はたけのかかし 【カカシ×サスケ】 (かなで☆)
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其の一   里抜け

※原作からの引用あり


…ザァァァァァァァァァ…

 大きな音を立てて、雨が…降り始めた…

 どんどん強まるその雨足に、カカシは嫌な予感を膨らませていた…

 すでに限界まで上げているスピードを、少しでも早くと力を振り絞る。

 「パックン!ニオイは消えてないか!」

 「大丈夫だ!」

 カカシの口寄せの術によって呼ばれた(パグ)犬の『パックン』が答えて駆ける。

 彼らは今、里を抜け大蛇丸のもとへと向かったサスケと、それを止めるべく後を追ったナルトを探していた。

 …くそ…さっきのあのチャクラは…まずい…

 先ほど感じた二つの巨大なチャクラ…

 そして、それがぶつかり合いはじけた…

 あれは間違いなく、ナルトとサスケの物だ…

間に合うか…

…サスケ…行くな!

 「近いぞ!…こっちだ」

 パックンが崖を駆け下りてゆく。

 続いて駆けるカカシ…。

 その視界に、倒れこむナルトの姿をとらえた。

 そしてそばに降り立ち…

 「遅かったか…」

 そこにサスケの姿はなかった…

 「ナルト…」 

 かなりの重傷だが、どうやら命に別状はなさそうだ…

 「カカシィ」

 パックンがナルトのそばに落ちていた額あてに気付き、においをかぐ。

 「サスケのだ」

 「……………」

 その額あてには横に一筋傷が入っていた…

 まるで里とサスケを引き裂くかのように…

 カカシは無言でその額あてを手に取り、ナルトの胸の上に乗せる。

 そしてそっと抱き上げた。

 「間に合わなくて…すまなかった…」

 …雨はまだやまない…

 「お前のことだ…必死だったんだろうな…」

 ……サスケ……お前は今……

 ナルトを背に乗せ、カカシは国境の先へ目を向ける。

 そこのいるはずのないサスケの背が、見えたような気がした…。

 雨はいつの間にか上がり、日の光が雲の隙間から広がりだしていた。

 「止んだな…カカシ…。

 しかし、あの雨のあとではもうニオイじゃ追えねェ」

 「そうだな…」

 「それに、サスケを追うより、ナルトが先だ」

 「ああ」

 無事とはいえこの怪我だ。

 すぐに治療が必要だろう…。

 「戻ろう…」

 カカシとパックンは、地を蹴り里へと向かった。

 

 …この日…うちはサスケが、木の葉の里を…抜けた…

 

 強く降った雨のあとの日差しが、なぜだか必要以上に優しく感じ、それが逆にカカシの胸に、重く暗いものを刻んだ…。

 

 

 里についてすぐにナルトは集中治療室へと運ばれた。

 また、サスケを連れ戻すため、その任務にあたった同期のメンバーたちも、それぞれ治療を受けていた。

 中には重症を負い、生死をさまよったものもいた。

 しかし、里の優れた医療忍者たちの尽力により、尊きその命は守られた。

 カカシはナルトの様態がひとまず落ち着いたことを確認し、あの場所へと向かった。

 自分を救うために、命を落とした親友の名が刻まれている慰霊碑の前に…。

 「オレも今や上忍で部下を持つ身だ。だが、昔のまま…いつも後悔ばかりだ…」

 …なぜ…気付けなかった…

 サスケの心に…

 「お前が生きてたら…今の俺になんて言うんだろうな…。

 なあ…オビトよ」

 …なぜ…

 「いや…違うな…」

 オレは気づいていた。

 サスケの心の闇の深さに…

 いつかこうなる事を心のどこかで想定していた。

 でも、俺は…

 「過信していたんだ…

 あいつなら…大丈夫だって…

 オレの部下ならきっと…と」 

 オレにはそんな力がないって事を、あの日学んだはずだったのにな…

 「自分を責めるな…カカシ」

 背中にかけられた声に、カカシはゆっくりと振り向いた。

 「ガイ…」

 「やはりここだったか」

 やっぱり来たか…

 カカシは心でつぶやいた。

 里の仲間は、部下が里を抜けたという状況のオレに、声をかけずらくて(みな)様子を見ている。

 しかし、おせっかいなこの男は、きっとすぐに声をかけてくるだろうと予想していた。

 「オレは気の利いた事は言えんがな。

 その代わりに…」

 「ライバル対決はやらないよ」

 「むぅ…」

 先読みされ、言葉を失うガイ。

 「お前の言いそうなことくらいお見通しだよ」

 「ふん。相変わらず食えん奴だ。

 ま、もし気が変わったらいつでも相手になってやろう!」

 親指を立て、いつものポーズを決めてガイはあっさり背を向けた。

 「ガイ…」

 振り向かぬまま足を止めるガイに、カカシは素直な気持ちを言葉にした。

 「ありがとうな」

 手を上げ無言のまま彼は去って行った。

 「オレも…帰るか…」

 もう一度だけ、親友の名を目に映し、カカシは帰路についた。

 帰り道、誰かと言葉を交わしたような気がしたが、よく覚えていない。

 家についてシャワーを浴び、何も口にせずベッドに横になる。

 だがとても眠れそうになかった…。

 …サスケ…なぜ行ってしまったんだ…

 オレに何も言わず…

 窓の向こうに輝く細い三日月を見ながら、カカシはサスケの事を思い出していた。



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其の二   堕ちるな

 「カカシ…俺に修行をつけてくれ」

 中忍試験、本戦1か月前…お前はオレの前に現れ、そう言った。

 大蛇丸に付けられた呪印に頼らず、己の力で上を目指すために…。

 

 里の少しはずれにある岩場で、サスケとの修行は始まった。

 「はじめに言っておく。

 オレがいいと言うまでは写輪眼を使うな。

 まずは写輪眼なしの状態で自分自身を鍛えるんだ」

 カカシのその言葉に、サスケは顔をしかめた。

 「俺は写輪眼の使い方を知りたいんだ」

 「まぁまぁ。ちゃんと教えてやるから。

 んじゃ、まずは体術の修行ね」

 「はぁ?なんで今更…。

 そんなのはいい。

 新しい術を教えてくれ」

 体術にはある程度自信のあるサスケだ。

 そう言うのも無理はない。

 しかし、カカシはもう一度言った。

 「まずは、体術の修行だ」

 「俺の体術はあんたも知ってるだろう。必要ない」

 「あのね…オレに修行つけてほしかったら、まず言う事を聞く。

 とにかく、オレを信じなさいって」

 そう言われ、サスケはしぶしぶ従った。

 カカシは、ガイの弟子であるロック・リーの体術をサスケにイメージするよう話した。

 リーの体術は今、里の下忍の中でもトップクラスであり、特にそのスピードをサスケに会得させたかったのだ。

 「とにかく、彼の動きをイメージしながら動くんだ。

 それが体にしみこむまで、今日は一日組手だ。

 来い!」

 構えてサスケと対峙する。

 「はっ!」

 いきなりトップスピードに近い速さで打ち込んでくるサスケ。

 瞬発力は群を抜いている。

 しかし、カカシはそれを上回る速さでかわし、遠慮のない蹴りをサスケのはらにねじ込む。

 「ぐぁっ!」

 

 ずざぁぁぁぁぁ!

 

 音を立てて地面を滑るサスケ。

 「っつ…」

 腹を押さえ、片手をついて起き上がる。

 予選で負ったダメージがまだ完全に癒えていないサスケにとって、今の一撃は思いのほか効いた。

 「サスケ…これは訓練じゃない…修行だ…。本気で行くぞ。

 死にたくなければ、お前ももっと本気で来い!」

 その表情と気迫に、サスケは一瞬息をのんだ。

 それは、普段自分たちに向けられたことのないものだ…

 カカシがいつも倒すべき相手に向けていたもの…

 …空気が…痛い…

 …これがカカシの…本気…か…

 サスケはすっと立ち上がり、再び構える。

 「望むところだ!」

 そして地を蹴った。

 「イメージしろ!

 彼の動きとスピードを!」

 サスケの突きを…蹴りを、カカシはことごとく受け止め、かわし…

 「遅い!」

 サスケの背後に回り込み、さっと沈み込んで掌底打ちを放つ。

 間髪開けずに、前に飛び、サスケが地面に落ちる前に拳を打ち込む。

 「くっ」

 サスケは両腕を胸の前でクロスさせて受け止め、何とかダメージを軽減する。

 そして砂埃を巻き上げながら着地し、足にチャクラを集中させ、ぐっと踏み込む。

 ひゅっ…と空気が音を立てた。

 態勢を落とし、足払いをかけ、カカシが飛び上がったところに下からこぶしを突き上げる。

 しかしカカシはそれを後ろにのけぞってかわし、その勢いを利用して蹴りを繰り出す。

 サスケもこれを後ろ向きに回転してやり過ごし、ついた手を軸に逆立ちのまま両足での蹴りを返す。

 が、やはりかわされる。

 「スピードを上げろ!

 極限まで速度を高めるんだ!」

 徐々に上がり始めるサスケの攻撃速度。

 その動きが少しずつリーの体術に近寄っていく。

一度写輪眼で真似ている事もあるが、それだけではない。

その感性の高さと、センスの良さ…

 …さすがだな……飲み込みが異常に速い…

 必死なんだな…サスケ…

 自分の容赦ない攻撃を受け、傷だらけになりながらも飛び込んでくるサスケ…

 カカシはそんなサスケがたまらなくかわいく思えた。

 自分に似ているところを普段から感じていたせいもあるが、自分を頼ってきたことが純粋に嬉しかったのだ。

 どれほどの時間打ち合っただろうか、サスケの動きは要領を得てきたが、さすがに疲れで速度が落ちてきていた。

 途中何度か休憩を挟んだとはいえ、スタミナも切れ始め、だんだんと動きにも雑さが現れ始めた。

 …そろそろ限界か…

 やや距離を取ってサスケを見やると、かなり息が上がっている。

 それでも、その眼はまだ強い光をたたえていた。

 「…く…。このぉ!」

 何とか繰り出したこぶしを、カカシはパシッと受けとめ、

 「よし。今日はここまでだ」

 そう言って、にっと笑った。

 しかし、肩で息をしながら、サスケはカカシを見上げ

 「まだだ…」

 鋭いまなざしで構える。

 「焦りは禁物だ」

 言われてサスケは唇をギリッとかんだ。

 「まだ…

 …まだ…一発も当てていない…!」

 にらみつけた視線の先で、カカシは平然とした様子で立っている。

 砂埃や、攻撃をガードしたことで服に汚れはついているものの、一つも傷を負っていない。

 「ま、当然でしょ。

 オレ一応上忍だからね」

 そうそう簡単に食らうわけにはいかないでしょ…今は…まだね…

 「とにかく、今日は初日だし、ここまでだ」

 その言葉に、サスケは不満そうな表情を浮かべるが、

 「俺は…まだ…やれ…る」

 言いながらふらりと崩れ落ちた。

 「おっと…大丈夫か」

 その体を受け止めて、カカシはゆっくりと近くの岩に座らせる。

 しばらく荒い息をしていたサスケだが、徐々に落ち着き、空を仰いだ。

 「俺は…強くなれるのか」

 「なれるさ」

 即答し、サスケの隣に座る。

 「お前は、今までオレが見てきたどの下忍より努力家で、優秀だ。

 心配するな。お前は必ず強くなる」

 ポンとサスケの頭に手を乗せ、いつものように、ニッと笑う。

 「オレの自慢の部下だからね」

 トクン…

 サスケの胸が波打った…

 そしてかつて父親に言われた言葉を思い出していた。

 

 『さすがは俺の子だ』

 

 あの時の嬉しさがよみがえる…

 しかし、そのすぐあと、血を流して倒れる両親の姿と、二人を殺したイタチの、あの闇に染まった瞳を思い出す。

 今度はドクンッと体中の血が大きく脈打った…

 グッと胸をつかむサスケ。

 一瞬にして黒いなにかが心に広がり、飲み込まれそうになる。

 知らぬ間に瞳は赤く染まっていた…

 「サスケ!」

 「…っ」

 その事に気づいたカカシの声と、頭に乗せられたその手の温もりが、かろうじてサスケをつなぎ止めた。

 サスケは目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 そして膝の上に手を組んで置いたまま静止した。

 数分が経ち、サスケが小さくつぶやく。

 「………………てる…」

 「ん?」

 「いつまで…手を置いてるんだ!」

 頭にのせられたままのカカシの手を振り払って立ち上がり、ふんっとそっぽを向いた。

 いつもの悪態と同じく、瞳もすでに元の色だ。

 …戻ってきたか…

 サスケに気づかれぬよう小さく息を吐き、「よっ」と 勢いをつけて立ち上がると、もう一度サスケの頭にわざとらしく手を乗せた。

 「照れちゃって~」

 「なっ!誰が!

 触るな!」

 ばっ…と飛びすさるサスケ。

 「素直じゃないんだからぁ」

 ニヤニヤと笑いながら、カカシはサスケの背中をポンっと叩いた。

 「さ、行くぞ」

 「行くぞ…って、どこに…」

 「そりゃぁお前、決まってるでしょ。

 修行のあとは風呂だよ。風呂」

 その言葉に、サスケは心底嫌そうな顔をする。

 「なんでオレがあんたと風呂なんか!

 断る!絶対に行かないからな!無理だ!」

 「あのねぇ、そんなに嫌がられると、さすがに傷つくんだけど…。

 あ、ちなみに、この修行が終わるまでオレのうちで過ごしてもらうから。よろしくな」

 「なっ!」

 絶句するサスケ。

 「ふざけるな!なんのために!」

 「これも修行のうちだから。

 来ないなら明日から見てやらないよ」

 背を向けて歩き出す。

 「行かないからな!」

 「あ、そ。じゃ、明日から他をあたるんだな」

 「くっ…」

 サスケはその後ろ姿をしばらくにらみつけていたが「チィッ」と吐き捨て、しぶしぶ歩き出した。

 そんなサスケをちらりと見て、カカシは先ほどのことを思い出していた。

 一瞬にして心を(むしば)む彼の闇を…

 

 サスケ…お前の闇は思っている以上に深い…

 そして…俺のそれと似ている…。

 お前とは状況が違うが、オレも大切なものを数多く失ってきた…

 父を亡くし、師を、友を、仲間を失い…大切な人の命をこの手で奪っておきながら、オレは一人生き残った…

 自分の弱さを責め…孤独に陥り、絶望し、そしてなぜ自分なんかが…と、罪悪感にさいなまれ…

 その意味を求めて闇に身を置き、『任務』という名のもと多くの命を奪ってきた。

 里の仲間たちとも距離を置き、つながりを持つことをも拒んだ。

 なぜなら、ふと幸せを感じた瞬間に、自分だけが生きていることへの罪悪感が無意識に湧き上がり、過去の闇が…思い出したくない残酷な出来事が…恐ろしいほど鮮やかによみがえるからだ。

 闇を掻き消そうと幸せを求め、その幸せが闇を呼ぶ…。

 光を浴びた後の、その闇の重さに耐え切れず、希望を捨て、闇に落ち、二度と光のもとへと戻れなかった者たちを、多く見てきた。

 オレだって、危うくそうなるところだった。

 いや、今でも下手をすれば、すぐに落ちてゆくのかもしれない…

 でもな、サスケ…

 オレはお前たちと出会い、里の仲間たちに支えられて、闇が生み出す無限のループから一歩踏み出せたんだ。

 お前もまだ間に合う。

 終わりのないように見えるその闇にも、必ず光がさす。

 ……堕ちるなよ……

 そのためにも、普通の関わりから逃げるな…

 …オレが、お前のそばにいるから…

 

 

いつの間にか隣に並んで歩いていたサスケを見つめ、カカシは、今は亡き親友を思い出していた。

彼はサスケと同じうちは一族だった。

 

 

オビト…こいつは必ず守るよ…

今度こそ… 

カカシはそう決意し、空を仰ぎ見た。

眩しいほど美しい青空に、細く長い雲が真っ直ぐに伸びていた…。

里へと向かって…

 

まるで、彼らを導くかのように…

 

 



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其の三   唯一の技

 


あれから2週間が経ち、サスケの体術はかなりの上達を見せていた。

 数日前から始めた写輪眼での『見きり』の修行も、順調だ。

 「…そろそろ…か」

 その視線の先には、影分身(カカシ)を追いつめてゆくサスケの姿。

 写輪眼を光らせ、両手両足に均一のチャクラを保てるようコントロールしながら、攻撃を繰り出してゆく。

 ほどなくして、

 「獅子連弾!」

 サスケの放った連続体術が、影分身(カカシ)を捉え、勝負がついた。

 …力を押さえているとはいえ、この短期間の修行でオレの影分身を倒すとはね…

 「教え甲斐があるよ…。ほんとに」

 その表情はどこか誇らしげだ。

 サスケは、カカシの影分身を倒したことに自分でも驚き、しばらく立ち尽くしていたが、ややあって実感をつかんだのか、バッ…と勢いよくカカシを見た。

 どうだ!と言わんばかりだ。

 「嬉しそうな顔しちゃって…」

 でも、まぁ…間に合いそうだな…

 さっと地を蹴り、サスケのもとに降り立つ。

 「サスケ、いよいよ本番だ。術を教える…。

 よく見てろよ」

 そう言うと、カカシは右の手のひらを地面に向かって広げ、手首に左手を添え、前かがみになり集中する。

 ふわり…と、風が…カカシの足元から吹き上がり、砂埃を巻き上げる。

 「はぁぁぁっ!」

 「っつ!」

 カカシの体から膨大なチャクラが溢れだし、そのすさまじさにサスケの全身に鳥肌が立った。

 そのチャクラは徐々に右手に集中されてゆき、

 …チ…チチ…と音を立て始め、目視できるほどに膨れ上がる。

 「チャクラが…目に見えるほどに…」

 サスケは驚愕した。

 これほどまでのチャクラを練り、右手に集中させるには、かなりのチャクラコントロールが必要だ。

 「チャクラコントロールの修行はこのため…」

 「ああそうだ」

 カカシの右手でバチバチと音を立ててはじけながらも、チャクラがそこにとどまっている。

 「だが、それだけじゃない!」

 そのチャクラを保ったまま、カカシは地を蹴った。

 あまりの速さに、一瞬サスケはその姿を見失う。

 尋常ならぬ量のチャクラがチチチチチチチチ…と、まるで鳥の鳴き声のように音をたてる。

 「はっ!」

 カカシは高く飛び上がり、目の前の大きな岩に右手を突き立てる。

 「雷切!」

 キィィィィィィィン!

 甲高い音を立てて、術が唸りを上げた。

 

 ごばぁぁぁぁ!

 

 派手な音を立てて岩が粉砕し、そのすぐ後、すさまじい衝撃があたりを襲う。

 「くっ…」

 爆風とともに砂埃が巻き上がり、サスケは両腕で目を覆った。

 チャクラを足に集中させて踏んばらなければ、簡単に吹き飛ばされそうだ。

 「…なんて威力だ…」

 しばらくして風がおさまり、消えゆく砂埃の中から現れたカカシが言った。

 「この術をお前に教える」

 ゴクリとのどを鳴らすサスケ。

 「雷切…本来の術名は『千鳥』。

 放出されたチャクラから生まれる音が、鳥の鳴き声に聞こえる事からその名がついた。

 俺の唯一のオリジナルだ。

 この術はいわゆるただの突き。

 だが、究極の突きと言えるだろう。

 生み出した膨大なチャクラを腕一本に集中させ、さらに、長距離の助走を加えることでこの上ないスピードと破壊力を持たせた、高速の突き…」

 「高速の…突き」

 「それに耐えうる体と、目で捉える事のできないスピードを身に着けるため、リー君の体術をベースに修行してきた」

 「肉体の活性化…か」

 カカシは頷く。

 「そして、膨大なチャクラを保つためのチャクラコントロール。

 それらがそろって初めて、この術は発動する。

 だが、それ以上に、この術において最も重要な要素がある。

 それは、写輪眼だ」

 「写輪眼が…」

 「ああ。

 この術は破壊力抜群なうえに、そのスピードにより、一瞬で多くの敵を連続して捕らえることができる。

 しかし、自分自身の移動スピードが速すぎて、相手のカウンターを見きれない。

 普通はな…だが」

 「写輪眼があれば、見きれる」

 「そうだ。

 この術を使えるのは、写輪眼を持つ、オレとお前だけだ」

 「オレたちだけ…」

 サスケは自分の手のひらを見つめ、少し嬉しそうに口元を緩めた。

 「チャクラ性質がオレと似ているお前なら、おそらく習得できるだろう。

 だが、そう簡単にはいかないぞ。

 会得難易度A以上の術だからな」

 サスケは、パシィッとこぶしを(てのひら)にぶつけ、

 「千鳥か…やってやる!」

 瞳に決意をたたえて、カカシが破壊し、そのほとんどが吹き飛んだ岩を見つめた。

 「あ~、しかし、やる気になってるところ悪いんだが、この術の修行は明日からだ」

 「すぐにやる!やらせてくれ!」

 「だめだ。

 この術にはかなりのチャクラが必要だ。

 お前はさっきの俺の影分身との戦いでチャクラを消耗しきってる。

 そんな状態でこの術の修行をしても、まったくどうにもならんよ」

 「くそっ」

 「ま、もう時間も時間だしね」

 いつの間にか、空は赤く染まりだしていた。

 「帰るぞ」

 カカシはポンッとサスケの頭に手を乗せる。

 修行を始めてから幾度となくカカシがそうするものだから、サスケはそれを拒むのが面倒になり、今ではされるがままだ。

 幸いにも修行に集中しているせいか、初日のようにサスケが闇にとらわれそうになることも、今のところはない。

 いい傾向か…

 そんなことを考えながら、帰り支度をする。

 そして、ふいに思いだした。

 「あ…」

 「なんだ?」

 「いや、今日修行が終わったら火影室に来るように、三代目に呼ばれてたんだった…。

 ちょっと行ってくる」

 「わかった。

 俺は先に行ってるぜ」

 「ん?」

 どこに…?

 という顔でサスケを振り返る。

 サスケは荷物を手に立ち上がり、 

 「風呂。

 遅いようなら先に入るからな」

 そう言って歩き出した。

 はじめはあんなに嫌がってたのに…すっかり当たり前のように…

 …こいつ…ほんと可愛いのな…

 サスケの背を見つめながら、カカシはにやけた自分の口元が、マスクで隠れていることに感謝した。

 「サスケ、すぐに行くから待ってろ」

 その言葉に、サスケは足を止め、顔をしかめながら振り向いた。

 「ほんとだろうな」

そして、腰に手を当てていつもの笑みを浮かべる。

 「あんたはいつも遅いからな…」

 「大丈夫だって。

 じゃぁな」

 さっと姿を消すカカシ。

 再び歩き出したサスケは、自分でも気づかぬうちに「フッ」と、また口元に小さく笑みを浮かべていた。

 

 

 サスケと別れたカカシは、急ぎ火影室へと向かう。

 辺りは徐々に暗くなり始めていた。

 「火影様、はたけカカシです」

 火影室の前につき、ドアをノックする。

 「うむ。入れ」

 「失礼します」

 中に入ると、三代目火影『猿飛 ヒルゼン』が真剣な面持ちで座っていた。

 カカシが後ろ手にドアを閉めるのを確認してから、ヒルゼンは口を開く。

 「どうだ…サスケは…」

 問われたカカシの瞳が鋭く光った。

 …修行の経過…ではないか…

 三代目が聞きたいのは…

 

 大蛇丸の呪印…

 

 カカシは静かに答える。

 「今のところ封印の力で抑え込めています。

 修行中も暴走する様子は見られていません」

 「そうか…」

 その言葉には安堵の色が浮かんでいる。

 サスケを心底心配しているのだ。

 ヒルゼンはスッと立ち上がり、大きな窓から里を見下ろす。

 「呪印を封印した『封邪法印』(ふうじゃほういん)は、本人の強い意志を(いしづえ)とする術じゃったな…」

 「はい。

 サスケにもそれは重々話してあります」

 

 …もしお前が己の力を信じず、その意思が揺らぐようなことがあれば、呪印は再び暴れだす…

 

 封印を施したとき、カカシはサスケにそう話した。

 「あいつは、ちゃんと分かっているはずです」

 …そうであってほしい…との願いを込めたその言葉に、ヒルゼンは「そうだな」と答えて振り返る。

 「カカシよ、サスケを頼む。

 お主なら、あいつを救える…。

 そう信じとるぞ」

 「はい」

 「うむ」

 切れの良いカカシの返事に安心したように微笑み、ヒルゼンは再び里を見やり、そして空を見上げた。

 「今宵は満月だ……」

 カカシも空を見上げる。

 すっかり暗くなった空に、どこか冷たい光を帯びた大きな満月が輝いていた。

 「あの日によく似ておる…」

 サスケの兄『うちは イタチ』が、一族を滅ぼしたあの日の月と…

 「気を付けてやってくれ」

 サスケを想い、懇願の色を浮かべたその瞳をまっすぐに受け止め、カカシは力強く返す。

 「分かりました」

 そして頭を下げ、火影室を後にする。

 …急ごう…

 カカシはサスケのもとへと急いだ。

 

 

 いつも行く銭湯に近づき、カカシはその前に立つサスケを目に捉えた。

 賑やかな雑踏の中、静かに佇むサスケ…。

 まるでその一か所だけが別の空間に見える。

 その身には、どこか冷たく研ぎ澄まされた空気をまとっているように感じ、カカシは一瞬息をのんだ。

 サスケのその視線の先には、夜空に浮かぶ…月…

 …まずい!

 「サスケっ!」

 駆け寄り、肩をつかんで振り向かせる。

 サスケは目を見開き、驚いた表情でカカシを見つめ、

 「あ…」

 小さく口を開き、言った。

 「雨でも降るんじゃないか?」

 「え?」

 「あんたが待ち合わせに慌てて走ってくるなんてな」

 皮肉を放ったサスケの瞳は、いつもの黒い瞳だ。

 カカシはそれを見て、珍しく安堵をあらわして息を吐いた。

 …心配しすぎか…

 「息切れするほどとなると、雪かもな」

 そう皮肉を重ねるサスケに、「はは」と乾いた笑いを返す。

 「雪なんて、いくらでも降ればいいさ」

 お前が無事ならな…

 そんなカカシの気持ちに気付くはずもないサスケは、眉間にしわを寄せる。

 「こんな時期に降るわけないだろ…」

 「や、まぁそうだけど…って、お前が言ったんでしょうが」

 「本気で返すやつがあるかよ」

 「おまえなぁ…。

 まぁ、いい。そんなことより、さっさと風呂入って飯行くぞ。

 腹も減ったしな…」

 「ああ。そうだな」

 

 

 二人は手早く風呂を済ませ、定食屋で夕飯を食べ、帰宅した。

 家につくと、疲れがたまってきていたのか、サスケは「もう寝る」と、ベッド代わりに使っているソファにドサッと倒れ込み、すぐに眠りについた…。

 



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其の四   二つの葛藤

 すっかり寝入っているサスケとは逆に、カカシは何故かなかなか寝付けず、愛読書『いちゃいちゃパラダイス』を手に、ベッドの上に座っていた。

 時々サスケに目をやると、何とも気持ちよさそうに寝息を立てている。

 その姿を見るたびに、笑みがこぼれた。

 このまま、落ち着けばいいんだがな…

 そんなことを思っては、本を読む。

 そうしてしばらく起きていたが、明日のことを考え、そろそろ無理にでも寝ようかと本を閉じた。

 と、その時。

 サスケが小さくつぶやいた…。

 「………ろ…」

 「サスケ?起きてるのか?」

 声をかけるが返事はなく、しばらくしてから「やめろ」と、今度ははっきり言葉を口にする。

 「夢を見てるのか?」

 ベッドから降り、顔を覗き込む。

 サスケは苦しそうに顔をしかめ、うっすら汗をかいていた。

 そして、息苦しそうに声を絞り出した…

 「う……いた…ち…」

 「っ!」

 まさか、あの日の…

 カカシはそっと腰をかがめ、サスケの肩に手を当てる。

 そして、静かに声をかけた。

 「サスケ、起きろ。

 …サスケ…」

 何度か肩をゆすられ、サスケは目を開いた。

 そしてゆっくりと起き上がり、しばし放心する。

 まだ眠りからさめきっていない様子だ。

 「大丈夫か」

 「カカ…シ」

 弱くつぶやきながら、カカシを捉えたうつろなその瞳が、ゆっくりと窓のほうに移動する。

 ハッと、嫌な予感を覚え、カカシは慌ててサスケの顔を自分の胸に押し当てた。

 「見るな!」

 しかし、すでにサスケの瞳は怪しげに輝くあの月を、しっかりと映していた。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 サスケの体内の血が脈打つ。

 カカシにも伝わるほどの激しさで…。

 「う…くっ…」

 胸を押さえてうめき声をあげる。

 「サスケ、しっかりしろ!」

 しかし、その声は届かない…

 サスケの頭の中に響いたのは…凍てつくような冷たい色を浮かべた、兄の声だった…

 

 

 -- 愚かなる…弟よ --

 

 

 ドクンッ!

 

 

 闇が広がる…

 あの日の光景とともに…

 

 

 「やめろ…」

 

 

 -- 貴様など殺す価値もない --

 

 

ドクンッ!

 

 

 辺り一面を深い闇が覆い尽くしてゆく…

 足元には血まみれの父と母…

 

 

 「父さん…母さん…」

 

 

-- この俺を殺したくば --

 

 

底知れぬ恐怖が空間を支配する…

何度も押し寄せる血のたぎりの合間に、次々と人が殺されてゆくその光景がフラッシュバックする。

 

 

 「やめてくれ!」

 

 

 -- 恨め…憎め --

 

 

兄、イタチの手には血に濡れた刀…

 

 

 「来るな!」

 

 

 -- そして醜く生き延びるがいい --

 

 

 ドクンッ! 

 

 

 「は…ッ…あぁ…」

 

 

 瞳が赤く染まる…

 

 

 -- 逃げて逃げて 生にしがみつくがいい --

 

 

 「やめろぉぉぉぉ!」

 

 

 黒い記憶に襲われ、サスケは叫んだ。

 あの声がよみがえるたびに、体中が震える。

 

 

 「やめろ!

 オレの心に入ってくるなぁっ!」

 

 

 「サスケ!落ち着け!」

 頭を抱えて大きく体を揺らすサスケのその肩を、カカシは必死に抑えた…。

 まるで幻術にかかったかのように精神ダメージを受けている…。

 …やはり、あの時!

 カカシは先ほど銭湯の前で月を見ていたサスケを思い出していた。

 あの時、無意識に心の中の闇がうずいていたのか…

 くそ!

 カカシは見抜けなかった自分を責めた。

 「サスケ!オレを見ろ!サスケ!」

 頬を両手で包み込み、無理やりサスケの顔を自分に向ける。

 赤く…写輪眼となったサスケの瞳からは、涙があふれている。

 「っ…」

 その表情にカカシは胸が締め付けられた。

 「戻ってこい!オレのところに!」

 祈るような気持ちでその名を呼ぶ。

 「サスケ!」

 ビクリッ…と、サスケの体が揺れた。

 見開いたその目に、ようやくカカシが映る。

 「カカシ…」

 ふっと、瞳の色が元に戻り、サスケはそのまま意識を失い、カカシの胸に倒れ込み…再び眠った。

 カカシはほっと溜息をつき、頭に手を添えてそっと抱きしめる。

 「大丈夫だ…。大丈夫」

 サスケに言ったのか…自分に言ったのか…

 何度もそうつぶやいた…。

 …油断してたな…

 今夜の月のせいもあるだろうが、もしかしたらサスケは千鳥を見て、イタチに対抗する手段になると、本能で感じたのかもしれない…

 そしてそれが知らぬ間に、闇を引き出したのか…

 サスケが力を欲したのは、中忍試験のこともあるが、根底にはやはりイタチへの復讐が…

 「やめるべきか…」

 サスケを寝かせて、布団をかけ直す。

 このまま千鳥を教えるべきか…

 カカシは迷っていた。

 しかし、先程のサスケの言葉…

 

 『俺の心に入って来るな』

 

 その言葉は、ただ恐怖を感じて言ったものではない事を、カカシは悟っていた。

 「サスケ…お前も迷っているな…」

 復讐を…

 かつてのお前は、人との関わりを避け、孤独に身を置き、復讐を果たすためだけに生きてきた…。

 それがお前にとっての生きる意味だったんだろう…

 だが、今は違う。

 ナルトとサクラと出会い、ともにスリーマンセルとして過ごす中で、お前は見つけたんだろ…?

 新たな生きる意味を…

 無茶苦茶で、いつも無理をするナルト…

 頼りないながらも、必死に強くなろうとするサクラ…

 そんな二人を見て、お前は『自分が何とかしなければ』と、いつも二人の前を歩き続けてきた。

 そして、お前の心は、ナルトとサクラを、守るべき存在として認識している。

 きっとお前は気づいてないだろうが、そんなお前はまるで弟妹(きょうだい)を守る兄のように見えるよ。

 その反面、両親の…そして一族の仇を取るためにイタチを倒す…という復讐心を捨てきれず…そうすることを許せず…

 (ここ)で生きるか、復讐に身を投じるか…そのはざまで葛藤しているんだろう…

 だが、あの時…再不斬(ザブザ)(ハク)…あの二人との戦いの時、お前は命を(かえり)みず、ナルトを救おうとあいつをかばい、敵の攻撃をその身に受けた。

 復讐を果たすまでは、死ぬわけにはいかないと言っていたお前がだ。

 …勝手に体が動いた…とお前はそう言ったらしいな…

 それは、お前が心からあいつを、仲間を大切に思っているからだ…。

 「だから…オレは…」

 お前を信じて、あの術をお前に授けようと、そう思ったんだ。

 今のお前なら、千鳥を仲間を守るための力として使ってくれるだろうと、そう思ったんだ。

 「なぁサスケ、あいつらにはお前が必要不可欠だ」

 頬に涙のあとを残し、眠るサスケを見つめる…

 「お前もそうだろ?」

 そっと髪を撫で、カカシは窓の向こうで輝く月をにらみつけた。

 「…こいつを、連れて行かせはしない…」

 ナルトも、サクラも、サスケも、オレにとって大事な部下であり、仲間だ。

 そしてなにより、木の葉の里の、守るべき若葉だ…

 「渡すわけにはいかない」

 その脳裏には大蛇丸と、イタチの顔が浮かんでいた…。

 「サスケ、お前はここで生きろ。

 オレ達と共に…」

 カカシの言葉がサスケの夢の中へと溶け込んでいく…

 しかし、それは心に届く前に、闇によってかき消された…。



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其の五   鈴取り

 「サスケ~。起きろ~」

 のんびりとしたカカシの声に、サスケはゆっくりと起き上がる。

 声のしたほうに目をやると、すでに支度を整えたカカシが朝食をテーブルに並べていた。

 時計はまだ6時だ。

 「やけに早いな…」

 「まぁね」

 というか、ずっと起きてたんだけどね…

 カカシは結局あの後一睡もせず、サスケのそばについていたのだ。

 幸い、同じことは起こらず、無事に朝を迎えた。

 「顔洗って早く着替えろ~。

 今日はちょっと早く出るぞ」

 「わかった」

 あくびをしながらソファから降りるその様子は、普段と変わらない。

 どうやら昨夜のことは覚えていないようだ。

 すべて無意識か…

 それはそれで厄介だな…

 自覚があるならまだ防ぎようもあるが…な…

 サスケをついと見つめる。

 「なんだ?」

 その視線に気づきサスケが顔をしかめる。

 「いや…」

 ハッとして、カカシは冷蔵庫を開けた。

 「牛乳でいいか?」

 「ああ」

 答えて食卓につくサスケ。

 テーブルにはパンと温かいスープ。

 そしてポテトサラダ…

 「また作ったのか?」

 まだ少し眠そうな顔でサスケはつぶやいた。

 「ホントあんたマメだな…」

 修行を始めてから今日まで、昼と夜は外食が多いが、朝食に関しては毎日カカシが何かしら作る。

 昨日はオムレツ…

 その前は野菜たっぷりのポトフ…

 カカシ(いわ)く『朝食をきちんと食べるか食べないかで一日は決まる』

 任務の時は別として、普段の生活を規則正しく過ごすことも忍びとして大切なことだと、カカシは事あるごとにそう言う。

 中でも朝食を食べることを重要視しており、できうる限り何か作るようにしているのだ。

 しかも上手い…

 特にこのポテトサラダは…

 「お前それ好きだろ」

 「………………」

 サスケに否定する理由はなかった…。

 「ほら」

 差し出されたコップを無言で受け取る。

 「よし、食うか」

 カカシも席に着き、律儀にも「いただきます」と手を合わせる。

 サスケもそれに続くが、その声は聞こえるか聞こえないか…

 本当に小さな声だ…

 カカシとのこの生活にもずいぶん慣れたが、こういう気恥ずかしさは、まだ抜けずにいた。

 「で…」

 その恥ずかしさを紛らわせるように、サスケはパンに手を伸ばしながら口を開く。

 「今日はあの術を教えてくれるんだな」

 ピクリ…と、コップに伸ばしたカカシの手が揺れた。

 そして一瞬言葉に詰まる。

 カカシはまだ少し迷っていた。

 サスケにあの術を教えることに…

 だが、いまさらサスケはひかないだろう。

 カカシは意を決して顔を上げる。

 「ああ。教える」

 その言葉に、サスケは満足そうにうなづいた。

 「じゃぁさっさと食べて、早く…」

 「まぁまて。慌てるな」

 気持ちの急くサスケをなだめて、カカシはパンをかじる。

 「朝食は落ち着いて食べろ」

 いつものペースで食事を進めるカカシに、サスケは何かを言いかけてあきらめる。

 そしてポテトサラダを口にし、ぴたりと動きが止まる。

 ……腹が立つくらい……

 「美味いだろ」

 得意げなカカシに無言を返し、サスケは黙々と食べ進める。

 そして、食事がひと段落してからカカシは口を開いた。

 「いよいよ千鳥の修行を始めるが、それは今日の午後からだ。

 午前中は、これをやる」

 そう言ってサスケの前に手を突き出す。

 その手元で、「チリン」と音を立てて、小さな鈴が揺れた…。

 「それは…」

 「そうだ。あのときの鈴だ」

 もう一度鈴が小さく鳴り、サスケの脳裏に懐かしい記憶をよみがえらせた。

 アカデミーを卒業して、下忍になるために行われたあの演習の光景…

 カカシからあの鈴を奪うために、初めは個々に動いていたサスケたちだったが、まったく手が届かず…

 『3人での協力』をはじめに口にしたのはサスケだった。

 サスケにとって、初めて仲間を…チームワークを意識した瞬間だ。

 「昼までに、オレからこの鈴を奪え。

 それができたら、次は千鳥を教える」

 カカシの真剣な表情に、サスケはフッと笑みを浮かべる。

 「いいだろう。

 あのときとの違いを確かめるのにちょうどいい」

 「ただし、今回は里全体が演習場だ。里の中のどこかにいるオレを見つけて、鈴を奪え。

 まぁ、さすがに、どこかに身をひそめたりはしないから」

 カカシはサスケが里の中を巡ることで、ナルトたちとの思い出に触れることができれば…とそんな風に考えていた。

 「それから、いくつか条件を設ける。

 まずは、オレとお前共通のルール。

 里の建物、そして里の人間を一切傷つけない」

 「ああ」

 「そしてこれは、オレが自分に設けたルールだが…オレは一切術を使わない。

 もちろん写輪眼もだ。

 今回お前は一人だからな」

 その言葉にサスケは明らかに不満そうな表情を浮かべる。

 「ハンデなんかいらない」

 「まぁまぁ。これはオレにとっても修行なわけよ。

 術も写輪眼もなしで、お前から鈴を守るって言うな。

 もし、ルールを破った場合、即負けだ。もちろんオレが自分のルールを破った時もだ」

 サスケは腑に落ちない様子だったが、こういう時何を言っても、カカシが意見を変えないのはもうわかっている。

 「わかった」

 「よし。食器を片づけて、家を出たら、スタートだ」

 

 

 こうして、懐かしいあの演習が始まった…。

 

 

 それから1時間後…

 サスケは里の中を駆けていた。

 「カカシのやつ…卑怯なまねしやがって…」

 吐き捨てるように言う。

 あのあと、「準備するから」と言ってカカシは部屋に入っていった。

 だが、サスケがしばらく待つも、なかなか出てこず、不審に思い部屋を見に行ったら、すでにそこにカカシはいなかったのだ。

 「ふざけやがって!」

 気持ちが焦る。

 時間は今8時過ぎ…

 まだ昼までは充分余裕があるが、午後からの修行のことを考えると、あまり時間をかけるわけにはいかない。

 千鳥の修行には、かなりのスタミナが必要になるだろう…

 長引けば、後に響く。

 それに、カカシを相手に術を使わずに済むとは思えない。

 そうなると、修行前にチャクラを回復する時間も必要になる。

 短時間で、そして最低限のチャクラの使用でカカシから鈴を奪う…

 かなり至難の業だ…

 この広い里の中から見つけ出すだけでも困難な状況。

 サスケは思考をめぐらせ、最善の策を探す…

 「策…か…」

 そしてふと立ち止まり、行き先を定めて再び駆け出した…。

 

 

 その頃、サスケに気づかれぬよう窓から家を出たカカシは、なるべ人通りの少ない場所を選んで、里の中を歩いていた。

 「さて、どう来るか…」

 警戒を怠らず、歩みを進めていると、

 「よう、カカシじゃないか」

 声をかけてきたのは、自称カカシの永遠のライバル、ガイだ。

 朝早くから鍛錬でもしていたのか、汗を拭きながらこちらに歩いてくる。

 「サスケと修行中じゃなかったのか?」

 「ん?今一応修行中」

 「とは言え…」

 きょろきょろとあたりを見回すガイ。

 「一人じゃないか。

 かくれんぼでもしてるのか?」

 笑いながら冗談めかす。

 「まぁ、そんなとこだ。

 どっちかというと鬼ごっこかな」

 「ほぉ…面白そうだな。俺も混ぜろ」

 「だめ」

 即答して歩き出す。

 そのあとを、しつこくガイがついてくる

 「いいではないか」 

 「だめ」

 「そう言わず」

 「だめ」

 「ちょ…」

 「だめ」

 しばし黙り、ガイはこぶしを握りしめた。

 「くぅ!そのストイックな返し!

 相変わらず、なういなぁ!カカシ!」

 「…あのねぇ、邪魔だから、あっち行ってくんない?」

 煙たそうに振り向き、カカシは一瞬固まる。

 ガイの少し後ろ…細い路地に、見覚えのある人影がするりと入っていくのが見えたのだ。

 「バカな…あいつは…」

 額に汗が浮かぶ…

 いや、そんな…まさか……

 「どうしたカカシ?」

 様子が一変したカカシの視線の先を追って、ガイが後ろを見る。

 そこにはすでに誰もいない。

 「何もないではないか」

 「ガイ…今…」

 言いかけて口をつぐむ。

 いや、見間違いかもしれない…

 はっきりしない状況で、言うべきではないか…

 「なんでもない。

 ガイ、やっぱりお前も混ぜてやるよ。

 先にサスケを見つけて、火影様のところへ行ったほうが勝ちだ」

 その言葉を聞き、ガイは一瞬で燃え上がる。

 「よぉぉぉぉぉぉぉし!

 負けんぞ!カカシ!」

 叫んだかと思うと、一瞬で姿を消す。

 サスケは頼んだぞガイ!

 俺はあいつを追う!

 カカシは先ほど人影が消えた路地に走った。

 ちらりとしか見えなかったが、あれは…

 …つぅっ…と額から汗が一筋走った。

 もし、見間違いでなければ……

 「大蛇丸…」

 サスケの呪印を封印したときのことを思い出す。

 音もなくカカシの前に現れた大蛇丸はこう言った。

 「サスケ君はいずれ私を求める」

 その言葉から考えて、力ずくでサスケを連れて行こうとしているとは考えにくい…

 そのつもりなら、あの時オレを殺してでもそうしただろう…

 それに、中忍試験に紛れて何かをたくらんでいるあいつが、ここで下手に動くとも考えられない…

 だが、もし見間違いでなければ…

 さっと、路地の入口の壁に身をつけ、懐から取り出した小さな鏡に路地を映し出す。

 「っ!」

 路地の奥…角を曲がる後ろ姿が見えた…

 今度ははっきりと…

 間違いない!

 カカシは思わずそのあとを追った。

 本来ならまず火影に報告し、作戦を練るべき場面だ…

 だが、サスケを渡すものかという気持ちが、完全にカカシから思考を奪っていた。

 くそ!こんな時間に動いてくるなんて!

 …サスケ…無事でいてくれ!

 カカシは祈るような気持ちで駆けた。

 



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其の六   忍者は裏の裏を読め

 …大蛇丸め…なぜ急に動き出したんだ

 走り去る大蛇丸の後を追い、カカシは路地の角にさしかかる。

 そして、ハッとする。 

 …しまった!

 この先は確か…行き止まり…!

 ザッ…と音を立てて止まるが、勢いは止まらず、カカシは角を曲がり切っていた。

 行き止まりの壁の前…大蛇丸が静かにたたずんでいる。

 そしてその後ろに、サスケが倒れていた。

 「サスケ!」

 カカシは額あてを上げ、写輪眼を開き、一気にチャクラを右手に練り上げる。

 チチチチチチ…

 かつてこれほどまでに早く雷切を発動させたことはない…

 驚異のスピードだ…

 さすがの大蛇丸も、一瞬身じろぐ。

 「サスケは渡さない!」

 …あの時…サスケの呪印封印の場に大蛇丸が現れた時、オレの体はなかなか動かなかった…

 恐れ…すくんでいたんだ…

 でも、もう恐れない!

 地を蹴り駆ける!

 そして右手を振り上げた!

 その時…目の前の大蛇丸が声を上げた。

 「ま!待つんだなコレ!カカシ先生!」

 「………え?」

 勢いが止まらないものの、反射的に術の軌道を変える。

 

 

 ごがぁぁ!

 

 

 その雷切は、後ろの壁を吹き飛ばし、がれきが飛び交う。

 カカシは戸惑いながらもサスケを抱えて飛びすさる。

 そして着地してサスケを見やる。

 「サスケ…大丈夫か…」

 と、次の瞬間、背後にただならぬ気配を感じて振り返る。

 路地の向こうから飛び込んでくる影が一つ。

 「チェストォォォォォォ!」

 「ガ!ガイ!」

 そのすさまじい蹴りの矛先は…

 「オ…オレ?」

 さっとかわし、思わず蹴りを返すカカシ…

 「どわぁっ!」

 それは見事に決まり、いまだ巻き上がる砂ぼこりの中へとガイが消える。

 「な…なんだ…」

 しだいに消えてゆく砂煙の中…現れたのは、完全に気を失ったガイと、恐怖におののきプルプルと震える大蛇丸…

 「え?」

 混乱するカカシの目の前で、急に大蛇丸の体がボンっと音を立てて消える。

 「分身変化!」

 次の瞬間…

 

 

 ……チリン……

 

 

 鈴の音がした…

 カカシが視線を落とすと、サスケが抱えられたまま、鈴を手に得意げな表情を浮かべていた。

 「サ…サスケ…」 

 呆然としながらサスケを離す。

 軽く砂を払いながら、サスケは改めてカカシに鈴を見せる。

 「大丈夫か…じゃねぇよ。

 あんたこそ大丈夫かよ。

 いきなり写輪眼に雷切……壁ぶっ壊して、その上あんたのライバルとやらはあのざまだ。

 どんだけルール破るんだよ」

 そう言って笑う…

 その笑顔は今までに見たことがないほど、素直な…屈託のない…本当に年相応の…笑顔…

 カカシはそんなサスケを見て、やっと正気に戻ったが、鈴のことなんてどうでもよくなっていた。

 …大蛇丸ではなかった…

 …サスケは…無事だ…

 知らぬ間に、サスケに腕を伸ばしていた…

 そして、いまだ笑いながら「それでも上忍かよ」というサスケの言葉が終わるより早く、その体を抱きしめていた…

 「な!やめろ!気持ち悪い!」

 サスケが驚き、その腕を振りほどこうとするが、カカシは離さなかった。

 …サスケを失うかもしれない…そう思った…

 それがどれほど恐ろしいことか、改めて身に染みた…

 「離せ!」

 カカシの胸を押し返す。

 その時、わずかにカカシの体が震えていることに、サスケは気づいた。

 「な…なんだよ…大げさだな…」

 サスケの手から力が抜けた…。

 とその時、

 「おいおい。ずいぶん派手にやったなぁ」

 突然路地の向こうから飛んできた声に、カカシはハッとして声のほうを見やる。

 そこにいたのは、シカマルだった。

 「サスケ、うまくいったのか?」

 腕を頭の後ろに組みながら、こちらに歩み寄ってくる。

 サスケは緩んだカカシの腕からするりと抜け、鈴をシカマルに見せた。

 「ああ。あんたの作戦通りだ」

 「そりゃよかった」

 「よくないんだなコレ!」

 その後ろから、怒り声をあげ、木の葉丸が顔を出す。

 「分身じゃなかったら、死んでたんだなコレ!」

 その言葉に、サスケは「フッ」といつものように軽く笑う。

 「だから、お前に頼んだんだろ。

 本当は影分身がよかったんだがな」

 「影分身は…まだ練習中なんだなコレ…

 ていうか!贅沢言うなコレ!

 分身を変化させるのだって大変なんなぞコレ!」

 「……コレコレうるさいな…お前…」

 「なっ!

 お礼も言わずにその言いぐさは何だコレ!」

 「……うざい…」

 「何だとコレ~!」

 騒ぎ立てる木の葉丸を見てシカマルが笑う。

 「ハハ…確かにうぜぇな」

 「シカマル兄ちゃんまで…

 ひどいんだなコレ!」

 そのやり取りを呆然と見つめるカカシ。

 「どうやら」 

 不意に後ろから声がした。

 「うまくはめられたようだな…俺たちは」

 「ガイ…」

 カカシはサスケを見つめたままガイに返す。

 「そのようだな」

 ようやく笑みをこぼす。

 …サスケのやつ、この広い里で、一人で探し回るのは無謀だと思い、知能派のシカマルに相談に行ったのか…

 そしておそらくシカマルはこう言ったんだろう。

 『探すのではなく、おびき寄せるほうが効率的だ』と。

 そのためにサスケは、木の葉丸を使って、オレが確実にはまる罠を仕掛けた…

 それが大蛇丸だ。

 まず自分が大蛇丸に変化して見本を見せ、それを手本に木の葉丸が何体か分身を作り、オレと接触したものがうまく路地裏に誘い込む…。 

 そういう作戦か…

 大蛇丸のことを知らない木の葉丸だが、ナルトから教わった「お色気の術」をマスターするために、普段から分身変化の術をかなり訓練しているのだろう…見事な変化だった…

 とはいえ、落ち着いてチャクラを読めば、大蛇丸でないことぐらいすぐに分かったはずだが…

 サスケは自分が気を失って倒れているふりをして、オレの動揺を誘い、その上ガイを使っての不意打ち…

 オレにそのすきを与えなかった…

 …まったく…お前ってやつは…

 カカシは驚いていた。

 その内容もだが、何よりサスケが誰かに協力を頼むとは、思いもしなかったのだ。

 しかも、木の葉丸にまで…

 …オレは今朝「今回はお前一人だからな」と、あいつにそう言った。

 サスケはオレのその思い込みを利用したのか…

 …忍者は裏の裏を読め…

 お前たちに、オレが教えてきたことなのにな…

 成長したな…

 それに…お前はオレが思っている以上に周りを…仲間のことを、ちゃんと見ていたんだな…

 そして自分から必要とした…

 そのうえ、自分を呪印で苦しめている大蛇丸まで利用して…

 そしてガイには…

 「カカシに化けた何者かが里に侵入している…。

 あのあとすぐ、シカマルがそう言ってきた。

 オレにだけ伝えるようにお前に言われた…とな…。

 お前の様子もおかしかったし…さっきはサスケを捕まえてるように見えてなぁ…

 まんまとはめられたよ。

しかし、下忍とアカデミー生に騙されるとは…

 大蛇丸の事があるとは言え、俺達はもう少し冷静にならねばならんな…」

 「ああ。

 いい教訓になったよ…」

 してやられた二人だが、若手の成長を里の上忍として嬉しく思ったのか、3人を見る その表情はにこやかだ。

 「ガイ…悪かったな、巻き込んで……」

 「何も言うな」

 カカシの言葉を遮る。

 「オレとお前はライバルであると同時に、親友だ。

 あの熱い抱擁を見ればすべてわかる」

 …見られてたのか…ていうか、あれで何か分かったのか…?

 そんな疑問を抱きながら、カカシはかなりの恥ずかしさに襲われる。

 そんなカカシに、ガイはにっと笑った。

 「説明は不要だ」

 「ガイ…」

 「いや、説明はしてもらうぞ」

 その声は上…路地横の家の屋根から降り注いできた。

 カカシとガイが凍りつく。

 二人とも、そちらを見なくても、声の主が誰なのかを悟っていた…

 そして、ガイがプルプル震えながら口を開いた。

 「さ…三代目…」

 それだけではない、この気配…

 「暗部!」

 シカマルが驚愕する。

 今上層部は大蛇丸の件で厳戒体制中だ…

 そんな中、里内でカカシの雷切が炸裂したのだ、火影としてはしかるべき対処だろう…

 「これはどういう事だ」

 「あ…いや…あの」

 しどろもどろのカカシ…

 「三代目!」

 ガイが、バッ…と、ヒルゼンを見上げ、慌ててフォローに入る。

 「これは…あのぉ…何と言いますか、カカシとサスケの熱い青春がですね~…爆発したと言いますか…」

 「ほぉ…。

 随分な爆発だなぁ…カカシよ…」

 「あ、ハハ…恐縮です…」

 大人二人が怒られている様子を、サスケ達は面白そうに見ている。

 そんなサスケをちらりと見て、ヒルゼンはカカシに言った。

 「大丈夫なようだな」

 カカシは穏やかな顔で答える。

 「はい」

 ヒルゼンは「ふむ」と頷き、その場に背をむける。

 「それは、お前たちで直すんだぞ。

 それから、後で説明に来い。わかったな」

  ガイとカカシはがっくりと肩を落とし、声をそろえた。

 『はい…』

 「いい気味なんだなコレ!」

 カカシの雷切を根に持っているのか、腕を組み、言い放つ木の葉丸。

 ヒルゼンはちらりとそちらに目を向け、厳しい口調で言った。

 「シカマル!サスケ!木の葉丸!

 お前たちもだぞ」

 「はぁ?冗談じゃねぇよ…」

 「くっ」

 「なんでなんだなこれぇぇぇぇ!」

 その叫びに答えることなく、ヒルゼンと暗部はさっと姿を消した。

 「ハハハハハハ!

 子供たちよ、これが自業自得、因果応報というやつだぁ!

 勉強になっただろう!

 さぁ!力を合わせてともに青春の汗を流そうではないか!

 直すぞー!壁を!フルパワーだー!」

 ガイの雄叫びが響く中、大きくため息をついてシカマルがサスケをにらむ。

 「サスケェ、とんだとばっちりだぜ…

 くそめんどくせぇことに巻き込みやがって…」

 「そうなんだなコレ!

 どう責任とってくれるんだなコレ!」

 「知るか!文句はカカシに言え!」

 言われて、ジトリとカカシに視線を刺す二人。

 「う…わ…わかった…わかったよ…

 昼飯おごるから」

 「ま、それで手を打つか」

 「しょうがないんだな、コレ」

 はぁ…と今度はカカシがため息をついた。

 そして、ぶつぶつと文句を言っているサスケをちらりと見る。

 「サスケ…修行は明日だからな」

 「な!なんでそうなるんだ!」

 「なんでって…」

 壊れた壁を見ながら、カカシは疲れた声で言った。

 「昼までに終わんないでしょ…これ…」

 「………………くっ…」

 そんな二人を見て、ガイがまた叫んだ。

 「青春だぁぁぁ!」

 その声が里にこだましていった…。

 



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其の七   心の行方

 あれから1週間…サスケの千鳥の修行は順調だった。

 まだ完成してはいないが、かなりうまくチャクラを(とど)められるようになっていた。

 「あと少しか」

 カカシが見守る中、サスケが左手にチャクラをうまく集約してゆく。

 「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 バチバチと激しく暴れるチャクラを、何とかコントロールしようとするサスケの額には、大粒の汗…。

 「くっ…」

 しばらくして、あらゆる方向に不規則に伸び縮みするそのチャクラが、少しずつ形を変え始めた。

 「お…」

 岩に座って様子を見ていたカカシの体がピクリと動く。

 いい形だ…

 この術の開発者である自分だけが分かる、その形状。

 「いけるか…」

 しかし…

 「…くそ…っ」

 サスケが言葉を吐き出したと同時に、

 

 

 バヂィィィ!

 

 

 激しい音を立ててチャクラがはじけ飛び、消え去った。

 「…惜しいな…」

 カカシの視線の先では、サスケが膝をついて、荒い呼吸で体を大きく揺らしている。

 「休憩だ!サスケ!」

 サスケはしばらくその場で息を整え、ゆっくりとカカシのもとへと戻ってきた。

 「くそ!あと少しなのに!」

 ドサッと勢いよくカカシの横に座り、タオルで汗を拭く。

 「ああ。あと少しだ。

 今のはかなり良かったぞ」

 そう言いながら、カカシはサスケの前にしゃがみ込んだ。

 「手、見せろ」

 差し出されたカカシの手に、サスケは左腕を乗せる。

 「つ…」

 少し触れるだけで痛みが走る。

 何度もはじけるチャクラの衝撃に、数日前からサスケの左腕には火傷のような症状が出ていた。

 カカシはカバンから出した軟膏を、腕に塗り込む。

 「う…」

 サスケが顔をしかめる。

 「かなり痛むか…?」

 「いや…大丈夫だ…」

 ま、痛くてもお前は言わないか…

 「少し体をほぐすぞ」

 カカシは傷に触らぬよう、サスケの左腕をマッサージする。

 そして、次に右腕のツボを押さえてゆく。

 「なぁ、カカシ…」

 素直に腕を預けたまま、サスケがつぶやいた。

 「ん?」

 「あんたは、いつこの術を会得したんだ?」

 サスケの視線は、この間カカシが雷切で破壊した岩に向けられている。

 カカシはしばし記憶をたどり、初めてこの術を実践で使った日を思い起こす。

 「上忍になったころだったから12歳…。

 ちょうど今のお前と同じくらいだな」

 「あんた…12歳で上忍になったのか?」

初めて聞く事実に驚愕する。

 「まぁ…ね」

 答えて、足のマッサージにうつる。

 「初めてこの術を実践で使ったのは、上忍としての初任務の時だった…」

 あの日の光景がよみがえる。

 「当時の上司だったミナト先生…後の四代目火影と、彼が率いるスリーマンセルの4人小隊で、オレが隊長となり任務遂行にあたった。

 あの頃のオレは、チームワークなんて言葉を全く意識してなくてな…この術を手に、一人きりこんだ。

 もちろん自信があったからだが、天才ともてはやされて、何でも一人でできるつもりになってた」

 サスケは静かに話に聞き入っている。

 「だけど、あの時まだオレは写輪眼を持っていなかったから、敵のカウンターを見切れず、危うく死ぬところだった。

 そのことから、ミナト先生にはこの術を禁じられた。

 そして、勝手に飛び込んでいったオレに仲間の一人は怒り、言い争いになり、その上必死になだめようとする、もう一人の仲間の言葉をオレは聞こうとせず…ばらばらだったよ…。

 その時、ミナト先生から言われたのが『忍にとって、何より大切なのはチームワーク』という言葉だ」

 あの日の恩師の顔が思い出される…。

 「だけど、気付くのが遅かった…。

 そのせいでオレは大切なものを…失った…」

 カカシは視線を伏せたまま言葉を続ける。

 「だがそれと同時に、千鳥は完成した…」

 写輪眼を手に入れたことで…。

 その言葉は口にしなくとも、サスケには分かった。

 しかし、その経緯をなぜか聞いてはいけない気がして、口に出せなかった。

 「この術はオレにとって、つらい記憶が深く刻まれている術だ…

 だが同じくらい深く、チームワークの大切さを思い出させてくれる術でもある。

 オレはこの術で仲間を守り、二度と大切なものを失わぬよう強くなろうと誓ったんだ」

 カカシはすっと立ち上がり、サスケの頭に手を乗せた。

 「お前ならこの術を使いこなせる。

 信じてるよ…」

 仲間を守る力としてな…。

 「さ、もう少し休憩してチャクラを回復させろ」

 しかし、サスケは「いや…」と立ち上がる。

 「もういける」

 カカシのマッサージのおかげで体もかなり軽くなった。

 「物にしてみせる」

 瞳に決意を浮かべ、サスケは先ほどの場所へサッと飛び、移動する。

 そして、しばらく何か考え込むように自分の左手を見つめ、大きく深呼吸し、再び術の修行を始めた。

 

 

 この日、千鳥を完成させることはできなかったが、もうそれは目の前…

 カカシもサスケもその手ごたえをつかんでいた。

 「明日こそ、物にしてみせる」

 帰り道、グッとこぶしを握り締め、サスケは意気込んでいた。

 「そうだな」

 ポンッと頭に手を乗せるカカシ。

 すっかり違和感がなくなり、そこには穏やかな空気が流れている。

 「カカシ、中忍試験が終わったら、ほかの忍術も教えてくれ」

 「ああ。そのつもりだよ。

 お前のチャクラの性質もきちんと把握したいしな。

 今回みたいに、焦る必要もない…ゆっくり時間をかけて鍛えてやるよ」

 サスケは嬉しそうに「ああ」と返す。

 ここ最近、サスケはよくしゃべるようになった。

 今までの体術の修行とは違い、千鳥はその都度莫大なチャクラを放出するため、先ほどのように間でそれなりの休憩が必要となる。

 チャクラが回復するまでのその時間、二人は色々なことを話すようになり、これまで以上に距離が縮まってきたのだ。

 カカシは、自身のアカデミー時代の話や、ガイとのライバル対決の話、任務の話など、サスケの精神面に影響が出ないよう内容を選び色々な話をしてきた。

 中でもサスケが特に興味を持つのは、任務での作戦の組み立て方…いわゆる戦略だ…

 もともと頭のいいサスケは、アカデミーで十分学んできていたが、それをいかに実践で応用できるか…

 状況によってどのように変化させ、組み立てるのか…

 そういったことに興味があるようだった…

 「なぁ、この間の、ガイとアスマとのスリーマンセルで行ったAランク任務の話…」

 サスケが不意に口を開いた。

 「もし、タイプの違うメンバーだったら、あんたはどう作戦を立てる…」

 「この間のって、水の国での任務のことか?」

 数日前、昨年ガイ達と行った任務の話をしたのだが、どうやらそのことを言っているようだ。

 「ああ。

 あの二人はどちらも肉体派の忍だ。

 それがもし全く違うタイプの編成だったら、作戦はまた変わってくるだろ?」

 …違うタイプ…ね…

 カカシはサスケの聞きたい事がわかっていた。

 サスケは任務の話を聞いた数日後に、よくその質問をする。

 おそらくシュミレーションしているのだろう…

 もし、その任務に自分たちが行ったらどうなるだろうか…と。

 そして、カカシを自分に置き換え、後の二人がナルトとサクラだったら…

 そう考え、自分自身で作戦を立て、まるで答え合わせをするかのように、カカシに聞くのだ…

 『違うタイプの編成なら…』と。

 サスケは、どうすれば二人を守り、任務を遂行できるか…

 そう考えているのかもしれない…。

 それが意識的なのか、無意識なのかはカカシにもわからない…

 そしてそれを喜んでよいものなのかも…

 おそらくサスケの心の根底にあるイタチへの復讐は消えてはいないだろう。

 この質問でさえも、もしかしたら、任務で自身を鍛え、復讐のために、段階を踏んで強さを得ようとしての事かもしれない…

 それでも、そうして過ごす間に、心から復讐を取り除き、この里で忍びの道を歩む未来を選んでくれれば…

 カカシはそんな風に考えていた。

 大事なのは、サスケから焦りを取り除くことだ…

 じっくりと時間をかけることで、その心をほぐしていかねばならない…

 今はしっかりと向き合ってやらなければ…

 「そうだなぁ…あの二人の場合、とにかく力で押す戦いだから、オレはどちらかというと後方支援に回ったが、もしそれが瞬発力と回避能力に優れた陽動係と、冷静な判断力を持った後方支援役だったとしたら…」

 頭の中でナルトとサクラをイメージしながら話す。

 サスケは時に頷き、時に問いかけ、そして「もしそれがこうなら」と、自分なりの考えを投げかけてくる。

 時折、カカシでさえも感心する策を出してくることがある。

 その力を正しく導いてやりたい…

 カカシは目を輝かせながら話すサスケを優しいまなざしで見つめた。

 サスケのその心が…真意が、どこへ向かっているのかは、正直カカシにもわからない…

 それでもカカシは信じて共に進もうと心に決めた。

 サスケの向かう先が、光にあふれていることを願って…。 



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其の八   秘めた想い

 あれから数日が過ぎ、中忍試験を明後日に控え、サスケの千鳥は完成した。

 「よし、もう一度だ!」

 カカシのその声に、サスケは左腕にチャクラを集中させる。

 「はぁぁぁぁぁっ!」

 チャクラが空気を震わせる音にまぎれて、ミシッ…と腕がきしむ音がする。

 サスケはその痛みに歯を食いしさばり、先ほど千鳥で穴をあけた岩に向かい、地を蹴った。

 

 

 ガガガガガガガガッ!

 

 

 サスケの左手が、刃と化して地を削る。

 その振動でさらに腕に激痛が走る。

 「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 サスケはその痛みを振り払うかのように声を上げ、飛び上がり岩に手を突きつけた。

 「千鳥!」

 

 

 キィィィィィン!

 

 

 チャクラが甲高い音をたてて空気を裂き、 

 

 

 ドガァッ!

 

 

 岩に大きな穴を開けた。

 カカシが砕いた岩とほぼ同じ大きさ。

 だが、サスケの千鳥はその岩の両端を削る程度にとどまった。

 「っく…」

 着地と同時にその場に崩れ落ち、膝をつくサスケ。

 そして、カカシとの差に悔しさを現わしながらも、改めてその強さを実感していた。

 「くそ…もう一度…」

 立ち上がった瞬間。

 すさまじい痛みが体全身を駆け巡り、

 「ぐぁ…っ」

 左腕を抱え、うずくまる。

 「その痛みを忘れるな」

 カカシの声は今までにないほど厳しい色を帯びている。

 「ま、お前の限界は2発。こんなところだ。

 3発目は発動しない。覚えとけ」

 サスケはまだ息が整わず、顔を上げることもできない。

 「無理に術を発動しようとしたら、術はうまく発動しないうえに……下手したら…」

 カカシは一度言葉を切り、低い声で言った。

 「…死ぬぞ」

 「……っ」

 サスケは一瞬息を飲む。

 「たとえ生き残ったとしても、お前にとって決してろくなことにならないよ。

 特に…お前はな…」

 「呪印か」

 サスケは絞り出すように言った。

 その瞳に怒りと憎しみが浮かんだのをカカシは見逃さなかった。

 一度その力に身を浸したサスケだ…

 そのすさまじさは体が覚えているだろう…

 呪印を使えば、この千鳥もさらに強力なものになる…

 無意識なのかそうでないのか…サスケの脳裏にそう浮かんだことを、カカシは気づいていた。

 そのことを払拭せねばならない…。

 「憎しみに任せ、呪印の力に依存すれば、お前の成長は止まる。

 それじゃぁお前はイタチに勝てないよ」

 ピクリ…とサスケの体が揺れる。

 カカシはその姿をじっと見つめた。

 ここでイタチの名前を出すのはカカシにとって賭けだった…。

 これまで、サスケを刺激せぬよう、その名を出さずにきたのだ。

 だが、危険を冒してでも、今のサスケには釘を刺しておく必要があった。

 千鳥を手にしたサスケは次なる力を求める。

 それが呪印の力であってはならないのだ。

 「サスケ、自分を失うな。

 お前はそんなものに頼らなくても強くなれる」

 サスケはしばらく地面を見つめ黙していたが、「フッ」といつものように軽く笑い、立ち上がった。

 「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。

 それに、あんたが強くしてくれるんだろう?」

 悪戯っぽさを浮かべたその笑顔に不意を突かれ、カカシは一瞬言葉に詰まったが、サスケの頭に手を乗せ笑った。

 「ああ。任せておけ」

 しかし、その軽い振動ですら響くのか、サスケは顔をしかめた。

 「…っ」

 「かなりダメージを受けてるな」

 「大したことない」

 「無理するな」 

 笑いながら、カカシはサッとサスケを背に乗せる。

 「な!やめろ!…い…っつ」

 「暴れるな。痛むぞ。

 それに、今無理したら本戦に響く。おとなしく乗ってろ」

 「……チィッ」

 観念したように、カカシにその身を預ける。

 「サスケ、明日は一日体を休めろ。

 体調を整えて、本戦に臨め」

 サスケは明日も術の練習をするつもりだったのだろう…

 一瞬黙り込んでから息を吐き出し、しぶしぶ…といった感じで「分かった」とつぶやいた。

 「よし、じゃぁ帰るか。

 今日は千鳥完成のお祝いだ。お前の食べたいもの何でも食わしてやる」

 サスケはしばし考えてつぶやくように言った。

 「トマト…」

 「いや…いくらトマト好きだからって…もっと他にあるでしょうよ…カレーとかハンバーグとか…」

 「あと…ポテトサラダ…」

 肩越しにサスケの顔が赤くなっているのが見える。

 …こいつ…ほんとに…

 カカシは顔の緩みを隠し切れずに下を向いた。

 「分かった。死ぬほど食わせてやる」

 夕日が優しい光を広げる中、二人は家路についた。

 

 

 次の日の朝、カカシはサスケの腕に塗るための薬を調合していた。

 「よし。これでいいだろう」

 作り終えて時計を見やると、10時を少し回っていた。 

 よほど疲れているのかサスケはまだ起きてこない。

 …さすがにそろそろ起こすか…

 「サスケ~。そろそろ起きろ~」

 しかし、返事がない。

 「あんまり寝すぎるとかえって疲れが取れないぞ」

 部屋を覗き込むと、サスケは布団を引っ張ってくるまりながら、もぞもぞと動いていた。

 「お~い」

 のんびりとした声でカカシが布団の端をめくると、そこから見えたサスケの顔が…少し赤い…

 「暑いのか?」

 聞かれてサスケは

 「…寒い…」

 消え入りそうな声で言った。

 「寒いって…」

 今日は少し蒸し暑いくらいだ。

 「お前…まさか…」

 カカシは慌ててサスケの額に手を当てる。

 「あつっ!」

 ひどい熱だ…

 疲れが出たか…

 千鳥が完成して安心したせいもあるだろう…

 それに、腕の怪我も一つの要因か…

 この様子だと…明日は…

 「カカシ…俺は…出るぞ」

 必死の形相だ…

 「…分かってるよ。

 助っ人を連れてくる。ちょっと待ってろ」

 カカシはサスケを自分のベッドに寝かせ、毛布を出して上にかける。

 そして、水で濡らしたタオルを額に乗せ、頭を撫でた。

 「すぐ戻るから、寝てろ」

 その言葉が終わるより早く、サスケは目を閉じて眠った。

 「間に合うか…」

 カカシの視線の先には時計…

 「ギリギリか…」

 急いで家を出る。

 そして里の中にある薬屋の裏口に回り、ドアをノックする。

 「誰?」

 すぐに声が返ってきた。

 「ソラ、オレだ」

 「カカシ?」

 かちゃりと開いたドアの向こうから現れたのは、黒髪を肩で切りそろえた、柔らかい雰囲気の女性。

 今は前線から身を引いて薬屋を営んでいるが、カカシと同じ上忍で、医療忍者だ。

 かつて、ともに多くの任務をこなしてきた彼女は、カカシが信頼する仲間の一人だ。

 「朝から…どうしたの?」

 「ちょっと、急ぎ診てもらいたい奴がいるんだ」

 珍しく慌てている様子のカカシを見て、ソラは頷いた。

 「すぐに用意するわ」

 幸いまだ店は開けておらず、ソラは急いで医療道具を準備し、カカシと共に家に向かった。

 カカシが部屋に戻り、サスケを覗き込むと、うっすらと目を開けていた。

 「サスケ、大丈夫か?」

 「…目が…回ってる…」

 ソラがその様子をカカシの後ろから見つめ、小さく呟いた。

 「この子が…うちは…サスケ」

 その緊張した空気をカカシは捉え、ちらりとソラを見る。

 …やはり情報は得ているようだな…

 戦いから離れているとはいえ上忍だ…里からある程度の情報は入っている。

 それに、ソラはかなりの情報網を持っていることで有名だ。 

 おそらくほかにもいろいろな情報を持っているだろう…。

 彼女からすれば、

 …渦中の人、ここにあり…だ…

 コクリと、小さく喉を鳴らす音がする。

 「診せて」

 ソラがサスケの額に乗せられたタオルをはずし、手を当てる。

 「ひどい熱ね…」

 「ちょっと修行頑張りすぎちゃってね」

 「修行って…」

 言いながら心配そうにサスケを見つめる。

 「誰…だ…」

 サスケが警戒の色を浮かべる。

 「心配するな。オレの仲間だよ」

 「里で薬屋をしてる医療忍者のソラよ。よろしくね」

 その優しい笑顔に、サスケは初対面にもかかわらず、安心感を覚える。

 カカシの、彼女に対する信頼感がサスケにも伝わったのかもしれない。

 「胸の音を聞きたいから、ちょっと布団めくるわね」

 そっと毛布をめくり、サスケの左腕を見たソラは眉間にしわを寄せ、カカシを見た。

 「これ…まさかあなた…この子に千鳥を…!」

 「さすが…ご名答」

 軽い口調で言うカカシにソラは声を荒げた。

 「あの術を使うには、チャクラも体も、まだ未熟すぎるわ!」

 「でも、習得しちゃったんだよね…こいつ」

 「まさか!

 でも、なんて無茶なこと…。現にこんな状態じゃない。

 どうして…」

 「明日のため…かな」

 「明日…って…中忍試験…本戦!」

 「そういうこと。

 本戦を勝ち抜くために、修行を付けた。

 それが本来の目的じゃないけどね」

 「でも、こんな状態じゃ明日は無理だわ」

 そう言ったソラの腕をサスケがつかんだ。

 「頼む…」

 「サスケ君…

 でも、この熱じゃ」

 「ソラ、頼む」

 今度はカカシがソラの肩に手を置く。

 「カカシ…」

 「何とかしてやってくれ。

 そのためにお前を連れてきたんだ」

 「そのためにっ…て…!あなたあれを使う気?」

 声を上げて、ソラはプルプルと首と横に振った。

 「だめよ!だめ!あれはだめ!」

 「そう言わずに。な?持ってきてるんだろ?」

 にっと笑い、医療道具を入れた箱を見るカカシ。

 ソラは道具箱をサッと取り、抱え込む。

 「絶対ダメ!」

 二人のやり取りを見てサスケが口を開く。

 「あれって…なんだ?」

 「ソラの作った、特効薬だよ。

 熱も下がるし、体の疲労も回復する。驚異的にね」

 サスケは息を荒げながら切実な瞳でソラを見つめる。

 「頼む…」

 「そんな目で見ないで…」

 「頼むよ」

 カカシも腰をかがめて隣に座り、ソラをまっすぐ見つめる。

 間近にせまるその真剣なまなざしに、ソラは目をそらしながら、もう一度首を横に振った。

 「あれは…もうあと一つしかないのよ…

 珍しい薬草を使っているから、新しく作るにもそう簡単にはいかない…。

 それに、あの薬の副作用をあなたも知ってるでしょ…」

 カカシは頷いて時計を見る。

 「飲んでから24時間眠り続ける」

 「中忍試験の本戦は13時開始。

 眠る時間も症状によってはもっと長くなるし…起きてすぐ動けるわけじゃない。

 間に合うかどうか…」

 「構わない…」

 サスケがゆっくりと体を起こす。

 「サスケ君…」

 「ここまできて、何もせずに寝て終わるなんて…冗談じゃない…。

 可能性があるなら、その薬をくれ…

 それに、もし…あんたが薬をくれなくても…俺は這ってでもいく」

 「そんな…

 そんなことしたら…」

 中忍試験本戦の厳しさを知るソラが言葉を詰まらせ、カカシに目を向ける。

 「本気だよ。

 そういうやつなんだ」

 はぁぁぁぁと、ソラは大きく息をはいた。

 「わかった。わかったわよ…」

 がくりと肩を落としながらソラが薬を取り出すと、サスケはそれを奪うように取り、口に含む。

 「あ、ちょっと…」

 そしていつの間に用意していたのか、カカシから水を受け取って早々(はやばや)と流し込み、ガバッと布団をかぶり、

 「寝る!」

 宣言して、本当にすぐに眠った。

 ソラは一瞬あっけにとられ、次にプハッと噴き出した。

 「この子…あなたにそっくり」

 「え?そう?」

 「だって、あなたがこの薬飲んだ時と全く同じじゃない」

 以前、共に任務に行った時、カカシは敵の毒に倒れたことがあった。

 ソラが解毒したものの、熱が下がらず、この薬に助けられたのだが、その時カカシは今のサスケと全く同じ行動をとったのだ。

 「一秒でも早く目を覚まして任務に戻りたい…。

 そう思ったんでしょ…。あなたは責任感のかたまりだから」

 「覚えてないな…」

 「すぐそうやってとぼけるんだから」

 ソラはサスケの額にタオルを乗せなおす。

 「あなたの大切な子なのね…」

 「ああ」

 カカシはソラの後ろからサスケの頭を撫でる。

 ふいに二人の距離が縮り、あ互いの体温が伝わる。

 「………………」

 肩越しにソラがちらりとカカシを見た。

 「ん?」

 不思議そうに返すカカシに、ソラは一瞬むっとした様子を見せる。

 「…なんだよ…」

 「なんでもない。

 それより、この子の腕…かなり無茶な修行したようね…」

 「ま、わけありでね」

 「そりゃぁ…そうでしょうけど…」

 サスケはあの、うちはの生き残りだ…

 『わけあり』なのはソラにも当然なことだと分かっている。

 「頼めるか…」

 カカシの心配そうな表情に、ソラは頷く。

 「任せなさい」

 その両手に、薄緑色の柔らかいチャクラの光が溢れだす。

 そのチャクラをサスケの左腕にかざすと、少しずつ傷が薄くなってゆく。

 「時間はかかるけど、本戦までには間に合わせる」

 「ありがとう、ソラ」

 「やめてよ。私は木の葉の医療忍者よ。里の忍を守るのは当たり前。

 それに…あなたの大切な子なら、なおさらほっておけないわ」

 そう言って、ソラがカカシに向き直る。

 「それより、あなたも少し休みなさい。ろくに寝てない顔してる。

 この子が寝てから、自分の修行でもしてたんでしょ」

 カカシは事実を言い当てられ、「ハハ」と頭をかいた。

 「…敵わないな…」

 「分かったら、ちょっと横になってなさい。

 この子は私にまかせて」

 「わかった」

 カカシは珍しく素直に従う。

 付き合いが長いということもあるが、カカシにとってソラは、なぜか素直にいう事を聞ける相手なのだ。

 サスケを治療するソラを見ながらソファに寝転び、カカシは目を閉じる。

 その存在が、カカシに久し振りの安心感と、穏やかな休息を与えた…。

 

 

 ソラがサスケに付き添ってくれているおかげで、カカシはしっかりと体を休めることができた。

 そして、起きてからは、何かが起こるであろう明日に向けて、忍具の手入れをしながら昔の事を思い出していた…。

 ソラに初めて会ったときの事を…

 

 

 親友と仲間を失い、心を閉ざしたカカシが、四代目の命で暗部に入ったばかりの頃…

 任務で千鳥を使いすぎて腕を痛め、チャクラもスタミナも切れかけ、瀕死の状態で里にたどり着いたカカシを見つけたのがソラだった。

 

 

 …あの時、もうこのまま死んでもいい…

 カカシはそう思った…

 だが、必死に自分を助けようとするソラの姿に、傷だけではなく、心も癒された。

 そして、ボロボロになった右腕を包むあのチャクラの温かさに、涙を流した。

 全てを失い、凍りついていた心が溶かされた瞬間だった…。

 「あの時、会っていなかったら」

 オレは死んでたかもしれない…

 たとえ命は落とさなくても、それと同じになっていただろう…

 カカシはそんな事を思った。

それでも根深いカカシの闇はなかなか拭い去ることは出来なかったが、ソラとの出会いが初めのきっかけになったことは確かな事実だった。

 その後暗部を抜け、共に任務に携わるなかで、カカシはソラの明るさと優しさに幾度となく心を救われ、二人は信頼関係を築いていったのだ。

 彼女への感謝は尽きない…。

 その恩を返すためにも、カカシはどんなことがあっても、ソラを守りたい…とそう思っていた。

 だからこそ、明日は気が抜けない…

 …大蛇丸はいつどのタイミングで…どう仕掛けてくるのか…

 まったく何も情報がないままだ…

 「待つしかないとはな…」

 つぶやき、ふと手を止めて外に視線をやると、すっかり暗くなっていた。

 カカシは手早く忍具を片付け、サスケの眠る部屋に向かった。

 「ソラ…一度帰るか?」

 声をかけるが、ソラはベッドにもたれ掛かった姿勢で寝息をたてていた。

 「寝ちゃったのか…」

 サスケを見ると、すっかり腕は治っている様だ。

 「無理させたな…」

 カカシはソラを抱き上げてソファに寝かせる。

 そして布団をかけ、本当に…無意識に…ソラの髪を撫でていた。

 「お前には、感謝することばかりだよ…」

 すやすやと眠るその顔を見ていると、カカシの胸の奥にあたたかい何かが広がってゆく。

 「………ん……」

 「……っ!」

 ソラの小さな身じろぎに、カカシはハッとして手を引いた。

 そして、静かに部屋を出て、片手で顔を覆い、大きく息を吐き出した…

 ……いつ命を落とすか分からないオレが……

 「なにやってんだ……」

 自嘲のつぶやき…

 

 

 …カカシは里のためなら全てをかけて戦う覚悟だ…

 どんな危険な任務も、いつも先陣を切って飛び込む。

 命さえも惜しまずに…。

 そんな自分だからこそ、これ以上深く関わるべきではない…と、いつもそう思って距離を取ってきたのだ…

 「何をやってるんだ…オレは…」

 自分を戒めるようにもう一度つぶやく。

 

 

 -- これ以上にはなれない --

 

 

 カカシの胸の中をやるせない気持ちが埋めていった…。



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其の九   扉の向こう

 中忍試験…本選当日…

 いまだ目を覚まさないサスケのそばで、カカシは椅子に座り本を読んでいた。

 ソファの上では、サスケの治療にかなり疲労したのか、ソラもまだ眠っている。

 時間は11時。

 「そろそろ起きろよ~サスケ」

 しかしその声に目を覚ましたのは、サスケではなかった。 

 「カカシ…」

 「ん?ソラ、目が覚めたか」

 「ごめん…寝ちゃった」

 「構わないよ」とカカシは本を閉じる。

 「サスケ君は?」

 二人でサスケを覗き込む。

 「お前の薬が効いたようだ。

 熱はすっかり下がってるよ」

 ソラがそっとサスケの頬に触れ、笑みをこぼす。

 「うん。大丈夫そうね。

 よかった…」

 「腕もすっかり良くなったみたいで…本当に助かったよ」

 「どういたしまして」

 ソラが少しおどけた仕草で頭を下げる。

 「あとは目覚めるのを待つばかりね…」

 本選開始まであとわずかだ…

 「ああ」

 二人の視線の先では、夢を見ているのかサスケが時折表情を変える。

 「…サスケ」

 …またあの夢を見ているのか…

 カカシはサスケの頭を撫でながら、自分がその夢の中へ助けに行ければ…と思わずにはいられなかった。

 

 

-------------------------------------------------------

 何もない広い空間に、サスケは一人佇んでいた…。

 「ここは…」

 辺りをゆっくりと見回す。

 次第に霧が出始め、少しずつ黒く色づいてゆく。

 「……っ!」

 サスケはギクリとした。

 「また…」

 あの夢だ…

 一歩後ずさり、出口を探すように視線を慌ただしく移動させる。

 しかし、抜け出せる道は…ない…

 辺りの霧はどんどん濃さをまし、気付けばサスケは深い闇の中…。

 このままだとまたあの場所へ…あいつのところへ行きついてしまう…

「くっ!」

 自分でも気づかぬままに駆けだす。

 だが、もうサスケには分かっていた。

 無駄だということが…

 それでも逃げねばならなかった。

 あそこにだけは行きたくない…!

 その恐怖がサスケを支配してゆく。

 「うわっ!」

 不意に何かに(つまづ)き転ぶ。

 それが何なのかも、もう分かっている。

 何度も見た夢だ…

 同じうちは一族の…動かなくなった誰か…

 闇の中にいるはずなのに、点々といくつもの場所に人が倒れているのがはっきりと見える。

 中には見知った顔も…

 「やめてくれ…」

 俺はいつまで…いつまでこの夢に…あの日の恐怖に怯えて生きなければならないんだ!

 この闇に…出口は…ないのか…

 サスケは立ち止まり、目を固く閉じる。

 そしてもうすぐ聞こえてくるであろう声を拒否するように、両手で耳をふさいだ。

 無駄だとわかっていながら…

 

 

 -- サスケ --

 

 

 その声は頭の中に直接響く…

 「くっ」

 もう…もうやめてくれ…

 

 

 -- サスケ --

 

 

 「もう俺の中に入ってくるなぁ!」

 俺は…俺にはもう…あいつらが……

 

 

 ふと、声が聞こえなくなる。

 恐る恐る目を開けると、そこには大きな扉があった…

 あの扉だ…

 「やめろ…だめだ」

 腕が勝手に扉へと伸びる…。

 この扉を開けたら、俺はまた闇に染まる…

 もう…いやだ…あの恐ろしく冷たい孤独の中に堕ちるのは…!

 

 

 カチャリ…と、ゆっくりと扉が開いてゆく。

 「くそ!目を覚ませ!」

 自分に向かって叫ぶ。

 この扉の向こうには…あいつが……イタチが!

 サスケの意思に反して、扉がギィッと嫌な音を立てて開ききる。

 「っく」

 サスケは目をつぶり、顔をそむける。

 あの目を見たら…終わりだ…

 

 

 -- サスケ --

 

 

 「う…」

 助けてくれ…

 サスケの中にある人物が浮かぶ…

 と、次の瞬間。

 

 

 -- サスケ --

 

 

「………っ?」

 

 

 再び聞こえたその声は、イタチの声ではなかった。

 サスケはゆっくりと目を開ける。

 誰かが闇の中にたたずんでいるが顔が見えない。

 しばらくして、その人物の後ろからゆっくりと光が差し込む…。

 そのまぶしさにサスケは目を細める。

 そして次第にその顔が見えてきた。

 そこにいたのは…

 「…カカシ…」

 驚き呆然とするサスケの前で、カカシが笑っている。

 「なんで…ここに…」

 「なんでって…当たり前だろ。

 お前がここにいるなら、オレだっているさ」

 その後ろからまた誰かが顔を出す。

 「サスケ君、私も~」

 「サクラ…」

 「早く来いってばよ、サスケェ!」

 「ナルト…」

 サスケの心が震えていた。

 あの扉の向こうに、イタチ以外の誰かがいるなんてことを、想像した事がなかった。

 自分には復讐以外に生きる道はないと…

 「いいのか…」

 言葉が零れ落ちた。

 俺は…別の道を…選べるのか…

 それが許されるのか…

 だが、サスケはその場に縛り付けられたように動けなかった。

 選びたい…だが、選べない…

 あの日の苦しみは…あの憎しみは…消えない…消えてくれない…。

 「行けない…足が…動かないんだ…。

 俺は…行けない…」

 「サスケ」

 カカシの声が響いた。

 「お前はどうしたい」

 「っ!」

 はじかれたように顔を上げる。 

 カカシの手が、サスケに向かって差し出された。

 「カカシ…俺は…」

 自分の手を見つめる。

 「サスケ」

 いつのまにか、カカシはすぐ近くにいた。

 「俺は…っ!」

 サスケは…差し出されたその手を…取った。

 「サスケ、お前はオレ達と共に生きろ」

 カカシのその声と同時に、何かに引きずり込まれるような感覚に陥り、サスケは目をつぶった。

 そして、次に目を開けた時、サスケの目に映ったのは、心配そうなカカシとソラの顔…。

 「お、起きたかサスケ」

 サスケはゆっくりと体を起こし、カカシを見る。

 「カカシ…」

 次の瞬間、サスケの瞳から大きな涙が零れ落ちた。

 それはとめどなく…ぽたぽたと溢れ続ける。

 「え?サスケ君…ちょ…なに?どうしたの…どこか痛む?」

 驚いて声をあげたソラに、サスケは首を横に振りながら、声を絞り出す。

 「う…カカ…シ…。俺は…いいのか…あんたと…あいつらと…」

 「サスケ…お前…」

 「俺は…俺は…っ…」

 拭うその手が追い付かないほどあふれ出る涙。

 いったいどんな夢を見ていたのか…カカシにはすべては分からない。

 だが、サスケにとって大切なものが見えたのであろうことは想像できた。

 「いいんだよ…それで…いいんだ…」

 カカシはそっとサスケを抱きしめる。

 その腕の中で、サスケは必死に声をこらえる。

 「っ…うぅ…」

 本当なら声をあげて泣きたいだろう…

 だが、忍としての覚悟がある者に、それは許されない。

 「あなたは立派な忍ね」

 カカシの後ろから流れてきたソラの言葉が、サスケの胸に落ち着きを取り戻させたのか、次第に呼吸が整ってきた。  

 「大丈夫か?」

 「ああ…」

 カカシの言葉に小さくうなずき、ソラに手渡された水を気まずそうに飲む。

 「サスケ君、腕の調子はどう?」

 サスケは左腕を動かして確認する。

 「大丈夫だ。痛みはほとんどない」

 「よかった。

 でも、念のためこれを…」

 ソラがサスケの左腕をとり、包帯を巻いていく。

 「この包帯には、カカシがあなたのために調合した薬を塗りこんであるの。

 これを巻いておけば、千鳥の影響で傷を負っても、痛みや症状を少しは軽減できると思う」

 サスケは小さく頷く。

 「激しい戦いになるだろうから、包帯をベルトで固定しておくわね。

 そらから、足も…。

 あの技は足にも負担が大きいから…」

 左手と両足に巻かれた包帯の上から、ソラは黒いベルトを要所要所に巻き、パチンとボタンを留める。

 「普段の腕の感覚と少し違うから、千鳥を使うときはボタンをはずして、ベルトを緩めるといいわ」

 「わかった」

 腕を動かして動きを再確認し、ベッドから立ち上がる。

 「早く会場に…」

 しかし、すぐにふらつく。

 「おっと」

 手を出して支えるカカシ。

 「もう少し…だな」

 そっとベッドに座らせる。

 「くそ…!今、何時だ?」

 「13時20分。ちょうど第一試合…ナルトの試合の最中か、終わったころか…」

 サスケの試合は次だ…。

 その表情には焦りが浮かんでいる。

 「心配するな、お前の試合は各国の影たちも注目している。

 そうそう失格にはならんだろうよ」

 それに、よほどのことがない限り、大蛇丸がそうさせないだろうからな…。

 「私、様子を見てくるわ」

 不安そうなサスケを見て、ソラが言う。

 「悪いね。頼むよ。…あ、それから…」

 「ナルト君…ね」

 「ああ」

 カカシの言葉に頷き、ソラは印を組み、さっと姿を消す。

 「瞬身…じゃない…。今の印…」

 サスケがつぶやく。

 「飛雷神だよ」

 「なっ…」

 二代目火影が考案し、四代目が得意としていた術…

 「一人で使える忍がいたのか?」

 サスケが驚愕する。

 上忍の中に使える者は数人いるが、何人かの力を合わせなければ発動することができない、かなりの高等忍術だ。

 「いったい何者なんだ…」

 「オレと同じ、ミナト先生の弟子だよ。

 お前が言ったように、今この里で一人であの術を使えるのはソラだけだ。

 一日2回が限度らしいけどね。

 使用するチャクラの量が半端じゃないからな。

 ちなみに、飛雷神だけじゃなくて、かなりの水遁の使い手だよ」

 「なんで…薬屋やってるんだ…?

 医療忍術…水遁…その上…飛雷神…。

 それだけの力があるなら最前線で戦えるだろ…」

 「ま…色々あってね…」

 含みのあるカカシのその言葉と同時にソラが部屋に戻る。

 …が、勢い余ってバランスを崩す。

 「わ…っととと……きゃ!」

 そして本棚に向かって倒れ込んだ。

 …バサバサ…っと何冊かの本がソラの上に落ちる。

 「大丈夫か、ソラ!」

 「いてて…」

 「なにやってんだ…相変わらずだな…」

 カカシがソラの手を取り、立ち上がらせる。

 「はは…これ久しぶりだから。

 …それより、試合は大丈夫よ」

 軽く服装を整えながら、サスケに向き直る。

 「あなたの試合は最後に回されていたわ。

 あと30分か40分くらいは大丈夫そうね」

 「そうか…」

 「よかったな、サスケ」

 「ああ」

 安堵してすぐにハッとしたように声をあげる。

 「ナルトはっ?」

 「勝ってたわよ」

 「あいつ…」

 「ネジに勝つとはね…」

 カカシの言葉を聞き、サスケは窓の向こう…会場のほうを見やる。

 その瞳には試合に向けての意気込みが見える。

 「次は、お前だな」

 ポンッと頭に手を置くカカシ。

 「ああ」

 サスケは力強く答えた。

 「んじゃまぁ、今のうちに飯にするか」

 「あ、手伝うわ」

 部屋を出るカカシにソラが続く。

 そして、台所に並びサンドイッチを作りながら、カカシはサスケに聞こえないよう少し声を落とし、視線を向けぬまま真剣な表情で口を開く。

 「ソラ、状況は聞いてるな」

 「ええ」

 少し緊張した面持ちで頷くソラ。

 「私は今日アカデミー生の避難にあたることになってる」

 「そうか。

 …気をつけろよ」

 「あなたも…」

 不安を隠し切れないその瞳に、カカシはいつもの笑みを向けた。

 「心配するな。

 やつの好きにはさせないよ」

 …里も…サスケも…

 カカシは自身に固くそう誓った。

 

 

 食事を済ませ、少し体を休めてから、二人はいよいよ本戦会場へと向かおうとしていた。

 時刻は14時少し前。

 「行けるか?」

 そう問うカカシに、サスケは頷いた。

 「ああ。体が軽い」

 軽く跳ねて体を動かす。

 そしてソラを見て、照れながらではあるが、しっかりとした声で言う。 

 「あんたのおかげだ…ありがとう…」

 ソラは優しく微笑んで返す。

 「どういたしまして」

 そんなサスケを見て、カカシはフッと笑った。

 …サスケ…変わったな…

 「よし、行くぞ」

 「ああ」

 頷き、部屋を出る。

 玄関のドアを開けると、青い空と太陽がまぶしく輝いていた。

 「ソラ、行ってくる」

 「うん。行ってらっしゃい。サスケ君も。」

 サスケが頷きを返し、背を向け足を踏み出す二人。

 「カカシ!サスケ君!」

 背中にかかったその声に同時に振り向く。

 そこには満面の笑みを浮かべたソラ…

 「勝ちなさい!」

 その言葉に、二人は力強い笑顔で声をそろえた。

 「任せろ!」

 そしてカカシの瞬身の術で姿を消した。

 



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其の十   千鳥炸裂!

中忍試験、千鳥を描くに当たり、どうしても原作引用多く入ります。
が、この時のカカシの心情を描いておきたかったので、申し訳ありませんがご了承ください…


 中忍試験本戦会場…。

 失格を言い渡される間際に登場したサスケに、会場はわきあがっていた。

 そしていよいよ試合開始の合図が出された。

 カカシは観覧席でそれを見守る。

 …サスケ…油断するなよ…そいつは、お前にとってはある意味…相性が悪い…。

 カカシは数日前のことを思い出していた。

 

 

 千鳥完成を間近に控えたあの日…

 どこでどう嗅ぎ付けたのか、我愛羅がサスケに接触してきた。

 

 

 いつものように岩場で修業をする二人…

 「サスケ!もう一度だ」

 カカシは声をあげ、ふと視線をそらす。

 「カカシ…どうした?」

 サスケのその問いに答えず、カカシは少し離れた岩に向かって言葉を投げた。

 「そんなに殺気出してちゃバレバレだって。

 隠れてないで出てきなさいよ」

 岩陰から現れたのは我愛羅…

 その表情には何の感情もなく、かえって不気味さを目立たせている。

 「お前か…」

 カカシは低い声で警戒を現わす。

 我愛羅は全くカカシを視線にとめず、ひたとサスケをにらみつけ口を開いた。

 「お前の目的はなんだ。

 一体何のために力を求める」

 ほんの少しも動かない…が、一瞬で間合いを詰めてくるであろうその力に、対峙する3人の間に緊張が張りつめてゆく。

 サスケも感じているのだろう。

 うっすらと頬に汗を浮かべている。

 それでも、気圧されまいと言い放つ。

 「てめぇには関係ないことだ。

 失せろ、修行の邪魔だ」

 サスケの意思を受けたかのように、強い風が吹き抜けてゆく…

 その風に反し、そして、切り裂くように我愛羅はサスケに背を向ける。

 「お前はオレと同じ目をしている。

 力を求め、憎しみと殺意に満ち満ちている目。

 …その目…オレに似ている」

 サスケの目が鋭く光る…。

 カカシはそんなサスケを視線の端に捉えながら、我愛羅に注意を払う。

 背を向けたとはいえ、こいつは一瞬でサスケに届く…

 カカシの警戒をものともせず、我愛羅は言葉を続ける。

 「忘れるな…お前は…オレの獲物だ…」

 そしてその場を去ろうとする。

 しかし、それをサスケが止めた。

 「待て!

 なぜ、そこまで俺にこだわる」

 カカシはそんなサスケを、何か言い知れぬ不安を感じながら見ていた。

 強い者が自分を求めるその理由…

 そこに、イタチと自分の関係を結びつける何かを求めているような…そんな気がしたのだ。

 「本当の孤独を知る目」

 我愛羅の言葉にサスケの瞳が揺れる。

 「そして、それがこの世の最大の苦しみであることを知っている目…

 言ったはずだ、お前はオレと同じ目をしている。

 力を求め憎しみと殺意に満ち満ちている目。

 オレと同じ、己を孤独という地獄に追い込んだ者を殺したくてうずうずしている目だ…」

 「…………っ!」

 サスケの目が見開く。

 その脳裏にイタチがよぎった事をカカシは察知する。

 …サスケ…とどまれよ…

 ここでとどまれれば…きっとお前は…

 しかし、その思いを邪魔するように

 「その目だ」

 我愛羅が追い打ちをかける。

 そして、ザッと足を踏みしめる。

 サスケが動かずとも、このままでは…

 臨戦態勢に入ったサスケを見て、カカシが声をあげた。

 「はぁい待った」

 二人の間から一瞬で張りつめた空気が消え、我愛羅の殺意が今度はカカシに向けられる。

 カカシはそれをさらりとかわす様な…それでいていつでも応戦できる様な空気で言葉を続ける。

 「我愛羅とか言ったな。

 お前が一体サスケの何を知ってるかは知らないけどねぇ、サスケのすべてを見透かすような言い方はダメでしょ」

 言葉は緩いが、その口調は厳しさを帯びている。

 この数週間、サスケの心に寄り添い見守ってきた…

 そこには誰も踏み()らせない…

 カカシのその思いがサスケにも伝わったのか、サスケから戦意が消える。

 「本戦前にこんなとこまで嗅ぎ付けてきて、いったい何が言いたいの…?」

 我愛羅が地底から響くような低い声で答える。

 「戦いとは他者と自分の存在をかけ、殺しあうことだ」

 サスケの目が、恐怖とも怒りともいえない何かに染まる。

 「勝った者だけが己の存在価値を実感できる」

 サスケの変化を気にかけながらも、カカシは我愛羅から視線を外せない。

 ただの下忍ではない…

 カカシはその身に注がれる殺気にそう感じていた。

 「つまり言いたいのは試合ではなくて殺し合いをしようぜっ…てことかな?」

 しかしカカシに答えず、我愛羅はサスケに言い放つ。

 その胸にまるで狙いを定めたかのように…。

 「うちは、お前も本当は望んでいるはずだ。

 心の奥底で自分の存在価値を確かめたい…果たして自分は本当に強いのか。

 その殺意に満ちた目を向ける相手より本当に強い存在なのか」

 もはやサスケの中を、あの日とイタチが埋め尽くしているのは明白だった…。

 

 

 あの後、驚くほどあっさりと我愛羅は去って行った。

 サスケもカカシが心配したほどのダメージを受けていなかったのか、すぐに気を取り直し修行に戻った。

 だが、カカシの中には拭いきれない不安が残った…

 あいつは…我愛羅は、サスケの心の闇の中心をついてくる…

 その存在は、サスケを復讐へといざなう…

 できれば近づけたくない相手なんだがな…

 カカシはあたりに警戒を払いつつ、会場に目を向ける。

 鍛えぬいたサスケの体術が我愛羅を圧倒してゆく様に、会場は釘付けになっていた。

 いいぞ…サスケ…

 その口元に誇らしげな笑みが浮かぶ。

 しかし、ほどなくして、戦況が変化した。

 我愛羅が砂のかたまりに閉じこもり、何やら仕掛けてきそうな雰囲気だ。

 しかし、構わずサスケが飛び込む。

 …が、サスケの拳が届くと同時に砂が形状を変え、棘となりサスケを襲う。

 「くっ…」

 サスケの頬に一筋の傷が走り、足元に血が流れる。

 届いた拳にも血がにじんだ。

 …かなりの強度と攻撃力だな…

 カカシが眉をひそめる。

 と、その時ナルトが駆け寄ってきた。

 「カカシ先生!

 今すぐこの試合を止めてくれってばよ!

 このままじゃサスケ死んじまうぞ!」

 その瞳には必死の色が浮かんでいる。

 …ナルトのやつ…我愛羅と何かあったか…

 それに、ナルトは案外感がいいからな…オレと同じように、我愛羅の中の何かを感じているのか…

 でも、

 「まぁ、心配するな。

 あいつもオレも、無駄に遅れてきたわけじゃないさ」

 「先生…それって…?」

 近くでサスケの戦いを見守っていたサクラが声をあげる。

 「聞きたい?」

 おどけた様子のカカシにナルトがいらだつ。

 「だから!んなこと言ってる場合じゃねぇんだってばよ!」

 「黙ってあいつを見てろ」

 有無を言わさぬその口調に、サクラとナルトが息を飲む。

 「びっくりするから」

 見つめるその先で、サスケはチャクラを足にためて会場の壁に張り付き、左手を構えている。

 …やるか…サスケ…

 みるみるうちに左手にチャクラが集まってゆく。

 その様子を見て、近くにいたガイが声をあげる。

 「ま、まさかあれは!」

 そしてカカシに振り向く。

 「オレがサスケの修行についたのは、あいつがオレと似たタイプだったからだ」

 視線の先でどんどん膨れ上がるチャクラが、チチチチチ…と音を立てる。

 そして、一同が見つめる中サスケが駆けた!

 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 切れぬ物のない刃と化したサスケの左腕が、壁を…そして大地を削る。

 …行け…サスケ!

 お前の力を見せてやれ!

 

 

 キィィィィィィィィィン!

 

 

 甲高い唸りを上げ、サスケの千鳥が我愛羅の砂を突き破った。

 「よし!」

 カカシが声をあげる。

 我愛羅の棘による攻撃も、写輪眼での見切りですべてかわした。

 完璧だ!サスケ!

 だが、喜んだのもつかの間…サスケの様子がおかしい事にカカシは気づいた…。

 砂にとらわれた腕を引き抜こうと必死にチャクラを発し、その場から飛びすさる。

 そして、引き抜いたサスケの左腕に引きずられるように、正体不明の何かが出てきた。

 それはずるずると音を立てて、我愛羅の砂の中に戻ってゆく。

 そのすぐあと、我愛羅から正体のわからない『気』が発せられ、サスケが…そして、試合に立ち会っていた試験管のゲンマがたじろぐ…。

 会場内も怪しげな雰囲気に包まれていく…

 …なんだ…今のチャクラは…

 カカシの視線の先で、サスケが怯えた表情を()じえ、我愛羅を見ている。

 …これは…止めるべきか…

 カカシが動こうとしたその瞬間。

 我愛羅の砂が音を立てて崩れる。

 中から現れた我愛羅は肩に傷を負い、血を流していた。

 サスケは千鳥の衝撃で…我愛羅は傷を負い…お互いに肩を押さえて対峙する。

 カカシは今度こそ…と会場に向かおうとした…

 が、その時、会場内に白い羽が降り注いだ…

 …パタリ…と後ろでナルトとそばにいたシカマルが倒れ込む。

幻術に強いサクラは自力で幻術を返しているが、会場内の人々が次々に倒れていく。

 「カカシ!これは」

 ガイが声をあげる。

 「ああ、幻術だ!」

 大蛇丸…動いたか!

 そして、試験会場は戦いの場と化した…。

 

 

 こうして中忍試験は中止となり、サスケは会場を去った我愛羅を追い、そのサスケを止めるためにサクラ、ナルト、シカマルが任務にあたった…。

 

 

 …サスケを…頼むぞ!

 会場から飛び出したナルトたちの背に、カカシは思いを託した。

 



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其の十一  覚悟

 いったいどれほどの敵を倒しただろうか…

 果てなく思われたこの場所での戦いは、徐々に終息しつつあった。

 試験会場の敵の排除にあたったカカシやガイ、そしてその他の忍が一か所に集まり、会場内を見回す。

 ふと、先ほどまで試合が行われていた場所に、鷹の影が浮かぶ…

 そして、幾度か鳴き声を放ちながら上空を旋回する。

 「あれは…」

 ガイが空を見上げその姿を確認する。

 その隣でカカシが小さく息を吐く。

 「ようやくか…」

 それは、緊急事態における合図の一つだった。

 『非戦闘員の避難の完了』

 そしてそれが終了次第、里の総力をあげて敵を排除する。

 今まで避難優先にあたっていた暗部を含むすべての忍による戦い。

 「ここからが本当の反撃開始だ!」

 『おう!』

 しかし、しばらくして、火影を閉じ込めていた結界が消え去り、大蛇丸が数人の忍に支えられ撤退していく姿をカカシたちが捉えた。

 そして、会場内でカカシたち上忍と対峙していた大蛇丸の配下、薬師カブトも引き際と察し、その身を引こうとしていた。

 「また俺から逃げるのか」

 カブトとはこれが2度目の対戦であるカカシの低い声が響く。

 「今は…ね。

 うかつに手の内を見せると、コピーされちゃうのが関の山ですから。

 まぁもっとも、うちは一族ほど完璧にその目を使いこなせてはいないようですが…」

 飄々(ひょうひょう)と言い、印を組むカブト。

 「では」

 すっと、その場から姿を消した…。

 カカシは相手の余裕ある態度に苛立ち、グッとこぶしを握りしめた…。

 しかし、苛立ちの正体はそれだけではなかった。

 …勝てるか…

 一瞬そんな事がかすめた自分への腹立たしさのほうが大きかった。

 「おい、カカシ火影様のところへ」

 ガイの言葉に我に戻り、カカシは頷いた。

 そして三代目火影のもとへ駆けつける。

 が、火影はすでに帰らぬ人となり、横たわっていた。

 体には封印術『屍鬼封尽(しきふうじん)』の術式が浮かんでいた。

 それを見た者すべてが悟った。

 三代目火影が己の命と引き換えに里を守ったのだということを…

 「ガイ…ここは任せる」

 カカシのその言葉にガイは頷く。

 「ああ。早く行ってやれ」

 「すまない」

 カカシはそう言い残して、サスケ達を探しに走った。

 その場所は、戦いの後を追えばすぐに見つけることができた。

 なぎ倒された木々、大きく削られた大地…

 それらが事の激しさを物語っている。

 が、今や戦っている様子も、敵の気配も感じない。

 …どうやらこちらも終わったみたいだな…

 しかし、

 「一体どんな戦いを…」

 あいつらは無事なのか…

 カカシは嫌な予感を胸に、足を速めた。

 そしてしばし走り、木の上に、カカシが追跡役として口寄せした忍犬のパックンと、そのそばに横たわるサクラを見つけ、駆け寄る。

 「パックン!サクラ!」

 「カカシ!」

 さっとサクラのそばに降り立ち様子を見る。

 どうやら命ににかかわるような怪我ではなさそうだ。

 ほっと息を吐き、周りを見回すと、少し離れた場所に、ナルトを抱えて歩くサスケの姿を捉えた。

 「サスケ!」

 サスケは自分に駆け寄ってくるカカシの姿を見つけて、ほっとした表情を浮かべた。

 「無事か!」

 サスケに近寄り、その体に呪印が広がっていることに気付く…

 「サスケ…お前」

 サスケはうつむき、力なく言う。

 「すまない…」

 「いや…いいんだ」

 サスケはそっと顔を上げる。

 「大丈夫だから。

 よくやったな」

 その笑顔を見た途端に、すぅっと呪印が引いてゆく。

 それとともに、緊張が消えたのか、サスケはナルトを抱えたままカカシに向かって倒れ込んだ。

 ナルトも意識を失ってはいるが、無事なようだ…

 二人をしっかりと受け止め、カカシはもう一度言う。

 「よくやった」

 そして、ガイが手配した医療班がその場に到着し、彼らは里へと戻った。

 里のあちらこちらから煙が上がり、いたるところで動かなくなった敵味方の姿が見て取れた。

 …また大勢の命が…戦いによって奪われた…

 この戦いの連鎖は…切れない…

 カカシは背負ったサスケにちらりと目をやり、そんなことを思った。

 これからの里を担っていくこいつも…ナルトも、そしてサクラもまた、その戦いの中で生きてゆくのだろう…

 少しでも、それを減らしたい…

 大事な里の若葉であるお前たちが歩く未来から、少しでも闇を取り除いてやりたい。

 そのためにできる事なら、オレはなんだってやるよ。

 だから、サスケ…

 お前はオレから離れるなよ…

 

 

 こうして、長い一日が…ようやく終わりを迎えた…

 

 

 

 あれから…いくばかの時間が流れた…

 三代目火影をはじめ、命を奪われた者たちの葬儀が滞りなく進められた…

 そしてその命は、里に…カカシたちに、未来を担う者たちに、様々なものを託し旅立っていった…。

 涙をこらえ、命を見送るサスケ、ナルト、サクラ…3人のその表情から、皆それぞれに、三代目火影が守り抜いてきた『火の意思』をしっかりとその胸に刻んだようだった。

 

 

葬儀のあと、カカシとサスケはナルトたちと別れ、家に向かっていた。

「サスケ、お前…大丈夫か?」

「何が?」

顔を向けぬまま言葉を交わす。

「我愛羅に…また何か言われてないかと思って…ね」

ピクリとサスケの体が小さく揺れる。

やっぱり…か…

カカシは内心でため息をつく。

あのあと、目を覚ましてからサスケは時折ぼんやりしたり、険しい顔で考え込んだり…と様子が少しおかしかったのだ。

「何かあったんだな」

サスケはしばらく黙っていたが、ポツリと呟くように言った。

「別に何もない」

感情をまったく感じさせない口調だ。

「あ…そ…」

チラリとサスケを見ると、その瞳は無機質な空気から徐々に怒りをまじえたものに変わっていく。

「サスケ…」

「………っ!」

はっとしてそれを隠すサスケ。

「何があった」

しかしサスケは答えない。

顔を背けて口を閉ざし…しばらく歩いてからサッと塀に飛び乗り、行き先を変える。

「おい、どこ行くんだ」

サスケは背を向けたまま、チラリと一瞬だけカカシを見た。

「帰る」

そしてそのまま姿を消した…。

「帰る…って」

自分の家に…か…

確かに、千鳥の修業も一応は終わったしな…

だからといって、すぐに帰ることもないのに…

カカシはサスケが去った方をしばらく見つめていた。

…あの目…

先程の怒りを含んだ目…

そして別れ際の、どこか冷めたような目…

カカシは出会ったばかりの頃のサスケを思い出していた。

自分は人とは違う…

誰にも近寄らせない…

あの頃のその空気を感じさせる…。

我愛羅に何を言われたのか、ある程度想像はできたが、それをこちらから投げ掛けるのは逆効果だろう…

カカシはしばらくサスケから話して来るのを待つことにした…。

そして歩きだし、ふいに、三代目…ヒルゼンから言われた言葉を思い出し、再び立ち止まる…

 

 

『お前ならサスケを救える』

 

 

「三代目…」

あの時オレは切れ良く返事を返したが…

本当に…オレに…

カカシは胸に浮かんだ不安を必死に振り払った。

「オレが揺れてどうする」

揺れるサスケの隣で一緒に揺れていては、サスケを支えることはできない。

カカシは決意新たに歩きだした。

 

 

サスケ…お前を闇に渡したりはしない…

 

 



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其の十二  闇の歯車

 あの忌まわしき『木の葉崩し』から数日が過ぎ、里は復興へと急いでいた。

 だか、里の勢力が落ちたと思われぬためにも任務を変わらずこなす必要もあり、里は人手不足を極めていた。

そのため、残ったものは休む時間を惜しんで働き、子供たちも、アカデミーの修復に力を尽くしていた。

 まさしく総力を挙げての復興だ…。

 そんな中カカシもまた、任務をはじめとし、その人望の厚さから里の多方面から頼られ、多忙な日々を送っていた。

 サスケが気になるところだが、その後は呪印が暴走するようなこともなく過ごしている。

 ただ、何度か会って話したが、やはり我愛羅との事は語らず、様子もおかしいままだった。

 苛立ち、少し刺々しい感じをあらわにしていた。

 中忍試験前、あれほど近かった距離が、急にまた離れたような…

 そんな不安をカカシは感じていた。

 忙しさであまり会えていないことも原因かもしれない…。

 そう思い、なんとか時間を作り、昨日の夕方サスケを修行に誘ったが、やはり機嫌が悪く、サスケは来なかった。

 少しそっとしておいたほうがよいかと考え、カカシは今日は朝から久しぶりにナルトと話をしていた。

 サスケにつきっきりだったということもあり、少しでも時間を…との思いだった。

 それに、あの我愛羅との戦いを、しっかりと聞いておきたいという気持ちもあった。

 ナルトは、サクラがサスケをかばって我愛羅に立ちはだかった事や、自分が口寄せの術で妙木山のガマを口寄せして戦ったっことを嬉々揚々と話した。

 二人の活躍に、カカシは成長を喜び、驚いていた。

 しかし、ナルトが一番うれしそうに話したのはサスケのことだった。

 「でさ、でさぁ、サスケのやつ、ぼろぼろのくせに、俺の前にサッと立って言ったんだってばよ!」

 カカシの前にサスケのまねをして立ち、その口調も真似る。

 「オレはすべてを一度失った。

 もう俺の目の前で大切な仲間が死ぬのは見たくない!

 って、そう言ったんだってばよぉ」

 「サスケが…そう言ったのか…」

 「そうだってばよ。

 オレ嬉しくって…ちょっと泣きそうだったってばよ!」

 へへへ…と照れ笑いを浮かべるナルト…

 「オレ、あの時一瞬あいつがカカシ先生と重なった…」

 「え?」

 「先生、言ってただろ。

 オレの仲間は絶対殺させやしない…って。

 一緒だって…思ったんだってばよ」

 「そうか」

 サスケ…お前の心には、確かにこいつらがいるんだな…

 そして、ナルトが言うように、本当に…オレもいるのか…

 一瞬目の奥が熱くなる。

 「いっつも偉そうで、オレたちのことなんか全然興味ないって思ってたからさ…。

 あいつの口から、ちゃんとオレたちのこと『仲間』って聞けて…ほんとに…オレ…嬉しかったんだ…」

 見るとナルトの目に小さな涙が浮かんでいた。

 「先生…」

 急に真剣な顔になるナルト…

 「どうした?」

 「あいつ…大丈夫だよな…」

 その瞳には不安が浮かんでいる。

 「なんかさ、あいつ…ほら…色々背負っちゃってるだろ…。

 だから時々…なんていうか…遠くなるっていうか…。

 うまく言えないんだけど…そういうとこあっから…オレ心配なんだってばよ…」

 「ナルト…」

 やっぱり感がいいな…こいつは…

 サスケの揺れる心の動きに気付いていたのか…

 最近特に様子がおかしいし…な…

 カカシはナルトの頭に手を乗せ、わしわしと、髪を乱す勢いで撫でた。

 「わっ!なんだってばよ…」

 「大丈夫!」

 正面からしっかりとその目を受け止める。

 「心配するな。

 あいつはオレたちの仲間だ。

 一緒にやっていけるよ」

 ナルトは心底ほっとした表情で、大きくうなずいた。

 

 

 その後、カカシはしばらく里の中の様子を確認して回り、公園の前に立つサクラの姿を捉えた。

 「サクラ!待たせたな」

 午後からはサクラと会う約束をしていたのだ。

 サクラは首を横に振り、力なく笑みを返す。

 ありゃ、やっぱり一番落ち込んでるか…

 誰より早くサスケの呪印の恐ろしさを目の当たりにしているサクラだ…

 この間の我愛羅との戦いで、再び呪印に染まるサスケを見て、恐ろしかっただろうからな…。

 普段は二人に心配かけまいと、気丈に振る舞ってはいるけれど…本心は不安だろう…

 思えば、ナルトとサスケに気が行き過ぎていたのかもしれない…

 本当に待たせたな…サクラ…

 「ほい。まぁ飲め」

 買ってきたジュースを手渡す。 

 「うん…」

 二人は公園の前にある河原に座った。

 「サクラ、この間の試験会場での幻術返し、さすがだったよ」

 「うん…」

 「我愛羅との戦いの時も…お前サスケをかばって我愛羅の前に飛び出したそうじゃないか」

 「うん…」

 「よく頑張ったな。なかなかできるもんじゃない」

 「うん…」

 …こりゃ…重症だな…

 カカシはふぅっと息を一つ吐き、サクラに向き直る。

 「サスケが心配か…?」

 やっと正気のある目でカカシを見る。

 「先生…」

 「ん?」

 「サスケ君のあの呪印…消せないの?」

 切実な表情だ。

 「残念だが、できない…。

 封印するだけで精一杯な代物(しろもの)だ…」

 サクラは泣きそうな顔でうつむいた。

 「大丈夫って…先生もう大丈夫って言ったのに!」

 体が小さく震えている。

 「サクラ…」

 「呪印を使った時のサスケ君…まったく違う人みたいで…。

 自分が分からないみたいで…。どんどんなんていうか…遠くなっていくっていうか…。

 最近も少し様子が変だし…私…なんだか心配で…」

 ナルトと同じ不安を、お前も感じているんだな…

 「サクラ、サスケがお前たちを『仲間』って言った話聞いたか?」

 「え?」

 その表情から、どうやら聞いていないようだ。

 「あいつ…そういう所がダメなんだよまったく…」

 「先生、それどういう事?」

 「たぶんお前は気を失ってたんだろうな。

 サスケがこう言ったそうだ。

 もう俺の目の前で大切な仲間が死ぬのを見たくない!…ってね」

 「サスケ君が?」

 「ああ」

 「本当に…」

 頷きを返すと、サクラはぽろぽろと涙を流した。

 「サスケ君…」

 その気持ちはナルトと同じだろう。

 カカシはサクラの頭にポンと手を乗せる。

 「大丈夫。サスケは大切なものをちゃんと分かってるやつだよ。

 ちゃんと一緒にやっていける」

 「うん。…うん!」

 力強くうなずくサクラ。

 カカシはひとまず安堵(あんど)の息をついた。

 まだまだ油断はできないだろうが…な…

 サスケ、お前のことをこんなに思ってくれている仲間がいる…

 自分が言ったその言葉を、忘れるなよ…

 

 

 そして、カカシはサスケのもとへと向かっていた。

 サスケとは約束はしていないが、たぶんあいつは…あそこに…

 「いた…」

 そこはついこの間まで二人で修業をしていた岩場…

 サスケは自分が千鳥で削ったあの岩を見つめていた。

 何を求めてここへ来たのか…カカシにもわからない。

 だが、何かを求めていることは確かだ…。

 「サスケ…」

 その声に、サスケは煩わしそうに振り向く。

 「何の用だ…」

 …ありゃぁ…まだ機嫌悪いのね…

 ていうか、なんだろうね…こいつらの(めい)から(あん)への見事なグラデーションは…

 カカシは正直今のサスケにどう関わればいいのかわからなかった。

 我愛羅との戦いで何かあったのは明白だが、何か今までとは違う…。

 復讐に対しての感情だけではないような…そんな気がしていたのだ…

 「サスケ、何に苛立ってるんだ?」

これ以上は放っておくわけにいかない。

カカシは思いきって聞いた。

 「あんたには関係ない…」

 あれほど開いていた心が閉ざされたか…

 いや、それはない……

 自分でも感情が分からず戸惑っている…といったところか…

 カカシは慎重に言葉を(つむ)ぐ。

 「サスケ、お前はオレの大切な部下で、仲間で、弟子だ」

 サスケは顔をそむけたまま黙っている。

 「でも、それだけじゃない。

 今の俺にとってお前はそれ以上の存在だ。

 だが、お前のすべては分かってやれない…。お前じゃないからな…。

 言ってくれなきゃわからんこともある」

 うつむいたまま、サスケは唇をかみしめる。

 「言いたくなければ無理には聞かない。

 でも、お前が話したくなればいつでも聞く。

 何をさしおいても、時間を作る」

 サスケの体から少し力が抜けていく。

 「それから、今はこんな状況だからなかなかできないが、オレとお前の修行は続行中だ。

 お前が言ったんだぞ、ほかの忍術も教えてくれってな。

 だから、いつでもうちに来い」

 見つめるその先で、サスケはただ地面を見つめていた。

 カカシはサスケに歩み寄り、その手のひらに何かを乗せた。

 

 

 チリン…

 

 

 鈴が鳴る。

 小さな二つの鈴…

 その先にカカシの家の鍵がつけられていた。

 「お前のだ。

 いつでも勝手に使えばいい。

 任務や里のことでしばらく不在が多いが、夜は大体オレも帰ってるから」

 いまだ何も言わないサスケ。

 カカシは、力の抜けた肩をポンポンっと優しくたたき、その場を去った。

 …サスケ…お前の心は今…何を求めてる…

 

 

 カカシが里に目を向けると、里の向こうに、夕日がゆっくりと沈んでいった…

 

 

 その日、カカシが遅くに家に帰ると、寝室に薄明かりがともっていた。

 「ん?まさか…あいつ…」

 そっと中に入り、部屋を覗くと、ソファの上でサスケが眠っていた。

 「来たのか…」

 カカシは驚いていた。

 今日はさすがに来ないと思っていたのだ。

 そのことに安心より、不安がよぎる。

 精神的に少し不安定か…

 「いや…素直に喜ぶべきか…」

 カカシはずり落ちていた布団をサスケにかけなおす。

 「カカシ…」

 うっすらとサスケが目を開ける。

 「遅くなって悪かったな」

 「…今度…」

 サスケは再び目を閉じながら小さくつぶやく。

 「…話す…」

 そして、また眠った。

 しばらく自分で考えたいんだな…

 その寝顔は先ほどの荒れた雰囲気など微塵(みじん)も感じさせない、穏やかな寝顔だ。

 「オレは何をしてやれるんだろうな…」

 闇の深みにはまればはまるほど、他人の声は届かない…

 どんどん自分だけで道を探らなければいけなくなる…

 そしてそれは、良い方向へは行きにくいものだ…

 今まさに、サスケはそのふちに立っているのかもしれない…

 でも、オレはお前がナルトたちに言った言葉を信じるよ。

 カカシはそっとサスケの頭を撫でた。

 「お休み…サスケ」

 

 

 

 それぞれの思いを胸に夜は更けてゆく。

 

 

 …里に悲しみを落としたあの戦いから皆少しずつ進みだした。

 

 

 そしてこの日、祭事(さいじ)はすべて終わり、降り注ぐ朝靄(あさもや)はやがてすべてを包み込む…。

 

 

 その静寂の中、宿命という名の歯車がゆっくりと動き出す…

 

 

 その歯車を回す闇は、カカシが思うより深く、サスケが思うより濃く…

 徐々に、そしてまるで計算されたかのように確実に…二人を引き離していった…



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其の十三  託されし者

 次の日、何故か朝早くに目が覚めたカカシは朝霧が立ち込める中、親友の名が刻まれている慰霊碑の前に来ていた。

 先日の戦いによって命を奪われた者の名も、多く刻み込まれている。

 「オビト…この世からは、なかなか戦いの連鎖はなくならないよ…」

 少し冷たい空気の中、カカシは瞳を細めた。

 「…カカシ?」

 不意に掛けられたその声に、カカシはゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは、薬草の入った籠を持つソラだった。

 あの戦火を無事に(くぐ)り抜け、戦で傷ついた里の人々のため、日々尽力している。

 「ソラ…こんな早くから薬草摘みか?」

 「ええ。この時間にしか開かない花があるのよ。

 その蜜を取りにね。

 あなたは…眠れなかった?」

 いつもすべてを見透かされているな…

 カカシはフッと笑みをこぼしながら、どこか安心感を覚える。

 「まぁね」

 と、そう答えたと同時に、カカシとソラの間にサッと暗部が4名姿を現わし、(ひざまず)く。

 「やはりここでしたか」

 スッと頭を下げる。

 声からすると先の戦いで命を落とした、ハヤテの恋人の夕顔のようだ…

 「どうした…」

 夕顔は後ろにいるソラを一瞥(いちべつ)してカカシに向き直る。

 極秘事項か…

 しかし、

 「構わない」

 カカシはソラと暗部、両方へと向けて言った。

 この状況での極秘事項は、おそらくすぐに里の上忍に伝えることになるだろう…

 それに、ソラの情報網はカカシも知らないがかなりの物だ。

 おそらくここで隠しても知りうるだろう…。

 夕顔が「ハッ」と短く答え、低く抑えた声で言う。

 「先ほど関所の見張りが何者かに幻術をかけられ、倒れているのを発見したと別の隊から伝令がありました」

 「な…なんだと…」

 驚き、顔を見合わせるカカシとソラ。

 「その者の幻術を解き話を聞いたところ、術にかけられたのはつい先ほどで、相手は見慣れぬ赤い紋の入った黒い羽織装束。袈裟をかぶった二人組とのことです」

 その出来事も奇妙だが、カカシは今の状況に眉をひそめた。

 「なぜ…オレに…」 

 夕顔が顔を上げる。

 「三代目火影様より、有事(ゆうじ)の際は後任が決まるまで、すべてあなたに報告し、指示を仰ぐようにと仰せつかっております」

 「三代目が…そうか。しかし、それではあの方が…」

 暗部にはもう一人幹部がいる。

 カカシの脳裏にその人物が浮かんだ。

 しかし、夕顔が首を横に振る。

 「ダンゾウ様は同じ暗部とはいえ『根』の方。

 火影直轄の我々への干渉はありません。

 あの方はそのあたりはきちんと線を引かれている方ですので…」

 「…………」

 カカシは言葉が出なかった。

 自分には荷が重い…

 それが正直な気持ちだった。

 しかし、三代目が自分を信じ託してくれた暗部だ…

 応えようとするその気持ちも、また正直な思いだった。

 「分かった…。

 引き続きその隊を関所付近の警備にあたらせてくれ。

 それから、急ぎ自来也先生に。

 手分けして里の上忍にも連絡を…

 その見慣れぬ装束も…調べてくれ…」

「ハッ」

 切れの良い返事を残し、暗部たちは姿を消した。

 里が疲弊しているこのタイミングでのこの動き…。

 …まさか…

 カカシの脳裏に、ある組織の名前が浮かんでいた…

 しかし、確証はない…

 だが、もしそうだとしたら、狙いはナルトか…場合によっては…

 カカシの額に汗が浮かぶ。

 さっき関所を通ったとすると、里につくまではもうしばらく時間はあるか…

 ナルトには今日から自来也先生が修行につくことになっている…

 オレは…サスケを…! 

 「カカシ…」

 黙り込み思考を巡らせるカカシに、ソラの瞳が不安に揺れた。

 普段あまり人には見せない表情だ。

 だが、一つの戦いが終わったばかり…

 その不安はもっともだろう。

 「心配するな。

 誰にも手は出させないよ…」

 「…うん」

 「お前はすぐに家に戻れ」

 そう言い残し、自身も家へと急ぐ。

 が、そこにはすでにサスケの姿はなかった。

 時間からして、先ほど暗部の言っていた何者かとの接触は考えられない。

 …帰ったか…

 台所を見ると、用意しておいた朝食には手を付けていない。

 「食べなかったのか…」

 その行動からも、サスケの精神的な揺れが見て取れる。

 とにかく、サスケと合流しないと…

 カカシは部屋の窓を開け、ピュっと口笛を鳴らす。

 すぐに一羽の鷹が舞い降りてくる。

 腕にその鷹をとまらせ、カカシはそのくちばしを撫でる。

 「サスケをオレのところに連れてきてくれ」

 そして、空へと返す。

 頼むぞ…

 飛び立つ姿を見送り、嫌な予感を胸に、カカシは飛び出した。

 

 

 そして…カカシの予感は…見事に的中していた。

 里への侵入者は、以前自来也から聞いていた『暁』という組織の一員…。

 忍刀七人衆と呼ばれる者の一人、干柿鬼鮫(ほしがき きさめ)と、あの…うちはイタチであった。

 自来也から聞いた話から考えると、狙いはナルト…

 しかし、ナルトはすでに自来也と共に里を出ており、念のためサスケも遠ざけた…

 あとは、この二人を撃退するだけ…

 しかし、ふたりとも広く名を馳せたかなりの手練れ…

 イタチに関しては、うちはの正当後継者にして、一族一の天才…

 そう簡単に行くはずもなく、カカシは上忍仲間のアスマと紅の3人で激戦を繰り広げていた。

 しばらく一進一退の攻防を繰り広げていたが、次第に追い詰められ、イタチの強力な瞳術を警戒してアスマと紅は動けず、カカシは幻術による精神攻撃を受けて動きを封じられ、劣勢を強いられていた。

 そして、鬼鮫の鋭い攻撃がアスマと紅に襲いかかったその時、突如水しぶきが上がり…

 「木の葉強力旋風!」

 吹き上がる水しぶきの中から、ガイが現れ、その蹴りが鬼鮫を吹き飛ばす。

 カカシは荒い息で体を大きく揺らしながら、水面に降り立つガイの背中を見つめる。

 …来たか…

 水面を滑り、着地した鬼鮫が鋭い視線でガイをにらみつけた。

 「何者です!」

 ガイは構えを取り、毅然と言い放つ。

 「木の葉の気高き青い猛獣。

 マイト・ガイ!」

 ポーズを決めてはいるが、緑一色のトレーニングスーツ…。

 その独特のいでたちに、鬼鮫が戸惑いにも似た声をあげる。

 「なんて格好だ…

 珍獣の間違いでは…?」

 しかし、イタチの表情は厳しい。

 「あの人を…甘く見るな…」

 その声にわずかに緊張の色を含ませる…。

 カカシは自分の前に立つ親友の背にすべてを託した。

 …ガイ…あとを…頼む…

 そして必死に繋ぎ止めていた意識と共に水の中へと沈んだ…。



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其の十四  拒絶

 …遠くのほうでかすかに声がするのをカカシは捉えていた。

 だが、体が動かない…。

 自分がどうやらベッドに横になっていることは分かる。

 そしてその感触が馴染みあることから、どうやらあの戦いが終わり、自宅にいるらしいと悟る。

 聞こえてくるその声から、皆無事のようで、ほっとする…

 …サスケは… 

 その存在を案じた時、カチャリとドアが開く気配…。

 「カカシ…いるか?」

 サスケの声だ…。

 無事か…

 「…っ?」

 部屋の状況を見て、サスケが一瞬息を飲む。

 「どうしてカカシが寝てる…。

 それに上忍ばかり集まって…何をしてる…一体なにがあったんだ」

 「いやぁ、何も」

 ガイがごまかす。

 しかしそのすぐあと、誰かが部屋に駆け込んできた。

 「あのイタチが帰ってきたって話は本当か?

 しかもナルトを追ってるって!」

 「ちぃっ」とガイが舌打ちし、一瞬の間を置いて、

 「…っ…!」

 サスケが部屋から走り去る気配…

 くそっ…サスケ!

 カカシは何とか体を動かそうとするが、まったく反応しない。

 「なんでこうなるの!」

 ガイが声を荒げる。

 「…う…ガ…イ…」

 何とか必死に声を絞り出すカカシ。

 「カカシ!起きていたのか」

 「頼む…サス…ケ…を」

 今イタチに会ったら…あいつは…

 「たの…む」

 「わかった!まかせろ!」

 ガイがさっと姿を消し、サスケを追った。

 …サスケ…行くな…

 

 

 

 カカシ…

 

 

 それはカカシを呼ぶサスケの声…

 サスケ…どこにいるんだ…

 また、迷っているのか…

 オレはここだ…ここにいるから…

 

 

 幾度となく聞こえるその声を感じながら、カカシの意識は深く…落ちた…

 

 

 どれほど時間がたったのか…

 ふと、カカシは額のあたりに、優しいぬくもりを感じていた…

 …この温かさはなんだ…

 どこか懐かしい…

 瞼の向こうから、かすかに薄緑色の光が見える…

 …このチャクラは…

 カカシはゆっくりと目を開く…

 徐々にひらけていく視界に映ったのは、驚くべき人物だった…

 「綱…手…様?」

 そこにいたのは里を出て久しい、初代火影の孫、綱手だった。

 いまだすっきり晴れない頭を抱えながら体を起こすと、綱手の後ろにはガイと、ニカッと笑うナルト。

 …そうか、自来也様との旅は、次期火影に就任してもらうために、綱手様を探す目的でもあったな…。

 無事見つけたんだな…

 ナルトの無事な姿を見て安堵し、ハッとする。

 「サスケは!」

 「サスケも先生と同じ術にかかって、ずっと寝てたんだってばよ。

 んでもよ、さっき綱手のばぁちゃんに治してもらったから、もう大丈夫だってばよ!」

 カカシの心配そうな表情に、綱手は力強くうなずきを返す。

 「…ありがとうございます」

 深く頭を下げる。 

 しかし…サスケにも…月読を…

 …イタチ…っ!

 カカシの目が怒りに震えた。

 「しっかしまぁ…」

 そんなカカシの頭上から、呆れた口調で綱手の言葉が降る。

 「なっさけないねぇ…

 たかだか二人の賊にやられたっていうじゃないか。

 天才だと思ってたんだけどねぇ」

 「…すみません…」

 カカシは不甲斐なさに顔を引きつらせて答えながら、ナルトが何とも言えない不安そうな表情を浮かべていることに気付く。

 「どうした…ナルト」

 ナルトはギュッと両手を握りしめ、額に汗を浮かべて言った。

 「…カカシ先生…

 あのイタチってやつ…あの強さ…なんなんだってばよ…

 サスケの千鳥を…一瞬でかわして…」

 やはり千鳥で…

 しかし、習得したばかりの千鳥では、確かにイタチには通用しないだろう…

 「それに…エロ仙人の術からも…簡単に」

 「…そうか…」 

 自来也先生の術すら退けたか…

 イタチの力に、カカシは一瞬背筋が冷たくなった。

 「ま、お前は何も心配するな。

 オレがなんとかするから」

 笑顔でそう返して、サスケのところへ行こうと立ち上がるが、よろけて綱手に支えられ、ベッドに戻される。

 「まだ無理だ。

 なにせ2か月近く寝たきりだったんだからねぇ。

 いくらあんたといえども、リハビリが必要だよ」

 「そ、そんなに…」

 カカシは時間の経過に驚き、里の現状を危惧する。

 「ガイ!里は…!」

 「心配するな。

 あれ以降は特に里に変わったことはない」

 「そうか…」

 ほっと息をつくカカシに綱手が目を細めてフッと笑う。

 「ま、とにかく…もう少し寝てな。

 サスケとやらにはあの子がついてるし、しばらくそっとしといてやりな」

 …サクラか…

 「わかりました…」

 「あ、あのぉ綱手様!」

 ガイがそわそわしながら声をあげる。 

 「早く!わが弟子、リーのところへ!

 あいつの怪我を見てやってください!」

 「ああ。そうだったね。

 じゃぁね、カカシ。

 復活したらガッツリ働いてもらうからね」

 その力強い笑顔に、カカシは心から安堵した。

 この人が来てくれたなら、里は大丈夫だ…

 「覚悟してます」

 その答えに、綱手はひらひらと手を振りながら出て行った。

 「んじゃ、カカシ先生、オレも行くってばよ。

 イルカ先生と約束してんだ」

 「ああ」

 「あ、ちなみに、サスケは一番奥の部屋だってばよ」

 そう言い残してナルトも病室を出て行った。

 カカシはその背を見送り、

 「2か月近くも寝ていたのか…」

 つぶやきながら窓の外を眺め、思い出していた…

 あのイタチの強さを…

 かつて暗部でともに従事したときは頼りになる存在だったが、敵にするとなると…

 額から汗が一筋走る。

 あの頃とは比にならないくらい力をつけていた…

 「イタチ…」

 もしあのまま、この里に尽くす忍として生きる道を選んでくれていれば…どんなに心強い存在だっただろう…

 カカシは暗部でのイタチの働きを評価し、物事の本質を見抜く力に尊敬の念すら持っていた…。

 そのイタチがあの恐ろしい事件を起こし、里を抜けたことが残念でならなかった…。

 「いや、忍の世界に『もし』はない…な」

 カカシは頭の中に浮かんだ考えを振り払うように、グッとこぶしを握りしめ、

 …次は…必ず…

 と、決意を刻んだ。

 そして、何とか立ち上がり、サスケのもとへ向かう…

 綱手にはああ言われたが、やはり気になって仕方がない…。

 壁に手をつき、体を支えながらサスケの病室までたどり着く。

 中を見るとサクラはどこかに出ているのかおらず、サスケがベッドに座り、じっと自分の左手を見つめていた。

 カカシは息を整え、何とか平静を装って中に入った。

 「よ!サスケ、起きたか」

 サスケはハッとしたように布団の中に手を隠し、顔をそむけた。

 「具合はどうだ?」

 ベッド脇に置かれた椅子に座る。

 「お互いひどい目にあったな」

 サスケは黙ったままだ。

 が、急に左腕が傷んだのか、腕を抱えて顔をしかめた。

 「つ…っ」

 「大丈夫か!」

 カカシが体を支えようと手を差し出す。

 しかし、

 

 

 パシィッ…

 

 

 音を立てて、その手がふり払われた。

 「っ!」

 驚いたのは、サスケのほうだった。

 本当に無意識だったのだろう…

 ハッとしたようにカカシの顔を見て、スッと目をそらす…。

 …サスケ…

 カカシはその行動に少なからずショックを受けはしたが、それ以上にサスケの心情が心配だった。

 オレから教わった千鳥が、イタチに届かなかったことが原因か…

 無意識に千鳥を…オレを…拒んでいるんだな…

 カカシはフッと笑って、ゆっくり立ちあがる。

 「また来るよ。

 しばらく体を休めろ」

 病室を後にするカカシの胸に不安が広がる。

 幻術の後とはいえ、サスケは自分の心をうまくコントロールできなくなっている…

 そこには、サスケの意思だけではない何かがあるような…そんな気がしてならなかった…。

 

 



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其の十五  寄り添う存在

 その後部屋に戻り、カカシは荒れた呼吸を整えながら焦りを覚えていた。

「体がかなり重いな…。

早く戻さないと…」

大きく息を吐き、ベッドに入る。

と、その時、バサッと入り口の辺りで何かが落ちる音がした。

振り向くと、目を見開き立ち尽くすソラがいた…。

足元には花が落ちている。

「ソラ…」

呼ばれてハッと我にかえり、ソラはまるで出席をとるような口調でカカシの名を呼ぶ。

「カカシ!」

「はい!…?」

思わず返事をするカカシに、ツカツカと歩み寄りながら、ソラは(まく)し立てるように言葉を続ける。

「ごめん!先に謝っとく!

だから…今だけ…許して…っ!」

そして、涙を流しながらカカシに抱きついた。

「ソ…ソラ…お前…」

その言葉に、深く関わりを持ってはいけない…という自分の覚悟に、ソラが気づいている事をカカシは知る…。

「もう…目を覚まさないかと…っ…」

震える肩に回しかけた手を、カカシはぐっと握りしめこらえる…

…が…

「すまない…オレも先に謝っておくよ…。

…今だけ…」

そう言ってソラを抱きしめた。

自分の身を案じ、無事を喜んでくれる存在がこんなにもありがたいなんてな…

サスケも同じように感じているだろうか…

ふと、サスケの病室の方に視線を上げ、

「…っ!」

 カカシは固まった。

 ニヤニヤと笑いながら、自来也がドアにもたれて立っていたのだ。

 カカシの様子に気づきソラもそちらに視線を向け、慌てて飛び退()く。

 「自…自来也様!」

 よりによって…一番見られたくない人物に…

カカシは顔を引きつらせる。

カカシにとって自来也は、昔からなぜだか少し反発してしまう存在であり、苦手な人物だ…。

 「いやぁ…ええのぉ。若いというのは」

 自来也はおもむろに紙とペンを取りだし何やら書き綴る。

 「先に謝っておくよ…今だけ…か。よいセリフだ…次の新作の小説に使わせてもらうとするか」

 「~ッ…!」

 二人とも真っ赤だ…。

 「一体何の用ですか!」

 カカシが声を荒げる。

 「何だ、聞きたくなかったか?」

 その言葉に真顔に戻る。

 サスケと…イタチの…

 「いえ、お願いします」

 「うむ」

 頷き、自来也はソラの用意した椅子に座る。

 「ワシも先に謝っておくとするか…。

 カカシ…すまんかったな…もっと早くに止めてやるべきだった…。

 サスケの気持ちを汲んだつもりだったが、そのせいで、ひどい目に合わせてしもうた」

 サスケの身を思ってだろう。

 自来也はスッと頭を下げた。

 カカシは驚き、慌てる。

 「よして下さい…。

 ナルトの事もありましたし、それに…オレも…同じ事をしたかもしれません…」

 それは正直な気持ちだった…。

 サスケにとって、イタチはずっと恨み、追い続けてきた存在だ…

 実際その場に居合わせたら一矢報いさせてやりたいと、そう思ったかもしれない…。

 「それで…」

 話の先を待つカカシに、自来也は顔をあげる。

 「あやつ…イタチのやつ、容赦なしだ…。

 サスケの千鳥を簡単に受け流して、印を組めぬよう手首の骨を折りよった。

 そして幾度も殴り付けて、罵り感情を傷つけ…あげくの果てに幻術だ…」

 「…サスケ…」

 「ひどい…」

 その様子を想像して、ソラも辛そうに顔を歪める。

 「必要以上に揺さぶりをかけておった…。

 お前には興味はないと、挑発するような言葉…

 そして、お前は弱い…憎しみが足りない…とな」

 自来也は鋭い眼差しでカカシを見る。

 「完全なる敗北感…届かぬ焦燥…。

 カカシ…気を付けてやれ…」

 「はい…」

 「うむ。

 …しかし…あれだのぉ…」

 急に声のトーンを上げて、いつもの調子でニカッと自来也が笑った。

 「お前らがうまくいっとるようで安心したぞ」

 「…え?」

 一瞬カカシとソラが顔を見合わせる。

 そしてすぐにソラがそれを否定した。

 「違うんです!あれは私が勝手に。

 ほら、突然目を覚ましたので驚いてしまって。

 だから違うんですよ!」

 自来也に向かってニコリと笑い、持ってきた花を生けようと、窓辺の花瓶を取りに行く。

…ソラ…すまない…

 その様子を見て事を悟ったのか、自来也はカカシをジトリとにらんだ。

 「お前…」

 「な…なんですか…」

 「まだ下らんことを言っとるのか…」

 「何のことです…」

 「まったく…

だから、先に…今だけ…か…。

 そういう所がいかんのだ、お前は!」

 「…どういう所ですか…」

 「()()()()()だ」

 自来也は大きく息を吐いた。

 「そんなことだからイタチなんぞにしてやられるんだ」

 「なっ! 

 それは関係ないでしょう」

 「かつての部下にいいようにやられおって…。

 なっさけないのぉ」

 「あなただって!逃げられたんでしょう」

 「むっ!わしは撃退したんだ!」

 「おかしいですね…ずいぶん簡単に術を破られたと聞きましたが」

 「なっ!くそ、ナルトか…

 あやつ…余計なことを…」

 「里への侵入者は捕らえて尋問するのが基本だったと思いますがね…。

 オレの覚え違いですかね…」

 「お前…言うようになったではないか…」

 「いえいえ、伝説の三忍自来也様には敵いませんよ」

 しばしにらみ合う。

 が、自来也が「ガハハ」と豪快に笑った。

 「ふん。まぁそれくらい口が回ればじき退院できそうだのぉ」

 そして、再び真顔に戻る。

 「カカシ…サスケも気になるだろうが、ナルトを頼むぞ…。

 あれには里の未来がかかっとる…いろんな意味でな…」

 「と言いますと…?」

 しかし自来也は意味ありげに笑みを浮かべ立ち上がる。

 「いずれわかる。 

 じゃぁの。

 ソラ、カカシを頼むぞ」

 静かに頭を下げるソラを満足そうに見つめ、背を向け際に、何かの包みをカカシの布団の上に投げてよこす。

 そして、 

 「糖分を取れ」

 そう言い残して部屋から出て行った…。

 「なんだ…?」

 カカシが包みを開けると…

 「団子…。

 オレ甘いの嫌いなんだけど…」

 ソラが「フフ」と小さく笑う。

 「ん?」

 「これ」

 包み紙を指さす。

 「このお店のお団子、甘さ控えめなのよ」

 「…あ…そ…」

 またソラが小さく笑った。

 「あなたと自来也様って、何だか…サスケ君とあなたを見てるみたい…」

 カカシは心底嫌な顔をする。

 「やめてくれよ…」

 あの人は…妙におせっかいで、事あるごとに何かと口うるさくて…

 そのくせ、肝心なことは言わず、『自分で答えを見つけろ』と言わんばかりにいつも含みを持たせた物言いで…

 どこか癇にさわる…

 オレにとっては面倒な存在だ…

 「でも、ここぞという時には必ず来てくれる…でしょ」

 言われてはっとする…。

 そして、カカシは過去の自来也との事を思い出していた。

 オビトとリンを失い…恩師ミナトまでが死に…喪失感に捕らわれていた時。

 カカシは無理やり自来也に旅に同行させられたことがあった。

 その旅で、カカシは大切なものに気付き、それが大きな人生の岐路になった…。

 ほかにも、自分の色々な場面に自来也がいたことを、カカシは思い起こす。

 

 

 …オレがサスケに感じるのと…同じ気持ち…?

 

 

 思いもしなかったことだが、そう考えると、スッと心に収まる事が多々あった…

 そして、あの旅の中で自来也に言われた言葉が浮かぶ。

 

 

 「お前は木の葉の大事な若葉だからのぉ」

 

 

 それはまさしく、カカシがサスケ達に抱いている感情だ…。

 カカシは団子に目を落とし、小さく笑った。

 

 

 想いは…こうして受け継がれてゆくものなのか…

 



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其の十六  平穏と不穏

 次の日の朝、カカシは体を動かそうと少し早めに起きて、病室の中を歩いていた。

 昨日よりは動くようになったものの、まだふらつきと、息切れは取りきれない…

 「まいったな…」

 窓を開け、風に当たりながらつぶやいたその言葉に、

 「年だな」

 誰かの声が続いた。

 振り向き、そこにいた人物に驚く。

 「サスケ…」

 「よぉ…」

 サスケは少し気まずそうに目をそらす。

 そして部屋に一歩入り、ふらつく。

 「あ、おい!」

 自分もふらつきながら、慌ててサスケを支える。

 「お前だって…まだ…」

 サスケをベッドに座らせながら、カカシは戸惑っていた。

 昨日の様子では、しばらく口をきかないだろうと思っていたのだ。

 まさか、自分から来るとは…

 「で、どうした?」

 カカシはその真意が本当に分からず、ストレートにそう聞いた。

 我愛羅との一戦の後、サスケの不安定なその心は、どうにも読み切れない…

 サスケはしばらく黙っていたが、顔をそむけたまま本当に小さな声で言った。

 「……悪かった…」

 「ん?」

 何のことかわからずカカシは首をかしげる。

 「だから…その…昨日の…」

 「昨日のって…」

 …オレの手を払ったことを言ってるのか…?

 「お前…わざわざそれ言いに来たのか?」

 「悪いかよ…」

 気まずそうに顔を少し赤くするサスケの様子に、カカシは何か胸に溜まっていた霧が少し晴れるようだった。

 カカシはサスケの頭に手を乗せていつものように笑う。

 「気にしてないよ」

 そしてサスケの隣に座る。

 サスケはほっとした顔を見せるが、やはりその表情は重い。

 が、カカシはいくつもの言葉を飲み込んだ。

 イタチとの力の差を痛感しているサスケを、今下手に慰めるのは逆効果か…

 少し沈黙が落ち、

 『退院したら…』

 二人の声が重なった。

 お互いに顔を見合わせ、そして同じように小さく笑みを浮かべる。

 「サスケ、覚悟しておけよ、この間より難しい修行になるぞ」

 「ああ」

 まだ、オレを頼ってくれるんだな…サスケ…

 お前がオレを求めていられるように、もっと強くならなければいけないな…

 ふわり…と窓から入ってくる風がカーテンを揺らす。

 と、その時、部屋の前をサクラとナルトが通りかかった。

 「あれ?サスケ君、ここにいたの?」

 サクラが少し心配そうな顔で入ってくる。

 「もう、動いて大丈夫なの?」

 「ああ。大丈夫だ」

 サクラに対しての、そのやわらかい口調と表情にカカシはまた驚いた。

 まるで、サクラを気遣っているような雰囲気だ。

 まあでも、綱手から聞いた話ではサクラは毎日サスケに付き添っていたようだし…それをサスケも聞いたんだろう。

 サクラには心配をかけまいという気持ちがあるのかもしれない…

 「サクラちゃん、心配いらないってばよ!

 こいつはちょっとやそっとじゃくたばらないってばよ!」

 そう言いながら、ナルトはサスケの肩に手を置こうとする。

 が、その手を昨日のように、サスケが払った。

 「触るな!」

 それは、本気の苛立ち…

 一瞬で場の空気が張りつめるほどの…

 「サ…サスケ君?」

 サクラの怯えた声に、サスケがハッとする。

 「この…ウスラトンカチが…。

 怪我してるとこ触ろうとするんじゃねぇよ」

 徐々にいつものサスケに戻る。

 「な…なんだよ。

 おどかすんじゃねェってばよぉ!」

 ナルトも笑いを返し、またわざと触ろうとする。

 「ここが痛いのか…なるほど…チャンスだってばよ」

 にやりと笑う。

 「やめろ!この馬鹿が!」

 「やめなさい!ナルト!」

 それは本当に以前のやり取りそのもので、本当ならカカシにとって嬉しいはずだ…。

 しかし、先ほどのサスケの苛立ち…

 カカシは気づいていた。

 ほんの一瞬、サスケの目が写輪眼になったことを…

 そして思い出していた。

 イタチの襲撃の前の日にサスケに投げかけた問い…

 

 

 『何に苛立ってるんだ』

 

 

 サスケ…お前…ナルトに苛立ちを感じているのか…?

 一体なぜ…

 先ほど少し晴れた胸の霧が、再び濃く立ち込める。

 その不安をよそに、3人はしばらく騒ぎ立てていた。

 「サスケ、偉そうにしていられるのも今のうちだかんな!

 オレってばすんごい術覚えたんだってばよ!

 今度見せてやっからな」

 サスケの顔がまた一瞬冷たく変化する。

 「なぁに言ってんのよ、ナルト。

 どうせまた変なエロ忍術でしょ。

 サスケ君にかないっこないんだから、黙ってなさい!

 ねぇ、サスケ君」

 「あ?…ああ」

 サクラに答えるときにはすでにその冷たさは消え、やわらかい空気だ…

 なんだ、この感情の変わり方は…

 カカシは何とも言えない不安に襲われていた。

 どれが本当の感情だ…

 「サスケ…」

 「サスケ君」

 カカシの声がサクラにかき消される。

 「そろそろ部屋に戻ろ。

 もうすぐ朝食の時間でしょ」

 「そうだな」

 サスケはふらつきをこらえて、平静を装いスッと立ち上がる。

 それに気付いたのか、サクラがさっと肩を貸す。

 「私が連れて行ってあげる~」

 サスケの性格を把握しているからだろう。

 あくまでも自分が勝手に肩を貸す…といった雰囲気だ…

 サスケもそれに気付いているのか、素直に受け入れる。

 「サクラちゃぁん、そんなやつほっとけばいいんだってばよ」

 ただ一人気づかないナルトがふてくされ、

 「うっさい!ナルト!」

 サクラにかみつかれて、いじけながら部屋を出る。

 「サスケ君、行こ。

 カカシ先生、じゃぁね」

 「ああ。

 サスケ、あとで行くよ」

 サスケは一瞬カカシを見たが、スッと視線を外した。

 その瞳が暗く曇ったように見えた。

 しかし、サクラと言葉を交わしながら部屋を出て行くサスケの顔は、落ち着いている。

 …今サスケの心を留めているのはサクラか…

 無意識か意識的にか、献身的なサクラの気持ちに感謝する心が、作用しているのかもしれない……

 しばらくはサクラの存在が支えになりそうだな…

 

 

 ナルトとは…少し難しい時期に入りそうか…

 

 

 カカシの胸に妙な緊張が走った…



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其の十七  新たなる時代

 夕方…カカシはサクラが帰ってからサスケの部屋を訪れた。

 「入るぞ」

 ドアを開けると、声が聞こえてなかったのか、サスケはベッドに座りぼんやりと窓の外を眺めていた。

 その表情は、なんとも不思議な空気をまとっている…

 悲しそうな…辛そうな…でもどこかにほんの少しの苛立ちを含んでいるような…

 複雑な心がそのまま表れていた…

 「サスケ」

 サスケはその声に少しめんどくさそうに返す。

 「サクラが帰ったと思ったら、次はあんたかよ…」

 「ま、そう言うなよ」

 「何の用だ」

 別段、機嫌が悪そうではないが、心ここにあらず…という感じだ。

 「用というか…」

 その言葉の途中で看護師が二人部屋に入ってきた。

 「カカシさん、こちらに夕食お持ちするように聞きましたが、よろしいんですか?」

 「ええ。

 ここで食べますんで」

 食事が乗せられたトレーを受け取り、ベッドの端に座る。

 「何で…」

 「サスケ君も、しっかり食べてね」

 眉間にシワを寄せるサスケの前にも夕飯が置かれる。

 「では、また後で取りに来ますので」

 「よろしくお願いします」

 看護師を見送り、カカシは手を合わせてサスケを見る。

 サスケは顔をしかめたままカカシをにらんでいた。

 「自分の部屋で食えよ…」

 「いいじゃないの。

 ずっと一緒に食べてたんだから。

 ほら」

 促されて、サスケは仕方なく手を合わせる。

 「いただきます」

 「…いただきます…」

 カカシの声に小さい声で続く。

 懐かしいその感じに、二人の空気が以前の物に戻っていく…。

 「質素だな…」

 サスケが呟く。

 メニューはお粥に、煮物と温野菜…

 「ま、ずっと寝たきりだったからな、こういう物から少しずつ体を慣らさないとな」

 「…肉が食いたい…」

 ふてくされた顔で野菜をつつくサスケに、カカシは「ハハ」と笑いながら、ほっとする。

 先ほどナルトに見せたような苛立ちは感じられない…

 内心は色んな思いがあるだろうが、平静を取り戻してはいるようだな…

 「退院したら焼肉連れってってやるよ」

 言いながら煮物を口にする。

 「旨いぞ」

 サスケも食べるが、不満そうに顔を引きつらせる…

 「味がしない…。

 あんたが作った方がまだましだ…」

 「あのねぇ、素直にオレの料理が上手いって言えよ」

 その言葉にサスケは呆れたように鼻で笑った。

 「何だよ…」

 「別に」

 「何だよ!」

 「何でもねぇよ…

 ていうか、さっさと食べて部屋に帰れよ!

 邪魔だ!」

 「お前ねぇ…怪我より先に、その口の悪さを直せ!」

 「知るか!」

 

 

 バンッ!

 

 

 段々大きくなる二人のその声を断ち切るように、ドアが勢いよく開いた。

 驚き目を向けると、そこには顔をひきつらせた綱手が立っていた。

 「お前らぁぁ…」

 こめかみに血管が浮かび上がる…

 「静にせんかぁぁぁぁ!」

 腰に手を当てて仁王立ちで二人を睨む。

 サスケは耳を軽く押さえながらチラリと綱手を見る。

 「あんたが一番うるさい…」

 「こら…バカ、殺されるぞ」

 カカシの小さいその声を綱手はきっちりと拾う。

 「何だと…カカシ」

 その恐ろしい形相に、カカシは慌てて顔をそむけた。

 「いえ…」

 「ったく、いい大人が病院ででかい声出すんじゃないよ」

 …どっちが…

 カカシとサスケの心の声が重なる。

 綱手はフンッと息を吐き、付き人のシズネとともに病室に入ってくる。

 「サスケ、手を見せてみろ」

 箸をおき、サスケは素直に手を出す。

 綱手はチャクラをためた手をサスケの左手にかざし、しばし集中する。

 そして背中や胸、傷を負った箇所を続けて診てゆく。

 「うむ。まぁ大丈夫そうだな…。

 早くて1週間くらいで退院できるだろう」

 「まだそんなにかかるのかよ…」

 うんざりした様子だ。

 「我慢しな。

 今無理すると、もっと長引くぞ。

 …おまえもだ…」

 カカシをジトリとにらむ。

 「はい…」

 「わかったら、さっさと部屋に戻れ」

 カカシは、はぁ…と肩を落としながら立ち上がる。

 「これは私が」

 まだ少しふらつきのあるカカシから、シズネが食事のトレーを受け取った。

 「シズネ、甘やかすんじゃないよ」

 綱手は立ち上がり、カカシを軽く押しやる。

 「ほら、さっさと歩け。

 次はお前を診てやるから」

 「お手柔らかに…」

 この快活さは本と変わらないな…

 カカシはそんな事を思いながらサスケに振り向く。

 「じゃぁな、サスケ。

 ちゃんと全部…」

 「人の事はいいからさっさと行け!」

 言葉半ばに部屋まで追い立てられる。

 「ま、お前も1週間ってとこだな。

 今のうちにしっかり体を休めな」

 カカシの体を診終わった綱手は、そう言ってさっさと部屋を出て行った。

 「相変わらず…嵐みたいな人だな」

 つぶやき、先ほどのサスケとのことを思い出す。

 思っていたより落ち着いていたな…

 心配しすぎ…か…

 様子をよく見る必要はあるだろうが…

 「まずは、オレもあいつも早く体を戻さないとな…」

 カカシは手早く食事を済ませ、早めに就寝した。

 

 

 綱手が里に戻ってから1週間後の朝。

 カカシは退院が決まり、着替えを済ませてサスケの部屋を訪れていた。

 「サスケ、準備できたか?」

 サスケの退院は明日だが、今日は綱手の火影就任式が行われるため、外出許可を取りカカシと共に出席することになっている。

 「ああ」

 いつもの服に着替え、窓際に立つサスケ。

 体調はもうすっかりよさそうだ。

 あのあと、カカシは何度かサスケの部屋を訪れたが、結局サスケは我愛羅のことも、イタチのことを語らず、とりとめのない話をしたり、退院後の修行の話をしたり…

 お互いにあの日のことは触れずに過ごしていた。

 サクラは相変わらず毎日病室を訪れており、そのおかげかサスケが大きく心を乱すような事はない。

 だが、時折顔を見せるナルトに、やはり表情を変えることがあり、その精神状態はやや不安定なように思えた。

 それでも初日のようなことはなく、少しずつおさまってきいるようだった。

 「じゃぁ、行くぞ」

 並んで病室を出る。

 ふと、カカシは隣を歩くサスケを見て気付く。

 「お前…背、伸びたな」

 「そうか?」

 カカシは初めて会った頃のサスケの背丈を思い出していた。

 「これくらいだったろ…」

 と、自分の胸の下あたりに手を出す。

 「いや、そんなに小さくないだろ、これくらいはあった」

 サスケはその少し上をさす。

 「サバ読むなよ…」

 「読んでない…

 つぅか、あんたが縮んだんじゃないのか?」

 意地の悪い笑みを浮かべる。

 「だから、年寄り扱いするな…オレはまだ20代だぞ」

 「ギリギリだろ」

 「まだ数年は猶予がある」

 そんなたわいもない会話をしながら病院から出ると、中忍のイズモとコテツが二人を待っていた。

 「ご苦労さん」

 カカシのあげた手に、二人は頭を下げる。

 「ん?なんだ?」

 サスケがカカシを見上げる。

 「ああ、一応お前まだ入院中の患者だから、一人では出歩けないのよ。

 就任式の後、オレはすぐ任務だし、帰りは二人と一緒に病院に戻れ」

 「付添いなんていらねぇよ…」

 「まぁ、これも決まりだから」

 サスケはチッと舌打ちし、歩き出す。

 しかし本当のところ、この二人は、サスケが無理なことをせず病院に戻るようにカカシが手配したものだった。

 「悪いね、忙しいところ」

 カカシのその言葉に、イズモとコテツは「いえ」と笑顔で返し、サスケの後ろについた。

 道はにぎわい、就任会場のアカデミー前はすでに人だかりで、先に来ているはずのナルトとサクラを見つけることはできなかった。

 カカシたちは少し離れた場所で木の陰に入り、アカデミーの屋上に姿を現した綱手を見上げた。

 「サスケ…これから里はまた新しい時代を迎える」

 カカシは視線を綱手に向けたまま言葉を続ける。

 「変わるべきところを変え、良き物を残し、それを発展させ…。

 そうして未来を作り、守ってゆく」

 サスケは木に体を預け、足元を見つめている。

 「どんどん新たな命も産まれ、多くの人がこの里での未来に希望を抱き暮らしてゆく。

 オレはその未来に少しでも多くの光を残したいと、そう思っている。

 そのために仲間と切磋琢磨し己を磨き、共に戦い、任務をこなしこの里を守る。

 求める未来にたどり着くには時間がかかるかもしれない。

 でもな、歩み続ければ必ずたどり着ける」

 サスケの視線はわずかにカカシに向けられている。

 「おまえも、時間をかけて見つけろ。

 この里で、仲間と力を磨きあい、ともに任務に励み、自分のゆくべき未来をじっくりと探せ。

 そうすることで見える物もある。

 …焦るな」

 無言のままカカシを見つめるサスケの髪を、風がなびかせた。

 その表情は、どこか少し大人びた色を帯び始めていた…。

 ふと、会場内に歓声が湧き上がる。

 見上げると、綱手が火影帽を外し、力強い笑顔で里を、里の人々を見つめていた。

 そして、大きな声でその宣言を上げる。

 「今日から私が木の葉の里を治める…五代目火影だ!」

 ひときわ大きくなる歓声。

 サスケは里の新たな時代に何を感じ、何を求めるのか…

 その胸にはいくつもの不安や、様々な感情が渦巻いているだろう…

 それでも、その瞳はしっかりと新たな火影を見つめていた。

 

 

 



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其の十八  動き出した運命

 就任式が無事に終わり、カカシのもとには任務に向かうためほかのメンバーが集まってきていた。

 「お前との任務は久しぶりだなぁ、カカシ」

 ガイがスクワットをしながら嬉しそうに笑う。

 「このメンバーは一年ぶりくらいか…」

 タバコをふかしながら合流したのはアスマだ。

 カカシは二人に「よろしく」と短く声をかけてサスケに向き直る。

 「んじゃ、おとなしく病院に戻れよ」

 「分かってる」

 「戻るのは明後日の昼ごろだから、退院の時迎えに行けないが、お前うちで待ってろ。

 帰ったら修行始めたいしな」

 「…わかった」

 「あ、明日の朝は病院で朝食は出ないから、ちゃんと食えよ」

 「…わかった…」

 「それから…」

 「さっさと行け!」

 心配でつい言葉が止まらないカカシに、サスケが怒鳴った。

 「そんな怒んなくても…。

 ま、とにかくちゃんと待ってろよ」

 サスケの頭に手を置きニッと笑う。

 「分かってる」

 いつもの調子で答えたサスケの目が、何かを捕らえスッと動く。

 カカシが振り向くと、サクラとナルトが走ってくる姿が見えた。 

 「サスケく~ん!」

 「カカシ先生!」

 その二人に目を向けながら、カカシはサスケに言った。

 「オレがいない間、あいつらを頼むぞ。

 お前がいないと何するかわからんからな…」

 「…ああ…」

 フッと口元に笑みを浮かべるサスケにカカシは少し安心した。

 イタチとの一戦で負った傷は浅くはないだろうが、こうして少しずつ普段の生活にふれて、薄くしていくしかない…。

 仲間の存在が助けとなればいいが…

 そんな事を思いながら、駆け寄ってきた二人に笑顔を向ける。

 「おう、お前ら。オレはこれから任務だから、賢くしてろよ」

 「え~、先生だけずるいってばよ!

 オレも連れてってくれってばよ!」

 「何言ってんのよ!

 このメンバーで行くような任務にあんたなんてつれて行ったら、全滅しかねないわよ」

 「それは言えてるな」

 上忍3人の声が重なる。 

 「ひどいってばよ…」

 撃沈するナルト。

 「それより…」

 サクラがちらっとカカシに視線を送る。

 そして少しその場から距離を取る。

 「ん?」

 そんなサクラに続くカカシ。

 「どうした」

 「あの…先生…早く帰ってきて…」

 ちらりとサスケとナルトを見る

 …サクラ…

 そうだよな…

 サスケをずっと見てきたお前だ…あいつのナルトへの態度に、違和感を感じてないわけがないよな…

 「ああ。こんな時にすまないな…。

 できればオレも今は…と思っていたんだがな…」

 カカシは昨日病室に来た綱手とのやり取りを思い出していた。

 

 

 「任務…ですか…」

 翌日の退院に向け荷物を片付けていたカカシのもとに、綱手が任務命令のため直々(じきじき)にやってきた。

 「ああ。さっそくで悪いがな。

 要人警護…Bランク任務だが、お前を指名してきてる」

 「指名…ですか…」

 綱手が頷き、任務内容の書かれた紙をカカシに渡す。

 カカシはさっと目を通し、顔をしかめる。

 「覚えのない依頼人ですね」

 「まぁ、お前は有名だからな。

 どこかで過去の活躍を聞いたんだろう。

 お前にはAランクSランク任務がどっさり待ってるから、断ろうかと思ったんだが、Sランク任務と同じ金額で交渉してきた。

 よほどだろう。

 それに、今は正直里の復興のために資金がいるからな。

 …頼んだぞ」

 そう言って部屋を出る綱手を、カカシは引き留めた。

 「あの!

 任務開始を一日待っていただけませんか?」

 振り向きながらため息をつく綱手。

 「サスケか?」

 「はい。明後日ならサスケも退院ですし、Bランク任務ならうちの班で対応できます」

 しかし綱手は渋い顔だ。

 「だめだ。

 お前の事情を聞き、先方はすでに2日予定を先延ばしにしている」

 「では、サスケの退院を…」

 「だめだ!

 たとえ一日でも、退院日というのは理由があって決められとるんだぞ。

 それでも、お前とサスケは早めに退院させてるくらいだ…」

 「…………」

 肩を落とすカカシに綱手はなだめるような声で言う。

 「カカシ…任務は迅速さを要求される…。

 依頼にすぐ答えなければ、特に今の木の葉は他国からの信用を失う。

 これ以上はあちらも、こちらも待てない状況なんだ。

 サスケが心配なのはわかるが、あいつは木の葉の忍だ」

 カカシは「はい」と小さく答える。

 「過保護に関わるな。

 お前、あいつを早死にさせたいのか」

 厳しい口調だが、綱手の言う事はもっともだった。

 過保護な接し方をしていては、厳しいこの忍の世界で生き残るための力はつけられない…

 「すみません」

 今度はしっかりとした声で答える。

 「任務、承知しました。

 メンバーは、可能であるなら、ガイとアスマのスリーマンセルを希望します」

 「いいだろう。二人ともちょうどあいてる。

 伝えておく。

 明日の午後には出てくれ」

 「はい」

 返事を聞き部屋を出る綱手。

 カカシは依頼書を読み直し、いかに早く戻れるか…と、そんなことを考えていた。

 ガイとアスマを指名したのもそのためだ。

 あの二人が一緒なら、途中何かに巻き込まれたとしても迅速に対処し、二日あれば戻れる…

 カカシは綱手に感謝していた。

 Bランク任務に上忍3人というのはめったにないが、早く里に戻りたい…というカカシの気持ちを汲んでの許可だ。

 

 

 

 カカシは昨夜のことを思い出しながら、ガイとアスマに目を向ける。

 そして不安そうなサクラに向き直り、肩に手を置く。

 「急いで戻ってくるよ。

 それまで、サスケを頼んだぞ。

 今のあいつには、お前が必要だ」

 サクラは小さくうなずき、そのあとでもう一度強くうなずいた。

 「わかった」 

 その心強い瞳に、カカシはサクラの成長を感じていた。

 「おい、カカシ!

 そろそろ行くぞ」

 ガイが手をあげてカカシを呼ぶ。

 「ああ」

 そして、横並びで見送るサスケ達に笑顔を向ける。

 「お前らちゃんと仲良く待ってろよ」

 「うん」

 「お土産よろしくだってばよ」

 「はいはい。

 じゃぁな、サスケ」

 「ああ」

 何か少し心がすっきりしたのか、サスケは穏やかな顔で笑った。

 サクラも、ナルトも…。

 久しぶりに笑顔がそろった。

 

 

 しかし、3人がこうして並び、笑顔を見せたのはこれが最後となった…。

 

 

 

 …カチリ…

 

 

 

 静かに音を立てて、何かが動き出した… 

 



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其の十九  闇の足音

 カカシの受けた任務は実にCランクに近いBランク任務だった。

 隣国「穂の国」の名家の当主と令嬢を、火の国の温泉町から穂の国まで護衛する…といったものだった。

 それでも、カカシを指名するほどだ…

 何かあるのかもしれない…と、ガイもアスマも警戒してはいたものの、道中なにもなく順調に進み、予定した時間に、予定していた宿泊町までたどり着いた。

 

 

 カカシたちは依頼主の隣に部屋を取り、交代で外の見張りをしていた。 

 「カカシ、代わるよ」

 深夜を過ぎ、交代のためアスマがカカシのもとへ来る。

 「ああ。たのむ」

 アスマにその場を任せたカカシは、思うことがあり、部屋には戻らず宿の庭の人気(ひとけ)のないところへ身をかがめた。

 そして、親指を噛み切り印を組み、タンッ…と地に手をつく。

 「口寄せの術」

 呼んだのは忍犬の『パックン』だ。

 「なんだ、カカシ…こんな時間に…。

 追跡か?」

 「いや、ちょっと聞きたいことがあってね…」

 パックンはじろりとカカシをにらむ。

 「おい、お前わしをなんだと思っとる…。

 こんな時間に、話し相手にするために呼び出したのか…」

 「まぁまぁ、そう言わないで。

 ちゃんとお礼はするから。

 ほら、これ」

 カカシの手には…

 「おぉぉぉぉぉ!

 わしの好きな木の葉特性高級犬缶!

 むぅ…まぁ、仕方ない。手を打ってやる」

 カカシが缶詰を開けると、パックンはすぐに飛びついた。

 「で、何が聞きたいんだ」

 一瞬であらかた食べ終わり、カカシに視線を投げる。

 「この間の話を聞かせてくれ…」

 「というと、あの砂の忍のことか…」

 「ああ」

 缶詰をきれいになめきり、ふぅと息をつく。

 「あやつ、見事な活躍だったぞ。

 まさかあんなちんちくりんが妙木山のガマを口寄せするとはな」

 「いや、違うんだ。

 ナルトの話は、大体聞いてる」

 その言葉に、一瞬間を置く。

 「ふむ…サスケ…か」

 カカシは頷いた。

 我愛羅との戦いが何かサスケに変化をもたらしたのは間違いなかった。

 それを探るために、サスケのいない場所で一度確かめておきたかったのだ。

 パックンは神妙な顔で口を開いた。

 「わしらがサスケを見つけた時、すでに倒れて動けんようになっとった。

 意識はあったがな。

 で、我愛羅の攻撃をくらう寸前にナルトが助けに入り、そのあとはおそらくお前も聞いとるように、ナルトがあの砂のをたおした」

 「その時のサスケの様子は…」

 「どうにも、苛立っておるようだった」

 「何に…」

 「ナルトに…だろうな」

 やはり…そうか…

 「まぁ、自分が敵わなかったヤツを相手に、あれだけの戦いを目の前でされたんだ…。

 …悔しかったんだろうな…」

 カカシは大きくため息をついた。

 「なるほど…」

 カカシの中で色々なことがつながった気がした。

 我愛羅との戦いではナルトの力に驚きと悔しさを感じ。

 イタチとの再会では、イタチの目的が自分ではなくナルトであることにある意味嫉妬し、その上千鳥が通用しなかったことにショックを受け…。

 自分が強くなっていないような、そんな感覚に陥ったのだろう…。

 まして落ちこぼれと言われてきたナルトに助けられて…

 それが焦りを生み、ナルトへの苛立ちを大きくしたのか…。

 それにしても、精神的に不安定になりすぎなような気もする…

 入院中も、徐々に落ち着いたとはいえ、間ではその感情が妙に揺れることもあった…

 「カカシ」

 その疑問にパックンが答える。

 「ありゃぁ、大蛇丸の呪印だろ…。

 厄介な代物だぞ」

 「何か知ってるのか…」

 「他でちょっと見たことがあってな…。

 あれは怒りや憎しみに呼応するだけではない。

 ほんの小さな火種を、大火にする力を持っとる」

 カカシの背中を汗が伝った。

 「それは…」

 「本人の意思に関係なく、そして本人も知らぬ間に、ほんの少しの闇が勝手に大きくなるという事だ」

 だから…か…

 呪印の力に精神をコントロールされて…

 「カカシ、あの目…あまりよくないぞ…。

 早めに手を打てよ…。

 取り返しのつかんことになるぞ…」

 「わかった。

 ありがとう」

 その言葉を聞き、パックンは姿を消した。

 早く…里に帰らなければ…

 あいつのところに…

 カカシの心に焦りがにじんだ。

 

 

 

 そして次の日、宿泊した街で観光を予定していたが、依頼主が急ぎ国に帰る事となったため、朝早くに出発して穂の国に送り届け、任務は終了した。

 気持ち早足で歩くカカシにペースを合わせ、一行は予定より早く昨夜宿泊した街を越え、里へと向かっていた。

 「なんだか、こんな任務は久しぶりだな」

 体を伸ばしながら歩くアスマ。

 「ああ。

 不謹慎だか気分転換になった。

 なぁ、カカシ」

 「ん?

 あ、ああ…」

 心ない返事をかえす。

 その様子にガイとアスマは顔を見合せ笑う。

 「なに…?」

 顔をしかめるカカシ。

 「いや…なぁ…ガイ」

 「ああ。

 カカシ、お前がこうも過保護なやつだったとは思いもせなんだ」

 「な…何の事だよ…」

 「俺はお前の永遠のライバルだぞ。

 わからんわけなかろう」

 「いや、誰でも分かるぞ」

 二人は声をそろえる。

 『サスケが気になるんだろ』

 カカシは言葉に詰まる。

 「まぁ、あの大蛇丸に目をつけられとるんだ…。

 当たり前と言えば当たり前だがな」

 今やその事実は、数人だが里の上忍には知らされている。

 「ああ、オレもシカマル達が同じ事になったら…と考えただけでも恐ろしいよ…」

 二人は、何かできることがあれば言ってくれ、とカカシの肩をたたいた。

 「しかし、暗部時代は『冷血カカシ』と名を馳せたお前がなぁ…」

 ガイはどこか嬉しそうだ…。

 「やめてくれよ…。そんな昔の話…。

 でも…感謝するよ。

 付き合わせて悪かったな…」

 「気にするな」

 アスマがタバコに火をつける。

 ガイはその隣でニヤリと笑い立ち止まる。

 「よし、カカシ。

 悪かったと思うなら付き合え。

 ライバル対決だ!」

 その場で勝手にストレッチを始める。

 「え…やだ」

 「そう言うな。

 アスマ、お前も付き合え」

 「ああ。面白そうだな」

 ガイの意図に気づき、同じく準備体操をするアスマ。

 「お、おい。

 やらない…」

 「里まで競争だ」

 カカシの言葉を遮るガイ。

 屈伸して立ち上がったアスマがニッと笑う。

 「早く帰りたいんだろ」

 ようやく二人の気持ちに気づく。

 「お前ら…」

 本当に感謝するよ…

 「よし!スタートだ!」

 ガイの合図と共に、3人は同時に地を蹴った。

 

 

 数時間後、真っ先に里についたのはカカシだった。

 「今回は…オレの勝ちってことで」

 珍しく息を切らすカカシにガイが舌打ちする。

 「くそ!あと一歩のところで!」

 「退院したばかりだというのに…。

 やはりカカシのスピードには敵わんな…」

 ガイとほぼ同時にアスマも到着する。

 「じゃ、オレは綱手様に報告に言ってくるよ」

 すでに息を整え、カカシは二人に向き直る。

 「本当に助かったよ」

 「気にするな!」

 「またいつでも言ってくれ」

 ガイがいつものポーズを決め、アスマはタバコに火をつけて笑う。

 カカシは仲間のありがたみを感じつつ綱手のもとへと向かった。

 しかしそこで思わぬことを聞くこととなった。

 

 

 「え?あいつらだけで任務…ですか?」

 一通り報告を終えたカカシに伝えられたのは、サスケ達だけで今朝隣国『茶の国』へ任務に向かったという話だった。

 「ああ。要人警護…Bランク任務だが、依頼主は私の知り合いで信頼できる相手だ」

 「しかし、サスケは今朝退院したばかりですよ…

 それに、上忍を付けず下忍の3人だけで行かせるなんて…」

 「里は今人手不足だ…。

 それに下忍といっても、あいつらの成長は目覚ましいものがある。

 十分対応できるとの判断だ」

 たしかに、十分力はついてきている。

 サスケにも修行中任務での戦略や、場面に合わせたフォーメーションの組み方をかなりレクチャーしてきた。

 その点では心配はない…

 だが、今のサスケに自分なしでナルトとともに任務というのは、別の不安が大きい。

 「すぐに、行かせてください」

 しかし、

 「だめだ」

 すぐに却下される。

 「心配するな。

 もうすぐゲンマが任務から戻る。

 すぐに応援に行かせる予定だ」

 そして一枚の紙を突きつけられる。

 「お前はこっちだ」

 受け取り目を通して顔をしかめる。

 「これは…」

 綱手が「うむ」と頷く。

 「指名だ」

 …また指名…

 確かに、カカシにとって任務の際に指名されることは珍しいことでもない。

 だがそれは、以前任務で関わり信頼されて…という事例ばかりだ…

 しかし、先ほどの任務も、今回の任務も、依頼人は初めて見る名だ。

 「どうして…」

 こんな時に限って…

 しかも、茶の国と先ほどまでいた穂の国は近い…

 だが、次の任務が決まっていたため、あいつらの任務のことを知らされなかったのか…

 カカシは奇妙な苛立ちに襲われていた。

 任務内容はAランク…。

 順調に行けば2日…いや3日かかるか…

 とにかく早く行って、少しでも早く戻るしかない…

 「すぐに行きます」

 「ガイとアスマをそのまま連れていけ」

 「分かりました」

 カカシは頭を下げてすぐに二人を探す。

 幸いにも、二人はあの後一緒に茶屋に入り休憩していた。

 事情を話し、3人はすぐに里を出た。

 

 

 サスケ…呪印に飲まれるなよ…

 

 

 カカシはそう願いながら、自身は形の見えない何かに飲み込まれそうだった… 



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其の二十  里の期待

 あれから3日目の朝。

 警護対象を無事に目的地まで送り届け、任務は終了しようとしていた。

 「あとは、こいつらを役所に引き渡して終わりだな」

 「ああ。しかし、こいつらのせいで少し長引いたな…」

 道中襲ってきた数人の忍をガイとアスマが拘束していた。

 「んじゃ、行きますか」

 歩き出したカカシを見て、ガイとアスマが頷きあう。

 「おいカカシ」

 「なんだ?ガイ」

 「お前、先に帰れ。

 後はオレとアスマで十分だ」

 「ああ。任せておけ」

 いつものポーズを決めるガイの横で、アスマも煙草をふかし笑みを浮かべる。

 カカシの心境を察してのことだろう。

 しかし、カカシは首を横に振る。

 「そうはいかない。

 任務は任務だ。最後まで…」

 「いや、戻れ」

 ガイが強い口調で言った。

 「何か嫌な予感がする…。

 サスケとナルトが気になるこの状況で、2度も立て続けにお前に指名が入り、その間にあいつらは別の任務…。

 どうにも…な……」

 カカシは一気に不安になる。

 ガイの感はよく当たるのだ…。

 「報告書はオレが出す。

 お前は任務終了の報告だけしておいてくれればいい」

 「だから、早く戻ってやれ」

 アスマも促す。

 カカシは一瞬躊躇したが「すまない」と、そう言い残して地を蹴った。

 …ここからだと急げば3時間程か…

 カカシは足に力を込めて里を目指した。

 

 

 里につき、火影室に行くと綱手が報告を聞くより早く任務の依頼書を突きつけてきた。

 「まさか…」

 「そのまさかだ。

 今度はお前も知ってる人物だろう」

 受け取り依頼主の名を見る。

 確かに以前任務で護衛したことのある人物だ。

 また…指名…

 内容は、国の機密文書を他国の大名に届ける…

 「Sランク任務だ。すぐに行け。

 メンバーはそのまま。二人にはさっき伝令を飛ばした。

 途中で落ち合え。

 それから、今回はシズネを同行させる。

 あいつはもう準備を済ませて待機している」

 「ちょ、ちょっと待ってください」

 淡々と指示を出す綱手に言葉をはさむ。

 「なんだ?」

 「サスケは今大蛇丸に狙われているんですよ…それにナルトも暁に…。

 この状況でオレがあいつらから離れるのは危険です!」

 「それなら心配ない。

 さっき情報収集に出ていた自来也から連絡が入った。

 暁が次に動くのは3年後のようだ」

 「確証は…」

 その言葉に綱手が顔をしかめる。

 「おまえ、自来也の諜報力をなめとるのか…。

 あいつがはっきりと期間を言ってきたのなら間違いない。

 ほぼ100%の確証がない限り、あいつはそういう事は言わない」

 …確かに…

 「それに、聞く話によれば、大蛇丸は3代目との戦いでかなりの手傷を負ってるそうじゃないか。

 今は動くまい」

 「そう…ですね…」

 「サスケは念のためお前が戻るまで任務に出さず里に置く。

 それなら心配なかろう」

 仕方なく…という口調だが、カカシはありがたかった。

 「まぁ、もっともサスケはこの間の任務で負傷して今はまた入院中だ。

 どちらにしてもしばらくは任務には出れない」

 「え…入院?」

 思わぬ言葉にカカシは声をあげる。

 「心配するな。この間の怪我よりは軽い。

 明後日には退院できるだろう」

 「3人とも戻ってるんですか?」

 「ああ。

 読むか?サクラが提出した任務報告書だ」

 出された報告書をサッと受け取り目を通す。

 さすがサクラだ…簡潔にきちんとまとめられている。

 「これは…」

 その内容は、ほぼAランクに近いものとなっていた。

 中でも驚いたのは、過去に里から盗まれた2代目の伝説の剣『雷神の剣』を持つ忍びとの戦い。

 内容を追いながら、カカシはその激戦の様子を想像する。

 そしてため息をついた。

 「あいつら…よく無事で…」

 「ああ。しかし、ナルトの成長には目を見張るな。

 とはいえトータル面で言えばまだまだ未熟だがな」

 「はい」

 「それに比べ、サスケの能力には感心するよ。

 統率力、判断力、その場に応じた戦略の組み立て…すべてにおいて秀でている。

 その上戦闘能力も高い。

 その報告書を見た上層部の数人からサスケを中忍に推薦する声も出ている。

 お前が異論なければそのつもりだが…」

 思ってもいない申し出だった。

 中忍試験が中止となった今、サスケにそんなチャンスが来るとは思っていなかった。

 それはサスケにとって自信になり、良い転機になるかもしれない…。

 「異論はありません。

 よろしくお願いします」

 カカシは深く頭を下げる。

 「分かった。近く話を通しておこう。

 サスケは写輪眼を開眼しているようだし、皆期待している。もちろん私もな。

 ただ、イタチの前例があることで、その将来を危惧する声もあるということは、分かっていろよ」

 「はい。心得ています」

 「しかし、写輪眼を持っている以上里にとって重要な位置にいることも確かな事実だ。

 いずれ里を背負って行く忍となるだろう…。

 そのための力と、自覚をしっかりと導くように」

 「はい」

 カカシは身が引き締まる思いだった…。

 が、不安も大きかった…。

 里の期待にそぐわぬよう、まずはサスケが今抱えている精神的な問題を解消しなければ…。

 しかし、この任務の内容は…

 カカシはもう一度報告書を見る。

 確かにサスケの判断が解決に導いてはいるが…

 最終的に敵を倒したのはナルトだ…

 サスケにしてみれば、自分は勝てず、ナルトが敵を倒した…

 今のサスケにとって最悪の結果だ…

 「どうした?

 すぐに出立してくれ」

 報告書をみたまま動かないカカシにしびれを切らす。

 カカシは書類を綱手に返しながら気まずそうに口を開いた。

 「あ、あの…」

 「なんだ、まだ何かあるのか」

 「少しだけ、時間を下さい。

 サスケに会ってから行かせてください」

 綱手は少し呆れた顔でため息をつき「あのお前がねぇ」と笑った。

 「分かった。

 ただし、シズネからの合図があったらすぐにむかえ。いいな」

 「はい」

 カカシはもう一度頭を下げ、病院へと急いだ。

 



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其の二十一 師の想い…

次話につなげるため、どうしても原作からの引用多く入ります…
(一部内容変えたりはしてますが)
すみません…ご了承ください…(>_<)


 任務出立まであまり時間がないこともあったが、中忍昇格の話を早く伝えようと、カカシは急ぎ木の葉病院へと向かっていた。

 しかし、たどり着いた病院では思わぬ事態が起きていた。

 屋上で突如火遁の炎が上がり、そのあとサスケの千鳥の光が広がったのだ。

 「サスケ!」

 まさかまたイタチが…

 カカシは一気に冷や汗が噴き出した。

 慌てて窓のサッシやベランダ伝いに屋上へと上がる。

 そして、そこに広がる光景に我が目を疑い、一瞬思考が停止した。

 サスケと対峙していたのは…

 「ナルト!」

 あいつら何やってるんだ!

 しかも、ナルトの手には渦巻くチャクラのかたまり…

 あの術は…ミナト先生の螺旋丸!

 どうしてナルトがあの術を…

 目を見開く中、二人は互いに術を携え地を蹴った。

 「絶対に勝つ!」

 ナルトの叫びと螺旋丸のチャクラが唸りをあげ、

 「いい気になってんじゃねぇ!」

 サスケの咆哮と千鳥の(いなな)きが響く。

 そして…

 「二人とも!やめてよぉぉ!」

 サクラが切な叫びと共に、その中心へと走り出てきた。

 二人はサクラに気付いたが、術を止めきれずにそのまま…

 まずい!

 カカシはサッと二人の間に飛び込み、術を持つ手をつかんで体をひねる。

 そしてサスケとナルトを貯水タンクに向かって投げ飛ばした。

 

 

 ダンッ!

 

 

 音を立てて二人はタンクに激突し、その衝撃に座り込み肩で息をしている。

 カカシは嫌な空気を消そうとしてか、のんびりとした口調で言った。

 「病院の上で何やってんの。

 喧嘩にしちゃチョイやりすぎでしょうよ…君たち」

 その言葉が届いているのかいないのか…

 サスケは千鳥で開けたタンクに穴の大きさをナルトの物と比べ、自分が勝っていることを確認し、フッと笑った。

 「ナルトを殺す気だったのか…サスケ」

 タンクの上からサスケに声をかける。

 「何優越感なんかに浸ってる」

 見上げるサスケのその瞳は反発の色を濃く現していた。

 別れ際に見せた笑顔が幻だったかのように感じるほどの重さだ…。

 「さっきの千鳥、同じ里の仲間に向ける大きさじゃなかったな」

 サスケはカカシをにらんだまま視線を外さない。

 「…なんでこんな子供じみた真似を…」

 …やはり…イタチとの再会がサスケを焦らせているのか…

 あの任務でのことも、拍車をかけ…

 そして呪印の作用…

 すべてが一気にサスケを悪い方向へと(いざな)ったか…

 カカシは自分の不在がこの事態を招いたと、自責の念に駆られた。

 しばらくして、カカシの後ろでナルトが体を起こした。

 「くっ…サスケ…っ!」

 怒りを携え、サスケに向かって地を蹴る。

 それにこたえてサスケも飛ぶ。

 「あ、こら!お前ら…」

 カカシの静止を聞かず、ぶつかり合う二人。

 クナイを重ねてにらみ合う。

 「サスケェ!

…お前なんかに負けるかぁ!」

 「それは俺のセリフだぁ!」

 

 

 ガッ!

 

 

 はじき合い、距離を取る。

 そして再び互いに向かって走る。

 その攻撃が重なる寸前…

 サスケの手をカカシが、そしてナルトの手を自来也がつかんで止めた。

 「エ…エロ仙人…」

 「カカシィ…っ!」

 それぞれにらみ合う…。

 「ナルト…お前何をやっとるんだ…」

 「サスケも…いい加減にしろ!」

 二人は目をそらし、おさまらぬその怒りのやりどころを探しているようだった。

 手をつかんだまま、カカシと自来也は目を合わせ、同時に息を吐いた。

 「あなたですか…ナルトに螺旋丸を教えたのは…」

 ナルトの肩がピクリと揺れる。

 「暁への対抗手段だとしても、まだ早すぎると思いますがね…。

 下手したら、サスケを殺してた…」

 自来也はスッとサスケに視線を落として言葉を返す。

 「それはお互い様だろぉのぉ。

 さっきの千鳥も相当やばかったしな…」

 今度はサスケの体が揺れる。

 自来也は二人を交互に見て言った。

 「まぁ、どちらにせよ、二人とも…やってよいことではないぞ…」

 ナルトとサスケはいらだった様子でそれぞれ手を振り払う。

 「ほっといてくれってばよ…」

 うつむき動かないナルト。

 「ちぃっ」

 サスケは感情を吐き出して顔をそむけた。

 そしてその先に、涙を流しながらこちらを見ているサクラに気付く。

 「………」

 気まずい表情を浮かべ、サスケはサッと身をひるがえしその場から飛び去る。

 「待て!サスケ」

 カカシがその後を追うと、サスケは少し下にあるひさしの上に飛び降りていた。

 そしてその目に何かを捕らえたようで、驚いた様子で立ち尽くしていた。

 その視線の先には、ナルトが螺旋丸と共に衝突したタンクの裏側が大きく裂けている(さま)があった…。

 ナルトの技の威力に腹立たしさを現わし、

 「くそっ!」

 音を立てて壁を殴りつける。

 そしてそのまま去って行った。

 「サスケ!」

 後を追うとして、カカシはナルトに振り返る。

 ナルトは何とも言えない表情で、カカシをちらりと見た。

 「ナルト…」

 お前の話を聞いてやりたいが…今は…

 「カカシ、お前はサスケのところへ行け」

 自来也が気持ちを察して目で促す。

 「ナルトにはわしから話す」

 「自来也先生…」

 カカシは頷き、サクラのもとへサッと飛ぶ。

 サクラは震えながら涙を流していた。

 「…うぅ…カ…カカシ…先生…」

 「サクラ、大丈夫」

 ニコリと笑って見せる。

 「また元の3人に戻れる。元気出せ」

 サクラはしばらく黙っていたが、カカシの表情に少し安心したようにうなずいた。

 「うん」

 だが、まだ体の震えは止まらない様子だ。

 あんなのを見せられたら無理ないな…。

 でも、よくあの二人の間に…千鳥と螺旋丸に向かって飛び込んだな…

 お前の度胸と、二人を想う気持ちの強さには、本当に頭が下がるよ…

 カカシはサクラの肩を優しくたたき、もう一度自来也に向き直り、

 「よろしくお願いします」

 そう言い残してサスケの後を追った。

 

 

 サスケはアカデミー近くの木の幹に座り、その瞳をいまだ消えぬ怒りで染めていた。

 カカシは手に仕込んだワイヤーでサスケを木に拘束し、その前に立った。

 「何の真似だ」

 サスケの瞳は、かつて見たことのないような黒い揺らめきを見せていた…。

 「こうでもしないとお前逃げちゃうでしょ。

 大人しく説教効くタイプじゃないからね」

 その拘束を解こうと力を入れるが、少しも緩まない。

 「ちぃっ」

 …さっきのナルトの螺旋丸が決め手となったか…

 その苛立ちは極まっていた。

 カカシは何を言うべきか…

 もう迷わなかった。

 ここまで来てしまっては、もう言う事は一つだ…。

 ずっとサスケに伝えたかった言葉…

 しかし、言わずにおきたかった言葉…

 言わずに済めば…と思っていた…

 それは心の底からの、カカシの想い…

 「サスケ、復讐なんてやめとけ」

 サスケの心のもっとも深い芯を突く。

 「なに…」

 その表情がひときわ険しく動く。

 「ま、こんな仕事柄お前のようなやつを腐るほど見てきたが、復讐を口にした奴の末路はろくなもんじゃない

 悲惨なもんだ」

 サスケのその表情は揺るがない。

 「今よりもっと自分を傷つけ苦しめことになるだけだ

 たとえ復讐に成功したとしても、残るのはむなしさだけだ」

「黙れ!あんたに何がわかる!

 知った風なことうを俺の前で言ってんじゃねぇよ!」

 これほどまでに声を荒げるサスケをカカシは見たことがなかった。 

 その感情を、もはや抑えようがないようだ。

「まぁおちつけ」

「なんなら今からあんたの一番大事な人間を殺してやろうか

 今あんたが言ったことがどれほどずれてるか実感できるぜ」

 うっすら笑みすら浮かべて言葉を吐き捨てる。

 …サスケ…

 ここまで染まったか…

 カカシの心はきしみを立てるほどに痛んでいた。

 が、感情を抑え、言葉を馳せてゆく。

 「まぁ、そうしてもらっても結構だがな、あいにくオレには一人もそんなやつはいないんだよ」

 カカシは笑顔を浮かべ、続けた。

 「もうみんな殺されてる」

 「…っ」

 その言葉と表情に、サスケは一瞬で正気を取り戻した。

 「おれもお前より長く生きてる。時代も悪かった。

 …失う苦しみは嫌ってほど知ってるよ」

 「……………」

 サスケは力の抜けた様子で視線を落とした。

 「ま、オレもお前もラッキーなほうじゃない。そりゃぁ確かだ。

 でも、最悪でもない」

 サスケはハッとする。

 …溢れていた怒りや苛立ち、瞳に宿した闇が、すぅっ…と消えてゆく…

 カカシのその言葉の意味を、受け止めたのだろう…。

 「オレにもお前にも、もう大切な仲間が見つかっただろ」

 カカシはナルトとサクラを思い浮かべ、サスケを見つめる。

 …サスケ、お前の中にも、今二人が浮かんでいるだろ…

 『大切な仲間』

 お前が自分で言った言葉だからな…

 「失ってるからこそ分かる」

 すっかり力が抜けたサスケの体から、カカシはワイヤーをほどく。

 「千鳥は、お前に大切なものができたからこそ与えた力だ。

 その力は仲間に向ける物でも復讐に使うものでもない。

 何のために使う力かお前ならわかってるはずだ…。

 オレの言ってることがずれてるかどうかようく考えろ」

 サスケはその場を動く気配なく、ただ一点を見つめて押し黙っていた。

 …サスケ…オレがお前に言ってやれるのはここまでだ…

 この先はお前が答えを見つけろ…

 二人の間を風が吹き抜ける。

 同時に、頃合を見計らったかのように、上空に一羽の鷹が舞った。

 シズネからの合図だ…。

 

 

 カカシはうつむいたままのサスケに祈るような眼差しを残し、スッ…と姿を消した…

 

 

 これが、カカシが木の葉の里で見るサスケの最後の姿となった…

 

 

 

 

 



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外伝    サスケの決断

 アカデミーのそばにある大きな木…。

 そこはサスケがよく来る場所だった…。

 高く、長く伸びたその幹からは里がよく見渡せる。

 だが、生い茂る葉で、里からこちらを隠してくれる。

 サスケにとって一人になれる場所だった。

 ここに来るときは、嫌なことがあった時のほうが多かったかもしれない…

 一族を失ったあの忌まわしい出来事の後も、よくここに来ていた…

 ここなら、誰にも涙を見られることがなかったから…。

 イタチへの憎しみが溢れて止まらない時も、この木の上でそれがおさまるまで一人耐えた…

 そして今、様々な感情を抱え、そこに座り込んでいた。

 

 

 サスケは左手を固く握り、その手を見ていた。

 つい先ほど、ナルトに向けて千鳥を放とうとしたその手…。

 

 

 我愛羅との戦いで…そして任務で…

 どんどん強くなっていくナルト…

 そんなナルトに苛立ちと焦りを感じ、サスケはナルトに勝負を挑み、確かめようとした。

 どちらが強いのか…

 いや…

 

 

 果たして自分は強いのか…を。

 

 復讐のため、イタチを倒すため、強さを求めて修業に励んできた…。

 過酷な修業の末、千鳥も修得した。

 だが再会を果たしたイタチにはまったく敵わず…

 また自分が勝てなかった敵に、ナルトはことごとく勝利をおさめてゆく。

 

 

 自分がナルトに劣っているわけがない。

 

 その思いが押さえられなかったのだ…。

 

 

 しかし、カカシと自来也によってそれは止められ、答えは出なかった。

 だが、ナルトの繰り出した術…螺旋丸の威力が、自分の千鳥を上回っていることを、サスケは感じていた。

 そのことに怒りが溢れ、この場所に来た。

 だが、カカシの言葉を受け、今その感情は別の物へと形を変えていた。

 少しずつ日が落ち、薄暗くなってきたこの場所で、サスケは先ほどのカカシの話を思いだす。

 

 

 「サスケ、復讐なんてやめとけ」

 

 

 カカシの口から初めて聞いたその言葉が、何度もサスケの頭の中で繰り返される。

 

復讐は自分を傷つけ…残るのは虚しさ…

 

 

そんな思いをさせたくない…という カカシのその気持ちはサスケに伝わっていた…。

 だが、素直に聞き入れることはできなかった。

 そして反発し、声を荒げた。

 「黙れ!あんたに何がわかる!

 知った風なことうを俺の前で言ってんじゃねぇよ!

 なんなら今からあんたの一番大事な人間を殺してやろうか!」

 しかし、カカシは笑って答えた…。

 

 

「もうみんな殺されてる」

 

 

 その言葉を聞き、サスケの脳裏には、カカシの部屋に置かれていた古い写真が思い浮かんでいた。

 自分たち第七班の集合写真の隣に並べられたもう一つの集合写真。

 そこに映っていたのは、今は亡き4代目火影…そして、子供の頃のカカシと、二人の仲間…

 サスケはその姿をこの里で見たことがない…

 それがどういう事なのか、その意味は分かっていた。

 そして、カカシの家族も見たことがない…

 

 

 「時代も悪かった…

  …失う苦しみは嫌ってほど知ってるよ」

 

 

 カカシが自分と同じ年の頃は、大きな戦の真っ最中だった。

 そこでいったいどれほどの『大切な人』を失ってきたのか…。

 自分が失った物ばかりを見てきたサスケは、考えたこともなかった。

 自分だけがすべてを失ったと、思ってきたから…。

 

 

 そんなサスケに投げかけられた言葉…

 

 

 「オレにもお前にも、もう大切な仲間が見つかっただろ」

 

 

 サスケの心の中には、ナルトとサクラが浮かんだ。

 一人だと思っていた自分に見つかった、仲間という居場所…

 だがそれを居場所と認めてしまえば、今までのすべてを否定することになる…

 イタチを討ち、復讐するためだけに生きると決めたその心を…

 そして、それこそが自分の生きる場所だと、その心に刻んだ誓いも…。

 深く打ち込まれた復讐という杭は…抜けない…

 

 

 「千鳥は、お前に大切なものができたからこそ与えた力だ。

 その力は仲間に向ける物でも復讐に使うものでもない。

 何のために使う力かお前ならわかってるはずだ…」

 

 

 その言葉の意味も、サスケの心にしっかりと届いていた。

 届いたからこそ苦しいのだ。

 「分かってる…」

 顔をゆがめて小さく呟く。

 そして、

 「分かってんだ!」

 声を荒げて、力いっぱい木をたたきつける。

 そしてまた小さく、今度は絞り出すように言う。

 「分かってる…」

 叩きつけた拳に血がにじむ。

 千鳥の修行中、カカシがサスケに語った…

 この術はつらい思い出をよみがえらせる…

 それでもこの術で大切な仲間を守ってゆくと決めた…と。

 その術を自分に教えたその意味が何なのか、サスケには分かっていた。

 「あんたの気持ちは…わかってる…

 でも…あいつが…あいつは…オレの中から消えない…っ」

 苦しそうに言葉を吐き出すと同時に、あの日の記憶が駆け巡る。

 そしてイタチのあの瞳がサスケを苦しめる。

 「消せないんだっ!」

 抑えられない怒り…

捨てられぬ憎しみ…

 復讐への(いざな)い。

 心に巣食った闇は、サスケを捉えて離さない…。

 そして、抗えない大蛇丸の呪印による闇への導き…

 サスケの心は混乱を越え、混沌とした闇の中をさまよい始めていた。

 それでもどこかで光を求め、その心の中にナルトとサクラの顔を思い浮かべる。

 俺だって、あいつらと…

 が、すぐにかき消されてイタチの姿へと変わる。

 「…ちくしょう…」

 何度繰り返しても、どうしても離れないイタチの存在に、サスケの表情は苦悩を極めていた。

 …消えない…!

あいつを殺すまで!

だが、そんな事をさせたくない…というカカシの想い…

そして、憎しみに生きるのではなく…仲間と光の中を…という、心の深くに芽生えてしまった自分の気持ち…

 「ちくしょう!」

 いっそ張り裂ければ…

 そう思うほどの胸の苦しみ…

 サスケはきつく目を閉じた。

 「俺は…どうすれば…っ…」

 身を固くしたそのとき、

 

 

 チリン…

 

 

 サスケのポケットの中で鈴が鳴った。

 その音に、心うつろに聞いた、去り際のカカシの話を思い出す。

 「オレはこれから任務だ。3日程かかるだろうが…なるべく早く戻る。

 だから、オレの家で待ってろ。

 この先お前が何をどうするにしても、オレが戻ってからにしろ」

 そして姿を消す前にもう一度言った。

 「待ってろよ」

 …と。

 

 

 「カカシ…」

 つぶやき、しばらくしてからサスケは立ち上がった…。

 そしてカカシの家のほうへと体を向けた…

 が、その時、頭上にただならぬ気配を感じ見上げる。

 黒い影が4つ…。

 音もなくサスケの前に降り立った。

 一瞬の静寂が落ちる…。

 この里の人間ではない…。

 「何者だ…お前ら…」

 人手が不足しているとはいえ、そう簡単に里には忍びこめない…。

 只者ではない…

 サスケの額に汗が浮かぶ。

 奇妙な空気を発しながら、侵入者は名乗りを上げた。

 「音の四人衆」…と。

 そして次の瞬間、一瞬のうちに仕掛けてきた。

 サスケはその拳を受け止めて、相手の体を抑え込んで飛び越える。

 そして、背後からの攻撃より早く、そのままの姿勢で蹴りを繰り出す。

 次なる攻撃を腕で受け止めて、抑え込んでいた敵の服の帯に腕をくぐらせ、二人同時に投げ飛ばす。

 その先には動けず立ち尽くす敵二人。

 仲間同士をぶつけて一網打尽にする。

 が、巻き起こる砂煙の中から現れたのは丸太。

 「く、変わり身!」

 背後に感じる気配に、振り向かぬまま視線だけを向けてにらみつける。

 「俺は今機嫌が悪いんだ…。

 これ以上やるってんなら、手加減しねぇぜっ」

 その言葉に、敵の一人がサスケを挑発する。

 「てめぇ、弱いくせにほざいてんじゃねェよ」

 そして指でサスケを誘い、その心を逆なでする。

 サスケの瞳が怒りに燃え…地を蹴った!

 

 

 すっかり日が沈み、薄暗くなった里の中…

 音の忍とサスケの戦いが始まった。

 しかし、はじめはサスケの優勢と見えたその戦いが、徐々に劣勢へと追い立てられていく。

 特殊な術なのか、目に見えない攻撃に撃たれ、サスケは木に叩きつけられる。

 それでも反撃し、繰り出した連続体術「獅子連弾」に手ごたえを感じるが、まったくダメージを与えることができない。

 そして、戦いののち…サスケは足を捉えられ、宙づりににされていた。

 …く…なんだ…手ごたえはあったのに、こいつ…まったくダメージを受けてない…

 サスケの足を持つ敵がにやりと笑う。

 「仲間とぬくぬく忍者ごっこじゃ、お前は腐っていく一方だ」

 そしてほかの敵も、次々とサスケに揺さぶりをかける。

 「うちらと一緒に来い。

 そうすれば大蛇丸様が力をくれる」

 「…っ」

 その名にサスケの呪印が熱を放つ。

 「無理やり連れて行っては意味がないそうだ…。

 お前が決めるんだ」

 「さぁ!来るのか…こねぇのか!」

 言葉と同時に、サスケは壁に叩きつけられた。

 「ぐあぁっ」

 うずくまり、その心が怒りに震える。

 俺は…こんなわけのわからない奴らにも勝てないのか…

 こんなやつらに…!

 サスケの体に呪印が広がる…

 そして、敵に向かう。

 が、その攻撃さえも簡単に跳ね返された。

 見れば、相手も体に呪印を浮かび上がらせていた。

 その体から湧き出る凄まじいチャクラ…

 サスケは目を見開いた…。

 …勝てない…

 サスケの体から戦意が消えていく…

 代わりに、どうしようもなく力を求める欲望が湧き上がる…

 …力があれば…!

 その感情に、畳み掛けるように言葉が浴びせられる。

 「何かを得るには何かを捨てなければならない。

 お前の目的はなんだ」

 俺の…目的…?

 「この生ぬるい里で仲間と傷をなめあって、そして忘れるのか…。

 うちはイタチを!」

 「…っ!」

 サスケの目が見開かれた。

 「目的を忘れるな。

 この里はお前にとって枷にしかならない。

 それを切れば、お前はもっと素晴らしい力を得ることができる」

 …力を…

 音の忍は、サスケの瞳の揺れを見逃さなかった。

 さっと飛び上がり、最後にもう一度強く言い放った。

 「目的を忘れるな!」

 その影は怪しく光る月の中に消えた…。

 

 残されたサスケは力なく座り込んでいた。

 

 

 …目的…

 

 

 ざわり…

 と、サスケの気付かぬところで呪印がその心の闇を膨らませる。

 

 

 …力…

 

 

 ざわり…

 

 

 今度はサスケにもその音が聞こえる。

 

 

 もう…止められなかった。

 加速するサスケの闇を、呪印がさらに加速させていく。

 

 

 俺は、この里で…あいつらに求められていた…

 強い存在として…サクラに…そしてナルトに。

 だから俺はあいつらを守れる人間になろうと思った…

 復讐のためだけに力を求めた訳ではなかった…

 そのために…強くなるために…俺はカカシを求めた…

 

 

 だけど…

 

 

 ナルトは…強くなった…

 守られたのは…俺だ…

 そしてサクラを守ったのも…あいつだ…

 二人が俺を求める理由は、もうない…

 そして、カカシに教わった千鳥はイタチには届かなかった…

 俺があいつを求める理由も…もう…ない…

 

 

 俺を求めるのは…誰だ…

 誰に求められている…

 俺は誰を求めている…

 何を求める

 

 

 

 …愚かなる弟よ…

 

 あの声が響いた。

 

 お前は弱い…

 なぜ弱いか…

 憎しみが足りないからだ…

 

 俺を倒したくば、恨め…憎め…

 そして俺と同じ目を持って、俺の前に来い!

 

 ドクンッ!

 

 激しく体が脈打つ。

 

 

 

 

 サスケは全ての事を、一つずつ組み立て、導き出す…

 答えを…

 

 

 俺を求めるのは…

 俺が求めるのは…

 あいつらじゃない…

 カカシ…あんたでもない…

 

 

 うちは イタチだ!

 

 

 

 そして、サスケの中を、イタチが埋め尽くした。

 

 

 ドクン!

 

 

 全身の血がたぎった。

 

 

 その目は赤く…それでいて闇の色に染まる…。

 

 

 「俺の目的は…復讐だ!」 

 

 

  俺は…行く!

 

 

 サスケの心は…決まった…

 

 

 サスケは自宅へ戻り、忍具をかばんに詰め、窓際に置いていた集合写真を見つめていた。

 その表情はさみしさをたたえ、涙はないが、まるで泣いているようにも見えた。

 しばらくして、サスケはそっと写真立てを…伏せた…。

 …もう…ここへは戻らない…

 

 

 そして、置いたままの忍具を取りに、カカシの家へと向かう。

 鍵を開けるときに、あの鈴が鳴った。

 しかし、サスケはその音から心を背けた。

 そっとドアを開け中に入る。

 

 

 「サスケ…遅かったじゃないか」

 

 

 不意に聞こえたカカシの声に、サスケはビクリとした。

 だが、それが記憶の中の物だとすぐに悟る。

 その声を振り払って、一歩足を踏み入れると、自分の体からもう一人の自分がするりと抜け出て家の中に入ってゆく。

 そして、その先に…カカシがいた…

 

 サスケは茫然と立ち尽くしその様子を見つめた。

 その光景は、夢の中を客観的に見ているような、そんな感覚…。

 

 

 「なんか飲むか?」

 そう言って冷蔵庫を開けるカカシ。

 「牛乳」

 俺の差し出したコップに牛乳を入れながら

 「大きくなれよぉ」

 と、冗談交じりに笑う…

 「うるさい…」

 俺はめんどくさそうに返した…

 

 

 今度は食卓に姿が浮かぶ。

 「うまいだろ」

 作ったポテトサラダを得意げに自慢するカカシ…

 そんなあいつに俺は、 

 「普通」

 そう短く不愛想に答えた…

 

 

 次は窓際に置かれた小さな机と椅子に…

 「いいか、この場合、警護対象者の安全を確保し、かつ敵を撃退して突破するにはこのフォーメーションだ」

 任務での戦略を紙に書きながら教えるカカシ…

 「このフォーメーションでの作戦はどうだ?」

 問いかける俺に、カカシが頷く。

 「ああ。悪くない。

 よく考えたな」

 頭を撫でられて「やめろ」と払いのけた…

 

 

 浮かび上がるその光景を見ていたサスケの瞳から、ぽたり…と涙が落ち、床に跡をつけた。

 

 

 いつも、どこか少しうっとうしくて、面倒で…

 俺は適当に返事をしていたつもりだった…

 だけど…

 

 

 俺は…あんな…嬉しそうな顔をしてたのか…

 カカシは…あんな…柔らかい目で俺を見てたのか…

 

 

こぼれる涙と共に、次々と記憶が至る所に浮かび上がる。

 

 

 過去の任務の話をいくつも聞いた

 

 

 くだらないライバル対決の話に笑った 

 

 

 術の本を一緒に読み、基本やその仕組みも教わった。

 

 

 遅くまで、戦略の立て方について話し合った…

 

 

 将棋は一度も勝てなかった…

 

 

 そして…

 

 

 …あんたの作る朝飯は…うまかった…

 

 

 「くっ…う…」

 ぽたぽたと…こぼれる涙をサスケは拭おうとはしなかった。

 まるで、その涙と共に、すべてをここに置いていこうとしているかのように…。

 

 そして、忍具を置いている寝室に入る。

 自分が寝ていたソファには、いつでも使えるように布団が置かれていた。

 それを見て、サスケは思い返す。

 修行を初めて間もないころ、イタチの夢にうなされ…自分を見失いそうになった夜…

 その意識を呼び戻したカカシの声…

 

 

 そして中忍試験の当日。

 仲間との未来を夢に見て、涙が止まらなかった自分を抱きしめたぬくもり… 

 

 

 サスケは覚えていた…

 

 

 「…っ…く…」

 

 溢れる涙は止まらない。

 「あの時、俺は…選ぼうとした…」

 目を閉じてあの夢を思い浮かべる。

 差し出されたカカシの手を取ったあの夢…。

 「あんたは…言った」

 お前はオレ達と共に生きろ…と。

 「選ぼうとは…したんだ…」

 体の震えが止まらない…

 「でも、俺は…俺は…っ。

 あんたたちとは…行けない…」

 同じ未来には…行けない…

 その心は、もう何者にも引き止めることはできなかった…。

 開いた瞳に、第七班の写真が映る。

 とめどなく…とめどなく涙があふれる…

 「うっ…うぅ…」

 必死に声をこらえる。

 どれほどそうしていただろうか…

 サスケは不意に思い出した…

 「あなたは立派な忍ね」

 母と同じ黒い髪の女性…。

 どこかその笑顔が似ていた…。

 思い出したその言葉に、あの時と同じように、サスケの涙が少しずつ引いてゆく。

そして最後の一粒が床に落ちたとき…

 

 

「待ってろよ」

 

 

カカシの声がした…

 

 サスケは、写真の中のカカシを見つめ、様々な思いを込めて…つぶやいた。

 「…カカシ…俺は…行く」

 ゆっくりともう一度目を閉じる…

そして大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した…

 静寂が落ち、サスケの心から…カカシとのあたたかい記憶が抜け落ちてゆく。

 まるで、満ちていた海の水が、静かな波と共に引いていくように…

 そしてすべての想いを打ち消し、目を開けると、サスケの心は恐ろしいほど澄み切っていた…。

 何の感情もなく、サスケはかつての自分が映っている写真を伏せた。

 「じゃぁな」

 無機質な言葉を部屋に残して家を出、鍵をかけて…サスケはそのカギを鈴と共に握りつぶした。

 するりとその手から滑り落ちた鈴は、ジリ…っと鈍い音を立てて転がった…。

 サスケは振り返ることなくその場を後にし、里を出るために門へと向かう。

 そして、そこに立つ人物を目に捉え、やはりな…と心でつぶやいた。

 何故かはわからないが、きっといるだろうと思っていた。

 「夜中に、こんなところで何うろついてる…サクラ」

 サクラは視線を落とし、答えた。

 「里を出るには…この道を通るから…」

 「帰って…寝ろ」

 立ち尽くすサクラの横を、サスケは通り過ぎてゆく。

 「どうして…」

 サクラの頬を涙が伝う。

 「どうして何も話してくれないの…」

 「なんでお前に話さなきゃならないんだ」

 その言葉を遮り、サスケは立ち止まる。

 「余計なお世話だって言ってんだよ。

 いちいち俺にかまうな」

 …もう俺に…関わるな…サクラ…。

 しかしサクラはサスケに向かって言葉を紡ぐ。

 「サスケ君…初めてここで会った時のこと覚えてる?」

 サスケの脳裏にその光景は浮かんでいた。

 だが、冷めた声で返す。

 「覚えてないな」

 「そうだよね…。

 もうずいぶん前のことだもんね…。

 でも、あの日から始まったんだよ。

 私とサスケ君。それに、ナルトに…カカシ先生…。

 四人で色々な任務を一緒にこなして、大変だったけど…楽しかった」

 その言葉に、置いてきたはずの記憶が呼びさまされる…

 が、そこには感情はなく、まるで絵本をめくるような心境だ。

 サクラは少し間を置いて、静かに想いを伝える。

 「…復讐だけなんて…誰も幸せになれない…誰も。

 サスケ君も…私も…」

 雲が、月を隠し…影を作った…

 「俺はお前たちとは違う…」

 自分に言い聞かせるかのように…言葉を続ける。

 「四人でやってきて、確かにそれを自分の道と思おうとしたこともある。

 だが、俺の心は結局復讐を決めた」

 一つ一つ確かめていく…。

 「俺はそのために生きてきた…。

 俺は、お前やナルトのようにはなれない」

 「また、サスケ君は自分から孤独になるの?

 サスケ君は私に孤独はつらいって教えてくれた…。

 今ならその意味が解る。

 私には家族も友達もいる…でも、サスケ君がいなくなったら…私にとっては…孤独と同じ…」

 涙で震えるその声に、サスケの瞳がわずかに色を帯びた。

 だが、よぎった何かを振り払う。

 …もう…後には引けない…引かない…

 俺は…そう決めたんだ…

 足を踏み出す。

 「私は!」

 歩き出しそうなサスケを、サクラは必死で繋ぎ止める。

 「サスケ君が好きで好きでたまらない!

 私、サスケ君のためだったらなんだってする!

 復讐だって手伝う!だから…お願いだから、ここにいて!

 それがダメなら、私も一緒に…連れて行って…」

 サクラの必死の願いにも、サスケの心はもう揺れなかった…

 …自分の行く先は決まっている…

 ゆっくりとサクラに振り向く。

 「やっぱりお前…うざいよ」

 切り離そうと、冷たく言い放つ。

 そして、なおも追いかけてくるサクラの背後にサッと回り込む。

 もう、俺の気持ちは変わらない…

 だけど…

 雲が晴れて、月の光が二人を照らす…

 …サクラ…

 お前はいつも、こんな俺を求めてくれた…。

 冷たくあしらっても、遠ざけても…

 呪印にも、あの我愛羅にも…恐れながら、それでも俺のために必死になって…

 そして、ただ一人今の俺に気付き、ここに来た…

 …ふわり…と…里に流れる風が二人を包んだ。

 サスケはその優しい風と、月の光の中、ただ一つだけ、置いてきた感情を呼び戻した。

 これが…最後だ…

 「サクラ…ありがとう…」

 そして、サクラの首の後ろをトンッとつく。

 ゆっくりと意識を失っていくサクラを抱き留め、ベンチに寝かせる。

 そして里を振り返り、見つめ、今度こそすべてをそこに捨て置き、門を…里を出た…。

 

 

 俺は…忍じゃない…

 

 

 復讐者だ!

 

 

 闇の中へと、サスケの姿が静かに溶け込んでいった…。

 



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其の二十二 記憶の中の笑顔

 すっかり日の堕ちた暗い森の中、カカシは小さく焚いた火の前に一人座り、里の方角を見つめていた。

 任務は無事に終わったが、里への岐路…夜の闇が濃くなり始めたため、ここで野宿をすることにしたのだ。。

 ガイとアスマは別の任務へと発ち、シズネは任務中に捉えた襲撃者を引き取りに来る木の葉の隊を待つため、依頼主をお送り届けた街に留まった。

 カカシはパチリと音をたてる火の中に木の枝を投げ入れ、ため息をつく。

 任務の緊張から解かれたためか、蓄積された疲れが一気に体を重くしていた。

 「明日の午前中には里につくか…」

 つぶやき先日のことを思い出す。

 衝突するナルトとサスケ…涙を流し震えるサクラ…

 チームワークはどこへやら…だな…

 戻ったら、どういう風に関わるべきか…

 カカシは木に背を預けながら火をながめ、悩んでいた。

 「ミナト先生なら…どうするんだろうな…」

 しかし、そう考えたところで、自分が同じようにできるわけでもない…

 「考え込んでても仕方ないか…」

 とにかく、家に戻ったらサスケとゆっくり話をしよう…

 そして、あいつの気持ちがすっきりしたら…また修行をして…

 ナルトとは一楽に言って…サクラには何か甘いものをご馳走して、あいつらとゆっくり…話を…

 

 そんなことを考えながら、カカシはいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 …カカシ…

 

 

 小さく呼ぶ声がした…

 それは、かつて共に過ごした親友と仲間の声…

 

 「オビト…」

 

 

 カカシ…

 

 

 「…リン…」

 

 

 姿は見えない…

 だが確かに二人の声だ。

 その声は少しずつ大きくなっていく…

 

 

 カカシ…急いで…

 

 

 「リン…どうしたんだ?」

 

 

 急げ…カカシ…

 

 

 「なんだ?オビト…」

 

 

 二人の声が強くなり…重なる。

 

 

 カカシ…早く!

 

 

 次の瞬間、サスケの顔が浮かんだ。

 「…っ!」

 カカシはハッと目をさまし、あたりを見回す。

 「夢……」

 呟いて、まだ暗いままの空を見上げ、急に不安が広がった。

 「サスケ…」

 ふいに別れ際のサスケの姿を思いだし、妙な胸騒ぎを覚える。

 なんだ…この嫌な感じは… 

 カカシはまだ小さくくすぶっている火を慌てて消して、何かに追い立てられるかのように、走り出していた。

 

 

 

 次の日の早朝、カカシは里についた。

 そのまま、火影室より先に家に戻る。

 「サスケ…いるのか?」

 呼びかけながら中に入るが、返事はなく、寝室を覗くが姿は見えない。

 「自分の家に帰ってるのか…」

 そちらを見に行こうと部屋を出ようとして、カカシはギクリとした。

 枕元に置いてある、班の集合写真が倒れていたのだ。

 …振動で…倒れたか…

 だが、倒れているのは一つだけだ…

 …何故か…胸が波打つ。

 そして、元に戻そうと手に取った時、ふいに、その写真を伏せるサスケの姿が浮かんだ。

 「…………」

 正体のわからない不安に、どんどん心臓の音が大きくなる。

 「サスケ…」

 カカシは慌てて家を出る。

 そして、玄関を出てすぐ、何かが足に当たって転がったのを感じ、目をやる…

 また、ギクリと胸が音を立てた。

 それを拾い上げ、息を飲む。

 サスケに渡した家の鍵…

 それはつぶれて変形していた。

 そして、鍵につけていた二つの鈴も…形をゆがめていた…

 「…っ」

 カカシはそれを握りしめ、サスケの家へと向かう。

 「サスケ!」

 玄関の鍵は開いていた。

 が、中にサスケはいない。

 そして、窓際には…先ほどと同じく、伏せられた写真…

 「まさか!」

 はじかれたように、カカシは外へ飛び出した。

 向かったのは火影室。

 バンッ…と音を立ててドアを開け中に飛び込む。

 「綱手様!」

 朝早い時間ではあったが、すでに中で執務にあたっていた綱手とシズネが、ビクリと体を揺らし、手に持っていた書類を落とした。

 「な!なんだカカシ!

 ノックをせんかぁ!」

 怒鳴り声に構わず、カカシはそのままの勢いで詰め寄る。

 「サスケは!サスケはどこですか!」

 綱手の目が厳しく揺らぎ、書類を拾っていたシズネの手がぴたりと一瞬止まる。

 そして、小さく息を吐きながら綱手がカカシを見据える。

 「気付いたか…」

 その先を、カカシは知りたいはずなのに、なぜだか聞きたくない…

 妙な恐怖を感じていた。

 ギッ…と椅子を鳴らして姿勢をただした綱手が、低い声で告げる。

 「一昨日の深夜…うちはサスケが里を抜けた」

 そんな…

 口に出したつもりだった…

 だが言葉になっていなかった…

 「……っ」

 カカシはめまいを通り越し、吐き気を感じる…

 「…サスケ…」

 一瞬で乾いた喉から、かすれた声がこぼれる…

 サスケが…里を抜けた…

 混乱する頭の中でその事実を反芻(はんすう)し、ハッとする。

 「まさか追い忍を!」

 里を抜けた忍には、国の機密事項などを守るため、暗殺命令が下される…

 そのために送り込まれるのが追い忍…暗殺の専門家(スペシャリスト)だ。

 しかし、綱手は首を横に振った。

 「いや、出していない」

 ほっと胸をなでおろす。

 「サスケに最後に会ったサクラの話では、自分の意思で出て行ったようだ。

 行き先は…おそらく…」

 「大蛇丸…」

 「うむ」

 …自分の意思で…

 サスケとサクラの事を思い、胸が痛む。

 「サクラの話を聞く限りでは、可能性は低いが…大蛇丸に操られているということも考えられる…。

 まずは追い忍は立てず、極秘任務としてサスケを追うべきだ…と、ダンゾウが進言してきた」 

 カカシは顔をしかめた。

 「ダンゾウ様が?」

 もう一つの暗部組織『根』の責任者だが、その活動内容と同様、闇に包まれている部分が多い人物で、三代目火影もその行動には目を見張らせていた…。

 油断ならぬ影がある人物だ。

 …サスケとは接点がなかったはずだが…

 何か思惑があるのか、本当にそう考えているのか…

 気になるところではあるが、どちらにせよ救われたのは事実だ…

 「それで、誰がサスケを…」

 綱手は椅子の背もたれに身を預け、シズネから書類を受け取り、めくりながら答える。

 「此度中忍となったシカマルを隊長とし、あ奴に人選を任せた。

 メンバーはシカマル、ネジ、チョウジ、キバ、そしてナルト。

 以上の五名だ」

 カカシはその言葉に声を荒げた。

 「何ですって!

 それじゃぁ、新米たちだけでサスケを…」

 綱手は、眉間にしわを寄せて答える。

 「仕方ないだろう。

 里の状況が状況なんだ」

 だからと言って…

 カカシはそう言いかけて、言葉を飲んだ…

 …里を守る火影としての判断なのだ…

 「それに、必要最低限の手は打ってある」

 里内から人が出せない状況での策…

 他里からの増援…

 しかし…あいつらには…あまりに危険すぎる…

 それに、今のサスケにとってナルトは…

 その関係の複雑さを考え、やりきれない思いがため息となって現れた。

 カカシは大きく息を吐き一瞬黙する。

 

 …サスケ…

 お前を行かせはしない…

 

 そして無言のまま綱手に背を向ける。

 「コラコラ!

 お前の次の任務はもう決まってる!」

 その背に綱手の声が飛ぶが、カカシは足を止めなかった。

 「まぁ、すぐ用済ませて戻ってきますんで…

 ご心配なく」

 振り向かぬまま言葉を残し、火影室を出る。

 そして、サスケを追う。

 

 

 …オレが甘かった…

 

 

 駆けながら、カカシは思いだしていた…

 

 「あんたに何がわかる!」

 

 憎しみと怒りに染まったあの表情…言葉…

 その通りだ…

 オレは何もわかってなかった…

 

 カカシはすでに限界まで上げているスピードを、少しでも速くと足に力を込めた…

 

 

 サスケ!

 

 

 行くな!

 

 

 何としても行かせたくはなかった…

 大蛇丸のもとへ…なにより、復讐という名の闇へ…

 サスケの心に芽生えた『仲間との未来』を歩ませてやりたかった…

 そのそばで寄り添い、共に生きてゆきたいと…そう思った…

 

 

 その想いを胸に、カカシは必死に駆けた…

 

 

 …しかし…その想いは届かなかった…

 

 

 サスケとナルトが激戦を繰り広げた終末の谷…

 カカシがたどりついた時には、すでにサスケの姿は…なかった…

 

 

 …時は…間に合わなかったのだ…

 

 

 その現実はナルトに…サクラに…カカシに…

 そして仲間たちに…重くのしかかった…

 

 サスケが行き、傷を負ったナルトたちが里に戻ったその日、木の葉の里には季節外れの冷たい風が吹き荒れた。

 それが一層、悲しみを増した…

 

 

 

 

 …サスケ…

 お前が里を…オレのもとを去ったあの時、オレは思い出していた…

 いつかお前が言った言葉を…

    

 

 「あんたはいつも遅いからな」

 

 

 そしてそう言って浮かべた、いつもの…少し強がった笑顔を…

 

 

 その笑顔の奥で、お前はいつもオレに救いを求めていたのにな…

 

 

 そして、あの憎しみにそまった言葉の向こうで、オレの手を待っていたのに…

 

 

 オレは…遅かった…

 

 

 なぁ、サスケ…

 お前の心の中には、もうオレはいないのか…

 共に過ごしたあの日々は…もう…消えてしまったのか…

 

 オレの心の中には、鈴を手に笑う…曇りのないお前のあの笑顔が、こんなにもはっきりと残っているのに…

 

 

 …サスケ…

 お前は…お前の心は、今どこにいるんだ…



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其の二十三 暗部の者

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に、カカシは気だるそうに目を開けた。

 時計の音を止め、ゆっくりと体を起こし、片手で顔を抑え込む。

 長く…重いため息が部屋の中に落ちた。

 「夢…じゃない…な」

 昨日起こった、認めがたい現実を思い出す。

 

 

 サスケは里を抜けた…

 

 

 あいつの心は復讐を決めたんだ…

 

 一晩経ち、その重みは増していた。

 カカシは鈍い頭痛を感じ、また横になる。

 しかし窓の外に気配を感じて、そちらに目を向けビクリとする。

 ガイがへばりついていたのだ。

 「ガ…ガイ!

 何やってんだよ…こんな早くから…」

 「気持ちのいい朝だぞ!

 お前も早く出てこい!

 こんな朝は一勝負して、いい汗をかこうではないか!」

 いかなる時も全力のガイ…

 カカシのことを気にして…だろうが、カカシはため息を返した。

 今のカカシにとって、テンションの高いガイは特に受け入れがたい存在だ…

 「悪いけど」

 カカシはサッとカーテンを閉める。

 ここまで本気でガイに拒絶を覚えたことはなかった…

 「あ、おい、カカシ!」

 …今は…誰にも会いたくない…

 カカシは布団を深くかぶった…

 ガイはしばらくその場にいたが、諦めて踵を返す。

 そして

 「任務には遅れるなよ。

 それから、綱手様からお前に伝達だ。

 出立の前に火影室に来るようにとの事だ」

 そう言い残して姿を消した。

 …任務…

 「そうだった…な」

 重い体を無理やり起こす。

 そして、第七班の写真から意識的に目をそむけて部屋から出る。

 サスケの顔を見ることができない…

 こんな事ではいけないと分かってはいるが、どうしようもできなかった。

 ぼんやりとしたままで準備を済ませ、何も食べずに家を出る。

 

 

 …サスケ…なぜ俺の帰りを待たなかった…

 いや…なぜオレはあいつから離れたんだ…

 離れるべきではなかったんだ…

 その間に、いったい何があったんだ。

 どうして、大蛇丸のところに…

 カカシの頭の中は同じことがずっと渦巻いていた。

 「とにかく…」

 今回の任務は国境まで行く。

 綱手様に許可をもらって、任務終了後…あいつを探しに行こう…

 どんな手を使っても、連れ戻してみせる…

 

 

 しかし、綱手から告げられた言葉に、カカシの決意は消される。

 「カカシ、今回の任務は国境まで行くことになる。

 だが…サスケを追うなよ」

 静かに、低い声で言い放つ綱手。

 カカシは考えを見透かされていた事と、サスケを追うなとの綱手の言葉に動揺をあらわにした。

 「な、なぜです!」

 「なぜ…だと…」

 綱手の眉がピクリと動く。

 「わからんお前ではないだろう」

 しかし、カカシはきつい眼差しを向け答えた。

 「…分かりません。

 サスケはオレの部下です。

 追わせて下さい」

 さらに綱手の眉が動き、眉間にシワがよる。

 「お前…ふざけておるのか…」

 カカシは無言を返す。

 「今の里には、任務以外のことに人員を割く余裕はない!

 しかも、お前が今里を離れてどうする…。

 お前は里で最も戦力になる忍だぞ!」

 「しかし…」

 

 

 ダンッ!

 

 

 綱手が机を強く叩く。

 「カカシ…

 お前…仮にも火影不在中に三代目から暗部を託された身だろう!

 それがどういう事か自覚しろ!」

 その一喝に、カカシは両の手を強く握る。

 その意味は分かっている…

 三代目の想いは…

 そして、今自分が里を離れることが、里を危機に陥れかねないという事も…。

 先日の木の葉崩しによって、優秀な忍が幾人も失われた事は、周知の事実だ…

 そんな今、カカシは多くの任務に携わり、広く知らしめる必要があった。

 木の葉のはたけカカシは健在だと…

 そして、その力を…。

 「それに…サスケは抜け忍だ…。しかも後を追った里の仲間を傷つけた…。

 本来なら追い忍を出すところだ。

 それでも、まだ下忍で国の機密に関わりが無かったことや、大蛇丸に操られている可能性を考慮して、それを免れておるんだ…。

 これ以上のことは、もうできない」

 カカシはうつむき唇をかんだ…。

 綱手はしばらくその様子をみつめ、もう一度念を押した。

 「いいな。

 うちはサスケを追うな」

 「………………」

 カカシは無言のまま背を向け、ドアを開ける。

 「おい、カカシ!」

 呼び止める綱手に、カカシはふりむかぬまま、そして、苛立ちを隠すことなく言葉を返した。

 「分かってますよ…」

 バタンと固い音をたててドアが閉まる。

 綱手は大きく息を吐き出した…

 「まったく…」

 「だのぉ…」

 窓の向こうから聞こえた声に、綱手は立ち上がり、窓を開ける。

 「自来也…」

 「よぉ」

 手をあげる自来也を綱手はじとりとにらむ。

 「いたのなら、あれに何か言ってやってくれればよいものを…」

 視線の先には、集合場所へと向かうカカシ。

 その背にはいまだ苛立ちを漂わせている。

 「わしはそういうのは苦手だ…。知っとるだろう。

 しかし…」

 自来也は腕を組み、綱手と同じくカカシを見つめる。

 「ちと、良くない…な…」

 そして綱手に向き直る。

 「綱手…頼みがある…」

 「頼み…?」

 目を細める綱手に、自来也は頷き、再びカカシの背を見つめた…。

 

 

 

 任務集合時間までまだ少し時間があることもあり、カカシはあの慰霊碑の前に来ていた。

 「抜け忍…か…」

 改めて聞かされると、その言葉は鉛のように重い。

 サスケは一体どんな気持ちであの写真を伏せたのだろう…

 この里を出たその最後に何を思ったのだろうか…

 「なぁオビト…。

 お前なら、サスケの気持ちを分かってやれたのかもしれないな…。

 オレではダメだったよ…。

 お前に、あいつを守ると誓ったのにな…。

 あいつは行ってしまった」

 何も言わず…

 あれほど近くで過ごしてきたのに…

 …サスケ…

 カカシの胸の中は、悔しさと、自分の無力さへの腹ただしさが溢れていた。

 「オレはどうすればよかったんだ…。

 どうすればいいんだ…」

 しかし、答える者はいない…。

 カカシは何度目かのため息をこぼし、集合場所へと向かった。

 そこにはすでにガイが待機しており、もう一人…思わぬ人物がいた。

 「お前…」

 驚くカカシに、その人物はニコリと笑った。

 「ご無沙汰してます。先輩」

 「ヤマト…」

 「今回は、僕もご一緒させていただきますので」

 「お前が?」

 過去に暗部でともに隊を組んでいたヤマト…

 今も暗部所属で、通常任務に参加することは少ない…

 人手不足のためか…

 「よろしくお願いします」

 「…ああ」

 カカシは気まずく返事を返した。

 火影直轄の暗部の一員だ。

 すでにサスケのことは聞き及んでいるだろう。

 カカシはスッと視線をそらした。

 かつて部下であったイタチが里を抜け、その弟であるサスケまで…

 その事実を…自分の無力さを、後輩であるヤマトに見られているようで居心地が悪かった。

 そんな状況を察してか、ガイがわざとらしく声をあげた。

 「いやぁ、助かるよ。

 今回は二人だと聞いていたからな。心強い!

 なぁ、カカシ」

 肩に手を置く。

 しかしカカシはその手から逃れるように、歩き出す。

 「ああ。

 …出立するぞ」

 その冷たい空気にガイとヤマトは顔を見合わせ苦い顔をし、後に続く。

 「なぁ、カカシ。

 綱手様の話はなんだったんだ?この任務のことか?」

 カカシの背がピクリと揺れる。

 「違う。

 お前には関係のない話だ」

 低いその声に、二人は再び顔を見合わせる。

 カカシの頭の中には先ほどの綱手の言葉が思い出されていた。

 …サスケを追うな…

 「………」

 再び苛立ちが湧き上がってくる。

 その背中には近寄りがたい重い空気があふれている。

 しかし、それを気にせずヤマトとガイがカカシに並ぶ。

 それぞれ子供の時からの付き合いだ。

 これくらいのことでは動揺しない。

 「ところで…先輩。

 今回の任務内容はどういったものなんですか?」

 …聞いてないのか?という表情のカカシ。

 ヤマトは肩をすくめて笑う。

 「なにせ、突然のことでしたからね。

 とにかく、すぐに合流しろと言われてあわてて飛んできたんですよ」

 しかしカカシは無言で視線を外す。

 そんなカカシに代わって、ガイが説明する。

 「綱手様より預かった書状を国境まで運び、岩の忍に渡す」

 短い説明の中にヤマトは様々なことを読み取る。

 今木の葉の里は他里から狙われやすい時期…

 攻め入るための情報を必死に集めようとする輩も少なくない。

 そんな中での火影の書状は内容に関わらず狙われやすい。

 「厄介な任務ですね」

 ため息を交じえて肩を落とす。

 「簡単にはいかんだろうな…」

 「ですね。

 ま、先輩が一緒なら問題なさそうですけど。

 頼りにしてますよ。先輩」

 しかし、その言葉にカカシは気づいていない様子で一点を見つめたまま黙している。

 「先輩?」

 もう一度呼びかけるその声に、カカシはようやく気づき「ああ」と気のない返事を返した。

 ヤマトは隣を歩くガイに小さな声で言う。

 「問題ありそうですね…」

 「うむ…。 

 どちらも、なにやら嫌な予感がするな…」

 

 

 …ガイの予感はよく当たる…

 

 

 一行は国境近くで綱手の書状を狙ってきた敵に囲まれていた。

 木の陰に身を隠し、カカシは敵の数を探る。

 …7人…か…

 木々の生い茂る深い森…

 その確実な位置は特定できないが、人数は割り出した。

 「多いな…」

 同じくガイも人数を数えつぶやいた。

 相手の数が多い時のカカシとの動きは互いに言わずともわかっている。

 まず陽動でガイが飛び出し、数人を引き付け、援護のために繰り出される敵の攻撃を見て、カカシがその場所を把握し撃退する。

 ガイはカカシの位置を確認してから、近くの木の陰にいるヤマトに視線を投げ、自分の援護を指示する。

 ヤマトが頷き、ガイが飛びだそうと身構えた。

 その様子を見ながら、カカシはいまだに苛立ちを心に渦巻かせていた。

 今いる場所が国境付近ということもあり、ここを通って行ったであろうサスケの影を無意識に追っていた。

 …ここを超えて…サスケは…

 ギリッと唇をかむ。

 …オレがもっとちゃんとあいつを見ていてやれば…

 オレが…もっとしっかりしていれば…!

 自分への怒りが湧き上がり、衝動が止められず、カカシは知らぬ間に一人飛び出していた。

 「あ、おいカカシ!」

 「先輩!」

 自分たちを置いて飛び出すカカシの背に、二人は動揺するが、瞬時に援護態勢に入る。

 開けた場所に体をさらすカカシに、数方向からクナイや手裏剣が飛びきた。

 それらをガイとヤマトのクナイがすべて打ち落とす。

 しかし、間髪入れず追撃がカカシを襲う。

 …が、

 「木遁!木錠壁!」

 今度はヤマトの作り出す木の盾がカカシの体を包み守った。

 

 

 ダダ…ダタダ…

 

 

 音を立てて弓矢が刺さる。

 その盾の中で、カカシはチャクラを手にため、攻撃態勢に入る。

 …今の攻撃で場所はすべて把握した…

 「雷切!」

 その手でヤマトの盾を破り、飛び出す。

 そして潜む敵に次々ととびかかる。

 一人…二人…三人…

 数を頭の中で数えながら次々と打ち倒してゆく。

 敵に反撃のすきを与えぬすさまじいスピード。

 そして…

 七人…

 最後の一人を捉え、カカシはその胸元をつかんで木に叩きつける。

 「最後だ」

 低く…冷たく放たれた言葉と振り上げられた右手を見て、敵が「ひっ」と小さく息を吸い込んだ。

 しかし、その手が敵を貫く寸前…

 「木遁、大樹林の術!」

 ヤマトの腕から伸びた木のうねりがカカシの腕を包みこみ、その動きを封じた。

 だが、構わずカカシは強引に腕を突きだす。

 「やめろ!カカシ!」

 ガイがその右手をつかんで止めた。

 バヂッと雷切がガイの手を焼く音に、カカシはハッとして術を消す。

 と同時に、ガイの手刀で敵は意識を失い倒れ込んだ。

 「ヤマト!」

 ガイに呼ばれ、ヤマトが敵を拘束する。

 ガイはカカシの手をつかんだまま厳しい声で言った。

 「カカシ…貴重な情報源をすべて消すつもりか…」

 彼らの背後には、カカシの雷切で息絶えた敵が6人…。

 「お前、何をやっとるんだ。

 しっかりしろ!」

 勝手な行動に対してのその叱責にも、カカシはいまだ苛立ちをおさえられず、ガイの手を強引に振り払った。

 そしてヤマトの視線に気づき、気まずさを感じて無言で歩き出す。

 「おい!待て!」

 その声に止まらぬまま一瞬振り返ったカカシの目を見て、ヤマトとガイが息を飲む。

 冷たく…闇を携えたその色…

 その目を、二人は見たことがあった…

 「あいつ…あれではまるで…」

 「あの頃の…ですね…」

 二人はカカシの背を見ながら、思い出していた。

 オビトとリンを失った頃の、怒りと悲しみに染まっていたカカシの目を…。

 

 

 その後、3人は言葉を交わすことなく任務を終えた。 

 そして、里へ帰る途中森で野宿することとなり、カカシは二人から離れて一人国境のほうを見つめていた。

 …サスケを追うな…

 また綱手の言葉がよみがえる。

 近くにいるかもしれないのに…!

 「サスケ…」

 グッとこぶしを握りしめたカカシの瞳が恐ろしいほど厳しく色づいてゆく。

 「なるほど」

 「………っ」

 不意に飛んできたヤマトの声に、カカシはまた顔をそらす。

 「どうりで僕が呼ばれるわけですね」

 「…どういう意味だ?」

 カカシの隣に立ち、ヤマトは息を一つ吐く。

 「気付いてないんですか?その目」

 「目?」

 「あの頃と同じ目をしてますよ」

 カカシはハッとする。

 「僕がこの任務に参加したのは、ある人物からの推薦があったからですよ。

 先輩なら、それが誰かわかるんじゃないですか?」

 暗部を動かせるのは火影だけだ…

 綱手様…

 いや…違うな…

 カカシはしばし間を置き答えた。

 「自来也様…か…」

 「ご名答。

 おそらく、先輩があの頃に戻ってしまわないように…歯止めですかね…僕は」

 「余計なお世話だ…」

 苛立った声で言う。

 「でも、一応役目は果たしてると思いますけどね」

 小さく笑みを見せる。

 …暗部にいたころのカカシは、仲間を失ったことで自責の念に駆られ、心を閉ざしていた。

 任務においても躊躇なく敵の命を奪う『冷血カカシ』との異名を持つほど、戦いの場では心が凍りついていた。

 その過去と、そこから抜け出した両方の自分を知るヤマトがいたことで、無意識ではあったが、同じ姿を見せまい…見られたくない…という歯止めが確かにかかっていた。

 「ま、僕もあまりおせっかいなことは嫌いなんで、これ以上は言いませんけど…ね」

 含みを持たせた言い方をして背を向ける。

 「先に休ませてもらいますよ。

 火の当番お願いしますね。どうせ眠れないでしょうから」

 その皮肉に意を突かれ、カカシは少し冷静を取り戻したような気がした。

 そして、過去に自来也から言われた言葉を思い出す。

 

 

 自分の怒りをぶつけて戦うな

 その先に求める物は得られない…

 同じ勝利でも、何のために戦うかで得るものは違ってくる…

 

 

 あの時も今のように、自分のせいで仲間を失ったという、自分への怒りに飲み込まれていた…。

 でも、それでは何も得られないと…あの時気付いたはずだった…

 「また…オレは繰り返すところだったな…」

 カカシは自分の中に溜まっていた、怒りや苛立ちを吐き出すように大きく息を吐いた。

 そして、ガイとヤマトのもとへ戻る。

 ヤマトはすっかり眠っているようだったが、ガイはまだ火の前に座っていた。

 「ガイ、オレが火を見る…」

 先ほどのこともあり、少し気まずい様子でカカシはガイの正面を外して座る。

 ガイは火の中の枝をつつきながらフッと笑った。

 「構わん。オレは眠くない。

 お前は少し休め」

 カカシはしばらく黙りこみ、包帯のまかれたガイの手を見て小さく咳ばらいをした。

 「悪かった…」

 「ん?」

 ガイはその視線が自分の手に向いていることに気付き、また笑う。

 「お前の雷切なんぞ効かん。

 ヤマトがうるさく手当しに来ただけだ」

 「そうか」

 「そうだ」

 それきりガイは何も言わなかった。

 カカシも…

 二人ともそのまま眠らず時間を過ごす…

 何も言わずそこにいてくれたガイの存在に救われ、カカシの心は落ち着いていった…。

 だが、カカシには分かっていた…

 自身へと向けた怒りと苛立ち…それが消えた後に襲い来る物の正体が…

 過去にも同じ経験をしている…

 それは、大切なものを失ったことへの『喪失感』

 そこから抜け出すことが容易ではないことも嫌というほどわかっている。

 …またあれと向き合うのか…

 カカシの心は再び重く、苦しくなってゆく…

 

 

 夜が明けて、里へと帰る道中。

 カカシは一言も話さなかった。

 その目は生気を失い、昨日までとはまた違う冷たさを見せていた。



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其の二十四 はたけのかかし

 任務を終え、カカシは報告のため火影室へと一人来ていた。

 そして一通りの報告を終え、報告書を綱手に手渡す。

 「ご苦労だったな」

 受け取って目を通し、綱手は「うむ」と頷き報告書をしまう。

 「では、オレはこれで」

 「カカシ、ちょっと待て」

 背中にかかった声に、カカシは内心でため息を吐きながら振り返る。

 「任務ですか?」

 しかし綱手は「違う」と言いながら窓を開け、外に向かって言葉を投げる。

 「お前、たまには入り口から入ってこい…」

 言われて現れたのは自来也だった。

 「いいではないか、どこから入っても。

 のぉ、カカシ」

 「は…はぁ…」

 どうでもいいことを聞かれ、カカシは気のない返事を返しながら、ヤマトの件を思いだし、少し視線をそらす。

 「お前に話がある」

 綱手はそう言って椅子に座る。

 「ナルトとサクラの事だ」

 「二人が何か?」

 「実はな…」

 綱手の言葉を自来也が継ぐ。

 「お前が任務に言っている間、大蛇丸とサスケの情報収集のため、二人を連れて音隠れの里を調査に行った」

 「なんですって!」

 カカシはあまりのことに声を荒げた。

 「なぜそんな危険なことを!」

 思わず自来也に詰め寄りそうなカカシを綱手が制する。

 「落ち着け。

 連れて行ったというより、勝手に行こうとしていた二人に気付いた自来也が、ついて行ってやった…という状況だ」

 「止めて聞くようなやつらじゃないからのぉ」

 「そう…でしたか…。

 それで…何か情報は…」

 「サスケの無事が確かめられた」

 「あいつに会ったんですか!」

 「いや…しかし、確かな情報だ。

 それから、次に大蛇丸が転生の術を使えるのは、やはり3年後だということも確かとなった」

 「3年…」

 それがはたして長いのか、短いのかカカシには計れなかった…。

 だが、とにかくサスケが無事であることが分かり、胸をなでおろす。 

 「そこでだ…カカシ…」

 と、自来也が口を開く。

 「ナルトは、ワシがしばらく育てる。

 サスケのこともあるが、暁に十分対抗できるように鍛えあげる。

 あ奴にはもう言ってある」

 …それは、なんとなく想像していたことだった。

 暁が動くのも3年後という話だが、いつまたナルトを襲ってくるかわからない。

 そう考えると自来也と共にいるのが、ナルトの身を守る上では最善だろうとカカシは考えていた。

 「わかりました。

 その間、うちの班はサクラと、別の誰かを臨時的に組ませて…という形でしょうか」

 その問いに、綱手が「いや」と答える。

 「その事だがな、サクラはしばらく私が預かる」

 「と、言いますと…」

 「数日前、サクラがここに来た。

 弟子にしてほしいとな」

 「サクラが…」

 「ああ。あいつも必死なんだろう。

 物になるかどうかはまだわからんが…

 見込みは十分にありそうだ」

 あのサクラが…

 カカシはサクラの意外な行動に驚いていた。

 自分から火影に弟子入りを志願するとは…

 「意外だったか?」

 綱手に言われ、カカシは頷いた。

 「はい。正直驚きました。

 サスケが戻らなかったことにショックを受け、ふさぎ込んでいるとばかり…」

 「お前が思っているより、あいつは強いようだね」

 カカシはギュッとこぶしを握りしめた。

 二人は、もう歩き出したか…

 オレは…どうする…どうすれば…

 サスケが去ったショックと、残された二人に何もしてやれない自分の無力さに、カカシの心は深く沈みこんでいく。

 部下の二人が前に進み始めたというのに、自分がこれではいけない…

 それは分かっている…

 頭では分かっている…が、心が追い付いてこないのだ。

 「おまえにはしばらく上忍と組んでの任務にあたってもらう」

 「はい」

 綱手に答えたその言葉は、どこか上の空だった。

 「では、失礼します」

 頭を下げて背を向けるカカシ。

 その手がドアノブにかかる前に、綱手が声をかけた。

 「カカシ」

 ピクリとその肩が揺れる。

 「単刀直入に聞くぞ。

 …お前、大丈夫か?」

 しばしの沈黙の後、カカシは振り返った。

 「オレはやるべきことをやるまでです」

 それが何なのかを見つけていないままにそう答え、深く頭を下げる。

 「綱手様、自来也様。

 二人を…よろしくお願いします」

 そう言い残して、カカシは退室していった。

 ふぅ…と深く息を吐く綱手。

 「どうにも…」

 「よくないのぉ」

 続いてつぶやく自来也。

 「あやつもわかってはおるんだろうがな…

 どうする、綱手?」

 「頼まれてくれるか?」

 「ふむ…」

 面倒なことを嫌う自来也だ…

 普段なら断るところだが、

 「あんな生気のない顔を見せられてはのぉ…

 ほっておくわけにはいかんな…。

 しかし、ワシの言葉が届くかどうかは分からんぞ」

 「珍しい事を言うな。

 仙人ともあろうお前が」

 「ま、あやつから見れば、ワシは可愛い部下を連れ去って行く年寄り…だからな」

 その言葉に綱手が立ち上がり、窓から里を見下ろす。

 「それを言うなら、私も…だな。

 本当なら今のあいつには、二人の存在が必要だろうからな…」

 その視線の先には、帰り行くカカシの背中…

 「だが、ここは踏ん張ってもらわねばならん。

 自来也…頼んだぞ。

 今あいつに潰れられては困るからな…」

 「里の未来にかかわる…か?」

 「そういうことだ」

 綱手のその言葉に、自来也はフンっと鼻を鳴らして笑い、さっと姿を消した。

 

 火影室を出た後、カカシはまたあの場所へと来ていた。

 「ここに来たからと言って、答えが出るわけじゃないのにな」

 友の名前に花を添える。

 「そうだろうのぉ。

 そこに答えはないだろうな」

 突然の声に目をやると、

 「自来也様…」

 腕を組み、大きな木の幹にもたれながら自来也がこちらを見ていた。

 「カカシよ…お主…かなりのダメージを受けているようだな」

 何にも包まぬ、ストレートな言葉…

 カカシはスッと視線をそらしながら、以前ソラが言っていた言葉を思い出した。

 

 

 『ここぞという時には、必ず来てくれる…でしょ』

 

 

 過去にも…この間の任務でも…そして今も…

 確かに…そうだな…

 カカシはそれを認めながら、認めたくないような…奇妙な気持ちだった。

 だが、しばらくしてため息交じりに小さく笑った。

 「かないませんね…あなたには…」

 そうつぶやいて、しばらく黙りこむ。

 そして、観念したように話し出す。

 「オレは…サスケの闇に…憎しみに気付いていながら何もできませんでした…。

 仲間と生きる道を選んでほしい…仲間を守れる忍になってほしい…。 

 そう思って千鳥を授けましたが、あいつはその術でナルトを傷つけ、この里を断ち切り、復讐を選んだ…」

 自来也は何も言わずカカシの言葉を受け止めてゆく。

 そんな自来也の心に触れ、カカシの口から言葉が…ため込んでいた思いが溢れる。

 「徐々に闇に染まりゆくあいつに気付きながらも、自分の部下に限って…と、過信して…

 サスケの心に寄り添っているつもりになっていただけで、結局何もわかってやれず…。

 あいつを一人にした…。オレのこの手を待っていたのに…」

 カカシは両手を見つめ、強く握りしめた。

 「オレは何もしてやれなかった。そして…間に合わなかった…。

 名前の通り、オレはただ立っていただけの…畑の中のかかしだったんです…」

 うつむき黙り込むカカシ。

 自来也は姿勢を変えぬまま、カカシに言葉を投げかける。

 「のぉ、カカシよ。

 畑の中のかかしの由来をしっとるか?」

 「え?…い…いえ。知りません」

 「久延毘古(くえびこ)という名の神の依り代という説がある。

 その神は歩く力を持っておらんかったが、知恵者で、答えられぬ事はなかったと言われている。

 ずっと立ち続け、世の中のすべてを見てきたからだそうだ。

 かかし(イコール)悪いものから畑を守る、立っている人形(イコール)立っている神…と考えられ、そのいわれができた。

 元をたどれば、かかしとは、変わらずいつもそこに立ち、万事を知り、大切な物を守る存在なのだ」

 「…変わらずいつもそこに立ち、万事を知り、大切なものを守る存在…」

 繰り返したその言葉がカカシの心にすっとおさまったような気がした。

 「それから、これはワシの自論だが…

 かかしは誰が作っておると思う?」

 「…畑の持ち主…ですか…?」

 「そうだ。大体において、畑の持ち主の手作りだ。

 ということはだ、作った者からすれば、そのカカシが立っている畑は自分の畑だと、遠くからでもわかる。

 いわゆる道しるべだ」

 自来也はカカシの目を見つめ、言葉を続ける。

 「ワシはお前とサスケのことを見ておらんから、何とも言えんがな…。

 お前が言うなら、此度は何もできんかった【かかし】なのかもしれぬ。

 実際サスケは行ってしまったしの…。

 しかし、これからはそうではあるまい」

 その言葉に力強さが加わっていく。

 「お主には歩く足が、力がある。

 今はその力でさらに知識を、術を、そして己を磨け。

 この先、あいつらが悩み迷った時、すべてに答え、導けるように」

 「自来也先生…」

 カカシの胸の奥が熱を帯びる。

 自来也はフッと笑みをこぼし、里を見回すように視線を動かした。

 「里とは…次の世代の力を…花を育てる畑のようだと思った事がある。

 ワシら年よりはさしずめ肥料といったところか。

 そして、お前らの世代は、太陽の光り、地を潤す水…かのぉ」

 カカシは一つ一つを心に刻む思いで、自来也の熱ある言葉を聞く。

 「カカシ、お前はこの里であいつらを信じて立ち続けろ。

 いつか、サスケが、ナルトが、サクラが、一つに戻るときの道しるべとなるように。

お前らが集う場所は「ここだ」と、胸を張って立っておれ。

 それがお前の役目ではないのかのぉ」

 カカシはその言葉を聞き、自来也に背を向け、肩を小さく震わせながら答えた。

 「……はい」

 そう言うのがやっとだった。

 カカシの足元に、ぽたぽたと大きなしずくがこぼれ落ちる。

 サスケが去った悲しみ、自分の無力さへの悔しさ、そしてやるべきことを見つけた希望…

 すべての物が溢れ出た…

 「…はい」

 もう一度そう返事を返し、涙を抑え込んで振り返ったカカシの目には、強い決意が浮かんでいた。

 自来也は安心したように頷き腕を組んだ。

 「それからのぉ、綱手はまだ諦めてはおらんぞ」

 「え?」

 「おまえ、あいつの話をちゃんと聞いとらんかったのか?

 あいつは確かに、人員を割く余裕はないと言った。

 だが、こう言ったんだ。

 『今の里には』…とな」

 「では…」

 その声に答えたのは自来也ではなかった。

 「そういう事だ」

 木の影からスッと綱手が姿を現す。

 「なんだ、結局お前も来たのか」

 にやりと笑う自来也に綱手は睨んで返す。

 「うるさい。

 それより、カカシ。

 前にも言ったが、サスケの写輪眼は里にとって重要だ…。

 大蛇丸などに渡すわけにはいかん。

 それに…なにより」

 綱手は強い想いを込めた瞳で言う。

 「サスケは木の葉の大切な若葉だ。

 そう簡単に諦めるわけにはいかない。

 復讐などという闇に奪われるわけにはいかないんだよ」

 「綱手様…」

 綱手のその瞳には、火影としての誇りが輝いている。

 「まずは里を立て直し、忍を育て、態勢を整えてからもう一度サスケ奪還の任務をお前たちに言い渡す。

 その時まで、しっかり精進しろ!」

 「そういうことだ」

 綱手の隣で自来也が笑う。

 カカシは姿勢を正し気持ちを引き締めた。

 「はい!」

 …これが…火影…

 そうだ…

 歴代の火影達もこうして若き力を…木の葉の若葉を守ってきた…

 ミナト先生も…三代目も…そして綱手様も…

 カカシの心は震えていた。

 いつかは…オレも…

 …憧れや、夢ではない…

 カカシにとってそれは【覚悟】

 「ありがとうございます」

 多くの意味を込めて、カカシは頭を深く下げた。

 「わかればよい」

 「じゃぁの」

 そう言って去りゆく二人の背にカカシはもう一度頭を下げ、

 

 

 必ずサスケを取り返して見せる!

 

 

 そう心に誓い顔をあげる。

 と、その時、綱手達と入れ違いにナルトとサクラがこちらに走ってくるのが見えた。

 「やっぱりここだったってばよ」

 「やっと会えた。

 先生ずっと任務だったから…待ってたのよ」

 二人はカカシのもとまで来て、はぁと息を吐き出して呼吸を整える。

 「どうしたんだ?」

 カカシは久しぶりに会う二人の顔を見て、心が和んだ。

 心なしか少し大きくなったような気がする。

 「先生に報告したいことがあるんだってばよ…」

 「あと…お願いしたいことが…」

 「なんだ?」

 報告はなんとなくわかる…

 おそらく…

 「オレ、エロ仙人と修行に行くことに決めたんだってばよ」

 「私は綱手様のもとで修業を」

 かかしは優しく笑みを浮かべて頷く。

 「そうか」

 「オレ、サスケのことは諦めねェ!

 でも、もっともっと強くなんなきゃ、あいつには届かない…だから…行ってくるってばよ!」

 目を輝かせるナルトの横で、サクラも瞳に決意をたたえる。

 「私も、諦めない!

 立派な医療忍者になって、みんなを守れる忍になる!

 そして…サスケ君を救ってみせる!」

 二人の強いその想いが、カカシにひしひしと伝わってくる。

 オレも負けていられないな…。

 「ああ。行って来い!」

 カカシのその言葉に二人は強くうなずく。

 そして、言いにくそうに口を開く。

 「それで…その…あれだってばよ…」

 「そう…その…お願いが…」

 「ん?」

 ナルトとサクラは顔を一度見合わせ、頷きあってカカシに向き直った。

 「待っててほしいんだってばよ!」

 「私たちの修行が終わるまで!」

 「え?」

 首をかしげる。

 「サクラちゃんと話してたんだけど…」

 「私たちが修行してる間に、カカシ先生がほかのチームの担当になるのは…」

 「嫌なんだってばよ…」

 カカシは言葉に詰まった…

 「お前ら…」

 「やっぱり、オレたちの先生はカカシ先生じゃなきゃダメなんだってばよ…」

 「だから、お願い。待ってて」

 二人は必死にカカシに詰め寄る。

 カカシは、目の奥が熱くなるのを感じながら笑顔で頷いた。

 「ああ。待ってるよ。心配するな。

 だから、しっかり学んで来い!」

 その言葉に、二人が息を吐き出す。 

 「はぁぁぁ。よかった。

 これで安心して修行できるわね、ナルト」

 「おう!

 やってやるってばよ!」

 嬉しそうな二人の顔にカカシの心は晴れわたってゆく。

 立ち止まってはいられない。

 二人の気持ちに恥じぬよう、オレも…前へ…

 ナルトとサクラの前に出て歩き出すカカシ。

 「よぉし、お前ら。

 ラーメン食いに行くか!」

 「やったってばよぉ!」

 「そのあとは、餡蜜ね!先生」

 そう言って隣に並ぶ二人を見てカカシは強く決意する。

 

 

 ナルト、サクラ…オレはお前たちが迷わぬよう、導ける存在となる。

 

 

 そして、サスケ…お前がいつか戻って来るための目印となれるよう、立ち続けるよ…。

 この…木の葉という名の()()()()()()()として…

 

 

 だから…戻ってこい!

 オレのところへ…

 オレたちのところへ…

 

 強い想いと願いを込めて見上げた青空に、一羽の鷹が羽ばたいた。

 まるでカカシの想いをサスケのもとへと導くかのように…力強く…まっすぐに…

 

 

                       完

 

 

 

 




はたけのかかし…完結いたしました(^^)

最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました(^-^)

二人のstoryは書いても書いても足りない気がして、書いたり消したり…足したり引いたり…と、そんな日々でした(^_^)

皆様に少しでも楽しんでいただく事ができていたら幸いです(^^)

本当に本当にありがとうございました
(*^^*)


キビシイ批評をお控えいただき、感想などいただけると嬉しいです☆
よろしくお願い致します(^_^)


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