのだろう。他人と深く関わるのは、怖い。

 

「足手まといとかじゃなくてよ、お前がどうしたいんだよ」

 

 ファングの目が巧の身を固めさせる。まるで彼が逃げようとするのを見透かしたようなそんな目で睨んでいた。

 

「俺は・・・・・・」

 

 記憶を取り戻したい。その一言が出ない。もしかしたら記憶を失ったのにはとても恐ろしい何かがあったからとか、何か大事な者を失ったとかそういう思い出したくない何かがあるからかもしれない。だから巧は踏み出せない。

 

「・・・・・・俺が旅をしてるのはな、世界ってのが面倒くせえからだ」

 

 そんな巧に何かを感じたのかファングは何故自分が旅をしているのかを語った。

 

「人間ってのは自由に生きられねえ。社会が広ければ広いほどルールも厳しくなる。何をやっても常にそれは『正しい』それは『間違ってる』とようするに善悪で決められちまう」

「善悪?」

「女神と邪神がいるから善悪が分かれるっていうが俺はそうは思わねえ。人がいるから善悪が分かれる。俺はそういうルールに縛られんのが面倒くせえ。例えそれが正しくても、間違っててもどうするかは俺の自由だ」

 

 ファングの旅の理由と巧が旅をするしないは直接関係ない。だが巧はファングの言葉に耳を傾ける。

 

「別に犯罪をしてえとか正義の味方になりてえとかそんなんじゃねえ。俺が言いたいのは『俺の運命は俺が決める』ものだ。そこに誰かの横槍はいらない。だから俺は旅をするんだ。自由にぐうたら生きるために、な」

 

 俺の運命は俺が決める────巧はその言葉を胸の中で反芻する。そうだ、俺もそうやって生きてきた。自分が変われば世界も変わる。不屈の意志で何かに立ち向かい続けた。記憶がなくなる前の乾巧はそういう男だった気がする。ファングのおかげで巧は少し気が楽になった。

 

「どうするかはお前が決めることだ。ここのメシは奢ってやる。これまでのタクシー代だと思ってくれ」

 

 そうやってファングが会計を済ませた後も巧は座って何かを考え込んでいた。

 

『ファング~、ほんとにたっくんおいてっていいの?』

「俺が無理強いすることじゃねえんだよ。あいつ自身がどうするか決めなきゃならねえ。記憶喪失の奴に道を用意しちまえばその道を進むしかねえだろ。他の道を、下手すれば歩き方すら知らねえんだからな。それは駄目だ。何の解決にもならねえ」

『一理ある。だがファング。お前自身は巧をどう思っている? 我らもお前が旅をしている理由を聞いたのは初めてだぞ』

「さあな。天才でイケメンの俺は困ってる奴を見過ごせないんだよ」

 

 ファングは何故あんなことを言ったのだろう。彼の発言の大半は心から思っていることだ。決められた道を進むのが大嫌いだからファングは旅をしている。無謀なことではあった。危険も困難も何度経験したか分からない。これからもそれは旅をする限りずっと続くのだろう。それでも好きな時に食って好きな時に寝る、という単純なことが出来た喜びは言葉にならないものだった。だからこれからもファングは旅を続ける。

 

『たっくんどうするのかなあ?』

「ま、あいつなら大丈夫だ。絶対にな」

『ほんと、ぜったい? ファングはうそつきだからしんじられないよ~』

「公明正大清廉潔白な俺の何処が嘘吐きなんだ」

 

 そういうところが嘘吐きなんだ。ブレイズとキョーコは同時に突っ込んだ。

 

「心配すんなよ。あいつの目を見たら誰でも分かる」

『根拠のないことをやけに自信満々に言うではないか』

「そこがこの俺の凄さだ」

『でもたっくんならだいじょぶだよ、きっと』

 

 巧の心配はもうしないで良いだろう。それにしてもこの村も大分長居したな。そろそろ潮時だ。また移動しよう。さて次はどこへ行こうか。旅の資金も手に入れたし遠くに行くのも悪くないか。ファングは思案する。

 

「お前らは何処か行きたい場所とかあるか?」

『ふういんされてたんだからわかんないよー』

『・・・・・・ゼルウィンズ地方』

「何処だ、そこ?」

 

 ファングはポケットサイズの地図帳を取り出してブレイズが言っていた地方を探す。あった。大企業を中心に大きな街や村が取り巻く地方らしい。北東は寒冷な地域、北西は熱帯の地域と自然に富んでいるようだ。悪くは、ない。だが・・・・・・。

 

「随分遠いな。途中小さな村を経由してもひと月近く掛かるぞ。こりゃ移動費だけで資金が飛ぶな」

『無理なら構わん。だが彼処には数多く我らの同胞がいる』

「・・・・・・へえ」

 

 それは良いことを聞いた。願いを叶える力に興味はないがフェンサーという存在には興味がある。かなりの剣の腕を持つと自負しているファングでもブレイズたちを狙って襲ってくるフェンサーに苦戦を強いられることがある。フューリーが集まる場所にはもっと強力なフェンサーもいるのだろうか。戦いたい、という訳ではないがそれ程の強さを持ってなお叶えたい願望が何なのか見てみたい。巧の語ってたような純粋な夢か、あるいは世界征服といった広大な野望か。快楽主義者のファングが目を見張るような人間が見れるかもしれない。そう考えるとフューリーが集う地方というのはとても面白そうだ。多少値は張るが行ってみる価値はあるな。

 

「じゃあ次の行き先はゼルウィンズ地方にするか」

『え~またのじゅくばっかのせいかつはやだ~!』

 

 キョーコは精神的に幼い。長旅を強いるのは気の毒だ。

 

『それは同胞に会うより、重要なのか・・・・・・?』

「んなこと言っても遠いんだから仕方ないだろ。お前だけ置いてく訳にもいかねえし。つか俺が困る」

『ぶーぶー!』

 

 せめて移動手段があれば話しは別なのだが。ファングとしても面倒なのが嫌なのは変わりない。出来ればとっととゼルウィンズ地方に行きたい。

 

「おい、ファング」

 

 しばし悩んでいると巧が追ってきた。バイクに乗っている。

 

「巧・・・・・・」

「ここにちょうど良いタクシーがある。乗るか?」

 

 後部座席を指差して巧が言う。その顔は少し笑っていた。思い詰めていた時が嘘のように吹っ切れてるようだ。

 

「ああ、頼む」

『のるのる~。たっくんありがとう!』

「目的地は何処だ?」

『ゼルウィンズ地方。案内はファングがする』

 

 さっそくファングは後ろに乗り込んだ。

 

「言っとくが俺のタクシー代は高いぞ」

 

 巧が笑って言う。ファングもニヤリと笑う。

 

「この俺がお前の旅の用心棒をやってやる。それで十分だろ?」

 

 巧は勢い良くバイクを走らせた。もう迷いはない。ここから二人の旅が始まるのだ。




巧を牙-KIBA-の世界に転生させようか迷ったけどマイナーな上に異形の花々並に爽やかになるので明るい作風のFFFにしようと思いました。もしくはその作品の主人公のゼッドをFFFの世界へ転移させようかと思ったけど明るい作風が爽やかになるので止めました


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暗殺者は一寸先の闇の中にいる

たっくんがクラブにいた女子高生をお持ち帰りしたと聞いて幻滅しました。草加さんのファンになります。


「おい、タクシー」

「なんだよ・・・・・・」

 

 げんなりした様子のファングが巧の背中を小突く。巧はうんざりした様子で返事をする。歩き続けてもう一時間くらい経ったか。足に溜まった砂が気持ち悪い。

 

「よりによってこんな砂漠でガス欠するってどういうことだよ?」

『だから俺は言ったんだ。遠回りするべきだと』

 

 彼らはゼルウィンズ地方へ向かうのに最短の砂漠を横断しようとした。本来なら迂回するのが最善だが元来面倒くさがり屋の二人は急がば回れという言葉を知らない。バイクですっ飛ばせば二週間が一週間になるとブレイズの警告を無視した結果今に至るという訳だ。

 

「知らねえよ、このクソオンボロ・・・・・・」

 

 巧はつま先でバイクを蹴った。何処か街か村に到着するまでこの鉄の馬は踵を鳴らすことはないだろう。

 

『ピロロ!』

「ん? 今コイツなんか喋らなかったか」

「気のせいだろ・・・・・・あー! クソ、俺は暑いのが大嫌いなんだよ」

『たっくんねこじただもんね』

 

 巧は暑さをごまかすようにペットボトルの水を傾けた。乾いた喉が潤う。ブレイズが念のため徒歩で渡る分の装備を用意していたのが幸いし物資に余裕はある。今すぐに大事が起きることはないだろう。しかし、余裕があっても限られてるのには変わりない。何処か途中で補給出来ると助かる。

 

「俺だって涼しい部屋のベッドでゴロゴロしてえよ。さっさと『サンドミージ』って所まで行って休もうぜ」

 

 ファングが地図と方位磁石を確認する。方角は間違ってないからその内たどり着くはずだ。サンドミージに着いたらバイクも直せる。サンドミージは砂漠の中に存在する大きな街だ。油田を発掘したことから近年発達を続け今では大都市にまで変貌した。ここで小休止を挟んでバイクを直そうという算段だ。

 

「ブレイズ、どれくらい掛かるか分かるか」

『今のペースだと夜間の休憩を考えて明日の昼間にはたどり着けるだろう』

「この地獄は明日まで続くのかよ! はー、家はねえけど帰りてえ」

「言うな、ファング。俺まで嫌になる」

 

 巧が止めてもファングはひたすら帰りたい帰りたいと連呼した。それでも歩き続けているだけ彼にしては珍しく頑張ってると言える。ここにしっかり者の真人間がいれば今頃ファングと口喧嘩してるかもしれないと巧は思った。しかし、巧もファングが言わなかったら自分が同じことを言うと自覚している。なので彼はファングの愚痴にひたすらうんと頷いた。

 

「あちい!」

「暑い!」

『あっついよ~!』

『・・・・・・お前ら我慢しろ。どうせ夜になれば寒いと思うくらい涼しくなるさ』

 

 気づけば三人はもうヘトヘトだ。いくら砂漠用の装備をつけようが暑いものは暑いから仕方がない。ただ一人冷静なブレイズは妖聖の力で時間を確認した。日がそろそろ傾く頃だ。もう少しすれば彼らも静かになるだろう。

 

「だがキョーコ、お前は炎の妖聖なのに何故暑がる」

 

 

 砂漠の夜は寒い。昼間は炎天下だが夜になればマイナスを越えて氷点下となる。その温度差は50度を越えるという。はーっと息をする。吐く息が白い。パチパチと燃える焚き火が一切の光のない暗黒を照らす。

 

「あー、くそ寒い」

「さみい。あったけえベッドで寝てえ」

『さみゅいよ~』

『・・・・・・まあ分かっていたさ』

 

 ファングは震える身体を暖めるために焚き火に両手を向ける。砂漠を旅するのは経験がなかった。知識の上では万全の準備をしてきたはずなのだが実際に体験すると想像よりも遥かに厳しい寒さだ。

 

「・・・・・・なあ、お前のトランクん中って何が入ってんの。服、じゃないよな。開けてるとこ見たことねえ。着替えもバックパックの中だろ」

「開けてみろ。携帯とかカメラくらいしか入ってなかったよ」

「記憶をなくす前のお前は何考えてんだ。電話鳴っても分かんねえだろ、それ」

 

 無造作に投げつけられたトランクをファングは開く。中身は巧に言われた通り今時珍しいガラパゴス携帯とカメラ、そしてベルトのバックルが入っている。ファングは携帯とベルトを掴んだ。彼の着けている皮製の物と違う金属製のベルトはどことなく機械的な印象を感じる。巧は初めてこの携帯とベルトを見た時言いようのない懐かしさを感じた。それが何なのかはいまいち分からなかったが記憶を取り戻すにはこれが重要な鍵を握っていると確信した。

 

「何年前のだ? かなり古そうだから分かんねえ。『スマートブレイン』っていう会社も聞いたことねえな。あ、誰かの番号とか入ってたか?」

「・・・・・・いや、初期化されてた」

「記憶を取り戻すチャンスだったのにな。残念だ」

『だが番号が変わってないならお前に電話かメールが来るかもしれん。ちゃんと肌身離さず持っておけよ』

 

 ブレイズに言われ巧はコートのポケットの中に携帯を入れる。

 

「さて、腹も減ったしメシにするか」

『わーいごはんごはんー!』

「保存食だけどな」

「猫舌のお前にはサイコーだろ」

 

 砂漠では生鮮な食料は持ち運べない。すぐに腐ってしまうからだ。故にパンやクッキー、干し肉などが主な食事になる。ファングは食べれるものならなんでも食うタイプなので問題ないが。

 

「しかし、砂漠ってのは何の光もないな。この焚き火がなかったら何も見えないぞ」

 

 パンを一心不乱に貪るファングほど腹のすいてない巧は果てしなく続く砂の道を目を細める。一寸先は闇を体現するデザートロードは巧の人生初(多分)の光源を絶たれた暗黒の世界だ。もしかしたら『アレ』の目を使えばこの闇の先に何があるか分かるかもしれない。だがファングたちの目の前でアレをイタズラに使ったりはしない。本当に必要な時が来たらその時は使うが。その時は同時に別れの時になる、かもしれないのだから。なんとなくファングなら一切気にしたりしないと思う。それにブレイズとキョーコは似たようなモノだ。・・・・・・ちょっとだけこの力に前向きになれた気がした。

 

『ふん、何も世界は闇だけではない。光ならある。空を見よ』

 

 ブレイズに促され巧は空を見上げた。眩いばかりの星空が広がっていた。星の海。あれは星の海だ。星という魚が無限に広がる宇宙を悠々と泳いでいる姿なのだ。手を伸ばしても決して届かぬ世界があの先にある。巧はこの世界の果てしない広さを改めて実感した。言いようのない感動を感じる。

 

『わ、すっごいおほしさま~』

「・・・・・・だな」

「流石は俺様の剣だ。この俺に似て視野が広いぜ」

『あれようせいざだよ~。フェンサーにこいしたけどむくわれなかった妖聖のせいざなんだ~』

 

 巧はその場に寝っ転がる。昼間の灼熱の暑さや夜の極寒の寒さが嘘のように心地よい気分だ。このまま眠ってしまいたいがその前に寝袋を取り出さなくては。

 

「じゃあここで砂漠にまつわる怖い話を一つ」

「はあ、いきなり怪談か?」

 

 星に興味がないのかファングが話題を転換する。ご丁寧に両手で幽霊の形まで作って。風情がないな、と巧は思ったがこれはこれで別の風情があると耳を傾けた。

 

『・・・・・・急にどうした?』

「この砂漠には妖怪砂かけ娘という想像するも恐ろしい化け物が存在するんだよ」

『妖怪なのか化け物なのかはっきりしろ』

「うるせー、妖怪だよ妖怪」

 

 ブレイズは細かい、とファングが小突く。

 

「その砂かけ娘はな。砂漠で死んでいった者たちの怨念で出来てるんだ。眼球や爪、とにかく身体中の至る所から砂を出してやがる」

『ぎゃー!』

「しかもその砂に触れた者は全身のお肌が砂漠状態になっちまうんだぜ」

『きゃああああ』

 

 キョーコはとても怯える。幼い彼女はこんな単純な怖い話を信じたようだ。子供騙し、巧やブレイズはまったく信じていない。二人の視線が重なる。くだらないと目が語っていた。明らかに作り話だ。何が怖いのかさっぱり分からない。ただ一つ肌が乾燥するところだけが恐ろしいと言えよう。

 

『くだらん。お前に付き合った俺がバカだった。とっとと眠った方が間違いなく有意義な時間を過ごせた』

『え、すごいこわいよ。おはださばくになりたくない~』

「いや、どう考えても作り話だろ。せめてその砂かけ娘が人を襲ったとかそれくらいやらないと怪談にすらならないだろ」

 

 さて、もうそろそろ寝るか。ファングのせいで巧はまぶたが重くなる。彼が寝袋を出そうとするのをファングが手で制した。

 

「・・・・・・なんだよ」

「何寝ようとしてんだ? 砂かけ娘が俺たちを襲おうとしてるんだぜ。寝たら肌が砂漠状態になるぞ」

「はあ?」

 

 もうそのくだらない作り話は十分だろ。巧はそう言おうと思ったが固まる。ファングが火を纏った薪を持ったと思ったら勢いよく自分に向けて投げたからだ。大慌てで巧はしゃがんだ。だが薪は巧を狙った物じゃないのか遥か後方に飛んでいった。ファング、お前は何がしたいんだ! 叫ぼうと思った巧だが薪の行方を追っている内に彼の意図を理解した。いる。何かが自分たちを見ている。弧を描いて周囲を照らしていく炎の先に人影があることに巧は気づいた。

 

「────殺殺殺」

 

 怨みを込めた女の声が砂を踏みならす音と共に遠ざかっていった。

 

「ち、逃がしたか」

 

 薪を拾いにファングが向かう。女がいたと思われる形跡は消えていた。武器か何かで砂を被せたのだろう。足跡は残っていない。随分と手際の良い女がいるものだ。これでは跡を追うことも出来ない。

 

『今のは・・・・・・何時から気づいてたファング?』

「俺たちが野宿に入ったとこからだ。どうも見られてる気がしてな。最初は気のせいかと思ったが殺気を感じて確信したよ。目的は知らねえが狙われてるってな。ずっと機会を窺ってるように見えたけど巧が寝転がった辺りで本格的に殺気が強まったからこっちから仕掛けてやろうと思ったんだよ。脅してやろう、ってな。思ったよりも用心深かったみたいだけどな」

『え、じゃああれはほんもののすなかけむすめってこ『阿呆、恐らく我らを狙ったフェンサーと考えるべきだ』あ、そっかあ』

 

 さっきの訳の分からない作り話は巧を起き上がらせて牽制するための物だったのか。彼はファングを少し見直した。意外とやる時はやる男だな。

 

「一体何者なんだ、あの女」

「さあな。ただの追い剥ぎだと祈っとくんだな。俺が感づくまでに時間が掛かったんだ。また狙われたらやべえぞ。殺す気で襲われたら勝てるか分かんねえ。こっちも殺す気ならどうかは別だけどな。ブレイズ、警戒しといてくれ。あのレベルの奴とやり合うなら寝ない方が危険だ」

『承知した』

 

 ファングにしろ巧にしろ殺し合いは出来るだけ避けたい。人が死ぬのを見たい訳がないし自分の剣で人を殺すなど考えたくもない。ファングの言っているように無差別に狙っただけと思うしかない。だがそれ以前に・・・・・・。

 

「この世にただの追い剥ぎがいてたまるか」

 

 突っ込まなくてはならないことが一つあった。

 

 

────間抜けな奴らがいるから殺してやろうと思った。理由なんてない。強いて言うならこの胸の中から湧き出る底知れぬ殺意を沈めるには誰かを殺すしかないからだ。

 

 余裕だと思った。フューリーこそ持っているが不用心な男たちだったから正面からでも殺せる自信があった。だがせめてもの情けに気づかぬ内に殺してやろう。そう思った彼女はずっと機会を窺っていた。男の一人に大きな隙が出来た。やっぱり余裕だ。彼女は口元にうっすら笑みを浮かべたのを覚えている。

 

 だが間抜けなのは彼女だった。間抜けと評価された青い目の男は彼女の存在に気づいていた。暗殺者として凄腕の実力を誇っている彼女の気配に感づいていたのだ。意図せず彼女はあぶり出された。

 

 火のついた薪に自分の姿を照らされ彼女は大きく動揺した。気づかれていたこと。そして気づいていながら彼が『殺意』を持っていなかったことに、だ。これまでも何度も見つかることはあったが彼のように彼女の存在に気づいた輩は必ず殺意を向けていた。当然だ。殺そうとする相手と戦うには殺す気にならないといけない。そういう相手なら彼女は喜んで勝負を挑んでいた。

 

 だが彼は違った。彼女に情けをかけていたのだ。殺そうとした相手に。彼女はどうすれば良いか分からなかった。自分が殺されそうになったら間違いなく相手を殺すだろう。殺されたくないのだから。

 

 そう考えたら急にあの間抜けな男が底知れないナニカに見えるようになった。ずっと戦ってきた殺意を向けてくる相手よりもよっぽど恐ろしかったのである。あの男と戦ってはいけない、と彼女は感じた。

 

 彼女は逃走した。自分で挑もうとしながら逃走するのは情けない。暗殺者のプライドが許せないのだ。狙った相手を殺せないことに。彼女は殺意の代わりにあの男に憎悪の感情を抱いた。初めてだ。こんな気持ちは。あの男のことがずっと頭から離れない。憎くて憎くて仕方がない。胸の中の殺意と同じくらい彼が憎い。

 

「殺殺殺殺・・・・・・」

 

 この湧き出つ感情を消すには彼を殺すしかない。そう彼女────エフォールは思った。




ファング以外のFFFのキャラが初登場。元ネタは小説版から。エフォールは原作と少し関係が変わってくると思います。大幅な改変にはしないように気をつけています。

・・・・・・この作品のファングさん、シャルマンよりスペック高くしちゃったかもなあ


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夢を奏でた牙と狼、人知れず夢を守った暗殺者

草加さんが可愛い女の子を狙う殺し屋をやってたなんて知りませんでした。幻滅しました、やっぱりたっくんがナンバーワンですね


「見えたぞ、あれがサンドミージだ!」

「・・・・・・や、やっと着いたか。ファング、水をくれ」

『たっくんげんきだして~』

 

 暗殺者の襲撃のあった翌日。歩くこと数時間掛けようやくファング一行は砂漠の大都市『サンドミージ』に到着した。ファングはようやくマトモな食事にありつけると満面の笑みを浮かべ期待に胸を膨らませる。隣にいた巧は肩で息をし、乾いた喉を潤す。必要な荷物しか持たないファングと違いバイクを引っ張りながら歩くこと、前述の暗殺者のせいでなかなか寝つけなかったことが重なり巧は疲労困憊の状態になっていた。目の前に楽園があるにも関わらず彼はその場に座り込んだ。

 

「たく、せっかく美味い飯とふかふかのベッドが待ってるってのにどうした? ほら立て、バイクは俺が引っ張ってやるからよ」

「あれだけ文句言ってたのにお前は何でそんなに元気なんだよ・・・・・・」

 

 巧はファングのように図太い神経が持った男が心底羨ましいと思った。眠気と足の痛みに座り込んでいた巧はゆっくりと立ち上がる。

 

「よし、行くぞ!」

『おー!』

 

 上機嫌なファングとキョーコ。鼻歌を歌いながら歩く彼を見て巧はこの炎天下の中ひたすら歩き続けて何ともないのか疑問に思う。

 

「目的地に着くまでは帰りたい。目的地に着いたら元気に走るって何かに似てるな」 

『遊園地を前にした子供だろう』

 

 そうそうそれだ。巧はブレイズの言葉に思わず頷いた。

 

 

「デカい」

 

 巧がサンドミージを前にその感想しか浮かばなかった。砂の道はコンクリートに舗装され、高級なホテルやテーマパークなどの娯楽施設がこれでもかと敷き詰められている。石油の力とは偉大なものだ。かつては小さな村だったサンドミージがこうも変貌するのだから。とくに巨大なビル群は好景気を物語っている。あそこにはゼルウィンズ地方の世界的大企業『ドルファ』の支社もあるという。まさにバブル状態だ。

 

「うぉー、すっげえ。なんもかんもたけえ。ブランド物ばっかじゃねえか」

「そこは気にするとこじゃないだろ」

 

 どうせ買う訳でもあるまいし。ファングが求める物なんて食べ物とぐうたら過ごせる環境くらいだ。

 

「よし、決めた。俺は石油王ファングになる!」

『石油王になって何をする?』

「美味い飯食って美味い飯食って美味い飯食う!」  

 巧の予想通りだ。ある意味でこの男は欲がない。ファングの願望はその辺の子供が大金持ちになったらやりたいこととほとんど変わらない。

 

「美味い飯の為にわざわざ石油掘れるか? つか石油王として働けるか?」

「無理に決まってんだろ。・・・・・・やっぱ石油王はなしだ」

『巧、それが出来るならファングは今頃フューリーを血眼になって探している』

『ファングがほしいのはじゆうとごはんだけだもんね』 

 

 単純な男だ。だがお気楽で単純なファングだからこそ巧は共に旅をしている。ファングといればこのなくなった記憶が取り戻せる。そう前向きになれるから。

 

「そうだ、メシメシ。とっととどっかの安宿探さねえとメシにありつけねえ」

『え、あのおっきなほてるじゃないの?』

「そんな資金に余裕ねえよ。大体金持ちの前でフューリー持ち歩いてたら譲ってくれってめんどくせえだろ」

『そっか。ファングあったまいい』

 

 いくらバブルと言っても全ての住民が金持ちという訳ではない。こういう街には必ず貧民街がある。ファングたちのように金の手持ちが少ない旅人はたいていこのような場所にある安宿に泊まるのだ。所謂裏路地を彼らは歩く。

 

「お、このケバブうっめえ。おい巧、お前も食え。フルーツのジュースもうめえぞ」

「本当にそればっかだな。ああいうデカいビルよりもこういう屋台のが絶対好きだろ、お前」

「なんの食い物もねえ場所より安くてうめえ食い物がたくさんあるとこのが良いだろ」

「・・・・・・俺はビルのが好きだ。なんとなく」

 

 巧は巨大なビル群を見てるとどうにも引っかかる何かを感じていた。かつての自分はこういう街に住んでたのだろうか。無性にビルが気になって仕方がない。

 

「へー、変わってんな。お、おっさんその焼きそばくれ!」

「たく、食い物ばかり見てないで宿を探せ。・・・・・・お?」

 

 巧は一心不乱に買い食いをするファングに呆れる。そんな彼の目にある物が映った。クラシックギター。ショーケースの中に飾られたそれが少し気になる。

 

「・・・・・・ギターか」

「へー、楽器屋か。こんな街にもあるんだな」

「少し、いいか?」

「ああ見るだけなら好きにしろよ」 

 

 巧は店内に入った。店内は思ったよりも広くギターやベースなど様々な種類の楽器が飾られている。

 

「いらっしゃい! 何をお探しですか!」

 

 営業スマイルを浮かべた店員が巧に言った。

 

「悪いな。見るだけなんだ。今は手持ちがない」

「そうですか。ここに揃ってるのは自慢の楽器ばかりですから是非その目に焼き付けてください!」

 

 買わないと言っているのに随分と気のいい店員だ。巧は言われた通り自慢の楽器に目を通すことにした。

 

『ひやかしにならないかなあ?』

「ならねえよ。趣味でやってんだろ。本気で楽器売るにはいくらなんでも立地がわりいよ」

『聞こえないように話せ、お前たち』

「はっはは。お客様の仰る通りですよ」

 

 しかし、楽器を見るのなんて久しぶりだ。ファングは目の前にあったギターを手に持つ。年代物だがきっちり手入れとチューニングが済まされてる。娯楽経営と言っているが品物の品質は高そうだ。

 

「なあ、これ弾いても良いか?」

「構いませんよ」

『ファング、弾けるのか?』

「まあな。自由を求める奴ってのはロックにハマるんだよ。いわゆるセッ『キョーコに何を聞かせるつもりだ』ドラッグロックンロールってな。あ、わりい」

 

 軽く咳払いしてからファングはギターを弾く。それは砂漠という風土によく合うスパニッシュ系のメロディー。即興で弾いた割りに上手い。少なくともアマチュアレベルなら十分にその道のプロと呼ばれるレベルの腕前をファングは持っていた。

 

『・・・・・・おおっファングすごい』

「やりますねえ、お客さん」

「へへ、まあな」

 

 ギターの腕を賞賛され、ファングは上機嫌だ。だが巧は反対に浮かない表情をしている。何かが引っかかってるような顔だ。そんな巧にファングはギターを手渡す。

 

「巧、お前も弾いてみろ」

「・・・・・・俺は良いよ」

「弾けるから店に入ったんだろ、記憶を取り戻すヒントになるかもしれねえ。弾け」

 

 しぶしぶ巧はギターを受け取った。そして記憶の中に残っていた曲を弾く。それは茜色の雲を夢描いた旅人の歌だった。聴いているととても懐かしい気持ちになる。誰もが聴き入る。ファングがアマチュアトップレベルなら巧はプロでも引けを取らないレベルの腕だ。何かを思い出しそうだ。巧は失った夢のかけらを取り戻さんとその曲を弾き続けた。少し思い出した気がする。乾巧は夢を持たなかった。だから誰かの夢を守るために戦っていた。それがどういう戦いだったのかは分からない。でもその果てに夢を見つけたんだ。それだけは確信を持てる。巧はギターを弾く手を止めた。これ以上は思い出せそうにない。

 

「・・・・・・すっげえよ、お前。天才の俺よりギターうめえじゃん」

「どうだか。これ以外は弾けそうにない」

『記憶を思い出せば他の曲も弾けると思うか』

「多分な。今は無理だ。それにやる気はねえよ。ガラじゃない」

 

 だが収穫はあった。忘れていた記憶のほんの一部を思い出すことが出来たのだ。

 

『たっくんすごいよ~!』

「・・・・・・だからガラじゃないんだよ」

 

 こうやって褒められるのはむず痒い。巧は頭の後ろを掻いた。

 

「いやー私も感動しましたよ。こんな素晴らしいお客様が来るのは何年ぶりでしょう。・・・・・・そうだ! お客様方、もし良かったらそのギター差し上げますよ」

「え、良いのか? じゃあ『待て』なんだよ」

「いくらなんでも怪しいだろ。何か裏がある」

 

 クラシックギターは高価な物だ。それをいきなり渡されて喜んでもらたいのはファングくらいだろう。

 

「おっさん、何が目的だ?」

「目的なんてないですよ。どうせこの店はもうじき潰れます」

「趣味でやってんのにどうして潰れるんだよ。借金でもしてんのか」

「いえ。ここら一帯は立ち退きが決まったんですよ」

 

 これだけ人が暮らしている場所を立ち退きして何の意味がある。巧は更に問い詰めようとしたが来店してきた男たちを見て理解した。

 

「おうおう店長いるかぁ!?」

「・・・・・・はあ、また来たよ」

 

 その男たちは柄の悪そうな雰囲気とド派手なスーツと堅気の商売をしている人間には見えなかった。所謂ちんぴらというヤツだ。

 

「もうほとんどの奴らは納得してんだよなあ。後はあんたが出てってくれればデッケエカジノが作れんだよ。金だ金! なあ、さっさとこの契約書にサインしてくれよ。痛い目みないうちによぉ」

「兄貴の言う通りだ、サインしろ!」

「その話しはお断りしたじゃないですか」

「・・・・・・そりゃ潰れるわ」

 

 流石のファングでも瞬時に理解する。サンドミージから貧乏人を追い出そうとしてるのだ。これだけ金を持ってる人間が集まる街ならカジノを作れば更に金が集まる。金を持ってない奴より金を持ってる奴を優先すればそうなる。金持ちは金持ちのことしか気にかけない。そこに住む普通の人なんて石ころと変わらないのだろう。何よりたちが悪いのは立ち退きはどれだけ拒否しても最終的に強制的に追い出すことが出来るのだ。

 

「あぁっ!? てめえ何様のつもりだ! こっちが下手に出てれば良い気になりやがって! 黙ってサインすれば良いんだよ!」

「ぜんぜん下手になってなかったでしょう・・・・・・」

「あ、なに兄貴に逆らってんだてめえ!」

 

 ちんぴらが店長の胸ぐらを掴んだ。巧は慌てて止めに入る。ちんぴらの腕を掴んで引き離した。

 

「おい、やめろ!」

「ああん!? てめえも殴られてえかガキ!」

「やっちまえサブ!」

 

 拳を振り上げたちんぴらに巧は身構える。モンスターとの戦い方は知らないが喧嘩のやり方なら知っている。殴って来たら返り討ちにしてやる。巧は拳を握りしめた。

 

「おいおい。お前、俺の連れに何する気だ?」

「あ、てめえもやる気か?」

「ファング・・・・・・?」

 

 巧とちんぴらの間にファングは割って入る。

 

「俺はこいつの用心棒をやってんだ。その手を止めねえとぶっ飛ばすぞ」

「偉そうな口利いてんじゃねえ!」

「俺は偉いんだよ。お前なんかより遥かにな。いずれはぐうたら界の神になるファング様だ。逆らったら一生不眠症にしてやる」

 

 ファングはちんぴらの喉元に剣を突きつけた。ファングは彼を睨みつけた。ちんぴらは慌てて後ずさる。しかし、敵意は依然として収める気はなさそうだ。

 

「て、てめえ俺に喧嘩売るなら『やめろ、サブ!』あ、兄貴?」

『この剣が見えないのか、たわけ』

『たわけたわけ! たわけってなに?』

「や、やっぱりそうだ。そ、そいつはフューリーを持っている。ふぇ、フェンサーだ。手を出したらこ、殺される」

 

 フェンサーの力は普通の人間にとって脅威だ。手にした者は神々の一端である妖聖の力を操りモンスターだろうと難なく倒せるらしい。しかも100本集めれば願いを叶えられるという。だが選ばれた者しかその力は使えない。選ばれた強者にしか。そのフェンサーに喧嘩を売ったらどうなるかちんぴらの兄貴分は理解していた。

 

「帰るぞ、サブ!」

「あ、兄貴待ってくださいよ。畜生覚えてろよ!」

 

 ちんぴらたちはファングに怯えて逃げていった。

 

「・・・・・・行ったか。大丈夫か、おっさんに巧」

「ありがとうございます、お客様!」

「俺はなんともない。ファングがいなければ返り討ちにしてやった」

「そういう問題じゃねえよ。あいつらのバックが何者か分かんねえのに喧嘩したらやべえだろ。俺と違ってお前は普通の人間なんだ」

 

 厳密に言えばファングもフェンサーではないのでただの人間だが。フューリーを持っているからフェンサーと勘違いをしてくれて助かった。

 

「で、おっさん。あいつら何モンだよ」

 

 店主はあのちんぴらたちが何なのか説明する。元々この街は砂漠の中にひっそりと存在し音楽くらいしか取り柄のない小さな村だったらしい。村に住んでいた住民は小さく貧しいながらも楽しく暮らしていた。ある時外国から来た男にこの村の周辺には石油があるから土地を借りたいと言われた。住民は最初は反対していたが男が石油がとれたらこの村の人たちの生活を援助を保証するという約束で快く了承した。

 

「村に井戸や物資を送ってくれてこの人なら大丈夫だと思いました。でもやはり騙されていました。いざ石油が掘れると彼は途端に冷たくなりました」

 

 土地の借用書が強引に奪いとられたサンドーミージは姿を変える。先住民は追いやられホテルやビルが建てられ今の街になったのだ。この貧民街に住んでるのはその時の先住民で金持ちは後から来たのだという。

 

『恐らく今の市長がその時の男だな』

「その通りです」

『あとから来た住民の支持票で選挙に勝ち街を奪いとる。大企業がよく使う手段だ』

 

 景観を損ねるだのなんだのといちゃもんをつけ次々と先住民の家は壊された。市長の手下もあのちんぴらたちのような奴らで固められていて誰も逆らえない。先住民は諦めた。

 

「それでこの街が出来たのか」

 

 巧は腕を組む。休憩でよった街だが想像以上に胸くその悪い話しに眉を歪める。

 

「戦おうとは思わねえのか?」

『無茶を言うなファング』

「無理ですよ・・・・・・。私も祖父が残したこの店をなくしたくない一心で抵抗してますけどそれも限界で。祖父のようになるのが私の『夢』だったのにもう疲れてしまいました」

「おっさん・・・・・・」

 

 こればかりはどうにもならない。何とかしてやりたいと巧は思ったが記憶喪失で旅人の身分の自分では何も出来ることはない。

 

「ギターを受け取ってください。せめてこの店があった証を残したいんです」

「巧、もらってやれ」

「あ、ああ。ありがとなおっさん」

「行こうぜ、そろそろ日も暮れる。とっとと宿を見つけねえと今夜は野宿だ」

 

 巧は渋々店から出た。ファングもそれに続く。

 

「せめて借用書を取り戻すか市長が代わってくれれば」

 

 店長の独り言をファングたちは聞き逃さなかった。

 

 

「カレーうっめ。お前ももっと食え、美味いぞ巧」

「・・・・・・ああ」

「さっきからそればっかで全然食ってねえだろ」

「熱いんだよ!」

 

 宿に泊まった二人は食事をしていた。ファングがいつも通りがっつき巧はあまり口をつけない。

 

『ほんとうにいいのファング、たっくん?』

「しょうがねえだろ、俺たちがどうにか出来る問題じゃねえよ」

「そういうのは余計なお世話なんだよ、キョーコ。あいつらがどうにもする気がないなら何もしないのが一番なんだよ」

『そうだ、キョーコ。我らの目的はゼルウィンズ地方だ。こんなところで寄り道してる余裕はない』

 

 

 数時間後。

 

「どうにか出来る問題じゃないんじゃなかったのか、ファング?」

「余計なお世話になるんだろ、巧」

 

 深夜。ファングたちは市長の住む豪邸の前に来ていた。

 

『愚か者が。正規の手段で手に入れたのなら強引に奪ったのだろうと土地の借用書は市長のものだ』

「市長の方をどうにかすれば良いだろ」

「巧の言う通りだ。政治家なんて不祥事するのが仕事なんだから家ん中に腐るほど悪事の証拠があるだろ」

『まっとうな議員に謝罪しろ』

 

 流石に大富豪の家となると警備は厳重そうだ。黒い服にサングラスをかけた警備員を正面突破するのは難しい。第一そんなことをしたら身元を特定されてしまう。かといって針金を張り巡らされた塀の上を飛び越えるのは出来ない。

 

「・・・・・・よし、魔法使うか」

「そんなこと出来んのか?」

「俺に不可能はねえ」

 

 初めて出会った時にもファングは魔法を使っていた。巧は黒服たちにゆっくりと近寄るファングを見守る。

 

「見とけよ・・・・・・『オーバーアング』」

 

 黒服の一人に手を向けてファングは小さく呟いた。赤い幾何学模様の光が黒服を包んだ。

 

「うっ! オラア!」

「うぐっ、何をするお前っ!?」

 

 黒服は隣にいた男を殴った。殴られた男は困惑するがなおも黒服は暴れる。オーバーアング・・・・・・一時的に相手を狂わせ仲間を襲わせる魔法。

 

「おい、やめろ!」

「ヴォォォォ!」

「ひい、やめろやめてくれぇー!」

 

 ファングは門の前の警備員の何人かにオーバーアングをかける。すると警備員は仲間割れを止めるために次々と駆り出されることになった。仲間同士が血で血を洗う惨たらしい光景に巧は引きつった笑みを浮かべる。門の前が手薄になった頃、ファングは巧の傍に戻ってきた。

 

「な、上手くいったろ」

「なんも上手くいってねえよ、バカ!」

『余計事態が大混乱になっただろ、阿呆! バレたらどうなるか分かってるだろうな!?』

 

 しかし、これで正面から入り込める。抗争の中バレないようにファングたちは屋敷に潜入する。

 

「・・・・・・殺殺殺殺殺」

 

 遠くからそのファングを見つめる者がいた。

 

「あ? 今誰かの視線を感じたような」

「気のせいだろ。さっさと目当ての物見つけて逃げるぞ」

『しかし中はやけに手薄だな。あのごろつき達もいない』

 

 屋敷の中はやけに広くどこに何があるか分からない。ファングと巧は一つずつ部屋を開けて確認する。客人用の寝室ばかりで何かが隠されてそうな部屋が見つからない。手薄なのも気がかりだ。何か緊急で出張ることでもあったのか。今は考えるまい。

 

「あったよファング! しりょうしつだよ!」

「キョーコナイスだ! 流石は俺の剣」

「でかした!」

 

 実体化していたキョーコが一際大きい部屋から顔を出して言った。

 

「・・・・・・この市長すっげえ悪人じゃねえか。旅行費に車のガソリン代まで街の税金使ってやがる」

 

 資料室の中には市長の汚職の証拠が山のように溢れていた。

 

「ファングの予想通りだ。俺たちがわざわざこなくても遠からず終わってたかもな」

「ねえねえ、ほんだなのうしろにもへやがあるよ」

『ほお、隠し部屋までご丁寧に用意するとは相当な極悪人だな』

「埃っぽい部屋だな」

 

 ファングが本棚をどけて隠し部屋の中に入る。幾つものカルテのような物とフェンサー育成施設への資金援助の記録があった。ファングは目の前に置かれたそれを読み上げる。施設で行われた極悪非道な実験内容の詳細まで事細かく書かれている。投薬電流鞭打ち、人名の横に書かれた文字にファングの表情が消えた。年端もいかない子どもが拷問にかけられている写真までありファングは思わず舌打ちした。

 

「こいつは・・・・・・!」

「何が書いてある、ファング?」

「見ねえ方が絶対に良いぜ。こいつも持ってくぞ」

 

 ファングと巧が資料室から出た瞬間、警報が鳴った。

 

「ずらかるぞ!」

「ああ!」

 

 窓を開けて二人は飛び降りた。

 

「いたぞ!」

「よくもカシラを殺したな!」

『うおおおおお』

 

 着地したと同時に彼らの周りを昼間のちんぴらや黒服が取り囲んだ。ファングと巧は退路をふさがれじりじりと追い詰められる。

 

「おい、なんか勘違いされてるぞ!」

「ウゲッ!」

 

 殴りかかって来た男をハイキックで蹴り飛ばした巧がファングに言った。

 

「知らねえ! カシラなんて殺してねえよ!」

「ヒギャッ!」

 

 鉄パイプを振り上げた男の足を切りつけてファングが叫ぶ。

 

「嘘つけ、てめえらがカシラをやったんだ!」

「てめっ、離せ。ぶっ飛ばすぞ!」 

 

 ファングは昼間に会ったちんぴらに羽交い締めにされる。ナイフを持った男が突っ込む。ファングは腹に刺されないよう膝を上げる。怪我は後で治せば良い。致命傷にならなければ逃げ切るくらいは造作もない。だが手負いの状態で巧を守りきれるかどうか。ちんぴらに悪いがやっぱり彼を盾にするしかない。そうファングが思った時。

 

「ファングっ!」

『103』

『ENTER』

 

 ファングに迫ったナイフを紅い閃光が弾く。巧の携帯から発射された弾丸だった。巧は咄嗟に555フォンの使い方を思い出していた。

 

「助かった、巧! それ、そんな風に使えたのか!? もっと早く使え!」

「今思い出したんだよ!」

 

 羽交い締めにしたちんぴらを投げ飛ばしたファングが巧に近寄る。

 

「撃たれたくなかったら動くなっ!」

 

 ファングの牽制に黒服やちんぴらたちの動きが固まる。剣と違い飛び道具は当たるだけで致命傷になる。巧の肩を掴むと彼はにやりと笑った。

 

「『スモーク』!」

 

 周囲をケムリが包み込む。ファングの魔法だ。強力なモンスターが付近にいない限り必ず逃走出来る目くらましの魔法。ケムリが晴れた頃には彼らの姿は消えていた。

 

「くそ、逃がした!」

「おい、お前ら何やってた!?」

「あ、兄貴。カシラを殺した犯人がいたんだ! 昼間の男だ!」

 

 ちんぴらがファングたちを探していると兄貴分の男がやって来た。慌ててたのか汗を流している。ファングのことを知ってるはずの兄貴分は何故か怪訝な顔でちんぴらを見てこう言った。

 

「バカやろー! そいつらは違う! 犯人は『女』だ! 誰かが殺し屋を雇いやがったんだよ!」

 

 

「なんやかんや上手くいったな」

「ああ。だが見つかっちまったぞ。どうする?」

 

 手元には市長の不正の数々がある。だが盗品には変わりない。あいつらに襲撃される可能性を考えると作戦は失敗と考えた方が良いだろう。

 

「心配ねえよ。あいつらのカシラ、つまり市長は暗殺されたんだ。どうせあの屋敷の中、全部調べ回されることになるんだ。ガサ入れされたらあの資料が公衆の面前に晒されるだろ」

『我らの行動が無駄足になったと考えるとバカらしいがな』

「ま、こいつを持ち出せただけで無駄足にはならねーよ」

 

 そう言ってファングはフェンサー育成施設の中身をパラパラと捲る。発注先、というあまり良い印象を抱けない文字が目に入る。安価な奴隷を実験に使いそこからフェンサーが生まれれば高価に売りさばく。適性がなかった者は殺す。反吐が出る話である。この非道な行いを全て邪神の責任にするのはあまりに稚拙で浅はかな考えだ。

 

「ファング、フェンサーってのは人の命を奪ってでも作る価値があんのか」

 

 巧にはフェンサーがどういうものか分からない。犠牲を払ってまでフェンサーを欲しがる精神を理解出来なかった。人の死に無意味なことなんてない。そう思う巧だからこそ無意味にしようとする輩の考えが理解出来ない。

 

「・・・・・・ねえよ。誰かの命を奪うことを前提で考えてるなら願いが叶おうが多くの命を救えようが世界平和になろうがその結果に価値なんてねえ」

『犠牲になった側からすればそれは当たり前のことだ。そして世の多くの人の子は犠牲を忘れる。だからこそ非道な人間は生まれる。神の一部だった俺が言うのはどうかと思うがそれが人の罪だ』

「罪、か」

 

 ならば誰かのために戦ってその結果命を奪うのもまた罪なのだろうか。

 

───翌日

 

 新しい物から古い物。紛い物から本物まで様々な楽器が売られている店があった。意外と広々とした店内にギターのメロディーが響き渡る。神々の一部であった妖聖は静かにその曲を耳に入れる。良い音色だ。気づけば街の人々が自然と集まってきた。サンドミージの人々はかつて皆音楽を愛していた。この曲は彼らにとっての夢のかけらだ。人々の夢を奏でる者は二人。ファングと巧だ。音楽が終わると二人を暖かい拍手が迎えた。

 

「お客様、ありがとうございます。色々ありましたが何とか店を続けられそうで・・・・・・」

 

 市長の死によって今は一時的に前任者の村長が街の実権を握っている。ひとまず立ち退きを止めることは出来そうだ。奪われた土地の借用書も取り戻した。これで以前のように、とはいかないが確実に彼らの街に活気は戻っていくだろう。

 

「おっさん、良かったな。あんたの夢、今度はきちんと叶えろよ」

「ええ。祖父のように頑張りますよ」

『妖聖の俺が保証する。そなたなら必ず夢を叶えられるだろう』

 

 巧が店主の肩を軽く叩いて笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・お前ギター返して良かったのか。貰えば良かったのに」

「良いんだよ」

『たっくんじょうずなのに~』

「今はそんな余裕ないんだよ」

 

 巧とファングがこうして店に戻ってきたのはギターを返すためだった。巧は旅人だ。旅をするのにギターは邪魔になるだけ。もしも記憶を取り戻すことが出来たら、この旅の終着点にたどり着いたならその時受け取りに来ようと巧は思っていた。

 

「お前が良いならそれでいいけどよ。もしかしたら記憶を取り戻す手がかりになったかもしれないんだぜ」

「良いんだ、俺は誰かの夢を守るために戦っていた。それを思い出すことが出来た。それで十分だ」

「夢を守る、ためか」

 

 巧は何をしていたのだろうか。ファングは疑問に思った。自分が刺されそうになったあの時に巧は持っていた携帯を銃に変えファングを救った。その携帯の正体も気がかりだが咄嗟にナイフを撃ち抜いた巧が一番の謎だ。誰かの夢を守るために、戦ってきた。それはモンスターか。それともこの街の市長のような外道か。あるいはその両方か。いずれにせよこれからも旅をしていけば否が応でも戦わなければならない状況は訪れる。願うことならその時が巧の記憶が戻る時ではないように祈りたい。それは乾巧が戦いの中を生きてきたという何よりの証明になるのだから。他者を傷つけ戦う生き方は自分の命を縮めるだけだ。出来るなら記憶を失う前の巧も自分のようにぐうたら寝っ転がれて自分や他人の幸福を願える人生を送れていた。そうであって欲しいとファングは思った。

 

 

「・・・・・・殺殺殺」

 

 やっと見つけた。殺してやる。

 

 




巧がギター弾ける設定は異形の花々から持ってきました。次の話しが終わったらいよいよ本編が始まります。巧がいることで物語に多少の変化もあると思います。・・・・・・早く巧を555に変身させたいなあ。


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牙は暗殺者と、狼は狐と出会った

旅が終わるのでちょっとだけファングたちの独自設定。※飛ばして読んでも構いません。本編でその内語られるかもしれないので。

ファング 二十歳 自由を求め旅をする男。かなりの剣の腕を持つ。実はバイクと車の免許は持っているが面倒だから巧には言っていない。

乾巧 十八歳 記憶を求め旅をする男。喧嘩慣れはしているようだが丸腰のためモンスターとの戦いは不得手。猫舌で熱い物が苦手。持っていた携帯に懐かしい既視感を感じている。

ブレイズ ファングが旅を始める時に彼が手に入れたフューリー。ファングの故郷では選ばれた戦士のみが扱えると言われていた。

キョーコ ファングが旅の途中で手に入れたフューリー。とある民族の御神体として讃えられていたが本人は幼く自由を求めていたため嫌気が差しファングについて行った。

 後々ブレイズとキョーコとの出会いはやろうと思っています。


「ようやくゼルウィンズ地方に着いたぞ!」

 

 サンドミージより三日。ファングたちはついにゼルウィンズ地方に到着した。ファングは感極まったように大きく伸びをした。ここはゼルウィンズ地方の末端の小さな街。街のどこかに使い手を待ち受けているフューリーが眠っているという伝説がある以外はなんの変哲もない街だった。もっとも今の二人には知る由もないのだが。

 

「・・・・・・あー、疲れた」

「運転お疲れ」

 

 大喜びのファングと違い巧のテンションはあまり高くない。ただ後ろに座ってるだけのファングは楽だが巧はここまでずっと運転をしてきた。疲労の差は段違いだ。バイクから立ち上がると巧は軽くストレッチをする。コキリと関節のズレが戻る音が鳴った。

 

『でここからどうするのだ、ファング?』

「・・・・・・実は何も決めてねえんだよ」

「はあ? この一週間はなんだったんだ!?」

「いやあ俺も最初は色々考えてたんだけど気づけば来ることが目的になっちまった。はは、わりいわりい」

 

 巧は思わずため息を吐いた。薄々感づいてはいたが外れてほしいと思ってた予想がぴったりと当たったからだ。流石にファングと出会って二週間近く経てば彼がどういう人か分かるようになる。この男は本能で生きるタイプだ。その時その時何をすれば良いかを迫られた時の判断力はとても優れているがその反面計画性は微塵もない。欲望に忠実な男。ここまで考えて自分もあまり彼と変わらないことに気づいた巧は更に深いため息を吐いた。

 

「過ぎたことは仕方ない。とりあえずどこか宿に・・・・・・!?」

 

 巧の言葉が続くことはなかった。それを聞く相手がいないからだ。ファングもブレイズもキョーコも誰もいない。神隠し。その言葉が瞬時に脳裏をよぎったが巧は首を振る。それはありえない。ブレイズだけなら分からなくもないがファングとキョーコもいなくなったのなら可能性は一つ。

 

「・・・・・・あのバカ迷子になったな」

 

 巧は今日三度目のため息を吐いた。どうせ腹が減って食べ物のニオイにでも釣られたのだろう。考えるだけで馬鹿らしかった。

 

 

「おっさん、このクレープくれ」

 

 巧の予想はほとんど当たっていた。巧が頭を抱えてる内に腹がすいたファングは甘いニオイに釣られて少し離れたクレープ屋に来てしまった。・・・・・・巧の存在など忘れて。

 

「あいよ」

「げ、金がもう残りすくねえ」

 

 財布の中身を確認するとほとんどすっからかんだった。途中で倒したモンスターの爪や毛皮を売らないと今日の宿すら泊まれない量にファングは顔を歪める。

 

「ま、いいや。お~うっめえ!」

『いいな~わたしもたべたいな~』

「今度買ってやるよ。・・・・・・あれ、巧何処行った?」

 

 空腹が満たされたことによって視野が広まりファングは巧がいなくなったことに気づいた。

 

「ま、まさか神隠しか?」

『お前、それはふざけているのか? それとも本気か? どちらでも一度病院に行け、阿呆』

「たく冗談が通じない奴だな。どうせ迷子だろ。巧のやろうどこ行きやがったんだ?」

 

 もしこの世に民主主義が存在していなかったら間違いなくファングが迷子と言われていただろう。ファングはブレイズたちといて巧は一人。悲しきかな客観的には巧が迷子という訳だ。

 

「おーい、巧! 何処だー?」

 

 人通りの少ない公園にファングの叫びは虚しく消えていく。

 

「あのヤロー知らないところに来たら勝手に動くなって親に教わらなかったのか」

『まったくもってそうだ。俺はお前の親の顔が見てみたい』

『たっくん、どこいったのかな?』

『何処かに行ったのは俺たちだが?』

 

 ブレイズはため息を吐いた。自分がいながらこのような事態になったことをふがいなく思う。

 

「・・・・・・」

「あん?」

 

 ファングは誰かの視線を感じる。振り向いてもそこには誰もいない。

 

『ファング、どうした?』

「・・・・・・最近視線を感じることが多くてな」

 

 ファングはここ数日誰かにつけられている気がした。正体不明。気がつけば誰かに見られている。そんな状態が続きしばらく夜しか眠れなかった。

 

『我らを狙う輩か』

「殺殺殺」

「いや、俺個人な気がする。お前らを狙ってんなら機会はいくらでもあったはずだ」

「殺殺」

 

 例えば夕食中にファングが席を外した時。そういう時にフューリーを狙えばファングはいない。その時に注意を向けなければならないのは巧やブレイズ。にも関わらず相変わらずその視線はファングに向いていた。 

 

「殺殺殺さぁーつ!」

「ってうるせーよ! なんだよ、さっきから! ・・・・・・誰だよ、お前!?」

 

 ファングの後ろで叫んでいたのは一人の少女だ。フードを被った陰気な雰囲気を纏った少女。顔は、よくみえない。だがフードの下から赤銅色の瞳がファングを睨んでいる。

 

『今更か? その少女はずっとお前の周りをうろついていたぞ』

『てっきりファングのおともだちだとおもってたのに』

「殺殺殺殺殺・・・・・・!」

「知らねえよ。ダチだとしたら平然と無視してた俺はただのアホじゃねえか」

 

 少女はファングがクレープ屋に向かっている所からずうっと彼を追いかけていた。食べ物のことになると周りが見えなくなるファングはそのことに気づいていない。仲間の巧まで忘れているのだから当然といえば当然だ。

 

『・・・・・・なにを今更』

 

 ブレイズが鼻で笑った。

 

「ぶっ飛ばされてえか」

『そんな暇があるのか。警告だ。前を見ろ。でないとぶっ飛ばされるぞ』

「は?」

 

 ファングの目の前に鎌が迫っていた。

 

 

「ファングの奴、どこに行った?」

 

 巧はファングを探していた。ファングがいそうな食べ物を辿って。巧の予想は間違えていなかったが唯一誤算だったのはファングが釣られたのはクレープの匂いで巧が追いかけているのはたこ焼きの匂いだったということだ。結果、巧はファングと真逆の方向を進んでいた。誰もいないたこ焼き屋の目の前で巧は舌打ちした。

 

「たく、ここにもいないとなるとまた面倒ごとに巻き込まれたんじゃないか。まさか食べ物に釣られたって考えは間違いだったのか?」

 

 両方正しかった。

 

「なあ、おばちゃん。俺より少し上の男見なかった?」

 

 もしかしたら更に移動したことを考慮し、念のため巧はたこ焼き屋の店主に確認する。

 

「・・・・・・今日はまだあんたしか見てないよ。あいにく今日は客の来ない日だからね」

「今日ってか、こんな人通りなさそうな場所じゃ客なんて来ねえだろ」

「あれを見てみんしゃい」

 

 店主は串である場所を指した。巧はその先を追う。そこには・・・・・・

 

「あれは・・・・・・フューリーってヤツか」

 

 それは岩に突き刺さった一本の剣であった。ノコギリのような凹凸が特徴でブレイズたちの三倍は大きい少し歪な剣。どうやったら岩に突き刺さるのか少し疑問だった。

 

「あれ目当ての観光客で休日は儲かってるんだよ」

「なんなんだよ、あの剣」

「あの剣を抜いた者は勇者になれると言われ、願いを叶えられるらしい」

 

 やはりフューリーだ。フューリーを100本集めた物は願いを叶えられるという伝説とぴったり当てはまる。しかし、勇者=フェンサーという図式には首を傾げた。願いを叶えるために時には争いもするフェンサーに勇者の資格があるとは思えない。

 

「あんたも抜けるか試してみな」

「え、いいよ。面倒だ」

「年寄りの言うことには黙って従いな」

 

 店主に促され、しぶしぶ巧は剣の前に向かった。

 

「どうせ抜けないだろ」

 

 巧は剣を掴みぐっと力を入れる。

 

「ほら、やっぱり抜けな、い・・・・・・うっ!」

 

 巧の身体から力が抜けた。彼の頭の中を唐突なイメージが襲う。

 

 

 

────強大な光の化身と闇の化身が剣と剣を打ち合う

 

────黒い服を着た青年と白い服を着た同じ顔の青年が争う

 

────黄金に輝く果実を巡って鎧武者と騎士が怪物を引き連れて戦争を始める

 

 巧は思わず頭を抑えた。フラッシュバックの後のようにチカチカと視界がぼやける。彼の存ぜぬ話だがこれは神々の、あるいは神になる者の戦いの記憶であった。巧が見たのは幻。幻であり現実。全て過去に起きた出来事だった。

 

(なんだ、これ。俺は何を見た・・・・・・。訳が分からないはずなのに『受け入れてる』。俺はああいう存在を知っているのか? 特にあの鎧武者には見覚えがある、気がする。くそ! 頭が割れるように痛い!)

 

 巧は立つことが出来なくなり膝を着く。眠っている記憶が引きずり出される感覚を感じる。乾巧。18才。『夢の守り人』。『狼』。『×××』の適合者。断片的なキーワードが頭の中を疾走する。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「・・・・・・あ、ああ」

 

 体調が悪そうな巧の肩を少女が優しく叩く。見上げると顔を不安に染めた可愛らしい顔立ちの少女がいた。

 

「ご無事で良かったです」

「心配かけて悪かったな。お前は・・・・・・」

 

 巧は改めて少女を見た。なんと彼女は狐の耳を生やしている。しかもこの世界には珍しい和服に割烹着の出で立ちをしていた。巧にとっては二重の意味で懐かしい服装だ。

 

「これは失礼しました。私は果林と申します。趣味は折り紙の『妖聖』です」

「・・・・・・俺は乾巧。趣味は特にない。人間だ」

 

 巧はズボンに付いた砂をパッパッと払う。彼にはやることがある。さっさとここから立ち去りたかった。心配してくれた少女────果林には悪いが早いところファングを見つけなくてはならない。

 

「・・・・・・巧さんは本当に人間なんですか?」

「っ!? どうしてそんな分かりきったことを聞く」

「いえ、私がここに来たのは仲間の気配を感じたものなので」

 

 心臓を鷲掴みにされた気分だ。巧は表情に出さないように努める。大丈夫だ。妖聖とアレに関係はない。

 

「それならこの剣じゃないか? これがフューリーなら同じ妖聖だろ」

「・・・・・・むー。私の気のせいでしょうか。この距離でようやく分かる微弱な気配を感じとれたとは・・・・・・?」

「じゃあ気のせいだろ。悪いが俺は人を探してるんだ」

 

 これ以上果林といると『あの姿』がバレないか気が気でなかった。ここは逃げるが勝ちだ。

 

「ああ、待って下さい。私も人を探してるんです!」

「お前も仲間が迷子か? 食べ物の匂いにでも釣られたんだろ、多分」

「あの子がそんな理由で姿を消すとは思えません。もし見かけたら教えてください。『エフォール』という名前で私と同じくらいの可愛らしい顔立ちの女の子なんです。殺殺としか言わないので見かけたら分かると思います」

 

 札札? 金でも欲しいのか。巧は疑問に思った。まあファングのついでに探してやろう。お礼の変わりだ。

 

「あ、あんた無事だったかい? 急にしゃがみ込んだからどうしたかと思ったよ」

「ああ大丈夫だ。おばちゃん、たこ焼き一つ」

 

 色々とあって巧も少し腹が減った。手持ちに余裕はあるし買い食いくらいはファングも文句は言うまい。というより買い食いに文句を言う権利はファングに存在してない。

 

「ちょうど出来たてだよ」

「あ、悪い。冷めたので頼む」

「なんだい、変わった子だね」

 

 猫舌だから仕方がないだろ。言いたかったがバカにされそうだから黙っておく。

 

「私も冷めたのを一つ、ください」

「お嬢ちゃん、あんたもかい?」

「・・・・・・猫舌なので」

 

 果林が照れ笑いを浮かべながら言う。巧はまた心臓を鷲掴みにされた気分になった。なるほど確かに仲間だ。

 

「おい果林、これは俺が奢る。あとエフォールって奴を探すのも手伝ってやる」

「え? 良いんですか」

「遠慮するな。わざわざ心配かけた詫びだと思ってくれ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 巧は満面の笑みを浮かべる。妖聖果林。彼女はこの世界で初めて巧の心からの笑顔を見たのだった。

 

 

「フューリーって剣だけじゃないんだな」

「殺殺殺殺」

「何喋ってるか分かんねえよ」

『たぶんかえせ!って言ってる』

 

 少女の不意打ちに驚かされたファングだがなんとかフューリーを奪いとることに成功した。ファングは腕を精一杯高く上げて少女が奪い返せない様にしていた。ぴょんぴょんとファングの目の前で彼女は何度もジャンプしていた。その姿が殺意を向けてきた相手とは思えずファングは笑いを堪える。

 

『フェアリンクもしてないフューリーはただの武器だ。よくそれでファングに挑もうと思ったな。この男はフェンサーでもないのにモンスターや並みのフェンサーなら倒せる男だぞ。無謀な少女だ』

「殺!」

「サツ、警察か?」

『たぶんファングをみてるといらいらするからおそったっていってる』

 

 俺はそんなに嫌われることをこの少女にしたのか。ファングはクレープの最後の一口を飲み込む。そもそもキョーコは何故少女の言っていることが分かるのだろう。

 

『殺されそうになってるのにクレープを手放さないとは恐れ入った』

「捨てたら百姓に怒られちまうだろ」

『・・・・・・やはりお前は阿呆だ』

 

 ファングの論点がズレた発言にブレイズは呆れた。

 

「殺殺!」

「あ、今のは分かったぞ。無視するなだろ、はは!」

「殺・・・・・・!」

 

 少女はファングの腹を殴ろうとした。だが彼は軽々と回避する。彼女のことを知る人間がいたら驚愕するだろう。機械のような殺人マシーンの少女をまるで子どもをあしらうように扱えるなど本来ありえないのだ。

 

「さぁーつ!」

『さっさとフューリーかえせ、そしたららくにころすだって』

「いや、そもそも楽でも苦しくても殺されたくねえだろ。殺される俺の立場になって考えろよ」

「殺?」

 

 少女はファングの言っていることが理解出来ないのか首を傾げる。本当に不思議そうな顔をしていた。

 

「・・・・・・分かんねえのか?」

「殺殺」

『いままでもそうやってきた。いまさらかんがえてももうわからないって』

「お前・・・・・・」

 

 ファングは驚愕に目を見張った。罪を重ね続けた人間はやがて罪を数えることが出来なくなる。罪を忘れた大罪人はだからこそ人々に忘れられることはない。この少女はファングよりも幼いにも関わらずそこまでの業を背負っているというのか。

 

『どうかしてる。邪神のような純粋悪とは違う。こんな子どもまでが? 神々が眠ってから人は、世界は・・・・・・ここまで狂ったというのか』

 

 ブレイズは頭を抑えた。子どもが誰かを殺すことに躊躇いを持たない世界に目眩がしそうだ。

 

「お前は俺を殺したいのか」

「殺殺」

 

 少女は頷く。分かっていたがこうも正直な彼女にファングは苦笑を浮かべる。

 

「・・・・・・なら俺を殺すまで、誰も殺すな」

「殺?」

 

 少女は首を傾げた。ファングが何を言っているのか理解出来ない。ファングは少女に分かるように一つ一つその言葉の意味を語っていく。

 

「お前が人を殺したいと思ったならいくらでも俺を殺しに来いよ。俺はお前に殺されるほど弱くねえ。俺を殺さなければお前は一生誰も殺すことはねえだろ」

「殺殺殺殺」

『いいだろう、あんたをいますぐころしてやる』

 

 少女は小さく笑顔を浮かべて頷く。

 

「ちょっと待って。今すぐっていうのはなしだ。腹が減った。相手になるのはメシを食ってからだ」

「・・・・・・殺」

「お前も食うか? 食い終わったらフューリーも返してやるよ」

 

(自分を殺そうとする相手と食事の席を同伴するとはやはり阿呆・・・・・・いや、やはり面白い男だ)

 

 

「エフォール、エフォール! ・・・・・・どこに行ってしまったんですか」

「ファングー! ここに美味いメシがあるぞー! ・・・・・・これで来ないなんてあいつ本当に何があったんだ」

 

 巧と果林はずっと迷い人の二人を探していた。かれこれ一時間近くは歩き回ったか。大分長く歩いた気がするがどちらも見つからなかった。もっとも歩いてるのは巧一人で彼のかなり珍しい気遣いで果林はバイクの座席に座らせてもらっていた。ファングがこの姿を見たら巧と認識出来ないかもしれない。

 

「・・・・・・果林、お前も旅をしてるのか?」

 

 巧は果林が何の理由で旅をしているのか聞いた。フェンサーは願いを叶えるためにフューリーを求める。時には争って。彼女やそのパートナーであるフェンサーのエフォールも恐らくはその例に漏れないだろう。ファングは自由を求め、巧は夢と記憶を求める。なら彼女たちは何を求めて旅をするのか。

 

「旅、といって良いのでしょうか。私はあの子について行くだけで何か目標がある訳でも行きたい場所がある訳でもないんです」

「じゃあそのエフォールはどうして旅を?」

「あの子はただ何かを破壊したいという強い衝動に従ってます。旅をするのはフェンサーと戦うためで、その・・・・・・私もエフォールには普通の女の子らしい生き方をしてもらいたいのですけど」

 

 巧は驚かされた。自分よりも幼い少女がこの世全てに憎しみを抱いて生きているということに。どんな出来事があればそんな生き方しか出来なくなるのか。誰かの幸福のために生きる者と誰かを不幸にするために生きる者、彼らが何を抱えてそこに至るのか考えただけでモヤモヤとした気持ちになる。

 

「届くさ」

「え?」

「あんたがそう願ってんならきっとエフォールって奴にもその思いが届く時は来るさ。俺も同じだった」

 

 巧は自分の口から出た言葉を不思議に思う。記憶をなくす前の乾巧は彼女と同じような経験があるのだろうか。世界全てを憎む仲間がいたのだろうか。考えても分からない。もし、いたのなら共に分かり合えていてほしい。

 

「ありがとうございます。巧さんはお優しい人なんですね」

「そんなんじゃない。なんとなく思ったことを言っただけだ」

「ふふ。早く巧さんの仲間も見つかると良いですね」

 

 ガラじゃないことはするもんじゃないな。巧は自嘲気味に笑った。そんな彼のポケットから携帯の着信音が鳴る。

 

「巧さん、お電話ですよ」

「あ、悪い。ん、電話・・・・・・!?」

 

 ブレイズが言ってた言葉を思い出した巧は急いで携帯を開く。この携帯電話に掛けるのは巧の知り合い。つまり記憶を失う前の巧を知っている人物だ。

 

『あー、巧ー。俺だ』

 

 だが巧の期待はすぐに裏切られることになった。電話を掛けていたのはファングだったからだ。そういえば以前番号を覚えていたな。期待して損した。巧はこの電話をいますぐ切りたい気持ちになる。

 

「なんだ・・・・・・お前か」

『なんだとはなんだ。俺は偉大なる男ファング・ザ・グレート様だぞ』

「ファング、お前今何処だよ?」

 

 とりあえずファングの居場所さえ分かれば巧の迷子探しは終わる。あとは果林の手伝いをするなり宿に泊まって休むなり自由だ。 

 

『あー、西の方の公園の近くにあるメシ屋だ』

「人が一生懸命探してる中メシか。相変わらずだな」

『ふ、褒めるな』

「はいはい。で、お前携帯持ってたのか?」

 

 その割りにファングが携帯を使っているところを見たことがない。巧は番号すら知らなかった。

 

『あー、これはこの迷子の女から借りたんだ』

「迷子?」

『えっと。殺殺殺言っている名付けて殺っちゃんが探してる奴いるって言ったら貸してくれてよ』

 

 殺殺とか変わった口調だな。巧は数秒経ってから気づいた。

 

「・・・・・・俺の連れが殺殺殺って言葉しか使わない子といるらしい」

「エフォール!? その変わった言葉遣いはエフォールしかいません!」

「おい、ファング。殺殺って言ってるその女どんな格好してる。・・・・・・フードにスカート、か」

「やっぱりエフォールです」

「そこにいろよ。その女の連れがこっちにいるからな」

 

 思わぬ形で二人の探し人が見つかった。まさかファングと一緒に果林のパートナーがいるとは思いもしなかった。

 

「良かったな。あんたの大事なパートナーが見つかって」

「ええ。巧さんのおかげです」

「俺はなんもしてねえよ」

「その電話があったからエフォールと連絡出来たんですよ。だから巧さんのおかげです」

 

 言われてみればそうだ。ファングがエフォールといなかったら巧と連絡がつかなかったし、巧が果林といたからエフォールの居場所が分かった。互いが互いに行動してなかったら再開するのにかなりの時間を要しただろう。そう考えたら不思議な感覚だ。

 

「ついでだから果林も送ってやるよ」

「ありがとうございます」

「てめえら待ちやがれ!」

 

 巧がバイクを発進させようとすると行く手を阻む者が現れた。

 

「お前は・・・・・・えっと。・・・・・・そうだ、サブだよな」

「おせえよ!」

 

 その男はサンドミージで巧たちを襲ったチンピラだった。今更になって何故彼が現れたのか巧は首を傾げる。

 

「なんだよ、言っとくがカシラって奴は本当に殺してないからな。・・・・・・泥棒はしたけど」

「用があるのはお前じゃねえ! そこの女だ!」

「私、ですか?」

 

 チンピラは果林を指差した。

 

「お前のご主人様『フェンサーと妖聖は対等です』あ、すんません。・・・・・・じゃなくて! てめえの相棒の女がカシラを殺したって証拠はあるんだ!」

「・・・・・・知ってるか?」

「私たちも裏稼業はたくさんやってきたのでちょっと・・・・・・。失礼ですがカシラさんというのはどういうお方ですか?」

 

 チンピラの語るカシラとはサンドミージの暗殺された元市長だ。元市長の自宅では数え切れない汚職や人体実験の記録が発見されたことにより世間では大きなニュースになっていた。

 

「あ、あの方ですか。よく覚えてますよ。」

「そうだ! よくもカシラを殺してくれたな!」

「ええ、よっぽど恨みを買われていたのでしょう。依頼主は『子ども』でしたよ。あまりに非道な行いにエフォールが珍しく激情してましたから」

 

 人殺しは許される行為ではない。だが果林たちはそうするしか生きていく方法を知らないのだ。巧は複雑な心境だ。もっともあの元市長はどの道死刑になるレベルの大罪人なのだが。

 

「・・・・・・知るか! カシラを殺したのには変わりねえんだ! 落とし前をつけてもらうぜ!」

「身よりのない子どもを拉致した挙げ句惨たらしく拷問しといてよく言えるな」

「黙れ! 先生方やってください」

 

 チンピラが指を鳴らすとアチコチから金で雇われたと思われるごろつきたちが湧いて出てきた。どこに隠れていたんだ。軽く20人近くいる。巧は内心舌打ちした。これではバイクで逃げることも出来ない。

 

「へっへっへ。オレは所謂ごろつきフェンサーさ。あんたみたいな美人を泣かせると思うと楽しみで仕方ねえ!」

  

 中でも厄介なのはフェンサーがいることだ。ただのごろつきなら果林の魔法でどうにか切り抜けられるかもしれないがフェンサーがいたらそれも通じない。まさしく万事休すだ。

 

「巧さんは逃げて下さい。狙いは私です。そして急いでエフォールを連れてきてもらえると助かります」

 

 果林の言っていることに従うのが正しいのだろう。だが彼女を置いていけばどうなるのか、想像しなくても分かってしまう。巧は果林を隠すように手を横にした。

 

「・・・・・・果林下がってろ」

「ですが、巧さん!」

「安心しろ。俺が負けることはない」

 

 果林は渋々引き下がった。だが巧にもしものことがあれば直ぐに盾になる。この男の人は優しい人だ。だから傷つく姿を見たくない。果林はそう思っていた。

 

「構うな。あいつも一緒にやっちまえ!」

 

 チンピラの指示でごろつきたちが巧に襲いかかる。巧は天を仰いだ。その顔に灰色の紋様が浮かび上がる。

 

「ウオオオォォォォ!」 

 

────獣の鳴き声が周囲を支配する。

 

 チンピラもごろつきも、そして果林もこの場にいた全ての人間の表情が固まる。さっきまで巧が、乾巧がいたそこには灰色の怪人がいた。威風堂々と天に吠える姿はまさに狼。人の形をした狼。人狼だ。

 

 ウルフオルフェノク、巧のもう一つの姿。

 

「こ、こいつモンスターだったのか!?」

「構わねえ、やっちまえ!」

「殺せ!」

『うおー!』

 

 ごろつきがウルフオルフェノクに襲いかかる。多勢に無勢。並大抵のモンスターなら人たまりもないだろう。並大抵なら。・・・・・・ウルフオルフェノクは上の上だ。巧は忘れているがかつてある男にそう評価されている。つまり、ただのごろつき程度ではどうあがいても勝てる相手ではないということだ。

 

「アアアァァァァァ!」

 

 ウルフオルフェノクに飛びかかった大男はその拳に叩き落とされた。ウルフオルフェノクに切りかかった男は刃が通らず投げ飛ばされた。ウルフオルフェノクにのしかかった三人がかりの男たちは蹴り上げられた。ならば果林を人質にしてやろうとその手を掴んだチンピラはウルフオルフェノクの唯一の武器メリケンサックの容赦のない一撃を腹に受けた。ごろつきたちはウルフオルフェノクを殺そうとした。ウルフオルフェノクに男が、ウルフオルフェノクに男が、ウルフオルフェノクに────。

 

「な、なんなんだよお前。殺す! 殺してやる! 化け物! 化け物! 化け物ォォォォ!」

 

 最後に残ったのはごろつきフェンサーだ。彼はいつの間にかその身を鎧のような物で包み込んでいた。鎧には妖聖の圧倒的な力が宿っている。ごろつきフェンサーはその手に巨大な斧を持ちウルフオルフェノクに対して振り下ろした。その一撃には殺意が込められている。だがウルフオルフェノクに、巧に殺意はなかった。抱く必要がないからだ。

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 ごろつきフェンサーはガタガタと情けなく震えていた。自分が出せる最大限の威力を持った必殺の斧を片手で受け止められたからだ。彼は恐怖で動くことが出来ない。その彼にウルフオルフェノクは拳を握り・・・・・・。

 

「うわあああ!」

 

 気づけばごろつきもチンピラもフェンサーもみんなウルフオルフェノクの前から逃走した。強く握っていた拳を下ろし巧は人の姿に戻る。もう彼の周りには誰もいない。

 

「巧、さん」

 

 果林を除いて。

 

「・・・・・・無事みたいだな。じゃあな」

「待って下さい!」

「なんだよ・・・・・・」

 

 巧は果林の前から姿を消したかった。優しい人と自分のことを言ってくれた彼女を裏切るのが怖い。あの力をごろつきに振りかざした巧は優しい人間ではない。あの男たちのように化け物、と果林に拒絶される前にこのまま逃げたかった。

 

「巧さんは化け物なんかじゃないです」

「・・・・・・気遣いはいらない」

 

 巧は果林に背を向けて歩く。その背中を彼女は掴む。

 

「化け物は誰かを傷つけるのに心を痛めたりしません。巧さんは心を痛めてます」

「どうしてお前にそんなことが分かる!」

「っ!」

「・・・・・・悪い」

 

 無意識に怒鳴りつけた自分を巧は情けなく思った。この力は呪いと同じだ。誰かを傷つける事しか出来ない。

 

「分かります。だって巧さんの手は怪我をしてるじゃないですか。人を殴るのに慣れてないから強く握りすぎたんです。そんなあなたが、誰かを傷つけるのが嫌で自分を傷つける巧さんが化け物な訳ないですよ」

 

 果林に背を向けてる巧に彼女の顔は見えない。でも何となく微笑みを浮かべている気がする。巧はうっすらと笑った。

 

「・・・・・・乗ってけよ。約束通り送ってやる」

 

 それは無愛想な巧に出来る精一杯の感謝だった。

 

「ふふ、ちゃんと怪我の治療をしてからですよ」

 

 

 

「んで、お前らはなんなんだよ」

「ごめんなさい。そこの女を殺せってサブって人に頼まれたんです! ごめんなさい!」

「謝れば俺様のステーキが戻ってくるのか? あーあ、機嫌更に悪くした。一時間追加な」

「そ、そんなあ!?」

 

 巧たちと時を同じくファングたちも襲撃を受けていた。もっともごろつきのフェンサー以外はファングの敵でもないし、相棒がいないが凄腕のフェンサーの少女がいればごろつきフェンサーを含めても余裕で返り討ちだ。今はファングの前に数十人の男たちが正座していた。よりにもよって彼の食事を邪魔するという狼藉を働いた彼らにファングが科した罰ゲームだ。

 

「・・・・・・サブって確かあのくそ市長の取り巻きだったよな」

「殺」

 

 ファングが独り言のように呟くと少女が頷く。

 

「あ、まさかあの市長殺したのお前か!?」

「殺」

 

 また少女は頷く。やはりそうか。そうでもなければあの男たちがこんな子どもを殺す理由がないからだ。

 

「やるな殺っちゃん。あの外道を殺したことだけは少なくとも悪いことじゃねえ。よくやった」

「殺! 殺殺」

『もっとほめろ! それとわたしはさっちゃんじゃないって』

 

 名乗らないから呼んでるだけだ。ファングは少女の本名を未だに知らない。殺殺としかしゃべらないのだから分からないのは当たり前だ。後に顔すら合わしてない巧が彼女の名前を知っていたと知りファングはショックを受けることになるがそれは別の話しだ。

 

「だったら名乗れ。俺はファングだ。お前は?」

「殺殺殺!」

『わたしのなまえはえ『通訳はなしだ』』

「殺?」

 

 少女は首を傾げた。名前を知りたいというから名乗ったのにも関わらず途中で遮られたからだ。

 

「しゃべれないなら紙に書け。とにかく自分の名前は自分で名乗れ。名前ってのはそこにお前が存在している証明なんだからな」

 

 ファングはいらなくなった手帳を少女に投げる。旅の記録を元々は記していたが巧が加わってからすっかり書くのを忘れてしまった手帳だ。

 

「殺殺」

『かけばいいんだろ、かけば。そのかわりなまえをかいたらフューリーをかえしてもらうぞ、だって』

「おう、返してやるからしっかり綺麗に書けよ」

 

 少女はファングの言っていることが聞こえてないのかほとんど殴り書きのような速度で書き上げる。そんなに俺を殺したいか。ファングは引きつった笑みを浮かべる。少女は名前を書き上げたのかファングに手帳を見せる。汚いが読めない訳ではない字をファングは読み上げた。

 

「『エフォール』・・・・・・良い名前だな。この俺の偉大な名前の次くらいに良い名前だ」

「・・・・・・殺!?」

『ほお、今のは俺にも分かった。ははは、照れているな』

 

 少女────エフォールは無表情の顔を僅かに見開く。その頬はほんのり赤くなっている。

 

「へ、なんだ意外と悪くねえ顔も出来るじゃねえか。ほらフューリーだ。俺を殺すまではそれで誰も殺したりするなよ」

「殺!」

「っていきなり斬りかかるな、よっ!」

 

 ファングがフューリーを手渡した瞬間、エフォールは待っていましたとばかりに振り抜いた。ファングは片手で鎌を掴んで首元に剣を突きつける。 

 

『見事だ』

「な、分かったろ。今のお前に俺を殺すことは出来ねえよ。悔しかったらパートナーを連れて出直してこい」

「殺殺必殺!」

『ああ、かならずころしてやるだって』

 

 エフォールはファングを睨んで言った。突き刺さるような殺意を向けられても相変わらず彼は彼女に殺意を向けたりしない。エフォールはますますファングに憎しみを抱く。

 

「あ、あのダンナぁ。そろそろオレたち限界っすよー」

「あれ、お前らまだいたのか。さっさと帰れよ」

「ち、ちくしょう! 覚えてろよ!」

 

 ここ数日たくさんの人間と因縁が出来ているな、と逃げていくごろつきたちを見送ったファングはふと思った。これは何かの前兆か、深く考えようとしたところでごろつきとすれ違いに現れた巧たちのことで頭が一杯になり彼はそれを記憶の隅に追いやった。

 

「巧、探したぞ。何処行ってたんだ?」

「探したのは俺だろ・・・・・・」

 

 呑気に笑顔を浮かべるファングにすっかり巧は呆れ果てていた。

 

「エフォール! ・・・・・・心配しましたよ。いきなりいなくなったりしてはダメですよ」

「殺・・・・・・」

「ふふ、分かれば良いんですよ」

 

 果林は申し訳なさそうにうなだれているエフォールの頭を撫でる。

 

「おい、巧。あの女は誰だ。まさかアイツのパートナー妖聖じゃあないよな?」

「わざわざ聞かなくても分かるだろ」

「げ、さっそく殺される」

 

 うへえと唸るファングに巧は首を傾げた。

 

「殺殺殺」

「さっそく殺してやりたいところだが今日は見逃してやる、とエフォールは申しています。ファングさんもエフォールに良くしてくれてありがとうございます」

「聖人君子のように優しい俺様ならこれくらい当然だ。・・・・・・ってあんたエフォールが何言ってるか分かるんだな」

「ええ、この子のパートナーですから」

 

 殺しか言わないからどうやって生活してるのかファングは疑問だったが普段は果林という通訳がいるから問題ないんだな。だが彼女と出会う前はどうしていたのか更なる疑問が増えた。

 

「ま、良いや。エフォール、俺を殺しにくるのは構わないが他にもやること探せよ。お前もまだガキなんだからガキらしく学校に行ったり遊んだりしてる方が楽しいと思うぜ」

「殺殺」

「善処してやる。だがそれはお前を殺してからだ、とエフォールは申しています。おや、この子にしては珍しい。少しは普通の女の子らしくなったのでしょうか」

 

 ファングのアドバイスを素直に聞き入れるエフォール。だがそれは果林が苦労しても出来なかったことだ。まあファングを殺してからという時点でまだまだエフォールが普通の女の子になるというのは難しいだろう。彼を殺すのを諦める時が来たらその時は・・・・・・それはまだ遠い話だ。

 

「巧さん、ありがとうございます」

「・・・・・・良かったな。果林、もうパートナーと離れたりするなよ」

「はい!」

 

 エフォールを見つけてすっかり安心している果林に巧は笑った。ファングはその巧の様子に違和感を感じる。

 

「巧が笑うなんて珍しいな。良いことでもあったか?」

「まあな。・・・・・・俺も少しは自分にプライドを持てるようになった」

「へー、果林だったけ? お前凄いな、この無愛想な巧の笑顔を見れるなんて運が良いぞ」

 

 果林は不思議そうに目を見開く。

 

「巧さんの笑顔ならたくさん見ましたよ。珍しいんですか?」

「なにぃ!? 巧が!?」

『たっくんがたくさんわらった・・・・・・え、うそ?』

『お前たちの前でも巧は笑っているだろう。気づかないだけだ』

 

 ブレイズの言うその笑顔とは何か違う気がする。そう大騒ぎするファングたちをよそに巧は黙って歩き出す。

 

「あ、巧何処へ行く? あとで詳しく話しは聞かせてもらうからな!」

「殺殺殺」

「え、何を言ってるんですかエフォール。別に変なことはありませんでしたよ。ただ・・・・・・守ってもらっただけです」

 

 果林の一言は更に燃料を注ぐことになる。ファングとキョーコは大きく驚愕し、流石のブレイズもほお、と唸った。エフォールだけがよく分からないのか頭に疑問符を浮かべる。

 

「巧さん、また会えますか?」

「ああ、多分な」

 

 巧は空を見上げた。そこには綺麗な青空が広がっている。巧は微笑む。

 

「俺もお前もまだ、旅の途中だからな」  




まさかのバジンや555より先にウルフオルフェノクの登場。そしてたっくんの猫舌に優しい設定。これがずっとやりたかったです。

次回からいよいよ本編開始です。次回はいよいよFFFのヒロインの一人と555のヒロイン(?)が登場です


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妖聖の目覚め、機人覚醒

16歳の女の子を騙す乾巧は最低だな。薄汚いオルフェノクめ・・・・・・


ようやく本編がスタートしました。あのヒロイン(?)もついに登場!


「これがこの街に眠るフューリーか」

 

 岩に刺さった剣を前にファングが言う。昨日の一件を巧から大まかに聞いた彼は直接フューリーの前に行くことにした。この剣がもしかしたら巧の記憶の手がかりになるかもしれない。そう思ったからだ。

 

「なんつーか使いにくそうな形だな。こんな剣でどう戦うんだ」

『特殊な形状のフューリーは強力な力を秘めている証拠だ。使いにくさを上回る有用性がその剣にはあるのだろう』

「なるほど。つまりお前は使いやすいが有用性はないと」

『あまり調子に乗るなよ。今の今まで誰のおかげで旅が出来たと思ってる』

 

 ファングは苦笑する。ブレイズは相変わらず冗談の通じない男だ。そもそもフェンサーじゃないファングはどの道ブレイズやキョーコの特性をほとんど使うことは出来ない。願望を叶えるためのフューリーをただの武器として使うのはファングくらいのものだ。本来契約したパートナー妖聖のフューリーはともかくその他のフューリーが下手に折れたりすればまた集め直さなくてはならない。だから武器として使うことはありえないのだ。100本という本数はそれだけ大きい。

 

「・・・・・・フューリーなんて後にして金をどうにかしろよ。昨日の宿代で完っ全に無一文になっただろ」

『のじゅくはやだよ~』

「俺だって嫌だね。わざわざ街の中まで野外で寝てたまるか」

 

 巧がため息を吐く。ここ数日ファングの無駄遣いが重なり、手持ち金はゼロ。モンスターの討伐依頼か日雇いのバイトでもしないと今日の宿すらままならない状況になっていた。

 

「分かってるって。この剣抜いたら金の工面はどうにかするから待ってろ」

 

 岩の前に立つとファングがそう言った。まさか誰も抜けたことのない剣を抜ける自身があるのか。フェンサーですらないファングがそんなことを出来るとは思えなかった。

 

『・・・・・・出来るのか? 聞けばこの剣を抜ける者は勇者の器を持っていると言われているらしいが。お前が勇者になれるとはとても思えん』

「同感だ。ファングが抜けたら俺はお前以下になるじゃないか。剣の実力はともかく流石に人間としてなら俺はお前以上だ」

『そうだよ。ファングがゆうしゃならわたしはかみさまになれるよ』

 

 ここぞとばかりに皆ファングに言いたい放題だ。無理もない。例えば怠け者で快楽主義者のファングが人々を救う勇者になる、という姿を想像してほしい。ある訳がない。絶対ない、それは有り得ない。食いしん坊のダメ人間という称号以外にファングに似合う物はない。満場一致で三人の思いが重なる。

 

「お前らは俺を何だと思ってやがる。特にキョーコ! お前は神みたいなもんだっただろ・・・・・・!」

「食いしん坊のバカ」

『なまけもののばか』

『阿呆・・・・・・の馬鹿』

 

 ストレートな悪口にファングは拳をプルプル振るわせる。何より無理やりバカと合わせようとするのに腹が立った。

 

「よーし! 見てろ! 抜くからな、ぜってえ抜くからな! そしたらお前ら全員俺に肉を奢れ! そして讃えろ!」

「はいはい」

 

 ファングはフューリーに手を添える。結果としてそれはあっさりと抜けた。今まで抜けなかった人間が逆に疑問に思えるほどにすんなりと。だがいつもだったらほれ見ろと自慢するはずのファングが無言で固まっている。

 

────女の子の妖聖が目の前に現れた。

 

 流石のファングもこの状況では固まらざるを得ない。だが、剣を抜いたことを思い出した彼はバッと巧へ顔を向けた。

 

「初めまして。あたしは妖聖『アリン』」

「よっしゃああ! お前ら肉奢れ!」

「あなたは選ばれたのよ。フェンサーとして」

「やっぱりな! 巧、この俺に勝とうなんて百年早いぜ!」

 

 ファングがフューリーを抜けたことは衝撃的だった。実力的にはフェンサーになれてもおかしくないが彼の生来の人間性を考えると妖聖に選ばれるはずがない。願いを叶える意志がファングにはないのだ。

 

「ねえ、あなたの名前を教えて」

「嘘だ、ファングに負けた・・・・・・だと?」

「ファングっていうの。よろしくね。この剣もあたしももうあなたのもの」

「ざまぁみろ! この勇者ファング・ザ・ブレイブ様にひれ伏せ!」

 

 巧は割と真面目にショックを受けていた。今の状況が理解出来ていないのか頭を抑えている。そんな彼を指差してファングは大笑いした。これではせっかくの出会いが台無しだ。本来ならファングとアリンの出会いは今頃運命的に・・・・・・いや本来の出会いも別に運命的ではないけれど。

 

「ちょっと! あんたあたしの話聞いてんの!?」 

 確認しなくともファングはアリンの話を聞いてない。どう見ても明らかである。彼は今の状況なんかより後で食べるメシのことを考えていた。もうファングの頭は肉のことで一杯だ。

 

『同胞よ。この男が人の話を聞かないのはよくあることだ。パートナーになるなら我慢しろ』

『わたしたちからフェンサーとかフューリーのことはおしえてるからだいじょぶ』

「え、もう二本もフューリーがいるの。もしかしてファングって大当たり?」

 

 その逆。大はずれだ。ファングはフューリーを集める気はない。

 

「分かってるなら話が早いわ」

「で、お前の名前なんだっけ?」

「・・・・・・アリンよ! さあファング、あなたは選ばれしフェンサーよ。あたしと一緒に願いを叶える冒険の旅に出ましょう」

「ヤダ。俺は願いを求めて旅をしてる訳じゃねえ」

 

 やる気満々のアリンに対してファングはやる気のかけらもない。

 

「ちょっとなんでよ! あなたフェンサーでしょ!?」

「はぁ? フェンサーになんてなった覚えはねえよ。コイツらはただの仲間だ」

「じゃ、じゃああたし。あたしと切っても切れない絆で結ばれたのよ! 今日この瞬間からあなたはフェンサーよ」

「剣抜いただけで結べる絆なんか絆じゃねえだろ!」

 

 ファングの正論にアリンは涙目になる。

 

「そんな冷たいこと言わないでよ。ひどい!」

「おいファング。もう少し言い方があんだろ」

「お前は学級委員長か。良いんだよ、どのみち俺は願いを叶える気はねえ」

 

 巧は頭の後ろを掻いた。ファングが嫌がる理由は分かる。彼が旅をしているのは自由を求めているからだ。それも人の善や悪に縛られるのを嫌った結果の旅。願望を叶える旅はそれとは真逆だ。もしアリンの言う通りフューリーを集めていけば他のフェンサーとの殺し合いは避けられないだろう。エフォールのような子どももいるかもしれない。自分のために誰かを犠牲にする。つまりフューリーを集める旅をするというのは他者を殺してでも願いを叶えるということだ。ファングが嫌がるのも無理はない。だからといって長い眠りから目覚めたアリンにそんなことが分かる訳がないから仕方ないのだけど。

 

「この剣を抜いたのはあなたでしょう? ならあなたはあたしと一緒に女神を復活させる運命なのよ」

「運命を決めるのは俺自身だ。そしてメンドクセーからヤダと俺の運命は言っている。じゃあな」

「ちょっと本当に置いてく気なの!?」

 

 どうせファングのことだ。アリンを置いていくというより腹が減ったからどこかメシ屋に行くつもりなのだろう。腹が一杯になればもう少しキチンと話を聞いてくれるはずだ。巧はアリンにそう教えてやろうと思った。

 

「鬼! 悪魔! 薄情物! あたしの初めてを返せー!」

「おい、バカ! お前もファングも言い方を考えろ!」

 

 顔を真っ赤にして怒るアリン。周りが聞いたら誤解を招くようなことを大声で叫ぶ。巧は急いで彼女の口を塞いだ。周りに誰かいないか確認する。相変わらず人通りが少ないこの道にはたこ焼き屋の店主しかいない。

 

「やれやれ、随分変わった勇者様が生まれたもんだね」

「おばちゃん、このことは・・・・・・」

「分かってるよ。皆が気づくまで黙っておくよ」

 

 たこ焼き屋の店主は客がいないのに上機嫌でたこ焼きを焼き始めた。

 

「ファングのバカ」

「お嬢ちゃん、これあげるから機嫌直しなさい。出来立てだよ」

「美味しそう・・・・・・ありがと」

「あんたは美人さんだから怒るより笑ってる方が良いよ」

 

 アリンはたこ焼きを口に入れる。とても美味かった。店主は笑顔で頷いている。

 

「おばちゃん、確か300goldだったよな」

「ううん。それはわたしの奢りさね」

「え、良いの?」

 

 たこ焼きを両手に不思議そうな顔でアリンが言った。

 

「良いんだよ。あんたはね、おばちゃんが生まれる前からずうっとこの街にいたんだ。わたしも勇者に憧れてたから何度も抜けないか試したもんさ。でもダメだった」

「おばあちゃん・・・・・・」 

「わたしはどうしても勇者の誕生する姿が見たかったんだ。ここでたこ焼き屋を始めたのはそれが理由。気づけばこんなに老けちゃったけど。やっと見れたよ」

 

 そう語る店主は目を輝かした。巧より、いやアリンよりもずっと子どもに見えるような若々しさを感じさせた。

 

「あんたを抜けたんだ。あの男は本物の勇者だよ」

「ファングが・・・・・・?」

「いい男じゃないか。わたしと同じ目をしている。真っ直ぐな目さ。きっとあんたと一緒に戦ってくれるよ」

「ありがと・・・・・・おばあちゃん」

 

 アリンは笑顔を浮かべた。それは店主が長年夢見た光そのものだ。店主も笑顔を浮かべる。まるで本当の祖母と孫娘のようだ。

 

「さ、早く仲直りしな。そしたら二人で店に来なさい」

「うん。あたし頑張るね、おばあちゃん」

 

 店主は満面の笑みで頷いた。

 

「おばちゃん待たな」

「ああ、あんたもまた来な。わたしとは違うけどあんたも良い目をしている。たこ焼き作って待ってるよ」

「・・・・・・冷ましといてくれよ」

 

 巧とアリンは店主に手を振って別れた。

 

「よーしファングを探すわよ! えっと・・・・・・」

「乾巧。巧で良い」

「巧! ファングの行きそうな場所は分かる?」

 

 言われなくとも。そのために巧はわざわざここに一人残ったのだ。

 

「あいつのことだ。ここから一番近いメシ屋にいるはずだ」

「そうと分かれば出発ね!」

 

 元気よく駆け出すアリンを巧は慌てて追いかける。そしてそこで気づいた。

 

「そういえばファングの奴、金がないのにどうやってメシ食ってるんだ?」

 

 

────3日後

 

「もー、ファングのバカ! どうして食い逃げなんてしたのよ!?」

「俺は伝説の勇者だからパンくらいタダでくれよって言ってたらしいぞ」

「物乞いする勇者なんて聞いたことないわよ!」

「食い逃げする勇者も聞いたことがない」

 

 あの後。巧とアリンが駆けつけてファングを見つけた頃には既に手遅れ。ちょうど店の前に野次馬が集まりファングがお縄に頂戴される場面を彼らは目撃した。公衆の面前で食い逃げ犯を助けに入ることが出来ずに巧は黙って見送るしか出来なかったのである。

 

「やっぱり牢屋にこっそり忍び込んで助けに行きましょうよ」

「またか。ちょっと待ってろよ。保釈金を集めるまで待て」

「そんなの何時になるか分からないでしょ! 宿代と合わしてたらそれまでに釈放されるわ! それに明日になったらしっぺ百回の刑が執行されるのよ。あ、女将さんおかわり」

 

 それで許されるならこの街の食い逃げは後を立たない気がするが。よっぽどそのしっぺは痛いのだろうか。二度と腕が動かせなくなるくらいの。巧はむしろしっぺされた方が良いのでは、と思った。

 

「あのバカも痛い目みれば分かるだろ」

「嫌よ。こんなに健気で可愛いあたしのパートナーが前科持ちなんて絶対嫌!」

 

 前科なら公になってないだけで既に一回ある。汚職市長の豪邸の泥棒だ。こんなことがバレたらアリンは卒倒するかもしれない。それにしてもこの3日間の間アリンと共に生活しているが彼女の自身に満ち溢れた言動はファングにそっくりである。

 

「女将さん、ごはんおかわり!」

 

 食いしん坊なところも。似てると言えば巧と似ているところもある。

 

「そういえば記憶は戻ったか?」

「全然。やっぱり妖聖としての使命を果たさないとダメなのかも」

 

 アリンは巧と同じく記憶喪失だ。フューリーとして長い眠りについていた時間の影響か彼女は記憶を失っていたらしい。ファングにフューリーを集めさせようとするのも自分の記憶が戻るきっかけになるかもしれないからだ。

 

「まあ、きっと何とかなるわよ。女将さん、ごはんおかわり」

「いくらなんでも食いすぎだろ・・・・・・」

「タダだから食べないと損よ」

 

 ここは街で唯一の宿屋。大企業の幹部がお忍びで来たり巧たちのような冒険者も利用するため格安の部屋から高級な部屋まで様々な客層が泊まっている。温泉が有名で大人気だが何より魅力的なのはごはんのおかわりし放題なところだ。

 

「でもどうやって侵入しようかしら」

「あ、侵入は決定事項なんだな」

 

 失敗したら纏めて牢屋行きだとアリンは気づいているのだろうか。更に言うならアリンは妖聖だから捕まるのは人間の巧だけなのだけど。

 

「・・・・・・おい、聞いたか。この街の収容所にフューリーがあるらしい」

「ああ聞いた聞いた。最近捕まった奴のだろ?」

『!』

 

 巧とアリンは後ろで会話しているどこかの企業の私設兵士たちの言葉に耳を傾ける。

 

「そうそれ。あの『アポローネス』さんが今夜回収しにいくんだと」

「うわ、持ち主完全に死んだな」

 

 兵士の男たちはそんな話を繰り返した後、部屋へと戻っていった。巧とアリンは顔を近づけひそひそと会話する。

 

「今の聞いたか」

「ええ、不味いわ。牢屋に入り込もうとするなんてきっと凄腕のフェンサーよ」

「・・・・・・助けに行くしかない、か」

 

 巧は重い腰を上げた。

 

 

『ファング、あのアリンという妖聖のことは良いのか』

「良いも何も牢屋の中だからどうしようもねえだろ」

『たっくんがいるからだいじょぶだとおもうけど』

 

 ファングは天井をぼんやりと眺める。

 

『で、お前を狙っていたあの男には勝てそうか』

「どうだろうな。確実に勝てるならこの中に逃げたりしねえよ。エフォールの殺気とは比較にならねえ。あいつもかなりの凄腕のはずなのにな。ありゃ『先生』の次くらいに強いな」

『あの男よりも弱いならまだ勝ち目はある、か?』

 

 限りなくゼロだがな、ファングはため息を吐いた。彼が食い逃げをしたのは理由がある。金がないのもあるが、むしろそれが六割くらいだが残りの四割は誰かとてつもない強者に狙われていたからだ。このままだと何時襲撃を受けるかも分からない。とりあえず絶対に安全な場所へと避難したのだ。

 

『せんせいってだれ?』

「故郷に住んでた俺の剣の先生。フェンサーでもないのに滅茶苦茶強くてよ。故郷を襲ったモンスターの群れを一人で倒しちまった。しかも今の俺より少し上くらいでその強さ。ガキの頃は憧れたもんだ。気づいたら弟子入りしてた。・・・・・・でも五年くらい前にいなくなっちまったな」

『あの男はただ者ではない。若々しい見た目からは想像もつかん歴戦の勇士だ。俺を扱う戦士に相応しかった。この怠け者よりな』

 

 ファングはごまかすように大きく欠伸をした。

 

「代わりに天才の俺が使ってやってるんだ。ありがたく思え」

『わたしはファングがいちばんだよ~』

「じゃあ俺も今日からキョーコ一番だ。俺を怠け者扱いしたブレイズは二番だからな」

 

 ちなみにファングが使っているのはブレイズの方が多い。両刃のブレイズのが片刃のキョーコよりモンスターと戦うのに適している。キョーコを使うのは人間との戦いの時だ。

 

『どうでも良い。どの道牢屋の中から出ない限り我らを使う日は二度と来ないのだからな』

「そうだった。俺、今捕まってるって忘れてたわ」

『おそとにでたいよ~』

 

 かれこれ3日間この牢屋の中にいる。幼いキョーコが不満を漏らすのは当然のことだった。

 

「住めば都だ。我慢しろ。ここはタダで温かいメシが食えて雨風も凌げる。天国だ」

『追い込まれた浮浪者のようなことを言うな。先が見えない旅だからこそお前について来たのだ。その果てが刑務所だとしたら泣くぞ』

『なくぞ~』

「泣いてろ泣いてろ。こうなったら俺はここから二度と出ないぜ」 

 

 彼らがギャーギャー言い争っていると階段から足音が聞こえた。脱獄の話を看守に聞かれたら不味いと押し黙ったファングだが現れたのは意外な人物だ。

 

「ファング、助けに来たわよ!」

 

 アリン。三日前に置いてきた自分のパートナーを名乗る妖聖。

 

「なんだ、お前か」

 

 驚いて損した。ファングは寝っ転がる。

 

「なんだとは何よ。こんな可愛いあたしが助けに来たんだから喜びなさいよ」

「わーいわーい」

「そうそうその調子よ」

『ファングが増えた・・・・・・』

 

 ブレイズはため息を吐いた。実体化していたなら頭を抑えているだろう。ますます彼がツッコむ機会は多くなりそうだ。

 

「待ってて。もう少しで巧が鍵を持ってくるから」

「結構だ。俺はここに永住する」

「はあ? あんた何言ってんの!?」

 

 ブレイズたちにした話しをアリンにも語るファング。アリンは呆れたのか目を細める。

 

「よう、食い逃げ勇者三日ぶりだな。鍵を持ってきたぜ」

「あ、巧。見ろ。俺が求めた自由がここにはある。どうだ、羨ましいだろ?」

「・・・・・・檻の中に自由があってたまるか。開けるぞ」

 

 巧が鍵を開ける。ファングは渋々外に出た。

 

「くそ、俺の暖かい寝床とタダメシが・・・・・・」

「固いベッドと味気ないごはんしかないじゃないの。そこら辺の宿のごはんのが百倍美味しいわ」

「それにこの中だと肉は食えないぞ」

「お前ら遅いぞ。俺に付いて来い」

 

 あまりの切り替えの早さにアリンは額から汗を流した。巧はいつも通りのいい加減さにため息すら出ない。

 

「・・・・・・疲れた、腹減った。巧、俺をおぶれ」

「殴られて放置されるのと呆れられて放置されるのとどっちが良い?」

「ち、黙って歩けば良いんだろ」

「ちょっと! 二人ともボサッとしてたら見つかるわよ!」

『待て声がデカいぞ、アリン・・・・・・!』

 

 ブレイズの警告と同時に警報が鳴った。

 

『いたぞ! お前ら何をしている!』

 

 ゾロゾロと衛兵たちがファングたちの元に集まり出す。

 

「くそ、またこのパターンか!」

「お前のせいだぞ、アリン!」

「あんたにだけは言われたくないわよ!?」

「来るぞ、お前ら!」

 

 ファングはキョーコに手を添え、巧は携帯を銃の形に変形させる。ここで撃退しなければ牢屋に逆戻りだ。

 

「よし、行くぞキョーコ!」

『うん!』

 

 一番に使う、と約束したファングは律儀にキョーコを使う。

 

「待って、これを使ってファング!」

「コイツは・・・・・・!」

 

 アリンから投げ渡されたのはあの時岩に突き刺さっていた剣。

 

「フェアリンク」

 

 光の玉となったアリンが剣に入ると色褪せた剣が輝きを取り戻す。まるで抜け殻の器に魂が入ったようだ。ファングは胸の内から力が湧き出る感覚を感じる。

 

「これがフェンサーの力・・・・・・!」

『そうだ。今のお前はフェンサーだ。これより我らはサポートに徹する。お前はその剣で戦え!』

「よっしゃ、お前ら掛かってこい」

 

 ファングは衛兵を片っ端から倒していく。身体が軽い。本気じゃないのに平素の本気と遜色ない力が引き出せる。あっという間に全ての衛兵の意識を奪った。

 

「凄いな。フェンサーってヤツは」

「巧、勘違いするな。俺様が凄いんだ」

「フェンサーも悪くないでしょ。さあ衛兵の増援が来る前に逃げましょう」

「デカい声は出すなよ」

 

 巧が小さく警告すると彼らは無言で頷き監獄の中を移動する。

 

『いちばんはわたしだよ、アリン!』

『我らはファングのパートナーではないだろう。我慢しなさい』

『アリンずるいよ~』

「ごめんね、キョーコ。かわりばんこで戦いましょ」

 

 それ俺が割りを食うだけだろ、ファングは妖聖たちの会話を聞かなかったことにする。いちいち武器を変えて戦うなんて面倒なことを彼がやる訳がない。

 

「そういやお前らどうして助けに来た」

「今日お前をフェンサーが襲うって聞いてな。なんかヤバそうだからわざわざ来てやったんだよ」

「・・・・・・不味いな。さっさとずらかるぞ」

 

 ファングたちは駆け足で階段を上る。この上の階を真っ直ぐ進めば出口があるはず。危険な相手とは戦わずに逃げるが勝ちだ。

 

「よし、出口が見えたぞ」

「待て、巧!」

「なんだ・・・・・・あいつは?」

 

 出口の前には一人の男が立っていた。黒いコートを纏い武人のような雰囲気を持った男だ。

 

「貴様・・・・・・フェンサーだな」

「・・・・・・だからなんだよ」

「貴様もわかりきっているだろう。フェンサーとフェンサーが出会えばやることは一つ。戦いだ」

 

 腕を組んだ男に睨まれたファング。負けじと睨み返す。

 

「ファング、なんかヤバいよ。コイツと戦っちゃいけない・・・・・・。逃げようよ」

「お前は下がってろ、アリン。言われなくてもわかってる。巧、これを頼む」

「お前、これがないと戦えないだろ?」

 

 ファングが巧に預けたのはアリンのフューリーだった。

 

「それはまだ使いなれてねえ。本気でやらなきゃやられる」

『やれやれ。我らの役目は終わりだと思ったのだがな』

『たっくん、もしものときはにげてよ』

「ああ。お前らも連れて、な」

 

 ファングは腰に差していた二本の剣を抜剣した。ブレイズとキョーコだ。

 

「貴様、私を愚弄する気か。パートナーを使わないとはどういうことだ?」

「あんたとは本気でやらねえと勝負にすらならねえからな。今日初めて使った剣よりまだこっちのが強いんだよ」

「ほお、フェンサーとしてではなく剣士として私に挑むか。面白い。セグロ、フェアライズ!」

 

 男の姿が変わる。手に持った剣は身の丈を越える巨大な大剣。一振りで普通の人間なら粉砕しそうな力が秘められていた。その身に纏った鎧は何者の攻撃も通さないような紫色の甲冑。巧が先日見た鎧がチープに見えるほどに洗練された武人の象徴だった。

 

「・・・・・・ただの攻撃は効かなさそうだな。なら俺も『バーン』」

 

 ファングが呪文を唱えると右手に持ったブレイズの刀身に紅蓮の炎が燃え上がる。更にファングはキョーコの刀身を研ぐようにブレイズの刀身を擦った。キョーコの刀身に灼熱の炎が灯る。巧は今まで見たことのないファングに今の状況がどれほど危険か悟り固唾を飲む。

 

「言っとくが殺す気だからな」

「ならば私が殺しても、恨むなよ」

「へ、そっくりそのまま返すぜ」

 

 ファングと男の戦いは柔と剛に分かれていた。二刀流で素早いファングが一見優勢に見える。実際に何度もその身体を斬りつけることに成功している。しかし、鎧で彼の斬撃が通ることはない。辛うじて火を纏っているおかげか僅かながらにダメージは入っている。それでも男の動きが止まることはない。攻め倦ねるファングに男が襲いかかる。後ろに跳んで避ける。戦いにくい。大剣は一撃一撃の動きが鈍い。が、男はそれを補うようにテンポよく連続で振ることによって迂闊に接近することが出来ない。ファングは男のように鎧を纏ってはいない。一撃でも当たればそれは彼の敗北を意味する。手数は少ないが一撃一撃が必殺の男。無数の手数だが一撃一撃は致命傷になることがないファング。正に互角の勝負。表面上はそう見えた。

 

「・・・・・・貴様、私を舐めているのか?」

「ああ? なんのことだよ」

「貴様の剣には信念も覚悟もッない! 何が殺す気だっ!」

「ぐうっ!」

 

 男の動きが急に俊敏になり、ファングは吹っ飛ばされる。どうやら彼はまだ本気ではないようだった。────ファングが本気でないように。

 

「ファングっ!」

 

 巧は555フォンを男に向けて発砲した。紅い閃光が彼を襲いかかる。

 

「・・・・・・無駄だ」

 

 それは男の剣に弾き返された。マジかよ、と巧が目を見張る。

 

「邪魔をするな!」

「ガハッ!」

 

 巧は男に蹴り飛ばされた。彼は壁に打ちつけられてせき込む。

 

「ファング、巧っ!」

 

 アリンの悲鳴のような叫び声が周囲に木霊する。

 

「逃、げろ」

 

 掠れた声で巧が言った。良かった、意識はあるようだ。アリンはホッとする。

 

「巧を連れて逃げろ・・・・・・俺様が全力で足止めしてやる」

『ファング、まだいけるか?』

「当然だ・・・・・・!」

「まだ立ち上がるか。面白い」

 

 剣を支えにファングがゆっくりと起き上がる。男を睨みつけた。目の前にいる敵はあまりに強大だ。勝てる見込みはない。手負いの巧とアリンを逃がして自分も逃げなければこのまま殺される。

 

「巧、しっかりして」

「あ、ああ。大丈、夫だ」

 

 ふらふらと引きずられながらも巧とアリンが出口へと向かっていく。男はアリンが持っているフューリーが視界に入ると目を鋭くする。      

 

「逃がさん。『ダクネス』」

「っ! 避けろ!」

「・・・・・・え?」

 

 アリンがファングの声に振り向くと目の前には闇が迫り────爆発した。

 

「アリン、巧!」

 

 大量の砂塵が舞いファングの前から二人が消える。呆然と彼は棒立ちになる。

 

『battlemode』

 

 砂塵の中から機械的な音声が鳴った。ハッとしてファングが目を凝らすと砂塵の向こう側に何かがいた。

 

『ピロロ!』

 

 砂塵が晴れるとそこには人型のロボットがいた。ホイールの形をしたシールドを構え、アリンと巧を守っている。オートバジン。かつて巧と共に戦い、その果てに散った相棒がそこにいた。かつてのように巧を守り。

 

「なんだ、ありゃロボットか!?」

『かっこいい!』

『・・・・・・あれは巧のバイクか?』

「む、面妖な」

 

 その場にいた全員が驚愕に目を見開く。予想だにしてなかった第三者の介入により、彼らの戦いは中断される。

 

「あ、あなた。あたしたちを守ってくれたの?」

『ピロロ』

 

 驚いていたのはアリンも同じだ。彼女の問いにバジンは頷き、更にアリンは驚く。

 

「・・・・・・おせえよ、バカ」

 

 巧だけが驚いてなかった。まるで来ることがわかっていたかのように彼はそう呟いた。

 

『ピロロ』

「おらっ!」

「く、無駄なことを!」

 

 バジンがホイールを構える。何かをする気だ。ファングは気づく。彼は男にしがみつき突き飛ばした。彼がバジンの前に転がり込んだ瞬間、銃声が鳴る。バスターホイール。オートバジンに備わったガトリング砲。ミサイルすら迎撃するその弾丸が直撃すればひとたまりもない。ファングはやったか!?と思わず呟く。

 

「・・・・・・小細工が通用すると思うな」

 

 しかし、その攻撃すら男の鎧と剣の前には通用しなかったようだ。無傷。その様子にファングは舌打ちをした。

 

「ファング、逃げるわよ!」

 

 外からアリンの声が聞こえる。ファングは男に背を向け走り出す。

 

「逃がすか」

『ピロロ!』

「ち、邪魔をするな」

 

 出口を守るようにバジンは立つ。巧を、その仲間を守る。バジンはこの道を男に譲る気はなかった。

 

「ありがとよ、後でピカピカにしてやるから絶対帰ってこい!」

『ピロロ!』

 

 別れ際にファングが言った言葉にバジンは頷いた。

 

 

「ここまで来れば大丈夫、か?」

「多分な。それよりあいつは無事なのか?」

「さあな。あー、疲れた」

 

 ファングは街から離れた森の中でハアハアと息を吐く。

 

「クソ、あの野郎つええ!」

『今の我らでは勝つのは不可能だ』

『く~や~しーいー!』

 

 圧倒的な強さを見せつけられ、ファングが悪態を吐く。

 

「アイツに勝つならフェンサーになるしかないわ」

「またそれか。アイツらみたいのとフェンサーになれば戦うことになるの間違いだろ。命がいくつあっても足りねえよ」

「・・・・・・ごめんね、やっぱり迷惑だった。あんな思いするのは怖いよね」

 

 アリンが俯く。ファングは首を傾げた。巧はやれやれとため息を吐いた。

 

「・・・・・・ファング、アリンは記憶がないんだ」

「何っ? アリンも?」

「巧、それは言わなくて『言え、アリン』・・・・・・はい」

 

 巧とファングに促され、しぶしぶアリンは自分の記憶について語った。目を覚ましたら記憶をなくしたこと。唯一覚えていたのは女神を目覚めさせなければならないこと。全てをファングに言った。

 

「もしかしたらフューリーを集めていけばあたしの記憶が戻るかもしれないの」

「・・・・・・妖聖が三人。記憶喪失は二人。ま、一人も二人も変わんねえか。しゃあねえ、フューリー探し手伝ってやるよ」 

「え、ウソ! ほんとに!?」

「嘘吐いてどうする?」

 

 ファングは記憶喪失の人間を置いていくほど薄情ではない。面倒くさがり屋で快楽主義者だが彼は悪人ではない。根本的にいい奴なのだ。目の前で悲しんでいる人がいれば手を差し伸べる。誰かが争うならそれを止める。人々を苦しめる怪物がいるなら倒す。遠い世界で戦う英雄たちと同じだ。心の奥底の優しさがファングにはあった。だからこうしてアリンが抱えている物を言えば彼は必ず協力してくれる。巧はそう確信していた。

 

「ただしこれだけは言わしてもらう『いたぞ!』・・・・・・ち、まだいたか。行くぞアリン!」

「うん!」

 

 ゾロゾロと集まった衛兵たちを前にファングは剣を抜く。

 

「ファング、フェアライズを使うのよ! あの男と同じように戦えるわ!」

「『フェアライズ!』」

 

 ファングとアリンの声が、心が重なる。ファングの姿が変貌する。顔に、身体に赤い鎧が形成される。その姿は炎を纏った不死鳥がそのまま鎧になったような姿だった。

 

「あれは・・・・・・うっ!」

 

────standing by

 

────変身!

 

────complete

 

 巧の頭の中に新たなイメージが浮かぶ。暗闇の中、闇を切り裂き紅く輝く光の戦士だった。これまで以上に明確な映像に巧は頭痛を覚える。ファングが衛兵を蹴散らす姿とその戦士を重ね合わせ、その存在がよりはっきりとイメージされる。戦士は腰に特徴的なベルトを巻いていた。トランクケースに入っていたベルトだ。その中心には何かが装着され────

 

「すげー。今ならあいつとも良い勝負出来るかもな」

「フェアライズ。ファングとあたしの絆の証よ」

「でもフェアライズより変身! って言った方が分かりやすくね」

「そんなことどうでも良いでしょ」

 

 ファングがフェアライズを解くとその強大な力に感嘆の声を上げる。

 

「お疲れさん」

「おう。って巧の方が疲れてねーか?」

「・・・・・記憶が少し戻ってな」

『何? それはどんな記憶だ』

 

 巧は戦士のイメージについて語った。

 

『ふむ。巧もフェンサーだったか?』

「分からない。ただそれが記憶を戻す手がかりになる気はする」

『よかったね、たっくん』

「まだ思い出した訳じゃねえだろ」

 

 少しずつだけど前に進んでいる、それだけで巧は十分良いことだ。

 

「そういえばファング。あんたさっきなんて言おうてしたの?」

「そうだった。・・・・・・良いか、よく聞け。これだけは言わしてもらう。俺の運命は俺が決める。俺の選択が俺の運命なんだ」

 

 ファングが以前巧に言った言葉だ。彼が旅をする根底はそこにある。アリンは黙って頷く。

 

「つまりそれってどういうこと?」

「食いたい時に食って、寝たい時に寝る」

 

 ファングは満面の笑みを浮かべた。

 

「カッコつけて結局それー!?」

『慣れろ。ファングのパートナーになるならな・・・・・・』

『わたしはもうなれたよ・・・・・・』

 

 妖聖たちは皆ため息を吐いた。

 

 

「見事だ、忠犬よ。貴様はその使命をまっとうした」

『ピロロ・・・・・・』

 

 男───アポローネスは戦闘形態を保てずバイクの姿に戻ったバジンに言った。

 

「しかし、あの男面白い。この私に『殺意』を向けないとはな」

 

 アポローネスはファングとの戦いを思い出す。互いに力を『隠した』ままの戦闘だったが心から闘争心を掻き立てられたあの剣技には一種の感動すら覚えた。

 

「ファングといったか。あの男なら私の魂を震えさせることも出来るかも知れぬ。奴もフェンサーならいずれはまた会う日が来るだろう。それまで更に剣の腕を磨かなくてはな」

 

 アポローネスは期待に胸を膨らませる。機嫌が良いのか倒れたバジンを起こしてくれる。

 

「・・・・・・ところで貴様、主の元に帰れるのか」

『・・・・・・! ピロロ!』

 

 このあとアポローネスはバジンが空を飛ぶ姿を目の当たりにし驚かされることになったのは誰も知らない話だ。




タイトル通りアリンが目覚めて、バジンが登場しました。巧のピンチに颯爽と現れるバジンたんマジ忠犬。やっぱりヒロインはバジンですね!

ちなみにファングの師匠はオリキャラではないです。仮面ライダーかフェアリーフェンサーエフのどちらかのキャラクターです。ヒントも結構出します。これからもセリフとして度々登場するのでもしかしてあのキャラかな?と是非推理してみてください

明日の昼間にでも活動報告にゲームのサブイベント的な物を載せようと思ってます。場面転換の間にカットされてたシーンです。セリフだけで短いので読む人は気楽に読んで下さい。読まなくてもストーリーは楽しめます。

追記

思いのほか早く書き上がってしまいました。既に投稿されています。


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ファングとティアラ 運命の出会い

よい子のみんな、草加雅人はいつでも君の傍にいるよ


今回は前回に続きFFFのヒロインが登場します


「ここまで来れば大丈夫だろ」

『知らぬ間にゼルウィンズ地方の中心まで来ていたようだ』

「マジか? ここならフェンサーも集まるんじゃねえか?」

 

 ファングたちが流れ着いたのは大都市ゼルウィンズ。大企業『ドルファ・ホールディングス』を中心に栄えた巨大都市。街の中心にはドルファのビルが悠々と立ち、その発展ぶりを物語っていた。数多くのフェンサーが集まるこの地方でも最もフェンサーが多い場所だ。結果的にファングのフェンサーの願望を知りたいという本来の目標は達成されたも同然だろう。

 

「それなら好都合よ。あたしの目的とも一致してるわ」

「お前、記憶が戻る具体的な方法とか分かるのか?」

「巧にはもう言ったんだけどね。女神さまを復活させればあたしの記憶も戻ると思うの」

 

 やたらと時間が掛かりそうな手段にファングはうへえと声を漏らす。

 

「百本も集めてられるかよ。正気か? 俺の知り合い足してもまだ四本だぞ。考えただけで気が遠くなる」

「もう一つ、アリンを知ってる妖聖を見つけるって手段の方が手っ取り早いだろうな」

「俺もそっちのが良い」

「まあね。でもどの道フューリーを集めないといけないのは同じよ」

 

 とにかくアリンの記憶を戻す手段はフューリーを集める以外にないようだ。仕方がない。面倒という理由だけで見捨てるほどファングも巧も薄情ではない。

 

『だが問題はどうやってフューリーを探すかだ』

『わたしたちのちからでもきびしいよ』

「俺もお前ら手に入れたの全部偶然だしな」

 

 どうしたものか。腕を組んで悩んでいるとリュックサックを背負った幼い少女がファングの前に現れた。

 

「ねえ、そこのカッコいいお兄ちゃん」

「ほう、俺様の魅力に気づく奴がいるとはな。確かに俺はイケメンで天才だ」

「乗せられてるだけだろ。誰だ、お前は?」

 

 上機嫌なファングと呆れる巧に少女は笑顔を向ける。

 

「あたし、ロロ。便利屋やってるの。お兄ちゃんたちフューリーを探してるんでしょ? 今ならお得な情報売ってるよ」

「こんなガキが便利屋? それは確かな情報なのか?」

『人は見かけによらん。特に彼女は人かどうか。・・・・・・まあ信頼して大丈夫だろう』

 

 疑いの目を向ける巧。だがブレイズが言うなら間違いはないのだろう。

 

「ま、ガセならガセでまた金は稼げば良い。さっそく一つ頼むぞ、ちびっ子」

「はいはいまいど~。あたしお兄ちゃんとは気が合うかも。じゃ、お代をいただくね。特別サービスで今ならこのお値段だよ~」

「高っ!」

 

 ロロの提示する金額は中々に高値な数字になっていた。記憶がなく物の相場がよく分かってないアリンや巧はふっかけられているのかそれとも妥当な金額なのか分からない。まあ百本集めれば願いが叶うフューリーなら幾ら払っても欲しい人間はいるだろう。そう考えるとどんな金額でも釣り合いはとれる気がしてくる。

 

「しょうがねえだろ。巧、金よこせ」

「あ、待って。お金なら巧よりあたしの方があるわ」

「お、結構あるな。盗んだのか?」

『アリンを何だと思っているんだ、お前は?』

 

 アリンが持っている金は髪飾りを売った物だ。妖聖の装飾品は中々に価値が高いらしく数日の宿代を差し引いてもロロの情報代くらいは余裕で賄えるだろう。

 

「ほらよ」

「ありがとうお兄ちゃん。フューリーはソーヨル草原にあるよ。強いモンスターもいるから気をつけてね」

 

 代金を手に入れるとロロは上機嫌でどこかへ行った。謎が多い子どもだ。そう思いつつファングは彼女の後ろ姿を見送った。

 

「ソーヨル草原・・・・・・遠いな」

「俺のバイクもないし、歩くしかないな」

「えー、アリンとお前で行けよ」

「バカなこと言わないの。パートナーなしでどう戦うのよ」

 

 えー、とファングは不満を漏らす。

 

「無事にフューリーを手に入れられたらファングの好きな物食べさせてあげるからしっかりしなさい」

「よし! とっととフューリー手に入れるぞ。お前ら俺に続け」

『アリンおかあさんみたい』

『ならファングはわがまま息子だな』

 

 上機嫌で歩き出したファングにブレイズたちは苦笑を浮かべた。

 

「そういえば巧、バイクはどうするんだ?」

「大丈夫だ。その内勝手に自力で戻ってくる」

 

 

 ソーヨル草原はのどかな草原だ。小鳥の囀りがあちこちから聞こえ、様々な動物が生息している。遠くに見える古代文明の長い塔は冒険者たちの間でも研究が盛んに行われているらしい。

 

「ここがソーヨル草原ね・・・・・・」

「強力なモンスターがいるって言うからどんなもんかと思ったが悪くない場所だな」

「よし、今日はここまでにしよう。疲れた」

『阿呆。まだ何もしてないだろう。フューリーを探す目的をもう忘れたのか』

「へいへい」

 

 ファングたちはソーヨル草原を歩き始める。彼らは あちらこちらのモンスターに細心の注意を払う。見つからないように。道中にいるモンスターは出来るだけ避けて通らなくてはならない。それは別に戦うのが面倒くさいとかそういう理由ではない。生態系を壊さないためだ。自然界にはあまり人間の手を加えてはならない。今現在の肉食獣と草食獣のバランスが崩れればたちまちこの豊かな自然を持ったソーヨル草原は枯れた大地となるだろう。だから極力モンスターとは戦わない。これは旅人であるファングが強く巧たちに注意したことだ。

 

「意外。ファングって自然を大事にするんだ。優しいところもあるのね」

「旅をするなら当たり前だろ。別に優しいとかじゃねえよ」

『同感だ。心掛けない方がおかしい』

 

 だらしないファングだがこういうところはしっかりしているから不思議だ。

 

「旅をするならこれだけは守れ。一つ目は『ゴミは捨てない』これは当たり前だな。二つ目は『命を捨てない」

「どういうこと?」

「動物を殺せばその動物の仲間が自分を殺しにくるから、自分が動物に殺されれば誰かが悲しむから・・・・・・だったか?」

「お、巧。覚えてたか」

 

 あの長い砂漠を渡っている途中でファングが言っていたことだ。何時になく真面目だったから記憶に残っている。

 

「自衛のため以外で命を奪うのは止めとけ。縄張り意識が強いヤツらだと死ぬぞ」

「・・・・・・凄い。ファングがなんか賢い!」

「賢いのは当然だから驚く必要はない」

『当然と思い込んでることに驚かせられる』

 

 せっかく上がった評価を瞬時に下げるのがファングの悪いところだ。やたらと自信過剰なのを直せばイケメンで天才にもなれると思うのだがそれをやろうとしない。そこが彼の魅力なのだけど。ブレイズもキョーコも不真面目なファングについて行くのが楽しいから一緒にいるのだ。真面目ないい子チャンのファングでは面白くない。

 

「そういえば巧の携帯ってどうなってんだ?」

「あ、それあたしも気になった。銃になるのよね? どこで買ったの?」

「さあな。スマートブレインってところが作ってんだとよ」

「何処の会社なんだろうな」

 

 それは巧が一番聞きたいことだ。彼の記憶の手がかりは間違いなくそこにある。この携帯もあの変形するバイクも全てそのスマートブレインの物なのだから。

 

「あ、あれフューリーじゃない? ほら刺さってるあれ」

「なんであんなとこに刺さってんだよ。誰も拾わないのか?」

『罠、の可能性もあるな』

 

 小一時間ほどソーヨル草原を歩いていると地面に突き刺さったフューリーを見つけた。あまりに簡単に見つかったため今まで何故他のフェンサーが手に入れなかったのか巧は疑問に思う。

 

「ま、俺が抜けば大丈夫だろ。アリンと巧は下がってろ」

『見たところ危険はなさそうだが警戒は怠るなよ』

「アリンじゃあるまいし、俺がそんなヘマするかよ」

「お金がないのを忘れて捕まるバカには言われたくないわよ!」

 

 ファングはフューリーに近づく。

 

「そこの方、お待ち下さい」

 

 呼び止められファングは振り向く。そこには少女がいた。

 

「見ればずいぶんとお疲れのご様子」

 

 その少女は誰が見ても前置詞に美を付けてしまうような容姿をしていた。腰の辺りまで伸びる水色の髪は一見すると銀色にも見えるくらいに綺麗に透き通っている。所謂お嬢様が着るフリルの付いたドレスを違和感なく着こなすのが彼女の洗練された美しさを物語っている。これを着こなすのは例え優れた容姿の人間でも簡単ではない。エフォールが着ても似合わないな、とファングは思った。

 

「疲れてるのか、俺? そこまで疲れてねえけど」

 

 ファングは小一時間しか歩いてない。流石に日頃から旅をしている彼がこの程度で疲れるとは考えにくい。ファングは少女に怪訝な目を向ける。

 

「いいえ、疲れてます。せっかくの良い顔が台無しですよ」

「じゃあやっぱり疲れてんのか」

「疲れてるのも良い顔なのもどっちも嘘だろ。騙されてるぞ、ファング」

 

 ファングに睨まれ巧は視線を反らした。

 

「このお茶には滋養と疲労回復の効果があります。是非飲んでください」

「お、うまそう」

「こら! 知らない人からもらった物を飲んじゃダメでしょ!」

『待て、阿呆! こういう輩は薬を盛ってるに決まっている。いつものパターンだろう!?』

「・・・・・・熱そうだな」

 

 アリンたちの警告を聞かずにファングは美味しそうに茶を飲む。

 

「ぐへ。し、痺れる。やっぱりか・・・・・・!」

「やっぱりってお前本気でバカだろ!」

『ファングだいじょぶ!? ぺっ、して。ぺっ!』

『ええい、もう遅い!』

 

 何故疑いを持っていながら飲んだのか本当に意味が分からない。盛ったはずの少女まで首を傾げる。

 

「・・・・・・あなたはもしかしてお馬鹿さんなのですか?」

「う、うるせえ。出されたもんを無駄にするくらいなら俺は騙されるバカのが良いんだよ!」

「どういうことですか?」

 

 また少女は首を傾げる。

 

「・・・・・・お前が本当に親切心で茶を入れたならもったいねえだろ」

「それだけでこんな古典的な方法に騙されるなんてどうかしてますわ。あなたフェンサーには向いてませんよ」

「こっちは別にフェンサーなんか興味ねえよ・・・・・・」

 

 少女は膝を突いて苦しむファングに解毒剤を投げ渡す。

 

「解毒剤です。そのままでは忍び難いですから」

「盛ったと思ったら解毒剤渡すなんて訳わかんねえよ」

「訳が分からないのはあなたですわ。これも疑いもせず飲むなんて本当に大丈夫ですか?」

 

 ファングが苦しむ中、少女はフューリーを引き抜く。

 

『貴様、何者だ?』

「私、ティアラと申します。こちらはパートナー妖聖のキュイ」

 

 人を罠にはめたとは思えないほどすんなり少女は名乗った。偽名、と思ったが嘘ではなさそうだ。

 

「キュイキュイ」

『「か、かわいい」』

 

 ティアラのパートナー妖聖のキュイは真っ白な子犬のような愛くるしい見た目をしていた。アリンとキョーコはキュイに心奪われる。

 

「あら、可愛いだなんてそんな当たり前のことを言わなくても良いのですよ? まあ当然ですけど」

「お前に言ってねえよ、自意識過剰のくそ女!」

「おいファング。無理するな」

 

 身体の痺れを感じながらもファングはティアラを睨みつけた。

 

「・・・・・・!」

 

 ファングのストレートな罵倒に怒りを覚えたのかティアラは顔を赤くする。

 

「こ、これは警告の餞別として私がいただきますわ」

「ま、待ちなさい! 巧、何とかあの女から取り返して!」

 

 フューリーを持ち逃げしようとするティアラをアリンが止める。彼女は巧をビシッと指差した。

 

「え?」

 

 名指しされた巧が困惑の声を上げる。

 

「え?」

 

 聞き返すアリン。

 

「俺が取り返せると、本気で思うか?」

「・・・・・・無理なの?」

 

 巧は無言で頷く。

 

『アリン、お前は普通の人間がフェンサーに勝てると思うのか?』

「あっ・・・・・・!」

「今の今ままで戦力として数えていたことにびっくりだ」

 

 アリンはもしかしてここまでずっとファングと巧が二人で戦うこと前提に考えていたのか。なんだかこれからの旅路に暗雲が立ち込めて来た気がする。巧は額から汗を流した。

 

「残念なお顔に残念な頭なんて救いようがありませんわ」

「更に言うなら口もうるせえんだよ」

「あら、気が合いましたね」

「ちょっと人のことなんだと思ってんのよ!」

 

 言いたい放題言われたアリンは顔を真っ赤にして怒る。

 

「五分もすれば痺れは解けます」

「くそ、待て! 覚悟しとけよ。お前に同じことを、いや倍返しにしてやる! 滅茶苦茶にして泣くまで許さねえからな! 腹黒女め!」

『落ち着け阿呆。言動が危ういぞ』

 

 それ以前に苦し紛れに繰り出される罵声がもしティアラの逆鱗に触れればどうなるかわかったものではない。身動きがロクにとれないことをファングは忘れてるのではないか。ブレイズは呆れた。

 

「滅茶苦茶・・・・・・泣くまで・・・・・・腹黒」

 

 ティアラはぶつぶつとファングの言葉を反芻する。

 

「お、おいファング。なんかヤバくないか」

 

 ティアラの顔は見ることは出来ない。だが正面から見たらきっと心臓が止まるほどに恐ろしいものだろう。巧は冷や汗を流す。

 

「出来るものなら是非やって下さい」

 

 不気味な笑顔を浮かべてティアラは離れていった。

 

「助かったの、か。・・・・・・たく、あんまり挑発すんなよ、バカ」

「しょうがねえだろ。あの女絶対許さねえ!」

『はやくおおう!』

 

 だがファングは動くことが出来ない。

 

「ちょっと待て。まだ痺れが解けてねえ」

「もう、早くしないと逃げられちゃうわよ!」

『・・・・・・ふむ、ファング。万能薬を使ったらどうだ?』

 

 万能薬は混乱や気絶、麻痺や猛毒などどんな状態異常も治すその名の通り万能薬だ。なかなか高いが旅人の必需品として重宝される。

 

「もったいねえけどそれしかねえか」

 

 ファングはカプセル状のそれを飲み込む。

 

「よし、追うぞ」

 

 ファングたちは駆け足でティアラの跡を追う。急がなければフューリーを盗られてしまう。

 

「あ、だからお前あのお茶普通に飲んだのか。つーかそんなのあるならもっと早く使えよ!」

 

 

「あのお方、私になんて非道いことを・・・・・・」

「キュイ?」

 

 ソーヨル草原から街道へと向かうためティアラは歩く。その間も頭の中はファングのことでいっぱいだった。

 

「ああ、でもこの不思議な胸の高鳴りはなんなのでしょう・・・・・・?」

 

 ティアラの脳裏にファングの鋭い目が、乱暴に繰り出された言葉が何度も何度も浮かんでは消える。彼女は気づいてないがその頬は赤く染まっていた。

 

「あら、どちらさま?」

「へへ、おれは所謂ちんぴらさ。お決まりのキャラってヤツだ。おとなしくそのフューリーを渡しな」

 

 そんなティアラの前に一人の男が現れた。ちんぴらフェンサー。巧に完敗したごろつきフェンサーより更に弱いちんぴらフェンサーだ。

 

「お決まりなキャラでつまらない顔のあなたに渡すものなんてありませんわ」

 

 ティアラの挑発もちんぴらはニヤニヤと受け流す。

 

「なら腕尽くでもらうぜ。あんたごとな。ひひっ、その綺麗な顔が泣き顔になるのが楽しみだ」

「それは俺も見たい」

「誰だ!?」

 

 ちんぴらが振り向くとそこにはファングたちがいた。

 

「あなたはファングさん、だったかしら」

「そうだ。偉大なるファング様だ」

「なるほど。私を追いかけてきたんですね。わかりますわ、私を愛してしまったのですね。ふふふ、可愛いらしい方ですね」

 

 ティアラはどこからその自信が沸いてくるのか照れ笑いを浮かべて言った。ファングは顔を歪める。

 

「んな訳ねーだろ!」

「この自信のありっぷり・・・・・・」

『まるでファングだな』

 

 巧はブレイズの言葉に頷いた。

 

「てめえらこの女の仲間か?」

「俺たちの会話を聞いときながらどうしてそう思う?」

「ええ、そうです。このファングさんは私の下僕です」

「ちげえよ!」

 

 いつの間にか下僕扱いされてることに全力で否定するファング。

 

「ファングさん、私この方につきまとわれて困ってるんです助けていただけませんか?」

「いや、あんた本気?」

『よくあれだけのことをして素知らぬ顔でファングに救いを求められるな』

 

 アリンとブレイズはティアラに呆れた。

 

「へへ、お前もフェンサーか。ならフューリーを置いてきな」

「あちゃー。あたしたちまで目を付けられちゃったわね」

「・・・・・・断れる雰囲気じゃなさそうだな、ファング」

「ち、仕方ねえな」

 

 ファングは剣を持つ。

 

「死ねえ」

 

 ちんぴらが剣を振った。ファングは簡単に避ける。あの男の時のように感覚ではなく目で追ってかわせる。直線的で攻撃の仕方がなってない。これなら喧嘩が強い巧でも勝てるかもしれない。ファングは瞬時に後ろに回りこむとちんぴらの腕を捻り上げた。

 

「ぎぎぃ」

 

 激痛に呻き声を上げ、ちんぴらは手に持っていた剣を落とした。

 

「お前、本当にフェンサーか?」

 

 その辺のモンスターのがよほど苦戦を強いられる。特殊能力者といっても過言ではないフェンサーは普通なら素手で勝てるはずがないのだが。このちんぴらは宣言通りお決まりのキャラだったようだ。

 

「てめえ『それ以上喋るとわかってるよな?』ひぃぃ」

 

 ファングが腕を掴んでいた手を放すとちんぴらは悲鳴を上げて逃げていった。

 

「ふ、口ほどにもない」

『おおっ、ファングかっこいい!』

『フェンサーになって更に身体能力があがったようだな』

 

 ファングは手についていた汚れを払った。

 

「お疲れ様でした。ファングさんはお強いんですね」

「あんた、よくもぬけぬけと・・・・・・」

「その強いファングと戦いたくはないだろ。フューリーは返してもらうぞ」

 

 巧が手を出して返せ、と催促するがティアラは首を振った。

 

「それは無理です。ですがもっと素敵な物をプレゼントいたします」

 

 ティアラは見る者を魅了する笑みを浮かべる。

 

「まさか肉か!? 肉なのか!?」

「あんたにとってフューリーは肉以下なの?」

『ファングかっこわる~い』

『・・・・・・阿呆め』

「お前の頭の中は食い物しかないのか」

 

 願いを叶えるフューリーよりも肉を求めるファングにアリンたちは呆れる。

 

「いいえ、もっと素晴らしいものです」

 

 肉より素晴らしい物なんて探せばいっぱいあるだろ。巧は内心突っ込んだ。

 

「あなたたち、マジで私の下僕にして差し上げますわ! どうです。素敵でしょ。嬉しいでしょう?」

 

 ティアラはとんでもないことを自信満々に言った。

 

「肉すら越えられないのか・・・・・・?」

 

 呆然と巧が呟いた。どんな発想をすれば願いが叶うフューリーよりも彼女の下僕になる方が素晴らしいのか、真面目に問い詰めたい。

 

「はあ?」

『・・・・・・正気か?』

『げぼく、てなにー?』

 

 アリンたちの反応はごもっとも(約一名理解できてない者もいるが)なものである。どれだけ美しかろうと下僕になれと喜ぶ人間はいな──── 

 

「ヤダね。お前が俺様の下僕になるならフューリーをやっても良いぞ」

「ダメに決まってます。でも・・・・・・な、なんて魅力的な要求なんでしょう」 

「・・・・・・俺が言っといてなんだがどこに魅力的な要素があった?」

 

 いた、というかティアラ本人だった。ファングに下僕になれ、と言われ恍惚とした表情を浮かべる。彼にしては珍しく困惑しているのが分かる。

 

「なに、こいつ?」

「さあな。俺だって知りたい」

『自分がされたら嬉しいと思うことなら相手も嬉しいと思ったのか。なるほど』

 

 引き気味のアリンと巧と何故か納得するブレイズ。

 

「あ、いっそファングだけ下僕になるってのはどうだ?」

『「っ!」』

「お前らそれだ!とか思ってたらぶっ飛ばすぞ。誰が下僕になんてなるかよ」

 

 巧の画期的な案はファング本人によって拒否された。

 

「私は構いませんわ。ファングさんのような腕の立つ方がいればとっても助かります」

「いや、俺が困るだろ」

「でも俺たちは困らないぞ」

 

 ファングは巧の足を無言で蹴った。

 

「もう、ファングさんは私のようなか弱く美しい乙女があのような目に合うかもしれないのに心配じゃないんですか!」

「いや、お前もフェンサーだろ」

「フェンサーが二人いれば戦闘も楽になると思いますけど」

 

 確かにそうだがそれなら素直にフューリーを集めるのを協力してくださいと頼めば良いのではないか、ティアラ以外の全員がそう思った。

 

「それに私の縁者が経営してる宿を提供しますわ。根無し草のあなたたちには嬉しいでしょう?」

「宿は悪くないが下僕にはなりたくないんだが・・・・・・」

『俺も巧に同意だ』

「あたしもこんな腹黒女と一緒は嫌よ」

 

 巧たちは難色を示す。ティアラについて行けば何をされるかわかったもんじゃない。あとはファングが拒否をすれば良いのだが・・・・・・。

 

「その宿の飯は美味いのか?」

『うまいのかー?』

「もちろん。なんでもどこぞの三ツ星レストランのシェフを引き抜いたと聞いてますわ」 

 

 ティアラの一言にファングは目を輝かす。巧は何となく彼が何を考えてるのか察した。

 

「よし、組もう」

「お前はほんっと単純だな」

 

 巧が呆れ顔で笑顔を浮かべるファングに言った。

 

「飯も美味くてフューリー集めんのも楽になるなら一石二鳥だろ」

『どうせあの女に任せてお前はサボろうとか考えているんだろう?』

「うわー、それありえる」

 

 面倒なことはティアラに任せて自分は楽をする。既にファングの頭の中は自分に都合の良い方向に向かっていた。こんなパートナーで本当に大丈夫だろうか、アリンは不安で胸がいっぱいになる。

 

「さて、宿に案内しろ。三ツ星のメシでも食おうじゃねえか」

『わーい、ごはんごはんー!』

「ええ、付いていらして下さい」

 

 ファングはティアラの跡を嬉々として追いかけた。

 

「え、ほんとにあいつについて行くの?」

「・・・・・・まあ肉よりは良いんじゃないか」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 巧も渋々二人を追いかける。

 

「ちょっと待ちなさいよ! こらー!」

 

 一人置いてかれそうになったアリンは急いで走り出した。

 

 




草加さんはこれからイチゴマンの編集長をやるそうなのでよい子のみんなの傍にはいられなくなりました。皆さんも草加さんにあいたかったらイチゴマンの購読とTwitterのフォローをしましょう(ステマ)

555の登場は多分あと三話くらい先になります

関係ないですけどフェアリーフェンサーエフの主人公が葦原さんだったらヒロイン全滅しますよね


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封印の間、そして暗殺者と狐との再会

皆さん、草加雅人は好きですか?

僕は好きです。

草加役の村上幸平さんがジュウオウジャーでいよいよ登場するらしいので皆さんも是非見てください。


「ちっくしょ~。騙されたぁ! 何が三ツ星シェフだよ! 赤の他人じゃねえか!」

「ミツボ・シィとかいう名前の人間がこの世に存在してるとはな。俺はそっちの方が謎だ」

『偽名ではないのか?』

 

 宿屋の一室でファングは巧に愚痴っていた。彼は三ツ星シェフ詐欺に引っかかったとさっきからずっとその調子だ。『向日葵荘』────ティアラの縁者ミツボ・シィが経営している宿屋だ。彼女は所謂女将さんというヤツである。宿で出されている料理は全てミツボが作っている。この時点で大多数の人間がティアラがファングを騙したと思うだろう。だが彼女曰くミツボの従兄弟のお姉さんのお兄さんの友人が三ツ星シェフだから実質三ツ星シェフらしい。どう考えても他人だが。

 

「三ツ星だかミツボ・シィだかどうでも良いんだよ。別に美味けりゃ良いだろ」

 

 ファングは不満を漏らしているが巧からしたら宿屋と食事がタダなだけで十分ありがたい。一応、少し変だが真面目そうなティアラだ。彼女の言うようにミツボの料理の腕は確かなものなのだろう。

 

「お前はネームバリューがわかってねえんだよ。同じ味でも三ツ星シェフとミツボ・シィシェフが作った料理、どっちのが気分が良い?」

「まあ、そりゃ三ツ星シェフだな」

「だろ? 三ツ星よりミツボ・シィのが『逆になってるぞ』・・・・・・三ツ星のが良いだろ!」

 

 ファングは三ツ星シェフじゃなかったことがとても不満のようだ。食べ物の恨みは大きいというヤツだ。ミツボの料理を実際に食べるまでは彼の気は晴れないだろう。さっさと食事にしたい、と巧は思った。

 

「それよりあのティアラとかいう女が部屋に来いとか言ってたけど何を企んでるんだ? 俺はそっちの方が気になるんだが」

「さあな。三ツ星シェフサギの落とし前は何時か絶対につけさせてやる」

『お前はまだ根に持っているのか?』

 

 巧とブレイズはため息を吐いた。

 

「話って、なんだ一体?」

 

 ティアラの部屋にファングたちは集まる。彼らがここにこうしてここに集まったのは彼女に部屋に来いと呼び出されたからだ。なんでも重要な話しがあるらしい。

 

「・・・・・・ちょっと目を瞑ってください」

「別にいいけどよ」

「何の意味がある?」

「すぐに分かりますわ。ですから目を」

 

 ティアラに疑いの目を向ける巧とは裏腹にファングはすんなりと目を瞑った。もう少し疑いを持てと彼は思ったが彼女に巧も目を閉じろと、言われ渋々それに従う。

 

「アリンさんもお願いします」

「わ、わかってるわよ。変なことしたら承知しないからね」

 

 アリンも目を閉じる。彼女は目をうっすらと開けようとするがティアラに睨まれ出来なかった。

 

「では・・・・・・」

 

 ティアラが何かをした瞬間、一同は唐突な浮遊感を感じた。どこか遠くへと引っ張られている。そんな感覚だ。

 

「うわ! なんだこの浮遊感!?」

 

 ファングが驚きの声を上げる。

 

「何が起こってる!?」

 

 巧は驚きのあまり目を開こうとした。

 

「まだです! まだ目を開けないで!」

 

 ティアラの必死の制止に巧は開こうとした目を再び閉じる。

 

『このかんじ、ブレイズ!』

『ああ。我らが向かっているのは恐らく・・・・・・』 

 

 妖聖たちは何かを感じたのか冷静さを保っていた。傍にいるファングはこの状況に心当たりがあるらしい彼らに首を傾げる。やがて浮遊感は終わりを告げた。ファングたちの足元には踏みしめられる地面があることを感じる。

 

「・・・・・・もう良いですわ」

「なんだってんだ。いっ、たい?」

 

 ファングは目を開くと見たこともないような枯れた大地に立っていた。困惑して周囲を見渡せば彼はその目に映った存在に己の目を疑う。石像、のようなナニか。この世のものとは思えない超越した存在がそこにはいた。巨大な闇の化身。無数の剣によって鎖付けにされその底知れぬ邪悪を封じ込められた怪物。巨大な光の化身。無数の剣によってその身を貫かれ眠りに就いた美女。

 

「あれは・・・・・・?」

 

 巧はその二つの存在に心当たりがあった。以前、まだ岩に突き刺さっていたアリンの剣を抜こうとした時だ。その時に見た幻覚の一つが彼らだった。互いに剣と剣を打ち合っている姿と今の身体に突き刺さった剣はその時の幻覚と一致している。

 

「石像か、ありゃ?」

 

 ファングはイマイチその存在がどういうものか理解してないのか者が物に見えたようだ。

 

「め、女神様?」

「! お分かりになりますの。流石は妖聖・・・・・・の、はしくれさんですわ」

 

 妖聖のアリンは瞬時にその正体を見抜いた。

 

「ティアラ、ここはただの空間ではないな。なぜ世界から消失した神々が存在している?」

「この空間は時間と時間の狭間にある意識空間。まあ、夢のようなものですね」

 

 ブレイズの疑問にティアラが答える。彼女はパチパチとまばたきをした後ファングにこう言った。

 

「この美形の落ち着いた大人の男性はどなたですか、ファングさん?」

「俺のフューリーのブレイズ、の実体化した姿だ」

「この姿になるのも久しぶりだな。あらためて自己紹介しよう。妖聖ブレイズだ、よろしく頼む」

「そ、そんな姿をしてらしたんですか。こ、こちらこそよろしくお願いしますわ!」

 

 ブレイズが実体化した姿を見るのが初めてのティアラはかしこまって頭を下げた。ティアラのファング一同の評価は巧は比較的マシだが無愛想でそっけない同年代の青年、アリンは妖聖の割りに間抜けな女。ファングに至っては食いしん坊のお馬鹿さんという認識だ。帯剣されてる妖聖二人は男と小さな女の子程度にしか思っていなかったので驚かされる。

 

「お前ら何で急に出てきた?」

「ここにきたらわたしたちもふつうにでてこれるみたい」

「アレが関係してるのか」

 

 実体化したキョーコに巧が聞く。彼女の返答からしてこの空間はやはり特殊なのだろう。

 

「我らですら女神と邪神がどこに消えたのか知らなかった。どうやってここにたどり着いた?」

「これは、私・・・・・・いえ、キュイの特殊能力です」

「キュイ!」

 

 キュイが右手を上げて返事をした。

 

「へー、あんたすごいのね」

「・・・・・・Sランクの妖聖にもそんな力はないはずだが。いやもし女神が自身を解き放つために誰かに己の力を残したならあるいは・・・・・・?」

 

 素直に驚くアリンに対してブレイズはキュイの能力に疑問を持つ。強力な妖聖にも不可能なことがキュイに出来るとは思えなかった。

 

「ここは女神、そして邪神が封印された場所です」

「・・・・・・封印ってことはだ」

 

 邪神を見上げて巧が呟く。

 

「ええ、まだ生きています」

「ほんとだ。微かに魔力の波動を感じる・・・・・・」

「めがみさまも!」

 

 アリンは邪神にキョーコは女神に近づいてその力が健在されてることを確認する。

 

「あの刺さってるトゲトゲはなんだ?」

「フューリーです。動力源の妖聖はもう力を使い果たしてしまったようですけど」

「微かに覚えている。無数に飛び交う剣の波の中から落ちていった己の記憶がな」

「この世界に残ったあたしたち妖聖とフューリーは女神と邪神から外れたものってこと?」

 

 アリンの問いにブレイズは頷く。

 

「それで、何の意味があって俺たちを呼んだ?」

「乾さんたちには手伝っていただきたいことがありまして」

 

 巧が気になるのはそこだ。わざわざ全員を連れてくるからには何か理由が必要だ。フェンサーではない巧までこの場にいる意味がない。

 

「先ほど手に入れたフューリーを使って女神に刺さった剣を抜きます」

「封印を解くってこと?」

「ええ、中の妖聖を移して女神に刺さった剣を起動して抜きます」

「お、ならもう終わりだな。俺は一生自由に生きていけるようにしてもらおう!」

「バカ! 一本や二本抜いたくらいで封印が解ける訳ないでしょ!」

 

 勝手にもう願いが叶うと勘違いしたファングに突っ込むアリン。

 

「封印を解くには全ての剣を抜くしかないんだろ」

「ええ。ですが全て抜いただけでは何かが足りないと思いますわ」

「それだけで解けるなら苦労して封印した邪神が簡単に生き返っちまうか」

 

 巧が腕を組んで女神を見上げる。鎧を着た女性の姿をしている女神は神々しくとてつもない力を秘めているように見えた。

 

「でも、あんたなんでこんな場所知ってんの? あたしたちも知らなかったのよ」

「そ、それはキュイのおかげですから。限られた特殊な妖聖にしか知られていないのでしょう」

「あ~や~しーい。どうおもう、ブレイズ?」

「その力が女神に託された物なら我らが知らなくてもおかしくはない。・・・・・・人語を解せないタイプの妖聖なのが痛いな。何も調べようがない。おそらく邪神の復活を企む者に利用されないためにキュイが選ばれたのだろう」

「なるほどな」

 

 相変わらずブレイズは頼りになる、と巧は思った。面倒くさがり屋が揃ったファングたちの中で唯一知的と明確に言えるのは彼くらいのものだ。ブレイズがいなかったらと考えるとここまでの旅路はめちゃくちゃなものになっていた気がする。

 

「あんたはどう思うの、ファング?」

「フューリーを集めるのは同じだろ。なら当初と目的はなんも変わらないんじゃねえか? 妖聖に女神の封印を解いてもらえば良いんだろ」

「そうだな。別に邪神の封印さえ解かなければ問題ない。とっとと女神の封印を解いちまうか」 

 

 ファングからしたらアリンの記憶を取り戻すことが終着点であり、女神の復活が終着点ではない。だからキュイやティアラの素性など知ったことじゃないのだ。そもそもティアラに付いてきたのも三つ星シェフがいると騙されたからである。彼女や妖聖たちはともかく自分は神々には興味がない。

 

「まあ、そうですわね。あ、でも封印を解く時には何かが襲ってくるから気をつけてください。ファングさんの強さは信頼してますけど万が一ということもありますので」

「ふ、分かってるじゃねえか。俺がいるなら何だろうとねじ伏せてやるよ。・・・・・・ところで何かって何だよ?」

「神の眠りを妨げる者を排除する防衛装置、といったところか」

 

 フューリーを集めるのも神の封印を解くのも楽ではなさそうだ。ファングは憂鬱な気分になる。

 

「とても強いので抜くなら気をつけてください」

「あんたはどんなヤツがいるか知ってんの?」

「いえ。残念ながら契約してる妖聖は無理なようです。パートナーとの絆が継続中だから、でしょうね」

「ワナじゃないでしょうね、なーんか怪しいんだけど?」

 

 アリンはじろりとティアラに疑いの目を向ける。彼女はその視線にムッとしたようで

 

「私そんな手は使いません!」

 

 と声を荒げて言った。

 

「ここに来るまでを振り返って本当にそれが言えるのか・・・・・・?」

「あのお茶の件忘れたとは言わせないわよ」

 

 巧が首を傾げ、アリンがそうだそうだと指を指す。

 

「こ、細かいことは良いですわ! 女神を復活させるという目的はあなたも同じなのでしょう。とにかく!  私たちはフューリーを集めて女神の封印を解く! いいですわね」

「まだ気になることはあるけど・・・・・・」

「目的はわかりやすい方が良い」

「そういうこったな」

 

 三人は概ねティアラの意見に賛成した。

 

「じゃあひとまず一本抜いてみるか」

「それは乾さんに頼みたいのですが」

「別に良いがフェンサーじゃなくて大丈夫か?」

「いえ、防衛装置が襲ってきた時に女神の近くにいれば安全なはずです」

 

 防衛装置が守る対象を攻撃する訳がない。ティアラはそう言った。

 

「なら俺が適任だな」

「すいません。本当は乾さんまで巻き込みたくはないのですが。ファングさんと分散されるリスクを考えるとそれが一番良くて」

「何もしないのも飽きるだけだ。気にすんな」

 

 こうして神々の封印を解く時は解除は巧、戦闘はファングたちということになった。

 

 

 

『本当に襲ってくるとはな。我々妖聖も攻撃の対象のようだ』

『あー、びっくりした』

「お前らは剣の中に逃げれば良いだけだろ。ま、俺にかかれば楽勝だけどな」

「キュイキュイ!」

「防衛装置つっても普通のモンスターと変わんなかったな」

 

 襲ってきたモンスターを倒したファングたちの元に巧は戻った。

 

「本当に、倒した。封印を一つ解いた・・・・・・・。やりましたわ、おふたかた! ありがとうございます!」

 

 感極まったようにティアラは大喜びする。よほど女神の封印を解いたことが嬉しいようだ。

 

「へえ、やけに素直ね」

「・・・・・・はっ! ぶ、部下を労うのが上司の務めですからね」

「誰が部下ですってー!」

 

 ティアラの軽口にアリンは顔を真っ赤にする。

 

「おい、ファング。この剣見てみろ」

 

 手に持った剣を興味深げに巧は見つめる。

 

「な、なんだこりゃ。すっげえパワーだ」

「え、うそ? ほんとだ!」

「女神の力の一部、と考えるべきか」

「レゾナンスエフェクトが強化されたみたいですわね」

 

 レゾナンスエフェクト────共鳴効果。フューリーとフューリーが干渉しあってフェンサーの力をより高める神々が遺した神秘の力の象徴の一つだ。

 

「レゾなんたらエフェクトってなんだよ」

「惜しい。スだけ言えてない」

『以前言っただろう。お前の力を高める物だ』

「覚えておいて便利ですよ? ファングさんは頼りになる妖聖が二人もいるんですから」

「ふ、二人、ですって!」

 

 ファングの仲間の妖聖は三人。なのにティアラが言ったのは二人。アリンからすれば誰がカウントされてないかは明白だった。

 

「あんたねえ! 言わせてもらうけど・・・・・・・!」

「どうでも良いからメシにしようぜ。腹減った」

「どうでも良い!? あんたパートナーがバカにされて良いの!?」

 

 腹をさするファングにアリンは怒る。

 

「・・・・・・あくまでレゾナンスエフェクトを出来るのは未契約の妖聖って言うべきでしたわ」

「アリンのヤツ完全に勘違いしてるぞ、お前もう少し言動に気をつけろよ。いや、あいつらもだけど」

「はい・・・・・・」

 

 巧に言われティアラは少し反省した。

 

 

「私以外にこの空間に入れる者がいたとはな」

 

 遠くからファングたちを見つめる者がいた。銀髪の男性。凄腕のアポローネスやエフォールの気配も察知したファングに気づかれないことからその強さが窺える。

 

「目的は私と違って女神復活か・・・・・・もしそうなら」

「殺戮対象ですね、マスター」

「そうだ『ブラッディ』」

 

 秘書風の女性に男は妖艶な笑顔を浮かべる。

 

「だが今はまだ早い」

 

 あの空間で戦おうとしても追い詰められれば逃げられてしまう。殺すのは今はまだ先だ。

 

「どうしたの、バーナードくん?」

 

 男────バーナードの前に一人の少年が現れる。歳はファングや巧より幼くエフォールくらいか。

 

「いや、少し面白いモノを見つけてな」

 

 バーナードは少年に笑みを浮かべる。

 

「へえ・・・・・・面白い、ねえ」

 

 少年は無邪気な顔に不気味な笑みを浮かべた。

 

 

────翌日

 

「いらっしゃーい。また会ったねお兄ちゃん。こっちのお姉ちゃんは初めましてだね。情報屋のロロでーす!」

 

 ファングたちはフューリーの情報を買うためにロロに会いに来た。

 

「こんな小さな子が情報屋!? 危険な目に逢ったりするのに大丈夫なのですか?」

「大丈夫大丈夫、これでもあたし結構強いから」

 

 心配ないと笑顔を浮かべるロロだがなおのことティアラは心配した。

 

『結構強い、か。・・・・・・だろうな』

「あ、妖聖のお兄ちゃん。あたしの情報売ったりしたらお金取るからね」

『安心しろ。他人の素性を探る趣味はない。お前と違って、な』

「あんたたち何訳わかんないこと言ってんの?」

 

 ブレイズとロロの会話がイマイチ理解出来ずアリンは首を傾げた。出会ったばかりの彼らがまるでお互い知り合いのように見える。

 

「便利屋じゃなかったか?」

「似たようなものだよ、無愛想なお兄ちゃん♪」

 

 子どもに無愛想と言われ巧は地味にショックを受けた。

 

「ちなみに今日のフューリーのお値段はこんな感じになってまーす!」

「高っ。常連になってやるからマケろ。飴やるから」

「・・・・・・いらないよ」

「それでマケたらとんでもなく高い飴代になるだろ」

 

 願いを叶えるフューリーの情報代を飴で安く買おうとする人間がいることにロロ、さらに巧は驚きだった。

 

「ファングさん、全額お支払いしましょう。こんな小さな女の子から値引こうなんて大人として恥ずかしいですよ」

「・・・・・・お前って意外と優しいんだな。見た目だけの優しさだと思ってたぞ」

「そ、そんな二重で喜ばせること言わないでください」

 

 どこに喜ぶ要素があった、ファングは眉を歪めた。

 

「ほら、ロロ。情報代だ」

「毎度あり~。フューリーはクラヴィーセ洞窟のどこかにあるって話だよ」

「サンキュー。ほらっ、飴やるよ」

「・・・・・・次も安くはしないからね」

「たかが飴くらいでそんなデカい顔しねえよ」

「えへへ、ありがとうお兄ちゃん!」

 

 ロロは笑顔で飴を口の中に入れるとまたどこかへ消えて行った。

 

「洞窟か、面倒くせえな」

「つべこべ言わずに行くわよ!」

「へいへい」

「・・・・・・洞窟ならライトが必要だな」

 

 

「着きましたわ。さあお二人のお手並み拝見いたしますわ」

「何よ、偉そうに! あんた上から目線すぎよ」

「私、おチビのアリンさんより身長が高いので」

「精神的な話よ、あんた絶対分かってんでしょ!」

 

 ティアラとアリンがまた言い争いを始める。この二人は犬猿の中なのかちょっとしたことからすぐに喧嘩になる。

 

『お前ら喧嘩は後にしろ』

『たっくん、そのほそいのなにー?』

「携帯と一緒に入ってたライトだ。必要だと思ってな」

『いいなー。わたしもほしいなー』

「あとで貸してやる」

 

 巧のトランクケースの中には他にはカメラが入っていた。携帯にライトにカメラ、全て家電製品だ。もしかして自分はスマートブレインの社員で誰かに配達する途中だったのでは、と一つの仮説が出来たが今時スマートフォンではなく携帯を販売する企業なんてあるのだろうか。銃に変形する携帯なんて聞いたことがない。

 

「はいはい。どうでも良いからさっさと行くぞ」

 

 ファングはため息を吐いて二人に言った。

 

「なによ。ファングはティアラの味方なの?」

「当たり前ですわ。ファングさんは私を愛してしまったのですもの」

「止めろ、女同士の喧嘩に俺を巻き込むな」

「照れ隠しはお止めになって。いかにも気味の悪い虫が出そうな場所です。ファングさん先を行って私を守ってくださいますね?」

 

 ティアラが笑顔を浮かべてファングに言った。彼は面倒くさそうに頭の後ろを掻いた。

 

「調子に乗んな。アホバカマヌケ」

「はぁ・・・・・・! 雑ななじり方なのにやっぱりいい!」

「またこんな反応。引くわ~、ねえファング」

「お前もうるせえ」

「酷い! いつあたしがうるさくしたの!? ねえ、いつ!」

「なんか、すっげえ疲れる・・・・・・」

 

 ファングは早くも帰りたくなってきた。

 

『あの中にだけは絶対に入りたくない』

『えー、たのしそうだよ』

「見てるだけなら、な」

『?』

『大人になれ。多分、分かる』

『へんなのー』

「つーか、虫が寄り付くのってライト持ってる俺だよな・・・・・・帰りてえ」

 

 巧も帰りたくなった。

 

「殺、殺殺殺・・・・・・!」 

 

 そんな彼らを見つめる者がいた。

 

「ファングさんと乾さんは私と出会う前は何をしてらしたんですか?」

「縛られて生きるのは嫌でな。自由を求めて旅をしてた」

「俺は成り行きでだ。記憶をなくして何も出来なかったところをファングに助けられてから一緒に旅することになったんだ。ウダウダ悩むのにも飽きてな」

 

 薄暗い洞窟の中を歩いているとどうしても退屈になる。自然と彼らの口数は多くなる。

 

「ティアラは何でフューリーのことにそんな詳しいんだ?」

「・・・・・・古い文献を調べました」

「へー、文献なんてあるのか。そんな物読んだことねえや」

「ファングさんなら必要なさそうですものね」

「褒めるな」

 

 もちろん誰も褒めていない。

 

(文献なんて本当にあるの? どうにもこの女怪しいのよね)

 

 アリンはますますティアラへの疑惑を深めた。彼女は妖聖のアリンやブレイズの知らないことまで知っている。それが自分たちをはめようとしてるのではないかと、そう思った。

 

「・・・・・・深いな」

 

 巧が少し深めの細道を前に足を止める。不安定な足場の洞窟だ。うっかり滑っただけでも身体に深い傷が出来るかもしれない。

 

「ちょっと待ってろ。俺が先に降りてお前らを照らす」

「気をつけてください、乾さん」

『たっくんがんばれー!』

 

 巧が傾斜を下る。やはり少し高い。それに足場が滑る。戻る時に苦労しそうだ。彼は慎重に下った。

 

「次は誰だ?」

「ファングさん、先行してください」

「へいへい」

 

 ファングはこういったことに慣れてるだけあってすんなりと滑り下りた。砂漠を渡った経験は無駄ではなかったようだ。

 

「・・・・・・どうした、ティアラ?」

「い、いえなんでもないです」

「滑っても俺たちが受け止めてやるから安心しろ」

 

 逆にティアラはお嬢様育ちというだけあって下るのに躊躇ってるようだ。ファングと巧が手を伸ばして来い、とジェスチャーする。ティアラは意を決して滑り下りた。足がもたれて躓きそうになるのを慌ててファングが受け止める。

 

「おいおい、フューリーを集めるのにそんなんで大丈夫かよ? もっと危険な場所もあるんだぞ」

「ふぁ、ファングさんに言われなくても分かってますわ!」

「アリン、お前も下りてこい」

 

 巧がアリンを呼んだ。

 

「あたしはこんなの飛べるから関係ないわ」

 

 アリンが背中の羽根を使って悠々と下りる。心配はなさそうだ。そう思っていた巧の顔が驚きに変わった。

 

「あ、バカ! 上だ上!?」

「いった~!」

 

 巧の警告は間に合わずアリンは通路状になっていたため低くなっていた天井に頭をぶつけた。

 

「はは、何やってんだ、お前?」

「いたた! うっさいわね! 笑わないでよ!」

 

 ファングは頭を抑えるアリンを笑う。巧も笑いを堪えていた。

 

「もう、たんこぶが出来ちゃいそう・・・・・・」

「大丈夫ですか? アリンさん。傷を見せて下さい」

「どうせあんたも笑い物にする気で『いいから見せてください!』・・・・・・はい」

「こぶになってますわ。『ヒール』」

 

 ティアラがアリンの頭に出来た傷口に魔法を使う。ヒール───人の傷を癒やす魔法。簡単な傷ならたちまち治る回復魔法。魔術学院にいたティアラなら造作もない魔法だ。

 

「へー、お前回復魔法使えんのか」

「便利そうだな」

「これくらい当然ですわ」

「あ、ありがと」

「さ、行きますわよ」

 

 ティアラは自慢げな笑みを浮かべる。アリンもこれには素直に礼を言った。

 

「殺殺殺殺」

 

 四人のその様子を憎々しく睨む者がいた。

 

「・・・・・・ちょっと待て。なんか誰かの視線を感じた」

 

 ファングがその視線に感づいた。

 

「誰かって誰よ?」

「私たち以外にもフューリーを狙う輩がいるのでしょうか?」

「いや、なんか違うような・・・・・・とりあえず出て来い!」

 

 ファングに気づかれたことによってその者は姿を現した。彼はその視線を送っていた者の正体に驚かされる。

 

「げ、エフォール」

「殺殺」

『あの時の少女か』

 

 エフォール。奇妙な縁からファングに殺意を向けるようになった少女だった。彼女はファングを鋭く睨みつけた。

 

「久しぶりだな会いたかったよ死ね、とエフォールは申しております。あらあら、この子ったら」

「よお果林、久しぶりだな」

「巧さん、お久しぶりです。・・・・・・また会えて嬉しいです」

 

 果林。奇妙な縁から巧の正体を知ることになった少女。彼女は巧に微笑んだ。

 

「こいつら誰?」

「ファングさんたちのお知り合いですか?」

「まあな。こっちがフェンサーのエフォール」

「こっちがパートナー妖聖の果林だ」

 

 ティアラとアリンは彼女たちと面識がないのか首を傾げていた。エフォールは二人をキッと睨む。

 

「殺殺」

「お前らはウザくて嫌いだから惨たらしく死ね、とエフォールは申しております」

「ええっ、その二文字にそんな恐ろしい意味があるの!?」

 

 エフォールの口調に隠された意味に驚愕するアリン。

 

「殺殺、殺」

「私はお前らみたいな男女でいちゃつく奴らが大嫌いなんだ殺す、とエフォールは申しております」

「てか通訳入れずに普通に喋りなさいよ」

「エフォールさんは普通に喋れないのですよ。きっと悲しいことがあったんです。だからそんな変な言葉を・・・・・・お気の毒に」

「・・・・・・!」

 

 ティアラは本当に気の毒そうにエフォールに言う。彼女はエフォールが何らかの悲しい事情があってそんな喋り方になったのだと思い真剣な目線を彼女に送る。

 

『ふむ、変わった口調だと思ったがやはりそういう事情があったか』

『エフォールかわいそう』

「・・・・・・!」

「あー、あんたにはパートナーの果林がいる。だからその変な喋り方も少しずつ治していけばいい」

 

 巧たちもエフォールに同情的な目線を送った。

 

「ちなみにエフォールがこんな喋り方なのはシャイなアンチキショウだからです」

「それ余計に恥ずかしくね?」

「・・・・・・殺!」 

 

 エフォールはファングたちから逃げるように洞窟の中に消えていった。

 

「ああ、エフォール待ってください! 巧さん、皆さんまた会いましょう」

 

 果林もエフォールを追いかける。 

 

「なんだったんだ、一体?」

「さあ? お前を殺しに来たんじゃないか?」

「あの果林という方は乾さんの方に用があったみたいですわね」

 

 三人は首を傾げながらも洞窟を進んでいく。

  

「殺しに来たって・・・・・・あの子に何したのよ?」

 

 

「エフォールさんがファングさんを狙う理由はそんな悲しいことでしたのね。少しあなたを見直しましたわ」

「もっと見直せ。他の人間は殺されるかもしれねえが俺を殺すのは不可能だからな。無駄な血は流さないに限る。それにあいつあのままだったら遠からず死んじまう気がしたんだ」

 

 ファングはエフォールとの出会いの経緯を語っていた。

 

「壊すことしか知らない、か」

 

────僕が世界で一番強いんだ

 

 そんな人間がいるならエフォールのように無感情、あるいはどこまでも無邪気になるのだろうか。何となくそんな人間に心当たりがある気がする。

 

「巧は苦しんでるところに声を掛けてくれた果林がごろつきに絡まれてるところを助けたなんてロマンチックな出会いをしたのね。なんか映画みたい」

『おお~たっくんかっこいい』

 

 巧は果林との出会いを語った。もちろんウルフオルフェノクのことは隠して。

 

「私もそんな出会いをしたいものですわ」

 

 やはり女性はそういう話が好きらしい。ファングとエフォールの出会いでしんみりとした雰囲気から一変巧と果林との出会いに目を輝かす。

 

「痺れ薬を盛った男と女神を復活させる旅をすることになるのも映画みたいな出会いじゃね?」

『前者はラブロマンス、後者はコメディだな』

「別に、そんなんじゃねえよ。たまたま気が合ったから助けただけだ」

 

 巧はあまり色恋沙汰には興味がない。記憶をなくす前から今に至るまで彼女というものがいない。それは自分が親しくなった、好きになった人間を裏切るのが怖いからだ。

 

「巧ったら素直じゃないんだからっ。あ、フューリー発見! いただきー!」

 

 アリンは突き刺さったフューリーを見つけた。笑顔で取りに行こうとする。

 

「殺殺、殺殺殺」 

「さっきはよくもバカにしてくれたな。絶対に許さない、とエフォールは申しております」

「げ、またあんたたち!? ちょ、ちょっと。まさかそれであたしを斬るつもりじゃ・・・・・・!?」

 

 エフォールが死神をイメージする鎌を手にアリンの行く手を阻んだ。

 

「おい、アリンには手を出すなよ」

「ふぁ、ファング~」

 

 剣を抜いたファングがアリンの前に立つ。

「殺殺」

「分かっているお前を殺してからだな、とエフォールは申しております」

「分かってんのか、それ?」

「一応そういう約束ですので・・・・・・」

『ファングがしたんだよ~』

 

 そう約束したのはファング自身だ。俺を殺すまで誰も殺すなという約束は要は彼自身を殺せれば誰を殺しても良いということだ。

 

「ちょっとあんたのテキトーな約束のせいであたし巻き添えで死ぬかもしれないの!?」

「あなたは契約した妖聖だから良いじゃないですか。ファングさんが死ねばそのまま消えられます。むしろ巻き添えになるのは私と乾さんですわ」

「はあ? 俺も殺されるのかよ! 俺はフェンサーじゃないだろ!?」

 

 ティアラと巧はファングへ非難めいた視線を向けた。

 

「うるせーな、勝てば良いんだから問題ねーだろ」

「殺殺殺」

「ちなみにそこの男は果林のお気に入りだから『生かしては』おいてやる、とエフォールは申しております。・・・・・・だ、大丈夫です。巧さんがどんな姿になっても今度は私が守りますから」

 

 エフォールは巧にだけ殺意以外の不気味な目線を送る。彼は背筋に寒気を感じた。

 

「ちょっと待て。二人揃ってなんだその含みのある言い方は」

『極端な話四肢をもがれても死ななければ生きてはいるからな。・・・・・・うむ』

「うむじゃない!」

 

 エフォールもそうだが果林もどこか価値観がズレている。本当に彼女を普通の女の子にしたいのか疑問だ。

 

「いくら何でもそんな姿になったら好きな人間でもキツいだろ。恩があるくらいの人間なら尚更無理じゃね?」

『・・・・・・』

「な、なんだよお前ら」

 

 ファングの言葉にティアラやアリンが考え込む仕草を見せ彼は汗を流した。

 

「ま、まあ良い。物騒な言葉遣いのガキに大人の厳しさを教えてやる!」

「・・・・・・殺」

「来るよ、ファング!」

 

 エフォールはファングに鎌を振り下ろした。彼は横に避ける。完璧に避けたつもりが袖を掠めた。早い。この前より格段に動きが早くなっている。この前はただの人間のエフォールだったが今はフェンサーのエフォールだ。戦うならまったくの別人と考えた方が良いだろう。ファングは剣を真横に振る。難なくかわされた。僅かに出来た隙を見逃さずエフォールは追撃の一撃を放つ。下か上への切り上げ、剣で防ぐのは不可能。ファングは後ろに跳ぶ。今度は彼女に大きな隙が────

 

「殺!」

 

 エフォールがニヤリと笑った。

 

「ファングさん避けて!」

「・・・・・・変形した?」

 

 ティアラと巧の警告にファングはハッとした。気づけばエフォールの武器が鎌ではなく弓になっている。一度引けば二度と戻らぬ必殺の矢を携えた暗殺者の弓が彼女のその手に握られていた。いつの間に弓に持ち替えた、ファングは困惑した。

 

『フューリーは万能武器、使用者の思いのままに姿を変えるぞ!』

『あぶない!』

 

 引き絞られた矢が一直線に放たれる。当たればどうなるか明白だ。

 

(ち、早く言えよ!)

 

 ファングはとっさに剣を盾にした。斬るより次の攻撃に繋げるなら防御のが良い。矢が剣に直撃する。強い痺れをその手に感じた。

 

「ファング、不味いよ!」

「っ!?」

 

 アリンの慌てる声に目線を向けるとファングは自分の右手から先が凍っていることに気がついた。妖聖果林の属性は氷。放たれる必殺の一撃は直撃したモノを氷結させる力を秘めていた。完全にファングは身動きを封じられた。

 

「殺殺殺!」

 

 エフォールが急速に接近する。今度はその手に鎌を持っていた。ファングの首を切り落とす気だ。彼は驚愕に顔を歪め────

 

「バァカ!」

 

 ニヤリと笑った。エフォールは目を見張った。氷が溶けている。ファングの手はずぶ濡れになりながらも元通りになっていた。

 

「あたしの力よ!」

『ううん、わたしだよ!』

『我ら、の間違いだ阿呆』

 

 妖聖果林の属性が氷ならば妖聖アリン、ブレイズとキョーコの属性は炎。必殺の斬撃はありとあらゆるモノを焼き尽くす火炎の力を秘めていた。

 

「くらえ!」

「殺!」

 

 炎を纏った剣と氷を纏った鎌がぶつかり合う。激しい衝撃が二人を襲い、その手に持っていた武器が離れる。引き分け、ではない。ファングにはまだ剣がある。武器を取りに行こうとするエフォールの手を掴んで首に剣を向けた。

 

「俺の勝ちだ」

「・・・・・・殺殺」

「私の負けだ殺せ、とエフォールは申しております」

 

 エフォールは降参と両手を上げる。

 

「俺に殺してほしけりゃもっと強くなれ」

「殺、必殺」

「覚えていろ、必ず殺してやる、とエフォールは申しております」

 

 ファングは剣を下ろす。彼は最初からエフォールを殺す気はない。彼女は子どもだ。殺意を向けて良い相手ではない。

 

「前にも言ったろ。ガキはガキらしくしてれば良いんだよ。俺みたいに好きな時に食って好きな時に寝ろよ」

「お前は大人だろ」

「うるせ」

 

 ファング二十歳。この場で唯一成人してる男だ。

 

「エフォールさんは可愛らしいお顔をしてるのですからファングさんの言うように普通の女の子らしくすれば良いと思います。そうしたら私のように世の男性を魅了する女性になれますよ」

「殺殺殺」

「だからそれはファングを殺してからだ、とエフォールは申しております。これでもこの子にしては大分進歩したんですよ」

 

 エフォールは身体に付いた汚れを落とすとゆっくりと立ち上がる。

 

「誰が殺されるかよ」

「殺殺殺。滅殺」

「次に会える時を楽しみにしている。その時がお前の最後だとエフォールは申しております。こんな可愛い女の子が会いに来てくれるなんてファングさんは幸せですね」

「前置詞に殺しがなければな」

 

 ファングはため息を吐く。

 

「・・・・・・ちょっと巧」

「なんだ、アリン?」

「果林になんか言ってあげなさいよ」

「・・・・・・嫌だね」

「絶対喜ぶから」

「なんだよ、たく」

 

 アリンは意図的に黙っている巧の背中を押す。果林の前に彼は出る。

 

「巧さん・・・・・・?」

 

 果林は目を見開き首を傾げる。

 

「・・・・・・お前もやってみろよ。普通の女の子らしいことってヤツを」

「・・・・・・え?」

「お前もエフォールみたいに────してるんだからよ」

 

 巧の言葉は途中小さく聞こえないところがあった。だがエフォールみたいに、という部分だけで彼が何を言っているのかが分かった。果林の顔は少しだけ紅くなる。

 

「そ、それはエフォールが普通の女の子らしくなってからにします」

「殺?」

「い、行きますよエフォール。・・・・・・では皆さんまた会いましょう」

 

 エフォールと果林は洞窟の外へと消えていった。

 

「ね、喜んでたでしょ!」

「そうだったか?」

『うんうん! うれしそうだった』

 

 何だかよく分からず巧は首を傾げた。

 

「女ってのはそういうのほんとに好きだよな。・・・・・・よっと!」

『これで二つ目のフューリーだな』

 

 ファングは手に入れたフューリーをティアラに手渡す。

 

「意外と順調ですね。いい働きですよ、ファングさん」

「偉そうに言うな。俺を怒らせたら恐ろしいことが待ってるぞ」

「お、恐ろしいこと♪」

「・・・・・・なんで声が弾むんだよ」

 

 ティアラはよく分からない。ファングが首を傾げる。

 

「腹減ったな。帰るぞ、お前ら」

「三つ星シェフが待ってますよ」

「もうそのネタはいい」

 

 ファングはそのことを思い出すだけでげんなりする。あっさりと騙されていた自分を思いだすととても情けなくなる。

 

「・・・・・・それにしてもエフォールさんは本当に可愛らしいお顔をしてるのにもったいないですわ」

「あー、ほんとね。将来凄い美人になりそう」

「何とか出来ると良いんだけどな」

 

 出口に向かっているとエフォールについての話題になる。壊すことしか知らない彼女をどうにか出来ないものだろうか。エフォールを見ていると果林が心配する理由も分かる気がする。

 

『やっぱりあれしかないよ』

『ファングが死ねば、な』

「おい、お前らふざけんな」

 

 二人に抗議をするファングだが彼以外のメンバーは笑顔でそれだ!と頷いた。ファングは肩を震わせる。

 

「お前ら冗談でも本気でもぶっ飛ばす! あ、逃げんな!」

 

 逃げる三人をファングが追いかけ回す。彼らは洞窟を出るまで楽しそうに鬼ごっこをした。




草加がいないと仮面ライダー555は面白くなくなる変わりにそこそこ平和だと気づきました。シャルマンがいないとフェアリーフェンサーエフはただの王道RPGだと分かりました。つまり現状はかなり平和ということです。

まあ、草加はともかくシャルマンは普通にいるのでこの平和は長続きしないんですけどね。ちなみにバジンは巧を一生懸命探してますがあっちへ来たりこっちへ来たりでなかなか合流出来てません。次回辺りで再登場します。

関係ないですけどたっくんは井上ライダーの中では一番恋愛と遠いキャラですよね。翔一くんや渡くんは結構想像つくんですけど。

謎の新キャラも出たりしましたが555の登場まであと二話です。期待していてください


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溶窟の中の戦い、その日少年が背負っていたもの

小説版の作者の鐘弘亜樹さんがプリキュアの脚本を担当したそうです。おめでとうございます


「・・・・・・お前、何やってんだ?」

 

 エフォールたちとの再会から一晩明け。疲れながらも今日もフューリー探しか、と起き上がって宿屋の食堂に入った巧は困惑した。そこにいたら明らかにおかしい物がいる。目を擦る。現実は変わらない。彼はもう一度何をしていると問いかける。だがそいつは質問に答えることは出来ない。ただ顔をこちらに向けただけだ。巧は自分のイラつきを一生懸命抑える。

 

「あ、乾くん。『この子』あなたの物だったの。手伝ってもらって助かってるよ。ありがとう」

 

 ミツボがそれを指差した。どうやら巧だけに見える幻覚ではないようだ。

 

『ピロロ』

 

 巧のバイク────オートバジンがテーブルを雑巾がけしていた。今までどこに行っていた、とか傷はついていないかとかはこの際どうでも良い。彼は今まで溜まっていたものをぶちまけた。

 

「そんな器用なこと出来んなら最初からしろ、このポンコツ!」

 

 巧はバジンが機械ということも忘れて拳骨を振り下ろした。無理もない。彼は過去を振り返る。記憶喪失の中モンスターに襲われた時、悪事を働く市長の家に侵入した時、そして果林を守った時・・・・・・全部バジンが出てきてくれていれば解決したことだった。そう考えると再会の感動よりも怒りが勝った。

 

「あんまり意地悪しちゃダメよ~。その子ほんっとにお利口なんだよ。私が汚れたボディを掃除してあげたら掃除や洗濯を手伝ってくれてね。優しい子だから許してあげなさい」

「たく。頼りにしてるんだから今度からはちゃんと助けに来いよ」

『ピロロ!』

 

 バジンが頷く。ミツボが良かったね、とバジンの肩をポンポンと叩いた。巧は少し笑顔を浮かべながらため息を吐いた。

 

「おはよ~」

「おう、お前も飯もらってこい」

「ねむい~」

 

 巧が朝食を食べているとアリンが食堂の前に姿を現した。

 

「どうもおそようございます。出発の準備はとっくに出来ておりますわよ」

 

 ティアラは巧より早く起きていたのか彼がお盆を手にした時には既に食事を済ませていた。彼女はお嬢様らしく早寝早起きのようだ。どちらかといえば不真面目な人間である彼は素直に関心した。

 

「なによ。まだそんなに遅い時間じゃないでしょ」

「早くもないけどな。最低限八時には起きねえと後悔するぞ」

「そんなピンポイントでなくても良いですわ。ですが女性であるアリンさんは私のように日付が変わる前に寝て鶏が鳴くと同時に起きる生活を見習ってください」

「「老人か」」

 

 巧とアリンが同時に突っ込んだ。

 

「うぉっす。あー、ねみー」

『遅れてすまない。この男が中々起きないものでな』

『まだねむい・・・・・・』

 

 寝癖のついたファングが頭を掻きながら食堂へやって来た。昨日の疲れも溜まっているのだろうがやはり怠け者の彼が一番最後に起きてきた。

 

「おはようございます。さあ早く食事をとってフューリー探しに参りますわよ!」

「いやー、無理無理。疲れてんだよ。なんか俺体調悪いし。こりゃ風邪だな。昨日濡れたからなー。寝ないとやべえ」

「そ、それは大変ですわ」

 

 ファングの分かりやすい嘘をティアラは信じた。まあ実際疲労が溜まっているのは本当だが旅人の彼からしたらそれも大したものではない。

 

「そういうことならファングさんは今日のフューリー探しをお休みになってください」

「・・・・・・え?」

 

 いつも通り軽い冗談で言ったつもりが本気で信じているティアラの前にファングは素直に困惑する。毒を盛ったり三つ星シェフがいると彼を騙していた彼女がこんな単純な嘘に引っかかるとは思ってもいなかった。ファングはバツの悪そうな顔になる。

 

「水分は取りましたか? お布団は寒くないですか? ああ、いっそのこと私もお休みになって看病を・・・・・・」

「おい、アホファング」

 

 

 巧はファングを小突いた。これ以上は面倒だ。本当に信じている様子のティアラにさっさと嘘だったと教えろと催促する。

 

「あ、えっとだな」

「熱を測って差し上げますからそのまま動かないでください」

「・・・・・・悪い、冗談だ」

 

 この時ばかりはファングも正直に頭を下げた。彼にしては珍しく反省しているようだ。

 

「へ?」

 

 ティアラを目を見開く。

 

「誰がどう見ても嘘だって分かると思うけど」

「・・・・・・悪いのはファングだがティアラも気をつけろ」

『お前の優しさは評価に値するものだがそれを利用しようとする輩もいるのだからな』

「優しさといえばロロの時もそうだがお前あれか。クソ真面目か」

 

 ティアラは顔を赤くし肩を震わせる。

 

「人を騙したあげくおクソ真面目とは良い度胸ですわね・・・・・・!」

「騙したのは悪かった、ごめんな」

『ファングがあやまるなんてめずらしい』

 

 素直に謝るファングにキョーコが驚く。彼は基本的に開き直るタイプの人間だ。仲間とはいえ自分の非を認めるとは珍しい。イタズラが見つかった子どものようなファングにティアラはため息を吐く。

 

「・・・・・・そう思うなら今日のフューリー探しは真面目にやって下さいよ。私の心を弄んだ罪を償いなさい」

 

 殊勝な態度のファングにティアラは毒気を抜かれた。

 

「へいへい。って俺は何時も真面目だろ」

「嘘を吐くな」

『そういうところが不真面目なんだ』

 

 

「おい、ロロ。いるか?」

 

 広場の前でファングが叫んだ。

 

「あ、お兄ちゃん。毎度~。しっかり稼いできてくれた?」

 

 ロロはファングが来たことを確認すると駆け足で彼の元へ来た。

 

「おう。酒場に行ったら達成してた依頼が幾つかあってな」

「あたしのお財布のためにありがとう、お兄ちゃん!」

「言い方を考えろ」

 

 また語弊を招きそうな言い方に巧は突っ込みを入れる。あやうくまたファングが牢屋行きになるところだった。

 

『なにか良い情報はないか? 聞かなくても分かるがな』

「もっちのろーん。お得な情報があるよ。お値段はこれでどう?」

「ほらよ」

 

 ファングが料金を手渡す。ロロは金貨が落ちる音に笑顔を浮かべる。

 

「まいどあり~。フューリーの情報だよね?」

『ああ。何処にあるか分かるか?』

「んっとね~。ヤタガン溶窟で見つかったって噂だよ」

「・・・・・・暑そうだな」

 

 熱いのも暑いのも嫌いな生粋の猫舌の巧は溶窟という言葉を前に露骨に嫌な顔をした。

 

「ねえ、噂って誰から聞いたの?」

「えへへ~。ナ・イ・ショ」

「何か気になるのよね」

 

 子どもの割りにやけに情報通なロロをアリンは不思議そうに見つめた。

 

『人のフリをしたタヌキとでも思っておけ』

「あんまり思わせぶりなこと言ってるとお金取るよ。妖聖のお兄ちゃん」

『む、これはすまなかった。当たり前のことすぎて勝手に口が動いてしまった』

「あんたたち知り合いかなんかなの?」

 

 互いを知っているようなやりとりにアリンは疑問を持ったが二人揃って首を振った。

 

「あ、そうそうお買い得商品あるんだけど買わない? ドルファ社製のすっごいおいしいカップ麺なんだけどお湯を注いで完成するまで三時間かかるんだ」

「そのカップめんには致命的な欠陥がある。手軽さにかける。そして冷める。絶対に売れない。俺はいらない」

『お前にしては賢いな』

「そうね。さあ行きましょう」

「たっぷり稼いできてねー」

 

 ロロは笑顔でファングたちを見送った。

 

「・・・・・・おいロロ」

 

 巧だけその場に残っていた。ファングたちがいなくなるのを確認すると彼はロロに話しかける。

 

「なあに、無愛想なお兄ちゃん? 行かなくていいの?」

「・・・・・・そのカップ麺くれ」

「え・・・・・・? まいどあり~!」

 

 

 ヤタガン溶窟。ゼルウィンズ地方北西部に存在する火山の洞窟。その内部は古代文明によって作られ舗装された通路が確認されている。だがモンスターの巣窟になっているため研究は進んでおらずフェンサーのような冒険者しか立ち入ることはない。フューリーがあるのが納得の場所だ。

 

「こちらがヤタガン溶窟のようですわね」

「うわ、やっぱ暑いな・・・・・・」

「これくらい耐えられなければ女神の封印は解けませんよ、乾さん」

 

 火山の中にあるだけあって中はサウナを更に激しくしたような温度だ。巧は持ってきた水を飲む。飲んだ瞬間にすぐに水分が汗になる。長くはいられないだろう。とっととフューリーを見つけなければ脱水症状になりそうだ。

 

「さあお行きなさい、ファングさん。ウブな私を弄んだ罪、きっちり働いて贖ってもらいます」

「へいへい。行くぞ、お前ら」

「分かってるわよ」

 

 ファングは通路を先導して歩く。普通に歩いているだけなら溶岩に落ちることはないが長い年月を経て老朽化しているところもある。先頭を歩く者には常に道が崩れ落ちるリスクが付きまとうことになるだろう。彼はそんな重荷を感じることなくヒョイヒョイ歩いていく。中々出来ることではない。ファングのこういうところはフューリー集めに役立ちそうだ。ティアラは内心で彼を評価した。

 

「ファングさんと乾さんは旅をしてらしたんですよね。こういった場所も来られたことがあるのですか?」

「いや、初めてだな。砂漠を渡ったことはあるけど」

「あん時な。俺のバイクがガス欠になって危うく遭難するとこだった」

「あのロボットさんがガス欠になるのですか?」

 

 あの時からバジンは巧に語りかけていたのだが彼がそのことに気づくことはない。

 

『こいつらは計画性がない。特に市長の不正を暴こうと豪邸に侵入した時がその良い例だ。危うく報復されるかと思ったぞ』

「あれは結果オーライだったろ。俺が刺されそうになったおかげで巧の携帯の使い方も分かった訳だし」

「サラッとすごいことを言いましたね」

「あんたたちこうなる前から破天荒な旅してるのね」

 

 言われてみるととんでもない旅路だった気がしてくる。悪徳政治家の家に侵入して不正を暴こうなんて普通は思いつかない。

 

「サンドミージの市民街でギター弾いたりもしたな」

「天才の俺様はともかくまさか巧がギター弾けるなんてな」

『たのしかったね』

「あんたたち色々やってたのね」

「その活発さをフューリー集めにも活かしてくれれば良いのですけど」

 

 ファングは意外と器用で様々なことが出来るがそれを仕事にすると途端にやる気が出せなくなるタイプだ。他人からやらされると好きなことも大嫌いになるのはまさに子どもと言えるだろう。

 

「それにしても目当てのフューリーはどちらでしょうか? ファングさんもアリンさんもしっかりと探して下さいましね」

「分かってるわよ。いちいちうるさいわね! だいたい巧は良いの!?」

「相対的な常識人の乾さんはサボる心配なんてありませんわ」

「そんな造語で評価されてもうれしくねえよ」

 

 ティアラの小言にアリンは大声で返す。彼女は少し苛立っているように見える。

 

「どうした、アリン。気が立ってるじゃねえか」

「・・・・・・ファングは気になんないの?」

「何が?」

 

 アリンはティアラの様子を窺った。巧と何やら会話をしていてこっちを見ていない。今なら言っても大丈夫だろう。

 

「あの女よ! 弄んだ罪とか言ってたけどそんなの関係ない。あいつ、会った時からずっと偉そうにあたしたちを見下してるじゃない」

「確かに。見下すより見下される方が嬉しそうなのに『それは関係ない!』・・・・・あ、わりい」

『真面目に話しているんだ。真面目に聞いてやれ、ファング』

 

 アリンはティアラに不信感を持っているようだ。

 

「お二人でこそこそと何を話していらっしゃるんですか?」

「別になんでもねーよ。巧と先に行ってろ」

「レディファーストのおつもり? ご親切にありがとうございます。ですがモンスター退治はあなたたちのお仕事ですよ。乾さんはフェンサーじゃないのですから」 

「うるせーな、嫌みか。・・・・・・さっさと来いよ」

 

 ファングはティアラと巧が少し先を行くのを確認すると続けろと言った。

 

「また余計な一言よ。あいつあたしたちのこと絶対にバカにしてるわ」

「バカにするよりバカにされる方が『それはもう良いわよ!』」

「あたしたちのこと利用する気満々よ、あいつ!」

 

 ファングは困ったように腕を組んだ。

 

「利用する気なのはこっちも同じだろ?」

「そりゃあそうだけど・・・・・・」

「フューリーを集めたいんだろ? なら今は我慢しろ」

『それにティアラも性格に難があるが我らを騙しているようには見えん。もう少し様子を見てからでも遅くはないだろう』

 

 ファングとブレイズに説得されアリンは渋々納得したようだ。

 

「ほら行くぞ。さっさとしないとティアラにとられるぞ」

『とられるぞー』

「あ、待ってよ。もう!」

 

 

「乾さんは果林さんのことをどう思っていらっしゃるんですか?」

 

 ファングやアリンがいなくなるとティアラがそんなことを言った。思わず咳き込みそうになる巧。

 

「別に・・・・・・なんとも思ってねえよ」

「なら果林さんにはそうお伝えしてもよろしいのですか?」

「はあ!? どうしてそうなる? お前には関係ねえだろ!」

「ふふ、冗談ですわ」

 

 クスクス笑うティアラに巧はため息を吐く。彼らは同い年である。まだ短い付き合いだが既に友人のような関係になっていた。

 

「よう。フューリーは見つかったか?」

 

 駆け足でファングが彼らの元に来る。

 

「いや、まだだな」

「ファングさんたちが遅いからわざわざ待ってたんですよ」

「わりいわりい」

「ごめんねー」

 

 こうして彼らは無事に合流した。フューリー探しの再開だ。

 

「・・・・・・あの刺さってるのがフューリーじゃないか?」

 

 しばらく歩いていると巧は遠目に突き刺さっている剣を見つける。近づいて確認する。通路の中心にある広々とした空間にそれはあった。

 

「間違いありません。きっとあれがフューリーですわ」

 

 小一時間掛けた苦労の末に見つけたフューリーにティアラは顔を綻ばせる。その額には汗が滲んでいた。

 

「よし、じゃあさっそく・・・・・・」

 

 ファングも満面の笑みでフューリーに近づく。

 

「ちょっとお待ちになって」

「なんだよ。さっさと抜いてこの暑苦しい洞窟からおさらばしようぜ」

「そうよ。何もったいつけてんのさ」

『えー、はやくかえろうよ~』

 

 せっかく見つけたフューリーを前に蛇の生殺しをされたファングたちが不満を口にする。

 

「考えてみてください。不自然だと思いませんか? こんな分かりやすい場所にフューリーが突き刺さってるなんて」

「今までも割と不自然だっただろ? お前がファングを騙した時とか」

「あ、あれとは事情が違います」

『ふむ、腐ってもここは古代文明の遺跡の中だ。罠が隠されていてもおかしくはない』

 

 言われてみればそうだ、とアリンは思った。こんな分かりやすいところにフューリーがあって誰も気づかないのはおかしい。既に誰かが手に入れているはずだ。だがこのまま警戒してフューリーを手に入れるのを諦めればここに来た意味がなくなる。罠のリスクがあってもファングは躊躇わなかった。 

 

「ウダウダ考えたって仕方ないだろ。こういうのはちゃっちゃとやるに限る。パパっと抜いて終わりだ」

「あ、ちょっと」

「くれぐれもお気をつけて」

「なんかあったら助けてやる。ここは暑すぎる。さっさとやってくれ」

 

 ファングが背を向け手を振って返事をする。

 

「よっ・・・・・・。ほら、抜けた」

『・・・・・・気をつけろ、ファング』

「な、なんだぁ!?」

 

 フューリーをファングが引き抜くと異変が起きた。ガタガタと彼の周りが地震のように揺れ出す。

 

「ファング逃げて!」

「・・・・・・なんでこんなとこから溶岩が!?」

 

 ファングは後ずさりした。彼の周りをグルッと囲むように溶岩が吹き出す。これでは脱出は出来ないだろう。

 

「ちっ」

 

 巧は舌打ちしつつ溶岩にペットボトルに入っていた大量の水をかけた。溶岩はほんの少しだけ凝固したがそれもすぐに溶ける。文字通りの焼け石に水とは分かっていても黙って見ているなんてことは出来なかった。────巧自身が火事によって一度目の命を落としたからだ。ファングが火に囲まれる姿を見て思い出した。この身体も猫舌も全ての元凶は赤い炎にその身を焼かれたことから始まったのだ。このままだと彼も自分の二の舞になるだろう。だからファングは何としてでも助ける。

 

「くそ、こうなったら・・・・・・!」

 

 ウルフオルフェノクになってファングを助ける。巧の顔に灰色の紋様が浮かび上がる。

 

『たっくんきちゃだめ!』

『お前も巻き添えを喰らうぞ!』

 

 妖聖二人の制止にハッとした巧は慌てて引き下がった。例えオルフェノクになってファングを助けようとしても彼の身体は無事ではすまない。溶岩を防げるのは異形の自分だけだ。

 

「アリン、フェアライズだ!」

「ダメ! そっちには近づけないよ!」

 

 フェンサーの力を使えばこの罠からの脱出も不可能ではない。だがアリンがいなくてはそれも出来ない。万策尽きたか。ファングは額から嫌な汗を流す。

 

『落ち着け、この手の罠にはどこかに停止させる装置があるはずだ』

「ブレイズさんの言う通りですわ。だから私は言ったのに。ファングさんは軽率すぎましてよ」

「今は呑気に説教してる場合じゃないでしょ!」

「さっさと罠を解かねえとファングがやばい」

 

 焦るアリンと巧に対してティアラは落ち着いていた。周囲を見渡してある物を見つけるとそこへ向かう。

 

「ブレイズさんもおっしゃったようにこういった罠には解除する装置があります。この岩に見せかけた制御板がそうだと思います」

「溶岩が・・・・・・流れてっちゃった」

「どうなってんだ?」

 

 ティアラが制御板を押すとファングの周りを取り囲んでいた溶岩は通路の下の溶岩へと流れていった。彼はほっと胸をなで下ろした。

 

「た、助かった。サンキュー、ティアラ」

『見事な察知能力だ。・・・・・・感謝する』

『ありがとうっ!』

 

 ファングたちがティアラに礼を言うと彼女は自慢げな笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして。ファングさんも今後は気をつけて下さい。ふふ、でもこれでおわかりでしょう」

「なによ?」

「みなさん、私がいないとダメダメってことですわ。・・・・・あ、知識人のブレイズさんとまだ子どものキョーコちゃんは別ですわ。ダメダメなのはファングさんとアリンさん、ギリギリ乾さんもです」

「俺もかよ」

 

 流石にこれにはアリンだけでなくファングもムッとする。

 

『言ってやれ、ティアラ。俺が許可する。ファングには良い薬だ』

「言われなくても。お馬鹿な下僕を導くのもご主人様の役目ですから」

「くそ、覚えてやがれ。お前が言ったこと何時か全部お前に言ってやらあ!」

「ええ、もちろん覚えときます!」

『なぜそこで喜ぶ・・・・・・?』

 

 ブレイズが突っ込む。

 

「あたしもいつか絶対泣かしてやるんだから!」

「・・・・・・え?」

「なんか言いなさいよ! てかそれファングだけなの!? ねえ!? ってきゃあああ!」

 

 アリンの罵倒には無反応なティアラに彼女は猛抗議する。喜ばれるのは気持ち悪いが何も感じてもらえないのもそれはそれで不満だ。そんなアリンの足元が振動する。

 

「今度はなんだ?」

「どうやらモンスターの親玉らしいぜ。こっからは俺の出番だ!」

「しっかり働いてくださいまし」

「あんたも戦うのよ」

 

 ファングたちの目の前に装甲を纏った竜人がサソリのような巨大な甲殻獣引き連れて現れた。

 

「行くぞ、アリン!」

「うん! 巧は援護して!」

「任せろ」

 

 三人でモンスターたちを分散させる。ティアラと巧が甲殻獣を、最も強いファングが大物の竜人を担当する。

 

「はあ!」

 

 ティアラは掛け声と共に彼女のフューリーである薙刀を振るった。しかし甲殻獣の固い殻を前にダメージは入りそうにない。鋭利に尖った尻尾がティアラを襲う。やはり彼女もフェンサーだけあって強い。素早い攻撃を難なく避けた。

 

「『メイウォル』」

 

 ティアラは魔法攻撃を試みた。魔術学院に通っていた彼女は物理攻撃よりも魔法攻撃のが得意なのだ。しかもティアラが今使った魔法は妖聖キュイの属性水と同属性の魔法。その威力は増大される。圧縮された水圧によって相手にダメージを与える魔法がメイウォル。甲殻獣には効果抜群だ。ティアラの魔法は甲殻獣の自慢である堅い身体をバラバラにした。

 

「ふふ、やりましたわ」

 

 ティアラは優雅に決めポーズをとった。

 

「終わったなら手伝え!」

 

 甲殻獣の攻撃を一心不乱に避けながら巧が言った。ロクな武器を持たない人間がまともにモンスターと戦って勝てる訳がない。オルフェノクになる訳にもいかない彼はティアラに助けを求めた。

 

「乾さん、距離を取らないと魔法の射程に入ります! 離れてください!」

「そうしたいのは山々だがこいつ俺を狙ってんだよ!」

「なら自分でなんとかしてください! 必殺技も魔法も私の技は広範囲なので当たってしまいます!」

「くそ、使えねえな!」

「人のこと言えないでしょう!?」

 

 一直線に迫り来る甲殻獣の攻撃を横に跳んで避けると巧は携帯を銃に変形して甲殻獣に発射した。甲殻獣も横に跳んでなんなく避ける。銃に関しては素人の巧では正確な射撃は不可能だ。なら確実に当てられるように工夫しなくてはならない。彼は尻尾の攻撃を最小限の動きで避けるとそのまま伸びた尻尾を踏みつけた。これならもう攻撃は出来ないだろう。動きを封じることに成功した巧は甲殻獣のその頭にゆっくりと照準を合わせ銃を発射した。堅い甲殻をエネルギー弾が容易く貫く。

 

「やったぜ」

 

 巧も思わず決めポーズをとった。

 

「・・・・・・乾さん、大丈夫ですか?」

「は、俺は今何をしていた・・・・・・?」

 

 自分らしからぬ発言に巧が困惑した。

 

「『フェアライズ』!」

 

 二人が甲殻獣を倒した頃、ファングの戦いもいよいよ大詰めとなっていた。何倍もの体格差のあると竜人との対決は闘牛と闘牛士を彷彿とさせた。引きつけては避け、引きつけては切り裂く。時には拳、時には巨大な斧で。万能武器のフューリーを駆使し、竜人の装甲を破壊した彼のテンションは最高潮へと高まる。フェアライズと叫ぶとファングの身体を己の剣が貫いた。だが彼の身体が傷つくことがない。貫いたのは己の心。アリンとの絆がファングの魂を貫いた。二人の心が重なりその身は灼熱深紅の猛炎の鎧へと変貌を遂げる。赤き炎が鎧となったファングのフューリーフォーム。フェンサーにとってはなること自体が必殺技と言っても過言ではない妖聖との絆の力だ。

 

「相変わらず派手な見た目だな。ヒーローみたいだ」

「・・・・・・あのようなフューリーフォーム、見たことがありません」

「珍しいのか?」

「ええ、装甲を纏うのは同じですが普通はあんな顔や身体を覆う鎧ではありません。少なくとも私が知ってる限りで『仮面』を着けるフェンサーはいませんでした」

 

 巧はファングの姿を見つめた。言われてみればそうだ。ファングの姿に少しだけ共通点のあるアポローネスや果林を襲ったごろつきフェンサーのフェアライズした姿も両者共に顔だけは露出していた。ファングだけが仮面を着けていた。まるで────みたいに。

 

「っつう!」

「どうなさいましたの、乾さん?」

「あ、ああ。大丈夫だ、何でもない」

 

 巧はファングと照らし合わせる何かを思い浮かべた瞬間、頭痛を感じた。ファングが初めてフェアライズした時に思い出した戦士の時と同じだ。記憶を思い出す時の兆候なのだろうか。あるいは・・・・・・。今はまだ分からない。巧は頭を軽く振ってから改めてファングを見る。もう頭痛は感じなかった。

 

「止めとけ、今の俺には勝てねえよ」

「グ、グオオオオ!」

 

 竜人の巨大な拳がファングに迫る。今までなら回避していた攻撃を彼は回避しなかった。する必要がないからだ。轟音が鳴る。それでもファングは何一つ表情を変えない。赤い手甲を纏ったその手が巨大な拳を受け止めていた。フェアライズすれば容易いことだ。ファングは竜人につけれていた何倍もの差を埋めるどころか倍にしていた。お返しとばかりに彼は竜人の腹を殴る。一撃でその巨体が崩れ落ちる。

 

「コイツで終わりだ」

 

 ファングは炎を纏った剣を竜人に振り下ろす。何度も何度も、そして最後に拳を叩きつける。竜人は激しくのたうち回り爆散した。バーニングストライク────ファングとアリンの必殺技だ。

 

「俺にかかればこれくらい!」

 

 ファングはガッツポーズした。

 

「片付いたみたいだな」

「巧、あのやったぜってヤツなんだよ?」

「見てたのか・・・・・・忘れろ」

 

 ファングにまで見られていたことに巧は少し恥ずかしさを覚えた。自分でも何であんなことを言ったのか分からなかった。

 

「まったく。もうあんな安易な行動は慎んでくださいましね」

「そうよ何時までもティアラに言いたい放題言われて良いの?」

「お前もいい加減反省しろよ、バカ」

『阿呆』

『どじまぬけ』

 

 皆に言われ放題でファングは肩を震わせる。

 

「わっーてるよ。うるせーな。とっとフューリー手に入れて帰るぞ」

「絶対分かってないよな、こいつ」

『ああ間違いない』

『「うんうん」』

「うっせ。もう帰るぞ!」

 

 こうしてファングたちは新しいフューリーを手に入れた。

 

「ふふ、ファングさんって楽しい方ですわ」

「キュイキュイ!」

「そうですね、乾さんもですね」

 

◇ 

 

────その日の夜

 

「そろそろ寝るか」

 

 ベットの上で寝転がっている巧は屋根の上を見上げた。

 

「あの時、俺は・・・・・・」

 

 巧は自分の一度目の最期を思い出した。火事に巻き込まれて自分は・・・・・・。きっと彼の人生において最も最悪な思い出だろう。家族で泊まったホテルが火事になり、全てを失った。

 

「でも、まあ良いこともあったか」

 

────死にそうになっていた少女を自分の身と引き換えに助けられたのだから

 

「あのガキ、生きているのか?」

 

 出来れば幸せになっていてほしい。夢を叶えて、誰か大切な人たちに囲まれて。そして笑顔でいてほしい。・・・・・・深い眠りに落ちていく中、巧はその少女の幸福を願った。




いよいよ次回は555登場です。たっくんのやったぜの元ネタはPS2です


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疾走する本能

やっぱり555はたっくんじゃないとね!



────遠い未来、どこかの国で

 

 世界はかつて人だった怪人に支配されていた。残された人々は淘汰され────排除され────彼らの仲間になっていた。かつての支配者、残された人間のその数は僅か2000弱。世界そのものを敵にするにはあまりに少ない人数だった。

 

 その世界で戦える力を持った人間はただ一人しかいない。呪われたベルトに選ばれた黄色の戦士だけ。彼はその力で怪物たちと戦い続けた。でも黄色の戦士は横暴で残された人たちの為には戦わない。彼が戦う理由は世界を敵に回してでも守りたい女の子のためだけだった。黄色の戦士がなりたかったのは世界を救う救世主ではなく、女の子にとってのただ一人の救世主になりたかったのだ。

 

 でも女の子が求めていたのは自分を救う救世主ではなく世界を救う救世主だった。

 

 女の子は無愛想で猫舌の青年を探し続けた。彼女から引き離された世界の希望。紅き閃光の異名を持つ戦士。彼こそが救世主────その名は555(ファイズ)。

 

 

「ふわぁぁあ・・・・・・! なんだよ朝っぱらからいきなり叩き起こしやがって」

 

 ファングは大きな欠伸をしてティアラに言った。溶窟の中の戦いから数日。彼らは朝早くティアラに起こされる。ここ数日間はロロの情報を頼りにフューリーを一本手に入れたきりこれといって特別なこともなく平和な毎日を過ごしていたためファングは首を傾げた。

 

「たく用があるならメシの時にしろよ。こっちはまだ寝起きなんだよ」

「ふわあ・・・・・・巧の言う通りよ。寝不足はお肌の荒れる原因なのよ」

 

 アリンも欠伸混じりにティアラに言う。普段ならティアラの次に起きるのが早い巧でもまだ起きたばかりの時間だ。不満が出るのも無理はない。

 

「元から肌荒れを気にするような顔ではないでしょう。むしろマイナスにマイナスをかけてプラスになりますわ」

「はあ・・・・・・? あんたこの朝早くからケンカ売る気?」

『喧嘩は良くないが早いという時間でもないだろう』

「そうですわ。まっとうな人間ならもうとっくに起きて働いてます」

「おい、止めろ。頭に響く」

 

 ティアラとアリンは起きて早々火花を散らす。巧は面倒くさいのか欠伸をしながら視線を逸らした。

 

「これだからクソ真面目どもは。サボることを覚えねえと人生は味気ないぜ」

「そうそう。ちょっとくらい二度寝しても・・・・・・いけない、いけない。あたしまで流されちゃうところだった」

「お前も大分ファングに似てきたな」

 

 やはりパートナー同士気が合うのだろう、と巧は思った。

 

「真面目の前に下品な言葉をつけるのは止めてください」

『アリンはともかくファング・・・・・・お前の味つけは濃すぎるレベルだろうが』

「そうですよ。おふたりに合わせていたらフューリーが集まりませんわ。ロロさんが新しい情報を手に入れたそうなのでとっとと支度を済ましてください」

 

 ティアラがため息を吐いた。

 

「あー、辛い。筋肉痛が辛い。働きたくねー」

「はあ? 何言ってんだ、別に昨日は何も『働きたくねー!!』・・・・・・うるせえよ、バカ!」

 

 

「やっほー!」

「ごきげんよう、ロロさん」

「新しい情報ってヤツがあるんだろ?」

 

 いつもの広場に行くとロロが満面の笑顔で挨拶をしてきた。お得意様のファングたちだ。彼らがロロに会いに来るということはつまり多額の金が手に入ることに直結する。しかも、おおざっぱなファングは基本的に値切ろうとしない。100万近い金でもだ。金はまた稼げば良いという思考の彼は銭ゲバの彼女からしたら最高の上客。最近のロロはファングが来るのは何よりの楽しみという訳だ。

 

「うん、勿論! オススメやお好み、希望があれば何なりと言ってね。お金次第で叶えてあげるよ!」

「あんたは相変わらず露骨ね」

「あたしお金しか信用してないの。お金大好きなの」

「なんつーガキだ・・・・・・」

 

 巧はロロの子どもとは思えない発言に呆れる。真面目に彼女の親の顔が見てみたいと彼は思った。

 

「お金ってピカピカキレイだし、チャリンチャリンって良い音がなるし。あたし的にはね、お金と書いて愛と読むんだ」

 

 キラキラ目を輝かしてロロは言う。まだ幼い彼女が世の中金が全てだという考えに至るとは世も末だ。

 

『金と書いて愛か。ふ、ならばお前のその心は金額に例えられるのか』

「お前、自分がちょっと上手いこと言ったって絶対思ってんだろ」

 

 ブレイズの問いにロロは少し考えたあとでこう言った。

 

「売ってあげるよ。でも誰にでもってわけじゃないよ。あたしにだってお客を選ぶ権利はあるんだから。まずはお兄ちゃんみたいにあたしに羽振りが良いのが最低条件。次に無愛想なお兄ちゃんみたいに優しくて、それで更に妖聖のお兄ちゃんくらいかっこいいなら売ってあげるよ」

「おい、こいつとんでもない強欲だぞ」

「俺が優しい・・・・・・?」

 

 今のところ巧に出会ってすぐ優しいと評した人間は果林しかいない。まさか守銭奴のロロに優しい人間だと思われていたとは考えもしなかった彼は素直に驚く。

 

「だってフェンサーでもないのに一緒に危険なとこに冒険するなんてよっぽど優しくないと出来ないでしょ」

「言われてみれば・・・・・・」

 

 もしかしたら命に関わるかもしれないのによく彼らに付いていこうと思ったな、と巧は苦笑した。

 

「ま、とにかくこれであたしの情報が信頼出来るものだって分かったでしょ?」

「んじゃ、手始めに楽に手に入るフューリーのある場所を教えてくれ」

「そんなことよりあたしのことを知ってる妖聖のことを教えて!」 

「お二人は口を挟まないでください。料金を払うのは私ですよ」

 

 財布を取り出したティアラにロロは満面の笑みを浮かべる。

 

「それなら極上のフューリーの情報があるよ」

「ではそれを教えてください」

「ちっちっち。その前に出さないといけないものがあるよね?」

 

 ティアラはロロに情報料を払った。

 

「まいどありー。フューリーはカダカス氷窟にあるって話しだよ」

 

 ロロは満面の笑みでまた来てねー、とファング一同に手を振った。

 

「次は寒いのか・・・・・・帰りてえ」

 

 ファングが愚痴をこぼす。

 

「この季節ならそこまで寒くはないでしょう」

「春先だもんね」

「暑いのよりは寒い方のが全然良い」

 

 

「カダカス氷窟ってどうやって行くか分かるか?」

「さあ・・・・・・あの辺はオレたちも行かねえからな」

 

 ここはガダカス山脈の麓の村。巧は村人たちから情報収集をしていた。古代遺跡を残したヤタガン溶窟と異なりただの洞窟であるカダカス氷窟の情報はあまりに少なかった。なかなか距離が遠いのもありバイクを持った巧が先に行って情報を集めてきて欲しいと頼まれた。いざモンスターの戦いになるとあまり役に立たないことを密かに気にしていた彼は二つ返事で引き受ける。

 

(こりゃハズレかもな)

 

 巧は脳裏によぎったそれを否定する。守銭奴で金にうるさいロロが自分の信頼に関わるヘマはしないだろう。彼女は目先の端金よりも後の大金を優先するタイプの女だ。ロロから与えられるフューリーの情報は確かなもののはず。もっとも彼女自身がガセ情報を掴まされたのなら話は別だが。

 

「キミもカダカス氷窟に用があるのかい?」

 

 村の片隅でどうしたものか、と思案する巧に話しかける者がいた。冒険者風の装いをした美女だ。

 

「まあな。・・・・・・で誰だ、あんた?」

 

 ファングたちと行動しているからそんな風には見えないが一匹狼の性質を持った巧はその女に警戒心を示す。

 

「なに、別に名乗る者ではないよ。しがない妖聖研究家さ。それよりキミはフェンサーなのかい?」

「・・・・・・どうだろうな」

「うんうん、警戒心が強いのは良いことだ。フューリーを集める気ならそれくらいの心構えのが良い」

 

 要領の得ない返答しかしない彼女に巧はだんだんとイライラしてきた。この女は自分に何か用でもあるのだろうか。そうならそうでさっさと要件を伝えて欲しい。巧の不機嫌な様子を感じ取ったのか彼女はこう言った。

 

「あそこは止めときなよ。生半可なフェンサーじゃ死ぬよ」

「・・・・・・は?」

「ちょっとした警告さ。キミの仲間のファングくんにもそう伝えておいてくれ」

 

 そう言って女は立ち去っていった。巧は怪訝な顔を浮かべる。訳が分からなかった。

 

「この辺りに間違いありません。よく注意して探してください。どこかに入り口があるはずです」「うぅ・・・・・・足の裏痛い。足の下が岩ばかりで疲れたよ~」

 

 腑に落ちないまま巧はファングたちと合流した。現在はカダカス山脈の麓から洞窟の入り口を探している真っ最中だ。巧の報告から村には手がかりがなさそうだと感じた彼らはロロを探した。この情報を提供した彼女を探すのが一番手っ取り早いからだ。まあたまたま報酬をもらいに寄った酒場のマスターから氷窟の場所を教えてもらえたから巧もファングたちの苦労も水の泡になってしまったが。

   

「で、その女はわざわざ俺を名指して言ったんだな」

「ああ。お前の知り合いか?」

『有り得ん。この男が女に縁があるとは思えん』

「ぶっ飛ばすぞ。天才でイケメンの俺様はモテモテのモテまくりだ。妖聖研究家と出会った記憶はねえけどな」

『く、ぶっ飛ばした後で警告するな』

 

 巧は先ほどの出来事をファングに話した。あの女は彼を知っている素振りだったがファング自身は彼女に覚えはないようだ。ブレイズを地面に叩きつけながら首を傾げた。

 

「皆さんサボってないで入り口を探してください!」

「めんどくせーな。もう歩けねえよ、疲れた」

「お腹すいた~」

「確かに昼過ぎなのに何も食ってねえな。なあ、ティアラ休憩にしないか?」

 

 巧の提案に二人がそうだそうだと便乗した。だがティアラは首を振る。

 

「フューリー探しを後回しにしていては今日中に帰れませんわ。せめて入り口を見つけてからでないとダメです」

「ち、しゃーねえな」

『まだ余力があるではないか』

「いつものことだろ」

 

 休憩出来ないと悟るや否やファングは立ち上がって歩き始めた。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

 アリンも額の汗を拭って立ち上がる。

 

『アリンだいじょーぶ?』

「ううん、平気へーき」

「ファング様お願いします、おぶってくださいって頼んだらおぶってやってもいいぞ」

「うっさい、バカ!」

 

 ファングとアリンの軽口の叩き合いにティアラがため息を吐く。

 

「おい、ここ怪しくねえか?」

 

 巧は大小様々な岩石が積まれた岩肌を指差した。注視して見ると隙間から内部に空洞があることが分かる。

 

「確かに不自然に積み重ねられてますね」

「ああ。登ってみねえとなんとも言えないけどこんな一カ所だけ崩れて重なるってことはありえねえな。だいたいこの山がロッククライミングに向いてるとは思えないな」

 

 ファングは岩肌を軽く叩く。なんの反応もない。少なくともそうそう断層が出来るような脆さではなさそうだ。彼は手袋を着けると積み重ねられた岩石をどける。そこには先の見えない暗闇が広がっていた。

 

「ビンゴだ」

「ありましたわ!」

 

 カダカス氷窟の入り口を見つけた彼らは笑みを浮かべた。

 

「ああ、でも誰が隠した?」

「そんなこと、今はどうでも良いでしょ。だいたいフューリーのある場所なんてそんなもんよ」

『たっくん、ありがと~』

「これくらいはな」

 

 意気揚々とファング一行はカダカス氷窟へと入った。

 

 

「はっくしょん! くしゅん! くしゅん! くしゅん!」

 

 洞窟内の温度を物語っているようにアリンは大きなくしゃみをした。カダカス氷窟。カダカス山脈の麓にある洞窟。険しい雪山の内部は勿論氷点下を越える環境となっているだろう。壁や地面が凍りついていた。

 

「うう、なんか寒くない?」

「ああ。つーか異常に寒いぞ」

「フューリーの影響、か? ・・・・・・これはいくらなんでも」

『さ、さみゅいよ~』

 

 元から冬用の黒いコートを着た巧や雪原地帯用の白いコートを重ねて着ていたファングですら僅かにその身体は震えていた。

 

「さむいさむいさむいさむい~!」

「さ、寒いと思うから寒いんですわ」

「壁も地面も凍ってんだろ、嘘付くな」

 

 ティアラも意地を張って寒くないと言っているがその身体はガタガタと震えていた。

 

「・・・・・・あんた、鼻水出てるわよ」

 

 アリンがニヤニヤしながら言う。ティアラは顔をカッと赤くした。

 

「鼻水なんて出てませんわ! いいえ、そもそも鼻水なんて私の身体には存在してないんです! ガタガタ震えているのは戦闘に備えているからなのですわ!」

「おー、そいつはすげえや」

『お前はアイドルか・・・・・・?』

「戦うアイドルはいねーよ」

 

 やせ我慢を貫き通そうとするティアラに男性陣は呆れる。

 

「ティッシュ使うか?」

「あ、巧ナイス! ほら、あたしがふいて上げるわ。チーンってしなさい。チーンって!」

「や、やめてください。私の鼻に触らないで、痛いですわ!」

「あんまティアラをからかうな。自分でやらしとけ。コイツを怒らせると後がめんどい」

 

 アリンが悪戯顔でティアラの鼻にティッシュを当てる。彼女はお嬢様キャラである自分のイメージを崩してはならないと一生懸命に避ける。巧はため息を吐いて二人の間に割って入った。

 

「で、このまま行くのか? 行かないのか? 俺の経験則からしてやめる方をススメとくぞ」

『同感だ』

「腹も減ったしな」

「あたしも帰って鍋焼きうどん食べたいよー」

 

 ファングはこのままの探索は無理と判断した。ティアラとアリンは軽装。ファングや巧にしても長居の出来る格好ではない。この環境で洞窟の中を迷えば命の危険に関わる可能性がある。だから彼は普段と違って至って真面目にそう言った。

 

「行きます・・・・・・私は一刻も早く女神の封印を解きたいのです。このまま引き下がっていては何時までもフューリーは集まりません」

「そこまでしてどうして女神の封印が解きたいんだ、お前?」

「それが私の使命、だからです」

 

 思いつめた表情のティアラにファングは苦笑を浮かべてため息を吐いた。

 

「・・・・・・しゃあねえな。これ着ろ」 

 

 ファングは自分の着ていたコートをティアラに投げ渡した。

 

「ど、どういう風の吹き回しですか?」

「別に。俺様に白は似合わねえ。こんなん着てる方がむしろ恥ずかしさでどうにかなりそうだ。内面以外は立派なお前なら似合うだろ。着ろ」

『あのファングがやさしい!?』

「珍しいな」

 

 日頃から他人に対する気遣いなんて親の腹の中に置いてきたと言っても違和感がないファングがわざわざ自分が寒くなるにも関わらずコートをティアラに渡したことにキョーコは驚く。

 

「暖かいです。ふふ、粗暴なのに私には優しいなんてやはりファングさんは私を愛してしまってるんですね・・・・・・?」

「うるせー。黙って着てろ。内面ブサイクどころか顔までブサイクになりてえか?」

「・・・・・・不思議です。身体の中と外から同時に暖かくなりましたわ!」

「またそれかよ」

 

 もはや何度も見た光景に巧たちは引きもしなかった。

 

「何よ、ティアラばっかり。こんなに寒がってるんだからあたしにも少しくらい優しくしてくれても良いのに」

「いっつも思ってたんだけどよ、暑い時とか寒い時は剣の中に入れよ。歩く手間も省けるだろ」

「・・・・・・! その手があったわね」

 

 気づいてなかったのか、てっきり理由があってフェアリンクしてないのだと思っていた巧は驚く。ブレイズやキョーコが目立たないために街中では決して実体化しなかったのは何だったのだろうか。

 

「じゃあさっそく『キシャアア』・・・・・・え?」

 

 アリンがフェアリンクをするタイミングを狙ったのかのように地面から巨大なモンスターが現れた。カマキリ、彼女の脳裏に浮かんだ虫の姿とそのモンスターは同じ姿をしていた。

 

「どけ! アリン!」

 

 巧はアリンを蹴り飛ばした。多少乱暴な形になったが巨大カマキリからの攻撃を回避するにはこれが最善だ。彼は自分に迫った鋭利な鎌をしゃがんでかわした。

 

「あだっ! ちょっともっと優しく出来ないの!?」

「バカ! 助けてもらっただけありがたいと思えよ!」

 

 巧はカマキリを睨みつける。目をそらせばモンスターに攻撃されてしまう。

 

「・・・・・・!?」

 

 巧は自分の腰に目を向けた。普通の革のベルトが巻かれている。何故彼はそこに目を向けた理解出来ず首を傾げた。そんな巧の眼前に鎌が迫る。

 

「ウリャ!」

 

 巧に攻撃が直撃するよりも早くファングの剣がカマキリを切り裂いた。間一髪巧はホッと胸をなで下ろした。 

 

「大丈夫ですか!?」

「危なかったな」

「おせえよ! 俺に当たるとこだったぞ!?」

 

 巧は駆け寄ったファングの背中を軽く叩く。

 

「悪い。足場が滑って狙いが定まらなかったんだ」

『それに寒さで身体が縮こまってパワーが出ず思うように動けんようだ』

「やはり巧さんが警告された通りここのフューリーを手に入れるのは難しいようですわね」

『ふむ、かなり厄介な天然迷宮だな』

 

 ここはいったん引くべきかもしれない、とブレイズは言った。

 

「ふざけんな、俺は生半可なフェンサーなんかじゃねえ!」

「ここはモンスターの巣窟よ。引き返す方がむしろ危険かもしれないわ」

「そうですか・・・・・・ではやはり」

「行くしかないか。サッサと終わらせて風呂にでも入りたい」

 

 決意を新たに彼らはカダカス氷窟を突き進む。

 

「なあ、お前はどうして女神を復活させたいんだ?」

 

 ファングはズズッと鼻水をすすりながら言った。真面目そうなティアラはわざわざフューリーなど集めなくても自力で努力して自分の願いは叶えるべきだと考えるタイプに見える。そんな彼女が何故こんな過酷な冒険に身を投じるのか、ファングは疑問だった。

 

「決まってるじゃないですか。世界平和ですわ」

「はあ?」

「・・・・・・世界平和?」

 

 あまりにもストレートな願いにファングと巧が目を見開く。

 

「・・・・・・この世界には邪神のせいで流さないでいい涙を流している人たちがいます。流さないでいい涙を私は拭える世界を作りたいのです」

「ふーん、あんた変わってんのね。邪神とあんたは関係ないのに」

「そ、それは」

「俺は良い夢だと思う」

「乾さん・・・・・・」

 

────俺、洗濯物が真っ白になるみたいに世界中の人たちに幸せになってほしいんだ

 

 巧の脳裏に気弱だが優しそうな青年の笑顔が浮かんだ。誰かは分からなかったが不思議とその青年に悪い印象はない。青年のことを考えていると巧はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「ファングさんはどう、思いますか?」

「・・・・・・意外とガキっぽいんだな、お前」

「そう、ですか。やっぱり『ただまあ』・・・・・・?」

「ガキっぽいからこそ叶える価値はあると思うぜ」

 

 ファングはフッと笑った。

 

「俺のせんせ・・・・・・師匠もな、人一倍誰かを救うために必死で自分が傷つくのも躊躇わない男だった」

「ファングさんにお師匠様がいたんですか?」

「まあな。俺はあの人みたいになりたかった。でもそれがすごく難しいことだって大人になってから知ったよ。まあガキの浅はかな夢ってヤツだ」

 

 ティアラはファングの顔はじっと見た。今までに見たことのない嬉しさと悲しさと懐かしさ、そして悔しさが入り混じった不思議な顔をしている。なんだか彼に魅力を感じている気がする自分を誤魔化すように彼女は頭を軽く振る。

 

「でもどれだけ難しくても俺は今でもこの夢を叶えたいと思ってる。それは恥ずかしいことか?」

「いえ、とてもご立派だと思いますわ」

「ならお前の夢も同じことだろ。立派な夢だ」

 

 ファングは子どものような無邪気な笑みを浮かべる。普段はバカにしているそれは少年の頃から彼がずっと変わっていないことの何よりの証明であった。

 

「知ってたのか、お前らは?」

『いや我らも初耳だ。旅をする理由すら知らなかった。まさかあの男のようになりたいということがそういう意味だったとはな』

『たびをするりゆうはたっくんがはじめてで、ゆめをおしえてもらえたのはティアラがはじめてだよ』

「・・・・・・むー」

 

 アリンは少し不満顔だ。巧やティアラには自分のことを語るのに自分には何も語らないのは何だか面白くない。自分と彼は特別な絆で結ばれているパートナーのはずなのに。ファングは何も自分に語ってくれやしない。

 

「もう、寄り道してないで早くフューリーを探しましょうよ!」

「そ、そうですわね」

「ああ、そろそろこの寒さも限界だ」

「さっさと帰ってメシが食いてえな」

 

 これは別にヤキモチではない。ただ寒いから早く帰りたいだけだ。アリンは自分にそう言い聞かせた。

 

 

「あ、見てあのモンスター!」

 

 カダカス氷窟の深層へとたどり着いたファングたちの前にボスと思われるモンスターが現れた。アリンはその巻き貝を巨大化したようなモンスターの腹を指差す。

 

「あれは・・・・・・フューリーか?」

 

 巧は巻き貝のようなモンスターの腹にフューリーが浮かび上がっていることに気づいた。

 

『フューリーの紋章が浮かび上がっている・・・・・・まずいぞ!』

「フューリーの力で変異している可能性がありますわ。どうします、ファングさん?」

「決まってる。とっとと倒して風呂に入る。それだけだ!」

 

 ファングは巻き貝のようなモンスター────フィルンバクトリテスに斬りかかる。これまでありとあらゆるモンスターを斬り裂いてきた剣が堅い殻を前に弾かれる。想像以上の堅さだ。ヤタガン溶窟のボスすら軽々と凌ぐ防御力がフィルンバクトリテスにはあった。下手をすればあの時のアポローネスと同等クラスはあるかもしれない。

 

「っ! かてえな・・・・・・!」

「接近戦は禁物です! 『メイウェル』!」

 

 フィルンバクトリテスに物理攻撃は効果がないと判断したティアラは魔法攻撃を試みる。堅い甲殻も水圧ならばダメージが通るのはヤタガン溶窟で実証済みだ。フィルンバクトリテスにメイウェルが直撃した。

 

「どうだ?」

 

 離れた場所から見ていた巧は大量の水蒸気を前に呟く。普通のモンスターならひとたまりもないだろう。

 

「少しは効いて『ギィィィ!』」

「・・・・・・なさそうだな」

「あー! もう、イライラしますわ!」

『来るぞ!』

 

 凄まじい早さで滑走するフィルンバクトリテスの突進を二人はそれぞれ左右に跳んで回避する。だがフィルンバクトリテスは直ぐに方向転換するとティアラに突進した。フィルンバクトリテスの予想外の俊敏さに彼女は驚かされる。

 

「『フェアライズ』!」

『キュイキュイ!』

 

 避けるのは困難と判断したのかティアラは必殺の鎧を身に纏った。白き純白の戦姫の鎧。高潔な彼女の心を体現した鎧がティアラのフェアライズした姿だ。

 

「ギィィィ」

「まだまだ、ですわね」

 

 フィルンバクトリテスの鋭利な爪をティアラは薙刀で止める。凄まじいパワーだ。身体の奥底から湧き出る底知れないエネルギーを持ってしてもなお押し負けそうなほどの。だがティアラの狙いは防御ではない。フィルンバクトリテスの隙を作ることだ。

 

「『フェアライズ』! ウオオオオ!」

 

 灼熱の鎧を身に纏ったファングの拳がフィルンバクトリテスを吹き飛ばした。直撃したフィルンバクトリテスは爆発する。ギガンティックブロウ────ファングの必殺技だ。

 

「ファング、お前手加減してるんじゃねえよ・・・・・・!」

「うそ、でしょう」

 

 巧とティアラは呆然とする。

 

「ギィィィィィィ!」

 

 粉塵が晴ればそこには無傷のフィルンバクトリテスがいた。いくらファングとは相性最悪の水属性とはいえフェアライズした彼の攻撃が通用しないなど有り得ない。ヤツが喰らったフューリーの影響か、あるいは

 

「ち、効いてねえのかよ」

『う、うう』

「おい、どうしたアリン!?」

『なんか、力が出ないの・・・・・・』

 

 パートナーのアリン自身の影響だ。彼女は火属性の妖聖。この過酷な地形そのものがアリンの力を半減させていた。その結果、ファングのフューリーフォームの出力は通常時の半分以下しかないのだ。これではダメージが入る訳がない。気づけば彼のフューリーフォームは解除されていた。それどころかフェアリンクすら外される。

 

「ごめん、ファング」

「おい、しっかりしろよ。・・・・・・お前、熱があるじゃないか!?」

「どうしたお前ら!」

 

 アリンの顔は真っ赤になり身体はグッタリとしていた。急な環境の変化だ。どうしてこうなったのかは明白だった。ファングはアリンを抱きかかえると巧の近くに寝かせる。そして二本の剣、ブレイズとキョーコを抜剣するとティアラの横に立つ。

 

「下がってください! 私が何とかします!」

「俺も囮くらいにはなる! 巧、アリンを頼んだ!」

「ああ、任せろ。だけどお前・・・・・・」

「待ちなさい!」

 

 巧とティアラの制止も無視してファングはフィルンバクトリテスに突っ込む。だが今の彼にはどう考えても勝ち目はない。

 

『無茶だ、ファング!』

『しんじゃうよ~』

「知るか! アリンだって熱の中戦ってたんだ、万全の俺が戦わないでどうする!?」

 

 ファングは珍しく焦っている。アリンは高熱を出す兆候があった。カダカス氷窟に入る前から疲労が溜まっていた、そして中に入ってからはやたらと寒がっていた。気づけたはずなのだ。自分に似て強がりな彼女なら意地を張って無理をしていてもおかしくはないと。そのことに気づけなかったことをファングは強く後悔した。剣を握る手が自然と強くなる。

 

『・・・・・・背水の陣だがやるしかない、か』

『しょうがないね』

 

 妖聖たちもファングの意図汲み取り覚悟を決める。

 

「下がってください『メイブロード』!」

 

 ファングがフィルンバクトリテスの攻撃を引きつけているとティアラが魔法攻撃を放った。メイブロード────メイウェルよりも一段階上の魔法。より広範囲になり威力も高くなった水の竜巻がフィルンバクトリテスに直撃する。

 

「ギィィィ」

「これもダメ、みたいですね」

 

 ティアラは苦笑した。万策尽きて笑うしかない。一応まだ彼女にもファングのバーニングストライクのような必殺技が残されているがあの堅い甲殻を破れるとはとても思えなかった。彼女は巧たちに目を向ける。こうなったらもう逃走するしかない。だが彼らを連れて逃げ切れる自信は、あまりない。

 

「ティアラ、避けろ!」

「っ!?」

 

 巧の警告にティアラはハッとして振り向く。フィルンバクトリテスが眼前にいた。突進。回避は間に合わない。彼女は防御した。

 

「きゃあ!」

「くそっ!」

 

 フューリーフォームの鎧を持ってしてもフィルンバクトリテスの突進は凄まじい威力だった。ティアラはボールのようにふっ飛ばされ、フェアライズが解除される。ファングは飛んでくる彼女を受け止める。彼の身体に鈍い痛みが走った。

 

「ってえ」

「ご、めんなさい」

「謝んな。お前はアリンを頼む。この万能薬を飲ましてくれ」

 

 ファングは錠剤を手渡した。ティアラは目を見張る。

 

「これは・・・・・・」

「無理やり治すのは再発の可能性があったから迷ったけどもうそんな余裕はなさそうだ」

『それでアリンを治してくれ』

『そしたらあいつやっつけるから!』

 

 万全な状態なら勝てるかもしれない。ファングは一抹の望みをティアラに託した。

 

「時間は俺が稼ぐ。薬を飲まして回復魔法をかけろ」

「ですが一人では・・・・・・・」

「二人なら良いだろ」

「乾さん!?」

 

 巧が二人の元に駆け寄った。本来フェンサーではない彼の登場に二人は驚く。

 

「巧、お前・・・・・・」

「いい加減黙って見てるのにも飽きた」

「無茶です!」

「そう思うならアリンをとっとと治せ」

 

 巧がティアラの背中を押した。彼女は急いでアリンに駆け寄る。二人は知らないだろうが彼は最悪の事態になればウルフオルフェノクになれる。彼らに自分の正体をバラすのは躊躇いがある。だが・・・・・・

 

「お前らの夢はこんなところで終わらせたりはさせねーよ」

「まさかお前」

 

 巧は誰かの夢を守るために戦っていたと言っていた。記憶のどこかで彼を突き動かしてるのかもしれない。

 

「行くぞ!」

「ああ!」

 

 ファングはフィルンバクトリテスに斬りかかる。狙いは堅い甲殻ではない。僅かな隙間から覗く本体の方だ。いくらすばしっこいと言っても巨大な身体では小回りが効かない。彼にとってその攻撃は造作もないことだった。剣先がフィルンバクトリテスの顔を掠める。

 

「ギィィィ!」

「おっと!」

 

 これ以上の攻撃は危険と判断したファングが後ろに跳ぶと同時にフィルンバクトリテスはグルグルと横に回転した。当たっていたら致命傷だろう。彼は額から汗を流した。

 

「当たれよ・・・・・・」

 

 巧は銃の照準を回転するフィルンバクトリテスに向けて放つ。赤いエネルギー弾が堅い甲殻に当たった。

 

「グギィィィィ!」

 

 そのエネルギー弾はフィルンバクトリテスにとって相性が良かったのかヤツは激しくのたうち回る。

 

「効果覿面だぞ、巧!」

「みたいだな。けど・・・・・・」

『巧、気をつけろ。あいつはお前を敵と判断した』

 

 フィルンバクトリテスは一瞬にして巧を危険な存在と認識したようだ。近くにいるファングを無視してその目は離れた位置にいる巧を捉える。

 

「おっと俺を忘れんなよ!・・・・・・お前は撃ってろ!」

『たっくんはえんごして!』

 

 大きな隙が出来たフィルンバクトリテスの顔をファングはまた切り裂いた。今度は深々と刃が入ったようだ。巧に背を向けファングに攻撃を加えようとした瞬間また赤いエネルギー弾がフィルンバクトリテスに直撃する。この土壇場で抜群のコンビネーションを二人は発揮していた。

 

「アリンさん、しっかり」

「う、うう。ファング、に巧は?」

「お二人なら今もモンスターと戦っています。さ、これを飲んでください」

「水、ないの?」

「子どもですか、あなたは!?」

 

 二人が激しい戦いを繰り広げている頃、ティアラもようやくアリンに万能薬を飲ませられた。これでアリンの熱が引けば勝機が見えるかもしれない。ティアラの面持ちが明るくなったその時。状況は一変した。

 

「ぐはっ!」

 

 フィルンバクトリテスのタックルをまともに喰らったファングが吹っ飛ぶ。巧のエネルギー弾よりも先にファングを排除した方が早いとフィルンバクトリテスは判断した。彼さえいなくなれば巧を倒すのは容易と判断したのだろう。

 

「ち!」

「ギィィィィ」

 

 フィルンバクトリテスの目が巧を捉える。来ると分かっていれば突進は避けられる。彼は集中してフィルンバクトリテスの攻撃に意識を向ける。フィルンバクトリテスは身を固め────消えた。

 

「は?」

 

 どこへ行った。巧は周囲を見渡す。

 

『上だ!』

 

 ブレイズの警告で視線を上に向ける。巧の視界全てをフィルンバクトリテスが埋め尽くす。あの巨体で跳んだのか、彼は驚愕する。完全に予想外だ。回避は間に合わない。思わず巧は目を瞑る。その時、激しい轟音が鳴った。

 

『ピロロロ!』

「お、おまえ」

 

 バジンだ。オートバジンがフィルンバクトリテスを蹴り飛ばしたのだ。巧は思わず笑みを浮かべた。

 

『ピロ!』

「・・・・・・こいつは」

 

 バジンは巧に何かを投げ渡した。それは金属製のベルト。彼はバジンに目を向ける。バジンはただ頷くだけだ。主人の降臨を待つように。巧はベルトを腰に巻く。

 

 

『また戦う気か、乾巧』

 

 巧は気づけば真っ白い空間にいた。その空間の中心にはマゼンタ色のカメラを首に掛けた茶髪の青年がいた。

 

「お前は誰だ?」

『通りすがりだ』

 

 青年はそれしか自分のことを語らなかった。どことなく彼は自分やファングに似ている気がする。

 

『これを見ろ』

 

 巧の目の前に幾つもの星が輝く。幾つもの星にそれぞれの戦士が怪人と戦っていた。改造人間の戦士がいた。金色の戦士がいた。時を守るために己を犠牲にする戦士がいた。希望の魔法を司る戦士がいた。刑事で車に乗る戦士がいた。それぞれの歴史が輝いている。巧の記憶の中に出てきた夢を守る戦士もいた。だがその戦士ともう一つカードを使って戦う戦士だけが輝く歴史の中で闇に包まれていた。それがどういう意味か、なんとなく分かる。過酷な戦いの果てにきっと・・・・・・。

 

『ライダーの世界は所詮生きるか死ぬかだ。このまま戦いを選べばお前はそんな戦いに巻き込まれる』

「生きるか、死ぬか」

 

 巧は胸の中でその言葉を反芻する。戦い続ければ死ぬかもしれない。それはとても恐ろしいことだ。

 

────巧さんは優しい人です

 

 でもだからこそ戦うのだ。戦えない全ての人たちのために。

 

「だからどうした? 俺が戦わないとファングもアリンも、ティアラも死ぬかもしれない。さっさと俺を帰せ」

 

 巧に迷いはなかった。青年はニヤリと笑う。まるでその選択が最初から分かっていたかのように。

 

『ふ、なら死ぬ気でやれ』

 

 青年は巧に一枚のカードを見せる。彼の記憶の中にいる紅き戦士の姿を写したカード。それを青年は自分の腰のベルトに差し込んだ。

 

『カメンライド『555』』

 

 青年の姿が紅い戦士になる。巧はそれが本物の紅い戦士ではないことに気づく。腰のベルトが違う。巧が巻いている金属製のベルトを巻いてこそこの戦士の正しい姿なのだ。変身の仕方も違う。カードを使うのではなくベルトに携帯────555フォンを差し込んで変身・・・・・・。

 

「思い・・・・・・出した」

 

 ベルトと携帯の正しい使い方を。自分こそが紅い戦士だったことを。

 

「乾巧、行け」

 

 巧は青年に背中を押された。

 

 

 巧が気が付いたのはフィルンバクトリテスがオートバジンを吹き飛ばした瞬間だった。人型だったバジンが元のバイクの姿に戻る。

 

「良くやった。後は任せろ」

 

 フィルンバクトリテスを前に巧は構える。

 

────これより先は生きるか死ぬかの戦いだ

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧の身体を紅い光が包み込む。懐かしい感覚だ。彼の胸の内から不思議な力が脇立つのを感じる。巧の身体に鎧が形成された。それは失われた楽園の世界で救世主と呼ばれた戦士。闇を切り裂き光をもたらす者。仮面ライダー555。彼はこの世界に降臨した。

 

「たく、み?」

『なんだ、あれは・・・・・?』

『かっこいい!』

「た、巧が変身したー!!!? フェンサー、巧はフェンサーだったの!?」

「うるさいですよ。動かないでください! それにしてもあの姿は一体・・・・・・?」

 

 ファングたちは驚愕する。巧が変身した。その事実に。アリンに至ってはまだ本調子でないのにも関わらず両手を広げて叫び、ティアラに慌てて寝かされていた。

 

「ギィィィィィィ!」

 

 フィルンバクトリテスは555を睨みつけた。薄暗い洞窟の闇を光の中で輝く紅き閃光に対して本能的な恐怖を感じたのだろう。あれはエネルギー弾と同じものだ。喰らったら致命傷になる。フィルンバクトリテスはそうはさせまいと唸声と共に突進した。

 

「ふん」

 

 巧は躊躇いなく迎え撃った。フィルンバクトリテスの堅い甲殻に蹴りを入れる。滑走していたフィルンバクトリテスはその動きを封じられた。更に蹴りを加える。フィルンバクトリテスは仰け反る。追い討ちに拳を叩きつける。コンクリートを容易く砕く拳が甲殻にヒビを入れた。巧は手首をスナップさせて更に拳でフィルンバクトリテスの顔面を殴打する。

 

『ムチャクチャな戦い方だ。あれではただの不良と変わらんぞ』

「だけど無駄はねえ」

「乾さんはあんな力を隠していたんですか?」

『おもいだしたんだよ、たぶん』

 

 巧の戦い方は気怠げで武道なんて一切嗜んだことのないチンピラの喧嘩そのものだ。だが動きは洗練された剣士であるファングにも引けを取らない。巧は突き出された爪をひらりと避け、カウンターにハイキックを叩き込む。まるで昔からこうやって戦ってきた、そんな気分だ。身体が、本能が自然と彼を突き動かす。巧の戦いの記憶が少しずつ蘇る。フィルンバクトリテスを勢いよく突き飛ばす。大きな隙が出来た。巧は自分の右足にライト────ファイズポインターを装着する。そして555フォンのエンターキーを押す。

 

────exceed charge

 

 巧はだらんと脱力する。中腰で右足に重点を置きエネルギーが充填されるのを待つ。それは記憶をなくす前に何度もしてきた構えだ。携帯からフォトンブラッドのエネルギーが右足に収束する。

 

「ハァァァァァ!」

 

 巧は勢いをつけ、跳んだ。必殺の一撃から逃れようとするフィルンバクトリテスの身体を紅い円錐状の光が拘束した。吸い寄せられるように彼の跳び蹴りがフィルンバクトリテスの身体を貫く。

 

「フン」

 

 巧はフィルンバクトリテスに背を向けた。彼の背後にφの紋章が浮かび上がりフィルンバクトリテスは灰となって爆散した。クリムゾンスマッシュ────戦車すら容易く破壊する555の必殺技だ。

 

「何をすれば良いのかはわかんねえけど仲間の夢くらいは守ってやるさ」

 

 巧は小さくそう呟いた。

 

「巧、お前すげえよ!」

『たっくんヒーローみたいだったよ!』

「助かりました、乾さん」

「気にすんな。ここまであんまり役に立ってなかったからな」

 

 巧はフィルンバクトリテスの灰の中からフューリーを手に持つ。ファングたちは笑顔で彼を迎えた。

 

「もう大丈夫か、アリン」

「うん。ファングの薬のおかげね。もうすっかり元気になったわ」

「もうあんな無茶すんなよ。お前はこの俺様のただ一人のパートナーなんだからな」

「・・・・・・! うん!」

 

 ファングが心配したような口調でアリンを叱る。彼女は笑顔で頷いた。

 

「アリンさんの体調も心配ですし、早く帰りましょう」

「よし、今日はアリンの要望通り鍋焼きうどんだな!」

「やったー! 楽しみね!」

「・・・・・・はあ!? 一番の功労者の俺を殺す気か!!」

 

 ファング一行の笑い声がカダカス氷窟の中に響き渡った。

 

「・・・・・・」

 

 彼らを見つめる者がいた。

 

 

 

「ミッチーといい今回といい助かったぜ、士」

「気にするな、あの黒服の男と交渉出来たのはお前のおかげだ」

 

 真っ白い空間に二人の青年がいた。茶髪に黒コートの青年に、白い髪に白銀の鎧の青年。どちらも底知れない雰囲気を放っている。

 

「・・・・・・俺がしたのはただの手助けでしかない。これからの世界で奴らがどうするかは奴ら自身が決めることだ」

「心配ねえよ。ミッチーも巧も立派なライダーだからな」

「ライダー、か」

 

 青年────門矢士は小さく呟く

 

「どうした士?」

「仮面ライダーが世界に生まれるってことはそれと対になる相手が現れるってことだ」

 

 士の言葉に青年────葛葉紘太はハッと目を見開く。

 

「まさかオルフェノク、か?」

「・・・・・・さあな」

 

 士は両手を広げトボケたポーズをとる。

 

「だがお前の領域にいるヤツらが山ほどいる世界だ。どんな脅威があいつを待ち受けてるのかはこの俺にも予想がつかない」 

「巧・・・・・・」

 

 紘太はただ巧の平穏を願った。

 

────これ以上巧が世界のために自分を犠牲にしませんように、と。




おのれディケイドォォォ! 違う! 全部乾巧って奴の仕業なんだ! なんだってそれは本当かい!?

遂に555が登場となりました。これが小説一巻分くらいの内容となります。ここまで追いかけてくれた皆さんありがとうございます。

この一週間何故か巧と果林がイチャつく変なネタばっかり考えていて完全に行き詰まりを感じてましたが何と書き上げられました。

最初のスポット参戦は彼らとなりました。今後も少しだけこういう形で他のライダーが登場するかもしれないので期待していてください。

そして次回はちょっとした再会と草加と終盤の木場さんを足して遊び心の足りない名護さんで割ったような問題児との出会いになるのでご期待ください。平和なRPGはそろそろ終わり、爽やかなRPGが始まります!


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狼は狐にまた救われる

今週のジュウオウジャーに鳥男こと村上幸平さんが登場します。全国の草加ファンの皆さんは是非見てください。ついでに明後日更新のイチゴマンも見てください




────何故殺した? 人を襲うから。

 

────何故殺した? 夢を守るために。

 

────何故殺した? こんな夢のない自分でも誰かを守れると思ったから。

 

 青い炎が吹き出る度に自分と同じオルフェノクたちは死んでいく。人々は彼を救世主と、夢の守り人と称えた。この身に浴びるのは血ではなく灰。化け物らしい化け物を殺して責める人間は誰もいない。ただ安心したように笑っていた。人を守るために555は戦い続ける。気づけば巧の、555の身体を灰が埋め尽くす。巧は、ウルフオルフェノクにはその灰が真っ赤な血に見えた。それでも戦う。戦っている内に血にまみれたオルフェノクが彼にしがみつき助けを求めた。振りほどいて倒す。倒したのはウルフオルフェノクである自分自身。巧は自分自身を殺したのだ。彼は絶叫する。周りにいた人々は巧を怯えた目で指差しこう言った。消えろ、化け物!────彼は灰の山に、血の海に溺れた。

 

 巧は悪夢から目を覚ました。

 

 

「あ、乾くん。あなたにお手紙が届いてるわ」

 

 ある日の朝、巧は珍しくファングより起床するのが遅れた。欠伸混じりに食堂に向かうと女将のミツボが彼に封筒を手渡した。

 

「俺に、ですか?」

「うん」

「ありがとうございます。・・・・・・もしかしたら俺の知り合いとかからか?」

 

 巧は朝食のお盆をテーブルに乗せると期待混じりにその小綺麗な封筒を開けた。

 

「ええっと乾巧様とファング様をドルファ・ホールディングスの立食パーティーにご招待いたします。なんだよ、パーティーなんか興味ねえよ」

 

 記憶を取り戻す手がかりにはなりそうにないな。明らかにがっかりした様子の巧だったが手紙の差出人が誰か分かるとうっすらと笑みを浮かべた。

 

(これおっさんからかよ)

 

 手紙の差出人はサンドミージで出会った楽器屋の店長だった。所謂スタッフからの特別な招待状というヤツだ。理由は分からないが何らかの形でパーティーの運営の一人になったのだろう。場末の楽器屋から随分と出世したみたいだな。巧は手紙を封筒にしまう。

 

(あとでファングたちにも教えてやろう)

 

 巧は上機嫌で朝食にありついた。

 

「よう、ティアラ」

「あ、乾さん。おはようございます」

「ファングのヤツがどこにいるか分かるか?」

 

 食事を終えた巧はファングを探す。彼は宿の窓拭きをしていたティアラを見つける。

 

「ファングさんならサボってなければ屋根の修理をやっていらっしゃいますわ」

「は、あいつが働くなんて珍しいな」

「立食パーティーの招待状を盾にしたら喜んでやってくれましたわ。単純なところが可愛いらしい方ですね、ふふ」

「招待状? お前ももらったのか?」

 

 巧は持っていた招待状をティアラに見せた。

 

「・・・・・・どうやってこれを?」

「ああ。前話したろ。サンドミージのこと。あの時の楽器貸してくれた店長がくれたんだ。関係者をやってるらしい」

「お二人とも人望が意外とあるんですね」

 

 人望、といって良いのか分からない。あの店長との出会い方は少々特異だ。

 

「その手紙が乾さん宛で良かったですわ」

「メシで釣らなきゃぜってえあいつ屋根の修理とかやらないからな」

「あとでファングさんにもきちんと教えてあげてくださいましね」

「修理が終わったらな」

 

 巧はティアラと別れると庭へと出た。カンカンとトンカチを叩く音が聞こえる。食べ物が関わるとファングは本当によく働くな、と巧は思った。彼は屋根に目を向ける。

 

「おーい、ロボ。釘取ってくれよ」

『ピロロロ』

「お、それそれナイスだ!」

 

 バジンが様々な工具を片手に宙を浮いていた。ファングに指示された物を一つ一つ器用に手渡している。すっかりとバジンもファング一行に馴染んだようだ。

 

「本当にアイツはなんなんだ?」

 

 555やその他のツールの記憶を取り戻した巧だがオートバジンの詳細だけは把握してなかった。555をサポートするためのバイクらしいがどうやって変形しているのかは原理がまったく分からない。

 

「おーい、ファング!」

「なんだ、巧。そうだ、お前も立食パーティー来るか? 食い放題だってよ!」

「その立食パーティーなんだけどよ・・・・・・」

 

 巧は屋根の修理が終わったファングに手紙を渡した。

 

「な、なんだこれ・・・・・・!」

「あのおっさんからの招待状だ」

『繁盛してるようだな』

「そういうことを聞いてるんじゃねえ。俺がここまで頑張ってきたのが全部ただ働きじゃねえか!?」

 

 巧とティアラの予想通りファングは憤慨した。やはり屋根の修理を終えてから手紙を渡したのは正解だったようだ。ファングのテンションは露骨に下がる。彼は価値のない労働が大嫌いな人間である。こうなることはわかりきっていた。

 

『どの道行けるのだから問題ないだろう』

「この俺様が働いてやったってのに何も報酬がないことが気に食わねえんだよ。あー、無駄な時間過ごした」

『うつわのちいさいおとこはきらわれるよ!』

『ピロロロ』

 

 キョーコの指摘にバジンが頷く。子どもと機械に説教されたファングは顔を屈辱に歪める。

 

「うっせーよ! 同じ立場になって考えてみろ!」

『えー、だってわたしはけんだもん』

『ピロロロ』

「こいつは機械だろ」

「くっ!」

 

 言い返せないファングは落ち込んだ顔でため息を吐いた。よっぽどただ働きが嫌だったらしい。

 

「・・・・・・ティアラがお前に屋根の修理のご褒美としてアイスを買ってたぞ」

「え、マジで! よっしゃああ!」

 

 ファングは先ほどまでの落ち込みようが嘘のように満面の笑みを浮かべ宿の中に入った。

 

「たく現金なヤツだ」

 

 

「すごーい・・・・・・人がいっぱい」

 

 煌びやかなパーティー会場にアリンが目を輝かせる。ドルファ社内に設けられたパーティー会場は細部から細部まで徹底的にこだわっていた。飾られている花一つ挙げても軽く五桁は行きそうな見たこともない物が並べられている。来客の身分からしても一目で上流階級と分かる者たちばかりだ。

 

「わざわざ暇な奴らだな」

 

 巧はかしこまった場所があまり好きではないのか興味がなさそうだ。むしろドルファ社の外装の方が彼にとっては興味深い。

 

「あまり騒いではいけませんよ。ここに集まっているのは皆街の名士ばかり。なんせ『あの』ドルファ主催のパーティーなんですから」

「ドルファって世界でも有名な会社なんでしょ? なんであたしたちが招待されたの?」

「お前の知り合いにここの関係者でもいたのか?」

「それは私たちがフェンサーだからですわ。どこかで噂でも聞きつけたのでしょう」

 

 巧は周囲を見渡す。所々に武器を持ったフェンサーと思わしき者たちがいた。

 

「そういえばあたしたち以外にもあちこちにフェンサーがいるわね」

「俺が昔倒した奴らもいるな」

「流石はあたしのパートナーね。良い働きよ」

 

 近くにいたチンピラフェンサー、盗賊フェンサー、山賊フェンサーをファングが軽く睨みつけると彼らは慌てて逃げていった。

 

「そのお話はあとで詳しくお聞かせください。とにかくフェンサーは特殊能力者。この世界では希有な存在」

『神々の一部とも言えるその力を利用したいのだろう。あるいは100本のフューリーを手中に収めたいのか・・・・・・』

「面倒くせえな。ま、フェンサーじゃない俺には関係ないことだけどな」

 

 世界的に有名な企業がフェンサーやフューリーを集めて何を企んでいるのか。巧はこの時もっと深く考えるべきだったと後悔することになる。

 

「どうでも良い。せっかくのメシが不味くなる」

「そうそう。このおにくおいしいのにだめになっちゃうよ」

 

 ファングとキョーコが皿を片手に言った。能天気な二人だ。

 

「キョーコちゃん、出てきて大丈夫なのですか? ここには怖いフェンサーもいるかもしれませんよ」

「だいじょぶ。ファングがいるから」

「そうそう心配すんなって。俺が傍にいるからな」

「だから心配なんだよ」

 

 逆によくそれで安心してもらえると思ったのか疑問だ。今までの数多くの失態を忘れているのだろうか。

 

「あ、いた。ファングさん、巧さん。お久しぶりです」

 

 ファングが食事を満喫しているとこの場に招待してくれた店長がやって来た。きっちりとした高そうなスーツを着込んでいることからやはりあれから繁盛しているようだ。あとで知った話だがあの街ではカジノの代わりに歌劇場が出来たらしい。たまたまあの店に寄った音楽家がその年代物の楽器の多さに驚愕し、今ではかなり人気の楽器屋になったようだ。

 

「お、おっさん。招待状サンキュー。ここのメシうめえぞ」

「飲み込んでから喋れ、バカ」

「はは、乾杯前ですが既に楽しんでもらえて何よりです」

 

 ファングは主賓の挨拶まで待つことなど考えていない。既に勝手に食事を始めていた。まあ別に社員でも名士でもない彼に汚れる顔などないのだが。

 

「でもおっさんがなんでドルファのパーティーの運営にいるんだ?」

「ああ、それは今日のパーティー用のピアノを提供したのがわたしなんです。ふふ、アンティーク物で中々お高いんですよ」

「へー、ギター以外も売ってんだな」

「楽器集めは祖父の趣味でしたから。倉庫の中で大事に保管していたものなんですよ」

 

 楽器一つにまでこのこだわりとは本当にドルファという企業は大きいらしい。その割りに食べ物の味はそこそこ美味い程度なのが疑問だ。

 

「これはわたしからのお礼です。是非飲んでください」

 

 店長は高そうなボトルの酒をグラスに3つ注いだ。わざわざ用意するなんて律儀なものだ。

 

「あ、俺は未成年だから遠慮しとく。ファング飲めよ」

 

 勘違いされることも多いが巧はまだ18歳だ。地方の差はあるがゼルウィンズ地方の法では酒を飲むことは出来ない。

 

「じゃあせっかくだからいただくぞ」

『アルコール度数40パーセント越えの蒸留酒・・・・・・お前も店主も本気か?』

「一杯だけなら問題ねえよ」

「酔うために酒はあるんですよ」

 

 成人しているファングはグラスの酒を飲む。あまり嗜まないが酒は強い方だ。彼は酒をさっさと飲み干すと近くのテーブルに置かれた料理に手を伸ばした。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

 ティアラが店長に話しかける。店長は彼女に見覚えがないのか首を傾げた。

 

「なんですか、お嬢さん?」

「ファングさん・・・・・・それと乾さんをどのようなご縁で招待なさったのですか?」

「店で暴れた地上げ屋を追い返してくれたんですよ」

「それだけで、ですか?」

「一番の理由は違います。お二人はわたしの、村人たちの夢を思い出させてくれたんです」

 

 店の前で即席で行った演奏会は村人たちの心にかつての希望を取り戻させた。あれからどことなく暗かった村人の雰囲気は明るくなり富裕層の街の人々とも良好な関係を築き上げられた。全てが彼らのおかげとは言わないがお礼にパーティーへ招待するには十分すぎる恩を店長は感じていた。

 

「夢・・・・・・」

 

 ファングと巧は夢に深く関わることが多い、とティアラは思った。

 

「皆さんお集まりいただきありがとうございます。ドルファ・ホールディングスのパイガでございます。総帥・花形に代わってご厚礼申し上げます。」

「お、乾杯するみたいだな」

 

 重役と思われる眼鏡を掛けた男がドルファ・ホールディングスについて説明する。ドルファは衣食住、様々な事業に手を出しているようだ。近年はそういった孤児院経営などの慈善事業にも取り組んでいるらしい。世間的には大層立派な企業と思われているらしいが巧は直感的にそういう企業をあまり信用出来なかった。

 

「それにして総帥の『花形』か」

 

 花形という名は何となく巧の心に引っかかる。記憶を失う前に関わりでもあったのだろうか。

 

「『みんなの心に太陽を!』それがドルファの精神なのです」

「け、良い話すぎて嘘くせえよ」

『ああ、信用ならん』

 

 ファングは食事をしながらも一応はパイガの演説に耳を通していたようだ。反応は巧と大して変わらないが。

 

「少なくとも社会貢献の話は事実ですよ。世間からの評判も上々。フェンサーの入社したい企業ナンバーワンですわ。まあ、私も信用はしてませんけど」

「フェンサーを集めることの意味を考えたらな」

「自分のことを白いって宣伝しまくる奴らが一番怪しいんだよ。ま、メシの味は認めてやるけどな」

 

 ファングはそう言うと更なる料理を求めて何処かへ行った。

 

「ファングさん、大丈夫でしょうか? 少し顔が赤かったみたいですが」

「酒が入ったからだな。まあ酔ってもいつもと大して変わんねーだろ」

「それもそうですわね」

 

 とは言っても寄った勢いで暴れられてもそれはそれで困る。巧とティアラは念のためにファングを探す。

 

「あら、なんて素敵な音色でしょう」

 

 雅なパーティー会場に穏やかなピアノの演奏が流れる。弾いている人間はさぞ高貴な者なのだろう。ティアラはうっとりとそのピアノに耳を傾けた。

 

「ああ・・・・・・けどちょっと音がズレてるな。おっさん調整ミスったか?」

 

 巧もピアノの演奏自体は評価したが音色に僅かに存在する違和感に首を傾げた。

 

「分かるんですか?」

「なんとなくな。ファングかおっさんなら確証も持てるんだろうけど俺はそこまで相対音感が身についてないから何とも言えねえ」

「ファングさんが音楽を嗜んでるなんて驚きましたよ」

「これがクラシックならアイツはロックンロールで方向性は真逆だがな」

 

 ファングは型にはまる生き方ではないと音楽の方向性でも示していた。しかし、その件の彼はどこにいるのだろう。アリンもさっきから見かけない。よほど食べ物に夢中になっているのだろうか。巧は容易に想像出来る光景に苦笑する。

 

「やはりファングさんはじゆう、じん?」

「あ? どうしたてぃ、あら?」

 

 二人は固まった。ファングがいる。それだけなら良い。むしろ見つかって安心したくらいだ。だが問題なのは彼が親しげに会話をしている相手だ。

 

「な、なな。ふぁ、ファングさん。私というものがありながら。あ、あんな・・・・・・」

「・・・・・・美女ってヤツと楽しそうに話してんな。あとお前のものではねえだろ」

「わ、私を愛していると以前ファングさんは『言ってねえだろ』・・・・・・言ってませんでした」

 

 二人は自分の目を疑う。あのファングが黒いドレスに身を包んだ金髪の美女と話していることに驚愕する。ありえない。あのファングが女性と、しかも美女と会話をするなんて信じられなかった。ティアラの方は動揺で視線が泳いでいる。

 

「あ、巧いた! 探してたんだけど何してるの?」

「なんでもない。あれは見ない方が良い」

「え、ええ。きっと幻覚です」

「・・・・・・? 変なの?」

 

 アリンは訳が分からず首を傾げる。

 

「それで、どうして俺を探してたんだ」

「出来ればファングも一緒が『ここにはいない』なら巧だけで良いわ」

「なんだよ」

 

 首を傾げる巧にアリンは意味深な笑みを浮かべる。

 

「ほら、果林。こっちよ! 巧がいたわよ」

「・・・・・・おい、ちょっと待て」

 

 聞き覚えのある名前に巧は思わず頭を抑える。

 

「・・・・・・また、会いましたね」

 

 妖聖果林。巧にとって色々と縁の深い少女がそこにいた。彼女は巧の姿を確認するとその可愛らしい顔立ちににこりと笑顔を浮かべる。彼は今どんな顔を浮かべているか自分でも分からなかった。

 

「ああ」

「ちょっと巧。ああってだけじゃないでしょ!」

「・・・・・・久しぶりだな」

 

 巧は正直、果林にどうやって接すれば良いのかよく分からなかった。これを含めても彼らは三度しか会ってない。他人か、知り合いか、友人か。自分と彼女の関係は一体なんなんだろう。距離感が少し、分からない。

 

「お久しぶりです」

「お久しぶりですわ。エフォールさんもお元気そうで何よりです」

 

 ティアラは果林と隣にいるエフォールに挨拶する。エフォールはキョロキョロと視界を動かしていてティアラのことを気にかけてないようだ。

 

「殺? 殺殺」

「ファングはどこだ? 今日こそ殺してやる、とエフォールは申しております」

「乾さん。いっそ今ここでファングさんを殺してもらっても『落ち着け』」

 

 ファングが美女と会話していることがよっぽどショックだったようだ。もっとも巧も自分ですらあんな美女と会話したことなんてないのに、と内心ショックを受けているのだが。

 

「果林とエフォールは何しにここに?」

「私たちも最近はすっかりと裏稼業から離れましたから。フェンサーとして招待されたんです」

「しっかりとファングの言いつけは守ってるみたいだな」

 

 エフォールは無言で頷く。

 

「最近は折り紙をやってみたり他のことにも少しずつ興味を持つようになったんです」

「エフォールはかわいいんだから壊すことよりもそういう女の子らしいことをした方が良いわ」

「殺、殺殺殺」

「かわいくない、それと折り紙はアイツへの冥土の土産用だ、とエフォールは申しております」

 

 それ意味が違うだろ、巧は思わず突っ込みを入れた。果林も苦笑を浮かべる。

 

「殺殺殺殺」

「見つけた、とエフォールは申しております」

「あーあ、見つかっちまった」

「ファングさんもこれで終わりですね」

「え、なに。あんたたちファングが何処にいるか知ってたの?」

 

 巧たちが黙っていてもファングをエフォールが探し出すのにそう時間はかからなかった。

 

「げ、エフォールじゃねえか」

 

 エフォールはファングと出会った瞬間に強い殺気をぶつける。彼は露骨に嫌そうな声で彼女の名を呼ぶ。大好きな食事の時間を邪魔されたせいなのか美女との楽しい一時を邪魔されたせいなのか、どちらで不快になったのだろう。ティアラはそれが気になった。

 

「てめえまたほかのおんなとなかよくいちゃつきやがってむかつくんだよしね、っていってるよ」

「別にいちゃついた記憶なんてねえよ」

 

 巧と楽しそうに会話をしている果林に変わってキョーコが通訳する。

 

「あなたの知り合い? 随分珍しい喋り方をしてるのね」

「まあな。コイツはシャイなアンチキショウだから仕方ねえよ」

「何よそれ、フフ」

 

 金髪の女性はクスクスと上品に笑う。エフォールは彼女をキッと睨みつけた。

 

「殺殺」

「ファングをころしたらすぐにおまえのばんだ」

「お断りするわ。私、これから予定があるの。また会いましょうファング。良い返事を待っているわ」

「期待すんなよ。そう簡単に俺は気移りしたりしねえ」

 

 金髪の女性は上機嫌でパーティー会場を出て行った。入れ違いにティアラがファングの元にやって来る。何をしていたのか、聞き出すつもりだろうか。

 

「・・・・・・あの女性はどなたですか?」

「さあな。強いていうなら俺様の溢れ出る魅力に引き寄せられた女とだけ言っておこう、へへ」

「へー、それは良かったですね!」

 

 ティアラは声を荒げながらファングから離れていった。

 

「なんだ、アイツ。こんなに美味いメシがたくさんあるのにどうして不機嫌なんだ?」

『お前のせいだ』

「殺殺」

「そうだそうだしね、だって」

「やれるもんならやってみろ。お、このエンガワうめえ」

 

 ティアラのことが気になったファングだったが目の前の寿司に夢中になるとそのことは記憶の片隅に追いやられてしまった。

 

「よ、アリンも満喫してんな」

「あ、ファング。ほのフカヒレおいひいわよ」

「この大トロもうめえぞ」

 

 新しい料理を探しているとファングはアリンを見つけた。二人は互いに気に入った食べ物を交換してそれを笑顔で食べる。

 

『お前たちは遠慮というものを知らないのか?』

「余って捨てるくらいなら俺様が全部食う。捨てるなんてもったいねえ。世界には飢えてるガキがゴマンといるんだ。恥なんて知らねえよ」

「ほうよほうよ。遠慮する方が最低よ」

『・・・・・・一理あるが飲み込んでから喋れ』

 

 口一杯に食べ物を入れてる二人にブレイズがため息を吐く。

 

「てかあんた顔赤いわよ。風邪?」

「いや、酒飲んだ。二杯だけどな」

『だが強い酒だ 』

「もう、大丈夫? ほら、お茶飲みなさい」

「ああ。ありがとな」

 

 ファングは差し出されたお茶を飲もうとして────

 

「殺殺殺殺」

 

 エフォールの攻撃に阻まれた。

 

「おっと、あ」

 

 ファングはヒョイと軽く避ける。だが酔いのためか何時もより反応が遅れその手に持っていた湯呑みが鎌に弾き飛ばされた。

 

「お、お茶が」

「やべ・・・・・・おっさん、わりい」

 

 よりにもよって湯呑みはピアノに直撃した。中身はピアノにぶちまけられ、演奏が止まってしまう。にわかに周りがざわめきファングたちは注目を集める。

 

「あなたたち何をやっているのですか!?」

 

 騒ぎの元凶がファングたちにあると知ったティアラが慌てて喧騒の中をかいくぐって現れた。

 

「さ、さつ」

 

 もともと人目に晒されるのを嫌う恥ずかしがり屋なエフォールは自分が原因でこうなったことにすっかり怯えてしまっている。

 

「なにって。それはエフォー『俺がふざけて湯呑みを投げてしまったんです』ふぁ、ファング!?」

「酔っていて周りが見えてませんでした。すいません」

『酒の勢いでやってしまったことだ。どうかこの阿呆を許してやってほしい』

 

 ファングは注目の中で頭を下げる。非難めいた目が彼に向けられる。アリンは何故エフォールを庇ったのか分からず彼の背中を引っ張る。ファングはそれでも無言で頭を下げた。

 

「詫びる必要はありませんよ」

 

 ピアノの演奏をしていた青年がファングの肩を叩く。彼が振り返れば一目で美形と分かる青年がいた。

 

「このピアノはドの音が少しズレていました」

「え?」

「お詫びしなければならないのは不完全な演奏を披露した僕の方です。ですからあなた方もお気になさらないでください」

「な、なんて優しい方なんでしょう」

 

 ティアラは青年の寛容さに驚かされる。音がズレているというのは巧から聞いて知っていたが、だからといってそれで演奏を邪魔されたことを笑って許せるのとは話が別だ。彼自身の演奏は完璧だったのだから。

 

「よかったわね、ファング。弁償しろとか言われなくて。あんた変なとこで優しいと損するわよ」

「まあな。とりあえずおっさんには謝っとこう。しかし、お前あの音ズレに気づくなんてやるな」

「いきなりお前呼びできるなんてファングさんは流石ですね、一周回って尊敬します。・・・・・・調律が乱れていてもあなたの演奏は素晴らしかったです。心に虹がかかったような気持ちになりました」

「ありがとうございます。そう言われると僕も救われた気分になります」

 

 青年は爽やかな笑顔を浮かべる。端正な顔立ちにうかぶ笑顔はどこかの国の王子か何かと錯覚を起こしてしまいそうだ。

 

「なんか俺、アイツ苦手だ」

「あんなイケメンで良い人そうなのになんで?」

『真逆のタイプだからだろう』

「美味すぎるメシはすぐに飽きるんだよ」

 

 なんとなくあの青年と自分は相性が悪そうだとファングは思った。

 

「殺殺」

 

 人がまばらになるのを確認するとエフォールはファングの袖を掴む。

 

「どうしてかばった、だって」

「俺は大人、お前は子ども。それくらいしか理由はねえよ。それに所構わず襲ってもいいような約束したのは俺だしな」

 

 ファングはエフォールの頭をポンポンと叩く。

 

「これに懲りたら俺を狙うのは止めるんだな」

「殺殺殺、殺」

「それはむりだ、だけどおそうばしょはえらぶって」

 

 全然懲りてないようだな。ファングは苦笑した。そもそも殺殺としか話せないエフォールを差し出したところでよけい事態がややこしくなっていただろう。何故か今日は通訳の果林がいないのだから尚更だ。

 

「あれ、そういえばお前果林はどこだ? それにこっちは巧がいねえ」

 

 二人揃って姿を見せないことにファングは首を傾げた。

 

「そういえば・・・・・・」

「見てないわね」

「まさかあいつら二人でどっか抜け出した、とか?」

「え、ないない」

 

 巧に限ってそれはない。アリンが全力で否定する。彼らも頷く。乾巧という男は常に人と一定の距離感を作る人間だ。自分と親しくなった人を、自分のこと好きになってくれた人を裏切るのが怖い。それはオルフェノクとして生まれ変わった彼にとって決して拭うことの出来ない不安、いわば呪いのようなものだ。だからそんなことは・・・・・・

 

「巧さんとあの狐のお嬢さんなら会場から出て行きましたよ」

 

 ・・・・・・ないはず、だが。現れた店長の一言が場の雰囲気を変える。

 

「あ、おっさん、ピアノわりい。ダメになっちまったかもしれねえ。オーバーホールするなら金は出すから」

「良いんですよ、あなたがやったことではないんでしょう。それに水浸しになったのならともかくこれなら多分大丈夫だと思います。かかった瞬間は失神するかと思いましたけど」

「ちょ、ちょっと! それより巧と果林に何があったのよ!?」

 

 アリンにせかされて店長は慌てて何があったか語った。

 

「実は先ほど・・・・・・」

 

 

 少し前。

 

「エフォールも少しずつ笑顔を見せるようになりました」

「良かったな」

 

 思ったよりも饒舌な果林に巧が相槌を打つ。ファングとの約束はエフォールにとって少しずつプラスに働いているようだ。このまま彼を殺すことを諦めてくれれば彼女も果林が望んでいた普通の女の子らしくなれるだろう。

 

「それでファングさんのプレゼントにって折り紙を覚えたり」

「冥土の土産、だっけ?」

「照れ隠しですよ」

 

 どんな照れ隠しだ、巧は内心突っ込む。やはり果林も少し価値観がズレている。

 

「この間、エフォールが『・・・・・・なあ』・・・・・・はい?」

「エフォール以外に話すことはその、ねえのか?」

 

 果林が首を傾げた。彼女はエフォールのことしか話題に出さない。

 

「えっと・・・・・・」

「俺はお前の方が気になるんだよ。エフォールのことが大事なのは分かるけどよ。俺が今話してるのは果林であってエフォールじゃねえだろ。大事なのはお前自身のことだ」

「私の方が、気になる・・・・・・?」

 

 果林は顔が熱くなるのを感じた。意味が違うのはもちろん分かっている。エフォールの話題より自分のことを話してほしいという意味だ。でも果林にとっては常にエフォールが第一で自分のことは二の次。それが彼女の根底に根付いていた。それは周りの人間も変わらない。果林は妖聖であり人に近い存在といっても人外だ。戦う相手も出会う人々も向かう視線は基本的にフェンサーのエフォールにある。だから巧の優先順位がエフォールより果林のが上だという事実は彼女にとって大きな衝撃だった。まあ、少なからず好意を寄せている相手だというのもあるのだけど。

 

「・・・・・・果林?」

「は、はい!」

「ボーッとしてどうした? 熱でもあるのか、変な顔してるぞ」

 

 怪訝な表情の巧に果林は慌てて首を振る。

 

「な、なんだか暑くて。水分をとれば大丈夫です!」

 

 果林はテーブルの上に置かれたグラスを手に取って口に寄せる。巧はグラスの中身を見て顔色を変える。

 

「あ、飲むな。それは酒だ!」

 

 一見するとジュースのようにも見えるそれは赤ワインだった。アルコール類の飲み物と普通の飲み物は分けられていたのだがテンパっていた果林はそのことに気づかなかった。既にグラスの中身は半分ほどなくなっている。

 

「・・・・・・え?」

「だ、大丈夫か」

 

 巧は果林の顔を覗き込む。頬は上気しフラフラと目の焦点は合っていない。彼が近寄ると彼女は巧に寄りかかった。

 

「少し、頭が熱いです。巧さんに触れているから、ですか?」

「酔ってるからだ。落ち着け」

「・・・・・・なんだか立つのも苦しいです」

 

 まさか急性アルコール中毒か、巧は額から汗を流す。

 

「どうしたんですかね、巧さん。おや、そのお嬢さんは?」

「おっさん、こいつうっかり酒飲んじまったんだ。医務室かなんかの場所分かるか?」

 

 果林が倒れないよう巧は支える。たまたま近くを通りかかった店長に彼は助けを求めた。彼は少し考えた後にポケットからある物を取り出す。

 

「気付け薬です。これを飲ましてあげれば治ると思います」

 

 気付け薬────混乱症状を治す薬。液状の瓶詰めになっていて冒険者や飲み会後のサラリーマンの欠かせない必需品だ。度の強い酒をファングや巧に奢ろうとした店長が念のために持ってきた薬が思わぬ形で役に立った。

 

「助かった。ほら果林、口を開けろ」

 

 巧は果林に気付け薬をゆっくりと飲ませる。

 

「大丈夫、か?」

「う、うう。まだ身体が熱いです」

「効果が出るのには少し時間が掛かりますから外の空気でも吸わせて休ませてあげなさい」

 

 仕方がない。会場から出るか。巧は果林を背負う。一応彼女は意識はしっかりしてるのか彼の首に手を回した。

 

「・・・・・・お楽しみに、と言っておけば良いですかね」

「お大事に、にしておけ。そういう仲じゃねーよ」

「ではお大事に。・・・・・・お似合いだと思うけどなあ」

 

 店長のぼそりと呟いた言葉は背を向けてる巧には聞こえなかった。

 

「ああああああああああああああああ!?」

「な、なんだぁ?」

 

 店長の絶叫は背を向けている巧にもはっきり聞こえた。

 

 

「すいません、ご迷惑をおかけして」

「気にすんな。同じ猫舌のよしみと思っとけ」

「ふふ。なんですか、それ」

 

 果林を背負った巧は出来るだけ揺らさないように歩いていた。社内でのパーティーだ。外への道はそれなりに長い。

 

「巧さんはやっぱり優しいんですね」

「俺が優しいって言った奴はお前を入れて二人しかいねーよ」

「例え一人でも私は巧さんを優しいと思い続けますよ。むしろ一人でも良いくらいです」

 

 巧は外へ出る。果林の酔いは少しずつ醒めてきたようだ。口数も多くなってきた。

 

「なあ、迷惑かけるかもしんねえけど聞きたいことがあるんだ」

「同じ猫舌のよしみで聞いてあげましょう」

 

 巧はフッと笑った。

 

「俺、少しだけ記憶が戻ってよ。それから夢を見るようになったんだ」

 

 巧は最近よく見る悪夢の内容を語る。オルフェノクと戦い続けた自分の過去。ある時は成り行きで。ある時は夢を守るために。ある時は人々を守るために。ある時は────。夢の中の彼はたくさんのオルフェノクたちを倒した、いや殺した。巧は心まで怪物になりたくないと思っているからだ。どれだけ恐ろしい化け物にその身を変えようと人であろうとする、人を守ろうとする意思がある限り彼は自分が人間である証明なのだと思っていた。だが、何処まで精神が人間であろうと周りから見れば自分が怪人と呼ばれる者たちと同族であるのには変わらない。ならば同族を殺そうとする自分こそが間違っているのではないのか。人間を守るのは間違っていたのではないか。乾巧は人間からもオルフェノクからも怪物と呼ばれる異形の存在だったのではないか。自分自身が呪いとなって巧を苦しめる。それでも戦うしかなかった。守りたいものがあったから。戦いの果て最期に怪物になった自分を殺すところで夢は終わる。自分が誰なのだか分からない。巧は内心で抱えていた不安を果林に吐露した。

 

「・・・・・・巧さんは間違ってませんよ」

「冗談はよせ。俺が戦ってきたことは・・・・・・」

「間違いなんかじゃないです」

 

 背負われた果林は巧の身体を優しく包む。

 

「巧さんが守ってきたのは本当に普通の人たちだけだったんですか?」

「いや違う、と思う」

 

 巧の記憶の中に馬と蛇と鶴のオルフェノクが浮かび上がる。彼と同じように人の心を失っていなかった者たちだ。

 

「その人たちの存在は間違っていますか? 巧さんが守ってきた全てのことが間違いだと思うんですか?」

「それは・・・・・・絶対に違う」

「なら巧さんの戦いもきっと間違いではないんです」

 

 巧の中の憑き物が落ちていく気がした。見なくても後ろで果林が微笑んでいるのがなんとなく分かる。

 

「巧さんは巧さんだから、大丈夫です。これからも、きっと・・・・・・!」

 

────出来るよ! 巧は巧だから・・・・・・!

 

 果林が耳元で囁いた。巧はうっすらと笑みを浮かべる。今日は久しぶりに普通に眠れる気がした。

 

「・・・・・・冷えてきたな。そろそろ中に戻るか」

「はい。もう歩けますから下ろしてください」

 

 果林がそう言っても巧は彼女を背負ったままだ。

 

「は、恥ずかしいですから離してください!」

「遠慮すんな。まだ顔赤いだろ」

「あ、紅いのは酔ってるって訳じゃなくて・・・・・・うう」

 

 そこから先の言葉はとても口に出せなかった。

 

「悩みを聞いてもらった礼だ。気にすんなよ」

「ほ、本当に違うんですよ・・・・・・」

 

 このあと会場に戻った巧と果林にファングたちからあらぬ疑いをかけられるのだが二人はまだそのことを知らなかった。




一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命

紅音也さんの名言です。覚えておきましょう

ゲームでは一瞬で終わる立食パーティーの話しがかなり長丁場になってしまいました。しかもシャルマン様の出番も少ない。それもこれも全部乾巧って奴の仕業なんです。次回からは再びフューリー探しの冒険に戻るので安心してください

人生は短い、だが夜は長いみたいな展開にしたら15が18になってしまうところだった。危ない危ない


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空を見上げる君の顔を覗いて知りたいその気持ちと表情

仮面ライダーマッハ&仮面ライダーハート制作決定おめでとうございます。マッハ凄い好きですから楽しみです。


「ふー! ふー!」

「おはようございます、乾さん」

 

 立食パーティーの翌日。朝食の味噌汁に息を吹きかけ冷ましている巧に冒険用の身支度を済ましたティアラが話しかけた。フューリーの情報でも手に入ったのだろうか。今日はなんだか機嫌が良さそうだ。にこにことした彼女が何を言うのか考えながら彼は味噌汁に口をつけた。

 

「昨夜は果林さんとお楽しみだったんですか?」

「ぶっ! あちっ!?」

 

 思わず咳込む巧。ファングならともかくティアラがからかってくるとは。おかげで舌が火傷してしまった。彼女は慌てて水を飲む彼にクスリと笑った。

 

「あのなぁ! 俺はアイツと色々あったけどよ、そんなことする訳ないだろ!?」

「でも出来るならしたいんでしょう?」

「・・・・・・さあな」

 

 巧はバカ正直にはいと言ったりはしない。

 

「そんな煮え切らない態度では果林さんも報われませんわ。可哀想に」

「うるせーよ」

 

 そもそも果林とは三回しか会っていない。まだ名前と折り紙が趣味なこと、それととても笑顔が似合うことくらいしか巧は知らない。だが今のところ世界で唯一彼の真の姿、ウルフオルフェノクを知っていることを考えれば心の距離は誰よりも近いのかもしれない。もっとも巧自身にはその自覚はないのだけど。

 

「ミツボさん、ごちそうさま」

「はいよ。いつも綺麗に食べてくれてありがとうね」

「猫舌のわりに熱い物でも残したりはしないんですね」

「熱いから苦手なだけでラーメンも味噌汁も嫌いじゃないんだよ」

 

 だから冷ましてでも食べようとするのだ。最初から食べれないなら巧はフーフーしたりしない。二度手間になるからだ。

 

「あれ、ファングとアリンは?」

「洗面所でお顔を洗っていますわ」

 

 ファングたちがいなくてはフューリー探しは始まらない。巧たちは彼らを呼びに行った。待っていてもよかったがこれ以上ティアラと二人っきりだったら果林のことで何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「おはようございます」

「よお。二人とも顔をさっさと洗え」

 

 洗面所に入ると歯を磨いているファングとアリンがいた。彼らは眠気眼で歯ブラシを動かす。

 

「身支度と準備が出来ましたら出発しますよ」

「・・・・・・あん?」

「どこに・・・・・・?」

 

 寝起きで頭がボーッとしている二人は何が何だか分からず首を傾げた。ファングは更に大きく欠伸までする。

 

「先日のドルファのパーティーで面白い話を聞きましたの。キダナル地域のどこかに御神体として祀られたフューリーがあるという噂があるそうです」

『そのフューリーわたしみたい』

「あんた・・・・・・いつの間に」

 

 アリンはパーティーの時、ティアラとほとんど

行動を共にはしていない。彼女がしっかりとフューリー探しのヒントを手に入れていたとは思いもしていなかった。

 

「本来パーティーとはそういう場です。人と出会い、話をして、親交を深める。そう、乾さんと果林さんのように。タダメシをいただく場ではありません」

「俺を巻き込むな」

 

 サラッとまた果林の名前が出てきたことに巧はため息を吐いた。

 

「ちなみに殿方にも口説かれましたわ、10人ほど」

「何よ、自慢げに。あたしだって口説かれたわ、50人に!」

「こっちは本当は100人ですの」

『お前たち見栄を張るな』

 

 ティアラとアリンは火花を散らして睨み合う。

 

「あ。口説かれたで思い出したけどファング、お前昨日話してた美女誰だよ?」

「この状況でよけーなこと思い出してんじゃねえよ・・・・・・ほら、めんどくせえ」

 

 ティアラとアリンは互いに向けていた視線をいつの間にやらファングへと向けていた。

 

「な、なんですってー!? ファング、それどういうこと!?」

「・・・・・・正直に言って下さいまし」

 

 二人に睨まれてファングはため息を吐く。

 

「勧誘だよ、勧誘。あの女がドルファに入らねえかって俺を勧誘したんだ」

『勧誘自体は断ったもののファングは思いのほかあの女と気が合ったようだ』

「ああ『緑の生き物』って話が気になってな。そのことについて話し込んじまった」

 

 緑の生き物って一体なんだ、と巧は気になるが彼女らはそんなことよりもファングと美女に何があったかの方が気になるようだ。

 

「緑の生き物とか知らないわよ。ファング、あんたその女のことどう思ってるのよ!? このパートナーのあたしとどっちのが美人なの!?」

 

 シーン、と周りの空気が固まる。あれ、とアリンは首を傾げた。これがどっちが大事と聞いたのならファングはアリンと即答していただろう。唯一のパートナーだ。だがどちらが美人かと聞かれたのならそれはもちろん・・・・・・。

 

「・・・・・・マジで聞きてえのか?」

「その、アリンさん。あの」

「止めとけ、アリン」

 

 三人揃っての微妙な反応にアリンはキィーと唸った。

 

「なによ! みんな揃って! だいたいティアラはどうなのよ!? ねえ!?」

「私まで巻き込まないでください!」

「五分だ」

 

 即答するファングにティアラとアリンから同時に張り手が飛んだ。

 

 

「随分荒れた街ねえ」

「人っ子一人いないな。サンドミージの貧民街でももっと賑やかだった」

「まるでゴーストタウンだな」

 

 キダナル地域にたどり着いたファングたちが見た物は人のいた痕跡がなくなった住宅街だった。ヒビの入ったコンクリートの道路、経年劣化したマンションやアパート。昼間だというのに遊ぶ子どもすらいない公園。彼ら以外の人間がこの世界から消えてしまったのではないか、そう錯覚してしまいそうだ。アリンは背筋が冷たくなるのを感じた。

 

『ティアラ、この街が過疎化してるとかそういう話しはあるか? 地方からゼルウィンズに引っ越す者も増えていると聞いた覚えがあるのだが』

「そんなはずはありませんわ。キダナル地域は本来閑静な住宅街のはずです。比較的ゼルウィンズからも近いですし」

 

 ティアラはあまりに異常なキダナル地域・住宅街の雰囲気に冷や汗を流しながら首を傾げた。

 

「お、人発見。おーいそこのおっさん!」

 

 ファングは顔色の悪い男性を見つけた。笑顔を浮かべてその男性は話し掛ける。

 

「ぁっぁっぁああ!」

「っ!? なにしやがる!?」

『は、はなしてえ』

 

 ファングはいきなりその男に組み付かれた。そして彼の腰に差されたキョーコに彼は手を伸ばす。

 

「ファングを離せ・・・・・・!」

 

 巧は男の腕を掴む。力が強い。業を煮やした彼は思いっきり男を殴り飛ばした。

 

「ご無事ですか!? ファングさん、キョーコちゃん!?」 

『たっくん、ありがとー』

「あ、ああ。なんだコイツ?」

 

 ファングは巧の拳によって倒れた男を見た。その男の目は真っ白。首も不自然に曲がっている。生気を感じられない形相に一同は冷や汗を流した。

 

『・・・・・・・お前たち、離れろ。そやつはもう、人ではない』

 

 ブレイズの声が震えていた。人ではないとはどういうことだ? 直ぐにその言葉の意味を彼らは理解した。

 

「コ・・・・・・テク、レ」

「おい、あんたどうし『あああああああ!!』た?」

 

 男は目から血の涙を流し叫んだ。巧はギョッとして彼から距離を取る。

 

「いや・・・・・・いやあああああ!?」

 

 男の顔がひび割れる。その身体の中から巨大なサソリが現れた。まるで雛鳥が殻を突き破るように。人から、人であったものから怪物が生まれた。アリンは絶叫すると口元から逆流しそうなナニカを無理矢理抑えた。身の毛もよだつ光景に彼女の健康的な肌色が真っ白に変わる。ティアラが倒れそうになった彼女を支える。彼女の顔色もあまり優れない。

 

「くそ! 逃げるぞ、お前ら!」

 

 巧は飛びかかってきたサソリを蹴り飛ばして叫ぶ。こういう状況に慣れている彼はいち早く正気に戻った。続いて強い精神力を持ったファングも正気に戻る。

 

「・・・・・・ひ、とが」

 

 ティアラはこの理解しがたい状況に頭が真っ白になり呆然としていた。

 

「『フェアリンク』・・・・・・行くぞ、ティアラ」

「は、はい」

  

 アリンを剣に納めるとファングはティアラの手を掴んだ。棒立ちになっていた彼女を彼は無理やり引っ張って走り出した。

 

「人が、人が・・・・・・」

「大丈夫だ。俺が、それに巧も傍にいる。いてやる!」

「ファングさん・・・・・・」

 

 ファングが優しく微笑む。彼自身胸の中をどうしようもない不安が掻き立てていた。だがそれでもファングは微笑んだ。今まで見たこともないティアラが怯える姿に、心が繋がったパートナーのアリンが感じている恐怖を前に勇気を奮い立たせた。ファングはティアラの顔を見つめる。彼女はまだ震えたままだ。だが力がなかったはずのティアラの手がファングの手を────ギュッと掴んだ。

 

 

「なんだよ、あれは!?」

 

 モンスターを振り切った巧が半狂乱で叫んだ。今まで人が怪物になる光景は何度も見てきた。自分自身が怪物になることもあった。・・・・・・嫌になるほど。だがあれは彼の知る怪物、オルフェノクではない。オルフェノクには一応の理性があった。それは巧やその仲間が証明している。しかし、あのモンスターには理性など感じられなかった。本当の意味で異形になった人間を前に流石の彼も声を荒げた。

 

「・・・・・・落ち着けよ」

 

 顔から一切の表情が消えたファングが言った。普段はお気楽な彼も流石に憔悴の色を隠せない。精神的に追い込まれると巧は怒り、ファングは冷静になる。非現実的な現状に二人の本来の精神性がさらけ出された。

 

『ファング、助けてくれてありがとう』

「礼なんていらねえ。アリン、まだそこにいろ。そこは絶対に安全だ。なんせ俺様の手の中にお前はいるんだからな」

『うん。・・・・・・なんだか今日のあんたちょっとかっこいいわよ』

 

 俺は元からかっこいいだろ、といつもならそう言っているはずのファングだが今はただ静かにあのモンスターについて考えていた。人が異形になったのはサソリ。サソリそっくりの怪物。

 

「ティアラ、ブレイズ。あれはグナーダ、だよな」

「はい。生物に寄生して自らの亜種を作る生態はグナーダに間違いないでしょう。ですが・・・・・・」

『人間を亜種に出来る力などない、だろう』

「ああ。あんなデケエのは見たこともねえ」

 

 グナーダ────寄生生物。寄生した宿主の身体を栄養とし、やがて成体になるとその身体を乗っ取るモンスター。本来ならネズミなどの小さな生き物に寄生するそのグナーダがどういう訳か人間に寄生して、しかも大量にその数を増やしている。考えられる原因は一つしかない。

 

「フューリーですわ。フューリーに間違いありませんわ!」

「だろうな」

『噂は本当だった訳ね』

「なら俺たちがやるべきことは一つだ。フューリーを手に入れちまえばあのモンスターたちがこれ以上増えることもないはずだ」

 

 ファングがそう言うと巧とティアラも頷いた。

 

「フューリーは祭壇にあるはずです。探しましょう」

「ああ。・・・・・・で、ティアラ。お前はいつまでファングと手を繋いでるんだ」

「あ・・・・・・これはそ、その違いますから。私を愛してやまないファングさんが私の手を離してくれないんです!」

「愛してねえよ。お前が離さなかったんだろ」

 

 ティアラはファングと繋いだままだった手を一瞬躊躇った後振りほどいた。彼が突っ込むと巧も頷く。少しだけ、いつもの空気が戻った気がした。

 

『名残惜しそうね?』

「き、気のせいですわ」

 

 別にやましい想いなどない。単なる吊り橋効果というヤツだ。緊迫した状況で勘違いしただけでしかない。熱くなった頭を冷ますようにティアラは首を振った。

 

「今回ばかりはモンスターと絶対に戦いたくねえな」

「ええ。グナーダに寄生された時点で手遅れとはいえヤツらを倒すということは・・・・・・」

 

 そこから先は言いたくなかった。人だったモンスターを殺す。それはつまり人を殺すのと変わらない。自分の身体が傷ついてでも誰かを救う師に憧れるファングと世界平和を願う心根の優しいティアラがグナーダと戦うのは出来れば避けたいことである。

 

「・・・・・・」

 

 巧も戦いたくないという気持ちだ。だがもしも戦いを避けられなくなったらその時は・・・・・・。

 

「そういえば今朝お前が言っていた緑色の生き物ってなんだよ」

「ああ、あの女曰く盗賊とかそういう悪い奴らを倒して改心させる不思議な生き物らしいぞ」

 

 生き物が盗賊を倒して改心させるってどういうことだ。どんな見た目なのか巧は気になった。

 

「俺も緑色の生き物について聞いたことがあってな。戦争や紛争がある場所に現れて傷ついた人たちを助けてくれる不思議な緑色の生き物がいるって話だ」

「ずいぶんと規模が大きな話になりましたわね。それにしてもその緑色の生き物はとてもお優しいんですね。いつか会ってみたいものです」

「・・・・・・まあ、な」

 

 ファングは微妙な返事をした。

 

『確かにそんな不思議な話が共通の話題になったら盛り上がりそうね』

『実際意気投合していたからな』

 

 しかし、金髪の美女が緑色の生き物について笑顔で語るのはなかなかシュールな光景だ。緑色の生き物はもしかしてマスコット的存在なのだろうか。それなら女性が興味を持つのもおかしくはない。逆にファングが緑色の生き物に興味を持つのがおかしくなるのだけど。

 

「その女ってなんて名前なんていうんだ?」

「なんだっけ。そうそう『マリアノ』っていう名前だ!」

「マリ・・・・・・アノ」 

 

 また引っかかる名前が出てきた。それも花形よりも強く。全体ではなくマリという部分が気になる。巧にとってそのマリという人物はどんな存在だったのだろう。家族か、親友か、恋人か。少なくとも絶対に恋人でないことだけは彼の直感が告げていた。恋人と想像するだけでもイライラする。逆に親友と考えると自然と笑みが零れる。

 

「マリアノさんのお誘いを何故断ったんですか、ドルファなら悪くはない条件だったのでしょう?」

「俺は俺がやりたいことしかやらねえよ」

 

 ファングは縛られるのが嫌いな男だ。だから大企業とはいえ会社勤めなんて絶対にやりたくない。社長というポストを用意して初めてやる気を見せるかもしれないくらいには彼は労働が嫌いだ。

 

『ファングってほんとに自由人ね。せっかく定職に就けるチャンスだったのに』

『え~、はたらかなくていいよ~。だってファングがはたらいてなかったらずっといっしょにあそんでくれるんだもん』

「毎日が夏休みってヤツだな」

 

 旅人じゃなかったら本当にファングはただのニートだと、巧たちは笑う。

 

(私と一緒にこうして冒険するのも嫌ではないということですね)

 

 ティアラはファングが自分といるのが嫌ではないと知り安心していた。 

 

 

『あった! フューリーよ!』

 

 グナーダをやりすごしつつ散策を続けているとファングたちはとても長い階段を見つけた。その先には祭壇に突き刺さったフューリーがある。彼らが階段に足を踏み入れた瞬間、それは目覚めた。

 

「グオオオオオオオオ!」

「きゃ・・・・・・きゃあ! 何なんですか!?」

 

 獣の叫び声がキダナル地域全域に響き渡った。ファングたちの後ろから軍隊の行進のような大きな音が聞こえた。彼らはゆっくりと振り返る。・・・・・・数え切れないほどのグナーダがいた。

 

「こ、こんなにたくさんのグナーダが・・・・・・!?」

「みんな、喰らった、ってのか?」

 

 ファングはグナーダを前に冷や汗を流した。この街が荒廃した理由、それはフューリーによって力を得たグナーダが人に寄生して、人を喰らい、そして自分たちの巣にしたのだ。

 

「くそ、やるしかねえのか!?」

 

 ファングは剣を構える。多勢に無勢。流石の彼でも相手が悪い。

 

「・・・・・・いけ、ファング」

 

 巧はファングたちの前に立った。この数を自分一人だけで足止めするつもりだ。

 

「た、巧!?」

「無茶です!」

『やめなさいよ。それにグナーダは・・・・・・!』

 

 巧は行け!と更に強く叫んだ。しぶしぶファングたちは階段を登っていく。

 

「・・・・・・巧」

「なんだよ」

「後悔、しないんだな?」

 

 巧は無言で頷く。ならいい、とファングは駆け出す。

 

「急ぎましょう、ファングさん」

「ああ、親玉のグナーダ・クイーンさえ倒せばあいつらも統率力を失うはず。それまで待っててくれ、巧!」

「ああ、任せとけ」

 

 巧はグナーダの大群を睨みつける。背中に嫌な汗が流れる。今回はフィルンバクトリテスやオルフェノクとは訳が違う。人間だったはずのグナーダだ。人であろうとするために、人を守るために彼は戦っている。そんな巧が罪のない人々だったヤツラを倒すのが正しいのか。だが彼とてこのままファングたちを見捨てる気はなかった。

 

「・・・・・・悪いな。罪を背負う覚悟はとっくに出来てるんだ」

 

 巧は555フォンを構えた。

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 紅鉄不変の鎧が彼の身体を包み込む。巧は555へと変身を遂げた。彼が変身したのと同時にグナーダは巧を本能的に敵と解釈したのか襲いかかって来る。

 

「フン!」

 

 相手が軍隊であろうと巧、555が負けることはない。555が拳を振れば目の前にいたグナーダが複数の仲間を巻き込んで吹き飛ばした。555がその足から鋭い回し蹴りを放てば纏めてグナーダが崩れ落ちる。555はファイズフォンから弾丸を発射した。紅き閃光が無数のグナーダを貫く。一騎当千。今の555を表すのは正にそれだ。囚われた記憶の中で、それぞれのもう一つの歴史が輝くフィルムの中で、消滅の危機を迎えた歴史の中で向かい来る怪人の大軍からも555はその力を遺憾なく発揮した。この程度の相手に苦戦したりしない。だが変身している巧は違う。拳を振る度に身体が鉛のように重くなっていく。

 

「アアアアアアァッ!」

 

 555の中にいる巧が、ウルフオルフェノクが吠えた。無愛想で猫舌で心優しき怪物の嘆き。そして苦しみ。人の夢を、人の幸福を守るためにこの拳はあるのだ。人を傷つけるためにあるのではない。キダナル地域は閑静な住宅街だと聞いた。なら今倒したグナーダは、今殴ろうとするグナーダの中には幼き子供も・・・・・・。それ以上考えるな! 巧は首を振る。このままでは気が触れてしまいそうだった。

 

────巧さんは巧さんだから、大丈夫です

 

 それでも巧は迷わない。これ以上誰かが傷つくくらいなら、誰かが涙を流すくらいならそんな思いは自分だけがすれば良い。そんな思いにさせる者たちを倒す。それが人であったモノだとしても。

 

「戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!」

 

────ready

 

 巧は叫んだ。この戦いにケリをつける。555はその拳にカメラ型ツール『ファイズショット』を装着する。必殺の一撃を放つつもりだ。

 

────exceed charge

 

 555は手首をスナップするとその手にフォトンブラッドのエネルギーが充填されるのを待つ。

 

「ヤァァァァァァ!」

 

 紅く輝く555の拳がグナーダの大軍を纏めて打ち砕いた。グランインパクト────555の必殺技。ゼロ距離でフォトンブラッドを流し込む強力な攻撃。苦しめないで殺す。巧が今彼らに出来る唯一の気遣いだった。グナーダたちの身体にφの文字が浮かび上がる。

 

『ア、アリガト、ウ』

 

 燃え上がるグナーダの一人から声が聞こえた気がした。

 

「・・・・・・」

 

 巧は変身を解除した。

 

「礼なんて言うなよ、ごめんな・・・・・・」

 

 

『これがグナーダ・クイーンだと?』

「デケエ」

『それに気持ち悪い見た目』

 

 ファングはグナーダのボス、クイーンを前に剣を構える。突然変異のグナーダの中でもボスのクイーンは更に特別だったらしく五メートル近い大きさの怪物となっていた。サソリのようなグナーダと違いクイーンは蜂と蟻が合わさったようなモンスターだ。虫が嫌いな人間は卒倒するかもしれない。

 

「い、行きますよ」

「いや、ティアラ。お前は下がってろ」

 

 薙刀を構えたティアラをファングが制す。

 

「ですが・・・・・・」

「お前、斬れるか? あれも人だったかもしれねえのに」

「そ、それは」

「・・・・・・俺に任せとけ」

 

 ファングは子どもっぽい一面が目立つが少なくとも自分自身が大人という自覚も責任もある。だがティアラは大人びていてもまだまだ成人すらしていない子ども。どれだけダメな大人と言われている彼でも子どもの彼女に罪を背負わせるなんてことをさせるつもりはない。それは巧にしても同じだった。本来ならあの場面はファングが戦わなければいけなかったのだ。だが覚悟を決めている彼を止めることが出来る権利はファングにはない。

 

「かかって来いよ親玉さんよ!」

『あたしたちの恐ろしさ見せてやるわ!』

 

 ファングはクイーンの鋭利な爪をかいくぐり勇猛果敢に斬りかかった。虫の甲殻は固い彼の刃は弾かれる。ならば皮膚がむき出しになった腹を狙う。剣先がクイーンの腹を掠めた。浅い切り口から緑色の体液が漏れ出す。続けざまにファングはフューリーをナックルモードに変形させる。岩のように固められた拳が深々とクイーンの腹に突き刺さった。クイーンはギシギシと小さな悲鳴をあげてその場でのた打ち回る。ファングは巻き込まれてはたまらないとバックステップで回避した。

 

『いけるよ。このまま押し切ろう!』

『ファング、フェアライズだよ~。はやくやっつけちゃおう!』

「ああ。『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体を灼熱深紅の鎧が包み込む。彼の身体から底知れないエネルギーが溢れ出る。巧の555にも匹敵するフューリーフォームへとファングは変貌を遂げた。先ほどまで避けなければならなかった爪を彼は片手で受け止める。クイーンの固い顔面へとアッパーカットを叩き込む。その一撃で顔にヒビが入った。仰け反ったクイーンに炎を纏った蹴りを叩きつける。クイーンは崩れ落ちた。

 

「トドメだ!」

 

 灼熱の炎が燃え上がる剣を構え、ファングは飛びかかる。

 

『ァァ、タ、スケ、テ』

「っ!?」

 

 しかし、その必殺剣が振り下ろされることはなかった。クイーンからポツリと漏れ出した声に阻まれたのだ。誰かを救いたいと願うファングにとってその言葉は呪いだ。倒すべき敵から救うべき対象へとクイーンが切り替わる。

 

「クソ!」

『なにやってるの、ファング!?』

「ファングさん・・・・・・まさか!?」

 

 隙だらけのクイーンにトドメを刺さないファングにアリンが焦りの声を上げる。戦いが長期化すれば不利なのは彼らだ。にもかかわらずファングはその剣を振り下ろそうとしない。すれ違う彼とアリンの融合係数が下がりフェアライズが強制的に解除された。好機と悟ったのかクイーンが突進する。ファングはただ身構えるしか出来ない。

 

『グォォオオオ!』

「もう、バカ!」

 

 このままではクイーンの突進がファングに直撃する。アリンはフェアリンクを解除して彼の身体を抱えて転がる。ファングはハッとした。

 

「すまねえ、アリン・・・・・・!」

「しっかりしてよ、ファング。あたしのパートナーでしょ?」

 

 そうだ。躊躇っている暇はない。一度戦えば生きるか死ぬかの世界なのだ。時には自分の信念を曲げてでも守らなければならない人たちがいるのだ。飛びかかるクイーンからアリンを庇うようにファングは抱き寄せると彼はブレイズの剣を抜剣した。

 

────その時。

 

 白い閃光がクイーンの巨体を一撃で両断した。ファングは目を見張った。

 

「お前は・・・・・・!」

「奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」

 

 その白い閃光はあの立食パーティーでピアノを演奏していた男────シャルマン。貴公子然としたその姿は世の女性を魅了する魅力を放っていた。

 

「お前フェンサーだったのか。ピアニストかと思ったぜ」

「ボクの方こそ、君をウェイターだと思ってましたよ」

「剣を持つウェイターがいるか」

「剣を持つピアニストもいませんよ」

 

 ファングはフンと鼻を鳴らした。どうにもこの男はいけ好かない。

 

「あのクイーンを一撃で。ピアノだけではなくフェンサーとしても超一流なのですね」

 

 ティアラとアリンは美形のシャルマンに目を輝かせていた。

 

「は、俺の手柄を横取りしただけだろ。・・・・・・ま、俺はあのクイーンだけはぜってえ一撃で倒したり出来ねえからそこは尊敬してやるよ」

「どういうことですか?」

 

 首を傾げるシャルマンにファングはグナーダたちの正体を言おうとしたがその口をティアラは封じた。

 

「シャルマン様もフューリーを集めていらっしゃるんですか」

「ええ・・・・・・ですが今回本当に活躍されたのはあなた方です。このフューリーは差し上げます」

 

 シャルマンは祭壇のフューリーをどうぞ、と指差した。ファングは眉を歪めながらそのフューリーを引き抜いた。

 

「よろしければフューリーを集める理由をお聞かせ願えませんか?」

「ボクには夢があります。その夢を叶えるのにフューリーが必要なんです」

「夢・・・・・・」

 

 ティアラが呟く。やはりフェンサーなら願いを叶えるためにフューリーを集めるのだ。シャルマンもその一人なのだろう。願いを叶える気がないのはファングかエフォールくらいだ。

 

「ねえねえ、その夢ってなんなの?」

「ボクの夢。それはただ一つ・・・・・・世界の平和だ。そのために女神の封印を解き悪を排除しなければならないんです」

「一緒です。私と同じ目的ですわ!」

 

 同じなものか。ファングが内心で否定した。ティアラの願いが涙を流す者の救済ならばシャルマンの願いは涙を流させる者全ての根絶。それは同じようでまるで違う。例えばティアラなら悪に手を染めざる負えなかったエフォールを救いたいと思うだろう。だがシャルマンの場合は事情があれで悪であるエフォールは根絶しなければならない対象の一人でしかない。彼女自身が同じと言っているから水を差したりはしない。しかし、もしもシャルマンがティアラと同じ夢を持っていると言ったのならファングは彼を心の底から嫌っていたと思う。

 

「貴女と同じ目的なんてボクも嬉しいです。共に夢が叶えられる日が来れば良いですね」

「はい・・・・・・」

 

 シャルマンはそう言って去っていった。

 

「なんて紳士的な方なんでしょう・・・・・・。シャルマン様とパーティーを組めたら良かったのに」

「なに!?」

 

 ティアラの一言にファングは大きく動揺した。

 

「強くて、カッコよくて、ファングがあんな風なら良かったのに」

「おい、お前まで!?」

 

 アリンにも裏切られファングはショックを受ける。

 

「失敗しましたわ・・・・・・」

「・・・・・・ああ、そうかよ! 俺もてめえみたいなクソブス女と組むくらいならマリアノと組めば良かったぜ!」

 

 ファングが苛立ちを隠さず叫んだ。

 

「な、なんですってー! この私をクソブス女・・・・・・クソブス女だなんて♪」

「喜んでんじゃねーよ、バカ!」

「ば、バカ? お馬鹿さんはファングさんでしょう。私よりもあの女の方が良いだなんて!?」

 

 ファングとティアラは睨み合う。

 

「うっせ! バカ」

「お馬鹿さんはファングさんですわ!」

『バカバカバカバカバカ』

 

 アリンは二人の低レベルな争いにため息を吐いた。

 

「こっちも終わった・・・・・・お前らなにやってんだよ」

 

 巧が戻ってきても二人はまだ互いを貶しあっていた。

 

『ふたりともやめてよ~。ばかみたいだよ!』

『いい加減にしろ』

「バカって言う方がバカなんだぞ」

 

 この低次元な争いは巧の低次元な言葉によって終わった。

 

◇ 

 

「ファングさん、夕飯も食べないなんておかしいですわ」

 

 宿に戻ったファング一同は夕食を食べていた。だが普段なら必ず食事になればいるはずのファングがそこにはいない。

 

「お前たちがシャルマンシャルマンってうるせえからじゃねえの?」

 

 事の経緯を聞いた巧がお茶に息を吹きかけながらそう言った。呆れた話だ。いくらファングがお気楽だからっていつもの軽口とは訳が違う。他人と比較されればどんな人間だって怒る。流石にティアラとアリンも反省したようだ。

 

『たぶん、ちがう』

『あいつが一人になりたいのにはそれ相応の理由があるはずだ』

「ま、その内戻ってくるだろ」

 

 結局、この日はいつになってもファングが食堂に来ることはなかった。

 

「ファングさん・・・・・・」

 

 夜中になってもファングは姿を現さない。心配になったティアラは宿を回る。ファングは自分の部屋にもいない。ならどこにいるのだろう。

 

「失礼します」

 

 ノックしてから巧の部屋を開ける。ファング以外の全員が集まっていた。

 

「ティアラ、どうしたの?」

「あ、ブレイズ。ばばひいたー」

「くっ、騙したなキョーコ!」

「ババ抜きは騙すゲームだろ」

 

 巧の部屋でトランプに興じていたアリンがティアラに歩み寄る。

 

「ファングさんを探してるんです」

「ファングならそこにいるわ」

 

 アリンは天井を指差して言った。

 

「屋根裏、ですか?」

「屋根の上で星を見てるのよ」

 

 ファングに星を見る趣味なんてあるのだろうか。意外な一面をティアラは知った。

 

「私、行ってきますわ」

「・・・・・・今日のところは任せるわ」

 

 ティアラが部屋から出て行くとアリンは巧たちの元に戻った。

 

「お前は良いのか?」

「うん。今はファング、一人でいたいって思ってるから」

「へえ、流石はパートナーだな」

 

 アリンはファングが何を思って星を眺めているのか、今どんな気持ちでいるのか全て理解していた。だから今は彼と離れているのが正解なのだ。

 

「だけどお前、本当は行きたいんじゃないか?」

「あたしだけだから。ファングの気持ちが分かるのは」

「・・・・・・知らないのも罪だが知りすぎるのも大概だな」

 

 ティアラもアリンもいずれ後悔する時が来そうだな。ブレイズは天を仰いだ。

 

 

「そんなところで何をしているのですか」

 

 屋根の上にティアラが上がるとぼんやりと空を見上げているファングがいた。彼は彼女に視線を向けああと生返事をするとまた空を見上げた。

 

「先生にさ、悩んだ時は星を見ろって言われたんだ」

「星を、ですか」

「ああ。星はどんな悩みも聞いてくれるから。先生がどこにいても俺とお前が見上げている空は同じだからってガキの頃言われてさ」

 

 ティアラはファングの横に座った。そして空を一緒に見上げる。綺麗な星空だ。自然と笑みがこぼれる。

 

「さみいだろ。これ着ろよ」

 

 寝間着用の水色のネグリジェに着替えていたティアラにファングは自分のハードコートを渡す。まだ春先で夜になれば冷える。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 やけに優しいファングに緊張しながらもティアラはそれを着た。

 

「・・・・・・あの時クイーンがさ。俺に助けてって言ったんだ」

「やはり・・・・・・」

 

 あの状況でファングが攻撃出来ないとするなら理由はそれしかない。脳天気で食いしん坊で口の悪いファングだが本当は優しい心の持ち主だとティアラは知っている。アリンが倒れた時は真っ先に盾になった。エフォールがピアノをお茶で汚した時は代わりに責任を持って謝った。そして何よりティアラの夢を叶える価値があるものだと笑顔で言ってくれた。優しくないと出来ないことだ。

 

「俺、あいつを倒さないといけないのに人間に戻せないかって悩んじまったんだ。お前らもいたのに」

「それは恥じることではありませんよ。誰だって悩むことです」

「ああ。俺もきっとそう思う」

 

 でも誰かがその言葉を言ってしまったらこれから同じようなことが起きた時に自分は躊躇いを持たなくなってしまう気がした。だからファングは一人でここに来た。他の仲間が躊躇ってることを自分まで躊躇ったら傷つくのは他の仲間になるかもしれないから。そう思ったからこの悩みは誰に言うこともなく空に聞いてもらおうと彼は思ったのだ。

 

「心配すんな。もうあんなことは二度としねえ」

「いえ、してください」

「何言ってんだよ?」

 

 危険に晒されるのはティアラ自身かもしれないのに変な奴だ。今日だって怯えていたのに。ファングは首を傾げる。

 

「・・・・・・もし私があのような怪物になってしまったらファングさんは躊躇いませんか」

 

 ティアラはファングの顔を覗き込んだ。顔は、悪くない。それにキレイな目をしている。世間的に見れば彼は十分イケメンといえる顔だ。でも彼女はファングを見つめてもシャルマンやブレイズのように美形を前にした時の胸が高まるといった感覚にはならなかった。彼の顔を見ると心の底から安心して、心の底から温かくなるそんな気持ちになるのだ。だから彼女は胸の中で抱える不安をちょっとだけ吐露する。

 

「躊躇わねえよ」

「っ!? そうで『迷わず助けるに決まってんだろ』・・・・・・す、か?」

 

 今度はティアラが首を傾げた。

 

「俺の中でお前を斬るなんて考えはないんだよ。どんな姿になろうが絶対に見捨てたりしない。それは巧でも、アリンでも、ブレイズたちでもだ」

「ファングさん・・・・・・」

 

 ティアラは顔を伏せた。今自分は笑っているのか、それとも泣いているのか分からなかった。でも彼に自分の顔を見せたくはない。どんな顔をしても笑われる気がする。なんとなくそう思った。

 

「あーあ、なんか腹減っちまった」

「それならこれを・・・・・・」

 

 ファングが腰を起こして腹を擦る。朝から何も食べていなかった。ティアラは膝に乗せていた二つのものを彼に手渡す。

 

「おにぎりじゃねえか、美味そう」

「私が作ったものですからあまり自信はないんですけど」

「いただきまーす」

 

 ファングはおにぎりにがっつく。おにぎりの形は不安定で塩気も強かった。それでも彼は

 

「うめえ!」

 

 と言った。




この物語のファングさんは本編終了時くらいの精神力を持っています。彼の師匠のおかげです。たっくんは本編中盤くらいの精神力です。

フェアリーフェンサーエフ界の木場雅人さんことシャルマンさんの登場で物語やキャラ同士の関係性もどんどん深まっていきます。次回から新キャラの登場もあります。

いつの間にか総合評価が200を越えていました。いつも楽しんで見てくれる皆さんに感謝です。


・・・・・・明日のジュウオウジャーを見なかった人は草加さんの邪魔者になるので皆さん気をつけてください。


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彼女たちの異変

仮面ライダーシリーズでおなじみの三条陸さんが冒険王ビィトを連載再開しました。とても面白いのでぜひ読んでください。オススメです


(平和だな)

 

 ベランダから心地よい日光を浴びて巧は欠伸をした。キダナス地域の戦いからはや数日。ロロの情報を頼りにフューリーを集める日々が変わらず続いていた。100本にはまだ遠く及ばないがそれなりの数のフューリーが集まると面倒くさがり屋のファングもフューリー集めに意欲的になってくる。そうなってくるとティアラもアリンも機嫌が良くなり、彼らのフューリー探しは正に順調と言えた。

 

(腹減ったな、食堂にでも行くか)

 

 巧は部屋の戸を開け、食堂に向かう。

 

「これうめえ!」

 

 ファングの部屋から賑やかな声が聞こえる。おや、と思い巧はノックもしないで彼の部屋に入った。女性陣の部屋ならともかく彼らは互いの部屋に入る時にノックはしない。暇ならどちらかがどちらかの部屋に遊びに行く。いつの間にか数多くの遊び道具が彼らの部屋には置いてある。この前のトランプも巧が暇つぶし用に買ったものだ。

 

「よお、お前ら何やってるんだ」

 

 部屋を開けると甘い匂いがした。色とりどりのスイーツが並べられたティーセットをいつもの面々と見知らぬ男女が囲んでいた。

 

「お、巧。ほまえもふえよ」

「ほうよほうよ」

 

 ケーキを口の中に詰め込んだファングとアリンが笑顔で言った。

 

「飲み込んでからしゃべれ」

「お行儀が悪いですよ」

 

 ティーカップを持ったブレイズとティアラが彼らを咎める。良いんだよ、気にしないでと見知らぬ女性が言った。

 

「あ、お前! カダカス氷窟の時の女か!?」

「やあ、思い出してくれたかい」

「たっくんたすけて~!」

 

 女性は笑顔で言った。そう巧と彼女は一度邂逅している。彼がカダカス氷窟の情報を集めていた時にあそこには近づくべきではないと警告したのが彼女だ。その彼女がどういう訳かファングの部屋にいた。膝の上にはもみくちゃにされたキョーコがいる。彼女は涙目で巧に手を伸ばした。

 

「君が噂の巧くんで、あってるよね?」

「どの噂かは知らないが乾巧なら俺であってるぞ」

「いやー、君には是非一度会ってみたかったんだ」

 

 女性はキョーコを解放すると巧の前に来た。

 

「さっそくだけど・・・・・・脱いでくれないか?」

 

 巧は555フォンを取り出した。変身するためではない。警察を呼ぶためだ。彼は無言で通報コード110を押した。

 

 

 女性の名はハーラー・ハーレィというらしい。本人曰くしがない妖聖研究家をやっているようだ。拳骨を振り下ろした横の男性のバハスがそう言った。彼らはフェンサーとそのパートナー妖聖という関係にある。

 

「いくらなんでも脱げはねえよ、脱げは」

 

 ガトーショコラを片手に持ったファングが頭を抑えるハーラーに言った。

 

「すまない。キミのベルトがどうしても気になってつい言葉が足らなくなってしまったんだ」

「どうベルトが気になったら脱げになるんだ・・・・・・?」

 

 どう考えても言葉足らずでは片付けられない。巧は首を傾げる。

 

「こいつはそういう変なとこがあるんだ。許してやってくれ」

「今度はブレイズが増えた」

 

 巧はどことなく苦労人っぽい雰囲気のバハスにブレイズの姿を重ねた。これでファングやアリンがボケた時のツッコミを自分がやる必要はなくなったかもしれない。

 

「うめえか、兄ちゃん?」

「ああ、俺甘いもの結構好きだから」

「そりゃ良かった」

 

 バハスの作ったスイーツはとても美味い。所謂ほっぺたが落ちる味というヤツだった。しかも、それぞれ種類が豊富でケーキ以外にムースやタルトもある。巧は目の前に置かれたチョコケーキに頬を緩め口に入れた。

 

「ほおいへばほまえらおれたちにはんのようだ」

「「飲み込んでから喋れ」」

 

 相変わらず口一杯にケーキを押し込んでるファングにバハスとブレイズはため息を吐いた。

 

「そういえばお前らは俺たちになんのようだ、とファングさんは申しました」

「おい、お前それ」

「もちろん果林さんを真似しましたわ」

 

 どや顔のティアラに巧はイラっとした。

 

「いや、最近あちこちでフューリーを集めるイキのいい若手フェンサーたちの噂を聞いてね」

 

 なるほど。ドルファの立食パーティーはそれが理由で招待されたのか。フューリーを二桁単位で持っていれば否が応でも目立つのだから。ティアラは納得した。

 

「それを言うなら私の噂ですわ」

「いいえ、あたしの噂よ。あんたたち二人なんてあたしのサポートがないとまるでダメなんだから」

「どの口でそれを言うんです。私がいなかったらあなたたちはここにいなかったと言っても過言ではないでしょう?」

 

 火花を散らすティアラとアリンに男性陣はため息を吐いた。ちなみに宿を提供しているのはティアラのおかげであるし、ファングはアリンがいなければフェンサーとして戦えないのである意味両方とも言っていることは正しい。

 

「あっはは! キミたちちょい面白いねえ! 珍しい妖聖がいるって聞いて立ち寄ってみたが無駄足ではなかったみたいだ」

 

 ファング一同の賑やかな様子にハーラーは楽しげに笑った。

 

「やはり妖聖研究家だけあって妖聖に興味がおありのようですわね」

「なあ妖聖研究家ってなんだ?」

「知らないんですか? 生物的見地から謎の多い妖聖を研究する方々のことですわ。学術的にもきちんと認められた学者さんもいるんですよ」

 

 妖聖を研究する学者もいるならオルフェノクを研究する学者もいるかもしれない。巧は何が何でも自分の正体がバレないように気をつけようと思った。研究用のモルモットにでもされたらたまったもんじゃない。もしかしたら人間に戻す手段を考えてくれる心の優しい研究者もいるかもしれないがデメリットが多すぎる。それにファングや果林のおかげでこの身体が自分のプライドと思えるようになってきた彼はそこまでしようとは思えなかった。もちろん出来ることなら人に戻れるのに越したことはないが。

 

「キョーコと初めて会った時にぶっ飛ばしたロリコン学者も妖聖研究家ってことか」

「え、何その話。すごい気になるわ」

「いつか話してやるよ」

 

 つくづくファングという男は破天荒な人生を送っているみたいだ。ティアラは引きつった笑みを浮かべる。

 

「はは。とにかく私は妖聖に興味があるんだ。それにしてもキョーコちゃんとアリンちゃんは可愛いねえ」

「今絶対視線で脱がされた・・・・・・」

「あのひとこわいよ、ファング~。たっくん!」

「よしよし、怖かったな」

「もう大丈夫だ」

 

 アリンはハーラーと距離を取り、キョーコはファングと巧に抱きついた。

 

「妖聖ってヤツは面白い生き物でね。パートナーと不思議な関係を築くんだよね。親友だったり、師弟だったり、恋人だったり」

「妖聖と人間のカップル!?」

「種族を越えた愛・・・・・・ああ、なんてロマンチック」

 

 アリンとティアラの視線が巧に向けられた。何が言いたいのかは分かっている。彼は首を振った。

 

「俺と果林はそういうのじゃねえって言ってんだろ」

 

 それに一つ訂正すると巧と果林は人間と妖聖のカップルではなくオルフェノクと妖聖のカップルだ。両者ともに人外でバランスがとれてなくもないが。とにかく越えなければならない壁が大きすぎる。

 

「まあ結局は人それぞれさ。このバハスなんか私の親代わりさ。部屋を片せだの、服を洗濯しろだの、歯を磨けだのうるさくてね」

「お前が何にも出来ないからだ。炊事! 洗濯! 掃除! 毎日やってるオレに感謝しろ!」

「はいはい。感謝してるよ」

 

 バハスは本当にハーラーの親代わりのようだ。それもだらしない息子とおかんという古い関係に近い。

 

「ところでキミたちはなんでフューリーを集めてるんだ」

「女神の封印を解いて世界を平和にするためですわ」

「成り行きだよ」

「俺はこいつの記憶の手がかりを探してるだけだ。ついでにティアラの夢を叶える手伝いもしてやってるけど」

 

 ファングはアリンに視線を向ける。最近は色々とあって忘れかけていたが本来この冒険の目的はアリンと巧の記憶を取り戻すことにある。

 

「記憶ってことはあれかい。アリンちゃんは記憶喪失ってことかい!?」

「そ、そうだけど・・・・・・」

「俺も記憶喪失なんだが」

「なに!? ・・・・・・ってキミは病院に行きなさい」

 

 ハーラーが目を見開いて驚く。

 

「これは珍しい。長年妖聖研究家をやっているが、記憶喪失の妖聖を見るのは初めてだ。おい! ファングくん、私のと取り替えっこしない?」

「は?」

「え・・・・・・?」

 

 興奮した様子のハーラーにファングとアリンは首を傾げた。

 

「無茶言うな、ハーラー! だいたい俺はこんなヤツとパートナーになりたくなんかない!」

「俺だって嫌だね。口うるさいのはブレイズで間に合ってる」

「あたしも遠慮しとく・・・・・・。なんか身体の隅々まで調べられそうだし」

 

 満場一致の拒否にハーラーは残念、と肩を落とした。

 

「あ、そうだ。良い情報があったんだ。あんたたちが欲しがっているフューリーの一本がシュケスーの塔ってところにあるんだ」

「ホントに! 今すぐ行きましょう」

「情報を提供したんだ。私も同行させてもらうよ。じっくり観察しよう」

「え・・・・・・? なんか嫌だ・・・・・・」

 

 何を企んでるかわからないハーラーにアリンは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。

 

「おい、ハーラー・・・・・・」

「記憶喪失の妖聖を近くで観察出来るまたとないチャンスだ。研究家としての血が騒ぐんだよ。それに私もフェンサー。仲間にして損はないと思うよ」

 

 一理ある。ティアラは内心でハーラーを利用できると考えた。

 

「まあ頼もしい。よろしくお願い致します」

「よろしくねー」

「まあ、妖聖に詳しいなら記憶探しの役に立ちそうだし」

「俺は別に構わねえよ。そもそも変身しないとまともな戦力になれねえしな。フェンサーが増えるなら助かる」

「色々と迷惑をかけるかもしれないが仲良くしてやってくれ」

 

 ファングとキョーコ以外はハーラーが仲間になることに納得した。

 

「なんか、このおっさん暑苦しそうなんだよな。男だけで集まる時とか地獄絵図だぞ」

「おじさんはいいけどハーラーがいや」

「そう言うなよ。死ぬほど美味いメシを毎日食わしてやる」

「よろしくな、おっさん!」

「またけーきたべたいー!」

 

 二人は目を輝かせてハーラーたちを歓迎した。実に現金なヤツらだ。

 

 

 

「着いたよ、ここがシュケスーの塔だ」

 

 ファングたちはシュケスーの内部に侵入した。シュケスーの塔は五階建ての謎の多い古代遺跡で様々な伝承が残っている。一説によるとフューリーで地脈を刺激するとどんどん塔の階が増えていくという噂がある。

 

「ここにフューリーがあるのか?」

 

 巧は塔の中を興味深げに眺めていた。彼はこういう建築物に少しばかりの興味がある。サンドミージのビルやドルファのビルも実はこっそりと見学しに行ってたりする。

 

「あるよ。このシュケスーの塔は各階ごとに強力なモンスターがいてそいつらを全て倒せば最上階にあるフューリーがゲット出来るって訳さ」

「五重塔かよ」

「今まで何百人ものフェンサーが挑んだけど誰一人攻略出来なかったって話だよ」

 

 それほど強力なモンスターがいるのか。今回のフューリーを手に入れるのは難しそうだ。最悪555に変身しなくてはならない場面も来るかもしれない。巧は気を引き締めた。

 

「何百人ってことはここで待ち伏せしてればフューリーが100本手に入るってことか」

「そんな卑怯な手段は人道に反します!」

「ああ、心配しないで良いよ。ちょっと盛ったから」

『この女・・・・・・』

 

 盛ったのかよ、とファングが珍しくツッコんだ。

 

「ファングさん、そろそろあなたが活躍してくださることを期待してますよ」

「へいへい、シャルマンみたいに活躍してやるよ」

「シャルマン様とファングさんは別ですよ。みたいではなく以上を目指してください」

 

 ティアラはファングを高く評価している。シャルマンは確かに凄腕のフェンサーだが本気を出した彼はそれよりも上かもしれない、と彼女は思っていた。

 

「・・・・・・やってみるか!」

 

 ファングはニヤリと笑った。

 

「それにしてもここ暑くない?」

 

 ハーラーは額から汗を滲ませて言った。パタパタと手を団扇のようにして風を身体に送る。あまり効果はない。

 

「確かにちょっと暑い気がする」

「多少は、くらいですけど」

 

 言われてみると急に暑くなってきた。巧はコートを脱ぎ半袖のTシャツ一枚の姿になる。

 

「私も・・・・・・どっこらしょ」

 

 はてハーラーは元々薄着だったはずだが。ティアラと巧が振り向く。

 

「きゃあああ!? ハーラーさん、何をしているのですか!?」

「なんだ、この女・・・・・・?」

 

 なんとハーラーは自分のTシャツのボタンを大胆に開け、ズボンを下ろしていた。黒髪美人の彼女の豊満な肢体が堂々とさらけ出される。ティアラは口元を両手で抑え、巧は目を伏せた。二人とも彼女の奇行に困惑する。

 

「あん? どうした、おめえら」

「あんたは見ちゃダメー!」

「前が見えねえよ!」

『みなくていいの~!』

 

 ファングも振り向くがアリンが慌ててその目を塞ぐ。彼の価値観に格差社会を誕生させることだけは防がなくてはならない、と彼女は思っていた。

 

「こら、早く着ろ!」

「んっしょ。・・・・・・ほらこれで良いでしょ」

 

 バハスに促され、ハーラーはしぶしぶ服を着た。

 

「どうしてお前は所構わず服を脱ぐんだ!?」

「あー、ごめんごめん。わかったから青筋立てないでよ」

「まったくお前って奴は・・・・・・!」

 

 バハスはため息を吐いた。

 

「ハーラーって美人だけど残念なのね」

「ちょっぴり先が思いやられますわ」

「ちょっぴりで済むと良いんだがな」

 

 巧たちはこのあとの戦いに早くも不安になってきた。

 

『・・・・・・西瓜、か』

「ブレイズ、あんた今なんか言った?」

『いや、なんでもない』

 

 

 シュケスーの塔、最初の敵は巨大な機械だった。オートバジンの十倍はあるかもしれない。ヤツがファングたちを認識すると襲いかかってきた。

 

「来るわよ、ファング!」

「へん! 返り討ちにしてやる」

 

 ファングは剣を構えると機械に走り出した。

 

「私たちも行きますわよ、キュイ」

「キュイキュイ」

 

 ティアラも後に続く。

 

「俺たちは援護だ」

「ぬかるなよ、二人とも・・・・・・!」

「任せときな」

 

 ハーラーと巧は遠距離から銃を構える。人数が増えると自然と戦いやすくなる。

 

「ダァァァァァ!」

 

 ファングの拳が機械のモンスターを叩き潰した。ティアラと彼の抜群のコンビネーション、巧たちの援護があればこの程度の相手、造作もない。

 

「よっしゃー! まずは一体目」

「こんなデカいだけのオンボロより俺のバイクのが強いな」

『ばじんちゃんはおりこうだもんね』

『ヤツの名はバジンというのか、知らなかった』

 

 幸先良く敵を倒し彼らは上機嫌だ。

 

「このメンツならいけそうだな」

「油断するな、ファング。シュケスーの塔は甘くないぞ」

「上に行けば行くほど敵は強くなる。常識だろ?」

 

 どんな常識だ。巧はツッコむ。強い順に守らせた方が効率が良いのだろうけど常識とは一体なんなのだろうか。

 

「やっぱりそう上手くはいかねえか」

「さあ次の階に行きますよ」

「いちいち面倒くせえ」

 

 何故こういう場所の敵は一斉に襲ってこないのだろう。防衛システムなら戦力は分散させない方が良いと思うのだが。巧は長い階段をまた登ると思うとうんざりした。

 

「これが二階の敵。・・・・・・つ!? なんですの、この感覚!?」

「キューイ」

 

 ティアラは自分の胸を押さえる。ちくりとした痛みが走る。胸の中を何かぞわりとしたものが蠢く感覚を覚えた。思わず冷や汗を流す。

 

「いけません・・・・・・戦いに集中しなくては!」

 

 翼を生やした二体の騎士を前にティアラは薙刀を構えた。

 

「セイヤー!」

 

 ファングが変形させた大剣から放たれた放射状の炎が纏めて騎士を飲み込んだ。ティアラの不調もあり、少し手間取ったが苦戦自体はしなかった。

 

「なんとか・・・・・・倒しましたか。それにしてもあの感覚は、まさか・・・・・・」

「ティアラ、どうした?」

「い、いえ。なんでもありませんわ」

「なら、良いけどよ。次の階に行くぞ」

 

 ティアラは巧と談笑しているファングの背中を見つめる。戦闘の疲れなんてまったくないように見える。自分と大違いだ。彼なら一人でもこの塔を攻略出来るかもしれない。いっそ自分をおぶってくれたら良いのに、と彼女は思った。

 

「・・・・・・またです」

 

 身体の中の違和感は収まるばかりか増える一方だ。ティアラの呼吸はだんだんと不規則に乱れ始める。額から流れる汗を拭う。今にも目眩がしそうだ。

 

「・・・・・・おい、ファング。俺が前に出るからティアラを下がらせろ」

 

 巧はティアラの異変に気づきそう言った。

 

「な、なにを言ってるんですの?」

「・・・・・・ああ。別に構わねえ。つーか、下がれ。お前は休んでろ」

 

 ファングもまたティアラの異変に気づいていた。二人パーティーならともかく今はハーラーもいる。彼女に無理をさせる意味はない。

 

「強がんなよ。俺やファングが気づかないとでも思ってたのか?」

「そ、それは。・・・・・・不本意ですが私ここのモンスターは生理的に受けつけないようなのでお言葉に甘えます」

「たく、しゃーねえな。そういうことにしといてやるよ」

 

 こういう時に頼りになる人たちだ、ティアラはゆっくりと深呼吸して笑顔を浮かべた。

 

(お、これはベルトの力を見れるチャンスかな?)

「・・・・・・なんか飽きちゃった。ファングくん後は任せた」

 

 ハーラーも戦線を離脱する。これにはファングもはあ!?っと困惑した。流石の彼も一人で戦うのは厳しい。なら巧が変身しなければならないはず。ハーラーはそう思った。だが一つ予想外の事態が起きる。

 

「・・・・・・ま、頑張れ。ファン『グォォ!』」

「ば、バハス」

「の、飲み込まれた!?」

 

 ハーラーのパートナーであるバハスがモンスターの大きな口に丸飲みにされたことだ。

 

「ふ、ファング。助けないと!」

「さっさと出してくれー! とびきりうめえメシ食わしてやるからー!!」

『巧、お前もいけるか?』

「いや、俺の武器だと中のバハスまで灰に・・・・・・大変なことになっちまう!」

「言い直さんで良い!」

 

 結局、ファングが一人で戦うことになってしまう。巨大な鳥人を前に彼は不敵な笑みを浮かべる。

 

「久しぶりに本気出すか!」

 

 ファングは鳥人に斬りかかる。なんと彼は一撃で鳥人を真っ二つに切り裂く。巧には何をしたのか分からなかった。ただファングがヤツの身体を通り過ぎたと思ったらその鳥人が真っ二つになった、そういう風にしか見えない。目にも止まらぬ早業。これが彼の本気か。

 

「ふう、助かった。今日の晩飯はとびきり美味いのを期待しとけ!」

「肉だ、肉が良い!」

「これで三体目か。あと少しだ」

『油断は禁物だ』

 

 ファングたちはシュケスーの塔を早くも3つ制覇した。数多くのフェンサーが挑んで、そして諦めたこのシュケスーの塔をなんなく制覇していくのは彼らの実力があることの何よりの証明だった。

 

「凄いわ。ファング、あんたにこんな力があったなんて!」

『ファングかっこいい!』

「まだまだ俺様の本気はこんなもんじゃない。今ならシャルマンどころかあのアポローネスすら越えられる気がするぜ!」

 

 実際、ファングが本気を出すのは久しぶりだ。最後に本気を出したのはアポローネスの戦い以来。あの時に感じた大きな差が今なら互角くらいになったかもしれない。それほどにファングは強くなった。

 

「私の見立て通りです。やれば出来るじゃないですか」

「ファングくん、やるねえ。噂は本当だったかな」

「噂・・・・・・?」

「彼は変わり者のフェンサーだよ」

 

 この場合のフェンサーは剣士という意味だ。ファングは集めるのが面倒でフューリーを集めてこなかった。それはフェンサーにとっては有り得ないことだ。ファングのフューリーを手に入れようと襲ってきたフェンサーがそれを証明している。彼らをことごとく返り討ちにし、しかもフューリーをとらないことから無欲で凄腕の変わり者の剣士(フェンサー)がいるという噂がいつの間にか広まっていた。実際は強欲な男だが。とにかくフェンサーじゃなかった頃のファングはそれなりに有名という訳だ。

 

「よっしゃ! 次だ」

 

 次の相手は三体の宇宙人のようなモンスターだった。

 

「珍しいね。ぜひ解剖してみたい」

「やめてください。気味が悪いですわ」

「あれ食えると思うか?」

「さあな。少なくともオレは調理したくない」

 

 もはや巧たちはただのギャラリーだ。手伝う気など微塵も感じられない。

 

「お前ら手伝え」

『もうこうなったらあたしたちだけでやりましょう、ファング!』

「おう! 『フェアライズ』!」

 

 ファングの身体を灼熱深紅の鎧が包み込む。今日はとことん本気だ。負ける気がしない。彼は拳を握りしめる。

 

「セイハァァァ!」

 

 ファングは地面に剣を突き立てた。燃え上がる爆炎が火柱になり宇宙人のようなモンスターを跡形もなく焼き尽くす。

 

「新しい技だな」

「思いつきだけど意外と上手くいったな。よし、次で最後だ!」

「あたしたちなら楽勝よ!」

 

 意気揚々とファングたちは階段を駆け上がった。

 

「コイツで最後だ」

「強そう、だな」

「そりゃね。この系統でも最強クラスのモンスターだから気をつけなよ」

『油断するなよ、本気になるとすぐ調子に乗るのがお前の悪い癖だ』

 

 ファングは巨大な魔人を前に剣を構えた。

 

「負ける気がしねえんだけど!」

「そうよそうよ。切り刻んでやるわ!」

「完全に調子に乗ってやがる」

「単純バカですわね・・・・・・でも」

 

 ティアラはファングが勝つ姿しか想像出来なかった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 勇猛果敢。ファングは魔人に斬りかかる。固い。刃が通らない。強い。彼は剣を強く握った。ジャージーデビルを巨大化したような魔人は本来の姿ではなかった。骸骨のような姿になっている。これは魔人の遺体。遺体ですら最強クラスの力を秘めているのだから生前の魔人はとんでもない強さだったのだろう。ファングは単純に斬りつけるのを止め、背中にのしかかる。勢いよく剣を魔人の背中に突き立てた。手応えあり。深々と背中に沈みこむ。

 

「グオオオオオ!」

「うわっ!」

 

 魔人は激しい痛みにのた打ち回った。暴れまわる魔人にファングは吹き飛ばされた。彼はなんとか着地したがファングとのフェアリンクが解除されたアリンは頭を打ち付ける。

 

「あたた!」

「大丈夫か、アリン!?」

「う、うん」

「よし! 『フェアライズ!』」

 

 ファングは再び灼熱深紅の鎧を纏った。

 

「悪いがやらせてもらう!」

『ひっさっーつ!』

「ウェェェェイ!」

 

 ファングは燃え上がる剣をガムシャラに振り回す。ただ目の前の敵を倒す。それ以外の意志はそこにない。彼は魔人を殴りつけた。仰け反った魔人に追撃の回し蹴りを叩き込む。ファングが拳を握り締めると激しい爆発が巻き起こる。バーニングストライク。ファングとアリンの必殺技だ。

 

「やったな、ファング」

「へ、俺にかかればこのくらい余裕だ!」

 

 ファングと巧はハイタッチした。

 

「シュケスーの塔のフューリー取ったわよ!」

 

 アリンが満面の笑みでフューリーを両手に持つ。ファングは機嫌が良いのか高笑いした。

 

「流石はこのあたしのパートナーね。合格点よ」

「やれば出来るじゃないですか」

「食い意地張ってるのが玉に瑕だな」

「面白い子だ」

 

 ティアラたちはファングを賞賛する。

 

「お前ら俺を讃えろ! 崇めろ! 神と呼べ!」

「「は?」」

「女神なんか必要ねえ! このファング様が新たな神になったのだー!」

 

 ファングはよほど機嫌が良いのかとんでもないことを言った。途端に皆の目つきが呆れたものになる。

 

「邪神だってぶっ飛ばしてやるぜ、はっはっは!」

「・・・・・・!」

 

 高笑いしたファングの一言にティアラは目の色を変えた。

 

「調子に乗るな!」

「あたっ! 何する、巧!?」

『お前は神の器ではない』

『それにじゆうがなくなっちゃうよ』

「・・・・・・それもそうだな」

 

 巧に頭を叩かれ、ファングは正気に戻る。冷静になった彼は帰るか、と言った。彼に呆れながらも彼らは踵を返す。

 

「ちょっと待って、ファング。・・・・・・聞いてほしいことがあるの」

 

 

「なんのようだ、アリン? 皆行っちまったぞ」

「あんたたち以外に聞かれたくなかったから良いの」

 

 誰もいなくなったシュケスーの塔最上階にファングとアリンはいた。珍しく神妙な表情のアリンにいつもと違った雰囲気を感じたファングは真剣な表情で彼女が口を開くのを待つ。

 

「さっきの頭ぶつけたので思い出した。あたし女神様と一緒に戦ってたの」

『・・・・・・それは本当か』

『んえ? わたしたちもたたかったよ』

「ううん。もっと近い本当に傍で戦ってたの」

 

 どういうことなのだろうか。せっかく記憶が少し戻ったというのにアリンの謎は深まるばかりだ。女神の傍で戦うというのと剣として射出されるのには大きく違う。王を守る護衛と王が率いる軍勢。それほどの差があるのだ。そしてアリンはその護衛側の存在だったという。ファングは頭の後ろを掻く。

 

「お前がなんであろうと俺様のパートナーには変わらねえよ」

「うん・・・・・・。そう言ってほしかったの」

 

 アリンはファングに微笑む。彼は彼女の頭を撫でた。アリンは猫のように目を細める。

 

「お前、他に何か思い出したことあるか?」

「一個だけある」

 

 それは良かった。もう少し記憶を取り戻すヒントがほしい。せめて手がかりさえあればアリンの記憶探しにも進展があるかもしれない。彼女は首を傾げながらこう言った。

 

「・・・・・・金色の大きな剣」

 

 

「女神・・・・・・金色の大きな剣・・・・・・」

 

 ファングはベッドの上で考え込んでいた。アリンのこと、彼女の言っていた二つのキーワードが頭から離れない。いつもならとっくに眠りに就いている時間にも関わらず彼は眠れなかった。

 

「先生・・・・・・俺どうすれば良いかな」

 

 窓の外、星空に目を向ける。師もこの空を見上げているだろうか。ファングは少し不安だった。フューリーを集めて記憶を探すだけだと思っていた、にも関わらず話がどんどん大きくなっている。俺の運命は俺が決める、師からその姿勢を学び、それを信条としている彼は何が来ようと自分の道を行くつもりでいる。だが運命はどんどんとファングを翻弄しようと、自分の手から離れようとしている気がした。

 

「なんか腹減っちまったな」

 

 ファングは部屋を出た。巧の部屋にでも行って何かお菓子でももらおう。ついでにこのことを彼に話すのも悪くはない。

 

「あ、ファングさん」

「ティアラ・・・・・・」

 

 部屋から出るとティアラが目の前にいた。こんな夜中になんの用だろう。規則正しい生活を送っている彼女は普段ならとっくに眠っている時間だ。ティアラはその顔に不安の色を浮かべている。彼女は時々そんな顔になる時があった。またか、とファングは思う。うーんと彼は唸る。

 

「お前も巧の部屋、来るか?」

 

 ティアラは無言で頷いた。

 

「お前ら二人揃ってなんの用だよ」

 

 欠伸をかみ殺しながら巧は言った。ちょうど眠ろうとした矢先に二人が来る。起こされてしまった彼は昼間にババスからもらっていた茶菓子をテーブルの上に置いた。

 

「腹減ったんだよ」

「お前はいつもと変わんねえな」

 

 相変わらず食いしん坊な男だ、と巧は笑う。

 

「私は一人でいたくなくて」

「で、寂しくなってファングの部屋に?」

「からかわないでください!」

「お前にだけは言われたくない」

 

 日頃から果林のことでからかってるのはどっちだ、巧はジト目で睨む。ティアラは視線を反らした。

 

「・・・・・・私は時々悩むことがあるんです。自分はここにいて良いのか、ここは私がいていい場所なのか分からなくなるんです。気づいたらどうしようもない孤独感を感じて・・・・・・」

「「情緒不安定か」」

 

 二人同時にツッコむ。

 

「ひ、酷い。私は真剣に悩んでいるのに」

「・・・・・・真剣に悩む必要なんてねえよ」

「え?」

 

 ファングはクッキーをかじりながら言った。その姿に真剣さなど欠片も感じない。何だか悩んでいる自分がバカらしくなる。

 

「俺も自分が本当に自分なのか分からなくなる時があるよ。記憶もねえし、この力は謎だし。でもそんな時は悩んでない奴を見ることにしている」

 

 巧はファングをチラリと見た。

 

「安心しろ、とは言わねえよ。だけどそんな時は安心している奴を見ろ。安心している奴がいると自分も不思議と安心出来るぞ」

「乾さん・・・・・・」

 

 ティアラはファングの顔を見る時に抱く想いの理由が少しだけ分かった気がする。

 

「どうしても不安なら何時でも俺や巧のところに来いよ。この間言ったろ、傍にいてやるって」

「ファングさん・・・・・・」

 

 ティアラは二人の姿がとても頼りがいのあるように見えた気がした。うっすらと彼女は笑みを浮かべる。

 

「カモミールティーを淹れました。お二人とも飲んでください」

「ああ」

「・・・・・・ああ」

 

 ティアラは二人前のお茶を渡して席を立つ。もう胸の中に抱えていた不安が嘘のように気持ちが晴れやかになったから。

 

「どうした、添い寝してやっても良いけど?」

「ご冗談を。私はもう眠らせてもらいます」

「じゃ、おやすみ」

「また明日な」

「お休みなさい」

 

 ティアラはパタリと静かに扉を閉じた。

 

「・・・・・・熱そうだな」

 

 

「ファングさんなら私を・・・・・・」

 

────受け入れて、好きになってくれるかもしれない

 

 ティアラは自分しかいない部屋で一人そう思った。 

 

 




基本的にファングは誰がヒロインと決まっている訳ではありません。なのでティアラ個別イベントもアリン個別イベントを両方やる場合があります。

今回はたっくんの存在感が少し薄かったですがその分次回は少しはっちゃける予定です。基本的にこの物語は巧視点の主人公がファングのフェアリーフェンサーエフなので今後もこういう展開があります。しかしながらちょくちょく挟む予定のオリジナルストーリーでは巧がメインの話しをガッツリやる予定なので安心してください


よい子の皆はジュウオウジャーを見ましたか? 僕は見ました。見なかった人は特別にカイザへ変身する権利を草加さんがくれるそうです。


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狂人VS牙 盗賊VS狼 龍VS龍 

小説仮面ライダーマッハを読み終わりました。とても面白かったです。


「ちょっとファング、あたしのプリン返しなさいよ!」

「しょーがねーだろ。腹減ってたんだよ」

「どうお腹すいてたら人のプリン食べるのよ!?」

 

 シュケスーの塔攻略から数日。巧が朝食を食べに食堂に向かうと何やら騒がしい声が聞こえる。ドアを開けるとファングとアリンがギャーギャーと言い争っていた。またか、と彼は呆れた目つきになる。

 

「おい、どうしたんだよ。朝っぱらからやかましいな」

「アリンさんのプリンをファングさんが食べてしまったそうです」

「・・・・・・なんだ、それ。小学生か?」

 

 カモミールティーを優雅に口にしているティアラの近くに巧は腰を下ろした。まったくもって低次元な争いだ。二人ともたかがプリン一つであそこまで騒がなくても良いだろうに。まさしく小学生のする喧嘩そのものだ。被害者からすればたまったものではないけど。

 

「ちょっとあんたこれで何回目だと思ってんの!?」

「忘れるくらい? たくさんだ、たくさん」

「その切り返しはちょっと予想外だわ。・・・・・・とにかくあたしのプリン返しなさいよ」

 

 食べ物は恨みは恐ろしいという言葉は偉大だ。ここにその言葉を証明する少女がいるのだから。

 

「こら、お前ら喧嘩してるんじゃない。このオレ特製のプリンを作ってやったぞ」

「わー、美味しそう」

 

 お盆の上に載せられたたくさんのプリンをバハスは持ってきた。先ほどまで怒っていたアリンは怒りなど何処を吹く風だ?と言うくらい穏やかで目を輝かした顔でプリンを手に持つ。

 

「お前さんは食べられた分も含めて特別に二つやるよ」

「え、良いの? ありがとうバハス!」

 

 アリンは二枚の皿に載せられたプリンを満面の笑みで口に入れた。

 

「・・・・・・これ、すっごい美味しい」

 

 口元を抑えてアリンは頬を緩める。えへへ、と見る者の心を癒す満面の笑みを彼女は浮かべた。

 

「へー、そんなに美味いのか。俺も一つもらって良いか?」

「おう。食え食え」

「では私も」

 

 巧とティアラもプリンをもらった。二人ともそれを食すとアリンのようなリアクションになる。あの巧まで満面の笑みを浮かべている。

 

「じゃあ俺も」

「ダメだ」

「はあ、なんで俺だけ!?」

「逆にどうしてお前が疑問を持つのかオレは気になるよ」

 

 元を正せば誰のせいでアリンが不機嫌になったと思っているんだ。寄越せと暴れるファングを抑えてバハスは苦笑した。

 

「大人しく自分の非を認めるなら食わしてやる」

「はい、ごめんなさい!」

「・・・・・・清々しい奴だ、色々と」

 

 平身低頭と頭を下げるファングにバハスはプリンを渡した。食べ物のためなら何でもしそうな男だ、と彼は思う。食う、寝る、遊ぶ以外でファングが自分から何かをするところを見たことがない。

 

「うめえ、これ。めっちゃうめえ!」

「もっとお行儀よく食べてください。・・・・・・そう言えばハーラーさんは?」

「巧のベルトを調べるって言ったきり部屋に籠もってる。たく、あいつ夢中になると寝る間も惜しんで研究するからな。わざわざサポートするオレの身にもなれ」

 

 バハスの目にはうっすらとクマが浮かんでいた。お疲れ様、とファングは言う。

 

「そろそろロロが何か情報を仕入れてないか気になっていたのですが」

「あー、じゃあオレが呼んでくるから待っとけ」

 

 バハスはハーラーを迎えに食堂から彼女の部屋に向かった。

 

「あんなお父さんがほしいわ」

「面倒見が良くて優しそうですものね」

「それにメシも美味い」

「正に理想だな」

 

 四人はバハスが仲間に加わって良かったと思った。

 

「いい加減にパンツをはけー!!」 

 

 バハスの大きな叫び声が食堂にまで届く。四人はびくりと肩を震わせる。

 

「ハーラーみたいな子どもは世話が焼けそうね」

「ちょっと変態でガサツですからね」

「それにところかまわず平気で脱ぐからな」

「正にダメ息子だな」

 

 

「ロロの情報屋に来るのも久しぶりな気がするな」

 

 ファングたちはロロを探す。ゼルウィンズ一大きい広場に彼女はいる。特徴的な緑色のリボンとリュックサックがロロのトレードマークだ。たくさんのフェンサーや通販番組をこよなく愛する人が彼女の商品を求めているので儲かっているらしい。それなら少しくらい常連の俺をマケろよ、とファングは思う。

 

「あ、お兄ちゃん。いらっしゃーい。いつもごひいきにしてくれてありがとー」

 

 ファングが来店するとロロは満面の笑みで彼を迎え入れた。羽振りの良い上客のファングは彼女にとっても来てくれるのが楽しみな客だ。

 

「大好きなお兄ちゃんのために良い情報を仕入れといたよ。このお値段でどう?」

「ほらよ」

 

 ファングはロロに料金を支払った。

 

「チャリーン! まいどありー! んとねえ、ソルオールって村で管理されてるフューリーがあるんだって」

「この間おっさんが奢ってくれたワインがあそこの村のだったな」

「あそこのワイン有名だからね。でも最近荒くれ者のザンクっていうフェンサーが村を乗っ取っちゃったんだ。それでフューリーを自分のものにしたらしいよ」

 

 村を乗っ取るレベルのフェンサーとは恐ろしい。いかに特殊能力者のフェンサーといえど普通ならそれだけの人々を支配するのは不可能なはずなのだから。

 

「ザンク・・・・・・あの野郎」

『よりにもよってあの男か』

『うええ。ザンクきらいー』

 

 ファングはその男の名に心当たりがある。彼はザンクを思い出すと顔を歪めた。あのアポローネスよりもたちが悪いフェンサーだ。強さでは彼のが上ではあるがどちらと戦いたくないかと聞かれればファングは間違いなくザンクと答えるだろう。

 

「その無法者とお知り合いなんですか」

「ああ。なんどか戦り合ったことがある。化け物だよ、アイツは」

「あ~、そんなヤツに先越されたってこと!?」

 

 ファングが恐れる相手にアリンは焦る。

 

「勝てないのか?」

 

 巧は村人のことを考えると見殺しにするという選択肢を選びたくはなかった。罪のない人々が傷つくのはやはり気分が優れない。

 

「関わり合いたくねえんだよ。でもアイツの被害に遭うヤツらのこと考えるとなー」

「頼みます、ファングさん」

「・・・・・・なんか俺ばっかり戦ってね?」

 

 ティアラが最後にまともに戦ったのは何時ごろだろうか。遡るとカダカス氷窟の辺りになるかもしれない。ファングは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 

「君が化け物と言う相手と私たちのようなか弱い女子を戦わせたりしないよな?」

「ファング、男ならやってみせろ」

「勝手なこと言いやがって。俺が男のプライドをかけて特大ステーキを食いきるって言ったらそんなプライドは捨てろって言った癖に」

「そう思うなら都合の良い時だけそれを持ち出さないでください」

 

 二人の軽口の叩き合いが始まる。しかし、いつもならとっくに諦めるファングがここまで渋るとはザンクという男は本当に厄介な相手なのだろう。

 

「でもそのザンクを倒したらきっと村の人感謝してフューリーをくれるわ」

「もしかしたら勇者とか英雄になれるかもな」

「勇者? 英雄? そんなモノには興味ないね」

 

 誰かのために強くあろうとする者が勇者や英雄なのであってそれらは自分からなろうとしてなれるものではない。なろうとして勇者や英雄になれるのは子どもだけだ。ファングは痛いほどそれを理解していた。

 

「でも勇者なら豪勢な食事をご馳走してくれるかもね」

「な、なにぃ!?」

「もしもらえなくても男らしいファングさんには乾さんが特大ステーキをご馳走して差し上げますわ」

「俺かよ」

「お前ら、この勇者ファング様についてこい」

 

 ファングは目を輝かして言った。

 

「その意気その意気」

「今回は俺も協力してやるよ、勇者様」

「相変わらず単純ですわね。まあ、そこが良いところなんですけど」

「よし、勇者に続けー!」

「おーう!」

 

 意気揚々と彼らは立ち上がった。

 

「ねえねえお兄ちゃんたち、ついでに人型お掃除ロボット買わない?身体を清潔に保たないと自分がお掃除される緊張感があるよ」

「いらん」

「もっと優秀なロボットがいるからな」

「ざーんねん♪」

 

 

「どうした、お前ら? 俺を殺せよ、憎いだろ! ははははは!」

 

 ソルオール村の大きな広場にザンクはいた。身体は血にまみれ、彼は不気味に笑う。周りにはザンクを何とか止めようと立ち上がった村の男たちが地に伏していた。その身体は所々骨が折れてまがり、今すぐにでも病院に連れて行かなければ最悪死ぬ、だろう。

 

「お前らを見てるとイライラするんだ。戦え、俺と戦え。ひゃはははは!」

 

 また一人向かって来た男がいた。ザンクはその男の顔面を殴りつけ、蹴り飛ばし、踏みつけた。男は白目を剥いて失神した。

 

「ああ? もう、終わりかぁ? ガルド、こいつらを治しとけ。俺を一発でも殴れるようになるまでこいつらもこの村も解放しねえからな! ははははは!」

「キャハハ。こいつの腕の形面白ぇ」

 

 ザンクに命令された男は複雑な表情で村の男たちに回復魔法を掛ける。ザンクのパートナー妖聖のデラは目の前の男たちの治りかけの腕で遊んでいた。

 

「あー、つまんねえ。フェンサーでもいりゃ少しでも楽しめんのによー」

「相変わらずだな、ザンク」

「ああっ!? 文句があるなら俺のイライラをてめえが発散するか?」

 

 メガネを掛けた男が大暴れしているザンクを戒める。しかし、彼に睨みつけられると肩をすくめた。

 

「・・・・・・ガルドも苦労しているな」

「これが自分の仕事なんで」

「私も同じだ」

 

 二人はため息を吐いた。

 

「で、パイガ。お前はフューリーを手に入れたオレに褒美でも持ってきたか」

「上からのお達しだ。穏便に事を済ませるようにとのことです」

「するとてめえらはオレにケチをつけようってか?」

「と、とんでもない。私ではなく上の通達です。ですがザンク、あなたはドルファの幹部だということを忘れないで下さい。もし万が一世間にでもバレてしまえば社の信用は何処までも沈んでいくんですよ」

 

 メガネの男────パイガの警告もザンクはどこ吹く風だ。面倒くさそうに欠伸をした。

 

「ゴチャゴチャうるせーよ。・・・・・・そういえばお前、嫁と娘がいたな。ボコボコになった顔で家に帰ったらきっと嬉しくて泣いて喜ぶぜぇ!」

「ちょっとーあんまコイツを虐めないでよー。ただでさえ奥さんにボコボコにされてるんだからさー」

「こら、黙ってろ!」

「ははは! 面白え!」

 

 パイガは自分のパートナー妖聖のビビアに自宅での彼の扱いを暴露され、慌てて口を塞いだ。だがすでにザンクの耳には入っていたのか彼は大笑いする。パイガは青筋を立ててビビアの頭に拳骨を落とした。何するのよ、と彼女は視線で抗議したが抗議したいのはパイガの方である。普段からこのようにプライベートをベラベラと喋るビビアに彼はいつも困らされている。彼は深いため息を吐いた。

 

「・・・・・・ところでフューリーは?」

「あ? その辺にあるんじゃねえの? どこかに放り投げちまった」

「さすがの私でも怒りますよ・・・・・・!」

「怒ってみろ」

「す、すいませんでした」

『だせー』

 

 情けないパイガの様子を見たデラとビビアの二人の声が重なった。

 

『う、うわあ!』

 

 広場の入り口の方から誰かの悲鳴が聞こえた。

 

「ざ、ザンク様。勇者ファング一行を名乗る者たちの襲撃です!」

「・・・・・・ファング、だと。面白え通せ!」

 

 見知った名にザンクはニヤリと笑う。

 

「我々は隠れた方が良さそうだな」

「りょうかーい」

「・・・・・・フューリーの回収と村人の解放は『彼』に任せましょう」

 

 パイガとビビアはこっそりとその場を離れる。ザンクに背を向けた彼はこっそりと携帯を取り出した。

 

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 勇者ファング見参!」

 

 剣を構えたファングがザンクに名乗りを上げる。彼は調子に乗っているのか思いっきり格好つけている。一度その気になれば彼はノリノリだ。もはやファングの頭の中では自分が本気で勇者になった気でいる。普段の彼を見知ったザンクはぽかんと口を開けた。

 

「罪のない人々を傷つけるのを見過ごす訳にはいかないな! ・・・・・・乾巧だ」

『たっくんがこわれた』

 

 そしてファングに乗せられて巧も名乗りを上げる。180度ズレた彼のキャラに敵どころか味方までもが首を傾げた。

 

「びゅびゅーん!」

 

 二人の背後に爆煙が巻き起こる。ファングのスモークの魔法だ。ここまでこだわるといっそ清々しくなる。

 

「ひさしぶりじゃねえか、ファング! やっとオレに殺される覚悟が出来たようだなぁ。ところでびゅびゅーんってなんだ?」

『かぜのおとだよ』

『音は気にするな』

「うざっ!」

「ザンク、てめえの手に入れたフューリーを賭けて俺様と勝負しろ!」

 

 ファングはザンクを指差して言った。

 

「てめえと戦うのも懐かしいなぁ。くかかかか! いいぜ、やってやるよ」

『相変わらず気味の悪い男だ』

「上等よ。かかってきなさい!」

 

 アリンはふんと鼻を鳴らした。数々の修羅場を乗り越えてきた彼女はザンクに向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「待てせっかくだから御前試合にしようぜえ」

「御前? 誰が王様だ?」

「オレ様だ。そっちの四人とこっちが用意した五人と戦い勝ったらオレ様に挑む権利をやる。それにも勝てたらフューリーはやるよ」

 

 五対四では少し不利に見えるがフェンサーが三人いるこっちのが遥かに有利だ。更にこっちは変身すればこのメンバーで最高レベルの巧もいる。もっとも人に555の力もオルフェノクの力も使う気は彼にはないが。

 

「良いぜ、その条件飲んでやるよ。つーか俺と巧だけで十分だ」

「え、俺も戦うのか? 面倒くせえ」

「協力するって言ったばかりだろ! あれだけ格好つけてギャラリーとかありえねえよ!?」

 

 困惑する巧の頭をファングが叩く。こうして五対二の御前試合は決まった。彼の指摘に今更ながら先ほど巧がしたことがどれほど恥ずかしいか彼は知る。チラッとティアラたちを確認すると本気で心配する目で見られた。巧は内心ショックを受けた。

 

「で、お前らが負けた場合は俺に何をくれるってんだぁ?」

「じゃあファングくんの命で頼む」

「ハーラー、お前俺のこと嫌いなの?」

 

 サラッと自分を売られてファングは汗を流す。

 

「あ? 俺はコイツを殺す気はねえよ。そうだそこの女ァ!」

「え、私?」

「おい、ティアラは関係ねえだろ!」

「やっぱりてめえら恋愛関係か。俺は男女でいちゃつくヤツラが大嫌いなんだ! だからてめえを殺す!」

 

 ザンクがティアラを睨みつけた。ファングが庇うように前に立つ。

 

「ちょっとザンクはん、いい加減に」

「オレにはオレの考えがあるんだ、黙ってろ! それともお前が代わるか?」

「ちょ、グーは反則や反則!」

「じゃあチョキなら満足か?」

「グーでええです」

 

 ザンクは止めに入った男を殴った。

 

「この男、仲間まで殴ってる・・・・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください。私はファングさんとは恋人関係ではありません! 訂正してください! 彼が私を愛してしまっただけです!」

「そうだ。だれがこんな内心クソブスと恋人になるか」

「えへへ」

「「じゃあどういう関係だ」」

 

 ファングの罵倒に赤面して笑うティアラにザンクと男のツッコミが重なる。

 

「面倒だから恋人で良いだろ」

「話が纏まんないよ。ファングくんなら負けないから大丈夫だって」

「そうそう。楽勝楽勝。あいつの手の内は知り尽くしてる」

「あなたの手の内も知り尽くしてるんですよ。向こうは。とにかく負けたら承知しませんわ。あなたと私が恋人同士になってしまうのですから」

『論点がズレているぞ』

 

 ティアラにとって命よりファングと恋人になることのが重要なのか。ブレイズは困惑した。しぶしぶ御前試合が始まる。

 

「か、勝手なことを。このことが社にバレたりしたら。・・・・・・早く来てくれえ、『北崎』」

 

 

『あれ、ティアラがいないよ~』

「まさかあの女逃げたんじゃないでしょうねえ」

「本当に逃げたなら賢い判断だけどな」

 

 村人やごろつきを引き連れたザンクが御前試合の会場に現れる。

 

「野郎ども、御前試合を始める!」

 

 ザンクの宣言にごろつきたちは歓声を上げる。

 

『荒れ馬は荒れ馬に人気があるようだな』

「ファングやっちまえ」

「て、やっぱり巧もギャラリーかよ!」

 

 ファングは巧を睨みつけつつ、現れたごろつきを瞬殺する。今更ただの人間に苦戦する彼ではない。フェンサーと人間にはそれほどの差がある。

 

「はい、まず一人目ー」

「・・・・・・いいねえ。やっぱりてめえ最高だよ。早く本気のてめえと殺し合いてえ」

「誰が殺し合いなんてするか」

 

 ファングはザンクを睨んだ。

 

「さァて? それはどうかな?」

「・・・・・・あ?」

「あの女、どこに行ったと思う?」

 

 ザンクの一言でファングの顔から表情が抜け落ちた。それと反比例するようにザンクは不気味な笑みを浮かべる。この二人は同じ快楽主義者だ。だが決定的に違うところがある。目の前にいる人に手を差し伸べることに喜びを感じられるのがファングなら、ザンクは目の前にいる人を壊すことに喜びを感じる。同じような性質を持っていながら彼らは水と油の存在なのだ。

 

「・・・・・・殺す」

「その前にオレが殺す」

 

 ぎゃははとザンクは高笑いした。

 

「ファングくん、敵に乗せられ・・・・・・る心配はないか」

『やっぱりザンクだいっきらい』

「おい、ティアラは無事だろうな」

「心配すんな。ファングがオレに勝てたら解放してやるよ。勝てたらなあ!」

 

 

「・・・・・・ん。・・・・・・ここは」

 

 ティアラは見知らぬ場所で目覚めた。かび臭い匂い、埃の積もった床。それが長らく使われていない地下牢と思われる場所だと彼女は気づく。

 

(そうです。私、兵士に襲われて・・・・・・)

 

 ファングたちが少し目を離した隙にティアラは敵に捕まった。その時のことを彼女は思い出し、沸々とした怒りを感じる。

 

(あのザンクという男。血反吐を吐かせて泣いて謝らせてやります)

 

 ティアラは地下牢の中で一人決意した。

 

「うわっ、何をする!?」

 

 叫び声が聞こえ、ティアラは牢屋の外に視線を向ける。兵士と思われる男が白い子犬に倒されていた。キュイ。彼女のパートナー妖聖だ。

 

「キュイ! 無事だったんですね!」

「キュイキュイキュイー!」

「え、この人たちに助けられたのですか?」

 

 牢屋の外には大勢の村人がいた。彼らは牢の鍵を開ける。

 

「お願いします、フェンサー様。あのザンクという男を倒してください」

「言われなくとも。私が、いえ本日限り私の恋人であるファングさんがきっと倒してくれます」

「それは頼もしい。・・・・・・この地下牢と繋がった地下迷宮のどこかにフューリーがあります。きっとフューリーはあなた方に力を貸してくれます」

 

 村人はティアラに深く頭を下げた。

 

「良いんですか・・・・・・?」

「きっとあなたたちが村を救ってくれる勇者なんですよ。だから頼みます! ザンクを倒してください」

「はい、必ず!」

 

 ティアラは地下迷宮を進む。一人っきりの冒険は何時もと違う。常にモンスターに見つかるリスクや崩落の可能性を考えなければならない。慎重に確実に彼女は進む。普段と違い先導してくれるファングや巧はいないのだから。ふとどうしようもない孤独感をティアラは感じた。目を閉じてファングの顔を思い浮かべる。巧のアドバイスを実践した。効果は、よくわからない。でもなんとなく自分の足で前に進める気がした。

 

(既にザンクを倒した、という報告を期待してますよ。一日限りの恋人さん)

 

 入り組んだ迷宮を上へ上へと登っていく。アテはない。すべて自分の勘が頼りだ。正しい道を辿っているのか不安を感じる度にファングの顔を思い浮かべる。それに意味があったのか分からないがやがてフューリーを見つけた。

 

「こ、これがソルオール村のフューリー。凄まじいエネルギーを感じます」

「キュイキュイ」

「力がみなぎるようです。待っていてくださいファングさん。今行きますから!」

 

 ティアラは笑顔で迷宮の出口へ向かう。・・・・・・その行く手を阻む者がいた。

 

「やだなあ。ダメだよ。そのフューリーは僕たちの物なのに」

「あ、あなたは・・・・・・?」

 

 ティアラの前に一人の少年が現れる。肩をだらしなく出したTシャツに穴の空いたGパンに身を包んだ中性的な顔立ちの美少年。平常時なら彼女も目を輝かしていたかもしれない。だが今は違う。気を引き締めていた彼女には少年の異常を瞬時に見抜いた。彼の通ったと思われる道の草や花が灰になっている。底知れないオーラが少年にはあった。ティアラは冷や汗を流す。恐らく彼は敵。それも決して自分が戦ってはならないレベルの相手。それでもティアラは薙刀を構える。

 

「ごめんね。パイガ君に助けろって言われたのは村の人たちなんだ。だからフェンサーは」

 

 先手必勝。少年が全てを話すよりも早くティアラは高圧力の水で鋭くなった薙刀を彼に振り下ろした。不意打ち気味に放たれた一撃は直撃する────

 

「・・・・・・殺していいよね」

 

 ────かに思えた。ティアラの薙刀は何かに阻まれ、少年を切り裂くことはなかった。見れば彼の腕が灰色の龍を型取った巨大な爪に変貌している。なんだ、この力は。焦りとは別に彼女は疑問を感じた。フェンサーではない。グナーダのように寄生生物に身体を奪われたのでもない。ではこの力はいったい・・・・・・?

 

「あなたはな、何者なんですか!? いきなり現れて邪魔をしないでください! 私は行かなければならないんです!」

「怒鳴らないでよ。怖いなー。僕、人に怒鳴られるの苦手なんだよね。だってさ」

 

 ティアラの顔を見つめ少年はにこりと笑った。彼女はぞわりと戦慄する。彼の目つきが鋭いものに変化したことに、ティアラに殺意を向けたことに気づいたから。

 

「俺より弱いヤツが調子に乗るなよ」

「っ!? 『フェアライズ!』」

 

 ティアラが純白戦姫の鎧を形成するのと少年が拳を振りかぶったのはほとんど同時だった。決して折れない高潔の意志と絆で固められた鎧に激しい衝撃が走る。鎧で守られていたはずなのに焼け付くような痛みを彼女は感じる。殴られた装甲部を見ると爪によって凹みが出来ていた。この鎧に傷をつけるなんてありえない。だが確かにそこに少年がつけた傷痕があった。何というパワーだ。

 

「あれ? もしかしてキミ、そんなに強くないの?」

「・・・・・・くっ!」

「つまんないなあ。ま、良いや」

 

 少年の顔が灰色に染まり、光に包まれる。ティアラは思わず目を閉じた。

 

「飽きちゃったから・・・・・・もう終わりにしよっと」

「・・・・・・!」

 

 ティアラが目を開くと少年の姿は消えていた。代わりに彼がいた場所には灰色の怪物がいた。龍人。その姿は古より恐れられし幻獣が人の形になった者。それを知る者は少年をこう呼ぶ。────ドラゴンオルフェノクと。

 

「ばいばい、お姉さん」

 

 ドラゴンオルフェノクが両手を空に掲げると雷雲が彼の周りに集まり出す。その手を振り下ろすと雷がティアラに降り注いだ。彼女は目をギュッと閉じた。

 

(ごめんなさい、ファングさん。私ここまで────)

『ディフェンド! プリーズ』

 

 雷がティアラを直撃するかしないか、そのタイミングで不思議な電子音声が彼女の耳に入った。

 

「・・・・・・え?」

「良かった、間に合ったみたいだな」

 

 恐る恐る目を開くとティアラを守るように一人の青年が立っていた。その周りを火、土、風、水の障壁が雷から彼らの身を守っていた。

 

「あ、あなたは・・・・・・」

「へえ、キミ誰?」

 

 ティアラとドラゴンオルフェノクは予想だにしていなかった青年の登場に首を傾げた。

 

「俺? 俺は・・・・・・」

 

 青年は自分の手を掲げる。キラリと輝く宝石の指輪が二人の目に映る。

 

「通りすがりの魔法使いだ」

 

 その宣言は堂々としていてまるで彼が本当に魔法使いなのではないかと信じてしまいそうな説得力があった。現に青年が手に持つ剣や指輪からは妖聖武器のフューリーと同じような力を感じる。だがそれよりも直感的に彼がただものではないとティアラの本能が告げていた。確固たる信念を持った真っ直ぐな目をしているのだから。彼女は無意識に青年にファング、それに巧の姿を重ねていた。

 

「へえ・・・・・・面白そうだね、僕と遊んでよ」

「『遊び』なら喜んで引き受けてやる」

『ドライバーオン プリーズ』

 

 ドラゴンオルフェノクの標的がティアラから青年に変わる。彼はふっと笑うと指輪を腰のベルトにかざす。するとベルトが機械的なごちゃごちゃしたドライバーに変化した。

 

『シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン!』

「変身!」

『フレイム ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!』

 

 やけにハイテンションな歌と共に青年の身体を赤色の魔法陣が包み込む。気がつくと彼の姿は指に付けられた赤い宝石を人型にした魔法使いの姿へと変貌していた。絶望を希望に変える魔法使い。最後の希望。遠い世界でそんな異名を持つ戦士の名は『仮面ライダーウィザード』。突如変わった青年の姿にティアラは驚愕し、ドラゴンオルフェノクは新しいおもちゃを見つけた子どものように不気味に笑う。魔法使いはドラゴンオルフェノクに向けて黒いコートを翻して構える。

 

「さあ、ショータイムだ」

「へえかっこいいなあ。僕も何か決めゼリフでも作ろうかな」

「決めゼリフを使っていいのは正しいことに力を使うヤツだけだぜ」

 

 どことなく緊張感のない会話をしながらもドラゴンオルフェノクとウィザードは交戦を始めた。

 

「お嬢ちゃんは行きな」

『バインド プリーズ』

「わ、すごいすごい」

 

 鋼鉄の鎖がドラゴンオルフェノクを拘束した。バインド。ウィザードの魔法だ。しかし、身動きを封じられながらドラゴンオルフェノクは喜んでいた。

 

「で、ですが。あなたは何故赤の他人の私を」

「俺はあいつの希望になるって約束したんだ。ならあいつの仲間のピンチを助けるのは当たり前だろ」

「あいつ・・・・・・?」

 

 首を傾げながらもティアラは拘束されたドラゴンオルフェノクを追い越し、迷宮の出口へ向かう。

 

「あ、そうだ。伝言預かってるんだ。『悩んだら海をみろ』って巧に伝えといてくれ! 俺は多分無理だから」

 

  

 ティアラがドラゴンオルフェノクやウィザードと遭遇している頃。

 

「これで後一人か」

 

 ファングは一人で四人を倒していた。あと一人倒せばティアラを取り戻せる。彼は剣のグリップを強く握り締めた。

 

「かは、かははははは!」

 

 しかし、ザンクは御前試合が終了していないにも関わらずファングに攻撃をしかけた。振りかぶったねじ曲がった曲剣を彼は受け止める。とてつもない怪力。受け止めたファングの腕が痺れた。

  

「っ! ザンク、てめえ・・・・・・! 話が違うぞ!」

「もう待てねえ! ルール変更だぁ! 二対二で行くぞォ!」

『やはりこうなるか・・・・・・。くそ、この男を倒さんとティアラは取り戻せんぞ、ファング!』

「わかってる。とっとと終わらせてやる!」

 

 ファングとザンクの激しい斬り合いが始まる。洗練された剣技とどこまでも荒削りで暴力的な剣技のぶつかり合いは見ているギャラリーを盛り上げた。

 

「あんさんら、どっちが相手なんか?」

 

 ザンクに殴られていた男が鎌を巧たちに向ける。

 

「私がいくしかないかな?」

「いや、俺が行く。協力するって約束だからな」

「あの力は負担が強いから気をつけなよ」

 

 銃を構えたハーラーを制し、巧が前に出る。

 

「フェンサーでもない相手に武器を向けるのは不本意や。せやけどワイも仕事や。テンション上げてくでえええ!」

「いちいちうるさい奴だ」

「ごめんなさいねー、うちのガルドちゃんがご迷惑をおかけします~」

 

 戦いを前に大騒ぎするガルドに巧はイラつく。その雰囲気を察したのか彼のパートナー妖聖が頭を下げた。

 

「ほないくで~。『フェアライズ!』」

 

 ガルドの身体を鎌が貫いた。激しい疾風が巻き起こると太鼓のようなものを背負った金色の鎧が彼の身体に形成される。疾風金色(しっぷうこんじき)の鎧を纏ったガルドは巧に切っ先を向けた。

 

「フェンサーには容赦しねえよ」

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧の身体を紅鉄不変の鎧が包み込む。彼はだらんと構えるとガルドに殴りかかる。

 

「お、なんやそれ!? かっこええなあ!」

「戦いの最中にやかましい奴だ!」

 

 巧の拳はガルドの鎌に阻まれる。フェンサーだけあってやはりくぐり抜けてきた修羅場は多いのだろう。盗賊のような無骨なスタイルのガルドは不良の喧嘩スタイルの巧と非常に相性が良かった。巧が仕掛けた攻撃に全てカウンターを入れて返している。ソルメタルと呼ばれる特殊な金属によって高い防御力を秘めている555の装甲をもってしてもフルスイングで放たれたガルドの一撃にはダメージを免れることはできない。今のところこの世界で戦ってきた中で一番の強敵は間違いなくガルドだ。巧は小さく舌打ちした。

 

「ほらほら、見かけ倒しなんか? もうちょい気張れや!」

「うるせー!」

 

 巧はもう何度目か分からないパンチを放つ。それは軽々と回避される。即座に回し蹴りを繰り出す。これは直撃したが鎧によってダメージが入っているようには見えない。苛立ちを誤魔化すようにそのまま突き飛ばす。追撃にタックルを仕掛けようとしたが薙払った鎌から放たれた突風に阻まれる。厄介な相手だ。巧は攻め倦ねる。何か手段はないのか。

 

────カッコ悪いねえ。ま、所詮君はそんなもんだよね

 

 不意に巧は一人の男の顔が頭に浮かんだ。誰かは分からないのに無性に腹が立つ。きっと巧とよほど仲が悪かったのだろう。だがそれと同時にガルドを倒す手段も思いついた。

 

「何度同じことをしても結果は変わらんちゅーとるやろ」

「同じなら、な」

「な、なんやて!?」

 

 放たれたハイキックを腹に受け止めても余裕の笑みを崩さないガルド。だが巧にも考えがある。仮面に向こうでニヤリと笑った巧の異変にガルドは気づく。だがもう間に合わない。鎧に突き刺さった足を彼が確認すると555フォンのエンターキーを押す。エネルギーが充填される。

 

────exceed charge

 

 紅い三角錐状のエネルギーがガルドの身体を拘束した。どれだけ身軽でもゼロ距離ならば必中する。巧がとっさに思いついた攻撃手段だ。この戦法はかつて彼と共に戦った草加雅人が多用した必殺技のゴルドスマッシュとまるで同じものだった。

 

「負けを認めるか」

「まだや! まだ終わりやない!」

「・・・・・・手加減はする。ハァァァァ!」

 

 巧は勢い良く跳ぶと必殺の蹴りを放った。ガルドは身体を拘束されながらも風を纏った鎌を構える。迎撃するつもりだ。戦車をも容易く砕く一撃とガルドの必殺の一撃が激突する。

 

「ぐっ!」

「うわああああ!」

 

 巧は弾かれ、ガルドの鎌はその手から離れた。相討ち、という訳ではない。

 

「・・・・・・あんさんの勝ちや」

 

 巧は555のままだがガルドはフューリーフォームが強制解除されていた。このまま戦えばどちらが勝つか明白だ。ガルドは両手を上げた。

 

「・・・・・・ファングを手伝わねーと」

 

 

「くっ、なんて強さだ・・・・・・!」

 

 ザンクの突進を全身に受けたファングのフューリーフォームが強制的に解除された。

 

「な、何よ。あのフューリーフォーム!? は、反則よ!」

 

 ザンクのフェアライズしたフューリーフォームは通常のフェンサーのそれとまるで違うものだった。ファングの鎧も少し特異だがザンクの姿はもはや鎧ではない。言うならば緑色のカメレオンを巨人にした姿。人とかけ離れた怪物。かろうじて民族風の鎧を身体に纏っていることからそれがフェンサーの力によって起こされた物だと分かる。

 

「恐らく融合系数を極限まで高めているんだろうね。ぜひ観察したいなあ」

 

 ハーラーは特技の分析を使いそれが妖聖の力と限りなく一体化したものであると気づく。よほど珍しいのか涎を垂らしてザンクを見つめる。

 

「ち、あん時から更に厄介になりやがって・・・・・・!」

「あの時ってなんなのよ! あの化け物と何があったのよ!?」

 

 アリンはザンクに震え上がる。

 

「・・・・・・昔、狂った村に行った。妖聖の力で奇跡を起こせると本気で思っていた奴らが作り上げた気味の悪い村。俺はそこであいつに出会った」

「なに、それ」

『あの村人たちは確かに頭がおかしかった。だが叶えたい願いに囚われた哀れな者たちだった。それをあの男は』

「皆殺しにしてやったよ! 男も女もッ! 老人も子どもッ! あの時は流石のオレも震えたぜえ! 生きてることの素晴らしさがどれほどのものか実感出来たからなァ!」

 

 怪物と化したザンクは心まで怪物になっていた。人を殺すことに躊躇いを持たない彼にアリンは戦慄する。

 

「に、逃げましょう。ファング、ここは一旦引くべきよ」

「俺は勇者だ。・・・・・・こんな奴のせいで涙を流している人たちがいる。傷ついている人たちがいる。それを救わないで何が勇者だ!?」

「それが何よ! 何時まで勇者にこだわってるの!? あたしにとってはあなたが全てなの! あなたが死んだらあたしも死ぬ。あなたが傷つけばあたしも傷つく。一心同体だから辛いのも分かる! でも、だから・・・・・・だからお願いだからわかってよお」

 

 アリンは目に涙を浮かべていた。既にファングの身体はボロボロだ。このまま戦い続ければ本当に死ぬかもしれない。にも関わらず彼は会ったこともない村人のためにまだ立ち上がろうとしていた。

 

「アリン・・・・・・でもダメだ」

「ど、どうして」

「ティアラが、ティアラがいるんだぞ。勇者は魔王を倒して囚われのお姫さまを助けるもんだろ」

 

 額から流れる血を拭ってファングは構えた。

 

「やっぱりあの女を人質にとって正解だったなァ。これでどちらかが死ぬまで戦いを続けられるぜ」

「てめえ、やっぱりそれが目的だったな!」

 

 ファングは基本的に誰であろうと人を殺す気はない。どれだけの強敵でも極悪人であっても。アポローネスにはそれを指摘されて敗北を喫した。彼は人を殺すことに躊躇いがある。しかし、大事な人たちの命に関わるならその躊躇いすらファングは捨てる。

 

「さあ、殺し合いの続きをしようかァ!」

「その必要はありません! この腐れ外道!」

 

 今にも殺し合いを始めようとした二人の間にティアラが割って入った。

 

「ああっ!? てめえ、どうやってここに?」

「簡単ですわ。私は囚われたままのひ弱なヒロインではない、ということですわ」

 

 睨みつけるザンクにティアラは小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 

「はあ? ヒロインはあたしよ、あたし! ・・・・・・でも、無事で良かった」

「たく心配かけやがって」

「ファングさん、これを!」

 

 ティアラはソルオール村のフューリーを投げ渡した。

 

「これがソルオール村のフューリー・・・・・・すげえパワーだ」

「てめえ、人の物を盗む奴は本当に大切な物をなくすっておばあちゃんに習わなかったのか!?」

「どの口でそれを。私は村人から託されたんです『うるせえ! くそアマがっ!』きゃあ!」

 

 ザンクはティアラに巨大な腕を振り下ろした。

 

「お前も女に手を上げる奴は男として失格だとおばあちゃんに習わなかったのか?」

「誰だ、てめえ!?」

「乾さん・・・・・・!」

 

 ガルドを倒した巧がその腕を剣────ファイズエッジで受け止めた。

 

「やるぞ、ファング!」

「ああ。『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体を灼熱深紅の鎧が包み込む。二人は肩を並べてザンクに向けて構える。ファングはかけ声と共に駆け出し、巧はフンと鼻を鳴らすと手首をスナップさせて駆け出す。

 

「クソクソクソクソ! イライラする! イライラするんだよ! お前ら皆殺しダァ!」

 

 強化されたザンクの肉体は強靭だ。フューリーの力でパワーアップしたファングの剣でも僅かなダメージしか通ってない。ザンクの蹴りにファングが吹き飛ばされる。巧は後ろからファイズエッジの斬撃を放つ。フォトンブラッドによって強化された刃は深い傷口を作る。だがそれすら意に介さないのか、それとも痛みを感じていながらも戦いを優先しているのか止まることなくザンクは尻尾で巧を叩き飛ばす。

 

「ぐっ!」

「ち、やっぱつええ」

「ひゃはははは。やっぱり戦いは良い。戦ってる時だけはイライラが、この世全ての憎悪を忘れられる!」

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!』

 

 ファングと巧は立ち上がると両サイドから攻撃を仕掛ける。ファイズショットによって強化された拳で巧は殴り、巨大な手甲に変化させた拳でファングは殴る。流石にこの攻撃にはザンクも仰け反る。コンボが繋がり更に二人は攻撃を重ねる。巧が蹴り飛ばし、ファングが炎を纏った剣の連撃を放つ。

 

「ぐっ・・・・・・ウラァ!」

 

 かなりのダメージを受けたはずにも関わらずザンクは飛びかかる。なんというタフネスだ。不意を打たれた二人に巨大な手が振り下ろされる。押さえつけられ二人の動きが封じられた。

 

「ファングさん!」

「来るな、ティアラ!」

「これは俺たちの戦いだ、邪魔すんな」

 

 激痛に耐えながらも二人は助けに入ったティアラを止める。

 

「律儀にルール守るなんてバカかァ?」

「俺はお前みたいな外道と違うんだよ」

『ピロロ!』

 

 ザンクの背後から現れたオートバジンがバスターホイールを発射した。凄まじい衝撃が彼を襲い二人を抑えてた手が離れる。転がって巧は脱出し、ファングはザンクの顔面を殴り飛ばした。

 

「こいつは人じゃねえからルール違反じゃねえよなあ?」

「ああっ!? ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!」

 

 凄まじい速さで突っ込んでくるザンクに巧はファイズエッジを構えるとエンターキーを押した。

 

────exceed charge

 

 巧はエネルギーが充填されたファイズエッジを振り抜く。紅いマーカーがザンクの身体を拘束した。

 

「がっ! う、動けねえ」

「一気に決めるぞ」

「ああ!」

 

 フォトンブラッドを纏ったファイズエッジを巧は、灼熱真紅の炎を纏った剣をファングは手に持ち駆け出す。

 

「ダァァァァァ!」

「ハァァァァァ!」

 

 巨大なザンクの身体を二つの真紅の剣が切り裂いた。

 

「ぐああああああああ!」

 

 ザンクは獣のような悲鳴を上げ、その巨大な身体から青い炎が吹き出した。がむしゃらに暴れ、彼はその炎を振り払う。まだやる気か、彼らは構えたがザンクのフューリーフォームが強制解除されるのを確認するとファングと巧も変身を解除した。

 

「何故だ・・・・・・」

 

 ボロボロになりながらもザンクの殺意が衰えることはない。彼は背筋が冷たくなるような視線をファングに向ける。

 

「何故だ! 何故殺さない! オレはお前を殺す気だったァ! ならお前も殺す気でやるべきだろォが!」

「別に。ティアラが無事ならお前を殺す意味もねえからな」

「・・・・・・っ!? 何処までもオレをバカにする気か。てめぇぇぇぇぇ!」

 

 ザンクはふらふらとファングに近づく。

 

「ザンクはん、無茶や。ここは一旦引くべきや!」

「くそ、ガルド。てめえまでオレを裏切るのか? 離せ、離しやがれええええ!」

「ワイを救ったあんさんを裏切ったりせえへんから安心しい!」

 

 ガルドに引きずられてザンクは消えた。彼は視界から消える最後までファングを殺してやると叫んでいた。

 

「あいつもエフォールと同じで悲しい人間、なのかもな」

 

 ファングはぽつりと呟いた。

 

「やった! やったわ! ファングあなた本当に村を救った勇者よ!」

『わーい、ごちそう』

『見事だ』

「ま、俺のおかげでもあるがな」

「男を上げたな、ファング」

「かっこよかったよ」

「私を救うために頑張るなんて殊勝な心がけですよ」

 

 一同はファングを賞賛した。しかし、彼は腑に落ちない顔をしている。色々と思うことがあるのだろう。

 

「ファングさん、疲れてるなら帰りますか?」

「ああ、疲れてるからって訳ではねえけど帰るよ・・・・・・」

 

 ファングはフウと一息吐いた。

 

「俺は勇者ってガラじゃねえよ。民を傷つける魔王を殺すことも出来ねえんだからな」

「当たり前です。ファングさんはファングさんなんですから。悪い人だから容赦なく殺す、そんな勇者のファングさんよりも私はただのファングさんのが好きですわ」

 

 ティアラの一言にファングは笑った。

 

「ならとっととズラかるか。バジン、先に戻ってろ」

「ご馳走ならオレが作ってやるよ」

『おじさんのけーきたべたーい』

「さ、帰りましょう」

「汗かいちゃったしこの服も脱ぎたかったしちょうど良かったよ」

『ここで脱ごうとするな、阿呆』

 

 一同は広場から抜け出す。

 

「・・・・・・あとでファングさんには特大ステーキを奢ってあげますわ」

「マジ! なんで?」

「今日限り、あなたと私は恋人関係ですから」

 

 

「ふぃー。俺の役目はここまでだな」

「えー? もう終わり。つまんないなあ」

 

 ウィザードは変身を解除すると青年────操真晴人の姿になる。ドラゴンオルフェノクもまた少年────北崎の姿に戻る。

 

「やりすぎちゃったな」

「そう? キミも僕もお互い全力は出してないでしょ? 分身したのはすごかったけどあと二つくらい何か隠してるよね」

「そっちも早くなる奴には驚かされたけど二つくらいなんか隠してるだろ」

 

 そういう晴人の背後には灰の砂漠が広がり、北崎の背後には焦土が広がっていた。これは互いが加減をしながらも作り上げた戦闘の被害だ。晴人は苦笑を浮かべ、北崎は満面の笑みを浮かべる。ともあれ誰の被害もなければ晴人にしても戦いが悪いものとは言うまい。

 

「キミも同じドラゴンなんだね、楽しかったよ。でもどうして僕の邪魔をしたの?」

「・・・・・・この世界に異物が入った。お前と巧の二人。いや、もしかしたら他にもいるかもしれない」

「ああ、それ冴子さんたちかな。僕、裏切っちゃったんだよねー。王様は僕なのにわかってないんだもん」

 

 北崎は一瞬だけ鋭い目つきになった。

 

「ま、誰が異物とかは関係ない。問題はそいつらのせいで歴史に深いダメージを与えるかもしれないことだ。そうすると次元にまで影響が出る」

「あ、もしかしてお姉さんを殺すのもその影響を与えるものなの?」

「少しだけ、な。あの娘の死はもっと先だからな。それに巧の仲間ってのもある」

 

 晴人は敵かもしれない北崎に何故か重要な情報を教えていた。だが彼はなんとなく歪みとは違う気がする。巧の敵になっても世界の敵になることはない。北崎は純粋な少年と変わらない。もしかしたら世界の危機を救う役割は巧だけでなくこの少年にもあるかもしれない。そう晴人の直感が告げていた。

 

「じゃ、後は他の奴に任せるから」

「えー、これで終わり?」

「ああ。終わりだ。もっと強い奴とその内戦えるから心配すんな。なんならお前の希望になってやっても良いけどな」

 

 名残惜しそうな北崎に手を振って晴人は灰色のオーロラに消えていった。

 

「あーあ。つまんないなあ。ま、いっか」

 

 北崎は上機嫌でスキップをしながら迷宮だった場所から出る。

 

「冴子さんには悪いけど邪魔させてもらうよ。王様になるのはアイツでも乾巧でもない。この僕だ」

 

 

   




ザンクのキャラはぽっと出で捨てるにはもったいない設定なのでもう少し出番があります。ガルドは経緯が少し変わりますがちゃんと次回には仲間になります。

まさかの555組参戦二人目は北崎さんになりました。僕のユーザー名から登場するのがわかった人もいるかもしれません。それ以前に少しだけ登場シーンはありましたが。草加もガルド攻略のシーンでちょっぴり出演してて少し詰め込みすぎたかも。

さて新たなスポット参戦はウィザードになりました。最初はXライダーにしようと思ってましたが流石に早すぎてボツに。

それといつの間にかお気に入り登録数が100を越えていました555とFFFにまだまだ人気があるとわかり嬉しいです。

次回は更に驚く展開になると思うので期待していてください。


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龍人襲撃

ゴーバスターズの小宮有紗さんが仮面ライダーゴーストに出演します。これで戦隊ウルトラマン仮面ライダー牙狼コンプリートです。同じくコンプリートしてる草加さんもラブライブに出演して対抗してほしいですね(笑)

今回はかなりのオリジナル展開です


 ゼルウィンズの街外れには小さな屋敷があった。屋敷には子どもが何人も遊べるような庭がある。そこの中心には立派な椿の木が植えられ、キレイな赤い花が生え揃っていた。だがその椿の花が美しいせいか心なしか手入れがきちんと行き届いているはずの灰色の壁が寂しい印象だ。その内、明るい色に塗り替えようか。その方が子どもたちも喜ぶかな。屋敷に訪れた一人の美女はそんなことを思った。

 

「お邪魔するわ」

 

 上品に頭を下げて美女は屋敷の中に入った。彼女が中に入るのを屋敷の窓から眺めていた子どもたちはドタバタと慌ただしく玄関の前にやって来る。その様子に美女はクスリと笑った。そして一番幼い三歳ほどの女の子の頭を撫でる。彼女の仕草一つ一つがまるで絵本の中に出てくる聖女のようだ。

 

『マリアノ先生ー!』

 

 屋敷の中にいた子どもたちは美女────マリアノが来訪したことに大はしゃぎだ。そうここは孤児院だ。両親や家族がいない天涯孤独の彼らにとってマリアノは姉のような存在であり、母のような存在だった。そんな彼女が来訪することが子どもたちにとって一番の楽しみだ。心優しいマリアノもまた彼らのような子どもたちに会いに行くことが一番の楽しみであった。

 

「皆さん、元気だったかしら?」

「元気元気ー!」

 

 活発そうな少年が両手を上げて主張する。それに釣られてみんな手を上げる。少しうるさいな、とマリアノは思ったが何よりもそれが子どもにとっては元気である証だと微笑みを浮かべる。

 

「あら、リリがおりませんわ。どちらにいらっしゃるかわかりますか?」

 

 マリアノは訪れる孤児院の子どもたちの顔と名前を全て把握していた。だからこの場にいない子どものこともすぐに分かる。

 

「リリなら北崎お兄ちゃんと一緒にあっちでお絵かきしてるよ」

「・・・・・・そう、北崎お兄ちゃんと一緒に」

 

 マリアノは子どもの言葉に少しだけ不安になった。

 

「おにいちゃんみて~。緑の生き物~」

「上手に出来てるね。これが緑の生き物?」

 

 マリアノが遊び場にいくと10歳ほどの少女リリが椅子に座って絵を描いていた。その様子を北崎は楽しげに眺めている。

 

「うん、強くてかっこいいの」

「僕よりも強くてかっこいい?」

「・・・・・・多分」

「えー、僕のが絶対強くてかっこいいと思うけどなあ」

「じゃあおにいちゃんと緑の生き物両方とも一番~」

 

 あの北崎が子どもと楽しそうに遊ぶ姿は彼をよく知る者なら誰もが驚く姿だ。しかし、マリアノが驚くことはない。彼が孤児院に訪れてこのようなことをする姿は既に何度も見ている。

 

「あ、マリアノ先生」

「マリアノさんも来てたの?」

「それはこっちのセリフよ、北崎くん。遊びに来るなら事前に連絡しなさいって何時も言っているでしょう。なんのための携帯電話なの? 二本も持っているのに使わないのはもったいないわ」

 

 北崎は年功序列というものを知らない人間だが年上の女性には敬意を払う。これがパイガのような中年男性ならしっぺの刑に処されるだろう。うん、そうすると笑顔で頷く北崎にマリアノは分かればよろしいと言った。

 

「おにいちゃん、おんぶしてー」

「リリ、止めときなさい」

「うん。良いよ」

「ちょっと北崎くん!?」

「わー、高い高い!」

 

 北崎の能力を知っているマリアノはリリをおぶる彼にヒヤリとしたが力を抑えているようでホッと胸をなで下ろした。そんなことは露知らずリリは想像以上の高さに目を輝かせる。16歳という年齢ながら北崎は巧やファングと身長がほとんど変わらない。10歳の女の子にとっては未知の世界だ。

 

「ここはなかなか楽しいところだね」

「それがどういう楽しいか私はとても気になるわ」

「おにいちゃんはリリと一緒にいるから楽しいんだよねえ~」

 

 リリは頬を赤くして言った。北崎は顔は美形である。裏の顔を知らない孤児院の女の子たちには大人気だ。まあ、それはマリアノも同じなのだけど。

 

「あ、そうだ。マリアノさんもお昼一緒にどう? 僕が奢りますよ」

「一緒に食事がしたいならここで食べて行きなさい。その方が子どもたちも喜ぶわ」

「そうしようかな」

 

 そんな会話をしているとマリアノの部下の青年が慌ただしく遊び場へとやって来た。

 

「マリアノ様!」

「どうしたのザギくん。キミも一緒に遊びたいの?」

「お前の遊びには付き合ってる暇はない。パイガ様からの指令です」

 

 ザギから発せられた言葉に二人の目つきが変わる。

 

「リリちゃん、先に食堂に行ってよ」

「私たちも後で行きますから」

「絶対だよ。おにいちゃん、マリアノ先生!」

 

 手を振るリリに北崎とマリアノは笑顔を浮かべた。

 

「ザギ、指令とは一体・・・・・・?」

「ビューイの谷のフューリーの回収任務です」

「なぜ四天王が名指しを?」

「それがザンクを倒したあのファングも向かっているそうでついでに始末しろと。既にバーナード補佐官も向かっているそうで」

 

 マリアノはため息を吐いた。

 

「私、あの殿方は仲間にしたいのですよね。戦うのは正直不本意ですわ。あのザンクを倒すなんてますます欲しい・・・・・・!」

「以前勧誘したとお聞きしました」

「面白い方だったわ。自分の夢よりも世界平和を目指す女の子のためにフューリーを集めているなんてかっこいいじゃない。それに子どもっぽいところに母性をくすぐられるの」

 

 といっても仕事は仕事だ。ドルファの思想に心酔しているマリアノは公私混同をしたりはしない。

 

「マリアノさんは休んでていいよ。僕が行ってくるから」

「そういう訳にもいきません」

「アポローネスくんが強いって言ってたファングくんと戦える最後のチャンスかもしれないんだから譲ってよ。バーナードくんは容赦しなそうだもん、もったいないよ」

 

 最強を自負する北崎は己の力を誇示するために戦う。ザンクを倒したファングに興味を持つのはおかしくなかった。

 

「断られても行くから。マリアノさんは休んでてよ。あの子たち楽しみにしてるんでしょ」

「・・・・・・では御言葉に甘えるわ」

 

 北崎は満面を笑みを浮かべた。

 

「それに・・・・・・乾巧に僕が王様っておしえてやらないとね」

 

 

 雨は嫌いだ。心が沈む。飢えるのは嫌いだ。吐き気がする。孤独は嫌いだ。昔を思いだす。人を傷つけるのは嫌いだ。そうするしか出来ない自分に嫌気が差す。人に傷つけられるのは嫌いだ。このどうしようもない不条理を壊すことは不可能だと誰かが笑っている気がしてくる。誰か助けてくれ。内心で叫ぶ。苦しむ。救いを求める。彼にかつて救いの手を伸ばしてくれた者は傍らに横たわっていた。自分のせいで彼女たも消えてしまう。それだけは絶対にあってはならないことだ。ほとんど気力で彼は立ち上がる。だがそれも長くはもたない。

 

────ガルドはゆっくりと崩れ落ちた。

 

「ファングさん! 人が倒れています!」

「おい、こいつは・・・・・・?」

 

 ガルドは薄れてゆく意識の中、誰かの声が聞こえた気がした。

 

 

「こ、ここは・・・・・・」

 

 ガルドは目を覚ますと見覚えのない天井を見上げていた。

 

「ワイ、確か・・・・・・」

「目を覚ましたか」

 

 声の聞こえた方に視線を向ける。その声の主は雑誌を片手に淹れたばかりのコーヒーに息を吹きかけていた。乾巧。ソルオール村で自分を倒した男だ。なぜ彼が目の前にいるか分からずガルドは首を傾げた。まさか助けてくれたのか。普通に考えれば自分と巧は敵同士。そんなことはありえないはずだ。

 

「あんさんがワイを助けてくれたんか」

「いや。見つけたのはティアラ。運んだのはファングとバジン。俺がしたのは看病だけだ」

「・・・・・・あんさんらが助けてくれたんやな」

 

 熱はないか、と巧はガルドに言った。首を振るとそうかと相槌を打ち彼はまた雑誌に視線を戻した。

 

「どうしてワイが倒れていたとか気にならへんのか?」

「どうせ後で皆に話すんだ。俺だけ聞いても仕方ねえだろ。あんまり何度も話したい内容でもなさそうだしな」

 

 これは巧のちょっとした優しさだ。街の外れにぼろ布のように倒れていたガルドとそのパートナー妖聖のマリサ。傷だらけだったことを考えると尋常じゃない目にあったはずだ。それを聞き出すのは気が進まなかった。

 

「せや! マリサ・・・・・・マリサは無事なんか!?」

「無事だよ。そっちはハーラーとアリンが看病してた。お前より先に目を覚ましてるよ」

 

 ガルドはホッと胸をなで下ろした。常に傍にいる母のようなマリサがいないことは彼にとって大きく動揺することのようだ。パートナーの妖聖と人間は本当に深い絆で結ばれているみたいだな、巧はフッと笑った。

 

「お前、腹は減ってるか?」

「むっちゃ減ってますわ」

「歩けんなら食堂に行くか? それとも持ってきてやろうか」

「ほなら行きましょ」

 

 ガルドと巧は食堂に向かった。

 

「うっひょーなんや美味そうなニオイやなー」

「あー。バハスのおっさんとミツボさんがマリサの完治祝いにご馳走を作るとか言ってたな、そういえば」

「ついでにワイの完治祝いも兼任でええんかな」

 

 目を覚ましたばかりで完治もへったくれもある訳がない。食堂のご馳走に目を輝かしているガルドに巧は呆れた。さっきまで寝たきりだったのにこの食いしん坊っぷりはまるでファングやアリンのようだ。

 

「よお、お前ら。ガルドが目を覚ましたぞ」

 

 食堂に巧が顔を出すとファングたちが一斉に顔をそちらに向ける。一人、椅子を倒しながら慌ただしく立ち上がる者がいた。

 

「え、嘘!? ガルドちゃああん!」

 

 ガルドのパートナーのマリサだ。彼女は元気に笑う彼に抱きつく。

 

「うわ、マリサ。身体に響くからやめーや」

「ほんとに心配したんだから。もうあんな危ないことしちゃめっ、よ」

「・・・・・・せやな」

 

 ガルドはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。

 

「ファングのダンナ、ティアラはん。おおきに!」

  

 マリサを優しく引き剥がすとガルドはファングたちの近くまで駆け寄って頭を下げた。ティアラは聖母のような笑みを浮かべた。

 

「どんな相手であろうと倒れている人を見捨てたりはしませんわ」

「かまへんかまへん。困った時はお互い様ちゅっー話しや」

『何故いきなりお前まで方言になる』

 

 ブレイズは思わずツッコんだ。

 

「場を和ませたんだよ。・・・・・・で、何があった? 話せ」

 

 ガルドはどうして自分が倒れていた説明した。

 

「ダンナがザンクはんを倒した後なんやけど。何の手土産もないまま組織に帰れへんしザンクはんと相談してフューリー手に入れてから帰ろうってことになったんや」

「へー、なら強力なモンスターにでも襲われたか?」

 

 ガルドは首を振った。自分とザンクの二人がいてモンスターに遅れをとりはしない。だがその相手はモンスターならであって人間なら話しは別だ。

 

「恐らくフューリーの奪い合いってとこかな」

「でしょうね」

 

 ハーラーの推理にアリンは頷く。

 

「あれは奪い合いやない。許さへん、あいつ・・・・・・!」

「ガルドちゃん、手を痛めちゃうから止めなさい」

 

 ガルドは自分の手を傷つけるほどに強く握りしめた。

 

「どういうことだ」

「あの優男は名前も知らないザンクはんを斬ろうとしたんや。そりゃ確かにザンクはんは悪人やし斬られても仕方ないことは分かる。分かるんやけど少なくとも初対面の人間に殺される理由はないわ!」

「あのザンクが不意打ちを打たれるなんてよほどの凄腕フェンサーがいるのですね」

「ああ、ダンナやザンクはんに負けず劣らずやった。・・・・・・ザンクはんは基本的にカタギには手を出したりはせえへん。普通に考えればまあ出さないのが当たり前なんやけど。その辺の大人の男を突発的に痛みつけることは何度もあったんやけど少なくとも女子どもには絶対に手を出したりはせえへんかった。痛めつけてた相手もワイが回復魔法使えるから死ぬことはなかったし」

 

 ザンクは殺した人間の数こそ多いがそれは所謂同業者のフェンサーや明確にドルファの敵である者ばかりで一般人を殺すことはほとんどなかった。悪人なりのポリシーだ。そうでもなければ根本がイイ奴のガルドは彼について行ったりはしないだろう。だから彼はザンクがどこかの村の人間を皆殺しにしたという話しが信じられなかった。その中に女や子どもがいるなら尚更に。普段のポリシーはどこに行ったのだろう。ともかくフェンサーの殺し合いは日常茶飯事とはいえそうなるとあの金髪の優男が何で自分たちを襲ったのかそれ以外の理由が浮かばなかった。よほど悪を許せぬ心が強いのかあるいはどうしても叶えたい願いでもあるのか。いずれにしても関わり合いたくないとファングは思った。

 

「で、お前が倒れていたのはその優男に負けたからか」

「ガルドちゃんはイイ子だから咄嗟にザンクちゃんを庇ったのよ」

「イイ子だからやない。恩があるからや。優男をザンクはんが挑発したらいきなり斬りかかられたんや。ワイが突き飛ばしてなかったらザンクはん死んでたやろな。傷薬を放り投げてザンクはんはそいつを殺すちゅーて追いに行きましたわ」

 

 その後、ガルドは傷薬を使ったもののそれでも完治には至らずマリサの回復魔法で一命をとりとめたという。助けを呼ぶことも出来ずフラフラとさまよい歩いてなんとか街にたどり着いたものの意識を失い今に至る。

 

「あのザンクが敵討ちとかするのか? むしろ使えねえ奴は切り捨てる印象があるんだが」

「失礼でしょ! まあ確かに信じられないけど」

「きまぐれかもしれへんけど意外と長い付き合いやねん。そもそもの出会いも野盗に助けてもらったとこからやから」

 

 アリンはザンクが何となく子犬を拾ったガキ大将のように見えた。小学生姿の彼を想像するだけで気持ち悪くなり首を振る。

 

「しかし、いくらザンクさんが絵に描いたような腐れ外道でもいきなり殺しにかかるとはそのお方もなかなか歪んでますわね。彼をよく知っているファングさんでも躊躇いましたのに」

「あいつは殺さないことが一番のダメージになるからな」

「せやなぁ・・・・・・。あんだけ怒ったザンクはん初めて見たわ」

 

 そこでガルドの腹が鳴った。

 

「・・・・・・とりあえずメシにするか」

 

 ファングとアリン、ガルドは目の前に置かれたご馳走をひたすら夢中にかき込む。ティアラはそれを横目に見つつ好物のキノコと野菜のリゾットを巧に薦めたが彼は渋い顔で首を振った。明らかに熱い物だ。とてもじゃないが巧の食べれる物じゃない。

 

「ふぅー、腹が一杯になると生き返った気分やなー」

「まったくだ。特にそのメシがうめえと今を生きてる気になるぜ」

「ダンナとは気が合いますなー」

 

 ファングとガルドは同い年で食いしん坊という共通点があるからか早くも意気投合していた。マリサはその様子を微笑ましい目で見つめる。

 

「ファングさん。食事も終わりましたし、そろそろフューリー探しに行きましょう」

「よし、じゃあ行くか」

「今日こそあたしのことを知っている妖聖に会ってみせるわ」

 

 食事を終えるとティアラが立ち上がってそう言った。ファングも珍しくやる気があるのか早々に準備を済ませる。

 

「そろそろ可愛い妖聖に会いたいなあ。動物系はイマイチ捗らないんだよね」

「可愛い妖聖・・・・・・」

「おや、巧くんはひょっとして可愛い妖聖に心当たりがあるのかい。もしそうなら是非紹介してくれないか?」

 

 一瞬、浮かんだ彼女の姿を巧は慌ててかき消した。

 

「ダメよ、果林は巧のモノなんだから。ハーラーみたいな変態が関わったら何をされるか分かったものじゃないわ」

「アイツは誰のモノでもねえよ。そういうのはもっと色んな奴に会ってから考えるべきだろ」

「あら、やけにお優しいですね」

「そんなんじゃねえって言ってんだろ」

 

 またこのパターンか、巧はため息を吐いた。

 

「その果林という妖聖はどんな子なんだい?」

「折り紙が趣味で猫舌、あとパートナーフェンサーのエフォールの通訳をやっている」

「・・・・・・エフォール!? 巧はん、今エフォールって言ったんか!?」

 

 エフォールの名が出るとガルドはテーブルを叩いて立ち上がる。おや、と巧たちは首を傾げた。

 

「おいおい、エフォールがどうしたんだよ。巧が困ってんだろ」

「ザンクはんと酒をしこたま飲んだことがあったんすわ。その時に泥酔して眠ったザンクはんが寝言で『エフォール、ごめんな』って謝ってたんや。やけに悲しそうやったから忘れられへんかったんやけど。まさかあんさんらからその名を聞けるとは・・・・・・」

『どういう繋がりだ・・・・・・?』

 

 エフォールとザンクの間になんらかの関わりがあると知ったファングたちはみな驚く。エフォールを知らないハーラーとバハスを除いて。

 

「なあ、どこにそのエフォールがおるか分からへん?」

「それは存じてませんが向こうからファングさんに会いに来るんじゃないでしょうか?」

「アイツはこのバカを殺したくて仕方がないからな」

 

 ガルドは思案する。エフォールに会えばザンクがああなった経緯が分かるかもしれない。もしかしたら彼が今より少しはまともになる可能性も。だが彼女と接触する手段は一つしかない。

 

「ダンナ、そのエフォールに会うまででかまへんからワイを仲間にしてもらえへんか?」

「うん、いいよ」

「やけに軽いな。仮にも敵だぞ?」

 

 快諾するファングに巧は呆れた。

 

「ま、良いんじゃない。私は楽できそうだから構わないさ」

「今更でしょ。大丈夫、ご飯を残さず食べる奴は良い人って決まってんのよ」

「ガルドさんは少し調子のイイ方ですが良い人そうなので私も構いませんわ。・・・・・・少しファングさんに似てますし」

 

 ガルドはファング一向に受け入れられた。巧も一度倒した相手にそこまで警戒する必要もないと判断し、とりあえずの加入に納得した。

 

「よっしゃー! やったるでー!」

 

 

「よう、ロロ。なんか情報あるか?」

「勿論! お兄ちゃんのために情報を用意しておいたよ。でもその前に山吹色のいい匂いがするお菓子が欲しいなー♪」

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉?」

 

 ファングは料金を払った。

 

「チャリーン! フューリーはビューイの谷にあるよ。ただフューリーを中心に竜巻が発生しているから気をつけてね」

「サンキュー」

 

 竜巻をどうやってくぐり抜けるか。いつもよりも難しい仕掛けだな、とファングは思った。

 

「あ、そうそう。無愛想なお兄ちゃん!」

「なんだ、ロロ。また新商品でも入荷したか?」

「うん、そうだよ。ドルファ社製の新商品でどんなに冷めたスープや飲み物でも一瞬で温まる魔法の粉なんだよ。この間のカップめんと相性抜群だから買ってかない」

「いらん。むしろ相性最悪だ」 

 

 猫舌の巧にとってその粉は最悪の欠陥品だ。ロロが残念とうなだれるのを確認するとファングたちは出発した。

 

「あれがファングという男か。面白い」

 

 それを見つめる怪しき者が一人。

 

 

 ビューイの谷は年中強い風が吹く土地だ。住まう者たちがただ生きるだけで過酷な環境に身を置くことになり、その自然の中を生き抜いてきたモンスターたちはみな強力なレベルになっている。多くのフェンサーや冒険者がここのフューリーに挑んだが手に入れた者はいない。まさに難攻不落と言える谷だ。

 

「く、強い風だ」

「目を開くのがやっとだな。変身した方が楽かもしれねえ」

「結局疲れちゃうんだから同じだよ」

 

 強い風に打たれたファングたちはなかなか足を踏み出せない。火山や氷山とは違った過酷さがこのビューイの谷にあるという証明だ。

 

「・・・・・・何か、今視線を感じたような気が」

 

 ティアラの背筋をぞわりとしたモノが駆けめぐる。彼女は何か嫌な予感を感じた。

 

「気のせいでしょ。それより追い風になる前に早く行きましょう」

「ああ。とてもじゃないが長くは保ちそうにねえしな」

 

 ファングたちはビューイの谷へ足を踏み入れた。

 

「せや、巧はんのあの力はなんなん。フェンサーでもないのにあんなけったいな姿に変身して、ワイが子どもの頃に憧れていたヒーローみたいや。ほんま羨ましいわ」

「あれは555(ファイズ)だ」

「ファイズ? なんやそれ」

「転送型戦闘用のアーマースーツさ。失われた星から星へと情報伝達する技術を応用して作られた超越した特殊能力者のフェンサーとは対照的な超科学技術だね。プロテクトが多すぎてまだそこまでしか解析出来てないけど研究者の端くれとしては涎が出そうな代物だよ」

 

 555の力はまだまだ謎が多い。当のベルトの所持者の巧自身にも分かってないのだ。その全てが解き明かされる時が楽しみだ。ハーラーはこれからの研究成果を想像すると目を輝かした。

 

「古代文明、か・・・・・・」

 

 巧は思わず呟いた。かつてこの世界は女神と共に文明が栄えていたらしい。想像もつかないがこの遠く離れた星空にも旅立てる技術があったという。彼の555の力もまたその古代文明ではないかと言われている。発見された古文書には仮面の戦士が世界の崩壊と戦ったという記録もあったらしい。巧の力はその古代文明のものでは、とハーラーは推理した。だがそれはまだ推測でしかない。全ては彼の記憶が戻れば分かることだ。

 

「スマートブレインって古代文明の会社だったのか」

『分からん訳だ』

 

 これで少しは謎が解けた、ファングは笑顔を浮かべる。

 

「って、そのスマートブレインの携帯なんで未だに使えんのよ!?」

「いや、俺に聞かれても分からねえって。記憶喪失なんだから」

「記憶をなくす前の巧はどこでそんな物を手に入れたんだろうな」

 

 巧はトレジャーハンターだったのか、ファングたちの間に新説が広まる。

 

「・・・・・・巧はん、ちょっとええか?」

「なんだ?」

「その力は巧はん以外にも使える奴はいるんか?」

 

 今まで考えたこともなかった。

 

「コイツは選ばれた者しか使えねえ。フェンサーと同じだ」

「それはどういう選ばれた者や?」

「・・・・・・知らねえよ。記憶喪失だぞ」

 

 そうだった、とガルドは苦笑した。記憶喪失なんだから巧自身も分かるはずがない。納得するガルドだったが巧にはなぜ自分がベルトの力を使えるのか心当たりがあった。巧にはファングたちと一つだけ違うところがある。それがきっとこの力を使える理由なのだろう。恐らくこの力は進化した人類────すなわちオルフェノクのみが使える力なのだと。だがそれを打ち明ける気は巧にまだない。もしもハーラーの解析が成功してそのことが分かった時に初めて自分の正体を打ち明けようと彼は思っていた。

 

「そうだ。ある方から乾さんに伝言を預かってたんです。悩んだ時は海を見ろって言われました。もしかしたら巧さんのお知り合いかもしれません」

「・・・・・・! それはどんな奴だった!」

「黒いロングコートが特徴の茶髪の男性です。なかなかの美形でちょっとキザな雰囲気もあったのですけど優しそうなイケメンでしたわ。なんでも魔法使いとか」

 

 巧は男の特徴をパズルのように頭の中に当てはめようとしたがイマイチ誰だか分からなかった。無理もない。乾巧と操真晴人は確かに出会うことになる。だがそれはこの世界にいる乾巧ではない。海堂直也と共にオルフェノクの短命を克服して生き延びた時空での乾巧だ。だから巧自身が記憶を取り戻したところでウィザードを思い出すことはあっても操真晴人を思い出すことはありえないのである。まあ彼はそのことを知らないのでしばらく悩むことになるのだが。

 

「どこでそいつと会った?」

「ソルオール村で助けてもらいました」

「お前、もっと早く言えよ」

 

 ソルオール村の戦いはかれこれ一週間近く前になる。なぜ言わなかったのだろう。

 

「すいません。ガルドさんやマリサさんのことで手一杯で。それにその男性より人が灰色の怪物になるということのが私には印象的で忘れてましたわ」

「なんだ、そりゃ。またグナーダみたいな奴か?」

「いえ、グナーダとは違います。あれは明らかに人から変身したものです」

 

 ファングたちは灰色の怪物に心当たりがないのか皆一様に首を傾げていた。ただ一人巧だけがその怪物に心当たりがある。オルフェノク、記憶をなくす前の巧が戦っていた未知の存在。死した者がどういう訳か生き返って誕生する怪物。巧自身もまたそのオルフェノクの一人。ウルフオルフェノク────

 

────誰か助けて!

 

 その時。オルフェノクの力をたまたま意識したおかげか、それとも何らかの力が働いたのか巧の耳に誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。この声を彼はとても良く知っている。ウルフオルフェノクである巧の正体を知ってなお受け入れてくれた少女────果林。

 

「あ、巧どこに行くんだ!?」

『た、たっくん。どこにいくの!?』

 

 気がついたら巧は走り出していた。ファングの制止も振り切って。

 

「ワイが追います! いくで、マリサ! フェアリンク」

『うん。ガルドちゃん、転ばないように気をつけてね!』

 

 最も距離が近かったガルドが追走する。

 

「乾さん、一体・・・・・・?」

 

 巧とガルドが離脱した。パーティーからいなくなった彼らにティアラは困惑した。

 

「ファングくん、どうにも嫌な予感がする」

『意図せぬ形で分断された。もし、我らを狙う輩がいるならば絶好の機会だろう』

「だったら返り討ちにするまでだ」

 

 

「果林、どこだ!」

 

 目を開けることすら出来ない暴風の中を巧は走る。ウルフオルフェノクとしての超感覚が果林の悲鳴を捉える。死ぬな、果林! 心の中で叫び彼はとにかく走った。巧は脇立つ不安や焦燥感に身を委ねる。そうした方がもっと早く走れる気がしたから。既に何度も転んだ。全身に擦り傷やアザが出来た。だが巧は止まらない。もうこれ以上、自分が大切に思った誰かを失いたくはなかった。やがて暴風が収まる。巧は足を止めると目を開けた。彼が探していた少女は目の前にいた。

 

「果林・・・・・・!」

 

 身体中から血を流した果林はふらふらと巧に寄るとフッと糸が切れたように崩れ落ちた。彼は急いで抱き止める。

 

「た、くみさん。本当に来てくれました・・・・・・」

「しゃべるな! もう大丈夫だ・・・・・・!」

 

 巧は果林を抱きかかえる。病院は無理だ。回復魔法が使えるティアラの元に連れて行かなければ手遅れになってしまう。走り出そうとした彼の前に呼吸を乱したガルドが現れた。そういえば彼も回復魔法を使えると言っていたではないか。巧はガルドの目の前に果林を下ろした。

 

「巧はん、その娘は!?」

「話しは後だ! 今はコイツを頼む!」

「あ、ああ。巧はんの大事な娘はワイが絶対助けたる!」

「こんな時にふざけてるんじゃねえ!!」

 

 ガルドは果林に回復魔法を使う。彼が今出来る最上級の魔法を使ったのか彼女の傷口は見る見る塞がっていく。

 

「これでひとまず安心や」

「う、うう。た、巧さん。お、お願いがあります」

 

 果林は衰弱しながらも身体を起こして巧の身体を掴んだ。その手にも力は感じられない。何があったのだろう。彼は困惑した。

 

「・・・・・・何でも言え」

「な、なんでも。・・・・・・じゃなくて! エフォールを助けてください。手練れのフェンサーに負けて連れ去られてしまったんです!」

 

 果林は目尻に涙を浮かべる。巧は彼女がその名を出すまでエフォールのことを忘れていた。無理もない。それだけ傷だらけの果林が目の前で倒れたことは巧にとって大きな動揺を与えるものだった。

 

「私はなんとかフェンサーから逃れることが出来ました。でも、その時に受けた傷のせいで身動きがとれなくて・・・・・・」

「ああ。エフォールは絶対に俺やファングが助ける」

「ワイも全力尽くしますわ!」

 

 巧は立ち上がって5821と入力した。バジンを呼んで果林を病院に運んでもらおうと彼は思ったからだ。

 

「・・・・・・見つけた。逃げたらただじゃおかないってバーナードくんに言われてなかったのかなあ? これは殺されても仕方ないよねえ、ふふふふ」

 

 その少年が現れたことによって空気が一瞬にして固まった。果林は巧の背中に抱きついて震え、ガルドは険しい目つきで少年を睨んだ。

 

「死にに来たか?」

 

 巧は今までに誰も見たことがない黒く歪んだ顔で少年にそう言った。彼はかつてないほどの激情が自分の中で渦巻くのを感じる。この少年を殺してしまいたい。それほどに強い想いに彼は飲み込まれそうになった。後ろで震えている果林がいなければウルフオルフェノクになって少年の喉元を引き裂いていただろう。

 

「キミが僕を殺す?」

「ああ・・・・・・! 俺はお前を許せる気がしねえ!」

「キミ、ホントに乾巧なの?」

 

 驚いた目つきで少年は巧を見つめた。かつて自分を追い詰めた男と同じ人間とはとても思えない。何が彼を豹変させたのだろうか。少年は首を傾げた。

 

「ガルド、果林を頼む」

「た、巧はん。相手はあの北崎やで!? ワイも一緒に戦う!」

「ダメなんだ。俺は俺を制御出来る自信がない」

 

 ガルドは少年────北崎のことをよく知っていた。フェンサーでもないのにドルファ四天王と同等以上の力を持っているという怪物。四天王の謀反を許さぬために雇った社長花形の懐刀。とてもじゃないが一人で勝てる相手ではない。それでも巧は首を振る。怒りに身を任せて555の力をがむしゃらに使ったらガルドを巻き込んでしまうかもしれない。それだけは避けたかった。もう彼も仲間だと巧は思っているから。

 

「巧さん、私を置いて逃げて下さい」 

「大丈夫だ、果林。俺が負けることはない」

 

 それは初めて巧がウルフオルフェノクの姿を果林に明かした時に交わした会話と奇しくも同じものだった。だがあの時と違うのは巧がこれから彼女に見せる姿だ。

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧の身体を紅鉄不変紅き閃光の鎧が包み込んだ。彼は構える。その身体から底知れない憎怒(ぞうど)のオーラが放たれていた。まるで本物のオルフェノクになったのかと錯覚してしまう強い怒りだ。近くにいたガルドと果林がビクリと震える。だが北崎はそれでも不気味に笑う。もし彼が震えたならそれはただの武者震いだ。

 

「キミも僕と同じだね」

「なん、だと・・・・・・?」

 

 北崎は懐からある物を取り出した。それを見て巧は目を見張る。それは白銀の携帯電話。彼の555フォンにとても酷似した物。北崎は腰のベルトにその携帯を差し込む。

 

────315

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 北崎の身体を群青純白の鎧が包みこんだ。それは王を自称する彼の覇道を体現した姿。背負った青いジェットパックは神話の世界に存在する天の使いを彷彿とされる機会仕掛けの鋼の翼。溢れ出る圧倒的なオーラは生きとし生ける者全てを震え上がらせるだろう。失われた楽園の世界で天の帝王と呼ばれた最上の戦士『仮面ライダーサイガ』。その戦士は満を持してこの世界に降臨した。

 

「お前、その力は・・・・・・!?」

「キミと同じだよ。ヤツらから盗んだ物さ。強さは全然違うけどね」

「・・・・・・なんでもいい。話しはお前を倒してから聞き出せば良い!」

 

 高笑いするサイガにファイズは身構えた。

 

「ふふふ、キミは僕には勝てないよ」

「ふん・・・・・・!」

 

 巧は手首をスナップするとそれに合わせて北崎はサムズダウンをした。一瞬の間を開け両者は駆け出す。今、この世界で初のライダーバトルが幕を開けようとしていた。




はい、あの北崎さんがサイガに変身する衝撃展開でした。もしこれを予想出来た人がいたら凄いと思います。サイガ好きの人が喜んでくれるなら嬉しいです。

サイガはとても好きなライダーなのでここまで書くことが出来て一安心しました。

次回は巧ガルド、そしてファングの男三人が強敵を前にそれぞれ意地を見せるの楽しみに待っていてください。


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男たちの意地

バーナード CV(草加雅人)

今回は完全にオリジナルです


「本当に乾さんたちを追わなくて良かったのですか? 何か危険な目にあっていたらどうするんですか」

「しょーがねーだろ。あんだけ暴風が強けりゃ追うのは危険なんだよ。二重遭難しちまうだろ。こうなったらガルドと巧を信じるしかねえよ」

 

 巧と北崎が交戦を始めた頃。そんなことはもちろん知らないファングたちはビューイの谷のフューリーを探していた。目を開けるのがやっとのこの場所でフューリーを見つけ出すのは至難の業だ。それはまた巧たちにも当てはまる。最初こそ追いかけようとしたが完全に視界から消えるとファングは追跡を諦めた。どこかで彼らと合流しなくてはならないがせめてフューリーを手に入れてからでなくては時間がいくつあっても足らない。

 

「おい、妖聖組。フューリーはこっちの方角であってんだろうな」

『おそらくな。微弱だが気配を感じる』

『かんじる~』

 

 巧たちとフューリーが唯一違うところは大ざっぱだが場所が分かるところだ。基本的に一本道だった洞窟系の迷宮の時はともかく今回のような先も分からない土地では彼らの力は非常に頼りになる。

 

「つーか、巧とガルドがいねえとこのパーティー女率がたけえな。おっさんとブレイズしか話し相手がいないとか俺にとっては二重で地獄だ」

『ならば俺が一番の地獄ではないか』

「お前ら二人のどっちからも地獄扱いされるオレが一番の地獄だっていうのは間違いないだろうな」

「確かに口うるさいのが二人だと私がファングくんの立場なら地獄だよ。それに比べればキレイどころの妖聖や女の子がいるこっちは天国だよ、ぐふふふ」

「あー、そっちが羨ましいなー」

 

 暇さえあれば会話をしている巧がいないと意外と寂しいものだ。ファングはバハスの顔を見る。どう見てもその辺のおっさんと変わらない彼と何を話せば良いのか分からず彼はため息を吐いた。

 

「そう言えばファングくんは可愛い子に囲まれてるけど誰が一番可愛いと思ってるんだい? 無論私だよな」

「は? なんだよ、藪から棒に」

「いやー、巧くんに聞いてもこの中にはいないって言われたから君はどうなのかな、って。ちなみにガルドくんは全員って答えたよ」

 

 ハーラーの質問にファングは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「あたしよ。なんせパートナーだもん」

『つきあいがいちばんながいのはわたしだよ。だからわたし』

「じょ、女性が軽々しく殿方にそんな話題を振るものではありませんよ」

 

 自然と女性陣から集まる注目にファングはますます面倒くさそうな顔になる。

 

「じゃあ・・・・・・マリアノ」

 

 アリンとティアラから張り手が飛んだ。

 

「なにしやがる」

「それはこっちのセリフです。別にアリンさんやハーラーさんと答える分にはいくらでも我慢出来ますがあの女性の名が出るのだけは許せませんわ・・・・・・!」

「同じく!」

「はは、ファングくんは乙女心が分かってないねえ」

 

 何が違うのかさっぱり分からん。だいたいこの中から選べば絶対に面倒なことになると分かっているからこの場にいない女の名前を出したのだ。別にそれはマリアノじゃなくてエフォールでも構わなかった。女ってやっぱり面倒だ、とファングは思う。こんなことならエフォールと言っておけば良かった。

 

(ファングは以前、マリアノとティアラの美しさは五分と言っていたな。つまりマリアノの名が出るということはそれは・・・・・・)

 

 ブレイズはそれを言ったらますます荒れるだろうな、と思い黙っておく。

 

「しっかしフューリーはどこにあるんだ?」

 

 あてもなく探すことは何度かあったがこれほど探し出すのに手間取ったのは初めてかもしれない。もしこのまま見つからなかったとしたら引き返した方が良いだろう。ファングがそう考える理由は二つある。ロロの情報がデマだったか、あるいは

 

「────ふ、貴様のお目当ての物はここにあるぞ」

 

 既にフューリーを手に入れた者がいるかの二つに一つなのだから。

 

「・・・・・・誰だ?」

 

 ファングは目の前に姿を現した男を睨みつける。ティアラと同じ髪の色をした美男とも言えるその男は底知れない雰囲気を放っていた。強敵。彼の脳裏にアポローネスやザンクが浮かぶ。だがこの男はそれ以上かもしれない。彼らはここまで接近されなければ気づけない程にその濃すぎる気配を隠せるだろうか。いや、不可能だ。それにもう一つその男を強敵と証明する者が彼の足元にはあった。

 

「さ、さつ・・・・・・」

「エフォール!? あんた、その娘に何したのよ!?」

「パートナーの果林さんをどこにやったんですか!?」

「・・・・・・女の子にそんな酷いことをするなんて穏やかじゃないねえ」

『それもガキに、だ』

 

 エフォール。ファングを苦しめた凄腕のフェンサーが傷だらけになって男の足元に倒れていた。何をされたか一目瞭然だ。ファングたちはみな目つきを険しいものに変えた。ハーラーに至ってはバハスをフェアリンクさせ男に銃を向けている。

 

「私がキミたちを狙っていると気づいた小娘が何を思ったか勝てないはずの私に挑んでね。このバーナードに逆らう人間は全て邪魔なんだ。残念ながら排除させてもらったよ。それは君たちも同じだ」

「・・・・・・どうでもいい。そいつを離せ。殺されたくなかったらな」

 

 ファングは鋭い殺気を男────バーナードにぶつけた。

 

「ぁああ・・・・・・!」

「何か言ったかなあ?」

 

 バーナードは笑いながらエフォールを足蹴にした。彼女の口から苦しく呻くような吐息が漏れる。

 

「聞こえなかったか? 今すぐ殺すって言ったんだ・・・・・・!」

 

 ファングはバーナードがエフォールを踏みつけたと同時に彼に斬りかかった。目にも止まらぬ早さ。目の前で気にかけていた少女を傷つけられた彼はアポローネスやザンクのように殺しだけはしてはいけないという無意識のリミッターが外れていた。ファングとバーナードが交戦を始めるとティアラはエフォールを抱えて離れる。

 

「はは。素直だな、君は。好きになりそうだよ」

 

 ファングの剣を受け止めたバーナードはニヤリと笑った。

 

 ◇

 

 ファングがバーナードと戦いを始めた頃。

 

「ラァッ!」

「フン」

「た、巧はん。あんなに強かったんか。あの北崎と良い勝負しとる」

 

 ファイズとサイガは激しい戦いを繰り広げていた。拳と拳がぶつかり合い、蹴り蹴りが互いに突き刺さる。ライダーとしてのスペック差は歴然。人間としてのスペック差もまた歴然。普通ならサイガに変身した北崎が圧倒しているはずだ。だが巧はそれでも食い下がっていた。今の彼は北崎に対して強い殺意を抱いている。巧は今まで人間であろうとして強き理性で抑えていたウルフオルフェノクとしての本能を極限まで解放した。不良の喧嘩スタイルとは各段に違う高速戦闘を得意としたウルフオルフェノクのトリッキーな戦闘スタイルが北崎を翻弄する。今の巧は普段よりも遥かに強い。それは直接戦ったガルドが驚愕する姿が証明している。

 

「ふふふ。キミ、そんなに強かったんだ」

「アアアアア!」

「まるで初めて戦った時みたいだ・・・・・・!」

 

 かつて北崎は、ドラゴンオルフェノクはウルフオルフェノクに初の敗北を与えていた。とある孤児院の同窓会を襲った時に通りかかった彼と交戦したのだ。その時は一瞬で巧は敗走している。だが長い戦いで経験値を手に入れた今の彼はその時より断然強よくなった。その時よりは。

 

「でもキミ、僕からしたら何時もより弱いよっ!」

「ギィッ!」

「た、巧はん!?」

 

 サイガは疾走する獣と化したファイズの首を掴むと勢いよく駆け出し、地面に叩きつけた。更に追撃で拳を振り下ろす。そう、北崎はまだまだ本気を出してはいない。手加減した方が楽しそうだから、ここまでの互角の戦いは全て帝王サイガの気まぐれの児戯にすぎなかった。マウントポジションを奪われたファイズは滅茶苦茶に殴られる。徐々に彼の意識が遠のく。

 

「巧さん!」

「っ!」

「うわっ!」

 

 果林が悲痛に巧を呼ぶ声がファイズの意識を呼び戻す。顔を反らして拳を避けると彼は頭突きを放った。まともに頭突きを食らって昏倒するサイガを振りほどくとファイズはハイキックを叩きつけた。地面に膝をつくサイガの顔面にファイズは追い討ちに膝蹴りをお見舞いする。更にサイガの首を掴むとその顔面を鋭い拳で殴りつけた。怯んだサイガは後ろに仰け反る。隙が出来るとファイズはその拳に555ショットを装着した。

 

「アアアア!」

 

 ────exceed charge

 

  フォトンブラットを纏った拳がサイガの腹に突き刺さった。

 

「へえ、リキ入ってんじゃん」

 

  だがその必殺の一撃すらもサイガには効果がなかった。ソルメタルよりも頑丈なルナメタルの装甲に加えファイズよりも純度の高いフォトンブラットを纏ったサイガの前にはグランインパクトなどただの拳と違いなどない。サイガはジークンドーをベースとした綺麗な回し蹴りをファイズの胸に喰らわした。鋭い痛みが巧の身体を 突き抜ける。構わずファイズはサイガにタックルをした。サイガはその攻撃を軽々と受け流し、ファイズのその腹に膝蹴りを与える。ファイズはふらふらと後ろに後退した。

 

「バカの一つ覚えじゃないんだからさあ・・・・・・。もっと色々考えて戦ってよ。飽きちゃうじゃない」

「・・・・・・くそ、バジン!」

「ピロロ!」

「そうそう。こんな感じにね!」

 

  今にもファイズにトドメを刺そうとするサイガを前にバジンが立ちふさがった。不意打ち気味に放たれたバジンの拳を彼はくるりと避けるとその背中に装着されたジェットアタッカーの操舵を握り高々と飛翔した。バジンも負けじと飛翔する。空中戦だ。サイガはバジンから放たれるバスターホイールの波を曲芸師のように掻い潜ると青い光弾を放った。それはバジンを狙ったものではない。ファイズたちに向けて放たれたものだった。彼らの頭上に光弾の雨が降り注ぐ。

 

「う、うそやろ、飛ぶとかそんなんありか!? 『フェアライズ!』」

『ガルドちゃん、果林ちゃんを守って!』

「おう! 巧はんの大事な娘はワイが守ったる!」

「きゃあ!」

 

  ガルドは空中からの攻撃に絶句しながらもその身に疾風金色の鎧を纏う。風を纏った必殺の鎌から振り抜かれた鎌鼬が果林に降りかかる光弾を弾き飛ばした。

 

「ガルド、頼む!」

「はいな!」

 

  ファイズは彼らの無事を確認すると高々と飛び上がった。サイガを打ち落とすつもりだ。迎撃で放たれる光弾の撃墜はガルドに任せた。降りかかる光弾が鎌鼬にかき消されるのを見送りながらファイズはバジンに手を向ける。バジンから投げ渡されたファイズエッジにエネルギーを纏わせてファイズはサイガの懐に潜り込む。忌々しい砲台も接近すれば無防備な置物でしかない。この一太刀を浴びせれば流石のサイガもひとたまりもないだろう。

 

「タァァァ!」

「三対一なんてずるいなあ。ま、それでもまだ僕のが強いけどね」

「なにぃ!?」

 

 ────exceed charge

 

  空中で無防備になったのはサイガだけではない。ファイズもまた同じく無防備であった。群青の三角錘状のエネルギーがファイズの身体を拘束する。サイガは急降下して彼に蹴りかかる。不味い! 巧の脳裏に明確な死のイメージが浮かび上がった。

 

「バジンはん! ワイを投げてくれへんか!?」

「ピロロロロロ!」

「よっしゃ! させへんでえぇぇぇぇ!」

 

  巧のピンチを救ったのはガルドだった。バジンの剛力によって投げ渡された彼は巨大な斧を強大なエネルギーと化したサイガに振り下ろした。フォトンブラットの塊が砕け散り凄まじい衝撃が二人を襲う。

 

「わああああああ!」

「うわああああ!」

 

  巧とガルドは吹き飛ばされた。巧の身体からベルトが飛び、ガルドもフューリーフォームが解除された。

 

「巧さん!」

「は、離せ!」

「ガルドちゃん!」

「ま、マリサ離してえな。まだ戦いは終わってへんねん」

 

  果林は巧を、マリサはガルドを抱き寄せた。

 

「あーあ、壊れちゃった。ダッサイなあ。いてて!」

 

  フライングアタッカーから煙が吹き出し、サイガは着地した。流石の北崎も暴発したエネルギーを前に少なからずダメージを受けたようだ。それでも巧たちと違って変身解除されてないことが彼の実力の高さを物語っていた。

 

「飽きちゃった・・・・・・って良いたいところなんだけど仕事なんだよねえ。ごめんね、やっぱり消すしかないや」

 

 ────ready

 

  サイガは使い物にならなくなったフライングアタッカーから唯一使える武装のトンファーエッジを持って巧たちに近づく。王の判決の下、極刑がくだされようとしていた。抵抗しようにもベルトもフューリーも彼らの手元にはない。先ほどの衝撃で飛ばされてしまった。勇猛果敢に立ち向かったバジンはビークルモードに戻される。万事休すだ。

 

「こ、殺すなら私だけにしてください!」

「うん?」

 

  なんとか立ち上がろうとする巧たちだが身体の痛みで動くことが出来ない。二人の前で両手を広げて果林は庇うように立つ。

 

「果林!? 何言ってんだ!?」

「・・・・・・私だって巧さんを、皆さんを守りたいんです。だから守らせてください」

 

  北崎は静止した。彼は状況がイマイチよくわからず首を傾げる。

 

「ま、別に僕はそれでも構わないよ。始末を任されたのは君だけだからね」

 

 ────exceed charge

 

  果林が盾になるというならそれはそれで構わない。北崎からしたら巧とガルドは暇つぶしのおまけでしかない。青白く輝くトンファーをサイガは構えた。

 

「・・・・・・巧はん。男が女の子にこんなこと言わせてはならん。ここは気張らな、気張らなあかんで!」

「ああ・・・・・・!」

 

  ガルドと巧は痛む身体にむち打ち無理やり立ち上がった。

 

「まだやるのー? キミたち、言っとくけど僕はわざわざ武器を取るのを待つほどお人好しじゃないよ。もう十分キミらの強さはわかったから。・・・・・・どうせならあの紅いのかファングくんと戦いたかったな」

「くそ! 巧はん、ワイが時間稼ぐ。もう一度変身してくれ!」

「ダメよ! ガルドちゃんが死んじゃうわ!」

 

  丸腰でサイガの時間を稼ぐ。それがどういう意味か、言わなくてもわかることだった。巧は首を振ってガルドの、果林の前に立った。どの道、ファイズの力でサイガに勝てるとは思えない。ならば彼らを守る方法は一つしかなかった。

 

「・・・・・・ガルド、嫌いになってくれて構わねえ」

「は? 巧はん、こんな時に何を?」

「へえ、これはちょっと予想外だね」

 

  巧は空を見上げた。綺麗な青空だ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオ!」

 

  巧はウルフオルフェノクへと変貌した。

 

 ◇

 

「中々やるな。少しは手こずりそうだ」

 

  ファングとバーナードは激しい激突を繰り広げていた。横に払えば縦で受け止め、縦に払えば横で受け止める。両者共に無駄を一切なくし洗練された剣術を使う者同士の戦いは僅かにバーナードに分がある。ファングの剣術は独学もあるが彼の師匠をベースに鍛えられたオーソドックスなスタイルだ。対してバーナードの剣術は芸術的でありながらもどこか冒涜的でファングとはまるで違う邪道なスタイルだった。まるで剣を通して邪教を見せられている気分だ。こんな剣を使う人間は見たことがない。強いて言うならザンクが一番近いが彼の場合は片手で滅茶苦茶に振り回す巧と同じく不良の喧嘩のそれだ。レベルが違う。表の剣を極めた者がファングの師やアポローネスなら裏の剣を極めた者がバーナードだろう。そしてファングはどちらも極めてはいない。一人で勝つのは難しい相手だ。

 

「アリン!」

『わかったわ。『フレイムアサルト!』』

 

  ファングは剣から炎を吹き出し、滑空する。炎の連撃がバーナードを襲った。しかし、彼は余裕の笑みを崩さない。軽々とその高速剣を見極め、全て受け流す。

 

「ティアラ!」

「はい!」

「ふん、小細工しようとしても無駄だ」

 

  ファングがバーナードの剣を押さえ込むとティアラが水圧を纏った薙刀を降り下ろした。彼はファングを蹴り飛ばすと剣で受け止める。バーナードは万能武器であるフューリーの特性を最大限に活かし、剣の一部を銃に変貌させると彼女に発射した。目を閉じるティアラの前に大剣を盾にしたファングが割って入る。

 

「大丈夫か、ティアラ!?」

「え、ええ。ありがとうございます」

「心配しなくても彼女を殺す気だけはないさ。無論、彼女以外のキミたちには死んでもらうがね」

「・・・・・・?」

 

  バーナードはティアラに気味の悪い目線を送る。

 

「は、コイツは俺様の所有物だ。死んでも渡さねえよ」

「こ、こんな緊張感のある状況でドキドキさせることを言わないでください!」

『なぜ今のでドキドキする!?』

 

  ティアラを見つめるバーナードにファングは剣を振り下ろした。不意打ちで放たれた攻撃にも難なくバーナードは対処する。しかし、ファングの狙いは別にある。

 

「ハーラー!」

「ごちゃごちゃした戦いは好きじゃないんだよねえ」

 

  フェアライズしたハーラーが必殺の一撃を放った。弾丸ミサイルレーザーありとあらゆる飛び道具の豪雨がバーナードに降り注ぐ。サンザンドブリッツ────圧倒的な火力で多数の敵を殲滅するハーラーの必殺技だ。流石にこの攻撃が当たればファングたちの中で一番防御力の高いファイズでもただではすまないだろう。

 

「やった、のか」

 

  爆風を前にファングは呟いた。

 

「ふ、少しは効いたぞ 」

 

  爆風が晴れるとバーナードの変わらず健在だった。いや変わってはいる。彼の身体は銀色の異形に変貌していた。禍々しくも神々しいその姿はまるで邪神の化身のようだ。ファングは剣を構えた。

 

「なんだ、あの姿は!?」

『気をつけろ、ヤツはただの人間じゃない!』

『あれはじゃしん・・・・・・?』

「そうだ! 私は邪神の血を引く者の末裔だ!」

 

  バーナードの紫色の頭部が輝く。そこには禍々しい紋様が浮かび上がっていた。

 

「なにぃ!? ぜひキミの髪の毛をくれないか?」

「丁重にお断りする」

『こんな時にふざけないでよ!』

「じゃ、邪神の末裔・・・・・・!?」

 

  ファングたちは驚愕に目を見開く。ただ一人ティアラの顔が青ざめる。バーナードは彼女の様子の変化に顔を歪めた。

 

「────まずは鬱陶しいのから消えてもらおうか」

「は?」

 

  バーナードが呟いた瞬間、ファングの後方にいたハーラーがふっ飛んだ。

 

「無事か、ハーラー!」

「人を気にかける余裕があるのかなあ?」

「・・・・・・な、『フェアライズ!』 ぐっ!」

 

  ファングがフューリーフォームになるのと同時にバーナードが剣と化した腕を彼の背中に振り下ろされた。激しい激痛がファングを襲う。一瞬で彼のフューリーフューリーが解除され、バウンドしたボールのようになんメートルも撥ね飛ばされた。

 

「ファングさん! よくも・・・・・・!」

「おっとキミには一緒に来てもらわなくてはならないんだ。余計な抵抗は止めてくれないか。その美しい姿を傷つけたくはない」

「この私が黙ってるとでも!?」

「・・・・・・残念だ」

「う、く」

 

  抵抗の意思を見せたティアラの首をバーナードは掴んだ。

 

「てめえ! ティアラを少しでも傷つけてみろ! 俺が必ず殺してやる!」

「ふふふ、そう吠えるんじゃない。私の手元が狂ってしまうぞ」

「くっ・・・・・・!」

 

  ファングはバーナードを睨みつけるしか出来なかった。彼の手がティアラに触れている以上ファングは手を出せない。ファングは、だが。

 

「────殺」

「つぅっ! き、貴様ぁ!? 今までどこに!?」

 

  優れた暗殺者であったエフォールならバーナードに気づかれずに奇襲をかけるなど造作もないことだ。彼女の鎌が彼の腕に深々と突き刺さり、その手からティアラが離れる。

 

「エフォール、よくやった!」

「ファ、ングさん」

「しっかりしろ、ティアラ。もう大丈夫だ、大丈夫だから・・・・・・!」

「ふふ、泣いてはダメですよ。あなた・・・・・・男の子でしょう?」

 

  ティアラはファングの腕に抱かれる。バーナードに首を締められ意識を失う寸前だった彼女の瞳は焦点が定まらずぼんやりと彼を見つめるだけだ。ティアラの首は赤く血が滲んでいた。もしかしたら一生残る傷になるかもしれない。どうしてこうなった、ファングの顔から表情が消える。立ち尽くす彼にお前が弱いからこうなったんだ、と誰かが囁いた。彼の剣を握る手が震える。お前が負ければティアラは死ぬぞと誰かが囁いた。ファングの手に抱かれたティアラが弱々しく笑う。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

  ブツリとファングの中の何かがキレる。その時、この世界の向こう側に存在する邪神が微笑んでいた。

 

「消えろ小娘が!」

『エフォール、避けて!』

「っ!」

 

  怒りに震えたバーナードの剣がエフォールを襲う。

 

「・・・・・・てめえが消えろよ」

 

 ────ヒュイン!

 

「なんだこれは?」

「殺?」

『・・・・・・我らが聞きたい!?』

『わけわかんないよー!』

 

  二本の剣がエフォールの身を守った。ブレイズとキョーコだ。彼らは宙に浮いていた。何者かの意思に操られているようだ。考えられる可能性は一つしかない。

 

「お前だけはぜってえ許さねえ!」

『ファング、あんたどうしたのよ!?』

「わかんねえ、わかんねえけどコイツだけは許せねえ! それにティアラを守らないといけないんだ! だから俺に力を寄越せ!」

 

  ファングだ。ファングが何らかの力を使って彼らを操ったのだ。

 

「『フェアライズ!』」

 

  ファングの魂にアリンの剣が突き刺さる。いや、アリンだけではない。ブレイズの剣もキョーコの剣も纏めて彼の身体に突き刺さった。まるで精神世界に封印された女神や邪神のように。通常ではありえない変身をしようした代償で激しい痛みに絶叫するファングの身体が灼熱を越えた紅炎に包まれる。

 

「・・・・・・貴様は何者だ?」

 

  ファングは紅炎真紅の戦士へと変貌を遂げた。今までの身体の一部を覆っていた鎧とは違う。まるでファイズやサイガのようなアーマースーツによく似た姿。だが何処か生物的な印象もあり根本はファイズたちとも違う。見知った者が見ればまるでそれはこことは異なる世界で『アギト』と呼ばれた神の力を持った戦士に限りなく近いと思うだろう。炎を纏った不死鳥の鎧は世界を照らし続ける太陽の皇帝へと進化した。

 

「お前を倒す者だ、バーカ」

 

 ◇

 

「ウオオオオ!」

「はははは」

 

  ウルフオルフェノクとサイガは激闘を繰り広げていた。ウルフオルフェノクはサイガのトンファーを掻い潜りその首筋に牙を突き立てた。だが彼は怯むことなく笑いながらウルフオルフェノクを背負い投げる。ウルフオルフェノクもまた怯むことなく立ち上がるとその拳に装着された唯一の武器メリケンサックをサイガの腹に叩き込んだ。

 

「な、なんなんやアレ・・・・・・?」

 

  オルフェノクの存在を知らないガルドは巧の変貌に動揺していた。無理もない。果林のように人外ならまだしもガルドは本当の意味で人間だ。自分とは異なる存在を前に動揺しない人間はいない。

 

「な、なんであろうと巧はんは巧はんや! やったれ巧はーん!」

 

  ガルドの場合は動揺しながらも巧の味方をした。

 

「へえ、良い仲間じゃない。僕たちみたいな化け物を受け入れるなんて中々出来ることじゃない、っよ!」

「ウォッ!?」

 

  サイガのローキック、回し蹴り、ハイキックの連打をウルフオルフェノクは喰らう。サイガとウルフオルフェノクは単純な戦闘力ではおおよそ互角。だが上級オルフェノクの中でも文句なしで最上級のドラゴンオルフェノクが変身したサイガは類い稀なる戦闘センスによってスペック以上の力を発揮する。巧が本気を出してもまだ手の届かない高みにサイガはいた。

 

「あ、でも今化け物なのはキミだけだね」

『何が言いたい!?』

「だってそうだよね。僕がしているのはキミがやってた怪物退治と同じことじゃない。キミ、自分が今どんな姿になってるか分かる? どんな顔で僕と戦ってると思う? 普通のオルフェノクと変わらないよ」

『っ!?』

 

  サイガのその言葉は巧にとって大きな動揺を誘うものであった。ライダーが怪人を倒す。それは仮面ライダーが存在する世界では絶対的な意味を持つ。ライダーという正義。怪人という悪。そして今自分は悪である怪人だ。それが彼の胸に重くのし掛かる。別に北崎が正しいと思っている訳ではない。だが今自分がウルフオルフェノクとして戦っていることを客観的に見たらどういう風に見えるのか。またサイガがウルフオルフェノクを倒そうとするのがどういう風に見えるのか。どちらが正しいか考えだしたら頭がおかしくなりそうだ。棒立ちになる巧の顔をサイガが殴る。殴られても彼は動くことができない。

 

「黙りや!」

「おっと。なに、キミもまだやる気?」

 

  サイガの背後からガルドは鎌の一撃を放った。

 

「ああ! やる気満々や! こっからはワイが相手や!」

 

  巧を守るようにガルドは立った。

 

「果林はん、巧はんを頼む! ワイが時間を稼ぐ!」

「は、はい」

 

  ガルドは巨大な斧でサイガを吹き飛ばした。果敢にサイガに立ち向かうガルドを横目に果林はウルフオルフェノクに駆け寄った。

 

『なあ、果林。俺は俺だ』

「はい。巧さんは巧さんです」

『人間の俺は俺だ。ファイズの俺も俺だ。なら怪物の俺も、俺なんだ。俺はあいつを倒すんじゃなくて殺したいと思っちまった。それは誰かを悲しませる怪物と変わらない。・・・・・・俺は消えるべきなんじゃないか』

 

  それはずっと前から巧が思っていたことだ。罪なき人々が死ぬ度にオルフェノクなんて全て消えてしまえば 良いと何度も願った。自分自身も含めて。

 

「・・・・・・私だって、人じゃないんです。私も消えるべきなんですか!?」

『果林・・・・・・。それは、違う』

「私に言ってくれたじゃないですか・・・・・・! 妖聖の私に普通の女の子らしくしてみろって。だったら怪物の巧さんだって人間として生きて良いんです。エフォールよりもこんな私の方が大事だって言ってくれて凄く嬉しかったんですよ。ずっと傍にいたいじゃなくてずっと傍にいてほしいと初めて思った人なのに・・・・・・だからそんなこと言わないでください。私はあなたに消えてほしくないんです」

「・・・・・・」

 

 ────俺は戦う! 人間として、ファイズとして・・・・・・!

 

  ウルフオルフェノクは、巧は気づいたら人の姿に戻っていた。目に涙を浮かべて想いを語り、そして微笑む果林を前に彼は沸き立っていた負の感情が抜けていくのを感じる。代わりに別の想いが巧の中に入っていく。それは彼がかつて抱いていた鋼鉄の意思。どす黒く濁っていた巧の目に不変の信念が宿る。

 

「うわぁ!」

 

  吹き飛ばされたガルドを巧は止めた。

 

「大丈夫か、ガルド?」

「なんとか。それより巧はんこそもう大丈夫なんか?」

「ああ。大丈夫だ」

「なら、これ受け取りぃ」

 

  ガルドは懐からファイズギアを取り出して巧に手渡した。いつの間に回収した。巧は目を見開く。

 

「どんな姿でも巧はんは巧はんや。でもやっぱりあのかっこええスーツ着て戦う巧はんのがワイは好きなんや」

「・・・・・・はは、俺もだ。人間として、ファイズとして人を守る方がオルフェノクとして戦うよりも好きだ」

 

  巧とガルドは笑い合う。

 

「巧さん!」

「果林・・・・・・ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。・・・・・・絶対に勝ってください」

 

  巧は無言で頷く。果林は笑顔を浮かべた。

 

「・・・・・・で、まだ続きをしないの?」

「お望み通り今すぐ続きをやってやるよ」

 

  余裕の態度を崩さないサイガを前に巧たちは構える。

 

「やれるか、ガルド?」

「言われなくとも準備万端や!」

「行くぞ」

 

  肩を並べた二人は頷く。

 

 ────555

 

 ────standing by

 

「変身!」

「『フェアライズ!』」

 

 ────complete

 

  巧の身体を紅い光が、ガルドの身体を黄緑色の光が包み込む。鋼鉄不変で不屈の意思を体現した機械仕掛けの戦士へと巧は変身し、疾風金色で優しき信念を体現した勇ましき鎧の戦士へと変身した。

 

「なんや同時変身なんてかっこええわ!」

「・・・・・・さっさとやるぞ」

「ああ、置いてかないでくれや。いけずやなー!」

 

  二人同時の変身に目を輝かすガルドを追い抜きファイズはサイガに殴りかかった。彼は正面からファイズの一撃を受け止める。

 

「そうそう。キミを倒すならやっぱりファイズじゃないとね」

「俺もお前を『倒す』ならファイズが一番だって気づいたぜ。北崎!」

 

  ファイズの戦い方が不良の喧嘩スタイルへと戻る。ただひたすらに力を込めた拳がサイガの身体に吸い込まれていく。サイガも負けじとファイズの身体に拳のラッシュを叩き込む。今度こそ本当の互角。一度変身を解除してエネルギーを再充填したファイズに対して度重なる戦闘によってエネルギーを激しく消耗したサイガのスペック差は防御力を除いてほぼゼロになった。ファイズのハイキックがサイガを仰け反らせる。

 

「しばいたる!」

「くっ。キミは邪魔だよ!」

 

  追い打ちにガルドが懐に潜り込んだ。手甲に変形させたフューリーをとにかく力を込めて振り抜いた。滅茶苦茶に振り回された拳は的を何度か外れたが直撃するとファイズ以上の威力でサイガにダメージを与えた。堪らずサイガは後退し、腰のベルトに付けられたサイガフォンから光弾を放った。当てる目的ではない。接近させるのを避けるための牽制だ。

 

「ふん! ワイの『仲間』を傷つけるならとことん邪魔したる! マリサ!」

『リミットアタック』

 

  ガルドは背中の太鼓のようなブースターから火を出し、サイガに向けて滑空した。サイガの周りを円を描くように飛び竜巻を巻き起こす。天空の覇者であるはずのサイガが風に翻弄される。無数の竜巻がサイガを飲み込む。ガルドの必殺技────天上天下。サイガが天空の覇者ならばガルドは風の覇者だ。その鎌の一撃を浴びせるべく宙に浮いたサイガに向かいガルドは飛翔する。流石にこれはマズイと判断した北崎はドラゴンオルフェノクの力を発動する。両手を重ねると竜巻の拘束を振りほどいた。

 

「大気なら僕も操れるんだよ!」

 

  サイガはトンファーエッジをガルドに振り下ろし迎撃した。だがガルドは痛みに顔を歪めながらもニヤリと笑う。

 

「今や! 巧はん!」

「・・・・・・ああ!」

「なにぃ!?」

 

 ────exceed charge

 

  空中で無防備になったサイガを紅い三角柱状のエネルギーが拘束する。彼が下を見れば自分に向けてファイズが足を向けていた。紅い閃光と化したファイズがサイガに突っ込む。クリムゾンスマッシュ────必殺の一撃がサイガを掠める。

 

「ぐわああああ!」

 

  サイガはトンファーエッジを交差させて辛うじて直撃を防いだ。だが大ダメージを避けることは出来ず彼は変身を強制解除された。身体中にかすり傷が出来た北崎が地面に膝をつく。巧とガルドは顔を見合せぐっとサムズアップをした。

 

「やった。やったで! 巧はん、ワイらの勝ちや!」

「ふ、そうだな」

 

  巧とガルドは互いの手を叩いた。

 

「・・・・・・まだだ。まだ勝負は終わってない!」

 

  北崎の顔に灰色の紋様が浮かび上がる。ドラゴンオルフェノクになる気だ。だが巧は首を振った。

 

「やめろ。その姿になったら今度こそ俺はお前を殺す。お前と同じようにな」

「・・・・・・今日のところは見逃してやる。言っておくけど僕がオルフェノクになればキミたちは絶対に勝てない。ああ、それと運良くこの僕はに勝ったキミたちに特別に教えてあげようかな。・・・・・・『青い薔薇』には気をつけなよ」

「青い、薔薇?」

 

  北崎はふらふらと歩いて消えていった。

 

「なんや、あいつ。負け惜しみなん、か?」

「いや、どうだろうな。あいつずっと手加減してたぜ。殺す気だったのは俺がオルフェノクに、あの怪物の姿になった時だけだ」

「っ!?」

 

  巧の言葉にガルドは目を見開く。

 

「ま、次戦っても負ける気はしねえな。俺とお前、それにファングたちがいればな」

「せや! 何度来たってワイらが返り討ちにしてやるで! 北崎、首を洗ってまってるんやな! なははは」

「その意気よ、ガルドちゃん!」

 

  調子に乗るガルドに巧はふっと笑った。

 

「信じてました、巧さん。格好よかったです!」

「ああ。・・・・・・それよりエフォールを助けにいかねえとな」

「せや。あんさんのパートナーがピンチなんやったな。いくで巧はん!」

 

  ガルドは来た道を戻るために走り出した。

 

「いくか、果林」

「ええ。行きましょう。・・・・・・先に行って良いんですよ?」

 

  巧は首を振る。

 

「ずっと傍にいてほしいんだろ? ずっとは無理でも今くらいは傍にいてやるよ」

 

 ◇

 

「ハーラー、あれはなんだ?」

 

  進化したファングのフューリーフォームにバハスは首を傾げた。

 

「いてて・・・・・・。あれはレゾナンスエフェクトの終着点、いや一つの到達点だろうね。通常は深い絆で結ばれたパートナーとしか出来ないフェアライズをファングくんは他の妖聖とやってのけたんだ」

「そんなことが出来るのか」

「理論上は融合係数が高ければ出来るはずさ。フューリーには互いを共鳴し、その力を高める不思議な効果がある。この前の戦いのヤツとかね。ファングくんはどういう訳かその共鳴を限界以上に引き出したんだ。フェアライズが出来るほどに。ブレイズくんやキョーコちゃんとも彼は深い絆があるからね。ありえないことではない。だけど一つの身体に3つの魂を重ねるなんて無茶だ。今の彼は人間かどうかも怪しい。ぜひサンプルとして髪の毛がほしいなあ」

 

  ハーラーがイヤらしい目線をファングに向ける。彼はそんなことに気づかずにバーナードと向かい合う。

 

「私を倒す、だと。キミが? 調子に乗りすぎじゃないかなあ!?」

「ハァ!」

「ぐっ!」

 

  突然のファングの変貌に明らかなイラだちを覚えながらバーナードはその巨大な腕をファングに叩きつけた。先ほどはこれを喰らい一撃でフェアライズが解除された。だが彼はその重い一撃を片手で受け止め、カウンターで拳を叩きつける。

 

「どうした? こないのか?」

「こ、小癪な!」

 

  バーナードは巨大な腕を剣に変貌させ、ファングに振り下ろす。彼は手を掲げると大剣を召喚し、その一撃を防ぐ。さらにもう片方の手にブレイズの剣を召喚した。二刀の剣舞がバーナードの強化されたはずの肉体を切り裂く。彼の流れた血がファングの身体に触れると一瞬にして蒸発した。バーナードは驚愕の声を上げる。堪らず彼は後退した。

 

「逃がすか」

 

  ファングが手を振り下ろす動作をするとバーナードの頭上にキョーコの剣を先頭に今まで彼らが集めた無数のフューリーが降り注いだ。

 

「な、なんなんだ。なんなんだ貴様は!?」

「だから言ったろ? お前を倒す者だ」

 

  剣の檻によって拘束されたバーナードは震えた声でファングに言った。バーナードは初めて他人に対して恐怖の感情を抱く。そして後悔した。この男を『本気』にさせるべきではなかった、と。

 

「トドメだ」

 

  ファングはアリンの剣を地面に突き刺した。無数の大地のエネルギーが剣を通して彼の身体に集まりだす。ワールドインフルエンス────地脈を刺激して自然に変化をもたらすフューリーの特性を彼は攻撃に転用した。果てしない力が集まる感覚をファングは覚えると彼はバーナードに向けて跳ぶ。灼熱深紅の炎を纏った必殺のキックが彼の身体を貫いた。

 

「この私が負けるだと。ありえない! ありえなっ────」

 

  バーナードの変貌した巨体が爆散した。

 

「ざまあみろ。ティアラとエフォールを傷つけた罰だ」

 

 ◇

 

「ファング、大変だ。エフォールが!」

「エフォールが、どうしたって?」

「・・・・・・お前らが助けたのか」

 

  巧たちが大急ぎでファングたちと合流すると既にエフォールは彼によって救出されていた。彼女はファングに背負われてすやすやと眠っている。果林はほっと胸を撫で下ろした。

 

「それよりお前がいない間こっちは大変だったんだぞ」

「こっちだって大変だったんだよ」

 

  巧とファングは何があったか互いに話し合った。

 

「へー、巧の方にもそんなことがあったんだ。果林、巧に助けてもらえてよかったわね」

「はい。・・・・・・とても嬉しかったです」

「ちょい待ちぃ。ワイも頑張ったんやで、ほんまに!」

 

  アリンに意図的にスルーされ、ショックを受けるガルド。

 

「心配しなくてもガルドさんが巧さんを助けたことは分かっていますわ」

 

  タオルで首を押さえたティアラがガルドに微笑む。その真っ白いタオルは赤くなっていた。

 

「おおきに。・・・・・・ティアラはん、ワイがあとで回復魔法使ってその傷治すさかい安心しい。せっかくのべっぴんさんが台無しになってしまうわ」

「ふふ、ありがとうございます」

「ああ。俺からも頼む、ガルド。・・・・・・傷が残らなくて良かったな、ティアラ」

 

  ファングはティアラに笑みを浮かべた。

 

「お優しいんですね、ファングさん。そういえば私があの男に傷つけられた時も本気で怒っていましたし」

「・・・・・・お、俺様はただ自分の所有物を傷つけられるのが許せなかっただけだ」

「そ、そんなときめかせることを言わないでください! 勘違いしてしまうじゃないですか!」

「「「ねーよ!」」」

 

  巧、アリン、ファングが同時に突っ込んだ。

 

「それよりファングくん。あれどうやったの?」

「あー、あれか。なんかぶちギレたら出来たんだよ。理由はわかんねえけど。ふ、やっぱり俺は天才ってことだな」

『今日に限れば貴様は間違いなく天才だろうな。あのような芸当が出来るフェンサーなど初めて見た』

 

  あのフューリーフォームはファング自身どうやって出来たのか分からなかった。そもそも複数のフューリーを使ってフェアライズしようとなんて自分自身考えてなんていない。ブレイズは無意識でそれをやってのけたファングを天才と評しておく。もしも第三者からの介入があったのならそれは・・・・・・。今は考えるのをやめておこう。

 

「・・・・・・ん」

「お、エフォール。起きたか?」

 

  背負っているエフォールが軽くなったのを感じ、ファングは彼女の意識が覚醒したことに気づく。

 

「・・・・・・うん。起きた」

「そうか。もう一人で歩けるか?」

「まだ、キツイ。もう少しこのままがいい」

 

  そう言うとエフォールはファングの首に手を回した。なんだか妹が出来たみたいだ。彼はうっすらと笑みを浮かべた。

 

「はあ?」

「あれ?」

「あら?」

『むむっ!? これは・・・・・・』

『えっとえっと?』

 

  巧とアリンたちは首を傾げた。

 

「エフォールはん、ザンクって名前に心当たりはあるんか?」

「・・・・・・懐かしい」

「え、ちょっと待ってください。エフォール・・・・・・?」

「かまへん。なんか積もりそうやし、あとでええわ」

 

  果林も首を傾げる。おかしなことが一つあった。

 

「お前なんであいつと戦ったんだ?」

「・・・・・・ファングを殺すのは私。誰にもファングは渡さない」

「いやあ、モテるねえファングくん」

「ふ、俺も罪なお、とこ・・・・・・?」

 

  そしてファングも気づいた。

 

『しゃ、喋ったー!!!???』

 

  この日起きた様々な出来事がエフォールの小さな変化によって一瞬で吹き飛んだ。

 

「・・・・・・なんか私変なこと、した?」




スペックで勝てないなら気合いで勝てばいいんです(暴論)ファングのオリジナル強化は平成ライダーでおなじみの中間フォームです。この段階では普通に戦ってもバーナードには勝てないのでこうなりました。見た目はアナザーアギトバーニングフォームをシャイニングフォームのカラーにした見た目です。でもあまりオリジナルを多用するわけにもいかないので扱い的にはトリニティフォームになります。

ちなみにバーナードはグンダリ無駄遣いおじさんのように生きてるので安心してください。死ぬにはまだ早すぎですから。

次回からは何話かオリジナルストーリーになります。ちょっとしたギャグありの日常とマリアノ北崎関連、シリアスの予定です。もしもネタに行き詰まって更新停滞しそうになったら普通に本編やるのでその点は大丈夫です。


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レッツゴー! ヤルゾー! 好感度チェッカー!

特に意味もない思いつきのネタ

邪神編で北崎の性格が改変され、涼邑零のような性格に変化する。

今のペースだと何年後になるんだろう


「本当はとっくの昔に普通に話せてた」

「ちょっとそのお肉あたしのものよ!」

「所詮この世は弱肉強食。早い者勝ちや!」

「ガルドに同意だ!」

 

  あの激闘の翌日。祝勝会と称して設けられたバハスの特性鍋パーティーの席でエフォールがそう言った。彼らは激しい肉の奪い合いをしているファング、ガルド、アリンを除いて耳を傾けていた。特に猫舌である巧と果林は相性最悪の鍋に目もやらない。

 

  エフォールのことをまったく知らないハーラーたちは訳が分からず微妙な表情をしている。そりゃいきなり私の殺殺口調が治りましたと言われてもだからなに? だ。彼女のバックストーリーを知らなければ誰でもそうなる。

 

「それで? いつ頃から話せるようになったんだ?」

「パーティーの、あとくらい?」

「結構前だな」

 

  つまりエフォールはだいたい三週間くらい前から普通に会話が出来るようになっていたという訳か。その割りに果林までそのことを知らなかったのは何故だろう。三週間もパートナーの彼女にまで隠して生活してきていたとは。相当驚かしたくて我慢していたようだ。

 

「もう。私にまでどうして黙っていたんですか?」

「・・・・・・恥ずかしかったから」

「えーと。殺殺としか言わない方が恥ずかしくないかい?」

「う、うう」

 

  エフォールは顔を両手で抑えた。いざ客観的に振り返ってみるとやはり自分でもおかしな口調だったという自覚はあるみたいだ。小さな両手の向こう側が赤くなっている。

 

「せやか? ワイはおもろいから好きやで」

「ガルド、それはフォローになってねえぞ」

「むしろ追い打ちではないか?」

 

  ある程度肉の確保に成功したガルドが話しに加わってきた。だが加わってもあまり意味がなさそうだ。更にエフォールの顔は赤くなった。

 

「あの痛々しい口調はさておき『エフォールは痛い子じゃないですよ!』・・・・・・どうして話せるようになったのですか」

「心に余裕が出来た、から?」

「ず、随分アバウトやな」

「エフォールはフェンサー養成施設で育ちました。そこの環境は劣悪で日々誰かが死ぬ毎日でした。そんな毎日が続くうちに彼女はまともな言葉を話せなくなったんです。ファングさんと出会ってそれが変わったんです」

 

  元々エフォールがまともな言葉を話せなかったことは過去のトラウマによるものだ。その過去のトラウマを払拭する何かがあったのだろうか。

 

「フェンサー養成施設、か。その名前はあまり良い思い出がしねえな」

「おい、お前一人で肉盛りすぎだろ」

「うるせー野菜も食うから良いだろ。そういう場所には俺もぶちこまれそうになったことあるからな。ああいう場所にいたら確かにまともに話すことも出来ないかもな」

 

  器に肉の山を築き上げてご満悦のファングも話しに加わる。彼の隣にいるアリンは二人がいなくなったことで残った肉に一気に猛チャージをかけ始めた。

 

「・・・・・・そんなことあったか?」

 

  妖聖を除くとパーティーの中でファングと一番付き合いの長い巧にも心当たりがないことで彼は首を傾げる。

 

「一年くらい前だからな」

「正確には一年と半年前だ」

「こまけえことは良いんだよ」

 

  相も変わらず破天荒な旅をしている男だ。普通に旅をしていてもこうはいかないだろう。ティアラは苦笑した。

 

「で、結局エフォールはなんで話せるようになったの? イメチェン? きっかけは?」

「お前も肉盛りすぎだ」

「これはキョーコの分もあるからファングと一緒にしないでよ」

 

  器二つを山もりにしてようやくアリンも話しに加わった。バハスは肉のなくなった鍋にため息を吐きながら追加の肉をいれた。

 

「果林がいないと誰とも話せないから」

「え?」

「ピアノ汚れた時、誰にも謝れなかった」

 

  確かにあの時、通訳の果林はいなかった。一応の通訳が出来るキョーコはいたが子どもが代弁して謝ったところでバカにしていると思われただろう。ファングが代わりに謝罪しなかったらどうなっていたことやら。とにかくそれがきっかけで話してみようと思って口を開いたら普通に話せるようになっていたという訳だ。

 

「そっかそれで話せるようになったのか。俺が謝った甲斐があるぜ」

「うん。ファング、あの時はありがとう」

「それが自分で言えるようになったなら礼はいらねえよ」

 

  出来ることなら礼を言うよりも殺すことを諦めてくれた方がファングにとっては嬉しいし助かるのだが。まあこのまま改善していけばそれを諦めるのもすぐになるだろう。

 

「結果的に果林さんが席を外したのは良かったみたいですわね、乾さん?」

「俺に聞く意味ねえだろ、それ」

「あら? そうなると果林さんを外に連れ出したのは一体誰だったのでしょう」

 

  巧はため息を吐いた。ティアラが彼をこうやってからかうのは何度目だろうか。しかも、今回は何時もと違ってファングたちもいる。何時ものように自分が適当に流して終わりという訳にはいかないだろう。

 

  巧の予想は当たりその手の話しが大好きそうなアリンやガルドは面白そうに顔をニヤつかせた。

 

「そういえば巧、あの時果林をおぶってたわね。何があったのかしら? それともナニ?」

「お、なんやなんや? 巧はん、一匹狼でありながら夜の狼でもあるんか? やりますなー」

 

  お調子者たちの食い付きっぷりは予想以上のもので下世話な話しにまでもつれ込む。巧はティアラが常識人だったと今になって初めて気づいた。

 

「そんなんじゃねえよ!」

「そ、そうですよ! 私と巧さんは何もないんですよ、何も・・・・・・そう、何もないんです」

 

  全力で否定する巧と果林。だが途中で明らかに彼女のテンションはだだ下がりする。

 

「あー、巧はんこれはやってしもたなー」

「そうだよ。今すぐ彼女の後ろに回り込んで抱き締めてあげな」

「ハーラー、それは飛躍しすぎではないか?」

 

  巧へのからかいは更にエスカレートし、ついにはブレイズまで加わった。

 

「どうしてそうなんだよ!? いっとくけど俺は果林のことなんてなんとも思ってねえよ!」

「・・・・・・な、なんとも」

 

  果林は更にテンションが下がった。このままでは彼女は目のハイライトが消えてとある世界で草加雅人を愛した女性のようになってしまう。ああ困ったものだ。しかし巧は自分の命の危機に気づいていない。

 

「じゃ、なんとも思ってないか試してみるかい?」

「「え?」」

 

  訳が分からず巧たちは首を傾げた。

 

 ◇

 

「これを見たまえ」

 

  ハーラーは胸元を大胆に開けた。巧は目を背け、ガルドは身を乗り出した。ファングは興味がないのか一心不乱に肉に食らいついている。

 

「うっひょー、ハーラーの姉さんええ身体してまんなー!」

「なに見ているんですか、この変態!」

「ちょ、ティアラはん。なんでワイだけ・・・・・・。でも、ええ右手や」

 

  躊躇いなくハーラーの胸を覗き見たガルドはティアラに殴り飛ばされた。しかし、その顔は不思議と満足げだ。

 

「ちょっと。注目するのは私の胸じゃなくてこれだよ」

 

  ハーラーは胸元から血圧計のようなものを取り出した。どこに収納していたのだろう。

 

「やはり谷間、か」

「ブレイズどうしたのー?」

「なんでもない、キョーコ。本当になんでもない」

 

  ガルド以外に煩悩を刺激された男はここにもいた。ブレイズは軽く咳払いして首を傾げるキョーコの頭を撫でた。

 

「あ、ハーラー。お前また無駄遣いしたな!」

「良いじゃないか。だってこれ本物だよ?」

「そういう問題じゃない。まったくお前ってヤツはわざわざ家計簿を書いている俺の身にもなれ」

 

  この男は家計簿まで書けるのか。女子力の上位互換のおかん力でも高い位置にバハスはいけそうだ。ハーラーを除いたパーティは全員そう思った。

 

「それはなんだ?」

「これ? ドルファ社製の好感度チェッカーだよ」

「好感度チェッカー? なんだ、そりゃ」

「何が好きなのか指定してこの穴に手を通すとこの機械が読み取ってランキングにしてくれるんだ。例えば食べ物なら一位ハンバーグ二位カレー、とかね」

 

  ドルファすげえ!とファングは目を見開いた。今までの中途半端な商品が嘘のような便利な機械だ。

 

「じゃあ試しにファングくんやってみるかい?」

「え、俺? まあ良いか。面白そうだ」

 

  ファングは意気揚々と機械に腕を通した。なんとなく嫌な予感がした巧が逃げようとするとガルドとアリンがその肩を掴んだ。

 

「で、これどうや『最近可愛いと思った回数の多い女の子!』んだ? ・・・・・・は?」

 

  唐突な質問にファングはポカンとした顔になる。ハーラーを見れば好感度チェッカーにつけられたマイクで喋っていた。

 

  『一位 ティアラ』 『二位 アリン』 『三位 エフォール』 『四位 マリアノ』 『五位 キョーコ』

 

「あー・・・・・・これはちょっとみんなには見せられないかな」

 

  ハーラーは目の前で出た結果を即リセットした。

 

「え、ちょっと。まさか今の質問の答えも分かるの!?」

「うん、勿論。本当に万能だから買ったんだもん。面白いよ、これ」

「おもろいだけですまへんやろ。めっちゃおもろいでそれ!」

 

  ガルドは目を輝かせて機械の前に立った。ファングは既に最初の質問の時点でこの機械がとても面倒な物だと気づいたらしい。見るからに先ほどまでのやる気をなくしていた。

 

「おい、下らねえ質問するなら俺はやらね『ダンナが信頼してる人!』えぞ。・・・・・・まあそれくらいなら良いけど」

 

  『一位 アリン』 『二位 乾巧』 『三位 ブレイズ』 『四位 キョーコ』 『五位 ティアラ』

 

  やはりファングのパートナーたちは軒並み順位が高い。度々共闘していて付き合いも長い巧が二位なのも納得だ。ガルドはほう、と唸った。ファングたちも結果の書かれた画面を覗き込んだ。

 

「これは確かに信憑性が高そうやな」

「やっぱりあたしが一番ね!」

「俺が二番目か。ま、別に一番にこだわる意味もねえな」

「・・・・・・私が五番目とはファングさんは見る目がありませんわ。普通は私が一番になるべきなのに」

「むしろ基本ギャラリーのお前が五番目にいるだけありがたいと思えよ」

 

  可愛いと思っている回数では一番だ、とハーラーは言いたくなったがそれだと今度は上機嫌のアリンが不機嫌になるから止めておく。まあ多分総合的にはアリンの順位の方が高くなるのだろうけど。

 

「次、あたしやりたい!」

「はあ? これやりたがるとか正気か?」

「え、なんか楽しそうだし」

 

  巧は機械に腕を通したアリンに驚く。

 

「なんでも聞いてみな『ではイケメンと思っている殿方!』さい!」

「ティアラ、んなもん俺様が一番に決まって」

 

  この時ファングは知った。

 

  『一位 シャルマン様』 『二位 ブレイズ』 『三位 乾巧』『四位 ファング』 『五位 ガルド』

 

  機械という存在がいかに残酷か。

 

「・・・・・・お前、本当に俺のパートナーか? シャルマンのヤローはまあ顔なら俺様と互角でも許してやるがブレイズや巧より下ってなんだ? マジでなんなんだ?」

 

  ファングはアリンの柔らかい頬っぺたを摘まんだ。

 

「・・・・・・ごめん、ごめんね」

「謝ってんじゃねえよ! 余計悲しくなんじゃねえか! しかもシャルマンの野郎だけ様づけかよ!」

「いふぁいわよ」

 

  平謝りされるくらいならふざけ半分で笑われた方がまだ良かった。これではファングはただひたすらに惨めで虚しくなるだけだ。彼の肩をポンと巧とガルドが叩いた。

 

「では次はファングさんと同じく信頼している人でお願いします」

「今さらだけどどうやってこれ調べてんの?」

「おそらく読心術の魔法でも使ってるのでしょう。原理は分かりませんが混乱などの状態異常の魔法と同じものだと思います」

 

  『一位 ファング』 『二位 変身した時の乾巧』 『三位 ティアラ』 『四位 キョーコ』 『五位 ブレイズ』

 

  アリンの信頼度もやはりパートナーのファングが一番高い。互いが互いに顔と信頼度や好感度は比例しないという証明をしている辺り本当に一心同体だ。

 

「お、やっぱり俺が一位か」

「ワイはなかなかランキングに入らんなー。巧はんなんかまた二位やし平均的にかなり高い」

「頼られても嬉しくねえよ。しかも限定的かよ。戦いなんてめんどくせえっつーの」

 

  まじまじと結果に注目されたアリンは羞恥心を覚え、腕を引き抜いた。

 

「も、もうおしまい」

「あ? なんだよつまんねーな。好きな人ランキングとか聞こうと思ったのによ」

「それをやられたくなかったからやめたのよ!」

 

  面白味のない女だ、とファングはアリンにやれやれと首を振った。肉の入ったお椀片手に画面を見つめる彼は既に聞く側に回ったようだ。

 

「あ、巧さん。冷めましたよ」

「ああ、これでやっと食えるぜ」

 

  鍋が冷め初めようやく巧と果林が食事を始める。ここまで彼らだけ鍋にろくに口をつけていなかった。バハスの鍋は冷めても美味しいようで笑顔でそれを二人は食べる。

 

「ちょっと次は巧よ!」

「飯食ってるから誰か適当に先やってろ。お前らが飽きた頃にやってやる」

「うわー。巧はん上手く逃げようと思っとるでダンナ」

「これは意地でも聞いてやるしかないな。しゃーねえ、とりあえずガルド次いけ」

 

  よっしゃと意気揚々にガルドは腕を差し込んだ。正直 彼の場合はためらいなく人を評価する側面があるのでファングやアリンよりは面白味にかけるかもしれない。こうなると質問の方を面白くしなければならないな、とファングは思った。

 

「よし、じゃあ・・・・・・毎日味噌汁が飲みたいと思ってる相手!」

 

  要約、結婚したい相手。

 

  『一位 バハス』 『二位 マリサ』 『三位 ティアラ』

『四位 ハーラー』 『五位 キョーコ』

 

 

 

 

 

 

  要約、結婚したい相手。

 

「この瞬間から俺様の背後に立ったら敵とみなすからな、ガルド」

 

  ファングはどこまでも果てしなく冷たい無表情でガルドを睨んだ。

 

「ちょ、なんやダンナ。いきなり冷たく・・・・・・なんじゃこりゃあ!? なんでバハスはんが一番なんや!?」

「この瞬間から俺の背後に立ったら殴り飛ばすからな、ガルド」

「巧はんまで!? なんかの間違いや、間違い!! ワイはノーマルやノーマル!」

 

  ファングと巧は今まで戦っていたどんな強敵よりもガルドが恐ろしいモノに見えた。あれ、そういえばあいつ出会った時からやたら身体触ってきたよな。そう考え出しただけで二人から言い様のない冷や汗が流れ始めた。涙目で否定する彼を侮蔑の目線で彼らは見つめた。

 

「ガルドくん。今、君が気になっている相手は?」

 

  少し考えた様子でハーラーは言った。

 

「え、それは勿論ザンクはんと関わりのあるエフォールはんやろ」

「・・・・・・私?」

 

  『一位 乾巧』 『二位 エフォール』『三位 ザンク』『四位 ファング』 『五位 ティアラ』

 

「俺、やっぱり果林のことすっげえ気になってる。もう常に果林で胸の中一杯なんだ。・・・・・・だからガルド。頼むから諦めてくれ。俺は仲────あー、知り合いを傷つけたくねえ」

「仲間から知り合いに降格!? じゃなくてほんまになんかの誤解なんやって!」

「ランキングの中身が女性より男性のが多いのは少し問題があると思うのですが。いえ『そういう』方を差別する気はもちろんないんですよ?」

 

  流石に常識人の、むしろ常識人だからこそティアラも引いてる様子だ。

 

「ワイはほんまにノーマルや! 信じてくれえな!」

「こらこら。君たち憶測で勝手に人を嫌っちゃダメだよ。ガルドくんの言っていることは本当だよ、多分」

「お前も憶測じゃねえか」

 

  上手いことフォローしたつもりなのだろうが多分を入れたら何の説得力もない。

 

「機械だから誤差があるんだよ。・・・・・・バハスって今日の朝ごはんでお味噌汁作ってたよね」

「ああ。美味かったろ?」

「じゃあ最初のはそれが原因だね。ガルドくんにとっては今日食べたばかりのバハスの味噌汁が一番印象的に残ったんだよ、多分」

「だから多分をやめろ」

 

  この好感度チェッカーは印象に残っている者の順番で順位が変動する。今回の場合はガルドの舌だ。だから味噌汁を毎日飲みたい相手は最も新しく味噌汁を飲んだバハスが一位になった。

 

  そして気になる相手で巧が一番なのはつまり・・・・・・

 

「つまり巧はんが気になる相手で一番な理由は」

「印象に残る何かがあったからだね」

「「あ」」

 

  巧とガルドは顔を見合せた。心当たりなら一つある。ウルフオルフェノク。つい先日彼はガルドの前で真の姿を見せた。それが気になる原因だというならおかしくはない。普通、仲間が怪人になれば嫌でも気になるはずだ。どれだけ気になる相手が他にいても流石に一番気になる相手は巧になるだろう。

 

「・・・・・・ガルドさんは男性と女性恋人にするならどちらですか?」

「女性や女性」

 

  『一位 女性』 『二位 男性』

 

  この機械は二者択一も出来るようだ。ガルドの誤解が解けると同時に新たな機能が見えた。

 

「ほらね、これで誤解と分かっただろう?」

「わりいな、ガルド。完全にお前を疑ってたわ」

「ええんや。ワイも自分を疑い始めてとこやから」

 

  無事に誤解が解けてガルドはほっと胸を撫で下ろした。彼は疲れた顔で腕を引き抜く。もうこの機械で遊ぶ気は起きなかった。

 

「じゃ、次はいよいよ巧ね」

「は? まだやるのかよ? もう良いだろ、めんどくせーな」

「逃がさないわよ!」

 

  別に逃げる気はない。だが周りの視線が集まる中でこういった遊びをするのはなんとなく躊躇われる。そもそもこんな機械で人間の好感度が本当に計れるのかも怪しい。そういったことを巧は主張したが期待に目を輝かせるアリンを前にため息を吐いて機械に腕を通した。

 

「じゃあ最近気になる女の子『トアイツハイウガホントウハシンライガタカイオンナダ』!」

 

  アリンの言葉の後ろに巧はこっそりと言葉を足し、内容を変えた。これは食事の最中に彼が思い付いたこのゲームの必勝法だ。

 

  『一位 ティアラ』 『二位 果林』『三位 アリン』

『四位 キョーコ』 『五位 ハーラー』

 

「二位、ですか。・・・・・・良かったです」

 

  果林、指定された内容を巧がこっそり変えても二位である。結果的にはギリギリセーフのラインに乗った。

 

「え? 壊れた?」

「ハーラーさん、機械の様子がおかしいですわ。これでは巧さんがファングさんのように私を愛してしまってますわ」

「「愛してねーから」」

 

  二人同時のツッコミ。

 

「んー、なんでだろうねえ。愛してないのに気になるなんて変だな」

(あ、やべ)

 

  これでは何のためにはぐらかしたのか分からなくなる。せっかく上手いこと誤魔化せたのに何時ものようにツッコミを入れたせいで台無しになってしまった。

 

「では乾さんが好きな人『トティアラハイッタガホントウハスキナドウブツダ』」

 

  『一位 狐』『二位 馬』 『三位 蛇』 『四位 鶴』 『五位 狼』

 

「・・・・・・本当に壊れてしまったのでしょうか」

 

  人ではなく動物が結果として出たことにティアラは首を傾げた。遠目で見ていたエフォールは巧の策略に気づく。

 

「巧、内容変えてた」

 

  巧を指さしてエフォールは言った。

 

「・・・・・・なるほど。おい、巧。お前今からマイクに口を近づけるの禁止な」

「ち、バレたか」

「禁止禁止。ごまかすの禁止や!」

 

  巧はガルドに口を塞がれた。もちろん手のひらだ。

 

「エフォール、よく気づいたな。褒美としてこの飴玉をやろう」

「甘いもの、好き」

「あとでおっさんにケーキ作ってもらおうぜ」

 

  エフォールは嬉しそうに飴を舐める。ファングは優しい笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。

 

「ではもう一度。乾さんの好感度が高い人」

「まだやんのかよ」

 

  『一位 ファング』 『二位 果林』 『三位 ガルド』 『四位 ティアラ』 『五位 アリン』

 

「・・・・・・俺は果林が一番好きだぜ」

「現実を見てください」

 

  巧の顔が絶望に染まった。この機械の精密性はすでにファングたちが証明している。ガルドの件のような勘違いもなさそうだ。つまり巧がこの中で一番好感度が高いのはファングということで間違いない。間違いないということは。

 

「待て待て待て待て! 俺に近づくな、乾」

「ワイにも近づかんといてください、乾はん!」

 

  さっきのように物理的にも精神的にも距離をとられるということだ。名前から名字に変化するのは流石の巧もショックを受ける。

 

「お前らマジでぶっ飛ばすぞ」

「冗談だ、冗談。どうせ俺が一番付き合い長いからだろ。好感度にも色んな種類があるしな」

「軽い洒落やって。ワイら仲間やろ!」

 

  別に好感度は何も恋愛だけではない。友情や親愛だってある。自分の家族と恋人どちらが好きかと聞かれれば悩む人は多いだろう。だからこの結果をおかしいと思う者は

 

「・・・・・・ファングさんが消えてくれれば私が一番に」

 

  一人いた。果林の妖しい視線がファングの背筋を震え上がらせる。ふらふらと彼女は彼に近づく。

 

「待て待て待て待て待て待て! 冷静になれ!」

「おかしいでしょう? 私の一番が巧さんなら、巧さんの一番も私じゃないといけないんです。だから・・・・・・!」

「殺殺殺殺殺!」

「お前もその鎌下ろせ! ひぃぃぃ! ライダー助けてくれ! 戦隊でもウルトラマンでも構わねえ!」

 

  二人に襲われるファングを見て巧はため息を吐いた。こういう風に絶対に荒れることになるから好感度チェッカーなんてやりたくなかったのだ。こんな物で遊んだら明らかに友情が壊れるに決まっている。ましてや本当に好感度が分かるなら尚更だ。

 

「うーん、しょうがないわねえ。巧が恋人にしたいと思う人」

「あ、お前勝手に」

 

  『果林』

 

  モニターには果林の名前しか出ていなかった。

 

「これは驚いた。一人しか出ないなんて」

「珍しいんか?」

「この人しかいないってことだからね。まあ、周りに女性がいるこのパーティじゃあまずありえないね」

「巧って一途なのね」

「素敵な心がけですわ」

 

  アリンとティアラはこの結果に目を輝かしたが巧とガルドはさして驚かなかった。ウルフオルフェノク────巧の正体を知ってなお受け入れられる相手でもないと付き合うことなんて出来るはずがない。果林とガルドはすぐに受け入れたがアリンやティアラにそれが出来るかは分からない。下手をすれば拒絶されるかもしれない。そう考えたら恋人にしたいなんて思えるはずがない。

 

「わ、私だけですか。えへへ」

「勘違いすんな。他が酷いだけだ」

「他ってまさかあたしのような美少女に向けて言った訳じゃないでしょうねえ」

 

  それでも果林にとっては相当嬉しかったのか頬を紅くして満面の笑みを浮かべた。その代わり巧はポカポカとアリンに殴られたが。

 

「な、なんか知らねえけど助かった」

「ファング、もっと飴頂戴」

 

  果林が戦意を喪失したおかけでファングは命拾いした。引き続き襲いかかるエフォールは手元にあった飴を渡して手なずける。

 

「もういい加減飽きたろ? 終わりにしようぜ」

 

  エフォールの攻撃を掻い潜り疲労困憊になったファングはもはやこの好感度チェッカーを遊ぶ気にはなれなかった。彼はバハスの鍋に再び向かう。

 

「せやな。まだメシちゃんと食べてへんし」

「ふん、こんなもん二度とやるかよ」

「そうね、なんか人の心を覗くみたいでよくないわ」

 

  巧たちもすっかり興味をなくしたのか好感度チェッカーから離れていった。

 

「・・・・・・」

 

  ただ一人ティアラだけが好感度チェッカーを見つめる。

 

「わ、私が傍にいたい人!」

 

  『一位 意地悪だけど優しいファング』『二位 大切な友達の乾巧』 『三位 大切な仲間のアリン』 『四位 兄のようなブレイズ』 『五位 妹のようなキョーコ』

 

  その結果はティアラとこっそり覗いていたハーラーしか知らない。

 

「・・・・・・ふふ、ファングさんたちと出会えて私とっても幸せみたいです」

 

 ◇

 

  その日の夜。

 

「あら、食堂に明かりが・・・・・・」

 

  ふと目が覚めたティアラが食堂に水を飲みにいくと深夜にも関わらず明かりが点いていた。誰かいるのだろうか。覗き込むとそこにはエフォールがいた。

 

「あ、ティアラ」

「こんな夜分遅くにどうしたのですか? もしかして眠れないのでしょうか?」

「ううん、違う」

 

  首を振るとエフォールは小さく欠伸をした。

 

「さっきのヤツやりたかった、から」

「・・・・・・好感度チェッカーですか。もうハーラーさんは何時も置きっぱなしでだらしがないですわ」

 

  エフォールは好感度チェッカーを物珍しそうに見つめている。

 

「何を質問したいか、もう決めたのですか?」

「うん。『私が好きな人』」

 

  『一位 果林』 『二位 ファング』 『三位 ザンク』 『四位 エルモ』

 

「ザンクとあなたは一体どういう関係なのですか」

「フェンサー養成所で一緒に暮らしてた」

 

  ザンクがエフォールと同じ場所で暮らしていたとは意外な事実が明らかになった。言われてみれば彼らは少し似ている。他人を壊すことしか知らないところだ。エフォールは今はもう違うのだけど。

 

「ザンクちょっと怖いけど優しかった」

「あのザンクが? 少し信じられませんわ」

「嘘じゃない・・・・・・!」

「べ、別にエフォールさんを疑っている訳ではないんですよ」

 

  あの男にも少なくても優しいと思ってくれる人が一人いるのか。ティアラはザンクの評価をちょっとだけ改めた。だとしたらなぜ村人を全員殺したのか。そこが謎だ。これにはガルドも驚いていた。

 

「ザンクさんは罪なき人を殺すような人でしたか?」

「違う。研究者と喧嘩ばっかりしてたけど私と果林『エルモ』を守るためだった」

「エルモ、とは」

「私の友達、だった子。完全自立型の妖聖で優しかった」

 

  戦うことしか知らなかったエフォールにも心を通わせられる友人がいたのか、ティアラは少し安心した。

 

「エルモさんはどちらに?」

「分からない。養成所も壊れて探すことも出来ない」

「見つかると良いですね、エフォールさんのお友達」

「うん」

 

  エフォールは小さく笑った。ティアラも微笑む。

 

「ところでなぜ殺したいはずのファングさんが二番目に?」

「分からない。私の好きな人は果林とザンクとエフォールだけだと思ってた。それ以外の人、特にフェンサーは皆殺すべき対象。私の心の中から囁く殺せという声に抗えなかった」

「エフォールさん、辛かったでしょう」

「でもファングは違った。どれだけ私が殺す気になっても私を殺そうとしなかった。他のフェンサーは殺そうとしたら皆殺す気になっていたのに」

 

  フェンサーの世界は生きるか死ぬかだ。戦わなければ生き残れない。心優しいティアラだって果たしてザンクのような残酷な人間に襲われてそいつを生かす気になれるかどうか。でもファングはそんな残酷な人間を殺すのも躊躇う。粗暴でお馬鹿で食いしん坊だけど彼は優しいのだ。

 

「私、ファングが怖い。殺意を向けても笑顔を向けるファングが怖い。だからずっと殺したかった。でも会うたびに私の中でファングがどんどん大きくなっていたの。気づいたら向けられる笑顔のことをずっと考えている」

「ならファングさんをもう狙う意味はないのでは?」

「ううん。私、ザンクやエルモよりファングのことが好きになった。なんとも思ってなかったのに。もしかしたら何時か果林よりも好きになるかもしれない。でも大切な人たちが大切じゃなくなっちゃう気がしてまた怖くなって。ファングが私を大切にするから私変になっちゃった。だから戻るためにファングを殺したい」

「エフォールさん・・・・・・。確かに誰かに愛されると人は変わっていきます。でも安心してください。それは本当に変わった訳ではないんですよ」

 

  ティアラはエフォールを抱き締めた。人に愛されることを知らなかった少女に彼女は自分なりに出来る愛し方を教えた。

 

「ティアラ・・・・・・?」

「・・・・・・果林さんは巧さんと出会って変わりました。でもあなたが大切じゃなくなったり忘れてしまったりしましたか?」

「ない」

 

  巧と出会っても果林は何時だってエフォールを守るために行動していた。それは今も変わらない。

 

「あなたにとってのファングさんは果林さんにとっての巧さんと同じですわ」

「私も誰かを好きになっても、良いの?」

「ええ、もちろん。私たちはもう仲間、ですから」

 

  ティアラはエフォールの頭を撫でた。

 

「ティアラにとってのファングも私にとってのファングと、同じ?」

「・・・・・・どうでしょう? でも変わったのは同じですわ」

 

  ティアラはファングと出会って何かが変わった。でも何が変わったのか自分でも分からない。

 

「さあ、もう寝る時間ですわ」

「うん。ティアラ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

  この日、エフォールの四人しかいなかった好きな人に新たにティアラが加わった。

 

(本当は私もエフォールさんみたいに誰かに愛されるのが怖いんです。私が裏切ってしまう気がするから)

 

 




やりたかった好感度ネタ回収。

ちなみにファングは異性の中ではティアラが、総合的にはアリンが高いです。

エフォールの好きな人で出て来たオリキャラはザンクとファングの過去関係で登場予定で今後の物語に深く出張ることはないので安心してください。ライダー作品特有の唐突な伏線です

次回は北崎メインで普段と違って仮面ライダー寄りのエピソードになると思います。彼はどうしてドルファについたのか。その一部が明らかになります。


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逃走ジュブナイル 逃げれないメランコリー

ちょっとしたボツネタ

コーヒーを入れるのに謎の儀式をしながら20分かけるバハスに心を壊されそうになるファングたち。

藤岡弘、さんをバカにしている気がするのでボツになったギャグです。

久しぶりのシリアス完全オリジナル回です


  その日初めて空が青いと知った。踏み立つ大地は果てしない草原で見上げた先には素晴らしい世界が広がっている。そして北崎は生きる喜びを知った。

 

────今までその目で見てきた世界は何もかもが灰色で彼にとってはこの世全てが灰に染まっていた。

 

  その日初めて温もりを知った。たまたま通りがかった母が抱えた赤子のちっぽけだけど確かに脈動する熱き血潮は確かな命の力強さを感じた。だから北崎はその温もりにもっと触れたいと思った。

 

────今までその手で触れてきたモノは何もかもが灰になり彼が触れるこの世全てが灰に染まっていた。

 

  その日初めて人として生きてみたいと北崎は思った。

 

────そして彼は心までオルフェノクになることを拒絶した。

 

 

 ◇

 

  少年は走る。なぜ? 逃げるため。何から? 怪物から。少年は怪物からただひたすらに逃げている。ずっしり、ずっと。既に妹と母が殺された。

 

  最初に父が死んだ。突然現れた怪物の身体にしがみついて逃げろと彼は叫んだ。その父の首が飛んだ。

 

  次に幼い妹が死んだ。その怪物は妹を抱き抱えると勢いよく地面に落とした。妹は人間から潰れた肉片に変わった。

 

  次に母が死んだ。母は少年を庇い怪物に貫かれた。母は青い炎を上げ、灰になった。

 

  そして次に死ぬのは自分だ。だけど少年は何時までも死ぬことがなかった。ずっと走り続けていたからもしかしたら振り切ったのかもしれない。少年はゆっくりと後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

  怪物が目の前にいた。

 

「────っ!」

「カカカカカカカカカ!」

 

  少年の顔が恐怖で固まる。その小さな身体を灰色の怪物は掴み上げた。ゆっくりとその手が真上に上がったところで少年の命は終わりを告げるだろう。少年は無機質で感情を感じることの出来ないはずの怪物の顔が笑っているように見えた。目尻に涙が溜まる。誰かに助けを求めたくても声が出ない。それでも少年は心の奥底で自分を助けてくれるヒーローを思い描いた。

 

「ガアアアアアア!」

 

  怪物の腕を細剣が貫いた。

 

「────私たちの庭で何を好き勝手に暴れてるのかしら?」

「社長の膝元でこのような非道・・・・・・見過ごす訳にはいかん。我々が貴様を始末する」

 

  少年は怪物の手から離れた。誰かが助けてくれたのか? 少年はぼんやりと周囲を見渡す。怪物と金髪の美女、黒髪の青年が戦っていた。美女の素早い細剣と青年の研ぎ澄まされた怒涛の大剣が怪物に襲いかかる。

 

「おい、大丈夫か」

 

  銀髪の青年が少年を抱き抱えた。少年は力なく頷く。

 

「ガアアアアアア!」

「待ちなさい!」

 

  怪物は二人を相手にするのを不利と感じたのか、民家の屋根から屋根へと飛んで逃げていった。

 

「その少年は貴様らに任せた。私はヤツを追う。逃がさん!」

 

  黒髪の青年も怪物の跡を追う。その脅威的な身体能力は常人を遥かに凌ぎ少年には彼が超人に見えた。それもそのはず。青年も美女もフェンサーと呼ばれる特殊能力者だ。それも二人揃ってフェンサーの中でも上の上、最上級の力を持ったドルファ四天王の一員。彼らは超人の中でも超人と恐れられる存在だ。

 

「アポローネスはこういう時に頼りになりますわ」

「ええ。マリアノ様、このガキどうしましょう?」

 

  美女────マリアノはしゃがんで少年に顔を合わせる。

 

「大丈夫? お父さんかお母さんはどこにいるか分かる?」

「・・・・・・もういない」

 

  少年は涙を流しながらそう言った。マリアノと青年は顔を見合わせる。その意味は状況から察した。

 

「大丈夫、大丈夫だからね」

「俺たちが傍にいてやるからな」

 

  二人はどこまでも優しく少年に微笑んだ。抑えきれなくなった少年は二人に抱きついて泣いた。

 

 

 ◇

 

 ────一ヶ月後。

 

「バーナード補佐官が倒されるなんて想像以上だわ」

「ああ。バーナードは私にひけをとらない力を持っていたはずだ。それを倒すとはやはり私の期待通りの相手だ」

 

  マリアノとアポローネスはファングの戦果に驚愕する。ドルファ四天王でも最強クラスの力を持ったバーナードが敗れたことはそれだけ大きい。あのビューイの谷の激闘は彼らに大きな衝撃を与え、その結果ドルファに所属する幹部フェンサーたちの会議が急遽開かれることになった。

 

  もっとも今ではその幹部も半分しか残っていないのだが。彼らは中央に座す男が咳払いをするとそちらに視線を向けた。ドルファ総帥・花形。一代にして世界的大企業を作り上げた異次元の才覚をもっと男がそこにはいた。傍らには退屈そうに北崎が座っている。

 

「バーナードが倒されたとなるとファングとやらを単純に排除するのは不可能か。北崎、乾巧の方はどうだ?」

「あれなら問題ないよ。一対一なら確実に勝てるね」

「逆に言えば複数なら貴様でも確実性がなくなるということか」

「まあね。でも僕はそれでも勝つよ、社長」

 

  花形は目の上のタンコブとなったファングたちをどう扱うべきか考えていた。

 

「ふむ、やはり物量で攻めるのが得策だ。だが・・・・・・」

「そ、そうです社長! あのザンクやバーナードが倒されたんですよ。なりふり構わず兵を使って潰しましょう!」

 

  北崎と同じく花形の直属の部下(腰巾着)であるパイガが汗を流しながら言った。それもそのはず。彼はザンクやバーナードがファングに敗れる瞬間を全て物陰から見ていたのだから。今この中でファングに明確な恐れを抱いてるのは彼くらいのものだろう。

 

「あなたが彼らと協力して戦えば結果的に勝てていたのではなくて?」

「む、無茶を言うな。私には家族がいるんだ。傷だらけで帰ってみろ」

「ふん、下らん。己の使命があるならば時として家族をも捨てる覚悟が必要になるであろう」

 

  四天王二人に責められパイガはたじたじだ。何も言い返せず落ち込む彼の肩をパートナーのビビアはぽんと叩いた。

 

「話しを戻すぞ。ファングを潰すのは簡単だ。だがワシとしてもことごとく四天王を倒した彼にはそれなりの敬意を払う必要があると思っておる。正攻法で彼を倒してこそ意味がある」

「同感ですわ」

「右に同じく」

 

  ドルファの力を持ってすればファングを抹殺するのは簡単だ。いかに個人の力が強くても人の出来ることには限界がある。一騎当千の力を持った兵士になることが出来ても世界中の戦争を止めることは不可能なように。それは人という存在に生まれた時点で背負った宿命だ。

 

  故にファングが人である限りドルファが敗れることはない。ドルファの戦力や兵器を総動員すれば彼とて人溜まりもあるまい。だが花形はそれをしない。ファングのような強者には敬意を払うもの、と彼は思っているからだ。

 

「では問題はどうやって彼を倒すか、だ。アポローネスお主はどうだ? 一度手合わせした時には圧倒したようだからバーナードよりは期待出来そうだが」

「・・・・・・お望みであれば必ずやその首を社長の御前に持ってきましょう」

「いや、まだ殺せとは言ってないのだが」

 

  ドルファ四天王並の力を持った戦力をみすみす殺すのはもったいない。その思考はマリアノが感じているものに近い。

 

「勧誘の方はどうだ、マリアノ? 以前ウチのパーティーに招待した時に声を掛けたそうだが」

「難しいと思います。彼の目的は同行する女性の世界平和という願いを叶えることです」

「ほお、自分ではなく女のためか。それはますます気に入った。ぜひ欲しい」

「でしょう?」

 

  願いを叶える力を前にした人間は大抵私利私欲に走る。世界中を敵に回してでも叶えたい願いは誰にでもあるはずだ。人間は欲望のために何処までも残酷になれる。人間は皆、本質的に誰かを蹴落とすフェンサーと変わらないのだ。

 

  だからフェンサー同士の戦いは常に熾烈なものになる。叶えたい願いのために。だがファングは仲間のために世界中を敵に回せる男だという。しかも世界平和などという胡散臭い夢物語を語る少女のためにだ。花形はファングのことを高く評価した。

 

「あ、そうだ。マリアノさんがファングくんと結婚すればドルファに入ってくれるんじゃない?」

 

  シリアスな雰囲気を破壊する爆弾を北崎は投下する。マリアノは薄く頬を紅くした。

 

「こら、北崎くん。大人をからかうんじゃないわ」

「いや、それは名案かもしれんぞ。お主ほどの美貌の持ち主なら男の一人や二人、懐柔は難しくないだろう」

「・・・・・・セクハラですよ、社長」

 

  花形はがははと笑った。彼は趣味なのか知らないがやたらとマリアノやアポローネスに見合いを勧める。彼は世界征服を企んでいる以外は年相応のおっさんだ。パイガの結婚式の仲人も花形がやっている。

 

「ふ、お前も24だ。悪くはないのではないか」

「それを言うならあなたももう24じゃないの。とっとと所帯を持って妹さんを安心させてあげなさいよ」

「私に妹などいない」

 

  アポローネスがこういう話しに乗っかりにくるとは予想外だ。マリアノが彼に抱いていた厳格な印象が少し崩れる。

 

「そういえばエミリちゃんとザンクくんがこの間デートしてたよ」

「な、なにぃ!? それは本当か!? ゆ、許せん! あの男だけはダメだ!」

「間違えた。ごめん、エミリちゃんにザンクくんが無理やり荷物持ちにされてただけだから」

「なんだそれだけか」

 

  あのザンクを荷物持ちにするとは末恐ろしい妹だ。一体どんな手段を使ったのだろう。それはさておき大慌てするアポローネスに自然と注目が集まる。

 

「・・・・・・私に妹などいない」

「あなた本気でそれ言ってるの」

「ならなんでそんなリアクションをしたんだ・・・・・・?」

 

  パイガがツッコむ。

 

「とにかく! 私はこの剣をドルファに捧げたのだ。妹に今さら合わす顔などない」

「私は残業がなければ毎晩合わしたいくらいなのにあなたはまったく」

 

  頭の固い男だ、と妻子持ちのパイガは思う。自分も後ろめたいことを家族に黙ってやってはいる。だがそれをやっているのはその家族を守るためだ。フリーターも同然のフェンサーで家族を養うなんて不可能。ドルファがなかったら今の自分はないとすら彼は思う。だから彼はドルファに従う。愛する家族が幸せなら自分の手が汚れようと構わないし、それだけで十分に彼は満たされていた。むしろ家族を捨ててまで世界征服を目論む企業になんていたくないと本音で思うくらいだ。

 

「まあいい。何はともあれ頼んだぞ。もはやファングは一介のフェンサーではない。倒さなければならない強敵と思え」

「「了解! ドルファに栄光あれ!」」

「あれー」

 

  決意を新たにする幹部に花形は満足げに頷いた。

 

「マリアノ様、大変です!」

「あ、ザギくん」

「ザギ。どうなさったのです?」

 

  幹部の召集が終わり、会議室から出たマリアノたちにザギは駆け寄った。よほど急いでいたのか彼は肩で息をしている。呼吸が整うとザギは慌ただしくこう言った。

 

「この前保護した子ども『レイ』くんが孤児院から抜け出して行方不明になったみたいです!」

 

 ◇

 

  少年はとにかく走る。一心不乱に。人が少ない道を出来るだけ使って走り続けた。早く。早く逃げないと。彼の胸の中を底知れぬ不安と恐怖、そして悲しみが駆り立てる。

 

『いたぞ、追え!』

 

  一目で兵士と分かる屈強な男たちが少年を追う。彼は足に力を入れ彼らから逃げる。しかし、子供と大人の足の差は歴然。みるみるその距離は縮んでいく。

 

 ────このままでは死んでしまう

 

  焦った少年は曲がり角を曲がった。

 

「なんやこの三人で出かけるっていうのもすっかり板についた気ぃせえへん?」

「そうだな。でもお前らパートナーは良いのか?」

「エフォールの通訳はもう必要ないですから。あの子に今必要なのは女の子らしさを教えるマリサ先生です」

「世話好きのマリサが気合いいれてもーたら誘うもんも誘えへんねん。せや、なら二人やダンナたちも連れて今度みんなで何処か遊びに行きましょ」

 

  その先には無愛想な青年と方言を使う青年、狐耳の少女がいた。少年は勢いを殺し切れず無愛想な青年に激突する。青年は慌てて彼を受け止めた。

 

「おっと。大丈夫か? お前、ちゃんと前見ねえと怪我す、るぞ?」

 

  無愛想な青年は少年の異常に気づく。青ざめた顔。びっしょりと流れた汗。何かに怯えたように震えている。青年の表情が変わる。

 

「これハンカチです。まずは汗を拭いてください」

「・・・・・・巧はん、この子は?」

「いや、わかんねえ」

 

  訳ありそうだが何も話そうとしない少年に彼らは首を傾げた。いや、訳ありだから何も話さないのか。

 

『その子を渡してもらおう』

「・・・・・・だいたい分かった」

「せやな。・・・・・・こいつらドルファの兵士や、巧はん」

 

  追いかけてきた兵士の集団に青年たちは目付きを変えた。誘拐、拉致。そう言った不穏な言葉が二人の脳裏をよぎる。

 

「助けて!」

 

  無愛想な青年に抱きついていた少年が叫んだ。青年は無言で頷く。

 

「逃げろ!」

 

  無愛想な青年は少年を突き飛ばす。少年は足をもつらせながらもまた走り出した。兵士も慌てて彼を追いかけようとする。

 

「待てよ」

「なんであの子を追いかけてたんか話してもらうで!」

 

  青年たちがその行く手を阻んだ。

 

「邪魔をするな!」

「あ、バカ。勝手な行動はよせ!」

 

  業を煮やした兵士の一人が無愛想な青年に殴りかかった。青年は殴られたことも気にせず殴り返した。

 

「何すんだ、よ!」

「先に仕掛けたのそっちやで!」

 

  無愛想な青年たちが乱闘を始める。

 

「巧さんもガルドさんも意外と短気なのに殴ったりするからですよ」

 

  次々とぼこぼこにされて転がる兵士たちに少女はため息を吐いた。

 

 ◇

 

「こんな所に僕を呼び出して何の用? 言っておくけど返事は変わらないよ」

 

  北崎は丸テーブルに備えつけられた椅子に腰かける。薄暗く人のいる気配を感じられない酒場に彼は呼び出された。誰もいないその空間で北崎が声を上げると暗闇の向こう側からいくつもの光が不気味に彼を照らした。眼光、人間ではなく獣のそれに限りなく近い無数の眼光が北崎を見つめる。一際力強い眼光が彼に接近する。北崎その光を無表情で見つめ冴子さんと言った。

 

『あなたが『こっち』側に来てくれれば私の計画は完璧になるわ。ねえ、北崎くん。あなたも完璧なオルフェノクになりましょう? 今みたいな不完全な状態よりも気持ちいいわよ』

「冗談はやめてくれない? 僕は今でも誰にも負けないくらい強いんだから。キミたちと群れる気も同類になる気もないよ」

 

  冴子の甘い声の誘惑を北崎は拒絶した。身も心も完璧な怪物になる気などない。もし自分が完璧なオルフェノクになればこの世全てのものを灰にしてしまうだろう。

 

「せっかく制御出来るようになったんだ。そんなもったいないことする訳がないじゃない」

『あなた本気? 自ら破滅の道を選ぶの?』

 

  冴子の声が冷たくそれでいて刺々しいものになる。この暗闇の先にもしもかつてのように彼女の美しい顔があるならその顔は屈辱に染まっているだろう。

 

「そう? そんな姿になる方が破滅的だと僕は思うよ」

『っ!』

 

  挑発的な笑みを浮かべた北崎の顔に何かが高速で飛来する。彼はなんなくそれを掴んだ。それは一本の青い薔薇。見たこともない青い薔薇。花を愛する者なら即座に魅了するような魔性の力を秘めた薔薇だった。

 

  北崎はそれを投げ返す。だが手から離れてすぐにその薔薇は灰になった。

 

「ふふふ、意外と気にしてるんだね」

『ふん。これが最後の警告よ。北崎くん、殺されたくなかったら私『たち』と一緒に来なさい』

 

  真っ暗な酒場の中が不意に明るくなった。切れていた証明に光が灯ったのだ。眩しくて目を細目にした北崎の周りを無数のオルフェノクが取り囲んでいた。

 

「い や だ ね」

 

  北崎が満面の笑みで拒絶の意思を示した瞬間、オルフェノクたちが一斉に飛び込んだ。彼の目付きが変わりその顔に灰色の紋様が浮かび上がる。北崎はドラゴンオルフェノクに姿を変えた。────ドラゴンオルフェノク龍人態に。

 

「あーあ、貴重な兵隊さんたちをもったいないことに使うな」

 

  時間にして5秒ほどで酒場にいた全てのオルフェノクが灰と化した。ドラゴンオルフェノク龍人態。超高速戦闘を可能とした北崎のもう一つの形態。ファイズのとあるフォームと同じく敗北は一度しかしていないドラゴンオルフェノクの切り札だ。そしてその敗北を与えたオルフェノクはこの世界にはいない。つまりこの姿になればもはや彼は無敵だ。とはいってもウィザードと呼ばれる異世界の戦士と戦った時には決定打にならなかったが。

 

『真の力を手に入れた王の前にはあなたも乾巧も無力よ。どうしてそれが分からないのかしら』

 

  だが北崎が圧倒的な力を目の当たりにしてなお冴子の余裕が崩れることはない。彼よりも強い存在を彼女は知っているからだ。北崎と巧を含めたこの世全てのオルフェノクが、あるいは女神や邪神ですら冴子にとっては障害ではない。

 

『まあ良いわ。次に会う時は敵同士よ』

「最初から僕はその気だよ」

 

  冴子がいなくなると北崎を取り囲んでいた無数の気配が消えた。彼は肩を竦める。

 

「・・・・・・王の力なら僕にもあるけどね」

 

 ◇

 

「やっぱこのたい焼きうめえなー」

 

  紙袋いっぱいに入ったたい焼きにファングは満面の笑みを浮かべた。

 

「また買い食いですか? せっかくこの私が腕によりをかけてお料理を振る舞おうとしているのにお腹いっぱいで食べられません、なんてことありませんよね」

 

  隣で買い物袋を持ったティアラが呆れた顔でファングを見つめる。

 

「甘いものは別腹っていうじゃねーか。問題ねえよ」

「食前にその言葉を使う人は初めて見ました」

「心配すんな、残さず食うって。それにこれはエフォールの土産の分もあるんだよ」

「エフォールさんにはずいぶんお優しいんですね」

 

  ファングはエフォールのことを妹のように見ていた。彼の身の回りにいる年下は無愛想だったり、おかん気質だったりと一緒にいてもどうも年齢差を感じられない。

 

「あいつはお前らと違って普通の可愛げや愛嬌がある。それに素直だ」

「私はかわいくないと言いたいんですか?」

「そんなことは言ってねえよ」

 

  言ってないどころか一番可愛いと思っている、とは本人もティアラも気づいていない。ジト目の彼女からファングは視線を反らした。

 

「はあはあ・・・・・・・。このハンカチ、返せなかった。どうしよう。それにお腹もすいちゃったなあ」

 

  ファングの視線の先に兵士たちから逃げてきた少年が座り込んでいた。道の真ん中に座り込む少年に何を思ったのかファングは近づく。

 

「おい、そこのガキ。こんな人通りのすくねえ場所でなにやってんだ? 怪しい大人に声かけられたらどうするんだ?」

「ではファングさんがその怪しい大人ですね」

「俺の心は少年のままだから。で、お前はどうしてこんな所にいるんだ?」

 

  見るからに怪しいファングたちに少年は警戒心をむき出しにする。だが彼の言っていることは事実だ。ここはちんぴらフェンサーやカラーギャング、ホームレスなど社会から爪弾きにされた者たちが集う廃墟街。たまたま昼食として選んだ美味しいラーメン屋への道がなかったらフェンサーであるファングたちでも好き好んで立ち寄ったりはしない。

 

  そんなアウトローな場所に普通の子どもがいるものだから大人であるファングからしたら気になって仕方がない。もしかしたら危ない犯罪にでも巻き込まれてるのではないのか、と。

 

「おれ、ひとりにならないといけないんだ。だから誰にも見つからない場所に行きたい」

「へえ、誰にも見つからない場所ねえ」

 

  その心配はなかった。少年は別にここに来たくて来た訳ではない。人がいる場所を避けて、避けて。たどり着いた先がここだっただけ。でもこんなぼろぼろで寂れた廃墟街にも人はいた。少年がここにいる意味はもうない。ファングが心配せずとも遅かれ早かれ彼はここから逃げたしていた。

 

「家出、ですか? あまりご両親に心配をかけてはいけませんよ。お家はどこにあるのですか?」

「家出じゃないよ!」

「あ、お待ちになりなさい!」

 

  ティアラに保護されそうになった少年は再び走り出した。

 

「おい!」

 

  ファングが走る少年を呼び止める。振り向いた少年に彼はたい焼きの入った袋を投げ渡した。

 

「腹減ってんだろ? やる。誰にも見つからない場所とやらを見つけられるよう期待してるぞ」

「・・・・・・あ、ありがと!」

 

  ファングはなんともいえない表情で少年を見送った。

 

「良かったのですか?」

「さあな」

 

  ファングは首を振る。

 

「多分、あのガキは何かから逃げたくなってがむしゃらに走り続けてるんだよ。それが辛いことかどうかは知らねえけど誰だってそういう時期がある。俺もガキの頃にあった。大人に縛られるのが嫌になって逃げ出した」

「それで、どうなったんですか?」

「腹は減るし、どこへ行っても何も出来ねえし。何も変わらない現実にガキの俺は追い込まれたよ。あてもなく一人で寂しく歩いていたら先生が迎えに来た。頭にたんこぶ出来るくらい殴られて心配されたよ。それで初めて気づいた、どこへ行っても意味はないってな」

「私にもそういう何処かへ逃げたくなった思い出はあります。嫌なほどに」

 

  ファングはあの少年のことを見ていると過去の自分を思い出してしまった。思いつきで家出して、何にも変えることの出来なかった過去の自分を。少年期特有の苦い思い出の一つを少年によって思い出した。

 

「・・・・・・変わらない現実の中でそれでも抗うしか人間が生きていく方法はないわ。私もあなたたちも、ね」

「あんたは・・・・・・マリアノ!?」

「な、なぜあなたがここに?」

「久しぶりね。ずいぶん武勲を上げてるそうじゃない」

 

  アウトローのたまり場に相応しくないお嬢様の登場にファングたちは驚愕する。

 

「その子どもがどちらへ向かったのか、教えてくださる?」

「こっちとは反対にある出口のほうだ」

「そう。ありがとう。お楽しみのデートのところお邪魔したわ」

 

  マリアノの意味ありげな視線にティアラは赤面した。

 

「わ、私とファングさんはそういうのじゃありません!」

「そう。私の勘違いだったの」

 

  今度は意味深な笑みをマリアノは浮かべる。彼女はファングの横を通りすぎると耳元に口を寄せ甘く囁いた。

 

「あなたはもし私と結婚出来るなら、したい?」

「は?」

「な、ななな」

 

  突然の告白ともとれる言葉にファングは眉を歪める。ティアラは深く動揺し口をパクパクと開いた。何かを言いたくても言えないという感じだ。マリアノはクスリと笑う。

 

「じゃあね、お二人とも」

 

  このカオスな雰囲気を収集しないままマリアノは少年を追ってどこかへ消えた。

 

「なんだ、あいつ」

「なんだはこっちの台詞です! いきなり結婚なんてあの女と何があったのですか!?」

「おい引っ張るな、バカ! 服が伸びるだろ!!」

 

 ◇

 

「んー?」

 

  北崎は腕を組みながら廃墟となった酒場を出た。これからどうしようか。オルフェノクたちとは完全に決別した。だからといって乾巧のように何かを守って戦う、というような明確な信念も彼にはない。人間らしさを少なからず得ても北崎自体の本質はそれほど変化した訳ではなくどちらかと言えばファングやザンクのような自由気ままに生きる人間たちのそれに近い。花形の厚遇がなければドルファに従う気すら彼にはなかった。

 

「とりあえずお腹すいたし、かーえろ」

 

  とは言っても精神的に幼い北崎が長々と悩むなんてことはなくいつのまにやらその悩みは今日の晩御飯をどうしようか、に変わっていた。彼は店の前に置かれたバイクに跨がる。アクセルを絞った北崎だがそのバイクが発車されることはない。

 

「・・・・・・」

「キミ、どかないと危ないよ」

 

  目の前で物珍しそうにバイクを眺めている少年がいるからだ。

 

「あ。ご、ごめんなさい」

「いいよいいよ。僕のバイクカッコいいでしょ? つい眺めちゃうよねえ」

「うん! おっきくてカッコいい!」

 

  こうやって子どもに自慢気な笑顔を浮かべる北崎を見ても冴子は自分たちの選択の方が正しいと思うのだろうか。

 

『まてー!』

「どうしよう。ま、またきた」

 

  少年は再び現れた兵士に顔を青ざめさせる。北崎は少年が何に怯えてるのかわからず首を傾げた。

 

「追われてるみたいだね、乗る?」

 

  北崎は少年がバイクの後部座席に乗ることでそれを肯定と捉えた。兵士がかなり近づいているのに気づくと彼はバイクを急発進する。

 

「どこに行きたい?」

「・・・・・・誰にも見つからない場所!」

「わかった。連れてってあげるよ」

 

 ◇

 

  風の音が心地いい。何処までも果てしなく広がる広大な草原に北崎は微笑む。ダスヒロウ平野。かつて神々が争った戦地と伝承が残るゼルウィンズで一番大きな平野。数多くのフューリーが眠っていると言われ強力なモンスターの勢力争いが日々行われているためフェンサーでもあまり立ち寄ることのない危険な場所だ。そのダスヒロウ平野の一面を見渡せる展望台に二人は来ていた。

 

  備えつけられていたベンチに腰かけると少年が北崎にたい焼きを渡した。彼はそれをありがとうと言い受けとると笑顔で頬張る。

 

「ここが誰にも見つからない場所なの?」

「ううん。僕が一番好きな場所だよ」

 

  少年の顔が驚愕と絶望に染まる。

 

「どうして連れてってくれないの!?」

「だってそんな場所この世にないもん」

「え?」

 

  少年が首を傾げる。

 

「どこに行っても同じだよ。誰もいない場所なんてない。もしかしたら無人島なら誰もいないかもしれないね。でも本当の意味で誰もいない無人島なんてまともな生き物の住める場所じゃないさ。僕たちは常に誰かのいる、誰かのいた場所で生きていくしかないんだ」

「じゃ、じゃあおれはどこに逃げればいいの?」

「さあ? おとなしく孤児院に帰るべきじゃないかな? 『レイ』くん」

 

  少年は目を見開いた。どうして北崎は自分の名前を知っているのだろう。その疑問には彼自身が答えてくれた。

 

「一ヶ月前、怪物に家族が殺された子どもがいるってマリアノさんから聞いたんだ。それに今日その子がいなくなったとも聞いた。ならドルファの兵士に追われてるキミがレイくんでしょ、違う?」

「・・・・・・違わない」

 

  予想が確信に変わった北崎はサイガフォンを使い、マリアノにメールを送った。

 

「どうして家出なんかしたんだい? あそこは楽しい場所だよ。そりゃ家族と暮らしてたお家よりは居心地も悪いかもしれないけど。だからと言って逃げたくなるようなところでもないはずだ。もしかして誰かにいじめられてるの?」

「それは違う! あそこはお兄ちゃんの言うように楽しい場所だよ。マリアノ先生はキレイだし、みんな本当の家族みたいに優しいんだ・・・・・・!」

「ならどうして逃げるの?」

 

  レイはどうして孤児院から抜け出したのか語った。家族の死を自分なりに受け入れ、新しい家族と楽しい日々を送るようになった頃、その日々を壊すものが現れた。怪物だ。あの日アポローネスが倒したはずの怪物が夜中になると毎晩レイの部屋の窓から彼を睨んでいたという。怖かった。逃げ出したかった。でも我慢した。ここにいれば私が助けに来る、とマリアノが言っていたから。もしまたピンチになれば必ず守る、とザギが言ってくれたから。だからずっと我慢していた。必死になって寝たふりをするレイを怪物はただ睨んでいるだけだ。

 

  だがしばらくすると睨んでいるだけだった怪物が口を開くようになった。そこから出てこい。出ないとお前の周りの大切なものを壊してやる。それでもレイは相変わらず寝たふりをする。これは悪い夢なのだ。忘れようと。次の日になると孤児院の窓が割れていた。犯人は見つからなかったらしい。その日の夜にまた怪物が現れた。またお前の周りの大切なものを壊してやる、次は花壇だだ。レイは涙を流しながらも寝たふりをする。大丈夫。マリアノ先生とザギが守ってくれる、と。翌日になると花壇は滅茶苦茶に荒らされていた。犯人はまた見つからなかったらしい。荒らされた花壇を前に北崎お兄ちゃんに花をあげたかった、と泣いていた同い年のリリにレイは胸が苦しくなった。その日の夜にまた怪物が現れた。彼は言った『お前の周りにいる人間を全て殺してやる』と。レイは布団から飛び出して逃げ出した。

 

「だからおれ、誰もいないところに生きたいんだ。父さんに母さん、妹みたいに誰かが殺されたら、ころされたら・・・・・・」

「泣かないでよ。大丈夫だから」

 

  レイは北崎に泣きつく。彼は頭を撫でながら大丈夫、大丈夫とひたすら言い続けた。

 

『カカカカカカ。サイ初のギセイシャはソイツか?』

「ひ、お兄ちゃん逃げて」

「あ? 殺せるもんなら殺してみろよ、最底辺・・・・・・!」

 

  そんな彼らの前に件のその怪物が現れた。クロコダイルオルフェノク。かつて北崎と同じラッキークローバーに属していたJ(ジェイ)と同種の彼を北崎は睨みつけた。なるほど。通りでアポローネスが倒したはずなのに生きている訳だ。ゲラゲラ笑うクロコダイルオルフェノクから北崎はレイを庇うように立つ。クロコダイルオルフェノクが彼に襲いかかった。

 

『カカカカカカカカカカカカ!』

「レイ、キミはどうしたい!?」

 

  クロコダイルオルフェノクの攻撃を掻い潜り、北崎はレイの顔を見つめる。彼は俯いていた顔を上げた。

 

「おれ、帰りたい」

 

  レイが絞り出した健気な勇気に北崎は力強く頷く。

 

「大丈夫、キミは帰れるよ」

 

  北崎は優しく微笑む。そして腰に純白のベルトを巻いた。

 

「僕が世界で一番強いんだ。キミも、キミの家族も誰も絶対に殺させたりしない・・・・・・!」

 

────315

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

  群青純白の鎧に北崎は包まれる。彼は仮面ライダーサイガに変身を遂げた。姿を変えた北崎にクロコダイルオルフェノクはのけ反る。そんな彼に北崎はサムズダウンをした。帝王の判決は死だ。その覆しようもない死刑宣告に気づかずにクロコダイルオルフェノクはサイガに殴りかかった。

 

「ふん!」

「ぐウッ!」

 

  サイガの拳がクロコダイルオルフェノクに突き刺さる。北崎と同じ上級オルフェノクであるはずの彼はサイガの拳一つでかなりのダメージを受けたようだ。腹を押さえて苦しむ。だからどうした。サイガは追撃に回し蹴りを放った。吹き飛ばされて展望台から転がり落ちたクロコダイルオルフェノクを追撃するべきサイガは跳ぶ。

 

「お兄ちゃん、そいつやっつけちゃえ」

「・・・・・・ふ!」

 

  展望台から叫ぶレイにサイガは無言で頷く。

 

「ラアアアアア!」

 

  クロコダイルオルフェノクはその手に大剣を召喚した。サイガに向けてそれを振り抜く。サイガは微動だにせずその一撃が腹に直撃した。だがサイガにダメージはない。この程度の攻撃ならまだガルドの方が効いた。北崎にそう評価されてるとも知らずクロコダイルオルフェノクはその肩に大剣を振り下ろした。サイガは片手でなんなく受け止める。無防備になったクロコダイルオルフェノクの腹にフライングアタッカーの光弾が放たれた。

 

「グウウウウ!」

 

  咄嗟にクロコダイルオルフェノクは盾を召喚して光弾を防いだ。だがその一撃で頑強なはずの盾が灰になって燃え尽きた。

 

「ナンナンだ! ナンナンだよ、オマエ!」

 

  着実に追い込まれ、焦りと苛立ちを覚えたクロコダイルオルフェノクが叫んだ。

 

「僕は北崎。人間として、オルフェノクとして、サイガとして戦う者さ」

 

  威風堂々。北崎は躊躇うことなく宣言した。意味が分からなかったクロコダイルオルフェノクは怒り狂ってサイガに向かう。サイガはトンファーエッジを構えた。

 

「ふん!」

 

  剣を持った右腕を切断した。

 

「はあ!」

 

  そのなくなった腕を抑えようとした左腕を切り裂いた。

 

「らぁっ!」

 

  仰け反ろうとした両足を両断した。

 

「グアアアアアアア!」

 

  達磨になったクロコダイルオルフェノクが絶叫を上げる。何を叫んでいるんだ。猶予が出来たというのに。別に殺そうと思えばすぐにこっちは殺せたのだ。慈悲をかけたのにやかましい男。北崎は冷たい目でクロコダイルオルフェノクを見た。

 

「確かキミにはもう一つ命があるんだよね?」

「っ、そうだ! 生き返っタラ今度コソお前をコロシテヤル!」

「それはこっちの台詞だ。帝王の力を使ったこの俺に勝てると思うのか?」

 

────exceed charge

 

  群青の三角錘がクロコダイルオルフェノクを拘束する。もうこれで全ての身動きを彼は封じられた。

 

「そうだ。ゲームをしよう。キミが誰かの前にいる限り、誰かの前に現れる限り僕はキミを殺しにいく」

「ヤメロヤメロやめろやめろヤメロやめろヤメロヤメロォォォォォォ!」

「────だから」

 

  サイガは飛んだ。クロコダイルオルフェノクに向かってその脚を突き出す。青き閃光と化したサイガがクロコダイルオルフェノクを貫いた。

 

「精々この僕に殺されないように自分以外の誰もいない場所を見つけるんだね」

「アアアアアアアアアア!」

 

  獣のような悲鳴を上げて、クロコダイルオルフェノクは灰になった。

 

 ◇

 

「さ、帰ろう」

 

  展望台に戻った北崎はレイの頭を撫でてそう言った。あれだけの恐怖を与えればもう彼の前にクロコダイルオルフェノクが二度と現れることはないだろう。

 

「お兄ちゃんは怖くないの?」

「何が?」

「あいつらみたいな怪物と戦うんだよ。痛いし、誰かを殴るのはもっと痛いし。おれだったら今日みたいに逃げ出しちゃうよ」

 

────じゃあおれはどこに逃げればいいの

 

  北崎の胸の中で先ほどのレイの言葉が反芻される。

 

「力があるのに逃げれる場所なんて、世界中どこにもないよ。だから僕は自分にとって居心地の良い場所を守るために戦うんだ」

「それはどんな場所なの?」

「さあね。でもキミたちが笑っていられるような場所があるならきっと僕が守りたいのもそこだと思うよ」

 

  レイを再び後部座席に乗せると北崎はバイクを発車させた。早く帰らなくては。マリアノとザギが孤児院の前でレイを待っているはずだ。きっとカンカンに怒っている。短気な彼は怒って拳骨を振り下ろすかもしれない。そうしたらマリアノが焦って止めて、そして優しく説教する。孤児院の中に入ったら新しい家族である子どもたちが笑顔でレイを迎え入れてくれるだろう。それを自分は眺めて、きっと笑顔になる。北崎はそんな予感がした。

 

(逃げられないなら、僕は戦う。自由に生きるために。・・・・・・最強な僕が逃げられない人たちのために戦う。それも悪くないかもね)

 

  自由気ままな北崎。だが確かな変化が彼には現れていた。

 

 




北崎さんが改心(?)した理由は相変わらず謎のままですがようやく第三勢力のオルフェノクサイドが出せたので個人的には満足です。

次回は本編に戻りますので本筋が早くみたいという方は安心してください。あのキャラも再登場します。


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DO OR DIE

なんと今回は2話連続で投稿します。


「おっせえな、あいつら」

 

 食事を終え空っぽになった食器を前に巧は言った。既に何時ものメンバーが食堂に集まっている。ファングとエフォールを除いて。そろそろ朝食から昼食へと変わるくらいの時間だ。二人とも何時まで寝てるのだろう。

 

「ダンナは寝坊助さんやからなー。起こしにいかんと何時までも寝てるタイプや、あれ」

「エフォールも朝は弱いですからね。寝起きでうつらうつらする姿なんて良い感じにあざとすぎますよ」

 

 眠りが深いのは結構だが待たされる方からしてみれば良い迷惑だ。今日はフューリー探しに出かける日。だがこのまま時間が押せば夜中にフューリーを探すことになるかもしれない。そうなると健康に気を使うティアラがやかましくなるから巧としても早く出発したかった。

 

「ファングくんたちもだらしがないねえ。私なんてとっくに準備万端だよ」

「オレに起こしてもらえなかったらファングと変わらない癖によく言うな」

「つーか寝癖直ってねーから準備万端でもないだろ」

「おっといけない。直してくるよ」

 

 まさか言われなかったら本当にボサボサの髪形のまま外に出る気だったのか。ハーラーのあまりのだらしなさに流石のバハスも軽く引いた。

 

「・・・・・・いくらなんでも遅すぎますわ。私、ファングさんたちを起こしに行きます」

「ガルドちゃん、私もエフォールちゃんを起こしに行くわ」

「おう、頼んだでお二人さん」

 

 眠ったままのファングにしびれを切らしたティアラと面倒見の良いマリサが食堂から出ていった。

 

「アリン、お前は行かなくて良いのか?」

「まだご飯食べてるから無理よ」

「まだご飯食べてるんですか」

「ふふ。オウム返しやめてよ、果林」

 

 同じ言葉でも意味が違う。

 

「ちょい待ち。ダンナとエフォールはん二人だけがいないって変やないか。これはもしかしたらもしかするんやないか」

「ぶほっ!」

 

 ガルドがニヤニヤしながら放った爆弾にアリンは思わず咳き込む。彼女は慌ててティッシュで口の周りを吹いた。

 

「くだらねえな。あのファングがティアラやマリアノならまだしもエフォールと? ねえよ」

「そ、そうよ。ファングは花より団子なんだから! それとあたしを外さないでよ、巧!」

「なんだ、お前もファングに気があんのか。まさか、そういうことしたいのか?」

「そういう意味じゃない! パートナーだからよ!」

 

 本当にパートナーだからだろうか。その割りにはマリアノが彼と会話した時に焼きもちを焼いていたが。気があるんじゃないのか? そんな目で巧がアリンを見ると首をブンブン振る。とにかくファングに異性として見られないのはそれはそれでなんか嫌だ、とアリンは思った。

 

「ファングさんのけだものー!!」

 

  ティアラの悲鳴が食堂まで響き渡る。あまりの大きな声に一同は耳を抑えた。まさか、と巧とガルドが目を見合わせる。そしてまさかな、と笑った。あのファングにそんなことある訳がない。

 

「お前らいったいな、にが」

「ちょっとファング!? あんた何やってんのよ!?」

「ナニとか以前に今はティアラはんを止めなあかんやろ!?」

 

 巧とアリン、ガルドがファングの部屋に向かうととんでもない光景が広がっていた。一思いに殺してくれと虚ろな目で呟くファング、今すぐ殺してやると叫んで薙刀を構えるティアラ。そしてファングの横でほぼ半裸で心地よく眠っているエフォール。なんだこの修羅場、巧はかつてないほどに困惑した。

 

「離してください、ガルドさん! 私はこの男を殺して死にます!」

「いや、ほんま落ち着きぃ! 絶対しょーもない勘違いやから! だから落ち着きぃ!」

「はは、ガルド。止めなくて良いさ。俺は死ぬべきクズなんだ」

 

 なんだ、これ。もう一度言おう。なんだ、これ。頭の中がオーバーフローしそうな状況に巧は思考を停止した。普通はこうなる。真っ先にティアラを止めに行けるガルドはもしかしたらこのパーティで一番強いのかもしれない。精神的に。

 

「あ、ファング。おはよう」

「おはよう。そしてさよならだ」

「・・・・・・? さようなら」

 

 この喧騒の中、ようやくエフォールが目覚めた。どれだけ神経が図太いんだ。これだけ騒がしいのに今まで眠っていたとは。

 

「エフォール、こっちに来なさい!」

「む? うん」

 

 とりあえずエフォールが巻き込まれないようにとアリンは彼女をこちらに避難させた。

 

「お前ら、何があった?」

「怖かったでしょ、よしよし」

 

  アリンが心配そうにエフォールの頭を撫でた。彼女はきょとんとした顔になる。

 

「怖くないよ」

「「え?」」

「ファング、優しくしてくれた」

 

 ポッと顔を赤くするエフォールを見たと思ったら巧は気づいたら腰にベルトを巻いていた。なるほど。これが今ティアラが抱いている気持ちか。確かに殺すべきかもしれない。いや、巧の場合は半殺し程度の殺意なのだけど。

 

「巧、落ち着こ。それだと一瞬で終わっちゃうわ。やっぱ素手じゃないと」

「ああ。俺としたことがうっかりしていた」

「あんたら二人とも落ち着き。ワイの腕二本しかないのに三人で来たらもう止められないやんけ」

 

 腕っぷしの強いガルドでもティアラ一人で手一杯で三人になったら止められる訳がない。

 

「あ、エフォール。こんなところにいらしたんですか」

「ファングちゃんの部屋にいたのね」

「マリサ、果林はん!」

 

 このカオスな状況を止めてくれそうな二人の登場にガルドは目を輝かした。

 

「・・・・・・これはいったいどんな状況ですか?」

 

 そんなものこっちが聞きたい。

 

 二人の仲介によって何とか事態は収拾した。エフォールは夜中にトイレにいって部屋を間違えたらしい。

 

「なーんだ、寝ぼけて俺のベッドの中に潜っただけだったのか!」

 

 自分が何もしていないと分かりよかったよかったとファングは笑う。巧たちは勘違いしていたがガルドの予想通り彼とエフォールの間に間違いなんてあるはずがない。

 

「せやからワイは言ったやろ」

 

 呆れた目付きで三人を見るガルド。巧とアリンは視線をティアラに向けた。そもそもお前が悪い、と言いたいらしい。

 

「わ、私はファングさんのリアクションがあまりに生々しいから勘違いしただけですわ!」

「あー、それはだな」

 

 ファングは回想を始める。

 

『ふわぁあー、よく寝た。そして腹減ったー』

 

 一時間前。空腹でファングは起きた。今日はやけに寝心地がよく何時もよりも更に遅い目覚めになった彼は布団をどける。そしてすぐに戻した。まだ夢の中だと気づいたからだ。

 

『んん、すやーすやー』

 

 なんせ自分の横で下着姿のエフォールが眠っているのだから。これが夢じゃないなら何が夢だと言うんだ。ファングは目を閉じ、二度寝をしようと思った。次に起きた時は何時ものように誰もいないベッドで目を覚ますはずだ。そして彼はゆっくりと呼吸し────甘い匂いがした。微睡みが覚め、意識が一気に覚醒する。自分の身体をつねる。痛みを感じた。途端にファングの身体から言い様のない冷や汗が流れ始める。

 

(ま、まさか・・・・・・。やっちまった!? 俺はやっちまったのか!? でも記憶はないぞ!!)

 

 流石にお気楽なファングでもこれには取り乱す。妹のように思って、というかそれくらい歳の離れた女の子に手を出したかもしれない事実に震えが止まらない。

 

『おい、ブレイズ! キョーコ起きろ! 頼む起きてくれ! 起きてください!』

『ふあー、なあにファング?』

『キョーコ! よく起きてくれた! 今日からお前は俺の救世主だ!』

 

 ファングは立て掛けられた二本の剣へ叫んだ。ずっと同じ部屋にいた二人の妖聖なら何があったのか分かるはず。この時はファングもガルドのように何時ものしょーもない勘違いだと思っていた。食べ物と労働が関わらなければ彼も普通の常識人である。流石にそこまで急転直下で人として落ちぶれたりはしないだろう。

 

『俺、昨日の夜何してた!?』

『ぷろれすごっこ』

 

 急転直下で人として落ちぶれた。

 

『ブレイズ起きて! 起きてよ! お願いだから起きてください! 頼みますから! なんでもしますから!』

 

 口調が滅茶苦茶になる勢いで剣を揺さぶるファング。何故かこの日に限ってブレイズは眠ったままだった。普段は日の出と共に起きるくらいの速さだというのにタイミングの悪い男だ。

 

『む、なんだ。もう朝か?』

『ブレイズ! 聞いてくれ。俺・・・・・・!』

 

 ファングは今の状況について目一杯説明しようとした。起きたらエフォールがいたこと。キョーコ曰く自分はプロレスをしたこと。それらを説明しようとしたのだ。だがそれをする必要はなくなった。

 

『ふ、皆まで言うな。・・・・・・大人になったな、ファング』

 

 ファングの脳細胞がトップギアになる。何とかこの状況を打開する、自分が無実だという方法を必死になって考える。

 

『ファング』

『え、エフォール!? お、起きたのか!』

『静かに。もうちょっと・・・・・・一緒に、寝よ』

(よし、死ぬか)

 

 子猫のように甘えるエフォールを前にファングは考えるのを止めた。これが話しの全容だ。

 

「おい、へっぽこ妖聖ども」

 

 話しの全容を聞いた巧は実体化して正座をさせられている二人を小突いた。

 

「わ、わたしはわるくないよ。ブレイズがこれから二人はよるのぷろれすをするからねようっていったんだもん!」

「はあ、お前キョーコに何言ってんだ!?」

「バカなん!?」

「よし。足崩せキョーコ」

「ありがと、たっくん」

 

 ファングとガルドは目を見開いてブレイズにツッコむ。

 

「・・・・・・すまなかった」

「いや、ほんとどうして勘違いしたの?」

「不可抗力だ! 夜中にいきなりエフォールが来たと思ったら服を脱ぎ出したのだ! これは夜這いだと思っても仕方ないだろう!?」

 

 言いたいことは分かるがだからと言って夜のプロレスという表現を使うのは仕方なくなどない。普通に見て見ぬふりしてもらった方がまだ良かった。だいたいファングが既に眠っているのに早とちりも良いところだ。この男真面目に見えるが意外とスケベなのかもしれない。

 

「ダメですよ、エフォール。ちゃんと服を着てねなさいと何時も言っているでしょう」

「お腹を出して寝たら風邪を引いちゃうわ、エフォールちゃん」

「うん、ごめんなさい」

 

 説教が微妙にずれている。常識を教えていくなら重要かもしれないが今すべき説教ではない。

 

「エフォールさん、殿方の部屋にはあまり簡単に入ってはいけませんよ」

「そうよ。そういうのは好きな人とやりなさい」

「それなら大丈夫。私はファングが好きだから」

 

 爆弾が投下された。

 

 ◇

 

「あ、お兄ちゃん久しぶりー! 元気・・・・・・じゃないか。お顔に紅葉が出来てるね」

「ああ、俺は何も悪いことをしてないのにぼろぼろだよ」

「そんなことよりお金持って『聞けよ』来たー?」

 

 久しぶりに会うというのにロロはちっとも優しくない。ヒリヒリする頬を押さえながらファングは財布を取り出した。

 

「良かった。お財布はお兄ちゃんと違って元気そうで」

「お前はほんと清々しいな」

 

 ファングは料金を支払った。

 

「今日はちょっと急がないと不味いよ。フューリーはザワザ平野って場所にあるんだけどなんとあのドルファが狙ってるんだって」

 

 ドルファという企業に心当たりがない者はこの中にいない。

 

「ドルファっつーと立食パーティーで行ったあの会社か」

「へー、フューリーを集めてるって噂は本当だったんだ。ドルファが関わるとちょっと面倒だな」

 

 大企業を敵に回すのはあまり気が進まない。

 

「いや、ザンクはんもワイもそのドルファにいたんやけど」

「ちょ、ガルド!? どうして今までそんな大事なこと言わなかったの!? あたしたちもうドルファの敵じゃないのよ!」

「言った気がするんやけど。そもそも辞表は出してないからまだ多分ドルファの社員やで、ワイ」

 

 といってもドルファに所属している北崎と交戦した時点でクビも同然なのだが。

 

「ザンクレベルの奴が狙ってるなら厄介だな」

「二人がかりでようやくってレベルだからな」

「多分そのレベルの相手だよ。凄腕のフェンサーって噂のアポローネスが率いているって話しだよ」

「アポローネス!?」

 

 アポローネスという名前の登場に巧とアリンの顔が変わる。

 

「それって」

「あん時の・・・・・・!」

 

 忘れるはずがない。ファングたちがアリンと出会ってすぐに戦ったフェンサー。そして彼らの記憶の中で唯一ファングが惨敗した相手。しかも、アポローネスはその時まったく本気を出していなかった。それはファングも同じだったが。

 

「アポローネスはドルファ一の武闘派フェンサーや。単純な強さならザンクはんを上回るで」

「少なくともバーナードと同等と考えて良いってことか」

「ソイツはドルファ四天王の上司。まあ四天王のリーダーやな」

 

 四天王の半分近くをファングは既に撃破している。ドルファに恐れられるのも納得だ。

 

「すると北崎も四天王なのか?」

「いや、北崎はちゃいます。ヤツは四天王に対する抑止力なんや。ザンクはんは誰かに従う気はあらんし、バーナードは野心が強そうやから社長に警戒されてな。北崎に命令権が一応あるパイガっていうおっさんが四天王なんや。まあ、もしかしたら抜けた穴に入っとる可能性もあるかもしれへんけど」

 

 ここまでで四天王が三人はわかった。では最後の一人は誰なのだろうか。謎だ。ガルドも分からないらしい。どうやら最後のメンバーは前線に出るタイプではないみたいだ。

 

「ま、良い。アポローネスを倒せばもう敵はいないも同然だ」

「今回は珍しくやる気ね。珍しい」

「俺は今度こそアイツに勝つ。アイツを倒して俺は今よりもっと強くなる」

 

 アポローネスを倒せなければその先にいる自分の師匠を越えるなんて不可能。ファングのモチベーションは自然と上がる。

 

「だから絶対勝つぞ」

「当然。あたしたちにかかればアポローネスなんてけちょんけちょんよ」

「流石は俺の相棒だ。頼りにしてるぞ」

 

 ◇

 

「ここがザワザ平野・・・・・・」

 

 色々とあり到着はすっかり夜になってしまった。ザワザ平野はさまざまな野生生物が住まう自然豊かな平野だ。古代文明の名残が色濃く残っていてその証明として夜になると様々な未知の機械が発光する。自然と機械の共存するザワザ平野は神秘的な美しさを放ち、数多くの観光客も訪れるらしい。

 

「なんだよ。ドルファの影も香りもねえな」

「何よ、香りって。まだ入り口でしょ」

「五感を研ぎ澄ませろってことだ。奇襲かけられてからじゃ遅いんだよ」

 

 しかしまだ入り口と言えど相手はあのドルファ。何時襲ってくるか分からない。警戒するに越したことはないだろう。そして程なくしてファングの予想は当たる。

 

「・・・・・・風向きが変わった。誰か、来る」

「なに?」

「本当ですか?」

 

 最初に気づいたのはエフォールだ。伊達に元暗殺者ではない。僅かな風の流れからその異変に気づく。ファングたちも耳に意識を集中させるとぞろぞろと足音が近づくのを感じた。

 

『うおおおお!』

「こいつらドルファの刺客か!?」

 

 現れた黒衣の兵士たちをファングたちは迎え打つ。各々がそれぞれの武器を使い迎撃する。巧は生身の人間相手に変身する訳にはいかずトランクケースを武器に戦っていた。

 

「くそ! 数が多いな!」

「ダンナ、ここはワイらに任せてくれ!」

「先に、行って。ファング」

「後から追い付く!」

 

 巧、ガルド、エフォールが押し寄せる兵を足止めする。三人がファングのパーティから離脱した。

 

「頼んだよ!」

「必ず戻ってくださいましね!」

「あたしたちも絶対にフューリーを手に入れるから!」

「お前らあとで飛びきり美味いメシを食わしてやる!」

 

 アリンたちも力強く頷いて走っていった。

 

「エフォール、ちょっと待て」

「ファング・・・・・・?」

 

 呼び止められたエフォールが首を傾げる。

 

「俺を殺すまで誰も殺すな、なんて約束はもう守らなくて良い。多分、これからの戦いでそんな考えは通用しない。だから新しい約束をしてほしい」

「新しい、約束?」

「俺の、皆のいるところに『必ず帰ってこい』絶対だ」

 

 ドルファという明確な敵が生まれたことによって願いを叶える戦いはより熾烈なものになるだろう。これより先の戦いは生きるか死ぬか、だ。ファングたちの中にも犠牲になる者は出るかもしれない。それは皆語らなくても無意識に感じていることだろう。だから約束なんて軽々しく出来るものではない。だがメンバーの中で一番幼い、まだ学校に行っていてもおかしくはないエフォールだけは絶対に失いたくない。ファングとしては本当は誰も失いたくはないのだ。だが一人の大人として子どもは守らなければという思いが彼にはあった。

 

「わかった。必ずファングのところに帰ってくる。・・・・・・巧やガルドと一緒に」

 

 ファングは少し呆気にとられた。あの世界中全てが敵に見えるといっていたエフォールが他人を気にかけれるようになっていたからだ。

 

「ああ。あいつらバカだからさ、何かあったらお前が連れ出してくれ」

「うん、だからファングも約束して。・・・・・・私が殺すまで死なないで」

「お前にもアポローネスにも殺されやしねえよ」

 

 ファングはエフォールの頭を撫でて頷いた。

 

「エフォールが少し、羨ましいです」

「巧はんは絶対ナチュラルにあんなこと出来ひんからな」

「お前ら見てないでさっさと手伝え! 俺はフェンサーじゃねえんだよ!」

 

 ◇

 

「・・・・・・エフォールさんと何を話していらしたんですか」

「別に。必ず帰ってこいって約束しただけだ」

「そう、ですか」

 

 少し遅れて合流したファングにティアラは言った。どことなく不満そうな顔をしている。自分にも何かないのか、と言いたいのだろうか。

 

「は、お前は俺とアリンが守るんだから約束する必要なんてねえだろ。そんな顔すんじゃねえよ」

「ふふ、流石は私の忠実な下僕ですわ」

「誰が下僕だ!」

「そうよ。そんな態度なら守ってあげないんだから!」

 

 このやり取りも久しぶりな気がするな。ファングはふ、と笑った。

 

「ちょっと私はどうなのさ。守ってくれないのかい?」

「ハーラーはおっさんがいるだろ」

「バハスは歳が、ね。私も女だ。どうせなら若い男や可愛い女の子に守ってもらいたいのさ」

「ハーラー、今日の晩飯はお前の苦手なおかずを作るからな。覚悟しとけよ」

 

 冗談だって、冗談とハーラーは慌てて訂正した。

 

『いたぞ、こっちだ!』

「ち、また来たか!」

 

 ファングは現れた刺客を前に剣を構える。だがその剣が振り抜かれることはなかった。

 

 刺客を斬る者がいたからだ。

 

「お久しぶりですね」

「「シャルマン様」」

「うわ、キザなピアニストじゃねえか」

 

 また面倒な男が現れたものだ。ファングは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。ティアラとアリンは目を輝かした。面識のないハーラーとバハスは誰この人?状態だ。もしこの場にガルドとマリサがいたのなら後々の展開も変わっいたのだろうが運悪く今、彼は不在だ。

 

「お久しぶりです。あれから皆さんの無事を祈ってましたよ」

「私もあなた様のご無事を祈っていましたわ。またお目にかかれるようにと」

「私も私も!」

「けっ!」

 

 二人は好感触だがファングはどうにもシャルマンが好きになれなかった。例えば今襲ってきた兵士。血を流して倒れている彼は適切な処置をしなければこのまま死ぬだろう。世界平和を謳う男が容赦なく人を殺すところがまず気にくわない。それにティアラやアリンがちやほやするのもなんだかムカつく。

 

「ち、こっちは下僕なのに向こうは様付けかよ」

「ま、かっかしないの。君にとってのマリアノくんが彼女らにとってのシャルマンってことだよ」

「違うだろ。俺、マリアノのこと美人だとは思ってるけどティアラやアリンのが好きだぞ?」

「だから同じじゃないか」

 

 にやにやと笑うハーラーに訳が分からないファングは首を傾げた。

 

「まあ良い。そうだ。どうせなら俺と勝負しようぜ、ピアニスト」

「何を勝負するんですか、ウェイターくん」

「フェンサーならやることは一つだろ」

『わーお。ファングがすごいかおしてる』

『火花が飛び散っているぞ』

 

 挑発の掛け合いをキョーコたちは面白そうに眺める。こうも相性の悪い人間にファングがケンカを売るのは初めてみた。彼はバカで食いしん坊だが心優しいといういわゆる小学校のクラスに一人はいる誰とでも親友になれるタイプの人間だ。逆にシャルマンは容姿端麗頭脳明晰とクラスに一人はいる親友は少ないけど友達は滅茶苦茶多いタイプの人間。ガキ大将と良い子ちゃん。こうなるのも無理はない。

 

「良いじゃないの、差し上げれば。あんたが持っているよりもシャルマン様が持っている方がよっぽど有意義じゃない。ね、シャルマン様?」

「ありがとう。君たちのご厚意は忘れません。僕も出来ればこの剣を血で汚したくはない」

 

 ファングはふんと鼻を鳴らす。既に血で汚れているのに良い子ぶるな、と彼は思った。どう見ても何人もの人間を斬った人間でないと出来ない太刀筋を持っていながらのこの発言にはうすら寒さすら覚える。グナーダ・クイーン、そしてファングは知らないがガルドもシャルマンの刃の餌食になっていた。

 

「へ、俺は別にフューリーなんていらねえ。でもお前にはやらねえよ。・・・・・・ティアラのために俺様は集めてるんだからな」

「ふぁ、ファングさん・・・・・・!」

「あ、あとアリンの記憶を探すためでもあるんだよ」

「・・・・・・ファング」

 

 顔を紅くしたティアラを前に急いでファングは付け足した。実に分かりやすい照れ隠しだ。

 

「ふふ、皆さんとても仲が良いんですね」

 

 その様子にシャルマンは笑う。殺伐とした状況の中で少し和やかな空気が流れた。

 

「ずいぶんと楽しそうだなァ。シャルマンさんよぉ!」

 

 だがその空気は一瞬にして凍りつく。乱入者が現れた。

 

「お前は、ザンク!?」

「どうしてあんたがここに!?」

「あなたもしつこいですね」

 

 ザンク。ドルファ四天王の一人。ソルオールの戦い以降消息不明になったはずの男だ。彼は得物の曲がった曲剣を担ぎ、シャルマンを睨み付けた。

 

「あぁ? てめえらもいんのか。まあどうでも良い。シャルマン! 今日こそてめえを殺す!」

「断る! 僕は願いを叶えるその日まで死ぬ訳にはいかない!」

 

 シャルマンとザンクの激しい戦いが始まる。

 

「皆さんは先に行っててください。必ず追い付きます!」

「シャルマン様、そんなヤツやっつけちゃって!」

「ええ、僕は彼のような悪人には絶対に負けない!」

 

 彼らの戦いに後ろ指を引かれながらもファングたちはザワザ平野の奥へと向かった。

 

「かか! 偽善者風情が俺様を悪人だと? 笑わせんなよォ!」

「僕は偽善者じゃない。正義の味方だ」

「へ、てめえに比べればアポローネスのがまだましだぜ」

 

 ◇

 

「ザンクさんは本当に極悪人なのでしょうか?」

「さあな。でも善と悪でいうならアイツは悪で間違いない。お前を人質にした奴だぞ」

「ですがエフォールさんは彼を優しかった、と」

 

 ティアラはザンクのことが気がかりだった。彼に対してはあまり良い思い出はないし、アリンのように出来ることならシャルマンが倒してくれたらとすら思う。だが少なくともかつてエフォールを守っていた過去があるらしい彼にこのまま何も聞かないのはどうにも腑に落ちない。

 

「確かに俺が初めて会った時のザンクはただの不良みたいなもんだった。もしアイツがあそこまで変わったとしたら『ノセイギ村』が原因だろうな」

「なに、その村。反対から読んだらギセイノ村になるじゃない」

『ゼルウィンズ地方から遠く離れた山奥に存在した小さな村だ。妖聖崇拝などと古びた風習の残った集落同然の村であった』

 

 妖聖崇拝────神の残した力である妖聖を信仰することで神へと昇華させる、というこの世界で本当にある一つの宗教。だがそれは邪神崇拝と並んでイカれた邪教扱いされている。

 

「あそこでアイツはナニかを見て、そしてああなった。でないと村人を殺すなんて真似はしないはずだ」

「ナニか、とは」

「さあな。俺が見たのは血文字で願いが書かれた短冊だけだ」

 

 ティアラとアリンの顔がサッと青ざめる。あ、言わなければ良かったとファングは後悔した。

 

「古びた村、狂った風習ねえ。それは少し興味深いな。詳しく話してくれよ」

「なんであんたは一人だけテンション高いんだよ」

「私は研究者だよ。そんな話し日常茶飯事さ。ね、その血はきっと妖聖のモノだよ」

「・・・・・・妖聖の、モノ」

 

 ティアラは、彼女だけはザンクが何故ああなったのか一つの確信にたどり着く。

 

 ────エルモは私の友達で完全自立型の妖聖

 

 エフォールが言っていた一人の妖聖の名前がティアラの脳裏に浮かんだ。それと同時に博識な彼女は知識として知っていた妖聖崇拝で行われるであろう数多くの狂った風習を想像してしまった。

 

「す、すいません。ファングさん。私少し気分が」

「ああ。無理しなくていい。ごめんな、変な話しして」

「だ、大丈夫です。しばらくすれば戦えます」

 

 まだこの仮説が真実だと決まった訳ではない。それを確認するためにも必ず生き残らなければならないのだ。ティアラは思考を切り替えた。

 

「お待ちしておりましたよ。あなたたちがドルファに逆らう愚かなフェンサーですか」

 

 しばらく歩いていると眼鏡の男が待ち受けていた。ファングは剣を構える。

 

「てめえが俺様と敵対する愚かなドルファ四天王か? アポローネスを前に準備運動させてもらうぜ!」

「待て待て! 奥でアポローネスが待っている! 私はその案内人だ! 戦う気はない!」

「あんたも四天王なのに戦わなくていいの?」

「お前は黙ってろ!」

 

 眼鏡の男の正体はご存知の通りパイガだ。冴えない中年男性である彼はバーナードとザンクを倒したファングを前にすっかり怖じ気づいてしまった。

 

「たく、さっさと案内しろ」

「その上から目線もここまでだ。へへーんアポローネスはすげー強いんだ! お前らなんかけちょんけちょんだ。・・・・・・・案内しましょう」

「この男、まさに虎の威を借る狐ですわ」

 

 さっきまで顔色の悪かったティアラもパイガの情けない様子にすっかり何時もの調子を取り戻したようだ。

 

「久しぶりだな、ファング」

 

 ザワザ平野の最新部にアポローネスは君臨していた。彼はファングたちが来たことに気づくと静かに閉じていた目を開く。精神統一を完了させ、既に準備万端という訳か。ファングは静かに構える。

 

「・・・・・・ああ」

「少しは腕を上げたようだな」

 

 アポローネスも地面に突き刺していた剣をゆっくりと引き抜く。

 

「我が魂と共鳴する者よ。雌雄を決する時がついに来た。ファング、私は貴様を今度こそ斬る。そしてドルファの悲願を達成する」

「俺は負けない。あんたに勝つ。いやあんただけじゃない。これから戦う全てのフェンサーに勝って世界平和の夢とやらを叶えてやる。そのためには・・・・・・俺は殺してでもあんたを倒す!」

 

 ファングとアポローネスの剣が激突する。両者の実力は────互角。正真正銘の互角。あの時とは違う。アポローネスも本気で、ファングも本気だ。

 

『attack effect『フレイムアサルト』』

『attack effect『導』』

 

 灼熱深紅の炎を纏った剣がアポローネスの身体を焼き、深淵漆黒の影を纏った剣がファングの身体を切り裂く。激しい痛み。だがどちらも怯みはしない。極限まで剣を極めた者の戦いだ。隙を見せた瞬間にそれはどちらかの死を意味していた。ファングはアポローネスの腹を蹴る。だがアポローネスは蹴られて仰け反りながらも腕だけで強引に剣を押し込んだ。鋭利な刃と化した闇がファングの顔に迫る。彼は顔を反らす。頬を浅く斬りつけ鮮血が舞う。

 

「ファングさん!?」

 

 ティアラは悲鳴を上げる。だがファングは冷静だった。剣を手甲に変えると剣に向かって振り下ろした。重力にしたがってアポローネスの大剣が深々と地面に突き刺さった。

 

「なにぃ!?」

「うおおおおおおおお!」

『attack effect 『ギガンティックブロウ』』

 

 地面から巻き上がった炎がアポローネスの身体を飲み込んだ。手ごたえあり。並のフェンサーならこれで終わっている。だがこの程度で倒れる相手ではないという一つの確信がファングにはあった。

 

「『フェアライズ』」

 

 アポローネスは漆黒紫紅の甲冑をその身に纏った。圧倒的な覇者の姿にファングは身震いした。だが同時にニヤリと笑う。

 

「先に鎧を使ったな!」

 

 この瞬間、剣士としてファングはアポローネスを越えた。彼はアポローネスの切り札を先に引き出したのだ。かつて惨敗した相手を追い詰めた事実に彼は胸の内から力が溢れるのを感じた。今なら使える。あの時の力が。ファングは力の限り叫ぶ。

 

「『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体は紅炎真紅の姿へと変身を遂げる。バーナードすら倒した彼の新たな形態を初めて見るアポローネスは驚愕に目を見開く。

 

「俺はあんたを越える」

「ふ、面白い・・・・・・!」

 

 剣士としてアポローネスを越えた。後はフェンサーとして彼を越えるだけだ。

 

 




個人的に仮面ライダー555で好きなシーンはフェンシングで負けたたっくんが腹いせに草加へスライディングするけど避けられるシーンです


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剣と共にある魂 剣に等しい魂

今回は二話同時投稿です


(フェンサーってのは本当にすげえな。空も飛べるのか)

 

 兵士たちを片付けた巧たちは急いでファングたちの跡を追う。巧は呼び出したバジンをすっ飛ばし、ガルドとエフォールはフェアライズして飛ぶ。既にガルドが空を飛ぶ姿はサイガとの戦いで確認していた巧だがエフォールがフェアライズした姿を見るのは初めてだ。ファイズになっても空を飛ぶことは出来ない巧は少し彼らを羨ましく思った。

 

 エフォールがフェアライズした姿は戦闘機のようだ。両翼機を背中に顕現させ、機械仕掛けの装甲を纏った姿はかつて殺人マシーンであったエフォールの心を体現しているようだ。

 

「く、ダンナたちは何処にいるんや!? ・・・・・・エフォールはん、あれ!」

「・・・・・・ザンク!?」

 

 巧は先導して飛んでいたガルドとエフォールが急に方向転換したことに驚く。慌ててハンドルを切った先にいたのはかつてその凶悪な強さに苦しめられた男であるザンク。彼は見たこともない金髪の美形の男性と激闘を繰り広げていた。戦況は男性の方が優勢。ザンクの身体には所々に切り傷が出来ている。だらだらと大量の血を流しながらもザンクは獰猛な笑みを浮かべ、男に向かっていった。男はそんなザンクを冷徹に睨み、その剣を振り下ろす。直撃したら流石のザンクでも耐えられないだろう。巧は何故かファイズフォンを銃に変形させて、男に向けた。ザンクなんて斬られて当たり前の人間のはずなのに。

 

 だが巧が撃つよりも早くエフォールが男に矢を放った。彼は矢を弾き落とすと後ろに跳ぶ。

 

「誰だ!? 出てきなさい!」

「あぁ? なんだァ!?」

 

 困惑する二人を前にガルドとエフォールは急降下した。彼らはザンクを庇うように立つ。

 

「久しぶりやなあ、色男。ワイの顔を忘れたとは言わせんで」

『この間はよくもガルドちゃんを傷つけたわね!』

「お前、ガルドとザンクを傷つけた。許さない・・・・・・!」

『そうです! 私たちがザンクさんを殺させたりはしません!』

 

 ガルドは男のことを知っていた。一見すると紳士然としているが独善的な正義に囚われた気味の悪い男。ザンクを、そして自分を殺そうとした男だ。忘れるはずがなかった。ガルドは激しく怒り男を睨み付けた。

 

 エフォールは男のことをあまり知らない。記憶が正しければピアノのことを許してくれた善人だった気がする。だが善人であろうとザンクを、そしてガルドを傷つけたらしいこの男を許すことは出来なかった。彼女は激しい殺意を男に向けた。

 

「エフォール、果林・・・・・・だと!?」

「この男の仲間なら僕も君たちを許す訳にはいきません。この場で全員始末します! 『フェアライズ』」

「やってみい! そう何度もやれると思うなや!」

 

 男の身体を純白の鎧が包み込む。神々しさすら感じるその姿は彼の不屈の正義を体現していた。ガルドは勇猛果敢に男に襲いかかった。

 

「エフォール、お前はどうしてここにいる・・・・・・? それに普通に話せるのかァ?」

「私はファングに救われた。だから今、私はここにいる」

「ち! つくづくムカつく野郎ォだ。俺の出来なかったことを簡単にやり遂げるだと。ふざけやがって」

 

 ザンクは口ではそう言いながらも少しだけ笑った。エフォールも久しく見ていなかった彼の笑顔に笑う。

 

「ぐはっ!」

「ガルド、代わる!」

 

 二人の目の前にガルドが転がる。やはり男とガルドとの間にはかなりの実力差があるようだ。サイガとの戦い程の絶望感はないがそれでも勝てる自信は微塵も湧かなかった。どうする、ゆっくりと近づく男を前にガルドは思案する。そんなガルドを鎌を持ったエフォールが追い越した。ファングにも匹敵する優れた剣士の男と、かつて凄腕の暗殺者として名の知れていたエフォールが激突する。

 

「ガルド、てめえも久しぶりだな」

「ザンクはん、探してたんやで」

「なら電話の一つでもよこしやがれ」

「軽口叩いてる場合やない。すぐにその傷治してエフォールはんを援護するで!」

 

 力強く肩を叩くガルドにザンクは頷いた。

 

「君のような幼い女の子を斬らなければならないなんて僕は悲しい。大人しく引き下がってください。あなただけは見逃します。罪を償ってやり直すんです」

「ザンクもガルドもやらせない」

「・・・・・・残念です」

「きゃっ!」

 

 かなりの実力を誇っているはずのエフォールをも男は圧倒する。彼女が握っていた鎌を彼は叩き落とす。本来メイン武装が弓である完全遠距離タイプのエフォールはメイン武装が剣の完全近接タイプの男と相性は最悪。接近戦で戦えば不利になるのは歴然だ。高速で振り抜かれた剣にエフォールは吹き飛ばされる。

 

「・・・・・・私は、必ず帰る。お前に殺されたり、しない!」

「すいません。出来ることなら斬りたくなかった」

「────させねえよ」

 

 巧はエフォールに迫った男を蹴り飛ばす。ここまで黙って見ていたが仲間に手をかけるならば見過ごす訳にはいかない。彼はベルトを腰に巻いた。

 

 ────555

 

 ────standing by

 

「変身!」

 

 ────complete

 

 巧は鋼鉄不変の意思を持った戦士に変身した。男は初めてファイズの力を見たのか顔を驚愕に染める。

 

「・・・・・・巧さん、遅いですよ」

「悪い、いまいち状況が分かんなかった」

 

 この男が敵なのか巧は分からなかった。ガルドやエフォールは守ろうしているが彼は別にザンクと深い関わりがある訳ではない。だからファイズの力を男に使うべきか迷っていた。だが共に戦ったガルドを傷つけた相手なら話しは別だ。新しく仲間に加わったエフォールを、そしてそのパートナーである果林を殺すというなら容赦をする理由は彼にはもうない。ファイズと化した巧は手首をスナップさせると男に殴りかかった。その拳を彼はヒラリと避ける。

 

「何人で来ようが僕は負けない!」

「俺一人で十分だ」

 

 ◇

 

「ハァッ!」

「ぐッ! これしきっ!」

「くそ、さっさと倒れろ」

 

 フェアライズしたファングとアポローネスは激しい戦いを繰り広げる。バーナードの時のように力の差は歴然。スペックではファングの方が遥かに上だ。それにこの姿になったファングはありとあらゆるフューリーを召喚し、使うことが出来る。対してアポローネスは剣しか使わない。近接戦で圧倒出来る。

 

 だが数多くの手数を持った彼の新形態でもアポローネスに対する決定打にはならなかった。この男の鎧はとてつもなく固い。バジンのバスターホイールですら無傷だった防御力はファングの想像以上だ。どれだけ剣を振ろうと、どれだけ拳で殴ろうと、どれだけ魔法を使おうと全然効いてないように見える。とんでもないタフネスだ。

 

「フンッ!」

「オラッ!」

 

 だがアポローネスの攻撃もファングには効かない。振り下ろした大剣を避ける必要すらなかった。全身に装甲を纏った今の彼を傷つけるのは不可能だ。

 

「よし、二人がかりならいけるかもしれん」

「お、ついにパイガもいっちゃうの?」

「北崎、出番だ!」

「あんた本当にプライドないの?」

 

 パイガは思いの外食い下がるアポローネスに勝機を見いだし、今現在投入できる最高の切り札を切った。北崎、バーナードとザンクがいない今文句なしでドルファ最強の少年がフラりと彼らの前に現れた。どこに隠れていた、ティアラはソルオール村で遭遇した少年の登場に驚愕する。

 

「え、僕もやっていいの?」

「当然だ。ファングを潰せ!」

『じゃ、張り切っちゃおうかな』

「あ、あの少年は!?」

「・・・・・・凄い。怪物に変身した! あれもしかして新しい妖聖!?」

 

 北崎はドラゴンオルフェノクに変貌する。

 

『あははは』

「っ! なんだ、お前!?」

 

 突然現れた灰色の怪人の拳にファングは大きくのけ反る。そして驚愕した。自身にダメージが入っていることに。この激しき熱を放つ姿に素手で触れられる化け物がこの世にいるとは。触れた物を燃やすファングと触れた物を灰にするドラゴンオルフェノクは能力的に互角なのだろう。

 

 だからドラゴンオルフェノクはファングにノーリスクで攻撃出来る。そしてファングもドラゴンオルフェノクをノーリスクで攻撃出来るのは同じだ。ファングは拳を握りしめると殴打のラッシュをドラゴンオルフェノクに放つ。ドラゴンオルフェノクは微動だにしない。

 

「今助けるよ、ファングくん!」

「そちらが二人ならこちらは三人です!」

「バカ、来んな! お前らが勝てる相手じゃない!」

 

 言っては悪いがバーナード以上の相手二人を前にティアラたちが加わっても足手まといだ。特に北崎は触れたものを灰にする厄介な能力を持っている。ファングたちは知らなかったが好判断だった。

 

『やるなあ』

「誰が来ようが俺は負けねえよ。来い、ガキんちょ!」

『ふふふ、ファングくんと戦うのは初めてだね。楽しませてよ』

 

 ドラゴンオルフェノクは龍の顔を象った爪をファングに振りかぶる。両腕をクロスして彼はそれを防ぐと回し蹴りを放つ。だがドラゴンオルフェノクはアポローネス以上に固い。ダメージが入ってるようには全く見えない。ファングは銃を召喚するとドラゴンオルフェノクに無数の弾丸を放った。アポローネスと違って彼に対して剣だけに拘る必要はない。少しは効果があるのか僅かに彼は後退する。

 

「北崎、邪魔をするな!」

 

 後退したドラゴンオルフェノクの背中をアポローネスは斬りつけた。無防備な背中を攻撃され、北崎は小さなうめき声を上げる。

 

『うわっ! 何をするの、アポローネスくん!?』

「そうだ、二人がかりなら勝てるんだぞ。アポローネス! 血迷ったか!?」

「何を言う!? 血迷ったのは貴様らだ!」

 

 驚く北崎と抗議するパイガをアポローネスは睨む。何という覇気だ。今の彼は鬼をも怯ませるだろう。龍である北崎はともかくパイガは萎縮した。

 

「私は剣士だ。正々堂々とした一対一の戦いを望んでいる。それを邪魔するなら貴様らも倒す!」

「・・・・・・しょうがないなあ。分かったよ。その変わり絶対に勝ちなよ」

「当然だ」

 

 フッと笑うアポローネスに北崎はすんなりと引き下がった。

 

(エミリちゃん、やっぱり約束は守れなかったよ。ごめんね)

 

 北崎は何の気まぐれかアポローネスの妹と一つの約束をしていた。アポローネスがピンチになったら助けてほしいと、そう彼は彼女と約束している。だがやはり誇り高きアポローネスは自分の協力を拒んだ。分かっていたがエミリの悲しむ顔は何故か見たくない。だから今、北崎が出来るのは確実な勝利をアポローネスと約束することだ。彼女の笑顔のために。

 

「良いのか? これであんたの勝てる可能性はゼロになったぜ」

「それはどうだろうな」

「なに?」

 

 三つのフューリーと融合した強化形態のファングに一つのフューリーしか使っていないアポローネスでは単純な出力で勝つのは不可能なはずだ。事実ここまでファングはアポローネスを圧倒し続けている。

 

「セグロ! いくぞ!」

『グオオオオオオオオ!』

「私は限界を越える!」

 

 アポローネスの身体を深淵の闇が包み込む。激しいエネルギーの暴風に近くにいたファングと北崎は吹き飛ばされる。ファングは気づく。アポローネスは力を隠し持っていたことに。ドルファ四天王は皆融合係数を極限まで高めた短期決戦型の特殊形態を持っている。ザンクの爬虫類のような異形の姿、バーナードの白銀の邪悪な姿。パイガにもある。そしてここにはいないマリアノにも。

 

 だがアポローネスだけはそれを使うことはなかった。彼の剣士としてのプライドがそれを許さなかったのだ。平素の力で勝ってこそ剣士である証明だと思っていた。だがファングという魂が共鳴するレベルの好敵手に自分の出せる力の全てを彼は出したくなった。闇の暴風が晴れるとそこにアポローネスの姿はない。黒い戦士がいた。

 

「我が魂は剣に等しい」

 

 アポローネスは深淵漆黒の戦士へと変貌を遂げる。ファングやファイズなどのライダーと酷似した体型をしている姿にファングは驚愕する。だが彼らと違って更に生物的だ。龍人のような顔。闇を鎧にした装甲。その手に握られるのは大剣ではなく二本の小振りな剣。だがあの大剣と同等の濃厚な密度を持った魔力がその二本の剣にはある。

 

 何という怪物が誕生したのだろう。今の彼はもしかしたらドラゴンオルフェノクやサイガをも越えるかもしれない。それだけの力がある。彼の生き方に相応しい産声を上げこの世界に暗黒の龍騎兵が降臨した。

 

 ◇

 

「ラァ!」

「ハァ!」

 

 ファイズのハイキックが男の身体を掠める。だが男は怯むことなくファイズの装甲に剣を振り下ろした。鈍い火花が飛び散り、巧の身体を痺れるような痛みが走る。彼は追撃で放たれた剣撃をマトモに食らう。この男・・・・・・強い。北崎程ではないが実力差では完全に巧を上回っている。こちらの攻撃はことごとく防がれるのに向こうの攻撃は確実に巧に当たる。ファイズに変身していなければとっくに斬られているだろう。

 

 ────exceed charge

 

「ラアアアア!」

 

 このままではラチが明かない。一か八か、ファイズは男に必殺の殴打────グランインパクトを放った。だがその拳は男の下から振り上げられた剣によって受け流される。

 

「くそっ! 効いてねえ!」

「これならどうです!」

『attack effect 『サンライトスラッシュ』』

「うおっ!」

 

 ファイズに出来た大きな隙を男は見逃したりはしない。彼は剣に光を纏いファイズに叩きつける。素早く放たれた必殺の一撃に巧は大きな衝撃を受け、後ろに大きく吹き飛ばされる。流石のファイズもフェンサーの必殺技にはダメージを避けることは出来ない。膝をつき大きく隙の出来たファイズに更なる追い打ちを男は────

 

『battle mode』

『ピロロ』

「っ!」

 

 ────かけることが出来ない。変形したバジンのバスターホイールの雨が降り注ぎ後退を余儀なくされた。・・・・・・巧も。バジンの狙いが中途半端になり、ちょうどファイズと男の中間に照準が合わせた結果二人に弾が当たりそうになったのだ。巧は転がるようにバジンの横に飛び込むとその頭をグーで殴った。蹴りを放った。だが頑丈なバジンには何の意味もない。

 

「てめえ、バカ野郎! ふざけんなよ! 俺に当たるとこだったぞ!?」

『ピロロ!』

「待ってください、巧さん! バジンちゃんに怒っている場合ではありません! あの人が逃げますよ!」

「なに!?」

 

 バジンに激怒する巧を果林は後ろから抱きついて止める。ハッとして振り返ると男は何処かへと空を飛んで逃げて行く。

 

「くそ、逃がさへんで! 『フェアライズ!』」

「私たちも追いますよ、エフォール!」

「うん、『フェアライズ!』」

 

 ガルドたちはフューリーフォームに変身すると男の追跡を始める。

 

「俺も行くか」

『vehicle mode』

 

 バジンをバイクに戻すと巧は跨がった。急いで発進しなければならない状況にも関わらず彼はアクセルを握らない。頭をガシガシと掻くと振り向く。そこにいるのは

 

「・・・・・・乗れよ」

「あぁ?」

「お前は飛べねえだろ」

 

 ザンクだ。ガルドの魔法によって怪我を完治したザンクが座り込んでいた。巧は彼を無視しても良かったのだがそれではせっかく再会出来たエフォールたちが気の毒だ。このまま放っておけばまたザンクは何処かへ行方をくらますだろう。

 

「ち、仕方ねえから乗ってやるよ」

「勘違いすんな。俺はお前を味方とは思ってない」

「俺はてめえを虫けらと思ってるけどなァ、かかか」

 

  乗せなければ良かったと巧は後悔した。

 

 ◇

 

「く、なんて強さだ・・・・・・!」

 

 ファングは想像を遥かに越えた力を手に入れたアポローネスに苦戦を強いられる。進化したフューリーフォームを持ってしてもアポローネスの暴走したフューリーフォームには歯が立たない。パワーこそ上回ってはいるが防御とスピードは完全に向こうの方が上。あの二本の小振りな剣を前にファングは既に何度も己の身体を傷つけられた。彼の武器であるアリンの大剣は身軽になったアポローネスにことごとく回避され、ただひたすらに自らの身体にダメージを受けるだけだ。

 

「高まる。高まるぞ・・・・・・! これが剣を極めし者がたどり着く極地。ふ、ふふふ。ははははは! 素晴らしい、これほどの力ならもっと早く使っていれば良かった!」

 

 アポローネスは鎧から溢れる高揚感に身を委ねる。鎧の力に飲み込まれているのか? 誇り高き武人であったアポローネスの変貌っぷりにファングは目を疑かった。高笑いしながら突進するアポローネスに向かってファングは剣を振り抜く。彼はバックステップで回避した。だが剣から放たれた放射状の火炎がアポローネスを飲み込む。

 

 エクステンドエッジ────例外を除けば最強の必殺技が直撃した。ファングは巻き起こる土煙に飲み込まれないよう後退する。倒したとは思っていない。だがこれで土煙の中から出た時に大きな隙が出来るはず。ファングは剣を構える。

 

『ファング! アポローネスの様子が変よ!』

「分かってる! 分かってるけどあいつやっぱりつええ! どんなに頭が狂っても剣だけは狂ってねえ!」

「良い。やはり貴様は素晴らしいぞ、ファング! 我が魂は震えている!」

 

 だが土煙が晴れるまでアポローネスは微動だにしなかった。どれだけ力に飲み込まれても彼の本能は研ぎ澄まされたままだ。決して隙を見せたりはしないだろう。ファングはその手にブレイズの剣を持つ。素早い相手には素早く動ける武器で対応するしかない。

 

 彼が意識を切り替えた瞬間、目の前にアポローネスが現れた。────速い。振り下ろされた剣を咄嗟に防ぐ。だが相手は二刀流。一つ防いだところで更なる追撃が待ち受ける。放たれた突きをアッパーカットで受け流す。ファングはアポローネスの腹に蹴りを突き刺した。

 

「ぐっ、効かぬ! 貴様の攻撃はその程度か!」

「うるせえ、よ!」

 

 研ぎ澄まされたファングの剣舞がアポローネスの身体に直撃する。頭部、右腕、左腕。斬りつけた箇所を確認するがアポローネスにはやはりダメージはなさそうだ。こうして何度か斬りつけることには成功しているが傷一つ付けられていない現状にファングは舌打ちした。

 

「・・・・・・分かったよ! ファングくん、あれだ! あれ使いな! あれなら効くよ、多分!」

「あれってなんだよ!?」

「ハアアアア!」

『attack effect 『導』』

「そうだ! ランチャーだよ、ランチャー! 剣に拘る必要はないよ!」

「・・・・・・そうか!」

 

 アポローネスが闇を纏った二本の剣で突進してくる。ハーラーのアドバイスにファングはニヤリと笑う。大剣の腹で剣を受け止めると彼は両手に新たな武器を召喚した。ランチャー。高火力のミサイルを発射するファングがこの形態になって使えるようになった新しい武器の中で最も攻撃力が高いものだ。ファングはアポローネスの腹に発射口を向ける。

 

「この距離なら防御も出来ねえな!」

『食らいなさい!』

「な、なにぃ!? 貴様、それでも剣し───」

 

 無数のミサイルがアポローネスの身体に直撃して激しい爆発を巻き起こす。攻撃を放ったファングもろとも吹き飛ばすその威力はとてつもない。鋭い洞察力で相手の弱点を分析出来るハーラーが効果があると言うだけあって効果覿面だ。流石のアポローネスも片膝をついている。

 

『今よ、ファング!』

「ダアアアアアアアア!」

 

 ファングは痛手を負ったアポローネスに必殺の一撃を放つ。地面に剣を突き刺し、大地のエネルギーを右足に集束させる。バーナードにトドメを刺した灼熱深紅の必殺キック。貫いた相手を爆散するフューリーフォームの限界を越えた技だ。

 

「ヌオオオオオオオ!」

 

 アポローネスは両手を交差してその一撃を受け止める。────耐える。────耐える。エネルギーの暴流を前にもアポローネスは後退しない。負ける気がしなかった。・・・・・・この身は剣と等しいのだから。そうだ。誰にも負けないために心も家族も捨てたのだから。────ここで負ける訳にはいかない! アポローネスの不屈の意志がファングの必殺技を弾き飛ばした。

 

「嘘、だろ?」

「少しは効いたぞ・・・・・・!」

「く、くそ。ダメだ、もう立てねえ」

「ファングさん!?」

「来んな、ティアラ! お前まで死ぬ! 逃げろ!」

 

 最後の切り札が不発に終わり、ファングは膝をつく。もう勝てる気がしない。彼の心が、折れた。フューリーフォームが解除される。人の姿に戻ったファングをアポローネスは無慈悲に見下ろす。

 

『立てファング! 立たねば死ぬぞ!』

『きみならかてる、かてるよ! だいじょうぶ! まだあきらめないで!』

 

 ファングと共に戦うブレイズとキョーコが奮い立たせる。それでも彼は立ち上がれない。気力も体力もファングにはもうなかった。

 

『ちょっとファング! あんたあたしのパートナーでしょ! しっかりしなさいよ!』

「ちくしょう・・・・・・ちくしょう!」

『何諦めてんのよ! あんたが死んだらあたしも死ぬのよ! ううん、あたしだけじゃない! ティアラも、ハーラーも巧たちもよ! ねえお願い、ファング。あたしを殺させないで』

「っ!」

 

 アリンの一言が折れたはずのファングの心を繋ぎ止める。濁っていたファングの目に光が灯る。

 

「ほお。まだ諦めていないのか」

 

 アポローネスは静かに剣を構える。

 

「だが何度やろうと無駄だ。貴様の剣にはなんの信念も覚悟もないのだからな。この私と違って」

「────おい、今そいつに信念も覚悟もないって言ったか? 訂正しろ」

 

 バイクの排気音が鳴った。

 

「何者だ、貴様?」

 

 ファングの目の前に一人の戦士が立った。────仮面ライダー555。乾巧だ。彼はファイズエッジを逆手に持つとアポローネスに振りかぶる。しかしろくに剣を嗜んだことすらない巧の攻撃はアポローネスに当たることはない。軽々と避けられる。

 

「・・・・・・こいつのダチだ」

「ふ、面白い」

 

 アポローネスとファイズの戦いが始まる。

 

「ダンナ、助けに来たで」

「ファングくん、もう大丈夫ですよ」

 

 膝をついていたファングをガルドとシャルマンが起こす。

 

「お前ら・・・・・・!」

『ガルド、シャルマン様!』

 

 予想外の救援にファングとアリンは目を見開く。

 

「言っとくけどワイはお前をまだ信用してへんからな!」

「キミには申し訳ないことをしました。ですが今は争っている場合ではないです。巧くんを援護しますよ」

 

 シャルマンとガルドもアポローネスに向かっていく。

 

「────約束通り帰ってきた」

「エフォール・・・・・・」

 

 呆然とするファングを前にエフォールが着地した。彼は訳が分からず首を傾げる。彼らとシャルマンはここに来るまでの間に色々とあったがそれは割愛する。結果的に互いに互いがファングが味方だと知り和解とはいかなかったが一時休戦ということになった。

 

「今度はファングが約束、守る番だよ」

 

 エフォールはファングに彼が落としていた剣を渡す。

 

「ああ・・・・・・!」

 

 ファングは頷く。仲間たちの登場によって彼の折れていたはずの心は完全に復活した。

 

「ふふ、どうやら私が勇気づける必要はなさそうですわね」

「ティアラ・・・・・・? お前逃げなかったのか?」

「あなたのことを信じてますから」

 

 ティアラは傷だらけのファングの身体に優しく触れる。一つ一つ彼の血が流れている場所に手が触れる度にその傷は癒えていった。彼女の回復魔法だ。最後にティアラはファングの爪の割れた手を治すとその手を両手で包み込んだ。彼女は聖母のように微笑む。

 

「ファングさんは何時だって私の夢を守るために、アリンさんの記憶を取り戻すために戦ってきたんです」

「ああ、そうだよ。悪いか」

「いえ・・・・・・誰かのために戦える人が何の信念も覚悟もないなんてありえません。だからあの男の言うことは全部デタラメですわ」

 

 必要ないと言いつつ俺を勇気づけているのか、ファングはうっすらと笑う。

 

「へ、お前の言う通りだ。嘘つき野郎に俺様の本気を見せてやる」

「お行きなさい、ファングさん! あの偉そうな男にあなたの信念と覚悟を見せておやりなさい!」

「ああ! 絶対に勝つ!」

 

 ファングはファイズたちの元に駆け寄る。圧倒的な力を持ったアポローネスを前に三人がかりでも苦戦を強いられていた。フォトンブラットを纏ったファイズの攻撃は避けられ、シャルマンとガルドは当たったところでダメージにならないから回避すらされない。

 

「お前ら助かったぜ」

「たく、おせえんだよ」

「彼はかなりの手練れです。でも僕たちならやれます」

「負ける気せえへん!」

 

 四人なら負ける気はしない。巧たちはそう思った。

 

「邪魔はさせないよ」

 

 アポローネスの前に北崎が立つ。

 

「お前は北崎!?」

「四天王クラスが二人もかよ!?」

 

 ガルドは現状でも不利だった戦況が更に悪くなり舌打ちをした。

 

「いいや、三人ダゼェ! かかか!」

「ザンクはんまで!?」

「おい、連れてきてやったのに裏切る気か?」

「いや、てめえらの味方をすることが裏切りだからな」

 

 忘れていたがザンクはドルファ四天王だ。こうやってファングたちと敵対することが普通である。だが自分のことを嫌っているはずのザンクが味方をすることにアポローネスは目を見開いた。

 

「気まぐれな貴様らが何のつもりだ?」

「あぁ? そんなもん気まぐれだァ」

「素直じゃないなあ、ザンクくんは。剣士は正々堂々一対一で戦うものなんでしょ? 手伝うよ」

「つべこべ言ってんじゃねえ。いくぞ『フェアライズ!』」

 

 北崎とザンク、二人の異形が巧たちに襲い掛かった。北崎は巧とガルドを、ザンクはシャルマンを狙う。そして最後にファングとアポローネスだけが残る。

 

「なあ、戦う前に聞いてくれ。俺にだって信念がある。覚悟だってある」

「言ってみろ」

「夢を探している奴がいる。記憶を探している奴がいる。そして世界平和を願う奴がいる。俺の信念は、覚悟はそんな奴らをこの剣で守ることだ・・・・・・! 『フェアライズ!』

 

 ファングは紅炎真紅の戦士へと変身する。

 

「ふ、では見せてみろ。貴様の覚悟と信念を」

 

 ファングはアリンの大剣を手にアポローネスへ向かう。アポローネスは二本の剣を構える。

 

「ハァッ!」

「フンッ!」

 

 ファングはアポローネスに勝つために防御を捨てた。二本の剣を何度も身体に受けながらも大剣をガムシャラに振り回してアポローネスの身体に叩きつける。だがアポローネスも硬い。そこまでダメージはないように見える。だが一か八かで賭けるしかない。自分がどれだけ傷ついても生きていればまたティアラが治してくれる。後のことは考えない。そう、彼には倒れても支えてくれる仲間がいるのだから。

 

「この程度が貴様の覚悟か?」

 

 アポローネスの連撃がファングを襲う。激しい火花が飛び散る。彼は勢いそのままにファングを押し飛ばした。剣に闇を纏いアポローネスは跳ぶ。

 

「この程度があんたの信念か?」

「なにっ!?」

 

 ファングはそれを両手で受け止めた。激しい痛みを感じたはずだ。だが彼は怯まない。揺るがない。拳を握るとアポローネスの腹を殴った。これまでと変わらないはずのその一撃にアポローネスは大きくのけ反る。更に追撃で拳を叩きつける。硬直した彼の身体にハイキックが突き刺さる。

 

「あんたの剣にはなんの信念も覚悟もない。全てを捨てるのが覚悟で信念だと?」

「そうだ! そのために妹も捨てた! 決して折れることのない剣になるために! なのにその私に覚悟も信念もないだと!? ふざけるな!?」

「だったらお前に何が残ってる!? 今お前の立っている場所には何も残っていないだろ!」

「っ!?」

 

 アポローネスは目を見開いた。ファングの背中に無数の人間が見える。ティアラ、アリン、巧。ファングの仲間たち。そして誰かに傷つけられた人々。彼が守りたいと思ったものの全てだ。幻覚───。いや、これが彼の覚悟で信念なのだ。誰かを守るために剣を握る。それこそがファングが戦う理由なのだ。抱える想いの大きさにアポローネスは勝機を見出だせなくなった。

 

 ファングはアポローネスに不敵な笑みを浮かべる。彼の背中には何も見えない。アポローネスにあるのはその手に握られた剣だけ。これが彼の覚悟で信念ならばファングは負ける気がしない。彼は右手に炎を纏う。

 

「ハァッ!」

「グゥッ!」

 

 ファングの拳がアポローネスを吹き飛ばした。彼のフューリーフォームが解除される。

 

「これで俺の勝ちだ!」

「くっ! まだだ、まだ戦いは────ごはっ!」

「アポローネス!?」

 

 生身となったアポローネスの身体から鮮血が噴き出した。彼は膝をつく。ファングは固まる。いやこの場にいる全ての人間の時間が止まった。敵も味方も。あのザンクまでもが困惑している。

 

「・・・・・・やっぱり無茶な変身だったみたいだね。アポローネス、キミの身体はその負担に耐えられなかったんだよ」

 

 ただ一人研究者であるハーラーだけがこの状況を冷静に見極める。

 

「短期決戦型の力なのにどれだけの時間その姿でいたんだい? キミの身体はもう限界だよ」

「こんな幕切れかよ」

 

 ファングはフューリーフォームを解除した。

 

「う、うそだ。あ、アポローネスが負けた」

「どうする、パイガも戦う? 今なら北崎やザンクもいるよ」

「私が勝てるはずがないだろ! か、会社に連絡だ」

 

 アポローネスの敗北によって大きく偏った戦況に怖じ気づいたパイガが逃走する。

 

「まだだ! まだ終わっていない!我が魂の一撃を受けてみよ!」

 

 アポローネスは満身創痍にも関わらず剣を持つ。まだ戦うのか、身構えたファングは驚愕する。とんでもないエネルギーが剣に集束していた。まだこんな力を隠していたのか。いや、本当は力なんて残ってはいない。文字通りの魂全てをその一撃に捧げる気だ。ファングも静かに構える。

 

「巧はん、止めるで。アポローネスが死んでまう!」

「ああ、分かってる」

「いかせないよ!」

 

 アポローネスを止めようとする巧とガルドの進路をドラゴンオルフェノクは封じた。

 

「邪魔すんな!」

「邪魔なのはキミたちだよ。アポローネスくんはもう手遅れだ。なら、なら戦わせてあげてよ。止めるならもっと早く止めるべきだったんだ・・・・・・!」

「北崎、あんさん・・・・・・」

 

 北崎の真剣な様子に巧とガルドは動くことが出来なくなった。

 

「ハアアアア!」

「ウェェェイ!」

 

 アポローネスとファングが交差する。───一閃。

 

 

「見事だ。・・・・・・私ももっと早く貴様のような覚悟や信念を持てていれば、な」

 

 勝ったのはファングだ。アポローネスは静かに崩れ落ちた。

 

「バカ、やろうが」

 

 ◇

 

「おい、起きやがれェ! アポローネス!」

「わ、私は」

 

 顔を殴打された痛みでアポローネスは目覚めた。

 

「何故、私はまだ生きている・・・・・?」

「ファングくんが無意識で急所を外していたみたいだね。本人は殺したと思ってたみたいだけどね」

「そうか。ふ、あの少年は私にまで情けをかけるか」

 

 これほどまでに固い信念があるなら勝てない訳だ。アポローネスはふ、と笑う。

 

「ザンク、ファングは強い。おそらくドルファの誰にもヤツに勝つことは出来ない」

「は、俺様は勝つぜェ」

「真面目に聞いてくれ、頼む。ヤツはフューリーを三本使ってフェアライズしている。我々がどれだけ出力を上げようと足りぬ。だから・・・・・・」

 

 アポローネスは自身のフューリーをザンクに渡す。

 

「これをやる。量ではヤツに劣るが質では勝るはずだ」

「どういうつもりだ?」

「このまま消えてしまうくらいなら、誰かに渡してしまった方が良いだけだ。本当は、不本意だ。・・・・・・セグロ、今日からお前の主人はこの男だ」

「だから、どういうつもりだァ!?」

 

 ザンクはアポローネスの胸ぐらを掴んだ。北崎がその手を止めて首を振る。

 

「北崎。貴様、にも、頼みたいことがある」

「なに、アポローネスくん」

「エミリを、妹を頼む。あの娘は、きっといい女になる。悪い虫が寄り付かないように守って、やってくれ。なんなら、お前にならくれてやっても良い。あの娘も、お前を気に入っている」

「そんなの自分でやりなよ。僕なんかよりエミリちゃんは・・・・・・アポローネスくんのが喜ぶだろ!?」

 

 今度は北崎がアポローネスの胸ぐらを掴んだ。同じようにザンクが止めて首を振る。

 

「なあ、ザンク」

「あぁ?」

「私は剣になれただろうか」

 

 アポローネスの目が徐々に濁り始める。その命が尽きようとしていた。

 

「人は剣になんかなれねえよ。てめえはただの人間だ」

「そう、か。ただの人間か」

「だが・・・・・・お前は家族想いで仲間想いの人間だ。最低でどうしようもない屑の俺よりは、剣に近かったんじゃねえか?」

「貴様が私にそんなことを言うとはな。気持ち悪い。・・・・・・だが少し嬉しいよ」

 

 アポローネスはふ、と笑う。ザンクも笑う。もっと早くこの男の本心を知れていればと少し後悔した。

 

「北崎、私が死ねばエミリは泣いてしまうかな」

「さあね。でもキミが死んだら僕は泣くかもね」

「男が、泣くんじゃない。もしエミリが泣いていたら泣き止ませてやってくれ。あの娘は泣き虫だ。放っておいたらずっと泣き続ける」

「うん、分かったよ。分かったから僕がエミリちゃんを守るから」

 

 アポローネスは北崎の頭を撫でる。初めて出会った時は気味の悪い少年だと思った。だが北崎は変わった。子どもに優しくする姿を見た。誰かのために戦う姿を見た。妹と笑顔で話している姿を見た。北崎は純粋な子どもと変わらなかった。それも意外と優しい少年だったのだ。

 

「ああ、最期にお前たちと話せて────」

 

 良かった、と言葉が続くことはなかった。

 

 

 

 

 

 アポローネスは死んだ。

 

「おい、起きろ。起きろよ、アポローネス! 起きやがれェ!」

 

 ザンクはアポローネスの胸ぐらを掴むと顔を殴った。何度も、何度も、何度も。だが彼が目覚めることはない。どれだけ殴ろうともうアポローネスが痛みを感じることはないのだ。目を開くことはないのだ。その口から憎まれ口を言われることもない。ザンクは苛立ちを押さえきれずアポローネスを地面に叩きつけると獣のように吠えた。

 

「あは、あはは。ははははは!」

 

 北崎は笑う。狂ったように笑う。そうしないと本当に頭がおかしくなりそうだ。痛い。痛い。胸が痛い。息をするのも苦しい。完全にオルフェノクになってしまえばこの胸の中から沸き出る苦しき痛みから解放されるのだろうか。

 

 ダメだ。北崎は首を振る。エミリを頼む、とアポローネスに頼まれた。彼の願いは人でなければ叶えることは出来ない。だからその誘惑に身を委ねてはいけない。人でなければならない。怪物になろうとした北崎をエミリという存在がかろうじて人間として繋ぎ止めていた。

 

「・・・・・・アポローネスくん、僕はキミとの約束を絶対に守るから。だから安心して、ゆっくり休んでよ」

 

 ザワザ平野に雨が降った。その雨が止むのが何時になるのか、誰にも分からない。




アポローネスを倒したファングたちが何を感じていたかは次回で明らかになります


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キミのためなら世界とだって

今回は日常?回です。なんとたっくんが脱ぎます

関係ないですけど高岩さんのゴースト出演おめでとうございます


「やりましたね、ファングくん。これがキミのフューリーです」

 

 アポローネスを倒したファングの肩をシャルマンが叩く。彼は浮かない表情でああ、と相槌を打っただけだ。ファングは倒れているアポローネスを見下ろす。彼は今まで戦ってきた誰よりも強く、誰よりも誇り高く、そして誰よりも愚かな人間だった。その男を殺したのは紛れもなく自分だ。この手に持った剣で殺した。誰かを初めて殺した。ファングの胸の中でナニかが渦巻くのを感じる。

 

「ファング。てめえ、まさか後悔してんじゃねえよなァ?」

「ザンク・・・・・・」

 

 ザンクがファングを睨む。ギラリとした蛇のような目が彼の心を見透かす。呆れたようにザンクがため息を吐く。

 

「何考えるのも勝手だ。けど生き残って良かった、って割り切ることを俺はススメるぜ。殺した人間のことを考える奴は早死にする。間違いなくな」

「お前に言われなくても分かってるよ、んなもん。分かってっけど・・・・・・」

 

 こればかりはそう簡単に割り切れるものではない。

 

「後悔するくらいなら最初から殺したりするんじゃないよ。アポローネスくんを侮辱する気かい?」

「ガキんちょ・・・・・・」

「ガキじゃない、北崎だ。とにかくキミはあのアポローネスくんを倒したことを後悔するんじゃなくて誇りに思ってほしいんだよ。その方がアポローネスくんも喜ぶからさ」

 

  確かにアポローネスなら自分を殺した相手が後悔していると知ったら激怒しそうだ。北崎の言う通り誇りに思うことにしようか、ファングはうっすらと笑みを浮かべる。それでも胸の中のしこりはとれないのだけど。

 

「行きましょう、ファング。何時までもここに残っていたらドルファの追っ手が来るわ。・・・・・・頑張ったね、ファング」

「ああ、そうだな。・・・・・・ありがとな、アリン」

 

  満面の笑みで称賛するアリンにファングは素直に嬉しくなった。彼女がパートナーで良かった、と彼は思う。

 

「ザンク、また会える?」

「ああ。だが次会うときは敵同士だ、エフォール。手加減はしねえからな」

 

 せっかく再会出来たのにもう別れることになりエフォールはほんの少しだけ寂しそうな顔になる。ザンクが彼女の頭を撫でた。

 

「ザンクはん、ワイもドルファを抜けさせてもらいます。・・・・・・今までほんま助かりました。この恩はいつか必ず返しますわ」

「ならエフォールのこと頼む。それで構わねえよ」

「任しとき!」

 

  ガルドは自分の胸をドンと叩く。

 

「・・・・・・さて、じゃあ帰るか」

 

  巧はバジンに跨がる。何時にも増して長い1日だった。身体にズシンとした疲れを感じる。腹も空いた。早く宿に帰って休みたかった。

 

「あ、巧! お前、一人だけバイクを使うんじゃない! 俺様も乗せろ!」

「ダメよ、あたしが乗るんだから!」

「そこは間をとってワイやろ!」

「およしなさい。みっともない」

 

  ファングたちは誰が巧の後ろに乗るか言い争いを始める。巧は鬱陶しそうな顔をするがその口元は少しつり上がっていた。ファングたちも笑っている。何時もの雰囲気が戻った気がした。

 

「・・・・・・行ったみたいだね」

「ああ。起きろォ、アポローネス!」

 

  ザンクがアポローネスの顔を殴った。

 

 ◇

 

 数日後

 

「ええなあ。ダンナたち。温泉羨ましいわ」

「仕方ねえだろ。じゃんけんで決まったんだから」

「羨ましいわー!」

 

 食堂で頬杖をついたガルドが不満そうに呟く。彼がこうなった理由はミツボからもらった温泉のサービス券が4つしかなくて自分が行けなかったからだ。さっきからずっと皆にこうして愚痴っていた。

 

「そりゃじゃんけんするのは分かるんやけどなんでシャルマンまで参加してんねん。あほとちゃう」

「私も、そう思う」

「確かにな。俺たちアイツのことまったく知らねえからいきなり仲間になるとか言われても訳わかんねえよ」

 

  ガルドが不満なのは他にもある。それはシャルマンがファングのパーティーに加入したことだ。ドルファと交戦したことによってお尋ね物として自分たちとシャルマンはドルファ共通の敵になった。すると何を思ったかシャルマンが仲間にしてほしいと彼らに提案した。ティアラとアリンが喜んで賛成して瞬時に加入が決まったが純粋に彼が嫌いなファングと少し前まで敵対していた巧たちは全然納得していない。家主的存在のティアラが賛成していなければ問答無用で追い出していただろう。

 

「まあまあ、楽が出来ると思おうよ」

「ハーラーはんはええやろうけどワイはアイツに斬られてるんやで。そんなん絶対仲良くなんて出来ひんやん」

「私も。血の匂いがするからあの人嫌い」

「あー、なんかちょっとわけありだよねえ」

 

 この件に関しては中立のハーラーもシャルマンは何処かおかしいと思っていた。何がおかしいかと言えばはっきりしないが彼のように完璧を装う人間は大抵裏の顔がある。

 

「なんつーか、アイツ余裕がなさそうなんだよな」

「私もそう思いました。ザンクさんは確かに悪いことをしてますけど助けに入った私たちまであの人は殺そうとしてましたよね?」

「ああ。ガルドやエフォールはともかく俺は裏稼業とかしたことねえしな。悪人ではないだろ、俺は。・・・・・・泥棒はしたけど」

 

 シャルマンは悪に対して容赦がなさすぎる。悪なら即断罪するその思考は非常に危ういものがある。本人が勘違いしている場合など特に危険だ。今回のように悪人と勘違いしてうっかり人を斬りました、なんて洒落にならない。巧がウルフオルフェノクであることがシャルマンに知られれば彼は自分にも剣を向けるかもしれない。ああ、また面倒なことになりそうだ。これからのことを考えると巧は自然とため息を吐いた。

 

「まあまあ暗くなっても仕方ないし、どっか遊びに行って気分でも入れ替えようよ」

「ええな、それ! 皆で行こか」

「悪くないかもな」

 

 とはいえ何時までもそんなことを気にしていてはキリがない。ハーラーが両手を叩くとこの話題は終わりになった。

 

「遊ぶって、なに?」

「遊びを知らないのか?」

「エフォールは今まで戦いに身を置く人生でしたから。他のことにはいっさい興味を示さなくて。普通の女の子がすることをしてもそれを楽しいと思えなかったんです」

 

 エフォールは娯楽というものを知らない。ずっと誰かを殺すことしかしてこなかった彼女は何をしたら楽しいのか分からなかった。最近になって改善されたとはいえまだまだエフォールは世間知らずだ。

 

「じゃあエフォールはんに遊びとはなんたるか教えてやるで」

「なんたるかつっても何処に行くんだよ?」

「ワイに任せときぃ! 」

 

 ◇

 

「遊びと言ったら遊園地や、遊園地!」

「遊園地、初めて来た」

 

 ドルファの作ったテーマパークに巧たちは来た。

 

「へー、なかなか楽しそうだねえ」

「まあ、悪くはねえな」

「・・・・・・可愛い」

 

 ガルドの選択は年相応の無難なものだった。エフォールはうっすらと笑顔を浮かべている。巧やハーラーは流石に遊園地で胸が踊るような年齢ではもうないが絶叫系の乗り物は彼らでも楽しめそうだ。個性豊かなマスコットたちが彼らに手を振った。初めて見るマスコットたちにエフォールは目を輝かせる。

 

「どうだ、お前らは楽しめそうか」

「はい。私も初めてです!」

「良かったな」

 

 かくいう巧もこういう場所には来るのは初めてだ。多分。記憶がないから分からないが。

 

 巧は記憶をなくす前に一度遊園地に行ったことがあるがその時はオルフェノクと交戦しただけで終わっていて遊んではいない。

 

「なあなあ巧はん巧はん。これ頭につけてみい」

「なんだよ、それ。・・・・・・いらねえよこんなもん!?」

「えー、せっかく巧はんの犬耳姿が見れると思ったんやけどなあ」

「・・・・・・耳?」

 

  ガルドは満面の笑みで巧に何かを渡した。それはこの遊園地のマスコットであるファンシーな狼の耳つきカチューシャだ。これを彼は巧の頭につけろと言いたいらしい。この無愛想な巧にだ。自分で鏡を見た瞬間に爆笑するか、吐き気を催すかの二択しかない。

 

「これ犬じゃなくて狼だろ。つか、ガキじゃあるまいし。こんなんつけるかよ」

「そう言わずに頼むでー」

「いやだね」

「いけずやなー」

 

  巧はニヤニヤ笑うガルドから視線を反らした。だいたい子どもならまだしも青年の自分がこんなものをつけても似合うはずがない。男のケモ耳姿なんて誰も喜んだりはしないだろう。

 

「巧さん、巧さん」

「なん『えい!』だ、果林? あ、お前!」

 

  呼ばれて振り向いた巧の頭に果林が無理やりカチューシャをつけた。

 

「わあ・・・・・・素敵です」

「ほんまや。よお似合ってるわ」

 

 果林がうっとりした目で巧を見つめる。普段と違う彼女の様子に巧は汗を流した。

 

「いや、似合わね『素敵です』えよ。冗だ『素敵です』んだろ。わかった。百歩譲ってつけてやるけど俺には似合わ『素敵なんですよぉ・・・・・・』ああ、もう泣くなよ!」

「巧、果林泣かした」

「はあ、俺のせいか?」

 

 エフォールの非難めいた目に巧はため息を吐いた。こうして彼は今日一日ケモ耳をつけて生活することが決まった。

 

「たく、こんなんの何が良いんだよ」

「ケモ耳は正義です。間違うことはありません。常に正しいんです」

「そ、そうか」

 

 果林はケモ耳がとても好きなようだ。巧は苦笑する。

 

「・・・・・・それに私とお揃いですから」

「ん? なんか言ったか」

「なんでもないです! そうだ、あれ乗りましょうよ」

 

 果林が指差したのはジェットコースター。遊園地の定番だ。幸い今日は平日で並ばずに乗れるだろう。意気揚々と巧たちはジェットコースターの前に来る。設置された看板をガルドは読み上げた。

 

『全て振り切るぜ! ジェットスライガー・タイプフォーミュラ!!』

 

「なんや色々混ざった名前やなあ。ほんまに面白いんか?」

「そこは安心と信頼のドルファ社製だがら大丈夫だよ。これ、世界一早いと噂のクロックアップ・アクセルフォームの次に早いジェットコースターらしいよ」

「そっちもごちゃ混ぜな名前だな」

「あ、これ乗るのに同意書が必要みたいですよ」

 

 乗るのに同意書の必要なジェットコースターがこの世にあっていいのだろうか? シートベルトを着けた巧は疑問に思った。

 

「あああああああああああああああああああああああ! 死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ! うわああああああああ! ワガタマシイハゼクトトトモニアリィィィ!」

 

 想像以上のスピードで急降下するジェットコースターに先頭に乗っていたガルドが絶叫する。もし今この場にいないファングがその顔を見たら爆笑するレベルで彼の顔は歪んでいた。

 

「うるせえぞ。ガルド! 静かに乗れよ、うおっ!」

 

 巧が耳を塞ぐ。高速戦闘を得意としたウルフオルフェノクである彼はこのスピード自体は平気だが独特の浮遊感に驚かされる。

 

「きゃー♪ 巧さん、怖いです♪」

「いや余裕あんだろ、果林!」

 

 どさくさで手を握る果林に巧は突っ込む。彼女はフューリーフォームの性質上浮遊感も平気なようだ。笑顔まで浮かべている。

 

「ジェットコースター、初めて」

「エフォールちゃんはまっ、たく動じない、ね。う、これ酔いそう」

 

 無表情のエフォールはジェットコースターに乗っても無表情だ。隣の席に乗っていたハーラーが驚く。

 

「あー、こんなに叫んだの久しぶりや」

「いくらなんでも叫びすぎなんだよ、バカ」

「いっぱい叫ぶのは元気な証拠よ。流石はガルドちゃんね」

「おい、ハーラー大丈夫か? しっかりしろ」

「バハスおんぶしてよ。ちょっと酔っちゃったみたいだからさ」

 

 ジェットコースターを乗り降りた巧たちはベンチに座っていたバハスとマリサと合流する。

 

「楽しかったですか、エフォール?」

「うん、楽しかった。果林は?」

「はい、私も楽しかったですよー!」

 

 巧と手を繋げた果林は嬉しそうだ。これだけで今日一日を楽しかったと思えるほどに。

 

「で、次はお化け屋敷か」

 

 廃病院を改装して作った建物を見つめて巧が言った。

 

「大丈夫か、果林。顔色悪いぞ」

「巧さん、私怖いです。今度は本当に怖いです。だ、だから離れないでください」

「あ、ああ。いくらでも傍にいろ」

 

 果林が青白い顔で巧に抱きつく。

 

「た、巧はん。あかん、ワイほんまにちびるかも」

「あ、ああ。そん時は汚ねえから離れろよ」

 

 ガルドが青白い顔で巧にしがみつく。

 

「暗いとこ、好き」

「お前は平気なんだな、エフォール」

「仕事柄?」

 

 流石は元暗殺者なだけはある。怨まれてなんぼの商売をやっている人間が幽霊を恐れていたらやっていられないのだろう。その割りに果林は本気で恐がっているのだが。

 

『まりちゃんがたすけてくれる。まりちゃんがぼくの手を握ってくれる』

 

 巧たちが廃病院の廊下を歩いていると曲がり角から両足のない幽霊(に見える人形)が飛び出した。両腕を一心不乱につきだして巧たちに襲いかかる。

 

「ウワアアア! てけてけやあああ!」

「きゃああああ!」

 

 ガルドと果林が巧に抱きつく。

 

「うわ、性格悪そうな顔の幽霊だな」

「ザリガニとか好きそうな顔の幽霊」

「どんな顔だよ」

 

 すっとんきょうなことを言うエフォールに巧が突っ込む。

 

「おら、さっさと成仏しろ」

『おまえしにたいんだってなああああ!』

「そんなこと巧は言ってない」

 

 巧はてけてけの首を掴むと優しく放り投げた。

 

「おし、行くぞお前ら」

「こういう時の巧はんは頼りになるなあ」

「巧さん、カッコいいです」

『お前らボタンをよこせえええ!』

「うおっ!」

 

 てけてけを潜り抜けた巧たちが更に渡り廊下を進むとスーツ姿の男が飛び出してきた。凄まじい形相だ。

 

「「・・・・・・」」

 

 いや、これ幽霊じゃないだろ。巧とエフォールがそんな目で男を見た。

 

「これは妖怪ボタン毟りや。お母さんの言うことを聞かない悪い子どものボタンを毟る正義の妖怪なんや」

「ボタンを毟っても何も変わらないのではないのでしょうか」

「そもそも俺たち誰も服にボタンついてねえから毟るも何もないだろ」

 

 なんとも微妙な設定の妖怪がいるものだ。

 

「あー、ほんま怖かったわ」

「大丈夫、ガルドちゃん? よしよし」

「果林ちゃん、何回乾くんに抱きつけた?」

「たくさんです!」

 

 お化け屋敷を抜け出した巧たちは昼食を食べていた。ガルドと果林は先ほどまでの怯えた様子が嘘のように笑顔を浮かべている。

 

「何が一番怖かった?」

「妹になれって言ってた全身鎖で縛られていたお化け。巧は?」

「人そっくりのマネキンの首を豪快に引っこ抜いた緑色の怪物。あの赤色の目と視線が合った時は流石にびびった」

 

 ガルドたちと違って余裕のあった巧とエフォールはお化け屋敷の感想を話し合っていた。

 

「なあ、次はどこに行くんだ? 一通りもう遊んだよな。まだここで遊ぶのか」

「次は向日葵荘に戻ってカラオケや」

 

 どんだけ自分の喉を潰したいんだ、この男は。

 

 ◇

 

 

 誰かの葬儀に参加したのは生まれて初めてだ。今までオルフェノクとして生きてきた北崎は慣れない喪服に身を包んでアポローネスを見送った。あの日以来彼は胸の中でずんとした重みをずっと感じていた。その感覚の正体がずっと分からない。だからその感覚の正体を北崎は知りたかった。だがそれも諸々のことが終わったあとだともう何も感じなくなってしまう。結局答えは出ないままになってしまった。

 

 もしも誰かが北崎からそのことを聞いたならそれが誰かを失うということだと教えていただろう。二度と会えなくなる寂しさは鉛のように重く、だが時が過ぎてしまえばすぐに忘れてしまうものだ。北崎はその感覚をまだ知らない。

 

「北崎、心配するな。あの娘のことなら任せなさい。一生の生活を保証するさ」

「子どものキミはただあの娘を元気付けることだけ考えておきなさい。細かいことは大人の私たちに任せるんだ」

「うん、ありがとう。社長、パイガくん」

 

 アポローネスがドルファに尽くして来たことは無駄ではなかった。少なくともその忠義が結果的に妹のエミリを守ることに繋がっていた。家族は捨てた、と彼は言っていたがやはりアポローネスはずっと家族を守ってきたのだ。

 

「ザンクのヤツは最後まで来なかったな。まったくあいつは仮にも仲間が死んだというのに」

「ううん、仲間だからだよ」

 

 呆れるパイガに首を振って北崎は空を見上げた。

 

「あなた、最後まで来なかったわね」

「・・・・・・ああ。かったりいからな」

「なのに喪服は着てるのね」

「かったりいのに着てやったんだよ」

 

 マリアノはドルファ・ホールディングスの屋上で退屈そうに空を見上げるザンクのところに来た。彼は喪服に身を包んでいた。着崩したザンクの喪服姿にホストみたいだ、とパートナーのデラが爆笑している。彼は鬱陶しそうにデラを蹴った。

 

「行かなくて良かったの?」

「目の前で見殺しにした俺がヤロウの妹の前に顔出せるかよ」

「それなら北崎くんも同じじゃない」

「あいつはアポローネスに家族を任された。俺が任されたのは不本意だが敵討ちだァ。ファングを殺すまで俺様はアポローネスの前には絶対に行かねえよ」

 

 意地っ張りな男、とマリアノはクスリと笑った。

 

「・・・・・・敵討ちを頼まれるのはこれで二回目だ」

「あなたみたいな極悪非道な人間に二人も敵討ちを、ね。一度目は誰なの?」

 

 マリアノは首を傾げる。

 

「完全自立型妖聖・エルモ『だった』ものからだ」

 

 だった? マリアノはまた首を傾げた。

 

 

「エミリちゃん、お疲れさま」

「あ、北崎くん。ありがとう。今、お茶を入れるから座っていて」

 

 北崎はエミリの家にあがる。座布団に足を崩して座ると彼は回りを見渡した。掛け軸や習字で武士道と書かれた和紙が壁に掛けられている。随分と古風な家だ。もともと日本で暮らしていた北崎は和風作りの家に不思議な懐かしさを覚えた。それは彼がアポローネスに感じていたものと同じだ。この家がアポローネスそのものみたいだ、と北崎は笑う。

 

「はい、お茶だよ」

「ありがとう」

 

 差し出されたお茶に北崎は口をつける。熱い。ここにはいないがとある猫舌の男なら今頃舌を火傷しているだろう。

 

「・・・・・・無理してうちに来なくて良いんだよ、北崎くん」

「別に無理なんてしてないよ。キミが嫌なら最初から来てないし」

「来てくれるのは嬉しいよ、とっても! でも兄のことで気をつかっているなら無理をしているでしょう?」

 

 北崎は自分が好きなことしかやらない人間だ。だから無理なんてしていない。確かにアポローネスと約束はしたがそれだってやりたいことでないならやっていない。多分。もしかしたらアポローネスの頼みなら聞くかもしれないが。

 

「僕からしたら無理をしてるのはエミリちゃんの方だよ」

「え? わ、私は無理なんてしてないよ」

「・・・・・・ずっと泣いてないんでしょ」

 

 エミリは兄が亡くなったと最初に聞いた時は失神した。だがフェンサーによって彼が殺されたという現実を受け止めた時から思い詰めた表情こそしているが泣くことはなかった。あのアポローネスが泣き虫だと言っていたエミリが泣かない。それには理由がある。

 

「私は兄を殺した人を許せません。その人にこの手で復讐するまで私は泣かないと決めたんです」

「復讐、か。頑張ってね」

 

 復讐なんてしてはいけない、と言うことは出来なかった。北崎自身がそれを言えるほど白い人間ではなかったし、それならザンクも止めなくてはいけない。それに自分自身の否定にもなる。もちろんエミリにそんなことをしてほしくはないのだけど。

 

「じゃあさ、僕の代わりに泣いてくれる?」

「・・・・・・え?」

「僕は辛くても泣くことが出来ないんだ。僕が泣いてしまったらアポローネスくんとした約束を守ることが出来なくなるから」

「約束ってなんの約束なの?」

「キミを悪い奴らから守る、キミが泣いていたら泣きやむまで傍にいる。・・・・・・そうアポローネスくんと約束したんだ」

 

 エミリが目を見開いた。

 

「兄が、そう言ったんですか?」

「僕は嘘を吐かないよ」

「兄が私のことを、覚えてくれていた。私、ずっと、見捨て、られてたと思って、ました」

 

 段々とエミリの声がたどたどしいものになる。その目に少しずつ涙の粒が溜まっていく。

 

「・・・・・・僕の胸でいいならいくらでも貸すよ」

「兄さん・・・・・・兄さん・・・・・・!」

「女の子をなかせるなんてだっさいなあ、僕は」

 

 エミリは北崎に抱きついて泣いた。

 

(僕はやりたいことしかやらない。アポローネスくん、僕はキミとの約束を守る。僕は最強だ。何があろうとエミリちゃんを守る。そのためなら・・・・・・)

 

 ◇

 

「あー、喉からっからや。いっぱい歌ったなー」

「お前ら結構歌上手いんだな」

 

 カラオケを三時間ほど楽しんだ巧たちはパイガの作った夕飯を食べていた。

 

「私は大人なレディだからね、歌なんてお茶の子さいさいさ」

「ハーラー、口に米粒が付いているぞ。ほら、とってやるからこっち向け」

「ん」

 

 どこが大人のレディなんだ。巧とガルドは苦笑を浮かべる。しかしハーラーの歌は見事なものだったので何時ものように突っ込んだりはしなかった。ちなみに彼女の口を拭いているバハスも意外と歌が上手かったりする。日曜朝の子ども向け番組の主題歌を歌えそうだ、と巧は思った。

 

「私はエフォールに女の子らしくなってもらうためにアイドルの歌をよく聴いてただけですよ」

「私、果林の聴いてた歌を歌っただけ」

 

 そういう果林とエフォールだが二人とも初めてのカラオケなのにとても上手に歌っていた。それこそ本物のアイドルみたいだ。

 

「巧さんもお歌上手でしたよ」

「そうか?」

「選曲がちょっと古い以外完璧やったで」

「うるせえ。知ってる曲がそういうのしかなかったんだよ」

 

 ギターや歌が上手いとは巧はもしかしたらバンドでもやっていたのか、ガルドはそう思ったが彼がそういうことをする姿が想像出来なかった。

 

「さて、メシも食ったし風呂にでも入るか」

「せやな。巧はんたまには一緒に入ろうや。裸の付き合いってヤツや」

「構わねえけど。俺、まだお前のこと信用してないからな。後ろに立ったら殴るぞ」

 

 冷たい目で巧はガルドを見た。好感度チェッカーの時のアレを言いたいらしい。

 

「あれは誤解って判明したやん!? ワイはノーマルや! それを言うなら巧はんだって同じやろ」

「同じにすんな!」

「まったく。お前ら言い争ってないでさっさと入るぞ。あ、エフォール。冷蔵庫に作ったアイスが入っているから風呂上がりに食っていいぞ」

 

 バハスは言い争う二人の首根っこを掴んで浴場まで連れていった。

 

「私たちもお風呂行こっか。特に果林ちゃんとマリサちゃんとは裸の付き合いがしたかったからねえ、ぐふふふ」

「ハーラーちゃん、セクハラはめっ!よ」

 

 可愛い女の子の裸姿を想像してハーラーは涎を流した。

 

「・・・・・・私、一番小さいから一緒に入りたくないなあ」

「行こっ、果林」

「あ、はい。今行きます」

 

 女性陣も浴場に向かった。

 

「あー、良い湯やなあ」

「ああ、まったくだ」

「おい、お前らキチンとかけ湯は三回やってから入れ」

 

 巧たちは風呂に入ると一息吐く。ここ数日の疲れがお湯に溶けていくようだ。

 

「それにしても巧はんはほっそいなあ。モデル体型やん」

「せっかくオレが毎日美味いメシを作ってやってんだからもっと太れ」

「なかなか太らねえんだよ。つかおっさんとガルドが鍛えまくってるからそう見えるだけだろ」

 

 巧はガルドとバハスを見る。二人とも凄い筋肉だ。もともと盗賊だったガルドはかなり鍛えられている。割れた腹筋がその証拠だ。浴槽でその巨体を広げるバハスはもはや筋肉を鎧にしている。そこいらのフェンサーよりよっぽど強いだろう。それに比べると巧は筋肉こそ少しついているが細身だ。どうしても見劣りする。

 

「いくら鍛えても巧はんみたいに見せる相手がいないと意味ないねん」

「そうそう。オレなんておっさんだから誰にも見せる相手がいないんだよな」

「俺が誰に見せるんだよ」

 

 言わなくても分かることだった。

 

「良い加減にしろよ。俺と果林はそんなんじゃねえ」

「えー、お似合いやん」

「俺の正体知っててよく言えるな」

 

 オルフェノクである巧は人間ではない。それは後ろめたいことだ。確かに果林も人外だが妖聖は種族自体が違う。それに果林のような妖聖はこの世界に明確に受け入れられているがオルフェノクは違う。巧が初めてオルフェノクになったその日、北崎がオルフェノクになった時の周囲の反応がそれを証明している。やはり人が怪物の姿になるのは恐るべきことのようだ。

 

「正体? あの鎧のことか」

 

 バハスは何のことか分からず首を傾げる。

 

「確かにたまげたで? でも姿はともかく巧はんは巧はんのまま変わってなかったやん」

「俺が俺であろうとしても俺として見ない奴らがいる。それも数え切れないくらいにな。なら俺は果林を巻き込む訳にはいかねえよ」

「・・・・・・こればっかりは難しいな」

 

 オルフェノクという存在は例外を除けば基本的に世界にとって害悪。オルフェノクである巧ですらそう思っているのだ。

 

「・・・・・・巧、お前邪神の血族なのか?」

 

 二人の口ぶりからバハスはまさか、と思った。邪神の血族、眉唾物の存在だがバーナードのような末裔は本当にいる。もし、巧がバーナードのように邪神の末裔ならそれこそ世界中から忌み嫌われるだろう。

 

「ちげえよ!」

「なんだ、おどかすなよ」

「た、巧はんは無愛想やから敵を作りやすいんや。だからや!」

 

 バハスの確信に近い質問に巧たちはヒヤリとした。

 

「しっかし、お前も果林が好きだな」

「はあ!? なんでだよ!?」

「そうやって自分のことを気にして突っぱねるのは特別に思ってる証拠やで」

 

 巧はガルドたちとギャーギャー言い争いを始める。

 

「ぜーんぶ聞こえちゃってるんだよねえ」

「・・・・・・!!!!」

「果林、顔真っ赤。熱?」

「これは熱じゃないのよ、エフォールちゃん。恋の病よ」

 

 男三人の会話は全て女性陣に筒抜けだった。色々と照れる話しに果林は顔を紅く染める。

 

「私もハーラーさんやマリサさんみたいだったらなあ」

「気にしなくても良いのに。それはそれで良いんだよ、ぐふふふ」

「ちょ、触らないでください! ハーラーさん!」

 

 ◇

 

 

「で、あんたはファングのことどう思ってんのよ?」

「ど、どうって忠実な下僕ですわ!」

 

 ティアラが温泉を満喫しているとアリンがそんなことを言った。今まで敢えて意識しないように思っていたことを第三者から指摘され、彼女の心は大きく乱される。

 

「嘘よ。絶対好きでしょ?」

「す、好きじゃありません!」

「ふーん、そうなんだ。じゃあファングはパートナーのあたしのものね」

 

 ニヤりとアリンが笑う。ティアラは顔を驚愕に染める。

 

「ど、どうしてそうなるんですか!?」

「・・・・・・あたしはファングのこと嫌いじゃないわ。バカで食いしん坊でアホだけど誰かを守る時に一生懸命になる姿はパートナーだから、ううん、パートナーじゃなくてもカッコいいと思うもの」

「それは、私もそう思わなくもありませんけど」

 

 アリンはティアラの頬をつねる。

 

「あんたはそう思うに決まってんでしょ!? どんだけあんた守るためにファングが一生懸命戦ってんのよ!」

「・・・・・・それは」

 

 アリンはファングがティアラを守ることを羨ましく思っているのかもしれない彼女は胸がチクリと痛くなる。ザンクの時もバーナードの時もファングが傷つく姿を見るたびに自分を守るためにそうなったのだという事実がティアラの心に重くのしかかった。

 

「・・・・・・私は誰かを好きになってはいけないんです」

「え?」

「何故なら私は・・・・・・」

 

 ティアラが口を開こうとしたその時

 

 

 

 温泉を隔てる壁が壊れた。

 

 ◇

 

 ティアラたちと時を同じくファングたちは温泉に入っていた。

 

「お前何を隠してる?」

「何を、とは?」

 

 ファングはずっと問い詰めたかったことをシャルマンに言った。今まではティアラやアリン、巧たちがいたから聞けなかったがずっと気になっていたことがある。

 

「気に食わねえんだよ、てめえの目が」

「言いがかりはやめてください、僕は少なくともキミよりは良い目をしている自身があります」

 

 ファングは巧たち以上にシャルマンを警戒している。まだ数回しか会っていない人間にこう感じるのは変かもしれないが彼の目には余裕がない。何にたいして焦っているのかは分からないが悪の根絶という願いと関係しているのだろうか。

 

「お前は自分の大事な仲間が化け物になったらどうすんだ?」

 

 これはティアラが以前ファングに投げ掛けた質問だ。人間だったグナーダをシャルマンは知らぬうちに斬っている。その事実に対する答えを間接的に聞く。

 

「もちろん斬りますよ。例え愛する人だろうと躊躇っていては他の人が犠牲になりますからね」

「・・・・・・すげえよ、お前。でもやっぱり俺、お前が苦手だ」

「こればっかりはそう簡単には割りきれませんよね」

 

 シャルマンの言っていることは確かに正しい。だがファングとしては助ける選択肢というものを選んでほしかった。もしもティアラたちがそういう状況になったら自分とシャルマンは間違いなく敵対することになるのだから。

 

「あのなあ割りきるとかじゃ『きゃああああ』っ!」

 

 ティアラとアリンの悲鳴にファングたちは顔つきを変える。

 

「おい、聞こえたか。今の悲鳴?」

「ええ、行きましょう!」

「おい、あっちは女湯だぞ。それに服はどうするんだ!?」

 

 こんな時にそんなことを気にしている場合か、とシャルマンは突っ込む。しかし、アリンがいないならファングはブレイズとキョーコを取りに行かなくては戦えない。それはシャルマンも同じだ。二人は急いで着替えた。

 

「ティアラ、アリン!!」

「あれはデススパイダー・・・・・・!」

『不味い! 奴らは獲物を巣に連れていく習性がある。そうしたら助けることは不可能だ。このままでは喰われるぞ!』

 

 ファングたちが荒れ果てた女湯から抜け出すと二人はいた。まずい。彼女たちは蜘蛛のようなモンスターに捕まっていた。今の二人は生身だ。捕まれば群れをなしたデススパイダーの餌食になる。

 

「ファング!」

「ファングさん!」

「待ってろ! 今、助ける!」

 

 ティアラとアリンはファングの表情に面持ちを明るくするが自分たちの姿に気づくと顔を真っ赤にした。

 

「きゃあ! 見んな! スケベ、変態、エッチ!」

「ひゃあああ! こ、来ないでくださいまし! こんな姿見られたらお嫁にいけなくなってしまいます・・・・・・」

『だいじょぶ! ファングがもらってくれるよ!』

「ふ、ふえええ!?」

 

 勝手に赤面しだすティアラにファングはぐるぐる巻きだから何も見えねえだろ!と叫んだ。

 

「くそ、アリン。こい! フェアライズだ!」

「出来ないよ! 動けない!」

「いけない、このままでは食べられてしまう。リュシン、『フェアライズ!』」

 

 シャルマンはフェアライズするとデススパイダーを切り裂いた。二人はデススパイダーから解放され、宙に放り出される。アリンはシャルマンがキャッチしたがティアラは間に合わなかった。

 

「きゃあああ!」

「不味い! 崖から放り出されるぞ!」

『待て! ファング! お前まで落ちる気か!?』

「知るか!」

 

 崖から落ちたティアラを追ってファングも飛び降りる。

 

「ふぁ、ファングさん」

 

 ファングは空中でティアラを抱き抱えると自分の背を地面に向ける。ジャボン、と大きな音が鳴った。

 

「ふう。下が川で助かったぜ。おい、しっかりしろ。ティアラ」

「・・・・・・」

「気を失っちまったか」

 

 川に落ちたショックでティアラは気を失っていた。外傷はなさそうだ。水に濡れてボディーラインを強調している彼女をまじまじと見る訳にはいかず彼は目を反らした。これではまるで自分が彼女を異性として意識しているようではないか。ファングは首を振った。

 

『キシャアア』

 

 デススパイダーの群れがぞろぞろとファングたちを囲む。

 

「しつけえな、てめえら。アリンがいなくたって俺は負けねえよ」

『そうだそうだ!』

『貴様らに我ら三人を敵に回したことを後悔させてやろう』

 

 ファングはブレイズとキョーコの剣を抜いた。

 

(ファングさん・・・・・・。またあなたは私のせいで傷ついてしまうんですね)

 

 ◇

 

「大丈夫か、ティアラ?」

 

 デススパイダーの群れを倒したファングはティアラの元に戻った。彼女は意識を取り戻したようで微かに頷く。

 

「ええ、ファングさんが助けてくれたから。ありがとうございます」

「やけに素直だな、頭でも打ったか?」

 

 普段とは違う素直な様子にファングは首を傾げる。

 

「初めてですわ、あなたが。私を助けるために血を流してくれた人なんて」

「仲間だからな。気にすんな。言ったろ、俺の剣は誰かを守るためにあるんだって」

「私なんか守る必要なんてないんです。あなたが義務や使命感でやっているならやめてください。ファングさんが傷つくところは見たくないんです」

 

 思い詰めた表情のティアラにファングは首を傾げる。そしてふ、と笑うと彼女の頭を撫でた。

 

「しおらしくなるなよ。俺がお前を守るのは義務や使命感じゃねえ。俺は俺のやりたいことしかやらねえんだ。俺が傷つくことよりもお前が傷つく方が後悔する。だから俺はお前を守るんだ」

「ファングさん・・・・・・」

「足、挫いたんだろ? おぶってやるから背中に捕まれ」

 

 ティアラは胸の中が温かくなるのを感じた。彼女はファングに担がれると目をゆっくりと閉じる。

 

 ─────消えろ、化け物

 

 ティアラの脳裏に過去の映像がフラッシュバックした。火事になった彼女の家。目の前で死んだ級友の姿。化け物とティアラを指差した隣人の顔。彼女の胸の中が一瞬で冷たくなる。

 

「ねえ、ファングさん」

「なんだ?」

「私のことを絶対に好きにならないでください」

 

 ファングの耳元でポツリとティアラが呟く。弱々しい彼女の声に彼は目を見開いた。

 

「ふざけてんのか?」

「ふざけてなんかありません。大真面目です」

「流石に怒るぞ」

 

 それでもティアラは続ける。

 

「私もあなたのことを好きになりませんから」

「なあ、お前本当に頭でもうった、のか?」

 

 ファングはティアラに視線を向けると硬直する。彼女は泣いていた。ティアラの初めて見る悲痛な表情にファングは動くことが出来ない。

 

「私は世界中から嫌われる存在なんです」

「お前・・・・・・」

「私を好きになったらファングさんまで嫌われます。・・・・・・だから約束してください。私を好きにならないで」

 

 ファングはため息を吐いた。

 

「泣くなよ。俺まで辛くなんだろ」

「・・・・・・え? 私、泣いてるんですか」

 

 自分でも気づいてないのか。ファングは呆れた。

 

「俺の運命は俺が決める。お前を好きになるのも俺の自由だ。その結果世界を敵に回すなら俺はその運命と戦う。ま、俺が勝つけどな」

「それはファングさんが私を好きということですか・・・・・・?」

「ば、バカ。言葉のあやだよ!」

 

 顔を紅くするファングにティアラはクスリと笑った。

 

「ファングー! ティアラ!」

「お、アリンとシャルマンだ。行こうぜ」

「はい!」

 

 手を振っているアリンとシャルマンの元へファングたちは歩く。

 

(本当に世界中を敵に回しても私を守ってくれるのですか・・・・・・?)

 

 




Open Your Eyes For The next φs

「この世界のお宝、フューリーをいただく」
「やってくれたね・・・・・・! 冴子さん・・・・・・!」
「上の上と言っておきましょうか」
「出たああぁぁぁぁぁぁぁ! 緑の生き物だああぁぁぁ!?」
「俺は空っぽかもしれない。でも、だからこそ仲間を守るために戦える!」
────start-up

「海堂、キミは生き抜いてくれ。終わりが来るまで」
「真理、とても美人になったね」

────加速する本能 前後編

個別ルートに入る前に最後のオリジナル山場なんで次回予告を入れときます。でも自分でも予告からじゃまったく予想のつかない展開になりそうです。


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加速する本能 前編

たっくんがニコ生やって、草加さんが編集者になって、北崎さんが魔戒騎士になるなんて時代も変わりましたね。


「なあ、店長いるか?」

「なんのようだ、乾?」

 

 巧は古びたカビ臭い写真館に来店した。この写真館はゼルウィンズで最も古い店と噂になるだけあってとてもボロっちい。ある程度補強はされているから崩れる心配はないが客を呼ぶならもう少し小綺麗にするべきだと巧は思う。しかし、この写真館の店長はぼろぼろな雰囲気に相応しくない若くそれでいて美形の青年だった。彼は巧から手渡されたファイズショットに眉間を寄せる。

 

「また現像頼みたいんだよ、貯まっちまってさ」

「もっと早く来いと何時も言っているだろう。・・・・・・待っていろ」

 

 巧は適当に置かれた椅子に腰を下ろす。ギシギシと不穏な音が鳴るが崩れることはない。最初の内は恐る恐ると立ち上がったが今ではほとんど無心で座れるようになった。

 

「しっかしきったねえ店だな。いい加減建てかえろよ」

「余計なお世話だ。この店にはたくさんの子どもたちの思い出があるんだ、壊す訳にはいかん」

「また増えてんな」

 

 店長はフリーのカメラマンもやっている。彼が撮った写真はマニアからの評価も高いという噂だ。店内の壁を見ればところ狭しと店長の撮った写真が敷き詰められていた。一番新しい写真には戦災孤児と思われる少年の笑顔が写っていた。良い写真だ。子どもの笑顔を撮らせれば彼は世界一だった。巧がこの写真館も気に入っているのもこの写真が見れるからだ。ここには人々の笑顔がある。

 

「なあ、あんた紛争地に行ったんだろ」

「ああ。何か問題があるか?」

「いや。・・・・・・緑の生き物って知ってるか?」

 

 巧はファングが以前話していた緑の生き物についてふと気になった。たまたま少年の写真が戦場で撮ったものだからか思い出したのだ。店長は複雑な顔で腕を組む。少し思い当たる伏があるようだ。

 

「・・・・・・兵士の兵器だけを破壊して戦争を止める怪物がいると聞いたことがある。なんでも人間同士が争うことを快く思っていない女神がこの星に残した最後の切り札なのだと。一種の伝説だ」

「切り札? 随分壮大な話しだな」

「まあ、その正体は頭に剣が刺さった間抜けな着ぐるみという話しもあるがな」

 

 それはそれで見てみたい、巧はますます緑の生き物の正体が気になった。

 

「ほら、現像出来たぞ」

「サンキュー。あ、あと新しいフィルムを頼む。必要なんだよ」

「合計でこの値段だ」

 

 巧は料金を支払う。写真の入った封筒とフィルムを受け取った。

 

「毎度あり。写真は定期的に現像するんだぞ。時を刻むものだからな」

「ああ。その内また来るよ」

「定期的、と言ったんだがな」

 

 巧は写真館のボロい扉を開けた。

 

「緑の生き物か・・・・・・いったい何処にいるんだろうな」

 

 ◇

 

「お帰りなさい、巧さん」

「おかえり」

 

 向日葵荘に帰った巧を果林とエフォールが迎える。

 

「ああ、ただいま。ほらエフォール、約束のフィルムだ」

「ありがとう、巧」

 

 巧がわざわざ写真館に行ったのには理由があった。それはエフォールが首にぶら下げた古びたフィルムカメラにある。ミツボに頼まれて倉庫の掃除を手伝っていた彼女はたまたま見つけたそれをいらないからとミツボからもらった。しかし、ファングや巧の持っているカメラはデジカメでフィルムなんて持ち合わせていない。ちょうど旅の記録として撮り貯めていた写真を現像したかった巧は一緒にフィルムを買いにいくことにした。

 

「でもカメラなんて何処で使うんだ?」

「思い出、いっぱい撮りたい」

「エフォールは色々な趣味に手を伸ばしてるみたいなんですよ」

 

 今まで殺し以外にまともに何かをしたことがないエフォールは何をするのも新鮮だ。この前の遊びのように新しい楽しみを見つけられるなら協力はいくらでもする。

 

「良い心がけだね。ボクの知り合いの旅人もカメラを愛用しているよ。ま、撮る写真はつくづく酷い出来だけどね」

「えっへん」

 

 見慣れぬ男の称賛にエフォールは胸を張る。

 

「・・・・・・巧さん、誰ですかこの人」

「知るかよ。客だろ、ここ宿屋だぜ」

 

 今更ながら向日葵荘は宿屋だ。ファングたち以外にも利用客はいる。毎日暮らしていると感覚が麻痺するがこのように他の客もいるのだ。この男のように見ず知らずの他人に声を掛ける者は早々いないが。

 

「乾巧、何をこそこそ話しているんだい?」

「巧さんの知り合いっぽいですよ」

「え、こいつ俺の知り合いなのか?」

「だから何をこそこそ話しているんだ?」

 

 巧を知っている素振りを見せる男に二人は首を傾げる。

 

「なあ、あんた俺の知り合いか?」

「知り合いと言えば知り合いだし、他人と言えば他人だ。ボクはキミの存在は知っているけどこうして顔を合わせるのは初めてさ」

「はあ?」

 

 この男は一体なんなんだ。言動が意味不明で掴み所がなさすぎる。

 

「────ここにいたか、こそ泥」

「もう逃がしませんわ」

「ボクはこそ泥じゃない。怪盗と呼びたまえ」

「ファング、ティアラ?」

 

 ファングとティアラが二回から飛び降りた。二人ともその手に武器を持っている。男はニヤリと笑った。

 

「巧、エフォール。ソイツ取り押さえろ」

「その下着泥棒は私たちのフューリーを盗んだんです」

「だから怪盗と呼びたまえ。というか下着なんて盗んでない」

「なに!? こいつがフューリーを!?」

 

 視線を改めて向けると男の背中に背負った武器袋の中に確かにフューリーのような武器が入っていた。本当に盗んだのか。巧は彼の肩に掴み掛かる。場馴れしているはずの彼の手を軽々と男は避けた。巧の顔に張り手を入れると男は出口に向けて走り出す。

 

「動く、な」

「おっと。その物騒なものをしまってくれないかな?」

「お前、泥棒。殺!」

 

 エフォールの鎌が男の首を捉えた。少しでも不穏な動きをすれば彼の命はないだろう。

 

「泥棒じゃなくて怪盗だ。更に言うならボクは」

「っ!?」

 

 エフォールは男と距離をとった。見たこともない拳銃を向けられていたからだ。彼は彼女が悟るよりも早く銃口をエフォールに向けていた。撃たれていたらどうなっていただろう。ヒヤリとする。

 

「逃がすか」

「大人しくお縄につきなさい!」

 

 ファングが剣を、ティアラが薙刀を男に振り下ろす。

 

「────通りすがりの仮面ライダーさ。覚えておきたまえ」

『アタックライド インビジブル』

 

 二人の攻撃が空を切る。男が姿を消した。

 

「くそ、逃がしたか!」

 

 ファングは苛立ちを抑えきれず、壁を殴った。

 

「落ち着きなさいよ、あんたが焦ったって何の解決にもならないわ」

 

 アリンはファングの肩を叩いた。彼はふうと深呼吸すると頭を掻く。

 

「んなもん分かってるよ」

「お前ら何があったか教えろよ」

「実は・・・・・・」

 

 ファングとティアラが回想する。

 

『私の部屋には10本あります』

『俺の部屋には確か4本だ』

『へー、そんなにたくさんの妖聖が。ぐふふ、楽しみだなあ』

 

 妖聖研究家であるハーラーは妖聖のサンプルが欲しいとファングたちに頼んだ。彼女は度重なる激闘によっておろそかになっていた本職を久しぶりに取り組みたくなった。本来インテリ派のハーラーは溜まりにたまった鬱憤を晴らすべく立ち上がった。

 

『それじゃあまずはファングくんのフューリーから堪能しよう』

『語弊がありそうな言い方ですわね』

『ハーラーの場合はあながち語弊でもねえけどな』

 

 どうせハーラーがするのは研究と称したセクハラだ。

 

『ファングさん、ちゃんと片してるんですか?』

『ハーラーよりはましだ。ブレイズが口うるさいからな』

『バハスさんも口うるさいけど部屋が汚いじゃないですか』

 

 といってもファングは自分の部屋を意外と丁寧に扱っていた。寝床は快適な方が良い。趣味の楽器は壁に立て掛けられているし、置きっぱなしになっていた漫画や旅雑誌はブレイズに言われて本棚に戻したばかりだ。今は一番綺麗な時である。

 

『ほら、やっぱり汚いです。ハーラーさんと大して変わりませんわ』

『はあ? なにいっ、てんだ』

 

 ファングの顔が固まる。部屋が荒らされている。一番綺麗にしていたはずのベッドはひっくり返ってシーツがぐちゃぐちゃになっている。本棚からは漫画雑誌や旅雑誌、小説が床にぶちまけられていた。唯一楽器だけは無事だが一番大切に保管していたものがない。

 

『盗まれた!』

『・・・・・・え? ま、まさか強盗ですか!?』

 

 フューリー。苦労して集めたそれが一つ残らずなくなっていた。いや、一つだけ残っている。実体化して倒れているブレイズだ。

 

『ブレイズ! キョーコと他のフューリーはどこだ!?』

『う、うう。見たこともない男が持っていてしまった。抵抗した俺はやられた。・・・・・・奴はどこだ!?』

『うーん、もう逃げちゃったんじゃない? もぬけの殻だよ』

『そんな呑気なこと言ってる場合じゃねえだろ! 探すぞ!』

 

 ファングたちは飛び出すように部屋を出た。

 

『くそ、どこにいると思う?』

『やはり外ではないでしょうか? この近辺にまだい、る、はず』

 

 ティアラは自分の部屋が開いていることに気づく。いや、まさかそんなはずはない。普通泥棒なら目当ての品を手に入れたらすぐに現場から離れるはず。彼女は恐る恐る顔だけ部屋に入れる。

 

『うーん、どこにフューリーがあるかなあ? 流石にここを探すのは罪悪感があるんだけど。ま、いっか』

 

 見たこともない男がクローゼットの中を漁っていた。ティアラは悲鳴を上げそうになる。その口をファングは抑えた。彼は無言で男の背後に回る。ファングは拳骨を握りしめ

 

『何やってんだ、バカ』

 

 振り下ろした。

 

『あいた!? く、もう見つかってしまったか。流石はフェンサーだ・・・・・・!』

『いや、てめえが間抜けなだけだろ』

『間抜けではない。フューリーは100本なければお宝としての価値はない。なら全ていただいていこうと思ったまでさ』

 

 泥棒のくせに欲張りとは致命的な欠点を持った男だ。本来の彼は引き際を分かっているのだが今回のお宝は特異なものである。

 

『ファングさん、その下着泥棒を絶対に逃がさないでください!』

『分かってる。ぼこぼこにして警察に突き出してやるよ』

『言っておくがボクは下着は盗んでないよ』

『漁っていたなら似たようなものでしょうが!?』

 

 真顔で否定している辺り本当に不本意なようだ。だが少なくとも今その手に持っているものを手放さない限り男の呼び名は下着泥棒のままになるだろう。

 

『ちょっとあんたたちうっさいわよ。人が寝てたんだからもうちょっと静かにしなさいよ』

『アリンさん、扉を開けないで!』

『な、なによ』

 

 騒がしい声に目覚めた隣の部屋のアリンが扉をドンドンと叩いた。

 

『泥棒だ、扉押さえとけ!』

『ファングさん、前!』

 

 扉に気をとられたファングが男に視線を戻すと既に窓の外へと身を乗り出していた。

 

『あ、てめえ! 逃げんな!』

『この世界のお宝、フューリーはいただくよ。じゃあねー』

 

 男は手をピストルに見たててファングに発砲すると窓から飛び降りた。彼は身を乗り出して下を見る。男はもういなかった。

 

「という訳だ」

「ちょっと待て。なんでアイツ宿に戻ってきてた」

「裏をかこうとしたのでしょう。大量のフューリーを持ち運ぶのは不可能ですから。私たちが追いかけようと外に出てもぬけの殻になったところであの魔法のような力を使い全てのフューリーを奪い取ろうとしたのでは?」

 

 今度はきちんとした怪盗っぽい作戦だ。巧は少しだけあの男を評価した。

 

「あいつぜってえ捕まえてやる。よくもキョーコを盗みやがったな」

「俺も手伝う。あいつは俺のことを何か知っている、聞き出さねえと。でも、あてはあるのか?」

「ねえよ。こんな時はロロだ」

 

 ◇

 

「いらっしゃーいお兄ちゃん。今日もあたしの中を幸せで一杯にしてくれる? もちろんお金でだよ」

「今までで一番やべえ表現だな、おい」

 

 何時もの広場に行くとロロが待ち受けていた。今日は何やらイベントでもあるのか何時もはまばらな広場も多くの人で賑わっている。彼女自身も何か出店を作っていた。

 

「よう、ロロ。早速で悪いんだがここらでフューリーを盗んでる男についての情報ないか?」

「その人なら知ってるよ。あたしからフューリーをたくさん持っている人の情報を買ったんだ。あー、お兄ちゃんのところに行ったんだね。よりによって一番敵に回しちゃいけない相手なのに」

「お前が原因かよ!?」

 

 ファングは思わずロロにチョップした。

 

「・・・・・・だってレア物の道具くれたんだもん。見てこれ、錠前開くとモンスター出るんだよ! これはもらわないと損だよ!」

『巻き込まれる側のことを考えろ、阿呆』

「ごめんなさい」

 

 まあ自分たちを売ったのがロロならそれは不幸中の幸いだ。彼女の情報網の広さならあの男のアジトなり住み処なりを見つけるのにそう時間は掛からないはず。ロロなら少なからずあの男の情報も聞き出しているだろう。

 

「お詫びに今日は半額だよ」

「そ、それでも金はとるんか。金にがめつい銭ゲバ姉ちゃんやな」

「もっちろん!」

 

 ファングは料金を払った。

 

「まずあのお兄さんの名前は海東大樹。本人曰く世界をまたに掛ける怪盗。本当か分からないけど異世界から来たんだって」

「は? 異世界? なんだそりゃ。ありえねえよ」

「いや、ありえない話しではないよ。私たちは既にキュイくんの力を使ってそれに限りなく近い場所に行ってるじゃないか。それに彼が逃走する間際に使った力はどんな原理なのか分からなかった。仮面ライダーというワードだって聞いたことがない」

 

 言われてみれば封印の間も異世界のようなものだ。それに男────海東が使っていた力を巧たちは今まで見たことがない。カードの力を使って戦う戦士なんてこの世界にはいないはずだ。失われた古代文明の中にはもしかしたらあるかもしれないが専門外のことは分からない。

 

「あいつが異世界人なら別の世界に逃げられちまったんじゃねえか」

「巧、それはシャレにならねえよ」

「ですがその可能性も充分に考慮しなくては」

 

 これは詰んだかもしれない。

 

「俺は諦めねえぞ。異世界に逃げたなら異世界まで追いかけてやる」

「私も、キョーコは友達だもん」

 

 しかし仲間を連れ去られてそう簡単に諦め切れる程彼らは薄情じゃない。

 

「そういうことなら大丈夫。お兄さんならまだこの世界に残ってるよ」

「本当か!?」

「うん。今日のゼルウィンズ・フラワーフェスタの特別展示品を狙ってるんだって」

 

 フラワーフェスタ? ファングたちは首を傾げた。

 

「花の祭典ですよ。様々な花を町中に飾るんです。ミツボさんも今朝、花壇の花を集めていましたよ。都市でアリーナ会場を借りてフラワーアートを作るらしいですよ」

 

 フラワーフェスタについてはシャルマンが解説した。

 

「へー、で特別展示品ってのは?」

「妖聖の花。薬にすればどんな傷でもたちまち治しちゃう不思議なお花なんだ。めったに採れないから貴重なんだよ。それにとっても綺麗な花でもあるんだ」

「そりゃお宝だな」

 

 自分が異世界を旅するならどんな傷も治せる薬になる花は是非欲しい。

 

「特別展示品の花は会場のどこかにあるよ」

「だったらやることは一つだ」

「待ち伏せ、だな」

 

 彼らは無言で頷く。

 

 ◇

 

「ほら、ザンク。笑顔よ」

「僕みたいに笑えば良いんだよ、簡単でしょ?」

「そうです。にこー!」

「てめえらぶっ飛ばされてえのか?」

 

 時を同じくしてザンクたちドルファ四天王とエミリは広場で花を売っていた。これはドルファが経営している孤児院の子どもたちが作ったものだ。花形は何を思ったか幹部たちを店員として抜擢した。もともと子どもたちの味方であるマリアノと北崎はともかくザンクまで花柄のエプロンをつけて店員をやる姿は中々にシュールだ。

 

「てめえやマリアノはともかく俺は関係ねえだろ」

「僕だって関係ないよ。でも子どもたちの喜ぶ顔が見たいじゃない?」

「俺ァ、ガキが泣き叫ぶ姿のが見てえよ」

 

 ニヤリと笑うザンク。その笑顔では客商売は不可能だな。マリアノは苦笑を浮かべる。

 

「せっかく素敵な顔をしてるんですからもっと優しい笑顔を浮かべた方が良いですよ」

「エミリちゃん、それ本気?」

「冗談だろォ?」

「本気です」

 

 どんだけ胆が据わってるんだ。流石にあのアポローネスの妹だけはある。

 

「ほら、お客さん来ますよ。スマイルスマイル!」

「「スマイルスマイル」」

 

 北崎たちがザンクに向けて満面の笑みを浮かべる。ザンクは殺意を抱く。

 

「てめえら後でぜってえ殺『あのぉ』・・・・・・いらっしゃいませぇぇぇぇええ!」

 

 話しかけられたザンクは振り向くと営業スマイルを浮かべる。それは彼の存在を知る者が見れば間違いなく爆笑するであろう顔だ。事実傍にいた北崎とマリアノが笑いを一生懸命に抑えている。

 

 カシャリ!

 

 シャッターを切る音が鳴る。・・・・・・なんだ、今の音は。ザンクが恐る恐る目を開くとそこには

 

「く、くく。撮ったか?」

「うん」

「よおやった。後でワイのとっておきの羊羮やるで!」

 

 ファングたちがいた。カメラを構えたエフォールを確認するとザンクは固まる。撮られた。自分の満面の笑みを。ザンクはひきつった笑いを浮かべる。

 

「お、お客様ァ。こちらのスマイルは1000goldになりまァす。写真は追加で1000goldになりまァす。嫌だったら即座に削除することがオススメでェす!」

「いいよ、払う」

 

 ファングは料金を支払った。

 

 ザンクはぐしゃりと料金を握りつぶした。

 

「あ、あのザンクさんがキレイな笑顔を。ふ、ふふ」

「し、信じられないわ。ぷくく」

 

 狂犬のひょうきんな顔にティアラとアリンも笑いを抑えることが出来ない。ザンクは凄まじい表情を浮かべ、肩をぶるぶると震わせる。

 

「ち、頭を冷やしてくる!」

「あ、ザンク。・・・・・・もっと話したかった」

 

 ザンクはため息を吐くと走って何処かへ行ってしまった。

 

「少し意地悪だったかなあ」

「良いのよ。普段私たちがかけられている迷惑に比べればまだまだ全然優しいわ」

 

 北崎とマリアノは肩をすくめた。

 

「あの、代金を貰うだけでは悪いんで何かお好きなお花を選んでください」

「お、悪いな。じゃあどれにしようかな」

 

 エミリがファングたちに花を指差した。現状北崎の手伝いで来たはずの彼女が一番しっかりとした店員をやっている。

 

「俺はこれにする。なんていう花だ、これ?」

「その花はグラジオラスよ。剣を意味する花。あなたに相応しいじゃない。ちなみに花言葉は勝利よ」

「へー、あんた花言葉分かるんだな」

 

 花言葉も知っているとは本当にマリアノはお嬢様みたいだ。

 

「私ももらっても良いですか?」

「大丈夫です。2000goldにはまだ全然足りませんから」

「何にするんだ、果林?」

「巧さんが選んで下さい!」

 

 いきなり花を選べと言われてもどうすれば良いのやら。巧は直感で果林に似合いそうな花を選んだ。水色の美しい花。それを彼女に手渡す。果林は微笑む。

 

「可愛いお花です。ありがとうございます」

「それはネモフィラね。花言葉は可憐。あら、あなたその娘をそういう目で見てるの?」

「ちげーよ! 花言葉なんて知らねえからな」

「か、可憐だなんてそんな・・・・・・!」

 

 照れる巧と果林にマリアノはクスリと笑う。中々にからかいがいがありそうな二人だ。

 

「ファングさん!」

「あたしたちのを選びなさい!」

「い、いいけどよ。な、なんだよ、お前ら?」

 

 食い気味の二人に首を傾げるファング。彼は適当に花の山から彼女たちのイメージに合う物を選んだ。ティアラにはピンク色の花。アリンには赤色の花。

 

「へえ、お嬢さんはサザンカなの」

「アリンちゃんはカーネーションだね」

 

 マリアノと北崎が興味深そうな笑みを浮かべる。

 

「で、どんな花言葉なんや?」

「サザンカは困難に打ち克つ」

「カーネーションは母への愛」

「なーんだ」

「思っていたのと違いましたわ」

 

 両者ともに無難な結果になった。ティアラとアリンはがっかりしつつも悪くない花言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 

(二人ともわざと触れてないけどサザンカには永遠の愛って意味があるし、カーネーションには無垢なる深い愛って意味があるんだけどなあ)

 

 植物にも精通しているハーラーは一人、本当の意味に気づいていた。

 

「今さらだけどあなたたち何の用があってここに来たのかしら?」

「気まぐれ、って訳ではなさそうだね」

「実はだな」

 

 ファングは事の経緯を二人に説明した。

 

「・・・・・・大変そうね」

「だろ? 何とかしてヤツの狙ってる妖聖の花の保管場所を変えるとか出来ないか。待ち伏せしたいんだ」

「少し待ちなさい」

 

 マリアノは携帯を片手にファングたちから離れた。

 

「あー、キミたちも海東大樹と会ったんだ」

「北崎、お前も知ってんのか?」

「うん。だって僕のサイガはもともと海東大樹の物だもん」

 

 衝撃の事実が発覚した。巧は驚愕に目を見開く。

 

「色々あって捕まっていた海東大樹を助けた時にもらったんだ」

「いや、お前盗んだって言ってなかったか?」

「ただしくは借りパクだけどね。まあ、海東大樹には使えないんだから僕の物ってことで良いでしょ?」

 

 あの海東から逆に盗み出すとは北崎はやはりただ者ではない。

 

「それよりもアイツと何が『準備出来たわ』」

 

 巧の質問はマリアノによって遮られた。

 

「どうだった?」

「残念だけど保管場所の移動は無理だったわ」

「そうか。どうする・・・・・・?」

 

 広い会場の中で一人の人間を探すのは困難だ。

 

「話しは全部聞きなさい。ファング、あなたを警備員として雇うわ」

「まじで!? そんなこと出来んのか?」

「ええ。フラワーフェスタはドルファもスポンサーをやっているの。そうじゃないとアリーナを会場にするなんて無理でしょう?」

「言われてみれば」

「腕の立つフェンサーなら警備員にはもってこいでしょう?」

 

 流石は安心と信頼のドルファ社だ。街のイベントにも率先して参加するなんて地域密着型の大企業だけはある。ファングが警備員として花を守れるなら待ち伏せも余裕だ。

 

「じゃあファング、私についてきて」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私たちは!?」

「・・・・・・何を言っているの?」

 

 ファングだけを呼ぶマリアノに違和感を感じたティアラが彼女を引き留める。しかしマリアノはティアラに黒い笑いを浮かべた。ゾクリと彼女の背筋が冷える。

 

「あなたたちまでは無理よ。腕が立つからファングが任されたのよ。言っては悪いけど他は足手まといだわ」

「私もダメ?」

「ワイも?」

「あなたたちは警備には向いてないわ。特にガルド」

 

 納得がいかない。なぜファングだけなのか。一応筋は通っているがもしかしたら罠の可能性もあるかもしれない。本来ドルファとは敵対関係にある。一人になったところを狙われる可能性を考えるべきだ。

 

「ブレイズとアリンは良いんだろ?」

「もちろん。武器がなくては戦えないでしょう?」

「なら俺は構わねえよ」

「ちょっとファングさん!?」

 

 無警戒なファングをティアラが止める。

 

「キョーコが戻るためなら何でもやる。俺にとってはアリンに負けないくらい大事な相棒の一人だからな」

「それは、そうですけど」

 

 納得がいかない。ティアラは不満顔だ。

 

「俺は大丈夫だ。心配なら約束するよ。お前に何かあれば俺が絶対に助けにいってやるって」

「私を心配するよりもあなた自身のことを心配してください」

「それこそ余計な心配なんだよ」

 

 ファングはティアラの頭を小突いた。

 

「じゃ、シャルマンと巧。みんなのことはお前らに任せた」

「ああ」

「任せてください」

「俺も気を付けるけど念のため会場で海東がいないか探しといてくれよ」

 

 ◇

 

『ねえ、ファングのとこにかえりたいよー』

「我慢したまえ。ボクだってタダ働きは嫌なんだ。お宝の一つや二つもらっても良いだろう?」

 

 海東は雑踏の中を歩く。キョーコは何度か叫んだが周りの人々は気づきもしない。彼が何らかの力を使っているのだろう。

 

『わたしはおたからじゃなくて妖聖だよ?』

「別に生きているからお宝にならない訳ではないよ。コアメダルやキバットバット、ドライブドライバーに英雄眼魂だってボクからしたら立派なお宝さ」

『なにそれー?』

 

 聞きなれない言葉の羅列にキョーコはない首を傾げる。ここにファングたちがいれば海東が異世界から来たと確信に至れるのだが。彼女の場合はただの泥棒という認識でしかないので彼の言動は本当に意味が分からない。

 

「恨むならディケイドを恨みたまえ。鳴滝さん風に言うならおのれディケイドというヤツさ。ボクは色々あって彼から頼みごとをされているがまだ士を許した訳ではない」

『つかさ? かいとうのともだちなの?』

「ボクはそう思っていたけどね。士に裏切られるまでは」

 

 海東は子どものように拗ねた顔になる。ファングが時々する顔に似ていてキョーコはクスリと笑った。士という友達が余程彼は好きなのだろう。ここまで彼が見せていた余裕がなくなっている。

 

『だいじょぶ。きっとなかなおりできるよ』

「知ったような口を聞かないでくれたまえ。ボクが望んだところで士は謝らないさ」

『かいとうもごめんなさい、した?』

 

 海東が首を傾げた。

 

「何を言ってるんだい?」

『つかさとけんかしたんでしょ? ならきっとかいとうもわるいことしたんだよ。こころあたり、ある?』

「まあ数えるくらいには」

 

 キョーコは何となく数えるくらいではなく数え切れない程だろうな、と思った。

 

『まずはかいとうからごめんなさいしよ』

「ボクが? なぜ謝らないといけないんだい?」

『つかさはきっとあやまるのがはずかしいんだよ。こどもだから』

「士が子ども? ふふ、言われてみればそうだね」

 

 海東は友のことを思い出しているのかニヤリと笑う。

 

『だからおとなのかいとうがさきにあやまってあげるんだ』

「・・・・・・そうだね。子どもの士と違って大人なボクなら謝るのも簡単だ。はは、単純なことだったんだ」

 

 海東は大きく笑った。街の人たちの注目も気にせずに。彼は久しぶりに友に、門矢士に会いたいと思っていた。この世界での自分の役割が終わったら会いにいこうと、そう思った。

 

「キミ、キョーコだっけ? 気に入った。ますます欲しくなったよ」

『・・・・・・しっぱいだったかも』

 

 ◇

 

「あそこにあるのが妖聖の花よ」

「うわあ、キラキラ光ってる。キレイ!」

「へえ、確かにお宝だな」

 

 アリーナの中は花で一杯になっている。本来は競技場になるはずの場所には赤白黄色と明るい色の花が色とりどりに満たされていた。中でも一際目立つのが北端に、ファングがちょうど今立っている場所に設置されたショーケース。その中に入っている妖聖の花だ。花に興味のないファングでも一目で貴重だと分かるそれに年頃の少女であるアリンは目を輝かせる。

 

「じゃあ頑張りなさい」

「待て。一つ聞きてえことがある」

「なにかしら?」

 

 呼び止めれたマリアノは首を傾げる。

 

「何で俺だけ雇った?」

「ちょっとファング? それはさっきマリアノが言ってたじゃない。腕が立つからだって」

「それがおかしいだよ。フェンサーよりも強い警備員なんてこの世にいねえよ。ならアイツらが足手まといとかありえねえよ。それに泥棒が狙ってるなら戦力は多いにこしたことないだろ」

 

 あ、とアリンはファングが言っていることに納得した。

 

「そうねえ。このままフューリーを取り返せなければあなたたちの戦力は大幅に削れるってメリットはあるけど。実のところ深い理由はないのよ」

「はあ? じゃあなんで『あなたとこうしたかったからじゃ、ダメかしら?』っ!?」

「ちょっとあんた!! なにやってんの!?」

 

 マリアノはファングの胸にそっと抱きついた。突然の事態に彼は目を見開く。

 

「・・・・・・ファング、気をつけなさい。あなたたちの敵は私たちドルファだけではないわ。」

 

 マリアノが耳元で囁いた言葉にファングは目の色を変える。

 

「・・・・・・どういうことだ?」

「すぐに分かるわ」

「あんた、さっさと離れなさいよ! あたしのファングに何で抱きついてるのよ」

「いや、何時からお前のものになった」

 

 アリンがマリアノを引き剥がした。彼女は敵意を剥き出しにした猫のようにマリアノを睨む。その様子にマリアノはクスリと笑う。

 

「ふふ、心配しなくてもあなたのパートナーのファングはとらないわ」

「当たり前でしょ!」

「じゃあね、ファング。私はもう行くわ」

 

 今度こそマリアノは立ち去った。

 

「なんなのよ、あいつ?」

「さあな。だけど・・・・・・」

 

 敵はドルファ以外にもいる。その言葉の意味はいったい・・・・・・? ファングは何とも言えない表情を浮かべる。

 

『ファング、背中に何かが付いているぞ』

「まじ?」

「黒いバラね。マリアノのものかしら?」

 

 

 ◇

 

「いたか?」

「こちらにはいませんでした。ティアラさんは?」

「残念ながら。私も見つけられませんでした」

 

 ファングが妖聖の花の前で警備を始めた頃、巧たちは海東の捜索をしていた。会場内は既に妖聖の花を一目見ようと集まった人々で満員になっている。これだけ人が集まっている中で一人の人間を探すのは非常に困難だ。森の中で木を探しているような状況で見つかるはずがない。

 

「仕方ありません。北崎さんからもらった関係者席のチケットもありますしそちらへ移動しましょう。いざというときにファングさんの援護も出来ますから」

「そうだねえ。探すのもつかれちゃったしそれで良いんじゃない? 休憩しよう」

「ハーラーはほんとにマイペースだな」

 

 仲間が連れ去られているのに呑気なものだ。

 

「私は、外を探してみる」

「ワイも手伝うで。別に花を見る趣味はあらへんしなー」

「エフォールがそうするなら私も行きます」

「巧はんはどうするんや?」

「俺も行く。一応ファングにお前らのこと任されてるからな」

 

 巧たちがパーティから離脱する。

 

「では僕たちも行きましょう」

「ファングさん、しっかり警備員の仕事をやれてるんでしょうか?」

「無理だろうな」

 

 満場一致で頷いた。

 

「しかし町中花だらけって凄いな」

「うん、綺麗」

「エフォールちゃんも花を綺麗って思えるようになったのね」

「本当に普通の女の子らしくなれて良かったです」

 

 何事にも関心のなかったエフォールが道端の花を気にかけられるようになる日が来るとは、果林は嬉しくて思わず笑みを浮かべた。

 

「あれ、お兄ちゃんたちアリーナに行ったんじゃないの?」

「ちょっと色々あって戻ってきた。お前は?」

「あたしはビジネス、するはずだったんだけど今回は失敗しちゃった」

 

 ロロは山積みになった花束を指差した。このイベントに便乗して売ろうとした花が全く売れなかったらしい。

 

「私もダメでした・・・・・・」

「お前はさっき北崎たちと一緒にいた」

「エミリです。よろしくお願いします」

 

 近くで店を開いていたエミリも悲しげな顔でため息を吐いた。

 

「せっかく孤児院の子どもたちが頑張って作ったのにかわいそうです」

「あたしだって苦労して入荷したんだよ。普段とはルート違うからお金の損も何時もの粗悪品より多いし」

「さらっと粗悪品売ったって告白してんじゃねえ」

「「はあ」」

 

 二人はまたため息を吐いた。

 

「どうして二人揃って売れてねえんだ?」

「無料で花を配ってる人たちがいるんだよー。こんなの営業妨害でしょ!」

「えっと、妨害ではないと思います」

 

 憤慨するロロをエミリが宥める。自分も納得してないだろうにこうして他人を気遣えるとは見た目は幼いが案外年齢は巧たちに近いかもしれない。

 

「そりゃ確かに花屋からすれば良い迷惑だな」

「ただの、嫌がらせ」

「どんな花なんや?」

「青色の薔薇だよ」

「・・・・・・青色の薔薇」

 

 ────青い薔薇には気をつけなよ

 

 普段なら何気なく流すであろうはずの巧は北崎の警告を思い出し表情を変える。それはあの時、彼から同じく警告を聞いていたガルドと果林も同じだ。

 

「え、青色の薔薇を本当に配ってたんですか」

「そうだよ、エミリちゃん。みんな綺麗だからってもらってくんだ。おかげでこっちは閑古鳥が鳴いてるよ」

「ありえませんよ。別の花ではないんですか?」

 

 エミリはむー、と唸る。

 

「・・・・・・何がおかしいんだ」

「青色の薔薇は遺伝子組み換えでしか作れません。販売ですら色々と細かい制限が掛かるんですよ。それを無料で配るなんて出来るはずがありません」

 

 青色の薔薇、正式名称ブルーローズは奇跡の花と言われている。それは本来青い色素を持った薔薇がこの世に存在していないからだ。誰かが手を加えないと作れない存在。花言葉には夢かなう、不可能、奇跡、そして『神の祝福』という意味がある。

 

「巧さん、ガルドさん」

「分かっとる」

「行ってみるか」

 

 青い薔薇を配っているのは会場のすぐ傍だった。何度も行ったり来たりで世話しない、と巧は思う。

 

「青い薔薇ください」

「・・・・・・どうぞ」

 

 巧たちの目の前で女性が青い薔薇をもらっていた。黒いスーツに黒いハット、サングラスを掛けた男たちが薔薇を配っている姿は見るからに怪しい。

 

「なんや、アイツら。どうみても堅気に見えへん」

「堅気どころか人かどうか・・・・・・?」

「はあ?」

「あの人たちから変な気配を感じるのよ」

 

 果林とマリサは何ともいえない表情で男たちを見る。そういえば以前、巧から妖聖に近い力を感じると果林は言っていた。それはつまり彼らは・・・・・・。

 

「ちょっとすいません」

「・・・・・・なんですか」

「あなたたち許可出してませんよね?」

 

 巧たちが動くよりも早くドルファの兵士と思われる男たちが黒服たちに声を掛けた。

 

「そろそろ潮時ですね」

「ちょっと。このまま帰れると思ってるんですか? 話しを聞かせてもらいますよ」

「やれやれ。この私まで駒の一つでしかないとは。かつての社長の肩書きから随分と落ちぶれましたね。今の私は下の下以下です」

「は?」

 

 兵士は怪訝な表情で黒服の男を見た。彼はサングラスをゆっくりと取るとため息を吐く。

 

「神の祝福を。死に行くあなたに奇跡があらんことを」

「え?」

 

 兵士がいや、黒服たちを除いた全ての人々が固まる。兵士の腹を男の指先から伸びた触手が貫いたからだ。目の前で人が絶命した姿に思考が追い付けない。

 

 

 

 兵士は灰になった。

 

「い、いやあああああ!」

 

 北崎に会いにいこうと巧たちと一緒についてきていたエミリが悲鳴を上げる。その悲鳴はこの場にいたほとんどの人間の思考がパニックに陥る。恐怖が周囲を支配し、逃げ場を求めた人々が宛もなく駆け出す。

 

「逃げろ!! エミリ、お前は北崎を呼べ!」

「は、はい!」

「果林、『フェアリンク』!」

「マリサ、『フェアリンク』や!」

 

 巧たちは逃げ出す人々を掻い潜り、黒服たちの前に躍り出る。

 

「おや、乾さん。あなたまでこの世界にいらしてたんですか」

 

 巧たちは黒服たちを前に構える。ここから先には行かせたりしない。人々を守るために彼らは武器を持った。

 

「巧はん、知り合いか?」

「いや、知らねえ!」

「お前ら、何者っ!?」

 

 エフォールの問いに男はニヤリと笑う。

 

「私の名前は村上峡児。そして彼らは私の忠実なる兵隊・・・・・・」

 

 男────村上は指をパチンと鳴らした。周りの黒服たちはそれを合図に腰につけられたバックルをスライドした。

 

「ライオトルーパーズです」

 

『complete』『complete』『complete』『complete』

 

 黒服たちは銅の鎧に身を包む。失われた楽園の世界で人類を淘汰した無慈悲な兵隊────ライオトルーパーズ。恐るべき脅威が巧たちを囲んだ。

 

「な、こいつらは!?」

「巧はんや北崎と同じや・・・・・・!」

「こいつら、強い!」

 

 ライオトルーパーは巧たちに襲いかかった。エフォールとガルドは背中合わせで迎撃する。巧は攻撃を回避するとベルトを巻いた。

 

「くそ、やるしかねえ!」

 

 ────555

 

 ────standing by

 

「変身!」

 

 ────complete

 

 巧の身体を紅き光が包み込む。彼はファイズへと変身を遂げた。村上は懐かしきその強敵の登場にふ、と笑う。

 

「流石は乾巧だ。・・・・・・かつてより衰えてはいるが上の下と言える強さは持っている」

「ふん」

『attack effect 魂狩り』

『attack effect ワクシング クレセント』

 

 ファイズは手首をスナップさせるとライオトルーパーを蹴り飛ばした。ガルドとエフォールもそれぞれの必殺技 でライオトルーパーを吹き飛ばす。人数は巧たちのが劣っているが単純な強さでは僅かに上回っている。

 

『所詮兵隊は兵隊か。やはり私も加わらないとダメですねえ』

 

 村上────ローズオルフェノクが参戦するまでは。

 

「うおっ!」

「ぐはっ!」

「きゃっ!」

 

 ローズオルフェノクのその手から放たれたバラの花弁がファイズたちの身体に降り掛かる。ファイズの装甲からは火花が飛び散り、ガルドたちの身体には無数の切り傷が出来る。更にライオトルーパーが彼らに追撃を放つ。生身の二人に直撃したらまずい。ファイズが身を呈して庇う。切りつけられたファイズは大きくダメージを受ける。あっという間に戦況が村上側に傾く。

 

「くそ、せめてファングか北崎がいれば・・・・・・!」

『それは無理な願いです。あちらには私以上の切り札を投入してるんですから』

「なに!?」

 

 巧は驚愕に目を見開く。北崎とほぼ同等の強さを持った村上以上の相手がまだいるのか。

 

『ですからファングさんと北崎くんには・・・・・・』

 

 アリーナの一角が爆発した。敵味方問わず視線がそちらに向かう。何があった。巧たちの頭の中が真っ白になる。

 

『この舞台から退場してもらいます』

 




ヒント

アリーナ。村上以上の強敵。

さてファングたちは何と戦ってるのでしょう?


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加速する本能 後編

たっくんの戦闘シーンを書く時にイメージするBGM

Dead or alive The people with noname EGO (仮面ライダー555)

ファングの戦闘シーンを書く時にイメージするBGM

revolution(仮面ライダー龍騎) 覚醒(仮面ライダー剣)

皆さんの頭の中ではどんな処刑用BGMが流れてるのでしょうか?

今回は過去最長です。じっくり楽しんでください


 巧たちが村上率いるライオトルーパーと交戦を始めるより少し前。

 

「ファング、海東見つけた?」

「いや、見当たらねえ。何処かで機会をうかがってんだろうな。こそ泥め」

『いい加減怪盗と呼んでやれ。本人が望んでいるだろう』

 

 怪盗を自称しているのに誰からも怪盗扱いされない海東にブレイズは同情していた。まあ、彼の友である門矢士も海東のことをこそ泥扱いしているので仕方ないとも言えるのだが。

 

「しっかし辺り一面花ばっかだな。まるで花畑だ」

「上から見ると子どもの顔になるんだって。後であのモニターで映してくれるらしいわよ」

「ふーん、後片付け大変そうだな」

「興味なさそうね」

「まあな」

 

 ファングは花に興味はない。別に嫌いという訳ではない。旅をしていた関係から自然は好きだし、その中に花畑があるなら是非見たいとも思う。巧の選んでいたネモフィラの花畑など自然の神秘や美しさを感じられるものは特にだ。だがわざわざこんなイベントにまで顔を出したいとは思わなかった。人が手を加えて作り上げたフラワーアートも天然物の幻想的な花畑に比べたら価値がない。それだったら弁当片手に森や草原を旅したほうが有意義だ。

 

 もっとも共に連れていくととても喜ぶはずのキョーコがいない今、そんな気分にファングはなったりしないのだが。

 

「あんたにはロマンの欠片もないのね」

「何を言う。俺はロマンの塊だろ。あのフューリーフォームとかモロ男のロマンじゃねえか」

「そういうロマンじゃないから」

 

 こいつは強化外骨格のロマンと美しき花のロマンを一緒にする気か。ロボットアニメと恋愛ドラマを一緒にする気なのか。何時も通りのズレた発言にアリンは呆れる。

 

「そろそろ開場するから持ち場についてもらって良いか?」

「ああ、構わねえよ」

 

 ファングと同じく警備員をしている銀髪の青年が彼を呼ぶ。マリアノの親衛隊で隊長をやっているこの青年は名はザギという。先ほど警備に就く時にマリアノに紹介された。

 

「貴重品の花だ。万が一盗まれることになったらシャレにならん。それに今日は社長も来るんだ。しっかり頼むぞ」

「ああ。こいつが盗られるってことはキョーコを失うってことだ。絶対に奪わせたりはしねえよ」

「頼りにしているぞ。俺はフェンサーじゃないからな」

 

 そう言うとザギは自分の持ち場に向かっていった。ファングも自分の持ち場に向かう。海東が狙っている妖聖の花が飾られたショーケースの前にファングは立った。フェンサーである彼は自然と重要な配置になる。

 

「へえ。あいつ、フェンサーじゃないけど中々強いな」

「分かるの?」

「ああ。単純な喧嘩なら巧やガルドにも勝てると思うぜ」

 

 さりげなく自分は外していることにアリンは苦笑を浮かべる。

 

「お集まりの皆さん、誠にありがとうございます。ドルファホールディングス社長の花形です」

「あれがドルファの社長か。世界征服企んでる割にはただのおっさんだな」

「そう? あたしからしたら凄い欲望を持ってるように見えるけど」

「目に見える範囲の欲望なんて大したもんじゃねえよ。本当に強欲な奴の欲望は不透明だ」

 

 ファングは自分の想像していたドルファの社長と現実との違いに拍子抜けした。花形はカリスマ性こそこれまで出会った人間の誰よりも秀でているがとても世界の統治を成し遂げようとしているとは思えない。社長になれるカリスマはあっても支配者になりえる強欲は持っていないように見える。最もそれは支配者になるには強欲でなければいけないというファングの持論によるものなので実際はどうか分からないが。

 

 ともかくこの場で花形を見極めるのは不可能だ。どうせ彼から語られることはこの前の立食パーティーでパイガが言っていたことと変わらないのだから。今は花を守ることに集中しよう。

 

「ファングさん、呑気にあくびしてますわ」

「案の定真面目に警備する気ないね」

「ま、まあまあ。あえて隙を見せてると思いましょう」

 

 遠目で見ていたティアラたちは演説を退屈そうに眺めているファングに一抹の不安を覚える。

 

「ふうん、あのファングという青年なかなかやるねえ」

 

 こっそりと警備員の格好に変装して既に潜入していた海東は逆にファングを評価していた。

 

「隙を見せたら掠め取ろうと思ったのに全然隙がないや。本気を出したら異常なまでに強くなるから城戸真司に近いタイプかと思っていたけどどちらかと言えば天才型の剣崎一真かな? ま、どっちにも会ったことないから分かんないけどね」

『だれなのそのひとたち』

「繰り返される悲劇を片っ端から全てぶち壊した英雄と友のために永遠に囚われながらも今も戦い続ける英雄────仮面ライダーさ」

『かめんらいだー?』

 

 仮面ライダーってなんだ、キョーコはない首を傾げる。

 

「なんだったかな。人間の自由のために戦う存在だったけ? とりあえずヒーローと思っておけばいいさ」

『ふーん、かいとうもかめんらいだーなの?』

「まあね。ボクも根本は良い奴だからさ」

『どろぼうなのに?』

 

 少なくとも電車に乗ったり車に乗ったりする奴らよりはよっぽどライダーをやっている自信がある。自分もバイクには乗ってないけど。

 

「さて、こうなったら強行突破だっ・・・・・・!?」

『うわわ、まっくら!』

 

 海東がシアン色の戦士のカードを取り出して駆け出そうとした瞬間、アリーナの照明が全て落とされた。

 

「な、なんだ!?」

「海東の仕業!?」

 

 ファングとアリンもこれには困惑する。

 

「心配するな、演出だ。ここから花の周りだけ照明を点けてモニターに映す手筈になっている」

「なんだ、そういうのは早く言えよ」

「怪盗が狙っているのに絶好のチャンスをばらしてどうする。このサプライズ演出は限られた関係者と警備員しか知らされていない」

 

 あとから追加されたファングや警備員に化けた海東、そして観客は見事にこのサプライズに驚かされた。会場はざわついている。

 

「観客の皆さんご覧下さい。都市ゼルウィンズの作り上げたフラワーアートを!」

 

 花形の合図で花の周りに照明が点けられる。

 

「・・・・・・これも演出か?」

「いや、そんなはずはない。なんだ、これは」

 

 怪訝な表情で花を見るファングとザギ。先ほどまで色とりどりだった花が一面青一色になっていた。モニターを見ればフラワーアートが巨大なバラの花弁になっていることが分かる。ブルーローズ。無数にあった花が全てそれに変わっていた。ただ一つショーケースの中にあった妖聖の花だけが無事だ。

 

「マリアノ様に確認をとってくる。例の怪盗の仕業かもしれない。お前たちは花を見張っとけ」

「ああ、頼んだ」

 

 ザギが関係者席へと向かっていく。

 

「・・・・・・パイガ、会場が混乱している。ひとまず照明を戻せ。避難勧告の用意もだ。嫌な予感がする。イベントを中止させるべきかもしれん」

「は、はっ! 分かりました」

 

 花形の指示によって会場全体に照明が灯った。やはり会場は混乱している。

 

「マリアノ様、これは一体?」

「私にも分かりませんわ。ただあの青いバラは間違いなく危険な物よ。本物のブルーローズはあんな蛍光色ではないわ」

 

 マリアノは青いバラを睨む。薄気味悪く輝くそれには花を嗜む女性として嫌悪感を覚える。作り物である青いバラの更に紛い物という存在は花とすら思いたくない。

 

「どうしたのでしょうか?」

「何か予定と違うようですね」

 

 ティアラたちはこの異変に首を傾げる。

 

「ファング、あれ見て!」

「なんだ、あいつは? 灰色の怪物・・・・・・まさか北崎の仲間か?」

『面妖な!』

 

 ファングたちはアリーナのフィールドに灰色の怪物が現れたことに気づく。観客も花を映していたはずの映像が怪物に変わり、ざわつき出す。

 

「────人間の皆さん、こんにちは。今日はあなたたちに宣戦布告をしに来たわ」

 

 その灰色の怪物は甲殻類の特徴を色濃く残し、どことなく丸みを帯びたシルエットの姿をしている女性だった。いや、人の身を捨て生物と言えるかも怪しいモノへと変貌した彼女を果たして女性と呼称していいのだろうか。

 

 ロブスターオルフェノク────かつて乾巧を苦しめたラッキークローバーが一人影山冴子がこの狂乱の舞台に舞い降りた。

 

「ふーん。やっぱりキミだったんだね、冴子さん」

 

 アリーナの入り口に寄っ掛かっていた北崎は不気味な笑みを浮かべた。

 

「やれ」

『はっ!』

 

 花形が指示を出すと剣を片手に持った二人のフェンサーと思われる兵士がロブスターオルフェノクに向かっていった。

 

「あら、上級オルフェノクである私にただの人間が挑む気?」

 

 兵士の返答は剣による攻撃だ。ロブスターオルフェノクは避けようとしない。避ける必要がない。二人の兵士は彼女がその手に召喚したレイピアによって貫かれた。いくら身体能力が格段に強化されたフェンサーだろうと生身の人間だ。進化した人類であるオルフェノクの敵ではない。

 

 倒れた兵士たちを前に観客が悲鳴を上げた。

 

「ち、二人のフェンサーがこうもあっさりやられるとは。パイガ、避難勧告だ。急げ!」

「はっ!」

 

 緊急アナウンスが流れたことにより観客は出口を求め、皆一様に駆け出す。激しい怒号や悲鳴がアリーナ全体に響き渡る。

 

『ぬううううん!』

『ぐおおおおお!』

「いやああああああ!?」

「うわああああああ!?」

 

 だが出口の前に観客が来ると待ち受けていた人間がオルフェノクへと変貌した。

 

「皆さん、お逃げになってください!」

「この怪物は私がお相手しますわ!」

「ねえ、是非サンプルとしてキミの体毛を採取させてくれないかい」

 

 ティアラたちは出口を塞いでいたオルフェノクたちと交戦を始める。

 

「おい、てめえ。よくもそいつらを殺したな」

 

 ファングは剣の切っ先をロブスターオルフェノクに向けた。

 

「あら、あなたも私に歯向かう気? 無駄よ、所詮あなたはただの人間よ」

「は、所詮ただの怪物がこの俺様を倒せると思ってんのか? くそブスが」

「く、くそブスですってええ!?」

 

 ロブスターオルフェノクは激昂するとファングにレイピアの突きを放った。だがファングには効かない。彼は秒速にしておおよそ5発の連撃を見切り、全てブレイズの剣で弾く。何という反応速度だ。その離れ業に驚いているロブスターオルフェノクに蹴りを叩き込むと手甲に変えた万能武器のフューリーで彼女の得物であるレイピアをへし折った。

 

「あなた、本当に人間・・・・・・?」

 

 仮にも上級オルフェノクである自分が圧倒されている事実にロブスターオルフェノクは驚愕する。

 

「ただの人間を舐めんな」

『あたしとファングを見くびってると痛い目見るわよ』

「ファング・・・・・・」

 

 不敵に笑うファングをロブスターオルフェノクは目の色を変える。

 

「そう、あなたが王の懸念していた男なの」

「あ、王だと?」

『何を言っているんだ、コイツは?』

「ふふふ、良かったわ。神々が覚醒する前ならこの男を殺せる」

 

 ロブスターオルフェノクの高笑いにファングは怪訝な表情になる。

 

「本当は対北崎くん用の切り札だったんだけど・・・・・・まあ良いわ、二人纏めて葬れるなら都合が良いし。目覚めなさい」

『ファング、花が!』

「しまった」

 

 ロブスターオルフェノクは青い炎を花々に放った。青いバラが燃えるのは構わないが妖聖の花が燃えるのは困る。海東を誘き出すことが出来なくなるし、貴重な物が燃えるのを見せられるのは気分が悪い。

 

「安心したまえ。妖聖の花ならボクがいただいた」

 

 妖聖の花はこの動乱に乗じて何時の間にやら海東が盗み出していた。

 

「あ、こそ泥てめえ! キョーコを、フューリーを返せ!」

「それは出来ない相談さ。それよりもキミ、今はボクを相手している場合ではないだろう?」

「なにっ!?」

 

 海東は視線を火柱を立てて燃え上がる青い炎に向ける。ファングは気づく。これはただの炎ではないと。炎の向こうで『ナニカ』が生まれようとしている。ゆらゆらと揺れていただけの炎が獣の形になる。ファングが剣を構えた瞬間、炎が巨大な怪物へと変貌する。

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 巨大な咆哮にアリーナに残っていた誰もが耳を押さえる。声の出どころに視線を向けた人間は、いやオルフェノクですらその存在の前に固まる。デカい。この世に存在するありとあらゆるモンスターの何よりも巨大な化け物。エラスモテリウムオルフェノク────失われた楽園の世界で帝王すら葬った理性をなくした獣がこの世界に顕現した。

 

「あれが王様にも匹敵する冴子さんの切り札か。へえ、確かにあいつボクより強いかも」

 

 北崎は誰もが張り詰めた表情になるこの状況でただ一人不敵な笑みを浮かべる。

 

『やるわよ、ファング!』

『所詮はただのデカブツだ、臆することはない』

「あ、ああ」

 

(やべえな・・・・・・どうやっても勝てる気がしねえ)

 

 ◇

 

「くそ、うろちょろすんじゃねえよ!」

 

 村上率いるライオトルーパーに巧たちは苦戦を強いられていた。ローズオルフェノクだけではない。ライオトルーパーも相当に厄介だ。誰かが優勢になればそいつの援護に、誰かが不利になればそいつの援護に。声を合わさずとも自然に行われる完璧な連携は、いや完璧『すぎる』連携にファイズやガルドたちは苦戦を強いられる。

 

『ふん!』

「うわっ!」

「大丈夫か、ガルド!?」

「な、なんとか!」

 

 だがやはり一番厄介なのはローズオルフェノクだ。彼が時折形成不利になるや放つ念動力は回避不能。今もライオトルーパーの一人に必殺の一撃を放とうとしたガルドをその力で吹き飛ばした。

 

「くそ、どけ!」

「果林!」

『attack effect シューティングスター』

 

 ファイズは斬りかかったライオトルーパーの首を掴むとガルドに群がろうとしたライオトルーパーに向けて放り投げた。倒れた二人のライオトルーパーにエフォールは氷の矢を放った。果林の属性である氷によって彼らは凍りついた。

 

「ハァァァァ!」

 

────exceed charge

 

 ファイズは凍りついたライオトルーパーに向かって必殺の一撃────グランインパクトを放つ。二人のライオトルーパーはΦの紋章が浮かび上がり、纏めて爆散した。倒れていたガルドは立ち上がり、ファイズたちの元に駆け寄る。

 

「やりましたな、巧はん!」

「ああ」

 

 これは自分を囮にして纏めてライオトルーパーを倒すガルドの作戦だった。

 

『やはり以心伝心の連携の前には意思伝達も敵いませんか』

「これで三対三だな」

『愚かな。下の下以下ですね。その気になればあなたたち三人、私一人で十分なんですよ』

「ぐっ!」

 

 ローズオルフェノクが本格的に戦いに加わる。殴りかかったファイズの攻撃をものともせず殴り返した。一撃でファイズが仰け反る。更に彼は蹴りを放つ。ローズオルフェノクの前では文字通りファイズは下の下以下なのだろう。マトモな格闘戦では勝てる気がしない。

 

「頼む、ガルド」

「任せときぃ、『ヒール』」

 

 巧は一度後退してガルドから回復魔法を施してもらう。体力が回復すると再びローズオルフェノクに向かっていった。

 

「やれるか、エフォールはん?」

「うん!」

「いくで、マリサ『フェアライズ!』」

「いくよ、果林『フェアライズ!』」

 

 フューリーフォームを纏った二人は残ったライオトルーパーに向かっていく。何とか三対一に持ち込めば勝てるはずだ。そう信じて。

 

 

「く、なんて強さだ!?」

 

 エラスモテリウムオルフェノクの圧倒的強さを前にファングは思わず叫んだ。剣、拳、斧、銃。彼の持ち得る全ての攻撃手段がエラスモテリウムの頑丈な皮膚の前には無力だった。久々に纏う灼熱深紅のフューリーフォームで調子が出ないからだ、と思いたい。ファングはエラスモテリウムの突進を跳んで回避するとその巨大な背中に乗り移った。

 

「アリン、まだ使ってない必殺技はあるか!?」

『バーニングストライクとエクステンドエッジ。それと・・・・・・』

「うりゃあああああ!」

『attack effect ギガンティックブロウ』

 

 ファングは炎を纏った手甲をエラスモテリウムの背中に振り下ろした。一撃だけではない。何度も何度も。ただひたすらに気合いを込めて剛拳を叩きつける。斬撃は効果が薄い。だが打撃なら別だ。どんなに頑丈な皮膚だろうと衝撃は突き抜ける。確実にエラスモテリウムにダメージは入っているはずだ。

 

『ガガガガ! ウオオオオ!』

「うおっ!」

 

 エラスモテリウムはファングを振りほどこうと暴れまわった。その巨体から投げ出された彼は観客席の上段まで吹き飛ばされる。

 

「・・・・・・あー、いってえ。くそ、急いで戻らねえと」

 

 命を落としていてもおかしくはないはずのダメージを受けてもファングは立ち上がる。ダラダラと止まることなく頭から流れる血によって彼の視界は真っ赤に染まった。

 

『ファング、大丈夫!?』

「へへ。さあて、どうだろうな」

 

 ファングは軽く咳き込むと血の混じった唾を吐き出した。

 

『ここは一旦引くか?』

「バカ野郎、アイツを放置してたら街に出るぞ。やるしかねえんだよ、死んでもな」

 

「────バカね、貴方」

「・・・・・・マリアノ!?」

 

 倒れそうになりながらもエラスモテリウムに向かうファングの身体をマリアノが支える。

 

「今すぐお嬢さんたちを連れて逃げなさい。アイツの相手は私たちドルファに任せときなさい」

「な、無茶だろ! アポローネスは死んでザンクと北崎はここにいねーんだぞ! どうすんだよ!?」

「どうにでもするわ」

 

 エラスモテリウムをどうにか出来る可能性が残っている北崎とザンクはいない。だが短期決戦型のフューリーフォームならあの怪物も何とかなるかもしれない。少なくともファングが戦うよりは可能性がある。

 

「私たちは運営よ。観客を守る義務がある。でもあなたにはない」

「俺は警備員『今、クビにするわ』なっ!?」

「だいたいねえ、あなたの剣で守る価値のある人間なんてそうそういないわ。現実なんて死んだ方が良い悪人ばかりよ」

 

 マリアノはファングの顔を掴んでその顔をじっと見つめる。

 

「それに私とあなたたちは敵同士よ。あなたの剣はお嬢さんを守るものであって私を守るものではないわ。下がってなさい」

 

 マリアノは子どもに言い聞かせるようにファングに言った。ぼろぼろの自分を気遣っているくらい言われなくても分かっている。だがそれでも止まる気はない。ファングは剣を強く握りしめた。

 

「俺の剣は誰かを守るためにあるんだ。それは死んだ方がいい悪人だろうとあんただろうと変わらねえ。だから・・・・・俺はあんたを守るために戦う!」

「・・・・・・バカ」

 

 ファングの強い意思から目を反らすようにマリアノは俯いた。バカだ。世界征服を企む悪人を守るなんて。自分が傷だらけにも関わらず。万全なはずの彼女を傷だらけの身体で守ろうとするなんて、バカだ。でも、こんな愚かなまでに純粋な優しさを秘めたファングだからこそマリアノは

 

「『フルヒール』」

 

 ────惹かれているんだ。

 

「か、身体に力が」

 

 ファングは身体の傷が跡形もなく癒えていることに目を見開く。それどころか失われた気力まで戻っている。今の彼は万全の状態そのものだ。

 

『凄い! これなら戦えるわ!』

『ふ、フルヒールだと。回復魔法の中でも最上級だぞ。何者なんだ・・・・・・?』

「助かった、マリアノ!」

 

 ファングは再びエラスモテリウムに挑もうと駆け出す。

 

「絶対に勝ちなさいよ」

「ああ。必ず勝つ!」

 

 

『かいとう、いいかげんファングのところにかえしてよ!』

「やーだね。せっかくのお宝を手放したりしないよ」

『かめんらいだーなんでしょ!?』

 

 海東は困ったように頭を掻いた。

 

「別にライダーだから正義のために戦う訳ではないんだよ。現に仮面ライダーサイガ、北崎も戦ってはいないだろう?」

 

 海東は視線を北崎に向ける。

 

「出来るわけないじゃない。僕にとってオルフェノクを殺すことはキミらが人を殺すことと変わらないんだから」

 

 北崎はオルフェノクを倒したいと思えなかった。以前よりも人に近づいた彼にとって元々人間である彼らを倒すことに躊躇いを持ってしまう。無理もない。北崎はまだ子どもである。罪を背負う覚悟が十代で出来ている乾巧が異常なのだ。クロコダイルオルフェノクの時のように明確な悪意がある相手ならともかくまだ誰も傷つけていないオルフェノクたちを倒す気はない。

 

「き、北崎くん。やっと見つけた!」

 

 ここでようやく北崎の元にエミリが到着した。

 

「・・・・・・エミリちゃん」

「探したんだよ。外も中もモンスターだらけで『その傷誰がつけたの?』・・・・・・え?」

「血が、出てるよ」

 

 北崎がエミリの左腕の切り傷に触れる。

 

「外にいたモンスターに襲われて。だ、大丈夫。そのモンスターは『黒い人』がやっつけてくれたから」

「へえ、やっぱりオルフェノクか」

 

 エミリは普段の無邪気な笑みを浮かべているはずの北崎が鋭い表情になったことに気づく。彼の僅かな変化に彼女は胸がざわついた。

 

「こ、これくらいかすり傷だから。痛くないから平気だよ」

「本当に?」

「い、痛っ! ・・・・・・えへへ、やっぱり痛いかも」

 

 心配をかけさせないようにニコリと笑うエミリだが北崎は鋭い表情のままだ。

 

「ごめん。僕、キミを守るってアポローネスくんと約束したのに怪我させちゃった」

「もう、私のが年上なんだよ? 北崎くんは心配しすぎ」

 

 エミリは北崎の頭を撫でようとする。しかし長身の彼には背伸びしても手が届かない。その様子が何だか可愛らしくて北崎はクスリと笑った。

 

「何をやっているのかしら、北崎くん? まるで『人間』みたい。まあ良いわ。やりなさい、エラスモテリウム」

『ぐおおおおおお』

 

 ロブスターオルフェノクはエラスモテリウムの光の針が二人に迫る。

 

「き、北崎くん。逃げて!」

「大丈夫、エミリちゃん。僕が傍にいる」

「きゃっ!?」

 

 北崎はエミリを抱き寄せた。二人に光の針が直撃する。

 

「ふふ、北崎くんはなんで避けなかったのかしら? 人間の女の子にお熱になって命を落としちゃうなんてバカね」

「バカはキミだと思うよ、影山冴子」

「海東大樹? あなた、まだこの世界に彷徨いていたの? せっかく見逃してあげたのに」

「それはボクのセリフだ」

 

 海東はディエンドライバーの銃口をロブスターオルフェノクに向けた。

 

「なんのつもり?」

「別に。オルフェノクの北崎くんがライダーとして戦うのに人間のボクがライダーとして戦わないのはどうかと思っただけさ」

「な、北崎くんはさっきの攻撃で・・・・・・!?」

 

 ロブスターオルフェノクが北崎がいた場所に視線を向ける。アリーナは光の針によって大きく崩れていた。しかし、北崎とエミリの周りだけは傷一つついていない。どうやって防いだ。別の世界ではオーガすら倒した針を無効化した北崎にロブスターオルフェノクは驚愕する。

 

「やってくれたね・・・・・・! 冴子さん・・・・・・! ふふふ、もう許さないよ」

 

 ロブスターオルフェノクに北崎は不気味な笑みを浮かべた。彼女は彼の殺気を前に思わず仰け反る。

 

「か、構わないわ。もう一度やりなさい!」

『ゴオオオオオオオオオオオ』

 

 エラスモテリウムは再び北崎を狙って光の針を放つ。

 

「最強の俺にそんな攻撃が効くと思うのか?」

 

 光の針は北崎に直撃するより先に灰になった。

 

「エミリちゃん、しっかりつかまってて」

「う、うん。か、顔が近いよ」

「エミリちゃんにはこれから僕がすることを近くで見ていて欲しいんだ」

「そうじゃなくて・・・・・・!」

 

 北崎はエミリを抱えると競技場へと飛び降りる。奇しくもそれはファングが競技場に飛び降りるのと同じタイミングだった。

 

「北崎、お前も戦うのか」

「ああ。気が変わった。エミリちゃんを殺そうとしたこいつは絶対に僕が倒す」

「へっ! お前意外といい奴だな」

「キミには勝てないよ」

 

 北崎とファングは肩を並べる。

 

「ファングくん、これを受け取りたまえ!」

「海東・・・・・!?」

『ただいま、ファング〰』

 

 海東はファングにフューリーを投げ渡した。

 

「海東、てめえどういう風の吹き回しだ?」

 

 ファングは海東に渡された物を怪訝な表情で見る。

 

「別に。ボクだって人間の自由のために戦うライダーの一人なだけさ」

「胡散臭い奴だ。だけど、ありがとな」

「・・・・・・さっさと戦いなよ」

 

 ファングは頷くとエラスモテリウムを睨み付ける。

 

「いくぞ、北崎」

「指図しないでよ。言わなくても分かってるから」

 

 北崎は腰にベルトを巻く。

 

────315

 

────standing by

 

「『フェアライズ!』」

「変身!」

 

────complete

 

 ファングの身体は紅炎真紅の戦士に変身し、北崎の身体が群青純白の鎧の戦士へと変身を遂げた。

 

「海東大樹、エミリちゃんを頼む」

「任せたまえ」

「北崎くん! ちゃんと帰ってきてよ!」

「うん。約束するよ」

 

 サイガは海東の後ろに隠れたエミリに力強く頷くとエラスモテリウムにサムズダウンした。

 

「さて、後はキミの始末と乾巧の援護だね」

「やれるものならやってみなさい。村上くんはあなたより強い。それに私は不死身よ」

「いや、やるのはボクじゃない・・・・・・」

 

 海東は二枚のカードをディエンドライバーに装填した。

 

『カメンライド カイザ』

『カメンライド オーガ』

 

「・・・・・・彼らだ」

 

 

『この程度ですか?』

「くそ! まだまだこっからだ!」

 

 ローズオルフェノクを前にファイズは防戦一方だ。当たり前だ。北崎にも匹敵する上級オルフェノクを通常形態のファイズが倒すことは不可能。本来三本のベルトの力を使ってようやく倒せる相手なのだ。単純なスペック差で勝てるはずがない。ウルフオルフェノクならもしかしたら、という可能性もあるかもしれないがフォトンブラッドなしの打撃攻撃では決定打に欠ける。

 

 せめてファイズの力を『パワーアップ』出来れば何とかなるかもしれないのだが。巧はないものねだりをするほどに追い込まれる。

 

「大丈夫か、巧はん!」

『ガルドちゃん、よそ見しちゃダメ!』

「く、こいつら他の奴らと比べて明らかに強いで!」

 

 無言で佇むライオトルーパーにガルドは内心で舌打ちした。フューリーフォームになったにも関わらず残されたライオトルーパーを倒すことが出来ない。それもそのはず。彼らはライオトルーパーではない。ライオトルーパーver2────選りすぐりのオルフェノク、村上風に言うなら上の上のオルフェノクのみが使える強化されたアーマースーツだ。その強さはファイズに匹敵するだろう。次々と繰り出す必殺の鎌はその頑丈な鎧に軽々と防がれる。ちらりとガルドが視線を横に向けるとエフォールもガルドと同じように苦戦していた。

 

『巧さん、危ない!』

「流れ、弾!」

 

 ライオトルーパーのアクセクレイガンから放たれた銃弾がファイズに直撃する。彼は激しい痛みを感じて転がった。仰向けになったファイズの腹をローズオルフェノクは踏みつける。

 

「ぐ、ぐう」

『上の下と言ったのは訂正しましょう。少し見ない間に下の下まで落ちぶれましたね。今のあなたは空っぽだ。そう。ちょうど今、この街に意味もなく溢れている花と変わらない』

「見下してんじゃねえ、よ。確かに、花が咲くのに理由はねえかもしんねえけど。生きているじゃねえか」

『むっ!』

 

 ファイズはローズオルフェノクの足を掴むと投げ飛ばした。

 

「それだけで意味はあるんだ!」

 

 

 

 

 

 

「────相変わらずだな、乾」

 

 ファイズが叫ぶと同時に頭上から黄色の戦士が飛来した。

 

────exceed charge

 

「何もんや!?」

 

 黄色の戦士はガルドと交戦していたライオトルーパーの背中に必殺の一撃を叩き込んだ。グランインパクト、ファイズと同じ技だ。だが浮かび上がる紋章はΦではなくΧ。戦士の名はカイザ。仮面ライダーカイザ。かつて巧と共にオルフェノクと戦い続け、そして散った草加雅人の変身する戦士だ。

 

「邪魔なんだよ、お前」

 

────exceed charge

 

 カイザはライオトルーパーが爆散すると続けざまにもう一体のライオトルーパーにカイザブレイガンの銃口を向ける。放たれたエネルギーがライオトルーパーを拘束した。カイザは黄色の閃光と化し、ライオトルーパーを切り裂く。

 

「な、なんやアイツ」

「強い。それに・・・・・・カッコいい!」

『まるで巧さんみたいです』

 

 巧たちが苦戦したライオトルーパーをあっさり倒したカイザの登場にガルドたちは驚く。

 

『草加雅人、なぜあなたが・・・・・・!?』

「ふん、知るか。今度こそお前を殺す、村上ィ!」

 

 カイザはローズオルフェノクに殴りかかる。

 

『無駄だ。所詮はカイザごときが私を倒すなどありえない』

 

 しかし、いかにライオトルーパーを瞬殺したカイザとてローズオルフェノクの前ではファイズと変わらない。カイザもまた圧倒される。しかし、ファイズが加われば話しは別だ。

 

「誰だか知らねえけど、助かった!」

「・・・・・・感謝するな、気持ち悪い」

 

 まるで初めてあったとは思えない息のあった連携でファイズとカイザはローズオルフェノクと戦う。それでも形成はややローズオルフェノクのが優勢だ。

 

「ワイらもいくで」

「うん」

 

 だがそこにガルドたちが加わったことで形成が逆転する。ガルドの鎌がローズオルフェノクの肩を切り裂き、エフォールの矢がローズオルフェノクの背中を貫く。ファイズとカイザが同時にハイキックを繰り出す。仰け反ったローズオルフェノクは両手を彼らに向けた。

 

『小癪なぁ!!』

『うわあああああ!』

 

 ローズオルフェノクはファイズたちに必殺のバラを放った。彼らはバラによって吹き飛ばされる。

 

『分が悪いですねえ。ここは一旦逃走しますか』

「させへん!」

「逃がさ、ない!」

 

 逃走しようとするローズオルフェノクをガルドとエフォールは止める。二人の鎌がローズオルフェノクの行く手を阻む。

 

「逃がさん! 乾、アイツはここで絶対に殺さなければならない! これを使え!」

 

 草加は腕時計型の機械を巧に投げ渡した。

 

「こいつは・・・・・・!?」

「使い方は言わなくても分かるな」

「ああ・・・・・・!」

 

 ファイズは腕時計型の機械────ファイズアクセルのメモリをファイズフォンに装着した。

 

─────complete

 

 蒸気を発し、ファイズの装甲が解放された。紅い光を放つ動力源が剥き出しになり、身体を駆け巡る真紅のフォトンストリームは銀色に変化する。ファイズは強化される。ファイズ・アクセルフォームに。銀色真紅の高速戦士がこの世界に誕生した。

 

「俺のことを空っぽって言ったな・・・・・・確かに俺は空っぽかもしれない。でもだからこそ誰かを守るために戦える! その先に果林やアイツらの笑顔があるなら空っぽでも悪くねえ!」

 

────start-up

 

 ローズオルフェノクの視界からファイズが消えた。いや、この場にいる全ての人間からだ。今のファイズは音速を越えている。ファイズアクセルとなった巧は常人の1000倍の速度で動くことが出来る。例え上級オルフェノクであろうとその姿を視界に捉えることは不可能だ。

 

 気づいたらローズオルフェノクは吹き飛ばされていた。目に止まらぬスピードで放たれた高速の拳打のラッシュをひたすら受け続ける。

 

────3

 

 ファイズは宙に浮いたローズオルフェノクをアッパーカットで更に頭上へ打ち上げる。高々と舞い上がった彼を確認するとその足にファイズポインターを装着した。

 

────2

 

 ファイズは跳ぶ。ローズオルフェノクに向けてフォトンブラッドの紅き閃光を放った。それも一つではない。捕まった者を決して取り逃がしたりはしない無数の無慈悲な拘束がローズオルフェノクを捉えた。

 

────1

 

 紅き閃光となったファイズがローズオルフェノクの身体を貫いた。何度も何度も。二度と蘇らせないように。確実に倒すために。アクセルクリムゾンスマッシュ────ありとあらゆる強敵を打ち砕いて来た文字通りの『必ず』殺す必殺技がローズオルフェノクを青き炎で燃やす。

 

────time out

 

「ふう」

 

 巧はだらんと脱力した。

 

────reformation

 

 ファイズの姿が元に戻る。ファイズアクセルの制限時間は短い。もしも10秒というカウントを過ぎればファイズアクセルは自壊してしまうためストッパーが掛けられているのだ。

 

『────今日のところは上の上のと言っておきましょうか』

 

 ファイズの背後でローズオルフェノクが爆散した。

 

「や、やったで」

 

 感極まったようにガルドが呟く。

 

「ああ、俺たちの勝ちだ」

 

 巧は変身を解いた。ガルドもエフォールも。そして草加も。

 

「やりました! やりましたよ、巧さん! かっこよかったです!」

「おい、疲れてんだ。抱きつくな」

 

 果林は満面の笑みで巧に抱きついた。一度戦闘が始まれば彼女はエフォールから離れることが出来ない。どれだけ巧がピンチになろうと見ていることしか出来ない果林は彼が無事に戦いから生き残ることが嬉しくて仕方なかった。巧はそんな彼女の感情を知ってか知らずか照れくさそうにうっすらと笑みを浮かべ、果林の頭をぽんぽんと撫でる。

 

「・・・・・・ありがと」

「別に感謝することじゃない」

「いやいや、ほんま助かったわ。せや、あんさん名前はなんて言うんや?」

「草加雅人、覚えなくて良い」

 

 ガルドとエフォールは草加に頭を下げた。

 

「草加っつーのか。お前、いい奴だな。助かった」

「まさかキミにいい奴と言われる日が来るとはね」

 

 草加はニヤリと笑う。

 

「せや、あんさんもしよかったら仲間にならへんか?」

「シャルマンより、いい」

「お断りする。おれは偶像にすぎない。それよりアリーナに行かなくて良いのかなあ?」

 

 草加に言われ巧たちは思い出したように走り出す。

 

「ふん、相変わらず気に食わない奴だ。だが・・・・・・悪くない、かなあ」

 

 ◇

 

「戦いにくい、ですわ」

 

 ティアラはカマキリの特質を持ったマンティスオルフェノクに苦しめられていた。接近戦が不得手な彼女はマンティスオルフェノクの二本のカマと相性が悪い。フェアライズしていなければその身体はとっくに切り刻まれているだろう。それに姿は変わっても人間である彼を倒すなど彼女には出来なかった。

 

「ファングさんを助けたいのに・・・・・・!」

 

 ティアラは競技場に目を向ける。ファングとサイガがエラスモテリウムを相手に激闘を繰り広げていた。

 

「バカね、助けが必要なのはあなたよ」

 

 細剣がマンティスオルフェノクの肩を貫いた。

 

「ま、マリアノさん!?」

「行きなさい、私が代わりに相手しますわ」

「何故・・・・・・?」

 

 敵対しているマリアノがなぜ自分を助けたのだろう。ティアラは首を傾げる。

 

「さっさとしないと私がファングを助けますわ」

「そ、それはダメです!」

 

 ティアラは慌てて競技場に飛び降りた。

 

「うーん、キミは私の言葉が分かっているのかい?」

『理性がないのか?』

 

 ムカデの特性を持ったセンチビートルオルフェノクを前にハーラーは首を傾げる。他のオルフェノクと違い彼だけ理性も感情もまったく感じられない。ただひたすら機械的にセンチビートルオルフェノクはハーラーに攻撃してくる。しかし上級オルフェノクだけあってその強さは他のオルフェノクと比べても別格だ。一人で戦うには厳しい相手だ。

 

「おらおらおらあっ!」

 

 ハーラーがどうするか考えているとセンチビートルオルフェノクを横から攻撃する者が現れた。

 

「キミは?」

「マリアノ様からの命令で助太刀に来た。親衛隊隊長ザギだ!」

「助かるよ。時間稼ぎ頼むね!」

 

 ザギはセンチビートルオルフェノクの武器である鞭を器用に回避しながら剣で斬りつける。流石にファングが強いと見立てるだけはあってザギは上級オルフェノク相手に善戦していた。ハーラーは隙を作ってくれたザギに感謝し、銃口をセンチビートルオルフェノクに向けた。

 

『attack effect マキシマムランチャー』

「避けてよっ!」

「は? うおっ! まじかよおおお!?」

 

 繰り出されたミサイルがザギとセンチビートルオルフェノクに迫った。ザギは慌てて避ける。激しい爆風に彼は吹き飛ばされた。

 

「いてて。俺に当たるとこだったろ!」

「ごめんごめん。でも結果オーライだろう?」

「そういう問題じゃない!」

 

 灰になったセンチビートルオルフェノクを前にハーラーとザギは言い争いを始める。

 

『ゆ、許してくれ』

 

 シャルマンと戦っていたソードフィッシュオルフェノクは土下座していた。彼の両手は切り落とされている。フューリーフォームの差をなくせばファングと同等の強さを持ったシャルマンにとって普通のオルフェノクは敵ではない。あっという間に追い詰めた。

 

「あなたは斬らなければならない悪だ。その命は女神に返しなさい」

 

 震えているソードフィッシュオルフェノクの心臓をシャルマンは貫いた。

 

「・・・・・・『器』には彼が良さそうね」

 

 ロブスターオルフェノクはそんなシャルマンを不気味な笑みで見つめていた。彼女もまた傷だらけだ。所々灰が零れている。目の前にいる仮面ライダーオーガ────木場勇治に追い詰められていた。

 

「キミの目的はなんだ?」

「どうせ分からないでしょうけど教えてあげるわ。人類の選定よ。生き残る価値のある人間だけが生きていける世界を作ること。オルフェノクとして、ね」

「そんなことさせない!」

 

 オーガの剣がロブスターオルフェノクを切り裂く。手を、足を腹を。並のオルフェノクなら生き絶えている攻撃を食らっても彼女は生きていた。

 

「私は不死身。決して死ぬことはない」

「・・・・・・哀れだな」

「哀れなのはあなたよ。亡霊のあなたは私に嫉妬しているだけ」

 

 ロブスターオルフェノクは勇治を鼻で笑う。しかし、彼は何の反応も示さない。

 

「俺は命を最後の最後まで燃やした。俺が生きた証は残っているんだ。人間との共存という夢は乾くんが継いでくれた。海堂は俺の最期まで生きてほしいという約束を守っている。・・・・・・その証拠に乾くんは記憶をなくした今でも人のために戦ってくれている! 海堂は一生懸命に生きている! キミはそれがどれほど嬉しいか分からないだろう!?」

「当たり前よ。そんな人間らしいことをオルフェノクがするなんてバカみたい。オルフェノクはオルフェノクらしくしてれば良いのよ。あのエラスモテリウムみたいにね!」

「やっぱりキミ、哀れだよ」

 

 オーガはロブスターオルフェノクの首をその剣ではね飛ばした。

 

「北崎くん、今のキミなら俺の言っていることが分かるよね?」

 

 木場は競技場に視線を向けた。

 

「北崎、援護頼む!」

「うん!」

 

 サイガがフライングアタッカーから発射した光弾がエラスモテリウムの顔面に直撃する。オルフェノクにとって有毒のフォトンブラッドをまともに食らったエラスモテリウムは大きく仰け反る。好機。懐に潜り込んだファングはその腹に炎を纏った手甲を叩きつけた。一瞬だけエラスモテリウムが跳ね上がる。

 

『ファング、ランチャー!』

「おう!」

 

 その隙を見逃さずエラスモテリウムの下顎にファングは無数のミサイルを撃ち込む。エラスモテリウムは激しい痛みに大きな叫び声を上げる。

 

「北崎くんとあのファングって人、強い。これなら勝てるかも」

「いや、難しいだろうね。あの二人では決定打にかける」

「・・・・・・分かるんですか?」

「まあね。エラスモテリウムはファイズの世界で最強のブラスターとオーガが二人がかりでようやく倒せる相手だ」

 

 ファイズの世界? 海東の言っていることがよく分からずエミリは首を傾げる。

 

『あいつ、もう再生してる』

『ああ、一撃で倒す以外に倒す手段はないだろう』

 

 ファングとサイガは何度もエラスモテリウムに致命傷を与えている。しかし、その度にエラスモテリウムの傷は再生していた。エラスモテリウムが切り札たる所以はその身体の頑丈さと自己再生能力にある。

 

「あれだけのデカブツを一撃で倒すとか不可能だろ! 北崎、なんかねえか!?」

「ここら一帯を丸ごと更地にして良いならあるよ。使う?」

「なしに決まってんだろ、バカ!」

 

 周りの被害を考えてないのか、コイツは。ファングはため息を吐いた。

 

『ファング、来るわ!』

「おっと!」

 

 エラスモテリウムの光の針をファングは剣で叩き落とす。

 

「ファングくん、そいつの弱点は頭だよ! 頭の上にコアがある!」

「なにぃ!?」

 

 観客席のハーラーのアドバイスでファングは視線をエラスモテリウムの頭部に向ける。確かにその頭にオルフェノクと思われるコアがあった。

 

「北崎、アイツの動き止められるか!?」

「ここら一帯を『なしだ!』」

 

 せっかく見つけた弱点だが無茶苦茶に動き回るエラスモテリウムの頭部を的確に狙うのは不可能だ。あの針に迎撃されてしまうだろう。オーガをも葬ったその針一撃でも喰らえばファングたちは即死だ。何か手段はないのか。ファングは考える。

 

「────やっぱりファングさんは私がいないとダメダメですね」

「ティアラ!」

「私に任せてください」

 

 ティアラは地面に手を置いた。彼女の身体にとてつもない量の魔力が集まっていく。エラスモテリウムはティアラを警戒すると彼女に向けて光の針を放つ。ファングとサイガは慌てて迎撃に向かう。

 

「させないよ」

 

────exceed charge

 

 だがその針を迎撃したのはオーガだ。オーガストランザーから放たれた必殺の一撃────オーガストラッシュが無数の光の針を消し飛ばした。

 

「ありがとうございます。はあああ『メイルシュトローム』!」

 

 ティアラは自分が出せる最強の魔法を放つ。メイルシュトローム。無数のモンスターを一瞬で殲滅させる暴水の嵐がエラスモテリウムを飲み込んだ。圧倒的な水圧がエラスモテリウムの身体を砕く。崩れ落ちたエラスモテリウムの再生能力は格段に落ちていた。

 

「今ですわ!」

「やるよ、ファングくん!」

「ああ!」

 

 ファングは地面にフューリーを突き刺す。彼の足に炎のエネルギーが収束しだす。北崎はそれを確認するとサイガフォンのエンターキーを押した。

 

────exceed charge

 

「ダアアアア!」

「ハアアアア!」

 

 灼熱深紅の炎を纏ったファングと群青の閃光と化したサイガのキックがエラスモテリウムを貫いた。

 

「どうだ・・・・・・?」

「やったか?」

「あ、ファングさん。それは言っては」

 

 いけません、とティアラが言おうとした瞬間

 

『ぐおおおお!』

「ち、しぶてえな」

「でも、これで終わりだ」

 

────ready

 

 

 エラスモテリウムは半壊した身体でファングたちに飛びかかった。ファングは剣を構え、サイガはトンファーエッジを抜いた。

 

「させんわ!」

『attack effect ニョイキンコンボウ』

 

 だがファングたちが攻撃するよりも早く何者かの拳がエラスモテリウムを打ち砕いた。

 

「ふっふっふ! この蒼き疾風と呼ばれたピピン、僭越ながら若人のピンチに参上しに参ったぞ!」

 

 その男の登場にこの場にいた全員が固まる。ファングも、ティアラも、北崎も、あの海東までもが。元の姿に戻ったアリンは思わず叫んだ。

 

「出たああああああ!? 緑の生き物だあああああああ!?」

 

 

「ふ、ふふふ。ちょっと計算は狂ったけど計画はまだまだ予定通りだわ」

 

 ロブスターオルフェノクはフラフラとした足取りでゼルウィンズの裏通りを歩いていた。エラスモテリウムは倒され、圧倒的な戦力を持ったドルファ社長の抹殺は失敗に終わった。だが手駒さえ増やせればフェンサーなど敵ではない。ロブスターオルフェノクは高笑いした。

 

「青いバラ、王の器。この二つのどっちかさえあれば私の計画は『じゃあもう一つしか残ってねえなァ』・・・・・・誰!?」

「さァて、誰でしょう?」

 

 ロブスターオルフェノクは裏通りの先から現れた男を睨む。それは蛇のような顔をした中東風の鎧を纏った黒い戦士。人間ではなかった。彼はロブスターオルフェノクを視界にとらえるとその黒い複眼は不気味に歪んだ。

 

「青いバラなら全て集めさせてもらった。社長の命令でなァ。まあ取り残しもあるかもしんねえけど大した数じゃねえよ」

 

 黒い戦士は山のように積まれた青いバラを異空間から召喚した。

 

「あ、あなた。どうやって・・・・・・!?」

「集めたのは俺じゃねえ。ドルファの社員が一軒一軒回って危険物として回収したんだ。あとは大金積ませて警察も使った」

「そうじゃない、なぜ青いバラが危険だと分かったの!?」

 

 戦士はゲラゲラと笑う。

 

「許可もとらないで何が安全なんだよ、バァカ! かかか、怪物になって顔だけじゃなく頭も怪物になったかァ?」

「な、なんですって!?」

 

 ロブスターオルフェノクは一番気にしていることを言われて激昂した。

 

「死になさい!」

「てめえがな」

「私は不死身よ、殺すことは誰にも出来ない!」

 

 レイピアを構えたロブスターオルフェノクの腹を黒い戦士は蹴った。彼女は大きく吹き飛ばされる。

 

「別に殺すとは言ってねえよ」

「なに?」

「『永遠に』囚われちまえ」

 

 ロブスターオルフェノクはブラックホールのようなナニカに吸い込まれた。それは女神と邪神が眠る空間のような場所に繋がってるワームホールだ。ただしそこには女神も邪神もいない。あるのは闇だけの無の空間。不死身のロブスターオルフェノクにとっては本当に永遠の苦痛になりだろう。

 

「てめえの敗因を教えてやる」

 

 

「ドルファ舐めんなァ」

 

 ◇

 

「あーあ、花は枯れちゃったし結局はただ働きか」

 

 ぼろぼろになったアリーナを見上げ海東は不満そうにぼやく。妖聖の花はエラスモテリウムの瘴気に当てられ枯れてしまった。フューリーも返した今、彼がこの世界で得たお宝は何一つ残っていない。

 

「良いじゃないか、たくさんの人が守れたんだから」

「大体、ただ働きをしたのは俺たちじゃないか。何か報酬があっても良いんじゃないかなあ?」

 

 ファングたちと合流出来た巧たちは海東の周りに集まっていた。この世界から出ていく彼らを見送ろうと思ったからだ。

 

「・・・・・・キミたちが会いたい人に伝言を伝えてあげよう」

 

 ブスッとした顔で海東は言った。

 

「じゃあ真理にとても美人になったな、と伝えてくれ」

「美人じゃなくても?」

「おれが惚れた女だ。美人になっているに決まっているだろう」

 

 草加は微笑む。普段の邪悪な笑みとは違う、本当の意味で優しい笑顔だ。

 

「もう行ってまうんか? どうせならメシでも・・・・・・」

「おれはこの世界には長居出来ない。君たちが寂しくならないうちにおさらばさせてもらうよ」

「もう、寂しい」

 

 寂しそうな顔をするガルドとエフォールに草加はふ、と笑う。

 

「乾!」

「なんだ、草加」

「・・・・・・なるべく生きろ」

 

 草加の言葉に巧は素直に頷く。彼はそれを言い残すとオーロラへと消えていった。

 

「木場勇治、キミは何を伝えてほしい?」

「じゃあ海堂に生きてくれと伝えてほしい」

「ボクは言わなくても心配ないと思うけどね」

 

 確かに、木場と海東は笑う。

 

「木場さん、これもらっても良いの? 帝王のベルトだよ」

 

 北崎は木場から託されたオーガのベルトを掲げる。戦いが終わり、変身を解いた彼から北崎はオーガのベルトを託されていた。

 

「今のキミになら託しても良いと思ったんだ」

「乾巧じゃなくて僕に?」

「やっぱり乾くんはファイズじゃないとね」

 

 なるほど、北崎は納得した。

 

「俺の夢は人とオルフェノクが共存出来る世界を作ることだ」

「難しい夢だね。でも、良い夢だと思うよ。人とオルフェノクの共存」

「どうしたの、北崎くん。私の顔に何かついてる?」

 

 北崎は笑顔でエミリの顔を見つめた。彼女は訳が分からず首を傾げる。

 

「キミがそう思ってくれるから俺はキミにこのベルトを託せるんだよ」

 

 木場は北崎の肩を叩いた。

 

「乾くん」

「なんだ、木場?」

「本当はこれからも世界を守ってくれ、て言いたいんだけどそれは止めとくよ。誰かのためじゃない、キミ自身の幸せのために生きてくれ」

 

 巧はなんとも言えない表情になる。自分の幸せについて考えたことなんて今までなかった。もう少し自分を見直すべきかな、と彼は思った。

 

「巧さんは幸せになれます。私が保証します!」

「勝手に約束すんなよ。まあ、今の俺は幸せだから安心しろ。木場」

「みたいだね。とてもお似合いだよ」

 

 そういうのじゃねえよ!と叫ぶ巧に笑顔を浮かべながら木場は灰色のオーロラの中に消えていった。

 

「さあてボクもそろそろおさらばしようかな」

「なあ、お前は結局何しにこの世界に来たんだ?」

 

 灰色のオーロラに入ろうとする海東をファングが呼び止める。

 

「友に頼まれた。乾巧にファイズアクセルを託せ、ってね」

「へー、なんか知らねえけどありがとうな」

「礼を言うならお宝をくれないか?」

 

 両手を出されてもフューリーは渡せない。がっかりする海東の手に水色の髪飾りが置かれた。果林が身に付けている装飾品だ。とても綺麗なそれを海東は不思議そうに眺める。

 

「これは・・・・・・?」

「妖聖の髪飾りは貴重なんですよ。世界に一つしかないお宝です!」

「・・・・・・返せと言っても返さないからね」

 

 海東は嬉しそうにそれを懐に入れた。

 

「ではボクもおさらばしよう」

『かいとう、またあそびにきてね! つぎはこのせかいをあんないするから』

「約束しよう。また通りすがったらキミたちに会いにくるよ」

「今度はフューリーを盗まないでくださいよ、怪盗さん」

 

 この世界に来て初めて怪盗扱いされ海東は内心で喜ぶ。それも下着泥棒と不名誉な呼び方をしていたティアラだからなおのことだ。

 

「善処するよ、じゃあね」

 

 海東も灰色のオーロラに飛び込んだ。

 

「果林、良かったのか? 髪飾りやっちまって」

「良いんです。あの髪飾りは貴重ですけど巧さんやエフォールを助けてくれた人になら喜んでプレゼントします」

「・・・・・・代わりにはならねえけど俺が新しい髪飾りを買ってやるよ」

「え、本当ですか。嬉しいです!」

 

 満面の笑みを浮かべる果林に巧はちょっとだけ心臓がドキリとした。

 

「それにしてもまさか巧が異世界人だったなんてな」

「そのこともとても気になるんですが・・・・・・」

 

 ティアラは視線を後ろに向ける。

 

「頭に剣が刺さった間抜けな着ぐるみ。本当に緑の生き物っていたのか!?」

「着ぐるみではない。うぬらと同じ真っ赤な血の流れる人間だ」

「是非サンプルとしてその真っ赤な血が欲しいなあ」

「可愛い」

「妖聖でしょうか」

「妖聖は私『ソウジ』です」

「マジか!? 絶対逆やろ」

 

ティアラの視線の先には緑の生き物を囲んでいる彼女の仲間たちがいた。

 

 

「あの緑の生き物の正体の方が気になります」

「ああ。俺もそう思った」

 

 

 ◇

 

 園田真理は久しぶりに幼なじみの夢を見た。幼い頃、共に育った教室に彼はいた。大人になった真理はそれより少し幼い彼を草加くん、と呼んだ。

 

 ────真理とても美人になったね

 

 草加は微笑んだ。

 

 真理は目が覚めた。とても心の中が暖かくなり嬉しい気持ちになる。

 

 

 海堂直也は久しぶりに友の夢を見た。共に暮らしたマンションのソファーに彼は座っていた。すっかり老けてしまった海堂はふざけた笑顔で彼を木場、と呼んだ。

 

────俺の分までキミは生きてくれ、海堂。終わりが来るまで。

 

 木場は微笑んだ。

 

 海堂は目が覚めた。胸の中が締め付けられるような痛みを感じ、寂しくなる。

 

 

 気持ちは違えど二人は同じ事を考えていた。

 

────あなたに会いたい、と。

 




色々と詰め込みすぎました。草加が綺麗すぎるかもしれないし、木場さんとたっくんをもう少し絡めたかったし。もっと書きたかった(錯乱)

今回の話を読んで『あれオルフェノクサイドはもしかしてもう終わりなの?』と思った人はフェアリーフェンサーエフをプレイしてください。

そして次回からあと数話で個別ルートが終了するので今後の展開を予告風に紹介します。

ネタバレなのでネタバレを避けたい人は見ないでください。




Open Your Eyes For The next Φs

『今の私は貴様や神々をも超越した!』
『私は兄を殺した人を許せません』
『ティアラさん、僕はあなたのことを・・・・・・』
『ファングさん、私もあなたのことが────』
『ティアラァァァァァァァァ!!』
『おばあちゃんが言っていた。卓袱台をひっくり返していいのは不味いメシだった時だけだ、と』
『世界を敵に回しても守りたいと思ったんだ。それが間違ってたとしても、俺はこの剣で運命を切り開く!』
『運命と戦え! そして勝て、ファング!』
『俺も君と、同じだからさ』
『まさか、あんたの正体は・・・・・・!』

こうやって予告するのは自分で想像している展開を忘れないためです


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復活のバーナード

日曜大工大好きおじさん(CV:草加雅人)


久しぶりに彼が登場します。


「・・・・・・本当にこいつを仲間にするのか?」

 

 巧は真剣な表情でファングたちを見つめる。彼らは無言で考え込む。気まずい空気が流れた。

 

 事の発端は緑の生き物ことピピンにある。彼はあの戦いから数日経ったある日、向日葵荘にやってきた。利用客の子どもたちがやけに庭に集まっているのが気になったファングがそこに行くと子どもに囲まれているピピンがいた。ピピンはファングを視界に捉えると

 

『探していたぞ! 良き目をした青年よ!』

 

 と言って抱きついた。ミントの匂いがしたことに安らぎを覚えたファングは眉を歪める。ピピンを引き剥がして話しを聞いてみるとどうやら彼はファングの仲間に入れてもらいたくてこの向日葵荘に来たらしい。

 

「シャルマン以上に加入する理由が訳わかんねえってマジで。なに考えてるんだよ?」

「いんじゃね? 逆に今まで何か考えて行動したことあったか、俺たち?」

「私はともかくファングさんはありませんわね」

「痺れ薬盛った奴を仲間にした女に下に見られちまったよ」

 

 漫才をするファングとティアラを無視して巧は騒動の中心にいる緑の生き物ことピピンを睨み付けた。

 

「かっかっか! そう警戒するでない。とって食おうなどと思ってらんわ」

「その見た目で食うって言葉使わんといてくれ。本気で怖いわ」

 

 ガルドはピピンを本物の熊か何かと勘違いしているのかとても怯えた目で彼を見つめる。どう見ても人外だがそこまで恐れる必要はない。

 

「可愛い、それにもふもふ。ガルドは怖がりすぎ」

「見た目で騙されたらあかん。鉄パイプを片手に持ったマスコットに追いかけられたワイが言うんやから間違いあらへん」

「待ってください、ガルドくん。キミは一体何に追いかけられたんですか?」

 

 そんな経験があるならお化け屋敷を怖がるのも納得だ。いや、どんな経験だ。

 

「そもそもなんであたしたちの仲間になりたいの?」

 

 アリンは当然の疑問をピピンに言った。

 

「我輩、そこの良き目をした青年に惚れてしまったのだ! 他者を守るために己を躊躇いもなく犠牲にする姿は若い頃の我輩にそっくりだ。是非ともお主の傍でその行く末を見守らせてほしい! 変わりといってはなんだが蒼き疾風と呼ばれたこの我輩の力を惜しみ無く発揮してやろうではないか!」

 

 蒼き疾風? ファングたちは気になる二つ名の登場に首を傾げる。緑の生き物は蒼い生き物だった時代でもあるのだろうか。本当に謎多き存在だ。

 

「構わねえよ。俺様の魅力に気づく奴に悪い奴はいねえ。馬車馬のように働いてもらおうじゃねえか」

「その自信に満ちた態度も威勢のよさも我輩にそっくりだ。ますます気に入った」

 

 パット見着ぐるみのピピンがファングのように尊大な態度をとっているとは想像しがたい。ますます彼の過去が気になるところだ。

 

「彼の腕は確かですし、僕は賛成です」

「私も」

「エフォールが賛成なら私も賛成します」

「私は楽が出来るなら構わないよ」

 

 巧とガルド、ティアラを除くメンバーは概ね納得してるようだ。

 

「仕方ありませんわ、多数決ということで納得しましょう」

「・・・・・・ま、別に構わねえよ」

「ダンナが信頼出来るならワイも別にかまへん」

 

 こうして緑の生き物ことピピンが仲間に加わった。

 

 ◇

 

 その日の夜、男性陣はファングの部屋に集まりピピンとシャルマンの歓迎会を行った。

 

「それでよ、俺たちが大人に黙ってキャンプ場から離れて虫取りに行ったら先生にバレちまってさ。たんこぶ出来るくらいの拳骨くらっちまったんだよ」

「ガキの頃から自由人だったんだな、お前」

「これくらい普通だろ。でさ。先生めっちゃ怒ってんだけど。怒りのあまり滑舌悪くなって、な、何言ってるかわかんねえの。ふざけるながフジャケルナーって。俺たち笑いこらえるのに必死だったのにそれを泣きそうになってると勘違いした先生が『反省したならいいんだ』って。もうおかしくてさ」

『あははは』

 

 ファングは酒が入っているのか非常に上機嫌で自分の過去について語っていた。みな酒が入っているせいかちょっとした笑い話でも大笑いだ。唯一未成年の巧だけは何時も通り無愛想だが。

 

「巧はんは飲まんのか」

「歳を考えろ」

「ええやん、無礼講や無礼講」

 

 お調子者のガルドは酒が入って何時も以上にテンションが高い。さっきから巧に対してやたらと飲め飲めと絡んでくる。

 

「これこれたっくんは未成年だ。酒を初めて飲む楽しみを奪ってはいかん」

「お、流石は年の功。年長のピピンさんやな! せやせや、楽しみはとっとくべきやな。すまんな、たっくん!」

「お前ら二人揃ってたっくん言うな」

 

 ガルドは先ほどまで警戒していたのが嘘のようにピピンと意気投合していた。まあオルフェノクである巧を受け入れられたのだから当然と言えば当然なのだが。

 

(俺も今なら打ち明けられるかもな)

 

 あからさまに人外のピピンがパーティに平然と受け入れられている今なら自分の正体を打ち明けるのも悪くないかもしれない。巧はそう思った。

 

「つまみが出来たぞー」

「お、美味そう」

「こういう時こそバハスはんがいて良かったと思うわ」

「おお、我輩の好物のイカの塩辛があるではないか」

 

 花柄のエプロンを着けたバハスが持ってきた焼き鳥や塩辛などの酒のつまみをファングたちは笑顔で食べる。

 

「イカの塩辛が好物の着ぐるみってなんだよ」

「ピピンは着ぐるみではないですよ、巧くん」

「はいはい」

 

 巧に今話しかけたのはピピンのパートナー妖聖のソウジ。執事風の青年の姿をしている美形の男性だ。

 

「ところでダンナ」

「なんだ?」

「ダンナはティアラはんとアリンはんどっちが好きなんや」

「ぶっ!?」

 

 ファングは口の中に含んでいた酒を吐き出し、咳き込んだ。完全に不意打ちを食らった。

 

「て、てめえ、ふざけんなガルド!? ひ、人が口の中に物入れてる時に変なこと言ってんじゃねえよ! おかけで汚れちまったじゃねえか!」

「変ではありませんよ。むしろこういう時の定番だと僕は思いますよ」

「うるせー! お前まで余計なこと言ってんじゃねえ!」

 

 普段あまり考えていない異性との『そういう』関係を指摘されてファングはたじたじだ。この場にいる男性陣はみなその様子をニヤニヤと眺めている。

 

「ふむ、確かに男ならはっきりさせておくべきだ。余計な修羅場を避けるためにもな。ファング、お前はどっちの方が好きなんだ?」

「いや、エフォールの可能性もあるぞ」

「ブレイズと巧まで調子に乗りやがって・・・・・・」

 

 ファングは恨めしそうに二人を睨む。

 

「ほら、さっさと吐け」

「それとも両手に花を抱く気かの?」

「たく、めんどくせーな」

 

 ファングはため息を吐いた。

 

「俺は別にどっちが好きとかそんなの考えてねえよ」

「じゃあどう思ってるかだけでも構わん」

「そうだな。なんつーか、アリンは大事なパートナーだ。何時も傍にいてくれるから安心出来る。俺が戦えるのはアリンが支えてくれるからだ。あいつは俺の考えてることを誰よりも分かってくれる。アリンが幸せなら俺も幸せだ。だから大切に思ってる」

 

 これは本人に是非とも聞かせたいものだ、巧たちはニヤリと笑う。

 

「じゃあティアラは、どうなんだ?」

「どうなんだろうな。・・・・・・俺はティアラを守りたいと思ってる。世界平和を望んでいるならそれを叶えてやりたい。泣いているなら笑ってほしい。あいつが傷つくくらいなら俺が傷ついた方が良いとすら思う。ティアラを守る、そのために俺は剣を持つ」

 

 これは本人に是非とも聞いてもらいたい、巧たちはむず痒くなった。

 

「結局、どっちが好きかわかんねえな」

「ティアラはんに500。完全に惚れてるやろ」

「僕はアリンさんに1000。もう既にお二人はデキてますよ」

 

 そういうのではないと言っただろ、ファングはため息を吐いた。

 

「ちなみにエフォールは?」

「最初はかわいそうな奴としか思ってなかった。殺すことでしか喜びを感じられないエフォールが心配だった。いつかあいつが死んじまうんじゃねえかって。でもこうして仲間になった今はあいつが生きてくれていて本当に良かったと思ってる。エフォールが幸せになれるためなら俺もがんばるよ」

「俺はエフォールに1500。大穴狙いでいく」

 

 ファングはまたため息を吐いた。

 

 一方女性陣はエフォールと果林の歓迎会をしていた。

 

「ファングくんたち何やらとっても盛り上がってるねえ。好きな人の話しで盛り上がってるのかな?」

「い、いっしょうぶんなでまわされたかも」

 

 女性陣で唯一アルコールが入ったハーラーは上機嫌だ。膝の上でもみくちゃになって涙目のキョーコがその証拠である。

 

「ねえ、アリンちゃんとティアラちゃん、エフォールちゃんはファングくんをどう思ってるの?」

「それ、私も気になってたんだよねー」

 

 マリサがニコニコと笑顔を浮かべて言った。

 

「・・・・・・あたしはかっこいいと思ってるわ。バカで食いしん坊でバカだけど誰かを守る姿を見てるとドキリとするの。アイツと一緒に戦ってるからかな」

 

 アリンは以前、温泉で語ったようなことをハーラーたちに言った。その柔らかい頬っぺたが紅くなっていることに彼女は気づいているだろうか。

 

「ティアラちゃんは?」

「・・・・・・私はファングさんを好きになってはいけないんです。嫌われ者の私が好きになったせいでファングさんが傷つく姿は見たくないから。今のように傷つくほど近づかずに曖昧なままで良いんです」

「深く考えすぎじゃない?」

 

 辛気臭い表情のティアラの顔をハーラーはじっと見た。

 

「ティアラちゃんに何があるのかはわからないけどさ。好きにならない言い訳を作るより好きになっちゃう理由を考える方が良いと思うよ」

「好きになる理由、ですか?」

「うん。ティアラちゃんは恋愛を論理的に考えすきだね。少しは感情的に考えるのも悪くないと思うよ」

 

 ハーラーのアドバイスにティアラは考え込む。

 

(ティアラさんにも巧さんみたいな秘密があるのかな?)

 

 果林はティアラが悩む理由を一人考える。誰かと親しくなるのが怖い、自分が誰かを裏切ってしまうからとかつて言っていた巧の姿と自分が好きになってしまった誰かが傷つくのが怖いというティアラの姿はとても似ている。巧にはウルフオルフェノクという背景がある。ならティアラにはどんな背景があるのだろうか。

 

「エフォールちゃんはファングくんのどこが好きなの?」

「ファングがファングだから、好き」

 

 躊躇いなくファングを好きと言えるエフォールをティアラは羨ましく思った。

 

 ◇

 

「皆すっかり眠ってしまったみたいですね」

 

 腹を出して眠るガルドに布団を掛けてシャルマンは周りを見た。巧は眠っているピピンを枕にして眠り、バハスはその巨体でファングのベッドを独占している。

 

「ファングくんの姿が見えませんね」

 

 それと壁に立て掛けられていたギターもない。どこかで弾いているのだろうか。

 

「僕も水でも飲んでもう寝よう」

 

 シャルマンは食堂に向かう。

 

「これはティアラさんの鞄? こんな所に無用心だ、届けに行くか」

 

 食堂のテーブルにはティアラの鞄が置いてあった。シャルマンは彼女の鞄を片手に食堂を出る。

 

「こんな時間に話し声?」

 

 庭から聞こえる声を不信に思ったシャルマンは窓を開ける。

 

「お願いします、女神様。どうか私の願いを叶えてください・・・・・・世界中の人々のために」

 

 その声の主はティアラだ。彼女はどこまでも広がる星空に祈りを捧げていた。

 

「この世が皆の幸せな笑い声で溢れますように・・・・・・」

 

 全ては人々の平和のために。

 

「そうすれば私はこの恐れから解放されるでしょう・・・・・・」

 

 そして自分自身を救うために。

 

「ティアラさん・・・・・・あなたという人は・・・・・・」

 

 シャルマンは何とも言えない表情でティアラを見つめる。結局、彼は鞄を彼女に渡すことが出来なかった。

 

「お婆様、私は本当に誰よりも高潔に人を愛しているのでしょうか?」

 

 空を見上げた。その問いに答えてくれる人はこの世にもういない。ティアラは悲しげに顔を伏せた。昔のことを思いだそうとすると何時もこうなる。心の中が雨が降ったように暗くなる。

 

 ♪─♪─♪─♪─♪

 

 そんな彼女の淀んだ心の中に穏やかな音色が響き渡る。ティアラはうっすらと微笑む。曇り空に晴れ間が差したような気がした。

 

「この曲は・・・・・・」

 

 ティアラはその音が流れる先に向かう。

 

「────♪」

 

 向日葵荘の屋根の上。そこにはギターを奏でるファングがいた。彼はとても穏やかな表情で鼻歌を歌う。それは彼の奏でるギターの曲と同じものだ。

 

「ファング、さん?」

「ん? ティアラか。どうしたんだ、こんな夜中に」

「眠れなくて。世界中の人のために祈っていました」

「なんだそりゃ」

 

 ファングが使ったと思われる梯子を使ってティアラは屋根の上に登る。

 

「ファングさんはどうしてこんな真夜中にギターを?」

「ちょっとな。先生に聴いてもらおうと思っただけだよ」

 

 ファングは笑顔で空を見上げた。今日も何処かで自分の師が同じように空を見上げていると確信しているようだ。

 

「ファングさんにとって先生はどんな人だったんですか?」

「先生は俺にとって憧れで目標でヒーローだ。強くてかっこいいんだよ。とにかく。それに優しい人だ。数え切れないほど多くの人の命を救ってんのにそれでも救えない人たちがいることを悲しむようなあの人が俺は大好きだった」

 

 子どものように目を輝かして師匠について語るファングにティアラは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「先生のことだからきっと今も何処かで戦い続けてるんだろうからさ、俺の歌でも聴いて休んでもらおうと思ったんだよ」

 

 ファングはまたギターを弾き始めた。

 

「・・・・・・その曲、亡くなった私のお婆様が好きな曲だったんです」

 

 お前のばあちゃんが? 目を伏せて言ったティアラにファングが聞き返す。彼女は無言で頷いた。

 

「お前のばあちゃんってどんなばあちゃんだったんだ」

 

 今度はファングがティアラに聞く番だ。彼女は祖母について語り始める。お洒落が好きだったこと、とても饒舌で色々なお話しを子どもの頃のティアラに聞かせてくれたこと。彼女は多くを祖母から教えてもらった。ティアラは祖母が大好きだった。今こうして世界平和の夢を抱くようになったのも祖母がティアラに託した願いなのだ。誰よりも高潔で誰よりも人々の平和を願う人間にお前はならなければいけないと。彼女は祖母から希望の光を託された。

 

「だから私は世界の平和を、人々の幸福を願うんです」

「そっか。ばあちゃんの願いだったのか」

 

 ファングはティアラがどうしてこうも世界平和にこだわるのか納得した。死んだ祖母との約束ならあそこまで焦る気持ちも分からなくはない。

 

「私は早く女神様を復活させなければなりません」

 

 ティアラは焦る気持ちが表情に出ていた。迫り来るドルファの魔の手、先のオルフェノクを名乗る怪物との決戦。そしてこの世界に溢れた戦争や紛争。それらは全て邪神がこの世に残した爪痕だと彼女は思っていた。祖母と約束した自分は一刻も早く女神を復活させ、この世を平和にしなければならない。彼女はファングにそう言った。

 

「・・・・・・優美に、そして歩くよりは早く」

「え?」

 

 ファングはギターを弾きながらティアラに言った。彼女は普段とは違いやけに詩的なことを言うファングに首を傾げる。

 

「お前のばあちゃんが好きな曲にはそういう意味があんだよ。焦りすぎだ、くそ真面目」

「また私のことを『お前のばあちゃんがお前に託したのは願いか、呪いか?』・・・・・・願いに決まってるじゃないですか!」

「だったら焦る必要がどこにあんだよ。お前がならないといけないのは世界を平和にするために生きる機械じゃない。誰かの幸せのために世界平和を願える優しい人にならないといけないんじゃないのか」

 

 ファングの一言にティアラは目を見開いた。確かにいつの間にか叶えなければならない願いが解かなければならない呪いへと変わっていた気がする。祖母が死んでから今までずっとそうやって生きてきたせいで大事なことを忘れていたのかもしれない。

 

「ファングさん、その曲。あなたの先生にではなく私のために弾いてくれませんか」

「ああ、構わねえよ」

 

 ♪─♪─♪─♪─♪

 

 ファングはクラシカルなメロディーのその曲を弾く。シャルマンのピアノのようにプロレベルに上手いという訳ではないはずだが自分が今まで聞いたどんな音楽よりもずっと聴いていたいとティアラは思った。彼女は頭をファングの肩に乗せると穏やかに目を細める。

 

(優美に、そして歩くよりは早く・・・・・・)

 

 そうだ。それくらいの気持ちで良いんだ。ティアラは憑き物が落ちたような晴れやかな気分になった。

 

 ◇

 

「さあ、今日もがんばってフューリー探しにいきましょうか」

 

 ティアラは明るい面持ちで向日葵荘を出た。

 

「おう、しっかり頼むぜ」

「任せて、ファング」

「あんたもがんばるのよ」

「いっつも頑張ってんだろ」

 

 アポローネスとの戦い以来久しぶりのフューリー探しにファングたちは気合い十分だ。

 

「あ、いたいたお兄ちゃん。まいどー!」

「お、ロロじゃねーか。珍しいな」

 

 珍しいことが起きた。普段は噴水広場にロロを探しに行くファングたちだが今日は逆に彼女の方からファングたちを探しに来ていた。

 

『で、今日は訪問販売か?』

「あったりー。今日はいいネタ手に入ったから特別に常連のお兄ちゃんに教えてあげようと思ったの!」

 

 わざわざ自ら情報を売りに来るとはよほどその情報に自身があるのだろうか。

 

「ホントに? あんたいい子ね!」

「でしょー? だからお金ちょーだい」

「いい子って言ったのは訂正したほうがええんとちゃう?」

 

 ファングは料金を支払った。

 

「相変わらずたっけえな」

「とか言ってもちゃんと払っちゃうお兄ちゃんが大好きだよ」

「大好きだってよ、ファング」

 

 ファングは無言で巧を蹴った。

 

「それでフューリーは何処にあるんや?」

「んとねえ。地への回廊で見つかったって話しだよ。強いモンスターがウヨウヨいるから気を付けてねー」

 

 ロロはそれだけ言うそそくさと去ってしまった。

 

「地への回廊・・・・・・」

「アリン、どうしたの?」

「ううん、なんでもない。さ、行きましょ」

 

 そこでアリンはあることに気づいた。

 

「あれ、シャルマン様は?」

「そういえば今朝から見てませんね」

 

 シャルマンとそのパートナーのリュシンがいない。大所帯になったせいだろうか。今まで気づかなかった。

 

「なんやねん。一緒に酒飲んでちょっと良い奴かなって思った矢先にサボりかい」

「どうせ女かなんかだろ。色男がいない理由なんて相場は決まってる」

「あ、昨日酔っ払った勢いで言ってた娘やな」

 

 ガルドと巧はシャルマンが留守の理由を面白おかしく推理する。

 

「あいつがいなくても何とかなるだろ。よし、サクッとお宝ゲットだ!」

 

 ◇

 

「ここが地への回廊か。なかなか歯ごたえのありそうな場所やな。腕がなるでー!」

 

 地への回廊は古びた古代遺跡だ。かつてはなんらかの科学施設だったのか遺跡の内部は照明が点いている。噂では女神にとって非常に縁の深かった建造物であるらしいが強力なモンスターがいるためかそれは噂のままで確信には未だに至れてないらしい。妖聖研究家のハーラーがここに来るまでにファングたちへそう教えてくれた。

 

「シャルマンがいなくても、私たちならやれる」

「こらこらエフォール。あまりいない人のことを悪く言ってはいけませんよ」

「・・・・・・あ、ごめんなさい」

 

 分かればよろしい、と果林はエフォールの頭を撫でた。

 

「どうした、アリン? 浮かない顔だな」

「ううん、なんでもない。早くフューリーを見つけて帰りましょ」

「体調が悪いならすぐに言えよ。カダカス氷窟の時みてーに倒れたら洒落になんねーからな」

 

 ファングはアリンの頭をぽんと叩いた。彼女はうっすら笑う。

 

「しっかしピピン、お前って本当に緑の生き物なのか?」

 

 地への回廊を下へ下へと進んでいるとファングはふとピピンにそんなことを言った。どう見ても緑の生き物そのものの彼に疑問を抱いたファングに巧たちは何言ってんだ、こいつ?という顔をする。

 

「お前、こいつが緑に見えねえのか?」

「まさか生き物に見えないんですか? いえ、確かに生き物と言えるか怪しいのですけど」

「分かった、旦那はピピンさんのことを緑の着ぐるみだと思ってるんやな!」

 

 巧たちの冷静な突っ込みにファングは首を振る。別にふざけている訳ではないようだ。彼らは首を傾げる。

 

「俺が知っている緑の生き物は戦争や紛争で傷ついた人たちを救う存在。・・・・・・その姿ははっきり言って怪物なんだよ」

「確かに傷ついた人々を理不尽な暴力から救うことは何度もあったぞ。だがお主はこんなにも威厳に満ち溢れた我輩が怪物に見えるとな?」

「威厳には満ち溢れてねえけど怪物ではないよな、やっぱ」

 

 ファングはがっかりしたようにため息を吐いた。

 

「俺にとっての憧れがこんな可愛い着ぐるみだったなんてな」

「なんだと! 我輩は着ぐるみではないわ!」

 

 プンプンと擬音が付きそうな怒りを露にするピピンにファングはまたため息を吐いた。理想と現実とのギャップに彼はがっかりせずにはいられない。

 

「あー、お前もしかして緑の生き物は女神が残した最後の切り札って伝説を信じてたのか?」

「・・・・・・まあな」

 

 巧はファングが何故ピピンの姿にがっかりしていたのか気づいた。以前、カメラ屋の店主が語っていた戦地に現れる緑の生き物の伝説を彼は信じていたのだ。もしそうならさぞ立派な生き物の姿を想像していたに違いない。その結果がこんな可愛いらしい着ぐるみでは落ち込むのも無理はない。

 

「しかし我輩は粛々と行動していたはずだがいつの間にか有名になっていたようだな」

『その風貌で無名のままいられる方法があるならぜひご教授いただきたい』

 

 まったくだ。人外なら嫌でも目立つに決まっている。

 

「ふう・・・・・・」

「どうした、アリン?」

「え、あ! なに?」

 

 しかし、ファングががっかりしていてからかい時なのにアリンはぼうっとしていて上の空だ。何時もなら軽口の一つや二つ言いそうなものなのだが。変だと思った彼はアリンの顔を覗き込む。

 

「体調悪いなら無理すんなよ。まだ先は長そうだからな 」

「わかってるわよ。そんなこと」

「もしかしてここに記憶の手がかりでもあるのか?」

 

 アリンと同じく記憶喪失の巧は彼女の異変を何となく察する。

 

「・・・・・・わかんない。でも何か引っかかってるのよ」

「何って、何?」

「何て言うのかな。どこか懐かしくて胸がざわざわするような、そんな感じ」

 

 女神由来の地で懐かしさを覚えるとはやはりアリンは女神となんらかの関係があったのだろうか。

 

「ここは女神を崇拝していた古代人が建造したからね。妖聖のアリンちゃんの手がかりがあってもおかしくないよ」

「じゃあさっさと攻略しちまうか。な、アリン」

「う、うん」

 

 決意を新たにファングたちは更に地への回廊を進む。

 

「・・・・・・むっ」

「エフォールはん、どうかしたんか?」

「何か視線を感じた、気がする」

 

 視線? エフォールと一緒にガルドは振り向いたがそこには誰もいない。彼女の気のせいか、それとも・・・・・・。まあこれだけの人数のフェンサーがいればどうにかなるだろう。

 

「お、あれフューリーじゃないか?」

 

 地への回廊の最下層にファングたちはたどり着いた。そこをしばらく歩き回っていると祭壇のような場所にフューリーが刺さっていた。

 

「思ったよりは楽でしたわね」

「ボスのモンスターもいませんからね」

 

 ティアラと果林はキョロキョロと辺りを見渡す。何時ものように強力なモンスターが現れないことにほっとした。

 

「・・・・・・いやもっと厄介な奴がいるみたいだぞ」

 

 ファングはフューリーの近くで山のように積み重なった灰の山に表情を変える。

 

「出てこい!」

 

 ファングが叫ぶとゆらりと物陰から一人の男が現れた。

 

「この私の存在に気づくとはやるではないか」

「お前は・・・・・・バーナード!?」

 

 ファングたちは目を見開いた。彼らを苦しめた強敵。バーナード。ファングがかつてトドメをさしたはずの男の登場に彼らは驚愕せずにはいられない。

 

「その声は草加(はん)!? って誰だ?」

 

 約二名まったく面識がない二人がとんちんかんなことを言って場のシリアスな雰囲気をぶち壊す。

 

「君たちの方こそ一体誰なのかなあ? まあ、構わんさ。どうせ君たちはここで死ぬのだからな」

 

 バーナードはニヤリと笑う。ファングたちはそれぞれの得物を持つ。

 

「一度負けた雑魚が何言ってんだ?」

「バーナード、殺殺殺殺」

「バーナード、てめえにつけられた落とし前はきっちりつけさせてもらう、とエフォールは申しております。私も同じ気持ちです」

 

 バーナードと因縁の深いファングとエフォールは鋭い殺気を発する。それでも彼は余裕の態度を崩さない。

 

「落とし前をつけるのは私の方さ。君たちの血で私の屈辱を洗い流させてもらう」

「やってみろ」

「殺!」

「ワイらを敵に回して勝てると思っとんのか!」

 

 ファングとバーナードは剣を交わす。あの時はバーナードの方に分があったがアポローネスすら倒した今のファングなら互角に戦うことが出来る。むしろファングの方が押しているようにすら巧には見えた。更にエフォールやガルドの援護もある。彼の勝ち目は限りなくゼロだ。だがバーナードは不利な戦いを楽しんでいるように見えた。・・・・・・不敵な笑みが崩れていない。

 

「ち、気味が悪いな」

 

 その不気味な雰囲気に嫌な予感を覚えた巧はベルトを腰に巻いた。

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧はファイズに変身する。

 

「それがベルトの力というヤツか、面白い」

「な、なんやあれ」

 

 バーナードの頭に邪神の紋様が浮かぶ。────そしてオルフェノクの紋様も。

 

「な、それは・・・・・・!?」

 

 巧は驚愕する。そして気づく。なぜファングに倒されたはずのバーナードがこうしてまた現れたのか。彼はなんらかの力によって生き返りオルフェノクになったのだ。

 

「言っておくがオルフェノクなどという下等なものには私はならんさ。北崎と一緒にするなよ」

 

 バーナードの腰に紫色のベルトが出現した。知るものが見ればそれは『オルタリング』と呼ばれる神の力を人が発揮するための出力装置であると気づくだろう。

 

「『フェアリンク』!」

 

「いくぞ、ブラッディ」

『了解、マスター』

 

 バーナードのフューリーから力の源である妖聖の魂が抜け落ちる。その力はベルトに吸収された。

 

「『フェアライズ』」

 

 バーナードは異形の姿へと変貌を遂げた。この前の巨人の姿とは違う。ファイズやサイガ、ファングのフューリーフォームのようにスマートな戦士。まるで天使のように何処までも白き純白の鎧、地面にぶちまけられた赤い鮮血のように禍々しくも無機質な真っ赤な複眼がファングたちを捉える。純白邪心の戦士。神とオルフェノクの力が合わさった幻影の怪物がこの世界に誕生した。

 

「下がれ。ガルド、エフォール。・・・・・・『フェアライズ!』」

 

 ファングは二人を後退させると紅炎真紅の戦士に変身した。あの時はバーナードを終始圧倒したこのフューリーフォームをもってしても彼は勝てる自身が湧かない。

 

「やるしかねえぞ、ファング」

「ああ、分かってる」

 

 ファイズとファングはバーナードに飛びかかる。ファイズの拳がバーナードの腹に直撃する。しかし、彼は微動だにしない。背後からファングが大剣を振り下ろした。片手で受け止められる。バーナードはファイズの肩を掴むと彼に投げ飛ばす。ファイズを受け止めたファングにバーナードは回し蹴りを放つ。二人纏めて吹き飛ばされた。

 

「ぐあ!」

「くっ!」

 

 巧はその衝撃で変身を強制的に解除された。ゴロゴロと地面を転がり、身体がむち打つ。

 

「巧、大丈夫か!?」

「貴様に他人を構っている暇があるのか?」

 

 ファイズが抜けたことでファングの勝てる可能性はより絶望的なものになった。一方的な蹂躙が始まる。

 

「ち、くしょ、う」

「大丈夫かい?」

「乾さん、今回復魔法をかけます」

 

 戦闘のダメージで立つことも出来ない巧にティアラとハーラーが駆け寄る。

 

「ファング、今助ける」

『attack effect フリーズミーティア』

「北崎に比べればこんな奴・・・・・・!」

『attack effect 魂狩り』

「若僧に我輩の恐ろしさを見せてやろう」

『attack effect ウコンバスラ』

 

 一方的に痛めつけられるのを黙って見ているほどエフォールたちは落ちぶれていない。彼らはフューリーフォームになるとそれぞれの必殺技をバーナードに向けて放つ。

 

「よせ、お前らの勝てる相手じゃねえ!」

「貴様の勝てる相手でもないだろう?」

「がふっ!」

 

 バーナードはファングを蹴り飛ばすとその技をあえて受けた。大きな土煙が巻き起こる。

 

「・・・・・・今の私は貴様らも神々をも越えた。無駄だ」

 

 バーナードはやはり無傷だ。自分たちの必殺技をまとめて喰らったにも関わらずダメージを受けてないバーナードにエフォールたちは絶望する。

 

「君たちは鬱陶しいから消えてもらおう」

 

 目の前からバーナードが消えた。身構えたエフォールたちの背後に彼はいた。いつの間に移動したんだ。振り向いた彼らは一瞬にして崩れ落ちる。

 

「エフォール、ガルド!」

「わ、我輩だけ忘れておるぞ。ガクッ!」

 

 バーナード相手に辛うじて食い下がれるファング、そしてまだ戦っていないティアラとハーラーを除いてパーティは壊滅状態に追い込まれる。

 

「どうする? フューリーを渡して殺されるか、それとも殺されてフューリーを奪われるか? 前者のが少しだけ長生き出来るぞ、ふはは」

「誰があなたなんかに渡すものですか。私たちが集めたフューリーは女神様を復活させるために、世界平和のためにあるのです!」

『女神・・・・・・』

 

 ティアラは勝てないと分かっていながらバーナードに薙刀を向ける。

 

「てめえの質問に答えてやる。お前を倒してフューリーを守る!」

「ふはは、なるほど。貴様、死にたいらしいな」

 

 ティアラを庇うように前に立ったファングは一瞬でバーナードに拳を叩きつけられ地に伏した。その頭を彼は踏みつける。

 

「ファングさん!」

「おっと。動くな、この男の首が飛ぶぞ」

 

 駆け寄ろうとしたティアラの足が止まる。

 

「くそ、これまでかいな」

「ちぃ、我輩ほどのマスラオがこの程度の若僧に遅れをとるとは」

「絶対に、諦めちゃダメ・・・・・・!」

「んなもん、分かってる! もう一度変身するまでだ!」

 

 ガルドたちは悔しそうにバーナードを睨み付けた。

 

「威勢だけは認めてやろう」

「・・・・・・威勢だけじゃねえよ」

「なに?」

 

 ファングはバーナードの足を掴むと投げ飛ばした。突然の攻撃で驚かされたが彼はなんなく空中で体勢を立て直して着地する。

 

「絶対にてめえはここで倒す!」

「ふ、面白い」

 

 ファングはバーナードに向けて駆け出す。

 

「待って、ファング!」

「アリン!?」

「むっ?」

 

 二人の間にアリンが割って入った。ファングは思わず止まる。

 

「あたし、思い出したの」

「なに、どういうことだ!?」

「あたしの、あたしの正体は」

 

 アリンはまばゆい光を放った。

 

「消えた・・・・・・? ちっ、女神の仕業か」

 

 ◇

 

「ここは、何時もの宿屋じゃねえか」

「一体、何が起きたのでしょう?」

「リターンウィングを誰か使ったとかか?」

「それは違うぞ、巧。あれはダンジョンから脱出するアイテムで宿に戻るアイテムじゃない」

 

 気がつくと向日葵荘の目の前に立っていたファングたちは首を傾げる。空はすっかり真っ暗になっていて月が街を照らしていた。

 

「これは女神の力の発動だね、アリンちゃん」

「・・・・・・」

 

 ハーラーの一言にファングたちは目を見開いてアリンを見た。

 

「あたし、ちょっとだけ思い出したの。自分のこと・・・・・・」

「記憶とここに私たちが飛ばされたことと何が関係しているんですか?」

 

 果林が首を傾げる。

 

「おそらくアリンちゃんは女神の力を受け継いでるんだろうね」

「嘘、でしょう?」

 

 ティアラは呆然とアリンを見つめる。

 

「自分でもわかんない。でもあのバーナードみたいなとても恐ろしい力と戦っていた記憶があるの」

「前にシュケスーの塔で言っていたヤツか」

「うん・・・・・・」

 

 女神のすぐ傍で戦っていた、とあの時アリンが思い出した記憶はやはり正しかったのだ。

 

「てことはアリンはんは女神の化身みたいなもんなんか?」

「だろうね。全てのって訳では流石にないだろうけどあのバーナードに匹敵するレベルの力は恐らくあるだろう。やはりアリンちゃんはただの妖聖ではなかったみたいだね。きっと女神の残した力がアリンちゃんという存在を作ったんだよ」

「うん、多分そんな感じだと思う」

 

 驚愕の真実にファングたちは無言になる。

 

「・・・・・・アリン、お前すげえよ」

「当然でしょ、あんたのパートナーなんだから」

 

 ファングはアリンの頭を撫でた。彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

「お前女神の一部だったことを思い出したんだよな?」

「うん」

「もしかして女神を復活させる方法も分かったんじゃないのか?」

 

 巧の言葉にファングたちはハッとした。

 

「うん、儀式とか儀式をするための場所とかね」

「私たちが行っているゴッドリプロダクトとは違うのですか?」

「あれよりももっと効率の良い方法よ」

 

 フューリーを100本集める以外の方法があるのか。ティアラは驚く。

 

「でも、それをするにはまだフェイスドロップっていうアイテムが足りないの」

「なら次にすることは決まったな」

「ああ、フェイスドロップの回収だな」

 

 次の目的は決まった。情報を集めてフェイスドロップを手に入れ、女神を復活させる。世界平和が本当に実現するかもしれない。珍しくファングは真剣な表情になる。

 

「あれ、みなさん庭で何やってるんですか」

 

 ここでようやくシャルマンが向日葵荘に帰宅した。

 

「何じゃねえよ。こっちは色々あって大変だったんだぞ、お前何やってたんだよ!?」

「せや、どうせ女やろ! バーカ!」

「ばーか」

「いえ、別に。ってバカはやめてください、ガルドくんにエフォールさん」

 

 あれだけの目に合ったファングたちは一人離脱して無事だったシャルマンに八つ当たりする。

 

「おやめなさい、皆さん。ファングさんが勝てなかったんです。シャルマン様がいても結果は変わらなかったでしょう。それより今は今後どうするか考えることが重要です」

 

 八つ当たりをティアラに止められガルドたちはぶーぶーと文句を言う。

 

「シャルマン様、気にしないでください。さあ、皆さん宿に戻って明日に備えて休みますよ」

 

 学級委員長のようなティアラの態度に毒気を抜かれた彼らは渋々宿に入っていった。

 

(ティアラさんにとって僕はファングくんより下なんですね)

 

 シャルマンは妖しい視線でティアラの背中を見つめた。

 

 

 




タイトルの割りにあまり出番のないバーナードさん。パワーアップしようとした結果がこんなことに。神とオルフェノクが合わさった力。純白に赤い複眼で気づく人もいるかもしれないミラージュアギトに変身していました。他の人たちよりは説得力のある強化だと個人的には思っています。

今回のティアラの祖母のエピソードは無印特典小説が元ネタです。ADFで小説版のシャルマンのエピソードは補完されていましたがティアラの補完はなかったので個人的に補完しました。もっと気になる人は無印限定版を買って闇に咲く花を読みましょう。



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バーナード、散華

タイトルで今回のストーリー分かる人かなりいますよね。


「バーナード、フェイスドロップ、それに買い物。次から次へと面倒ごとばっか起きやがる」

 

 その日のファングの気分は最悪だった。

 

「北崎くんのバカ・・・・・・」

 

 その日のエミリの気分は最悪だった。

 

「「はあ」」

 

「「あ」」

 

 だからこうして最悪の組み合わせである彼らが出会うのは必然だったのかもしれない。

 

「えっと、あんたは確かこの前マリアノたちと花を売っていた・・・・・・エミリ、だっけ」

「あなたは確かファングさん、ですよね」

 

 ファングは知らない。エミリがアポローネスの妹であることを。今の彼らはただの知り合いでしかない。それもほとんど顔も合わせたこともない初対面も同然の知り合いだ。

 

「ため息なんて吐いてどうしたんだよ。友達と喧嘩でもしたのか?」

「・・・・・・私そんなに分かりやすかったですか?」

 

 エミリは目を丸くする。

 

「まあな」

 

 単に北崎の名前を口に出していたのが聞こえただけなのだが。

 

「少しだけ、話しを聞いてもらっても構いませんか?」

「別にいいけど。マリアノとかのが良いんじゃねえか」

「いえ。マリアノさんには少し話しにくくて。本当に聞いてもらうだけで良いんです」

 

 この抱えている悩みを聞いてもらうには友人よりは距離が遠く、他人よりは距離が近いくらいの人に相談するのがちょうど良かった。

 

「実は」

 

 エミリは何があったか語り始めた。

 

『あの、どちら様ですか?』

『へへへ、俺は所謂チンピラ。可愛い女に目がないお決まりのキャラってヤツだ』

 

 街を歩いていたエミリは毎度毎度のように登場するチンピラフェンサーに絡まれる。

 

『その、可愛いという言葉はありがとうございます。ですけど、私急いでるので』

 

 こういう男とは関わらない方が良い。兄にそう教えられていたエミリは出来るだけ顔を合わさないようにチンピラフェンサーと距離をとろうとした。その手を彼は掴んだ。

 

『へへへ。良いねえ、その態度。ますます俺の手で泣かしたくなった』

『ちょ、ちょっと。は、離して!』

 

 チンピラのいやらしくも血走った目付きにエミリは悲鳴を上げた。

 

『声を出しても無駄だよ。誰もお前を助けたりしねえ、へへへ』

『・・・・・・キミ、その娘に何をする気なの?』

 

 チンピラの手を掴んだ男がいた。

 

『北崎くん!?』

 

 たまたま通りかかった北崎。エミリを救ったのは彼だった。

 

『ねえ、教えてよ。何をする気だったのか? エミリちゃんに。ねえ。なあ教えてくれよ』

『な、なんだコイツ・・・・・・!?』

 

 チンピラを握る北崎の手の力はどんどん強まる。だんだんと痛みを感じ始めた彼は北崎の顔を殴った。

 

『・・・・・・教えろ』

 

 北崎の顔が笑顔から怒りに変わる。チンピラは自分の腕に僅かな痺れを感じた。殴った手のひらから煤が零れる。

 

『てめえ、何をした!?』

 

 北崎の胸ぐらをチンピラは掴んだ。その手から今度は痛みを感じた。ざらりとした感触に冷や汗が流れる。手を見つめると指先が灰になっていた。声にならない絶叫をチンピラは上げる。

 

『これ以上、僕を怒らせないでよ』

 

 チンピラは悲鳴を上げて逃げ出した。

 

『あ、ありがとう北崎くん』

『気にしないでよ』

 

 アポローネスに悪い虫からエミリを守る。そういう約束を北崎はしている。感謝ならアポローネスにするべきだ。彼はそう思った。

 

『でも、こんな所にエミリちゃんは何しに来たの? あ、もしかして僕に会いに来たの? 嬉しいなあ』

『違うよ』

『即答しないでよ。いくら最強の僕でも心は普通に傷つくからね』

 

 がっかりした様子の北崎にエミリはクスリと笑う。

 

『私は兄の仇をとるためにフェンサーを探してるんです』

『仇、ね。誰がアポローネスくんを殺したのかもわからないのに?』

『兄を殺せる人なんて凄腕のフェンサーくらいだから。すぐに分かるよ』

 

 ドルファ四天王であるアポローネスを倒せる人間なんて数えるほどしかいない。その人間を見つけることはさして難しいことではないだろう。実際エミリが今話している相手こそそのアポローネスの仇の相手なのだから。

 

『本当にエミリちゃんは復讐したいの?』

『私は兄を殺した人が憎いの。憎くて憎くてどうしようもないくらい苦しいよ。この手でその人を殺すまで私の憎しみは消えてくれない』

 

 エミリの目は怒りと深い悲しみに満ちていた。

 

『・・・・・・殺せないよ』

『え?』

『どれだけ復讐心に燃えたってエミリちゃんはただの女の子だよ。真っ正面からだったらさっきのチンピラだって殺すことは出来ないね。アポローネスくんを殺した人ならどんな手段を使っても無理なんじゃないかな』

 

 エミリは激怒した。

 

『だったら私はどうすれば良いの!? ただ一人の家族を奪われてもう一人ぼっちなんだよ!』

『さあ、普通に生きれば良いんじゃないかな。僕は誰かを憎むエミリちゃんは好きじゃないよ』

『私だって、したくて復讐したい訳じゃない。それでも、それでも仇をとらないと誰が兄さんの無念を晴らすの?』

 

 目じりに涙をためたエミリに北崎は困ったような笑みを浮かべる。

 

『アポローネスくんはキミがそうなることを望んでいないよ。それに彼は自分の魂が共鳴する相手と戦ってその命を燃や尽くした。無念を残した訳ではないさ。だから・・・・・・』

『北崎くんのバカ! 大切な人が奪われた悲しみがどうして分からないの!?』

『あ、エミリちゃん!』

 

 北崎に背を向けてエミリは走り出した。彼の言葉が正しいのは分かっている。それでも一人しかいない家族を奪われた悲しみや苦しみ、そして憎しみは言葉一つで消えてくれるものではない。アポローネスは後悔していない、と北崎がいくら言ってもエミリは納得できない。その気持ちは彼と血の繋がりがある者にしか理解出来ないものだ。

 

『・・・・・・あーあ、だっさいなあ』

 

 北崎はため息を吐いた。

 

「私、北崎くんに酷いこと言ってしまって・・・・・・」

「そうか? あのガキがデリカシーないように俺は思ったけどな」

 

 デリケートな話題にそこまで深く首を突っ込むとは。北崎をファングはある意味尊敬した。復讐は良くない。その気持ちは彼にもある。だが普通は少しずつ止めていくべきだ。いきなり過程を飛ばして復讐はいけないと言っても火に油を注ぐだけ。それが分からないのが子どもらしい。普通の子どもらしくなっただけ十分なのだけど。

 

(・・・・・・ま、この娘が復讐に囚われる原因を作った俺が言える立場じゃねえけど)

 

 一人の人間を復讐鬼にしてしまった。その事実にファングは何とも言えない思いを抱く。殺しに来たのは向こうからだ。やらなければ殺されていた。そもそもドルファに属する方が悪い。お互いの信念をぶつけ合った結果だ。向こうも悔いはないだろう。言い訳を考える自分に嫌悪感を覚える。どんな人間だろうと殺せば恨まれるのが世の通り。彼女は自分を殺すまで一生悲しみを背負うことになるだろう。

 

 だからといってエミリに自分の命を差し出せるかと言えば不可能だ。ファングだって守りたい者がいる。そのためにアポローネスを斬った。彼らのために、そして自分自身が生きるためにも死ぬ訳にはいかない。

 

「ファングさんはどう思いますか?」

「・・・・・・俺がもし誰かに殺されたらそいつを恨む。出来ることなら殺しちまいたいと思う。でも自分の大切な人たちに復讐してほしいかって言えばそれは違う。大切な人たちには復讐に囚われるより幸せに生きてくれた方が良いからな。それに人を殺した感触は一生忘れなくなる。その気持ちを味合わせたくはないな」

 

 これはファングがずっと感じている後悔だ。あの日からアポローネスを斬った時の生々しい感触を忘れられない。それをアリンやティアラがもしも一生背負うことになると考えたら良い気分はしない。

 

  無論、フェンサーである自分たちは殺したくなくても人を殺す。嫌でも誰かを斬らなければならない時は来るだろう。それでも出来ることなら、と彼は思ってしまう。

 

「誰かを殺した奴には報いが来る。ソイツはエミリが手を出さずとも死ぬ。いずれ死ぬ人殺しのためにあんたの人生を無駄にする必要はねえ」

「・・・・・・報い、ですか」

「ああ。間違いねえよ」

 

 因果応報という言葉がある。ファングはアポローネスを殺したツケが自分にも何時か回ってくる、そんな予感がしていた。

 

「どれほどの報いをその人が受けたとしても、私は兄を殺した人を許せません。絶対に。本当は分かってるんです。この手で殺したとしても意味はないって。だって私が苦しくて悲しいのは兄を失ったことですから」

「・・・・・・っ!」

 

 ファングは胸がズキリと痛んだ。

 

「きっとこの苦しみから解放されるには私が死ぬしかないんですよ」

「・・・・・・早まるなよ」

「ええ、分かってます。それは絶対に兄が許しませんので」

 

 エミリはスッと立ち上がった。彼女はファングの両手を握る。その手のひらにお守りを乗せた。

 

「このお守り、あげます。本当は兄に渡す予定だったんですけど。中に妖聖の花を煎じた薬が入ってるんです。どんな傷でも一瞬で治す凄い薬がなんですよ」

「どうして俺に? 北崎にやれば良いじゃねえか」

「北崎くんはとっても強いから大丈夫です。もしケガをしても私が治します。・・・・・・ファングさんは兄に似ていてよくケガをしそうなのでそれが必要かなって」

 

 俺がアポローネスに? ファングは聞き返す。

 

「はい。無愛想だけど本当は優しくって、照れ屋で、意地っ張りそうなところがそっくりです」

「・・・・・・そっか」

 

 ファングはエミリにアポローネスを殺したのは自分だと打ち明けようと思った。

 

「なあ。お前の兄を、アポローネスを『そこから先は絶対に言わないでください』まさか、お前・・・・・・!?」

「それ以上言われたら私は後戻り出来なくなります」

 

 俺が殺したと気づいていたのか、そう言おうとしたファングの口の前でエミリは人差し指を立てた。

 

「兄さんが言っていました。ファングという好敵手を見つけたと。北崎くんが言っていました。魂の共鳴する相手と戦って兄は死んだと。気づかないはずがないじゃないですか」

 

 エミリは目元に涙を浮かべながら笑う。

 

「私は生きます。生きて貴方を一生恨み続けます。貴方は忘れないでください。アポローネスという人間を殺したことで一生悲しみ苦しむ人がいるということを。貴方は死ぬまでそれを忘れないで。・・・・・・そのお守り、私だと思って大事に持っていてくださいね」

 

 エミリはファングに呪いをかけてふらりと消えてしまった。

 

「俺は────」

 

 ────消えてしまった方が良いのかもしれない。この日、生まれて初めてファングは自分がこの世に存在していたことを後悔した。

 

 ◇

 

「エミリちゃん、探したよ」

 

 北崎は公園のベンチで俯いているエミリを見つけた。謝ろう、彼はエミリの肩を叩いた。

 

「北崎くん・・・・・・!」

 

 エミリは北崎に抱きついた。

 

「どうしたの?」

 

 てっきり拒絶されると思っていた北崎は目を丸くする。

 

「兄さんの、仇が目の前に、いたのに、私、何も出来なかった。いくらでも、チャンスは、あったのに」

「・・・・・・アポローネスくんがファングくんに殺されたって知っちゃったんだね」

 

 コクりとエミリは頷く。北崎は優しく彼女の頭を撫でた。

 

「ファングさん、本当に兄さん、そっくりで。兄さんが私の復讐を、止めようとしている、みたいで。私、私・・・・・・!」

 

 ファングが自分に復讐は止めろと悲しい顔を向けるたびにアポローネスが悲しんでいるように見えた。エミリは胸が張り裂けそうな痛みを感じる。

 

「・・・・・・エミリちゃんは優しいから復讐なんて最初から出来なかったんだよ。アポローネスくんが悲しむことなんて出来るはずがないからさ。だから僕はキミに 復讐より、悲しむよりも幸せになってほしかったんだ」

「私、幸せになれるかな」

 

 北崎は優しく微笑む。

 

「なれるよ。僕が連れていく。キミが幸せになれる世界に」

 

 ドルファによる世界の統治。花形の悲願が達成されれば争いも悲しみもない世界が生まれる。その世界ならエミリも幸せになれるはずだ。そのためなら自分はいくらでもこの手を汚そう、ラッキークローバーにいた時のように。邪魔する者は誰であろうと殺す。ファングと違ってこの手はとっくに汚れている。北崎は一人決意した。

 

「もう少し、こうしてても良い?」

「もちろん。泣き止むまで傍にいろってアポローネスくんと約束したからね」

 

 ◇

 

「・・・・・・ただいま」

 

 ファングは浮かれない気分のまま帰宅した。

 

「お、ちょうど帰ってきたみたいだな」

「ナイスタイミングや! 出かけるで、ダンナ!」

 

 食堂には既に身支度を済ませていたパーティがいた。彼らは笑顔でファングを迎える。

 

「出かける? どこに?」

「カヴァレ砂漠です。アリンさんの記憶が正しければそこにフェイスドロップがあると・・・・・・」

 

 ファングは目を見開く。フェイスドロップは当分見つからないと思っていた。それの在処がこうもあっさり分かるとは。

 

「フェイスドロップがあれば女神様を復活出来るわ」

「いよいよ大詰めって訳か」

 

 ファングの沈んでいた気分は女神の復活によって少し明るくなる。

 

「ドルファが邪神を復活させる前に先手を打つ。女神を復活させる。どうだい、ファングくん?」

「悪くねえな」

 

 バーナード、ザンク、北崎、そしてまだ見ぬ最後のドルファ四天王。このボスラッシュを避けられるならそれに越したことはない。

 

「ところでファング。お主何かあったのか? 顔色が優れんようだが」

「お腹、痛いの?」

「買い物が面倒くさかっただけだ。俺、準備してくるから」

 

 心配そうな顔をするエフォールの頭を撫で、ファングは一人部屋に戻る。

 

『遅いぞ、ファング。女神の復活は目前だ。さっさと準備しろ』

『そうだよー。たっくんおそいっておこってたよ!』

「ああ、待ってろ」

 

 ファングは野営用の道具やアイテムをバックに詰め込んでいく。

 

「さ、行くぞ」

『待て。お前に何があった?』

「・・・・・・どうして分かるんだ?」

『すごいかおしてるよ。わかるよ』

 

 ファングは鏡を確認した。普段と何が違うのか分からなかった。

 

「アリンにも気づかれなかったのに・・・・・・。お前らには分かるんだな」

『俺はお前が赤ん坊のころから知っているんだ。分かるに決まっているだろう?』

『わたしだって5ねんもファングといるんだよ。きづくよ』

 

 ファングはふ、と笑った。この二人には隠し事は出来ないな。

 

「・・・・・・アポローネスの妹にあった」

『・・・・・・ふむ。それで?』

「俺を一生恨むってさ。まあ当たり前だよな。俺が殺したんだからな」

 

 ファングはベッドに寝転がった。少しだけ休んでも良いだろう。

 

「俺がやろうとしてることは本当に正しいのか?」

『まちがってはいないよ。まちがってはね』

「正しい訳ではないんだな」

 

 誰かの命を奪ってまですることに正しさを求めるのはナンセンスだ。規模が大きくなればそれが戦争になる。だからどんな理由があってもそれは間違っていないだけだ。

 

『思い悩むのなら逃げ出しても良いんだぞ。俺はそれでもお前についていく』

「ありがとよ。でも逃げちゃダメなんだ。人を殺すのは悲しい、だけど大切な仲間を殺されるのはもっと悲しい。それは皆同じなんだ。俺だけ逃げてそれを誰かに押し付ける訳にはいかない」

 

 ティアラの願いを叶えると決めた。ならその全てにファングは関わり抜く。例えその先に何が待ち受けようと。

 

「そんなこったろーと思ったわ」

「アリン・・・・・・。どうして」

「パートナーだから分かるに決まってんでしょ」

 

 ファングはドアに目を向ける。アリンが微笑みを浮かべて立っていた。

 

「あんた抱えすぎよ。もっとあたしに頼りなさい」

「余計な心配かけたかねえんだよ」

「それこそ余計よ」

 

 ファングはため息を吐くと肩を竦めた。

 

「じゃあお前はアポローネスの妹のこと、どう思うんだ?」

「どうって言われてもねえ」

 

 アリンは困ったような顔をする。

 

「アポローネスの妹は可哀想よ。家族を失ったらそりゃ一生恨むに決まってるじゃない」

「だよな。やっぱ『でも』」

「・・・・・・アポローネスにあんたが負けてたら、きっとたくさんの人があいつに殺されてたわ」

 

 アリンはファングの顔を覗き込んだ。

 

「アポローネスは誇りは高いのかもしれないけど立派な悪人よ。話し合いが通用する相手じゃない。エフォールやガルドみたいに足を洗ってくれる仲間になるならともかく。殺しをしてきた人間には報いが来んのよ。アポローネスは遅かれ早かれ死んでたわ」

 

 ファングは目を丸くする。エミリに縛られていてアポローネスがどういう人間だったか忘れていた。アリンが自分と同じことを言っている。

 

「なあ、俺はどうすれば良い」

『うーん、いつまでもおちこんでちゃだめだよ!』

『お前が出来ることはアポローネスの強さを証明してやることだ』

「そうよ。あんたはアポローネスの分まで生きて戦うのよ。女神様を復活させて、もう二度と誰かがアポローネスみたいにならないために」

 

 女神による世界平和の実現。ティアラの悲願が達成されればこの世界から繰り返される争いや悲しみを止めることが出来る。そのためならファングは何度でも剣を持つ。ティアラを守るために戦う。例えこの手を汚してでも。ファングは決意した。

 

「よし、行くぞお前ら!」

 

 ◇

 

「なんやここは。なんもあらへん」

「見渡す限り砂砂砂・・・・・・まるで我輩の故郷のようですなあ」

「またピピンさんの新しい謎が増えましたね」

 

 ピピンは砂漠に囲まれた村で生まれたのか。もしやその村の住民は皆ピピンのような不思議生物なのだろうか。実に興味深い。

 

「・・・・・・うーん。フェイスドロップがどこにあるか見当がつかないな」

「アリン、ここで間違いないのか?」

「たぶん・・・・・・」

 

 自身のなさそうなアリンに巧は不安を覚えた。

 

「多分って。お前記憶が戻ったんじゃねえのかよ?」

「巧だって戻った記憶がどういうものか詳しく覚えてるの? どんな場所で戦ってたとか」

「覚えてないな」

「でしょ? どう頑張ってもモヤがかかっちゃうのよ」

 

 アリンはため息を吐いた。

 

「随分曖昧ですわね。アリンさんは本当に女神の一部なのでしょうか?」

「そこは人間と変わらない訳か。興味深いな」

 

 舌なめずりするハーラー。アリンは彼女と距離をとった。

 

「本当にフェイスドロップ、あるの?」

「大丈夫よ、エフォール。なんとなくわかるからへーきへーき」

「なんとなくかいっ!?」

 

 ガルドが突っ込む。

 

「まあまあ皆で一度決めたことではないか。それを疑ってはいかん。仲間であろう? アリンの記憶と直感を信じてやろうではないか」

「流石は年長や! かっこええな! 見た目以外は」

「ピピンの言うとおりだ。今は四の五の言ってる暇はねえ」

「そうですね。アリンさんを信じて進みましょう。お願いします、アリンさん」

 

 任せて! アリンは意気揚々と歩き出した。

 

「そういえば巧さんはどれくらい記憶が戻ったんですか?」

 

 アリンとの会話で思い出したのか果林が言った。

 

「・・・・・・クリーニング屋でバイトしてた」

「クリーニング屋、ですか?」

「ああ。誰かと一緒にな。今みたいに騒がしい毎日だった気がする」

 

 巧はモヤがかかったその記憶を思い出すと笑顔になる。ファングたちのような笑い合える友がいたのだろうか。もしも会えるなら会いたい、と彼は思った。

 

「むー」

 

 今まで見たことのない笑顔を浮かべる巧。果林はそのクリーニング屋の誰かに少し嫉妬した。

 

「しっかしこの砂漠に来るのも久しぶりだな」

「ああ。半年ぶりくらいか?」

 

 ファングは果てしなく続く地平線を見つめ呟く。半年前、まだアリンと出会う前に彼と巧は砂漠を渡ってゼルウィンズ地方にやって来た。その時はこの砂漠にまさか女神復活の重要なキーアイテムがあるとは思ってもいなかった。今はただひたすらに懐かしい気分になる。

 

「私も、ここでファングと会った」

「・・・・・・何処かですれ違ったか?」

 

 エフォールと出会ったのはアリンがいた街のはずだが。ファングは首を傾げる。

 

「夜に、ファングと巧を殺そうとした」

 

 ファングと巧は顔を見合わせた。

 

「「お前が砂かけ娘の正体か!?」」

 

 あの時襲撃しようとしていた人間はエフォールだったのか。ファングたちは驚く。

 

「砂かけ娘?」

「いや、なんでもない。そっか、だから俺を追いかけ回していたのか」

 

 異常なまでに執着されていた理由にようやく見当がついた。

 

「あの時は、ファングを殺したいと思ってた」

「それが今では一緒に旅してるんやからわからんもんやな」

「私もまさかエフォールが普通に喋れるようになるなんて思ってませんでした」

 

 ファングと出会ってエフォールは変わった。もし彼とあの時出会わなかったら。ファングの言っていた通り本当に彼女は死んでいたかもしれない。そう考えると感慨深いものがある。

 

「ファングさんのおかげですよ。ありがとうございます」

「なんだよ。急に感謝すんな、果林。照れ臭くなるだろ」

「・・・・・・こうして巧さんに会えたのもファングさんのおかげですから」

 

 果林は頬を赤く染め笑みを浮かべる。ファングもニヤリと笑った。

 

「しかし、本当に砂ばかりで何もねえな。あーあ、俺暑いの嫌いなんだよな」

 

 額に汗を浮かべ巧はペットボトルの水を飲む。きちんとした装備を身に付けていても熱中症になりそうだ。自然と愚痴が出る。

 

「私も暑いの苦手なんです。今にも溶けてしまいそうで」

「・・・・・・じゃあ、お前も飲むか?」

「ええっ!?」

「そんなに驚くことか?」

 

 ガサツな巧は気にしないが立派な間接キスだ。彼を異性として意識している果林からしたら十分に驚く。

 

「じゃ、じゃあもらいま『おい、なにか来るぞ!』きゃっ」

 

 果林がペットボトルに手を伸ばそうとしたその時。地面から何かが飛びだした。咄嗟に巧は彼女を抱き寄せ転がる。目と鼻の先に紫色の巨大な昆虫タイプのモンスターが現れた。

 

「きゃあああ」

「な、なんだこいつは!?」

 

 ファングたちもそのモンスターに驚いていた。

 

「このような生物は見たことがないな。図鑑にも乗ってないヤツだ」

 

 研究者であるハーラーでも詳細が分からないモンスターいるのか。首を傾げる彼らの疑問にアリンが答える。

 

「ガーディアンシード。フェイスドロップを守る番人よ」

「お前なんで・・・・・・女神の記憶か?」

「たぶん」

『ゴッドリプロダクトで出現する防衛装置と同じようなものか』

 

 ファングたちはガーディアンシードを前に構える。

 

「番人だろうとなんやろうとやったるでえ」

「待って。あたしに任せて!」

「アリン・・・・・・」

 

 アリンはガーディアンシードの前に勇ましく躍り出る。

 

「静まれフェイスドロップの番人よ。女神の帰還である!」

「うむ。サマになっておる」

「それっぽいでえ!」

 

 しかしガーディアンシードの返答は雄叫びと共に振り下ろした鎌であった。

 

「うそ!? なんで!? 攻撃してきたー???」

「アリンさんの役立たず!」

「くそ、使えねえな!」

「あんたたちに言われたくないわよ!」

 

 思わず悪態を吐くティアラと巧にアリンは突っ込む。

 

「実力で突破するしかないようですね」

「いくぞ、アリン!」

 

 ファングたちは武器を構えた。

 

「大丈夫か、果林」

「・・・・・・うう、得したのに損した気分」

「本当に大丈夫か?」

「え、あ。なんでもないです。本当になんでもないです」

 

 悲しみに満ちた果林を起こすと巧はベルトを巻いた。

 

────555

 

────standing by

 

「変身」

 

────complete

 

 巧はファイズに変身するとガーディアンシードに飛びかかった。

 

「くそ、かてえな!」

 

 ファングは刃の通らないガーディアンシードに舌打ちする。昆虫だけあって装甲が硬い。斬撃はそう簡単には通らないだろう。

 

「任せろ」

 

 ファイズは拳のラッシュをガーディアンシードに叩き込む。コンクリートすら容易く砕く拳がガーディアンシードの装甲を砕く。懐に潜り込むとファイズはアッパーカットでガーディアンシードを打ち上げた。

 

「ナイスだ、巧!」

 

 打ち上がったガーディアンシードのやわらかい腹にファングは無数の斬撃を浴びせる。

 

「ハアアア!」

 

────exceed charge

 

 ファングの攻撃によって勢いよく落下するガーディアンシードにファイズは拳を構える。グランインパクトがガーディアンシードの身体を砕いた。

 

「てこずらせやがって!」

 

 ガーディアンシードを倒すとファイズは変身を解除した。

 

「アリン、フェイスドロップがどこにあるか分かるか?」

 

 守護を司るガーディアンシードが現れたのならこの辺りにフェイスドロップがあるのだろう。ファングは周囲を見渡す。それらしきものはない。

 

「それが確かに存在は感じるんだけど。はっきりとは・・・・・・」

「しっかりしろ! お前が頼りなんだぞっ!」

「落ち着け、ファング」

 

 怒鳴るファングの肩を巧が叩く。

 

「ガーディアンシードを追ってけば良いんじゃないの? 彼らはフェイスドロップのガーディアンなんだから」

「なるほど。確かにハーラーさんの言うとおりです。ファングくん、ガーディアンシードを斬って進みましょう!」

「ああ、いくぞ! お前ら!」

 

 ◇

 

「コイツで最後だったみたいだな」

 

 最後のガーディアンシードを倒したファングたちはカヴァレ砂漠の最北端にたどり着いた。

 

「ファング見て、あれ!」

 

 アリンの指差した先に光輝くフェイスドロップがあった。

 

「これがフェイスドロップか」

「よっしゃ。ついに目的達成や」

「やりましたわ。これで女神が復活します!」

 

 明るい面持ちになるティアラたちだがファングは一人張り詰めた表情を浮かべる。

 

「出てこい、バーナード。いるんだろ!」

「「!」」

 

 ファングの一言に彼らは顔色を変える。

 

「ふふ、やはり君は気づいていたみたいだな」

 

 バーナード。もっとも会いたくない敵が現れた。ファングは無言で剣を構える。

 

「ああ。毎度毎度しつけえな、てめえ」

「それも今日で最期だ。君たちを殺してフェイスドロップは私がいただく。邪神復活のためにな」

「邪神復活ですって!?」

 

 邪神復活。そのキーワードにティアラは顔を青ざめる。

 

「道案内ご苦労だったな。貴様らの旅はここで終わりだ。心置きなく死ね」

 

 バーナードが腰にベルトを出現させた。

 

「この前と同じと思うな、おっさん。あんたと違って若いもんは日々進化してんだ!」

「あんたみたいな悪者がこの世に栄えた試しはないんだよ。ここで倒させてもらう」

「僕たちの旅は終わらない。だけどあなたの命はここまでです」

「せや。ワイらの恐ろしさ見せたる」

「お前、殺」

「男子三日会わざれば刮目して見よ。侮るでないぞ」

 

 ファングたちもそれぞれその手に武器を持つ。

 

「あなたみたいな人に、ドルファにフェイスドロップは渡しません!」

 

 ティアラはバーナードを睨み付けた。

 

「ドルファ? ふ、ふふ。ふはははは」

「何を笑う!?」

 

 高笑いを始めたバーナードにシャルマンが剣を向ける。

 

「ドルファなどただの踏み台。利用出来るものを利用しただけだ。貴様らと何も変わらない。私は神の力を得てこの世界の王になる!」

 

 神に等しい力を持ったバーナードにとってもはやドルファなどどうでもいい。この瞬間、彼はドルファと決別した。

 

「────かかか。バーナードォ、てめえやっぱり裏切る気だったのかァ」

 

 だがそれはドルファを敵に回したということだ。

 

「貴様はザンクか。何の用だ?」

「社長命令で裏切り者の始末を頼まれたんだァ。裏切り者のバーナードさんよォ」

 

 花形はバーナードが野心を抱いていることに古くから気づいていた。そして謀反を企んでいることも。だから懐刀に北崎を入れていたのだ。バーナードが生きていたという情報を耳に入れてから彼はザンクに彼を処分しろ、という命令を下していた。

 

「一人二人増えたところで変わらぬ。まとめて来るがいい。今の私ならドルファ四天王だろうと敵ではない。『フェアライズ』」

 

 バーナードは純白邪心の戦士に変貌した。

 

「ザンク、やっぱり助けに来てくれた」

「ザンクはん、ほんま助かるわ!」

「・・・・・・勘違いすんな。俺はただ命令されたから来ただけだ」

 

 エフォールとガルドが笑顔でザンクに駆け寄る。彼は二人にそっぽを向いた。

 

「てめえと肩並べて戦う日が来るなんてな」

「ち、これが最初で最後だ」

 

 ニヤリと笑うファングにザンクは舌打ちした。

 

「いくぞ、お前ら」

『フェアライズ!』

「変身!」

 

 ファングたちはそれぞれ変身した。

 

 ◇

 

「ふんっ!」

「がはっ!」

 

 バーナードの拳がガルドの身体に深々と突き刺さった。彼のフェアライズが強制的に解除される。

 

「大丈夫ですか、ガルドさん!?」

「あ、ああ。けど、次元が違いすぎてついていけへん」

 

 ティアラに治癒されガルドは悔しそうに目の前の戦いを見つめる。今この場でバーナードと戦えているのはファング、巧、ザンク、シャルマン。そして援護に徹しているエフォールだけだ。

 

「シャルマン、合わせろ!」

「分かりました!」

 

 燃え上がる剛剣と光輝く聖剣がバーナードに振り下ろされる。両方とも急所を狙ったものだ。だが彼はファングの剣しか受け止めない。シャルマンの剣は避けずに直撃した。

 

「貴様はこの場に相応しくない」

 

 バーナードはファングを蹴り飛ばした。シャルマンの首を掴むと拳を握る。

 

「くっ!」

「危ない、シャルマン」

『attack effect シューティングスター』

 

 シャルマンに迫った拳をエフォールの矢が弾いた。バーナードの腕が凍りつく。

 

「・・・・・・他にも相応しくない奴がいるようだな」

「いくぞォ!」

「死ね、バーナードォ!」

 

 ファイズの飛び蹴りがバーナードを吹き飛ばし、その先にいたザンクの鋭利な腕が彼を貫かんと突き出された。

 

「無駄だ」

 

 だがバーナードには当たらない。その手を足場に彼は跳んだ。

 

「消えっ『こっちだ、ウスノロ』ぐっ!」

 

 バーナードはザンクの巨体に無数の攻撃を一気に叩きつける。腹に、背中に、頭に。高速の打撃がザンクの身体を抉る。

 

「ザンク!」

『attack effe『相応しくないと言っただろう』』

 

 バーナードの腕がエフォールの首を掴んだ。

 

「・・・・・・っ!」

「そういえば君はあの時殺し損なったな」

『エフォール! 離してください!』

「心配せずとも二人纏めて送ってやる」

 

 バーナードのエフォールを握る手がどんどん強くなる。このままへし折る気か。彼女の首から血が流れる。

 

「ちっ!」

 

 ────complete

 

 ファイズはアクセルフォームにフォームチェンジした。一か八か、バーナードを倒すにはこれしかない。

 

「ファング、エフォール頼んだ!」

「おう!」

 

────start-up

 

 ファイズの姿が消えた。常人では決して追うことの出来ない超速の世界に彼は突入する。エフォールの首を掴んでいたバーナードを引き剥がすと、ファイズは彼を蹴り飛ばした。

 

「ラァァ!」

 

 ファイズは懐に潜り込むとその腹に拳を突き出した。────だが

 

「速い、だけだな」

 

 その拳はバーナードに回避された。

 

「何ぃ!?」

 

 バーナードの天性の勘と強化された反射神経がファイズの拳を捉える。彼は次から次へと繰り出される拳や蹴りを軽々と回避する。まるで巧がいた世界のゴートオルフェノクのように。

 

「私は北崎を葬るつもりなんだ。視えて当たり前だろう?」

 

────3

 

 バーナードの拳がファイズの身体を捉える。

 

────2

 

 吹き飛ばされたファイズの腹にバーナードの蹴りが直撃した。

 

────1

 

 ファイズが地面を転がる。

 

────time out

 

「く、くそ」

 

 変身を解除された巧は膝をついた。アクセルフォームが破られるとは、完全に予想外だ。

 

「これで残ったのは君たちだけだな」

 

 バーナードの赤い複眼がファングとザンクを不気味に睨み付ける。

 

「俺は勝つ。フェイスドロップは渡さねえ」

 

 ファングは二本の剣を構える。

 

「ザンク、私と一緒についてくる気はないか? 邪神の支配する世界は貴様にとって居心地が良いだろう」

「は、冗談じゃねえ。確かに俺は人殺しをする。この世全てをぶち壊したいと思ってる。常にイライラしてしていて他人を平気で傷つける屑だ」

「ゴミを忘れているではないか、ザンク」

「ああ、ゴミ屑だ。だから同じ屑がどうこうしようと知ったこっちゃねえ」

「ふ、私が屑だと・・・・・・!」

 

「────けどなあ」

 

 ザンクは傷ついて倒れたエフォールを見つめる。

 

「ガキを傷つける奴だけはぜってえにぶっ殺すって決めてんだ! いくぞ、デラ!」

『キャハハハ! 久しぶりに殺せる! キャハハハ!』

 

 ザンクは手を天高く掲げる。

 

『グオオオオオオオオ!』

 

 ────空から巨大な竜が大剣を食わえて現れた。

 

「あれはアポローネスの妖聖!?」

「バカな、彼は死んだはず!?」

「まさか生きてるんか・・・・・・?」

 

 ティアラたちは消えたはずのセグロの登場に驚く。

 

「いや、パートナーが変わったんだろう。フェンサーからフェンサーに譲渡したんだ。そして今のパートナーはおそらく」

 

 ハーラーは視線をザンクに向ける。

 

「来やがれ、セグロォ!」

 

 ザンクの身体にセグロが吸収される。彼の身体が光に包まれた。

 

「『フェアライズ!』」

 

 ザンクは黒い戦士に変身した。蛇のような顔にアポローネスと同じ甲冑を身に纏った異形の戦士が誕生する。それはあのロブスターオルフェノクを異空間に閉じ込めた戦士だった。

 

「ザンク、お前その姿は・・・・・・?」

 

 ファングは自分のように複数のフューリーと合体したザンクに目を丸くする。

 

「本当はてめえを殺す奥の手だったんだけどよォ、事情が変わった。先にバーナードを殺す」

「バーナードはともかく俺まで殺すなよ!」

 

 ファングとザンクはバーナードに飛びかかる。

 

「その程度で強くなったつもりか?」

「つもりじゃねえ。なったんだよ」

「なにっ!? ぐっ!」

 

 ザンクの拳がバーナードの腹に突き刺さる。彼は己が進化してから初めて痛みを感じた。予想外のことにバーナードはのけ反る。

 

「ウェイ!」

「くっ!」

 

 後退したバーナードにファングの剣が迫る。彼は腕に備え付けられた刃でそれを受け止める。追い打ちに放たれたもう一つの剣がバーナードに直撃した。だが彼の硬い装甲には傷一つつかない。

 

「・・・・・・ほお、確かに強くなったようだな。だがまだ私の方が強い!」

「ぐはっ!」

「くっ!」

 

 バーナードはファングを刃で貫くとザンクに飛び蹴りを放った。彼は腹にまともにその一撃を食らい、地面を転がる。急いで立ち上がった彼の首をバーナードは掴む。

 

「これで終わりだ。たかがフューリー二本で私の進化を越えることなどあり得ないんだよ」

 

 バーナードはザンクを押し倒すと無数の拳を彼の顔面に浴びせる。何度も、何度も。それこそこのまま殺す気でバーナードはザンクを殴っていた。薄れ行く意識の中、彼はニヤリと笑う。

 

「・・・・・・知ってるんだよ、そんなこと」

 

 ザンクは首を掴んでいるバーナードの腕を強く握りしめた。まだこんな力が、バーナードは驚く。

 

「だから癪だがてめえを殺すのは俺じゃねえ。やれェ! ファング、乾!」

「なにぃ!?」

 

────exceed charge

 

 バーナードの身体を紅い三角錘状のエネルギーが拘束した。

 

「いくぞ、ファング」

「ああ!」

「ヤアァァァァ!」

「ダァァァァァ!」

 

 フォトンブラッドを纏ったファイズの蹴りと、炎を纏ったファングの蹴りがバーナードの身体を貫く。彼の身体にΦの紋章が浮かぶ。

 

「ぐわああああ!」

 

 激しいダメージによってバーナードの変身が解除された。

 

「・・・・・・ぐっ! 何故だ、何故貴様らが戦える!? ファング、貴様の身体は確かに貫いたはずだ!?」

 

 バーナードは理解出来なかった。巧はともかくファングは腹を貫かれて満身創痍だったはず。にも関わらず彼は立ち上がり、あの時のように自分を貫いた。

 

「『フルリバイブ』瀕死の致命傷でも治す魔法ですわ」

「言っただろ。おっさんと違って若者は日々進化してるんだよ」

「そうです。世界征服など諦めて大人しく隠居してはどうですか?」

 

 満身創痍のバーナードを前にティアラが笑う。

 

「バカな。貴様、忌み子でありながら他人を癒せるというのか?」

「・・・・・・っ!」

 

 驚愕するバーナードを前にティアラは顔色を変える。

 

「それで? まだやる気か、おっさん」

「当然だ! 王の座につく。それこそが我が悲願! 我がさだめ! ぐはっ!」

「立つな、次は死ぬぞ」

 

 立ち上がろうとするバーナードの顔をファイズは殴った。

 

「あんたは王になんかなれない。言ったろ、悪者が栄えた試しはないってな。何度やろうと同じだ。こうやって倒されるのがあんたの運命だ」

「てめえが王になろうとするなら俺はてめえを叩きのめす。何度だろうとな」

 

 ファングはバーナードを見下ろす。自らを王と自称する彼の自尊心は地に落ちた。

 

「愚か者どもめ。この世は闇に還る。その運命は決して変えられない。それが何故分からない!?」

「例え世界が闇になる運命だとしても俺はその運命と戦う。そして勝つ。俺の意志が俺の運命だ」

 

 バーナードの言葉にもファングは揺るがない。彼はバーナードに背を向けた。

 

「その傷じゃ二度と戦えねえだろ。一生絶望してろ」

「待て・・・・・・待て! 何故斬らない!?」

「もうたくさんなんだよ。誰かの命を奪うのは。・・・・・・どうしても望むなら殺してやるよ」

「っ!」

 

 ファングの冷徹な目がバーナードを見据えた。彼は蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ない。バーナードは死ななかったが、死んだ。今まで積み上げてきた全てがファングによって殺された。バーナードは恐怖心に支配され走り出した。惨めに、情けなく、這いつくばるように、

 

「ザンク、ありがとう」

「ほんまに助かりました」

「言っただろ。命令されただけだァ」

 

 感謝するエフォールとガルドにザンクは頭を掻いた。

 

「腐れ外道と言ったのは訂正しますわ。あなたはちょっと優しい外道です」

「それでも外道なんだな」

「精一杯の譲歩ですわ。ほんとは外道にしたいところですから。私の慈悲深さに感謝してください」

 

 どや顔のティアラにザンクは舌打ちした。

 

「行くのか」

「ああ。まだやることがあるからな」

 

 ザンクの視線の先にはバーナードが逃げた跡があった。

 

「じゃあな。世界平和とやらを実現してみろ。その世界をぶっ壊してやるよ、ひゃははは」

「ああ。必ず世界平和を実現してやる」

 

 ザンクはバーナードを追って消えた。ファングはそれを笑顔で見送る。

 

「ファング、フェイスドロップは?」

「あ、巧。サンキュー、すっかり忘れてた」

「しっかりしろ。何のためにここに来たんだよ?」

 

 ファングはフェイスドロップを手に入れた。

 

『・・・・・・感じる!』

「どうした、アリン?」

『聖域が近い』

「聖域?」

『うん。女神様が封印されている場所。フェイスドロップが教えてくれた』

 

 アリンはフェイスドロップの力によって女神の眠る地を思い出した。

 

「よし! このまま一気に進むぞ!」

『待って、もう保たない・・・・・・!』

『ちょっと、げんかいかも』

『くっ、面目ない』

 

 ファングの変身が解除された。度重なる戦闘の疲れによってエネルギーが底をついたのだ。

 

「フェアライズアウト・・・・・・。大丈夫か、お前ら」

「大丈夫、ちょっと疲れただけ」

『おなかすいたー』

『少し眠らせてくれ。しばしの休息が必要だ』

 

 焦ったファングだが無事な様子の三人にホッと胸を撫で下ろす。

 

「限界、みたいだな。俺もだが」

 

 巧はファイズの変身を解くとその場に座り込んだ。アクセルフォームを使えば大きな負担になるにも関わらず更なる戦闘を連続で繰り返したのだ。疲れただけで済んで良かっただろう。彼はホッとため息を吐く。

 

「巧さん、お水です」

「おう」

 

 果林はペットボトルを巧に渡した。汗をかいていた彼はそれを勢いよく傾ける。

 

「・・・・・・!!!」

 

 ちなみにこのペットボトル、果林の物である。巧のはさっきのガーディアンシードとの戦いで紛失している。だから果林の物である。

 

「助かった、ありがとな」

「いえいえ」

「顔、赤いけど大丈夫か? 熱中症とかじゃないよな」

「大丈夫だよ、乾くん。それは熱中症ではないから。似てるけど」

 

 巧は訳が分からず首を傾げる。

 

「それにしてももうヘトヘトやな」

「僕たちも休みましょう」

「眠い・・・・・・」

「うむ。ちょっと休ませてくれんかのう」

 

 ガルドたちもその場に座り込む。

 

「そろそろ日も暮れる。今晩はここで夜営しよう」

 

 ◇

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 バーナードは走る。走る。どうしようもない恐怖から逃げるために。死にたくない。生きたい。極限まで追い込まれた彼は生に異常なまでの執着を抱いていた。

 

「────やだなあ、バーナードくん。何処に行くの?」

「補佐官、ここから先には行かせないわ」

 

 だがその行く手を北崎たちが遮った。

 

「邪魔をするな。私は、私は逃げるんだ!」

「逃げられると思っているのかしら? あなたはドルファを裏切った。その意味が分かる?」

 

 マリアノの細剣がバーナードの首に向けられる。

 

「やめろ、やめろぉ!」

 

 バーナードはマリアノに背を向けて走り出す。

 

「逃がさないよ」

 

 ドラゴンオルフェノクから放たれた火球がバーナードの背後で爆発する。彼は勢いよく吹き飛ばされた。

 

「こうなる覚悟は出来てたんだろ? 大人しく諦めろよ」

 

 倒れているバーナードの首をザンクは持ち上げた。

 

「離せ・・・・・・離せ! 私はまだ死にたくない!」

「かかかか! 面白えな。てめえ、俺様を殺す気だった癖に俺様に殺される覚悟はねえのかよ」

 

 怯えた目付きになるバーナードにザンクはニヤリと笑った。彼の首を掴む力がどんどん強くなる。

 

「バーナード、てめえに教えてやるよ。悪人にはいつか報いが来るんだよ」

「やめろぉ!」

 

 ザンクはバーナードの首を握りつぶした。首の折れる音が鳴る。彼は生き絶えた。かつて仲間だった者に殺される。誰一人彼の死に悲しむ者もエミリのように殺したザンクを恨む者もいない。味方すら敵に回した彼に相応しい末路だった。

 

「言ったろ、ガキを傷つけた奴は殺すってな。それがてめえがエフォールにしようとしたことだ。ってもう聞こえてねえか」

 

 バーナードだったものをザンクは放り投げた。

 

「ドルファへの背信は許されざる行為。そしてどんな理由があろうと子どもを殺そうとするのは人間としてあってはならない行為。当然の報いですわ」

 

 マリアノは冷たい目でバーナードだったものを見下ろした。

 

「やっぱりバーナードくんは王様にはなれなかったね。王様になれるのは僕だけだ」

「あなたは王様ってガラじゃないでしょう?」

「あ、じゃあ王子様で」

 

 そういうことを言っているのではない。マリアノは苦笑を浮かべる。

 

「ザギ! ドルファの兵を集結させなさい。何としてもあのフェイスドロップの力を我々の手中に納めるのよ」

「了解しました、マリアノ様」

 

 ザギは近くの街へと走って行く。

 

「悪いわね、ファング。真に世界を平和にするには支配による秩序が必要なの。そのために私はドルファにいるのだから」

 

 




最期まで中の人に引っ張られたバーナード(CV草加雅人)

最初はブラスターフォームで倒そうか迷ったんですが絶対にインフィニティの悲劇のようになるので没に。結果はお察しの通り(首が折れる音)です

いよいよ次回で個別ルートが終わります。ゲームを既プレイの方も未プレイの方も心して読んでください。


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壊れそうな未来を守るのは誰なの?

壊れそうな未来をただ見つめた


「・・・・・・」

 

 ティアラはぼんやりと空を見上げた。何処までも綺麗な星空が広がっている。この空をファングの先生も今見上げているのだろうか。もしそうなら自分の悩みもファングのように聞いてほしい。

 

「私は本当に忌み子なのでしょうか・・・・・・?」

「んな訳ねえだろ」

「ひゃい!?」

 

 こっそりと呟いた言葉に返事をされ、ティアラは変な声を出す。振り向くとそこにはファングがいた。

 

「ふぁ、ファングさん。ぬ、盗み聞きなんて良くないですよ」

「別に。なんだ独り言だったのか。それは悪かったな」

「いえ、厳密に言えば独り言ではないのですけど・・・・・・」

 

 あなたの先生に悩みを聞いてもらってました、と言う訳にもいかない。

 

「で、ならお前は何やってたんだ?」

「星を眺めてました。あまりにキレイでしたので」

 

 ティアラは穏やかな目で空を見上げる。ファングも見上げた。二人に自然と笑顔が浮かぶ。

 

「昔の人間はあそこまで行ってたんだってな。先生が言っていた。スペースシャトルとか人工衛星とか。そういう機械があったんだってよ。信じられねえな」

「そうですね」

「女神が復活したら、行けるようになるかもな。お前が望む、平和な世界ってヤツになったら」

 

 この世界に女神は文明をもたらした。なら失われた古代の文明を取り戻すのは不可能ではないだろう。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 ファングとティアラはお互いを無言で見つめ合う。

 

「・・・・・・ファングさん、ありがとうございます」

「ん? なんだよ、いきなり」

 

 急に頭を下げられ、ファングは目を丸くする。

 

「明日、女神復活の儀式を行えば世界は浄化され、私の夢は叶います。最初はあなたのこと頼りない人だって思っていました。いい加減で、怠け者で、フェンサーとしても全然ダメで・・・・・・」

「あのな・・・・・・」

「でもここまで来られたのはあなたのおかげです」

 

 ティアラはファングの顔を見つめる。

 

「あなたと出会ったから今の私がいる。私はずっと人と交わるのが怖かった。だからずっと一人で生きてきました。でもあなたと出会い、ともにフューリーを探し、仲間と呼べる人たちも出来ました。乾さんは初めて出来た友達です。アリンさんは初めて出来た仲間です。ブレイズさんも、キョーコちゃんも。みんな大切な人たちです」

 

 ティアラはファングに微笑んだ。彼は少しだけティアラの笑顔にドキリとした。

 

「ファングさん、あなたに会えて良かった」

「ティアラ・・・・・・俺もお前に会えて良かったよ」

「ファングさん・・・・・・」

 

 ファングもティアラに微笑む。彼女はファングの笑顔にドキリとした。

 

「ティアラと出会って俺は成長した。俺はずっと自由を求めて旅をしていた。ルールに縛られたくなくて、ただ生きているだけじゃ誰も救えない現実に嫌気が差したんだ。でもそれはどこに行っても同じだった。結局、俺は誰も守れなかったんだ」

 

 ファングはティアラの隣に腰掛ける。

 

「ティアラに会って、お前と一緒に旅をしていくうちに俺はお前を守りたいと思うようになった。その思いが強くなればなるほど俺自身も強くなって、ここまでたどり着いたんだ。もしも本当に世界が平和になったならお前だけじゃなくてもっとたくさんの人を俺は守れたことになる。俺はお前と一緒にここまで来れて良かったよ」

「・・・・・・!!!」

 

 ティアラはファングから顔を反らした。このまま彼の顔を見ていたらまだ願いが叶った訳でもないのに嬉しくて泣いてしまう。

 

「なあ、ティアラ」

「・・・・・・なんですか?」

「世界が平和になったら先生に会いに行かないか? アリンも巧も、皆でよ。先生に戦わないで済む世界を作ったんだって自慢してやろうぜ」

 

 ティアラは笑顔で頷いた。

 

 ◇

 

「月が、星がキレイですね。エフォール、見てください」

「うん、キレイ」

 

 果林とエフォールは星を眺める。

 

「ファングさんたちと出会った日もこんな星空でしたね」

「懐かしい。私、あの時はファングのこと嫌いだった」

「そうですね。でもエフォールをファングさんを好きになって、今では仲間になれたんです。私は嬉しいですよ」

 

 果林は星を眺める余裕が出来たエフォールに喜びを覚える。

 

「よう。果林、エフォール」

「巧さん、どうしたんですか?」

 

 二人の前に巧が歩み寄る。

 

「バハスのおっさんがメシだってよ。呼んでこいって頼まれたんだ」

「そういえばお腹、すいた」

「もうそんな時間ですか。早いですね」

 

 エフォールはよほどお腹がすいているのか目を輝かして走り出す。転ぶなよ、巧は苦笑を浮かべた。

 

「巧さん、月がキレイですね」

「ああ。星もキレイだよな」

 

 巧と果林は空を見上げる。焚き火以外の光源が存在しないこの砂漠の星空はどこまでも輝く。

 

「そうだ、果林。手を出せ」

「はい?」

 

 果林の手のひらに巧は水色の髪飾りを乗せる。それは彼が果林にプレゼントしたあのネモフィラの花の髪飾りだった。

 

「ここに来る前に街で買ったんだ。お前、この間海東に髪飾り渡しちまったろ。どうだ? キレイだろ、それ」

「・・・・・・はい、とっても可愛いです」

 

 果林は嬉しそうにそれを見つめる。

 

「もしよければ着けてもらえませんか?」

「ああ、構わねえよ」

 

 巧は果林のさらさらとした艶のある髪の毛に手を添える。髪に顔を近づけると彼は果林と目が合った。思ったよりも顔が近い。巧はさほど意識していないが果林はもう顔が真っ赤だ。緊張しているのか、首を傾げつつ彼は元々果林が着けていた場所に髪飾りを着けた。

 

「ほら、これで良いか?」

「は、はい。た、たぶんだいじょぶです」

「・・・・・・ホントに大丈夫か?」

「大丈夫です!」

 

 呂律が回っていない果林に巧は不安を覚えた。

 

「ふふ、似合ってますか?」

 

 果林は上機嫌だ。髪飾りを指さして巧に微笑む。こんな笑顔が見れるなら髪飾りの一つや二つ安いものだな。巧も笑顔を浮かべた。

 

「ああ、可愛いと思うぞ」

「・・・・・・!!!」

 

 巧らしからぬストレートな称賛に果林は目を丸くする。そしてその意味を理解するとぼんっと顔に熱がたまっていく。果林は頭が沸騰しそうになった。目がぐるぐると回る。そこで初めて巧は彼女の異変に気づく。

 

「お、おい。どうした、果林?」

「にゃ、なんでもないです」

 

 心配した様子の巧にぶんぶんと果林は首を振る。ちなみに言わなくても分かるだろうが、彼は髪飾りを可愛いと言っただけである。無論、本人を可愛いと言える度胸がないだけだが。

 

「わ、私先行きますから」

 

 果林は巧から逃げるように走り出す。彼は制止することすら出来ない。

 

「なんだったんだ、一体?」

 

 巧は首を傾げる。

 

「あ、そうだ。ティアラとシャルマンにもメシだって言わねえと」

 

 二人ともどこにいるのだろう。とりあえず巧は足跡を辿ることにする。

 

「ティアラさん、僕はあなたのことが・・・・・・」

 

 しばらく巧は歩いているとシャルマンの声が聞こえた。言葉からティアラと会話していることが分かる。

 

(二人一緒ならラッキーだ)

 

 手間が省けて良かった。巧は声の方へ歩みを進める。

 

「シャルマン様と出会えて私も本当に嬉しかったです。あなたがいなかったら私たちの旅はもっと困難になってたでしょう。それに・・・・・・あなたのおかげでファングさんもちょっとだけ大人になった気がします」

(フラれたな、シャルマンのヤツ)

 

 会話の内容はよく分からなかったがなんとなく察した。巧は苦笑を浮かべる。

 

「なぜ彼の名が出るのです? あなたの目の前にいるのは僕だ。もっと僕を見てください」

「しゃ、シャルマン様?」

 

 だがその苦笑した表情は一瞬にして凍りつく。明らかにシャルマンの様子がおかしい。嫌な予感を覚えた巧は歩く速度を早める。

 

「指輪です。地への回廊に皆さんが向かっている間に買っておきました。もらってくれますね・・・・・・?」

「や、やめて! ダメっ! やめてください・・・・・・っ!」

 

 ティアラの声が悲鳴に変わる。巧はオルフェノクの力を使った。彼女はシャルマンに押し倒されていた。嫌な予感は確信になる。巧は叫んだ。

 

「ティアラー! シャルマンー! メシだぞー!」

 

 巧の大きな声はシャルマンとティアラの耳に入った。彼はティアラを押さえていた手を離す。巧が近くにいることに気づいた彼はティアラから離れた。

 

「・・・・・・お前ら今まで何やってたんだ、もうメシだぞ?

 

 巧はあくまで何も知らないフリを装う。騒ぎになると非常に面倒な事態になる。そんな予感がしたからだ。

 

「何でもありません。ただティアラさんと星を眺めていただけです」

 

 シャルマンはそれだけ言うと逃げるように立ち去った。

 

「・・・・・・大丈夫か、ティアラ?」

 

 シャルマンが完全に遠ざかるのを確認すると巧はティアラに手を差し伸べた。

 

「はい・・・・・・。ありがとうございます」

「あいつ、お前に何をしようとした? ことと次第によってはパーティから追い出すか?」

  「それが、私に指輪を渡しただけで・・・・・・」

 

 ティアラは釈然としない顔で立ち上がる。

 

「はあ、指輪?」

「はい」

「どんな指輪だよ」

 

 ティアラは巧に指輪を手渡した。

 

「乾さん。それは・・・・・・!?」

「・・・・・・っ!」

 

 ティアラは手鏡を巧に見せた。彼の顔にオルフェノクの紋章が浮かび上がる。彼の顔が驚愕に染まった。

 

「なんだよ、これ」

「・・・・・・恐らくは人の本質を見れる指輪なのでしょう」

「本質、だと」

 

 この世界には魔力を高める指輪、魔法を無効化するネックレスなど様々な不思議な力を持った道具がある。この指輪もその一つなのだろう。しかし、紋章が浮かび上がっただけなのが幸いだ。もしもオルフェノクになっていたら、と思うとゾッとする。ティアラが果林やガルドのように巧を受け入れられるか分からないのだから。

 

「こんなのお前に使ってアイツは何がしたかったんだよ」

 

 巧とティアラは首を傾げた。

 

 ◇

 

「大丈夫、ガルドちゃん? こんな夜明け前から出発だなんて。まだ眠いんじゃない?」

「平気やへーき! もうバチっと目ぇ覚めとるわ! ドルファの連中より先に動かんとな。よっしゃー! 準備完了!」

「おい、ガルド。靴紐ほどけてんぞ」

 

 ガルドは咳払いして靴紐を結んだ。

 

「こっちもオッケーだ」

「皆の衆、忘れ物はないか? ゴミは置いていってはいかんぞ」

「エフォール、大丈夫ですか。おやつの飴はちゃんとポケットに入ってますか?」

「うん。準備出来た」

「俺もだ。ま、一番荷物少ないから準備も何もねえけどな」

 

 ファングは全員の準備が完了していることを確認する。

 

「よし、アリン! 行くぞ!」

「うん! 女神の聖域に出発ー!」

『おー!』

 

「・・・・・・」

 

 皆がみなテンションを上げる中、シャルマンだけが浮かばれない表情を浮かべていた。

 

 ◇

 

「しっかし、ここまであっという間だったな」

「私もたった半年程度で女神を復活出来るなんて予想してませんでしたわ」

 

 フューリーは100本集めないといけない。その固定観念がフェンサーにはある。ファングたちもそうだった。こんな手順で女神が復活するなら地道にフューリーを集めていた多くのフェンサーが怒り狂うだろう。

 

『ねえ、もうおわりなの? これでたび、おしまい?』

 

 キョーコが寂しそうな声で言った。

 

「まだ終わりじゃねえよ。本番は世界が平和になってからだろ。見に行くんだよ。平和になった世界がどれだけ美しいかどうかをな」

「せや。平和になってもワイらにはまだまだやるべきことがあるんやで。何処までもついて行きまっせ、ダンナ!」

『あ、そっか。まだまだやることがあるんだね!』

 

 この旅が終わってもまた新しい旅が始まる。キョーコは期待に胸を膨らませた。

 

「私も、ファングに何処までもついて行く」

「エフォールに私はついて行きます。巧さんは?」

「正直またファングと二人旅になると思ってた。お前らがいるならそれも悪くねえな」

 

 以前よりも騒がしくなりそうだ。巧はうっすら笑みを浮かべた。

 

「皆、着いたわ!」

 

 しばらく砂漠を進んでいるとアリンが突然足を止めた。

 

「・・・・・・え?」

「なんもあらへんで?」

「アリンさん、どういうことです?」

 

 何故突然なのか。それはここが本当に何もない所だからだ。

 

「ファング、剣を・・・・・・!」

「ああ」

 

 アリンの指示にファングは頷く。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

 ファングは地面に深々と剣を突き刺した。────閃光。目を開くことすら出来ない光が周囲を包み、大地が隆起する。彼らが目を開くとそこには祭壇が出現していた。どうやったのだろうか。人が作ったとは思えない。神々しく光輝き続ける祭壇だ。

 

「す、すごい」

「これが女神の聖域・・・・・・」

「キレイ」

 

 ティアラたちは女神の聖域を前に感嘆の声を出す。

 

「ファング、フェイスドロップをセットして。女神が降臨するわ」

「わかった」

 

 ファングは聖域の中心へと進んでいく。

 

「いよいよですね」

「・・・・・・」

「女神がついに目覚めるんだな」

 

 彼らは固唾を飲む。

 

「いくぞ」

 

 ファングはフェイスドロップをセット────

 

 

 

「オラオラオラオラッ! 勝手なことしてんじゃねーぞっ!」

「っ!」

 

 しようとしたが突如現れた男に遮られた。

 

「たくっ! 調子こきやがって! マリアノ様を差し置いて女神復活だぁ!? ふざけんじゃねーぞ!」

「ふざけてるのはキミだよ、ザギくん。僕を差し置いて先に登場するなんて生意気だよ」

「こら、あなたたち勝手な行動は控えなさい」

 

 マリアノとその親衛隊。更に北崎の登場にファングたちは身構える。

 

「ドルファの戦力を集結させたんか? なんつー数の兵士や!?」

「オラオラ! 怖じ気づいたかっ!!」

 

 強力なフェンサーが集まったファング一向でも流石にこの人数を相手にするのは厳しい。

 

「マリアノ、薄々感づいていたがやっぱりお前が最後の四天王だったんだな」

「ええ、そうよ。・・・・・・私もあなたたちとこうして戦うことになると薄々感づいていたわ」

 

 ファングは無言でマリアノに剣を向ける。

 

「世界が平和になるならあんたにとっては願ったり叶ったりだと思うんだがな」

「甘いわね。勘違いしてるんじゃないかしら。邪神は深い眠りについているのよ。今を生きている人間に邪神の影響があると思うの?」

「・・・・・・それは」

 

 ない、だろう。眠っている邪神が世界に影響を与えているというならこの世界はもっと混沌としているはず。そう。争いを生んだのは人間たち自身だ。

 

「あなたなら分かるでしょう? 人がいるから善悪が分かれるのだと。善悪を決めるのは神じゃない。人間よ。人間の醜い心が争いを起こす。・・・・・・この世から争いを止めることが出来るのは神々ではない。同じ人間による支配、それしかないのよ」

「一理ある。だけど支配が争いを止めるとは俺は思わねえ。人の意志が、可能性が争いを止めるんだ。俺はそう信じてる!」

 

 マリアノは無言で剣を抜いた。同じように世界の平和を願いながらも彼らは争う。

 

「人を信じられるあなたが羨ましいわ。・・・・・・『フェアライズ!』」

 

 マリアノの身体が変貌した。彼女のパートナー妖聖であるクララが巨大化し、その内部にマリアノは収納された。彼女は上半身をさらけ出し、ファングに向かって叫ぶ。

 

「天に召しませ・・・・・・召しませ、天にっ!」

 

 ファングはマリアノと交戦を始める。

 

「さて、僕の相手は誰がしてくれるの。なんなら全員でも僕は構わないよ」

 

 北崎はティアラたちに殺意を向ける。

 

「俺一人で十分だ」

「巧さん、私たちも手伝います!」

「任せて」

「せや! あの北崎相手に一人で戦うなんて無茶や、巧はん!」

 

 巧の隣に立とうとするガルドたちを彼は手で制す。

 

「まだ兵士もいるんだ。お前らはそれを頼む。いくらなんでも数が多すぎる。そっちを抑えられなかったら俺たちの負けだ。俺たちが負けたら全てが水の泡になるんだよ。世界はドルファなんかに支配されちまう。それだけは許すんじゃない」

「でも巧さんが『わかった、巧はん』・・・・・・ガルドさん!?」

「果林はん、大丈夫や。巧はんなら必ず勝つ。だからワイらも絶対にこいつらを倒す。倒して誰一人欠けずに生きて皆で帰るんや」

 

 ガルドは鎌を片手に兵士たちと交戦しているティアラたちを援護に向かう。

 

「果林、行こ」

「・・・・・・はい」

「待て、果林」

 

 渋々引き下がる果林を巧は呼び止めた。

 

「なんですか、巧さん?」

「その髪飾りの花、えっと。ネモフィラの花畑は凄くキレイ、らしいぞ」

「ネモフィラの、花畑・・・・・・?」

「この戦いが終わったらみんなで見に行こうぜ」

 

 果林はパアっと顔を明るくする笑顔で頷いた。

 

「ずいぶんと待たせてくれたね、乾巧」

「待つって分かってたからな」

「言ってくれるね、それ挑発かい?」

 

 ふん、と北崎は鼻を鳴らす。巧はふ、と笑った。

 

「木場からもらったベルトじゃなくて良いのか?」

「あれを使う資格は僕にはない。だけどキミ程度ならこれで十分さ」

 

 巧と北崎はベルトを巻いた。

 

「北崎、お前は何で戦う?」

「・・・・・・幸せになってほしい女の子がいる。彼女は今、争いのせいで悲しんでいる。これ以上の悲しみを味合わせたくはない。そのために僕はこの世界の王様になる。王様になって・・・・・・悲しみのない世界にエミリちゃんを連れていく!」

「だったらこの世界に王なんて必要ない! 人の心を支配した世界に未来はないんだよ!」

 

────555

 

────315

 

────standing by

 

────standing by

 

『変身!』

 

────complete

 

────complete

 

 巧はファイズに、北崎はサイガに変身した。

 

「はぁ!」

 

 マリアノの巨大な腕がファングに振り下ろされる。彼は大剣でそれを受け止めた。重い。流石にドルファ四天王だけあって恐ろしい強さだ。パワーだけなら今まで戦った誰よりも強い。エラスモテリウムにも匹敵するかもしれない。だがその他の四天王、ザンクとアポローネスを倒したファングにとっては苦戦はしても負ける相手ではない。

 

「ハァァ!」

 

 ファングはマリアノの腕を弾く。浮遊している彼女は大きく揺さぶられる。ファングはその腕に召喚した無数の剣を突き刺した。クララが悲鳴を上げる。あまりの痛みにクララはマリアノの意思に反してその場でじたばた暴れる。真下にいれば押し潰されるだろう。

 

『危ない、ファング!』

「おっと!」

 

 ファングはフェンサーの特殊能力である滑空を使い、マリアノと距離をとる。

 

「クララ、落ち着きなさい!」

『痛いです! 痛いんですよ、マリアノさまー!』

 

 激痛によって暴走したクララは主人であるマリアノが何を言っても大人しくならない。これでは通常のフューリーフォームで戦った方がまだマシだ。だが相手がファングである以上この形態以外では勝ち目が薄い。せめてアポローネスやバーナードのようにサイズは小さくパワーはファングに匹敵するような姿なら状況は変わってくるのだろうが。この巨大な身体では俊敏性に優れた彼には勝ち目がない。

 

「てめえ、マリアノ様に何する気だ!」

「よしなさい、ザギ!」

 

 マリアノが窮地と悟ると親衛隊であるザギはファングに斬りかかった。武骨に鍛えられた力強い剣が彼を襲う。

 

「おらおらおらおらっ!」

「・・・・・・やっぱつええよ、お前」

「当たり前だっ! この身の全てはマリアノ様に捧げると決めたんだからな!」

 

 ファングは片手剣でその攻撃を軽々受け流しながらもザギを強者と評価する。守りたいと思った者のためなら例え勝ち目のない相手だろうと躊躇わず向かう。己の命も省みず。その確固たる信念を持った人間が強者でないのならこの世にいる人間は全て弱者だ。

 

「だけど俺だってティアラのために戦うって決めてんだ!」

 

 ファングは剣を握る手に力を込めると勢いよく振り抜いた。受け止めたザギはそのまま吹き飛ばされる。

 

「マリアノ、あとはお前だけだ」

 

 ファングはゆっくりと剣先をマリアノに受ける。まだ突き刺さった剣のダメージが彼女は抜けていない。勝利は決まったようなものだ。

 

「させるかよ! うおぉぉぉぉぉ! マリアノ様、俺ごとやってください!」

「な!?本当に命まで捧げるつもりかよ!?」

 

 ザギがファングを羽交い締めにした。とんでもない馬鹿力だ。フューリーフォームのファングすら動けない。

 

「感謝します、ザギ。あなたが作った好機無駄にはしません」

「待てよ! ここまでお前に尽くす仲間を殺すのか!?」

「・・・・・・多くを救うためにはひとつを切り捨てなくてはならない時がある。大切な人だろうと。・・・・・・それが今よ!」

 

 クララの口が大きく開かれる。強大な魔力のエネルギーの収束にファングは嫌な汗が流れる。

 

『いかん、ファング! あれを喰らったらいくらお前でも・・・・・・!』

「分かってる。分かってんだよ!」

『じゃあなんでよ!?』

 

 ファングはザギに視線を向ける。意地でも離す気はないだろう。

 

「俺は自分が生きるためにコイツを切り捨てる気はねえ!!」

「・・・・・・あなた本当に大バカよ」

 

 ファングとザギを漆黒の光線が飲み込んだ。

 

「ザギ、ごめんなさい。私が弱いせいであなたを犠牲にしてしまった。・・・・・・本当にごめんなさい」

 

 巻き起こった激しい砂ぼこりを前にマリアノはポツリと呟く。

 

「────謝る必要はねえよ。まっ、気絶してるから聞こえてねえけどな」

「ファング!? あなた何故!?」

 

 砂ぼこりの向こうから聞こえるファングの声にマリアノは驚愕する。バカな、あの攻撃を喰らって何故無事なんだ。

 

「なによ、それ・・・・・・盾!?」

「便利な形のフューリーがあって助かったぜ」

 

 砂ぼこりが晴れるとマリアノは目を丸くする。ファングの目の前でフューリーが宙を浮いていた。花の形をしたチャクラム。高速で回転したそれがマリアノの放った光線を分散させたのだ。

 

「くっ、まだよ!」

 

 マリアノは拳を振り下ろした。ファングは彼女の拳の上に飛び乗る。

 

「ウェェェェイ!」

『ふぎゃああああ!』

 

 ファングはクララの胴体を切り裂いた。

 

「・・・・・・殺しなさい」

 

 フューリーフォームを強制的に解除されたマリアノ。彼女は両手を広げると目を瞑る。

 

「こいつは任せた。・・・・・・死にたいなら残念だな。俺はあんたを殺す気はねえよ」

 

 ファングはマリアノの前にザギを寝かせると背を向けた。

 

「ザギも私もあなたを殺そうとしたのに、何故・・・・・・?」

 

 ファングはニヤリと笑う。

 

「世界平和を願ってるお嬢様とそれを必死になって叶えようとする大バカ。それを殺したら自分自身の否定になんだろ?」

 

 ◇

 

「くそ、数が多すぎる」

 

 ファングは次々と迫り来るドルファの兵士たちを次々と倒していく。だがその勢いは増すばかりだ。どれだけの兵士が集まったのだろう。あちこちで激しい爆発音や怒号、そして悲鳴が聞こえる。

 

「悲鳴・・・・・・!?」

『ファング、今の声は!!』

 

 待て。今の悲鳴は誰の悲鳴だ。聞き覚えのある少女の声にファングの頭の中が急激に熱くなっていく。それは怒りか、焦りか。彼の身体が激情に支配される。

 

「てめえら、どけえええええ!」

 

 ファングは押し寄せる兵士の波を押し返す勢いで剣を振った。だが圧倒的な物量を前にはそれも一瞬のこと。直ぐに彼は劣勢に立たされる。

 

「くそ! どけ! どいてくれ! 頼む! どかないなら殺すぞ!!!!」

 

 ファングが追い込まれているのは彼が殺すのを躊躇っているからだ。フューリーフォームになればこの程度の相手全滅に追い込むことすら造作もない。それをしないのはただの人間ではあのフューリーフォームの一撃に耐えられないからだ。

 

「・・・・・・ちっ! てめえら撤収しろォ! 俺様直々の命令だ! 下がれ!」

 

 一人の男の命令によってファングを襲っていた兵士たちは次々撤退を始める。

 

「ザンク・・・・・・?」

 

 ザンク。その男の登場にファングは目を丸くする。

 

「さっさと行けェ」

「お前、どうして?」

「さっさと行けって言ってんだろうが! 殺されてェか!?」

「あ、ああ。ありがとな、ザンク!」

 

 ザンクの怒号にファングは慌てて走り出す。

 

「感謝なんてすんじゃねえよ、気持ち悪い。・・・・・・俺が『あの野郎』を殺してればこんなことにはならなかったのによォ」

 

 誰もいなくなった砂漠の真ん中でザンクはポツリと呟いた。

 

 ◇

 

 ファングはがむしゃらに走る。悲鳴の先に向かって。大丈夫だ。きっと勘違いのはず。彼女はフェンサーだ。そんじょそこらの相手にやられたりはしない。ドルファ四天王だってパイガという男以外は倒した。大丈夫だ。逃げに徹していれば彼女がどうにかなる心配はない。ガルドやエフォール、ハーラーだっているのだ。彼女がピンチになればきっと助けに入るはず。だから大丈夫だ。

 

「ファング・・・・・・!! あれ見て!」

『嘘、だろう』

『なんで、なんで!? やだ、やだ! やだやだやだやだやだ! いやあああああ!?』

 

 アリンが指差した先をファングは見る。そして後悔する。見なければ良かったと。あまりにも理解をしたくない現実に彼は頭が真っ白になる。今すぐこの二つの眼球を潰して目の前にあるものを視界から消してしまいたいとすら思った。だがもしもこの先、彼が暗黒の世界で生きることになっても生涯この光景は脳に焼き付いて決して消えはしないだろう。

 

「ティ、アラ」

 

────胸を剣で貫かれたティアラ。守ると誓った彼女の成れの果てにファングの心は砕けそうになる。

 

「しっかりしろ、ティアラ! 今、ガルドのところに連れていく。ガルドに治してもらえばきっと、きっと・・・・・・」

「・・・・・・ファングさん・・・・・・」

 

 ファングはティアラをその手で抱き上げた。

 

「・・・・・・私のために涙を流してくれたのもあなたが初めてです」

「涙なんていくらでも流してやるよ。まだお前の人生は、未来は始まったばかりだろ?」

「ありがとうございます。でも、やっぱり泣いてはいけませんよ。あなた男の子でしょう?」

 

 ティアラの真っ白く綺麗な指がファングの目から流した涙を優しく拭った。彼は余計に涙が溢れてしまう。

 

「ねえファングさん。私、実はファングさんのことちょっぴりカッコいいなって思ってたんです。・・・・・・あなたは私のことどう思ってますか?」

「可愛いと思ってるよ。笑ってる時も、怒ってる時も、喜んでる時も何時も可愛いって思ってる」

「ありがとうございます。ふふ、やっぱりファングさんは私のことを愛してしまったんですね」

 

 ティアラは儚げにファングに微笑む。彼はこんな時にも関わらずやっぱりティアラを可愛いと思ってしまった。

 

「でも、私を好きになってはいけませんよ。世界中がファングさんを嫌いになってしまいます」

「俺はとっくに世界と戦う決意をしたんだ。その警告はもう遅い」

「それは私を好きになってしまったということ、ですか」

 

 ティアラはうっすらと頬を紅くした。

 

「ファングさん、私もあなたのことが────」

 

 

 

 

 

 ティアラはファングに想いを告げることが出来なかった。彼女は死んだ。もうティアラは笑うことも、泣くことも、喜ぶこともない。

 

「あ、ああ。ティアラ、ティアラ! 起きろ、死ぬな! 死なないでくれ!」

 

 ファングは抱えていたティアラが重くなったことで彼女の死に気づく。

 

「キュイの存在も感じない。ファング、ティアラはもう」

 

 アリンがファングの背中にそっと触れる。

 

「な、なぜだ・・・・・・どうして、こんなことに・・・・・・ティアラァァァァァァァ!」

 

 女神の聖域にファングの絶叫が響き渡る。慟哭。絶え間なく流れる涙が彼の心をどこまでも黒く染めていく。

 

『心を強く持て、ファング! 飲まれるな、今お前が考えたことに飲まれてはならん! その先に待っているのは光ではない、闇だ!』

『それは、それはぜったいにしちゃだめ!』

 

────ブレイズたちの声が聞こえない。何かを喋っているのは分かるのに何を言っているのかが分からない。理解したくない。

 

────分からないのは何もかもだ。どうしてティアラが死ななければならなかった。誰が殺した。答えは出ない。

 

────これが運命だというのか。ティアラの死は決まっていたものなのか。避けようがなかったのか。いや、避けられたはずだ。もっと自分が強ければ。ティアラの傍にいてやれれば。彼女を守れたはずなのだ。ファングの胸を後悔が支配する。

 

 

────ああ。もしも時が戻せたなら。ファングは願う。

 

 

 

 

 

 

────この剣と共に運命も未来も変えていくのに。

 

 

 光に包まれたファングはこの世界から消えた。

 

 

 ◇

 

 ファングは目を開く。いくつもの星が輝く真っ白な空間に彼はいた。

 

「どこだ、ここ?」

 

 ぼんやりとした頭でファングは呟く。

 

「ここは時の狭間。過去現在そして未来が全て入り交じった空間だ」

「誰だ?」

 

 ファングの疑問に答えたのは一人の青年だ。水色のジャンパーを着た彼は首を傾げるファングに人懐っこい笑みを浮かべる。どことなく自分や巧と似ている、気がする。性格はまるで違うのに何故だろうか。

 

「俺は城戸真司。『仮面ライダー龍騎』。ちょっとした事情でこの空間に囚われてるんだ」

「俺はファング。フェンサーだ。理由はわかんねえけど気づいたらここにいた」

「忘れてるのか? 君は過去に戻ろうとしてるんだろ?」

 

 青年───真司に言われてファングはハッとする。忘れていた。とても大事なことを。

 

「そうだ、ティアラは!? それにアリンたちもいねえ・・・・・・」

 

 ファングはこの空間に来る前のことを思い出した。

 

「過去に戻ろうと考えるなんて何があったんだ?」

「・・・・・・守りたいと思った女が死んだ」

 

 ファングは目の前で死んだティアラのことを思い出し、腕を強く握りしめる。

 

「そっか、好きな子を取り戻したいのか。君なんだか『あいつ』に似てるなあ」

 

 あいつ? ファングは目を丸くする。

 

「それより戻れるのか、過去に?」

「ああ。あれは君が作ったんだ。戻れるよ」

 

 真司の視線の先には時空の歪みが生まれていた。穏やかな草原が広がる世界へとその歪みは繋がっていた。

 

「あれは、ソーヨル草原か?」

 

 自分とティアラが初めて出会った場所。思えばここから旅は始まったのだ。そうか、最初の出会いからやり直すということか。ファングは何となく察する。

 

「早く行きな。あれが消えちゃう前にさ。ちゃんとその子を救うんだよ」

「ああ。ありがとな。でも、あんたどうしてそこまで俺に親切にしてくれるんだ?」

 

 真司はファングの疑問に少し考え込む。

 

「君の話を聞いているとなんだが俺の友達を思い出してさ。ついお節介しちゃった」

 

 照れくさそうに真司が笑う。ファングも自然と笑みを浮かべる。人を笑顔にする、なんとなくそれが真司の魅力なのだとファングは思った。

 

「俺も、君と同じなんだ。悲劇を変えたくてやり直した。それも何度も。色んな悲劇と戦ってそれを全部打ちのめして来た、らしい。でも色々がむしゃらに頑張ったんだけど死んで、気づいたらここに囚われていた。でも、今でも俺は後悔していない。悲劇よりハッピーエンドのが絶対に良いからさ」

「悲劇よりハッピーエンド・・・・・・。そうだな、俺も悲劇をハッピーエンドに変えてやる!」

 

 真司の言葉にファングは勇気づけられる。彼は空間の歪みへと歩き出した。

 

「それにしてもここは・・・・・・」

 

 ファングは歪みに近づく間にいくつもの戦士の歴史を見た。仮面の下に涙を隠し、鋼の身体に優しき心を秘めた戦士たちの記憶を。度重なる不運に合いながらも己の境遇を呪わず戦い抜いた戦士がいた。なんだか巧と雰囲気が似ている。父の想いを受け継ぎ音楽を奏でる戦士がいた。ネガティブなところが少しティアラに似ている。どこまでも憎くて仕方がなかった機械生命体と友になった戦士がいた。彼のように北崎とも何時か分かり合えるだろうか。世界を敵に回しても守ると誓った愛する者のため願いを叶えた戦士がいた。彼が真司の言っていた友だろうか?

 

「いよいよ、だな」

 

 やがてファングは歪みの目の前にたどり着いた。彼が歪みに飛び込もうとしたその時────。

 

「ウェェェェイ!」

 

 一人の男の剣によって阻止された。

 

「・・・・・・なんなんだよ!?」

 

 ファングは咄嗟に後ろに跳んだ。もしも当たっていたら彼は死んでいただろう。

 

「お前をここから先に行かせる訳にはいかない」

 

 その男は顔にぼろ布を巻き、素顔を見ることは出来ない。何者だ。ファングは強い警戒心を持つ。

 

「・・・・・・どいてくれ。俺はティアラを救うんだ。邪魔をするな」

「邪魔? ふざけるな。お前は世界を滅ぼす気か?」

「世界を、滅ぼすだと?」

 

 男の怒気を込めた言葉にファングは怪訝な表情を浮かべる。

 

「そうだ。あの娘が生きていれば世界は崩壊する。お前が思っている以上にあの娘の存在は世界に影響を与えるものなんだ」

「普段なら鼻で笑ってやるところだがこんな場所で嘘を吐く意味はねえよな」

「なら話しは早い。あの娘は諦めろ。大人しく死を受け入れて元の世界へ引き返せ」

 

 時の狭間。こんな人知を越えた空間に来れるものがわざわざファングを騙そうとしてるとは思えない。

 

「で、ティアラを知ってるなら俺のことも知ってるんだよな?」

「ああ。嫌というほど知っている」

「なら、俺がここで引き下がる人間じゃねえって分かるだろ?」

「それも知っている」

 

 男は剣をファングに向けて放り投げた。

 

「ここを通りたければ俺を倒して通るんだな」

「言われなくてもやらせてもらう。・・・・・・世界を敵に回しても守りたいって思ったんだ。それが間違っていたとしても、俺はこの剣で運命を切り開く!」

 

 ファングは男に向かって駆け出す。先手必勝だ。アリンがいない今、彼が出来ることはただ剣を振ることだけ。ファングは男の懐に潜り込んだ。

 

「変身!」

『Turn up』

 

 だがファングは目の前に出現したナニかによって弾き飛ばされる。視線を向けると金色のオーラが男の前に出現していた。なんだ、これは。ファングが驚愕していると男はそのオーラを潜り抜けた。

 

「おいおい、何者だよ。あんた・・・・・・!?」

 

 ファングは目を見開く。男は金色の戦士へと変身していた。剣士。騎士。皇帝。ありとあらゆる英雄譚の象徴のような鎧の戦士がファングに剣先を向ける。

 

「俺は『仮面ライダーブレイド』お前の世界をずっと守り続けた英雄だ」

「へ、誰かを犠牲にする道を選ばせようとする奴が・・・・・・英雄を名乗るんじゃねえ!」

 

 ファングは戦士────ブレイドに斬りかかった。並のフェンサーなら目で追うことすら難しい剣をブレイドは軽々と受け流す。

 

「そうだ。誰かを犠牲にしてまで世界を救おうとするのは決して正しいことではない。だが誰か一人のために世界を滅ぼす道を選ぶのは間違っている」

 

 ブレイドはファングの剣を受け流しながら彼に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「は、両方とも間違ってるなら俺はより大切な方を選ぶね!」

「それが間違っているんだ! どちらも大切なものには変わりがないだろう!?」

「ぐっ!」

 

 防御に徹していたブレイドが攻撃に転じる。重醒剣キングラウザーの一撃は今まで戦ったどんな敵よりも重い。そして心に響く。ティアラを失うのは嫌だ。世界を滅ぼすのも嫌だ。そう考えているファングの心の中を呼んでいるかのようにブレイドは訴えかけてくる。

 

「ウェイ!」

「うわっ!?」

 

 勢いよく振り抜かれた剣の光線にファングは飲み込まれる。彼は大ダメージを受けて崩れる。

 

「・・・・・・ファング、お前がすべきことはなんだ?」

「わかんねえよ。ティアラを救いたいし、世界だって守りたい。どうすれば良いんだよ」

「何が分からないんだ? 答えはもう出ているじゃないか」

「え・・・・・・?」

 

 急に優しい声色になったブレイドにファングは目を丸くする。彼の真っ赤な複眼がファングの両目を捉えた。

 

 ファングの脳裏に一人の戦士の歴史が見えた。

 

────灰色の怪人と戦う黄金の戦士。

 

────女神を守るために邪神と戦う黄金の戦士。

 

────黒い石板を打ち砕くために戦う黄金の戦士とその仲間たち。

 

────戦場で傷ついた子どもを救う戦士。

 

────かけがえのない親友も世界も救うために永遠に運命と戦い続ける道を選んだ戦士。

 

 ファングは仮面ライダーブレイドの歴史を見た。永遠の切り札となり世界を守り続ける宿命を背負った戦士の歴史を。彼の生き様はファングの八方塞がりになっていた道を切り開いた気がした。

 

「お前が行くべき道、分かったか?」

「ああ。分かったよ。俺が何をすれば良いのか」

「なら見せてみろ、お前の意思を」

 

 ブレイドとファングは正眼の構えになる。二人の構えはとても『似て』いた。

 

「俺はティアラも、世界も両方とも救う!」

 

 ファングとブレイドは交差する。────一閃。

 

「そう、それで良いんだ」

 

 ブレイドの剣は空を切り、ファングの剣は彼の腹を捉えていた。負けたにも関わらずブレイドは仮面の下で笑っている。ファングもうっすら笑みを浮かべた。

 

「運命と戦え、ファング! そして勝て!」

 

 ブレイドはファングの肩を叩いた。彼はブレイドの言葉に目を見開く。

 

「その言葉・・・・・・まさか、あんたの正体は!?」

 

 仮面の下で笑い、ブレイドは変身を解除した。

 

「俺の名は仮面ライダーブレイド。またの名を・・・・・・『剣崎一真』!」

 

 ファングの顔が驚愕に変わる。剣崎一真。その男の名前を、顔を彼は知っている。

 

「強くなったなあ、ファング。驚いたよ」

「先生!? どうしてここに・・・・・・!?」

 

 先生。ファングの師匠。彼に剣を教えた男。それが剣崎一真だ。

 

「見ただろ、俺の過去。それが全てさ。昔馴染みの女神に頼まれたんだ。お前の願いを叶えるべきかどうかな」

 

 思わぬ形で師匠と再会したファングは剣崎がサラッととんでもないことを言っているのに気づかない。彼はただ再会の喜びを噛み締めていた。

 

「じゃあ、やっぱり緑の生き物は先生だったんだな」

「まあな。でも俺以外にももう一人(?)いるからどっちが噂の緑の生き物かは分かんないけどな」

「くそ、ピピンのせいでややこしいことになってたんだな。ち、あの着ぐるみめ」

 

 剣崎はクスリと笑った。ファングも笑う。だがすぐにその笑顔が凍りつく。剣崎の身体が消滅しかかっているからだ。

 

「先生、その身体・・・・・・!?」

「ん? ああ、もう限界か。流石にこの布があっても無理があったな」

 

 剣崎はスカラベアンデッドの力でこの空間に来ていた。しかし、神々の領域ではアンデッドとて万能ではないようだ。全てのライダーの中でも最強レベルの剣崎ですらこの空間には長居出来ないようだ。

 

「もう、お別れか? せっかく会えたのに。俺、ずっと・・・・・・ずっと先生を探してたんだ。なのに、こうして会えたのに!」

「大丈夫だ、俺はずっとお前の傍にいる。傍にいない時はもっと傍にいるんだ。それでも寂しいなら」

「星を見ろ、だろ?」

「そうだ。なら心配ないさ」

 

 剣崎はファングの肩を力強く叩く。

 

「ファング、さっきの言葉忘れるなよ。あの娘も世界も救う。そう願い続ければきっと出来るさ。今の俺が出来ないことをお前がやるんだ」

「先生、俺は絶対にティアラを救う。世界も守るよ」

「ああ。頑張れよ。だけどファング、自分を犠牲にするのもダメだからな。・・・・・・俺みたいに」

 

 剣崎にファングは頷く。彼は満足げな笑みを浮かべた。

 

「お前がピンチになったら絶対に助けに行くからな、安心しろ。・・・・・・じゃあな、ファング」

 

 剣崎はこの空間から消えた。ファングは一人ポツンと残される。

 

ファングはフッと笑う。

 

「・・・・・・俺は運命と戦う。そして勝ってみせる」

 

 ファングは歪みに飛び込む。

 

────さあ往こう

 

────世界が彼女を嫌うなら、俺が彼女をそれより好きになろう

 

────彼女を傷つける者がいるなら俺が彼女の盾になろう

 

 

────悲しみが彼女を傷つけるというなら俺がその悲しみをうちのめそう

 

────君を連れていこう、争いがない未来へ

 

 

 

 

────剣士《フェンサー》のように

 

 




ファングの師匠が判明したことにより共通ルートが終了しました。当たっていた人は何人いるでしょう?

といってもファングの共通ルートが終わっただけでまだたっくんたちの共通ルートはちょっとだけ残ってるんですけどね。

さて次回は冒頭でたっくんたちの共通ルート終了。そして女神編が始まります。


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大団円を始めよう

────女神編開幕!


「タァ!」

 

 ファイズの蹴りがサイガの腹に突き刺さる。彼は手首をスナップすると更に拳をその胸に浴びせた。のけ反りそうになったサイガはファイズの肩を掴むと懐に引き寄せる。

 

「フンッ!」

 

 サイガの拳がファイズの顔面に直撃する。彼はサムズダウンするとファイズに膝蹴りを放つ。ファイズは崩れそうになる意識を繋ぎ合わさんとサイガに頭突きした。

 

「なかなかやるね。少しは強くなったんじゃない?」

「そういうお前は少し弱くなったんじゃないか」

「まだまだ手加減してるだけだよ」

 

 様々なモンスターやフェンサーと戦いレベルが上がったファイズは単純な肉弾戦だけならサイガと互角に戦える。そもそもサイガは武装を除けばデルタよりもスペックが劣る。一度怒りに身を任せて北崎デルタを圧倒したファイズがサイガに勝てない道理はなかった。単純な肉弾戦だけなら、だが。

 

「ラァァァ!」

「おっと」

 

 勢いよく繰り出されたファイズのハイキックをサイガは飛翔して回避する。彼はフォンブラスターをサイガに向けて発砲した。だがフライングアタッカーを翼のように扱うサイガには当たらない。逆にフライングアタッカーから放たれた光弾の飽和射撃にファイズは晒される。

 

「うわあああ!」

「あはははは」

 

 地面が爆発し、ファイズは吹っ飛ばされる。サイガは笑いながら更に光弾を発射した。ファイズは横に転がると瞬時に駆け出す。サイガは彼を追う。だが直ぐに見失った。

 

「あーあ、どこ行ったのかな?」

 

 光弾によって巻き起こった砂煙によってファイズの姿が隠されたからだ。サイガは適当に光弾を発射する。

 

『battle mode』

 

 背後で電子音が聞こえた。サイガは空中で1回転して振り返る。

 

『ピロロロ!』

 

 バジンだ。変形したバジンがサイガにバスターホイールの銃口を向けていた。銃弾の雨がサイガを襲う。半ば不意打ちで放たれた射撃を彼は回避することが出来ない。

 

「うわっ!」

 

 まともに直撃したサイガは地面に吸い寄せられる。落下しながらもサイガは光弾でバジンを迎撃した。バジンはビークルモードに戻る。そして地面に激突する直前、フライングアタッカーを逆噴射させて墜落を防いだ。

 

────complete

 

「おいおい、それはいくらなんでもずるいんじゃない・・・・・・?」

 

 砂煙の向こうから見える銀色のフォトンブラッドに流石のサイガも冷や汗を流した。

 

────start-up

 

「っ!」

 

 目の前に現れたファイズアクセルの拳をフライングアタッカーを加速させてサイガは回避した。後ろ向きに飛びながらサイガはファイズアクセルに光弾を発射する。だが高速の力を持ったファイズアクセルは残像を残しながら軽々とそれを避けた。いや避けるという感覚すら今のファイズにはない。バーナードにこそ破れたがそれだけこのアクセルフォームの力は絶大だ。

 

「キミと僕、どっちが速いか勝負だ!」

 

 それは奇しくも別の世界のサイガがファイズに放った言葉と同じものだった。サイガはファイズに背を向けると一目散に飛んだ。

 

 アクセルにこそ劣るがフライングアタッカーの速度も尋常ではない。後追いではなかなかその距離は縮められないはずだ。サイガは砂煙を巻き起こしながらアクセルから逃走する。視界を隠すことによって少しでも時間を稼ぐ。10秒しかファイズアクセルは使えないからだ。だがそんな小細工はファイズアクセルには通用しない。

 

「タァァァァァァ!」

 

 ファイズの飛び蹴りがサイガのフライングアタッカーを捉えた。フライングアタッカーは小規模な爆発を起こし、サイガは地面に落下した。

 

────ready

 

 使い物にならなくなったフライングアタッカーからトンファーエッジを引き抜いてサイガは振り向く。────目の前にファイズがいた。彼の拳がサイガの顔面に迫る。

 

────3

 

 サイガは上体を反らして拳を回避する。ファイズは彼に足払いを掛けた。サイガは後ろに倒れる。

 

────2

 

 ファイズはその拳にファイズショットを装着した。倒れたサイガに向かって強化されたフォトンブラッドの拳が迫る。流石のサイガもこれを喰らえばただではすむまい。

 

(今だ!)

 

 北崎はサイガの中でドラゴンオルフェノク龍人態と化した。

 

────1

 

 ファイズは驚愕する。サイガに、北崎にアクセルフォームの攻撃が封じられたからだ。サイガはファイズを蹴り飛ばした。

 

────time out

 

「流石に寿命が縮むと思ったよ」

「ちっ!」

 

 アクセルフォームの間に決着をつけられなかった。巧は舌打ちする。持久戦に持ち込めば有利なのは北崎だ。まだ彼にはドラゴンオルフェノクもある。勝ち目は薄い。とっとケリをつけなくては。

 

「さて、これでおしまいにしようか」

 

────exceed charge

 

 サイガはトンファーエッジにフォトンブラッドを纏う。必殺の一撃を放つ気だ。

 

「ああ」

 

────ready

 

 ファイズはその足にファイズポインターを装着した。

 

「ハァァァァ」

 

 サイガはファイズに向かって駆け出す。挙動が大きいクリムゾンスマッシュに対してサイガスラッシュは圧倒的に有利。巧は選択を誤っている。最も通常形態ではサイガにグランインパクトが通用しないのでそれも仕方がないのだが。

 

「────巧さん!」

「果林!」

 

 窮地に追いやられた巧を救ったのは果林だった。彼女はバジンから回収したファイズエッジを巧に投げ渡した。彼はファイズフォンに装着されたアクセルメモリーをそれに挿入する。

 

────ready

 

 銀色のフォトンブラッドを纏ったファイズエッジで巧はサイガを迎え撃つ。

 

「ハァァァァ!」

「ヤァァァァ!」

 

 二人の刃が交差する。激しいエネルギーのぶつかり合い。このままだと暴発する。ファイズは刃を滑らせ、サイガの腹を狙う。抜き胴。以前、剣の修行をしていたファングからたまたま巧が習ったものだ。この土壇場で彼はそれを完成させた。サイガはその無慈悲な一撃を容赦なく────

 

「・・・・・・なんで振り抜かないの?」

 

 ────受けない。ファイズはサイガに直撃する直前で寸止めした。北崎は不思議そうに首を傾げる。

 

「なら、お前はなんで撃たない?」

 

 ファイズは気づいている。彼が刃を滑らした瞬間、何をするか悟ったサイガが片方のトンファーエッジを放り投げ、フォンブラスターに持ち変えたことに。そしてそれはファイズの腹に突きつけられていた。サイガの光弾は並のオルフェノクなら数発で灰と化す。ファイズとてただではすむまい。もしかしたら巧がファイズエッジを振り抜くよりも早く迎撃出来るかもしれない。だが北崎は撃たなかった。

 

「キミが振らなかったから」

「お前が撃たなかったからだ」

 

 巧と北崎はフっと笑う。

 

「俺の負けだ。一人で戦った訳じゃない」

「全員でかかっても良いって僕は言ったよ。・・・・・・絶対に僕が勝ってたと思うけど。ま、いいや。今回は引き分けで良いよ」

 

 巧と北崎は変身を解除した。

 

「キミが・・・・・・いや『僕たち』がどれだけ足掻いてもきっと世界から争いは消えない。僕たちのやっていることにはなんの意味もない」

「そうかもな。でも、誰かが支配するような世界で幸せになれる奴はいねえよ。だから自由のために俺は・・・・・・『俺たち』は戦うんだ。そこに幸せになれる奴がいるなら俺たちのいる意味は、ある」

「僕にはまだその意味が何なのか分かんないね。・・・・・・まあ好きにすれば良いさ。エミリちゃんや孤児院の子どもたちがキミの言うように幸せになれるなら僕はどんな世界になろうが構わないよ」

 

 北崎は竜巻に包まれると消えた。エミリの下に帰ったのだろうか。それとも子どもたちのところか。

 

「巧さん、大丈夫でした・・・・・・?」

 

 果林が巧の顔を覗き込んだ。彼女がファイズエッジを渡していなかったら巧は負けていただろう。

 

「ああ、大丈夫だ。助かったよ。果林、エフォールは?」

 

 パートナーがいない妖聖は基本的に戦うことが出来ない。これだけ敵味方が入り乱れた戦場で彼女が単独行動するのは危険だ。

 

「エフォールならガルドさんと一緒にハーラーさんとピピンさんを助けに向かいました。今頃、合流していると思います。私だけ無理を言って巧さんの所に来ちゃいました」

 

 果林は視線を後ろに向ける。ミサイルやレーザー、暴風に吹き飛ばされる兵士が目に入った。ハーラーとガルドの仕業だ。

 

「・・・・・・みたいだな」

 

 やりすぎだろ、巧は額から汗が流れるのを感じた。

 

「でもお前、なんで俺の所に来たんだよ」

 

 一人で戦うと言って果林も納得したはずだが。いや来てくれなかったら大ピンチだったので助かったのだけど。

 

「巧さんに早く会いたかったからです」

 

 ◇

 

「巧はん、無事だったんか」

「ああ、お前らも無事だったんだな」

「果林、おかえり」

「ただいまです」

 

 巧はガルドたちと合流した。

 

「いや、助かったよ。皆とはぐれて囲まれちゃってさー。あと一歩遅かったら不味かったかもね」

「あんなんぶっぱなした後に言われても説得力ないわ」

「うぬ。歩く戦車と思ったわ」

「ハーラー、強い」

 

 殲滅に長けたハーラーはこういった大量の兵士との戦いでこそ力を発揮する。普段の戦いではファングたちを、巻き込みかねないため意図的に戦闘から離脱しているのだ。本来なら彼女もこれくらいの力はある。

 

「それよりお前らティアラとシャルマンは何処だ?」

「シャルマンさんがハーラーさんの援護を頼んだんです」

「せや。ティアラはんもシャルマンの奴がいるなら心配ないからそっちに向かえって」

「そうか。なら次はティアラとシャルマンを助けに行くか」

 

 確かにシャルマンはファングに匹敵する実力がある。彼が傍にいれば安全────

 

『ティアラァァァァァァァ!』

『!』

 

 ファングの絶叫に巧たちは目の色を変える。

 

「今のは・・・・・・」

「ダンナやな・・・・・・。それよりもティアラはんって」

「行ってみよう」

 

 ◇

 

「なんだよ、これ・・・・・・」

 

 巧は目の前の光景が理解出来なかった。いや、したくなかった。

 

────ティアラだったモノ

 

「なんだよ、これえええええええ!?」

 

 巧は叫んだ。狂ったように。叫ばなければ本当に狂ってしまう気がした。

 

「『リバイブ』ティアラはん、起きろ! 『リバイブ』・・・・・・なんでや、なんで治らんねん!? なんで・・・・・・なんで」

「ガルドちゃん、しっかりして。大丈夫、私が傍にいるから大丈夫」

 

 ガルドは必死に瀕死の傷でも治る魔法を唱えた。だがリバイブで治るのは死に瀕したものだけ。死したものを治すことは、出来ない。それを知っている彼はティアラの死を理解する。ガルドは頭を抑えてしゃがみ込んだ。

 

「・・・・・・いや。ティアラ、起きて。ねえ、起きて」

「エフォール・・・・・・ティアラさんは、もう」

 

 必死になってティアラを揺さぶるエフォールを果林は抱き締めた。パートナーである彼女はエフォールの心がかつてのように冷たく塞がっていくのを感じる。だが今の彼女が出来るのは大丈夫とエフォールに囁くことくらいだ。果林自身も身体が震えているのだが。

 

「これは、いくら、なんでも、想定外だ」

「しっかりするのだ、ハーラー殿。お主と我輩まで取り乱したらこのパーティは終わりだぞ」

 

 かろうじて正気を保っているのはハーラーとピピンだ。

 

「分かってるよ、それくらい! でも、この状況は訳分かんないよ!?」

「我輩だって訳がわからん。だが・・・・・・」

 

 ピピンとハーラーの視線の先には集まりつつある兵士がいた。

 

「こやつらを始末しなければ弔うことも出来ん」

「・・・・・・ティアラちゃんを殺したのは誰か分からない。だから今からするのは」

『八つ当たりだ!』

 

 ハーラーとピピンが兵士と交戦する。

 

(あいつらがやったのか?)

 

 巧はぼんやりとそれを眺めていた。

 

(ティアラ・・・・・・)

 

 巧はティアラの遺体を見た。彼女の死に顔は腹を貫かれたにも関わらず不思議と穏やかだ。

 

(なんでだよ、死んだってのになんで幸せそうなんだよ。死んで、死んで辛くないのかよ)

 

────真理が死んだ。

 

────澤田が死んだ。

 

────結花が死んだ。

 

────草加が死んだ。

 

────木場が死んだ。

 

 巧の脳裏に様々な人々の死が浮かび上がる。

 

 誰かが死ぬ度に彼は強く後悔した。目の前で死んだ命、間に合わなくて死んだ命。消えていく誰かを思えば思うほどに巧は深い悲しみと自責の念に包まれる。

 

────ああ、時を戻せたなら。巧は願う。

 

 巧の腕に巻かれたファイズアクセルの時間が戻り始めた。

 

 世界が闇に包まれる。巧の目の前には誰もいない。ガルドも、エフォールも、ハーラーも、ピピンも、そして果林も誰もいない。巧はかつてのように孤独になった。

 

 でも、これで良いんだ。ティアラが、仲間が生き返るならなんだって良い。自分自身がまた消えてしまっても構わない。元々自分はこの世界に存在するはずの人間ではない。巧は静かに目を閉じた。

 

「────それは止めておけ。何の解決にもならん」

 

 誰かがファイズアクセルのスイッチを押した。闇に包まれていた世界に光が戻る。

 

「巧さん!」

「どうしたんや!?」

「だいじょう、ぶ?」

 

 果林たちの声に巧はハッとする。

 

「お、れは何を?」

 

 巧は自分が何かとんでもない過ちを犯そうとしていたような気がした。

 

「巧はん、急に魂が抜け落ちたように膝をついたんや」

「そうです、心配したんですよ」

「巧、無事で良かった」

 

 巧の異常に三人が少しだけ正気に戻った。それでもまだティアラの死のショックは抜けていないが。それはが仕方ない。

 

「大丈夫であったか、巧殿」

「あ、ああ」

「顔に生気も戻ってきたし、もう心配なさそうだね。ま、今はそれどころじゃないけど」

 

 倒れた無数の兵士たちを尻目にハーラーとピピンも巧に駆け寄った。

 

「お前ら、身体が・・・・・・?」

 

 ガルドたちは身体から光の粒子が溢れていた。巧自身もだ。彼らの身体はみるみる薄くなっていく。ハーラーがそれどころではない、と言った理由が分かった。

 

「うぬ。人知を越えた何かが起きてるようであるな」

「恐らくは女神の仕業だろうね」

「女神、だと」

「私たち、消えちゃうの?」

「きっと大丈夫ですよ、エフォール」

「いったい、何が起きようとしてるんや?」

 

「────時が戻ろうとしている」

『っ!』

 

 突然現れた男に巧たちは驚く。

 

 その男は作務衣に身を包んだ端正な顔立ちの美青年だ。エフォールを除いた女性陣はちょっとだけ彼に見惚れた。下駄を踏み鳴らして彼はこちらに近づいてくる。

 

「誰だ・・・・・・?」

 

 巧の問いかけに男は天を差した。

 

「俺は天の道を往き総てを司る男。『天道総司』だ」

 

 それだけで巧たちは天道がどういう男なのかなんとなく察した。コイツは色々な意味で凄い人間だ、と。

 

「時が戻るとはどういうことだい?」

「お前たちの仲間、ファングと言ったか? そいつが女神の力を使って時を戻そうとしている。今は剣崎一真によって足止めされているが・・・・・・それも直に終わる。間もなく時は戻るだろう」

 

 この現象はファングによって起こされた物だと知り、巧たちは驚く。

 

「そうか、ファングはティアラを見て時を戻そうとしたのか」

「やっぱりダンナ、ティアラはんに惚れてたんやな」

「惚れてるとかそういう問題ではないと思うのですが」

 

 それでは巧もティアラに惚れていることになる。決して時を戻すこととイコールではない。

 

「それで、お主は何故に我輩たちにそのようなことを教えるのだ? 見たところそんなお節介を焼く人間には見えんのだが」

「お節介を焼く人間たちに頼まれたとだけ言っておこう。俺の本来の目的はある男の救出だ。・・・・・・これを受け取れ」

 

 天道は何かを巧たちに放り投げた。

 

「これは・・・・・・」

「なんや、これ」

「オモチャ?」

「いや、ガルドくんのと私のは精密な機械のようだ」

「むむっ、面妖な」

 

 巧には赤い宝石の指輪。ガルドには白いバイクのオモチャ。エフォールには緑と黄色のカード。ハーラーには赤いミニカー。ピピンには銀色の戦士の仮面。

 

「これ、巧さんと同じ物?」

 

 そして果林に渡されたのはファイズと同じような白い仮面の戦士のメモリーだ。それぞれが行き渡った物を不思議そうに眺める。

 

「それを持っておけ。お前たちもファングと共に過去に戻れるだろう」

「マジか!? ワイらはおいてけぼりかと思ったわ!」

 

 ガルドが驚く。巧たちも気持ちは同じだ。女神の一部であるアリンのパートナーであるファングはともかく、自分たちも過去に戻れるということに。天道はまた天を指差した。

 

「おばあちゃんが言っていた。卓袱台をひっくり返して良いのはよほど不味い飯だった時だけだ、と。舞台はこの俺が用意してやった。誰かを失う悲劇はもういらない。今こそ大団円を巻き起こすんだ」

「ああ。こんな下らない悲劇なんかハッピーエンドに変えてやる!」

「へへ、上等!」

「絶対に、ティアラを救う・・・・・・!」

「必ず皆で生き残りましょう!」

「私に何が出来るか分からないけどやってみるよ」

「我輩も全力を尽くそう。皆で笑い合える世界を作るのだ、かっかっか!」

 

 巧たちは不敵な笑みを浮かべた。

 

 やがて世界は暗闇に包まれた。巧は目の前に見える光に向けて歩き始める。

 

────乾巧、もうお前に絶望は許されない。

 

 背後から聞こえる天道なりの激励に巧は頷いた。

 

 ◇

 

────絶対に私のことを好きにならないでください

 

────僕たちなら負けない!

 

────あなたは私と結婚出来るなら、したい?

 

────ファングを殺すのは私

 

────ダンナとは気が合いますなー

 

────ひゃはははは。やっぱり戦いは良い!

 

────仲間の夢くらいなら守ってやるさ

 

 時が遡っていく。ファングはかつての日々の記憶が巻き戻っていくのを感じた。

 

────旅のお方。見れば随分とお疲れのご様子。ちょうどカモミールティーを淹れた所です。よろしければ、どうぞご一緒に。

 

 今、全ての時間が巻き戻った。ファングとティアラが運命の出会いをしたその日へと彼は導かれた。これより先の未来は未知数となる。ファングの意志に、剣によってこの先の運命は変わっていく。

 

────さあ全ての始まり《ラウンドゼロ》だ。

 

 ファングは目映い光に包まれた。

 

「・・・・・・う、うう」

 

 ファングは目を開けた。見上げれば穏やかな青い空が広がっている。

 

「おい、起きろ! アリン!」

 

 ファングは横で眠っているアリンを揺すった。

 

「う、うーん。は、ここは!?」

 

 アリンは跳び跳ねるように起き上がった。ファングと違って状況を理解してない彼女は不思議そうに周囲を見渡す。

 

『我らがいたのはカヴァレ砂漠だ。だがここはカヴァレ砂漠ではない』

「どうしてあたしたちソーヨル草原にいるの?」

『えー、なんで? どうして? ファング、みんなはー?』

 

 ファングはアリンたちにこれまでの経緯を説明した。

 

「それ、本当なの?」

『しんじられないよー』

 

 アリンとキョーコが怪訝な表情でファングを見る。無理もない。いきなり女神の力で過去に戻って全てをやり直すと言っても信じる人間はいないだろう。だが彼女たちと違いブレイズは考え込む仕草をとる。

 

『・・・・・・本当に剣崎一真と会ったんだな、ファング?』

「ああ。先生が俺の行くべき道を教えてくれた。ティアラも世界も両方救えって言った」

『ならば間違いないだろう。俺は信じる、ファング』

 

 ファングと同じく剣崎を知るブレイズは今のこの状況に納得した。それだけ剣崎一真という存在の異常さが窺える。彼なら女神と繋がっていてもおかしくはなかった。

 

「とにかく本当に過去に戻ったならティアラが生きてるはずだろ。この先にアイツがいるはず」

「あ、待ちなさい。別にあんたを疑ってる訳じゃないわよ!」

 

 ずんずんとソーヨル草原を進んでいくファングをアリンは慌てて追いかけた。

 

「でも、あんたの先生って何者なの? 女神様の知り合いならあたしも心当たりがあっても良いと思うんだけど・・・・・・」

『剣崎一真。以前お前が思い出した黄金の剣は恐らくヤツだ。この星に女神が現れるよりも更に前から生きている不老不死の男ならばありえない話しではない』

「何歳よ、それ・・・・・・」

「俺の二百倍は生きてるって言ってたな」

 

 ファングは今二十歳だからそれを二百倍にするとざっと四千歳となる。どれだけ長生きしてるんだ。アリンは頭が痛くなるのを感じた。

 

『すっごい。わたしたちよりもとしうえだねー』

「そういやお前たちって何歳なんだよ。アリンって女神の一部ってことは女神と同い年ってことだろ?」

「女の子に年齢を聞くんじゃないの!」

「あ、やっぱり女神と同い年なんだな」

 

 アリンの張り手がファングに飛んだ。

 

「いってえ」

『今のはファングが悪い』

 

 ちなみにアリンは十七歳だ。眠っている期間も含めてカウントするなら妖聖は全員千年以上は生きていることになる。妖聖の、特に女性に年齢を聞くのはやめた方が良いな。ヒリヒリする頬を抑えてファングは思った。

 

「・・・・・・でも、あんた本当に良かったの?」

 

 ソーヨル草原をしばらく歩いているとアリンがそんなことを言った。

 

「何が?」

「ティアラはあんたのことを全部忘れてるのよ。今まで通りの関係には絶対に戻れないわ。時間を戻すにしたって何も最初からじゃなくても良かったのよ」

 

 アリンの言っていることはごもっともだ。ファングが少なからずティアラを思っている。むしろそれで何度も焼きもちを焼いているくらいだ。だから彼女との出会いをやり直すことがファングにとってどれだけ残酷なことなのかアリンは知っている。だがファングには最初に戻らなければならない理由があった。

 

「なあ、お前らはティアラを殺したのは誰だと思う?」

「そんなのドルファに決まってるじゃない」

『フェンサーだね。それもそうとうなつよさじゃないと』

 

 アリンとキョーコの推理にファングは首を振る。

 

『・・・・・・巧たちの誰かだ。誰とは予想出来んがな。剣崎の話しから推測するならシャルマンかピピンが特に怪しいが、これも憶測にすぎない』

「ああ、そうだ」

 

 ブレイズに頷くファングにアリンは目を見開いた。

 

「どういうこと!? あんたシャルマン様にピピン・・・・・・仲間を疑うの!?」

「考えてみろ。ドルファのフェンサーだとありえねーんだよ。ティアラは胸を一突きで貫かれてたろ。アイツが抵抗してないんだよ」

「・・・・・・!」

 

 アリンの背筋が冷たくなっていく。今まで当たり前のように共に戦ってきた仲間の誰かがティアラを殺したかもしれない、その事実に目の前が真っ暗になりそうだ。

 

「おかしいだろ。ティアラの奴、誰にやられたか俺に教えなかった。きっとソイツを庇ったんだ」

「で、でも」

「ああ、もちろん俺の勘違いならそれで良い。あくまで可能性の話しだ」

 

 ファングはアリンの頭をポンポン叩く。

 

「見極めるんだ、俺たちが。ドルファか裏切り者。誰がティアラを殺したのか。そうじゃないとアイツの運命は変わらない」

「でも、それをするってことはティアラだけじゃなくて皆との関係も変わっちゃうじゃない」

「良いんだ。世界を敵に回すって決めた。その結果、俺が孤独になってもティアラを守れるならさ」

 

 アリンはファングに抱きついた。彼はアリンの思わぬ行動に目を丸くする。

 

「・・・・・・あなたを絶対に孤独にしたりしない。あたしが、あたしが傍にいる」

「・・・・・・アリン」

「パートナー、でしょ?」

 

 アリンはファングに微笑む。

 

『我らも忘れるな』

『ずっと、ずっといっしょだよ』

「ふ、そうだな。お前らがいるなら俺は孤独になる心配はねえな」

 

 どんな時でも傍にいる妖聖たちにファングの肩の荷が少し軽くなる。

 

「さて・・・・・・フューリーを見つけた訳だが」

 

 ファングはフューリーの有りかにたどり着いた。記憶が正しければこの近くにティアラがいるはずだ。

 

「あの時と違って巧もいないし、どうすんの?」

「さあな。どうにかするさ。つーか巧はどこに行ったんだろうな」

 

 まさか一人でソーヨル草原をさ迷っているのか。後で携帯に電話を掛けよう。ファングは苦笑を浮かべた。

 

「・・・・・・よし、行くか」

 

「────そこのお方、お待ち下さい」

 

 ファングは聞き覚えのある少女の声に動きを止める。分かっていた。彼女がそこにいることは。過去に戻ったのだ。死んだ彼女が生きているのはおかしくない。だが頭で理解していてもファングは心臓がばくばくと高鳴った。まるで初恋でもしたかのように。

 

 振り向くとティアラが微笑んでいた。ファングは目眩がする。今すぐに何時ものように軽口を叩いてしまいたかった。だがこの時間の彼女とはファングはまだ初対面だ。それをしてしまってはティアラに警戒心を持たれてしまう。

 

「旅のお方、見れば随分とお疲れのご様子」

「ああ・・・・・・なんか凄く疲れちまったよ」

「まあ、それは大変です」

 

 本当に疲れた。マリアノと戦って。兵士と戦って。ティアラが目の前で死んで。師の剣崎一真と戦って。ここにもう一度来るまでの間に本当に色々あった。ありすぎるくらいだ。疲れるに決まっている。小さくため息を吐きながらファングはうっすらとティアラに微笑んだ。

 

「よろしければこちらのお茶をお飲み下さい。疲労回復に効果がありますのよ」

「カモミールティーだろ? サンキュー、もらうよ」

「ちょっとファング、それは!?」

 

 ファングはティアラの淹れたお茶を飲んだ。だがそれにしびれ薬が入っていると知っているアリンは困惑する。

 

「美味いな、これ」

「それはよかった。私、お茶には自信があるんです。おばあさまから習いましたから」

「・・・・・・え?」

 

 カモミールティーを飲んでも何の異変も起きないファング。しびれ薬が入っているはずではないのか、アリンは首を傾げた。

 

「ど、どういうこと!?」

 

 身をのりだしそうになるアリンをファングは抑えた。様子を見るんだ、視線で彼は訴える。

 

「お前もフェンサーなのか?」

「ええ。この世を悲しみのない世界にするためにフューリーを集めています」

 

 そこは変わっていないのか。ファングは自分の知っているティアラと彼女との違いを分析する。

 

「・・・・・・旅人さん、あなたは何故フューリーを集めているのですか。よろしければ、私に教えてください」

 

 ティアラの視線がアリンとブレイズたちに向けられる。ファングが自分と同じくフェンサーだと彼女は気づいたようだ。

 

「・・・・・・世界平和を願っていたヤツがいた。そいつの夢を叶えるために、笑顔を守るために俺はフューリーを集めていたんだ」

「私と同じ理想を持った人がいるのですね。・・・・・・少し嬉しいです」

 

 目の前で興味深そうに話しを聞くティアラにファングは胸が締め付けられそうになる。彼女の顔を見る度にあの時の光景がフラッシュバックし、ファングは苦い表情を浮かべる。

 

「では旅人さんの願いはなんだったのですか?」

「え?」

「その人のためじゃなく、あなたが叶えたかった願いはなかったんですか? 願いがあるから人はフェンサーになるはずです」

 

 ティアラはじっとファングの目を見る。言われてみれば彼女の夢を叶えるために彼は必死になっていた。自分自身がフューリーを集めてでも叶えたい願いとは何なのかファングは考える。

 

「なりたかったんだ、誰かを守れるヒーローに」

 

 ファングの脳裏に人々を救う剣崎一真の姿が浮かんだ。勇ましく、優しく、そしてカッコいい。子どもの頃に誰も憧れ、誰もが夢描いたであろう英雄。彼は善でもなければ悪でもない。正義の味方だった。ファングは剣崎に憧れていた。

 

「見つけたかったんだ、人間も怪物もない、誰もがぐうたら昼寝出来るような場所を」

 

 だがファングが憧れた剣崎一真は他の人間から見れば怪物だった。ジョーカーアンデッド。緑色の異形。剣崎の真の姿を見た者は彼に石を投げた。その中には剣崎に救ってもらった者もいる。石を投げなかった者も彼を恐れ、拒絶した。剣崎は悲しげな表情を浮かべながらもこれで良いんだと微笑みファングの故郷から行方を眩ました。ファングは彼が人々と裏表なく笑い合える世界を望んだ。だから旅に出た。

 

「・・・・・・世界中の人が自由に生きられますように、それがきっと俺の願いだ」

 

 食いたい時に食って、寝たい時に寝る。それが当たり前のように皆で出来るような世界になってほしい。ファングはそう願った。

 

「・・・・・・旅人さんはお優しい方ですね」

「ほんっとにね。悪ぶってる癖にイイヤツすぎるのよ、コイツ」

 

 無言で菓子を摘まむファングを尻目にこそこそとティアラとアリンは話した。

 

「旅人さんに守ってもらえる方が少し羨ましいです。・・・・・・私には誰も守ってくれる人がいないので」

 

 ティアラは悲しそうに呟く。その声は誰にも届かない。

 

「私はもう行きます。もしまだお疲れなら向日葵荘という宿屋に向かってください。私の縁者が営んでいてとても快適なんですよ」

「何から何までありがとうな。お礼にそのフューリーはお前にやるよ」

「ありがとうございます」

 

 フューリーを持って立ち去っていくティアラをファングは見送った。

 

『なんかティアラのようすへんだったね』

「うん、前の時は確かにファングにしびれ薬を盛ってたはずなんだけど・・・・・・」

 

 アリンとキョーコは微妙な過去の変化に首を傾げる。ティアラは以前の腹黒お嬢様からただの優しいお嬢様にチェンジしていた。

 

「どういうことだ、ブレイズ?」

『過去が変わった、と考えるべきだろう。ファングの影響か? だがそれにしても早すぎるぞ。言葉一つでこうも変わるものなのか?』

「いや、でもそれならお茶はどうなんだよ。だって前のは最初から毒入りだったぞ」

 

 なら何が要因で過去が変わったのだろうか。

 

「巧がいないから、か?」

『それは関係ないだろう。どちらかと言えばお前よりももっと先になんらかの干渉があったと考えるべきだ』

「俺以外にも誰かが過去に戻ったのか?」

 

 どれだけ考えても答えは出そうになかった。誰も時を遡る経験なんてしたことがないのだから無理もない。

 

「それよりファング、ティアラを追いましょう。このあと確かティアラはチンピラに絡まれるはずよ」

「ああ。あのティアラだとチンピラでも負けるかもしれねえしな」

 

「────いやああああ!」

『っ!』

 

 遠くから聞こえるティアラの悲鳴に向かってファングは駆け出した。

 

「ティアラ、今度こそ絶対に俺はお前を守る!」

 

 ◇

 

「ひ、人が・・・・・・人が」

 

 ティアラは震えていた。絡んできたチンピラが突然灰色の怪物と化した、その理解しがたい現実に震えが止まらない。フロッグオルフェノク。カエルの特性を持った怪人。初めて見るオルフェノクに彼女は顔を青白く染めた。

 

『へっへっへ。あんたが怯える姿見るだけで興奮してきたよ。ああ泣かせるのが楽しみだ』

 

 フロッグオルフェノクの手がティアラに伸びた。彼女は悲鳴を上げる。

 

「────俺はてめえが泣き叫ぶ姿のが見てえな」

『な、なんだてめえ!?』

「それはこっちのセリフだ。どうやら過去は随分と変わっちまったみたいだな」

 

 ファングはフロッグオルフェノクの手を掴むと彼を蹴り飛ばした。

 

「た、旅人さん。に、逃げてください。あなたまで死んでしまいます」

「お前は死んだりしない。大丈夫だ、俺が傍にいる。いてやる!」

「旅人さん・・・・・・」

 

 ────大丈夫だ。俺が、それに巧も傍にいる。いてやる!

 

 ティアラは前にもこんなことがあった気がした。ファングとは今日初めてあったはずなのに。彼女は頭がずきずきと痛み、失神した。

 

「おい、しっかりしろ! キョーコ、ティアラを頼む」

『うん!』

 

 ファングはティアラをキョーコに任せる。

 

「大人しく引き下がるのと、ここで倒されるの、どっちが良い?」

『てめえをぶっ殺して、そこの姉ちゃんの泣き顔を拝ませてもらうぜ!』

 

 突っ込んで来るフロッグオルフェノクにファングは剣を構える。

 

「てめえに良いことを教えてやる。こいつは泣いているより笑っている方が可愛いんだよ!」

『ぐっ』

 

 ファングはフロッグオルフェノクの突進を横に避けると剣を振る。硬い。刃が通らない。飛び散ったのは血ではなく火花だ。だが苦痛の声を上げたならダメージはあるはず。彼は続けざまに連撃を放つ。拳で、銃で。様々な武器でフロッグオルフェノクにダメージを与える。

 

『くそがっ!』

「うおっ!」

 

 フロッグオルフェノクは得物の水鉄砲を放った。ファングは身体を反らして避ける。強力な酸性の水は近くに生えていた木々に無数の穴を開けた。

 

『お決まりのキャラの癖に厄介な武器を持っているようだな』

「へ、こんなの当たるかよ」

『attack effect フレイムアサルト』

『そんなの当たるかよ!』

 

 炎を纏った剣をファングはフロッグオルフェノクに袈裟斬りを放つ。彼は優れた跳躍力でそれを回避した。

 

「ちっ!」

『俺を使え!』

 

 ファングはフロッグオルフェノクの跳躍に舌打ちした。四方八方。どこから繰り出されるか分からない攻撃に劣勢に追い込まれる。回避で精一杯だ。何時仕掛けてくるか。ファングはどこから来ても迎撃出来るように二刀流になる。

 

『死ねえええぇぇぇ!』

「っ!」

 

────後ろか。ファングは振り向きざまに二剣の一撃を浴びせる。フロッグオルフェノクは勢いそのままに吹き飛ばされた。

 

『ぐはっ!』

「バカか、てめえ。奇襲仕掛ける奴が声出してんじゃねえよ」

 

 ファングはフロッグオルフェノクを挑発するように目の前で剣をくるくると回し、逆手に持ち替えた。

 

「どうした、もう終わりか? 大人しく引けよ」

『くそっ! 俺様はもうただのチンピラじゃねえ! 無敵の力を手に入れたんだ!』

「その程度で無敵と思うのがただのチンピラの証拠だ。お前は俺に勝てねえ。絶対にな」

『舐めんなぁぁぁ!』

 

 フロッグオルフェノクはファングに水鉄砲を放った。

 

「『フェアライズ!』」

 

 ファングは紅炎真紅の戦士へと変身した。こうなったら強力な酸性水だろうと避ける必要はない。彼の装甲に水は当たると高熱によって蒸発した。

 

「喜べ、やっぱりお前はただのチンピラじゃねえよ。ただの怪物だ」

 

 ファングはゆっくりとフロッグオルフェノクに近づく。何度も何度もフロッグオルフェノクは水鉄砲を発射した。だがファングの身体から溢れる炎にことごとく無効化される。今の彼は灼熱の炎そのものだ。

 

『死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねよぉぉぉぉ!』

「ハァァァァ!」

『グアアアアアァァァァ!』

 

 炎を纏った斬撃がフロッグオルフェノクを真っ二つにした。彼は炎を上げ、灰と化す。

 

「どうして心まで怪物になっちまうんだよ・・・・・・」

 

 ◇

 

────暖かい。

 

 ティアラは誰かの温もりに包まれていた。こうして誰かに背負われるのは初めてなのに、また初めてじゃない気がした。彼女はその背負ってくれる誰かの首にゆっくりと手を回す。

 

「う、うう」

「お、目が覚めたみたいだな」

 

 ファングは目覚めた彼女に笑みを浮かべる。

 

「たび、びとさん?」

「もう大丈夫だ。お前を怖がらせる者は倒した」

 

 あの怪物を倒したのか、ティアラは驚く。

 

「あの、ありがとうございます。私のせいで怪我をしてませんか」

「心配すんな、俺の剣はおま───人を守るためにあるんだ」

「私のために剣を振る必要なんてないんですよ」

 

 ティアラの声が冷たく、悲しいものになる。

 

「何言ってんの、あんた?」

「私は存在してはいけないんです。こうやって生きているだけであのような怪物や人間がきっと私を殺しにやってきます。だからあなたはこれ以上私に関わらないで。さあ、離して。今日あったことは忘れてください」

 

 随分と過去は変わってしまったようだ。ティアラは心の奥底に今まで隠していていたネガティブさを全面にさらけ出していた。以前のティアラならこの奇襲にこじつけてファングに下僕になれと言っていたはずだ。今の彼女は本心から彼を拒絶している。

 

「それは約束出来ねえな。俺はお前を守る」

「な、何を言ってるんです!? 私とあなたは初対面ですよ!」

「・・・・・・お前にとってはな」

 

 え?とティアラは首を傾げる。

 

「さっき言っただろ、世界平和を願うヤツのために戦っていたって。それはお前だよ」

「何を、言っているのですか? 私はあなたと会ったことなんて一度もありませんわ」

「お前にとっては、だ。俺はお前と何度も顔を合わせている」

「や、やっぱり! あ、あなた私のストーカーですか!?」

 

 ティアラはファングの背中で暴れる。まあいきなりこんなことを初対面(と思っている)男から言われれば大抵の女性はこうなるだろう。

 

「お、おい! お前は勘違いしてる! 落ち着け!」

「私のことを愛するあまり頭が変になったんですね!?離しなさい! 変態!」

「くそ、ちょっと大人しくなったと思ったけどやっぱり変わってねえ! 話しを聞け! バカ! アホ! 腹黒女!」

 

 ティアラは顔を真っ赤にして大人しくなった。

 

「な、なんて酷いことを。で、でも! 凄く新鮮です・・・・・・」

「出た、ティアラのM属性。やっぱり変わってないのね」

『むしろ変わって欲しかったがな』

 

 どれだけ世界が変わってもこれだけは変わらないな。アリンとブレイズはため息を吐いた。

 

「落ち着いたか?」

「はい・・・・・・そうですよね。私なんかにストーカーする男性なんているはずがないんです。勝手に勘違いしてすみません」

「そこまで言ってねえよ・・・・・・向日葵荘に着いたら色々説明してやるから」

 

 ファングはティアラを背中から降ろした。

 

「それでも納得しないなら俺をストーカーと思ってくれて構わねえよ」

「別にあなたがストーカーとは思ってませんわ。・・・・・・むしろちょっとカッコいいと思ったり」

「ん、何か言ったか?」

 

 なんでもありません、ティアラは慌てて首を振った。

 

「どうしても嫌なら俺はお前の前から消える。でもお前が夢を叶えるまでは傍にいさせてくれ」

「旅人さんは何故私にそこまでしてくれるんですか」

 

 仮に初対面じゃなくてもここまでするだろうか。いや。しないだろう。

 

「俺はお前のために戦うって決めた。お前を傷つける者がいるならそいつからお前を守る。お前を苦しめる物があるならこの手でぶち壊す。世界がお前を拒絶するというなら俺は世界の全てを変える、そう決めたんだ」

 

 ティアラは目を見開く。

 

(これって告白、なんでしょうか?)

 

 ティアラは頬を紅く染めた。今までこんなことを言ってくる人は彼女の周りにいなかった。むしろ、これと真逆のことを言われ続けた結果が今のティアラなのだ。彼女は何だか気恥ずかしくなる。

 

「ねえ、ファング。あれ見て!」

「あれは・・・・・・」

 

 アリンの指差した先には向日葵荘がある。見知った宿屋だ。だが一つ。決定的に違う所がある。本来ならこの時この場に存在してないはずの者、いや物。

 

 

 

 

『ピロロ!』

 

────庭で掃除をしているバジンがいた。

 

 向日葵荘に巧がいる。ファングは思わず走り出した。




まさかの全員記憶を失わずに女神編に突入です。この展開はずっとやりたかったのでここまで書けて良かったと安心しています。



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世界が変わりだす

コンプリートセレクションの半田健人さんのインタビュー記事を皆さんは読みましたか? ライダーが好きな人もそうでない人もマニアやコレクターなら読む価値があります。もし良かったら是非一度読んで見てください。


 向日葵荘。かつてのファングたちの拠点。ここに戻ってくるのは久しぶり────いや初めてだ。全てがゼロになった今では仲間と築き上げたこの宿屋での思い出も無かったものになった。何一つ変わらないようで全てが違う向日葵荘にファングは寂しい気持ちになる。今でも皆の部屋に向かえば彼らがいるのではないか、そんな錯覚をファングは覚えた。

 

「よお、ファング。遅かったな」

 

 件の巧は向日葵荘の食堂にいた。雑誌を片手にコーヒーを必死になって冷ます彼は間違いなくファングの知る乾巧であった。こっちが必死になって戦っていたというのに呑気なものだ。といってもこの時間の彼はファングに何があったのかなんて知らないのだから呑気なのも仕方ないのだけど。あくまでこの時間の巧なら、だが。

 

「お前こそ今まで何やってたんだよ」

 

 ティアラが出会う前から巧はファングと一緒に行動していた。妖聖を除けば彼は唯一ティアラよりもファングと付き合いが長い。本来なら二人で旅をしているうちにティアラと出会い向日葵荘が拠点になったはずなのに一足先に彼がここにいることが不思議で仕方がない。

 

「情報収集だ」

「ただ雑誌見てるだけで情報収集もへったくれもないだろ」

「こういうのが案外参考になんだよ。ガルドたちとも連絡つかねーしな」

 

 巧はファイズフォンを開いてメールの更新を押した。エフォール、ハーラー、ガルドとメールアドレスを持っている三人に連絡を試みたが残念ながら誰の返信もない。彼はため息を吐き雑誌に視線を戻した。

 

「・・・・・・待て、今何て言った?」

 

 サラッと言った言葉にファングは目を丸くする。

 

「何って・・・・・・ガルドたちとも連絡つかねーって言ったんだよ」

「ガルド、だと?」

 

 見知った名、だがこの時はまだファングたちと知り合っていないはずのガルドの登場に彼は眉をひそめる。

 

「・・・・・・な、なあ。巧、まさかお前は」

「ああ、そうだよ」

 

 驚愕で身体が震えるファングに巧はふっと笑う。

 

「お前と一緒に戻ってきたんだよ、過去にな」

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああ!?」

 

 ファングの絶叫が向日葵荘に響き渡った。

 

 ◇

 

「つまり私と旅人さんたちはかつて一緒に行動していたということですか?」

「ああ。アリンの力が発動したせいで俺たちは一からやり直すことになっちまった」

「ですが私はどういう訳か置いていかれてしまった、と」

 

 ファングは自分が過去に戻った経緯を説明した。もちろんティアラが殺されたということだけは省いて。本来の彼女ならともかく今のティアラが誰かに殺されたなんて知れば不安で押し潰されてしまうからだ。

 

「・・・・・・信じられません。そんな荒唐無稽な話し、バカげていますわ」

 

 ティアラは困惑半分呆れ半分でそれを否定した。無理もない。初対面の人間にそんなことを言われて信じる方がどうかしている。

 

「だよなあ。俺だって自分の立場ならそう思うよ」

「急に信じろって言われても無理だよね」

『だが事実だ。現に我らはティアラを知っている。名もパートナー妖聖もな』

 

 ティアラはブレイズに視線を移す。

 

「何故でしょう? お二方と違ってそこの妖聖さんだけ妙に説得力がある気がします・・・・・・。彼が言うと不思議と納得してしまいそうです」

「おい、俺たち胡散臭く思われてるぞ」

「やっぱり根底的にはあたしたちを見下してるのよ、前と変わらず」

 

 嫌なところばかり前と変わらないな、アリンはがっかりした。

 

「信じられないというならこの俺様の澄んだ目を見ろ。真実だと分かるだろ?」

「充血していますわ」

「・・・・・・苦労したからな」

 

 涙を流したばかりなのをファングは忘れていた。目元に触れる。ティアラが触れた指の感触が今でも残っている気がした。ファングは力なく笑う。

 

「いずれにせよ証拠がなければ信じる訳にはいきません」

「証拠ならあるぞ」

 

 アルバムを片手に巧が食堂に戻ってきた。

 

「あなたも旅人さんの仲間なのですか?」

「まあな。お前の仲間でもある」

「私はあなたと会った記憶はありません」

 

 疑いの視線を向けるティアラに巧はアルバムを見せた。過去に戻る前に彼が残した写真の記録だ。

 

「これは・・・・・・!」

「な、少なくとも仲間ではあったろ?」

 

 ティアラはパラパラとアルバムを捲る。ダンジョンや宿屋、街中などあらゆる場所で撮った写真が貼られていた。その中にはティアラがファングたちと一緒に写っているものもある。

 

「・・・・・・まだ怪しいところはありますけど。とりあえず信用しますわ」

「とりあえずかよ。まっ、良いけどよ」

 

 ひとまずは信用されたようで良かった。ファングは笑みを浮かべる。

 

「旅人さんが本当に未来から来たのならこれから起こることが分かるはず。例えばフューリーのある場所とか。何かそういうのはありませんか」

「俺たちが最初にフューリーを手に入れたところと言えば」

「クラヴィーセ洞窟、だね」

「ああ。あそこは暗いから今度はお前らもライトを持ってけよ」

 

 ティアラは賢いな、とファングは思った。彼らが本当に未来から来たのか試しているのだろう。

 

「ではクラヴィーセ洞窟に向かいましょう」

 

 ◇

 

「でも巧、お前はどうやって過去に戻ってきたんだ」

 

 クラヴィーセ洞窟に向かうための準備をするファングたち。男女に分かれて買い物をしていた。

 

「お前が過去に戻った後で俺たちも『アレ』を見つけた」

 

 アレが何なのか、言われなくても分かった。刺されたティアラ、彼らもそれを見つけたのだろう。苦々しげな表情の巧が物語っていた。

 

「わりいな、俺がティアラを守れていればお前らを辛い目に合わせずに済んだのに」

「・・・・・・謝んなよ。一番辛いのはお前だろ、ファング」

 

 ファングがティアラにどういう思いを抱いていたか巧は知っている。そもそもファングはマリアノと戦っていた。あの状況ではティアラの傍にいる余裕はないのだ。だから彼の責任ではない。にも関わらずファングが自責の念に囚われるのはやはりティアラを守るという強い使命感が彼にあったからだ。

 

「それで、お前はどうやって過去に?」

「時間が巻き戻る前にこれを天道ってヤツからもらった。コイツを持ってれば過去に戻れるって言われてな」

 

 巧は懐から赤い宝石の指輪を取り出す。どういう原理か分からないがこれのおかげで彼の記憶は残っていた。この指輪の持ち主には感謝しなければならないな、天道の言葉を思い出した巧はそう思った。

 

『ふむ、微かだがこの指輪からは魔力を感じるな』

『それもわたしたちとおなじほのおのちからだね』

「へえ、じゃあこれは魔法の指輪なのか」

 

 ファングは興味深そうに指輪を眺める。玩具のような形状のそれはまるで仮面のようだ。どうやって作ったのか非常に気になる。

 

「しかしティアラ一人納得させんのにも苦労したし、お前の記憶が消えないで済んで良かったな」

「ああ」

 

 とは言いつつも巧たちに少なからず疑いの目を持っているファングとしては一概に良かったとも言い切れないのだが。まあフェンサーではない巧は一番ティアラを刺した犯人である可能性が低いから素直に記憶があることを喜んで良いだろう。

 

「そうだ、巧。お前傷薬とか今どれくらい持ってる?」

「あんまり持ってないな。こっちに戻る前にかなり使っちまった。北崎と戦っちまったからな」

「じゃあアイツらと合流する前に店寄ってくか」

 

 ファングは最寄りの雑貨屋の扉を開けた。

 

「エフォール、とっても似合ってますよ」

「・・・・・・本当?」

「ええ、これでファングさんもイチコロです。あ、ちょうどファングさんがそ『バタンッ!』」

 

 無言で閉めた。

 

「おい、巧。念を押して聞くが過去に戻ってきたのはお前だけだよな」

「は、何を言ってる? 皆で戻ってきたに決まってんだろ。シャルマンだけわかんねーけど。ま、多分アイツも戻って来てるだろ」

 

 ティアラもろともシャルマンが何者かに殺されてなければ恐らく彼も一緒に戻ってきてるだろう。あの天道が誰か一人を欠けさせるなんて失態をするとは思えない。

 

「おい、計画が早くも全部ぶっ壊れたぞ」

『流石にこれは予想外だ。全員が過去に戻ってくるとは。剣崎一真や天道という男の出現、過去の変化から考えるに女神レベルの『超越した』何者かが関与しているのだろうか?』

『それ、きっとかめんらいだーだよ! かいとうがいってた!』

「先生や真司も自分のことを仮面ライダーって名乗ってたな。何か関係があるのか?」

 

 だとしたら仮面ライダーとは一体なんなのだろうか。謎は深まるばかりだ。腕を組んでファングが考えていると背後の扉が開いた。

 

「ファング!」

 

 店から飛び出したエフォールがファングに抱きついた。飼い主を見つけた子犬のようだ。

 

「うわっ!」

 

 倒れまいとファングは両手で受け止める。が、思いの外勢いがあったのかそのまま後ろに倒れてしまう。

 

「いてて」

「もう、ファングさん。いきなり逃げるなんて酷いじゃ・・・・・・あ」

 

 ドアから顔だけ出した果林は巧と視線が合い固まった。

 

「巧さん!」

「・・・・・・よう、果林」

 

 パアっと明るい顔で喜ぶ果林に巧は照れ臭そうに笑みを浮かべる。思いの外早い再会となった。

 

「そっか。お前たちは今日戻って来たんだな」

「ええ。ガルドさんたちと一緒に。巧さんは?」

「俺は二日前だ」

 

 ファングに抱きついて離れないエフォールを尻目に巧と果林は近くのベンチに座る。どういう訳かそれぞれ過去に戻ってきたタイミングにラグがあるようだ。連絡がつかない理由が分かった。

 

「ガルドは何処にいるんだ?」

「ガルドさんはザンクさんの所に行きました。ザンクはんに呼び出されたって言ってましたよ」

「あー・・・・・・あいつこの頃はまだザンクの部下だったか」

 

 どうやって合流するか、巧は頭の後ろを掻いた。

 

「ファング。ずっと、会いたかった。ティアラが、ティアラが。私、何も出来なかった」

「・・・・・・そうか。お前も見ちまったか。悪い、怖い思いさせちまったな」

「うん・・・・・・」

 

 あの時の光景が頭から離れないのだろう。エフォールは震えていた。ファングは彼女を優しく抱き締めると頭と背中を撫でた。震える彼女を安心させるように。元が暗殺者だったエフォールでも子どもなのには変わらない。人間らしくなった彼女は昔のように人の死に何の感情も抱かない、なんてことはない。むしろ初めて知った誰かを失う深い悲しみに誰よりもショックを受けたのはエフォールだ。それを察したファングは耳元で大丈夫だ、俺が傍にいると囁く。兄のように。父のように。氷のように冷たくなったエフォールの心がファングの優しさによって少しずつ温かくなっていく。彼女は穏やかに目を細めた。

 

「過去に戻ってからもエフォールはずっとティアラさんの死を引きずっていて。あの娘は二手に分かれるまで一緒に行動していましたから。自分のせいでと自責の念に囚われていました。私も気分転換に買い物に行きましたけどあまり効果がなくて」

「それであの格好か・・・・・・。仕方ねえよ。お前たちは戻ったばかりだろ。俺もそうだったよ」

 

 巧はあれから二日経っているから心身共に整理出来たがエフォールたちはつい数時間前にティアラが死んだばかりだ。まだまだショックは抜けていないだろう。

 

「それよりお前は大丈夫か?」

「だいじょう『無理するな』・・・・・・実はまだちょっと」

 

 果林は強がって巧に笑みを浮かべる。だが彼の真剣な目付きに果林は観念した。

 

「本当は私も怖かったんです。でも怯えるあの娘を守らないとって思うと弱音なんて吐けなくて・・・・・・ごめんなさい」

「謝らなくていい。偉いよ、お前は」

 

 巧はファングに習って果林の頭を撫でた。ぎこちない動きのそれが不思議と心地よい。彼女は巧の肩に頭を乗せた。

 

「手を握っても、良いですか?」

 

 無言で差し出されたその手を果林は握った。

 

「旅人さんは私を愛しているのではないのですか? なのに、どうしてあんな露出の多い服を着た可愛い女の子と抱き合っているんですか・・・・・・? あの言葉は嘘でしたの?」

「あんたを愛してるかは知らないわ。でも・・・・・・ああ、もうムカつくう! 何よ、あたしにもあれくらい優しくしてくれても良いでしょう!?」

『おちついて、ふたりとも。すごくこわいかおしてるよ』

「キュィィ・・・・・・」

 

 ファングは背筋に寒気を感じた。

 

 ◇

 

「さて、クラヴィーセ洞窟に着いた訳だが・・・・・・どうしたもんか」

「えっと。ど、どうしましょう?」

 

 巧と果林が困ったように洞窟の前で立ち往生する。このままではとてもじゃないが先に進めそうにない。

 

「旅人さん、これはどういうことですか?」

「ファング。あとで分かってるわよ、ね?」

「ファング♪」

「はは、すげえ疲れた。もう帰りてえ・・・・・・」

 

 巧と果林の先には疲れた顔で女性陣に囲まれているファングがいた。それも全く楽しいものではない。まず疑惑の視線を向けるティアラ。次に怒りと嫉妬の炎を燃やすアリン。最後に彼の腕にしがみついて離れないエフォール。こんな混沌とした状況ではとてもじゃないがモンスターの巣窟と化したクラヴィーセには入れそうもない。二人はため息を吐いた。

 

「なあエフォール。ファングから離れろよ。流石にこれから洞窟に入るのにコイツが戦えないと困る」

「そうですよ、エフォールさん。殿方の腕に抱きつくのははしたないですわ」

「俺も腕が疲れたからさ、頼むよ」

「やだ」

 

 巧とティアラに言われてもエフォールはファングから離れようとしない。むしろ逆効果だ。彼女はファングの腕をより強く握る。

 

「じゃあティアラも、一緒」

「・・・・・・え? あの、それはちょっと」

「もう、いなくならないで」

 

 エフォールは更にティアラと手を繋ぐ。振りほどこうとした彼女は寂しげに微笑むエフォールに胸を締め付けられる。なんだか彼女にとても悲しい思いをさせてしまった、そんな気がした。

 

「な、なんですかこの娘は? と、とても可愛いです。なんだか妹が出来たみたい!」

「ね、可愛い娘でしょう? そう思いますよね!」

「やべえ余計めんどくせえことになった」

「おい、どうすんだ? 巧、なんとかしろ」

「じゃあブレイズがなんとかしろ」

 

 果林までこの混沌に加わったことにより巧は孤立した。泣く泣く彼は妖聖に助けを求める。

 

『お前らいい加減にしろ。早くしないと夜になるだろう』

『わたしたちフューリーをとりにきたんだよ。これぼうけんだよ? そういうらぶこめはいらないってば・・・・・・』

「そうよ! 早くファングから離れなさい!」

 

 アリンがエフォールを引き剥がした。

 

「あ・・・・・・残念」

「残念じゃない! ファングの手はあたしを、剣を握るためにあるの! 例えエフォールでもここは譲らないわ!」

「ごめんね、アリン」

 

 パートナーであるアリンがこう言ってしまえばエフォールは引き下がるしかない。彼女もアリンがファングにどういう思いを抱いているかある程度理解しているので素直に引き下がった。

 

「あー、やっと解放された。よし行くぞ、お前ら!」

 

 ファングたちはようやくクラヴィーセ洞窟の内部に入った。

 

「やっぱり中は暗いな」

 

 ライトを片手にファングと巧が前を歩く。すぐ後ろにエフォールが続き、ティアラが一番後ろを歩く。ティアラと違いこの洞窟の構造を構造をある程度覚えていた彼らが自然な形で先導していた。

 

「エフォールはライトなしで大丈夫か?」

 

 事前に準備をしていたファング一行は皆ライトを持っているがエフォールは持っていない。にも関わらず彼女はすいすいと洞窟を進んでいた。

 

「うん、暗いの平気」

「私がエフォールに選んだ眼帯は暗闇も見通せるんですよ」

「へえ、便利だな」

 

 エフォールは以前の青いパーカーから露出の多い服装に変わった。今は眼帯にウサ耳フードと随分奇抜な格好になっている。単なるイメチェンと思っていたが眼帯にそんな機能があったとは。巧は感心する。もしかしたらこのウサギの耳のようなフードにも何かそういう便利な機能があるのだろうか。

 

「可愛いでしょう。エフォールにはこういう普通の女の子らしい物が似合いますよね」

 

 果林はよほどこの服の選択に自信があるのか笑顔で言った。

 

『普通、なのだろうか?』

「俺は着るのに勇気いると思うんだけどな。自己主張が強いつーか、なんというか。俺は金を積まれても着たくねえな」

「ファング、ストレートすぎよ。まああたしも着たくはないけど」

「っ!」

 

 ファングたちの反応が著しくない。果林は目を見開いた。いや、何故驚くのだろうか。まさかこのコスプレのような謎のファッションに本気で自信があったのか。ファングは少し引く。相変わらず果林も普通の女の子というものにずれた感覚を持っているようだ。

 

「俺は、悪くないと思うぞ。似合ってはいるからな」

「乾さん、苦笑いしながら言ってもあまり説得力がありませんわ」

『えー、エフォールかわいいよー』

 

 巧たちもファングたちに比べれば優しい反応を示す。だがそれでもやはりこの格好が普通の美的感覚には見えなかった。果林は肩をがっくりと落とす。

 

「果林、元気出して」

「ありがとう、エフォール。・・・・・・ケモ耳可愛いのに、残念です」

 

 問題なのはケモ耳だけではない。全体的にだ。全員が内心で突っ込んだ。

 

「今度買い物に行きましょう。エフォールさんも果林さんも可愛らしい顔をしてるのですから。きっととても似合うお洋服がありますよ」

「私も、ですか?」

「ええ、もちろん。乾さんのハートもイチコロですわ」

 

 そういうのじゃねえよ、と巧は慌てて否定した。こういう所も前と変わってないようだ。

 

「お、なんだ。やけに仲良さそうだな。もう仲間になる気になったのか?」

 

 ティアラは無言で頷く。

 

「・・・・・・あなたたちが未来から来たのかはまだ分かりません。でも良い人たちだというのは分かりました。だから一緒にフューリーを集めるのも悪くないと思って。でも私によって旅人さんたちが危険な目に合うことになったら直ぐに切り捨ててしまって構いませんわ」

 

 この期に及んでまだこちらの心配をするティアラにファングはため息を吐いた。

 

「お前なあ。俺たちが仲間を切り捨てる訳ないだろ」

「ですが、またあの怪物に襲われたら・・・・・・」

「何度だって言うぞ。俺はお前を、仲間を守る。危険? だからどうした。そんなもん一つ一つこの手で打ちのめしてやるよ」

 

 力強く笑うファングだがティアラはそれでも不安の色を隠せていない。この世界の彼女に一体何があったのだろう。

 

「なあティアラとファングの言ってる怪物ってなんのことだ?」

「初めてティアラと会った時に戦ったチンピラフェンサーを覚えているわよね。それがこの間戦った灰色の怪人と同じようなヤツになったのよ」

「あのチンピラがオルフェノクに!?」

 

 巧は目を見開いた。記憶が正しければチンピラはただの人間でオルフェノクになったりはしない。そもそも巧がこの世界で初めてオルフェノクと遭遇するのはまだまだ先のはずだ。こんな早い段階でオルフェノクが出現するなどありえない。一体過去に何があったのだろうか。彼は変化し始めている過去に言い様のない不安を覚えた。

 

「何が起きてるんだ・・・・・・?」

 

 間もなく巧もどれだけこの過去がネジ曲がってしまったか知ることになる。

 

「この先にフューリーがあるぞ」

「今回はあの時と違ってスムーズだったな」

「エフォールが仲間だからね。あの時は敵だったし」

 

 しばらく歩いているとフューリーがある最奥部までたどり着いた。一度来たことがあるだけあって前回よりもかなり早い。迷うことなく確実な道を選んだファングにティアラは未来から来たことを少しは信じても良いかな、と思った。

 

「よし、とっととフューリーを手に入れて帰ろうぜ」

 

 突き当たりを曲がろうとしたファングの背中をエフォールが掴んだ。

 

「待って、ファング」

「ん? どうした、エフォール?」

「誰か、いる」

 

 その言葉にファングは顔色を変える。意識を集中させるとこの先、フューリーがある場所に誰かがいることに気づく。

 

「俺も今気づいた。・・・・・・何人だ?」

「強い気配が二つ」

「・・・・・・確かに二人ヤバイのがいるな」

「よし、見てみるか」

「気をつけろよ、巧」

 

 ファングと巧は恐る恐る顔だけ出した。

 

「北崎さん、諦めて戻ってきなさい。『過去』は変わった。我々、オルフェノクの勝利は近いでしょう。一人で抵抗しても無意味ですよ」

「やだね。世界中がオルフェノクになる? マリアノさんや子どもたち、それにエミリちゃんも? 冗談じゃない。久しぶりに会ったと思ったらそんな下らないことを言いに来たの?」

「あなたに会いに来た訳ではありませんよ。・・・・・・やれやれ、強情ですね。私も手荒なことはしたくないのですが」

 

 ファングは強い気配の正体であった二人に己の目を疑う。北崎。この時にはまだ存在すら知らなかった少年。このタイミングの登場に驚愕するしかない。だがそれよりももう一人の男の方が問題だ。

 

「あれは北崎・・・・・・それに村上、か?」

「あの野郎! この過去の変化について何か知ってやがる・・・・・・!」

「待て、ファング!」

 

 村上峡児。過去の世界で巧に倒されたはずの男がそこにいた。彼の意味深な言動が引っかかる。ファングは今すぐ飛び出したい衝動に駆られるがそれをグッと抑えた。

 

「巧、ティアラたちのことは頼んだ。俺のことは良いから逃げろ」

「おい、まさかお前・・・・・・!?」

 

 ファングは剣を握る。巧は彼が何をしようとしてるのか察した。

 

「話しは聞いてたよな。ティアラ、ここは引くぞ」

「ですがファングさんは・・・・・・?」

「俺のことは心配するな。フューリーを持って帰ってくるからさ」

「・・・・・・なら約束してください。私の傍にいるという誓いを忘れないで。絶対に生きて帰ってきてくださいまし」

 

 ティアラの願いにファングは力強く頷く。彼女は儚げに微笑むと巧に連れられ、洞窟の外に向かって行った。

 

『ファング、約束したからには帰ってこれる保証はあるのだろうな』

『おんなのこをなかしちゃいけないんだよ』

「俺がアイツを傷つけることをすると思うか? ・・・・・・いくぞ、アリン! 『フェアリンク』!」

『やってやろうじゃないの! あんたとあたしなら負けるはずがないわ!』

 

 ファングは勢いよく飛び出す。狙いは村上。一直線で彼は村上に接近する。不意討ち。背後からいきなり放たれた斬撃に村上はゆっくりと振り返り────

 

「────お待ちしておりましたよ、ファングさん」

「っ!」

 

────ニヤリと笑った。嫌な予感がしたファングは咄嗟に後ろへ跳んだ。次の瞬間、彼の目と鼻の先を無数の薔薇の花弁が襲った。もしも回避していなかったらこの攻撃の餌食になっていただろう。ファングは冷や汗を流した。

 

「流石は上の上のフェンサーだけありますね。冴子さんが北崎さんや乾巧よりも警戒するだけのことはある」

「ち、てめえも巧たちを追い詰めただけのことはあるな」

 

 ファングは剣の切っ先を村上に向ける。

 

「えっ、何これ? どういう状況?」

 

 すっかり蚊帳の外になってしまった北崎は二人を前に首を傾げた。

 

「てめえ、どこで俺のことを知った? いや、何を知っている!?」

「それは僕も気になるなあ」

「そうですねえ、あなたが今気になっていることなら全て答えられるでしょう」

 

 やはりこの男は過去の変化に関わっている。ファングは剣を握る手に力を込めた。

 

『とりあえず私の攻撃を回避したあなたには一つ良いことを教えてあげましょう』

 

 村上はローズオルフェノクに変貌を遂げた。

 

『私は『囮』です。今日あなたがこの場所に来ることは分かっていた。今頃優秀な私の兵隊があなたの大切な人を回収しに向かっていますよ。新たな世界の礎となる少女────ティアラ・ティリス・ティアーズをね』

「ティアラを、だと」

 

 ティアラに危機が迫っている。ファングは目の色を変えた。どういうことだ。何故彼女が狙われている。オルフェノクというヤツラとティアラに何の関係がある。そういえば以前の世界でバーナードも彼女を狙っていた。邪神の血族であるバーナードが、だ。そして剣崎が語っていたティアラは世界に大きな影響を与えるという言葉。まさか・・・・・・。だが今重要なのはそんなことではない。

 

「『フェアライズ!』」

 

 速攻でローズオルフェノクを倒す。そしてティアラを助けに行く。ファングは紅炎真紅の戦士に変身した。

 

「・・・・・・しょうがないなあ。これで貸し一つだからね、ファングくん」

 

 ◇

 

 ライオトルーパー。騒乱の騎兵。量産化された脅威の兵士。彼らの恐怖をファイズはあらためて実感した。

 

「くそ、数が多すぎる!?」

 

 ファングと分かれてから直ぐに巧たちは強襲された。それは一瞬のことだ。四方八方。ぞろぞろと現れた無数のライオトルーパーに彼らは囲まれた。数にしておよそ十。それだけの数の敵と戦った経験はファイズにもエフォールにもない。危機的状況に彼らは追い込まれていた。

 

『巧さん、後ろです!』

「ちっ!」

 

 背後から放たれたアクセレイガンの一撃をファイズは屈んで避ける。瞬時にそのライオトルーパーをハイキックで蹴り飛ばすと接近してきた複数のライオトルーパーをフォンブラスターで牽制した。

 

「ティアラ、俺から離れるなよ」

「は、はい」

 

 ファイズはティアラを庇うように前に立つ。どういう訳かコイツらは執拗に彼女を狙ってくる。ファイズやエフォールを倒すよりもティアラを連れ去ることを優先しているようだ。ファングから頼まれた巧は彼女を何としてでも守るために気を引き締める。もうあんな悲劇は二度と見たくはない。絶対にティアラを守る、その気持ちは巧もエフォールも同じだ。

 

「お前ら、殺!」

『attack effect フリーズミーティア』

 

 エフォールの弓矢がライオトルーパーズを貫いていく。暗闇に紛れようと彼女の目から逃れることは出来ない。氷結したライオトルーパーズにファイズは追撃を放つ。彼はその手にファイズショットを装着した。

 

────exceed charge

 

 必殺のグランインパクトがライオトルーパーズを打ち砕いた。一瞬にして彼らは灰と化す。半数ほど数の減ったライオトルーパーズは後退する。

 

「乾さん、エフォールさん。お怪我はありませんか?」

「頼む」

「これくらい、かすり傷」

「女の子が無理をするものではありません。『レジヒール』」

 

 ダメージを負った巧とエフォールの身体をティアラが癒す。レジヒール、複数の人間を同時に癒す回復魔法だ。

 

「サンキュー。・・・・・・ち、次から次へと沸いて出やがる」

 

 ファイズの複眼。アルティメットファインダーが洞窟の外と中から追加で現れたライオトルーパーズを捉える。数は先ほどより増えて二十はいた。これは詰みかもしれない。十人でもギリギリの戦いだったのにその二倍となれば勝機は限りなくゼロに近いだろう。

 

「私を切り捨ててください。彼らの狙いは私みたいです・・・・・・」

「何を言っている?」

「良いんです。私は本当は生きていてはいけないのですから」

 

 儚く笑うティアラに巧はため息を吐いた。

 

「・・・・・・仕方ねえな。ティアラ、エフォール。俺が道を作るからお前ら逃げろ」

 

 ファイズはライオトルーパーに向かって走り出す。ティアラを捕らえるよりも先にファイズを始末した方が早いと判断したライオトルーパーズは彼を取り囲んだ。

 

「な、何を言ってるんですか!?」

「分かった」

「エフォールさんまで!?」

 

 ファイズを助けに向かおうとするティアラをエフォールは引っ張る。彼女を守る。

 

「何故、何故あなたたちは私をそこまで守ろうとするのですか? 私はそんなに守る価値があるのですか?」

「価値とか、関係ない。ファングも巧も誰かを守る時にそんなこと考えない。例え自分を殺そうとした人でも助ける。そういう人たち」

『私やエフォールもそうやってあのお二人に守ってもらいました。裏稼業でこの手を汚してきた私たちを。きっとあの人たちは誰であろうと手を差し伸べます。自分が伸ばして繋いだその手が間違いではないと、そう信じているから』

 

 エフォールはティアラに手を伸ばした。彼女は少し悩んだ後、その手を掴もうと────

 

『ハァァァァ!』

「っ!? まだ、いた!?」

 

 伸ばした瞬間、二人に隙が出来たのを見計らったかのようにライオトルーパーは飛び出した。エフォールは繋ごうとした手を弓に戻す。間に合うか。

 

『その手は繋いで起きなよ』

『あ、あ、あ』

 

 だがエフォールが得物に手を掛けるよりも早く何者かがライオトルーパーの背中を貫いた。灰色の爪。それがライオトルーパーの硬い装甲を貫いていた。

 

『あなたは!?』

「北崎・・・・・・?」

 

 ドラゴンオルフェノク。北崎。エフォールとティアラの窮地を救ったのは幾度となく敵対していたはずの彼だった。

 

『不思議なもんだねえ。前の世界で初めて会った時はキミたちを殺そうとしたのに、今度の世界では初めて会うキミたちを救うことになるなんて。かなり世界は変わったみたいだ』

 

 言われてみれば本当に不思議だ。ティアラも果林も北崎と初対面した時は殺されそうになった。なのに今回はその二人の命を守るのだから。それは本当に過去の変化なのだろうか。もしかしたら過去ではなく北崎自身の変化なのかもしれない。

 

「あなたは、いったい?」

 

 ティアラはドラゴンオルフェノク、怪物が自分たちを助けたことに首を傾げる。当たり前だ。彼女からすれば自分を襲う恐怖の象徴であるオルフェノクが敵である人間の味方をすることが信じられなかった。

 

『あれ、キミは記憶がないの? ま、いいや。人間で、オルフェノクで、サイガ。それが僕だよ』

 

 そう言うと北崎はファイズを助けに向かった。

 

「あの人、人間なのですか?」

「人間、だと思う」

『子どもや大切な女の子を守るために戦う人が怪物だと思いますか? 少なくとも心は人間ですよ』

「心は、人間」

 

 ティアラはポツリと呟く。心は人間、その言葉は彼女の闇を少しだけ晴らした気がした。

 

『やあ乾巧。奇遇だね』

「っ! お前は!?」

 

 ファイズを押し潰していたライオトルーパーズをドラゴンオルフェノクの青い火球が吹き飛ばした。

 

「何のつもりだ」

『別に。誰かが管理する世界に未来はない、って言葉の意味が分かっただけさ』

「どういうことだ」

『直に分かるよ。それよりもコイツらを倒さないと、ね』

 

 四方八方から飛びかかったライオトルーパーズをドラゴンオルフェノクは竜巻ではね飛ばす。北崎の登場に事態を重く感じたライオトルーパーズは総力を結集させて彼らを取り囲む。的が一ヶ所に集まってラッキーだ、北崎は不気味に笑う。

 

『一気にケリをつけよう』

「ああ」

 

────complete

 

 ファイズはアクセルフォームにフォームチェンジした。洞窟の暗闇を紅い光が照らし上げる。それを確認するとドラゴンオルフェノクも魔人態から龍人態に変貌を遂げた。圧倒的な数の差。それを難なく覆す二人の高速戦士の共闘が何もかもがネジ曲がったこの世界で実現した。

 

『僕が打ち上げるからトドメは頼んだよ』

 

 ドラゴンオルフェノクはライオトルーパーズを宙に打ち上げる。拳で、蹴りで。時間にして僅か二秒。それこそ瞬きをする一瞬の間に全てのライオトルーパーズが宙に浮いた。

 

────start-up

 

 無数のライオトルーパーを紅い三角錐が拘束した。ファイズは手首をスナップすると飛び上がった。

 

「ヤァァァァァァ!」

 

 貫く。貫く。貫く────。圧倒的な速さのアクセルクリムゾンスマッシュが無数にいたライオトルーパーを一瞬にして貫いた。真っ暗だった洞窟を青い炎が照らした。

 

────reformation

 

 ライオトルーパーズを打ち倒したファイズは変身を解除した。

 

「ふぅ」

 

 アクセルフォームを使った疲労から巧は小さくため息を吐いた。この力を使うと異常に疲れる。普通にファイズとして戦う時とは比べものにならない疲労だ。巧は額の汗を拭った。

 

「巧さん、やりましたね!」

「巧、北崎。お疲れさま」

「お二人ともお見事でしたわ」

 

 ティアラたちが巧と北崎に駆け寄る。

 

「助かった、北崎。まさかお前にまで記憶があるとはな」

「うん。多分、木場勇治からもらったベルトのおかげだね」

 

 もし北崎が敵だったらと考えるとゾッとする。また木場に助けられたな。巧は彼に感謝した。

 

「このご恩はいつか必ずお返しします。優しい怪物さん、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。・・・・・・って、あれ? キミ、そんなキャラだっけ?」

 

 ティアラに記憶がないのは分かっていた。だがそれにしても以前の彼女とはあまりに違う言動だ。あの北崎ですらティアラの異変に首を傾げる。

 

「巧、ティアラ。早くファングの所に行こう」

「ファングさんを迎えに行きましょう」

 

 巧とティアラの袖を引っ張るエフォールに二人は頷いた。

 

「じゃあな、北崎」

「うん。あっ、僕が助けに来る前に何人アイツら倒した」

「・・・・・・? 5人だ」

「ありがとう」

 

 ファングの元へと向かう巧たちに北崎は手を振った。

 

「・・・・・・残り9975、か」

 

 ◇

 

「まさか、これ程の強さとは・・・・・・!」

 

 本気になったファングを前にローズオルフェノクは劣勢に追い込まれていた。薔薇の花弁は炎に焼き払われ、特殊能力の念力も効果がない。三ライダーを圧倒した体術もブレイドの剣に匹敵する強さになったファングの剣を前には通用しない。彼は上の上であるはずのローズオルフェノクを完全に圧倒していた。彼は膝をつく。既にローズオルフェノクのその白い身体からは所々灰が零れていた。

 

「もう終わりか?」

 

 ファングは大剣をローズオルフェノクの首に向ける。

 

「いいえ、私は終わりませんよ」

 

 生殺与奪を握られているにも関わらずローズオルフェノクは余裕を崩すことはない。死ぬのが怖くないのか。ファングは首を傾げる。

 

『・・・・・・何が言いたい? 貴様はここで終わりだ。逃がしはしない』

『あたしたちを敵に回したのが運の尽きね!』

『そーだそーだ。ほんきのファングはつよいんだよ!』

「死にたくなければ話せ。この世界に何があった?」

 

 観念したのかローズオルフェノクは人間態に戻った。

 

「・・・・・・あなたがこの世界に違和感を感じるのは未来から来たからですね?」

「ああ、この世界は何もかもがおかしい。誰かの性格が変わっていて、誰かが怪物になっていて、その時いないはずの誰かがそこにいる。時を戻したはずの俺が知らない所で、だ。その原因はなんだ?」

「私とて全容を把握している訳ではありませんよ。だが強いて言うなら・・・・・・」

 

 村上はしばし考え込んだ後、こう言った。

 

「本来生き残るはずの『誰か』が死んだことによってこの異変は起きたのです。だから静かに暗躍するはずだったオルフェノクは力をつけ、ドルファに負けず劣らず強力な戦力を手に入れてしまった」

「その誰かはティアラなのか?」

「・・・・・・」

 

 返事はない。だが間違いないだろう。そうでなければ彼らがティアラを狙う理由はない。なるほど。ティアラは本来死ぬはずがなかった。ファングが彼女の死によって女神の力で時を戻した影響で過去がネジ曲がったのだ。そしてこの事態が起きた、と。

 

 村上の言っていることは筋が通っている。全てを信じる訳ではないがおおよそ間違いはなさそうだ。

 

「さて、私はそろそろ消えますか」

『待て、我らが貴様を逃がすと思うか』

「そうだ。まだ聞きたいことは山ほどある。逃がさねえよ」

 

 立ち上がった村上にファングは再び剣を向けた。

 

「逃げる? 何を言っているのですか」

 

 ファングは目を見開く。村上の身体からは青い炎が噴き出したからだ。オルフェノクが死ぬ間際に起きる現象。これまで倒して来た彼らからファングはそれを知っていた。だが、どういうことだ。致命傷になるような傷は負わせていない。まだ話しを聞き出さなければならないのだ。だから死ぬはずは、ない。

 

「消えるんですよ」

 

 村上は灰と化した。跡形もなく。それはまぎれもなく彼の死を意味していた。

 

『あいつ、死んだの?』

 

 呆然としたようにアリンが呟く。

 

「だと良いんだけどな」

 

 私は終わりませんよ。首に剣を向けられているにも関わらず余裕を崩さなかった村上がどうにも引っかかる。あれは何かを隠している顔だ。ファングは何とも言えない表情で風に飛ばされる灰を見送った。

 

 ◇

 

「ご無事でしたか、旅人さん?」

 

 ファングはあれから程なくして巧たちと合流した。疲労困憊の巧の様子から村上の兵隊の襲撃を受けたのだろう。ティアラを守ってくれた彼にファングは感謝した。

 

「ああ。言ったろ、フューリーを持って帰ってくるって」

 

 戦利品であるフューリーを掲げるとティアラは笑顔を浮かべた。

 

「旅人さんはお強いんですね」

「まあな。・・・・・・それとよ。いい加減、旅人さんは止めろよ。俺たちは仲間だろ?」

 

 それは巧たちも気になっていた。ティアラはずっとファングを旅人さんと呼んでいる。他の皆はきちんと名前か名字で呼んでいるのに。何故ファングだけ旅人さんと呼ぶのだろう。彼は不思議に思う。

 

「それは、あの・・・・・・」

 

 ティアラは困ったような笑みを浮かべる。

 

「私、もしかしたら皆さんのことを覚えているのかもしれません」

『え!?』

 

 ファングたちは目を見開く。

 

「皆さんを見ていると不思議な感情が沸いてくるんです。友人や家族のような感情。きっと心の何処かであなたたちを覚えているのでしょう」

 

 衝撃的な事実だ。ティアラはファングのように女神の力で時を戻した訳でも、巧たちのように特殊なアイテムの力によって記憶が残っている訳でもない。なのに彼女は朧気ながらファングたちのことを覚えているという。もしかしたら天道がティアラにも特別な何かをしたのだろうか。それとも彼女自身が特別なのか。謎だ。

 

「それがどうしてファングだけ旅人さんって呼ぶことに繋がるんだ?」

 

 ファングとティアラの仲は相当に親密だった、と巧は認識している。彼女の朧気な記憶の中に彼との日々が少しでも残っているのなら直ぐにでも名前くらい呼びそうなものなのだが。

 

「旅人さんの顔を見ていると暖かい気持ちになるんです。声を聞くと安心します」

「なら『でも・・・・・・』」

「でも少しでも旅人さんに近づこうとすると、触れようとすると胸が締め付けられるような痛みを感じてしまうのです。あなたと親しくなればなるほどに言い様のない悲しみがこの心を埋め尽くします」

 

 ティアラが俯く。

 

『恐らくはあの別れの影響だろうな』

 

 ファングの腕に抱かれてティアラは絶命した。彼女はファングに特別な想いを抱いている。もし自分の好きな人が、大切な人が自分の死に目で涙を流していたなら人はどんな想いになるのだろうか。恐らくは深い悲しみを抱くことになるだろう。その時の切ない想いがティアラの心をきっと締め付けている。

 

 それはファングも同じだ。ティアラの顔を見ているだけで彼は彼女を守れなかった自責の念に包まれ悲痛な表情を浮かべる。その悲しみはティアラよりも更に深いはずだ。彼女はそれに気づいていた。辛くなるくらいなら互いに近づかない。そうすればこれ以上傷つかないで済むだろう。

 

「だから、私は旅人さんに近づかないんです。あなたも私もこれ以上悲しまないで済みます」

 

 巧は無言になる。ティアラのために時を戻したファングにとってあまりに残酷な仕打ちだ。いや、ティアラにとってもそれは同じだ。かつて大切に思っていた人とその悲劇的な別れのせいで今は触れあうことも出来ないなんて、残酷すぎる。

 

「・・・・・・何言ってんのよ。ティアラが心を閉じてるだけでしょ」

 

 だがアリンは違う。パートナーである彼女はファングがどのような思いをティアラに抱いているのか分かっている。悲しみだけではない。彼がティアラに抱いている気持ちは悲しみだけではない。勇気。何が起きようと、例え世界そのものを敵に回そうと絶対に彼女を守るという勇気。ティアラの死からファングの心に刻まれたのは悲しみだけではない。その強い覚悟と意思も確かに心に刻まれたのだ。

 

「どういう、ことです?」

「あんたがファングを失うのを恐がっているだけよ」

「・・・・・・だって、私を守ると言ってくれた優しい人をあんな怪物と戦わせるなんて出来る訳ないじゃないですか!」

 

 ティアラは更に俯く。アリンの言葉は確信をついていた。オルフェノク、ライオトルーパー。そして彼女に『憎悪』を抱く人間。彼女に近づくということはそれらのティアラを狙う脅威と戦うことになる。ファングが彼女を失うのを恐れるように、ティアラもまた彼を失うのを恐れているのだ。ファングを世界と戦わせるなんて出来ない。自分だけが犠牲になれば良い、それもまた強い勇気だ。

 

「ティアラ、大丈夫。ファングは何時だってティアラの手を繋いでくれるよ。絶対にいなくなったりしない。絶対に負けたりしない」

「エフォールさん」

 

 エフォールが震えるティアラの手を握った。

 

「俺だって誰かと親しくなるのが怖いさ。裏切られるのが怖いんじゃなくて、俺が裏切るのが怖い。ずっとそう思っていた。でも、ファングといるとそんな気持ちが不思議とバカらしくなっちまう。・・・・・・俺がお前みたいに離れようとすればコイツは無理やり引っ張るだろうな。そういうヤツだ」

「無理やり引っ張る・・・・・・」

 

 その手を巧が包み込む。

 

「ティアラさんが抱えている不安や恐怖がどんなものなのかは分かりません。でも皆で支え合って、笑い合うことは出来ます」

「支え合って、笑い合う」

 

 果林がその手をファングに伸ばした。

 

「俺はファング。世界中の人が自由にぐうたら生きられることを夢見たフェンサーだ。よろしくな、ティアラ」

 

 巧たちが手を離し、ファングがティアラに手を伸ばす。

 

「・・・・・・私はティアラ・ティリス・ティアーズ。世界中の人が悲しまない世界を夢見るフェンサーです。よろしくお願いします、ファングさん」

 

 二人の手が繋がった。あれだけ触れるのを怖がっていたはずなのに普通に触れ合えたことにティアラは驚く。

 

「ね、簡単でしょ? 名前を呼ぶのも、触れあうのも」

 

 アリンは満面の笑みで自分もファングとティアラの手を握った。

 

「俺一人では無理かもしれないけど世界は変えられる。こうやってお前の世界は変わった、だろ?」

「・・・・・・はい!」

 

 ティアラは笑顔で頷く。その姿はかつての彼女と変わらない、心から笑っている時の姿だ。少しだけ前進した。ファングもフッと笑う。

 

「運命も、未来も、世界も俺の、俺たちの手で変えていくんだ」

 

 世界が変わりだそうとしている。だが、それは暗く闇に向かっている訳ではない。皆で笑い合える大団円(ハッピーエンド)へと変わろうとしているのだ。




ハッピーエンドフラグをファングたちが立てる一方で北崎さんがバッドエンドフラグを建てました。量産化される脅威って本当に恐ろしいですね


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この愛を伝えてゆく

唐突に思い付いた新作の小説

双星の陰陽師とシャーマンキングのクロス

・・・・・・555とかマンキンとか世代がバレそうですね




「あー、腹減った」

 

 ファングは自分の腹を擦る。空を見上げた。星が綺麗に輝いている。向日葵荘に到着すると空はすっかりと暗くなっていた。昼間は庭でバジンと仲良く遊んでいた子どもたちも家に帰り、人気の少なくなった宿は物寂しい雰囲気を醸し出している。

 

 前の世界でもそうだったがバジンはこの近辺に住む子どもたちに大人気だ。毎日バジンに会いに来た子どもたちで向日葵荘は大にぎわいだった。泥が付いて汚れたバジンを掃除してやらないとな。巧は駐車場のバジンに小さく笑みを浮かべた。

 

「ミツボさんのお料理は三ツ星シェフにも負けないレベルのご馳走なんですよ。きっとファングさんも満足出来ます」

 

 食堂から漂う良いニオイにファングがヨダレを流しているとティアラが笑顔を浮かべた。

 

「あー、そのフレーズ懐かしいな。俺のがっかりファンタジーだ」

「ファングがまんまと騙されたヤツだな」

『今思えばあんな嘘に騙されるなんてありえんな。ただの宿屋に三ツ星シェフなどいるわけないだろう』

 

 巧とブレイズはあの時のファングの単純っぷりを思いだして笑う。

 

「そんなこともあったわねえ」

「そんなこと、あった?」

「いえ、私も初めて聞きましたよ」

 

 本当に最初も最初の頃の出来事を途中で加わったエフォールたちが知ってるはずがない。彼女はティアラと同じく頭に疑問符を浮かべる。

 

「気にすんな。それよりさっさとメシにしようぜ」

 

 今日の献立が楽しみだ、ファングは笑顔を浮かべた。

 

「熱そう・・・・・・」

「・・・・・・ですね」

 

 今日の献立は最悪だ、巧と果林は顔を絶望に染め上げる。

 

 パンにサラダは別に構わない。猫舌でも直ぐに食べられる。だが問題はメインディッシュにある。シチュー。出来立てホヤホヤの熱々のシチューに二人はため息を吐いた。過去が変わっている。夕飯のメニューが違う。よりにもよって冷めにくく猫舌にとっては天敵であるシチューが今日の夕飯になっているとは。以前クラヴィーセから戻った時は焼き魚だったはずなのに。巧は驚愕する。これも大きな過去の変化だ。いや、小さいけども。

 

「くそ、変なところまで変わんなくても良いだろ!」

 

 巧は一心不乱に息を吹き掛ける。どれだけ息を吹き掛けても冷める様子はない。彼は舌打ちした。

 

「俺は前と違ったメニューにありつけてラッキーだけどな。あー、うめえ」

「お前は良くても俺たちは困るんだよ」

「そうです。ファングさんはデリカシーに欠けてます。猫舌の辛さが分からないんですか?」

 

 美味しそうにシチューを食べるファングに恨めし気な視線を果林が送る。彼はこれ見よがしにシチューを掻き込んだ。

 

「猫舌には梅干しが良いみたいですよ」

「メニューを見てから言え」

「和洋折衷にも限界がありますよね」

 

 テーブルに置かれた梅干しのツボをティアラが指差した。パンやシチューに梅干しはどう考えても相性が良くない。巧はイランと手を振った。

 

「で、この過去の変化について何か分かったのか?」

「・・・・・・あの野郎は誰かが起こしたと言っていた。それで察しろ」

 

 ファングの表情の変化から巧は何となく察した。恐らくティアラが関係しているのだろう、と。

 

「それはタイムパラドックスということですか?」

「なに、それ?」

「時空には因果率というものが『長そうだから結論だけお願い』行動一つ一つで歴史に変化が生じることです」

 

 歴史の変化もここまで来ると理解の範疇から逸脱している。本来なら些細で済んだ変化が何者かによって大きく変わった結果が今のこの世界だ。本当に些細な変化なら世界にオルフェノクが溢れたりはしない。

 

「まあ、いちいち考えていても仕方ねえよ。どの道俺は運命を変えようとしてるんだ。だったらいつかは歴史が変化する。それが遅いか早いかの違いだろ」

「でも、大丈夫?」

「さっきも言ったろ。俺たちの手で変えるって。もし世界が狂っちまったなら俺たちの手で正しい方向に戻せば良いんだよ」

 

 切り替えの早いところがファングの良いところだ。迷うことなく正しい選択をスパッと選べる判断力はこういう時に頼りになる。

 

「そうだ! 良いことを思い付いたぞ!」

「え、何々?」

「俺様は今日から予言者になる! これから起きる未来の出来事を言い当てて金儲けだ! 最初さえ合ってれば後は適当でも大丈夫だ! 占い料は一回100万goldだ!」

「すごい・・・・・・!」

 

 シーンと場の空気が固まる。巧と果林は冷めたシチューを食べ始め、アリンとティアラは呆れた視線をファングに送る。ただ一人エフォールだけが真剣に話を聞いていた。

 

「本当にファングさんを信用して大丈夫なんでしょうか?」

 

 大丈夫、と断言出来る者は誰もいない。

 

 ◇

 

────数日後。

 

「さーて、今日はヤタガン溶窟だ」

「今回は罠に引っ掛からないように気をつけましょう」

『かこにもどったんだし、まえのしっぱいはなかったことにしようね!』

 

 荷支度を済ましたファングたちは満天を青空の中、外に出た。絶好の旅日和の天気だ。彼は大きく伸びをした。

 

「巧、元気ない」

「俺は熱いのが嫌いなんだよ。行きたくねえ・・・・・・」

 

 巧は出発する前からげんなりとした表情を浮かべる。猫舌な彼は食べ物や飲み物だけではなく熱い物全般が苦手なのだ。だから今から火山に行くというだけでうんざりする。ましてや一度そこに行っているのだから。

 

「私も氷の妖聖なので火山は苦手です。うう、想像したら溶けちゃいそうですよ」

「元気出して、果林」

 

 体質的に熱い物が苦手な果林も元気がない。今日の猫舌コンビはあまり戦力としては期待出来ないだろう。ファングは気分だけで既にヘトヘトな二人に苦笑を浮かべる。

 

「お前らこれ終わったらカキ氷でも奢ってやるから元気出せよ」

『やったやったー!』

『ほお、それは楽しみだな』

「やりい!」

「って何でお前ら全員奢ってもらう気満々なんだよ!」

 

 こんな約束するんじゃなかった。大喜びする面々に今更ノーと言う訳にもいかずファングはため息を吐いた。

 

「ファングさんは面白い人ですわね、キュイ」

「キュイキュイ!」

 

 ティアラは朝から賑やかなファングたちに笑顔を浮かべる。

 

「うわ、やっぱり熱いな」

 

 ヤタガン溶窟の中に入ったファングは一瞬で額から噴き出した汗に顔を歪める。一度来た場所であってもやはりこの熱さに慣れることはない。むしろこれも過去の変化の影響か前回よりも火山が活発に活動しているかもしれない。肌のチリチリとした感触は不快でその手に持った飲み物に自然と手が伸びる。前回よりも長居は出来なさそうだ。幸いなことにフューリーのある場所は覚えている。直ぐにでもたどり着けるはずだ。

 

「あ、ティアラとエフォール。ここのフューリーは引き抜こうとすると罠が発動するから気をつけて」

「ご警告感謝します。ですが、それを知っているということはつまり・・・・・・」

「引っ掛かったの?」

 

 ティアラとエフォールに疑惑の視線を向けられたアリンは慌てて首を振る。

 

「それはファングだけ! あたしは引っ掛かってないから!」

「むしろお前が一緒に引っ掛かってくれてればフェアライズして脱出出来たんだけどな」

 

 ファングはあの時のことを思い出す。危険でも自分だけならどうにかなるだろうと軽率な行動をした結果ああなった。今思い返して見れば本当にアリンが一緒ならあのピンチは脱出出来たのだ。そう考えるともっとあの頃から彼女を信頼していても良かったかもしれない、とファングはちょっと後悔した。

 

「・・・・・・今回は頼りにしてるぞ、相棒」

「うん、任せて!」

 

 ファングはアリンの頭をポンポンと叩くと彼女は笑顔を浮かべた。そうだ、これで良い。時が戻ったのなら前よりアリンを頼りにすれば良いんだ。ファングはフッと笑った。

 

「・・・・・・」

 

 ティアラはそんな二人の様子を少し不満そうに見つめる。

 

「ティアラ、どうしたんだ?」

「体調、悪い?」

「いえ、大丈夫です」

 

 心配そうに見つめる巧たちにティアラは首を振る。別に気分が悪い訳ではないのだ。ただ胸の中を何とも言えない何かが渦巻いている感覚が気持ち悪いだけ。再び彼女はファングとアリンを見つめる。二人とも本当に仲が良い。それこそファングとアリンの間に存在する距離感はほとんどゼロに等しい。長い間寄り添い合った夫婦のように見える。

 

 でも自分とファングの間には明確な距離感がある。彼はアリンたちと違い明らかにティアラだけ気を使っている。それは彼女にアリンたちとは違って記憶がないから。前のように気軽に接する訳にはいかないのだろう。

 

「良いな・・・・・・」

 

 ティアラは思わず口に出して不満を言ってしまう。どうして自分だけ記憶がないのだろう。巧にもエフォールにも果林にも記憶があるのに。もし自分にも記憶があったら・・・・・・もっと近く、もっと親しくファングの傍に寄り添えるのに。ティアラは寂しく笑う。

 

「ティアラさん・・・・・・」

 

 果林は何となくティアラが今何を考えているのか察した。だが記憶がないことで苦しんでいること。察することは出来ても理解することは出来ない。その苦しみは記憶がない彼女にしか分からないのだ。こればかりはどうしようもない。いたたまれない気持ちになり果林は目を伏せた。

 

「ティアラ」

「ひゃい! な、なんですか!?」

 

 暗い雰囲気のティアラの肩にファングが触れた。

 

「別に。残念な顔で黙り込んでるから気になっただけだ」

「し、失礼です。でも、ちょっとだけ快感ですわ」

「・・・・・・それは前と変わらずなんだな」

 

 苦笑するファングにティアラはまた顔を曇らせる。彼の知っている自分との違いを考えると心の中が苦しくなる。ファングの心の中にいるティアラは自分ではなくてまったくの別人なのではないか。その思いが彼女を苦しめていた。

 

「まあティアラなんだから当たり前だよな」

 

 だがファングはそんなティアラの悩みをバッサリと切り捨てた。

 

「お前は記憶がなくても性格が変わってもティアラだ。そこに違いはねえよ。お前はお前だからな」

「私は私、だから・・・・・・」

 

 ティアラは胸の中でその言葉を反芻する。

 

「何考えてるのか知らねえけどあんま気にするな。お前がずっと暗い顔してるとこっちまで辛くなるんだからな」

「ずっと、私を見ていてくれたのですか?」

「さあな。お前の顔なんて何度も見てるから分かんねえな」

 

 ティアラは顔を伏せた。真っ赤に染まった頬をファングに見られたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。

 

「・・・・・・どうした? 顔上げろよ」

「嫌です」

 

 怪訝な表情をファングは浮かべる。

 

「じゃあ顔見せろ」

「ちょ、ちょっと! 覗き込まないで下さい!」

「なんだよ、見せろよー!」

「あ、待てよ」

「ちょっと! あたしたちを置いてく気なの!?」

 

 ティアラは伏せた顔を覗き込もうとするファングから逃げようと走り出す。彼は意地悪な笑みを浮かべながらそれを追いかける。巧たちも二人を追って走り出した。

 

 ティアラは笑顔を浮かべる。先程までの暗い雰囲気が嘘のように明るく、そして晴れやかな気分だ。亡くなった祖母がもし今の彼女の顔を見たら驚くだろう。こんなに幸せそうなティアラの姿は初めて見た、と。

 

 

 ◇

 

「この先にフューリーがあるぞ」

「疲れましたわ・・・・・・」

『お前らが鬼ごっこなんてするからだろう。追いかけた方の身になってやれ』

 

 ヤタガン溶窟の最深部までファングたちはたどり着いた。走り回ったファングたちは肩で息をしている。途中から顔のことなんてすっかり忘れてただの鬼ごっこをしていたのだから当たり前だ。結局、彼らはここに来るまでずっと走り続けた。それもサウナの中のように熱いこのヤタガン溶窟で。したがってファングたちはもうヘトヘトだ。

 

「はあはあ・・・・・・。今回も前回よりも早く着いたわね」

「当たり前だろ」

「いっぱい走りましたからね。疲れました」

「喉、渇いた」

「ほら、飲め」

 

 額に汗を滲ませたエフォールはファングから手渡された飲み物で喉を潤す。余程喉が渇いていたのか一心不乱にペットボトルを傾ける彼女にファングは笑みを浮かべ、ゆっくり飲めよと言った。

 

「さーて、とっととフューリー手に入れて帰るぞ」

「ねえ、思ったんだけど・・・・・・」

 

 意気揚々とフューリーの在処へと向かうファングをアリンは止めた。

 

「ん、どうした?」

「もしかして今回も過去が変わってるんじゃない?」

「北崎や村上の時みたいに、か?」

 

 真剣な表情を浮かべる巧にアリンは頷く。

 

「そうですわね。ここまでずっと過去が変わっているようですし。今回も異変が起きててもおかしくはないでしょう。それがどれほどの規模かは想像がつきませんが・・・・・・」

「つってもここまで来て今更引き返す訳にもいかないだ ろ」

『こうなったら前進あるのみだ。だが警戒だけは決して怠るなよ』

 

 ファングたちは慎重にフューリーの在処へと進むことにした。

 

「・・・・・・どうだ、エフォール?」

 

 フューリーのある広々とした空間。その近くの物陰にファングたちは座り込んだ。彼は気配の察知能力に長けたエフォールに視線を向けた。彼女は頷くと目を閉じ、意識を集中させる。

 

「やっぱり、誰かいる」

 

 二度あることは三度ある。やはり今回も過去に変化があるようだ。ファングと巧は物陰からゆっくりと顔を出した。

 

「あれは・・・・・・!」

 

 ファングは目を見開く。そこにいたのは北崎や村上のような強敵でも、ましてやチンピラのようなオルフェノクでもない。ファングの良く知る人物だった。

 

「ハーラーとおっさん!? それに・・・・・・えっと誰だっけ。あいつ?」

 

 ハーラーとバハス。ファングたちの仲間であった彼女らの登場に彼らは驚く。そしてハーラーと対峙している眼鏡の男とそのパートナーと思われる妖聖。彼らにも見覚えがある気がする。以前、何処かであったはずだが思い出すことが出来ない。ファングは首を傾げる。知っているか? 巧に視線を向けると彼も男たちを思い出そうと腕を組んで考え込んでいた。

 

「あれだ、あれ。一応北崎に命令権ある人だ」

「そうそうそれそれ! 一応北崎に命令権ある人だ!」

 

 一応北崎に命令権がある人。以前、あの男のことをガルドがそう言っていたのを巧は覚えていた。実際アポローネスとの戦いの時に彼が北崎に命令して自分に攻撃させていたことをファングも覚えていたので合点がいき彼らは笑みを浮かべる。なお二人ともパイガという彼の本当の名前はすっかりと忘れていた。

 

「このフューリーはドルファ四天王であるこの私がいただく。怪我をしたくなければ大人しく諦めて引き返しなさい」

「いやあ、それでは私が困るんだよね。せっかくのファングくんたちとの再会だ。手土産が欲しくてね」

「手土産が必要なのは私も同じなんだ。北崎のヤツがフューリーの回収に失敗したせいでな・・・・・・。このままでは給料がカットされてしまう!」

「俺辛いアピールやめなさいな。しょうがないじゃない。北崎くんが『例の』奴らと戦ってる内に掠め取られたんでしょ? あの子は悪くないって」

 

 会話の内容からどうやら二人は一触即発。一つのフューリーを巡って今にも争いを始めそうだ。

 

「助けに行くか、ファング?」

「ちょっと待て、巧。何か様子が変だぞ」

「私も、見たい」

 

 飛び込もうとする巧をファングは止めた。エフォールもひょっこりと顔を出す。

 

「ふっふっふ! 逆らうなら仕方ありま『それにしてもここ熱いね。よいしょっ、と』うわああああ! な、なんで服を脱ぐんだ!?」

「いや、だってここ熱いんだもん」

「そういう問題か!?」

「ハーラー、頼むからその直ぐに服を脱ぐ癖を治してくれ」

 

 上着とズボンを脱いだハーラーにパイガは動揺した。ファングたちにとっては珍しくないか光景だが初見の人間ならこうなるのは当たり前だ。彼女の隣にいたバハスはため息を吐く。呆れる巧を尻目にファングはこっそり身を乗り上げた。ちょっとだけ。

 

「ちょっとー、あんた大丈夫なの? こんなナイスバディの女の裸見たなんて奥さんにバレたらぼこぼこにされるわよ」

「あ、あわわわ! は、はは。し、心配するな。コイツらさえ始末すれば誰もいないはずだ」

 

 残念ながらパイガが嫁にバレないためにはキュイを除いて後十人始末しなければならない。

 

「あ、ハーラーピンチじゃね?」

「ほら、助けに行くぞ」

「ハーラー、すごい胸おっきい。私も・・・・・・」

「ガキが気にすることじゃねえよ」

 

 身を乗り上げたファングの肩を誰かが掴んだ。

 

「ねえ、ファング? あんた何見たの・・・・・・?」

 

 それは疑惑の視線を向けるアリンだった。ファングは背筋に寒気を覚え一歩後退した。

 

「い、いや。ハーラーとおっさんが『ハーラーの裸よね?』だから『ハーラーの裸よね』・・・・・・はい、見ました」

「あんた何見てんのよ!? この変態!」

 

 アリンはファングの肩を激しく揺さぶる。まるで怒り狂った猫のようだ。

 

「違う! 変態はハーラーだ!」

『たしかに』

「ハーラーが変態なのは今更でしょ! じゃあ何で食い入るように見てたのよ!?」

「いや、食い入るようには見てねえよ」

「嘘よ! あたしの時に比べて全然反応違ったもん・・・・・・!」

 

 ただ見ていただけだ。ファングは訂正する。しかし、アリンは納得がいかない。確かに彼は身を乗り上げていた。ちょっとだけ。以前、温泉の時に彼女が裸を見られた時の無反応に比べたらその小さな差はとても大きい。

 

「あの女性は何なのですか、乾さん?」

「ハーラー。妖聖研究家の変態だ。俺たちの仲間なんだよ」

「アレと仲間なんですか?」

 

 アレ呼ばわりされるハーラーに巧は同情して・・・・・・いや出来なかった。ティアラが普通である。常識的に考えたらいきなり脱ぎ出す女なんて変態以外の何者でもない。初対面の人はこういう反応をするんだな。巧は自分の中で無意識に壊れていた常識に内心動揺した。

 

「ごめんねー。コイツにも家庭があるから死んでもらえる?」

「いや、そんな軽いノリで殺すって言われてもこっちも易々死ねないんだが。ほら、ハーラー。服を着ろ!」

「そうだ! 年頃の女が恥を知れ、恥を!」

「えー、熱いのにしょうがないな」

 

 ハーラーが渋々服を着る。

 

「よーし、これで戦え『そこまでだ。一応北崎に命令権がある人!』今度は何なんだ!?」

 

 パイガがハーラーに剣を向けた瞬間、ファングたちは突入した。

 

「な、なんだ。君たちは?」

「通りすがりのフェンサーたちだ」

「覚えておきなさい!」

「あ、俺はフェンサーでも妖聖でもないからな」

 

 警戒心を剥き出しにしたパイガにファングは名乗りを上げる。

 

「あ、ファングくんだ」

「お早い再会だな、ファング!」

 

 ハーラーとバハスは彼らとの再会に笑顔を浮かべる。

 

「ひい、フェンサーがこんなにたくさんいる・・・・・・!」

「ちょっと、何びびってんの。大丈夫、あんた腐ってもドルファ四天王よ。そんじょそこらのフェンサーが束になって掛かって来ても返り討ちに出来るってば」

『そんじょそこらならば、な』

 

 既にファングはパイガを除いて全てのドルファ四天王を倒している。彼を倒すのに束になる必要すらないだろう。最もこの時間のパイガはそのことを知らないし、時間が遡った今では四天王との戦いもなかったことになったのだが。

 

「そ、そうだった。やい! お前ら、良く聞くんだ。私は泣く子も黙るドルファ四天王パイガだ。殺されたくなければ大人しくフューリーを渡すんだな」

 

 得意気になったパイガがファングたちに剣を向ける。命知らずだ。

 

「いいよ、やる」

「そうね、さっさと抜けば?」

「私も別に構いませんわ」

「好きにしろよ」

「皆さんが良いというなら私も」

「早く帰ってかき氷食べたい」

 

 意外や意外。ファングたちはすんなりと引き下がった。今までならここで問答無用の戦いが始まるのだが。ハーラーは驚きに目を丸くする。

 

「え、あげちゃって良いの?」

「せっかくのフューリーだぞ?」

「良いって良いって。天下のドルファ四天王さんには敵わねえよ」

「まあファングが良いって言うなら別に良いけど」

 

 首を傾げながらもハーラーは引き下がった。この後直ぐに彼女もファングたちが引き下がった理由を知ることになる。

 

「え、うそーん。まさかこんなに上手く行くとは」

「たまにはあんたの肩書きも役に立つじゃない! 私は戦いたかったんだけどねえ」

「余計なことを言うな! よーし、お前らそこを動くなよ」

 

 パイガは視線でファングたちを牽制しつつ、フューリーに手をかける。着信音が気になった巧がポケットに手を入れると彼はカッと目を見開く。

 

「あー、ガルドからメール『こら、動くな! 絶対に動くなよ!』なんだ、このおっさん? 第一俺はフェンサーじゃないぞ」

「フリ?」

「フリじゃない!!」

「今まで見た中でも一番の小物だな、こいつ」

 

 残念な目でファングはパイガを見つめる。

 

「ごめんねー、こいつこれでも良いヤツだから許してあげてよ」

「ビビア、余計なことを言うな!」

 

 パイガはフューリーを引き抜いた。さてヤタガン溶窟のフューリーをファングが抜いた時に何が起きたか覚えているだろうか。

 

「な、なんだ!? 地震か?」

「ちょ、パイガ。溶岩が流れ込んできたよ!」

「しまった、罠か!?」

 

 そう。このフューリーには防衛装置として罠が設置されていたのだ。彼らはそのことを覚えていた。だからすんなり引き下がったのだ。困惑するパイガとビビアの周りを溶岩が囲む。

 

「本当に引っ掛かったぞ、このおっさん。バカか?」

「普通は疑うでしょ。やっぱり根本的にそこの妖聖の言う通り良い人みたいね。もしくは本当にバカなのか」

「こういった遺跡ではフューリーを守るために防衛装置があるのですよ。フェンサーの中では常識ですわ」

「なるほど、それでフューリーを渡せって言ったんだね。でもこんな単純な罠に引っ掛かるなんて思わなかったよ」

「皆さん。ファングさんがはじっこでいじけているのでそういうことを言ってはいけませんよ」

「ファング、元気出して」

「ああ。エフォールだけが俺の味方だ」

 

 パイガに向けて放たれた言葉はファングの胸にグサりと突き刺さった。同じ失敗をした者として耳が痛い。ガックリと肩を落として項垂れる彼の背中をエフォールはポンッと叩く。

 

「で、一応北崎に命令権ある人。あんたどうすんの? 大人しくフューリーを渡すなら助けてあげるわよ」

「く、これを狙っていたのか・・・・・・! それと私はパイガだ!」

「狙ってはいましたけど良い歳したおじさんなのに騙されるあなたもどうかしてますよ」

「お、おじさんっ!?」

 

 果林におじさんと言われパイガは精神的にダメージを受けた。

 

「で、どうすんの? フューリーを渡すの、渡さないの?」

「渡す、渡すってば。ね、パイガ?」

「そんな勝手に『命あっての物種でしょ!』わ、分かってる。渡す、渡すから助けてくれ!」

 

 頭を下げるパイガに満足したのかアリンは制御装置に向かう。

 

「えっと・・・・・・。確かこれを押せば良いのよね?」

『ああ、間違いないだろう』

「見るからに怪しい形状をしてますわね」

「ふふ、これ前の世界でティアラが教えてくれたのよ」

 

 あの時のことを思い出したアリンは笑みを浮かべる。出会ったばかりの頃はいつもティアラと喧嘩をしていた気がする。今となっては懐かしい思い出だ。

 

「ふう・・・・・・助かった」

「あー、死ぬかと思ったわ」

 

 パイガとビビアを取り囲んでいた溶岩が流れていく。彼らは罠から解放された。

 

「ほら、約束のフューリーを寄越せ」

 

 ファングは手をパイガに向ける。だが彼はフューリーを渡そうとしない。怪訝な表情でファングはパイガを睨む。

 

「ちょっと、私たちが本当に渡すと思ってんの?」

「ふっふっふ! 騙してくれてお返しをしてやろう!」

「ま、やっぱそうなるよな」

 

 パイガはファングたちに剣を向ける。

 

「よし、お前らやるぞ」

「ああ、任せろ」

「言っておきますが私、嘘を吐く人には容赦する気はありませんよ」

「殺っ!」

「よーし。私も久しぶりに皆と戦うし、張り切っちゃうよー」

 

 ファングたちがそれぞれ武器を持つ。

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 そして巧も変身した。これだけのフェンサーが揃えば例えドルファの四天王だろうと負ける気がしない。今の彼らとまともに戦えるのは北崎とバーナードくらいだろう。だがパイガは未知数。油断をしてはいけない。彼らは身構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、フューリーは渡すので勘弁してください」

 

 パイガは土下座した。

 

 

 ◇

 

 向日葵荘に戻るとバハスがカキ氷を作ってくれた。ヤタガン溶窟の中を歩き汗を一杯かいたファングたちは夢中でそれにありつく。

 

「今回はあっさりフューリーが手に入れられたわね」

「戦わないで手に入れるのは初めてのパターンだな」

 

 ファングは壁に立て掛けられたフューリーを見つめる。今回は前回と違ってボスと戦うことがなかった。楽になるなら楽になるで結構なのだがやはり過去が変わってるとなると少々気がかりだ。

 

「バハスのかきごおりおいしい!」

「うん。でも頭、キーンとする」

「もう、冷たい物を急いで食べるからです。このカモミールティーをお飲みになると良いですよ。・・・・・・それにしてもバハスさんはお料理が上手ですわね。ただのカキ氷をこんなに美味しく作れるなんて凄いです」

 

 ティアラは頭を押さえるエフォールにお茶を差し出した。三人ともバハスのカキ氷を気に入ってるようで笑みを浮かべている。

 

「冷たくて甘くて美味しいです!」

「・・・・・・まったくだ」

 

 カキ氷が大好物の果林は笑顔で食べる。シロップに練乳をたっぷりと掛けたカキ氷は猫舌にはたまらない一品だ。同じく冷たくて甘い物が大好きな巧も頬を緩ませている。

 

「気に入ってくれたか?」

「はい。私、カキ氷大好きなんです!」

「俺も」

 

 バハスは素直に喜ぶ二人に満面の笑みを浮かべた。

 

「ほお、好物が同じとはやはりお前さんたちお似合いだな」

「お、お似合いだなんて」

「偶然だろ、そういうのじゃねえから」

 

 果林は顔を真っ赤にする。カキ氷で冷えた頭がまた熱くなってしまった。

 

「そういえばハーラーはいつ頃こっちに戻って来たんだ?」

「君たちよりかなり早いと思うよ。一ヶ月前さ」

「そんなに前なの!?」

 

 アリンは身を乗り出す。巧のように多少は自分たちよりも早い可能性はあると思っていたがまさかそこまで早くこの世界にたどり着いていたとは。もしかしたらこの世界の異変についても何か知っているかもしれない。これは良い誤算だ。

 

「じゃあこの世界がどれくらい変わっているのか」

「君たちよりは把握しているよ」

 

 それでも十分だ。今はまだ情報が少なすぎる。

 

『ではあの怪物────オルフェノクについては何か分かるか?』

「生態についてなら分かったよ。でも、知らない方が良かったって思うかもしれないよ?」

『話してくれ』

 

 オルフェノクがティアラを狙ってくるなら今後も戦うことになるのだ。どんな事実があろうとその生態については知らねばならない。ファングたちもハーラーに耳を傾ける。

 

「巧くんが異世界からこの世界に来たって話を覚えているかい?」

「ああ。記憶を失う前の巧の仲間の────木場と草加って奴らが異世界人なんだよな。ピピンのせいですっかり忘れてたけど」

 

 異世界人。眉唾物だが少なくともファングは信じている。既に何度も出会っているのだから。木場たち以外にも海東と真司、そして巧と少なくとも四人の異世界人を知っている。

 

「オルフェノクは巧くんの世界にいたっていうのも知ってるよね」

「何となくはね。あたしたちの世界のモンスターみたいなもんでしょ?」

 

 人の姿に化けれるモンスター。人に良く似た異種だとアリンは思っている。

 

「違いますよ! モンスターとは違います! 絶対に!」

「う、うん。どうしたの果林?」

「あ・・・・・・」

「果林、落ち着け」

 

 巧の正体を知る果林は思わず身を乗り上げた。彼は果林の肩を掴んで優しく椅子に座らせる。でも、と言う彼女に巧は寂しく笑う。

 

「果林ちゃんの言う通り。オルフェノクはモンスターじゃないよ。オルフェノクの正体は『人間』だ。新たな人間の進化の可能性。新人類。巧くんの世界ではごく稀に死を条件に進化する人間がいる。それがオルフェノクさ」

「もしかしたらと思っていたが・・・・・・」

『やはり、か』

 

 オルフェノクは元々人間。バーナードを見ていたことから薄々感づいていたが改めてその事実が判明したことにより彼らは動揺する。巧と果林を除いて。

 

「人が、怪物に?」

 

 特にティアラは大きく動揺した。

 

「私はあの人たちを怪物と・・・・・・」

 

────消えろ、化け物

 

 ティアラはかつて自分に石を投げた人々の顔を思い出した。オルフェノクを初めて見た時の自分の浮かべた表情は、あの時の人々の顔と同じであった。彼女の顔が青白くなる。

 

「おい、ティアラ。お前、何処に行く気だ?」

「少し、外の風に当たってきます」

 

 ティアラは食堂から出ていった。ただならぬ雰囲気の彼女にファングは一抹の不安を覚える。

 

「ティアラ・・・・・・」

「行ってきなよ、ファングくん。オルフェノクのことは後で話すから」

「ああ、サンキュー」

 

 ファングもティアラの後を追う。

 

「何処に行ったんだ、あいつ?」

 

 ◇

 

 ティアラは向日葵荘の近くにある土手に来ていた。とにかく頭を冷やしたい。そう考えたら自然と心地のよい風が吹くここにたどり着いた。彼女は芝生に座り込む。空を見上げると空はすっかり暗くなっていた。ティアラは流れる川をぼんやりと眺める。墨のように黒くなった川の激流。それはまるで今の自分の心の中のようだ。ティアラの心は深い闇の激流に溺れていた。自分が嫌で嫌で仕方がない。彼女は死んでしまいたいとすら思った。

 

「私は高潔でなければならない。平和を願い、人を愛さなければ人でなくなってしまう。だから清く正しく生きなければならない」

 

 祖母と交わした約束をティアラは呪文のように唱える。

 

「────それ、ばあちゃんとの約束なんだろ」

「ファングさん・・・・・・」

 

 ティアラは目を見開く。何処にいるか知らないはずのファングがどうやって自分の居場所を突き止めたのだろう。振り向くとファングは肩で息をしていた。きっとティアラを一生懸命走り回って探したのだろう。流した汗がそれを証明している。彼はティアラの隣に座った。

 

「ファングさんは私のことをどこまでご存知なのですか?」

 

 祖母との約束まで知っているとは前の世界の自分とファングは相当親しい仲だったらしい。ティアラは少しだけ未来の自分を羨ましいと思った。それなら今抱えている悩みも相談出来たのに。

 

「お上品ぶってるけど腹黒いお嬢様でクソ真面目。だけど世界平和のために必死に頑張っている心優しい女。それが俺の知っているティアラだ」

「そちらの私は心のお優しい方なのですね」

「今のお前も優しいと思うけどな」

 

 ティアラは首を振る。

 

「私はおばあさまとの約束を破ってしまいました。オルフェノクを受け入れることが出来そうにないんです」

 

 それがティアラが苦しむ理由なのだ。とてもじゃないが人であったはずなのに怪物そのものになったオルフェノクを愛すことなんて出来ない。傷つけられるのが恐い。殺されるのが怖い。人として当たり前に抱く恐怖。だが他の人はともかく自分だけはそれを認めてはいけない。認めてしまえばティアラに石を投げた人々と同じになってしまう。同じになってしまえば自分自身に恐怖を抱き、石を投げたことと変わらない。世界から見ればオルフェノクと自分は変わらない、その事実がティアラを苦しめる。

 

「いや、あんな怪物を直ぐに愛せる人間がいたらすげーだろ」

 

 いきなり巧を受け入れられた果林やガルドはファングの言うように凄いのだ。普通はどれだけ親密な仲間であろうとその事実を受け入れるのに時間が掛かる。ましてやティアラの場合は自分を襲ってくる怪物だ。それを愛すること出来る人間がいるはずがない。

 

「人間同士だって今も争い続けてんだ。人間とすら分かり合えてないのに、進化した人間と分かり合える訳がねえだろ」

「それは、そうですけど」

「俺たちは傍にいる奴としか手を繋げない。離れれば離れるだけ手を繋ぐのは難しくなる」

 

 世界中を旅していたファングはそれを痛い程痛感した。人種、言葉、肌の色。その他様々な理由で分かり合えない人々を見てきた。彼が夢見た誰もが自由に暮らせる世界とは真逆の現実だ。

 

「良いか? 愛することは簡単だ。だが一方的に愛しただけじゃ何も変わらない。難しいのは受け止めてもらうことだ。それだとせんせ────優しい人が永遠に苦しめられるだけだろ」

「何も変わらない・・・・・・」

 

 何も変わらない。なら今まで自分がやってきたことは全て無意味だったのか。ティアラは目の前が真っ暗になった気がした。

 

「・・・・・・ファングさんは意地悪です。私を全て否定して、私は明日からどうやって生きていけば良いのですか?」

「俺はお前を否定する気はねえよ」

 

 ファングは自分の手のひらを見つめる。

 

「遠く離れた奴がお前に向けて手を伸ばしているならお前はどうする?」

「手を、伸ばします」

「だろ? それで良いんだ」

 

 手を伸ばす? ティアラは首を傾げる。

 

「お前が平和を願い、誰かを愛する気持ちを諦めない限り、その気持ちに答える奴は必ずいる。そしたらお前の気持ちに答えた次の人がまた誰かにその気持ちを伝える。そうやって一人一人、確実に分かり合っていけば良いんだ」

 

 嫌な思いを何度もした。ファングは旅の記憶を思い出す。まだ巧と出会う前の記憶だ。子どもの妖聖を救うために自由を奪い取った民族に襲われたことがあった。フラりと立ち寄った街で大切な物を失いかけたことがあった。妖聖研究家によって支配された気味の悪い村で酷い目に遭ったこともある。でも旅をしてきたことは無駄ではなかった。だって皆に出会えたのだから。こうして今の仲間と出会えたこと、それだけで今までの悲劇にお釣りが来るくらいの喜びを彼は手に入れたのだ。

 

「お前は神じゃないんだ。無理して全ての人間と手を繋ぐ必要はない。昼間に言ったよな、ティアラはティアラだって。お前はお前にしかなれねえんだ。世界平和なんて大層な願いは女神に任しとけ。お前は自分が届く範囲の人を救うことだけ考えてろ」

 

 そうだ。忘れていた。自分一人ではどうしようもないから女神を復活させようと思ったのだ。なのにいつの間にか自分の手で世界を平和にする気になっていた。ティアラは憑き物が晴れた気がする。自分自身の血に囚われすぎていたのかもしれない。大好きだった祖母はきっと使命感ではなく優しい気持ちで平和を願い、誰かを愛せる娘になってほしいと思ってティアラと約束したのだ。彼女はそうなりたいな、と思った。

 

「・・・・・・ファングさん、帰りましょう」

「もう大丈夫なのか?」

 

 返答はしない。ティアラはただ笑顔を浮かべた。大丈夫そうだな、ファングは立ち上がる。

 

「ほら、掴まれ」

 

 ファングは手を差し出した。

 

「ありがとうございます」

 

 その手を掴んでティアラは立ち上がった。

 

────闇の激流の中。溺れるティアラは必死になって手を伸ばした。やがてその手を掴む者がいた。食いしん坊でバカで無愛想だけど優しい青年が彼女を闇の中から引き上げる。眩い光が彼女を暖かく包み込んだ。そこにはファングやアリン、巧たちがいた。

 

「こうしてファングさんの手を繋げるようになったんです。きっとオルフェノクとも手を取り合える日が来ますわ」

「ああ、北崎みたいな奴らがいるならオルフェノクともきっと分かり合えるさ」

 

 空を見上げた。綺麗な月がティアラを照らす。彼女は微笑みを浮かべ、祈る。

 

「世界中の人が幸せになれますように」

 




巧がカキ氷を好きなのも果林がカキ氷を好きなのもきちんとした公式設定です。巧はカキ氷を異形の花々で喜んで食べてるシーンがあります。甘い物が実は大好きなたっくんなんか可愛いですね(笑)





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最強の切り札

ヒロイン二人はアリン→アンク ティアラ→コヨミ的役割で書いています。もちろんハッピーエンドを目指してますよ


 翌日。ファングたちは食堂の中に集まっていた。昨日の話の続きだ。朝食の時間が終わり、他の客がいない食堂は隠し話をするにはもってこいの場所だった。皆、真剣な面持ちだ。

 

「オルフェノクが本格的にこの世界に現れ出したのは一年くらい前のようだね」

「一年!?」

 

 あり得ない。何故一年も前にオルフェノクが現れた。そんなに早く彼らがいるはずがない。オルフェノクがこの世に出現するのは前の世界では今よりもっと先。ティアラが北崎と遭遇した時だ。それまではオルフェノクと一切出会わなかったのに。何があったのだろうか。

 

『オルフェノクはどのような経緯で出現したのだ?』

「そこまでは分かんないよ。ただ一年前を境に灰色の怪人の噂が広まり出したのさ」

 

 灰色の怪人。確かにその特徴はオルフェノクだ。

 

「その噂とはどのような噂なのですか? 私は知りませんでしたわ」

「死んだ人が生き返って化け物になる。その化け物に殺された人も化け物になる。ゴシップ誌やインターネット掲示板で囁かれる程度だからお嬢様のティアラちゃんは知らなくても無理はないかな。私は仮にも研究者だし、そういう話を小耳にして知っただけだしね。それにこんな噂を信じる人なんてまずいないからさ。実際に戦ったことのある私たちならともかくね」

「・・・・・・あってるか、巧?」

「ああ。オルフェノクは死んだ奴がなる」

 

 自分自身がオルフェノクになったのも火災事故で死んだ時だから間違いない。殺された者がオルフェノクになるというのも間違いないだろう。以前、村上がドルファの兵士を殺した時のあれ────使途再生がそれに当てはまる。となると一年前からオルフェノクが出現したという噂は正しいのだろう。巧は知識としてのオルフェノクの情報と噂が一致していることを確信した。

 

「ならやっぱり昨日の私が説明した生態は間違ってなかったんだね」

「確信なかったの?」

「私は人がオルフェノクに進化する過程を直接見てないからね。目撃者でもいないと確信にはならないさ」

 

 オルフェノクの存在は公になっていない。だから噂程度の認識でしか広まっていないのだ。だが公にならないのも無理はない。もしも人に化けられる怪物がいたら。もしもそいつらが日々数を増やしているとしたら。そんな情報が公になれば大パニックになるに決まっている。

 

「人がオルフェノク、か」

 

 アリンはポツリと呟く。エラスモテリウムもチンピラも。今まで倒してきたオルフェノクは全て元は人間だった。それは人を殺したのと変わらない。彼女は何とも後味の悪い気持ちになる。フェンサーのパートナーとして生きる以上覚悟は出来ているが無意識の時では話は別だ。知らぬ間に人を殺していたと知って嫌な気持ちにならない人間はいないだろう。まさに今のアリンはそれに近い気持ちになっていた。

 

「オルフェノクのことは俺に任せろ。元の世界で戦ってたんだ。お前らまで手を汚す必要はない」

「何言ってんだよ。仲間一人に戦わせる訳ないだろ」

「そうです。巧さんは自分一人我慢すれば良いと思ってますけどそれではダメです。それは仲間とは違います。私たちは守られるだけではありません。辛いことを巧さん一人に押し付けたりはしませんよ。何があっても一緒に戦います」

 

 本当に良い仲間を持ったな。巧はふっと笑った。

 

「でも、オルフェノクはどうして人を襲うのでしょうか。元々人なら仲良くすれば良いのに」

「人を襲うのは種族としての本能だよ。数が少ない彼らが仲間を増やすには一番楽な方法だからね。オルフェノクと仲良くなるには・・・・・・うーん。それは人が人である限り難しいよ、果林ちゃん。妖聖の君なら分かると思うよ。人って意外と心が狭いんだよね」

「言われてみれば・・・・・・」

 

 果林は人同然の見た目だが妖聖だ。ふとした拍子に他人から向けられる奇異の視線を思い出し、彼女は共存の難しさに気づく。

 

「仲良く出来たら良いのに」

「ふふ、エフォールさんがそう思っていればきっと仲良く出来ますわ」

「ん」

 

 オルフェノクともいつか分かり合える日が来る。昨晩のことを思い出したティアラはエフォールの頭を撫でる。彼女は心地よさそうに目を細めた。

 

「しかしドルファのことで手一杯だってのにオルフェノクも絡むとなると厄介だな」

 

 仲間たちの疑いも晴れた。ティアラを殺したのはドルファだ。なら彼女を守るためには自然とドルファと戦うことになる。それにオルフェノクも加わるとなると面倒だ。よりにもよって彼らの狙いもティアラなのだから。ファングは頬杖を突く。何か良い考えはないだろうか。

 

「そうだ。巧、昨日ガルドから届いたメールってどんな内容だったか教えてくれよ」

 

 パイガのせいでうやむやになっていたが重要なことだ。何をするにもまずはかつての仲間を集めることから始めなくては何も出来ない。敵が増えた今、とにかく戦力が必要だ。とりあえず連絡が取れたらしいガルドの動向を知りたい。

 

「見てみろよ」

 

 メールを開いた巧の携帯をファングは覗き込む。

 

『巧はん、元気か? ワイは元気や。そっちはダンナと合流出来たみたいやな。何かあったらいつでも連絡してくれ。直ぐに駆けつけたる』

「元気そうだな」

 

 メールの文面は大体そんな内容だった。元気そうで良かったな、笑みを浮かべるファングだが最後に書かれた一文に目を見開く。

 

『追伸。なんとかザンクはんをダンナの仲間に出来ないか考え中です』

「ザンクを仲間か。ガルドも中々良いアイディアを・・・・・・いや、無理じゃね?」

「だろ」

 

 ザンクを仲間にする。無理だ。前の世界ならもしかしたらもしかすると、くらいの可能性はあったかもしれない。だがこの世界の彼はまだただの悪人だ。北崎のように記憶があるなら話も別だが。

 

「ザンクを仲間は無理でしょ。この時のアイツただの外道よ」

『仲間になれば戦力としてはファングにひけをとらないが・・・・・・まあ難しいな』

「私は、仲間になれると思う」

『エフォールはともだちだもんね』

 

 アリンたちの反応もあまり著しくはない。かつてのザンクを知るエフォールだけは仲間に出来ると確信しているようだが。

 

「誰なのですか、そのザンクさんは?」

「そっか。お前は知らないよな。ちょっと優しい外道だ」

「いまいち分かりにくい表現ですわ。外道なのに優しいってどういうことですか?」

 

 お前がそういったんだよ。ファングは内心突っ込む。

 

「写真なら、ある」

「エフォールが以前、撮ったものですね」

「え? それってもしかして・・・・・・」

 

 エフォールは懐から一枚の写真を取り出した。以前、フラワーフェスタと呼ばれる祭りで撮った写真────ザンクが満面の笑みを浮かべた写真だ。

 

『あっははははは!』

 

 食堂がファングたちの爆笑で支配された。あのザンクの営業スマイルは彼の素性を知るものが見れば笑わずにはいられない。

 

「優しそうな人ですわね。どこが外道なんですか?」

 

 何の事情も知らないティアラの一言でファングたちの笑いはよりいっそう深まった。

 

「ぷ、くくく。ふぁ、ファング。それで仲間になれってザンクを揺さぶれば良いんじゃない、ふふふ」

「そ、そうだな。こんな写真見た日にはアイツ仲間にならずにはいられねえぞ、ははは」

「コピーして髭の落書きでもするか?」

 

 巧の提案にファングは更に大笑いした。

 

「でもま、仲間に出来るなら悪くないかもな」

『奴は腕が立つからな』

 

 ドルファ四天王程の男が仲間になるならとても助かる。バーナードレベルの相手でも来ない限りまず負ける心配がなくなるのだから。

 

(もしドルファの奴らが仲間に出来るならアポローネスも・・・・・・)

 

 これはもしかしたらやり直すチャンスなのかもしれない。ガルドのメールがファングの道しるべになった気がした。

 

 ◇

 

「今度はカダカス氷窟か」

「あの時は寒くて大変だったな。アリンは倒れちまうし、敵は強かったし」

『そのおかげで結果的に巧が戦えるようになったのは助かったがな』

 

 身支度を済ませたファングたちはエントランスにて出発前の最終確認をしていた。

 

「パンツ」

「「は?」」

『む?』

『んえ?』

 

 いきなり放たれたアリンの言葉にファングたちは困惑した。気でも触れたか。怪訝な視線を彼女に向ける。

 

「ああ、ごめんごめん。あの時すごく寒かったから毛糸のパンツを履いてった方が良いかなって」

「どういうことです?」

「これから行くのは雪山にある洞窟だから重装備のが良いかなって」

 

 コートを着てるファングと巧はともかくティアラたちは薄着だ。このままでは前回の失敗をまた繰り返してしまう。特にエフォールは今の格好では間違いなくカダカス氷窟に入ることが出来ない。

 

「なるほど。確かに装備を整えた方が良いかもしれませんね」

「ああ、前みたいに鼻水ダラダラ流しちまうぞ」

「わ、私鼻水を流したんですか?」

「流してた流してた。鼻たれティアラになってたわ」

 

 鼻たれ!? 育ちの良いお嬢様のティアラはショックを受ける。

 

「私、そんな失敗をしたんですか・・・・・・」

「だから今回はきっちりと装備を用意していくぞ。じゃないとお前の残念な顔がより残念になる」

「ふ、不思議です。既に胸の奥が暖かいです」

 

 ちょっとした軽口に喜ぶティアラにファングは苦笑する。前の世界でも同じようなことを彼女は言っていた。

 

「エフォール、お前それで平気なのか?」

「寒いの、得意」

「雪山だぞ。得意不得意でどうにかなる温度じゃないだろ」

 

 自信満々。薄着のエフォールに巧は警告する。

 

「じゃあ買い物に行こうか」

「良いですね。なら久しぶりにロロさんのお店に行きませんか?」

「ああ。まだ過去に戻ってからは会ってないし、ここいらで接点を持つのも悪くないな」

 

 ファングたちはロロがいる噴水の広場に向かった。

 

「いらっしゃーい」

 

 広場に向かうとロロがいた。フェンサーであるファングたちを見つけると彼女は自らこちらに向かってくる。儲けられると思ったのだろう。ロロは以前と変わらない営業スマイルを浮かべる。

 

「よう来てやったぞ」

「カッコいいお兄ちゃん、フェンサーでしょ。それじゃフューリーを探してるんだよね。お得な情報も売ってるよ」

「今日はフューリーの情報はいらない」

 

 過去の情報は知っている。今さらこの時間のフューリーの情報を買う意味はない。

 

「毛糸のパンツちょうだい。八枚」

『それ以外にもっと必要なものがあるのではないか?』

 

 真っ先に毛糸のパンツを求めるアリンにブレイズは思わず突っ込む。そもそも下着一つでどうにかなる訳でもないだろうに。

 

「人数分ならこのお値段だよ」

「たっけ。毛糸のパンツの値段じゃねえよ。相変わらずのぼったくりだな」

「あれ? お兄ちゃんとは初めて会うよね?」

 

 初対面だということをすっかり忘れていた。ファングは慌てて作り笑いを浮かべる。

 

「な、なんでもねえよ。ほら、代金だ」

「まいどありー。愛してるよお兄ちゃん」

「愛してんのは俺の財布だろ」

 

 ロロはどんな世界に生まれても変わらないだろうな。ファングは確信した。

 

 ◇

 

「よし、カダカス氷窟についたぞ」

 

 久しぶりのカダカス氷窟は以前よりも更に寒くなっていた。より過酷になった環境はきちんとした装備を整えてきたファングたちの身体すら容易く凍えさせる。これも過去の変化の影響か。ヤタガン溶窟の時もそうだったが気温やモンスターの強さが前よりも上がっていた。こういった細かい変化にも注意して目を向けていかなければ、ファングは気を引き締める。

 

「今回は入り口塞がれてなかったな。前の時はファングが壊してたけど」

「うん。あれ私が塞いでたんだよねー。ここのボスは凄く強くて危険だから封印しておいたのさ」

「通りで不自然に岩が積み重なれていた訳だ」

 

 以前、ファングたちがカダカス氷窟を探し当てるのに苦労していたのは入り口が隠されていたからだ。積み重なれた岩。それはハーラーの魔法によりものだったらしい。通りで彼女は危険だから止めておけと巧に警告したのだ。

 

「うー、やっぱり寒い」

 

 炎の妖聖で人一倍寒さに弱いアリンは震える。鍋焼きうどんになりたい。今の彼女はそんな気分だ。

 

「私は、暖かい」

「ニット帽似合ってますよ、エフォール」

「ちょっとあざといけどな」

 

 果林はこっそりと買っていた耳付きのニット帽をエフォールに被せていた。青色のそれは彼女にとても似合っている。

 

「果林は寒くないのか? もし寒いならコート着るか?」

「私、氷の妖聖なので。むしろ寒い場所のが好きです」

 

 唯一普段着の果林は心配する巧に笑顔を浮かべる。

 

「さて、お前ら行くぞ。とっととフューリー手に入れて帰りてえからな」

「宿に戻ったら美味い鍋焼うどんを作ってやるぞ!」

「やりい!」

 

 バハスの鍋焼うどんが楽しみだ。ファングたちは意気揚々とカダカス氷窟の奥へと歩き始める。

 

「・・・・・・?」

 

 一番後ろを歩くエフォールは誰かの視線を感じた気がした。だが振り向いても誰もいない。気のせいか。彼女もファングたちを追う。

 

「そういえば初めて巧が変身したのってここなのよね」

 

 しばらく歩いているとアリンが思い出したように言った。

 

「そうなんですか?」

「ああ、ここで初めて俺は変身した」

 

 今でもその時の記憶は鮮明だ。本能が蘇る感覚。例えどれだけ記憶が磨耗してもこの時の戦いだけは絶対に忘れることは出来ない思い出だ。

 

『あのときはたいへんだったね』

『うむ。アリンが体調不良で倒れた時は死を覚悟した』

「確かに。あん時は本当にヤバかったな」

 

 ファングはフェンサーになれない。ティアラではフィルンバクトリテスを倒すことは出来ない。巧が変身しなかったら本当にどうなってたことやら。

 

「そんなに強い敵、なの?」

「ああ。とにかく硬いから剣が通らないんだよな」

 

 あの装甲はレベルの上がった今でも脅威だ。今回は万全の自分と一度フィルンバクトリテスを倒した巧もいるからあの時のような苦戦はしないはず。いくらなんでも最初の頃の敵には苦戦するまい。だがファングは直ぐにその考えが浅はかだったと知ることになる。

 

「でもお前、どうして変身出来るようになったんだ? 記憶が戻るきっかけとかないのか」

「『通りすがり』に教えてもらった」

「は?」

 

 巧はあの時のことをファングたちに話した。ベルトをまいたらよく分からない空間に飛ばされたこと。そこで通りすがりを自称する男に出会ったことを話した。

 

「俺と真司が会った場所みたいだな。・・・・・・それにしても通りすがりか。海東も自分のことを通りすがりって言ってたな」

「もしかして知り合い、とか?」

 

 海東は異世界を自由自在に渡れるから通りすがりを名乗っていた。ならその巧が会った男も同じように異世界を通りすがっているのだろうか。もしそうならいつかその通りすがりと出会う可能性もあるかもしれない。

 

『それ、もしかしてつかさ?』

「知ってるのか?」

『うん。たぶんかいとうのともだちだとおもう。かいとうがたっくんをたすけたのはつかさにたのまれたから、っていってた』

 

 そういえば海東とキョーコは一時的に行動を共にしていた。彼はその時に一人の男と喧嘩をしたとキョーコに愚痴を溢している。

 

『士、か。何者なんだろうな』

「仮面ライダー、ってヤツだろ」

「その仮面ライダーが何者よ?」

 

 仮面ライダー。彼らは何者なのだろうか。巧、剣崎、真司、天道、そして士。出会ったばかりの他人を救うために躊躇いなく戦いに身を投じる彼らは本当に何者なのか。いつか分かる日は来るのだろうか。

 

「よく分からないですけど私は良い人たちだと思います」

「ああ、仮面ライダーってのは良いヤツの集まりなんだろうな」

 

 海東みたいなこそ泥を除いて。

 

 ◇

 

「この先にフューリーを吸収したモンスターがいるわ、気をつけて」

 

 カダカス氷窟の最新部までファングたちはたどり着く。今回は以前と違って目立った歴史の変化はなさそうだ。オルフェノクもドルファの兵士も今回はいない。あとはフィルンバクトリテスを倒してフューリーを回収するだけだ。

 

『油断するなよ。アリン、体調は大丈夫か?』

「うん、平気よ」

『なら今回はなんとかなりそうだね』

 

 アリンはパーティを再確認する。エフォール、ハーラー。あの時はいなかった二人がいる。ファングのフューリーフォームも進化していた。これなら負ける気がしない。

 

「・・・・・・おかしいですわ」

 

 ティアラは異変に首を傾げる。広々とした空間にはファングたち以外何もいない。

 

「確かに。モンスターの影も形もねえな」

「もしかして、また過去が変わった?」

 

 存在しないはずの誰かがいるなら、存在するはずの何かがなくてもおかしくはない。今回はフューリーとモンスターがまとめて消えた、ということだろうか。

 

「その可能性はありそうだ。既に私たちはここのフューリーを手に入れているから矛盾が起きないように歴史の修正力が働いたとか」

「だけど今までは多少形は変わったけどフューリーは残っていたぞ。この間みたいにパイガか北崎が先に回収しちまったとかじゃね?」

「どちらとも言えませんよ。残念ながら今の私たちにはそれを確認する手段はありませんから」

 

 手付かずか。どうしたものか。ファングは思案する。

 

「くしゅん・・・・・・」

「・・・・・・よし、帰るか」

 

 エフォールが小さくクシャミをした。ないものは仕方がない。このままここにいても風邪をひくだけだ。

 

「あーあ、無駄足だったな」

「そんな時もあんだろ」

「今後もこうやってフューリーが見つからないならロロさんの情報をまた買うしかありませんね」

 

────ゴオオオオ

 

 ファングは足を止める。氷窟内に存在するクレバスから風のような音が聞こえた。

 

「今の音は・・・・・・?」

「待て、ティアラ!」

 

 音の出所を辿ろうとするティアラをファングは呼び止めた。嫌な予感がする。振り向いた彼女にファングが駆け寄ったその時─────

 

「っ!? どけ!」

「きゃっ!」

『ギィィィィィィ!』

 

 

────フィルンバクトリテスがクレバスから飛び出した。

 

「がはっ!」

 

 咄嗟にティアラを突き飛ばしたファングにフィルンバクトリテスのタックルが直撃した。彼は宙に投げ出される。

 

「ファングさん!」

「ファング!」

 

 アリンとティアラは悲鳴を上げた。

 

「しっかりして下さい、ファングさん!」

「あ、れ。おれ、こん、な、つも、り、じゃ」

 

 だがファングの耳にはその声が届かない。視界が血で真っ赤に染まる。何も見えない。脳震盪だ。フィルンバクトリテスの激しいタックルでファングの意識は一瞬にして闇へと沈んだ。

 

「起きなさいよ、あんたこんなところで死ぬ気!? 起きなさい!」

『落ち着け、意識を失っただけだ。ティアラ、ファングに回復魔法をかけろ! 急げ、本当に死ぬぞ!』

「は、はい!」

 

 ブレイズの怒声にも思える指示にハッとしたティアラはファングに回復魔法を施す。見る見る彼の傷は癒えていく。だが失った意識は回復魔法で覚醒させることは出来ない。ファングはぐったりと倒れたままだ。

 

「くそっ!」

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

 ────complete

 

 巧はファイズに変身するとフィルンバクトリテスに殴りかかった。ファングが復活する時間を稼がなくては。彼の拳をフィルンバクトリテスは弾いた。効果がない。あの時は効いたはずなのに。ファイズは驚愕した。このままでは少し不味いかもしれない。

 

「巧は本当にこれを、倒せたの?」

『違うモンスターですよね・・・・・・?』

 

 エフォールが矢を放つ。ライオトルーパーにすらダメージを与えるそれをフィルンバクトリテスの硬い甲殻が弾いた。

 

「ありえない。いくら過去が変わってるからってこれはありえない」

 

 ハーラーのランチャーが火を吹く。上級オルフェノクでも葬りさる強力な一撃がフィルンバクトリテスに炸裂する。これならひとたまりもあるまい。普通なら誰もがそう思うはずのその一撃を前にしても彼らの真剣な表情は変わらない。まだ終わってない。そう確信しているようだ。煙が晴れるとフィルンバクトリテスはやはり健在だった。

 

「でけえ・・・・・・!」

 

 何故、巧たちは一度倒したはずのフィルンバクトリテスを前にこうも苦戦しているのか。それはフィルンバクトリテスが以前よりも更に肥大化し、三倍近い大きさになっていたからだ。しかも、見た目だけでなくその装甲も三倍近く硬くなっていた。ランチャーですらダメージにならないほどに、コンリートすら軽々と砕くファイズの拳が逆にダメージを受けるほどにフィルンバクトリテスは変化していた。

 

「どうする? 巧くん、エフォールちゃん?」

「どうするもこうするも倒すしか、ねえだろ!」

「ファングは、私が守る!」

 

 手負いのファングと彼がいなくては戦うことが出来ないアリンという二つの足枷を背負ってこの進化したフィルンバクトリテスから逃げ切れる自信はなかった。皆で生きて帰るには戦うしかない。

 

「さっさと起きろよ、ファング!」

 

 

 ◇

 

「ここは・・・・・・?」

 

 気がついたら不思議な場所にファングは立っていた。彼は自分の目を疑う。穏やかに流れる滝。緑豊かな渓流。この世の物とは思えない美しき世界に彼はいた。

 

「俺は確か・・・・・・」

 

 フィルンバクトリテスに吹き飛ばされて・・・・・・それからの記憶がない。多分、意識を失ったのだろう。するとここは夢の中か。どおりでリアリティーのない世界な訳だ。

 

「────やっと見つけましたわ」

 

 だからだろう。夢の中だから無意識に望んでしまったのだ。会いたくてももう二度と会えない彼女を。背後から聞こえるその声にファングは目を見開く。

 

「ティアラ・・・・・・!」

「何を情けない顔をしてるんですか、気持ち悪い」

 

 振り向くとティアラがいた。それも過去に戻る前。腹黒お嬢様の彼女だ。呆れ果てたティアラの顔がそれを証明していた。

 

「うるせーよ、性格ブス」

「まあ久しぶりに会うのになんて酷い。ああ、でもやっぱり新鮮♪」

 

 こうして罵倒に喜ぶ姿もやっぱり過去に戻る前のティアラと変わらない。本物なのか、ファングの記憶が作り上げた幻か。彼女は確かにそこにいた。

 

「・・・・・・本当に久しぶりだな」

「ファングさん・・・・・・何があったのですか?」

 

 心配そうに見つめてくるティアラにファングは全てを話した。彼女が死んでから過去に時間を巻き戻してから今日までのことを。ティアラはただただ真剣にファングの話を聞く。

 

「・・・・・・ファングさんはおバカなんですね。せっかく私が世界のために全てを捧げたというのに。それを全てやり直してしまうなんて」

「ああ、バカだよ。お前みたいな腹黒女のために俺様の全てを捧げようとしてるんだからな」

「・・・・・・!!! 本当におバカなんだから」

 

 真っ直ぐに見つめるファングにティアラは顔を真っ赤にした。

 

「なあ、お前はずっと世界平和を願い続けて幸せだったのか。世界の平和のために犠牲になって本当に良かったのか?」

「────幸せでしたよ」

 

 儚く笑うティアラ。世界のせいで犠牲になった彼女がそれでも幸せだと言い切る姿にファングの心は大きく掻き乱される。

 

「嘘を吐くな・・・・・・! 死んじまって何になるんだよ・・・・・・!?」

 

 ファングは確信する。これはただの夢だ。ティアラを救えなかった後悔を都合よく否定するために彼自身が作り上げた幻。だから殺されても幸せなんて言えるのだ。いや、本物であって欲しくないのだ。世界のために犠牲になることに躊躇いがないならティアラはまた死んでしまうから。

 

「・・・・・・たくさんの人が悲しんでくれて。たくさんの人が私を救うために頑張ってくれる。そんなこと今までありませんでしたわ。私の身の回りにいた人たちは皆私に石を投げてましたから」

「だからって、だからって」

「何度も言わせないで下さい。私は幸せでした。だって・・・・・・」

 

 ティアラはファングに顔を寄せる。

 

「あなたに会えたから」

 

 耳元で囁くティアラにファングはどきりとした。生々しい感触、僅かに乱れた息づかい。そして暖かい彼女の熱に彼の心は大きく乱される。

 

「誰よりも傍にいたいと思った大好きな人の手に抱かれて幸せな気持ちでしたよ」

 

 ティアラは優しく微笑む。それはファングが何よりも見たかった心から笑う彼女の姿だった。

 

「ティアラ・・・・・・でも、俺は、お前を、守れ、なかったん、だ・・・・・・!」

 

 ファングの目から涙が溢れる。

 

「泣かないで、ファングさん。あなたは男の人でしょう。私の運命も、この世界の未来も剣で変えるのでしょう? だったらこんな所で涙を流して立ち止まってはいけませんよ」

 

 ティアラはその指で涙を拭う。今度はファングの涙が止まった。彼の目には悲しみの代わりに強い勇気と深い決意が刻まれている。

 

「ああ・・・・・・変えてやるよ。お前の運命もっ! 世界の未来もっ! どれだけ踏みつけられても何度だって立ち上がってやるよ!」

 

 ファングの真っ直ぐな目に、真っ直ぐな誓いにティアラは微笑んだ。

 

「・・・・・・この力を手にするのがあなたで良かったです」

 

 ティアラの額に紋章が浮かび上がった。それはバーナードがかつてファングと戦っていた時に見せたものと同じもの。『邪神』の紋章。禍々しい力の断片が彼女から溢れ出る。

 

「ティアラ、お前・・・・・・!」

「・・・・・・女神だけではありません。邪神もこの世界の変化を快く思っていないのです。あなたは二つの神に選ばれた。だから私は今ここにいます」

「俺が、二つの神に・・・・・・」

 

 ファングはティアラの両手に浮かぶ闇の塊を見つめる。邪神の力の断片。これを受けとることがどういうことなのか、何となく分かる。ダメだ、それを受け取ってはいけない。彼の本能が拒絶を示す。だがファングは少しずつ力へと手を伸ばしていく。

 

「ファングさん、どうかこの力を恐れないで。光も闇も、その力の使い方を決めるのはあなた自身の心です」

 

────誰かが言った。『その男たちは悪の組織に生まれながらも、だからこそ人々の自由のために戦うのだ』と。

 

────誰かが言った。『その男たちは悪の力を持っていながらも、だからこそ正義のために戦うのだ』と。

 

 光も闇も力の根底は変わらない。力を手にした者の意思こそがその力の在り方を決めるのだ。いつだって人々を救ってきた英雄は優しき心を秘めていた。その心はファングにもある。今まで出会ってきた誰よりも。だからティアラは彼に邪神の力を託せる。

 

 やがて闇にファングの手が触れた。

 

 ◇

 

「ぐっ!」

 

 進化したフィルンバクトリテスの突進にファイズは大きく仰け反る。ダメだ、勝てる気がしない。フォンブラスターも、ファイズショットも、ファイズエッジもフィルンバクトリテスにダメージを与えることは出来なかった。普段のモンスターやオルフェノクと違う。今のこいつには弱点の武器が存在しない。これでは仲間と連撃を重ねることも装甲を破壊して必殺技による大ダメージを与えることも出来ない。そして何よりも最悪なのが氷窟という場所の関係上アクセルフォームが使えないことだ。

 

「た、くみ。今、助ける」

「お前は下がってろ、エフォール!」

 

 片膝立ちになりながらも巧の援護をしようとするエフォールを彼は止める。

 

「不味い、かも」

 

 ハーラーは優れた分析能力から未だにフィルンバクトリテスが健在であることに気づく。以前は圧倒したファイズを逆に圧倒し、ほぼ無傷だ。

 

「エフォールさん、ハーラーさん。今怪我を治します・・・・・・!」

 

 満身創痍の二人を治療するためにティアラが駆け寄る。

 

「ダメだ、ティアラ! こいつの狙いは────!」

『ギィィィィ!』

「ぐあああああ!」

 

 ファイズはフィルンバクトリテスの爪に薙ぎ払われる。あまりにダメージを受けた彼は変身を解除された。

 

「乾さん!」

「ば、か。止ま、んな! こいつの狙いは、お前だ!」

「え・・・・・・?」

 

 巧は何故こんなにも歴史が変わり続けているのか一つの仮説にたどり着いた。前の世界と変わり異常なまでに増え続けるオルフェノク。今回のフィルンバクトリテスを始めとした無数の凶悪になったモンスター。そして何処までもマイナス思考になったティアラ自身。歴史の修正力が働いている、とハーラーが言っていたことは間違いではなかった。本来死ぬはずだったティアラをもう一度殺すために────『世界そのもの』がティアラを殺そうとしているのだ。

 

 だから絶好のチャンスが来たとしたらフィルンバクトリテスが向かう先は────

 

「え・・・・・・?」

 

────ティアラだ。フィルンバクトリテスは高々と飛び上がった。彼女を踏み潰す気だ。あ、私死ぬんだ。ティアラはぎゅっと目を瞑った。

 

 だが暫く経っても衝撃は来ない。ティアラは目を開けた。

 

「────させねえよ」

『このあたしたちがね!』

 

 手甲を纏ったファングが両手でフィルンバクトリテスを止めていた。彼はフィルンバクトリテスを投げ飛ばす。

 

「ファングさん!」

「下がってろ」

「は、はい」

 

 ティアラがエフォールとハーラーに向かうのを確認するとファングは剣を構えた。

 

『病み上がりでは荷が重すぎる相手だぞ』

「力試しにはちょうど良い相手だ」

 

 ファングはダッシュで接近すると無数の剣撃をフィルンバクトリテスの顔面に放つ。どれだけ頑丈になっていようとここだけは剥き出しの皮膚だ。フィルンバクトリテスの顔を浅く切り裂いた。

 

『ギィィィィィィ!』

 

 フィルンバクトリテスは激しくのたうち回る。ファングはバックステップで距離をとる。

 

『ファング、くるよ!』

「ああ!」

 

 怒り狂ったフィルンバクトリテスは口から高圧力の水鉄砲を放つ。当たれば一瞬で人間なんて粉々に砕け散るだろう。ファングはそれを軽々と避ける。

 

────battle mode

 

『ピロロ!』

「良いタイミングだ」

「バジンちゃん、ありがとうございます」

 

 負傷した巧たちをバジンが庇う。念のために戦闘の最中に呼んでいたのが役に立った。彼らは両手を広げたバジンの後ろに隠れる。

 

「ファングは、勝てるの?」

「どうだろうねえ。あの強力なフューリーフォームでもギリギリだと思うよ」

「でも俺たちが協力すればいけるだろ!」

 

 ハーラーは首を振る。

 

「かえって足手まといさ」

「くそ、俺たちはあいつを信じるしかないのか」

 

 巧は歯痒い思いでファングを見守る。

 

『ギィィィィィィ!』

 

 フィルンバクトリテスの無数の触手がファングに向けて放たれた。

 

『ファング、本当に大丈夫なの!?』

「大丈夫だ。・・・・・・お前が傍にいるからな! 『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体を灼熱深紅の鎧が包み込む。ファングとアリン、二人が一つになった一心同体の姿。彼は強化された姿に変身しないで以前のフューリーフォームを纏っていた。何故だ。今のフィルンバクトリテスに勝つにはあの戦士の力でも厳しいはずなのに。ファングの身体に触手が巻き付く。

 

「お前らがティアラを殺すというなら・・・・・・」

 

 ファングは触手を握る。

 

「俺は何度だってお前らを倒す!」

 

 彼の身体が燃え上がる。巻き付いた触手が炎によって焼き払われる。

 

「お前らが前よりも強くなると言うなら・・・・・・」

 

 悲鳴を上げるフィルンバクトリテスにファングは睨み付けた。

 

「俺は何度だって強くなる!」

 

 ファングの腰に邪神の紋章が浮かび上がった。

 

「『変身!』」

 

 彼は叫ぶ。異なる世界、異なる時代。ありとあらゆる場所で。幾多もの世界を救ってきた英雄たちの正義の系譜を。幾多もの人々を守ってきた戦士の証であるその言葉を────変身と。ファングの身体を黒い闇が包み込んだ。果てしなき力の暴流。少しでも気を抜けば闇に飲み込まれてしまうだろう。彼の意識が闇へと沈みそうになる。だが沈みかけたファングを誰かが引き上げた。

 

『大丈夫よ、ファング! あたしがついてる! 何があろうとあたしが絶対に引き上げる!』

「・・・・・・頼りにしてるぞ、相棒!」

 

 そうだ。自分にはパートナーがいる。アリンがいれば自分が闇に落ちることはない。彼女はファングの光となる。彼は歯を食い縛るともう一度叫んだ。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 ファングを包んでいた闇が晴れる。彼は最強の姿へと変身を遂げる。上半身を中心に覆っていた鎧は完全に全身を纏う形になり、その色は赤から黒へと変化する。背中に生えていた不死鳥の片翼は黒き機械仕掛けの両翼に変化した。彼はブレイズとキョーコ、二本の剣を持つ。黒い鎧にヒビが入り、灼熱の炎が噴き出す。それはまるで太陽の紅炎のようだ。これがファングがティアラから受け取った最後の切り札。不死鳥の鎧は漆黒業火の騎士(ライダー)へと最強の進化を遂げた。

 

「今のうちに退けよ、お前の相手は荷が重すぎるぞ」

『ギィィィィィィィィ!』

 

 フィルンバクトリテスは挑発するファングに敵意を剥き出しにし、飛びかかった。

 

「なんだ、あれ?」

「炎が、漆黒を纏った・・・・・・あんなフューリーフォーム見たことがない。これは興味深いなあ。是非サンプルが欲しいよ」

「こんな時にふざけてる場合ですか!」

 

 ヨダレを流すハーラーに果林が突っ込む。

 

「あの力は・・・・・・! どうしてファングさんに・・・・・・!?」

 

 ただ一人。その力の正体がどういうものか理解していたティアラは驚愕する。邪神の末裔ではないファングが何故邪神の力を使えるのか。理解しているのに分からないことだらけだ。

 

「よくもアイツらをいたぶってくれたな」

『十倍返しにしてやろう』

『ギィッ!?』

 

 フィルンバクトリテスはその硬い殻を斬り裂かれ小さく悲鳴を上げる。必殺技でもないただの斬撃。ただ剣を振っただけの一撃にこれまで一切ダメージのなかったフィルンバクトリテスの装甲が破壊された。

 

「これは巧の分だ」

 

 フィルンバクトリテスの触手をファングは斬り裂く。

 

「これはハーラーの分だ」

 

 フィルンバクトリテスの右目をファングは斬り裂く。

 

「これはエフォールの分だ」

 

 フィルンバクトリテスの左目をファングは斬り裂く。

 

 満身創痍になったフィルンバクトリテスは悲鳴を上げることも出来ない。虫の息。まさにその状態だ。

 

「これが・・・・・・ティアラの分だ」

『いたみをかえすよ!』

 

 ファングはブレイズとキョーコの剣に己の魔力を込めた。激しい炎が二本の剣の火柱となる。十字に構え、一気に振り抜く。放射状に放たれた圧倒的な熱量がフィルンバクトリテスの巨体を飲み込む。その炎はフィルンバクトリテスを焼き尽くす。否、焼き尽くすなんて言葉ではすまない。その炎に飲まれただけで姿形も残すことなくフィルンバクトリテスは蒸発した。

 

「か、勝っちまったぞ。ファングの野郎。また男を上げたな!」

「あの怪物を必殺技も使わないでかよ」

「ファング、凄い!」

「流石はファングさんですわ」

 

 フィルンバクトリテスを撃破したファングの元に仲間たちがやって来た。

 

「ああ。まさかここまで凄い力なんて俺も思ってなかった」

 

 流石は神の力の断片だけはある。今までのフューリーフォームとは比較にならない強さだ。今ならあの進化したバーナードにも勝てるだろう。

 

「でも、君はどうやってこの力を・・・・・・?」

「・・・・・・もらったんだよ」

 

 ファングは胸に手を置いた。あの時のティアラとの会話を思い出す。

 

 

 ◇

 

 闇に触れたファングは首を傾げた。何も起こらない。どういうことだ。ティアラに視線を向けると彼は目を見開く。彼女はファングに抱きついた。

 

『ファングさん、私はずっとアリンさんが羨ましかったんです。本当にお二人は仲が良くて距離が近くて。私は誰よりもあなたの近くにいたいと思っていましたから』

 

 その願いは叶った。この世界はファングの心の中の世界。誰よりも近くなったこの場所でティアラは己の想いを告げる。

 

『よせ! お前、何をする気だ!?』

『・・・・・・私自身があなたの力になるんです』

『ダメだ、止めろ! 止めてくれ!』

 

 ティアラの存在が希薄になっていく。今にも消えてしまうかもしれない。その代わりにファングの中に暖かい力が流れ込んでいく。

 

『ファングさん、私を救うのでしょう? この力はそのための力なんですから』

『お前・・・・・・。でも、それじゃあ』

『大丈夫ですよ。私は消える訳ではありません。私自身の運命を変えることが出来ればきっと帰ることが出来ます』

 

 ティアラは微笑む。彼女の身体は徐々に薄く透明になっていく。

 

『ファングさん、私もあなたのことが────』

 

 ティアラはファングの顔に自分の顔を近づける。二人の距離は少しずつ近づき────

 

『好きです』

 

────そしてゼロになった。

 

 ◇

 

 ファングは泣いていた。泣かないと誓ったのに。仮面の下で泣いていた。この身体に宿った邪神の力はティアラの存在そのもの。目の前で再び失った彼女のことを思い出し、涙が止まらない。

 

(大丈夫よ、ファング。あなたは泣いてなんかいない。誰も泣いているなんて思ってないわ)

 

 安心させるように優しい声で心の中から囁くアリンにファングは無理やり抑えようとしていた涙を溢れさせる。

 

「ファング、大丈夫?」

 

 いつまでもフューリーフォームを解除しないファングに異変を感じたエフォールが心配そうに彼を見つめる。

 

「・・・・・・なんでもねえよ、心配すんな」

 

 ファングはフューリーフォームを解除した。涙はもう、止まっていた。

 

「さ、皆帰ろうぜ。とっとと帰っておっさんの鍋焼うどんだ!」

「あたしお腹すいちゃった」

「私はお風呂に入りたいです」

「それより汗をかいたから服を脱ぎたいなー。ここ寒くて脱げないんだよね」

「鍋焼うどん、楽しみ」

「鍋焼うどんって私たちを・・・・・・」

「・・・・・・殺す気か!?」

 

 ファングたちの笑い声がカダカス氷窟に響き渡った。

 

「・・・・・・ファングさん、助けてくれてありがとうございます」

「礼なんていらねえよ。・・・・・・俺はお前を守ってやる。今度こそ、絶対に」

 

 ティアラの頭をポンポンとたたくとファングはもう一度胸に手を置いた。

 

────ファングさん、私はあなたが運命を変えるその日まで、ずっと傍にいますから

 

 ふと、彼女の声が聞こえた気がした。ファングはうっすらと微笑んだ。

 




ようやく最強フォーム登場です。といってもまだ不完全ですけど。現状はまだ未完成できちんとした最強フォームへの進化はアリンちゃんの個別イベントとしてやる予定です。

そしてファングの最強フォームが出たということはいよいよブラスターフォームの登場も近いということです。楽しみにしていて下さい


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サブイベント ティアラの悪夢─新兵器『ファイズサウンダー』─

※注意

タイトルからも分かる通り今回はおふざけでありハイパーバトルビデオであり番外編です。

脚本家ネタ

メタネタ

中の人ネタ

キャラ崩壊(地の文を含む)

古すぎるネタ

これらが苦手な方は読むのを控えるか気をつけて読んでください



※部屋を明るくして画面から離れて見てください

 

 ◇

 

「私、いいことを思いつきました」

 

 あの戦いからはや数日。特にこれといって進展もなくファングたちはロロのサブイベントであるフューリーの回収だけをする毎日を送っていた。あ、ちなみにゲーム中のサブイベントは勿論全部回収してますよ。面倒くさいから描写してないだけで。ただモンスターと戦うのを見たって面白くないですし無駄ですよ、無駄。と薄汚いオルフェノクが言っていました。

 

 そんなただ無駄に貴重な人生の時間を浪費し続ける毎日を送り続けたある日のこと。ティアラはとある名案を思い付いた。それはもうグッドアイデアすぎて自分が怖くなるほどの。彼女はどや顔を浮かべて食堂に入った。

 

「それは名案だ」

「すごーい」

『グッドアイデアだ』

『いかどうぶん』

 

 絶対にしょーもないことだ。ファングたちは適当に相槌を打つ。

 

「まだ何も言っていませんわ。ああ、でもいつもと違う冷たいファングさんも・・・・・・良い♪」

 

 ぞんざいに扱われ、ティアラはムッとした。でも内心は冷たい目のファングにドキッとして胸きゅん状態だ。

 

「良いことっていう前フリで良いことだったためしはまずねえ」

 

 世間ではそれをフラグという。事前に言ったことと真逆のことが起きる。所謂押すなよ、絶対に押すなよというヤツだ。これがフラグだ。

 

「本当にいいことなんです! 皆さんが本当に未来から来たなら、未来で起こる事件や事故をご存知ですよね?」

「そうだな。第十四話から共通編終了までの半年くらい先のことまでなら把握してるぞ」

 

 世間ではこれをメタネタという。登場人物が本来知り得ない情報を当たり前のように知っている。それがメタネタだ。

 

「それを世間の人に知らせれば被害を未然に防ぐことが出来るのでありませんか?」

「つい最近、俺が予言者として金儲けしようとしたらお前止めたよな?」

「予言者ではなく詐欺師でしょう」

「あ、そっか」

 

 一瞬にして論破されてしまった。ファングはしょぼんと顔を涙目にする。

 

「でもよお、未来から来た奴がいるって状況で聞くなら普通は競馬の大穴とかだろ。なに真面目ぶってんだよ?」

「・・・・・・真面目な私は嫌いですか?」

 

 ティアラは小さい頃から真面目と周りから言われていた。それが誇らしいと思うこともあったがどちらかと言えばいい気分がしなかった。だからファングが嫌そうな顔で真面目と言ったことに彼女は動揺する。真面目である自分は嫌われてるのかもしれない、と。いやあ青春だね。

 

「大好きに決まってんだろ! むしろ愛してるって!愛してる、ティアラ! ティアラ、愛してるぞ!」

「そ、そんな愛してるだなんてストレートに言われたら・・・・・・私どうにかなってしまいそうです」

 

 ファングとティアラの周りに桃色の空間が出来上がる。流石は主人公とヒロインだ。隙あらばイチャイチャするスタイルに軽く脱帽する。

 

「ちょっと! あんたたち何良い感じになってんのよ!? あたしたちはギャグ世界の住人でしょ!?」

『そうだ。我らはブロッコ◯ー制作のゲーム版のような世界ではなくマッドハ◯ス制作のアニメ版のような世界で生きていることを忘れるな』

『もとねたわかるひといるの、それ?』

 

 仮面ライダーアギト放送時代に既に十代を越えている人なら分かるかもしれない。

 

「そ、そうだ。俺たちはギャグ世界の住人だったんだ。忘れてた」

「私はそんなのになった覚えはありません!」

 

 世界平和のために女神を復活させる物語の何処がギャグ世界なのだ。大切な人を救うために世界と戦う物語の何処がギャグだ。ティアラは突っ込む。

 

「まあまあ、そう堅苦しいこと言わないの。気楽に行こうよ。いっそのこと女神復活のこともぜーんぶ忘れちゃってさ」

「おう、それがいいな。そうするか」

『よしならば踊ろうではないか、イクササーイズ!』

「「おー!」」

 

 テーブルに置かれた『ラジカセ』から軽快な音楽が流れるとファングたちはその場で躍り始めた。イクササイズってなんだ。ティアラは困惑した。

 

「ええっ!? なにを言い出すんですか!? ちょっとおかしいですよ!」

「みんながこわれた」

「あ、キョーコちゃんはまともなんですね」

「みんながみんなふざけるとしゅうしゅうつかないからねー」

 

 もう既に収拾どころか取り返しがついていない。このままでは次回から全編アニメ版ギャラクシーエンジェルやミルキィホームズのようなストーリーを書いていかなければならない。何とか軌道修正出来ないものか。ティアラが困っていると助け船がやって来た。

 

「あれ、お前らどうしたんだ?」

「なんだか楽しそうですね」

 

 このカオスな空間に巧と果林が乱入した。掃除機を片手にした彼と窓拭きとバケツを持った果林は状況がいまいち把握出来ていないのか首を傾げている。ていうかこいつらいっつも理解出来ないことがあると首傾げてんな。他にリアクションないのかよ。

 

「ファングさんたちがおかしいんです。アリンさんとブレイズさんは訳の分からないことを口走りますし、ファングさんはいきなりあんな恥ずかしいことを・・・・・・!!!」

「あははは。ティアラ、かおまっかー」

「いいなあ、ティアラさんは」

 

 ティアラは先ほどまでの甘い一時を思い出し、顔を林檎のように真っ赤にした。あんな告白紛いなことをされれば誰だってそうなる。ましてや気になっている男の人からだ。赤くならない方がおかしい。

 

『変身ベルトを巻きなさーい!』

「「巻きなさぁぁぁぁい!」」

「おい、お前らどうしたんだ? 何やってんだよ?」

 

 ガールズトークに関わるなんて真っ平ごめんだ。巧は未だ暴走している三人に話しかける。彼らは訳の分からないエクササイズ的なサムシングをやっていた。

 

「見りゃ分かるだろ。イクササイズだ」

「いや分からねーよ。なんだよイクササイズって」

『黙れ! 貴様に名護啓介の何が分かる!?』

「分かるかよ!? だから何だって聞いてんだろ!?」

「知らないの、名護さんは最高なのよ!」

 

 知らねえよ。次から次へと出てくる固有名詞に巧は頭を痛める。どういうことだ。ブレイズまでおかしくなってしまうなんて。これはダメかもしれない。巧は疲れきった顔で戻ってきた。

 

「ダメだ、あいつらはもう完全に頭がおかしくなっちまった」

「見れば分かります」

 

 ごもっともだ。最初から頭がおかしくなっている。再確認しただけで何の現状の解決にもなっていない。どうしたものか。巧は腕を組んだ。

 

「どうする? もういっそのこと俺たちもあのノリに乗っかるか?」

「逆になりたいですか、あれに?」

「いや、無理だが」

「なりたくないです」

「ないです」

 

 ふざけるのやボケるのとは違う。あれは別次元の何かだ。文字通りギャグ世界的な。

 

「つーか、こんなこと前にもあったような・・・・・・」

「前にもあった時点でおかしいですよ」

「一度きりで十分ですわ」

「にどもけいけんしたらあたまおかしくなるよ」

 

 巧だって一度きりで十分である。というか一度でも嫌だ。とは言っても本当に見覚えがある光景なのである。軽快に流れた音楽と共に皆が突然踊り出したこの光景に。曲はまったく違うけど。そう、前回もあの変なラジカセから・・・・・・。

 

「あ・・・・・・。もしかして・・・・・・!」

「えっ? 何か分かったのですか、この現象について!?」

「いやもう全部把握した。これあのラジカセが原因だ」

「え、ラジカセ?」

 

 巧たちはラジカセに視線を向ける。彼の記憶が正しければあれは『ファイズサウンダー』だ。てれ◯くんで優秀賞に輝いたファイズの新兵器。流れる音楽は人間やオルフェノクの気分を高揚させる一種の麻薬的効果を持っている。ファングたちがおかしくなった原因はこれで間違いない。

 

「なに、これ?」

 

 いつの間にやら食堂に来ていたエフォールが興味深そうにファイズサウンダーを眺めていた。不味い、巧は嫌な予感がする。

 

「あ、エフォール触ん『ポチッとな』な!」

「ポチッとなって本当に言う人初めて見ました」

「流石はエフォール、あざといです」

「なんかおんがくかわったよ」

 

 ファイズサウンダーから流れる音楽が変わった。

 

「なんだかアイドルが歌いそうな曲調ですわ」

「あれ、この曲前にどっかで・・・・・・?」

 

 そうだ、思い出した。確かガルドたちとカラオケに行った時に果林が歌っていた歌がこんな曲調だったはず。巷で話題のアイドルソング。巧は彼女に視線を向ける。

 

「巧さん、いいえプロデューサーさん! 私、頑張ります!」

「ああ、初ライブ頑張れよ!」

 

 いつの間にやら白いアイドルの衣装に着替えた果林は黒いスーツを着た巧に励まされていた。

 

「果林とたっくんもこわれた」

「壊れてなんかない。こことは違うどこかの次元で俺はアイドルのプロデューサーをやってたんだ。そして果林もこことは違う次元でアイドルをやっていた」

「どんな次元ですか!?」

「だから中のひ『あ、それいじょうはまずいよ!』」

 

 危なかった。危うく触れてはならない一線を越えるところだった。本日一番のファインプレーだ。しかし、果林と巧までおかしくなった今、ティアラとキョーコの二人だけではどうしようもない。いっそ果林の前でサイリウムを振り回しているファングたちのようになれたらどれだけ楽か。

 

「ティアラ。ファイト、だよ」

「お願いだからこれ以上事態をややこしくしないでください」

「ごめんなさい」

 

 両手でガッツポーズをしたエフォールにティアラは頭を押さえる。

 

「どうです、プロデューサーさん? 私輝いてましたか?」

「ああ。凄く輝いてたぜ。正にシンデ『わー!わー!わー!』ガールだ!」

「あなたたちはいつまでアイドルとプロデューサーをやっているんですか!?」

 

 巧と果林は二人揃ってティアラに頭を叩かれた。

 

「は、俺は・・・・・・」

「・・・・・・何をしていたのでしょう?」

 

 本当に何をしていたのだろうか。いきなり歌い出したり、プロデューサーになったり訳が分からない。自分以外のナニかが取り憑いたのではないか。二人は冷や汗を流した。

 

「よーし、次は俺が歌うぞ!」

「イエーイ!」

「ならば選曲は俺に任せろ」

 

 ブレイズがラジカセのスイッチを押す。

 

「ねえ、ファングたちに何があったの?」

「むしろ私が聞きたいのですが」

「きっと悪いオバケに取り憑かれてしまったんですよ、エフォール」

 

 エフォールは困惑した目でファングたちを見つめる。マフラーは正義の証だのなんだのとどこぞの仮面ライダーを丸パクリした仮面ノ◯ダーのテーマソングをファングはノリノリで歌っていた。

 

「あの歌どこかで聞き覚えがあるのに歌詞が違うのですけど」

「違うのは歌詞だけじゃない。世代もだ」

 

 生で見ていた世代はもう三十代中盤に差し掛かっているだろう。録画で見ることしか出来ない世代からしたら羨ましい限りだ。

 

「流石にV2は版権が怖いからやめておくか。・・・・・・よし! 次はお前が歌えよ、ティアラ!」

「嫌です。というか版権ってなんですか?」

「版権は版権だ。うっかり触れちまえばそれは法に触れたのと同然の行為になる。お前も気を付けろよ」

 

 もう遅い。今日だけで何度触れたか分からない。

 

「いいかげんにしてよ! これぼうけんだからね!? らぶこめもぎゃぐもぜんぶいらないから!」

「いや、元から割りとこんなノリでしょ」

「そうだ。キョーコ、お前も一緒に踊ろうではないか。レッツダンシング!」

「あー、もういらいらするー!」

 

 両手で頭を押さえるキョーコの周りでアリンとブレイズが踊り出す。

 

「皆、大変だよ!」

「不味いことが起きた!」

 

 ハーラーとバハスがドアを勢いよく開けて飛び込んだ。一斉にファングたちの視線が彼女に向けられた。え、と二人は首を傾げる。

 

「大変なのはこっちだ!」

「・・・・・・どうしたの、皆?」

「お前さんらに何があった?」

「本当にどうしてしまったのでしょうね」

 

 ハーラーとバハスはこの混沌とした空気に困惑する。比較的ボケ側の彼女が一歩後ろに下がるほどに。

 

「それより大変だよ、オルフェノクが公園で暴れてる!」

「買い出しの帰りに見たんだ!」

「「な、なんだってー!?」」

「そのリアクションがなんなんですか!?」

「果林、突っ込んでる場合じゃねえ! 行くぞ!」

 

 ◇

 

 件のオルフェノクが暴れているという公園は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。・・・・・・色々な意味で。巧たちはポカンと口を開ける。

 

『ね、ね! お願い。先っちょだけだから使徒再生させてお願い。先っちょだけだからあああああ! お願いだからあああああ!』

「いやあああああ! お金あげるからやめてー!!」

 

 両手を突き出してロロを追いかけ回すオックスオルフェノク。今までで一番絵面がやばい。

 

「えーい! シーネ! シーネ!」

『ちょ、やめ。お願い、石投げないで』

「きゃははは!」

 

 子どもたちに囲まれて石を投げつけられているマンティスオルフェノク。むしろ怪人側に同情しそうだ。

 

『俺は所謂チンピラさ。てめえらを殺すのが大好きなチンピラだぁぁぁぁぁ!』

「ライダー助けて!」

 

 一人だけ真面目に人間を襲っているフロッグオルフェノク。真面目だから地味だ。

 

「つ、罪のない人々を傷つけるのは見過ごせないな!」

 

 巧はオックスオルフェノクとフロッグオルフェノクをバジンで轢き飛ばしていく。最近の日アサで放送したら間違いなく保護者の方々からクレームが来るだろう。それくらい勢いよく轢いていた。

 

「こら! 弱い者いじめをするんじゃない!」

「あ、見つかちまった。逃げるぞ、お前ら!」

 

 巧が怒鳴ると子どもたちは逃げていった。近所の悪ガキには困ったものだ。彼はため息を吐くとマンティスオルフェノクに手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

『しねぇぇぇぇ!』

「うおっ! 何すんだ!? 助けてやっただろ!」

『黙れ! お前も優しい人間のフリをして俺を殺すんだろ、偽善者がっ!』

「っ!?」

 

 助けてやったにも関わらずマンティスオルフェノクは巧に鎌を振り被った。彼は軽々と避ける。やはり人間とオルフェノクは分かり合うことが出来ないのか。差し伸べた手を拒絶されたことに巧は動揺する。こんなふざけた番外編にも関わらず彼は精神的に深いダメージを受けた。こんなふざけた番外編にも関わらず。

 

「仕方ありません、巧さん。こうなったらこっちも変身です!」

「ああ」

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧はファイズに変身した。

 

「頑張れ、たっくん!」

「いけー、たっくん!」

「たっくん言うな!」

 

 野次を飛ばすファングとアリンのコンビにファイズはため息を吐いた。

 

「って何を見ているのですか! あなた方も頑張るのですよ!?」

「えー」

「めんどくせえな。それより踊ろうぜ」

 

 いくら下級オルフェノクといえど流石に一度に三体を相手にするのは戦い慣れたファイズでも厳しい。正面のオックスオルフェノクに殴りかかれば他の二体から挟み撃ちを食らう。仲間の援護がなければ苦戦は必至だ。だがファングはやる気がないのか呑気に踊っている。1話前の彼とのあまりのギャップにティアラは絶句した。

 

「くそ、お前ら踊ってないで手伝えよ!」

 

────battle mode

 

『ピロロ!』

「助かった!」

「流石はバジンちゃんです!」

 

 袋叩きにあっているファイズをバジンが救う。機銃の掃射でオルフェノクを追い払った。流石はいつでも飛んで来る頼れる仲間だ。あまりに増えすぎたパーティの都合上やむなく登場の機会を減らされてるのがもったいなくなるくらいの活躍ぶり。それでも要所要所では必ず巧のピンチを救う献身的な姿は正にヒロインそのもの。この物語のヒロインはアリンでもティアラでも、ましてや果林でもない。バジンだ。間違いない。

 

「違う。ヒロインは、私」

「ん? エフォールちゃん、一体誰に話しているんだい?」

「・・・・・・なんでもない」

 

 エフォールは本当に誰に話しかけていたのだろうか。まったくもって理解不能だ。

 

「よし、そろそろ決めるか」

 

─────complete

 

 ファイズの装甲が展開され、スーツからエネルギーが溢れ出す。アクセルフォーム。草加から託された巧の新たな力。その力は絶大で十秒間だけ常人の千倍の速さで動けるようになり、高速戦闘を可能とする。中間フォームでありながら屈指の人気を誇り、こちらが最強フォームという人も少なくはない。

 

────start-up

 

 ファイズはファイズエッジを片手に高速の世界に突入する。彼を取り囲んでいたオルフェノクたちに次々と斬撃を浴びせていく。ガンガンドンドンズガガン。何故かアメコミのような演出が掛かり、攻撃をする度に謎の擬音が鳴る。こんなところまであの時の再現か。巧は苦笑を浮かべた。

 

「巧、これを使え!」

「ファイズサウンダーよ!」

「・・・・・・あー、使いたくねえ」

 

────ready

 

 ファングとアリンから投げ渡されたファイズサウンダーをファイズはオルフェノクたちに向けて構える。

 

────exceed charge

 

 ファイズサウンダーの二つの砲頭から赤い超音波が発射された。

 

『せ、せめてあの娘に先っちょだけ・・・・・・ガクッ』

『お、おれは悪いことしてないだろ・・・・・・ガクッ』

『良かった、フェンサーじゃなくてライダーに倒されて本当に良かった・・・・・・ガクッ』

「あれ、何かおかしくありませんか?」

 

 オルフェノクたちは捨て台詞を残すと昇天して崩れ落ちた。死んだのだろうか。魂が抜けたようにピクリとも動かない。いや、おかしい。普段と違って灰にならないオルフェノクを不思議そうにティアラは眺める。どういうことだ。彼女はオルフェノクと今まで戦ってきて色々と詳しい巧に視線を向ける。

 

「やったな!巧、イエーイ!」

「「イエーイ!」」

「イエイ☆」

 

 肝心の巧は皆に囲まれてノリノリでハイタッチを交わしていた。というか、これは本当に巧なのだろうか。いくら気分が高揚していても彼がこんなことをする姿はまったく想像出来ない。実は今、ティアラの目の前にいるファイズの中身は巧ではなくまったく別の誰かなのでは。だとしたらどのタイミングで入れ替わったんだ。

 

「ってここは何処ですか!?」

『ありがとう巧ー♪』

 

 気づけば白いタキシードに身を包んだファングたちが巧を讃えていた。ティアラを除いて。あの相対的常識人であるはずの巧もどこぞのハリウッド映画に出てくるサイボーグのコスプレをして踊っていた。

 

「み、みなさん本当にどうしてしまったんですかー!?」

 

 ティアラは今日何度目か分からない悲鳴を上げた。

 

 ◇

 

「んん・・・・・・夢?」

 

 ティアラはボーっと辺りを見渡す。巧と果林が掃除をしながらさっきのアイドルの鼻歌を歌っていた。

 

「うたた寝していたようですわね」

 

 ティアラはその場で両手をグッと伸ばすと彼女は身体に掛けられたファングのコートに気づく。風邪をひかないように暖めてくれていたのだろう。ティアラは薄く微笑む。

 

「よだれ垂らしてたぞ」

「た、垂らしてません!」

 

 意地悪な笑いを浮かべたファングにティアラはムッとした。

 

「なんかうなされてたみたいだけど」

『嫌な夢でも見たのか? そこに紅茶の入ったポットがあるから飲むと良い。心が落ち着くぞ』

『おかしもあるよー!』

 

 いつも通りの妖聖たちにティアラはホッとため息を吐いた。良かった、現実に帰って来れたのだと。

 

「・・・・・・私、夢の中で良いことを思いつきました」

「良いことって前フリで良いことだった試しはまずねえ」

「ふふ、夢の中のファングさんと同じことを言っていますわ」

 

 現実でも夢でもファングは変わらないな。ティアラは笑みを浮かべる。

 

「皆さんが本当に未来から来たなら、これから起きる事故や事件をご存知ですよね? それを世間の人に知らされば被害を未然に防ぐことが出来るのでありませんか?」

「・・・・・・お前空気読めよ」

「え?」

 

 呆れた目線のファングにティアラはドキリとした。もちろん胸の高鳴り的な意味ではなく緊張的な意味で。あまりに夢の中のファングと言動が似ている。もしやこれは正夢では。彼女は冷や汗を流した。

 

「俺たちがニュースの内容とかいちいち覚えてる訳ねえだろ」

「そっちですか!?」

「どっちだよ?」

「当たり前でしょ」

 

 よっぽどの大事件や大災害でもない限り半年間の出来事を覚えてる人間なんてそうそういない。

 

「もう。やっぱりファングさんはファングさんですわね。ブレイズさんは分かりませんか」

『すまない。俺も何度か自分の知り得た事件や事故と照らし合わせてみたが内容が変わっているのだ。盗賊の集団から救われた少女と老人の事件など、な』

『おじいさんとおんなのこがきられたんだよね、まえとちがって』

『ああ。だから参考にはならぬ。すまないな』

 

 ファングも何もやっていなかった訳ではない。フューリー探しをやらない暇な日はある程度事故や事件を未然に防いでいた。例えば街の人を襲ったモンスターを事前に倒しておく、など。だがその規模が大きくなればなるほど内容が変わったり、起きなくなったりでフェンサーである以外ただの人間である彼では対応することが出来なくなっていた。

 

「そうですか。・・・・・・それは残念です」

「お前が気にすることじゃねえよ。相変わらず真面目だな」

「・・・・・・真面目な私は嫌いですか?」

 

 この質問も夢の中でしたものだ。夢の中みたいに愛しているっていってくれないかな、ティアラは内心ドキドキしながら期待した。

 

「まあ嫌いじゃねえけど・・・・・・」

「なんですか、その含みのある言い方は」

「・・・・・・なんでもねえよ」

「だったら顔を上げてください」

「嫌だね。あ、こら! 覗き込むな!」

「え、何。見せなさいよ!」

 

 ファングとティアラ、アリンはその場で追いかけっこを始める。

 

「たく、あいつらは相変わらず騒がしいな」

「ふふ、そうですね」

 

 掃除の手を止め、巧と果林はその様子を眺める。過去に戻った最初の頃は内気だったティアラも今では前のように笑顔を見せるようになった。少しずつ前に進んでいるのだな。そう実感すると巧も自然と笑みを浮かべる。

 

「こんな日がいつまでも続けば良いんだけどな」

「そうですね。私もそう思います」

 

 皆で笑い合える当たり前の日々。それがどれだけ愛おしく、そして尊いものなのか巧はあの悲劇から痛感した。願うことならこんな毎日をずっと送っていきたい。今はここにいないガルドたちも一緒に。そしていつかは────

 

「────オルフェノクともこんな風に笑い合える日が来るといいですね」

 

 隣で呟く果林に巧は微笑を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 アイテムを入手した。

 

『ハリウッド風の革ジャン』

 

 アイテムを入手した。

 

『ファイズサウンダー』

 




やりすぎました、すいません。本家さえ越えなければ大丈夫だろ思考でふざけすぎた気がします。次回からシリアスが続くのでそれでプラスマイナスゼロにします

余談ですが入手したハリウッド風の革ジャンはたっくんの専用コスチュームです。これでフィールドを冒険する姿を想像して楽しんでください。ストーリー的には特に意味はありません。

ファイズサウンダーは宿屋に入ればファイズの曲が聞けるようになりました、的なアレです。同じく特に意味はありません


本当は北崎たちも参戦する予定でしたがボツにしました。


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新たな仲間 新たな敵

戦闘シーンはライダーとか牙狼を意識して書いています。特撮はイメージをパッと浮かべやすいのが魅力的です。


 時を戻せたなら。漫然と思う人間は少なくない。後悔先に立たず。済んでしまった過去は変えることが出来ない。誰かを失った、誰かを傷つけた、自分が傷ついた、伝えたかった想いが伝えられなかった。取り返しがつかないことが起きてしまった時。人は胸の奥底で願う。時を戻せたなら、と。

 

 もし、本当に時が戻り。

 

 剣と共に生きた彼を救うことが出来たなら。

 

 深き悲しみに包まれた彼女の心も救うことになるのだろうか。

 

 ◇

 

 ゼルウィンズの片隅にある住宅街。そこに彼はいた。北崎。人間であり、サイガであり、オルフェノクである少年。彼はある少女の家へと向かっていた。約束の時間には間に合わなかったな。北崎は空を見上げる。満月。爛々と満月が輝いていた。今日は月が綺麗だ。

 

 彼はその家の前で足を止めた。和風造りで木造建築の大きな家。洋風の家ばかりなこの世界では珍しい家だ。日本にいた頃を思い出す。北崎は懐かしい思いを感じた。その家に彼をを待ち望んでいる少女がいる。北崎は笑顔を浮かべると呼び鈴を鳴らした。はーい、と可愛らしい彼女の声が家の中から聞こえる。北崎はより笑みを深めた。

 

「北崎くん、遅いよ」

「エミリちゃん、ごめんね。思ったより仕事が長引いちゃった」

 

 エミリ。アポローネスの妹。前の世界では北崎と親密な仲だった少女。北崎はその彼女と本日家で食事を同席する約束をしていた。

 

「さ、上がって。夕飯作っておいたから」

「うん、ありがと。ちょうどお腹がすいてたんだー」

 

 一人暮らしをしているだけはある。エミリの料理の腕は相当のものだ。ちゃぶ台の上に並べられた和食のフルコースに北崎は目を輝かす。いただきます。彼は並べられた料理を口にする。

 

「うん、おいしいよ!」

「口に合わなかったらどうしようって思ってた。良かったー」

「こんなに美味しいなら僕何回でも食べれちゃうな」

「ふふ、お世辞でも嬉しいな」

 

 お世辞などではない。エミリにとっては初めてかもしれない。だが北崎は何度も彼女の料理を口にしていた。過去に戻る前に。

 

「・・・・・・あの日のことずっとお礼がしたかったんだ」

「ん?」

「私が初めて北崎くんと会った日のことだよ。悪い人たちから私を助けてくれたよね」

 

 北崎はエミリと初めて会った日のことを思い出す。サイガのベルトを盗もうとして逆に捕らえられた海東。彼を逃すために冴子と決別した後のことだ。行く宛もなく気ままに街をさ迷っていた北崎は不良に絡まれるエミリを見つけた。暇だったから、ちょっと好みのタイプだったから、暴れたかったから。理由は覚えていないが何の気まぐれか彼は不良を追い払いエミリを助けた。紆余曲折。様々な過程を踏まえた結果北崎はここにいる。

 

「お礼なんていらないよ」

「ううん。兄さんのお守りを作るために手伝ってくれたでしょ」

「そんなこともあったねえ」

 

 妖聖の花。どんな怪我でも一瞬にして治す万能傷薬の材料になる花。以前の世界ではその希少性に海東が盗もうとしてしたこともある貴重な花だ。それを採取するには危険なモンスターが群生するルドケー溶鉱炉に行かなければならない。北崎はこれまた偶々エミリに協力した。彼女の護衛を買って出たのだ。

 

「だから本当に北崎くんには感謝してるんだ」

「良いって良いって。代わりに就職先が見つかったからさ」

「私、ただドルファの名前を教えただけなんだけど」

 

 ドルファ総帥花形の懐刀。北崎がその立場にいるのは彼の能力所以だ。だがドルファの存在を知ったのはエミリが勧めてくれたから。もし彼女からドルファについて聞かされていなかったら。北崎はそのままエフォールのような裏稼業に手を出していたかもしれない。いや、気ままな彼は自分から就職先など探さない。間違いなくそうなっていただろう。

 

「それよりも僕が君に何かお礼をしたいんだ。何かない?」

「え、い、良いよ」

「遠慮しないでよ」

「でも・・・・・・」

 

 こういう所が過去に戻った弊害だな、北崎は苦笑する。前の世界ならお礼なんて気軽に出来たのに。この世界では二人は出会ったばかりで、何をするのにも気を使う。まだまだ互いの距離感が分からない頃だ。そうか、エミリとの関係もリセットされたのか。彼は少しだけ胸が苦しくなった。

 

「じゃあ約束して、北崎くん。これからもお腹が空いたらいつでも遊びに来て良いから・・・・・・お兄ちゃ────兄さんを守ってあげて」

「・・・・・・うん、任せて。約束するよ」

 

 エミリは世界がどう変わっても変わらないな。前の世界でも北崎に同じ約束を彼女はしている。もっともその約束は知っての通り守ることが出来なかったが。やはりエミリはアポローネスのことが大切なのだな。北崎は複雑な表情になる。

 

「北崎くん、泊まっていかなくて本当に大丈夫?」

「大丈夫、僕は最強だからね」

「なにそれ、ふふ」

 

 一緒に食事をしただけでもアポローネスは北崎に激怒するだろう。更に泊まったりすれば間違いなく死闘が起きる。

 

「アポローネスくんを守って、か」

 

 このまま歴史が繰り返されるのならアポローネスは間違いなく死ぬ。ローズオルフェノクすら容易く葬るファングに勝つことは不可能だ。最強である自分だって正面から戦えばただでは済まないだろう。もしあの時のようにアポローネスがファングと戦うなら間違いなく彼は負ける。ならどうすればアポローネスを救うことが出来る。どうすればエミリを悲しませないで済む。悩んだところで答えは出ない。だけど北崎は約束をした。してしまった。手段は選んでいられない。

 

「・・・・・・僕はエミリちゃんを絶対に幸せにしてみせる。そう約束したんだ」

 

 そのためなら何だってする。この手は既に汚れているのだから。

 

 

 ◇

 

「ファングさんは人間なんですか?」

 

 ある日の朝食時。いつものように遅起きのファングが一人朝食を食べているとティアラが言った。

 

「は? 何言ってんだ、お前?」

 

 あまりに唐突すぎる質問に呆れた目線を送る。知っての通りファングはフェンサーであること以外はただの人間だ。巧や北崎のようにオルフェノクでも、剣崎のようにアンデットでも、バーナードのように邪神の末裔でもない。正真正銘ただの人間。怪物に変身したりはしない。

 

「複数のフューリーと融合したり、謎の力に目覚めてフューリーフォームが進化する人なんて見たことがありませんわ」

 

 そんなに珍しいことなのだろうか。ファングは腕を組んで考えた。前者にはザンクというもう一人の例がある。だが後者は神に選ばれたファングにしか出来ないだろう。言われてみれば神に選ばれるという時点でおかしい気がする。ひょっとしたら本当に自分はただの人間ではないのかもしれない。

 

「あ、それ私も気になってたんだよね。ね、ファングくん。ちょっとお姉さんとイイコトしない?」

「断る。絶対に実験かなんかで俺をモルモットにするだろ」

「もるもっとですめばいいね」

 

 冷たい声のキョーコにファングは背筋が冷たくなる。そういえばハーラーに会ったその日からキョーコは彼女に弄ばれ続けていた。あんなことをされるなんてお断りだ。

 

「もしかしたら本当に勇者なんじゃねーか?」

「冗談はよせ。この男が勇者なら世界は滅びてしまうだろう。せいぜい愚者がお似合いだ、はっはっは」

「ブレイズ、後で覚えとけよ」

 

 勝手な言いようにファングは青筋を立てる。

 

「女神の一部であるあたしのパートナーなんだからファングにも何かがあるのは確かね」

「ファングに何があんだよ」

「そこまでは、まだわかんない。でもきっと何かがある。それだけは分かるわ」

 

 その何かとは一体なんなのだろう。二つの神に選ばれる人間に隠された秘密とは。考えるだけで頭が痛くなりそうだ。

 

「何か、ねえ。俺様は確かにイケメンで天才だがそれ以外はただの人間だぜ」

「は、バカでアホで食いしん坊のただの人間の間違いだろ」

「黙れ、猫舌たっくんのくせに」

「うるせーな! 猫舌で何がわりいんだよ!? なんか迷惑かけたか!」

 

 禁句を言われた巧は激怒する。ファングと彼は取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 

「お二人は放っておくとして。今日はどこに行きましょうか」

「そうですわね。ロロさんも最近はあまり情報が手に入らないようですし、またファングさんたちの記憶を頼りに探すしかないでしょう」

 

 二人を尻目にティアラたちは本日の予定について計画を始める。

 

「私、仲間になったの結構後だから分かんない」

「ちょっと待って、エフォール。今思い出すから。えっと、カダカス氷窟の次は確か・・・・・・キダナル地域ね」

 

 キダナル地域の戦いはあまり思い出したくはない。目の前で皮膚を突き破り、グナーダと化した人の姿は今でも忘れられない。ちょっとしたトラウマになっていた。アリンがオルフェノクを苦手とするのもその時の彼らの姿が脳裏を過るからだ。

 

「残念だけどあそこのフューリーはもう回収されているよ。多分、ドルファに先を越されたんだろうね」

「え、なんでハーラーがそんなこと知ってるの?」

「私は皆よりこの世界に早く着いているからね。色々情報は入っているよ」

 

 だったら最初から教えなさいよ。アリンは思わず突っ込む。

 

「いや、ごめんごめん。私は君たちが以前の世界ではキダナル地域に行っていたって知らなかったからさ。既に回収されたフューリーの場所はわざわざ教える必要なんてないかな、って思ったんだよ」

「相変わらずあんたはいい加減ね。危うく無駄足踏むとこだったわ」

「だからオレは話しとけと言ったんだ。反省しろ、ハーラー」

 

 もう少し互いの情報を再確認するべきかもしれない。特に皆より一足早くこの世界に来ているハーラーは耳寄りな情報を持っている可能性がある。

 

「ではハーラーさん。フューリーの情報について何か存じてませんか?」

「それなら一つ研究者の仲間から噂を小耳にしたよ。でも、これはファングくんにはあまりオススメしたくないんだよね」

「俺?」

「いててて!」

 

 ファングは関節技をかけていた腕を巧から離して目を丸くする。

 

「ザワザ平野にフューリーがあるんだって。どうやらあそこはまだフューリーを回収されてないらしいよ」

「・・・・・・ザワザ平野ってことは」

「うん、アポローネスが回収に向かっているらしい」

 

 アポローネス。ファングが殺した男。あの人を斬った生々しい感触は今でも残っている。前の世界では彼をこの手で殺したことで悲劇が生まれた。エミリ。アポローネスの死で一人の少女が深き悲しみに囚われた。『一生あなたを恨み続けます』あの時彼女がファングに投げ掛けた言葉は今でも呪いのように深く胸に刻み込まれている。ザワザ平野の戦いは徐々に失われていく過去の中でも決して忘れられないものだ。

 

「で、どうすんだ。行くのか、行かないのか。・・・・・・お前はまたアポローネスを斬れるのか?」

「行くに決まってんだろ。だがアポローネスは斬らねえ」

 

 え?とファングとティアラ以外の全員が目を見開く。

 

『・・・・・・どういう意味だ』

「俺はガルドの時みたいにアポローネスを仲間にするつもりだ。前みたいにアイツを斬っちまったら過去に戻った意味がねえ」

「む、無茶よ!? アイツが改心すると思う!?」

 

 ファングはポケットからエミリのお守りを取り出した。以前、彼からエミリについて聞かされていたアリンはあ、と目を丸くした。

 

「もうこれ以上誰かの涙は見たくねえ。俺の剣は人を守るためにあるんだ。殺すためじゃない。だから無理だろうとなんだろうと絶対に仲間にしてやる。力づくでもな。俺様がアイツの腐った信念を叩き直す」

『本当に出来ると思うのか』

「思いつきだ。保証はねえよ。でも、俺は運命と戦うって決めたんだ。どんな絶望的な運命もこの手で切り開いてやるよ」

 

 自分の師である剣崎だって人類の敵であるジョーカーアンデットと仲間に、友になれたのだ。こんなところで諦めたのでは剣崎に笑われてしまう。運命と戦って勝て。そう約束したばかりなのに早々に諦めてたまるか。ここで諦めているようではティアラを救える訳がないのだから。ファングの決心にアリンはフッと笑った。

 

「分かったわ。あんたを信じる。あたしはどこまでもついて行くわ」

「おう」

 

 ファングも笑った。

 

『もとより俺もお前についていく気だ』

『わたしもー!』

「状況はよく分からないのですけど、ファングさんならきっと出来ますわ」

「うん、ファングはファングだから。大丈夫」

「ええ。私たちを仲間にするくらいですから」

「少なくともザンクくんよりはアポローネスくんを仲間にする方が可能性は高いと思うよ」

「お前さんなら心配はないな」

「見せてくれよ。天才でイケメンでただの人間の意地ってヤツを」

 

 彼らもファングを信じる。何度も彼が苦難を乗り越えた姿を見てきたのだ。今さらファングを止めたりする者はここにはいない。

 

「よし、お前らザワザ平野に出発だ!」

「「おー!」」

 

 ◇

 

「着いたな。ちゃっちゃとアポローネスを仲間にしておっさんの手料理だ」

 

 ザワザ平野にファング一行はたどり着いた。今回は歴史に変化がなかったのだろうか。ここまでイレギュラーは起きていない。だが裏を返せばいつイレギュラーが起きてもおかしくない。ただでさえ歴史の通りに進んでもアポローネス、ザンク、北崎の三人と戦う可能性があるのだ。単純な戦力で考えればこのザワザ平野が一番凶悪である。気を引き締めなくてはならない。

 

「おう。なにが食いたいんだ?」

「どうすっかなあ。やっぱハンバーグかな。いやオムライスも捨てがたい」

「おいおい、ガキの食いもんじゃねえか。もっと作りがいのあるものにしろよ」

 

 ファングは意外と子供舌だ。バハスが苦笑する。

 

「キノコとチーズのリゾットが良いですわ」

「止めとけ、あんなべちょべちょして熱いもん。大人しく冷やし中華にしとけ」

「ただ単に乾さんが苦手なだけですよね」

 

 知っての通り巧は猫舌だ。熱々のリゾットなんて食べれる訳がない。ファングは意地悪く笑う。

 

「今回は兵士が襲ってこないな。エフォール、ヤツらの気配は感じるか?」

「分かんない。多分、大丈夫だと思う」

「お前が分からないなら仕方がないな。一先ずアポローネスの所に行こうぜ」

 

 歩き出したファングの後ろに巧たちは続く。

 

「でも、どうしてアポローネスを仲間にしようと思ったの? 別に殺さないだけなら仲間にする必要はないわよね」

「・・・・・・お前、覚えてないのか?」

「えっ?」

 

 ファングは目を丸くした。てっきりあの時の会話を覚えていたから真っ先に賛成したと思ったのだが。

 

「お前が言ったんだぞ。アポローネスは生きていれば誰かを殺し続ける。それを止めるには仲間にするしかないってな」

『そういえばそんなこともいってたね』

「あたしの言ってたこと覚えてくれてたの?」

 

 当たり前だ。ファングは頷く。パートナーであるアリンとの思い出を忘れるはずがなかった。

 

「へー」

 

 確かな信頼を感じ、少しだけアリンは機嫌をよくする。

 

「・・・・・・いない」

「どうしましたか、エフォール?」

 

 エフォールは周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「ザンクいないか探してた」

「あの時はシャルマンを追ってたんだろ。この世界ではガルドが斬られてねえからアイツがいる理由もないんじゃないか?」

「あ、そっか」

 

 そうなるとシャルマンとの合流は遅くなりそうだ。しかも彼は過去に戻って来れてるのかも分からない。下手をすればこの世界では仲間にならないかもしれない。巧は過去の変化に気づく。

 

「じゃあ、シャルマン様とはまだ会えないのね」

「いてもいなくても変わんねえよ。ほとんど期間限定の仲間だったろ。下手すればマリアノのがまだ顔を合わした数多いぞ」

『たしかに』

『一理ある』

「なによ、散々助けられた癖に」

 

 露骨にテンションが下がるアリンにファングは少しだけムッとした。

 

「誰なのですか、そのシャルマンさんという人は?」

「そっか。ティアラは覚えてないのか。えっとねえ、シャルマン様はそれはそれは見目麗しい愛と正義のフェンサーなの! 繊細で優しく、それでいて誰よりも強く・・・・・・その唇からは詩のように美しい言葉が、その指先からは美しい旋律が生まれる・・・・・・まさに乙女の理想。白馬の王子様よ!」

 

 シャルマンを知らないティアラにアリンは懇切丁寧に説明する。目を輝かして。

 

「け、アホらしい」

「要するにファングさんと真逆の人ということですね」

「そう! ファングとは大違いなの!」

「はいはい、もう聞き飽きたぜ。そういう台詞は」

 

 毎度毎度一々比較されてはたまったものではない。ファングはシャルマンとは異なる一人の人間だ。確かにシャルマンは絵に描いたような完璧超人かもしれない。だがファングにはファングで良いところがある。無論、アリンとてそれは重々理解している。だが言われているファングからしたらあまりいい気分にはならない。

 

「アリンもあんまりシャルマンに夢見ねえ方が良いぞ。ああいう一見完璧な優等生に限って何か企んでるパターンはよくあるからな」

「それ乾くんの経験則かい?」

「・・・・・・まあな」

 

 前の世界、ティアラが死ぬ前日。シャルマンは何かを彼女にしようとしていた。巧はそれを目撃している。人の本質を見るという指輪。仲間を疑いたくはないがそれがティアラの死に関係しているのではないかと巧は考えていた。

 

「別に夢なんて見てないわよ。・・・・・・それにあたしが好きなのは────だし」

「ん? アリン、今なんか言ったか?」

「なんでもないわよ!」

 

 アリンは仄かに顔を赤くする。

 

「さてここまで着いた訳だが。お前ら準備は出来てるか?」

 

 ザワザ平野の最深部に到達したファングは振り返る。今回はドルファの兵士と交戦していない。だがそれでも普段のダンジョンと同じく危険なモンスターが数多く生息するのは変わらない。まとめ役であるファングは皆の状態について把握しなくてはならない。一先ずモンスターのいない安全地帯で休憩をとる。

 

「もちろん、体力も魔力も回復させましたわ」

「私は平気。乾くん、大丈夫かい? 一人だけ生身でモンスターと戦ってるよね」

「俺は問題ねえよ、モンスターとはそんな戦ってねえし。今日は変身してないからな。それよりエフォールはどうなんだ? お前一番前に出てたろ」

「ううん、私も大丈夫」

 

 全員準備は万端だ。既にアポローネスと戦う覚悟は出来ている。

 

「よし、行くぞ」

 

 ファングたちは奥へと進む。その先にはやはり彼がいた。剣を構え、無言で佇むその姿はあの時と変わらない。

 

「アポローネス!」

「ほお。久しぶりだな、ファング」

 

 アポローネスはファングに剣を向けた。好敵手との思わぬ再会に彼はニヤリと笑う。突き刺さる強烈な殺気にファングは思わず両手を前に出す。

 

「待て待て待て待て! ちょっと待った!」

「どうした、怖じ気づいたか?」

「誰が怖じ気づくか! いいか良く聞け。お前はどうやってもこの俺には勝てない」

「なんだと?」

 

 目を見開いたアポローネスは不意打ち気味に斬撃を放った。ファングは難なくそれを受け止める。以前の彼ならこの一撃で倒れていたかもしれない。だが様々な強敵を撃破してきた今のファングなら受け止めることなど造作もなかった。あの濃密な数ヶ月間の経験は剣に全てを捧げたアポローネスをも上回る。

 

「・・・・・・絶対にな」

「ふむ、貴様の言っていることもあながち嘘でもなさそうだな」

「だろ。だから大人しく負けを認めろ。そして俺様の仲間になれ」

 

 実力の差は見せた。だがアポローネスは剣を下ろさない。

 

「仲間、だと? 断る。・・・・・・貴様にも剣士のプライドがあるなら分かるだろう。私がここで負けを認めると思うか?」

「思ってねえよ」

 

 ファングはブレイズの剣をアポローネスに放り投げた。彼は僅かに目を見開き、それを受け止める。ファングはキョーコの剣を抜いた。

 

「・・・・・・どういうつもりだ」

「あんたは剣士なんだろ。だったらフェンサーじゃなくて剣士として俺と戦え」

「なに?」

 

 今のファングはアポローネスより強い。だがそれはフェンサーとしてである。当たり前だ。あの強化されたフューリーフォームを使えば誰であろうと圧倒出来るだろう。それこそ勝てないのは神々という超越した次元の存在くらいだ。だがそれほど離れたアポローネスとの差も純粋な剣の実力ではまだ僅差の差しかない。どちらが上か分からない程の。

 

「ふ、面白い。だが後悔しても知らんぞ」

「後悔すんのはあんただ」

 

 二人は静かに剣を構えた。

 

「ファングさんは何を考えているんですか!?」

「知らねえよ!」

「ファング、勝てるよね?」

「きっとファングさんなら大丈夫ですよ」

 

 ティアラたちは自ら敗北のリスクを高めるファングに困惑していた。

 

「アリンちゃん、良かったの?」

「うん、あいつが勝つって信じてるから。だってファングはこのあたしのパートナーよ」

 

 アリンは二人の戦いを見守る。その顔に不安の色は一切なかった。

 

「いくぞ」

「来い!」

 

 ファングは剣を両手に駆け出す。対してアポローネスは静かに構える。迎え撃つ気だ。彼が間合いに入るとアポローネスは剣を横薙ぎに払う。ファングは垂直に剣を振り下ろした。力負け。垂直に振った方が力が強いにも関わらずファングはアポローネスに力負けした。大きく仰け反ったファングにアポローネスは剣を振る。不安定な耐性からその斬撃を辛うじて受け止めた彼は大きく弾き飛ばされる。ファングは地面に剣を突き刺して勢いを殺す。隙の出来た彼にダッシュで接近したアポローネスにファングは蹴りを放った。剣の腹で受け止められる。

 

(やっぱつええ!)

 

 びしびしと突き刺さる殺意にファングは冷や汗を流す。強者と戦うことは何度もあった。その中でも頂点に君臨する剣崎よりも今のアポローネスは強いかもしれない。無論、実力は数千年を生きている剣崎の方が上だ。だが彼は決して殺す気でファングと戦ったりはしない。あの時ですら剣崎には殺意がなかった。殺意の有無は戦いにおいて最も重要だ。実力はほぼ同等のはずのファングがアポローネスに圧倒されているのがその証明だ。彼はアポローネスを殺す気はない。だがアポローネスはファングを殺す気だ。その差は実力以上に大きい。

 

「本気を出せ。出さないと死ぬぞ」

 

 獰猛な笑みをアポローネスは浮かべる。彼は無数の斬撃を不規則なテンポで放つ。ロブスターオルフェノクの高速突きを受け止めるファングでも、タイミングが計れない攻撃を防御するのは難しい。確実に彼は追い込まれる。

 

「ファング!」

「待ちなさい!」

 

 思わず援護に入ろうとしたエフォールをアリンが止める。

 

「お願い。ファングを信じて・・・・・・!」

「アリン・・・・・・」

 

 パートナーであるアリンに止められては素直に諦めるしかない。エフォールはファングの勝利を彼女のように信じる。

 

「・・・・・・あんたはどうして剣の道を進んだ?」

「決まっているだろう。剣を極め、この理由のない悪意に満ちた世界から解放されるためだ」

「悪意、ね」

 

 二人の剣が交差する。体格の差でアポローネスが僅かにファングを押す。

 

「所詮この世は弱肉強食。強者が生き、弱者が虐げられる。絶え間なく続く闘争の輪廻から解放されるには強者になるしかない。全てを投げ捨ててもだ」

「ふざけるなよ! そこには何も残らねえだろ!」

 

 ファングは剣を蹴りで強引に押し込んだ。重心が掛かり、アポローネスは後退した。ファングは懐に潜り込むと彼に突きを放つ。アポローネスは剣をその手で掴むと矛先を真下に反らした。地面に剣が突き刺さり、無防備になったファングの腹に横払いの一撃が迫った。不味い。咄嗟に彼は剣を支点に飛び上がる。アポローネスの剣が空振る。だがそこで体勢が崩れるほど彼は未熟ではない。直ぐ様追撃の斬撃を放った。だがその攻撃が当たるよりも早くファングの無数の蹴りがアポローネスの顔面に直撃する。彼はこれに耐えきれず大きく転がる。

 

「あんたが強者になりたいのは守りたい家族がいるからだろ!?」

「・・・・・・何が言いたい。我が身内は剣のみだ」

「嘘をつくんじゃねえ! 悪意から解放させたいのだって自分じゃなくて家族なんだろ!?」

 

 立ち上がろうとしたアポローネスにファングは剣を振る。彼はそれを受け止めた。

 

「貴様に何が分かる・・・・・・!」

「分かるさ。俺だって色々な悪意を見てきた。嫌になるほど。辛くて辛くて嫌になって。叫びそうになった。故郷では怪物ってだけで恩人に石を投げた奴らがいた。守りたいと思った大切な人は誰かの悪意に傷つけられて俺の手の中で死んだ」

「・・・・・・!」

 

 自分よりも若い青年がそこまで過酷な経験をしてきたのか。アポローネスは驚愕する。

 

「だけどその大切な人と約束したんだ。運命を、世界を変えるって。だから俺は誰よりも強くなる。強くなってそいつを悪意から救いだす!」

「誰よりも、強く」

 

 何故自分が剣士になろうと思ったのか。アポローネスは思い出した。家族を、エミリを守るために剣士になったのだ。両親を亡くした兄妹が生きていくにはこの世界はあまりに過酷で、そして残酷なものだった。ちっぽけな少年だった当時のアポローネスが出来ることなど限られていた。活かせるものは剣の腕くらい。だが剣を使う仕事などまともなものではない。それがどうした。愛すべき妹のためなら汚れ仕事だろうと何だろうとやってやる。彼がドルファに忠誠を誓ったのはエミリを守るためだ。なのに一番大切なことを忘れていた。

 

「・・・・・・ファング。私の覚悟と信念を聞いてくれ」

「ああ、構わねえよ」

「私には妹がいる。とても可愛く料理上手で。将来は間違いなく美人になる自慢の妹。一度泣いてしまえばずっと泣き続ける泣き虫な妹。私の覚悟と信念は、そんな妹を守ることだ!」

 

 アポローネスの剣にファングは弾き飛ばされた。なんて力だ。まだ彼はこんな力を隠し持っていたのか。だがファングはニヤリと笑う。

 

「はは、面白くなってきたじゃねーか! よし、アポローネス! 俺の覚悟と信念も聞け!」

「良いだろう」

「世界を敵に回しても守りたいと思った人がいる。かけがえのないパートナーがいる。一緒に悲劇を変えるために戦う仲間がいる。俺の信念は、覚悟はそいつらのために運命も未来も変えることだ!」

 

 二人の激しい打ち合いが始まる。ファングが首を狙った斬撃を放てば、それを避けたアポローネスは心臓を狙って突きを放つ。後ろに跳んで回避し、隙の出来たファングにアポローネスは剣を振り下ろした。ファングはそれを難なく受け止める。アポローネスの剣を弾くとファングは横薙ぎに剣を払う。回避が間に合わずアポローネスの右腕から血が流れた。

 

『ちょっと! ファング!?』

『貴様、本気か!?』

 

 先ほどまでとはうって変わってファングの攻撃には殺意が籠っていた。まさかアポローネスを殺す気か。二人の武器として使われている妖聖は驚愕する。

 

「ああ、こいつには俺の本気を出したくなった!」

「隙あり!」

「あ、汚ねえぞ!」

 

 不意打ち。ブレイズたちとの会話に気を取られたファングにアポローネスの剣が迫る。彼は慌てて顔を反らす。だが回避が間に合わず、僅かに頬が切れる。鮮血が舞う。

 

「きゃあ!」

 

 飛び散る鮮血にティアラが口を押さえて悲鳴を上げる。

 

「おいおい、丸く収まったと思ったのになんでアイツら本気で殺しあってんだよ」

「でも、なんだかファングくん」

「楽しそうですね」

 

 先ほどまで鬼気迫る表情で戦っていたファング。だが今は生き生きとしている。それはアポローネスもだ。今の彼はとても穏やかな顔で戦っている。

 

「ちょっとファング! 負けたら承知しないわよ!」

「頑張れ、ファング!」

 

 アリンとエフォールの声援にファングは力強く頷く。

 

「ふ、貴様には良い仲間がいるようだな」

「あんたにも良い仲間はいるだろ。マリアノに北崎、それにザンク。全員良い仲間だろ?」

「・・・・・・ああ!」

 

 ファングとアポローネスの戦いは終わりへと近づいていた。互いに疲労が重なり、肩で息をしている。これ以上戦闘を続けるのは厳しそうだ。二人は静かに剣を構える。

 

「次の一撃で終わりにしようぜ」

「良いだろう。我が魂の全てをこの一撃に込める」

 

 ファングとアポローネスは互いに向かって駆け出す。

 

「ファングさん、勝って!」

 

 ────勝ちなさい、ファングさん!

 

 目の前にいるティアラと胸の内から聞こえる彼女の声援にファングは笑みを浮かべた。アポローネスは目を開く。彼の背後に一人の少女が見えた気がしたからだ。

 

「ウェェェェイ!」

「ハァァァァァ!」

 

 ファングとアポローネスが交差する。────一閃。

 

「ぐっ!」

 

 ファングの肩から大量の血が流れる。彼は片膝をつく。

 

「ファング! 大丈夫か!?」

「嘘! ファングが、負けた?」

「そんな・・・・・・!?」

「違う、ファングの勝ち」

 

 満身創痍になったファングに巧たちは駆け寄る。誰もが彼の敗北をイメージする中、ただ一人エフォールだけはファングの勝利を確信していた。この中ではフェンサーとしての実力がずば抜けている彼女だけが二人の決着をきちんと見極めることが出来た。エフォールの言葉に巧たちの視線がアポローネスに向く。だが彼は無傷のように見える。いや、ファングが無傷になるようにしたのだ。

 

「ふ、峰打ちか。・・・・・・見事だ。私の、負けだ」

 

 アポローネスは静かに崩れ落ちた。

 

 ◇

 

「起きろ、アポローネス」

 

 頭に響く声にアポローネスは静かに目を開く。

 

「う、うう。そうか、私は負けたのか」

 

 完敗だ。殺意を出していたのは結局アポローネスだけでファングは彼を生かすことしか考えていない。にも関わらずアポローネスは負けた。実力差を認めるしかない。自分はファングに勝つことは出来ないと。彼は周囲を見渡す。ファングたちが目の前にいた。

 

「まだ身体は痛みますか? 治療は施したのですけど」

「・・・・・・殺せ」

「え?」

 

 せっかく傷を治したのにいきなりそんなことを言われたティアラは目を見開く。

 

「全てを投げ捨てても貴様に負けた。全てを取り戻しても貴様に負けた。私の剣士としての誇りは殺されたも同然だ。だから殺してくれ」

「お前、まさか記憶が・・・・・・!?」

「ああ。どういう訳か比喩ではなくこの世界は輪廻の中にあるようだな」

 

 過去の記憶を取り戻したアポローネスにファングは驚く。

 

「だったら何でまた死のうなんて言うんだよ!?」

「二度も情けをかけられた。こんな屈辱は初めてだ」

「は、二度? 俺はあんたを一度殺したはずだぞ」

「あの時も貴様は私に情けをかけた。気づいていないのだろうがな」

 

 アポローネスは死の間際について語った。

 

「・・・・・・だからって直接的な原因は俺だろ」

「だが死の原因は私が無茶なフューリーフォームを使ったことだ。貴様に殺された訳ではない。さあ、今度こそ私を殺すのだ」

「あんた頭固いのよ! 誇りだのなんだの。あんたが死んで喜ぶ奴なんて誰もいないっていい加減気づきなさいよ!」

 

 アリンは剣士ではない。だからこうして口を出すのは間違っているのかもしれない。でもアポローネスのことを大切に思っている家族がいるのに誇りのために死ぬなんて間違っている。家族と誇り、どちらが大切なのか。そんなの家族に決まっている。

 

「黙れ! 私は多くの人間をこの手で殺した。数えきれない恨みを背負ったこの私が輝かしい未来の待っているあの娘の元に帰れるはずがないだろう!?」

「アポローネス・・・・・・」

「さあ、殺せ。私は自分の命を持ってしてこの闘争の輪廻を終わらせる」

 

 アポローネスは本当にエミリを忘れていた訳ではなかった。会わす顔がないから。復讐の連鎖に彼女を巻き込む訳にはいかないから。だからエミリのことを忘れようと自分に言い聞かせていたのだ。

 

 

 

 

「────その覚悟、見事だよ」

 

 ファングはその男の登場に目を見開く。そうだ。確かに過去の変化でザンクはザワザ平野に来なくなった。だが彼はいてもおかしくない。この頃の彼は願いを叶えるためにフューリーを集めているのだから。

 

「シャルマン!」

 

 シャルマン。ファングのかつての仲間。思わぬ形で彼が登場したことにファングたちは皆、驚く。唯一ティアラの死の現場にいなかった彼は自分たちのように記憶が残っているのだろうか。どこか様子が変だ。

 

「君、死にたいんだってね」

「おい、やめろ。お前、何を考えてる」

 

 剣を構え、幽鬼のように近づくシャルマンにファングは困惑する。

 

「決まっているじゃないですか。僕が彼の魂を救ってあげるんですよ」

「っ! シャルマンを止めろ!」

「分かった・・・・・・!」

 

 異様な雰囲気で接近するシャルマンをエフォールが止めに入る。彼女の鎌がシャルマンに迫る。止まらなければ当たる。誰もがそう確信したが────

 

『You look in silence(あんたは黙って見ていな)』

 

 ────突如現れたオルフェノクの槍がその一撃を止めた。獅子を彷彿とさせるその者の名は────ライオンオルフェノク。とある世界で獅子の名を持つ男が変身したオルフェノクだ。

 

「きゃあ!」

 

 エフォールはライオンオルフェノクの槍に吹き飛ばされた。

 

「エフォール!」

 

────555

 

────standing by

 

『させないわ』

「お前はっ! ぐっ!?」

 

 変身しようとした巧をロブスターオルフェノクが殴り飛ばした。

 

「巧、エフォール!」

『シャルマン様、どうしてオルフェノクなんかと組んでるの!?』

「・・・・・・何を企んでやがる」

 

 ファングは剣を構える。目の前にいるシャルマン・・・・・・敵を見据えて。

 

「何も企んでなんていないさ。彼はこの世界にとって害悪なんだ。だから排除するまでさ」

「・・・・・・それを裁く権利は俺たちにはねえだろ!」

「あるんだよ、この僕にはね。この世から悪に染まった欠陥品を全て排除し、清らかな世界にする使命が。彼らはその使命に賛同してくれた協力者だ」

「な、なんて傲慢な人」

 

 ティアラは初めて会うシャルマンの異常さに恐怖する。確かに彼女にも悪を許せぬ心はある。だが悪に染まった人にだってやり直すチャンスがあるのだ。エフォールやアポローネスのように。勝手な正義感で悪人を殺す権利は人間にはない。罪を憎んで人を憎まず。それがティアラの信条だ。だがシャルマンは彼女とはまるで逆だった。悪であるなら即殺す。どうやったらそんな思考になるのかさっぱり分からない。

 

「そんな悲しいことを言わないでください。僕が甘さを捨てられたのはあなたのおかげなんですよ、ティアラさん」

「・・・・・・?」

「僕はもう何にも惑わされない。僕から家族を奪った邪神を・・・・・・悪を、僕は決して許さない」

「まさか、お前がティアラを!?」

 

 殺したのか。ファングはシャルマンに斬りかかる。気になることは山ほどある。だが話しは一先ず彼を無力化させてからだ。だがファングの剣もまた誰かに阻まれた。

 

『おっと俺たちの大将をやらせる訳にはいかねえよなあ?』

「くそ、邪魔すんじゃねえ!」

 

 バットオルフェノク。彼の二つの鎌がファングの剣を止めていた。ファイズと二人の上級オルフェノクを圧倒した隠れた実力者を前に流石のファングも迂闊に動くことが出来ない。

 

「アポローネス、逃げろ! ソイツは本気でお前を殺す気だ!」

「・・・・・・ふ」

「アポローネス!?」

 

 シャルマンの剣の切っ先がアポローネスに向けられる。だが彼は静かに死の運命を受け入れようとしていた。

 

「何か言い残したことはありますか?」

「エミリ、幸せになってくれ」

「伝えておきましょう。あなたの妹に罪はない」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 シャルマンの凶刃がアポローネスに振り下ろされた。

 

 

 

 

 

『────だーかーらー、それは自分で伝えなよ』

 

 だがアポローネスにその凶刃が届くことはなかった。

 

『ファングくん、これで貸し二つ目だからね』

 

 ドラゴンオルフェノク。北崎。彼がアポローネスを凶刃から守っていた。ドラゴンオルフェノクはその巨大な爪でシャルマンを弾き飛ばす。更に龍人態と化した彼はファング、巧、エフォールと交戦していた三体のオルフェノクをまとめて殴り飛ばした。

 

「きた、ざき?」

『助けに来たよ、アポローネスくん』

 

 オルフェノクになった北崎はどんな顔を浮かべているのか分からない。だがアポローネスは北崎が微笑んでいるように見えた。

 

『It is the advent of the powerful enemy(強敵のご登場だ)』

『ち、上級オルフェノクか。どうする、大将?』

 

 ライオンオルフェノクとバットオルフェノクはシャルマンへ視線を向ける。

 

「少し分が悪いですね。仕方ありません。今日のところは退きましょう」

『じゃあね、乾巧。次会う時があなたの最後よ』

「待て!」

「よせ、巧! 深追いするんじゃない!」

 

 シャルマンたちを逃さんと飛びかかろうとする巧。だが相手の力量を大雑把に判断したファングが慌てて止める。彼らはファングたちの眼前で消えた。恐らくダンジョンエスケープという瞬間移動の魔法を使ったのだろう。何処へ逃げたのか、後追いは出来そうにない。ファングは内心舌打ちする。

 

「何故だ、何故私を助けた? あの男の言う通りだ。私は排除されるべき欠陥品なのだ!」

「・・・・・・エミリちゃんに頼まれたからだよ」

「なん、だと」

 

 アポローネスは目を見開く。

 

「君を絶対に守るって僕はエミリちゃんと約束したんだ」

 

 あの時は守れなかった約束。北崎はその約束を今果たした。

 

「エミリは自分を捨てた私を恨んでいないのか?」

「恨む訳ないだろ!? あんたがエミリを大事に思うようにエミリもあんたを大事に思っているに決まってんだろ!」

 

 目を丸くするアポローネスの手にファングはエミリのお守りを乗せた。

 

「これは・・・・・・」

「そのお守りはエミリがあんたに作ったものだ。中にはどんな怪我でも治る傷薬が入ってる。怪我してばっかのあんたを心配に思ってんだよ」

「エミリちゃんはわざわざ危険なルドケー溶鉱炉に行って薬を作ったんだ。君のためにね」

 

 ファングと北崎。エミリと深い縁のある二人は彼女がどんな思いでこのお守りを作ったのか知っている。

 

「あんたが死んだらエミリは一生悲しみに包まれることになるんだ。それで良いのか!?」

「・・・・・・それは」

「アポローネスくんが良くても僕が許さないよ。僕はエミリちゃんを幸せにする、悲しみのない世界に連れていくって誓ったんだ。君が死ねばエミリちゃんは絶対に幸せになることが出来ないよ。だから死ぬなんて絶対に許さない」

 

 アポローネスは目を閉じる。桜の木の下で笑みを浮かべるエミリを思い浮かべる。彼女は自分と一緒に花見をするのが大好きだった。もう長らく一緒に花見に行っていない。いつか、また行ければ良いな。アポローネスは思った。彼は目を開くとうっすら笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・北崎、私はあのオルフェノクどもを追う。今日限りでドルファを抜けさせてもらう旨を社長に伝えてくれ」

「アポローネスくん・・・・・・! うん、分かったよ!」

 

 アポローネスはファングに手を差し出す。

 

「目付け役にでもなってやろう」

「へ! 返事がおせーんだよ」

「や、やったー!」

 

 ファングがアポローネスの手を掴むとアリンは両手を上げて大喜びした。他のメンバーもアリンほど大きなリアクションはとらないが皆笑顔を浮かべている。

 

「おいおい、今日仲間になったばかりの奴がお目付け役とか調子に乗るなよ。まずは下っ端からだ。アポローネス、まずはお茶入れろ」

「俺と果林のお茶は温めので頼むぜ」

「貴様らには年功序列という言葉を教えてやろう」

 

 ファングと巧に拳骨が落ちる。二人は激しい痛みに悶絶する。

 

「阿保どもめ。・・・・・・こんなリーダーだからお前のような目付け役がいるととても頼りになる。これからよろしく頼む」

「私からもよろしくお願いしますね。アポローネスさんは私やファングさんより年上でブレイズさんやバハスさんのように頼りになりそうですわ」

「後で歓迎会してやるから楽しみにしとけ。オレのメシは美味いぞ!」

 

 頭を下げる三人の常識人にアポローネスは安心する。

 

「あれ、私も年上だよ?」

「ハーラーは、残念だから」

「それにちょっと変態ですから」

「ちょっとじゃなくてただのへんたい」

「ちょっとエフォールちゃんに果林ちゃん、キョーコちゃんも年功序列って言葉覚えた方が良くない?」

 

 後でセクハラしてやる。ハーラーは心の中で涎を流した。

 

「まあ、よろしくね。年が近いもの同士仲良くしよう、アポローネスくん」

「・・・・・・! ハーラーという女人。そなたは私に近づかないでもらいたい。煩悩が刺激される」

「はい?」

 

 顔を赤くするアポローネスにハーラーは首を傾げる。彼は軽く咳払いすると北崎に視線を向けた。

 

「・・・・・・北崎、貴様にもう一度頼みたいことがある」

「エミリちゃんのこと、だよね」

「ああ、エミリを頼む。あの娘は『良い女になる、だよね』・・・・・・その通りだ」

 

 約束。あの時と同じ約束をアポローネスは北崎と交わす。だが少しだけその約束には変化がある。

 

「一つだけ訂正しておく。エミリはお前に、いや誰にもくれてやらん。私の目が黒い内はな」

「えー、残念だな」

「ふふ、はは」

 

 肩を落とす北崎にアポローネスは笑う。

 

「さて、そろそろ帰るか。さっさと宿に戻って歓迎会だ」

「北崎、また助けられちまったな。この借りは必ず返す。・・・・・・ファングがな」

「俺かよ」

「ふふ、期待してるよ」

 

 北崎はファングたちを見送った。一人残された彼は少しだけ物寂しい思いになる。そうだ。またエミリの家に行こう。アポローネスのことを彼女に教えなければならないのだから。別に寂しいから行く訳ではない。北崎は自分にそう言い聞かせた。

 

「・・・・・・いつでもご飯を食べに来て良いって言ってたよね、エミリちゃん」

 




ようやく村上以外の幹部クラスを登場させることが出来ました。バットオルフェノク、そして『英語を話す』ライオンオルフェノクです。彼らが今後どう物語に絡むのかお楽しみください。

ここからは本編に沿いながらもオリジナル要素満載なので今後の展開を少しだけ予告します。三、四話分くらいの予告になるのでネタバレが苦手な人は気をつけてください

Open Your Eyes For The Next Φs

『何でこの俺が畑仕事なんてやってるんだァ!?』
『Sランク妖聖? なんや、それ?』
『HEN-SHIN!』
『くそ、ベルトを奪われた!』
『あなたの願いを叶えます』
『俺、人間に戻っちまったのか?』
『見て見て、ワンちゃん拾った!』
『元の場所に戻してきなさい、エフォール!』
『お前のためならこの命、刃と化そう!』
『折れたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
『やってみるさ、俺に何が出来るか分からないけど』

『人間とかオルフェノクとかじゃない! 俺は俺だから皆を守るために戦うんだ! 変身!』

────awakening

実質この数話は夏映画的ノリで進むと思います。楽しみにしていてください


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奪われた力

何とか一週間以内に投稿出来ました。

今回から555らしい実に爽やかなストーリーが幕を開けます。


「な、なに! アポローネスがドルファを抜ける!?」

「うん。退職金は妹のエミリちゃんの口座に振り込んどいてって言ってたよ」

 

 アポローネスの離脱は花形に大きな衝撃を与えた。北崎と違って過去の記憶を有していない彼は事情がまったく分からない。特に忠誠心を誓っていたはずのアポローネスが裏切ったことに驚かずにはいられないのだろう。予期せぬ事態だ。彼は頭を押さえ唸っている。普段の豪胆な姿が嘘のように余裕が・・・・・・。

 

「困った。三人ではドルファ四天王ではなくなってしまうではないか。どうする。追加で人員を増やすべきか?」

 

 意外と余裕はありそうだ。

 

「それは今考える時ではないです、社長。最悪バーナードを四天王に降格してバランスを取れば良いだけです」

「なるほど」

「パイガ、それは本気か? それとも冗談か?」

「ひ、ひい!」

 

 笑い半分で提案したパイガの首にバーナードは剣を突きつける。

 

「ガルドを四天王に加えるというのはどうだ? 実力も十分で貴重な回復魔法を使える。アポローネスや北崎に並んで女性社員からの人気も高い。四天王になればドルファ社特製フェンサーブロマイドの売上も向上するだろう。何よりこのドルファに所属するフェンサーの中でも一番性格が良いのが魅力だ」

「あら? 社長、私を忘れているのではなくて」

「う、うむ。訂正しよう。ガルドはマリアノに次いで二番目に性格が良いのが魅力だ」

 

 黒いオーラを放つマリアノに花形は冷や汗を流す。今日はいつもの定例会議よりも賑やかだな。北崎は笑みを浮かべる。

 

「あれ、そういえばザンクくんは?」

 

 いつもは必ずいるはずの男がいない。基本的に戦闘以外で働かないザンクは四天王で一番の暇人だ。他のメンバーが欠席する時でも彼だけは必ず出席している。その彼がいない。さっきから感じていた違和感はこれか。北崎は納得した。

 

「奴ならソルオール村のフューリーの回収に向かっているぞ」

「あれ、それって一週間くらい前じゃなかったけ。ザンクくん、遅くない?」

「言われてみれば・・・・・・」

 

 四天王のザンクにしては仕事が遅い。性格に難があるが腕は確かな男がこれほどまでに帰還が遅れるとはよっぽどフューリー捜索に難航しているのだろうか。

 

「パイガ、後で確認に向かってくれ。連絡が途絶えている訳ではないがもしものこともある。その時はお前がフューリーを回収しろ」

「了解しました!」

 

 このあとパイガはソルオール村にてザンクのありえない行動に爆笑することになる。

 

「しかし、本当にアポローネスの後釜に誰を当てるべきか悩ましいな」

「それなら私、一つ良い案があります」

「言ってみろ」

 

 マリアノが手を上げる。

 

「立食パーティーを開いてください。運が良ければアポローネスを凌ぐ人材が手に入ります」

 

 ◇

 

「おっさんの飯はやっぱうめえな!」

「ほんっとさいこー!」

 

 向日葵荘の食堂。ここでアポローネスの歓迎会が行われていた。ファングたちはグツグツと煮立った鍋に舌鼓を打つ。

 

「また鍋か・・・・・・」

「熱そうですね・・・・・・」

 

 約二名を除いて。バハスにはご馳走と言えば鍋という固定観念でもあるのだろうか。エフォールの時といい狙い済ましたかのように猫舌の二人が苦手な物をピンポイントでチョイスするのは悪意しか感じられない。

 

「すまんな、余っていた材料から作るなら鍋が一番良かったんだ。許してくれ。後でデザートにかき氷作ってやるからよ」

 

 もっともバハスは悪意など抱いてないのだが。

 

「こうして誰かと食事をし、酒を飲み交わすのは久しぶりだ」

 

 アポローネスは感慨深そうに言う。エミリと離れてひとり暮らしを始めてからは基本的に孤独だった。上司であるバーナードは高い店しか選ばないから論外、パイガは延々と暴走気味の部下の愚痴を言い聞かされて辟易するから面倒、ザンクとは馬が合わないからそもそも誘うことがない。マリアノ以外の同僚と食事や酒飲みをするのは本当に久しぶりだった。

 

「お前、やっぱ友達少ないんだな」

「この身は剣となると誓ったのだ。友など必要ない」

「・・・・・・あんた、それでなんでも通用すると思ってない?」

 

 剣を言い訳に使うアポローネスにアリンは呆れた表情を浮かべる。

 

「黙れ。そもそも貴様らには友がいるのか?」

 

 ムッとしてアポローネスは反論した。友達が少ないと言われたのは意外とショックだったようだ。

 

「俺はいたのかもわかんねえな。記憶ねえし。まあ、でも『親友』はいたと思う」

「私、全然いない」

「エフォールは仕方ないでしょ。ファングは、たくさんいるわよね。多分」

「ああ。危険な遊びしたり、危険ないたずらしたりでしょっちゅう親父や先生に拳骨くらってたよ」

 

 大人に説教される子どもの頃のファングの姿は容易に想像がつく。

 

「ハーラーはどうなの?」

「私は友達自体は多かったよ。趣味が合う子たちで集まってたから」

「・・・・・・あんたの友達とだけは会いたくないわね」

『うん、せくはらされそう』

『同意』

 

 ハーラーそっくりの友人たちを頭に浮かべ、妖聖組は身震いした。

 

「となると後は」

「ティアラ、ね」

「・・・・・・!」

 

 視線を向けられたティアラは肩をギクッと震わせる。

 

「ゆ、友人はいませんでしたわ。皆から真面目と思われていてファングさんのように遊びやいたずらには誘われなくて、私自身内気だったので・・・・・・」

「で、でも一人くらいはいたわよね?」

「いえ・・・・・・。引っ越しに引っ越しを重ねていたので」

 

 和やかだった空気が一瞬にして凍りつく。暗い顔でテーブルを見つめるティアラにファングたちは気まずくなる。ファングはアポローネスに視線を向ける。お前のせいだろ、と言いたいようだ。彼は目を反らした。だから友達少ねえんだよ、ファングは内心毒づく。

 

「ティアラ。私、ティアラの友達」

「エフォールさん・・・・・・」

 

 ティアラにエフォールは抱きつく。前の世界で彼女にしてもらったように。エフォールはティアラに誰かを愛するということを教えてもらった。今度は彼女が教える番だ。

 

「そうです。昔は昔、今は今です。私もティアラさんのお友達です。巧さんもそうですよね!」

「ま、まあな。前の世界から俺達はダチだ」

「あたしもあたしも。・・・・・・だからそんな悲しくなんないでよ。あたしたちも悲しくなっちゃうからさ」

「皆さん・・・・・・ありがとうございます」

 

 仲間に、友達に囲まれてティアラは笑顔を浮かべた。

 

「なんか一件落着したみたいだな」

「うん。良かった、良かった」

『アポローネス、はんせいしなよ』

「元を正せばファングが原因だろう」

 

 どっちもどっちだ。

 

「それにしてもシャルマンの奴に何があったんだろうな」

 

 向かい合って盛り上がっているティアラたちに聞こえないようにファングは言った。酒を出す関係上成人と未成年とで分かれているので向かい合った彼らには聞こえないだろう。ハーラーとバハス、アポローネスは箸を置いて腕を組む。特にハーラーとバハスは難しい顔をしていた。やはりあのシャルマンは二人にとっても衝撃だったようだ。

 

「うーん、なんか気持ち悪くなってたよね。口振りからしてシャルマンくんも一緒に過去へ戻ってきたみたいだけど・・・・・・」

「何があったらあんな風に豹変するんだ? ハーラーが真人間になるくらいの変化だ」

「ちょっとそれ酷くない? ・・・・・・とにかく過去に戻る前に何かがあったんだよ。あんな変化をする何かがね」

 

 しかし、その何かとは一体。元から悪を許せないという思考はシャルマンにはあった。だが危うさこそあれど一応一貫した正義感があったはずだ。何があればそれがあそこまで変化するのか。原因が分からない。

 

「あれが奴の本性。いや、それで片付けられたら苦労しないか。剣に全てを捧げてきた私から見ても奴は異質。悪を排除すると言いながらも悪に手を染める人間など見たことがない。独善的で独創的な正義感を持った男だ。同じ人間とは思えん」

『人間とは思えん、か。・・・・・・あるいは奴はもう人間ではないのかもしれん。ただの人間にオルフェノクが手を貸すとは思えん。奴自身がオルフェノクになったと考えるべきか、もしくは』

「利用出来る何かがシャルマンにあるのか。それは分からねえ。けどどっちにしてもアイツは俺達の敵に回った。もし、また戦うことになるなら俺がアイツのネジ曲がった根性を叩き直すだけだ」

 

 シャルマンには聞きたいことが山ほどある。ティアラを殺したのは彼なのか。何故オルフェノクと手を組んでいるのか。そしてオルフェノクと手を組んで何をする気なのか。アポローネスを殺す気ならこれから何度もシャルマンたちと交戦することになるだろう。

 

「なら取り巻きのオルフェノクのことは俺に任せろ」

「聞いてたのか、巧?」

「あん中に一人いるのは性に合わねえよ」

 

 確かに女性陣の中に一人巧がいるのは中々にシュールだ。元から一匹狼の性質のある彼は居心地が悪くなってこっちに来たのだろう。

 

「お前なあ。何度も言うけど一人で戦おうとするなよ。もっと仲間を頼れよ」

「普段一人で戦ってる奴には言われたくねえな」

「・・・・・・お、俺は良いんだよ。そ、そのリーダーだからな!」

 

 痛い所を突かれたな。ファングは頭の後ろを掻く。

 

「お前の言いてえことは分かってる。だがな、奴らがこうして敵として現れたのは俺が元々いた世界で奴らをきっと取り逃がしたからだ。俺に責任がある。だから俺が奴らを倒すんだ」

「・・・・・・お前の覚悟はよく分かった。だけどお前には俺たちがいることを忘れるなよ」

「それも分かってる」

 

 ファングと巧は笑い合った。

 

 ◇

 

 翌日。

 

「ロロ、いるかー?」

 

 ファングたちはいつもの広場を訪れていた。度重なる過去の変化によってこれまでの記憶が参考にならなくなりつつある。シャルマンがオルフェノクと手を組み、敵に回った今では不確かな情報を頼りに闇雲にフューリーを捜すのは危険だ。彼らはこっちの手の内を知っている。村上のように先回りして襲撃される可能性がある。更にカダカス氷窟やキダナル地域のようにフューリーが消えることもあるのだ。シャルマンたちの襲撃を掻い潜りながらたどり着いた先にフューリーがなかったのなら気が狂うかもしれない。結局のところ以前のようにロロの情報を頼りにダンジョンを渡り歩くしかフューリーを手に入れる方法がなくなってしまった。

 

「いらっしゃーい。今日も活きの良い情報を大好きなお兄ちゃんのために仕入れといたよ。このお値段で買ってかない?」

「大好きなのは俺の財布だろ」

 

 そう言いつつもファングは料金を払った。

 

「うんうん、あたしのこと分かってる分かってる。だからお兄ちゃん大好きなんだよね」

「だから大好きなのは財布だろ。ほら、金払ったんだからさっさとフューリーの在処を教えろよ」

「んとねえ、ソルオールって村にフューリーがあるんだけど・・・・・・」

(ソルオールってことは)

 

 歴史の通りならザンクとガルドがいるはずだ。

 

「そこはドルファ四天王のザンクが」

「支配してるんだろ? 知ってる」

 

 あの時のザンクの愉悦に満ちた顔は忘れられない。村人を牢屋に閉じ込め、ストレス発散に暴力を振るう。正に残虐非道の男だった。

 

「ううん。村のフューリーを付け狙う悪いフェンサーや灰色の怪物からフューリーを守ってるんだって。正義の味方だよ。だからお兄ちゃんも戦うことになると思うから気をつけなよ」

「「は?」」

「「え?」」

 

 ティアラとエフォールを除いたファングたち全員が目を丸くする。

 

「やっぱり良い人じゃないですか」

「いやいやいやいや! ちょっと待って!」

「ありえねえって。ありえねえって!」

 

 ファングと巧は大きく動揺した。以前とまるで違うどころかもはや180度一回転した変化に驚愕するしかない。村に現れる悪いフェンサーやオルフェノクと戦っている。それではまるで勇者みたいではないか。いくらなんでもザンクが勇者をやっている姿は想像がつかない。

 

「過去の変化には何度も驚かされたけど。今回ほど驚くことはないわ」

「ほんとにね。ザンクくんがどんな風になったのか気になるなあ」

「むしろオレは見たくねえな。あのツラで『俺たちは人間の自由と平和を守る!』とか言われた日には混乱で頭がおかしくなりそうだ」

「うわ、それ滅茶苦茶見てえな」

 

 愛と正義に目覚めたザンクの姿を想像するだけでファングは笑いそうになる。これは例の満面の笑み以来の衝撃が待ち受けているかもしれない。

 

「・・・・・・妙だな。私の記憶が正しければこの世界のザンクはザンクのままだったのだが」

「ザンクは元から優しい」

「流石にそのレベルに達するほどの優しさではなかったと思いますよ」

 

 ザンクの持っている優しさはヒーローみたいな優しさではない。精々、捨て犬に傘を差し伸べる不良程度の優しさだ。

 

「優しいなら優しいで構わねえよ。仲間にしやすいしな」

「アイツと戦うのはめんどくせえからな。それよりガルドに会えるかどうかだ」

「ま、それは何とかなるだろ。最悪呼び出せよ」

 

 オルフェノクはドルファ以上に厄介だ。仲間は一人でも多いほうが良い。特にティアラのようにサポートにも適し、戦闘でもファングやエフォールと並んで前に出て戦うスーパーサブの役割を担うガルドの存在はこれからの戦いに必要不可欠になるだろう。

 

「よし、お前ら行くぞー! 俺様に続け! びゅびゅーん!」

「「おー!」」

 

 ファングたちはソルオール村へと向かい歩き出した。

 

「びゅびゅーんとは一体・・・・・・」

「・・・・・・なんなのでしょうか?」

 

 アポローネスとティアラは首を傾げた。

 

 ◇

 

 ソルオール村はワインの名産地として有名だ。水源豊かで農作業に適したこの村はワインの原材料となる葡萄を作るには最高の土地だった。しかし、肝心の村自慢の葡萄畑は荒れ果てている。葡萄の木一つない。それもそのはず。現在の季節は春。ちょうど畑の整地をし、葡萄の苗木を挿し木する時期なのだ。

 

「おら、若けえの! キリキリ働かんかい!」

「へいへい、めんどくせえ」

 

 堅気とは思えない筋肉質な男性の指示にうんざりしたようにザンクは頷く。異形のフューリーフォームと化した彼は一心不乱に巨大な爪で雑草を刈り取り、土の整地をやっている。

 

「たく、どうしてこの俺が畑仕事なんてしてるんだァ?」

『キャハハ! だっせえ、ザンク』

 

 心の中から聞こえてくるパートナーのデラの笑い声にザンクはまたうんざりした。どうしてこうなったのだろう。

 

「何で俺がこんなことを・・・・・・」

 

 一仕事終えたザンクは農夫から渡された弁当を片手にぶつくさと文句を言い続けた。仮にも世界的大企業であるドルファでもトップクラスの権力を持っているはずの四天王である自分が何故こんな寂れた村で農作業なんてやっているのだ。こんなことはあってはならない。さっさと戻らなくては

 

「・・・・・・この村を滅ぼすか。うん、それが良い」

「お、良いね! 良いね! 久しぶりの虐殺だあ! キャハハハハ!」

「ひゃははははは!」

 

 ザンクとデラは一目も憚らず高笑いした。

 

「あ、ザンクくん。子どもたちが川に遊びに行くから危ないことしないように見張っといてくれる?」

「あ、はい。じゃあ後で向かうんで」

「切り替え早っ!」

 

 通りかかった主婦に営業スマイルを浮かべたザンクにデラは思わず突っ込んだ。

 

「ザンク兄ちゃん、もう遊んでもいい?」

「好きにしろ、適当に遊べ。ゴミはちゃんと袋に入れろ。あときちんと周り見て走り回れよ。危ねえからな」

「「はーい!」」

 

 涼しくて気持ちが良いな。ザンクはその場にだらんと転がる。川辺で無邪気に遊ぶ子どもたちを彼はぼんやりと見つめた。水鉄砲で遊んだり、泳いだり、追いかけっこをしたり皆楽しそうだ。マリアノや北崎は子ども好きだがザンクは子どもの何が良いのかさっぱり分からない。やたらとギャーギャーうるさい、ちょっと怒ればすぐに泣く。泣いて反省したにも関わらず同じ過ちをまた繰り返す。ザンクからすれば子どもは愚者であり、強者の庇護がなければ生きることの出来ない弱者であった。今だってこうして大人である自分が見張っていなければ彼らは簡単に過ちを犯すだろう。

 

「ガキってのは遊ぶのが仕事で良いねえ、楽そう。ドルファから奴隷のようにこき使われるあたしらとは大違いだ」

「そうでもねえよ。ガキは俺たちなんかよりでけえギャンブルしてんだからなァ」

「ギャンブル?」

 

 デラが首を傾げる。

 

「あそこで泳いでるアホガキ。大した運動神経もねえ癖に流れの強い方に向かってるなァ。このまま誰も止めなかったら流されて溺れるぞ。その近くで水鉄砲で遊んでるクソガキは顔にかかった水をバカみてえにごくごく飲んでやがるなぁ。真水でもねえし腹下すぞ。運が悪けりゃ食中毒だ。遊び一つでも間違えれば簡単に病院行きだ。こいつら毎日こんなだぜェ。ギャンブルだろ? 大人なら考えてなくても分かることだってガキは分かんねえんだよ。こいつらは大人になるまでなんもかんも賭けてんだよ」

「へえ、子どもって本当にバカなのね」

「ああ、すっげえバカだろ」

 

 ザンクは立ち上がった。

 

「おい、アホガキ! それ以上進むな! 溺れてえか!? クソガキ! 川の水は飲むんじゃねえ! 親に言われてんだろ!」

「「はーい、ごめんなさい!」」

 

 子どものテキトーな返事にザンクはこめかみを押さえる。絶対に反省していない。今だけ話しを聞き入れてどうせ後でまた同じことを彼らはするだろう。断言してもいい。ザンクはため息を吐く。

 

「すっかり近所の兄ちゃんみたいになったわね」

「はあ? 俺様のどこが近所の兄ちゃんなんだァ?」

「・・・・・・自覚ないの?」

 

 デラは呆れた表情を浮かべる。

 

「たく、どこを見ればそうなる『いってえ!』『うえええん、痛いよぉぉぉ!』・・・・・・だから周り見ろって言ってんだろ! 大丈夫かァ!?」

 

 ぶつかった子どもたちにザンクは駆け寄る。そういうところが近所の兄ちゃんなんだよ。デラは思う。ただいるだけの保護者に見えながらもきちんと子どもたちを見ている。何か危ないことがあればすぐに注意する。怪我をした子どもがいるものなら真っ先に駆け寄る。近所に一人はそういう兄ちゃんが必ずいるだろう。ザンクの今の姿は正にそれだ。

 

「本当にいい人そうですよ、ファングさん」

「ああ、ロロの情報は間違いなかったみたいだ。まさか過去にここまで変化があるとはな」

「でも、なんか思ってたのとは違うわね。なんか近所の兄ちゃんみたい」

『いやあ、人は変わるものだなぁ』

『ブレイズ、そのせりふなんかおじさんみたいだよ?』

 

 彼をよく知っているファングたちが断言するのだから間違いない。いや、何故ここにいる。彼の突然の登場にザンクは目を見開く。

 

「・・・・・・ひゃははははは! てめえ、死にに来たか?」

「ねえ、ザンク兄ちゃん。サクヤがお腹すいたって。おやつちょうだい!」

「デラからもらえ。ザンク兄ちゃん今大事な話をしてるから。あっち行ってなさい」

 

 ザンクは剣を向けた。

 

「さあ殺り合おうぜ、ファングさんよォ! 」

「いや、無理だろ! 戦えるか!? バカか、お前!?」

 

 いくらなんでも子どもの前で殺し合いなど出来るはずがない。しかも何をとち狂ったかザンクを慕っている子どもたちの前で、だ。流石のファングでも子どもに囲まれたアウェイの中で戦う勇気は持っていない。こっちが悪人になってしまう。

 

「はあァ!? 戦わねえだと、ふざけんじゃねえぞォ!?」

「ザンクお兄ちゃん、大変大変! ケイスケがいじめっ子のタケシと喧嘩してるー!」

「デラに頼め。ザンクお兄ちゃんも今喧嘩しようとしてるからな。あっち行ってなさい」

 

 再びザンクは剣を向けた。

 

「さあやろうぜェ」

「だから出来ねえよ! 保護者のお前が喧嘩したらソイツら真似すんだろ!」

 

 全力で勝負を拒否するファングにザンクは舌打ちした。久しぶりにイライラを発散出来る相手が見つかったと思ったのにやる気の感じられないファングの間抜けな顔に殺意が芽生える。

 

「・・・・・・おい、てめえ、やけに俺に馴れ馴れしいなァ。忘れたのか、俺とお前は敵だろォ?」

「あ、やっぱザンクは記憶がないのか」

「はァ?」

 

 ザンクは目を丸くする。これまで記憶を保持していた者ばかりを見てきたファングにとって記憶を持たないザンクは貴重だ。ある意味でこの世界の変化に最も詳しい存在なのだから。

 

「・・・・・・なんでもねえよ」

(エフォールたちを別行動にさせといて正解だったな)

 

 万が一にもファングがザンクと一戦交えることになれば彼と親しい関係にあったエフォールには酷な戦いになるだろう。もしかしたらエフォールの仲裁があれば戦い自体を避けられるかもしれない。だがそれが失敗に終われば彼女自身がザンクに剣を向けられることになる。そうなってしまえばまた彼女の心は閉ざされてしまうかもしれない。絶対にそんなことはあってはならない。だからガルドを捜す名目でエフォールたちを別行動にさせた。

 

「カカカ! さァて、戦り合おうぜェ!」

「ザンク兄ちゃん、大変!」

「だァから、ザンク兄ちゃんは今戦いを始めようとしてるんだよ。デラが何とかするからあっちに行ってなさい」

 

 二度あることは三度ある。またまた戦いを止められたザンクは青筋を立てた。

 

「違う! フューリーを寄越せって怪物が村で暴れてるんだ!」

「なに? 分かった。すぐに行く」

 

 ザンクは剣を納めるとデラに視線を向ける。

 

「ほら、並んで並んで。お菓子は山ほどあるから。ほら、喧嘩はダメだよ。やるからには本気の殺し合いじゃないと」

「・・・・・・なにやってんだァ! 行くぞォ!」

「ふぎゃあっ! あんたが全部押し付けたんでしょ!」

 

 子どもたちに囲まれているデラの首を掴むとザンクは走り出した。

 

「ファングさん、私たちも!」

「ああ、行くぞ!」

 

 ◇

 

 ソルオール迷宮。ソルオール村の地下に広がる巨大な迷宮。いつからそこにあるのか。誰が作ったのか。何の意味があるのか。何もかもが全て謎に包まれたダンジョン。古びた祭壇にフューリーが奉られてることから女神に関する重用な何かが隠されているのでは、と研究者は考えている。とは言っても迷宮内部に存在する無数のモンスターが行く手を阻み研究は進んでいない。物理的にも学術的にも謎の迷宮だ。

 

「どりゃああああ」

 

 ソルオール迷宮最深部。フューリーが刺さった祭壇の周りをガルドは懸命に磨いている。易々と立ち入ることの出来ない村人に代わって彼は祭壇の掃除を任されていた。

 

「ふう。どや、綺麗になったやろ」

「偉いわー、流石はガルドちゃんね」

 

 ピカピカになった祭壇を前にガルドは満足気に頷く。わざわざ朝早くから掃除した甲斐があった。これなら村人たちも満足してくれるだろう。

 

「わざわざすみません、ガルド」

「かまへんかまへん。これくらいお安い御用や」

 

 頭を下げる白髪の妖聖にガルドは微笑む。

 

「あなたたちには本当に感謝してるんですよ。危機に瀕していた村を救ってくれたのですから」

「ザンクはんのあれはただの気まぐれや。そんな恩に感じる必要はあらへん」

「ですが・・・・・・」

「困った時はお互い様やろ、『リタ』はん?」

 

 一週間前。以前のようにフューリー回収を言い渡されたザンクとガルドはソルオール村に向かった。今回もまた村人たちに非道を働くようなことがあればザンクを斬る覚悟でいたガルドだったがその心配は杞憂で終わる。村は既にオルフェノクによって滅茶苦茶にされていた。子どもを人質に取り、大人たちに決闘をさせ見世物にする。ちょうどかつてのザンクがしていたようなことを彼らは行っていた。

 

 流石の彼もこの状況で村人に非道を働いたりはしない。即座にオルフェノクと交戦を始めた。ドルファ四天王であるザンクなら下級オルフェノクなど何体いようが負けはしない。異形のフューリーフォームであっという間にオルフェノクを殲滅した。その結果、ザンクは村人たちのヒーローになった。

 

「でも、なんでこの村はやたらめったらオルフェノクが襲撃するんや? ソルオール村みたいに他にもフューリーがある村や街は山ほどあるけど全然そんな情報は聞いたことないんやけどな」

 

 ザンクたちがオルフェノクを退治してから何度も襲撃があった。これほど強力なフェンサーがフューリーを守護しているにも関わらずしぶとく回収しようとする姿は悪いオルフェノクでなければ見習いたいくらいだ。普通は一度失敗すればその時点で諦めるのが常識である。相手が強者なら尚更だ。事実、ファング一向は大量にフューリーを保持しているがそうそう何度も襲撃を受けていない。それは圧倒的な戦力があるからだ。勝てない相手に挑むくらいなら他のフューリーを集めた方が早い。だから今回のように何度も何度もしつこく奪い変えそうとするのは非常に珍しいのだ。ガルドはそれが不思議で仕方なかった。

 

「彼らのお目当てはこの私です。ここの村人には申し訳ないことをしてしまいました」

「フューリーを狙う輩がいるのは当たり前や。気にすることはあらへん」

 

 忘れがちだがフューリーは100本集めれば願いが叶うのだ。そのフューリーが奉られている村があれば狙われて当たり前である。ここまでの頻度は確かに異常ではあるが。

 

「違います。この村だけ何度もあの怪物たちに襲われる原因が私にあるのです」

「・・・・・・どういうことや?」

「原因はフューリーではありません。フューリーに宿った私にあるのです」

 

 ガルドは首を傾げる。意味の違いが分からない。

 

「ガルド。私は唯一無二のSランク妖聖なのです」

「Sランク妖聖? なんや、それ。マリサ、分かるか?」

「うーん。ごめんね、ガルドちゃん。私にもよく分からないわ」

 

 マリサはブレイズのように知識に長けた妖聖ではない。そういった知識には疎く、ランクとやらが何なのか分からなかった。

 

「強力な妖聖がA。優秀な妖聖がB。普通の妖聖がC。通常はこの三つに妖聖は分類されるのです」

「へー、なんや分類とかランクとかゲームみたいやな」

「そして私はこの三つから逸脱した特殊な妖聖。Sランク妖聖。女神や邪神を復活させる最後のカギが私なのです」

 

 リタは女神の一部であるアリンのような妖聖ということか。ガルドはようやくこの村や彼女が付け狙われる理由を理解した。だがそれでも疑問が残る。何故フェンサーではなくオルフェノクが彼女を狙うのか、だ。村上の行動から考えるに彼らの目的はオルフェノクの数を増やすことだ。オルフェノクは生まれながらの素質に左右される。巧からガルドは聞かされていた。この世全ての人間の素質を操作する。果たしてそんな願いを叶える力まで女神や邪神にあるのだろうか。とてもじゃないが出来そうにない。そもそもドルファという巨大な組織に属している自分にすらそんな情報は入っていないのに何故彼らがそれを知っているのか。気になることが山ほどある。

 

「リタちゃんって凄いのね、ガルドちゃん。アリンちゃんみたいに不思議な力があるのかしら?」

「どうなんやろ? そもそもアリンはんが不思議な力を使うところを見たことがないんやけど」

「ね、リタちゃん。ちょっと見せてくれないかしら」

 

 強いていうならこの時間の遡りこそがアリンの起こした奇跡だ。

 

「ふふ、ではお見せましょう。そうですね、何が良いかな。そうだ、あれにしましょう。・・・・・・あと数十秒ほどでガルドさんのご友人たちがこちらへ来ます」

「なんやなんや。もしかして未来予知か?」

「さて、どうでしょう?」

 

 ガルドは祭壇に続く階段へと目を向ける。ここに来れる道は一つしかない。もし本当にリタが言っていることが正しいのなら彼らはここにやって来るはずだ。

 

「しっかしここは随分入り組んでいるんだな」

「時間が掛かる分には良い鍛練になって私としては助かる」

「アポローネスくんは真面目だねえ。いっつも鍛練ばかりで疲れないの?」

「は、ハーラー! 私に近づくなと言っているだろう! 貴様といると煩悩が刺激される・・・・・・!」

「煩悩って、なに?」

「ヤらしいことを考えることですよ、エフォール」

 

 リタの予知は当たった。かつての仲間である巧たちの登場にガルドは驚愕する。それ以上にアポローネスが仲間になっていることに衝撃を受けているが。

 

「こ、これがリタはんの力なんか!?」

「これが、ではないですよ。これも、です」

 

 自慢気に笑うリタにガルドは更に衝撃を受ける。

 

「久しぶり、ガルド。元気、だった?」

「皆はん、お久しぶりやな。ワイは元気や」

 

 祭壇にたどり着くとエフォールがガルドに手を振った。

 

「お隣の方はどちら様ですか?」

「見ない顔だな」

 

 簡単な挨拶が済むと視線は自ずとリタに向けられる。

 

「初めまして。私はリタと言う妖聖です」

 

 ◇

 

「ち、クソがァ!」

 

 村の惨状にザンクは舌打ちした。無数のライオトルーパーが誰かの家や誰かの店を破壊し、誰かを傷つけていた。村人を殺すのがライオトルーパーたちの目的ではなさそうなのがせめてもの救いだ。

 

「どうするの、ザンク?」

「決まってんだろ、皆殺しだァ!」

「よっし、いくわよ! デラデラデラデラ! 『フェアライズ!』」

 

 異形のフューリーフォームと化したザンクは目の前にいたライオトルーパーを踏み潰す。嬲り殺す普段の戦い方とは違う。容赦のない殺意が一撃にしてそのライオトルーパーを殺した。

 

「ひゃははははは! てめえら皆殺しだァァァァァ!」

『殺されたくなかったらあたしたちを殺してみなぁぁぁぁぁぁ!』

 

 物言わぬ死体となったライオトルーパーをザンクは彼らに向けて蹴り飛ばす。彼らの目の前でライオトルーパーは爆散した。ライオトルーパーズの標的は村人からザンクへと一瞬にして変化する。

 

「あ、相変わらず野蛮な奴ね」

「村人たちを逃がす時間を稼いでんだよ」

「私たちも一緒に戦いましょう」

 

 薙刀を構えたティアラにファングは頷く。

 

「いくぞ、お前ら! 『フェアライズ!』」

「いきますわよ、キュイ! 『フェアライズ!』」

 

 ファングは紅炎真紅の戦士と化し、ティアラは純白戦姫の鎧を纏うとライオトルーパーズと交戦を始める。

 

「おい、ファング! 俺様の獲物を盗るんじゃねえ!」

「早い者勝ちだ!」

 

 ザンクとファングは争うようにライオトルーパーを倒していく。ザンクの腕がライオトルーパーを貫き、ファングの大剣がライオトルーパーを斬り裂く。圧倒的なまでの強さを誇る二人の姿は正に無双。一騎当千の力を持った二人にとってライオトルーパーなど倒されるだけの雑魚でしかない。あっという間にライオトルーパーは壊滅状態へと追い込まれる。

 

「ひゃははははは! もう終わりかァ?」

『おっと、まだ終わりじゃねえぜ。やれ!』

「あァ・・・・・・?」

 

 高笑いするザンクに向けてミサイルやレーザーが降り注ぐ。

 

『切り札は温存しとくもんだぜ、野蛮な兄ちゃん』

 

 サイドバッシャー。カイザ専用マシン。バトルモードになったそれに跨がったライオトルーパーを引き連れてバットオルフェノクは現れた。

 

「あ、あなたは!?」

『こいつシャルマン様と一緒にいた奴よ!』

「またお前か・・・・・・! お前には聞きたいことがあるんだ。洗いざらい吐かせてもらう!」

 

 ファングは大剣の切っ先をバットオルフェノクに向ける。彼は指を立てるとちっちっちと舌打ちした。

 

『その程度で俺に勝てると思うか? 本気で来い!』

 

 ◇

 

「ほら、これお前にってさ」

「お、ちょうど喉乾いてたんや」

 

 巧は村人から渡された差し入れの缶ジュースをガルドに渡した。

 

「ダンナとティアラはんはザンクはんのところに行ったんか?」

「ああ」

 

 巧とガルドは定期的に連絡を取り合っていた。ティアラのこと、過去が変化していること、アポローネスを仲間にしたこと。それらは全て巧から送られてくるメールによって把握していた。それでもこうしてかつての仲間と再会出来ると情報では感じられない嬉しさがこみ上げてくる。ガルドはパーティを見つめ、笑顔を浮かべる。

 

「良かったですね、ガルド。ずっとご友人のことが心配だったのでしょう?」

「おおきに。・・・・・・ってそれもSランク妖聖の力なんか?」

「さあ、どっちでしょう?」

「Sランク?」

 

 不思議な雰囲気のリタに巧は首を傾げる。どうにも彼女は他の妖聖と違う気がする。

 

「な、ななな! え、Sランク妖聖だってぇ!?」

「なに、それ?」

 

 ハーラーは驚愕に目を見開く。妖聖研究家である彼女はガルドたちとは違ってリタの存在がどれだけ特異なのか理解している。

 

「・・・・・・前の世界ではこの村にあったフューリーは普通のだったはず。それがどうしてSランク妖聖なんて代物になっているんだい!?」

「だから、Sランクってなに?」

「伝説のフューリーだ。その力をあまりにも絶大で手に入れたものは神にすら到達すると言われている」

 

 エフォールの疑問に答えたのはアポローネスだ。強さを求めていた彼もまたSランク妖聖についての知識は持っていた。

 

「へー、あんた凄いんだな」

「同じ妖聖として尊敬します」

「そ、そんな褒めないでください。照れてしまいます」

「流石はSランクだ! 可愛い! この可愛さ、正に伝説!」

「ちょ、ちょっと! 何処を触ってるんですか!?」

 

 ハーラーはリタに抱きつくと身体を撫で回す。鼻息を荒くしたその姿はもはや妖聖研究家ではなくただの変態だ。こうしていると過去に戻る前を思い出す。ガルドはふっと笑った。

 

「・・・・・・お前たちはいつもこんなに賑やかのか?」

「せやで。賑やかなのは苦手なんか?」

「ふ、嫌いではない」

 

 妹のことを思い出したアポローネスは笑顔を浮かべる。

 

「む、貴様電話が鳴っているぞ」

「ん? ザンクはんからメールや」

 

 ポケットに入っていた携帯電話をガルドは開いた。

 

『化け物どもの襲撃だ、来い』

 

 手短に書かれた文章。その内容だけでガルドは全てを察した。彼は隣にいたアポローネスに視線を向ける。無言で頷いた。

 

「巧はん、村にオ『大変です! 皆さん、ここに無数の敵が向かってきます!』っ!?」

「それは本当なのか?」

「はい。変わった鎧を着た人たちとライオンの怪物です」

「確かに。何か気配が近づいている」

 

 エフォールが言っているのだから誰かがこちらに向かってるのは間違いないのだろう。だがライオトルーパーズにライオンオルフェノク。リタは知るはずのない存在をピンポイントで当てている。先ほどから彼女が使っている予知能力は本物のようだ。

 

「どういうことや・・・・・・?」

「・・・・・・同時に我々を襲ってくるとは奴らは一体何を企んでいるのだ?」

 

 巧たちの視線が階段へと向けられる。音。無数の足音がこちらに向かっていることに彼らは気づく。巧はベルトを巻き、アポローネスたちは武器を持つ。

 

『Hello,I came to have treasure』

 

 階上から現れたライオンオルフェノクとライオトルーパーズに巧たちは身構えた。彼が強敵なのは先日の戦いで痛いほど理解している。気を抜けば即座に殺されてもおかしくはない相手だ。しかも今回は更に無数のライオトルーパーがいる。油断は決して許されない。緊迫した空気が巧たちを飲み込む。

 

「・・・・・・ねえ、あの人はなんて言ったの?」

「この状況でそんなくだらないことを気にしている場合か!?」

「ぐだらなくないもん」

 

 首を傾げるエフォールにアポローネスはずっこけそうになる。

 

「やあ、お宝をいただきに来たよと彼は申したんですよ、エフォール」

「あ、そうなんだ。ありがと、果林」

「はあ、本当に貴様らは呑気だな」

 

 アポローネスはこめかみを押さえる。どれだけこのパーティに馴染んでもこの緩い雰囲気だけは絶対に馴染めそうになる。自然とため息が出た。

 

「でもおかげでええ感じに肩の力は抜けたやろ」

「うん、危うくこの空気に飲まれるところだったよ」

 

 恐怖心を持つのは悪いことではない。だが恐怖心に飲まれることはあってはならないことだ。恐怖が常に頭の中を支配されれば戦闘に集中出来なくなってしまう。一流と呼ばれる戦士だろうと恐怖心に負ければ二流以下と成り下がるのだから。

 

『Try it if you can do it(やれるもんなら、やってみな)』

「何言ってるかわかんねえよ」

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧はファイズに変身すると階上のライオンオルフェノクに飛びかかる。力強く握られた拳をファイズは彼へと振り下ろした。

 

『フンッ』

 

 ライオンオルフェノクは得物の槍でそれを軽々と受け止める。不意を突いたつもりだったが彼には無意味なようだ。やはりこの男は強い。巧は気を引き締める。

 

「巧はん、こいつの取り巻きはワイらに任せてや!」

「この程度の相手ならすぐに蹴散らせてくれよう!」

「絶対に負けない・・・・・・!」

 

 ガルドたちはライオンオルフェノクの取り巻きであるライオトルーパーたちと交戦を始める。

 

「ガルド、無茶だけはいけませんよ!」

「こらこら、リタちゃん。あまり前に出ないで」

「あ、すいません」

 

 地下の迷宮という関係上、その力を存分に発揮することの出来ないハーラーはリタの護衛に回る。口ぶりからして彼らの狙いは彼女だからだ。

 

「ハァァ!」

 

 ファイズは拳のラッシュをライオンオルフェノクに繰り出す。だが不規則で放たれてるはずのその攻撃を彼は片手で軽々といなし、受け流す。不良の喧嘩そのものな巧の戦闘スタイルはライオンオルフェノクのように優れた兵士には相性が悪い。何度も戦い続ければ北崎の時のように食い下がることも可能だが、初見の相手ではそれも出来ない。勝機が薄い。巧は内心で舌打ちした。

 

『Is it this degree?(この程度か?)』

 

 ファイズの実力をある程度把握したのかライオンオルフェノクは攻めに転じる。高速で放つ槍の乱舞が彼を襲う。蹂躙。一方的な攻撃は確実にファイズを追い詰める。流石は上級オルフェノクだ。村上に匹敵している。いや、それ以上の強さだ。間違いなく彼はまだ本気を出していない。余裕を持って圧倒されている事実に巧は戦慄する。

 

『I will make fun a little(少しからかってやろう)』

 

 ライオンオルフェノクはファイズを吹き飛ばす。飛ばされていた先にいた無数のライオトルーパーに彼は囲まれる。ライオンオルフェノクはそれを尻目にエフォールへと標的を変える。

 

『っ!? エフォール、来ます!』

「分かってる。お前っ、殺!」

『attack effect ワクシングクレセント』

 

 氷を纏った必殺の鎌がライオンオルフェノクの槍を迎撃する。下から上へと振り上げられた一撃はライオンオルフェノクの身体を凍らせた。好機。更に追撃を加えようとしたエフォールだがライオンオルフェノクは一枚上手だった。彼は胸のライオンの顔から放たれた炎で身体を拘束していた氷を一瞬で溶かす。

 

「嘘!?」

『True(真実だ)』

 

 間合いに入られたエフォールは窮地に追いやられる。今の彼女に長物を得意武器とする相手と戦う手立てはない。銃や弓は効果が薄い。剣では槍に勝てない。鎌では勝負にならない。手甲は論外。今、ライオンオルフェノクと戦うのに選べる武器は一つしかない。同じ槍だ。エフォールは槍を器用に使いこなして彼の攻撃を防ぐ。だが本職が槍のライオンオルフェノクに対し、暗殺者であり飛び道具を中心としたエフォールでは実力に大きな差がある。力強く放たれた突きを受け止めきれなかった彼女は大きく吹き飛ばされた。

 

「う、うう」

「エフォール、しっかりしてください!」

 

 膝をついたエフォールにフェアリンクを解除した果林が駆け寄る。ライオンオルフェノクの槍は僅かに露出した彼女の腹を掠めたのかジワリと血が流れていた。治療をしなければとてもじゃないが戦闘続行は厳しいだろう。

 

『There is not yet it by the end(まだ終わりじゃないぞ)』

 

 ライオンオルフェノクは両手を頭上に掲げると巨大な火球をエフォールたちに向けて放った。

 

「果林! エフォール! くそ、どけ!」

 

────complete

 

 目の前のライオトルーパーを蹴り飛ばすとファイズはアクセルフォームにフォームチェンジした。

 

────start-up

 

 高速の世界に突入したファイズは取り囲んでいたライオトルーパーズをアクセルグランインパクトで倒す。更にガルドとアポローネスと交戦していた無数のライオトルーパーを強化スパークルカットで切り裂く。

 

「巧さん!」

「巧!」

 

 ファイズは両手を広げると果林たちの盾になる。

 

「ぐわああああああ!」

「「きゃあ!」」

 

 激しい爆風に巻き込まれた三人は吹き飛ばされる。

 

「果林はん!」

「エフォール!」

 

 ガルドとアポローネスが二人をキャッチした。

 

「く、うう。あ、ありがとな、二人を助けてくれて」

 

 防衛装置が働き、変身を解除された巧が二人の元に転がる。

 

「感謝などいらぬ。それよりも貴様は自分の心配をしていろ」

「せや。回復魔法を使うからじっとしててや」

「・・・・・・助かった」

「ありがとうございます」

「エフォールはんも」

 

 ぼろぼろの巧と果林にガルドは回復魔法を施す。エフォールにも回復魔法を掛けなくては。視線をアポローネスにガルドは向ける。アポローネスはエフォールをガルドの横に寝かせるとライオンオルフェノクに剣を向けた。

 

「・・・・・・そのベルトを返してもらおうか」

 

 ライオンオルフェノクはファイズギアをその手に持っていた。

 

「It is not made(それは出来ないね)」

 

 ライオンオルフェノクは筋肉質な美形の人間『レオ』に姿を変えるとベルトを腰に巻いた。

 

「ま、まさか。う、嘘やろ」

「なんで・・・・・・? だってそれは巧さんの・・・・・・!」

「巧の、力なのに・・・・・・!?」

 

 驚愕に目を見開くガルドたちにレオはニヤリと笑う。

 

「This is not only power for you(これはキミだけの力ではない)」

 

────555

 

────standing by

 

「HEN-SIN!」

 

────complete

 

「It's show time!(さあ、ショータイムだ!)」

「ふん。一人で踊っていろ」

 

 レオは────ファイズは巧たちにサムズダウンした。アポローネスは前に立つと剣を構える。

 

「アポローネス・・・・・・」

「必ず取り返してやる。あの力はお前にこそ相応しい。そんな気がするからな」

 

 アポローネスはファイズに向かって駆け出した。

 

────この日、この場所で、この世界で最初のベルト争奪戦の幕が開けた。巧は奪われた力を取り戻すことが出来るのか、レオはファイズの力を自分のものにするのか。真のファイズの適合者はどちらになるのか、その結果を知る者はまだ誰もいない。

 




こんなに更新が停滞気味になるのは全部レオって奴の仕業なんだ。本気で。いや、セリフ全部が英語って本当に凄まじい時間が掛かりますね。でも巧に変わったファイズに変身する大役を任せられるのは彼しかいないので頑張りました。

今回の話を読み終わったゲームクリア済みの方は驚いたと思います。Sランク妖聖リタの登場です。本来このタイミングではありえない彼女の登場によって今後はしばらくオリジナルストーリーが繰り広げられることになります。とても熱い展開になるのでお楽しみにしていてください


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失った力

新ライダーの公式サイトがもうじき公開されるらしいです。時間の流れはあっという間ですね。


「ち、こいつ強ええ!」

 

 ファングはバットオルフェノクを前に苦戦を強いられていた。単純な強さなら一度倒した上級オルフェノクの村上よりはまだ弱い、だろう。だが相性の良し悪しだけで言うならファングにとってバットオルフェノクは最悪の相手だ。状況次第では北崎よりも厄介な相手になりかねない。1秒間に10発もの連射を可能とする彼の武器である二丁拳銃に接近することを許されない。いくらフューリーフォームで鎧を纏っているファングでもあの鉄鋼弾が直撃すればダメージは避けられないだろう。それでも強引に懐に潜り込めば今度は鎌の一撃が待ち受けていた。先日の戦いからバットオルフェノクは接近戦でもファングに食い下がれることは分かっている。隙が出来ればサイドバッシャーからの集中砲火を浴びることになってしまう。

 

『くそ、ファング!なんとか奴の動きを止めろ!』

『らんちゃー! らんちゃーだよ!』

「言われなくても分かってる!」

 

 ファングはランチャーを召喚するとマシンガンのように射出した。高火力のミサイルがバットオルフェノクを襲う。

 

『うっそだろ!? そんなのありかよ!』

 

 ミサイルの雨がバットオルフェノクを襲う。彼は二丁拳銃から巨大な青いエネルギーの塊を放った。エネルギーの塊はミサイルに当たると爆発する。これも通じないのか。ファングは舌打ちする。彼が使える飛び道具の攻撃の中でも最強の一撃を防がれた。これが効かないのなら彼がバットオルフェノクに決定打を与えられる飛び道具はない。

 

「ファングさん、援護します!」

『attack effect シェルストーム』

 

 ティアラはフューリーを銃に変化させると高水圧の弾丸の嵐をバットオルフェノクに向けて発射する。

 

『止めとけって。それで俺に勝てる訳ないだろ?』

 

 バットオルフェノクは驚異的な反射神経でティアラの銃撃を見破る。一つ一つに照準を合わせて迎撃した。全て取りこぼすことなく。ありえない。彼女は驚愕に目を見開く。

 

『おいおい、ねえちゃん。俺は女と子供に武器を向ける主義はないんだ。だから俺に武器を向けさせないでくれよ』

「あ、あなたみたいな人を見過ごす訳がないでしょう」

『ククッ! 震えながら言っていても説得力がねえなあ』

 

 震えながらも薙刀を構えたティアラにバットオルフェノクは照準を向けた。

 

「やらせねえよ」

『attack effect フレイムアサルト』

『おっと』

 

 ファングが放った剣の連撃をバットオルフェノクは二本の鎌で受け流す。並のオルフェノクならこれで倒せるはず。にも関わらず難なくそれを見極めるバットオルフェノクはやはり強敵なのだろう。だがここで押し負け気はない。ファングは剣を持つ手に力を込める。受け流し切れないパワーに押されたバットオルフェノクは後ろに大きく後退した。チャンスだ。ファングは剣に炎のエネルギーを纏わせる。バーニングストライク。必殺の一撃を放つつもりだ。直撃すればバットオルフェノクでも一溜まりもあるまい。

 

『ちっ! やれ、兵隊ども!』

「あ、しまっ────!?」

「ファングさん!?」

 

 窮地を悟ったバットオルフェノクはライオトルーパーに助けを求める。サイドバッシャーの砲身がファングに向けられる。完全に不意を突かれた。敵はバットオルフェノクだけではない。彼に気をとられ、死角に回り込んでいたサイドバッシャーにファングは気づけなかった。サイドバッシャーの集中砲火に彼は飲み込まれる。激しい爆発が巻き起こった。

 

『おっしゃああああ! 強いぜ、俺! 大将が警戒した男とドルファ四天王を倒しちまった!』

 

 巻き起こった爆炎を前にバットオルフェノクは叫んだ。ファングとザンクがどれほどの強者なのか冴子から聞かされていたバットオルフェノクはその二人を自分の策略で勝利した事実に歓喜した。

 

 

 

 

「────ひゃはははは。まさかあの程度で俺様を倒したと思ってねえよなァ!」

 

 ・・・・・・もっとも彼らはこの程度の攻撃で敗北したりはしないのだが。背後から聞こえる声にバットオルフェノクは振り向く。炎の中から勢いよく飛び出したザンクがサイドバッシャーにタックルを仕掛けていた。バカな。まともに直撃したはずだ。バットオルフェノクは驚愕する。流石はファイズとファングの必殺技を同時に食らいながらも生きていただけのことはある。サイドバッシャーの集中砲火でもザンクは無傷だ。

 

『ち、まだ生きていたのかっ!』

 

 バットオルフェノクは拳銃をザンクに向けた。生きているのなら生きているで構わない。もう一度倒せば済むことだ。サイドバッシャー2機と自分がいればザンク一人に遅れをとったりはしない。

 

「・・・・・・変身」

 

 ザンク一人なら、だが。

 

「お望み通り本気を出してやるよ」

 

 漆黒業火の騎士と化したファングが炎の中から現れる。

 

『は、ははは。こりゃちょっとヤバそうだな・・・・・・!』

 

 バットオルフェノクはファングに向けて鉄鋼弾を連射する。だが今の彼にとってこの程度の攻撃は攻撃にすらならない。小さな火花が飛び散るだけでファングは意に介さない。拳を握るとバットオルフェノクの腹を殴った。ただの殴打でここまで彼を苦戦させていたはずのバットオルフェノクは膝をつく。膝をついた彼の顔面に回し蹴りが叩き込まれる。勢いよくバットオルフェノクは吹き飛ばされる。ファングは剣をその手に持つとバットオルフェノクにゆっくりと近づく。威風堂々としたその姿は正に最強。バットオルフェノクは自分の敗北を悟った。

 

「・・・・・・きゃあ!?」

『動くな!』

 

 そうと分かれば正攻法で挑んだりはしない。バットオルフェノクは瞬時にティアラを捕まえるとその頭に銃口を向けた。人質だ。かつて木場を人質にしてブラスターフォームから切り抜けたように彼はティアラを人質にした。ファングは歩みを止める。

 

「そいつを離せ。離さないなら殺すぞ」

『剣を捨てろ。捨てないのならこの女を殺す』

 

 ファングは無言で剣を見つめる。バットオルフェノクはククっと笑った。

 

『お前の大事な大事な恋人がどうなってもいいのか?』

「こ、恋人ではありません! ・・・・・・ファングさん、私の心配はいりません。やってください!」

 

 ティアラの制止も無視してファングはフューリーフォームを解除した。そして武器も放り投げる。

 

「・・・・・・約束は守ったぞ」

 

 無防備になったファングが両手を上げる。

 

『よーし、よーし! それで良い。絶対に変なことするなよ! 絶対だぞ!』

『それってフリなの?』

『フリじゃねえ!』

 

 ティアラをファングに向けて突き飛ばすとバットオルフェノクは一目散に走り出す。ザンクを前に劣勢に立たされているサイドバッシャーに目もくれず彼は逃走した。

 

「ち、逃げたか。大丈夫か、ティアラ?」

 

 ファングは抱き止めたティアラを引き離す。

 

「・・・・・・大丈夫じゃないです」

「ん、どこか怪我でもしたか?」

 

 ライオトルーパーとの戦いで負傷したのだろうか。目立った外傷はなさそうだが。何が大丈夫でないのだろう。ファングは首を傾げた。

 

「大丈夫じゃないのはファングさんです。あなたは本当にバカな人です」

「はあ? 俺のどこがバカなんだよ!?」

 

 思わず聞き返す。あの状況では少なくとも最善の手だったはずだ。

 

「なんでフューリーフォームを解除したのですか!?」

「それは、お前が人質にとられてたからだろ」

「本当に私が殺されると思っていたのですか? 私だってフェンサーです。フューリーフォームになっていたのですよ。銃弾くらい身体に受けたって平気でしたのに・・・・・・!」

 

 言われてみれば。その手があったか。確かにフューリーフォームを纏ったティアラならバットオルフェノクの攻撃にもある程度耐えられるだろう。あれだけ力の差があるファングなら数秒あれば彼を倒すことも可能だ。それに失念していたが彼女には回復魔法がある。多少の怪我ならすぐに治すことも出来るはずだ。だが治るから良いという問題ではない。

 

「俺はお前が傷つく姿は見たくねえんだよ」

「・・・・・・え?」

 

 予想外の返答にティアラは目を丸くする。

 

「絶対に守るって言っただろ? 目の前でお前が傷つけられるのを黙って見過ごす訳にはいかねえよ」

「ファングさん・・・・・・」

「別にバカでも構わねえよ。だけど俺は分かっていても、むしろ分かっているのならお前が傷つく道は選んだりしねえ」

 

 ファングは過去の世界でティアラを救うことが出来なかった。その時の強い後悔は今でも忘れることはない。彼女が傷つくくらいなら自分が傷つく方が良い。前の世界でもファングがティアラに抱いていたその思いはより強い想いに。守りたいという想いは絶対に守るという念いになっていた。

 

「・・・・・・私だって心配なんですよ。あなたが傷つく姿なんて見たくないのですから」

「俺は傷ついたりしねえよ。お前を傷つけたくはないからな」

「もう。そうやってすぐにはぐらかすのだから」

 

 不安な表情を浮かべるティアラにファングは微笑んだ。

 

「あァァァァァァァ! うぜェェェェェェェ!」

「コイツらよりあいつら殺したいぃぃぃぃぃ!」

 

 ザンクはサイドバッシャーに乗り込んでいたライオトルーパーを引きずり降ろすと踏み潰した。乗組員を失ったサイドバッシャーを一方的に殴り、破壊したザンクはイライラから頭を掻いた。目の前で繰り広げられるなんだか甘いソレは男女のいちゃつく姿を見るのが大嫌いな彼にとって地獄のそれだ。ザンクとデラはとびきりに苦いコーヒーが飲みたくなった。

 

 ◇

 

「く、厄介だな」

 

 アポローネスはレオの変身したファイズに劣勢に立たされていた。理由は彼の得物にある。槍。ライオンオルフェノクの武器である槍だ。巧のファイズと違ってレオの変身したファイズはオルフェノクの力を使える。槍を使うファイズは剣を使うアポローネスにとって相性が最悪だ。槍は剣より強い。ある程度の武道を経験した人間なら分かるだろう。剣は長物に対して圧倒的に不利。間合いが明らかに違うのだ。アポローネスが懐に潜り込まなければ攻撃出来ないのに対し、ファイズは彼から離れた距離から攻撃出来る。戦士としての実力は僅かにアポローネスに分があるがそれ以上にこの差は大きい。

 

「ハハハ!」

 

 ファイズが槍の連撃を放つ。エフォールやファイズに放った時よりも遥かに速い攻撃だ。避けるのは不可能か。アポローネスは見切れないと判断すると大剣の腹を盾にした。激しい衝撃に彼は眉を歪める。

 

「There seems to be the ability」

 

 今ので仕留めるつもりだったファイズはアポローネスが耐えきったことを称賛する。防御力に優れた彼でなければ今の攻撃で間違いなくやられていただろう。

 

「通訳っ!」

「え、えっと。実力はあるようだ、と彼は申しています」

「ち! この私が見くびられたものだ・・・・・・!」

 

 アポローネスほどの強者と戦いながらもレオは余裕を崩していない。初めて変身するファイズの力を楽しんでいるようだ。

 

「ならば見くびったまま逝くが良い! 『フェアライズ!』」

『attack effect 導』

 

 剣に闇を纏わせるとアポローネスはファイズの真上に飛んだ。空中なら間合いの差はあってないようなもの。鎧を纏った彼に対してフォトンブラッドを纏っていないただの槍で攻撃しても効果は薄い。つまり、ファイズが今出来るのは防御だけだ。彼は槍を横に向けてアポローネスの剣を受け止める。

 

「ワイがいることを忘れんなや!」

『attack effect 魂砕き』

 

 アポローネスの攻撃を受け止めて隙だらけになったファイズの懐にガルドが潜り込む。そう。アポローネスの狙いはこれだった。自分という強者でファイズを誘導して、本当の必殺技はガルドが決める。二段構えの作戦だ。考えたな。ここまで手出しさせないで黙って見ていたガルド。思考の片隅に追いやられていた彼の存在を完全に忘れさせるためにフューリーフォームを温存していたのか。レオは出会ったばかりのはずの二人の連携を評価した。

 

『ピロロ!』

「・・・・・・バジンはん? がふっ!!」

 

 突如飛来したバジンはガルドに拳を振りかぶった。仲間と思っていた彼は突然の裏切りに対応出来ず殴り飛ばされる。ソレもそのはず。バジンは巧たちの味方ではなくファイズの味方だ。そういう風にプログラミングされている。

 

『I use it(使わせてもらうよ)』

 

 しかし、レオもまた緻密な作戦を張り巡らせていた。ここまで一人で戦っていたのは全てブラフた。ライオトルーパーを巧によって撃破されてもレオは彼らを倒すことを諦めていなかった。兵を失った以上、本来ならファイズギアを奪った時点で逃走するのがセオリーだ。別にわざわざ戦うメリットはないのだから。だが優れた戦士である彼のプライドは逃走を許さなかった。目の前でファイズに変身すれば自然と彼らはベルトを奪い返すために戦いを挑む。ベルトを壊さないように加減して。互角以上の相手が一人しかいないのならファイズに変身したレオは負けたりしない。あとは適当に時間を稼いでオートバジンの到着を待つだけだ。これで完全に形成は逆転した。

 

「忠犬・・・・・・何故貴様が裏切る!?」

 

 機銃の嵐に襲われたアポローネスは後退する。身を呈して巧たちを守っていたかつてのバジンの姿を知る彼はガルドと同じく驚愕する。

 

『HAHAHA! It is a checkmate in this!(これで詰みだな!)』

 

────ready

 

「くっ!」

 

 ファイズはファイズエッジを手にすると槍と剣の二刀流になる。二つの武器に翻弄されてアポローネスの身体は傷だらけになった。

 

「Will this not know?(これは知らないだろう)」

 

────exceed charge

 

 ファイズエッジにエネルギーが充填する。

 

「何をする気だ・・・・・・?」

 

 アポローネスは静かに剣を構えた。ファイズが何か必殺技を放とうとしている。恐らくは巧がライオトルーパーを切り捨てた技に近いもの。スパークルカットだ。フォトンブラッドの猛毒はフューリーフォームの彼でも直撃すれば灰と化すだろう。危険だ。だがむしろ好都合だ。剣での戦いならこちらに分がある。迎え撃つまでだ。アポローネスの大剣に巨大なエネルギーが収束しだす。

 

「来るならこい!」

 

 挑発するアポローネスにファイズは駆け出す。

 

「ダメだ、アポローネス! 避けろ!」

「何っ!?」

 

 巧の警告にアポローネスは目を見開く。だがその警告に従おうにも既に迎撃の態勢に入っていた彼は動くことが出来ない。ファイズにアポローネスが顔を向け直した瞬間、ファイズエッジから放たれたマーカーが彼を拘束した。

 

「ぐ、これは・・・・・・!」

 

 巧が言いたかったのはこのことだったのか。動けなくなったアポローネスは眉を歪める。これがファングやガルドならこうはならなかっただろう。だがこのパーティの中で唯一アポローネスだけは過去でも現在でもファイズの技を見たことがない。スパークルカットが本来拘束を前提として放つ技だと。

 

「アポローネスはん!」

『ピロロ!』

『どいて! バジンちゃん!』

 

 助けに入ろうとしたガルドの行く手をバジンが阻む。スペック上はファイズ以上のバジンにガルドは手こずり、援護は間に合いそうにない。

 

「今助けるよ、アポローネスくん!」

『待て、ハーラー! お前の技はこんなところでぶっぱなすもんじゃない!』

「そ、そうです! 私たちまで巻き込まれます!」

「そんなことを言っている場合かい!?」

 

 ファイズに向けてランチャーを放とうとしたハーラーをバハスとリタが慌てて制止した。地下の、それも老朽化が進んでいる迷宮で破壊力抜群の彼女の攻撃が決まればどうなるのか。アポローネスどころかパーティが全滅するだろう。

 

「アポローネス・・・・・・!」

「エフォール、まだ立ってはいけません」

 

 傷が完全に癒えてないエフォールは戦うことが出来ない。

 

 ガルドはバジンに阻まれ、ハーラーは武器の性質上攻撃出来ず、エフォールは戦闘不能。レオの宣言通り詰みだ。動ける者はいてもアポローネスを救援できるものはいない。目の前に差し迫ったファイズエッジにアポローネスは覚悟を決めた。

 

「・・・・・・やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 いや、アポローネスはこの状況で気づいていないが彼を助けられる者がいる。巧だ。彼はアポローネスの前に躍り出た。何を。天を仰いだ巧にアポローネスは目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

────巧はウルフオルフェノクと化した。

 

「「「っ!」」」

「What is it!?(なに!?)」

 

 巧の正体を知る者を除いてこの場にいた全員が驚愕した。敵であるレオもかなりの衝撃を受けたのかファイズエッジを構えたまま硬直していた。

 

「・・・・・・巧、なの?」

 

 エフォールの呆然とした呟きに答えられるものはいない。

 

『タァァ!』

「ウッ!」

 

 ウルフオルフェノクの拳がファイズに突き刺さった。ここまで巧やアポローネスを苦しめていた彼がたったの一撃で腹を押さえて後ろに大きくのけ反る。身を屈めたファイズの顔面にウルフオルフェノクの膝蹴りが叩き込まれた。崩れかけた彼の身体を無理やり起こすとウルフオルフェノクは頭突きを放つ。圧倒的だ。このままでは負ける。ファイズの時よりも明らかに強くなったウルフオルフェノクにレオは少しだけ恐怖を抱く。追い討ちでのし掛かった彼の眉間にファイズはフォンブラスターを発射した。痛みで怯んだウルフオルフェノクにファイズのタックルが直撃した。彼は態勢を崩して転がる。

 

「It is power how!(なんて力だ!)」

 

 ふらふらとした足取りでファイズは出口へ向かう。逃走する気か。逃がさない。ウルフオルフェノクは低い声で吠えると肩の爪を伸ばした。

 

『大丈夫か、レオ!?』

 

 バットオルフェノクの弾丸がウルフオルフェノクの爪を砕いた。

 

「It was saved(助かったよ)」

『あ、その声やっぱりレオか。中身わかんねえから間違えてたらどうしようかと思ったぜ』

 

 良かった。ファイズを攻撃しなくて槍のおかげで気づけたがもしも勘違いしていたら敵を助けるところだった。

 

『グルルルル!』

『おい、お前どうして人間に味方してやがる!? 無駄死にになるから止めろ! 裏切り者は『喰われる』ぞ!』

 

 銃を向けながらも味方(と勘違いしている)の裏切りに戸惑うバットオルフェノクにレオは首を振った。

 

「He is Takumi Inui(彼は乾巧だ)」

『はあっ!? マジかよ!?』

 

 バットオルフェノクもウルフオルフェノクの正体が巧だと知り驚愕する。無理もない。オルフェノクが人間を守るなんて普通はありえないのだから。しかも巧は本来ならオルフェノクを『守る』ために作られたベルトの力でオルフェノクを倒しているのだ。こんなにおかしい矛盾はあってたまるか。オルフェノクの力を使って敵(人間)を殺す。それが本来あるべき姿だ。敵を守るために仲間(オルフェノク)を殺すなんてあってはならない。それはどちらも敵に回すことなのだから。

 

『で、レオ。どうすんだ?』

「Flee but wins(逃げるが勝ちだ)」

『俺もそれに賛成だ』

 

 バットオルフェノクは地面に向けて弾丸を放った。巻き上がった土煙に二人は飛び込むと逃走を始める。これは追えそうにない。ウルフオルフェノクはもう一撃で天を仰ぐと肩の力を抜いた。彼は巧の姿に戻る。

 

 重苦しい空気が流れる中、アポローネスが一歩前に出た。

 

「先に言っておこう。助かった、感謝する」

「気にすんじゃねえ」

「だが・・・・・・貴様何が目的だ?」

 

 アポローネスは巧に剣を向ける。

 

「ちょい待ちぃ、アポローネスはん!」

「そ、そうよ。巧ちゃんは何も悪いことなんて企んでないわ!」

 

 ガルドとマリサが巧を庇う。彼らは北崎との戦いで自分たちを守るために巧がオルフェノクになった時のことを覚えていた。彼はファイズの力もオルフェノクの力も誰かを守るためにしか使っていない。そこにレオや他のオルフェノクのような人を傷つける理不尽な悪意はない。

 

「それを私が見極めてやるだけだ。・・・・・・貴様も北崎のように人の心を捨ててないのか?」

「・・・・・・ああ」

 

 ドルファに所属していたアポローネスは北崎と仲間だった。巧と同じくオルフェノクの彼にアポローネスは命を救われている。だからオルフェノクの中でも人間に味方する存在がいるのは十分理解していた。理解していたからこそこうやって真っ先に前に出れたのだ。

 

「嘘はないな」

「ああ。・・・・・・嘘だったら俺を斬れ」

 

 巧はアポローネスの剣を首に引き寄せた。

 

「ふん。私の目を見くびるなよ。嘘か本当か見抜く眼力はあると自負している」

 

 アポローネスは巧から剣を引くと鞘に納めた。一応は納得してくれたらしい。突き刺さるような殺気はもうなかった。

 

「後から後悔するんじゃねえぞ」

「その時は本当に斬るまでだ」

 

 アポローネスはふっと笑った。

 

「ちょっとちょっと二人だけで勝手に話を進めないでよね! 私だって驚いたんだよ!」

「私も、私も!」

 

 いつのまにやら纏まってしまった話しにハーラーとエフォールは待ったをかける。巧がオルフェノクだった。そんな大きな衝撃を前に無言になでていたが。と、彼女たちだって聞きたいことは山ほどある。二人は巧にしがみついた。

 

「・・・・・・お前ら、俺が怖くないのか?」

 

 エフォールとハーラーに両腕を掴まれた巧は目を丸くする。果林もガルドもそうだった。何故彼らはいつもオルフェノクである自分の真の姿をこうもあっさりと受け入れられるのか。怪物なんだ。どれだけ巧が否定しようと客観的に見れば自分は怪物でしかない。普通は拒絶されるものだ。考えてもみてほしい。昨日まで隣にいた恋人や親友が実は怪物で、でも心は変わらず人間のまま。だからと言ってすぐに受け入れられる人なんて普通はいない。内面なんて目に見えないものより人は外面で判断するものだ。巧のかつての仲間も一度は彼を拒絶した。少しずつ時間をかけて巧は人であってもオルフェノクであっても優しい心を持っていることには変わらないと気づいてもらって漸く元の関係に戻れたものだ。なのにどうして皆は悩むこともなく巧を受け入れるのだろう。彼は心から不思議に思った。

 

「私は、ずっと前から気づいてた」

「・・・・・・いつからだ?」

「最初、から。気配が普通の人と違った。でもオルフェノクとは思ってなかったけど」

 

 流石は暗殺者。人を見抜く目は一流だ。まさか出会ったその時から正体を看破されていたとは巧も思わなかった。

 

「ならなんで」

「ファングも巧もたくさんの人を殺した私と果林を受け入れてくれた。やり直すことが出来るって教えてくれた。こんな私を仲間って言ってくれた。だから今度は私の番」

 

 エフォールは巧に笑った。優しく眩しい笑顔だ。なんだか気恥ずかしくなった巧は顔を反らした。

 

「ハーラーはどうして俺を?」

「ピピンくんに比べたら普段は人の姿の巧くんの方が普通だから、かな?」

 

 あ、と巧は思い出す。このパーティの中にもう一人の人外がいる。緑色の不思議生物ピピン。確かにあれを普通に受け入れられている彼らが巧を拒絶するばすがない。可愛らしい着ぐるみに見せかけた怪物のピピンと、怪人態にならなければ人と変わらないオルフェノク、どちらが恐ろしいか一目瞭然だ。いや、可愛らしい着ぐるみだけども。とにかく記憶のないティアラやピピンを知らないアポローネス以外はそもそも人外との対面は済ませていたのだ。いっそのことピピンが仲間になったその時点で皆に打ち明けていても良かったかもしれないな。巧は苦笑を浮かべた。

 

「ていうかさ、ピピンくんに限った話じゃないよね。度々共闘してる北崎くんはオルフェノクだし、バーナードは邪神の末裔。巧くんがオルフェノクだって言われても今さらじゃない?」

「言われてみればそうだな」

「なんかワイらの周り人外多すぎとちゃう?」

 

 本当に多すぎる。何で悩んでいたのかバカらしくなるくらいだ。

 

「まずオレたち妖聖が人外だな。見た目は人間だけど」

「セグロなんて竜だ」

「グルルルル!」

 

 ご立腹なセグロに巧たちは思わず吹き出す。先ほどまでの重苦しい雰囲気が嘘のようだ。

 

「巧さん・・・・・・」

 

 果林を除いて。

 

「どうしたのです、果林?」

 

 リタは巧たちの輪に入れていない果林が気になった。

 

「リタさん? いえ、なんでもないんです」

「なんでもないと言うことは何かがあると言っているようなものですよ」

 

 リタは果林をじっと見つめた。

 

「なるほど。『皆がオルフェノクである巧さんを受け入れているのは嬉しい。でも、巧さん自身はオルフェノクである自分を受け入れられていない』自分で自分を否定している彼が心配なんですね」

「ど、どうして私の考えていることがわかるんですか!?」

「Sランク妖聖ですからね」

 

 どこまでSランク妖聖は万能なんだ。果林は驚愕しながらも少し呆れた。デタラメすぎて頭が痛くなりそうだ。

 

「そういうことならこの私に任せてください。あなたの願いを叶えます」

 

 ◇

 

「よう、お前ら無事に合流出来たみたいだな」

 

 ファングは巧たちと合流した。既に日は傾いている。夕暮れの空が眩しく彼らを照らした。

 

「無事ではねえよ」

「むしろ状況は最悪だね」

 

 巧たちは今までの経緯を説明した。Sランク妖聖のこと。レオに襲撃を受けたこと。彼に敗北してファイズギアを奪われたこと。なんとか撃退したベルトは奪われたままのだということ。巧がウルフオルフェノクになったことを除いて全てを説明した。

 

「な、なに!? ベルトを奪われただと!?」

「それ不味いんじゃないの!?」

 

 ベルトがなければファイズに変身出来ない。それどころかバジンを含め全てを奪われたのなら巧は事実上の戦力外だ。ただでさえ強敵が増えたこの状況で巧という強力な戦闘要員がいなくなるのはあまりに大きい。困ったな。ファングは腕を組む。まあ、彼は知らないがウルフオルフェノクになれば巧は戦える。もしもの時は使えば良い。出来ることならあの姿にはなりたくないが。背に腹は代えられない。

 

「なんとか取り返すしかありませんわね」

「でも、どうやって取り返すのよ?」

 

 レオたちはどこにいるのか分からない。こちらから取り返しに行くことは出来ない。向こうから来るのを待つしかない。だが再び相見えるのはいつになるやら。良からぬことを暗躍している彼らが本気を出したファングやウルフオルフェノクと化した巧という驚異を前にそう何度も現れるとは思えない。

 

「それなら私があなたたちと同行しましょう。先ほどの彼らの言動から察するにお目当ては私です。私がいれば自ずと彼らはあなたたちの元へやって来るでしょう」

「リタはん、ええんか? ワイらが戦うのは奴らだけやないんやで」

「ええ、もちろん。むしろファングさんや巧さんのような強い人が私を守ってくれる方がここにいるよりも安全なくらいです」

 

 これでベルトを取り返す目処は立った。あとはレオとの再戦を待つだけだ。しかし、彼らは何故リタを狙うのだろうか。女神や邪神を復活させるならまだしもオルフェノクによる世界の支配を目論む彼らがリタを狙う意味とは一体・・・・・・?

 

「リタさん・・・・・・」

「任せて。あなたの大切な人の悩みは私が解決してみせます」

 

 心配そうな果林にリタはクスリと笑った。

 

「てか、お前ら誰だよ? それにどうしてアポローネス、てめえがいるんだァ?」

「そいつらガルドの知り合い?」

 

 記憶がなく巧たちと面識のないザンクとデラは首を傾げた。まったく状況を理解していない彼らは完全に蚊帳の外だ。

 

「そのうち話してやる。今は貴様に構っている暇はない」

「はァ? てめえ、いつから俺様にそんな口聞ける立場になったんだァ? ええ、アポローネスさんよォ?」

 

 何から何まで分からない上にぞんざいに扱われたザンクは露骨に不機嫌になる。

 

「ふん。少しは変わったと思ったが荒くれ者はそのままのようだな」

「あ、やんのか? てめえ!」

「ふ、良いだろう。今ここで貴様と決着をつけるのも悪くはない」

 

 アポローネスとザンクは互いに剣を構える。元々犬猿の仲だった二人は今すぐにもこの場戦いを始めそうだ。

 

「ザンク、ザンク。喧嘩はダメ」

「あぁ? お前は・・・・・・エフォール!?」

 

 ザンクは目を見開く。

 

「俺が養成所をぶっ壊して以来か。久しぶりだなァ」

「うん、久しぶり」

 

 久しぶりのエフォールとの再会に気を良くしたのかザンクは剣を納める。

 

「そういえばあんたたち知り合いだったのよね。色々あってすっかり忘れてたわ」

「いや、忘れんなよ」

 

 エフォールとザンクは元々同じフェンサー養成施設で暮らしていた。それを思い出したアリンは二人を見比べる。他人を殺すことだけが唯一の楽しみだったエフォール、他人を壊すことだけが唯一の楽しみのザンク。なるほど確かに言われてみれば似ている。同じ場所で暮らしていたなら納得だ。

 

「さて、俺たちはそろそろ帰るか」

 

 そろそろ夜になる。このままここでいつまでも相談している訳にもいかない。一先ず宿に戻って話しはそれからにしよう。

 

「ガルドはどうする?」

「ワイも一緒に行くで。巧はんが戦えない今、戦力は多いにこしたことはないやろ」

「ガルド、助かる」

「礼なんていらんわ。巧はんのベルトはワイが必ず取り返したる」

 

 ガルドは笑みを浮かべると巧の肩を叩いた。

 

「ザンクはん、今までほんまに世話になったわ。この恩はいつか必ず返しますわ」

「別に構わねえよ。十分コキ使ったからなァ。ま、とりあえずエフォールのことは任せた。それで構わねえよ」

 

 こうしてガルドは仲間に加わった。

 

「そうだ。ザンク、お前も仲間にならないか? ドルファにいるよりも自由に暴れられるぞ」

「はァ? この俺を仲間にするなんてお前はバカかァ?」

「せやせや。リタはんがいなくなればこの村ももう安全や。いっそザンクはんも一緒にダンナの仲間になろうや」

 

 ファングとガルドはザンクを勧誘する。今はとにかく仲間が必要だ。先ほど無数のライオトルーパーを相手に圧倒してみせたザンクが仲間になるのなら心強い。

 

「お前らの仲間に、ねえ」

 

 ザンクは微妙な表情を浮かべる。

 

「ダメよ。こいつ、ここの生活結構気に入ってんのよ。・・・・・・あたしもね。それに急にいなくなったら子どもたちも悲しむわ。だから諦めて」

「別に気に入ってる訳じゃねえよォ!」

「そういうことなら仕方ねえな。じゃあな、子どもたちと仲良くしろよ!」

「だから話しを進めんなァ!!」

 

 勝手に決められた村の残留にザンクはため息を吐いた。まあパートナーであるデラは彼の感情を代弁しただけだ。彼女が言っていることは実際にザンクの本音で間違いない。

 

「たく・・・・・・なんかあったら俺様に電話しろ。適当に暴れてやるよ」

「おおきに!」

 

 ニヤリと笑って協力を約束したザンクにガルドは満面を笑みを浮かべた。

 

 ◇

 

 その日の夜。巧は一人向日葵荘の屋根に座り、月を見上げていた。今日は色々とあったな。巧は寝転がる。ファイズギアを奪われ、皆の前でオルフェノクになった。それは彼にとってあまり大きな出来事であり、きっと一生忘れることが出来なくなる衝撃だ。こうして一人になりたくなるのも無理はない。

 

「俺はなんなんだろうな」

 

 ポツリと呟く。巧は昼間のことを思い出す。ウルフオルフェノクになっても温かく受け入れてくれたエフォールたち。嬉しかった。皆を裏切るのが怖かったから。だが同時に苛立ちを覚えた。巧が否定したくて否定したくて仕方がないオルフェノクとしての姿を何故彼らは皆受け入れるのだと。どこまでいってもオルフェノクは怪物。心の奥底から沸き立つ本能に身を委ねれば、当たり前のように人を傷つけ、当たり前のように人を殺す存在だ。そんな存在が受け入れられていいはずがない。自分を含めてオルフェノクなんてこの世から全て消えてしまえば良いのだ。かつて元の世界で草加を殺された時のように巧の心の中でドス黒い感情が渦巻く。

 

「巧さん、ここにいたのですか。探しましたよ」

「リタ・・・・・・」

 

 月を背景に空を飛ぶリタに巧は目を丸くする。あまりにも神々しい。流石は手にした者が神になると言われているだけのことはある。女神の一部であったアリンよりももしかしたらその力は強いのかもしれない。リタの雰囲気に巧は呑まれそうになる。

 

「どうしてここに?」

「あなたに聞きたいことがあったんです」

 

 何を聞きたいのだ。巧は首を傾げる。オルフェノクのことならさっき皆で夕飯を食べた時に話した。それ以外に何か気になることでもあったのだろうか。

 

「どうしてあなたは戦わなかったのですか?」

「・・・・・・なんのことだ?」

「力を奪われた時のことです」

 

 巧は眉を寄せる。どういうことだ。アポローネスのピンチに自分はウルフオルフェノクになって戦ったはずだが。

 

「だってあなたは仲間がピンチになるまでオルフェノクにならなかったじゃないですか。最初から使っていれば取り返すのも・・・・・・いいえ、そもそも奪われることもなかったのに」

 

 リタはさっさとウルフオルフェノクに変身しとけと言いたかったのか。巧は納得した。確かにレオを圧倒した姿を見たならそう言うのも分からなくはない。だがオルフェノクの力を毛嫌いしている巧はそう易々とオルフェノクになったりはしない。仲間が絶体絶命のピンチにならない限り本来はウルフオルフェノクの力は隠しているのだ。

 

「なんで力を隠してたんです?」

「それは・・・・・・」

 

 言葉が続かない。人でありたいから。自分が嫌いだから。皆に正体がバレたくないから。どれを言っても自分の本心ではない気がした。

 

「あの異国の言葉を使う男は自分の力を使って戦っていました。ファイズとやらに変身していても、です。でも、あなたは人であることにこだわってそれをしなかった。それをすればあの男を倒せていたのに」

「・・・・・・それをしたら俺は本当に化け物になっちまうからだ」

「本当にそうですか? オルフェノクとしての自分から目を反らしてるだけではありませんか。あなたのかつての仲間の中にはオルフェノクもいますよね。蛇のオルフェノク。彼はオルフェノクでありながらも人を守るために戦いましたよ。その人も化け物なんですか? 違いますよね」

 

 巧は無言で頷く。

 

「彼のように自分がオルフェノクであることを受け入れてください。あなたは一度死んでオルフェノクになった。その現実から目を反らしてはいけません」

「うるせえよ! 目を反らすのが悪いのかよ!? 俺は身体はオルフェノクだ! だけど心は人間だ! それの何が悪い!? 俺はあいつみたいに自分自身を受け入れられないんだよ!」

 

 夜だというのに巧は思わず叫んでしまった。どれだけ否定したくても否定出来ない悲しき過去。嫌で嫌で仕方がなくて目を反らし続けてきた現実。受け入れられない自分の身体。それら全てに向き合え。そんなことを言われて巧は怒りを覚えた。静かに、とリタに注意されて彼は口を閉じる。

 

「あなたの気持ちはよく分かりました。本当にあの娘の言ってた通りだな。・・・・・・なら、私が巧さんを人間に戻してあげます」

 

 リタは巧に手を向けた。彼の腰から何かが飛び出す。巧は痛みを感じて腰を押さえた。自分の大切なナニかが引き剥がされたような感覚を覚える。ファイズ以上に失ってはいけないものを失ってしまった。何をしたんだ。巧はリタに視線を向ける。彼女の手のひらにそれは浮かんでいた。あれはなんだ。彼は目を見開く。知る者が見ればそれはオルフェノクの記号であると気づくだろう。あれこそがウルフオルフェノクの力の根源。巧が英雄である証。それが引き剥がされたということは・・・・・・。

 

「おい、まさか・・・・・・」

 

 ありえない。そんな奇跡が起こせるはずがない。

 

「はい、これで巧さんは人間ですよ♪」

 

 リタは巧に微笑んだ。聖母のような、天使のような、眩しい笑顔。慈愛に満ち溢れた目が巧を見つめる。しかし、巧にはそれがとても恐ろしいナニかに見えた。彼は背筋に寒気を覚える。もしも彼女が味方から敵に回ったのなら。これほどの力を秘めた存在を巧は倒すことが出来るのだろうか。いや、もう自分には戦う力は残っていなかったか。

 

「・・・・・・俺、人間に戻っちまったのか?」

 

────乾巧は人間に戻ってしまったのだから。

 

 




人は人であれば良い。

なんとたっくんが人間に戻ってしまいました。S級妖聖恐るべし。でも可愛い。

次回から新キャラ登場です。これ知ってる人がいたら割りと凄いと思います。たっくんというかファイズに縁の深いキャラです。前の予告でセリフだけは出てるので是非予想してみてください。


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激突する最強

コンパイルハートさんが出すvitaの配信ゲームにフェアリーフェンサーエフも参戦するそうです。基本無料なので皆さんも配信されたらやってみましょう(ダイマ)


 眩しい。窓から覗く朝日が眠っていた巧の意識を覚醒させる。彼はうっすらと目を開いた。たった一つを除いていつもと変わらない朝だ。その一つが違うだけで大きく違うのだが。久しぶりの人間としての朝。気分は不思議と変わらない。巧はあくびをした。

 

「・・・・・・あー、変身出来ねえ」

 

 巧はポツリと呟く。既に何度も試みたが全てが無駄に終わった。ダメだ。ウルフオルフェノクになれない。リタの言っていたことは本当だった。どうやら巧は本当に人間に戻ってしまったらしい。オルフェノクとしての力は一切残ってないようだ。今の巧は正真正銘ただの人。何も出来ることはない。

 

「喜ぶべき、なのか?」

 

 鬱陶しいと思っていた。人を殺せと囁く内なる自分自身に嫌気が差したから。消えてしまいたかった。怪物として誰かを傷つける自分自身が怖かったから。だから望んでいた。人に戻りたいと。何度も何度も。決して叶わぬその望みに思いを馳せた。なのにこうしていざ人間に戻れた巧が感じたのは空虚感だけ。そこには喜悦の感情は一切ない。かといってオルフェノクであった自分に未練がある訳でもない、はずだ。なんだか矛盾していて気持ちが悪い。巧は頭を横に振った。過ぎたことは仕方がない。どうすれば良いかは後で考えればいい。

 

「巧さん、起きてますか?」

 

 こんこんとノックを叩く音が聞こえる。リタだ。彼女は巧が返事をするよりも早く扉を開いた。

 

「おはようございます」

「・・・・・・おい、勝手に開けんなよ」

「起きてることは分かってるのですよ。私に居留守は通用しません」

「お前、ほんと便利な存在だな」

「ふふ、褒められるのは悪い気がしませんね」

 

 自慢気に笑うリタに巧は褒めてねえよと内心毒づく。そしてこの思考もバレてるかもしれない事実にちょっとだけ寒気がした。

 

「どうです、人間としての目覚めの気分は? 久しぶりなのでしょう?」

「いつもと変わんねえよ」

 

 別に人間でもオルフェノクでも基本的な生活は変わらない。オルフェノクも元はただの人間だ。オルフェノクになれる以外に人間と違うところは特にない。強いていうなら人としての本来隠している凶悪な性質が強大な力を持ったことで浮き彫りになる者が多いだけだ。

 

「では、まず一つ。変わらないことを見つけられましたね」

「はあ、何がだ?」

「人間とオルフェノクの違いですよ」

 

 どういうことだ。巧は首を傾げる。

 

「別に私はこのままあなたを一生人間のままにする気はありませんよ。ただ単にオルフェノクとしての自分を受け入れられるように一度人となってもらっただけに過ぎません」

「なんだよ、それ」

「すぐに分かりますよ。巧さんが巧さんである限り必ずあなたはオルフェノクに戻ることになるのですから」

 

 リタが何を考えているのか分からない。戻すつもりならわざわざ人間にさせる必要があるのか。しかも、まるで巧が自ら望んでオルフェノクに戻ることを望みとでも言いたいような言動だ。おかしい。何でせっかく人間に戻れたのにまたオルフェノクにならなければいけないのだ。まるで意味が分からない。巧はまた首を傾げる。

 

「さ、朝食が出来てますよ。行きましょう」

 

 ◇

 

「さーて、メシだ。メシメシ! 今日の朝メシは和食か。うめえ!」

 

 巧が食堂に向かうとファングが上機嫌で朝食にありついていた。普段は遅くまでぐうたらと眠っている彼が今日に限ってやけに早起きだ。リタと色々あって食堂に来るのが遅れたとはいえ巧より起きるのが早いなんて珍しい。何か理由でもあるのだろうか。

 

「メシのことになると騒がしい奴だな」

 

 巧はファングの近くに腰掛けるとテーブルに和食の載ったお盆を置いた。味噌汁や焼き魚などオーソドックスな和食のフルコースはとても美味しそうだ。これはファングのテンションが高いのも納得だ。

 

「まったくだ。朝っぱらからやかましい奴め」

「せやか? ワイは賑やかな方が好きやで」

「・・・・・・私は苦手だ。朝は気分がどうにも優れない」

 

 朝からテンションの高いファング。熱いお茶を飲んでいたアポローネスは鬱陶しそうに彼を見つめた。元から賑やかなのが好きで久しぶりに彼らと食事を共にするガルドは笑みを浮かべる。

 

「ふぅふぅ。あ、おはようございます。巧さん」

「・・・・・・おう、おはよう」

 

 一心不乱に味噌汁を冷ましていた果林。彼女は巧が目の前に座ると顔を上げて笑顔で挨拶した。

 

「どうしたのですか、乾さん? あまり顔色が優れてませんわ。やはり昨日のことがショックできちんと睡眠がとれなかったのですか?」

「まあ、な」

 

 昨日は昨日でもファイズギアのことではない。あれも心配だが今はオルフェノクのことだ。心配するティアラに巧は曖昧な返事をした。

 

「気分が優れないならこれをどうぞ。カモミールティーです。披露回復に良いのでお飲みになってください」

 

 巧はティアラに差し出されたカモミールティーを無言で見つめる。今の自分は人間に戻っている。なら、今ならもしかしたら猫舌も治っているのではないか。巧の猫舌はオルフェノクになったのが原因のようなものだ。治っていてもおかしくない。淡い期待を込めて巧は熱々のそれを一気に口へと傾けた。

 

「熱っ!」

 

 人間に戻っても猫舌は変わらないらしい。巧は慌てて冷たい水を飲んだ。

 

「もう、何をやっているのですか?」

 

 口元を押さえている巧にティアラは呆れる。彼が猫舌なのは周知の事実だ。このパーティに加わったばかりのアポローネスにまでそれは知れ渡っている。いきなり熱い物を口にする奇行にティアラは目を丸くした。

 

「い、いや。もしかしたら猫舌が治ったんじゃないかと思ってな」

「え、何故です? 何か変わったことでも?」

「・・・・・・何となくだ」

 

 オルフェノクから人間に戻ったから、なんて巧の正体を知らないティアラに言えるはずがない。二重で驚くことになるだろう。せめてオルフェノクのままだったらまた話しも別なのだが。

 

「ふふ、これでまた変わらないことが一つ見つけられましたね」

「うるせえよ」

 

 耳元で囁くリタに巧は眉を歪めた

 

「お前、力が使えなくなったのがショックで頭おかしくなったんじゃねえか? 猫舌なんてそう簡単に治るもんじゃねえだろ。記憶でもなくさない限り」

「そうです。同じ猫舌の私が断言します。巧さんは記憶でもなくさない限り治りませんよ」

「な、なんや。やけに具体的な治療法やな」

 

 記憶喪失をやけに強調するファングと果林にガルドは苦笑を浮かべる。というかそんな方法で本当に猫舌が治るかどうかも怪しいのだが。

 

「記憶なんてなくせるかよ。他に方法ないのか?」

「ないない。諦めろ」

「もう、巧さんは良いじゃないですか。治る余地があるんだから。私なんて氷の妖聖ですよ。存在自体が猫舌なんですからね」

「あ、ああ。わりいな」

 

 珍しく怒る果林に巧は頭を下げた。氷の妖聖は生まれつき猫舌なのだ。生まれつき治る余地のない彼女からしたら贅沢な悩みだ。しかし、炎の妖聖であるアリンとキョーコは以前かき氷を美味しそうに食べていたから不思議だ。どこで差が出たのだろうか。疑問である。

 

「そういえばファング。お前、今日はやけに早起きだな」

「別段早起きではないと思うのですが・・・・・・」

「ああ、ちょっと皆に話したいことがあってな」

 

 話したいこととは? 巧は首を傾げる。他の面々も概ね同じ反応だ。

 

『あれー、でもエフォールがいないよー』

『言われてみれば。今朝から見ていないな』

 

 困った。何かを相談しようにも肝心のメンバーが揃っていないのでは相談出来ないではないか。ファングはここにはいないエフォールに頭を掻く。

 

「エフォールさんなら散歩に行くと言ってましたわ」

「あいつ・・・・・・こんな一大事に呑気なもんだな」

 

 いつ敵が襲撃してきてもおかしくないというのに。巧はこんな状況下で単独行動をするエフォールの自由人振りに少し呆れた。

 

「ただいま! ファングー! 果林ー!」

「お、帰ってきたみたいだな」

 

 噂をすればなんとやら。エフォールが向日葵荘に戻ってきたようだ。ドタドタと慌ただしく鳴る足音に何事だ、とファングたちは思った。しばらくして食堂に入ってきたエフォールに彼らは目を見開く。

 

「皆。見てみて! ワンちゃん拾った!」

『・・・・・・ワウ』

 

 犬。エフォールは小さな両腕に灰色の子犬を抱えていた。言動から察するに捨て犬を拾ったのだろう。通りで散歩の帰りが遅くなる訳だ。

 

「きゃあー! 可愛い!」

 

 可愛いものが好きなアリンはその子犬に目を輝かせる。エフォールから犬を受けとると彼女は一心不乱に頭を撫で回す。

 

「こら、エフォール! 今すぐ元いた場所に戻してきなさい! ダメじゃないですか、捨て犬なんて連れてきちゃ!」

「捨て犬じゃないもん。河原にいたの」

「野良犬ならなおのことダメです。悪い病気を持っていたらどうするんですか!?」

 

 エフォールは犬を返してこいと言われて涙目になる。果林はエフォールの保護者としての一面を久しぶりに発揮した。彼女に説教をされたエフォールはファングに救いを求め、視線を向けた。なんで俺なんだ。ファングは困ったように頭を掻く。

 

「うー、ファングー」

「しゃあねえだろ、そもそもここ宿屋だぞ。犬なんて勝手に連れて来たらダメだろ」

「ダメ・・・・・・?」

「かわい────あー。いや、そんな目で見られても俺が決められることじゃねえよ。家主に聞け、家主に」

 

 上目遣いと涙目のコンボに一瞬ドキリとしたファング。だがペットを飼う判断は彼の一任でどうにかなるものではない。宿で犬を飼うなんて女将のミツボが許すはずがなかった。ただでさえキュイやセグロという動物が・・・・・・。あ、とファングは気づいた。

 

「よく考えてみれば俺たち既に犬を一匹飼ってたな」

「キュイ?」

 

 目の前でドッグフードを食べていたキュイにファングは視線を向ける。キュイが許されるならこの犬も大丈夫かもしれない。というかセグロですら許されるのに犬が許されない理由がなかった。

 

「キュイは犬ではありません。見た目はともかく立派な妖聖ですわ」

「立派な妖聖に犬の餌を食べさせるんか・・・・・・?」

 

 ガルドは思わず突っ込む。

 

「ミツボ、この犬飼っても大丈夫?」

「私は構わないよ。この宿はペット同伴OKだからね。でもちゃーんと躾しなさいよ。トイレもそうだけど他のお客様に迷惑もかけないように」

「うん!」

 

 一件落着。犬を飼っていいと言われたエフォールは笑顔を浮かべた。

 

「良かったな、エフォール」

「うん!」

 

 嬉しそうなエフォールの頭をファングは撫でた。

 

「名前はどないするん? 無難にポチとかでええんかな?」

「キュベリオル二世にしましょう。キュイとおそろいです」

「あんたのネーミングセンスどうなってんの? てかキュイってキュベリオルの略だったの!?」

「意外な真実ですね」

「落ち着け。名前よりまずは犬小屋だ。それにトイレ用の砂、あとオモチャを用意しなくてはな」

「意外と犬好きなんだな、お前さん」

「エミリが昔、捨て犬を拾ってきてな。私も可愛がったものだ」

「それにしてもこの犬の犬種はなんだろう。見たことがないなあ」

 

 ファングたちは犬の周りに集まるとワイワイと盛り上がる。ここ数日疲弊する毎日が続いていた。こうした癒しは彼らにとっても必要だ。

 

「・・・・・・この犬」

 

 巧は皆に囲まれても尻尾一つ振らない犬に目を見開く。この子犬は犬ではない。本来は狼。子狼だ。無愛想で人間になつかないところがそれを物語っていた。だが巧が狼と気づいた理由はそんな現実的なものではない。その目が狼と合った瞬間、ある種の確信が彼の脳を駆け抜けた。

 

「気づきましたか?」

「こいつは俺、か?」

 

 無言で頷くリタ。やはり、と巧は思った。この子狼の正体はウルフオルフェノクだ。灰色の体毛。額にうっすらと浮かび上がった紋章。それは巧の変身したウルフオルフェノクの特徴と一致している。

 

「ウルフオルフェノクの記号。あなたから抜きとったそれに命を吹き込みました」

 

 デタラメだ。今までもデタラメだったが今回は理解の範疇を越えている。人からオルフェノクの力を奪うだけでも異常だ。そこから更に命を吹き込むとは。信じられない。言葉で表現することができない。こんなの反則ではないか。巧は引きつった笑みを浮かべる。

 

「ふふ、これでオルフェノクとしての巧さんを客観視出来るでしょう? 我ながら素晴らしいアイディアだと思ってます」

「いや、犬をどう見たら客観的に自分を見直すことになるのかぜひ教えてくれ」

「人の姿だったら本当に何も変わらないですからね。客観視するためにあえて獣にしたんです。あ、本当にあえてですよ。これであなたの本心が分かりますよ」

 

 自分そっくりの人間が目の前で行動している。想像しただけで気味が悪い。確かに獣で良かったかもしれない。巧はリタの言っていることを信じた。ここまで来たらそれが嘘でないと分かる。未来予知したり、人の心を読んだり。Sランク妖聖はどれだけでたらめなんだ。その気になればリタは死者すら生き返らせられるかもしれない。これほどの力があるならオルフェノクが欲するのも納得だ。

 

「巧、リタ。お前ら何やってんだ?」

「・・・・・・なんでもねえよ」

「ええ、なんでもありませんよ」

 

 輪に入らず遠目で何かを話し込んでいる巧とリタ。それに気づいたファングが怪訝な表情を浮かべる。

 

「まあいいか。それより皆。ちょっと話したいことがあるんだ。ちょっとそこのワン公のことは後回しにしてもらっても良いか?」

「えー」

「えー、じゃないですよ。元を正せばあなたのせいで遅れたんですからね、エフォール」

 

 エフォールは不満を顔に浮かべながらも渋々引き下がった。

 

「わりいな。後で遊んでやるからな」

『・・・・・・ワン』

 

 ウルフオルフェノクはファングに頭を撫でられると無言で頷く。ウルフオルフェノクは心地がいいのか尻尾が僅かに動いていた。

 

「お、こいつキュイより賢いんじゃねえか? 俺の言ってること分かってんぞ」

「キュイ!?」

「当たり前だろ!!」

「キュイィ・・・・・・」

 

 キュイはファングと巧に犬よりも下と言われてショックを受ける。特に巧は普段から自分に無害という認識だったのでその裏切りとも言える行為のショックは大きい。まあ巧からしたらファングの言い分を否定したらキュイより自分の知能が劣ることを認めたことになるので仕方ないのだが。

 

「ちょっとお二人とも。キュイをいじめないでください」

「俺はいじめてねえよ」

 

 ティアラは震えているキュイを抱き上げた。

 

『おい、ファング。いい加減本題に移れ』

「あ、悪い悪い」

 

 ブレイズに促され、ファングは懐から何かを取り出した。

 

「これを見てくれ。・・・・・・俺宛にドルファからの立食パーティーの招待状が届いたんだ」

「おっさんのじゃないのか?」

「いや。そもそも今回はおっさんからの招待状自体来てねえ。シャルマンがいねえからな。ピアノの演奏もないんだろ」

 

 ファングが取り出したのは立食パーティーの招待状だった。それは前の世界ではティアラが受け取っていたものだが今回の世界ではファング宛に変わっていたようだ。

 

「これに皆で行こうと思ってな」

「え、やった! またご馳走が食べられるじゃない!」

「・・・・・・楽しみ」

 

 食べることが大好きなアリンとエフォールは立食パーティーの招待状に目を輝かす。

 

「確か、ドルファは世界征服を企んでるんですよね。罠ではないのですか?」

「せやせや。わざわざダンナをご指名とは奴さん明らかに何か企んどるわ」

 

 元から警戒心が強いティアラ、つい最近までドルファに所属していたガルドはこのパーティーの招待状に疑問を抱く。確かに前の世界ならともかく今回の世界ではファングたちはドルファの邪魔しかしていない。明確な敵であるファングをわざわざ自分たちのパーティーに招待するなど不審だ。何かを企んでると考えていいだろう。

 

「ドルファの狙いは大方予想がつく。・・・・・・ファング、貴様を手中に収めるつもりだ」

「ファングを?」

「この世界は以前とは違う。あのオルフェノクという怪物どもはドルファの兵力と同等、あるいはそれ以上。互いに今のところは不可侵な状況が続いているがそれもいつまで続くか分からん。ドルファは来たるべきオルフェノクとの全面戦争に備えて、戦力集めに躍起になっているのだ。そんな中で私が離反した。今すぐにでもその埋め合わせが必要なのだろうな」

 

 パーティーの目的はフェンサーの勧誘。以前の立食パーティーの時にそんな話しをティアラから聞いた覚えがある。巧自身はフェンサーではないのですっかり忘れていた。それならこの招待状も納得だ。あの時よりも兵力が下がっているドルファなら今のファングは喉から手が出るほど欲しいはず。たった一人でドルファ四天王に匹敵する力を持っている男だ。

 

「そんなこと言われなくても分かってる。あれだけ派手に戦ってれば嫌でも有名になるだろ。ま、勧誘は前の世界からあったんだけどな」

 

 しかし、それを分かっていながら何故ファングは立食パーティーに向かうのか。まさか単純にご馳走が食べられるからとかそんな理由ではあるまい。いや、ファングならそれもあり得るか。巧は疑問に思う。

 

「なに? では貴様はドルファに与する気か?」

「んなこと言ってねえよ。俺が立食パーティーに行きたいのはタダ飯が食えるからだ。・・・・・・ってなんだよ、その冷たい目は? 冗談に決まってるだろ!」

 

 冷ややかな視線を向けられたファングは慌てて否定する。彼は軽く咳払いをした。

 

「戦力が欲しいのはドルファだけじゃねえ、俺たちもだろ」

「あ、もしかして!」

「あいつらを!?」

 

 ファングが何を考えているのか気づいたアリンと巧は目を見開く。彼はニヤリと笑った。

 

「ああ、マリアノと北崎を仲間にしようと思う」

「ドルファ四天王を全員仲間にする気?」

 

 やはりか。ここまでファングはアポローネスを仲間にし、ザンクの協力を取り付けている。そうなると残ったドルファ四天王の二人を仲間にしようとするのは自然な流れだ。アリンは北崎ではなくパイガが四天王であることをすっかりと忘れていた。まあ、パイガと一度も戦った記憶がないから忘れていても仕方がないのだけど。

 

「そんなに上手くいくんか? アポローネスはんが抜けて必死なんやろ。マリアノはんや北崎を手放すと思えんけど」

 

 ガルドはドルファが一枚岩でないことを痛いほど知っている。そう何度も易々と自らの戦力を失うような失態はしないはずだ。

 

「大丈夫だって。アポローネスも言ってるだろ。ドルファはオルフェノクとの全面戦争に備えてるって。俺たちの敵もオルフェノク────奴らを操っているシャルマンだ。敵の敵は味方だろ。ここはお互い協力してオルフェノクと戦うんだ。北崎がいれば巧のベルトを取り返せる。後はオルフェノクたちを倒した後でそのままマリアノたちが仲間になってくれたらラッキーだな」

『ファングが頭を使うなんて珍しい』

「仲間のピンチだから当たり前だろ」

 

 ファングは食いしん坊のバカだが頭が回る。常にその時に最善の方法を本能的に選ぶことが出来る力があるのだ。巧のベルトが奪われてすぐに取り戻す算段を立てるのは素早い判断だ。ブレイズは久しぶりに彼を評価した。

 

「なるほどねえ。ドルファもファングくんもオルフェノクと戦う戦力が欲しいのは一緒だ。これなら利害も一致してる。一時共闘か、確かに上手くいくかもね」

「だろ?」

「うんうん。ダメ元でも行く価値ありだわ。こっちにはどう転んでも損なんてないんだし」

 

 アリンの言っていることはもっともだ。ファングは何をされてもドルファに属する気はない。何か不利な条件が提示されたのならその時点で引き下がれば良い。ドルファの協力を得ることが出来なくても他にも戦力のアテはある。まだ再会してないピピンやファングが窮地になれば駆けつけると約束している剣崎。彼らと合流出来れば何とかオルフェノクと戦うことも出来るはず。変に気負う必要はない。

 

「じゃ、皆。今日の立食パーティーは参加で良いか?」

「私は構いませんわ」

「俺も構わねえ。北崎に会いたかったからちょうど良い」

「あたしは最初から行く気だし」

「ワイはダンナに何処までもついていくで。よーし、腹減らしとこ」

「貴様の決めたことなら口は出さん」

「私も何でも良いや」

 

 そうと決まれば急いで準備をしなくては。彼らは立ち上がった。

 

「zzzzzzzz」

「起きなさい、エフォール。もう皆部屋に戻りましたよ」

「・・・・・・あ、寝てた」

「もう。難しい話でもちゃんと聞かないといけませんよ」

 

 ◇

 

 ゼルウィンズのどこかに存在する廃墟となったバー。

 

「やはりファングくんはそう簡単には死んでくれませんか」

「そうなんだよ。あいつ強すぎだぜ、大将。王の力にも匹敵するかもしれねえよ」

『不死身の王が敗れるとは思えないのだけど。確かにあの男を始末するのは骨が折れそうだわ。こっちも切り札を使わないと厳しいかしら』

 

 ここにオルフェノクの幹部が集まっていた。バットオルフェノク、冴子、レオ。そしてシャルマン。彼らはファングの抹殺を密かに企てていた。

 

「あれを使うのはまだ早すぎます。それに核となる『彼』もまだ復活していない。今は他の手段を考えましょう」

「でもあいつらサイドバッシャーも通用しなかったぞ。正攻法で勝つのは不可能だぜ」

『まったく。本当に乾巧や北崎くん以上に厄介な存在になったわね』

「ファングくんは人間ですからね。刹那の時を生きる彼らとは伸びしろに圧倒的な差があります」

『だからこそ。さっさと殺さないとね』

 

 上級オルフェノクである二人は確かに強い。ウルフオルフェノクとドラゴンオルフェノクは現状存在するオルフェノクの中でも最上位の強さだろう。だがその二人よりも今のファングは強い。既に進化を遂げた彼らと違いファングはまだ進化の途中。その実力はまだ底が見えていない。だからこそ一番厄介なのだ。どれだけ強力でも素の実力では王を越えることは不可能な二人。彼らと違いファングには王を越える可能性がある。その差はあまりに大きい。

 

「あ、そうだ。おい、影山。てめえ乾巧がオルフェノクだって知ってたろ!?」

「Why did you remain silent?(何故黙っていた?)」

 

 巧の名前が出たことでバットオルフェノクは冴子の肩に掴みかかる。彼とレオはウルフオルフェノクについて知らされていなかった。そのせいでファイズに変身したレオは初見殺しのウルフオルフェノクに敗北し、標的を取り逃がしている。巧がオルフェノクだと最初から分かっておけばいくらでも対応の仕方はあったはずだ。知略に長けた戦闘も得意とするバットオルフェノクは怒りを露にした。

 

『わざわざ話す必要がないでしょう。ファイズに変身出来るのはオルフェノクだけ。なら乾巧もオルフェノクに決まってるじゃない。もしかして気づかなかったの?』

「気づくか! 人間に味方するオルフェノクなんて例外が何人もいると思う訳ねえだろ! あやうくレオがやられるところだったんだぞ!」

『あまり怒らないで頂戴。確かに私にも落ち度はあるけど。あなたたちも悪いのよ。それに死んでも『また』復活させれば良いだけのことでしょ』

「てめえ・・・・・・!」

『あら、私に対して喧嘩を売る気?』

 

 バットオルフェノクと冴子の間に一触即発のムードが漂う。

 

「Quit. The mistake was mine(よせ。俺のミスだ)」

「レオ・・・・・・」

 

 冴子に掴みかかろうとしたバットオルフェノクの手をレオが引く。

 

『物分かりが良いと助かるわ。バットと違ってね』

「あぁ?」

 

 今度こそバットオルフェノクは冴子の肩を掴んだ。

 

「仲間内で争うのはやめてください」

 

 二人の間にシャルマンが割って入る。

 

「バットさんがいなくなっても冴子さんがいなくなっても僕達には損失しかないんです。ただでさえゼルウィンズ各地に散っているライオトルーパーも黒き仮面の戦士に倒されているという話です。これ以上の損失は避けなくては。オルフェノクの復活にも時間が掛かりますからね。なるべく今は兵力を温存しなくとはなりません」

「ち。大将に感謝するんだな」

『それはこっちのセリフよ』

 

 本当に相性の悪い二人だ。シャルマンはため息を吐く。かつての村上はよく彼らや北崎などの問題児を管理できたものだ。

 

「ところで皆さん。失敗に終わったSランク妖聖の回収はどうしましょうか?」

「俺は諦めた方が良いと思うぜ。戦ってはっきりと分かったからな。ファングは次元が違うって。マジで奴とはオルフェノクの王でもなければ勝負にならねえよ。止めとけ止めとけ。・・・・・・それとも大将自ら出向くか?」

「僕は遠慮しておきますよ。ファングくんとの実力差は前の世界から感じてましたからね」

『あら、本当に諦めるの? シャルマン、あなたの願いを叶えるチャンスよ』

「いえ、無論諦める気はありませんよ。・・・・・・あなたの出番です」

 

 シャルマンは視線を出口に向けた。金髪の男がフラりと現れる。いつの間にそこにいた。強者であるレオにすら悟られずに現れたその男は一体何者なのだろう。まるで神が顕現した、そう錯覚してしまう程に男は底なしの雰囲気を持っていた。

 

「ようやくワイの出番か」

「ええ。ファングくんが別次元の強さを誇っていても彼がフェンサーである限りあなたの前には無力だ。確実に仕留められるはずです。Sランク妖聖の回収、お願いできますか?」

「もちのろんや。大船に乗った気でいてくれや」

 

 ニヤリと笑うと男はどこかへ姿を消した。

 

「本当に頼りにしてますよ『ギャザー』さん」

 

 ◇

 

「やっぱりドルファって凄いわね。相変わらず人が一杯だわ」

 

 二度目の立食パーティーも以前と変わらず豪華絢爛なものだった。高そうな花に高そうな装飾品。とにかく辺りにある物全てに高そうが付きそうな光景にアリンはまた目を輝かした。

 

「このお肉美味しい」

「こっちの寿司も美味いで!」

「わーい、ごちそうごちそう!」

「ふふ、あまりはしゃぎすぎてはいけませんよ」

 

 エフォールたちはさっそくパーティーを満喫しているようだ。喜んで食事をしている姿にティアラは微笑みを浮かべる。

 

「アポローネスくんは食べないのかい?」

 

 彼らが各々パーティーを楽しむ中で一人だけ周囲を鋭い目で見渡すアポローネスがハーラーは気になった。賑やかなのは苦手だと言っていたのは本当のようだ。彼は心なしそわそわしていた。

 

「そこまで腹は減っとらん。それより今は北崎とマリアノを見つけることが先決ではないのか?」

「大丈夫だって。心配せずとも俺様が目当てなら向こうから来んだろ。お、このフカヒレうめえ!」

「言い出しっぺの貴様が呑気に食事をしてるんじやない」

 

 やはり目的は仲間を得ることではなくタダ飯だったか。アポローネスはため息を吐いた。

 

「あれ、そういえば巧は?」

「乾さんならリタさんと一緒に北崎さんを探しに行きましたわ」

「果林ちゃんもこっそり跡を追いかけてたよ。しかし女の子と二人なんて乾くんが珍しいね」

 

 巧とリタはやけに仲が良いな。基本的に一匹狼の性質を持った巧が誰かを引き連れて行動するなんて珍しい。彼とかなり距離が近い果林だって二人っきりなんて状況はなかったのに。何故か出会ったばかりのリタとは今朝からやたらめったら二人っきりで行動している。これは一体・・・・・・? ハーラーは巧にあらぬ疑いをかける。

 

「まさか。乾くんはリタちゃんに気でもあるのかな?」

「いやいや。ありえねえよ」

「そんなことにかまけている余裕は奴にも我々にもないだろう」

「まったくだ。これはフューリーを集める冒険だ。恋愛にかまけている場合じゃねえよ」

「そうですわ。私たちは一刻も早く世界を平和にするのです。寄り道してる暇はありませんわ」

 

 いや、お前らがそれを言うな。ハーラーとアポローネスは同時に突っ込んだ。

 

 ◇

 

 一方その頃。

 

「乾くんから僕に会いに来るなんて珍しいね。何の用?」

 

 巧は北崎と再会していた。彼はパーティー会場にはおらず見つけるのに手間取った。町外れの公園。北崎はそこにいた。例によって例のごとくリタの能力によって彼の居場所を特定し、巧とリタは瞬間移動をした。彼女の計らいによって転移した果林も一緒に。目の前に現れた二人に北崎は驚かされた。

 

「いや、少しお前に聞きたいことがあるんだ」

「ふーん、話してみなよ」

 

 巧はこれまでの経緯を全て北崎に話した。ファイズギアを奪われ、皆の前でオルフェノクになり、そしてオルフェノクの力を失ったことを。北崎は黙ってそれを聞いていた。

 

「俺、人間に戻っちまってさ。ファイズにもオルフェノクにもなれないんだ」

「力を失った、か。ちょっと会わない間に色々とあったんだ。大変だったね」

 

 巧は北崎が座っていたブランコの隣に座る。二人がこうして肩を並べて語らう日が来るなんて初めて戦った時には想像がつかなかった。

 

「巧さんに、そんなことが」

 

 それを果林は隠れて聞いていた。彼女は巧がただの人間に戻ってしまったと知り驚愕する。

 

「もしかして、私のせいで・・・・・・!」

 

 果林はリタに自分が言ったことを思い出す。オルフェノクとしての自分を受け入れられない巧が心配だ、と。リタが巧を人間に戻したのは間違いなくそれが原因だ。どうしよう。とんでもないことを自分はリタに相談してしまったのかもしれない。彼女は後悔した。

 

「・・・・・・なあ北崎。俺はこれからどうしたら良いと思う?」

「うーん。せっかく人間に戻れたんだから自由に生きれば良いんじゃないかな」

「自由にって・・・・・・俺は真剣に考えてるんだよ」

 

 それが分からないから聞いているのだ。かつてのようなはファイズギアを奪われただけならまだ取り返せばすむ話しだった。だが今回失ったのはベルトだけではない。オルフェノクの力もだ。ファイズの力はオルフェノクにしか使えない。彼はファイズに変身することが出来なくなった。ただの人間となった巧がファングたちに出来ることは何もない。オルフェノクを倒して人を守ることも出来ない。巧は自分自身がここにいる意味が分からなくなってしまった。そのどうしようもない不安を巧は北崎に吐露する。

 

「俺は何もかも失った。今はただの人間なんだ。もう誰も守ることが出来ない。誰の夢も守ることが出来ないんだ」

 

 巧は乾いた笑みを浮かべる。北崎は何とも言えない表情で頭を掻いた。

 

「・・・・・・今の乾くんはさ、昔と違って贅沢だよ」

「贅沢?」

「ファングくんたちみたいな優しい人たちが傍にいて。その人たちと一緒に笑い合える場所があって。オルフェノクとしても受け入れてもらえて。それがどれだけ幸せなのか分かるよね? ずっと一人だった僕は君が羨ましいよ」

 

 北崎はかつての自分の姿を思い出す。触れた者を灰にする能力を秘めた彼は人間だけではなくオルフェノクにまで恐れられていた。他のオルフェノクとは次元の違う強さ。北崎の周りには誰もいない。彼を最強たらしめる力は同時に彼を世界から孤立させていたのだ。孤独なんて当時は意識していなかった。誰もが恐れるこの力が心地よかったから。孤独により寂しさを紛らわせる程に。だがこうして力が制御できるようになった今、もしあの時の自分に戻れるとしても。北崎は絶対に戻りたくないだろう。エミリに触れることが出来なくなる。孤児院の子どもたちと遊ぶことが出来なくなる。人の温もりを知ってしまった北崎にはそんな苦痛耐えられるはずがなかった。

 

「・・・・・・人間としてどう生きれば良いか分からないなんて悩み、やっぱり贅沢だよ」

 

 誰も理解してくれない孤独こそが異形である者の一番の悲しみであり、痛みなのだ。どれだけ人々を守っても、どれだけ人々を愛しても、狂気に包まれたその肉体がある限り彼らとの間には越えようのない壁が生じる。それを乗り越えられる人々は限られている。その限られた人たちとこの世界に来たその日から巧は当たり前のようにずっと一緒にいられた。彼は本当に奇跡的な出会いを重ねてきたのだ。

 

「贅沢、か。確かにそうなのかもしれないな」

 

 北崎に言われて巧は今までの日々を思い出した。

 

「なあ、もう一度聞いて良いか? 俺はこれからどうすれば良い」

「もう一度言うよ。生きれば良いんだよ。自由に。人間になった君にはいっぱい時間があるんだから。何をしたいのかはこれから見つければ良いじゃない。そうだ。そこで君のことをさっきから心配そうに見ている女の子に聞いてみなよ」

 

 そこ? 巧は北崎の視線の先へと目を向ける。木の陰から狐の耳が飛び出していた。あ、と巧が声を出すとその耳がビクリと震える。

 

「あ、あはは。見つかっちゃいました」

「果林・・・・・・」

 

 姿を現した果林の元に巧は向かう。北崎はそれを笑顔で見送る。

 

「なあ、果林。俺、人間に戻っちまったんだ。これからどうすれば良いと思う」

「私にも分かりません・・・・・・」

「そう、か」

「・・・・・・だから一緒に考えましょう。巧さんは一人じゃないんです。私もファングさんたちもいます。一人で抱え込まないでください。心を閉じないでください。皆で一緒に考えればいいんです」

 

 涙目で寄りかかった果林を巧は支える。少しだけ肩の荷が降りた気がした。

 

「いつにも増して自分を追い詰めていたみたいだけど。あとは果林ちゃんに任せれば大丈夫かな?」

「自分を追い詰めているのはあなたもですよ、北崎」

「君はリタちゃん、だっけ? 僕が追い詰められてるってどういうこと?」

「さ、殺気を出さないでください。あなたの力はとりませんから」

 

 リタは北崎の前に立つ。自分の力も奪われると思った彼は僅かに殺気を溢れさせる。流石のリタも北崎ほどの強者の殺気を前に冷や汗を流す。

 

「・・・・・・あなたは同族であるオルフェノクを殺して敵であるはずの人間を守っている。それは何故です? 頑なに人であろうとする巧さんとは違う。オルフェノクであり、人間でもあろうとするあなたはいずれはどちらからも追われる現実にある。いえ、もう既に残酷な現実は少しずつあなたを壊そうとしている。なのに迷いがないのは何故ですか?」

 

 リタは北崎という存在の危うさに気づく。オルフェノクに戻っても人間というスタンスを貫くであろう巧とは違う。北崎はオルフェノクの力を隠そうとしない。それどころか同族を殺すのに率先してその力を使ってる。もはや彼はオルフェノクであるとドルファに所属する兵士から周知されているだろう。ガルドたちのように受け入れられる人間は本当に稀だ。受け入れられない人間が北崎に何をするか。それは彼が元々いた世界の人間が証明している。つまり人間が勝ち残ってもオルフェノクが勝ち残っても彼の末路は・・・・・・。だが北崎はそうと分かっていながら人間の味方をする。自分の正体を隠さない。それは何故なのか。人より優れた視野を持つリタにも分からなかった。

 

「僕が最強だからだよ。僕は僕でなければならない。僕は僕だから。・・・・・・王に生き返らされたオルフェノクには意思がない。ただ人を殺すだけの傀儡だ。壊すだけの怪物だ。でも僕はそうじゃない。北崎という意思のあるオルフェノクだ。守りたい者がある北崎という人間だ。だからこそ僕は彼らを倒されなければならない。それが僕である証だから・・・・・・!」

 

 リタは北崎の言葉一つ一つに込められた強い意思に目を見開く。自分という存在を証明するために彼は命を削っている。そんなことが出来る者は他にいるだろうか。最強を自称する北崎にしか出来ないことだ。

 

「・・・・・・ところでさ、リタちゃん」

 

 北崎はブランコから立ち上がると視線を空に向ける。月が怪しく輝いていた。彼は目付きを鋭くする。

 

「はい?」

「さっきから僕たちを覗き見しているそこの妖聖は君の知り合い?」

「・・・・・・っ! いえ、知りません!?」

 

 リタの返答と同時に北崎は青い火球を空に向かって放った。月に向かっていったはずのそれはナニかに当たって爆発する。

 

「北崎、何があった!?」

「これは一体?」

「さあね。あの人に聞いてみなよ」

 

 近くにいた巧と果林も視線を空に向ける。金髪の男。翼を生やした金髪の男が腕を組んで空を飛んでいた。

 

「降りてきなよ」

「へー、気配は完璧に消したと思ったんやけどな。この時代にもいるもんやなあ、強者って奴は」

 

 ふわりとその男は空から舞い降りた。

 

「君、いったい何者?」

「悪いけど正体は隠すように頼まれてんねん。そこのお嬢ちゃんに聞いてくれや」

 

 北崎たちの視線がリタに向けられる。彼女は青ざめた目で震えていた。巧は驚愕する。あれほどまでに反則的な強さを持ったリタが怯えているなんて信じられない。彼女が恐れるということはそれはこの目の前にいる男がリタよりも強いということだ。

 

「ぎゃ、ギャザー・・・・・・。な、何故あなたがここにいるんです!?」

「リタ、何者なんだ?」

「わ、私と同じSランク妖聖です」

「同じSランクでも格がちゃうねん、格が」

「本当に、格が違う」

 

 目の前にいる金髪の男『ギャザー』はククっと笑う。妖聖である果林はギャザーがどれほど恐ろしい存在か気づく。この男は邪神の末裔であるバーナードより邪悪だ。決して近づいてはならない。目を合わした瞬間から彼女の脳がそう警鐘を鳴らしている。

 

「ふうん。リタちゃんと同じSランク妖聖か。ねえ、じゃあ君は強いの?」

「ああ。少なくとも神々を除けばこの世界でワイが最強や」

「へえ。じゃあ僕と同じだね」

 

 北崎はベルトを腰に巻いた。

 

────315

 

────standing by

 

「ダメです、北崎! ギャザーとは絶対に戦ってはいけません! あなた、死にますよ!」

「そう思うなら早く逃げてくれないかな。全力で時間稼ぎするからさ。・・・・・・変身!」

 

────complete

 

 北崎はサイガに変身を遂げた。

 

「死にたくなければリタはんを差し出すんやな」

「君こそ死にたくなければリタちゃんを諦めなよ」

 

 ギャザーは魔力を解放する。彼の身体から暗黒の霧が溢れ出た。周囲の草木が一瞬で枯れる。サイガがドラゴンオルフェノクの力を解放した。周囲が一瞬にして灰の焦土と化す。何という力だ。次元の違う戦い。もしも巧がファイズに変身出来たとしてもこの間に割って入るのは不可能だ。今までの北崎は本気ではなかったのか。サイガに変身した状態でドラゴンオルフェノクの力をフルで解放させた北崎。それに怯むどころか余裕の笑みを浮かべるギャザーに巧は冷や汗を流す。二人とも最強を自称するだけはある。彼らに匹敵するのは邪神の力を解放したファングしかいないだろう。

 

「必ずファングさんを連れてきます!」

「待ってろよ、北崎!」

「絶対に死なないでくださいよ、北崎さん!」

 

 リタの瞬間移動によって三人はパーティー会場に向かった。

 

「そっちにいっても無駄なんやけどなあ」

「僕が君を倒せば済む話でしょ」

 

 サイガのトンファーエッジがギャザーの顔に迫る。ギャザーの拳がサイガの腹を狙う。両者の攻撃は互いの片手に防がれる。

 

「少しは楽しめそうやなあ」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 最強のオルフェノクである北崎。最強の妖聖であるギャザー。二人の最強が今激突する。

 




果林ちゃんみたいな可愛い娘に心配されるたっくんは贅沢です。

新キャラ二人が登場しました。ウルフオルフェノクの化身(元ネタあり)と隠しSランク妖聖のギャザーです。彼を手に入れるのは苦労しました。

このウルフオルフェノクの化身の正体が分かった人は結構凄いと思います。

変身した状態でオルフェノクの力を使うと北崎だけとんでもない強さになりますね。ブラスターにでもならないとたっくんがインフレに置いてけぼりを食らいます。早く登場させなくては。


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絶望を希望に変える

更新遅れてすいません。夏なのに何故か忙しかったです。

関係ないですけど次回作の仮面ライダーエグゼイドが発表されましたね。ゲームが題材だそうなので各ゲーム会社とのコラボイベントやタイアップイベントが今から楽しみです。・・・・・・絶対ネプテューヌとのクロス小説書く人出ますよね。


「なんだよ、これ」

「酷い・・・・・・」

 

 ドルファへと戻ってきた巧たちは呆然と目を見開く。本来ならそこにあるはずの巨大なビルは大きな穴を開けて半壊していた。ものの一時間。たったの一時間で世界的な大企業の本社が見る影もなくなっている。ここで何が起きた。あのギャザーという男が何かをしたのは間違いない。だがここにはファングたちがいたはずだ。マリアノやドルファの兵士だっている。にも関わらず何故ここまで大きな惨状になったのだ。

 

「・・・・・・行くぞ」

 

 巧たちはリタの能力で会場の中へと跳ぶ。

 

 パーティー会場にファングたちはいた。他の招待客は避難したのか彼らしか残っていない。彼らはそれぞれ別々の敵と戦っている。彼らはギャザーの回し者であろう妖聖たちと交戦していた。

 

「くそ、アリンがいればこんな奴ら・・・・・・!」

「ファングさん、無茶しないでください。私が、戦いますから!」

「いいから下がってろ。お前がやられたら誰が俺たちを治すんだよ」

 

 二本の剣を武器にしたファングはティアラを庇うように前に立っていた。彼らは見たこともない人型の妖聖に囲まれている。既にファングの身体は火傷や切り傷、凍傷によってボロボロだ。

 

『グオオオオォォォォ!』

「食後の運動くらいにはなるか、ガルド?」

「へ、こんなもん朝飯前や! とっとと倒してバハスはんを止めるで!」

 

 巨大な黒い妖聖や無数の妖聖を相手に不敵な笑みを浮かべるアポローネスとガルド。しかし、言葉や表情とは裏腹に彼らの身体もまた妖聖の攻撃によって大きな傷を負っていた。

 

「ねえ、バハス。もう一度聞くよ。私、あんたに何か悪いことした?」

「・・・・・・オレはもうお前の奴隷じゃない」

「ごめん、本当に意味が分からないんだ」

「胸に手を置いて考えるんだな」

 

 パートナーであるはずのバハスにハーラーは斧を向けられていた。彼女はただひたすらに困惑の表情を浮かべている。

 

「エフォール、今助けに行きます!」

「おおっと、それ以上近づけばこのガキは斬らしてもらうぜ」

「っ!?」

「果林、来ちゃダメ。逃げて」

 

 フェンサーとして戦うことが出来ないエフォールはテーブルの後ろに隠れていた。駆け寄ろうとした果林。だが彼女の声でエフォールはバットオルフェノクに見つかってしまった。エフォールに銃が向けられる。

 

「く、ギャザーめ。まさか妖聖を操る力にまで目覚めていたのですか。これだけの妖聖を支配下に置くなんてやってくれましたね・・・・・・!」

『妖聖だけじゃない。俺たちオルフェノクもだ!』

「くそ! オルフェノクまでいるのか!?」

 

 そして巧たちが来るのを待ち受けていたように新たに現れたライオトルーパーズが彼らを取り囲む。絶望。北崎の救援に向かうために戻ってきた巧たち。だが彼らに与えられたのは絶対絶命のピンチに陥った仲間たちの姿を見せられるという絶望であった。

 

「こんなところで終わるのか・・・・・・?」

 

 巧は今まで感じたことのない圧倒的な絶望を前に心が壊れそうになった。

 

 ◇

 

 時間は少し遡る。

 

「あー、皆とはぐれちまったな」

 

 食事に夢中になっていたファングはガルドたちを見失ってしまった。彼は広々としたパーティー会場の中を懸命に探すがそれらしき影は見えない。おかしいな。皆は一体どこに行ってしまったのだろうか。さっきまで一緒にいたのに。一人になったファングはいたたまれなくなり頭を掻いた。

 

『阿保。また食べ物に夢中になりおって。お前は以前もそうやって巧とはぐれただろう』

「そんな昔のこと覚えてねえよ。まだアリンに出会う前じゃねえか」

『いや、覚えているではないか』

 

 相変わらずとんちんかんなことを言う男だ。ブレイズはため息を吐く。

 

「皆さんお集まりいただきありがとうございます。ドルファ・ホールディングスのパイガでございます。総帥・花形に代わってご厚礼申し上げます」

『・・・・・・乾杯か。今さらだが乾杯の前に食事を始めるのは無礼ではないか?』

「さあな。つーか世界征服を企む企業に礼儀を弁える必要なんてねえだろ」

 

 一理ある。

 

「そういやさ。今挨拶してる北崎に命令出来るらしいあのおっさんって何者なんだろうな」

『社長の代理を勤められるくらいだ。相当な大物で間違いないだろう』

「しかもフェンサーなんだろ。今まで深く考えてなかったけどあいつ結構強いんじゃねえか?」

『だが今まで一度も戦った記憶はないぞ』

 

 結構どころではない。数多く存在するドルファのフェンサーの中でもパイガは五本指に入る実力者だ。一度も戦ってないからすっかり忘れているが彼はドルファ四天王である。ドルファに所属していたガルドとアポローネスを除いて彼らの中ではパイガの代わりに北崎がドルファ四天王の一人になっていた。無理もない。パイガは北崎に何度もファングたちを襲わせていた。もはや彼らにとってパイガとはドルファ四天王の北崎を操る人、という認識である。本人が聞いたらガッカリしそうなものである。いや、彼の場合は戦闘が避けられるとむしろ喜ぶかもしれないが。

 

「試しに勧誘するか? 自由を与えてやるっていったらホイホイついてくんじゃねえか」

『自由、か。確かにあの男は高給を盾にコキ使われてそうだ。何でも出来る自由を与えてやれば喜んで裏切るかもしれん』

「やたらめったら行く先々で会ってたのはやっぱりそういう意味だよな」

 

 世界征服を企む会社なだけはある。中年のおっさんの人生まで滅茶苦茶にするブラック企業って怖い。ファングはパイガに少し同情した。

 

「どうする。あのおっさんをドルファから救うべきか?」

『そうだな。もしかしたら数多くの不正を暴くチャンスかもしれん』

「・・・・・・あなたたちはドルファをなんだと思ってるの?」

 

 パイガを勧誘しようかファングは迷う。そんな彼の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。彼は振り向く。

 

「マリアノ!」

「元気そうね、ファング」

 

 そこには最後のドルファ四天王であるマリアノがいた。彼女はファングの驚く顔を確認すると柔らかな笑みを浮かべる。

 

「こうしてあなたと話すのは久しぶりね」

「・・・・・・お前は記憶があるのか」

「見て分からない?」

 

 間違いない。マリアノには記憶がある。この時の彼女はファングを知っているはずがないのだから。だが何故マリアノに記憶が残っているのだろう。巧たちは天道という男に特別なアイテムを託されたから以前の世界の記憶が残っていた。しかし、彼女にはそんなアイテムなんてないはずだ。

 

「何でお前まで覚えてんだよ?」

「ふふっ、何でかしらね。正解出来たらご褒美を上げるわ」

「ご褒美? まさか肉、肉なのか!?」

 

 ファングは目を輝かす。いや、絶対に肉ではない。以前もこのような会話をした記憶のあるブレイズは相も変わらず単純な彼に呆れた。

 

「さあて、何なのでしょう。それは正解を言ってからのお楽しみよ」

「なんだよ、含みのある言い方だな。えーと・・・・・・」

「落ち着いて考えなさい」

 

 こういったことに知恵が回らない。ブレイズはこの状況を面白がっているのか何かを答える気配はない。ファングには難しい問題だ。彼は腕を組んで考え込む。それを笑顔で見つめるマリアノ。彼らは遠目で見るとまるで先生と生徒のように見える。

 

「むー、ファングの奴またあの女と仲良さそうにして〰!」

 

 それをたまたま見ていたアリンは忌々しそうにマリアノを睨んだ。アリンは前の世界からどうにも彼女が気に喰わなかった。自分ともティアラともエフォールとも違う何かがマリアノとファングの間にあった。彼がパーティの一員であるアリンたちに向ける目とマリアノに向ける目は明らかに違う。それがどう違うのかは分からない。だが見ていてモヤモヤとした気持ちになるということはきっと悪い意味なのだ。だからアリンはマリアノのことが好きになれない。彼女が傍にいるとファングがとられてしまわないか不安になってしまうから。今でもアリンは不安で胸の中が一杯になりそうだった。

 

「・・・・・・マリアノとファングはどういう関係なのだ?」

 

 アポローネスはマリアノと親しげに話すファングに目を丸くした。以前の世界からマリアノがファングに興味を持っていたのは覚えているがまさかこれほど親密な仲とは予想外だ。

 

「別に何の関係もないわよ。マリアノはファングに色々とちょっかいを掛けた敵の一人。それだけよ」

「アリンはんの反応からしてただの敵で片付けるのは無理があるわ」

「うっさいわね! あんたはお茶でも飲んでなさい!」

 

 アリンはキィーと唸り、ガルドにお茶を押し付けた。ただならぬ雰囲気の彼女に恐怖を感じたガルドは無言でお茶を啜る。

 

「だいたいファングもファングよ! あいつバカで食いしん坊でバカなのにどうしてこんなにモテんのよ!? バカなんじゃないの!」

「やけ食いは身体に悪いよ、アリンちゃん」

「アリン、バカって言う方がバカなんだよ」

「誰がバカよ!?」

 

 アリンは苛立ちを隠さずテーブルに乗せられた食べ物を手当たり次第に食べ始める。ハーラーは次々と空になっていく皿に冷や汗を流した。いくら立食パーティーとはこんなに食べていると周りの視線が気になって仕方がない。

 

「落ち着き、アリンはん。・・・・・・ワイからしたらアリンはんのがマリアノなんかよりよっぽどダンナにとって特別だと思うんやけどな」

 

 以前、ファングの口からアリンをどのように思っているか聞かされていたガルドは彼女を精一杯落ち着かせる。

 

「特別?」

「そうだ。フェンサーと妖聖は深い絆で結ばれている。まさに一心同体だ。ファングはアリンがいなかったら戦うことも出来んのだぞ。邪神の力を御しているのもお前との固い信頼があるからこそだ」

「だからね、アリンちゃん。あんまり怒っちゃダメよ。心配しなくてもファングちゃんはアリンちゃんのことをとっても大事に思ってるわ」

「そうだよ。わたしなんかさいきんはちっともかまってくれないんだよ」

「うー・・・・・・」

 

 アリンはそれでもまだ納得出来ないのか悲しそうにファングを見つめた。大事に思ってくれてるのは分かっている。でもそれでも寂しいのだ。ファングがアリンに抱いている想いはきっとブレイズやキョーコに持っているものと同じだ。人としての距離は近いけれど男女の仲としては最も遠いもの。例えるなら家族のそれに近いものだ。ティアラやマリアノに抱く想いとは絶対に違う。アリンがファングに求めるものとは違うのだ。

 

「・・・・・・あなたって本当に罪な男ね。あの娘は苦労しそうだわ」

 

 その様子を見ていたマリアノは苦笑を浮かべた。

 

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ。それよりも私があなたのことを何故覚えているのか理由は分かったのかしら」

「なんとなくはな。確信はねえけど多分これであってると思う。お前はあの時女神の聖域の中にいたよな? アリンたちみたいに俺の願いに巻き込まれたんじゃないか」

 

 ファングは過去に戻りたいと願ったことを思い出す。その願いは女神の力によって叶えられた。だから女神の聖域にいたアリンたちはファングと共に過去に戻ったのだろう。恐らくマリアノもそれに巻き込まれたのだ。あくまで仮説だが少なくとも女神の力が及ぶ範囲までの人間は一緒に過去に戻ったのだろう。敵味方は関係ないのだ。巧たちはそのせいで危うく消滅しそうになったのだが。天道に渡されたアイテムによってその存在は消滅しないで済んだ。

 

「正解よ。私はあの時、あの場所で悲しみに嘆いているあなたを見てたわ。そして気づいたら過去に戻っていた」

「やっぱりそうだよな。シャルマンに記憶があったのも多分それだ」

「・・・・・・よりにもよってあの男が記憶を残しているなんてね。こんなにも世界がおかしくなってる訳だわ」

「お前、何か知ってんのか?」

 

 シャルマンの異変について心当たりがありそうなマリアノの肩をファングは思わず掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと。落ち着きなさい」

「落ち着いていられるか!? シャルマンの奴が今何をやってるのか知ってるのか!? なあ、教えてくれよ! あいつはティアラを・・・・・・!」

「だ、だから説明するから離れなさい。こ、こんな人の多い場所で顔を近づけすぎよ。ま、周りの目を考えて!」

 

 マリアノに言われてファングは周囲を見渡す。やたらと注目が集まっていることに気づく。あれ、と彼は思った。何故こんなに自分たちは注目されているのだろうか。確かにティアラのことで頭に血は上っていたが自分だってTPOは弁えている。内容も聞かれたら不味いものだ。だから声を荒げたと言っても周りには聞こえない程度の大きさだったはず。それが何故?

 

『阿呆。お前がマリアノに迫ったからだ』

 

 冷静に考えてみれば単純なことである。マリアノは美女でこういったパーティーでは男性からの目を集めやすい。自ずと注目をされる彼女に話しかけている男がいて親しげな様子ならば誰だって注目するだろう。しかも端から見ればファングはマリアノに迫っているようにも見えた。こうなってしまえば男性だけでなく女性の目も集まる。ファング自身も中々に美形なだけに彼女らは黄色い歓声を上げた。

 

「あ。わ、悪かったな」

 

 よく分からないけどなんか恥ずかしい。ニヤニヤとした周りの目を視線が気になって痛い。男女の仲に疎いファングでも流石に自分のした行為がどういうものか気づいたようだ。彼はマリアノから慌てて離れた。彼女も気恥ずかしいのか頬を真っ赤にしている。ファングは不覚にも一瞬ドキリと胸が高鳴るのを感じた。

 

「謝るなら私ではなくあの娘に謝った方が良いんじゃないのかしら?」

 

 マリアノの視線がファングの背後に向けられる。誰が見ているんだ。気になった彼は振り向く。

 

「ティアラ・・・・・・?」

 

 そこにいたのはティアラだ。彼女は湧き立つ不安に胸を押さえて二人の姿を見つめていた。何故だろう。見られてはいけない現場を見られた気がする。このまま何もしなければ取り返しのつかない何かをしてしまった。そんな気がする。

 

「これはだな、ティアラ。情報を聞き出そうとしただけて・・・・・・」

「・・・・・・ファングさん、そのお隣の方はどちら様なのですか? とても素敵な女性ですわね。お似合いですわ。私と違って」

 

 ティアラは儚げな笑みを浮かべた。ダメだ、これは。何か明らかに誤解されている。この誤解をさっさと解かなければ非常に面倒な自体になりそうだ。

 

「べ、別にこいつはただの敵だ。前の世界でちょっと色々あっただけでそんな変な関係なんかじゃねえよ!」

「私と彼には何もありませんわ。少なくともあなたが不安に思うようなことはね」

 

 ファングは何とか誤解を解こうと一生懸命にマリアノとの関係を説明する。これが他の男なら言い訳かもしれないがバカで食いしん坊で嘘の吐けないファングの場合は本当だ。決してやましいことなんてない。そもそも別に恋人でもない相手に弁解する必要があるのかどうかも疑問だが。

 

「べ、別に気にしてなんかいませんわ。ファングさんは、その・・・・・・とても素敵な人ですから」

『ティアラよ、動揺しているからと言って嘘を吐くのはよくないぞ』

「ぶっ飛ばすぞ、ブレイズ」

「ええ、とても素敵よね。誰かを守るために必死になる姿にはとても惹かれるものがあるわ。私も夢中になってしまう程に」

「む、夢中!?」

 

 ティアラの顔が絶望に染まった。マリアノほどの美人がファングに好意を抱いている。それは少なからず彼を意識しているティアラからしたら大きな衝撃だ。

 

「おい、お前は状況をややこしくするんじゃねえ」

「ややこしくしたい訳ではないわ。事実を言っているだけ。私があなたに惹かれているのは事実。その結果のせいでややこしくなったのよ」

「何が違うんだよ」

 

 どっちにしろややこしくしているのでは同じではないか。得意気な笑みを浮かべるマリアノにファングは呆れる。

 

「・・・・・・関係がないのは分かりました。では、もう一つ聞いてもよろしいでしょうか。ファングさんはその、マリアノさんをどう思っているのですか?」

「へえ、中々面白そうな質問ね」

「どこが面白そうなんだよ」

(・・・・・・何かわかんねえけどこれヤバいヤツだ)

 

 ファングは無意識にこの質問がとても危険であることを悟った。その直感は正解だ。好意を抱いている相手にどう思われているか。それは誰もが気になることだ。特に女性はその思いが強いだろう。それだけに返答には細心の注意を払わなくてはならない。もしもファングがうっかり口を滑らせたら間違いなく荒れる。マリアノを好きと言えばどうなるだろう。ティアラがこの世の終わりくらいのショックを受ける。ついでにその後ろでフォークを持って様子を伺うアリンが何かをしてきそうだ。ではマリアノを嫌いと言えばどうなるだろう。ティアラとアリンは喜ぶかもしれない。だが背後でフューリーに手を添えたマリアノが何をするか想像すらしたくない。ならば無難に何とも思ってないと言えばいいのだろうか。いや、それは安全策ではあっても好意を抱いてくれている人に最も言ってはいけないことだ。好きの反対は無関心。絶望を突きつけるのと同義である。女性関係に疎いファングがどうこの場を乗り切るのかブレイズは息を呑んだ。

 

「俺は別にマリアノのことは嫌いじゃねえよ。敵である俺を助けてくれるような心の優しい奴を嫌いになる訳ねえだろ。それに美人だしな。むしろ好きだぜ」

「・・・・・・まあ合格点ね」

「何であんたに合格不合格を決めてもらわなければなんねえんだよ」

 

 流石は良い意味でも悪い意味でも正直なファングだ。なんだかんだでベターな返答を選んでいた。もしも好意的な発言であろうと適当に吐いた嘘だったら彼の首は冗談じゃなく飛んでいた、かもしれない。マリアノは賢い女だ。嘘に気づかぬはずがない。

 

 逆に言えば嘘偽りなく好意を示せばマリアノはそれを真実と見抜く。ファングはマリアノに好意を抱いていると証明された。合格点とはファングに対してではない。ファングに確かな好意を抱かれていると分かったマリアノ自身の合格点なのである。

 

 人間として好き。この返答は特別な異性としてマリアノを見ている訳ではない。だからティアラの機嫌を損ねることもない。結果オーライだが完璧な受け答えをファングはしていたのだ。

 

「へー、ふーん。じゃああたしのことをどう思っているかも聞かせてもらおうかしら。ねえ、ファング?」

「知ってた」

 

 まあティアラはともかくやきもち焼きであるアリンの機嫌は損ねているのだが。

 

「いや、今さら改めて言うことなんてねえよ。アリンは大事なパートナーだよ。俺はお前と一緒にいるから戦えて、一緒にいるから毎日ぐうたら過ごせるんだ。お前が傍にいるから俺は安心出来る。本当に大切に思ってるよ」

「えへへ、知ってる」

 

 あれ? 不機嫌だと思ったら急に機嫌を良くしたアリンにファングは首を傾げる。もしかして演技だったのだろうか。だとしたら何の意味があるんだ。疑問は深まるばかりだ。

 

「あたしとファングは一心同体だから。あんたのことは誰よりも分かってんのよ。誰よりも、ね」

「まあな。お前は俺の考えてることを誰よりも分かっているよ」

「でしょ。感謝しなさいよ! えへへ」

『・・・・・・っ!』

 

 アリンは意地悪な笑みをティアラとマリアノに向けた。二人はムッとした表情を浮かべる。

 

「そうね。あなたはファングをよく理解しているわ。なんせパートナーですものね。ところでファングはあなたのことをどう思っているのか事細かく正確に教えてくれないかしら? もちろん答えられるわよね」

「だ い じ に思われてるわ! ちなみにあんたは美人で優しい人って認識よ。よかったわね、マリアノ♪」

「ええ、良かったわ。家族のように大事に思われてるアリンさん」

(アリンめ、面倒なことをしたな)

 

 火花が飛び散ってるアリンとマリアノ。これが男同士なら今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうだ。二人揃って大人げない。ブレイズはため息を吐いた。

 

「なんか知らねえけど喧嘩すんなら他所でやれよ」

 

 女同士の争いに巻き込まれてはたまらん。ファングはこっそりと二人から離れた。その背中をこれまたこっそりとティアラは追いかける。

 

「ま、待ってください」

「なんだ、ティアラ。お前もついてきたのか?」

「ええ。私、ああいうのは苦手なので」

「俺もだ」

 

 ファングとティアラは互いに苦笑を浮かべる。

 

「つーか褒美貰ってねえな。たく、この俺様の天才的な頭脳を披露してやったってのに。しゃーねえ、面倒だけど後で貰いに戻るか」

「・・・・・・あのお方からいったい何を受け取ろうとしていたのですか?」

「さあな。本当に肉より上だと良いんだけどな」

 

 低いハードルのはずだが前例があるだけに油断は出来ない。どことなく女王様みたいな雰囲気のあるマリアノならあの時みたいになるかもしれない。

 

「ふふ、ファングさんは欲がないんですね。お肉より上のものなんていくらでも用意出来ますわ」

「肉以上の物を用意出来なかったお前が言っても説得力はねえな」

「・・・・・・私、ファングさんに何かを差し上げたことありましたか?」

 

 ファングは以前の世界のことをティアラに話した。出会い頭に痺れ薬を盛られたこと。チンピラに襲われていた彼女を救ったこと。そんなティアラに下僕にして差し上げると言われたこと。ファングが彼女と初めて出会ったその日のことを彼は全て話した。

 

「私がそんなことを言うなんて、信じられません」

「俺もお前がそんなに良い子になってるなんて最初は信じれなかったぜ。優しいのは変わってねえけどな」

「ファングさんは私の知らない私を知っているのですね」

「そうだな。嫌になるくらい知ってるぜ」

「そう、ですか」

 

 ニヤニヤと笑うファングにティアラは少し胸が苦しくなる。彼女はファングが前の世界のティアラと並々ならぬ関係にあったのに薄々感づいていた。彼は時折ティアラに対して他の誰にも見せたことのない寂し気な顔をすることがある。

 

 ティアラはそのファングの顔を見ていると胸の中が恋でもしたかのようにドキドキとした切ない気分になる。こんな気持ちになるのはきっと以前の世界で自分と彼が特別な関係だったから。僅かに残った記憶の欠片がそれを思い出しているのだ。特別な関係。それを意識するとティアラは自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

 彼女は慌てて首を振る。それは別の世界のティアラとの関係だ。今ここにいる自分ではない。アポローネスのように記憶を取り戻せれば話しは別だがそれは出来そうになかった。何もかもがリセットされた今の自分とファングはただの仲間でしかない。だからこれは一方的な────思いだ。でも、もしも彼が今も変わらずその想いを抱いているのだとしたら・・・・・・。

 

「・・・・・・あの、ファングさんは私のことをどう思っているのですか?」

「何度も言ってるだろ。俺はお前のことを守りたいと『そうではなくて!』・・・・・・?」

「そうではなくて、ファングさんは私を────!?」

「な、なんだ!?」

 

 ティアラが何かを言いかけた瞬間。パーティー会場の照明が落ちた。真っ暗になった会場では招待客が俄にざわつき出す。

 

「えー、皆さん。原因は不明ですが現在このフロア内で停電が発生しています。落ち着いて避難してください。係りの者が誘導します。とにかく今は前の人を押さないでください。そして出来ることならお子さんや女性の方を優先して道を譲ってください」

『こちらが出口です。皆さん、私についてきてください』

 

 暗闇の中からパイガの声が聞こえる。流石にドルファ四天王だけあってこういった非常事態でも冷静だ。普段の逃げ腰も一見情けなく見えるがそれは戦力の確実な見極めが出来ている証拠なのである。しばらくするとライトを片手に持ったドルファの社員と思わしき男が誘導にやって来た。招待客は彼らに皆ついていく。

 

『どうにも嫌な予感がするな。何かがあれば俺だけでは心もとない。さっさとアリンとキョーコと合流するぞ』

「ああ。ティアラ、俺から離れるなよ」

「は、はい」

 

 ティアラはファングの腕に抱きついた。え、と彼は目を大きく見開いた。

 

「おい、離れるなとは言ったけどしがみつけとは言ってねえよ」

「きゅ、急に暗くなったんですよ! こ、怖いじゃないですか・・・・・・!」

「いや、怖いのは分かるんだけどよ。その、なんというか、なあ」

「わ、私を守ってくれるのでしょう?」

「ま、まあ良いけどよ」

 

 ファングは自分の腕に当たる柔らかな感触を紛らわすように頭を掻いた。意外とあるんだな。雑念に囚われそうになった彼は慌てて首を振る。

 

「見つけたで、ダンナ」

「その声はガルドか?」

 

 ティアラを引き連れてファングが暗くなった会場の中をしばらく歩いていると背後からガルドの声が聞こえた。振り向く。暗闇に目が慣れてきたおかげで彼の姿を無事に確認することが出来た。

 

「ああ。ワイだけじゃなくて皆もおるで」

「私のおかげ」

「流石は元暗殺者なだけはある。気配の察知能力だけなら私以上だ」

「くらいとなにもみえなくてあるくのもたいへんだよ」

「皆さん、ご無事でしたか」

「よし、後はアリンと巧たちだけだな」

 

 ファングとティアラは無事に仲間と再会出来たことに笑顔を浮かべる。

 

「それが一概に無事とも言えないんだよね」

「ああ。むしろ状況は私たちが思っている以上に悪い方向に向かっているかもしれない。この停電、何か様子がおかしい」

「は? どういうことだ」

 

 しかし、ハーラーとアポローネスの顔色は優れない。

 

「このフロア一帯になんか魔力を感じるんだよねー。それも飛びっきり良くない感じのヤツ」

「それは本当なのか?」

「うん。ティアラちゃんならもっと正確に分かるんじゃないかな」

 

 ファングは剣士としては優れているが魔法はあまり得意ではない。戦闘に使う魔法以外はからっきしだ。だから魔力を感じ取る力はないに等しい。それは彼に限った話ではなくガルドたちにも言えることだった。だから現状この異変について分かるのはティアラだけだ。視線は自ずと彼女に向けられる。

 

「どうだ、ティアラ」

「・・・・・・私も魔力自体は感知していました。この魔力は妖聖たちのもの。会場にいたフェンサーのパートナー妖聖が発した魔力です。良くない魔力、というのは闇属性固有の禍々しいものでしょう。ですから直接的に関係しているとは思えません」

「うーん、ならただの異変なのかな」

「いや、それはなさそうだ」

 

 アポローネスの視線が窓へと向けられる。外は明るいままだった。つまりこの停電はドルファの中だけで起きていることになる。それは変だ。普通に考えてドルファほどの大企業なら電力は十分に供給されているはず。実際につい最近までドルファにいたアポローネスは予備電力もしっかりと備えていることを知っている。

 

「確かめてやるよ、久しぶりの魔法でな。『バーン』」

 

 ファングは頭上に炎の魔法を放った。これでこの会場で何が起きているか分かるはずだ。彼らの視線が天井に向けられる。いる。何かが。巨大な影が天井で蠢いている。ファングは更に大きな炎を放った。

 

『ゴオォォォォォ!』

 

 ────そこには見るもおぞましい怪物がいた。恐竜をイメージする強靭な肉体。鋭利な皮膚は攻撃しようと近づいた物を確実に貫くだろう。何よりも気味が悪いのはその顔。生物に本来存在するはずの目がなく代わりに顔の周りに白い角が生えていた。常人なら一目で正気を失って卒倒する姿だ。妖聖の名はドォン。強力な力を秘めたAランク妖聖である。彼は天井に張り付き、口から黒い霧を吐き出していた。

 

「なんだこいつ・・・・・・!?」

「セグロより巨大、だと」

「これが本当に妖聖なんか!?」

「珍しいなあ、是非サンプルが欲しい」

「ハーラー、こんな時くらいふざけないで」

「どうやら停電はこの妖聖の仕業のようですわね。あの霧には光を吸収する力があるみたいです」

「ってことは本当は停電なんかしてなかったってことか」

 

 わざわざ人為的に停電を引き起こして何がしたいのだ。まさか妖聖がドルファの株を落としたいということもあるまい。そうだとしても回りくどい。パーティーを台無しにするのが目的なら会場の人々を襲った方が手っ取り早いはず。つまりこれはファングたちを誘導することが目的ということだ。

 

『グオオオオォォォォ!』

 

 その証拠にドォンは自分が見つかったことに気づくと天井から飛び降りた。ドォンの巨体が落下したことによって付近のテーブルが吹き飛び床にヒビが入る。ドォンの吐いていた霧がなくなったことで周囲が明るくなり出す。ティアラの予想通り停電は最初からしていなかったようだ。明るくなったことでドォンの巨体がはっきりと見える。どうやって忍び込んだのだろうか。大型トラック並の大きさの怪物に彼らは冷や汗を流す。

 

「食い物を粗末にすんなや! しばくぞ!」

「貴様の目的はなんだ?」

『グオオオオォォォォ!』

「果林がいれば何を言ってるか、分かったのに」

「あいつの通訳本当に万能だな。・・・・・・来るぞ!」

 

 ファングたちは構える。ドォンは今にも飛びかかりそうだ。

 

「ここは一旦引くぞ! やれ、セグロ!」

『ぐおおおおおお!』

「そうだな。アリンと巧に果林。それにリタが気になる。まずはあいつらと合流しねえとな」

 

 壁を突き破ってセグロが現れた。単体でも並のフェンサーより強力なセグロはドォンと激しい戦いを始める。この隙に逃げるか。ファングたちは出口に向かって駆け出す。

 

「ここから先には行かせませんよ」

 

 だがその行く手を阻む者がいた。金髪に狐の耳を生やしたどことなく果林に似た美女。一目で妖聖と分かる彼女の放った氷によって彼らの進路は塞がれた。これでは逃げることが出来ない。ファングは無言で剣を抜く。だが妖聖は余裕の笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・邪魔するなら倒させてもらうぞ」

「倒す、ですか。その程度の甘い覚悟で我々に勝てると思っているとは驚きです。我々はこの世全ての人間を殺すつもりなのですよ」

「我々・・・・・・っ!?」

 

 ファングは背後から強い殺気を感じた。彼は振り向き様に居合斬りを放つ。ファングの斬撃は巨大な斧によって防がれた。────バハスの斧によって。

 

「バハス!?」

「・・・・・・おっさん、何のつもりだ」

「すまんな、ファング。お前さんらとは今日限りだ」

 

 突然のバハスの裏切りにファングは目を鋭くする。ハーラーの困惑の仕方からこの行動は彼の独断で行ったものだということが分かる。だとしたら何の意味がある。妖聖はパートナーのフェンサーがいなければ戦うことが出来ない。そこで戦っているドォンやセグロのように巨大な妖聖ならともかく人型の妖聖に出来るのはせいぜい魔法を使えるくらいだ。モンスターやオルフェノクのような強力な生物には歯が立たない。単体で生きるのが難しい彼らがどうして人間を滅ぼそうとするのか理解出来なかった。

 

「バハスさん、これであなたも自由ですよ」

「ああ、やっとあの地獄の日々から解放されたよ」

 

 バハスはニヤリと笑うと妖聖の隣に並び立った。

 

「なんでさ、バハス。私はそんな話聞いてないよ!? あんたがいなかったら誰が私の部屋の掃除を、洗濯をするんだい! 深夜の研究中に食べる夜食は誰が作るの!? 戻ってきてよ、ねえ! どうして裏切ったんだ!?」

「おい、明らかに裏切りの原因お前じゃねえか」

「ハーラーさん、今すぐバハスさんに謝罪して、そして今日から自立してください」

「えー!? そ、そんなの出来ないよ!」

 

 いや出来るだろ。ファングとティアラが突っ込んだ。

 

「・・・・・・つくづくあなたに同情しますよ」

「同情なんて必要ないさ。なんせオレはもう自由なんだからな」

「それもそうですね」

 

 真に自由を与えるべきはパイガではなくバハスだったのか。ファングは強く後悔した。

 

「ハーラーの目は覚まさせるから戻ってこい、バハス。二人と一匹で俺たちを敵に回したって勝てねえだろ」

「確かにお前さんたちに勝てる訳がないよなあ。二人と一匹なら、な!」

「なに!?」

 

 ファングは目を見張る。気づいたら会場一帯に無数の妖聖が出現していた。どこから出た。考えている暇はない。無数の殺気が彼らに突き刺さる。

 

「っ!? 掴まれ、キョーコ! 避けろ! アポローネス、ガルド!」

「うん!」

「がってん!」

「承知した!」

 

 ファングはティアラとキョーコを、アポローネスはハーラーを、ガルドはエフォールとマリサを抱えると後ろに跳んだ。ファングたちが離れた瞬間、彼らがいたはずの足場に無数の魔法が放たれた。炎。水。風。氷。土。雷。闇。光。ありとあらゆる妖聖の攻撃によって生じたエネルギーの爆風にファングたちは吹き飛ばされる。

 

「わ、わわわっ!」

「ふぁ、ファングさん。この抱え方はちょっと!」

「あまり喋るな。舌噛むぞ!」

 

 ファングにお姫様抱っこをされたティアラは顔を赤くする。だが危機的状況である今、彼はそんなことを気にしている余裕はない。更に腕に力を込められ、彼女は顔を真っ赤にした。

 

「ガルド、すごい! 力持ち!」

「ほんとねー。大きくなったわ〰、ガルドちゃん」

「二人とも緊張感もうちょい持ってくれへんか?」

 

 ピンチだというのに持ち前の天然っぷりを発揮する二人。彼女らを両脇に抱えたガルドは苦笑を浮かべる。

 

「助かったよ、アポローネスくん」

「礼などいらん。それより早く離れてくれ。貴様を手に抱いていると煩悩が刺激される・・・・・・!」

 

 アポローネスはハーラーの柔らかい感触に顔を真っ赤にする。

 

「さて、こっからどうする」

 

 最初の攻撃を回避したファングたちだが危機的状況は変わらない。戦力が圧倒的に少ない。アリンがいなくても戦えるファングはともかくパートナーのいないエフォールとハーラーは戦力外だ。今、この場でまともに戦えるのは四人しかいない。対して相手は妖聖とはいえ二十人近くはいる。このまま挑んでも勝ち目は薄い。なら考えることは一つ。逃げるが勝ちだ。

 

「・・・・・・セグロがぶち破った壁、隙を見てあそこから逃げるぞ」

 

 ファングは小声でティアラたちに言う。彼らは頷く。アリンたちのことも気掛かりだが今は逃走を第一に考えなくてはならない。少なくとも彼らは自分たちよりも安全だろう。アリンはマリアノと、巧と果林、リタは北崎と一緒にいるはずなのだから。

 

『ドォン、そこの穴に誰も通すなよ』

 

 しかし、ファングたちの策は瞬時に見抜かれる。バットオルフェノクによって。命令されたドォンはその巨体でセグロの作った穴を隠した。逃走手段がなくなったことにファングは舌打ちする。

 

「お前は・・・・・・!」

『よう、昨日振りだなあ!』

「ち! やっぱりシャルマンの仕業か!」

 

 シャルマンはオルフェノクだけでなく妖聖とも手を組んでいたのか。予想以上に厄介なことになっている。ドルファと互角とアポローネスは言っていたが既にそれ以上の力を彼らは手に入れていると考えて良いだろう。本当に何があったのか。マリアノに聞きそびれてしまったことをファングは後悔した。

 

『あの相棒はいねえみたいだな、へへへ!』

 

 よりにもよってアリンがいない時にバットオルフェノクと戦うことになるとは。今のファングでは厳しい相手だ。まともに戦えるのは全力のフューリーフォームとなったアポローネスくらいだろう。危機的状況が絶対絶命の状況に変わったことにファングは眉を歪める。一か八か、アリンなしであの姿になるか。

 

「・・・・・・行くで、アポローネスはん」

「それしかあるまい。貴様ら、よく聞け。私とガルドであのデカブツと妖聖を倒して退路を作る。それまで持ちこたえてくれ」

「待て、二人とも『フェアライズ!』────!」

 

 ガルドとアポローネスはフューリーフォームになると無数の敵へと向かっていった。

 

「くそ、あいつら先走りやがって!」

「私たちも行きますよ、ファングさん。『フェアライズ!』」

「エフォール、ハーラー。お前らは隠れてろよ!」

 

 ファングとティアラも敵へと向かう。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 巧たちはこのタイミングでドルファ社の前にやってきた。

 

 ◇

 

『ガルルルル!』

 

 聞き覚えのある獣の鳴き声に巧はハッとする。視線を向ければウルフオルフェノクの化身がエフォールを守るようにバットオルフェノクを睨んでいた。

 

『なんだ、この犬っころ!?』

 

 ウルフオルフェノクはバットオルフェノクに飛びかかった。子狼と化したウルフオルフェノクはパワーこそ下がったがその分スピードは格段に上昇している。迎撃しようとバットオルフェノクは弾丸を発射した。だがウルフオルフェノクの小さな体躯に当たることはない。彼はウルフオルフェノクの爪の攻撃に翻弄される。

 

「ワンちゃん・・・・・・!」

 

 ウルフオルフェノクの思わぬ救援にエフォールは目を見開く。

 

「あいつは!?」

「私が喚びました。まだこんなところで諦める訳にはいかない。そうでしょう、巧さん?」

「リタ・・・・・・」

 

 妖聖に囲まれて窮地に陥りながらもリタは笑顔を浮かべる。

 

「・・・・・・ち!」

「おっと、マリアノ様の命令だ。こいつらはやらせはしない」

「君は・・・・・・ザギくん!」

 

 このままでは形成逆転をされてしまう。バハスは小さく舌打ちをするとハーラーに向けて斧の一撃を放つ。その攻撃はザギの剣によって止められた。突然のザギの登場にハーラーは目を見開く。

 

「ザギ!?」

「ファングさんのお知り合いなのですか?」

「マリアノの部下だ。どうしてあいつが・・・・・・?」

 

 遠目でハーラーが救出されるのを見たファングは驚く。出入口は塞がれているはず。どうやって彼がここにこれたのだ。その疑問は直ぐに解決された。突き破られた天井。彼はそこから飛び降りたのだろう。フェンサーではないとはいえ過去の世界で上級オルフェノクと渡り合ったとてつもない身体能力は健在のようだ。

 

「次から次へと・・・・・・。少し厄介なことになりそうですね。今のうちにファングさんだけでも殺しておきましょうか」

「少しじゃないわ」

「かなりよ!」

 

 ファングに飛びかかろうとした妖聖たちをフェアライズしたマリアノの巨大な腕が吹き飛ばした。ザギがいるというなら上司である彼女ももちろんいる。マリアノの肩に乗っていたアリンはファングの元へと飛び降りる。

 

「アリン、それにマリアノ!」

「待たせたわね、ファング! このあたしが来ればもう大丈夫よ!」

「本当に待たせすぎなんだよ! ・・・・・・行くぞ、アリン! 『フェアライズ!』」

 

 ファングは紅炎真紅の戦士に変身した。

 

「アポローネス、ガルド。ちゃんと避けろよ!」

 

 ファングは無数の剣の弾丸を二人を取り囲んでいた妖聖に向けて発射する。アポローネスとガルドはフューリーフォームの力を使って飛翔し、慌てて回避する。二人のように回避出来なかった妖聖は次々剣に貫かれていく。ファングの剣に貫かれた妖聖は元のフューリーへと戻っていく。どういう訳かこの妖聖たちは倒されても死ぬのではなく元の妖聖武器であるフューリーに戻るだけだった。先ほどリタの言っていた妖聖を支配下に置く力とやらと関係しているのだろうか。だとしたらバハスの裏切りもその力の仕業と考えられる。思案するファングの頭にアポローネスの拳骨が振り下ろされた。

 

「いってえ!」

「ふざけるな! 私たちに当たるところだったぞ!」

「せや! 酷いでダンナ!」

「ランチャーじゃないだけありがたく思え!」

 

 アポローネスとガルドはファングに掴みかからん勢いで猛抗議する。温厚なガルドですら青筋を立てている。もしも一発でも当たれば致命傷になるのだから当然だ。というかここが室内じゃなかったら仲間もろともランチャーでぶっ飛ばそうとしたファングに彼らは軽く恐怖した。

 

「これで形成逆転、ね」

「くっ! な、何故あなたたちがここにいる!? 足止めの妖聖やオルフェノクはどこに行ったのですか!?」

「あなたはドルファ四天王を舐めすぎよ。あの程度の有象無象に苦戦する私ではありませんわ」

『嘘ばっかり。パイガに全部押し付けてきたくせによく言うわ』

 

 なるほど。気づかない内に分断されていたのか。どうりでアリンとはぐれる訳だ。敵と同じように足止めを引き受けてくれたパイガには感謝しなくてはならない。ファングは彼に感謝した。

 

「で、まだやるのか?」

 

 ファングは静かに大剣を構える。圧倒的なオーラを放つ彼に妖聖たちとバットオルフェノクはのけ反った。ライオトルーパーだけが無機質に彼を睨み付けている。

 

『くそ、こうなったら奴らだけでも連れていけ。人質に使う!』

「うーん、科学で作られた鎧と私の力は相性が悪いのですよね。どうしようかな・・・・・・」

「は、離してください!」

 

 圧倒的に不利な状況になったことを悟ったバットオルフェノクはライオトルーパーに視線を向ける。ライオトルーパーはリタと果林の腕を掴んだ。何やら思案するリタをよそに果林は抵抗の意志を見せる。

 

「果林、リタ!」

『グルルル!』

『おっと、不用意に近づいたらどうなるか分かってるよなあ?』

「ちっ! どけよ!」

 

 二人を助けに向かおうとしたファングとウルフオルフェノクの前にバットオルフェノクは立つ。

 

「そいつらを離せ!」

 

 巧はライオトルーパーに掴みかかる。だが生身の彼ではライオトルーパーには歯が立たない。一瞬にして振りほどかれた巧はライオトルーパーに突き飛ばされた。

 

「ぐっ!」

 

 巧は直ぐに立ち上がると再びライオトルーパーに向かう。今度は思いっきり殴り飛ばされた。口の中が血の味で一杯になる。それでも彼はまた立ち上がる。もう何かを奪われるのは、失うのはこりごりだ。今の巧に戦う力はない。だがファイズであった時のように、ウルフオルフェノクであった時のように人を守りたいという思いは変わらない。だから巧は立ち上がるのだ。

 

「巧さん、やめてください!」

「大丈夫、だ。おれは、まだあきらめてない」

 

 アクセレイガンの銃口を向けられながらも巧は不敵に笑う。どれだけ絶望的でも決して諦めない。諦めなかった先に未来がある。そう信じているから。だから巧は笑う。彼は静かに目を閉じてこう叫んだ。

 

「俺は絶対に絶望したりしない!」

 

 巧に向けてアクセレイガンの銃撃が発射された。果林は思わず目を閉じる。

 

 ────そうだ、巧! お前に絶望は許されない!

 

『ディフェンド! プリーズ!』

 

 ハイテンションな男性の声に果林は目を開ける。眼前には銃撃によって頭を撃ち抜かれた巧が────いない。彼は何者かが作り上げた炎の壁によって守られていた。妖聖の果林はそれが魔法によって作られた障壁だということが分かる。それもかなり強固なもの。だとしたら誰が魔法を発動したのだろう。ファング一行の中では唯一バリアの魔法が使えるティアラはあまりに距離が離れている。彼女ではない。果林は炎の向こうに巧以外の人影があることに気づく。きっとその人が巧を救ったのだ。果林は謎の青年に感謝した。

 

「────間に合ったみたいだな」

「お前は・・・・・・!?」

「俺? 俺は・・・・・・」

 

 巧は目の前に現れた男に目を見開く。黒いロングコートに茶髪の青年。それは前の世界でティアラを北崎から救ったという男の特徴とぴったりと当てはまっていた。

 

「俺は操真晴人。通りすがりの魔法使いさ」

 

 通りすがりの魔法使い。間違いない。彼は北崎からティアラを救った男だ。巧は確信する。操真晴人。とある世界で指輪の魔法使いと呼ばれた戦士────ウィザード。かつて巧と共にバダンと呼ばれる悪の組織と戦い、そして彼の希望となった仮面ライダーだ。晴人は飄々とした笑みを巧に向けると指輪をその手に装着した。

 

『ドライバーオーン! プリーズ!』

 

 晴人は指輪を構える。赤い宝石の指輪。どこかで見た記憶がある。巧はポケットから天道にもらった指輪を取り出す。同じく赤い宝石の指輪だ。晴人が今もっている指輪と意匠は少し異なるが非常に酷似していた。指輪の名はウィザードリング。操真晴人の希望の力たる魔法を発動するのに必要な魔法の指輪である。晴人が今指に装着したのはフレイムドラゴンウィザードリング。現在巧が手に持っているフレイムウィザードリングの強化形態へと変身するための指輪だ。彼はウィザードドライバーのスイッチを押した。

 

『シャバドゥビダッチヘンシーン! シャバドゥビダッチヘンシーン! シャバドゥビダッチヘンシーン!』

「変身!」

『フレイム・ドラゴン! ボー! ボー! ボーボーボー!』

 

 晴人の身体を炎の龍が貫く。彼は変身を遂げた。赤き炎の龍戦士『仮面ライダーウィザード・フレイムドラゴンスタイル』へと。ウィザードは指輪を見せつけるように構えると高らかに宣言した。

 

「さあ、ショータイムだ!」

 

 




主人公って誰なんだろうと他のライダーを出す時に何時も悩みます。かっこよく書くと主人公交代のお知らせになってしまいますし、薄味で書くとその作品のファンに失礼な気がするしバランスをとるのが本当に難しいです。

という訳でウィザードの再登場です。巧との約束を果たしにきました。それにしても他のライダーと違って魔法使いの彼はファンタジー世界と相性が良いので非常に便利ですね。

そういえば活動報告にこの作品の伏線と一部世界観の裏設定をまとめたので良かったら見て下さい。

次回はいよいよ巧復活となるのでご期待していてください


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きっと大きな第一歩

この時期って意外と忙しいものだと最近知りました。

今回は様々なサービスありです。

なんとたっくんとかが水着になります。


「さあ、ショータイムだ」

 

 希望を守る灼熱の龍戦士────ウィザード・フレイムドラゴンスタイル。威風堂々とした彼の登場はこの場にいた全ての者に衝撃を与えた。あのリタですら彼の登場は予想外だったのか大きく目を見開いている。流石に反則的な強さを持ったSランク妖聖も異世界の戦士の存在は把握していなかったのだろう。何でも出来そうだと思っていたがどうやら本当の意味での万能ではないようだ。

 

「まーた、お前たちか。ほんっとどこの世界にもいるよな」

 

 ウィザードは果林とリタを掴んでいたライオトルーパーを蹴り飛ばす。彼はライオトルーパーの存在を知っているのか鬱陶しげな声を上げる。

 

「果林、大丈夫か?」

「平気です。って大丈夫じゃないのは巧さんの方ですよ! どうしてあんな無茶したんですか!」

「気づいたら身体が動いてただけだ。それに結果オーライだったろ」

「もう少し過程を重視してください、バカ!」

 

 果林はふらふらとした足取りの巧を支える。彼女にしては珍しく巧に怒っていた。

 

『なんだ、お前は!?』

「だーかーらー、通りすがりの魔法使いって言っただろ」

『コネクト プリーズ』

「ほら、これがその証拠だ」

 

 ウィザードは見せつけるように空間転移の魔法を発動する。彼のその手に一本の銃剣が握られていた。ウィザーソードガン。遠近両方に対応した万能武器だ。

 

『・・・・・・ち! なんだっていい! ぶっ殺す!』

 

 バットオルフェノクの弾丸がウィザードに向けて放たれた。鋼鉄すら貫く彼の弾丸が差し迫ってもウィザードは回避行動をとらない。ウィザードは己の得物であるウィザーソードガンに炎の魔力を纏わせると音速を越える弾丸を叩き斬った。驚愕するバットオルフェノクに向けてソードガンの弾丸を放つ。横に転がるようにバットオルフェノクは回避した。しかし、ウィザードの放つ弾丸は避けられる物ではない。彼の魔力によって操作された弾丸は吸い寄せられるようにバットオルフェノクの胸に直撃した。射撃を得意とする自分が負けただと。彼はウィザードの強さに驚愕する。

 

『グオッ!』

「ふ、俺のが一枚上手みたいだな」

『舐めんなぁー!』

「おっと」

『コピー プリーズ』

 

 バットオルフェノクの鎌をウィザードはバックステップで回避する。彼は銃剣をコピーすると二刀流になる。ウィザードは剣を主体に中国武術とマーシャルアーツを組み込んだ体術、銃撃と魔法を加えたバランスのとれた戦闘スタイルだ。その中でも彼にとって最も得意なのは剣術である。対してバットオルフェノクは狡猾な知略と銃を主体に鎌での接近戦もそつなくなすトリッキーな戦闘スタイル。既に主体の銃撃で負けたバットオルフェノクが接近戦を最も得意とするウィザードに勝てるはずがなかった。彼の攻撃は全てウィザードの剣を前にことごとく受け流され、そしてその度にカウンターの斬撃を食らう。

 

「あいつ、強い。まるで先生みたいだ」

 

 バットオルフェノクをこうも簡単に圧倒するとは。ファングはウィザードの実力に目を見開く。単純な強さだけならファングとほとんど変わらない。むしろ剣の腕だけならファングのが上だ。だが戦いに関する勘は遥かに彼を上回っている。ファングを苦しめたバットオルフェノクが手玉にとられているのがその証拠だ。どれだけの修羅場を掻い潜って来たのだろう。まるで物語に出てくるヒーロー。ファングの師匠である剣崎一真のようだ。晴人自身の素の戦闘力も優れている。だが、それ以上に培ってきた経験の差がファングとは段違いだ。強者との戦いで後天的に身に付けられた超直感はそう簡単に得られるものではない。それこそ世界の崩壊と戦った剣崎のような経験でもない限り習得は不可能だろう。ウィザードが負ける姿は想像がつかなかった。

 

「ファイズとは、違う。あいつは、フェンサーなのか・・・・・・?」

「似て非なる物、だと思います。魔力の本質が違う。あの方は身体の中に力の源となる『ナニカ』を宿しているようです」

『ナニカ? あたしたちみたいのってこと?』

「なるほど。さっき彼が変身する時に見せたドラゴンみたいなオーラがそれかな。あの魔法使いくんは私たちで言うところのフューリーフォームを使って戦ってるんだろうね」

 

 言われてみれば晴人の身体をドラゴンが突き抜ける姿はフェンサーの身体をフューリーが貫くのと似ている気がする。ウィザードの力とフェンサーの力は結構近しいものなのかもしれない。最もあんな騒がしい音声はファングたちのフューリーからは流れないのだが。

 

『いけ! ドォン!』

『グオオオオオオオオ!』

「おっ、すっげ。デカいな」

『ビッグ プリーズ』

『グオッ!』

 

 ウィザードは突進してきたドォンに腕を突き出す。巨大化の魔法を掛けたその腕はドォンの巨体すら軽々と突き飛ばした。そしてその手を更に横に払いドォンの周囲にいた妖聖とライオトルーパーを纏めて薙ぎ払った。

 

「ワイらが苦戦したあいつらを・・・・・・!」

「こうも簡単に倒すとはな。面白い。一度手合わせを願いたいものだ」

「私も、あれやりたい!」

 

 エフォールはウィザードの扱う魔法に目を輝かした。

 

「フィナーレだ」

『ルパッチマジックタッチゴー! チョーイイネ! スペシャル! サイコー!』

「いくぞ、ドラゴン!」

 

 ウィザードの胸から内なる力である『ウィザードラゴン』が顕現した。彼の身体から強大な魔力が溢れ出る。その力は今のファングやドルファ四天王の力にも匹敵するかもしれない。ウィザードは倒れたライオトルーパーや妖聖に向けて必殺の一撃『ドラゴンブレス』を放った。強大な炎の熱線が彼らを飲み込む。これを防ぐ手立ては彼らにはない。ライオトルーパーは無慈悲に灰と化し、妖聖たちはフューリーに戻った。

 

「ありゃ、一番の大物を倒せなかったか」

 

 ウィザードは巨大な氷の盾によって守られていたドォンに目を丸くする。

 

「危ない危ない。ここは引きますよ、バットさん。いくらなんでも分が悪すぎます」

『ちっ、しゃーねえな。リターンウィング寄越せ』

「ほらよ。・・・・・・ハーラー、どうしてもオレに戻って来て欲しいなら部屋を掃除しろ。少しは自立するんだな」

「そんなの無理だよ!」

「お前はいい加減一人立ちしろ! こうなったら絶対に帰らんからな!」

『帰られると困るっての。だが真面目に部屋は掃除した方がいいぜ、そこの姉さん』

 

 僅かに残された仲間を引き連れてバットオルフェノクは逃走する。アイテムによる瞬間移動を追うのは困難だ。リタの力を使えば不可能でもないだろうが。ファングたちも疲弊している。これ以上の戦闘は出来そうにない。ここは諦める方が得策だ。敵が消えたことでファングたちやウィザードは変身を解除した。

 

「ふぃー。・・・・・・って、え? なになに?」

 

 一息吐く晴人の周りにファングたちは集まる。彼には聞きたいことが山ほどあった。どこから来たのか。どうして自分たちを助けてくれたのか。疑問は数えきれないほどある。

 

「まずは礼を言っとく。助かった、ありがとな」

「礼なんていらないさ。困ってる人がいたら手を差し伸べるのは当たり前のことじゃん」

「それを当たり前と言えるからこそ礼を言うのですよ。それよりも操真晴人。あなたは何者ですか?」

「通りすがりって言ったろ。異世界人ってヤツさ」

(それは分かってる・・・・・・。分からないのはあなたの素性なんですよ)

 

 最初に晴人に疑問を問いかけたのはリタだ。彼女の能力を持ってしても晴人の心の中を覗くことは出来なかった。異世界人、だからという理由ではない。同じく異世界人である巧や北崎の心の中は覗けた。だが晴人だけは心の中を見透すことが出来ない。彼の心の入り口には『門番』でもいるのだろうか。リタが晴人の心の中に入り込もうとすれば必ずナニカに追い出されてしまう。こんなケースは初めてだ。操真晴人、一体何者なのだ。リタはより彼に対する疑問を深めた。

 

「あなたが異世界人なのは分かりました。ですが、どうやってこの世界にやってきたのですか? 出来ればその方法を教えてくれるとありがたいのですが」

「方法って言ってもな。世界を越えるっていうのはそう簡単に出来るものじゃない。俺たちみたいな力を持った奴らそれが出来るのはごく一握り。世界を破壊しちまう奴とか、時を駆ける列車に乗る奴とか」

 

 世界を破壊、時を駆ける列車? なんだそれは。荒唐無稽な話にファングは怪訝な表情になる。しかし晴人は実際に彼らを見た経験があるので苦笑を浮かべた。しかし、世界を越えるのにそんな力が必要なら巧や北崎、オルフェノクたちはどうやってこの世界にやって来たのだろうか。

 

「でも、あなたは現にこの世界に来ているじゃないの」

「俺がこの世界に来れたのは巧のおかげだ」

「俺?」

「ああ、巧が呼んだから俺は今ここにいる。・・・・・・ちょっとそれ貸してくれ」

 

 晴人は巧の手に持っていたウィザードリングを受け取る。

 

「誰だってピンチになれば一度は思うだろ『助けて!』って思うこと。こいつはその願いは聞き届ける鍵みたいなもんだ。誰かが救いを求めるのなら俺たちは必ずやってくる。その力は時に世界ですら越える。君らに預けられたアイテムは記憶を守るためにあるんじゃない。本当の目的は俺たちを呼び出すためのものなのさ」

「こんな小さな道具にそんな力が秘められているの?」

「せやせや。こんなんパット見ただのオモチャにしか見えんわ」

「こら、オモチャって言うな! 良いか、あんたらに預けたのは俺たちに最も縁の深い物だ。それこそ身体の一部と言っても良いくらいのな。このフレイムウィザードリングなんかは本来俺の手の中にあらなければならないものなんだ。ただ繋がりの深い物の方が異世界への道が開きやすいって『士』が言ってたからこいつを預けておいたんだ」

 

 士。その名前は以前もどこかで聞いたことがある。そうだ。同じく異世界からやって来た海東が言っていたはずだ。自分は士に頼まれたからこの世界に来たのだと。どういう訳か知らないが士は巧たちの手助けをしてくれるらしい。きっとあの天道総司も士に頼まれて巧たちにアイテムを託したのだろう。何故自分自身で渡さなかったのかが気になるのだが。何か理由でもあったのだろうか。ファングは疑問に思う。

 

「そいつも通りすがりってヤツなんだよな」

「ああ。俺たちの中でも珍しい異世界を自由に行き来出来るヤツだ」

 

 自由に行き来出来るというならますます謎だ。

 

「じゃあ何でこんな手間が掛かることをしてんだ。俺たちを助けたいなら直接士って奴がこの世界に来ても良いんじゃないか? 助けてくれるのはありがたいんだけどよ」

「色々あるんだってよ、色々。本人は俺が来ると面倒なことになるとか何とか言ってたな。『別次元の存在』がナンチャラとか・・・・・・俺も詳しくは知らないんだ。てか、むしろ俺だって知りたいくらいだよ」

 

 疑問を問いかけても晴人は首を捻ってしまう。当事者の一人である彼ですら状況をイマイチ把握出来ていないのなら仕方がない。

 

「じゃあ、魔法の使い方教えて。私も変身したい」

「うーん、それは難しいなあ。俺の魔法って『ねえ』・・・・・・ん?」

「・・・・・・あなたたち、何時までここにいる気なの? 話したいことがあるのは分かるけどさっさと逃げた方が良いわ。直にドルファの兵士が駆けつける。見つかったら面倒でしょう。後のことは私に任せてさっさとお行きなさい」

 

 確かにドルファの兵士に見つかると面倒なことになりそうだ。これだけの騒ぎになれば無関係と言うのは不可能だ。事態は一刻を争う。取り調べだのなんだので長時間も拘束されるのは御免だ。ここはマリアノの好意に甘えるとしよう。

 

「ありがとな、マリアノ。この借りはもらえなかった褒美の分でチャラにしてくれ」

「ご褒美は後で必ずあげるから貸しにしとくわ。あなたとしても気になる情報なんでしょう」

「ああ。じゃあ俺に出来ることなら何でもしてやるからシャルマンのこと教えてくれよ」

 

 ファングたちはマリアノとザギに背を向けて会場から抜け出した。

 

「マリアノ様、これどうしましょうか。社長に何て説明すれば良いんですかね」

「ふふふ・・・・・・。なんでも、ね」

「はい?」

「なんでもないわ」

 

 マリアノはクスリと笑う。ファングは背筋に冷たいものを感じた。

 

「な、なんだ。今の嫌な感じは」

「流石です、ファングさんも感じ取りましたか。ギャザーの魔力が膨れ上がっていることに。・・・・・・実は北崎さんがピンチなのです。宿に戻る前にそちらへ向かってもよろしいでしょうか?」

 

 あの北崎がピンチだと。ファングは驚愕する。今まで何度も交戦し、時には共闘もしたこともあるが彼が苦戦する姿は見たことがない。ファングの中で一番の強敵は北崎だ。バーナードやアポローネスも苦戦を強いられたが彼らは全力だった。だが北崎はこれまでの戦いで一度も底を見せていない。もしも本格的に敵に回ればあの邪神の力を使わない限りファングですら北崎とは勝負にならないだろう。少なくともファングの見立てではそれくらいの強さがあった。その北崎が劣勢に陥っているのだとしたら相当に危険な敵だ。

 

「ああ、直ぐに行くぞ」

 

 ◇

 

「バカやなあ。人間を庇いながら戦うなんて。そのまま戦ってたならワイを倒せたかもしれへんのに」

 

 ギャザーは倒れている北崎を見下ろす。既に変身は強制解除され、その身は満身創痍となっている。サイガのベルトはギャザーの手に握られていた。敗北。北崎はギャザーに敗北したのだ。何故彼は敗北したのか。それはギャザーの言う通り人間を庇ったからだ。オルフェノク最強と妖聖最強の戦いは人類にとって次元の違う脅威だった。混乱した人々が逃げ場所を求めて外へ出るとサイガに向けられていたギャザーの攻撃が彼らに向けられた。サイガですらダメージを受ける攻撃だ。ただの人間が喰らえば一溜まりもない。サイガは人々の盾となる。次々と放たれる魔法を迎撃し、時には身体で受け止めた。互角の相手と戦いながらそんな真似をしたらどうなるか。それは今の北崎の姿が証明していた。

 

「守った人間もあんさんを見捨てて薄情なやっちゃな。あんさんだけじゃなくて人間もバカやな」

 

 サイガとギャザーの戦いは余程の激闘だったのだろう。まるで大災害の跡だ。この地域一帯は廃墟と化していた。こんなところに残っていられる人間なんているはずがない。

 

「人間を、滅ぼそうとする、君よりは、賢いと思う、けどね」

「言われなくとも分かっとるわ、ワイはアホやで。せやけど人間の方はアホやなくてバカやん」

「何が、言いたいの?」

「かー、アホとバカの違いが分からんのかい。これだから標準語の人間っちゅう奴は嫌いやねん」

「うる、さいなあ。さっさと、説明しな、よ。バカ、妖聖」

「あー、なんやねん! その態度。冥土の土産なしに今すぐあの世に送ったろか?」

 

 生殺与奪を握られているにも関わらず北崎は何時もの笑みを崩さない。今は少しでも時間を稼ぐのだ。オルフェノクになれるまで回復出来る時間を。・・・・・・この男はドラゴンオルフェノク龍人態の存在を知らない。サイガのスピードに驚かされていたギャザーだ。龍人態の高速移動なら余裕で逃げ切れる、だろう。そうでなくてもファングの助けが来る可能性もある。だから今はとにかくこの男との会話を引き延ばし時間を稼がなければならない。

 

「ってお前考えてんのやろ」

「っ!?」

「はー、あんだけ強いのにまだ切り札があったんかー。ワイやなかったら完全に引っ掛かってたなあ」

 

 ギャザーはニヤリと笑った。北崎は驚愕する。なんとギャザーは彼の心の中を覗き見ていたのだ。リタが出来ることをギャザーが出来ないはずはない。くそ、もっと早く気づいていれば良かった。そうしたら心を閉ざして戦っていたのに。北崎は舌打ちする。龍人態を使うことは出来ない。なら、どうやって逆転すれば良いんだ。彼は必死になって思考を巡らせる。

 

「悪あがきしても無駄やで。それとも自覚ないんか?」

「自覚? なんのこと。僕は最強だから君なんかに負けるはずがないんだ」

「・・・・・・おもろいわ、お前。だったらここから逆転してみるんやな」

 

 ギャザーの右手に魔力が収束する。とてつもないエネルギーだ。この魔法がどれだけ強力か。魔法のことは詳しく知らない北崎でも理解した。間違いなく死ぬ。直撃すれば彼は塵一つ残すことなく消えることになるだろう。だが北崎はそれでも笑みを崩すことはない。死が目の前に差し掛かっていても彼は諦める気はなかった。

 

「・・・・・・冥土の土産に教えたる。ワイは心の綺麗な人間だけが生きる世界を作るんや」

「下らないね。心の綺麗な人間なんてこの世にいる訳がないよ。第一それを判断する権利が君にはあるの?」

「今はないで。せやけどワイがこの世界の神になったのなら文句はないやろ」

「なおさら下らないよ、それ。誰かが支配する世界に幸福なんてないんだよ」

 

 それがギャザーの目的なのか。ドルファと考えていることはあまり変わらない。むしろ裁定者がたった一人の妖聖な分ドルファよりもたちが悪い。如何にも傲慢な男がやりそうなことだ。だが一つ気がかりなことがある。綺麗な人間だけが生き残る世界とやらを作りたいのなら何故オルフェノクと手を組むのだろう。目的が同じドルファなら分かるが。オルフェノクの目的は人類を滅ぼして彼らの支配する世界を作ることだ。傲慢ながらもあくまで人類を導こうとするギャザーとは目的がまるで違うではないか。奴らを欺く気なのか。それともオルフェノクの中に同じ目的を持った者でもいるのだろうか。どちらにせよ妖聖とオルフェノクが最終的に全面戦争となるのは間違いない。彼らと組むにはリスクが大きすぎる。そもそもギャザーほどの力があるのなら単独で行動した方が明らかにメリットがあるように思えるが・・・・・・。

 

「ほなな。躊躇いなく人の盾になるお前は結構いい線いってたで。ワイに喧嘩を売らなければ合格だったわ」

「・・・・・・ごめんね、エミリちゃん」

 

 これまで笑みを崩さなかった北崎は最後の最後に申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼に向けてギャザーの魔法が放たれた────。

 

 

 ◇

 

 数日後。

 

「はあ・・・・・・」

 

 巧は何度目か分からないため息を吐いた。

 

(俺が北崎に会おうとしたからだ・・・・・・)

 

 もしもあの時北崎と一緒にいなければ彼はギャザーと戦うことはなかった。こんなことにはならなかったのだ。巧はあの時の光景を思い出す。北崎がいたと思われる住宅街は見るも無惨な姿に変貌していた。家も道も公園も何もかも壊れている。そう形容するしかない街の姿に巧たちは呆然とした。北崎とギャザーの戦いはこれほどまでに次元が違ったのか。もし仮に巧が変身出来たとしても足手まといでしかなかった。あの中に割って入れたのはファングくらいだろう。だからこそ巧は北崎に会いにいかなければ良かったと思った。そうすれば北崎は今もこの街で生きていたはずなのだ。もぬけの殻となった壊れた街で巧は強く後悔した。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、乾くん。暇ならケーキとか甘いもの買ってきてくんない? 病院食って味気ないからお腹がすくんだよねー」

 

 しかし北崎は生きていた。

 

「入院中だろ。我慢しろよ」

「えー、ケチだなあ」

 

 絶望的な状況だった。地図から一つの街が消える魔法だ。助かるはずがない。皆が皆北崎のことを諦めていた。しかし彼はこうして生きている。巧たちは気づかなかったが何者かによってギャザーの攻撃から守られ病院に運ばれていたのだ。現在は病室のベッドの上で退屈そうにファングからの差し入れで貰った漫画を読んでいた。

 

「・・・・・・悪かったな」

「何が?」

「その、俺の下らない悩みなんかのせいでお前は大怪我しちまったろ」

「乾くんが気にすることじゃないよ。負けた僕が弱かっただけださ。むしろ人が助けてあげたのに全然お見舞いに来ないリタちゃんの方が悪いって」

 

 北崎は巧に柔和な笑みを浮かべる。

 

「でもベルトは・・・・・・」

「大丈夫だって。必ず取り返すからさ。大体ベルトなんて元々奪い合うものだったんだよ? 今に始まったことじゃないって。君なんか何度奪われたか分からないくらい盗られてるんだよ。一回くらいでそんな重く考える必要はないよ」

 

 巧が本来いた世界ではベルトの争奪戦は日常的に行われていた。時には巧が、時にはオルフェノクがその力を手にする。オルフェノクなら誰でも変身の出来るファイズの力は同時に誰のものでもないということの証明だ。デルタの力を巡っては人間すらその血みどろの争いに加わった。だから今回のことは北崎とってはさして大きな事件ではない。ベルトの力に飽きて他人に明け渡す暴挙にまで及んでいた北崎からすれば奪われたベルトの一つや二つまた取り返せば良いという思考に至るのは当然のことである。

 

「・・・・・・お前は記憶があった頃の俺を知ってるんだよな?」

「敵としてならね。知りたい?」

「頼む」

「乾くんはね────」

 

 

 

 

「ありがとうな、北崎」

「別にお礼なんていらないよ」

 

 巧は病室の戸に手を掛ける。北崎から語られた過去の自分のことを知った彼は少しだけ目の前が明るくなった気がした。

 

「おっと」

「ん? すまないな」

 

 巧が扉を開くより先に誰かが扉を開いた。巧は僅かにのけ反る。誰が入ってくるのだろう。少し待っていると白衣を着た老齢の男性が病室の中に入ってきた。

 

「調子はどうだ?」

「まあ悪くはないかな。今すぐにでもここから脱走したいくらいには気分が良いよ」

「ははは、あまりヤンチャはするんじゃない。そんなことをしたら女を泣かせるぞ」

「うーん、それは困るな。だったらさっさと退院許可を出してよね」

 

 男性は北崎と随分親しいようだ。目上の人間に敬語を使わない彼とも笑顔で会話をしている。巧は何故か男性のことが気になった。もしかしたら街の何処かであったのかもしれない。不思議と彼の存在が引っ掛かった。

 

「あの、俺と何処かで会いましたか?」

「いや、初対面だが。見覚えでも?」

 

 男性は首を振る。やはり自分の気のせいだったのだろうか。それにしては既視感のようなものを感じたのだが。リタのように心を読めたら真実が分かるののだが無い物ねだりをしても仕方がない。こういう時はファングのようにスパッと諦めよう。向こうが知らないというのなら知らないのだ。そう自分に言い聞かせて巧はもう一度扉に手を掛けた。・・・・・・なんとなく二人の会話が気になる。巧はじっとその場で彼らの様子を窺う。

 

「あー、本当に外に出たい。パイガくんをからかいたいしマリアノさんの孤児院に行きたいしエミリちゃんに会いたい。それとパイガくんをからかいたいよー!」

「からかいすぎだ。そんなに外に出たいなら外出許可を出してやる。好きなところに行け」

「やった! 何処に行こうかなあ?」

「どうせならあの娘を連れて『海』にでも行ったらどうだ? 海は良いぞ。楽しいことも苦しいことも、悩みだって。全てを受け止めてくれるんだ」

「・・・・・・」

 

 海は全てを受け止めてくれる、か。本当にそうなら山ほど悩みを抱えた今の自分のことも受け止めてくれるかもしれない。

 

「良いね、海。エミリちゃんが水着を着たら可愛いんだろうなあ。でもアポローネスくんが許してくれないから無理だね。第一海に行くには砂漠を南に越えないと行けないからすぐには帰って来れないよ」

「確かにこの地方は陸地が続いているからな。残念だ。本当に海は良いものなんだがなあ」

「『瞬間移動』でも出来たら話しは別なんだけどねえ」

「・・・・・・!」

 

 巧は目を見開くと病室から出ていった。

 

「・・・・・・上手くいったか?」

「多分ね。乾くんって結構人の忠告とか気にするタイプだから。行くと思うよ、海」

「そうか、なら良いんだがな」

「そんなに気になるなら『敬介』さんが聞いてあげれば良いじゃない。何か悩みはないのかって」

「俺が導いたところであいつの為にならないだろう。奴はオルフェノクで、そして人なんだ。人を守るために人を捨て、カイゾーグとなった俺とは違う。答えは自分で見つけるべきだ」

 

 男性────『神敬介』は過去のことを思い出す。今の巧のように苦悩を抱えていたあの日のことを。自分を勇気づけるために父が自爆したあの日のことを。

 

────人間でない苦しみに耐え抜いてそれを誇れる男になれ!

 

 敬介はカイゾーグとなった苦悩を父に打ち明けた。だが彼はお前に苦悩している暇はないと言い、誇りを持てと叫んだ。そしてお前に泣きつく場所があってはならないと父は自爆した。あの時だ。敬介が人々を守る誇り高きカイゾーグとなったのは。今思えばいくら自分を勇気づけるためとは言え自爆をした父は少しおかしかったのかもしれない。でも確かにこの心に宿った正義と勇気の心は父の偏屈だが深海よりも深き愛によって刻まれたのだ。敬介は過去を思い出すとフッと笑った。自分はそれでライダーになったがあれを巧には絶対にやれない。いや、あのような経験をもう一度しろと言われたら自分でも無理だ。彼は父の破天荒っぷりに苦笑を浮かべた。

 

「敬介さんの時代って凄かったんだね。僕もビックリしたよ。栄光って言われるだけあるね」

「俺からしたらお前たちの時代のが過酷に見えるよ。本郷さんから聞いたが今のライダーは幽霊らしい」

「僕も乾くんも幽霊みたいなものだけどね」

「あまり縁起でもないことを言うなよ。・・・・・・それよりも北崎。本当の調子はどうなんだ? 相当無理をしたようだが・・・・・・」

「うーん、大丈夫って言いたいんだけど」

 

 北崎は自分の手のひらを見つめる。

 

「ちょっと大丈夫じゃなさそうだね」

 

────その手から灰が零れていた。

 

 ◇

 

「海に行きたい、だって?」

 

 向日葵荘に戻った巧はさっそくファングたちに病院でのことを話した。

 

「この忙しい時に何言ってるのよ。今はあんたの力とバハスのことで一杯いっぱいでしょ」

「別に海に行くなら全部終わってからでも良いだろ。それともなんか今すぐ行きたい理由でもあるのか?」

「そうです。そもそも今はお腹が少し気になるので泳げませんわ。・・・・・・あ。い、いえ。け、決して遊びたいという訳ではないのですけど」

 

 やはり事態が事態なだけに普段なら喜んで賛成しそうなファングも首を振る。

 

「それは、そうなんだけどよ」

 

 今がそんなことをしている場合ではないのは分かっている。でも今でないと巧にとっては意味がないのだ。悩んでいる今でないと。しかし、ファングは彼がオルフェノクであること、人間に戻ってしまったことを知らない。北崎の言った通り自由に生きようにも次から次へと起きる急転直下の異変に自由なんてなくしてしまった。何をどうすれば良いのか悩んでいることを知らないのだ。巧が困っていると好物のプレーンシュガーを食べていた晴人が助け船を出した。巧が海に行きたいと言うのならきっと『彼』もこの世界に来たのだろう。なら自分もその手伝いをしてやろうではないか。

 

「行くか行かないかで悩むなら行けよ。行かないで後悔するよりは行って後悔した方が気分も良いぞ。それにほら。皆色々あって最近神経を張り詰める毎日だしたまにはリフレッシュしとけよ」

「だけどなあ・・・・・・」

「私も、海行きたい!」

『ワン!』

「エフォール、ちゃんと口を拭きなさい。ほら、顔をこっちに向けて」

「ん」

 

 口の周りにプレーンシュガーの砂糖を付けたエフォールも海に目を輝かした 。彼女の腕に抱かれたウルフオルフェノクもエフォールに同意するように前足を上げる。すっかりと飼い犬が板についたな。もう一人の自分とも言えるウルフオルフェノクの可愛らしくも野生を捨てた姿に巧は悲しい気持ちになる。いつの間にやら首輪まで付いていた。果林が道具屋で買ってきたらしい。はて、彼女はウルフオルフェノクが巧の半身と知っていたはずだが。どうして首輪など付けたのだろうか。謎だ。

 

『日帰りなら良いのではないか? どのみち我らにギャザーを探す手立てはない。ロロの情報を待つしか我々に出来ることはないのだ』

『のんきかもしれないけどこういうときこそふつうのせいかつをおくろうよ。いざってときにちからをはっきできないよりそっちのがいいって』

「そう言われればそうなんだけどよ。そのギャザーって奴がまたこの街に現れたら止められるのは俺たちしかいねえだろ」

 

 それがファングが海に行きたがらない理由だ。

 

「リタ、ファングたちを海に連れてってくれないか。俺が残ってこの街は守るからさ」

「ふむ。それが巧さんの悩みの解決に繋がるのなら構いません。不安の種であるギャザーの狙いもおそらく私の力です。この地から離れるのは悪くない考えですね。彼の計画は私がいなければ達成出来ないはずですから・・・・・・」

 

 ここはあえて危ない橋を渡った方が良いかもしれない。ギャザーは何を企んでいるのか分からない。ならば何かが起きるよりも早く先手を打つ。巧を復活させるのだ。彼がまた戦えるようになればギャザーも打ち砕ける。リタはそう確信していた。

 

「分かりました。私の力で皆さんを海に連れていきます。ああ、それと晴人さんも一緒に来てください。万が一にもギャザーが襲撃してきたらあなたの力が必要になりますから」

「でも俺まで離れちゃって大丈夫か?」

「ええ。街を守る人ならきちんといますから」

 

 リタは天井を見上げた。

 

『『磨穿鉄硯』作『アポローネス』』

『『摩頂放腫』作『ガルド』』

『『磨斧作針』作『マリサ』』

 

 ハーラーの部屋の扉に立て掛けられた三つの掛け軸はそう書かれていた。磨穿鉄硯(ませんてっけん)。物事を達成するまで変えないこと。摩頂放腫(まちょうほうしゅ)。人のために自分を犠牲にしてでも尽くすこと。磨斧作針(まふさくしん)。諦めず努力をすれば目標は必ず達成出来るということ。ガルドとアポローネスの故郷の言葉である。彼らはバハスを取り戻すためにゴミ屋敷同然となったハーラーの部屋を掃除していた。

 

「ハーラーはん、最後に掃除したのいつなん?」

「うーん一ヶ月前にバハスがやってくれたよ」

「こ、これでい、一ヶ月だと? い、一年前の間違えではないのか」

 

 一月でここまで部屋を汚せる人間がいるのか。壁に生えたキノコや見たこともない奇妙な形をした虫がいる部屋など潔癖性の人間なら卒倒するだろう。これを一ヶ月でどうやって作り上げたというのだ。明らかにモンスターではないか。ある意味ではオルフェノクより恐ろしい女だ。裏切る理由も分かる気がする。脱ぎ散らかされた下着を見つけたアポローネスは顔を歪めた。

 

「ねえ、こんなことするよりバハスの洗脳を解いた方が早くない?」

「いや、普通なら部屋の掃除した方が早いはずなんやけどな」

「さっさと手を進めろ。少しは反省して掃除をするんだ。今回のバハスの裏切りは自分への戒めと思うんだな」

 

 リタから聞いた話しだがギャザーの能力は妖聖の抱える不満を増幅させるものと彼の強大な魔力を妖聖に与えるものらしい。魔力を与えられた妖聖はフェンサーがいなくとも単独で行動出来るようになるようだ。バハスの言った通りなら彼女の部屋がキレイになれば彼は戻ってくるはずだ。

 

「ハーラーちゃん、部屋はキレイにしないとメっ! よ。虫が沸いちゃうし、身体の健康にも良くないのよ」

「だいじょーぶ大丈夫。私、こう見えて生まれてから一度も風邪を引いたことないんだ」

「それは貴様を見ていれば分かる」

 

 バカは風邪をひかない。頭が良くてもこれほどまでに汚れた部屋で暮らせるハーラーは間違いなくバカであった。

 

 

『きゃああああ!』

『うわああああ! なんやこのゴキブリぃぃぃぃぃ!?』

『草履よりもでかいぞ!!!???』

『あー、実験中だった妖聖用の成長促進剤を食べちゃったのかな?』

 

 リタにつられて天井を見上げたファングたちの耳にガルドたちの大きな悲鳴が聞こえた。思わず彼らは身を竦める。助けに行った方が良いのだろう。だが絶対に近づきたくなかった。

 

「ということでこの街の防衛はハーラーさんの部屋を掃除しているアポローネスさんとガルドくんに任せましょう」

 

 ・・・・・・鬼だ。笑顔で三人を見捨てるリタを前にファングたちの心が重なった。

 

 ◇

 

 海は本当に綺麗だった。透き通って珊瑚礁が見えるエメラルドグリーンの水面を眺めていると吸い寄せられてしまいそうな気分になる。敬介の言っていた通りだ。海は全てを受け止めてくれる。オルフェノクであることに悩んでいた巧を、人間であるのか悩んでいた巧を優しく包み込んでくれる。彼は穏やかな笑みを浮かべると砂浜に腰を下ろした。

 

「どうだ、悩みは解決出来たか?」

 

 その隣に晴人が腰を下ろす。

 

「いや、まだだ。・・・・・・でも、なんか悩みとかどうでも良くなっちまった」

「なんか分かるな。俺も海は結構気に入ってんだ。色々あってある女の子との願いを叶えるために穏やかな場所を探していたことがあってさ。何度か色んな海に行ったんだけどその度に不思議な気持ちになったよ」

「ああ、本当に海ってのは良い場所だな」

 

 巧と晴人は後ろに倒れ込んだ。風が心地よい。このまま寝てしまいたい気分だ。

 

「・・・・・・で、お前は一体何に悩んでいるんだ?」

 

 だが眠ってしまえばここに来た意味がない。晴人が半身を起こした。自分自身に決着をつけなければならない。そろそろウダウダと悩むのにも飽きてきた頃だ。ここで悩むのは終わりにしよう。

 

「俺は自分が何なのか分からないんだ。人間なのか、オルフェノクなのか。出来ないんだ。俺が俺を、乾巧をオルフェノクって認めることが。認めたら本当に奴らみたいな怪物になっちまう気がして・・・・・・」

「オルフェノクであることが怖いんだな」

「なあ、俺はどうすれば良い?」

「・・・・・・これから俺が言うのはあくまでアドバイス。それを聞いてどうするかはお前自身が決めるんだ。だから俺と同じ選択はしなくて良い。俺は俺で。巧は巧なんだからな」

 

 笑顔を浮かべる晴人に巧は少しほっとする。何かと他人に影響されて自分を苦しめる節のある巧にとって自分自身で何をどうするか選択して良いと言ってくれるのは本当にありがたかった。晴人はライダーの中では珍しく一般的な優しさを持ち合わせている人間なのだと巧は思う。これまでも仮面ライダーという存在は何度か見てきた。草加雅人に木場勇治、天道総司。彼らは常人とは違った何かを持っているイメージがある。常人と違わなければヒーローなんてやってられないのだから仕方がないのだけど。ファングたちにもその雰囲気はあった。その違う何かのせいで巧はこの悩みをファングたちに言い出せなかった。それに対して晴人は近所の優しいお兄さんがそのままヒーローをやっているようなイメージだ。だから親しみやすく自然と悩みを打ち明けられる。

 

「・・・・・・俺たちの力は悪と同じ物なんだ。クロス・オブ・ファイア。炎の十字架を背負った者たち。それが仮面ライダーだ」

「悪と、同じだと・・・・・・!?」

「ああ、だからお前が怪物になっちまうって思ってるのは間違いじゃない。オルフェノクの力こそがファイズの、ライダーの力なんだからな」

「ファイズの力、まで」

 

 巧は目の前が真っ暗になった気がした。これまで行ってきた全てのことが台無しになってしまう。絶望的な表情を浮かべる巧に晴人は首を振った。話はまだ終わりではない。

 

「でもさ、悪と同じ力だからそのまま悪って訳ではないんだよ。正義や悪はそんな単純なもんじゃない。結局は使い方次第なんだと俺は思う」

「使い方次第?」

「例え仮面ライダーの力が悪と同じであっても、俺は信じる。人は自分の力で正義の味方に、光にだってなれるんだ」

 

 晴人は自分の胸に手を置いた。その奥にいる『彼女』の笑顔が彼の脳裏に浮かぶ。自分も闇に落ちそうになったことは何度もある。でもその度に彼女と共に乗り越えてきた。今でも無限の希望を手に入れたあの日のことを、全ての希望を心の奥底の彼女に託した時のことを忘れることはない。

 

「俺は絶望を希望に変えた。そしてなったんだ。希望の魔法使いに、仮面ライダーに」

 

 だから晴人は今ここにいる。希望の魔法使いとして、仮面ライダーとして希望と絶望のその瀬戸際にいる巧に光の象徴として助言を託しているのだ。彼は真っ暗になっていた巧の心を照らし上げた。

 

「絶望を希望に・・・・・・か。あんたすげえよ」

 

 巧は晴人がとても眩しく見えた。自分の何歩も先に行っている気がする。

 

「これでも結構必死なんだぜ、俺も」

 

 晴人は苦笑を浮かべた。

 

「なあ、晴人。俺はお前みたいになれるか?」

「さっきも言ったろ、これはアドバイスだって。お前はお前にしかなれないんだ。俺の真似をしたって意味がない。俺は魔法使いで、お前はオルフェノク。このまま人間として生きるか。オルフェノクとしてどう生きれば良いかの答えは自分で出すんだよ」

 

 答え、か。晴人のおかげで巧の心は明るくなった。だが答えという道はまだ不透明なままだった。・・・・・・リタの言ったようにオルフェノクとしての自分をしっかりと見た方が良いのかもしれない。

 

『ワンっ!』

「うおっ!」

 

 巧がそう思った瞬間、ウルフオルフェノクが彼の腹に飛び乗った。

 

「ははは、本当に犬みたいだな。そうだ、こいつにもどう生きれば良いのか聞いてみたらどうだ?」

「本当に犬みたいだったら喋れないだろ」

『ワンワンワンっ!』

 

 巧がウルフオルフェノクを抱き上げる。こうして見ると本当にただの犬のように見える。しかし、つい先日にエフォールを守るために勇ましく戦っていた姿を彼はこの目で見た。実際はオルフェノクとしての力は子狼になっても健在なのだ。

 

「・・・・・・エフォールを守ってくれてありがとうな」

『わうっ?』

 

 巧はウルフオルフェノクの頭を撫でた。人間となった今の彼には戦う力がない。本来なら巧がエフォールのために戦うところを代わりにウルフオルフェノクが戦ってくれた。彼がいなければエフォールはバットオルフェノクに斬られていただろう。本当にウルフオルフェノクには感謝しなければならない。

 

「エフォールちゃんを守った、か。もしかしたらそれがオルフェノクとしてのお前が出した答えなのかもな」

「えっ?」

「本当にそいつがただのオルフェノクなら人を守ったりするか?」

「あ・・・・・・!」

 

 巧は不透明になっていた道が開けた気がした。そうだ。このウルフオルフェノクが本能に忠実な存在だとすればそれは・・・・・・。

 

「ワンちゃん、一人で先に行っちゃダメ」

「そうですよー。迷子になったらどうするんですかー?」

 

 目を見開いた巧の背後からエフォールと果林の声が聞こえた。そういえば着替えると言ってさっき更衣室に行っていたな。巧と晴人は振り向く。

 

「あ、巧と晴人だ」

「お二人は水着に着替えないんですか?」

 

 そこには水着姿の二人がいた。エフォールは黒いすくみずを果林は白いすくみずに身を包んでいる。なんともマニアックな水着だ。

 

「後で着替えとく」

(・・・・・・えっ? え、何でスク水!?)

 

 さらっと流す巧に対して晴人はとても動揺していた。普通は海水浴にスクール水着を着てくる人間なんていない。それは学校で着るものであって校外で着ていけば非常に目立つものだからだ。今みたいに男女で海水浴に来た場合は男には侮蔑の、女には好色の視線を浴びることになる。少なくとも彼の世界ではそれが常識だ。

 

「どうです? 巧さん、似合ってますか? エフォールとお揃いなんですよー!」

「あ、ああ。わ、悪くないと思うぞ」

「えへへ!」

(マジか。巧ってそういう趣味があったのかよ・・・・・・)

 

 照れた顔で果林の水着を誉める巧に晴人は驚愕する。無愛想で猫舌に更にスク水大好き属性まで加わるのか。いくらなんでもマニアックすぎる。晴人は巧にドン引きした。念のため彼の名誉に掛けて否定しておくが巧は別にスク水が大好きな訳ではない。ただ単に元の世界の記憶がないのでこの世界の価値観で判断しているだけだ。そうでなければ流石に突っ込んでいる。まあ実際この世界でもマニアックな方ではあるのだけど。

 

「私も、似合ってる?」

「ああ。似合ってんじゃないか」

「・・・・・・こっちは別に違和感ないか。似合ってると思うぞ」

 

 少し子どもっぽい雰囲気のあるエフォールはすくみずが似合っていた。これには晴人も微笑ましい雰囲気を感じ笑顔を浮かべる。

 

「じゃあ、これでファングも悩殺出来る?」

「いや、それはちょっと」

「ええ、出来ますよ。ファングさんは意外とエフォールの好感度が高いんです。こんな可愛いエフォールを見たら悩殺間違いなしですよ」

「出来んの!?」

 

 スク水を好きな奴多すぎだろ。晴人はまた驚愕した。

 

「じゃあ、私もファングのとこに行く」

「ええ、ご武運を祈りますよ」

「あ、エフォール! ちょっと待て!」

『ガルーダ』

 

 ファングを探しに行こうとしたエフォール。彼女の肩に赤色の小さな鳥が乗った。レッドガルーダ。晴人の魔法で作られた使い魔だ。

 

「そいつがいればピンチになった時に助けてくれるぞ」

「ありがとう、晴人。ガルちゃん、行こっ!」

 

 エフォールは一足先にファングの元へ向かった。

 

「よし、俺たちも着替えて行くか」

「それなら任せとけ」

『ドレスアップ プリーズ』

「・・・・・・つくづくお前の魔法って便利だよな」

 

 一瞬で水着姿になった自分の姿と晴人を見て巧は目を丸くする。

 

「これでも他の魔法使いよりは使える魔法が少ないんだぞ」

「他にも魔法使いがいるのか?」

「四人な。一人だけちょっと違うけどな」

 

 四人か。晴人の世界は魔法使いが当たり前にいるのだと思っていたがそうではないようだ。まあどうやら顔見知りであるらしい自分が魔法を使えないのだからそれも当然か。

 

「さて俺たちも行くか」

「ええ。きっと修羅場になっているファングさんをからかいましょう」

「あいつも色々と大変だな。・・・・・・あ、エフォールちゃんから電話だ。先に行っといてくれ」

「分かった」

『ワンっ!』

「あ、また勝手に。ダメですよ、イヌイちゃん」

 

 晴人は携帯を手に取る。魔法使いでも携帯を使うのか。意外と現代的な彼の連絡手段に巧と果林はクスリと笑うとファングの元へと走るウルフオルフェノクを追いかける。余談だが果林はウルフオルフェノクが巧の半身だと知ってからイヌイちゃんと呼ぶようになっていた。

 

『晴人、大変!』

「どうしたんだ、エフォールちゃん?」

『急いでこっちに来て! お願い!』

「・・・・・・落ち着いて。何があったんだ」

 

 危機迫った様子のエフォールに晴人は顔色を変える。嫌な予感がする。戦士としての彼の直感がそう告げていた。

 

『ギャザーが、それと巧の変身したヤツが襲ってきたの。今ファングとティアラが戦ってる・・・・・・!』

「なんだって!? 」

 

 晴人は携帯を閉じると巧たちに視線を向ける。襲撃だ。急いでこのことを伝えなくては。

 

「妖聖、それとライオトルーパー!? くっ、こっちもか!?」

『フレイム ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!』

 

 襲撃はこちらにもやって来ていた。どこから現れたのか。眼鏡を掛けた炎の妖聖とライオトルーパーが巧たちを囲んでいた。妖聖は彼らに手を向ける。魔法を放つ気か。助けなくては。だが彼らは走っていたウルフオルフェノクを追いかけていた。晴人とはかなり距離が離れている。彼はウィザードに変身するとマシンウィンガーを召喚した。間に合うか。

 

「果林、俺から離れるなよ・・・・・・!」

「た、巧さん。無理をしないでください、ここは魔法を使える私が戦いますから」

「氷の魔法でどうやって戦うんだよ。心配すんな。俺がお前を絶対に守る。命に代えてもな」

「で、でも」

「人間と妖聖の種族を越えた愛か。素晴らしいな。だが貴様らはギャザーの作る世界にはいらない。ここで死んでもらうよ」

 

 彼らに向けて妖聖は魔法を放つ。巧は果林を守るように抱き締めた。激しい爆発が巻き起こる。

 

「巧ー! 果林ちゃんー!」

 

 視界を覆い尽くす砂塵を前にウィザードは思わず叫ぶ。間に合わなかったか。仮面の下で晴人は歯ぎしりをした。しばらくすると砂塵が晴れる。ウィザードは変わり果てた二人の姿を想像し項垂れた。

 

『ガルルル』

「ウルフオルフェノク・・・・・・!?」

 

 だが巧と果林は無傷だ。ウルフオルフェノクが身を盾にして魔法の攻撃から二人を守っていた。

 

「やっぱり、助けてくれたか・・・・・・!」

「イヌイちゃん!」

『ワン!』

 

 巧はウルフオルフェノクに笑顔を浮かべる。

 

「・・・・・・今までずっと否定してきてごめんな。お前は俺と同じで誰かを守るために力を使っていたのに」

 

 巧は昼間、北崎に言われたことを思い出す。

 

────乾くんはね、何時だって何かを守るために戦ってたんだ。人間もオルフェノクも関係なくただ守りたいもののためにファイズの力を使ってたんだ。

 

 やっと分かった。自分は人間であってもオルフェノクであっても変わらないということに。巧はこれまで何度もオルフェノクを倒してきた。人々を襲うオルフェノクを倒すことで自分は彼らと違い人間なのだと安心するために。その一心で戦っていた。

 

 でも実際は違ったのだ。オルフェノクを倒していたのは人間であろうとするためではなかった。オルフェノクとしての本能が実体化された巧の半身であるウルフオルフェノク。彼はエフォールを、果林を守った。もし巧が思うようにウルフオルフェノクが人を殺すただの怪物だったら、彼女らを守るだろうか。

 

 オルフェノクになったから人を殺すのではない。強大な力を手に入れたのにそれを使うことが出来ない苛立ち。抑圧された心が自由を求めた結果人を殺すようになるのだ。巧はオルフェノクになっても誰かを襲ったことはない。火事の中でオルフェノクになって一人の女の子を救ったその日からずっと巧の心は満たされていたのだ。だからリタの言った通り人間としての巧も、オルフェノクとしての巧も何も変わることはない。彼はウルフオルフェノクの頭を抱いた。

 

「く、何をする気だ!?」

 

 妖聖は巧に向けて魔法を放とうとした。

 

「させねえよ」

「っ! なんだ、お前は!? 邪魔をするな!」

「黙って見てろよ。これから巧のショータイムが始まるんだぜ」

「やれ、お前ら!」

 

 攻撃をしようとする妖聖をウィザードは蹴り飛ばした。これから巧はなるのだ。人間でも、オルフェノクでもない新たな存在に。悪の力を持ちながらも、悪として生まれながらも人々を守るために戦う戦士に、仮面ライダーになるのだ。ウィザードは巧の前に立つ。妖聖だろうとライオトルーパーだろうと邪神だろうとここは通す気はない。なにせ晴人は巧の希望なのだから。ウィザードは向かってくる敵を前に武器を構える。せっかくの彼のショータイムだ。邪魔は誰にもさせない。

 

「なあ、お前」

『ワン?』

 

 巧はウルフオルフェノクの目をじっと見つめる。彼の目は澄んでいて、まるでこのキレイな海のようだ。海は全てを受け止めてくれると敬介は言っていた。なら、海のように優しき目をしたウルフオルフェノクも巧の全てを受け止めてくれるのだろうか。

 

「頼む。俺に皆を守る力をくれ」

 

 ────ああ! お前のためならこの命、刃と化そう!

 

 ウルフオルフェノクは力強く頷くと光となって巧と一体化した。彼は立ち上がると力一杯叫んだ。

 

「人間とか、オルフェノクじゃない! 俺は俺なんだ! 『変身!』」

 

 巧はウルフオルフェノクに変身した。それは以前までのウルフオルフェノクではなかった。本来ならオルフェノクは灰一色であるはずだ。だが今の巧が変身したウルフオルフェノクは灰一色ではない。灰色の身体の至る所にファイズのような紅いラインが入ったまったく新しい姿になっていた。進化。強大な力を持ちながらも溺れることなく人を守ろうとする巧の強い意思がウルフオルフェノクを進化させた。言うならば『ウルフオルフェノク・激情態』だ。

 

『・・・・・・俺はもう迷わない。迷っている間に誰かが傷つけられるなら・・・・・・怪物になってでも俺は戦ってやる!』

 

 ウルフオルフェノクは視線を横に向けた。果林が穏やかな表情で自分を見つめている。

 

『なあ、果林』

「なんですか、巧さん?」

『俺は今、どんな姿に見える』

「ふふ、怪物になんて見えません。巧さんは巧さんですよ♪」

『・・・・・・行ってくる』

 

 微笑む果林の頭をウルフオルフェノクは撫でると一気に駆け出す。ウィザードと鍔迫り合いになっていたライオトルーパーに彼は飛び蹴りを放った。あまりの威力だったのかその一撃だけでライオトルーパーは爆散する。相当なパワーアップだ。今のウルフオルフェノクの強さはドラゴンオルフェノクに匹敵するかもしれない。溢れ出る力を巧は実感した。

 

「へえ、かっこいいじゃん」

『お前も悪くはねえぞ』

「そこはかっこいいって言えよ」

 

 軽口を叩きながらも二人はライオトルーパーを倒していく。今の彼らを止められる存在はここにはいない。あっという間にライオトルーパーはその数を減らす。気づけば数えるほどしか彼らは残っていない。ウルフオルフェノクとウィザードは肩を並べた。

 

『一気に決めるぞ』

「ああ・・・・・・フィナーレだ」

『チョーイイネ! キックストライク! サイコー!』

 

 ウルフオルフェノクはその足に青い炎を、ウィザードは赤い炎を纏うと妖聖とライオトルーパーズに向けて駆け出す。ウルフオルフェノクとウィザードの必殺のキックが彼らに炸裂した。

 

「そ、そんな。ぼ、ボクは自由に、なる、んだ」

『誰かの自由を奪おうとするヤツに得られる自由なんてねえんだよ』

 

 妖聖はフューリーと化した。自由を求める彼にも抑圧された何かがあったのだろうか。

 

「やりましたね! 巧さん!」

「ああ。ありがとな、果林」

「お礼なんていりませんよ。かっこよかったです、巧さん!」

 

 果林は巧に駆け寄ると勢いよく抱きついた。満面の笑みを浮かべる彼女の頭を巧はもう一度撫でた。果林が妖聖に襲われそうになった時、巧は彼女を守りたいと思った。何の力もない人間としての巧が、だ。そしてウルフオルフェノクも果林を守った。彼女を守りたいという想いが一致したことで巧は人間とオルフェノクが変わらないことに気づけた。そしてどれだけ姿が変わっても果林は巧を巧と言ってくれる。それが巧にはとても嬉しかった。だから彼女には本当に感謝している。

 

「・・・・・・あー、果林。そろそろ離れてくれ」

「ダメ、ですか」

「ダメとかじゃなくてお前の格好が、だな」

「え? あっ・・・・・・!? ひいやあああ!? た、巧さん、ごめんなさい!」

 

 果林は自分たちが水着であることに気づいた。これではほとんど裸同然で抱き合っているではないか。そう自覚した瞬間、彼女は顔を真っ赤にして巧から離れた。なんてことをしてしまったのだろう。嫌われたらどうしよう。離れても巧と触れあった感触は残っていた。果林は胸がドギドキと高鳴っていくのを感じる。彼女は恥ずかしさのあまり顔を両手で隠した。

 

「お取り込み中悪いんだが。ファングたちを助けに行かないとさ」

「あ、ああ。わ、分かってる」

「え、ええ。い、 今すぐ行きましょう」

 

 巧と果林の距離はまだまだ遠そうだな。すっかりと顔を合わすことが出来なくなった二人に晴人は苦笑を浮かべた。

 




ようやく巧の復活です。でもまだファイズにはなりません。何故なら次に彼がファイズになる時はブラスターになる時だからです。ということでウルフオルフェノク激情態登場です。ウルフオルフェノクの化身とこの激情態の元ネタは駈斗戦士仮面ライダーズのグレイヴォルグからとりました。このグレイヴォルグに気づけた人は相当なライダーマニアです。

次回も多数の衝撃展開があるのでご期待ください。

なんとファングとかが水着になります。


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この痛みに耐えたなら

夏がもう終わることに震えが止まりません。まだ全然休んでないのに。


今回はファングくんが水着になって大変なことになります。ご期待ください。


「かえったでー」

「待ってましたよ、ギャザーさん」

 

 シャルマンたちの隠れ家であるバーにギャザーは帰還した。北崎の妨害によって任務こそ失敗に終わったが彼を攻めるものはいない。戦利品であるサイガのベルトがあるからだ。一番の目的であったSランク妖聖ほどではないがサイガギアの奪取が出来るなら上出来である。何より状況次第でファングより厄介になる北崎の排除が出来たのは僥倖である。計画こそ失敗に終わったが想像以上の成果にシャルマンは笑顔を浮かべた。

 

「バットさんから報告は受けてますよ。お疲れ様です、ギャザーさん」

「おおきに。でも全然疲れてへんで。思ったより強い相手やったけどワイの敵ではないねん。まっ、仕留め損なった立場で偉そうに言うのもあれやけどな。あの邪魔者がおらんかったらなー」

「どの道オルフェノクである彼はもう長くはない。殺したも同然ですよ。しかし、あなたが退くほどの相手なんて一体何者なのでしょう?」

 

 サイガの力は脅威だ。シャルマンは過去の世界でエラスモテリウムオルフェノクを撃破した彼の姿を目撃している。そのサイガをほとんど無傷で倒したギャザーが大人しく引き下がる相手なんているのだろうか。フェンサーか、それともオルフェノクか。どちらにせよ敵に回るとしたら非常に厄介だ。正体だけでも突き止めておきたい。

 

「なんやけったいな爺さんやったな。よーわからんけどああいう半分ロボットみたいなヤツってワイの魔法効きにくいねん。心も読めんし」

『あなたの力は科学の結晶とは相性悪いのよね』

「まあ、それもあるんやけどな。殺気がやばいねん。思わず逃げてしもた。気いつきシャルマンはん。あの爺さんは神をも倒すかもしれへんよ」

 

 限りなく神に近い男にそれを言わせるとは。女神や邪神に選らばれたファングといい恐ろしい力を秘めた人間がいるものだ。バットオルフェノクからも未知の戦士に圧倒され計画を妨害されたと報告を受けている。世界はまだまだ広い。これからも計画を進めていけば彼らとの戦いは避けては通れないだろう。シャルマンは今後も立ちはだかるであろう強敵を想像し、僅かに身震いした。

 

『大丈夫よ、シャルマン。誰であろうとあなたを止めることは出来ない。眠ったままで何も成し遂げない神とは違う。あなたはこの世界の全てを支配する王になるのだから』

「心配してもらえるのはありがたいです、冴子さん。ですがこれはただの武者震い。問題ありません。僕はこの手でティアラさんを手に入れる。邪魔をするなら誰であろうと殺す覚悟は出来ています。例えかつての仲間であろうとね」

『ふふっ、頼もしい限りだわ』

 

 気味の悪い笑みを浮かべるシャルマンをギャザーは見つめる。なんとなく彼の心の中を覗いてみようと思った。しかし、結果は失敗に終わった。何故か読むことが出来ない。心を閉ざしている訳ではなさそうだ。ただひたすらに闇が広がっていた。彼の心はどす黒く染まっていて何を考えているのかまるで分からない。女神の力によって時間を遡っていると聞いたが過去に何を経験したらここまで異常な人間が出来るのか。いくらなんでも謎が多すぎる。ギャザーといえどシャルマンが何を見据えているのか検討もつかない。そもそもフェンサーとは言え人間が何故オルフェノクのリーダーとなっている。どうにもきな臭い。Sランク妖聖のギャザーすら利害の一致、与えられる莫大な兵力の恩恵がなかったら協力する気もなかったくらいだ。

 

「・・・・・・シャルマンはんって何者なんやろな。たった数ヶ月やそこらでワイらを纏め上げるなんて中々出来ることやないやろ」

 

 ギャザーはこっそりとレオに耳打ちした。彼は目を細めてシャルマンを見る。

 

「I am not interested,I only do my work(興味ないね、俺は俺の仕事をするだけだ)」

 

 レオは鼻を鳴らすと酒の入ったグラスを傾けた。傭兵気質な彼からすればシャルマンが何を考えているかなどどうでも良いことだ。雇われたからには従う。そこに私情は挟まない。それがレオという男だ。

 

「レオのダンナはおもろないわ」

「I am the hired soldier who is not an entertainer(俺は芸人ではない、傭兵だ)」

「ダンナはユーモアが足りんねん。おもろい傭兵がいても別にええんやで」

「・・・・・・」

 

 戦いの場に必要なのは緊張感だ。ユーモアなんて必要ない。レオは無言でギャザーにグラスを差し渡した。黙っていろ、と言いたいらしい。やれやれと首を振るとギャザーはそれを受け取った。こんなことを言っているレオだがいざ戦闘になると非常にユーモアになることをギャザーは知らない。

 

「せや、変身ポーズとか考えんか? ヒーローみたいでかっこええと思うんやけど」

「Drink calmly(静かに飲め)」

「ダンナはほんまいけずやで」

 

 仕事でやっているとは言え仮にも人間を滅ぼそうとしている自分がヒーローの真似なんてやってたまるか。レオはギャザーの頭を小突く。

 

「ただいま帰りましたー」

「新入り連れてきたぞー」

 

 二人が他愛もない会話と共に酒盛りをしているとバットオルフェノクたちが帰還した。ファングたちを裏切ったバハスも引き連れて。彼を見たレオは目を丸くした。何故敵であるこの男が一緒にいるのだ。状況を理解していない彼は困惑する。

 

「・・・・・・Do you know what kind of place here is?」

「はあ?」

「ここがどういう場所か分かっているのか? とレオは申しております」

「ああ、そういうことか。・・・・・・お前さんも通訳出来るんだな」

「意外と探せばいますよ、通訳出来る妖聖」

 

 このクーコという妖聖は狐耳に氷属性で更に通訳も出来るのか。完全に果林とキャラが被っている。この場に彼女がいなくてよかったとバハスは思った。

 

「あんなダメなパートナーとは縁を切った。今日から俺はお前さんたちの仲間だ」

「Really?」

「嘘やない。ワイの力をちょちょいと使って勧誘したんやねん。よっぽどパートナーに不満を抱えてたんやろな。すんなりと洗脳出来たわ。他の奴には効果がなかったみたいやけど。オカン並に寛容な妖聖でもないと普通は効くはずなんやけどな」

 

 アリン、マリサ、果林。包容力の強い彼女らが裏切る訳がなかった。今ここにいるバハスも含めてファング一行の妖聖は慈愛に溢れている。ちょっとやそっとの不満程度で裏切るはずがなかった。

 

「お前さんのおかげで目が覚めたよ。あのままだと完全にハーラーはダメ人間になっていた。オレがいてもアイツは成長出来ないって教えてくれて感謝してるよ」

「せや。24の良い年した姉ちゃんが何時まで経っても親元離れないのはあかん。ええ加減自立して生きるべきやねん」

「・・・・・・ん? 裏切ったくせに何でいい話風になってんの? つかこのオッサンこそオカンじゃねえか」

 

 本当に洗脳されてるのだろうか。なんやかんやでハーラーを普通に心配しているバハスにバットオルフェノクは疑惑の視線を向ける。そもそもあのメンバーの中で一番の大人であるこの男が裏切ること自体があまりに無責任だ。

 

「バットはん、心配せずともバハスはんは完全にワイの魔法に掛かっとるで」

「本当かあ? 敵の情報を探るための演技でしたパターンに見えるんだが」

「演技ちゃう。ワイは人の心の中を覗けるんや。バハスはんはきちんと裏切ってる。その証拠に見てみい」

 

 ギャザーは視線をバハスに向ける。何をするというんだ。バットオルフェノクが首を捻っていると彼はどこからか取り出した箒とちり取りで床に散らばっていた埃をかき集めていた。これはまさか掃除、だろうか。バハスは廃墟同然の彼らの根城を掃除し始めていた。ますます訳が分からない。これが何の信頼に繋がるというのだ。

 

「お前らこんなところで生きてるとか正気か!? 家はキレイにしとかないと虫が沸くんだぞ! ああ、汚い部屋に嫌気が差したから裏切ったってのになんだって俺はツイてないんだ・・・・・・」

「ほら、ちゃんと裏切った理由が判明したやろ。これで文句ないやろ」

「こっちを裏切る可能性も出てきたけどな」

「It is a poor man(不憫な男だ)」

 

 裏切りたくなるレベルで汚い部屋とはどんなものなのだろうか。まさかゴキブリが当たり前のように彷徨いてるとか。それともゴミの山が積み上げれているとか。所謂独り暮らしにありがちな成人女性の汚部屋。それを想像したバットオルフェノクはうへえと声を漏らした。実際はその三倍くらいは汚いのだが。知らない方が幸せである。

 

「I help me」

「手伝ってくれるのか?」

「Yes, I will」

「お、おお! なんか感動したぞ。ハーラーだったら絶対手伝わなかったのに。ここでは掃除している人がいたら手伝ってくれるのか!」

「アタリマエダロ」

 

 どんな環境で暮らしていたんだ。レオは思わず標準語で突っ込む。

 

『中々優秀な人材をスカウトしたようね。お手柄よ、ギャザーくん。存分にコキ使わせてもらうわ』

「おおきに」

「優秀の方面がどこかずれている気がするんですけど」

 

 仲間は一人でも多い方が良いとは言ったが家政婦が欲しいとは言ってない。酒場の中をどんどんとキレイにしていくバハスにこれじゃない感覚をシャルマンは覚えた。

 

「・・・・・・シャルマン、やっぱりお前さんもここにいたのか」

「もちろん。この世界から一つ残らず悪の芽を摘む。そのために僕は過去に戻ってきたのですから」

「だったら何でオルフェノクの仲間になった? 裏切った俺が言うのも何だがコイツらは悪人だろ」

「それをあなたが知る必要はない」

 

 シャルマンはバハスの首に剣を突きつけた。少しは彼のことも分かると思ったのだが。これでは仲間を裏切った意味がないな。彼は肩を竦める。

 

「・・・・・・さて皆さんも揃ったことですし、次の作戦について話したいと思います」

 

 ◇

 

「アイツらおせえな」

「女性は準備に時間が掛かるんだ。我慢しろ」

 

 かき氷を片手に持ったファングは退屈そうにぼやく。女性は着替えが長い。今、彼の傍にいるのはブレイズだけだった。せっかくの海だ。ファングだって遊びたい気持ちはある。だが保護者同然の彼と二人で遊ぶというのは気が進まない。大の男二人が海で戯れる姿は自分で想像しても地獄絵図だ。とにかくファングはティアラたちを待つしかなかった。

 

「それよりも巧と晴人はどこに行った。さっきから姿が見えんぞ。海に行きたいと言っていたのは巧だろう?」

 

 いないのは女性陣だけではない。先ほどまで共に行動していたはずの巧と晴人も姿を消していた。せめて彼らもいれば男友達と遊んでいる構図になるのだが。残念ながら二人はここから少し離れた埠頭にいた。

 

「さあな。まあ、何となく予想はつくけどよ」

「予想?」

「巧は皆に隠して何か悩んでるんだよ。晴人はきっとあいつの悩みを聞いてやってんだろ。晴人は面倒見が良さそうだからな」

「悩み、か。思えば出会った時から巧はずっと何かを抱えていたのかもしれんな。以前から時折思い詰めた表情を浮かべていることがあった。ヤツは何を悩んでいるのだろう?」

「アイツ、俺には絶対に悩みとか言わねえからな」

 

 巧と初めて出会ってから半年以上の月日が流れた。我ながら無愛想な彼とよく打ち解けられたものだ。気づけばファングと巧は親友になっていた。けれどもファングはこうして今悩んでいる巧の力になってやれない。果林のように巧にとって特別な存在でもなければ晴人のように過去の巧を知っている訳でもない。親友でありながらもファングは巧のことを何も知らないのだ。

 

「・・・・・・俺ってダメな大人だなあ」

 

 巧だけではない。深い闇に囚われていたティアラに何もしてやれなかった。もっと彼女のことを気にかけていれば。もしかしたらティアラは死ななかったかもしれない。世界を変えると言っておきながら自分は大切な人たちの悩み一つ解決出来ないのだ。ファングは自嘲気味に笑う。

 

「ふん」

「うおっ!」

 

 ブレイズはファングの背中に蹴りを入れた。不意を打たれた彼は砂浜にダイブする。

 

「な、何するんだよ!? いきなり訳わかんねえよ!?」

「・・・・・・たかが二十年やそこらを生きた程度で大人になった気分のガキに現実を教えてやっただけだ」

「俺がガキだと!? ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ!」

 

 ファングはブレイズに殴りかかった。蹴られた仕返しだ。だがその拳は彼にすんなりと受け止められる。

 

「言う前からぶっ飛ばすなと何時も言っているだろう」

「うるせーよ」

「そうカッカするな。長い時を生きている俺からすればお前は子どもと変わらん。出来ないことを無理してやる必要はない。今はただティアラを救うことだけ考えていろ。何も大人はお前や俺だけではないんだ。アポローネスに晴人、そしてガルド。まだ再会していないがピピンだっている。何でもかんでも一人で解決しなくたって良い」

「ブレイズ・・・・・・ハーラーは?」

「あ・・・・・・は、ハーラーだっているのだぞ!」

 

 新入りの晴人と出番のないピピンですら名前が出てきたというのに名前の出ないハーラーにファングは首を傾げる。忘れられていたか、もしくは意図的に入れなかったのか。呆気にとられている辺り本当に忘れられていたのだろう。ここに本人がいなくてよかった。彼は今頃必死になって掃除をしているであろうハーラーに同情する。

 

「心配してくれてありがとよ。危うく勝手に一人で抱え込むとこだった」

「心配などしていない。ただでさえお前といるだけでストレスが溜まるのだ。これ以上余計な重荷を増やしてたまるか」

「ふ、そういうことにしといてやるよ」

 

 ファングはフッと笑う。こうして自分の弱い所を見せられるのは兄のようなブレイズくらいだ。ファングはこのパーティの中で誰よりも頼りにされている。それはパートナーのアリンやティアラも同じだ。いやむしろ誰よりも強がりたい彼女らにそんな姿を見せることは出来ない。

 

「・・・・・・あーあ、溶けちまったな」

 

 ファングはかき氷だった物を飲み干した。

 

「ファングー、みてみてー。かわいいでしょー」

「お、キョーコ。やっと来たか。似合ってんぞ、その水着」

「うむ。良い水着を選んだな」

「ありがとっ! ファングとブレイズもかっこいいよー」

 

 そこからしばらく待っていると背後からキョーコが現れた。彼女は小さな子どもが着るワンピース型の薄紫色の水着に着替えている。キョーコの幼いながらも整った容姿と合わさせって大変可愛らしい姿となっていた。保護者目線の二人は上機嫌の彼女に笑みを浮かべる。

 

「お待たせしました。・・・・・・こういった服装は慣れてないので自信がありません。どうです、似合ってますか?」

「おお、似合っているぞ、流石はSランク妖聖だ。水着姿もSランクだ。素晴らしい。もはや芸術的だ」

「ブレイズがこわれた」

「お前なんか気持ち悪いぞ。まあ似合ってんのは確かだけど」

「ふふ。ありがとうございます」

 

 リタは麦わら帽子に白いビキニ姿と真夏にピッタリの涼しげな水着を着込んでいた。美人である彼女にはそれがとても似合っている。リタ本来の神秘的な雰囲気と合わさって不思議な美しさを醸し出していた。現にブレイズのテンションがおかしくなった。

 

「その調子であたしの評価もしてもらおうかしら」

「お、アリン・・・・・・っ!」

 

 和やかな雰囲気の流れる彼らの元にアリンが駆け寄る。彼女は普段の妖聖の服に似たロリータ系の桃色の水着を着ていた。快活なアリンとその水着の相性は抜群でファングはちょっとだけ見惚れた。ひらひらとしたその水着を完璧に着こなすその姿は妖聖というより妖精みたいだ。なんやかんやでやっぱり女神なんだろうな。彼は内心でアリンをそう評価した。アリンは目を見開いているファングに笑みを浮かべた。

 

「どう、ファング?」

「お、おう。似合ってんぞ、可愛いかわいい」

「えへへ、だってあたしだもん。可愛いのは当たり前よ!」

 

 アリンは満面の笑みを浮かべる。

 

「ふ、その割には嬉しそうではないか」

「ファングにほめられてるからねー」

「アリンさんも可愛らしいですね。彼女が女神様とは思えませんよ」

「ん? お前らなんか言ったか?」

「気のせいでしょ、気のせい!」

 

 絶対に何かを話していた気がする。それも聞き逃してはいけないことを。ファングはニヤニヤと笑うブレイズたちがヤケに気になった。

 

「まあ、いいか。ほら、焼きそばとか買っといたぞ。食えよ」

「ん、ありがと。あんたもその水着似合ってるわ。ちょっとだけかっこいいと思った」

「俺様だからな。もっと褒めたって良いんだぜ」

 

 アリンは上機嫌に焼きそばを食べ始める。

 

「・・・・・・ねえ、ファング。あんたはあたしのパートナーになって良かったと思う?」

「どした、急に?」

「ギャザーって奴は妖聖の不満を増幅させるんでしょ。一心同体のパートナーが裏切る。それって凄い悲しいことじゃない。確かに奴隷のように妖聖を使う人もいるから。裏切る子の気持ちも分かるわ。でも不満を抱えてるフェンサーも同じでしょ。命懸けの戦いに巻き込まれるのよ。本当に殺されるフェンサーだって少なくない。普通の人からしたらそれって凄い怖いことだと思うの。それで気になったのよ。あんたはどうなのかって」

「何言ってんだよ。不満なんて、あることはあるけど。それでも俺はお前がいてくれた方が毎日楽しいぜ」

「あたしもよ。あんたがいてくれた方が毎日幸せよ」

 

 ファングはアリンの頭をポンポンと叩いた。こうして今笑い合っているのだ。その満足感に勝る不満などあるはずがなかった。

 

「あれ、そういえばティアラたちはどうしたんだ?」

「果林とエフォールは巧を探しに行ったわ。ティアラは・・・・・・」

「ティアラは?」

「ティアラはえっと、あそこにいるわ」

 

 アリンが視線を後ろに向ける。しかし、ティアラらしき人影はなかった。見当たるのは真っ白なパーカーを目深に被った不審人物だけだ。もしやあれがティアラだとでも言うのだろうか。

 

「あれがティアラ・・・・・・?」

「ゆうれいみたい」

「確かに。白いパーカーで身体を隠す姿はまるでゴーストだな」

「何でわざわざ言い換えてんのよ。・・・・・・さっきから身体を見せるのが恥ずかしいってずっとあれを着てるのよ」

 

 そんなに恥ずかしがるタイプだったか。なんか変だな。ファングは怪訝な表情で彼女を見つめる。視線に気づいたのかティアラはビクりと震えるとその場に踞った。ますます不審だ。

 

「おい、何で踞ってんだよ」

「・・・・・・恥ずかしいからです」

「何が恥ずかしいんだよ。顔上げろ」

「嫌です。今日はどうしてもお腹が気になるんです!」

「顔上げろよ、そのブスな顔とだらしない身体をこの俺様に拝ませろ」

「喜んで!」

 

 ティアラはパーカーをバッと脱いで立ち上がる。彼女は普段のフリルドレスに少し似たシックなビキニを身に付けていた。美少女の部類に入る甘い顔立ちをしたティアラにとてもよく似合っている。お腹が気になるとティアラは言っていたがフェンサーとして日頃から鍛えられている彼女のボディラインはモデルのそれと染色のないレベル。むしろ多少肉付いている分男性からすればモデルよりも魅力的だ。

 

「あ・・・・・・! み、見ないでください。ず、ずるいです、ファングさん。そんな甘い言葉で私を騙して・・・・・・私恥ずかしいですわ・・・・・・」

「はは、なーに恥ずかしがってん、だよ」

「ファングさん・・・・・・?」

 

 ファングは固まる。望まぬ形で自分の姿を見せることになったティアラ。彼女の頬は朱色に染まり綺麗なその目は潤んでいた。所謂照れ顔。前述の水着姿とそれが合わさった結果今の彼女はとても魅力的だ。それこそあのファングが見惚れるくらいに。ティアラの泣き顔が見たいとチンピラの言っていた言葉の意味が分かったかもしれない。彼の中でちょっとした嗜虐心が沸く。このまま直視していたら不味い。ファングは顔を反らした。

 

「だ、大丈夫ですか。ファングさん、顔が赤いですよ?」

「い、いや。な、なんでもねーよ」

「嘘を吐かないでください。なんでもないのならどうして顔を反らすのですか」

 

 顔を合わせたら何をするか分からないから、とは口が避けても言えない。今の自分は明らかにおかしい。ファングは頭を振る。普段なら気にも掛けないティアラの首を傾げる仕草すらなんだか愛おしい。本当に俺はどうしてしまったんだ。彼の頭の中はあまりの混乱に無茶苦茶になっていた。

 

「もしかして、本当に私は見るに堪えない姿なのですか」

「それは、違う。お前は悪くない。むしろ見るに堪えないのは俺なんだ」

「はい・・・・・・?」

 

 顔を押さえるファングにティアラは疑問を深めた。

 

「あー、ティアラは良いな。あたしにもあんな反応してほしいなあ」

「そう妬むな。あいつが可愛いと素直に褒めるのはお前くらいだ」

「そうですよ。私やキョーコには似合っているとしか言ってませんよ」

「そうだよ。わたしだってファングにかわいいっていわれたいんだよ。アリンずるーい」

「え、あ、ごめんね。・・・・・・そっか」

 

 特別扱いはティアラだけじゃないんだ。自分もまたファングにとっては特別なのだ。それを自覚したアリンは顔を少しだけ赤くした。

 

「────なんやなんや。青春しとるなあ。ちょっとワイも混ぜてくれや」

「Hey, it is kicked by a horse(おいおい、馬に蹴られるぞ)」

「ええやん。幸せは皆で分けるもんやろ」

 

 そんなどこか甘酸っぱい空気をぶち壊す者たちが現れた。

 

「ギャザー・・・・・・!」

 

 ギャザー。北崎をも倒した最強の妖聖。レオの運転するバジンの後部座席に乗った彼にリタは目を見開く。彼女の驚く顔を見たギャザーは口元を三日月のように吊りあげた。

 

「お前がギャザーか。それとそっちは巧のベルトを奪った、えっと・・・・・・」

「I am Leo」

「そうだ、レオだ! 巧の力を返してもらうぞ」

「そうです! あなたみたいな悪い人にその力は相応しくありませんわ!」

 

 ファングとティアラは武器を構える。

 

「No pain, no gain(痛みなくして得るものなしだ)」

 

────555

 

────standing by

 

 レオはファイズフォンは放り投げて掴んだ。

 

「HEN-SIN!」

 

────complete

 

 レオはファイズに変身した。

 

「It's show time!」

「って変身ポーズやっとるやんけ」

 

 ◇

 

「リタ、何があったの?」

 

 砂浜に到着したエフォールは目の前に広がる光景に驚愕する。ファングとギャザー、ティアラとファイズが激闘を繰り広げていた。まさか本当に敵の強襲があるとは。果林も一緒に連れてくれば良かったとエフォールは後悔した。

 

「エフォールさん、襲撃です。操真さんはどこにいますか?」

「巧と果林と一緒」

「急いで呼んでもらえると助かります。いつ戦況が傾くか分かりません」

「分かった」

 

 エフォールは携帯を開いて晴人に救援要請を出す。ここと埠頭はあまり離れていない。バイクを飛ばせば直ぐに来られるはずだ。

 

「正直ファングさんの強さは予想外です。ギャザーと互角に戦っている。今なら彼を倒せるかもしれない。ここはチャンスです」

 

 ギャザーに引けをとらない強さのファングにリタは目を見張る。

 

「中々やるやないか。流石は別次元と言われるだけはあるわ。まさか三人の妖聖と融合するなんてな。おかげで心も読めんわ」

「お前もSランク妖聖なだけはあるな。バーナードにも負けてねえよ」

『attack effect フレイムアサルト』

 

 ファングは炎を纏った剣をギャザーに向けて振るう。並のモンスターなら一撃で粉砕出来る一撃だ。直撃したらギャザーでもダメージは免れないだろう。彼は闇を纏った剣でそれを防御する。一撃だけではない。高速で振り抜かれた何発もの連撃を全てその剣で受け切る。

 

「これならどうだ!」

 

 ファングは剣を巨大な斧に変形させるとその勢いのまま振り下ろした。防御するのなら剣ごと砕いて強引に押し斬ってやればいい。とてつもない破壊力を秘めた斧がギャザーを襲う。

 

「・・・・・・マジかよ」

 

 ファングは目を見開く。あろうことかギャザーは岩をも両断するその一撃を受け止めた。素手で。真剣白羽取り。本当に出来る者がいるとは思わなかった。

 

 流石にこんな芸当剣崎やアポローネスでも不可能である。挟むまでは彼らでも可能かもしれない。問題はその先だ。衝撃を殺すことが出来ないはず。紅炎真紅のフューリーフォームの攻撃は両手で止められる威力ではない。

 

 このギャザーという男。見た目はただの青年だがとんでもない怪力のようだ。あの斧の一撃を腕の力だけで受け止めるとは。いや、何かおかしい。腕の力? それだけでは片付けられない。どこか違和感を感じる。そうだ。いつの間に剣を捨てた。自分はその瞬間を見ていない。何故だ。ギャザーの動作に一瞬の空白がある。ファングは僅かに疑問を覚える。

 

(お前らは剣がどこに行ったか見えたか?)

(ううん。あたしも言われて気づいたわ)

(わたしもみえなかったよー)

(俺もだ。ふむ、あの男は一体何をした? どうにも嫌な予感がする。何か隠している力があると考えるべきだ)

「・・・・・・なら確かめてやる」

 

 ファングは斧を離すと宙を舞う。このフューリーフォームは首に巻いた大気を操るマフラーによって空を飛ぶことを可能とする。ギャザーの不可解な力が気になる。ここは一先ず距離をとって体制を立て直す。

 

「忘れ物っ!」

 

 高々と飛翔したファングに向けてギャザーは斧を放り投げた。風を切り裂く音を鳴らしながら迫る斧はまるで砲弾のようだ。やはり怪力なのは間違いない。ファングは横に避けると斧を掴む。

 

「───っ! いねえ!」

「こっちや!」

「ぐおっ!」

 

 ギャザーの踵がファングの背中に突き刺さる。まただ。一瞬で後ろに回り込まれた。誰にも悟られることなく。ありえない。斧を掴んだ時には後ろにいた。それはつまり投げた物よりも速く動いたことになる。高速移動。もしや彼にはアクセルフォームのような力でもあるだろうのか。だがそれでは肉眼で捉えられない理由に説明がつかない。カラクリは解けぬまま彼は海へと落下した。

 

「ファングさん!」

「Do not look the other way!(よそ見をするな!)」

 

 海に落ちたファングに気をとられたティアラにファイズエッジが迫る。

 

「無駄です!」

「ウッ!」

 

 だがその一太刀がティアラを切り裂くことはない。ファイズの身体を彼女の薙刀から伸びた巨大な水の刃が弾き飛ばした。

 

「水場で私に挑もうなんて良い度胸ですわ」

 

 ティアラはアポローネスすら苦戦するファイズを圧倒していた。水の魔法を得意とする彼女にとって海は武器そのものとなる。得物の薙刀は海から巻き上げた水のエネルギー刃を形成し、放たれる魔法は破壊力が格段に増していた。その身に纏った鎧はスカイブルーに色が変わり、水の翼が生えていた。

 

「グオッ!」

 

 今の彼女と戦うということは海そのものを敵に回すことになるだろう。ライダーズギアの中でもスペックの低いファイズの勝てる相手ではない。巻き起こった水の嵐にファイズは吹き飛ばされた。

 

「おー、やるやん。その調子でワイの相手も頼むわ」

「くっ!」

 

 だがギャザーなら話しは別だ。いくら特殊な恩恵を受けようと彼の前では底上げされた力も無にも等しい。振り抜かれた拳を薙刀で防御した。重い。一撃を受け止めただけで激しい痺れをティアラは感じる。それでも休んでる暇はない。間髪いれずにギャザーは追撃の正拳を放った。これにはティアラも堪らず大きく後退する。隙の出来た彼女の懐にとギャザーは突進する。このままでは不味い。

 

「っ! キュイ」

『キュイィィィ!』

 

 水の鎌鼬がギャザーに迫る。スプラッシュソーサー。ティアラの必殺技。威力が強化されたそれに当たれば彼とてただでは済むまい。避けてくれるのが一番だが、そのまま突進をしてくれてもダメージを与えることが出来る。ファングが復活するか晴人が来るまで今は少しでもギャザーを倒せる可能性を高めるのだ。こちらの怪我は回復すれば良いだけだ。

 

「すまんなあ」

「・・・・・・えっ?」

 

 ティアラは目を見開く。気づいたらギャザーが目の前にいた。何があったのか分からない。虚空を漂うスプラッシュソーサーがあるということは突進の途中で避けたのだろう。だが自分はその瞬間を見ていない。ティアラはキツネにつままれたようは錯覚を覚える。

 

「ワイ、まだまだ本気やないねん」

「きゃあああ!」

 

 ギャザーの腕から放たれた闇の波動にティアラは吹き飛ばれた。彼女もファングと同様に海の中に飲み込まれる。

 

「Do not disturb(邪魔をするな)」

「苦戦してたやん」

 

 これで敵はいなくなった。後はリタを手に入れるだけだ。二人の視線がリタに向けられる。

 

『キィィィ!』

「なんやこいつ」

「ガルちゃん!? ダメ!」

 

 エフォールの肩に乗っていたガルーダはギャザーに飛びかかる。ファングやティアラでも勝てなかった相手だ。小さなガルーダでは逃げる時間稼ぎすら出来ない。彼の平手にガルーダは叩き落とされた。

 

「子どもに手を出す気はないんやけど。邪魔するなら話しは別やで」

 

 ギャザーは地面に落ちたガルーダを踏み潰すと不気味に笑う。こうなるぞ、と言いたいらしい。エフォールはビクリと震える。

 

「・・・・・・エフォールは下がってください」

「で、でも」

「私も彼と同じくSランク妖聖。なんとかなりますよ」

「前にも言ったやろ。同じSランクでも格がちゃうねん」

 

 エフォールを守るように前に立つ彼女にギャザーの腕が迫った。

 

「させねえよ」

『ドラゴタイマー セットアップ』

 

 ◇

 

(どこです、ファングさん)

 

 海水の中に沈んだティアラは周囲を確認する。フェンサーはフューリーフォームの能力によって水中でもある程度活動することが出来る。特に水属性のフューリーフォームであるティアラは水中でこそ本領を発揮すると言えるだろう。彼女は自分の力が更に溢れるのを感じた。

 

(くそ、こいつちょろちょろしやがって!)

(水の中じゃなかったらこんなヤツ・・・・・・!)

 

 一方で火属性のフューリーフォームであるファングは水中との相性が最悪だった。普段なら羽のように身体が軽くなるはずの鎧が水中では一転して鉛のように重い。今の彼は剣を振ることすら出来ない。これなら生身の方がまだマシだ。襲ってくるフライングフィッシュオルフェノクがいなければの話しだが。

 

 彼らはファングが海に落ちると狙い済ましたように襲いかかってきた。罠を張られている。ギャザーたちはファング一行が海に来ることを先読みしていたようだ。地上や空中なら余裕で圧倒してみせるオルフェノクも水中では立場が逆転する。高速で放たれる水中銃にファングは翻弄されていた。どれだけ頑丈な装甲であってもダメージはゼロではない。じわじわとファングは追い詰められる。

 

(ファングさん、今助けます!)

(ティアラ・・・・・・!)

 

 ティアラは手に巻かれた薙刀のチェーンを回転させ、フライングフィッシュオルフェノクを斬りつける。無数の斬撃が彼の身体を斬り刻んでいく。超高速。水中でありながらもあまりのスピードに彼女とフライングフィッシュオルフェノクの周りを巨大な竜巻が渦巻いていた。テンペスタワルツェ。ティアラの使える最強の必殺技。容赦なく放たれたその攻撃にフライングフィッシュオルフェノクは青い炎を吹き出し、爆散した。

 

(助かった)

(お互い様じゃないですか。いつも守ってもらってるんです。たまには守らせてください。さ、リタさんを助けに行きますわ)

 

 微笑むティアラにファングは思った。泣き顔なんかよりやはり彼女は笑っている顔が一番良いと。

 

『あら、良いところを邪魔しちゃったかしら?』

(────あなたは!?)

 

 フライングフィッシュオルフェノクを倒し、浮上しようとしたファングとティアラ。彼らの前にロブスターオルフェノクが現れた。彼女は水深6000メートルの活動を可能とする強靭な肉体を持つ。ずっとこちらを窺っていたのだろう。どれだけティアラが水中で優れた力を発揮するとしても身体そのものは常人と変わらない。高度な感覚器を持つオルフェノクに息を潜められれば察知するのは困難だ。

 

『お逝きなさい。二人仲良くね』

 

 ロブスターオルフェノクのレイピアがティアラを貫く────

 

 

 

 

「あれ、良いところを邪魔しちゃった?」

『何者!?』

 

 ────貫くことはない。何者かにそのレイピアを掴まれたからだ。ロブスターオルフェノクは突如現れたその男に目を見開く。

 

「希望の魔法使いさ」

(晴人!)

(操真さん!)

 

 そこにいたのは瑠璃色のコートを纏った戦士『ウィザード・ウォータードラゴンスタイル』だ。彼は颯爽と現れてロブスターオルフェノクのレイピアを掴んでいた。

 

「リタちゃんはまだ無事だ。ここは俺に任せて先に行け! お前の力が必要だ!」

 

 ウィザードはロブスターオルフェノクをその腰に生えた巨大な尾で弾き飛ばした。

 

(分かった! ティアラ、俺に掴まれ!)

(はい!)

「『変身!』」

 

 ◇

 

「あんさん何者や。分身する人間なんて見たことないわ」

 

 ギャザーは目の前の光景に目を見張る。彼がリタへと放った拳はウィザードに阻まれた。そこまでは驚くことではない。リタが誰かを呼ぼうとしていたのは聞こえていたし、そんなにすんなりと上手くいくとも思っていなかった。邪魔されるまでは想定内だ。だが問題はその邪魔者の使った力にある。ウィザードは分身した。翡翠のウィザード。琥珀のウィザード。そして海に飛び込んだ瑠璃色のウィザード。数多くの力を持ったギャザーでも独立した意思を持った分身を作ることは出来ない。全く知らない未知の力だ。驚愕しないはずがない。

 

「Ninja?」

「ウィザードだ」

 

 琥珀色のウィザード。ランドドラゴンスタイルが答えた。手甲を纏った彼はファイズに殴りかかる。

 

「ウィザード、魔法使いか。ワイも忍者かと思ったわ。まあこの程度の魔法使い、一人も二人も大して変わらん」

「くっ!」

「うおっ!」

 

 ギャザーはいつの間にか握られていた剣で二人のウィザードに斬りかかった。やはりファングとの戦いでは本気でなかったようだ。フューリーフォーム時の彼が自分よりも強いと評した強化形態のウィザードが二人がかりで挑んでいるにも関わらずギャザーは彼らを圧倒している。ギャザーは数多くの強者と戦ってきたウィザードですら対応できない高速移動で彼を翻弄する。

 

「これならどうだ!」

『チョーイイネ サンダー サイコー!』

 

 翡翠色のウィザード。ハリケーンドラゴンスタイルは雷の魔法を発動する。ギャザーの周囲を雷雲が取り囲んだ。四方八方。ありとあらゆる所から放たれた雷がギャザーに襲いかかる。どれだけ速く動こうとこれなら回避出来ないはず。立ち込める爆煙を眺めながらウィザードは思った。

 

「うん? なんかしたんか?」

「何っ!?」

 

 だが爆煙が晴れると無傷のギャザーがいた。ありえない。どれだけ高い防御力を誇っていようが無傷なのはありえない。直撃したならダメージはなくとも身につけた服はボロボロになるはずだ。まさか音より速い雷を全て避けたというのか。驚愕するウィザードをギャザーは蹴り飛ばした。度重なるダメージによって実体を保てなくなった翡翠のウィザードは消滅する。

 

「何が、起きてるの?」

 

 エフォールは困惑する。客観的に見ていてもギャザーは明らかにおかしい動きをしている。一瞬だけ気配が消えたと思ったら次の瞬間には別の場所へと移動していた。あれはただの高速移動などではない。アクセルフォームの力を目の当たりにしているエフォールはそう確信した。

 

「・・・・・・ギャザーは時の流れを魔力で操っているのです。攻撃を食らう時に時の流れを減速し、自分が攻撃する時には時の流れを加速させている」

「そんな魔法が、あるの?」

「ええ。クロックアップとクロックダウンと呼ばれる魔法です。あまりに高度なので使える者は現代には残っていません。それこそ神話の時代を生きる者でもない限り」

 

 ギャザーは神話の時代を生きた者だからそれが可能ということか。しかし、時を操るなんて反則的な魔法どうやって破れば良いのだ。

 

「そんなの、どうやって勝てば良いの?」

「同じ魔法を使うか、無効化するアイテムがあれば」

「・・・・・・ないよ」

「まあ一番単純なのは」

 

 リタは視線を海に向ける。

 

「時を操るなんて小細工モノともしない反則級の強さですかね」

 

 巨大な火柱が海を貫いた。天へ天へと遥か高く伸びる灼熱の炎。燃え盛る業火の中から彼は現れた。漆黒業火の騎士と化したファング。ギャザーが本気でないのなら彼もまた本気ではなかった。機械仕掛けの翼を羽ばたかせファングはリタたちの前に着地する。

 

「ファングさん。その、頑張ってください」

「ああ。必ず勝ってくる」

 

 その手に抱えたティアラを降ろすと彼はゆっくりとギャザーの元へ向かった。

 

「なんなんや・・・・・・?」

「俺はファングだ。もう忘れちまったか?」

「そうやない。その力は、その力はなんなんや?」

 

 ギャザーの表情が豹変する。今まで飄々として余裕に満ち溢れていた彼の表情は冷たく無機質なものとなる。邪神の力を使っていると見抜かれたか。雰囲気が変わった。ファングは僅かに警戒心を強める。

 

「切り札だ」

「これが噂の末裔、なんか。・・・・・・ふん、なんだってええわ。殺せば変わらん」

「やれるもんならやってみろ」

 

 ファングは静かに構えた。

 

「気を付けろよ、ファング。そいつ変な力を使ってくる。俺の魔法にも似たようなのがある。多分、時間を操ってんだ」

「なるほどな。どうりで見えねえ訳だ。・・・・・・晴人、お前はティアラに回復してもらえ」

「ああ、あいつのことは任せた」

 

 ウィザードが後退する。

 

「操真さん、今傷を癒します。『ハイヒール』」

「ありがとう。ふぃー、俺もそんな魔法が使えたら便利なんだけどな」

 

 晴人の魔法とこの世界の魔法は形態が異なる。笛木と呼ばれる男の作った魔法に致命傷すら一瞬で治すようは魔法はない。古の魔法使いと呼ばれるビーストにはそれと似た魔法はあったが。人工的に作られたウィザードたちよりはビーストの魔法の方がこの世界の魔法に近いのかもしれない。

 

「晴人、果林と巧は?」

「俺はバイクで来たから。あいつらもそろそろこっちに合流するはずだ」

「それは良かった。・・・・・・巧さんはついに悩みを乗り越えたみたいですね」

「ああ、後はファイズの力を取り戻すだけさ」

「その時が楽しみですね」

 

 その時こそが巧の完全復活だ。リタは見るものを魅了する微笑みを浮かべた。

 

 

 

「いくで!」

 

 ギャザーはファングに飛びかかる。

 

「がら空きっ!」

 

 ギャザーはクロックアップを使ってファングの懐に潜り込んだ。闇の魔力を纏った彼の拳がファングの腹に突き刺さる。先ほどまでの加減をされた攻撃とは違う。凄まじい威力だ。他の姿で直撃すればフェアライズアウト、変身解除に追い込まれていただろう。だがその一撃をファングは避けなかった。

 

「っ!?」

 

 否、避ける必要がなかった。拳が直撃してもファングは微動だにしない。他の鎧では致命傷になる攻撃もこの鎧の前では無力。一切のダメージがなかった。

 

「・・・・・・おい、お前の本気はこの程度か?」

「そんなわけないやろ!」

 

 拳がダメなら今度は剣だ。クロックアップで背後に回ったギャザーはファングに向けて剣を振り下ろす。これなら少しはダメージも通るはず。

 

「まっ、正面がダメなら後ろから来るよな」

「な、受け止めたやと!?」

 

 時間の流れが戻った瞬間、目にも留まぬ速さで振り向いたファングがギャザーの剣を白羽取りにした。どうやらクロックアップは攻撃と同時に使用は出来ないようだ。仮に使用出来たとしてもこの剣の一撃はどのみちダメージにはならないが。

 

「これならどうや!」

「っ!」

 

 ファングの周りを無数の剣が取り囲んだ。剣の雨が彼に降り注ぐ。全身を狙った回避不能の技。これなら絶対に当たる。北崎の変身したサイガも撃破したこの攻撃ならファングにだって効くはずだ。半分やけくそでギャザーは必殺技を放つ。

 

「はあああああああああ!」

 

 ファングの鎧から真紅の炎が吹き出す。彼に降り注いだ剣は火山のごとく噴出する激しき炎によって弾き飛ばされた。これもダメなのか。驚愕するギャザーに高速で接近したファングは彼の胸ぐらを掴んだ。

 

「そろそろこっちから攻めさせてもらうぞ」

 

 ギャザーの動きを封じたファングは彼に向けて回し蹴りを放つ。ただの蹴りにも関わらずギャザーはその蹴撃に生物的な恐怖を感じた。当たれば終わる。ぎりぎりでクロックダウンを発動したギャザーは寸手のところでそれを回避する。

 

「ちっ、またか」

「くっ、うわああっ!」

「おっと」

 

 ギャザーは全力でハイキックを放つ。僅かにファングが後退すると彼は翼を広げて飛んだ。遥か高く上空へと離脱したギャザーはファングへの恐怖心で頭が一杯になっていた。勝てるはずがない。悠久の時を生きた彼の本能がそれを告げていた。

 

(なんなんや・・・・・・なんなんや、あいつ!? 邪神の末裔なんかやない。あれは────)

「おせえよ」

「ぐはっ!」

 

 ここは逃げるべきかもしれない。思案するギャザーの頭上にファングは一瞬にして回り込んでいた。彼の手刀がギャザーの背中に直撃する。地面に墜落したギャザーの目の前にファングは静かに着地した。ファングは手元に召喚したブレイズの剣を掴むと彼の首に向けてそれを突きつける。

 

「すごい、ファング勝っちゃった」

「私が応援していたのです、当然ですわ」

「ええ、内心でずっと応援をしていましたね。そして今はとても喜んでいる。ふふ、中々初々しいですね」

「こ、心を読まないでください」

「それくらい読まなくても分かるって」

 

 ティアラたちはギャザーを撃破したファングに笑顔を浮かべた。

 

「おま、えはなんなんや」

「さあな。強いていうなら天才イケメンフェンサーだ」

「・・・・・・そうか。邪神に選ばれたんか。ちっ、別次元ってそういうことやったんか」

「何か言ったか?」

 

 ぶつくさと俯いていた何かを喋るギャザー。もしや何かを企んでいるのだろうか。彼のことを不審に思ったファングは剣を振り上げる。

 

『相手はSランク妖聖だ。容赦はするなよ』

「ああ、これで終わりだ」

『待って! 二人とも。こいつはバハスを洗脳したのよ。元に戻させないと! それにシャルマンの居場所も知ってるはず。まだ斬るのは早いわ』

 

 ファングは振り下ろそうとした剣の手を止める。確かにこのままギャザーを斬り捨ててしまえば数多くの問題や謎が残されてしまう。特に洗脳されたバハスが問題だ。シャルマンの方はウィザードに追い詰められているレオかロブスターオルフェノクに聞き出せば良いが彼は違う。もしもギャザーを倒すことで洗脳を解除出来るならそれで良いが、二度と解けなくなってしまえば大問題だ。ファングは振り上げた剣を下ろした。

 

「・・・・・・縛り付ければ良いか、ブレイズ?」

『ああ、やむを得ん。ただしその鎧は絶対に解除するなよ』

「分かってる」

 

 ファングは腕を振ってウィザードを呼び寄せる。

 

「晴人、頼む」

「オッケー」

『バインド プリーズ』

 

 ギャザーの手足をウィザードの鎖が拘束した。これでもう身動きはとれないはず。この鎖は晴人の魔力で作られた特別製だ。引きちぎるにはそれ相応の魔力が必要になる。今のギャザーに脱出する手立てはない。彼は諦めたのか無言で項垂れる。

 

「お前には聞きたいことがあるんだ。洗いざらい吐いてもらおうか」

「おかしな真似はするなよ。言っておくけど俺もまだファングみたいな切り札を温存しているぞ。しかも二つ。さっきは併用出来なかったから使わなかったけど」

「分身より強いのがあるのかよ。お前すげえな」

 

 流石は一つの世界を救っただけはある。晴人の手数はファングよりも遥かに多かった。

 

「さて、先ずはバハスを元に戻して・・・・・・」

「────せやな、そうするしかないわ」

「あ?」

 

 ファングは首を傾げる。俯いていたギャザーが顔を上げると虚空へ向けて喋り出したからだ。訳が分からない。気でも触れたのか。怪訝な表情でファングはギャザーを見つめる。彼は気味の悪い笑みを浮かべていて何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 

「待っててな。ワイが必ず邪神を消したる。この世から悪いヤツを一人残らず滅ぼしたるからな」

 

 何を言っている。邪神を消す、だと。邪神は女神との相討ちによって封印されたではないか。女神の全力で封印が精一杯なのだ。逆に考えればそれは邪神を物理的に消すのは不可能に等しい。神々の戦い、その戦いにはファングの師である剣崎も参加していた。彼ほどの実力者がいながらも邪神は眠ったままなのがそれの証明だ。もはや意識体でしか存在しない半ば概念に近い彼をどうやって滅ぼすというのだろう。そこまで考えてファングは気づく。

 

────ギャザーを拘束していた鎖にヒビが入っていたことに。

 

 彼の魔力が高まっていく。晴人の魔力すら越えかける程に。

 

「っ!? 晴人、こいつから離れるぞ! なんか不味い!」

「ああ!」

 

 ファングとウィザードは後退する。いや、無事に下がることが出来たのはウィザードだけ。ファングはギャザーにしがみつかれて離れることが出来なかった。鎖が完全に砕ける。ついにギャザーは晴人の魔力を越えた。ここまで来たらなんとなく彼が何をしようとしているのか分かってくる。

 

「は、離せ! こいつ・・・・・・俺もろとも自爆する気か!?」

「約束したんや。全部終わらせるって」

『・・・・・・だろうな』

 

 誰と約束した。一体何を全部終わらせる気なんだ。突然の窮地に追い込まれながらもファングはそれが気になった。

 

「この街には大勢の人がいるのですよ? 街ごと自爆する気ですか!?」

「どうやらそのつもりらしい。ファング、今助ける!」

「無理だ! 変に刺激を加えたらこいつは爆発する!」

 ウィザーソードガンを構えた晴人をファングは慌てて制止した。

 

「Shit! I want to do what!?(くそ! 何がしたいんだ!?)

「知るか! そんなの俺が知りたいね!」

 

────complete

 

────start-up

 

 レオはアクセルフォームに変身すると琥珀色のウィザードを蹴り飛ばして逃走した。

 

「仲間まで逃げた。本気で自爆する気みたい・・・・・・!」

「私たちも逃げないと危ういですよ」

「ま、待ってください! ファングさんたちを置いていく気ですか!?」

「・・・・・・」

 

 リタは無言で頷く。ティアラの顔が絶望に染まる。

 

「おい、これは一体なんだ!?」

「何が起きてるんです!?」

 

 ようやくティアラたちと合流した巧と果林。彼らは事態をイマイチ分かってないのかとても困惑している。ただ鬼気迫る彼らの雰囲気に並々ならぬモノを感じた二人は一番落ち着いているリタに話しかけた。

 

「ギャザーが自爆します。・・・・・・逃げますよ」

「そ、そんな。ファングさんは・・・・・・!?」

「どうなっちまうんだ!?」

「・・・・・・恨むなら一生恨んでください。あなたたちまで失う訳にはいかない」

 

 ファングを置いて逃げなくてはならない。そこまで事態は重いというのか。巧は彼に視線を向けた。

 

「巧、皆のことは頼んだ」

「ファング、お前」

「勘違いすんじゃねえぞ。俺は死ぬ気はない。しばらく戻れそうにないからちょっと任せるだけだ」

「ああ、任せとけ」

 

 他に適任がいるだろ。無愛想な自分に出来るはずがない。そう思いながらも巧は頷いた。ファングが真剣に言っている。なら真剣に答えるしかないじゃないか。

 

「ファングさん、ちゃんと帰ってきてください」

「言われなくてもわかってるよ」

「私、信じてますから! だから、だから・・・・・・」

「約束する。必ず皆で戻ってくるよ。だから美味い飯でも作って待ってろ」

「・・・・・・私、ご馳走作って待ってますから」

 

 ティアラは俯いてファングに言う。本当は彼に笑顔を向けたい。自分はあなたがいなくても大丈夫だって安心させたかった。でも顔を上げられそうにない。泣いている自分を見たら彼はきっと心配してしまうから。ティアラは俯いて約束するしか出来なかった。

 

「行きますよ、皆さん。掴まってください」

 

 巧たちはリタに掴まる。彼女の能力で彼らは瞬間移動した。

 

「皆行ったか」

『・・・・・・ごめんね、ファング』

「はあ、なんでお前が謝るんだよ?」

『あたしがギャザーを斬るのを止めたりしたから』

 

 ファングは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「お前は俺が本当はこいつを斬りたくないってことを知って止めたんだろ。自分を責めるんじゃねえよ」

『な、なんでそれを』

「パートナーだからな。言われなくても分かる。お前もそうだろ」

『・・・・・・うん!』

 

 ファングはフッと笑った。アリンも彼の心の中で笑う。

 

「お前らまで巻き込んで悪かったな。でもこのまま逃げる訳にはいかない。こいつの自爆を止めないといけないんだ」

『街の人間を見殺しにするような男についていく気なんて毛頭ない。俺はお前が誰かを守れる人間であると信じている。だから謝る必要なんてないさ』

『このままにげるようなひとだったらわたしはきみをすきにならなかったよ。でもきみはにげずにここにいる。だから、わたしはずっときみのそばにいるよ』

「・・・・・・ありがとな、お前ら」

 

 ファングはギャザーを引き剥がすと彼と自分の周りを覆うように炎の壁を張った。以前ティアラから教えてもらったバリアの魔法だ。これでギャザーの自爆から街を守れるだろうか。少しだけ不安になる。まあ少なくとも自爆の規模を押さえることくらいは出来るはずだ。・・・・・・本当は巧たちと一緒に逃げることだって出来た。でも何も知らないたくさんの人たちを犠牲にする訳にはいかない。逃げずにギャザーの自爆を抑える。そして人を守る。それがファングの出した答えだ。

 

「・・・・・・あんさんも北崎ってヤツと同じでバカな人間やな。人を守って死ぬなんてな。言っとくがワイは死なんぞ。微かでも命が残っていればSランク妖聖は復活する。この自爆だって死ぬ気でやる訳やない。もしかしたら死ぬかもしれんけどな」

「は、俺も死なねえよ。俺には女神様がついてんだからな」

「女神・・・・・・? 邪神やろ」

「・・・・・・ま、良いか。俺からしたらティアラ(邪神)も女神みたいなもんだしな」

 

 ギャザーはアリンが女神の一部だと知らないようだ。心を読む能力も万能ではないということか。

 

「なあ、一つ聞いていいか。お前は誰と何の約束をしたんだ」

「ええで。冥土の土産にするんやな」

 

 冥土の土産、か。殺す気の向こうからしたらファングが死ぬのは決定事項のようだ。絶対に生きて帰ってやる。ファングは力強い笑みを浮かべる。なんとなく彼の意思を汲み取ったのかギャザーは仏頂面になった。その仏頂面のまま彼は口を開く。

 

「この世から全ての悪を消す。それがワイが『エルモ』とした約束や」

「エルモ? どっかでその名前聞いたような・・・・・・」

「時間や。あの世でエルモに会って確認するんやな」

 

 その瞬間。ギャザーの身体から闇が吹き出した。ファングは本能で悟る。それに生身で触れた人間は誰であろうと例外なく死ぬと。絶対に止めなくてはならない。ファングはその手にアリンの剣を召喚する。

 

「────いくぞ、アリン!」

『────いくよ、ファング!』

 

 ファングは闇に向かって剣を振り下ろした。

 

 




ストーリーの都合で最強フォームを使わない理由をつけるのって大変ですね。プロの脚本家の方々は本当に凄いと思います。

ちなみに今回のクロックアップとクロックダウンはゲーム内で実際にある魔法です。決してZECTをパクった訳でもインフィニティリングの能力をパクった訳でもありません。

オリジナルストーリーはもう少しだけ続きます。ギャザーの過去とかやってファイズブラスターとアリン覚醒をやる予定です。


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なくした光

久しぶりに一週間以内に投稿出来ました。

夏が終わった方が早くなるなんて不思議な感覚ですね。自分でも驚いてます。


────翌日。

 

「・・・・・・これはどういうことだ?」

 

 食堂。何時もは賑やかであるその空間を重い沈黙が支配していた。誰もが悲痛な面持ちで口を結ぶ中、アポローネスがゆっくりと口を開く。悲しみによるものか、怒りによるものか。その声は僅かに震えていた。彼は閉じていた目を開くとテーブルに置かれた物を静かに見つめる。

 

────真っ二つになったファングの剣。

 

 大地に潜っていたために無事だった琥珀色のウィザードから届けられたそれは残されたアポローネスたちに衝撃を与えた。折れたフューリー。それが意味する物はフェンサーにとってあまりに大きい。

 

 フェンサーと妖聖は一心同体だ。妖聖の力で変幻自在に形を変える万能武器フューリー。このフューリーは壊れても実は修復することが出来る。あくまでフューリーは妖聖の魂をいれるための器でしかない。莫大な費用と合成という技術が必要になるが器を直すだけなら不可能ではないのだ。

 

 だがこのフューリーからはアリンの魂を感じることが出来ない。ファングの剣は色褪せて妖聖とのリンクが絶たれていた。それはアリンの魂が消えたことの証明である。フェンサーが死ねば妖聖の魂も消滅する。それはつまり・・・・・・。

 

 ファングとアリンの死。目の前にある残酷な現実を前にアポローネスは思わず拳を震わせる。彼だけではない。ガルドも同じく拳を震わせていた。

 

「ファングさんは私たちを助けてくれたんです」

 

 俯いて無言を貫くリタ。泣いているエフォール。腕を組んで何かを思案する晴人。そしてここにはいない巧とティアラ。彼らの代わりに果林が答えた。

 

「ファングさんはギャザーの自爆から街の人たちを、私たちを助けるために『果林はん、無理しなくてええ』・・・・・・すいません」

「果林はんはエフォールはんを支えてくれや」

 

 ファングは死んだ。あの場にいなかったために殆んど状況を掴めていない果林にその事実を言わせるのは酷である。ガルドは彼女の肩を優しく叩く。果林は彼に内心で感謝すると隣で泣いているエフォールを抱きしめた。

 

「リタ、貴様は何故ファングを見殺しにした」

 

 アポローネスの鷹のように鋭い目がリタを睨む。彼女はびくりと震える。

 

「アポローネスはん、その言い方はいくらなんでも・・・・・・」

「黙れ、事実だ。瞬間移動を使えばファングは死ななくても済んでいたのではないか。そうでなくとも貴様には他にも数多くの能力がある。それを使えばファングは死なずに済んだはずだ。何故やらなかった」

 

 ギャザーの自爆から逃れるために瞬間移動を使うのはおかしくはない。離脱するのに最適な能力だ。一瞬で移動出来るのだから。それは逆に考えれば彼という爆弾を人のいない無人島なりなんなりに飛ばすことも出来たということ。ファングを救う手立てはあったのだ。何故それをしなかったのだろう。アポローネスの疑問は至極当然のモノだ。

 

 状況が状況なだけにティアラたちがそれに気づけないのは仕方がない。だが冷静な判断を下せるはずのリタ、己の能力を知り尽くしているはずの彼女がそれをしないのは不自然だ。ファングを殺したかったとしか思えない。アポローネスはリタに不信感を抱いていた。

 

「何を言っても言い訳にしかなりません」

「ダメだ、答えろ」

「・・・・・・ギャザーはファングさんを撒き餌にして私ごと殺すつもりだったと思われます。すぐに自爆しなかったのはきっと私の様子を窺っていたからです。それに仮に人気のない場所に飛ぶことが出来ても無駄だったでしょう。私の出来ることはギャザーの出来ること。何処へ行っても彼は地の果てまで私を追っていたはずです。最悪の場合、街中で自爆をされた可能性すらあります」

 

 ファングのためだけに多くの人を犠牲にする選択は出来ない。最善を尽くした結果だ。だから見殺しにした訳ではない。リタの言い訳は言い分としてはまともに筋が通っていた。

 

「・・・・・・こうなったのは貴様が元凶ということか」

「っ!」

「アポローネスはん!」

 

 ガルドがテーブルを叩いた。ファングが死んで怒っているとしても言って良いことと悪いことがある。期間は短いとはいえ仲間であるリタを元凶と呼ぶ。それはここにいる全員の抱えた怒りや悲しみを彼女に押し付ける行為である。

 

 ガルドだってファングの死は悲しい。それでも仲間や街の人を守ろうとした彼の選択を尊重したい。その守った仲間の一人であるリタを非難の的にすることなんてあってはならないのだ。ガルドは彼女を庇うように前に立つ。アポローネスはふんと鼻を鳴らすと彼を睨む。

 

「ガルド、お前は疑問に思わんのか。この女は隠していることがあまりに多い」

「それは・・・・・・」

「何故ギャザーやオルフェノクは襲ってくるのか。リタ、貴様は本当は知っているのではないか。心を読む能力があっただろう。分かっているのなら何故それを説明しない。理由があるなら言え。・・・・・・はっきり言って私は貴様を敵として見ている。返答次第では貴様を斬る!」

「何しとるんや、アポローネスはん!?」

 

 アポローネスが剣を抜く。このままでは不味い。ガルドも鎌に手を掛けた。

 

「何やってんだ! アポローネス、ガルド! 今は争っている場合じゃないだろ!」

 

 武器を構えたアポローネスとガルド。今にも一戦交えそうな二人を食堂に入ってきた巧が慌てて止める。

 

「す、すまんな。巧はん」

「乾。貴様、何処へ行っていた?」

「買い出しだよ。傷薬とか必要な物を用意してたんだ」

 

 巧は袋一杯に詰め込まれた道具を見せる。どれもこれも戦闘中や探索中に必要不可欠のものだ。ここ最近は忙しく回復アイテムなどは消耗に消耗を重ねていた。底を尽きそうになった貯蓄を補充するために彼は買い物に出掛けていた。

 

「こんな時に買い出し、だと? 貴様は何を考えている」

 

 アポローネスはピクリと眉を動かす。仲間が死んだのに呑気に何をやっている。彼は怒気を込めて立ち上がると巧の肩を掴んだ。

 

「こんな時だからこそだ」

 

 アポローネスを無理やり椅子に座らせると巧は言った。

 

「ファングがいない今、誰がこの街を守る?」

「乾・・・・・・?」

「俺たちしかいないだろ!」

 

 巧は叫ぶ。皆の視線が彼に向いた。普段は無愛想な巧が声を荒げている。何処かぼんやりとしていた彼らは彼の大声に目を見開く。

 

 ドルファは北崎の負傷によって大きく弱体化している。オルフェノク一派とドルファ、拮抗していたパワーバランスは一夜にして崩壊した。もしこのまま都市ゼルウィンズがシャルマンやギャザーに攻め込まれればあっという間に壊滅状態に追い込まれるだろう。

 

 ギャザーは恐らく生きている。考えなしに自爆したとは思えない。そうなると圧倒的な力を持ったギャザーに対抗出来るのは彼と同じ力を持っているリタと切り札を使った晴人しかいない。街を守れるのは自分たちしかいないのだ。ファングの死に悲しんでいた彼らの意識が僅かだが切り替わる。

 

「あのバカと約束した。あいつが戻ってくるまで俺はお前らを任されてるんだ。仲間割れなんてすんじゃねえよ。俺がファングに笑われちまうだろ」

「巧はん・・・・・・」

 

 巧は自分のことを棚に上げて己を責めるファングの姿を想像して苦笑を浮かべた。まるでファングが本気で生きていると信じているようだ。ありえない。ファングは死んだ。彼に誰かがそれを告げようとした時、晴人が口を開いた。

 

「────まだ絶望するには早すぎるだろ」

 

 巧がファングとの約束を守ったのだ。自分も彼らと交わした約束を果たそう。最後の希望になるという約束を。今まさに絶望に直面している彼らの心を希望に変える。晴人は目を閉じて己の胸に手を置く。彼女が微笑み頷いた気がした。

 

「そうだよ、皆。まだ絶望するには早いさ。考えてもみなよ。アリンちゃんは女神の一部だ。そう簡単に死ぬはずがないよ。剣が折れたから咄嗟にファングくんがフェアリンクを解除したんだ。そうじゃないとブレイズくんやキョーコちゃんがいない説明がつかない」

 

 悲痛な表情を笑顔に変えてハーラーが立ち上がった。研究者である彼女は他の面々に比べると客観的に物事を見ている。だからブレイズとキョーコがいないことに違和感を感じた。ファングは他にもフューリーを持っている。アリンのフューリーが残っているなら彼らのフューリーも残っているはずだ。

 

 ハーラーに言われて彼らはハッとする。もしかしたらファングは生きているかもしれない。彼らに小さな希望が芽生える。晴人はそれを見逃さない。芽生えた希望を皆に届けるのだ。彼は一人一人に問いかけていく。

 

「アポローネス、ファングがギャザーに殺されたりすると思うか?」

「ふ、我が好敵手があの程度の相手に遅れをとる訳がないだろう。奴は私が斬る」

 

 怒りに満ちていた表情を好戦的な笑みに変えてアポローネスが立ち上がる。自分に勝った男がSランク妖聖にそう簡単に遅れをとったりはしない。自爆程度の攻撃に命を落としたりするはずがない。

 

「ねえ、エフォールちゃん。ファングはこんなところで死ぬ男なのかな?」

「・・・・・・違う。ファングは私の帰る場所になるって約束した。私が殺すまで絶対に死なないって約束した。だから絶対に生きているもん」

「そうだ、ファングは生きている」

 

 エフォールは涙を拭って立ち上がる。彼女はファングの元に必ず生きて帰ると約束した。エフォールの帰る場所である彼が消えたりするはずがない。だってファングが勝手に死んだら彼を殺す約束が守れないじゃないか。エフォールはファングが生きていることを確信した。

 

「ガルド、お前は俺が希望を届ける必要なんてないな」

「せやな。ワイはダンナも巧はんも信じとる。ダンナが帰ってくるって巧はんが言うならそれを信じるだけや」

 

 既に立ち上がっていたガルドはニッと晴人に笑う。本来こうやって絶望的な空気を壊すのはムードメーカーの彼の役目である。ファングと同じだ。少しでも希望が見えればそれに縋ってみる。ガルドとはそういう男だ。

 

「なあ、少しは信じる気になったか? ファングは生きているって」

 

 巧が問いかけると彼らは皆頷く。その顔は先ほどまでの悲痛な表情が嘘のように晴れやかなものになっていた。

 

「ありがとな、晴人」

「礼なんていらないさ。・・・・・・それよりお前の出番、もしかして奪っちゃったか?」

「そんなキャラじゃねえよ。こうやってこいつらを纏めるのだって本来俺の役目じゃない。頼まれなかったらやってねえよ」

「そうか? 『俺たちしかいないだろ!』って言ってたお前は結構カッコ良かったぞ」

 

 他人から言われるとなんだか恥ずかしい。巧は気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

 暫くするとティアラが帰宅した。

 

「ティアラさん、その格好は・・・・・・?」

 

 果林は目を見開く。ティアラは普段の黒色のフリルドレスとは正反対の真っ白なフリルドレスに着替えていた。スカイフリル。エフォールに新しい服を買った時に雑貨屋でそれを見かけていた果林はティアラが外に出掛けていた理由に気づく。この服を新調しに行っていたのだ。しかし、どうしてこのタイミングで。彼女は首を傾げる。

 

「何時までも暗い気持ちになっていたらいけませんので。服装から明るくなってみようと思いまして。似合ってますか?」

「ティアラ、可愛い」

「悪くねえんじゃないか」

「やっぱりティアラはんはべっぴんさんや。ダンナが見たら惚れるで!」

「そ、そんな。惚れるだなんて・・・・・・!」

 

 服を変えたのは効果覿面のようだ。辛気臭い雰囲気が嘘のように明るいものになる。

 

「リタさん、私たちはファングさんが生きていることを信じています。だからあなたの選択を咎める気はありませんわ」

「ティアラさん・・・・・・」

「アポローネスもそれで良いだろ」

「・・・・・・やむを得ん。今は戦力は多い方がいいだろうからな」

 

 これで一件落着だ。巧は俯いたリタの顔を覗き込む。

 

「・・・・・・俺たちはギャザーを、シャルマンを何とかして止めないといけないんだ」

「リタさん。あなたの知る限りの情報を教えてください。私たちはあなたを信じます。だから教えてください。・・・・・・私の言っていることが嘘じゃないって分かりますわね」

「・・・・・・はい」

 

 こうなったら全てを話すしかない。リタはゆっくりと顔を上げた。

 

「ギャザーの目的は女神様を復活させること。女神様の力でありとあらゆる悪人を滅ぼす気なのです」

 

 ◇

 

 闇が迫っている。今の彼にそれから逃れる術はない。何時もなら引っ張ってくれる彼女が彼の手から離れた。彼を闇から守ってくれる光は遠く遠くに離れてしまったのだ。彼は闇に飲み込まれてしまう。深く、深く沈んでいく。闇の中に沈んでいく。

 

 それでも不思議と闇に恐怖心はなかった。むしろ心地のよい気分だ。彼は静かに闇へ身を委ねる。この闇は恐れるものではない。闇は彼女だ。彼にとって誰よりも守りたい彼女なのだ。大切な彼女と一緒になれるのなら闇になるのも悪くはない。

 

 彼は彼女の姿を確認するために目を開いた。

 

────そっちに行ったら危ないぞ

 

 彼の目の前に緑色が広がる。ジョーカーアンデット。緑の生き物。闇に溺れていたファングに彼は手を差し伸べる。先生。小さく呟くとファングはジョーカーアンデットに手を伸ばす。溺れていた彼をジョーカーアンデットは優しく引きずり上げた。

 

 

 

 

「────先生!?」

「お、目が覚めたかの。ファング」

 

 ファングの目の前に緑色が広がる。ピピン。緑の生き物。目が覚めたら目の前に彼の笑顔が差し迫っていた。このまま少しでもファングが動けば彼はピピンと接吻することになるだろう。彼は悲鳴を上げる。

 

「うわあああああああ!? 緑の生き物だあああああ!?」

「ぐふっ!?」

 

 ファングはピピンを蹴り飛ばした。勢いの乗ったキックに彼は思いっきりぶっ飛ばされる。涙の軌跡を描きながら宙を舞う姿はある種の芸術的な何かを感じる。数秒経ってファングはハッとした。あ、これピピンだ。彼は蹴ってからそれがモンスターではなくピピンであることに気づいた。

 

「お、おい。だ、大丈夫か、ピピン」

「な、なんのこれしき。若者が拳で語り合おうと言うならそれに正面から向き合うのが我輩のような大人というものよ」

「気が動転してたんだ。語り合う気はねえよ」

 

 ピクピクと蠢くピピンをファングは起こした。

 

「我輩が日没から日の出まで眠らず看病したというのに。その恩を蹴りで返すとはな。我輩がどれだけお主を心配したのか分かっておるのか」

「わ、わりいな。ありがとよ」

 

 一晩中付きっきりで看病してくれたのか。ファングはピピンに頭を下げる。どうりで服がピピン柄のTシャツになっている訳だ。ていうか着替えさせられたということはピピンに自分の裸を見られたのか。ファングは何とも言えない気持ちになる。

 

「感謝ならお主を救った店主に言うのだな」

「店主?」

「我輩の昔馴染みだ。各地にいるオルフェノクどもを成敗するために今はここを拠点にさせてもらっている。この店の店主が打ち上げられていたお主をこの店まで運んだのだ。下にいるから挨拶をしてくると良い。ブレイズ殿とキョーコ殿もおるぞ」

 

 見ず知らずの他人を助けるなんて心の優しい店主がいるものだ。それも明らかに訳ありとしか思えないファングたちを。ピピンに言われた通りきちんと礼を言わなくてはならないな。ファングは部屋から出ると突き当たりの階段を降りる。

 

「ほら、リボンが巻けたぞ」

「ありがとー、おにーちゃん」

「ははは、似合っているよ」

 

 一階は写真館になっているようだ。階段から降りるとフィルムやら写真やらカメラやらがところ狭しと敷き詰められた店内が目に入る。

 

 少しカビ臭いニオイのするその店内にキョーコはいた。ファングと同年代の青年に彼女はリボンを結んでもらっている。彼が店主だろうか。関係ないが二十歳を越えた男が笑顔で小さな女の子のリボンを結ぶ姿は何となく絵面が少し犯罪染みて見える。

 

「あ、ファングだ」

「・・・・・・目を覚ましたようだな」

 

 青年はファングの姿を確認すると彼に無愛想な顔を向けた。あの笑顔よりはどちらかというとこちらが素に見える。少し巧に似た雰囲気のある男だ。

 

「あんたが助けてくれたのか?」

「ああ。たまたま海の写真を撮ろうと遠出をしたら倒れてるお前を見つけた」

「ありがとな」

「別に構わん。目の前で死なれたら目覚めが悪くなるから助けてやっただけだ」

 

 笑顔で頭を下げるファングにそっぽを向いて青年は答えた。少し口悪いが照れ隠しで言っていることがすぐに分かる。あれこれと理由をつけながらも人を助ける。それが彼の人柄なのだろう。ますます巧に似ている。

 

「それよりももう起きて大丈夫なのか? 俺がお前を見つけた時は頭から血を流していたが」

「怪我?」

「ああ、頭がぱっくりと割れていたはずだぞ」

 

 ファングは頭に触れる。特に痛みは感じない。傷があるようにも思えなかった。ピピンが回復魔法でも使ったのだろうか。既に完治しているようだ。

 

「いや、もう大丈夫みたいだ」

「治っているのなら良い。この家には医者の居候もいるから後で診てもらえ」

「おう、サンキュー。・・・・・・医者の居候ってあんたの人望はなんなんだ?」

「ピピンが連れてきただけだ。俺の人望ではない」

「いやピピンと知り合いな時点で人望の厚さが既にやべえよ」

「そうなのか?」

 

 人外の知り合いがいる人間なんてそうそういるものではない。不思議そうな顔を浮かべる青年にファングは少し呆れた。オルフェノクと妖聖に囲まれている男が言っても説得力がないのだけど。

 

「ファング、ほんとにぶじでよかったよー」

「心配かけて悪かったな、キョーコ」

 

 嬉しそうに抱きついたキョーコにファングは微笑む。丸一日眠り続けるなんて随分と心配をかけたものだ。彼は優しくキョーコの頭を撫でた。

 

「ふ、良い一枚が撮れた」

 

 青年はクスリと笑うとその二人をカメラに収めた。

 

「若い頃を思い出したのかの? 少し遠い目をしておるぞ、店主殿」

「さあな。俺はまだまだ若いぞ、気分的にはな」

「かっかっか。幾つになっても若い心は失わんか! うぬ、我輩もお主に負けぬように若き心を持ち続けるぞ!」

 

 そもそもお前は何歳なんだ。年齢どころか何もかもが不詳のピピンに青年は怪訝な表情を浮かべる。

 

 

 

「大変ですよ、皆さん!」

 

 和やかな空気を打ち破るように店のドアが力任せに開けられた。慌ただしく入ってきたソウジとブレイズに彼らは驚く。何か事件でもあったのか。普段は落ち着いている二人が血相を変えていた。

 

「ソウジ、ブレイズ殿。何があった?」

「オルフェノクが街で暴れている!」

「な、なんと!? ついにこの街にも被害が!?」

 

 ピピンは顔色を変えた。とんでもないことだ。これまでもゼルウィンズ地方各地でオルフェノクは密かに活動していた。ライオトルーパーという巨大な戦力を持った彼らは数々の小さな街や村を襲撃していたのだ。より多くの戦力を得るために。

 

 誰よりも早く過去に戻っていたピピンは真っ先にその異変に気づいた。人々を滅ぼそうと画策するオルフェノクは支配を企むドルファよりも凶悪だ。強い正義感を持った彼は一人でも多くの人を守るために戦うことを決めた。ファングたちの知らぬところで彼らとの戦いに一人身を置くことを決意したのだ。

 

 その過程でピピンは神敬介と出会ったのだがそれはまた別の機会に話そう。

 

 とにかくピピンや敬介の活躍によってオルフェノクは少しずつ数を減らし、弱体化しつつあった。にも関わらずドルファというゼルウィンズで最も戦力が揃っている総本山に勝負を仕掛けるなんて予想外だ。こちらも弱体化してると言っても北崎とアポローネスの喪失以外はあくまで健在だ。自棄になったのか、それとも勝てる勝算でもあるのか。どちらにせよ非常事態というのは間違いない。ピピンはソウジと視線を交わすと頷く。

 

「店主殿、我輩はオルフェノクを倒しに出かける。罪のない人々を傷つける輩を見逃す訳にはいかんのだ!」

「ああ、必ず生きて戻ってこい。お前の武勇伝で酒でも飲み交わそうじゃないか」

「うむ! 良い酒を用意しておけ!」

 

 ピピンは青年にサムズアップをすると店から飛び出していった。

 

「・・・・・・俺たちも行くぞ!」

「ダメだ」

 

 ピピンに続いて店から出ようとしたファングをブレイズが止めた。

 

「ブレイズ、どうしてだよ!?」

「病み上がりに無茶をさせる訳にはいかん」

「何言ってんだよ!? オルフェノクは街で暴れてるんだぞ! 俺たちが行かなかったら何人の人が犠牲になると思ってるんだ!?」

「きみがいってもいみがないんだよ」

「キョーコ、お前も何を言って・・・・・・!?」

 

 そこでファングは気づいた。二人が今まで見たこともないような悲痛の表情を浮かべていることに。そして目覚めてから一度もアリンの姿を確認していないことに。彼は背中から嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「おい、まさか・・・・・・」

「ファング、今のお前には戦う力はない」

「ファングはもうフェンサーじゃないんだよ。さんにんでたびしてるころにもどっちゃったんだ」

 

 ファングは今すぐこの耳を引きちぎってしまいたい衝動に駈られる。聞かなければファングはその事実を知らなくて済む。知らなければそれが事実にならないで済む。そんな気がしたからだ。

 

「ファング、いいか? よく聞くんだ────」

 

 それでもファングは現実から目を反らしてはいけない。ブレイズたちだって辛い。彼らだけにその悲しみを背負わせてはいけないのだ。ファングには聞かなくてはいけない義務がある。例えその先にどんな悲劇があろうとも。ファングはブレイズの顔を見る。彼は小さく息を吸って言った。

 

 

 

「────アリンはもうこの世にいない」

 

 ああ、やっぱり聞かなければ良かった。ファングは後悔した。

 

 ◇

 

「女神様は眠りに就く前、私たちのような特別な力を与えられた妖聖をこの世に残しました。アリンさんのように己の力を与えた妖聖。私とギャザーのように女神や邪神を復活し、また封印させる力を与えた妖聖。そのSランク妖聖を封印し、人類を見守るために命を与えられた妖聖たちがいました。その一人がエルモです」

「その名前は確か、エフォールの友人の?」

「エルモ・・・・・・!?」

 

 エルモ、という名にエフォールが反応した。彼女にとってその名は馴染みが深い。彼女が果林と出会う前に友人だった妖聖だ。ちょうどファングでいうところのブレイズやキョーコのような関係にあった妖聖。それがエルモだ。何故ここで彼女の名が出るのだろう。エフォールは困惑した。

 

「知り合い、だったのですか。・・・・・・私たちはかつてエルモと共に旅をしていた。彼女は少年のような活発さを持った可愛らしい少女の妖聖でした」

「うん。エルモ、男の子みたいだった」

「エルモは人を愛していた。美しいところも醜きところも全て合わせて人は素晴らしいと、慈愛に満ちた心で人類を見守っていました。そんな人類に献身的な愛を持った彼女にギャザーは恋をした。それからというもの彼は毎日毎日、エルモに愛していると囁いていました。彼女も鬱陶しがっていましたが満更でもなかったようです」

 

 エルモは善人も悪人も全て引っくるめて人そのものを愛していたのか。中々にとんでもない妖聖だ。例え同じ人間であろうと全ての人類を愛せる者など普通はいない。それが出来るのは究極の善人か、あるいは異常な狂人か。そう簡単に不変の人類愛は身に付けられるものではない。そういう意味では彼女もまた別次元の存在と言えるだろう。女神に人類の監視を頼まれただけはある。

 

「妖聖同士の恋愛なんてロマンチックですわ」

「女はそういうの好きだな。・・・・・・でも、ちょっと待って。ギャザーの目的が見えてこないぞ。ヤツは何がしたいんだ?」

「そうだ。普通なら一緒に見守るんじゃないかな?」

 

 晴人の言う通りだ。何故ギャザーはこの世全ての悪を滅ぼすなんて極端な思考になったのだろうか。エルモのために、と彼は言っていた。人そのものを愛している彼女にとって悪人ですら滅ぼす行為は心を傷つけることになるだろう。ギャザーはエルモに恋をしているはずだ。そんなことをする理由がない。

 

 まさか好きな女の子につい嫌がらせをしたくなる、なんて下らない動機でもあるまい。

 

「巧さんも操真さんも少し待ってください。エルモの残した最後の言葉を聞けば分かりますよ。でも、覚悟して聞いてくださいね。これはとても悲しく、そして恐ろしいことです。エフォールは耳を塞いでいた方が良いですよ」

「ちゃんと聞く。エルモがどうなったのか、私は知らないといけない。友達だから・・・・・・!」

「本当に後悔しないでくださいよ。・・・・・・『もう嫌だよ! 全部終わらして! お願い、お願いだよ! 壊して! 壊して! 全部壊して! いやあああああああ!!』」

 

 リタの声が別人のように変わる。これがエルモの声なのか。巧たちは目を見開く。悲哀。憎悪。嫌悪。失望。恐怖。空虚。ありとあらゆる少女の絶望が込められた声。リタの口から放たれた言葉は闇そのものだ。あまりに生々しい闇に空気が凍りつく。

 

 信じられない。これが人類を愛していた者の紡ぐ言葉なのか。彼らは顔色を真っ青にした。特にエルモを知っているエフォールの様子は酷いものでガタガタと震えている。無理もない。様々な人々の絶望を救ってきた晴人ですら顔色が少し悪くなっている。この中で一番幼い彼女がそうなるのは仕方のないことだ。果林は自分も強い恐怖を感じながらも彼女を抱き締めた。

 

「私やギャザーが眠りに就いている間にエルモは人の悪意によって壊された。それもつい最近のこと。眠りから覚めた彼は手遅れになった彼女から最後に出された言葉の通り全てを壊そうと決意しました。これがギャザーがこの世全ての悪を滅ぼそうとする理由です。彼女の心を壊した巨悪への復讐。それが彼の目的なのです」

「エルモちゃんの心はどうして壊れたんだい?」

「それは────」

 

 ハーラーがリタに問いかける。これ以上聞かせたら不味い。エフォールたちの心まで壊れてしまう。巧はガルドと視線を合わせる。巧は果林の耳を、ガルドはエフォールの耳を塞いだ。

 

「────拷問でも性的暴行でも食人でも構いません。あなた方がイメージする狂った人間が起こす行動を想像してみてください。今想像したことの全てがエルモに行われたことです」

 

 彼らの背筋がぞわりと冷たくなる。

 

「そんな、そんなバカなことがあってたまるか!」

「なんて、なんて残酷なことを・・・・・・!?」

 

 晴人とティアラが声を荒げる。 二人は嫌になるほど狂った人間を知っている。警察と協力関係にあった晴人や特殊な出生を辿ったティアラは狂人というものを何度も見てきた。怪人が人を殺すことすら生易しく見えるほどの凶行。それらを一人の少女にやったというのか。彼らは理不尽な悪意に腕を強く震わせる。

 

「自分の好きな女の子にそんなことをされたのなら、ギャザーくんが邪神や悪人を根絶したいって気持ちもわからなくもないかな」

「せやかて、それはいくらなんでも極端やろ。そもそもダンナも北崎も悪人とちゃうやん。何で殺そうとしたんや。・・・・・・自分の基準で善悪決めるならエゴやで、そんなん」

「でもさあ。私だって大切な人が同じことをされたらギャザーくんと同じことをすると思うよ。そんな状況になったら邪魔する人は皆悪人に見えるって、きっと」

「私だってガルドちゃんを虐める人は許せないわ。もしもガルドちゃんが同じことをされたらきっとギャザーちゃんみたいになっちゃうわ」

「私たちは他人事だからこうやってヤツを否定出来るのだ。当事者になったら同じ道を辿ることになるだろう」

 

 知らない方が良かったのかもしれない。ギャザーの、エルモの壮絶な過去に彼らは苦々しい気持ちになる。愛する者がいればきっと誰しも彼になりうる可能性があるのだ。それを咎める権利が果たして自分たちにあるのだろうか。何とも言えない空気が流れる。誰もが俯いて考え込んでしまう。

 

「俺も大切な人を生き返らせようとするためにたくさんの人を犠牲にしようとしたヤツを見たことがある。そいつもギャザーと同じなのかもな」

 

 晴人はギャザーのように愛する者のために狂ってしまった男を知っている。彼との戦いは自分にとっても壮絶なものだった。あの男の選択は確かに間違っていた。でもあれはあったかもしれない晴人の姿なのだ。彼もまた愛する者への未練から一度彼女を悪の魔法使いとして蘇らせたことがある。

 

 戦いにくい。彼らの気持ちが痛いほど分かる晴人はそう思った。悪人になってしまった善人より単純な悪人の方がよっぽど戦いやすかった。

 

「・・・・・・俺だってギャザーと同じだ」

「巧・・・・・・?」

 

 巧は静かに顔を上げる。彼は苦い表情を浮かべていた。その巧の様子に晴人は心当たりがあった。彼はバダンとの戦いを思い出す。死者への未練を持っていた平成ライダーの中でも巧はその未練が一際大きかった。仲間を生き返らせようと一度裏切るほどに。まさかギャザーに共感してしまったのか。晴人は嫌な予感を覚える。

 

「俺だって大切な人が死んだら後悔する。きっとその人への想いが強ければ強いほどにその後悔は大きくなると思う。ひょっとしたらギャザーみたいにとんでもないことをしでかしちまうかもしれない」

「乾さんはギャザーさんに味方するのですか?」

 

 ティアラの疑問に巧は首を振る。どんな理由があっても巧は人を滅ぼすことだけは絶対にしない。例え悪人であろうとも。憎むべきは罪であって人ではない。元いた世界から巧は基本的には人間の起こした行動にはなるべく口を出さないスタンスでいる。

 

「お前らは俺が死んじまった人のために間違ったことをしようとしたらどうする?」

「止めますよ。巧さんが間違ったことをしようとするのなら私は止めます。私は誰かを傷つけるような巧さんは見たくありません」

「ワイもや。巧はんが誰かを傷つけるようなことをするならワイが全力で止めたる。仲間がそんなことするのを見過ごす訳にはいかんわ」

 

 巧は満足そうに頷く。自分がもしも過ちを犯しても彼らが止めてくれる。そう分かっただけで彼はとても安心した。

 

「エルモってヤツだってきっとギャザーが人を傷つけることなんて望んでいないはずだ。だから俺はあいつを止めるぞ」

 

 巧には止めてくれる仲間がいる。だがギャザーにはいない。彼の仲間は同じように人間に裏切られた妖聖と人間を滅ぼそうとするオルフェノクしかいない。ギャザーの協力者しかいないのだ。

 

 彼らの行動が本当に間違っているのか。それを決める権利は巧たちにはない。裏切られた妖聖は気の毒で復讐したくなる気持ちは分かる。オルフェノクだってそうだ。寿命が短く数の少ない彼らは自分たちが人間を滅ぼさなければ己が滅びる運命にある。一見すると悪にしか見えない彼らにも少なからず正当性はあるのだ。

 

 それでも巧は彼らを止めなくてはならない。間違ってると言われても構わない。悩んでいる間に誰かが傷つくくらいなら彼は戦う。例えそれが罪だったとしても。巧は罪を背負う覚悟はとっくに出来ていた。

 

「私も一緒に戦います。人間を愛したエルモさんのために人間を傷つけるなんて悲しすぎますわ」

「ワイも戦ったるわ。人間は確かに間違うこともある。取り返しがつかないことをする時だってある。でも誰にだってやり直すチャンスはあるんや。可能性すら与えず滅ぼすなんてワイは絶対に認めないわ」

「私も、戦う。エルモは友達だもん。エルモの好きな人が間違ったことをしてるなら友達の私が代わりに止める」

「私だって戦うさ。バハスにまだ私は謝ってないんだ。汚れた部屋を掃除して分かったけど私はずっとあいつに甘えていた。もう一度パートナーになってもらうために私は戦う」

「私は目付け役だ。貴様らが戦うというのならそれについていくだけだ」

「俺も戦うよ。俺だってギャザーと同じような絶望を味わったことがある。だから世界に復讐しようとするヤツの気持ちも分かる。でもそれが間違っていることはそれよりもっと分かるんだ。だから必ずギャザーを止めてみせる」

 

 決意は固まった。そうと決まれば話しは早い。シャルマンたちの居場所を突き止めてギャザーの野望を打ち砕く。まずは情報屋に言ってロロから彼について何か知っていないか聞きに行こう。そう巧が提案しようとしたその時。

 

「────止められるもんなら止めてみろや、ダボハゼどもが」

 

 リタの影の中からギャザーが現れた。

 

「ギャザー!?」

「リタはんがおらんと女神を復活出来ひんやろ。迎えに来たんや。さ、行こか」

「い、嫌です。うぐっ!」

「はは、断わんなや。ワイは仏さまと違って穏便なのは一回目だけやで」

 

 不気味な笑みだ。ギャザーは笑顔でありながらもその目がまったく笑っていなかった。後ずさったリタの首を彼は締める。

 

「おい、待てよ。リタちゃんを離せ」

「ワイらが黙って見てると思うんか?」

「私たちの目の前に現れたことを後悔させてやる。この場で始末してくれよう」

 

 ギャザーに向けて晴人はウィザーソードガンを発射する。それを引き金にガルドは鎌を、アポローネスは剣を構えると左右から同時に攻撃を仕掛けた。晴人の銃弾には追尾能力がある。例え時間の流れを操ろうと回避は難しいはずだ。

 

「無駄や、無駄。そんな攻撃でワイの障壁を抜けると思っとんのか」

 

 三人の攻撃はギャザーが張ったバリアに阻まれる。硬い。並大抵の攻撃では破ることは不可能だろう。

 

「下がって!」

『attack effect フリーズミーティア』

 

 エフォールは必殺の矢を放つ。高い威力を持ちながらも破壊力は控えめなこの技なら向日葵荘の中でも使うことが出来る。他の者の大暴れするような必殺技は宿の中で使う訳にはいかない。

 

 これならギャザーのバリアも破れるだろうか。バリアに直撃したエフォールの矢は氷の結晶を周囲に撒き散らす。ギャザーとリタの回りに霧が巻き起こった。

 

「・・・・・・ごめんなさい、逃がした」

 

 瞬間移動をしたのだろう。霧が晴れると二人の姿は消えていた。やはり取り逃がしてしまったか。エフォールはシュンと項垂れる。

 

「気にするな。確かにリタは連れ去れちまったけど・・・・・・」

「これで彼の居場所が分かったからね」

 

 巧はエフォールの頭をポンと叩く。女神を復活させると言うのなら彼の向かった先は一つしかない。

 

「ギャザーさんかどちらに向かったのか、ハーラーさんは心当たりがあるのですか?」

「うん。私たちは過去の世界で一度女神を復活させようとしているからね」

「確か以前にもファングさんからその話しを聞いたことがありますわ。その場所は確か、えっと・・・・・・」

 

 ティアラは首を傾げる。随分と前のことだからどこで儀式をしたのかすっかりと忘れてしまった。この中で記憶のない彼女と既に死んでいたアポローネス、別世界の住人である晴人は女神復活のことを知らない。ギャザーが向かった場所。そこはどこだろうか。

 

「・・・・・・ギャザーが向かったのはカヴァレ砂漠だよ。女神の聖域さ」

 

 ◇

 

 カヴァレ砂漠・聖域。

 

「ついにSランク妖聖を手に入れたんですね、ギャザーさん」

「ワイが本気出せばこんなもん余裕やねん」

 

 既に一通りの儀式の準備を済ませたシャルマンはギャザーを迎え入れた。彼の肩に担がれたリタにシャルマンは笑顔を浮かべる。

 

「きちんとフェイスドロップもセットされとるし、これなら何時でも女神復活の儀式が始められるわ」

「復活にはどれほどの時間が掛かりますか」

「だいたい半日くらいやな。日没までには復活すると思うわ。その間の時間稼ぎは任せたで」

「ええ、僕にとっても女神復活は悲願ですからね。既にバットさんとレオがライオトルーパーを引き連れてゼルウィンズを襲撃しています。彼らは絶対に襲われてる人々を見過ごすことが出来ない。僕らの勝利は決まったも同然ですよ」

 

 間もなく女神が目覚める。そうすればギャザーの願いは叶えることが出来る。邪魔者となりうる彼らもファングや北崎という切り札がなければここまでたどり着くことも出来ないはずだ。ファングと互角の力を持っているらしい晴人が唯一の懸念材料だが女神さえ復活してしまえば彼も敵ではない。飛車角落ちで勝負に挑んだところで詰むだけだ。

 

「では僕は用があるので少し席を外します」

「ん、なんや? せっかくの女神復活を見届けなくてええんか?」

「女神が復活する前に、穢れなき世界を作る前に殺さなくてはならない人がいるんです。僕は僕自身を救うために彼女を消さなくてはならない」

 

 シャルマンは腰に刺された剣に手を伸ばす。結局最後まで彼がどうしてオルフェノクと組んだのかは分からなかった。一切の穢れのない世界を作りたいという目的も自分に似てはいるが根本的に何かが違う気がする。その消さなければならない相手とやらが元凶なのだろうか。

 

「・・・・・・ふうん。まっ、ええわ。約束通り女神が復活したらこの世全ての悪を根絶したるからな。期待して待っててくれや」

「オルフェノクの寿命の件についても頼みましたよ」

「わかっとるって。女神の力ならそれくらい造作もないわ、・・・・・・待っててくれや、エルモ。必ずお前の望んだ世界を作ったるからな」

 

 胸の内にいる少女に語りかけるギャザーを尻目にシャルマンは都市ゼルウィンズへの道へと歩く。彼女を殺すために。

 

『本当にあんなヤツが神を制御出来るのかしら?』

「さあ。それは僕にも分かりませんよ。ですが女神は邪神と違って凶悪なものではありません。ギャザーさんが本当に清らかな心を持っているのなら女神は彼に力を貸してくれるでしょう。それにもし彼が女神の器として失格だったとしても僕が女神の器になれば良いだけのことですよ」

『王にも神にもなる気? ふふ、頼もしいわね。私が見込んだだけあるわ』

「冴子さんにそう言ってもらえると僕も嬉しいですよ」

 

 シャルマンは粘着質な笑みを浮かべる。

 

「待っていてください、ティアラさん。あなたのために僕は今度こそ世界を救ってみせますよ」

 

 




そろそろこのオリジナルストーリーも終わります。きちんと本編に繋がるように作っているのでゲームクリア済みの方は安心してください。

さて次回はいよいよブラスターの登場になるのでご期待ください。


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蘇る本能

やっぱりファイズはたっくんじゃないと!


「急ぐぞ。ギャザーが女神を呼んだら終わりだ」

「私たちには時間がありません。とにかく今はカヴァレ砂漠に向かいましょう」

 

 彼らは頷く。ギャザーを追うために巧たちはカヴァレ砂漠へ向かわなければならない。急がなくては。カヴァレ砂漠は最短でも数時間は掛かる。女神の復活までどれだけの猶予があるのか分からないのだ。何時ものようにだらだらと会話をしている暇はない。彼らは各々準備を始めた。

 

「これ、どうやっていれましょうか」

「ティアラ、なんだそれ。邪魔にならないか?」

 

 ティアラは既に一杯になったバックパックの中に布に包まれた道具をいれようとしていた。このメンバーの中ではサポートに長けた彼女がアイテムは持つことになっている。必要な量の道具は揃っているのだ。出来る限り荷物は少ない方がいい。だからその道具が必要のないものならここは置いていくべきなのだが。

 

「これはファングさんのフューリーですわ。一緒に戦ってもらおうと思いまして」

「そっか。アリンのいたフューリーだからお守りくらいにはなるかもな」

「ダンナがいれば必勝間違いなしやな! よし、ワイが荷物は引き受けるからティアラはんはそれ持っとき!」

「ありがとうございます、ガルドさん」

 

 そういうことなら巧も反対したりはしない。ティアラに代わってもう一人のサポート役であるガルドがバックパックを引き受ける。彼に感謝するとティアラは布に包まれたファングのフューリーを背負った。

 

(こうして剣を背負っているとまるでファングさんが傍にいるみたいですわ)

 

 ティアラは僅かに頬を赤く染めるとクスリと微笑んだ。

 

「よし、じゃあカヴァレ砂漠に出発だ!」

『おー!』

 

 庭の前に集合した彼らに巧が言う。準備万端。彼らは揃って返事をした。

 

「皆さん、いきますよ!」

『フェアライズ!』

「変身!」

『ハリケーン・ドラゴン ビュー! ビュー! ビュービュービュビュー!』

 

 ティアラたちはフューリーフォームになり、晴人はウィザード・ハリケーンドラゴンスタイルに変身した。空を飛んでいく。現状それが一番早くカヴァレ砂漠へと向かう手段である。ウィザードは更にスペシャルウィザードリングを使って背中に翼を生やした。

 

『コネクト プリーズ』

「巧たちはそれに乗れ」

「助かった。ハーラー、後ろに乗れ」

「うん。ありがとうね、晴人くん」

 

 彼らのように飛ぶことの出来ない巧とハーラーのために晴人がマシンウィンガーを呼び出す。巧は彼に頭を下げるとそれに跨がった。ハーラーもその後ろに跨がる。バジンと同じオフロードタイプか。操作に慣れたタイプのバイクで良かった。砂漠でもこれなら問題ない。彼はアクセルを握る。そういえばこの状態だとハーラーと密着することになるのではないか。彼女に腰へ手を回された巧はふと思った。

 

『・・・・・・巧さん、イヤらしいことを考えたら絶対にダメですからね』

 

 どういう訳かその思考は果林に読まれていた。女の勘とは恐ろしいものだ。好意を抱いている相手の邪な感情にはとにかく機敏である。エフォールと融合していなければ可愛らしく頬を膨らましているだろう。彼女は不機嫌な声で言った。

 

「なんのことだよ?」

『何となく誘惑に流されないか心配になったんです。ハーラーさんはスタイルが良いですからね。・・・・・・私と違って』

「はあ?」

 

 何が心配なんだ。巧は首を捻る。

 

「貴様ら、そういうのは全部終わってからにしろ。さっさと行くぞ」

「せやせや。今はカヴァレ砂漠に行くことが先決やで」

「果林、行くよ」

『分かりました。・・・・・・巧さん、絶対にイヤらしいことはダメなんですからね!』

 

 ティアラたちは巧たちを先導するように飛んでいく。ちなみに所謂見せパンというものを女性陣は履いているので下から覗いても意味はない。もう一度言おう。意味はない。

 

「俺、なんか悪いことでもしたのか?」

「乙女心は難しいのさ。巧くんにもその内分かる時が来るよ」

 

 仏頂面の巧にハーラーはニヤニヤと笑みを浮かべる。何が乙女心だ。一番乙女心とか分かってなさそうな女が何を言う。あまりにがさつでパートナーに裏切られたくせに。巧はため息を吐きながらマシンウィンガーを発進させた。

 

 

 

「巧くん、あれ!?」

「・・・・・・何があったんだ!?」

 

 しばらく街道に沿ってバイクを走らせていると異変が起きた。カヴァレ砂漠へと続く西の方面の建造物から次々と火が上がる。ただの火事ではなさそうだ。人々の悲鳴や怒号が聞こえる。同じく異変を感じスピードを上げたティアラたちを追いかけるために巧はマシンウィンガーのスピードを上げた。

 

「な、なんて酷いことを!」

「くそっ、やっぱりオルフェノクたちは黙ってないか」

「妖聖もおる。急いどるっちゅうのに!」

「済まぬのう。ギャザーの目的のためにもここを通す訳にはいかんのじゃ」

 

 街を襲撃していたのはシャルマンの放った軍勢だった。火事の原因は炎の妖聖、悲鳴の原因はライオトルーパーによるものだ。やはりそう易々と女神の聖域に行かせる気はないらしい。ティアラたちの姿を確認した一人の妖聖はフワリと浮き上がると彼らの前で両手を広げる。

 

 ただならぬ風格を持った妖聖だ。普通の少女にしか見えない見た目でありながら放たれる魔力はドォンやセグロに匹敵する。彼女の名はギズミィ。Aランク妖聖だ。全力で足止めされればティアラたちでも倒すのに時間が掛かる相手である。やるしかないのか。彼らはそれぞれの得物を構えた。

 

「くそっ、邪魔だ・・・・・・!」

「通してくれる気はなさそうだね・・・・・・」

 

 巧はバイクを急停止した。地上にいた彼らを無数のライオトルーパーが取り囲む。空はギズミィが、地上はオルフェノクが担当しているらしい。こうなったら戦うしかないか。巧の頬にオルフェノクの紋様が浮かび上がる。どうやって戦う。彼はハーラーに視線を向ける。ウルフオルフェノクの力は絶大だ。これだけの数のライオトルーパーとも互角に張り合えるだろう。だがハーラーを庇いながらとなると少し厳しい。

 

「・・・・・・仕方ない!」

「ぬおっ! 不意打ちとは中々卑怯な真似をするではないか!?」

「多勢に無勢で挑んでくる貴様らには言われたくはない!」

 

 アポローネスはギズミィに飛び込むと手甲を纏った拳を振り下ろした。彼女は両手でそれを受け止める。しかし、威力を受け止めきれずそのまま地面に落下した。

 

「ここは私が何とかする! 貴様らは先に行け!」

『で、でもアポローネスさん一人でその人数を相手にするのは無茶です!』

「せやで。ワイも一緒に『たわけ! さっさと行けと言っているんだ!』せやかてアポローネスはん!」

「ここで死ぬ気はない。私は必ず追い付く!」

「それは世間一般では死ぬ人の言うセリフなんですよ! ああ、もう! とにかく絶対に生きて帰って来てくださいましね!」

「言われなくても分かっている!」

 

 ティアラはアポローネスに頭を下げると飛んでいく。ウィザードたちもそれに追随する。

 

「貴様らも行け!」

『attack effect 覇』

 

 アポローネスは地上に降り立つとライオトルーパーに向けてランチャーを発射した。無数のエネルギー弾が彼らを貫いていく。道を塞いでいたライオトルーパーはアポローネスの攻撃によって吹き飛ばされた。今なら通れるはずだ。

 

「助かった、アポローネス」

「礼などいらん。必ず奴らの野望を砕け」

「ああ、任せろ!」

 

 巧は頷くとマシンウィンガーを再発進させた。

 

「ハーラー! バハスに謝るのだぞ! お前は確かにガサツだが思いやりのある女だ! 必ず仲直り出来るだろう・・・・・・!」

「分かったよ、アポローネスくん。私、バハスに必ず謝るから。必ず仲直りするから。・・・・・・だから君も死なないでね」

「ふ、当たり前だ。私はまだ死なん。エミリのためにも、貴様らのためにもな」

 

 すれ違い様に微笑んだハーラーにアポローネスは力強く頷いた。

 

「叶わぬ約束ほど虚しいものはないと思わぬか、アポローネスとやら」

「何が言いたい?」

「お主はここで死ぬ、ということじゃ。我々と主との力の差は歴然。主の敗北は決まっているのだ」

 

 ギズミィの背後に軍隊蟻のようにぞろぞろとライオトルーパーが集まり出す。軽く百は越えているだろう。圧倒的なまでの数の暴力だ。誰もが諦めるレベルの絶望がアポローネスの前に立ち塞がる。

 

「・・・・・・ふん、下らんな」

「むっ?」

 

 アポローネスは鼻を鳴らした。何が下らない。ギズミィは怪訝な表情を浮かべた。

 

「私たちはこの程度で負けたりしない」

「私たち? お主一人であろう」

 

 アポローネスはギズミィに向けて剣を振り下ろす。彼女は魔力でバリアを作ってそれを防ぐ。

 

「一人? ふ、有象無象が調子に乗るなよ────」

 

 アポローネスはニヤリと笑う。ギズミィの背後で轟音が鳴った。何が起きている。振り向いた彼女は驚愕した。巨大な怪物がライオトルーパーを吹き飛ばす姿に。悪魔のようなフューリーフォームを纏った美女が街に火を放った妖聖を貫く姿に。何者だ。ギズミィは突如現れた彼らに困惑する。彼女の疑問にアポローネスが答えた。

 

「────ドルファを舐めるな」

 

 ゼルウィンズの危機にドルファが黙っているはずがなかった。

 

「ひゃははははははは! てめえら人様の庭で暴れてんじゃねえぞォ!」

「善良な市民に手を出すなんて万死に値します。天に召しなさい!」

 

 北崎とアポローネスがいなくとも彼らにはまだ切り札がいる。ザンクとマリアノ。ドルファ四天王の二人だ。流石にファングを苦しめてきただけはある。彼らは圧倒的な力を発揮し、次から次へとライオトルーパーたちを倒していく。

 

「ちっ、忌々しいフェンサーどもが!」

「ぐおっ!」

 

 量より質。一瞬にしてアポローネスとギズミィの立場が逆転した。彼女は小さく舌打ちすると魔力のバリアを爆発させてアポローネスを吹き飛ばす。彼は空中で態勢を立て直すとザンクとマリアノの近くに着地する。着地した彼に二人はゆっくりと歩み寄った。

 

「ふ、久しぶりだな」

「あら、裏切り者のアポローネスさんが私たちに何の用かしら?」

「くかか、裏切り者がのこのこと死にに来たのかァ? 介錯なら俺様が一捻りでやってやるよォ」

「・・・・・・言ってくれるではないか」

 

 再会して早々に軽口を叩く二人にアポローネスは顔を歪める。相変わらず馬の合わない連中だ。だが変わっていないようだな。目の前にいる無数のライオトルーパーを斬り伏せながら彼は少しだけ笑った。

 

「お前たちとこうして共に戦うのは何時ぶりになるだろうか」

「あァ? そんなことあったかァ? 忘れちまったぜェ」

「四天王結成以来ね。残念ながら今回はパイガが不参加ですけれど。所詮は有象無象。この程度の相手なら三人で十分ですわ」

 

『三人』か。とっくにドルファは辞めたはずなのだがな。しっかりと自分が頭数に入れられていることにアポローネスは苦笑を浮かべる。向こうも考えていることは同じらしい。彼は忌々しくこちらを睨んでくるギズミィに剣の切っ先を向けた。

 

「さあ来い! ドルファ四天王が相手になってやろうではないか!」

「自惚れるな、フェンサー風情が! 主らを倒すのに人形どもなど必要ない! 私一人で十分じゃ!」

 

 ◇

 

「皆さん、もう少しの辛抱です。この山岳を越えてしまえばカヴァレ砂漠まではそう時間は掛かりませんわ」

「何とか女神復活までに間に合うと良いんだけどな」

 

 ティアラたちはオルフェノクに妨害されながらも確実にカヴァレ砂漠へと近づいていた。思っていたよりも早い。彼らは知らないがまだタイムリミットの日没には数刻の猶予がある。これなら何とか女神復活までに聖域に辿り着けるだろう。

 

 ティアラたちにとって幸運だったのはドルファの兵士が街を守るためにオルフェノクと交戦してくれていたことだ。本来なら足止めされていたはずの道のりを彼らの協力によって素通り出来たのは大きい。

 

 ドルファがゼルウィンズを守るためとはいえ自分たちと共闘してくれていると考えると不思議な感覚だ。普段はフューリーの奪い合いで熾烈な争いを繰り広げているというのに。敵の敵は味方であるだけだが善悪関係なしに人と人が共に戦う状況はエルモが愛した人間の姿を体現してるようだ。

 

「間に合わなかったらどないすればええんや」

「やっぱり女神と戦うしかないんじゃないか?」

「女神様と戦うなんて考えられませんわ」

 

 世界平和を叶えるために女神を復活させようと頑張ってきたのだ。ティアラにとって悲願そのものである彼女と戦うなんて想像がつかない。女神に刃を向けるなんて自らの願いを否定するようなものである。どちらが悪だか分からない。そんなことにはなって欲しくなかった。

 

「それ、勝てるの?」

「知り合いに神様みたいなのはいるけど。あれと戦ったら・・・・・・多分俺でも無理かもな」

『神様と知り合いなんて晴人ちゃん凄いわねえ』

『それは凄いで済まして良いことなのでしょうか?』

 

 異世界にやって来るのも納得の交流だ。神と知り合いなら出来ないことなどないに等しいだろう。

 

「それにしてもアポローネスくんは大丈夫かな?」

「さあな。・・・・・・今は他人の心配をしている暇はなさそうだぞ」

「・・・・・・みたいだね」

 

 巧はマシンウィンガーを急停止した。

 

「────よお、てめえら久しぶりだなぁ」

『元気にしていたかしら?』

「ああ、久しぶりだな。出来ることなら二度と会いたくなかったぜ」

「Don't be cruel(そう邪険にするなよ)」

 

 ヘルメットを外すと巧は彼らを睨み付ける。カヴァレ砂漠までもう目と鼻の先となったところで彼らは現れた。バットオルフェノクと冴子、そしてファイズに変身したレオ。女神の聖域を目前に最大級の敵が待ち構えていた。厄介だな。ファングもアポローネスも欠いた状況で戦うとなると厳しい相手だ。巧は内心で舌打ちした。

 

「晴人さんとガルドさんは先に行ってください」

「あいつらは私たちに任せて」

 

 ティアラとエフォールが巧の隣に降り立つ。

 

「分かった。でも、本当に二人で大丈夫なのか?」

「せやで。それならワイも一緒に戦った方がええやろ?」

 

 敵は三人いる。それも全員ドルファ四天王クラスの相手。力の差は歴然だ。ティアラとエフォールの二人で勝てる相手ではない。ガルドもいなければ勝算は薄い。自分も一緒に戦う。彼がそう提案するも二人は首を振る。

 

「誰が操真さんを案内するのですか? 私は女神の聖域がどこにあるのか知らないのですよ」

『消去法なんです。エフォールは回復魔法を使えません。道案内が出来てかつ晴人さんのサポートも出来るのはガルドさんしかいないんです。だからあなたが行ってください』

「せやけど・・・・・・」

 

 ティアラと果林の言っていることは最もだ。でも損得勘定だけで本当に二人を置いていって良いのだろうか。ガルドは複雑な表情を浮かべる。

 

「行けよ。こいつらは俺が守るから安心しろ。その代わりにガルド、お前はハーラーを頼む」

「巧はん・・・・・・」

「心配すんなよ。俺はこんな奴らに負けたりしない」

「・・・・・・信じとるからな、巧はん!」

「ちゃんと追いつくんだよ、巧くん!」

 

 ウルフオルフェノクとしての巧の強さを知っているガルドは渋々ながら引き下がる。彼はハーラーを小脇に抱えるとウィザードと共に飛んでいく。

 

「何を言っているのですか? 乾さんも早く行ってください。あなたを庇いながら戦うのは厳しいですわ」

「・・・・・・庇ってもらう必要はない」

「は、話しを聞いていなかったのですか!? 乾さんがいても足手まといなだけなんですよ!」

 

 焦った様子のティアラに巧は気づく。そういえば彼女は今の世界でも以前の世界でもウルフオルフェノクとしての自分を見たことがなかった。ティアラにとって巧は普通の人間なのだ。拒絶されたら・・・・・・。巧の脳裏に僅かな不安が過る。

 

「これでも足手まといに見えるか────」

 

 だからどうした。ティアラは巧がオルフェノクであろうと拒絶するような人間ではない。巧の頬にオルフェノクの紋様が浮かび上がる。

 

 不安を感じるのは仕方がない。だが恐れるな。そのまま足を止めずに進むのだ。例え怪物として後ろ指を刺されようと迷っている間に誰かが傷つくくらいなら巧は戦う。そう決めた。だから巧は躊躇うことなくその言葉を口にする。

 

「────変身!」

「・・・・・・乾、さん?」

 

 ティアラは巧が目の前でオルフェノクになったことに驚愕する。今までずっと当たり前のように人間だと思っていた仲間がオルフェノクだった。その衝撃は大きいのだろう。彼女は目を見開いている。

 

「こ、これはどういうことですか!? 巧さんがオルフェノク!? 何時から、何時からオルフェノクになったのですか!?」

『最初からだ。・・・・・・今までずっと黙っていて悪かったな。なんなら嫌ってくれても構わない。だから今は一緒に戦ってくれ』

 

 ウルフオルフェノクはそれだけ言うと三人に飛びかかった。

 

「Here you will find only your grave」

『何言ってるか分かんねえんだよ!』

『ここが君の死に場所だってレオは言ってるのよ』

『ふん、それはこっちのセリフだ』

『ぐおっ! こいつ前より強いぞ!? それに姿が変わってやがる!』

 

 ウルフオルフェノクのメリケンサックにバットオルフェノクが吹き飛ばされた。彼は持ち前のスピードを活かして三人を翻弄する。北崎に匹敵する力を秘めた今のウルフオルフェノクなら三体の上級オルフェノクが相手でも対等に戦うことが出来る。

 

「乾さん・・・・・・」

 

 ティアラは巧と冴子たちの激闘を静かに見つめる。いくら力で上回っていても三対一では勝てるはずがない。彼は徐々に三体の連携に追い込まれていた。今すぐにでも彼に加勢しなくてはならないのは分かっている。でもその一歩を踏み出すことが出来ない。彼女の頭の中は巧がオルフェノクだったという衝撃で一杯になっていた。すぐに加勢出来たガルドが異常なだけでどれだけ心優しい者でも普通はこうなる。どうすればいい。悩むティアラの手をエフォールが優しく包んだ。

 

「ティアラ、大丈夫。巧は巧だよ」

「エフォールさん・・・・・・」

『姿は変わっても巧さんは何も変わってませんよ。今だって私たちを守るために一生懸命に戦ってるじゃないですか』

 

 ティアラはもう一度ウルフオルフェノクの姿を見た。手首をスナップさせたり気だるげにダランと構える姿は巧そのものだ。かつてのように衝動に身を任せたスピード重視で獣のような戦闘スタイルとは違う。人間であることもオルフェノクであることも受け入れた巧。彼はまるでファイズのように戦っていた。

 

「私は一緒に戦う。人間とかオルフェノクとか関係ない。私が巧を、皆を守りたいから戦う」

 

 エフォールは手を放すとバットオルフェノクに向けて矢を放った。

 

『おっと、あぶねえあぶねえ。なんだ? 嬢ちゃんが俺の相手をすんのか?』

「お前、殺!」

 

 バットオルフェノクは矢を手で掴むと標的をウルフオルフェノクからエフォールへと変える。彼は鎌を抜くとエフォールに高速で接近した。エフォールは弓を槍に変化させて迎え撃つ。範囲の短い武器を相手にするなら長物が一番だ。エフォールの突きが胸に直撃したバットオルフェノクは僅かに仰け反る。彼女はそのままバットオルフェノクに向かっていく。

 

「・・・・・・ファングさん、あなたならどうしますか?」

 

 ティアラは目を閉じてファングの姿を思い描く。以前も人とオルフェノクのことで悩んだことがある。彼はその時何を言っていただろうか。きっとそこに答えがある。彼女はファングが言っていたことを思い出す。

 

 ────お前は自分が届く範囲の人を救うことだけ考えればいい

 

 ティアラは手のひらを見つめる。この手はきっと届くはず。巧は巧だ。彼女は笑みを浮かべて頷く。

 

「乾さん、私も手伝います!」

『むっ。不意打ちなんて卑怯じゃないの』

「あなたにだけは言われたくないですわ!」

 

 ティアラは薙刀を構えるとロブスターオルフェノクに斬りかかった。彼女は大きくバックステップで後ろに跳んで回避する。その隙にティアラはウルフオルフェノクに回復魔法を掛けた。

 

『ティアラ! 一緒に戦ってくれるのか?』

「もちろんです。目の前で戦っている仲間を、友人を見てみぬフリなんて絶対にしませんわ! 私のこの手はきちんとあなたに届くのですから!」

『・・・・・・ふ、ありがとな』

 

 互いに笑みを浮かべると巧はファイズに、ティアラはロブスターオルフェノクに向かっていった。

 

 ◇

 

 写真館の中に重苦しい雰囲気が流れる。アリンの死。そのショックはあまりに大きい。ブレイズは腕を組んで無言で壁に寄りかかり、キョーコは彼の膝に抱きついて涙を堪えていた。そしてファングも座り込んで頭を押さえている。

 

 アリンはファングにとって最も近き存在だ。家族であり、相棒であり、そして世界の運命を変えるための希望そのものだった。彼女の死はファングの希望が失われたことの証明だ。

 

(アリン、お前は俺の相棒じゃねえのか。一心同体じゃねえのかよ。何で勝手に消えちまうんだよ)

 

 ティアラの死を一度経験したことでファングも仲間を失う覚悟は出来ていた。彼一人の力には限界がある。どれだけ頑張っても絶対なんてない。それでもだ。例えこの世の全てが終わる時が来たとしてもアリンだけは絶対に自分の傍にいてくれる。そうファングは信じていた。

 

(俺には、もう何もない。ティアラを守る力も、運命と戦う力も何も残されていない。何で、何で俺は何時も守れないんだ)

 

 大切な人を失うのはこれで二度目だ。一度目はティアラの死。そして今度はアリンの死。何よりも大切な人の死という絶望を二度も味わったファングの心は自責の念で完全に折れた。

 

「・・・・・・貴様、何時までそうやっているつもりだ」

 

 小一時間の間、売り台を占領する形でずっと俯くファングに青年が見かねて言った。ファングは顔を上げる。とても酷い顔だ。彼の目は真っ赤に血走り、ギラギラと光っている。

 

「・・・・・・悪かったな」

「そこを退く必要はない。街では怪物どもが暴れているんだ。今日は商売にならん」

「だったら放っておいてくれよ。あんたに俺の何が分かるんだよ!?」

 

 ハッとしてファングは深いため息を吐いた。命を救ってもらった恩人にとる態度ではないな。八つ当たり気味に放った言葉に彼は自嘲気な笑みを浮かべる。

 

「俺はお前のことは何も分からん。お前は一体何に絶望している?」

「・・・・・・大切な相棒を失った。大切な人たちを守る力も失った。俺は何もかも、全てを失ったんだ。これが絶望せずにいられるかよ」

「ふむ・・・・・・。やはり俺はお前が何故絶望しているのか分からん」

「なんだと?」

 

 ファングは青年を睨み付けた。命の恩人でなかったら胸ぐらを掴んでいただろう。彼は拳を強く握りしめた。青年はそれでも冷ややかな態度を崩さない。彼の目がファングを捉える。とても強い眼力だ。彼はまるで全てを見透かされたような気分に陥る。

 

「よく考えてみるんだ。そして思い出せ。お前の相棒は『本当』に死んだのか?」

「っ!」

「助けてくれたのは感謝する。だがこれ以上ファングを傷つけるような言動をとるなら『待て、ブレイズ!』・・・・・・?」

 

 青年のデリカシーのない発言を止めようとブレイズは彼の肩を掴む。しかし、ファングはその手を止める。何か青年の言葉に引っ掛かるモノを感じた。この違和感はなんだ。とても重要な気がする。ファングは青年に言われた通りあの時のことを思い出す。

 

 そうだ。あの自爆でフューリーが折れた時、自分はフェアライズをしていた。ファングとアリン、二人の魂は融合していたのだ。フェンサーと妖聖は一心同体。彼が生きているということはアリンも生きてないとおかしいはずだ。

 

「な、なあ。もしかして、もしかしてアリンは生きているのか!?」

 

 ファングの中で小さな、本当に小さな可能性という名の希望が生まれる。彼は身を乗り上げると青年の両肩を掴んだ。

 

「さあな。・・・・・・お前はまだ何も失っていない。答えはお前の中にある。俺が言えるのはこれだけだ」

 

 青年はそれだけ言うと店の奥、撮影室に入っていった。これ以上何かを語る気はないようだ。

 

「俺はまだ、何も失っていない」

 

 ファングは青年に言われたことを呟く。その声はあまりに小さく街の喧騒に掻き消されそうになる。彼は窓から外を見る。遠く離れた建物から火が上がっていることに気づく。忘れていた。こうしている今もオルフェノクは街で暴れているのだ。彼らを見過ごしていてはたくさんの人が傷つくことになる。きっとティアラたちも戦っている。助けに行かなくてはならない。でも、自分には戦う力がない。今の彼はフェンサーではないのだ。仮に戦いに行ったところで足手纏いになるだけ。

 

 それでもファングには守りたいものがある。ティアラだ。例えフェンサーでなかったとしてもティアラを守りたいとファングは思っていた。アリンは生きているかもしれない。その可能性が見えたことで彼の中で失われていたはずの想いが次々と蘇っていく。

 

────ファング、大丈夫。あなたはまだ戦えるはずよ

 

 ふとアリンの声が聞こえた気がした。ファングは顔を見上げる。

 

「ブレイズ、キョーコ?」

 

 ファングの目の前に二つの剣が突き刺さっていた。両刃と片刃、二本のバスタードソード。ブレイズとキョーコ。彼らがフューリーと化した姿だ。

 

『何をぼさっとしている。さっさと行くぞ!』

『ティアラたちをたすけにね!』

「お前ら・・・・・・!」

 

 ファングは目を見開く。そうだ。確かに相棒は、アリンは『今』はいない。でも自分にはブレイズとキョーコがいる。まだ戦う力がある。ティアラを、皆を守れる力があるのだ。彼は二人の言葉に笑みを浮かべて頷くと剣を引き抜いた。

 

「よし、行く『ちょっと待て』うおっ!」

 

 外へと飛び出そうとしたファングの首を青年が掴んだ。完全に出鼻を挫かれた。彼は息苦しさに咳き込む。何をするんだ。涙目で睨み返したファングの鼻の付け根に青年は紙袋を突きつけた。

 

「なんだ、これ?」

「替えの服だ。これから戦場に向かう男がそんなTシャツで良いと思っているのか?」

「・・・・・・確かに」

 

 オルフェノクとピピンのTシャツを着て戦うのはあまりにシュールだ。ファングもそれには気づいていた。しかし以前のコートは自爆に巻き込まれてぼろぼろになっている。仕方なくこのまま行くしかないと思っていたのでこうして新しい服がもらえるのは本当にありがたい。ファングは青年に頭を下げた。

 

「それに着替えたら裏庭に来い。今のお前に必要なものを渡してやる」

「ああ。何から何まで本当にありがとうな」

「礼などいらん。俺は『友』との約束を果たすだけだ」

 

 青年は無愛想だった先ほどまでの表情が嘘のように柔らかい笑みを浮かべた。あの無愛想な青年が笑うなんて嘘のようだ。友とは一体誰なのだろう。昔馴染みと言っていたピピンのことだろうか。共通の知り合いは彼くらいしか想像がつかない。

 

「よし、準備オーケーだ!」

『にあってるよ、ファング!』

『馬子にも衣装だな』

「後で覚えとけよ、ブレイズ」

 

 黒にオレンジを主体としたハードコートに着替えたファングは青年に指定された裏庭に向かう。

 

「やっと来たか、待ちくたびれていたぞ」

「遅いよ、お兄ちゃん!」

 

 庭に行くと青年がシートに覆われた何かの前に寄りかかっていた。彼の隣にはなんとロロもいる。何故彼女がここに。不思議そうに見つめるファングを彼女は頬を膨らまして睨む。

 

「ロロ! お前がどうしてここにいるんだ?」

「そこのお兄さんに訪問販売を頼まれたの。お兄ちゃんのサイズにあった服が欲しいって。あたしもお兄ちゃんに耳寄りの情報が手に入ったからナイスタイミングだったよ」

 

 この服はロロが用意したのか。どうりで自分にぴったりだと思った。彼女ならファングの服のサイズくらい知っていてもおかしくはない。問題は青年とロロがどういう関係なのかだ。先ほどのキョーコの件といいまさかこの男・・・・・・。

 

「ただの昔馴染みだ」

 

 ファングの怪しむ視線に気づいた青年は仏頂面で言った。

 

「何も言ってねえだろ」

「何か言いたそうだったからな」

「・・・・・・ところでロロ、耳寄りな情報ってなんだ?」

 

 この男は心を読む力でもあるのか。睨まれたファングは視線を反らした。彼は敵に回したら恐ろしいことになりそうだ。あまり余計な発言はしない方が良い。そうファングは思った。

 

「その前に料金をいただきまーす」

「今日だけは後払いで良いか? 二倍にする」

「しょーがないなあ、三倍ね」

「それで良い。今はとにかく情報が欲しいんだ」

 

 ファングはロロと契約した。

 

「んとねえ。ギャザーがカヴァレ砂漠の聖域で女神様を復活させようとしてるんだって。無愛想なお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが止めにいったみたいだよ」

「それは本当か!?」

「あたしは嘘つかないよ。確かな情報源があるんだから。詳しくは教えられないけどね」

 

 料金を三倍にまで跳ね上げているのだ。嘘であるはずがない。

 

『急ぐぞ、ファング。ここからカヴァレ砂漠まではかなりの距離がある』

『はやくしないとまにあわないよ!』

「言われなくても分かってる。待ってろよ! ティアラ、巧」

「待て」

「なんだよ?」

 

 今にも庭を飛び出そうとするファングを青年が止めた。

 

「カヴァレ砂漠までは遠い。足が必要になるだろう。餞別だ」

 

 青年は何かを覆っていたシートを取り外した。ファングは目を見開く。

 

『わあ、かっこいい!』

 

 シートの下には一台のバイクが鎮座していた。まるでヒーローが乗るバイクみたいだ。子どものキョーコは目を輝かす。青色の鋭利なシルエットのバイクは明らかに普通の物とは一線を画す。しかし、ファングはこのバイクに見覚えがあった。

 

「これ、先生の・・・・・・!?」

 

 それは剣崎一真が乗っていたバイクだ。子どもの頃に彼の後ろに乗せてもらった記憶があるから間違いない。これは────ブルースペイダーだ。どうしてブルースペイダーがこんな場所にあるのだろうか。

 

「どうしてあんたがこれを持っているんだ!?」

「言っただろう。友との約束を果たすと。俺は剣崎と約束したんだ。弟子が困っていたら手を差し伸べるとな。これは時が来たらお前に託してくれとあいつから預かっていた物だ。受けとれ」

「先生が俺に・・・・・・」

 

 ファングは青年を見つめる。彼には聞きたいことが山ほどある。剣崎とどこで知り合ったのか。彼は今どこにいるのか。そして青年自身の正体は一体なんなのか。だがそれを聞いている暇はない。

 

「ありがとう。もし先生に会ったらあの人にもそう伝えてくれ」

「言いたいことがあるなら直接言え。俺はあいつとそう簡単に会える立場ではない」

「・・・・・・ああ、そうするよ」

 

 ファングは頷くとバイクのエンジンキーを回した。

 

「もう一度言うぞ。お前はまだ何も失ってはいない。大切な者を守れるか、それとも失うかはお前の意思が決めることだ。人の想いは強い。お前が願い続ければ運命だって切り開けるだろう。・・・・・・だから諦めるなよ」

「ああ、俺は運命と戦う。そして勝ってみせるよ」

「ふ、本当にお前は剣崎の弟子なんだな。全然似てないのにあいつを思い出すよ」

「俺もあんたを見てると先生を思い出すよ。全然似てないけどな」

 

 ファングは青年と視線を交わして短く笑うとブルースペイダーを発進させた。

 

 分からないことだらけの青年だったがファングは一つだけ分かったことがある。彼の正体だ。剣崎の友と言ったら一人しかいない。彼が己を犠牲にしてまで救った親友────。

 

「────ありがとう、始さん」

 

 もう一人のジョーカーアンデット。相川始だ。

 

 

 

「・・・・・・行ったか」

 

 ファングを見送った青年────始とロロは街を歩く。彼女を家である雑貨屋へと送るためだ。街は既にオルフェノクの被害は甚大なもので復興するには中々の時間が掛かるだろう。

 

「お兄さんも相変わらず不器用だね」

「なんだと?」

「本当はもっとお兄ちゃんの先生について聞きたいことがあったんでしょ?」

「・・・・・・ふ、それくらい自分で聞くさ」

 

 始はばつが悪そうに頭を掻く。意外と長い付き合いになるロロには自分が何を考えているのかバレバレらしい。

 

『ニンゲン、ミツケタ。コロス』

 

 彼らの目の前にオルフェノクが現れた。既に何人もの人間を手に掛けているのだろう。その身体は血に染まっていた。彼からは理性が感じられない。うわ言のように人間、人間と呟いている。

 

「・・・・・・えっと。もしかしてこれあたしたちのことなの?」

「恐らくな」

 

 オルフェノクが二人に向かってくる。始は懐からカードを、ロロはその手に槍を構えた。

 

「すまんが大掃除に付き合ってもらうぞ。街中の汚れを掃除する」

「オッケー。料金はお兄ちゃんの眠ってる時の写真をタダにしてくれれば良いよ。お姉ちゃんたちに高値で売るから」

「相変わらず金にうるさい女だ」

 

 ◇

 

「Very excellent(中々やるようだな)」

 

 ライオンオルフェノクとファイズの力を併用して戦うレオはウルフオルフェノクの想像以上の力に驚く。前回の戦いでこそ初見殺しとも言える機動力に圧倒された彼だが今回はきちんとウルフオルフェノクの能力を念頭に入れていた。戦闘に関して言えば巧は素人でこちらはプロ。冷静に戦えば負ける相手ではない。

 

 冷静に戦えば負ける相手ではないはずだった。レオは巧に徐々に追い詰められていく。進化したウルフオルフェノクの力は彼の持っていた戦闘技術をも上回る。

 

(こいつ、俺よりファイズの力を使いこなしてやがる・・・・・・!)

 

 巧もまたレオの強さに驚かされていた。彼はファイズの武装を完全に使いこなして以前よりも格段に強くなったウルフオルフェノクと対等に渡り合っている。単純な戦闘能力だけならファングや晴人にも匹敵するかもしれない。あの三人の中で一番強いのは恐らくレオだ。彼はファイズから放たれた突きを避けると後ろに跳ぶ。

 

『グルルル!』

 

 小さく吠えるウルフオルフェノクにファイズは静かに槍を向ける。狼と狩人。彼らの今の力関係は正にそれだ。能力で優れた巧が勝つか技術で優れたレオが勝つか、紙一重の戦いとなっていた。二人はジリジリと距離をとる。

 

(エフォールやティアラは無事か?)

 

 戦いが長期化するにつれ、巧たちは互いに分断されてしまった。前の世界のティアラのような悲劇は避けなければ。彼は意識を集中させる。ウルフオルフェノクとしての優れた聴覚が彼らの戦闘の音を聞き分ける。巧の後方からティアラの声が聞こえた。

 

『・・・・・・くっ、あなた中々やるじゃないの』

「あなたはあのお二方に比べると大したことがありませんわ」

『言ってくれるじゃないの』

 

 ティアラは魔法を中心とした攻撃でロブスターオルフェノクを圧倒していた。いくら水に強い耐性を持っている彼女もエラスモテリウムをも砕いたティアラの魔法を前にはダメージは避けられない。

 

 ティアラの心配はなさそうだ。ウルフオルフェノクはハイキックでファイズを蹴り飛ばすと木の上に飛び乗った。彼は意識を集中する。その優れた視力で遥か前方、空中にいるエフォールを発見した。

 

『おいおい、お嬢ちゃん。空を飛ぶなんて卑怯じゃないかい?』

 

 エフォールはフューリーフォームの両翼を活かして空中から攻撃を仕掛けていた。バットオルフェノクは拳銃を彼女に向けて発射した。エフォールは旋回して彼の弾丸を回避すると矢を放つ。バットオルフェノクは彼女から放たれる氷の矢による飽和射撃を容赦なくその身に浴びせられる。戦況は圧倒的にエフォールのが優勢だ。バットオルフェノクは空を飛ぶことは出来ない。これでは戦闘機に拳銃で挑んでいるようなものだ。

 

 バットオルフェノクが卑怯というのも納得だ。空にいる限りエフォールの優勢は揺るぐことはない。勝敗は明らかだ。しかし、バットオルフェノクはあくまで余裕の態度を崩さない。

 

「・・・・・・殺殺殺殺殺」

『お前は他にも仲間を隠している。だから飛んでいるだけだ、とエフォールは申しております。そうですよ。そちらが先に卑怯なことをしてきたんじゃないですか。だいたい戦いに卑怯もへったくれもありませんよ』

『ちっ、バレてたか』

 

 巧はハッとする。確かにこの辺り一帯に微弱だが何者かの気配を無数に感じた。恐らくはライオトルーパーだろう。本当に小さな気配だ。ウルフオルフェノクの感覚器官を持ってしてもエフォールに言われるまで気づかなかった。流石は元暗殺者だ。彼女の気配察知能力は巧のそれを上回っていた。

 

『まあ良い。お前の言う通りだ』

「殺?」

『なんだ、やけに物分かりが良いじゃないか、とエフォールは申しております。ひょっとして大人しく観念する気になりましたか?』

『・・・・・・』

 

 バットオルフェノクは拳銃を放り投げた。まさか本当に降参する気なのか。エフォールは怪訝な表情を浮かべる。彼女はこの程度で警戒心を解いたりはしない。以前として弓を構えたままだ。既に彼は多くの人々を傷つけている。バットオルフェノクに容赦をする気はない。エフォールは彼をこのまま撃ち抜くことすら視野に入れていた。警戒心が強い相手はやりにくい。バットオルフェノクは肩を竦めると両手を上げる。

 

『────バァカ! お前に同意したのは戦いに卑怯もへったくれもないことだけだよ!』

 

 そしてエフォールを嘲笑った。彼女は驚愕で目を見開く。微弱だった周囲の気配が一瞬にして巨大に膨れ上がった。息を潜めていたライオトルーパーがバットオルフェノクの何らかの指示で行動を始めたようだ。

 

 やはりバットオルフェノクは大人しく引き下がる相手ではない。エフォールは彼の胸に照準を合わせる。一撃で仕留めてやる。ライオトルーパーの武器は威力が低い。多少の攻撃はフューリーフォームの装甲を貫くほどではないはずだ。バットオルフェノクを倒すだけの時間はある。エフォールは片翼に備え付けられた砲塔にエネルギーを込める。

 

『気をつけろ、エフォール!』

 

 巧の警告にエフォールは目を丸くする。上空にいる彼女は気づかないが地上にいたウルフオルフェノクにはライオトルーパーの装備が見えていた。普段のアクセレイガンとは違う。あれは、あれは不味い。彼の本能がそう告げていた。

 

『くそっ!』

「Do not go from here to the earlier(ここから先には行かせない)」

『ぐうっ!』

 

 エフォールの近くに駆け寄ろうとしたウルフオルフェノクの背中にフォンブラスターの射撃が突き刺さる。不意を打たれた攻撃に彼は膝を着く。これでは彼女の元には行けない。

 

『battle mode』

 

 ─────サイドバッシャー。カイザの専用ビークル。それに跨がったライオトルーパーは次から次へと山の木々を薙ぎ倒して現れた。彼らは呆然としているエフォールに砲身を向ける。

 

『エフォール、逃げろ』

「っ!」

 

 巧の声にハッとしたエフォールは両翼を噴射させて高速でその場から離脱する。背を向けた彼女にサイドバッシャーの砲撃が発射された。避け切れない。レーザーやミサイル。回避不能な飽和射撃に彼女は晒される。

 

「きゃああああ」

 

 ダメージが限界を越えたエフォールは強制的にフューリーフォームを解除された。生身となった彼女が地上へと落下する。

 

『エフォール!? くそ、どけええええ』

「ウオッ!」

 

 ウルフオルフェノクはファイズを殴り飛ばすとその身を疾走態に変えた。高速で駆け出した彼は地面すれすれの寸でのところでエフォールをキャッチする。間に合って良かった。彼はほっと胸を撫で下ろす。しかし状況は深刻だ。エフォールは身体中を火傷していて意識を失っていた。

 

「エフォールさん、大丈夫ですか!?」

 

 エフォールが撃たれるのを遠目で見えていたティアラはウルフオルフェノクの元に駆けつける。

 

「『フルリバイブ!』・・・・・・これでもう大丈夫です」

『ありがとう、助かった』

 

 ティアラの回復魔法によってエフォールの傷はたちまち癒える。意識こそ失われたままだが彼女の身体は完治した。

 

「感謝なんていりませんわ。それよりも果林さんはどちらに?」

『果林・・・・・・? そうだ、あいつは!?』

 

 巧はハッとした。フューリーフォームを解除されたということは生身の果林も近くにいるはずだ。しかし彼女の姿は見当たらない。どこだ。彼は嫌な予感がした。

 

『お前の大切な嬢ちゃんはここにいるぜ』

 

 果林はバットオルフェノクに捕らわれていた。

 

『果林!』

「果林さん!」

『おっと近づくなよ。嬢ちゃんがどうなってもいいのか?』

「た、巧さん、ティアラさん。ごめんなさい」

 

 巧とティアラが駆け寄ろうとするとバットオルフェノクは果林の首に鎌を突きつけた。人質のつもりか。彼は内心で舌打ちする。これでは手出しが出来ない。

 

「Sorry. I am sorry, too(すまないね。俺も不本意なんだ)」

『これで形成逆転ね』

 

 ファイズとロブスターオルフェノクはバットオルフェノクの隣に並び立つ。

 

『嬢ちゃんの命が惜しければ武器を捨てろ』

「私のことは構いません! お二人とも戦ってください!」

 

 そんなこと出来る訳がない。ウルフオルフェノクは巧の姿に戻り、ティアラは薙刀を放り投げる。武装を解除した二人と意識を失っているエフォールをライオトルーパーは拘束した。

 

「な、なんで・・・・・・!?」

「・・・・・・お前を見捨ててまで生きていく意味はねえよ」

「右に同じく、ですわ」

『殊勝な心がけだな』

「ぐうっ!」

 

 巧の顔にライオトルーパーの拳が振り下ろされた。

 

「な、何故乾さんだけを殴るのですか!? わ、私にもやりなさい!」

『勘違いしないでちょうだい』

「きゃあ!」

 

 自分を盾にしようとするティアラの頬を冴子は張った。

 

『こっちは本当なら今すぐあなたを殺してやりたいのよ。でもあなたにはあなたに相応しい処刑人がいる。だから手を出さないでいるだけ。勘違いしないでちょうだい』

『おい、影山。女には手を出すんじゃねえ』

『何を言っているの、バット? あなたは黙ってなさい。あら、少しは醜い顔もマシになったんじゃない?』

 

 バットオルフェノクの制止を無視して冴子はティアラの髪を掴む。頬を赤く腫らした彼女の顔を冴子は嘲笑う。

 

『こんな女のどこが良いのかしら? 子どもと変わらないじゃないの』

『おい、影山!』

『ふん、分かってるわよ』

 

 冴子はティアラを放り投げた。彼女は意識を失ったのかガクリと崩れ落ちる。

 

『さあて、乾巧。交渉だ。お前が死ねばこのお嬢ちゃんとそのパートナーは見逃してやるよ』

「・・・・・・本当なんだな」

「Let's keep the promise────ヤクソクハマモロウ」

 

 それなら躊躇うことはない。巧は無言で頷いた。

 

「巧さん! ダメです! 私の命なんてどうなっても良いんです! 止めてください!」

 

 ライオトルーパーは巧を囲んで次々と暴行を加えていく。そこに喜悦の感情はない。ただ機械的に巧を傷つけていく。このままでは本当に死んでしまう。果林は目元に涙を浮かべる。

 

「俺、に、構うな。おま、え、は、いき、てくれ」

「嫌です! 巧さんがいない世界で私は、私は生きていけません!」

「は、は。いき、てくれ、よ、た、のむ」

 

 泣きそうになっている果林に巧は胸を締め付けられそうになる。守ると誓ったのに自分は彼女の笑顔すら守れないのか。ファングならきっとこうはならないはずなのに。自分自身の不甲斐なさに彼は自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「巧、さん。まだ、まだ私はあなたに、何も伝えていないんです。想いを伝えてないんです。だから、だから!」

「ごめんな、果林」

 

 巧の意識が薄れていく。ああ、出来ることならやっぱり最後は果林の笑顔が見たかった。彼は静かに目を閉じる。

 

「あ、ああ。いや、いやあ! 誰か、誰か巧さんを助けてください! 私はどうなっても良いですから! お願いです! 巧さんを助けてええええええええええ!」

 

 崩れ落ちていく巧に果林は涙を流して叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────やってみるさ、俺に何が出来るか分からないけど

 

 救いを求める果林の胸の内から誰かの声が聞こえた気がした。彼女は着物の中に隠しておいたメモリーが光輝いていることに気づく。きっとこれが声の主だ。果林はそっとメモリーに触れた。

 

『ぐおっ!』

『バット!?』

 

 次の瞬間。彼女を拘束していたバットオルフェノクの手がほどけた。誰かに蹴り飛ばされたのだ。果林はゆっくりと振り向く。

 

「あ、あなたは・・・・・・?」

 

 果林の目の前には光で形作られた人影がいた。彼は一体何者なのだろう。彼女は目を見開く。人影は果林に手を向けた。きっとメモリーを渡してほしいのだろう。彼女はゆっくりとその手に握られたメモリーを人影に手渡す。人影は果林の頭を優しく撫でると代わりにトランク型の機械を手渡した。

 

 人影は青年────三原修二へと姿を変える。グリップのような携帯電話を口元に寄せると彼はその言葉を口にした。

 

「変身!」

 

────standing by

 

────complete

 

 三原の身体を白い光が包み込む。彼は白き仮面の戦士へと変身を遂げた。仮面ライダーデルタ。三本のベルトの中でも最も強力で、そして人々を狂わせる魔性の力を秘めた戦士だ。しかし、デルタの適格者である三原がその魔性に惑わされることはない。彼は果林を守るように前へ立つと戦闘態勢に入るために静かに構えた。

 

『どうしてあなたがここにいるのかしら?』

 

 ロブスターオルフェノクはデルタに向けてレイピアを構える。本来ならこの世界にはいないはずの三原の出現。意図せぬイレギュラー。冷徹な彼女もこれには少なからず驚いているようだ。

 

「子どもが助けてって言ったんだ。だから駆けつけた。理由はそれだけで十分だろ」

 

────誰かが救いを求めるのなら俺たちは必ずやってくる

 

 果林は晴人と初めて会った時に言っていた言葉を思い出した。三原も彼のように異世界からやって来たのだ。

 

『ふ、まあ良いわ。今さらあなた程度の相手に苦戦なんて────!?』

 

 三原修二は弱い。過去の戦いから彼の実力を知っていた冴子は小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。しかし、その笑いはすぐに凍りつくことになる。デルタは一瞬にしてロブスターオルフェノクの眼前に接近するとその顔面に鋭い拳を放った。見えない。放たれた一撃は彼女を大きく吹き飛ばした。

 

 どうなっている。以前までの三原修二とは明らかに強さが違う。冴子は目を怪訝に見開く。それもそのはず。今ここにいる三原はあの戦いから何年もの歳月を経て成長した戦士なのだ。今の彼は巧や草加よりもデルタを使いこなせるほどに強くなっていた。本当の意味でのデルタの適格者になったのだ。

 

『くっ!?』

 

 尻餅をついたロブスターオルフェノクにゆっくりとデルタは近づいていく。冴子はその姿に北崎のような強者の圧倒的な威圧感を無意識に感じる。このままでは殺されてしまう。ありえないと分かっていても彼女は氷のように冷たい恐怖を感じた。しかもたったの一撃で。

 

「俺程度がなんだって?」

『・・・・・やりなさい!』

 

 この男はさっさと殺さなくてはならない。このままでは確定していた勝利が覆されてしまう。冴子はライオトルーパーズに指令を出した。巧を取り囲んでいた彼らはデルタに向かって一斉に駆け出す。

 

────Fire!

 

────burst mode

 

 デルタは彼の武装である銃を構えるとライオトルーパーに向けて発射する。それもただ当てるだけではない。彼らの眉間へ正確に撃ち込んでいく。何という精度だ。射撃を得意とするバットオルフェノクは驚愕する。三点バーストの弾丸をそれぞれ別々の相手の眉間に狙い打つなんて離れ技、彼にだって出来るかは分からない。

 

 デルタの放った弾丸に直撃したライオトルーパーは次々と倒れていく。如何に頑丈な装甲と云えど頭部への衝撃まで緩和することは不可能だ。脳にダメージを受けた彼らは意識こそ失っていないが暫く立ち上がることは出来ないだろう。あれだけファイズたちを苦しめて来たライオトルーパーズをデルタは数秒で鎮圧してしまった。

 

「You withdraw(君たちは下がれ)」

「英語・・・・・・? まあ良いや。乾の力を返してもらうぞ」

「This is not only power for him(これは彼だけの力ではない)」

「いや、それは『それは巧さんだけの力です!』────その通りだ!」

 

 果林の言葉に頷くとデルタはファイズに飛びかかる。戦闘のプロであるレオは冴子やライオトルーパーのように圧倒されたりはしない。軍用格闘技や空手を織り混ぜた傭兵独特の戦闘スタイルは三原のガムシャラな戦闘スタイルよりも遥かに優れている。

 

 それでもデルタはファイズを次第に追い詰めていく。彼はファイズに殴られても蹴られても急所だけは確実に避けている。何度も攻撃を受けながらも三原にはダメージは殆どなかった。ベルトの力の差だ。スペックの低いファイズでは急所にでも攻撃を当てない限りデルタに与えられるダメージなど皆無に等しい。

 

「ハァァ!」

 

 連戦を重ねて疲労が見えていたファイズに僅かな隙が生まれた。デルタの拳が彼の腹に突き刺さった。ファイズは大きくのけ反る。

 

「グウッ! It is secrets!(奥の手だ!)」

 

────complete

 

 ファイズはアクセルフォームへと姿を変える。

 

────start-up

 

 高速の世界に突入したファイズにデルタは吹き飛ばされる。宙を舞う彼をファイズは地面に叩きつける。倒れたデルタを起き上がらせると彼は怒濤の殴打のラッシュをデルタに浴びせていく。膝をついた彼にファイズはファイズエッジを構えた。ファイズエッジを振り上げたファイズの姿はまるで処刑人だ。

 

「────今だ! 乾! 取り戻すんだ! 全てを!」

『おう!』

「っ!?」

 

 レオは目を見開く。ウルフオルフェノクが振り下ろそうとした自分の腕を掴んでいた。バカな。明らかにもう立てない程の致命傷を負っていたはずだ。何故。レオは困惑した。

 

「わ、私たちを見くびらないでください」

「あなたたちがそちらの方に気を取られている間に乾さんを回復させてもらいましたわ!」

「ざまあ、みろ」

 

 果林は気絶から回復する目覚めドリンクをティアラとエフォールに飲ました。ティアラは目を覚ますと瞬時に巧へフルリバイブを使った。全快した彼に気づいていた三原はファイズが最も無防備になるアクセルフォームになるのを待っていたのだ。

 

『そういうことだ。返してもらうぞ、俺のベルトを!』

 

 今なら取り返せる。ウルフオルフェノクはファイズのベルトを掴むと彼を蹴り飛ばした。ベルトを引き剥がされたファイズは強制的に変身が解除される。

 

「誰かは知らないけど助かった」

「礼なんていらないさ。君には数え切れない程の恩があるんだ。今度は俺が助ける番さ」

「まだ戦えるか?」

「もちろんさ」

 

 巧は人間の姿に戻ると三原に手を差し伸べる。彼はその手を掴むとゆっくりと立ち上がった。

 

『今さらファイズの力で何が出来るというの?』

 

 冴子は忌々しそうに二人を睨む。彼らの周りをライオンオルフェノクとバットオルフェノク、無数のライオトルーパーズとサイドバッシャーが取り囲んだ。絶望的な状況。ファイズとデルタだけで勝てる相手ではない。それでも巧は不思議と負ける気がしなかった。

 

「何だって出来るさ」

 

 巧はベルトを腰に巻いた。

 

────555

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 巧はファイズに変身した。久しぶりのファイズだ。彼は一瞬だけ何とも言えない感傷に浸る。そんなファイズにじわじわとライオトルーパーたちが接近していく。

 

「あ、あの。これを!」

「ああ、ありがとう。乾、『真理』からの預り物だ! これを受け取れ!」

 

 三原は果林に預けていたあるものを受け取るとファイズに投げ渡した。トランク型の機械。巧はそれがどういう物か一瞬にして理解した。

 

「これは・・・・・・!」

「『菊池くん』からは伝言も預かっているよ。『やっぱりファイズはたっくんじゃないと!』だってさ」

 

────awakening

 

巧はファイズフォンを機械に差し込んだ。・・・・・・やっぱりファイズはたっくんじゃないと、か。その言葉を以前もどこかで聞いたことがある気がする。その時がどんな時だったかは思い出せない。でもその時も今もきっと自分は同じ返答をしていたのだろう。巧はうっすらと笑みを浮かべると変身コードを入力した。

 

「・・・・・・ああ、かもな!」

 

────555

 

────standing by

 

 ファイズの身体が紅い光に包まれる。凄まじいエネルギーだ。彼を中心として放射状に放たれた光はライオンオルフェノクとバットオルフェノクを吹き飛ばす。この姿になるということは存在そのものが必殺技になるということだ。接近していた下級オルフェノクであるライオトルーパーは跡形もなく消し飛んでいた。

 

 ファイズは姿を変える。真紅のフォトンブラッドに全身を包み込んだ最強の姿。ファイズブラスターフォーム。闇を切り裂き光をもたらす紅き閃光と呼ばれた救世主へと巧は変身を遂げた。

 

『アアアアア!』

「ふんっ!」

『グッ!?』

 

 先手必勝。ライオンオルフェノクはファイズに果敢に殴りかかった。しかしその拳がファイズにダメージを与えることはない。触れただけで痛みを感じたレオは驚愕する。なんだこの力は。近づくだけで身体が崩壊していくような錯覚を感じる。恐怖で棒立ちになった彼をファイズのハイキックが吹き飛ばした。

 

『・・・・・・!』

 

 何という威圧感だ。無感情だったライオトルーパーですら本能的な恐怖を感じているのか少しずつ後退を始める。ファイズは手首をスナップすると彼らに向かって歩き出す。

 

『ひ、怯むな。やれ!』

 

 サイドバッシャーからミサイルとレーザーが放たれた。その砲撃は吸い寄せられるようにファイズに直撃する。激しい爆煙が巻き起こった。流石のブラスターフォームでもこれならダメージは避けられまい。バットオルフェノクはくくっと笑う。だがどうして避けなかったのだ。疑問に思った彼だがすぐにその意味を理解した。

 

「もう終わりか?」

 

 爆煙の中から無傷のファイズが出てきたからだ。彼と視線が一瞬合ったバットオルフェノクは悟る。この力には絶対に勝てない。ファングと戦った時と同じだ。圧倒的すぎる力を前にはどんな兵器も小細工にしか過ぎないのだ、と。ファイズはブラスターに必殺のコードを入力していく。

 

────103

 

────blaster mode

 

「よくもエフォールと果林を傷つけてくれたな」

 

 ファイズはフォトンバスターをサイドバッシャーに向けて放つ。一撃一撃がクリムゾンスマッシュに匹敵する威力を持ったその必殺の弾丸はサイドバッシャーを軽々と破壊する。

 

『な、なんであの力がこの世界にあるの!? ありえない、ありえないわ! だってあの力は────』

 

 目の前にいるファイズに冴子は動揺した。認められない。ブラスターフォームがこの世界に出現してしまえば彼女の計画は完全に崩れさってしまう。それだけの力がブラスターフォームにはあった。狂ったように叫ぶロブスターオルフェノクに向けてファイズは必殺技を放つべくコードを入力する。

 

「夢かどうか、確かめてみるか?」

 

────143

 

────blade mode

 

『ああああああああああああ!』

 

 激しい痛みが冴子を現実に引き戻す。フォトンブレイカー。スパークルカットの十倍以上の威力があるファイズの必殺技が彼女を真っ二つにした。

 

「・・・・・・現実だったみたいだな」

 

 灰と化したロブスターオルフェノクに巧は冷ややかな目線を送った。

 

「まだやるのか?」

『っ!?』

 

 青色の炎をバックにファイズはゆっくりと振り返る。上級オルフェノクであるはずのライオンオルフェノクとバットオルフェノクが蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。ダメだ。このままでは殺される。二人は背を向けて全速力で走り出す。

 

『くそ、逃げるぞ! レオ!』

『Yes, I am in danger(ああ、これ以上は危険だ)』

 

 レオとバットオルフェノクは逃走した。

 

「ふう」

 

 巧は変身を解除した。アクセルフォーム以上の負担だ。どっとした疲れが彼を襲う。まるで寿命が削れるみたいだ。多用は出来るだけしたくはないな。巧はブラスターに絶大な力を感じながらもなるべく使用を控えようと思った。

 

「巧さん!」

 

 肩で息をしている巧に果林が抱きついた。

 

「果林、心配かけて悪かったな」

「本当に、本当に良かったです。もし、もし巧さんがいなくなったら私・・・・・・う、うう!」

「おいおい、泣くなよ。俺はここにいるからよ」

「えへへ。嬉しくて涙が出ちゃいました」

 

 巧は泣いている果林の背中を優しく撫でた。彼女は心地良さそうに目を細め微笑みを浮かべる。綺麗な笑顔だ。泣き笑いをする果林に巧も優しく微笑んだ。

 

「果林、泣いてるのに幸せそう」

「これを嬉し泣きと言うんですよ、エフォールさん」

 

 ティアラは微笑ましいものを見る目で二人を見つめた。

 

(これ録画しとこうかな。元の世界に帰った後で真理や海堂に見せたら面白そうだ)

「三原、先に言っとくけど撮るんじゃねえぞ」

 

 こっそりデルタムーバーを構えようとした三原を巧は牽制する。やれやれバレてしまったか。せっかく面白い物が撮れそうだったのに三原は肩を竦める。そこで一つ違和感を感じた。

 

「俺、君に名乗ったけ?」

 

 三原は一度も巧に名乗ってない。彼は記憶喪失だ。今の自分と巧は初対面のはず。門矢士によってそれを聞かされていた彼は目を丸くする。何故自分の名前を知っているんだ。そんな三原の様子に巧はニヤリと笑ってこう言った。

 

「真理に啓太郎。海堂にお前。・・・・・・全部思い出したよ」

「え、ええええええ!?」

 

 三原は驚きのあまり叫んだ。記憶喪失だと思ってた巧が記憶喪失ではなかった。何を言ってるのか自分でも分からないくらいに彼は困惑する。

 

「こいつを使ったから思い出せたんだ。ありがとな」

 

 巧はブラスターフォームと化した時に記憶を取り戻した。燻っていた火種が激しく燃え上がっていく感覚を彼は思い出す。眠っていた本能が蘇る感覚。かつての仲間との日々。激闘の記憶。そして自分の最期の瞬間。全ての記憶を思い出したのはこの世界で初めてファイズに変身した時以上の衝撃だった。ブラスターを使った大きな疲労感の原因は記憶を取り戻したのも原因の一つなのだろう。巧は僅かに痛む頭を押さえた。

 

「は、はは。本当に全てを取り戻せたんだな、乾!」

 

 勢いで言ったことがまさか現実になるとはな。三原は苦笑を浮かべた。

 

「いや、まだ全てを取り戻してはいねえよ」

「え、だって記憶を思い出したんだろ」

「私たちには取り戻さなければならない人がいるんです」

「リタを助けないと・・・・・・」

「私たちは全てを取り返したことにはなりません」

 

 巧たちは視線をカヴァレ砂漠へと向ける。怪しい光の柱が天へ、天へと伸びていた。晴人たちは間に合わなかったのか。カヴァレ砂漠に女神の聖域が出現していた。ギャザーは女神復活の儀式は完了させたのだろうか。状況は分からないが今やるべきことは一つだ。

 

「行くぞ、あそこに」

 

 彼らは無言で頷いた。




ついにたっくんがブラスターフォームになりました。本当にここまで長かったです。感無量としか言いようがありません。今後もブラスターはここぞという場面で活躍する予定なのでご期待ください。

そして三原くんの登場も達成出来て良かったです。彼は本編終了から大分十年くらい経っているのでかなり強いです。北崎デルタに匹敵するくらいの強さです。今度出るライダーのゲームで参戦が決まったらしいので本当にちょうどいいタイミングでの出番になりました。デルタ好きの皆さんは買いましょう(ダイマ)

さて本編が盛り上がっていく中、次回はカイザの日(9月13日)を記念とした番外編を投稿します。カイザの日に間に合うか分かりませんけど。

ストーリーは例によって例のごとく際どいメタネタと中の人ネタに溢れたギャグとなります。たっくんがギターリストになったり果林ちゃんがドラマーになったり晴人が果林ちゃんの先輩になったりバーナードが草加になったりする内容です。ご期待ください!



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サブイベント 皆がそっくりさんになったのも乾巧って奴の仕業なんだ

カイザの日に間に合いませんでした。すいません。


園田真理さん誕生日おめでとうございます。一日遅れですけど。

※今回は番外編です。声優ネタや役者ネタ、メタネタ等が多分に含まれるので苦手な方や途中で不快感を感じた方はどうか次回までお待ちください。そうでない方は存分に最後までお楽しみください。


 時は晴人がファング一行に加わった頃に遡る。

 

 

 

「巧さん! 私、がんばります!」

「・・・・・・なにを?」

 

 朝食を求め食堂に訪れた巧は困惑した。何時もなら元気よく朝の挨拶をする果林からすっとんきょうなことを言われたからだ。一体彼女は何を頑張りたいのだろうか。笑顔一杯気合い十分の果林に巧は首を傾げた。

 

「もう、何を言ってるんですか? ライブですよ、ライブ! ファンが私たちを待っているんですよ!」

「は、え? お前は何を言っているんだ。ライブって何のことだよ?」

 

 自分たちがやらなくてはならないのはフューリーを集めて世界平和を実現すること。要するに冒険だ。その先に待ち受けているのは神々との戦いであってライブなどではない。

 

 いくらこの作品がガラパゴスRPGだからってこれ以上欲張ってどうするんだ。井○敏樹はアイドル物なんて小説版のマク○スくらいしか書いたことがないんだぞ。ライブは大人しく同社製品のオメガクインテットに任せとけば良いではないか。あまりに唐突なテコ入れに巧はますます困惑した。

 

「忘れたんですか? 私たちのグループ『Freshlips』のライブですよ! さ○たまスーパーアリーナを貸しきってやることが決まってるんです!」

「そのどっかのグループ名を丸パクりしたようなグループはなんだ? 初めて聞いたんだが」

 

 キュイに怒られるぞ。ていうかさ○たまスーパーアリーナってことはまた一万人のエキストラを募集しないといけないのか? 巧は内心で突っ込む。

 

「何を言っているんですか? アイドルグループですよ。ちなみにエフォールがボーカル。私はドラム兼ボーカルで巧さんがギター、ファングさんがベース。そしてガルドさんがタンバリンを担当しています」

「タンバリンいらねえだろ」

 

 どこの世界にタンバリン担当が単体で存在するバンドがあるんだ。タンバリンはボーカルに持たせて兼任させる物であってそれ単体で使う物ではない。ライブ中に明らかに浮いているであろうガルドを想像した巧は思わず突っ込んだ。もはやただの嫌がらせである。

 

「いらないなんて酷いです! ガルドさんがライブ前にトークで盛り上げてくれるから私たちのグループは安心して演奏を始められるんですよ!」

「だからタンバリンはいらねえだろ、それ」

「タンバリンの良さが分からないんですか!?」

 

 タンバリンの良さを語ってないのに何を理解すれば良いのだろうか。巧は首を捻る。

 

「タンバリンはエフォールに持たせてガルドはキーボードやらせろよ」

「ひ、酷いです。ガルドさんがタンバリンしか出来ないって知っていてそんな意地悪なこと言うなんて・・・・・・!」

「待て。意地悪なのは俺じゃない。本当に意地悪なのはタンバリンしか出来ないガルドをそのフレッシュナンチャラに引き入れた奴だ」

 

 果林はショックを受けたのか顔を絶望に染める。あ、さてはガルド誘ったのこいつだな。巧は確信した。

 

「こ、ここまで五人で頑張ってきたじゃないですか。どうして、どうしてそんな悲しいことを言うんですか!? 私の好きだった巧さんはどこに行ってしまったんですか・・・・・・うぇぇぇぇん!」

「俺が好きだった果林はどこに行ったんだ」

 

 頼むからファイズサウンダーの時のように夢オチであってくれ。泣き出した果林の背中を優しく撫でながら巧はため息を吐いた。

 

「よくないなぁ、こういうのは。果林ちゃんが泣いているじゃないか」

「いや、俺が泣かした訳ではない────!?」

 

 聞き覚えがあるような無いような男の声が背後から聞こえた。何故か自分が元凶のように批難された巧は慌てて否定する。それにしてもこのねちっこく嫌みったらしい声本当に聞き覚えがあるぞ。誰だろう。巧は振り向いた。

 

「乾くん、今すぐ果林ちゃんに謝るんだ。理由はどうあれ喧嘩はよくない。君はライダーだろ」

 

 そこにいたのは爽やかな笑みを浮かべたバーナードだった。いや、なんでお前がいる。巧は驚愕に目を見開く。

 

「てめえはなんでいるんだよ!?」

「ぐはああああああ!」

 

 巧はバーナードを勢いよく殴った。容赦のない拳だ。彼は大きく吹き飛ばされる。どうして敵であるはずのこの男が向日葵荘にいるんだ。敵の罠か。巧の頭の中は困惑で完全にこんがらがっていた。

 

「なんだ、なんだ? 何の騒ぎだ」

 

 騒ぎを聞き付けたファングが食堂に駆けつける。助かった。やっとまともな人間が来てくれたか。巧は顔を輝かす。

 

「うおっ! 『草加』どうしたんだ!? 口から血が出てるぞ!」

 

 ファングは倒れていたバーナードに目を見開く。

 

「分からない。巧くんが突然殴りかかってきて」

「な、なんだって!? 巧、お前何を考えてんだよ!?」

「お前が何を考えてんだよ。そいつ草加じゃなくてバーナードだろ」

「バカ野郎!」

「ぐおっ!」

 

 ちょっと声が似ているからって何を勘違いしているんだ。呆れた目線を送る巧をファングは殴った。

 

「バーナードって敵じゃねえか!? 草加は草加だろう! どうして仲間のことを忘れるんだ! 俺たちは真の仲間じゃないのか!?」

 

 こいつもまともじゃないのか。巧はガッカリした。

 

「い、色々と言いたいことはあるが一つだけ先に言わしてもらう。真の仲間ってフレーズだけは使うな。荒れる原因になる。特にお前は絶対に使うんじゃねえ。そこから先にあるのは悲劇だけだ」

「今この状況こそが悲劇そのものだろ! 果林は泣かせて、草加は殴って・・・・・・お前は何がしたいんだ!?」

「何時もの暮らしがしてえんだよ」

 

 確かに悲劇だ。自分は理不尽に殴られるし、果林とファングはアホだし、バーナードは草加だ。巧はため息を吐く。あの我慢強い巧が切実に平凡な生活を願うレベルだ。これが悲劇でなくて何を悲劇というのだろうか。この悲劇っぷりは真の仲間にも匹敵するかもしれない。いや、やっぱり匹敵はしない。あれは悲劇の中でも別ベクトルだ。

 

「ちょっと皆さん、これは何の騒ぎですか?」

「喧嘩はよくないぞ」

 

 騒ぎを聞き付けたティアラと晴人が食堂に駆けつける。本日二度目だ。二人は正常なのか。巧は恐る恐る彼らを見つめる。

 

「おいおい大丈夫か、巧? ファング、お前何やってんだよ?」

「巧が俺たちの真の仲間である草加を殴ったんだ。それでつい・・・・・・」

「そいつはどう考えても草加じゃないだろ。声はそっくりだけど」

「それ以前に初めてお目にかかりますわ」

「良かった、二人はまともで本当に良かった」

 

 やっと正常な人間に会えた。怪訝な表情をバーナードに向ける二人に巧はほっと頬を撫で下ろす。

 

「ティアラさん! うえええん!」

「か、果林さん? ど、どうなされたのですか?」

「巧さんが、巧さんが酷いんです!」

「乾さん、女の子を泣かせるなんて最低ですよ!」

 

 号泣している果林がティアラに抱きついた。彼女が泣くなんてよっぽどのことだ。きっと最低なことに違いない。ティアラは目を細めて巧を睨む。

 

『たっくん、さいてー』

「最低だぞ、巧」

「俺、なんか悪いことしたか?」

 

 すっかりと悪人にされてしまった巧はため息を吐く。なんでただ冷静に突っ込みを入れていただけで袋叩きに合わなければならないんだ。それもタンバリンのせいで最低扱いされるなんて訳が分からない。

 

「最低だよ、巧くん」

「てめえにだけは言われたくねえんだよ!」

 

 そして草加(バーナード)はもっと訳が分からない。どうしてドルファの人間が仲間面をしている。何が一体どうなっているというのだ。巧は痛む頭を押さえて叫んだ。

 

「いやいや。理由も分かんないのに最低呼ばわりは止めろよ」

 

 理不尽な最低コールを浴びせられた巧を晴人が庇う。

 

「・・・・・・それもそうですわね。果林さん、乾さんはあなたに何をしたのですか?」

「実は・・・・・・」

 

 果林は先ほど巧に言っていたことと同じことをティアラたちにも伝えた。最初は心身になって聞いていたティアラも経緯が分かっていくにつれその表情に呆れの色が加わっていく。しかし呆れている中でもアイドルグループFreshlipsの件だけは並々ならぬ形相を浮かべていたが何か感じるものでもあったのだろうか。謎だ。

 

「・・・・・・すいません、乾さん」

「たっくんごめんね」

「いや、なんか俺の方こそ悪いな」

 

 ティアラとキョーコは深々と頭を下げた。こんなカオスな状況に巻き込んでしまった二人に巧は申し訳ない気持ちになる。ちなみにブレイズはあまりのファングのボケッぷりに頭を痛めて部屋で休んでいた。懸命な判断である。

 

「果林ちゃん、君たちの目的は何か覚えている?」

「もちろん。忘れる訳がないじゃないですか、晴人先輩。トップアイドルに、シンデレ『先輩?』ガールになることですよ」

「先輩ってなに?」

 

 まさか人生の先輩なんて意味ではあるまい。先輩呼びされた晴人は首を傾げる。

 

「だって晴人先輩は事務所の先輩じゃないですか。芸歴も年齢も上で先輩をつけないなんて失礼ですよ」

「事務所ってなんのこと?」

 

 職業『魔法使い』である晴人は芸能人になった記憶なんてない。そもそも果林と住んでいる世界すら違う。仮に自分が芸能人だったとしても彼女と同じ事務所になったりはしないはずだ。もし同じ事務所なら何という名前の事務所なのかとても気になる。

 

 流石の晴人も少し怖くなってきた。何が起きているのだろう。まるで別世界に迷い込んだような感覚だ。いや、現に今別世界にいるのだけど。これはガンダムとかウルトラマンとか人外の方々と一緒に戦った時以上に訳が分からない。

 

「皆さんの話を整理しますわね」

(どこをどう整理すれば良いんだ?)

 

 巧は逆に気になった。

 

「果林さんはアイドルでバーナードさんが草加さんでファングさんがおバカさんということですね」

「なんかおかしい気がするけど大体あってる」

 

 相変わらずバーナードが草加という部分だけ訳が分からない。何の因果で彼が草加雅人になっているのか本当に謎だ。

 

「お前、真の仲間である俺をバカ呼ばわりするのか!?」

「でも、確かにバカだけどファングはこの中では一番まともなんだよなあ」

「ただ単に仲間思いになっただけだからな。つか元からバカなのは変わんねえしな」

「聞けよ」

 

 問題は何故真の仲間というワードを無性に使いたがるのかというところにある。何かその言葉に並々ならぬ想いでもあるのだろうか。

 

「何が起きてんだろうなあ・・・・・・」

「説明しよう!」

「うおっ!? 誰だ、おっさん!」

 

 怪訝な表情で腕を組んだ巧の横にチューリップハットを被った眼鏡の男性が現れた。今までどこにいたんだ。あまりに唐突な出現に巧は後ろへ倒れ込んだ。

 

「私は鳴滝。普段は次元の崩壊を防ぐ正義の使者。世界の破壊者ディケイドを抹殺するべく日々奔走している心優しき男だ」

「正義の使者で心優しき男性がとても使っていいとは思えない不穏なワードが一つ聞こえたのですけど」

 

 ティアラは鳴滝に不審な視線を送る。彼は軽く咳払いした。

 

「この異変には原因があるんだ」

「逆に原因がないのにこんなアホな事態になることなんてあるのか?」

 

 どや顔を浮かべて語る鳴滝に巧は突っ込む。当たり前のことを当たり前に言う意味なんてない。さっさと本題に入れおっさん、彼は視線で訴える。

 

「やかましい! こうなったのは貴様の仕業だろうが乾巧!」

「はあ?」

 

 鬼の形相で睨んでくる鳴滝に巧は首を傾げた。何故だろう。彼に責められるべき相手は自分ではない気がする。何というかもっと相応しい元凶がいるような感じがした。

 

「え、何時も通り士が悪いんじゃないのか?」

 

 晴人は鳴滝と面識があった。ライダー大戦の時に一度出会っている。彼が士を憎悪しているのはその時の言動から察していたので普段と違ってディケイドを元凶扱いしない彼に違和感を感じる。

 

 鳴滝は何があってもディケイドである門矢士を悪人にする傾向があった。海東が原因で世界の崩壊が起きかけても、平成ライダーと昭和ライダーで割りと唐突に喧嘩を始めても彼にとっては全て士が悪いことになる。某児童向け番組の妖怪ばりに全て彼の仕業となるのだ。

 

「お前も原因だ! 操真晴人!」

「え、俺も?」

 

 まさかの名指しに晴人は驚く。この世界に来て間もない自分が何をしたというのだ。これといって何かをした記憶がないのに。彼は士が普段どんな気持ちで鳴滝と顔を合わせているのか身をもって理解した。

 

「な、なに!? つまりこんなことになったのは全部乾巧くんと操真晴人くんの仕業だってことなんだね!?」

「な、なんだって! それは本当か!? ぜってえ許せねえ!」

「とりあえずお前らは黙ってろ」

『スリープ プリーズ』

『zzzzzzzz』

 

 こいつらが口を開くと事態がややこしくなる一方だ。晴人はバーナード(草加)とファングを魔法で眠らせた。

 

「で、俺たちが何をどうしたらバーナードが草加になるんだ?」

「本当に何をどうしたらそうなるのでしょうね?」

 

 改めて言葉にすると本当にシュールだ。

 

「この世界に存在してはいけないライダーが出現してしまった。その結果次元の壁が破壊されてこのような事態を招いてしまったのだ!」

「どう次元の壁が壊れたら草加がバーナードになるんだよ」

「逆になってますわ、乾さん」

「どっちでも良いだろ。似たようなもんだ」

「・・・・・・他の世界のそっくりさんの人格が流れ込んでしまったのだ」

 

 そっくりさん? 巧たちは首を傾げる。

 

「いるんだよ! 異世界には! お前の世界なら園田真理とクイーンとか、他の世界なら斬鬼と次狼やギャレンとリブラとかそういうそっくりさんがな! この世界ならそこのバーナードと草加雅人が良い例だ!」

「おい、止めろ。触れてはならないことに触れているぞ」

 

 正義のために戦う仮面ライダーに怪人のそっくりさんがいるなんて。そんな事実をお茶の間にいる全国のちびっ子たちが知ったらショックを受けるに決まっている。

 

「色々とややこしくなってますわね。・・・・・・つまり異世界人である乾さんと晴人さんがこの世界にやって来たことで次元に綻びが出来た、と。鳴滝さんはそう言いたいのですね」

 

 本来存在しない者がいることはそれだけで世界の歴史を揺るがすことになる。実際にこの世界の歴史も巧とオルフェノクが加わったことで本来の歴史とは大きく違う道を辿っていた。次元の壁の一つや二つ、壊れてもおかしくないレベルで。今回の異変もその一端なのだろう。

 

「そうですとも! おのれ乾巧、操真晴人! お前たちがディケイドのように勝手に世界を越えたせいでこの世界も破壊されてしまったではないか!」

「いや、勝手じゃないって。それ士がやったことだから」

「え・・・・・・?」

 

 血走っていた鳴滝の目が点になる。

 

「知らなかったのか? 巧がこの世界に来たのは士があれこれとやった結果だぞ。最終的に送り込んだのは別の人だけど。俺だってこの世界に来れたのは士のおかげだ」

「そ、それは本当か?」

「わざわざ嘘吐くメリットがあるのか?」

 

 鳴滝はワナワナと肩を震わせる。やはり原因が士だったのは彼にとって許しがたいことのようだ。額に青筋を浮かべている。鳴滝は口を開けると何時ものセリフを言った。

 

「おのれディケイドォォォォォ! やはり貴様のせいでこの世界も破壊されたではないかァァァァァァ!?」

 

 この時どこかの世界でマゼンタ色のカメラを首に提げた青年がくしゃみをした。門矢士。世界の破壊者ともっぱら噂のディケイドである。

 

 ◇

 

「ぶっちゃけ今回はディケイドは悪くないんだ」

 

 落ち着きを取り戻した鳴滝は神妙な面持ちで言った。あれだけ叫んでいたのに結局関係ないのかよ。巧たちは絶句する。

 

「CM明けからいきなり矛盾した発言ですね。Aパートが台無しですよ、台無し!」

「◇←これってCMだったのか。42話目にして初めて知ったぞ」

「時系列的には38話の間だからその発言も矛盾しているよ、ファングくん」

 

 

 

 

 

「おい、誰かこいつら黙らせろ。なんかまた訳の分からないことを言い出したぞ」

 

 次元の壁が壊れるよりも先に世界観が壊れてしまう。巧たちは慌てて彼らの口を塞いだ。

 

「わ、私は巧さんの唇で塞いでください!」

 

 果林はいきなり何を言っているんだ。次元の壁が壊れた影響で彼女の貞操観念まで壊れてしまったというのか。早いところ元に戻さなくては手遅れになってしまう。巧は頬を赤らめて目を閉じる果林を無視して口を塞いだ。もちろん手で。

 

「むー!」

 

 彼女は残念そうに、そしてちょっと涙目で巧を見つめた。その顔に扇情的な何かを感じた彼は慌てて視線を反らす。こんなふざけた番外編で危うく一線を越えるところだった。危ない危ない。巧はほっと胸を撫で下ろす。

 

「でも、なんで士のせいじゃないって分かったんだ?」

「ディケイドが原因ならもっと大きな変化があるはずだ。それこそこの世界にとって脅威になるレベルでな。奴の仕業だとしたらこんな些細な変化になるはずがない」

「些細な変化でバーナードが草加になるのかよ」

「なるんだよ」

 

 それは果たして些細な変化と言っていいのだろうか。結構な大事に思えるのだが。鳴滝の基準がよく分からない。

 

「で、士が原因じゃないのなら何が原因なんだよ」

 

 間接的に自分たちの無実も証明された訳だが。ではそうなると誰がこの異変の原因なのだろう。

 

「今日新たにこの世界に来た者がいる。その者のせいで今回の異変が起きたんだ」

「それってあんたってオチじゃないよな?」

「バカもの! 私が世界を滅ぼすのでは本末転倒になるだろうが!」

 

 悪のショッカーに加わり士を抹殺しようとした人間がどの口で言う。そのことを一切知らない巧たちはとりあえず納得した。

 

「どうやって世界を越えてきたんだ? 俺みたいに誰かに呼ばれたのか?」

「それは違う。人々の願いによって時空を越えたライダーが次元に影響を与えることはない。そうでもなければ毎年毎年全員集合する度に世界が滅んでしまうだろう」

 

 本当にそうなのか。ライダーが全員集合する度にいっつも世界は滅びかけている気がする。その中でも二回くらいヒーロー同士互いに争う世紀末的な状況もあった。鳴滝が言っていることが本当に正しいのか分からない。何度かオールライダーと共に戦っている晴人は頭に疑問符を浮かべる。

 

「誰か強引な手段を使ってこの世界に来た者がいる。そいつを探すのだ」

「ならさっさと元凶探して果林とバーナード(草加)を戻そうぜ。俺もいい加減に真の仲間って言うのもめんどくさくなってきた。ガラじゃねえよ」

「え、ファングさん元に戻られたのですか?」

「いや、全然。今でもバーナードは草加に見えるし真の仲間ってフレーズをやたらと口にしたくなるのは変わんねえよ。ただその状況がおかしいことを理解しただけだ」

 

 それだけで十分だ。少なくとも正常な判断が出来るだけで現状では戦力として使える。今回すべきことは戦闘ではなく人探しなのだから。バーナードが草加に見えようが真の仲間をイチイチ強調しようがこの際どうでもいい。

 

「しっかしその次元を越えてきた犯人を探すとなると気の遠くなる作業になりそうだな」

 

 そうなると今回のそっくりさん事件の黒幕はどこにいるのだろうか。この世界も広い。手がかりもなしに犯人を探すのは困難だ。せめて名前か顔でも分かれば良いのだが。

 

「心配はいらない。異世界を越えられる力を持っている者など限られている。その者が起点となってこの異変は起きている。つまり犯人はこの近辺にいるということだ!」

「そこまで分かってるならお前が探せよ」

 

 これでは二度手間になる。ディケイドの時もそうだが何故鳴滝は最終的に人任せにするのだ。海東のようにライダーを召喚する能力があるならその世界の人間に任せず自ら手を下せば済む話ではないか。

 

「私が出来るのはアドバイスだけだ。何でもかんでも私たち他所の世界の人間が問題事を解決してはその世界の人々のためにならない。君たちの世界は君たちで守るべきなんだ。どの世界にだってライダーや戦隊のような戦士が、勇気を持った人々がいるのだからな」

「鳴滝さん・・・・・・」

 

 変な男だと思っていたが意外と人類のことを考えているのだな。心優しき男というのもあながち嘘でないのかもしれない。優しく微笑む鳴滝に晴人は少しだけ目頭がジンと来た。

 

「おはよー・・・・・・」

 

 巧たちが事態の解決に出掛けようとしたタイミングでアリンが食堂に来た。彼女は眠気を抑えられないのか欠伸をしている。そういえばファングたち以外にもそっくりさんの影響を受けている仲間はいるのだろうか。既に変態のハーラーはともかくアポローネスやエフォールが変化していたら面白そうだ。

 

「おう、おはよう。・・・・・・ってその服どうしたんだ? イメチェンしたか、アリン」

「なんか今朝起きたらいつもの服がこれになってたのよねえ。ちょっと子どもっぽくて変かな」

「いや、可愛いんじゃないか。それはそれで似合ってると思うぞ」

「そう? ありがとう、ファング。えへへ!」

 

 アリンはいつもの赤いヒラヒラとしたドレススカートではなく黄色いドレススカートを履いていた。見る人が見ればそれは日曜朝8時30分から始まる変身ヒロインのものだと分かるだろう。これもそっくりさんの影響か。まさか衣装まで変わるとは。性格が変わってないのが不幸中の幸いだ。

 

「ミューズ・・・・・・!」

「どした、鳴滝さん?」

「μ's・・・・・・? エフォールがどうかされたのですか?」

「ええい、そっちのミューズではない! いい加減アイドルから離れろ! キュアミューズだ、キュアミューズ! プリキュアキタアアアアアアア!」

 

 かっと目を見開いて両手を上げる鳴滝に晴人は首を傾げた。確かにアリンは女神の一部だからミューズであっているかもしれない。だがキュアミューズのキュアとは何だ。プリキュアとはなんだ。意味は分からないがライダーにとってはとても縁の深いモノの気がする。

 

「そこのお嬢さん」

「えっと、あなた誰ですか?」

「私は鳴滝。正義の使者です」

 

 興奮したように目を輝かした鳴滝はアリンの腕を握った。彼女は状況をまったく理解してないのかいきなり大のおじさんがにこやかな笑顔を浮かべて腕を握ってきたことに困惑している。その絵面はあまりに気味が悪く犯罪染みたモノを感じてしまう。

 

「失礼ですが私と踊ってくれませんか!? 曲はイクササイズでもなんでも構いませんから!」

「イクササイズってなんなのよ? ていうか離してよ!」

「あぁっ! キュアミューズ! 待ってくれええええ!」

「あたしはアリンよ!? キュアミューズって何!? いやああああ!? ちょっと近づかないでえええええ!」

 

 鳴滝の血走った目に恐怖したアリンはファングの後ろに隠れた。彼女はあまりに鳴滝が怖かったのか涙目で震えている。可哀想に。ファングは優しくアリンの頭を撫でた。

 

 

 

「そ、そんな。私は、私はただプリキュアと踊りたかっただけなんだ・・・・・・。そんな目で見ないでくれ・・・・・・! 見ないでくれよ、うおおおおおおおおおん!」

 

 プリキュア大好きおじさんである鳴滝はアリン(キュアミューズ)に拒絶されたことで醜く号泣した。それにしても感情の起伏が実に激しい男である。

 

 

 

 

 

「うわあ・・・・・・」

「良い年したおっさんがプリキュアにフラレて涙を流してる光景をどんな目で見れば良いんだよ」

「見なかったことにするのが正解だと思いますわ」

「さっきはちょっとカッコいいと思ったんだけどな」

 

 ファングたちは涙を流し続ける鳴滝から無言で目を反らす。鳴滝なんて最初からいなかった、彼らの心は重なった。

 

「────という訳で真の仲間であるお前たちにも犯人の捜索を頼みたいんだ」

「また真の仲間と言ってますわ、ファングさん」

「え、マジかよ。全然気づかなかった」

 

 食堂に集まったガルドたちにファングは言った。彼らの中にもそっくりさんの影響を受けた者がいるのか奇妙な行動をとっている者がいる。それでも果林やバーナードほど致命的な者はいなさそうなのが幸いだ。ちなみに鳴滝はプリキュアと踊れなかったショックがかなり大きかったのかひっそりと姿を消していた。

 

「なんや知らん間に随分とややこしいことになってたんやな。アリンはんがプリキュアとかバーナードが草加はんとかおもろいわ。果林はんはアイドルやるならワイは応援するで。べっぴんさんやから絶対にアイドルくらいなれるわ」

「バカ。果林がアイドルになると自動的に俺たちもアイドルをやることになるんだよ。お前タンバリン担当で良いのかよ?」

「あー、それはあかんなあ。タンバリンのソロはキッツいわー」

「ガルドちゃんならタンバリンでも立派にこなせるわ」

 

 ガルドは明らかに浮いているであろう自分を想像して苦笑を浮かべる。彼とパートナーのマリサはそっくりさんの影響を免れたのか正常であった。しかしながらこの状況を巧たちと違って楽しんでいるようである。

 

「私は今エフォールとカードゲームをやっているのだ。人探しを手伝わせたいなら他を当たれ」

「同じく」

 

 アポローネスとエフォールはヴァ○ガードと呼ばれるカードゲームに夢中になっていた。厳格な雰囲気のある彼が真面目な顔でカードを持つ姿は中々にシュールだ。ファングはアポローネスのそっくりさんがどんな人間なのか気になった。

 

「カードゲーム・・・・・・。それもまたアイカツですね!」

「カードゲームのどこにアイドル活動の要素がある。つーかヴァ○ガードって大丈夫か? ネタにするならバンダイナ○コだけにしてくれよ。ブシ○ードなんて出したら偉い人に怒られちまうだろ」

「偉い人ってどなたなのですか、巧さん?」

「・・・・・・やべえ、俺まで変な影響受けてきた」

 

 巧は頭を押さえた。知らぬ間に自分も毒されていたようだ。無意識に出ていた訳の分からない言葉に彼は恐怖した。このままでは手遅れになってしまう。絶対に世界を元に戻さなくては。彼は決意を新たにした。

 

「頼むから手伝ってくれよ。このままだとバーナードが草加になっちまうんだぞ」

「私は別に構わん。だいたいそこの草加という奴がバーナードであろうとなかろうとどうでもいい。私は元々この男とは仲間だったのだからな。一緒にいてもどちらにせよ違和感はない。というかむしろ戦力的にはいた方が助かるのではないか?」

 

 今さら気づいたのだがバーナードが草加に見える者はそっくりさんの影響を受けた人間に限られているらしい。非常にどうでも良い新事実だ。

 

「いや、確かに草加が仲間なら心強いけどよ。中身が草加でもこいつがバーナードであるのは変わらねえ。何時正気に戻って裏切るかわかんないんだぞ」

「巧、お前は草加を買い被りすぎているぞ」

「はあ?」

 

 巧は首を傾げた。記憶を失っている彼は草加の本性を知らない。バーナードが草加であろうとなかろうと巧を嵌めようと裏切ることを。亡霊となった彼を除霊した経験のある晴人は草加が巧にあまり良い感情を抱いていないことを知っていた。

 

「知らぬが仏だな」

「なんか言ったか、晴人?」

「なんでもないさ」

 

 あれだけ酷い目に逢わされていたはずの草加も今の巧にとっては自分のピンチを救ってくれたヒーローなのだ。彼のイメージを壊す訳にはいかない。

 

「とにかく私はヴァ○ガードで忙しいんだ。貴様らを手伝っている暇などない。帰れ!」

「どこに帰るのですか。・・・・・・仕事を辞めてカードゲームに没頭している兄の姿なんて見たら妹さんが悲しみますわね。イメージしてみてください。エミリさんが涙を流す姿を」

「何をぼさっとしている! 行くぞ貴様ら! 世界がどうなっても良いのか!?」

「切り替えはやっ!?」

 

 流石はシスコンだ。エミリの名前を出しただけでここまでの腐敗っぷりが嘘のように一瞬にして正気に戻るとは。家族への愛は実に偉大だ。

 

 アポローネスが立ち上がると同時にエフォールもカードをしまって立ち上がった。

 

「お、エフォールも一緒に来てくれるのか?」

「うん。対戦相手が誰もいないから・・・・・・」

「別にその辺の子どもと一緒にやれば良いんじゃないか」

「この街でヴァ○ガードをやっているのは私とアポローネスだけ。他の子は皆ガンバライジングに夢中だから。・・・・・・どっちも面白いから良い子の皆は両方やろうね」

「誰に対して宣伝しているんだ?」

 

 虚空を見つめるエフォールにファングは首を傾げた。

 

「よし、じゃあ犯人を捕まえるぞ!」

『オー!』

 

 こうしてファングたちの世界を救う人探しが人知れず始まるのであった。

 

「ところでハーラーは?」

「部屋の中で気絶していましたわ。人格が変わっていたせいであの部屋に巣食う巨大なゴキブリに精神をやられてしまったのでしょうね」

「・・・・・・ワイ、この事件片付いたら部屋の掃除手伝うことにするわ」

 

 ◇

 

「見つからねえな」

 

 ファングたちの捜索は難航していた。バラバラに分かれて探しているが手がかり一つ見つからなかった。こういう時に限って何でも出来るリタがウルフオルフェノクの化身と散歩しているのだからツイてない。

 

「やっぱりロロちゃんのとこに行くしかないと思うの。ガルドちゃんはどう思うの?」

「せやなあ。確かにロロはんなら何か知っとるかもしれへん」

『かいとうのこともおしえてくれたもんね』

「最近しょっちゅうアイテムを買うから金欠なんだよなあ。まあ、しゃーないか」

「背に腹は代えられないもんね」

 

 ロロなら今回の事件の犯人について知っているかもしれない。彼女は以前も異世界人である海東の情報を持っていた。淡い期待に掛けてファングとガルドはロロのいる公園へと向かう。

 

「よう、ロロ」

 

 ロロは噴水の前のベンチでぼんやりと空を眺めていた。普段の彼女とどこか雰囲気が違う気がする。ファングは首を傾げる。彼が前に立つと彼女は口元に笑みを浮かべる。その姿はなんだか何時もよりもやけに大人っぽい。

 

「お久しぶりですね、お兄さん。お元気そうで何よりです」

「・・・・・・お前本当にロロか?」

「ええ、情報屋のロロですよ」

 

 畏まった丁寧口調にファングは僅かに目を見開く。お転婆娘である普段のロロと性格がまるで違う。とても冷静で知的な印象に見える。これもそっくりさんの影響か。彼女は性格が真逆になってしまったようだ。

 

「今日は何の情報を所望なさいますか。フューリーの情報もフェンサーの情報も一通り揃えてますよ」

「フューリーはともかくフェンサーなんてどうでも良いだろ」

「せやで。それに今回に限って言えばフューリーもいらんねん」

「本当にあなたたちフェンサーですか?」

 

 ロロは目を少しだけ見開く。基本的にフューリーとライバルであるフェンサー以外にフェンサーが欲しい情報なんてない。予想外の返答に驚いているようだ。

 

「珍しいこともあるんですね。では何の情報をお求めで?」

「ああ。異世界人についての情報が知りたいんだ」

「はい・・・・・・?」

 

 ロロは首を傾げる。いきなり何を言っている。異世界人なんている訳がないだろ。彼女の残念そうな視線がそう訴えていた。

 

「私も長いこと情報屋を営んでますけど異世界人の情報を求める人なんて初めて見ました。それもよりにもよって常連のあなたたちから・・・・・・」

「やっぱり無理かあ。しゃーないわ、またその辺探しに行くしかないわ」

「急がねえとバーナードが草加になっちまうからな」

 

 ファングとガルドは肩を落とすとロロに背中を向けた。やはりそう上手くはいかない。分かっていてもショックは大きい。彼らはトボトボと歩き出した。

 

「豆腐です」

「え?」

 

 背後から浴びせられた言葉にファングは歩みを止める。

 

「一つだけ心当たりがあったので。今日見かけない方が私に美味しい豆腐屋がないかと聞きに来ました。下駄に作務衣で緩くパーマを掛けた身長が180くらいの男性でした」

「どこに異世界人の要素があんだよ?」

「あー、それ絶対に異世界人や。ワイが会ったことある異世界人やから間違いないわ」

「それで正解なのかよ!」

「そうですか。それは良かった」

 

 どこかで見覚えのある特徴にガルドは今回の騒動の犯人が誰なのか理解した。

 

「でも服装とか身長とかそこまで正確によく覚えてんな」

「簡単ですよ。私は一度見たもの、聞いたものを絶対に忘れない能力があるのです」

「すっげえ便利な能力だな」

「暗記に役立ちそうやん」

 

 ピンポイントで都合のいい能力を持ったそっくりさんがいたものだ。ファングはロロに影響を与えたそっくりさんに感謝した。

 

「よっしゃ! 重要な手がかりゲットや!」

「マジで? 本当にそいつが犯人なのか? ただの豆腐好きってオチはないよな」

「特徴からしてワイらを過去に送ってくれた天道さんやで。間違いないわ」

「天道ってそんな見た目だったのか。ってなんでわざわざ異世界に豆腐を買いに来てんだよ。バカなんじゃないか、天道って」

「それは本人に聞けばええ。今は皆に連絡や!」

 

 ガルドはエフォールの携帯に電話を入れた。

 

「あ、もしもし。エフォールはんか?」

『ちょうど、良かった・・・・・・! たす、けて、ガルド。た、くみがたい、へん。オル、フェノクに襲わ、れてる』

「・・・・・・なんやて?」

 

 

 ◇

 

「くそ!」

 

 巧は走る。全速力で走る。ソードフィッシュオルフェノクから逃れるために。ファイズにもウルフオルフェノクにもなれない彼はただひたすらに逃げることしか出来ない。

 

「エフォールとアポローネスの役立たず!」

 

 早々にソードフィッシュオルフェノクに破れた二人に巧は苛立ちを抑え切れずに叫んだ。ソードフィッシュオルフェノクは本来ならエフォールやアポローネスの敵ではない。二人がかりなら余裕で退けられる相手だ。

 

 しかし彼らは武器を構えるのではなくヴァ○ガードのデッキを構えた。何故かオルフェノク相手にヴァン○ードで決着をつけようとしたのだ。そんなデュエリスト特有の意味不明な主張が怪人に通用する訳がない。本来なら楽勝で勝てるソードフィッシュオルフェノクに二人はただの張り手で倒されてしまった。

 

『あなたを殺せばたくさんの人たちがおかしくなった今回の異変は収まるらしいですねえ。関西弁になって一日中昼寝をする雑用係のバハスさんを元に戻すためにも大人しく死んでもらいますよ』

 

 オルフェノク相手に走って逃げることなんて不可能だ。巧はあっという間にソードフィッシュオルフェノクに追い付かれてしまった。

 

「知らねーよ。俺じゃねえ! 俺は関係ねえ!」

『ちゃんとあなたの仲間から裏付けはとれてるんです。嘘はいけませんよ』

「その通りだ。こんなことになったのは全部乾巧って奴の仕業なんだ」

「バーナード・・・・・・。ついに本性を出しやがったな。くそ、草加のフリしやがって! 絶対に許さねえ!」

 

 目の前に現れたバーナードを巧は睨み付ける。草加の人格が混ざっていても結局バーナードはバーナードだったらしい。ほんの少しだけ期待していたのに裏切られた巧は怒りに震える。

 

「今ここで死ぬ人間に許される必要なんてないさ」

「出たな、バーナード! よくも騙してくれたな?」

「騙してなんていないさ。途中から正気だったが言動は君の知る草加雅人とやらを真似たつもりさ」

「全然草加に似てねえよ! 草加はもっと良いヤツだ!」

 

 本当に知らぬが仏だ。

 

『マスターが正気に戻られて良かった。本当に、本当に良かったです』

「ああ、心配をかけてすまなかったな。そこの乾巧に殴られた拍子に戻っていたのだよ」

「ほとんど最初からじゃねえか!」

 

 バーナードは実に草加の特徴を捉えていた。読者でも気づかない程に。ただ一つだけ間違っていたことがある。全国にいる草加ニストの皆はその違和感に気づいていただろう。彼はずっと『乾』くんではなく『巧』くんと言っていた。本物の草加雅人は巧のことを名字でしか呼ばないのだ。そこに気づけた人は今日から草加ニストである。

 

「ふっふふ。さて、この私を傷つけた報いはその血を持って償ってもらおうか」

『おっと、ここから先には行かせませんよ』

「くそっ! 俺のおかげで元に戻れたんだろ!」

「思いの外痛かったんだ! 絶対に許さん!」

 

 巧はバーナードとソードフィッシュオルフェノクに挟み打ちにされる。万事休す。彼に二つの剣が振り下ろされた。

 

「────そうはさせるかよ」

「私たちが止めて見せます!」

「晴人! ティアラ!」

 

 ギリギリのところでウィザードとティアラが割って入る。巧は二人の姿を確認するとほっと安堵のため息を吐く。危うくこんなふざけた番外編で命を落とすところだった。

 

「君たち二人で何が出来る。ドルファ四天王を統べる私に勝てるはずがないだろう?」

「やってみないと分かんねえだろ」

「そうですわ。ドルファ四天王なんて半分解散している組織のリーダーがなんだと言うのです」

 

 しかも一人はヴァ○ガードでオルフェノクと勝負しようとするアホだ。

 

「愚か者は痛い目を見ないと分からないらしいな。どれ、相手をしてやろう」

「それはこっちのセリフだ。魔法使いの力を見せてやる」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードは転移の魔法を発動すると異空間へと手を突っ込む。己の武器を取り出すのだ。邪悪な怪人を斬り裂いてきた自分の武器────刀を。

 

「えっ!? どうしてウィザーソードガンがただの刀になってんだよ!?」

『刀の魔法使い・・・・・・?』

「違う! やり直しだ、やり直し!」

『コネクト プリーズ』

 

 ウィザードは刀を放り投げるともう一度転移の魔法を発動する。こんなどこにでも落ちている刀なんかでオルフェノクに勝てるはずがない。今度こそ己の武器を取り出すんだ。さっきのは何かの手違いに違いない。彼は異空間に手を突っ込む。あった。これまで幾度も邪悪な怪物にトドメを刺してきた自分の武器────丸太を。

 

「皆、丸太を持ったか!! 行くぞォ!! ってバカ野郎! 丸太なんかで行ける訳ないだろ!?

『丸太の魔法使い・・・・・・!?』

「違うって! 違うよ! 俺は指輪の魔法使いだからっ! もうバカ! ホントバカ!」

 

 ウィザードは丸太を勢いよく放り投げると頭を抱えた。何がどうなっているんだ。どうしてウィザーソードガンが出てこないんだ。剣がなければ晴人はまともに戦うことが出来ない。

 

 まさか自分もそっくりさんの影響を受けたとでも言うのか。他の魔法もこの調子ならウィザードの攻撃手段はキックしかない。もし指輪を着けたままでパンチを使おうものならPTAのお母さんたちからクレームを入れられて仮面ライダーウィザードという作品がお蔵入りしてしまう。

 

「晴人さん、戦闘中にふざけるのは止めてくれませんか? 流石に敵のお二方に失礼ですよ」

「コントをやるなら他所でやってくれるとありがたいのだが」

「ふざけてない・・・・・・ふざけてないんだ」

 

 ウィザードは色んな意味で絶望して膝をついた。戦えば保護者からの苦情で戦わなければ仲間と敵からの苦情。苦情の板挟みになった彼の姿は何時もよりも小さく見える。晴人は変身を解除するとその場で体育座りした。

 

「ああ、晴人までポンコツになった。もう終わりだ」

「大丈夫です、乾さん。まだ私がピンチになってませんわ。何時ものパターンなら絶妙なタイミングでファングさんが助けに来てくれます。今回もそれを信じましょう」

「何時ものパターンとか言っている時点でお前もポンコツになってねえか?」

 

 もちろんこんなふざけた番外編で何時もの都合のいい井上ワープが適用されるはずがない。中途半端に巧がピンチという情報しかエフォールに伝えられなかったファングたちは彼を探して街中を走り回っていた。

 

 そんな訳でティアラはバーナードとソードフィッシュオルフェノクの連携攻撃であっという間に追い込まれてしまった。

 

「そろそろ終わりにしようではないか」

 

 バーナードが必殺技の構えに入る。このままでは容赦のない一撃を浴びることになるだろう。

 

「・・・・・・おかしいですね、ファングさんが来ませんわ」

 

 ティアラはキョロキョロと周囲を見渡す。何時もならとっくに来ているファングが今日は来ない。おかしい。このままでは普通に死んでしまうではないか。だが一向にファングは井上ワープで現れる気配はない。不味い。このまま番外編で死ぬなんてヒロインにあるまじき末路だ。彼女は冷や汗が流れるのを感じた。

 

「本当に助けが来ると思っていたお前の頭がおかしい可能性はないか?」

「だってこれ番外編ですよ。前話より過去の出来事じゃないですか。ここで死ぬはずがないんですよ」

「そうなんだよな。普通はありえないよな。ははは、俺もまさかこんなふざけた番外編で死ぬと思わなかった」

「既に確定してますわよ!? ええ、私たち本当に死ぬんですか!?」

「ああ。このまま二人とも死ねェッ!」

『っ!』

 

 ティアラと巧は目の前に迫ったバーナードの鋭利な腕に目を閉じる。

 

 

 

「ぐおっ!」

 

 バーナードの腕を何かが弾いた。巧とティアラはゆっくりと目を開ける。そこにいたのはバーナードではなく正真正銘の草加雅人だった。彼はフォンブラスターをバーナードに向けて構えている。あれでバーナードの腕を撃ったのだろう。彼の腕に僅かな焦げ目が出来ていた。

 

「────大丈夫だ。君たちは絶対に死なせたりしない」

「えっ?」

「お前は・・・・・・草加!?」

 

 目を見開いている巧たちの姿を確認するとニヤリと笑う。

 

「君が草加雅人か。私のそっくりさんというからどんなものかと思ったが中々悪くない顔だな」

「君みたいな醜い怪物に言われても嬉しくないね」

 

 草加は小さく鼻を鳴らすとカイザフォンを構える。

 

────913

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

 草加はカイザへと変身した。

 

「どれ、少し遊んでやろう」

 

 バーナードはその巨体にあるまじき素早さでカイザの背後に回り込むとその剣のように鋭い腕を振り下ろした。ファングでも見えなかった一撃だ。カイザが反応出来るはずがない。間違いなく直撃する。巧はそう思った。

 

「遊ばれているのはどっちかなあ?」

「・・・・・・少しはやるようだな」

 

 別にわざわざバーナードの動きに合わせて反応する必要はない。アルティメットファインダーの視野は広い。全方向に向いていると言っても過言ではない。一瞬で背後に回ろうが動きを止めた瞬間にカイザはバーナードの攻撃がどこから来るのか把握することが出来る。彼はカイザブレイガンを頭上に向けるとその一撃を受け止めた。

 

『私も相手になってもらいましょうかね。あなたのベルトを冴子さんに献上させてもらいますよ』

「ちっ!」

 

 ソードフィッシュオルフェノクは剣を突き出してカイザに突っ込む。バーナードの攻撃を受け止めている彼にそれを避ける手立てはない。カイザは舌打ちした。

 

「薄汚いオルフェノク風情が調子に乗るなよ」

『なにっ!?』

 

 カイザはバーナードの腕を支えているブレイガンの銃口をソードフィッシュオルフェノクに向けるとフォトンブラッドの光弾を放つ。直撃した彼は大きく仰け反った。

 

「ふん、いい加減鬱陶しいんだよ」

「むっ!?」

 

 カイザは片手でフォンブラスターを構えるとバーナードの顔面に光弾を放った。ダメージを受けた彼の力が僅かに緩む。カイザはバーナードの腹に飛び蹴りを叩き込むとその勢いのままサイドバッシャーに股がった。

 

「君みたいな怪物を相手にするならこれが一番良い」

 

 ────battle mode

 

「ぐおっ!」

 

 バイクが変形するなんて予想外だ。呆然としているバーナードをバトルモードになったサイドバッシャーの拳が吹き飛ばす。

 

「ふっ! 死ね!」

「ぐわあああああ!」

 

 サイドバッシャーからミサイルやレーザーが放たれる。圧倒的な火力をその身に浴びたバーナードはフューリーフォームを解除された。

 

「さて後は君だけだな」

『あまり私を見くびるなよ』

 

 ソードフィッシュオルフェノクはカイザに斬りかかる。見くびるなと言うだけはある。彼の剣の腕は見事だった。武道を嗜み三ライダーの中では最も優れた戦闘能力を持つ草加を圧倒する程に。カイザは徐々にソードフィッシュオルフェノクに追い込まれる。

 

『タァァァ!』

 

 ソードフィッシュオルフェノクの剣がカイザのブレイガンを弾き飛ばした。そして追撃に放たれた斬撃が直撃した彼はゴロゴロと転がる。好機。ソードフィッシュオルフェノクはカイザに向かって勢いよく駆け出す。

 

「草加っ!」

 

 不味い。このままではカイザが敗れる。巧は咄嗟にブレイガンからミッションメモリーを取り外すと彼に向けて放り投げた。

 

「上出来だ、乾!」

 

────ready

 

 カイザは足にポインターを装着するとソードフィッシュオルフェノクに足を向けた。

 

────exceed charge

 

『ぐうっ!?』

 

 四角錘状のエネルギーがソードフィッシュオルフェノクを拘束する。

 

「でぃやあああああ!」

 

 カイザの両足を突き出したキックがソードフィッシュオルフェノクを貫く。ゴルドスマッシュ。カイザの必殺技だ。圧倒的な高エネルギーに身体を蝕まれたソードフィッシュオルフェノクは灰と化した。

 

「ありがとうございました、草加さん」

「ありがとな、草加」

「どうにも君に礼を言われるのは慣れないな」

 

 変身を解除した草加に巧たちが駆け寄る。彼は頭を下げる巧に対して苦笑を浮かべた。以前の関係なら絶対にありえない光景だ。

 

「それよりも彼らはどうするんだ?」

 

 草加の視線がバーナードに向けられる。

 

「くっ、今日のところはここまでにしといてやる」

「マスター、無理して喋らないでください。お身体に触ります」

 

 バーナードはブラッディの肩に支えられながら逃走しようとしていた。草加は無言でフォンブラスターを構える。巧はその手を止めた。

 

「見逃してやれ」

「良いのか? 彼は君を罠に嵌めようとしたんだぞ」

「あいつも被害者なんだ。殴っちまったのは俺も悪いしな。今回は許してやってくれ」

「相変わらず甘いな、乾。まあ、それが君の良いところなんだろうけどね」

 

 草加はフッと笑うとフォンブラスターを下ろした。

 

「草加、お前どうやってこの世界に来たんだ? 海東はいないんだろ」

「鳴滝だ。あの男が俺を召喚した。君たちのピンチだってね」

「変な人だと思いましたがいい人だったのですね、鳴滝さん」

 

 巧とティアラは少し鳴滝を見直した。

 

「鳴滝さんは自称全ライダーの味方だからな。ただしディケイドを除いて」

「いつの間に復活したんだよ、晴人」

「もうこの際丸太の魔法使いでもいいと思ってな。何故か丸太を持っていると希望が半端ねえんだ」

 

 それは本当に大丈夫なのだろうか。丸太を持ってハァハァと笑いを浮かべる晴人に巧は首を傾げた。彼のそっくりさんはどんな人物なのか非常に気になって仕方がない。

 

「そうだ、草加。鳴滝のおっさんに会ったってことは今回の事件についても知ってるよな」

「次元を強引に越えた人がいる・・・・・・って解釈であってるかなぁ?」

「ああ。お前なんか心当たりがないか?」

「宿に戻れ。そこに今回の犯人はいる。こんなことになったのは全部ソイツの仕業なんだ」

「なんだって! それは本当か!?」

 

 巧は目を見開く。灯台もと暗しとは正にこのことだ。まさか向日葵荘に犯人がいるとは思わなかった。街中走り回ったこれまでの苦労はいったいなんだったのだろう。散々な目にあった彼はため息を吐いた。

 

「さっさと行きなよ。早くしないと手遅れになるぞ」

「ああ。本当にありがとな、草加」

「今度またお会いになる機会があればその時にきちんとお礼をしますわ」

「俺からも感謝するよ、草加」

「どういたしまして。また会えることを期待しているよ」

 

 巧たちは宿へと戻っていく。草加は何とも言えない顔で彼らの後ろ姿を見送った。既に死んでいる彼はあそこに加わることは出来ない。巧とまた共同生活をするのなんてこっちから願い下げなのだけど。でも少しだけ寂しい感覚を彼は覚えた。

 

「ご苦労だったな、仮面ライダーカイザ。協力感謝する」

 

 草加の背後から鳴滝が現れた。本来この世界に存在してはいけない彼を迎えに来たのだろう。草加は静かに振り返った。

 

「礼なんていらない。それよりも約束は忘れていないだろうな」

「園田真理への誕生プレゼントだろう。このザリガニの格好をしたキティちゃんの絵が描かれたTシャツは約束通り必ず渡しておくよ」

「ああ。真理はあれで意外と可愛いものが大好きだからな。きっと喜ぶ」

 

 草加は驚く真理の姿を想像して微笑んだ。

 

 ◇

 

「で、どうしてお前はこの世界に来たんだ?」

「そして何故夕飯をあなたが作っているのですか?」

 

 ファングとティアラは涼しい表情で夕飯の麻婆豆腐を並べている天道総司を睨み付ける。彼のせいで散々な目にあった。自分は真の仲間中毒になり、果林はアイドルになり、アリンはプリキュアになり、アポローネスとエフォールはデュエリストになり、晴人は丸太の魔法使いになり、そしてバーナードは草加になった。思い出すだけでも悪夢のような一日だ。

 

 巧とガルドは今回の騒動についての怒りはあれど天道にとても大きな恩があるので呆れるだけに踏み留まっていた。既に食事をしていたエフォールたちに混じって彼らも食事を始める。

 

「豆腐を買いに来たんだ。しかし俺はこの世界の金がなかったのでな。一日この店の厨房を手伝う代わりとしてこの一番良い豆腐を譲り受けた。世界広しと言えど異世界の豆腐を持ち帰る男は俺が初だろうな」

 

 ファングは無言で天道に殴りかかる。まさか本当に豆腐を買いに来るバカがいるとは思わなかった。彼の目には呆れの念がある。だがやはり天道は天道だ。優れた戦闘能力を持っているはずのファングの拳を軽々と受け止める。

 

「てめえ、ふざけんな。一発くらい殴らせろよ。今日一日どれだけ俺たちに迷惑を掛けたのか分かってんのか?」

「黙って俺の料理を食え。それでお前はこの俺を許すことになる」

「はあ? そんな訳ねえだろ。・・・・・・許すっ!」

「本当に切り替えの早い方ですわね」

 

 流石は天道だ。ファングの胃袋を一瞬にして掌握して彼の怒りを静めた。

 

「マジで豆腐なのかよ」

 

 今回の異変の正体が天道で、そしてその理由が豆腐だとは完全に予想外だ。晴人はため息を吐いた。結局鳴滝の言っていたことが全て正しかった。この世界もディケイドのせいで破壊されてしまったのだ、と。天道が巧たちを助けたのも士のせいなのだから本当に笑っていられない。

 

「ふ、半分冗談だ」

「全部冗談であって欲しかったんだけどね」

 

 少なくとも半分は豆腐のせいで今回の事件は起こったらしい。自信満々に笑う天道に晴人は呆れた。

 

「じゃあ残りの半分は何なんだよ」

「桜井に乾たちの近況について調べてほしいと頼まれたんだ」

「お前にとってはそれが豆腐とハーフアンドハーフなのかよ」

 

 そっちの方が明らかに重要だ。天道の基準が分からない。何故真っ先に人を怒らせる豆腐が出るのか本当に疑問である。唯我独尊を地で行く天道らしいと言えばらしいのかもしれないが。

 

「今回は元に戻ったから良かったけど。次からは気をつけろよ。ハイパーゼクターは時の列車と違って世界を越えたりしたら時空に歪みが出来るんだからな」

「最初から時の列車が使えるなら桜井は俺に頼んだりはしないだろう?」

「それはそうだけどよ・・・・・・。ま、いっか」

 

 とにかく今回の事件が一段落して良かった。晴人は食事をしている果林たちの姿を見つめる。痛みを与えれば皆元の性格に戻るということが判明したおかげで果林たちは何時もの姿を取り戻していた。

 

「巧さん、私本当にアイドルになっていたんですか?」

「ああ。フレッシュナンチャラってグループのアイドルをやってたらしいぞ」

「まったく記憶がありません・・・・・・」

 

 ソードフィッシュオルフェノクの張り手で正気に戻った果林は今日一日のことを一生懸命思い出そうとしている。

 

「私、何か変なこと言ったりしてませんよね?」

「変なことしか言ってなかったぞ」

「えー・・・・・・。気になります」

 

 思い出さない方が間違いなく幸せだと巧は思った。

 

「アポローネスはんとエフォールはんも何やってたか記憶ないんか?」

「覚えてる。楽しかった」

「童心に帰って児戯に勤しんでいたようだな」

「なんかおもろいことはなかったんか? 」

「ううん」

「たかがカードゲームで何があるというのだ。貴様の期待するようなことはない」

 

 そのたかがカードゲームでオルフェノクと勝負しようとした男が何を言う。

 

「これホントにすっごい美味しい。バハスの料理よりも美味しいかも」

「アリンちゃんも美味しそうだねえ。その服似合ってるよ、ぐふふ」

「ちょっとあんたまで鳴滝さんみたいなこと言わないでよ。気持ち悪いわ」

 

 普段と違う服を着たアリンにハーラーはヨダレを流している。見た感じ変態そうである彼女と同系列に扱われる鳴滝にファングは少し同情した。

 

「それにしても今回の事件でまたバーナードのヤツに目をつけられちまったな」

『この世界ではまだオルフェノクの力には覚醒していないようだが邪神の力は健在か』

『ティアラ、ぶじでよかったよー』

「ええ。本当に生きて帰って来れてよかったです。もしも草加さんがいなかったら・・・・・・」

 

 バーナードは厄介な相手だ。今回は草加がいたから撃退出来たがもしも彼がいなければ今頃自分と巧は死んでいただろう。ティアラは少し顔色を青くする。

 

「・・・・・・俺が間に合わなかったせいで怖い思いをさせちまったな。悪かった」

「ファングさんが責任を感じることではありませんわ」

「責任とかの話しじゃねえよ。俺はお前を────」

「私を?」

「いや、なんでもねえよ。とにかくお前や巧たちがピンチになったら俺が助けに行く。だからどんな状況でも絶対に生き残ることだけを考えろよ」

「言われなくても分かってますわ。ファングさんは私がいないと怠け者でダメ人間になってしまいますから。あなたより先に死ぬ気はありませんわ」

「奇遇だな。俺もお前より先に死ぬ気はないんだ。俺が先に死んだらお前を守る奴がいなくなるからな」

 

 ファングとティアラは笑い合った。

 

 

 

 

「さて、俺もそろそろ帰るとするか」

「え、もう帰るのか?」

「お目当ての物は手に入ったからな。俺がこれ以上ここにいてもやることはない」

 

 天道はボウルを晴人に見せつける。綺麗な四角い豆腐がその中に入っていた。

 

「巧の近況については知らなくて良いのか」

「おばあちゃんが言っていた。『食事とは人の心を写すもの。そこに笑顔が溢れているなら人は皆幸せだ』ってな」

 

 天道は食事をしている巧たちを見つめる。今日の出来事を笑いながら話す姿はとても暖かなものだ。まるで家族のように見える。

 

「・・・・・・あの笑顔だけで十分だ」

「確かにな」

 

 天道はうっすらと微笑むと出口に向けて足を進める。

 

「行っちまうのか?」

「なんだ、俺に用でもあるというのか?」

「いや、別に用があるって訳じゃねえけど・・・・・・」

 

 天道が帰ろうとしていることに気づいたファングは彼を呼び止めた。天道には言いたいことが山ほどある。今回のことでも言いたいことはある。だがそれ以外にも巧たちを今の世界に送ってくれた礼も言っていない。ちょっと考えるだけで言いたいことだらけだ。だらけすぎて何も伝えることが出来ない。ファングがもどかしさを誤魔化すように頭を掻いていると天道が口を開いた。

 

「そうだ。お前には城戸から伝言を伝えてくれと頼まれていたんだ」

「真司から?」

「ああ。『諦めなかった先に未来がある。だから何が起きても絶対に諦めるな』そう伝えてくれと頼まれた」

 

 諦めなかった先に未来がある、か。ファングはその言葉を深く胸に刻み込んだ。

 

「乾巧。お前はもう絶望する必要はない」

 

 天道は食堂の扉を閉める前にもう一度巧たちの姿を見た。既に食事を終えたのか彼らは食堂に備え付けられたカラオケの前に集まっている。一時的にアイドルになっていた影響か果林が歌い出したのだ。

 

「────♪」

「果林、上手」

「見事だな。異世界のそっくりさんとやらがアイドルになるのも納得の腕前だ」

 

 アイドル系のポップな歌は果林の透き通るような甘い声と相性抜群だ。聞くものが癒す歌を彼女は歌っていた。巧はその心地よさに目を細める。その子どものような姿に果林はクスリと笑う。

 

「私も、歌う」

「巧さんも歌いましょう。楽しいですよ」

「俺はいいよ。ガラじゃない」

 

 差し出されたマイクから巧は顔を反らす。女の子が歌う可愛らしいアイドルの歌を自分が歌うのはあまりにシュールで恥ずかしい。顔を反らした巧の眼前にギターが突きつけられる。顔を上げるとニヤニヤと笑っているファングがいた。

 

「俺様のギターだ。貸してやる。コードは画面に出るから弾けるだろ?」

「弾けるとか弾けないとかの問題じゃなくてだな・・・・・・」

「ええやん。そう固いこと言わんでも! ほら、目指せトップアイドルや! ワイもタンバリンで盛り上げるから一緒にやろうや!」

「しょうがねえな。弾くだけだぞ。絶対に歌わねえからな」

 

 巧はため息を吐きながらも僅かに笑みを浮かべる。彼は一度深呼吸をするとギターを弾き始めた。巧のギターの腕は本当に見事なものだ。プロと比べても遜色のないレベルの彼のギターにガルドたちは目を見開く。とても優しい音だ。果林は彼の腕から流れるメロディーに微笑んだ。

 

 

 

「・・・・・・さてと俺も帰るとするか」

「侑斗や真司によろしくな」

「ああ、任せておけ。きちんと伝えておこう」

 

 食堂の扉が閉じられる。晴人はどこからか汽笛の鳴る音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 こうして豆腐から始まった別世界のそっくりさん事件は終わった。

 

 だがファングたちに休んでいる暇はない。ギャザーのことも、オルフェノクのこともまだまだ解決していないことばかりだ。こうしている今も世界は滅びへと向かっている。だからこそ彼らは日々戦うのだ。

 

 それでもファングたちの日々は戦いだけではない。普段は描かれてない空白の中に彼らの幸せな日々はきちんとあるのだった。

 

 

 




カイザの日に間に合わなかったお詫びは来年の9月13日にしますのでどうかお許しください!

来年の913の日に没になった草加雅人は二度目の生を生きるという小説を書くのでお許しください!

とは言っても誰に許されなければいけないという訳でもないんですけどね。まあ僕自身が一番自分を許せてないので来年こそは草加さんによる草加さんのための小説を書きます。

関係ないですが真理ちゃん役の芳賀優里亜さんが北崎役の藤田玲さん主演の絶狼にレギュラー出演が決まったそうなので全国の草加さんは毎週リアルタイム視聴してください。ちなみに僕は既に毎週見る予定です


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無限の希望と果てない絶望

長編の間に番外編を一度挟むと本編を書くのが非常に難しくなることが分かりました。今度からは反省して同時平行で書きます。



「あと少し、あと少しや」

 

 ギャザーは天を仰いだ。聖域から天へと伸びる光が儀式の始まりを告げていた。もう直ぐだ。日没までは残り僅か。後少しで女神が降臨する。その時が来るのが本当に楽しみだ。彼は妖しい笑みを浮かべる。

 

「ギャザー、今ならまだ間に合います。全ての悪を滅ぼすなんて不可能です。女神は絶対にあなたの願いを叶えたりはしません」

 

 円形に五亡星を描くように建てられた柱。その中心に縛られたリタはギャザーに言った。その口調は怒りよりもどちらかといえば彼を心配する思いの方が強い。

 

 ギャザーがこうなってしまった原因をリタは知っている。本来なら彼はとても心優しき妖聖だ。エルモの死という悲劇がなければギャザーはこんなことをするような者ではない。だからこそ彼が叶わぬ願いによって身を滅ぼす姿を見たくないのだ。

 

「余計な心配なんていりません。ギャザーさんは最強の妖聖。必ずこの世全ての悪を滅ぼしてくれるでしょう」

 

 柱にフューリーを突き刺していた狐の妖聖『クーコ』はリタを鼻で笑う。リタは彼女の心の中を覗き見る。ギャザーの洗脳によって理性を失ったドォンやフェンサーや人間に復讐心を燃やす妖聖たちとは違う。彼女は洗脳されていない。自分の意思を持って行動していた。

 

 分からない。クーコはギャザーに心酔していて何を考えているのかまるで理解出来ない。正常な思考が出来るなら気づくはずだ。全ての悪人を滅ぼすなんて願いを女神が叶えてくれるはずがないと。

 

 女神は普通の生命体とは異なる次元の存在だ。究極の善と言っても過言ではない。エルモの人類愛は彼女のそれを色濃く受け継いだものである。善そのものである女神は例え悪人であろうとそれが命を奪うという行為ならば絶対にその願いを叶えたりはしない。人を愛しているから。それこそ同じ次元に到達しようとした者が現れた時に初めて彼女は人に手を下すことになるだろう。

 

「リタはんは勘違いしとるなあ」

「っ!」

 

 自分の思考が読まれていた。リタは心臓を鷲掴みにされたように背筋がヒヤリとする。

 

「女神がエルモの願いを叶えてくれないことくらいハナから分かっとるわ」

「どういう、ことですか?」

 

 リタは目を見開く。願いが叶わないのは分かっている、だと。それならばどうして女神を復活させようとしているのだ。何がしたい。彼女はギャザーの不気味な視線に恐怖した。

 

「分かんないなら教えたるわ。女神にはワイの願いを叶えてもらうんや」

「無駄なことを。女神があなたの願いなんて叶えてくれるはずが『黙れ』────っ!」

 

 有無を言わさぬ眼光にリタは居すくまる。

 

「女神が叶えてくれないなら誰がエルモの願いを叶えるんや? リタはんが叶えてくれるんか?」

「それは・・・・・・」

「無理やろ。リタはんが出来るならワイが最初からやっとるわ」

 

 ギャザーは寂し気な笑みを浮かべる。

 

「リタはんには分からんやろな。どれだけ言っても私欲のために争うことを止めない人間の欲深さを何年も味わい続けた絶望はな」

 

 きっと自分が封印されている間も彼はずっとエルモの願いを叶えようと奔走していたのだ。彼女を壊した世界を変えるために。そしてその全てが無駄に終わったのだろう。

 

「完全に悪を滅ぼす方法なんて一つしかない。人間から心を奪うしかないんや。でもそんなことが出来る力はワイにはない。だからワイは神々の力が欲しいんや。神になれば何でも出来るからな。せやから神の力を女神から手に入れてワイはこの世界の全てを支配する」

「今のあなたをエルモが見たら悲しみますよ! 神になるなんて止めてください!」

 

 リタは思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 

「悲しんでる姿でもエルモにまた会えるならワイは神にだってなるわ、はははははははは!」

 

 ギャザーは狂ったように笑いだす。ああ、そうか。リタは気づく。あの村で壊れてしまったのはエルモだけではなかった。ギャザーも壊れていたんだ。彼女は確信した。どのような手段を使うのかは分からないがこの男は神になろうとしている。

 

 不可能だ。絶対に神になんてなれるはずがない。次元の違う力を手に入れようとすれば神々を敵に回すことになる。そうでなくとも神に至るレベルの力に耐えられる妖聖なんてこの世にいるはずがない。どう転んでもギャザーはその身を滅ぼすことになるだろう。諦めるしかないのか。リタは俯く。

 

「────ギャザーさん、敵襲です!」

 

 リタは顔を見上げる。彼女の人並外れた視力が聖域の先、夕日に照らされたカヴァレ砂漠の地平線から人影が飛んでくるのを捉えた。きっと晴人たちだ。

 

「・・・・・・ついに来たか。お喋りはここまでや。じゃあな、リタはん」

「ギャザー、今ならまだ間に合います。こんな儀式止めにしましょう。あなた、死にますよ。如何にSランク妖聖と云えど神になるのなんて不可能です」

「可能性があるならそれだけで試す価値はあるわ。それにもし死んでもあの世でエルモに会えるやろ。どっちにしろワイが勝つ未来しかないやん」

 

 ダメだ。どれだけ無謀と言ってもギャザーは引き下がる気はない。誰か彼を止めてくれ。リタは祈った。

 

 ◇

 

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 赤き飛竜の姿をした炎の妖聖『ボゥアー』は上空からウィザードたちを睨み付ける。とてつもない咆哮だ。その咆哮だけでガルドはビリビリとした威圧感を感じる。こいつは恐ろしく強い。強力なモンスターの象徴として数多く存在するドラゴンの中でもボゥアーは抜きん出ていた。帝金竜や帝青竜、フェンサーですら恐れる怪物たちと比べても遜色のないレベルだ。どう戦う。ガルドは鎌を持つ手に力を込める。

 

「ご立派な妖聖だねえ。是非ともサンプルが欲しいよ」

「今はそんなこと言ってる場合とちゃうやろ」

「分かってるって。でも、あのふさふさした毛が私を誘惑するんだよぉ」

 

 相も変わらずヨダレを流すハーラー。聖域から神々しい光が漏れ、今にも女神が復活しそうな雰囲気にも関わらず呑気なものだ。ガルドは苦笑を浮かべる。

 

「ドラゴンは俺の希望なんだ。悪さする前に倒さしてもらうぜ」

 

 ウィザードはボゥアーにウィザーソードガンを向けた。

 

「ゴオ!」

 

 ボゥアーは巨大な口を開くと火球を発射する。僅かに混ざった岩が燃え盛る姿は隕石のようだ。降り注ぐ隕石を彼らは跳んで回避する。ウィザードは懐から四つの宝石が散りばめられた指輪を取り出す。

 

「ドラゴンにはドラゴンだ」

『スペシャルラッシュ プリーズ! フレイム! ウォーター! ハリケーン! ランド!』

 

 ウィザードの身体がドラゴンのシルエットを象ったモノへと変わる。ウィザードラゴンの全能力を解放したフレイムドラゴンの更なる強化形態『ウィザード・スペシャルラッシュ』だ。強大な炎の魔力を解放したウィザードは翼を羽ばたかせ高々と飛翔する。

 

「ボオオオオオオオオオオ!」

「悪いけどこんな所で足止めを食らう訳にはいかない」

 

 放射状に放たれる炎の中をウィザードは突っ切っていく。今の彼に炎の攻撃は通用しない。ウィザード・スペシャルラッシュはフレイムドラゴンの強化形態。炎そのものと言っても過言ではないからだ。

 

「とっとと終わらせてやる」

 

 ウィザードは依然として炎を吐き続けるボゥアーの懐に潜り込んだ。巨体のモンスターは人間よりも遥かに優れた身体能力を有している。だがその身体の大きさが災いして小回りが利かない。

 

「グオッ!?」

 

 つまり至近距離の攻撃には無力だ。無防備となったボゥアーの腹に巨大な爪────ラッシュヘルクローを振り下ろした。

 

「やるぞ、ガルド!」

「がってん!」

 

 落下するボゥアーを地上にいるガルドが迎撃する。彼の鎌が巻き起こした竜巻にボゥアーは飲み込まれた。天上天下。ガルドの必殺技だ。

 

 天上天下によって再び宙に巻き上げられたボゥアーに向けてウィザードも大技を発動する。胸部から伸びたウィザードラゴンの頭部────ラッシュスカルから不死鳥すら焼き付くす業火『ドラゴンブレス』を放った。

 

 炎属性の妖聖であるボゥアーもこの二つの合わせ技にはダメージを避けられない。彼の硬い装甲とも言える全身の鱗を砕いていく。今なら一気に大ダメージを与えることが出来るだろう。

 

「フィナーレだ」

『チョーイイネ! キックストライク サイコー!』

 

 爆炎の大嵐に向けてウィザードは急降下した。突き出された足は炎を纏って宙を舞うボゥアーに突き刺さる。ストライクウィザード。ウィザードの必殺技だ。数多くの怪人や怪物を葬ってきたその一撃は凶悪な強さを持つボゥアーすら軽々と貫いた。

 

「ふぃー」

 

 ウィザードは変身を解除すると一息吐く。

 

「やったな、晴人はん!」

「おう」

 

 ボゥアーを撃破した晴人とガルドは腕をコツンと合わせる。

 

「ほら、これで魔力を回復しなよ」

「お、サンキュー」

 

 晴人はハーラーから渡されたエーテルマックスと呼ばれる魔力回復薬を口にする。それにしてもこの世界の魔法や回復アイテムというものは実に革新的だ。文明レベルは晴人の世界よりも遥かに遅れているのに薬品回りの技術だけは彼の世界の水準を軽々と越える。一瞬にして身体の傷が癒える薬なんて晴人の世界であったら間違いなくノーベル医学賞ものだ。

 

 特にこの魔力回復の薬は晴人からしたら驚きだ。彼の世界では魔法は過去の遺物。とっくに廃れたものだ。魔力を回復するような便利な薬はない。

 

「・・・・・・仁藤が見たら驚くだろうな」

 

 晴人は友人の仁藤の驚く姿を想像した。仁藤の変身する仮面ライダービーストは晴人と違って魔力がそのまま自分の命に直結している。彼は魔力で生まれた怪人のファントムの魔力を食べなくては死ぬ。だから魔力を回復するこの薬は仁藤からしたら喉から手が出るほどに欲しいだろう。元の世界に帰る時が来たら土産としてこの薬を持っていこう。晴人はそう思った。

 

「今のが最後の敵か?」

「最後、ではないと思う。最強の敵ではあるだろうけどね。今の妖聖はAランク妖聖だよ。普通ならドルファ四天王でも苦戦するレベルの相手だ」

 

 地面に突き刺さったフューリーをハーラーは分析する。このカヴァレ砂漠の道中でも数多くの妖聖と戦ってきたがこれほどまでに戦闘力の高い妖聖はいなかった。ギャザーの戦闘に備えて魔力を温存しているウィザードでも十分に倒せた相手だ。

 

 そのウィザードが大幅に魔力を消耗するスペシャルラッシュを使わざるを得なかったボゥアー。戦いこそ一瞬で終わったが彼は相当な強敵だったのだ。聖域の前で待ち構えている妖聖の中では恐らく最強で間違いないだろう。

 

「つまりこれより上はギャザーだけなんやな」

「みたいだな。だけどそのギャザーがとにかく強いんだよ」

「この妖聖も含めてこれまでの相手とは比べものにならないだろうね」

「こいつよりも強いんか・・・・・・。ワイ、ちょっと震えてきたわ」

 

 そのボゥアーもギャザーの前ではただの妖聖でしかない。今回の黒幕であるギャザーが今までの強敵たちと一線を画す存在なのだと改めて考えなければならない。その事実は先ほどボゥアーに重圧を感じていたガルドにとっては晴人とハーラーよりも大きい。彼は僅かに身震いした。

 

「怖じ気づいている場合じゃない。ファングや巧たちがいない今、ギャザーと戦うことになるのは俺とお前なんだからな」

「私はバハスがいないと満足に戦えないしね」

「わかっとる、わかっとるんやけどなあ」

「肩肘張んなよ。心配すんな。お前が絶望しそうになったら俺が希望になってやるからさ」

 

 晴人はガルドの肩を叩いた。彼の柔和な笑みにガルドは肩の力が抜けていくのを感じた。きっと元の世界でもこうやって晴人は多くの人の希望になっていたのだろう。ファングや巧とはまた違う頼りがいのある彼の姿に彼は勇気を貰う。

 

「よっしゃ! 燃えてきたわ!」

 

 気合い十分。先ほどまでの弱気が嘘のようにガルドは聖域に向けて駆け出した。晴人とハーラーは何時もの調子を取り戻した彼に続く。

 

 しかしガルドの足は直ぐに止まることになった。それは彼だけでなく晴人もハーラーも同じだ。彼らは目の前に現れた男に険しい表情を浮かべる。

 

「────へえ、ボゥアーをこうもあっさり倒すなんてびっくりしたわ」

 

 ギャザー。やはり最後に待ち受けるのはこの男であった。後少しで女神の聖域へと近づいてきたタイミングで現れる辺りこちらの行動は筒抜けだったらしい。彼の背後にはクーコやその他の妖聖たちもいる。まだまだ戦力を温存していたようだ。

 

「ね、やっぱり最後の敵じゃなかったでしょ?」

「出来れば外れてほしかったわ」

「ああ。流石に想定外だ。こんなにたくさんの妖聖が残っているなんてな」

 

 晴人とガルドは内心で舌打ちする。ギャザーだけでも手一杯なのに更に妖聖が加わるとなると厄介だ。彼らは二人掛かりでギャザーと戦う算段を立てていた。妖聖がいてはその計画が崩れてしまう。

 

「・・・・・・妖聖はワイに任せて晴人はんはギャザーを頼む」

「そうするしかないよな、やっぱ」

 

 反則的な強さを誇るギャザーと互角以上に戦えるウィザード。彼が前衛に回り後衛のガルドが回復魔法を使ってサポートする。シンプルだが着実に勝利を狙える戦法を本来なら使うはずだった。

 

 しかしながらこれに妖聖が加わるとウィザードは一人でギャザーと戦わなくてはならない。ガルドは複数の妖聖を抑えなくてはならないからだ。異様なまでの手数を誇るギャザーを相手に回復役がいなくなるのはあまりに大きい。それが裏目に出ないと良いのだが。

 

「来い、妖聖。ワイがお前ら全員正気に戻したる!」

「余計なお世話を。私たちは正気です。皆さん、行きますよ! 彼らを殺して妖聖が自由に生きられる世界を作るのです!」

 

 空を飛んだガルドに向けて一斉にクーコの率いる妖聖が向かっていく。ただ一人を残して。

 

 

 

「さて、オレたちも戦うとするか」

 

 斧を片手にバハスはハーラーに近づく。

 

「バハス・・・・・・」

 

 ハーラーは寂しげな目でバハスを見つめる。前回は唐突で気づかなかったが親代わりだった彼に刃を向けられるショックは想像以上に大きかった。今更ながらに彼女はもっと日頃からバハスに言われていたように整理整頓しておけば良かったと後悔する。

 

「そんな顔をしても戻る気はないぞ。オレだってあいつらと気持ちは同じだ。誰にも縛られず、自由に生きるためにお前さんを殺す」

「私が、バハスをそうさせたのかい? 私がだらしないから・・・・・・?」

「別にハーラーだけの責任じゃない。原因の一つはお前さんだが全てとは言わん。人間と妖聖はどこまで行っても違う種族なんだ。オレたちはいつかこうなる運命だったんだ」

 

 バハスがハーラーを裏切ったのは何も彼女がだらしないからというだけではない。根本的な問題は他の妖聖たちと同じなのだ。人間に対する不信感がバハスにはあった。

 

「お前さんなら分かるだろ。今、人間と妖聖がどういう関係なのか」

 

 バハスは人間と妖聖の関係に疑問を抱いていた。傲慢な言い方になるが今の世界があるのは女神と妖聖のおかげだ。彼らがいたから邪神を封印出来たのである。にもかかわらず人間はその恩を仇で返している。彼らの妖聖に対する認識は願いを叶えるフューリーに宿った不思議な生き物程度でしかない。世界を救った恩人に対してだ。

 

「オレたちは皆生きてるんだ。心があるんだよ。楽しければ笑うし、悲しければ泣く」

「それくらい知ってるよ。アリンちゃんや果林ちゃん、あんたを見てれば気づかないはずがないさ」

「だけど人間の中にはそれに気づかない奴らがいる。妖聖を都合の良い神にする奴や奴隷のように扱う奴らだ。オレは他の妖聖みたいに人間を憎んでる訳じゃない。だがな、だからといってこのまま黙っている訳にもいかない。愚か者たちに気づかせるためにもオレは妖聖の側に立たせてもらうぞ」

 

 それだけならまだ納得出来たかもしれない。種族が違えば多少の偏見はある。ピピンとあった時はバハスも彼を好機の目で見た。それと変わらないのなら仕方がない。でも現実は偏見ではすまない。エルモのように人の悪意によって傷つけられる妖聖は増え続ける一方だ。今この場所にいる無数の妖聖こそがその証明である。納得出来ない。こんなことが許されて良いのだろうか。いや、許されていいはずがない。何故なら人間と妖聖は・・・・・・。

 

「オレたち妖聖はフェンサーと、人間と対等じゃなかったのか? なら対等に、自由に生きられる権利があるはずだ!」

「・・・・・・本当に人間と対等ならこんなやり方が許される訳ないよ! バハスのやり方は絶対に間違ってる!」

「だったらオレを止めてみせろ!」

 

 バハスはハーラーに斧を振り下ろした。彼女はそれを銃で受け流す。人間を守るためにハーラーは、妖聖を守るためにバハスは本来共に戦うはずのパートナーと望まぬ争いを始める。

 

 

 

「このまま女神を復活させたらお前は心まで怪物になっちまうぞ。今ならきっとまだ間に合う。多くの人を巻き込む前に儀式を止めろ」

 

 口で言っても無駄だと分かっていても晴人はギャザーと戦いたくはなかった。ギャザーと同じように彼は大切な人を失っている。彼女を生き返らせることが出来たらと思ったこともあった。今だって彼女を救えなかった後悔が消えた訳ではない。それでも晴人は踏みとどまった。過去に戻ろうとするのではなく全てを受け入れて前へ進む。人々を守る希望の魔法使いになったのだ。

 

 ギャザーに自分と同じ選択をしろと言う気はない。だからといって人を愛したエルモのために人を殺す選択だけはさせたくなかった。この世から悪をなくすというのなら滅ぼす以外にもっと他に選べる道はあるはず。彼女の心を救う方法は他にもあるはずなのだ。

 

「ふん、知ったような口を聞くんやない。ワイからしたらお前ら人間の方が怪物や。自分のくだらん欲望のために他人を平気で傷つけ、そして殺す。同族だけならまだしも時には他の種族まで自分の欲望に巻き込むんやから救いようがないわ。人間はみんな欲望に囚われた哀れな存在や。・・・・・・そんな哀れな奴らを愛していたからエルモは死んだんや」

 

 言葉の端から見えるギャザーの深き絶望に晴人は背筋が冷たくなる。底知れぬ憎悪だ。長年戦ってきた彼も思わず仰け反ってしまう。思えば復讐心に支配された者と戦うのは初めてだ。これまでも愛する人を失った者と何度も戦ってきた。それでも彼が戦った相手の中に愛する人を殺された者はいない。不治の病や不慮の事故などどうしようもない死であって誰かの悪意によって殺された訳ではなかった。

 

 晴人が戦ってきた彼らの目的は愛する人を失ったことへの悲しみ。愛する人を生き返らせるというものだ。一方で今戦おうとしているギャザーは愛する人を奪った人々への復讐。人間の心をなくすというものだ。そこへと至った道は似ていても終着点は大きく異なる。想いの強さだけならかつての強敵たちよりも上かもしれない。彼はギャザーへの警戒心を強めた。

 

「そやからワイが神になって人間を導いてやるんや。誰も争うことのない、悪なき理想の世界を作ったる」

「・・・・・・確かに人間は欲望に囚われているのかもしれない。平気で人を傷つけるし、戦争だってする。俺のいた世界にだってそういう奴らは嫌になる程いるよ」

 

 晴人は少しだけギャザーの言っていることに魅力を感じた。世界から欲望がなくなれば悪が栄えることはない。もしも彼が神になれば誰かによって傷つけられる人も戦争もこの世から全てなくなるだろう。心が、欲がなくなるとはそういうことだ。誰も傷つかない世界。彼が作る世界は客観的に見れば確かに理想的なのかもしれない。

 

 ・・・・・・だけどその世界に生きる人々に幸せはない。夢を持つことも、喜びに笑うことも、悲しみに泣くこともない。心を、欲をなくすということはそういうことだ。誰も感情に動かされることのない世界。それは絶対に理想的な世界などではない。やはりギャザーは止めなくてはならない。晴人は軽く頭を振ると強い目で彼を睨んだ。

 

「・・・・・・でも欲望は必ずしも誰かを傷つけるものじゃない。誰かを救う力に、前に進む力になる。希望にだってなるんだ。俺は知っている。世界平和を願う女の子を。その子を守るために一生懸命に戦う男を。世界中の人が幸せになることを夢見る男を。希望という欲望を持った人たちを俺は知っているぞ」

「はあ? だからなんやねん?」

「だから・・・・・・」

『ドライバーオーン プリーズ! シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン!』

 

 晴人はウィザードライバーを起動すると白銀の指輪を取り出す。

 

「・・・・・・お前が導く必要はない! 変身!」

『インフィニティ プリーズ! ヒースイフードー! ボーザバビュードゴーン!』

 

 晴人の身体をクリスタルのように透き通ったドラゴンが飲み込む。彼は白銀のウィザードに変身した。ダイヤモンドのような輝きを放つ神々しき力は晴人の希望が生んだ奇跡。涙のように流れ落ちていった希望を一つ残らず宝石に変えた最強の姿。ギャザーの圧倒的な絶望すら無限の希望の前には霞んで見える。『ウィザード・インフィニティスタイル』最後の希望へと彼は変身を遂げたのだ。

 

「・・・・・・それが奥の手か」

 

 膨大に膨れ上がったウィザードの魔力にギャザーは目の色を変える。確かにこの力は脅威だ。邪神の力を使っていたあのファングにも匹敵するかもしれない。斧と剣の融合した専用武器────アックスカリバーを構えた彼にギャザーは警戒心を強めた。油断すればこの前のように一方的にやられる。今日は最初から自分の全てを出しきる。彼はその手に剣を握った。

 

「さあ、ショータイムだ」

「ふん。ショーはショーでもワイの殺戮ショーや!」

 

 ウィザードとギャザー。愛する者を失いながらも希望を失わなかった男。愛する者を失い絶望に支配された男。対極的な立ち位置にいる二人の戦いの火蓋がここに切って落とされた。

 

 ◇

 

 晴人がギャザーと交戦を始めたのと同時刻。

 

 女神復活が近づいていることに気づいた巧たちはカヴァレ砂漠の聖域に向かおうとしていた。ギャザー相手にどこまで自分たちが役に立つのか分からないが戦力は多い方が良いはずだ。

 

「とりあえずバイクを拾いにいかねえとな」

 

 巧はマシンウィンガーの停めてあった場所へと向かう。聖域へはまだまだ遠い。なるべく早く向かうには足が必要だ。

 

 ウルフオルフェノクの力を使って移動することも考えたがそうなると普通の人間である三原の移動手段がない。エフォールかティアラに抱えてもらうことを提案したが何故か彼は血相を変えて断った。そんなことがバレたらアイツに殺されてしまうと三原は言っていたが一体誰に殺されてしまうのだろう。謎だ。

 

「バイクと言えば私たち何か忘れてませんか?」

「忘れるって何を?」

「そこまでは思い出せないんですけど。とにかく何かを忘れている気がするんです」

 

 果林は気になることでもあるのか首を傾げている。バイクに関して何か忘れていることでもあっただろうか。巧も腕を組んで考えてみたが思い出すことが出来ない。おかしい。全ての記憶を思い出したんだから忘れていることなんてないはずだが。彼も引っかかる何かを感じた。

 

 まあ、忘れているということは大したことではないのだろう。そんなことよりも今は急がなくてはいけないんだ。忘れてることなんてまた後で思い出せば良い。もう少しでマシンウィンガーのあった場所にたどり着く。巧は歩を早める。そして何を忘れているのか思い出した。

 

『ピロロロロ!』

 

 オートバジンだ。間違いない。巧が目の前に来た瞬間マシンウィンガーを蹴り飛ばして『何を忘れているんだい。真の相棒は僕だろ?』と言わんばかりに自己主張してるのだから。

 

「・・・・・・これだな」

 

 巧は遠い目で言った。今のバジンのキックで凹んだマシンウィンガーのカウルの修理費は幾らになるのだろうか。晴人曰くマシンウィンガーは魔法の力を使うために貴重な宝石を使って作られたらしいが・・・・・・。いっそのこと敵の攻撃で傷つけられたことにでもして誤魔化そうか。バレないだろうし。彼は真面目にそう考えた。

 

「・・・・・・これですね」

『ピロロロロロロ!』

 

 果林は遠い目で頷く。バジンの視線は巧に向けられてない。間違いなく自分に向けられている。彼女は僅かに震える。マシンウィンガーを踏みつけながら『次は君だよ』と言わんばかりに電子音を鳴らす姿に恐怖を感じてしまったのだ。

 

「へー、乾だけじゃなくてそのバイクも生き返ったんだな」

「バジンちゃんが戻ってきて良かった」

「やっぱり乾さんのバイクと言えばバジンさんですものね!」

 

 そんな水面下の争いに気づかない三原たちはバジンの復活に素直に笑顔を浮かべる。彼らにはバジンも敵意がないのか嬉しそうに電子音を鳴らす。

 

「これで足が手に入ったな、乾!」

「・・・・・・三原はそっちの方に乗れ」

「えっ? 最初からそのつもりだけど」

 

 よし、罪を擦り付けられる相手が見つかった。これで責任は全部三原だ。深く考えずマシンウィンガーに跨がった彼に巧は内心でガッツポーズした。

 

「二台あるなら無理してフェアライズしなくても済みそうだな」

「私はともかくエフォールさんは先ほどの戦いで大分疲弊してますものね」

「別に、いい」

「エフォール、あなたはとても疲れているのですから。休ませてもらいましょう」

 

 エフォールは先ほどの戦闘で瀕死の重傷を負った。ティアラの魔法で傷こそ癒えたが体力や精神的な疲労を回復することまでは出来ない。フェンサーと云えど人間だ。疲労を抱えた状態でフューリーフォームになることは難しい。事態が事態なだけに多少の無理も考えていただけにここでバジンが戻ってきたことは本当にありがたかった。

 

「休む必要なんてない。私は平気だもん」

「遠慮する必要はありませんわ。ファングさんだってあなたが無理をすれば悲しみますよ」

「ファングが・・・・・・! 分かった!」

「切り替え早いな、おい」

 

 パッと笑顔を浮かべてエフォールは頷く。

 

「たく、アイツの名前を出した途端に素直になりやがって」

「はは。子どもってそういうもんだぞ、乾」

「お前に子どもの何が分かるんだよ」

「分かるさ、君もいつか分かる日が来るよ」

 

 しみじみとした感じで笑う三原に巧は怪訝な表情を浮かべる。何というか以前に比べてジジくさくなった。そういえば彼は孤児院で働いていたはず。日頃から子どもと触れ合っているからそう見えるのかもしれない。

 

「君もあまり無茶はするなよ。アレの負担は相当大きいんだからな」

「別に俺は平気だ。・・・・・・お前も大人になったんだな、三原」

「若いままの君が羨ましくなるくらいにはね」

 

 暫く見ない内に成長したものだ。あの三原が他人を気遣う余裕を見せるなんて。出会った頃の臆病な彼からは想像もつかない。十年以上の歳月はやはり長いのだろう。肉体的にも精神的にもすっかりと大人になった三原に巧は感慨深いものを感じた。

 

「まだまだお若いように見えますよ」

「そうかな? そろそろおじさんって呼ばれる年頃なんだけどね」

 

 三原は冗談めかして微笑むとマシンウィンガーを起こした。

 

「三原おじさん・・・・・・?」

 

 エフォールはヘルメットを胸に抱えると首を傾げる。バハスやパイガがおじさんの基準になっている彼女からしたら三原はまだ普通の大人だ。実際に見た目からしてアポローネスより少し上くらいにしか思えない。

 

「あ、でもやっぱりおじさん呼びはショックだからやめて」

「自分で言ったんだろ、おっさん」

「君だって本来ならおっさんじゃないか。たっくんじゃなくてたっさんだろ」

「はあ、なんだそれ?」

 

 聞き覚えのない新しいあだ名に巧は目を丸くする。また啓太郎が付けたのだろうか。誰がそう呼んでいるのか非常に気になる。

 

「なんでもないさ。ほら、急がないといけないんだろ?」

「だからたっさんってなんだよ?」

「その内分かるよ」

 

 本当に分かる時が来るんだろうか。疑問に思う巧を尻目に三原はマシンウィンガーのエンジンを起動した。

 

「さ、乗ってくれ。えっと、エフォールちゃん」

「ありがと、三原」

 

 三原の後ろにエフォールが座る。バジンに蹴られてもマシンウィンガーは健在のようでこのまま普通に発進出来そうだ。

 

「ティアラ、乗れよ。お前も疲れてんだろ?」

「えっと、私で良いのですか? 果林さんを乗せて差し上げれば良いじゃないですか」

「いや、なんか果林がこいつに乗りたくないって言ってるからさ。エフォールの弓にフェアリンクするから良いんだってよ」

 

 いつの間にか果林はエフォールの鎌にフェアリンクしていた。今のバジンに乗るのは危険だ。バジンは基本的に優しい子?だから大丈夫だが万が一のことがある。彼女は出来る限りバジンと距離をとりたかった。

 

「・・・・・・お気持ちはありがたいのですが。私はここまでです」

「ここまでってお前・・・・・・?」

 

 ここまでです。そう言うとティアラは彼らから一歩離れる。おかしい。この中では三原の次に疲労の少ない彼女が何故離脱しようとしている。ここからの戦いはきっとさっきのオルフェノクとの戦いよりも更に過酷になる。回復のティアラは確実に必要となる場面が来るはずなのだ。

 

「・・・・・・そういうこと。気づかなかった」

「なに?」

 

 巧が首を捻っているとエフォールがハッとしたように目を見開いた。気配察知の能力に長けた彼女のことだ。何者かが近づいていることに気づいたのだろう。誰だ。まさか逃亡したライオンオルフェノクたちが仲間を引き連れて戻ってきたのか。

 

 巧は意識を集中させた。オルフェノクの力を使うのだ。ウルフオルフェノクの超感覚が高速で接近している男を捉える。木々を飛び越え現れた彼に巧は驚愕した。

 

「────お久しぶりですね」

 

 シャルマン。かつての仲間。オルフェノクと手を組み行方を眩ました男。剣を片手に不敵な笑みを浮かべた彼に巧は目付きを鋭くする。

 

『どうしてあなたがここに・・・・・・!?』

「・・・・・・誰だ、あいつは?」

「シャルマン。俺たちの元仲間だ」

「今は敵」

「敵? 一人で何が出来るっていうんだ。オルフェノクはもういないんだぞ」

 

 三原は目を丸くする。理解出来ない。既にシャルマンの仲間であるオルフェノクたちは撤退している。彼の仲間は一人もいない。何故このタイミングで彼が現れたのか本当に謎だった。目的はなんだ。巧が疑問を口にするがシャルマンの意識はこちらに向くことはない。

 

「あの方の目的は私ですわ」

 

 シャルマンの意識はティアラに向けられていた。

 

「気づいていましたか」

「ええ。先ほどの戦いから私を見ていたでしょう」

 

 オルフェノクとの乱戦の最中、戦況をずっと窺っている者がいた。それがシャルマンだ。気配を殺していたからか、あるいはライオトルーパーの中に上手く紛れ込んでいたのかエフォールにも気づかれることなく彼はあの激闘を覗き見ていた。

 

 それでもシャルマンはエフォールのような元暗殺者ではない。彼女のように完全に気配を消すことなど不可能だ。あくまで剣士である彼にはどうしても抑えきれないものがある。

 

「こんなに強い殺気を向けられたのは初めてでしたもの」

 

 殺気だ。どういう訳かシャルマンはティアラに殺意を抱いている。あれだけ激しい戦いを繰り広げながらも彼が興味を示していたのはティアラだけ。エフォールが気づかなかったのも彼の殺気が自分に向けられることがなかったからだ。

 

「奇遇ですね。僕もこんなに殺してしまいたいと思った人は初めてですよ」

 

 何が奇遇なんだ。被害者と加害者では同じ初めてでもまるで意味が違う。そもそも前の世界で仲間だったティアラを何故オルフェノクに寝返ってまで殺したがる。彼女にシャルマンは好意を持っていたのではなかったのか。彼が過去に戻る直前でその想いをティアラに伝えていたことを巧は知っている。

 

 それがどうしてここまで豹変しているんだ。まさか過去の世界でティアラを殺した犯人は────。そこまで考えて巧は首を振る。今は余計なことを考えている場合ではない。シャルマンが敵として現れたならやるべきことは一つ。

 

「ティアラ、下がれ。ここまでなのは俺だ。お前は三原と一緒に先へ行け。こいつとは俺が戦う」

 

 シャルマンは剣だけならファングにも匹敵する実力だ。事実過去の世界ではエフォールとガルド、そしてファイズを相手どって優勢だった。彼女が戦って勝てる相手ではない。

 

 ましてやシャルマンはティアラを殺す気だ。彼女をこのまま戦わせるのはあまりに危険すぎる。巧はファングにパーティのことを頼まれているのだ。みすみす仲間を危険な目に遭わす訳にはいかない。ここは自分がシャルマンと戦う。巧はベルトを片手にティアラの前に出ようとした。

 

「ダメですよ、乾さん。ここからの戦いに必要なのは私ではなくあなたですわ」

 

 しかし、ティアラが広げた手によって巧の道が遮られる。

 

「何言ってんだよ。俺なんかお前みたいに怪我を治せる魔法が使える訳じゃないんだ。必要になる場面なんてない。それにシャルマンには聞きてえことが山ほどあるんだ。お前が行け」

「回復役ならガルドさんがいるじゃないですか。晴人さんが本当にギャザーさんに勝てる保証がない以上、今一番必要なのは乾さんや三原さんのあの力ですわ。大丈夫です。私だって強くなったのですから。・・・・・・それに聞きたいことがあるのは私も同じですわ」

 

 危険だというのがどうして分からないんだ。既に固い決意を固めているティアラに巧は食い下がる。絶対に彼女を行かせてはならない。あの悲劇を繰り返してはならないのだ。何としてでも自分が代わらなくては。

 

「乾さんが行かなくて誰が果林さんを、皆さんを守るのですか? あなたはファングさんに皆さんのことを任されているのですよ」

「その皆さんの中にはお前もいないとダメなんだよ。お前を守る奴がいないだろ!」

「心配しなくとも大丈夫ですわ」

 

 声を荒げる巧にティアラはクスリと笑う。

 

「────私のことはファングさんが守ってくれますから」

 

 巧は面食らう。似たようなことを以前も聞いたことがある。

 

「お前、またそんなことを・・・・・・」

「大丈夫です。ファングさんは本当に私がピンチになったなら絶対に助けに来てくれます。もし、ファングさんが来てくれないならそれはきっと私一人でどうにか出来ることですわ。だから乾さんは私のことは気にせず行って下さい」

 

 笑顔のティアラに巧は毒気を抜かれた。普段は少々ネガティブな彼女がこうして明るく笑っていると何だか本当にどうにかなってしまいそうな気がする。

 

「たく、もう勝手にしろ。その代わり絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「ええ。必ず生きて追いつきますわ。約束します」

「・・・・・・その約束絶対に守れよ」

 

 巧は渋々とバジンに乗った。

 

「行くぞ、三原」

「良いのか?」

「ああ。あいつは絶対に生きて追いつく。そう信じるしかねえよ」

 

 巧と三原はバイクを発進させた。後ろ髪を引かれる思いはある。それでも今は迷っている暇はなかった。恐らく女神復活までそう時間はないだろう。全速力で飛ばしても間に合うかどうか怪しいかもしれない。彼らはアクセルを全力で振り絞った。

 

「信じるって大丈夫なのか、それ?」

『大丈夫ですよ、きっと』

「うん、ティアラは嘘吐いたことないから」

「三星シェフのこと以外な」

 

 ◇

 

「もう終わりですか?」

 

 やはりシャルマンは強い。まがりなりにも上級オルフェノクである冴子を圧倒していたティアラが一方的に追い詰められていた。剣より有利な武器である薙刀を使っているにも関わらず、だ。彼女は巧が何故あれほどまでに必死になって自分が戦うと言っていたのか理解した。

 

「くっ!」

「終わりみたいですね」

 

 膝をついたティアラの眼前にシャルマンは剣を突きつける。敗北だ。彼女はあっという間にシャルマンに敗北した。抵抗を止めたティアラを見下ろしたシャルマンが口を開く。

 

「間もなく女神が復活します」

「だから、何だと言うのですか?」

「浄化される世界に悪は必要がない。この意味が分かりますか?」

 

 オルフェノクと組んでいるシャルマンがどの口でそれを言うんだ。何が言いたいのかまったく分からない。ティアラは首を傾げる。

 

「僕は知っているんですよ。あなたの『正体』をね」

「っ! ・・・・・・だから私を殺したいのですね」

 

 どうりで自分に執着している訳だ。今までどうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。自分を殺したがる人間の動機なんて何度も何度も嫌になるほど見てきたというのに。やはり自分はこうなる運命なのか。ティアラは自嘲気な笑みを浮かべる。

 

「平和な世界にあなたのような存在は不要なんです。・・・・・・死んでくれますね、ティアラさん」

「・・・・・・もちろん」

 

 向けられた剣にティアラは目を伏せる。いつかこうなる日が来るとは薄々思っていた。その時どう返答すれば良いのか。答えはもう決まっていた。

 

 

 

 

 

 

「お断りします」

 

 絶対に死んでたまるものか。ティアラは首を振った。

 

「・・・・・・何故です」

 

 シャルマンの剣を持つ手が震える。断られるなんて思ってもいなかったのだろう。動揺と怒りに彼は顔を歪めていた。

 

「私がいないと怠け者でダメ人間になってしまう人がいますから。その人より先に死ぬ気も殺される気もありませんわ」

 

 どんな状況になっても生き残ることだけを考える。ティアラはファングとそう約束した。だから自分が世界にとって不要な存在になろうと彼女は絶対に生きることを諦める気はない。

 

「そう、ですか。・・・・・・何故だ! 何故あなたは僕ではなくファングくんを選ぶんです!? あの時もッ! 今もッ! 彼はここにはいないんだ! ここには僕しかいないんだ! だから今は僕を、僕だけを見てください!」

「きゃあっ!」

 

 シャルマンはティアラを突き飛ばした。ファングの存在が彼の琴線に触れたのだろう。完全に怒り狂っている。殺意に支配されたシャルマンは剣を振り上げた。本当に自分を斬る気なのか。ティアラは目をぎゅっと閉じた。

 

 それでも不思議と恐怖感は感じなかった。目の前に剣という名の死が迫っているにも関わらず、だ。大丈夫だ。ティアラがファングと交わした約束は一つだけではない。もう一つ約束したことがある。彼女がピンチになったのなら────。

 

 

 

 

 

「────させねえよ」

 

────絶対に助けに来る。ティアラはファングとそう約束したのだ。彼の声にティアラは目を開ける。

 

「残念だったな、俺はここにいるぞ」

 

 ファングの剣がティアラに迫ったシャルマンの剣を受け止めていた。

 




番外編も使えるところはきちんと本編に組み込みますよ。もったいないですから。流石にバーナード(草加)とか丸太の魔法使いみたいのは組み込めませんけど。

さてこのオリジナルも残すところあと数話となりました。まだまだ助っ人組のライダーの登場も何人か控えているので楽しみに待っていてください。


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変わっていく運命

お久しぶりです。1ヶ月近くお待たせしてしまってすいません。次回からはもう少し早く投稿出来るようにがんばります。

それはそうと海堂直也役の唐橋充さんが結婚したそうです。おめでとうございます。



「どうして君がここにいる。ギャザーさんの自爆で死んだんじゃなかったのか?」

 

 既の所で剣を受け止められたシャルマンは問う。何故だ。ギャザーの自爆に巻き込まれて死んだはずのファングがどうして生きている。他のメンバーならともかく絶対にありえないと思っていた彼の登場にシャルマンは驚愕した。

 

「俺は死なねえよ。俺が死んだらお前みたいな奴からティアラを守れねえだろ」

「ファングさん・・・・・・!」

「隠れてろ。お前は絶対に俺が守る」

 

 ファングはニヤリと笑う。やっぱり彼は自分がピンチになったら助けに来てくれた。木陰に隠れるとティアラは目元にうっすらと涙を浮かべると儚げな笑みを浮かべる。

 

「理由になってませんよ・・・・・・まあ良い。どのみちあなたとは決着をつける気だったんだ」

「俺もお前とは決着をつけたかったんだ、ピアニスト!」

「ふっ。僕と同じですね、ウェイターくん!」

 

 シャルマンはファングに斬りかかった。アリンのいない今の彼はフェンサーではない。普通に戦えばフェンサーのシャルマンの方が圧倒的に有利だ。にも関わらずファングは真っ正面から迎え撃つ。無謀。普通なら誰もがそう思うだろう。だが意外なことに彼はシャルマンと互角に渡り合っていた。

 

 それもそのはず。単純な接近戦では必殺技を使うことに特化したシャルマンの剣よりも斬ることに特化したブレイズの剣の方が圧倒的に斬り合いに強い。拮抗した実力の持ち主同士の戦いは優れた武器を持った者がアドバンテージを持つ。

 

 とは言ってもフェンサーのような特殊能力が使えないとなるとやはり不利には変わらないのだが。力に差があるなら経験の差で埋めるだけだ。これまでの戦いで培ってきた勝負感によってファングはシャルマンとの差を限りなくゼロに近いまでに持ち込ませていた。

 

「お前はなんでティアラを殺そうとする?」

 

 勢いの乗った刺突がシャルマンの胸を狙う。完全に懐に潜り込んでいる。避けさせるつもりがない。気合いの込められた一撃だ。元仲間と云えどファングは容赦をする気はなかった。自分の死はそのままティアラの死に直結する。何時ものように手加減なんてしていられない。多少の怪我は覚悟してもらう。

 

 避けられないのなら受け流すだけのこと。シャルマンは剣先を予測すると斜めに剣を振る。衝撃が加わったことでファングの矛先が逸れた。彼の態勢が僅かに崩れる。好機。今度はシャルマンが彼の間合いに踏み込んだ。

 

「ティアラさんの正体を知ればファングくんだってそうするはずです。君は知らないから言えるんだ。彼女には犠牲になってもらうしかないんですよ」

 

 真横に振り抜かれた剣。態勢が崩れた状態から回避するのは不可能。ここは防御するしかない。ファングは一瞬だけ剣を盾にすると衝撃に身を委ねて後方に跳んだ。シャルマンは滑り込むように懐に潜り込む。

 

 胸に向けられて一直線に突きが放たれる。このまま直撃したら不味い。ファングは咄嗟に後ろへ倒れ込むとそのまま足を蹴り上げた。攻撃の回避と共にシャルマンの剣がその手から離れる。しまった。彼は宙を舞う剣を慌てて掴む。時間にすればほんの一瞬。ファングはその僅かな隙を見逃さなかった。

 

「・・・・・・だからなんだ? ティアラがどんな存在だろうと俺は絶対に犠牲にしたりなんてしない。俺の中でティアラを斬るなんて考えは最初からないんだよ!」

「がふっ!」

 

 ファングの蹴りがシャルマンの腹に深々と突き刺さった。岩のように重く鋭い一撃だ。彼の身体から酸素が一気に吐き出される。勢いよく吹き飛ばされたシャルマンの首にファングは剣を突きつけた。

 

「勝負あったな」

 

 余計な抵抗を見せれば斬る。ファングはその手に持った剣のように鋭い殺気をシャルマンに向けた。勝敗は決したようなものだ。少しでも不審な動きを見せればシャルマンは斬られるだろう。まさに生殺与奪を握られた状態だ。

 

「それはどうでしょうね?」

 

 それでもシャルマンは不敵な笑みを浮かべていた。何故だ。どうしてこんな状況で笑っていられる。勝負は決したも同然なのだぞ。ファングは怪訝な目で彼を睨む。

 

「・・・・・・まだ続ける気か」

「ええ。どうぞ続けてください」

 

 続ける、だと。首に剣を向けられているシャルマンにこれ以上はないはずだ。ファングの言っているように既に勝負は決している。それこそ勝負をこのまま続けるというならその先に待っているのはシャルマンの死だけだ。

 

 まさか本当に死ぬ気だとでもいうのか。いくら敵になったとはいえ元仲間を殺すなんてファングには出来なかった。どんな姿になろうと斬るなんて考えは最初からない。それは何もティアラだけの考えではない。彼の守りたい大切な人々。仲間全員に当てはまることだ。それは自分を裏切ったシャルマンであろうと変わらない。ファングの剣を持つ手が僅かに震えた。

 

「やはり君に僕は斬れないようですね」

 

 戸惑いを隠せないでいるファング。シャルマンの剣が躊躇した彼の顔を襲う。不味い。咄嗟に顔を反らす。ギリギリの回避となったために彼の頬を剣が掠める。ファングの頬がダラダラと流血した。危なかった。後少し遅れていれば直撃していただろう。ファングは冷や汗を流す。

 

「いってえな・・・・・・!」

 

 本当に殺す気なのか。それが平和な世界を作ろうとする奴の行動であっていいのかよ。内心で舌打ちしつつファングは袖で血を拭う。せっかくあの店主から新しい物を貰ったというのにもう汚してしまった。彼はシャルマンを睨んだ。

 

「これが僕と君の差なんですよ」

「・・・・・・なんだと?」

「僕は君と違って甘くはない。誰であろうと、例えかつての仲間だろうと斬れる。この世界の『王』になる覚悟があるんですよ」

 

 シャルマンが口角を吊り上げる。ファングは彼の背後に人ならざるナニかが見えた気がした。どうしてここまでシャルマンは変わってしまったんだ。前の世界で彼に一体何があった。どうやったら短い期間でここまで異常になれる。今まで見てきたどんな人間よりも不気味だ。彼の全身がゾクリと総毛立つ。

 

 瞠目しているファングに向けてシャルマンが高速で接近した。本能的に彼は剣を頭上に構える。次の瞬間ビリビリとした激しい衝撃が彼の腕を襲った。シャルマンの斬撃だ。後少し遅れていれば真っ二つになっていただろう。なんて速さだ。先ほどよりも遥かに俊敏である。まだこんな力を隠していたのか。ファングは驚愕した。

 

「本気を出していないのはファングくんだけじゃないんですよ」

「ち、バレてたか。俺様が本気を出してないって」

「ええ、ずっと前から気づいてましたよ。ファングくんは人間相手には絶対に本気で戦ったりはしないと。君は人を殺すことに抵抗があるんですよね」

 

 自分の弱点が知られているとは。短い期間だったがやはりシャルマンは仲間だったらしい。・・・・・・ああ、余計なことを考えてしまった。これでますます本気が出せなくなったではないか。ニヤリと笑う彼にファングは眉を顰めた。

 

「そんな顔をしないでください。別に本気を出してもらっても構いませんよ。僕が勝つ自信があるので」

「おあいにく様。お前レベルの相手に本気を出したら加減が出来なくて殺しちまうんだよ。こちとら先生の教えで剣を使うなら人を守るために使えって言われてるんだ。殺しに使ったりは絶対にしねえよ」

 

 人を殺すために剣を使わない。それはファングが師の剣崎と交わした約束だ。この約束は少年時代のちょっとした口約束程度のものだった。だが今に至るまでずっと守ってきたものだ。

 

 これまでも何度か凶悪な敵と戦うことはあった。それでもファングは命を奪うことに力を使ったりはしなかった。彼自身が誰かを殺したいなんて思っていないし、殺すに値するほどの理由もない。バーナードの時ですらファングは彼を殺さなかった。罪を憎んで人を憎まず、彼の根底にはその考えが根付いているのだ。仲間でも殺されない限りファングはその考えを絶対に変えたりはしないだろう。

 

「剣を持ちながら人を殺さない? まだそんな生ぬるいことを言っているんですか。本当に甘い男だ。君のその浅はかな信念がどれだけ愚かなことかその身を持って知るが良い! 『フェアライズ!』」

 

 シャルマンは真っ白な鎧をその身に纏う。フューリーフォーム。フェンサーにとってはなること自体が必殺技と言っても過言ではない力だ。その姿になるということは本当にファングを殺す気なのだろう。

 

 ファングはシャルマンが光に包まれている間に木の陰に隠れた。どうする。こうなってしまったらもう自分も本気を出すしかない。出せなければ死ぬのは自分だ。距離をとりながらも感じる圧倒的な力を前に彼は嫌な汗が流れるのを感じた。

 

『ファング、シャルマンは完全に敵になった。お前の主義は知っているがそんな悠長なことを言っている余裕はないぞ。やらねばやられる。・・・・・・まだギャザーとの戦いが残っているんだ。こんなところで終わっている場合ではない。何がなんでもヤツを倒すしかないぞ』

「倒すって簡単に言ってくれるじゃねえか。仮に殺す気で挑んだってシャルマンはフェアライズしてんだぞ。今の俺が勝てる相手じゃねえよ」

 

 実力が互角の者同士が戦えば勝つのはより強い力を手にしているものだ。それは時の運だったり、精神的な優位性だったり、地の利だったり端から見ると分かりにくい要因が重なったことで勝負が決まる。今回の場合は決め手が非常に分かりやすい。フューリーフォームがあるかないかの差。それだけだ。

 

「俺が勝つならあいつがフューリーフォームになる前にケリをつけるしかなかったんだよ。くそ、認めたくねえけど本当に浅はかな信念だな・・・・・・!」

 

 逆に言ってしまえばそれだけで勝敗が決するのだ。どれだけ運があろうと、精神的に優位に立とうと、地の利を活かそうとフューリーフォームを前にすれば全て無意味と化す。要するにパートナーであるアリンがいないファングの負けはもう決まったということだ。

 

『諦めるな。まだお前は負けた訳ではないだろう』

「・・・・・・じゃあ、あいつに勝つ方法でもあんのかよ」

『ああ』

 

 どうしてそんな簡単に頷けるんだ。ブレイズには何か勝算があるのだろうか。そうだとしたら是非とも教えてもらいたい。残念ながらどれだけ自分自身で考えてもまったく勝算が思い浮かばなかった。ファングが悩んでいるとブレイズが口を開く。

 

『・・・・・・お前にはまだ戦う力が残っている。アリンに言われたことをもう忘れたのか?』

『そうだよ。きみにはわたしたちがいる。あんなへなちょこなふゅーりーふぉーむなんかにまけたりしないよ!』

「お前ら二人でどうやってあいつに勝つんだよ。俺にはそのへなちょこフューリーフォームだってないんだぞ」

 

 確かに普段のファングならシャルマンのフューリーフォームをへなちょこ扱いするのは容易い。なんせ彼のフューリーフォームは通常のフェンサーとは一線を隠すもの。漆黒業火の騎士。神々の力と融合したあの鎧の力は絶大だ。半ばドーピング気味に強化されたドルファ四天王の物すら軽々と上回る。本来ならシャルマンが真っ向から挑んで勝てる相手ではない。

 

 そもそもこの力を手に入れる前からファングのフューリーフォームはシャルマンや他のフェンサーよりも遥かに強力なものなのだ。流石に神々の力には劣るが三つのフューリーと融合した紅炎真紅の鎧の力だって十分に強力な・・・・・・。

 

「いや、まてよ。もしかしたら・・・・・・!」

 

 ファングはこの状況を打開する一つの可能性に気づいた。それが本当に出来るのかは分からない。だがもしもこの考えがブレイズたちと同じものならシャルマンにも勝てるはずだ。彼は視線をその手に向ける。

 

『ふ、気づいたか。我らがお前の傍にいることの意味に』

「ああ、分かったよ。俺にはまだ戦う力が残ってるんだってな」

『もう、ファングはほんとにおばかさんだね! きづくのがおそいよ!』

 

 勝利への算段はついた。後は思うように事が運ぶことを祈るしかない。どのみち何時までも隠れていてもじり貧になるだけなのだ。当たってそのまま砕いてやる。ファングは彼を探すために周囲を窺っていたシャルマンの前に飛び出す。

 

「自ら率先して出てくるなんて気でも触れたんですか? あなたの敗北は決まった。無駄死にするだけですよ」

「俺は正気だ。別に気なんて触れてねえよ。勝利を確信した。だからお前の前に出て来たんだよ」

「それこそ頭がおかしくなった証拠だ。どうやって生身の君がフェンサーであるこの僕に勝つと言うんです。そんな方法があるなら是非見せてもらいたいものですよ」

 

 圧倒的な力をその身に纏ったシャルマンは不敵に笑う。フェンサーと生身の人間の力の差。それを誇示するように彼は剣を振った。光の波動が放たれ、無数の木々が薙ぎ倒される。山の麓が一瞬にして更地になってしまった。恐ろしい力だ。このまま生身のファングが戦っても到底敵う相手ではない。

 

 

 

 

 ────このままなら、だが。

 

「・・・・・・お望み通り見せてやるよ」

 

 ファングはブレイズとキョーコ、二本の剣を宙に向かって放り投げる。彼は重力に従い弧を描いて落下する剣を見上げ、両手を広げた。吸い寄せられるように向かってくる二つの剣に、二人の魂に呼応するようにファングはその言葉を口にする。今まで何度も叫び続けたフェンサーの証であるその言葉を。

 

「────『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体を二つの剣が貫いた。

 

 ◇

 

 その頃都市ゼルウィンズでは。

 

「くっ!」

「お主も中々やるのう。この私を相手にここまで食い下がるなんて見事だ。称賛に値してやろうではないか」

 

 アポローネスはギズミィと激闘を繰り広げていた。流石はAランク妖聖と言えるだろう。多種多様な魔法によって彼に一切の隙を与えず見事に翻弄している。相性が良いのもあるがギズミィはあのアポローネスを相手に優勢だった。

 

「・・・・・・すぐにその鼻の柱をへし折ってやる」

「出来るものならさっさとやることじゃな。女神復活のタイムリミットは迫っているのだぞ」

 

 ギズミィが無数の魔力の弾丸を発射する。アポローネスは駆け出す。持ち前のタフさで弾幕をその身に受けながらも何とか彼は彼女の元まで強引に接近する。アポローネスの剣がギズミィに向けて振り下ろされた。高速の一撃を彼女が回避するのは難しい。当たる。普通の人間ならそう思うだろう。だがこの攻撃が彼女に届くことはない。

 

 ギズミィの発したバリアによって阻まれてしまうからだ。アポローネスは彼女の眼前に出現したバリアに舌打ちした。固い。ギャザーが発動したものと同等レベルの装甲だ。並大抵の攻撃では打ち破ることは不可能だろう。どうやって破る。彼は放たれた闇の波動に吹き飛ばされながらも思案する。

 

「マリアノ、てめえはどっちが勝つと思う?」

「贔屓目に見るならアポローネス。客観的に見るならあの妖聖さんかしらね」

「つまりは、妖聖ってことか」

 

 ライオトルーパーや他の妖聖を撃破したザンクとマリアノが彼らの戦いを見つめる。既に街中に出現したギャザーの刺客は彼らやドルファの兵士、そして正体不明の『仮面』の戦士によって鎮圧されたという情報が入っている。僅かばかりの残党はいるだろうが数の暴力に頼らなければライオトルーパーなどただの一兵士にすぎない。完全に駆逐するのにそう時間は掛からないだろう。

 

 この街に残った強敵はもはやギズミィを残すのみ。彼女を倒せば街での戦いは終了と言っても過言ではない。二人はすっかり観戦モードに入っていた。

 

 他の仲間の手伝いに行かないのか、と疑問に思う者もいるかもしれない。しかし、もしアポローネスが破れるようなことがあればギズミィが野放しになってしまうのだ。ドルファ四天王レベルの怪物が街で暴れれば壊滅的な被害を出すことになる。したがって二人はこの場から動くことが出来ないのであった。

 

「手を貸して差し上げましょうか?」

「それともそのままくたばっちまうかァ?」

「余計なマネをするな。こいつは私の獲物だ!」

 

 追い詰められたアポローネスを見かねた彼らが助け船を出そうと武器を抜く。手出し無用。あくまで一騎討ちの勝負を望む彼は二人を睨み付けた。

 

「てめえがくたばろうが知ったこっちゃねえがこれだけは言わせてもらうぜェ。どっからどう見ても一人で勝てる相手じゃねえだろォ。実力以前に相性が悪すぎんだよ。バカかァ?」

「それが本当に余計なら言わないのだけれど。ザンクの言う通りですわ。あなた、最悪死にますわよ」

 

 別にマリアノは野次を飛ばしている訳ではない。冷静に戦力を見極めた結果だ。アポローネスがバリアを破るのは不可能で、ギズミィの遠距離攻撃を防ぐのも不可能。ただ一方的にダメージを受け続けるだけ。これでどうやって彼が勝てるというのだ。

 

 アポローネスがギズミィを倒すには自分たちの協力が必要不可欠になるだろう。一人で戦うのはあまりに無謀。今のアポローネスは勝てない相手にただ意地を張っているだけだ。

 

「断る」

 

 それでもアポローネスは首を振る。彼はフェンサーである前に誇り高き武人だ。例え己が圧倒的に不利な状況であろうと二人を頼ったりはしない。自分から他人へ手助けすることはあっても、他人から自分への手助けをしてもらう気など毛頭ないのだ。

 

 ファングたちと共に戦うことになってからもその意志は変わらない。彼はオルフェノクやモンスターとの戦闘でも目の前の敵を挑発するような行動をとって自分を率先して標的にさせる。誰かを盾にするくらいなら自分が盾になる。それはアポローネスの誇りの高さの証明だ。

 

「・・・・・・勝手にしやがれェ。もう一度言うが俺はてめえがくたばろうが知ったこっちゃねえ。くたばったら俺がそこの妖聖をぶっ殺すだけだ」

「ふ、言ってくれるではないか」

「おお、怖い怖い。まるで猛犬のようじゃな。心配せずともそこの男を殺したら次はお主の番じゃ。お主にはギャザーがああなった責任の一端がある。楽に死ねると思わぬことじゃな」

「はあっ? ギャザーって誰だァ?」

「今回の黒幕、かしら」

 

 聞き覚えのない名前にザンクは怪訝な表情を浮かべる。知らないのも無理はない。今回の騒動について彼は詳細な情報を得ていなかった。ここにいるのもドルファから緊急事態が起きたと呼び出されたからだ。しばらく都市ゼルウィンズを離れていた彼は何がなんだか本当に分からなかった。マリアノだって全容を把握している訳ではない。この場で事態をきちんと理解出来ているのはアポローネスだけだ。

 

「てめえは何か知ってんのか、アポローネス?」

「ああ、全てな。・・・・・・この女との決着を着けたら教えてやる。だから黙って見ていろ」

「ち、だったらとっととケリをつけろ」

「ふ、言われなくても分かっている。さっさと終わらしてやろうではないか」

 

 アポローネスは退屈そうに頭を掻くザンクにニヤリと笑う。何か秘策でもあるのか。あそこまで苦戦していたギズミィを撃破するなんて不可能だ。ここまでアポローネスの敗戦が濃厚と見ていたマリアノは彼がどうやってギズミィと戦うのか気になった。

 

「ほう、どうやって私を倒すつもりだ。敵の私が言うのもなんなのじゃが大人しく奴らと協力した方が良いのではないか? ここまで十分にお主の実力は見させてもらった。だがやはりお主は一介の人間にすぎん。どう考えても私に勝つのは不可能だ」

「私を見くびるな。ただの人間だと思うなよ」

「なら私をただの妖聖だと思わぬことじゃな」

 

 ギズミィが不敵に笑う。何をする気だ。アポローネスは身構える。その瞬間彼は宙を舞った。何らかの攻撃に吹き飛ばされたようだ。目視出来なかった。どんな攻撃を受けたのかまったく分からない。腹に走った激しい痛みに彼は顔を歪める。

 

「ぐおっ・・・・・・!」

「ふむ、確かにただのフェンサーではないようだな。そのまま腹に穴を空ける気だったのだが・・・・・・。耐えるとは予想外だ」

 

 ギズミィは膝をついたアポローネスを見下ろす。耐久力がとにかく高い男だ。フェンサーとしてはまだまだ未熟だが剣と受け身や防御の技術は既に完成されている。腐っても彼はドルファ四天王のようだ。

 

「・・・・・・その程度の攻撃で私を貫けると思うなよ」

 

 アポローネスはギズミィを睨む。黒い魔法の玉。彼女の両の掌に浮かび上がったそれが先ほどの攻撃の正体だ。あの黒い玉が砲弾のようにアポローネスを襲ったのだろう。頑強なフューリーフォームの鎧に包まれていなかったら本当に腹に穴が空いていた。強がってはいるがこのまま戦っても勝ち目はない。

 

「やはりあれを使うしかないか」

 

 この状況を打開するには『あの力』を使う以外の方法はない。アポローネスはフューリーフォームを解除した。

 

「なんじゃ負けを認める気になったのか? 今さら降参してもお主を見逃す気はないぞ」

「誰が負けを認めたりするものか。ここから本気を出すだけだ」

「・・・・・・ほお、つまり今までのは手加減をしていたと。お主はそう言いたいのか」

 

 ギズミィの目付きが鋭い物に変わる。ここまでの戦いで分かっているだろうが彼女はライダーやドルファ四天王にも匹敵する強者だ。その強さに身合ったプライドも持ち合わせている。そんな彼女にとって実力を隠して戦われていた、その意味はあまりに大きい。愚弄されたも同然だ。

 

「無論だ。女や子ども相手に本気で戦う気などない。その気になれば貴様など一瞬で捻り潰してくれる」

「調子に乗るなよ。お主、まさかとは思わんが・・・・・・私を挑発しているのか」

「そうだと言ったらどうするんだ?」

 

 アポローネスはニヤリと笑う。安っぽい挑発。これがファングや北崎なら同じような挑発で返しているだろう。しかし、プライドの高いギズミィは違う。強者である彼女にとって見下されるという行為は未知のものであり、そしてとても不快なものであった。

 

「・・・・・・不愉快じゃ、死ね」

 

 不快感に顔を歪めたギズミィは黒い玉を放つ。

 

「ふ、どうした? 攻撃が単調になっているぞ」

 

 アポローネスは咄嗟に剣を盾にしてそれを防いだ。来ると分かっているのなら受け止められない攻撃ではない。頭に血が上っていれば読めない軌道ではない。いけるぞ。これならまともに戦える。彼の挑発は実に見事に良い方向へと働いていた。

 

「私を舐めた罪、その命を持って償ってもらおうではないか」

「っ!」

 

 そう思ったのも束の間。ギズミィの魔力がゴッと高まる音が鳴った。彼女の身体から紫色の光が溢れ出る。アポローネスが本気じゃないというのならギズミィもまた本気ではなかった。彼女の周りに数えきれないほどの無数の黒い玉が出現する。これほどの力をまだ隠し持っていたのか。アポローネスは内心で舌打ちした。ここまで増えたら単調な攻撃だろうとなんだろうと回避は不可能だ。

 

「ならば突撃するのみだ!」

 

 アポローネスは剣を構えるとギズミィに向けて駆け出した。

 

「愚かな。この私を相手に一直線で突っ込むなど血迷ったか! 死ぬがよい!」

 

 ギズミィの出現させた黒い玉が一斉にアポローネスに向っていく。四方八方。ありとあらゆる方向から放たれた攻撃から逃れる術はない。彼は暗黒の竜巻に曝される。肉片すら残さず塵になってしまえ。ギズミィは暗い笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・一つ訂正しておくことがある」

「な、なんじゃと!?」

 

 闇の中から聞こえるアポローネスの声にギズミィは動揺する。バカな。あれをまともに喰らって生きている人間などいるはずがない。最大級の威力を持った魔法だ。バリアでも使えば話しは別だが少なくとも彼にはあれを防ぐ手段はない。彼女は瞠目した。

 

「私はただの人間ではない────」

 

 暗黒の竜巻の向こうで何かが揺らめく。目を凝らすとそれが龍のような頭部を持った人間の人影だと言うことが分かる。いや、それを果たして人と称して良いのだろうか。・・・・・・なんだ、あれは。ギズミィの警戒心が高まる。アポローネスを飲み込んでいたはずの闇の魔力の暴風が人影に吸収されていく。

 

 

 

 

「────私の身体は、魂は剣そのものだ」

 

 闇が晴れる。そこにいたのはアポローネスではない。黒い戦士だ。龍人のような顔。ライダーのようにスマートで、それでいて生物的な身体つき。その身に纏った鎧は深き闇を装甲にしたものだ。その手に握られた二本の小振りな剣は強大な魔力を秘めている。深淵漆黒の鎧。アポローネスが過去の世界で一度だけ使った強引に融合係数を高める禁断のフューリーフォームだ。

 

「終わらせるだけの力はありそうだな」

「そうね。アポローネスったらあんな隠し球を持っていたなんて知らなかったわ」

 

 ザンクとマリアノはアポローネスの強化フューリーフォームに僅かばかりだが目を見開く。彼が変身したそれは同じく強化フューリーフォームを使っているはずの自分たちのものすら上回る。ギズミィを倒すと豪語するだけの力が今のアポローネスにはあった。

 

「そんな切り札を隠しておったのか・・・・・・!」

 

 膨大に膨れ上がったアポローネスの魔力にギズミィが驚愕した。この姿になった彼はドラゴンオルフェノクとなった北崎ですら越える力を持っている。圧倒的な威圧感だ。例外を除けば最強のAランク妖聖である彼女ですら背筋が震え上がる。

 

「どうした、震えているぞ?」

「くっ、小癪なぁァ!」

 

 ギズミィは黒い魔法の弾丸を放つ。先ほどの黒い玉よりも更に強い魔力が込められている。直撃すれば間違いなくアポローネスを貫く、はずだ。彼女は強い意志を込めてその魔法を放った。ゆっくりと近づく彼の胸にそれは直撃する。

 

「無駄だ。貴様の攻撃はもう私には通用しない」

 

 確かに攻撃は直撃したはずだ。だがアポローネスは無傷だった。弾丸が触れた装甲から飛び散った火花がなければ直撃したことにすら気づかぬだろう。並大抵の攻撃ではなかったというのに何という装甲だ。ファングの必殺技すら防ぎ切っただけはある。防御力だけなら彼のフューリーフォームすら越えるかもしれない。

 

「そのセリフは私の全力を受け止めてから言うのだな!」

 

 ギズミィは両手を頭上に掲げる。彼女の手の中に巨大な魔力が集まり出す。例えるならそれは闇そのもの。彼女にとってまごうことなき最強の魔法。アーティフィカルダーク。闇属性最大級の魔法だ。広範囲に及ぶその魔法はこの近辺一帯を消し飛ばす程の威力を秘めている。

 

「ザンク、今すぐフェアライズして私の盾になりなさい!」

「はァ!? ふざけんじゃねえ、無駄にデケェてめえが盾になれよォ!」

『言い争っている場合じゃないでしょ! あんたら逃げないと死ぬわよ!』

 

 このまま近くにいたら不味い。ザンクたちは全速力でギズミィから離れる。あんなもの魔法ではない。もはや殲滅兵器のレベルだ。幸いなことにあの規模の魔法を発動するにはチャージまで少し時間が掛かる。超人的な身体能力を持ったフェンサーならその効果範囲から離脱するのは余裕だ。

 

「大変ですわ、ザンク。アポローネスが来てませんよ!」

「あァ? あいつ逃げねえのかよ。まさか、受け止める気なのか・・・・・・?」

 

 安全地帯に移動した二人はアポローネスがいないことに気づく。振り返えれば彼はギズミィの前で静かに仁王立ちをしていた。いくら今までよりも遥かに頑丈な鎧を纏っていると言ってもタダでは済まないだろう。

 

「さっさとトドメを刺せば良いものを。律儀に攻撃を待っている男など初めて見たぞ」

「ふ、貴様の攻撃は効かぬと証明するには受け止めなければならないのだろう?」

「・・・・・・面白い。ならば証明してみせろ」

 

 ギズミィはアーティフィカルダークを放った。アポローネスの身体をとてつもない破壊力を秘めた闇が飲み込む。彼を中心に激しい爆発が巻き起こる。

 

「うおっ!?」

「きゃあっ!」

 

 遠く離れていたはずの二人までその余波に大きく身体を 揺さぶられる。やはり今までの魔法の比ではない。流石に自分たちもこれを喰らっていたら死んでいたかもしれない。たった一人を殺すためにこんな大規模な破壊をするなんて恐ろしい妖聖だ。

 

(ふ、私も所詮はただの妖聖だったのか)

 

 戦慄する二人とは裏腹にギズミィは自嘲げな笑みを浮かべた。たった一人を殺すためにこれほどの魔法を放ったことを後悔しているのか。いや、違う。己の無力さを嘆いたのだ。

 

「・・・・・・もう一度言おう。貴様の攻撃は私には通用しない」

 

 そのたった一人すら殺せていないのだから。アポローネスはアーティフィカルダークをその身に受けながらも無傷だった。どれだけ固いんだ。今のは流石にファングや北崎でも直撃すれば無事では済まなかった。ギズミィも彼を倒せる確信があったからこの魔法を発動したのだ。それなのにアポローネスには一切のダメージがない。

 

「見事じゃ。お主の勝ちだ、斬れ」

 

 完敗だ。自分の放てる最強の攻撃すら防がれてしまった。こうなってしまったらもはやギズミィがアポローネスに勝つ手段はない。剣を構えた彼を前に彼女は静かに目を閉じる。

 

「言われなくても斬らしてもらう。だが、その前に一つ聞かせてもらうぞ」

「・・・・・・なんじゃ」

「貴様ほどの実力者が何故ギャザーに従う? この戦いは貴様に、いや妖聖にとってあまりに無意味だ」

 

 アポローネスは疑問に思っていた。今回の戦いは妖聖にとってメリットがない。仮にギャザーが理想とする世界を作ったとしよう。確かに人間という邪魔な存在がいなくなれば妖聖は自由に生きられるようにはなる。だが果たして彼らにとってその世界は本当に幸せなのだろうか。

 

 妖聖は高い知能を持ち、人間に近しい存在だ。人々が作った文明の恩恵に彼らもまた依存していた。人のように食事をし、人のように屋根の下で眠る。そんな彼らから人間の作った文化を奪ったらどうなるだろうか。セグロのように魔物の姿を模した妖聖ならともかく人間に限りなく近い妖聖がいきなり原始時代に遡って生きていけるとは思えない。どう考えても現実的ではなかった。

 

「他の奴らのことは知らん。私はただ退屈だったからギャザーに協力しただけじゃ」

「退屈、だと? まさか貴様はそれだけで世界を滅ぼすつもりだったのか?」

「それだけだと? ふざけたことを言うでないわ。刹那の時を生きる人間に悠久の時を生きている私の心が分かってたまるものか」

 

 ギズミィがギャザーと手を組んだのは己の退屈を解消するためだ。気が遠くなるほど生きてきた彼女にとって流れる時ほど虚しいものはない。空虚な退屈に支配された彼女はもはや文明も自由もどうでも良かった。そんなもの求めていたのなんて二百年くらい過去だ。今の彼女が求めるものは己の欲を満たしてくれる刺激のみ。そんな彼女にとって人間に全面戦争を仕掛ける戦いはかつてないほどに刺激的だった。

 

「・・・・・・ふざけているのは貴様ではないか。貴様が数百年、あるいは数千年退屈している間に人々はこの世界を作り上げたのだ。争いながらも共に支えあってな。その間、貴様は何をしていた? 何もしていないのだろう」

「なにが言いたい?」

「己の怠惰にただ身を委ねていてはどんなに優れた魂とて錆び付いてしまうということだ。貴様は随分と錆び付いてしまったようだな。・・・・・・長い時を生きる貴様なら人には出来ないことが山ほどあったはず。刹那の時を生きる人間が世界を作り上げたんだ。悠久の時を生きる貴様ならなんだって出来るはずさ。世界を変えることだって不可能ではない」

「・・・・・・世界を、変える?」

「ああ。お前は世界を変えるほどの力を持っているではないか」

 

 ギズミィはその言葉を胸の内で反芻する。そうだ、なんでこんな単純なことに気づかなかったのだろう。退屈なら自分が面白くすれば良いだけではないか。思うように望んだ世界を作る力が自分にはあったんだ。

 

 ああ、なんで私は退屈なんてしていたのだろうか。こんなにも面白そうな暇つぶしがあったというのに。ギズミィは後悔した。だが幸いなことに時間は山ほどある。今からでも遅くはない。もう一度やり直してみよう。彼女はそう思った。

 

「少しは良い面構えになったではないか。次に目覚める時はその力を正しいことに使うのだな」

 

 アポローネスはギズミィに剣を向ける。

 

「ふ、人間よ。お主らも間違わぬことだな。今回は間違っていたが次は人間を滅ぼすことこそが本当に正しい選択になるかもしれんぞ」

「かもしれんな。私から見ても人間はどうしようもない程に傲慢で愚かだ。・・・・・・だが人が過ちを犯したのならそれを正すべきなのもまた人だ。お前たちが手を出す必要はない」

「それを今ここで私を斬ろうとしている人間が言えた立場なのか?」

 

 人間を裁くのが人間ならば、妖聖を裁くのは妖聖でなくてはならない。アポローネスの矛盾した発言にギズミィは皮肉的な笑みを浮かべた。それでも彼が意に介した様子はない。間違ったことは言ってないはずだ。何故反応しない。ギズミィは怪訝な表情を浮かべる。

 

「忘れるな、私はただの人間ではない。フェンサーだ。人間としてではなく妖聖と共に戦うフェンサーとして貴様を斬らしてもらう」

『グルルル!』

「・・・・・・これは一杯喰わされたわ」

 

 アポローネスはギズミィに剣を振り下ろした。切り傷のついた彼女の胸から何かが溢れ出す。真っ赤な鮮血ではなく、紫色に輝く光。アポローネスはその光にそっと触れた。暖かな力を感じる。これがギャザーから妖聖たちに与えられた魔力なのだろう。魔力によって光輝くギズミィは神秘的な美しさを醸し出していた。

 

「気を付けるのだぞ。我らが単独で活動出来るのはギャザーに力を与えられたからじゃ。あやつは妖聖が減れば減るほどに力を取り戻していく。以前より遥かに強い。私を倒したお主ですら軽々と捻り潰されるだろう。あの中で一番強そうだった宝石の若造でも勝てるかどうか」

 

 とんでもない強さを誇っているギャザーがまだ本来の実力を発揮していなかった。衝撃の事実が明らかになる。それでもアポローネスは相変わらず意に介した様子はなかった。例えギャザーがまだ真の実力を見せていなかったとしても彼は恐れたりはしない。

 

「心配いらん。聖域にはおそらく私に勝った男がいる。奴ならSランク妖聖だろうと神々であろうと倒してみせるさ」

 

 ギャザーよりも強い男を知っているのだから。ギズミィは僅かに呆気にとられる。だがすぐに口元に笑みを浮かべた。自分に勝ったアポローネスがそう言っているのだ。その彼に勝った男ならきっとギャザーを倒すことも不可能ではない気がしてくる。最もギャザーが倒される姿を想像出来るかと聞かれればそれを断じることも出来ないのだけど。

 

「武運を祈るぞ、人間よ。では、さらばだ」

 

 だけど少しでも可能性があるのなら。ギズミィは人間の勝利を願うことにした。彼女はアポローネスにそう言い残すと静かに崩れ落ちる。魔力を失った彼女はフューリーに戻った。それと同時に彼もフェアライズアウトする。この形態はあまりにも負担が大きい。寿命が削れたような強い疲労にアポローネスは座り込んだ。

 

「終わったのかァ?」

「無事に決着はついたようね。それ、あの妖聖さんのフューリーなのでしょう?」

「ああ、私の勝ちだ」

 

 戦いは終わった。様子を窺っていたザンクとマリアノがアポローネスの元にやってくる。とっくに逃げたと思っていたが近くでちゃんと見ていたのか。彼はフッと笑みを浮かべる。

 

「全てを話してもらうわよ」

「あの女が言ってたギャザーってヤロウが何の目的でこんな騒動を起こしたのか、それにこの俺がどう関係しているのかなァ」

「時間がないんだ。すぐに説明してやる」

 

 アポローネスは今回の事件の顛末について二人に説明した。

 

 ◇

 

「────『フェアライズ!』」

 

 ファングの身体を光が包み込む。

 

「変身完了!」

 

 片耳片翼。機械仕掛けの鎧が彼の上半身を覆った。シャルマンは目を見開く。今のファングでは絶対に出来るはずがないフェンサーの能力を行使したからだ。フェンサーと妖聖が一体となった証────フューリーフォーム。この絶望的な状況下で彼は奇跡の変身をしたのだ。驚愕しないはずがない。

 

「へへっ、これで俺も戦えるぞ」

 

 ファングは不敵に笑う。これまで何度も味わって来た膨大な力に比べればこのフューリーフォームの力はあまりにも小さい。纏っている鎧だって一番最初の灼熱深紅の鎧よりも遥かに簡素で頼りのないものだ。だが不思議と恐怖はなかった。自分にはまだ戦う力がある。ティアラを守ることが出来る。それだけで胸の内から力が溢れ出て来るのだから。

 

「バカな! アリンさんもいない君がどうやってフューリーフォームに・・・・・・!?」

「俺の傍にいる妖聖はアリンだけじゃない。相棒はあいつだけだけどな。ブレイズとキョーコだって妖聖で俺の仲間だ。フェアライズしたっておかしくはないだろ?」

 

 今までもアリンを介してだがブレイズたちと融合したことは何度もあった。彼女がいなくともフューリーフォームになれる可能性はゼロではない。ファングはその可能性に賭けたのだ。そして賭けは見事に成功した。だから彼はこうして妖聖と融合した証明である鎧を纏っている。そこにおかしいことなんて何もない。

 

「おかしいんですよ。本来、フューリーフォームはフェンサーと妖聖の魂が繋がってる証なんです。仲間の妖聖だから。それだけでそんな簡単にフューリーフォームになれたりはしない」

 

 だからといって理論的に考えれば何もかもが無茶苦茶なのだが。それは三つのフューリーと合体した時から言われていることだ。今に始まった話ではない。

 

「ごちゃごちゃとうるせえんだよ、めんどくせえ。だったら何で俺がフェアライズ出来たのか説明してみろよ」

「・・・・・・なんだって良い。所詮は低級妖聖の寄せ集め。僕の勝利は揺るぎないものだ!」

 

 予想外の事態にシャルマンは動揺を隠せない。それでも急場凌ぎのフューリーフォームに比べたら自分のものの方が遥かに優れているはずだ。彼は勢いよく接近するとファングに袈裟斬りを放つ。目にも見えぬ高速の一振り。優れた実力を誇る剣士であっても人間である内は絶対に目で追うことの出来ない斬撃だ。

 

「どうした、寄せ集めじゃねえのか?」

 

 斬撃はファングの召喚した片刃の剣に難なく受け止められた。少なくとも普通の人間よりは感覚器官が強化されているらしい。戦力を分析するために多少は加減をしていたが自分の剣を見極められている。スペック差を考慮してもやはりファングは油断ならない相手だ。シャルマンは敵意をより強めた。

 

「見せてやるよ。これが寄せ集めの力だ!」

 

 今度はファングが攻撃に打って出る。真っ直ぐに振り抜かれた剣。不規則な軌道で放たれたその斬撃は先ほどのシャルマンのものより速い。

 

 向こうが受け止めたならこちらも同じように受け止めるまでだ。シャルマンは斬撃を剣を横に向け受け止める。

 

「これが寄せ集めの力ですか?」

「・・・・・・やっぱそう上手くはいかねえか」

 

 全力で放った一撃をあっさり防がれた。態勢を崩すつもりだったのだが。ファングは舌打ちする。力で押しきれそうにない。同じフューリーフォームでもパートナーとそれ以外ではかなりのスペック差があるようだ。正攻法で挑むのでは勝てる可能性は限りなく低いだろう。

 

「なら・・・・・・燃えろ!」

『ちゃっか!』

「っ!」

 

 ならば搦め手を使って挑むのみだ。ファングは鍔迫り合いになっていた剣に魔力を込める。まるでフルスロットルでアクセルを踏み込んだかのように刀身が激しく燃え上がった。獲物を狙う蛇のように放物線を描いた炎がシャルマンに襲いかかる。彼は僅かに目を見開くと後ろに跳んだ。

 

「今のは少し予想外でした。そんな器用な芸当が出来るなんて思ってもいませんでしたよ」

 

 シャルマンは肩に視線を向ける。完璧に避けたと思ったが僅かに炎が掠めていたらしい。装甲を突き抜けて彼の真っ白なコートが焼けていた。火傷を負った彼は挑発的に笑いながらも少しだけ苦悶の表情を浮かべる。

 

「俺様は天才なんだ。その気になれば魔法だって余裕で使えるぜ」

「魔法しか使えないの間違いでしょう? 今の攻撃が必殺技なら僕は敗北してましたよ。でもこれはただの攻撃魔法ですよね」

「嫌味な奴だな、お前」

 

 ファングは吐き捨てるように言った。頑強な鎧に包まれていても防いでくれるのは物理的な攻撃だけ。魔力を使った攻撃までは防ぐことが出来ない。牢屋でのアポローネスとの戦いで彼はそれを学んでいる。フェンサー同士の戦いで鍵を握るのは魔力を使った攻撃なのだ。所謂必殺技や魔法である。

 

 今まではアリンの力で必殺技が使えていたからあまり得意ではない魔法は必要なかった。だが彼女のいない今となってはシャルマンに有効的なダメージを与えるのは炎の魔力を纏ったこの剣しかない。

 

「どうやらフューリーフォームに変身しただけでフェンサーとしての能力は使えないみたいですね」

「っ!」

 

 気づかれてしまった。ファングは内心で舌打ちする。パートナー以外の妖聖と融合したこのフューリーフォームはあくまで鎧を纏っただけのものでフェンサーとしての技や能力は使えない。片方しかない翼がその証明だ。今までの鎧と違ってファングは飛ぶことが出来ない。そこには身体を守るという本来の鎧としての機能しかないのだ。

 

「・・・・・・だからなんだって言うんだよ」

「決まってるじゃないですか」

 

 シャルマンは嗤う。ファングは背筋にぞくりとした寒気を感じた。

 

「今度こそ僕の勝利が決まったんですよ」

『attack effect サンライトスラッシュ』

「うっ!」

 

 太陽のような輝きを放つ剣がファングに襲いかかる。眩しい。だが戦闘中に決して目を閉じてはならない。優れた剣士に一瞬でも隙を見せれば付け込まれてしまう。そう頭で理解しているはずなのに彼はあまりの眩しさに目を伏せる。次の瞬間、無数の斬撃が怒濤の勢いでファングを斬りつけていく。

 

「ぐおっ!」

「むっ、仕留めそこないましたか」

 

 ファングの身体から鮮やかな血が噴き出す。咄嗟に胸と首を庇ったことで急所への致命傷は避けられたが全身に傷を負ってしまった。激しい痛みの走った足に彼は苦悶の表情を浮かべる。見れば太腿の付け根からだらだらと血が流れていた。これでは立つことも儘ならない。ファングはぐらりと片膝をつく。

 

「ファングさん!」

「来るな、ティアラ!」

 

 急いで傷を治療しなくては。ティアラはファングに駆け寄ろうとする。ダメだ。こっちに近づいてはいけない。シャルマンの狙いは自分ではない。間違いなく彼女だ。このままティアラを彼の前に立たせてはいけない。痛みを堪えてファングは叫んだ。

 

「俺は大丈夫だ。だから離れてろ」

「で、ですがその傷では・・・・・・!」

「へへっ! これくらいハンデだ、ハンデ。へなちょこフューリーフォームを相手にするにはちょうど良いんだよ」

 

 それが強がりなのは誰がどう見ても明らかだった。満身創痍の状態で自分よりも強い相手に勝てるはずがない。無理やり立ち上がろうとするファングを守るようにティアラは彼の前に立つ。

 

「何時も守られているんです。たまには守らせてくださいまし」

「無理すんじゃねえよ。お前、さっき殺されそうになってたんだぞ」

「今殺されそうなのはあなたではないですか」

 

 このまま黙って見ている訳にはいかない。ティアラは薙刀をシャルマンに向けて構える。その手はカタカタと震えていた。強がりなのはどうやらファングだけではないようだ。

 

「心配しなくてもお二人とも仲良く殺して差し上げますよ」

「それはお断りしますと先ほども言ったはずですわ!」

 

 シャルマンの斬撃をティアラは防御する。

 

「・・・・・・やはりティアラさんは僕を拒絶するのですね」

「当たり前ですわ。どうして私があなたを受け入れなくてはならないのです? 私を殺そうとするあなたを!」

 

 鍔迫り合いになりながらもティアラはシャルマンを睨み付ける。

 

「過去の世界では、僕を受け入れてくれたじゃないですか!」

「きゃあっ!」

 

 怒りに任せた一振りがティアラの身体を吹き飛ばす。やはり彼女ではシャルマンの相手をするのは厳しい。向こうは何があっても彼女を殺すつもりなのだ。そこに込められた執念はシャルマンを激情の修羅へと変えるほどのもの。優しき少女であるティアラが戦うには荷が重すぎる相手だった。体勢の崩れた彼女にシャルマンが斬りかかる。

 

「・・・・・・今なんて言った?」

「っ!?」

 

 とても動ける足の傷ではないはずなのにファングは立ち上がってシャルマンの剣を阻んだ。流石の彼でも手負いの状態で割って入るのに無理がある。勝敗は決まったも同然。先にトドメを刺してやろう。ニヤリと笑うシャルマンに鋭い殺気が突き刺さる。彼の気配が変わった。並々ならぬナニかを感じたシャルマンは後ろに飛び退く。

 

「お前がティアラを殺したのか?」

 

 ファングはシャルマンの着地点に素早く回り込む。振り上げられた剣を彼は慌てて防御した。強い力が込められていたのかシャルマンは吹き飛ばされる。今のが直撃したらタダでは済まなかった。クルリと着地した彼は冷や汗を流す。今までとは明らかに攻撃の質が違う。

 

「・・・・・・そうだと言ったら?」

「殺す」

 

 短い返答。その言葉が示す意味はあまりに大きい。シャルマンは今まで誰も殺そうとしなかったファングに殺意を持たせてしまったのだ。誰も見たことがない殺意に満ちた彼の姿がそこにはあった。シャルマンは僅かに後退る。本気どころでは済まない。今のファングは超本気だった。

 

「くっ!」

 

 ファングの目にも止まらぬ高速の剣舞にシャルマンは翻弄される。腕を、足を、胸を、一点に集中することなく不規則に放たれる斬撃は予想することが出来ない。先ほどまでのシャルマンの優勢が嘘のようだ。己を傷つけられた意趣返しとばかりにファングは彼の身体を斬りつけていく。

 

「どうしてティアラを殺したんだよ?」

 

 悲しみ、怒り、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が込められたファングの冷たい目がシャルマンを睨み付ける。怪しいとは思っていた。ティアラの死ぬ直前まで傍にいた彼が行方を眩ましていたのだ。疑わない方が無理がある。だからこうなることは予想出来たはずだ。にも関わらず疑惑が確信に変わっただけで強い怒りがファングの内から沸き上がってくる。この男を、ティアラの命を奪ったシャルマンを殺してしまいたい。どうしようもない殺意に彼は支配されていた。

 

「世界を守るためだ。ティアラさんがいれば世界はいずれ闇に染まり、そして滅んでしまう」

 

 ファングが殺意に支配されるのならシャルマンは屈折した正義感に囚われていた。全ては世界平和のために。バーナードやティアラのような存在がいる限りこの世から悪がなくなることはない。悪は一つ残らず消す。過去に何があったのかは分からないが何がなんでも悪のない世界を作るという強い執念がシャルマンにはあった。そのためなら彼は仲間であろうと殺す覚悟を持っているのだ。その想いの強さは激情に囚われたファングにも匹敵する。

 

「だから僕はティアラさんを殺す。世界を守るために!」

 

 客観的に見ればシャルマンの選択は正しい。一人の人間のためだけに世界を捨てて良いはずがないのだ。世界を守るためなら大切な人間だろうと犠牲に出来る。それは普通の人間には絶対に出来ない選択。英雄と称えてもいいレベルの行動だ。それしか本当に手段がない場合なら、だが。

 

「・・・・・・俺はティアラを守るために戦わせてもらうぜ」

 

 客観的に見たらファングの選択は正しくはない。世界を犠牲にしてまで生き残る価値のある人間なんてこの世にはいない。ティアラが本当に世界を滅ぼす存在なのだとしたらシャルマンの考えこそが正しい判断なのだ。ファングだってそれは少なからず理解している。だが彼は大切な人を犠牲にしてまで生きていくつもりなんてなかった。大切な人たちと生きていく。そのためなら世界を敵に回したってファングは構わない。その覚悟を間違ってると断じることが出来る者は果たしているのだろうか。

 

「良いでしょう。僕とファングくん、世界とティアラさん。どちらの選択が正しいのか剣で決着をつけましょう」

「・・・・・・やってやろうじゃねえか。絶対にティアラは殺させねえぞ」

 

 ファングはシャルマンに果敢に斬りかかる。フェンサーである彼は自由自在に武器を変化出来る。その能力が使えないファングがシャルマンを相手にするには間髪入れずに連撃を繰り出すしかない。アリンと出会う前はそうやって戦っていた。フェンサーとその身一つで戦う場合一瞬の油断が命取りとなるのだ。

 

 幸いなのはシャルマンが得意な武器がファングと同じく剣であったことだ。それ以外の武器で攻撃を仕掛けられても不意を打たれることはまずないだろう。これがティアラのように薙刀だったらファングは圧倒的に不利であった。

 

「鬱陶しいですねえ」

『attack effect ホーリーペネトレイター』

 

 気をつけなければならないのはこの必殺技だけだ。ファングは後ろに飛び退くと正眼に剣を構える。シャルマンは無数の槍を背後に召喚すると彼に向けて射出した。一つ一つがモンスターを一撃で仕留める破壊力を秘めた必殺の槍だ。人間が喰らえば紙風船のように破裂するだろう。鎧を纏ってるとはいえ絶対に当たってはならない必殺技だ。ファングは槍の弾丸を剣で弾き飛ばしていく。

 

「槍にばかり気をとられていると足元をすくわれますよ!」

「なにっ!?」

 

 いつの間にか背後に回り込んでいたシャルマンはファングに殴りかかる。まさか必殺技をブラフに直接殴りかかってくるとは。完全に予想外だ。容赦なく彼の拳を受けたファングは大きく吹き飛ばされる。フューリーフォームの力ならただの拳でも受けるダメージは大きい。彼の身体からバキリと何かが折れる音が鳴った。

 

「もらった!」

『attack effect アッパーストリーム』

 

 うつ伏せに倒れたファングにシャルマンが飛びかかる。彼の拳が直撃した時にファングの腕から剣が離れた。またとないチャンスだ。シャルマンはその手にランチャーを召喚する。アッパーストリーム。彼が使う技の中でも最も威力のある必殺技。丸腰の彼にこの技を防ぐ手段はない。

 

「俺にはもう一本あるんだよ!」

「っ!」

 

 本当に丸腰ならば、だが。ファングはその手に両刃の剣を召喚すると振り向きざまにシャルマンのランチャーを叩き落とす。矛先を失った銃口から光が溢れ出る。それはまるで光の暴風だ。とてつもない破壊力を秘めたエネルギーの雨が降り注ぐ。誰を狙った訳でもなく無差別的に降り注ぐ。こんな中で戦闘など出来ない。ファングとシャルマンは全速力でランチャーの射程から離脱する。

 

「今度は俺の番だ」

「くっ!」

 

 うってかわって圧倒的に有利になったファングがシャルマンに剣を振り下ろす。これ以上のダメージを喰らえば形態を維持出来ない。彼は懸命にファングの斬撃を避けていく。

 

「このままでは・・・・・・!」

「うおっ!」

 

 何としてでも不利なこの状況を打開しなくては。シャルマンは勢いよく機械翼を噴射させるとタックルを繰り出した。彼の肩が腹に突き刺さったファングは僅かによろめく。チャンスだ。シャルマンはその勢いのままに剣へと手を伸ばした。

 

「もう容赦しませんよ!」

『attack effect グリントエッジ』

「くっ!」

 

 再び剣を手に取ったことで形勢が逆転する。シャルマンは空を飛ぶと燕のようにファングを宙から攻め立てる。飛べない彼に空中からの攻撃を防ぐ手立てはない。ただただ一方的にファングはシャルマンの剣をその身に喰らっていく。

 

「ふ、ここまでのようですね」

 

 崩れ落ちたファングにシャルマンは勝利を確信する。彼はその手の平に濃密な魔力を集め出す。限界を超えた必殺技────リミットアタック。己の魂すら削りかねない鎧を纏っている時のみ使える最強の攻撃。シャルマンは強力なモンスターすら軽々と葬るそれをファングに向けて放とうとする。一人の人間に対して使うにはあまりに強大な一撃だ。

 

『ファング、立て! 立たねば死ぬぞ!』

『だいじょうぶ! ファングはまだほんとうのちからをだしてないだけ! きみならかてる、かてるよ!』

「分かってる。こんなところで負けてたまるかよ・・・・・・!」

 

 逆に言えばここまでやらないと彼を殺すことは不可能とも考えられるのだが。ともかくファングはこのままシャルマンの必殺技を喰らえば死ぬ。何とか回避しなくては。彼はシャルマンを睨み付けると痛む身体に鞭を打って強引に立ち上がった。

 

「何度立ち上がろうとしても無駄だ。世界を平和にするその日まで僕は絶対に負けたりしない。過去の世界で誓ったんだ。僕は今度こそ世界を守ると! 邪神のいない、悪なき世界を作ると! そのためならかつて愛した女性だろうと僕は殺してみせる!」

「うるせえな! てめえはただ諦めただけだろうが!」

 

 ファングは怒りに顔を染める。シャルマンの言いたいことも少しは分かる。世界は確かに守らなくてはいけないものだ。彼にだって世界を守りたいという気持ちはあった。だが大切な人を殺してまで作り上げる悪なき世界に何の意味がある。どう考えても無意味である。誰もがみな心の中に悪を宿しているのだ。ティアラ一人でそれが変わるとは思えない。

 

 どんなに優しい心を持っていても人は一瞬で悪になってしまう。ちょうど今回の騒動の黒幕であるギャザーや人類を滅ぼそうとしたかつての木場勇治のように。少しでも道を踏み外せば人は簡単に悪になってしまうのだ。

 

 でもだからこそ誰にだってやり直すチャンスはある。逆もまた然り。善が悪になるのが一瞬ならば悪が善になるのもまた一瞬なのだから。

 

「僕が諦めただと?」

「ああ、そうだ。ティアラは諦めなかったぞ。世界中の人の幸せを願っていた。悪人だって救おうとしてたんだ! お前は諦めたんだよ。悪人を救うことも、ティアラを救うこともな!」

「・・・・・・それしか選ぶ道はないんですよ」

「どうしてそんなことが分かる? くだらねえんだよ! 世界を救うためだのなんだのって! 確かに世界は大切だよ! でもなあ、本当に大切な人なら────」

 

 ティアラを殺させたりなどするものか。今度こそ絶対に守ると誓ったのだ。彼女の命を、彼女の夢を。だからファングは絶対にシャルマンに負ける訳にはいかない。目の前にいる大切な人を救うことすら諦めた男に負ける訳にはいかなかった。

 

「────世界とだって天秤にかけて良い訳ねえだろ!」

 

 ファングは力の限り叫んだ。

 

────行くわよ、ファング!

 

「・・・・・・えっ、アリンさん?」

 

 その時、ティアラが背負ったアリンの剣が僅かに光輝いた。彼の意思に呼応したかのように。

 

「俺はティアラも世界も諦めねえぞ。どんなに絶望的だろうと足掻いて足掻いて足掻き続けて両方とも救ってみせる!」

 

 ファングの鎧が灼熱の業火に包まれる。足りない片翼を補うように翼を形づくる。やがて炎が収まるとそれまで身に纏っていた彼の鎧が黄金に輝いていた。黄金のフューリーフォーム、この姿こそがキョーコの言っていた本来の力なのだろう。ファングは片耳両翼の鎧をその身に纏った。

 

「なっ!? フューリーフォームが進化した!?」

 

 シャルマンは目を見開く。満身創痍で必殺技すら使えないファング。逆転なんて万が一にもあり得ない。もはや彼の敗北は決まったようなものだった。だがその万が一が起きたのだ。フューリーフォームの変化。この土壇場で起きた奇跡を前に驚愕せざるを得なかった。

 

「まだだ。まだ終わった訳じゃない。邪神の誘惑に負ける訳にはいかない。僕は平和な世界を作らなくてはならないんだ!」

『limit attack サンライトフレア』

 

 例え姿が変わっていてもこちらが優勢なのには変わりない。このまま必殺技で押し切る。シャルマンはファングに向けて己が持つ最強の必殺技『サンライトフレア』を放つ。ありとあらゆる魔を滅する光が雷と成ってファングに降り注ぐ。流石に最強と呼ばれるだけのことはある。その威力は絶大だ。喰らえば今のファングでは一溜まりもない。

 

「いくぞ、お前ら!」

『ああ!』

『うん!』

 

 ファングは翼を広げると宙へと舞い上がる。当たらなければどうってことはない。どんなに強力な攻撃も避ければ良いだけだ。彼は不死鳥のように鮮やかな炎の翼を自在に操り、光の雷を回避していく。包囲網のように雷に囲まれていても当たる気はしない。身体が羽根のように軽い。胸の内から溢れ出る何処までも大きな力がファングを突き動かしていた。

 

「もう容赦しねえぞ!」

「くっ! それはこっちのセリフです!」

『attack effect サンライトスラッシュ』

 

 急接近してきたファングをシャルマンは迎え撃つ。光を纏った剣で彼はファングに斬りかかる。魔力を纏った攻撃。先ほどまでのファングには防ぐ手立てはなかった。だが今は違う。彼は軽々とその剣を受け止める。もう必殺技は怖くない。この剣で相殺すれば良いだけだ。ファングが両手に持った二つの剣は強力な魔力によって激しく燃え上がっていた。魔力には魔力が一番だ。炎の魔力を纏ったファングの剣はシャルマンの剣の攻撃を防ぐ盾となっていた。

 

 必殺技が脅威でなくなれば有利になるのはファングだ。二刀流となった彼は舞い踊るような剣技でシャルマンを追い詰めていく。元々実力では本気を出したファングの方に分があったのだ。使える能力が対等になれば手数の多い彼がシャルマンを上回るのは当然のことである。無数の斬撃を浴びたシャルマンは大きなダメージを負う。

 

「ならば・・・・・・!」

 

 これ以上斬られる訳にはいかない。シャルマンは高々と飛び上がった。普通の必殺技が効かないのならもう一度あの最強の必殺技を使えば良いだけだ。だがファングも彼が何をしようとしているのか気づいていた。そうはさせるか。彼は追随するように翼を広げる。

 

「くらえ!」

『limit attac『させねえよ!』』

「ぐあっ!」

 

 高速で飛翔したファングの剣がシャルマンの腹に直撃した。激しい衝撃で落下する彼をファングは更に追撃する。空中で一回転しながら急降下するとシャルマンの背中に斬撃を叩き込んだ。彼は地面に強く背中を打ち付け、フューリーフォームを強制的に解除させられる。元々ほぼ限界だったシャルマンは全身に電流が流れたような激痛に顔を歪めた。とてもではないがもう身体は動きそうにない。

 

「今度こそ勝負あったな」

 

 立ち上がろうとしたシャルマンの首にファングは剣を向けた。ここまでか。もはや打つ手は何もない。彼は肩を竦めた。

 

「・・・・・・酷いじゃないですか。当たり所が悪かったら僕は死んでましたよ」

『当たり所が悪かったからお前は生きているのだ』

「・・・・・・はは。僕は少し君たちを怒らせすぎたみたいですね」

『気づくのが遅すぎたな。あの時、素直に負けを認めていれば良かったものを』

 

 ブレイズの冷たい声にシャルマンは苦笑を浮かべた。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 ファングは剣をシャルマンに向けて振りかぶった。

 

「────ファングさん、ダメです!」

 

 ティアラの制止の声にファングはピタリと剣を止める。あと少しでもその制止が遅ければ彼はシャルマンにトドメを刺していただろう。彼の眼前で剣は止まっていた。

 

「どうして止めるんだ、ティアラ?」

「・・・・・・私はファングさんが誰かを殺す姿なんて見たくありませんわ」

「でも、こいつはお前を殺そうとしたんだぞ」

「それでもです。ファングさんの剣は人を殺すものではありませんわ。たくさんの人たちを守るものです!」

 

 ティアラはファングに優しく微笑む。彼女の力強い瞳にファングはハッと目を見開く。そうだ。自分の剣は誰かを殺すためにあるのではない。誰がを守るためにあるのだ。このままシャルマンを斬ればその信念を曲げてしまうではないか。

 

 でもシャルマンはティアラを殺した。いくら何でもこれはそう簡単には許せることではない。それに彼はオルフェノクとも手を組んでいる。このまま野放しにするのは危険だ。何をまた仕出かすか分かったものではない。やはり斬るべきなのではないのだろうか。

 

「ファングさん、私はここにいます。あなたの目の前でこうして生きていますわ」

「ティアラ・・・・・・」

「だからファングさんがシャルマンさんを斬る意味はないんですよ」

 

本来シャルマンに殺されるはずであったティアラが生きている。それはファングが過去の世界での悲劇を変えた何よりの証明だ。そう考えれば確かに彼を斬る意味はないのかもしれない。それでもやはりオルフェノクのことは脅威だ。

 

「それにシャルマンさんを斬ったところでオルフェノクが人を襲うのには変わりませんよ。むしろ彼を殺したことでオルフェノクに付け狙われる可能性のが高いでしょう。だからファングさんが無理をしてまでシャルマンさんを斬る意味はないんですよ」

「別に、俺は無理なんて・・・・・・!」

「してるじゃないですか。その手に持っている剣が無理をしている証拠ですわ」

 

 証拠? ファングは剣を握っている手に視線を向ける。彼はキョーコの剣を逆さまに持ち返えていた。確かに無理をしていたようだ。仮にこのまま剣をシャルマンに振り下ろしたとしても、峰打ちでは彼を殺すことは出来ない。どんなに憎い相手でも結局ファングは無意識に殺すことを躊躇っていたようだ。

 

「・・・・・・ははっ、これじゃ確かに殺せねえよな」

「だから言ったじゃないですか」

 

 苦笑を浮かべるとファングは剣を下ろす。やはりこの剣で人を殺すのは無理なようだ。ティアラの言っていた通り何かを守るためにファングの剣はあるのだから。どれだけ許せない相手であっても殺すためにあるのではない。

 

「おい、シャルマン。次はねえぞ。二度と俺たちの前に現れるな。オルフェノクたちにも伝えとけよ。まあ、何度来ても今日みたいに返り討ちにしてやるだけだけどな。そっちのが手間が省けるんだよ」

 

 ファングは俯いているシャルマンを睨んだ。いくら斬るのを止めたからと言ってこのまま黙って見逃すつもりはない。少なからず彼のバックに存在するオルフェノクたちに牽制を入れておこう。リーダーの役割を担っているシャルマンが敗北したことを知れば彼らの士気にも影響が出るはずだ。そういう意味では彼を生かしている方がメリットは大きいだろう。

 

「・・・・・・何故です?」

「はあ?」

「僕は君たちを殺そうとしているんですよ! どうして僕を生かしておけるんですか!?」

 

 シャルマンが顔を上げる。彼の目は怒りと困惑に染まっていた。どうして斬らないんだ。理由はどうあれそれだけのことをしてきたというのに。ファングにとって何よりも守りたかったティアラを過去の世界で殺したのは自分だ。今の世界でも殺そうとしていた。それなのに何故彼は自分を生かしておけるのだ。

 

「お前が許せねえからだ」

「えっ?」

 

 ならば何故斬らない。許せない男が目の前にいるのに。自分だったら大切な人を殺した相手がいたら間違いなく斬っている。

 

「お前は平和な世界のためにティアラを殺したんだろ。世界のためなら多少の犠牲は仕方ない。それは正しいのかもしれねえよ。手段を選んでる場合じゃねえからな。・・・・・・でも俺はそれが許せねえんだ。本当に世界を救うような英雄なら悪あがきだろうと何だろうと大切な人を犠牲にしないで済む道を探さないでどうすんだよ」

「そんなこと出来るはずがない!」

「出来るさ。俺は足掻き続けて本当に両方とも救った人を知っている」

 

 ファングの脳裏に師の姿が浮かび上がる。世界と友。どちらかを犠牲にしなくてはならない絶望的な状況を覆した男を彼は知っている。最後まで諦めなかった英雄を知っているのだ。だからファングは諦めてしまったシャルマンがどうしても許せなかった。

 

「それが僕を生かすこととどう関係があるんです?」

「関係あるさ。俺がティアラを守るために誰かを殺しちまったらお前と同じになっちまうだろ」

「僕と同じに・・・・・・」

「お前をただの悪人にするつもりはねえよ。俺にとっては許せないことでもお前なりに悩んで世界を救う道を選んだんだろ。・・・・・・だけど俺はお前と同じ選択はしない。どっちかだけじゃない。ティアラも世界も両方救う。そう誓った。だから俺はお前を殺したりはしない。守りたいもののために誰かを犠牲にするお前とは違うって証明するためにな」

 

 無言のシャルマンにファングはニヤリと笑う。気づけば彼の心の中で渦巻いていたシャルマンへの殺意は嘘のように消えていた。二度と現れるなと言ったがもしもまた彼と戦うようなことがあればもう一度仲間になれと誘うのも悪くない、そんなことを思いすらしていた。

 

「急ぎましょう、ファングさん。ギャザーさんが女神を復活させようとしています」

「ああ。じゃあな、シャルマン。掴まれ、ティアラ」

 

 何時までもここに留まっている暇はない。今回の戦いにおいてシャルマンは敵の一人でしかない。まだ戦いは終わっていないのだ。ファングはティアラを抱き抱えると聖域に向けて飛び立った。

 

 残されたのはシャルマンだけだ。

 

「両方とも救う、か。僕はそんなこと考えてすらなかったな」

 

 シャルマンは自嘲げな笑みを浮かべた。世界を平和にするためなら誰であろうと斬る。全ては悪なき世界のために。その覚悟を持って今まで生きてきた。理想の世界を作るためならそれが正しいとすら思っていた。この考え自体が間違っていたのかもしれない。彼の胸中に後悔の念が渦巻いていた。

 

「ファングくん、君はティアラさんも世界も本当に両方救うつもりなんですか?」

 

 それが出来たらどんなに素晴らしいことか。大切な人も世界も両方とも失わずに済むのだとしたらそれが理想だ。だがそんなことは出来るはずがない。ティアラという存在がある限り世界に平和が訪れることなど不可能だ。だからこそ自分は過去の世界で彼女を・・・・・・。

 

「いや、一つだけ方法がある────」

 

 

 

 

 

 

「────僕が死ねば良いんだ」

 

 シャルマンは己の胸に剣を突き刺した。真っ赤な血がドバりと溢れ出て彼は静かに崩れ落ちる。シャルマンは墨汁のように真っ黒な闇に彩られた漆黒の世界に意識を飲み込まれた。彼は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

────そしてシャルマンは生まれ変わった

 

 




今回登場したファングのフューリーフォームはオリジナルではなく両方とも無印ゲーム版のものです。強さ的には最近の映画によくある仮面ライダージョーカーや超デットヒートドライブなど急ごしらえのライダーみたいなものです。どっちもカッコいいですよね、あれ。

これでようやくゲーム内で登場するファングのフューリーフォームが全回収出来ました。作品を書く前に決めていた一つの目的がまた一つ達成出来て嬉しい限りです。

前書きでも言ったように次回はもう少し早く投稿出来るようにがんばります。

・・・・・・ここまでやっておきながら唯一全ての必殺技を回収出来たのがシャルマンという事実にびっくりしています。せめてファングとティアラは全回収したいですね。


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終わりはまだここではない、だから彼らは絶望しない

ねぷねぷコネクトでカオス化したティアラがまた不良になっていて驚きました。コンパイルハートでは彼女の性格が変わる=不良になるという図式でも成り立っているのでしょうか。気になります。それにしてもあんな姿になったティアラがファングたちとどう絡んでいくのか今から楽しみですね。

あ、ちなみに公式ツイッターではハーラーさんがカオス化した姿を一足先に拝めるので皆さん是非ともフォローしましょう(ダイマ)


 巧と三原は夜のカヴァレ砂漠をバイクで疾走する。ファイズとデルタ。二人のライダーはフォトンストリームとブライトストリーム、紅と白の光を発し夜闇を照らしていた。

 

「くそ、すっかり暗くなっちまった」

 

 日の沈んだ砂漠は恐ろしい寒さだ。日中は服を着るのも億劫になる灼熱の炎天下も夜になれば空気も凍るような極寒の氷点下となる。通常の人間ではまともに活動するのは不可能だ。夜になるまでは生身でいた巧たちも堪らず全員変身していた。

 

「儀式までに何とか間に合うと良いんだけどな。エフォール、晴人たちがどうなっているか分かるか?」

 

 ファイズは空を飛んでいるエフォールに視線を向ける。長い間休憩していたおかげで彼女の体力は全快していた。エフォールは右目に装着された眼帯の機能を利用して遥か前方で繰り広げられている晴人たちの戦闘を覗き見る。相変わらず便利な眼帯だ。それにしても暗視に望遠鏡にレーダーとこれだけの機能を兼ね揃えた眼帯を作ってドルファは何をしたいのだろう。戦争でもするつもりなのか。巧は疑問に思った。

 

「ギャザーと晴人が戦ってる。ガルドは妖聖、ハーラーはバハスと戦っている、みたい」

「全員無事なのか?」

『無事、とは言えませんね・・・・・・! 晴人さんはともかくお二人、特にガルドさんがかなり追い込まれていますよ。早いところ増援に向かわないと不味いですね』

「・・・・・・おい、スピード上げるぞ」

「言われなくても分かってる」

 

 道中での妖聖との戦闘で疲弊しているガルド。そんな中で近接中心の彼が複数の敵と交戦するなんて無謀である。死にに行くようなものだ。急いで助けに向かわなくてはならない。ファイズとデルタは互いに頷くとバイクの走る速度を速めた。

 

「なに、あれ」

 

 急ごうと決めた矢先にエフォールが空中で停止した。このままだとはぐれてしまう。二人は慌ててバイクを止める。振り向くと彼女はぼんやりと空を見上げていた。いったい何を見ているのだろうか。

 

「どうした、エフォール?」

「こんなところで道草を食っている暇はないと思うけど・・・・・・」

「あれ、見て」

 

 エフォールの視線の先にはカヴァレ砂漠の聖域があった。聖域から天高く伸びる光は空に向かって一直線に突き進んでいる。確かにあの光はおかしいものだろう。普通のものではない。だがそれはさっきからずっと聖域にあったものだ。驚くほど何かが変わっているようにな見えないが・・・・・・。首を捻っている巧と三原にエフォールはもっと上だと言った。空を飛んでいるエフォールと地上を走る二人では見ている景色が違うのだ。彼らは視線を下から上へと上げる。

 

 そして二人は驚愕する。

 

「なんなんだよ、あれは!?」

「月、が割れようとしている?」

 

 月に亀裂が生じていたことに。いや、おかしい。巧は気づく。あれは月ではない。今宵は満月ではなく真月。月のない夜であるはずだ。本来なら月が存在することはありえない。ならあれは一体何なのだろう。縦長に丸い球体はまるで生物の繭のようにも見える。まさか何かが生まれようとでもしているのか。巨大な、ナニかが・・・・・・。気味の悪い想像をしてしまった巧はぞわりとした寒気を感じた。

 

「どうなってんだよ!?」

 

 世界滅亡の前触れとも思える異変に巧は大きく動揺する。いくら彼がライダーとして戦ってきたために超常的な現象に慣れているといっても限度がある。あまりに理解の追い付かない現象に彼は叫ばずにはいられない。

 

「落ち着けよ、乾。叫んだって何も変わらないだろ」

「あ、ああ。わりい」

 

 三原に肩を叩かれた巧は正気を取り戻す。確かにあまり状況は良くないのだろう。明らかな異変に恐怖を感じるのも仕方がない。だがここで立ち止まっている訳にも行かないのだ。

 

「・・・・・・ってなんでお前は落ち着いてんだよ」

「俺も成長したのさ」

「変わりすぎだろ」

 

 こんな時に真っ先に怯えるタイプの三原が冷静なことに巧は驚く。十年という時は長い。だがそれでも変わりすぎではないだろうか。良い意味でも悪い意味でも一般人代表だった今までの彼なら間違いなく家に帰りたがっている状況なのに。いや、むしろ元々が少し臆病すぎただけなのかもしれないのだけど。

 

「あの娘だってあんまり動じてないじゃないか」

「あいつは別だ。普通の子どもじゃねえ」

 

 バカにされた気がした三原はエフォールを指差す。彼女は光の繭の正体が気になるのか目付きを鋭くしてじっとそれを眺めていた。並の人間なら直視するだけでも精神的なダメージを負うであろうものをじっくりと眺めるとは流石はエフォールである。しかしながらどれだけ眺めていても繭の正体は掴めないのか彼女は首を傾げていた。

 

「どこが普通じゃないんだ?」

「・・・・・・よし、ここで怯えていたって仕方ねえよな。行くぞ、エフォール」

「うん。嫌な予感がするから急ごっ!」

 

 あれがなんなのか。それは聖域に向かえば分かることだ。巧たちは聖域に向かって再び走り出した。

 

「だからどこが普通じゃないんだよ!」

 

 元暗殺者なところだ、とは成長しても一般人代表の三原には口が裂けても言えなかった。

 

 ◇

 

 カヴァレ砂漠・聖域

 

 白銀の光と漆黒の闇が激しくぶつかり合う。何度も何度も、激突するだけで何かが爆発したような轟音が鳴り、とてつもない衝撃が発生する。信心深い者がこの光景を見れば天変地異が巻き起こったと発狂するだろう。だがこれは決して天変地異などではない。二人の男によって起こされた戦いだ。希望と絶望。それぞれの想いを背負った戦士。仮面ライダーウィザード・インフィニティースタイルと妖聖ギャザーがこの聖域にて戦いを繰り広げていた。

 

「中々やるやないか・・・・・・!」

 

 ギャザーは晴人を睨み付ける。何という強さだ。ウィザードの奥の手は想像も絶する力を秘めていた。どれだけ斬りつけようとも傷一つつかない鉄壁の鎧。鋼鉄をも切り裂くアックスカリバーの斬撃。そしてその手に装着されたインフィニティーリングを筆頭とした指輪から放たれる多彩な魔法。どれを取っても最強と呼べる代物だ。

 

 唯一魔力の総量こそギャザーに比べれば雲泥とも言える差があるが、インフィニティースタイルとなった彼には自動的に周囲の魔力を集めて半永久的に回復する能力があった。使えば使うだけ減っていくギャザーと違ってウィザードは湯水の如く魔法を使うことが出来る。最強の姿となったウィザードは神に最も近い妖聖であるはずのギャザーですら追い詰めていた。

 

「はあ・・・・・・はあ! お前こそ前より強くなったんじゃないか?」

 

 しかし、ウィザードは圧倒的に有利でありながらも苦戦を強いられていた。戦いが長引きすぎている。インフィニティースタイルはその絶大な力と引き替えに肉体に掛かる負担が大きい。戦えば戦うだけどんどん疲労が蓄積されていく。あくまで魔法が使える以外は人間である晴人には限界があった。そしてその限界は刻一刻と迫っている。出来ることなら早いところ決着をつけなければならない。ウィザードはアックスカリバーを握る手の力を強めた。

 

「それはどうやろなあ。あんさんが弱くなっただけとちゃうん?」

 

 ギャザーは口元の血を拭うとニヤリと笑う。どれだけ強い力を秘めていても自分と比べれば人間である晴人の体力は圧倒的に少ない。彼は時間を稼ぐために防御に徹している。時間が経てば経つほどに勝機が見えてくる。彼はウィザードの弱点に気づいていた。

 

「確かに弱くなったかもな。でも俺はお前に負ける訳にはいかない!」

 

 ウィザードはアックスカリバーによる無数の斬撃をギャザーに向けて放つ。彼は敢えてそれを受け止めた。ギャザーの身体から血が噴き出す。いや、これではダメだ。彼に大きな傷を与えながらも晴人は内心で舌打ちする。この程度のダメージではギャザーを倒せないことを彼は知っていた。

 

「『ハイヒール』」

 

 ギャザーの傷が一瞬で癒える。彼には晴人と違って回復魔法があった。どれだけダメージを負おうがそれが致命傷でもない限り回復することが出来る。そして自爆をしながらも生き残った彼からすればウィザードの斬撃も致命傷には至らない。

 

「ハン! ワイを止めたきゃ殺すことやな!」

 

 これがウィザードが彼に苦戦しているもう一つの理由だ。ギャザーに魔力がある限り誰も彼を倒すことは出来ない。持久戦になれば不利になるのは晴人である。しかし、ギャザーを倒すには持久戦を挑むしかない。これでは彼が勝てないはずだ。一撃で殺すのなら話は別だが。

 

「そんなこと、出来る訳ねえっつーの。俺はお前を絶望から救ってみせる」

 

 ギャザーを殺すために自分たちは戦っているのではない。彼を止めるために戦っているのだ。本来ならギャザーは心優しき青年なのである。愛する者を失った深き絶望から彼はこうなってしまったのだ。このままギャザーを斬れば絶望を胸に秘めたまま彼は死んでしまう。そんなことさせたりしない。絶望を希望に変えるのが自分の仕事だ。絶望を絶望のまま終わらせたりは絶対にしてたまるものか。

 

「この期に及んでワイを救おうと考えてるなんて呑気なもんやな。あれを見てみい」

 

 ギャザーは視線を天へと向ける。繭にも見える光の球体、巧たちが驚愕していたものに彼の視線は注がれていた。

 

「なんだ、あれは・・・・・・!?」

「あれこそが女神様が眠りについている真の聖域や。これはあの聖域を召喚するための依り代にすぎないんやで」

 

 あれが女神の本当の聖域・・・・・・。晴人はその不気味ながらも何処か神々しい光を放つ繭を静かに見つめる。神は本当にいたのか。魔法の力さえなければ普通の人間である彼はあまり信心深い訳ではない。だがこうして目の前に神という存在が現れると不思議と畏敬の念が沸き上がってくる。だからといってみすみす女神復活を許したりはもちろんしないのだが。

 

「さあ、これで悠長なことは言ってられなくなったやろ。殺す気で来いや!」

 

 こうして女神の復活が目前になれば形振り構う余裕はあるまい。繭へと視線を向けるウィザードにギャザーは挑発的な笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・嫌だね。俺はアイツと約束したんだよ。絶望を希望に変えてみせるって誓ったんだ。こんなところで簡単に諦めちまう奴が誰かの絶望を救えるはずがないだろ?」

 

 それを知って尚も晴人はギャザーを殺したりはしない。己と同じように大切な人を失い、絶望の淵に立たされている彼を救えるのは自分しかいないのだ。ここで諦めてしまえば過去の自身に示しがつかない。それだけは絶対に嫌だ。

 

「・・・・・・あんさんもしかしなくてもアホやろ? 世界が滅びる目前なのにラスボスを殺せない勇者なんて見たことないわ」

「悪いね。俺、勇者じゃなくてライダーだから!」

「なんや、それ・・・・・・!」

 

 切羽詰まっているにも関わらず飄々とした態度を崩さないウィザードにギャザーは苛立ちを覚えた。

 

「ふん、どいつもこいつもあまっちょろい奴らばっかやな。・・・・・・ほんまヘドが出るわ!」

「うおっ!」

 

 怒りに身を任したギャザーが魔法を放つ。巨大な闇の魔力の塊をその身に受けたウィザードが吹き飛ばされる。ついに恐れていた事態が起きてしまったか。ここまで防御に徹していたギャザーが一転して攻撃に打って出た。先述の体力の低下によって彼とウィザードの差がついにゼロになったのだ。これで勝敗は分からなくなってきた。

 

「ははは! こっからはワイのターンみたいやな!」

「ぐっ!」

 

 動きが鈍くなればこちらのものだ。ギャザーはクロックアップによる時間の流れを操作した超高速の殴打を放つ。ウィザードはそれを回避せずに頑強な装甲で受け止める。クロックアップと同じく時間の流れを操れるインフィニティーリングを使えば回避も不可能ではないが、これ以上に体力が減ってしまえばギャザーを止めることが出来なくなってしまう。

 

「いてて・・・・・・!」

 

 なけなしの体力と引き換えにウィザードは肉体にダメージを受けることになる。どんなに頑丈な鎧でも衝撃までは吸収出来ない。腕や足、全身に打撲傷を負う。回復魔法が使えるギャザーならともかくそれが使えないウィザードにとってこのダメージは痛い。彼は膝をつく。

 

「休んでる暇はないで。まだまだこっからが本番や」

「・・・・・・言われなくても!」

 

 無数の剣がウィザードに降り注ぐ。彼はアックスカリバーによる高速の剣技でそれを弾き飛ばしていく。しかしそれも完璧ではない。流石のインフィニティースタイルと云えど豪雨のように飛来してくる剣を完璧に防ぎ切るのは不可能。弾き切れなかった剣が彼の身体をますます傷つけていく。

 

「晴人はん!」

「おっと」

「どきぃ!」

「ふふ。ここから先には行かせませんよ」

 

 このまま晴人を回復させないのは不味い。風を身体に纏い妖聖の包囲網を強引に潜り抜けたガルドの行く手をクーコが阻む。これでは助けに入ることが出来ない。邪魔をするな。怒気を込めて彼はクーコを睨み付ける。今すぐにもこの鎌で斬りつけてやりたいがどうも彼女は他の妖聖と様子が違う。何というか、クーコには敵意を感じられない。彼女は迂闊に斬ってしまってはならないとガルドの直感が囁いていた。

 

「そんな目で見ないでください。これはあなたたちを救うためでもあるんですよ」

「なんやと?」

 

 ガルドの意思を汲み取ったのかクーコが微笑む。こんな状況でなければ世辞の一つでも送りたくなる可愛らしい表情だ。こんな状況でなければ、だが。彼は怪訝な目でクーコを見つめる。自分たちのためだと? どういう意味だ。彼は問う。

 

「ギャザーさんの作る世界は誰も傷つくことのない理想郷なんです。人間は悲しみも不幸も感じません。ギャザーさんの管理の下幸せな人生を享受出来ます。そして何より人間によって妖聖が虐げられることがないのです。誰もが幸福になれる世界を作ってくれるんですよ、うふふふ」

 

 先ほどまでの幼さを残す笑みとは打って変わってうっそりと笑うクーコにガルドは絶句する。ここまでギャザーに洗脳されてきた妖聖たちとは明らかに違う。あくまで憎しみから戦う彼らは人間を滅ぼすことが目的であり、その終着点は己の自由である。果たして人間を滅ぼして自由を手に入れられるかは不明なのだが、それはまた別の話だ。

 

 クーコは言動から察するに人間に憎しみを抱いてないようだ。それどころか人間を救いたいと思っているようにすら感じられる。無論ギャザーが世界を支配した先に待っているのは絶望でしかないのだけど。彼女自身からはそれが希望に満ち溢れた世界に見えているようだ。

 

「あ、アホぬかせ! 人の心を奪った世界なんて誰も幸福になれるはずないやろ!? 心がなければ飯を美味いと感じることも、幸せって感じることも出来ないんやぞ!」

『そうよ! 心のないガルドちゃんなんてガルドちゃんじゃないわ! ガルドちゃんはガルドちゃんだから私は幸せなのよ!』

「そうですか・・・・・・」

 

 心を失うなんてまっぴらごめんだ。ガルドはクーコに鎌を向ける。戦いにくいが出来るだけ傷つけないように彼女を倒せば良いだけだ。それが出来る余裕があるかは捨て置き。彼は視線を周囲に向ける。再び妖聖たちが自分を囲んでいた。ここは自爆覚悟で竜巻でも使うべきか。それとも一旦距離をとるか。彼は思案する。

 

「・・・・・・残念です、ドォンさん」

『グオオオオオオオオオオオオ!』

「っ!? こいつ、いつの間に────!?」

 

 砂の中から突如として飛び出したドォンにガルドは吹き飛ばされる。ボゥアー以外にもまだこんな戦力が残っていたのか。口に入った砂を吐き出しながら彼は驚愕する。

 

「皆さん、今です!」

「う、うわあああああああ!?」

 

 うつ伏せに倒れたガルドを妖聖が群がるように取り囲む。彼は無数の攻撃魔法にその身を傷つけられていく。ドォンとクーコを除けば低級の妖聖しか残っていなかったのが不幸中の幸いだ。フューリーフォームの鎧を纏っていたおかげでダメージはあまりない。だがいくら一撃一撃の威力は低くとも一辺に喰らえば話しは別だ。このままだとそう長くは保たないだろう。

 

「ガルドくん!」

 

 ハーラーはガルドから妖聖を引き離そうと銃口を向ける。

 

「お前さんはまず自分のことを心配するんだな」

「うわっ・・・・・・! どいてよ、バハス!」

 

 眼前に振り下ろされた斧にハーラーは瞠目する。咄嗟に後ろに跳んでいなければ真っ二つになっていただろう。バハスはパートナーであった彼女にも容赦をしなかった。殺されそうになったハーラーは冷や汗を流す。

 

「どいてほしけりゃオレを倒すことだな。今のオレとお前は敵同士だろ?」

「そんなの、出来るはずないよ」

「なら大人しく死ぬことだな」

「それは無理!」

 

 バハスの猛攻をハーラーは辛うじて回避していく。これではガルドを助けることも、ウィザードを助けることも出来ない。ハーラーは彼を悲しそうに見つめる。本当にバハスを倒すしかないのか。彼女の銃を持つ手が震える。

 

「お願いだから目を覚まして! こんなの絶対に妖聖の為になったりしないってば!」

「・・・・・・」

 

 ダメだ。どう頑張っても撃つことが出来ない。親のように思っていたバハスを撃つなんて絶対に無理だ。ハーラーはただ叫ぶことしか出来なかった。そんな彼女をバハスは無言で見つめる。そこには一切の感情も感じられない。洗脳は解けそうになかった。彼はハーラーに向けて静かに斧を振り下ろした────。

 

 ◇

 

「ふっ、お仲間も大ピンチみたいやなあ」

「・・・・・・そうか? 俺はそうとは思ってないけどな」

「はあ? あんさん、周りが見えてないんか? どこをどう見たら余裕があんねん」

 

 ダイヤモンドよりも硬いアダマントストーンに罅の入ったウィザード。彼は傷だらけになっていながらも不敵に笑っていた。何を考えているのだろう。ギャザーは怪訝な表情を浮かべる。まさか、まだこの状況を打開できる切り札を隠しているとでも言うのか。自分すら知らない未知の魔法を使うウィザードならありえないことはない。ギャザーは彼への警戒心を更に高める。

 

「ははっ、何言ってんだ? 周りを見えてないのはお前だろ。俺ばかり見ていて良いのか?」

 

 その警戒心が裏目に出たのだろうか。

 

 

 

 

 

「────殺殺殺」

 

 ギャザーは背後に接近した新たな敵に気づかなかった。

 

「何っ!?」

 

 小さくも濃密な殺意を感じたギャザーは慌てて振り向く。夜の闇に紛れながらも確かな存在感を放つ死神────エフォールがそこにはいた。彼女は鎧に装備されている砲塔にエネルギーを込めてギャザーに向けている。凄まじい魔力だ。あれをまともに食らったらギャザーでもただではすまないだろう。

 

「振り向くな、と私は言ったよ」

『limit attack スーパーノヴァ』

「ぐわあああああああ!」

 

 青白く巨大なレーザーがギャザーを飲み込んだ。スーパーノヴァ。エフォールの放つ最強の必殺技だ。あまりに強大なその威力は山の地形を変える規模にまで及ぶ。驚異の自己再生能力を誇るギャザーでもこの攻撃をまともに喰らえば一溜まりもない。

 

「ギャザーさん!?」

 

 一部始終を見ていたクーコは悲鳴を上げた。ギャザーに対して絶対的な信頼を抱いている彼女とて目の前で必殺技を受けた彼を見れば流石に動揺する。万が一にもあり得ないが最悪の姿を想像したクーコは顔を青くした。

 

「よくもギャザーさんを・・・・・・!」

 

 クーコはガルドに襲わせていた妖聖をエフォールにけしかけようと指示を出す。彼から何体か妖聖が離れ、エフォールへと向かっていく。

 

「もう、お前らの好きにさせる気はねえんだよ」

 

 ────complet

 

 そこにアクセルフォームとなったファイズが立ち塞がった。

 

「生きていたんですか。・・・・・・はあ、まったく使えない人たちですね」

 

 足止めとしての機能をまったくと言っていいほど果たせなかったオルフェノク。数倍以上の戦力を持っていながら殆ど戦力を削ることすら出来なかった彼らにクーコは苛立ちを覚えた。三原の手助けさえなければ巧たちを壊滅寸前まで追い詰めた彼らからしたら理不尽な怒りなのだが。妖聖もオルフェノクも人間と変わらず結果が全てである。その結果がこの有り様では役立たずとしか言いようがない。

 

「何人来ようが同じです。誰にもギャザーさんの邪魔はさせませんよ!」

 

 クーコは雪崩のように激しい猛吹雪をファイズに向けて放つ。この魔法が直撃すればソルメタルによって固められた強固な装甲だろうと関係なしに凍りつくだろう。高い物理防御を誇りながらも、その反面魔法防御に圧倒的に弱いファイズにこの魔法攻撃は痛い。当たればの話だが。

 

「寒いのは嫌いじゃない」

 

────start-up

 

 アクセルフォームとなった今のファイズに脅威などない。彼はファイズアクセルのスイッチを押す。高速の世界に突入したファイズは眼前に迫った吹雪を軽々と回避する。

 

「なっ、消えた!?」

 

 端から見れば姿を消した彼にクーコは驚愕した。まさかギャザーのように時間を操っているとでもいうのか。いったいどこに行ったんだ。視線を右往左往と周囲に向けた彼女は更に驚く。

 

「み、皆さん」

 

 洗脳された妖聖の仲間が紅い三角錘状のエネルギーに次々と貫かれていたからだ。・・・・・・アクセルフォームの真骨頂は大軍との戦いにこそある。平素と違ってフォトンブラットのエネルギーが過剰なまでに満たされているこの姿は、戦車を一撃で破壊するクリムゾンスマッシュを連発することが出来るのだ。単純な能力だけならあのブラスターフォームにすら匹敵するだろう。あくまで低級レベルの妖聖を倒すには十分すぎる力である。

 

 これでガルドを襲っていた妖聖は彼女と土に潜って難を逃れたドォンを除いて壊滅だ。クーコは眉を顰める。ファングや晴人以外にまだこんな絶大な力を使う者がまだ残っているなんて思ってもいなかった。完全に予想外だ。

 

 ────time out

 

 ────reformation

 

「大丈夫か、ガルド?」

「た、助かったわ、巧はん。あー、ほんまに死ぬかと思った・・・・・・」

 

 ファイズは傷だらけになったガルドに傷薬を投げ渡す。彼はほっとため息を吐くとそれを一気に飲み干し、己の傷を癒す。流石に一方的に蹴る殴るを繰り返されるのは鎧を纏っていても辛かった。巧の助けがなくては本当に死んでいたかもしれない。ガルドは彼に心から感謝した。

 

「せや! 巧はん、ハーラーはんがピンチなんや。ワイのことはええから助けに行ってくれ。バハスはんを止めないとあかん」

「心配するな。そっちには俺の昔からの仲間が向かった」

「昔からの、仲間?」

 

 ガルドは首を傾げる。巧は記憶喪失だったのではないのか。ファングと出会う前の記憶はないと過去に聞いた覚えがあるのだが。なら昔の仲間とは一体・・・・・・。ガルドはハーラーとバハスに視線を向けた。

 

「────間に合ったみたいだな。大丈夫か?」

「た、助かったよ。それより君は?」

 

 ハーラーは白色の光を放ち輝く戦士の背中に目を丸くする。斧がハーラーを切り裂くかどうか、本当にギリギリのタイミングで彼女を救ったのは三原の射撃だった。正体不明の救世主にハーラーは困惑混じりに頭を下げる。

 

「・・・・・・どうしてオルフェノクが人間の味方をしている。巧みたいに王ってヤツに歯向かう気なのか?」

 

 後一歩でハーラーを斬れたというのに彼の銃撃によって攻撃を弾かれた。バハスはファイズに酷似した白い戦士を睨み付ける。ファイズでも、サイガでも、カイザでも、オーガでも、ライオトルーパーでもない。これまでに見たことのない新たなライダーの登場に彼は驚愕する。

 

 敵の立場になって分かったがライダーになれるのは一部の例外を除いてオルフェノクだけらしい。ならば目の前にいるこの男もオルフェノクなのだろうか。だとしたらどうして自分の首を絞めるような真似をするのか、まったく理解が出来ない。ギャザーやシャルマンと敵対する行為は自らの滅びに直結するのだから。

 

「違う。俺は君たちみたいに特別な力がある訳でも、ましてや乾みたいにオルフェノクって訳でもない。・・・・・・普通の人間だ」

 

 デルタは静かに構える。普通の人間を自称しながらも彼が放つ雰囲気は紛れもなく強者のそれであった。本気を出さねば勝てる相手ではない。バハスの目付きが変わる。

 

「人間ならオレの敵ってことで良いんだな?」

「お前が人間の敵ならな」

「ならお前はオレの敵で間違いない」

 

 身を削ってまで愚者を守ろうとする心優しき怪物よりはただの人間の方がやりやすい。バハスはデルタに斬りかかった。

 

「・・・・・・あの人が巧はんの昔からの仲間なんか? 」

『なんだか随分と頼りがいのありそうな人ね。アポローネスさんみたいに責任者のある大人って感じだわ。巧ちゃんにあんな仲間の人がいたなんでびっくりだわ〰!』

「ああ。俺もびっくりだ」

 

 まさか初対面の人間から頼りがいのあると言われるレベルにまで成長するとは。帰巣本能に刈られていた頃のかつての三原の姿を嫌になるほど知っている巧は何度目か分からない驚きに襲われた。

 

 まあ過去の戦いでも三原は意思の強さを見せる一面があったし、こうして十年近くの時を経れば頼りがいのある大人になるのもおかしくはない。彼もまた死線を潜り抜けたライダーなのだから。過去の戦いでも早い段階でデルタに変身していたらこのように成長した三原を見れたのかもしれない。

 

『グオオオオオオオオオ!』

「っ! 見てる場合じゃねえな」

 

 砂の中から飛び出したドォンの牙がファイズを襲う。彼は横に転がってそれを回避する。まだ自分たちの敵を完全に倒した訳ではないのだ。他人を心配している余裕などない。今はただ目の前の敵を倒すだけだ。巧はガルドに視線を向ける。

 

「やるぞ、ガルド」

「がってん!」

 

 巧とガルドは互いに頷くとドォンに向けて駆け出す。

 

『グオッ!』

 

 ドォンの口から暗黒の弾丸が吐き出された。ファイズは弾丸の中を掻い潜り、彼の顔面へと跳んだ。弾幕の中を無策に突っ込むのは危険かもしれないが直撃の心配はしない。必ず背後のガルドが弾幕を迎撃してくれると巧は信じているからだ。彼の鎌鼬がドォンの弾丸を相殺するのを横目にファイズはその手にファイズショットを装着した。

 

「タァァァァ」

 

─────exceed charge

 

「グガァァァァァァァァァァ!」

 

 グランインパクト。フォトンブラットを纏った必殺の拳だ。ファイズが放ったその一撃はドォンの鼻先を掠める。高純度のエネルギーを生身に喰らった彼はあまりにも激しい痛みに耳をつんざくような叫び声を上げる。流石のAランク妖聖も生物にとって凄まじい猛毒であるフォトンブラットには耐性がないようだ。

 

「よっしゃ! いくでー!」

『attack effect 魂砕き』

 

 仰け反ったドォンの懐にガルドが飛び込む。身の丈を越える巨大な斧は暴風で覆われ、ドォンの鋼のように硬い甲殻すら容易く砕く。腹部に大きく亀裂の走ったドォンはゴロゴロとのたうち回る。今がチャンスだ。ガルドは宙に跳んでいるファイズに死線を向ける。

 

「今や! 巧はん!」

「ああ」

 

 ドォンの装甲はガルドの斧によって完全に砕かれた。後は必殺技を当てるだけだ。装甲が砕けた今の彼に攻撃すれば大ダメージ与えられるだろう。ドォンを倒すチャンスだ。ニヤリと笑ったガルドにファイズは頷く。

 

────exceed charge

 

 ファイズはガルドが作ったドォンの亀裂に向けて再びグランインパクトを叩き込む。この状況で必殺技から必殺技に攻撃を繋げるとは見事な連携だ。

 

 進化した人類であるオルフェノクですら葬るフォトンブラットの攻撃は少し掠めただけでも効果抜群である。それが直撃すればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

「ォォオオオオ・・・・・・」

 

 青い炎を吹き上げたドォンは静かに崩れ落ちる。

 

「やったで、巧はん!」

「おう」

 

 強敵を倒した二人は拳をコツンと合わせた。ドォンに二度も煮え湯を飲まされたガルドはよほど嬉しかったのか巧の首に腕を回している。

 

「ど、ドォンさんまで・・・・・・!」

 

 ドォンという最後の切り札まで倒されてしまった。詰みだ。ギャザーの安否の分からない今、残された戦力は自分とバハスのみ。その自分たちにしても二人のライダーに確実に追い詰められている。ここからの逆転は不可能に近い。

 

「あとはあんただけだな」

「かんにんしぃ」

 

 ファイズとガルドはクーコを睨む。

 

「くっ・・・・・・!」

 

 不可能に近いとしてもクーコは諦めない。いや、諦められなかった。自分たち妖聖は人間たちと完全に敵対している。このまま大人しく降参したところで彼らは妖聖を許したりはしない。己に危害を加えた者は容赦なく排除するのが生きとし生ける者の本能だ。だからこそ妖聖は人間を滅ぼそうとしたのだから。今度は自分たちが滅ばされる番だ。だからクーコが引き下がることなど不可能だった。

 

「・・・・・・しゃーないわ。少しだけ痛い目を見てもらうで」

「おい、ガルド」

「ワイかて不本意や。せやけどなりふり構っていられない」

 

 だからといって彼らも黙って見ている訳にはいかない。このままギャザーに協力する者が残っていれば女神が復活してしまう。時を戻すことすら可能とする女神の力は脅威だ。その力を彼のように人間に憎悪を持った者が願いを叶えれば確実に人類は滅ぶだろう。ギャザーによって引き起こされた今回の騒動はもはや満身創痍の敵ですら見逃すことは許されない段階まで来ていた。ガルドはクーコに飛びかかる。

 

「まだです! まだ終わった訳ではありませんよ!」

「うっ!」

 

 クーコの間合いに入ったガルドは巻き起こった猛吹雪に思わず目を瞑る。

 

「ガルド!」

「これくらいへっちゃらや! 逃がさへんで!」

 

 例え視界を封じられても目の前にクーコはいるはすだ。ガルドは怯むことなく次々と攻撃を放つ。しかし、数撃ちゃ当たるとがむしゃらに振った彼の鎌は虚しく空を斬るだけであった。

 

「ち! どこに行ったんや!」

 

 吹雪が治まると目の前にいたはずのクーコはいなくなっていた。彼女を逃がす訳にはいかない。ガルドはキョロキョロと周囲を見渡しながら叫んだ。

 

「落ち着け。行くとこなんて限られてんだろ」

「・・・・・・女神のとこか!」

 

 このままではクーコに女神の力を奪われてしまう。二人は急いで聖域へと向かう。

 

「ごめんなさい、ギャザーさん。もうこうするしか方法がないんです」

 

 クーコは無数のフューリーが突き刺さった祭壇の前に踞つく。

 

「・・・・・・あなたは何をする気なのですか?」

 

 祭壇に縛り付けられていたリタはクーコを睨み付ける。本来なら彼女の力を以てすればクーコの心を読むくらい造作もないはずであった。しかし、今のクーコは心の中に様々な感情が渦巻いていて何を考えているのかまるで分からない。辛うじて断片的に分かったことは女神に対してとても良くないことを考えていることくらいである。

 

「ふふっ、私が神になるんですよ」

 

 リタの問いかけによってクーコの感情は一つに収束していく。彼女はどうやらギャザーの願いを自分が叶えてやるつもりらしい。神になるという願いを、だ。

 

「そんなことが、本当に出来るとでも? 不可能です。あなた、死にますよ」

 

 ただの妖聖が神になるなんて不可能に決まっている。神は生物の次元を越えているのだ。時を巻き戻し、死者を生き返らせ、世界を手中に治める。神というのはこれだけの奇跡を可能とするのだ。そんな存在に無理になろうとすればその先に待っているのは死あるのみである。何と愚かなことなのだろうか。リタはどうしてクーコがそのような行動に出るのか理解出来なかった。

 

「出来る出来ないじゃありません。やるかやらないかなんですよ。私はギャザーさんのためなら身を滅ぼす覚悟なんてとっくに出来ているのですから」

「・・・・・・何故あなたは彼のためにそこまで尽くせるのですか?」

 

 命を賭けるなんてそんなに簡単に出来ることではないだろう。確かに大切な人のために身を尽くす行為は悪いことではない。自己犠牲を出来る者は美しいとすら思う。だけどそれは当人が生きているからだ。本当に身を尽くすことになっては意味がない。死んでしまえばそこには何も残らないのだ。それなのにクーコはどうして躊躇うことなく命を賭けてしまうのだろう。リタは疑問に思う。

 

「・・・・・・外道のようなフェンサーが私のパートナーだった。フューリーを奪うためなら手段を選ばず、躊躇いなく人を殺す野蛮な男。そんな男とパートナーになってしまったせいで私は奴隷として扱われていました。今思い出すだけでもおぞましい・・・・・・!」

 

 クーコは青ざめた顔で己の身体を抱き締める。女性が己の身体を抱く、それだけで何をされたのかリタは理解してしまう。

 

「けれどもギャザーさんは私を救ってくれた。あの男を殺し、私に命を与えてくれたんです。それだけじゃない。私のように外道に苦しめられている同胞が自由に生きていける世界を作ると約束してくれた」

「・・・・・・それがあなたがギャザーに従う理由なのですか」

「ええ。だから、あの人に与えられた命・・・・・・ここで散るのも悪くないです」

 

 クーコは真剣な目でリタを見つめる。ギャザーのためならここで死んでも構わない。その気持ちに嘘はないようだ。ここまで固い意思を持っているなら何を言っても彼女は止まらないだろう。クーコは命を賭けて彼の願いを叶える気だ。・・・・・・ならば女神に選ばれた自分がすべきことは一つしかない。

 

「仕方ありませんか」

 

 リタはため息を吐くと己の魔力を解き放つ。強大な魔力は光の柱となって天上に出現した女神の聖域へと向かっていく。

 

「その柱に飛び込みなさい。今の女神様は抜け殻の状態・・・・・・神になりたければアリンさんの代わりにあなたが女神の器になれば良い」

「・・・・・・止めなくて、良いんですか」

「止めてほしいのですか?」

「い、いえ。ただギャザーさんをあれほどまでに心配していたあなたがどうして私の願いを叶えてくれるのか気になって・・・・・・」

 

 クーコは驚く。いくらなんでも呆気なさすぎる。殺すことも覚悟していたというのに。まさかこんなにも簡単に願いが叶うとは思ってもいなかった。これまでのリタの言動を考えれば彼女が驚愕する理由としては十分である。

 

「私がすべきことは資格がある者を導くこと。その資格を持っているのはあなたです。なら私がしなければならないのはあなたを導くことであり、願いを拒むことではありません。それを拒む権利があるのは女神様だけです。ただの鍵である私にはありません。無論、出来ることならあなたやギャザーが止まってくれることを私は願っていますけど。どう考えてもあなたたちに神を御する力はないですからね」

「それは、無理な相談ですね。・・・・・・ですが心配してくれてありがとうございます」

 

 クーコはリタを見る目を変える。やはり彼女は神に選ばれた特別な存在なのだ。どれだけ間違った考えを持った相手を前にしても私情を挟む気が一切ない。全ては女神のあるがままに。世界が滅びるかもしれないのにその使命を全うする姿は尊敬に値するものだ。

 

「まさか感謝をされるとは思ってませんでしたよ。・・・・・・ご武運を祈っておきます」

 

 その期待に応えられることを願うばかりだ。クーコは光へ向けて足を進める。

 

「待て!」

「何をする気なんや・・・・・・!?」

 

 ファイズとガルドが祭壇へと駆け込む。そして彼らは目を見開く。この光の柱はなんなのだ。まさかもう手遅れだとでもいうのか。尋常ではない光の魔力は彼らに焦りをもたらす。

 

「ふふっ」

「「っ!?」」

 

 クーコは振り返る。その顔に見る者を魅了する笑みを浮かべて。何を考えているのだ。こんな時にどうして笑っていられる。二人にはまるで理解出来なかった。困惑している彼らを尻目にクーコは降り注ぐ光へと飲み込まれていった。

 

「あなたたちのような優しい人がパートナーだったら私も・・・・・・なんてね。この身を捧げます。女神様、どうか私にあなたの力を貸してください」

 

 

 

 

────そして女神が復活する。

 

 ◇

 

「ここまでみたいだな」

 

 ウィザードはアックスカリバーの切っ先をギャザーに向ける。エフォールの必殺技は彼に完全に直撃していた。全身が焼け焦げ満身創痍になった彼は回復することすら出来ずに仰向けにぼんやりと倒れている。もはや勝負は決したも同然だった。

 

「何を、見ているの?」

「・・・・・・」

 

 返事はない。エフォールは彼の顔を覗き込んだ。その瞳からは光が感じられずただひたすらに深い闇に支配されている。まるで殺意に囚われていた過去の自分のように。彼女は嫌な予感を覚えた。

 

「・・・・・・大人しく降参しろ。今ならきっと間に合う。お前にはまだ希望があるはずだ」

「・・・・・・」

 

 返事はない。晴人が声を掛けてもギャザーはこちらを見ようともしない。彼が見ているものは自分ではなく空に浮かぶ光の繭であった。晴人はギャザーに釣られて空を見上げる。繭から放たれる神々しい光に彼は目を細めた。

 

(あと、どれだけの時間があるんだ?)

 

 女神復活の儀式は依然として続いている。もしも彼女が復活し、彼らがその力を手にしたのなら晴人ですらどうすることも出来なくなるだろう。この状況は皆既日食が起きた『あの日』に似ている。途端に彼は嫌な予感を覚えた。ここまで追い詰めて敗北を認めないのなら、ギャザーを絶望から救うことを諦めるしかないのだろうか。

 

「・・・・・・希望なんてあるはずがないやろ」

 

 ポツリと呟かれた言葉。二人はハッとしてギャザーへ視線を向ける。彼は憤怒に満ちた表情でウィザードを睨んでいた。

 

「っ!?」

 

 これまでに感じたことのない殺気に晴人は言い様のない寒気を感じる。神に最も近い男の本気の殺意は人々の英雄の象徴たるライダーですら恐怖を抱くものであった。

 

「あんさんは確かにたくさんの人間を絶望から救ってきたんやろなあ。希望の魔法使いを謳うだけはあるわ。せやけどな・・・・・・絶望から救えなかった人間もおるんとちゃうか?」

「─────っ!?」

 

 晴人は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。ニヤリと笑ったギャザーに彼は表情を変える。晴人が心の奥底に押し込んでいた深い闇にギャザーは気づいていたのだ。・・・・・・これまで数多くのゲートと化した人々を救ってきた晴人だがギャザーの言うように救うことが出来なかった人々がいる。

 

「鬼のように強いその姿を見れば分かるわ。あんさんはその力でワイみたいな悪者と戦ってきたんやろ。善人を守るために。ははっ、あんさんと戦った悪者は一体どうなったんやろうなあ?」

「・・・・・・俺が倒した」

「倒した? 殺したの間違いやろ」

 

 そう。ウィザードは人間を殺している。ファントムになってしまった人間だ。ゲートを狙って襲ってきた彼らをなし崩し的に殺めているのだ。いや、それはウィザードに限った話しではない。ライダーは、英雄と呼ばれる戦士たちは守りたい何かのために常に殺さなくてはならない相手がいる。

 

 どれだけ綺麗に着飾っても現実はフィクションの世界とは違う。ライダーは人を守るために人だった化け物を殺しているのだ。優しき心を秘めた彼らがその手で切り裂き、その足で貫いた怪人の感触はずっと胸の中に罪の形として残り続けるだろう。それでもライダーは罪を背負いながら戦い続ける。戦い続けなくてはならない。戦えない全ての人々のために。

 

「だから、なんだって言いたいの?」

「エフォールちゃん、落ち着け」

 

 エフォールは弓を向けてギャザーを睨む。元暗殺者である自分ならともかく、そんな自分を受け入れてくれた仲間たちを人殺し呼ばわりすることは許せない。

 

「希望を守るために絶望を犠牲にしておきながら、絶望そのものであるワイを救うなんて不可能ちゅーことや」

 

 怒りに目を細めたエフォールを彼はフッと鼻で笑った。

 

「希望と絶望は相容れるはずがないねん。それなのに希望があるだのなんだのって・・・・・・ワイからすればあんさんこそただの悪者や」

「違う。私たちは悪者なんかじゃない」

「だったら弓を下ろせや、アホ。ズタボロの相手に武器を向けてる奴らのどこが正義の味方やねん」

 

 一理ある。エフォールは渋々と武器を下げた。彼女の一歩前にウィザードが出る。満身創痍のギャザーに何か出来るとは思えないが万が一のこともある。念のために防御力の高い自分が前に立っておこう。

 

「・・・・・・俺だって大切な人を失ったことはある。でも、だからって俺はお前みたいに復讐する気はない。あいつのために希望を持って生きていくって決めたからな」

「それが本当にその子のためになると、本気でそう思っとるのか?」

「思ってるさ。あいつだけじゃない。エルモちゃんだって絶対にこんなことを望んだりはしないと思うぞ。お前が何時までも自分の死に縛られないで前を向いて生きていってほしいって思ってるはずだ」

 

 本当にエルモがギャザーを愛していたのならそれを望むはずだ。愛する者が復讐鬼になって喜ぶような人格破綻者なら彼はこうもおかしくなったりはしない。本当にとても優しい子だからこそギャザーは復讐に囚われることになったのだ。ならばそれを自覚してもらうことが出来れば彼は止まるはず。晴人はそう思っていた。

 

「そんなもん百も承知や。それでもワイには止まるなんて選択肢はない」

「・・・・・・どうしてだ?」

 

 それでもギャザーが止まることはない。何故だ。エルモが悲しむというのに彼はどうして諦めない。愛する者が望まぬ戦いに意味など何もないではないか。晴人は困惑した。

 

「なら聞くけどな。ここでワイが諦めたらエルモは生き返るんか? 人間に傷つけられた妖聖たちは救われるんか? 愛する者を失って、仲間たちが傷つけられていくこの世界に希望があると、そう思っとるのか?」

「それは・・・・・・」

「死んだ相手のことを思っているなら諦めるなんて選択肢、ハナから存在するはずがないねん。『あの人の分まで前を向いて生きよう』とか自分を慰めているだけやろ。本当に大切ならな、昨日理不尽に死んでいったその人が本来迎えるはずだった明日を作るべきやないのか?」

「・・・・・・」

 

 何を言えば良いのか分からない。自分だって同じように愛する者を救えなかったことを悔いているのだ。晴人は胸に突き刺さるような彼の強い意思に言葉が詰まってしまう。ギャザーが望んでいるのは死んでしまった愛する者や仲間たちが自由に生きていけるような世界を作ること。人間に殺されたエルモ、人間に傷つけられた妖聖。彼らが迎えるはずだった明日のために彼は戦っているのだ。そんなギャザーを止めることが本当に正しいのか、かつての悲劇を思い出して動揺していた晴人は分からなくなってしまう。

 

「ワイは絶対に止まる訳にはいかん。この戦いに勝って、この世を妖聖が自由に生きていける世界に変える。それが昨日死んでいったエルモに、仲間に出来る唯一の手向けや。そのためならワイは・・・・・・神にだってなってやるわ!」

 

 ギャザーは両手を広げて叫んだ。ウィザードとエフォールは咄嗟に後ろに飛び退く。嫌な予感がする。いったい何をする気だ。警戒心を露にし、身構えていた二人は目を大きく見開く。なんと彼の身体に次々とフューリーが突き刺さっていくではないか。まるでフェンサーがフェアライズした時のようだ。あまりの不測の事態に彼らは驚愕する。

 

「フューリーが、ギャザーに集まっていく・・・・・・?」

『ま、まさか! この場にいる全てのフューリーと融合するつもりですか!?』

「なに!? よっ、よせ! そんなことをしたらどうなるか分かっているのか!?」

「知るか! ワイは絶対に神の力を手にしてこの世の支配者となる! もう二度とエルモのように傷つけられる妖聖がいなくならない世界を作るんや!」

 

 無数の魂を一つの身体に重ねるなんて不可能だ。如何に最強のSランク妖聖とて肉体が耐えられるはずがない。どう考えても無茶である。このままではギャザーは死んでしまう。それだけは絶対にあってはならない。人間に絶望したまま彼を死なせてたまるものか。ウィザードはアックスカリバーを振り上げた。

 

「無駄や!」

「うおっ!?」

「きゃっ!」

 

 ギャザーの身体から溢れ出た漆黒の波動にウィザードとエフォールは吹き飛ばされる。単純な魔力の放出だというのにとてつもない威力だ。まだこんな力を隠していたというのか。まるで暴風のような力の奔流に彼は思わず後ずさる。このまま不用意に魔力の波に飛び込めばウィザードですらタダでは済まないだろう。最強フォームであるインフィニティースタイルですら近づくことが許されないとは何という魔力だ。これまでに経験のない己を越える魔力を放つギャザーに晴人は戦慄した。

 

「くそ、こうなったらもう手加減出来ないぞ・・・・・・死ぬなよ!」

『ターンオン!』

 

 依然としてギャザーは魔力を放ち続けている。治療は後ですればよい。致命傷を負わせる覚悟で彼の暴走を止める。ウィザードはアックスカリバーをカリバーモードからアックスモードへと持ち変える。

 

「フィナーレだ・・・・・・!」

『ハイタッチ! シャイニングストライク キラキラ!』

 

 ウィザードは巨大になったアックスカリバーを振り回すと高々と跳び上がった。ドラゴンシャイニング。ありとあらゆる邪悪を叩き斬るウィザード・インフィニティースタイルの必殺技だ。今のギャザーを倒すには自分もこの切り札を出すしかない。数多くの絶望を切り裂いてきた希望の一撃が彼に振り下ろされた。

 

「ぐっ、ぐぐぐぐぐ!」

 

 ウィザードの腕が激しい衝撃に震える。闇のオーラを纏ったギャザーにアックスカリバーの刃が通らない。硬い。ありえないことに彼の放つ魔力はなんと質量を伴っていた。バリアのようにギャザーを覆う魔力にウィザードはアックスカリバーごと吹き飛ばされる。

 

「うおおおおおおおおお!」

『ハイハイハイハイハイタッチ! プラズマシャイニングストライク キラキラ!』

 

 このまま押し負けてたまるものか。ウィザードはアックスカリバーを放り投げるとそれに更なる魔力を込めた。プラズマドラゴンシャイニング。ドラゴンシャイニングを越えたウィザード・インフィニティースタイルの最強の必殺技だ。更に膨大になったアックスカリバーが放物線を描きながらギャザーを襲う。

 

「・・・・・・フンッ!」

 

────バキリ

 

 何がへし折れるような音が鳴った。

 

「なっ・・・・・・!?」

 

 晴人は驚愕に目を見開く。驚くのも無理はない

 

「────どうした、何ヲそんなに驚ロいとる?」

 

 ダイヤモンドよりも強固なアックスカリバーがギャザーの腕によって粉砕されていたのだ。いや、今の彼をギャザーと本当に呼称して良いのだろうか。闇が晴れるとそこに今までのギャザーはいなかった。

 

「だから無駄って言ったやろ」

 

 ギャザーは闇そのものとも思える異形の姿に豹変していた。人の形を成していながらも全身が真っ黒に染まった彼は例えるなら地面に写った影だ。唯一光を放つのは二つの眼孔のみである。放たれる底知れぬ禍々しき暗黒の波動は彼の足元にあった花を枯らす。・・・・・・今のギャザーはもはや妖聖ではない────怪人だ。

 

「クハハハ! 凄いパワーや。まるで神にでもなった気分や・・・・・・!」

 

 ギャザーは怪人と化していた。異世界からやって来たオルフェノクや先天的な怪物であるモンスターとは違う。正真正銘この世界で新たに誕生した怪人だ。

 

「・・・・・・なんなんだよ、その姿は?」

 

 ウィザードは怒気の感情を込めてギャザーを睨み付ける。その感情には一種の諦念と落胆が混ざっていた。彼には分かる。力なき者が触れれば命を落とすこの力ではどうやっても正しき世界を作れるはずがないと。ギャザーを止めなければ待ちわびているのは滅びでしかない。ここまで来てしまえば晴人でも諦めるしかない。彼は一線を越えてしまったのだ。

 

「あァ? なにか言ったんか?」

 

 ギャザーは緩慢な動きでウィザードを視界に捉える。

 

「その姿はなんなんだ!? お前は愛する者が傷つかないで済む世界を作りたかったんじゃなかったのか!? なのに・・・・・・なのにどうしてそんな壊すことしか出来ない力を使おうとするんだ!」

 

 ウィザードはウィザーソードガンを召喚すると、ギャザーに飛び掛かった。

 

「お前らを見ていたら人間を管理するのは不可能やって気づいたわ。・・・・・・なら壊すしか方法がないやろ」

「っ!?」

 

 何があった。ウィザードは困惑する。気づいたら宙に浮いていた。彼は己に起きた事態を理解出来なかった。腹を殴られて吹き飛ばされたのだと理解したのは胸の苦しみで酸素が無理やり吐き出されてからだ。何というスピードなのだ。ギャザーの攻撃はインフィニティースタイルを以てしても視認出来なかった。

 

「ワイはエルモに頼まれたんや。あの狂った村で全てを壊してくれってな。その約束を果たすには人間を皆殺しにするしかないやろ。あいつを壊したのはフェンサーでもオルフェノクでもなく普通の人間なんやからな」

 

 うつ伏せに倒れたウィザードにギャザーがゆっくりと近づく。彼は何とか立ち上がろうとするが足に力が入らないのかがくりと崩れ落ちる。たったの一撃にも関わらず立てなくなるほどの大きなダメージを受けたのか。どうやら自分はとんでもない判断ミスをしたようだ。首に手を掛けられたウィザードはじわりと嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「関係ない人まで、巻き込むな」

 

 首を絞められて呼吸が出来ない。朦朧とする意識の中、ウィザードは辛うじて言葉を絞り出した。

 

「それは無理な相談や・・・・・・一番たちが悪い連中を残しておくはずがないやろ」

「グハッ!」

 

 ウィザードは地面に転がる小石のように無造作に蹴り飛ばされる。攻撃されていながらもギャザーから敵意が感じられなかったことに彼は驚く。ギャザーを追い詰めていた自分も今となっては敵意など抱く必要もないようだ。彼から受けたダメージによって変身の解けた晴人は苦悶の表情を浮かべた。

 

「おい、もう終わりなんか?」

 

 ギャザーが目の前にいるというのに視界が曇っていく。気を緩めれば今にも意識を失ってしまうだろう。もう限界だ。長く変身しすぎた。これ以上は戦えそうにない。晴人は膝をつく。

 

「終わって、たまるか・・・・・・!」

 

 それでも諦める訳にはいかない。ファングがいない今、ギャザーを止められるのは自分しかいないのだ。このまま自分が倒れてしまえばこの世界の人たちが滅ぼされてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。例えこの身が朽ちることになろうとも。晴人はふらふらとした足取りながらも立ち上がる。

 

「ボロボロになりながらもそれでもまだ立ち上がるか。かっこええなあ。まるでヒーローみたいや。けど残念やなあ」

 

 傷だらけになりながらも鋭い眼光を放つ晴人をギャザーは小馬鹿にしたように鼻で笑う。晴人は彼の不気味な笑い声に時が止まるような寒気と、そして言い様のない嫌な予感を覚えた。

 

「もう手遅れや」

「くそ! 間に合わなかったか・・・・・・!」

 

 その予感は当たった。空を見上げた晴人はどうしてギャザーが笑っていたのか理解する。

 

『Laaa♪』

 

 ─────女神再誕の時が来たのだ。晴人は見た。光の繭が割れ、欠片となって空から崩れ落ちていく神々しい光景を。夜の闇に包まれていた世界が光に染められていく奇跡を。そして空から舞い降りた美しき聖女の姿を。ああ、何と神秘的なのだろうか。

 

「あれが、女神・・・・・・!」

 

 天から出現した巨大な聖女を前に晴人は驚愕に顔を染める。

 

「違う・・・・・・」

「えっ?」

 

 ポツリと呟かれたエフォールの否定に晴人は目を見開く。

 

「・・・・・・あれは」

 

 エフォールは目の前の女神の姿に違和感を覚えた。彼女はゴッドリプロダクト────神々の封印を解いていく過程で幾度となく女神の姿を目撃している。何かがおかしい。エフォールは記憶の中の女神と目の前の存在を照らし合わしていく。・・・・・・そうだ。自分の知っている女神の髪の色はアリンと同じ桃色であり、金ではない。

 

「あれは、女神様じゃ、ない?」

「どういうことだよ?」

 

 あれほどの力を持った存在が神でないのなら何を神と呼べばいいのだろう。エフォールと違って女神を見たことがない晴人は首を捻る。彼がそう思うということは少なくとも単純な力だけなら本物の神と思って良いだろう。ならあの金色の聖女は一体何者なのだろうか。彼らは困惑した。

 

「ワイが教えてやってもええんやけど・・・・・・気になるならヤツらに聞くんやな」

 

 ギャザーは視線を女神へと向ける。彼女は何かを掴むとこちらに放り投げた。

 

「くっ・・・・・・!」

「いたた!」

『巧さん! それにガルドさんも!』

 

 それは巧とガルドであった。彼らはその身体を強く地面に打ち付け、変身が解けて咳き込んでいる。慌てて晴人とエフォールは二人を抱き起こした。目立った外傷はなさそうだ。ここが砂漠でなかったなら大ダメージを受けていただろう。

 

「お、お前ら・・・・・・無事だったか」

 

 巧は晴人たちの姿を認識すると力なく笑う。

 

「なあ、あれの正体はなんなんだ?」

「あれは、ワイらと戦っていたクーコはんや」

「ヤツが俺たちの目の前で女神になった」

「なにっ!?」

 

 晴人は驚愕する。ギャザーの横にいた少女があの女神の正体など信じられない。自分たちが目を離した隙に何があったというのだ。

 

「クーコさんは女神様と融合を果たしました」

「リタちゃん・・・・・・」

 

 晴人の疑問に答えたのはリタであった。彼女は拘束を自力で破壊してこちらに飛んで来たようだ。敵の目的が達成された今なら逃げることのリスクはない。最もこうなってしまってはどこへ逃げても結果は同じなのだが。

 

「それは本当なのか?」

「ええ。ですがクーコさんは神の力を制御することは出来なかったようです。彼女は女神様の中で眠っています。今の彼女は本能の赴くままに動く動物のようなものです」

「ああ。あいつ、暴れ馬みたいに手当たり次第に暴れてやがった」

「それに巻き込まれてワイらもこの様や」

 

 やはりクーコはリタの言っていた通り神の力に飲み込まれてしまったようだ。

 

「ワイだって制御出来るかは怪しいんやからな。Bランク妖聖のクーコに出来るはずがないわ」

「どうして他人事みたいに言えるの・・・・・・?」

『仲間じゃなかったんですか?』

 

 エフォールと果林はそれが当然とばかりに冷静に分析するギャザーが信じられなかった。クーコは彼のために身を滅ぼす道を選んだのではないか。それなのに何故こんなにも無関心でいられる。ギャザーは少なくとも妖聖には優しかったはずだ。

 

「何言ってんねん。ワイはそこまで薄情じゃないわ。最初から言ってるやろ。神になるのはワイやって。クーコを見捨てたりする訳ないやん」

「ギャザー。あなた、まさか・・・・・・」

「そのまさかや」

 

 ギャザーはニヤリと笑って頷くと翼を広げた。

 

「守る価値のある世界も、行く末を見届けるべき人間もこの世にもうおらんやろ。滅ぼすべきなんや、こんな世界!」

「待ちなさい! 待って! ギャザー、それだけは絶対にダメです! あなたは己の使命を放棄する気ですか!?」

 

 ギャザーの意図に気づいたリタは彼に手を伸ばした。しかしその手は虚しく空を切る。時の流れを自在に操る彼を止める手立ては先ほどの儀式で魔力をほとんど使い果たしたリタに、度重なる戦闘のダメージで体力を失った巧たちにはなかった。

 

「このままでは、世界が終わってしまう・・・・・・」

 

 リタは絶望に顔を染めた。

 

「数千年ぶりやな、女神」

『La?』

 

 ギャザーは女神の眼前に転移した。宛もなくただ宙を漂っていた彼女の視線がギャザーへと向けられる。本来なら慈愛に満ちた女神の瞳からは何も感じられない。底無しに広がる空虚を越えた虚無の視線に流石の彼も僅かながらの恐怖を感じた。彼女に飲み込まれてしまえば自分の存在が消えてしまうのでないかと。ギャザーは慌てて首を振る。

 

「ありがとな、クーコ・・・・・・それにみんな。お前らがいればワイも怖くないわ」

 

 恐れることはない。この身は無数の妖聖と融合しているのだ。共に戦うことを誓った友たちと一緒ならば不可能なことなんてない。自分たちは必ずこの世全ての人間を滅ぼせるはずだ。ギャザーは不敵に笑う。

 

『Laaa』

「女神! お前には願いを叶える力があるんやろ!? ならワイを、妖聖たちの願いを聞けぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ギャザーは先ほどリタをも上回る強大な魔力を放つ。果てしない闇が彼を、女神を飲み込む。周囲一帯が暗黒の霧に包まれた。カヴァレ砂漠は夜を越えた常闇の世界へと変貌する。

 

「ギャザー、なんてことをしてくれたんです・・・・・・! 『人間を滅ぼせ』なんて願いを叶えてしまえば女神は全ての人間をこの世から消すまで止まりませんよ・・・・・・」

 

 ギャザーを追うように瞬間移動したリタは、目の前に広がる闇を前に両膝をついてしゃがみ込む。自分の予想していた中でも最も最悪な事態になってしまった。ああ、もうどうすることも出来ない。彼女は悔しさのあまり握りしめた拳に力が入り、血が流れているのにも気づかなかった。

 

「・・・・・・止めることは、出来ないのか?」

「せ、せやで。ワイら皆で戦えば・・・・・・」

「勝てる、かも」

 

 これまで見せたことのないリタの取り乱した姿に巧たちは呆然とする。確かに女神の力は絶大だ。どれだけ低く見積もっても自分を苦しめたあのオルフェノクの王と同等。ブラスターフォームを使ったとしたもファイズだけでは勝つのは不可能だろう。だが彼は一人ではない。ここには晴人たちもいる。全員で力を合わせれば決して力の及ばない相手ではない。しかし、リタは首を振った。

 

「あなたが戦ってきたオルフェノクの中に滅亡した世界を一から作り直せる存在はいましたか?」

「それは・・・・・・」

「女神にはそれが出来るんですよ。この世界を作ったのは彼女だということを忘れないでください。皆で戦えば勝てるなんて考えは上辺だけの力しか見えてない証拠です。あなたたちが束になったところで世界を作ることも、世界を滅ぼすことも不可能です。ですが女神はそのどちらも可能なのですよ」

「・・・・・・」

「次元の違う存在に対して勝とうなんて、ましてや戦おうなんて甘い考えは捨てなさい。不確かな希望はただの絶望でしかないんですよ」

 

 何も言い返せない。リタから向けられるじめりとした視線に巧は、彼らは無言になってしまう。もはや世界はどうにもならない状況に追い込まれてしまったのだ。自分たちはここで終わる運命なのだろうか。巧は、あの晴人までもが絶望的な空気に飲まれつつあった。

 

「・・・・・・だったら、だったら私たちに黙って滅びろって言うんですか!?」

 

 静寂を打ち破ったのはフェアリンクを解除した果林であった。彼らの視線が人の姿になった彼女に向けられる。

 

「エフォールの人生はまだこれからなんですよ!? 学校に行って、友達を作って、恋をして・・・・・・そんな素敵な人生が待ってるんです! それなのに、それなのにこんなところで終われと言うんですか!? そんなの嫌です!」

「果林さん・・・・・・」

「私も、私だって嫌です! まだやりたいことがいっぱいあるんです! だから、だからっ・・・・・・!

 

 普段は大人しい果林が必死になって叫ぶ姿にリタは目を見開く。

 

「このままただ諦めて自分の死を待つなんて絶対に認められません! 私は戦います! 例えその先に待っているのが絶望だったとしてもっ! 少しでも可能性があるなら希望に縋ってみせます!」

「果林さん・・・・・・!」

 

 こんなところで諦める訳にはいかない。果林の強い意思がリタの心を震わせる。それは彼女に限った話ではない。絶望に向かいながらも希望を信じる果林の姿に巧たちは崩れかけていた心を繋ぎ止める。

 

「リタ、俺たちは最後まで戦わしてもらうぞ」

 

 諦める訳にはいかないのは自分たちも同じだ。例えこの先にあるものが破滅であろうと最後まで足掻いてやろうではないか。決意を固めた巧はリタに手を差し伸べる。

 

「本当に戦うのですか?」

 

 リタは巧の手を見つめながら呟く。それは彼にではなく彼らに聞いているのだろう。晴人たちは静かに前に出る。

 

「・・・・・・私も戦う。果林が戦うのに、パートナーの私が逃げる訳にはいかないもん」

「ワイもや! 戦う力を持ってるのはワイらしかおらんねん。そのワイらが諦めたら誰が戦えない人たちを守るんや?」

「ガルドの言う通りだ。不確かな希望そのものである俺たちが戦わなかったら、その先にあるのはただの絶望でしかないじゃないか。俺はそんなの認めない。もう二度と誰かを絶望に落としたりしないって約束したからな」

 

 待ち受けているのが例え絶望であろうと戦う覚悟は出来ている。決意を固めた晴人たちは力強く頷く。

 

「・・・・・・分かりました。私も一緒に死にましょう」

「一緒に戦う、の間違いだろ?」

「ふふっ、勝負になると良いですね」

 

 リタは微笑を浮かべると巧の手を取った。

 

 その瞬間。

 

 

 

「─────アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 甲高い悲鳴と共に女神が闇の中から飛び出した。彼らは咄嗟に身構える。

 

「っ!?」

「そんな、アホな」

「あれは・・・・!?」

 

 信じられない。あまりに理解しがたい光景に巧たちは目を見開く。彼らは女神と共に現れた存在に視線を釘付けにされた。

 

「アリン!?」

 

 アリンがそこにはいた。他人の空似ではない。魔方陣から出現した彼女はどう見てもアリンであった。赤い服に赤い髪、無機質な目をしていることを除けば巧たちの記憶と寸分違わぬ姿をした妖聖の少女を前に彼らは驚愕する。どういうことだ。彼女はファングと共に行方を眩ましたはずではないのか。それにどこか様子がおかしい気がする。彼らは強く困惑した。

 

「どうしてアリンがここに!?」

「いや、よく見ろ! あれはアリンちゃんじゃない!」

「嘘・・・・・・!」

「な、何人おんねん!?」

 

 アリンらしき存在に追随するように次々と同じ魔方陣が出現していく。気づけば巧たちは無数の彼女に取り囲まれていた。

 

『願いを聞き届けました』

『我らが使命はただひとつ』

『この世全ての人間を抹殺すること』

 

 四方八方から聞こえる不穏な言葉の羅列に巧は冷や汗を流す。

 

「おい、こいつらアリンそっくりのくせに賢そうだぞ!」

「そこは気にするとこやないやろ!?」

『どうしてアリンちゃんがあんなにたくさんいるのかしら?』

「あれはギャザーの願いが作り上げた人類を滅ぼす破滅の化身。本来なら女神を守るはずの防衛装置のような存在です!」

「俺たちが封印を解く時に戦ってたヤツか!」

 

 巧はゴッドリプロダクトを行う時に度々交戦していたモンスターの姿を思い出す。どうしてアリンの姿をしているのかは不明だがあれと同じ存在だというのなら目の前にいる彼女は相当に厄介な力を持っているに違いない。それが数え切れないレベルで出現していることに彼は頭痛を覚える。

 

「・・・・・・本物とか、紛れてたらどうしよう」

『エフォール、その冗談はシャレになりませんよ。皆さんが非常に戦いにくそうな顔をしてますから』

「気を紛らわせようと思って・・・・・・」

「こんな時にふざけてる場合か! 来るぞ、気をつけろ! ・・・・・・変身!」

『フレイム プリーズ! ヒーヒー! ヒーヒーヒー!』

 

 破滅の化身の大軍が彼らに襲いかかる。大軍を相手にするのに最も慣れているだけあって晴人の判断は早かった。彼は瞬時にウィザードへと変身すると先陣を切って彼女たちを迎撃する。

 

「ワイらも行くで、巧はん! フェアライズ!」

「ああ、変身!」

 

────standing by

 

────complete

 

「エフォール、援護は頼んだ!」

「うん!」

 

 ガルドと巧も変身すると破滅の化身の大軍へと飛び込んでいく。エフォールは弓を構えると背後にいるリタへと視線を向けた。

 

「リタ、私たちはどうすれば良いの?」

 

 その疑問が出るのは至極当然のことであった。突然現れた敵となし崩し的に戦闘になりエフォールは、彼らは困惑している。知りたいのだ。どうすればこの世界を守れるのか。どうすれば自分たちは生き残れるのか。終焉を迎えつつある世界の中で、その答えを知っているのはリタしかいない。彼女は目付きを鋭くすると叫ぶようにこう言った。

 

「大本を叩けば破滅の化身は消滅します。だから女神様を倒しなさい。何がなんでも、やらなければ全て終わります。負けても終わります。生き残りたいのなら・・・・・・絶対に勝ちなさい!」

 

 巧たちは力強く頷いた。

 




久しぶりの投稿になってすいません。そして待ってくださってありがとうございます

本当はもう少し早く投稿出来そうだったのですがちょっと平成ジェネレーションズと仮面ライダーマッハを観てからじゃないと今後の展開に支障が起きそうなので当初の予定から慌ててストーリーを少し変え、これだけの時間が掛かってしまいました。

次回の更新は年末で非常に忙しいので何時になるのか未定ですが出来るだけ早く投稿出来るようにがんばります


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