絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア (まくやま)
しおりを挟む

PROLOGUE 【流れゆく時、出会い】

 PROLOGUE

【流れゆく時、出会い】

 

 

 魔法少女事変の収束より、そう時も流れず……。

 猛暑激しい真夏のある日、2人の少女が街を歩いていた。

 明るいブロンド髪の短髪少女、その顔は髪色に反し少し暗くうなだれている。表情が足取りにも出ているのか、どこかのろのろとした足取りだった。

 その隣を歩く漆黒の肩まで伸ばしたツインテールの少女、表情は表に出さないまでも、額に浮かんだ煌めく汗粒と上気した白い肌が状況を物語っていた。

 

「……今日も暑いね、切ちゃん」

「ファイヤーなんてレベルじゃないデスよ、調ぇ……」

 

 先に言葉を発した黒髪の少女、月読調が左手首の小さく洒落た腕時計を眺め見る。まだ時間は9時を回ったところだ。次いで周囲を少し眺めた後に隣の少女、暁切歌にまた声をかける。

 

「学校、予定より早く着きそうだね」

「さいデスか……。クーラーはついてないデスかねぇ……」

「多分ついてないと思う。自習室はクリス先輩が開けてくれてるとは言っていたけど」

「えうぅ~~~……このままじゃデロデロアイスになっちゃうデス……」

「そうだね……。だから切ちゃん、そこのお店で少し休憩しよう?」

 

 調の提案に切歌が顔を上げる。彼女の細い指が差した先にあったのは、一軒の小さなカフェだった。

 

「あー……そういえば最近開店したんデスっけ。この前のゴタゴタで、すっかり忘れてたデス」

「手作りのパンが美味しいんだって。ついでにみんなへのお土産にしたら喜んでくれるかなと思って」

「名案デス調ぇ! ワタシ達も涼しいところでホッと一息つけるし、センパイも美味しいパンならきっと喜んでくれるデスよ!

 そうと決まれば、善は急げデス!」

「あっ、ちょっと切ちゃん…!」

 

 先程までの暗さはどこへやら。いつもの明るい笑顔と声で、調の手を引き切歌が走り出した。

 自動ドアが開き、まだ焼いてそう時間の経ってないと思われるパンの香ばしく甘い香りが漂ってくる。鼻腔を侵略する甘美な刺激に、切歌はもちろん調もつい顔を綻ばせていた。

 そんな二人の少女の顔を嬉しそうに眺めながら、一人の男がカウンターから出て威勢の良い声をかけた。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち!」

「おはようデース! おじさん、この中でどれが一番美味しいデスか!?」

「そりゃ難しい質問だな。なんたって、どれもエース級に美味いからな!」

「ううぅ~~それはそれはとっても悩ましいのデェス……!」

「でも、どれも本当に美味しそう……」

「ははは、まだ客の入りも少ないからゆっくり見ていって良いよ。中でも食べれる場所用意してるしね」

 

 大きく手を振る切歌、お辞儀する調に小さく手を振り戻っていく初老の男性。その胸に付けられた名札にはハッキリ彼の名前が書いてあった。

『cafeACE シェフブーランジェ 北斗星司』と。

 

 

 

 私立リディアン音楽園。

 国内有数の音楽学校であったが、およそ1年前のルナアタックと呼ばれる事件の際に周辺地域が特別認定災害ノイズの大量発生により大打撃を受けてしまい、現在は別の場所へ校舎を移転。在籍生徒の数を減らしながらも将来の夢を音楽に持つ少女たちの力となっている。

 

 だが今は夏休み。多くの生徒はそれぞれの実家や思い思いの場所へ散り散りとなり、真夏の太陽が照り付ける校舎は数人の用務員と常駐講師を残すのみ。セミの鳴き声だけが響く、どこか寂しさもある空間となっていた。

 そんな学校の廊下を、一人の少女が歩いていた。ふんわりとした銀の髪は後ろで細く長く二つに分かれ、歩くたびに赤い小さなリボンが揺れていた。

 小さめの身長にはややアンバランスにも思える発育した身体も歩行と共に小さく上下していたが、そこに目をやる者はこの場には居ない。

 指に掛けた鍵をクルクルと回しながら、少女…雪音クリスは自習室へ向かっていた。夏休みも終盤、声をかけてきたのは自分の後輩たち。要件はひとつ、宿題を助けてくれといったものだ。

 

「まぁったくアイツら、アタシがいなきゃホントどうしようもねーなー」

 

  などと憎まれ口を言いながらも、その顔は何処か誇らしげだ。

 どう言ったとしても、先輩として…いや、人として誰かに頼られることが心底嬉しいのだろう。リディアンに通うようになり、フロンティア事変と魔法少女事変の二つを経て、彼女自身少しは『頼れる先輩』として成長していた。その実感からだろうか。

 

 鼻歌交じりに廊下を歩いていると、自分が学んでいる教室に一人の男が教壇の前で佇んでいた。自分の知っている教師や用務員とは違う容姿の男に警戒の色を滲ませながら、教室へと入り込んだ。

 もし不審者なら力尽くで……とまで考えていたクリスだったが、その考えは一瞬で消えることになる。

 振り返り目が合った男の顔は、あまりにも優しかったから。

 

「おはよう。君は確か……雪音クリスさん、だったね」

 

 知らない男に名前を呼ばれている。本来ならば嫌悪すべきことのはずだが、どうにもクリスは彼に対しそんな気持ちを抱けなかった。彼女自身、あまりにも不思議な感覚だ。

 だがそれ故に、自分の心を引き締めて警戒に当たるべきだ。自分はこの相手の事を、何も知らないのだから。

 

「……どちらさんで?」

 

 挨拶に対し挨拶で返さぬという一見すると無礼な行為ではあるが、相対する男は別に怒る様子はない。むしろ温和な笑顔を崩さぬまま、自己紹介をした。

 

「夏休み明けから、短期間ではありますがリディアンの臨時講師として赴任させてもらう事になりました。教員の矢的猛と言います。

 みんなより先になったが、どうぞよろしく」

 

 

 

 

「うっひょえぇ~~!! 遅刻遅刻ぅ~!!」

 

 リディアンに続く道の一つ。そこを急いで走る二人の少女が居た。明るい橙色の短髪をした元気そうな娘と、光の加減で濃い紫にも見える黒髪の短いポニーテールの娘だ。

 二人並んで閑静な住宅街路を慌てながら駆け抜けていく。現在時刻、10:05。

 

「うえぇ~! コレ絶対クリスちゃんに怒られるヤツだよぉ~!」

「夜更かしして寝坊した上に暑くて寝汗が酷いからって朝からゆっくりお風呂に入るからでしょ?

 まったくもう、響からクリスにお願いしてたのに……」

「ぐぬぬぬ……まったくもって反論できぬ言い訳無用のこの状況……!

 でもこんな私の唯一無二の親友ならきっと力になってくれるはずッ! そうだよね未来ッ!?」

「クリスにちゃんと謝ったら、考えてあげる」

「あちゃあ~厳しいなぁ~……」

 

 夫婦漫才にも似た談笑をしながら全力疾走する、立花響と小日向未来。これがルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変の短期間に起こった3度に渡る世界の危機を救った少女のうち一人と、それを支える立役者の日常の姿である。

 

「でも面白かったよねぇ~。神秘の大地・世界絶景コレクション! 私も一度でいいからあぁいうの見に行ってみたいなぁ~」

「もー、すぐ見た物に影響されるんだから」

「えへへ、ゴメンゴメン。でもなんかね、あぁ言うの見たら、地球って生きてるんだなーって思っちゃって」

 

 語る響の顔は朗らかな笑顔で輝いていて、隣でそれを見る未来も何処か嬉しくなった。願わくばいつか、あの日の流れ星の約束のように、彼女と共にそれを観ることが出来れば……。

 そんな小さな願いともとれる妄想に没しそうになるのを首を振って払い除ける。とても素敵なことだけど、今現在はそうしている場合でもないのだから。

 

「ほら、急ごう響? クリスをなだめるぐらいは手伝ってあげるから」

「うんっ! よぉし、最速で最短で真っ直ぐに一直線にッ!!」

 

 更に足を速める響と未来。角を曲がればすぐに母校の門が目に入るが、今は感慨など必要ないし感じている暇も無い。大急ぎで階段を駆け上がり、自習室へ滑り込んだ。

 

「セッ、セェーーーフッ!!!」

 

 両の腕を大きく水平に、手刀を放つように広げて入る響の姿を、教材を広げて机に向かっていた調と切歌が驚いた表情で見つめていた。

 

「おはよう! 調ちゃん! 切歌ちゃん! いやぁ~二人とも早いねぇ。ってあれ、もしかしてクリスちゃんまだ来てないの?

 んもーヒトに遅刻厳禁って言っときながら、自分が遅刻してちゃダメだよねぇー」

「お、おはようデース……」

「……おはよう、響さん。えっと、その……」

「ん、どうしたの二人とも?」

 

 どうにも浮かない顔をしている調と切歌。調子に乗って笑っていた響が、背後から肩を叩かれる。彼女は当然のように、それは己が親友の未来だと疑わなかった。

 

「あっ、ねぇねぇ聞いてよ未来ー。クリスちゃんってばめぇずらしく遅刻しちゃったみたいで、さー……」

 

 疑わなかった。

 確かに親友小日向未来はそこに居た。だが、響の肩を叩いたのは彼女ではない。もう一人。

 雪のように美しい髪と体格に不相応な豊満な身体を持つ件の少女。その顔は怒りと共に歪な笑顔を映し出していた。

 ほんの一瞬。眼前の状況認識を済ます僅かな瞬間に、響の顔からザァッと血の気が引くのが分かった。

 

「――随分な言い様じゃねぇか、えぇ?」

「……あ、あは、あはは……。お、おっはようクリスちゃんッ!」

「あぁおはようさん。それと、せっかく後輩のお願いに応えたセンパイに対して言うセリフあるよな?」

「ご、ごめんなさぁいッ! だから寛大なお慈悲をッ!」

 

 流石に自分が悪いのだと分かっているだけに、迷わず全力で頭を下げる響。それを見て数秒、クリスが響の肩を優しく叩いた。教科書でブッ叩かれると思っていただけにそれは予想外だったが、響のお気楽思考は無駄にポジティブな解釈をしていたようで…

 

「クリスちゃんッ! 許してくれ――」

「――るわけないよなぁ?」

 

 明るい笑顔…いやクリスからしたらバカ面を上げた瞬間、その眉間に人差し指を押し付けた。手の形は彼女の得意とする拳銃を形容しており、その指先にはギリギリと引き絞られた輪ゴム。

 

「ね、ねぇねぇねぇクリスちゃんそれは止めない? いや痛いのはもちろんだけどなんかこうすごく怖いんだよコレッ!?」

「あぁそうさ。だからオシオキになるんだろ?」

 

 余りにも良い笑顔でそんなことを言われてしまっては、正に蛇に睨まれた蛙…いや、喩えるならむしろ猫に狙われたヒヨコだろうか。

 

「じ、じゃあクリスちゃんの好きなあんパン奢るからッ! 近くに美味しいって評判の新しいパン屋が出来たんだよねッ! 確かお店の名前はエースって言うのッ! きっとアレだね、パンがエース級に美味しいって言う自信の表れだよねッ! ねッ! だからそれでどうか手打ちに……」

 

 響の言葉を最後まで聞かず、ニッコリと紙袋を見せびらかすクリス。そこにはしっかりはっきりと、英語でcafeACEと書かれていた。

 万策尽きた絶望の表情を見せる響に対し、切歌は思わずそっぽを向き、調は申し訳なさそうに口の前で手を合わせている。つまりはそういうことだ。

 

「遅刻しておいて反省の色も無い物言い。弁明釈明に次いでは買収とまで来たか……そうかそうか」

「いやあのこれはその誤解と言うかなんと言うかですね、ともかく私が悪かったから許してぇぇぇッ!!」

「――駄目だ♪ もってけダぁブルだッ!!」

 

 

 ……限界まで伸ばされたゴムが皮膚にぶち当たる、軽い破裂音にも似た高音が自習室に響いた。

 

 

 

 

 S.O.N.G.直轄の超常災害対策機動部タスクフォース。

 その新設本部の指令室に、一人の小柄な金髪の少女が入ってきた。背丈や華奢な躰だけ見れば、まるで小学生ほどにも見えるだろう。だが彼女の頭脳はこのタスクフォースに必要不可欠の超常弩級のもの。

 彼女こそ先の魔法少女事変の中核に関わってきた、エルフナインと名付けられた元人造人間(ホムンクルス)である。

 

 先の事変はその心にも大きな傷跡と影を遺したはずだが、彼女自身表面上は特に気にすることも無く、むしろ少しでも明るく過ごそうと頑張る姿が周囲の人間の癒しにもなっていた。

 同じくタスクフォースの人員である友里あおいと藤尭朔也の二人にとってもそれは同じで、共に事変を乗り越えたエルフナインを仲間として働けることはただただ喜ばしいものだった。喜ばしいと言えば……

 

「エルフナインちゃん、最近妙に楽しそうね?」

 

 と席に着くなりあおいが尋ねてきた。

 

「……そう、なのでしょうか? ボクはいつもと同じだと思ってますが…」

「楽しそうよ。何処かの誰かと、メールのやり取りをしてる時とか」

「えええっ!! あおいさん知ってたんですかぁ~!?」

 

 分かりきったような笑顔で指摘するあおいに、驚きを隠そうともしないエルフナイン。その顔は照れからか少し赤く紅潮している。

 

「情報の送受信履歴を見ればね。まぁでも変なデータは無いみたいだし良いじゃない」

「ちゃんと仕事やってりゃなー」

 

 と、あおいの隣のデスクから、藤尭が少々厭味ったらしく注意する。

 もちろんエルフナインが仕事に対し手を抜く事は考えられず、毎日真面目に仕事をしていることを分かっているからこそのからかいなのだが。

 

「あうぅ……ずびばぜぇん……」

「気にしない気にしない。それで、どんな相手なの?」

「写真などはありませんからよく分かりません。でも文面から察するに男性だと思います」

「へぇ~、良いじゃない」

 

 惜しげもなくメールのやり取り……つまりは文通内容を見せびらかすエルフナイン。あおいと藤尭がそれを読みながら、相手の人となりを察しようとする。

 礼儀正しい文面の中に、ナチュラルに相手を気遣える優しさが見え隠れしているメールから、なるほど確かにエルフナインが喜ぶのも分かると思うのだった。

 

「藤尭クンもこんな話が出来ればモテると思うんだけどねー」

「余計なお世話だ。それに俺、こういう礼儀正しいだけのメールするヤツはどうにも信用できないんだよな。何考えてるのかわかりゃしないし」

「え、エックスさんは大丈夫ですよ! そんな方じゃありません!」

 

 珍しく真っ直ぐに否定を口にするエルフナイン。最近始めた文面だけの付き合いのはずだが、それでもそこまで言えてしまうのは彼女自身でも驚いていた。

 

「ご、ごめんなさい藤尭さん……。でも、このエックスさん本当に良い方なんです。とても博識で、ボクも知らないようなことをいろいろ教えてくれましたし……。

 ここの皆さんと同じで、悪い人じゃないって確信があるんです」

 

 エルフナインの必死にも聞こえる訴えに、バツが悪くなったのか藤尭も素直に『悪かった』と謝る。

 そこに残った少し硬い空気を軟化するべく、あおいもメール内容を見て気になったことをエルフナインに尋ねることにした。

 

「エルフナインちゃん、この人とメールしてる時は【アルケミースター】って名前にしてるんだ」

「あ、はい。前に響さんが来た時にこの事を相談して、考えてくれたんです」

「【エルフナイン】って名前は、良くも悪くも分かりやすいもんな」

「響さんからもそう聞きました。でもボクにはどんな偽名が良いのか分からなかったので…。

 そしたら響さんが、『エルフナインちゃんは世界一の錬金術師だから、そういう名前にしよう!』って言ってくれたんです」

「ふふっ、響ちゃんらしいわね」

「きっと【○○の錬金術師】とか、そんな感じに考えてたんだろうなー」

 

 と周囲に笑顔が咲き出す。立花響の考える、ある部分で楽天的な思考回路はこういうところでも非常に役に立つのだ。

 

「大体その通りです。その時に錬金術はアルケミーと訳せると言ったら……」

「錬金術師の一番星……それで【アルケミースター】か。響ちゃん命名にしては、中々洒落てるね」

 

 同意を込めた笑い声がオフィスに響く。それはエルフナインが……そして彼女と一つになった錬金術師の少女がずっと求めていた、優しい日常だったのかもしれなかった。

 そんな日常の談笑で気付かぬ内に、件の【エックス】から新しいメールが届いていた。

 

『私の親愛なる友人、アルケミースター。君に警告しておかなければならない。

 君たちの世界には今、危機が迫っている――』

 

 

 

 そしてオーストラリア、シドニー最大のコンサート会場予定地。

 まだ関係者ぐらいしか人のいないその観客席で、二人の女性が組み上げられるライブセットを眺めていた。

 

「凄いなマリア。私達、今回もこんな大舞台で歌えるなど」

「逸り過ぎじゃないかしら翼。本番までまだ二週間も先なのよ?」

「だな…。ふふっ、だが可笑しなものだ。私がまさか、舞台を前に武者震い出来るようになろうとは……」

 

 吹き抜ける風に長い青髪をなびかせながら、風鳴翼が呟いた。その顔は、どこか誇らしく嬉しそうでもあった。

 

「ワクワクするんだ。舞台の上で歌い、踊り、全てを出し切って……私は、どこまで羽撃けるのだろうと思うと。

 私の歌は……どこまでこの青空を舞えるのかと」

「――感心するわ。正直、少し羨ましい」

「マリア?」

「……私も歌は好き。どういう形であれ、こうして歌わせて貰えるのはとても幸せなことだと思ってる。勿論いつも全力で楽しんでいるし、聴いてくれるみんなにもこの楽しみを共有したいと思ってるわ。

 ……でも、翼みたいな高い意識を、私は持ち合わせていない」

 

 どこか自嘲めいた言葉を、羨望と合わせるように独白するマリア・カデンツァヴナ・イヴ。フロンティア事変を越えて共に戦場へと立つようになったものの、彼女の心には未だ自らが撃鉄を引いた災禍の根が棲み付いているのだろう。

 そんな彼女の姿を見て、翼は初めて気付いた。自分は今、これ程までに夢へ向かって歩めているのだと。そんな幸せなことを、ただ甘受してしまっていた事を。

 そんな事にも気付かなかった自分を鼻で笑いながら、そっとマリアの隣に腰を掛ける翼。過去を思い返すように、言葉を紡いでいく。

 

「……きっとそれは、立花や雪音、小日向、マリアや月読や暁やエルフナイン……叔父さん、緒川さん、お父様、藤尭さんに友里さんにトニー氏……私に力を与えてくれるみんなのおかげ。

 そして誰よりも……奏のおかげだ」

「カナデ……。ツヴァイウィングの、散った片翼……」

 

 マリアの言葉にこくりと頷く翼。もう届かない憧憬を想いながら、彼女は言葉を重ねた。

 

「奏は私に色んな事を教えてくれた。血意を込めて歌う楽しさも、魂を燃やすほどの昂ぶりも、……二人なら、何処までも羽撃いていけると教えてくれたのも。

 ――理解っている。これは私の未練だ。奏はもう此処には居ない。でも奏から貰ったこの想いが、今までも…恐らくはこれから先もずっと、私の夢の原動力になっていくんだな、と」

 

 青空を見上げる翼の顔は、喜びの中に小さく哀しみが入り混じった優しい笑顔をしていた。もうあの時と同じ、折れた片翼同士を支え合うことには戻れないけど、今は新しい友達が折れていた片翼を治してくれたのだから。

 だからこそ……己が両翼で羽撃き舞いたいのだと。

 

「……敵わないわね。もしも出来るものならば、私も彼女と会ってみたかったわ」

「大変だぞ、奏の相手は。よく分からない言葉は使うし、行動はいつだって無茶で無謀で破天荒。一度音楽番組に出た時など、日本の大御所司会者に対しても無礼講と言わんばかりの振る舞いだったんだ。後で叔父さんにこっぴどく叱られた事もあったからな。

 世界の歌姫であるマリアを見たら、きっと髪型遊びから体力勝負まで様々な無茶振りを仕掛けられただろうな」

「そ、そうなのね……」

 

 と思わずたじろいでしまうマリア。狼狽えるな、もうそうなるような事は無いのだから。多分。

 

「……私はそうやって、人と繋がれる幸せを得られたから今の夢がある。マリアも、今は私達と繋がっている。そこから見つかる夢が、きっとあるさ」

「……そうね。ありがとう、翼。――これが、絆と言うモノなのかしらね」

 

 隣に座る無二の友人からの助言を心より感謝しながら、彼女もまたなびく髪を押さえながら空を見上げた。

 その時彼女の目に、空を走る一筋の光が流れ、消えた。

 

「流れ、星……?」

「マリア、どうした?」

「……いいえ、なんでもないわ。飛行機か何かを見間違えたんだと思う」

 

 そう、きっとただの見間違いだろう…。マリアはそう思うことにした。こんな青く広がる晴天に、赤い流星など……誰一人として信じる者はいないだろう。

 彼女自身、今見たものなどものの十数分もあれば意識の彼方へ消えていくようなものなのだから。

 

 

 

 

 そしてこの物語は幕を開ける。

 風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。魔法少女事変を終えてまた組まれた二人のライブ……。

 

 少女たちの歌は、やがて光と混ざり合う――。

 

 

 

 PROLOGUE end.

 

 

 

 愛と勇気を音に乗せ、響く大地を強く踏みしめ、その翼は零へと向かい羽撃いた。

 星への切なる願いは調べとなり、其々の独奏は固く結ばれる絆となる。

 そしてその輝きは、闇を否定する祝福の歌へと交錯する。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 01 【巨人降臨】 -A-

 夏休みも終わり、学校では新学期も始まった。

 日没の時間も徐々に早くなり、日中の暑さも陽が沈むと涼しさも出て来るのが、季節の変化を実感できる。

 そんな秋めいてきたある日の夕暮れ。ある少女の家は、今日もまた特別混雑していた。

 

「……やっぱりアタシの家なんだなお前ら」

「まぁまぁ固いコト言いっこなしだよクリスちゃん! 今日は待ちに待った翼さんとマリアさんのライブなんだよ!」

 

 ペンライトを握りながら嬉しそうに話す響。まるで自分の事のようだ。周りと見回すと響以外にも未来、調、切歌、響の友達の弓美、詩織、創世もいる。みんなで食らいつくようにテレビを見つめ、ライブの開始が今か今かと待ち望んでいた。

 

「ったく、用意や片付けしなきゃなんないこっちの身にもなれよな」

「感謝してますよー、キネクリ先輩。その為にお菓子とかいっぱい用意してきたんだし」

「せっかくお部屋と時間を貸していただけるんですもの。これぐらいしか出来ないですが、出来るだけナイスなチョイスをしてきましたので」

「そうそう! ほんと先輩には頭が上がらないです! 関係者用中継カメラとの直結配信だなんて、普通お目に掛かれるものじゃないですもの!」

「……うん、まぁなんだ。どっかの馬鹿と違って、ちゃんと先輩と立てられるようで何よりだ」

 

 創世、詩織、弓美の褒め言葉についつい気を良くしてしまうクリス。こういう単純な…良く言えば純粋なところが彼女を可愛く思う一因でもある。

 

「んもー、クリスちゃんってばおだてられたらすぅぐ乗るんだからー」

「お前はいい加減その態度を改めるべきだだがなぁ!?」

「ふぎゃぁ! ぎぶぎぶぅ!!」

 

 また要らぬことを言ってきた響の頬を全力で抓り上げるクリス。このドツキ漫才も、もはや見慣れたものだ。その光景を笑いながら、今度は未来が調と切歌に尋ねた。

 

「エルフナインちゃん、今日は来れなかったんだね」

「ヒジョーに残念なんデスが……」

「二週間前から本部に缶詰状態なんだよね…。今日のライブ、何かが起きるかもって……」

「マリアと翼センパイとニンジャさんがいれば何が起きても絶対大丈夫なのに、エルフナインも心配性デス」

「ふふふ、確かにそうかも」

 

 テレビの向こう側、シドニーのライブ会場には誰よりも強く頼れる二人のシンフォギア装者…風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴが。そして風鳴翼のマネージャーにして超人レベルの身体能力を持つタスクフォースの懐刀、緒川慎次が居るのだ。

 そんちょ其処らのテロリスト程度なら容易く鎮圧出来るだろうし、億が一ノイズが出現したとしてもそれこそ翼とマリアの出番だ。

 つまり隕石衝突などの超常規模の大災害でも起きない限り本当に大丈夫なのだ。この場の誰もが、それを信じて疑わなかった。否、疑えるはずもなかった。

 

「でも本部の方でもライブはモニターしてるらしいし、場所は違えど一緒に楽しめてる、よね」

「そうだね、きっと」

 

 調の言葉に優しい笑顔で応える未来。

 音楽の祭典であるライブなのだから、みんなが楽しく幸せな気持ちにならねば嘘だ。歌は、世界を繋げてくれる大きな一つの手段なのだから。

 そうこうしてるうちにテレビの先の会場の灯りが全て消灯され、闇と緊張に包まれた。開幕の合図である。

 

「あぁ! 始まる! 始まるよクリスちゃん!!」

「わぁったから座れ馬鹿! 見逃しちまうぞ!!」

 

 互いに急かしあいながらソファーに座りペンライトを構える。日本の現在時刻は16:58。現地開演時間は19:00からなのでちょうどピッタリだろう。

 

 

 

「時間ね」

「あぁ。共に楽しもう、マリア」

「此方こそ。もういつもの事だけど、いつも以上に最高のライブにしましょう、翼」

 

 どちらからともなく交わされる握手。数秒も握ることもなく、すぐに手を放し互いに別の待機所へ向かって行った。

 そんな二人の姿を嬉しそうに見送ったマネージャー緒川慎次。彼の耳に、やや太い男の声が響いた。

 

『そっちの様子はどうだ、緒川』

「特別な様子は何も。観客スタッフ共に不審者は居ませんでしたし、周辺地域の警備にも十分な用意をしてくれています」

『そうか……。だが、くれぐれも注意は怠らないでくれ」

 

 タスクフォース移動本部指令ブリッジの中央で、一人の巨漢が緒川に対しての通信を切った。ワインレッドのシャツと胸ポケットに入れた桜色のネクタイ、尖った髪が印象深いこの男こそ、このタスクフォース司令である風鳴弦十郎その人である。

 現在この移動本部はオーストラリア沖に駐留しており、如何なる有事にも即座に行動できるようにはしている。だが現状では何かが起きるなど有り得ないほどの平穏。弦十郎は整えられた顎鬚の伸びた顎に手をやり、向こうの状況に思案を寄せる。

 

「……何事も無い、か」

「無いのが一番じゃないですか。色気のない場所だけど、二人のライブをしっかり見れるし」

「緊張感ないわよ、藤尭くん」

「ご、ごめんなさい司令さん。ボクの思い過ごしかもしれないのに、こんな……」

 

 おずおずと、エルフナインが弦十郎に謝罪の言葉を口にする。そう、こうしてタスクフォースが出動し待機状態で居るのはエルフナインからの、正確には彼女の友人である【エックス】の警告から始まったのだ。

【危機が訪れる。地球の時間にして二週間後。場所はオーストラリアになる】と、場所まで正確にだ。この時間と場所に合致する事柄と言えば、奇しくも翼とマリアの出演するオータムライブ。まさかと思いたかったが、ライブという歌の力…フォニックゲインが最高潮まで上がるあの空間なら、何かが起こる可能性も一概に否定できない。

 天羽奏を亡いネフシュタンの鎧を励起させたのも、マリア・カデンツァヴナ・イヴがフィーネを名乗り世界に宣戦布告したのも、キャロル・マールス・ディーンハイムとオートスコアラーが世界分解への行動を開始したのも……全てが装者・風鳴翼を中心としたライブというタイミングだった。そんな過去の、痛みを伴う前例があればこそ積極的な行動に出れたのだ。

 そしてその切っ掛けを教えてくれたエルフナインを、この場の誰もが責めることは無い。それを体現するように、弦十郎の大きな手がエルフナインの小さな頭を優しく包み込み撫でた。

 

「気にするな。エルフナインくんも、今日の為に色々手を打ってくれていたんだ。取り越し苦労ならそれで重畳ではないか」

「時空振動感知装置……。まったく、錬金術ってのはこんなもんまで作れるんだもんな。大したものだよ」

「そっちに懸かりきりで響ちゃんたちと一緒にライブ見れなかったんだし、何も起こらないなら今日ぐらいゆっくりと楽しまなきゃね」

「みなさん……本当に、ありがとうございます……!」

 

 優しい笑顔に包まれ、目頭を熱くさせながら笑顔で礼を言うエルフナイン。一息吐いたところで、藤尭がまた疑問を声にした。

 

「しかし、その【エックス】ってヤツは一体何者なんでしょうね。危機が迫るとか時空振動とか……」

「俺たちの逆探知にも引っかからなかったからな……。文面とそれに伴う行動からエルフナインくんの言う通り悪人ではないと判断は出来るが……。

 まったく、コレでは元諜報部の名折れだな」

「本当に不思議な方です…。時空振動感知装置も、エックスさんからの資料が無ければもっと時間がかかっていたと思いますし……。

 また改めて、ちゃんとお礼を言いたいです」

 

 エルフナインの優しい言葉に、一同も顔を綻ばせながらライブ会場が映し出されたモニターへ目をやる。

 漆黒を切り裂くように放たれるライトの光は、その祭典の始まりを物語っていた。

 

「いよいよだな。藤尭!」

「フォニックゲイン、時空振動、共に異常なし。あったらすぐに言いますよ」

「そうか、じゃあ今の俺たちの仕事はひとつだ。有事に備え、この場で風鳴翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴ両名の出場するコンサートライブを見届けることッ!」

 

 弦十郎の雄々しい声に合わさるが如く、会場の輝きが一層強さを増していく。エルフナインはそれを嬉しそうに、ただ眺めていた。

 

 

 

 

 イントロと共に炸裂する歓声。

 咆哮にも似た叫びが、せり上がるステージから表れた二人の姿に向かい解き放たれた。

 翼とマリア、二人の高らかな歌声がステージに響き渡る。歌と共に舞い踊る二人の歌姫、それに合わせるよう交錯し放たれる水と炎と光の演出は、魔法少女事変より先だって行われたLIVE GenesiXの時と遜色ないほどだ。

 滑るように走り、舞うように跳ぶ。その優雅でありながらも強さを感じる踊りは更なる大歓声を呼び、正しくこの大きな会場の心を掴み一つに重ね合わせていた。

 いや、それは会場だけではなく……

 

「ぅっきゃぁあああああ!!! つぅばっささぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」

「あああ! 今度はマリアデスよ!! マぁリアあああああああッ!!!!」

「ぅるっせぇぞダブル馬鹿!! 聞こえないだろッ!!」

 

 雪音クリス宅にて、響のデカすぎる奇声がその名の通り響き渡る。大きなテレビの真ん前で、青に光らせたペンライトをブンブン振っていた。

 映像が翼からマリアへと変わる度に、響の隣で切歌が叫び散らしていた。ブン回すその手にはマリアの髪色からかピンクを光らせている。

 家主であるクリスの怒声も聞く耳持たず互いに翼とマリアの名を呼びながら曲に合わてペンライトを振ることを止めない。止められるはずがない。それは見ている誰もが同じだった。

 事実響と切歌の奇声咆哮に周りの全員が一瞬呆れ顔をするも、次の瞬間には二人の歌を楽しんでいる。それこそが歌が齎す力…言語を越えて人を繋げる可能性の象徴なのだ。

 タスクフォース本部内でも、エルフナインが目を輝かせながらたどたどしく手拍子している。見た目相応の少女の姿でのそれは非常に愛らしい。今日までの杞憂が一瞬で吹き飛んでいったようだ。その喜びの表情を見て弦十郎たちも嬉しく思っていた。

 

 それと時を同じくして、雪音宅よりいくらか離れた場所にあるcafe ACEの店内でも同様にこのライブ中継が流されていた。もちろんこちらは一般回線ではあるが。

 まばらに入った客席の中の一つに、二人の高齢の男性が相席となりそのライブ中継を見入っていた。

 

「……凄いですね」

 

 おもむろに口を開いたスーツ姿の男、矢的猛。彼はただ、テレビの向こうから聞こえてくる歌声に感嘆していた。

 人を笑顔にさせる歌。悲しみを乗り越える強さをくれる歌。歌にも様々なものがあるが、彼女たちの歌は、正しくそんな力強く優しい歌。猛が聴いてきた中でも最上級の強さを持つものだった。

 

「分かります。彼女たちの歌で今、この星のマイナスエネルギーは間違いなく昇華されている。

 本当はこの世界には、私達の助けなんか要らないのかもしれないと思わせてくれます」

「あぁ、そうだな……。そうであってほしい」

 

 聴き惚れながらも合いの手を返すはこのカフェの専属パン職人、北斗星司だ。

 

「だが、これ程に強く輝いているからこそ、ヤツらはやって来る。俺たちは、その輝きを護るために此処に来たんだからな、猛」

「勿論、忘れてはいませんよ、星司兄さん」

 

 猛からの返答に力強い笑顔で応える星司。

 

「ゼロから連絡は?」

「いつでも地球に降りられるよう、月で待機していると。今回の事に合わせ、彼も別次元の仲間を既に向かわせてくれたようです」

「報告にあったエックスか。ならば、大丈夫だと信じたいな」

 

 星司の言葉にうなずく猛。二人はただ信じていた。仲間を……そして、歌によって心を重ねられるこの星の人々を。

 

 

 翼とマリアの曲に始まり、世界の名だたるアーティストの魂を込めた歌が会場に響き渡り続け、やがてその舞台は終わりを迎えることになった。

 どんな祭りも、始まりがあれば必ず終わりがある。それが必定だ。参加したアーティストたちが一人一人大きな声で感謝を告げながら、最後の曲への準備を進めている。そして、その順番は最初を飾った翼とマリアに回ってきた。

 手にしたマイクを握り締め、二人は観客に、世界に向かって語り掛けた。

 

「みんな、今日は本当にありがとう!! こうしてまた、世界の舞台に上げさせて貰うことが出来て……そこでまた、こんなにも楽しく歌うことが出来て、私は本当に嬉しい!!」

「私達の全力に、最後まで付いて来てくれたことに感謝するわ!! 世界にどんな悲劇が起ころうとも、私はそれを塗り替えるべく歌い続けてみせるッ!! だからッ!!」

「「みんなの心に、この歌が在らんことをッ!!!」」

 

 高らかに響く声に、会場も視聴者たちも只々全力で拍手と歓声を上げていた。そう、こうして世界は繋がれる。悲しみを押し返すように。

 

 

 そんな確信を抱いた瞬間だった。

 

 

『くだらん。まったくもってくだらん……ッ!!』

 

 重く伝わる、悪意と威圧感の塊のような声。スピーカーからではない。空…いや、その場の空間そのものから発せられているような感覚だ。

 

『そのような矮小な羽音で、悲劇や嘆きを越えられると?絶望を塗り替えると? まったく、片腹痛いッ!!』

「何者だッ!?」

「この声、何処から…!!」

 

 周囲が困惑に包まれる中、ライブ会場の空がどんどん暗雲に包まれ始めた。

 その声、その光景は当然全世界に中継され、突然の闖入者に世界は一瞬で不気味な感情に支配されていった。

 それはタスクフォース本部指令室でも同じであり、即座に現場が緊急状態へと移行。強い警戒態勢を取っている。

 

「藤尭ァ! どうなっている!!」

「わかりゃしませんよ!! ただ、エルフナインが作ってくれた時空振動感知装置は完璧だってことです!!」

「時空振動値、さらに増幅を確認! 中心部は会場上空! あの暗雲の目になると推定されます!!」

「緒川ァ! 翼とマリアくんに、いつでも出動できるよう伝えておけ!!

 一体、何が起こっているというんだ……!?」

 

 

 

 同刻、雪音宅でもこの異変は察知していた。

 

「ねぇ、なんなのコレ……何が起こってるの? アニメじゃあるまいし、こんな大ボスみたいな声が聞こえてくるなんて……」

 

 不可解な恐れを感じる弓美、詩織、創世。調と切歌も不安そうな顔でテレビを睨み付け、クリスはいつでも呼び出しに出られるよう通信機を握り締めながら画面から目を離さないでいる。

 未来もまた不安そうに隣の親友を見上げると、その顔は険しく歯軋りしてるようにも見えた。

 

「響……」

「……大丈夫。だって、翼さんとマリアさんだよ? だからへいき、へっちゃら」

「うん、そうだよね……」

 

 押し寄せてきた不安を噛み潰すように、押し潰されぬよう足を踏ん張り、ただただ見つめていた。

 見つめているしか、出来なかった。

 

 

 同じく、cafe ACEでも。

 空間の変異を察知した星司と猛が、暗雲のかかる空を睨み付けていた。

 

「……やはり、来てしまいましたね」

「予想の内だ。そして俺たちが此処に居る以上、ヤツも俺たちを狙ってくることが考えられる。

 備えろよ猛。……いや、エイティ!」

「はい、エース兄さん!」

 

 すぐさま店に戻り閉店の報せと客を帰宅させるように促す星司。猛も店の片付けを手伝い、手早く終わらせると二人別々の方向へ走り出した。

 

 

 

 そしてまた、タスクフォース本部指令室内。依然広がり続ける暗雲に、エルフナインが思わず呟いた。

 

「まさか、これが……」

 

 不明なるものへの恐怖に後ずさる彼女の持つ端末に、電話の時と同じような強い振動が走る。すぐに取り出して確認してみると、それはあの【エックス】からのメールだった。

 

「し、司令さん!あの、エックスさんからメールが……!」

「見せてくれ、エルフナインくん!」

 

 すぐさま指令室のモニターへ、先ほど届いたばかりのメールを映し出す。

 

 〈親愛なる友人、アルケミースターへ。先に謝らせてほしい。君たちの世界に迫る危機を、なんとか私と仲間の手で防ぎたかったのだが…不覚にも侵攻を許してしまった。ヤツはこの世界で、新たな力を得ていたんだ〉

 

「――つまりアレが、現れた危機ってヤツか……! マリアくん、聞こえるか!?」

『風鳴司令! これは一体…!?』

「具体的なことは追って説明する! 君には申し訳ないが、国連所属エージェントの立場を以て観客の避難誘導を始めてくれ!!」

『……ッ! 分かったわッ!』

 

 人命救助に関わる行動は早ければ早い方が良い。いつかの悲劇を繰り返さないためにも、風鳴弦十郎の下した指示は的確だと言えた。

 

「みんな聞いてッ!! 国連から特殊災害警戒警報が発令されたわ! まだノイズの存在は確認されてないけど、なにが起きるか分からない!!

 慌てず、でも急いで、すぐにここから離れてッ!!」

 

 ライブ会場に突如響き渡るマリアの声。【ノイズ】、その単語を耳にした瞬間会場からは恐怖によるざわめきが聞こえはじめた。

 それでも周辺スタッフ、参加アーティストたちの協力で比較的スムーズに避難誘導が進んでいくのは、フロンティア事変収束の折に本人の意志も関係なく救世の英雄して祭り上げられ、今なおその名前を以て活動を続けている名実ともに世界の歌姫であるマリアの言葉だからと言うべきか。

 だがそうやって、まるで蠢くように会場を出て行こうとする人間たちを目にした天空に響く重たい声の主はただ嘲笑っていた。

 

『フッフッフ……そうか、アレは【ノイズ】と言うのだな。ならば、まずは最初の畏怖をいただくとするか』

 

 渦巻く暗雲に雷鳴が木霊する。雲が裂け、その裂け目から鳥を思わせる大型の飛行型ノイズとアルカノイズの群れが湧きだしてきた。

 

 

「馬鹿な、ノイズだとォッ!!?」

「波形確認! 認めたくないですが、本物のノイズです!」

「そんな! だってノイズは、フロンティア事変の時に全部焼き尽くしたはずじゃ!」

「それに、あれはアルカノイズ……!」

 

 本部指令室にどよめきが走る。そうだ、ノイズはフロンティア事変の折に活性化したネフィリム・ノヴァの解き放った1兆度とも言われる超爆発によって、完全聖遺物であるソロモンの杖とノイズの発生源であるバビロニアの宝物庫をもろともに焼却したはずだ。

 アルカノイズにしても、魔法少女事変を引き起こしたキャロル・マールス・ディーンハイムがノイズのレシピを元に錬金術で生み出した存在。その事変を収束させた以上生まれるはずのないものだ。キャロルと同じ錬金術の知を秘めているエルフナインが生み出さぬ限りは。

 

 

「それがこうして、またも私達の前に立ち塞がるなど……ッ!」

 

 無機質な翼を広げ暗雲の空を舞う異形の群れを見上げ睨み付ける翼。今にも眼前の敵に向かって飛び出しそうな意思を秘めている。そんな張り詰めた彼女の肩を、マリアが優しく叩いた。

 

「落ち着きなさい翼」

「マリア……! だが現に敵が――」

「鞘走らないで。この場は私が引き受けるから、翼はみんなを守ってちょうだい」

「しかしッ! それならば私もッ!」

「貴方はまだ装者としては公表してないでしょ? ならばこそ、この場は私が相応しい。一応これでも、救世の英雄なのだから」

 

 微笑み告げるマリアに諭され、少し考えてから素直に頷く翼。何処にどう出現するか分からないノイズの特性を把握しているからこそ、剣持たぬ人々を傍で守護れる防人が必要だ。殿だけを固めてもそれは意味を持たないのだ。

 

「……了承した。此方の避難が終わり次第、すぐに救援に向かう。それまで保たせられるな?」

「あんまり遅くなると貴方の獲り分は無くなっているかもね」

「上等だ……ッ!」

 

 言葉の売り買いを交わし拳を突き合わせる。交錯する二人の強い瞳は、少女のものから戦場に起つ防人のそれへと切り変わっていた。

 避難する人々に指示を出しながら走る翼。それに対し背を向け、ステージ上で一人ノイズに向かい戦う意思を固め胸のペンダントを握り締めるマリア。

 彼女が睨み付ける暗い空からノイズの群れが驟雨の如く放たれる。その身を捩り尖らせ特攻する一撃はヒトの身を抉り両断し、直ちに炭化させる確殺の鏃だ。

 識っている。それで幾多もの命が奪われてきたのだ。それにより数多の悲劇が引き起こされたのだ。故に、だからこそ、その驚異たる脅威から人を守護る為に生まれたものがある。

 その為の盾が…。――剣が。

 

「 Seilien coffin airget-lamh tron... 」

 

 マリアの口から、静かに詩が詠まれる。かつて喪った最愛の妹、唯一の肉親から受け継いだ輝きの聖遺物…そこから錬金術という新たな力を得て蘇った、マリア・カデンツァヴナ・イヴの剣。シンフォギア・アガートラームの起動聖詠である。

 歌により励起したギアは、適合するフォニックゲインにより装者の姿を戦いに適した姿へと変える。左腕に白銀のガントレットを装着した彼女の姿は、救世の英雄という渾名に違わぬ美しき剣の聖女の姿だった。

 

 

「マリアさん、アガートラームの起動を確認! ノイズ及びアルカノイズと交戦します!!」

「頼むぞマリアくん! 被害者を可能な限り抑えてくれッ!!」

『了解ッ!!』

 

 弦十郎の言葉に勇ましく応えるマリア。その直後、すぐに別の端末からの通信が入った。これはクリスからの物だ。

 

『オッサン!! アタシ達は――』

「待機だッ!!」

『またそんな悠長なこと言うのかよッ!!』

「オートスコアラーとの戦いを忘れたかッ!! この声の主は、当然のようにノイズを仕掛けてきたんだぞッ! 何時何処で同じ事が起きるか分からんッ!!」

『ぐっ……でも、だけどよぉ!』

 

 弦十郎の放つ正論に、クリスは何一つ言い返すことが出来なかった。魔法少女事変にて、キャロルの生み出したオートスコアラー達はそれぞれが独立してシンフォギア装者に襲い掛かってきたのだ。

 加勢するのは容易い。だが其処で薄くなった守りを、いったい誰が補うのか。ノイズとアルカノイズを自在に操れるのならば、世界の何処が脅威に晒されても不思議ではないのだ。

 言葉では理解できる。本心でも納得はしている。だが、逸る気持ちは抑えがたい。それはその場に居る響、調、切歌も同じで、図らずもクリスが彼女らの想いを代弁する形となっていた。

 それを窘めるよう、翼からの通信が届いた。

 

『案ずるな雪音、私もすぐに増援に向かう。我ら両刃揃えば、どんな相手にも引けを取ることなど無かろう』

「でも、センパイ…!」

『雪音、お前も【先輩】なのだろう?ならばもう少し、落ち着いて後輩たちを見てやらなくてはな。雪音の握るその銃把は、もはや諸害を撃ち抜くだけのモノではないだろう』

 

 翼の言葉に唇を強く締めてしまうクリス。

 これは反省だ。守りたいもの、守るべきものは無機質なテレビの向こう側だけでなく、今この手が届くところにもある。それを共に守りあってくれる仲間が、後輩がいる。だから、それを与え教えてくれた偉大な先輩を信じなくてどうするんだ。

 

「……分かった。オッサンの命令通り、待機してる」

『あぁ、此方は任せておけ。立花、月読、暁!』

「は、ハイ!」「ハイ!」「ハイデス!!」

『雪音の言う事をちゃんと聞くんだぞ。だが無茶しそうになったらちゃんと止めるんだ。無論、お前たち同士もな』

 

 しっかりと他の後輩たちにもフォローと釘差しを行っておく。風鳴翼、まったく良く出来た先輩である。

 

「……翼さんこそ、あんまりマリアさんと一緒になって無茶はしないでくださいね? 二人とも、何かあるとすぅぐ全力フルスイングしちゃうんだから」

「お前が言うかこのスクリューボール!」

 

 そんな気楽な会話の応酬が心地好かった。それだけで、こんなにも戦う勇気が湧いてくる。翼も、クリスも、話を聴いていたみんなが全て。

 

「……じゃあ、頼むぜセンパイ」

『承知した。そちらも頼むぞ、後輩』

 

 そこまで言って互いに通信を終える。クリスは少し惜しむように通信機を握り締めていたが、その上から響が、またその上から調と切歌も手を重ねてきた。

 

「大丈夫! そうだよね、クリスちゃん!」

 

 手を重ねてきた後輩たちの顔を見回すと、やはり強い笑顔で自分を見つめている。そうだ、あのセンパイ達とコイツらが居れば、どんな脅威も恐れるものか。そう確信できた。

 

「…へっ、ったりめーだ! あとな、こういう時ぐらい【センパイ】って呼べねーのかお前はッ!!」

 

 こんな馬鹿騒ぎ。それを許してくれる世界こそ、守りたい物なのだから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 01 【巨人降臨】 -B-

 戦場に歌姫の声が鳴り響く。自らが求める真の強さとは何か…誇れる自分である事か、契りを越える事なのか。幾度となく唄えど見えぬ答えを求め探し彷徨う己が想いを言霊とする。

 左の手甲から引き抜いた銀の短剣を逆手に構え、地面からも湧いて現れたノイズとアルカノイズの混成集団へ向かって行くマリア。フォニックゲインを高め保つために、聖遺物が奏でる唄を心のままに歌いながら蹴散らしていく。

 その姿を見た避難中の人々から、「頑張れ」「私達を守って」といった哀願にも似た応援が叫ばれる。当然だ、守り抜いてみせる。それこそがこの歌の、シンフォギアの力なのだから。ただそう強く思いながら、マリアの歌は更に強さを増していった。

 倒せど群れるノイズ達に、アームドギアである短剣を蛇腹剣へと変化させ、鞭のように撓らせ振るい数多の刃で周囲の敵を切り裂いた。アガートラームの放つ縦横無尽の斬撃である、【EMPRESS†REBELLION】である。

 

「今更ノイズやアルカノイズなど……ッ!!」

 

 元より対ノイズ用として唯一絶対の必倒兵装であるシンフォギア。そこに魔法少女事変の折にエルフナインの手によりアルカノイズへの対抗手段も植え付けられている。

 もはやノイズもアルカノイズも、今のシンフォギア装者の敵ではなかった。唯一問題があるとするならば、相手の兵力がどこまであるかという一点だ。

 正規の戦闘訓練により無駄がなく安定感のある戦い方を出来るのがマリア自身の長所ではあるものの、長期継戦はただただこちらが消耗していくだけだと分かっていた。

 

『フハハハハ……! どれだけ威勢が良かろうとも、これだけの物量に何処まで耐えられるかな?』

 

 またも現れる雑音の軍勢。それに合わせ空からも飛行ノイズの急降下攻撃が激化する。

 流石に一人では捌ききれないと思った矢先、崩れた小石にヒールを取られ体勢を崩してしまった。

 

「しまっ――!」

 

 野太い高笑いが聞こえる。シンフォギアがあるから多少のダメージは大丈夫だとしても、集団で攻め入られればどうなるかは目に見えていた。不覚をとった、そう思う一瞬が即座に敗北と死を夢想してしまう。

 当然かつ平等に訪れる襲撃への反射に思わず目を閉じるマリア。刹那、マリアへ迫っていた飛行ノイズ達が雷迅伴う斬撃にて両断と共に灰へと帰る。

 灰燼が風に舞う戦場に新たな姿が立っていた。流れる青髪、鋭さを持った青と白のシンフォギアを纏う少女…防人、風鳴翼。落ち着いた声で、己が胸より出ずる歌の一節を唄う。

 《――悪しき行い、即瞬に殺すべし――》と。

 

 

「天羽々斬の起動を確認!」

「翼さん、マリアさんと合流しました!」

「よぉし、ここからだッ!!」

 

 指令室に弦十郎の声が響く。共に状況をモニターしているエルフナインも、ただ祈るように二人の戦いを見ているだけだった。

 ただ一つ気がかりなのは、計測している時空振動の数値が一向に減少しないという事だった。

 

 

 

 背中合わせに敵へ刃を構える翼とマリア。再度数を増やしたノイズの軍勢に対し、瞬時に体勢を立て直していた。

 

「思ったより早かったわね、翼」

「可愛い後輩からも急かされてしまったからな。それに、私の分まで敵の首級を獲らせるわけにはいかないさ」

「まったく、その後輩とは違って可愛げのない剣だこと……。でもそれが、何よりも頼もしい!」

「フッ……。――斬り貫けるぞ、マリアッ!」

「えぇ!!」

 

 互いに申し合わせたように刃を振るい、ノイズとアルカノイズを諸共に斬り倒していく。蒼と銀の剣閃が走り、赤黒の灰燼が混じり合いながら空に溶けていく。

 一瞬の間をみて翼の日本刀型のアームドギアが巨大化し、雷迅の衝撃波を放ち斬る蒼ノ一閃が飛行型ノイズを両断し、返す刃でさらに地上のノイズらも断破。対面のマリアと共に、瞬く間に一切合切を切り捨てた。

 

『ほう……』

「理解っただろう。我ら防人の唄う歌は、斯様な雑音など何とするものかッ!」

「そろそろ顔を出してはどう? それとも、貴方に私達の歌は刺激的すぎたかしら」

 

 渦巻く暗雲に向かい刃を向けながら言う二人。その眼、その顔は強さに満ち溢れており、それこそまさに希望の輝きだ。

 声の主はただくぐもった笑いを世界へ響かせる。それを砕くことが、何よりも強く大きな愉悦であると知っているから。

 

『クックック……愚かな人間どもよ。その威勢に免じて、冥途の土産に我の姿を拝ませてやろうではないか!』

 

 暗雲が裂ける。覗いた空は赤黒く歪んでおり、その中心には彼女らが…否、この世界では見たことも無かった異形が顔を覗かせていた。

 紅く結晶のようなカタチの貌から二本の牙と触角が伸びており、緑と赤の眼は更なる異形の様相を呈している。胸から上は鋭利な棘が生え揃っており、鎌状の右手が何よりも特徴的だった。

 

「なんだ、アレは……!?」

「化け物……ッ!」

『聞け! 恐れを知らぬ地球人どもよ! 我が名はヤプール! 貴様らの世界に真の恐怖と絶望を与え、我が糧としてくれようッ!!』

 

 現れた異形……ヤプールと名乗った者は、全世界、地球全土に向けて高らかにそう宣言した。

 誰もがこの状況を理解できなかった。宣戦布告と呼ぶべきヤプールの宣告は、あまりにも現実離れした規模で、あまりにも常識乖離した方法での事だったのだ。

 この声は米国、欧州、アジア圏……当然日本にも届いていた。

 

「と、トンデモってレベルじゃないデスよコレは……!」

「真の恐怖と、絶望……!」

「狼狽えんな! あんなのが仕掛けて来るってんなら、アタシらがやる事は一つだろうが!」

 

 ベランダからその姿を目視して思わず慄いてしまう調と切歌に叱咤するクリス。だが内心穏やかでないのは彼女も同じだった。それほどまでの威圧感を、このヤプールは放っていたのだ。

 いつも明るく馬鹿を言う響ですら、今は何も言わずただヤプールの姿を睨み付けているだけだった。

 また同様に2か所、リディアンより可能な限り離れやや閑散とした街の中でも同様に敵の姿を睨み付けている者がいた。北斗星司と矢的猛だ。

 

「……やはり来たな、ヤプール!」

「この世界、お前の好きにはさせない……!」

 

 心に戦う準備を宿し、ヤプールの出方を窺う二人。いつどこに何が現れようと、この場を守護れるのは自分たちだけなのだから。

 

 

 

「恐怖と絶望を糧に、か。随分と大言壮語を言ってくれるッ!」

「だが、そんな事は私達がさせるものかッ!」

 

 翼とマリア、それぞれが強く暗天へと叫び上げる。不撓不屈の意志、人類守護の天命を刃に込めて掲げた。だがその全てを、ヤプールは一笑に付せた。

 

『愚かよ! あまりにも愚かな小娘どもよ!! だがそんな貴様らが世界の希望に為り得ていることも我は知っている。

 故にだ! ここで貴様らを喪えば、世界はどれ程の絶望に染まるかを――!!』

 

 ヤプールの声に身構える二人。徹底抗戦の構えを見せられ、ヤプールも次の行動に出ることにした。

 

『やはり無謀な戦いを挑むか。ならば、この執念と怨念を操る我が力、とくと味わわせてくれるわッ!!』

 

 高笑いと共に暗雲が一層黒さを増していく。それは大気をうねらせ、風を巻き起こした。

 

「なんだこの、瘴気に満ちた風は……!」

「翼、アレを!」

 

 風に耐えながらマリアが差した方を向く。ライブ会場よりやや離れた場所…そこはオーストラリアの砂漠地帯になっている。そこに集まった風が、巨大な竜巻となって天へと伸びていた。

 

「そんな、馬鹿な……ッ!!」

 

 

 

「何が起こっているというんだッ!!」

「じ、時空振動係数が異常値まで上昇しています! ぅわあっ!!」

 

 海上に佇むタスクフォース本部も、この風に大きく揺れていた。バランスを崩し倒れ込むエルフナインを弦十郎がすぐに抱き起こす。

 

「大丈夫か、エルフナインくん!」

「ぼ、ボクは大丈夫です! でもこれは、エックスさんの言った通りの事態に……!」

「言った通りの、事態……!?」

「あの敵…ヤプールが引き起こす時空振動。それは本来存在しない世界への干渉であり、その干渉波による振動は、質量が大きければ大きいほど強く発生する……。

 振動限界……その果てにあるものはーー」

 

 

『この地に宿る怨念の歴史よ! 執念の傷痕よ! 我がヤプールの力を以て血を受けろ! 肉を宿せ!

 ――さぁ、姿を見せろ!! デガンジャァッ!!!』

 

 ヤプールの声と共に、砂漠の竜巻が爆裂霧散。そしてそこに立っていたのは、血に塗れたような浅黒い体毛と巨大な顎を持った二足で立つ獣……。異形にして畏形。誰もが口を噤み、目を見開き、相対した事実に心を奪われていた。

 誰から出た声なのかは分からない。だが考えたことは誰しもが一致していた。

 空想の産物にしてこの世界に非ざる者。

 圧倒する巨体にして破壊の象徴。

 ノイズ以上の理不尽の体現。

 それこそが――

 

「……怪獣、だとぉッ!!?」

 

 

 

 

『さぁやれデガンジャ! 人間どもを捻り潰せ!!』

 

 ヤプールの指示に咆哮を以て応えるデガンジャ。その巨体を震わせながら、会場から避難した観客の方へ真っ直ぐ向かって行く。

 それを瞬時に理解した翼とマリアも、ギアで増幅された身体能力を最大限に発揮して立ち向かうべく飛び出した。

 

「呆けている暇は無さそうね!!」

「あぁ! 相手がなんであろうとも、退く訳にはいかんッ!!」

 

 戦闘交錯までものの数十秒。ビルを用いて可能な限り高くまで跳躍した翼が、大型化したアームドギアでの一振り…蒼ノ一閃を撃ち放つ。蒼雷の一撃はデガンジャの顔に直撃、爆風を巻き起こす。が、それが効いている様相は見られなかった。次いでマリアが EMPRESS†REBELLIONで右腕を締め上げ切り裂こうとする。が、少量の傷を入れたぐらいですぐその強固な筋肉に弾け飛ばされる。

 

「くうっ!!」

「アームドギアが……我らの刃が、効かないのか……ッ!?」

 

 困惑する二人。今まで絶対の自信と信頼をもって奮ってきた刃が、怪獣などと言う規格外生物には真っ当な効果を得られなかったのだ。心が折れることはないが、その顔に焦りの色が見えているのは間違いない。

 

「さて……どうしたものかな、マリア」

「無論、戦うだけよ! 相手が大きいなら大きいなりに、目でも腱でも狙えるところはあるはず……!」

 

 自らを奮い立たせながら構えを止めぬ二人。それを見て、ヤプールは愉悦に満ちた笑い声を上げる。

 

『小さく弱い人間よ! ならば、これならどうする!?』

 

 その鎌状の右手を振り下ろすと、デガンジャがその爪から雷電光を発射。地面が吹き飛び建物が崩れ、周囲を悲鳴が響き渡る。

 

「貴様ッ! やめろおおおおおッ!!!」

 

 激昂した翼がそのアームドギアをさらに巨大化、重量と脚部スラスターでの瞬間最大攻撃である天ノ逆鱗を放ち、デガンジャへ向けて突進していった。

 脳天へ直撃した巨大な刃は、流石にデガンジャの動きを一瞬止めるに至る。だがそれもせいぜい軽傷といった具合で、逆鱗から舞い降りる翼を狙いその強靭な腕を叩き付けた。細身の身体が高速で空を切り、ビルへ直撃してそのまま崩れ落ちてしまう。

 

「翼ぁぁぁぁッ!!!」

「ぐはっ! まだ……こんな、もので……!」

「くっ……! うおおおおおおおッ!!!」

 

 左腕の手甲にアームドギアの短剣を装着、大型剣へと変化させ跳びかかるマリア。展開した手甲部分がバーニアとなり、更なる攻速を以て敵を両断する彼女の切り札、【SERE†NADE】である。

 

「眼球の一つぐらいは、貰っていくッ!!」

 

 右眼に向かって猛進するマリア。だがあと一歩のところで、文字通りの爆風が巻き上がった。風を操るデガンジャの最も得意とする技だ。

 なんとか手甲のバーニアで食い下がるも、やがて速度を無くし無重力へ舞い上がった。すぐに姿勢制御しようとするも、マリアの眼前にはデガンジャの巨大な手が恐ろしい速度で空を切り裂き振り落とされた。

 最大速度で地面へと落下し、地面を瓦礫へと変えながら倒れ込んでしまい動けない。

 

「ま……マリ、ア……!」

「こんな、ことって……!」

『諦めろ歌姫ども! 所詮貴様ら程度、このヤプールの敵ではないのだ!!』

 

 勝ち誇り高笑うヤプール。ほぼほぼ無傷のデガンジャに対し、翼とマリアはどちらも重傷…動くのも精一杯のはずだ。だがそれでもなおギアが解除されないのは、二人の魂が未だ戦歌を奏で唄っているからだった。

 

「巫山戯るな……! たとえ、どんな傷を負おうとも……!」

「私達は……人を守るために歌い、戦うだけ……!」

『動く力も無くなったくせに、強がりは出来るようだな。その守るべき虫けら諸共、始末してやろう!!』

 

 両手を突き出し再度雷電光を放つ姿勢を取るデガンジャ。爪に高エネルギーが高まり、地に伏しているマリアとその射線の先には多くの避難市民が居るだろう。誰よりもそれを彼女自身が理解していた。

 故に、その傷だらけの身体は論理的思考よりも早く走り出していた。

 

『やれぇ! デガンジャッ!!』

「うあああああああああああッ!!!」

 

 放たれた雷電光。立ち上がり、傷付き壊れかけた左腕を光へ向けて突き出した。

 

「マリ、ア……!」

「ぐ、ぅぁああああああああッ!!!」

 

 その手は弱く、特別なことなど何もなく…だがそれでも伸ばし続けることを、突き出すことを止める訳にはいかない。《みんなをまもりたい》と願った手を、それを優しく包んでくれた者達の手を覚えているのならば。

 叫びにも似た歌がフォニックゲインを限界まで高め、手甲を変形させる。それはアガートラームの絶唱特性に極めて近しい効果……エネルギーベクトルの操作に他ならなかった。

 デガンジャの放った雷電光のエネルギーを全て自分へ向け、周辺被害を可能な限り減らそうとしているのだ。

 

「私に……みんなを、守る力を……セ、レ、ナアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 エネルギーベクトルの再操作、その場で操作した全エネルギーを暴発させ雷電光を消失させた。だが絶唱でもイグナイトでもない状態でこれ程の…文字通り魂を焼き尽くすほどのフォニックゲインを放ち受け止めたことで、彼女の纏うギアもまたその姿を維持できなくなっていた。

 爆発に吹き飛ばされるマリア。その姿は先程まで楽しく舞い歌っていたライブの衣装そのまま。ボロボロに破れ、汚れ、傷付き……瞼を閉じることすら出来ぬまま、彼女はその意識を失い倒れるのだった。

 

「あ、アガートラームの信号ロスト!」

「マリアさんのバイタルも危険領域です!」

「マリアさん! 起きてください! マリアさぁん!!」

 

 本部指令室からの悲痛な叫びも、転がった通信機からがなり立てる戦友と妹たちの叫びも、完全に沈黙してしまった彼女には届かない。

 アームドギアを支えに上体を上げる翼も、彼女に対し呼び声を上げれるほど回復はしていなかった。

 それらすべてを見下すように、頭上には巨大で獰猛な顎。人の身では決して抗えぬと思わせる存在が立っていた。

 

「く、ぅっ…!!」

『まったくよく足掻く。何処の世界でも、地球人というのは諦めが悪いものだな。

 だがこれで終わりだ! 絶望しろぉぉぉッ!!』

 

 デガンジャの咆哮が響き渡る。

 風鳴翼は、この時数年ぶりに世界を呪った。

 斯様な傲慢なる侵略者に対し、何故自分はこんなにも弱いのか。何故こんなにも無力なのか。剣として鍛え上げた過去も、歌女として高め上げた現在も、こんなにも圧倒的で理不尽な暴力の前には、こうも容易く屈してしまうのかと。天羽奏を喪ったあの日のように、自分はまた――

 そう思った瞬間、彼女の口から小さな言葉が漏れた。

 世界を守護る防人としてではなく、世界を羽撃く歌女としてでもなく……ひとりの少女の、切なる願いが。

 

 

 

「―――誰か、……助けて」

 

 

 

 

『――応よォッ!!!』

 

 

 

 その願いに応える声が、遥か天空から響き渡った。

 思わず天を見上げる翼。

 立ち込める暗雲が、それより高い場所から降り注がれた光に切り裂かれた。

 光り輝く白銀の刃が死に瀕したマリアを護るように包み込む。

 それに戸惑う暇も無く、翼の目には白銀の光の中に佇む一つの巨大な姿が飛び込んだ。

 

「……あれは……」

 

 やがて消え去った光の中に、それは居た。

 赤き脚を、青き腕を、銀の顔を、輝く瞳を持つ威形。

 闇を禍祓うその姿、光の化身。

 

『やはり来たかッ! 忌まわしき我が宿敵……忌まわしき、我が怨敵ィッ!!』

 

 その名は――

 

「……ヤプール。これ以上、テメェらの好きにはさせねぇよ。

 この俺の……ウルトラマンゼロの前ではなぁッ!!!」

 

 

 世界が絶望に飲まれる瞬間、その光は現れた――。

 

 

 

 EPISODE01

【巨人降臨】

 

 

 

 

 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 02 【重なり合う光と歌】 -A-

 EPISODE02

【重なり合う光と歌】

 

 

「…ヤプール。これ以上、テメェらの好きにはさせねぇよ。

 この俺の…ウルトラマンゼロの前ではなぁッ!!!」

 

 右の人差し指を強く突き出し戦意を露わにする、ウルトラマンゼロと名乗った巨人。

 状況をモニターしていたタスクフォースのメンバーは勿論、眼前でそれを見ている翼自身でさえ此れが何なのか理解できていない。

 ただ、怪獣に相対する巨人のその姿は、決して悪しき者とは考え難かった。そう思っていると、突如光の巨人が振り向いて翼の前に近付くようしゃがみこんだ。流石に大きさが数十倍の差があるのだから、それでも大きな距離の開きがあるのは変わらなかったが。

 その巨体に威圧感を感じてしまい、思わず身体を固めてしまう翼。だがゼロから発せられた言葉は、予想外のモノだった。

 

「よォ、大丈夫かネーちゃん」

「――えっ、あ、あぁ……」

「聞こえたぜ。アンタの助けを求める声がな」

 

 ゼロの何気ない一言に思わず赤面してしまう。自分の最も弱く脆い零れ落ちた部分を、何処の者ともしれぬ者に聞かれてしまったという事実からだろうか。

 

「あとは俺に任せな。アンタとそっちのネーちゃんの代わりに、俺が全部守り切ってやる!」

 

 力強くそう断言し、デガンジャに向かい構えるゼロ。その姿に対し憤怒の声を上げたのは、ヤプールだった。

 

『ウルトラマンゼロ……!! ウルトラ戦士どもの抹殺は我らヤプールの悲願! 先ずは貴様から、ここで血祭りにあげてくれるッ!』

「テメェらが俺たちウルトラマンを怨むってんなら止めやしねぇ。いつだってその怨みを受け止めて、ブッ潰してやるさ。

  ……だがな、怨み晴らすってんなら正々堂々と来やがれッ!! そいつはテメェらが、他所の世界の平和を乱していい理由にはなんねぇんだよッ!!」

『黙れェッ!! やれ、デガンジャァッ!!!』

 

 咆哮と共に突進するデガンジャ。巨大な頭部での体当たりを、ゼロはその身で力強く受け止めた。

 

「ヘッ、中々やるじゃねぇか! だがなァッ!!」

 

 逆にデガンジャを押し返し、そのまま顔へ蹴りを叩き込む。後ずさり怯むデガンジャを追い、そのまま脳天へチョップ、からの流れで左拳がそのマズルへ深々とめり込み吹き飛ばした。

 単純なれど洗練された肉弾戦。ただ違うのは、そのスケールが人間の数十倍はあると言うことだ。

 

 

「一体、何が起こってるんだ……!?」

 

 タスクフォース本部指令室でも、その一同が息を呑み非現実的な現実を眺めていた。そんな時、モニターへ接続されっぱなしだったエルフナインの携帯通信端末に連絡が入る。何度目かも知れぬ【エックス】からのものだった。

 

「エックス、さん……?」

【遅くなってすまない。すまないついでに、少し場所を貸してもらうよ】

 

 簡潔に書かれた文章を確認した直後、その端末が、そして接続してある本部メインモニターが光り輝いた。

 

「こ、今度は何です!?」

 

 輝きは数秒で収まったが、メインモニター…としてエルフナインの端末に、青く輝くヒト型のバストアップが存在していた。思わずヒト型と形容したのは、瞬間的な視覚情報だけで目や口といった頭部を認識できたからだ。

 他の大きな特徴は人間と違い、どちらかと言うと外で戦っている巨人に似ているような気もする。そして最大の特徴は、胸部に大きなXの形が印されてある事だった。

 周囲が更なる混乱に包まれる中で、そのヒト型から声が発せられた。

 

『……突然の来訪、誠に申し訳ない。急で申し訳ないが、【アルケミースター】とはどちらの方だろうか?』

 

 あまりにも丁寧で落ち着いた物言いに、つい釣られてエルフナインが一歩前へ出る。

 

「あ、あの、ボクが、【アルケミースター】、です……」

『――……君がか!? あ、いや、すまない。私の予想を超える幼さだったもので……』

 

 しどろもどろと言い訳する謎の声。だが気を取り直したのか、咳払い一つで元のテンションに戻っていた。

 

『すまない、改めて自己紹介させてもらう。

 私はウルトラマンエックス。【アルケミースター】の彼女とは【エックス】と名乗り通信を繰り返させてもらっていた。別の次元より此方へ来た、ウルトラマンだ』

 

 ウルトラマン。さっきの……外で戦っている巨人もそう名乗っていた。一致する符号に気を揉みながら、その場の代表として弦十郎が声を上げた。

 

「国際連合直轄組織Squad of Nexus Guardians……S.O.N.G所属、超常災害対策機動部タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。

 我々の仲間の【アルケミースター】……いや、エルフナインくんを通じてそちらから多くの情報を頂いていた。まずはそこに感謝させてもらう。

 ……そして、至急回答を願いたい。君たちは何者であり、この世界に何が起こっているのか」

 

 弦十郎の顔は険しく固まっている。回答如何によってはこの本部指令室を物理的に破壊し、この存在を抹消すべきとも考えていた。

 だがその考えは、良い方向で裏切られる事となった。

 

『了解した、風鳴司令。私に答えられることであれば、なんでも聞いてくれ。

 ……っと、まずは我々の存在と、この世界に起きていることだな』

 

 二つ返事の了承に、思わず肩透かしを食らったかのように力を抜いてしまう。

 

『まず我々の存在についてだが……いま悠長にそれを語っている時間は無い。単純に言うならば、我々ウルトラマンは理不尽な侵略からその星に生きる者を護り、宇宙の調和を保つ使命を帯びた者。

 そうだな、端的に言うなれば……【正義の味方】と言うところだな。

 そして今この地球に起こっている事態だが……単刀直入に言うと、侵略者が君たちの世界を狙ってやってきた。それを追って、私達がこの世界へやって来たという事だ』

「あの、あのメールの内容が真実なら……いえ、きっと真実だと思いますが、だとしたらエックスさん達は……」

 

 エックスの回答の後、エルフナインが彼に尋ねた。メールの内容が正しければ、それはつまり……

 

『あぁ。なんとかこの世界へ侵入しないよう、今外で戦っているウルトラマンゼロが防いでくれていたんだ。だが防ぎ切れなかった。

 私も、身体のほとんどを本来の世界へ置いたままにしてしまっていたせいで加勢することも出来なかった……』

 

 表情は変わらなかったが、声だけでも大変悔やんでいるのは聞いてとれた。それだけで、このウルトラマンエックスと言う存在は人類にとって味方をしてくれる存在だと言う事は理解できた。

 それが、彼らにとって数少ない救いの一つになった。

 

 

 

 

 

 一方シドニー市内。巨獣と巨人が繰り広げる常軌を逸した戦いを前に、翼はまだどこか呆然としていた。そんな彼女の耳に、専属マネージャーである緒川慎次の声が聞こえてくる。語りかけた彼は、気を失い倒れていたマリアを既に抱え上げていた。

 

「翼さん! 大丈夫ですか!?」

「緒川、さん……?」

 

 見知った者の焦り顔に、ようやく現実を取り戻す翼。気付けば会話に支障はない程度には回復していた。

 

「――失礼しました。もう、大丈夫です」

「本当にそうですか? あれだけの質量攻撃……如何にシンフォギアを纏っていても、ただでは済まないと思いますが……」

 

 生真面目な、やや責めるような目で問いかける慎次。その目をされて、翼が勝てた試しはなかった。

 

「……すいません。正直、立っているのがやっとです。ですが、天羽々斬は私にまだ歌えると言ってきているようで……」

 

 傷付きながらも未だ解除されることのないギア。それは、翼自身の戦意が消え去っていないことを現していた。だがその状態は、危険以外何物でもない。それは彼女自身も分かっていることだった。

 

「ですが、その身体で継戦は困難でしょう。この場は離れて、身体を休めましょう」

「……いいえ」

 

 緒川の提案に、静かに首を横に振る翼。緒川に身体を預けているマリアの容態や自分の身体を考えても退くのが一番正しいに決まっている。だが、彼女の心はこの場を離れようとはしなかった。

 

「あの巨人が、私に言ったんです。『お前の代わりに、俺が全部守り切ってやる』と……」

 

 それは羨望か、もしくは憧憬だろうか。まだ幼く未熟だった時分、戦いに不慣れだった頃、奏にもそう言われたことを覚えている。……否、思い出した。

 だから、見届けたかった。あの圧倒的で理不尽な暴力を前に、それと違わぬ…いや、それ以上の力を持つであろう超人が、何を如何にして守護るというのかを。

 

「だから、見届けたい。……我儘ですね、これは」

「――そう、ですね。ですが、翼さんからそんな我儘を言われるなど思ってもみませんでした」

 

 緒川から返ってきた言葉には、不安の中に何処か小さな嬉しさも垣間見えていた。ほんの少しだけ、普段からは決して見ることのない年相応の少女らしさが見えたからだろうか。

 

「僕は万事に備え移動手段を調達しておきます。翼さんも、本当に危険だと思ったらすぐに逃げて下さいね?」

「緒川さん……分かりました。マリアを、お願いします」

「勿論です。翼さんの大事な友達の一人ですもの」

 

 柔和な笑顔でそう返し、瞬歩でその場を離れ動いた慎次。世間的には風鳴翼のマネージャーを務める彼もまた、人間の範疇では収まりきらぬ超身体能力を保有していた。だが、それでもあの怪獣には太刀打ちできないであろうと、翼は思考の隅で思うのだった。

 

 

 

「どおおっらあァッ!!」

 

 速度と体重を乗せたゼロの拳がデガンジャを襲う。数発連続で拳を浴びせるがデガンジャも負けてはおらず、その強靭な腕と爪でゼロへ襲い掛かった。

 それを片手で受け止め弾き飛ばし、巨大な顎へ向けての膝蹴り、ソバットと続け蹴り飛ばす。そして怯んだところへ、膝立ちの姿勢から額にエネルギーを集中。エネルギーランプからエメラルドカラーの光線を放った。

 ゼロが多用する技の一つであるエメリウムスラッシュ。それによりデガンジャの巨体が派手に倒れ込んだ。

 

「ハッ、そんなものかよ!」

『ぬううう……! デガンジャ! 竜巻で虫けら諸共八つ裂きにしろ!!』

 

 ヤプールの声に合わせ咆哮が轟き、周囲に竜巻が巻き起こる。避難が進んでいるとはいえ此処は市街地、どれ程の被害になるかは目に見えていた。

 

「そうかよ……だが、そいつはやらせねぇ! 守り切るって言ったからな!!」

 

 胸元で左腕に装備したブレスレット…ウルティメイトブレスレットを構えると、その中央の宝玉が青く輝いた。

 それはかつて訪れた別の地球での戦いで、ゼロが別のウルトラマン達から託された力の欠片の一つ。月のように優しき奇跡を齎す【守り抜く力】。

 

「――ルナミラクルゼロッ!!」

 

 身体が青と銀のみに変わり、より神秘的な輝きに包まれる。すぐに両手を頭に添え、その頭部に装備された二本の刃を左右へ発射した。

 

「その竜巻、相殺する! ミラクルゼロスラッガーッ!」

 

 超能力の宿った青き双刃、ミラクルゼロスラッガーが分裂しデガンジャの周囲を高速で風に逆らうよう回転する。無数に分かれた刃は光を纏いながら黒い竜巻を切り裂いていき、瞬く間に掻き消されていった。

 雲散霧消された竜巻を見届け、放たれたミラクルゼロスラッガーが二本に戻りゼロの頭部へ再度装着される。

 

「あんなことまで出来るのか……!」

 

 奇跡とも言える光景を目の当たりにし、思わず声を出す翼。殺意の風が止んだその場は、あまりにも優しい静寂だけが残っていた。

 攻撃を無効化されたことに激昂したのか、咆哮と共にデガンジャが突進してくる。だが青のゼロはその突進に合わせ掌を差し出し、そこに触れた瞬間衝撃波でデガンジャの巨体を街の外まで吹き飛ばした。

 

「発剄ッ!?」

「――レボリウムスマッシュ」

 

 まるで言葉の応酬のように、その技名を呟く青のゼロ。そしてすぐに、デガンジャを追って街の外まで高速で移動する。その最中、再度ウルティメイトブレスレットを構え力を込める。青い輝きを放つ宝玉が、今度は赤く輝きだした。

 その瞬間ゼロの身体がまたも変化する。ルナミラクルゼロと同じく、与えられたもう一つの力。太陽のように何よりも力強い【前に進む力】。

 

「ストロングコロナッ!! ゼロォッ!!!」

 

 爆熱と共にその体色は赤と銀が基調となり、見るからに猛々しい力で漲っていた。赤い輝きとなったゼロは吹き飛ばされ倒れているデガンジャにまで瞬時に追いつき、その身体を捕まえて持ち上げた。

 

「こいつで終わりにしてやるぜぇッ!! ウルトラハリケェェェンッ!!」

 

 身体を全力で回転させ、捻りを加えデガンジャの身体を天空へと放り投げる。その無防備な隙を狙い、ストロングコロナゼロの右腕が激しく燃え上がった。

 

「ガぁルネイトぉ……!! バスッタアアアアアアアッ!!!」

 

 最高潮までエネルギーを高めた拳を天へ突き上げ、光線として発射。ストロングコロナゼロの必殺技である、ガルネイトバスターだ。

 ウルトラハリケーンで無防備になったところへの直撃を受け、デガンジャは空中で爆発四散した。

 

「や……やった、のか……!?」

 

 戦況が気になり思わず近くまで来ていた翼が声を上げた。あれほどまでに凶悪な力を持った怪獣が、この巨人の手によっていとも容易く粉砕されたのだ。驚愕に落ちるのも無理はない。

 そんな彼女の傍に、体色を最初と同じく赤と青に戻したゼロが歩いてきた。

 

「あぁ、やってやったぜ」

 

 明るい声に巨大なサムズアップ。無機質な顔が歪むことは無かったが、声と行動だけでも彼の小気味好さが溢れだしているようだった。

 そんな彼に思わず笑顔をこぼす翼。何もかもが自分ら人間とは全く違う巨人だが、その心は何処か、親愛なる後輩達のそれと被せてしまっていた。

 

「…すまない、私の代わりに戦ってくれて。感謝している」

「なに、いいってことよ。それよりも……後はテメェだぜ、ヤプール!」

 

 暗天へ叫びつけるゼロ。だが、ヤプールから帰ってきた声はくぐもった笑い声だった。

 

『クックック…! いい気になるなよ、ウルトラマンゼロ!』

「ハッ、この期に及んで何が出来るってんだ!」

『今の我は怨念だけではない……。この世界に来て、この世界の者達が恐れる存在である【ノイズ】と出会った。その力も、今や我の力の一部となっているのだ。

 さぁ、雑音をがなり立て蘇るがいい! デガンジャよッ!!』

 

 渦巻く暗雲から降り注ぐ黒い閃光。それらが収束し、先ほどゼロが砕いたはずのデガンジャへと姿を変えていった。だが先程の個体より大きく違うところがある。

 体色は毒々しいまでに鮮やかな色彩へと変わり、その眼は複眼のようでもあり機械的な液晶ディスプレイのようとでも言うべきか。そして何処となく、デガンジャの身体の周囲は歪んでいた。

 

「チッ、うっとうしいヤツだぜ……!」

「だが、さっきとは様子が違う……」

 

 デガンジャの異様に翼が疑問を漏らす。それは何処か…自分が今まで切り捨ててきたそれと酷似した雰囲気を感じた故にだ。そんな彼女の直感と疑問は、本部指令室のエルフナインからの訴えで裏付けられた。

 

『翼さん、大丈夫ですか!?』

「エルフナインか? あぁ、十全とは言えぬが、なんとか動けるぐらいには無事だ」

『良かったです……。ではそのままで聞いてください。翼さんの目の前に居る怪獣……アレから、ノイズとアルカノイズ、二つの特徴に合致する反応が検出されました……ッ!』

「――なん、だと……!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 02 【重なり合う光と歌】 -B-

『翼さんの目の前に居る怪獣……アレから、ノイズとアルカノイズ、二つの特徴に合致する反応が検出されました……ッ!』

「――なん、だと……!?」

 

 本当は信じたくなど無かったが、エルフナインに言われてしまえば確信せざるを得ない。アレは正しく……

 

「……ノイズ怪獣、とでも言うべきかッ!」

『怪獣? 違うな。このヤプールが手掛けた新たなる超獣……ノイズ超獣と呼んでもらおうか!』

 

 咆哮するノイズ超獣と化したデガンジャ。だがそれに対し、一切怖気る様子も無くゼロが走り出す。

 

「ノイズだか超獣だか知らねぇが、ブッ倒すことに変わりはねぇ!!」

 

 速度を乗せた大振りの拳。先ほども通常のデガンジャに対し高い効果を得ていた一撃、だったのだが…。その手応えは非常に薄く、まるで殴っているという感覚が得られない。とても不可解な感覚だった。

 

「なっ、なんだコイツ……! ぐあぁっ!」

 

 一瞬の戸惑いが隙となり、その隙をついて体当たりで反撃するノイズデガンジャ。思わぬ反撃に尻餅をついてしまう。すぐに起き上がり、殴って効かないのならばと頭部のゼロスラッガーを外し構え、それで斬りかかった。斬撃ならばと思ったのだが、こちらも大きなダメージは得られない

 

「だったらコレだ!」

 

 効かないと分かるとすぐに距離を開け、額からエメリウムスラッシュを撃ち放つ。が、肉弾戦より攻撃効果は得られたようではあるものの、それも微々たる差のように感じられた。

 圧倒的優位を認識したのか、ノイズデガンジャの顔が歪み嗤う。

 

「クッソォ! どうなってんだよコイツ!!」

『フハハハハッ!! どうだウルトラマンゼロよ! これこそがノイズ超獣!貴様らを殺す為の新たなる力だッ!!』

 

 ヤプールの高笑いと共に猛然と攻め立てるノイズデガンジャ。反撃は通さず此方の打撃だけを通す一方的な戦いに、ゼロも苦戦を強いられていた。巨大な顎でその腕に噛みつかれた時、ゼロにこれまで受けてきた痛みとはやや異質の痛みが走った。喩えるならば、溶かし抉られているような。

 

「ぐ、うぁぁぁぁッ!!?」

「だ、大丈夫かッ!?」

 

 鮮血のような赤い粒子が舞い上がる。それと共に、彼の胸で青く輝くカラータイマーが赤く明滅を始めた。まるで危険信号だ。

 その状況を見ながら、タスクフォース指令室の中でエルフナインが必死に端末を操作、敵の解析に勤しんでいた。

 

「アレは間違いなく、アルカノイズの持つ物質分解能力が引き起こす分解現象……。ノイズとアルカノイズ、その両方の特性を備えているとなれば、攻撃が効かなかったのは位相差障壁による物理不干渉そのもの……!」

『エルフナイン、そちらのデータベースを見させて貰った。中々厄介な相手だな、ノイズと言う敵は……』

 

 忙しそうにしている彼女に語り掛けるエックス。言葉を交わしながら、エルフナインが欲しいと思うデータをすぐに検索、表示してくれているのはエックスのサポートによるものだ。

 

「ハイ……。でも本来ならば、ノイズは翼さんたちシンフォギア装者の敵ではありません。先史文明が遺した、ヒトを殺すだけの存在……それをこの世界で唯一確実に葬り去ることが出来るのが、皆さんの歌でありシンフォギアの力なのです。

 ですが、絶対的な超質量である怪獣にその刃は届かなかった。それに対抗してくれたウルトラマンの力も、ノイズの持つ力を与えられた怪獣には苦戦を強いられている……。

 これじゃ本当に、打つ手は無いようなものです……!」

 

 エルフナインの口から思わず弱音が吐かれる。せっかくのゼロの救援も、エックスが力を貸してくれていても、自分がこれではどうしようもない。

 そんな無力さに打ち震える彼女に、エックスが話しかけた。慰めではなく、当然の事実を。

 

『難しく考える必要はないんじゃないか? 私達は怪獣を倒すことが、君たちはノイズを倒すことが出来る。ノイズ超獣……どう転んだところで、ヤツは【ノイズの特性を持った怪獣】に過ぎないと言う事だ。それぞれに弱点があるのなら、協力して弱点を叩けばいい』

「協力して、弱点を――」

 

 目の前が晴れたような感覚だった。そう、敵でないならば協力すればいい。そもそもにおいて、ウルトラマンたちも自分たちも、この世界を護りたい一心で戦っているのだ。

 そんな者が居てくれるのならば、この場に居ない立花響ならば迷わず言うだろう。『だったら、一緒に戦いましょう』と。

 

「…ありがとうございます、エックスさん。風鳴司令ッ!」

「聞こえていたな翼ァッ!! お前の歌で、ノイズ超獣とやらの化けの皮を引っぺがしてやれッ!!」

 

 

 通信機から聞こえる弦十郎の強い声。其れを耳にして翼は鼻で嗤いながら思う。まったく、この傷だらけの身体でまだ歌を歌えと言うのか、と。だが……

 

「借りは、返さなければならんからな……!」

 

 胸の奥から言魂が沸き上がる。高まるフォニックゲインに、身に纏う傷だらけのシンフォギアが呼応して音楽を奏でだした。流れる音楽に言魂を声と乗せ、歌は完成する。その歌はノイズデガンジャの噛み付きを引き剥がそうと踏ん張るゼロの耳にも届いていた。

 その言霊は静かに、そして高らかに鳴り渡った。《――罪を滅し、狂える地獄を断つは絶刀…。悪しき行い、即瞬にて殺すべし――》と。

 

「これは……歌?」

 

 ゼロが眼を聞こえる歌の方へを向けると、近くの建物の上で翼が刃を構え歌を歌っていた。

 

「お、お前なにを――」

「一撃だ。一撃でヤツが纏う鎧を破砕する。それに合わせろ」

 

 翼から告げられたその言葉だけで、ゼロは理解した。仔細はともかく、鎧が壊れると言うのならそれに合わせて一発ぶち込むだけだ。

 

「――ヘッ、負けん気の強い女だ。気に入ったぜ!」

「フッ……往くぞッ!!」

 

 飛び立つ翼。足のスラスターを合わせ用いてノイズデガンジャの頭上まで飛び上がる。

 

『デガンジャ! あの虫けらから叩き落とせ!!』

「させっかよォ! テメェはまだ俺の腕でもしゃぶってやがれッ!!」

 

 相手の動きを封じるため、わざと余計に噛みつかせるゼロ。好機を得る為に、ダメージなど気にしてはいられなかった。

 

「今だ!いけぇぇぇ!!!」

「おおおおおおぉぉぉぉッ!!!」

 

 剣であったこの身……誰かを傷付けるだけの我が身は獣と変わらぬのか。やがてこの身は錆びて朽ち、そして折れるのか。……しかし如何に迷い惑おうとも、存にて在す外道に向けるは哀を込めし唯一閃也――。

 翼の胸から流れ出ずる想いを奏でし歌。遺された僅かな力を奮わせ更なる力とする。

 アームドギアを自身の数倍もある巨大な諸刃の剣に変える【天ノ逆鱗】でノイズデガンジャの伸びた鼻へ急降下する翼。

 怪獣ならばその強固な筋肉に阻まれていたが、そこにノイズの特性が合わさっているのなら。この世界で唯一、ノイズを殺すことに特化した刃であるシンフォギアならば――

 天ノ逆鱗が触れた瞬間、周囲に張り巡らされていた歪みは瞬時に消失し、巨大な刃は鼻先へ深々と突き刺さる。阿鼻叫喚にも似た咆哮と共にゼロの腕から巨顎が離される。その瞬間。

 

「おおおッらあああああッ!!!」

 

 ゼロ距離から赤熱した右足で、ノイズデガンジャの腹部を全力で蹴り飛ばした。天ノ逆鱗により消失した位相差障壁は防御の役には立たず、大きなダメージと共に吹き飛ばされていった。

 

「っしゃあ! ザマぁ見やがれってんだ!!」

「だが……まだ、倒れてはいないようだ……!」

 

 目をやると、体液をまき散らしながらもノイズデガンジャがなんとか立ち上がる。周辺の歪みから位相差障壁は復活しているものと見て取れた。

 

「……倒すまで、やるしかないか……!」

 

 翼が絞り出した声はどう聴いても体力の限界を物語っており、さっきの一撃で回復していた分の体力を全て振り絞ったのは目に見えて明らかだ。

 だがしかし、あのノイズの特性を備え合わせた超獣を討ち倒すには彼女の……その歌の力が必要不可欠なこともゼロは理解している。

 それらを併せ鑑みて、この状況で行えるベストの選択……その唯一の手段を、彼は持っていた。彼にとってはいささか窮屈なことでもあるが、まぁ些細な問題だ。

 

「ふぅ……なぁアンタ、名前は?」

「……そういえば、名乗ってなかったか。私は翼。風鳴、翼だ」

「そっか。なぁ翼、俺と合体してくれねぇか?」

 

 急に言われたゼロの言葉、【合体】。その言葉を頭で反芻しながら意味を探り出す……と、途端に彼女の思考回路がショートしてしまった。

 

「――な、お、お前、何を急に! が、が、合体など……そんな、こんな時に言う事か破廉恥なッ!!」

「………は? え、いや、ハレンチって何が?お前何考えてんの?」

「乙女の口から其れを言わせるか貴様ッ!!!」

「ちょ、ちょっと待て待て! お前絶対何か勘違いしてるだろ! 何がハレンチなのかよく分かんねーけど、ちゃんと話を聞けって!!」

 

 ゼロの言葉に疑いを込めた責めるような目を向ける翼。それには深く気にせずに、話の仔細を語り始めた。

 

「いいか、アイツをぶちのめすには俺の力と翼の歌の力が必要だ。だけど、お前はもう戦えそうな身体じゃない。だろ?」

「……確かに、お前の言う通りだ。この身はもう…真っ当に戦えるだけの力は持ち合わせていない……」

 

 口惜しそうにそう返す翼。さっきのような連撃などそう何度も出来るほどの力は無いに等しい。

 

「だからだ。俺と翼が合体……一体化すれば、その歌の力と俺の力を合わせて戦えるってことだ。翼は俺の中で歌い、俺の身体で俺と共に戦う。難しい話じゃないだろ?」

 

 難しいどころか、眼前の脅威を退けるのにこれ以上とない手段である。が、それは翼にとってあまりにも突拍子もない提案だ。

 思わず目を大きく見開きながらゼロに尋ねていくのも必然だった。

 

「だが、そんな事は可能なのか!?」

「俺たちウルトラ戦士は、これまでにも多くの人間と一体化して悪と戦ってきた。俺もそうだ。俺とお前……想いが合わされば、どこまでだって行ける。どんな敵でも倒せる。俺はそう思っている。

 それに、翼の事を気に入ったのも事実だ。あんな奴らとの戦いで、お前を死なせたくねぇんだよ」

 

 言葉に熱を込めるわけでもなく、されど自分の中の強い確信と思いを翼にぶつけるゼロ。そんなあまりにも真っ直ぐすぎる言葉の数々に、翼は不思議な気持ちになっていた。かつて自分の手を引いてくれた強く儚い彼女のような、今の自分の背を押してくれる後輩たちのような……。

 ただそれは決して嫌悪などではなく、むしろ愛好の意だと理解していった。故にその口元は、何処か歓喜を帯びながら持ち上がって行ったのだ。

 

「……了承した。共に戦ってくれるな? ウルトラマン、ゼロ」

「ヘッ、そうこなくっちゃな!」

 

 翼の背後に立つゼロ。その赤く明滅するカラータイマーから光が放たれ翼の身体を包んでいく。やがて光となった翼の身体は、そのままゼロの中へと吸い込まれていった。

 

 

『……これは……』

 

 優しい光にそっと目を開ける翼。そこで見たものは、眼前で息を荒げるノイズデガンジャの姿。心なしか、先ほどまで自分で見ていた時より巨大感は無い。否、ふと足元を見下ろすとその感覚は間違っていた。眼下に見えたのは先ほどまで自分が立っていた建物が小さく見下ろしている。つまりは。

 

『これが、ゼロの眼と言う事か……』

 

 意識を変えて自分の姿を見直す。機械的なギアは撤廃され、身体に纏うのはインナースーツのみ。だが胸のマイクユニットは普段以上に大きく展開していた。まるで、歌を普段以上に大きく響かせんとするように。

 

「どうだ、気分はよ?」

『不思議な感覚だ……。私は私としてちゃんとここに居るのに、お前と一体になっていることも理解る』

「そうか。だが、悪いがその感覚に慣らしてる時間はねぇぜ!」

 

 ゼロの言葉で顔を上げる。その目に映り込んできたのは、猛進してくるノイズデガンジャの荒々しい姿だ。

 翼はそれに対し、一瞬の反射としていなすことを決定した。相手の側頭を取り、その頭を逸らして向きを変え、バランスを崩す瞬間に足を掛けて倒す――。いつもの体捌きをいつものように自然と行った。そこに大した意識は存在せず、気が付いたらノイズデガンジャの巨体が自分の横に転がっていた。そこで彼女は真に理解した。これが、一体化なのであると。

 

『――いや、この一瞬で十分だッ! 往くぞゼロッ!!』

「あぁ! 反撃開始だッ!!」

 

 聖遺物が導く音楽に言魂を込めて歌いながら、名実ともにゼロと共に駆ける翼。何故だか理解できるゼロの動き、癖、特徴。その全てを自分に当て嵌めながら、尚且つ自分自身の思い描く動きもゼロへと連動されていく。

 歌が輝きを放ちながら位相差障壁を中和し、それに乗せて繰り出される鉄拳襲脚がノイズデガンジャに対し最も有効な攻撃と化していた。

 たまらず距離を置いて両の爪から雷電光を放つが、それに合わせるようにエメリウムスラッシュで相殺。一挙手一投足の全てに一つの隙も無かった。

 

 

「スゴい……スゴいです、翼さん!」

 

 戦闘の光景をモニターしながら、感嘆の言葉を漏らすエルフナイン。彼女だけでなく、その場の誰もが一体化して戦う翼とゼロの姿に衝撃を覚えていた。

 

『ウルトラマンとシンフォギア装者の一体化……。なるほど、つまりは光と歌のユナイトか』

「ユナイト……?」

『人間とウルトラマンの一体化……。ゼロのいた次元ではそう呼ぶことは無かったそうだが、私はずっとそう呼んできた』

 

 声だけではあるが何処かはにかむような口調のエックスに釣られ、エルフナインも笑顔になる。

 これは最早確信だ。あの何よりも力強い存在が、少女の歌を纏う光の巨人が、負けるはずはないのだと。

 

 

「俺の動きに合わせられるとは、やるな翼ッ!」

『徒手空拳も出来ずして、防人などとは言えぬからなッ!』

「でもよ、本当はそんなもんじゃねぇんだろ?」

『そうだな……我欲を通すであれば、あとは剣があればいい。天地万物を両断せしめんとする、無双の剣刃が――』

「だったらお誂え向きなモノがあるぜ!」

 

 ノイズデガンジャを蹴り飛ばし、頭部のゼロスラッガーを解き放つ。二本の刃は回転しながら眼前で合体し、巨大化。弓のような形をした輝く双刃大剣が完成した。

 

「ゼロツインソードッ!! どうだ、コイツじゃ満足できねぇか?」

『いや……いいや、防人の剣に此れ以上の不足は無いッ!!』

 

 中央の持ち手穴に手を通し握り締める。そこから感じる剣の感触は、天羽々斬のアームドギアを握った時と同じような親和性があった。其れを扱う術などは、躰が既に理解しているのだ。

 勢いよく跳びかかり、ゼロツインソードで激しく斬りつけていく。位相差障壁ごと斬り裂く斬撃は火花を散らしながら痛手を与え続け、ノイズデガンジャはもう真っ当に動くことも出来なかった。

 

「さぁ、こいつで終わりだッ!」

『我らの刃、受けて散れッ!』

 

 突進と共に高速で回転するゼロツインソード。その刃からは其々赤と青の炎が溢れ、二色の炎が織りなす炎輪と化した。それと共に翼の歌が更なる強さを増していった。

 それは一番聴いて欲しかった声。今は亡き者に、あの日喪った者に向かって叫び唄う。天地を越えて、我が命を唄う響きが届くようにと。その命が為すは唯一つ…夢を防人ることであると。

 

『「征ィィィ也ァァァァァッ!!!」』

 

 擦れ違いざまに放たれる赤き炎の上段袈裟切りと青き炎の下段斬り上げの二連撃。美しく舞い散る炎に相手は間違いなく両断される。此れぞ風鳴翼の得意とする技の一つ、それをウルトラマンの身体で行使することで必殺の精度を高めた一撃と化した新技、【風輪火斬 零太刀】である。

 ツインソードを元のゼロスラッガーに戻し、頭部に再装着。瞬間、背後でノイズデガンジャが爆発消滅した。黒き灰となって消えゆく様は、正しくノイズのそれだった。

 

「へへっ……。どうだヤプール!!」

 

 誇らしげに暗雲へ叫ぶゼロ。だが暗雲より一部始終を見ていたヤプールからは不敵な笑い声が帰って来た。

 

『フッ……フハハハハハ! 一つ倒した程度でいい気になるなよウルトラマンゼロ!』

「ハッ、負け惜しみもその辺にしとけよ!」

『負け惜しみ? 違うな。まだ我らの侵略は始まったばかりなのだ!』

『ただの尖兵だったと吐かすか…!』

『怯え竦め地球人どもよ!! この世界にノイズは蘇った!! そして我がヤプールが生み出す超獣もまたこの世界の脅威となってやろう!! 精々絶望に呻き苦しむ様を見せるがいいッ!! ハーッハッハッハ!!!』

 

 高笑いと共に消える暗雲。陽も沈み星が輝く夜の虚空へ、ゼロと翼が共に睨み付けた。

 

「――ッざけんなよヤプール! テメェらの好きには絶対やらせねぇからな!! この俺が……」

「――いや、私達がッ! 貴様らを斬り伏せる剣となろうッ! 世界を守護る盾となろうッ!!」

 

 

「ウルトラマンを――」『防人の歌を――』

『「嘗めるなよッ!!!」』

 

 

 ヤプールに対する抵抗意志を叫び上げるゼロと翼。高笑いまでが消え去った後、ゼロの身体が光へと還っていった。光が消えたその場には、ギアも解除されライブ衣装に戻った風鳴翼が立っていた。その左手には、ゼロが装備していた物と同じウルティメイトブレスレットが付けられていた。

 

「これは……」

『俺と一体化したって証だ。別の世界で動くなら、こうした方が手っ取り早いしな』

「……あぁ、確かに感じるな。お前が私と共に在るということが」

 

 軽く念じるとブレスレットの宝玉が輝きだす。力強く前向きな輝き。やはりそれは、何処かの誰かと被らせてしまう。不思議な相手だ。

 

『ヤプールのヤツらがどう動いてくるか分からない以上気は抜けねぇが、お前となら大丈夫そうだ。よろしくな、翼!』

「あぁ、此方こそよろしく頼む、ゼロ」

 

 互いに存在を確認しながら、改めて挨拶を交わす。ヤプールの手から世界を守護る、これはその為の契約だ。それを心で受け止めながら、翼はまた街の方へ歩いていく。少しすると緒川の運転する車が迎えに来てくれたのが、内心嬉しかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 タスクフォース本部指令室。全員が改めて腰を落ち着かせ、事態の収束に一息吐いていた。

 

「とりあえず、終わったようだな」

 

 流石の風鳴弦十郎も、この一連の事態には大きく溜め息をついてしまう。そのまますぐに通信機を日本のクリスへと繋げた。

 

「……クリスくんか?」

『他に誰がいんだよ。……で、そっちは?』

「あぁ、無事に収束した。色々聞かなきゃならないことはあるがな。それでだ、一度装者全員を招集してミーティングする必要が出て来た。翼と緒川を回収した後日本に向かうから、そこで行おう」

『了解。ったく、コイツらみんなそっちに行くんだーって大騒ぎで大変だったんだぜ?』

「だろうな。ありがとうクリスくん、よくみんなを抑えてくれた」

 

 弦十郎の素直な労いの言葉につい顔を綻ばせてしまうクリス。

 

『ま、まー上級生として当然のことだし? センパイにも頼まれたからな』

「そうだな。……じゃあ、また日本に到着したら連絡する」

『あいよ。海で襲われないように気を付けるこった』

 

 クリスの軽口で通信を終える。あとは翼と緒川の帰還を待って、事後処理を済ませた後すぐに出航だ。先に控えた仕事を思い、小さく溜め息を吐く弦十郎。そこに語り掛けてきたのは、エックスだった。

 

『お疲れ様です、風鳴司令』

「あぁ、此方こそ……協力に感謝する。だが、これからやる事は山積みだ」

 

 怪獣を送り込んでくる謎の侵略者ヤプールと、それと戦う光の巨人ウルトラマン。復活を果たしたノイズと、そこに併せ出て来るアルカノイズ。傷付き倒れ未だ目覚めぬ救世の英雄マリアと、ゼロと名乗るウルトラマンと一体となり共に戦う歌姫風鳴翼。たった一晩で、この世界を取り巻く状況が一変してしまったのだ。

 

『ヤプールは言いました。侵略は始まったばかりなのだと。ですが、この世界には私が居た世界のような対怪獣防衛組織は存在しない。だから……』

「俺たちがどうにかしなきゃいけないな。……あの子達に、また戦いを強いてしまうのは不本意だが……」

『……ゼロが帰還したら、増援を要請出来ないか相談します。場合によっては一度私が元の世界に戻り、信頼できる仲間を連れて来ましょう』

「そんなことが出来るのか?」

『ゼロの持つ力……ウルティメイトイージスは次元を超える力を持っています。此方の世界へもそれを用いてやってきましたので』

「なるほど、それなら信用できるな。あとは俺が、この世界の偉いサン達になんていうか、ってところか」

 

 部隊を率いる者として、そして大人としての責務を果たすべく気合を入れ直す。

 全てはこの場所へ、風鳴翼とウルトラマンゼロの両名が戻ってきてからの事である……。

 

 

 

 

 

『……ゼロはそれを選んだか。80、お前はどう思う?』

『あの強化された怪獣を討つのであれば、ゼロの選択は最良だと思います。ですが、私達が見込んだ彼女らは、本当に共に戦ってくれるのか……。

 ……いや、私達自身が、彼女らと共に戦えるのかどうか……』

『……俺たちも見極めねばならない。この星の人々を……星の歌に選ばれた、彼女たちの事を』

『そうですね、エース兄さん……。全てはまだ、始まったばかりなのだから……』

 

 

 

 

 

 EPISODE02 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 03 【悪し様の思い、戦う想い】 -A-

 シドニーでの戦いより2日。ニュースや報道番組では延々と怪獣のこと、ノイズのこと、そして光の巨人の事について決着の付かない議論が展開されている。

 寝起きのパジャマ姿のまま、歯を磨きながらクリスがそれを眺めていた。

 

「…ったく、何が面白くてこんな話ばっかしてんだか」

 

 でかでかと新たなる脅威と出ているテロップや不安を煽るコメンテーターが多い番組構成。この国の報道事情など興味の欠片も無いが、どうにも不快極まりないことまで聞こえてくるから厄介なことだ。例えば、『あの巨人も人類の脅威なのではないか』と。

 何度見たかも知れないウルトラマンゼロとノイズデガンジャの戦闘映像がまた流れ出す。そこから聞こえる歌は、間違いなくあのセンパイ…風鳴翼のものだ。何度となく近くで聴いてきたのだから間違えるはずがない。

 状況がどうあれ、センパイはあの巨人と共に戦う選択をした。それはあの巨人が信用に足る存在だとセンパイが認めたからだ。あの人が認めたヤツが敵でなどあるものか、この無能論者どもが――。

 

「…あーもう、朝から何考えてんだアタシは」

 

 頭を掻きながら乱れた思考をリセットすべく冷水で口をゆすぐクリス。昨晩受けた司令から連絡では、国連の方に掴まってしまい本部としては動けないとのことだった。とりあえず友里あおいと他数人のスタッフだけ帰国させ、状況の簡易把握に努めてほしいとのことだった。

 あおい達と合流するのは今日の放課後。予定外にして予想外の事でもなければ、まぁ問題は無いだろう。

 手早く着替えと身嗜みを済ませ、仏壇に供えた両親へ挨拶もちゃんとしてからの登校だ。この2日間で起きた喧騒とは無縁にも思える初秋の晴天。登校中の生徒はまだ疎らで、いつもより早く出ちまったかとボンヤリ考えながら歩いていく。

 

 

 

 EPISODE03

【悪し様の思い、戦う想い】

 

 

 

 気が付けばいつもの学び舎の正門。いつものように潜り抜け、何ら変わらず歩いていく。そんな彼女に向けて、最近ようやく慣れてきたいつもじゃない声が聞こえてきた。

 

「おはよう、雪音さん」

 

 朝の早くから柔和な笑顔と優しい声で挨拶をしてきたのは、臨時講師の矢的猛だった。女学校であるリディアンに何故男の先生が…という疑問は勿論だったが、他の教師曰く進路指導と生活指導の一環として招いたんだそうだ。

 女学校とは言え彼女ら生徒もやがて社会へ出て行く身。中には男性と言うモノに対し良くも悪くも特殊な感情を抱く者もいる。そんな女生徒に対しても分け隔てなく、不安や嫌悪を感じさせないような…所謂綺麗で無害な人間を、という旨らしい。

 そんな矢的猛、生徒たちからは概ね好評を得ていた。教師たちの目論み通り、『優しいし信頼できそう、授業が分かりやすい、親身になって相談に乗ってくれる』などの声が多く寄せられている。彼へのその評価は、クリスもほぼほぼ同じものを抱いていた。

 

「おはよーございます、矢的センセ」

「今日は早いね。日直かい?」

「偶々ですよ偶々。センセーこそ、いつもそんな早いんです?」

「教師だからね。…それに、今巷を騒がしている事についても気になるからかな」

 

 猛の言葉に今朝のニュースを思い出すクリス。胸に軽い呑酸のような不快感が湧き上がり、つい顔をしかめてしまう。

 

「…ハッ、センセーに何かできるのかい?」

 

 その不快感を払うかのように、思わず心無い言葉を吐き出してしまった。出してからその言葉が素直さの欠片も無い一言だったことを自覚し、ハッと後悔するように猛の顔へ眼をやる。

 彼は、変わらず優しい笑顔だった。

 

「そうだな…。私に出来ることなどたかが知れているだろう。だが、この騒動で心を痛め病んでいる生徒は確かに居る。

 私はそんな生徒たちと話をして、少しでもその不安を和らげてあげたい。教師として、私に出来る最大限の事をね」

 

 力強い言葉だった。強くて優しくて、あまりにも眩しかった。正視し続けていると、本当に不安が無くなっていくんじゃなかろうか…。そんな錯覚を覚えるほどに。

 

「雪音さんも、なにか心配事があればいつでも相談してくれて構わないよ。誰かに聞いてもらうだけでも、心の曇りは晴れるものだからね」

「……まぁ、もしそんな時が来れば、ね」

 

 少し遠回しに否定の言葉で返すクリス。人付き合い、まだ慣れてないなと内心で思い、ついつい足取りが速くなってしまった。

 

「それじゃセンセ、アタシは先に行くよ」

「あぁ。今日も一日、一所懸命に」

 

 去り際の猛の言葉を小さく鼻で笑いながら、校舎へ消える。願わくば、平和な一日でありますようにと思いながら。

 

 

 

 そして午前が過ぎ、午後に入り…異変など起こりようもないような平和さで半日が過ぎ去った。放課後のホームルームも終わり、帰路に就く学生たちの波を流しながら校門でクリスが佇んでいた。

 彼女のその姿を見つけ、仲良く手を繋いだ二人の少女が駆け寄ってくる。調と切歌だ。

 

「クリスせんぱーい!お待たせデェス!」

「おう。あの馬鹿は?」

「響さんは…あっ、来ました」

 

 振り向いた調の答えに、クリスと切歌も校舎出入り口の方へ向く。そこには明るい笑顔の響が隣に未来を連れて駆け寄ってきた。

 

「ごめーん!みんな待った?」

「大丈夫、私達も今来たところだから」

「よし、揃ったな。んじゃ行くか」

「クリス、私も一緒に居ていいのかな…?」

 

 先頭を歩き出すクリスに問い掛ける未来。装者達との仲が最も深い間柄の彼女であるが、流石に今回はS.O.N.Gとしての作戦事項もある。協力者とは言え民間人である自分が居ていいとは、到底思えなかった。

 

「大丈夫じゃねぇの?あおいさんがそこまでヤバい機密を漏らすはずないだろうし、今更だろ」

「そうデスよ!未来センパイもちゃんとしたアタシたちの仲間なのデス!」

 

 クリスと同意するように入ってくる切歌。中々に可愛らしい後輩である。

 

「ありがとう。じゃあ、お邪魔しようかな」

「ねぇねぇクリスちゃん、ミーティングってどこでやるの?クリスちゃんち?」

「だからアタシのプライバシーを尊重しろってんだ!ふつーのところでふつーに済ませばいいんだよ!ファミレスとか!」

 

 ファミレスとはつまり、姦しい女子会から試験勉強までなんでもござれ千客万来の行きつけレストラン、イルズベイルのことだ。が、そんなところで話せるような内容なのだろうか。苦い顔で脳裏にそんな事をよぎらせた瞬間、切歌がまた元気な声で提案してきた。

 

「ハイデース!だったらcafeACEでどうデスか?あそこなら静かだし、オシャレ空間でミーティングも進むと思うデース!」

「私も切ちゃんに賛成。みなさんは、どうですか?」

 

 調の賛成も合わせ、特別拒否する理由も見つからない。全員が其々首肯し、万事解決だ。みせに向かって歩き出す中でクリスがあおいに連絡を取り、場所を連絡しておいた。一先ずはこれで、不備はないだろう。

 

 

 

 

 放課後のカフェは普段なら学生や主婦層の客も多いのだが、今回の怪獣騒動でその数はいつもより少なくはなっていた。なんとも微妙な表情で外を眺める北斗星司だったが、閑散とした店の扉が開き最近よく聞く元気な声が聞こえてきた。

 

「こんにちはデーッス!!」

「北斗さん、お邪魔します」

「お、切歌ちゃん調ちゃんいらっしゃい!今日は先輩たちが一緒なんだな」

「ハイデス!でも、今日はお客さん少ないんデスね」

「この前の騒動で客足止まっちゃってね、こっちの商売あがったりだよ…。チクショウめ、ノイズだか怪獣だか知らねぇが、出て来やがったら俺がブッ飛ばしてやる!」

「だ、駄目デース!そんなことしたら、星司おじさん死んじゃうデスよ!」

 

 血気盛んな星司の言葉に、思わず切歌が止めに入る。いつからそんなに仲良くなったのかは調だけが知っていた。

 夏休み終わりの初来店の日以来、二人ともえらく気に入ってしまい事ある毎に立ち寄っては色んなパンを食べ比べていたのだ。そうこうしている内に話す機会が増え、随分仲良くなったという経緯である。

 

「お、なんだ切歌ちゃん、心配してくれるのか?」

「切ちゃんが心配してるのは、北斗さんのパンが食べれなくなることだよね?」

「おいおい、そりゃ酷いな。俺はパンだけの男だってかい?」

「調ってば何を言うデスか!パンはもちろん大事デスけど、星司おじさんだって大事デスよ!」

「ほぉ、そりゃ嬉しいね。調ちゃんはどうだい?」

「…私も、北斗さんは大事です。切ちゃんやみんなを、笑顔にしてくれるから」

 

 少し恥ずかしそうに上目で言う調。自分を想ってくれる二人の少女に喜び陽気な笑顔で二人の頭を強く撫で回す。

 

「よぉし、今日は二人の先輩方やお連れのお姉さんも合わせて、一人1個までパンをサービスしよう!嬉しいコト言ってくれたお礼だ!」

「やったデス!じゃあこれからはおじさんの喜ぶようなこと言えばいっぱいサービスしてくれるんデスね!?」

「んん、おじさんそういうコト言う娘にはサービスしてやらんぞ?さっきのは取り消して、切歌ちゃんだけサービス無しにしようかなぁ~?」

「じょっ、冗談デース!調、おじさんの気が変わる前に決めちまうデスよ!」

「もう、言われたの切ちゃんだけなのに…」

 

 先輩たちの輪に入り急ぐ背中を笑いながら、あおいが星司に会釈する。

 

「申し訳ありません、あの子たちが失礼なことばかり…」

「気にする事ないさ。お姉さん、あの子らの保護者かい?」

「…近からず遠からず、です」

「そうか…。まぁ、立ち入った話は無しにしよう。ほら、お姉さんも選んだ選んだ」

 

 気さくな星司の言葉に、あおいも柔らかい笑顔で返答する。みんなでワイワイとパンを選ぶ姿は、一気に華やかなものとなっていた。

 飲み物と共に会計を済ませ、一番奥のカフェブースに席を取る一同。その姦しさも、あおいの咳払いですぐに静まっていった。

 

 

「それじゃ、始めましょうか」言いながらノートパソコンを広げ、各々に片耳用のイヤホンを手渡す。情報漏洩なんて大げさなものではないが、あまり外部に漏らしていいモノでもないのだろう。

 画面に映し出されたのは、先日のウルトラマンと怪獣の戦闘映像。ニュースで何度も見てきたものだ。

 

「大まかな事情はみんなも知ってると思うけど、一先ず上は【ヤプール】と名乗る者を敵性体であると言う認識をしているわ」

「ったりめーだ。あんだけハデに殴り込んで来て、オトモダチになりましょうだなんて通るものかよ」

「クリスちゃんがそれを言うと、結構説得力ない気がするなぁ~?」

 

 すかさず茶々を入れる響に対し、その小さな平手で彼女の頭をブッ叩くクリス。ただのドツキ漫才なのは言うまでもない。

 

「ひどいよぉクリスちゃぁ~ん…」

「だったら余計なこと言うな馬鹿」

「ハイハイ脱線しない。…確かに、私達には敵対していたクリスちゃん、マリアさんや調ちゃん切歌ちゃんと分かり合い、仲間として迎え入れることが出来てきたわ。

 でも…今回は本当に、そういう事が出来ない相手だと言う話なの」

「話って…」

「それ、どこからの情報なんデス?」

「…他の誰でもない、ウルトラマン達から」

 

 声を潜めて言うあおいに、周囲の顔が驚きに変わる。だが、真に驚くのはこの次のことだ。

 

「超質量を持つ怪獣の攻撃には、たとえシンフォギアを纏っていてもひとたまりもないわ。翼さんもマリアさんも、一時は瀕死の重症を負う程だった。

 そこへ現れたのが、あのウルトラマン。本人は自身の事を【ゼロ】と名乗っているわ」

「…二人とも、そのウルトラマンに助けてもらったんですね」

 

 先程とは打って変わって真剣な表情で尋ねる響。それに対しあおいも首肯で返す。

 

「一度はウルトラマンゼロが怪獣を倒した。でも怪獣は形を変えて蘇った。…ノイズとアルカノイズ、両方の特性を併せ持ったノイズ超獣として」

「ノイズと…」「アルカノイズもデスか…!」

「その特性により、ウルトラマンもノイズ超獣に対して有効な手段が無くなってしまったわ。そして彼は、もう一つの手段を取ったの」

「もう一つの、手段…?」

 

 反芻する未来の言葉に、あおいは次の映像へ変えた。今度はマスコミにも流出を許さない映像だ。そこに映っていたのは、光と共にゼロの中へと吸い込まれていく翼の姿だった。

 

「センパイ!あおいさん、これは…!?」

「…翼さんは、このウルトラマンゼロと一体化した。シンフォギアの力でノイズの位相差障壁を無力化し、ウルトラマンの力と合わせて超獣本体を討ち倒すことに成功したの」

「つ、翼さんの身体は…」

「現在精密検査の真っ最中だけど…本人からは、『十全です』とだけ返されちゃって」

 

 やや呆れた笑顔に変わるあおい。まぁ心配してみれば何一つ問題なかったと言われれば、こうもなろう。

 周囲から安堵の溜め息が漏れるが、調と切歌だけはまだその顔をしかめたままだった。

 

「…あおいさん、マリアの容態は?」

 

 先に口を開いたのは、調だった。彼女の言葉を受け別の映像を映し出す。そこに居たのは、ベッドの上で眠っているマリアの姿だった。

 

「…先日の戦い以降、彼女はまだ目を覚ましていないわ」

「ま、マリアはそんなに悪いんデスか!?」

「……受けたダメージで言えば、明らかに致死量だった。即死と言っても過言じゃない程だったわ。…でも、現在はバイタルの上では正常。外傷も無し。意識が回復していないことを覗けば、十分に健康体といえるわ」

「よかった…。でも…だったら何故…」

「なんで、マリアは目を覚ましてくれないデスか…」

 

 一瞬安堵はしたものの、すぐに鼻声となってしまう調と切歌。彼女らにとってマリア・カデンツァヴナ・イヴとは、頼れる姉であり遺された唯一の身内に等しい存在なのだ。こんな状況に陥って、心配しないはずがない。

 

「…恐らくだけど…ウルトラマンゼロが出現した時、マリアさんを覆うように光が差し込んだの。それが、何か影響しているんじゃないかと…」

「…さい、デスか」

 

 しょんぼりと意気を消沈させる調と切歌。先程でもそうだが、きっと不安や心配を伝播させないようになんとか元気を振り絞っていたのだろう。そんな彼女らの姿を見て、二人の間に割って入るように手を握り、響が強い笑顔で明るい言葉を放った。

 

「大丈夫だよ二人とも!マリアさんだってちゃんと目を覚ましてくるし、またカッコ良く帰ってくるって!」

 

 握った手は暖かく、彼女本来の優しさと強さを象徴しているかのようだった。根拠も無ければ保証も無い。だが、それでも信じてみたくなる。今の立花響の言葉は、そんな思いが溢れていた。

 

「…ありがとう、響さん」

「アタシたちがショボンしてちゃダメデスよね…!」

 

 二人の少女に笑顔が戻り、重い空気はまた明るさを取り戻す。閉鎖した環境に囚われるように育ってきた調と切歌が誰かを信じるようになれたのも、こうやって響が手を繋ぎ、クリスのような先達がいたからであろう。

 

「アイツの居ない分は、アタシらでしっかり埋めてやらねーとな」

「はいっ」「デース!」

「それじゃ、話を進めるわね。今後のみんなについて」

 

 あおいが新しい話に入るとすぐ静かになり、皆が一様に聞き入る姿勢へ変わっていた。

 

「ノイズ及びアルカノイズが出現した場合は、いつも通り最寄りの装者が出動、殲滅にあたる。出現場所が分散した場合は、その距離や規模を考慮した上でフォーメーションを組んで当たってもらうわ。調ちゃんと切歌ちゃんには申し訳ないけど、常に二人のセッションが出来るとは思わないで」

 

 他の装者より戦闘技術と適合率が劣る調と切歌は、どうしてもまだ二人で一人前程度だと言わざるを得ない部分がある。勿論二人の纏うシンフォギア…シュルシャガナとイガリマにも、響のガングニールやクリスのイチイバル、翼の天羽々斬やマリアのアガートラームにも劣らぬ特性は秘めている。だが本来は女神の携えた双刃が所以とされる聖遺物。二人で共にあることが、その力を最大限引き出すのである。それを意図的に崩す状況も有り得るということだ。

 

「つまり、基本は先輩のバックアップ…」

「が、頑張るデス!」

「頼りにしてるよ、二人とも!」

「まー今更ノイズやアルカノイズ程度じゃ問題はねぇな。それより問題は…」

 

 そう、ノイズよりも遥かに厄介な相手が控えている。怪獣だ。

 

「怪獣撃滅については上も戦力を出すとは言っているわ。でも、シドニーの一件を鑑みるとあまり期待できないかも知れないわね…」

「センパイたちであれだけ苦戦したんだもんな…。それも、ウルトラマンの助けが無ければどうなってたか…」

「そう…。だからこそ、対怪獣の状況は慎重にならざるを得ないわ。協力の意を示してくれているウルトラマンも常に居るとは限らない。その中で最も有効な対抗手段は、唯一遠距離で最大火力を叩き込めるクリスちゃんのイチイバルよ。怪獣と対峙する場合、装者は可能な限り全員が揃い、クリスちゃんの防衛を中心に行動しつつイチイバルでの攻撃を優先。臨機応変に響ちゃんとS2CAツインブレイクを行うことも考慮して挑むこと。…までが、風鳴司令からの指示よ。それと…」

 

 と、あおいが未来の方へ目をやる。装者ではないが関係者、そんな裏を知る人物である彼女には別に頼むべきことがあった。

 

「未来ちゃんには、率先して避難誘導をお願いしようかしら。もちろん自分の命を最優先にした上で、だけど」

「は、はいっ!」

「えへへ、よろしくね未来」

「うんっ。響たちが戦いやすいように、私は私の出来ること頑張るね」

 

 笑顔のやりとりも済ませ、今後の行動指針も一先ずは決定した。どうしても攻め手に欠き後手に回ってしまうのは仕方ないが、対処が分かれば動きやすいものだ。ある意味では、いつもの災害救助と似たような事である。

 

「それじゃ、私は本部の方に戻るわね。司令に色んなこと、報告しなきゃ」

「あ、あおいさん…」と呼び止めたのは調。だが彼女だけでなく、切歌の目線も向けられていた。

「あの、ここのパンをお土産で持って帰って欲しいのデス…!」

「マリアが起きたら、食べてほしいから…。それに、翼先輩やエルフナインたちにも」

 

 心も体も幼いながら、大切なものへの想いは他者と比べるまでも無い強さを持った二人の少女。そんな彼女たちの小さなお願いを、あおいは快く笑顔で承った。

 

「えぇ、分かったわ」

 

 きっとそんな無垢な優しさが、二人の歌を強くしてくれるのだろうから。

 

 

 

 

 一方、国際連合超常災害対策機動部本拠地。

 ご立派にしてご大層な施設の内部、そのメディカルルームから検査を終えた翼が出て来た。すぐに無線式の小型イヤホンマイクを片耳に装着する。その直後、彼女の耳に男の…ウルトラマンゼロの声が響いてきた。

 

『随分と時間がかかっちまったな』

「仕方あるまい。前例のない事だからな、どうしても情報を欲しがってしまうのだろう」

 

 シドニーの戦いより二日間、翼は休む間もなく検査の連続を受けていた。まずはウルトラマンゼロと同化したことへの身体状況、副作用などを調べ、次いで左手に装備されたウルティメイトブレスレットを徹底的に解析された。その結果としては…

 

「…何も解らぬままか」

『だろうな。この世界の技術力でウルトラマンのことを調べようなんざ土台無理な話さ』

 

 そういう科学的な事は測り切れぬ翼だったが、この一連の検査はやはり心地の良いものではなかった。実験動物とは、こんな思いをしていたのだろうかとふと考えてしまう。

 そして、この場にもし櫻井了子かDr.ウェルが居たのならば、この身の変化と彼をどのように解き暴こうとするだろうか。考えるとまた、気分が悪くなってしまった。この左手に宿る、命の恩人にして共に戦うと決めた仲間にどう詫びればいいのだろうか――

 

『お前が気に病むことじゃねぇよ、翼』

「ゼロ…」

『別に、人間全員がイイ奴だなんて綺麗事信じてるわけじゃねぇしな。翼やお前の仲間みたいなイイ奴もいれば、どうしようもない奴だっている。それは、ウルトラマンだって同じさ』

 

 ゼロの言葉は、どこか遠くのように感じられた。それは誰を想っての事だったのか、翼に分かるはずもなかった。

 ただ彼が、自分の心身を案じてそう言ってくれたという事だけは理解できた。

 

「…すまんな、感謝する」

『いいってことよ。で、検査はまだやるのか?』

「いや、一通り済んだはずだ。着替えて指令室の方に戻ろう」

 

 言いながら更衣室に入っていく。自分の服を入れたロッカーを開け、乱雑に仕舞われた服の中から先に手拭いを取り出し左手のブレスレットを覆い隠すように巻き付けた。

 

『おいおい、またかよ翼…。前にも言ったけど、なにも意味ねーよソレ?』

「…き、気分の問題だ」

 

 ブレスレットの中央についている青い宝玉。別に何が悪いワケでもないのだが、そう言うのがあるとつい気にしてしまうのだ、邪な視線があるのではないかと。人々を守護る防人であれど、その中に秘めた乙女の部分はこういう無駄なところで顔を出してしまうのだと再確認してしまった。が。

 

『…別に好き好んでお前の身体を見たりするかよ』

 

 ポソっと呟いたゼロの言葉に瞬時に反応し、鉄筋コンクリートを仕込んだ鉄壁に裏拳の要領でブレスレットを全力で叩き付けた。とりあえず連日の検査で分かったこと。この程度じゃコレは壊れない。

 

『イッタい!!?急に何すんだ翼ァッ!!』

「それはそれで何故か非常に腹立たしかった。それだけだ」

『だぁーもう、わっかんねぇなぁ!』

 

 ゼロの文句を聞き流しながら服装を整える。軽装を着こなし終えたらブレスレットの手拭いを外して仕舞い、早足で歩いて出て行った。

 

 

 

 翼が指令室のドアが開くと、そこにはエルフナインが一人でモニターに向かい合っていた。いや、向かいのモニターにはエックスの姿も映されている。実質二人、と言ったところか。

 そのドアが開いたことを察し、エルフナインが翼の方へ振り向いた。

 

「あっ、翼さん!検査お疲れ様です!」

「あぁ、エルフナインも作業お疲れさま」

 

 そのまま彼女の隣に立つ翼。やはり、モニターを見ても何が表示されているのかチンプンカンプンだ。

 

「何か分かったことがあったのか?」

「現時点では、あの怪獣…デガンジャと呼ばれた個体についての情報と、ヤプールや怪獣、ノイズが出現する際の時空振動波の違い…あとはウルトラマンとのユナイト状態を数値化するところまではやりました」

「ユナイト状態の、数値化…?」翼の問いに、次いで答えたのはエックスだった。

『私が説明しよう、翼。人間とウルトラマンとの合体…即ちユナイトは、その交わりが強ければ強いほど力を高められるんだ。これは私の経験に基づくことだ、間違いはない。それを皆が分かりやすく管理するための数値化と言う事だ』

「何故管理する必要がある?」

『ユナイト数値が高くなることで、君自身の身体にかかる負荷も増大する。過度に心身が同調されていくことで、受けるダメージまで増えてしまう恐れがあるんだ。共に戦う以上、翼の身体を疎かに考えるわけにはいかないからな』

「…つまりは装者と聖遺物との適合率のようなものか。なるほど、得心した」

 

 理解と把握を済ませ納得する翼。そんな彼女へ、次はエックスから問いかけがあった。

 

『すまない翼、ゼロと話をしても大丈夫か?』

「あぁ、構わない」

 

 翼の返答と共に、ブレスレットの宝玉が輝きだす。そこから、ホログラムのようにゼロの姿が浮かび上がってきた。

 

『どうした、なんか用か?』

『あぁ…色々と情報も得たから、一度持ち帰って整理したくてね。大地やグルマン博士の意見も聞きたいし、またイージスの力で戻してくれるとありがたいんだが』

『あぁ、スマン。無理だ』

 

 ゼロから放たれた一言を聞き無言になるエックス。コイツは一体何を言っているんだろうかと言わんばかりの沈黙だった。

 

『……ゼロ、改めて尋ねたい。イージスの力で一度私を元の世界に戻してはくれないだろうか』

『だから無理だって言ってんじゃねぇか』

『ど、どういうことだ!なぜイージスの力が使えないんだ!まさかエネルギー切れとかそういうことか!?』

『いやな、こっち来てからイージスがどっか行っちまったんだ。正確には、イージスの力で俺がこっちに降臨した時に、だな。ついでにダイナとコスモスの力も、この前使った後使えなくなっちまった』

『だからそれは何故だと…!!』

『んなもん俺が知る訳ねぇだろ?つーか、別に大地や博士に相談しなくても俺たちがいりゃなんとかなんだろ』

『なるかッ!私は身体を大地に預け、意識部分だけでこっちに来たんだぞ!これではユナイトどころかただのナビAIじゃないか…!向こうに戻れたらXioの増援も期待できたというのに…!』

 

 もしホログラムとしてエックスの姿が映し出されていてば、彼は今思い切り頭を抱えているだろう。そう思わせるほどの落胆具合だった。

 ウルティメイトイージス…ウルトラマンゼロが別の宇宙にて、平和を脅かす侵略者と戦った時にその世界の【神】が平和を願う人々の心を束ね紡ぎゼロへ託した輝き。ゼロと共に存在していた其れは、時空を超え、銀河を跨ぎ、彼と共に宇宙の脅威を討ち倒してきたものだ。

【ダイナ】と【コスモス】の力もまた、別の宇宙で彼に授けられた力。シドニーでの戦いで見せた【赤いゼロ】と【青いゼロ】になる為の力でもある。

 今となってはゼロにとっても欠かすことは出来ないもののはず。だが、彼は別にそれを嘆くことも無くあっけらかんとしていた。

 

『グダグダ言ってんなよエックス。さっきも言ったが、俺たちがいりゃどうにでもなるさ』

「ゼロ、先程から『俺たち』とは言うが…この世界に居るウルトラマンは、お前とエックスだけではないのか?」

 

 と尋ねるのは翼。はたまたそれは、一体化している自分を『俺たち』の中にカウントしているのだろうかという疑問からだった。

 

『いや、俺とエックス以外にあと2人居る。ヤプールの放つマイナスエネルギーとこの世界の関連性を調査するために、人間として暮らしているはずだ。

 ウルトラマンAとウルトラマン80…どっちも俺の大先輩でな、頼りになる人達だぜ?』

「エースと、エイティ…。すみませんゼロさん、そのお二人の特徴、もっと具体的に教えてくれませんか?」

『おう、いいぜ!』

 

 デスクに向かうエルフナインの要望に快く応えるゼロ。エックスと共に、新たな情報整理を行っていくのだった。

 

(…実質戦力として数えられるウルトラマンは、ゼロとそのエース、エイティの3人か…)

『大したこたァねぇさ、翼。ノイズが出ればお前やお前の仲間が戦い、怪獣が出れば俺たちウルトラマンが戦う。ノイズ超獣になったら俺たちで倒せばいい。だろ?』

 

 一体化しているからだろうか、不安を読んだかのような返しをするゼロ。そうだ、深く考えることは無い。私には…この世界には今、それだけ頼りになる者が居るのだから。

 

「そうだな。頼りにしているよ、ゼロ」

 

 僅か二日で得たものはまだ信頼と言うには遠すぎる。だが共に戦場を駆け抜けたことで、そして共に在ることで信用は出来ている。ウルトラマンの強さ、そしてこの世界を守護りたいという意志はこの身に染みているのだから。

 それだけ確認できた。そう思った瞬間、指令室のアラートが大音量で鳴り響いた。

 

「警報ッ!?エルフナインッ!」

「ノイズ出現予測を感知しました!場所は日本です!」

『時空振動も感知している!このまま上昇すれば怪獣出現も考えられるぞ!』

 

 言った傍からか、と思わず歯軋りをする翼。幸い日本ならば他の装者も揃っている。簡単に危機的状況へ陥ることは無いだろう。だが可能な限り早く、対処行動は取らなければならないのも事実だった。犠牲者など、出ないが良いに決まっているのだから。

 

「エルフナイン、すぐに司令とあおいさんへ連絡して藤尭さんを起こすんだ。私は雪音たちに伝え、出動準備をしておく!」

「り、了解です翼さん!お気をつけて!」

 

 凛々しい笑顔で左手を上げて走り去る翼。彼女の付けたブレスレットの輝きも、まるで『任せとけ』と言っているようにエルフナインは感じていた。

 当本拠地は早朝を迎えたところ。つまり日本では、夜の賑わいが見られる時間帯である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 03 【悪し様の思い、戦う想い】 -B-

 

「……!……!…あぁ、頼むぞ雪音!」

 

 言葉早く連絡を切る。あおいが話をしていてくれたおかげで、装者たちもすぐに対ノイズ殲滅行動に入れそうだった。

 

『見事な手並みだな』

「茶化すな。ゼロ、日本までどれくらいの時間がかかる?」

『翼の身体に負担がかからない範囲で出せる最高速で、2時間ってところか。イージスがありゃ一瞬なんだがな』

「無い物強請りは出来まい。出動許可が下り次第、可能な限り速く行こう」

『応よ!』

 

 

 

 一方日本で、連絡を受けたクリス、響、調と切歌が其々奔走していた。互いに通信機で連絡を取り合いながら、最寄りで待機している移動用ヘリへ向かっていた。

 

「まさか三箇所バラバラにノイズを出してくるとはな…!」

『クリスちゃん、到着したよ!』

「分かった、先に行け!一番遠いA地点だ!」

『オッケー!』

 

 迷うことなく響へ指示を出すクリス。彼女が一番先にヘリへ到着してくれた事に僅かに安堵していた。A地点は東北、日本のライフラインの一部を担う発電施設が近くにある場所。もし万が一そこが壊されでもすれば、どんな大惨事が待ち受けているか火を見るより明らかだ。

 アームドギアが重火器を主体とするクリスは勿論、誤って破壊する可能性で言えば回転自在鋸の調や可変式大鎌の切歌のギアも十分危ない。それに引き換え、風鳴弦十郎直伝のトンデモ格闘術を操る響ならば、そう誤ることも無いだろう…そんな判断だった。

 

『クリスセンパイ、アタシたちももうすぐデス!』

「だったらアタシが一番遅くなりそうだな。お前ら二人はB地点!アタシはCで行く!」

『了解デース!!』

 

 B地点は中国地方、C地点は関東地方。どちらの選出も距離で選んだに過ぎないが、図らずもクリスが一番人口の密集している場所で戦う羽目になっていた。ほんの一瞬だけその選択を間違ったかと思ったが、後輩たちに任せるより自分でやる方が性に合っていると考えを改めた。

 信用も信頼もしている。だが、それよりも心配が勝ってしまっている。任されたのだから、自分が誰よりもしっかりしていなければならないのだと。

 そんな考えを抱きながら繁華街を走って行くクリス。そのとある交差点から、人影が現れた。思わず踏ん張りブレーキをかけたからかぶつかったりコケることは無かったが、焦りの中でこのハプニングについ声を荒げてしまった。

 

「ぅわぁっ!っぶねぇな!何処見て歩いてんだ!!」

「あぁ、イタタ…いや申し訳ない…。って、雪音さんか?」

 

 逆に尻餅をついてしまった男が立ち上がりながら彼女の名前を呼んだ。

 見覚えのある姿に聞き覚えのある声。今が緊急事態でなければある種ロマンチックな光景だったのかもしれないが、余裕のないクリスはただ困ったように顔を歪めるしかなかった。

 

「矢的、センセー…!?な、なんでこんなところに…」

「非行防止の見回りだよ。しかし、雪音さんはそんなに急いで何処へ?夜間外出は、あまり褒められたものではないぞ?」

 

 飽くまで優しく諭すように言う猛に、クリスの焦りは一層募ってしまう。だが、わざわざ真実を告げることも無い。シンフォギア装者である事が知れてしまうのは色々厄介だからだ。

 

「あ、アタシは…あー…その、後輩がハラ壊したって言ってきたからその見舞いに、だな…」

 

 見え見えの嘘だ。こんな嘘に引っかかるようなヤツは、どっかのスクリューボールといい勝負が出来るよっぽどな馬鹿だ。ましてや相手は教師、分からないはずがない。そう思ったとしてもつい口から出て来てしまったのだ。今更口に戻せるはずがない。

 そんな少々バツの悪い顔で猛を見ていると、彼はいつもの温和な笑顔で切り返した。

 

「…そうか、なら早く行ってあげないと。でもあんまり急ぎ過ぎて、雪音さんまで怪我してはいけないからね。気を付けて、行くんだよ」

「――…ありがと、センセー」

 

 理由は分からなかったが、彼は何も聞かず、問わず、ただクリスに道を開けた。

 

「あぁそうだ、雪音さん」

「なっ、なんだよ!?」

 

 走り抜けようとするクリスを、擦れ違いざまに猛が呼び止める。急いでいるのに、とつい焦りが前面に出てしまっていた。

 

「これを、持っていくと良い」

 

 そう言ってクリスに差し出した物は、小さな赤と銀の2色で織られた御守だった。健康祈願か交通安全か、その効果も意図も知る由はないが、願掛けで不条理が覆されれば安いものだ。

 世の中そんな甘くはない。だが彼の気持ちを無碍にする訳にもいかないし、第一コレについて物申している時間すら惜しかった。

 

「なんかよく分からねぇけど感謝しとくよ。じゃ、本当に急いでるから!」

「あぁ、呼び止めてすまなかった。

  …雪音さん、覚えておいてくれ。悪い想いは誰にでも存在する。だが、それに負けて流されてはいけない」

 

 去り際の彼女の小さな背中にそれだけ言っておいた。その言葉に気付き振り向くクリスだったが、そこにはさっきまで居たはずの猛の姿は無い。

 少しだけ不思議に思うものの、見回りの再開をしたのだろうと結論付けて気にせずに走って行った。

 

 

 

 少し時間を戻し、クリスにもうすぐ到着すると報告した調と切歌。見慣れたcafeACEの角を曲がればすぐだが、その角では閉店準備をしている星司の姿があった。

 

「あっ、星司おじさん…!」

「お、調ちゃんと切歌ちゃん。こんな夜にどうしたんだ?駄目だぞー、夜遊びは大人になってからやるもんだ」

 

 明るく笑いながら二人に寄って話す星司。普段なら無邪気に話を広げるようなところだが、今はそうも行かない。

 

「あ、あのデスねぇ…」

「…ごめんなさい北斗さん。響さんが体調を崩したって言ってて、お見舞いに行こうと…」

「そっ、そうなのデス!だからその、ちょっと急いでるんデスよ!アハハハ!」

 

 奇しくもクリスと似たような言い訳で切り抜けようとする二人。だがその言い訳に使うエサが響だと言うのは、先輩の教育の賜物だろうか。

 無論星司もそれは気付いていたし、何か別の理由で急いでいるのも理解は出来る。だが、彼の性分は嘘を許せるものではなかった。

 

「…二人とも、嘘は駄目だぞ。あの切歌ちゃんより元気が取り柄そうな娘が、そう簡単に体調を崩すことなんかないだろう。

  それに、それだけでなら急ぐ理由でもないはずだ」

 

 完全に論破された。だが時間が迫っているのも事実。これは遊びや些細な待ち合わせではない、戦場への出陣なのだ。

 

「ごめんなさいデス…。でも、急がなきゃいけないのはウソじゃないんデスよ!」

「詳しいことは言えないけど…私たちが行かなきゃ、いけないことなの」

「…それは本当に、君たちじゃなきゃいけないことか?」

 

 星司の問いかけに怯みも迷いも無く首を縦に振る調と切歌。その眼はとても真っ直ぐで、本気だった。その二人の眼を見て、星司も一つ心を決めた。

 

「そういうことなら、詳しくは聞かないことにしよう。ただし、ちゃんと帰ってきたらまたウチのパンを食べに来ること。それが条件だ」

 

 元気な笑顔に戻った星司の言葉に、調と切歌も笑顔を取り戻した。

 

「ありがとうございます、北斗さん…」

「ありがとうデース!あ、どうせだから売れ残りのパンとかあったりしないデスか?腹ごしらえに食べておきたいデス!」

「なぁにぃ!?そんなこと言ってるとロクな大人になれんぞ!ったく、ちょっと待ってろ」

 

 激を言っておきながらすぐに店に戻って紙袋に残ったパン数個を詰め込んでいく星司。その光景を見ながら、調と切歌も顔を見合わせて笑い合うのだった。

 ものの数分も立たぬうちに、店から出て来てパンパンに詰まった紙袋を手渡す星司。受け取った二人の眼は、少しばかり輝いていた。

 

「ありがとうデスおじさん!これで元気100倍デェス!!」

「あっ、お代は…」

「帰ってからでいいよ。…でもな、調ちゃん、切歌ちゃん」

 

 星司が両の手を二人の頭に優しく乗せる。大人の大きな手が、二人の小さな頭を包み込んだ。

 そこから出された星司の声は、今まで聞いたことが無いぐらい、優しい声だった。

 

「――俺は二人の味方だからな。先輩らにも頼れず、本当に困った時はいつでも呼んでくれていい。助けてほしいと願ったなら、どこからでも飛んで行くからね」

 

 それはまるで父のような…いや、歳の差からしてみれば祖父とも言えるだろうか。どちらにしても、調と切歌にとってそれは、今までほとんど触れたことのない父性というものだった。

 どこか理解し難い、暖かくてくすぐったい感情に触れられて困ったような嬉しいような、不思議な感覚だった。それが、とても心地良い。

 だがそれに浸る間も無く、星司の掌は二人の背を少し強く叩いた。

 

「さぁ、頑張って行って来い!」

「ハイデス!」「行ってきます!」

 

 激励の言葉と共に駆け出す調と切歌。星司はただ、見えなくなるまでその小さすぎる背中を見守っていた。

 そして時間を現在に戻し、乗り込んだヘリの中で調と切歌が貰ったパンを頬張っていた。

 

「さすが星司おじさんのパン、冷めてても美味しいデス」

「元気、貰ったもんね。頑張らなきゃ」

「もっちろんデス!ノイズなんぞザババっと切り刻んで、明日は焼きたてパンを食べに行くデスよ♪」

 

 笑顔が絶えぬ二人。と、その袋の中にまた別の小さな紙袋が入っていることに調が気付いた。不思議そうに取り出し開けてみると、中から簡単な手紙と小さなペアリングが出て来た。

 

「調、それは?」

「北斗さんからの手紙…。『二人を魔の手から守ってくれるお守りだよ』って書いてある」

 

 指輪ではあるがそれはあまりにも装飾の無い簡素なもので、中央には一応ともとれる小ささの宝石が埋め込まれている。まじまじと見つめてみると、内側に不思議な記号と共に英語の筆記体で【Shirabe】【Kirika】と書かれていた。

 

「つまりこっちはアタシで、そっちは調のモノってワケデスね!ではせっかくのおじさんからの贈り物、付けてあげなきゃデス!」

 

 もっともなことを言いつつ早速右手の中指にリングを通す切歌。過去の経緯はどうであれやはり女の子、こういうアクセサリーは嬉しいのだろう。それを見て調は、さも当然のように左手の中指にリングを通した。

 

「あれ、調はそっちに付けたんデスね」

「うん。こうすれば切ちゃんと手を繋いだ時に合わせられるから」

 

 ナチュラルに手を握りながら言う調。いつも通りで特別照れや恥じらいがある訳でもなく、ただお互いが顔を合わせて笑いあった。

 

「そろそろ到着します、準備を!」

「「了解!」」「デース!」

 

 

 

 

 …そして、それぞれの地点に装者が到着。遠く離れた地にある指令室でも、状況は把握していた。

 

「3箇所同時とはな…。藤尭、避難の方はどうなっている?」

「全地点順調に…と思いたいですね。怪獣が出て来た時にこれで済むかどうかは分かったもんじゃないですから」

「エルフナインくん、ノイズと各装者の状況は?」

「は、はい!現在のノイズ発生規模は自然発生時と大した差はありません。響さん、クリスさん、調さんと切歌さん、それぞれ殲滅を開始しています」

「翼は?」

「翼さんは現在、日本に向かって航行中の大陸間高速移送機の中で出撃待機中です。時空振動が怪獣出現レベルにまで増加すれば、ゼロさんにお願いすることになるかと…」

「了解だ。だがここから日本まで、ウルトラマンの力でも2時間はかかるらしいからな、チェックは怠らないように」

「はいっ!」

 

 友里あおいを欠き、普段より一人少ない状態で回している司令部。必然的に藤尭とエルフナインの仕事量が多くなっているが、文句を言ってはいられない。

 

「ヤプールめ…一体何を企んでいる…?」

 

 その呟きに答える者はいない中で、弦十郎は色々と思考を巡らせていった。

 あれほど大規模な宣戦布告をしてきた存在だ。その気になれば各国同時侵攻も可能ではないのか。そうせずに日本へと集中した理由は。単純に戦力が整っていないのか、それとも…

 

『…我々の戦力を測ろうとしているのか、ですね』

 

 電脳意識体として端末に居座っているエックスが、弦十郎の思考を代弁するように声を出した。エックスの言う通り、考えられるもう一つのケースはそれだ。国連軍機動部隊、シンフォギア装者、そしてウルトラマン…。これらを相手にすると考えれば、まず戦力の規模、その効果範囲を知ることが重要となる。

 

「…その為の少数規模での侵攻だとでも言うのか…?」

『オッサン、こちらC地点だ。見える範囲のノイズは全部片付けたはずだけど、どうだ?』

 

 と入電してくるクリス。すぐに状況を確認すると、彼女の言う通りC地点に存在していたノイズは殲滅が完了していた。他のA、B両地点でもほとんどのノイズが倒されている。驚くほどに何事もなく順調だ。

 やがてそうしている間にノイズの反応は消失し、状況は収束したかのように思えた。

 

『…なるほどな。シンフォギア…その力、とくと見させてもらったぞ…!』

 

 突如として響き渡る、重圧を孕んだヤプールの声。先日と同じその声に、聞き入る者全てが反応してしまっていた。

 

「司令!B地点及びC地点で時空振動の増大を確認!怪獣出現が予測されます!!」

「翼の現在位置と日本までの到着予想時間はッ!!」

「ハワイを通過しました!現在の航行速度で行けばあと2時間で日本近海に到着します!」

「クリスくん!調くん!切歌くん!君たちの地点で怪獣が出現する可能性が高い!市民の避難と被害を食い止めることを最優先として動いてくれ!くれぐれも、無茶だけはするなッ!!」

『師匠、私は…!?』

「ヘリを向かわせるから、C地点でクリスくんと合流してくれ!」

『了解ッ!』

 

 指示を一通り出した後、思わず弦十郎は歯軋りした。こうまで後手に出るしか出来ないのが、歯痒くて仕方なかったのだ。

 戦力分散目的の多点同時襲撃。そこのカバーを動かした事でそれまで守っていた部分が手薄になり、その穴を突かれることも在り得る。それは、何よりも最悪なシナリオだった。

 

 

 

『貴様らにも教えてやろう小娘ども…。歌などで、世界は救えぬと言う事をッ!フッハッハッハッハッ!!!』

 

 装者たちどころか世界全土に届くような高笑いを叫ぶヤプール。クリスはビルの屋上で、響は人気の無くなった町の中で、調と切歌は小さく灯りが点された港で、それぞれがその声を聞いていた。

 

「下卑た下劣な笑い声がウザッてぇ…!」

 

 苛立ちを露わにしながら空を見上げるクリス。サイレンが鳴り響き警察や消防が避難勧告を出しているにも拘らず目下の街…ビルの中や裏通りにはまだ避難していない人がいる。事の重大さを理解していないのか野次馬根性なのか、到底理解のしようがなかった。

 こいつらはこのまま死にたいのか、なら好きにさせてりゃいいんじゃないか…。そんな知らぬ者の愚鈍さに思わず舌打ちしてしまう。それが、知っている者の傲慢さであるとも気付かずに。

 

(…今更迷ってんじゃねぇよ。コイツは、誰かを護るための力なんだ…。選り好みとかやっていいヤツじゃない…。死んでいい命なんか、あるはずない…!)

 

 悪い思考に支配されそうになった時、不意にさっき往きあった教師の言葉を思い出した。ギアの一部を開き、小さな御守を取り出す。何故だかその時、あの無害で温和な笑顔が浮かんできて、なんだか嫌な気分が晴れてきた。

 赤い銃把と共に猛から貰った御守を握りながら気持ちを固め落ち着かせる。目を閉じて深呼吸一回すると、余分な思いは隅へ追いやることが出来、目の前に集中出来るようになっていた。

 

「…まったく本当に…感謝するよ、センセ」

 

 

 

 B地点では海の上に広がり続ける暗雲を、調と切歌の二人が身構えながらジッと眺めていた。

 

「ホントにやっぱり、出てきちゃうんデスかねぇ…」

「…怖い、切ちゃん?」

「アハハ…正直なところすんごいビビリ入ってるデス。調は、怖くないデスか?」

「……怖い、かな。でも、隣に切ちゃんが居てくれるし、お揃いのお守りも貰ったから」

 

 言いながら左手の中指に嵌めてあるリングを見せる。それは、星司が渡したペアリングの片方だ。暗雲の夜が起こす暗闇にも負けず輝く中央の小さな宝石に、切歌も嬉しくなってつい自分のリングを嵌めた右手を調の左手とタッチさせた。

 

「確かに、調の言う通りデス。二人一緒だし、星司おじさんも応援してくれてるデスよ♪」

 

 明るい切歌の笑顔に釣られ、調も優しく口元を上げて応えた。恐怖はあっても、それを越えれる想いの強さはたくさん貰って来たはずなのだから。

 

「頑張ろうね、切ちゃん」

「勿論デス!ワタシたち、まだ二人揃って一人前いくかどうかデスけど…」

「二人なら、独りより伸ばせる手は長くなるから…!」

「「ここは、守ってみせる!」」「デェス!」

 

 どちらからともなく手と手を握り合い、恐怖以上の明るさを秘めながら暗雲と対峙する二人の少女。力はともかくとしても、その心は間違いなく一人前のそれだった。

 

 

 ヘリの中でクリスの待つC地点に向かう響、都心近郊の繁華街と沿岸部の其々で暗雲を睨み付けるクリス、調、切歌。高速移送機の中で如何なる状況にも対処する心構えを固める翼。それぞれが各々の想いを固めながら、次の戦いが始まろうとしていた。

 

『さぁ現れろ超獣よ!!この世界に、慟哭と絶望をくれてやれぇッ!!』

 

 高鳴るヤプールの叫び声。そしてまた暗雲に紅黒の亀裂が走り、漏れ出すように形容しがたい獣の猛り声が鳴り渡った。

 

 

 EPISODE03 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 04 【愛と勇気、そして願い】 -A-

 獣の啼声が響き渡り、音と言う名の振動波が木々やビル群の窓を大きく震わせていく。ビルの屋上で、その衝撃にクリスはただ耐えていた。自身のギアが生み出したとはいえ、安定のしない上げ底の靴が少し恨めしく感じた。それほどまでに、この威圧感は半端じゃない。

 

「鳴き声一つでこんなにもかよ…!」

 

 そんな相手にも負けぬ為、歯を食いしばりながら空の裂け目を凝視する。やがて亀裂は大きくなり、まるで窓ガラスを割ったみたいに砕け散る。そこから怪獣…否、ヤプールが生み出した超獣が、その巨体をこちら側の世界へと飛び出させた。

 その超獣は黒い巨体に、まるでヒレのように無数に伸びた深紅の突起が後頭部や肩、背中に生え揃っている。その様はまるで珊瑚のようでもあった。そして赤く無機質な目を輝かせて、出現した超獣は己を誇示するかのように更なる啼声を呻らせた。

 

『さぁ往け!ベロクロンよ!人間どもの街を、焼き尽くしてしまえ!!』

「C地点にて、怪獣の出現を確認!!」

「もう来たか…!クリスくん、無茶はするなよッ!!」

「わぁってるよッ!!」

 

 それが出来ればどんなに良いか、と内心で否定の返答をするクリス。立ち並ぶビル群よりも巨大な威容は、その場に居なければ体感することは難しいだろう。そんな文字通りの化け物を相手にするのだ、無茶をしなければ勝ちの目など見えやしない。

 

「とりあえずはご挨拶だなッ!」

 

 二挺拳銃のアームドギアを初期状態であるクロスボウ型に変え、初手の一撃を繰り出した。放たれた赤い光の矢はベロクロンへと伸びていき、その顔に命中。意識を向けさせることとなった。

 

「さぁ来いよデカブツ!この街ブッ壊すってんなら、まずはアタシを倒してからだッ!」

 

 威勢良く叫びながら両手のクロスボウをガトリングガンに形態変化。遠慮も躊躇も無くその引金を握り締める。一丁に付き三連口の砲門が2つ、両方合わせて計4門12口から撃ち放たれる無数の弾丸、クリスが最も愛用する技である【BILLION MAIDEN】である。

 ベロクロンの巨体に、吸い込まれるように集中していく弾丸。撃ち続ける中でもクリスはビルからビルへと移動を続けている。怪獣の放つ一撃の重さは先日の翼とマリアが残した戦闘記録からも理解っている。狙いを定められるわけにはいかないのだ。そういった部分を鑑みても、接近戦を必要としない点からも、クリスとイチイバルが怪獣相手には最も適している。その事実を言葉ではなく身体で理解していた。

 投げ売りの如くばら撒くは鉛玉。それが意味するものがなんであるか、理解らぬ馬鹿に付ける薬など有りはしない。立ち昇る硝煙と撃ち鳴らされる砲声はまるでカーニバルのようであり、彼女の前に立つ者はまるで暴れ馬のように跳ね踊らされるのみ。

 彼女が胸より唄う歌…不器用な思いを苛烈に、銃声にも負けぬ声で歌い上げるクリス。身体に火花を散らせながら深紅の眼を右往左往していくベロクロンに、一方的な攻撃を与え続けていた。だが、この程度じゃ大したダメージになってないってことも相手の状態から見て取れる。

 

「だったらッ!」

 

 声と共に腰部アーマーを展開。ガトリング斉射を一旦解除して小型のミサイルを一斉に発射した。こちらもクリスが何度も用いてきた技、【MEGA DETH PARTY】だ。

 小型ミサイルはベロクロンの顔面に直撃し、爆発が煙幕となってその視界を奪い去る。その煙が晴れぬ間に背後のビルへ立ち、アームドギアを更に展開。大型ミサイル2機を生み出しガラ空きの後頭部目掛けて撃ち出した。高い火力に合わせ移動手段としても応用の効くミサイル弾、【MEGA DETH FUGA】。

 クリスの主武装三種を叩き込まれ、ベロクロンの頭が爆発の煙で覆われる。どれ程のダメージになっているかは分からないが、これだけ撃ち込めるのだから所詮は図体だけの木偶の坊か…。

 

 そう、ほんの僅かに気を緩めた瞬間。爆発による煙幕の中から、赤い物体…ベロクロンの持つ突起物が高速でクリスに襲い掛かって来た。

 思わず舌打ちしながらその場を蹴り背後へと跳ぶ。彼女が認識したのは、まるで電柱を投げられたような感覚。真っ向から対峙していいモノじゃないが、ただの物理攻撃であれば躱してしまえばいい。

 クリスの考えは間違ってなどいなかった。ただ一つの過ち…いや、これはクリスに限ったことではなく、この世界の誰もが【超獣】とはなんであるか、まったく理解出来ていなかったことだ。直撃する突起、瓦解するビルの屋上。そんな予測を凌駕した事象が、発生した。

 

「なん――」

 

 屋上に直撃した瞬間、突起が輝きを放ち、その場で大爆発を巻き起こした。

 

『クリスくん!』

『クリスさん!大丈夫ですか!!?』

 

 弦十郎とエルフナイン、二人の声が耳に届く。辛うじて防御出来たからか、大分吹き飛ばされてしまったが幸い意識は問題ないし身体も動く。しかし、こればかりは予想外も良いところだ。

 

「…まさか、ミサイルなんか積んでるとはなぁ…!」

 

 呻くように呟きながら立ち上がるクリス。その呟きに、タスクフォース指令室も驚愕の色で染まっていた。

 

「…解析、出ました!あの怪獣の背部にある赤い突起は、全てがミサイルとなってます!」

『すまない、風鳴司令。ヤプールの呼び出した怪獣…いや、超獣のデータは、私だけでは不十分だった…!』

「いや、我々こそ認識が甘かった…!超獣…つまり、怪獣であり戦略兵器でもあると言う事か…!」

 

 思わず唸ってしまう弦十郎。この非常識に直面して初めて、自分の持つ感覚も矮小な人間の物だと痛感させられる。その身一つで振り落ちる巨石を砕けようと、それは所詮人間からほんの僅かにはみ出ただけに過ぎない。

 この理不尽な暴力は、まるで人が小石を蹴り飛ばすことと同じ感覚で家屋を踏み壊し、唄を歌うような軽やかさで周囲を火の海に変えるのだろう。そんな地獄絵図が、誰の眼にもありありと浮かび上がってきた。

 

『…ビビんなよ。らしくねーぜ、オッサン』

「クリスくん…!」

『理不尽が何だ、不条理が何だ。イチイバルは…今のアタシの歌は、そいつをブッ潰す為のものだ。簡単じゃねーか、ミサイルだろうが機関砲だろうが、それを越えてあのデカブツを木っ端微塵にしてやるだけさ…ッ!』

 

 切れた口内に溜まった血を吐き捨て、立ち上がるクリス。眼前の相手は彼女に視線を合わせ、どこか嘲笑っているようにも感じられた。

 斯様な巨大な獣にどれ程の知性があるのかは知らない。知ろうとも思わない。だがアレは確実に、この身を焼き潰した上で街を蹂躙する心算だろう。

 ――嘗めるな、と。そう心で呟きながら胸元のマイクユニットに手をかけた。

 

「出し惜しみなんざ、してやる謂れもねぇよなぁ…!」

 

 取り外されたマイクユニットを握り掲げる。それは先の魔法少女事変にて、キャロルに対抗するためにエルフナインが錬金術の力を以て生み出したシンフォギアの強化形態。魔剣の呪いと力を宿す、決戦用ブースターユニット。

 

「――イグナイトモジュール、抜剣ッ!!」

 

 マイクユニットの左右に伸びた突起を押し込むことがスイッチとなり、ギアに秘められた新たな力を解き放つ。ユニットから伸びた棘が胸に突き刺さり、魔剣ダインスレイフの呪力が装者の身を蝕んでいく。

 其れが齎すは抑えきれない破壊衝動。これを制御することでギアの出力を爆発的に上昇させ難局を打開する装者達の切札となっているのは間違いなかった。だが半面、そのモジュール起動に伴う破壊衝動を抑え込む為に多大な体力及び精神力が必要となる。先日のシドニーでの戦いにて翼とマリアがコレを使用しなかったのは、その場の状況と言うのもあるだろうが既に受けていた多大なダメージから破壊衝動を抑えられるものではないとの判断もあった。それも解したからこそ、クリスはこの場で用いることを決めたのだろう。

 

 魔剣に蝕まれ侵されたギアは禍々しく獣性を帯び、黒い異形へと形態変化。発せられる歌もどこか歪みを感じるものに変わっていた。そのままその場で下腿部の装飾が伸びてコンクリートの屋上に突き刺さり足を固定する楔となる。

 

「もってけ、全部だぁッ!!!」

 

 ギアに合わせ異形へと変化した携えた二つのガトリングガン、解放した腰部ミサイルユニットと背部から伸びる4本の巨大ミサイル。不本意ながらも彼女を代表する重火器のその全てをベロクロンに向けて解き放った。瞬間破壊力ならば他の装者にも追随を許さないとまで謳われる、クリスの本領ともいえる技、【MEGA DETH QUARTET】である。

 本来ならば使用には長いエネルギーチャージが必要なほどの大技だが、イグナイトによる出力増加の作用が通常よりも高速での展開、発射を可能にしていたのだ。

 それと同時にベロクロンもまた口から超高熱火炎と指からレーザー光線を発射。空中でクリスの放った弾丸と交錯、大爆発が広がった。それでも引金を引き絞り続けるクリス。何処か察知していたのだろう。止めたら撃たれるのは自分だと。

 

『クリスさん!イグナイトモジュールの制限時間が500を切りました!気を付けて下さい!!』

 

 耳に響くエルフナインの声に舌打ちで返す。爆発的にギアの出力を上げ、発動時の痛みと引き換えに全面的な強化を得るイグナイトモジュールだが、そこには装者とギア自身を保護する為の制限時間が設けられていた。カウントにして999。それが切れるとその場でギアが強制的に解除されてしまうこととなり、その仕様こそがイグナイトモジュールを短期決戦用ブースターと位置付けていたのだ。

 やがて爆風で炎を掻き消したのを目視し、足を固定したアンカーを解除しすぐに別のビルへと移動した。そこで一度銃撃を止め、動きながらベロクロンの状態を確認する。

 やや後ろへふらつく巨大怪獣の姿は、クリスの攻撃が確実に効果があったと言う立証でもあった。それでもまだ気は抜かない。さっきもそれで不意打ちを貰ったのだ、簡単に気など抜いてたまるものか。

 薄くなった煙からベロクロンの赤い目の輝きが覗きだし、その巨大な足で器用に踏ん張りとどまった。黒い体表は無数の弾丸で傷付き血液らしき液体が流れだしている。だが、まだ倒せてはいない。

 

「はぁっ…はぁっ……。…効いてるのは間違いねーんだ…。ならあとは、押し切るだけ――」

 

 息を切らし呟きながらガトリングガンを構えた瞬間、ベロクロンの背中が火を噴いた。後頭部から背部にかけて存在している赤い突起…ミサイル発射口から一斉にミサイルが撃ち放たれたのだ。

 

「――意趣晴らしとでも言う気かよッ!!」

 

 叫びながら再度ガトリングを斉射するクリス。その眼は黒い尾を引きながら高速で四方八方に向けて飛んで行くミサイル群に向け、忙しなく動き回った。

 ただミサイルを撃ち抜くだけならそう難しくはない。が、問題はその量と範囲だ。こうも広範囲にばら撒かれてしまっては、避難指定区域外に漏れても可笑しくはない。

 させるものかと駆け回り跳び回りながら空を走る弾丸を狙っては引き金を引く。中空で爆発が連鎖するもターゲットはまだまだ飛び交っていた。やや焦りに支配されながらの移動の途中、ビルの一つに着地した瞬間。眼前に合ったベロクロンの口から、火炎が放たれた。

 

(コイツ、狙ってやがった…ッ!!)

 

 驚愕のまま炎に包まれるクリス。すぐにビルから脱し、思わず地上まで落ちるように逃げ込んだ。落下時の風で炎はすぐに消えたものの、受けたダメージは予想以上だ。辛うじてまだ戦闘を続けられる状態だと確信できるのは、イグナイトギアによる耐久力上昇の加護だろう。

 怒りを露わにしながら見上げると、視界に映ったのは巨大な姿と迫り来るミサイルの雨。既に数発が着弾しており、直撃したビルが爆発と共に壊され瓦礫が雨のように降り注いでくる。そして、そこには数人の人の姿が――

 

「なにやってんだ馬鹿ッ!!逃げろッ!!」

 

 クリスの叫びに反応したのか、直面する危機に相対したからか腰を抜かしながら走り出す野次馬達。だが瓦礫の落下速度は逃げ惑う人を襲うには十分すぎるものだ。思わず走り出し、ガトリングで瓦礫を撃ち抜き粉々に変えていくクリス。どれだけ憎まれ口を叩いても、人を守りたいと言う意志に嘘偽りなど無いのだから。

 その想いを乗せて放たれた弾丸はコンクリートの瓦礫を尽く粉砕していった。死から回避したものの、未だ恐怖の声を上げながら散り散りに逃げる人。クリスに対する感謝や称賛の声は、そこには無かった。

 

「……よかった…。全員、無事だ…」

 

 逃げた人らを確認した瞬間、その緊張の糸が切れてしまうような感覚が起きた。膝から崩れ落ちその場に座り込んでしまうクリス。そしてそのまま、イグナイトギアが光と共に消失してしまった。

 

「……時間切れ、か…。やべぇ…動けねぇ…」

『クリスちゃんしっかり!すぐそっち行くからッ!!』

 

 通信機から漏れる響の声。無理なんて言葉は言わず使わず、純粋に励ましているのだろう。アイツは馬鹿だから。だったらすぐに来いって言い返したいが、現実的に無理なのは分かってる。しおらしい言葉でもくれてやるかと思ったが、多分どんな言葉でも関係ない。

 

(…もしアタシがくたばったら、アイツらは多分泣くんだろうな…。泣いて、悔やんで、また泣いて…)

 

 そこで気付いた。自分の死で泣いてくれるってことは、自分と言う存在はそんなにも愛されているのだろうと。

 それを知ったのは死を覚悟したから…否、心の何処かで、まだ生きることを諦めたくなかったから。みんなの愛ってヤツに、応えたかったから。

 こんなにも、みんなの事を愛していると気付いたのだから。

 

「……だからアタシは…まだ、死なねぇ…!まだ…ッ!!」

 

 悪しきに負けない心を支えにして、脚を震わせながら起とうとする。だがそれを嘲笑うかのように、ベロクロンはその炎を吐き出した。

 

 

 

 クリスがベロクロンと戦闘を開始したのと時間を同じくして、B地点湾岸地区にて調と切歌の前にも超獣出現の兆しが見えていた。

 金切り声が鳴り響き、空気を震わせる。空と同じように海が割れ、赤黒い裂け目から異形が現れ出でる。

 鋭い棘が伸び、深紅の目玉がギラついている。そしてその口は、まるで巨大な鋏のようだ。

 

『暴れろキングクラブよ!お前のその怒りで、人間どもを恐怖に陥れろ!!』

 

 海から出現した大蟹超獣キングクラブ。甲高い鳴き声を上げながら、海を掻き分け港へと近付いてくる。まるで台風の時のような大波が起こり、水飛沫は容赦なく調と切歌の小さな身体を濡らしていった。

 

「…予想以上だね、切ちゃん」

「マリアと翼センパイは、こんなトンデモに立ち向かったって言うデスか…!」

「クリス先輩も、今一人で頑張ってるみたい。響さんもそっちに向かってるって言ってた」

「ありゃ…これじゃ救援は期待できそうにないデスかね?」

「どうかな…。でも、ここを守らなきゃいけないってことは…」

「変わらないデスね!」

 

 繋いだ手を放し二人その手を勢いよくタッチする。そして二人とも別々に、左右別れて走り出した。

 

「おまえの相手はアタシ達デスッ!!」

「ここで、食い止める…ッ!」

 

 切歌のシンフォギア、イガリマのアームドギアである翠刃の鎌が3枚に展開。そのまま振るう事でうち2枚の刃を射出。切歌の愛用する【切・呪りeッTぉ】がキングクラブを襲う。またその対側から、調のシンフォギアであるシュルシャガナの頭部に2基装備されたアームドギア、紅刃の鋸が巨大に展開。切歌同様それを撃ち放つ技である【γ式・卍火車】でキングクラブへと攻撃した。

 鎌と鋸、二つの斬撃がキングクラブに命中するが、その甲羅のような固い体表には効いてるようには見られない。

 

「だったら直接ッ!!」

 

 肩アーマーに内蔵されたバーニアを吹かせ、肩口目掛けて突進する切歌。その動きを邪魔されないように、調は格納された小型の鋸を連続射出。【α式・百輪廻】で気を逸らしていく。

 煩わしそうにそれを払い除けていると、死角から切歌が襲い掛かって来た。全力で振り落とされた刃は装甲に突き刺さるが、彼女の身体に感じたのは硬いという感覚だけ。つまりは中の肉にまでその刃は到達しなかったという事だ。

 驚愕の表情も束の間、身体を大きく捻られ吹き飛ばされる切歌。なんとか空中で体制を立て直し、バーニアで勢いを殺しながら着地する。が、そこにキングクラブが額から炎を撃ち出してきた。

 

「デ、デェェス!?」

「切ちゃん!!」

 

 即座に調が【非常Σ式・禁月輪】を用いた高速モノホイールで走り抜けながら切歌を回収、炎の直撃を避けた。

 

「た、助かったデス調ぇ…!」

「まだ、来る!」

 

 調の言う通り、今度は口部鋏の中央から勢いよく細かい泡を噴出したキングクラブ。船や建物、地面に当たると命中部分がどんどん溶解していった。

 

「さ、さすがにあんなの喰らったらただじゃすまねーデス!!」

「…デロデロの、アイスクリームだね」

「調ってば!こんな時に言うことじゃないすぎるデスよッ!!」

 

 至って真剣な顔で言うモノだから困ったものだ。自分たちがあんな無惨に溶けてしまうだなんて、想像なんかしたくも無い。

 禁月輪で逃げ回りながら溶解泡と火炎放射の攻撃を躱していく。スピードではまだ分があるが、如何せん彼女らは一撃が弱すぎる。自分らの未熟さに依るものだと分かってはいたが、これはあまりにももどかし過ぎた。クリスを中心にと言っていたあおいの指示が、あまりにも的確だ。

 歯が…否、刃が立たない。想いだけはこんなにも逸っているのに。

 

「あぁもう…どうしたものかデス…!!」

「…イグナイトモジュールで出力を引き上げて、一か所への集中攻撃かな…」

「頭か首か…一発で仕留められるトコロを狙わなきゃデスね…!」

 

 案としては良いかもしれないが、如何せん現実的ではない。必殺を狙うならば、相手の攻撃部位が集中する頭部を狙わざるを得ないが、それを簡単に許してくれるとも思えない。

 それにイグナイトモジュールを用いる以上、短期決戦に持ち込まなくてはならないのは自明の理だ。だが問題は、それでも通用しなかった場合だ。

 999のカウントがゼロになるとギアそのものが消失し完全に無防備になってしまう仕様上、倒しきれない事は死に直結する。しかして通常のギアでの戦いも似たようなものだ。多大なダメージを受けてしまった場合もギアが解除されるのは当然のこと。どちらにしろ命の危険性があるのは変わらない。ならば…二人の心はすでに固まっていた。

 

「いくデスよ、調!」

「いこう、切ちゃん!」

「「イグナイトモジュール!抜剣ッ!!」デェス!!」

 

 クリス同様マイクユニットの横突起を押し込み発動。伸びた紅黒の棘が二人の胸を貫き、魔剣の呪詛が侵食していく。動きを止めたそれを好機と見たのか、額からの火炎で攻撃するキングクラブ。だがそのエネルギーの奔流は、彼女らの身を炎から守るバリヤーにもなっていた。そして変化する二人のギアは、どこか悪魔的な禍々しさを持つ形態となった。

 

「速攻でキメてやるデスッ!!」

「狙うは首…ッ!」

 

 再度左右に分かれ、キングクラブの頸部目掛けて猛進する。迎撃にと吐き出される溶解泡を高速回転で吹き飛ばし、勢いのまま鎌と鋸が左右の頸部に激突した。

 火花を散らしながら少しでも切断しようとするも、その甲羅は簡単に削れるものでもない。また大きく身体を捻り、調と切歌を弾き飛ばすキングクラブ。だが空中制動で体勢を立て直した二人は諦めず特攻した。

 

「調ッ!!」

「切ちゃんッ!!」

 

 互いに名を呼び合うだけで、それ以上は何もいらない。切歌の肩アーマーが展開し左右からアンカーが射出され、うち数本がキングクラブの首へと巻き付き食い込む。そしてそれとは別に4本が反対側にて禁月輪で走る調へと連結された。標的を中央に合わせ、その両端には断頭台と化した翠刃と高速回転する紅刃。最早外すことなど有り得ない。

 二つの小さな身体から解き放たれる歌は強くなると言う決意、強さを求める理由。太陽は明るく月を包み込み、月は太陽の輝きに憧れ守ろうと…。互いに互い無しでは存在し得ない命の共有。本当に互いを想い合う、番いの愛。

 高らかなデュエットが鳴り響き、二つの刃がキングクラブの首で交錯する。イグナイトモジュールで高まった女神の双刃が織り成すコンビネーションアーツ、【禁殺邪輪・Zあ破刃エクLィプssSS】である。が…。

 

((――まだ、硬い…ッ!!))

 

 どれだけ破壊力を増してもキングクラブの甲殻は簡単には斬り抜けない。ある程度分かっていたことだが、現実問題としてこれでも刃が立っていないのだ。

 切歌がバーニアを全開にしてなんとか押し込み、調もギアを変形させて連結部分をウインチに変え全力で引き絞る。だがそれでも、両断する力には足りてない。

 

「いい加減に…しやがるデェェスッ!!!」

 

 駄目押しとばかりに細い両足にありったけの力を入れ込む切歌。次の瞬間、僅かに進んだ刃の部分から深緑色の体液が噴出した。肉に届いたのだ。

 だがその痛みからか、金切り声を上げながらキングクラブが大きく体を捻らせ暴れ出す。生物である以上当然の反応ではあるが、如何せんこの巨体は調や切歌の云十倍のサイズだ。全力で振り回されればたまったものではない。固定したはずのアンカーごと無理矢理に振り回され、せっかく入り込んだ刃諸共激しく跳ね飛ばされてしまった。

 完全にバランスを崩し地面に叩き付けられる二人。そこへ追い打ちとばかりに火炎放射を撃ち放った。

 

「ぅわぁぁぁぁ!!」「きゃあぁぁぁぁ!!」

 

 炎に包まれながら、なんとか退避に力を入れる。イグナイトギアの力か、大ダメージには違いないがまだ戦えるだけの力は残されている。その力を振り絞り、回転で炎を掻き分けながら再度合流を果たした。

 

「調、大丈夫デスか…!?」

「なんとか…。切ちゃんは…?」

「どっこいどっこいデス…。しかし…ホントもうどうしたものかデスよ…!」

 

 口惜しそうに先ほど攻撃を仕掛けた首筋を見る。深緑色の体液が漏れ出しているが、あの程度ではどうにもならない。逆に相手を怒らせてしまっただけだ。

 なんとか他に打てる手は無いか考えるが、自分たち二人で出来ることなどたかが知れている。あと出せるとしたら…

 

「――絶唱…」

「…しかない、デスよね」

 

 絶唱。それはシンフォギア装者に与えられた最大最強の攻撃手段。聖遺物に秘された歌唱にてフォニックゲインを爆発的に増幅、それをアームドギアを介し直接放つことで対象にクリティカルダメージを与える文字通りの必殺技である。

 だがそれに伴うバックファイアも絶大なもので、正規適合者である翼とクリスでさえ初使用時はその反動で身体に重篤なダメージを負う程でもあった。フロンティア事変の折に調と切歌自身も絶唱は行っていたが、それも適合率上昇薬であるLiNKERを多重投与した上で可能となった事案。

 現在は適合率の上昇に加えイグナイトモジュールという新機能が加わったから絶唱に頼ることは無くなったと言えるが、それでも風鳴司令や周囲の先輩たちからは、自分らがこのような手段を取ることは認めてもらえないだろう。

 だが今回は事態が事態。切歌の持つイガリマの絶唱特性である【魂を刈り取る刃】は、彼女らにとって唯一必殺の手段であり最後の切札として残していたのだ。切札を使うには早すぎる気もするが、出し惜しみするのも危険が伴う。どちらにしても賭けなのだ。

 ならばやれることは全部やってやろう。そう心に決め、指令室へ通信を繋げた。

 

「エルフナイン、私達の残りカウントは?」

『は、はい!調さん切歌さん、共に200を切っています!』

「ボヤボヤしてる暇は無いってことデスね…。…司令サン!絶唱を使う許可が欲しいのデス!」

『何を言っているッ!君たちにそんな無茶はさせられんッ!!』

「今こうして怪獣と戦っていること自体が無茶だと思います。それに、イグナイトモジュールも併用します」

『屁理屈を言っている場合かッ!!LiNKERによる効果もどれだけ保つか分からんのだぞッ!!

 イグナイトモジュールにしても、絶唱なんか使えば発動中にギアが解除されるのは明々白々だッ!そこからのバックファイアでどれだけダメージを負うかも分からんッ!!命を無駄にしたいのかッ!!!』

 

 弦十郎の怒號めいた激しい叱責が二人の耳に突き刺さる。だがそれでも…調と切歌、二人の気持ちは強く固まっていた。

 

「でも…」

「それでもデス…!」

「もう簡単に死にたいなんて思ってない…。だけど、決死の覚悟が無いとあんなのとは戦えない…ッ!」

「センパイ達みたいに…マリアみたいに…!アタシ達だって、この力を守護る為に使いたいんデス…ッ!!」

 

 二人の想いと願いは、あまりにも懸命なものだった。ようやく見えはじめた力の使い方。何度も失敗して、叱られて、反省して…二人一緒にその手で掴み始めたもの。誇るには遠いだろうけど、それを否定されることは今まで自分たちを正してくれた人たちへの冒涜でもある。彼女らにとって、此処で退き超獣に街を蹂躙されるのを黙って見ているのは、そう言う事なのだ。

 そんな真っ直ぐに想いを訴えられ、弦十郎も思わず歯軋りしてしまう。響や翼、クリスに関してもそうだ。こんなにも真っ直ぐで優しい心を持った娘たちが、何故こうも命の危険と隣り合わせにならなければならないのか。大人である自分らは、何故こうも動けずにいてしまうのか、と。

 答えを出せぬまま声に詰まっていると、キングクラブの巨大な金切り声が鳴り響く。埠頭に完全に上陸しながら、その赤い眼は調と切歌を標的として見据えている。そして更に追い込みをかけるべく、口から溶解泡を吐き出した。

 

「切ちゃんやろう!もう時間が無い!!」

「デス!司令サン、帰ったらいっぱい叱ってくださいデス!!」

『調くん!切歌くん!よすんだッ!!』

 

 溶解泡を斬り抜けて並び立つ二人。互いに見つめ合うその顔は、決意に満ちた強い笑顔だ。スッと息を吸い込み、絶唱を解き放つ聖詠句を口にしようとした。

 その刹那。

 

「「―――あっ」」

 

 視認は同時。それ以上の反応は出来なかった。音も無く這い寄って来た巨大なそれは、瞬く間に調と切歌の身体を覆いこみ、締め付けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 04 【愛と勇気、そして願い】 -B-

 

「何があったッ!!?」

「尻尾です!長い尻尾が、二人を!!」

「クリスさん、調さん、切歌さん、ともにイグナイトモジュールのカウントが切れます!!このままじゃ!!」

 

 泣き出しそうなエルフナインの報告に弦十郎の強面が更に固まりだす。それは焦りとやり場のない情けなさ、不甲斐なさからくる怒りだった。

 思考の上では今現在どうしようもないことは分かっている。だが暴走する想いは怒號となって自然と口から漏れ出てしまっていた。

 

「響くんは!!翼はまだかッ!!!」

「響ちゃんがクリスちゃんと合流するまであと10分は…!翼さんの大陸間高速輸送機も、この速度なら日本近海に到着するまでまだ30分は要します…!!」

 

 藤尭からの無念そうな報告を受け、思わず司令台を叩き付ける弦十郎。ヤプールを嘗めていたわけではない。思いつく可能な限りの対策を打ったつもりだ。だが足りなかった。力も、理解も。

 

(…私に身体があれば…。せめて、大地が居てくれたならば…ッ!!)

 

 声には出さずとも後悔と怒りを昂らせるエックス。だがどうやったところで状況は変わらない。世界を守る為に現れたはずだったのに…それが使命であるウルトラマンでありながら、彼は今、あまりにも無力だった。

 

 

 戦友の死が眼前に迫っているという残酷な現実を目の当たりにして焦りに支配されていたのは、響と翼も同じだった。

 今すぐに、乗っているモノから飛び出したい思いだけが只々先行していく。仲間を喪う恐怖と、そこに駆けつけられることも出来無い自分の弱さに。ただ今は、返事の来ない通信機に向かい声を上げるしかなかった。

 

「クリスちゃん…!調ちゃん、切歌ちゃん…!返事してよぉ…ッ!!」

「こんな残酷を…私は、また…ッ!!」

 

 目に涙を溜めながら、左手を叩き付ける翼。そこから高い金属音が響き、今の自分に何があるのかを思い出した。

 人知を超え、常軌を逸する正義の力。理不尽より自分を救ってくれた大いなる光。それが今、この身体に宿っているのだ。

 

「ゼロ!お前の力で――」

『…翼、すまねぇ。どう頑張っても俺の身体はひとつだけだ。分身が使えても、異なる二か所に同じ存在を両立させるなんてことは出来ねぇんだ。…もしかイージスがあったら、出来たかも知れねぇが』

 

 ゼロから突き付けられた言葉が、縋るように問うた翼の心をさらに追い込んでいく。絶対的な力だとしても、ウルトラマンと言う存在は決して【神】ではないのだと。

 

「では…ではこのまま、雪音を、月読を、暁を、見殺しにしろと言うのか…ッ!!!」

 

 思わず彼に激昂を叩き付ける。それで何が変わる訳でもないと言うのも分かっているのだが。だがゼロは、それを優しく受け止めて力強い言葉で返した。

 

『…翼、大丈夫だ。確かに此処から変身しても、俺じゃ翼の後輩を助けに行くには遅い。

 だけど、言ったよな?この世界には他にもウルトラマンが居る。俺の大先輩だ。そんな人が、黙って見過ごす訳ねぇよ』

 

 確信とも取れるその言葉は、翼の通信機を通して響や指令室にも届いていた。

 

 

 

 EPISODE04

【愛と勇気、そして願い】

 

 

 

 C地点。イグナイトギアも消失し、足を震わせながらなんとか立とうとするクリス目掛けてベロクロンの炎が撃ち放たれる。

 反射的に目を閉じた事で少しばかり鋭敏になった感覚が思考に訴えかける。熱感、痛覚、そして、人間の感触。

 恐る恐る目を開けると、そこに居たのはスーツの男。一瞬直属の上司である風鳴弦十郎を連想してしまったが、その考えはすぐに消える。通信端末から、件の弦十郎からの叫ぶような声が響いていたからだ。

 そこで理解した。寸での時、誰かが自分を庇って助けてくれたのだと。だとしたら、コイツは一体――。

 そう思った時、男の方から声がかかった。聞き覚えのある、優しい声で。

 

「大丈夫かい、雪音さん」

 

 驚愕した。そこに居た者は誰でも無い、矢的猛だったのだから。

 

「――や、矢的センセイ…!?なんで…」

 

 クリスの問いに応えること無く、物陰に彼女を抱え運んで優しく座らせる猛。律儀にスポーツドリンクを傍に置き、自分の着ていた少し焦げたジャケットをクリスに被せるように着せながら。

 そしていつもの優しい笑顔のまま、どこか嬉しそうに猛は言った。

 

「安心したよ。やはり君とならば、私は共に戦える」

「なにを、言って…」

「今は少し休んで、力を回復しておいてくれ。その間、私がアイツを引き受ける」

 

 理解が追い付かなかった。猛が何を言っているのか。何をしようとしているのか。せっかく気に入った先生なのに、わざわざ自分の目の前で死にに行くのだろうか、とまで…。

 

「駄目だよセンセイ…逃げなきゃ…!」

 

 震える声で言うクリス。そんな彼女に向かい、しゃがみこんで優しく…ほんの少しだけ申し訳なさそうに、猛は言った。

 

「…君の仲間にはいいけど、学校のみんなには内緒にしておいてくれよな?」

 

 垣間見えた年に似合わぬ少年っぽさからすぐに年相応の大人の顔に変わり、クリスの前に立つ猛。

 右、左の順に正拳を突き出し、先の右手を腰の後ろに回す。

 回した右手で握り締めた物は、カプセルのような短い棒状のもの…ブライトスティック。

 其れを天に掲げ、猛は力強い声で叫んだ。

 

【矢的猛】ではない、自らの真名を。

 

 

「――エイティッ!!!」

 

 

 クリスの視界が、光に染まる。

 目を開けたそこに猛の姿は無く、見上げたそこには赤と銀の巨人が佇んでいた。

 腹部にある菱形のバックル、青く丸いカラータイマー、黄金に光る眼。報告にあった【ウルトラマン】とはだいぶ違う。

 だが確信があった。あれもまた、【ウルトラマン】なのだと。

 呟いた言葉は現実を受け止めきれずに漏れたものか、受け入れる為に吐かれたものか。クリス自身それは分からなかったが、眼前の事実を表すにはこう言う以外無かった。

 

「……センセイが、ウルトラマン……!?」

 

 

 

 B地点。キングクラブが今まで使わずに残していた切札である長い尻尾に捕らえられ、調と切歌が強く締め付けられていた。

 小さな身体が軋む音を上げ、痛みと苦しさで息も絶え絶えになっていく。普通なら確実に死に至る攻撃を耐えられていたのは、出力をブーストしているイグナイトギアの恩恵があるからだろう。

 だが二人の小さな身体を鎧うイグナイトギアからは光の粒が発し始めていた。それが制限時間のカウントダウンであると、苦痛の中で直感した。その先にある圧死と言う現実にも。

 

「…切ちゃん、もう、駄目だね…」

「…悔しいデス…。こんなところで、諦めるしかないなんて…」

「うん…。…でも、少しだけホッとしてる…。…こうして、最期まで切ちゃんと一緒だから…」

「…デスね。調と離れ離れで逝っちゃうよりか、なんぼかマシかもしれないデス…」

 

 ギアはもうほとんど機能していないに等しい中で、力を振り絞り互いの右手と左手を重ね合わせる。その時視界に入ったものは、星司から貰ったお守りの指輪。殺意の尻尾に包まれ、その闇の中でも小さな輝きを絶やさずにいた。

 瞬間脳裏に過ったのは、嘘を許さなかった厳しい男。明るく笑いながら我儘を受け入れてくれた優しい男。互いに幻視した陽気に笑う男の姿と間近に迫った最期を前に、二人ともどちらからともなく涙を流した。

 

「……ごめん、切ちゃん…。嘘だよ……。まだ…死にたくなんか、ないよ…!」

「…アタシだって、嘘ついたデス…!死にたくない…!調と一緒にマリアやセンパイや…色んな人とお話したり美味しいもの食べたりできなくなるなんて…!」

 

 重なり合う指輪。軋む身体の痛みを押して、小さな輝きへと祈りを込める。

 不可能と分かっていたけれど、目の前に縋れるものはそれしかなかったから。

 呼べば何処からでも飛んで助けに来ると、言ってくれたのは彼だったのだから。

 

「だから…お願い…」「お願い、しますデス…」

「大好きな切ちゃんを…切ちゃんが、守りたかったものを…」

「大好きな調を…調が守りたかったものを…」

 

 

「「――死なせないで――」」

 

 

 

「…大丈夫だ、調、切歌。二人も、二人が守りたかったものも、俺が守ってみせる。

 君たちの願いは、俺が受け取った…ッ!!」

 

 

 何時から居たのか。何処から来たのか。彼…北斗星司は其処に立っていた。

 暴虐を尽くすキングクラブを睨み付け、身体に闘争心を昂らせる。

 両の手を胸の前でクロスに交差させ、そのまま天を仰ぐように手を伸ばす。

 そこから再度胸の前で、握り固めた二つの拳を打ち付け合った。

 

「ムンッ!ぬぅぅぅぅ…フンッ!!」

 

 重なり合うAを象った二つの指輪、ウルトラリング。輝きが闇を払ったその時、キングクラブの尻尾はその光に斬り落とされた。

 締め付けから解かれた調と切歌を、その光は優しく包み込み安全な場所へそっと降ろす。

 尻尾を切られ痛み悶えるキングクラブの前に、光はその肉体を固定、顕現した。

 変わらぬ象徴的な赤と銀の身体と輝く目。身体の模様はゼロとも80ともまた違い、何よりも特徴的なのは、やや四角く精鍛な顔付きとその頭頂から大きく伸び、穴の開いた前立て。

 ゼロとも80とも違うその雄々しき姿は、キングクラブに向けて力強い構えを取った。

 気を失いかける直前、調と切歌は間違いなくその姿を見ていた。

 強く優しい、【ウルトラマン】の勇姿を。

 

 

 瓦礫広がる文明の一端、破壊の権化たる超獣を前にして現れた二人の光の巨人。

 それは雪音クリス、月読調、暁切歌の其々の前に、力強く立ち上がった。

 移動本部指令室でも呆然の中でその姿を捉え、各データがモニターに表示されていった。それはウルトラマンゼロから受け取っていた、彼ら以外のウルトラマンのデータだ。

 

「…司令、新規データベースから照合しました…。B地点に出現した個体はウルトラマンエース、C地点に出現したのはウルトラマン80です…」

「く、クリスさん、調さん、切歌さん…大きなダメージではありますが、バイタルは健在です…」

「――本当に、来てくれたのか…」

 

 仲間を、戦いを強いてしまった少女たちを喪う恐怖から解放されたからか、藤尭とエルフナインからの報告を指令室と弦十郎だけでなく響、翼の両名も少し呆然としながら聴いていた。ただ一人、確信を持って翼の左腕に宿っているウルトラマンゼロを除いては。

 

『な、言っただろ?』

 

 ゼロの軽い言葉に、またブレスレットを叩き付けたくなる。が、さすがにそれは当たる相手がおかしい気もする。上げた腕を胸元で抑え、優しい笑顔でもう一度安堵しながら目元を拭う。

 響もまた緊張が切れたのか、ヘリの中でへたり込みながら涙と笑顔を止められずにいた。運転しているパイロットから渡されたタオルで顔を拭い、一度両手で叩いて気持ちを改める。何はともあれ、今は仲間の顔が見たい。それだけだった。

 だがその時、暗雲からヤプールの声が響き渡って来た。

 

『…ウルトラマンエース…ウルトラマン80…来ていたのは、貴様らだったか…!』

「そうだヤプール!貴様を倒すのは俺の…俺たちの使命だからなッ!!」

「この世界を…貴様のマイナスエネルギーで支配させるわけにはいかない!」

『ほざくなウルトラマンども!…フフフ、だが貴様らには、更なる絶望を味わわせてやる。

 現れろ!蛾超獣ドラゴリー!!手薄になった地点を破壊し尽くせッ!!』

 

 ヤプールの声に驚愕が走る。そう、時空振動が超獣出現レベルにまで急激に増加したのは先ほどまで響が単身で防衛に当たっていた場所…今は防人の居ないA地点だ。

 

「まだ来ると言うのか…ッ!!」

 

 時間差召喚による侵略。汚らしくもあるが非常に効果的な手段でもある。事実、こうなってしまってはすぐに救援に向かうことなど出来やしない。

 ヤプールの哂い声と共に暗雲が割れ、赤黒い異次元空間から緑の巨体を持つ超獣…ドラゴリーが町中に出現した。一瞬で混乱が巻き起こる街。さっきまで其処に居た響が、誰よりも焦ってしまっていた。

 

「し、師匠!私戻ります!!このままじゃ…!」

『案ずるな立花ッ!其方の方は、私達に任せろッ!!』

 

 焦る響の耳に届いたのは翼の声。そう、間に合ったのだ。もう一人のウルトラマンが。

 

「――ゼロ、往くぞッ!」

「おうッ!!」

 

 ミサイルを改造したかのような大陸間高速輸送機のハッチを開け、高速で走り抜ける外気にその身を晒す翼。

 左腕を突き出すように伸ばすと、装着されているブレスレットからアイテムが出現する。

 まるでそれは眼鏡のようなやや歪な物体。どこかゼロの眼そのものに似通っていた。

 一体化したからか、其れの使い方は直感が教えてくれた。ウルトラゼロアイ…翼はそれを、自らの眼に被せるように押し当てた。

 輸送機を強く蹴り、天へ飛び立つ翼。それと共に赤と青の輝きが彼女の身体を包み込み、その肉体をウルトラマンゼロのものへとシフトしていった。

 そのまま一筋の光矢となって飛ぶゼロは、輸送機を追い越しA地点…逃げ惑う人々を尻目に市街を練り歩くドラゴリーに向かって、急降下と共にキックをお見舞いした。

 

「ヘッ…待たせたなッ!!」

 

 怯え惑う人々へ見せつけるように、起き上がるドラゴリーに対し構えを取るゼロ。その彼に、彼と一体化している翼に距離を越えて声が聞こえてきた。

 

『遅いぞゼロッ!!』

 

 いきなりの声は、エースからの強い叱咤だった。だがその言葉に対し、ゼロは何処か不敵に返答する。

 

『先輩方を信じてたからな。必ず来てくれるってよ』

『まったく…いつも調子の良いことばかり言うなお前は』

『エース兄さん、ゼロ、話はその辺りで。今は超獣をどうにかするのが先決です』

『…80の言う通りか。行けるな、ゼロの選んだ聖詠の謡い手よ』

「無論です。今の私は、その為に彼と共に在るのだから」

 

 姿は見えずとも声だけで感じる。エースと80…ゼロ以上の貫録を持った、二人のウルトラマンの強さを。

 

『よし…では行くぞ!これ以上、超獣どもをのさばらせるなッ!!』

 

 エースの掛け声とともに80とゼロ、あわせて3人のウルトラマンが走り出す。

 3人のウルトラマンと3体の超獣…小国日本を舞台に、其々の場所で巨人と巨獣の交戦が開始された。

 

 

 EPISODE04 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 05 【笑顔達を守護る力】 -A-

 ミサイル超獣ベロクロンとの戦いで、雪音クリスの窮地を救いその正体と共にベロクロンと相対したウルトラマン80。

 大蟹超獣キングクラブとの戦いで死に直面した月読調、暁切歌の元に現れ彼女らを助けたウルトラマンエース。

 そして立花響の離れた地点を強襲する蛾超獣ドラゴリーを討つべく到着したウルトラマンゼロと風鳴翼。

 ヤプールによる三地点同時侵攻は、佳境を迎えていた。

 

 

 

 まずA地点。大都会とは言えぬが地方の首都ともいえる街中で相対したウルトラマンゼロとドラゴリー。葉のような深緑色の剛腕から繰り出される一撃がゼロの腕と咬み合う。組み合った瞬間、見た目以上の怪力を誇るドラゴリーにゼロと翼はやや驚愕した。

 

「おぉっ、やるじゃねぇか!」

『中々…。だがこれならばッ!』

「あぁ!俺達の方が、強いッ!!」

 

 対側の一撃を読み、ゼロスラッガーの片方を取り外して襲い来る腕へ斬り付けた。それに怯み後ずさるドラゴリーを追い、その胸部に拳の連撃を打ち付ける。そして大振りの跳び回し蹴りを小さな側頭部へ直撃させ転がした。

 高い叫び声をあげながら起き上がるドラゴリー。両腕を前に出しその眼をゼロへと向けた瞬間、その手に仕込まれたミサイルを発射した。

 

「コイツも武器を仕込んでんのか!」

『此れ以上周辺に被害を出す訳にはいかんッ!撃ち落とすぞッ!』

 

 バック転で距離を取りすぐさま右腕を胸の前で水平に構え、額に意識を集中させる。声は自然と二人重なっていた。

 

「『エメリウムスラッシュッ!!』」

 

 額から放たれたエメラルドカラーの光線が、飛来する二つのミサイルを捉え撃ち落とす。広がる爆煙の中から、今度は炎が襲い掛かって来た。これもまたドラゴリーが吐き出したものだ。

 思わず両腕を眼前で交差させて防御する。その炎を目眩ましにして、その巨体から想像も出来ぬ跳躍で背後から強襲した。

 背中に全体重を乗せた踏み付けを喰らわされ、ゼロの巨体もアスファルトの地面にめり込む。その上で嗤い声に似た鳴き声をあげながら、足踏みするように何度も踏みつけていった。

 

「ンなろぉ…!調子コいてんじゃねぇぞッ!!」

 

 うつ伏せのまま頭部のゼロスラッガーを射出、やり返すとばかりに回転する二つの刃を思念で操作しドラゴリーの背部を斬りつけた。

 痛みに吠えて上から離れると、すぐに前転受け身を取りながら距離を離し立ち上がるゼロ。すぐに右手を天に掲げると、舞っていたゼロスラッガーが手元へ帰還。合体して巨大化し、ゼロツインソードへと姿を変える。

 

『往くぞッ!!』

 

 翼の掛け声とともにドラゴリーへ突進し、双刃で袈裟掛けに攻撃。刃を当てられたその身体から火花を散らせながら相手を圧倒していく。

 数回にわたる連撃を横薙ぎで締め、ふらつくドラゴリーを一瞬視認してゼロツインソードを元のゼロスラッガーへ戻し頭部に装着。右手を腰だめに据え左手を真横に伸ばし構えた。

 

「さぁ止めだ!いくぜ翼ッ!!」

『あぁ、この技でッ!!』

 

 ゼロの身体の中で、翼もまた自然に同じ構えを取る。肉体の一体化を果たしている以上、その行動はほぼ完全にシンクロしていた。

 繰り出されるはゼロの父とほぼ同じ…それでいて、ゼロだけの必殺技。

 

「『ワイドゼロショットッ!!』」

 

 黄金に輝く光の粒子が、光線となってL字に組んだ腕の右手から発射される。それは怯んだドラゴリーの身体へ直撃し、やがてその身体を爆裂させるに至った。

 

『…よし』

「一丁上がりだ!」

 

 

 

 B地点。自慢の尻尾を切断され、痛みと怒りに燃えるキングクラブがエースと組み合いはじめた。

 左右の腕で叩き付けるように殴りつけていくキングクラブ。その攻撃を強靭な腕で防御し、両手で繰り出された一撃を弾き飛ばした。そして空いたボディに向かって、エースの正拳と強脚を打ち込まれ、キングクラブの巨体が海へ押し戻される。

 そこから追い打ちをかけるように、首を捕まえ背負い投げの要領で投げ付けた。そのままマウントポジションを取り、殴りつけた。

 シュルシャガナとイガリマの決死の攻撃でさえ通さなかった強固な甲羅だが、ウルトラマンの力ならば十分な打撃として通用する。そして何より、相手は対超獣…対ヤプールに最も長けた戦士であるウルトラマンエースなのだ。

 たまらず額から火炎を放ちマウントポジションを脱するキングクラブ。なんとか立ち上がり反撃にと口から溶解泡を吹き出そうとするが、すかさずエースが口鋏を掴み外へ無理矢理に開いていく。痛みで悶えながら解放されるよう暴れるキングクラブだが、それで放すようなエースではない。

 

「ヌゥゥゥゥ…トアァァーッ!!」

 

 ゴキンと鈍い音が響き、口鋏が外されて振り子のように揺れ動く。たまらずエースの傍を離れるキングクラブに、もう戦闘意欲は感じられなかった。

 だがそんな相手に情けを掛けられる程、彼は甘くは無い。ヤプールと言う存在の悪辣さを誰よりも知っているからこそ、容赦の欠片も無く討ち倒せるのだ。

 

「止めだ!これは…あの娘たちの願いの一撃だッ!!」

 

 頭部の前立てに空いた穴にエネルギーが収束、胸元のカラータイマーへ向かうように拳を構えた両腕へと流れ込む。そしてその両の手を前に突き出し、それと共に光のエネルギーが刃となって撃ち放たれた。

 光刃は超速を以て痛み悶えるキングクラブの首…調と切歌がその全力を賭して付けた、小さくとも甲羅を越えて肉体へと至った傷痕へ吸い込まれ通り抜ける。そして甲高い音を上げ、キングクラブの頭部が頸部を境に分離した。ウルトラマンエースを代表する文字通りの必殺技…ウルトラギロチンの派生技である水平両断光刃、【ホリゾンタルギロチン】だ。

 

 頭部を失ったことで脳部分からの動作伝達信号が途切れ、だらんと手を下ろし身体は揺らめいている。それすら残そうともしないエースは、水平に腕を伸ばしたまま左に上体を捻り、戻した反動と共に腕でL字を組み、縦角の右腕から光線を発射した。

 今まで数多くの超獣を討ち倒してきたエースの得意技である【メタリウム光線】で、首のないキングクラブの身体を木っ端微塵に粉砕した。

 

 

 

 そしてC地点。ベロクロンと対峙しているはウルトラマン80。接近と共に力強く組み合う二つの巨体に、大都市は大きく震えていた。

 最接近の80から繰り出される喉元への水平チョップ、胸部への拳撃と続く連続打撃に、ベロクロンの巨体も怯み後ずさる。だがベロクロンもそれで終わるはずが無く、すぐさま頭部からの突進で80に反撃。撥ね飛ばしたところへ爪先からの光線攻撃で逆襲した。

 

「あぁっ、センセイ…!」

 

 思わず口にするクリス。80の…矢的猛の変身を眼前で見ていた彼女は、この戦いから目を離すことなど出来なかった。彼は今、自分の代わりに戦っているのだから。

 光線により爆発が起こるが、それでも強く起ちあがる80。高く跳び上がり、ベロクロンの頭部に向かって空中二段蹴りを打ちこむ。元よりクリスの攻撃で生じていた傷のあった場所、その攻撃は効果的だったと言えた。

 痛みと怒りで激昂したのか、雄叫びのような啼き声を上げるベロクロン。少しうずくまるように姿勢を変えながらも、怒りの紅眸は80を捉え離さなかった。そして次の瞬間、後頭部から背部全体…全ての発射口から大量のミサイルを発射した。

 

「あれは…ヤバい!センセイ!!」

『大丈夫、任せろ』

 

 クリスの脳裏に響く猛の声。不思議な感覚だったが、今はその念話にどうこう言っている余裕は無い。

 まるで半円を描くように左腕を斜め外方へ、右腕を真横へ伸ばし構える80。その両手をすぐ頭の上で重ね合わせ、菱形のバックル部分を挟むように移動。バックルから広範囲に光線が放たれた。80を代表する技の一つ、【バックルビーム】である。

 まるで弾丸のように疎らに放たれた光線は、狙い澄ましたかのようにベロクロンの発射したミサイルへと伸び、一つ残らず爆発相殺させていった。

 

「――…すげぇ…」

 

 思わず感嘆の声を漏らすクリス。自分とは大きさが遥かに違うという絶対的な差があるのは分かるが、それでもあのミサイルの雨を、ただの一つも周囲に撃ち漏らすことも無く撃ち落としたのだ。

 自らの攻撃を全て妨害されたことにより、更に怒りを増すベロクロン。暴走するように突進し80を倒そうとするが、その行動を逆手に取った80にいとも容易く投げられてしまう。ならばとばかりに口を開き火炎を放とうとした瞬間、突き出した80の手から発射された【ウルトラアローショット】が先に口の中へ命中。火炎放射機能を一撃で破壊してしまった。

 

「これで、終わりだ!」

 

 口を覆うように悶え下がるベロクロンに、バックルビームと同じ初動の構えを取る80。巨体を巡るエネルギーが瞬時に腕へ収束され、そのまま両腕をL字に組み合わせた。ゼロのワイドゼロショット、エースのメタリウム光線と同様に右腕から赤と青の輝く粒子が撃ち出される。これがウルトラマン80の必殺技、【サクシウム光線】である。

 光線の直撃を受けたベロクロンは赤と青のストロボのような発光を起こし、大爆発と共にその巨体を粉砕させた。

 

 

「ウルトラマンゼロ、ウルトラマンエース、ウルトラマン80、その其々が各地点に出現した超獣を撃破!」

『警戒は続けて!ノイズ超獣に変化することも考えられるッ!』

「時空振動さらに増幅!ノイズの反応も検知しました!」

「来るか…!」

 

 エックスの言った通りにエルフナインの監視するモニターがノイズの波形を検知していた。

 各地点では爆発四散した超獣の破片に向かって、暗雲からノイズとアルカノイズの群れが同化していき恐ろしい速度で合体していく。そして瞬く間に、ベロクロン、キングクラブ、ドラゴリーの3体の超獣がノイズ化して蘇った。

 復活と共に鳴き声を上げる3体。先ほどまでとは違い、やはり鳴き声が歪な雑音の混じったようなものへと変わっていた。それもまたノイズ超獣の特徴なのだろう。

 すぐに戦闘態勢を取るエースと80。勢いよく殴り掛かるも、やはりゼロが初めて戦った時と同じ、位相差障壁により攻撃の感触があまりにも弱すぎる。

 

『ヌウゥ…!これが、ノイズ超獣というヤツか…!』

『確かに、厄介な相手ですね…!』

 

 エースと80の声がゼロと翼に聞こえてくる。焦りではないが、少しばかり苦しそうな声でもあった。

 

「やっぱそう来やがったか…!翼、頼むぜ!!」

『あぁ!我が歌と共に、存分にその力を振るおうッ!!』

 

 ゼロから発せられる翼の歌。シンフォギアと同等の効果を持ち、通常よりも更に広範囲へと拡大されたフォニックゲインが相対するノイズドラゴリーの位相差障壁を打ち消していった。

 それをBとCの両地点で、テレパシーを通じて把握していたエースと80。先ずは状況を理解した80が、組み合いを解きショルダータックルと両手先を合わせて発射するリング型の光線である【ウルトラスパイラルビーム】で牽制。バック転で一時後退した。

 そして下に目をやると、そこには肩にジャケットを掛けるように被ったクリスの姿があった。彼女は真っ直ぐと、80の戦いを見つめていた。

 

「…ど、どうしたんだセンセイ…?」

 

 80と目が合っている事に気付き、その意図を理解しようと思考するクリス。そんな彼女の視界が光に覆われ、気が付くといつもの教師姿の80…猛が現れた。今の彼の顔に、笑顔は無かった。

 

「センセイ!」

「…シンフォギア装者、雪音クリス。その歌と想いを以て、私に力を貸してほしい」

「…さっき言ってた、『共に戦える』ってやつか…?」頷く猛。そのままクリスに対し言葉を続ける。

「あの超獣は今、ノイズの力と同化した。通常の手段では簡単に倒せないのは私も知っている。君の力が、必要なんだ」

「だから、その為にアタシを…?…センセイは、その為にアタシに近付いてきたのか…?助けたってことなのか…!?」

「……そういうことに、なるな」

 

 返答した猛の顔は、悲しい顔に染まっていた。分かっていた。この事実が、クリスを傷付けるのではないかということぐらい。

 その一方で相対するクリスの顔は、混乱と困惑で歪んでいた。優しい笑顔で気に入っていた先生が地球の危機を察して現れたウルトラマンの仲間で、先生は自分がシンフォギア装者だと言う事も知っていて、自分なんかにも優しく接してくれていたのはこうして装者としての力を利用しようとしていて…。

 普段のクリスならば怒號と共に絶縁を叩き付け、ギアがあればその場で鉛玉を乱射してやるぐらいの憤怒はあった。だがそんな声の一つも出せなかった。向かい合う猛の顔が、本当に辛そうだったから。

 そんな痛ましい顔のまま、だが決してクリスから目を逸らすことはせずに、猛は更に言葉を重ねた。

 

「言い訳はしない。だが、君を選んだのには理由があった」

「…理由?」

「…雪音さん、君は優しい。君からはどんな境遇にも負けずに強く立ち上がる勇気と、誰かを守り誰かと共に生きようとする愛が私には視えた。

  私はただ、そんな君と一緒に戦いたかった」

 

 彼の言葉に嘘は無い。クリスにもそれは理解っていた。ウルトラマンだとかそんな事は関係なく、こんな人が嘘を付けるはずが無かったのだ。もし付けるとしたら、それは優しい嘘だけだ。

 

「すまなかった、雪音さん。君には私を拒否する権利がある。だが約束はする。君が私を拒否しても、私は仲間と共に必ずこの世界を守る。君も、君の仲間も、友達も。

 …これ以上君を、危険な目には遭わせない」

 

 猛の顔は、強く優しかった。この人は、いったい何度そんな顔で理不尽との戦いをしてきたのだろう。そんな男に助けを求められたことが、共に戦いたいと言ってくれたことが、何故自分を利用されたという憤怒に置き換えられてしまったのだろう。

 悪い思いに負けて流されてはいけないと教えてくれたのは、他でもないこの人だったのに。

 

「~~~~~!!!」

 

 突如声にならない呻きを上げながら、肩に掛かっていたジャケットを頭から被りしゃがみこんで頭を掻きむしるクリス。

 俯いてしまったのは、目頭に溜まったものを見られたくなかったからだろうか。

 

「~~~…っだぁっ!!」

 

 勢い良く立ち上がり、猛の元へ近寄るクリス。少し目元が赤かったが、顔付きから先ほどの怒りや失意と言うモノは消え失せていた。

 

「…センセイ、アタシはな、守りたいものは自分の手で守る主義なんだ。だけど、あんな化け物が相手じゃそれもままならない…。

 ――だから、センセイを利用しても良いかな…?」

 

 猛の目に映ったクリスの顔は、恥ずかしさと申し訳なさを強い言葉で覆い隠そうとする虚勢に包まれていた。素直に言葉に出来ずとも、その表情と潤みを残した目だけで彼女の想いは理解ったつもりでいた。

 返答は簡素に、だが有りっ丈の歓喜を込めて。

 

「勿論だ、雪音さん…!」

 

 と、朗らかな笑顔で返した。

 

「…そもそも【利用】と言う言葉は、【自分の利益になるように上手く使うこと。その手段、方便として用いること】と言う意味がある。私と雪音さん、二人の利益は【守りたいものを守る】という一点に集約された。その為に互いを『利用』するのは、何も間違ってはいない」

「あぁ、なるほど…。って、こんな時にまで授業しなくてもいいだろッ!?」

「…そう言えばそうか」

 

 クリスの鋭いツッコミに朗らかな笑顔で返す猛。その顔に釣られたのか、どちらからともなく笑い出した。

 その笑いが収まったところで、猛は腰からある物を取り出し、クリスに差し出す。先ほど変身に使ったアイテムだ。

 

「センセイ、これ…」

「ブライトスティック。模造品ではあるが、私の持っているものとほぼ同じものだ。私とこういう形で直接話がしたい時や、私と共にウルトラマンの姿へ変身するときに使うものと思ってくれていい。

 …そしてこれは、《笑顔達を守護るための力》だ」

 

 強い笑顔で猛の手からブライトスティックを受け取り握り締めるクリス。そこについているスイッチを押し込んだ瞬間全てが光に包まれ、クリスが気付いた時視界に映っていたのはノイズベロクロンの異形だった。

 

「これは――」

「大丈夫だ雪音さん。いま君は、私と一体になった」

「センセイと、一体に…」

 

 感覚で理解できる一体感。それは風鳴翼がウルトラマンゼロと一体化した時と同じ感覚だったが、それを今の彼女が知る由もない。

 

「そっか、なるほどな…。…あとなセンセイ、その他人行儀な呼び方はなんとかならねぇのか?」

「私は教師で君は生徒だからな…。相応の礼節を守るべきだと思っているのだが」

「命預け合う仲に行儀さ求められてもこっちがやりにくいんだよ…。…アタシのことは、クリスって呼んで良いからさ」

 

 周囲を包む光の感じが、少し柔らかくなったように感じた。まるで優しく頭を撫でられたような、微笑まれたような、そんなくすぐったさだ。

 

「ではクリス、君は私の事を猛と呼んでくれると言う事かな?」

「バッ…!せ、センセイを呼び捨てに出来るワケねぇだろ!?」

「フフッ、冗談だ」

 

 敵の目の前だと言うのに、この緊張感の無さ。クリスが自分を受け入れてくれたことやこうして共に戦えると言う事が、それほど嬉しいのだろうか。

 そんな他愛ない会話に水を差すように、ノイズベロクロンの鳴き声が響き渡った。此処は鉄火場、呑気にしている暇など無いはずなのだ。

 

「馬鹿ばっか言ってたら、奴さんキレちまうな…!」

「戦うぞクリス!君の歌と私の力で、みんなの笑顔を守るんだッ!」

「――あぁ、やろうぜセンセイッ!」

 

 此れ以上の理屈は要らない。さっきたくさん話したし、決意だってした。先生と一緒に、戦うだけだ。

 今の自分はシンフォギアを纏ってはいない。だがギアペンダントは、イグナイトモジュールで使い切った力を取り戻したかのように輝いて見えた。

 あとは胸の歌が、力をくれる。

 

「《Killiter Ichaival tron》…」

 

 クリスの奏でる歌、聖遺物イチイバルを基礎としたシンフォギアを励起させる聖詠を唄う。

 シンフォギアは問題なく起動するも、武装を仕込んだ鎧は出現せずインナーの姿だけになり、マイクユニットも大型へ展開するに収まった。これが今のバトルフォーム。理解は、それだけで十分だった。

 不器用ながらも構えを作り、ノイズベロクロンに向かって駆け出す80。一直線に攻撃を繰り出すかと思いきや、直前でブレーキ。一足跳びでノイズベロクロンの後頭部を取り、踏みつけるように蹴り抜ける。

 慌てて振り向く相手に対し、連続の拳を顔面に繰り出した80だったが、彼の感覚には違和感が生じていた。どこか引っ掛かるような、上手く動けないような。そこで一つ、直感したことをクリスに訴えた。

 

「…クリス。もしかして君は、体術の方は――」

『わっ、悪いかよ!あぁ確かにアタシは殴り合いの方はからっきしさ!鉄砲ばっか使ってっから、躱す為の体捌きしか覚えてねーんだよッ!』

 

 何処か自棄な感じの返答を受け、80も少しばかり考えを変える。共に戦うにはどうするのが最善なのかを。

 

「ふむ…光線技ならば、君の力も発揮できそうだな。体術の方は宿題としようか」

『…だからさ、全部学校と繋げるのやめようよセンセイ…』

 

 80の提案に思わず呆れてしまうクリス。だが彼の言ったことは正しかった。一体化したことで統合されている部分…光線技と言う記憶カテゴリを開いてみると、彼の扱う光線技の多さに納得がいった。

 すぐに受け身前転で距離をとり、右手を突き出し放つ【ウルトラアローショット】を撃つ。通常80が放つものは、低めの威力ではありながら素早い牽制にと役に立つ技だ。だがクリスと一体化し彼女のフォニックゲインを重ね合わせて放たれたそれは、放つ素早さや弾速はそのままに光弾が大型化、一度に3発もの光弾を放つものへと変わっていた。

 これは純粋に威力が強化されたと言って良い。事実ノイズベロクロンも、今の一撃だけで足をふらつかせ後退したのだ。肉弾戦よりも遥かにダメージが大きいと分かる。

 そのまま次いで、両の手で同じ技を放つ【ウルトラダブルアロー】を放つ。こちらも先ほどと同じく、大型化した片手に3発、左右合計6発の光弾が撃ち放たれた。しかもその光弾は80とクリスの意志に応じて縦横無尽に動き回り、確実に相手の死角と急所へ突き刺さる嚆矢と化した。

 光の矢はノイズベロクロンの両眼球に一つずつと胸部、背部に二つずつ突き刺さり、苦悶めいた叫び声を上げることになった。

 

「凄いぞクリス、私の予想以上だ!」

 

 素直な80の賛辞に、彼の中で思わず照れて返答に困ってしまうクリス。そういえば授業の時も、褒める時は思いっきり褒めてるっけと思い返してしまった。

 

『…あぁもう、決めちまおうぜセンセイ!』

「あぁ!」

 

 身体が別の意思を持ったかのように、自然と左腕を斜め上、右手を真横へ円運動と共に構えを取るクリス。その動きは80と完全にシンクロし、悶えるノイズベロクロンへと向けられた。

 クリスの歌が、そこから生み出されるフォニックゲインが高まった瞬間、二人は合わせるように腕をL字に組み込む。放たれた赤と青の光線はまるでマズルフラッシュのような黄色の輝きを伴い、クリスのアームドギアの変形態であるガトリングガンのように回転しながら撃ち込まれた。

 翼とゼロが各々の特性を生かした合体技を生み出したのと同様に、クリスと80もまたウルトラマンと装者との合体技を生み出したのだ。名付けて、【BILLION SUCCIUM】。

 歌を乗せた必殺の光線は位相差障壁を全て中和し、一つとして外すことなくノイズベロクロンの身体へと吸い込まれていく。そして通常のサクシウム光線と同様、ストロボ発光と共に爆発、黒い灰となって消えていった。

 

『…やった』

「あぁ、やったんだクリス。君と、私とで」

 

 

 

 EPISODE05

【笑顔達を守護る力】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 05 【笑顔達を守護る力】 -B-

 クリスが80と一体化したのと同じくして、翼の発する歌と音楽に身体を委ね、ゼロも自らの宇宙拳法で再度ノイズドラゴリーとの戦闘を開始した。

 位相差障壁が無ければ、ノイズ超獣も所詮はただの再生怪獣。更にフォニックゲインを纏うウルトラマンの肉体は、シンフォギアとほぼ同質とまで言っても良い。つまりは、

 

「残念だったなヤプール!テメェのやったことは、もう俺達の前じゃ無駄だったってことだァッ!!」

 

 連続で打ち込まれるゼロの拳に、ノイズドラゴリーは為す術も無かった。自慢の怪力による攻撃も、翼の戦闘技能までも一体化しているからか荒々しいゼロの動きに流麗さを重ね合わさり、普段よりも躍動的に相手の動きを見切りいなしながらの反撃を繰り出していく。

 ゼロスラッガーを外し大型化させ、ゼロツインソードとは別の形態…二刀流へと姿を変え、更に一方的に斬り付けていくゼロ。斬り裂いた部分が黒く炭化して消えていく。

 

「決めるぜ、翼ッ!!」

『あぁッ!!』

 

 翼の歌に更なる力が籠められる。それと共にゼロが大きく跳躍し、空中で二振りの刃を再度合体させた。そこから柄の部分を押し込むように蹴り込んだ。

 ゼロが師より学んだウルトラゼロキックと、翼の得意技である天ノ逆鱗。まるで必然のように融合した二人の繰り出す必殺技…【零蹴逆鱗断】が、ノイズドラゴリーを一刀両断するのだった。

 

 

「よし、すぐにエースさんと80さんの加勢に向かうぞゼロ!装者の歌が無ければ、ノイズは…」

『…いや、私達なら大丈夫だ』

 翼の提案に、優しく拒否の意を示したのは、80だった。

「遠慮すんなよ先生。ノイズ超獣相手に正攻法は苦労するだけだぜ?」

『知っているさ。だから私も、自らを委ねられるパートナーを選ばせてもらっていた』

 

 80の声に続いて、別の声が聞こえてきた。翼にとって、聞き馴染みのある声が。

 

『センパイ!』

「その声…雪音かッ!?」

『あぁ。…ま、そういうこった』

「そうか…。雪音が自分で決めて彼と共に立っているのなら、私が口を挟むことは無いな。

 この場を拝借しての挨拶となって申し訳ありませんが、私は風鳴翼。雪音は素直じゃなく口も悪いが、私の可愛い後輩です。どうか、よろしくお願いします」

『こちらこそ。ゼロは負けん気ばかり強くてまだまだ礼儀の足りない不出来な若輩者ですが、どうかよしなに』

「『何の話してんだお前らはッ!!?』」

 

 この場においてもクソ礼儀正しくお願いする翼と、優しく返事をする80。何故か広がる卒業生と教師の和やかな談笑に、不良二人のツッコミが鋭く入り込む。これでは組み合わせ変えた方が相性良かったのではないかと錯覚してしまうほどにだ。

 

「…とりあえず先生が大丈夫なのは分かった。だがエースはどうなってるんだ?あいつも同じように、シンフォギアを使えるヤツを見つけてるのか?」

『…クリスと翼には悪いが、目星は付けさせて貰っていた。だが…』

「だが、とは…?」

 

 歯切れの悪い80の言葉に疑問を露わにする翼。未だ戦いの最中なのか、件のエースはこの念話の中に参加していない。ただ一人、80だけがその理由を知っていた。

 

『ンだよ、ハッキリ言ってくれよセンセイ』

『…エース兄さんは、彼女らの力を借りずに戦うつもりだ。無論、この場は私達の助けも』

 

 

 

 

 そのB地点では、エースがノイズキングクラブを相手取り、果敢に肉弾戦を挑んでいた。腕に高熱エネルギーが込められているチョップである【フラッシュハンド】を叩き込むが、やはり位相差障壁が邪魔をして攻撃がまともに通らない。

 一度後ろへ距離を取り、両手を額に構えそこにある小さな宝玉…ウルトラスターから【パンチレーザー】を発射。フラッシュハンドよりかはダメージになっているようだが、それでも微々たるものだ。

 

(…やはり、単純な攻撃では倒せないか…)

 

 そんなエースを尻目に、先ほど倒された逆襲と言わんばかりに襲い掛かるノイズキングクラブ。位相差障壁を越えて繰り出される暴力に、ただ防御を固める以外無かった。

 ダメージにならずともなんとか相手を突き飛ばし距離を取るエース。だがそれを見て、すぐにノイズキングクラブも口から溶解泡を吐き出した。アルカノイズの特性を前面に押し出したのか、深紅の泡だ。

 

「ヌゥッ!」

 

 周辺被害…特に後ろで気を失っている調と切歌にこんなものを当てるわけにはいかない。そう直感したのか、両手を上で重ね、そのまま下へ長方形を描くように動かして光の壁を発生させた。【ウルトラネオバリア】だ。

 その壁で紅い溶解泡を防いでいくが、バリアを維持する隙を突き、ノイズキングクラブの強烈な尾撃が背後からエースを襲撃。締め上げられてしまった。

 

「グウゥ…!!」

 

 締め上げた尾からアルカノイズの持つ物質分解能力を発動させ、エースの身体を溶かそうとするノイズキングクラブ。倒された恨みを晴らさんとするように、嗤い声にも似た鳴き声をあげる。

 確かに80やゼロの選択が最も正しいのだろう。装者と共に、彼女らの歌の力を借りてノイズの力を得たヤプールを倒す…。合理的だし、彼女らも目的が一緒ならば構うことなど何もない。

 だがエースは…北斗星司は、月読調と暁切歌に対しそんな風には取れなかった。ただ、守りたかったのだ。孫のように離れた歳の娘を…寄り添って生きる事しか許されず、ようやく訪れた優しい世界に喜ぶ二人のことを。

 この選択はきっと、80に諌められゼロには茶化されるだろう。だが…

 

(だが…俺は…!)

 

 全身にフラッシュハンドの要領で高熱を昂らせる【ボディスパーク】を放ち、ノイズキングクラブの尻尾を弾き飛ばす。驚いてエースから距離を取るも、膝をついたその姿と胸で点滅するカラータイマーを見て気を良くしたのかすぐに近寄りその腕で後頭部へ一撃、そして倒れ込んだところを蹴り飛ばした。

 

 宙に浮きながら思い出す。今この場で傷だらけで横たわる彼女らを…いつも笑顔で来店する、調と切歌の姿を。

 願われたのだ。誰一人…自分たちが守りたかったものを全て、死なせないでほしいと。

 約束したのだ。心底から願えば、どこからでも飛んで行く、助けに駆けつけると。

 戦う理由などそれで十分だ。二人の願いがある限り…

 

(――俺は、負けんッ!!)

 

 空中で回転し、体勢を立て直して着地するエース。点滅するカラータイマーと肩で息をするように上下しているところからそのダメージは推して知るべきだろうが、その意志は強く燃え上がっていた。

 相対するに最も厄介なのは、ノイズの特性である柔軟にして強固なる鎧の位相差障壁。次元を操作し、『存在』を不明確なものとすることで直接的な攻撃に対して圧倒的な防御力を誇っている。

 シンフォギア装者が奏でる歌は、そのフォニックゲインがチューナーの役割を果たし位相差障壁と調律、ノイズの『存在』を此方の次元へ強制的に固定することで直接的な攻撃を可能にしている。つまり障害しているのは次元の壁。エースにとってそれは、幾度となく繰り広げられたヤプールとの戦いで、何度となく相手取ってきたものでもあった。

 

 胸の前で拳を突き合わせ、そのまま両手を斜め上へ、仰ぐように広げる。直後全身から、ノイズキングクラブに向かって光が放たれた。その光と共に、揺らぎと共に体表の蛍光色が光を失った純色へと変化していった。エースの持つ【異次元開放能力】が、ノイズ超獣の位相差障壁を打ち消したのだ。

 

(これでもう、守られる壁も無くなったなッ!)

「ヌウゥゥゥンッ!!!」

 

 状況の変化に戸惑うノイズキングクラブに、再度フラッシュハンドで容赦なく殴りかかるエース。高熱を帯びた一撃は、今度は確実に効いていた。だがエースのカラータイマーも、更に加速度的に点滅する。何度も受けた傷と異次元開放能力を用いたことで、エネルギーが底をつきかけていたのだ。

 それを察してか、怯みながらも額から火炎を発射するノイズキングクラブ。バリアを張ることも無く受け続けるエースだったが、最後の力で火炎を吹き飛ばし、頭部の穴…エネルギーホールに残った力を集め込んだ。

 

「ウルトラギロチンッ!!」

 

 声と共に両手を天へ掲げエネルギーホールに溜め込まれた力を右手へ収束、ノイズキングクラブに向けて発射した。

 撃ち放たれた光弾は光速回転と共に鋸状へ変形し、三つに分かれ多角的にノイズキングクラブへ襲い掛かる。そして甲高い音と共に、ノイズキングクラブの首と両腕の接続を瞬時に断ち切った。

 生物としての急所を奪われたノイズキングクラブは、切断された部分からすぐに赤黒い粒子となって消えていった。

 エネルギーの限界か、また膝をついてしまうエース。その眼の先に見えたのは、未だ目を覚まさぬ調と切歌。

 その小さな身体にどれだけの苦痛を背負いながら戦っていたのか…。そんな事を想いながら、その両の眼に残された僅かばかりの力を集め、二人に向けて眼光として放つ。傷付いたものを癒し治す【メディカルレイ】だ。

 光が収まると二人の瞼が動き出し、ゆっくりと目を開けた。

 

「んぅ…調、起きるデスよ…」

「切…ちゃん…?私達…」

 

 二人して状況を解せずにいたが、辺りを見回したところで傍に居た巨人にようやく気が付いた。

 

「デッ、デッ、デッ、デェェェェェェスッ!!?」

「おっ、落ち着いて切ちゃん落ち着いて!!」

 

 明らかに取り乱す切歌と、落ち着いてるように見えて混乱を垣間見せる調。そんな二人の何処か可愛らしい姿を見て、エースはゆっくり立ち上がる。その顔が変わることは無かったが、内心では微笑んでいた。

 

「あのあのアレってその、怪獣だか超獣だかそういうのじゃないんデスよね!?」

「うっ、うん、たぶんそう。あおいさんから聞いてた、ウルトラマン、だと思う…」

 

 調と切歌、二人でエースの顔を見つめ眺める。痛みの消えた身体、何処にも見えない交戦対象、先ほどより明らかに増加している瓦礫。いくら混乱しているとはいえ、此処までの状況証拠を見れば何が起きたのかは流石に理解できた。

 

「もしかして…」

「…ワタシ達を、助けてくれたんデスか…?」

 

 調と切歌の問いかけに、小さく首肯で返すエース。そして言葉は何一つ交わすことも無く、エースは天空へ向かって飛んで行った。暗く波の音だけが戻った静寂の港にて、二人はただ遠く輝く夜空の星を見つめていた。

 

「……願い、通じたね…」

「……デェス…」

 

 呆然と空を見上げるだけの二人の耳に、ヘリのプロペラ音が聞こえてきた。それが近付くよりも早く、二人の前に落ちてきた…いや、降りてきた一人の姿。己がシンフォギアを纏った立花響だった。

 

「調ちゃん!切歌ちゃん!大丈夫ッ!?」

「響、さん…?」

「えーっと…多分、大丈夫デス?」

 

 何処か現実味の無い返答。だがそれでも、二人は”大丈夫”と答えてくれた。感極まった響が、思わず調と切歌を一緒に抱き締めた。

 

「あの、響さん!?」

「ど、どーしたんデスかぁ!?」

「よかった…よかったよぉ…二人とも無事で…」

 

 辺りを憚らず鼻声で喜びを訴える響に、調と切歌も思わず安堵した。こんなにも心配してくれる人が居て、駆けつけてくれて…それは、とても幸せなことなのだと。二人顔を見合わせて微笑み合った。

 

「…あのウルトラマンに、感謝しないとね」

「デスね。来てくれなかったら、ワタシ達、今頃…」

 

 それ以上は言わせないように、切歌の右手に調の左手がそっと握られた。

 感謝しないといけない人はたくさんいる。こうして来てくれた響にもだし、そういう指示を出してくれた司令、助けに来てくれたであろう翼にもだ。そして…

 

「…このお守りが無かったら、諦めちゃってたかもね」

「そうデスね…。星司おじさんにも、いっぱいいっぱい感謝デス」

 

 笑顔で重ね合わされた二人の手。その指に嵌められた小さな指輪は、今もなお優しい輝きを抱いていた。

 

 

 

 

 装者が其々集い始める中で、タスクフォース指令室にもまた安堵の時間が訪れていた。

 

「…状況の終了を確認。時空振動、正常値に戻りました」

「装者たちの状態は?」

「バイタルは皆さん正常です。本当に、良かったです…」

「そうだな…」

 

 言葉を返す弦十郎の顔は何処か険しいままだ。時間差を交えての三地点同時強襲、ウルトラマンの加勢が無ければ装者全滅の可能性だって大いに在り得た事態だ。

 彼の心に残ったものは、後悔以外の何物でもない。最善の手は無かったのか、本当に出来ることを全て行ったのか…そんな思考の堂々巡りに陥ってしまっていた。

 そんな時は思考を切り替えるに限る。後ろを見て悔やむ暇があるなら、前を見て歩みを進めろ…とは何処で聴いた言葉だったか。

 

 兎にも角にも今は、彼女らを死の危機に追いやってしまった後ろめたさのまま留まるよりちゃんと顔を合わせて話がしたいというのが彼の想いに相違なかった。デカい椅子に座った老人どもの苦言など、仲間の命に比べれば安いものだ。

 

「藤尭、針路を日本に取るぞ。すぐにみんなを迎えに行く」

「了解です。上にはなんと言いましょう?」

「命を懸けて戦った大事な部下たちを労いに行く、とだけ言ってやればいいさ。エルフナインくんも、今は自室に戻って休んでいてくれ」

「えっ、でも…」

 

 あおいが不在の間の管制を任されていただけに、素直にハイと言えないエルフナイン。彼女に離れるよう促したのは、小さな端末に映り込むエックスだった。

 

『行こう、エルフナイン。君にも休息は必要だ。…無論、司令達にもな』

「……わかりました」

 

 そう言ってお辞儀と共に指令室を去るエルフナインとエックス。自動扉が閉まったところでようやく、弦十郎は胸のネクタイを緩め、大きな溜め息を吐いた。

 

「…ったく、大人の俺が一番シッカリしなきゃいけないと言うのに…」

「やめて下さいよ司令、らしくない愚痴は。そういうの、俺の役目でしょ?」

 

 モニターに向かいながら淡々と返す藤尭。ぶっきらぼうな言い方ではあるが、彼なりの風鳴弦十郎に対する評価であり、信頼でもあった。彼に未練も後悔も全て抱え込んで進む力があるからこそ、誰も彼の下を離れることをしないのだから。

 そんな藤尭の言葉を飲み込み、改めて前を向く弦十郎。高速艇としての機能がある移動本部は、安全圏内での最高速度で日本へと向かって行った。

 

 

 

 その一方、自室に戻ったエルフナインはベッドに腰掛けてエックスの宿った端末を見つめていた。やがてポツリと、絞り出すように言葉を出した。

 

「…やっぱりボクは、役立たずの不良品なんでしょうか…」

『どうして、そう思うんだ?』

「だって…皆さんが戦っている最中、ボクは何も出来ませんでした…。管制とはいうものの、ほとんどは司令さんや藤尭さんにお任せしっぱなしでしたし…ボクがやったことなんか、何も…」

『…それを言うなら私もだ、エルフナイン。身体が無い上に、私の不完全なデータバンクはヤプールや超獣の生態すら把握しきれていない。力の無さが彼女らシンフォギア装者たちを危機に追いやったと言うのなら、それは私も同罪だ』

「そんな!エックスさんは――」

 

 違う、そんなことはない。そう言いたかったはずなのに、言葉に詰まってしまった。

 事実を事実として受け入れ、そこから次へ繋げるのが科学者の性。それは錬金術師も同じであり、その叡智を植え付けられたエルフナインもまたそうした思考回路を持っている。

 哀しくもそれが、半端なフォローをも飲み込んでしまったのだ。

 

『ありがとうエルフナイン。下手に慰められるより、ハッキリ言ってくれた方が私は嬉しい。その方が、前向きな考えが出来るからな』

「エックスさん…」

『さぁ、それじゃあ前向きな意見交換会と行こうか。戦う力の持たない私達が、どうやって彼女らをサポートしていくか』

 

 そうだ、課題は山積みだ。超獣の持つ力と各シンフォギア及び当該装者が通常時に引き出せる性能限界との対比。現状戦力となるウルトラマンの存在を加味し、世界の何処に出現するかまで…幾億幾兆と存在するはずの状況を想定し、その万事に対して策を講じられるようになるのだ。

 それだけが、今日のような苦しみを回避する最善の手段なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、日本へと向かうタスクフォース移動本部指令室の一室…強固な最奥に用意されている救命室。

 呼吸マスクを被せられ、点滴を打たれながら、何処か安らかな顔で眠っていた女性…。

 シドニーでの戦いで瀕死の重傷を負っていたが、ウルトラマンゼロが降臨した際に『奇跡的に』全快したものの意識を戻せずにいた、救世の英雄にして白銀のシンフォギア装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 薄く、ゆっくりと…その瞼を開け、薄暗いながらも外部の光を取り込む。

 時間にして60時間弱の昏睡。弛緩し衰えた筋肉を総動員しながらその左手を天へ伸ばした。

 その眼は何を映していたのか。

 その手は何処へ目指していたのか。

 それは彼女しか理解らない。

 ただ一言、彼女は小さく呟いた。

 

 

「――マ、ム……セレ、ナ…」

 

 

 力を失ったのか、再度腕を落とし瞼を閉じるマリア。

 その左手には、小さな赤い欠片が握られていた…。

 

 

 EPISODE05 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 06 【獄星の罠】 -A-

 

 EPISODE06

【獄星の罠】

 

 

 

「たぁだいまぁ~…」

 

 ある日の夜、自室の扉を開けて立花響が帰宅してきた。緩やかな足取りは何処か千鳥足にも見え、彼女の顔からはハッキリと疲労の色が浮かび上がっていた。

 

「おかえり響。今日もお疲れさま」

 

 そんな響を優しい笑顔で迎え入れるは、同じリディアンの寮にて同居している親友である小日向未来。今となっては響や他のシンフォギア装者の良き理解者の一人である。

 

「にゃぁぁ~我が家のベッドぉ~…」

「すぐお風呂の準備するからね。晩御飯はどうする?おにぎり作ってあるけど」

「食べるぅ~…。でも今はちょっと横にさせて…」

 

 真っ先にベッドへと倒れ込む響を横目で心配しながら、一先ずは暖かいお風呂を用意するのが先決とばかりに動き出す未来。

 あのいつも元気な立花響がこうまで疲れている理由。それはここ最近の出動回数の多さにあった。

 

 日本三地点同時侵攻が収束してから、およそ一か月。週に数回は世界の何処か…時には複数個所で同時にノイズやアルカノイズの出現を確認している。元来は認定特異災害として偶発的に”発生”するものだが、この発生頻度とヤプールが此方側の世界に出現した時の言動からして、ヤプールが行う作為的な襲撃…”テロ”であると国連からの正式な発表があったばかり。

 その度重なるノイズテロに対し、タスクフォースとシンフォギア装者は昼夜を問わぬ出動を強いられることになってしまっていたのだ。

 

 幸いなことと言えば、この一か月の中で超獣の出現は僅か4件。それも一度に出現するのは1体だけ。時にゼロが、時に80が、時にエースが…誰が行くかはその場の状況で決められていたのか同時侵攻を警戒しての事か、常に一対一の戦いとなっていた。

 そんな装者とウルトラマンの精力的な活動からかウルトラマンの存在も世界に広く認知され、たった一か月の間に彼らの存在はヤプールテロから世界を守る守護神とまで言われるほどになっていた。

 

 実際のところその被害は大分抑えられていると言える。ノイズの出現だけなら多くとも20人そこら、超獣出現が相まっても100人を越えるような死者は出なかったのだから。

 だがそれは欺瞞でもある。どれだけ数が少ないと言ったところで、犠牲者が出ていることに変わりはないのだ。被害者、当事者にとってそれがどのような悲しみを齎すか…立花響にとって、それが理解らないはずが無かった。

 事実今回の出動でも、ノイズによって生じた犠牲者とその身内を目の当たりにしてしまっていたのだ。

 

(……覚悟はしてるはずだけど、それでも……)

 

 枕に顔を埋めながら、拳を強く握ってしまう響。往々にして災害救助とはそういうものだ。助けられる人もいる。救えた人もたくさんいる。だが、この手が届かなかった場合も多い。どれだけ手を尽くしても、伸ばしても、”助けられる側”がどれだけ一生懸命に、生きることを諦めんとしても…。そんな無力感が、響の心を小さく蝕んでいた。

 

「…響、お風呂の準備できたよ」

 

 響の頭を優しく撫でながら声をかける未来。彼女の事を自らの帰るべき陽だまりだと豪語する響だったが、今はその優しさと暖かさが辛く感じてしまっていた。

 

「………未来」

「なに?」

「……力が無いって、つらいね」

「…そうだね」

 

 それは優しい肯定だった。響が抱えるこの悩み、未来が理解らないはずはない。否、それは彼女の方がより強く抱いた悩みでもある。

 フロンティア事変の折に、聖遺物ガングニールに侵食され続け命の危機にまで瀕した響に対し、愛ゆえに誰よりも強く自らの力の無さを呪い、甘言に乗ることで歪みの鏡に取り込まれたのは彼女自身だ。

 奇しくもその歪みは自身が纏ったシンフォギアの力と、戦わせることを拒絶していたはずの相手…決死の覚悟で未来と相対した響との戦いで解放されるに至った。

 だから理解る。力を求めた末に待つモノが、なんであるかを。

 

「…難しいよね。どんな力を持っても、助けられないものがあるなんて…」

 

 未来の言葉に、響は無言でいた。鼻を啜る音がしたのは、行き場のない感情が溢れたからだろうか。

 

「出来ることを、諦めずに精一杯、正しくやる。…戦う力の持たない私が思ってるのは、それだけ。それは、響が教えてくれたことだよ」

 

 その言葉にそっと身体を起こし、未来と顔を合わせる響。彼女の顔は、相変わらず優しく温かかい。その陽だまりの笑顔に、響の顔も少し明るさを取り戻した。

 

「ありがとう、未来…。悔やんでばかりじゃ、いられないもんね。一人でも多く、諦めずに…!」

 

 それが空元気の笑顔なのは分かっていた。悲劇は何の伏線も無く訪れる。それ故に理不尽と呼ばれるのだ。だが、それに負けるわけにもいかない。周囲も世界も、その為に戦っているのだから。

 

「よし、元気出て来た!先に晩御飯から食べよっかなぁ。未来の特性おにぎり~♪」

「もう、現金なんだから…」

 

 明るい声で食卓に向かう響。つい普段の流れでテレビを付けると、流れていたのは夜の報道番組だった。案の定、先ほどまで響や他の装者が戦っていた地点でのライブ速報だ。瓦礫の増えた町、その外れでそこの住人と思われる人がインタビューを受けていた。外国語では何を言っているのかさっぱりだったが、少し遅れて聞こえる翻訳が住人の声を代弁していった。

 

『…ノイズに襲われて、死ぬかと思いました。ですが、歌が私を救ってくれました。これだけしか言えませんが、私は少女の歌によって命を救われたのです』

『歌で、ですか?』

『えぇ。それがあの英雄マリアの仲間だとすれば、この世界はヤプールとか言う侵略者に負けるなんてありえません』

 

 …

 

『ボクの近くで怪獣が暴れてたんだ。ママや弟や妹と一緒に逃げてたけど、怪獣に見られたのを覚えてる』

『怖くはなかった?』

『怖かったよ。怖くてママたちと抱き合ってたんだ。でもその時、光が怪獣を遠くへ引き離してくれたんだ。そしたらウルトラマンが出て来て、ボクたちに言ったんだ。【もう大丈夫だ】って。

 すごくカッコよかった!ウルトラマンはボクたちのヒーローさ!』

 

 …

 

『私の家族はあの瓦礫の中に居ます…。私が買い物へ外出してる時に、両親も、夫も、子供たちも…』

『怪獣とウルトラマンとの戦いで起きた、と言う事ですね?』

『はい…。国連の方やウルトラマンが私達の為に戦ってくれているのは解ります…。でも……でも…ううぅ…!!』

 

 …

 

『見て下さい。ここは世界有数の絶景地だったのですが…それも怪獣とウルトラマンの戦いによって今や見る影も無く…』

『酷い有様ですね…。このような形で目にしたくはありませんでした』

『ここは神聖な場所でした。太陽に照らされた大地の輝きと空と海の蒼穹が私達に生きる力を与えてきたんです。私はそれを奪ったヤプールを許さない。ウルトラマンだって、同罪です』

 

 

 悲喜交々のインタビューを神妙な面持ちで眺める響と未来。最後に流れた壊れた絶景地は、以前響が夢中になった世界の絶景を紹介する番組にも取り上げられていた場所だった。

『地球は生きている』と感じたものを、蹂躙されてしまったのだ。全てではなくとも、自分にもその責があると心を痛め奥歯を強く噛み締めた。

 それでも次に繋げる為に、この現実とも向かい合わなくてはいけない。だが先程まで意気消沈していた響に、こんなものを見せて良かったのだろうか…不安げな顔の未来に、向けられた響の顔は強く固められていた。

 

「大丈夫。出来ることを、諦めずに精一杯…。次はその精一杯を、もう少し頑張れるようになるから」

 響の言葉に、未来もまた笑顔で返した。どう不安を口にしたところで、それで止めてくれる響でないことは知っているのだから。

「頑張ろうね、響。私も出来ること、頑張るから」

 

 片や理不尽から命を守る人助けの為に。片や親友の身体と心を癒せれるように。互いにその決意を、改めて固めるのだった。

 

 

 

 報道番組は流れゆき、話題はヤプールテロの次へと移っていた。次の話題は、【連日のワールドチャリティーライブツアーを続けている世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ】というものだった。

 

「おぉ~…マリアさん今日も別の国で歌ってたんだ…」

「凄いね…。もうこのツアーを始めて3週間だっけ」

「一か月前に目を覚ましたと思ったらすぐだったんだよねぇ。私が言うのもなんだけど、マリアさんもタフだよねぇ」

 

 テレビから流れるマリアの単独ライブ映像を眺めながら、その衰えぬ歌声に思いを馳せた。このライブツアーの発端は、一か月前に遡る。

 

 

 

 

 タスクフォース移動本部最奥の救命室。そこで眠っていたマリアだったが、やがて自然と瞼が開いていき、その眼に明るい光をいっぱいに取り込んだ。

 その眩しさに反射的に目を閉じるが、そこで初めて自分が”目を覚ました”という事実を認識した。

 

(―――私は……)

 

 虚ろな思考を反芻するマリア。現時点で理解できる情報を整理すると、まずここはタスクフォース本部の救命室だということは分かった。ならば、手の届く範囲に呼び鈴があるはずだ。誰かを呼びたいと言う本能に従い、ゆっくりと左手を動かすと違和感が生じた。その手を広げてみると…

 

(…何も、ない…?ずっと、なにかを握っていたような気がしたけど…)

 

 鼓動が普段より大きく聞こえるのは、寝起きで血流が活発になっているからだろうか。左手に残った違和感を探してみるが、やはり何処にも何もない。自らのギアペンダントも、近くの小棚の上に綺麗に置かれていた。ならば、この違和感の正体は何なのか…。

 思考を巡らせていると、右手がベッドに据え付けられた呼び鈴の存在を認識した。残った違和感はとりあえず置いておき、呼び鈴のスイッチを軽く押し込んだ。

 数分もしないうちにまず現れたのは、常駐しているメディカルスタッフが数人。何度か顔を合わせていた看護師の女性が、笑顔で「おはようございます。お目覚めになられて何よりです」と言ってくれたのが、少し嬉しかった。

 メディカルチェックが終わり、入れ替わるように救命室に入ってきたのは、目を潤ませながら慣れぬ走り方でベッドの傍に駆け寄ってきたエルフナインだった。先んじて彼女に同行していたのは、途中で合流した友里あおいだ。

 

「マリアさん!良かったです、目が覚めて…!!」

「…おはよう、エルフナイン。あおいさんも。心配、かけちゃったわね」

「マリアさぁぁん…」

 

 ベソをかくエルフナインの頭を、力ない手で優しく撫でるマリア。そこから広がる温もりが、彼女に力を与えてくれるように感じていた。

 

「私、どれだけ眠っていたのかしら…。今の状況は…?」

「…シドニーの戦いから此処に運び込まれてきて、今でおよそ64時間です。マリアさんがお休みの間に、世界は大きく変わりました…」

 

 エルフナインの口から説明されるこれまでの出来事。敵性体ヤプール、超獣と呼ばれる巨大生体侵略兵器、ヤプールの手によって蘇ったノイズとアルカノイズ、此方の世界に現れた4人のウルトラマン、それと一体化したシンフォギア装者…。

 次々と出される想像を超えた事態に、とうとう頭を抱えて項垂れてしまった。

 

「マリアさん、大丈夫ですか!?」

「…ごめんなさい、エルフナイン。まだちょっと、情報の整理が追い付かないわ…」

「あぁ、いえ…ボクの方こそごめんなさい…。マリアさん、まだ起きたばかりなのに…」

「現状を教えてほしいと言ったのは私。気にしないで。…それで、今本部は何処を目指しているの?」

「他の装者と合流するために、日本へ。マリアさんが起きたと知ったら、みんな喜びますよ。特に、調ちゃんと切歌ちゃんは」

 

 あおいが返答と共に微笑みながら紙袋を一つ、ベッドに据え付けられた折り畳みテーブルの上に置く。それは、調と切歌に頼まれていたcafeACEのパンだった。入っていたのはチョココロネとメロンパン。それぞれ調と切歌のチョイスだ。

 

「これ、マリアさんに食べて欲しいんですって。早く元気になるようにって願いを込めて。はい、あったかいものもどうぞ」

「…あったかいもの、ありがとう。それじゃ、いただこうかしら」

 

 あおいが渡してくれたのは、ちょうど良い温度に暖められたホットミルク。寝起きの胃弱にはコーヒーよりもありがたかった。ホットミルクで身体を少し温めてから、二つのパンに向き合うマリア。細い指でメロンパンを小さく一口大にちぎり、口に運ぶ。ゆっくり何度か租借して飲み込んだら、すぐにチョココロネに手を伸ばした。尻尾の部分を小さくちぎり、頭の部分に見えるチョコクリームをすくい上げて一口。そちらも咀嚼して胃に送り込んだ後、再度ホットミルクで軽く洗い流すように飲み込んだ。

 一息吐いたマリアの顔は、凛々しさの欠片も無い何処か年相応の少女を思わせるリラックスした顔になっていた。一口で言うと、美味しいものを食べた時に出る幸せそうな顔だ。

 

「……っはぁ…美味しい…♪」

 

 そんな珍しい恍惚の顔を見てしまったエルフナインとあおいが、顔を見合わせてクスクスと笑い出した。恥ずかしさに思わず、赤面しながら慌て訂正する。

 

「あの、そのね、違うのよ!ずっと寝てたからお腹が空いてたのはあるかもしれないけど、このパンが本当に美味しくって、ホットミルクも凄く丁度良い温かさで…!!」

「いいのよ、恥ずかしがることなんてないから。そんな良い顔されたんじゃ、調ちゃんも切歌ちゃんも、パンを作ってくれた北斗さんも喜ぶわ」

「あぁもう…不覚だわ…ッ!」

 

 思わず顔を隠してしまうマリア。装者の中では最年長とは言うものの、彼女は大人の階段を、他の装者より少しだけ早く上ったに過ぎないのだ。

 

「でも、マリアさんの嬉しそうな顔はボクも嬉しくなります!きっと調さんや切歌さん…他の皆さんも同じです!」

「…ありがとう、エルフナイン」

 

 それはフォローになっているのかしらと、赤面のまま溜め息一つ。改めて二つのパンへ手を伸ばす。せっかく美味しいのだから、ご馳走になって体力を回復させておかねばならないのだ。

 

「あっ、そうだマリアさん。ご紹介します、ウルトラマンエックスさんです!」

『ご紹介に預かりました。初めまして、ウルトラマンエックスです』

 

 嬉しそうに端末を取り出しマリアに見せるエルフナイン。端末の画面にはいつもの動きも無く点滅するだけの青色バストアップ。発せられる声に、マリアの顔はただキョトンとしていた。

 

「………ごめんなさいエルフナイン。私、もう一度寝た方が良いのかしらね」

 

 現実を整理する能力がパンクしたのか、とても優しい笑顔で布団に潜り込むマリア。エルフナインとエックスが必死で彼女を説得…もとい説明してようやく理解を得られたのだが、こうなるのも仕方ないかなぁとマリアに同情するあおいであった。

 

 

 

 

 移動本部が日本へ辿り着いたのは、マリアが目覚めてから次の朝だった。

 その頃にはマリアの体力も全快しており、それが奇跡的にして驚異的な回復速度…かつて融合症例と呼ばれていた頃の立花響と同等ではないかとまでメディカルスタッフに言われたほどだ。無論、全身検査の末に何一つ異常は見つからなかったので融合症例の再来などと言う事は無かったが。

 回復してすぐにエルフナインとエックスの手助けを得ながら状況把握を行い、それも完璧に済ませられていた。正しく十全、抜かりなしだ。

 ミーティングルームの扉が開き、装者たちが入ってくる。長く柔らかな桃色の髪と、動物の耳を思わせる整え方をした髪型に付けられたスカイブルーの髪飾り。そしていつかと変わらぬ優しそうな笑顔を全員に見せた瞬間、調と切歌が飛び出した。

 

「マリアッ!!」「マリアァァァァッ!!」

 

 勢いよくマリアに抱き付く調と切歌。誰も止めようとしなかったし、出来るはずも無かった。この場の誰よりも、彼女の安否に気を揉んでいたのはこの二人なのだ。

 そんな二人をあやすように優しく頭を撫でるマリア。その姿は姉であり母のようにも見えた。

 

「ごめんね、調、切歌。心配させちゃって」

「…どうしようと思った…!マリアまで、いなくなっちゃったら…!」

「でもでも…マリアが元気ならもうそれでいいデス…!」

「ありがとう、二人とも…。響、クリス、貴方たちも。近くで調と切歌を守ってくれて感謝しているわ」

「えへへ…やだなぁマリアさん。当然じゃないですかそんなの」

「可愛い後輩たち、だからな」

「翼にも、迷惑をかけてしまったわね」

「仔細ない。マリアが無事に帰って来てくれた方が嬉しいさ」

 

 和やかな笑い声が広がるミーティングルーム。だが、気を緩めているばかりにはいかなかった。それを自覚させるかのように、司令である風鳴弦十郎が緒川慎二を連れ添って入って来た。

 

「全員、揃ってるな」

 

 周囲を見回す弦十郎。確認できる顔は、自らの部下であるタスクフォース機動部隊…シンフォギア装者たち全員が揃っていた。

 

「…先ず、みんなに言っておきたい事がある」

 

 神妙な顔で全員の前に立ち、そのままゆっくりと弦十郎がその巨躯ごと頭を下げた。

 

「し、師匠!なにを…!」

「…すまない。君たちにまた戦いを強いてしまったのは、俺達大人の責任だ。しかも、この戦いは今まで以上にみんなの命を脅かすものとなった。こうして頭を下げるのは俺の勝手だが、こうでもしなければ気が済まない」

 

 文字通り命を懸けて…この世界の為に、皆には戦って貰わなくてはならない。年端も行かぬ少女たちを、だ。自らの無力さを噛み締めながらも、こうする以外無かった。情けないと、心底より思いながら。

 そんな弦十郎に最初に言葉をかけたのは、彼の姪であり最も長く彼の下で戦ってきた装者でもある翼だった。

 

「頭を上げて下さい司令。私達は、襲い来る驚異から牙無き人々を守護る防人。そして私達自身も、この世界に夢と未来を想う者です。

 守護りたい…その意志の元に戦うのであれば、これまでの戦いと何ら変わりはありません」

「確かに今度の敵は、強くてデカくて厄介だ。だけど、アタシ達にだって心強い味方ができたじゃねぇか」

 

 翼の言葉に付け加えるようにクリスが言う。その手でクルクルと、手の平ほどの大きさのカプセル…ブライトスティックを回していた。彼女の言葉は、間違いなくウルトラマン達のことを指していた。

 誰もが強く首肯し、誰からも起きぬ責めの言葉に弦十郎はゆっくりと顔を上げる。眼前に広がる少女らの顔は、みな強く輝いていた。

 

「…ありがとう、みんな。では改めて、司令としてみんなに命ずる。

 俺達タスクフォース機動部隊は、外部協力者であるウルトラマンらと協力し、ヤプールの侵略からこの世界を守る。だが、くれぐれもみんな、自分の命を疎かにはするな。以上だ」

 

 それぞれが其々の、意気を持った了承を返し弦十郎が話を終える。そこに続いたのは響だった。

 

「そういえば、ウルトラマンって何人か居るんですよね。確か翼さんは一体化したって言ってましたし」

「私もエルフナインからエックスを紹介されたわね。他のウルトラマンについてはデータを覗いただけだけど…」

「だったら一度、そのウルトラマンの皆さんにも出て来てもらいましょうよ!せっかく一緒に戦うんですし!」

「…だそうだ、ゼロ」

『おうよ!まったく、人気者は辛いぜ』

 

 左手のブレスレットに向けて声をかける翼。帰って来た調子の良い言葉に、「吐かせ」とだけ返してみんなの前に歩み出る。

 

「エックスさんも、良いですか?」

『あぁ、勿論だ。私も翼とマリア以外の装者のみんなとこうして会うのは初めてだし、自己紹介は必要だものな』

 

 エルフナインが嬉しそうに微笑み、翼の隣に立つ。机の上に立てかけるように、全員の顔を見回せられるようにエックスの憑依した端末を置いた。

 先ずはゼロが、翼のブレスレットの宝玉からホログラムを浮かび上がらせ自己紹介を始めた。

 

『みんなもう知ってると思うが、俺の名はウルトラマンゼロ。宇宙防衛隊ウルティメイトフォースゼロの隊長をやってるんだ。今は知っての通り、翼と一体化して一緒に戦ってる。よろしくな!』

『私はウルトラマンエックス。ゼロとはまた別の宇宙からやって来た。申し訳ないが、私は身体を自らの宇宙に置いてきたままでね…。直接的に共闘できるわけではないが、エルフナインと共にみんなのサポートを尽力したいと思う。どうか、よろしく頼む』

 

 其々の挨拶を終え、エルフナインがミーティングルームの大型モニターにエックスの宿った端末を繋げる。そこにまた、先日の日本での戦闘写真が映し出されてきた。此処からの解説はエックスの仕事だ。

 

『既に把握していると思うが、私とゼロ以外にもこの世界にウルトラマンが二人来ている。ウルトラマンエースと、ウルトラマン80だ』

「ワタシと調を助けてくれたウルトラマンデス!」

「エースって言うんだ…」

「クリスちゃんを助けてくれたのが80なんだね」

「あぁ。んで、今はアタシと一体化してるんだ」

 

 さも当然のように語るクリスの言葉に、翼とゼロ以外の他全員が驚愕の眼を彼女に向けた。そりゃそうだ、言ってなかったし言う暇も無かったのだから。しかしクリスからすれば、完全に失念していたことだった。

 

「そんな報告は無かったな。どういうことだ、クリスくん?」

「あー…えーっと、その…」

(大丈夫だよクリス、私も出る。開いてる場所にスティックを向けてスイッチを押してくれ)

 

 脳内に響く猛の声に従い、自分の隣に少し場所を開けて其処にブライトスティックを向けてスイッチを押した。

 放たれた光が渦を巻き、それが人の形へと変化していき瞬く間に柔和な笑顔が印象的なスーツ姿の男…矢的猛が現れる。彼の顔に最初に反応したのは響で、それに次いで調と切歌が驚きだした。

 

「――あれ?あれぇ!?も、もしかしてあの、うちの学校の先生!!?」

「確かに…全校集会の時とかで見たことある…!」

「ホントデェス!職員室とかでも見たことあったデスよ!」

「こんにちは、立花響さん。あと月読調さんと、暁切歌さんだね。みんなとは担当学年が違うから、あまり会う事は無かったね。

 …改めまして、私がウルトラマン80。今は同時に、リディアン臨時講師の矢的猛でもあります。この度はそちらの装者、雪音クリスさんと共に戦わせてもらう事となりました。みんな、どうかよろしくお願いします」

 

 まるでクラスの自己紹介のように、優しく丁寧な言葉遣いで話す猛。たったそれだけのことが、ゼロやエックスとは何処か風格の違いを大きく感じられた。

 

「タスクフォース司令、風鳴弦十郎です。これまで以上にご迷惑をおかけするでしょうが、クリスくんの事、よろしくお願いします」

「勿論です。此方こそ、何かと不慣れな者達がご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうか良き仲として共に戦いましょう」

 

 共に握手し合う弦十郎と猛。機動部隊を束ねる司令官と話の分かるウルトラマンの年長者という構図のはずなのだが、どうにもこれは教員による家庭訪問に近い空気を感じる。保護者と教師だからだろうか。

 

「良かったねークリスちゃん、一緒に戦ってくれるのが優しい先生で」

「ぅ…い、一々言う事じゃないだろこの馬鹿ッ!」

 

 照れ隠しなのか思わず響の頬を抓り伸ばすクリス。いつもの光景に笑いながら、今度は翼が猛に尋ねた。

 

「エイティさん…いえ、矢的猛先生、と呼べば宜しいでしょうか」

「好きな方で良いよ、風鳴翼さん」

「…では、矢的先生。貴方がこの場に来られたのは、雪音と一体化したこともあったからだと思います。ですがもう一人…ウルトラマンエースは、如何されているのでしょうか」

『そういや見ねぇな。今更恥ずかしがってるからとかか?』

 

 翼の問いとゼロの言葉に、猛の顔は少し申し訳なさそうに顔を潜めた。

 

「…先日の戦いでも言ったように、エース兄さんは君たちシンフォギア装者の力を借りずに戦うと決めた」

「私達の力を信用していない…足手纏いとまで思われてると言うのかしら」と反論したのはマリア。

「そうではない。みんなの力は勿論、自分たちの力でこの地球を守ろうとする意志も、私達は強く感じていた。だからこそ、私もゼロもこうして君たちの力となるべく一体化することを選んだんだ。

 …だが、エース兄さんにはそれが出来なかった」

「なんでだよセンセイ。気ィ失ってた奴はともかく、元気してる馬鹿だって居ただろ?」

「…エース兄さんは優しい人だ。みんなの意志を確かめるためとはいえ、守りたい人たちを傷付けてしまった事を深く悔やんでいる。そんな自分は、誰かと一体化してみんなと一緒に戦うことなど出来ないと考えているのだろう…。自分と言う存在を、受け入れてくれることは無いと…」

 

 猛の言葉を、その場に居る誰もが重く受け止めていた。誰の身にも覚えがあった。周囲と言う世界が、自分を拒絶するのではないかという恐怖感。

 一万人を超える犠牲者を出し、敬愛する片翼までも喪いながら生き永らえた翼。その事故の渦中に居ながら奇跡的に生き延びてしまい更なる怨嗟の坩堝に飲まれた響。テロという理不尽な暴力に愛する家族と自らの自由をも奪われながら生きてきたクリス。内戦と紛争で孤児となり、米国にて私欲に塗れた実験動物として生かされてきたマリア、調、切歌。謂れ無き不信によって父を焼かれ、世界を砕く妄執と共に生きた少女の思い出を継いだエルフナイン。

 猛の語る言葉が、其々の内に秘めた過去の傷痕に容赦なく突き刺さっていた。美しくなどない、醜悪にして低劣な現実を、彼女たちは識っていたから。

 

「…それでもエース兄さんは、この世界を守る為に戦うと言っている。守りたいと言っている。もしも、この世界の誰もがウルトラマンを信じることが出来なくなったとしても」

「なんで…なんでそこまで言えるんデスか…!?」

「誰も自分を信じてくれないなんて…そんな、悲しいことになってまで…」

 

 問い掛けてきた調と切歌は、今にも泣きだしそうだった。”信じられない”、”信じてもらえない”。そこから起きる哀しみの連鎖は、その小さな身体の髄にまで刻み込まれていたことだ。

 だからこそ理解し難かった。誰も信じてくれないかも知れない世界の為に、その命を削ってまで守ろうとする想いが。

 そんな二人の問いに、猛はただの一言で返答した。

 

「――それが、ウルトラマンエースだからね」

 

 彼の笑顔の返答に、二人とも納得のいかない様子ではあった。だがそれ以上真っ当な返答が返ってくるとも思えなかった。渋い顔で引き下がると、何も言わずマリアが優しく二人の頭を撫でる。二人の絡まった思考を解し、肯定するかのように。

 

「…すまない、話が逸れてしまったね。ともかく、超獣撃退に対しエース兄さんはちゃんと力を貸してくれるのは確かだ。戦力として大いにアテにして欲しい」

「そうさせてもらいます。記録映像を見た限りでは、単独でノイズ超獣を斃すことも出来るようですし」

「異次元開放能力…確かに、アレを使えばノイズの特徴である位相差障壁を無効化することは出来る。だがアレは使用するのに多大なエネルギーを用いてしまう諸刃の剣だ。通常の超獣はともかく、ノイズ超獣は出来るだけゼロと翼さんか私とクリスで戦う方が良いだろうね」

 

 翼の言葉に冷静に返す猛。エースの力を疑う事は無いが、単独で戦う事に対するリスクをちゃんと分かっておかねばならない。

 

「エースさんと共にノイズ超獣と戦うのであれば、傍で誰かが歌で位相差障壁を消していくのが最良というわけですね…。そうなると立花、マリア、月読、暁、その負担はみんなに掛かってくるだろうが頼むぞ」

「任せてちょうだい。私達だって、黙って見ているなんて出来ないもの」

 

 年下達に代わって返事をするマリア。ウルトラマンとの話し合いと更なる方向性の拡大を確認し、次はエルフナインとエックスが話を始める。

 モニターにはエックスが、新しい画面へ切り替えていた。そこにはシンフォギアを展開するギアペンダントと、この世界に現れたウルトラマンの姿があった。

 

「ボクとエックスさんで色々考えた結果ですが、装者の皆さんの生命維持、耐久性能を引き上げるべくギアの再調整を行いたいと思います」

『具体的にはウルトラマンの身体組織に近い物質を錬金術で錬成、ギアのインナースーツに付着させることで耐久力を向上させようというものだ』

「それなら超獣ともマトモにぶつかれるってこと?」

 

 尋ねたのは響。最接近での戦闘が必須となる彼女にとって、そこは重要なポイントである。だが、帰って来たのはやや期待外れな回答だった。

 

「いいえ、現在のギアと比べても耐久性能の上昇率は20%程にしかなりません。飽くまでも生命維持の強化という範疇に収まってしまいます。

 更にこのコーティングはシンフォギアの特徴でもあるフォニックゲインによる性能上昇には関与しません。高いフォニックゲインを引き出したり、響さんならフォニックゲインを束ねることで得られる上昇補正は無いと言うことです」

『だがこれは裏を返せば利点ともなり、個人で高いフォニックゲインを出せない場合…またはその状態に陥った際でも一定の防御力を保つことが出来る。

 そして何より、このコーティングを施しておけばイグナイトギアのリミットオーバーが発生した際にもインナーは残り、装者の肉体を保護してくれるんだ』

 

 エックスの言葉で自身を振り返るクリス、調、切歌。イグナイトギアを用いるまでは良かったものの、その時間切れで命の危機に立ったのは誰でもない彼女たち。その危険性がいくらかでも減少してくれるのならば心強い限りだ。

 

「攻撃力は変わんねーのか?」

「ほとんど変化はないと思っていただいて構いません。現状、超獣が相手であればクリスさんの単独火力ぐらいの力があれば攻撃は通ることは分かりました。イグナイトギアを起動した装者が集まれば、理屈の上では超獣の打倒も可能だと考えます」

『勿論、戦略的に見てそれは行使すべきではないがな。ウルトラマン到着までの繋ぎと言うのは君たちに失礼だが、わざわざ危険な戦いを選ぶべきではない。それしか選択出来なくなったら…と言う程度に留めておいてくれ』

 

 エックスの忠告もしっかり把握し、装者全員が強く頷いた。

 

「可能な限り急いでやりますので、どうかよろしくお願いします」

「頼りにしてるわ、エルフナイン」

 

 マリアの言葉に笑顔で頷くエルフナイン。仕事は山積みだが、彼女も彼女なりに自分のすべきこととして全力を出しているだけなのだ。

 

 

 

 ミーティングを終えた後、マリアは独り思考を巡らせていた。仲間の誰もが自らの出来ることに全力を傾けている現在、自分は何をするべきなのだろうかと。

 戦うだけなら心強い仲間が居る。戦う以外に、自分が出来ることとは何か。図らずも得た名声という力で、何が出来ると言うのだろうか。

 …答えは、一つしかなかった。

 

 

「全世界を廻る、チャリティーライブツアーだと?」

 

 疑問の声を上げたのは翼だった。移動本部指令室ブリッジにて、全員が集まっているところにマリアが提案してきたのだ。全員の視線が集まる中、マリアは堂々とその提案事項を話していく。

 

「えぇ。ヤプールの目的の一つがウルトラマン80の言った通り、人々から生まれる恐怖や哀しみ、憎しみといった感情…マイナスエネルギーだと言うのなら、少しでもそれの発生を抑える必要があると思うの。

 だから…私の歌でそれが抑えられるというのであれば、みんなの前へ赴き私は歌うわ。ガラじゃないけど、幸い私に与えられた名声はこういう事をするのに向いているしね」

「そうか…。ならば私も――」

「翼はまだ事務所の契約とかあるでしょう?トニー・グレイザーが如何に貴女を買っていようと、営利が絡みだす事態になれば綺麗事だけで動けなくなる。

 これは、国連所属のエージェントであり救世の英雄、世界の歌姫だなんて祀り上げられた私だから出来ることだと思うの」

「でも、それじゃあマリアさんが超獣に襲われた時に…!」

「それは、私からエース兄さんに頼んでおくよ」と響の問いに対しマリアの代わりに答えたのは猛だった。

「エース兄さんならば、この地球上でも光速以上にまで加速することが出来る。もし誰も駆けつけられない時でも大丈夫だ」

 

 猛の話を聴きながら、つい呆気に取られてしまっていた。

 異次元に干渉することでノイズの位相差障壁を無効化し、多種多様な光線技で超獣を討ちながら傷付いた誰かを癒すことも出来、更にはその身一つで光速以上にまで加速できるなど…。80、ゼロ、エックスと比べてみても、その秘めたる力は恐ろしいまでに常軌を逸していると感心していた。

 

『…知らなかったぜ。エースって、そこまで強かったのか…』

「不勉強だぞゼロ。また落ち着いたら、今度はエース兄さんにも師事してみると良い」

『おう、そうさせてもらうぜ!』

 

 猛とゼロの話からすぐ、マリアの目線は弦十郎の方へ向かう。この提案の是非を貰わなければならない。

 

「どうかしら、風鳴司令」

「…やってくれると言うのであれば、断る理由は存在しない。だが、君にばかり負担を強いてしまうことになるのは…」

「しばらく寝かせて貰っていたもの、その分多めに働いても罰は当たらないはずよ」

 

 決意の籠ったマリアの強い笑顔に、弦十郎も不承不承といった感じで了承した。

 

「しかしマリア、何故そんな急に…」

「…夢を見てたような気がするの。でも覚えているのは、夢の最後はセレナとマムが現れて、笑顔で私を応援してくれたということだけ。

 私はただ、二人の声に応えたかっただけかしら。何度倒れても決して諦めずに、みんなを守る為、前へ――」

 

 自然と出て来たその言葉に、マリアは何処となく違和感を感じた。デジャヴとでも言うのだろうか…口にした言葉を、どこかで聞いていたような気がした。母と呼んだナスターシャでも、妹であるセレナでもなく、誰かから――

 

「マリア?」

 

 ハッと呼ばれた方に目をやると、怪訝な顔をした翼たちの顔。仲間達が見つめているその顔は、何処か心配そうにも見えた。

 

「大丈夫デスか、マリア…?」

「まだ疲れてるんだろうし、休んでた方が…」

「――ありがとう、調、切歌。でも本当に大丈夫だから。ね?」

 

 優しい笑顔で返答するマリア。

 実際のところ、病み上がりのはずの身体に気力が満ちているのは事実だった。その発散という訳ではないが、小さな自責の念からも動かずにはいられなかったのだ。

 そうして火急的に進行、開催が決まったマリアのチャリティーライブツアー。これが、発端の全容だった。

 

 

 

 

「まさか本当に、連日のように世界を飛び回って歌ってるなんてねぇ…」

「マリアさんも、自分の出来ることを精一杯やってるんだね」

「そうだね。私も、頑張らなくっちゃ」

 

 強く両手を握り締め、決意を新たに固める響。未来はただ、嬉しさと不安が混ざったような笑顔で響を眺めていた。

 願わくば彼女に…彼女たち装者のみんなに、大事が起きない事だけを願いながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 06 【獄星の罠】 -B-

 

 数日後…

 季節は夏の暑さから徐々に秋の涼しさへ移っていき、生徒たちが衣替えをしたリディアンでも秋の風物詩である文化祭…秋桜祭の企画が始まりだしていった。

 まだ大それた動きは無かったが、教員から話が出たことでやはり生徒たちからは浮き立つような声も漏れてくるものだ。それは戦場に起つ使命を帯びていた装者たちも同じであり、共に帰宅するクリス、調、切歌もそれに違わず、帰路の話題はそれ一色となっていた。

 

「またあの美味いもの巡りが出来るんデスねぇ…」

「今度は任務じゃないから、ゆっくり楽しめるね」

「そうもいかねぇぞー。クラス其々でなにかやるんだし、そっちに駆り出されればゆっくりしてる暇はねぇかもな」

 

 楽しみに水を差すように注意するクリス。だが今回の調と切歌には、そんなクリスへの反撃手段をしっかりと用意していたのだ。

 

「確かに、クリスセンパイみたいに歌唱コンクールNo.1になってしまっては大変なのデス」

「前に流れた去年の紹介ビデオでも、先輩のシーン一番多かったしね」

「そっ、それを言うかお前らァッ!?」

 

 激しく赤面させたクリスが二人に怒声を上げる。

 二人が言っているのは、全校集会で新入生向けとして製作、放送された昨年の秋桜祭のダイジェストビデオだった。毎年恒例にもなっている生徒主催の歌唱コンクール。装者たちにとっては色々事案が重なったものの、結局昨年度の最優秀賞はクリスに贈られていたのだ。

 フロンティア事変収束後、学生としての本分に戻った時に同級生たちからしばらくその事でチヤホヤされたのは言うまでも無く、ついでに言うとそういう目立ち方がクリスにとって最も苦手としていたのも語るに及ばぬところだろう。

 調と切歌にとっては、可愛がってくれてると理解はしながらもいつも何かと下に見られるクリスへの可愛い反撃材料なのだ。その効果は、御覧の通り。

 

「つーか!お前らだって映ってただろアレに!」

「私達、表向きはあの乱入からの推薦入学ってカタチですし」

「紹介されたのはちょっとハズかしかったデスけど、おかげでクラスメイトや2年のセンパイ達とも仲良くなれたからいーんデェス♪」

「ぬぐぐぐ…この後輩ども、いつからこんな可愛くなくなった…!」

(私もすごく感動したよ、雪音さん。君の歌は本当に素晴らしかった。今度は生で聴きたいものだ)

「仕事しろよセンセイはさァッ!!!」

 

 脳裏へ伝わった猛の一言に更に赤面と激昂を増し、つい叫んでしまう。それ以上彼からの念話は無かったが、一体化し内包している80の光が穏やかな微笑みのような優しさをしていることは理解できた。それが余計に恥ずかしいのだ。

 

 因みに現在、ウルトラマン80こと矢的猛は雪音クリスと一体化を果たしておきながら、平時はキチンと教師の務めを果たしている。彼曰く、力の主導権をクリスに移しておき人間態を維持するための力と人格だけ外部に移しているとのこと。精神と肉体を分離して此方へやって来たウルトラマンエックスと同じようなことをやっているのだと言っていた。

 80への変身の際に、猛はその場から肉体を転移。クリスに渡したブライトスティックに宿り、80へと変身する仕組みなのだと言う。

 

 閑話休題。

 

 クリスが心の中で猛に向かって色々呟いたものの職務に戻ったのか返答は無く、彼に与えられた光が穏やかなままと言うところで彼の機嫌を判断。気を取り直し帰路に就くことにした。

 

「…しかし、もう1年か」

 

 ふと呟く。秋桜祭が来ると言うことは、この後輩たちと出会ってもうすぐ1年が経つと言うことだ。そして同時に見えてくる、卒業の二文字。まだ早いと心では思っていたものの、こんな形で実感をさせられてしまうとは…。思わず吐いた溜め息に込められた感情が何なのか、クリス本人は未だ理解できずにいた。

 

「どーしたんデスか、クリスセンパイ?」

「もしかして、怒ってます…?」

 

 無邪気に寄ってくる調と切歌。此方の気持ちを知ろうが知るまいが慕ってくるこの二人を嬉しく思いながら出来るだけ元気に返事をする。

 

「ばーか、一々気ィ使うんじゃねーよ」

 

 返すその笑顔は、昼の太陽にも負けず明るく見えた。

 

 

 

 その時、三人の持つ携帯端末に緊急連絡が入った。これは…

 

「ノイズか!オッサン!」

『工業地帯と市街地で振動波を確認した!響くんには既に市街地の方へ行ってもらっている!彼女のバックアップには、調くん。君に行ってもらう!』

「…ッ!了解しました!」

『クリスくんと切歌くんは工業地帯を頼む!周りには十分気を付けてくれ!』

「了解デェス!」

「花火の時期はもう終わりだもんな。分かったぜ!」

 

 別の方向に行くべく向かい合う調と、切歌とクリス。こうして分かれて行動することはこの一か月でも数回ほどだったが、勝手自体は分かっている。

 

「頑張るデスよ、調」

「大丈夫、響さんも一緒だから。切ちゃんこそ無茶はしないでね」

「それこそ要らぬ心配デェス!なんたってこっちには、ウルトラマン先生がついててくれるんデスから♪」

「言うようになったじゃねぇか。背中預けるにはまだ足りてないがな」

 

 僅かな談笑だけを済ませ、どちらからともなく手をタッチし合う調と切歌。話も其処までにし、すぐに指示のあった場所へ向かって走り出した。

 

 

 

 

 クリスと切歌が工業地帯に到着した時には、既に周囲に人影は無かった。風に乗って流れる黒い粒子は、存在のリミットを越えて消滅したノイズの残骸か、それとも逃げ遅れた人のそれか…。

 理解と把握よりも先に、眼前の敵を殲滅せねばならない。二人とも、考えることは同じだった。

 

(…センセイ、行けるかい?)

(大丈夫だ。もし超獣が現れても、すぐに変身できる)

「上等だ…。往くぜ後輩ッ!」

「デェス!」

 

 クリスと切歌、二人の聖詠が唄い流れる。光と共にイチイバルとイガリマを纏った二人が、眼前のノイズ達へと突進した。

 

「前へ斬り抜けろッ!ゴミ掃除はアタシがやってやるッ!」

「了解、デェェスッ!!」

 

 切歌の振るうイガリマの翠刃がノイズ達を容易く両断していく。その中に潜む武芸達者なアルカノイズとその刃を合わせるが、動きが止まった瞬間その頭部にイチイバルの矢が突き刺さり霧散する。

 突撃する切歌をクリスがカバーすると言う形になってはいたが、このコンビネーションはどちらにとってもやり易くあった。

 オイルタンクやコンビナートの上にも出現しているノイズには、クリスの一瞥と共に引かれた引鉄がその中心に直撃、撃ち払う。その隙を狙おうものなら切歌の刃がクリスの死角を補うかのように振るわれる。

 そうやってノイズを蹴散らしながら、徐々に奥へを進んでいく二人。最後の獲物を捉え、地面ごとイガリマの刃が突き立て倒しきったところで周囲を確認する。

 

「一丁上がり、かな。オッサン、こっちは片付いたぞ」

 

 すぐに弦十郎へ通信を行うクリス。だが、端末から聞こえてきたのは不快な雑音だった。

 

「…?オッサン、聞こえねぇのか!?オイ、オイ!!」

「センパイ、どうかしたんデスか?」

「参った…端末壊しちまったかもしれねぇ。そっちので指令室に繋いでくれ」

「分かったデス。司令サン、こっちのノイズは片付いたデスよ?…司令サーン?」

 

 今度は切歌が通信を試みるも、やはり通信は届かない。流れてくるのはクリスの端末と同じ、雑音だった。

 

「あっ、あれ、あれ!?わ、ワタシのも壊れちゃったデスか!?」

「じょっ、冗談じゃねーぞ!?そんなに激しい戦闘でもなかったはずなのに、なんで…!」

「と、とにかく帰るデスよ!ただの圏外かもしれないデスし!」

 

 世界中どこにでも繋がる国連ご用達の特殊通信端末に限って圏外なんて事は無いと思いながらも、突き進んできた道を逆に進むクリスと切歌。

 しばらく歩いて落ち着いたのか、周囲を見渡すと自分たちが今居る場所に強い違和感を覚えた。

 

「…ね、ねぇセンパイ…」

「ぁんだよ…」

「…今日、お天気よかったデスよね?それにノイズと戦い始めた時も、まだ夕方になってなかった気がするんデスが…空、もうこんな暗くなる時期デスっけ…?」

 

 クリスもそれには気付いていた。午後に始めた戦闘からそう時間も経ってないはずなのに、周囲は真夜中のように暗い。何故今まで気付かなかったのかと、妙な疑問を覚えるほどにだ。

 切歌の問いに答えぬまま歩みを進めていると、開けた場所に出て来た。そこには先ほど、切歌が最後のノイズに止めを刺した時に砕けた地面の跡が何一つ変わらず残っていた。

 

「センパイ!あれ、ワタシがやった…!」

「…嘘だろ…ッ!?」

 

 道を曲がった覚えはない。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ進んできたはずだ。ならば此処に戻ってくることは有り得ない。有ってはならない事だ。

 しかし眼前の現実は違う。有ってはならない事が今、起きている。

 すぐにクリスはブライトスティックを取り出し、そこに向かって声を上げた。

 

「センセイ!どうなってんだよコレはッ!?」

『すまないクリス、切歌。私も先程からゼロやエース兄さんに連絡を取ろうとしていたのだが、届かないんだ』

「ど、どういうことなんデスかッ!?」

『恐らく…私達は異次元空間に囚われてしまったんだ。私にも気付かせることなく、巧妙に。…このやり方には、覚えがある…!』

 

 猛の言葉が終るや否や、クリスと切歌の前に数人の男が現れた。警察官、タクシードライバー、現場労働者…一見すると普通の一般人男性だ。

 

「先生、センパイ!あの人たちも囚われた人かもしれないデス!話を聴きに行くデスよ!」

『待て切歌!あれは、違う!』

「チッ、この馬鹿!」

 

 無邪気に駆け出す切歌を止めようとする猛だったが、声だけでは止まってはくれない。後を追って走り出すクリスだったが、切歌は一足先に男たちの元へ辿り着いていた。

 

「あの、すいませんデス。みなさんはどうしてココに…」

 

 切歌の問いに対し、警察官が怪しく微笑む。その瞬間相対する男達の顔が歪み、人間の其れとは全く別の顔になっていた。

 

「―――え、え…?」

「馬鹿!伏せろ!!」

 

 振り上げられた異形のヒト型の拳に先だって、クリスの分厚い靴底が相手の顔面に叩き込まれた。

 倒れ込む相手に対し、クリスはすぐに切歌を抱えるように庇いながら右手で拳銃型のアームドギアを迷わず向けた。互いに、そこから動くことは無かった。起き上がった相手の顔を見た時、それに反応したのは猛だった。

 

「…テメェら、一体…」

『やはり…!バム星人、お前たちの仕業か!』

「フハハハハ…久しぶりだな、ウルトラマン80…!」

「バム、星人…?知ってんのかセンセイ!?」

『あぁ…私が地球に来て初めて戦った宇宙人だ。四次元宇宙人の名の通り、四次元空間を自在に操る技術を持っている。だが、私との戦いで地球から手を引いたはずだったが…!』

 

 猛の声に不敵な笑い声で返すバム星人たち。濃緑の肌に白く光る目がなんとも不気味さを加速させている。

 

「簡単なことだ、ウルトラマン80。ヤプールは我々を取り込み、戦力として加えた。そしてこの地球を侵略するために、我々を送り込んだのだ!」

「我々が受けた命令は、ウルトラマンと一体化した装者を共に捕らえ分断すること。貴様らはもう、この空間からは逃げられん!」

 

 見たことも無い…おそらく形状からして銃火器と思われるモノや棍棒のような鈍器を構え襲い来るバム星人たち。思わず切歌を突き飛ばし、クリスが一人で応戦姿勢を取った。

 

「せ、センパイ!」

「下がってろ!」

 

 バム星人らの攻撃を躱しながら無理矢理気味に蹴り飛ばし銃把で殴っていく。猛に言われた体術という”宿題”を怠っていたことを、今だけは後悔した。だが相手は待ってくれないし、生半可なやり方じゃこっちがやられてしまうのも目に見えている。

 アームドギアを細かく操作し、搭載されている弾丸を殺傷性の高い対ノイズ用の物から対人鎮圧用の模擬スタンショック弾へ変化させ、迷わず引金を引く。的確に胸部へ撃ち込まれる弾丸は着弾と共に軽い電撃を発生させ、バム星人たちを倒していった。

 

(アイツに、殺しの経験なんかさせてやるかよ…!)

 

 後ろに下げた切歌を想いながら応戦するクリス。だが、不思議なことに中々敵の数が減らない。倒れては起き上がっていると言うより、何処からともなく湧いてくるような感覚だ。

 

「しゃらくせぇ!センセイ、変身して蹴散らすぜッ!」

『ま、待てクリス!』

「エイティッ!!」

 

 猛の言葉よりも早く腰部アーマーに収納してあったブライトスティックを取り出し、天に掲げスイッチを押すクリス。だが、肝心のブライトスティックから輝きは発生しなかった。

 

「………ええぇっ!!?なっ、なんでだよセンセイ!!」

『バム星人の作り出す四次元空間では、力が遮断されて変身出来ないんだ…!恐らく他のウルトラマンでも同じだろう…!』

「じゃあどうやって倒したんだよこんなヤツら!!」

『この空間の何処かに、バム星人の四次元空間を維持する為の空間コントロール装置がある。それを破壊すれば…』

「ハハハハハ!我々を甘く見るなよウルトラマン80!この空間にコントロール装置は存在しない!過去の失態を繰り返すほど、我らは愚かではないわ!!」

 

 高笑いしながら返すバム星人。強く歯軋りしながら、アームドギアをガトリングガンに変形させたクリスがその銃口をバム星人へ真っ直ぐ向けた。

 

「…だったらテメェらの命と引き換えにするしかねぇな…!これ以上は手加減しねぇぞ。アタシは、殺しの撃鉄だって躊躇いなく引けるんだ…ッ!」

 

 怒りの形相に決意と覚悟を詰め、弾丸を再度、いつもの殺傷力を高めた物に変化させる。バム星人はそれを、変わらずにやけた顔で見つめていた。

 

「そうだな、貴様ならば本気で撃てば我々を殺すことは出来るだろう。…だが、あっちはどうかな?」

 

 その言葉で背後へ目をやるクリス。そこで見たのは、アームドギアを解除され意識も失いかけながらバム星人に担がれている切歌の姿だった。

 

「…クリス、センパイ…ごめん、なさいデス…!」

 

 苦痛と共に吐き出される謝罪の声を聞き、クリスの眼光が更に怒りで覆い尽くされる。この場で手持ちのガトリングガンを、全弾まとめて撃ち放ちたい程にだ。だがそれを抑えたのは、バム星人の卑劣な言葉だった。

 

「手を出すな。出したらあの小娘の命は無いぞ」

「テメェら、アイツに何を…ッ!!」

「光線銃を浴びせただけだ。シンフォギアとかいうものが邪魔だったが、丁度よいダメージになったようだな。さて、この場はどうするか…理解は出来るな?」

 

 バム星人の投げかけた言葉が、忌むべき過去に聞き覚えのある汚らしい脅迫である事は即座に理解した。渋々と、心底悔しそうに奥歯を噛み締めながら、クリスがゆっくりと銃口を下す。それは敗北を認める彼女の姿勢だった。

 

「それでいい。だが念には念を、だ」

 

 言いながら大型の光線銃の引金を引くバム星人。赤い怪光線が無防備なクリスに向けて放たれ、直撃と共に電撃に酷似した痛みが彼女を襲った。

 

「ぐぁ――がああああああッ!!」

『クリスッ!!』

 

 猛の声にも応える間もなく、アームドギアを解除させられながら倒れ込むクリス。その意識を奪ったことを確認したバム星人の一人が彼女を担ぎ上げた。

 

『二人に何をする気だ!これ以上傷付けると言うのなら――』

「変身も出来ないくせに粋がるな、ウルトラマン80。…なに、そう簡単に殺しはしないさ。元より本来の標的は、貴様らウルトラマンなのだからな…!」

 

 高笑いを響かせながら四次元の街の奥へ消えるバム星人たち。身動きどころか連絡を送ることも出来ず、猛は只々憤りを内に秘め込んでいた。

 

 

 

 

 工業地帯での戦いと時を同じくして、移動本部からほど近い場所に大型の時空振動を検知。超獣出現の予報を聞き、翼が単身でその地点に急行していた。

 

「友里、超獣出現予測地点の避難状況は?」

「急な警報だったため、報告に上がっている分でまだ6割と言ったところです」

「藤尭、響くんたちとクリスくんたちの交戦地点ではどうなっている?」

「両地点での時空振動は未だ平穏な数値を維持しています。あっちノイズによる襲撃だけのようです」

「警戒は怠るな。…しかし、何故この地点に…?」

「この移動本部を狙って来たとかですかね」

 

 藤尭の言葉に顎鬚を撫でながら思考する弦十郎。ヤプールのような相手であれば、この移動本部の存在を知っていても可笑しくない。だが、ここにそこまでの戦闘力が無いことも理解っているはずだ。

 中の人員を殲滅するだけならばノイズを送り込めば済む。此方の世界にて人類最強とまで謳われる風鳴弦十郎ですら、ノイズの生物炭化能力の前には為す術も無いのだ。

 否、それを理解しているからこそ捨て置いているのだろうか。ヤプールにとっていつでも殺せる人間よりも先に打倒するべき相手が居る。それは――

 

(――…ウルトラマン…?)

「超獣、出現します!」

「考えている暇は無いか!翼ッ!」

 

 

「了解です!直ちに急行します!」

 

 バイクのアクセルを更に回し加速する翼。数分もすると、街に現れた鋼鉄色の巨獣の姿が目に入った。一見して分かることは、容姿は肉食恐竜や怪獣に近しいものではあるが、今まで出現した超獣よりも遥かに機械的だと言うことだ。

 

「随分毛色の違う相手だな…」

『翼さん、あの超獣に該当データがありました!』

「口頭で簡略に頼む!」

『はいっ!目標の名前は【メカギラス】、四次元ロボ獣の別名を持っています。武装は破壊光線と上顎から発射されるミサイルです!』

『ヤツのミサイルは1分間に2000発という常識外れの連射性能を持っている。狙われたら一溜りも無いぞ!』

「了解した!ゼロ、往くぞッ!」

『応ッ!!』

 

 エルフナインとエックスからの情報に了承を応えながら、左手を離し前へ突き出す。ブレスレットから出現したミラクルゼロアイを右手で受け取りながらシートの上に登り、開いた左でヘルメットを外した。

 バイクの加速を合わせながらメカギラスに向かって跳躍。空中で天羽々斬を起動する聖詠を唄い、その終わりに合わせてミラクルゼロアイを顔に押し当てた。

 シンフォギア起動の輝きとゼロの力である赤と青の光を重ね纏い、巨大化しながらメカギラスの前へ着地した。

 

「四次元だか何だか知らねぇが、テメェはこの俺が相手になってやるぜ!」

 

 構えるゼロに機械的な鳴き声を上げるメカギラス。目から破壊光線が放たれるが、察したゼロはすぐに回避した。地面に直撃した破壊光線によりアスファルトが爆裂し、めくれ上がる。

 

『ゼロ、市民の避難がまだ完全ではない!敵の攻撃は空へ誘導するか、可能な限り受け止めるぞ!』

「あいよ!それかもう一つ、これ以上撃たれる前に叩き潰すッ!!」

 

 地面を蹴ってメカギラスに突進するゼロ。速度を乗せた拳が胸部に打ち込まれ、胸部装甲に拳痕がハッキリ遺る。そのまま肩を掴み、少しでも開けた場所にメカギラスを押し出してその四角い下顎へアッパーを叩き込んだ。

 

「まだまだぁッ!!」

 

 怯み下がったメカギラスに対し、更に追撃をするべく肉薄するゼロ。連続攻撃を重ねていると、やがてメカギラスの眼が輝きだす。瞬間、その手と機械の尾を駆使しゼロの身体を締め固めた。

 

『クッ、身動きが…!』

「んなろぉ!放しやがれ、ってんだよォ…!!」

 

 悶えるように身体を動かし解放を試みるゼロ。だが強固な機械の身体はそれを許さず、顔面に目標を定めたメカギラスは自慢の連装ミサイルを発射した。

 1分間に2000発と謳われるミサイルの嵐、たった数十秒でも何百発にまで上る破壊の連撃を顔面に浴びせられてしまい、ゼロの顔が爆炎に包み込まれてしまう。さすがに一溜りも無かったのか、彼の眼の光が何処か弱まっていた。胸のカラータイマーも危険信号の点滅と警告音が鳴り、体力の著しい低下が認められた。

 

「ぐぅぅぅ…ッ!」

『大丈夫かゼロ…!』

「ヘッ…師匠の特訓に比べりゃ、この程度なんてこたぁねぇぜ…!」

『だったら速やかに、ヤツに返礼をしなければな…!』

 

 苦しい中でも減らず口で返すゼロに、翼は少しだけ安堵した。彼にその気が有るのなら、あとはただ形勢を覆すだけだ。それを行える最も簡単で効果的な一撃は、何度となく使ったゼロの得意技。

 

「『エメリウムスラッシュッ!!』」

 

 意趣返しと言わんばかりに、同じく零距離で額のエネルギーランプから光の刃を撃ち放つ。ミサイル発射口ごと上顎を焼き、そのまま爆発した。

 すぐにそこから脱出しようとする算段のゼロだったが、予想に反してメカギラスの手と尾が力を弱めない。否、むしろ圧力が強くなっているようにも感じられる。そう感じた直後、メカギラスから機械的な音声が流れてきた。

 

『四次元爆発プログラム、起動』

『爆発…自爆するのかッ!?』

「くっそぉ…!!放し、やがれぇぇぇ…ッ!!!」

 

 振り放そうとするゼロだったが、メカギラスの固めが強く動くことが出来ない。やがてカウントダウンが進み…

 

『5…4…3…2…1…爆発』

 

 無機質な機械音声が終わりを告げた瞬間、メカギラスの身体が爆発した。

 

 

「翼さん!!」

『ゼロ!!』

「…大丈夫、二人は無事よ!」

 

 指令室にエルフナインとエックスの声が響き渡る。すぐにあおいが翼のバイタルとユナイト係数を確認。数字の上では、ダメージはあっても致命的ではなかった。だがもう一つ、別の問題に気付いたのは時空振動を計測していた藤尭だった。

 

「なんだ、こりゃあ…!?」

「どうした藤尭ッ!」

「時空振動数値、マイナス方向で急激に上昇しています!!」

「マイナス、だとォ!?どういうことだッ!何が起きるというんだッ!!」

「超獣が此方に出現する時はプラス方向で数値が上昇…。その逆、マイナス方向での上昇と言うことは…まさか…!!」

『翼!ゼロ!すぐにそこから離れろ!!異次元空間に引き込まれるぞッ!!』

 

 エックスの叫ぶような指示が響き渡る。時空が出現時とは逆方向の力場が発生したと言うことは、周辺を吸い込む時空の穴となる。それを瞬時で理解したエックスだったが、ゼロ達がそれを察し動くには遅かった。

 

「ぬ、ぐ、おおぉぉぉぉ…!!」

『踏ん、張れる、か…!!』

 

 空間が湾曲し、小型のワームホールとなってゼロを吸い寄せる。なんとか抵抗を試みるものの、消耗した体力ではそれもままならず、やがてその巨体はワームホールの中へと吸い込まれ消えていった。

 

 

「…つ、翼さん及びウルトラマンゼロ、反応消失…!」

「バイタルサインも同時に消失しました…!まさか…」

『大丈夫だみんな!異次元に転移させられただけなら、まだ絶望することは無い!』

 

 エックスの言葉に、指令室に広がる重い空気が幾分か緩和される。理解を越えた状態ではあるが、彼の言葉には相応の説得力がある。そう感じるのは、彼もまたウルトラマンだからだろうか。

 

「二人はまだ、大丈夫だと…?」

『だと思います。ですが、ワームホールの先で敵と戦っていることも考えられる。救援手段を考える為にも、すぐに確認しなければなりません。

 エルフナイン、手伝ってくれ。今のマイナス時空振動を探知して、2人が何処へ跳ばされたのか調べる!』

「は、はい!!」

 

 すぐさまエルフナインがエックスの居る端末を指令室に直結させ、彼と共にメカギラス爆発の状況を隅々まで調べ始めた。

 こうなると其方は二人に任せた方が良い。そう確信した弦十郎はすぐさま次の指示を出した。

 

「クリスくんに連絡を繋げ!ウルトラマン80の力も借りて、翼とウルトラマンゼロの救援を算段するッ!」

「了解!クリスちゃん、聞こえる!?」

 

 すぐさま通信機に繋げたあおい。だが、耳に聞こえるのはただの雑音だけ。周波数設定をいくつか変えながら通信を試みるものの、一向に繋がらない。それは今回コンビを組んでいる切歌の通信機も同じだった。

 

「クリスちゃん!?切歌ちゃん!?」

「どうしたッ!」

「二人と通信が繋がりません!反応は…消失している…ッ!?」

 

 あおいの報告に指令室が騒然となる。確実に見ていたはずの二人の反応が一瞬で消え去っていたのだ。それにクリスと80も、急な状況であれば変身もするだろう。そうなるとユナイト係数の変化だって即座に出現される。

 だがそれすら無く、正に気付かれる間も無く消え去ったのだ。

 

「そんな馬鹿な!翼さんたちみたいに、どこかへ跳ばされたとでも言うのかよッ!」

「…いや、その可能性が高いだろうな…」

 

 険しい顔で呟く弦十郎。この一か月の間でヤプールが此方の戦力を確かめながら侵攻していたというのなら、既に気付いていたはずだ。ウルトラマンゼロとウルトラマン80、それぞれと一体化した装者の存在に。

 

「…市街地の方はどうだ?」

「響ちゃん、調ちゃん共に健在。バイタルも何ら問題はありません」

「あっちの時空振動は落ち着いたもんですよ…。クソッ…!」

 

 予想は徐々に確信へと繋がっていく。風鳴翼とウルトラマンゼロ、雪音クリスとウルトラマン80…主力となる装者と一体化したウルトラマンを封じられたと言うことだ。

 頼みの綱は、唯一装者との一体化を為していないウルトラマンエース…。

 

 

 

 

 一方で市街地。弦十郎からの重苦しい報告を聞いた響と調が、顔を歪めながら天空を見上げていた。

 不安はある。だが今は、エックスとエルフナインの分析を待つ以外出来ることは無い。

 響はただ、調の手を優しく握り締めるだけだった。大丈夫、みんな無事だと言い聞かせるように。調もそれを信じ、ただ固唾を呑んで待っていた。

 そんな彼女らの思いを嘲笑うかのように、ヤプールの哂い声と共に晴天の中へ暗雲が立ち込め始める。やがて暗雲が開き、異空間が映し出される。そこで響と調が…そして避難した民衆が見たものは、傷だらけのまま十字架に磔にされたウルトラマンゼロとウルトラマン80の無残な姿だった。

 

「ゼロさん!!」

「矢的先生まで…!」

 

 映し出された空間を驚愕の表情で覗き見る響と調。そんな二人の前に一つの巨大な光が溢れ、輝きと共にウルトラマンエースが現れた。

 

『やはり現れたな、ウルトラマンエース』

「ヤプール…貴様…ッ!」

『この二人を、そしてこの小娘どもを助けたいか?』

 

 まるで見せつけるように映像を切り替えるヤプール。其処には力なく倒れ込んだ翼、クリス、切歌の姿があった。

 

「翼さん!クリスちゃん!!」

「切ちゃん…切ちゃぁぁん!!」

 

 敬愛する先輩と自らの半身ともいえる者の無残な姿に、思わず取り乱し叫ぶ調。飛び出そうとする調を抑える響だったが、彼女自身もその気持ちは穏やかではなかった。

 

『フハハハハ…!ウルトラマンエースよ!こいつらを助けたくば、新たなるゴルゴダ星まで来るんだな。猶予は与えんぞ!ハハハハハ!!』

 

 高笑いと共に姿を消すヤプール。青に戻った虚空を眺め、エースはその手を強く握り締めている。

 理解っていた。これは罠だ。仲間を捕らえ、痛めつけ、その者達の命と引き換えに守護るべき星を空けなければならぬ卑劣で下劣な策。

 怒りに震えながら、エースはこの選択を悩んでいた。仲間の命と地球に住む人々の命、天秤にかけられるはずがない。自分がこの場を離れたら、間違いなくヤプールは地球に超獣を送り込んでくる。その時誰がこの地球を守護ると言うのか。

 だが此処に留まれば、ヤツの凶刃は翼、クリス、切歌に向けられる。聖遺物に適合した戦乙女だとしても、彼女らは年端も行かぬ少女なのだ。ヤプールの手にかけられるなど、有ってはならない。

 択一すべき二者に挟まれ拳を握り固めているエースに向かって、少女の声が聞こえてきた。近くのビルの屋上に上って来た、響と調だ。小さく息を吸って、少し大きな声で二人が呼びかけた。

 

「行ってください!みんなを助けに!!」

「私達じゃどうしようもできないけど、貴方なら…切ちゃんと私を救ってくれた、エースさんなら…!!」

 

 響と調の声に其方へ目をやるも、またすぐに顔を逸らしてしまうエース。迷ってくれているのだと、二人にも分かっていた。だから、そんな時に言える言葉はこれだけだった。

 

「――大丈夫、へいきへっちゃらですッ!!」

 

 響の強い声に、エースが再度彼女らの方を向いた。彼の眼に映っていたのは、響と調の強い顔だった。

 

「ここには私達が居ます。今は少し離れてるけど、マリアさんだって居ます。ウルトラマンの皆さんが帰ってくるまでの時間稼ぎぐらい、やってみせます!

 そりゃ、皆さんに比べれば小さくて弱い私達ですが…信じてください。守りたいって想いは、一緒ですからッ!!」

「私達は、エースさんの事を信じてます。だからお願いします。切ちゃんを…先輩たちを、助けて…!」

 

 響と調の顔を見つめるエース。やがて決意を固めたように、小さく首を縦に振る。

 輝く瞳は晴天のその先へ向け、大きな身体は大地を蹴って強く飛び立った。

 

 天へ向かい一直線に空を飛ぶ彼に、エックスからの念話が呼びかけられる。

 

「ウルトラマンエース、マイナス時空振動の分析と逆探知が完了しました。…次元を超えたこの座標が、ヤプールの言っていた新たなるゴルゴダ星になります」

「そうか、ありがとうエックス」

「…すみません。私も、ウルトラマンの一人だと言うのに…」

「気にするな。みんなを守るのは俺の役目だ。仲間も地球も、俺が守る!」

 

 力強くそう告げ、その身を光へと変えていくエース。やがて光は時空を歪め、歪みの中に吸い込まれていった。

 責任感と使命感。ただそれを強く抱きながらエースはゴルゴダ星へと向かい、響と調は残ったこの地を全力で守るべく気持ちを固めるのだった…。

 

 

 EPISODE06 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 07 【響く大地に輝き立つ花】 -A-

 

 四次元空間の先にある新たなるゴルゴダ星に向かって飛び立ったエースと、彼が仲間を救ってくれると信じて帰る場所を守る想いを固めながら見送った響と調。

 ゼロと80、そして翼、クリス、切歌が倒れるゴルゴダ星で何が起きたのか…再度時間を巻き戻す。

 

 

 

 メカギラスの自爆と共に発生したワームホールに吸い込まれ、ウルトラマンゼロと風鳴翼は異次元の道を為す術も無く送られていた。

 

「ぐうぅぅぅぅ…!!大丈夫か、翼ァ!」

「なんとか、な…!ゼロ、これは一体…!」

「次元移動、ってヤツだ…。だが、こんなにも無理矢理な移動は中々堪えるぜ…!俺から手を離すなよ、翼!」

 

 一体化しているのにその言い方はどういうものかと一瞬思うが、彼の喩えは決して間違いではなかった。現在の状況を喩えるならば次元移動は大波、ゼロは船だ。しっかり意識を集中しておかないと、本当に振り落とされてしまう。そんな気持ちになっていた。

 体感した時間は一体どれ程か…それすらも理解出来ぬまま居ると、次元移動はあまりにも急に終わりを告げた。

 一見すると漆黒の空間…。降り立った時に踏み締めた感触は、生命の波動の感じられぬ死した荒野の大地だった。その空気は、何処か寒気を感じるものだ。

 

『フハハハハ…ゴルゴダ星にようこそ、ウルトラマンゼロ』

「ヤプール…!野郎、何処に居やがるッ!!」

 

 響いてきたヤプールの声に瞬時に身構え叫ぶゼロ。だが周囲を見回しても誰も居ない。

 

『無駄だ、我は此処には居ない。貴様らウルトラ戦士の死に様を、高みで見物させてもらう為にな!』

「下衆が…ッ!」

『ククク…ウルトラマンゼロよ、貴様にも相応しい墓標も用意してやったぞ』

 

 言葉と共に漆黒の空よりゆっくりと降りてきたのは、巨大な十字架だった。その数は3。うち一つには既に誰かが架けられていた。それは誰でもなく…

 

「先生ッ!!」

 

 そう、ウルトラマン80だった。

 カラータイマーは黒に染まっており、その目も力無く輝きを失っていたのだ。

 

「馬鹿な、矢的先生が…!」

 

 口に出した瞬間に翼が気付いた。今彼と一体化している自身の後輩…雪音クリスはどうなっているのか。

 

「ヤプール、雪音はどうした!事と場合によっては――」

『どうすると言うのだ、風鳴翼。矮小な人間風情が。…あぁ、そういえばウルトラマン80もそんな事を言いながら無様を晒したのだったな。

 まぁいい。ウルトラマン80と一体化した装者、雪音クリス…それと共に行動していたもう一人も一緒に見せしめとして眠っておるわ』

 

 この星の何処だろうか、小さなクレーター部分の中央に横たわる二人の姿があった。雪音クリスと、暁切歌だ。

 

「雪音!暁!」

 

 思わず叫ぶ翼だが、その声に対する返事は無い。それが、彼と彼女が更なる激を昂らせることになった。

 

「ヤプール…てっめぇぇぇッ!!」

「赦さんぞ、貴様ァァッ!!」

『そうだ、もっと怒れ!昂れ!それこそが、貴様らの敗因となるのだ!!』

 

 激怒と共に残り少ないエネルギーを燃やすゼロ。だがその時だった。ゼロの周囲の空気が白に包まれ、一瞬にして極低温にまで引き落とされたのは。

 

「なんだッ!?」

「凍結、だと…ッ!?」

 

 脚部の凍結により足と地面が接着されてしまい動かなくなってしまう。

 突如発生した猛吹雪の中、その巨体が姿を現した。その姿はまるで太古の象のようであり、4足と2足の間のような姿勢でゆっくりと歩いてくる。白い体毛に覆われた身体から噴出するのは猛吹雪を生み出している超烈な凍気だった。

 

『やれ、マーゴドン!!貴様が齎す冷凍地獄で、ウルトラマンゼロも凍て付かせろぉッ!!』

「ブゥオオオオオオオ!!!」

 

 白い巨獣…冷凍怪獣マーゴドンがヤプールの声と共に更なる冷気を叩き付ける。超冷気が瞬時にゼロの身体を凍結させていき、カラータイマーの点滅は加速度を増した。

 

「ぐ、ぁ、ぁ…」

「ぜ、ゼロ…!」

 

 彼の身体を通して分かる異変。それは身体に宿る熱とエネルギーが相対するマーゴドンに奪われている感覚だった。

 

「ゼロ、しっかりしろ…!どうした…ッ!!」

『無駄だ…ウルトラマンの弱点は暗黒の闇と極低温。このゴルゴダ星は、ウルトラマンどもを殺す為に生まれた処刑場なのだッ!』

「そうか…。矢的先生…ウルトラマン80も、それで…」

 

 ヤプールが鎌状の手を突き出すとゼロの身体が浮き上がり、中央を開けて空いた右の十字架に叩き付けられた。直後身体に鎖が巻き付けられ、完全に動けなくされてしまった。

 

『おっと、貴様はこっちだ』

「クッ、ぐぅ…ッ!!」

 

 ゼロのカラータイマーを介し、光と共に翼の肉体が引き出される。そのままヤプールの念力に引っ張られ、クリスと切歌の倒れているクレーターへ弾き飛ばされた。

 やはりその身にアームドギアは形成されず、インナー状態のまま倒れ込む翼。地球とは完全に別の環境であるはずだが、それでも彼女らの身を守ってくれているのはエルフナインとウルトラマンエックスの手により再調整の施されたシンフォギアであり、ウルトラマンと一体化したことによる加護であろうことは想像に容易かった。

 だがやはり、エルフナインの言った通り生命維持に特化しただけで戦う力には転化されてはいない。口惜しく思いながら暗き虚空へ目をやると、そこには凍り付き十字架に架けられている80とゼロの姿。二人の眼には光が消え、カラータイマーも点滅が収まり力無い黒に染まってしまっていた…。

 

 

 

 相手や惑星の熱エネルギーを奪い、凍て付いた死を齎す冷凍怪獣マーゴドンによる奇襲…。それが、ゴルゴダ星にて起こった一方的な前哨戦であった。

 

 

 

 

 話はウルトラマンエースが飛び去った後の地球へ舞台を戻す。

 ビルの屋上で飛び去ったエースを見送り続けるように空を見上げていた立花響と月読調だったが、二人の耳にマリア・カデンツァヴナ・イヴの声が届いてきた。

 

『二人とも、大丈夫?』

「はい!こっちは大丈夫ですよ、マリアさん!」

「ノイズは全部倒したし、超獣出現の反応もまだ出てないから…とても、静か」

 

 二人の返事を聞いて軽く息を吐くマリア。それは、安堵の溜め息だった。

 

『分かった、それなら良いの。…さっきのヤプールの声と映像は、こっちにも届いていたから』

「…マリアさん、今は何処でしたっけ」

『今日はカナダにね。…会場の人達も動揺している。ウルトラマンエースは、行ったの?』

「うん。エースさんなら、きっとみんなを助けてくれるから」

 

 調のハッキリとした言葉に、通信機の先でマリアの顔も綻んだ。彼女がそれほどまでに信頼している相手ならば、自分もまた彼を信じ動こうと思うのだった。

 

『分かったわ。こっちはすぐにライブを畳んでそっちへ合流できるよう急ぐ。そっちはエルフナインやエックス達と、エースを手助けできる術がないか探ってちょうだい』

「わっかりましたァッ!私達だけ休んでるわけには、いかないですもんね!」

 

 威勢の良い響の声に隣の調は勿論マリアもついつい笑顔になってしまう。自分たちと変わらず仲間の心配をしているはずだが、それでもなお前に出せる明るさは眩しく心強さも感じられていたのだ。

 だがそんな、少しばかり緩んだ緊張を強く張り直すかのように指令室からの緊急連絡が入り込んだ。

 

『3人とも、そう悠長なことは言ってられそうになくなった。響くん、調くん、君たちのところに超獣出現反応!マリアくんの近辺には、ノイズだッ!』

 

 やはりそうか、と言わんばかりの顔で空を見上げる響と調。見ると時空振動数値の急上昇に伴ってか青い空が徐々に歪んでいくのが分かる。これまでと同じ、超獣出現の前兆だった。

 

『調、響!市民の避難とノイズを片付け終えたら私もすぐ向かう!無理はしちゃ駄目よ!』

「了解ですマリアさん!そっちの人達はお願いしますッ!」

『分かった、任せなさいッ!』

 

 素早く話を済ませてマリアとの通信を終える響。調と目を合わせ互いに頷くだけで意志はやるべきことは確認することが出来た。

 ウルトラマン達が、そして仲間の装者達が帰ってくるこの地を守り抜くこと。それが、彼女らにとって今為すべき事である。

 

「調ちゃん、私の手の届かないところはよろしくね」

「勿論。響さんとのコンビネーションは切ちゃんのと近いから、やれます」

「頼りにしてるよ。――来る…!」

 

 歪む空を割り、赤黒い空間から市街地に飛び込み降りた巨体。その姿はベロクロンのような理解しやすい怪獣としての姿をしていた。

 巨大な身体を支えるべく発達した強靭な太い足と長く太い尻尾、鼻からは一本の角が伸び、何より特徴的なのはその頭部。三日月状の角が伸び、その下からも同様に二本生えている。

 どこか無機質的にギラつく眼は、人気の失せた街を見下ろしていた。

 

『響さん!調さん!あの超獣についてですが、ウルトラマン80から頂いたデータに照合されました!』

『個体名はゴモラⅡ。古代怪獣という異名を持っている。頭部から光線を放ち、腕にはミサイルが仕込まれているようだ』

「”超獣”じゃないんだ…」

『元々ゴモラは地球の古代生物だからな…。ウルトラマン80が交戦した個体はあちらの地球での環境であのように進化したと言われている。私の知るゴモラも、あの地球に適応して進化した個体なのだろう。

 …だがおそらく、今我々が目にしているゴモラⅡは、この地球に眠っていた同様の生物をヤプールが捕らえ超獣へと改造したものだと思う』

 

 エックスの説明を聞き、強く歯軋りをする響。それは彼女自身でも思わぬ憤りだった。ヤプールはこの地球に眠っていた生き物を捕らえ、改造し、故郷である地球を蹂躙させるために送り込んできたのだ。

 誰かと手を繋ぐ…協和こそが力の源とも言える響の心中で、眼前のゴモラⅡは手を差し伸べることすら出来なかった存在だとも言えた。

 これまでは超獣だから…ヤプールが何処からともなく生み出して送り込んできた侵略生物だから敵対視も出来た。

 だがこの相手はそうではない。その境遇はむしろ、フィーネの手先としてネフシュタンの鎧を纏い襲って来た、かつての雪音クリス…それと同じような存在なのではないか。それに、気付いてしまったのだ。

 

「…エルフナインちゃん、エックスさん。あの怪獣をどうにか元に戻したり…せめて、大人しくさせたりすることって、出来ないかな」

「響さん!?」

「だってそうだよ…!何も悪いコトしたわけじゃないのに…誰にも知らないところで静かに生きてたはずなのに、こんな事になるなんて…そんなの…ッ!」

 

 重たく尋ねる響の声に指令室がどよめく。この世界の人間としては、誰一人としてその考えに至らなかったからだ。いや、恐らく今後このような巨大生物が発見された場合にも同様の状況が生まれるだろう。

 人類にとって有害な巨大害獣として駆除されるのか、地球に生きる稀少な生物として保護されるのか。

 だが今現在、その是非を問うている時間は存在しなかった。現実問題としてゴモラⅡは人の居ない道路をゆっくりと歩いている。戦いは既に、始まっているのだ。

 響自身も理解っていた。こんな時にこんな事を問えば、『戦場で何を馬鹿なことを』と一蹴されるであろうことも。…だが、彼女へ返ってきたウルトラマンエックスからの返事は、その予想に反したものだった。

 

『…すまない響。私が戦えれば、それも可能だったかも知れない。だが今は、そう出来る力が無い。

 今は君の世界を危機から守る為…君自身の大切な人を守る為に目の前の怪獣と戦ってくれ。そして、どうかその想いを失くさないでくれ。

 私は知っている。怪獣との共存を夢として、如何なる困難にも諦めずに戦う人間の事を。平和に仇為す怪獣が生まれた時は、夢叶わぬ無念を胸に仕舞い込み世界を守る為に果敢に戦う仲間の事を。

 …君のその優しさは、必ずこの世界に必要になる』

 

 彼の言葉は、とても暖かかく響の心に響いた。自分の無茶を、無謀な思いをこんな形で肯定してくれるなど、思いも寄らなかったから。

 そしてほんの少しだけ、彼女は”自分”を理解する。自分はこうやって、ただ誰かに優しく肯定されていたかったのではないかと。親友の小日向未来に対しても、きっと――

 

『――…きさん、響さん!大丈夫ですか!?』

「ぅえ、エルフナインちゃん?だ、大丈夫!へいきへっちゃら!」

『それなら良かったです。…響さんの考えですが、それを実行するならウルトラマン80の力が必要になります。80さんはマイナスエネルギーに対抗する力をお持ちで、ヤプールの作り出す超獣にはこのマイナスエネルギーが大きく関与しています。だから…』

「先生に何とかしてもらえば、あの怪獣も…?」

『推測の域を出ないですが、頂いた80さんの戦闘記録を参照すると可能ではないかと思います。だから…』

「エースさんがみんなを助けて帰ってくるまで、全力で足止めと時間稼ぎすれば良いってことだねッ!」

 

 見出した希望に右の拳を左の掌に叩き付け意気を高める。エルフナインに返した響の声は、明るく強いものに戻っていた。

 

『…無理はするなよ、響くん。どんな高潔な夢も、命あっての物種だ。夢に殉じて友を悲しませるような真似だけは、してくれるな』

 

 弦十郎からの言葉はとても重たかった。天羽奏、雪音夫妻、ナスターシャ博士…見果てぬものを追い求め消えていった人達を、その悲劇の末に集った少女たちを、彼はよく知っていたから。

 響にとってその全てが理解できるなんて事は無かった。だが師と仰ぐ彼が言っていることは理解できる。夢を見れるこの命は、多くの人によって繋げられたものなのだから。

 その想いだけを胸に、響はただ力強く「ハイッ!!」と返答した。

 

 

 通信を終えてふと振り向くと、調が響に向けてじーーーっと目線を向けていたことに気が付いた。

 

「あっ、その…ごめんね、調ちゃん。私また、偽善者みたいなことやろうとしてて…」

「そんなことないです。響さんのやろうとしてる事、とても凄い…ステキなことだと思う」

「ありがとう調ちゃん。やれるだけ…やれることを全力でやろう!」

「はいッ!」

 

 話を終えてすぐに飛び出す二人。真っ先に響がゴモラⅡの正面に立ち、標的になるべく声を上げた。

 

「これ以上は行かせないッ!!君はここで止めるッ!!」

 

 脚部外側をアンカーへと変形させ、地面を強く打ち付け跳ぶ響。そのまま右手をブースターガントレットに変形、激烈な加速を生む炎を爆発させながらゴモラⅡの顔に目掛けて驀進する。

 其れは握り締めた決意の右手。迷いを見せず、懐疑の先までも背負える勇気を固め、一直線に、胸の歌をただ信じて――

 

「だああああああァァァッ!!!」

 

 額に拳を直撃させた瞬間、ガントレットに内蔵されフォニックゲインと共に超回転するピストンタービンに高まるエネルギーを拳の先へ撃ち出した。

 ゴモラⅡの頭部に撃ち込まれた高圧エネルギーが頭を揺らし、後ずらせる。だがそれがゴモラⅡの怒りに触れたのか、その眼は響を標的として完全に認識した。

 猛獣の叫び声が鳴り響き、空中を降りていく響に向かって鋭い爪の持った腕を振り下ろす。だがそれは、以前翼とマリアがシドニーでデガンジャと戦った時に見ていた光景。対策は既に出来ていた。

 振り落とされる腕に対して、今度は自身の左腕を右同様のブースターガントレットに変形。迎撃するように殴り返した。両者の拳が同時に弾かれるものの、響の身体に幾らかの反動は有れどダメージには至らない程度だ。

 地面を小さく抉りながら着地し、その直後再度脚部アンカーで地面を叩き一直線に跳ねる。その跳躍は瞬足で足元にまで届き、巨大な身体の辛うじて小さな部分…即ち足の指に向けて剛腕を撃ち付けた。

 末端から脳にまで届く激痛に、思わず驚き跳ねてしまうゴモラⅡ。痛みにはすぐ耐えたが怒りは余計に増すばかり。足元から距離を取った響に狙いを定め、その両手からミサイルを連続発射した。

 

「ッ!!」

「響さんッ!」

 

 響を狙う凶弾を伐り落とすべく、α式・百輪廻を発射する調。発射後すぐに非常Σ式・禁月輪へギアを変形。即座に移動して響の前に立ち大型鋸を前面に立てて盾代わりにして爆風を抑えた。

 

「ありがとう、調ちゃん!」

 

 一言だけ礼を言い、調から射線を外して気を向かせるように真横へ跳ぶ響。標的が居なくなったからかすぐにミサイル攻撃を止め、左右を向いて響の存在を探す。すぐにその存在を見つけて攻撃姿勢に入るゴモラⅡだったが、対側に移動していた調は既にそれに対する行動を行っていた。

 

「響さん、使って!」

 

 言いながらγ式・卍火車を放つ調。うち一つは響の跳躍先に飛んで行った。即座に察した響は卍火車の上に乗った直後脚部アンカーで大鋸を撃ち抜き別の軌道へ飛び跳ねる。

 寸でのところで破壊光線を躱された上に再度視界から消えた響を追うが、彼女はその時既にゴモラⅡの後頭部へ最接近していた。

 もう一つの卍火車を足場にし、更に変則的な軌道を作り出し後頭部を陣取っていたのだ。死角という完全な隙を逃さず、両腕をブースターガントレットに変形。うなじに着地すると同時に連続で後頭部へその剛腕を撃ち付けた。

 頭部へのダメージに思わず喚くような鳴き声を上げるゴモラⅡ。その声に思わず怯んでしまい打つ手を止めてしまった。それに気付いたのか上半身を大きく振り回し、うなじに張り付いていた響を振り落とす。

 

「くうッ!」

「響さん、大丈夫!?」

「ありがとう、大丈夫!…でも、さすがに大変だね…」

 

 ゆっくり立ち上がりながらゴモラⅡの威容を見上げ息を整える響。周りを壊さぬようにしながらもなお、眼前の相手を殺すことなく止めなくてはならない。自らが選んだ選択ではあるが、行使するにはやはり無茶が過ぎる。

 休んでいる隙を与える間もなく乱れ撃たれるゴモラⅡの腕部ミサイル。爆発と共に地面を抉りながら襲い来る破壊に、響と調は分散しながら回避していく。

 無慈悲な破壊と暴虐の嵐に晒され、自分の選んだものがどれだけ綺麗事で夢見事なのかを再認識する。それでもこの手は、自らの正義を信じ握り固めた拳は、この程度の無茶で終われないのだ。

 守る為に拳を固め、護る為に掌を差し伸ばしてきた。それは力を手にする前からやっていた事であり、力を手にしてからも変わらず貫き通す信念に他ならない。だから…

 

「やれる事を全力でやる…!ギリギリまで、頑張るだけだッ!!」

 

 退くことなく前に跳び、今度はその腹部へ拳を撃ち付ける。ピストンのように押し出された衝撃は確実にゴモラⅡの内部にまで届いているはずだ。だがそれでもゴモラⅡは動きを止めようとはしない。戦闘生物として、その意義を全うせんとばかりに戦いを続けていく。

 それすらも止めるべく、侵略者に植え付けられた意義を否定すべく想いを乗せた歌と拳を撃ち込む響。纏わりつく小さな存在にとうとう嫌気が差したのか、ゴモラⅡがその巨大な尻尾を大きく振り回した。

 

「う、わぁッ!」

「響さん!」

 

 周囲の建物を巻き込み吹き飛ばしながら襲い来る巨大な尾に対し、禁月輪で駆けてきた調が響の手を掴み取る。そして尻尾の勢いに歯向かわぬよう、鋸の刃を起て回転と共に斬り抜けた。

 無論その強い衝撃は二人を跳ね飛ばして余りある程だったが、直撃よりも遥かにダメージは抑えられていた。

 

「何度もゴメンね、調ちゃん…」

「いいんです、私のシュルシャガナだけじゃ足止めにもならないから。でも…」

 

 疲れた顔で見上げる二人。見つめた先はゴモラⅡより遥か先の虚空…既に戦っているはずのウルトラマンエースの姿を夢想した。打開できない現状に対し、変化を求める焦りが募りだしてきてしまったのだ。

 

「きっとあっちも大変なんだろうね…。でもエースさんもきっと頑張ってる。私達も、頑張らなきゃ…!」

「そうですね…!」

 

 響の言葉に再度奮起し構える調。と、彼女のその視界にあるモノが見えた。

 それは破壊された道路を入口とし、地下へと続く斜面。強固な防壁は元来ノイズの侵入を防ぐために設計された物であるが、今はゴモラⅡの放った暴力により半壊している。そこがなんであるか、目にした調は瞬時に理解した。

 

「――響さん!シェルターが!」

 

 調の差した指の方へ目をやると、彼女が視ていたものと同じ光景が見える。特殊災害避難用シェルターが其処にあったと言うことは、つまり…

 

「あの中に、避難してる人たちが…!?」

 

 その事に気付くはずもなく標的が近くに居ると言うだけで破壊光線を撃ち出してきたゴモラⅡ。シェルターに直撃こそしなかったが、このままでは当たる恐れだってある。そう思った瞬間、響の躰は行動を開始していた。

 

「響さん、何処へ!?」

「逆側に行って、あの怪獣を引き寄せる!調ちゃんは流れ弾が来ないようにシェルターを守って指令室に連絡を!中の人は、師匠か緒川さん達がきっと何とかしてくれるからッ!!」

「で、でもそれじゃ響さんが一人に――」

「お願い!今シェルターの人たちを守れるの、調ちゃんしかいないんだッ!!」

「――…はいッ!」

 

 響の指示に従い、半壊したシェルターの扉前に立ち指令室に状況を伝える調。弦十郎からは二つ返事で緒川慎二を向かわせると返してもらえたから心配はないが、問題は響だ。

 

「こぉっちだぁぁぁッ!!!」

 

 脚部アンカーを使っての跳躍と腰に据えられた小型のバーニアで一気に距離を詰め、少しでも気を逸らしシェルターから射線を外させるように声を張り上げて横腹部を掠めるように殴り抜ける。

 軽微なダメージと共に標的を再認識するゴモラⅡだったが、響の狙い通りにシェルターとは逆方向へ向けられたので一先ずは良しとする。

 

「後は此処で、足止めするだけ…!」

 

 もう一度拳を握りしめてみる響だったが、少しばかり握る手に力が無くなって来たように感じられた。

 あまりにも大きな体格差のある相手と言うことに加え、全力全開の戦闘を続けていたせいで疲労やダメージが大きく蓄積していたのだ。

 しかも今度は調のサポートも得られないままの直接戦闘だ。正直なところ、圧倒的に分が悪いと直感していた。だがそれでも、と力を入れて拳を握る響。言ったはずだ。心に決めたはずだ。やれる事を全力で…一生懸命を、精一杯を少しでも多く頑張るのだと。

 深呼吸で息を継ぎ、また自らの胸の歌を唄い出す。高鳴る音楽と共にギアは鳴動し、弾けるように飛び出した。

 狙いはやはり頭部。衝撃で相手の意識を奪うことが出来れば少しは楽になるだろう。そう考えての突撃だったのだが…

 

「ぐッ…ッ!?」

 

 響の身体がガクンと揺れる。推進力として全開噴射していた腰部バーニアが、一瞬その出力を落としたのだ。気持ちが折れた訳ではなかったが、蓄積されたモノはこういう形で現れた事に驚きを隠せなかった。

 勢いを失ったことで先ほどよりも非力な一撃がゴモラⅡの胸に撃ち込まれる。この程度ではさほど効果は得られまい…離れながらそう思った瞬間、ゴモラⅡの三日月形の頭部が光り輝きその形そのままの光線が発射された。

 

「ぐああああぁぁぁッ!!」

 

 反転や防御に転じることも出来ず直撃を受け、地面に落下する響。なんとか脚に力を入れて立ち上がり見上げた瞬間、ゴモラⅡの巨大な足が真上から踏み潰そうと迫り落ちて来た。

 重低音と共に小さな身体に重く圧し掛かり軋ませる踏み付けに、響は寸でのところで両の手を大きく開き両の足に力を込めて支えていた。

 瞼を締めるように強く閉じ、砕けるのではないかと思う程に強く奥歯を食い縛る。即座に変形させた両手のブースターガントレットは、残されたフォニックゲインを全力で推力に変え、両脚のアンカーはめり込む大地に深く突き刺さりながら押し潰されぬよう身体を固定した。

 それでも跳ね飛ばせない。シンフォギアが如何程にまで力を引き出そうとも数万トンという超重量を返すのは到底不可能なのだ。いやむしろ、瞬時に押し潰されず耐えることが出来ている事が奇跡的とも言えた。

 

(調ちゃんがみんなを守ってくれてる…。緒川さんがみんなを逃がしてくれてる…。マリアさんも向こうで戦ってるし、エースさんだってみんなを助ける為に…。

 だから、私がへこたれるワケにはいかないんだ…!頑張る…!踏ん張る…!へいき、へっちゃら…!!)

 

 力のすべてを支え押し返すことに集中する。一方で頭上のゴモラⅡは、中々思うように足が動かないことに対し遂に苛立ちを爆発させたのか、さらに強く押し込むように重みを掛けた。

 更なる荷重に響のしなやかな膝や肘が押し込められてしまう。遂に目を見開き、吼えるように声を上げながら力を出していった、その瞬間。

 

「―――……ぁ」

 

 まるで張り詰めた糸が切れるように、響の視界が黒く落ちていった。

 

「響さぁぁぁんッ!!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 07 【響く大地に輝き立つ花】 -B-

 

 澱んだ意識の中、響が最後に耳にしたのは調が自分の名を呼んだ声。そこでようやく、自分が倒れてしまったことに気が付いた。

 

(…私、駄目だったんだ…。

 ギリギリまで頑張って…ギリギリまで、踏ん張って…。それでも、どうにもならなかった…。

 …これじゃあみんなに顔向けできないや…。師匠はちゃんと無理するなって言ってくれたのに…。未来だって、私の無茶をいっつも心配してくれてるのに…)

 

 思い返すは多くの人がかけてくれた言葉。自分の精一杯を測り違えたのか…自分には本当に綺麗事を貫く力があったのか…。

 思考の中で出て来た答えはNO。自分は小さな奇跡を纏う事を許されただけの人間に過ぎず、人智を超えた超人などではない。

 しかしそれならば、その超人の力があれば綺麗事を為し遂げることが出来たのだろうか。怯え逃げ惑う人々に手を伸ばし、悪しき手により染められた命を救い、理不尽に傷付く地球を守護ることが…。

 …きっとそれも十全ではない。だが、この手が繋いだ仲間がいる。友達がいる。みんなとならば、きっと守護れる。だから…。

 

 

 

『――力が、欲しい?』

 

 

 聞こえてきた声は、どこか懐かしかった。その声を覚えている。間違えようがない。何も分からなかった自分に、たった一つ大切なことを教えてくれた人なのだから。

 

(――……了子、さん…?)

 

 黄金の髪と瞳。荘厳にして遥か古風な巫女服を着た女性が、見下ろすように揺らぎ現れた。終わりの名を持つ永遠の巫女フィーネ…そして立花響にとって忘れられぬ存在、櫻井了子だった。

 

『…久しぶりね、響ちゃん。まさかこんな形でまた会っちゃうなんて、思いも寄らなかったわ』

(なんで…どうして…。…まさか、私が次の…?)

『んもぅ、そんなハズないじゃないの。…色々あってね、私はもう世界を輪廻することは無くなったの。”フィーネの魂”は、この地球に還ったのよ』

(地球、に…)

『そう。でも今、この地球が酷く傷付けられる事態が発生したわ。それはもう、分かってるわよね』

(ヤプール…)

『その通り。そして他の世界からウルトラマンが現れた…。でも、来てくれたウルトラマン達だけじゃ守り切れない事態にも拡がりつつあるわ。…やがて近いうちに、地球を覆い砕く災厄となる。

 そこで地球は、自らの命の一部を力に変えた。幸いお手本は、他所から来てくれてたしね』

 

 了子の背後に、巨大な赤い光がおぼろげな輪郭を作り出していた。その形を見間違える事など無い。それは正しく…

 

(…ウルトラ、マン…?)

 

 響の言葉に笑顔で応える了子。揺らぐままに響の隣に立ち、彼女に告げた。

 

『…これは祝福かも知れないし、呪詛かも知れない。ただ一つ確実なことは、響ちゃん。貴方が地球に選ばれたってこと』

(私が…なんで…?)

 

 虚ろな声ではあったが、響の返答は強い困惑と否定に満ち溢れていた。

 

(私は…そんな、選ばれるような立派な人間じゃないです…。強くもないし…みんなの力が無きゃ、誰かを守ることも出来やしない…。そんな資格、私には――)

『でも、貴方は優しいわ』

(…自分勝手な優しさで未来を…親友を追い詰め傷付けたこともありました…。優しさを忘れて、自分のお父さんを信じられなくなったことだってありました…。だから、駄目なんです…。私なんかが、そんな力を持ったら…。

 そういうのはもっと…強くて優しくて、みんなを守ってくれる、ヒーローみたいな人に…)

『響ちゃんは、ヒーローじゃないの?強くて、優しくて、みんなを守る人…。貴方のガングニールは、胸の歌は、そう在りたいが為じゃないの?』

 

 言葉が止まった。自分の理想と決意が生み出す胸の歌。それは紛うこと無き、響自身が思い描いた英雄像だ。

 反論のしようなど無かった。どれだけ自分は英雄でないと、心底より自身が英雄としての器足らざるかを唄おうと、何処かで英雄を理想として求めていたのだ。自分自身が、なりたかった姿を。

 それを自覚した瞬間、虚ろな眼から涙が零れ落ちた。

 

(…了子さん…)

『なぁに?』

(……私は、英雄なんかじゃありません。なれっこないです。

 …だけど、まもりたい…。家族を…友達を…私の手が届くみんなを…。まもるために、強くなりたい…。もっと…もっと…!)

 

 零れる涙が、小さな輝きに変わる。了子はただ、優しく励ますように言葉をかけた。

 

『それでいいのよ。誰かの為に強くなる…。何があっても、歯を食いしばりながら思い切り守り抜く。何十回何百回転んでも、何度でも立ち上がる。

 【英雄の資格】なんて、たったそれだけでいいの。知ってるでしょう、傷だらけで泥塗れになりながらでも立ち上がり、世界を守り抜くために人の歌を紡いだ…弱くて脆い、ただ優しいだけの英雄の姿を』

 

 響の脳裏に浮かんだのは、世界で歌い戦っているマリアの姿だった。魔法少女事変の折、戦いへの嫌悪から歌えなくなってしまった時に彼女が言ってくれた言葉…叱りつけてくれた、想いを。

 

(…自分の力から、目を背けるな…)

『そう。シンフォギアだけじゃない、誰かを助けたいと奔る優しさも、行動力も、意志も…全部が響ちゃんの力。誰かを守護る為に手を差し伸べ、繋ぎ束ねる…そんな力で星の歌にまでアクセスした響ちゃんだから、【私達】は貴方を選んだの』

 

 赤い巨人の姿は、やがて小さな一粒の光へと収束した。その光は了子の掌の上で、優しく光り輝いていた。

 

『もう一度問うわ。…響ちゃん、力が欲しい?響ちゃんが守護りたいと思っている多くを守護れるだけの強さを』

(……私、欲しいです。みんなを…私が守護りたい全てを守護れるだけの、強さを…!)

 

『…そんなボロボロの身体で、まだ歌える?』

(…はい…!)

 

『頑張れる?』

(…はい!!)

 

『――戦える?』

「はいッ!!!」

 

 

 本当の”声”が出せたと同時に、響のその眼に輝きが舞い戻って来た。そうだ、何度も見てきたのは、この真っ直ぐな輝きなのだ。だからこの妄執も、僅かにでも想いを正すことが出来たのだから。

 いつかの日のように、嬉しそうな笑顔で了子は響にある物を手渡した。やや三角形に似たカタチの中央に、大きな五角形の結晶が埋め込まれている。拳鍔に似た丸い持ち手を握ると、まるでガングニールを纏った時のような親和性が掌に感じられた。

 そう思った矢先に、了子の掌に浮いていた赤い光が響の手に握られた装具中央の結晶部分に吸い込まれていった。

 

「了子さん、これは…?」

『【光解き放ちしもの<Esplender>】。響ちゃんがこの力を使うのに、必要になるものよ』

「エス、プレンダー…」

 

 了子から与えられた装具…エスプレンダーを握り締めながらその名を反芻する。少し間をおいて、了子が指で響の胸を優しく叩いた。其処は立花響にとって全ての始まり…天羽奏のガングニールの破片が貫いた、響の運命を一変させた忘れれ得ぬ傷痕。響に唯一遺された、櫻井了子との思い出を残している場所。

 まるで初めて出会った時のように…今生の別れをした時のように、そっと指を当てながら、了子は笑顔で響に言った。

 

『あと私が言ってあげられることは一つだけ。――胸の歌を、信じなさい』

 

 その言葉に何度希望を貰っただろうか。父から貰った負けない為の言葉ではない。何よりも強い、自分を信じる為の言葉だ。

 渡し伝えたことで役目を終えたのか、了子の身体が揺らぎ消え始めてきた。

 

「了子さん!?」

『帰る時間よ、響ちゃん。…貴方が望んだヒーローを、貴方自身がやっちゃう為にね』

「…やっぱり私、了子さんの言ってる事、全然分かりません。でも、私にやれる事、やりたい事…精一杯やってきます」

 

 響のその言葉を聞いて、了子は満足げな笑顔で微笑み返した。だんだんと彼女の存在が掠れていく中、消え往く前に響が再度声をかけた。

 

「あ…あの、その…最後に一つだけ、良いですか?」

『んもぅ、一つだけよ?』

「……さっき了子さん、英雄の喩えにマリアさんを出したじゃないですか。だったらなんで、この力をマリアさんには…」

『簡単よ。彼女は、”既に選ばれていた”。この地球より、もっとずっと…遥か遠く大きく……まるで、あのお方のような存在に――』

 

 それを最後に、全てが流れるように消え去って行った。最後に聞いた了子の声は、何処か羨望と嫉妬の混じったような声だった。

 

 

 

 

 意識が身体に戻った瞬間、響は眼前の光景が理解出来ずにいた。

 眼に映っていたのは、ゴモラⅡの巨大な足。それと自分の身体の間に広がった、薄くとも強固な万物を遮る輝くヘキサゴンウォール。

 思い出した。それはいつかの時、フィーネの力を行使した櫻井了子が使っていたものだと。

 それと同時に、右手に握られていた装具にも気付いた。エスプレンダー…【光解き放ちしもの】。

 やがて効力が切れたのか、爆発するように光の壁が破れる。その反動でゴモラⅡは数歩ばかり後退りした。きっとこれは了子のおかげだと、そう思いながら僅かに残された力を振り絞って立ち上がる。

 

 多大なダメージに全身が傷んでいる。その身を鎧うシンフォギアも、外殻部分は既に消失しインナーのみとなっている。だがそれ以上に、響の心は穏やかながらも強く脈打っていた。

 フラフラになりながら、それでも立ち上がった。相対するゴモラⅡがまたも此方に狙いを定めている。万策尽きて倒れたはずなのに、この手には今希望が握られていた。それだけで、十分だった。

 

(…ありがとうございます、了子さん。私…行きますッ!)

 

 エスプレンダーを握った右手を左の肩の前へやる。

 高鳴るは鼓動…立花響の、ガングニールの、この地球の。

 胸の歌が教えてくれる。光を解き放つ、ただの一節にも満たない聖句を。

 残されたすべての力を込めて、貫く信念を込めて…突き出す右手と共に、その一言を解き放った。

 

 

「 ガぁイアアアああぁぁぁぁッッ!!!! 」

 

 

 立ち昇り開く真紅の輝き。一瞬ではあるが、その輝きはまるで花が開いたようにも見えた。

 その輝きが収束した瞬間、天から赤き巨人が舞い降りてきた。

 轟音を響かせ、砂塵を巻き上げ、まるで爆裂するかのように現れたその威容…。

 それは紛れもなく、ウルトラマンだった。

 

 

 

 EPISODE07

【響く大地に輝き立つ花】

 

 

 

「し、市街地にウルトラマン出現…!!ゼロ、エース、80…そのどれとも一致しませんが、あの容姿は間違いなく…」

「新しい、ウルトラマンだと…ッ!?」

 

 誰もが予想だにしなかった事態に驚きと困惑が広がっている。その中で一人、エックスが80とゼロより齎されたデータを検索、その結果をモニターの一部に表示させた。

 

『…ゼロから少し聞いたことがあった。ゼロ達の居た世界とも、私の居た世界とも違う世界に存在するウルトラマンの事を…。

 ゼロからのデータに照らし合わせると、あのウルトラマンと合致するものがあった。彼の名はウルトラマンガイア…。地球が生み出した、光の巨人だ』

「地球が生んだ、ウルトラマン…ガイア…」

 

 その名を確かめたすぐ、あおいがガイアから発せられるすべてのデータを整理、照合をさせる。結果はすぐに、装者のバイタルとユナイト数値として表示された。

 

「…出ました!あの赤いウルトラマン…ウルトラマンガイアは、響ちゃんです!」

「……そうか、響くんか…」

 

 呟く弦十郎の顔は、なにかを察したのか少しばかり険しさを残していた。

 

 

 

 光を解き放ちウルトラマンガイアとして顕現した響。ゴモラⅡを前にし、自らの身体の変化を理解していく。

 漲り溢れる力。今までの自分とは何十倍も違う感覚に、少しばかりの戸惑いがあった。

 

(…これが地球の…ウルトラマンの力…)

 

 軽く握り締めただけで感じる恐ろしいまでの力。扱い方を違えればどんなモノでも壊せる力であると直感する。

 そんな超常的な力に、響は少し戦慄した。しかし、恐れを抱くからこそ分かる事もある。

 

(…了子さんは、私を信じてこの力をくれたんだ。その想いに応える為にも、私はこの力でみんなを守護ってみせる…!!)

 

 決意を固め構える響…いや、ウルトラマンガイア。その戦意を目の当たりにしたからか、反応するように突進するゴモラⅡ。市街地の真ん中で、二つの巨体が力強く組み合った。

 身体を押し付け合い鍔迫り合いをするかのように力比べをする両者。ジリジリとしたそれに勝利し跳ね飛ばしたのは、ガイアだった。

 

「デャアァッ!!」

 

 掛け声とともに握り固めた拳をゴモラⅡの顔面に打ち付けるガイア。そこから流れるように胸部へ叩き込まれる双拳戟、側頭部への上段回し蹴り、一足飛びからの正拳突き。放たれる攻撃のどれもが、響の愛用する風鳴弦十郎直伝のトンデモ格闘術なのは彼女を知る者ならば一目で見て分かるものだ。

 シェルターの入口前で緒川と合流し様子を見ていた調も、それは理解できた。

 

「響さん…」

 

 調が分かっていることはあの赤いウルトラマンが立花響であろうとこと、そしてその力を手に入れようとも彼女は自ら決めたとおりにゴモラⅡをも助ける為に戦っているであろうことだ。

 その決意を込めた…ある意味では普段通りの響の攻撃がただ単純に巨大化しただけなのだが、それ故に一撃の威力を推し量るのも容易。ただの数撃で、ゴモラⅡは目に見えてたじろぎ後退する。

 このまま倒されるワケにはいかないと思ったのか、距離を取ったゴモラⅡが両手を上げてミサイルを発射。ガイアに射撃戦を仕掛けてきた。

 

(こんなもの、効くかァッ!!)

 

 身体に気合を入れるように引き締め、強固な肉体でゴモラⅡが放ったミサイルの全てを受け止める。

 直後に角から数発放たれた三日月型の光弾も全て天空へ弾き飛ばし、真っ直ぐ放たれた破壊光線もガイアの広げた手から発生したプリズム状の光壁、【ウルトラバリヤー】ですべて遮った。

 それに慄くゴモラⅡに向かって一気に駆け寄り、大地を蹴って跳び上がった。

 

「ダアアァァッ!!」

 

 強く力を込めた手刀を、ゴモラⅡの左前腕…ミサイル発射口に向けて振り下ろした。小さな爆発と火花を上げてその機能が奪われるミサイル発射口。すぐに右に狙いを定め、今度は鉄拳を叩き込んで左同様に右の発射口を殴り潰す。

 思わず上がったゴモラⅡの叫び声は痛みによるものだろうか…。それを少しでも受け止める為か、ガイアはゴモラⅡの肩を掴み暴れないように力を入れて抑えた。

 

(ごめん…。でも、これ以上暴れないで…!)

 

 願うように想いを込めて、一度突き飛ばし距離を取るガイア。そこから両腕を天へ伸ばし、そこから外へ大きく広げその力を溜め込む。そして胸の前で両腕を交差させ、その腕から虹色の優しい光線を発射した。地球の輝きが齎す、浴びせた者に安寧を与え獰猛な心を落ち着かせる【ガイアヒーリング】だ。

 その輝きを浴び、やがてゴモラⅡはゆっくりと腕の力を抜き下に下ろした。元来は地球の古代生物だったからか、ガイアヒーリングに安らぎを覚えたのだろう。今はただゆっくりと、見慣れぬ周囲の世界を見回していた。

 そんなゴモラⅡの元に歩み寄るガイア。もう大丈夫だと言わんばかりに、優しくその肩を叩いた。

 

(良かった…。これでもう…)

『何をしているゴモラⅡ!!貴様の使命は、この地球の蹂躙だと言ったはずだッ!!』

 

 突如空から重苦の如く響き渡るヤプールの声。その声を聞き、思わずガイアも戦闘態勢を取った。

 

(やめてッ!なんで、そんな事を…!!)

『新たなるウルトラマン…。貴様の出現は我の予想に無かったことだ。だが、貴様のような怪獣まで守ろうとする腑抜けた輩には何もさせんわぁ!!』

 

 声と同時に空から降り注がれる黒いエネルギーの奔流。ヤプールから送られた、怨念のマイナスエネルギーだ。

 まるで泥濘のような闇のエネルギーをその身に受け、再度凶暴な鳴き声を上げるゴモラⅡ。獰猛に戻った目をガイアに向け、そのまま再生された腕のミサイルを発射した。

 

「グアアァァッ!!」

 

 奇襲攻撃をもろに喰らい、吹き飛び倒れ込むガイア。なんとか立ち上がろうとしたところに向かって、ゴモラⅡがその強靭な尻尾で横薙ぎに叩き付けた。

 再度吹き飛び倒れるガイア。其処へ角からの三日月光弾と破壊光線を連続で発射。ガイアを追い詰めていく。

 

(ぐうぅ…!もう一度、あの技を使って…!)

『姑息なことを考えているようだが、そうはさせんぞ!』

 

 ヤプールの声と共に晴天の空が暗雲に包まれ、太陽の光が遮断される。光が弱くなった瞬間、暗雲からポツポツと雨が降り出し、やがて視界を覆うほどの強さにまでの雨量となった。

 

 

 突如として起こった局所的な雨。それが齎す異変に気付いたのも指令室だった。画面に映しているモニターが、突如雑音が混じりまともに映し出せなくなっていたのだ。

 

「緒川ァ!何が起こっている!!」

『雨……!突ぜ……が!……!!』

「チィッ…通信もままならないのかよッ!!エルフナインくん!!」

「成分の解析が出ました!市街地に降り注いでいる雨には特殊な放射能が含まれていて、それが通信機器の妨げになっています!…また、この雨にはアンチリンカーの成分も含まれています!」

「な…!アンチリンカーもだとォッ!!?」

 

 

 シェルターの入口付近でもその雨は降り注ぎ、異変を察した緒川の指示で調がシュルシャガナを使って自分と彼をガードする。だがその歌声は徐々に落ち込み、身体を支える脚の力も緩み膝を崩してしまった。

 

「くぅ…っ」

「調さん!大丈夫ですか!?」

「…はい、まだ…。でも、長くは…!」

 

 調にはこの雨にアンチリンカーと同じ成分が含まれているのではと察しがついていた。かつて自分も同様の物を使われた事があったからだろうか。

 膝を付きながらも回転鋸の合間から外の状況を見る。力を込めて立ち上がり構えたウルトラマンガイアの姿を見て、胸のライフゲージが赤く点滅しているのが分かった。

 だが雨の中心にいたガイアはすぐに力を失ったように構えが解けてしまう。変身している響が、アンチリンカーの影響でその歌に悪影響を及ぼしているのは明々白々だった。

 

(まだ…こんなもので…!)

『足掻いても無駄だ!さぁお前も加勢しろ!殺し屋超獣バラバッ!!』

 

 甲高い鳴き声と共に、ガイアの背後から現れるもう一体の超獣。全身には棘が多く、牛型悪魔のような形相は放射能の雨も相まって目にする者を恐怖に陥れる力がある。

 何より特徴的なのは右腕の鎌と左腕の楔付き鉄球。頭部には刃がギラ付いており、正しく殺意の権化と言わんばかりの超獣だった。

 一切の慈悲や躊躇いの存在しないバラバの鎌の一撃がガイアの背部を大きく斬りつける。前のめりに倒れ込んだところへ、今度はゴモラⅡの破壊光線が放たれ直撃。前後を陣取られ、あまりにも一方的に痛め付けられた。

 

(…あの時に、比べれば…こんなの……へいき、へっちゃら…!)

 

 為されるがままに陥り、私刑の如きこの状況を過去の傷痕と被らせてしまったのか、つい負けない口癖を唱えてしまった。

 父から貰った魔法の言葉…。だがそれが、今は過去をフラッシュバックさせる一因にもなってしまう。

 無論、数多の危機を乗り越えて成長した響にとって、今更忌むべき過去に囚われる事は最早無いと言える。だが、一度揺れてしまった心は簡単に持ち直すことなど出来やしない。

 力の残る限り耐え忍ぶ…今の彼女には、それ以外に出来ることは何もなかった。希望の光も、今は見えぬまま…。

 

「どうしよう…響さんが…!」

「…ッ!司令!聞こえませんか!?司令ッ!!」

 

 疲れも見える調の悲痛な声に、為されるがままにされ続けるガイアの姿に、緒川もつい焦りの混じった荒声を通信機にぶつけた。

 

(切ちゃん…!……声が、聴きたいよ……!そうすれば私、まだ――)

 

 思わず自らの半身である切歌を想い念じる調。その想いに反応したのか、左手中指に付けたリングが一瞬小さく輝きを放つ。だがそれでも結果は変わらない。漏れる雑音は激しさを増し、繋がりを断とうとするヤプールの賢しさにも思えてしまう。

 どこまでも巧妙に、確実に世界を絶望へ塗り潰していく敵の策略。その連続に誰もが強い心を折りかけた。

 

 最早誰に祈りを捧げればいいのか、誰に願いを託せばいいのかさえも分からなかった。

 立花響がウルトラマンガイアになった時のような、都合の良い奇跡などは起きるはずもないのだから――。

 

 

 

 

 

 瞬間、暗雲を切り裂き白銀の光がガイアの元に差し込まれた。

 

 それはまるで、【彼女】を守護ろうとするように包み込む。

 

 それはまるで、シドニーでの光臨時のように…絶望の暗雲を、斬り裂いて――。

 

 

 

 EPISODE07 end...




:注釈:
立花響が変身したウルトラマンガイアはヴァージョン2、俗に言う【ウルトラマンガイア(V2)】です。
また、スプリームヴァージョンのヴァージョンアップは存在しない超8兄弟仕様です。
ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 08 【運命の雫は銀の掌に】 -A-

 

 日本にてゴモラⅡが出現したのと同刻。マリア・カデンツァヴナ・イヴはカナダにてノイズの襲撃の報によりチャリティーライブを急遽終了、避難活動を行っていた。

 途中で終わってしまったにも拘らず、避難の為に連なり歩く観客達の顔は何処か穏やかだ。マリアの歌を聞いたと言うこともあるだろうし、英雄である彼女が傍に居てくれるという安心感もあるのだろう。そういったところからか、避難自体は予想以上にスムーズに運んで行った。

 

(ノイズの反応自体は消えていない…。いつ出現するかも知れないけど、調と響…捕まったみんなの事も気になるわね…)

 

 日本では今響と調が出現した怪獣…ゴモラⅡと戦いを繰り広げている最中だ。二人に加勢したいと心を逸らせながらも、現状ではどうすることも出来なかった。

 思わず歯軋りしてしまうマリア。それを見計らったかのように、彼女の周囲にノイズが出現した。

 

「来たか…。だが、お前達の相手をしている暇は無いッ!」

 

 狼狽する観客たちの声も意に介さず、聖詠を唄いながらノイズの群れに突進するマリア。その歌が終ったと同時に道を阻むノイズが炭化して消え去り、黒い灰の中心には白銀のシンフォギアを纏ったマリアが刃を構え佇んでいた。

 喜びに沸く観客。同行する黒服やスタッフに窘められながらも、マリアに対し感謝と応援の声を上げながら避難経路を進んでいった。

 

(…そうだ、私は今この場を守護らなければならないんだ。仲間を信じて、共に其々の守護るべきものを…!)

 

 背伸びしない、自分の丈に見合った決意を込めてノイズへと立ち向かうマリア。黒服たちの援護もあり、幸いにも大きな被害は出ていない。

 やがて避難民たちはライブ会場から出た瞬間、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ駆け出して行く。彼らの顔は、ノイズと死の恐怖から解放された開放感で溢れていた。

 その姿を見て安堵の笑みを浮かべるマリア。あとは自分が、会場に出現したノイズを駆逐すれば済むことだ。そう思っていた時、一人の女性が泣き喚くように黒服の一人へ問い詰めている姿を目撃した。

 

「どうかしたの?」

「いや、その…」

「私の家族がまだ見えないの!母と娘たちが一緒に居たのに…!」

「落ち着いてください奥さん。この人込みだ、何処か別のところから出ているかもしれない」

「そうじゃなかったら!?何処か怪我したのかも知れない…ノイズに襲われているかもしれないじゃない!!お願い、家族を助けて!お願いよぉッ!!」

 

 喚き立てる女性の姿を見て、マリアはふと自らの過去を思い出した。炎と瓦礫の中…唯一の妹を助ける事も出来ず、ただ助けて欲しいと叫ぶだけだった幼く弱い自分の姿。

 それは脳裏に焼き付いた記憶の傷痕。その全てを癒せる程の時間はまだ経っていないが、傷と共に前へ進む力をくれたのは差し伸ばしてくれた手だ。それを理解っているから、今度は自分が手を差し伸ばすのだ。

 

「…大丈夫、私が見て来るわ。中で見つけたら、必ず助け出す。必ず」

 

 女性の手を握り締め、強い笑顔でハッキリと断言する。マリアのその言葉を聞き、女性はその場で蹲って嗚咽と哀願の声を漏らした。

 すぐに会場へ目をやり、先程女性に応対していた大柄な黒人の黒服男に声をかける。細かい所属は違うが、彼もマリアと同じく国連のエージェントの一人だ。

 

「他にも取り残されたという訴えは来ているの?」

「あちらこちらで聞こえて来るよ。災害じゃ付きモンだ」

「分かったわ、それじゃあ行ってくる。もし取り残された人が外で合流出来たのなら教えてちょうだい」

「正気か、エージェント・マリア?そんな事をしてなんになる。ミイラ取りがミイラになるだけだぞ」

「…誰かが助けを求めているなら、私はそれに手を伸ばす。そこに理由なんて必要ないわ」

「そんなにも英雄を気取りたいってか?」

「そんな英雄として私を祀り上げたのは貴方たちよ?」

「……やれやれ、S.O.N.Gなんてところで何を覚えて来やがったのかね。機動隊、我らが英雄様が救出活動に出るってよ。一緒に褒め称えられたいヤツは行って来い!」

 

 通信機に声を荒く指示をぶつける黒服の男。そのままマリアの方へ向き、ニカッと明るい笑顔と共にサムズアップのように親指で会場を指差した。

 それに対し笑顔で首肯するマリア。人込みを飛び越えるように跳躍し、ポールライトを足場にして駆けるように跳んで行った。

 

 

 

 会場内には獲物を探していたのかノイズがうろつき回っており、先陣を切るマリアが視認と同時にアガートラームのアームドギアである短剣で斬り裂き払っていく。

 その援護とばかりにノイズに向けて火を吹く機動隊員たちのハンドマシンガン。与えるダメージ効果はほぼ無いが、少しでも気を逸らすことが出来ればその隙に白銀の刃が貫き両断する。

 ノイズへの対処はそれで十分だったからか、あとは逃げ遅れた人が居ないかを探すだけだった。

 広い会場の中を、声を出しながら走り回るマリア。彼女の声に反応して集まってくるノイズを斬り伏せながら、細かな場所にも目を配っていく。そうやって注意して進んでいくと、物陰で恐怖に泣き喚く声とノイズの群れが確認された。

 

「やらせるかぁッ!!」

 

 瞬間、弾け飛ぶように力強く地を蹴り跳び込むマリア。自らが構え携えた短剣を振り抜き撃ち放つ。放たれた刃は幾重にも分裂し、マリアの意思に沿うかのように的確にノイズへ襲い掛かった。展開した短剣型アームドギアで広範囲に攻撃する【INFINITI†CRIME】だ。

 その撃ち放たれた刃の全てがノイズに突き刺さり、即座に黒炭へと変わり崩れ去って行った。

 突如として変化した眼前の状況に、寄り添い座したまま呆然とする二人の少女と一人の老婆。奇しくもマリアが訴えを聞いていた女性の家族に相違なかった。

 少女らにとってはまだ現実味を帯びてないのか、唇を震わせながらマリアと周囲の機動隊員の姿を見つめている。そんな少女たちの前に、マリアは優しい笑顔で彼女らの目線に合わせるようしゃがみ込んだ。

 

「もう大丈夫よ。諦めずに、よく頑張ったわね」

「…マリア…?」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ…?」

「えぇ。貴方のお母様から話を聴いて、助けに来たの」

 

 ハッキリとそう伝えると、すぐに二人の顔が明るくなった。先程までの恐れの顔は何処へやら、世界の歌姫が噂に聞いていた白銀の騎士姿で現れ命を救ってくれたのだ。死への恐怖を更に上回る、希望と言う名の衝撃が彼女たちの心に強く植え付けられていた。

 

「こちらAチーム。取り残されていた人達を保護したわ。他のグループはどう?」

『Bチーム保護完了。最寄りの出口より脱出する』

『Cチームも同じくです』

『Dチーム、こっちは現状見当たらないな。恐らくこっちは誰も居ないだろう』

「了解、こちらも人命優先で脱出するわ」

 

 他の機動隊員との通信を終え、姉妹と思しき少女達とその祖母に寄るマリア。笑顔を徹して、不安を覚えさせないように優しく告げる。

 

「さぁ、みんなでここを出ましょう。立って」

 

 そう言った途端、姉妹は顔を曇らせてしまう。その理由を代弁するかのように、少し背の高い方の少女…恐らく姉が返答した。

 

「ナンシーおばあちゃん、立てないの…。もともと足が弱かったけど、後ろから押されて転んじゃって…」

 

 彼女の言葉に一人の機動隊員が祖母ナンシーの元に駆け寄り、状態を確認する。脚を動かし、痛む部分を確認し彼の見立てを告げた。

 

「…折れてるな。腿の付け根だ」

 

 股関節を形成する太腿骨の骨折。コレでは確かに立てる筈がない。マリアが手元の端末で周囲の状況を確認すると、数は少ないもののノイズの反応はまだ止まない。それどころか、残っている反応が自分たちの場所に集まっている。

 裏で手を引くヤプールの仕業か、人を殺す為だけに存在を許されたノイズの本能だろうかは定かでない。だが、すぐさまこの場を離れなければいけないのは誰もが分かっていた。その中で意を決して口を出したのは、足を怪我したナンシーだった。

 

「…皆様、わざわざありがとうございます。ですが、どうか此処はこの孫たちだけを連れて行ってください。御覧の通り、この脚じゃ私は動けないわ。それが原因で、愛する孫や皆様…歌姫マリアを危険に晒したくない」

「おばあちゃん!?なんで!」

「私はもう十分生きたわ。最期に最愛の家族と一緒に、世界を救った英雄の歌が聴けた。それで十分よ。メアリー、貴方はお姉さんなんだから…妹を、セリーナを守ってあげなさいね」

「やだぁ!おばあちゃんも一緒にいくの!」

 

 どう言われようとも祖母ナンシーを抱き締め放そうとしない姉妹…姉のメアリーと妹のセリーナ。その光景に、マリアは覚えがあった。それはまるで、幼き日の自分たち姉妹と母のように慕った彼の人のようで――

 

「…守ってみせる。護ってみせる。もう誰も、私の前で死なせはしない。だから…」

 

 …だからこそ、あの時この身を虚飾の理想から解き放ってくれた彼女が言ってくれた言葉を放った。

 

「――生きることを、諦めないで」

 

 強く、ただ強く告げる。そのたった一言が、その場に居たすべての人間に強く響き渡っていた。

 すぐに同行していた三人のうち二人の機動隊員が自らの装備を外し、急ごしらえの担架を組み上げた。

 

「さぁミセス、これに乗って行きますよ」

「少し揺れるけど、我慢はしてくれ。せーのっ!」

 

 手際よくナンシーを担架に乗せて持ち上げる二人の隊員。うち一人の陽気な笑顔に、メアリーとセリーナ姉妹も涙を止めて笑顔で感謝の声を上げた。

 少しばかり明るくなった空気の中で、装備を外さなかったもう一人の隊員…このチームを取り仕切る小隊長がマリアに話しかけてきた。

 

「尊敬しますよ、この状況で全員を助ける選択を取れるなんてね。それが、英雄の英雄たる所以ですかね?」

「そんなんじゃないわ。そんな、誇れるものじゃない…」

 

 マリアの声からは、彼女の複雑な心境を読み取れなかった。唯一つ分かるのは彼女にとってこの選択は当然であり必然。それだけだった。

 

「…襲い来る障害は全て私が打ち砕く。みんなの命は、私が必ず守護ってみせる。…駆け抜けるわよ」

 

 一瞬の緩みから強く凛々しい声に変えて皆を鼓舞するマリア。彼女のその姿は、正しく救世の英雄たる雄々しさがあった。その威容、その威光に触れた為か…機動隊員達は口を揃えて叫ぶのだった。

 

「「「イエス、マムッ!!」」」

 

 

 

 

 マリアの高らかな歌が轟くと共に、斬り裂かれたノイズ達が黒く崩れ去って消えていく。そして出来た道を、一行は突き進んでいった。

 その途中、疲れてしまったのか共に走っていた姉妹のうち妹セリーナが足を止めてしまう。そんな彼女に、姉のメアリーがすぐに駆け寄った。

 

「セリーナ、どうしたの?大丈夫?」

「おねえちゃぁん…わたしもう、はしりたくない…」

「ダメよセリーナ!もうすぐなんだから、頑張らなきゃ!」

「でも…でもぉ…」

 

 遂に声を殺して泣き出すセリーナ。だが無理もないだろう。広いライブ会場の中、ノイズの恐怖と戦い小さな気を張り詰めながら走って来たのだ。幼い子の体力では無理も出る。

 

「…少し、休みましょう」

「オイオイ、そんな悠長なことを…」

「少しだけだから。あの子達が、立ち上がるまで」

 

 二人のその状態を見たマリアが、ほんの少しばかりの休憩を取ることを決めた。給水し、息を整えるぐらいの僅かなインターバルだ。思わずやれやれといった表情を浮かべる隊長だったが、子供に駄々をこねられても支障をきたすと判断したのかマリアの指示通りその足を止めた。

 

「あぁ…皆さま、申し訳ございません…。私や孫たちのせいで…」

「気にしないで。みんなを無事に帰したい…それだけだから。それに…」

 

 祖母ナンシーと、メアリーとセレーナ姉妹に目をやるマリア。自然と綻んだその顔は、優しさに満ちていた。

 

「…貴方たちを見ていると思い出してしまうの。…私の、亡くなった家族を。だから――」

 

 マリアの言葉を遮るように、隊長の手持ちの通信機がけたたましく鳴り響いた。

 それは最後まで要救助者が居ないか探し、マリアたちAチームと合流すべく動いていたDチームからのもの。その隊員からの声だった。

 

『緊急!緊急だ!!』

「どうした、ノイズか?」

『違う…違う!!ノイズじゃない!!』

 

 Dチームの隊員と思しき人物からの必死な声。同時に聞こえるのは乱れ撃たれる銃声と生理的嫌悪感すら覚えるほどに甲高い音。

 

『みんな食われちまった…!丸呑みだ!何も出てきやしねぇ!チクショオオオッ!!』

「落ち着け!何があった!何とやり合っている!!」

『知らねぇよ!理解らねぇ!!ただの、バケモノ……―――』

「おい!?どうした、おい!!?…クソッ、切れちまった…!」

 

 口惜しそうに通信機を仕舞う隊長。そこにすぐさまマリアが駆け寄って尋ねる。

 

「何があったの!?」

「こっちが聞きたいさ…。ったく、何がバケモノだ。ノイズだけでも手一杯だってのに…」

 

 と、ふと前を見る。其処には一体のノイズが横たわっていた。

 この隊員だけでなくマリア自身も、そのノイズの姿に違和感を感じていた。

 理解らない。ヒト型を形成している種類のノイズが、何故横たわっているのか。他チームの攻撃…否、近辺には誰も居ない。合流予定のDチームの反応すら存在しない。

 不理解が生じる恐れに心身を侵蝕され、思わず息を呑む。

 …そして次の瞬間、横たわるノイズに、黒い何かが覆い被さった。

 

「ッ!!?」

 

 戦慄する一同。”何か”はノイズの上で波打つように蠢き、数回の発光を経てやがて静かに動きを止めた。その光景を一言で喩えるならば…

 

「――ノイズを、喰いやがった…!?」

 

 ぬらりと身体を持ち上げる”何か”。徐々に近付いてくるそれがライトの下に来た瞬間、メアリーとセリーナの二人が阿鼻叫喚の声を上げた。

 …それもそうだろう。その”何か”は、深い紫色が全身を流れるようなマーブルを生み出し、不定形な身体と共に大小様々な触手が蠢いている。その裂けた中央腹部は、奈落のような漆黒の空間となりそれを囲むように小さな触手が襞の如く細かく蠢いていた。

 正視できない。してはいけないものだ。その場の誰もがこの”何か”に対し、理性と本能の全てが直感し、畏怖と憂惧に支配された。

 

【バケモノ】。…あぁ確かに、これ以上にこれ以外の表現も存在しないだろう。その姿を直視した瞬間、マリアが思わず膝を付いてしまった。

 

「―――…あ、あれ、は……!」

「お、おいおい…しっかりしてくれよ英雄様よぉ…!アンタ、アレについて何か知ってんのか…!?」

「……ビー、スト……!」

 

 分からなかった。何故その単語を発してしまったのか。何故アレを見て、その単語が浮かんできたのか。

 言葉にした瞬間、マリアの脳裏に溢れんばかりの映像が流れ込んできた。眼前の”何か”に襲われ食われる人々の姿。また別の…しかし同種の”何か”に蹂躙され貪られる人々の姿。

 マリアの顔に脂汗が噴き出る。ノイズなんかよりももっと邪まで、醜く、凶兇とした【悪】…。思考ではなく魂が…その奥底にある何かが赤く熱い鼓動のように叫んでいた。

 

「――……討つべき、もの……。…あれは、倒すべき…敵…ッ!」

「SHIT!ならコイツがDチームを殺ったヤツってことか!」

「隊長、俺達も…」

「担架を下すな!お前らはそのプリンセスたちを守れ!!」

 

 先んじて前に出てマシンガンの引き金を引く隊長。鉛玉が敵の軟体に吸い込まれていく。ノイズの位相差障壁よりはまだ攻撃の実感は得られるものの、どう見てもダメージは軽微だ。

 ならばと果敢に接近戦を仕掛けるマリア。アームドギアである短剣を蛇腹剣へと変形させて斬り裂くEMPRESS†REBELLIONで攻撃を放つが、腕のような大きな触手が器用に絡み合い動きを止めてしまった。

 

「まだ、だぁッ!」

 

 勢いよく蛇腹剣を引き抜くことで触手が乱雑に斬りつけられる。だがそれは大したダメージにはなっていないようで、すぐに触手での反撃を仕掛けてきた。

 襲い掛かる触手攻撃に逆手の刃でいなし弾き飛ばす。だが複雑な軌道を描く攻撃はその一撃が重く、弾くだけで精一杯だった。

 何度目かの触手との交錯。敵も動きを覚えたのか、弾いた瞬間その右腕を絡めとられてしまう。次の瞬間、その触手から電撃が放たれマリアの身体を貫いた。

 

「ぐあああぁぁぁッ!!」

「クソがぁ!!」

 

 マシンガンの弾丸が撃ち放たれるが、それをものともせず中央の漆黒部分…恐らくは口と形容出来る場所から衝撃波を放ち、隊長を吹き飛ばした。

 敵はすぐに隊員たちが持つ担架とそこに寄り添う姉妹へと標的を向ける。如何なる本能だろうか、敵は明らかに弱者を狙っていたのだ。

 怯え叫ぶ姉妹の声をものともせず、口からの衝撃波で担架を持つ隊員たち諸共吹き飛ばす。そして触手を伸ばし、姉妹の片割れ…妹セリーナを捕まえた。

 

「セリーナ!?セリーナぁ!!」

「やだ、やだぁ!たすけて!おばあちゃん!!おねえちゃああああん!!!」

 

 姉のメアリーが咄嗟にセリーナの手を捕まえ触手に抵抗する。だがか弱い子供の力など巨大なバケモノに対してどれ程の抵抗にもなる事は無く、まるで見せつけるかのように小さなセリーナの身体を持ち上げた。

 それを目にした瞬間、マリアの脳裏にまた止め処なく…激流の如く情景が流れ込んできた。

 戦火に巻き込まれるいつかどこかの少女たちの姿。瓦礫が、爆炎が、理不尽な暴虐が世界を砕き壊していく。

 いつか見た光景。どこかで見た遠景。間違いない、これは彼女自身が見てきたモノだ。

 両親を失った時。妹セレナを失った時。世界を襲った事変の時…。守れなかった命を想い、自分自身を責め続けた。この身に足りぬ、力の無さを。

 月の落下から世界を守ろうとした時もそうだ。『ただの優しいマリア』と言われた彼女は、最後の最後まで独りの力では何も為すことが出来なかった。

 それでも出会えた仲間に背を押され手を引かれ、『自分らしく』強くなる決意をし、それに見合うように努力と研鑽は続けたつもりだった。だが、それさえも虚飾の理想に過ぎなかったのか。シドニーでの戦いでは瀕死の重傷を負い、それでもなお守れぬ命があった。そうして眠り続けている間にも失われていく命があった。そして今もまた、命が奪われんとしている。

 

 ならば、動く以外の選択は有り得ない。それしか救えないのは、誰よりも知っているのだから。

 そう確信した瞬間、右の逆手で持った刃を握り直し敵に向かって突進。背後から脳天に刃を突き立てた。

 異形の敵から甲高い叫び声が上がる。深く食い込んだ刃から不快な濃紫色の体液と共にガスが噴出する。

 それがなんであるかなど、誰も理解のしようもなかった。ただ人を守るために敵を倒すという必然的な考えとともに、隊長が手にしたハンドガンの引金を引く。その弾丸が敵に当たり火花を放った瞬間、マリアの眼前が爆発した。

 

(…可燃性の、ガス…!?)

 

 吹き飛ばされ倒れ込みながらそんな思考を巡らせるマリア。すぐに煙の中に居るであろう敵の姿に目を凝らすと、爆発の影響か蠢き方は遅くなっていたものの、ジリジリと姉妹の方へ進んでいた。

 思わず全身に力を込めて動こうとするが、脚に走った激痛と重さに気付いてしまう。爆発の影響で壁が壊れ、それで出来た瓦礫に脚を挟まれていたのだ。

 

 一瞬で思考が焦りに支配されるマリア。右手で地面を掴むように押さえ、左手と共に全身を伸ばそうとする。

 助けなくては。すぐに、すぐに。でないとなにも変わらない。変えられない。あの日のまま…マムを、セレナを失った日となにも…。乗り越えたはずの過去に引き戻されてしまう。

 そんな焦りの中で彼女の眼に映し出された光景は、更に不可解なものであった。

 磔にされたウルトラマン80とウルトラマンゼロ。点滅するカラータイマーと共に膝を付くウルトラマンエース。

 黒いヒト型の敵と戦い倒れる翼、クリス、切歌。闇色の雨の中、二体の超獣に弄られる赤いウルトラマンと、何も出来ずに悲痛に顔を歪める調。

 何故今こんなものを見せるのか…否、それは彼女自身の望んだことでもあった。眼前の守るべき人と、遠き地に居る守りたい人を想ったが故に。

 どちらにも届かないこの手が恨めしかった。たった一つの欲望だけが動けぬ身体を疾走し、行き場のない想いが涙となって溢れ出す。

 

「どうして…どうして私は…ッ!私はただ、みんなを――」

 

『――守護りたい、だけなんだよね』

『だったら信じろよ。自分の中にある、自分自身の光を』

 

 誰かの声が、聞こえた。

 

『そんな君だから光は選んだ。思い出して。君はもう、光と共に在るのだから』

 

 優しい声だった。まるで月のように穏やかで、太陽のように暖かく手を引いてくれるような。

 

『黙って下を向いてるだけじゃ、傍にある光も見えなくなる。顔を上げな。本当の戦いは、ここからだぜ』

 

 真っ直ぐな声だった。眩い奇跡のように、力強く背中を押し出してくれるような。

 

 見上げた先に視えたものは、愛する妹と養母の笑顔。それは、宙へ往く旧き新天地の中で視た、あの時と同じように――

 

『…戦いなさい、マリア。力の限り…貴方自分が信じている、正義の為に』

『優しさから始まる力が勇気となって、マリア姉さんを強くする。だから、自分にだけは決して負けないで』

「マム…!セレナ…!!」

 

 覚えている。思い出した。これはあの時に見ていた夢だ。

 力を振り絞って左手を伸ばす。泥に塗れ、涙に濡れ、それでもあるがままの声で吼え叫んだ。

 

「――私は、みんなを守護りたい…!この想いを、諦めないッ!!だから届け!!この願いを、明日へぇぇッ!!!」

 

 伸ばした左手が、何かに触れた。まるでそれは、翼を持つ石の盾――

 

 

 

 

 

 EPISODE08

【運命の雫は銀の掌に】

 

 

 

 

 視界が元に戻った瞬間、マリアの掌に強く拍動するものが握られているのが理解った。鞘に納められた小太刀のようなそれは、彼女の魂と共に赤く熱く、鼓動を繰り返していた。

 ただ心のままに、左手で握られていた物…エボルトラスターを、自らの聖剣の如く右の逆手で引き抜くマリア。

 そこから放たれた輝きが彼女の周囲を包み天へ登り、次の瞬間天から振り下ろされた拳が敵を微塵に粉砕した。

 

 騒然とするライブ会場。誰もがその目を疑った。光を纏う銀色の巨人が現れたのだから。

 巨人は膝立ちのまま、一人の女性に向けてその手を差し出した。優しい光に包まれて彼女の前に現れたのは、取り残されていた母ナンシーと、娘のメアリーとセリーナの姉妹だった。救出活動に尽力したAチームの面々も一緒だ。

 

「あ…あああぁぁぁっ…!ありがとう…!ありがとう、ございます…!!」

「Oh…god…。…お、おい!エージェント・マリアは!?アイツは何処に…」

 

 慌てる黒人のエージェント。だが何かに気付き、巨人の方へ向く。誰に信じて貰えることではないが、それ以外に考えられなかった。

 

「…まさか、お前が…」

 

 それを見て小さく頷き、ゆっくりと立ち上がる巨人。どこか遠くを見つめている。その姿を見て彼もまた察することが出来た。緊急の事態は、遠き極東の地で起こっているのだと。ならばかける言葉は一つだけだ。

 

「こっちは任せて行け!!お前の守るべきものを、守ってこいッ!!!」

「…シェアッ!!」

 

 勢いをつけて真上に飛び出した巨人。やがて光の矢となった【彼女】は、雲を抜け、地球の自転に逆らいながら飛翔した。

 

 尋常ならざる速度は瞬く間に目的の場所へ辿り着く。漆黒の暗雲が渦巻く小さな島国。そこに二つの光があった。弱り始めた赤い輝きと、願いを込めたとても小さな光。

 理解っている。そこに、助けたい人達が居る。

 そう直感するとともに白銀の光は暗雲を切り裂き、赤いウルトラマンに差し込まれた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 08 【運命の雫は銀の掌に】 -B-

 

 殺し屋超獣バラバのムチに締め上げられながら、なんとか抵抗を試みていた立花響ことウルトラマンガイア。そんな彼女を包み込んだ光に、彼女は一瞬見惚れてしまっていた。

 

(……何が……)

 

 光が収まったと同時に、銀色の巨人が姿を現す。その姿を見て響は思った。これも、ウルトラマンなのだと。

 そして眼前のウルトラマンについて思考を始めると共に蘇る櫻井了子に答えてもらった最後の言葉。答えは、いとも容易く繋がって来た。

 

(既に、選ばれていた英雄…。…マリア、さん…?)

 

 同じウルトラマン同士であれば聞こえるはずの響からの念話。だが銀色のウルトラマンは何も答えなかった。

 ただ左手を胸元で構え、強く振り下ろす。すると赤と青の輝きが銀の身体を染め上げ、その形態を作り替えた。マリア・カデンツァヴナ・イヴに宿った光と、それと共に在る力が生み出した彼女だけの【ジュネッス】である。

 すぐさま右手を左から腰だめに回し、一拍置いて天空へと突き出した。右手から放たれた光の粒子…【フェーズシフトウェーブ】が、ゴモラⅡとバラバ、そして放射能の雨を降らせる暗雲すらも巻き込んで覆い尽くしていく。

 やがてドーム状の光が周りの全てを包み込んだ時、二人のウルトラマンと二体の怪獣が現実世界より完全に姿を消した。

 

『…なんだ!?何が起こったというのだ!!』

 

 普段からは想像も出来ぬヤプールの狼狽えよう。だがそれは遠くで眺めているしかなかった調と緒川も同じだった。

 

「一体、なにが……」

『――ゎ…!緒川ァッ!!状況はどうなっているッ!!』

「司令!?良かった、繋がった!こちらの状況ですが…ウルトラマンと思われる姿が更にもう一体確認。ですがすぐに、光と共に超獣と響さんを伴い消失しました…!」

『…光と、共に…?慎次、その光景の映像はあるか!?持っていたらすぐに送ってくれ!』

 

 と間に割って入ったのはエックス。

 彼の要望に応え、すぐに端末より自動で保存されていた先程の光景を指令室へ送信する。

 数秒待ってそれを受け取った指令室。すぐにエックスがそれがなんであるか解析しはじめた。

 

「エックスさん…?」

『私の思った通りであるならば…間違いない、はずだ…!』

 

 解析の結果を表示。ノイズのレシピにも精通するエルフナインですら初めて見る位相座標式を合わせ接続し、映像として映し出す。

 そこにはウルトラマンガイアともう一人、別のウルトラマンが佇んでいた。

 

「こ、これはッ!!?」

『そうか、この世界にも現れたのか…!ウルトラマン、ネクサス…ッ!!』

 

 

 

 光と共に変化した周囲の世界に、困惑と共に辺りを見回すガイア。その前に、ネクサスが力強く佇んでいた。

 

(此処は、一体…?)

 

 困惑のままに周囲を見回す響。そこは今まで居た世界とは違い、何処か神秘を感じるような荒野だった。

 ウルトラマンネクサスがその力を解放し、一定区域内の存在を位相空間へ強制転移。現実世界に対し一切の干渉を許さない戦闘用不連続時空間メタフィールド。それが生み出した小さな異世界である。

 瞬時に変わった状況に戸惑う響を無視するかのように、ネクサスがゆっくり振り向きその手をガイアの胸のライフゲージに手を添える。優しく放たれた光がガイアの胸に宿り、点滅するライフゲージが青色の輝きを取り戻した。

 

(力が…。…あの…マリアさん、ですよね…?)

(……そう、みたい…)

 

 光との同化にまだ慣れていないのか、ようやく出したマリアの返事はどこか不明瞭だ。だが、ちゃんと返事をしてくれたことが響にとっては何よりも喜ぶべきことだった。

 しかし感慨に浸る時間を与えないかのように、ゴモラⅡとバラバの鳴き声が響き渡る。思わずそちらの方へ顔を向けるガイアとネクサス。二体の怪獣は既に臨戦態勢となっていた。

 

(悠長にお喋りしている暇は無いようね)

(マリアさん…私と向かい合っている、あの三日月角は私がなんとかします)

(どういうこと?)

(…あの怪獣は、元々は地球でひっそり暮らしてた怪獣なんです。それをヤプールが捕まえて、あんなことを…!私は、あの怪獣を助けたいんです!)

 

 響の強い言葉を聴き、小さく溜め息を吐くマリア。そのままゆっくりと一歩前に出た。

 

(…貴方らしい言葉ね。ならば救って見せなさい。その間、あの超獣の相手は私がするッ!)

(お願いします、マリアさんッ!)

 

 並び立ち構える二人のウルトラマン。相対するはバラバとゴモラⅡ。どちらからともなく突進し、ガイアは再度ゴモラⅡと、ネクサスはバラバと同時に組み合い戦闘を開始した。

 

 

 まずは溢れる戦意を少しでも落ち着かせるべく、真っ当に戦いを行うガイア。先程までの戦いで、どんな攻撃手段を持っているのかその全てが理解っていた。

 両腕から発射されるミサイルをかいくぐり、得意の格闘術でゴモラⅡを攻撃していく。拳戟猛蹴が相手に当たっていく中で、響は動きの変化を直感していた。

 

(なんだろう…。さっきよりもずっと、動きやすい…!)

 

 建築物を気にする必要が無くなったからか、バラバの生み出したアンチリンカーを含んだ放射能の雨から解放されたからか…いや、それだけではない。この空間そのもの、言うなればメタフィールド内の空気がウルトラマンとしての彼女にとって非常に合っている。

 振り下ろされたゴモラⅡの両腕が襲い掛かるも、すぐにそれを察知して己が両腕で受け止める。そして力任せに弾き飛ばして更に内へ身体を入れ込み、背中から肩で強く叩き押した。見事なまでに動きの決まった鉄山靠である。

 それにより吹き飛ばされたゴモラⅡを追い、追いついたところでその強靭な尻尾を捕まえて持ち上げる。そのまま力任せに振り回し、大回転と共にゴモラⅡの巨体をブン投げた。

 

(やっぱり、力が漲ってる。…これならッ!)

 

 力の昂ぶりを確認した響は、高まるがままに両腕を上下に構える。光を集め固めるように両手を胸元へやると、力は凝縮されて青き光の球体となった。

 その攻撃を察知したのか、ゴモラⅡは思わず自らの持つすべての武装…腕部ミサイルと三日月形の角からの光弾、鼻先の角からの破壊光線の全てを一斉に発射した。

 

「ヌゥゥゥゥ…!デヤァー!!」

 

 それらを相殺して打ち砕くように、ガイアの両手に収束された青き光の技、【リキデイター】が撃ち放たれた。

 青色の光弾はゴモラⅡの発射したすべての攻撃を文字通り打ち砕き、そのままその身体へと直撃。その巨体を大きく吹き飛ばす。

 

(ゴメン…。でも、もうこれ以上君を傷付けたりはしない…!!)

 

 リキデイターの一撃により、五体満足ではあるもののその戦意を大幅に削られたゴモラⅡ。それに目掛けて、ガイアがもう一度腕を交差させて放つ虹色の光線…ガイアヒーリングを撃ち込んだ。

 やがてその光が止んだ時、ゴモラⅡは真の意味で戦意を失くし、その場に座り込むのだった。

 

 

 一方でバラバと組み合ったネクサス。右手の鉄球攻撃を回避しながら、そのボディに左右の拳を打ち付けていく。火花を散らしてバラバを追いやり、すぐに右手を振り抜くように突き出して放つ【パーティクルフェザー】が追い打ちをかけた。

 直撃により怯むものの、すぐに鉄球の先端から伸びる楔付きの鞭が射出される。鋭く伸びる鞭が首に巻き付き、そのままネクサスの身体を力尽くで引き倒した。

 

「グゥ…ッ!」

 

 足元に引き寄せ倒されたネクサスがそのままバラバに何度も踏み付けられ、蹴り跳ばされる。そして仰向けに倒れているところを目掛けて口から火炎を放射した。

 

(負けない…。もう…負ける、ものかッ!)

 

 仰向けのまま両手を前に突き出し、青く輝く波紋のようなバリアを発生させ、バラバの火炎放射を防ぐネクサス。そのまま押し返し、起き上がりざまに両手でパーティクルフェザーを放ち反撃した。

 抵抗に腹を立てたのか、荒ぶりながら再度鞭を射出するバラバ。今度はそれを左腕で絡めとり、力比べと相成った。

 一進一退の力比べをしながら、先に動いたのはバラバだった。頭部の剣からショック光線を放ち、ネクサスの動きを一瞬緩める。その隙に鞭を引いて近くに寄らせ、左手の大振りの鎌で襲い掛かった。

 

 その瞬間鳴り響いた甲高い音が、直撃でないことを知れ渡らせる。ネクサスの右腕…前腕部に装備されている手甲であるアームドネクサスがバラバの鎌を受け止めたのだ。

 だがそれ以上の反撃へは進めずに、抑えているだけで精一杯だったネクサス。それを見て動けぬ今のまま止めを刺そうと、頭部の剣で胸のエナジーコアを貫くべく頭を振り下ろすバラバ。だが、

 

「デェヤアァァァッ!!」

 

 その一撃を許さぬように、バラバの背後からウルトラマンガイアが跳びかかり、その首にチョークスリーパーを決めた。間一髪のところで一撃を逃れたネクサスは、鞭が絡み付いた左のアームドネクサスに力を集中させて輝きを高める。

 

「…シェアァッ!」

 

 そのまま外に突出している部分を光の刃と化し、外に振り抜くことでバラバの鞭を切り裂いた。

 チョークスリーパーのダメージでか、両手を振り回し暴れるバラバ。力尽くでガイアを投げるものの、前転受け身で威力を殺したと同時に距離を取り、再度ネクサスと並び立つ構図となっていた。

 

(マリアさん、大丈夫ですか!?)

(えぇ、ありがとう。そっちは?)

(なんとか大人しくなってくれました。あとは、矢的先生が帰ってくるまで保護するだけです!)

(分かったわ。あとはアイツが良からぬ事をする前に、倒すわよ、響ッ!)

(了解ですッ!!)

 

 構えと共に再度突進するガイアとネクサス。今度の標的はバラバただ一体だ。

 相対するバラバもまた、怒りを露わにしながら突進する。鞭は無くなっても、右手の鉄球と左手の大鎌、そして頭部の剣は健在だ。

 先にガイアと組み合うバラバ。だが立花響が変身した為か、単純なパワーではマリアの変身したネクサスよりも上の力を持っていた。鉄球の攻撃を容易く受け止めて捕まえたまま胴体に重たい正拳の一撃を加える。そしてそのまま、捕まえた腕を持って背負い投げを放った。

 背中から落ちて悶絶するもののすぐに起き上がるバラバ。左手の鎌で反撃を仕掛けるも、再度ネクサスの右腕に阻まれてしまう。そのまま右のアームドネクサスの突起部分から延長線上に真っ直ぐ光が伸びて、変身者であるマリアの適正に合わせた輝く刃【シュトロームソード】と化す。そして下から突き上げるアッパーカットの要領で腕を振り上げバラバの左腕を斬り付けた。

 そうして怯んだところに跳んでくるガイアの猛撃蹴。鋭く打ち込まれた蹴りがバラバの胸部にめり込み、激しく押し出された。

 口からは涎を垂れ流し、肩で荒く息をしながらバラバがよろめき立つ。如何なるダメージを受けようとも殺意を実行すべく、頭部の剣を射出した。

 縦横無尽、変幻自在に動く刃に思わず困惑するガイアとネクサス。そう、これはバラバの脳波に反応し自在に動くことが可能なのだ。

 

(くうっ…!こんな程度の攻撃で…!)

 

 剣本体の攻撃に加え、光と共に放たれるショック光線。一撃は強くないものの、隙を作られてしまうのは如何ともし難い。幾度にわたる剣の奇襲を受け、遂にネクサスが膝を付いた。

 

(マリアさんッ!)

 

 すぐにネクサスの傍に駆け寄るガイアだったが、その隙を縫いガイアの背後へとバラバの剣が高速で迫っていた。そして勢いのままにガイアへと突き刺さるその瞬間、

 

「ヘアッ!」

 

 上体を起こしたネクサスが、右手から光の帯…【セービングビュート】を放ち、ガイアの背後に迫っていた刃を絡め取り捕まえた。

 驚愕するバラバに対し、彼女はゆっくりと立ち上がりながらその相手の方へ向く。

 

(…貴様の狙いからは、性根の腐ったドス汚い殺意ばかりが見えていた。隙を作ればどうするか…何処を狙うのか、それを読むのはあまりにも容易いッ!)

 

 まるで自らの技、EMPRESS†REBELLIONのように自在にセービングビュートを振り回し、バラバの身体を締め上げていくネクサス。そして最後に、先端に絡めた剣をその持ち主であるバラバ自らの胸へと突き刺した。

 四肢を封じられ、自らの刃で貫かれたバラバに最早反撃の手立てはない。互いにすべきことは唯一つだった。

 

(響、止めよッ!!)

(ハイッ!!)

 

 両手を大きく広げて力を高め、そのまま円運動と共に身体を蹲せるガイア。高められたエネルギーはその頭部へと収束していった。

 そしてネクサスは両腕を前下方に伸ばしアームドネクサスぶつけ合い交差。そのまま両の腕を胸の前へ広げながら上げ、その間で電流の如く流れ合うエネルギーを高めていく。

 次の一瞬で何が起きるのかを察し暴れるバラバだったが、絡まったセービングビュートはその動きを決して逃さなかった。

 

「オオォォォォ……!デエェヤアァァァァァッ!!!」

「ハアァァァァ……!シェアアァァァァァッ!!!」

 

 大きく上体を逸らし振りかぶったガイア。その頭部から赤く輝きしなる巨大な光の刃が形成されていた。それを振り抜くように上体を前へ突き出し、同時に両手を外へ振り払うことでその刃を撃ち放った。

 同時にネクサスも、青い電流の奔る両の腕を上に伸ばし、そのまま両腕をL字型に組んだ。そして縦角を形成する右腕、そのアームドネクサスから高められたすべてのエネルギーを破壊の力に変えて解き放った。

 ウルトラマンガイアの必殺技である【フォトンエッジ】と、ウルトラマンネクサスの必殺技の【オーバーレイ・シュトローム】。重なり合った必殺の双光撃が、動けぬバラバに直撃する。

 赤き光刃は直撃箇所から周囲、そして全身を切り刻まんと走り、青き光流は全てを分解すべく敵の全身に染み渡っていく。そして二つの輝きがバラバの姿を飲み込んだ瞬間、その身体を爆発させ全てを消し飛ばしていくのだった。

 断末魔の絶叫と共に砕け消え逝くバラバ。構えを解いた二人のウルトラマンは顔を見合わせ、何方からともなく頷き合った。

 

(やりましたね、マリアさん!)

(えぇ…。それで、そっちのはどうしようかしら)

(…どう、しましょう…?)

 

 とネクサスが大人しく傍観していたゴモラⅡの姿を見る。大人しくなったのは良かったが、外に戻った時にまた暴れ出すとも限らないし、ヤプールにまた何かされるのかもしれない。

 対策を熟知しているであろうウルトラマン80も、果たしていつ戻ってくるか測りかねる状態だ。そんな不測の状況の中、ガイアが優しくゴモラⅡを撫でながらネクサスに尋ねた。

 ネクサス…それに変身しているマリアが、自らに与えられた力をなんとか読み解いていく。そしてその中で、一つの答えに辿り着いた。

 

(……この子をこのフィールドの中で置いたままにしておくしかないかしらね)

(そんな事、出来るんですか?)

(このメタフィールドは私の…このウルトラマンのエネルギーで形成された空間だからね。非戦闘状態でどれだけ保つかは分からないけど、しばらくは大丈夫なはず)

(なるほど!…あ、でもそんな事したらマリアさんに負担が…)

(最小限に留めておくから、戦闘状態より負担にならないはず。ただ、別にもう一つフィールドを展開することは出来ないでしょうけどね)

 

 念話で話を済ませた後に、ゴモラⅡの額に優しく手を当てるネクサス。そのまま力と意識を集中させて、メタフィールドの操作を行った。

 

(あとで助けてくれる人を連れて来るから、大人しく待っててね!)

 

 響の声に返事をするように鳴くゴモラⅡ。周囲の世界と共に黄金に輝きながら泡のように消えていく。そのままゴモラⅡを、縮小させたメタフィールドごと別の位相に移すことでその存在を保護するのだった。

 光が止んだと共に二人のウルトラマンを覆うメタフィールドは解除され、現実空間に戻って来た。

 すっかり暗くなっているところから、二人はもう夜になったのかと思った。

 …思い込んでいた。指令室に居る風鳴弦十郎からの声を聞く瞬間までは。

 

『響くんと…マリアくん、だな!?』

(師匠!?)(風鳴司令!?)

 

 二人合わせて耳に手を当てて周囲をうかがう。ややもすると脳裏にウルトラマンエックスの姿が映り、語り掛けた。

 

『大丈夫、私が君たちの声をチューニングして指令室に繋げる。そのまま話をしてくれ』

 

 

 

『…ょう?師匠!?聞こえますか!?』

 

 響の声が聞こえたことで指令室に少しばかり明るさが戻る。それは仲間の無事を確かめることが出来た安堵だった。

 

『風鳴司令、何かあったんですか?』

「マリアくんも、仔細無いようで何よりだ。…だが、無事に帰ってきたところで済まないが少しばかりとんでもない事態が発生している」

『とんでもない、事態…?』

『師匠、それって…!?』

 

 息を呑み、弦十郎が二人に告げる。現在進行形で、この場に迫っている危機を。

 

「…桁外れの時空振動が感知された。なにか、とんでもないヤツが攻め入ってくるッ!」

 

 驚愕と共に天を見上げるガイアとネクサス。そこでようやく気付いた。

 今は夜ではなく、漆黒の分厚く広がった暗雲が世界を照らす太陽を覆い隠していたのだ。

 黒い空が全てを包むが如く渦を巻き、そこから巨大な重圧が、けたたましい咆哮が響き渡った…。

 

 

 

 EPISODE08 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 09 【光呼び合い重なる手と手】 -A-

 地球にて、立花響の変身したウルトラマンガイアとマリア・カデンツァヴナ・イヴが変身したウルトラマンネクサスがメタフィールド内での戦いの末に勝利を得るに至った。

 だが戻って来た其処に、太陽を覆い隠すほどの巨大な暗雲が拡がり、誰もが其処から現れる何かを危惧していた…。

 其れは一体何なのか。それを語るべく再度時間を戻し、ゴルゴダ星に向けて飛び立ったウルトラマンエースに焦点を変える。

 

 

 自らの力で時空を超え、エックスに示された座標へ向かって行くエース。やがてその眼に怪しく光る小さな星が見えてきた。

 それは星と言うより巨大なデブリに近く、だが其処から放たれるマイナスエネルギーは他の星々からも一線を画している。それを肌で感じて理解した。あれこそが、新たなるゴルゴダ星なのだと。

 

(待っていろみんな…。すぐに行く!)

 

 飛行速度を更に高めゴルゴダ星に向かうエース。地響きと砂煙を上げながら暗い荒野に着陸した彼に、ヤプールの重々しい声が聞こえてきた。

 

『フハハハハ…よく来たなウルトラマンエース』

「ヤプール…!みんなはどうした!!」

『フン…見るがいい!』

 

 ヤプールの声と共に宙から降りて来る十字架。そこには白く凍結した80とゼロが磔にされていた。その近くのクレーターには、アームドギアを剥がされインナーだけの姿で倒れる翼、クリス、切歌の三人の姿もあった。

 

「みんなッ!!」

『おっと、そこを動くなよウルトラマンエース。貴様が下手な動きをすれば、その瞬間全員が息絶える事になるからな。

 …まぁ、こちらからすればどちらもさほど変わりはしないのだがな』

「貴様…!絶対に許さんぞ、ヤプール…ッ!!」

『そうだ!それでいいのだ我が宿敵よッ!!我の悲願の一つ…それは、ウルトラマンエース!貴様を絶望に染め上げた上で地球人と共に八つ裂きにする事なのだァッ!!ファハハハハハッ!!!』

 

 ヤプールの嗤い声に怒りの拳を握りしめて構えるエース。その彼の前に、巨大な白い怪獣が姿を現した。80とゼロを氷漬けにして倒した張本人、冷凍怪獣マーゴドンだ。

 

『やれ!マーゴドンよ!ウルトラマンエースを討ち倒せぇッ!!』

 

 重い象のような鳴き声と共にエースへ向かって突進するマーゴドン。それを受け止め、格闘攻撃を仕掛けるエースだったが、長い体毛に包まれたマーゴドンにはそこまでのダメージは見られない。

 それに対して、太い前足でエースを殴りつけるマーゴドン。その強烈な打撃に、思わず膝を付いてしまった。

 

(なんて、力だ…!)

 

 連続して重い打撃を浴びながらも、その合間を縫ってマーゴドンの身体にショルダータックルで反撃するエース。反撃で一瞬怯んだ隙に、後ろへ向かっての前転受け身で再度距離を取る。

 だがそのダメージも大したことが無かったのか、身体から極低温の冷気を噴出するマーゴドン。それを察し、すぐにウルトラネオバリアーで防御する。

 直撃は無い。だが、吹雪と共に周囲を極低温にまで引き下げられて、堪えているのはエースの方だった。彼自身の予想を遥かに上回り、胸のカラータイマーが危険信号を鳴らし始めたのだ。

 超高速で時空を超えたことが原因か、ウルトラマンの弱点である暗黒と極低温の環境がそうさせたのか、あるいはその両方か…一つハッキリと分かる事は、正しく緊急の事態であると言うことだ。

 

(…俺は負けん…!負けぬと誓った…!仲間も、彼女たちも…ッ!!)

 

 ウルトラネオバリアーが破れるのを見越し、白い吹雪に覆われるその前に力を込めて、エースがその両腕を左へ大きく捻っていた。そしてバリアーが砕けた瞬間、その反動と共に腕をL字に交差。メタリウム光線を発射した。

 吹雪を切り裂いて放たれる色鮮やかなメタリウム光線がマーゴドンの身体に直撃するも、大きく吹き飛ばされただけで斃すには至らない。尋常ではないタフネスにただ驚いてしまった。

 しかし思わぬダメージに怒りを覚えたのか、暴れるようにマーゴドンが突進しエースを撥ね飛ばす。そのまま上に圧し掛かり、強靭な前足で再度連続攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 クレーターの中、エースの劣勢を目にしながらなんとか立ち上がる翼。左手を膝に置き、なんとか息を整えてクリスと切歌の傍に向かう。

 

「くうっ…大丈夫か、雪音…暁…!」

「先輩、か…?」

「翼、センパイ…?」

 

 翼に呼びかけられ、二人もまたゆっくりと上体を起こす。しばらくの真横になっていたはずだが、力はさほど回復していない。なんとか座り込み、辺りを見渡すので精一杯だった。

 

「…先輩、まさかアンタまで…」

「あぁ、不覚を取った…。…いや、ヤプールの仕掛けた奸計功詐がより上手だったと言う他ないな…」

 

 なんとか話をする翼とクリス。そこに強い地響きを感じ、その方へ向く。其処にはマーゴドンの攻撃を受けて倒れるエースの姿があった。

 

「エースさん!」

「くっそ…どんだけだよあのマンモス野郎…!」

「ヤプールは言っていた…。此処は、ウルトラマンの処刑場として生み出した場所だと…。陽光当たらぬ暗黒異次元に、凍気を放つ処刑者を据えて…」

「ガッチガチのガチ対策じゃねぇか…糞畜生め…ッ!」

 

 思わず歯軋りしながら地面を殴りつけるクリス。磔にされている80とゼロ、そして今現在敵に蹂躙されているエースの姿を見ていると、自分たちの無力さをありありと見せ付けられているようであまりにも心苦しかった。

 そんな彼女たちの前に、ヤプールが異次元より声をかけてきた。

 

『どうだ、楽しんで貰えているかね?』

「ヤプール…野郎ッ!」

「先生とゼロさんを離すデスッ!」

 

 飛び掛かろうとするクリスと切歌の前に立ち動きを留めた翼。ヤプールへ睨み付けたその眼は、不撓不屈を物語っていた。

 

『ほう…貴様は流石と言うべきか、風鳴翼。怒りでも焦りでもなく、この期に及んでもそのような眼を向けて来るとはな…』

「何とでも言え。そして覚えているがいい。斯様な悪逆非道を繰り返したところで、我々もウルトラマンも心刃折りて野に晒されるなどはないとな…!」

 

 其の悪行、即ち瞬く間に殺すべし――。僅かな体力なれど胸から湧き上がる歌を口にした瞬間、翼のシンフォギア…天羽々斬が再度励起。青と白が基調となったアームドギアを身に纏い、単独での戦闘状態へと変身した。

 

『人間如きが戯言を…戯唄を吐かす。ならばまずは、貴様から絶望に落ちてもらおうか!』

 

 手を振ったヤプールが空間に映し出したのは、現在の地球の光景。市街地でゴモラⅡを相手に立ち回りを繰り広げる響と調の姿だった。

 

「立花ッ!」

「調ぇッ!!」

『分かっただろう。どれだけ足掻こうとも、二人ばかりのヒトの身で超獣を斃すことなど出来ん。瞬く間に死するはアイツらのようだな!』

「クッ…!」

『フフフ…そう案ずるな。貴様らもすぐに後を追わせてやる。さぁ、出でよ!!』

 

 ヤプールの呼び声と共にクレーターに降り立つ一つの影。

 背格好はやや長身の翼よりも更に高く、ヒト型の肉体はしなやかにして強固な筋肉の隆起が見て取れた。

 いや、それ以上に目を引く点があった。立ち上がったその姿、それに余りにも強い既視感があったから。

 当然だ。なぜなら、それは――

 

「――黒い、ゼロ…!?」

 

 クリスが、切歌が、そして誰よりも翼が相対するその姿に驚愕した。

 見間違うなど有り得ない。アレは間違いなく、自らが一体化しているはずのウルトラマンゼロなのだ。ただ明らかに違うのは、体色が金と黒に染まっていることと目の部分が赤いゴーグルにモノアイという形になっていること。そしてその左手が鋭利な鉤爪となっているのも、また特徴的な違いだった。

 

『コイツはかつて光の国と別の世界を破滅に追いやりかけた帝国猟兵。それをこのヤプールの科学力で更なる強化を施した姿……その名も、異次元超兵ヤプールロプスだッ!!』

「異次元超兵、ヤプールロプス…。それがなぜ、ゼロの姿を…?」

『元来はウルトラマンゼロを模倣しただけの存在だからな。それを我々が手を加え、更には我々が戦った全てのウルトラ戦士…そして風鳴翼、雪音クリス、ウルトラマンと一体化した貴様らの戦闘データまでも取り込んでいるのだ!』

「そ、そんな…トンデモってレベルじゃないデスよ…!」

 

 高笑いするヤプールの言葉に戦慄する切歌。そりゃそうだ、ウルトラマン達だけでもご大層なものなのに、眼前に居る誰よりも頼れる先達らのデータまでも得ていると言っているのだから。

 だがそれを聞いて尚、翼は不敵な笑みを浮かべてヤプールロプスに己が剣刃を差し向けた。

 

「能書きはそれだけか?斯様な大言壮語で我らを畏れに落とせると思っているならば、甚だ嘗められたものだ。そうだろう、雪音」

 

 一瞥することも無くクリスの名を呼ぶ翼。その確信めいた声を聞いて、クリスの口から大きな溜め息が吐き出された。

 

「…ったく、先輩に付き合ってたらこっちの身が保たねぇよ」

 

 ゆっくり立ち上がりながらギアペンダントを通じてクリスの歌が流れ出す。それと共に彼女もまた再度シンフォギアを身に纏い翼の隣に立った。

 

「だが、前よりは体力も増したようだな」

「先輩やあの馬鹿がタフ過ぎるんだっての。ちっとは休ませてくれよ…」

「残念ながらそうも言ってられん…。私とて、刮ぎ集めた僅かな力のまま独りで戦うのはいささか心許なくてな。これでも頼りにしている心算だぞ?」

「ありがてぇこった、こっちもなんとかこうしているのが精一杯なの知ってるクセによ。…んじゃまた、二人でやっちまいますかねぇ」

 二人して火花を散らしギアの端々を欠けさせながら…そんな不十分な状態のままであるのだが、顔を歪ませることも無くヤプールロプスと相対していた。

「翼センパイ…クリスセンパイ…」

「任せとけよ。あんなデッドコピーなんぞに、黙ってやられるワケにはいかねぇからよ」

「で、でも…相手はウルトラマンみたいなヤツデスし、センパイたちだってまだ力が…」

「案ずるな暁。我ら銃剣相重なれば、撃ち断てぬものなど有りはしない!」

『ほざくか小娘ども!ならばこのヤプールロプスの脅威をその身に刻み込み、ウルトラマンどもの前で息の根を止めてくれるわッ!!』

 

 吼えるように上半身を逸らせ、一足と共にヤプールロプスが高速で襲い掛かって来た。振り下ろされる右の鉤爪を、翼が日本刀型のアームドギアで受け止めた。

 鍔迫りあう剣と鉤爪が火花を散らし、互いに打ち離れた瞬間に翼の後ろから彼女を飛び越えてクリスが出現。左右に携えた二挺のハンドガンで上空から撃ち放つ。

 それを後方へのステップで躱すヤプールロプス。対するクリスは着地と共にしゃがみ込むと同時にハンドガンを基本形態であるボウガンに変形させ、斜め前方…的外れな位置に発射した。

 そのクリスの背を使って翼が一回転して前へ出て、弧を描いてヤプールロプスを狙う紅蓮の嚆矢と共に突進。剣を大型化させ、縦の大振りで攻撃した。

 それを飛行するかのような高い跳躍で回避するヤプールロプス。追尾するイチイバルの矢を手刀で打ち砕いていく、空中で静止したその一瞬。僅かな隙間を翼が逃すはずが無かった。

 

「この隙ッ!」「貰ったぁッ!」

 

 大型化した刃そのまま振るい、蒼ノ一閃を撃ち放ち、直後にそれを追って跳び上がる。それと同時にクリスもMEGA DETH FUGAを即座に展開できた1発だけを発射した。

 大型ミサイルを足場とし、蒼ノ一閃を目眩ましとしてヤプールロプスに突進する翼。先程一閃を放った大型剣を鞘と見立て、その柄を握り締め、間合いに入った瞬間それを神速で抜き払った。蒼ノ一閃から派生される早撃ち、【蒼刃罰光斬】である。

 神速の刃を撃ち込んだ瞬間すぐに後ろへ跳び大型ミサイルまで爆発に巻き込ませた。翼とクリス、互いの動きを熟知した二人が放った重ね当ては間違いなく彼女らに手応えを与えていた。

 

「すごいデス…さすが、センパイたち…」

「――いや、まだだッ!!」

 

 切歌の感嘆とした言葉を即座に否定する翼。その言葉と共に爆煙の中から一筋の赤い輝きが放たれた。

 

「リフレクトッ!!」

 

 クリスが翼と切歌の前に立ち、声と共に腰から伸びるギアから結晶体を射出。眼前で大型のバリアーを展開させた。晴れた煙の中からは、ヤプールロプスが右手を水平に曲げて構えを取り、額から光線を発射していた。

 

「エメリウムスラッシュ!?光線技まで模倣しているかッ!!」

 

 翼の反応とクリスの機転で防げたものの、ヤプールロプスは即座に地上に降りて真っ直ぐ突進する。迎え撃つように突進からの鋭い突きを放つ翼。

 だが相手は動きを予測、理解していたのか突進の軌道を僅かに変えて翼の懐に入る事で攻撃を回避する。そして接近動作と共に振りかぶっていた左の拳を真っ直ぐに打ち込んだ。

 

「先輩ッ!!」

(この動き…正しく、ゼロの――!)

 

 ウルトラマンゼロさながらの激しい正拳を受け吹き飛ばされる翼。思わず声をかけるクリスだったが、ヤプールロプスに目をやった瞬間に黒い身体が捻りを伴いながら舞い跳び、流星の如く――ウルトラマン80のような高速を伴う蹴りを放った。

 思わず十字受けの構えを取るクリスだったが、80の放つ攻撃の強さも彼女自身が身に染みていることだ。

 致命打では無いもののガードは一瞬で崩され、翼と同様に後方へ跳ね飛ばされてしまった。

 

「翼センパイッ!クリスセンパイッ!」

「――ゲホッ!ゴホッ…!…畜生め、無駄な能書きもハッタリじゃねぇのな…ッ!」

「まったく…厄介な、相手だ…ッ!」

『フハハハハ!!これで分かっただろう、ウルトラマンだけでなく貴様らの動きまでも覚えたヤプールロプスに敵などおらんのだッ!!

 …貴様らシンフォギア装者も、ウルトラマンどもも、地球に現れた者も、この日この時に全て抹殺してくれるわァッ!!!』

 

 怒りにも似たヤプールの嗤い声に合わせるかのようにゴルゴダ星の大地が響き揺れる。マーゴドンの攻撃にエースも撥ね倒されていたのだ。

 猛攻を交錯して尚も立とうとする先輩二人とエースの姿に、切歌はまた強い無力感に苛まれた。今の自分では何も出来ないのだと…。

 

(せめて…せめて調が居てくれれば…声だけでも聴けたら……調ぇ…!!)

 

 彼女が縋れる最後の一人…自らの半身とも言える存在である月読調を強く想う切歌。その瞬間右手中指に付けた小さな指輪が僅かな輝きを放ち、切歌の視界がほんの一瞬別の世界を映した。

 それは黒い雨の降り注ぐ街。赤い巨人と、それを囲い弄ぶ二体の超獣。

 そしてほんの僅かに…だが確かに聴こえた、自分を想う調の声だった。

 

 

 

 切歌の変調と全く同時に、同様の変調が調にも起こっていた。

 吹雪が吹き荒れる暗黒の星と、そこで倒れる先輩達とウルトラマンエース。白い怪獣とウルトラマンゼロに酷似した黒い戦闘機人。

 そして彼女にも一瞬届いた、自分の存在を求める切歌の声。

 

「―――………ッ!!?」

「調さん!?大丈夫ですかッ!?」

 

 理解不能な変調に、放射能の雨を遮っていた鋸が動きを止める。すぐに緒川が自分の身と共に彼女を保護するべく、自前の風呂敷を傘のように広げて雨を遮った。

 

「今の……切、ちゃん……?」

 

 思わず暗い空へ目をやる調。その左手の指輪は小さな光を蓄えていた。

 

 

 

「――な、なんなんデスか、今の…!?」

 

 左右に首を振りながら戸惑う切歌。其処にヤプールロプスの模倣したエメリウムスラッシュ…ヤプールロプススラッシュが放たれ、それを察知した翼とクリスの二人が跳び付いて切歌を伏せさせた。辛うじて避けられた一撃に一瞬肝を冷やすものの、先程の感覚からは逃れられず戸惑ったままだった。

 

「暁、大丈夫か!?」

「ボンヤリしてんなよ馬鹿!死んじまうぞ!」

「せ、センパイ…あ、ありがとう、デス…。あの、その、あの…」

 

 困惑から言葉が上手く出てこないのか、ただ呟くだけの切歌。その異常さは翼とクリスも一目で理解できた。そういう時は頼りになる先輩である翼が優しく落ち着かせる方が良いと思ったクリスだったが、変化し続ける状況はそれを許してくれない。ヤプールロプスが再度接近戦を挑みに来たのだ。

 

「雪音、私はアイツを食い止める!暁を頼んだぞッ!」

「先輩ッ!クソッ…!」

 

 翼の指示通り、一先ず彼女の傍から離れて切歌を座らせるクリス。自分も同じ目線に立つが、焦りからかつい語気を荒げて肩を揺すってしまう。

 

「何かあったのか!?何が言いたいんだよ!ハッキリしろよッ!!」

「わか…わから、ない、デス…」

「分からないって、お前――!」

 

 要領を得ない切歌の返答に苛立ちだけが溜まってしまうクリス。そんな彼女の胸の内で、小さな暖かい光が灯っていく感覚が起きた。これは…

 

「――センセイ…!?」

 

 すぐさまギアに収納されていたブライトスティックを取り出すクリス。ほんの僅かに光を湛えているスティックから、クリスの思考に言葉をかけてきた。

 

『…クリス…君も、落ち着くんだ…』

「センセイ、大丈夫なのかよ!?」

『……多くを話せる程、力は無い…。クリス…そのまま、切歌とも話をさせてくれ…』

 

 猛の指示に従い、切歌の右手を取って一緒にブライトスティックを握らせる。小さなその光は切歌にも伝播し、やがて彼女も落ち着きを取り戻していった。

 

「…矢的先生、デス…?」

『あぁ、私だ…。切歌、何があったのか…クリスと私に、教えてくれないかい?』

「…一瞬。ほんの一瞬だけど、見たんデス。…黒い雨、赤い巨人、超獣たち…」

『…他には?』

「……翼センパイが戦ってるヤツから…調の声が、聞こえたんデス…。”切ちゃん”って…それだけ、だけど…」

 

 其処まで聞いて、猛は沈黙した。まるで彼女の言葉と状況を、深く飲み込むように。

 

「…あぁもう分かんねぇな!こんな時に幻視と幻聴かよ!?」

『…いや、違うぞクリス。私は確信した…。この窮地を…私とゼロも合わせ、みんなの命を救える最後の希望…。

 …それは切歌。そして、調だ』

 

 

 

 

 一方、マーゴドンに弄られるかのように蹂躙され続けているエース。果敢にフラッシュハンドやパンチレーザーを繰り返すが、熱エネルギーそのものを吸収するマーゴドンにはまともに通じていない。

 

(なんて、ヤツだ…!)

 

 カラータイマーの警告音が鳴り響き、点滅も加速度を増している。誰が見ても理解できる、危機的状況だ。

 そんな状態のエースに念話が送り込まれた。相手は80だ。

 

『…エース、兄さん…』

「80…!?お前、大丈夫なのか!?」

『…いいえ、話をするのが精一杯です』

「だったら少しでも温存して、僅かなエネルギーを無駄にするな!この怪獣も、ヤプールも…」

『…勝てません。今の、エース兄さんでは…』

 

 80のハッキリとした言葉に、エースは反論できなかった。この現状は、信念や根性論だけで覆せるものではないと彼自身も理解はしていたのだ。ただ納得していなかっただけで。

 

「…ならば、如何しろと言うのだ…80…!」

『………”信頼”、してください』

「信頼…?誰を――」

『…人間を。兄さんが守護りたい者達を…兄さんを、守護りたいと思っている者達を…』

「俺を…守護りたいと…?」

 

 口にした瞬間、エースの脳裏に少女らの顔が浮かんだ。恐れを抱く人々の為に果敢に唄うマリア、私が帰る場所を守護るからと自分を送り出した響、今なおこの地でヤプールに気高く抵抗する翼とクリス、そして…

 

「――駄目だ…ッ!俺はもう、子供達を傷付けるワケにはいかないんだ…!」

 

 二人の笑顔が過った途端、それを振り払うように声を上げるエース。

 知っている。彼女たちの強さも、優しさも。知っているから…知ってしまったから、誰よりも何よりも守護りたいと思ってしまったのだ。

 だから一体化も拒んだ。ウルトラマンとして戦うことが、どれほどの苦痛を伴うかも知っていたから。

 時に裏切られ、傷付けられて…また自分自身も、助けを求めた誰かを裏切り、傷付け…そんな想いを幾度となく味わって来たエースだから…北斗星司だから、彼女たちにはそんな思いをさせたくなかったのだ。

 その悲しみを知っている星司だから、その”悲しみ”を素直に悲しめる二人の少女が引き合ったのだろう。それが理解ったから、猛は確信を得たのだ。

 

『……大丈夫ですよ、兄さん。…あの子達を、受け入れてあげてください』

 

 ただその言葉を残し、80…猛との念話が途切れ落ちた。それと共に倒れ込むエース。彼の背中をマーゴドンが踏み付け、勝利宣言の高笑いのような鳴き声を上げる。

 クレーターの中でヤプールロプスと戦っていた翼も、その姿を見て驚愕に顔を歪めていた。

 

「ウルトラマンエースが…!クッ、これではどうしようも…」

「ンだよ先輩、らしくねぇなぁ!」

 

 右のアームドギアを愛用のガトリングガンに変形させたクリスが、鉛玉を撃ち放ちながら翼とヤプールロプスとの間に割って入る。そのまま連続斉射で敵との距離を開けていった。

 

「雪音!暁は、もう良いのか?」

「ウチのセンセイのお墨付きだ。それに、状況打開のキーポイントはアイツららしいからな」

「アイツら…暁以外となると、月読か?」

「そういうこった。詳しい理由は聞けるほど余裕も無かったけどな」

「そうか…。では雪音、我々は今何が出来る?何をすれば良い」

 

 翼の質問に、クリスも真剣な顔で敵へと視線を送る。

 

「…センセイの読みじゃ、あのヤプールロプスにこの星の周囲を守っている四次元空間のコントロール装置が埋め込まれてるって言ってた。そいつをぶち壊すか、最低でも少しの間機能を少し停止させれればいいってさ。そしたらもう後は、アイツらがなんとかするって言ってた」

「フ…結局其処に往き付いてしまうか」

「しゃーねぇよなぁ…。どうよ先輩、さっきまでやり合ってたんだから勝算の一つでも浮かんでんだろ?」

「そうだな…まさか此処まで自分の挙手投足を投影されては、中々どうしようもないものだと言うことは理解ったぞ」

 

 不敵に笑ってはいるものの、翼からの返答は予想外に弱気なものだった。自分の動きを完全にコピーされた上に、クリスや他のウルトラマンの動作まで混ぜ込んでくるのだ。捌くまでは出来ても、此方の攻撃も完全に把握されている現状では致命打どころか一撃加える事すら困難だったのだ。

 彼女のその返答に、クリスは只々驚く他になかった。

 

「オイオイオイ、マジかよ先輩…。それじゃあ勝ちの目は無いってことか…!?」

「…勝ちの目ではないが、策はある。問題は私と雪音が、その動きを行使できるか否かというところだがな」

「…先輩、まさかそれって…」

 

 翼の策と言う物にクリスは心当たりがあった。いや、”翼が完璧に習得できなかった動き”と言うだけで大幅に絞られてくるのは明白だ。

 

「特殊戦闘プログラム:Moving:A.S。覚えているな、雪音?」

「はぁ…そう簡単に忘れられっかよあんなの…」

 

 Moving:A.S。それは魔法少女事変のすぐ後に、装者がエルフナインと共に組み上げた特殊戦闘プログラムの一つである。事変の最中に装者の前に立ち塞がった錬金術製の自動人形であるオートスコアラー…その人外的挙動を分析し、バトルアクションの一部として反映、利用すべく生み出された。

 …のだが、その挙動のいくつかは、”人形”であるが故に可能とされる常識的な人体可動域を無視した代物だったのだ。その特異性、人体を酷使するその動作は装者の個性を殺し、あの風鳴翼を以てしても行使できるものではなかった為、敢え無く不採用となった経緯がある。

 翼の策は、そんなものを引っ張り出そうという算段なのだ。

 

「どうする雪音。乗るか反るかだ…!」

「…反ったところで勝ちの目に転がる事は無いんだろ?だったら無理にでも乗ってやらぁ!」

 

 決意を固めた瞬間、二人のギアから同じ音楽が奏でられ始める。装者二人がシンクロして戦う折に放たれるデュエットソング…調と切歌より学んだ、二つを一つにする力だ。

 その曲に乗せて二人は普段見せないような…喩えるならばそう、キメポーズを全力でキメる。自らが過去に交戦したオートスコアラー…翼はファラ・スユーフの、クリスはレイア・ダラーヒムのポーズをだ。

 

『……子供の遊びか?』

「児戯と嘗めるならそれも良し。されど此処から繰り出す剣閃は、その首級を旋烈疾風と共に断破せしめるものと思えッ!」

「Moving:A.S…スタートナウッ!!」

 

 二人其々、己が踵を打ち付け合い動作を開始する。一直線に攻めて来るヤプールロプスに対し、翼はまるでフワフワと舞うかのように何処か優雅な足取りで動いていった。その舞いから一転して、大振りの突きと払いで反撃していった。

 しかしこれまでの翼とは一転変わった攻撃に、ヤプールロプスも力任せに対抗していく。頭部のヤプールロプススラッガーを装備し、翼が振り抜いた刃を躱し上から攻めるその瞬間。遮るように、クリスが双刃を受け止めた。

 彼女のアームドギアは普段とは大幅に違う変形が為されており、大型化したシリンダー部分から非情に短い銃口が付けられており、グリップの部分が刃のように伸びた異形のリボルバーとなっている。その伸びたグリップ部分でヤプールロプススラッガーを受け止めたのだ。

 そこからヤプールロプスの懐に滑り込むように仰向けとなり、背中と肩を主軸にして回転。敵の攻撃を弾き飛ばしたと同時に反動で後ろへ跳躍し、そのままトリガーを引き絞った。

 ヤプールロプスが乱れ撃たれる弾丸を回避していく中、翼は風を巻き起こすかのように大きく舞いつつ刃を振るった。片やフラメンコ、片やジャズ・ブレイクダンス…二人の動きは、正に踊っているようだった。

 

「スゴいデス、センパイ…。あのプログラムをちゃんとやれてるなんて…」

「余所見してんな!集中しろッ!」

「活路は我らが必ず造るッ!頼むぞ、暁ッ!」

「…ハイデスッ!!」

 

 翼とクリスに諌められ、切歌はしゃがみこんだまままるで祈るように両手を絡め合わせて握っていた。念じるは唯一つ、調の存在だ。

 

(センセイとセンパイ達を信じるデス…!だから…届いて欲しいじゃなくて、届かせるんデス!調…調ぇ…ッ!!)

 

 何かをしようとしている切歌に気付き、額から光刃を放つヤプールロプス。だが翼が即座に放った剣で反射させる。それに次ぐようにクリスが小刻みなステップで軽快に動きながら弾丸を発射。ヤプールロプスを攻め立てていった。

 だが相手も高度な知能を植え付けられた機械戦士。この僅かな時間で翼とクリスの新たな動きにも対応しつつあった。

 

「もう、覚えて来るか…だがッ!」

「真似っ子ダンスだけがプログラムじゃねぇんだよッ!」

 

 一瞬でダンスの動きを崩し、いつもの動き慣れたものへとシフトする。そこから再度ダンスムーヴへと移行、移行…。舞う本人たちですら臨機応変の感覚でしか行動していない、一切の型を無視した不安定にして不規則な乱舞。それこそがMoving:A.Sの真価であった。

 縦横無尽の銃踏剣舞はヤプールロプスの認識処理速度を一瞬だが確実に凌駕する。その瞬間、翼がヤプールロプスの攻撃を捌き切り両腕を弾いたと同時に、クリスの両手に握られたガンバレルが胸のカラータイマー部分へ零距離を取っていた。

 

「そのタマ獲ったァッ!!」

 

 力いっぱいに引かれる銃爪。ありったけの弾丸は胸部で爆裂し、ヤプールロプスを後退させる。そこからすぐに追い打ちをかけるべく、翼の刃が突き刺さった。

 

「今だ、暁ィッ!!」

「調…お願い…!――応えてッ!!」

 

 ヤプールロプスのモノアイが光を失う瞬間に叫ぶ翼。その声を聞き、切歌が全力で想いを高める。

 右手のリングが光を増し、彼女の意識を彼方…もう片方の受信機たる調のリングへと飛ばしていった。

 

 

 

 そして地球。ゴモラⅡとバラバの同時攻撃に苦戦するウルトラマンガイアを見ながら、祈るように両の手を絡める調。その時、彼女の左手のリングが輝きだした。

 

「これは…切ちゃん!?」

『……らべ……調……!』

「切ちゃん!?切ちゃんなの!?大丈夫!?」

 

 今度は幻聴じゃない。ハッキリと聞こえた切歌の声に調が返答する。

 

『調!?良かったデス…!こっちはなんとか無事デスが、調は怪我とかしてないデスか?』

「大丈夫、響さんが守ってくれてるから…。でも、響さんが…!」

『うえぇぇ…こっちもセンパイ達が、とってもとっても大ピンチなのデス…!」

「そんな…!マリアとも連絡付かないし…どうしよう、切ちゃん…!』

 

 焦る調の声に、切歌の鼓動が自然と早くなる。互いにこうまで切羽詰まった状況だったとは思いも寄らなかった。矢的先生…ウルトラマン80が言ってくれた策が、本当に自分と調で大丈夫なのかと不安ばかりが募ってしまう。

 そんな彼女の目に飛び込んできたのは、最早黒に変わりそうな程に細かく力無い点滅を繰り返す瀕死のウルトラマンエースの姿だった。

 まるであの日…キングクラブと戦ったあの時のようだ。それを思い出すことが、切歌の想いを強く固めていった。

 

「簡単デスよ調!アタシたちでみんなを助けて、みんなで一緒に敵を倒して、ハッピーエンドにしてやれば良いんデスよ!」

『そんなの、どうやって…』

「…矢的先生から教えてもらったデス。あの時みたいに…アタシたちの願いが重なれば、奇跡を起こすことが出来るって」

『奇跡を…私達が…?』

「だから一緒に願うデスよ調。アタシたちが誰を守りたいのか…何を護りたいのかを』

『私達が守りたい誰か…護りたい何か…」

 

 切歌のその言葉を聞いて、調もまた周囲に目を回す。敵さえも守護る為に戦い黒い雨の中で蹂躙される響ことウルトラマンガイア。壊れかけたシェルターの扉の向こう側…響に守護ってくれと頼まれた避難している人達。身を挺して自分を守ってくれている緒川…。

 今は視界に居ないだけで、他にも守護りたい人はたくさんいる。切歌の言葉でそれを思い出した。

 

「…分かった、やろう切ちゃん。いつも一緒の私達だもの…守護りたいものだって一緒だよ!」

 そこで切歌との話を終えて、緒川の風呂敷の下で座り込み強く念じ始めた。

「…調さん、大丈夫ですか?」

「ハイ…。でも、ごめんなさい。もう少しだけこうして、守っていてください」

「えぇ、勿論ですとも」

 

 慎次の爽やかな笑顔がとても嬉しかった。彼だけでない、こんな笑顔を自分達に向けてくれる人達を守りたい。ただそんな想いを込め続けた。

 ゴルゴダ星の切歌も同じであり、カラータイマーに位置する胸部を貫いたにも関わらず復活しようともがくヤプールロプスを組み伏せ続ける翼とクリス。磔にされ、残された僅かな力で自分に助言を与えてくれたウルトラマン80。必ず再起を誓っているはずのウルトラマンゼロ…。

 自分らに道を作ってくれた人たち。今まで仲良くしてくれた人たち。まんまるで広大な地球の上で、喜びと辛さを併せて生きる人たち…。

 二人の想いは間違いなくシンクロしている。だがまだ届かない。彼女らは気付いていなかったが、バラバの降らせている放射能の雨が、ヤプールの悪意がそれを遮っていたのだ。

 

(お願い…届いて…!届いてぇ…!!)

 

 それは切なる祈りだった。誰に向ければ良いのかも分からなかった祈り。ようやく見えた光に、どうしても手が届かない。…白銀の光が暗雲を切り裂いたのは、その瞬間だった。

 それは奇跡ではなく必然の存在。暗雲を切り裂き現れた銀色の巨人…ウルトラマンネクサス。

【彼女】が自らの力を解き放ち生み出したメタフィールドに、二体の超獣とウルトラマンガイアを諸共に隔離した。

 ヤプールの驚愕の声と、弦十郎とエックスの声が響く。一変した状況に調も一瞬呆然としてしまうが、ふと見上げた空が雨の上がった青空だと理解した瞬間、何かを確信した。今ならば、届くと。

 そんな調に呼応するように切歌も立ち上がり、互いにリングの付けた側の手を天に掲げ、願いを高め上げる。

 

「アタシたちは守りたいんデス!誰かに願うだけじゃなく、自分たちの出来るすべてでッ!」

「私達は護りたい!何かに祈っているだけじゃなくて、自分たちで為せるすべてでッ!」

「この”願い”が奇跡になるというのなら…」

「この”祈り”が奇跡になるというのなら…」

 

「「光よッ!届けぇぇッ!!」」

 

 指輪の光が最大限に高まった時、二人の意識は互いに輝きの中へ消えていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 09 【光呼び合い重なる手と手】 -B-

 …其処には、独りの男の背中があった。入って来た彼女たちに顔を向けることもせず、ただ自責と共に独白の声を上げた。

 

「……どうしても、俺は君たちと共に戦うことを選べなかった…。この力は、君たちを必ず傷付けるからだ…。

 信じる心を利用され、踏み躙られ…それでも戦わなくてはならない。…その苦痛を、背負わせたくないんだ…」

「…そういう事、だったんデスね…。星司おじさん」

「そうやって…ずっと私達を守ってくれてたんですね…。北斗さん」

 

 歩み寄りその男の右手を握る切歌。同じように左手を握る調。二人が其々見上げた顔は、紛れもなく北斗星司その人だった。

 

「…気付いて、いたのか…?」

「なんとなーく、デスけどね」

「出動した私と切ちゃんが危なくなった時、一番最初に来てくれたのはいつもウルトラマンエースだったもの」

「それに、本当に困った時はいつでも呼んでくれていいって言ってくれたのは星司おじさんデス」

「助けて欲しいと願った時は、どこからでも飛んで行く。そう言ってくれたのも、北斗さんだから」

 

 確証など何一つなかった。だが不思議なことに、調も切歌もそんな気がしていた。

 都合の良さだとか助けに来るタイミングだとか色々あるけど、それ以上にそう思える何かがあった。

 毎日のように顔を合わせ、話す時間は僅かだとしても、いつだってその無邪気な笑顔で心に寄り添っていてくれた北斗星司。

 ウルトラマンエースが現れた時に感じる輝きは、何処か星司のあの笑顔を思い出させてくれるものだったから。

 

「いつも元気で美味しいパンを食べさせてくれる星司おじさん…」

「時にはちゃんと叱ってくれて、いつだって親身になってくれる北斗さん…」

「アタシたち、そんな星司おじさんが大好きなのデスよ!だから――」

「大好きだから…北斗さんの事だって守護りたい。だから――」

「一緒に、戦わせてほしいんデス」「一緒に、戦いたいんです」

 

 自責の曇天に包まれている星を、太陽と月の笑顔が優しく照らしていく。二つの光の間に幻視した【黄昏】の輝きは、遠い情景に消えて尚も星を輝かせ続ける優しい笑顔に他ならなかった。

 その笑顔と共に在る決意。愛する者を守護りたいという、ただそれだけで固められた優しさ。今はもう遥か遠い日…自分と【彼女】が力を得て、何の為にヤプールと戦って来たのかを思い出した。

 あの時の想いは、今のこの子達と全く同じだ。ならばこそ、それに応えなければならない。

 

 何故ならば、それこそがウルトラマンエースなのだから。

 

 

 

 前を向き、握られた手を強く握り返す星司。その顔にもう、迷いは無かった。

 

「…調。…切歌。……ありがとう。…俺と一緒に、戦ってくれるか?」

「ハイッ!」

「もっちろんデェスッ!!」

 

 二人の決意に呼応するように、互いの指輪が光と共にその形を変える。アルファベットのAを象った特徴的な指輪…。ウルトラマンエースが自らと一体化した者に授ける、番いの光輪【ウルトラリング】。

 それは真の意味で、北斗星司が月読調と暁切歌を受け入れたことに相違無い。三人がそれを理解すると共に、星司の強い声が轟いた。

 

「よぉし…往くぞぉッ!!」

 

 まるで理解っていたかのように星司の前に立つ調と切歌。リングを付けていない互いの手を握り合い、肩が触れ合いそうな程に寄り添う。

 星司が両の手を前方で交差…それと同時に調の左手と切歌の右手が星司と同じように二人の間で交差する。

 そこから両の手を仰ぐ星司の動きに連動して、調は左へ、切歌は右へと伸ばし仰いだ。

 

「ウルトラッ!!」

「「タァーーッチッ!!!」」

 

 強い掛け声とともに握られた拳は、互いに光を呼び合い輝く二つのリングは、彼女たちの前で重なり合った。

 強烈な輝きと共に三人が光に溶け合い、強い力がエースの身体を駆け巡る。

 黄金の眼は光を取り戻し、カラータイマーも青い輝きに還る。勝ち誇るように身体の上に居るマーゴドンを力一杯に跳ね飛ばし、静かにウルトラマンエースが立ち上がり力強く構えた。

 

「ヌゥンッ!!」

『馬鹿な!貴様の何処に、そんな力が残っていたというのだ!!』

「…俺一人の力ではない。みんなを守護るために…俺をも守護るために願い祈ってくれた者達が、俺と共に在るッ!!」

『もうこれ以上はやらせない…!三人で一緒に、みんなを守護ってみせるッ!』

『大好きなみんなを傷付けるお前を、許しておくワケには行かないのデスッ!』

『「『覚悟しろ、ヤプールッ!!!』」』

 

 

 

 EPISODE09

【光呼び合い重なる手と手】

 

 

 

 

「やったか…二人とも!」

「ヘッ…やるようになったじゃんか、後輩…!」

『グゥッ…!来い、ヤプールロプス!!バム星人どもも、さっさとメカギラスを出撃させろ!!』

 

 一瞬気を緩めてしまった翼とクリス。其処に響いたヤプールの声と共に再起動したヤプールロプスが二人を跳ね飛ばし、その標的をウルトラマンエースに向ける。

 全身に力を込めると、貫かれた胸部からノイズが一気に湧き出し融合と共に新たな身体を形成。ウルトラマンと同じサイズにまで一気に巨大化した。

 そして此処とは別の安全な四次元空間で事の顛末を傍観していたバム星人も、ヤプールの恫喝に恐れたのかすぐに改修したメカギラスを出撃させた。

 たった数刻でその構図は三対一。いくらなんでも不利が過ぎる状態だ。

 

『ぜ、全力で啖呵を切ったのにそりゃないデスよ!』

『どうしよう、北斗さん…!』

「…二人とも、少しぐらい辛いのは我慢できるな?」

 

 星司の言葉に一瞬不安が過ってしまうものの、決意して起ったのだ。多少の苦など乗り越えなければならないのは分かっていた。

 

『『…大丈夫!』デェス!』

「よく言ったッ!トォウッ!!」

 

 その場から真っ直ぐ飛び上がり、磔にされている80とゼロの前で静止するエース。胸の前で拳を合わせ、二人に向けて手を伸ばして光を放った。僅かではあるが、自らの生命力を二人に分け与えたのだ。

 

「ムゥゥゥン…!」

『くっ…ううぅ…!力が…!』

『ぐうぅっ…みんなに…分けるってコト、デスね…!』

 

 エースの…調と切歌も合わさった命の光によって二人のカラータイマーは緩やかな赤色を取り戻し、その眼の輝きも蘇っていった。

 

「――…ぅ…エース、兄さん…」

「…さすがだぜ…。エース、先輩…!」

 

 80とゼロの声を確認したと同時に、今度はその顔を翼とクリスへと向けて眼から光を放った。以前死に瀕した調と切歌を癒し助けたメディカルレイだ。

 僅か数秒その光を浴びただけで、翼とクリスの体調は充分戦えるほどにまで回復した。

 

「凄い…これほどとは…!」

「万全を望むのは贅沢だけど、これなら全然ヤれるじゃねぇか…!」

 

 二人顔を見合わせ頷く。この状態、この瞬間。二人の後輩と我らのエースが作り出した、奇跡の一瞬にすべきことは唯一つだ。

 

「ゼロッ!!貴様、何を腑抜けているかッ!!」

「…だ、誰が腑抜けてる、だってぇ…!?」

「言い返せるだけの力があるのなら、応えてみせろッ!奇跡を起こした者達にッ!!」

「…あぁ、ったりめぇだ!やってやるぜッ!!来い、翼ァッ!!!」

 

 

「センセイ!…あいつらがやったんだ!センセイのおかげで!!」

「…あぁ、理解るよ。だが、この奇跡を掴んだのは私の力ではない…。彼女たちだけでもなく…クリス達も、一所懸命を尽くしたからだ…」

「…まだだよ。まだ、これからだ!アイツらの願い、祈り…先輩のアタシが、手助けしてやんなきゃ!だから、センセイッ!!」

「…そうだな。あぁ、そうだとも…!共に往こう、クリスッ!!」

 

 互いにその身と、その想いと適合した巨人に語る翼とクリス。取り出したるは、ウルトラゼロアイとブライトスティック。

 翼はウルトラゼロアイを顔に押し当て、クリスはブライトスティックを天に掲げスイッチを押し込んだ。

 

「はあぁッ!!」

「エイティッ!!」

 

 掛け声とともに二人は光となり、翼はゼロへ、クリスは80へと吸い込まれていく。そして赤いカラータイマーは、その色を美しい青へと回復した。

 

「――ぉ…おおおっらああぁッ!!!」

「――…ッ!シュワッ!!」

 

 漲る力で十字架ごとぶち壊すゼロと、巧みにその身を縛る鎖から抜けた80。エースと共に地上へ降り立ち、三人で顔を合わせた。

 

『翼先輩…!』

『クリスセンパイ!』

『ありがとう、二人とも。よくやってくれた』

『ホント、大金星だぜ』

 

 翼とクリスの称賛に、素直に顔を綻ばせる調と切歌。エースの力で彼女らに力を分け与えた為に疲れはあるが、共に戦うには十分だった。

 

「へっ…良いじゃねぇか、こういうの」

「あぁ…。だが、私達のすべき事はまだ終わってはいない」

「ここからが勝負だ…。必ず勝って、地球を守護るぞッ!!」

 

 エースの言葉に其々が強く返事をし、80とゼロが敵の方へ身体を向け構える。

 相対するは冷凍怪獣マーゴドン、異次元超兵ヤプールロプス、四次元ロボ獣メカギラス。蘇ったウルトラ戦士を倒すべく…この戦いを終わらせ地球へ戻るべく、吹雪吹き荒れるゴルゴダ星にて三対三の戦いが始まった。

 ゼロは自らを模したヤプールロプス、80はメカギラス、そしてエースはマーゴドン。それぞれが一斉に組み合い、格闘戦を仕掛けていく。

 攻勢はウルトラマン達に傾いているように見えたが、三人それぞれは僅かな体力を分け合ったに過ぎない。地形や状況としては未だ圧倒的に不利な状態なのは間違いなく、すぐに跳ね飛ばされてしまった。

 

「だあぁクッソァ!」

「まだ、足りないのか…!」

「弱音を吐くな!再起したこのチャンス、逃してはならん!」

 

 力を振り絞り立ち上がる三人。だが戦えるようになっただけで、状況はさほど変わらない…それは共に一体化している装者たちにとっても理解しているところだった。

 

『動けるだけマシかもしれねぇが、良いように弄られるってのもガラじゃあねぇよなぁ…!』

『響さんも言ってました…。出来ることを、精一杯やろうって…。だから、私達も…!』

『デスね…!せっかくこうやってみんなで戦えるんデス…。アタシたちが精一杯出来る事…!』

『……それはやはり、歌うことしか有り得ぬだろうな…!』

 

 意志を固める翼から、そのシンフォギアである天羽々斬から、彼女の魂に応えるように音楽を流し始めた。

 それはこの場に居る装者たちにとって、何処か想い入れ深い曲だった。

 

『翼センパイ、この曲って…』

『重奏により引き出される力は、我らは皆知るところだ。なれば我ら四人…四重奏として奏で歌えば、この場を覆すことも出来よう…!』

『それで、この歌を…』

『あぁ。…よく覚えているとも。月読、暁…二人が初めて私達の前で、ありのままの想いで歌った曲なのだからな』

 

 翼の想いが選んだ曲に、調と切歌が自然と笑顔になっていった。まるでそれは、悲痛の中でも諦めずに願いと祈りを込めて叫んだ二人を唄ったようにも連想される。

 

『…私もこの曲を歌うのは久方ぶりだ。雪音、かつての片翼の代わり、務めてくれるな?』

『…ハンッ、ただの代打と思ってるようなら、先輩を追い越して飛んでっちまうぞ?』

『フッ、よく言った!』

 

 翼に引かれ、他の装者たちからも同じ曲が流れ始めた。それはかつて…風鳴翼がツヴァイウィングとして活動していた時に出した一曲。

 そして奇しくも、月読調と暁切歌が翼やクリス達の前で歌った一曲…【ORBITAL BEAT】。

 かつてと違うのは、天羽奏のパートをクリスが担当し、調と切歌も翼とクリスに合わせるように重ね歌っていく。

 四重奏からなるフォニックゲインの高まりは其々が一体化しているウルトラマンの力へと転化され、構える姿も更に力がこもっていた。

 

「――ヘヘッ…スゲェもんだな、歌ってヤツはよ!」

『何故だ…この凍て付く闇の世界で、それほどまでの力を、どうやって…!』

「言ったはずだ、ヤプール。我々は、独りで戦っているのではない」

「共に守護り合う者達が居る限り…俺達は、決して負けはしないッ!」

 

 再度突進し組み合う三者。その力は間違いなく、先程よりも高く強く燃えていた。

 

『そのようなもの…!奪い取れ、マーゴドン!!』

 

 ヤプールの声と共にマーゴドンがウルトラマン達の熱を奪おうと冷気を放出する。だが近くで戦っているゼロや80は勿論、直接組み合っているエースですらそれを無効化していた。

 

『歌は、アタシたちの胸の内からこみ上げて来るものなんデスッ!』

『それを失ったりすることなど、有り得ないッ!』

 

 歌に合わせてエースの大振りな拳の一撃がマーゴドンの胸に直撃、大きく後ずらせる。これまでとは違う、確実な一撃となっていた。

 その隣では、80もメカギラスに対し素早い動きで翻弄しながらの格闘とクリスとの一体化で強化されたウルトラアローショットで絶え間なく攻め立てている。

 連続して放たれる赤光の鏃がメカギラスに突き刺さり、爆発を起こしていく。ダメージにより生じた隙を突いて頭を捕まえ、高速で回転飛行した。

 

「ヤプールの技術力で強化されたようだが、私達とて過去のままだと思うな!」

 

 頸部の360度回転を可能とする機構を持つメカギラスだが、それも所詮制限のある機械的な動きに過ぎない。抵抗に固まるそのままで無理な回転をかけることで、頸部のパーツが損壊。鈍い音を立ててメカギラスから煙が昇ってきたところで、急制動から一気に投げ付けた。

 巨岩に投げ叩き付けられ、その電子回路が警告信号を出したのかメカギラスの目が混乱するように点滅していった。

 

『キメようぜ、センセイッ!』

「あぁッ!」

 

 倒れ悶えるメカギラスに向かって、80はいつもの必殺の構えを作る。そして放たれたBILLION SUCCIUMで、メカギラスの鋼鉄の身体を木っ端微塵に粉砕した。

 

 

 

 80と同時にゼロも、ヤプールロプスを相手にゼロツインソードで多様な相手の攻撃を防ぎ反撃していった。

 

「モノマネ野郎のモノマネとは、芸が無さ過ぎんだよッ!!」

『真の芸達者とは、芸の中で更なる一芸に目覚めるものだと知るがいいッ!!』

 

 ツインソードの両刃一刀流からそれを分離しての二刀流で攻めながら、蹴り飛ばした直後に両手の刃を放り投げる。ブーメランのように飛び交う刃を操りながらエメリウムスラッシュを放つゼロ。光線は回転する刃に反射され、まるで背後から薙ぎ払うかのように撃ち込まれゴルゴダ星の大地を爆ぜさせていった。

 その合間を縫ってヤプールロプスに向かってゼロが突進、帰って来た両刃を通常のゼロスラッガーに変形させ、突進の速度を乗せたままにヤプールロプスを斬り付ける。そのまま地面に手を付け、勢いのまま逆立ちの姿勢をとった。

 脚を大きく開き、そのまま回転し蹴撃を浴びせるゼロ。それはノイズ戦など多対一の局面時に翼が多く使う技の一つである逆羅刹の形ではあるが、ゼロの回転は更に速度を増していき、やがて竜巻を発生させるに至った。

 その竜巻と共にヤプールロプスを蹴り上げ、遥か上空へと吹き飛ばした。この一連の技、名付けて、【羅刹零旋風】。

 

「コイツでッ!」

『止めだッ!』

 

 吹き飛ばしたヤプールロプスに目標を定め、ゼロスラッガーをカラータイマーの左右に装着する。そしてエネルギーを其処に集中させ、一気に解き放った。

 

「『ゼロツインシュートォッ!!!』」

 

 胸部から放たれたゼロツインシュートが無防備なヤプールロプスに直撃。そのまま耐えることも敵わず、爆裂した。

 

 

 

 そしてマーゴドンと組み合うウルトラマンエース。フラッシュハンドによるチョップ攻撃で果敢に攻めるが、ここでも装者と一体化した影響が見えていた。

 右手に宿るは切歌のフォニックゲイン。纏うエネルギーは翠色となり、手刀はまるで鎌のように敵に食い込み、切り落とす。

 そして左手に宿るは調のフォニックゲイン。紅のエネルギーはまるで鋸のように回転し、敵の肉体を抉るように伐り付ける。

 正しく一人の身体に二つの刃を携えたエースの姿は、彼女たちの持つシンフォギアの由来たる戦神を連想させられた。

 魂の歌が尽きぬ炎となり、マーゴドンの熱吸収能力を凌駕。調と切歌、そしてエース自身も共鳴していき、絶えぬ炎はマーゴドンを圧倒していく。

 牙を叩き切られ、盛る熱エネルギーは白い体毛を焼き焦がし、ゼロと80をも苦しめてきたマーゴドンは完全に追い詰められていた。

 なんとか反撃にと冷気を噴出するが、すぐさま展開したウルトラネオバリアーはその攻撃を許さない。そして治まったところでエースのドロップキックがマーゴドンに直撃。大きく吹き飛ばした。

 

「これで決めるぞ!調ッ!切歌ッ!」

『ハイッ!』

『了解デェスッ!』

 

 両手を天へ仰ぎ、二人其々のフォニックゲインをエースの頭部、ウルトラホールに収束させる。そして赤と緑の二色が混ざり輝く光輪が、エースの両手で唸りを上げて超光速回転を始めていた。

 

『これで、伐り刻むッ!!』『切り刻んで、やるデェェスッ!!』

「トォゥアァァァァッ!!!」

 

 勢いよく右手から真っ直ぐ撃ち放たれた光輪と、外へ薙ぎ払うように放たれた左手の光輪。

 前者は回転と共に赤い鋸状のまま五つに分裂。エースの意志に従うかのように変則的な動きを見せ、マーゴドンの四肢と首に入り込み、動きを封じるかのようにその場で回転する。

 そして後から放ったもう一つの光輪は万物を切り裂く巨大なX字を描く緑光の刃へと形を変え、ただ両断すると言わんばかりの勢いを以てマーゴドンに向かって行った。

 切断技を最も得意とするウルトラマンエースと、戦神ザババの携える二つの刃の聖遺物…それを共鳴し合った装者である月読調と暁切歌。完璧な咬み合わせにより実現した文字通りの必殺技…【鏖獄光刃(おうごくこうじん) ギRぉ血nnエクLィプssSS(ギロチンエクリプス)】である。

 緑の鎌刃がマーゴドンの胴体を貫通した際に甲高い音が連続で鳴り渡り、赤の鋸刃が四肢と首を捻じ伐るように繋がりを断った。

 見るも無残なまでに解体されたマーゴドンは、そのまま爆発を以て灰燼と帰するのだった。

 

 

 

 

 ヤプールロプス、メカギラス、マーゴドン。三体の敵の爆発は奇しくも時を同じくした。四人の装者が其々光と共に、その胸に響き奏でるままに強く戦い、そしてこの闇を越えて――。

 勝利の歌を唄い切った獄星に立っていたのは、三人のウルトラ戦士たちだった。

 

「どうだヤプール!テメェの仕掛けた罠も策も、全部残らず叩き潰してやったぜッ!!」

「さぁどうする…。姿を見せて戦うか、尻尾を巻いて此処から逃げるかッ!」

 

 ゼロとエースの言葉に、ヤプールは一言も反応しなかった。ただ一時の静寂の後、暗黒の中から乾いた嗤い声が聞こえてきた。

 

『――ク……クハハハハ……!…忌まわしい…。忌まわしいぞ、憎きウルトラマン…!

 どこまでも我の邪魔をし、打ち砕き…今もなお慮外にて異様の者まで現れるなどと…!!』

 

 ヤプールのくぐもった怨み言を聞いていると、何処か危険な空気が流れているのが分かる。このままで終わるはずがない…そんな直感が誰の脳裏にも走っていた。

 

『…ただ単に絶望してくれてりゃ、楽なんだろうけどなぁ…!』

「そうではなさそうだ…。ゴルゴダ星のマイナスエネルギーが、常軌を逸した上がり方をしている…!」

『それってつまり、どういう事なんデスか!?』

「知っての通り、ヤプールはマイナスエネルギーを餌にしている…。だが…ヤツの悪魔たる所以は、自分自身や生み出した超獣の怨念までも喰らって力に変えることが出来ることなんだ…!」

『それじゃあ、倒してもキリが無いってことじゃ…!』

「蘇るには相応の時間と高いマイナスエネルギーが要るから、無駄にはならねぇ…。だが問題は、俺達はまだヤプールの本体を倒しちゃいねぇって事だ…!」

『…つまりヤツは今、自らの配下と自身の怨嗟をその身で循環させていると言うことか…!』

『そうだ、その通りだともッ!ウルトラ戦士、シンフォギア装者…貴様らへの怒りと恨みで、我が計画は最終段階に入ったッ!!フハハハハハッ!!!』

 

 高笑いと共にその身を暗黒の球体と化し、ゴルゴダ星に墜下するヤプール。星の深き奥底…中央のコア部分に辿り着いた時、ゴルゴダ星が大きく揺れ鳴動した。

 

『こっ、これは!?』

「ヤプールの野郎、何しやがったッ!!」

『ククク…まだ分からんのか。このゴルゴダ星が…そのコアこそが、地球を蹂躙し恐怖と絶望に染める最強の手段だったのだッ!!

 貴様らの純粋なエネルギーも、感情から生まれた僅かなマイナスエネルギーでさえも、この星は全て吸い上げていたのだ…。無論、この場で貴様らを始末できれば言う事は無かったが、結果的には十分な力が得られた!』

「クッ…どこまで周到に…!」

『でもまだ、今なら――』

『無駄だッ!コアは孵化し、そのまま空間を破り地球へ往く!そしてその際にゴルゴダ星は爆発し、貴様らはみな粉微塵になるのだッ!!貴様らには最早、如何することも出来んわぁッ!!』

 

 ヤプールの声と共に激しく鳴動するゴルゴダ星。甲高い魔獣の如く啼き声が響き、その場の危機を現していた。

 

『これってとっても、ヤバいヤツなんじゃないデスか!?』

『北斗さん!!』

「チィッ…!みんな、脱出だ!!」

 

 すぐさま飛び上がる三人だったが、僅かに遅れて起こった超爆発がウルトラマン達を飲み込んでいった。

 それを一瞥し、ヤプールと共にゴルゴダ星のコアから生まれたモノが、空間をこじ開けて赤黒いヤプールの異次元へと入り込む…。

 

 

 

 

 

 そして、舞台は地球へと収束する。

 暗雲に包まれた市街地。立花響ことウルトラマンガイアと、マリア・カデンツァヴナ・イヴことウルトラマンネクサスが天を見上げ構えていた。

 鳴り響いた巨大な咆哮は、それだけで多くのマイナスエネルギーに満ち満ちていることが分かる。

 それと共に、ヤプールの声もこの場に響いてきた。

 

『…忌まわしきウルトラマン…。ウルトラ兄弟でなき者でさえも、そうまでして我が前に立ちはだかるか…!』

(ヤプール…!)

『だが手遅れだ。ゴルゴダ星の連中は最早死んだも同然!あとは貴様らを八つ裂きにし、地球を絶望で染め上げてくれるわァッ!!』

 

 ヤプールの叫びと共に暗雲の渦が大きく広がり、今までの超獣出現時よりも遥かに大きな穴となっていた。

 赤黒く拡がるヤプールの異次元空間。そこから四本の、甲殻を纏った触手が伸びて黒雲に突き刺さる。それに次いで黄金の巨大な爪が、同様に現れ空間を掴んだ。まるで掴んだ空間を壁のように、そこから自らの身体を押し開きながら抜けるように力を込める。

 

(…とんでもないのが、来るわね…)

(マリアさん、みんながやられたなんて…)

(狼狽えるな!私達が今出来るのは、みんなの無事を信じてアイツの侵攻を止める事だけよ…ッ!)

 

 バリバリという空間が裂ける音を聞きながら響に強い声をかけるマリア。心配しないワケがない。だが、眼前の脅威に対して今戦えるのは自分たちだけなのだ。

 裂けた空から覗いた顔は、圧倒的な強さを体現したかのような…何処か凛々しさすら覚えてしまう顔付きだった。腕と同じく刺々しい黄金の顔に青く輝く双眸。顔の中央には細長い紅蓮の宝玉が埋め込まれ、脈動の如くゆっくりと明滅していた。

 やがて空間が轟音と共に引き裂かれ、そこから巨大な超獣が姿を現した。

 

 

「推定体長…100m!?これまで出現したどの超獣よりも巨大です!!」

「なんて、サイズだ…!」

『これが!我がヤプールが生み出した、ウルトラマンどもを滅ぼし世界を恐怖と絶望に塗り替える力ッ!!究極超獣Uキラーザウルスだッ!!!』

 

 巨体から放たれる、空気を劈くが如く強い力を持った咆哮。その衝撃波だけで後ろに押されてしまうほどの強烈なプレッシャーを感じてしまう。

 だが、それに負けてなどいられなかった。マリアの言った通り、今この世界を守護れるのは此処に立っている二人のウルトラマン…ガイアとネクサスだけなのだから。

 

(響、行くわよ!)

(分かりました、マリアさんッ!)

 

 人を、世界を守護るという意志を固めてUキラーザウルスに飛び掛かる二人のウルトラマン。

 その意識の片隅で、仲間達の無事と帰還を心待ちにしているのも確かだった…。

 

 

 

 EPISODE09 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 10 【正義の歌、束ね紡ぎ纏いて】 -A-

 

 日本を覆おうとする、これまで以上の巨大な暗雲。すぐにニュースが報道を始め、日本のみならず世界に向けて配信を開始していた。

 私立リディアン女学院学生寮、立花響と小日向未来の共用部屋でも、未来が独りでその報道をジッと眺めていた。

 そんなニュースキャスターの声だけがする室内に、突如呼び鈴の音が鳴り響く。独りぼっちと言うことにほんの少し不安を抱きながら、ドアのチェーンをかけたままにそっと扉を開ける。其処に立っていたのは…

 

「やっほー未来!」

「やはり、思った通りお一人でしたね小日向さん」

「弓美ちゃん、詩織ちゃん、創世ちゃん…」

 

 板場弓美、寺島詩織、安藤創世。リディアン入学時から親睦を深めた三人組だった。見慣れた笑顔に安堵しながらチェーンロックを外す未来。そして三人を部屋に迎え入れながら声をかけた。

 

「みんな、どうして?」

「ほら、いま外が大変なことになってんじゃん?ビッキーが人助けに走ってるなら、ヒナは独りでいるのかなーって思ってさ」

「こういう時はお一人で居るより、誰かが一緒に居た方が心強いと思いまして。それで僭越ながら、私達がお邪魔しに来たという訳です」

「…ありがとう、みんな。でも、私は大丈夫だよ?」

 

 普段通りの笑顔で返答する未来。だったが、彼女の手を弓美がグッと握り締めた。

 

「そっちが大丈夫でも、こっちが大丈夫じゃないの。ただでさえアニメみたいなヤバい状況なのに、大切な友達を一人ぼっちにさせておくなんて出来っこないわ」

 

 しっかりと手を握られたまま、力強く弓美が言った。彼女の勢いに少しばかり圧倒されながら詩織と創世の顔を見回すと、二人も弓美と同じ考えだと言わんばかりの笑顔で未来を見つめている。

 立花響の人助け、お節介…それがこんな形で外へ伝播していたのだと思うと、未来の顔が思わず綻んだ。

 

「あー!今笑ったわね!?せっかくキメたのに、笑われちゃったらキマんないじゃない!」

「ご、ごめんごめん…!その、別に可笑しかったんじゃないの。

 ……本当は、少し不安だったの。そこにわざわざ来てくれたのが、嬉しかったから。だから…ありがとう」

 

 今度こそ本心で、強がらずに感謝を告げる未来。彼女の優しい笑顔に釣られ、弓美たちも改めて笑い合った。

 

「ビッキー、大丈夫だよね。キネクリ先輩や、きりしらちゃん達も…」

「信じましょう、きっと大丈夫だと。強くてみんなを守ってくれる、私達の大事なお友達の事を」

「そうよそうよ!ヤプールだかなんだか知らないけど、こっちにはウルトラマンだって居るんだもの!正義は我らに在りッ!!ってね!」

 

 誰一人として響の、装者たちの勝利と無事を信じて疑わなかった。一年其処らの短い付き合いかも知れない。だが彼女たちは、その時間以上に多くの事を目にしてきたのだ。少女たちが、世界を救うその様を。

 だから信じられる。彼女たちならば、きっとこの窮地も笑顔で覆してくれるのだろうと。

 

(――みんな…響…頑張って…!)

 

 想いを固め、祈りを送る。それしか出来なくても、それがきっと彼女たちの力になると信じているのだから。

 

 

 

 

 

 暗黒の曇天。空間を引き裂き、地球に現れたヤプールの切札…究極超獣Uキラーザウルス。

 天地万物を破壊せしめんとする暴虐の存在が、唸り声を上げて地球…二人のウルトラマンの居る市街地に降り立った。

 

「グギュァアアアアアアアッッ!!!」

(コイツ…!なんてプレッシャーを…!)

(だけど、負けない…ッ!)

『破壊し尽くせ、Uキラーザウルス!手始めにあのウルトラマンどもを、血祭りにあげろォッ!!』

 

 ヤプールの声と共に、地面を抉りながらガイアとネクサスに対して突進するUキラーザウルス。力強く振り下ろした巨大な爪を、ガイアがその両腕で受け止める。

 同時にネクサスは空中へ飛び立ち、パーティクルフェザーの連続発射でUキラーザウルスの巨大な身体を狙い撃った。

 火花を散らし命中はしているものの、敵の強固な装甲は光弾を大したダメージにはさせなかった。

 そして空を舞うネクサスに狙いを定め、背部から生える四本の触手を伸ばす。甲殻に覆われた触手の先端には、左右に外開きする顎のような鋭利な爪があり、捕まってしまえばどうなるかは想像に容易かった。

 

(クッ…!)

 

 空中を自在に移動しながら触手を撹乱しようとするネクサス。だが四方から攻め立てられれて逆に撹乱されてしまい、敢え無く捕縛。そのまま地面に叩き付けられた。

 

(マリアさんッ!こぉのおおおおおッ!!)

 

 ガイアが受け止めていたUキラーザウルスの腕を力任せに弾き飛ばし、空いたボディに左右の拳を打ち付ける。だがそれも大したダメージになっていないのか、敵も反対の腕を薙ぎ払いガイアを派手に吹き飛ばした。

 なんとか起き上がるガイアとネクサスだったが、そこにUキラーザウルスの額の発光体から白熱光が放たれ、足元のアスファルトが爆裂した。

 

(くぅっ…だがッ!!)

(まだ、まだぁッ!!)

 

 白熱光に一瞬怯むも、すぐに反撃に出る二人。空中から襲い掛かるネクサスの蹴りと、猛ダッシュから繰り出されるガイアの拳。常に全力を込めて放たれる一撃一撃だが、Uキラーザウルスは呻き声一つ上げずにすべて受け止めていた。

 

(これなら!)

 

 右のアームドネクサスから、光の剣シュトローム・ソードを出現させて斬り付ける。だがそれも甲殻の表面を削るだけで大したダメージには至っていない。

 反撃とばかりにUキラーザウルスの右爪がネクサスに襲い掛かるが、それを察知したガイアが割って入り右爪をその身体で捕まえた。

 

(響ッ!)

(ぬ、うぅ、りゃああああああッ!!)

 

 全身の力を全開にして力を振り絞るガイア。そのまま半ば無理矢理に、捕まえた巨体を市街地の外を目掛けて投げ放った。

 

(マリアさん、今ッ!)

(えぇッ!)

 

 投げ付けることによって生じた隙を目掛け、すぐに構えを取るガイアとネクサス。

 ガイアは両腕を上下に構え、円運動と共に光を集め固めるように両手を胸元へ。凝縮され青き光の球体となった力を、胸の前で溜め込んでいく。

 同時にネクサスも腰溜めで両の掌同士での空間を作り、両手とアームドネクサスの間で破壊のエネルギーを迸らせていく。そして、

 

「デヤァァァァッ!!」

「シュワァァァッ!!」

 

 両の拳を真っ直ぐ突き出して撃つガイアのリキデイターと、腕を十字に交差させて放つネクサスの【クロスレイ・シュトローム】。

 青い光弾と黄金に輝く光線が合わせ重なり螺旋を描き、触手を使って器用に受け身を取ったUキラーザウルスへと伸びていく。二人の同時攻撃がUキラーザウルスの胸部に直撃し、爆発と共にその巨体を更に後ずらせた。

 一瞬俯いたもののすぐに上体を起こし睨みつけるUキラーザウルス。その装甲の一部が抉れ、中の身が露わになっていた。だがすぐに周囲から肉体が蠢き、外殻を再形成する。この動きには覚えがあった。

 

(受けた傍から、ノイズで修復…ッ!)

『左様…。貴様らを相手に位相差障壁は効かぬが、肉壁としては実に優秀な存在だからな。貴様らだけでこの全てを消せるものならやってみるがいい!』

(もう一度よ!今度は最大攻撃でッ!)

(了解です、マリアさんッ!)

 

 マリアの指示と共に再度動く二人。ネクサスはオーバーレイ・シュトロームの、ガイアはフォトンエッジの其々の溜め動作を行う。が、その発射を防ぐべくUキラーザウルスが飛び出した。

 背部からバーニアのように爆風を放ち、咆哮を上げながら100m越えの超巨体が急突進する。その威容に戦慄し動きを止めた瞬間、その左右の爪が二人に直撃した。

 巨獣の起こした予想外の速度と体重の全てを乗せた重い一撃に吹き飛ばされ、建物を粉砕させながら倒れ込むガイアとネクサス。図らずも甚大な周辺被害を起こしてしまうが、人々が周囲のシェルターへの避難が完了しているのが唯一の救いだった。

 なんとか立ち上がろうと上体を起こすも、受けたダメージにガイアのライフゲージとネクサスのエナジーコアのどちらもが点滅を始めた。体力の消耗による活動限界が近付いてきた証だ。

 それに追い打ちをかけるように、Uキラーザウルスがその硬質的な触手で二人を捕らえ、そのまま上空へ持ち上げた。

 

『ククククク…この究極超獣の力を以ってすれば、光も歌も大したものではないわァッ!!ハーッハッハッハッハッ!!』

 

 ヤプールの高笑いと共に触手から放たれる電撃。身動きの取れぬガイアとネクサスは為す術もなくその電撃を浴びせられ、胸の光はその明滅速度を上げていった。

 

(ぐぅうううううッ!)

(うわあああぁぁぁッ!)

 

 

 

「響さん!マリアさぁん!!」

 

 指令室で二人の戦闘を見ている中で、エルフナインが思わず声を上げてしまう。弦十郎は勿論、藤尭もあおいもエックスも、皆が声は出さずとも歯軋りするように響とマリアの危機を見つめていた。

 

「くっ…!藤尭!時空振動に変化は!!」

「あのデカブツが表れた影響以外、何も起きちゃいませんよ!」

「友里!翼とクリスくん、他のウルトラマン達の反応は!!」

「ありません!各国の衛星ともリンクして検索していますが、何処にも…!」

「くっそォ…!俺達じゃ如何することも出来ないって言うのかよ…ッ!!」

 

 思わず眼前の操作画面を殴り付ける弦十郎。他に何か手は無いものか、誰もが必死で探っていた。

 

『あおい、衛星通信回線を私と繋げてくれ!私がゼロ達に交信を試みる!』

「分かりました、お願いします!」

「ボクも手伝います、エックスさん!」

『あぁ、頼む!』

 

 エックスと共にエルフナインが自らの操作画面を細かく動かし、各衛星の送受信範囲を計算。可能な限り広範囲を設定し、エックスに託す。

 それを受け取ったエックスは、すぐに先程割り出したゴルゴダ星の座標を中心にして危機を報せる念波を送信した。

 

(ゼロ、エース、80…誰でもいい、届いてくれ…!!)

 

 祈るように念波を送り込むエックスだったが、返す反応は何処からも得られなかった。だがそれでも諦めない。共に今の自分が出来る戦いをしようと、友と誓い合ったのだ。この程度で諦めるわけにはいかないのだ。

 それは弦十郎たちも同じ事を思っており、これ以上手をこまねいている訳にもいかなかった。

 

「…詮方ない!本部起動、敵超獣への攻撃を敢行するッ!!」

「正気ですか司令ッ!?攻撃って言ってもなにでやる気です!結局お偉方からは、まともな軍事用ミサイルの一発もくれなかったじゃないですか!!」

「まさか司令、自分が直接行こうだなんて思ってませんよね!?」

「ノイズが絡んでなけりゃ最初からそうしているッ!!とにかく今は、響くんとマリアくんの援護をするのが最優先だ!装者出動用射出ポッドを、直接あのデカブツにぶつけてやれッ!!」

「りょ、了解!!」

 

 弦十郎の指示に従い、移動本部を動かしながらミサイルとシャトルの相の子のような飛行艇を発射状態に持っていく。その間も弦十郎は次の声を通信機に向かって発していた。相手は調のカバーに現れた緒川慎次だ。

 

「緒川!そっちはどうなっている!」

『シェルターの避難者一同を2ブロック先まで誘導したところです!ここならウルトラマン達の戦いで、避難者に被害は出ないと思われます!』

「そうか!そっちからウルトラマン達を援護出来ることは無いかッ!?』

『そうですね、半壊した車で神風特攻することぐらいでしょうか!」

 

 焦りを含みながら、無理と言い放つように慎次が返す。彼自身普通の人よりも高い身体能力を備えてはいる。瞬歩と忍術紛いの攻撃は、風鳴弦十郎とは別の意味で人外的とも言えた。

 だが彼は巨石を放り投げることも出来なければアスファルトを震脚でめくり上げることも出来ない。直接的な力が無い自身ではどんな援護が出来るものだろうか。その冷静な思考が不可能と分析していた。

 冷静故に口惜しく思う。この事態に対し自分の出来る事が余りにも無さ過ぎて、だ。思わず口を噤み、会話の終えた通信機を握り締める。そこに、どこか聞き覚えのある声が彼に向けて発せられた。

 

「お兄さん、だよね?」

「…えっと、君は…」

 

 声の聞こえた下の方へ顔を向けると、そこには一人の少女が居た。非常時であるこの状況において、不思議と落ち着き払った少女。彼女の姿には、見覚えがあった。

 

「…そうだ、確か旧リディアンの地下に非難していた、あの…」

「そうだよ!えと、あの時は、お世話になりました!」

 

 明るい声でお辞儀をされたので、つられて慎次もお辞儀で返す。そんな少女の傍に、母親が駆け寄って来た。

 

「こらっ、駄目じゃないの…勝手に何処かへ行ったら…!申し訳ございません、うちの子がご迷惑を――」

 

 少女を叱りつけたすぐに頭を下げようと慎次の方へ向く母親。そこで、彼女も相手が誰なのかを察した。

 

「貴方は…!」

「お久しぶりです。娘さん共々、お元気そうで何よりです」

 

 そう、彼女ら母娘はこの風鳴翼のマネージャーにしてタスクフォースの懐刀、緒川慎次と面識があった。かつてのルナアタック時、フィーネとの決戦の場となった旧リディアン女学院敷地…その校舎内シェルターで出会っていたのだ。

 この少女に至っては、遡ると立花響が初めてガングニールを身に纏った際に彼女に保護されていた…そんな奇縁を持つ少女だった。

 

「しかし驚きました。皆さんもこちらに越していたのですね」

「えぇ…。でも、またこんな事になるなんて…」

 

 薄暗いシェルターの天井を見上げて憂鬱な顔をする母親。今なお外で暴れている超獣を気にかけているのだろうと言うことはすぐに分かる。だが其処に、少女が明るい声で声をかけた。

 

「大丈夫だよお母さん!ウルトラマンさんが頑張ってるし、きっとあのカッコいいお姉ちゃんも頑張ってるよ!そうだよね、お兄さん!」

「…えぇ、勿論です」

 

 ”カッコいいお姉ちゃん”。それは彼女を助ける為にシンフォギアを纏った立花響のことだった。そして今、外でヤプールと戦いを繰り広げているウルトラマン…ガイアの変身者も、同じく立花響。

 彼女はそれを知らずとも、奇跡を纏う少女と光の巨人の勝利を信じ生きることを諦めない意志を小さな身体にもしっかりと息衝かせていた。

 影からとは言えその姿を近くで見てきた慎次も、それは自分の事のように嬉しく感じられた。だから自分も、何も出来ないと燻っている訳にもいかないのだ。

 

「それでは僕も、みんなの為に出来ることをやってきます。君はここで、お母さんたちと一緒に頑張ってる人達を応援してください。

  君たちが応援してくれてるってこと、お姉ちゃんたちにも伝えてきますから」

「うん、わかった!」

 

 少女と笑顔で約束を交わし、母親に会釈して走りだす慎次。言ってしまった手前だ、本当にそこらの車を使って特攻する以外ないかと思考を巡らせていきながら司令に報告の通信を入れる。

 

「司令、緒川です。そちらの状況は?」

『出来るだけ近海に寄せている。既にこっちの射程圏内だ』

「了解です。こっちからも、ぶつけられる物ぐらいはぶつけてみます!」

『分かった!死ぬなよ、緒川!』

「無論ですとも!」

 

 通信を終えて、走りながら周辺地図を確認する。この際使えそうなものならば何でもいい。仲間を…必死で頑張っている少女たちの手助けが出来るのであれば、それで。

 

 

 

 

 人の気が無くなり、スケールの違う戦闘によって多くの建物が破壊された市街地。

 Uキラーザウルスは、その触手でウルトラマンガイアとウルトラマンネクサスを捕まえたまま、何処か嗤うように顔を歪めていた。

 

『貴様らはこれで終わりだ。その光は全て、我がヤプールの手によって暗黒へと葬り去ってくれる!』

(…まだ…諦めるもんか…!)

(そうだ…。みんなも、まだ…!)

『無駄だと言っただろう。ゴルゴダ星の自爆により、他のウルトラマン達も爆炎の中に消え去った。そう、終わりなのだッ!』

 

 ヤプールから突き付けられる言葉に、次第に心がもたげていく響とマリア。胸の光が明滅を繰り返しているところからも、心身ともにその限界が近くなっていることは二人も理解っていた。

 抗い切れぬ現実の前に抵抗の力も幾許かに弱まり、失いかけたその時だった。

 

「二人とも諦めるんじゃないッ!!」

 

 二人の耳に届いたのは、彼女らの司令である風鳴弦十郎の怒號だった。そこに続くように、緒川慎次からも激励の声が届く。

 

「司令の言う通りです!翼さんは…みんなは必ず帰って来ます!だから、それまでは僕たちが手助けしますッ!」

 

 乗り捨てた車を突進させて、Uキラーザウルスの足元を狙う慎次。だがその程度では小石を当てられた程度。その場を押し潰すように踏み付け、巻き上がる瓦礫で慎次を吹き飛ばした。

 なんとか防御しながら受け身を取るものの、さすがの彼と言えども無傷とは言い難かったようだ。

 

(緒川さん、無茶です…!)

「大丈夫、元々無茶をするのは僕らの役割ですし。…それに、”カッコいいお姉ちゃん”の勝利を信じる声も聴いてしまいましたからね」

 

 優しく微笑みながら響に告げる慎次。その言葉だけで察することが出来た。あの娘が…響が初めてシンフォギアで守護った少女が、そこに居たのだと。あの時と変わらずに、自分を応援してくれているのだと…。

 

『フハハハハ…!人間が…貴様にあるのは”無茶”ではない!何も為せずに息絶える、”無駄”だけだッ!!』

「無駄だのなんだの…そんな戯言を聞いてやるほど、俺達は諦めが良くなくてなッ!!藤尭ァッ!!」

「出動用射出ポッド、全機発射ぁッ!!」

 

 近海に寄っていた移動本部。海面から出た僅かな部分から、飛行艇が弦十郎の叫びと共にUキラーザウルス目掛けて発射された。

 勿論中は無人であり、言うなればこれは爆発のしない鉄塊のようなモノだ。だがそれでも、ヤプールの気を引くには十分な代物だった。

 

『人間風情が!そのようなものでッ!!』

 

 Uキラーザウルスの甲高い咆哮と共に肩部の突起…無数の生体ミサイルを連続で発射した。それにより無残に撃ち落とされていく飛行艇。

 だがその爆炎の中から、それを突き破るように更なる数発の弾丸が突進してきた。

 

『時間差ッ!?』

「意趣晴らしというヤツだッ!俺達の出来る、最大限の全力をッ!!」

 

 それは移動本部に搭載されたもので、唯一武装と言っていい装備。主に緊急時にのみ使用される、広範囲障害物破壊用特殊貫通型誘導飛翔爆弾…バンカーバスターミサイル。装者出動用の射出ポッドを目眩ましに、たった一つにしてありったけの破壊力を解き放ったのだ。

 

『そんなもの、撃ち落として――』

 

 そう思った途端、Uキラーザウルスの右足元がほんの一瞬…時間にして1秒ほどだが動きを止めた。そのたった1秒がヤプールに困惑を生み、直後に足元が爆発。道路が沈み込んだ事でその巨体がバランスを崩してしまった。

 

「――人間風情が行う”無駄”を、甘く見ない事です…!」

 

 壊れた道路とバランスを崩したUキラーザウルスを眺め、慎次がそっと呟く。彼の手に握られていたのは、何処から押収したのかも知れぬハンドマシンガンだ。その銃口からは小さく煙が昇っており、発射後を表していた。

 バンカーバスターミサイルを迎撃しようとするUキラーザウルスに対し、その巨体の影にハンドマシンガンを斉射…翼にも伝授した忍術と呼ばれる超技術である拘束技の【影縫い】を放つことでほんの僅かながらも確実な隙を作りだしたのだ。

 またそれよりも前に、移動本部からの飛行艇吶喊攻撃と合わせる形で彼がUキラーザウルスの足元に爆弾を仕掛けていたのだ。廃車同然の中破した自動車や、タンクローリーと言う名の移動爆弾。

 そして飛行艇と同時に一発だけ、其処を狙い放たれていたバンカーバスターミサイルが動きを止めた右足元に突き刺さり、周囲の車を巻き添えにして大爆発を起こしたのである。

 そうして体勢を崩されたところへ吶喊される残りのバンカーバスターミサイル。その鋭い先端部分は、鋼鉄をも貫く威力を以て吸い込まれるようにUキラーザウルスの右眼から半身にかけて突き刺さり、爆裂した。

 

「グギャアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

『おのれ…おのれ人間ッ!!ここいら一帯、貴様ら諸共に全てを滅ぼしてくれるわぁッ!!!』

 

 激痛を思わせる叫び声を上げ、荒れ狂う中でガイアとネクサスを投げ放ったUキラーザウルス。激怒と共に全ての生体ミサイルを一斉に発射し、四本の触手も蠢きながら電撃を放ち街々を破壊し尽くしていく。

 

(師匠!緒川さん!)

(みんな、危ないッ!)

「司令!こっちに攻撃が!!」

「ブリッジ射出!緊急退避だッ!!」

 

 響とマリアの声が届いたのか、寸でのところで人員を乗せた主要部分だけを切り離し、推進部分だけを犠牲にして退避する移動本部。慎次もまた置いてあった車で走り抜け、爆発する街から外に向けて疾走していった。

 僅かな力で慎次の乗る車や点在しているシェルターの入口を、身体を張ってミサイルから守護るガイアとネクサス。電流と爆発が容赦なく二人を襲い、ダメージと衝撃により足を崩し膝を付く形になってしまった。

 

『…チッ、余計な手間をかけさせる。何処の世界でも、人間どもは無様な足掻きで噛み付いてくるから厄介なものだ。だが…!』

 

 忌々しげなヤプールの声と共に、またもノイズがUキラーザウルスの負傷部分に集合、肉体と化し更には失った生体ミサイルも補充させてしまう。

 弦十郎と慎次の…人間たちの人間としての抵抗すらも無にされ、響とマリアはただ口惜しさと共に拳を握り締める以外無かった。

 

(くぅっ…そぉ…!)

(…それでも、まだ…!)

『無駄だ無駄だァッ!!貴様らとも…光との因果も終わりにしてくれる!死ねィッ!ウルトラマンッ!!!』

 

 ヤプールの怒號と共に、Uキラーザウルスが補充された生体ミサイルの全てを二人のウルトラマンに向けて発射する。一つ一つが破壊と殺意の塊であり、今の二人はそれを防ぐことも躱すことも叶わない。

 それでも、この窮地においても二人の胸中には同じ想いが固められていた。

 シェルターに避難してそこで見ていた人たちも、現場から離れた場所で見ていた仲間や友人たちも、固めた想いは変わらなかった。

 

 ただ一つ…『――諦めない』、と。

 

 

 

 

 全弾着弾、そして爆発。その光景を見ていた誰もがウルトラマンの敗北を思っただろう。

 …しかし、光は其処にあった。

 人々の全てが…いや、相対するヤプールや、ガイアとネクサスでさえも、眼前の存在するモノがなんであるか理解出来なかった。

 ただ分かった事は、赤と青と銀に輝く、巨大な壁状物体。喩えるならば――

 

 

『盾ッ!!?』

 

 

 否。

 

 

『「―――…剣だッ!!!」』

 

 

 そう、帰ってきたのだ。

 轟く叫びを耳にして、遥か彼方の暗闇から。

 この地球を守護る為に…光の国からの戦士たちと、奇跡を纏い歌う戦姫たちが。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 10 【正義の歌、束ね紡ぎ纏いて】 -B-

 天ノ逆鱗のように巨大な刃を生み出し変形させたウルトラゼロディフェンダーを自らのブレスレットに戻しながら、ガイアとネクサスの前に降り立つは風鳴翼と一体化したウルトラマンであるゼロ。

 それに次いで雪音クリスと一体化しているウルトラマン80と、月読調及び暁切歌と共に一体化するウルトラマンエースの二人も降りてきた。

 

『…そんな、馬鹿な…。貴様らはゴルゴダ星の爆発と共に、異次元のチリと――』

「勝手に決めつけてんじゃねぇよタコ!」

「…確かに俺たちは、全ての力を使ってゴルゴダ星を脱出した。そこで力尽きても、可笑しくは無かった」

「しかし、私達を想う呼び声に救われたのだ。私達を待つ人々の…かけがえのない、仲間達の声が。

 貴様は知らなかったようだなヤプール。かつて私が、どのようにしてバム星人の四次元空間を破ったのかを!」

 

 そう、かつてバム星人に囚われたウルトラマン80こと矢的猛が四次元空間を破るきっかけとなったものこそ、教師であった自身の受け持っていた生徒達からの呼び声だったのだ。

 

『だが…!それでもだ!四次元空間を破ったところで、その残り少ないエネルギーでどうやってここまで…』

「忘れんじゃねぇよ!この地球には、此処に立っている以外にもう一人ウルトラマンが居るってことをなッ!」

 

 ゼロのその一言に、ヤプールは何かを思い出したように呻いた。完全に失念していた…否、歯牙にもかけなかったのだ。身体も持たぬ木偶のような者に、何が出来るものかと…。

 

 

『――ップハァ!まったく、無理難題ばかり押し付けて来るなアイツは!』

「ですが、間に合いました…!」

「エックスくん、エルフナインくん!今まで一体…」

『あぁ、聞いてくれ風鳴司令。ゼロのヤツ、こっちの呼びかけに反応したと思ったらすぐに此方の次元の座標を出せと言って来たんだ。

 【地球近海で、何物にも邪魔されずに太陽の光を浴びることが出来る場所】なんて無茶なことを…!身体無しで演算処理と座標固定とマーキングまで行うのは中々に骨が折れたぞ!ったく…』

「国連だけじゃなく各国家の衛星を全機ハッキングしてのレーザー一点照射によるマーキング…出来て良かったです」

「そんなことを…」

 

 達成感の溢れる笑顔を向けるエルフナインに、思わず己が手で自らの額を抑える弦十郎。その小さな少女と身体すら持たない意志の存在が、普通では考えられぬとんでもないことをやらかしていたのだ。

 そうして繋いだウルトラマンと装者たちの帰還。驚愕と感心に、顔を綻ばせながら笑みを溢してしまっていた。

 

「あっ、司令さん…申し訳ありません、勝手なことをして…」

「良いってことさ。そんなのは、俺が頭下げれば済む程度の話だ。…よくやってくれた。ありがとう、エルフナインくん。そして、エックスくん」

 

 弦十郎の言葉。そして振り返り彼女たちに笑顔を向ける藤尭やあおいたちブリッジクルー。仲間として…力の無さを嘆いた二人にとって、本当の意味で結果を残せた瞬間だった。

 

『…さぁ、反撃だみんなッ!!』

 

 

 

 廃墟のように様相を変えた市街地で、膝立ちのガイアとネクサスの方へ振り向いたエース、80、ゼロ。

 力強く立つ三人の姿に、喜びの声を上げたのは響だった。

 

(…よかった…!みんな、無事だったんだね…!)

『その声…そうか、そっちは立花か』

『だったらそっちの赤と青は…』

(…ご明察、と言えば良いのかしらね)

『マリア!マリアもウルトラマンになったんデスね!』

(調、切歌…私からしたら、貴方たちがそうやってエースと一緒に居るのが驚きだわ)

『大丈夫だよマリア。これは、私達が選んだことだから』

 

 言いながらエース、80、ゼロの三人が三角形になるように並びを変え、その中心に膝を付くガイアとネクサスを置く。

 三人から放たれる輝きが中央の二人を照らし、傷だらけの身体を癒していく。エースがゼロと80に行ったことと同じように、エネルギーを分け与えているのだ。

 その中でゼロが、ネクサスから…その変身者であるマリアからあるモノを感じ取っていた。

 

「…フッ、なんだよ。お前らそこに居たのか」

『ゼロ?お前ら、とは…』

(…ダイナとコスモス。ゼロが失ったと言っていた、二人のウルトラマンの力の事ね)

 

 マリアはその意識の中で、他の二つの力が共にある事は分かっていた。ウルトラマンとしてのこの肉体は、ウルティメイトイージス…別宇宙に存在する惑星エスメラルダの伝説に存在するバラージの盾を母体とし、そこにダイナとコスモスの力が合わさる事で初めて完成する、ある種不完全な肉体であると言うことも。

 それでもこの力は、その身に纏うアガートラームと同じく彼女へと継がれ輝く光でもあった。

 

(何処までも私には、借り物の力が舞い込んでしまうのね…)

「安心しろよ。認めてねぇヤツに力を貸すほど、そいつらは馬鹿じゃねぇ。アンタならその力を正しく使えると、信じてくれてんのさ」

(…そう。ならば、応えるしかないわね…!)

(守護りましょう。みんなで、一緒にッ!)

 

 ライフゲージとエナジーコアの点滅が消え、体力を十分に回復した二人がゆっくり立ち上がる。

 そして五人のウルトラマンが、Uキラーザウルスに向かって横一列に立ち並んだ。

 エース、ネクサス、ガイア、ゼロ、80。

 その勇姿を、避難者が…

 

  「お母さん、ウルトラマンさんだよ!ウルトラマンさんが、五人も!!」

  「そうね…。きっと、私達の応援が届いたのね」

  「うんっ!!」

 

 その場に居ない者達が…

 

  「ゼロ様キタァァァァァァッ!!!」

  「あらあら、興奮しすぎですわよ、板場さん」

  「まぁでも、この展開は確かにテンション上がっちゃうよね。ね、ヒナ?」

  「うん…うんっ!」

  (頑張れ響…!頑張れ、みんな…!!)

 

 世界が…

 

  「…ヒュー、なんとまぁ…スゲェもんを見せてくれやがる…!」

  「みてみておばあちゃん!おかあさん!」

  「私達を助けてくれた、あのウルトラマンもいる!」

  「……あれは、神様なのかしらねぇ……」

 

 全てが目にしていた。

 悪逆に対し、非道に対し、それに抗う想いの全てが…

 全ての声が、たった一つに重なった。

 

 

  ―― 頑張れッ!! ウルトラマンッ!!! ――

 

 

 

『…馬鹿な…馬鹿な、馬鹿なぁぁぁぁッ!!こうなったら、この怒りを…憎しみを、更なる力に変えて貴様らを滅ぼしてくれるわぁぁぁッ!!!』

 

 Uキラーザウルスの中から湧き出ずるノイズ。体表を覆い、身体をさらに巨大に作り替え固めていく。

 身体は一回り大きくなり、脚部は身体以上に巨大な節足動物のような四足に変わる。そして背部から伸びていた触手は更に本数を増やし、縦横無尽にうねっている。

 先程の3倍以上の大きさと化した、更なる驚異たるその姿…憤怒と憎悪を燃やしたヤプールの、最後の力でもあった。

 

『究極巨大超獣Uキラーザウルス・ネオッ!!ウルトラマンも!シンフォギア装者どもも!この力の前には滅びあるのみだァァァァッ!!!』

「…滅ぶのは貴様だ、ヤプール!みんな…必ず此処で、あの悪魔を斃すぞッ!!」

 

 エースの声にその場の全員が力強く肯定の言葉を吼える。

 体力と戦意を全開にして、五人のウルトラマンがUキラーザウルス・ネオとの戦いに飛び出した。

 

 

 咆哮と共に、迸る電流と共に数多の触手を伸ばしていくUキラーザウルス・ネオ。それに対して空中を自在に舞いながら攻め込んでいったのはエースとゼロとネクサスだ。

 ゼロはゼロスラッガーで、ネクサスはシュトロームソードで、エースは二色のフラッシュハンドで其々襲い来る触手を捌いていく。

 

『ごちゃごちゃと、厄介…!』

「調!君の力を使うぞッ!」

『ハイッ!』

 

 エースの言葉に反応し、自らのフォニックゲインを彼の左腕に宿す。そこに溜め込まれた赤いエネルギーは、掌の上で光速回転する大鋸となる。そのまま腕ごと振り抜かれた光の鋸が放たれ、調の特性を生かした切断技【星A式・八裂輪】となり分身しながら襲い来る触手を伐り裂いていった。

 

『間隙ッ!』

「もぉらうぜぇぇぇッ!!」

 

 伐り裂かれ往く触手の合間を縫って、ゼロが高速で突進する。そのまま空中で回転して向きを変え、そのまま全力の必殺、ウルトラゼロキックで蹴り込んだ。

 重たい音と共にその分厚い甲殻を響かせる一撃。だがそれを貫くまでには至らず、やや凹ませるまでだった。

 

「クソ、固ぇッ!」

(まだだ!其処に続くッ!!)

 

 ゼロの後に続いて飛ぶはネクサス。右手のシュトロームソードを構え、加速と共に最接近する。光の剣を更に高め、ゼロがその場から飛び上がった直後にその刃ごと拳を叩き付けた。

 

(だああああああッ!!)

 

 そのまま力尽くで右腕を振り抜くが、斬り裂くことも無く光の刃が折れて消え去る。貫いたはずの傷口もすぐに修繕され、元に戻ってしまった。

 

(まだ、これでも…ッ!)

『無駄だ無駄だァッ!!』

 

 叫ぶヤプールと共に蘇った触手がネクサスを弾き飛ばす。体勢を崩しながらも無事に着地するも、更なる触手の追撃を察知してすぐに飛び上がった。

 そのまま高速飛行を行い、回転と共に両手で三日月型の光刃―【ボードレイ・フェザー】―を連続で発射。斬り落としながら脱出した。

 

 一方、その逆方向ではガイアと80が共に奮闘していた。

 80の放つウルトラダブルアローで触手の動きを抑え、ガイアがゼロ同様に下半身へ接近し全力で拳を打ち付ける。だがゼロの必殺技でも貫けなかった甲殻は、響の力を乗せたガイアの拳でも打ち破ることは敵わなかった。

 

(硬い…!もっと、力を込めなきゃ!)

『あの馬鹿の攻撃でも無理だってのかよ…!』

「怯むなクリス!一度で駄目でも、」

『…数撃ちゃ潰せる、だな!』

 

 厳密には違うと一瞬指摘を入れそうになった80だったが、クリスの気を折ることも無いと口を噤む。

 そして襲い来る触手をアクロバティックな動きで踏みつけてはいなし、地面に着地したと同時に両手を上から外から円回転させてそのまま両手を天へ掲げた。

 同時に80の身体がクリスのフォニックゲインである真紅に光り輝き、エネルギーを溜める。そしてそのエネルギーを巨大なミサイル状に形を変えて放った。

 MEGA DETH FUGAとウルトラオーラの融合技、【MEGA DETH FUGAURA】。光の中に膨大な熱エネルギーを内包した一撃は着弾と共に爆発を起こし、その衝撃はUキラーザウルス・ネオの全身を大きく揺らした。

 80のこの一撃で甲殻に大きなヒビが入ったのは見て取れた。だがそれもすぐに復元、硬化してしまう。

 

『だあぁ、まだ駄目かよ!』

 

 腹立たしいと言わんばかりの声を上げるクリスだったが、そこに目掛けて此方側の触手が襲い掛かって来た。

 

『センパイ!センセイ!』

「切歌、君の力でッ!」

『ハイデェスッ!』

 

 すぐにそれを察したエースが飛来し、両の手を下で重ね合わせる。右手に宿る切歌のフォニックゲインを高め、下から上へ跳ね上げるように右腕を振るった。緑色に輝く光が大きな刃となり、縦に発射される切歌の特徴を持つ切断技【鋭迅(えいじん)刃aaぁ血狩Rゥ(バーチカル)】が、80に迫る触手を尽く真っ直ぐに切り裂き落としていった。

 

「助かりました、兄さん!」

「気を抜くな!…しかし、此処まで強くなっているとは…!」

「親父から話は聞いていたが、それ以上の手応えだな…!」

 

 一度全員が一ヵ所に集合する。そこで思ったことを言葉に出すエース。彼にとってこのUキラーザウルス・ネオは、別の世界の…彼が元居た宇宙の中に存在する地球で戦ったことのある相手でもあった。

 その時はエース以外にもウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンタロウ、ゾフィー、そしてウルトラマンメビウスの総勢七人のウルトラマンが居り、その力を結集して遂に斃した強敵なのだ。

 それほどの相手が、今はノイズを基とする超回復能力まで備えるようになってしまった。苦戦も止む無しと言ったところである。

 

『理解ったか!貴様らに勝ち目など、有りはしないのだァァッ!!』

 

 咆哮と共に生体ミサイルを全て発射するUキラーザウルス・ネオ。すぐさまそれらを撃ち落とすべく、各々が光線を発射した。

 ガイアはリキデイター、ネクサスはクロスレイ・シュトローム、ゼロはエメリウムスラッシュ、エースはパンチレーザー、80はウルトラダブルアロー。其々の光線技がミサイルを砕き、暗い空を爆炎で染め上げる。だがそれだけでは落としきれなかった分が、炎を貫き襲い掛かった。

 

『弾丸の数で負けてたまっかよッ!センセイッ!!』

「ああッ!!」

 

 胸の前で両手を水平に向かい合わせすぐさま右手を掲げる。クリスのフォニックゲインと合わさったエネルギーが槍のように長く伸び、襲い来るミサイルの群れへ向かって投げ放った。

 

『「散れェッ!!」』

 

 重なる二人の声と共に光の槍が分解、大量の子弾に分かれていく。そしてその小さな子弾の全てを一斉に操作し、飛び交うミサイルへ一つ残らず突き刺さり爆発せしめた。

 光の槍状クラスター弾…なんとも常識を疑いたくなるような、それでいてクリスと80の長所を兼ね合わせた融合技、【ZEPPELIN RAYLANCE】である。

 この攻撃で全て破壊したと思っていた一同だったが、爆発による炎と煙が晴れた其処には、既に弾丸の補充まで完了して不敵に嗤うUキラーザウルス・ネオの姿があった。

 

『そんなぁ!これじゃあ潰しても潰してもキリがないデスよぉ!』

『撃っても切っても湧いてくる…そんなの、どうやって…!』

(狼狽えちゃダメよッ!無尽蔵の回復力…必ず何か、機功が備わっているはず…!)

 

 互いにその気を落ち着かせようとする中で、響は何かを思案していた。その記憶を掘り起こすかのように。

 

(……翼さん、クリスちゃん。この状況…どっかで覚えがなかった…?)

『何言いだしてんだ馬鹿!無限にノイズを生み出して回復してくるようなヤツと、なんざ…――』

『――…いや、あった。ルナアタックの時…黙示録の、赤き竜…!』

『…ネフシュタンとソロモンを併せ融合した、フィーネのアレか…!』

 

 響が思い出したのは正しくそれだった。響、翼、クリスの三人が戦った、己が妄執により暴走した永遠の巫女フィーネとの最終決戦。その身を蝕み再生する完全聖遺物であるネフシュタンの鎧と、バビロニアの宝物庫に存在するノイズを思うが侭に召喚、使役するソロモンの杖…。

 その二つを用いることで、フィーネは世界を破滅へと導く存在へと変化。限定解除された奇跡を纏った装者たちとの決戦に挑んだのだ。

 

『それで、そんなのをどうやってやっつけたんデスか!?』

『あン時は確か…』

『無尽の再生力を宿すネフシュタンの鎧と、無限の出力を生み出すデュランダル…。二つの相反する完全聖遺物を衝突させる事で対消滅を引き起こし、赤き竜を滅ぼしたのだったな…』

「なんだ、こっちの地球にもとんでもねぇモンがあるんだな…」

 

 ゼロの言葉通り、フォニックゲインで励起した神代の遺産の完全形である完全聖遺物は、それ一つで国家のパワーバランスを変え得る可能性を秘めた存在なのだ。

 事実、無限のエネルギーを生み出すとされるデュランダル、現存していれば如何なる争いの火種となっても可笑しくは無い代物である。

 

『でも、対消滅ってことは…もう…』

『あぁ…この世界にはもうデュランダルは遺っちゃいねぇ。もしか使えてりゃ、状況の一つや二つ打開出来たかも知れねぇがな』

(ゴメン…。やっぱりなんにもならないよね、こんな事思い出しても…)

 

 クリスの回答に思わず響が謝罪する。だが一拍の間をおいて、マリアが言葉を続けた。

 

(…それは、ネフシュタンとデュランダルの顛末なのよね?操り纏ったノイズの根源…制御装置であるソロモンの杖はその時にフィーネの手から離れていたはず。それを今の状況と置き替えると…)

「Uキラーザウルスのノイズ制御部分を破壊すれば、もうノイズによる再生はない…。そういうことだね」

「ヤプールの事だ、技術の出所がなんであれ超獣と同様の製造機が存在しているはずだ。そしてあの回復速度、この場で決着を付けようとする姿勢…。恐らくその製造機は、ヤツの体内に…!」

『何時までもゴチャゴチャとぉッ!!』

 

 80とエースの声を遮るように、Uキラーザウルス・ネオが攻撃を再開する。触手の先、爪部分から放たれる電撃と青い目から放たれる怪光線が五人の周囲を更に爆発させていった。

 

「私と兄さんでその在処を探り、援護する!」

「三人のうち誰かが、製造機を叩き潰すんだ!往くぞッ!!」

 

 そう言ってその場から飛び立つ80とエース。襲い来る触手を相手取りながら、その眼を輝かせてUキラーザウルス・ネオの巨大な身体を見据えていった。

 そして残った三人も、すぐに己が役割を決めていく。

 

(場所が分かったところで、機功を破壊するならばあの甲殻を撃ち抜けるだけの瞬間的な力が必要になる。…私じゃそれは、務まりそうにないわね)

『適性を考えれば自ずと役割は決まってくるな。瞬間的に最大級の一撃を叩き込める者…それならば、立花以外に適任となる者はいないだろう。…やれるな?』

(……やります。みんなを守護る為に…この力を託してくれた、地球の為に!)

「よく言ったぜ!露払いは俺たちに任せときな!」

(ハイ!お願いしますッ!)

 

 ゼロの言葉に対し威勢よく返事をする響。役割が決まったと同時に、ガイア、ネクサス、ゼロの三人も同時に飛び出していく。エースと80を援護するためだ。

 再度襲い来る触手の群れを弾き飛ばし斬り付けながらいなしていく。その中でエースと80の目が、ついにノイズ製造機の在処を映し出した。

 

『見えたデス!』

『あれは…お腹の中!』

『一等頑丈なところか!だろうな!』

 

 情報を一瞬で五人に共有させ、狙うべき位置を確認させる。すぐにそこを狙える位置へガイアが立ち、そして他の四人がそれを狙う攻撃を引き受けた。

 火球を弾き、光線を遮り、電撃を受け止め…。その攻撃の中で、ガイアが自らの持てるエネルギーの有りっ丈を頭部に込めていく。そして大きく上体を反り、腹部に繋がる発光部を目掛けてフォトンエッジを撃ち放った。

 

「デェェェヤアァァァァァァッ!!!」

『ぬぅ!?コイツッ!!』

 

 腹部の発光体がフォトンエッジによって爆発を起こし、甲殻ごと肉体が幾らか抉られる。だがすぐにノイズによる回復が再開され、ものの数秒でダメージが回復してしまった。

 一瞬愕然としてしまったのか、膝を付いてしまうガイア。ライフゲージは再度赤く点滅し、エネルギーの残量も少なくなっていることを示していた。

 

『…フ…フハハハハハッ!無駄だと言っているだろう!!』

(まだ駄目だと言うのッ!?)

「俺たち全員の光線を合わせれば諸共に斃すことが出来るかもしれん…。だが、今のUキラーザウルスを相手にそれを出来るほどの隙が――」

(…やります。なんとしても私がノイズ製造機を破壊して、その隙を作ります。みんなが作ってくれたチャンス、今度こそ逃しはしません…ッ!)

 

 傍に寄ったエースの言葉に、奮起するように断言する響。一度駄目だからと言って諦めるほど、彼女は素直に出来てはいないのだ。

 

「だが…」

『大丈夫だよ、北斗さん。響さんなら、やってくれる』

『いつもそうやって、アタシたちの前を切り開いてくれたんデス』

「……分かった。調と切歌がそこまで信じているんだ、俺が信じないわけにはいかないからな。…任せたぞ、響」

(…ハイッ!)

 

 差し伸ばされたエースの手を握り、引いて貰ってガイアが再度立ち上がった。

 次の一撃が最後になる。失敗すればこの地球はヤプールによって蹂躙され滅びを迎えるのだろう。

 誰もがそれを、心の何処かで感じていた。感じながら、その最大の一撃をウルトラマンガイアに…立花響に託していった。

 

『遺言でも残していたか?そんなものはこの地球と共に消え去る定めだがな!』

「っせぇ!いい加減消え去るのはテメェだぜ、ヤプールッ!!」

『まだ吼えるか!ならば、これで死ねぇッ!!』

 

 Uキラーザウルス・ネオの巨大な咆哮が響き渡り、無数に配置されていた生体ミサイルが発射体勢になる。そしてミサイルが点火しようとした、その瞬間。

 

「そう来ると、思っていたぞッ!」

『撃って来るってんなら、撃たれる前にブッ潰してやりゃあ良いんだよッ!!』

 

 上空、Uキラーザウルス・ネオの頭部よりも高く飛行していた80がその手に光の槍を作り出し真下に放り投げる。そしてすぐに光の槍が分解。誘導型クラスター弾として生体ミサイルに突き刺さり電流が走った。弾丸の性質を操作して、ミサイルの発射をスタンされる弾丸として撃ち放ったのだ。

 

『先輩と先生に!』『続くデェスッ!!』

「あぁ!ウルトラギロチンッ!!」

 

 ウルトラホールで自らの力と二人のフォニックゲインを重ね合わせ、左手で輝く光の大鋸を発射するエース。分身したそれはUキラーザウルス・ネオの頸部と腕部に入り込み、光速回転で更に動きを封じていった。

 

『おのれ、貴様らぁぁぁッ!!』

「遅えんだよッ!!」

『何度再生して来ようともッ!』

(何度だって、切り裂くのみよッ!)

 

 叫びと共に触手を一斉に動かし襲うヤプールだったが、ゼロツインソードを携えたゼロとアームドネクサスの外方にシュトロームソードを伸ばしたネクサスによって全て切断されていく。

 

(道を拓くわよ!翼ッ!!ゼロッ!!)

「『応ッ!!!』」

 

 声と共にネクサスはその左腕、アームドネクサスを胸のエナジーコアの前にかざし意識を集中させる。そしてエナジーコアと同じ形の弓状の光が左のアームドネクサスに装着、共にアームドネクサスの突起部分を伸ばすように最大出力のシュトロームソードを発生させた。

 同時にゼロはゼロツインソードを構えた後、それを回転させながら赤と青の炎を猛り上げさせていく。

 何方からともなくUキラーザウルス・ネオに突進。群がる触手を祓いながら、ただ一ヵ所…ガイアのフォトンエッジが狙った、腹部の結晶体部分へと加速していった。

 

(こぉれでええええええッ!!!)

「『どぉッだあああああああッ!!!』」

 

 ゼロが放った燃ゆる双刃の連撃である風輪火斬・零太刀と、ネクサスが放った超加速した光剣の一閃である【OVERRAY†SERENADE】が、腹部の左右にある鋏もろとも破壊し、結晶体部分にエックス字の大きな傷を斬り付けた。

 そして地上では、ガイアが深く沈みこんだままただ一ヵ所…今この時にゼロとネクサスが切り裂いたその部分を狙い澄ましていた。

 

(…あの技よりも、もっと強い力を…!ただの光線じゃ駄目なんだ…。私の出来る最大の一撃を…私がずっと信じている、胸の歌を込めてッ!!)

 

 ガイアの身体から響の歌と共に黄色の光が溢れていく。やがて光と歌はガイアの身体に纏わりつくように、形作るようにフォニックゲインが溢れだす。

 

 

「これは…!」

 

 その様子を見ていた指令室で、ガイアに起きている事態にエルフナインが声を上げた。すぐにモニターで確認したそれは、装者とウルトラマンのユナイト数値だ。

 

「どうした、エルフナインくん!?」

「響さんとウルトラマンガイアのユナイト数値が急激に上昇しています!120…130…150を越えましたッ!!」

「どうなると言うんだッ!?」

『通常以上の数字を叩き出す高レベルのユナイト…。光と歌がより強固に混ざり合い、更なる力を生み出そうとしているッ!』

 

 エックスの驚愕の声が響く。これほどの高いユナイト数値…それは彼の中で思い当たる事項があった。

 それは彼自身が体験していた事。彼とユナイトしていた青年が、虹の先で手にした輝きと合体した時に感じた、”更なる力<ユナイト>”に他ならなかった。

 

 

 ウルトラマンガイアの身体から溢れ出す、ガングニールから解き放たれる立花響のフォニックゲインの奔流。脚に纏わり、拳を貫く槍のように幾重にも重ね上げ、首から流れ出るものは二股のマフラーが如く。

 その姿を知る者は、誰もが思考を揃えて呟いた。

 

「――ウルトラマンが、シンフォギアを――」

 

 

 

 ガイアの目が強く輝く。その闇を照らし空に太陽<こがね>を齎す光に、ヤプールはついに戦慄した。

 エックス字の裂傷を持った腹部の発光部分に力を溜め込み、その身が崩れるのも厭わずガイアに狙いを定めて最大火力での破壊光線を発射した。

 

『ぐ、ううぅぉぉおおおおおッ!!滅べええええええッ!!!』

(滅んで、たまるかァッ!!この手で!歌で!全部守護り切ってやるんだッ!!

 だから高鳴れ、ガングニールッ!!!轟け、ガイアァッ!!!限界なんかブチ貫いて!つぅらぬけえええええええェェェッッ!!!!)

 

 発射の直後、破壊光線に向かって驀進するガイア。拳を振りかぶったその姿は、無謀とも言える特攻を仕掛けるその姿は、紛うことなく”立花響”の其れだった。

 破壊の光を浴びながら…否、切り開きながら突き進む。そして伸ばし撃ち付けられた拳は、破壊光線を発射している発光部分に届いていた。

 コンマ数秒の間をおいて壊れ行く発光部分。ほんの少し、強固な外殻を貫いた感触を得た瞬間、全身を固形化せずに流れ纏っていたエネルギーの全てが右手を介しUキラーザウルス・ネオの腹部を一瞬で撃ち貫く撃槍と化し放たれた。

 結晶体部分から真っ直ぐに撃ち貫かれた身体は巨大な孔が開き、見据え狙ったノイズ製造機を諸共に吹き飛ばしたのだ。

 その一撃と共に動きを止められていた生体ミサイルは誘爆。束縛していたウルトラギロチンも外殻ごと肉を伐り刻み使い物にならなくした。

 

『ぬぐぅあぁぁぁああああ!!ば、馬鹿な!自己再生が…!!』

「今だ!みんなぁッ!!」

 

 エースの声と共に、ガイアを中心にして再度立ち並ぶウルトラマン達。

 その狙いは唯一つ。ノイズ製造機を消し飛ばされて悶える、Uキラーザウルス・ネオの上半身を形成する本体部分だ。

 エースが両腕を真っ直ぐ水平に伸ばして身体を左に捻り、

 80は両腕の回転運動から左を上、右を水平に伸ばし構え、

 ガイアは縦に握り固めた左手に伸ばした右腕を打ち付けて、

 ネクサスはアームドネクサスをぶつけ合い双方を流れるエネルギーを高め、

 ゼロは右手を腰溜めに据えて左手を外へ伸ばして、

 五人のウルトラマンが其々同じ…腕をL字に構え、その右腕から残された全力を込めた五つの光線を発射した。

 メタリウム光線、サクシウム光線、クァンタムストリーム、オーバーレイ・シュトローム、ワイドゼロショット。五つの輝きが一つに混ざり、Uキラーザウルス・ネオの肉体部分に直撃。その巨体を複雑に輝かせていった。

 

『ぐううおおおおおおおおッ!!!』

「消えろ!ヤプールッ!!!」

『我が…破れると言うのか…!?おのれウルトラ戦士…!おのれ地球の歌巫女ども…!!

 …だが忘れるな…。我が怨念は、決して消えることは無い!…否、これは”呼び水”なのだ!!我らの憤怒と怨嗟が、この地球を絶望の歌で覆い尽す為のなァッ!!

 フフフ…ハァーッハッハッハッハッハァッ!!!!』

 

 断末魔にも聞こえるヤプールの高笑いと共に、Uキラーザウルス・ネオは五人のウルトラマンが放った合体光線でその巨体に内包されたエネルギーが大爆発を起こす。そしてその肉体は、原子レベルにまで分解され一切の破片も残さずに消し飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

 ヤプールが生み出した暗雲は消え去り、光が舞い戻って来た。

 西へ沈もうとする黄昏時の太陽に照らされた五人のウルトラマン。その姿を見て、誰からともなく歓声が沸き上がった。

 勝利と言う名の、大歓声が。

 周囲に目をやると、シェルターの出入り口から続々と人の流れが溢れ出て来る。そして誰もがウルトラマン達を目にし、歓喜の声と共に手を振って、『ありがとう』と声を上げていく。その中に、あの少女も混じっていた。

 

「ウルトラマンさぁーん!!あーりーがーとぉーー!!」

 

 偶然か必然か、彼女の姿を捉え目が合ったウルトラマンガイアこと立花響。彼女に対して思い切り手を振りたくなったが、隣に立つネクサスに優しく制された。

 

(マリアさん…?)

(気持ちは分かるわ…。だけど…私達は今、ウルトラマンだから。シンフォギア装者である事と同じで、貴方たちが世に個を知らしめるべきではないと思う。私ならともかく、ね)

(……そう、ですね)

 

 ほんの少し項垂れそうになる響の肩を、逆隣の80が優しく叩いた。

 

「胸を張るんだ、響。君が…私たち全員が今見ているものこそ、私たちが守護りたかったもの。私たちが、守護れたものなのだから」

 

 言われて再度顔を上げる。そこに見えた眩いもの…これが、みんなで守護りぬいたものなのだ。

 その喜ぶべき光に打ち震えながら、ウルトラマン達は顔を見合わせ首肯する。そして”正義の味方”の本能でもあるかのように、掛け声とともに空へと飛び去って行った。

 

 

 

 やがて巨人の姿は光と共に消えた。

 そして市街地の外れ…緊急離脱して着陸した移動本部に向かって、夕陽の逆光を浴びながら六人の少女と二人の大人が歩いてきた。

 その八人の勇姿を、凱旋を、風鳴弦十郎、緒川慎次、エルフナイン、エックス、藤尭朔也、友里あおい…タスクフォース指令室の面々が、笑顔で迎え入れた。

 

 正義が勝ち取った、勝利と共に――。

 

 

 

 

 

「…そうだ、よくやったぞヤプール。あとはこの俺が、貴様の分までこの世界を絶望に包み込んでやろうではないか…。

 クハハハハ…!憎きウルトラマンよ…それに絆され与する人間よ…!今は束の間の平和を甘受しているがいい…。ハハハハハ…!!」

 

 

 EPISODE10 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE EX-1 【エルフナインの怪獣ラボ ~前編~】

 番外編その1

【エルフナインの怪獣ラボ ~前編~】

 

 

 

「皆さんこんにちは!タスクフォース技術部所属錬金技術担当、エルフナインです!」

『エルフナインのサポートをしている、ウルトラマンエックスだ』

「いつも【絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア】をご愛顧いただきありがとうございます。

 今コーナーは本編とは趣旨を外しまして、本作中で登場した怪獣のデータをエックスさんと一緒にご紹介していきたいと思います!」

『長いウルトラマンの歴史の中には、様々な怪獣がいる。その中で、ヤプールとの戦いに伴いこのシンフォギアの世界に出現した怪獣たちとその戦いを振り返っていこうと思う。

 ところどころ原典とデータが変わっているから、その辺りも一緒に解説していくぞ!』

「よろしくお願いします、エックスさん!それでは始めていきましょう!」

『あぁ、行くぞエルフナイン!怪獣コンピューター、チェック!』

「チェックします!」

 

 

 ・File.01

【風魔神デガンジャ】

「名前:デガンジャ

 種別:風魔神

 身長:62メートル

 重さ:55,000トン

 能力:風を操り爪から雷電光を放つ」

 

『ヤプールがこの世界に初めて侵略してきた時に出現させた怪獣だな。

 オーストラリアの先住民族の間に伝説として伝わる”風の神”と、その歴史の影に潜む怨念と言うマイナスエネルギーが合わさり誕生したとされている』

「原典であるウルトラマングレートとの戦闘記録と照らし合わせると、この世界で確認された個体とは大幅に体格が違いますね。

 あちらでは身長が89メートル、体重が74,000トンとなっています」

『元々は邪悪生命体ゴーデスの細胞が風神の魂を侵蝕、怪獣化したものだからな。伝説と歴史をマイナスエネルギーで膨らませた今回の個体とは、存在としての”格”が違うようだ。

 風を操り竜巻を発生させたり爪から雷電光を放つ他にも、硬い体毛と強固な筋肉が生半可な攻撃を防ぎ強烈な一撃を与える、攻防に秀でた強敵だ』

「資料映像のウルトラマングレートも大変苦戦していましたものね…。

 こちらの世界でも、小型化しているとは言え翼さんとマリアさんがお二人で挑んでも完膚なきまでに叩きのめされてしまいました…」

『だったな…。駆けつけるのが遅れてしまい、君たちには本当に申し訳ない事をしたと思っている』

「いいえ。結果論とは言えお二人とも無事でしたし、ボクたちに心強い仲間が出来た喜ばしい日でもありますもの」

『傷付き倒れた二人の前に現れた光の国の若き最強戦士、ウルトラマンゼロ。鍛え上げた自らの力と仲間から受け継いだ力を駆使して、このデガンジャを倒したんだったな』

「その直後にノイズの力を得て蘇ったノイズデガンジャにも果敢に戦ってくれました。

 その戦いの中でウルトラマンゼロと我らがシンフォギア装者、天羽々斬の適合者である風鳴翼さんとがなんと一体化したのです!」

『二人の一体化によって生まれた光と歌のユナイトで、ノイズの持つ位相差障壁と破る事に成功。ノイズデガンジャそのものも討ち倒したんだ!』

「こうしてボクたち人間とウルトラマンによる、ヤプールとの戦いの火蓋が切って落とされたというわけですね」

『そうだな。すべては、この日から始まった』

 

 

 

 ・File.02

【ミサイル超獣ベロクロン】

「名前:ベロクロン

 種別:ミサイル超獣

 身長:55メートル

 重さ:44,440トン

 能力:口から火炎を吐き、体中の突起からミサイルを撃つ」

 

「ヤプールが本格的に侵攻してきた時に出現させた超獣の一体ですね」

『元々は宇宙怪獣と珊瑚を超獣製造機で合体させて誕生した超獣らしい。ウルトラマンエースが地球での任務で、初めて地球上で戦った相手だとされているな。』

「ミサイルや超高熱火炎だけでなく、その手からは金縛り光線や爪型の光弾が、口の中には別に独立したミサイルランチャーと強酸性の唾液がそれぞれ積まれてあります。

 この全身の至る所に搭載された武器と、単身にて広範囲を殲滅できる戦略兵器たるコンセプトから、超獣と名付けられたのですね」

『だがこれだけの破壊兵器を装備しているせいか、その防御能力はやや低めだ。

 ヤプールによって何度も復活させられ、その度にウルトラマンたちと戦って来た超獣ではあるが、そのほとんどが必殺光線で爆散する最期を遂げている』

「日本の都市部に出現したベロクロンに相対したのは、イチイバルを身に纏う装者である雪音クリスさん。

 イグナイトモジュールを用いたイチイバルの超火力で、超獣であるベロクロンと接戦を繰り広げてくれました」

『状況が味方すればあのまま打倒することも有り得たんだがな…』

「制限時間というイグナイトモジュールの欠点が前面に出てしまいました…。

 そんなクリスさんの窮地を救いベロクロンを破ったのが、愛と勇気で悪しき心に立ち向かう、ウルトラマン80!人間態は矢的猛と名乗り、リディアンの臨時講師として先んじてクリスさんと合っていたようですね」

『言い方は悪くなるが、この地球の生態調査は必要だったからな。ヤプールが目を付けているとなると尚更だ』

「みなさんに悪気があったとは思えませんから、それは仕方のない事です。作中では伏せていますが、この世界は国家間のしがらみや不和が根強く存在しますから。

 クリスさんも矢的先生に一瞬そんな想いを抱いてしまいましたが、それを越えて繋がれたのもこのお二人でしたね」

『クリスと80の一体化は蘇ったノイズベロクロンをその必殺光線で撃ち倒した。ただこの二人の相性は他の装者とウルトラマンたちに比べると決して高いものではない。

 だが、そんな机上の数値だけで二人の距離を図るのは無粋なのだろうな』

「距離があると言うことは、それが詰まれば今よりもっとずっと強くなれると言うことです。きっとこの先、更に絆を深めてくれることでしょう」

 

 

 ・File.03

【大蟹超獣キングクラブ】

「名前:キングクラブ

 種別:大蟹超獣

 身長:65メートル

 重さ:58,000トン

 能力:強固な外殻と長い尻尾」

 

「ベロクロンと同時に別の場所へ出現。埠頭に上陸しようとした超獣ですね。こちらもまた大きさが一回り程小さくなっていますね」

『超獣を複数体、同時に生成した影響だろうな。二度目の侵攻でわざわざノイズを交えての同時侵攻を仕掛けてきたんだ、人々がヤプールに抱く恐怖も更に大きくなってしまったことだろう』

「そんなキングクラブを相手取ったのは、月読調さんと暁切歌さんのお二人でした。ですがお二人とも、キングクラブの能力には苦戦を強いられてしまっていました…」

『あの強固な外殻は厄介だったものな…。二人のデュエットは強力なのだが、イグナイトモジュールを用いてのそれでも僅かに傷を付けるだけで終わってしまった』

「加えて口からは強酸性の泡、額からは火炎放射で近寄るものを寄せ付けず、外殻に覆われながら自在に動いて敵を襲う長い尻尾も恐ろしい相手でした…。

 先ほど紹介したベロクロンが火力に一極集中し殲滅することに重きを置いているとみると、このキングクラブは強靭な鎧で攻撃を防ぎ相手に無力感を与えた上で掃討するのがコンセプトなのかもしれませんね」

『完全に対人類を想定している感じがするな…。

 それに高い火力を持つクリスに対しそれ以上の火力を誇るベロクロンが、切断武器を持つ調と切歌に対し重装甲のキングクラブが相手取る羽目になったのは、偶然とはいえ悲運だった』

「キングクラブを討つ為に決死の想いで絶唱を用いようとするものの、尻尾による攻撃で命の危機に陥る調さんと切歌さん…。

 二人の危機に光と共にやってきたのが、異次元の魔手から人々を守る宇宙のエース、ウルトラマンエースでした!」

『彼もまたウルトラマン80と同じく、自らの人間態…北斗星司として地球に潜み、人々を見守っていたんだったな。

 その地球人としての生活の中で既に調と切歌の二人には出会っていたそうだが、この戦いの時には一体化することは無かった』

「それでも通常のキングクラブは勿論、ノイズ化して蘇ったキングクラブまで単独で撃破されるとは思いも寄りませんでした。本当にお強い戦士なのですね!」

『キングクラブにとっては、文字通り”相手が悪かった”んだろうな。エースの強烈な肉弾戦は勿論、様々な光線技には敵わなかったと言える。

 特にあのギロチン技の数々。キングクラブの甲殻をものともせずに両断する威力は見事と言う以外無い!』

「血液噴出や内臓飛散などの危険な事態が起きなくて良かったです…」

 

 

 

 File.04

【蛾超獣ドラゴリー】

「名前:ドラゴリー

 種別:蛾超獣

 身長:67メートル

 重さ:58,000トン

 能力:怪力と口から吐く火炎放射」

 

『コイツはベロクロン、キングクラブから少し間をおいて出現した同時侵攻戦三体目の超獣だったな』

「響さんが持ち場を離れたところを見計らっての出現だったので、焦ってしまいました…」

『ヤプールの悪辣さが窺える作戦だったな。そこにゼロと翼が間に合ったのが僥倖だった』

「ドラゴリーの怪力に一瞬圧されるもののすぐに反撃できましたものね!両手のミサイル攻撃にもすぐに対応されてましたし、さすがのお二人です!」

『他にも火炎放射や毒牙攻撃などもあったとデータがあるが、ゼロと翼の猛攻の前には為す術もなかったな』

「ノイズ化して復活しましたが、既に戦う術を得たお二人には即座に倒されてしまいました」

『幸か不幸か、あまり語ることのない相手だったな』

「若き最強戦士と無双の一振りを持つ装者。互いに正しく強き者ですからね」

 

 

 File.05

【四次元ロボ獣メカギラス】

「名前:メカギラス

 種別:四次元ロボ獣

 身長:60メートル

 重さ:50,000トン

 能力:頭部から発射される破壊光線とミサイル」

 

『ヤプールの配下となった四次元宇宙人バム星人が製作、送り込んだ機械怪獣だな。ウルトラマン80が初めて相手にした敵性宇宙人だったそうだ』

「矢的先生の時と同様にクリスさんと切歌さんを四次元空間に誘い込み、そこで拉致。その後翼さんとゼロさんを狙うようにメカギラスが出現しましたね」

『破壊光線と1分間に2000発発射するというミサイルで二人を攻め立てるが、二人の前には敢え無く敗北…したと思わせていた』

「頭部を破壊されることも織り込み済みだったのか、内蔵された自爆装置によってお二人は別次元…ゴルゴダ星に飛ばされたんですね」

『この自爆装置については新たに外付けされたものだな。ゴルゴダ星に誘い込む為にヤプールがバム星人に指示して付け加えたのだろう。

 そしてメカギラスとの戦いはゴルゴダ星に舞台を移す』

「調さんと切歌さんのお二人がウルトラマンエースと一体化した時にヤプールの声で再起動。ウルトラマンエースの力で体力を回復したクリスさんとウルトラマン80のお二人と激しい戦いを繰り広げました!」

『やはり一度戦った相手。因縁浅からぬ相手ではあったが、二人の見事な攻撃にミサイル攻撃なども出来る間が無く撃ち倒されてしまった!

 ヤプールに急かされて急ごしらえで出撃したのもあったんだろうな。オリジナルには存在していた四次元バリアーも機能しなかったようだ』

 

 

 

 File.06

【古代怪獣ゴモラⅡ】

「名前:ゴモラⅡ

 種別:古代怪獣

 身長:40メートル

 重さ:20,000トン

 能力:強靭な尻尾と頭部から放たれる光線」

 

「ウルトラマンエースがゴルゴダ星に向かった直後に、響さんと調さんを倒すべく送り込まれた怪獣ですね。

 まさか、ボクたちの住む地球に存在する古代生物がベースになっているとは思いも寄りませんでした」

『出現時も一応は説明したが、似た個体はウルトラマン80が一度戦っていた。

 それは当時の地球の環境が、初代ゴモラとは異なる進化を促した結果だとされているが、今回のはヤプールが改造を施したもの。

 古代怪獣とは銘打っているが、実際には超獣のようなものだな』

「ウルトラマンさんたちの戦いの中には、改造怪獣との戦いもありました。このゴモラはそう言った扱いなのですね」

『そうだな。しかし生まれた過程はどうであれ、他のゴモラにも引けを取らない強力な怪獣だった』

「太く強靭な尻尾で建物ごと響さんたちを薙ぎ倒そうとしたり、改造で外付けされた破壊光線やミサイルを放ったりと、シンプルな外見に反した多彩な攻撃を行ってきましたね」

『ゴモラⅡの猛攻に倒れてしまう響。だが其処で、新たなる奇跡が彼女を包み込んだ!』

「地球そのものが守護者として響さんを選定。力を分け与え、響さんをウルトラマンへと変身させました!その名も大地を宿す赤き光の巨人、ウルトラマンガイア!」

『ゴモラⅡも元々は同じ地球に生きる者と知った響は、彼を救うためにウルトラマンガイアとして戦った。

 途中で幾つかの乱入を受けてしまうが、彼女の優しさはついにゴモラⅡをヤプールの支配から解き放つことに成功したんだ!』

 

 

 

 File.07

【殺し屋超獣バラバ】

「名前:バラバ

 種別:殺し屋超獣

 身長:75メートル

 重さ:85,000トン

 能力:全身に装備された凶悪な武器の数々」

 

「響さんが変身したウルトラマンガイアを狙って送り込まれた、文字通りの殺し屋超獣。醜悪な顔付きと恐ろしい武器の数々が特徴的でした…」

『右手には棘の付いた鉄球と、其処に一体化した錨の付いた鞭。左手には巨大な鎌。頭部には遠隔操作と怪光線を放つ剣に、口から火炎まで吐きだす…。

 その上周到なことに、特殊放射能を含んだ雨を降らせることで電子機器を封殺。しかも今回出現したバラバの降らせた雨には、シンフォギアと装者との適合率を下げるアンチリンカーの成分まで含まれていた。

 まさに殺意の塊と言わんばかりの超獣だったな…』

「ヤプールに再度狂暴化させられたゴモラⅡの相手だけでも厄介なのに、そこに乱入されては響さんも苦戦必至でした…。しかしそこに、もう一つの光が差し込まれました!」

『デガンジャとの戦いで意識不明の重体を負っていたマリアがこのゴルゴダ星での戦いを前に復活。そんな彼女に与えられていた光が、仲間や守るべきものの危機に際し遂に覚醒した。

 それが受け継がれし絆の光、ウルトラマンネクサスだ!』

「響さんの変身したウルトラマンガイアの窮地に現れ、その場で基礎形態である【アンファンス】からマリアさんの力に合わせた戦闘形態である【ジュネッス】に変化。

 メタフィールドと呼ばれる戦闘用異空間を展開し、放射能の雨ごとウルトラマンガイア、ゴモラⅡ、バラバを一斉に隔離。フィールド内で激しい戦いを繰り広げました」

『この時もバラバは自慢の武器を用いて攻め立てて行った。それにより戦っていたネクサスも劣勢に追い込まれるが、そこへゴモラⅡを鎮めたガイアが参戦。2対1で一気に反撃した!』

「バラバの武器を一つ一つ打ち破り、マリアさんがセービングビュートで拘束。そこからお二人の合体光線で木っ端微塵に粉砕しました」

『かつて対峙したウルトラマンエースも、バラバ自身の持つ頭部の刃をバラバに投げ返して突き刺し、後頭部の攻撃で眼球を飛び出させ、そこから左手の大鎌を奪い首を一刀両断するという中々に凄惨な斃し方をしたそうだ』

「字面にするとかなり酷いですが、その時のバラバも子供に手をかけたり卑怯な手段で襲ったりと凶悪な行いをしている超獣ですし、自業自得なのでしょうね…」

 

 

 

 File.08

【異次元超兵ヤプールロプス】

「名前:ヤプールロプス

 種別:異次元超兵

 身長:45メートル

 重さ:35,000トン

 能力:ウルトラマンゼロをはじめとした多くの模倣技」

 

『コイツはゴルゴダ星に現れた、ヤプールの改造兵士だな』

「元来はダークロプスと呼ばれる、ゼロさんが戦った銀河帝国の帝国猟兵だったようです。それをどこからか入手し、ヤプールの手で改造を施されたとありました」

『ダークロプスと違う特徴的な部分は、左手が大きな鉤爪となっていることだな。

 これはかつてヤプールが生み出した、対ウルトラマン用戦闘機械超人であるエースキラーの左手と一致しているところだ』

「ダークロプスには元々ゼロさんの戦闘能力や必殺技の多くを模倣、搭載してありまして、その上ヤプールが戦って来た他のウルトラマンと、我らがシンフォギア装者の翼さんとクリスさんの戦闘データまで盛り込まれていたのです」

『そうして翼とクリスの前に立ったヤプールロプス。装者と異次元超兵との激闘が始まった』

「運動能力はゼロさんに引けを取らない上に、機械故の有り余る体力とインプットされた戦闘データで最強の装者とも呼ばれる翼さんをも圧倒していくヤプールロプス。

 クリスさんとのコンビネーションを駆使しても、それは致命打の一つにもなりませんでした」

『だが、彼女たちにも切り札が残されていた。…いや、正確には捨て札を使うような大博打のような技だったがな』

「先の魔法少女事変の時に戦った敵であるオートスコアラー…その動きを取り入れたバトルプログラムであるMoving:A.S。

 通常の攻撃を全て見切ってくるヤプールロプスに対し、お蔵入りになったその欠陥戦法を用いて翼さんとクリスさんが反撃に出たのです」

『中々奇怪な挙動だったな。しかし、それはヤプールロプスにとっても想定外の動き。敵の処理速度を超えた二人はついに大きな一撃を叩き込み、行動不能にしたんだ!』

「その隙を突いて切歌さんと調さんがウルトラマンエースと適合。復活を果たした際に、ヤプールロプスもメカギラスと同様にヤプールの声で再起動、ノイズを肉体に変えて巨大化してしまいました」

『だが今度はエースに力を分け与えられて蘇ったゼロと、それとユナイトする翼のコンビが相手だ。

 特殊な改造が為されていたとはいえ、所詮は贋作で模倣品。高まるユナイトと共に編み出した新技で、ヤプールロプスを一気に撃破したんだ!』

 

 

 

 File.09

【冷凍怪獣マーゴドン】

「名前:マーゴドン

 種別:冷凍怪獣

 身長:70メートル

 重さ:33,000トン

 能力:あらゆる熱を吸収し、全てを凍結させる」

 

「ゴルゴダ星にて、ウルトラマン80、ウルトラマンゼロ、ウルトラマンエースの三人を順に待ち構えては戦闘不能に追い込んだ強力な怪獣ですね…」

『我々ウルトラマンにとって、暖かな太陽の光は最も必要なエネルギーとなっている。だがゴルゴダ星はそれを封じ、その上でこのマーゴドンを配置することで我々にとって最も不利な空間を生み出していた。

 ヤプールの仕業だが、どこまでも周到に、綿密に私達を斃そうとしていたのかがよく分かるな』

「マーゴドンの放つ凍気はあらゆるモノの熱を奪い凍結させてしまいます。文字通り、キリンやゾウでもなんでもかんでも。

 そしてその凍気は、傷付いた矢的先生とゼロさんもいとも容易く凍結させてしまいました」

『80とゼロ、そして翼とクリスと切歌の危機に地球よりやって来たウルトラマンエース。だがさすがの彼でも、最悪の環境に加え人質を取られた状況にはどうしようもなかった…』

「マーゴドンに痛め付けられ倒れる北斗さんでしたが、絶対の窮地にとうとう調さんと切歌さんの二人と一体化!人質を助け出し復活させ、その形勢を元の状態にまで戻したのです!」

『そこからは装者のみんなが一つの歌を四重奏と変えることでその力を爆発的に上昇。エースは鬱憤を晴らすかのように、さっきまで痛めつけられていたマーゴドンと戦ったんだ!』

「熱を奪い取る力もこの熱き四重奏は奪い切れず、逆に力で圧倒されていきました。そして調さんと切歌さん、二人のフォニックゲインを重ね合わせた必殺技で、その巨体をバラバラにされてしまいました」

『ギロチン王子の異名は伊達ではないな。あれほどの威力を持った切断技を扱えるのは、宇宙広しと言えどもウルトラマンエースの右に並ぶ者はいないだろう』

「ちなみにこのマーゴドンは、矢的先生が当時の地球での最後の戦いにするはずだった相手だとも聞いています」

『実際のところは傷を負い限界の中で戦おうとしていたところを、その当時の防衛隊隊長に制止させられ、また地球の人たちもウルトラマンに頼り過ぎないというところからマーゴドンは地球人たちの手だけで斃すことを決意。その討伐に成功した…と言うのが、80から聞いた話だった』

「きっとその防衛隊の皆さんも、大切な仲間である矢的先生を守りたかったのでしょうね」

 

 

 

 File.10

【究極超獣Uキラーザウルス】

「名前:Uキラーザウルス

 種別:究極超獣

 身長:100メートル

 重さ:92,000トン

 能力:大量の生体ミサイルと巨大な四本の触手」

 

「三人のウルトラマンと四人の装者が勝利を収めたゴルゴダ星…。

 その星のコアに存在し、星に集まるマイナスエネルギーを吸い取りながら力を蓄えていた、ヤプールの最終兵器と言える超獣です…!」

『他の超獣やウルトラマンをも圧倒する巨大さと質量…。正に究極超獣の名に相応しい存在だ。かつてウルトラ兄弟たちと戦った個体以上の大きさにまで成長したところからもそれが見て取れる。

 ゴルゴダ星を爆破させてエース、80、ゼロを吹き飛ばし、ヤプール異世界を通って地球に現れたUキラーザウルスはそのままガイアとネクサスの二人に襲い掛かったんだ』

「巨大な爪と甲殻に覆われ鋏を持つ触手、ミサイルや破壊光線、電撃など…全身から放たれるとてつもなく激しい攻撃で、響さんとマリアさんはどんどん追い詰められてしまいました」

『勿論二人もただやられていた訳ではなく、自らの得意技で反撃をしていった。だが恐るべきことに、このUキラーザウルスはノイズを用いた自己修復を持ち合わせていた。

 二人の光線技も、この修復能力に阻まれて大きなダメージにすることは出来なかった』

「ゴルゴダ星から未だ帰らぬ者たちを想いながらも、窮地に立つ仲間を見て、遂に痺れを切らしたのか風鳴司令たちも動き出しました」

『無論相手の身体はノイズが関わっている以上、人間が接触すれば炭化が待っている。だがそれでも、司令たちは自らの出来る範囲でガイアとネクサスの援護をする為に向かったんだ!』

「人間の底力は時に不可能を可能に変えます。緒川さんは様々な技巧でUキラーザウルスの足元を崩し、移動本部に唯一備えられている攻撃に転化出来る装備であるバンカーバスターミサイルがUキラーザウルスに直撃!

 …しかし、それはヤプールの怒りを買うだけで反撃の兆しにはなり得ませんでした」

『すぐにその傷を回復してしまうUキラーザウルス。己が怒りを更なる糧にして、その場一帯を滅ぼそうと攻撃を開始した。

 ――だが、その時だった!』

「輝く障壁が響さんとマリアさんを守護ったのです!それを行ったのは、他でもないゼロさんと翼さん!満を持して帰ってこられたのです!」

『勿論、私達の手助けがあってこそだがな。だが、帰ってきたウルトラ戦士たちにヤプールも黙っているはずが無かったんだ…!』

 

 

 

 File.11

【究極巨大超獣Uキラーザウルス・ネオ】

「名前:Uキラーザウルス・ネオ

 種別:究極巨大超獣

 身長:303メートル

 重さ:429,000トン

 能力:無数の触手と全身の破壊兵器」

 

『怒れるヤプールがそのマイナスエネルギーを最大にまで高め、ノイズの増殖と共にさらに巨大化。破壊の権化として強化されたんだ』

「触手の数が無数に増え、巨大な腹部はゼロさんのウルトラゼロキックや響さんの拳、矢的先生とクリスさんの合体技でもそう簡単に砕けないほどに強固でした。

 その上ノイズによる回復能力も持っていることで、どんな傷でもすぐに修復されてしまうという、圧倒的な耐久力も兼ね備えていたのです」

『攻撃力と防御力、どちらを取ってもヤプールが生み出した超獣の中では最強と言っても過言では無いだろう…。

 勢揃いした五人のウルトラマンたちも必死の攻防を繰り返していったが、中々に分が悪かった。即座に補填されるミサイルや蘇る触手、塞がれる傷痕はあらゆる弱点を潰していったからな…』

「しかし、そんな無限とも思える再生力を見ていく中で、響さんが過去の戦いを思い出したことを切っ掛けにノイズ製造機の存在に気付くことが出来ました!」

『どれだけノイズを生み出そうとも、それを生み出しているモノ自体が破壊されては修復再生も封じられる。勿論ヤプールもそれを理解っていたのか、製造機は最も強固な腹部に隠されてあった。

 そしてみんなは、最大級のインパクトを放てる者として製造機を破壊する役目を響に託したんだ』

「みんなの想いを拳に乗せ、守護りたいという想いを歌に乗せた響さんは地球の光…ウルトラマンガイアをこれ以上ない程に高くユナイトを行ったのです!

 高まった想いと高度のユナイトは響さんの聖遺物、ガングニールとも激しく共振。爆発的なフォニックゲインを生み出し、不定形ながらもその身に纏っていきました!」

『ウルトラマンとシンフォギア、一瞬ではあるが二つの奇跡が重なったことで生まれた更なる力。その力は強固なUキラーザウルス・ネオの腹部を撃ち貫き、ノイズ製造機を諸共に吹き飛ばした!』

「そして苦しみ悶えるヤプールに、皆さんの必殺合体光線が炸裂!ついにヤプールを打ち破ることに成功したのです!」

 

 

 

 

 

 

『…こうして、突如始まったこの世界の守護者であるシンフォギア装者の少女たちと、我々ウルトラマンとの戦いは一つの区切りを迎えた。

 ヤプールの侵略を防ぎ、地球の危機を守り抜いた我々だったが、その断末魔は何処か不可解なものを遺していった』

「”呼び水”とはなんであるのか。そしてヤプールと共に侵略を企てた者は…。

 まだ理解らない部分もあり、それはこれから明らかになっていくところではありますが、更なる戦いが待ち受けているのは間違いありません」

『だが、私たちにも新たな力が目覚めつつあった。

 装者とウルトラマン、そして聖遺物。その三つが重なり誕生する更なるユナイトの姿…。それが大きな鍵となってくるだろう』

「過去の痛みを抱き締めて、未来に向かって現在を歩む。装者の皆さんも…ボク自身も。

 そのような話を経て、終幕まで進んでいこうと思います」

『最後まで共に行こう。互いに目指す、平和の為に』

「はい!

 というところで、今回はこれで終わりとなります。次回から物語は折り返しとなりますので、またよろしくお願いします!」

 

 

『次もまた、読んでくれよなッ!!』

「次もまた、読んでくださいッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 11 【安息の陰、蠢くは影】 -A-

 

 澄んだ空気と優しい光。堪え始めた肌寒さに反応してか、響の瞼が一度ギュッと締まってからゆっくりと開いた。

 寝惚け眼で周囲を見回すと、其処にはやや乱雑に、其々別の毛布に包まって眠っているクリスとエルフナイン、二人で一つの毛布でくっついて寝ている調と切歌の姿があった。

 

(…あぁ、そっか。昨日はみんなで騒いでたんだっけ…)

 

 分離した移動本部のミーティングルームを用いた小さな大宴会。みんなで飲んで喋っての大騒ぎで、これはその残滓だ。

 穏やかな四人の寝顔を見ていると思わず笑顔になってしまう。大きな戦いが終わったのだ、安らぎを求めても罰は当たらないだろう。

 そんな空気を読んだのか、お休み中の彼女らを起こすこともせず響は静かに部屋を出て行った。

 

 

 

 朝陽の明るい外。大きく背伸びをしながら胸に空気をいっぱいに取り込んで吐き出した。

 

「んん~~…っ…っはぁぁ~~…」

「起きたのか。おはよう、立花」

「早いのね」

「翼さん!マリアさん!おっはようございます!」

 

 朝の散歩から帰って来たのか、近くに歩み寄って来た翼とマリアに元気よく返事の挨拶をする響。

 日はまだ上り始めたばかりだが、顔を合わせた三人はみな晴れやかだった。

 

「翼さんが早起きなのは言うまでもなく分かるハナシですが、マリアさんも朝強いんですね」

「調や切歌、マムの世話をやったりしてるうちに癖付いちゃってね。そう言う事、私がやるしかなかったから」

 

 当然のように笑顔で話すマリア。フロンティア事変を引き起こす以前…恐らくは彼女が普通のアイドルとして活動するよりずっと前から、自然と行っていた事なのだろう。

 元々一人の妹を持つ身だったマリアだ。彼女にとって年下や必要とする者に対して、ついつい世話を焼いてしまうのは当然ともいえるようなことだった。他の装者たちには未だ発現しない”母性”と言うものだろうか。

 

「昨晩も大変だったのよ?みんなの宴会の後片付け」

「うえぇ!?あの片付けって、マリアさんがやってくれてたんですか!?」

「あぁ、見事な手並みだったぞ。スペースを作っては毛布に包めて寝かしつけたと思ったらどんどん片付けを済ませていくんだからな」

「…その片付けをどんどん散らかしていったのは何処の誰だったかしら」

 

 何故か誇らしげに語る翼だったが、其処にマリアが釘を刺す。意図した行動なのかはまったくもって不明だが、昨晩マリアの片付けのタイミングにどんどんモノを散らかしていったのは其処の防人だったのだ。

 

「あっ、アレはだな!マリアが片付けしているから私も手伝おうと思ってだな…!」

「心遣いはありがたいのだけど、それが何であんな風になるのか…本ッ気で理解に苦しむわ…」

「あはは~…翼さんの片付けられない癖、直る気配無いんですねぇ」

『さすがの俺もアレには軽く引いたぜ翼。ありゃないわー』

「ゼロッ!?お前までそう言うのか…ッ!!」

 

 自らと一体化している相方にも非難されてしまい、本気で歯軋りしてしまう翼。

 だがマリアからして見ても、ただでさえ姦しい年頃の子供たちが大騒ぎした跡地を片付けていっているはずがどんどん爆心地になっていくのはある意味恐怖だったのかもしれないが。

 

「手伝わせてしまって申し訳ないけど、北斗さんと矢的さんが居てくれて助かったわ…」

「そう言えば今朝は見ませんね。二人とも、もう行っちゃったんですか?」

『あぁ。エースはパン屋の仕込みが、80は教職を休む訳にはいかないからってな』

 

 ゼロからの返答を聞き、少しだけ響が残念そうな顔をした。それに気付いた翼が、彼女に声をかける。

 

「どうした、立花?」

「あぁいえ…矢的先生に、ちゃんとお礼を言えたのかなって…」

「…あの怪獣の事ね」

 

 あの怪獣とは、先日戦っていたゴモラⅡのこと。Uキラーザウルスとの戦いの後、飛び立った時に相談していたのだ。

 

 

 

 日本から離れ空を飛んでいる最中、ウルトラマンガイアこと立花響がウルトラマン80に話しかけた。

 

(…あの、矢的先生。少し良いですか?)

「どうしたんだい、響?」

(私がさっき戦ってた怪獣のこと、なんですが…)

 

 そうして響から、他のウルトラマンと装者に対して経緯の説明をする。その際にネクサスとして変身し共に戦っていたマリアも響の側に加わり、一緒になってゴモラⅡの事を尋ねていった。

 

『地球生まれだからって怪獣も助ける、か…。どこまでスクリューボールだよ、お前は』

『でも、響センパイの考えはステキなことだと思うのデス』

『マリアもそう思ったから、響さんの力になったんだよね?』

(そうね…。綺麗事だけど、真に為せるならばそれは、何よりも理想的だもの)

『だが、綺麗事とは往々にして艱難辛苦の棘道…。それを理解らぬ立花ではないと思うが、最悪の覚悟も構えて然るべきだ』

(…大丈夫です。きっと、上手くいく。私がそう信じたいだけかもしれないですが、此処に居るのは私たちだけじゃありませんから)

 

 そう言って左右を見回す響。ウルトラマンガイアの目を介して見えた姿は、他の四人のウルトラマンだ。

 この身一つではないし、小さな奇跡を纏っただけの少女ばかりだけでもない。奇跡を体現する大きな存在が、こんなにも居るのだ。だからこそ、無茶な願いも信じたくなったのだ。

 

「責任重大だな、80」

「頼むぜ先生。コスモスの力はマリアに貸してる最中だから、自由に使えないしな」

「可愛い生徒の頼みだ、やってみせるさ」

 

 力強く語り、そのまま全員でマリアの展開したメタフィールドに入り込んだ。

 

 

 メタフィールド内の荒野で座り込んでいるゴモラⅡを見て、ガイアと80が優しく近付いていく。

 見慣れぬ存在に警戒の色と共に唸り声を上げるゴモラⅡだったが、80がなだめるとすぐに落ち着いたようだ。

 

『…手慣れてんなぁ、センセイ…』

「兄弟の中では、無害な怪獣の保護は私が受け持っているところだからね」とクリスに答えながらその眼を輝かせ、透視光線でゴモラⅡの身体を隅々まで調べていく。

 ヤプールに改造、侵食されていたところはいくつかあったが、ゴモラⅡそのものを斃さねばならないほどでもない。それが80の出した診断だった。

 

「ジッとしているんだよ」と優しくゴモラⅡに言葉をかけ、相手もまた了承するように首肯する。

 そして80がその身体に力を込め、両手を額に構えて黄金の眼から光線を発射した。

 赤い光線はゴモラⅡの両手に植え付けられたミサイル発射機から体内を侵蝕する超獣改造の痕跡を破壊し、次いで両手を伸ばして放たれた光がその傷を全て癒していく。

 熱線でのピンポイント攻撃とマイナスエネルギーを浄化させる還元光線と言う二つの効果がある【ウルトラアイスポット】と、あらゆる傷を癒す【メディカルパワー】。

 80の持つ二つの優しき技が、ゴモラⅡをヤプールの呪縛から解放した。

 

「…よし、これでもう大丈夫だ」

(本当ですか!?やったぁ!!)

 

 自らを蝕むマイナスエネルギーから解き放たれたのが嬉しかったのか、ゴモラⅡも喜ぶように鳴きながらガイアと80にじゃれつくように飛び掛かった。

 思わぬ一撃に二人して倒れてしまうが、それは何処か楽しげな、平和な光景だった。

 

(あはははは!君も嬉しいんだね!)

『あ、アタシまで巻き込むなよ!!アタシは別に、何も…』

『良いではないか雪音。怪獣にじゃれつかれるなんてことは、生涯幾度あるやも知れぬ貴重な経験だぞ?』

「翼の言う通りだよクリス。それに、こうして見ると可愛いじゃないか」

『サイズがもうヒトの身に余り過ぎてんだよッ!!……可愛いのは、まぁちょっとは認めるけどさ』

 

 素直じゃないクリスの言葉にみんなが笑い合う。その中で次に声を上げたのはマリアだった。

 

(それで、その子は何処に帰せばいいのかしら)

「S.O.N.Gで飼うとかどうよ。名前付けてさ」

『ち、ちょっと面白そうな提案デスね…!』

『お世話、しっかりしなきゃ…!』

 

 思わず目を輝かせる調と切歌だったが、そんな無茶が通るはずもないと、エースが真っ先にゼロを諌めた。

 

「ふざけるんじゃないゼロ、この子達にも悪影響だ。人の寄り付かぬ無人島があればいいが…そんなところはあるか?」

「大丈夫、目星は付けてあります」

 

 80が返答と共に全員に向かってある座標をテレパシーで送信する。そこは南太平洋沖、名も無き熱帯の無人島だった。

 

「此処なら彼が外に出ないように出来ると思う。あとの情報操作は、この世界の人間がする事だけどね」

(理解ったわ、後で風鳴司令にも報告しておく)

(ありがとうございます、矢的先生!!)

 

 

 …そうして無人島にゴモラⅡを運び、其処の自然へ彼を返した。願わくば、彼にもうこんな不幸な事態には遭わないことを祈りながら。

 五つの光は、その地球の反対側から不時着した移動本部へと飛んで帰って来た…と言うのが、ゴモラⅡに関する顛末だ。

 この一連の出来事から、矢的猛は響にとっても恩人として認識されることとなり、お礼に拘ってしまうのもそうしたところからだった。

 そんな少し自信無さげな顔のままの響に対し、翼が優しく彼女の肩を叩く。

 

「案ずるな。立花のその気持ち、矢的先生にもきっと伝わっているさ。それでもまだ感謝を述べ足りないと言うのなら、また機を伺って言えば良いだけの話ではないか」

「翼さん…。そうですね…!」

 

 昇る朝日を背景に、響の笑顔がいつもの明るいものに戻る。その事に安堵しながら、三人は肩を並べて移動本部の方に戻って行くのだった。

 

 

 

「そういえば立花、今日も学校ではないのか?」

「はうッ!!せっかく忘れてたのになんてことを翼さぁんッ!?」

「あら、大変じゃない。此処からリディアンだと、どれぐらいかかるのかしら…。リニアに乗らなきゃ間に合わないんじゃないかしら?」

「確かリディアンの始業が9:00~で今が7:00前か…。急がねばならんな」

「そうね。私はすぐみんなの朝ごはんを用意するから、翼はクリスと調と切歌を起こして、司令か緒川さんに言って出来るだけ速い足を用意してあげてちょうだい」

「承知した。往くぞ立花、今日も一日頑張ろうではないかッ!」

 

 物凄いペースで話が進む翼とマリアに圧された響、乾いた笑いを浮かべながら生返事を返すしかなかった。

 

「……このまま休めれば良かったんだけど、やぁっぱ甘かったかぁ……」

 

 大きな溜め息が一つ。それで気持ちを切り替えて、二人の背中を追って彼女も駆け出した。

 

 

 

 なおこの朝食時に、調と切歌からも休みたいコールが鳴り響き、それに対してマリアから割と真面目な説教があり結局遅刻してしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 そうしてリディアンでは日中の授業が終わり、時間はやがて放課後の昼過ぎとなる。

 生徒達がそれぞれ帰路に着く中で、響、未来、クリス、調、切歌が当然のように集合していた。

 

「センパーイ!お疲れさまデェス!」

「お待たせしました、皆さん」

「切歌ちゃん調ちゃんおっつかれぇー!大丈夫?授業中寝たりしなかった?」

「うっ、えへへへへぇ…」

 

 バツが悪そうに笑う切歌。それだけで把握できるのだから彼女は分かりやすい。

 

「何度も寝ちゃって何度も注意されてたね、切ちゃん。私が起こしても起きないんだもの」

「ご、ごめんデスよぉ調ぇ…」

「ドンマイ切歌ちゃん!大丈夫だって少しぐらいなら!」

「響は少しどころじゃなかったものねー」

 

 切歌をフォローする響だったが、その言葉が今度は未来の逆鱗に触れてしまったようだ。いつぞや程の重圧と共に、激しさの無いが真綿で首を絞められるような、グチグチとした説教が始まってしまった。

 その光景に呆れ顔を浮かべつつ、調と切歌はクリスの方へ向く。

 

「クリスセンパイは眠くならなかったデス?」

「アタシを誰だと思ってんだ。そんなモンに負ける訳ねぇだろ」

「おおー、さすがは先輩」

 

 二人の賛辞に鼻を高くするクリス。得意気になっている彼女の脳裏に、呟くような猛の声が聞こえてきた。

 

(その代わり、休み時間はゆっくりだったね)

(や、休み時間だから良いんだよ別に…!)

 

 猛の指摘にやや顔を赤面させながらも、落ち着いて念話で返す。そう何度も大声で突っ込んではいられないのだ。

 

 

 話が落ち着いたところで歩き出す一行。この後はまた移動本部に戻ってミーティングだ。

 

「せっかく戦いが終わったのに…みんな、大変だね」と声を出したのは未来。

「後始末なんかもあるだろうし、仕方ないよ。それに…」

 

 返事をしながら胸に手を当てる響。まるで自分の中に眠る赤い光から、何かを感じ取ろうとしているようだった。

 

「…それに?」

「うん…。分からないんだけど…なんとなく、まだ何かありそうな気がするんだ…」

 

 それは地球の光を受け取った時、了子から言われた言葉。『やがて地球を覆い砕く災厄となる』というものだ。

 ヤプールとUキラーザウルスは確かに強敵だった。もしも敗北していれば、そのまま地球は砕かれていたのかもしれない。

 だが、響が感じている違和感はヤプールからのものではなかった。それが何なのかは分からないが、どうにも不吉な予感が付き纏ってしまっていた。

 

「…大丈夫だよ。へいき、へっちゃら」

 

 少し表情が硬いままの響が胸に当てている手を、未来が優しく包み込むように両手で握りながら響自身の口癖を言う。

 思わず顔を上げて見た未来の表情は、優しい笑顔だった。

 

「みんなが居る。それに今はウルトラマン達も居る。だから、何かあっても絶対に大丈夫。私はそう、信じてるよ」

「未来…ありがとう。未来やみんなが応援してくれるなら、私達は何が相手でも絶対に負けやしないよ」

 

 親友からの信頼に応えるように、強い笑顔で返す響。不安はあって当然でも、それを払拭できるものはこの手が繋いでくれている。

 だからコレを、この手が繋ぎ奏でる歌を信じよう…。響は改めて…迷う度に何度でも、そう思い返してきた。そしてそれは、この瞬間も同じだった。

 

 

「それじゃあ行ってくるね。また帰る時に連絡するよ」

「うん、気を付けてね。勿論みんなも」

 

 その場の装者全員にそうやって声をかけ、それぞれから明るい返事が帰ってくる。それを聴き終えてから、未来は変わらぬ優しい声で、「いってらっしゃい」といつものように送り出した。

 離れていく距離。不安は無いと言えば嘘になる。だが親友だから…彼女らが背負っているモノを識っているからこそ、信じ貫かなくてはならないのだ。

 お気楽に、小さくなっても何時までも元気に手を振る彼女たちを見送り、未来もまた己が帰路に着く。

 

 

 ――一瞬吹き抜ける風に、思わず空を見上げる未来。だがその眼には明るい晴天の空しか見えなかった。

 …その姿を、小さな暗い人影が見据え、やがて風の中へ消えていった事に気付く由もなく…。

 

 

 

 EPISODE11

【安息の陰、蠢くは影】

 

 

 

 タスクフォース移動本部。昨晩の騒ぎもなにするものぞといった感じに綺麗に片付き本来の任を為すべしとの様相を取り戻していた会議室。

 制服姿の響、クリス、調、切歌と翼やマリア、エルフナイン達タスクフォースの面々が出迎えた。

 

「皆さん、おかえりなさい!」

「たっだいまー!もう準備万端って感じだね!」

「あぁ、此方はいつでも大丈夫だ」

「北斗さんと矢的さんは如何かしら?」

 

 マリアの言葉にクリスは鞄に仕舞ってあったブライトスティックに、調と切歌は互いの中指に通されたウルトラリングに其々話しかけるように念を送る。そして数秒の間をおいて、三人が笑顔で首を縦に振った。

 

「センセイ」

「北斗さん」「出て来て下さいデス!」

 

 声と共にそれぞれから光が放たれ、それぞれの姿を形成していく。すぐに肉体が顕現し、クリスの隣には矢的猛が、調と切歌の間に北斗星司が姿を現した。

 

「よう、みんな!」

「お待たせしました」

「お二人とも、改めて先日は…いや、かねてよりのご協力、ありがとうございます」

 

 二人の顕現と共に、真っ先に弦十郎が歩み寄り、タスクフォース司令として一礼と共に感謝を述べた。

 

「いいえ。私達も、何度も彼女たちに助けてもらってきました」

「ヤプールを退けることが出来たのは、全部この娘たちのおかげだ。こっちこそ、感謝しているよ」

 

 星司が弦十郎の手を取り握手し、その握られた手の上に猛がそっと添えた。

 二人の、自分よりも年端を重ねた大人達の言葉が弦十郎の胸に響いていく。この娘らに力を貸してくれる者達が、彼らのような人物で本当に良かったと。

 大人としての自分の役割が無くなった訳ではないし、手を離すつもりも毛頭無い。だが彼もまた一人の人間。近い目線で彼女らを見てくれる者が傍に居てくれること、自分の手が届かぬ時に手を伸ばしてくれる者が居ることが純粋に心強かった。

 そんな大きな想いを込めて、今度は一人の男・風鳴弦十郎として、星司と猛に対し深く頭を下げた。

 

「――…ありがとう、ございます…!」

 

 彼のその想いを受け取ったのか、星司は笑顔のまま空いた左手で弦十郎の肩を叩き、猛もまた隣で優しく微笑んでいた。

 

 

 大人たちの話も終わり、改めてミーティングが開始された。

 今度は前回とは違い、ウルトラマンエースこと北斗星司の同席と、立花響とマリア・カデンツァヴナ・イヴが新たにウルトラマンとしての力を得たと言う状況に移り変わっている。

 

「…という訳で、折角だ。先ずは自己紹介をしていただこう!」

 

 先程とは一変して明るい笑顔で話す弦十郎。自己紹介とは誰の事だという表情がチラホラ見られたが、二人の少女はそれが誰の事かハッキリと理解っていた。

 

「星司おじさん、出番デスよ!」

「お、俺の事だったのか今の!?」

「うん。こうしてみんな一緒になるの、初めてだから」

「いや、だが、既に昨日顔を合わせているじゃないか…」

「星司兄さん、こういうのは皆との関係を円滑にする為のもの…社交辞令ですよ。私は勿論、ゼロとエックスもやっているのです」

『なんなら代わりに俺がやってやろうか?ウルトラマンエースはこんなシャイな一面もあるってな』

「ゼロ、無礼で余計な口を挟むんじゃない」と呆れ顔ながらすぐさま彼を諌めブレスレットを叩く翼。何時の間にやら、随分慣れたものである。

「大丈夫デスよ!ね、星司おじさん?」

 

 期待に満ちた調と切歌の眼が星司に突き刺さる。歳を重ねたせいか、人の前に立って注目の的にされるのは少しばかり抵抗が彼の心中にはあった。

 だが彼女らの期待には応えたいし、何より自己紹介なんかで嘗められたくなどない。この場では自分が、一番の年長者なのだから。

 

「…よぉし、往くか…!」

 

 意気を高めて席を立ち、全員の前に出る星司。思えば過去、自らが所属していた防衛隊での初顔合わせでもこんな感じだっただろうかと、懐かしむように周囲の顔を眺める。

 変わったのは自分の齢と、眺める先にいる者達の若さだろうか。だがこうなっては、後はもう勢いだ。

 

「…んんっ…。…こうして顔を合わせるのは、昨晩振りだろう。だが、折角風鳴司令に言われたんだ。改めて自己紹介させてもらう。

 俺は北斗星司。またの名を、ウルトラマンエースだ。今は装者…月読調と、暁切歌の二人と同時に一体化している。改めて、よろしく頼む!」

 

 少しばかり語気は強かったが、最後に出て来たいつもの笑顔が誰の目にも印象的だった。

 何処からか、さも当然のように鳴り渡る拍手にどうにも照れてしまいながら早足で席に戻って行く星司。ドカッと座ったところで隣の調と切歌から無邪気に労いの言葉をかけられるも、つい鼻であしらうような素気ない返しをしてしまった。

 だが無骨な赤面顔でそんな事をされても、ただ可愛いと思われるという事は理解らなかったようである。

 

 

 星司の自己紹介の後に、入れ替わるように前に出たのは弦十郎。星司に一言感謝を述べた後。その顔を少し引き締めてその場の全員に向けた。

 

「さて、此処からは真面目なミーティングだ。

 既にウルトラマンたちから聞いていたと思うが、先日の戦いでヤプールは退けたと言って良いとの事だ。…だが、事態はそう簡単な話ではなかった」

 

 弦十郎の言葉に次いで星司と猛が立ち上がり、翼のブレスレットからもゼロがホログラムとして出現した。そして先ず声を出したのは、星司だった。

 

「…先ず、俺達はヤプールを追い、その侵攻を阻止する為にこの世界にやって来た。だが、追っていた敵はヤプールだけでは無かった」

「ヤプールと共謀し…いや、恐らくはその力を利用して自らの悲願を為し遂げようとする者…」

「それは、一体…!?」

『――…そいつの名は、超時空魔神エタルガー』

 

 ゼロから発せられた言葉に異様な重さを感じ、その場が凍るような感触を覚える。それに呑まれないようにする為か、響が少し明るい声で率直な感想を述べた。

 

「ち、超時空魔神とは…こりゃあ中々に大層な名前ですな…あはは…」

『実際のところ大分厄介な奴だ。俺も以前アイツとやり合ったが、ウルティメイトイージスの力と渡り合うぐらいだったからな』

「…相当なものね」と返すはマリア。

 

 今現在ウルティメイトイージスは彼女がウルトラマンネクサスへと変身する為に一体化している状態であり、それがどんな力を持っているかは彼女の身体がよく理解っていた。

 其処から漏れた呟きは、エタルガーがどれ程の者かを推し量るのに十分でもあった。

 

「そいつがヤプールと一緒に攻め込んで来たってのか。だが奴さんはカゲもカタチも見えなかったぜ?」

『あぁ。元々エタルガー自体は、俺と別の宇宙の仲間たちでブッ倒してやったんだ。だがヤツの魂は怪獣墓場に流れ着き、そこでヤプールと出会って侵略を計画した…もんだと思う』

「魂だけの存在…。それが、ヤプールと一緒にこの世界へ…」

「そのままお墓で大人しくしてれば良いのに、マムとは大違いで傍メーワクなヤツなのデス」

 

 切歌の溜め息ももっともだ。幽霊や霊魂の類は此方の世界にも逸話として幾らでも存在しているものの、それがこうやって現実を…地球規模で侵蝕してくるなどオカルト以上のなにかだ。

 

「エタルガー…いや、便宜上ここはエタルガーソウルと呼ぶべきか。それの目的はヤプールと同じく、マイナスエネルギーの収集だと思われている。自らの復活の為に、その力を使うのだろうね」

『アイツが本来の力を取り戻せば、マイナスエネルギーなんざ集め放題だからな…』

「そ、そんなに大変な力を持ってるんですか…!?」

『あぁ。なんたってアイツの能力は、【相手が最も恐れを示す存在の幻覚を見せたり、実体として召喚する】なんて代物だ』

 

 ゼロの言葉に一同の顔が嫌悪で歪む。それが事実なら、とんでもなく厄介で非常に厭らしい能力だ。

 

「最も恐れるもの…一体何が、出て来るんだろう…」

「黒くて速くて飛んでくるアイツが怪獣サイズにドデカくなって現れたりでもしたら、とても正気じゃいられんデス…」

「あー、分かる分かる…。嫌だよねーアレ…」

 

 嫌悪感全快の切歌の言葉に笑いながら肯定する響。なおアレがなんであるかは、ここでは敢えて言及しないものとする。

 そんな少し柔らかく…言葉を変えると浮ついた空気を引き締めるように、今度は星司が言葉を発した。

 

「恐怖は乗り越えられる。だが、誰しもが乗り越えられるだけの力を持つとは限らない。特に、自分自身が最も恐れているモノともなればな。

 過去の傷は、どれだけ傷口を塞ごうとも心の奥底に遺っているもの。エタルガーの力はその深い傷痕に入り込み穿り拡げるものだ。時間が埋めていたはずの傷が、時を越えて自分自身に襲い掛かってくる。

 そしてそこから発生する恐怖と絶望は、最も効率よく高め集められるマイナスエネルギーとなり、ヤツへと還元していくのだろう」

 

 真面目に語る星司の顔は、ヤプールと相対している時と同じような…何処か怒気を孕んだ険しい顔になっていた。ヤプールと同種のこの存在を決して許してはおけぬと言う心の内を、一体化している調と切歌にも伝わって来た。

 

「…だが、ゼロの言葉の通りならば、魂だけのエタルガーの力は全盛より遥かに劣ると言うことではないのか?」

『翼の言う通りだ。今のアイツに出来るのは、ごくごく小範囲に恐れの幻覚を見せる程度のモンだろうな』

「ですが、そんなのが相手だとより一層気を引き締めなければいけませんね…」

 

 慎次の言葉に一同が首肯する。相手の心に侵蝕するものならば此方が如何に直接的な防護を固めても効果は薄いだろう。

 文字通り精神を鍛え引き締めることが、今出来るエタルガーソウルへの唯一の対策なのかもしれない。

 

「…だが、脅威はエタルガーだけじゃない…」

 

 そう口に出したのはマリア。前に出て、自らの持つ通信端末を繋げて数日前の情報を開ける。

 そこに映し出されていたのは、マリアが変身する切っ掛けとなった脅威…”バケモノ”の姿だった。

 本能的に直視を拒みたくなるそのフォルムに、その場の全員が再度嫌悪で顔を歪めた。

 

「ま、マリア…なんなんデスかそのドギツくキモいのは…」

「…私がウルトラマンに適合した時に対峙した敵よ。…コイツは人を喰らい、ノイズをも、喰った」

「ノイズも…!?そんなことって…」

「私だって目を疑ったわ。でも、それは夢でもなんでもなかった。…これが、そう教えてくれたから」

 

 言いながら取り出したエボルトラスターを握り見つめる。彼女に宿ったこの光は、それがなんであるかを何よりもよく識っていたのだ。

 

『スペースビーストか…。まさか、こんなヤツまで現れるなんてな…』

「エックスさんもご存じなのですか?」

『あぁ、私の居た世界の地球でも出現したことがある。その本能は”攻撃”と”捕食”のみ。生物ならばどんなものにでも本来在るべき”同胞への愛”や”種の保存”と言った本能すら持たない、危険極まりない相手だ。

 そういったところは、こっちの世界のノイズと似たようなものかも知れんな』

 

 確かに、人類の相互不理解から生み出された人を殺す為の存在であるノイズもスペースビーストと似たような存在なのかもしれない。

 だが確実に違う点は、ノイズの殺意は単純かつ機械的なものに対して、ビーストのそれはもっと深い…深淵の闇のように蠢き沸き上がるものだ。対峙したマリアだけが、それを感覚で理解していた。

 

「このバケモノ…スペースビーストへの対処はどうするべきだ、エックス?」

『細胞の一片も残さずに殲滅させる…と言うのが最適解だ。種族の違いはあるだろうが、ビーストは再生能力が高く、細胞が分散したぐらいでは再度結合、近くの生物を捕食することで復活することもあると聞く。

 敵を斃す方法として見れば物理攻撃で相手を破壊するのは勿論有効だ。だがそれだけでなく焼却処分までする必要まであるだろうな』

「予想以上に厄介この上ねーな…」

『そうだな…。そんな相手だ、ウルトラマンであれば細胞レベルで破壊できる技を持つネクサスが、君ら装者であればネクサスと適合したマリアか武装の都合上でクリスでの対処が必要になってくるだろう』

 

 エックスの話につい溜め息を吐いてしまう。殴り合いや斬り合いが通じるとは言え、下手に放置すれば蘇り再度人を襲うかもしれない。これではまだノイズの方が対処しやすいのではないか…そう考えるのも致し方なかった。

 そんな連続する敵の情報に空気が重くなってきたところで、耐えかねたのかつい響がまた軽口を差し込んだ。

 

「でも、ノイズみたいに触れた相手を炭化する能力とか無いなら師匠や緒川さんでも戦えちゃいますね」

「あまり俺達をアテにするなよ?助けに行ける状況ならば迷わず向かうが、そうでない場合も多いからな」

「分かってますよー。師匠が無断で出動したら国連の方から緊急警報が入る事も知ってますし」

「あの警報はスゴいうるさいんで勘弁してほしいのデス」

 

 などと何処か和気藹々に話すタスクフォースの一同に、ウルトラマン達は少し困惑していた。

 

『…なぁ翼。お前らのボスって何者だ?』

「ふむ…一言で言い現すならば、この世界における【地上最強の生物】だな」

『……よくよく考えるととんでもない組織だなココは』

 

 思わず呆れ声で返すゼロ。エックスも動きは無いものの小さな溜め息は肯定を示していた。

 ただ星司と猛だけは、ゼロに対してこっそりと『そっちも似たようなものだろう』と思ったりしていたとか。

 

 

 

「話を戻そう。エタルガーソウルとスペースビーストに対する対抗手段は把握出来ただろうが、未だこの世界を狙う敵が裏で跋扈しているのは明白だ。各自気を引き締めて、入念に対処してほしい」

 

 弦十郎の言葉に全員が肯定の返事を返す。

 

「しかしまぁ、ヤプールといいエタルガーやらビーストやら…一体誰がこっちの世界へ手引きしやがったんだ?」

 

 クリスの出した疑問に答えを放ったのは猛だった。

 

「黒い影法師。…私達はそう呼んでいる」

「黒い、影法師…?」

「負の感情の塊…意思を持ったマイナスエネルギーそのものがヒトの形を為したものと言われている。私達は過去に後輩…ウルトラマンメビウスが平行世界で影法師と戦っていたのを聞いていた。

 影法師は邪悪な宇宙人や凶悪な怪獣を密かに招き寄せ、すべての世界を制圧、破滅へと導くことが目的と言われている」

「それがアタシ達の世界をロックオンしちゃったってワケデスか…」

「偶然なんだろうが、君たち装者とシンフォギアが奏でた歌が…世界を守護った輝きが、黒い影法師に目を付けられてしまったんだな。

 そこからヤツはヤプールを…そして復活を画策するエタルガーを呼び込んだのだろう」

「しかしヤプールの断末魔…ヤツが自身を”呼び水”と言ったことが気になります」

「あぁ…。だが、何にせよこれでやる事がハッキリした」

 

 星司の言葉に全員の気持ちが硬くなる。敵の全貌と目的がある程度鮮明になった以上、こんな戦いを終わらせる手段だって見えてきたようなものなのだ。

 

「改めて宣誓する。俺達ウルトラマンは、この地球と其処に生きる者達を守護る為に全ての力を以って戦う。そしてどうか…君達の力を俺達に貸し、共に戦って欲しい」

 

 ゆっくりと頭を下げる星司と、一緒になって礼をする猛。ゼロとエックスは特に動くことは無かったが、彼らもまた二人と想いを同じくしていたのは誰の目にも理解っていた。

 信じた正義を込めて握った拳、そこに種族の差などは無い。この場の誰もが、地球を守護るために全力を尽くす…。決して揺れることのない、何よりも強い想いだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 11 【安息の陰、蠢くは影】 -B-

 

 次いで前に出て来たのはエルフナイン。端末を繋げ、モニターの一部にエックスのバストアップを映し出した。

 

「それでは変わりまして、僕とエックスさんから新しい報告と提案です」

『みんな、先ずはこれを見てくれ』

 

 そう言って映し出された映像は、Uキラーザウルス・ネオとウルトラマン達の戦い…その佳境、立花響が変身したウルトラマンガイアが、Uキラーザウルス・ネオの腹部とその中のノイズ製造機を貫き壊した場面だ。

 

「な、なんかこうやって、改めてまじまじ見られるのって少し恥ずかしいかも…」

「何言ってんだよバーカ。んで、コレがどうしたっての?」

「ハイ。この時のウルトラマンガイアの姿にご注目ください」

 

 拡大表示と共に解像度を引き上げ、分かりやすくする。構え昂るガイアの姿は、身体から猛烈なフォニックゲインが溢れだしていた。

 その溢れるフォニックゲインが見せる姿は、まるで…

 

「…ガングニールを、纏っている…のか…?」

 

 翼の呟きに一同の目がそのガイアの姿へ注がれる。確かにその姿は、どことなく響が纏うシンフォギア、ガングニールにも見えるものだ。

 

「次に、この時の響さんとウルトラマンガイアとのユナイト数値をご覧ください」

 

 モニターにもう一つの窓が開き、其処に響とガイアのシルエットと数字の入ったグラフが描かれていた。

 その多少上下はしているものの、その数字の最高点はなんと200を叩き出していた。

 

「…この数字って何か凄いの、エルフナインちゃん?」

「他の皆さんと比較して見ても段違いです。この状態になる前の響さんとウルトラマンガイアのユナイト数値は大体80。それを鑑みても倍以上のユナイト…ウルトラマンとの一体化を為したと言えるのです。

 ちなみにですが、他の皆さんの数値はこうなっています」

 

 エルフナインの言葉と共に、響とガイアの者と同様に他の装者とウルトラマンのシルエットの入ったグラフが表示された。

 数値の上で見ると、その高さの順は響とガイア、翼とゼロがほぼ同程度。その次がマリアとネクサス。クリスと80、調と切歌とエースはその下に付けていた。

 

「結構バラつきがあるのね。でも、私の数値が思ったより高かった…」

「…あんまり言いたかねーが、下に居るってのは良い気分じゃねーな」

「でも、やっぱり私達は一番下…」

「アタシたち二人は、まだまだ力不足ってことなのデスかね…」

 

 数字と言う何よりも明確な順列を目の当たりにしたからか、少しばかり声を落とすクリスと調と切歌。

 だがそれにはちゃんとした理由がある。その事を伝え出したのは、エックスだった。

 

『三人とも、そんなに気を落とすことじゃない。前にも翼に説明はしたが、過剰なユナイトは共に在る者へのバックファイアがより大きく起こりやすくなる。君たちへのダメージが更に上がるということだ。

 きっとエースも80も、君たちへの負担を抑える為に敢えてユナイトを押し留めてくれているんだろう』

 

 そう言われて納得した。この二人は、一緒に戦おうとしてくれている中でも自分たちの身を一番に考えてくれているのだと。

 それに同意するようにクリスに向けて微笑む猛と、調と切歌の目から逃れるように顔を背ける星司。互いに反応は違えど、その想いは同じものだとそれぞれが気付き、少し嬉しそうに微笑んだ。

 

『特にウルトラマンエースはかなりの例外だからな…。二人を同時にユナイトさせて、二人のフォニックゲインをそれぞれ別に扱ったりそれを融合させて戦うのはかなり高度な技術のはずだ』

「やっぱり、北斗さんって凄いんだ…」

「…知らん。俺は元から、そうやって戦って来ただけだ」

「じゃあそれじゃあ、星司おじさんと一緒に戦ってた人が居たってことデスよね。どんな人だったんデスか?」

 

 切歌の無邪気な質問に、ふと顔を固める星司。一瞬の迷いと共に出た言葉は、あまりにも簡素だった。

 

「……また、時間がある時に話そう。必ずだ」

 

 そう言って笑った星司の顔は、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。

 聞いてはいけなかったことだろうかと不安になる切歌だったが、そんな彼女の頭を星司が優しく撫でる。

 言葉にせずとも一体化しているから分かる。星司は別に怒ってなどいないし聞かれたくない事でもない。ただ今は、この話をする場ではないと言っているようだった。

 

「んじゃあよ、先輩の数値がそれだけ高いのはどういう事なんだ?」

「元から翼さんとゼロさんの波長が似ているのではないかと言うことと、ある種の信頼関係が影響しているのではないかと思います」

 

 そのエルフナインからの言葉と共に、全員が翼とゼロの姿を見合わせる。件の本人たちも、互いを見つめ合い、何方からともなく首を傾げた。

 

『…似てると思うか、翼?』

「さぁ…。ただ、お前にならばこの命を預けられるという信頼感ぐらいは持ってる心算だがな」

『ヘッ、仲間の命も守護れねぇでウルトラマンは務まらねぇからな』

「あぁ、それは此方もだ」

 

 互いに互いとの会話で結論を出してしまう翼とゼロ。そんな二人を見ながら、やはり周囲も首を傾げてしまった。

 

「んん~~…似てるような…」

「似てないような…って事か」

 

 これ以上言及するような事でもないと話を終える。となると、自ずと次の興味は、響とマリアへ向けられることになる。それが、この話の中核に踏み入れる題材でもあった。

 

「それでは最後に、響さんとマリアさんのユナイト数値についてです。

 お二人の数値がある程度高いモノとなっているのは、ウルトラマンになった経緯、及び一体化した存在に依るものと考えています」

「経緯と存在、とは?」

 

 翼からの問いに、先ずはマリアが話を始める。この経緯は、まだ誰にも話していなかったことだ。

 

「私と一体化したウルトラマン…ネクサスの力は、元来はウルトラマンゼロの所有していたウルティメイトイージス。それと共に存在していた二人のウルトラマン、ウルトラマンダイナとウルトラマンコスモスの力の片鱗なの」

『切っ掛けはシドニーでの戦いの時…。俺が地球に降り立った時だな。その時にイージスと二人の力は俺から離れ、マリアを適能者(デュナミスト)に選び命とウルトラマンの力を与えた…って事か』

「えぇ、そういうこと。…そして私と共に在るこの光は、ゼロやエックス、北斗さんや矢的さんみたいな”個”を持たない、とても大きな意思だと言う事。

 響の得た光も、そうでしょう?」

「…ハイ。私が託された光は、この地球そのもの…地球の命の一部だって、了子さんが言ってました」

「フィーネがッ!?」

 

 とつい語気を荒げてしまうクリス。それに対し響は神妙に頷いた。

 

「了子さん、もう自分は輪廻することが無くなったから地球に還ったって言ってました。それでもこの危機に…災厄から地球を守護るために、この光をウルトラマンの力に変えて私に託してくれたんです」

「そうか…櫻井女史が…」

 

 もう出会うことのない者へ向けた感傷…そこに浸る時間は僅かにしてもらうように、少しの間を空けてエックスが話を続けていった。

 

『…すまない、話を続けるよ。

 響とマリア…二人に与えられた光はどちらも大いなる意思と言っても過言ではない。我々他のウルトラマンとは違い、個を持たぬ意思だからこそユナイトにも齟齬は生じにくい。それが、二人が高い数値を出している理屈だ』

「そして先程のエックスさんのお話の通り、高い数値を出す高位のユナイトは装者とウルトラマンとの一体化が深まり、運動性能や攻撃能力の向上というメリットと被ダメージ時における装者へのバックファイアの増大というデメリットに繋がります。

 ですが、効果はそれだけに留まらなかった」

 

 言いながら再度モニターに重ねられている窓を操作するエルフナイン。一番前に移したのは、フォニックゲインを纏ったウルトラマンガイアの写真だ。

 

「さっきも言ったように、この時の響さんとウルトラマンガイアとのユナイト数値は200。その過剰なユナイトと、それに伴うシンフォギアの共振で爆発的に増大したフォニックゲインが齎したもの。

 …コレは、皆さんにとって新たな力になる奇跡です」

 

 続いてエックスが一枚のグラフィックを展開した。それはウルトラマンガイアでありながら、その身体には多くの変化が見て取れた。

 ライフゲージの両脇を覆うガイアブレスター、其処に付随するのは羽根のようなプロテクター。

 両の下腿と前腕には、それぞれ特徴的な形の装甲を身に付けている。そして首には溢れるエネルギーを模しているような二股のマフラー。

 誰もが目にした瞬間気付いた。コレは正しく…

 

「ガング、ニール…!?」

 

 頷くエルフナイン。そしてそのまま言葉を続ける。

 

「巨大な驚異に対し発現した、光と歌の融合が齎す更なる力…」

『ウルトラマンがシンフォギアを纏う、二つの奇跡のユナイト。その力の名は…』

 

 

「『 ウルティメイト・フォニックギア・テクター 』」

 

 

 ウルティメイト・フォニックギア・テクター。歌巫女と重なり合った光の巨人がその身に纏う聖鎧。

 語るエルフナインとエックスだけが概要を知る其れを、他の者達が現実的なものであると認識するにはまだ時間が必要だった。

 だがその存在を明かした事で気分が盛り上がったのか、前に立つ二人がどんどん話を進めていった。

 

「コレは簡単に言いますと、その名と見た目の通りにウルトラマンが各適合者と高位のユナイトを引き出した時に発するフォニックゲインにて聖遺物を再励起。

 それと共にシンフォギア…FG式回天特機装束を外部へと再展開。ウルトラマンのサイズに合わせての巨大変形を行い、コンバインすることで完成するウルトラマン専用強化外装です」

『外装の組成については私の経験とそれに基づくデータが参考になった。私が自らの世界の地球で戦っていた時に、そこの防衛隊が与えてくれたモンスアーマーと言う技術でな。

 電子化された怪獣、そのデータが私と結合することで多面的に効果を発揮する強化外殻となってくれたんだ。

 それを応用してシンフォギア・システムをウルトラマンと適合。君たちにとっての更なる力となるんだ』

「従来のシンフォギア・システムと同様に、装者とウルトラマンの相互適性に合わせて形態をある程度変形させることが可能で、それは専用武装であるアームドギアも適応します。

 高位のユナイトが必要になるのはギア変形の際に思考の齟齬が発生しないようにする為でもあると言うことですね」

 

 …などと、エルフナインとエックスから言葉がまるでイチイバルのような爆裂乱射として降り注いでくる。

 流石に付いて行けなくなったのか、それを聞くほとんどの顔が緩やかに歪んできた。響と切歌に至っては机に顔を突っ伏してしまっている状態で、クリスは勿論のこと比較的落ち着いていた翼やマリア、調だけでなく弦十郎や慎次、星司と猛の大人組ですら困り顔に変わってしまっていた。

 

「―――………という訳で、すぐにこのウルティメイト・フォニックギア・テクターの実用化と安定化を為すべくギアの再調整とシステムのアップデートを行おうと思います。

 皆さん、またお手数をおかけしますがよろしくお願いします!」

 

 ペコリと大きく礼をするエルフナインと共にエックスが何処から出したのか拍手のサウンドエフェクトをかき鳴らした。

 それを聞いてようやく全員の意識が彼女の方に向き、釣られるように小さく拍手を行った。此処までの所要時間、約60分。

 

『いや話長すぎんだろッ!!』

「あとなんなんだよその拍手はッ!!」

 

 キレのあるツッコミを入れるはクリスとゼロの不良コンビ。互いにパートナーではないものの、こういう時の一致具合は恐ろしい程に咬み合っていた。

 そんな二人のツッコミは小動物のようなエルフナインにとっては叱咤と言うより恫喝のように聞こえたのか、思わずその小さな身体を強張らせて涙目になりながら謝ってしまった。

 

「はうぅっ!?ご、ごべんなざぁいぃ…!」

「あー、クリスちゃんがエルフナインちゃんなーかせたー」

「なっ…お、お前なぁッ!?つーか途中で寝てたヤツにンなこと言われたくねぇ!!」

「ゼロもだ。折角エルフナインが懇切丁寧に説明してくれたと言うのにそれは無いだろう」

『えっ、俺が悪いの?』

 

 罪の所在を明らかにするつもりは毛頭ないが、泣かれてしまうと形勢的には圧倒的に不利だと言うのがよく分かる。

 なによりエルフナインはボケとかそういう心算は一切無く、ただ真面目に真剣に語ってくれただけなのだ。ちょっと熱が入り過ぎたぐらいで。

 そんな少しこんがらがった空間を解きほぐすべく、軽く手を叩きながら猛が前に出て来た。まるで本職さながらの仕切り方だ。

 

「はいはいみんな落ち着いて。こんなことで言い争うんじゃないよ」

「センセイ!でもよぉ…!」

 

 クリスの反論を言わせないように、優しい笑顔のまま差し止めるように掌を開き突き出す猛。そうされてしまっては、不思議とクリスも今はこれ以上何も言えなかった。

 

「エルフナイン、私達の新しい力について詳細によく話してくれた。ありがとう。だが、今度話すときは要点を纏めて皆に分かりやすく話してあげて欲しい。

 みんなの事をそこまで考えられる君ならば、そういう事も必ず出来る」

「…はい、分かりました!」

「クリスとゼロ、他人の足りないところをハッキリ指摘できるのは良いところだ。だがそれは、言葉一つで関係を瓦解させかねないことでもある。

 一長一短。君らならこの意味を理解してくれるね?」

 

 猛の優しい言葉にクリスは少し複雑な顔で首肯。ゼロは毎度の通り何処か気楽に聞き流すような態度をとっていた。

 彼の師がこんな不敬な姿を見ていれば紅蓮の鉄拳が飛んでくることは必須。だが決してそういう事をしないのが、80の方針だった。それに何より、ゼロ自身もこれまでの経験でそういう面もちゃんと理解していた。

 そんな教師としての力で空気を解した猛が、そのまま先程のエルフナインの話を総括していく。

 

「私達の新たなる力、ウルティメイト・フォニックギア・テクター。

 要点を抜粋すると、発動には装者と私達とが高位のユナイト…数値にして150以上のものを為さなければならないと言う事。

 そのためにイグナイトモジュールを併用。モジュールの三段階開放にて外装を形成する為の高出力フォニックゲインと引き出すと同時に、装者が受ける魔剣の侵蝕を私達ウルトラマンも共有することで出力とユナイト数値を人為的に上昇させる、という仕組みだね」

「は、はい!その通りです!」

「うん。それじゃあみんなから、なにか質問は有るかな?もし細かい構造に関することであれば、後で個人的にエルフナインに聞くことを勧めるけども」

 

 完全に教師状態の猛の言葉に、何処となく周囲が静まり返る。その中でまず、そっと響が手を上げた。

 

「はい、響」

「あのぉ~…これはその、別に質問と言うほどのモノじゃないんですが…」

「大丈夫、言ってみなさい」

 

 優しい猛の言葉に、響は不安の顔を消して立ち上がる。発した言葉は質問ではなく提案に近いもので、その内容も別段重要なものでもなく…詰まる所どうでもいいモノではあった。

 

「その…せっかく名前を付けてくれたエルフナインちゃんやエックスさんには悪いと思うんだけど……長くない、その名前?」

 

 ウルティメイト・フォニックギア・テクター。その名を全員が反芻し、言葉を刻んでいく。其処から得られた感想は様々なものだった。

 

「…私は特に気にはならないな。イグナイトモジュールも似たようなものだろう?」

「長いと言われればそうかも知れないし、さりとて気にし過ぎるほどのモノでもないような…」

 

 と反対意見を述べたのは翼とマリアの年上組。しかし思考を重ねていく中で、響に同調する声も上がって来た。

 

「まぁ正直なところ、アタシも長いと思うかな」

「別段難しい言葉ってワケじゃないんだけど…」

「なーんか舌噛みそうな気がするんデスよねー」

 

 装者たちの意見は2対4。大人たちは別段どちらでも良かったことなので、ここは当事者である彼女らに任せる方針だった。

 

「それじゃあ簡略化した名称案を考えてみましょう。ですが、どんな名前が良いんでしょうか…」

 

 と真面目に考え込むエルフナイン。彼女からしたら元々のその名前で行くつもりだったのか、名称簡略化など考えるようなものではなかったのだ。

 同様に頭を悩ませる装者たち。なかなかどうしてこういう案と言うものは浮かび辛いものだ。そんな中で、響がポツリと呟いた。

 

「……ウルトラマンがシンフォギアを纏うんだから、【ウルトラギア】……とか?」

 

 静寂のまま全員の目が響に向けられる。誰もが感じたことは、彼女がなんとなしに呟いたその単語、それがスーッと染み渡って行くような感覚だった。

 

「ウルトラギア…分かりやすくて良いと思いますデス!」

「それなら舌噛みそうな事も無いしね」

「そ、それは言わないで欲しいのデェス…!」

 

 先だって肯定を声を上げる調と切歌。他の装者…翼、クリス、マリアからも特別異論や対案が出た訳でもなく、納得するように笑顔で首肯する。

 

「立花らしい、明快で良い呼び方だな」

「存外馬鹿っぽい感じにならなさそうで何よりだよ」

「いやぁ~クリスちゃんは手厳しい!我ながら中々の名案だと思ったんだけど、もーちょっと褒めてくれても良いんじゃないかなぁ?」

「ちょーしに乗んな」

 

 と相槌を打ちながら響の額に軽くチョップをぶつけるクリス。そのツッコミの優しさが、彼女なりの礼讃の態度でもあった。

 響にとってはそれも理解っていた事なのか、ツッコミに対して責めるような言葉は出さずにただ嬉しそうに笑っていた。

 

「それじゃあ、今からこの強化システムはウルトラギアと呼称することにする。…で、良いわねみんな」

 

 締めるように話すマリアに、その場の全員が肯定を示す。

 ウルティメイト・フォニックギア・テクター…略してウルトラギア。一先ずは名前と言う形で、全員の心に刻まれる運びとなった。

 

 

 

「よし、じゃあ話が一つまとまったところで次に行こう。他になにか、質問事項はあるかな?」

 

 再度みんなを纏めるように話す猛。しばらく待っても何処からも手が上がらずにいたので、これで終わりだろうと思ったその時。おずおずと、今度は調が手を上げた。

 

「はい、調。どんな質問かな?」

「ウルトラギアの展開について…。…魔剣の侵蝕をウルトラマンも共有するとありましたが、それは本当に必要なことなんでしょうか」

「と、言うと?」

「ダインスレイフを埋め込んだイグナイトモジュールは、私達の心の闇を増大させて力に変えるモノ…。それは言うなれば、ブーストされたマイナスエネルギーそのものです。

 みなさんに…特に矢的先生にとって、それは忌避すべきものではないのでしょうか」

 

 言われて他の装者全員がハッとした。イグナイトモジュールはただ単純な、便利な短期決戦用ブースターではない。暴走による精神汚染を是とした上で成り立つ破壊の力なのだ。

 慣れのせいだろうか、誰もがそれを失念してしまっていた。

 

「それに、私は切ちゃんと一緒に二人で北斗さんと一体化しています。もし私達がそれを使うとなると…」

「二人分の侵蝕を、星司おじさんが一人で受けちゃうってことデスか…」

 

 言葉にした途端、切歌の顔も不安で曇りだす。その身を貫く魔剣の楔…己に対応した一つだけでも酷い苦痛と衝動に晒されたのだ。

 それを二人分受け止めなくてはならないと言うのは、如何に星司であろうとも…。そんな不安を想った瞬間、二人の頭を大きな手が圧し掛かるようにポンと乗せられた。

 優しく温かい、いつもの星司の掌だった。

 

「余計な心配はしなくていいぞ、二人とも。君らの心の闇ぐらい、いくらでも受け止めてやるさ。

 魔剣だか何だか知らんが、そんなもんには負けんッ!……ってな」

 

 ニカッと笑いながら胸を張って言う星司。だったが、周囲の空気はゴルゴダ星ばりに寒い。

 

「…おじさぁん、オヤジギャグばっかりやってたら本当にオヤジになっちゃうデスよ…?」

「――なんだとォこの小娘がッ!?」

 

 溜め息を吐く切歌。その頭の上に乗せていた星司の手が、力を込めて握り締めた。俗に言うアイアンクロー状態である。

 ギリギリと音がするような締め付けに、思わず切歌が喚きだした。

 

「痛い痛いデェェース!!ぼーりょくー!ふじょぼーこー!ドメスティックなバイオレンスデース!!」

「なぁにが婦女だお子様め!そういうのはマリアみたいに大きくなってから言うもんだ!!」

「あー!今度はセクハラデース!!せーんせぇー!!」

 

 まるで父娘のじゃれ合いのような光景を眺め、つい周囲に笑顔が溢れだす。それは闇などものともしないと言わんばかりの、眩しい姿だった。

 

「フフ…杞憂、だったかな」

「かもね。続き現れる敵と、新たなる力…。それでもこの世界を守護るためならば、私達は共に戦っていける」

 

 確信を呟くマリアに、皆が一堂に強い肯定の目を向けていた。

 それは不退の決意。各々が大切に思うものを必ず守護るという想いであり、迫る脅威にも決して負けぬと固めた意志でもあった。

 そんな姿を目にした事に喜びを覚えたのか、猛が優しく笑顔で語り出した。

 

「…確かに私は、マイナスエネルギーを研究、根絶する為に戦ってきたことがある。だが、戦いの中で多くを経験した時に知ったんだ。時にマイナスエネルギーは、正しき力を引き出す為の糧にもなるものだと。

 エルフナインが作り上げ、君たち装者が乗り越え掴んだイグナイトモジュールの力。それは正しく、プラスに転化したマイナスエネルギーの象徴に他ならない。

 私たちはそんな力を得た君たちを信じている。だから君たちの掴んだその力も共に信じ、この地球を守護るために最後まで一緒に戦いたいと思うんだ」

 

 臆面も無く語る猛の姿に、誰の心にも暖かい何かが沸き上がってくるのを感じていた。

 本当に、聖人さながらのこの男には他者を絆す大きな力があるのではないかと考えてしまうほどにだ。

 そうして互いに想いを固めたところに、現状と言う指摘を加えるエックス。それは次へ進むために必要なことであり、決して彼が空気を読めないとかそういう事ではない。

 

『だがこの力はまだ未知数だ。検証も必要だし、最初から上手く発動できるとも限らない』

『だったら、やる事は一つしかねぇな』

 

 続いたゼロの言葉に疑問の目が注がれる。

 だが、一部の人間…一体化している翼や、同様の状況に何度も接してきた響、彼女の師である弦十郎なんかは既に彼の思惑を察していた。

 

 戦わざるを得ない強敵がいて、守護るべき大切なものがあり、その手には不完全な力が握られている。

 戦うため…守護るためにはその力が必要になってくる。それがいざと言う時に扱えないのでは話にならない。

 ならば如何するか。その答えはたった一つ。

 

 

『――そう、特訓だぁッ!!!』

 

 

 

 EPISODE11 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 12 【想いと誓いを繋げ鍛えて】 -A-

 特訓。

 特別訓練の略称。特に能力を向上させようとする人に対して、短期間に平素の量や内容を越えて行う特別の訓練を意味する。

 ミーティングの締めにウルトラマンゼロが発したその言葉に、装者それぞれが様々な反応を見せていた。

 期待に目を光らせる者。感嘆と納得の目を向ける者。露骨に嫌そうな顔をする者…。各々の個性が垣間見える瞬間だ。

 だがしかして、このS.O.N.G.直轄機動部隊タスクフォース…その人員を取り仕切り締める者は、あの風鳴弦十郎その人。

 関係者からは”地上最強の生物”とまで揶揄されるこの男、常軌を逸した身体能力所持者の例に漏れず、日常的に自己鍛錬を行う者でもある。

 彼曰く「飯食って映画見て寝る」のが男の鍛錬だと言ってのけるが、それだけでアスファルトを捲り上げるような震脚が使えたり落ちて来る瓦礫の衝撃を微動だにもせず発剄で受け流し止めたり隕石の如く襲い掛かる巨岩を拳一つで粉砕したりなど出来るワケが無い。出来てたまるか。

 常人を遥かに超える肉体にはそれ相応の鍛錬が必要のはずではあるが、それを匂わせずに「飯食って映画見て寝る」だなんて言ってしまえば、純朴な子供が聞けばきっと大人になるとこんなことが出来るようになるんだと勘違いすること請け合いである。

 

 と、そんな男が筆頭を務めるタスクフォース。特訓については即座に承認され、その日のうちからすぐに開始させられた。

 とは言えこの時は夜に差し掛かろうとする日の入り過ぎ。本格的な特訓は週末にあてがい、それまでは響たちリディアン生徒は近くの総合運動場で、翼とマリアは司令室近辺にあるジムを借りての基礎体力作りを行っていった。

 

 

 

 そして、数日後…時間としてはまだ早朝。新造されたタスクフォース移動本部に、彼女らは居た。

 今回はこの装者たちの輪の中に小日向未来も同行していた。響から特訓の話を聞いた時に、特に思案することも無く「私も何か手伝おうか?」と言ったところから流れるようにマネージャーとしての参加が決まったのである。

 

「今日は真面目な特訓で、気晴らしとかやってる暇は無いと思うから…その、ごめんね未来」

「いいの、手伝うって言ったのは私なんだから。エルフナインちゃんと一緒にマネージャーやるから、響たちはそっちを頑張らなきゃ」

「ぇへへ…未来に応援されたら、頑張らないワケにはいかないもんね!」

 

 そこに広がる和気藹々とした空気感は、彼女らが未だ幼さを残す少女だと言うことを理解させる。

 そうこうしている内に移動本部は目的地に停泊。弦十郎を先頭に、装者とマネージャーと人間態のウルトラマン達がぞろぞろと降りてきた。

 

「よぉしみんな!早速特訓を始めよう!まずはウォーミングアップに、ランニングだッ!」

「ハイ師匠ッ!」

 

 既にヤル気満々の響と弦十郎。翼とマリアも既に身体は整えられていて、いつでも走り出せる状態だ。

その隣では気合を入れた顔で体操している星司と猛。元気そうに見えるものの、その御姿は控えめに言ってご老人だ。流石に四十路五十路とは言えない。

 

「北斗さん、その…」

「…走って大丈夫なんデスか…?」

「センセイも、無茶して腰やられても助けてやれねーぞ…?」

「……三人とも、俺たちを嘗めてるな? 地球上ではこの姿だが、だからってみんなに後れを取るような事は無いぞ」

「伊達にウルトラ兄弟の一員ではないからね。訓練は多少過酷なぐらいが丁度良いのさ」

 

 自信満々な星司と猛に乾いた笑いで返す三人。だが彼らの言動は何ら間違いではなかった。

それを知るのはすぐ後になるのだが。

 

「それよりもだ。何をしているゼロ、お前も早く出て来い」

 

 星司の呼びかけで全員の目が翼に集まる。正確には翼の手に付けられたブレスレットにだが。

 

「フッ…慌てなさんなよ先輩方。真打ってのはここぞと言うときに――」

「馬鹿なことを言ってないで出て来るんだ。星司兄さんに真っ二つにされてしまうぞ?」

 

 ゼロの生意気な物言いに青筋を立てながら眉間に皺を寄せる星司。それを抑えながら猛が言う。

 ただの一悶着なら大したことは無いのかもしれないが、この二人はウルトラマンなのだ。教育指導でどれだけの被害が出るかなど分かりたくも無い。

 

「ゼロ、矢的先生の言う通りだ。新たな力を我が物とするために、共に己を鍛え高め上げるのも必要だろう?」

「…あーもう分かったよ。ちょっと待ってろ」

 

 翼にも説得されて観念したのか、発光体としてブレスレットの外に出て来るゼロ。やがて光が広がり、徐々に形を作っていく。徐々に…徐々にだ。

 数分の時間を置いて光はヒト型に形成され、やがて肉体を構成していく。現れた姿は地球人と寸分違わず、やや乱れた髪を持つ長身の偉丈夫となっていた。

 

「おおぉ~~! ゼロさんイケメンだぁ…!」

「フッ、だろ?」

 

 感嘆と共に思わず声を上げる響。珍しく出て来た年頃の少女の言葉に、装者の大半が思わず首を傾げてしまう。

 

「…小日向。イケメン、とは?」

「顔立ちの整ったカッコイイ男の人の総称、みたいなもの…で良いと思います」

 

 少し呆れた顔で翼の質問に返す未来。哀しいかな、いささか普通でない環境に身を置くことが長かった彼女たち装者は、時折一般常識…特に同年代の女子が持つものには疎い部分が確かにあった。

 そういえば何度かテレビ番組で、緒川さんの事を敏腕イケメンマネージャーという名前で紹介されてたことがあったか…などと思い出す翼。あまりにも距離が近すぎて意識もしていなかったのだ。

 ただ周囲が、自らが何よりも信頼を寄せる人間を褒めたり羨ましがるというだけで。

 そんな事をぼんやりと思いながら、眼前の男…人間態となったゼロを眺める。彼は自らの肉体を確認するかのように、左右で正拳、連続跳び回し蹴り、後方宙返りを軽々こなしていった。

 

「よぉーっし、完璧だ!」

「何が完璧だ。時間をかけ過ぎだ馬鹿者」

「いやぁ、そうは言うがよ先輩…。アンタらとは違って、こういう身体に変身するの慣れてねぇんだよなぁ~俺は」

 

 星司の叱咤に対しはにかみながら言うゼロ。反省の気持ちはあるのだろうが、その軽めの口調は年の離れた大先輩の怒りを買ってしまったようで…。

 

「なんだァ…?テメェ…」

 

 星司、キレた。

 

「わー! わー!! や、止めるデスよおじさぁん!!」

「それは駄目…! ここでは駄目…!!」

 

 顔を青褪めさせながら必死に彼を止める調と切歌。一体化している影響か、感情の昂ぶりの時なんかは意識していなくても思考が共有される場合がある。

 そしてそれが今であり、二人の脳裏に映ったものはエースお得意のギロチン技でその首をチョンパされて倒れるゼロの姿だった。

 旧FIS時代から”切り刻む”など割と過激な言葉は使って来たものの、映像とは言え現実として見てしまうと腰が砕けたようになってしまう。それが見知った者の姿ならなおの事だ。

 そんな恐怖映像を否応なく見せられてしまい、恐れながらその小さな身体で星司を抑える調と切歌。その一方でゼロは軽く笑いながらの返事をしていった。

 

「おいおい穏やかに行こうぜエース先輩。そんなちっちゃなオンナノコたちに迷惑かけてるようじゃ、ゾフィー隊長とかになんて言われっかねぇ?」

「ゼロ、その辺りにしておきなさい。自尊心があるのは構わんが、目上の者への礼儀では無さ過ぎる」

 

 この上ない呆れ顔を以てゼロの前に立ったのは、彼のパートナーである翼だ。彼女も彼女でゼロと一体化している以上彼の思考が流れてくることもある。激情などではないからそう大して流れてきたわけでもないが、これまでの戦いである程度は相方の性格を把握していた。

 単純のようで面倒。表裏は無いが陰陽は在る。それを一言で言ってしまうと、ただ素直じゃない奴なのである。それも含めて、まるでどこぞの後輩みたいだ。

 それを理解っているから、彼女は真っ直ぐに…言葉を己が刃のように振るうのだ。

 

「しっかり鍛えていただこうじゃないか。お前が尊敬する先輩方にな」

 

 にこやかに微笑みながら言い放つ翼を、唖然とした顔でゼロが見つめていた。パートナーたる彼女は一体何を言ってくれちゃってんのと言わんばかりに。

 

「お前はなんでそんなこと言っちまうのかなぁ!?」

「はっはっは、照れるな照れるな」

 

 図星なのか喧嘩腰になるゼロと笑って済ます翼。周囲もそれを微笑ましく見守っていたりハラハラしながら見つめていたりで様々だ。

 

「…なぁセンセイ。止めなくて良いのか、アレ…?」

「ん?あぁ、大丈夫。仲良くしているだけじゃないか」

「マジかー…」

 

 ただ呆れるだけのクリス。外から見ていて初めて理解った。多分あの姿こそが、自分が先輩や仲間たちと織り成すドツキ漫才と称されるモノのような状況なのだろうと。

 

 

 

 そして始まったランニング。爽やかな朝の空気を感じながら坂道を登り走って行く一向は、今は随分と大所帯だ。

 先頭集団の一人として悠々と走る人間態のゼロ。ふと翼が彼の隣に付け、疑問に思っていたことをぶつけてみた。

 

「しかしゼロ、その身体は何処から来たんだ?」

「あぁ、俺が最初に一体化した人間の姿を借りたんだ。ランって言ってな、惑星アヌーっていう別の宇宙のヤツなんだぜ」

「なんと! 宇宙の先にも私達と同じような姿の人間が居るんだな…!」

「宇宙はとんでもなく広いからな。色んなヤツがいる…。人間の姿をしてるものもいれば、姿は大分かけ離れてるけど人間以上に人間臭い奴とかも居るしな」

 

 快く笑うゼロに続き、並走するジープ…其処に接続してあるエルフナインの端末に存在するエックスが声を発した。

 

『私の仲間の一人、Xioの科学技術を統括するグルマン博士もその一人だな。博士はファントン星人という異星人だが、とても友好的で頼りになる技術者だ』

 

 言って写真を映し出す。そこには数人の人間と、何とも言えない橙色の異形が楽しそうに並んでピースサインを取っていた。

 同席している未来や走っている翼が思わず恐怖に慄くものの、隣のエルフナインは実に興味深そうだ。やはり錬金術師も科学者だからだろうか。

 

「世界って、広いんですね…!」

「す、すごいんだね、宇宙…」

「あぁ…侮りがたし」

『ははは、君らにはまだ刺激が強かったかな。いきなり受け入れろとは言わない。だが、彼らもまたこの世界に生きる命だということを忘れないでほしい。

 いつか、歌で世界は繋がれる…。それを信じることと、同じようにな』

 

 エックスの言葉に首肯で返し、一呼吸着いてから再度写真と相対する。流石にすぐ慣れるものでもないが、そのひょうきんな顔はある種の愛着を湧きそうな気もする。なんとも不思議な姿だった。

 写真を眺めていてエルフナインが気付く。中心に居る一人の青年…彼がその手に持っていた四角い端末には、今自分の目の前に居るウルトラマンエックスと同じ姿が映されていたのだ。

 

「エックスさん、この中央の方は…」

『彼は大空大地。私が地球にやって来た時、力を借りてユナイトしていた青年だ』

「この方がエックスさんのパートナーなんですね」

『あぁ。最初は肉体を再構成する間だけのつもりだったんだが、今では身体を預けられるぐらいには信頼するようになった相手だ。今回はちょっと、それが裏目に出てしまったがな』

 

 と、肉体を彼に預けて此方に来たことを自嘲するエックス。だがその声に最初のような後悔は無く、話のネタとして言っているようなものだった。

 そんな彼に、エルフナインがポツリと呟くように尋ねた。

 

「……もし身体があれば、エックスさんはどうしたいですか?」

『そうだな…。やはりみんなと共に戦いたいと言う気持ちはある。だがそれと同じぐらい、私のちゃんとした姿を君に見て貰いたいと言うのもあるかな』

「ボクに、ですか?」

 

 予想だにしていない返答に、純粋な疑問を浮かべるエルフナイン。そんな彼女に対し、エックスもまた真っ直ぐと答えていった。

 

『君には色々と助けてもらっているからね。恩返しという訳ではないが、此処に居る間だけでも君には色んなものを見て貰いたいんだ。

私の…ウルトラマンの力で見せられるものをね』

「エックスさん…はい!」

 

 彼の答えに明るい笑顔で返すエルフナイン。この戦いの中で、エックスにとって儚げながらも無邪気な笑顔を開かせる彼女のことを、使命からではなく心神より守るべきものへと昇華していたのだ。

 

 

 二人の明るい想いを喜ぶように微笑みながら、ふと後ろを向く未来。そこに見えたモノは、控えめに言って惨状だった。

 激しく息を上げながらも真剣な顔で走り続ける調と、既にヘトヘトと言った感じでなんとか追いすがる切歌。その二人の前を呼吸を早くしながらクリスが走っている。

 その一方で、彼女らに同伴するように走る響と星司と猛はまだまだ余裕そうだ。

 

「…切、ちゃん…! …大、丈、夫…!?」

「はっ、はひぃ…! へーきな、ものか、デェス…!」

「ほらほら頑張れ頑張れ! まだウォーミングアップだぞ!」

 

 手を叩きながら激と励を飛ばす星司。だがそんなもので運ぶ足が速くなれば苦労はしない。調も切歌もそれを理解ってはいるが、だからとて足を止めることを許してくれるほど星司が甘くないことも知っていた。

 その少し前で、小さな体躯に不釣り合いなモノを揺らしながら走るクリスもその足取りは遅くなっている。勿論その隣には優しい教師ともっぱら評判の猛が居た。居たのだが。

 

「さぁクリスも頑張れ! この調子じゃ後ろの後輩たちにも追い抜かれるぞ!?」

「わ、わぁ、ってる、よぉ…!!」

 

 そこには星司に負けず劣らず熱を入れる猛の姿があった。彼にはもちろん手を差し伸べる優しさもあるのだが、それと同等に背を押す優しさを持っている。そして今顔を出しているのは、後者だということだ。

 かつて若かりし頃の熱血教師矢的猛。こうして生徒と一緒になって汗を流していると、あの日の時分が蘇ってくるようで、そんな喜びや楽しみが自分にも伝播してきているとクリスは理解っていた。

 

「…なぁ…セン、セイ…!」

「どうしたクリス。休憩が欲しいか?」

「ちっ、げぇ、よ…! ……楽しそう、だな…って、思って…。なんで、そんなに…!」

 

 息を切らしながら問うクリス。その質問に、猛はただ笑いながら返事をした。

 

「…教師だから、かな。本来教師と生徒は、赤の他人と言っても良い間柄だ。だと言うのに、生徒は教師を信じ、教師もまた信じてくれる生徒の為に持てる力の全てを出す。

 そんな尊く美しいものが、私は好きだからかな」

 

 語る猛の顔は、とても明るく生き生きしていた。嘘偽りなど何もない、心底からそう思っている顔だ。

 それが、クリスには少し眩しく見えた。その輝けるものは前を走る先輩やあの馬鹿とも似たもので、自分には何処か遠いものだと思っていた。

何時までも、その見果て止まぬ憧憬を追いかけているだけで――

 

「クリス、君には君の…君だけの光がある。他の誰かなど関係ない、君だけのものがね。

 それは誰かと比べるようなものじゃない。君の持つ光は、君が見ているものと同じようにいつも誰かを照らしているのだから」

 

 まるで見透かしたように…いや、一体化しているのだからある程度は察しているのかもしれないが、自身を否定しようとするクリスより先に、猛は笑顔で彼女を肯定した。

 あまりにも見事な想いの先回りに、赤面し返事も出来なくなってしまうクリス。そんなやり取りの不慣れに照れたのか、思わず足を速めていく。同伴する猛は勿論、少し前を走っていたマリアをも抜き去り駆け抜けていった。

 

「クリス!? あんまり急ぐと保たないわよ!」

「いやぁ、元気元気」

「矢的さん、クリスに何を…?」

「教師としての助言、みたいなものかな。…たとえ受け入れて貰えなくとも…私には、それぐらいしか出来ないからね」

 

 微笑みながら語る猛ではあったが、マリアにはそれが、どこか少しばかり悲しそうにも見えた。

 

 

「ほーらほら! 先輩は元気に先行ったぞー!」

「二人とも、頑張れ頑張れ!」

「はっ、はい…!!」

「ひぃ、ひぇぇ~~…!」

 

 一方最後尾では、星司に加わるように速度を合わせて降りてきた響が調と切歌を励ましていた。

 響の馬鹿体力は調と切歌も良く知っているところだったが、こうして目の当たりにしてみると恐ろしさが勝ってくる。何故なら彼女はほとんど息を切らしていないのだ。

 先を行くクリスはあれで中々派手に息を切らしているのは知っている。そして最前列を走る翼が平然としているのも中腹にいるマリアがテンポ良く息を継いでいるのもわかる。

 だがそれらを鑑みても、響の体力はちょっと自分たちの予想を遥かに超えていたのだ。

 

 無論そうした認識の誤りは星司に対しても存在しており、二人にとっては正直ここまで元気に走れているとは想定外も良いところだった。

 流石はウルトラマンと言うべきか、見た目は老体なのに駆ける足取りに衰えが全く見られない。人は見た目に寄らないなんて言葉を、ここまで地で行かれてはぐうの音も出ないと言うものだ。

 

「ち、チートも、いいとこ、デェース…!!」

「みんな、元気、すぎ…!」

 

 弱音を吐きながらでもなんとか必死に足を進める調。それを見て自分もと、ほんの少しだけでも脚を上げ歩幅を広くする切歌。

 特訓する意味は分かっている。装者の中では最も未熟で、力の足りぬ自分たちだからこそこのような厳しい訓練が必要なのだ。

 新たな力であるウルトラギア。それを扱うのは一体化している北斗星司の力だけではないのだから。自分たちももっと、強くなるべきだと知っているのだから。

 

「…調ちゃんと切歌ちゃん、大丈夫かなぁ…」

「大丈夫だ。まだ特訓は始まったばかりだろう?」

「それは、その…そうですが…」

 

 断言する星司に少しばかり不安を覚える響。彼女自身は身体を鍛えるのが好きな…というか、シンフォギア装者となり皆を守護る為という戦う理由と必要性を得たが為に、自己鍛錬を是とするよう意識が変わっていった。だが、調と切歌は元来そうではない。

 かつては聖遺物研究組織F.I.Sの一員として、望まぬ事とはいえある程度の訓練をさせられてきたはずだろうし、フロンティア事変と魔法少女事変を経て、彼女らも己が力で何を為すかを考え、それに向けて進んでいるのは理解っている。

 それを応援したい気持ちは強いのだが、だからとて自分が行ってきたハードトレーニングを課すのは如何なものだろうか。背後で激しく息を切らす二人を見ていると、ついそのような考えが浮かんできてしまうのだった。

 

「…やっぱり、少し休ませてあげた方が…!」

「響、君が優しいのは分かる。だが今二人に必要なのはその優しさではない。

 あの子たちに必要なのは、目指したいと思う背中だ。追い付きたいと思う姿だ。それは、あの子たちの前を歩む響たちでないと出来ない事なんだ」

「二人が、私の背中を…」

「あぁ。そしてそれを、あの子たちも望んでいる」

 

 並んで走る響の背中を叩き、力強い笑顔を向ける星司。その顔に、彼女は僅かに見惚れてしまった。それはまるで、前を走る師である風鳴弦十郎や自らの実父である立花洸をも連想させられる、”父”の笑顔だった。

 きっと星司自身もそれを意識したことは無いのだろう。だが彼の出生や人生経験が、今このような形で表れているのだった。

 勿論そのようなことを知る由もない響。だが星司から受けた言葉は、彼女の気持ちを改めるには十分だと言えた。

 

「二人とも頑張れー! 出来る出来る絶対に出来る! 諦めずに積極的にポジティブに頑張れ頑張れぇー!!」

「……響さん、なんか、あつい……」

「お、応援してるのか、賑やかしなのか、どっちかに、してほしい、デェス…!!」

「ゴールまでもうすぐだー! おおー!!!」

 

 響の熱い掛け声に項垂れる調と切歌だったが、その内心は背中を押してくれていることに気付いており、それを嬉しくも思っていた。

 その想いを受けたからか、先ほどより僅かではあるもののまた二人の足が速くなっている。それに気付いているのは誰でもない星司ただ一人だったが、小さな変化を楽しむように微笑みながら彼も脚を進めていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 12 【想いと誓いを繋げ鍛えて】 -B-

 

 ウォーミングアップと言う名目の長距離登坂ランニングが終わり、一行は山の中腹…まるで採石場のような場所に付いていた。

 息を整えながら身体を伸ばす者が多い中、ペースを速め過ぎたクリスとどうしても体力面で劣る調と切歌の三人は既に座り込んでしまって……いや、調と切歌は完全にぶっ倒れていた。調は真っ直ぐの仰向けになり小さな胸だけを大きく上下させて、切歌はまるでどこぞの格闘家(ヤ○チャ)のような横向きでうずくまる姿勢で。

 そんな者たちに甲斐甲斐しくスポーツドリンクや冷たいタオルを差し入れる未来とエルフナイン。特に未来は、中学の頃は陸上部に所属していたこともあり運動のマネジメントについてもある程度は分かっていた。彼女にマネージャーを頼んだのは正解だっただろう。

 

「っくしょー、逸り過ぎちまった…」

「…三人とも、大丈夫?」

「………もーいっぽもうごけないデース……」

「夏の時とは、大違い…」

「あはは、確かにそうかも…」

 

 乾いた笑いで返す未来。この夏…先だって起こった魔法少女事変の最中にも、装者全員での特訓は行っていた。

 場所は夏の太陽が激しく照らす澄み渡った青藍と広大な黄金色…つまりはサマービーチだ。

 行っていた特訓内容は、瞬発力と判断力と運動力を鍛えるビーチフラッグや、チームワークと空間認識力と動体視力などを鍛えるビーチバレーなどなど…。

 まぁ言ってしまえば夏の浜遊び。遊びを全力で行う鍛錬で得られるものもあるが、今行っている特訓と比べれば”楽しさ”の面が大きいのは言うまでもない。

 ”厳しさ”の面が強いこの特訓には幾分か心が疲れてしまうのは致し方ないだろう。まだ年端も行かぬ少女なのだから。

 

「おいおいだらしねぇぞ。まだアップが終わっただけじゃねぇか」

 

 倒れる彼女たちに口を出してきたのは人間の姿を取っているゼロだった。汗に濡れているものの、さほど息を切らしているようには見られないのはやはりウルトラマンだからだろうか。

 言いながらその場で自らの習得した宇宙空手の素振りを行う。素早く徒手空拳を繰り出す姿は、まだまだ元気が有り余っていると言った感じだ。

 そんな彼の前に一人の少女が立っていた。響だ。

 

「ゼロさん! せっかくの機会です、組み手をお願いしますッ!」

「――あぁいいぜ、来いよッ!」

 

 互いに拳を学ぶ者、交錯した視線と表情で語りたい事は即座に理解していた。

 言葉の後に一定の間合いを取っての一礼、そして構え。

 片や風鳴弦十郎直伝の中国拳法をベースとした自在型実戦格闘術。片やウルトラマンレオ直伝の凶悪な怪獣や宇宙人と相対することに特化した宇宙拳法。無限に広がる宇宙の一片で、次元空間や流派を越えた若き拳士たちが、開始の合図も無く自然とその拳を交え始めた。

 

 ゼロの猛烈な攻撃と相対する響。

 重撃を紙一重で避け、速撃は両の腕で防ぎ弾く。そうすることでダメージを最小限に抑えようと言う算段だったが、牽制の一撃ですら響の予想を超える重さがあった。

 重速を使い分け、アドリブでタイミングを変えて襲い掛かる連撃に響は防戦一方となっていた。

 

「オラッ! もっと攻めて来いよッ!!」

「クッ…! ハイッ!!」

 

 なんとか攻撃の合間を縫って振り抜かれる響の拳と脚の連撃。だがそれを、ゼロはいとも容易く回避していく。

 しかし、その優勢を維持しているはずのゼロも、攻撃に合わせて間合いを詰めては離していく響の動きに内心戦慄いていた。

 先日の戦いで響の持ち味は必殺級の爆発力を持つ一撃であることは理解っている。そして彼女自身気付いているかは不明だが、その足取りや間合いの獲り方は、一瞬の隙あらば必殺の一撃を叩き込まんとする為の布石でもあるのだ。

 故に連撃を止められない。止めたが最後、彼女の肉体は最良の間合いを陣取り瞬間的な爆発力を以て此方の急所を確実に打ち抜いてくるだろう。そんな確信があった。

 

「フッ――…疾ッ!!」

「――ぬ…ッそぉ!!」

 

 やがて動きを追えるようになったのか、響の速撃がゼロの身体を掠め始めた。ならばこそ注意を更に強くし、彼女の持つ必殺の一撃に備えるべきだとも思案する。

 だがその考えがあったにも拘らず、ゼロの負けん気は上昇する熱量と共に一気呵成に勝負を付けようと加速していった。

 側頭部を狙ったゼロの空中回し蹴りが襲い掛かり、響はほぼ反射行動として両腕でそれを防御。しかし躱せなかった重撃は彼女の身体を吹き飛ばし転がす。

 

「もぉらったぁッ!!」

「――……ッ!!」

 

 そこを目掛けて突進し、打ち付けるように拳を振りかぶるゼロ。だが響の眼はその動きをハッキリと捉えており、痛みを無視して瞬時に呼吸を合わせ上体を起こす。

 振り落とされたゼロの右拳を受け流しながら半身を捻り回し、空いた胸部に自らの身体を入れ込み、震脚と共に右肩でその鳩尾へと鉄山靠を打ち込んだ。

 完璧なカウンターとして打ち込まれた鉄山靠。その衝撃にゼロは身体を吹き飛ばされて倒れ込んでしまった。

 

「ハアッ…! ハアッ…!」

「…うむ。やるようになったな、響くん」

「何をやっているゼロ!! 相手は女の子だぞ!!」

 

 星司の怒號を聞き、ゆっくりと起き上がるゼロ。口内を切ったのか、口に溜まった血液を吐き出して呆れ顔で星司へ声を返した。

 

「…エース先輩よぉ。オンナノコだからって可愛がるのは結構だが、こいつらはちゃんとした戦士でもあるんだぜ?

 まともに喰らっちまったのは多少でも嘗めてかかった俺が悪い。そりゃ確かだ。けどよ、みんなとはまだ一緒に戦うんだ。背中、預けたいじゃねぇか」

「………!」

 

 真剣な顔で語るゼロに星司は言葉を返せなかった。共に戦うと認めた者は、もはや保護する対象ではない。隣に並び立つ、仲間なのだ。

 仲間に信を置き、自らの背中を任せ託す。ゼロの語る言葉は、誰よりも彼女たちシンフォギア装者の力を認め信じていることに相違なかった。

 

「フゥッ…悪いな響、待たせちまった。さっきのヤツ、だいぶ効いたぜ」

「ハッ…ははは…。そんなに笑顔で言われても説得力無いですよぉ…」

「いやいやマジだって。俺もちょっと今の技覚えて、今度レオ師匠相手にやってみるぜ」

「だ、大丈夫なんですかそれは…?」

 

 和やかに笑いながら話すゼロだったが、すぐにその顔を引き締める。たったそれだけで周囲の空気が変わったことを、相対する響だけでなくそれを見守る弦十郎や翼たちにも即座に理解できていた。

 

「礼と言っちゃなんだが、俺も師匠から教わった技を使わせてもらうぜ。悪いが、やられっぱなしは性に合わねぇんだ」

「――分かりました、お受けします…ッ!」

 

 構えから駆け出したゼロが一足で空中に飛び、響に狙いを定める。そして全力を込めて定めた標的に向けて流星の如き激しさを溢れさせながら放たれる跳び蹴り…ウルトラゼロキックを打ち込んだ。

 それを真っ向から、両腕を十字に組む十字受けで迎え受ける響。軋む音を立てながら、彼女の腕にこれまでの組手とは桁外れの威力が圧し掛かって来た。

 

「おおおおおおっらぁあああッ!!!」

「ぐ、うぅ…ゎあああああッ!!」

 

 なんとか耐えてはいたものの、最後の押し込みを含めたゼロの必殺の蹴りが響を吹き飛ばす。先程彼が受けたカウンター鉄山靠より高い威力を思わせる激しい飛び方で、周囲は思わず騒然とした。

 だがそれよりも速く彼女の背後に回り込んだ者がいた。赤いジャージに身を包んだ巨漢、風鳴弦十郎だ。

 その大きな身体で響を受け止め、それと同時に全身のバネと後方の足を地面に打ち付ける。瞬間、彼の周囲が轟音と共にクレーター状にめり込み、その場で静止。

 常軌を逸した光景に、相対していたゼロがキメを取れずに呆然と口を開けてしまっていた。

 

「………マジかよ」

「ふぅ…大丈夫か、響くん?」

「し、師匠…?」

 

 変わらぬ豪放な笑顔で響に問う弦十郎。少しばかり安心したのか、響もまた笑顔になって素直な返事をした。

 

「…大丈夫じゃないですよぉ。ゼロさんの必殺キック、すっっっごい強かったです」

「そうか。確かに、ありゃとんでもない威力だったな」

「ハイ。…でも、あんな技が使えれば、私ももう少しは強くなれますかね?」

「強さは技が全てじゃない。使う者に正しい心があってこそだ。それは、理解っているな?」

「ハイ! 私が強くなりたい理由は、大切なみんなを守るためッ!!」

「ならば良しッ! 励めよ、響くんッ!」

「ハイッ!!」

 

 麗しく美しい師弟愛。それはある種感動すら覚える光景ではあったのだが、先にゼロには尋ねておかねばならない事があった。

 

「…あの、風鳴司令?」

「おう、どうした?」

「さっきのアレ、一体何やったんだ…?アレ俺けっこー本気でやったんだけど…」

「あぁ、衝撃は全て発剄でかき消した。おかげで靴はおじゃん、ジャージもハーフパンツみたいになっちまったよ。はっはっは!!」

「……えー、うっそぉ……」

 

 豪快に笑う弦十郎に、遂にその気を抜かれてしまったゼロ。いくら地球人の大きさにダウングレードされているとは言え、流石に師から受け継いだ自らの得意技、その衝撃をほぼ無傷で受け流してしまうなどと予想だにしていなかったのだろう。

 弾け飛んだ弦十郎のジャージと靴、そして足元のクレーター。それだけでゼロ自身が手加減していなかった証明になる。手加減しなかった上で、これなのだ。

 見れば響にも骨折などの重傷は見られない。彼女の身体に与えた衝撃でさえも、発剄で掻き消したとでも言うのだろうか。

 この時、ようやくゼロは弦十郎への認識を改めた。以前翼が言っていた通り、この地球人は間違いなく地球最強の生物。下手したらこの宇宙の中でも相当強いヤツに入る部類だと。

 

「こりゃ参ったぜ…。司令、アンタがもし俺たちと同じようなデカさになってれば、俺の師匠とも良い勝負できそうだな」

「俺にはこの大きさで十分さ。ウルトラマンのデカさだと、碌に家で映画も観れないからな」

「ハッ…可笑しな人だよ、アンタは」

 

 

 

「まったくゼロのヤツ…加減と言うものを知らんのだな…」

「そう言わないでくれ、翼。確かにゼロはウルトラマンの中でもまだ若い。それ故に無茶を仕出かすこともある。だが、その漲る力でみんなを引っ張っていくのが彼の良さでもあるんだ」

 

 溜め息交じりに呟く翼を猛が少し申し訳なさそうに代弁する。気合に溢れるゼロの姿を眺める彼の横顔は、何処か懐かしみを感じているように翼には見えた。

 

「漲る若さ、ですか…。確かにそういった力には、何処か惹かれるものがあるのかも知れませんね。私も、なんだかんだで立花の持つ弾けんばかりの明るさには助けられているところもありますから」

「そうか。でも君もまだ、老成するにはいささか早過ぎると思うけどね」

「…っ!た、確かにそうなのかも、しれませんが…」

 

 にこやかな猛の指摘に思わず顔を赤らめてしまう翼。先達として、戦場の道を斬り拓く防人として後輩たちを率いてきたつもりの彼女だったが、自身もまだ二十に満たぬ少女。猛の言う通り大人と言うには未だうら若く、瑞々しい年頃でもある。

 しかし彼女自身、自らの性格に”強さ”は有っても”明るさ”は無いと思っていた。

 無論陰気でネガティブと言う意味ではなく、ただそこに在るだけで周囲を照らすことの出来る…太陽のような精神性と言うものだろうか。自分はそういうモノを持ち合わせていないと、何処かで自覚していた。

 ――始まりのあの日より、ずっと隣にそのような存在が居たから、だろうか…。

 不意に蘇る憧憬を鼻で笑い、改めて自身のパートナーたる青年を見直す。確かに、その精神性は似ているのかも知れないと、翼は意図も無く思った。

 

「しかし、矢的先生も若かりし頃は心血に熱を滾らせし教育者として鳴らしたものとお聞きしております。やはり、あのような姿を見ると何か思うところも御有りで?」

「ははは、それを言われると恥ずかしいな。

 …確かに、私も若さに任せて無茶をしたこともあった。それに今も、大切な生徒や仲間たちの為にならこの心を燃やすことは躊躇わない。ただ、それで受けた成功も失敗も、全てが私の糧となって今がある。

 それが理解できるようになったのを老成と言うのかは、私にはまだ理解らないけどね」

 

 遠く空を眺めて語る猛の言葉には、何か大きな重みが感じられた。若輩たる我が身を反省すべしと、思わず自制してしまうほどに。

 ただ理解ることは、彼の歩んできた道もまた、生半可な物では無かっただろうと言うことだった。

 

 

 

 特訓は続き、その中休み。僅かな休憩時間を、マリアはエルフナインとエックスの二人と共に居た。

 

「…夏の時も思ったけど、本当に具体的な訓練メニューは存在していないのね…」

『そのようだな。風鳴司令の超人振りとそれを支えたと思われる訓練法を見ると、やはり此処は荒唐無稽な組織だと思わされる』

「でも、それに付いて行けているマリアさんも凄いですっ」

「ありがとうエルフナイン…。どうにかなんとか、だけどね…」

 

 パウチのスポーツドリンクを吸って飲み、思わず小さな溜め息を付いてしまうマリア。本当に、我ながらとんでもない事に付き合っていると思い返してしまったのだ。

 当然のようにジョッキに注がれた生卵を一気飲みし、冷凍肉をサンドバック代わりにぶん殴る。そこまではまだ、辛うじて響や翼から聞いていた特訓内容だ。

 だが徒手で滝の流れを断ち切らせたり、振り子のように揺らし襲い来る丸太を素手で捌いたり、岩肌を用いて三角跳びを強行したり、目隠しして四方八方から飛んでくるボールを躱したりは中々予想外も良いところだ。

 その上模造の得物や防具を装備して良いとは言え二桁にも満たない近距離から連続で投げ付けられるブーメランを捌き落としたり、轢殺の意を伴うジープに追い立てられたりされるのは流石に命の危険を感じざるを得なかった。みんなよく大怪我も無くこなして行ったものだと感心するほどだ。

 聞けばこれら訓練はゼロの師であるウルトラマンレオが行っていたものの一部だと言うし、その新手の特訓法に爛々と目を輝かせていた風鳴司令と完全に澱み曇って死んだ目をしていたクリス、調、切歌の三人との対比がとても印象的だった。

 かく言うマリア本人も、クリス達ほどではなくとも目が澱んでいたのは自覚している。特訓内容を聞いた時、その概要の理解にだいぶ時間を要したのだから。

 

『しかし凄まじかったな…。特にあのジープ。記録係としてデータを残してはいるが…クリスや切歌の阿鼻叫喚だけならただの地獄絵図で済んだものを、その合間に翼が平然とした顔で飛び回るのだから恐ろしい。

 この両極端の姿は中々にこちらの正気を削ってくれる映像だ。夢に出かねんな』

「…そういうのを一々思い出させないの」

 

 忘れてしまいたかった絵面を思い出させられてしまい、小さな怒りと共にエックスの憑依している端末を俯せに倒して軽く抑えつけるマリア。

 いつ知ったのだろうか、こうすると端末前面の液晶部分を視界としているエックスを物理的にブラックアウトさせられると言うことに。

 

『マリア!? ちょっと待ってくれ! それをされると何も見えないんだ!! 助けてくれエルフナイン! エルフナイィーンッ!!!』

 

 デリカシーの無い電脳宇宙人が必死に叫ぶも、その相方たる少女はおろおろとマリアの方を眺めているだけだった。

 自業自得。彼にはその言葉を贈ろう。

 そんな何処か愉快な空気を漂わせている彼女らの隣に現れたのは、星司だった。

 

「隣、邪魔するよ」

「えぇ、喜んで」

 

 軽い言葉と共にマリアの隣に座り込む星司。一息吐いてすぐ、首や肩を動かしては伸ばしていく。

 その姿はやはり外見年齢相応の、未だ盛んなれど寄る年波には勝てぬ男の姿にしか見えなかった。

 そんな彼にマリアが声をかけていく。その話題は、自然と調と切歌のものになって行った。

 

「お疲れさま。調と切歌が色々苦労をかけてしまって申し訳ないわ…」

「なに、君が気にする事じゃないさ。俺が好きでやってるようなモノだからな。

 …だが、俺はどうにも過保護になっているような節があるようだ。ゼロのヤツに言われてハッとしたよ。

 一体化を果たしておきながら、未だあの子たちの事を隣に立つ者ではなくこの身の後ろに立たせる者だと思っているんだな」

「…ありがとう。あの子たちを、そこまで想ってくれているなんて」

 

 星司の独白に、マリアは感謝の言葉で返す。彼にとってその返答は予想外だったのか、少々驚いた顔で彼女へ顔を向けた。

 

「前に一度、あの子たちから私に北斗さんの事を話してきたの。よく怒って、でもすぐに笑って…そして、本気で心配してくれる人なんだ、と…。

 あの子たちがあんなに目を輝かせて話してくれたのは、春以来かしら…。リディアンに通わせて貰えるようになって、響やクリス、未来のような先輩に囲まれて、友達も出来て…。

 北斗さんの事を話す二人の目は、それと同じようでありながら、また少し別な喜びだって事もすぐ理解った。私やマムではどうやっても代替足り得なかった存在…”お父さん”、なんだなって」

「…ははは、俺が”お父さん”だなんてな。ガラじゃねぇよ」

「そうかしら? ピッタリだと思うけれど」

「よせやい、あんな小喧しい娘二人は俺の手に負えねぇや。

 切歌はすぐに調子乗るし我侭ばっか強請ってくるし、ちょっと怒ろうもんならすぐに口答えしてきやがるんだぜ?

 すぐ弱音を吐くし、顔と感情がコロッコロ変わるくせに俺が何度ツッコんでもいっつも楽しそうに笑ってすり寄ってくるんだ。なのに、冗談と本気の使い分けが上手いんだよな、本当に悪いと思った時はちゃんと真っ直ぐ謝ってくる。その上仲間の失態は自分がおっ被ろうとしてくるんだ。そんなんだから、叱りはすれど怒れねぇんだよなアイツは。

 調は調で表情が小さくしか変わらないから時々何考えてるか分かんなくなるんだよなぁ。そのクセ頑固で妙なところで自己主張がハッキリしてくるからこっちが畏まっちまう。

 なのにいつだって、切歌やマリア、響たち先輩や仲間や友人の為にって想いながら動いてるのが目に見えて明らかなんだよな調は。そういうところは切歌より分かりやすいんだよ。忙しくなった時に、出来もしねぇのに店の手伝いをするとか言い出してきた時はどうしたもんかと思ったもんだ。

 二人して毎日毎日飽きもせずにうちの店に来て、やれテストで良い点とっただのやれ弁当忘れたから食べに来ただのやれ暇だから話し相手になれだのやれ宿題を手伝えだの…迷惑もいいところさ。マリアの前じゃ、どれだけ猫被ってるかは知らないがな」

 

 皮肉を含めて語り終えた星司だったが、向かうマリアの顔は穏やかな笑みを浮かべていた。それはマリアの隣のエルフナインもだし、聴覚だけを働かせていたエックスも同様の感情を浮かべていた。

 そしてその口火を切ったのは、無邪気なエルフナインだった。

 

「北斗さん、そんなにもしっかりと調さんと切歌さんの事を見られていたのですね!」

「…お、俺がか!?」

「ハイっ! お二人の個性をキチンと把握されてますし、何よりお二人の事を語る北斗さんは、なんだか嬉しそうでした!」

「ぬぐ…! そ、そんなワケあるか…!」

『大丈夫かエース、心拍数と血圧の上昇が診られるぞ。今は地球人の身体なのだから、無理はし過ぎない方が良いと思う』

「余計なお世話だッ!」

 

 バァンと音を立てて表になっているエックスの憑依する端末裏面を平手でブッ叩く星司。

 中々壮絶な声で端末から『痛ァいッ!!?』と聞こえてきたが、電脳宇宙人の五感の是非については彼にはどうでもいいことだった。

 そんな姿を微笑ましく見ながら、マリアがそこから話を続けていく。

 

「…正直なところ、心配していたの。私の目と手が届かないところで、あの子たちは元気に楽しく暮らしていけてるのだろうか、って。

 響やクリスや未来のことは信用も信頼もしている。けど、だからとて放っておけるものでもない。もし彼女らを頼れなくなった時、あの子たちに寄る辺はあるのだろうか…って。

 でも、今の北斗さんの話を聞いて安心したわ。調も切歌も、貴方と居られるのがとても嬉しい事なんだって理解ったから。本当の父親でないと理解っていても、それに相当する寄る辺を見つけたのが、きっととても嬉しいんだなって。

 おぼろげにでも両親の面影を浮かべられる私とは違って、あの二人はそういうモノを持ち合わせていないから…やっぱり何処かで、無条件に頼りたいと思える誰かが必要だったのね。

 どうしても世界を飛び回ってしまう私や風鳴司令たちではなく…近しい間柄のクリスや響たちとも、また違った意味で。

 だから、そんな存在になってくれた北斗さんには感謝しているの」

 

 どうしても慣れぬ言葉に頭を掻く星司。自らを振り返り、義兄や義弟、養父母への想いと態度を鑑みてもなお、自分がそのような存在足り得るかなど理解できなかった。

 ただ、彼の胸中にある温もりは喜びと嬉しさを示していると言うことは理解っていた。いや、ずっと覚えていたものだ。

 ”北斗星司”として唯一、この温もりを向けられる相手が居たことを忘れられるはずが無かったから。

 

「…中々、難しいな。後進には在り方を諌められたと言うのに、彼女らを誰よりもよく知る君からはそのように肯定されている。一体どっちが正しいのか、分かったものじゃないな」

「きっと、誰もハッキリとした答えが出せない問いだと思うわ。だから、ただ自分らしく…自分の想いとよろしくやっていくしかない。私はそう、思えるようになった。

 でもそんな想いが、あの子たちを蔑ろにしてなければ良いのだけれど…」

「それこそ杞憂だ。あの子たちは君を敬い愛している。君があの子たちを思っているのと同じようにな」

「そう…。ならそれは、きっと北斗さんにも同じように向けられているものだと思うわ」

「だと良いが、な」

 

 

 そんな話を、扉の向こうで聴いていた者達が居た。それは他ならぬ調と切歌であり、一緒に行動していたクリスと猛も其処に居た。

 扉を隔てながら一部始終を聴き終えた二人は、おもむろにクリスの豊かな胸にその顔を埋め込んだ。

 

「お、おいお前ら!?」

「…ゴメンナサイデス、センパイ」

「少し、こうさせてください…」

 

 鼻声だった。調も切歌も、二人揃って。

 自分たちが星司に向けていた想い、それがなんだったのかを心で理解した瞬間だった。

 孤独に生き囚われ、飯事のような家族関係を経て、其処にすら存在しなかった父と言う存在。

 導きは偶然か運命かも知らぬが、そんな男と出会えた喜びと義姉にも強く想われていた喜び。それがない交ぜになっただけなのに、目頭が熱くなり鼻汁が溜まる不可思議に支配され、思わずクリスに向かってしまったのだ。

 向かわれたクリスは思わず困惑してしまうも、猛に優しい笑顔で肩を叩かれて少し落ち着いた。そのままそっと、二人の後輩の頭を優しく撫でてあげるのだった。

 

(……親、か……)

 

 クリスの脳裏に過った二人の姿に、思わず鼻を鳴らす。

 遭遇した境遇は幸か不幸か、それを問うようなことは出来ないし比べられるものでもない。ただ思うことは、過去よりも現在の想いに重きを置こうと言うことだった。

 仲間がいて、友達もいる。尊敬する先輩も、守ってやりたい後輩も。遥か遠くより見守っているであろう両親も。だから…

 

(…アタシ、今幸せなんだろうな…)

 

 ただ、そう感じていた。肩に感じる、掌の温もりと共に。

 

 

 

 

 そうして特訓は終わりを迎える。

 日は跨いでおり、深夜と明朝の間にある時間に走り出した一行は、やがて来光と共に山の頂上へと辿り着いていた。

 昇る朝陽の眩しさを背に、星司と猛がみんなの前に出る。本来音頭を取るのは司令である弦十郎のはずだろうが、今となっては特別不思議なことも無い光景に変わっていた。

 

「みんな、よく頑張ったな! 俺たちもこんな形の特訓は久し振りだったが、みんなと最後までやれて良かったと思う!」

「そこで最後…この特訓の締めに、君たち地球人と私たちウルトラマンとの絆をより強固なものとせん為に、ある言葉をみんなで合唱したいと思います」

「合唱、ですか?」

「おっ、やるのかアレ。いいじゃねぇか」

 

 意味を問う響に対し、ゼロはそれが何なのかよく知っているようだった。

 

「かつて俺の義兄…ウルトラマンジャックが地球での任を終えて去る時に、彼を慕う少年と交わした誓い。俺たちはそれを【ウルトラ5つの誓い】と呼び、後の地球でも広く伝えてくれていた言葉だ。

 まぁ言わねば理解らないこと…。先ずは俺が、手本を見せよう」

 

 そう言って自らを太陽と向き合う星司。そして大きく息を吸い、高らかに叫んだ。

 

「ウルトラ5つの誓いッ!!

 一つ! 腹ペコのまま学校へ行かぬこと!!

 一つ! 天気の良い日に布団を干すこと!!

 一つ! 道を歩く時には車に気を付けること!!

 一つ! 他人の力を頼りにしないこと!!

 一つ! 土の上を裸足で走り回って遊ぶこと!!」

 

 誓いを言い終えた星司が再度陽を背に此方へ向く。その爽やかな笑顔は、一つの達成感を感じさせるものだった。

 対するタスクフォース一行は静寂と沈黙に包まれていた。その誓いの言葉とやらに声を失った…と思ったのは幾人だろうか。その静寂を破ったのは弦十郎だった。

 

「――素晴らしい、素晴らしい誓いの言葉です…!! この言葉には、我々にとって大切なものが凝縮されているッ!」

(そうなのかッ!!?)

「確かに、腹ペコで学校には行けませんもんね…! それにお日様に干した布団は安眠を約束してくれるベストアイテム! 欠かせませんッ!」

「…ジープの特訓もありましたし、確かに車には気を付けなきゃいけません。そうでなくてもノイズに怪獣にと危険の多い世の中です」

(アレってそうだったんデスかねッ!!?)

「他人の力を頼りにしない…。それは何かに支えて貰うだけでなく、常に己が全力を賭し、そして互いに互いを支え合うと言う防人魂の至言とお見受けしましたッ!」

(いや分からなくは無いけど先輩ッ!!?)

「私たちは皆、地に足を付けて生きる者…。地球を守護るには、この足で踏み締めてその息吹を感じなければいけない…。そういう事なのね…ッ!」

(マリアまでなに言ってるデスかぁッ!!?)

「理解るかみんな…。ウルトラマンが教えてくれた、大切なことを…!」

「はい、師匠ッ!!」

「では続こうッ!! 北斗さん、矢的さん、お願いしますッ!!」

「あぁ! みんな、行くぞォッ!!」

「あの朝陽に向かって、全力でいこうッ!!」

「っしゃあ!!テンション上がって来たぜぇぇぇッ!!!」

 

 大多数が盛り上がってる中で唖然と見守るクリスと切歌。半端な常識感が齎したものだろうか、だがここでこの勢いに水を差せるほどの度胸は無かった。

 互いに顔を見合わせて、溜め息一つ。此処は合わせようと言う、声なき疎通に他ならなかった。

 

 

「ウルトラ5つの誓いッ!! ひとぉつッ!!!」

「腹ペコのまま学校へ行かぬことッ!!!」

 

「ひとぉつッ!!!」

「天気の良い日に布団を干すことッ!!!」

 

「ひとぉつッ!!!」

「道を歩く時には車に気を付けることッ!!!」

 

「ひとぉつッ!!!」

「他人の力を頼りにしないことッ!!!」

 

「ひとぉつッ!!!」

「土の上を裸足で走り回って遊ぶことッ!!!」

 

 

 朝陽に向かって吼える一同。

 木霊する声は何処へ消えるのか、それは分からない。

 

 だが一つ、分かったことがある。

 

 今この瞬間、少女たちと大人とウルトラマンの心は、声と共に一つに重なっていたと言うことだ。

 

 

 

 EPISODE12 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 13 【夢の憧憬に揺れる秋桜】 -A-

 

 暗い闇の中、這いずりながら蠢く影。

 腕のように長く伸びた二本の触手と波打つ濃紫色の肉体は如何控えめに見てもグロテスクな影姿以外の何物でもない。

 これ程までに漆黒の暗夜が似合う異形生物は、今この時は何かに追われるように走っていた。

 鈍重な軟体生物の特性を持つ異形において”走る”とは如何なる表現かと思われるだろうが、時速30km以上の速度で蠢きながら移動されれば”走る”と言う他に状況を表す言葉は無いだろう。

 その異形を追う二つの人影があった。

 月光が照らし出したその姿は、薄桃色の柔らかな髪を靡かせる白銀の鎧を纏う者。そして濃青色の艶やかな髪をはためかせる青と白の戦装束を纏う者。

 走り抜ける両者が奏でる木々の騒めきと共に、人影からは歌声が流れていた。勇ましく雄々しき、防人の歌。

 

「逃がすものかッ!!」

 

 逃走する異形が月光の下に晒された瞬間、青の防人…風鳴翼が懐より小刀を引き抜き放つ。刃は異形の”影”に突き立ち、瞬間その異形は動きを止めた。

 数刻の間隙。その瞬く間に翼は一足で異形へと近寄り、擦れ違いざまにその手に握られた銀鉄の刃で横に切り裂いた。

 言い得も無い不快感を齎す濃色彩の体液を撒き散らしながら叫び悶える異形。だがそれに怯むことも無く、翼の声はもう一人の人影…マリア・カデンツァヴナ・イヴに向けられた。

 

「マリアッ!!」

「理解っているッ!!」

 

 マリアの右逆手に握られた短剣が、彼女の歌と意志に合わせてその形態を変える。幾重にも刃を重ね、その中央を貫くのは自在鞭。蛇腹剣と呼ばれる御し難くも彼女の愛用する剣は正しく蛇のようにしなり、異形の身体に巻き付き動きを更に封じていった。

 完全に動きを止めた異形に対し、マリアは手甲を身に付けた左腕に自らの内に得た力を高めていく。手甲の黒色部分に赤い弓状の紋様が浮かび上がり、それを中心に清浄な輝きが左腕を包んでいく。

 

「はあああああッ!!」

 

 掛け声と共に飛び掛かり、輝く左腕を異形に打ち込むマリア。同時にその光が異形の内部から全身に伝播し、数度の膨張と収縮を繰り返した結果、完全に霧散した。

 彼女と適能者として認め一体化したことで顕現した、異形…スペースビーストを討ち祓う輝きの力。対スペースビーストに特化したとも取れるそれを用いた一撃は、内部よりそのマイナスエネルギーを昇華することでビーストの存在そのものを否定。彼女自身が変身するウルトラマンと同じく、生体の全てを原子レベルで消滅させるまでの力を持っていた。

 その力で異形を斃したマリアに、翼が駆け寄ってくる。

 

「流石だな。ヤツらとの会敵を重ねる度に、マリアの技の練度が上がっているのを見ていても理解る」

「…そうね。自分でも、不思議なぐらい…」

 

 特訓の成果かは不明だが、マリア自身がこの力を認識、把握と共に使いこなすようになるまではさほど時間はかからなかった。

 光弾、光拳、光刃…多様な使い方を覚える度に、ビーストの情報が身体に染み渡って行くような感覚も覚えていた。

 今しがた斃したものもその一体。マリアがカナダのライブ会場で初めて遭遇したビーストである、【ペドレオン】と呼ばれるブロブ(不定形)タイプに属する個体であり、それがどんな特性を持っていて、何が弱点なのか…。ビーストに対する知識量では、既にエックスの持っていたデータベースを遥かに上回っていた。

 自分自身でも不思議に思うほど流れ来る知識の奔流に、表には出さずともマリアの胸中には僅かに不安感が募っていた。ダイナやコスモスではない、ウルティメイトイージスに秘められているもっと大きな意思は、私に何を語り掛けているのだろうかと…。

 

「…マリア、大丈夫か?」

「――えぇ、平気よ。ビーストの反応は消失した。帰投しましょう」

 

 翼の問いに、変わることなく笑顔で答えるマリア。目下のところ、ビーストに対する最大の有効手段はマリアの持つ”力”を得たアガートラームのみ。そしてビーストをいち早く発見できるのも、彼女の得た力に依るものだ。

 エックスとエルフナインがビーストの固有振動波を検知するシステムを早々に完成させており、現状でも非常に有用な活躍をしているのは確かだ。だが、本能による反射とも取れるマリアの力による探知力に及ぶことは無かった。

 その彼女から「反応が無い」と言われれば、それ以上詮索のしようも無い。後処理は別動隊に任せ、ギアを解除して早々に立ち去って行くのだった。

 

『しかし、急に増えたなビーストの連中』

「…いいえ。これは以前から起きていて、ただ誰もそれに気付けなかっただけ…。みんながノイズとヤプールによる被害ばかりに目を向けていたから、裏に隠れてビーストによる捕食が少しずつ進行していたと言うだけのこと…。

 きっと、カナダで私が遭遇したのも、この力がビーストの行動を気付かぬうちに本能に教えてくれたからだと思う。…でも、私がもっと早く目覚めてさえいれば、犠牲者は減らせていた…」

「…致し方ないと割り切れる事ではないが、マリアが一人で気を病んで如何する事でもなかろう。責を負うのならば、それは私たち全員でだ」

『そういうことだぜ。俺たちは仲間じゃねぇか』

 

 強い笑みで返す翼と、彼女と一体化し共に戦っているウルトラマンゼロが言葉を返す。

 共に背と命を預け合い並び立つ仲間であるからこそ、届かなせられかった責は皆で分かち合うものだ。

 たとえ彼女が頑なに一人で背負い込もうとしていても…それでも傍に誰かが居ると言うことを、教え理解らせておきたかった。翼はそれを、何よりもよく理解っていたのだから。

 翼とゼロの言葉に少し間を置き、素直に「ありがとう」と述べるマリア。彼女自身も理解ってはいた。独りでなくなったこの身を預けられる仲間達の存在は、どれ程心強いものかと。

 だが、だからとて…それが自責を放棄する理由にも為り得ないのも、また事実だった。そして、責を負うならば一人でも多くビーストによる被害者を減らし、駆逐することが最良の行動だと言うことも理解る。この力は、その為のモノなのだと…。

 

「今は帰って休もう。何度言ってもマリアは無茶ばかりするからな」

「それ、翼が言えたクチかしら?」

『確かにそうだな。ビースト相手でも真っ先にブッた斬りに往く翼の無茶は清々しいぐらいだぜ』

「お前にだけは言われたくないものだがな、ゼロ。先陣の斬り込みはお前も得意としているところだろう」

 

 翼とゼロ、二人の気楽な会話が続いていく。本人たちはどう感じているかは知らないが、傍から見ればやはり何処か似たものを感じざるを得なかった。

 それを微笑ましく眺めるマリアの顔に、翼が気付き尋ねる。

 

「どうしたマリア?」

「いえ、仲が良いんだなと思ってね」

『そうか?普通だろこんぐらい』

 

 守護を目的としている友好的な存在とは言え、彼らウルトラマンもまた異星人である事に違いは無い。が、やはり…彼らの中でも特に、このゼロと言う男は軽い。

 決してそれが悪いように作用している訳ではないのだが、彼の軽さはあまりにも人間らしすぎて時折困惑するのだ。最早それに慣れ親しんでいる自分達も含めて。

 彼らに対する信は厚い。疑う部分など存在しない。それでも胸中に小さく渦巻くこの想いは――

 

(……愛しみ、惜しんでいる……?)

 

 始まったこの戦いは、平和と言う終着を見る為のものだ。

 その終着に辿り着いた時、彼らは如何するのか…。

 いや、その結果は理解っているはずだ。

 世界を守護りきった先にあるものは、この良き仲間達との別離。

 それを、マリアだけが皆に先んじて認識してしまったのは如何なる皮肉だろうか。

 そんな想いの所在を確かめることも無く、二人の装者は己が防人の任を終えて帰って行くのだった。

 

 

 

 

 EPISODE13

【夢の憧憬に揺れる秋桜】

 

 

 

 

 ヤプールとノイズの侵攻が収まった今、タスクフォースの任務は人知れずスペースビーストを狩ることへと移っていた。

 無論、学業に重きを置くリディアン在校生たちは出撃する機会はそう多くなく、翼とマリア、そしてタスクフォースと協力するように派遣された国連軍に任せているのが現状である。

 巨大な怪獣や超獣が出現することも無く、一般市民の間では表面上、平和な日々が戻って来たように認識されていた。

 それはリディアンでも同じ事であり、平和と安穏の空気に包まれ秋も深まるこの学校では、年に一度の一大イベントに向けての準備が着々と進められていた。

 生徒主催の文化祭…【秋桜祭】だ。

 

 主催と言うだけあり、軽食屋台から舞台発表、その演出なども全てがリディアン生徒たちに依るものであり、教職員は資金捻出や危機管理体制を保つだけとなっている。

 音楽系の学校とは言うが、芸能関係にも道を広げているのがリディアンの特徴の一つ。卒業生の中にはこの秋桜祭を経て、表舞台ではなく裏方仕事への趣きを目覚めさせその道へ進む者も少なからず居るほどだ。

 楽しみの中で生徒が様々な体験をしていき夢を広げて欲しいという、この秋桜祭を始めた者の想いが込められていると言える。そしてそれは、今なお受け継がれているところでもあった。

 

 この日はその秋桜祭前日。

 陽は落ちたことで辺りがだいぶ暗くなっているが、リディアンの教室は未だ照明の光が明るく輝いていた。この祭りを成功させようと、ギリギリまで頑張っているのだろうと言うことは一目瞭然だ。

 そんな賑やかさを保った校舎内を、猛がゆっくりと歩いていた。一つ一つ、頑張っている生徒達がひしめく教室を覗いては激励と「遅くなり過ぎないように」との注意喚起をしながら。

 中には作業を終えて、明日を待ちきれんと言わんばかりの笑顔で帰宅の挨拶をする生徒たちも居た。

 やがて校舎の中からは次々と準備完了の声が上がっていく。その喜びの声は、教員と言う立場である猛の心にもワクワクとした期待と胸の昂ぶりを感じていた。

 

 

「矢的せんせー、さよーならー。また明日、楽しみにしててねー!」

「さようなら。みんなの一所懸命、楽しませてもらうよ。帰り道には気を付けるんだよ」

 

 最後の生徒たちを見送って、最後の戸締り確認をしようと振り返る猛。その目線の先に、よく見知った姿があった。

 

「雪音さん、まだ残ってたんだね」

「やる事は終わったんだけど、ボンヤリ過ごしてたらこんな時間になっちまってね」

 

 学校内では下手に関係を勘繰られるのを避けるべく、猛は公の場では『雪音さん』と以前の呼び方をしていた。

 そんな彼に対して、普段通りにぶっきらぼうに言うクリス。猛は別段怒る訳でもなく、いつもの穏やかな微笑みでクリスの方へ歩み寄った。

 

「楽しみだね、明日」

「…まぁ、だな。アタシらは、これが最後だから」

「だったら余計に、精一杯楽しまないとね。思い出は、大切なものだから」

「知ってる。…理解ってる」

 

 見上げ言い張ったクリスの顔は優しい笑みを浮かべていた。

 沈んだ太陽に代わり昇り始めた月の淡い光を受け、校舎から漏れる灯りを逆光として映し出した彼女の笑顔は、美しさの中に何処か儚さを感じさせるようなものだった。

 

「――楽しんでやるさ。せっかく手に入れたんだ、最後まで…」

 

 そこまで言った途端、クリスは自身の目頭が熱くなり鼻腔の奥に何かが詰まるのを感じた。

 気付いた途端に俯くことで眼前の相手にそれを報せまいとするクリス。すぐにポケットからハンカチを取り出し、「…っくしゅ!」と何処か嘘くさいクシャミとして吐き出した。

 

「大丈夫かい?」

「んっ…あぁ、平気さ。ちょっと冷えたかな」

「もう秋も深まったからね。朝晩はだいぶ冷えるようになった」

「…そういやさ、センセイの故郷はこういう季節の変化ってあるのか?」

「いや、光の国にそう言ったものは無かったな。常に優しく暖かな光が降り注いでいる星さ」

「なんだ、過ごしやすそうなこって」

「だがそれは、所詮は行き過ぎた科学文明が齎した仮初めの楽園さ。あの輝きの影響で、我々はヒトではいられなくなったのだから。

 …私達ウルトラマンがこの地球に惹かれ、そこに生きる者を守護りたいと思うのは、もしかしたら私達の手には届かなくなった”在りし日の世界”をこの地球に見ているのかも知れないね」

 

 遠く懐かしむように語る猛。それは彼の仮説であるのだが、クリスにはその考えがとても彼らしいものだと感じていた。

 夢と希望を語る優しい教師でありながら、その一方ではリアリストな面も覗かせている。だがそれに甘んじる事無く、夢と希望を塞ごうとする現実と戦い続けている。

 まるでそれは、クリス自身にとっての最も古き記憶と重なるものだ。其処に気付いた時、少しだけ、クリスは何故彼が自分を選んだのか理解ったような気がした。

 

「…あんま変わんねぇんだな。こっちも、そっちも」

「そうだね。だが、変わらないと言われたものを変えようと努力したことは、決して無駄にはならない。

 …だからきっと、私達は”人間”が好きなんだろうな。特に、君達のような人間は」

 

 いつもの笑顔だった。

 優しく、暖かく、そして強い。何よりも信を置ける…置かせてくれる笑顔。

 そんな些細なことを再認識出来ただけで、彼女にとっては十分だった。

 

「ありがとセンセイ。んじゃ、アタシもいい加減帰るよ」

「送って行こうか?」

「じょーれーってヤツが許してくれねぇんじゃねえの?」

 

 思わぬ返答に少し困惑する猛。その少しばかり崩れた顔を見てクリスは満足げに笑い、言葉を重ねた。

 

「平気だよ。いつでも、見守っててくれてんだろ?」

 

 胸に自分の手を当てて言う。それだけ聞いて、猛は納得したように頷いて微笑み返した。

 

「分かった。それじゃ、気を付けて帰るんだよ」

「あいよ。『道を歩く時は車に気を付けること』、だっけね」

 

 顔を見合わせて笑い合う。

 そして軽い挨拶と共に、クリスは装飾の施された校門の方へ、猛は校舎へ向かってそれぞれ歩き出した。

 さっきより少し冷くなった風が吹き、クリスの制服を僅かになびかせる。

 だが、そこを意に介する者はいなかった。

 

 

 

 

 …そして日は跨ぎ、秋桜祭の当日がやって来た。

 

 

 普段の厳かな学校とは一線を画した、華やかで賑やかな…それでいて手作り感の溢れる学園祭特有の空間がそこに在った。

 装飾された校門の先には、簡易テントと共に搬入されたレンタル厨房機材が綺麗に収まっている。

 早朝から登校してきた生徒たちが和気藹々と進めた準備が、今まさに完成と言う名の花となり開かせているところだ。

 そんなリディアンの校門前に、黒塗りの車が一台停車する。其処から一人ずつ、ゆっくりと降りてくる影があった。

 一人はどこか清涼感のある青と白が基調の服を纏い、長く伸びる青髪と特徴的に鋭く跳ね上げたサイドテールがその場に居る人の目を引く。

 否、衆目を浴びる理由はそれだけではない。それはこの者が、このリディアンにおける生ける伝説のような扱いを受けているからである。

 

「…1年、か。たったそれだけなのに、随分久し振りに感じるものね」

 

 青水晶の輝く銀のブレスレットを付けた腕で風に靡く髪をかき上げて、私立リディアン音学院卒業生にして今や世界にまで羽撃きを魅せる日本の歌姫、風鳴翼が其処に居た。

 だが騒めきはそれだけでは終わらなかった。彼女の隣にさも当然のように立つ偉丈夫の姿が在ったからだ。

 翼より頭一つ分は大きなその男からは、着崩したスーツと黒いサングラス、乱雑な髪型も合わさってやけに物々しい空気を醸し出していた。傍から見ても”その筋”の人間なのではないかと。

 そんな男が校門の前からリディアンの校舎を覗き、口角を釣り上げながら呟いた。

 

「なるほど、盛大にやってるじゃねぇか」

「…本当に大丈夫なんだろうな、ゼロ?」

「大丈夫だって! マネージャー代行とは言うが、言ってみりゃ翼の御守りみてぇなもんだろ?」

「御守りを御守る必要が出て来てしまうと互いに動き難くなるだけだろう…。やはり立花か雪音、矢的先生に頼むべきだったか…」

 

 珍しく呆れたような溜め息を吐く翼。隣に立つ男は、人間態のウルトラマンゼロだったのだ。

 普段は公私に置いて翼にとって最も頼れる人間であり実兄のような存在でもある緒川慎次がマネージャーとして付いているのだが、この日は別件の仕事…翼の芸能界でのマネジメント業務が飛び込んできたことで、其方に懸かる事となってしまった。

 一方で翼には、卒業生の中でも広く名の知れた彼女を代表として秋桜祭に参加して欲しいとのオファーが以前より入っており、後輩の為にと事前に参加を決めてスケジュールも組んでいた。

 両者の業務内容を確認し、結果こうして互いに違いの場所でやるべき事をやると決めたのだった。

 だがそこで問題が起きる。一体誰が、日本のトップアーティストの一人である翼の周辺を警護するのかと言う事だ。

 お忍びならば問題は無い。翼ならそんちょそこらの暴漢程度容易くいなし押さえるだろう。そこに黒服を忍ばせておけば口封じまでバッチリだ。

 だが今回はある程度公にされている訪問、それをマネージャー無しで訪れたとなれば周囲も危惧するだろうと言うことは、火を見るよりも明らかだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、先日の特訓で人間態を明かしたゼロだった。

 彼ならば実力は折り紙付きだし、もし翼以外の誰かの身に危険が及んだ時でも迷わず助けに往くだろう。そんな彼への戦闘力及び道義的判断力の信頼感から、慎次と弦十郎から直々にゼロへ依頼された。

 …それが、今こうして翼の隣に立つ事になった経緯である。

 

 一抹の不安を感じる翼を尻目に、ゼロはそのサングラスの奥で瞳を輝かせていた。こうして”人間”の視線で異文化に触れることが、彼にとっては珍しい事だったのだ。

 何処か無邪気さを感じさせる彼に笑みを向け、自身の気持ちを防人からアーティストの其れに変えるべく一度大きく深呼吸をした後に彼の大きな肩を叩いた。

 

「何時までも此処で立って見ている訳にはいかないでしょう。行くわよ、ゼロ…いえ、ラン」

 

 彼自身の名前ではなく、借りている姿の持ち主の名で彼を呼ぶ翼。それにゼロ…”ラン”が、軽快に「おうッ!」と返事をした。

 そのまま二人は、リディアン在校生の衆目を一身に集めながら祭の会場を練り歩いていった。

 

 

 

 

「あ、居た居た! つぅばっささぁーん!!」

 

 時刻は昼前。懐かしさを覚える校舎を歩きながら教室毎の展示物を眺めている翼の元に、聴き慣れた明るい声が響いてきた。

 声の方へ顔を向けると、立花響と小日向未来の二人が笑顔で手を振りながら歩み寄って来た。

 

「立花、小日向。今日はまた一段と楽しそうね」

「そりゃあまぁ、やっぱり秋桜祭ですもの! 厳しくも激しい特訓を乗り越えた後のご褒美みたいなモノですよ! 翼さんも今日はオフモードですもんねー」

「茶化さないのっ」

 

 響の額を軽く手刀で叩く翼。額を抑えながら小さく舌を出し悪戯っぽく笑う響に、未来もまた軽くではあるが響に注意を重ねる。

 二人が再度翼に目を向けると、何処か違和感があるのが分かった。服装や髪型云々ではなく、それは…

 

「…翼さん、今日はお一人で来られたんですか?」

 

 未来の何気ない一言と共に翼も後ろを振り返る。そこに在るべき者の姿は忽然と消え、存在しなかった。

 それにようやく気付いたと言う自分の迂闊さと、相方の粗忽さに思わず右手で顔を覆ってしまう翼。吐き出す息は、響たちもほとんど見た覚えがない大きな溜め息だ。

 

「……あぁもう、アイツは…!」

「あれ、緒川さんじゃないんですか今日は」

「えぇ、緒川さんは別の仕事に行っているの。だから今日は、ランに緒川さんの代わりを願い出したんだけど…」

「ラン…? 翼さん、それって…」

「その、もしかしなくてもスキャンダラスでフライデーな事態が私達の知らぬ間に進行していたと言うことですかッ!?」

「――あぁ、済まない。ランと言うのは、ゼロの人間態の渾名よ。まさかこんなところで正体を明かしては、それこそ立花の言う以上のスキャンダルになってしまうからね」

 

 二人して妙に盛り上がる響と未来に、翼は変に声を荒げることもせずに努めて冷静に返していった。

 確かにこうして人の生きる中でウルトラマンがその正体を明かしては、シンフォギア装者として明かすことと同じかそれ以上の衝撃になるのは間違いない。

 何の為にウルトラマンエースが北斗星司として、ウルトラマン80が矢的猛として人の中で生きてきたのか分からなくなるほどだ。翼はただ彼らを尊敬し共に戦う仲間として、そういった配慮を欠かすべきではないと言うことを、相対する二人に話していく。

 その淡々と語る彼女の姿に、響と未来はこの偉大なる先輩にはまだまだ色付いた風は吹き込んで来ないのだろうなと思い、二人して小さく溜め息を吐くのだった。

 

 

 その一方、乱雑に頭を掻きながら校舎の中を歩く一人の男の姿があった。マネージャー代行の任を帯びながら御守りとはぐれると言う大失態を犯したランだ。

 場違いな空気を漂わせながら歩を進める彼の腰には、黒のスーツには全くマッチしない可愛らしい手作りの人形が幾つもぶら下がっている。教室内での展示物や生徒の自主製作品を見つける度に買っていたのが丸分かりだ。その代わりに翼の存在を失念してしまって今に至る訳だが。

 気の向くままに歩いてたらコレだ、流石にしくじったと反省するラン。だがこの場の空気は余りにも平和だ。危険は感じないし危険に対処出来る人員も揃っている。だからこそ、少しばかり気を緩めてしまったのも仕方ない事だった。

 一息吐き直し、いい加減翼を探して合流するかと思った矢先、一人の見知った姿を見つけた。小さめの背格好にフワフワとした雪のようであり後ろで二股に長く伸びた髪を持つ少女と言えば…

 

「おーい、クリスじゃねぇか!」

「…? ――……ッ!?」

 

 突如名前を呼ばれて振り向くは雪音クリス。彼女の目が見たものは、厳つい黒服サングラス男が可愛らしい人形やキーホルダーをジャラジャラ揺らしながら爽やかな笑顔で駆け寄ってくる姿だった。

 あらぬ姿を直視してしまい理解を拒否した思考でこの男が誰かを考えるも、マトモな答えが出るはずもない。一瞬司令の弦十郎かとも思ったが、声からしてそれは有り得ないとも直感した。

 思わず嫌悪と警戒心を全開にして、構えながら声をかけてきた男と向かい合うクリス。着崩してはいるがその黒のスーツとサングラスは、自分たちが所属するS.O.N.Gのエージェントにも似ているような気もする。

 

「…誰だ、テメェは?」

「おいおいなんだよ気付かねぇのかよ、俺だよ俺」

「――あ。あぁ、なんだアンタかよ」

 

 サングラスを外したランの顔を見て、ようやく相対する人物が誰かを理解した。途端に氷解する警戒心。簡単に安心してしまったと思うが、この男なら大丈夫だろうとも思えていたのは、クリスの中でも彼はちゃんと仲間と認識出来ていたからだろうか。

 

「一人で何してんだ。センパイは?」

「あぁ、翼とはぐれちまってなぁ。別に居場所ぐらいはすぐ見つけられるけど、せっかくだからこのまま少し見て回ろうと思ってな」

「いいのかよソレで…センパイ怒るぞ?」

「それが怖くてウルトラマンはやれねーよ、っと…」

 

 迂闊な返答に己が口を押えるラン。悪戯っぽく笑うその姿は外見不相応だと思うが、不思議と嫌味を感じなかった。

 

「はぁ…んで、どーすんだよ」

「そうだな、どうせだし付き合ってくれるか? どこの何を見りゃいいのかよく分からねぇんだよ」

「ったくしゃーねぇーなぁ…わぁったよ」

 

 頭を掻きながら肯定の意を示すクリスに、周りが少しばかり騒がしくなる。黄色い声やざわつきで煩くなる空間は、女学院の体を為すリディアンだからこそ起こる特殊なものだ。

 校内で知名度の高い、歌唱力に定評のある可愛い上級生であるクリスがスジ者にも見える長身イケメンと『付き合う』と言ったのだ。

 異性の色が乏しいこの学校にとって、それはどういう形であれ騒ぎになるネタである。そんな好奇の目に気付いたクリス、思わず顔を赤らめてランから顔を逸らし早足で歩き出していった。

 

「お、おいクリス!」

「っせぇ、ボヤボヤしてたら置いてくぞ!」

「…なに怒ってんだアイツ…?」

 

 彼女の感情の機微に一切気付かないまま、ランがクリスの後を付いていく。傍から…それも思春期の女の子が見ればどう映るのか。

 彼はまだまだ、地球の文化について余りにも疎かった。

 

 

 

 お昼時。それぞれの合流は思った以上に早かった。

 大きな賑わいが出来ていた最下級生が学ぶ教室の一つを見つけた響と未来と翼。興味を惹かれてその教室に入ると、明るい声が響き渡って来た。

 

「いらっしゃいませデース!! って、響センパイたちじゃないデスか!」

「切歌ちゃん!? うわぁ~なにその可愛い服!」

「うちのクラスの出し物なのデス! 名付けて動物メイド喫茶! お客さんもいっぱい来てくれて売り上げが鯉登りなのデスよ!」

 

 それを言うならば『うなぎ登り』だろうか。というツッコミをする事もなく、皆一様に切歌のコスチュームに目を奪われていた。

 三人が感嘆の想いを込めながら見る彼女の姿は、可愛らしく活動的な短めのスカートのメイド服に、明るい茶色の犬耳と、同じ色で短くカールしたふわふわの尻尾を装備していた。

 切歌の持ち前の明るさと相まって、非常に可愛らしくまとまっている。言うなればコーギーだ。

 そんな一番の仲とも言える先輩たちの来店に喜ぶ切歌の背後に、スッと調もやって来た。

 

「…切ちゃん、無駄話してないで先輩たちを席にご案内しないと」

「ぅえぇ調ぇッ!? わ、分かってるから音も無く忍び寄らないでほしいのデス!」

「もぅ…。いらっしゃいませ、先輩」

「えぇ、出迎えありがとう。月読は黒猫なのね、良く似合っている」

「…そ、そう、ですか…?」

「うんっ。ちょっとマリアさんみたい。可愛いよ」

 

 褒められたことは喜びつつも、未だ素直に表情を作れないまま赤面しながら付けた猫耳をいじる調。切歌と同じメイド服に身を包んでいるにも拘らず、こうも相反するイメージでまとまっているのも驚きだ。

 そこに加えていじらしい彼女の姿は、まるで本当の黒猫のようでとても愛らしい。

 

「はぅぁ~…未来、私調ちゃんと切歌ちゃんをお持ち帰りしたいッ!!」

「なに言ってるの響、駄目に決まってるじゃない。…まぁ、少しはその気持ちも分かるけど」

「あははー…。なんでしたら撮影ブースもあるので、そこで記念撮影も出来るんデスよ」

「耳と尻尾ぐらいならコスプレグッズとして貸し出しもしてますし、良ければどうぞ」

「本当!? それじゃあ後でやってみようかなぁ~…♪」

 

 響が少しくぐもったような、まるで何かを企むような顔で笑っているのを見ていると、また来店のチャイムが鳴りわたる。

 入口の方を見ると、そこに立っていたのは背の高さがあまりにもアンバランスな男女二人組だった。

 異様な雰囲気に一瞬ざわつく教室内だったが、それを知ってか知らずか翼がいの一番に声を上げた。

 

「ラン! お前今まで何処に行ってたんだ!」

「ん、おう翼。いやなんとなく面白そうな方に歩いて行ったら見失っちまってな。いや、済まねぇ」

 

 思ったより真面目に謝られてしまったからか、あまり激しく怒れなくなってしまう翼。後輩らの前でもあるし、一応この身は卒業生でありアーティストでもあるのだ。

 時々注意されていた客観的なイメージと言うものが、今はとても重く感じてしまう。

 そんな二人を尻目に、一人足早に席に着くクリス。すぐに上体を机に預け、ぐったりと倒れるように突っ伏した。

 その異様な姿を心配して、すぐに響たちも駆け寄った。

 

「く、クリスちゃん大丈夫!?」

「…あーーしんどっ…。先輩もよくあんなんと一緒にやれてるよなぁ…。あ、ミルクティーくれ」

「わ、わかりました先輩…!」

「す、すぐに持って来るデスよ!」

 

 注文を済ませた後にもう一度溜め息一つ。見かねて響と未来も同じテーブルの席に座っていく。

 

「クリス、なにがあったの…?」

「…アイツに校内を引き摺り回された」

「……えーっと、それだけ?」

「それだけだけどそんなんじゃねぇんだって…。やれアレは何だコレは何だの質問攻め、なんにでも首ツッコんでははしゃぎやがって…ガキかよアイツ」

「まーそう言うなって。ありがとよクリス、中々楽しかったぜ」

「だぁぁ! そういうの止めやがれってんだよッ!!」

 

 突っ伏しながらボヤくクリスに苦笑いを浮かべる響と未来。そこに自然とランが入り込み、クリスの頭をワシワシと無骨に撫でまわしながら感謝の言葉を述べた。

 しかしその手を怒りと共に跳ね除けるクリス。からかいと言う風に取ったのか、照れ隠しには見えなかった。

 

 翼とランも同じテーブル席に座り込み、切歌が先んじて持ってきたミルクティーをクリスに手渡しながら、一緒に居た調に注文をしていく。

 とは言え所詮は学園祭程度の喫茶店。飲み物はコーヒーと紅茶といくつかのソフトドリンクだけで、食事もそう気合の入ったモノは扱っていない。

 ただ来店者のほとんどが絶賛していたのが、軽食として出されているパンだった。彼女ら動物メイドウェイトレスの存在だけではなかったのだ。

 

「へぇ、そんなに評判だったのね」

「弓美ちゃんたちも可愛いのと美味しいのが一緒になってアニメみたいだーって喜んでました!」

「噂をすればなんとやらか。来たみたいだぜ」

 

 ランの言葉に目線を変えると、そこには大きな盆を持って此方へ進む調と切歌のたどたどしい姿が在った。

 盆の上には全員分の飲み物と噂のパンが盛られていた。

 

「お待たせしましたデース!」

「名物パンのご到着。皆さんごゆっくりどうぞ」

「待ってましたー! いっただっきまーす!!」

 

 響の嬉しそうな声に続いて、他の者たちもラップ包装を剥いて口に運んで行った。

 数回の租借の後に、嚥下。一息吐いた後にその場に居る少女たちが、口を揃えて声を上げた。

 

「んん~~! これは美味しいッ!!」

「本当。それに、何処か懐かしい感じのする味だね」

「こりゃ評判になるのも理解るぜ。なぁ、先輩」

「えぇ、これ程とはね…。小日向の言う通り、何処か安心感のある味が心まで豊かにしてくれるようだ」

「ふーん、これがそんなもんかねぇ」

 

 一人、ランだけが少し不思議そうにパンを頬張っていく。玄妙なこの味の構成要素を紐解こうとするが、中々理解しきれない。

 難しい顔で首を傾げる彼の背後から、何者かの声が響いた。先にその存在に気付いた少女たちの驚きの顔にも気付くことも無く。

 

「口に合わなかったか、兄ちゃん」

「いや、そうじゃねぇんだが…」

「じゃあどういう事だい?」

「んー…みんなが美味いって言うし、俺も別に食って嫌な感じはしないから、多分この食い物は美味いってのは理解るんだ。でも、どうやってこんな味になってるんだろうなって思って…」

「…そいつはお前が、まだこの地球の事をなぁんにも知らないからだ馬鹿野郎ッ!」

「いぃっってぇぇ!!? てっめぇ!何しやが、る――」

 

 言葉と共に力強くその肩をブッ叩かれるラン。思わず反射的に立ち上がって振り返るが、其処に居たのはその場の皆がよく見知った老齢の男の明るく元気な笑顔だった。

 

「ようみんな! いらっしゃい!」

「え、エース…じゃなかった、北斗先輩!? な、なんでこんなところに居るんだよッ!!」

「ふっふっふー、アタシたちがお願いしたんデスよ!」

「お客さんの胃袋をキャッチするには、星司おじさんの作るパンが一番だと思って」

「なるほどなぁ。どっかで食ったことあると思ったが、あのサ店のヤツか」

「確かに…二人の見立て通り、このパンならば人気が出るのは必定…。美味であります」

「ありがとうな、翼。日本のトップアーティスト様にそう言ってもらえりゃ、頑張って作った甲斐があったってもんだ。な、二人とも」

 

 少しばかり誇らしげに、嬉しそうに調と切歌の肩を軽く叩く星司。二人は少し照れるように顔を赤らめながら、それでも真っ直ぐ笑い合いながら手を合わせ合った。

 

「二人も手伝ったんだ、パン作り」

「はい。この日の為の特別限定品も作りたくって」

「なんで学校終わってから、おじさんのカフェでお手伝いしながら色々教えて貰ってたんデス。実は今朝もスゴく早くに行って作ってたもんで、実はちょっと眠たいデス…」

「なに言ってんだ切歌、元気だけが取り柄のお前がそんなことでどうする」

「むー、元気だけってなんデスかぁー! この頑固オヤジ!」

「なんだとぉ? この脳天気ピーカン娘が!」

「切ちゃんも星司おじさんもその辺にして…! もう、そろそろ時間だから行くよ切ちゃん」

「そーだったデス! こうしちゃいられないのデス!」

「なんかあんのか?」

 

 何となしに尋ねたランだったが、彼の問いに調と切歌の二人がニヤリと微笑み返した。

 

「…それは見てからのお楽しみなのデス」

「ゼロ…いえ、ランさんもみんなと一緒に音楽堂に来てください。それと、クリス先輩」

「あん?」

 

 名指しで呼ばれ素っ頓狂な声で返すクリス。それに対し二人の後輩は、自信を以てハッキリと言い放った。

 

「――今度は、負けません」「デェス!」

「……ハッ、上等だ!」

 

 露骨なまでに売り言葉と買い言葉。だがその後輩の言葉の意味を先輩であるクリスはすぐに察し、強く真っ直ぐと…受けて立つように返した。

 

「おじさんもちゃんと来るんデスよ!」

「星司おじさんにも、ちゃんと見て欲しいから」

「分かった分かった、見ててやるからさっさと行って来い」

「むー…絶対にギャフンと言わせてやるデス…! 調、始まる前に少しでも練習するデスよ!」

「ちょ、ちょっと切ちゃん!?」

 

 ぞんざいな星司の言葉が彼女の反骨心に触れたのか、彼に向かってべーっと舌を出したまま調の手を引いて連れて行く切歌。

 一方連れて行かれる調は少し申し訳なさそうに頭を下げ、すぐに切歌と歩調を合わせて走って行った。

 そんな二人を溜め息交じりの呆れ笑顔で見送る星司だったが、すぐにテーブルの方に向いてみんなに謝った。

 

「済まんなみんな、見苦しいものを見せて」

「いいえ。響とクリスの言い争いもあんな感じですし」

「確かにそうだな。あのような接し方も、北斗さんと暁、月読との仲の良さの裏返しだと思っています」

「そうかい? だったらありがたいけどな」

「うぅ~、なんかまた未来と翼さんに馬鹿にされた気がする…。クリスちゃんどう思う!?」

「おめーが馬鹿なのは周知の事実だろ。アタシを巻き込むな」

「ひどぉい!! なぁんでぇ~!!?」

 

 ショックに驚く響を残し笑い合う一同。激しい戦いを潜り抜けた者たちとは思えぬ、和気藹々とした空気だった。

 その穏やかな空気を感じながら、ラン…ゼロも不意に想いを馳せる。思考の先にあったのは、今はアナザースペースで、自分抜きで宇宙を駆け巡りながら平和に仇為す悪党を斃しているはずの仲間たち、ウルティメイトフォースゼロの面々だった。

 陽気で豪快な炎の男グレンファイヤー、正義を秘めたクールな戦士ミラーナイト、堅物な鋼鉄の従騎士ジャンボット、その弟分であり心を学んだ鉄人ジャンナイン…。そんな仲間たちと過ごす何でもない日々を、今の状況と重ねていた。

 気に入っている、楽しい時間だ。と、ゼロは密かにその胸中で思っていた。

 

「ラン、どうした?」

 

 かけられた言葉は今の相棒である翼の声。表情が空虚になっていたのだろうか、向かい合った彼女が向けていた顔は、少し不思議そうだった。

 一体化してる以上ある程度の心の共有はあるはずだ。だが翼は今のゼロの想いには気付いていないようだった。

 ならば別に、全てを明かす必要もない。些細なことだと一蹴し、自然と表情を笑顔に戻し返答した。

 

「なんでもねーよ。それよか、この後何かあるのか?」

「あぁ、秋桜祭のメインイベントでもある行事…勝ち抜き歌謡大会だ」

 

 翼の返答に皆が一様に笑顔で頷く。それだけで楽しみなイベント事の一つなのだと理解できた。

 だがランにはいまいち理解の及ばないところがあった。

 歌謡において”勝ち抜き”とは一体、どういう事かと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 13 【夢の憧憬に揺れる秋桜】 -B-

 

 タスクフォース移動本部内。

 自己鍛錬を兼ねた、エボルトラスターを握っての瞑想を終えたマリアが自室のベッドに仰向けで倒れ込んだ。

 額には汗粒が光っており、呼吸も少しばかり早くなっている。その中で一度大きく深呼吸をし、閉じた目をゆっくり見開いた。

 

(……やはり何も、答えてはくれないのね)

 

 呟くように思いながら、左手に握られたエボルトラスターを再度見つめる。自らが纏うシンフォギアと同じような親和性を握る左手から感じるものの、其処にどれ程の意識を傾けようと、いくつかのビジョンが垣間見えるだけで自らが望むものは現れることはなかった。

 マリアが望んでいたのは、光との対話だった。この身を選んだもの、この身に叡智と浄化の力を授けた大いなる光。

 スペースビーストとの戦いが本格的になると共に、その光が自分を包んでいくような感覚を彼女は抱いていた。光に抱かれ変わり往く中で、マリアは内心でその光に対し僅かな恐怖を抱いていたと言っても過言では無かった。

 問いたかったことは唯一つ…『何故、私だったのか』と。

 

 一度意図せぬ時に、夢とも思える光の奔流の中で、巨人の姿をとっている光を見ていた。

 自らが変身するウルトラマン、ネクサスの基礎状態であるアンファンスに近くあり、それでいてそれよりも遥かに強く眩い純銀の輝きを湛えた巨人の姿。

 それを見た瞬間に問うてしまった。何故、私を選んだのかと。

 銀色の巨人は何も答えなかった。以前、初めて変身した時に語り掛けてきた二人…ダイナとコスモスの片鱗たる者が言っていた事を思い出したが、それだけで答えを得たとも思えなかった。

 自分はただ、全身全霊を以て世界を守護りたかっただけだ。文字通り命を賭して守護ってきた、マムやセレナのように――。

 

 

 

 知らぬ間に眠るように腕で目を覆っていたマリアの耳に、通信機からの着信が鳴り渡る。相手は切歌の物だった。

 小さな驚きと共に服の袖で目を拭い、急いで通信機に手をかけた。

 

「もしもし、切歌? どうかしたの?」

 

 特に疑問に思わず呼びかける。だが通信機の向こうから聞こえてきたのは、なんだか騒々しい困惑の声だった。

 

『…お、おいおい、これってどうすりゃ良いんだ?』

『俺に聞くなよ先輩! こんなところでロートル発揮してんじゃねぇや!』

『なんだとこの野郎!? そう言うお前だってこういう機械はからっきしじゃないか! よくそれで隊長なんか務まるな!』

『あーあーそーゆーこと言っちゃいますか先輩は…。上等だ、オモテでケリつけようぜ!!』

『うわぁあああ北斗さんもランさんも何言ってるんですかぁぁぁ!!! か、貸してください私やりますから! …みぃーくぅー!!』

『そこで私に振るの!? ちょ、ちょっと貸して!』

 

 …なんとなく、察しがついた。

 切歌から通信機を手渡された星司が、マリアに向けてビデオ通話をかけてきたのだろう。

 だが悲しいかな、彼もある意味では前時代の男。昨今の複雑化した通信機器の操作に戸惑っていたのだろう。

 加えて其処に居たのは地球の文明や文化には今一つ疎いゼロ。もといラン。彼にも理解るはずが無いのは必然だった。

 幸い近くに響と未来が居たようで、今は二人の声が小さく聞こえてくる。そうこうしている内に、マリアの端末画面に照明に照らされた舞台が映り込んで来た。

 

『あー、あー…マリアさん、聞こえますか?』

「えぇ、大丈夫よ未来」

『良かったぁ…。お騒がせしてごめんなさい』

「お疲れさま。それで、何が始まるのかしら?」

『実はですね! なんとなんとこの後、調ちゃんと切歌ちゃんが舞台に出て歌うんですよ! それをどうしてもマリアさんにも見て貰いたいって聞いちゃって!』

 

 未来の隣から、まるで我が事のように嬉しそうに話す響。一寸ばかし姦しいが、調と切歌の晴れの舞台を自分にも見せたいと言う想いは強く伝わって来た。それは、純粋に嬉しかった。

 

「それでわざわざかけて来てくれたのね、ありがとう。あの子たちがどんな歌を聴かせてくれるのか楽しみだわ」

『きっと楽しく歌ってくれますよ。っと、そろそろですね!』

 

 響が押し黙ると同時に司会進行役の生徒の元気な声が聞こえてきた。

 秋桜祭の目玉行事、勝ち抜き歌唱大会。これに優勝したものは、リディアン音楽院生徒会が所有する権限の範囲内であればどんな望みでも叶えることが可能だという中々に太っ腹な行事なのだ。

 だが音楽院である以上その点数審査も厳しく、多くののど自慢や学業にて好成績を修める生徒を払い落としてきた、分厚い竜門の扉とも言えた。

 そして今回この歌唱大会の審査員席に、特別審査員としてあの風鳴翼も座っているものだから参加者の誰もが戦々恐々としていたのは言うまでもない。

 なおこの大会は飛び入り参加も可能。勿論滅多に出て来るものでもないが、昨年は二人の少女がデュエットで参加して好成績を収め、翌年度にて当音楽院に入学を果たしたという記録も残っている。

 

「それじゃあ始めていきましょうッ!!

 まずは昨年に続き今年も意気揚々と参加してくれたアニソントリオの登場だぁー!!」

「なんか私たちまでアニソン好きにされちゃってる!?」

「何言ってんのよ! 去年の無念を糧に今日まで頑張って来たんじゃない! 今年こそ優勝! そしてアニソン同好会の設立よッ!!」

「一年間のナイスな努力を見せる時ですものね。友人の願いを叶える為にも、私達も頑張りましょう」

「あーあ、仕方ないなぁもう…」

 

 昨年よりも更に気合を入れたコスプレを身に纏った板場弓美、寺島詩織、安藤創世の三人が舞台に上がり、弓美のチョイスしたアニメソングを全力で熱唱し始めた。

 数分後、その全てを唄い切ったことで会場からも拍手が舞い込んできた。それに一瞬呆然とするも、弓美が真っ先に両手と共に喜びの声を上げる。それに釣られるように詩織と創世も笑い合いながら喜び触れ合った。

 昨年は惜しくも途中で終了と言う憂き目に遭った彼女らにとって、最後まで唄い切るということは掲げた小さな目標の一つでもあったのだ。

 積み重ねた努力は決して無駄ではなかった。そう実感できたことが、彼女らにとって一番大きな実りだった。

 

 その後、数人の生徒や外部ののど自慢者が出場するも、途中で打ち切られたり唄い切っても点数が振るわなかったりと様々だ。

 そしてついに、調と切歌の順番が回って来た。

 

「次に登場しますは1年生コンビ! 昨年の飛び入り参加からなんと入学までこぎ着けた当学院期待の新星コンビは、今年はどんな歌を披露してくれるのでしょうか! どうぞー!!」

「来た来たぁ! 調ちゃぁーん! きぃりっかちゃぁーん!!」

「負けんじゃねぇぞお前らー!!」

 

 大きな声を上げながら壇上の二人に向かって手を振る響とラン。それに気付いて切歌は大きく、調は小さくそれぞれ手を振り返した。

 ふと二人の目は、ランの隣にドカッと座っている星司の方へ焦点が合う。それに気付いた彼も、返すように通信機を見せながら手を振る。それは自分だけでなく、マリアも一緒に見ていると言う合図でもあった。

 どんな憎まれ口を言おうとこうした願いは叶えてくれる星司に、そしてそれに手を貸してくれたであろう隣に座る先輩たちに感謝しながら、調と切歌は二人顔を見合わせて微笑み合う。

 そうしているうちに舞台に設置されたスピーカーから音楽が流れ出してきた。その曲を聞いた途端、審査員席の翼がまた少し嬉しそうに口角を持ち上げた。

 

「大先輩を前にしてこの曲を選ぶ、小さな二人の大きな勇気に私は称賛を送りたいッ! それでは歌っていただきましょう!

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ&風鳴翼より、【不死鳥のフランメ】ッ!!!」

 

 歓声が沸き起こり、二人の歌がその場を明るく支配していく。

 それは哀しみを束ね、信じる正義の種火を灯す戦いの歌。運命の鎖を引き千切り、不死なる想いと描いた夢を羽根に変え遥か高くに舞わんとする勇気の歌。

 不完全ながらも、愛する義姉と敬する先達を模して踊り歌う二人の姿は学校の小さな舞台にも関わらず、かつてこの歌を披露したライブステージ、【QUEENS of MUSIC】を彷彿とさせる程だった。

 その姿に、翼とマリアは互いに別の場所でありながら思わず同じように唸っていた。

 

「…やるじゃない、二人とも」

「まだまだ荒砥ぎではあるが、よく見ていてくれたのだな…」

 

 本来は互いがそれぞれのパートを担当し歌と踊りを行うのだが、調と切歌の驚くべきところは互いがマリア、翼の両パートを覚え、それを交錯させながら歌い踊っていたのだ。

 激しい息衝きと炎のように舞う二人。観客を終始沸き立たせながらの舞台は、横槍の一つの入ることも無く最後まで唄い切り踊り終えた。

 

「ハァ…ハァ…やったデス、調ぇ!」

「フゥ…バッチリだね、切ちゃん…!」

(あぁ、よくやったぞ二人とも。見事だった!)

 

 ハイタッチする二人を見ながら、強く笑顔で頷く星司。彼女たちの頑張りを誰よりも知っていた彼だったから、この結果はとても嬉しく感じていたのだ。

 

「素晴らしいデュエット、ありがとうございましたぁー!!

 それでは次はチャンピオン…の前に、ここで恒例の飛び入り参加コーナー行ってみましょう! 今この場で、我こそはと思う人は立候補をお願いします! 老若男女どんな人でも、大歓迎ですよ!!」

 

 司会の少女の声が響き渡った後、その場が一瞬にして重い静寂に包まれる。

 毎年の事ながらこの飛び入りコーナーは滅多に人が入ってこない。その上今年は、先程この場を大いに盛り上げた調と切歌のデュエットの直後であり、前回チャンピオンの前でもある。

 其処に水を差す訳にはいかないと思うのが普通であり、そんな空気を無視して飛び入りできるほど肝の座った者はこの場には――

 

「よっしゃあ!! それじゃあ俺も、歌わせてもらうぜッ!!!」

 

 ――居た。

 声に反応して当てられたスポットライト。照らされた其処に立っていた者に向けられる視線。

 隣の席の響と未来が、逆隣に座っていた星司とその手に持った端末から聴いていたマリアが、舞台の袖に戻っていた調と切歌や其処に居た者たち、審査員席に座る翼が、その男の存在に驚愕した。

 

「居ましたぁー!! 命知らずのナイスガイ! この沸き立つ空気を前に一切の物怖じをしないその豪胆さに、チャンピオンや他の参加者だけでなく私だって困惑しております!

 しかしせっかくの立候補! お兄さーん、壇上まで来てくださーい!」

「おうよッ!」

 

 言うが否や走って降りたと思いきや向かう途中で大きく床を蹴って飛ぶ大男。空中で一回転した後に、壇上へ綺麗に着地した。

 

「はわわ…まさかこんなカッコよく現れるとは露ほどにも思わず私ガラにも無く緊張しております! お兄さん、差し支えなければ自己紹介をお願いします!」

「あぁ! …俺の名はラン! 今は其処の、風鳴翼のマネージャー代理だッ!!」

「――こっ、この馬鹿…!」

「何を考えてるんだアイツは…!」

 

 高らかに自己紹介するランに対し、翼と星司が呆れ顔で顔に手を当てる。さすがにこの事態は予想も出来なかったのだ。

 一方でマネジメントするはずのタレントを差し置き個性を全開にするランに、周囲の観客からが大きな騒めきが起きていた。

 だがそれもそうだろう。同郷の仲間や共に在るパートナーですら考え付かなかったことだ、こんなものはもうどうしようもない。唯一幸いなことは、名乗りの時にちゃんと通名である【ラン】を名乗っていたことぐらいか。

 

「あわわわわ…ほ、北斗さん…だ、大丈夫なんでしょうかアレ…」

「……知らんッ!」

 

 ハラハラしながら見守る響と未来に、星司は匙を投げたとばかりに言い切る。

 わざわざ今から引き戻しに行って衆目を浴びるのも気が引けるし、出来る事ならば見て見ぬフリを貫きたい。

 だが一応自分達はヤツの関係者。教職として雑事に忙しくしている猛にここまで任せるのもどうかと思い、せめて事の顛末までは見守ってやろうと星司は腰を落ち着かせていた。

 一方舞台では、予想外の闖入者に対して翼が思わず念話で彼に問い詰めていた。

 

(ゼロ…! お前、何のつもりだ…ッ!!)

(どうもこうもねぇよ。此処の熱気に中てられた。それだけだ!)

(それだけって、お前…!)

(良いじゃねぇか。俺もな、ちょっとばかし歌には興味があったんだ。誰かを勇気付けるものや悲しみを払拭させるもの、中には悲哀や情念を連ねるもの…世界には色んな歌がある。

 翼やみんなと一緒に戦ってて、歌の力ってヤツに初めて気付いたんだ。だから、ただ聴いてるだけじゃなく一度ぐらいは自分で歌ってみたくてな。翼みたいに、全力で思いっ切りよ)

 

 直接顔を合わせず声も交わしていない思念での会話。なのに、ゼロの晴れやかな笑顔が映ってくるようだった。

 そこでまた被ってしまった。在りし日の…もうこの世の何処にも存在しない憧憬と――。

 

 一瞬呆然としてしまった翼を置いて、ランは司会進行役の少女からマイクを受け取り選曲した。

 短いイントロから、一気に発火するようにランの声が音楽の波に乗り、歌として組み上げられて音楽堂を染め上げていく。

 それは自らの境遇を映したものか…だが彼の力強い声が響かせるのは、限りない想いを抱き遥かな未来へ進まんとする応援歌。どんな障害も困難も、何度だってゼロから始め乗り越えようとする力をくれる言霊。

 諦めない夢を、輝ける未来を目指し戦う、大いなる心の歌…【DREAM FIGHTER】。それが、この曲に冠された題名だった。

 

 その光を見ながら、弾ける声を聞きながら、翼は徐々に笑顔に変わっていった。

 この男らしい…あまりにも前向きで、明るくて、眩しい歌だ。技術云々ではない、その心が思うままに、感じるままに放たれる歌。正しく彼の魂を映し出していると、ただ翼は聴き入った。

 それは観客も同じだったのか、受け取り方は違えど何かに惹かれたのか、壇上のランに向けられる目は皆一様に輝いていた。

 そして唄い終わりと同時に突き上げられるランの右腕。同時に沸き起こったのは歓声と拍手だった。先の調と切歌のデュエットにも引けを取らぬ盛り上がりようだ。

 舞台の袖でも、調と切歌は驚きと共に楽しそうな顔をしている。それだけランの…ゼロの歌が彼女たちに力を与えたのだろう。それを見て、聴いて、負けん気と共に闘志を高める少女がいた。

 

「素敵に熱い歌をありがとうございますッ!! それでは他に立候補者は………居ないみたいですんで、昨年のチャンピオンにご登場願いましょうッ!!」

 

 調と切歌に見送られ、先程唄い終ったランの立つ舞台に少女が歩みを進めていった。

 

「一年の時を経て、再びこの場に立ちしチャンピオンッ!!

 鮮烈なデビューを魅せ付けながらも飾らぬ性格と努力家でもあるその姿勢に、密かに校内ファンクラブがあるトカないトカ噂の彼女!! 歩む姿は最上級生となった貫禄が見えているようでもあります!!

 リディアン在校生でこの先輩を知らないのはかなりのモグリなのでは!? そうとまで思わせてくれる強い印象と優しい歌声が心を奪う、名実共に現リディアンのナンバーワン歌姫の登場でぇぇーっすッ!!!」

 

 

 

 ――本当は、こういう目立つ場所は不慣れだし遠慮したいところだった。

 だけど、この背を押してくれた友達が居てくれた。この背を見て先陣を切った後輩が居た。

 図らずもこの想いに火を付けられた。友達に、後輩に、先輩に、仲間に…そして、いつも見守っていてくれる人達によって。

 …だから、怖くない。だって此処は――

 

「よろしくお願いしますッ!! 雪音、クリスさぁーんッ!!!」

(――アタシが、居て良い場所なんだから…!)

 

 

 歓声と共にマイクの後ろに立つ少女、雪音クリス。

 普段の粗野な振る舞いからは想像も出来ぬほど真っ直ぐ礼儀を正して観客へと向かい、一礼をした。

 流れ出す音色に耳を傾け、大きく息を吸う。紡ぎ出した歌は、後輩らや不意に割り込んできた仲間のものとは違う優しいものだった。

 …それは、数奇な運命を巡り再び彼女の手に戻って来たもの。いつかの日はもう二度と戻らないとまで思っていた、日常と言う名の宝物。

 モノクロの心に色彩を与えてくれた教室の先…その帰り道を想い唄う、鞄に付けたキーホルダーのように揺れる心を紡いだ不器用な感謝の歌。

 美しい声と穏やかな音楽が合わさり生まれる歌が、聴く者の心に染み渡りその表情を穏やかなものに変えていく。

 それはクリス自身の持つ天性の才だろうか…それを図る術はないが、心のままに、楽しそうに歌う彼女の姿は、間違いなく人を笑顔にする力を持っていた。誰かの涙を拭い、笑顔達を守護る強さを持っていた。

 審査員席の翼も、舞台袖に立つ調と切歌とランも、座席に座る響と未来と星司も、通信機の先で見るマリアも…そして、音楽堂の隅に立ちながら彼女の心が奏でるものを聴く猛も、ただそう感じていた。

 

 やがて歌が終ったその時、音楽堂の中はここまでの誰よりも大きな拍手で埋め尽くされた。歓声ではなく、拍手だ。

 ただ皆が心で理解していたのだろう。彼女の歌に捧げるものは、狂喜に似た熱さではなく厳粛さを伴うモノであるべきだと。

 まるでそれは、良き声楽を聴き終えた後のような空気だったが故に。

 割れんばかりの拍手に赤面のまま恥ずかしそうに深く頭を下げるクリス。何か言葉を出すことも無く、そそくさと舞台袖へと帰って行った。

 

「クリスセンパイお疲れさまデス!」

「お見事でした。まだ、私達じゃ追い付けそうにないです」

「あ、あー…いや、その……べ、別に大したことじゃねぇよ。それにお前らだって、よくやれてたじゃんか」

「そうだそうだ、どっちも凄かったぜ。大したもんだ」

「つーかなんでアンタはさも当然のように入ってきてんだよ!?」

 

 流れるように入ってきたランに、思わずクリスが声を上げる。予想外の行動におけるツッコミを、今ようやく果たせたと言う感じだった。

 そんな楽し気な空間を一瞥し、笑顔で去っていく猛。

 傍に寄るのは容易かった。だが、この想いをただ言葉で伝えるだけでは余りにも安すぎる。彼女の為に自分が出来るなにかを…もっとしっかりと、それを考えたかったのだ。

 

 …それが功を奏すなど、彼自身思いも寄らなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 校門前。音楽堂に人が集まっていたせいか、そこに居た者は疎らだった。

 屋台の番をする者や、人が居ない時にと軽食を楽しむ者…。リディアンの制服と多様ながらもごく一般的な私服が入り混じる広い空間。

 それ故に、入って来た者の存在の歪さが浮き彫りになったのも必然と言えた。

 

「…ねぇ、なにアレ…?」

「さぁ…。でも、おかしいよねなんか…」

 

 番をする生徒が潜めた声で話をする。眼前に居たのは、のろのろと歩くコートを着た男…らしき人影だった。

 彼女らがそれを男と形容したのも、女性と言うには身体つきが余りにも大きかったからだと言う以外にない。

 コートに付いているフードは頭を大きく隠し、中を見せないようにしているように見える。傍から見ると確実に不審者だ。

 周囲の人もその不審な姿に気付きはしたが、君子危うきに近寄らずとでも言うのだろうか、皆がその男から避けるようにしていった。

 だがそんな衆目には一切気を回さぬコートの男は、やがてリディアンの裏手へと入り姿を消していった。

 

「…ねぇ、やっぱり先生に言った方が良いよね…?」

「う、うん、多分…」

「どうかしたのかい?」

「あ…矢的先生!」

 

 偶然彼女らの声を聞き、何かあったのか尋ねる猛。彼の顔を見たからか、先程までの不安げな顔がいささか晴れていたがその全てを拭えたわけではない。

 残る不安を少しでも吐き出すように、二人の少女が先程見たモノを出来るだけ詳細に猛に話していった。

 

「…それじゃ、その不審者らしき人はあっちに向かったわけだね?」

「は、はい…」

「分かった、そっちは私が見に行ってみよう。二人は念の為、他の先生にもこの事を報告しておいてくれるかな?」

「わ、わかりました…!」

「でも、せっかくの秋桜祭なのに…」

「大丈夫。事が大きくならないようにする為に私が行くんだ。これ以上誰にも、怖い思いはさせないよ」

 

 残念そうに俯く二人に、優しく肩を叩きながら慰めるように笑顔で告げる猛。その心強い言葉に、少女らも明るさを取り戻していった。

 そして自らの指示通り走って行く彼女らを見送り、猛もまた不審者と思しき者が向かった方へ走って行く。混乱を最小限に押しとどめる為に。

 

 

 

 リディアンの裏手には配電やガス、水道などを管理、統括する場所がある。学校と呼ばれる施設であれば有って当然の場所だ。

 華やかな表向きの校舎を支える暗部と言えば聞こえは良いが、この物々しく重苦しく暗い場所は生徒たちの間でも一種のホラースポットとも言われていた。

 普通は立ち寄らない空間。そこに独り、矢的猛が入って行った。

 今は普段の温和な顔を強くしかめ、ブライトスティックを懐中電灯代わりに照らしながら進んでいく。なお今彼が持っているものは、クリスに渡したものではないオリジナルの物だ。

 

(……ただの不審者なら、いいんだがな……)

 

 おもむろにそう思考する。

 許す許さないは別として、ただの人間程度ならばウルトラマンである猛の敵ではない。威嚇と制圧ぐらいならば容易いだろう。

 だがそれ以外の場合はどうだ。バム星人みたいな人間に擬態する宇宙人もいるし、スペースビーストやエタルガーの手の物という可能性も捨てられない。

 その時はエースやゼロ、装者のみんなを呼ぶべきか…。それを考えた時、胸の中から魂を繋げた少女の暖かな感情が浮かび上がって来た。

 …それを理解ってしまったから、猛は気持ちを改めて一人で先に進んでいった。

 

 進んだ先で見たのは、10人ほどだろうか、人間たちが意識を失い横たわっている姿だった。

 すぐに駆け寄る猛。倒れている人の中には、リディアンの生徒も数人見て取れた。

 

「大丈夫か!? みんな、しっかりするんだ!!」

 

 思わず声をかける猛だったが、それに対し呻きを上げるものの意識は回復しない。

 微かに香る粘つくような甘い匂いが気になるものの、今はまずこの人たちを助けることが最優先だった。

 すぐに周囲を見回しハッキリとした人数を確かめる猛。その時彼の目に映ったものは、自らの生徒に覆い迫るフードの男の姿だった。

 一瞬すべての思考を遮断し、何よりも優先して走り出す。そして一切の迷いを見せず、フードの男を蹴り飛ばした。

 

「――私の生徒に、手を出すなッ!!」

 

 怒りの形相で倒れ込む男を見据える。奇声を上げながら呻き起き上がる男のフードが後ろへずり落ちた。

 そこから現れた貌は、とてもニンゲンの其れとは程遠いものだった。

 濃い茶褐色の貌には暗い切れ込みのような眼があり、上下だけでなく左右にも歪に開く口は、まるで蟲のようだ。

 猛の放った攻撃に反応するかのように、暗い奥からこの異形と同じような者が更に数体、蠢くように出現した。

 思わず戦慄する猛だったが、異形のモノと知るや否や更に戦意を高めていった。

 

(こいつら、スペースビーストか…!?)

 

 構えながら思考を巡らせる。スペースビーストであればその固有振動波を本部でキャッチしてくれているだろうし、適能者であるマリアからもすぐ連絡が来てもおかしくない。だが現状そのような連絡は無かったことが、猛は不思議に思っていた。

 だが己が力で相対する者のマイナスエネルギーを観測してみると、混濁としたマイナスエネルギーの塊のようなこの敵は、スペースビーストのそれと酷似していたと言える。

 理解が追い付かない。が、この相手が何も知らぬ人々を、この学校の生徒を狙うと言うならば為すべきことは唯一つ。

 全て斃し、みんなを守護り抜くことだ。

 

 襲い掛かってくるヒト型の異形をいなし、攻撃を躱しつつ持ち前の格闘術で反撃する。

 飽くまでも単純な暴力を振るうように戦うこんな敵は、猛にとっては暴れる怪獣を抑える事よりも容易かった。

 だが、如何せん数と言う明確な暴力が彼に襲い掛かっていく。やがて私刑のように周囲を囲まれ無作為な攻撃に晒される猛。最早止む無しと、ブライトスティックのスイッチを押して其処に内包している光をエネルギー波として解き放った。

 擬態の衣服を全て弾け飛ばされながら倒れる異形。だが所詮は一瞬の目眩ましに過ぎなかったのか、すぐに起き上がっていった。

 

(くっ…まだ立つのか…!)

 

 状況に若干の焦りを覚える猛だったが、そのとき眼前の異形たちがおかしな行動に出た。互いに抱き合うように身体を密着し合い、まるで貪るように共食いを始めたのだ。

 唐突な行動に困惑する猛。だがその意図はすぐに理解できた。喰らうたび、取り込むたびに異形のその姿が大きくなっていったのだ。

 行動理念を理解することは不可能でも、この状態が何を引き起こすか…それを理解らない彼では無かった。

 

(このままでは、リディアンが戦場になる! それだけは、断じてさせない…ッ!!)

 

 一瞬意識を共に在る者へと傾けるが、すぐにその繋がりを意図的に閉める。ただ単に、彼女を想ったが故に――。

 

 行動は早かった。巨大化を始める敵をこの場から引き離し、意識の戻らぬ者達を安全なところに移す為に今出来るたった一つのこと。

 左右の正拳を連続で突き出した後、腰に回した右手に握ったブライトスティックを天に掲げ、そのスイッチを押した。

 

「――エイティッ!!!」

 

 叫びと共に光で覆われる。そして出現した光の玉が敵を捕らえ、同時に人々も捕らえて光速でその場から離れた。

 光に包んだ人たちをリディアンの敷地内の目立つ場所に置き、そのまますぐに少し離れた開けている空き地に敵を叩き落とす。

 だがそれと同時に敵も巨大化が完了。出現する異形と共に相対する光の玉が弾け、ウルトラマン80が顕現した。

 騒ぎを聞きつけ音楽堂を出て周囲を見る人々。すぐに怪獣と思しき巨大な姿とウルトラマンの威容を見つけ、思うが侭に驚きの声に出していった。

 

「あれは…怪獣…!?」

「それに…ウルトラマン、80!? なんでこんなところで…!!」

 

 喧騒の中、残されたクリスがその姿を見ながら歯軋りをした。叫び出したいのを、必死で抑えるかのように。

 

(…なんで…なんで、アタシを置いて…! センセイ…ッ!!)

 

 

 

 同時にタスクフォース移動本部内でも緊急警報が鳴り響く。状況をモニターする弦十郎たちが驚きのままに声を上げていった。

 

「り、リディアン近辺に巨大生物とウルトラマン80の出現を確認!!」

「どういう事だ! クリスくんか、他に誰かから報告は無かったのかッ!?」

「ありません! それに、現在ウルトラマン80はクリスちゃんとユナイトしていない模様です!!」

「どうなっているんだ…ッ!?」

 

 見えぬ状況に困惑する指令室に、エルフナインとマリアが急いで駆け込んで来た。

 

「ごめんなさい、遅れました!」

『風鳴司令、状況は!?』

「まだ始まったばかりだが、何もかもが急すぎてよく分かっていないのが現状だ…!」

 

 すぐにエックスの宿る端末をセットするエルフナイン。彼女の隣に立つマリアがモニターに映された巨大生物を視認すると、まるで何かに命じられたかのようにその情報を言葉にし出した。

 

「……コードネーム、【バグバズン】…いえ、これはその斥候とも言える【ブルード】ね。…インセクトタイプビーストで、吸った相手の意識を奪う催涙ガスを吐き出す……。

 …間違いは、無いわね? エックス」

『あ、あぁ…。このタイプのビーストは私が居た地球でも遭遇したタイプだ。

 だが妙だ…ビーストであれば、私達が作った振動感知器やマリアの力で察知できるはずだが…』

「…バグバズンブルードの中には、その生体に植え付けられた別の振動器を用いてビースト固有の振動波を打ち消し、感知されないようにする特性を持つ個体が居る。恐らくコイツは、そのタイプなのね」

「マリア、さん…?」

 

 何処か無感情に淡々と話すマリアに、周囲の…特にエルフナインの目が不安げに向けられる。

 その空気に気付いたマリアが一瞬驚きを見せながら、一呼吸を置いて弦十郎に進言した。

 

「出動するわ、風鳴司令」

「…大丈夫なのか、マリアくん」

「……理解らない。だけど、誰かを守護る為のこの力…惜しむ理由は、無いわ」

「…分かった。だが、無理はするなよ」

 

 弦十郎の言葉に強く頷き、すぐに指令室を後にするマリア。見送る一同の目は、やはり何処かに不安を残したままだった。

 

 

 甲板の上に出るマリア。その左手には拍動するエボルトラスターが握られている。そこに思いを寄せると、脳裏になにかが聞こえてきたような気がした。

 それは声か、音か…彼女自身にも理解らない。ただ、駆り立てられるように想いが固まっていく…。

 

「私は…みんなを、守護ってみせる…ッ!」

 

 握る左手をそのまま鞘へ持ち替え、右の逆手で柄を握る。そして決意を込めて、エボルトラスターを引き抜いた。

 光に包まれたマリアがそのまま天へ飛翔。光速を以てリディアンの近辺…ウルトラマン80が立つ場所へと急行した。

 

 

 

 EPISODE13 end...

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 14 【軋む歯車が奏でるアタッカ】 -A-

 

 巨大化したバグバズンブルードと相対するウルトラマン80。恐怖と喧騒の声が上がる中、一先ず周辺とリディアンの無事を確認し、すぐに眼前の敵へと攻め込んでいく。

 持ち前の鋭い格闘術で敵を圧す80だったが、放つその攻撃が何処か軽く感じられる。その理由はすぐに分かった。

 

(やはり、私一人ではこの程度か…!)

 

 自らが力を分け与え一体化している少女、雪音クリス。その存在が、彼女の奏でる歌の無い事が自らの弱体化を招いている。そう結論付ける以外無かった。

 だが、だからどうしたと言うのだ。ウルトラマンとして、教師として…守護らなければならないものが其処にある。

 この心は、その為に燃やすのだ。今も、あの時と同じように。

 

 ウルトラアローショットで牽制しながら戦う80。動きのキレは変わらないように見えるものの、その一発の威力は普段より大きく劣る。戦いを見守るクリスたちには、それがすぐ理解できた。

 焦りの表情を隠そうとしないまま、クリスが自らの持つブライトスティックを取り出し祈るように念を80に送る。

 

(なにやってんだよセンセイ…! 返事してくれよ…ッ!!)

 

 何度も呼びかけてみるが、いつものような優しい返事は帰ってこない。それがクリスの心を更に焦らせていってしまう。

 そんな彼女の肩を、背後から強く引く者があった。

 若干の怯えにも似た驚きの顔が向いた先に有ったのは、先程まで見ていたランの姿だ。隣には翼も居並んでいる。

 

「向かうぞ、雪音!」

「む、向かうって…」

「先生のトコだ! 決まってんだろ!」

「此方の騒ぎは立花たちが対応してくれている! 迷うな!」

 

 翼の言葉に心を固め直し、二人に連れられるように車に乗り込むクリス。ランの荒々しい運転を誇示するように、車が勢いよく走り出した。

 

 一方ウルトラマン80は、巨大化したバグバズンブルードに対し優劣付けられずに苦戦を強いられていた。

 僅かな隙を突かれ体当たりから転倒させられ、一方的に踏み付けられてしまう。そこから鋭利な爪で切り裂かれようとしたその時、空から光の刃がバグバズンブルード目掛けて放たれた。

 光の一撃を受けてよろめき80の傍を離れるバグバズンブルード。そしてこの場に、赤と青の巨人が降り立った。

 

「あれは、ネクサス…!」

「マリアかッ!」

 

 すぐに立ち上がり、右腕に光を宿し大きく振りかぶる。そしてそれを天に突き上げ、フェーズシフトウェーブを発射。メタフィールドを展開していった。

 やがて光と共に、バグバズンブルードと80を伴いその場から消失するネクサス。少なくともこれで周辺地区や人々への被害は抑えられるはずだ。

 そう思い、すぐに翼が通信機を本部に繋げていった。

 

「司令!」

『翼か! そっちの状況は!?』

「此方は現在、雪音とランを伴い発生したメタフィールド付近にて待機中です!」

『学校の方は!?』

『師匠、響です! 学校内で意識不明の人を数名確認、すぐに救急へ連絡しました! でも、一体何が…!』

『マリアくんの話だと、こちらを欺く能力を持つビーストの仕業だそうだ…! クソッ、何処からリディアンに入り込んで来やがった…!!』

「出所はともかく、偶然にも矢的先生がそのビーストを発見したものと思われます。其処から人を助け、単身で変身して戦闘を開始したのだと…」

『ならまだ潜んでるかもしれませんね…。私は北斗さんたちにも連絡して、他にそういうのが居ないか調べてみます!』

『任せたぞ響くん!』

「それよりオッサン、フィールド内の映像をこっちにも寄越せよ!!」

『お、おう!』

 

 焦りを隠そうともせずに口を挟むクリスに少し気圧され、すぐにメタフィールド内の状況を見るモニターを彼女らの端末に繋げる。

 そこには力強く立つネクサスと、カラータイマーが点滅しているもフィールドの恩恵で力を取り戻しているように見える80が居た。

 逆に相対するバグバズンブルードは、充満する光の力に中てられたのかその動きはやや鈍っているように感じられる。

 ダメージの見える80を休ませるように手で静止させ、単身でバグバズンブルードへ突進するネクサス。輝く連撃がバグバズンブルードに撃ち込まれ、攻勢は一気に優位なものとなっていた。

 その状況に思わず安堵の溜め息を吐くクリス。1対1で、しかもメタフィールド内だ。この状況下でネクサスが負けるはずがない…そんな確信を抱いていた。

 それは戦っているネクサス…マリアと、その場に居た80にも同じ想いがあった。

 そう、”この状況”であれば。

 

 強い蹴撃を腹部に喰らい、よろめきながら後退するバグバズンブルード。その隙を見て、ネクサスが胸の前で両腕を伸ばしアームドネクサスを打ち付ける。必殺光線であるオーバーレイ・シュトロームを放つ溜めの動作だ。

 

「オオオオォォォ……ッ!!」

「――そこまでだ、ウルトラマン」

 

 何者かの声が、メタフィールド内に轟いた。

 思わず構えを解いて周囲を見回すネクサス。80も片膝を付いたまま辺りを確認してみるが、声の主と思しき者を確認することは出来なかった。

 

(誰…ッ!?)

「ふはははは…すぐに”思い出させて”やる。光を飲み込む、無限の闇の力でな…ッ!!」

 

 謎の声と共にメタフィールドの空間が鈍く輝く赤黒い光に、下から塗り潰されるように染まっていく。まるで泥濘がまとわりつき飲み込もうとしているような…歪な不気味さと恐怖を感じる状態だった。

 やがて完全に塗り潰されたメタフィールドは、神秘性より邪悪性の増大した空間へ変化。不浄な空気と汚染された大地へと変わっていた。

 状況が一変した瞬間、突如ネクサスの身体がよろめいた。自らの身体に酷い重圧がかかっていることを、マリアは即座に理解したのだ。元来はウルトラマンとしての自分の肉体を以て生み出した戦闘用不連続時空間であるにも拘らず、何かに侵食されて不自由を架せられてしまっていた。

 まだ十分に余力のあるはずのネクサスでこうなのだ、既にダメージの受けていた80は膝立ちになってしまい、俯きながら肩で大きく呼吸をするように動かしていた。

 

『マリアさん! 大丈夫ですか!? 一体何が!』

(エルフ、ナイン…。これは…【ダークフィールド】…!)

『ダーク、フィールド…?』

「そうだ、よく思い出したな」

「グアアッ!」

 

 空間から滲み出るように生まれた闇が80の身体を締め上げる。やがてその闇が姿を為し、そこにはある者の姿が立っていた。

 特徴的な二本の角、漆黒の眼とカラータイマー、交差するように配された赤と黒のツートンカラー。

 その姿はまるでウルトラマンのようでありながら、何処か道化師も連想させられる…それでありながら、誰の目にもこの存在への違和感が尋常では無かった。

 装者たちと共に戦うウルトラマンが陽とするならば、出現した漆黒の眼を持つ者は間違いなく陰に属する存在だ。そう直感できる何かがあった。

 締め上げられながらもそれを感じる80が、声を振り絞り問い掛けた。

 

「き、貴様…何者、だ…ッ!」

「…ダーク、ファウスト」

 

 

 

 

 EPISODE14

【軋む歯車が奏でるアタッカ】

 

 

 

 

「ファウストだと…!? 自らを”悪魔との契約者”と名乗るか…ッ!」

「ダークファウストと名乗る個体から、マイナスエネルギーに似た巨大なエネルギーを確認! おそらくはアイツが、メタフィールドを侵蝕しているものと思われます!!」

「マリアさんとウルトラマンネクサスとのユナイト係数低下! 危険域ではありませんが、状況は不利です!」

 

 指令室から上がる呻き声に、中の状況を見ながら通信を続けているクリスたちも歯痒そうに奥歯を噛み締める。

 指令室に向かって荒げ叩き付けた声は、何処か別の感情を覆い隠すように振り絞ったようにも聞こえた。

 

「エルフナインッ! なんとかアタシがフィールドの中に入ることは出来ないのかよッ!!」

『ご、ごめんなさい…。シンフォギアの歌の力を以ってしても、次元や位相差を越える技術は未だ試用にも至っていないのです…』

「じゃあこんなところで、黙って見てろって言うのかよッ!!」

「落ち着け雪音! エルフナインに当たっても詮無き事だろうがッ!」

「でも…だけどよ、先輩…ッ!」

 

 翼の制止に思わず振り返るクリス。焦りに満ちた彼女の目頭に、小さく涙片が浮かんでいるのが見て取れた。

 心配なのだ。ただ心底より、彼の事が。

 後輩の痛いほどの想いを受け、一つの想いを固めて隣に立つ己がパートナーに目線を向ける。彼もまた、相方である翼が何を言いたいのかは即座に理解していた。

 

「…やれるか、ゼロ?」

「やってみなけりゃ分かんねぇ。…が、やれねぇって投げるのは俺の性にも合わねぇな」

 

 互いに見合わせ翼の真面目な顔に対し不敵な笑みを浮かべるラン…否、戦場を前にした今この時より普段の呼び方であるゼロと、自然に口にしていた。

 二人で決意を固めたその時、ダークフィールド内での戦況も変化を見せた。ダークファウストが動き出したのだ。

 

 首を捕まえていたウルトラマン80を地面に叩き付け、蹴り飛ばすダークファウスト。倒れ込んだところに暗黒の光弾を発射、甚振るように80を追い立てていく。

 

「グ、ウゥ…!」

(やめろ! お前の相手は私が――)

「いや、お前の相手はそっちだ」

 

 言うが早いか空いている手で自らの暗黒の力をバグバズンブルードに浴びせるダークファウスト。途端にバグバズンブルードがその身を更に強化した。

 身体はより硬質的なモノとなり、両手の爪も更に伸びて鋭利になっている。其処に加えて、両肩から巨大な二本の角が生えてきたのだ。

 先程よりも遥かに攻撃的なその姿でネクサスに突進攻撃を仕掛けるバグバズンブルード。思わず角を捕まえ動きを止めるが、ダークフィールドの影響である体力の減退と動きの不自由さが相まり辛うじて抑えるので精一杯だった。

 その姿を鼻で笑いながら、ダークファウストは再度80を甚振るような攻撃を再開する。

 顔面を潰そうと踏み付けていくが、寸でのところで80は転がって回避する。だがそんな彼の姿を嘲笑うかのように、何度も顔を狙ってその足を落としていった。

 数回それを行ったところで逆の足で80の腹部を蹴り上げるダークファウスト。一方的に転げさせられる80は、なんとか膝立ちの姿勢にまで戻すのでやっとだった。

 

「アイツ、なんでセンセイばっか…!」

(弱体化しているから頭数を減らそうと…? いや、それにしては執拗な気が…)

 

 外から見ている翼が一瞬思案するが、答えは何も出てこない。彼女のその一瞬の思案の間に、なんとか80が立ち上がっていった。

 

「…ほう、立つのか」

「あぁ…。私はあの子の…あの子たちの、ウルトラマンなのだから…ッ!」

 

 気力を振り絞り両腕を円運動から左腕を斜め上外方、右腕を水平へ伸ばし構え残された力を集束させる。

 そして勢いのままに両腕をL字に構え、右腕から鮮やかな虹色の必殺光線、サクシウム光線を発射した。

 だがそれを見たダークファウストもまた、両の拳の間で暗黒のエネルギーを迸らせて溜め込み、ぶつけ合わせ振りかぶった両手正拳を放つように真っ直ぐと突き出してエネルギー波を発射させた。

 闇の巨人であるダークファウストの必殺技である【ダークレイ・ジャビローム】である。

 中空でぶつかり合う二つの光線が火花を散らして競り合う。だが自らに優位性を齎すダークフィールドの恩恵を受けるダークファウストと、環境面、体力面の双方で不利な状況のまま僅かな力を振り絞り放った80。

 意志だけでこの圧倒的な差を埋めることは叶わず、サクシウム光線はダークレイ・ジャビロームに押し切られ80に直撃した。

 大きく吹き飛ばされて倒れ込む80。胸のカラータイマーはこれまで無い程に激しく明滅し、眼光も薄くなっていく。それでもなんとかと腕を動かすが、結局力を失いその輝きを失くしていってしまった。

 

「センセイ!! おいセンセイッ!!!」

 

 クリスの叫びが轟くが、80の眼に光は戻らない。完全に体力を奪われ、倒されてしまったのだ。

 

(矢的さん…! せめて、フィールドの外へ…ッ!)

 

 不利な状態ながらもバグバズンブルードを相手にしつつ、マリアが自らの力で80をフィールドの外へ転移させる。

 闇に侵食された戦闘用異世界であるダークフィールドとは言え、その構成物質はネクサスの力に依る物だ。再度メタフィールドとして塗り替えることは出来なくても、認識できるモノを外にやるぐらいはなんとか可能だと理解していた。

 彼女の力で光の粒子と化した80は、位相差を越えて元の空間へと排出される。再度構成された肉体は、汚れと傷に塗れた矢的猛の姿だった。

 

「センセイッ!!」

 

 すぐに彼の下へ駆け寄るクリスたち。なんとか目を開けた猛の眼に映り込んできたのは、不安と焦燥で顔を歪めたクリスの顔だった。

 

「…クリス…」

「なんで…なんでアタシを呼んでくれなかったんだよ! 一緒に戦ってんだろ…!? 信じてくれてんだろ…ッ!!?」

 

 悲痛にもとれる言葉を投げかけるクリス。猛はそれに対して、少し申し訳なさそうな笑顔を作り返答した。

 

「だって…今日は、秋桜祭じゃ、ないか…。みんなの…一番の思い出を、作る日だ…。

 ……守護り、たかったんだ…。……生徒らの…調や、切歌、響らの……そして、クリスの…居て良い、場所を……」

 

 力の無いはずなのに、それを示すように切れ切れの言葉なのに、いつものような力強く優しい笑顔で猛は語る。

 クリスには、それ以上彼を責めることなど出来なかった。

 楽しく現を抜かす自分に苦言を呈することなんか一切無く、それどころかこの想いを何よりも尊重し、守護ろうとしてくれていたのだ。

 ――まるでそれは、夢を成し誰かを守護る為に理不尽と暴力の前に立って散った両親のようであり…。

 

「…ばか。センセイのばか…。…そんなこと言われちゃ…アタシ、なんにも言えねぇよ…」

 

 堰を切ったかのように、クリスの眼から涙が零れ落ちた。嗚咽交じりの声が、人気の無い空間に小さく響き渡る。

 それを慰めようとしたのか、猛は力無い手をゆっくりと動かしクリスの肩に置いてほんの僅かにでも優しく撫でていった。

 

 二人の姿を見て、心に炎を滾らせる者が居た。風鳴翼とウルトラマンゼロ。両者の魂は正に、何よりも静かに激昂していた。

 故にその行動は必然であり、申し合わせなど不要なほどの一致を見せる。

 人間態であった己が身を光の粒子へと変えて翼のブレスレットに帰還するゼロ。宝玉から回転しながら出現したウルトラゼロアイを、翼が外へ弾くように捕まえた。

 

「――雪音、矢的先生」

『お前らの分まで、俺たちがアイツをブチのめしてやるぜ』

「『往くぞッ!!!』」

 

 掛け声と共に着眼されるウルトラゼロアイ。赤と青の光が翼の周囲を駆け巡りその身をウルトラマンゼロの其れへと変えていく。

 そのままダークフィールドが展開している場所に手を伸ばし、意識を集中させる。

 今のこの世界の人類には未だ不可能な領域である位相差空間への侵入だが、この身がウルトラマンであればその程度の神秘は安いもの。

 その考えは正しく、現在がダークフィールドに汚染されているからか幾らかの抵抗はあったが、やがて吸い込まれるように光と化したゼロがフィールドへめり込みながら溶けて消えていった。

 

 

 

 ダークフィールドの中では、ネクサスがダークファウストとバグバズンブルードの二体に挟まれ両方からの攻撃を受けていた。

 ダークファウストに羽交い絞めにされ、其処へバグバズンブルードが肩に生えた鋭利な角を立てる突進で襲い掛かってくる。

 それをなんとか両足で止め、蹴り上げながら首に足を掛ける。力尽くで身体を捻り、バグバズンブルードとダークファウストの両者を一緒に転がした。

 解放と共にすぐさまその場を離れパーティクルフェザーを撃ち放つが、同じく体勢を戻したダークファウストに弾き飛ばされる。

 そのまま追い打ちをかけようと暗黒の光弾を発射したダークファウストだったが、ネクサスの眼前に現れた者によって受け止められ、握り潰された。

 黒い爆煙から浮かび上がる黄金の眼。やや俯き加減のその眼は、怒りを隠そうともしないようにも見える。

 ダークフィールドに入り込み敵の前に強く立つ一つにして二人の想いを宿す者…翼が変身したウルトラマンゼロが、其処に居た。

 

「お前も来たか、ウルトラマンゼロ」

「…あぁ来てやったぜ。仲間を甚振ってくれたテメェらに、その分をたっぷりと返してやらねぇといけねぇからな…!」

『覚悟するがいい…。雪音の涙と矢的先生の傷、その身一つで拭い切れると思わぬ事だ!』

「ククク…来てみろ」

 

 挑発するような仕草を取るダークファウストと、それに乗るように勢いよく走り寄るゼロ。振りかぶった右腕は赤熱を纏い、まるで怒りを体現しているかのようにダークファウストの顔面目掛けて撃ち抜かれた。

 控えめに見ても必殺を予感させる一撃を思わず回避するダークファウスト。だがゼロの猛攻はそれで止まりはしなかった。

 流れるように連続回し蹴りを繰り出すが、回避と共に両腕で受けて弾き、蹴撃でゼロに反撃した。

 

「ぐぅ、やぁっろぉッ!!」

「いいぞ…良い怒りだ」

『なにが、怒りと是とほざきたてるかッ!!』

 

 ダークフィールドによる下降修正をその身に受けながらも、それを物ともしないようにダークファウストと戦うゼロと翼。

 だがダークファウストの動きは、その道化師のような風貌の通りにひらひらと踊るように動きながら翻弄していき、同時に攻撃を仕掛けていく。

 見え見えの一撃から不意を打った一撃まで…まるで何処か嘲笑うようでもあった。

 一方でネクサスは、強化されたバグバズンブルードと組み合いながら戦いを繰り広げていた。

 鋭利な爪の一撃をアームドネクサスで受け止め、光を纏った拳で反撃していく。だが先程まで受けていたダメージによってか、バグバズンブルードに対し大きなダメージに至ってるようには見えなかった。

 軽い一撃と認識したのか、嗤うように顔を歪めるバグバズンブルード。両肩の角で貫かんと突進し、それを受け止められたと思えば身体を振ってネクサスの防御を弾き飛ばす。

 そして無防備になった身体へ、その鋭利な爪を振り下ろした。

 

「グアアァァァッ!!」

『マリアッ!!』

 

 倒れ込むネクサス。胸のエナジーコアの中央上方に存在するカラータイマーに酷似したコアゲージが赤く点滅を始めた。

 メタフィールド…現在はダークフィールドとなってるが、その礎となっているのは彼女自身の存在だ。その体力の低下により、外界と隔てる戦闘用不連続時空間を維持出来なくなってきたことを示しているのだ。

 元々は開けた場所であったがそれでも市街地に近い場所、此処で解放されてしまっては市街地への被害が起きてしまう。最悪リディアンにもだ。

 ネクサスに駆け寄りながらそれをすぐに理解したゼロと翼。立ち上がったその姿は、何か意を決しているようにも感じられた。

 

「…やるしかねぇな、翼!」

『あぁ…。多少の無理を通してでも、この場を打ち開く!』

 

 一息を吐いて互いに互いを想う。

 彼は我であり、我はまた彼。躰を重ね、心を重ね、真なるユナイトを為さんとする。

 それは感覚に過ぎないものの、翼もゼロも、想い合う互いは今一つになっていると感じていた。

 それこそが証明。それを想いながら、翼は胸の、シンフォギアの核たる大型展開しているマイクユニットを手に取った。

 

「往くぜ翼ッ!!」『往くぞゼロッ!!』

 

 鋭利に尖ったユニットの横突起を三度連続で押し込む。展開のプロセスは、イグナイトモジュールの其れと全く同じだ。

 内に秘めし魔剣の枷をすべて外し、天に掲げる二人の声が重ね轟いた。

 

「『ウルトラギアッ!!コンバインッ!!!』」

 

 

 

 

 

 ウルトラマン80とウルトラマンネクサスがダークフィールドで戦いを繰り広げている、その一方…。リディアン音楽院の校舎内でも小さな騒ぎは起きていた。

 バグバズンブルードによって意識を奪われた人たちは、到着した救急救命士の見立てによると命に別状はないとのことだった。だがすぐに精密検査すべきだとの判断により、そのまま救急車で病院に搬送されていった。

 その一部始終を遠巻きと一緒に確認した響が未来、調、切歌、星司と合流。簡易的ではあるが次の行動について話し合う。

 

「響、あの人たちは…」

「うん、大丈夫みたい。でも他にも潜んでるかもしれないから、私は学校を一通り探ってみようと思う」

「よし、俺も手伝おう。調と切歌は…」

「言わずもがな」

「とーぜん手伝うデス!」

「だと思ったよ…。なら、何かあっても絶対に一人で対処しようと思うなよ。響、それはお前もだ」

 

 星司の念押しに三人が真剣な表情で首肯する。

 一人で対処した猛が単身で戦わざるを得ない状態になったのだ、同じ轍を踏む訳にはいかない。

 そうして動き出そうとした時、キッと固めた顔で声を上げたのは未来だった。

 

「私も、手伝います」

「未来…!?」

「大丈夫。人通りの多いところにするし、もし遭ってもすぐに呼ぶから。それに、ノイズじゃないんなら触ってすぐに炭化しちゃうことも無いんでしょ?」

「それは、そうだけど…」

「…断っても手伝うって顔だな。だが、君は一番戦う力が無いってことを忘れないでくれよ」

「はい!」

「響も、大事な親友なんだから、ちゃんと守らなきゃな」

「勿論です! 未来はなにがあっても私が守りますッ!」

「未来さんに何かあったら、こっちもすぐに向かいます」

「大船に乗ったつもりで任せて欲しいのデス!」

「みんな、ありがとう。頼りにしてるね」

「うぅ~やっぱり仲間がいるって心強いなぁ…!」

 

 響の言葉に内心で強く同意する星司。多くの仲間や義兄弟に支えられ、同時に支えてきた彼だからこそ、その言葉にただただ共感していた。

 

「さぁ、みんな往くぞ!」

「ハイッ!」

 

 星司への返事と共に散り散りとなって走り出す。可能な限り、リディアンの敷地の隅々をだ。

 時々連絡を交わしながら、徐々にその探索範囲を狭めていく響たち。幸い今のところはそれらしき不審者は発見できておらず、誰もが僅かに安堵していた。

 

 そうした中で、最後の探索場所にしようと図書館の裏地に足を踏み入れる未来。

 本来は人も疎らに居るような場所だが、他の生徒や一般客の姿は今そこには無かった。一時出現した後に消失したウルトラマンと怪獣、意識不明の人たちや救急活動に気を奪われ散ったものと思われる。

 そんな閑散とした場所を眺め見回る未来。幸いその眼には、不審な影は何も見られなかった。

「大丈夫、かな」と独り言ちて一息吐く。そうやって吐き出した息は、どんな形であれ張られた緊張の糸を緩める力を持っている。それは誰であろうと同じだ。

 警戒を怠ったつもりは無かった。だがさっきまで大丈夫だったからという想いから、其処に油断があったことも否定できない。

 問題は無いと結論付けて、念の為にと細かいところに目を運ばせていく。それらを確認し終え、元居た場所に戻ろうと振り返った、その時だった。

 未来の眼の先…およそ10mも無いぐらいだろうか。

 視認した。顔を一切見せようとしないようにフードを被るモノを。

 血の気が引いた。ノイズじゃないから大丈夫、なんて口にした事をすぐにでも取り消したかった。

 協力者であり非戦闘員という未来の立場であるからこそ察するものがある。ノイズが”死”を象徴としている存在であるならば、眼前のアレは”悪”を象ったモノであると本能的に理解してしまった。

 炭化に依る即死を生易しいと考えてしまったのは、不思議とアレのやり口を察してしまったからだ。

 

 静止状態で相対する中で、息を止めながら思考を回転させる。だが混乱の中ではどれだけ考えても思考の先にあるのはたった一つしかなかった。

 幸いだったのは、その想い縋る存在がどれだけ信を置き頼りになる存在であるかを知っていたことだ。

 

(響…響を、呼ばなきゃ…! 響…!!)

 

 恐怖から振り絞るようにその手を動かす。なんとかポケットに入れてあった通信機に手を添えることが出来た。

 緊急連絡用の発信スイッチ、それさえ押せれば響が来る。ただその一心で震える手に力を込める。

 だが気配の違いに気付いたのか、相対するモノも動き出してきた。狙いを定めるように、獲物を逃がさぬように擦り寄ってくる。

 その恐怖に抑えられなくなった未来が、握り締めるように通信機のスイッチを押し込む。同時に相対するモノが、彼女に向かって襲い掛かるように飛び込んで来た。

 

「――ッきゃああああああ!!!」

 




:特記:
【アタッカ】…音楽用語(伊)
多楽章の楽曲または組曲形式の楽曲において、楽章/各曲の境目を切れ目なく演奏することをいう。
前の楽章の終わりと次の楽章の始まりが一致し、間に休みを置くことなく連続して演奏される。(Wikipediaより参照)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 14 【軋む歯車が奏でるアタッカ】 -B-

「――ッきゃああああああ!!!」

 

 

「未来ッ!?」

 

 通信機の反応に気付いたのか未来の叫びが聞こえたのか、はたまたその両方か…。定かではないにしろ響は直感で未来の危機を感じていた。

 すぐに全速力で駆け出していく響。シンフォギアを纏えればこんな距離は一瞬なのだが、さすがにリディアンの校内でそれは使えない。

 状況の不自由さに思わず歯軋りしてしまう。未来ならきっと無事に逃げてくれると信じてはいるが、コンマ一秒でも早く彼女の元に向かわなければならないと心は逸り続けていた。

 直後に起きる爆発音。小さく上る煙に嫌な予感を覚え、響はその足で強く地面を蹴りながら走っていく。

 

 通りを抜け、煙の上がっていた場所に到着した響。制服の上からギアペンダントを握り締めながらその場を見ると、腰が抜けたように座り込んでいる未来を見つけた。

 

「未来ッ! 大丈夫ッ!?」

「響…う、うん…」

「良かった…。でも、一体何が…」

 

 言いながら目を前に向けると、其処にはヒト型の異形が背を向けて立っていた。

 漆黒の、ややずんぐりとした体型ではあるが、その身長は師である風鳴弦十郎よりやや大きく見える。

 ただ一目で理解る。アレは、”ニンゲンではない”と。

 

 異形が振り返る。

 側頭部全体から外へ小さく耳のように伸びた突起。即座に眼と認識できる部位に煌めくは深い青の輝き。

 其処から下に広がる灰銀色の部位は何処となくクジラの髭を思わせる。その中央で、恐らくは口だろうか…と思われる部分が黄色に輝いていた。

 理解の追い付けぬ情報を咀嚼しながら、響は警戒心を高めて、向かい合う異形を睨み付ける。それに対し声をかけたのはなんと異形の方からだった。

 

「安心してほしい。私は彼女を助けただけだ」

「しゃ、喋っ…ッ!?」

「驚く事は無いだろう。ヤプールやエタルガーも地球の言語を話すのだ、私が喋れぬなどという事は無い」

 

 ヤプールとエタルガー。先日まで地球を襲ったモノと、今後襲来すると言われたモノ…その二つの単語を聞き、異形に対する響の警戒心は更に上昇した。

 

「何故、その名前を…」

「どちらも宇宙に名を馳せた悪性生命体だからな。あぁいや、それは我々の種族も同じようなモノか」

 

 抑揚のない口調で眼前の異形が話す。物腰は柔らかく口調自体は紳士的とも取れるが、響はもちろん同席する未来もまた、その異形から得体の知れないものを感じていた。

 それが敵意なのかは理解らない…いや、感情そのものを一切掴ませようとしないでいるように、二人は思っていた。

 だがそれを、響はほんの微かに安堵していた。少なくとも今現在敵意が無く、会話が出来るのならば”力”を行使する必要はない。そう思ったからだ。

 

「……貴方は、何者ですか?」

「私はメフィラス星人。不名誉ながら、他の宇宙では【悪質宇宙人】と分類されている異星人の種の一つだ」

 

 メフィラス星人。

 そう名乗った異形がゆっくりと二人の元に近寄ってくる。一瞬身構える響だったが、やはり敵意は感じられない。

 頭から信じていいかは悩むものの、一先ずは自分の直感を信じてみようと思った。未来の出した緊急連絡の報せは調と切歌、その先に居る星司にも届いているはずだ。

 それに自分にも、地球から託された光がある。最悪それを用いてこの場を離れる事も出来る。不器用ながらもそこまで思考を組み立てて、歩み寄って来たメフィラス星人に対し響が声を出した。

 

「……まずは未来…私の親友を助けてくれて、ありがとうございます」

「礼は不要だ。私にも目的があったからな」

「目的、ですか……?」

「ああ。私は君たちシンフォギア装者に興味があったのだ。歌と言う名の奇跡を纏い、ウルトラマンたちに受け入れられ一体化し、邪悪な侵略者と果敢に戦う歌姫たち。

 特に君だ、立花響。数奇な運命を歩み、今は地球に選ばれその力を託された者。私は私の目的の為に君と話してみたかった。

 だが、君を調べれば調べるほど…異なる存在でありながら共に在るもう一人。小日向未来に、私は強い興味を抱いたのだ」

「私、に…?」

 

 声にはならぬ驚きを見せる響と未来。力を持たぬ、ただ彼女らシンフォギア装者とウルトラマンたちの力と人となりを知っているだけの少女が、この異星人の興味の対象になったと言うのだ。

 そう言ったメフィラス星人はその場から動きはしない。身振り手振りも無いせいか、言葉に対する是非すら判断しかねている。

 直立不動のそのままの姿勢で、彼はまた言葉を続けた。

 

「さて、君たちには尋ねておきたい事がある。時間は取らせないから安心してくれ」

「尋ねておきたい事……?」

「簡単な話だ。君たちの望み、願い……なんでも叶えよう。

 その代わりに、私にこの地球を譲っては貰えないだろうか」

 

 平然と、さも当然のように放たれた言葉。

 あまりにも単純で、あまりにも傲慢な要求。

 様々な思いを一瞬で吹き飛ばす程の圧倒的な言葉の暴力を、響と未来は感じていた。

 

 僅かな静寂と沈黙。だが彼女たちにはそれが何倍も長く感じられていた。

 メフィラス星人からは決して催促することは無い。真っ直ぐと此方を見据えながら、ただ回答を待っているように見える。

 やがて声を発したのは、未来の方だった。

 

「……お断りします。私を助けてくれたことは感謝していますが、それとこれとは話が別です。

 地球を渡すなんてこと、出来ません……!」

「そうです! この地球は私たちだけじゃない、みんなの居場所……地球に生きる、みんなのものなんです! 誰かに易々と手渡すなんて、出来る事じゃありませんッ!」

「あらゆる願いが叶うと言ってもかい?」

「それは……正直ちょっと魅力的ですが、私なんかの願い事とみんなの居場所を秤にかけるなんて出来やしません…!」

 

 意志を固めて返答する響と未来。其処に迷いは見られず、強い否定を露わにしていた。

 メフィラス星人はただその姿を見て、小さく笑い声を上げた。それは初めてこの存在から、感情らしいものが垣間見えた瞬間だった。

 

「フフ…フハハハハ……」

「なにか、可笑しいですか……!?」

「いや、済まない。その回答が、予想以上に予想通りでつい、ね」

「予想通りって……」

「君たちは地球を売り渡すようなことはしない。君たちの行動を観察していく中でそんな確信が芽生えていた。

 だが、それでも尋ねてみたかったのだ。知的好奇心というものだろうかな。それでこそ、挑戦のし甲斐があると言うものだ」

 

 淡々と話すメフィラス星人の言葉に、二人は只々困惑していた。言葉の意味は理解できても、掴みどころのない彼の心情に対してはただ猜疑心が生じるだけだ。

 両者の間に開かれた距離。その間に入り込むように一人の男が割り込む。それは他でもない北斗星司だ。少し遅れて調と切歌もこの場に現れた。

 

「あれは……!」

「別の宇宙人デス!?」

「メフィラス星人、彼女たちに何をしている!」

「はじめまして、ウルトラマンエース。そして彼と力を共にした装者たち。何をと言われても、私はただ彼女らと話をしていただけだ」

「ふざけたことを……ッ!」

「そう思うなら彼女らを調べてみるがいい。貴様ならば、二人に外傷が無いことも洗脳や精神操作を行ってもいないことまで理解るはずだ」

 

 険しい顔で響と未来の方を向き意識を集中させる星司。……確かに、彼女らの心にメフィラス星人が介入したような痕跡は見られない。

 

「クッ……!」

「言っただろう。私は彼女らに”何もしていない”。理解って貰えたかな?」

「貴様……目的は何だ!」

「我が同胞……先人たちと変わらん。私は、この地球が欲しいだけだ」

 

 その言葉を聞くと同時に、星司と共に調と切歌も即座に戦闘態勢を取る。理不尽な侵略が目的ならば戦う必要がある……二人の小さな身体にも、その意識は強く刻み込まれていた。

 だが対するメフィラス星人の言葉はやや拍子抜けするものだった。

 

「止してくれウルトラマンエース、私は同族の中でも特に争い事が嫌いなのだ。数多の先人よりも遥かにな。君たちと戦うつもりは無い。

 それとも、宇宙警備隊は戦意や敵意もない怪獣や他の宇宙人を見境なく討つ野蛮な組織なのかね?

 私の同胞が君ら光の国の住人に対し敵意を抱いている者が多いのは知っている。それに対し君たちも、我々の種を敵対視しているのも理解している。だが、それですべてを十把一絡げにするのは余りにも性急な愚行ではなかろうか。

 君も彼女……立花響を見習ってみてはどうかね?」

 

 ずけずけと散々なことを言い放つメフィラス星人だったが、彼の言うことは正論でもあった。

 宇宙の秩序を守護る定めを背負う宇宙警備隊が、その武力を用いて一方的な攻撃を仕掛けては倫理に反するとも言える。

 それを乱してしまっては、それこそ同じ穴の狢となってしまうことぐらい星司にも理解っていた。

 頭に血の上りやすい彼ではあるが、戸惑いながらも背後から見守る彼女らを想うことで、なんとかその戦意を抑えていった。

 星司の腕が自然と下に降りたのを確認し、メフィラス星人もまたその手を後ろで組む。その姿勢は変わらぬ戦意の無さを表しているようにも見えた。

 

「理解ってくれて嬉しいよ、ウルトラマンエース」

「おじさん、良いんデスか!?」

「……コイツには、本当に戦う意志が無いんだ。それに侵略を実行している訳でもない。ならば此方にも、今は戦う理由が存在しない」

「だけど……! あのスペースビーストも、もしかしたらこの宇宙人がーー」

「それは無いよ、調ちゃん。この人……メフィラス星人、さんは、間違いなく私を助けてくれたから」

「私としてもスペースビーストの介入は想定外だった。マイナスエネルギーを集める為とは言え、アレを異世界に送り込むことは大きな混乱に繋がるからな。

 それは私としても不本意な事態に繋がってしまう」

 

 未来の言葉に調も反論出来なくなる。如何な理由があろうとも、事実の上で彼は未来の命を救ったことに変わりないのだ。

 自作自演という線も考えたが、聞かされていたスペースビーストの出自とメフィラス星人の言葉を考えるとその線も薄い。

 結局二人とも、不承不承ながらの了承と共にペンダントからその手を離していく。戦いをしないと言う意思表示だった。

 

「平和的な理解、感謝する」

「勘違いするなよ、メフィラス星人。貴様がもし、その実力でこの地球を……この娘たちを傷付けるようなことを起こしてみろ。

 ――その身体、どう離れるか知れたものじゃないからな」

「恐ろしいね。だが安心してくれたまえ、私とて命は惜しい。わざわざ君の逆さ鱗に触れるような真似はしないさ」

 

 淡々とした言葉は何処か飄々と躱すようにも聞こえてくる。

 そして後に回した右手を前に出し、そこから光を放つメフィラス星人。一瞬身構えてしまうものの、光は彼の手の上で球体となり、その中に何かを映し出していた。

 

「これは?」

「興味深い事態が起きそうなのでね。それにこれは、君たちも見ておくべきことだろうと思ってね」

 

 やや大きく広がる光。徐々に鮮明になっていく景色。

 赤黒い陰の気に支配された空間に立っていたのは、マリアの変身するウルトラマンネクサスと翼の変身するウルトラマンゼロの二人。

 メフィラス星人は今、位相を操作してダークフィールド内の戦闘光景を映し出したのだ。

 

「翼さん! マリアさん!」

「敵はさっきの巨大化したビーストと……」

「黒い目の……ウルトラマン、なんデスか!?」

 

 驚きに染まる響たち。見守る外野に気付くことなく、フィールドと言う戦場はどんどん変化していく。

 状況は二人のウルトラマンがやや不利。

 バグバズンブルードの鋭利な爪の一撃を受けネクサスが倒れ込む。もう一人の黒い巨人、ダークファウストからの追撃もあり、ネクサスのコアゲージが点滅している。

 時間が無い…そう思った時、ゼロの身体から激しいエネルギーが放出し始めた。

 

「これは、まさか……!」

 

 

 

 爆裂する力の奔流。

 翼は知っていた。これこそが、イグナイトモジュールの発する魔剣の呪詛であると。

 ゼロはこの時知った。魔剣の呪詛…それにより解き放たれる、我が内に知らず秘めていたマイナスエネルギーを。

 だが互いに”知っていた”。魔剣の呪詛は、己を闇に引きずり込む魔の手。だがそれを捻じ伏せることこそが、イグナイトモジュールの真価であると。

 闇など何度も触れてきた。その眼で。肌で。魂で。

 だからそこに、恐れはない。

 ……否、恐れよりも遥かに大きく膨れ上がった思いが有った。

 

 ヤツは傷付けた。

 大事な仲間を。仲間たちを。

 許さない。許さで於くべきか。

 魔剣の呪詛が破壊の意志を力と為すものであるならば…

 

 ――絡み付く呪詛を捻じ伏せ、手を伸ばす。

 その、”絶対たる力”に。

 

 

 

 

 同刻、タスクフォース指令室では鳴り渡る計器にブリッジスタッフが情報処理に追われていた。

 その原因は唯一つ。ダークフィールド内での戦闘で、翼とゼロが完成したばかりの奥の手を発動させたからに他ならなかった。

 

「あいつら、こっちに一言も言わずに使うヤツがあるか……ッ!」

「で、ですが風鳴司令、翼さんとゼロさんのユナイト数値は発動前の時点で120を超過していました。

 想定値より下回ってはいましたが充分に高いですし、イグナイトモジュールの抜剣と互いの心象同化を補正すればウルトラギアのコンバインに問題はないはずです!

 翼さんとゼロさんならば、必ず……!」

「……机上の論では問題なかろうとも、心を重ねる事はそう簡単なことじゃない。数字で語るには余りにも不明確過ぎる」

 

 その言葉の瞬間、翼とゼロの状態を監視するモニターがレッドアラートをかき鳴らした。誰がどう見ても即座に理解できるほどに危険信号だ。

 

「エックスさん、なにが!?」

『マズい……。ユナイトは続いているのに、翼とゼロの心象同化が異常波形を示している!』

「異常、波形……!?」

 

 モニターに目を向けるエルフナイン。今の彼女が、指令室の面々が目を向けていたのは、ただ高出力のフォニックゲインを放出するウルトラマンゼロの姿だった。

 

 

 その異変はリディアン敷地内、メフィラス星人の作り出したモニターを見ていた響たちも驚愕していた。

 

「翼さんと、ゼロさん……!?」

「使った……ウルトラギアを」

「でもでも、なんか様子がおかしいデスよ!」

 

 それは同様に、展開されたダークフィールドの近辺でも……

 

「先輩……。なにやってんだよ、そいつは……!」

 

 猛を肩に乗せながら小さな端末の液晶越しに状況を見て忌々しそうに呟くクリス。放たれている力の大きさに、妙な違和感を覚えたからだ。

 暗黒空間にあってなお、それを凌駕せんとする爆発的なエネルギー。僅かにとはいえ位相差をも超えて震わせる空気は、絶唱のそれを思い浮かばせる。

 

 そして、ダークフィールドの内部でも……

 

「『うううう……ぅぉおああああああああッ!!!!』」

(翼ッ! ゼロッ! 何故、なにが……!)

 

 最も間近で見るからこそ眼前の異常事態が理解る。

 絶唱のように爆裂するフォニックゲインがウルトラマンゼロの身体から放出され、徐々にそれが赤黒に染まっていく。

 見守るマリアは即座に理解した。あの状態、あの現象。他の誰でもなく、己がそうであった事案なのだから。

 

(暴、走……ッ!)

「『があああああああああああッッ!!!!』」

 

 爆裂させた力と、獣性の如く昂ぶり変わった戦闘本能…抑えきれない破壊衝動がゼロの身体を突き動かす。

 ダークフィールドの干渉をものともせず…いやむしろ、その力をも飲み込み力に変えているような勢いで、バグバズンブルードに襲い掛かった。

 右手で頭を握り締め、空いた左で胸部へ打撃を叩き込む。溢れる猛烈なパワーはバグバズンブルードの胸部を穿ち、それでもなお甚振るように穿った部分を殴り続けた。彼のその手には、不快な色の体液が粘り付いていた。

 そのまま力任せにバグバズンブルードをダークファウストに向かって投げつけるゼロ。急な攻撃に、ダークファウストはそれを受け止めることも出来ずに直撃、押し倒されてしまう。

 それを追うように空へ飛び立つゼロ。重なった標的の姿を確認し、そのまま勢いをつけて特攻。姿勢を変えて力を込めた蹴りの一撃…ウルトラゼロキックを放った。

 大地を深く抉るように凹ませて、蹴り貫いたバグバズンブルードの上に立ちその姿を見つめている。

 ピクピクと微かに蠢くバグバズンブルードと、その下敷きになり何とか脱出しようともがくダークファウスト。これまでの優位がたった一瞬で覆されてしまっていた。

 その姿を一瞥しながら、ゼロがその腕を構える。右手は握り腰だめへ、左手は水平に伸ばして…そう、ワイドゼロショットの構えだ。

 

「クゥッ……!!」

「『ぐぅうあああああああああああッッ!!!』」

 

 勢いのままに腕をL字に構え、赤黒い暴走したフォニックゲインそのままのワイドゼロショットを発射するゼロ。

 破壊の奔流は眼下のバグバズンブルードに飲み込まれ、その全てを焼き尽くしていく。

 僅かな時も持たずに爆裂するバグバズンブルード。その衝撃に、下にいたダークファウストも吹き飛ばされる。

 もう一つの標的と認識してすぐに襲い掛かろうとするゼロだったが、微かにその標的の方が先に動き出していた。

 ほくそ笑むような小さな笑い声だけを残し、ダークフィールドから闇を伴い溶けるように消え去るダークファウスト。先ほどまでの喧騒が嘘のように、何一つ言葉を残さずに消え失せてしまった。

 ……だが、事態はこれだけで終わらなかった。

 

「『ぅううあぁあああああああああッッ!!!』」

(まだ、暴走が収まらない……!)

 

 咆哮するゼロと翼。マリア……ネクサスがなんとか立ち上がるものの、その動きを察したのか今度は此方を標的にしてきたようだ。

 エナジーコアはまだ点滅していないもののコアゲージの点滅速度は加速度的に増していっている。

 あとどれだけこのフィールドを維持できるか理解らないが、今のウルトラマンゼロをフィールドの外に出したら何が起きるか分かったものじゃない。

 なんとしてもこの場で……一刻も早く、二人を暴走から解放しなければならない。敵の居ない空間で、マリアはただそれを強く思い構えた。

 その姿に反応したのか、暴走するゼロがネクサス目掛けて突進してきた。

 

「『ぐおおおおおおおおおッッ!!!』」

(かつて我が身をも染めた事とは言え、傍から見るとまるで獣……!)

 

 両手同士を絡ませ受け止め、上から襲い来る重圧に耐えるネクサス。踏ん張る足を地面にめり込ませながら、なんとか耐えるので精一杯だ。

 だが相手の行動を止められたのは僥倖とも言えた。

 経験から知っていた。イグナイトモジュールを用いた際に起きた暴走は、外部からの強烈な攻撃によって強制的にイグナイトモジュールを止めてしまえば良い。

 そもそもに置いて時間も無いのだ、残された力を用いた一撃で決めなければならない。それを思うと悠長に格闘戦に興じている暇はなかったのだ。

 

 抑え込まれながらも自らに残された力を胸部に集めていき、それに応じてエナジーコアが激しく光り輝いていく。

 両の手が塞がれていようとも…否、塞いでいるからこそこの技以外に最適な有効打など有りはしない。

 

(向こう見ずで無鉄砲な貴方たちが暴走なんかしちゃったら、轡をかけるにはこれしかないのよ…! 今度は私が、ベッドで話を聴かせてもらうわッ!)

「オオオォォ……シェアアアァァァァッ!!」

 

 ネクサスのエナジーコアに溜め込まれたエネルギーが、輝きと共にゼロへ向かって解き放たれる。戦闘形態であるジュネッスの必殺技の一つである【コアインパルス】。

 組み合う最接近状態である以上、互いに無防備な状態で撃ち込まれることになる。直撃した高出力の熱量が撃ち込まれたゼロに直接的なダメージを与えていく。

 呻き声とともに発生した爆裂が互いを焼くが、それでもネクサスは握り組んだゼロの手を放しはしなかった。

 直後にコアゲージの点滅が停止、ネクサス自身のエネルギーに由来するダークフィールドが解除され、溶けるように消えていく。

 振り絞った一撃で体力の限界を迎えたネクサスと、その攻撃でモジュールの強制停止を迎えエネルギーを果てさせたゼロ。

 二人の光の巨人は、フィールドと共に光となって消失していく。そしてフィールドを展開したその場、クリスと猛の傍に傷だらけの翼とマリアが横たわっていた。

 終えた戦いの余波なのか、一陣の風が倒れ気を失う翼の髪をふわりと僅かに広げていく。

 

「先輩! アンタも…!」

『クリスくん! すぐに緒川たちをそっちへ送る! 到着し次第、翼とマリアくん、矢的先生を本部メディカルルームへ搬送するんだ!』

「あ、あぁ!」

 

 即座にクリスに指示を出す弦十郎。彼女はどこか生返事だったものの、せめてその場で待機していてくれれば理解りやすい。

 なんとか収まった事態に一息吐きながら、次は響たちに連絡をする番だ。

 

 

 

 

 

「……はい、はい。それじゃみんなと一緒に本部へ向かいます。……師匠、それと」

『どうした?』

「……未来も一緒に連れて行きます。報告しなきゃいけないことが、出来ましたんで」

『……理解った。気を付けて来るんだぞ』

 

 了解と言い残して通信機を切る響。向かう視線は、距離を置いているもののずっと同じ場に居たメフィラス星人だ。

 

「話は済んだかね? 私はどうしようか」

「どう、って……」

「私のことを報告するんだろう? 別に私が直接行っても良いと言っているのだ」

「貴様、いけしゃあしゃあとッ!」

 

 思わず声を荒げる星司。しかし警戒を強めるのも致し方ないことだ。

 今現在は地球を守護る要でもあるS.O.N.G.。行く先はその機動部隊であるタスクフォースの本部だ。完全に協力者だというわけでない存在を軽く敷居を跨がせて良いのかと言うのは悩むところでもある。

 それもありメフィラス星人の言葉に真っ先に否定を示す星司。それを、流石に誰も止めようとはしなかった。だが、帰って来た言葉はまたも飄々としたものだった。

 

「フフフ……その返答も反応も予想通りだ。いいだろう、此処は私が退こう。いずれは挨拶に出向かねばならんが、今はまだその時ではないだろうしな」

 

 その言葉に返答する者はいない。それが、今のメフィラス星人に対する信の度合いだったと言える。

 

「嫌われたものだ。だが、殺されなかっただけ良いとしよう。

 ……あぁそうだ、立花響。どうせ報告するならば、私の言葉も一緒に伝えてくれないかね」

「貴方の、言葉を……?」

「そうだな……『地球が欲しい』ということは言うだろうから、一つだけ助言を与えよう」

「助言……?」

「ああ。奇跡と呪詛を諸共に纏う歌巫女と、闇を照らし悪を討ち砕く光の戦士。だが如何程に身体と心を一つに繋ぐとも、正しきだけでは真の癒合には至らない。

 君らが真の癒合を成すに足りぬもの。それは君らの道にあった路傍の石。君らが相対したものが擁した貴石。それは威力を以て撃ち放たれた言の霊。

 傷無き絆など、戯れ睦み合いに過ぎぬということだ、とね」

「……言ってること、全然わかりません。ですがーー」

「――やってみる。そう、それで良いんだ」

 

 満足げに笑うような声を出し、そのまま空へ飛び立つメフィラス星人。僅かな時間で一粒の光となり消えていった。

 心にしこりを植え付けられ、困惑に包まれながらも時間は過ぎていく。

 知らず変化を続ける状況の渦に飲まれながら、奇跡を纏う少女らと光の戦士たちはたった一つの確信を覚える。

 

 戦いが、動き出したのだと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……地球近海。

 漆黒の宇宙空間において、全ての感知機能を遮断しながら宇宙に漂う一隻の円盤があった。

 玉座の如く鎮座するブリッジシートに腰を掛ける黒の宇宙人を主とし、地球を眼下におきながらも何をする訳でもなくただ眺めていた。

 その黒の宇宙人の眼前が小さく揺らぎ、おぼろげな形を作り出す。何者かが入り込んで来たのだ。

 

「……地球人と話すのは楽しかったか、メフィラス星人?」

「おや、エタルガー。わざわざそんなことを聞きに来るとは、奇特なことだ。君ほどの者が、何をそんなに気に掛ける事があるのかね?」

「質問をしているのはこっちだ。貴様が何の心算かは知らんが、この俺と敵対すると言うのなら――」

「ははは、止めてくれたまえよ。私は争い事が嫌いなんだ、命は大事にしたい主義でね。殺されるような相手と戦いたくはないのだよ」

 

 竦むようなジェスチャーをし、エタルガーからの恫喝めいた言葉を飄々と躱すメフィラス星人。その態度は、地球人に対してとったものと何ら変わってはいなかった。

 

「やれやれ、君の質問に答えるとしよう。

 この世界の地球人も別段他の世界の地球人とそう変わりはしない。他者を愛し育む者があり、他者を憎み壊す者がある。何処にでもある、ありふれた地球だ。

 だがたった一つ、大きな差異がある。それが【歌】だ。

 先史文明期にこの地球を覆ったバラルの呪詛。統一言語を奪われ、相互理解を失ったヒトが言の葉を超えて再度繋がり合う為に作り上げた言霊。

 この地球が望んだ、【絆】の象徴かもしれんね」

 

 紡がれる言葉を聞き、揺らぐエタルガーの顔が何処か険しく歪む。それに気付いているのかいないのか、メフィラス星人はまた淡々と話を続けた。

 

「歌の力でこの地球は幾つもの悲劇と奇跡を紡いできた。対人殲滅兵器であるノイズ、神代の超兵装である聖遺物、その聖遺物の欠片を用い生み出された特機装束シンフォギア……。

 まぁその辺りはヤプールの戦いを見ていた君ならば理解っていることだろうね。だから君の問題はそこではない。

 地球に迫る脅威に対し現れた光。それと重なり合った歌…。この奇跡、如何に殺戮すべきか。

 その為に私を監視していたのだろう?影法師やスペースビーストなどという無粋な害獣を用いてまで、その身を修復しつつね」

 

 エタルガーは答えない。此方を見透かしたような言葉を吐くメフィラス星人に不快感を覚えながらも、その心理を読み解く力、ただの言動だけで誑かし惑わせる力は、【悪質宇宙人】の異名に相応しいものだ。

 故にこのメフィラス星人には、利用価値がある。そう確信していた。

 

「安心するといい。君の目論見はすべて順調に進んでいる。ビーストも、影法師も、君の思うが儘にだ」

「チッ……ならば精々、俺の邪魔をしないように立ち回るんだな」

「そうさせて貰うとも。私とて、命は惜しい」

 

 メフィラス星人のその言葉を最後に揺らぎ消えるエタルガー。

 静寂が戻った船内で、メフィラス星人は座ったまま外を眺めていた。

 眼下に広がるは青き地球。視界の端に映るは欠けた月。

 その美しい光景を楽しむように、ただゆっくりと想いを馳せるのだった。

 この世界の、往く末を……。

 

 

 

 EPISODE14 end...



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 15 【逆光の原点より――鵬翼は遥かへ羽撃けり】 -A-

 

 ――其処は昏かった。

 

 昏く深く、遥かに広がる闇の中。

 何も見えぬはずの漆黒の世界の中で、何かが見えた。何かが聞こえた。

 見えたそれは、小さくうずくまる影。

 聞こえたそれは、聞かせぬように殺し啜る泣き声。

 その背を抱いてあげたかった。

 その悲しみを止めたかった。

 そんな思いと共に一歩踏み出したとき、

 

 ――現実に、引き戻された。

 

 

 

 

 ゆっくり開いた目に差し込まれる光。白熱灯の輝きには幾度となく見覚えがあるものの、今見える光景にあまり馴染みは感じられなかった。

 

「…ここは…?」

「メディカルルームよ。おはよう、翼」

 

 聞こえた声とともに寝ころんだまま頭を左右に動かし周囲を眺める。そこで初めて此処がメディカルルームであると認識した。

 そう言えば、自分が定期メディカルチェック以外でこうしてここで身体を横たわせることなどなかったなと、風鳴翼は思い返した。

 隣のベッドには先に目が覚めていたのか、上体を起こして座っているマリアの姿が目に入る。記憶が上手く、浸透していかなかった。

 

「マリア…一体、何が…」

「あとで戦闘記録を確認すればいいから、端的に言うわね。

 貴方とゼロは昨日の戦闘中にウルトラギアを起動。しかしその発動に失敗し、暴走した」

「暴、走…」

「標的だったスペースビースト、バグバズンブルードは暴走したウルトラマンゼロの攻撃により焼滅。ダークファウストは隙を見て離脱。

 だがなおも暴走を止めぬウルトラマンゼロがその場に居合わせたウルトラマンネクサスと交戦。ネクサスの攻撃にて戦闘不能に陥り、変身が解除。意識不明のまま此方に搬送される…。

 ここまでが、昨日のことよ」

 

 努めて淡々と話すマリアの言葉に、翼の思考がようやくの理解を示し始める。自分と彼の身に起きた不測の事態と共に。

 

「…みんな心配していたわ。二人の容態もそうだけど、まさか貴方たちがウルトラギアの発動に失敗するなんて思いもしなかっただろうからね」

「…そうか。済まないことをした…。皆に心配をかけ、マリアにも止めてもらった…」

「殊勝ね。可愛らしくはあるけれど、貴方らしくもない」

「私らしく、か…。どうなのだろうな、それは…」

 

 天井に目を向けたまま、ある程度平常にまで戻った思考で考え始めた。自分らしく…”自分”とは、一体どんな人間だったのかと。

 ”彼女”は言った。真面目が過ぎる、お堅いヤツ。だがそれ以上に、泣き虫で弱虫だと。

 間違ってなどいない。元より真面目で愚直に或る事しか知らなかった我が身だ。それに泣き虫で弱虫なのも、否定出来る要素がこれっぽっちも存在しない。

 悲しみを忘失れたくて戦いに身をやつした日々があった。遺した奇跡を継ぐ者を信じられず、ただ反発し、いたずらにその身を傷つけ血を吐きながら歌った日があった。

 …何時しかその囚われた想いからも解放され、改めてこの身の研鑽を続けてきた。剣として、歌女として…。

 そして何よりも、この背を預ける後進たちに恥じぬ先達で在るが為に。

 駆け抜けた戦場の果てに、またこの背を預けられる者と繋がり、新たにこの背を追い見る後進と繋がった。

 棄てかけた夢を心から追い求め、そこに向かって羽撃いて良いのだと理解らせてくれた。

 どれだけ感謝してもし足りぬ、こんな自分と繋がってくれた人々。それを守護るために、この剣は奮われる。この翼は戦場を駆け抜ける。

 

 泣き虫で弱虫な自分を、断ち切らんが為に――。

 

「――フッ、ははは…」

「翼…?」

 

 嘲笑。思い出し嗤い。

 何故昨日の戦いで、自分があれほどまでに鞘走ってしまったのか。

 それは”怒り”だ。あまりにも真面目で、泣き虫で、弱虫な自分だから…。

 仲間の涙を断ち切ることも出来ぬ弱い自分に憤慨するしかなかった。その激憤を敵にぶつける以外考えられなかった。

 涙を生み出す元凶を両断せしめる事こそが、落涙を止める唯一無二の手段であると――。

 

「……夢現を抜かしていたのは、私だったのかもしれんな……」

 

 零れた言葉は、あまりにも軽かった。

 力無く抜け落ちて、宙を舞い落ちる羽根のように…。

 

 

 

 

 

 一人メディカルルームを後にするマリア。扉から出た其処には、響と未来が立っていた。

 

「マリアさん! もう大丈夫なんですか!?」

「まだ寝てた方が…」

「ありがとう。でも大丈夫よ。私は、戦える」

 

 優しく微笑み告げるマリアに、響と未来はまだ不安そうな顔で見ていた。またいつかの時のように、一人で無茶を背負い込んでいるのではないだろうかと。

 それも不安ではあるが、その種はもう一つあった。その扉の向こう側にだ。

 

「マリアさん…。翼さんは…」

「…意識は取り戻したわ。でも…今はしばらく、一人にしてあげてくれないかしら」

「身体の傷、そんなに酷いんですか…?」

 

 未来の問いに対し、首を横に振って答えるマリア。表面に傷はあったものの、致命的なダメージとなるモノは無かった。

 だから、彼女が床に臥せっている理由はそこではない。

 

「…多分、向き合っているんだと思う」

「向き合う…ですか…? いったい何と…」

「…翼自身の、傷痕の奥底にあるものと…」

 

 確証は無いが、何処かそう思えていた。マリア自身が不意に問うた言葉で、翼が思考の坩堝に入っていったのを見ていたのだから。

 そんな彼女を思うが故に、一度距離を置く。その為にとマリアは、敢えて別の話題を切り出した。

 

「調と切歌、北斗さんは?」

「みんな、クリスちゃんと一緒に矢的先生のところへ…。クリスちゃんも、ちょっと今一人にさせられないと思って…」

「そう…。でも、無理ないかもね…」

 

 三人で目を向ける。隣の集中治療室には、未だ処置中との赤いランプが点灯していた。

 

 

 

 

 メディカルルーム隣の集中治療室。

 件の彼女たちは、そこからジッと横になる矢的猛の姿を見つめていた。彼のその姿を誰よりも強く険しい顔で見つめていたのは、クリスだった。

 

「…………」

「クリスセンパイ…」

 

 規則的に鳴り続ける計器の音。静寂と言っても差し支えない空間の中で、小さく切歌がクリスの名を発する。

 だがそれに対して答えが返ってくるわけでもない。彼女もまた、思考の中に囚われてしまったが故に。

 一向に答えの出せないクリスに声をかけたのは、星司だった。

 

「…クリス。君が何を思っているか、済まんが俺には理解らん。だが、この事態になったのは猛の勝手な独断専行があったからだ」

「………どういうことだよ」

「猛がちゃんと俺たちに声をかけていれば、こんな事にはならなかった。そう言っている」

「…じゃあなにか。センセイのやった事は、間違ってたって言うのか!?

 学校の、生徒の、アタシらみんなの為に! 一人で戦ったセンセイを責めるって言うのかッ!!

 みんなの楽しい思い出を、居場所を守護る為に戦ったセンセイを、アンタが責められるとでも言うのかよッ!!」

 

 星司の胸倉を掴み上げるクリス。思わず慌てて駆け寄る調と切歌だったが、激昂するクリスに対し星司は努めて冷静な顔をしていた。

 

「ならば、俺たちみんなで自責すれば良いのか? 自分を責めて、更に勝手な行動をして…自分の身体を傷付け、最悪その命を散らすことが正しいとでも言うのかお前は」

「――……ッ!!」

 

 星司らしくない冷たく静かな物言いに、クリスはもちろん調と切歌もやや困惑していた。

 いつもはもっと熱く、激しく感情を露わにする男だ。冷徹などもっとも縁遠いはずなのだが…。

 

「確かに俺には、猛を責める資格など無い。警戒を怠ったのは事実だからだ。

 だが、資格が無くても誰かが言わねば、諫めなければならん。そうしなければ、また誰かが同じ過ちを犯す。その”誰か”が、俺自身と言うことだってあるんだ…ッ!」

「…アンタ…」

 

 血が滲むほどに強く握りしめられた星司の拳。それを見て、ようやくクリスも理解した。自責の思いを募らせているのは自分だけじゃない。

 目の前の男もまた強すぎるほどに強く自分を責めていた。ただそれを、必死に押し殺していたのだ。

 守護るべきものを守護るため…その決意をただひたすらに固めて。

 それに気付いたクリスの手が、そっと星司の胸倉から外される。そしてスッと、一歩後ろに下がっていった。

 

「……すまねぇ。アタシ、どうかしてた…」

「…猛が起きたら、思いっきり文句を言ってやれ。お前は今、一人で戦ってるんじゃないんだぞ…ってな」

 

 クリスの肩を優しく叩きながら、星司は集中治療室を後にする。すぐに調と切歌に呼び止められるが、「すぐ外の腰掛けに居る」とだけ言い残し、二人を残して外に出た。

 誰もがやるせない気持ちに包まれたまま、ただ時間だけが過ぎていった…。

 

 

 

 

 指令室。そのブリッジに据え付けられたモニターでは、再確認の意味も兼ねて昨日のメタフィールド…いや、ダークフィールド内での戦闘記録を再生していた。

 映るものはウルトラギアを発動させ、暴走したウルトラマンゼロ。解析すべきはその詳細だ。その場にはいつものブリッジメンバーに加え、マリアと響、未来も同席していた。

 

「やっぱりこれ…暴走、ですよね…」

 

 響の言葉に、誰もが声を噤むことで肯定する。

 奇しくもこの場に立っている装者二人、立花響とマリア・カデンツァヴナ・イヴは共にその身を荒れ狂う負の感情の奔流に押し流された経験があった。

 だから理解できた。この光景が、何を意味していたのかを。

 

『ユナイト数値180。ウルトラギアを外部展開する為に必要な量のフォニックゲインも観測はされている。ただ、翼とゼロ…二人の心象同化に異常波形を確認されていた』

「心象同化?」

「装者とウルトラマン…二つの心が文字通り同化することです。ユナイトが一定の閾値を超えることで、肉体だけでなく精神面でも癒合しあう。それが、心象同化です。

 …ユナイト数値が最も高かった翼さんとゼロさんなので、それは心配はないものだと思い込んでしまいました。

 ごめんなさい、ボクの失態です…」

 

 エルフナインの説明で何となくは理解出来た。だが同時にそれは、この場の二人にはどう足掻いても理解し切れぬものでもあった。

 響と一体化した、地球の意思の片鱗がウルトラマンの形を成した存在であるウルトラマンガイア。

 マリアを適能者に選び宿った、光の巨神の欠片であるバラージの盾が形を変えたウルトラマンネクサス。

 互いに個を持たぬ大いなる意志であるが故に、個を持つ者と一体化した他の装者のように精神面での癒合…心象同化は大きく起こり得ない。エルフナインからは既にそう言われていた。

 彼女の語る解説の中で、”癒合”という言葉を聞いて未来があるものを思い出した。先日の、メフィラス星人の残した言葉だ。

 

「響、昨日のあの…メフィラス星人さんが伝えてほしいって言ってた言葉。どんなのだっけ…?」

「うぇ?え、えーっとその……ちょ、ちょーっと待ってね」

 

 案の定、彼女は細かいところを忘れていたようだ。

 だが支給されている通信端末には録音機能も備わっている。そこから再生すれば理解るはずだ。

 少しの操作の後、その音声は端末から流れてきた。

 

【奇跡と呪詛を諸共に纏う歌巫女と、闇を照らし悪を討ち砕く光の戦士。だが如何程に身体と心を一つに繋ぐとも、正しきだけでは真の癒合には至らない。

 君らが真の癒合を成すに足りぬもの。それは君らの道にあった路傍の石。君らが相対したものが擁した貴石。それは威力を以て撃ち放たれた言の霊。

 傷無き絆など、戯れ睦み合いに過ぎぬということだ、とね】

 

「…やっぱり、聴き直してもよく分かりませんね…」

「”奇跡と呪詛を諸共に纏う歌巫女”は、恐らくイグナイトモジュールを用いたシンフォギア装者…」

『”闇を照らし悪を討ち砕く光の戦士”は、文字通り私たちウルトラマンの事だろうな』

「となると、あとの言葉は…」

 

 と言いながら、推測と考察を繰り返すエルフナインとエックス。メフィラス星人の言った通り、彼の放った言葉は助言として機能しそうだ。

 だがそういう頭脳労働は彼女らに任せるとし、実働部隊である装者たちには弦十郎が別の話を切り出す。状況は、決して停滞などしていないのだから。

 

「新たな第三者…地球を狙う異星人、メフィラス星人の介入か…」

「響と未来を名指しで狙い来るなんて、無謀なのか豪胆なのか…。直接話をした貴方たちは、どう感じたの?」

 

 マリアの言葉に顔を見合わせて少し考えた後、一緒に首を傾げる響と未来。どう言葉にするか迷ったものの、なんにせよ感じたままに報告するしかないと結論付けた。

 

「…不思議というか、得体の知れない感じでした。地球が欲しいと言いながら、私たちがそれを拒否することも知ってましたし…。

 かと言って力で訴えたりする訳でもなく…逆に争い事を頑なに避けているようにも見えました」

「でも何処か、嘘のない人だとも思いました。騙して陥れるんじゃなくて、真正面から踏み込んで勝ち取ろうとするような…。そんな感じを、私は受けました」

 

 メフィラス星人の残した伝言。そして響と未来の抱いた感想を聞き、弦十郎が腕を組み大きく息を吐いた。

 

「なるほどな…こいつは予想以上に厄介な相手だ」

「そうなんですか師匠?確かに得体の知れない相手でしたが、戦わなくていいならそれに越したことは…」

「こういう手合いは、自分が”戦いたくない”んじゃない。自分が”戦う必要性を感じていない”んだ。

 …自分の持つ力に絶対の自信を抱き、それ故に自ら大きく動く事をしない。どんな事態に発展しようとも、その全てを受け入れて冷静に次の手を試行する」

「まるでチェスのプレイヤー…。盤面の駒は私たちと言ったところかしら。確かに私たちは、そういう相手と相対することは無かったものね…」

 

 思い返すとそうだ。櫻井了子ことフィーネ、Dr.ウェル、キャロル…。様々な思惑、信義を以て相対した者たちではあるが、そのいずれもが自らの目的に命を燃やし突き進んできた者たちだ。

 先の戦いで相手取ったヤプールもまた、目的は絶対悪であろうとも全身全霊をかけて襲い掛かってきたことは事実。

 話を聞く限りでは、エタルガーも恐らくはこれらと同様に力の総てを賭して戦いを仕掛けてくるのだろう。

 だが、このメフィラス星人は違う。盤上から全てを見渡し、動く駒をただ眺めては悦に浸る。場合によっては口添えをすることで駒の動く場所を変えたりもする。

 そんな普通でない目線を持った者が、わざわざ会話という形で此方に介入してきたのだ。何か、彼にしか持ちえない意図があるのは間違いない。

 

「…しかし、今メフィラス星人を敵性体と認識することも難しいだろうな。地球の譲渡なんてとんでもない要求をかましてきたが、なにか事を起こす気も無いと来た。

 だったら此方としては、スペースビーストやエタルガーの脅威に専念するのが最優先だろう」

「その為にも、ちゃんと私たちがウルトラギアを使えるようにならなきゃ、ですね」

「ボクたちも頑張ります。再調整や見直すべきところ…翼さんとゼロさんの暴走を、ただの失敗として終わらせたりはしません!」

『みんなの為とは言え、生み出したのは私たちだ。必ず、みんなの為の正しい力と変えてみせる』

「ありがとうエルフナイン、エックス。イグナイトモジュールの時と同じ、私たちはみんな貴方たちを信じている。…あとの問題は、当の本人たちね…」

 

 思う先はそれぞれ…自分へも向けられており、この場に居ない他の装者とウルトラマンらにも向けられていた。

 これは一人一人に課せられた、言わば【命題】なのだ。

 

 

 

 

 EPISODE15

【逆光の原点(ゼロ)より――鵬翼は遥かへ羽撃けり】

 

 

 

 

「休暇、ですか…?」

 

 メディカルルームのベッドの上。上体を起こし座る翼の隣に立つ緒川慎次が、いつもの穏やかな笑顔で告げた。

 知らずまた一日ほどが経過しており、表面的には状態の回復も見えたので退室を言い渡されたところだ。

 気持ちの切り替えも済ませ、再度鍛錬に勤しもうと考えていた矢先の休暇命令。どうにも出鼻を挫かれた気分だ。

 

「翼さんのことです、心が落ち着いたらすぐにでも現場に戻るだろうと思いましたので、もう一日分休息時間を用意させて貰いました」

「…周到ですね。ですが何故、そのような気遣いを…」

「心の整理、した方が良いと思いまして。翼さんだけでなく彼も、ね」

 

 そういった慎次の目線の先は、翼の左腕に付けられたブレスレットに向けられていた。

 考えてみれば、昨日から彼の声を聞いていない気がした。一体化している自分がこうして無事なのだ、彼になにか傷が遺っているとは思えない。

 それだけに、今まで声をかけて来なかったことはやはり不思議だった。

 

「…ゼロ、聞こえているか?」

『……あぁ、聞こえてる。こうも休みっぱなしじゃ身体が鈍っちまうぜ』

 

 返答の声はいつも通りの軽快さだった。

 とりあえずは彼の声を聞けて少し安堵した。となると急に言い渡されたこの休暇、如何に使うか考えなければならない。

 肉体面の鍛錬は勿論まだ必要だろう。健全な精神は健全な肉体にこそ宿る、その事を信じて止まない翼だからその考えに至るのは当然でもある。

 ゼロにしても、身体を動かしていたいと言うのだから此方が誘えばいくらでも付き合ってくれるであろう。

 だが、不思議と今はそれ以上にすべき事があるのではないかと考えた。慎次の言う、”心の整理”という奴だろうか。

 一体化している以上いくらかの思考や感情は共有される。だが今はその共有が上手く機能していないようにも感じていた。漠然と…深い靄の中に在り、互いに存在は感じられるけど互いの姿は視えていない。そんな感覚だった。

 自分や彼が無性に身体を動かしたくなったり任務に赴きたくなるのは、こういう靄を晴らしたいだけなのかもしれない。翼は初めて、そんな風に考えていた。

 人の振り見て我が振り直せ、とはよく出来た言葉だ。そんな事を思いながら、小さく微笑みつつ慎次に声をかける。

 

「…緒川さんの言う通りかもしれませんね。今日は少し、思うがままに走ってきます。ゼロ、つきあってくれるな?」

『…っしゃーねーな』

 

 それ以上の返答はなかったが、肯定と受け取って良いのだろう。そこからは慎次といくらか話を済ませ、彼がメディカルルームを出た後に早々に着替えと準備を済ませていった。

 

 

 

 晴天の下、通りの少ないハイウェイをブルーのバイクが風を切り裂き疾走っている。

 通りを眺め見えるのは立ち並ぶビル群。その向こうには剥き出しになった山肌と壊れた建物…東京番外地・特別指定封鎖区域と呼ばれている、旧リディアン音楽院敷地だ。

 それを遠目に置きながら、ハイウェイから市街地に降りてまた走る。

 行き交う車、視界の端に映る歩道を往く人々。やがてそれらも疎らになり、閑散とした小高い丘の麓の駐車場に自らの乗機を停める。

 フルフェイスのヘルメットを外し、申し訳程度の変装を兼ねたサングラスと帽子を装備して、公園として整備されたその丘を上がっていった。

 

 開いた場所からは海と街を一望できる展望場所となっていた。細い欄干に手をかけ、陽光に照らされ輝く街並みを見下ろす翼。

 優しい風が吹き抜け、彼女の長い青髪を流すように揺らめかせていく。

 

『翼、ココは?』

「――戦いの向こう側。その先に、あるもの。…奏に言われたものであり、立花に教えてもらったものだ」

 

 安らかな笑顔で呟く翼。

 ただ自らを痛めつけることしかしなかった片翼が、自らの想いでその翼を開こうと決意した場所だった。

 

「昨日に私たちが戦ったから、今日に笑顔で暮らし生きる人たちがいる。防人もウルトラマンも、何も変わらない…これが、私たちが戦い歌う理由なのだと、私は思う」

『平和、ってヤツか…。そう思って見れば、此処の景色はエスメラルダやフューチャーアースの地球と、そう変わらねぇな』

「あぁ。…そんな当たり前のことに気付くのに、私は大きすぎる遠回りをしていたように思う。

 …ゼロはきっと、私なんかよりもっと早く、強く、こういう物の大切さを知っていたのだろうな」

『……そうでもねぇよ』

 

 きょとんとした翼の顔に気付いていたかは定かではないが、小さな溜め息の後にゼロがゆっくり語りだした。

 

『…なんでも一人で出来ると思ってた。孤独な身の上だろうとも…誰よりも、何よりも強い俺ならば、どんな強い力をも手に出来ると。

 何が大切なものかも理解ろうとしないまま、ただ戦い続けた。戦いが、強さだけが、俺を”俺”と足らしめる唯一のモノなんだと。

 …だが、本当はそうじゃなかった。みんなが俺を守護ろうとしていてくれたんだ。先輩も、師匠も、親父も…。

 誰かに守護られて、そして俺自身も誰かを守護る為に戦って、やっと気付いたんだ。それが、本当のヒカリなんだってな』

 

 彼の独白にいささか驚くものの、すぐに優しく笑い出す翼。とても不思議な、出来過ぎなまでに思い当たる節があったのだから。

 

『お、おい何笑ってんだよ翼!』

「いや…いや、済まない。ほんと、可笑しいな…。身の上話に興じただけだというのに、お前の話ほどこの心に刺さる話はなかったんだ」

 

 思い返す。風鳴の血筋であるが故に、鬼子として生を為した我が身のことを。

 

「…私も、お父様に忌避されてきたと思ってきた。当然だ、私はお父様の嫡子では無かったのだから。

 風鳴の血を色濃く遺す為の存在…それが私だった。偶然にも天羽々斬と出会い、適合を為したことで、防人としてこの身を剣と鍛え抜いた過去…。

 だが私のその深い傷跡、埋めてくれたのも他でもないお父様だった。”歌いたい”という私の夢…それを一番に想ってくれていたからこそ、敢えて厳しく突き放すことで風鳴の呪縛から遠ざけてくれていたのだと。

 …私はいつも、気付くのが遅かったんだ」

『…今は、親父さんとは?』

「互いに多忙の身、話すことはほとんど無い。…だが、お前に会ったあの日の前に、手紙を貰っていたんだ。

 不器用に、『務めを果たせ』とだけ書かれた手紙をな」

『……どういう意味だ?』

「夢を為すために、己が身に課せた務めを果たせ…。そんな、不器用すぎる父娘の間柄なんだ、私たちは」

 

 父のことを語る翼の顔は、どこか嬉しそうだった。彼女自身、こんな気持ちで父を語れるなど思いも寄らなかっただろう。

 魔法少女事変…あの戦いがあったからこそ、自分は父の想いに気付き触れられて、また夢へ向かって羽撃く力を貰えたのだ。

 清算した過去は、未来へ向かう大きな力となることを、彼女は知ったのだ。

 

「ゼロ、お前はどうなんだ?お前のお父上とは」

『不思議なことにな、そんなところまで翼と似たようなもんなんだ。

 俺の親父は宇宙警備隊のスーパーエリートにして恒星観測員、数多の宇宙にその名を轟かせる正義の戦士、ウルトラセブン。そりゃ多忙も多忙さ、常に宇宙を飛び回ってるからな。

 それに、俺自身もアナザースペースの宇宙警備隊…ウルティメイトフォースゼロの隊長として色々やってるからな、しばらくは直接会ってねぇ。

 だが、親父はいつも俺を想ってくれている。俺も親父を想う。だから――』

「――離れていても、問題はない。だな?」

『ヘッ、先に言うなよ』

 

 笑い合う。二人ともに、自然な気持ちで。

 風に吹かれ、太陽の温もりを浴びて、互いに己を語るひと時は思った以上に思わぬ展開となっていた。

 これ程までに似通う者になど、この先出会う事があるのだろうかとまで思うが程に。

 仲間や友人、他愛のない話…咲き開いた会話の花々だったが、やがてそれも閉じ始めてきた。そのタイミングでゼロが、翼に尋ね聞く。言葉の端々に何度も出て来た、人物のことを。

 

『なぁ翼、聞いても良いか?』

「ああ。なんだ?」

『…奏って、どういうヤツなんだ?』

 

 ゼロの言葉の直後、翼の表情が僅かに固まった。

 一陣の風が彼女の髪を靡かせ、それが止んだ時、彼女の顔はどこか儚げな微笑みを浮かべていた。

 

「…そうだな。せっかくここまで話したんだ、奏の話もしなければいけないだろう」

『あー…いや、その…別に、話したくないことなら良いんだぜ?俺が軽率だっただけだ』

「そんな事はない。…もしかしたら、私も意図的に話を切り出さずにいたのかもしれない。お世辞にも、良い思い出とは言い難いからな…」

 

 心を整えるように大きく深呼吸をする翼。そういえば、奏のことを一から誰かに話し聞かせることなど初めてのような気がするなと、今更なことを思った。

 

「…天羽奏。第3号聖遺物ガングニールの非正規適合者にして、数年前に人気を博したアーティストユニットであるツヴァイウィングのメンバーの一人。

 約3年前、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を起動させる実験も兼ね併せたライブステージでの公演中、認定得意災害ノイズの大量発生に遭遇。

 応戦するもノイズの侵攻に劣勢となり、窮地の際に絶唱を使用。バックファイアにその身が耐えられず、ノイズを殲滅した直後その場にて死亡。殉職する。

 天羽奏のガングニールは偶然にも立花響へと渡り継がれ、彼女の肉体を特異生態である融合症例第一号へと変化。フロンティア事変においてそのシンフォギアの破片をすべて除去されることで、”天羽奏のガングニール”の全てはこの世界から喪失することとなった。

 また天羽奏に使われていた適合係数補正薬物LiNKER model-Kは、Dr.ウェルの遺したチップ内に存在したデータによりマリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌の3名への専用調整、人体への負荷を抑えたものへと再生成。現在は同3名により用いられている。

 …S.O.N.G.に遺されている中で、主なデータはそのぐらいだろうな」

 

 抑揚を付けず、出来るだけ淡々と語る翼。それに対しゼロは何も答えることはなく、翼も理解っていたと言わんばかりに自嘲するかのように鼻を鳴らした。

 

「…そうだな、記録の読み上げなど、なんの意味も持たない」

 

 息を吐き、蒼天の空に目をやる。まるで、何かを見つめているような姿勢。そのままでまた、言葉を重ねていった。

 

「――奏は、私の片翼だった。

 アーティストユニット・ツヴァイウィングとしてのユニットパートナー。発足当初の特異災害対策機動部2課に属するシンフォギア装者としての相棒。

 …そして、私の作り上げた認識の全てを砕いて見せた人でもあった。

 絶望の中を生き残り、憤怒と共に剛槍を掴んだ者。強靭な意志を燃やし、傷だらけの羽根をはためかせ、血を吐きながら啼いて歌い…そして、燃えて尽きた」

 

 言葉を区切り、思いを馳せる。共に在る者は何も答えなかった。

 それが有り難かった。だから、またそっと語りだせる。

 

「奏は私に色んなことを教えてくれた。

 さっきも言った、戦いの向こう側…その先にあるもの。血意を込めて歌うことの楽しさ。魂を燃やすほどの昂ぶり…。

 私は奏となら、何処まででも羽撃いて行けると思っていた。奏も、私とならどんなものでも超えて行けると言ってくれた。

 片翼同士が肩を寄せ合い生まれた歪な鵬翼…。だがそんなものでも、あの時の私にとってはそれが世界の全てだった。

 自分が見たことのないものを見て、知らないものを知り、掴めないと一蹴されたものを掴み取る…。そんな奏を、ずっと見て、想い、焦がれてきたんだったな…私は…」

『…大切なヒトだったんだな。お前にとって、奏は』

「そうだな…。月並みの言葉だが、それ以上に語れる言葉が無い」

 

 穏やかな顔でそう返す。

 癒えぬ傷跡。消せぬ未練。だが、それこそが天羽奏を忘失れないただ一つの証だった。

 誰かに埋めて貰うものではない。”代わり”などあってはならない。

 でなければ、奏の遺したモノを受け継いだ者たちに顔向けができないからだ。この心に、仲間たちの中に、奏は今も息衝いている。見守ってくれている。それで十分だ。

 あの日折れた片翼はもう癒えた。今はもう、自分の力で羽撃ける。奏に手を引いてもらわなくても、肩を貸してもらわなくても…この背を押してくれる者たちが出来たのだから。

 

(――だから、私は大丈夫だよ、奏…)

 

 答える者は其処には居らず、蒼天に向けて思いを広げた。

 そっと目を閉じて空に背を向ける。再度見開いた先に見えたのは、なんでもないただの公園だった。

 

「…久しぶりに、よく喋った。緒川さんの言った通り、時に心の整理は必要なんだな。ありがとうゼロ。黙って聴いてくれて」

『気にすんな、今は俺が相棒じゃねぇか。良い顔してるぜ、翼』

「お前も、声にハリが戻ってきたようだ」

『ガラにも無く語っちまったからかな、なんだか少しスッキリした気分だ。今だったら、ウルトラギアもちゃんと成功させられるかもな』

「そうだな。仲間を信じ、互いを信じ…さすればきっと、上手く行くだろう」

 

 笑いながら話し合う二人。その心の距離は、間違いなく縮んでいた。だから、続く話も他愛ないものだった。

 

『そういえばよ、【ツヴァイウィング】ってユニット名は誰が考えたんだ?一番のヒット曲って聞いてる【逆光のフリューゲル】って曲名も、”翼”って意味があるんだよな確か』

「あぁ、それはどちらも奏が考えて付けたんだ。なんでも……」

 

 翼の声が止まった。それは、先ほどまでとは違う不自然な止まり方だった。

 まるで、”忘失れてしまっていた”かのような――

 

『…翼?』

「……嘘だ。思い、出せない…!?」

 

 混乱を隠せない。どれだけ思考を掻き乱し、引き抜こうとしても出て来ない。

 奏の顔は浮かぶ。嬉しそうに話している姿は克明に思い出せる。なのに…

 

「なのになぜ…あの時、奏が話していたことを思い出せないんだ…!?

 あんな嬉しそうな奏の顔はハッキリと覚えているのに…!ツヴァイウィングの名前も、逆光のフリューゲルの意味も、全部教えてくれてたはずなのに…ッ!!」

『お、落ち着け翼!誰にだって、簡単に思い出せないってことはあるだろ!』

「簡単じゃないッ!これは、この記憶は、忘失れようのないモノだ!私と奏の、大事な思い出の一つなんだ!思い出せないなど、あってなるものかッ!!」

 

 思わずゼロの言葉を跳ね除けて更に思考を続ける。

 思い出せるはずだ。何度も助けられてきた、奏の声だ。奏の言葉だ。思い出せないはずがない。

 …はずがない、のに。

 脳裏から、そして心から聞こえてくる。奏の声に被せるように、押し流すように、雑音が。まるでそれは――

 

「――海鳴りの、音…?」

 

 認識した瞬間、周囲の空間が歪む。

 まるで飲み込まれるように、彼女はその場からいなくなった。

 

 意識と視界が戻った先に立っていたのは、見覚えのある何処かの場所だった。

 頬を撫でる冷たい空気、雲の先から月光がおぼろげに地を照らす夜。

 呆然と立ち尽くす少女の目が、何かを映し出した。

 燃えるような炎を思わせる赤橙色の髪が、羽を広げた鳥のように大きく開いている。

 背筋は伸びているものの、凛と言うよりは憮然とした後ろ姿、佇まい…。

 それ以外に、考えられなかった。

 だから、その名を呼んでしまったのも必然なのだ。

 

「―――……奏…?」

 

 …海鳴りの音は、未だその耳に鳴り続いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 15 【逆光の原点より――鵬翼は遥かへ羽撃けり】 -B-

 振り向く赤橙色の髪の少女。誰かが…否、自分の相棒である少女から呼ばれたのかと思っていた。

 

「翼?」

 

 しん…とした空間。其の場には誰も居ない。気のせいかと思い、彼女…天羽奏は再度外へ向いた。

 欄干に両肘を乗せ、上体を預けるようにもたれかかり、憂鬱な表情で小さく溜め息を一つ吐いた。

 それを、物陰から見つめる一人の姿があった。空間の歪みに飲み込まれ現れた風鳴翼だ。

 

「……そうだ。奏はあの日、一人で風に当たってくると言って出て行ったんだっけ……」

 

 聞こえぬように小さく細く声を出す翼。鮮明に戻った意識でなんとか思考を回転させる必要があった。

 先ほど奏の名を呼んでしまった時に、ゼロから念話で叩くように強く声を掛けられていた。それが功を奏し、奏に見つかる事無く隠れることができたのだ。

 

『あの日って、何の日だ?』

「…ツヴァイウィングの、結成の日…」

 

 翼は小声でゼロに語った。

 4年ほど前の某日…奏と翼、互いに防人としてノイズを駆逐する戦いにも慣れた頃。

 奏にとってただの復讐の牙だった歌が、誰かの希望になると知った日があった。翼が幼き頃より抱いていた淡く儚い夢を奏に聞いて貰った日があった。

 そこからの行動は早く、特異災害対策機動部の長を務める風鳴弦十郎や聖遺物研究の最前線を往く櫻井了子らと相談を重ね、遂には天羽奏と風鳴翼のツインボーカルユニット結成が決定したのであった。

 正直なところ、翼は最初このユニットに乗り気でなかった事を覚えている。

 淡い憧れに過ぎなかったものを急に実現させられそうになってしまい、腰が引けてしまったのだ。

 泣き虫で弱虫…臆病な”自分”が、初めて奏に反抗した日でもあった。

 

 これはまるであの日そのものだ。そんな不可思議な感情を抱きつつ、自身の持つ携帯端末を見る。

 電波を受信することで自動で日時を合わせてくれる、現在となっては当然のように付いている便利機能。10年以上も過去でないのなら、この機能だって生きているはず。

 そう思いながら少し待つと、端末画面のデジタル数字がその表示を入れ替えた。映されていたのは、翼の予想通り…ツヴァイウィング結成の日に相違なかった。

 

「なんてことだ…。今度は過去への跳躍とでも言うのか?一体なにがどうなって…」

「やっぱり居たな。別に隠れなくってもいいだろ翼?」

「そうは言うけど、だってこんな――」

 

 意識の外から投げかけられた言葉。あまりにも懐かしい、リアルな”彼女の声”。

 一瞬当然のように返事を仕掛けた瞬間、何が起きたかに気付いた。気付かれたのだ。

 驚愕に身体を委縮させながらも瞬歩で背後に立ち端末を覗いていた奏から距離をとる。

 幼さを残すも決して心から消えない懐かしい顔は、思い出の写しのようだった。

 

「お、おいおい…何もそんなに嫌うことないだろ?」

「あ、いや、その…ごめん、なさ……」

 

 口にしかけてすぐに止まる。あの日の記憶は意識を総動員するとすぐに思い出せた。

 初めて奏を拒絶した”私”は、ずっと宿舎の中で一人座っていた。そこから……よくは思い出せないが、奏がその眼をキラキラと輝かせて”私”に何かを話してくれた。

 それを私が覚えているのならば、此処に居るのは”風鳴翼”であってはならない。満足に働かない思考回路で、なんとかそう思い至った。

 あとはそれを実行すべく、軽い咳払いとともに呼吸を整えて櫛でまとめ跳ねた特徴的な髪を下ろしすぐに後ろで括り直した。

 

「んんっ…いや、追捲りに飛び退いてしまったのは私の不徳だった。済まない。だが君も、人に対し裡面から急に声をかけるものではないと思うぞ」

 

 努めて冷静に…しかして言葉遣いを可能な限り変えながら話す。

 バラエティ仕事で古風な言い回しをすると称されてきたのが、まさかこんな形で活きようとは思いもしなかった。

 背筋を張り、真っ直ぐと立つ。…そこで初めて、眼前の奏より大きくなっていたことに気が付いた。この時の”私”は、彼女より背が低かったはずだ。

 凛とした立ち姿に声を失う奏。この僅かな静寂は、翼にとってあまりにも長い静寂のようにも思えていた。

 

「…あぁ、悪かったよおねーさん。なんかさ、おねーさんの後ろ姿がアタシの相棒とクリソツでね。ついつい声をかけちまったんだ」

(…お姉さん、か…)

 

 思わぬ言葉に少しばかり不思議な気分になってしまう。考えてみれば目の前の奏は16歳ほどで、今の自分は19歳だ。

 そりゃあそうなるだろうと思いながらも、何処かで求めていた。大人になったこの姿でも、奏は自分を気付いてくれるのだろうか…などという戯言を。

 そんな思いを拭いながら、奏に声をかけなおす。自分を”風鳴翼”と悟らせない為の方便をだ。

 

「この世界には、似ている人間が最低三人は居ると聞く。君がそう言うのならば、私はその君の相棒と似ていたのかもしれないな」

「しゃがみ込んでる姿とかマジでまんまだったよ。でも、こうして面と向かって話せば違うもんだな。

 アイツはまだ、おねーさんほどしっかり芯の通った顔はできねぇもん」

「…手厳しいことを言うのだな」

「だってもったいねーんだもん。アイツ、実力も才能も折り紙付きなのに泣き虫で弱虫なのが全部を邪魔してやがんだ。

 さっきもさ、アタシも隣で一緒にやるって言ってんのに、『私は奏とは違う。私なんかがやっても、きっと駄目になる』って言って聞きやしないんだよ」

 

 …あぁ、確かにそんな事を言っていた。

 突如として眼前に現れた夢と向かい合うことに恐れていた幼き時分。僅か数年前だというのに、随分子供っぽいことをしたものだと思ってしまった。

 そんな思いを端に寄せ、続く奏の言葉に耳を傾ける。

 

「だけど、アタシは絶対に説得してみせる。アイツと一緒に、アタシたちの歌をみんなへ届けるんだ!」

「――…何故、そんなにまで?」

「歌は、聞いてくれる誰かの希望になる。どんな窮地に陥っても絶対に諦めない気持ちをくれる…誰かを勇気付けられるものなんだ。

 アタシはそれを知ったから、この歌をもっと歌いたいと思った。アタシの歌は、アイツと一緒だと何よりも強くなれる。何処まででも行ける。だから、アイツと一緒に歌いたいと思った。

 そして何より、アイツの夢を叶えさせてやりたかった。だからかな」

 

 そう語る奏の姿に、翼は思わず見惚れてしまった。

 自分が喪っていたもの。もう見ることが出来なくなったもの。それが時を超えて、こんな形でもう一度見ることになろうとは…。

 目頭が熱くなっているのが理解る。このままみっともなく涙を流し、総てを捨て去ってこの甘美な過去を抱き寄せてしまおうかと…。そんな想いが、身体の内でぐるぐる渦巻いていた。

 だが、それを遮ったのは他でもない奏の声だった。

 

「…んでも、アタシもちょっとやりすぎちまったのかなって思うんだ。

 アイツが本気で嫌がっているのなら、アタシは一人勝手に突っ走ってるだけなのかなって。それは逆に、アイツの迷惑になってるんじゃないかなってさ…」

「そんな事はないッ!」

 

 思わず大声で否定の言葉を上げてしまう。終ぞ触れることの無かった奏の本心の一部を垣間見たからだろうか。

 急な言葉にキョトンとした奏の顔を見て、慌てて放った言葉を繕い直す翼。我ながら、何をやっているのだと戒めたくなる。

 

「ああ、その、済まない。…ただ、思ったんだ。君のその相棒は、多分…一歩を踏み出す勇気が、まだ足りないのだと思う。未知なるモノへの恐れが、強すぎて…。

 だけど、君がその相棒を想っているのなら、諦めずに呼び掛けてほしい。手を差し伸べて、捕まえて、強く引いてあげてほしい」

 

 繕ったはずの言葉は、ただの本心だった。

 あの時自分が何を思いながら独り閉じ籠っていたのかを知っていたから。

 何が切っ掛けでその鳥籠の外へ目を向けたのかを知っていたから。

 だから――

 

「――君の明るい笑顔で、勇気を与えてあげてほしい」

 

 不器用に放たれた言葉に、奏はとても嬉しそうに、

 

「ああ、そうするッ!」

 

 にいッと明るく、元気に、歯を見せて笑った。

 

 

 

「でも、おねーさんって凄いな!こう、フインキと言うか空気感?なんかそんなところまで相棒や知り合いの旦那に似てる気がするんだ」

「そ、そうなのだろうか。ははは…」

 

 少し乾いた笑いで相槌を打つ翼。奏が旦那と呼ぶ相手は一人しかいない。風鳴弦十郎だ。

 いつの間にやらあの叔父と似たようなモノを身に付けていたのだろうかと思うと少しばかり心がざわつく。決して嫌では無いのだが、防人とは言えど我が身は女でもあるのだから。

 

 そんな、翼にとって懐かしさを伴う空間。これは如何なる偶然か、はたまた敵の策略かもしれない。

 だが、もしそれで帰れないとしても…自らが”風鳴翼”であることを棄て、眼前の天羽奏と宿舎で待つ風鳴翼の成長を見守り生きるのも良いのではないか。

 

 

 …ふと過ったその思いが、最後の引鉄となった。

 

 

 突如その場に吹き荒れる風。荒れ狂い巻き起こる旋風は、まるで翼を中心に発生しているようだった。

 

「これは、何が…!?」

『翼!大丈夫か!?』

 

 困惑する翼の耳に響くゼロの声。何故かそこで、一体化している相棒の存在に気が付いた。

 

「ぜ、ゼロ…!?」

『何やってんだよお前はッ!あの女と喋ってからこっちが声かけても答えねぇし、急にこんな風が起こるしでよぉッ!!』

「話し、かけてた…だと?そんな、だって私には、なにも…」

 

 聞こえなかった。存在すら忘失れてしまっていた。それを何故だとどれだけ自問しても、今の翼に答えなど出るはずがない。

 困惑に包まれたまま、やがて荒れ狂っていた風が止み消えた。目線の先には、平然と笑顔で立つ奏の姿があった。

 

「よ、良かった奏!無事でいてくれて――」

 

「『…ああ。良い夢は、見れたかよ?』」

 

 答えた彼女の声に、違和感が生じた。

 戦慄と畏怖をないまぜにしたような、背筋を凍らせるような、そんな声だった。

 

『気ィ抜くな翼ッ!!』

「『そうだ、そいつの言う通りだぜ翼ァ…。あんまり気を抜いてっと、ブッ殺しちまうぜぇ…?』」

「――貴様、何者だッ!!」

 

 あまりの異常事態に即座に戦闘態勢をとる翼。だが奏は悠々と此方に向かって歩み寄ってくる。

 その身体からは、黒い瘴気が漂っていた。

 互いに手を出せる距離に近付いたところで、奏が翼の左腕を捕まえる。そこに付けられたブレスレット…それに向かって、舐めるように声を放った。

 

「『つれねぇじゃねぇか…。お前、この女に俺様のことを話してなかったのか?

 ――なぁ、ウルトラマンゼロよぉ…』」

『…まさか、テメェ…ッ!!』

 

 高笑いとともに後ろへ跳び、距離を広げる奏。

 突き出した右手に黒い瘴気が集束しやがて形を成す。

 それはまるで漆黒の短剣のようであり、禍々しいながらも何処かオブジェのような神秘性を感じられる。

 掴み取った奏の顔が、彼女らしからぬ悪しき風貌に歪み嗤う。そしてその首筋に、中央に円を象ったヘキサゴンマークが浮かび上がってきた。

 そして悪魔のように嗤いながら、短剣型のオブジェ…【ダークダミースパーク】を首筋に突き立てた。

 

「『さあ、シアワセな夢の時間は終わりだぜェッ!!フハハハハハッ!!!』」

 《ダークライブ―ウルトラマンベリアル―》

 

 暗黒の瘴気が奏の身体を包み込み、その身を巨大に変化させていく。

 雷鳴と共に顕現したその姿は、先日相対したダークファウストよりも遥かに深黒色に包まれた、”ウルトラマン”だった。

 

「な…あれは…!」

『やっぱりテメェだったかよ…!ベリアルッ!!』

 

 感情…その中でもとびきり強い敵意を以てゼロが叫ぶ。知っているのだ。眼前に佇む、暗黒の巨人のことを。

 

『往くぞ翼ッ!アイツが何度出て来ようとも、何度でもこの俺がブッ倒してやるッ!!』

「…ああッ!!」

 

 ゼロから感じられる激昂。だがそれを止める心算は無かった。

 ヤツは奏の身体を使い顕現した。彼女を助けるためにも、戦わなければいけないことは明白だ。

 左手のブレスレットから出現したウルトラゼロアイを右手で掴み取り、そのまま着眼。赤と青の光が翼の身を包みながら巨大化し、その肉体をウルトラマンゼロのそれへと変化させた。

 

「デェェェヤァッ!!」

「『フッ…来やがったなゼロぉ…』」

「ベリアル…ッ!」

 

 ウルトラマンベリアル。

 長い光の国の歴史において、唯一誕生してしまった例外。

 過度に力を追い求める姿勢が、宇宙を力で支配してきた究極生命体であるレイブラッド星人の侵食を許してしまい、悪の道に堕ちる。

 そして光の国の至宝であり星のエネルギーの源でもあるプラズマスパークを手にすべく、光の国を襲撃。

 数多の戦士たちを薙ぎ倒し、プラズマスパークを強奪。そこから暴力による宇宙の支配を目的とする彼の覇道が始まった。

 怪獣墓場での戦いにてウルトラマンゼロと邂逅…そして彼と仲間たちに敗北。

 辛うじて生き延びた後にはアナザースペースにて自らの帝国を築き上げ武力支配を開始。だがそれも、ウルトラマンゼロとその仲間たち、そしてウルティメイトイージスの力でベリアルを退ける。

 だが、その悪しき魂は決して消えることなく怪獣墓場を彷徨い、そこでまたゼロと激闘を繰り広げていった…。

 変身の影響か、ゼロの激昂のせいか、翼の中に流れるように入り込んでくる眼前の宿敵、ウルトラマンベリアルの情報。

 その情報とゼロの反応で理解る。この相手が、どれ程までに危険な相手なのかを。

 そんな相手に恐れることもなく、ゼロが思いの丈を言葉に変えてベリアルにぶつけていく。

 

「テメェはまた性懲りもなく…何度俺の前に立ちはだかりゃ気が済むんだ?」

「『ハッ、んなもん貴様をブッ殺すまでに決まってんだろうが…!』」

「…だろうな。テメェなら、そう答えると思っていたぜ…。だったら何度でも、俺が引導を渡してやるッ!!」

「『…クッ…クハハハハ…!!』」

 

 ベリアルの嗤いが木霊する。まるで、既に勝利を確信しているかのような嗤い方だ。

 

「何が可笑しいッ!!」

「『貴様が俺に、引導をなぁ…。これまでならばいざ知らず、今の貴様にそれが出来るかァ…?』」

「何を、言ってやがる…ッ!!」

 

 嗤いながらその胸を張るベリアル。

 黒紫に染まるカラータイマーの中央に、それは居た。

 虚ろな瞳で力無く、だが邪悪な笑みを浮かべながらベリアルと共に喋る天羽奏の姿が、其処に。

 

『奏ェッ!!』

「『どうだ、感動のご対面ってヤツだろ。それともまだ溜めが足りなかったかぁ?』」

「人質って事かよ!相変わらず汚ぇマネばっかしやがってッ!」

「『あぁ~、少し違うな…。確かにコイツは人質って意味もある。だが、コイツはテメェを確実にブッ殺す為のモノでもあるんだぜ。

 …さあ、出て来やがれッ!!』」

 

 ベリアルの声と共に、ゼロの背後に波打つように光が降り注ぎ、そこから新たな異形が姿を現した。

 それはまるで巨大なウミウシのような姿をした怪獣。甲高い奇声を上げて、目と思われる伸びた触覚部分が歪に動き回る。

 

「あれは…クロノームか!?」

『クロノーム…?』

「『正解だゼロ。時間怪獣クロノーム…時間を操り、時の繋ぎ目の中から生命体を捕らえてはその生命体の記憶の隙間から過去の時間へ行き、そこから世界を滅茶苦茶にするってヤツだ』」

『記憶の隙間から、過去へ…』

 

 言葉にしてすぐさま察する翼。

 今日この日、奏が自分に向かって話してくれた言葉…。それが思い出せなかった。

 欠落した記憶…それが、”記憶の隙間”だと言うならば――

 

「『そうだ翼ッ!こじ開けたほんの僅かな隙間にクロノームは入っていった!

 過去の世界に来ればやる事は一つ…。天羽奏をブチ殺し、そのまま過去の世界を蹂躙してやるのさッ!!』」

『なっ…そんな事をすれば…!』

「『そうさな、”天羽奏”という因果が消え去ること…。まぁ貴様らのおうたあそびは出来なくなるってことかなぁ?』」

 

 違う、そんな程度の話ではない。

 ツヴァイウィングが存在しなくなるという事は、様々な前提の全てが崩れ去るということだ。

 立花響は融合症例と化すことはなく、雪音クリスはフィーネの下で彼女の妄執に付き従い続ける。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌たちレセプターチルドレンも、米国研究機関で様々な実験と共に一生を終えるだろう。

 文字通り、数多の未来を破壊するつもりなのだ。

 

「『クロノームを斃せば時空は修復され、貴様らは元の時間に帰れるだろう。だが、既に俺はこの時間の天羽奏に巣食っている。お前らが消えりゃいつでもブッ殺せるってワケさ』」

『ならば先に、貴様を微塵に断破せしめてくれるッ!!』

「『おっとそんな事をしてみろ。今の俺の宿主であるこの女、天羽奏も一緒にお陀仏だぜ。貴様らにそいつが出来るってんなら、やってもらおうじゃねぇか』」

「ベリアルゥゥゥゥゥッ!!!」『貴ィッ様ァァァッ!!!』

 

 重なり合った激昂のままベリアルに飛び掛かるゼロと翼。

 真っ直ぐ打ち出された拳を、ベリアルは凶器として肥大化した掌で受け止め、そのまま外へ払い除ける。

 一瞬体制を崩すもすぐに持ち直し、流れるように後ろ回し蹴りを起点とした連続攻撃に移るゼロ。

 だがその全てを受け切り、そこから強く重たい攻撃でベリアルが反撃に転じていく。

 重撃を打ち付けあい力と力がぶつかり合う様は、互いの実力が拮抗していることに他ならない。

 

「『ハハハハハッ!!やっぱりお前とやり合うのは楽しいぜゼロォッ!!』」

「どっから来たかも理解らねぇテメェが、言ってんじゃねぇええええッ!!」

「『いいじゃねぇか、付き合えよ!せっかく出て来てやったんだぜぇ?その女も、コイツと会えて嬉しがってただろうがよぉッ!!』」

『だ…黙れェええええッ!!』

 

 咆哮と共に後方の空へと跳躍。そこから向きを変えて、ウルトラゼロキックを打ち放つ。だが…

 

「『忘れてやんなよ、他にもお前の相手をしたがってるヤツがいるだろ?』」

「何…ぐぅあああッ!?」

 

 突如背後から伸びてきた太い触手に捕らえられるゼロ。その先に居たのはクロノームだった。

 そのまま触手に電撃を纏わせ攻撃。呻くゼロを嗤うように甲高い声で鳴きながら、捕らえたゼロを地面へと叩き付けた。

 

「『無様だなぁゼロ。お仲間が居なきゃ、満足に戦うことも出来ねぇってかぁ?』」

「ぐ、ううぅ…!テメェらなんぞ、俺たちで十分なんだよぉッ!!」

『ぬ、ぅ、うぅぁあああああッ!!』

 

 捕まれたクロノームの触手を掴み返し、力尽くでその巨体をベリアルに向けて投げる。

 それを嬉しそうに片手で弾き飛ばすベリアル。地響きを上げて倒れこんだクロノームだったが、軟体に近い身体と触手を用いてすぐに起き上がっていく。

 十分だと高を括ったものの、実際劣勢であることに違いはない。だが、それに屈するなど以ての外だ。

 ならば、と思いながら胸のマイクユニットに手をかける翼。ウルトラギア…やはり打開するにはこれしか無いのかと。

 だが踏み止まる。先日の戦いで、怒りに呑まれながらこの魔剣を手にした事でこの身は暴れ走ってしまったのだ。

 そして現在も二人の身体を駆け巡っている感情は”怒り”。ほんの微かに残った冷静な心は、今のまま使えば二の舞を踏むというのをよく理解している。

 それが発動に踏み切れぬ原因だった。

 

「『なんだ、何かあるのかと期待したが何もねぇのか?』」

『クッ…!』

「『ハッ、悪い悪い…使えなかったんだよなぁ。その、ウルトラギアってヤツは』」

「てめ、なんでソレを…!」

 

 驚愕に答えるゼロと翼。それに対しベリアルは、さも当然のように言い放った。

 

「『ファハハハハハッ!!よく知ってんだぜ俺様は…。今のテメェはウルティメイトイージスも失い、他のウルトラマンの力も失った!

 代わりに得たのがちっぽけな小娘の鳴き声で、その力すら満足に支配出来てやしねぇ!そんなもんで、この俺様に勝てるものかよッ!!』」

「…馬鹿にすんじゃねぇ…!仲間は…力で従わせるもんじゃねぇんだ…ッ!!」

「『粋がんじゃねぇ!だったら見せてやるぜ、テメェが嫌がる支配の力ってヤツをッ!!』」

 

 瞬間無音になる世界。

 月光を覆う黒雲の中で、ベリアルのカラータイマーから覗く奏がその口を小さく動かした。

 

『Croitzal ronzell gungnir zizzl...』

『そんな…まさ、か…ッ!?』

 

 紡がれた聖詠。直後ベリアルの身体より巻き起こるエネルギー…いや、歌に共鳴して聖遺物の欠片が生み出すそれはフォニックゲインだ。

 後頭部から炎のようなエネルギーが羽のように広がり放熱され、脚部に装甲を定着。両腕部には半円形のガントレットを装着し、胸部の模様も血赤の中に橙色を混ぜ合わせた形へと変化した。

 装着直後のガントレットが腕から離れ、合体。巨大化と共に展開をし、やがて巨大な剛槍へと姿を変え、握りしめた。

 …それはまさに、”天羽奏のガングニール”を纏ったウルトラマンベリアルの姿だった。

 

「『ハハハハハッ!!どうだ、これが力だァッ!!!』」

 

 ガングニールのアームドギアを天に掲げ、高笑いするベリアル。

 奇しくも先んじて完成されたウルトラマンとシンフォギアの融合体…圧倒的な支配力で為した暴虐の象徴。

 信じ難き光景を前にして呆然とする中、翼とゼロは互いの脳裏で何かが切れる音を感じていた。

 

『――……めろ……。……やめ、ろ……!』

「……そいつを……その歌を……!」

「『……そのギアを……奏のガングニールを……!貴様なんぞが、手にするなあああああああああああッッ!!!!!』」

 

 これまでに無い咆哮と共に、マイクユニットを取り外し突起部分を三度連続で押し込む。イグナイトモジュールの三段階抜剣、その解放と同時に前へ放り投げ、ただ一心不乱にベリアルへと突進していく。

 その最中にイグナイトモジュールが翼の胸に突き刺さり、解放された魔剣の呪詛が翼と、彼女を介してゼロをも浸食し爆発的な力を発生させた。

 

「『ベェェリアルウウウウウウウウウッッ!!!!!』」

「『やっとらしくなったじゃねぇかッ!!来やがれェッ!!!』」

 

 遮るように割り込み、触手と破壊光線を放つクロノーム。だがそれを勢いのままに手で握り潰し払い、柔らかな胴を掴んで投げ捨てる。

 そのまま勢いを決して殺さずに、ゼロと翼の怒りに感応して頭部のゼロスラッガーが射出、ゼロツインソードに合体変形し、ベリアルに向かって振り下ろした。

 即座にアームドギアでツインソードを受け止めるベリアル。重たい金属音が鳴り響き鍔迫り合いとなる。

 ゼロの咆哮とベリアルの哄笑が暗夜に鳴り渡り、互いに得物を弾き飛ばしては幾度となくぶつけ合う。

 アームドギアを振り回し打ち付けては時に強く突き出すベリアルの攻撃。暴走している中でも翼には理解できた。それは何処か、奏の動きと合致していたと。

 おそらくは自分と同じように彼の黒いウルトラマンと一体化しているからであろう。その事実が更に彼女の怒りを煽り、ゼロと共に猛然とベリアルへ襲い掛かっていった。

 ただの暴力として奮われるゼロの攻撃の数々を、ベリアルはただただ楽しそうに受け止めてはいなしていく。

 大振りの拳を捕まえ、山に向かって投げ付けるベリアル。直撃と共に激しくめり込むものの、ゼロはすぐにそこから這い出てくる。

 そして山を背にもたれたままゼロスラッガーをカラータイマーの両隣に装着。溢れ出るフォニックゲインを用いてゼロツインシュートを発射した。

 それを見てベリアルは右手のアームドギアを大きく振りかぶる。槍の穂先が高速で回転すると共にフォニックゲインが黒い雷を纏う旋風を生み、解き放つように突き出した。

 かつてベリアルが持っていた武器であるギガバトルナイザーを用いた必殺技である『ベリアルジェノサンダー』と奏の得意技の一つであった『LAST∞METEOR』…その複合技と成った一撃、【GENOTHUNDER∞METEOR】が、怒りのフォニックゲインで高まったゼロツインシュートと激突した。

 ぶつかり合い激しく火花を散らす二つの光線。押しつ押されつの拮抗。だがそれを押し切ったのは、ベリアルの方だった。

 山肌をさらに砕きながら押しこまれるゼロ。再度そこから起き上がろうとしたが、クロノームの触手がその両腕を封じ、そのまま押し付けた。

 そこへ歩み寄るベリアル。空いた左の手でゼロの首を掴み、何処か嬉しそうに顔を寄せた。

 

「『ぐううううううううッ!!!うぅあああああああッ!!!』」

「『いいぜぇ…いい顔してるじゃねぇか、ゼロぉ…!思い出すぜ…怪獣墓場で、テメェと再会した時をなぁ…』」

 

 ベリアルの爪がゼロの首筋に食い込む。そこから彼の支配力の象徴…他者を奪い取る力であるベリアルウィルスを流し込み始めた。

 

「『お前も思い出せよ…。暴力に身を委ねる快感を…世界を蹂躙する愉悦を…掌の中で生命が消え逝く恍惚を…ッ!!』」

「『がああああああああああああああッ!!!!』」

 

 黒い意志の力がゼロを、共に在る翼を侵食する。

 魔剣の呪詛すらも塗り潰すほどの呪い…それは正しく、黒き王の祝福だ。

 僅かに残された視界も、全てが黒い靄に覆われてやがて全てが黒に染まり消えていく。

 輝きのすべてが失われた時、ゼロは力を失いその場に倒れこんでしまった。

 

 

 

 

 

 ――其処は昏かった。

 

 昏く深く、遥かに広がる闇の中。

 何も見えぬはずの漆黒の世界の中で、何かが見えた。何かが聞こえた。

 見えたそれは、小さくうずくまる影。

 聞こえたそれは、聞かせぬように殺し啜る泣き声。

 

 …ただそれを、見つめていた。

 

 

 闇が、何かを映し出した。

 暗黒に染められた光の巨人が、己が仲間を惨殺していく姿。

 鋼鉄の武人を、鏡の騎士を、心を学んだ機人を、炎の戦士を、次々と。

 ただ見ていることしか出来なかった。抗えなかった。

 誰も、まもれなかった。

 

 闇が、何かを映し出した。

 襲い来る異形の雑音、恐怖と混乱に包まれる空間で、最期の歌が奏でられる姿。

 数多の命が押し潰されていった場所で、片翼はその血の全てを吐いて、啼いた。

 ただ見ていることしか出来なかった。止められなかった。

 何も、まもれなかった。

 

 そうだ、これは絶望だ。

 ”彼女”が、”彼”が、過去(あの日)に突き立てられた絶望。

 絶望に抗う為には、ただ怒りを身に纏うしかなかった。

 何故ならば、怒りを纏わなければその目はすぐに涙を流してしまう。その心はすぐに挫け閉ざしてしまう。

【泣き虫で弱虫】、なのだから――。

 

「『――…堕ちたか』」

 

 外から聞こえた声に、もはや何の反応も出来なかった。

 絶望に突き落とされ、何も見えなくなって、このまま――

 

 

 

 

 …否、見えている。

 

 そこに確かに、誰かの姿が。

 小さくうずくまるもの。それは、”互い”の姿だ。

 風鳴翼はウルトラマンゼロの、ウルトラマンゼロは風鳴翼の。

 

 突如出現した巨大な異形に対し、何よりも力強く歌い戦った少女。その命の危機に現れた光の巨人。

 互いに何処かで思っていた。”何故、こんなに強いんだろう”と。

 

 共有された記憶が加速する。

 記憶が、声を紡ぎだした。

 

 仲間たちが、”自分”の名前を呼ぶ声だ。

 明るく元気に…真面目で礼儀正しく…不慣れな笑顔を作り…優しく力強く…不器用で少し不愛想に…楽しく懐っこそうに…。

 

 …そして誰よりも、大切な人の声が…。

 

 

『そうさ。だから翼のやりたい事は、アタシが…周りのみんなが助けてやる』

 

『忘れるな。私もみんなも、何時でもお前のことを想っている。お前は、ひとりじゃない』

 

 

 ――そうだ、ひとりじゃなかったからだ。

 どんなに傷付き力尽き倒れようとも、どんなに深く昏い絶望に堕ちようとも…。

 …幾度も泣いた。幾度も、自分の弱さに涙した。

 だが涙を落とす度…その涙を拭う度に、己が身はひとりぼっちじゃないと教えられてきた。

 泣き虫で、弱虫だけど…ひとりじゃないから、その背を押してくれたから、また立ち上がれた。もっと高くを目指して羽撃くことが出来た。

 過去に濡れる自分の為に…共に現在を生きる友の為に。

 ――そしてまだ見ぬ、未来の為に…。

 

 その背を抱いてあげたかった?

 その悲しみを止めたかった?

 違う。

 眼前の者は既に何をしたいのかを知っている。

 たとえ挫けていようとも、その心は、その魂は、羽撃き飛びたいと願っている。

 

「――…ゼロ」

「――…翼」

 

 だから、かけるべき言葉は、慰めなどではない…ッ!

 

「……その顔はなんだ…ッ!」

「…その眼は…その涙はなんだ…ッ!」

「「――お前のその涙で、一体誰をッ!!何を守護れると思っているんだッ!!!」」

 

 重なる叫び。

 交わる傷跡。

 絶望の中、互いが互いの背を、強く叩き押す。

 うずくまる姿は闇に消え、背中合わせだった二人は互いに振り向き合い、目を合わせた。

 

「…さって…行くか、翼」

「…ああ。みんな、私たちの帰りを待ってくれているだろうからな」

 

 どちらからともなく繋ぎ合わされる手。その手の中には、天羽々斬が握り合わされていた。

 

 

 

 

「『――…堕ちたか』」

 

 その声に反応した。失っていた時間はたかが数秒。

 右手は自然とベリアルの左腕を掴み、強く握りしめていた。

 

「『……なにぃ…?』」

『………感謝する、ベリアル。生涯二度と叶わぬと思っていた再会を、果たさせてくれたことを…』

「………忘れてねぇつもりだったんだけどよ…やっぱテメェは、俺にとって一番の傷だったみてぇだ…」

『…だが、あの時分ならいざ知らず…私は奏を喪った哀惜と未練を抱えて、何度涙に濡れようと何度でも飛ぶと誓ったのだ。みんなが私を、飛ばせてくれているのだから…!』

「…仲間たちが俺を信じてくれているから、俺がみんなの一番前を飛べるんだ。守護れるものがあるんだから…もう何も、失うものかと決めたんだからよ…!」

 

 カラータイマーに、黄金の目に、光が戻ってきた。

 胸の奥から流れ出す音楽…。それはあの日、風鳴翼が世に舞い戻ってきた時に歌った、己が翼で羽撃き、過去を乗り越えんが為の歌。

 …それは、ベリアルにとって忌まわしい輝きを目にしたあの日に似ていた。

 思わず首から手を放し退く。ゆらりと立ち上がったゼロは、その両手を強く握り締めていた。

 

「『守護りたいものがある…。守護るべきものがある…。だから…だから「俺」『私』たちは――ッ!!』」

 

 右手を天に掲げる。暗雲の切れ間より、月煌が降り注ぐ。

 胸に集まり昂る輝きが、その内から流れ出す歌が――。

 

「『この果て無き未来(そら)へ、羽撃き飛ぶんだッ!!!』」

 

 掲げた手の中にあったのは、天羽々斬のマイクユニット。それを三度、再度押し込む。

 …二度失敗した。怒りに身を任せ、暴走して…。

 だが、今の二人はそんなことを考えもしなかった。”使いこなす”だの”奪われる”だの、そんな問題ではない。

 癒合――それは風鳴翼が、ウルトラマンゼロが、天羽々斬とも”一体化している”という事だ。

 だからこそ其処に、もはや疑念は存在しない。なればこそ。

 

「『ウルトラギアッ!!コンバインッ!!!』」

 

 解き放たれた言霊はシンフォギアに組み込まれた魔剣ダインスレイフを呼び起こし、呪われた旋律は天羽々斬を更に奮わせる。

 鋭き楔と化したマイクユニットが歌を発する胸の内を狙い来る。だが、其処に在るものは普段の装者・風鳴翼ではない。

 その胸部には、ウルトラマンゼロの胸部が融合するように重なり合っている。そして解き放たれたマイクユニットが、カラータイマーに吸い込まれるようにその奥へ突き立てられた。

 

「『うううぅぅおおおおおおおおおッッ!!!!』」

「『き、貴様ら、そいつは…!』」

 

 翼の胸の内より爆裂するフォニックゲインが、ゼロの肉体を駆け巡る。やがてそれは身体の表面に流れ、固着する。

 上腕部と大腿部に装備されるアーマー、足首には可変式のウイングブレード、そして胸部にはカラータイマーを覆うように重ねられた羽根状のプロテクター。

 黒と青が基調になった外装を身に纏い、頭部のゼロスラッガーも同様の色調で通常時より一回りほどの大型化を果たす。

 暗雲を斬り裂き降り立ったその姿は、人と光と歌…その三位一体が織り成す奇跡とユナイトを為した真の姿だった。

 ウルトラギア…正式名称、ウルティメイト・フォニックギア・テクター。心身を重ね合わせたことで胸の奥底から生まれた我が名を、高らかに叫びあげた。

 

「『――ウルトラマンゼロッ!!ウルトラギア・アメノハバキリッ!!!』」

 

 大腿部のアーマーから飛び出した柄を手にすると、そこから黒鋼の刃が伸び、巨大な日本刀と化す。

 それは間違いなく、風鳴翼の…天羽々斬のアームドギアに他ならない。

 真っ直ぐに、切っ先をベリアルに向けるゼロ。輝く瞳に、黒い影は見られなかった。

 

「『…奏。ずっと私を守護ってくれて、ありがとう。

 でも私、もう奏より随分大きくなっちゃた。…もう、奏に守護って貰わなくても飛べるようになったんだよ』」

『――……つば、さ……?』

「『…こんなことを言っても、”過去(いま)”の奏には理解らないことだと思う。…だけど、面と向かって言えるなんてもう無いから…。

 ――だから今夜は、私に守護らせて。奏が託し、繋ぎ、紡いでくれた、みんなの未来(いま)を…』」

 

 かける言葉はそれだけだった。空気が変わり、無機質なはずのゼロの顔が、微笑みから強い顔に固められたように感じられた。

 剣を構え、体勢を深く落とし、僅かな間を置いて弾けるように跳び出した。

 

「『クッ…!何してやがるクロノーム!やれぇッ!!』」

「『――邪魔を、すんじゃねぇッ!!!』」

 

 神速で奮われる一閃にて伸ばされたクロノームの太い触手が無惨に両断される。

 その姿勢から流れるように左右の脚による連続回転蹴りが放たれた。その際に足のブレードは外方へ展開、風を斬り裂きながらクロノームの表面に刃の連撃を加えていった。

 鳴き声を上げるクロノームを蹴り飛ばし、その身体をベリアルに方へ向けさらに突進した。

 昂り叫び上げそうになる怒り。だがその燃える怒りを、二人は握る掌に集中させる。

 明鏡止水の境地になどそんな簡単に辿り着けるワケがない。だが、怒れる自身を共に在る互いが背を押し合うことで保っていたのだ。

 一人では怒りに狂い飲まれてしまう程の波でも、支え合えば怒りを力と制御することだって可能なのだから。

 

「『ベリアル…お前はァッ!!』」

「『ゼロオオオオッ!!』」

 

 再度打ち付けられあう剣と槍。変わらず暴力で奮われるベリアルの攻撃に対し、ゼロの動きは冴え渡っていた。

 刀身で槍の穂先を逸らし、柄をぶつけ弾く。その中の一瞬で刃を左右持ち替えながら拳戟襲脚を繰り出していく。

 光を超えて闇を切り裂く旋風と化したゼロ。この繋がる真の力は、彼らのシンクロニシティに依るものだ。

 

「『しゃあらくせええええええッ!!!』」

 

 距離を開け、再度GENOTHUNDER∞METEORを撃つべくアームドギアを振りかぶるベリアル。

 高速回転する穂先が黒い稲妻を伴う竜巻を生み出し、力が溜め込まれたと同時に突き出し発射した。

 それを一瞥すると共に、腰溜めに構えたアームドギアが変形。二つに分かれた刀身の間に蒼雷のエネルギーが発生し伸びる。

 そのエネルギーを振るい放つ蒼ノ一閃を撃ち、返す刃を更に鋭く変形。神速で抜き撃つ蒼刃罰光斬の連斬を放った。

 二段の剣閃が竜巻を切り裂き爆散させる。だがその爆発の黒煙を突き破り、ベリアルが既に突進していた。

 外から全力で振り抜かれるアームドギアの一撃に、ゼロもまたアームドギアで受け止める。だがいくら強化されたとは言え槍と剣。鈍器として扱えば槍の方に分があるのは必定である。

 

「『ざまぁねぇなぁ!!そんな細っこい剣なんぞで、止められるかよォッ!!』」

「『――否。貴様が相手にしているものは、剣にありて剣に非ずッ!』」

 

 弾かれた日本刀型のアームドギア。その隙を見て上段から振り下ろされるベリアルの一撃。だがゼロと翼は、瞬歩にてその場から前へ進みベリアルを通過する。

 一瞬の間を置いて、ベリアルの肉体から闇の瘴気が血飛沫の様に溢れ出した。

 背後を向いたままのゼロの両手には、湾曲した小刀が握られていた。

 

「『我らのこの身は剣にして翼ッ!旋烈疾風を斬り裂き舞う刃羽(やいば)、重撃だけで薙ぎ払えるなどと思わぬことだッ!!』」

「『ぐぅおぉぉ…ッ!!て、テメェらぁぁああああッ!!!』」

「『行くぜッ!ハバキリゼロスラッガーッ!!』」

 

 両手に握られた頭部の双刃…ウルトラギアにより強化された武器、ハバキリゼロスラッガーが投擲される。

 光を放ちながら舞う様は、さながら小さな鳥の羽の様でもあった。それを振り切ろうと両手を振るうベリアルだったが、時に風に乗り力無く揺れる刃を捉えることは出来なかった。

 その隙に弾かれたアームドギアを取り戻し、再度攻め入るゼロ。

 様々な方位から放たれる剣の連撃とその隙を縫うように撃ち込まれる空拳、更に死角を狙うハバキリゼロスラッガー。

 もはやベリアルにとって、満足に反撃も出来ずにいた。

 

「『クッソがあああああああああああッ!!!!』」

 

 傷を厭わずに大きく薙ぎ奮われる剛槍。だが左の大腿部アーマーから真上に放たれたもう一つの柄を掴み、両の逆手に剣を携える。

 それを以て剛槍を受け止め、そのまま真下…月煌に照らされ生まれた陰影に二つの刃を突き立てた。影縫いである。

 

「『返して貰うぞッ!奏を…私の大切な過去(いま)をッ!!』」

 

 徒手と化したゼロがその手に浄化の光を集めながら、影縫いで動きを封じられたベリアルのカラータイマーへと伸ばす。

 そこに触れた瞬間ベリアルの肉体を溶かすようにめり込んでいき、その中にいる奏を優しく捕まえた。そのままゆっくりと、絡まった闇を引き千切りながら取り戻していった。

 意識は無いものの、光に包まれながら小さく丸くなっている奏は、まるで巣で眠りにつく鳥のようだ。

 奏を包んだ光の球体を安全な場所に移し、再度ベリアルとその隣に出現したクロノームに相対する。

 支配下にあった奏を解き放った為か、ベリアルの肉体からガングニールは崩れ去り消えていった。

 

「……ゼ、ロ……ゼェロオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 理性を失ったのか、ただ野獣のように叫び散らすだけとなったベリアル。その暴走した力で影縫いを弾き飛ばすが、対するゼロは努めて冷静に相手の状態を把握していった。

 

「『……なるほどな。詳しくは理解らねぇけど、奏に……いや、”私”に憑いたマイナスエネルギーがあのベリアルを生み出しちまったって事か。

 恐らくはエタルガーの差し金だろうが……なるほど、卑劣な手を使う。だが――』」

 

 ハバキリゼロスラッガーが頭部へと帰還、装着される。

 同時にアームドギアが吸い込まれるように手元へ飛来、それもまたさも当然のように掴み取った。

 

「『だが我らの羽撃きは――もう誰にも止められねぇッ!!!』」

 

 脚部のブレードが大型化し、天を焦がすほどの炎が立ち上る。

 一足で遥か上空に飛び上がり、両手に携えたアームドギアを全力で展開する。脚部からの炎刃と両手からの雷刃が重なり合い、月の逆光を浴びてまるで翼のように広がりを見せた。

 アームドギアの柄同士を繋ぎ合わせ、ゼロツインソードよろしく一本の巨大な双刃へと姿を変える。それをウルトラゼロランスのように携え構え、月を背に奔り飛んだ。

 

 溢れ出す激情を抱き、いま太陽のように熱く燃え上がり――。

 それはきっと月の光のような、揺るぎない愛のカタチを胸に包み込んで――。

 

 狂乱するベリアルとクロノームの攻撃を浴びて、それに一切怯むこともなく、廻る双刃は月煌で輝く日輪と成る。

 炎の翼をはためかせ、零を描く刃を大きく振りかぶり、巨人は奔った。

 

「『――あぁ。夢は……終ぉわりだぁぁああああッッ!!!』」

 

 光を纏い更に加速を増し、すり抜け様に双刃がベリアルとクロノームの両者を断破する。

 そのまま地滑りで制動しつつ身体を逆に捻る。同時にアームドギアが右腕を飲み込むようなプロテクター状のブレードへと変形。

 右腕を腰溜めに据え左腕を水平に伸ばし、流れるように腕をL字に組みあげる。

 瞬間右腕を纏うアームドギアプロテクターが展開、そこから爆発的なエネルギーが放出された。

 ウルトラギアによる強化を重ねた風輪火斬とワイドゼロショットの合わせ技…【煌輪絶破(こうりんぜっぱ)・ハバキリゼロショット】。連撃を締めくくる超光の刃波が、ベリアルとクロノームを飲み込み微塵と斬裂、爆散させた。

 

 戦いの終わりと共に、クロノームによる時空干渉が無くなったのか、ゼロの肉体が光に包まれ始めた。

 海鳴りの音は止み、元の時間軸へと帰る時が来たのだ。

 目線を奏の方へ向ける。ペタンと座って此方を眺める彼女の眼は、まだ何処か虚ろに見えた。

 

「『大丈夫だよ奏。これはただの…空疎な夢。こんな荒唐無稽な夢から覚めたら、パートナーと一緒に羽撃くあしたがやって来る。

 奏のその歌は、みんなに諦めない勇気を与える歌。……多くの人の心に、刻み込まれる歌なんだから』」

 

 光に包まれたまま、澄み渡った夜空の月を目掛けてゼロが飛び立つ。

 脚のブレードから放たれる光の粒子は、まるで翼のように広がりを見せ、やがて消えていった――。

 

 

 

 

 

 

 ――ゆっくりと、目を開く。

 そこは変わらぬ公園だった。

 幸いにも人気は無いままで、誰かに何かを見られたなどと言うこともなさそうだ。

 

 おもむろに端末を取り出し眺める。

 映し出された数字は、紛れも無く”現在”の数字だ。ただ違うのは、午前中に到着したはずのこの場所が、既に沈む夕日に照らされていたという事だった。

 端末の液晶画面を見てみると、指令室からだけでなく響やクリス、マリアたちからも着信履歴が並び残っていた。

 小さく鼻を鳴らし、端末を操作する。差し当たっては指令室へだ。

 

 繋がった途端、弦十郎の怒號が耳を貫く。

 だが、それだけ心配してくれていたということがよく分かった。

 続けざまに飛び出してきたのは星司の怒號。これはゼロに充てたものだったが、巻き添えとばかりに此方にも飛び火したようだ。

 そんな大人たちの声を聴き終えて、ようやく一息。報告すべき事があるのだが、不思議と今日はわざわざ本部に戻る気は起きなかった。

 今日は休暇。報告書をまとめ翌日提出するとだけ言い、通信を終える。

 残された余暇の時間を過ごす最後の場所。それはもう、決まっていた。

 

 ブルーのバイクが空を切り走る。

 やがて辿り着いた場所は、一つのマンション。そこは、風鳴翼がその羽を休める止まり木の一つでもあった。

 弦十郎や慎次はこの場所を知ってはいるが、わざわざ乗り込んで来るほど無粋ではあるまい。

 そんなことを考えながら乱雑に散らかった部屋に入り、本棚と化したカラーボックスを覗き漁る。大きなファイルを開くと、其処にはいくつもの写真が綴じられてあった。

 写っていたのはかつての翼と、その片翼……天羽奏。

 残されたたくさんの思い出。

 そこに写る彼女の顔は、いつだってキラキラした笑顔だった。

 捲る度に思い出せる。奏がどんな声で、何を話してくれたのかを。今はちゃんと、”思い出せる”。

 

 ――写真の上に、涙が零れ落ちた。

 

 溢れ出して止まらない不覚。拭っても拭っても、一体何処から来るのかと言いたいぐらいに止め処なく落涙した。

 ……理解っている。それ以外の理由など、有りはしない。それでもこの涙を止めたくて、止まらなくて…ついに自らの内に居る者へ声をかけた。

 

「……済まない。こんな涙で、何かを守護れる訳ではないと言うのに…私は、また……」

『……何言ってんだ、守護れたじゃねぇか。奏が託し、繋ぎ、紡いだもの…生きた証ってヤツをよ……。

 悔し涙は流してる暇なんざ無いかも知れねぇ。…けどよ、嬉し涙ぐらい、いいじゃねぇか』

 

 優しい肯定を貰い感極まったのか、アルバムを抱えて涙を流し続ける。

 最後の矜持なのか、その声を押し殺しながら…。ただその口元は、ほんの僅かにだが嬉しそうに、笑っていた。

 

 

 

 

「翼!なぁ翼!聞いてくれよ!!」

 

「すっげぇ夢を見たんだ!なんかもう、とにかくすっげぇの!!」

 

「でっっけえバケモンと、同じぐらいでっっけえ巨人がすっっげえバトルしててさ!!」

 

「アタシはなんか悪モンに捕まっちまうんだけど、善い巨人が助けてくれたんだ!!」

 

「その巨人と一緒に戦ってたのが、翼とクリソツの姐さんでさ!今より成長して強くなった翼って、あんな感じになるのかなって思ってさぁ!!」

 

「……あ、その顔は信じてねーな?いいじゃんか夢の話なんだから。そんなトコまで真面目が過ぎるぞ?」

 

「んでさ、アタシはその巨人と姐さんに助けてもらうんだ。まるで優しく抱かれるみたいな感じがした!そしたらすかさずバケモンを叩っ斬って、ビームでドッカンさ!!すっっげぇだろ!?」

 

「それで、バケモンを倒した巨人は光になって空へ消えていったんだ。まるで…逆光を浴びて羽撃いてるみたいでさ。すっげぇ、綺麗だった」

 

「そうだ!アタシたちのデビュー歌、コレもネタにしよう!ふふふ…すげぇな。シンフォギアを纏ってもないのに、胸の内から歌が溢れてくるようだ!」

 

「……なに、まだやるなんて言ってない?固いこと言うなよ~。こんなとこは強情っ張りなんだから」

 

「大丈夫、アタシが一緒にいる。翼の手は絶対に離さないからさ。二人の羽を番い合わせて、一緒に飛ぼう」

 

 

 

「何処までも、果て無き未来(そら)へさ――」

 

 

 

 

 EPISODE15 end...

 

 

 

 

 

 

「――……任務、完了ですわ。ふふっ……」

 

 

 暗夜の中、一人の黒い影法師が、旋風に乗って優雅に舞うように消えていった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 16 【涙の味、旅路へ進む勇気の歌に変えて】 -A-

 

 先日S.O.N.G.内でほんの一時騒がれた【風鳴翼消失事件】。その何事も無かったかのようにあっさりとした幕引きから、早2週間が経過していた。

 ウルトラマン80こと矢的猛も翼の帰還に呼応したかのように回復を見せ、秋桜祭から数日で職場復帰となるに至った。

 学校や生徒たちには、不審者を追った時に事故に遭ってしまい、検査入院として休んでいたと説明。かくして彼の休みの真相を知るものは、リディアン生徒兼タスクフォースの一員であるシンフォギア装者らと、その協力者である小日向未来のみに留まることとなった。

 今ではまた、彼は元気にその教鞭を振るっている。

 

 そんなある日。昼食前の授業が終わり、生徒たちがみな賑やかに教室から出て行き一人で片付けに勤しむ猛に向かって声がかけられた。

 

「手伝うよ、センセイ」

 

 声に反応して振り向く猛。そこには小柄ながらも女性としての部分が発育している美しい銀髪の少女…猛と一体化しているパートナー、雪音クリスが居た。

 

「あぁ、助かるよ雪音さん。じゃあそこのプリント、整理してもらえるかな」

「あいよ」

 

 軽く返し、プリントを手早く整理していくクリス。一方で猛は黒板を綺麗に消し、黒板消しを専用の清掃器に入れて起動させた。

 僅かな音を鳴らしながら、微細な振動でチョークの粉を振り落とすと言う便利な代物だ。

 そんな最新機器を用いている割に、授業の際には今でも黒板とチョークを用いるのは、何処かミスマッチに感じられるかもしれない。

 だがそれが、猛にとっては懐かしくも嬉しく思うものだった。

 

「便利になったもんだ。私が教師になりたてだった頃は、もっとデカい音を鳴らしてたんだがな。その割には吸い込む力が弱く、結局窓の外で叩いて落とすのが一番綺麗になるんだっけ」

「へー、そんなんだったんだな」

 

 些細な猛の言葉に、なんとなくで相槌を打つクリス。別にそこから話が広がるわけではなく、ただ淡々とした空気がそこにはあった。

 互いに作業を終え、二人並んで教員室に向かう。その間も特に話すことはなく、歩みはすぐに教員室へ到着していった。

 クリスに持ってもらっていた荷物を預かり、軽く「ありがとう」と感謝の言葉を述べる猛。その時、背後からクリスの名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、いた!雪音さーん!」

 

 振り向くクリスと猛。二人の目線の先には、クリスのクラスメイトの少女ら三人が手を振っていた。時間も時間だ、昼食に誘おうと言う事なのだろう。

 見上げるように猛に目線を向けるクリス。彼は変わらず、優しい笑顔で見つめ返していた。

 

「助かったよ雪音さん。さ、行ってらっしゃい」

「……ん」

 

 なんとも煮え切らない返事で去っていくクリス。どうにも、怪我が回復してからと言うもののクリスにあのような難しい態度を取られているのは自覚していた。

 あの時は自分の勝手さが原因であんな事態にしてしまった。それは理解っていることだ。だがクリスはこっちに文句こそ言えど、こうも着かず離れずの悩ましい距離でいられると収まりが悪い。

 それが思春期の少女特有のものなのかは、猛にもまだ理解できない。いや、おそらくはあと1000年かけても理解できないかもしれない。

 ただこれを解決しない事には前に進めないのだろうという確信はあった。自分にとっても、大事なパートナーにとっても。

 

 

 食堂へ向かって歩いていく中、クリスはこのクラスメイト達の話に対しても着かず離れずの距離を維持していた。

 話が嫌いなんじゃないし、彼女たちが嫌だというわけでもない。最初に比べれば幾分かは慣れたし、ちょっと前までは普通に話もしてた。……なのに。

 

「ゆーきーねっさん?」

「ひぇ!?わ、悪いボーっとしてた…」

「最近そういうの多くない?大丈夫?」

「大丈夫だって。そんな大したことしてねぇしさ」

 

 クリスの返答に責めるような目線で返す友人たち。心配をしてくれているのだろうか。だとすると申し訳ないことをしていると、ついそんなことを考えてしまう。

 だが一人の少女の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 

「……雪音さん、貴方もしかして……」

「な、なんだよ……!」

 

 隠し事……その中でも最も重大な秘密である、自身がシンフォギア装者だという事を知ったのだろうか。

 だとすれば非常に危険なことだ。最悪記憶処理が発生してしまう可能性だって有り得る。

 そこまで考えを巡らせるクリスだったが、放たれた言葉はそういう事とは全くベクトルの違う話だった。

 

「――矢的先生のこと、好きなの?」

 

 静寂。次いで言語の内容認識。得られた回答は――

 

「……はぁッ!!?な、な、なに言ってんだよッ!!!」

「そうそう無いってー。矢的先生は確かに優しくて頼り甲斐もあってスゴく良い先生だけど、やっぱオジサンじゃん」

「むしろあの、秋桜祭の時に一緒にいた風鳴先輩のマネージャー代理さん!あの人なんじゃないのかなぁ?」

「ワイルドなイケメンだったもんねー。私としては雪音さんの保護者の小父様、あの人も良いと思うなー」

「で!で!雪音さんとしては誰が本命なの!?」

「そ、そ……そんなんあるかぁーッ!!!」

 

 繰り出された女子トークに、クリスは未だ対応の術を得ていない。如何せんそういうのに疎い連中をよくつるむのだ、学ぶ機会が無さすぎる。

 だから今も、クリスは顔を赤く染めてがなり立てるように否定を言葉にすることしかできなかった。

 対面の彼女たちはそれも織り込み済みなのか、クリスの可愛らしい反応を見てただ楽しそうに笑うだけだった。

 

「~~~……笑ってんじゃねぇよ……!」

「ふふ、ごめんね雪音さん。でも、こういうことももうすぐ終わりなんだなって思うとね…」

「寂しくなるよねー…。リディアンに通えるのも、もう少しだけだなんて」

 

 少し寂しそうな顔で呟く。冬も近くなり月が替わろうとする中で、彼女たち最上級生は嫌が応にも『卒業』の二文字を意識せざるを得なくなる。

 このリディアンの学び舎とも、残すは僅かしかないのだ。

 

「東京に大きなお城が出て来た事件以降ノイズはだいぶ収まったらしいけど、それに続いての怪獣騒ぎ…。その中で受験勉強までしなきゃいけないんだから大変だよね私たち」

「ほんとー。もう勉強したくないよー」

「進学するなら試験さえ乗り越えれば良いだけじゃない。私は就職試験だよ…。自分で決めたことだから仕方ないけど、怪獣騒ぎで話が流れるなんて事になったらお先真っ暗」

「雪音さんは進路どうするの?」

「え、っと……アタシ、は……」

「雪音さん成績良いもんねー。好きなところ、選びたい放題じゃないの?」

 

 確かにクリスの成績は、学年でも上から数えた方が早いぐらいには優秀だ。

 学校生活そのものに幸せを感じていたからだろうか、周囲が彼女に抱くイメージ以上に学業には真剣に、そして楽しく取り組んでいた。それが結果となって表れたに過ぎないのだ。

 だが、楽しかったからこそ……”その後”に続く何かを考えることは、クリスにはしてこれなかったのである。

 

(……卒業……進路……アタシは、一体……)

 

 

 

 同刻、教員室でも猛はクリスの担任から相談を受けていた。奇しくもその内容は、進路指導についてであった。

 

「ふぅ…一体彼女、何を考えているんでしょうね。成績優秀で容姿も申し分ない。進学でも就職でも芸能界デビューでも、彼女が望めばどんな路も拓けるはずなんですが…」

 

 担任の女性教師が漏らした愚痴。細いその指に挟まれていたのは、クリスの進路希望調査書だった。

 三つの希望欄が空いているのだが、クリスの名前が書かれたその用紙には何も書き込まれていない白紙のまま。

 何かを消した後すら見えないのは、存在そのものを忘れていたか思案の結果手が付かなかったかの何方かだ。

 学業を真面目にこなすクリスの性格を考える以上、それは後者以外有り得ない。そう猛は確信した。

 

「私も、一度彼女と話してみます。進路指導も、私の役目の一つですから」

「そうですか?では、申し訳ありませんがお願いします…」

「はい。ただ、彼女にとっては私も異性の一人…言い難いことも出るかもしれません。その時は…」

「ええ、その時は私が話を代わります。お任せください」

 

 教師二人、互いに生徒を思いやっての話を進める。

 思惑はそれぞれあるやもしれぬが、どちらにとってもクリスの将来を考えていることに違いはないのだから。

 

 

 

 

 EPISODE16

【涙の味、旅路へ進む勇気の歌に変えて】

 

 

 

 

 タスクフォース移動本部内。

 休日毎の日課となった全体訓練を終えた装者たちが、簡易身体検査を兼ねてメディカルルームへ集合していた。

 思い思いの話をする中で、翼がおもむろにクリスの隣に腰を下ろし声を掛けた。

 

「どうした雪音。調子でも悪いのか?」

「先輩…。……なんで、そんな事を?」

「動きのキレがいつもより若干悪く感じたから、かな。何かあったのか?」

 

 よく見てくれている先輩に対し、感嘆の意を込めて大きく息を吐く。

 先日の消失事件以降、なんだか余計に大きく見える翼の姿には安心と諦観が混ざったような感覚に陥ってしまうが、今はその安心感がありがたかった。

 

「……じゃあ、聞いてもいい、かな……?」

「ああ、何でも来い。私に答えられることであれば、な」

「――……それじゃあ……」

 

 

 

 

「それで、マトモなことは何も言ってやれなかったって事か」

「不覚でした……。雪音の悩み、ちゃんと受け止めてあげるべきだと言うのに……」

 

 移動本部内の一室で、翼とマリアが弦十郎と話をしていた。先ほどのクリスからの話だ。

 

「思い返してみれば、確かに私は何もかもを決められた上で進んできました。今其処に不満を持つ訳ではありませんが、如何しても自分が正道より外れた存在だったと思い知らされます……」

「……マリアくんたちは勿論、響くんでもコレはフォローは出来なかったんだろうな」

「ええ……お察しの通り」

 

 メディカルルームには全員が残っていた。それはつまり、クリスにとってこの話は全員が知っていて良い話だったとも言える。

 だが、その誰もがクリスに対してちゃんとした答えは出せないでいたのだ。

 マリア、調、切歌の三人は元々FISの研究機関にいたこともありクリスの求める回答は得られなかった。それに、響もまた過去の痛みの影響でリディアンへの入学を待ち望むと同時に中学からはすぐにでも離れたい気持ちが強かった。

 その旨をややぼかして伝えたことで、やはりクリスは悩みを解消させるには至らなかったのだ。

 

「風鳴司令も確か、クリスの保護者として三者面談に出席されたんですよね?」

「ああ、名目上はあの子の後見人だからな。だが、自分のやりたい事をやって、行きたい道に進んで行けるのが一番だと俺は思う。あの場でもそういう話もしてきたんだが……」

「こればかりは、私たちが勝手に決めて良い問題ではないですしね……。何か手助けは出来ても、結局は雪音自身が決めるしかないことですし……」

 

 三人の結論もそこに行きついてしまった。そうすることがクリスの為だと信じるが故に。

 

『難しいこと悩んでんなぁ。まぁ俺が言えたクチじゃねぇけどよ』

「お前は物心付いた時から戦士だったものな」

『ったりめぇよ。こちとら由緒正しきウルトラマンだぜ?男系、特に赤い肉体を持つレッド族は勇士となるべく育てられるからな。

 まぁ俺はレッド族の親父だけでなく、強靭な肉体を持つ労働階級と呼ばれるブルー族とのハーフでもあるけどな』

「ウルトラマンにも色々あるんだな。だとするならば、ゼロと同郷の北斗さんや矢的先生はどうなるんだ?」

『エース先輩も80先生もどっちもシルバー族に属してる。シルバーは知識階級と言われるが、実際は戦士も科学者も多くいるな』

「なるほどな。だがそれでは、生まれた種族で生き方をある程度決められてしまうのではないのか?」

『そうでもないさ。ウルトラマンヒカリはブルー族でありながら、高い戦闘力を持つ戦士と光の国でトップクラスの科学者の二つの面を持っている。

 他にもユリアンやベスといった、女系でありながら俺らと変わらないぐらい最前線で戦う戦士もいるしな。さっき翼が自分で言っただろ、ウルトラマンにも色々いるんだよ』

 

 他愛ない談笑をしていく翼とゼロの姿に、弦十郎はどこか安堵していた。

 先日の報告書では怪獣の影響で過去にタイムスリップし、そこで交戦。ウルトラギアの発動に成功して勝利を収めたのだと。

 だがウルトラギア発動成功に伴う高レベルのユナイト…心象同化の影響が、何かしら出ている可能性もあるとエルフナインとエックスから言われていた。だが、見たところそのような事は無さそうだ。

 だから今は、クリスの悩みに注視しても問題はなかろうと思うのだった。

 

「……色々あるからこそ、見えなくなるのかもしれんな」

 

 弦十郎の小さな呟きに、その場の誰からの返答はなかった。

 

 

 

 移動本部からの帰路。クリスと並んで響、調、切歌が歩いていた。その空気はほんの少しばかり重ためだ。

 

「……クリスちゃん。…その、ゴメンね?」

「んぁ?なにがだよ」

「いや、さっきの……。せっかく悩みを話してくれたのに、力に、なれなくってさ……」

「私たちも、その……」

「なんと言いますデスか……」

 

 どう見ても皆がこちらを気にしている。それはクリスでもすぐに理解ることだ。

 それが善意から来ていることだって事も理解る。だからせめて、自分はコイツらの前ではちゃんと”先輩”で居なきゃいけないのだ。

 それを示すべく、溜め息一つ吐いて彼女らの代表として響の頭を手刀で軽く小突いた。

 

「えぇぅっ!?な、何するのクリスちゃぁん…!」

「ばーか。お前らみんなばーか。ンなことで一々気ィ使ってんじゃねぇよ」

「で、でもクリス先輩……」

「わざわざアタシたちにも話してくれるってことは、それって結構重大なことなんじゃないんデスか……?」

 

 心配そうな顔を崩さないまま後輩たちに問われるクリス。その問いに、出来るだけ平然とした顔で答えてやる。

 

「そりゃそれなりに重大なことかもしれねぇ。まぁでもいずれ来る事だってのは知ってたしな。

 それにたかが学校、行かなくなって死ぬわけでもなければ装者としての任がある以上否が応でもお前らと顔つき合わせなきゃいけねぇ。

 それよか、アタシが居なくなった後のお前らがちゃんとやれんのかどうかが心配さ。ちゃんと宿題とか出来んのかってな」

「そ、それは大変な事態デェス…!」

「が、頑張ろう切ちゃん……!」

 

 小さく覚悟を決める調と切歌。それを微笑み眺めながら、クリスもまた帰路の歩を進める。そこに自然と、隣に響が並びまた声をかけてきた。

 

「クリスちゃん、大丈夫だからね」

「な、何がだよ突然」

「クリスちゃんなら絶対、ちゃんと見つけられるから」

 

 ハッキリと断言するように言う響。きっと、悩みを払拭してくれる何かって事なのだろう。彼女にはそれが何かは分からないし自分ではそれになれる訳でもない。

 だが無条件に友達であるクリスを信じて止まない響だからこそ、真っ直ぐとそんな言葉を届けられるのだ。

 そんなどうしようもない馬鹿なのに、その言葉を通して色んなものを繋げてきた響だから、信じたくなるのも無理はなかった。

 だからクリスも思わず笑顔で返事をする。……いつの間に、こんなに笑顔を出せるようになったのかなと思いながら。

 

「――そう、だな」

 

 

 

 …その夜。

 就寝準備を終えたクリスが、両親の眠る仏壇の前に座っていた。

 名前だけが刻まれた二つの位牌を前に、楽に座ってはいるもののただそこを見つめている。まるで、遠景と消えた両親の顔を思い出すかのように。

 やがてゆっくりと、その口を開き呟きだした。

 

「…もうすぐ、卒業なんだ。学校は楽しかったよ。勉強も頑張れたし、友達付き合いも…最初よりかだいぶ慣れた。

 行けばみんながいて、アタシを迎え入れてくれたりアタシが誰かを迎えたり……。あそこが、アタシの居て良い場所なんだって思えたんだ。

 ……でも、そこから出なきゃいけなくなるんだよね。いつまでも同じところに居られない。それは理解ってるんだ。でも、さ……」

 

 眼前の無機質な位牌は何も答えない。クリスの脳裏にも、何一つ聞こえてくることはない。ただそこに座しているだけだ。

 最後に一言、何処か縋るように、彼女が声を振り絞った。

 

「……パパ、ママ……。二人なら、アタシになんて言ってくれるのかな……?」

 

 

 

 

 その翌日。

 滞りなく終わった一日ではあったが、登校していた生徒の数が減っていることに調と切歌が気付いていた。

 それを不審に思い、響の元に参じていた。

 

「…ということなんです」

「響センパイは、どう思うデスか?」

「うーん……たぶん心配ないと思うよ。確か今日は、三年生は模試の最終受験日だから数が少ないんだと思う」

「”もし”ってなんなんデス?」

「外で受ける学力テストみたいなものだよ。自分の進路を決めたりするのにみんな受けていくの」

 

 同席していた未来からの説明…特に”学力テスト”という部分に思わず恐れを抱いてしまう調と切歌。どちらかと言うと勉強が苦手な彼女らにとって、それはあまり考えたくないところだった。

 

「た、大変なんデスねセンパイ方は……」

「いやぁー、私もホントどうなることやら……。課題はレポートでどうにかしてもらってたところはあるけど、模試はねぇ……」

「あっちで忙しくなるのも理解るけど、ちゃんと勉強もしなきゃね」

「はぁい……。だから未来、また勉強教えて!」

「響が途中で居眠りしなきゃねー。そういう所は調ちゃんの方が教え甲斐ありそう」

「私、ですか……?」

「うんっ。調ちゃんはそういうのしっかりしてそうだし」

 

 未来に優しい笑顔でそう言われ、嬉しそうに少し赤面しながら微笑む調。それに乗りかかるように切歌も声を上げた。

 

「未来センパーイ!アタシにも一緒に教えてほしいデェス!」

「私が教えられる範囲なら良いけど、響みたいに居眠りは駄目だからね?」

「が、頑張るデス!」

「うぅー未来が調ちゃんと切歌ちゃんばっかり甘やかすぅー…」

「響はそろそろ手がかからないようになってくれないと困りますー。…そりゃ、頼まれなくなったらそれはそれで寂しいけど…」

「えへへー、やっぱり持つべきものは親友だねぇ。まだまだいっぱい頼るんだからね♪」

「もぅ、調子いいんだから……」

 

 疑念は談笑と共に消え去り、起こらなくなる。

 終業のチャイムは既に鳴り終わっているのだ、あとはまた放課後を思い思いに過ごすだけである。

 その余暇の時間の中、人の少ない三年生の学棟をクリスが一人で歩いていた。

 進む先にあったのは、小さな進路指導室だった。

 

「失礼しまーす」

「やあ、来たね雪音さん」

 

 簡素な作りの小さな机を中央に並べたその部屋に、彼女を迎え入れるように、いつもの優しい笑顔で矢的猛が座っていた。

 今日彼女を呼びつけたのは、他でもない彼だ。着席するなりクリスの前に差し出される空欄の連なる進路希望調査書。

 呼ばれた場所も相まって、何処かそんな予感はしていた。

 

「……コイツが、話ですか」

「そうだね。雪音さんがどう考えているのか、聞きたくてね」

 

 猛は笑みを崩さない。対するクリスは感情を表に出さないように何処か憮然とした態度をとっていた。

 

「進路、どうするんだい?担任の先生は、君の成績と持っているものを使えばどんな道も拓けられると言っていたよ」

「そうかい、ありがたいこった」

「…はぐらかさない。私に言い難い事ならば担任に代わろう。それも嫌ならば、他に誰でも…君が話せる人に代わる。翼でも、響でも、風鳴指令でも」

 

 笑みを崩し、少しばかり真剣な顔で猛が言う。その顔に、少しだけ圧されてしまった。

 

「……別に、誰が良いとかダメとかってんじゃ……」

「だったら話してくれ。望むのであれば可能な限り口外しない。もちろん学校に関与する部分でもあるから全てと言う訳には行かないが、君の心情に関わるところは守ってみせる」

「…いいよそんなの。結局はアタシの問題なんだろ?ならアタシの手で解決してやるさ…!」

「良くはない!みんなクリスの未来を想っている。君のやりたい事をやれるように、みんなが力を貸してくれる。だと言うのに……」

「――……る……か……!」

 

 続く猛の言葉に、クリスの顔が徐々に歪んでくる。奥歯を嚙み締め、軋りながら…溜め込まれた感情は、すぐに爆発した。

 

「理解るもんかッ!!アンタらに…センセイみたいになんでも出来る人に、アタシなんかのことがッ!!」

 

 机を殴りつけて立ち上がり激昂を吐いたクリスの顔は、怒りに歪んでいた。だがその眼は、どこか涙に潤んでいるようにも見えた。

 

「どいつもこいつもお人好しで、いつでもアタシのやりたい事を助けてくれる!力になってくれる!守護ってくれる!!それぐらい理解ってんだよッ!!

 だけど、いつまでもそれじゃいけねぇんだ!此処から出るのも、行き先を決めるのも、アタシがやんなきゃいけねぇんだッ!!

 先輩や、あのバカや、アイツらみたいにッ!!だけど……だってのに……!!」

 

 クリスの激昂が途切れた時、その異変が起きた。

 彼女の周囲を渦巻く瘴気。僅かに震える学校。眼前の猛はそれがなんであるか、すぐに気付いていた。

 

「マイナスエネルギー…!?クリス、落ち着いて!しっかりするんだ!」

「……アタシは……アタシはァ…ッ!!」

 

 涙が一粒床に落ちた時、膨れ上がったマイナスエネルギーが解き放たれた。

 瞬間力を失い崩れ落ちるクリス。彼女を受け止めすぐに窓の外を見る。そこには、何処か悲しげにも聞こえる鳴き声を上げる、怪獣の姿が生まれていた。

 

 

 

「またもリディアン周辺に怪獣だとォッ!?」

『アレは…ホーか!』

 

 エックスの呟きと共に、エルフナインの眼前のモニターに情報が展開され、すぐにそれを読み上げる。

 

「矢的先生からのデータバンクにありました!硫酸怪獣ホー、マイナスエネルギーによって生まれた怪獣だそうで、眼から硫酸の涙をこぼし口から怪光線を発射する怪獣です!」

「現在響ちゃん、調ちゃん、切歌ちゃんが向かっています!」

「三人とも聞こえたな!調くんと切歌くんは周辺避難と人命救助に当たってくれ!響くんはあの怪獣を抑えるんだ!」

『『『了解ッ!!』』デス!』

 

「司令、私たちは!」

「翼とマリアくんは待機!あの場だとエース、80の両ウルトラマンも即時変身可能だ。だからこそ、他の地点でも何かが起こる可能性だってある。万事を備え、いつでも動けるようにしていてくれ!」

「了解!」

 

 弦十郎の指示を受け、すぐにそれぞれが分かれて行動する。

 調と切歌はシェルターの場所を確認し、逃げ始める人をそこへ向かうように声を上げる。そして響は、避難誘導と同時に人をかき分けてホーに近付いていく。

 人もはけ、周囲の目が無いところまでを確認したところでエスプレンダーを右手に掴んだ。

 一呼吸を置いて意識を集中させる。右手を左胸の前に構え、心を決めたと同時にそれを天へ突き出し叫んだ。

 

「ガぁイアアアアアアぁぁぁぁッ!!!」

 

 放たれる赤い輝き。花開くように消えた光の中からウルトラマンガイアが光臨し、大地を揺るがせ砂塵を巻き上げながら着地した。

 掛け声と共に力強く構えるガイア。それが自分と敵対するものであると判断したホーがガイアに向けて敵意を向けだした。

 

(……マイナスエネルギーの怪獣、なんだよね…?)

『そうです響さん!周辺被害にだけ気を付けてもらえれば、そのまま倒してもらって大丈夫です!』

 

 エルフナインの声を受け、小さく首肯するガイア。

 互いにじりじりと距離を測りつつ、ホーが鳴きながらガイアに襲い掛かる。叩き付ける一撃を受け止め弾き、すかさずその身体を捕まえとらえた。

 そのまま郊外へ向けて押し込み走るガイア。戦場を市街地から変える算段だ。

 やがて山間部に辿り着いたところでホーを突き飛ばし構えなおす。ホーはというとすぐに起き上がり周囲を見回した後、またも泣き出すかのように鳴き声を上げ市街地に向けて走り出した。

 

(なんでそうまでして街へッ!)

 

 力強く組み合う両者。暴れるようにガイアの背を叩くホーは、何処かがむしゃらに感じられた。

 一方的な攻撃にもガイアは怯むことなく、勢い良く突き飛ばして一定の距離を取り反撃に打って出た。

 空中からの手刀、拳の連撃、最後に大振りの右を叩き込むガイア。重撃によろめき下がるホーが、今度は口から怪光線を発射した。

 

「グアアアッ!!」

 

 腹部から胸部にかけて直撃を受け吹き飛ばされる。すぐに立ち上がるも、またもホーは街に向かって走り出していた。

 背後から捕まえて逆に投げ返すガイア。戦意はあるのだろうがそれ以上の何かを感じた響は、どうにもやり辛さを覚えていた。

 

(一体、なにを考えて……)

 

 鳴き声を上げるホーが、今度はハッキリとガイアを狙って突進してきた。何度も邪魔をする眼前の相手を先に排除しようと思ったのだろう。

 そのまま全身を使った飛び込みでガイアを押し倒し、マウントポジションをとる。そこから両腕で力任せに叩き付けていく。

 同時に顔が揺れる中で目から硫酸の涙が零れ、溶解音を上げながら周囲の地面もろともガイアの胸部にも零しダメージを与えていった。

 

 

 一方リディアンでは、意識を失ったクリスがようやく目を覚ましていた。現在は猛に背負われながらグラウンドの方へ出たところだ。

 

「ぅ……せ、センセイ……?」

「クリス、気が付いたか!大丈夫か!?」

「あ、あぁ……。でも、急に何が……」

 

 猛の身体を支えに上体を起こし、そのままゆっくりと地面に足をつける。まだ力は回復しきれず、思わず足をよろめかせてしまう。

 なんとか体制を整えながら周囲を見回すと、そこには怪獣ホーと、それと戦うウルトラマンガイアの姿が見えてきた。

 

「クッ…!怪獣が現れてんじゃねぇか!センセイ、アタシたちも!」

「落ち着けクリス!響が戦っている、大丈夫だ!私たちも避難誘導に当たろう!」

「眠てぇこと言ってんなよ!被害を拡げない為にも、一緒になって倒した方が早いじゃねぇかッ!」

「馬鹿を言うな!さっきまで意識を失っていて体力も戻っていない君を、戦わせるワケにはいかないだろッ!」

「アタシはもう大丈夫だ!だからッ!!」

 

 ふとした事で意見が割れてしまうクリスと猛。どちらが正しいというわけでもなく、だからこそ譲り合えなくなってしまっていた。

 つい睨みあってしまう両者。ガイアとホーの戦いの音が響く中、西に傾いた太陽に照らされながら、何者かの足音が、声が聞こえてきた。

 

「――だからぁ?どうするってんだよ」

 

 カツカツという高い音。クリスと猛の前に姿を見せたその人物は、肌に密着したライトグレーのインナーで下半身を覆い、上半身には歪な形をした銀色の外殻。

 両肩から前にかけて半円形の装具が付けられており、そこからは発光する淡い紫色の水晶体が連なり伸びている。

 そしてその顔は半分を覆い隠すバイザーマスクを装備しており、西日で照らされる雪のように優しい色の髪は後ろで細く二股に分かれていた。

 

 猛は気付いた。その姿は、よく見知っていたから。

 クリスは気付いた。その姿は、他の誰でもないのだから。

 ただただ驚愕と戦慄に息を飲む二人。

 現れたその姿は、二人にとって一番予想の付かなかったものだった。それは――

 

「ネフシュタンの、鎧……ッ!!」

「クリス、なのか……ッ!?」

「――戯れ合おうぜ、お二人さん」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、”ネフシュタンの鎧を纏う少女”…【雪音クリス】が、紫水晶の刃鞭を打ち放った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 16 【涙の味、旅路へ進む勇気の歌に変えて】 -B-

 ネフシュタンの一撃に寸でで避けるクリスと猛。グラウンドが抉れ、砂礫が弾け飛ぶ。

 生き写しのようなネフシュタンを纏う自分の姿に憤慨しながら、クリスも胸元に忍ばせたギアペンダントを握り締めた。

 

「なんだか分かったモンじゃねぇが、戯れ合いたけりゃ付き合ってやらぁ!!」

「待つんだクリスッ!!」

 

 猛の言葉を無視し、聖詠と共にイチイバルを身に纏うクリス。

 即座に両手のアームドギアをクロスボウに変え、紅蓮の矢を連続で発射する。対するネフシュタンのクリスは軽快にステップしながら先ほどの鞭でそれらを全て弾き飛ばし、貫くように伸ばした。

 それを紙一重で躱しつつアームドギアをハンドガンに変形させながら相手に向け、迷うことなく引鉄を引く。

 放たれた弾丸は銀の鎧を削り空へ消える。その削られた部分は、瞬く間に再生、復元していった。

 

「そこもそのまんまかよ…ッ!」

 

 呻くクリスとその戦いを見守らざるを得なくなった猛。その光景はタスクフォース本部にも即座に伝播していた。

 

「イチイバルの起動を確認!」

「クリスちゃん、交戦に入りました!相手は……え、えぇッ!!?」

「どうした友里ッ!」

「……く、クリスちゃんとの交戦相手は……ね、ネフシュタンの鎧!装備者のパーソナルは、雪音クリスと照会されましたッ!!」

「ネフシュタンと、クリスくんだとォッ!!?」

 

 メインモニターに映される交戦風景。イチイバルを纏うクリスが相手取っているのは、間違いなくネフシュタンの鎧を身に着けたクリス自身だった。

 

「アレは、本当にクリスなの!?」

「間違い無い…。あの動き、立ち居振る舞いの姿……私と立花が最初に交戦した、あの時の雪音そのものだ……!」

 

 呻く翼に周囲の騒めきも増す。ファーストコンタクトを取った彼女だからこそ、その言葉には説得力がある。どんな形だろうとアレは間違いなく、雪音クリス本人なのだと。

 その直後、突如にして電波障害が発生してメインモニターにノイズが発生した。

 

「何があった!!」

「ネフシュタン側から通信妨害が撒かれた模様!」

「チャフだと…!?ネフシュタンにそんな機能は無かったはずだが…!」

 

 出所は何処からの物か。つい其処から考えてしまうが、あのネフシュタンともう一人のクリス自身が尋常ならざる存在なのだ。不可能という認識を捨てねば答えを見出すことができやしない。

 だが腰を据えて考えている余裕があるワケでもない。その為に懐刀を残しておいたのだから。

 

「翼ァッ!」

「雪音の加勢に向かいますッ!マリア、なにかあったときは頼むッ!」

「えぇ、任せなさいッ!」

 

 短い言葉を交わして出動しようとする翼。だがそこに、雑音交じりのクリスの声が届いた。

 

『大丈夫だよ先輩ッ!こんなニセモノ風情、アタシ一人で十分だ!!』

「クリスくん!?だが!」

『平気だっつってんだろ?こっちにはセンセイだって居るんだからよ!先輩たちはあのバカがヤバくなったら来てくれりゃいいのさ!』

 

 自信満々のクリスの言葉にやや困惑する。だが、それは疑うべくもないほどに彼女らしい言葉だ。

 それに言った通り、今のクリスの傍には猛が居る。そう思うと彼女の申し出を信頼すべしと思うのも当然だった。

 

「……理解った。だが窮地と見るとすぐに飛んで行くからな、雪音」

『頼りにしてますよ、先輩』

 

 そこで通信を終え、同時に接近戦を仕掛けていた二人のクリスが弾けるように距離を取る。そこで、映像は雑音の波に呑まれて見えなくなった。

 

 

 

 

「……テメェ、なに勝手なことを……ッ!」

「いいだろぉ?その方が集中できるってもんだろうがよ」

 

 小さく光る破片がはらはらと舞う中で投げ捨てられる通信機。それを行ったのは、ネフシュタンを纏ったクリスの方だ。つまり……

 

「わざわざ声真似してまでタイマン望んでくるたぁな……!」

「真似じゃねぇよ。アタシは、”雪音クリス”なんだぜぇ?」

「ちょっせぇことをッ!!」

 

 舐めるような言葉に、イチイバルのクリスが怒りと共に腰部装甲を展開、格納してある追尾式小型ミサイルを斉射する【CUT IN CUT OUT】を放つ。

 それを鞭で薙ぎ払い直撃前に爆破させるネフシュタンのクリス。だがその爆煙ごと撃ち抜くように、アームドギアをガトリング砲に変えて放つBILLION MAIDENでさらに追撃した。

 斉射を終えて息を切らしながら煙の向こうを見る。

 やがて煙が晴れるや否や、紫水晶の鞭が薄くなった煙を貫きイチイバルのクリスに襲い掛かった。慮外の強襲に反応しきれずに思わずガードの姿勢をとるが、その鞭はクリスの周囲を回り、そのまま拘束した。

 

「ぐぅッ!?」

「そぉぅらよぉッ!!」

「クリスッ!!」

 

 持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられるイチイバルのクリス。

 助けにと駆け寄ろうとする猛だったが、そこに向かってもう一対の鞭が伸びて猛の足元を抉った。

 

「慌てなさんな。センセイ様にはこっちの利かん坊どもをご指導お願いしますかねぇ」

 

 そう言ってネフシュタンのクリスの隣から出現する2体の異形。それは秋桜祭の時に遭遇したバグバズンブルードだった。

 突進してくるバグバズンブルードたちに向かい構える猛。対処と迎撃自体はそこまで難しくはないのだが、此方に手を取られてしまう以上クリスへの救援は困難なものになってしまう。

 不測の事態ではあるものの、他の救援も期待できない以上自分がやるしかない。そう心に決めて、ジャケットを投げ捨てて立ち向かっていった。

 

「センセイッ!!」

「おいおい何を焦ってんだぁ?”アタシ”の大ッ嫌いな大人を、”アタシ”に代わってブッ殺してやろうってんじゃねぇか。喜んでもらいてぇもんだ」

「…ッざけたことを…!アタシはもう、そんな――」

「逆上せ上るな人気者ォッ!誰も彼もに構われるようになったからって、”アタシ”の本質がそう簡単に変わるわきゃねぇだろうがッ!」

 

 浴びせられた言葉に、頭へ巡り上っていた血がざあっと引いていく感じがした。

 本質。生まれ持った固定概念。雪音クリスの身に授けられたソレは――

 

「パパとママに手を引かれ!フィーネに手を引かれ!仲間と言ってくれた連中にも手を引かれ!挙句の果てには遺された夢にまで手を引かれてッ!!

 繋がれ引かれたその手をブチ壊しながら、”アタシ”は色んな人の手を渡り歩いてきたんだろッ!?」

「やめろ……」

「なぁにが”世界は残酷”だァ?その残酷を手繰り寄せてんのは、他でもない”アタシ”自身だッ!

 家族も友達も夢も未来も…”アタシ”の手に触れたものは全部、壊れていくんだッ!」

「やめ、ろ……」

「あの怪獣だってそうだ。気に入らないモノ、理解らないモノ…そいつをブッ壊したいって”アタシ”の願望が!マイナスエネルギーが生み出したもんだッ!

 それと戦ってんのは?そうさ、何度突き放しても擦り寄ってくるあのバカさッ!!」

「や、め…ろ……」

「目ン玉かっぽじってよぉく見やがれ!”アタシ”の本質は、何処まで行っても【破滅の愛玩人形】そのものなんだってなぁッ!!」

 

 バグバズンブルードたちに両方向から攻められるも、それを捌いては反撃していく猛。そこに対し、ネフシュタンのクリスが狙いを定めて空いた鞭を大きく回転させる。

 やがて鞭の先にモノクロの雷を伴う高エネルギーが形成され、膨れ上がっていった。

 

「……や、め――」

「今更おっせぇッ!!!」

 

 静止など聞く耳を持たず、ネフシュタンが生み出したエネルギー光球を打ち付ける主力技の【NIRVANA GEDON】を発射した。

 

 

 

 

 一方ホーとの戦いを続けていたガイアは、マウントポジションからの硫酸の涙に苦戦を強いられていた。

 なんとか両腕でカバーしながら躱すように首を左右へずらしていくが、同時に叩き付けられるホーの攻撃を打開できずにいた。

 その間も移動本部の通信は受信できており、クリスが不可解な敵――ネフシュタンを纏うクリスと戦っているということは知っている。

 響にとってネフシュタンを纏うクリスは、自分がこのシンフォギアの力で初めて相対し、想いをぶつけ合った相手。それが今は信頼する仲間であるクリスを襲い戦っている。考えるだけで思考が混線し、頭がパンクしそうだった。

 

(クリスちゃんを助けに行かないと…。でも……!)

 

 止まぬホーの攻撃を受け続け、やがてライフゲージが点滅を始める。戦闘継続時間の減少に焦りばかりが募ってしまう。

 その時彼女の耳に、覚えのある強い声が響いた。

 

「大丈夫だ響!安心しろ!」

(北斗、さん…!?)

「クリスのことは心配しなくていい!お前は目の前の怪獣をどうにかするんだ!それとも、俺の手助けが必要か!?」

(……いいえ、大丈夫ですッ!!)

 

 何処か挑発めいた星司の言葉だったが、彼がそう言うのであれば大丈夫だ。それを信じて、力を振り絞るガイア。

 硫酸の涙のダメージに耐えながら腕で突き飛ばし、体勢を崩したところへ両足で全力で蹴り飛ばし、立ち上がった。

 逆に転ばされてしまうホー。忌々しそうに立ち上がるが、その時既にガイアは次の動作を行っていた。

 

「オオオオオ…デャァアアアアアッ!!」

 

 縦に構えた左腕に右腕を打ち付け、光熱のエネルギーを高める。そのまま上に円を描くように回し、右腕が縦画のL字になるよう構えを作った。

 ホーが立ち上がりこちらを向くと同時に放たれる赤き熱線…クァンタム・ストリームがホーへ直撃した。

 熱線で焼かれるホーは悶えるように腕を振っていたが、突如爆ぜるように霧散して消えた。

 急に失った手ごたえに、思わず周囲に目をやるガイア。だがそれ以上は、なにも起きなかった。

 

(……倒した……?)

 

 違和感を感じながら自らも光と消えるガイア。

 その光が落ち着いたところに、響が疲労を隠せずにへたり込んでしまっていた。

 

「おぉい、大丈夫か響!」

「…あ、北斗さん…!」

 

 彼女の元へすぐに駆け寄ってきた北斗星司。彼に対しなんとか笑顔で手を振り返し、力を入れて立ち上がった。

 

「すいません、気を使わせちゃったみたいで……」

「気にするな、仲間じゃないか」

「えへへ…ありがとうございます。でも、クリスちゃんは――」

 

 問うた途端に起きる爆発音。伴う黒煙はリディアンの方から立ち上ってきた。

 

「あれは!?北斗さんまさか!」

「……いや、大丈夫だ」

 

 確信と共に言う星司。”彼だけ”がこの場に居るという理由を、戦闘後の響には一瞬考えが至らなかった。

 

 

 

 バグバズンブルードたち諸共、猛に向かって放たれたエネルギー光球が着弾。爆発と共に轟音が鳴り響く。

 唖然とした表情で黒煙を見つめるクリスだったが、すぐにその黒煙が渦を巻きながらかき消される。そこには二枚の回転する円形の物体が存在していた。

 

「盾ッ!?」

「――なんと、ノコギリ…!」

「ついでに鎌も貰っとくデェースッ!!」

 

 回転する円形の盾…否、鋸。それは調のアームドギアであるシュルシャガナの緋刃。それを足場にして蹴り出し、一つの影が飛来した。

 空中から突進しネフシュタンのクリスに…正確にはイチイバルのクリスを締め付けている鞭目掛けて大鎌を振り抜く闖入者。翠刃携えるアームドギアを持つ切歌だった。

 二人は北斗の指示を受け、クリスの救援にいち早く走っていたのだ。

 意表を突き、加えて大振りの一撃にネフシュタンの鞭が砕け切られる。すぐに横たわるクリスを抱え、肩のバーニアを用いて即座に撤収する。

 

「チィッ!!」

「させないッ!!」

 

 回復させる前に生き残ったもう片方の鞭で切歌を狙うネフシュタンだったが、α式・百輪廻を放った調によって自らの攻撃を遮らせる。

 その僅かな隙に調と、彼女によって直撃を免れていた猛の元にクリスを抱えた切歌が帰還した。

 

「なぁーるほど、形勢逆転…ってか」

「…なんだかぜんぜん分からないことだらけデスが、お前なんかがクリスセンパイを語るなデスッ!」

「先輩はいつも、先輩として私たちを助けてくれてる…!不器用だけどとても優しい…それが、私たちの大好きなクリス先輩…!!」

「――クッ……ハハハハハッ!!!

 良かったなぁ、嬉しいよなぁ”アタシ”!!こんなにも好いてくれる連中に囲まれて…こんなにも、甘っちょろい世界に浸からせてもらえてッ!!」

 

 狂うように嗤いながらネフシュタンのクリスが叫び散らす。まるでそれは、道化のように。

 一頻り嗤った後に、街の外に目を向ける。飛び散った霧が、ホーの消えた後だということもすぐに理解した。

 

「……あぁ、あっちも終わっちまったな。まぁいいや…今日はこれで退いてやらぁ」

「逃げる気デスか!?」

「嫌われ者に居場所なんざねぇだろ?人気者はせいぜい仲良しこよしで慰められてろよ。ハハハハハッ!!」

 

 嗤いながら何処へと飛び立つネフシュタンのクリス。静寂の戻った中で、装者たちはそれぞれシンフォギアを解除する。

 途端に力を失い倒れ込みそうになるクリスを、慌てて切歌が支えて調もその手助けに入った。

 

「クリス先輩!」

「大丈夫デスか!?」

 

 クリスからの返事はない。肩を貸しているから呼吸で身体が上下しているのは理解るのだが、覗き込んだ眼は虚ろなままだった。

 

「先生、どうしよう…!」

「…大丈夫。クリスも、少し疲れただけだ。しばらく休めば、すぐに良くなる」

 

 ゆっくりと立ちながら、優しい声で調と切歌に歩み寄る猛。その身体は二人が思った以上に傷だらけだった。

 

「先生!?そっちもヒドい怪我じゃないデスか!」

「まさか、あの時の傷がまだ……!」

「完治、と言うわけにはいかなかったね…。それでもほとんど回復はしていたから、大丈夫さ…」

 

 強がるも膝に手を当てて大きく息を切らす姿は控えめに見ても大丈夫とは言い難い。それは誰がどう見ても明らかだった。

 

「冗談は授業中だけにしてほしいデス!ああぁ、どうしよう調ぇ…!」

「…幸いここは学校だから、保健室に行こう切ちゃん。星司おじさんも響さんと一緒のはずだから、呼べばすぐ来てくれるはず」

「分かったデス!ほら先生も行くデスよ!」

 

 小さく微笑みながら彼女らの後を追う猛。その小さな二つの背中は、初めて見た時よりもずっと大きく見えていた。

 

 

 

 

 

 ――視界に映ったものは、世界を燃え上がらせる火。

 営みを破し、平和を滅ぼす鉄と炎の矢。

 瓦礫に囲まれた中で自分の手を見ると、それは血糊で赤黒く塗り潰されていた。

 見回す其処彼処には自分が大切だと思っていた者たちの亡骸。自分と手を繋いでくれた者たちの残骸。

 足元に広がっていたのは、まるで赤子を抱くかのように包んでくれる血の大河。

 

 ――忘失れるわけがない。世界は、こんなにも優しくて温かくて、そして残酷なのだ。

 

 そんな世界で得られるものがあった。

 そんな世界を好きになれていた。

 それが嬉しくて、嬉しくて、手放したくなくて……

 

 ……でも、みんなは此処から先に行ってしまう。

 自分の意思で。自分の意志で。

 なのに、”自分”は行けない。

 好きになった世界が、余りにも好きで、好きで、好き過ぎて。

 其処から外に出るのが、怖くて、怖くて、怖過ぎて。

 

 ……だからこの心地よい安寧と温もりに包まれて、遠くの星を眺めながら、このまま――

 

 

 

「――……クリス」

 

 

 

 星から聞こえた優しい声で、目を覚ました。

 

「……ここは……」

「リディアンの保健室だ。気分はどうだい?」

 

 ゆっくり上体を起こし、声を方を向く。

 薄暗い保健室の中。自分が寝ていたベッドの隣には、矢的猛が座っていた。

 いつもの優しい笑顔で、いつものように温かく迎え入れてくれた。

 思わず顔を突っ伏し、彼と目を合わせないようにする。

 頭の中がグチャグチャで、今この人の顔を見たくはなかった。言葉すら、出せなかった。

 

 返答なき静寂をしばらく重ねたところで、猛がそっと声を出した。

 

「……まず、私が謝らなければならないな。すまない、クリス」

 

 無言で返す。彼の言っている意味が、理解できなかった。ただ猛は一泊の間をおいてまた話し出す。

 

「君の身にマイナスエネルギーが収束している事を、私は気付けなかった。私が君と上手く繋がることが出来なかったから、結果君の身にも危険を負わせてしまった。…本当に、すまないと思っている」

 

 違う。心を固くしたのは自分が悪いんだ。

 光の中に消えゆく彼の姿を見て、その戦う理由を聞いて…勝手に両親を思い浮かべてしまい、勝手に恐怖したのだ。

 それが理由。だから先生は悪くない。悪いのは全部自分の弱さなんだ。

 ……そう言おうとしても、クリスの口は固まったように動かなかった。まるで自分自身の、心のように。

 

 時間だけが過ぎゆく静寂。幾ばくかの時間の後に、再度口を開いたのはやはり猛だった。

 

「……話をしよう。進路指導の続きだ」

 

 少し大きめの深呼吸をし、またゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「クリス、あの時君はこう言ってたね。

 『自分の問題は自分で解決する。なんでも出来る者に、自分の気持ちは理解らない』、と。

 …確かにそうだ。自分の問題は自分で解決するのが一番早い。その方が、誰かの手を煩わせることもないからな。

 それに、出来る者は出来ない者の気持ちが理解らない…。うん、それもまた確かだと思う。他者の心情を理解するという事はあまりにも困難だ。

 ……私も、この長すぎる生涯を賭したとしても、誰かの心情を理解するなんてことには至らないだろうからな」

 

 猛の言葉に、ようやくクリスがゆっくりと顔を上げる。その虚ろな瞳は、遠くを見ている彼の顔を映し出していた。

 数刻ぶりに目を合わせる事が出来、猛は少し嬉しそうに笑った。

 

「クリス、私はね。君が思っているよりも、ずっとずうっと…なんにも出来ないんだよ」

 

 それは何処か、遠くへ向けて語り掛けているような気がした。そんな先生の言葉が続いていく。

 

「……もう、どれぐらい前になるだろうかな。私は兼ねてより研究を続けていたマイナスエネルギーの調査のため、地球という星に降り立った。

 そこで人間たちと触れ合ううちに、人間の持つ限りない可能性を感じたんだ。喜び、慈しみ…そんな想いが生み出す、無限のエネルギー…。

 だが、人間はその可能性を間違った方向にも向けかねないと言うことも理解った。怒り、憎しみ、嘆き悲しみ…その事によって生まれるのが、マイナスエネルギー」

 

 クリスは思う。自らの運命が狂った日のことを。

 南米紛争地帯バルベルデ。数多の憎悪と憤怒と悲哀が生まれ続けたあの場所は、正しくマイナスエネルギーの集積地。あの場所そのものが、一体の”怪獣”だったのかもしれないと。

 

「私は調査と研究を続けていく中で、ある一つの仮説を生み出した。”教育”という見地から、マイナスエネルギーの発生を抑えられるのではないかとね。

 そして私は勉強を重ね、中学校の教師となった。だが……」

 

 猛の表情が僅かに曇る。それは、今もなお残る未練の顔だ。

 

「……だが私は、マイナスエネルギーの発生を止める事が出来なかった。

 次々と襲い来る怪獣や侵略宇宙人に立ち向かうため、私は教師である事を捨てねばならなくなった。防衛隊の隊員として…そして、ウルトラマンとして人々を守護るために…。

 …戦いの中で、私はまた認識を改めざるを得なくなった。マイナスエネルギーの発生を抑制するためには、人類が正しく強くならねばならないと。

 だが地球人類すべての意識を変えるなど、私には到底できないことだ。だがせめて…人間たちが、私たちウルトラマンの力を借りずにマイナスエネルギーの生み出す怪獣を倒せるぐらいには強くなって欲しいと願った。

 ――そして、その時はやってきた。

 こちらでのゴルゴダ星でエース兄さんたちと戦った、冷凍怪獣マーゴドン。アレが地球に出現したんだ。激戦を続けてきた私の身体は既に満身創痍。おそらく、あの時マーゴドンと戦っていたら命を落としただろうな。

 だがそれを、防衛隊の隊長が静止してくれた。そして言ってくれたんだ。『地球はやはり、地球人の手で守らねばならん』とね。

 私も共に戦いたかった。たとえ命を捨ててでも。…だが彼らの想いはそれ以上に硬く、私はただ彼らを見守っていた。

 そして、彼らは私の目の前で、あのマーゴドンを倒したのだ」

 

 そこで一息吐いて、コップに注がれた水を少しばかり飲む。彼の話は続いていく。

 

「…そして私は、平和を勝ち取った地球を去り、光の国へ帰還した。だが、私にはどうしても心残りがあった。……教師としての私の、生徒たちだ。

 人類が平和を掴み取った以上、ウルトラマンと言えど勝手な介入は許されるものではない。それに光の国は、満身創痍の私に傷を癒すための休養を与えてきた。快復したら今度はすぐに、宇宙警備隊…ウルトラ兄弟の末席に私を加えていった。

 周囲はみんな口を揃えて言ったよ。最高の栄誉だ、新たなウルトラ兄弟に栄光あれ…と。

 だが、私にはそうは思えなかった。私は何も成してはいない。ウルトラマンとして地球と人間たちを守護れたかもしれない。しかし教師として…私は、最もやってはいけないことをしてしまったのだ。

 どんな理由があろうとも、私は生徒たちを捨ててしまったのだから…」

 

 いつしかクリスは、猛の話をただただ聞き入っていた。自らと一体化を許した彼が、初めて見せた自身の”内面”なのだから。

 

「……時は過ぎ、地球には新しいウルトラマンであるメビウスが派遣された。

 彼の戦いの中で、地球に再びマイナスエネルギーが発生する可能性があることを私は知り、調査のために再度地球へ訪れた。

 最初は地球近海で調査し、後のことは義弟…メビウスにすべて任せるつもりだった。だがその途中で円盤生物と遭遇して、私は地球に降り立ち戦い、撃破した。

 そして後日、調査していたマイナスエネルギーが私の赴任していた学校から発生し、怪獣が出現。それを私が倒した。

 …そこで再会したんだ。私が捨てたはずの、私の生徒たちと」

 

 猛は思い返す。決して忘れ得ぬ日のことを。

 桜ヶ丘中学で得た、多くの思い出を。

 

「正直なところ、私は怖かったんだ。

 急に現れては急に消え…きっと彼らは、私のことなんか忘れているだろう。私がどれだけ生徒たちを想っても、あの子たちにとって私は僅かな過ごした一教師に過ぎないのだろうとね…。

 だが、本当は違った。あの子たちは私を思い出の中に確かに仕舞い込み、ずっと抱いていてくれた。

 大人になっても、まるであの時のように…私のことを呼んでくれた。思い出をありがとうと、言ってくれたんだ」

 

 

『あれは…!』

『ウルトラマン!』

『80!!』

『俺たちの!』

『ウルトラマンだ!!』

『矢的先生……矢的先生ーーーッ!!!』

 

 

「……私はそこで、生徒たちに教えられた。

 感謝しているのは私の方だ。短い時間に過ぎなかったが、私があの子たちと過ごした時間はかけがえのない思い出だったんだ、とね」

 

 そこまで言い終えて、改めてクリスに向かい合う。

 

「私が今も教師でいられるのは、あの子たちとの思い出があるおかげだ。

 出会い、別れ、喜び、悲しみ…いつか思い出に変わるそれが、私を強くしてくれた。そして今は、その事を他の生徒たちに伝えていこうと思った。それが、私の未来(ゆめ)となった。

 だから私は、今でも宇宙警備隊と教師を併せ勤めているんだ。地球に初めて、訪れた時のようにね」

 

 長めの深呼吸をしながら腕を伸ばす猛。クリスに向けた彼の顔は、とても晴れやかだった。

 

「長い話になってしまったね。聴いてくれてありがとう。

 話した通り…私には、こんなにも出来ない事だらけだった。いや、それは今でもそうだな。

 今回の戦いでも、私はエース兄さんやゼロがいなければ危ない時が何度もあった。そして何より、君がいなければ私はこんなにも力を出すことなど出来なかっただろう。

 クリス、君が私の手を取ってくれたからだ」

 

 そっとクリスの手を握る猛。その温もりは、まるで彼の笑顔のように優しく温かかった。

 

「私がうるさく言ってしまっていたならば、それは私の失敗だ。すまないと思う。

 私はただ、クリスの為に自分がやれることをやりたかった。それが君にとって重荷になっていたのかもしれないが…私は、そういう事にもまだ気付けない。一体化しているから理解るなんてこともないんだ。

 だから教えてほしい。クリス自身の考えを…想いを」

 

 猛の言葉、考え、想い。その全てを聴いて、少しずつクリスがその手に力を入れ始めていた。

 優しく握ってくれているその手に応えるために、小さく震えながらも握り返そうとしていた。

 声を出したいと強く思い、やがて発した。

 

「……いい、のか……?」

 

 小さく震えながら、それしか出せなかった。だがそんな声でも、猛は嬉しそうな笑顔のまま頷いた。

 彼のその笑顔に、破顔した。

 俯き嗚咽を漏らし、溢れ出る涙を零しながら、クリスが言葉を絞りだし始めた。

 

「………アタシ……怖いんだ……。

 ……居場所が…また、無くなると、思うと……もうここに……来れないと、おもうと……」

「…そうか」

「…わかってるんだ…。いつまでも、同じところには居られない……。わかって、いるのに……!」

「そうだな。クリスは、冷たい世界も温かい世界も、どっちも知っているから…理解っているから、恐れ戸惑うんだな。自分の進んだ先が、いつ冷たい世界になるやもしれないから。

 悩み迷うことは悪いことじゃない。時間が許す限り、いくらでも悩んで悩んで、答えを見つければ良いと、私も思う。

 だけど、肝心の時間がもうそれを許してくれなくなった…。迫る刻限に、辿り着かぬ答えに…投げ出そうにも投げ出せなくて、結果そこに立ち尽くすしかなくなって……。

 それでも周りはどんどん進んでいって、自分だけ置いて行かれるのが怖くなって……」

 

 嗚咽を漏らし続けるクリスの頭を、優しく撫でる猛。それは彼の考える”教師”としての、一番近いスキンシップだった。

 

「……せんせい……あたし、どうすればいいのかなぁ……?」

「…そう、だなぁ…。…クリス、君に夢はあるかい?」

「……夢……なんで……?」

「夢は、常に自分の未来にあるものだ。一番近くにあって、それでいて一番遠い目標…それが夢。

 私の夢は、さっきも言ったように…思い出が、未来(ゆめ)へ向かって進む力になるという事を伝え継ぐことだ。

 クリス、君に夢があるのなら、まずはそこに向かって歩いて行けばいい。たくさん悩んで、たくさん転んで、たくさん泣いて…その涙の味を胸に、何度でも一歩踏み出せばいいんだ。

 …その踏み出す一歩は、とても怖いものだ。だけど大丈夫。それは、みんな同じなんだ。君の友人達、翼、響、未来、調、切歌、マリア…風鳴司令や緒川くんたち…エース兄さんやゼロも。

 ――…私だってそうだった。みんな心の中に辛いことを持っている。だからみんな知っているんだ。自分の流した、涙の味を」

 

 撫でられながら、ゆっくりと上を向く。涙で濡れたその目には、いつもと何も変わらない優しい笑顔が映っていた。

 

「安心していいよクリス。君は、決して一人じゃない。一人にはならない。

 もしも君の本質が、本当に【破滅】だとしても、怖がらなくていい。君の傍には、何があろうともその手を繋ぐみんながいる。…そして、私がいる。

 ――だから、涙をお拭き。君は、弱くはないはずだ」

 

 胸中に広がる温もり。思い返されるは差し伸べてくれたたくさんの掌。明るい色彩の如き笑顔。

 出会いと別れ、喜びと悲しみが積み重なった思い出の数々。

 怖い夢の中で見た輝く遠くの星は、――あれは、自分の抱いていた夢。

『歌で争いを無くす』…あまりにも荒唐無稽な夢物語。だがそれを信じて進み、命を散らした両親。

 

 二人はきっと、誰よりも自分や世界を愛していたんだ。だから最期の最後まで、夢へ向かって生き抜いた。

 二人はきっと、何よりも強く勇気を抱いていたんだ。だから荒唐無稽な夢物語も、叶うと信じて負けなう心で進んだんだ。

 今の居場所があまりにも温かくて、つい忘れてしまっていた夢を追う両親の背中。

 それを、”遠くの星”から来たこの人が、教えてくれたんだ――

 

 この優しい笑顔に抱き着いて泣き喚きたくなった。

 それをギュッと抑えて、握りしめた手に額を預けてただ嗚咽と涙を流す。

 言ってくれたのだ。『君は弱くはないはずだ』と。

 ”弱い自分”を受け止めてくれるのは、友達や先輩たちがいる。だけど先生は、”強い自分”を探し出してその背を押してくれた。

 だからこの涙は、ただの嬉し涙なんだ。

 

 

 

 その時、グラウンドの方から破壊音が轟いてきた。

 思わず窓越しにグラウンドを見る猛。そこには放課後に遭遇したものとは違う、異様な空気を身に纏ったネフシュタンのクリスが佇んでいた。

 

「忌々しい…忌々しくて反吐が出るッ!!!

 何が夢だ…何が愛だ、勇気だッ!!そんなモンで世界が変わるかよ…!”アタシ”が、変わるわきゃねぇだろぉがよォおおおおおッ!!!」

 

 紫水晶の刃鞭を振り回し、そこらをただ壊し暴れるネフシュタンのクリス。その姿を見て、止めるべく猛はまた立ち上がる。

 そこで、握らせていた手に強い力が込められている事に気付いた。

 

「クリス……」

「……アタシが行く。行かせてほしい。

 アイツは”アタシ”…。あったかいものに出会えず、力だけを信じて、それこそが遺された夢の道だと思い込んでいた”アタシ”なんだ。だから……」

「……そうか。ならばなおのこと、私も共に行かないとな」

 

 猛の顔を見上げるクリス。力強い彼の顔は、それに負けないぐらい力強く答えた。

 

「あの子が同じクリスだと言うならば、彼女もまた私の生徒だ。

 私は、生徒たちに思い出と共に強くなり、未来(ゆめ)へと進んでもらうことを知ってもらいたい。だがその進む路が間違っていた時…それを正すのも、教師である私の勤めだ。

 あのクリスが路を間違えた結果なのだとしたら、それを正す事こそが、私の役目なんだッ!」

 

 ――嬉しかった。

 傍に居てこの手を握ってくれる仲間や友達でもなく、

 災厄からその身を賭して守護ってくれる大人でもなく、

 こんなにも心を燃やして路を教え導いてくれる師と出会えたことが。

 

 だから……まずはここから、一歩踏み出さなきゃ。

 

 猛の手を握り、力を入れて起き上がる。

 目は赤く腫れぼったくなっていたが、流した涙が心を洗い流したのか、今はとても晴れやかな笑顔だった。

 

「……行こう、センセイ!」

「ああ、生徒指導の時間だ!」

 

 

 

 

 グラウンド…ネフシュタンのクリスが暴れる其処に立つクリスと猛。その姿を捉え、ネフシュタンのクリスが嬉しそうに口角を上げ歪めた。

 

「待ってたぜ…遅ぇんだよ来るのが…!そんなに目ぇ赤く腫らして、餓鬼みたいにワンワン泣いてたかぁ?」

「……ああ。おかげでだいぶとスッキリさせてもらったよ」

 

 晴れやかな笑顔で答えるクリスに、ネフシュタンのクリスがまた腹立たしそうに歯軋りする。ただただ形相を怒りに変え、吠えるように叫び散らした。

 

「なんでそんなツラしてやがんだッ!!もっと怒れ!憎め!哀しめ!哭け!”アタシ”なんかに、陽の射す世界は似合わねぇんだよッ!!」

「いいじゃないか。似合わないからって、そこに居たら駄目だなんて事は何もない。

 どんなに不格好でも、不器用でも、胸を張って堂々と…陽の下で生きるのは、誰しもが平等だ」

「”アタシ”からすべてを奪った大人が、”平等”なんか口にするなッ!!パパとママの死が平等の元に有るってんなら、アタシは世界の全てに死をくれてやるッ!!!」

「確かにそれも平等かもしれねぇ…。アタシの想いが生んだんだもんな、そう考える時もあるさ。

 …でも、パパとママは誰かを憎むことはなかった。アタシを愛してくれて…世界中の人にも幸せになってほしくて、勇気を持って進んだんだ」

「だからアタシを否定するのか!”アタシ”の想いそのものであるアタシをッ!!」

「違うッ!お前が”アタシ”なら理解るはずだ!パパとママとの想い出も、手を繋いでくれたアイツらの温もりも、アタシを守護ってくれた人たちの強さも……。

 それを理解らせてくれた、センセイの優しさもッ!!」

「黙れ黙れだぁまれえええええええッッ!!!」

 

 咆哮と共にネフシュタンのクリスから瘴気が溢れ出す。吹き上がるマイナスエネルギーは掲げた手の中で短剣型のオブジェを形成、固形化した。

 

「ダミーダークスパーク…!やはり、翼が遭遇した闇と同質のモノか…ッ!」

「――クソが…クソッたれが…!アタシを裏切る光なんかいらない…。こんな世界、全部ブッ潰して闇に変えてやるッ!!!」

 《ダークライブ―ダークファウスト―》

 

 胸元のヘキサゴンマークに突き立てられたダークダミースパークが声を上げ、同時に闇が立ち上る。

 まるで哭き声のような呻きを上げて、ネフシュタンのクリスが漆黒の眼を持つ赤と黒のツートンカラーを持つ闇の巨人…ダークファウストへと姿を変えた。

 そのまま更に左手を挙げて大きく声を上げた。

 

『この身を鎧えッ!!ネフシュタンッ!!!』

 

 声とともに灰銀の鎧がダークファウストの身に装着されていく。それはまるで、先だって翼が過去の世界で戦った”ガングニールを纏ったウルトラマンベリアル”と相応するものだ。

 

「アイツが…”アタシ”がダークファウストだったのかよ…ッ!だからあの時、センセイを狙って…!!」

「なるほど…言ってくれれば話も出来たのにな。まったく、素直じゃないよ君は」

「そ、そういうこと言うなよッ!」

 

 いつ以来だろうか、こうして猛と冗談交じりの軽口を言ったのは。

 ほんの少し前かもしれないが、クリスにとってはだいぶ前のようにも感じていた。だが、またこうして言い合えた。

 そんな小さな喜びを胸に、瘴気を滾らせるダークファウストを前にクリスがまた口を開く。

 

「…ちょっと前にもこんな事あったんだ。キャロル・マールス・ディーンハイム…アイツはアタシとよく似てた。もしかしたら、アタシもあんな風になってたのかもしれない。

 ――だけど、アタシは救ってもらえた。手を差し伸べてくれて、握ってくれて、守護ってくれて…。だからアタシも、キャロルを救いたかった。

 ……でも、結局”アタシ”一人じゃなんにも出来なかった…。立ち塞がる敵を焼いて壊して砕いて消して――。

 …こんなんじゃパパとママの夢を継ぐなんて、それこそ夢のまた夢かもしれねぇな」

 

 ほんの少し弱気な声を出すクリス。彼女のその肩を、猛が優しく叩いた。

 

「一度くらい、自分の夢をちゃんと口に出しても良いんじゃないか?もちろん、声に出したところで夢が叶うわけでもない。だけど、想っているだけでは届かない。

 クリスが自分の夢に向かって一所懸命を賭すと言うのなら、ちゃんと”自分”にその意志を表明したほうが良いと思う」

「――ばっ、……そ、そんなの……」

「大丈夫。この場には”君”と私しか居ない。通信機も、ちゃんと切ってあるしね」

 

 周到なことだと少し呆れるクリス。だが、彼は言った通りに守護ってくれているのだ。

『心情に関わるところは、守ってみせる』との言葉通りに。

 あまりにも真っ直ぐすぎる。だけど、だからこそ……

 

 ――憧れるんだ。

 

「……聴きやがれッ!!アタシは、パパとママの夢を継ぐ!怒りも哀しみも、喜びや楽しさと一緒に全部抱き込んで!

 アタシはッ!!『歌でこの世界から争いを無くす』んだッ!!!」

 

 クリスの口から初めて聞けたその言葉に、猛はただ喜びと共に彼女の隣へと立つ。

 いつしか自然と、二人の動きは重なり合っていた。

 右左の順で正拳を突き出し、左の時に腰の後ろに右手を回して其処に仕舞っていた物を握る。

 それは二人が共に或ることを証明するもの…光と共に力を解き放つブライトスティック。それを天に掲げ、同時にスイッチを押し叫んだ。

 

「『――エイティッ!!!』」

 

 闇夜を照らす輝きが解き放たれ、それと共に雪音クリスと矢的猛の肉体が光と化して融合…その身を光の巨人、ウルトラマン80へと変化させた。

 

 

 

 じりじりと相対する80とダークファウスト。やがて何方からともなく駆け出し、巨人同士が互いにぶつかり合う。

 ダークファウストの拳を捉えては受け流しつつ、確実にその身体へ反撃していく80。だがダークファウストの纏うネフシュタンの鎧は、80のあらゆる攻撃を吸収するかのように弾き遮っていった。

 そして反撃とばかりに合間を縫って繰り出される攻撃は以前会敵した時よりも更に暴力性を増しており、巨大化した紫水晶の刃鞭の攻撃も鋭さを増幅させていた。

 

『言って理解らないから暴力たぁ、時代遅れもイイトコなんだよッ!!』

「体罰による指導は私の望むところではないが、守護るものの為ならばそれも止む無しだ!」

『結局はそうかよッ!!殴って弄って言うことを聞かせる…。やっぱりフィーネの言った通り、痛みこそが人の心を繋ぐ絆…それが真実かァッ!!』

『違ェッ!!痛みを伴っても…それでも伸ばして、握り繋がった手こそが絆だッ!!痛みがあるからこそ…涙の味を知るからこそ、もっとずっと強く握り合えるんだッ!それこそがッ!!』

『減らず口で綺麗事をォッ!!!だったらァッ!!』

 

 ダークファウストが右手を暗天に掲げると、リディアン近辺の地面を突き破り巨大な姿を出現させた。

 甲虫のような甲殻を持ちながら、二足で立ち歩くその姿は怪獣そのもの。頚部から節足のような触手が鋭く伸び、両腕は巨大な鎌状の爪と化している。

 眼球の存在しない小さな頭部からは口が裂けるように開き、その怪獣…バグバズングローラーは甲高い鳴き声をあげた。

 

『アイツは…!』

「バグバズンの親玉とでも言うのか…!」

『そんなに痛みが欲しけりゃくれてやる!”アタシ”の大事なこの学校、ぶち壊してやらぁッ!!』

 

 鳴き声を上げながらリディアンに向かって突進するバグバズングローラー。すぐそれを遮りに行こうとする80だったが、ダークファウストに羽交い絞めにされて動きが取れなくなった。

 通信機の電源を切ったのが仇になってしまったとつい後悔してしまう。見守るしか出来ない中で、バグバズングローラーがその鎌状の腕を振り下ろす、まさにその瞬間。

 黒い霧が収束して肉体を形成し、バグバズングローラーを押し返した。そこに立っていたのは、リディアンを守護るように大きくその手を広げたホーだった。

 

『アレは、昼間に出て来たあの怪獣…』

「ホーが、リディアンを守護ったのか…!」

『――……ッッ!!!ざっっけんなァッ!!やれぇバグバズングローラーッ!!!』

 

 ダークファウストの命に従い、ホーに襲い掛かるバグバズングローラー。口からの怪光線で応戦するホーだったが、バグバズングローラーの強固な体表殻にはそこまでの有効打にはならなかった。

 なんとか格闘戦で迎え撃とうとするものの、その力はバグバズングローラーより劣っていたのか一撃のたびに追い込まれていった。

 そしてバグバズングローラーの鎌状の腕がホーの胴体を切り裂き、その傷口に食らいついた。

 

『ああっ…!!』

『そうだ、やれッ!どうせそいつもマイナスエネルギーが生み出した怪獣だ、かッ喰らえッ!!』

 

 立ったままのホーを貪るように食らうバグバズングローラー。マイナスエネルギーが生み出した怪獣だからか、その傷口からは瘴気が立ち上るだけで体液などが漏れ出すことはない。

 だがホーの眼からは硫酸の涙が零れ落ち、まるで痛苦に泣いているようでもあった。

 しかしバグバズングローラーの身体を押さえつけて落とされる涙は、その強固な甲殻を溶かすように…一矢報いようと振り絞る最期の力にも見えた。

 そして一瞬ウルトラマン80を…矢的猛と雪音クリスの方を向いたホーは、小さく笑ったように見えた。

 ホーに向かって手を伸ばす80。だがその直後、肉体全てをバグバズングローラーに啜り喰われたホーが、今度は確実に、その身体を消滅させた。

 

『――は、はははッ!!どうだ、食ってやった!アタシの勝ちだあああァッ!!!』

 

 一筋の涙を零し、怒りに歯を軋ませるクリス。その肩を優しく抱くように、猛の声が聞こえてくる。

 

「……あの怪獣は、ホーはクリスのマイナスエネルギーから生まれた。

 学校から離れたくない、卒業したくない、ずっとここに居たい…そんな想いが生んだのだろう。

 だがクリスは、其処から一歩踏み出す勇気を持った。ホーもきっと、それに応え変わったんだ。

 クリスの持つ、学校を守護りたいという強い想いに――」

『……アタシの、想いに……』

「きっとそうだ。クリス自身の想いが学校の危機を救った。そしてクリス自身に託したんだ。

 君がたくさんの想い出を紡いだ場所を…――君自身の、未来(ゆめ)の始まりの場所を守護れとッ!」

 

 もう一度目を見開く。喰らうだけ喰らって満足気なバグバズングローラーの憎たらしい姿と、ほぼほぼ無傷なリディアン校舎。

 そうだ、もうこれ以上壊させるわけにはいかないのだ。

 自分のマイナスエネルギーがそうまでして守護り託したモノを、自分自身が何も出来ないなど――それを許しておけるなど、【雪音クリス】には出来やしないのだから。

 

『――ああ、そうだ…。センセイの言う通り…此処はアタシの未来(ゆめ)のスタートで、アタシがいつかまた帰ってくる場所…。そいつを壊されてたまるものかよッ!!!』

「だから共に守護りぬくんだッ!!私たちの、守護るべき場所をッ!!!」

 

 クリスの手が自然と胸のマイクユニットに伸びる。

 意識を超えて支配される確信。二人を真に結びつける魔剣の楔…それがマイナスエネルギーの象徴だとしても、この身に湧き上がる愛と勇気が、それを正しきへ転化させるのだから――。

 

「『ウルトラギアッ!!コンバインッ!!!』」

 

 言霊によって解放されたダインスレイフは、呪われた旋律を奏でイチイバルを強く激しく震わせる。

 三段階開放と共に楔と化したマイクユニットが、クリスの胸に突き立てられる。だがそこにあったのは彼女のものだけではない。

 それを覆うように広がるは、青き命を湛え輝ける赤と銀の姿。魔剣より発せられしフォニックゲインが、ダークファウストの拘束を弾き飛ばして爆裂した。

 

「『うううぅぅああああああああッ!!!!』」

『こ、こいつは……!』

 

 表面を流れる超強力量のフォニックゲインが、やがてウルトラマン80の肉体に合わせ纏い、固着される。

 腰部には円形に覆う装甲と左右下方に伸びる大型のスカートアーマーを。両の腕にクロスボウ型のアームドギアを模したガントレットを。肩部には二分割されたヘッドギアがそのまま装着され、頭部にもヘッドギア中央の装甲部が装着される。

 赤と銀の胸部を同じ色の、カラータイマーを中心に守護るべく羽根状のプロテクターが展開。輝きを纏ったままにバグバズングローラーの尾を掴み、ダークファウストへ投げ付ける。

 そして光が収束した其処に…ウルトラマン80、雪音クリス、そして第2号聖遺物イチイバル…その三位一体、真なるユナイトによって奇跡を鎧い纏った次なる光の巨人が誕生した。

 

 

「『――ウルトラマン80ッ!!!ウルトラギア、イチイバルッ!!!!』」

 

 

 

『馬鹿な…成功、させやがった…』

「『ハッ、私らが失敗するとでも思っていたのか?いいや、これはむしろ必然といってもいいッ!

 想いが真に重なったこの力は、笑顔たちを守護る新たな強さなんだッ!!』」

『そんなもの…そんなものは、全部全部全部全部全部ッ!この”アタシ”が否定してやるゥァァァァッ!!!』

 

 甲高い鳴き声をあげて襲い来るバグバズングローラー。それを盾にするように、上空から刃鞭を振りぬくダークファウスト。

 だがその両者を一瞥し、心象同化した二人は反射的に反撃の解答を導き出した。

 振り下ろされるバグバズングローラーの鎌爪をガントレットで受け止め弾き、空いたボディに肘打ちから三連続で蹴りを叩き込み押し出す。そして上空からの一撃を最小限の動きで回避し、両腕をカラータイマーを中心に指すように構える。

 手甲が広く展開され、そこから伸びる赤色の光の矢。両腕を上空に伸ばした時、展開された手甲からその矢が乱れ放たれた。

 一本一本が意思を持つかのように無規則な動きでダークファウストに伸び、その鎧に突き刺さっていった。

 

『ぐ、ぐうううう…ッ!!』

「『手は出させない。此処は、みんなの居場所だッ!!』」

 

 その声と共に80の胸から歌が奏でられ始める。

 クリスのその心中……【繋いだ手だけが紡ぐもの】が齎す、喜びや温もりへの感謝の歌だ。

 先ほど同様に両手を胸の前で向かい合わせ、そこから天頂へ掌を重ね仰ぎ踏ん張るように腰溜めへと移し力を込める。

 直後に背部のギアが展開し、クリスの得意技であるMEGA DETH FUGA同様にミサイルが――もちろんウルトラマンのサイズに巨大化したモノが出現。

 噴出孔からは炎でなく光を噴出しながら発射され、ダークファウストとバグバズングローラーの腹部を貫き彼方へと上昇していった。

 それを追うように飛び立つ80。自らの脳波でミサイルを誘導し、リディアン周辺を離れて害のない場所へと移動するためだ。

 数秒も経たないうちにその場所は見つかった。東京番外地…旧リディアン跡の指定封鎖地区。その直上に来たところで、80は両腕のクロスボウから光矢を放ちミサイルを空中で爆破。そのまま叩き落した。

 

『ぐうぅ…ナメ、やがってぇッ!!』

 

 瘴気と共にその身の傷を回復させるダークファウスト。それこそが身に纏うネフシュタンの鎧の特性でもある。

 宿主を侵食することで得られる無尽の生命力。かつてクリスは自らそれを身に纏いながら響や翼らと敵対し、フィーネにより完全な力を引き出され彼女ら装者を苦しめた代物だ。

 その力は、クリスのマイナスエネルギーから実体化したものも相応の力を持っていた。

 

「『改めて厄介な性能してやがる…。だが、鎧う全てを消し飛ばしても保っていられるかな?』」

『ぐおおおおおおッ!!!』

 

 回復の直後、バグバズングローラーと共に襲い掛かるダークファウスト。2対1の構図ではあるが、80はそれらを鋭く捌きながら指先から拳銃の如く光弾を発射して応戦する。

 銃技による立ち回りはクリスの得意分野であるが、同時に80こと猛自身の得意分野でもある格闘術にも応用されて益々磨きがかかっていた。

 二体の敵を弾き飛ばし、そこから跳ぶ80。背後に回ったその眼は、バグバズングローラーの強固な甲殻の中で、一部変化した部分を見つけていた。

 

「『なるほど、そこだぁッ!!』」

 

 捻りを加えて背後に回り跳ぶ80が、両足庭からクリスのイチイバルと同様の厚底を形成し、踏みつけるようにその一部分を蹴り飛ばす。

 そのまま足底を元に戻しながら着地し、立ち上がるとすぐさま両手を胸の前で向かい合わせ腕を上へ伸ばす。瞬間赤い光が槍の形へと変化…先ほど一撃を加えた場所に向かって、即座に投げ放たれた。

 80の手から離れた光の槍…ZEPPELIN RAYLANCEは細かいクラスター弾として細分化され、その脳波誘導でバグバズングローラーの甲殻の一か所へと収束し、突き立てられてはその場での小爆発を連続で打ち込んでいった。

 撃ち込まれ続けることで甲殻が破け、柔らかな体表が露出。そこにまた連続で突き刺さり爆発を続けていく。

 叫びにも思える金切り声をあげるバグバズングローラー。やがてその爆発は全身に行き渡り、内部からバグバズングローラーの巨体を連鎖爆発で焼滅させるのだった。

 

『馬鹿な…バグバズングローラーが…!』

「『……アイツの置き土産だ。ホーの零していた硫酸の涙で、一部分だが間違いなくその甲殻は弱体化していた。

 乱れ狙い撃つのは得意なもんでね。これで、貸し借りは無しだ』」

『クソッ…クソォッ…!!まだだ、まだ――ッ!!!』

 

 半狂乱に陥りながら、ダークファウストが二つの刃鞭を振り回して巨大なモノクロの雷球を作り上げる。

 そこに暗黒の瘴気も加わり、黒き破壊の雷として完成した。

 

『破壊ッ!全壊ッ!!万象を崩壊させやがれええええええッッ!!!!』

 

 80に向かって暗黒を纏う巨大な一撃…【DARK NIRVANA CLUSTER】が投げ放たれる。その闇色の光球から、小型の破壊光球が次々と80に向かって襲い掛かってきた。

 単発でも強力な破壊力を持つだけでなく、小型の一撃によりさらに広範囲の殲滅を目的としていることは一目で理解できるほどだ。

 

「『――ああ。いい加減、終わらせなきゃね』」

 

 静かにそう呟き、光球に向かいながら円運動とともに左腕を上へ、右腕を外方へ強く伸ばし構えた。

 腰部の円形のパーツとスカートアーマーが展開、エネルギーを吸い込むように溜め込んでいく。

 スカートアーマーの内側が光り輝いていくと共に、そこから腕の構えを変えていく80。その姿はまるで、強弓を引き絞るかのようだ。

 迫る暗黒の雷球と、彼の前に生ずるは赤き弓状光。同時に両腕のクロスボウガントレットが展開していき、スカートアーマーと同様に強く輝きだした。

 そしてその腕を、サクシウム光線同様にL字型へと組み、左右の両方から貯め込まれたすべてのエネルギーを解き放つように発射した。

 マイナスエネルギーをすべて浄化させるかの如く激しくも優しい光線…【EUTERPE SUCCIUM PURIFYRAY】が DARK NIRVANA CLUSTERとぶつかり合う。

 空中で拮抗するように火花を散らし合う闇黒の光球と超光の弓波。だが光はやがて闇を撃ち貫き、そのままダークファウストを包み込んでネフシュタンの鎧もろとも光の中で浄滅させていった。

 

 

 

 

 やがて静寂の中、変身を解除した80……猛とクリスが地面に立つ。目線の先には、もう一人のクリスが倒れていた。

 クリスが率先して彼女に掌を差し出して、しっかりと視線を絡ませるように直視する。

 

「……大丈夫か?」

「……なんで、アタシを消さない」

「ばーか、お前は”アタシ”なんだろ?だったらさっさと、アタシの中に帰って来やがれってんだ」

「フッ…ハハハ……!”アタシ”なんかが、この想いを背負って歩けるものかよ…!」

「ンだとこの野郎…!そいつは元々”アタシ”の想いだったんだろうがよ!」

 

 意地と強情を張り皮肉で返すもう一人のクリス。そんなところまで、間違いなく彼女は【雪音クリス】そのものだった。

 そんな二人の姿を見て、思わず溜め息を吐きながら猛がその間に入っていき、声をかけた。

 

「まったく、君たちは本当に素直じゃないな。……ぃよっと!」

 

 言いながらジャケットを着たまま、その場――二人のクリスの間で、逆立ちをした。

 

「お、おいセンセイ、急に何を……」

「あ、ああ。こうしているとな、地球を支えている気分になるんだ。…地球を、背負って立つッ!!ってね…」

 

 そう言って、逆立ちを止めて普通の立位に戻る猛。掌についた土を軽く払い、二人のクリスにそれぞれ目を配らせた。

 

「…な。こーんな大きな地球でも、こうすれば誰だって支えて背負うことが出来る。だから、支えるとか背負い込むとか…そんなに難しいことじゃないんだ。

 手を差し伸べること。それを受け取ること。…ほんの少し、勇気を出せばいいだけなんだ」

 

 猛の言葉に呆れながらの笑みを浮かべつつ、立っていたクリスがもう一人のクリスに向かって手を差し伸べた。

 

「……なんの真似だ?」

「アタシはこうやって救われた。…だから、”アタシ”を救ってやるにはこれしか知らないんだ」

 

 差し伸ばされた手。【雪音クリス】はただそれを見つめ…だが自然と、震えながらそっと、そこに向かって手を伸ばした。

 それを取られ即座に握られる手。可愛らしい驚きの声と共に見上げると、そこには少しばかり赤面しながら不器用で歪な笑顔を作る”自分自身”。隣にはそれを嬉しそうに眺め見守る教師の姿。

 繋がった温もりを感じ、それを受け入れた時…その肉体が光となって消え始めた。

 安らかな輝きに包まれながら、最後にたった一言だけ、声を発す。

 

「――お前ら、本当のバカ…」

 

 照れ臭そうにそれだけを言い残し、【雪音クリス】は光と共に夜空へと消えた。

 

「…クリス…」

「…大丈夫だよセンセイ。今度こそ、本当に」

「…そうか。じゃあ、帰ろうか」

 

 彼の言葉に肯定の言葉を返し立ち上がる。交し合う二人の顔は、互いに優しい笑顔で彩られていた。

 そこにやって来たのは1台のジープ。玄妙な顔付きで操縦する弦十郎と、その隣と後ろから手を振ってこちらへ名前を呼びかける仲間たちの姿だ。

 夜だから少し分かりにくいが、よく見ると手を振る者らの顔はみなそれぞれが笑顔だった。

 

 

 クリスと猛…二人が見上げた夜の空には、まるで銀河のように一面に星が光り輝いていた。

 それは、臆病で照れ屋で恥ずかしがりな”自分”に手を差し伸べる、アイツらのように……。

 

(――サヨナラ、昨日の自分……か。…進むさ。今この場から、未来(ゆめ)へ向かって――)

 

 ジープの方を見ながら先頭の弦十郎に対して少し申し訳なさそうに頬を掻く猛に、少しだけ勇気を出してクリスが声をかける。

 

「――せ、センセイ!その…教えてほしい、事があるんだ」

「うん、なんだい?」

 

 それは……――。

 

 

 

 

 ……翌朝、リディアン音楽院教員室。

 自らの机を整理し、ホームルームの準備を進めている女性教員に、登校したばかりの猛が声をかけた。

 

「おはようございます、先生」

「あ、おはようございます矢的先生。昨日は色々騒ぎがありましたが、お怪我はありませんでしたか?」

「ええ、この通り。ちょっとばかりグラウンドが一部大変なことになってしまってますが、生徒たちにも大した怪我がなくて良かった」

「本当に。……生徒と言えば、先日の件…なにか進展はありましたでしょうか?」

 

 予想通り、言ってきたのはクリスの進路についてだ。

 不安げな笑顔の彼女に対し、猛は誇らしげに鞄の中から一枚の紙を取り出した。

 クリスの進路希望調査書…今は其処に、ちゃんと文字が記述されている。

 すぐさま変わる明るい顔で調査書を見る女性教師。その顔はすぐに、少し意外そうでありながら興味深そうな顔に変わっていった。

 

「……あらあら。彼女、こっちに進むんですか」

「ええ。ようやく、未来(ゆめ)を叶える為に進む路を決めれたそうです」

「そう、よかった…。ならあとは、私たちがその背を押してあげるだけですね」

 

 二人笑顔を交し合う。机に置かれたその調査書には、こう書かれていた。

 

 

【音楽大学。同時に教員免許を取得できるところ】と。

 

 

 

 

 EPISODE16 end...

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……任務、地味に完了……」

 

 暗夜の中、一人の黒い影法師が、踵を打ち鳴らす音と共に大地を砕き飲まれるように消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 17 【君の隣で、遠く輝く星のように】 -A-

 

 東京湾に揺蕩うタスクフォース移動本部。

 その通路を、大きな資料を抱えてよたよたと歩いている小さな姿があった。S.O.N.G.唯一の錬金技術部の長にしてそのラボを取り仕切る者であるエルフナインである。

 小さな体躯と大きな資料という不釣り合いな姿は彼女の愛らしさを増すものではあるが、同時に不安も感じてしまう。

 彼女の脇を通りすがる人らが等しくそう思っているところで、ついに足がもつれて転びそうになってしまった。

 結果としてそれは、偶然目の前にいた大きなクッションのようなものに助けられたのだが。

 

「あわわわわっ!」

「っと、オイオイあぶねぇな。大丈夫か?」

 

 思わず見上げるエルフナインの目に映ったのは、装者である雪音クリスの顔。つまるところ、転びそうになったエルフナインはクリスの大きく育ったバストが彼女を転倒から救ったのだ。

 

「ご、ごめんなさいクリスさん!失礼な真似を……」

「気にすんなよ。大したことじゃねぇさ」

 

 笑いながら何事もなく答えるクリス。その隣には同じく装者である風鳴翼の姿もあり、自然と彼女の手で姿勢を正される。

 

「だが、一人で抱えるにはずいぶん大荷物だな」

「すいません……。色々やっていたらどうしても資料が足りなくなってしまって……」

「根詰めるのも良いが、そっちもちゃんと休めよ。ギアの調整、お前にしか出来ないんだからな」

「はいっ!」

「どれ、私たちも運ぶのを手伝おう。ラボまでだな?」

「あうぅ……ずびばぜん、お手を煩わせてしまって……」

 

 謝りながらも頼るべきところは頼ろうと思い、二人に資料の一部を渡すエルフナイン。三つに分けると重さも視界もスッキリとし、自室兼ラボにまで楽に運べそうだった。

 

 数分も経たぬ内にエルフナインのラボへと到着。中に入って資料を置いたことで翼とクリスの手伝いも終わり。あとはエルフナインの作業の邪魔をせぬよう二人は外に出ていた。

 

「ありがとうございます、翼さん、クリスさん。助かりました」

「なに、私たちが出来ることなら何でも言ってくれ。エルフナインには私たちが出来ぬことで助けて貰っているのだからな」

「いいえ、そんな……。

 ……あ、それじゃあの、もう一度だけお二人に確認したいのですがよろしいですか?」

 

 尋ねるエルフナインに首肯する翼とクリス。それを見て一拍置いてから、エルフナインがやや神妙な空気を纏って口を開いた。

 

「……ウルトラギア発動に伴う心象同化による身体や精神の変調など、本当になにも影響は出ていませんか?」

「……?いや、こっちは何もないけどな。先輩は?」

「私も仔細無い。不調を感じることもなければ、エルフナインとエックスが言っていたように同調が変に続くということもないしな」

「そうですか……。でしたら大丈夫です、ありがとうございます」

 

 一度深く頭を下げ、自室に戻っていくエルフナイン。それを見送って、翼とクリスもまたそれぞれの行き先へ歩き出した。

 

「しっかし、心配性だよなアイツも」

「未知なる状態が起こすであろう不測にも対応しようとしているのだろう。頼り甲斐があるではないか」

「そりゃまぁ、そうかもしれねぇけど…。心象同化っつってもなぁ、別にアタシらがどうにかなるようなことでもねーだろうに」

『……それは、どうだろうかな』

 

 と、クリスの脳裏に猛の声が響いてくる。そのテレパスはすぐ傍にいた翼にも届いていた。

 

「センセイ?そいつはどういう……」

『クリスと私、そして翼とゼロはウルトラギアの発動に成功……つまり真なるユナイトに至った。この力は肉体だけでなく精神までも融合し、邪悪な力を光へと変えていく。

 だが、この状態がもしも万が一過度に進行してしまうと、それは――』

「――……やがて人ではなく、存在のすべてが”ウルトラマン”へと変わる……?」

 

 声に出してしまった事に驚いてしまう翼。これではまるで、ウルトラマンが人を乗っ取りその存在を歪めているかのようではないか。

 自分ら地球人と共に、この地球のために死力を尽くしてくれている者たちになんてことを…。そんな自責に苛まれてしまった。

 

「――すまない、私はなんということを……」

『気にすんな、って言っても聞かねぇか……。確かに翼の言う通り、最悪の事態って考えるとそれは出てくるかもしれねぇな。

 でもよ先生、そんな例ってあったか?』

 

 ゼロから投げかけられた言葉に、猛は返答出来なかった。光と完全に同化したことでヒトではいられなくなった前例…それは確かにあり、彼もそれをよく知っていたのだ。

 ウルトラマンヒカリと一体化し、その復讐に加担するも最後はメビウスと共に地球を守護った男、セリザワ・カズヤ。

 光を授かりウルトラマンダイナと化し、戦いの果てに無限の宇宙を駆ける悠久の旅路へと出た男、アスカ・シン。

 ウルトラマンジャックに命を救われ、数多の悲劇を共に潜り抜ける中でやがて”もう一つの故郷”を救う為に母星を去った男、郷秀樹。

 そして、もう一人――

 ……だがそれを話すこともなく、猛は自らの結論を言葉にした。

 

『エルフナインの抱く危惧はおそらくそういうことだ。ゼロ、我々も可能な限り注意をしていくぞ。

 私たちが選んだ彼女らに、ちゃんと未来(ゆめ)を掴んでもらう為にもな』

『……だな。理解ったよ、先生』

 

 どこまで行っても自分たちの事までしっかり考えてくれるウルトラマンたちの言葉。少しばかり照れはあるが、それでも想ってくれているのはとても心強い。

 だが結局、先ほどの話が有耶無耶になってしまった事を猛以外の誰も気付かずにいた。

 

 未来を担う人々の心の為に、自らの存在に別れを告げてまで戦い抜いた男の事を――。

 

 

 

 

 EPISODE17

【君の隣で、遠く輝く星のように】

 

 

 

 ある日の昼過ぎ。閑散とした住宅街の中にあるcafeACEは昼の賑わいも終えて、人の掃けた店内は休憩ムードが漂っていた。

 近くを通る車や無邪気に遊ぶ子供たちの声が小さく聞こえる、そんな程度の静かな昼下がり。

 そのカフェのドアベルが鳴り、二人の少女が入ってきた。

 

「…あ、切歌ちゃん調ちゃん、いらっしゃーい」

「七海おねーさんこんにちはデス!」

「お邪魔します」

「はーい。店長呼んでくるから、好きなの選んで待っててね」

 

 調と切歌の二人に、にこやかに手を振って厨房に入っていくのはこのカフェのアルバイト店員、ウェイトレスの七海だ。

 開店当初から星司の下で働いていることもあり、既に二人とも顔馴染みになっている。勿論彼女は、調と切歌がシンフォギア装者であることや星司がウルトラマンエースであることも知らない、所謂普通の人だ。

 だがその朗らかで気さくな性格は、先輩たちや義姉とは少し違った意味で慕っていた。近しいところで例えるなら、響や未来の友人である三人の先輩たちだろうか。

 年上の友達という、自分たちにとって数少ない立場にある人だと彼女らは無意識に七海をそう位置付けていた。

 

「てんちょー、娘さん二人が遊びに来てますよー」

「誰が誰の娘だ。まったく、大学生になってもそんなんじゃ就職のときに苦労するだけだぞ七海。

 お前ももうすぐ卒業だろう、大丈夫なのか?」

「まー卒論は終わってますし。就職決まらなかったその時は、晴れてここで正社員として使ってくださいよ。割と気に入ってるんですからココ」

「馬鹿を言うな、ったく…。店番サボりすぎるんじゃないぞ」

「はーい、程よくサボってまーす」

 

 奥から聞こえてくる気楽な会話に、目を合わせて笑い合う調と切歌。まるで父と姉の話を聞く妹にでもなった気分だ。

 そうこうしている内に七海が厨房から出て来る。二人は既にトレーにパンを乗せてレジで待っていた。

 

「お待たせ、店長すぐ来るからね。飲み物はいつもの?」

「はいデス!」

「お願いします」

「あいよ、ちょっと待っててねー」

 

 言った傍からカップを用意し、コーヒーメーカーにセットする。機械で手早く挽かれたコーヒー豆がフィルターに落ちて、そのまま沸騰したお湯と交じり合いカップに流れ落ちる。

 今ではコンビニエンスストアでもよく見かける半自動のコーヒーメーカー機。手間がかからない割に美味しいし、入れる豆を変えればそれこそ本格的な喫茶店にも近付くのだ。便利な代物である。

 なおこのマシーンの導入は開店初期に七海が星司に申請して導入したとかなんとか。

 そうして待つこと一分程。本当に少ない時間で飲み物が出されてきた。

 

「はーい、切ちゃんはキャラメルマキアート。調ちゃんはカフェ・モカね。お待ち遠さま」

「わぁ、ありがとうデス!」

「ありがとうございます。それじゃ、こっちがお代で」

「うん、ちょうどお受け取りしました、っと」

 

 それぞれをトレーに乗せて貰うと、二人の目がまた嬉しそうに輝いていく。いつもの光景ではあるが、微笑ましいものだ。

 交換として二人から代金を貰い、レジの中に収めていく。と、そこで厨房の方から続いて星司が出てきた。

 

「七海、俺は――」

「ブレンドコーヒーですよね。入れときましたんでどーぞ」

「お、おう。よく分かってるな」

「何回同じやり取りしたと思ってるんですか。別のが欲しい時はいつも前もって言うでしょうに」

 

 少し呆れた笑顔で返す彼女に、星司も思わず困惑した顔で頬を掻いてしまう。よく見ているものだと、つい感心してしまったのだ。

 そんな七海からブレンドコーヒーを受け取り、当然のように調と切歌の座る席へ行く星司。不思議とこの時間が、彼にとってちょうどいい休憩時間と化していたのだ。

 一方で既に席に着いている調と切歌は教科書とノートを開き、それぞれ飲み物を啜りながら格闘中だった。

 それを邪魔しないように、星司も同席はしているものの置いてある週刊誌を手に取り適当に開き出した。

 二人の相談する声をBGMにしながら、優雅なアフターティータイムだ。日当たりが良く光が優しく入り込むこの時間帯はどうしても眠気が表に出てきそうになるが、それを堪えるためのコーヒーでもある。…はずだったのだが。

 

 

 

(……星司さん)

 

「――……夕、子……?」

 

 懐かしい声を聞いた気がしてゆっくりと目を開けた。そこに見えたのは、ジッとこちらを見つめる二人の少女の姿だった。

 

「……調…切歌……?」

「起きたデスね。あたしたちが頑張って勉強してるってのに居眠りするなんて、まったく良いご身分デス」

「でも珍しいね、星司おじさんがお昼寝するなんて」

「…ああ、悪い。寝ちまってたか俺」

 

 思わず外を見てみると、随分日も暮れ始めて夕焼けが辺りを照らしていた。

 カフェとしてはもう集客を望めないこの時間、そろそろ閉店準備にかからなければならないなと溜め息交じりに考えていた。

 

「悪いな二人とも。せっかく来たのに、あまり構ってやれんで」

「ううん、その分勉強も進んだから」

「これで期末試験もバッチリデェス!」

「そうか。二人とも、頑張れよ!」

 

 強く声をかけながら両の手でそれぞれ、二人の頭を撫でてやる。くすぐったそうにしながらも、どちらも嬉しそうに綻んでいった。

 やがて手も離されるも、三人は変わらず笑顔で向き合っている。優しい平和な世界が、此処に広がっていた。

 そんなだから気が緩んだのだろうか…おもむろに、なんとなく調が口を開く。

 

「…あの、星司おじさん」

「ん、どうした」

「……『ゆうこ』って、誰?」

 

 別段責めるわけでもなく、小さく芽生えた好奇心を真っ直ぐに投げかけていく。繊細そうに見えて実は直情的な、調らしい尋ね方だった。

 その聞き方に星司は思わず戦慄する。一切何も悪い事をしていないのに、何故か言い訳がましくなってしまいそうな、そんな気分だった。

 

「し、調……お前、どこでその名を……?」

「おじさんが寝言で言ってたから。誰かな、って思って」

 

 思わず額に掌を当てて呻く星司。不覚だった。居眠りはもちろん、まさか【彼女】の名前まで出してしまっていたとは。

 そう自分の気の緩みに呆れ返っていると、横から切歌が首を突っ込んできた。もちろん、引っ掻き回すためだ。

 

「ちっちっちー、甘いデスよ調。きっとその人は、星司おじさんとただならぬ関係にあった人なのデス」

「例えば、どんな?」

「うえっ?えーっと…その、たぶん…甘くもほろ苦い、コーヒーのような大人の関係だったのデス!たぶん!」

「デタラメばかり言ってんじゃない馬鹿娘がッ」

 

 星司の手刀がズバッと切歌の脳天に振り下ろされる。もちろんさほど力は入れてないのだが、それでも切歌はやれドメスティックでバイオレンスだと吠え叫んでいる。割といつもの光景だ。

 その姿にどこか安堵を覚えながら改めて席に着く星司。深く腰掛けて背もたれに身体を預け、大きく一息吐く。

 なんだか、少し不思議な気分だった。

 

「……夕子とは、そんな関係なんかじゃないさ。

 よし、前に話すって言ったもんな。ちょうど良いから話してやる。…今日は、夕焼けも奇麗だからな」

 

 星司の言葉に少し不思議がりながら、調と切歌も姿勢を正していった。彼女らなりに、ちゃんと聴こうという態度の表れだった。

 それを見て少し嬉しそうに笑い、やがて星司が言葉を紡ぎ始めた。

 

「……南夕子。それが、彼女の名前だ。

 彼女との出会いは、まさに運命としか言えなかった。ある日の地球…ヤプールの超獣侵略が始まった日に、偶然俺と同じところで超獣の侵略に立ち会ってたんだ。

 俺はパン屋の配達として超獣に立ち向かい、彼女は看護師として弱い人たちを守護っていた。だが、俺たちはどちらも超獣によって死の淵に瀕してしまった。

 今わの際で俺たち二人は、ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック、ウルトラマンエースのウルトラ五兄弟に選ばれ、銀河連邦の証であるウルトラリングを授かり当時末弟であったウルトラマンエースと一体化した。

 そこから俺と夕子は、ヤプールと超獣の侵略から地球を防衛する為の組織であるTACに入隊し、共に戦う日々を送っていたんだ」

「その人が、前におじさんの言ってた”一緒に戦ってた人”だったんデスね」

「ああ、ヤプールの卑劣な侵略にも負けることなく、共にな。この番いの指輪が輝く時、俺と夕子はその手を重ね合わせてエースへと変身して戦ったんだ」

 

 星司の手で輝くウルトラリング。その光は強く優しく、まるで彼自身を象徴しているかのようだった。

 だが、そこでまた調が気付き、真っ直ぐ尋ねていった。

 

「…でも、それが何故星司おじさん一人に…?」

 

 当然の疑問だった。ウルトラリングは”番いの指輪”。つまり二人それぞれに与えられた物のはずだ。

 だがそれは、今は星司一人の両手に収まっている。それが意味するもの……。

 返答を口に出そうとする時、彼の顔はほんの少しだけ、遠景を思い出したかのような寂しさを思わせる笑顔をした。

 

「……ある日突然、彼女にとって最後の戦いの日が訪れた。

 かつて月に存在したといわれる文明を滅ぼし、死の星に変えた満月超獣ルナチクス…。それが地球に出現した。

 彼女は強い決意と意志を以て俺に教えてくれた。自分がルナチクスに滅ぼされた月の人間の末裔…月星人であったこと。同胞のために、そして地球のためにルナチクスを倒さねばならないことを。

 彼女の言葉を信じて、俺は夕子と共にエースへと変身してルナチクスを打ち倒した。そして、使命を終えた夕子は、同胞が待つ自分の居場所へと帰っていったんだ。

 …俺に、自身のウルトラリングを託してな」

 

 静かに語る星司の話に、調も切歌もどこか申し訳なさそうな表情に変わっていた。聞いてはいけなかったものを聞いてしまったかのように。

 

「おいおい二人とも、何をそんな暗い顔をしてるんだ。らしくないぞ?」

「で、でも…話してくれてるおじさんが、なんだかちょっと辛そうデス…!」

「……ごめんなさい、私が聞いちゃったから」

「なぁに言ってるんだ。ちゃんと話すって前に約束しただろ?俺はその約束を果たした。それだけだ。だから、二人が気に病むことなんかなーんにもない」

 

 不安げに見上げる二人の少女に、明るい笑顔で星司が返す。何も変わらない、いつもの姿だ。

 

「辛そうに見えたってんなら、きっとあの日を思い出したからだろうな。

 俺は、使命を終えて宇宙へと飛び立っていく夕子を、ただ真っ直ぐ見守っているしか出来なかったからな…」

 

 かつての日を思い返す。夜明けを迎える空へ飛び立つ月の妹を見送る一人きりになった星。

 悲しみはあった。不安もあった。だが、それでも戦わなければならなかった。何故ならこの身は、ヤプールの侵略から地球を守護るウルトラマンとなったのだから。

 そして何よりも、地球を故郷同様に愛した妹からもその想いを託されたのだから…。

 

「どんなに遠く離れたとしても、もう会うことはないと言われても…俺は、ずっと傍で夕子の存在を感じられていた。同胞たちと共に強く生きようとする、彼女の意志を。

 だから俺は、最後まで戦えたんだ」

 

 胸を張るように語る星司に、調も切歌もなにも言わなかった。

 その生き様に、心の強さに見惚れているようでもあった。

 

「さ、話は終わりだ。明日もまた学校なんだろ?あとの勉強は自分の家でやってこい」

 

 小さな肩を叩かれて、二人を帰路につかせる星司。話をしている間にずいぶんと日も暮れて夜になってきたのだ。

 時間はまだ夕暮れではあったが、季節はもう冬に近づく秋の終わり。日の入りが早くなるのも当然だ。

 公序良俗に反するとまで言うつもりはないが、娘か孫のような少女らを長居させて深く日の落ちた夜の道を帰らせるわけにもいかなかった。今ならばまだ大丈夫だろうと。

 その催促を受け、二人並んで空になったトレーをレジのところで閉店準備を進めていた七海に受け渡す。

 そして二人に見送られ、調と切歌はいつものように明るく別れの挨拶をして店から出て行った。

 

 その帰路を歩む中、二人の間に流れる空気はどこか不思議な感覚だった。

 

「……なんかこう、なんと言いますデスか……」

「うん……星司おじさんが強い理由、少しだけ理解った気がするね」

「まったくデス…。やっぱり大人は、一味も二味も違うのデスね」

「私たちはまだまだ子供だもの。今は、追い付こうとするだけで精一杯」

「だったらまた、一緒に頑張って走っていけば良いだけなのデス。アタシたち二人一緒なら、きっと辿り着けるデスよ」

 

 自然と調の手を握りながら、切歌が眩しい笑顔で言った。

 それに合わせるように調もまた笑顔になる。それはきっと変わることのない、二人の間柄を表しているようだった。

 互いの手を握りながらまた歩み行く。と、その道の中…灯り始めた街灯の下に、小さな何かがうずくまるような姿をとっていた。

 酔っ払いにしては時間が早すぎるし、そもそもの身体の大きさを見ても小さくて子供っぽい。調やエルフナインと同じぐらいのようにも見える。

 思わずそこに駆け寄る二人。もしこれが怪我人や体調を崩した者ならば助けを呼ばなければならない。即座にそう考えての行動だった。

 

「大丈夫デスかー?」

「どうか、されたんですか?」

 

 かけられた声にビクッと震えたのが分かる。それでも返答をせずにうずくまったまま動かなかった。不思議そうに様子を眺めていると、小さなその姿が僅かに震えているのが分かった。

 

「寒がってる、デスか…?」

「それとも、怯えてる…?」

「うぅ~…悩んでても埒が明かないデス!てぇいっ!!」

「あっ、切ちゃん!」

 

 力尽くでうずくまる者を起こし上げる切歌。勢いと共に目深に被ったコートのフードが捲り上げられ、その顔が明らかになる。

 濃緑の肌色と、白色の目。人間とやや似ている姿をしながらも、その明らかな相違点は眼前の存在が地球人でないことを物語っていた。

 

「デ、デ、デェェェース!!?」

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 互いに悲鳴を上げながら切歌は後ずさり、地球人でない人間はまたフードを被ってうずくまり震えた。

 

「切ちゃん!コイツ…ッ!!」

「ま、待つデスよ調ッ!この、この人って、もしかして……」

 

 前に出てギアペンダントを握る調を制しながら切歌が思考を巡らせる。そういえばこの姿と似たような連中と、一度相対したことがあったんだった。

 それを確かめるべく、息を落ち着かせて再度近寄り声をかけていった。

 

「……あなた、もしかして……バム星人、デスか?」

 

 切歌の声を聞き、震えながらもそっと顔を上げる。そして彼女と目を合わせたのち、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「やっぱり。どっかで見覚えがあると思ったデスよ」

「バム星人って、確か前に切ちゃんとクリス先輩と矢的先生を襲ったあの…ッ!」

「だ、だからちょっと待つデスってばぁ!!」

「どうして!?だって切ちゃん、そいつらに――」

「それはもちろんそうなんデスが、このバム星人はなんだか様子がおかしいように見えるんデスよ!

 だから…ちゃんと話ぐらい、聞いてからでも良いと思うんデス」

 

 切歌の悲しそうな表情で察する調。対話を十分に出来なかったが為に起きた悲劇は、彼女もよく知っていることである。それを鑑みると、切歌の提案を無下にすることなど出来なかった。

 自らの身を引き下がらせることで肯定の意を示す調。その顔は少し複雑ではあったが、切歌にすればそれだけでも嬉しいことだった。

 

「さっ、お話を聞かせて欲しいのデス。大丈夫、怖くなんかないデスよー?」

「……本当、ですか……?」

 

 フードの奥から聞こえてきたのは少年の声だった。おずおずと、未だ警戒の色を隠そうとしない慎重さも聞いて取れる。

 それに対し、切歌は持ち前の明るい笑顔で、照らすように彼に向けて返事をした。

 

「本当デス!…まぁそりゃ、あの時のことを思えばちょっとばかしおこな気分になるのも仕方ないデスが、だからと言ってキミに当たるような真似はしないデスよ。

 もちろん調…そこのお姉ちゃんもそうなのデス。だから、どうしたのか話してくれないデスか?」

「――……う…うえぇぇぇぇぇ……!!」

「えっえっ、な、なんで泣いちゃうんデスかぁ!?」

「あー、切ちゃん泣ーかしたー」

「調ェッ!?なぁんでそんなこと言うんデスかぁー!!」

 

 優しい切歌の言葉に、思わず泣き出してしまうバム星人の少年。思わぬ展開におろおろとしてしまう切歌と、それを諫める…と言うよりイジる調。

 ともあれこう泣かれてしまっては調としても彼に対して敵対心など持てなくなってしまう。表面上の姿形は地球人と違うものだとしても、涙を流し声を上げるその姿は何ら変わらず”人間”なのである。それに気付いたのだ。

 

「とりあえず、落ち着ける場所に行こう?」

「うぅ~……でも、落ち着ける場所ってどこデスか?」

「……それ、は……」

 

 

 

「――……で、俺のところに戻って来たわけだ」

「ごめんなさい、星司おじさん……」

「すぐに頼れる場所がここしかなかったものなのデス……」

 

 二人で頭を下げながら夜分の闖入を謝る。相手は星司、場所はcafeACE。

 七海は既に退勤しており、申し訳程度に灯りを残した店内には星司一人……と、調と切歌にとっては最もタイミングの良い時ではあった。

 さすがに二人の頼みだからと断れるわけにもいかず招き入れたのだが、連れて来た者がまさかバム星人の少年だったなどとは星司も思わなかったらしく、なんとも複雑な表情でホットココアをすすり飲む彼の姿を横目で眺めていた。

 

「……美味いか?」

「あ……は、はい……」

「そうか。それじゃ、少しは落ち着いたみたいだから聞かせてもらおうかな。君はなぜ、一人でこっちの世界で居たのかを」

 

 笑顔から一転、真剣な表情で少年と向き合う星司。そう、これが本題なのだ。聞かないことには前へ進まない。

 

「……僕は、バム星人”アコル”。この度は、本当に勝手なお願いなのですが……僕たちバム星人たちを、助けて貰えないかと思ってこちらへ来ました……」

「助けて、ほしい……?」

「どういうことなんデスか?」

「僕たちはあの日…ゴルゴダ星が破壊された後、元の四次元空間に逃げていました。その中で僕たちの種族も、もう戦うのは止めにしようと言う意見が多くなりました。

 もちろん機を伺い、再起と挑戦を掲げる大人も多かったです。ですがそれと同じぐらい、みんなは平和を求めてもいるんです」

「……それで、平和を勝ち取るために俺たちに戦意のある者らをどうにかしろと言うことか?だとするならば俺は……ウルトラマンは、その力を貸せん」

「な、なんでデスか!?」

 

 思わぬ星司の一言に驚きの声を上げる切歌。調も声は上げないもののその顔は驚きで見開いていた。

 

「俺たちが戦うのは無法の侵略者が、理不尽な災禍が現れた時だ。種族間の争いを調停するためにこの力を使うことは許されない。

 例えば戦争…。我々はどちらか一方の戦力に加担することはない。だがそれで傷つき、涙を流す無辜の民を守護する為にならばこの力を使う。

 それが、この力の意味なのだ」

 

 星司の言葉に口を噤む調と切歌。奇跡を体現したかのような存在であるが故に、その力の使い方は決して間違ってはいけないのだ。

 彼の言葉には、そんな重さが詰まっていた。

 一方でそれを聞いていたアコルは、星司の言葉にも深く納得しているように頷いた。

 

「もちろん、それは理解っています。これは僕らバム星人の話……そこを解決していただこうとは思いません」

「でも、だったら何故……」

「……皆さんに敵対した時、僕たちはヤプールの配下でした。ですがヤプールは、皆さんによって斃された。

 ですがその怨念が、今度は僕らを襲い始めたんです……」

 

 ヤプール。此方の地球に侵略の魔の手を伸ばし、先の戦いで五人のウルトラマンと六人のシンフォギア装者たちに敗北した異次元人。

 その言葉を聞いた途端、星司の顔がみるみる険しく変わっていった。忌むべき怨敵を前にした、憤怒の顔だ。

 そんな彼の顔に恐れを覚えつつ、アコルはまた言葉を続けていく。

 

「さっきも言った抗戦派の人たち……ヤプールはその人たちに目を付け、脅しと共に戦意を焚きつけていったんです。

 ヤプールの支配からは逃れられない……逃げたが最後、バム星人は一人残らず皆殺しだと……」

「ヤプール……あの、悪魔どもめ……ッ!」

「種族間の問題は僕たち自身が解決します。だから、お願いです……。僕たちを……同胞たちを、ヤプールの手から救ってください……!」

 

 涙目になりながら頭を下げるアコル。一瞬の間を置いて、彼の下げた頭の上に星司の大きな手が優しく乗せられた。

 上げられた顔に向けて、いつもの強く頼りになる笑顔をアコルに向ける星司。それを見て、調と切歌にもまた笑顔が開いた。

 

「ヤプールが噛んでいるとなると、見過ごすわけにはいかないな。大丈夫だ、俺たちに任せておけ」

「ビシッとズバッと、アコルのお仲間さんたちを助けるのデス!」

「うんっ!」

「――ありがとう……ありがとうございます!」

 

 涙交じりの彼の笑顔にその場が少し柔らかな空気になる。だがその瞬間、調の身体に強い拍動が起きたかと思うと脳内に異質な声が響き渡ってきた。

 アコルの声であると共に、奇妙な違和感と重低音の混じったような声。ただの一言だけだが、間違いなく聞こえてきたのだ。

『――そうだ、それでいい』と。

 

「――……ッ!!?」

「ど、どーしたデスか調……?」

「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「切ちゃん、星司おじさん……。いま、何か聞こえなかった……?」

 

 調の問いに対して首を横に振る切歌と星司。ついそのまま視線をアコルにもやるが、彼の表情も不思議そうなままだ。

 だからこそ、余計に困惑してしまう。ただの幻聴かどうか、彼女には判断材料が何も見当たらなかった。

 

「……そんな……確かに、いま……」

「疲れてるんじゃないデスか……?なんだったら、アタシとおじさんだけで先に行くデスよ?」

「大丈夫!……私も、行く」

 

 思わず声を上げてしまう調。不安はあるが、自分の聞いたモノの真偽を図るためにも此処で置いて行かれる訳にいかないのだ。

 そう決意を固めたときに、また店のドアが開き鈴が鳴る。そこにはクリスと猛が並んで立っていた。

 

「クリスセンパイ!先生も!」

「来てくれたか、猛」

「ええ。バム星人となると、私たちとて無関係とはいきませんからね」

「オッサンの方には話つけといてやったよ。四次元空間に行くのは、アタシらだ」

 

 サムズアップするクリスに強く安堵する調と切歌。つい先日ウルトラギアの発動を為した二人だ、戦力として見ても信頼に値する。

 それに、一緒にいてくれることが純粋に心強くもあった。

 全員で顔を見合わせ、アコルの元に集まる。装者三人とウルトラマン二人、彼にとっては予想以上の申し分ない戦力だ。

 

「みなさん……本当にありがとうございます……!」

「お礼は終わってからデスよ。それじゃ、チャチャっと行ってやっつけるデス!」

「よぉし、みんな行くぞォッ!!」

 

 星司の掛け声に次ぐように、アコルが手持ちの機械を作動させる。バム星人の持つ空間移動機だ。

 周囲がおぼろげな光に包まれ、やがてその姿が透明になっていく。だがその時、またも調の脳裏に先ほどと同じ重低音の声が響いてきた。

 

『――だが、貴様らは不要だ』

「……!また、なの!?」

 

 声も虚しく消え去る一行。

 身体にかかる不快な重圧を越えて数秒の後に、ゆっくり目を開ける。そこは以前に切歌が見た、あの四次元空間に存在する静かで暗い街並みだった。

 

「……あの時となんにも変わってないんデスね」

 

 と思わず周囲を見回す切歌。

 建物の配置、道の在り方……朧気ではあるものの、その空間は間違いなくかつて迷い込んだ四次元空間そのものだった。

 すぐに振り返り調と星司、アコルの元に駆け寄る切歌だったが、そこでようやく異変に気が付いた。クリスと猛の姿が、この場に居ないのだ。

 

「あれ、センパイと先生は何処なんデス?」

「……理由は理解らんが、どうやらこっちに来れなかったらしい。念話が通じてるから以前のような変身の障害は無いと言っているが……」

「デッ、デェェース!?」

 

 驚きの声を上げる切歌と思わず頭を掻いて考え込む星司。だが次の瞬間、調がアコルに掴みかかっていった。

 

「あなた……!あなたが何かしたの!?」

「な、なんのことですか!?僕はなにも……僕だって、なんでこんな……!!」

「とぼけないで!さっきもまたあなたから聞こえた。『貴様らは不要だ』って声が……ッ!!」

 

 力いっぱいにアコルの肩を握る調の手が、その細い指が強く食い込んでいく。その痛みに顔を歪めながらも、当のアコルには本当に何が何だか分かっていないようだった。

 

「答えてッ!あなたは一体――」

「止めるデス調ッ!こんな時に何やってるデスかッ!!」

 

 彼女から無理矢理アコルを引き離し、庇うように身体の内側へ入れ込む切歌。彼女に対し向けられたその目は、怒りを表すように睨み付けられていた。

 一瞬それに怯む調だったがそれでも負けじと睨み返す。根拠は無いが、今のこの事態にアコルがなにか関係しているのは間違いないと思っていたからだ。

 

「どいて切ちゃん……!そいつは、危険かもしれない……!!」

「なに馬鹿な事を言ってるデスか調は!アコルは一人で助けを求めに来たんデスよ!?アタシたちがして貰ったように、助けてあげなきゃデス!」

「……私だって、助けてあげれたらいいと思う。だけど、私には今彼を信じる事が出来ない……!

 だっておかしいもの!一緒にこっちに来たはずの先生と先輩が、居ないなんて……!!」

「だからって、それをアコルのせいにするのは間違ってるデス!!機械の不調でもヤプールの仕業でも、なんでも考えられるじゃないデスか!!」

 

 どちらも一歩も引かず、それ故余計に考えが食い違う。

 珍しく、互いが互いの言葉を信用できずに睨み合う調と切歌。その間から、二人の頭を押さえつけながら星司が割り込んできた。

 

「馬鹿野郎、お前らがケンカしてどうする!特に調だ。こんなところでそんなにも冷静さを欠くなんて、お前らしくもない……!」

「星司おじさん……でも私、確かに……!」

「言い訳をするなッ!」

 

 なんとか自分の聞こえたものを説明しようとする調だったが、それは星司によってキッパリと止められてしまう。彼自身に悪意はないのは理解っていたが、それでもこの言葉は調にとって明確な拒絶と受け取られていた。

 しかしそれでも自分の感じたものを簡単に捨てられるはずもなく、調はただ悔しそうに唇を嚙み締め俯ていく。

 彼女のその顔に思わず申し訳ない気持ちになってしまう切歌。だがその時、彼女らの前にゆらりと数人の人影が現れた。現れた姿形は間違いなくバム星人の成体。だが、揺蕩う空気に普通の生き物特有の機敏さが見えなかった。

 その無機質的な空気はむしろ、ノイズやスペースビーストを連想させられる。そんな同胞の姿を見て、アコルがまた激しく怯えだした。

 

「……あ、あれは……逃げる僕を襲ってきた人たち……!」

「あっちが本命の相手ってことデスね……ッ!」

「…………ッ!」

「迎え撃つぞ二人ともッ!だがどんな理由があれ、相手は俺たちと同じ人の命だってことを忘れるなッ!」

「分かってる……!」

「人殺しなんか、全然望むところじゃないのデス!」

 

 決意を込めて襲い来るバム星人の方へ走りながら、調と切歌が自らのシンフォギア……シュルシャガナとイガリマの起動聖詠を読み唄い上げる。

 二人それぞれの奏でる歌に反応、展開されて彼女の身に纏われる緋刃のシンフォギア・シュルシャガナと翠刃のシンフォギア・イガリマ。まずは切歌が先んじて、即座に身の丈ほどもある獄鎌のアームドギアを展開し、足元を抉り目眩ましのように地面を巻き上げた。

 一瞬何が起きたのか分からずに左右をキョロキョロと見回すバム星人たち。そこを厚底の足やアームドギアの柄の部分で殴打していく。

 調もまたα式・百輪廻で足元の地面を狙い、傷つけないように地上掃射で足を止めていく。その隙を縫って掌に収まるサイズの小型自在鋸……ヨーヨー型のアームドギアで後頭部や頚部に対しての打撃を狙い放たれていった。

 同時に星司も、ゼロや80ほどではないにしろこれまで超獣らとの戦いで培ってきた格闘術で対抗する。無骨な重たさを伴う攻撃を、目眩ましで生じた隙に叩き込んでいく。

 皆がそれぞれ最も得意とする刃を封じ、いたずらに彼らの命を奪うことはしないように専念していった。

 

 一通り倒したものの、またゆっくりと起ち上がるバム星人たち。その異様な雰囲気に、調と切歌はもちろん星司にも妙な気分が湧き上がっていた。あまりにも強すぎると言うか、タフすぎる。

 わずかな焦りが心に起きたところで、突如周囲から重たい嗤い声が鳴り響いた。空間そのものを発生源としたそれには、あまりにも覚えがありすぎた。

 

『フッ、フハハハハ!!無様に足掻くものだな、北斗星司……ウルトラマンエースよ!!』

「やはり貴様か、ヤプール!」

「随分と、お早いお帰りで……」

「性懲りもなく、いつまでストーカーしてきやがるデスかッ!」

『ほざけ小娘どもがッ!!……フッ、だが貴様らは罠に嵌ったのだ。この四次元空間で、貴様らに絶望をくれてやるッ!出ろ、ノスフェルッ!!』

 

 ヤプールの声に伴い、地中から出現する巨大な異形。長い爪と牙を持ち、単純ながらも醜悪なその姿は、例えるならば皮を剥がれたネズミだ。

 フィンディッシュタイプビースト・ノスフェル……。その獣系悪魔の如き禍々しい巨体が、彼女らの前に出現した。

 

「こいつもスペースビーストか……。ヤプールめ、超獣だけでなくこんなモノまで連れて来るなんてな……!」

 

 ノスフェルの姿に気圧されないように構える三人。だがそちらに気を取られてしまった為、その隙を迫っていた者に気付かなかった。

 

「ぅわあぁぁッ!?」

「アコル!?」

 

 アコルの悲鳴に思わず振り向く。そこには彼を捕まえて、気持ち悪く笑うバム星人たちの姿があった。

 思わず飛び掛かろうとする切歌だったが、首に添えられたバム星人の手が見る見る異形へと変化……。大きな掌と長い爪が伸び、まるで相対しているノスフェルの手そのものだった。

 

「あの手は、一体……!?」

『ビーストヒューマン。ノスフェルが捕食したニンゲンに自らの細胞を植え付け、群体として操ることが出来るのだ』

「捕食……ってことは、つまり……!」

『そうだ、こいつらは屍人……ノスフェルによって生き永らえさせられている、ただの抜け殻よッ!』

「何処までも非道を……ッ!!」

『言っただろう、絶望をくれてやるとな。さぁビーストヒューマンどもよ、ノスフェルと一つに戻るのだッ!!』

 

 ヤプールの声に従うように、ビーストヒューマンと化していたバム星人たちが一つの肉塊となってノスフェルと同化するために飛んでいく。

 その中にはもちろんアコルを捕えていた者たちも含まれており、彼を一緒に巻き込んでノスフェルへと取り込まれていった。

 悲鳴と共に額部分のコブへ同化されるアコル。それは正しく、ノスフェルとヤプールがとった人質に他ならない。

 

「アコル!!行くデスよ調、おじさんッ!!」

「ああ!ウルトラタッチだッ!!」

 

 星司は自らの両の拳を打ち付けあい、調と切歌はウルトラリングを付けた互いの手をタッチし合う。

 輝きがその場を覆い、三人がウルトラマンエースへと変身した。

 

「ヌゥンッ!!」

 

 構えるエースと相対するノスフェルが奇声を上げてエースへと襲い掛かってくる。

 振り下ろされる鋭い爪の一撃を受け止め、弾き飛ばして空いたボディに重いパンチとキックを打ち付ける。

 対するノスフェルもそれに体当たりで反撃。身体ごとの一撃に怯むエースだったが、すぐに立て直して首筋目掛けての手刀で連続攻撃を仕掛けていった。

 

『おじさん、アコルはあの頭に!』

「ああ、ならばまずはそこを切り離す!」

 

 胸の前で両手を伸ばして向かい合わせ、腕に力を収束させる。束ねられた力を光の刃に変えて前へと突き出し放った。エースの得意技の一つであるホリゾンタルギロチンが、ノスフェルの首を胴体と分断して地面に落下する。

 一先ずこれでアコルの保護は出来た。あとは残された胴体を焼き尽くすべく、両手を伸ばして左へと上体を捻った。メタリウム光線の構えだ。

 だがその構えをとった瞬間、一体化している調の脳裏にまた異変が襲来した。視界に映るノスフェルの……頭部を失ったその肉体が透けて見える。

 そのノスフェルの胸部、すなわち心臓部分に見知った姿があった。つい先ほど、午後の放課後の来店時を始め何度も何度もお世話になってきた人……七海の姿だった。

 

『待って星司おじさん、撃たないでッ!!あそこに……あのビーストの体内に、七海さんが――』

『本当なんデスか調ッ!?で、でも、アタシには何も見えないデスよ……!?』

「俺の透視能力でも視えない……。調、なぜそんなことが理解った!?」

『だ、だって……私は見た……ううん、今でも見えているの!気を失って、あの中で……!!』

 

 振りかぶったまま動けなくなるエース。その姿をせせら嗤うように、ヤプールの声が轟いた。

 

『どうしたウルトラマンエース、撃たないのか?撃たないならばそれでも構わん。だが、頭に残された者がどうなるかは想像するに容易いよなぁ?』

「ヤプール……貴様、七海まで人質に取っていたのか!」

『……誰のことを言っているのだ?そんな戯言で、このヤプールの気でも引こうというつもりなのか?随分と滑稽になったものよ、ウルトラマンエース!!』

 

 放たれた返答に驚愕する三人。ヤプールの性格を考えれば、こちらの窮地ともなれば己が全ての画策をひけらかし、煽るように追い詰めてくるのは明白。それが七海の存在を認知していないような口振りが、更なる困惑を招いたのだ。

 調以外は誰も認識していないという事実。そこから導かれる答えは……。

 

『もしかして、影法師のヤツが調に憑いてて、それで幻覚を見せてるんじゃないデスか!?』

『そんな、まさか……』

 

 星司も内心それを考えてはいた。調らしくない感情の振れ方、自分にだけ気付く何か。それが影法師の影響というのであれば納得のいく部分だ。

 ならばこそ、自分が今すべきはアコルを助けて調の不安も払拭させるべき。それを決意した星司が改めて両腕に力を籠め始めた。

 

『星司おじさんッ!?』

「大丈夫だ調!もしお前に影法師が憑いていようとも、俺が必ず救うッ!お前の不安は、俺が消し飛ばしてやるッ!!」

『その想いはアタシだって一緒デス!調にそんなことするヤツは、アタシが切り刻んでやるデスッ!!』

『待って……お願い、待って二人ともッ!!』

 

「フンッ!!!」

 

 左に振りかぶった腕を身体の前へ戻し、L字に交差させてメタリウム光線を発射。頭のないノスフェルの身体に直撃し、その肉体を爆散させた。

 それを見届けたヤプールも、忌々しそうに鼻で笑って消えていく。そしてエースも、変身を解いて三人それぞれが変身前の姿に戻った。

 

 すぐに切歌はイガリマのアームドギアでノスフェルの頭のコブを切り裂き、そこから星司がアコルを救い出す。意識は失っているものの、彼の容態はそう大したことがないものだった。

 一方で調はすぐさまノスフェルの爆散した場所に向かい、周囲を必死で見回していた。そしてそれは、すぐに見つかった。

 瞬間身体から力が抜け、シンフォギアも解除されてその場にへたり込んでしまう調。後を追ってやってきた切歌と星司が、そこにあるものを見て驚愕に染まった。

 鼻を鳴らして涙を流す調。彼女が見ているそれは、酷い怪我と共に意識を失いその場に倒れている七海の姿だった。

 

「……なん、だと……」

「……七海、おねえ、さん……?そんな……なん、で……」

「……った、のに……」

「調……?」

「待ってって、言ったのに……!なんで……どうして、信じてくれなかったのッ!!?」

 

 調の悲痛な叫びが、戦いの後地に木霊した……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 17 【君の隣で、遠く輝く星のように】 -B-

 暗黒宇宙。とある場所で二つの揺らぎが邂逅していた。

 方や黄金の影、方や紅赤の影。互いに放たれる威圧感は、宇宙空間に小さな歪みを生じさせるほどになっていた。

 

『……ヤプールか。さすがだな、ウルトラ戦士への怨念だけで、もうそこまで動けるようになるとは』

『エタルガー……貴様、何のつもりだ! 貴様が寄越したスペースビーストに余計な異物を混ぜ込みよって!』

『ああ、あの地球人か?いいではないか。あの人間はウルトラマンエースに近しい者……ヤツを絶望に叩き落とすのにちょうど良かっただろう?』

 

 怒れるヤプールと嗤うエタルガー。互いに同じくウルトラマンへの復讐を目的にしているものの、その思惑は交わらぬままだ。

 だがヤプールにしてみれば、思うように行かなかったとは言えヤツの言う通り、星司に対する確かなダメージになったとも確信している。

 仇敵であるヤツを斃せるのであれば、まだエタルガーの思惑に乗っていいだろう。やがてそう考えるに至った。

 

『……フンッ、いいだろう。だがここからは我の好きにやらせてもらう。口出しはさせんぞ』

『構わんさ。

 ――どうせ貴様は、ここで用済みなんだからな』

『なに……――グワアアアアアッ!!?』

 

 かざされたエタルガーの腕から破壊の電撃が放たれ、ヤプールの揺らぎを飲み込み雷光に包み込む。

 叫び声と共に揺らぎは霧散し、粉微塵に散ったヤプールの破片をその掌に集めていった。

 

『ククク……この身もだいぶ自由が利くようになってきた。そろそろ俺も、顔ぐらい拝ませておいてやろう。

 ……貴様らも行動を始めろ。役目を果たしたその時、貴様らもまた己が悲願を成し遂げることだろう』

 

 エタルガーの言葉の後に、二つの影法師が消える。

 そして暗黒宇宙に響き渡る高笑いと共に、エタルガー自身も揺らぎの中へ消失した。

 

 

 

 

 袖口で涙を拭いながら無作為に走り続ける調。何処を目指して走っているのかまるで分かったものではないが、今はただ感情の赴くままに走っていたかった。

 

(――どうして……? わたしは、ただ……――ッ!)

 

 思い返すは先のフロンティア事変。正義で為せぬ救済を掲げ、他者を信じることが出来ずに走り出してしまったあの日。

 正義を偽善と言い立て、ちっぽけな力だけでなんとかしようと息巻いていた。だがその結果は散々なもので、結局は手を差し伸ばしてくれた優しい人たちの力を借りることでなんとか最悪の事態を免れたに過ぎなかったのだ。

 そしてその恩に報いるために、自らの行動に責任を伴わせることを学び、強くなろうとしてきた。

 そうすれば、自分はもっと周りの人たちを信じられる。頼っていける。そして自分もまた、周りの人に頼ってもらえる”自分”になれる。そう思っていた。そう信じてきた。

 ――だと、言うのに……。

 

 考えながら走っていたからか、何も無いようなところでも躓き転んでしまう。そこで気持ちも一緒に倒れてしまったからか、もう立ち上がれなくなってしまった。

 倒れたまま涙を流し鼻をすすりながら、か細い声で暗い世界で独り呟く。

 

「……私が、間違っていたの……? 力も無いのに、私なんかが誰かに信じてもらおうだなんて……」

 

 自分に、他者を信じさせる”強さ”が無かったから。どれだけ自らの義に正しくあろうとも、力の伴わぬ責任などやはり偽りに過ぎないのではないか。

 かつて抱いていた思いに覆われて、調はただワケが分からなくなりながら泣くしかなかった。

 

「わからない、わからないよ……。切ちゃん……私は……」

 

 心が挫け、折れかかっていることだけが分かる。そんな彼女の前に、優しい白い光が、フワリと舞い降りるように歩み寄ってきた。

 暗い四次元空間の中で感じることのなかった光。それに気付き、調がゆっくりとその顔を上げた。

 見上げた先にあったのは、妙齢の女性の美しくも優しい笑顔。まるでそれは、前の事変で喪った養母の笑顔にも感じられていた。

 

「……マム……?」

「あら、私を母親と間違えちゃったかしら。でも、貴方みたいな可愛らしい娘に母と言われるのは光栄だわ」

 

 優しく頭を撫でられ、そのままハンカチで汚れた顔を拭われる。そこから自然と身体を起こされて、簡単にではあるが服の土埃も落としてくれた。

 涙は、自然と止まっていた。

 

「……ごめんなさい」

「何を謝ることがあるのかしら?」

「……いつまでも、立たせてもらうだけじゃ駄目だから……」

「そう、強いのね。でも、甘えられる時に甘えておかないと、あとで後悔するわよ?」

 

 マム……ナスターシャと似たような年恰好なのに、彼女の微笑みは無邪気さが感じられる。不思議な優しさに包まれた人だった。

 手を引かれて立ち上がる。光を伴う彼女の手は、いつも握ってくれていた誰かとも変わらず、暖かかった。

 

「座りましょう。私、貴方と話がしたいわ。そうね、あのベンチなんかどうかしら」

 

 目を向けた其処は、夜のように暗いが確かに公園だった。ブランコ、コンクリート製の小さな山、動物を象った乗り物……どれも、調からしたら見た事の無いような古めかしいモノばかりだ。

 その中で備え付けられている青色のベンチに腰掛ける女性。笑顔でこちらに招くように手を振り、それに応じるように隣に調も座る。固く冷たい感触が広がるが、不思議と今は嫌な感覚はしなかった。

 二人並んで腰を落ち着かせたところで、調がそっと声を出した。

 

「……話って、なんですか?」

「貴方が泣いてた理由、聞きたいと思って」

 

 率直に聞かれたことに少し驚く。だが、こんな風に距離を詰められることは初めてではなかった。

 立花響なんか特にそうだ、いつも率直に真っ直ぐ問いかけてくる。ただ眼前の女性は、彼女ほど想いの真っ直ぐさに勢いは無かったが。

 だが彼女から感じられる不思議な安心感は、調にとってこんな話をするにとてもありがたく感じられるものだった。

 ゆっくりと、経緯を話していく。

 

「……私はいつも、誰かに守護られてきました……。そばにいると心が温かくなる、大好きな人たちに……。

 私も、そんな人たちを守護れるようになりたかった。一緒に並んで、信じあって、もっと頼りにされたくて……。

 でも私は、誰かの信頼を得るにはあまりにも弱くて……」

 

 言葉の最中、俯いた調の目から思い出したように涙が零れ落ちてくる。想いは決して、無くなったわけじゃないのだ。

 

「誰も私のことを信じてくれなかった……。切ちゃんも、星司おじさんも……」

「……そう、酷い人たちね」

「そんなことない! そんなのじゃ、ない……!

 二人とも、私のことも守護ろうとしてくれてた……。私が悪いものに憑かれているんじゃないかって……。アコルたちバム星人のみんなも、守護らなきゃいけないのに……」

 

 信じてくれないことを責めながら、守護ってくれた優しさは決して否定させない。発した言葉の矛盾に混乱しながら、調はまた口を塞いで俯いてしまう。

 そんな彼女に、隣の女性がそっと優しく頭を撫でた。

 

「優しい子ね。もっと我儘を言ってもいい年頃なのに、そんなにも周りに気を使っちゃって。

 ……信じて貰えないことは、確かにとても辛く悲しいことだわ。おばさんの近くにも、あまり人に信じて貰えない人が居た。何度も理不尽に怒られて、傷つけられて……。

 それでもその人は、いつも誰かを守護るため戦った。どれだけ信頼を失いかけても、みんなのためにって。

 ……最後は、”自分”と言う存在を棄ててまで」

「……その人は、なんで、そこまでして……」

「きっとあの人、子供が好きなのよ。数多の未来を、笑顔で満たす事のできる子供たちのことが。それで私のことまで妹扱いされたら、堪ったものじゃないのだけどね」

 

 彼女の笑顔は、どこか遠くを見るように空へ向けられていた。星一つない暗い世界であるが、それでも何かの輝きを信じているようだった。

 

「私はその人の傍でそれを見てきたけど、途中で故郷に帰らなくてはいけなくなった。

 後悔はないけど、やっぱり少し未練はあったわ。でも私にも、故郷ですべき事があった。それを放棄するわけにはいかなかった。戦い続けた、あの人のように……」

「……離れ離れになって、寂しかったり、悲しかったりはしなかったんですか……?」

「無いなんて強いこと、私には言えないわね。……でも、私は私のすべきことを頑張れた。どれだけ遠くに離れていても、ずっとあの人を近くに感じられていたから。

 あの人が頑張って戦っているのに、私が負けてどうするんだ……ってね」

「離れていても、ずっと近くに感じられるもの……」

 

 思い返した。それはちょうど、ゴルゴダ星と地球とで自らの半身と離れ離れになってしまった時のことだ。

 奇跡の光は距離も次元も跳躍し、二人を繋ぎ輝いた。そしてその光は、やがて星と一つになり闇へと立ち向かっていった……。

 番いの指輪に視線を落とす。そこに蓄えられた光は、決して失われてはいなかった。

 

「……切ちゃん……星司おじさん……」

 

 名前を呟くと、まるで二人の顔が浮かんでくるようだった。

 いつも明るく、眩しく、自分のことを照らしてくれる輝きに似た笑顔を。

 

「貴方にもあるのね。どんなに離れていても、ずっと近くで感じられるものが」

「……はい」

「それは貴方が一番信じているもの。そして同時に、貴方のことを一番信じているものなのよ」

「私を、信じて……?でも、だったら……」

「信じることと守護ることは、等しく大事な想いではあるけれど、決して常に等しくあるものではないわ。貴方のその人たちは、その時は守護ることに想いが傾いちゃっただけ。

 大好きだから守護りたい……大好きだから、信じたい。不安定な天秤は、いつも揺らめいていて、どちらかにしか傾かない……。

 時にすれ違うこともある。思うがままに傾いてくれない時も多い。だけど、それで想いを閉ざしてはいけないの。だってどちらも、根底にあるのは”大好き”って想いなんだから」

 

 彼女の言葉を受けて、調の心に温かななにかが沁み渡ってきたのが分かる。

 みんなが胸の内に抱えている、間違いや正しさだけで割り切れないもの。どんなに大好きでも、人は互いに傷付け合うことだってある。

 でも傷を経て、より強く繋ぎ合えると言うことを知っている。だから……

 

 ――その”生きる痛み”から、逃げてはいけないんだ。

 

 それが答えなのかは理解らない。だけど導にはなってくれた。そう感じれた時、おもむろに調がベンチから立ち上がった。

 隣の女性へと真っ直ぐ向かい、大きく頭を下げる。不器用だけど精一杯の、感謝の意だ。

 

「話を聴いてくれて……色々話をしてくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。どうするのか、決めたの?」

「……大好きな人たちのところに帰ります。それで、もっともっと……いっぱい話をします。

 一緒に何かを守護りあえるように……お互いをもっと信じあえるように。そして、大好きな人たちとずっと笑顔で居られるように」

「そう。なら、頑張らなくっちゃね」

「はい……!」

 

 自然と漏れる調の笑顔に、相対する女性もまた優しい笑顔で返す。再度深い会釈で礼をし、そのまま振り返って駆け出そうとしたそこで、女性から一言。

 

「帰り道、理解るかしら?」

 

 思わず足を止めてしまう。そして女性の方に半分振り向いた調の顔は、とても恥ずかしそうに顔を赤らめて首を横に振った。

 それを見てクスクスと笑いながら、女性が調の隣に立ち小さな手を優しく握り包む。そして微笑みながら、「一緒に行きましょう」と手を引いて歩きだす。

 調はそれに、いつか喪った”母”の面影を感じていた。

 

 

 

 

 時間を少し戻し、ノスフェルからバム星人の少年アコルを救った切歌と星司に移る。

 泣きながら走り去る調を追いたかったが、意識の戻らぬアコルに加え重症を負った七海まで居る。調を追えなくなるのも致し方無かった。

 

「調ぇ……ッ!」

「……今は、七海の治療が先だ」

 

 何はともあれ、先ずは重症の七海をどうにかしなくてはならない。再度エースに変身してメディカルレイを使おうと試みた星司の前に新たなバム星人が現れた。

 またもビーストヒューマンと化した者が現れたのかと身構える切歌と星司。だが、その予想は放たれた言葉によって裏切られることとなった。

 

「待ってくれ! 私は、敵対するつもりはない……!」

「……君たちは、ビーストヒューマンではないようだな」

「私はバム星人の穏健派だ。アコルを……我らの同胞を救ってくれて感謝している。その礼となるかは分からんが、せめてその地球人は我々に治療させてくれないだろうか」

「今更しゃしゃり出てきて、なに勝手な事を――」

「よすんだ切歌。七海の身体を思えば、今は落ち着いたところに居る方が安全だ」

「でも、それじゃ調はッ!」

「……追おうにも、四次元空間で下手に動けば俺たちが迷うだけだ」

 

 星司の言葉に思わず歯軋りしてしまう。四次元空間で下手に動けばどうなるか、身に染みていたのは切歌自身だ。

 他のバム星人なら居場所や道筋が理解るだろうと諭され、今は七海を連れて彼らの拠点に行くことに賛同。星司に付いていった。

 

 

 辿り着いた其処は、かつて一度切歌たちが隠れ潜んでいた廃病院と雰囲気の似た古い病院だった。

 だが中の設備は、見知ったものから見たことのないものまで多種多様で、正に混在する異星の技術という感じがする。

 その中の一室……集中治療室に入れられた七海。切歌と星司はそれを見届けて、中で治療を行ってくれていると確認したところでその場を後にした。

 

 病院の外に出て、傍にあったベンチに腰掛ける星司。その隣に切歌もちょこんと座るも、ただ沈黙が流れてしまう。

 想いを巡らせるのはやはり調のこと。互いに流れる沈黙を静かに破るように、ゆっくりと口を開いたのは星司だった。

 

「……俺は、また信じてやれなかった」

「また、デス……?」

「かつて地球で戦っていた時に、な……。

 ……俺は、俺を信じて真実を訴えてくれている少年の言葉を嘘と吐き捨て、その心を傷つけたことがあった。俺自身が強くあるよう励ましてあげた子なのに、だ。酷い話さ」

「でも、おじさんにもちゃんと理由があったんデスよね……?」

「ああ。俺は虐めを苦にするその少年に、そんなモノに負けない子になってほしかった。くだらない嘘で心を汚したりしない、強い子になって欲しかった。だが、そんな俺の身勝手な善意の厳しさが、彼を傷つけたんだ」

 

 星司は思い返した。その時に言われた、長兄の叱咤の言葉を。

『お前は過ちを犯した。信じるべきものを信じず、少年の心を深く傷つけたのだ。

 お前は償わなければならない。それ以外に、少年の心を救う道はない』、と……。

 

「……調にも、同じことをしてしまった。

 信じるべきものを信じず、ただ自分の想いに身勝手になってしまったせいで、彼女を傷つけてしまったんだ……」

「……それは、アタシも同じデス……」

 

 星司の隣で、今度は切歌が同調するように口を開いた。彼女が思い返すは、奇しくも同じ頃に調も思い返していたこと。フロンティア事変にて、番いの二人がぶつかり合った時のことだった。

 

「色んなことが起きて、自分が消えちゃうかもしれないと思って……信じちゃいけないものを信じてしまったデス。

 調はそれが間違いだと理解っていた。それなのにアタシは、アタシのわがままで大好きな調に刃を向けてしまったのデス……」

 

 痛ましい記憶。語る切歌の目尻から一筋の涙が伝い落ちた。

 誤解と混乱から始まった諍いは、切歌にとって忘れたい……だが同時に、それは絶対に忘れてはいけない思い出。

 あの悲しみと喜びがあって、ようやく理解り合えた。ようやく、信じて良い他の誰かに出会えたのだ。それを自らが否定するなど出来なかった。だと言うのに……

 

「……アタシはまた、自分のわがままで調を傷つけちゃった。大好きな調を守護りたくて……ただ、守護りたくて……」

 

 俯き鼻をすする切歌の頭に、そっと星司が掌を乗せた。不器用に撫でまわすその手は不思議と温かかい。

 何故かその温かさが、余計に涙を溢れさせてしまう。気付けば切歌は、顔をクシャクシャにして涙を流していた。

 

「なんで、どうして信じてあげられなかったんだろう……。こんなにも調が大好きなのに……調が居なくなると、こんなにも辛くて悲しいって知ってるのに……!」

「……守護りたい想いと、信じる想い……。それはきっと、全部が同じじゃないんだ。

 同じ”大好き”から来ていても、いつしかどちらかに傾いてしまう。正しいとか間違ってるとか、そんなの関係なしでな。

 だから時に、選択を誤ってしまうんだ……」

 

 沈痛な面持ちの星司の方へ、涙で顔を濡らした切歌が向く。弱々しいその目で尋ねてきたのは、単純な……それでいて今の彼女には答えの見出せない質問だった。

 

「……星司おじさんは、その時どうしたんデスか……?」

「……償いを果たした。少年の言葉のすべてを信じ、彼の目の前で超獣を打ち倒すこと……。謝罪の言葉だけではない、それが俺がとった”行動”だった」

「じゃあ、アタシも調の為に償いをすれば……」

「そうなると、次はアコルや、ここにいるバム星人のすべてを疑う羽目になるぞ。切歌、お前にそれが出来るか?」

「えぅぅ……そんなの、無理デスよぉ……」

 

 分かっていた、彼女がそれを出来ないことぐらい。

 彼らの助けになりたいと強く願い行動したのは、他でもない切歌だ。今更疑心暗鬼に包まれてしまっては、それこそ彼女の心が壊れかねない。

 だが、ならば調を疑い続けていれば良いかと言われると、それもまた違う。彼女は七海がノスフェルに捕らえられていることを視えていたのだ。それも踏まえて、調もまた嘘を言ってはいないことは確かだ。

 歯切れの悪い思考に苛立ちが募っていく。何処かに闇は潜んでいて、それが徐々に自分たちを蝕んでいく感覚。一体何処に潜んでいるのか……どれだけ考えても、まるでこの四次元空間のように答えが見つからなかった。

 おもむろに視線を落とすと、目に入ってきたのは自らの指に嵌められた番いの指輪。まるで優しく見守るように、ウルトラリングは小さな光を蓄えていた。

 

(……夕子。お前なら、どうする……?

 どうすれば……俺はこの子たちの心を、助けを願う彼らを共に守護ることが出来るんだ……)

 

 思わず縋るように想いを飛ばしてしまう。どんなに離れていてもすぐ傍に感じられる存在……決して消えない、利発で優しい妹分ならばこの悩みにも答えてくれそうな気がして。

 だがすぐに首を振って浮かんだ思いを振り払う。彼女は居ないのだ。どれだけ心に彼女の意志を感じていても、話して答えが返ってくることなどない。だから、やはり自分がしっかりしなくてはいけないのだ。

 心を立て直すべくそう思ったとき、病院から一人のバム星人……アコルが出て来た。此方の存在に気付くと、笑顔でベンチの方へ歩いてきた。

 

「アコル。身体の方は大丈夫なのか?」

「はい、大した怪我もありませんでした。北斗さん、そして切歌さんと調さんが助けてくれたおかげです。

 それに皆さんは、僕のことを信じてくれて同胞たちも助けてくれました。本当に、ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるアコルに笑顔で返す星司。だが隣に座る切歌は、なかなか笑顔を作ることは出来なかった。

 無理もない。調の様子が変わり、傷つき走り去ったのは彼の存在があったからだ。守護るために信じなければいけない。それは理解っているが、信じて良いのか分からなくなってしまっているのもまた事実だ。

 切歌のその混乱による沈黙は良くも悪くも顔に出てしまっており、会って間もないアコルでさえそのことに気付けていた。気付けたからこそ、彼も発する言葉に躊躇いはなかった。

 

「切歌さん。一番に僕を信じてくれてありがとうございます。僕、嬉しかったです。

 切歌さんは僕らバム星人に悪い印象を抱いていてもおかしくないのに、それでも僕らを守護ろうって言ってくれました。そしてその言葉通り、守護ってくれました。だからもう、それで十分なんです」

「十分って……だってまだ、ヤプールのヤツが……!」

 

 切歌の言葉に寂しそうな、諦めにも似た顔をするアコル。だが彼ら、バム星人たちの考えは別にあった。

 

「僕らはまた四次元空間の何処かを放浪します。今度はヤプールなんかに従わないように、身を隠しながら」

「ずっと、逃げ続けるってことデスか……?」

「きっとそれが、僕らバム星人の宿命だったんです。

 安心してください。七海さんは治療がもうすぐ終わりますし、そしたら元の空間に返します。そのあとすぐに、僕らはこの世界を去ります。

 切歌さんと北斗さんは調さんと合流して、一緒にこの空間を出て下さい。それでもう、この話は終わりです」

「アコル……君は、それで良いのか?」

「……出来ることなら皆さんと……調さんとも、もっと仲良くなりたかった。でも、そう出来ないのは僕らにとって自業自得。

 僕に嫌疑がかけられているのも分かります。だからもう、これ以上関わるのは駄目なんです」

 

 アコルから告げられた別離の言葉。彼らにとってはきっとどうという事のない決定だったんだろう。だが切歌にとって、それは簡単に受け入れられる提案ではなかった。

 調を信じられずに傷つけて、守護ると言ったアコルにもこんな諦めの顔をさせてしまう。そんな自分が不甲斐なくて仕方ない。

 少なくともそれは、あの日二人一緒に誓った『自らの義に正しくあること』から大幅にズレてしまうことだ。故に、返す言葉に迷いは無かった。

 

「――フザケんじゃないデスッ! アコルたちが逃げなきゃならない理由なんか無い! みんなに理不尽を強いたヤプールが全部悪いんデス!

 理不尽の言いなりになんかなっちゃいけない……。怖さに怯えて逃げるだけでも、なんにも解決しない……。向き合わなきゃ、みんなで本当の笑顔になんかなれないんデスッ!」

 

 吐き出された言葉は切歌が自身に向けた戒めの言葉でもあった。

 あの日向き合えなかったから起きた悲劇。それを超えれたからこそ繋がれた温もり。生きることを諦めたら得ることが出来なかった、大好きな人の本当の笑顔。

 それはどんな時でもずっと近くで感じられるもの。離れ離れになった今でも、間違いなく。

 

「アタシが何かを償えるって言うのなら、それはきっとアコルたちを守護ることデス。それで調も連れて帰って、みんなでいっぱいお話をするんデス。

 想いを刃にしたら相手を傷つけるだけデスけど、言葉や歌にすればきっと繋がれる。大好きな人たちと信じあい、守護りあい、一緒に笑顔で居るために出来ること……。

 アタシの知ってる答えは、それしか無かったんデスッ!」

 

 ハッキリと告げる切歌に、自然と星司にも普段の笑顔が戻っていた。切歌の出した答えに、誰よりも彼自身が感心していたのだ。

 自分の認識はやはり甘かった。切歌はこんなにも強い娘だ。そしてきっと、調も同様に強い娘のはずだ。それを信じて今自分が出来ること。それはやはり、彼らバム星人たちを守護る以外にないと結論付けた。

 

「……本当に、最後まで僕たちを守護ってくれるんですか? 皆さんを傷つけた僕たちバム星人と、仲良くしてくれるのですか……?」

「当ったり前デスッ! だってアタシたちも、そうやってセンパイたちと仲良くなっていったんデスから!」

「よく言ったぞ切歌! よぉし……俺も一緒に、みんなを守護るために戦おう!」

 

 互いに想いを重ねたことで咲き出す笑顔。その時、空から重い声が響いてきた。

 

『愚かだな北斗星司よ……。そうやってまたも同じ過ちを繰り返す貴様は、愚鈍以外の何者でもない……!』

「その声……貴様、ヤプールではないなッ!」

『こうして声を交わすのははじめてだな北斗星司……いや、ウルトラマンエース。この俺が、エタルガーだ』

「エタルガー……こいつが!?」

「大ボスが来るとは良い度胸してるデス……!」

『そろそろ俺も動かなければならないからな。それに今回の期は熟した。もう教えてやっても良いと思ってな』

 

 エタルガーの言葉に内心で首を傾げる星司と切歌。見下すように眺めるエタルガーがその手を動かすと、何もない空間から先ほど倒したはずのノスフェルが出現。

 驚愕に歪む星司たちの顔を見つつ、嗤うようにゆっくりと言葉を吐いていった。

 

『そこにいるバム星人ども……かつてヤプールの配下にあったそいつらに、俺はこのノスフェルのビースト因子を植え付けた。それを介することで動きを全て把握しつつ、時に洗脳して動かしていたのだ。

 つまり、あの地球人をノスフェルに捕わせていたのもそいつらを使ってだ』

 

 嘲笑うかのようなエタルガーの声。それにただ歯軋りをしながら、星司と切歌は強い怒りを高ぶらせていった。

 

「お前が、七海おねーさんも……ッ!!」

「貴様……絶対に許さんぞッ!!」

『フフフ……怒るのは良いが、こっちに気を向けていて良いのか?』

「――ふたりとも、はなれて……!」

 

 エタルガーのその言葉で、ようやく背後の異変に気付く。同時に放たれたアコルの声と、振り下ろされる鋭い爪。寸でのところで星司が切歌を庇う形で押し倒したが、彼の腕には深い切り傷が付けられた。

 すぐに目を向けると、二人は驚愕した。先ほどまでなんともなかったアコルの腕が、ビーストヒューマン同様に鋭く肥大化していたのだ。

 

「アコルッ! なんで……ッ!」

『言っただろう、俺はビースト因子をも操ることができる。ちょっとした応用でこの通りだ。これが何を意味しているか分かるな?』

「――七海ッ!」

 

 すぐに察することが出来た。此処にいるすべてのバム星人をビーストヒューマンに出来るのであれば、病院の中でそれを行うと治療中の七海を殺すのも訳ないこと。そして争いを望まぬ者たちにも、互いに殺し合いさせる事が容易に出来るのだと。

 この大多数の人質により、エタルガーは絶対的な優位についた。星司と切歌にとって、完全に詰みの状態と化したのだ。

 

「何処までも汚いヤツめ……。貴様もまた、ヤプールと同じ悪魔だ!」

『”魔神”と呼んでほしいものだな。せっかくだ、もう一つネタ晴らしをしてやろう。

 貴様らは影法師を、月読調に憑いていると睨んでいたな。だがそれは間違いだ』

「間違いデスって……!?」

『そうだ。もちろん暁切歌、貴様でもない。そしてバム星人どもにも憑いてはいない』

「……それじゃあ、まさか……」

 

『――ご名答。北斗星司、貴様に憑いていたんだよ』

 

 打ち明けられる真実に衝撃が走る。誰も予想が出来なかったはずだ。北斗星司……ウルトラマンエースの中に何時の間にか影法師が棲み付いていたなどと。

 

「馬鹿な……この俺に、だと……!?」

『そうだ!その影法師からの情報で、そこの地球人の存在を俺に知らしめた! そして月読調は、ただ独りそのバム星人に潜むビースト因子の声を聴いてしまい、下らん言い争いで逃げていった!

 すべては貴様が招いたことだったんだよ、ウルトラマンエースッ!! ハハハハハッ!!』

 

 自身の胸を握り項垂れる星司。傍から見ると彼のその姿は絶望に負けたように見て取れた。

 だがそうなっても仕方ないだろう。自分の存在が無関係の七海やバム星人たち、調と切歌にもこんなにも辛い思いをさせてしまったのだ。普通ならば心挫けてしまうのも止む無し……。

 ……なのだが、俯く彼から漏れ出した声は予想に反して笑い声だった。

 

「――フッ、ハハハハハ……ッ! そうか……なんだ、俺だったのか。

 そりゃあいい、安心した。それならば、もう周りの誰かを傷つけてしまうのではと悩む必要は無いってことだからなッ!!」

 

 威圧の込めた笑みを浮かべて立ち上がる星司。胸の中から抉り出すように引き抜かれた闇は光る手の中に収められており、やがてダミーダークスパークの形に固着する。それを上へ大きく振りかぶり、地面へと叩き付けた。

 音を立てて砕けるダミーダークスパーク。エタルガーに向けて強く睨みつける星司だったが、視界が歪み倒れそうになってしまった。

 すぐに切歌が彼の身体を支えるが、普段見せない深い息を何度も吐いていた。

 

「おじさんッ!」

『さすがはウルトラマン、自力で浸食された闇を引き剥がすとはな。だがどうだ、無理矢理やったせいで大幅に体力を使ってしまったようだ』

「クッ……!」

『それに引き剥がされた闇も消えてなくなった訳ではない。

 さあ我が手に還れ闇黒よッ! ヤプールの遺した怨念と今一つとなりて、破壊の化身として甦れッ!!』

 

 エタルガーの言葉に反応し、星司が叩き壊したダミーダークスパークの破片が暗天に佇むエタルガーに向けて飛翔。空中で再度一つに結合した。

 そしてエタルガーの手からもう一つの赤い闇……粉微塵にしたヤプールの怨念と魂をダミーダークスパークへと発射。悪しき輝きと共に二つの闇が融合していった。

 

 《ダークライブ ―ユニタング― ―カウラ― ―マザリュース― ―巨大ヤプール―》

『現れろッ! 最強超獣ッ!!』

 《合体 ―ジャンボキング―》

 

 融合した二つの闇は巨大な姿へと変化し、ノスフェルの隣に具現化する。

 ジャンボキング……それはかつて、ウルトラマンエースが地球での戦いで”北斗星司”として最後に戦った最強の合体超獣。彼にとって忘れることの出来ぬ、忌まわしき敵だった。

 

『殺戮しろノスフェル!蹂躙しろジャンボキング!ヤプールの怨念に従い、北斗星司を絶望と共に斃すのだッ!!』

 

 エタルガーの声に従い侵攻を開始するノスフェルとジャンボキング。けたたましくも禍々しい咆哮とともに、四次元空間の街が無造作に破壊されていく。

 炎と瓦礫が巻き上がる様を苦しい顔でただ眺めてるだけの切歌と星司。シンフォギアで対抗しようにも切歌一人ではどうなるか目に見えているし、エースに変身しようにも体力を奪われた星司だけではあの二体に対抗出来やしない。今の二人は、あまりにも無力だった。

 項垂れる二人の背後から、アコルの変成した鋭い爪が向けられる。絶体絶命……まるで絵に描いたような危機的状況に、切歌の心ももたげ始めていた。だがそこに、呟くように絞り出したアコルのか細い声が聞こえてきた。

 

「……にげ、て……」

 

 流れる一筋の涙。そんなものを見てしまっては、その言葉に従うなど到底出来やしない。もたげ始めた心を奮い立たせ、切歌は強く、笑顔で言い放った。

 

「逃げるものかデス!絶対に絶対、みんなを助けるんデスッ!」

 

 振り下ろされる爪。思わず目を閉じて顔を逸らす切歌がその一瞬で思考したのは、やはり自らの片割れの笑顔だった。

 

(――調……ッ!)

「切ちゃんッ!」

 

 地面を抉り疾走する金属音が鳴り渡り、一台のモノホイール……月読調のシンフォギアであるシュルシャガナが変形した非常Σ式・禁月輪が砂塵を巻き上げながらに出現。手にしたヨーヨー型のアームドギアを振り回し、切歌に向かって振り下ろされんとしたアコルの右腕を縛り上げる。

 そのまま互いの間に割って入り、調が彼と相対する形になった。

 

「調ッ!?」

「しらべ、さん……。おねがい、です……そのまま、ぼくを……」

「駄目。そんなことはしないし、他の誰にもさせない。貴方は切ちゃんと星司おじさんが守護るって決めた人。だから、私も二人を信じて貴方たちを守護る!」

「調……でも、なんで……? アタシたちは調のことを信じずに酷いことをしちゃったデス。だってのに……」

「……私も、難しいことは分からない。ただ私は二人が大好きだから……。守護りたい想いも、信じたい想いも、”大好き”だから湧いてくるんだって教えて貰えたからッ!」

 

 決意を込めた調の言葉が切歌の心に沁み渡り、彼女の顔に笑顔を取り戻させた。

 

「――そうデス。調が大好きだから、調を守護りたかった。笑顔をくれる世界が大好きだから、その世界を守護りたかった。そんな世界をアコルたちにもあげたかったから、アタシはッ!」

「私たちはきっと何度も間違う。何度も擦れ違う。でも、その度に何度でも話そう! 想いをぶつけあおう!」

「もちろんデス、当たり前デス! でもその時は……想いを刃に変えることなく、あったかい手と手を重ね合わせて!」

 

『……好きだの信じるだの忌々しい言葉ばかり並べて……! 焼き払え、ジャンボキングッ!!』

 

 見下ろすエタルガーの声を受け、ジャンボキングの口から炎が吐き出される。狙う先は当然、標的が一か所に集まっている古病院だ。

 星司は動けず、切歌は彼を支え、調もアコルが誰も傷つけないように動きを封じている今は外からの攻撃には完全に無防備。ジャンボキングの攻撃に対し、成す術など無い――

 

 

 瞬間、光が病院とその周囲を大きく覆い、炎を遮断した。

 勝利を確信したエタルガーはもちろん、星司、切歌、調の三人もまたこの状況に驚愕する。その光壁の中心には、一人の女性が佇んでいた。

 

「おばさんッ!?」

『き、貴様はッ!?』

 

 それは調の道案内にと同行していた女性。彼女の闖入はエタルガーの想定外だったらしく、やや狼狽えた声が聞こえてくる。

 強かな笑顔だけを返答とし、調たちの元に歩み寄る女性。そしてアコルの変成した右手にそっと触れると、光が彼の肉体を元に戻していった。

 

「一時的だけど、ビースト因子を抑え込んだわ。この光の内側にいる限りは、もう大丈夫。よく頑張ったわね」

「は、はい……」

「ね、ねぇ調、このおばさんはいったい誰なんデスか?」

「私に色々話をしてくれて、助けてくれた人……。だけど、貴方は一体……」

 

 困惑する一同の中でただ一人、星司だけが知っていた。知らないはずがなかった。彼女の存在……その名前を。

 

「――夕子……なのかッ!?」

「お久し振りね、星司さん」

 

 その女性……南夕子が、思い出の中と変わらぬ笑顔で星司の方を振り向いた。

 

「南、夕子……それって……!」

「せ、星司おじさんと一緒に戦ってたっていう、月星人の!?」

「夕子、なぜ君が此処に……?」

「そういう話は後にしましょう。まずはあの敵をどうにかしないと」

「で、でもでも、星司おじさんはもういっぱいいっぱいデス!」

「私と切ちゃんが居るからウルトラマンエースに変身は出来るけど、星司おじさんの体力が何処まで保つのか……」

 

 星司の身体を心配する調と切歌に、夕子は少し驚きながらも優しい笑顔を向けて返す。そして再度、星司に向けて言葉をかけた。

 

「良い娘らと一体化したのね。だったら尚更、頑張らなきゃいけないわね」

「フッ……君はまたそうやって、俺に説教をするつもりかい?」

「あらやだ、説教だなんてそんな。私はただ、今も変わらず大好きな”お兄さん”に渇を入れたいだけよ?

 久し振りに一緒に戦うんですもの、星司さんにはしっかりしてもらわないと」

「夕子、まさか……」

「私が授かったウルトラリング、今だけ返してもらうわね」

 

 言葉とともに星司の左手のウルトラリングが光と化し、夕子の左手に装着された。番いの指輪が、長い時を経て再び真の意味を成したのだ。

 それを見せて微笑む夕子。ずっと近くで感じられていたものが、今この瞬間は目の前にある。その喜びが力に代わるのを実感できる。

 それを振り絞り立ち上がる星司。切歌に感謝の言葉をかけながら頭を撫で、此方に狂気の目を向けるジャンボキングとノスフェルに向き合った。

 

『クッ……! だが、何をどうしようとも貴様らに勝ち目などないわッ!!』

「……調」

「はいッ!」

「……切歌」

「はいデスッ!」

「……夕子」

「はい、星司さん」

 

 申し合わせたかのように、ウルトラリングを嵌めている四人の手が差し出された。

 重なり合った手。二つの番いは力強い光を放ち、暗い四次元空間を白く染め上げるように輝いていった。

 

 

「――今だッ!! 変身ッ!!!」

『ウルトラァーッ!! タァァーーッチッ!!!』

 

 

 掛け声とともに四人の姿が光へと消える。

 北斗と南。月と太陽。四つのリングが火を放ち、その輝きは光の嵐を呼ぶ。

 人の善意を利用し苦しめる外道らの前に、悪しきを断絶する正義の戦士が光臨した。

 

「ウルトラマンエース……! ――頑張れ、ぼくらのエースゥーッ!!」

「ムゥンッ!!」

 

 小さな少年の大きな声援を受け、ウルトラマンエースは力強く拳を握り構えるのだった。

 

 

 

 

『ノスフェル! ジャンボキング! ウルトラマンエースを殺せェッ!!』

 

 エタルガーの指示と共に動き出す、スペースビーストと超獣と言う二体の怪獣。

 ジャンボキングの眼から発射される破壊光線がエースの周囲を爆破させるも、エースはそれに怯むこともなく突進する。

 巨体を押し留めるように力強く組み合い、拳の連撃をジャンボキングの前半身に打ち込むエース。

 だがその強靭な肉体は攻撃を容易く通すこともなく、牛と龍の入り混じったような顔は平然としながら鋏状の腕でエースを切り付けていく。

 同時に背後からノスフェルが鋭い爪で襲い掛かる。暴力に任せた単純な攻撃しか持たぬノスフェルだが、その運動性の高さと繰り出される一撃はジャンボキングにも引けを取らないほどだ。

 なんとか転がりながら距離を作り離れるエース。すぐさま立ち上がるがそこを狙ってノスフェルが襲い掛かってくる。

 振り落とされた両手の爪を捕まえるも、体重を乗せた攻撃はそう簡単には弾き飛ばせない。拮抗する力比べは、エースがノスフェルの腹部を力尽くで押し蹴ることでイーブンになった。

 即座に両手にエネルギーとフォニックゲインを高めて刃状の光を形成する。右手に切歌の鎌、左手に調の鋸を携える、強化されたフラッシュハンド。まずその翠光の右手で胴体を斜めに切り付け、反撃にと繰り出されたノスフェルの右爪を緋光の左手で伐り落とした。

 

『先ず一本!』

「いや、あれは……!」

 

 甲高く鳴くノスフェル。胴体と手の傷が蠢いたと思うと、すぐさま傷口を塞ぎ元の通りに回復してしまった。

 

『ど、どういうことなんデスか!?』

「どうやら、あのビーストは回復能力を持っているのね……」

「ったく、厄介な相手だ……!」

 

 夕子の分析に溜め息交じりの声で返す星司。だが足を止めた一瞬の隙をついてジャンボキングの火炎放射が放たれる。躱す間もなく迫る炎に、ウルトラネオバリヤーを張ることすら叶わず腕を交差して防御したが、そのダメージはエースの体力を確実に削っていた。

 地面に膝を付くエース。胸のカラータイマーが鳴り響き、警告を伝えている。元より体力を奪われてしまった星司の分を夕子がフォローしているような状態。そう長く戦えるはずがなかったのだ。

 その上、近距離を細かく動き回りつつ回復能力を盾に襲い来るノスフェルと重戦車のような耐久力と破壊力を併せ持ちながら攻め立てるジャンボキングの組み合わせは、互いの欠点を相克しあう二体であると言える。

 負けるわけにはいかぬとは言え、この二体を同時に相手取るのはエース一人では余りにも大きな負担だった。

 かといって他のウルトラマンの加勢には期待出来ない。その為に四次元空間に連れ込まれたのだろう。

 ならば、残された手はもう一つしか無かった。

 

「……やるしか、ないか」

『やるって、まさか……』

『ウルトラギア、使うんデスか!? で、でも今使ったら星司おじさんが……!』

 

 調と切歌が危惧することは理解っていた。少ない体力に加え、一人で二人分の魔剣の浸食を受け入れ耐えなければいけないのだ。

 万全の時ならまだしも、今使えばどうなるか……悪い予想ばかりが募っていく。

 

「だがそれでも、やらねばならん……! みんなを守護る為に、ここで俺がやらねばならないんだッ!」

『でも、それで星司おじさんが倒れちゃうのは絶対に駄目なんデスッ!!』

『おじさんはまた、守護る想いにばかり傾いてる……! それじゃさっきと同じ、何も変わらないッ!!』

 

 調と切歌の言葉に気圧される星司。二人はそこに言葉を、想いをぶつけていく。

 

『人は反省の数だけ成長してくんデス!しなきゃダメなんデスッ! ……それに、おじさんのあったかい手が無くなるのは、とってもとっても嫌なんデスッ!!

 だからアタシは――』

『星司おじさんは今まで何度も自分を捨てて守護ってくれた! なのに、守護られた人たちがおじさんに「大好き」って胸を張ってお返しが出来ないのは嫌だッ!!

 だから私は――』

 

『『――”みんな”の未来(えがお)を信じて、それが咲き誇る世界を守護るために戦うんですッ!!!』』

 

【みんな】。

 それはつまりこの世界に生きる全ての存在であり、彼女たち自身のことでもあり、共に在る北斗星司のことでもあった。

 なんと傲慢で不遜で我儘な想いだろうか。だがその想いが、無垢な優しさが彼の心を押し留める。

 静寂の光の中で、夕子が何処か嬉しそうに笑い出した。

 

「言われちゃったわね、星司さん。この子たちのこんな想いを受けて、まだ一人で背負う無茶をするのかしら?」

「夕子……」

「私が呼ばれた理由が理解ったわ。いつまで経っても強情っぱりの星司さんの背を押すこと。

 ……星司さん、いい加減ちゃんとこの子たちと向き合いなさいな。せめて、私と同じように信じて託してあげなきゃ」

 

 光の中で三人を見回す星司。責められているようで、諭されているようで、頼られているようで……だが間違いなく、皆の想いは星司に向けられていた。

 何処か諦めるような、それでいて晴れやかな笑顔が自然と浮かんでくる。そして調と切歌、二人の小さな頭を優しく撫でた。

 

「……二人とも。そんなに俺に倒れて欲しくないのなら、俺を支える覚悟は出来てるんだな?大人の男は重たいぞ?」

『大丈夫。独りだと難しいかも知れないけど……』

『アタシたちは、独りじゃないのデス!』

「そうだな。じゃあ、一緒に行くか!」

 

 あまりにも軽く言い放った星司。だがそんな何気ない一言が、二人にとってとても喜ばしいものだった。

 立ち上がるウルトラマンエース。点滅するカラータイマーも意に介さず、ノスフェルとジャンボキングの前に仁王立ちする。

 

『みんなで重ね合ったこの手は――』

『――絶対に、離さないッ!!』

 

 調と切歌が互いに己が胸のマイクユニットに手をかける。そしてユニットの横突起を三度押し込み天に掲げ、星司と共に真なる力を呼び起こす起動命令を叫んだ。

 

『「『ウルトラギアッ!! ダブル・コンバインッ!!!』」』

 

 ダインスレイフの解放により紅い楔と化したマイクユニットが、調と切歌それぞれの胸を穿つ。その二重の痛みはすべて星司にも伝播され、爆発的に放出されるフォニックゲインと共にその身を侵食されていった。

 

『「『うぅぐおあああああああああッ!!!!』」』

 

 魔剣から放たれる二つの力は徐々にウルトラマンエースの肉体を黒く染め上げていく。調、星司、切歌の三人がそれぞれ手を繋ぎ互いを支えあっているにも関わらずだ。

 暴走する力の奔流に飲み込まれそうになった瞬間、三人の繋ぎ合う手の上に夕子の手が更に重ねられた。

 

「負けないでッ! 明日のエースは、貴方たちなんだからッ!」

『「『ああ……そう、だあああああああああッ!!!!』」』

 

 調と切歌の胸にウルトラマンエースと同様のカラータイマーを宿す胸部が浮かび上がり、融合するように覆い重なった

 同時に爆裂する闇色のフォニックゲイン。内部から追い出した力が体表部分を走るように流れ、鎧として固着していく。

 脚部から腰部後面を覆うは緋色、腹部から肩部を覆うは翠色。下腿に円柱形の脛当てが、上腕部には肩を覆う可動式アーマーがそれぞれ装着される。頭部の鶏冠部分も大型化され後方にも伸び、ウルトラホールを交点として交差するようにX字のラインが描かれた。

 カラータイマーを覆うように緋色と翠色の番い羽根のアーマーが二組装着され、その威容は完成を見る。

 鏖鋸シュルシャガナ。獄鎌イガリマ。戦神ザババの奮いし番いの双刃を、それと適合した二人の歌女をその身と癒合し、更なる力を得て二体の怪獣の前に立ちし巨人が己が名を吼え叫んだ。

 

『「『――ウルトラマンエースッ!! ツインウルトラギア・シュルシャガリマァッ!!!』」』

 

 胸の前で両拳打ち付けあい、強く構えるウルトラマンエース。輝く姿を見るバム星人たちは、自然とその顔に笑顔を浮かべ”彼ら”に声援を送っていた。

 

 

 

 吠えるノスフェルとジャンボキング。先ほどと同様に先陣をノスフェルが担い、柔軟なフットワークでエースに向かって走り出す。その後ろからジャンボキングがミサイルや破壊光線での爆撃を敢行。爆炎で足を殺しに来た。

 対するエースはやや前屈み……走り出す為の前傾姿勢を取る。そして意識を集中すると、足底部が展開、車輪が出現し高速で回転を始めてた。

 

『「『行くぞッ!!』」』

 

 轟音を伴い地面を削りながら、まるで滑るように走るエース。その動きは調のシュルシャガナと同質のものであり、その速度は彼自身のものを大きく上回っていた。

 動きを察し跳躍で回避しようとするノスフェルだったが、エースが突き出した左腕……その上腕部のアーマーから楔付きの鎖が射出されノスフェルの首と胴体に絡み付く。空中で拘束されたまま力で引き戻され、不安定な姿勢のまま戻っていくノスフェルの胸部に、力のすべてを乗せたエースの右拳が深くめり込んだ。

 口から嘔吐するように体液を撒き散らして倒れるノスフェル。その脇から突進してくるジャンボキングだったが、足底のホイールで高速で動きながら両上腕の鎖を全て射出。ジャンボキングの前半身の上体を拘束し、そのまま周囲を走り回る。

 そこから跳び上がると足のホイールを展開させ、左足にイガリマの如く鋭い刃を、右足にシュルシャガナの如く廻転する刃を出現。後半身に左足を突き立て、右足で薙ぎ払うように伐り裂いた。

 喚くように鳴くジャンボキングから離れて横を見ると、ノスフェルがまた鋭い爪で襲い掛かってくる。それに合わせて鶏冠の後部に伸びたアームドギアが展開、小型の光鋸が連続で発射されノスフェルに浴びせられた。

 倒れるノスフェルを視認し、両手を開き突き出すエース。右に翠、左に緋、フォニックゲインが生み出す二つの光を握り掴むと物質として固着した。

 

『「『エースブレードッ!天鋸式・へェLL裁Zぅ(てんきょしきヘルサイズ)ッ!!』」』

 

 二つの光を眼前で合体させる。そこから伸びたモノは、片や禍々しい巨大な刃を持つ獄鎌。その対側には激しく廻り唸る鏖鋸。二つのアームドギアを繋ぎ合わせた異形の長物を手に、よろめきながら起き上がるノスフェルに向かって走り出した。

 立ち上がり視認した時には既に時は遅く、ノスフェルの脳天にエースブレードの巨大鎌刃が突き刺さった。そのまま真下に引き下ろし、ノスフェルの肉体を縦に両断。そこから右手を逆手に持ち替えて、対側の巨大鋸刃で真横に振り抜き首を胴体から伐り落とす。

 直後にエースブレードを地面に突き立て、すぐさま両腕を伸ばして身体を左に捻る。一瞬力を溜めた後、腕をL字に組んでメタリウム光線を発射。ノスフェルの全身を残すことなく焼き尽くし、爆砕させた。

 

『「『コレであとは、あのデカブツだけだな!』」』

 

 ヤプールの怨念に突き動かされているのか、がなり立てるように鳴き声を上げながら突進するジャンボキング。それをエースブレードで止め、空いた腹部を押し蹴り出す。

 次いで一本だったエースブレードを鎌と鋸の二つに分割。ジャンボキングの身体を連続で切り付けていった。

 両方の刃でクロスに切り裂くと、そのダメージにジャンボキングも怯んで後退する。瞬間二つの刃はエースのそれぞれの腕を覆う腕部装甲へと変化し装着。両腕を下方で交差させ、そこから両腕を広げ仰ぐように天へと向ける。

 右からは翠の、左からは緋のエネルギーが弧を描き、頭部中央の鶏冠にあるウルトラホールを介して更に迸る。

 

『「『これで決着だ、ヤプールッ!! デェェェェェェェスッ!!!』」』

 

 頂点で両手を合わせ、束ね迸る光が巨大な廻刃へと変わる。大きく振りかぶってジャンボキングへと放たれた光の刃は超光速で回転しながらその首を両断。

 なおも回転を続ける刃は、内部の次元すら巻き込みながら敵の肉体を魂ごと無限に伐り切り刻む必殺の一撃、【暁星×夕月光(ぎょうせいゆうげつこう) スP詠sS・ギRぉ血nn処ッtOoぉ(スペース・ギロチンショット)】となり、巨大なジャンボキングの肉体を一片たりとも残すことなく微塵へと断破した。

 爆発すらさせずにジャンボキングを消滅させたウルトラマンエースを見て、忌々しそうにもすぐさまその場から消え去るエタルガー。そしてエースは喜びの声を上げるバム星人たちを一度見下ろし、光と化して空へを飛んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 数刻の後、アコルの元に戻ってくる調と切歌、そして星司と夕子。彼は満面の笑顔で、恩人たちの帰りを出迎えた。

 

「みなさん、本当に……本当に、ありがとうございます! みなさんのおかげで、僕たちバム星人は新しい道へ進むことが出来ます!!」

「良かったデス……! アタシたち、アコルたちの助けになれたんデスね!」

「はいッ!」

 

 喜びを分かち合うかのように笑い合う切歌とアコル。そこに、申し訳なさそうな顔で調が彼の前に立っていく。

 互いに目と目を合わせて数秒、沈黙を破るように調が深く頭を下げた。

 

「……アコル、ごめんなさい。私、貴方を信じれずに、酷いことを言ってしまって……」

「……調さんも、ありがとうございます。調さんが居なければ、僕らはきっとあの怪獣たちに滅ぼされていたでしょう。

 状況が状況だったんです、普通は信じてほしいといっても無理な話でした。でも、調さんも一緒に戦ってくれた。守護ると言ってくれた。僕はそれが、とても嬉しかったです!」

「アコル……私の方こそ、ありがとう……!」

 

 出生や境遇を超えて繋がる者たち。その微笑ましくも眩しい光景を、星司は嬉しそうに笑顔で眺めていた。隣の夕子もまた同様に。

 

「良かったわね、星司さん」

「ああ。……信じあうことの大切さ。みんなの未来(えがお)を守護るために必要なそれを、俺は忘れてしまっていたのかも知れんな」

「たとえ一時忘れてしまっても、何度でも想いとぶつかり、思い出せば良い。ウルトラマンも神様ではないのだもの、間違えることだってあるはずよ」

「そうだな。間違っても何度でも手を取り合い、お互いを信じ正して前に進む……か。あの子たちなら、それも出来るかもしれんな」

 

 微笑み眺める二人の元に、話を終えた調と切歌が駆け寄ってくる。二人の顔も、今は明るく輝いていた。

 

「星司おじさん、夕子おばさん!」

「七海おねーさんの治療も無事に済んだそうデス!」

「そうか、そりゃ良かった! これでもう一安心だな!」

「うんっ! それで、アコルがまた元の世界に送ってくれるって」

「きっとみんな心配してるデス。帰らなきゃ司令サンやセンパイたちにいっぱい叱られちゃうかもしれないデスよ……」

「大丈夫よ。その時は、星司さんが謹慎されるだけだから」

「ええっ!そ、そうなんデスか!?」

「だ、だったら私たちも一緒に謹慎されなきゃ駄目かも……」

「……夕子。言っておくが、俺がTACで謹慎処分を受けたのはたった5回だけなんだからな?」

「あら、5回も受けていたの。私が月に帰ってからの方が多くないかしら?」

 

 ああ言えばこう言う。そんな身近な二人の姿に、思わず笑みが零れだす。その場の誰もが実感していた。咲き誇る笑顔の温かさを。

 

 

 ……そして彼らはアコルの導きにより、バム星人たちに見送られて四次元空間を後にした。

 意識を取り戻した七海には『事故に遭った』とだけ説明し、病院へ搬送。医師の見立てでも特別問題はないだろうが、一応念のためという事で検査入院されることとなった。

 本部の方に連絡を入れると、案の定クリスや弦十郎、マリアからも手酷い叱咤の言葉を浴びせられてしまう。だが謹慎などの処分は無く、最後は無事に帰ってきたことを大いに喜んでくれた。

 周囲の人間の優しさと温かさに包まれる喜びを嚙み締めながら、四人はススキの茂る野原で欠けた月を見上げていた。

 

「この世界の月は、少し歪なのね」

「フィーネっていう傍迷惑なのがブッ壊そうとしたってセンパイたちから聞いたデス」

「この世界の月は、世界から共通言語を奪い人と人との相互理解を壊したカストディアンの遺した遺跡にしてバラルの呪詛の根源なんだって」

「それを超えて繋げようとしたのが、【歌】ってワケか」

「不思議なものね。相互理解を奪われて、誰かを傷付るものがどれだけたくさん生まれても、それでも人は誰かと繋がろうとする。

 手を重ね合い、一緒に【歌】を歌えば……きっと誰もが未来(えがお)を信じれる。それを信じているのね」

 

 夕子の言葉に感慨を覚えながら、欠けた月を微笑みながら見つめている。調と切歌にとっては決して良い思い出のない存在ではあるが、この胸に沸き起こる想いと共に眺めていると、何処か養母……ナスターシャの笑顔が浮かぶような気がしていた。

 フロンティア事変の最終局面……一人月面に飛ばされた彼女は、そこで遺跡の制御を行いながら全てをシンフォギア装者たちに……愛娘たちに未来を信じて託したのだ。

 この託された想い、願い……受け止めて守護っていく事が、二人の願う一番大きな夢だった。

 言葉にせずとも繋がった想いでそれを解した夕子は、嬉しそうな笑顔を崩さぬまま三人の傍を離れて振り返った。

 

「夕子おばさん?」

「私は自分の使命を終えた。また同胞たちの元に帰らなければならないわ」

「そうか。君のことだ、向こうでも元気でやっているんだろうな」

「貴方のおかげよ、星司さん。どれだけ離れても心に強く輝いている想いが、私を支えてくれている。あの日から今も……そして、これからもずうっと」

「……ああ、俺もだ」

 

 星司との話を終え、今度は彼の前で手を繋ぎながら目尻に涙を浮かべる調と切歌としっかりと目を合わせる。

 

「……もう、会えないんデスか……?」

「せっかく会えたのに……たくさん、助けてもらったのに……」

「――会えるわ。私の想いはいつでも星司さんと共にある。貴方たちも、今は星司さんと一緒。だから、私たちもずっと近くで感じられる。でしょ?」

 

 優しくも何処か無邪気な笑みを浮かべる夕子に、釣られて二人も笑顔になる。別離にはこれ以上ないくらい良い顔だった。

 振り返り月を見る夕子の身体がふわりと宙に浮き、そのまま優しく風に乗るように天へと昇っていく。

 距離が離れていく夕子に向けて、最大の感謝を込めて大きく手を振る調と切歌。最後に微笑むように優しく輝き、光となって消えていった。

 光が見えなくなって、ようやく手を下ろした二人。作り笑顔も陰りを見せ、崩れんとしたその時に星司が二人の肩を掴み抱き寄せた。

 

「せ、星司おじさん?」

「ど、どーしたんデスか?」

 

 月を見上げる星司。彼女らの驚きの声に一拍の間を置き、ゆっくりと声を出していった。

 

「……優しさを失わないでくれ。

 弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを、失わないでくれ。

 たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも。

 ――それが私の……”私たち”の、永遠の願いだ」

 

 紡がれた言の葉は、願い星から信じ託されたもの。

 人の未来(えがお)を守護る為に、彼が遺した最後の……そして永遠に変わらぬ”願い”。

 

 小さな月と太陽は、その優しい星の願いに、強い抱擁で応えていった。

 

 

 

 

 EPISODE17 end...

 

 

 

 

 

「――……任務、完了なんだゾ☆」

 

 暗闇の中、一人の黒い影法師が、カタカタと踊るように暗い炎を立ち昇らせてそれと共に消えていった。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「よくやってくれた、南夕子。君を呼んだ甲斐があったというものだ」

「珍しい事もあるものね。貴方もまた彼らを敵視していると思っていたのだけれど、そうでもないのかしら。

 ……メフィラス星人、貴方は星司さんたちの敵?それとも――」

「――私も、それを決めかねているところなのだよ」

 

 暗い宇宙の片隅で、感情を読ませぬ笑い声が小さく湧き上がり、消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 18 【輝望-イノセント-】 -A-

 ――なにかを、見ていた。

 

 流れる水のような光に包まれ、遠い輝きを彼女は見ていた。

 絶刀を蒼穹の鎧と化し、強い神魂(こころ)で果てし無き空へと羽撃き舞う巨人。

 魔弓を紅蓮の鎧と化し、愛と勇気を胸に抱き夢への路を進む巨人。

 鏖鋸と獄鎌を緋翠の鎧と化し、永遠の願いを信じ世界の笑顔を守護る巨人。

 過ぎ去る強い輝きに、彼女は胸が痛むような思いを感じていた。

 喜ばしい思いは確かにある。皆の成長を、光をこうして感じられているのだから。

 

 ……だが、ならばこの身は一体何をしているのかと……。

 

 なおも流れ過ぎ往く光。やがて光は、赤き弓状の輝きを中心に形を成し、自らの姿を象った。

 ”絆”の名を冠する光の巨人。何処の宇宙では神とまで讃え崇められし超存在の片鱗。故に、だからか……。

 彼は何一つ言葉を放つことなく、輝く瞳でただ彼女を見つめていた。

 彼女を読み取るように。

 彼女に伝えるように。

 だが――

 

『あなたは一体何が目的なの? 私に命と力を与え、超獣やスペースビーストを斃す力を齎して……。

 先代の適能者たち……その戦いの記憶とビーストの知識を私に宿して、そうまでして私に何を求めているの?

 ――私に、何を為せというの……ッ!?』

 

 巨人は答えない。微動だにせずに見つめ続けるその姿は、一方で彼女の言葉を受け止めるようにも見えるが、また一方では聴かぬ振りをしているのかもしれない。そんなことを考えるまでになっていた。

 力を欲したのは間違いなく彼女自身だ。だが、与えられたその意味を彼女は未だ見出せていない。

 激化する戦い……真なるユナイトを成し遂げ、新たな力を手に入れていく仲間たち。

 焦りが無いといえば嘘になる。今は亡き愛する妹の形見の聖剣と、神より授かりしものと言われた聖楯……。それらを手に、どれだけ弱くともただ自分らしく強くあるべく進んできたはずだ。

 だがそれでも悪い確信がある。今のままの自分では、皆が為した真なるユナイトに至ることは出来ないのだろうと。

 

『ビーストを斃し、エタルガーや影法師の魔の手からこの世界を守護り人々を救う……。その想いは変わっていない。私の偽り無き、生まれたままの感情から来るもの。

 だけど理解ってしまう……あなたの伝えていることは、そうではないのだと。だったら――』

 

 

 

 瞼が開き、意識が戻る。

 何かを求めて突き出した左手が視界に入るが、その手の中には何も無い。力なく握ってみるも何かが得られるわけでもない。

 幾度この逢瀬を繰り返しても結果は見えず、誰の声も言葉もなく、ただ独りでもがいているような感覚だけが残っている。

 こんなにも傍に光は感じられるのに、辿り着くまでの距離はあまりにも遠い。

 失意と共に溜め息を吐き、力を抜いてベッドに腕を落とす。暗い天井をただ眺めながら、マリアが小さく呟いた。

 

 

「――だったら、この”光”って一体なんなの……?」

 

 

 

 

 EPISODE18

【輝望-イノセント-】

 

 

 

 

 タスクフォース指令室。S.O.N.G.のメインコンピューターと直結しているこの場を使って、エルフナインが端末を細かく操作していた。

 大きな画面に映し出されていたのは観測された三人のウルトラマンの強化形態……ウルトラギアを装着したゼロ、80、エースの姿だ。

 順々に流れていくそれぞれの戦闘映像。ギアペンダントから情報を抽出、解析することでこうして後からでもモニタリング出来る仕組み、加えておいて正解だったとエルフナインは内心で思っていた。

 現実世界でウルトラギアを観測出来たのは、究極巨大超獣Uキラーザウルス・ネオとの戦闘時に立花響とウルトラマンガイアが発生させた偶発的な現象と、ネフシュタンの鎧を纏った闇の巨人ダークファウスト及びインセクトタイプビースト・バグバズングローラーとの戦闘時に雪音クリスとウルトラマン80が発動、コンバインに成功した一回しかない。

 風鳴翼とウルトラマンゼロは、彼女ら曰く過去の世界にて。月読調、暁切歌とウルトラマンエースはバム星人の住まう四次元空間にてそれぞれウルトラギアの発動とコンバインの成功を収めているが、直接モニター出来たとは言えなかった。

 ウルトラギアのコンバインがどれほどの力を持ち、装者とウルトラマンたちにどれだけの負担になるのかは製作した彼女自身にも実際のところ未知数な部分が多い。それをキチンと把握、悪影響が無いかどうかを確認しながら調整を重ねるのが今の彼女の使命でもある。

 そして最も大きな不安材料としてあるのが、真なるユナイトを重ね、心身ともに癒合することで装者がやがて”ウルトラマン”になるのではないかと言う危惧。それを払拭すべく、エルフナインは彼女らしく出来ることに全力でぶつかっていたのだ。

 

 一つ一つを確認していく事で理解ることも多い。

 フォニックゲインや戦闘力の差異は結果的に微々たるものになってはいるが、やはり目を引くのはそれぞれがウルトラギアを発動した時に起こった変化だ。

 翼の天羽々斬は、まるでエクスドライブモードの如く圧倒的な飛翔によりウルトラマンゼロ自身の飛行能力の上昇と、アームドギアによる高機動連続攻撃の強化。

 クリスのイチイバルは、主能力である広域放射攻撃の強化を主体としていると同時に、マイナスエネルギーの吸収とそれを正方向のエネルギーへと転化する機能の発現。

 調のシュルシャガナと切歌のイガリマは、一つの鎧となることで双方の攻撃特性を発揮できると共に、無限軌道によって物理的防御を無力化して繰り出される斬撃と魂を刈り取り両断せしめる斬撃の……つまり互いの絶唱特性を引き出す形で完成している。

 当初の設計思想では、ただ単純にウルトラマンがシンフォギアを纏うだけのモノと位置付けて製作はした。故に攻撃の強化は予想通りの部分ではあるが、能力の機能拡張についてはエルフナインにとって想定外の事象でもあったのだ。

 真なるユナイトに至ったが故の、装者だけでは為し得ない疑似的なエクスドライブに近い限定解除とでも言うのだろうか。その姿を、ただ手放しで喜んでばかりはいられなかった。

 次いでグラフを表示させる。装者とウルトラマンの状態を示すものだ。数字と縦に伸びるメーターを眺め見ながら、嘆息と共に声を出したのはエックスだった。

 

『……凄いな』

「数値において、ユナイトの最高値が400を超えるとは……ボクの予想を遥かに上回ってしまいました」

『それほど深く繋がったという事なのだろうが、これ程とはな……』

 

 呟くエックスも自らを省みていた。この数字はおそらく、自分が共に戦っていた人間と因縁深き相手との決戦時に起こした全ての”仲間”とユナイトした時と同程度のもの……。いや、それ以上の状態になっているとも言える。

 それはエックス自身が行っていたユナイトとは大きく違うものであると再認識せざるを得なかった。

 端末に憑依し、ユナイトの際には自らの身体データをスパークドールズへと変換。それを他者の肉体で補い一体化する事で為すのがウルトラマンエックスのユナイトだ。対象の人間の中で存在を共にし、肉体そのものを変化させ超人と化す彼らのユナイトとは至るステップが大幅に違っていた。

 だがそれだけではこの数値の説明には至らない。やはり大きく締めているのはウルトラギア……聖遺物との疑似融合というところだろう。

 融合症例第一号……過去の立花響の齎したデータはエックスも把握していた。暴走や侵食といった人体に対するデメリットを多く抱えていた彼女だったが、聖遺物との適合係数自体は融合症例時だと非常に高い数値をマークしていた。

 そしてイグナイトモジュールが齎す機能強化の一端も、装者を融合症例に近い状態へと侵食することにある。

 奇跡の結晶たる聖遺物を介して人と光と歌の癒合を果たす……それはまるで、”彼”が虹の光の中で手にした奇跡の刃を以てこの身と真なるユナイトを成した時のようだ。だが、その時に心象同化などという現象は起きなかった。

 もし起きていたら、今頃彼はどうなっていただろうか……。不意に浮かんだそんな考えを思考の脇に押し退けつつ、今は彼女と共に眼前の問題に取り組むべきだと改めた。

 

『エルフナインの危惧も理解る。装者のみんなが人でいられなくなるなど、私にとっても望ましくない事態だからな。それを防ぐために、私も全力を尽くしていきたいと思う』

「ありがとうございます、エックスさん。となると、やっぱりこれを早く実現すべきでしょうか……」

『そうだな、抗する策は多いに越したことはない。どんな事態が訪れようとも、足掻く術が残されていれば希望に繋がるからな』

 

 エックスの言葉に頷き、次いでファイルを開くエルフナイン。ウィンドウに映し出される膨大な量のプログラミング文字の羅列は、彼女ら以外が見ると声を唸らせ頭痛を伴い卒倒しそうな程の馬鹿げた情報量だった。

 だが、彼女らにとってはそれこそが対抗策であり、恐らくは最後のセーフティーネット。一万と一つ目の手立てとなるこのプログラムを、彼女らは【Realize UX】と名付けていた。

 

 

 指令室の扉の向こう、二人の真剣な語らいを聞いてその場を離れるマリア。彼女らもまた自分らのやれる事に向き合っている今、その邪魔をしてはいけないと思ったのだ。

 振り返り歩き出す。迷いや感傷に振り回されていてはいけない。この身にもやるべき事が、出来ることがあるのだ。最初にこの光を受け取った時に感じたその想いを失くさぬように心を強く固めていった。

 歩みを止めぬまま別の一室に入るマリア。入って行ったのは作戦指示やミーティングの時に使用される会議室。室内には司令の弦十郎と翼、それと様々な補助活動を担ってくれている慎次の姿があった。

 

「ごめんなさい、遅くなってしまったわね」

「なに、気にするほどの事ではない。エルフナインたちは……」

「あっちはあっちで忙しそうだったわ。ちゃんと休んでいるのか不安になるぐらいにはね」

「新しいプロジェクトに掛かり切りだからな……。やはり、俺たちで処理できることはやってしまうべきだろう」

「ですね。何もしないわけにはいきませんから」

 

 と言った慎次から、全員に数枚のプリントファイルが手渡された。書かれていたのは、『黒い影法師』についてのレポートと考察だった。

 

「みんなからの報告を纏めてみたから、詳細は目を通しておいてくれ。この場での話は簡潔に済ませておく。

 現状として、影法師のヤツらは翼、クリスくん、北斗さんに寄生。周囲へ何かしらの悪影響を与えながらマイナスエネルギーを増幅させていき、やがてダミーダークスパークと呼ばれるものに変化。寄生された者らにとって最も忌むべき相手に変身し、敵として出現した」

「最凶の超人ウルトラマンベリアル、闇の操り人形ダークファウスト、融合した怨念の残滓ジャンボキング……。

 そのうちベリアルとダークファウストは、奏とネフシュタンの鎧を纏った過去の雪音を触媒とすることでそれぞれの持つ聖遺物の力をも我が物とした。奇しくも我々の持つウルトラギアと同等の力を持ってしまった事になるな」

「幸いにも周辺被害という意味では、硫酸怪獣ホーの出現による東京郊外とクリスさんと矢的先生が戦闘を行った東京番外地近隣の建物に若干の損傷が見られた程度。

 無作為に蹂躙するのではなく明確に狙いをもって動いている事から察するに……」

「影法師……そしてそれを操るエタルガーの狙いは、私たちシンフォギア装者とウルトラマンたちにある」

 

 結論付けるように発せられたマリアの言葉に周囲の空気は重く、だが同時に誰もが肯定の意を以て沈黙を為していた。

 物的被害は少なく人的被害も大きく出ていないのは喜ばしいことだが、狙いに目測が立ってしまうとそうも言っていられなくなる。

 

「私たちが再度狙われないとは言えないが、順序立てて考えると次は……」

「私と響のどちらか……いえ、両方と考えるべきでしょうね」

 

 平然と強気で言い放つマリア。そこに動じるような仕草は一つも見せなかった。

 

「大丈夫なのかマリア? 相手は――」

「人の心の弱いところを抉るように襲い来る悪しき精神体、黒い影法師。

 大丈夫だと胸を張って言うつもりはないけれど、私は自分の弱いところをよく知っている。ならば、それに抗すべく胸の内に覚悟を構えればいい」

 

 決意を込めたような強い顔で翼に返答する。その言葉は事実だった。

 かつてフロンティア事変の中心的人物であった彼女は、月の落下から人類救済を為すために……正義で救えぬものを救うために、世界にとっての悪を演じ貫くはずだった。だが当初の計画は頓挫し、やがて事態はDr.ウェルの暴走する英雄願望により道を誤らせてしまう。

 その原因となったのも、偏に彼女の優しさという名の弱さに依るもの。誰かを信じれず、かと言って悪に徹しきれなかった弱さ……。それが、彼女らの運命を歪ませた全てだった。

 だがフロンティア事変の終幕を迎え、次いで始まった魔法少女事変。その最中でマリアは、自らの持つ本当の強さは【自分らしくあること】との答えも得るに至る。

 そして最終決戦の舞台では、具現化した己が過去の過ちと心に残った妄執の産物を義妹らの力を借りながら自らの手で両断。文字通り今までの過去を乗り越えたと言える。

 だが先に挙げたように、マリアの強さである【自分らしさ】は時に弱さに反転もする。ただの優しい彼女では為し得ぬこと……それは、彼女自身が誰よりも強く理解している部分だ。

 故に覚悟を構え誇りと契る。これまでもこれからも、自分らしく……自分が守護りたいものをただ守護るために。

 

 そう意を固めた瞬間、懐に収めたエボルトラスターが強く拍動したのを感じた。背筋に走る悪寒と脳髄を駆け抜ける嫌悪感。この感覚、違えることなど無い。

 

「――ビースト……!」

 

 マリアが呟いた瞬間、移動本部内に警戒警報が鳴り渡る。次いでアナウンスされるオペレーターの声。それに一切の戸惑いを見せず、彼女は一人扉の前に立った。

 

「マリア、お前まさか一人で!?」

「ヤツらの狙いが私にあると言うのなら、それに乗ってあげようと言うだけよ。そのせいで人的被害が出てもいけないしね」

「だったら私も……」

「駄目よ。翼とゼロまで此処を離れたら有事の際に動けなくなる。それにもし、万が一私がやられてしまっても翼になら後を任せられる」

「何を、縁起でもないことを……!」

「万が一、よ。私だって闇に屈するつもりはないわ。それに、みんなを信じているから私は戦える。みんなになら、私を託すことができるから」

 

 自然な、マリアが本来持つ優しい笑顔で言われてしまうと反論の言葉を失ってしまう。彼女はどこまでも、自分らしく戦うと言うのだ。それを容易く止められないことを、この場の誰もがよく知っていた。

 流れる沈黙を肯定の意と汲み、背を向けて扉を開ける。一歩先に進もうとしたところで、顔を向けないままに翼へ言伝を預けた。

 

「響に伝えてちょうだい。『たとえ何が起きようとも、あなたが守護るべきものはあなたの自身の手で守護りなさい』とね」

「……ああ、分かった」

 

 返答に手を振ることで応え、駆け出していくマリア。翼たちはただ、彼女のその背中を見送るしか出来なかった。

 

「大丈夫でしょうか、マリアさん……」

「大丈夫だと思うが、今のマリアくんは何かを急いているようにも見える。だがその答えは、彼女自身が見つけなくてはならない事なんだろう。

 翼、お前はいつでも出動できるように厳戒態勢で待機していろ。それと、状況を響くんたちにも伝えておいてくれ」

「……了解です」

 

 何処か複雑な表情のまま、弦十郎の指示に翼はただ静かに了承を口にした。

 

 

 移動本部の甲板に出る。

 仰ぎ見る空は、早朝の薄い光に包まれていた。胸の内に伝わる忌まわしき感覚……スペースビーストの固有振動波を手繰り、その場所を確かめる。

 薄い光の先、ビースト振動波はそこから感じられていた。其処に向けて飛翔すべく、ギアペンダントを握った右手を天に向かって突き上げた。

 その掌……正確にはギアペンダントから光弾が放たれ空中で小さく爆ぜる。一拍の間を置いて空間が歪み、マリアの眼前に白色の石製飛行物体が舞い降りた。適能者(デュナミスト)の操る天翔る石柩、【ストーンフリューゲル】だ。

 それに手を触れるとマリアの身体が光となって石柩に吸収され、そのままストーンフリューゲルは宙へ浮き光となって空を真っ直ぐ貫くように飛翔していった。

 

 遅れて甲板へ上り、翔る光を見送る翼。そのまま通信機を操作して、一先ず言伝を伝えるべく響に連絡を取る。数回のコールサインの後に聞こえてきた彼女の声は酷く眠そうだった。早朝とは言え日本の季節ではもう冬と言っても良い時期、夜も明け切らぬ時間帯はまだ眠りの時だったのだろう。

 

「立花か? すまない、起こしてしまったな。

 ……ああ、先ほど此方でスペースビーストの反応を確認した。現在はマリアが向かっているから大事は無いが、立花たちにも急な呼び出しが有るかも知れない。

 ……そうだな、頼む。私はこの後雪音にも連絡を取っておくから、其方は任せたぞ。

 ……あとそれと、立花へマリアからの伝言だ。―――……」

 

 すべて伝え終わり、徐々に光が差してくる空を見上げながら思いを馳せる。戦いに赴く友の身を、案じるように。

 

 

 

 

「マリアさんの出動を確認。ビースト振動波の発生地点を目標とし、高速で進んでいます」

「発生地点の検索完了。ここは……米国の廃棄区画?」

 

 戦闘待機状態に移った移動本部のブリッジで、藤尭朔也と友里あおい、二人のメインオペレーターの声が響く。その内の後者、あおいが若干困惑しながら最も大きなモニターに検索結果とその建物を表示させた。

 解像度を調整して見えて来たのは半壊した四角い建物。見るからにそれは何らかの研究施設の跡地であり、大規模な周辺地域の隔離封鎖が見て取れる。

 何処か見覚えがあった。まるでそれは……

 

「東京番外地、旧リディアン跡地か……?」

「もっと詳しく検索してみます」

 

 弦十郎の呟きで、藤尭がこの地点をより深く詳しく検索する。数秒の後に映し出された検索結果に、周囲からはどよめきの声が沸き上がる。弦十郎はただ蓄えた顎髭を弄りながら小さく唸りを上げ、その結果を睨み付けた。

 

「――旧米国連邦聖遺物研究機関……F.I.S.の、研究施設跡地か」

 

 

 

 時を同じくしてストーンフリューゲルがビースト振動波の発生地点に到着。光と共に顕現したマリアがこの場を見上げ、神妙な顔付きで睨み付けた。

 空を翔るうちに目指す場所が何処であるのか察しは付いていた。自分の弱さを狙うのであれば、此処は忘れられるはずの無い場所なのだから。

 

「……7年振り、か」

 

 彼女の眼に映る施設は、まるであの当時と同じように美しく整っていた。破壊の跡など見られない、完全なあの忌まわしい程に白い姿のまま。

 迷わず其処に足を踏み入れる。厳粛で閉塞感の強いあの空間そのままだ。ただそこに人の姿は一人も無く、静寂の中歩み進むマリアの足音だけが存在する音だった。

 エボルトラスターは未だ緩やかに拍動を続けており、それに導かれるように先へ……奥深くへと歩み進んでいく。

 一つ下の階層へ降りて扉を開ける。其処に居たのは場を埋め尽くすノイズの群れ。マリアの姿を察知し、彼女に向かって本能的に異形が駆け出していった。

 即座にギアペンダントを握り、己がシンフォギアの起動聖詠を唄い上げるマリア。瞬時にその身体に白銀のシンフォギアを纏い、歌と共にアームドギアを奮いノイズを切り裂いていく。その攻撃を受けたノイズは即座に黒灰となるが、風に乗るとすぐに消失した。

 普段ならば違和感を感じる状況ではあるが、マリアの心は冷静を保っていた。消えたノイズを気に留めることもなく先に進んでいく。

 階段を下りて、扉を開き、其処に溢れる敵影を切り捨てまた進む。どこか作業的に、黙々と歩み往くマリア。自分自身でも、何故こんなに冷静でいられるのか不思議な部分もあった。だが胸の内に秘められた”光”が確信を与えてくれている。これは全て、幻なのだと……。

 

 最奥に辿り着き、強固な扉を開く。目にしたものは在りし日の光景だった。

 視界を覆い聴覚を傷めるレッドアラート。研究所員の焦燥の声と内壁を砕く破壊音と重低音、それを行う異形のけたたましい咆哮。何もかもが、あの日のままだった。

 若く五体満足だった頃のナスターシャの声。今よりも遥かに幼く力も無かった頃の自分自身。そして、この日居なくなった最愛の妹。

 望まぬ力を得た彼女は、最期まで寂しい笑顔を押し殺していた。そして自分に全てを託し、決死の覚悟で最期の唱を歌う。

 

「――Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el baral zizzl――.」

 

 逆巻く炎の中、暴走する真白き異形を前に奏でられしはヒトの夢……。その小夜曲(serenade)は、星の瞬きのように燦然と輝き、消えて落ちた。

 

 

 思わず強く歯軋りをしてしまう。この光景は、幾度となく夢で見てきたモノ。自分にとって何よりも強く刻み込まれた傷痕だ。

 例えそれが幻影の産物だとしても、これほど正確に映し出されてしまうと感情が沸き上がってしまうのも止められない。どれほどこの胸に覚悟を構えても、赦せぬ想いが昂ぶり吠え叫ぶ。人の心に恐怖を植え付け弄ぶ、卑劣で薄汚い悪逆非道に向けて。そして……

 

「何も出来ずに見ているしか出来なかった、弱くてどうしようもない自分自身に向けて」

 

 声が聞こえた。

 眼前に立っていたのは、漆黒の戦衣を纏い烈槍を携えた自分自身の姿だった。虚偽と罪業を纏った自分。己が傷痕が我が身を襲う……確かに、聞いていた通りだ。

 その具現化した”傷痕”に、マリアは自らの言葉を放っていく。

 

「……そう。最も憎かったものは、弱くてどうしようもない自分自身だった。

 この日は私の傷痕。私が最も憎む、最も弱い私自身の記憶。翼たちの話を聞いていて助かったわ。貴様がそれを狙い来るのは、なんとなく理解っていたから。それに……」

 

 右の逆手に構えられた白銀の短剣。それを一切の迷いや躊躇いを見せず、右手を上へ振り上げ自身の影を縦に両断する。影はここまでの道中で討ち払ってきたノイズたちと同様に、黒い煙となりその場から消滅していった。

 

「――私は、この弱さを受け入れて強くなると誓ったんだ」

 

 先の一太刀と共に空間が避ける。ガラスのように割れて舞い戻った其処は、7年の時を経ても未だ手付かずの廃墟だった。どれだけ時間が経っても思い出してしまう。紛れもなく自分はこの場で、自らの歌で世界を救った妹が炎と瓦礫に包まれ命を落とす様をただ見ていたのだと。

 零れ落ちる一筋の涙。だが其処で堪え、強くその拳を握る。運命も、過去も、嘆きも記憶も愛も、全て……受け止めて、受け入れて、それで何度倒れても何度でも立ち上がる事こそが”私らしい強さ”なんだ。それを闇に見せつけるように、白銀の輝きを伴う歌姫は凛とその場に立っていた。

 

 光に照らされるかのように闇が歪みを見せ、やがて具現化する。獣のような咆哮を吐きながら現れた異形……両肩それぞれより真上に首が伸び、その先には狂える獣の頭部があった。歪なことに右肩側の頭には右目、左肩側の頭には左目だけが存在し、胸部に存在する頭には目が存在しなかった。

 二足で立ち吼える、闇に従属する三つ首の魔犬……幻覚を操り人を苦しめるフィンディッシュタイプビースト・ガルベロスが、マリアの前に出現した。

 

「……闇を操り心を蝕む貴様らを、私は赦さないッ!」

 

 左の手甲からエボルトラスターを取り出し、右の逆手で柄を、左手で鞘を握り締める。決意を込めて引き抜かれる光の小太刀。一回しして逆手を順手に持ち替え、抜き身のエボルトラスターを天へ掲げる。

 内包された輝きは彼女を包み込み、銀色の巨人へと姿を変えガルベロスの前に立ち上がった。

 

 

 力強く構えるネクサスと咆哮するガルベロス。互いに駆け出し両者が組み合い、至近距離での格闘戦が始まる。

 胸の頭部に連続で拳を打ち付けるも、ガルベロスは怯むことなく剛腕を振りかぶり反撃。体当たりで更に攻め立てる。それを何とか受け止めるが、廃墟となっていた研究施設はどんどん砕かれていく。いくらこの場がネフィリムの起動実験用として大きく設計されていたとは言え、50m程もある巨人と巨獣の戦いの舞台となるにはいささか狭すぎる。

 それにいくら忌まわしき場所とは言え、此処は自分とセレナ、調と切歌とナスターシャが出会い小さな手を取り合った想い出の地でもあるのだ。心情的に、ただ感情に任せて破壊したいとは思わなかった。

 状況を変えるべく、押さえ付けたまま胸の顎に膝蹴りを叩き込み蹴り飛ばすネクサス。距離が離れたすぐに左腕を胸の前で構え意識を集中……振り下ろすと共にその身を戦う姿、ジュネッスへと変える。光を集めた右腕を天に突き上げフェーズシフトウェーブを放射。ガルベロスを連れてメタフィールドへと連れ込んだ。

 

 神秘性の漂う荒野の中で、ガルベロスの三つの口から火炎弾がネクサスに向けて発射される。それを光の刃シュトローム・ソードで切り裂きながら突き進んだ。

 飛び蹴りを浴びせ、脳天への手刀を繰り出すネクサス。だがガルベロスも僅かに退がるだけで、体勢を立て直すとすぐに突進。ネクサスの防御を弾き飛ばし、鋭い爪を持つ腕を左右連続で打ち付ける。

 地に膝を付きながらも腕で直撃を防ぎながら、力を込めてガルベロスの腕を外へ跳ね飛ばし双拳で反撃。若干の距離が開いたところで後方へ前転受け身で転がり、振り向きざまにパーティクルフェザーを放ち的確に攻撃を与えていく。

 火花を散らしよろめくガルベロスだったが、咆哮と共に二つの目が怪しく輝き、瞬間ネクサスの視界が揺らぎ相対するガルベロスの姿が複数に分裂した。得意の幻覚攻撃だ。

 三方向からそれぞれ三つずつ……都合九口から為る火炎弾の連射が容赦なくネクサスを襲う。シュトローム・ソードで捌いていくが、地面が爆ぜ視界と足場を奪いながら飛来する火炎弾を防ぎきることは不可能だった。

 直撃を食らい吹き飛ばされるネクサス。それでもなお起き上がろうとするその時に、エナジーコアを踏み潰すかのようにガルベロスの一体が胸部を激しく踏みつけた。

 痛みによる叫びを上げるネクサスの胸部……エナジーコアの中央上方にあるコアゲージが赤く点滅を始めた。ダメージによる体力の減少も合間って、メタフィールドを維持できる時間の刻限が迫ってきた証だ。

 

(時間がない、か……ッ!)

 

 現状を打開し勝負を付ける。固めた意志と同時に胸に手を当てるネクサス。だが其処で、不意にマリアが自身の行為を顧みた。

 当然のように使おうとしたウルトラギア。だが思い返した。自分はまだ、この力の意味を見出していない。真に心を重なり合わない限り、待っているのは抑えきれない破壊衝動を伴う暴走だ。心に秘された小さくとも深い闇……それが我が身を飲み込んでしまうのだと。

 考えている間にも三体のガルベロスはこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。三体全員で、まるで私刑のように弄ぶその姿を視認し、僅かな迷いを払うように胸の前で構えた手を振り下ろした。

 踏み付けられる片足を受け止めて押し返す。そのまま力尽くで無理矢理に跳ね飛ばすと、地面を転がりながらガルベロスとの距離を取った。

 そして左腕のアームドネクサスに右手を当て、右の掌に光の力を高める。そのまま右腕を天へ伸ばし前へ振り抜くと、光の帯セービングビュートが走るように伸びて三体のガルベロスに絡み付き動きを封じた。

 右手を力強く引き絞りつつ左腕を胸の前に構え、シュトローム・ソードを大きく伸ばす。そして光の刃を外へ薙ぎ払い巨大な光刃として撃ち放った。刃は拘束されたガルベロスを両断していき、前方の二体を霧散させる。そして最後の一体に直撃し激しくよろめかせた。

 

「オオオォォォォォ……ッ!」

 

 即座に両腕のアームドネクサスを胸の下で打ち付けあい、そのまま胸の前でエネルギーを対流させながら激しくスパークさせる。そして両腕を上にあげ、勢いのままにL字に組み右腕から必殺の破壊光線、オーバーレイ・シュトロームを発射した。

 

「ッシェアアァァァァァッ!!!」

 

 青く輝く破壊の光はガルベロスに吸い込まれるように直撃し、存在のすべてへ光を埋め尽くすかのように伝播させていく。

 数秒の連続放射により、遂に光はガルベロスの肉体のすべてを染め上げる。やがて断末魔とともに身体を原子レベルにまで分解されていき、そのことごとくを抹消すべく大爆発を巻き起こした。

 

 戦いを終え、肩で息をするように上下させながらも力が抜けたのか膝を付いてしまうネクサス。解除され消えていくメタフィールドと共に、自らも光と消え適能者である装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴの肉体へと回帰していった。

 

「――……はぁっ、はぁっ……!」

 

 周囲はまた旧F.I.S.研究施設に戻り、瓦礫の上で座り込んだマリアは纏っていたギアも解除されて私服のままで大きく息を切らしていた。

 体力の消耗が酷い。ここまでストーンフリューゲルに乗って向かうことで可能な限り消耗は抑えたはずだったのだが、ガルベロスの見せた幻覚がこれ程までに心身を侵していたと言うのだろうか。

 

「だが、これで……」

 

 唾と共に息を飲み込み、再度飲んだ息を吐きだす。静寂が支配する闇の中、乾いた音が鳴り響いた。

 手を叩く音。瓦礫を進む足の靴音。思わずその方へ振り向くと、僅かな外からの明かりが音をたてる者の姿を照らし出した。

 

「『怪物と戦う者は気を付けろ。闇を覗き込むとき、闇もまたお前を覗いているのだ』――。

 ――随分とお疲れのようじゃないか。ええ?」

 

 発せられた声は高圧的で、身勝手な傲慢さで塗り固められた本性を表しているようだった。

 知っていた。彼もまた、自分にとっては乗り越えた過去のはずだ。

 だが何処か予感があった。相対せざるを得なくなる影……心の暗部に深く根付いている闇を想うと、否が応でもこの人物が浮かび上がるのだから。

 変わらぬ白衣が、銀の髪から除く他者を見下したような目が、疲労困憊のマリアの見上げる目線と交錯した。

 

「この再開、運命なんて言うおセンチなモノを感じていたりなどしないだろうよなあ?」

「……ああ、これが運命などであるものか。――ドクター、ウェル……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 18 【輝望-イノセント-】 -B-

 旧F.I.S.研究施設跡地の外。

 沈む月下で対峙する、マリア・カデンツァヴナ・イヴとDr.ウェル。互いにかつてのフロンティア事変の中核人物であり魔法少女事変では表と裏の英雄として世界の危機を救った者たち。

 だがこのDr.ウェル、魔法少女事変での決戦の地である錬金術師キャロルの居城チフォージュシャトーの崩壊と共に命を落としたはず、だった。

 しかし現実問題として、死したはずの男が此処に居る。その理由、出所……マリアが思い当たるものはただ一つしかなかった。

 

「やはり、知らず私にも影法師が棲み憑き、忌むべき存在としてあなたを生み出したという事なのね……」

 

 自分が思っていることを言葉として投げかけるマリア。だが相対するDr.ウェルは、放たれたその言葉に心底忌々しそうに顔を歪め、吐き棄てるように返答した。

 

「――僕が、お前の影だぁ? ハンッ、自分を買い被るのも大概にしろよなッ!

 この僕が、英雄Dr.ウェルが、お前みたいなヤツの弱っちい心から生まれてくるものかよッ!!」

「な……ッ!?」

 

 マリアの顔が驚愕に歪む。”自分の中に巣食う影法師”という大前提、皆で話して予測していた一切を覆されたのだ。

 この身の内にも闇がある事は誰よりも理解っている。因果の始まりの場所であるこの地、自らのエゴで進み義妹をかき乱し義母を殺したこの男。怒りや憎しみの全て背負い握り締めて、赦しを以て受け入れたはずの闇。エタルガーと影法師がその奥深くの闇を抉り引き出すと言うのであれば、この場所に導かれたのもこの男と相対したのも得心するところではある。

 だが、そうではないと言い切られたのだ。

 

「ならばドクター、あなたはどうやって生き返ったというの……ッ!?」

「人に尋ねる前に、そのメモリの足りない旧世代なオツムで考えたらどうなんだい? それとも、考え切った答えがその程度だとでも言うのかな」

 

 相変わらず人を舐め切った態度で話を惑わせるウェルに、マリアが思わず歯軋りしてしまう。だがこの話し方こそがDr.ウェルと言う人間なのだ。

 

「まぁいい、此処で無駄話をしている理由もないからな。僕はただ英雄であるこの身に課せられた使命を果たすだけさ」

「使命……?」

「ほンッとにカンの悪い女だな。蘇りし英雄が現世で為すべき使命と言えばただ一つ……この世界を救うことさ」

 

 嬉々と顔を歪めながら宣言する。その言葉にマリアはただ困惑の表情を見せるが、何か言葉を返す間もなくウェルが更に言葉を重ねていく。

 

「異次元超人ヤプールと、超時空魔神エタルガー。この地球を狙う悪しき外宇宙の侵略者……それに対抗すべく、現れたウルトラマン。だが世界は、その異物の総てを我が身を砕く害悪と認定したのだ!」

「ウルトラマンが、異物だと……!?」

「そうともさ! どれだけ正義なんてお題目を掲げようと、奴らはこの世界に非ざる者! 真に世界が欲したのは、この世界より生まれし永遠なる勇者にして秩序と正義を併せ持つ伝説級の英雄だッ!

 故にこそッ! この僕が黄泉還ったのもまた世界の選択なのだぁッ!!」

 

 マリアの思考で混乱が加速する。

 この男の言うことが正しければ、地球の生命の一部を力として託された立花響……ウルトラマンガイアはどう説明付ければいい? フィーネが居たと言う地球意思よりも深い何かが在ると言うのか、それともウェルが蘇った際に外的影響があり、それが彼の認識を歪めたのか。

 エタルガーと影法師らの影響を鑑みるとそれも無いとは言えない。だが己に酔い痴れ語るウェルの姿は、逆に何よりも彼の正気を確かなものとしているのだ。

 とにかく今出来ることは、彼の話を聞いて情報を得るしかない。そう思い、引き出すための言葉を放っていく。

 

「……随分と強気なのね」

「あァン……?」

「エタルガーはウルトラマンたちがみんな口を揃えて強敵と謳うほどの相手よ。左腕に残されたネフィリムの破片だけで、あの敵を討ち斃せるとでも思っているのかしら? もしそうなら、あなたは滑稽通り越して愚劣愚鈍だわ」

 

 思い付いた貶し言葉を投げつけるマリア。この男が”Dr.ウェル”であるならば、こういった言葉をぶつけると間違いなく何らかの大きな反応を示すはず。

 妙な確信を以て投げ付けられた言葉。その真意に気付いているか定かではないが、マリアの予測は的中していた。

 

「――クッ、ハハハハハッ!!言ってくれるじゃあないか、ダメ女風情がッ!

 確かにコアの欠けた僕のネフィリムじゃ、エタルガーを退けることは出来ない。そんな事も理解らないほど愚かじゃない。だがッ!

 言っただろう、僕は世界に選ばれた。世界を守護る為に真に必要な力を、この英雄に与えたのだッ!!」

 

 突き出した右手に暗黒の瘴気が集束を始める。やがて形を成していく其れは、過去のデータで見ていた物と同じ形状を成していった。

 邪悪な思いより生まれ、人の心を歪め、マイナスエネルギーに従い世界を蹂躙するために暗黒の化身へとその身を変えるもの。

 

「やはり、ドクターもダミーダークスパークを……!」

「ダミー!? 劣化コピーの贋作なんかと一緒にしないでもらおうかッ!」

 

 ウェルが右手で握り締めると、闇はその姿を漆黒の短剣状のオブジェへと変化させた。だがそのオブジェはダミーダークスパークのような結晶体ではなく、より綿密に造り込まれた物質化を成していく。

 握りしめたモノを左手で軽く弾ませながら笑うウェル。漂う禍々しさは映像で見ていたダミーとは桁外れなプレッシャーとなって感じられていた。

 

「これが英雄に与えられた神の力……。正真正銘本物の、オリジナルの【ダークスパーク】だッ!!」

「神の、力……!?」

 

 何かが訴えかける。アレは神にほど近くなった闇の力だと。マリアの脳裏に再びヴィジョンが激流のように送り込まれる。

 暗黒の中で起こる激闘。怪獣も、宇宙人も、光の巨人も、その闇の前には誰もが等しく敗北と共に己が心身を封じられていく。そして闇は最後に、蒼き光をその身より放つ戦士との戦いによって互いを封印しあうことで決着したという。

 いつかの世界、どこかの宇宙で起きた暗黒大戦争。マリアの内に宿る光はその戦いすらも彼女へと教えていったのだ。

 だがその膨大な情報量を瞬間的に叩き込まれたことでマリアが思わず頭を押さえ膝を付く。苦悶する彼女の姿を嘲嗤いながら近付き、ネフィリムを宿す左腕で胸倉を掴み持ち上げた。

 

「くあぁ……ッ!」

「苦しいか? 宿主を飲み込み苦しめる……お前のその光は、まるで呪いだなぁ」

「――こ、この光が……呪いでなど、ある、ものか……!」

「強がるなよ凡人ッ! その身を削って戦って、それで英雄を気取るお前みたいなのにはお似合いの呪いだろうがなぁッ!!」

 

 投げ棄てるように掴んだ胸倉を放される。瓦礫の上に転がってしまうマリアだったが、どれだけその身を痛みに曝されようと今度は涙を流すことなく力強くウェルを見つめ返した。

 だが彼もそんな目に一切怯むことなく、見下しながらまた言葉を重ねていく。

 

「救ってやるよ、その苦しみから。英雄であるこの僕がね」

「何を、言っている……!」

「ダークスパークは更なる力を求めている。遥かなる超エネルギー……つまり、ウルトラマンの力。

 そもそも此処に来たのも取り分け大きな力を感じたからだったんだが、居たのがお前だったとは。だが、その力こそ僕が望んでいたものだッ! そいつを取り込み、世界を救う礎に変えてやるんだよッ!」

「ドクター、貴方なら分かっているはずでしょう……? それは闇の力……手を出して無事に済む保証は――」

「ハンッ、力なんてどれも闇を内包するものだろうが。拳銃なんかもそう、暴力だってそうだ。聖遺物も、シンフォギアも、錬金術も、どんなものにでも世界を壊す闇が存在している。ならばその光にだってそうだ。

 ……ああ、なんでダークスパークがウルトラマンの力を求めているか理解ったよ。暗黒に欠けている光という存在を飲み込み内包することで、完全な混沌たる存在として完成する為だったんだッ!

 それこそが世界を救うッ! 混沌の本質は公平にある……善も悪も等しく飲み込んで、全てがこの僕の齎す”公平”の下で悠久の平和を作り出してやろうというのだッ!!」

「……闇に狂うか、Dr.ウェルッ!!」

「光に狂わされているお前に言えた事かァッ!!」 《ダークライブ -ダークルギエル-》

「――く、うああああああああッ!!!」

 

 腰溜めより握り締められたエボルトラスターを引き抜き天へと掲げるマリア。同時にダークスパークを展開しネフィリムの宿る左腕、その掌に浮かんだライブサインへとダークスパークを押し当てるウェル。光と闇が立ち昇り、互いにその身を巨人の姿へと変化させる。

 光より顕現したのは基礎形態であるアンファンスの姿を為すウルトラマンネクサス。対する闇より顕現したのは、漆黒の鎧のような肉体を持つ超人の姿だった。

 頭部から二本の角が伸び、両肩からも刃を思わせる鋭利な突起がそれぞれ生えている。両眼は十字に裂けるように広がっており、深紅の輝きを蓄えている。

 そしてその爆ぜたように象られた胸部には、ウルトラマンのそれと近しくもあるカラータイマーらしき発光体がその眼と同じ紅に染まりながら深く脈動していた。

 

「コレこそが僕ッ! ダークルギエルッ!! この世界を救う、新たな英雄の雄々しき姿なのだァッ!!!」

「ダーク、ルギエル……!」

 

 高嗤いしながら天を仰ぐダークルギエルの胸部から赤黒い光が天に向かって発射され、やがてその場を侵蝕するように包み込む。かつてダークファウストがメタフィールドを塗り替えたダークフィールド……それを身一つで展開したのだ。

 それに対し構えをとりながら臨戦態勢に入っていくネクサス。その中でマリアがすぐさま自分の現状を確かめていく。

 満足に回復しないままの連続変身は彼女の身に大きな負担となって帰ってきている。事実ジュネッスへの形態変化は可能でも、果たしてこのダークフィールド内でどれだけの時間それを維持出来るかも分からない。ただその余力が残されていないことは、彼女自身がよく理解っていた。

 やがてダークルギエルが仰ぐ手を下ろし、漲る威圧感を撒き散らしながらネクサスへと目を合わせる。胸元に構えた右腕を振り下ろすと、胸の赤い発光体から闇の光弾を数発連続で発射。ネクサス目掛けて撃ち放たれた。

 思わず前転受け身で回避していくネクサス。各着弾地点に爆発が起こり、砂塵が巻き上がる。どちらにせよこのままでは為す術なく斃されてしまうと思い、膝立ちの姿勢になったところで自らの力を開放。赤と青のジュネッスへと変化させた。

 すぐさまパーティクルフェザーを放ち反撃に出るが、ダークルギエルは片手で易々とそれを弾いて消し飛ばしていく。ならばと駆け出し、空中から拳を振り下ろすネクサス。だがそれも容易く捕まえで、振り回し放り投げた。

 

「グゥァッ!」

「クッ……ハハハハハッ!! 素晴らしいぞ、この力ァッ!!」

 

 嬉々と吼えながらダークルギエルがネクサス目掛けて走りだし、立ち上がろうとした瞬間にその腹部を蹴り飛ばした。そして転がり倒れたネクサスの胸部を蹂躙するかのように連続で踏み付ける。その数回の攻撃の後に左手で首を捕まえ、人間体の時と同様に持ち上げていった。

 

(く、ぅ……! なんて、力を……!)

 

 ダークルギエルの拘束を振り解くようにもがくネクサス。だがすぐに、胸のコアゲージが点滅を開始した。時間にしてまだ1分も経っていないはずだが、それほどまでに消耗していたという事だろうか。自らの身体の異変に、マリアはただ歯を食いしばって少しでも戦闘形態を維持すべく耐えていく。

 その姿をせせら嗤いながら、ダークルギエル……それに変身したDr.ウェルが言葉を放っていった。

 

「どうしたんだい、もう抵抗はおしまいか? せっかく簡単に始末せずに相手をしてやったのに、これじゃあ真の力の実験台にもなれやしない。本当にお前は駄目な女だなぁッ!」

(真の力、だと……!?)

「そうともさ! ダークルギエルの本来の力は【存在の停止】。この闇の輝きに触れたモノは、なんであろうともその生命を停めて人形と化し封じられる!

 それこそが怪獣や宇宙人、光の巨人を諸共に封じ込めた輝き。暗黒の銀河大戦争を蹂躙した、闇の支配者たる所以なのさァッ!!」

(存在の、停止……。まさか、ドクターの作り出す世界の平和とは……!)

「地球も含め全ての存在を停止させる。これ以上誰も傷付かず、傷付けさせない、何よりも優しい闇の世界だ。国家間の無様な争いも、他世界からの侵略も、僕とルギエルが生み出す闇で全てを停めるんだ!

 歌ではなく錬金術でもなく、闇で世界を一つにするッ! 静寂と安寧を得た世界は永遠に甘美な夢を見続け、理想郷が齎す悠久の平穏に舌鼓を打つ……。全てはこの僕、偉大なるグランドマスターの意のままにッ!!」

 

 ウェルの語る言葉は何処か正鵠を射ていた。何物にも干渉されない制止した世界……見方を変えればそれは、確かに完全平和の体現でもある。

 だがそれも所詮は独裁。絶対たる力と威を以て永遠不変を与えることは、生命の営みを蔑ろにした歪んだ空論に過ぎない。それを理解らぬマリアではなかった。

 

(それが……そんなものが、理想郷でなどあるものか……ッ!!)

「綺麗事だけで世界が救えるものかよッ! 病まず老いず死なず……永遠の生命、永遠の時間。それこそ人類が探し求めてきたものだろう!? それをくれてやろうと言うんだ、人類と世界への愛がなければ為し得ぬことをッ!!」

(なぜ、そこで愛……ッ!!)

「だってそうだろう? 世界のどうにかするなどと、愛が無ければ出来ないことさ。これまでだってそうだったし、お前らもそれで世界を救って来た。

 勇気、希望、欲望、そして愛……すべてが英雄に必要なモノだ。そして絶対たる力……闇と光を抱き合わせた混沌が交わることで、この身は守護神と為るッ!!」

 

 ダークルギエルの左腕から発せられる闇がネクサスに纏わり縛っていく。エナジーコアへと侵蝕する闇が光をエネルギーと変換し、ダークルギエルの胸部発光体へ吸い込まれていった。

 ネクサスの苦悶の叫び声が響き渡り、エナジーコアの点滅と共にすぐにその身体をアンファンスへと引き戻されてしまう。宿りし光の力が徐々に失われくすんでいく一方で、闇はその勢いを増していった。

 

(ドクター……あなたは、本当に世界を……)

「守護ってやるさ! 永遠に、この力を以ってッ!!」

(そんな力で……世界にひとりぼっちになってまで、あなたは……!)

「力とはァッ!! 他者を支配し圧するためにあるんだよッ! 世界にひとりぼっちの英雄だからこそ為し得る世界救済……それに気付けないお前が、この僕に勝てるはずがないだろォッ!!!」

 

 ウェルの哀しくも傲慢な物言いに思うところは有れど、それに対し反論できるほどの力はマリアにはもう残されていなかった。

 やがてその眼からも輝きが消え、力なく腕を下すネクサス。点滅していたエナジーコアからも、その光は完全に失われていた。

 其処まで吸い取ったところで、ネクサスの身体を塵芥のように投げ捨てるダークルギエル。更なる力を得て強化されたダークルギエルは、地に堕ちたネクサスを一瞥するとすぐに右手に持ったダークスパークを天に掲げ、周囲のダークフィールドを伝播させて闇の力を束ね高めていった。

 

「愚かなる生命体ども……貴様らの時間は、僕のこの力により止まる。幸せな時を幸せなままで、恐怖も感じさせずに永遠をくれてやるッ! ハァーッハッハッハァッ!!!」

 

 闇に塗れ、深い泥の中に意識が落ち行く中で、その高笑いをマリアは静かに聞いていた。

 足掻き、もがき、手を伸ばす。だがその手は空を切るだけで、何にも届くことはない。黒く染まる世界に、やがて彼女はその手を伸ばすことを諦めてしまう。

 

「私は……」

 

 なにも守護れない。そう呟こうとした時に、脳裏に先程まで声を交わしたウェルの言葉が反芻される。

 

「……いえ。ドクターが、守護ってくれる。世界は静止し、侵略を受けることもなく争い事も無くなった世界に変わる。

 悲しみの無くなった永遠の世界……。それは悲劇を失くす、たった一つの手段なのかもしれない」

 

 言葉にした途端、心から力が抜けていくのを感じた。闇が生み出す新世界は生命の尊厳を奪うディストピアかも知れない。だが、悲哀の存在しないそれはユートピアでもあるのかも知れない。ならばいっそ、その方がこの世界にとって良いのかも知れないと……。

 奇しくもこの地は、レセプターチルドレンとして世界各国から集められた孤児らを使った研究施設。フィーネの次なる器としてのみ存在を許された自分たちに、生命の尊厳など最初から無かったのかもしれない。

 そんな捨て値の命に価値を与えてくれた人が居た。血を吐きながら歌い炎と瓦礫に沈んだ妹は、墜ちる月を止める為に調律した養母は、この身に使命を託して先に逝ったのだ。世界を守護れという、大きすぎる使命を遺して。

 

「――ああ、だから私は、世界(みんな)を守護りたかったんだ……」

 

 塵芥に等しきこの命。引き換えに世界(みんな)を救えるならば、それは余りにも安い代償だ。皆に笑顔を、幸せを齎すことが出来るのならば、この命はいくらでも捧げよう。嘘偽りのない、素直な想いだった。

 だから、このまま闇に消え逝くこともやぶさかではないと思った。世界を救う為にこの命が使われるなら、充分に上等なのだから。

 そう思うと自然と顔は緩み、虚ろながらも笑顔が戻って来た。疲れ切った、弱さを受け入れたが故の諦観の笑顔が。

 

 

 

 ――なにかが、胸を打った。

 それに気付き、眼をそっと開く。

 おぼろげな空間。それはまるで、最初にこの光と出会ったあの場所のようだった。

 定まらぬ眼で視る先に、何人もの人影があった。そこから二人、そのおぼろげな影がハッキリと形を為す。それはあの日と同じ、自らの心に最も色濃く残る二人の姿だった。

 

「……マム、セレナ……」

 

 二人は何も語らない。唯一つ、マリアの事を信じて止まぬと言わんばかりに優しく微笑んでいた。

 

「ごめんなさい……。でも、少し疲れちゃった。ちょっとぐらい休んでも、大丈夫よね?」

 

 二人の顔からは肯定も否定も感じられなかった。それはまるで、この身に宿った大いなる光と相対しているかのようだった。

 

「……この力を与えられた時も、二人が私に声をかけてくれた。それからずっと考えてたの。何故光は、私を選んだんだろうって。

 ウルトラマンゼロは言ったわ。私なら、この力を正しく使えるからって。……でも、結局私にはこの力の意味は理解できないままだった。みんなを守護りたくてこの力を借りてきたけれど……もう、ここまでかしらね」

 

 どうして?と言うかのように首を傾げるナスターシャ。優しい笑顔に導かれるように、またマリアが声を重ねていく。

 

「……ドクターが言ったの。自分が世界を救うのだと。世界に生きる全ての生命の時間を、静止させて……。

 でも、きっとこれで良いの。そうすればもう誰も哀しまない……もう何にも、傷付けさせられないから。私はその為の礎となる。それでみんなが幸せになるんだったら、私は――」

『――マリア姉さん』

 

 そこまで言った時、セレナが優しく声を重ねていく。マリアの心中に深く刻まれている哀しい思い出と同じ、何も変わらぬ妹の美しい声だった。

 

「セレナ……?」

『……この光はね、人々の心が重なり合ったものなの。誰もが心に抱き締めている、”しあわせ”と言う名の純粋なる祈り……。

 光となった祈りは長い時を経て数多の人に受け継がれていった。光を継ぎしものは、時に哀しみを背負いながらもみんな必死で戦っていった。大切な何かを、守護るために』

「知っている……理解っているわセレナ。だってそれは、この光が私に教えてくれたんだもの。

 だから私も歌い戦った。私が大切に思うみんなを、守護るために……」

 

 浮かんでくるのは友の顔。この身を慕う妹たち、共に歌い舞う仲間たち、信を置く者たち。

 数多く失って来た自分だからこそ、今度こそ、なにも失うものかと魂を込めて歌い戦って来たのだ。

 この身、この歌、この命……その全てを賭してでも――

 

「この想いに嘘も偽りも無いわ……。だってそれは、落ち往く月の前でセレナが私に教えてくれたこと。セレナが、私に気付かせてくれたことだもの……。

 歌で世界を救いたい……ただ、それだけを……」

『そうだね。マリア姉さんは、がんばったもんね。

 月の落下から世界を救った。世界を噛み砕く錬金術からも救った。みんなと歌った姉さんの歌が、たくさんの人を笑顔にした。光を、与えていった』

「……嬉しかった。みんなが私の歌で、笑顔になってくれることが。みんなが喜んでくれたから、私も――」

 

 瞬間、目の前が光って見えた。

 浮かび上がるみんなの顔。友の姿だけではない……その背後に、もっとたくさんの人々の姿がある。皆がそれぞれ、思い思いの笑顔を咲き誇らせていた。

 世界を巡り歌った時にいつも見てきたその笑顔。悪逆の脅威になど負けぬと、誰もが歌の力を信じ想った姿。それは、私の歌が与えた光なのだ。

 与えた光が更なる強い光となって私を照らしてくれる。それが嬉しくて、たまらなく嬉しくて。だからもっと――。

 

「――……歌い、たい」

 

 余りにも単純で、自然になり過ぎて、忘失れてしまっていた忘失れてはならない無垢なる想い。

 それを想い出した時、マリアの眼から涙が零れ落ちた。

 

「セレナ……私生きたい。生きてもっと、もっともっと、たくさん歌いたい……。大好きな歌を、大好きな人たちと……!」

 

 顔を歪め、ぼろぼろと涙を流しながら訴えるマリア。

 生きたい。歌いたい。誰かの為に。自分の為に。それこそが彼女の、本当の意味での”生まれたままの感情”だったのだ。

 マリアの心からの言葉を聴き、光の中に揺蕩うセレナは、心底より嬉しそうに満面の笑顔を最愛の姉に向けた。

 

『私、マリア姉さんの歌が大好きだよ。幸せそうに歌うマリア姉さんも大好き。姉さんの歌を聴いてると、私も幸せな気持ちになるんだもの。

 きっとみんなも、姉さんの歌をもっとたくさん聴いていたい。幸せの気持ちを感じて、それをまた他の誰かに伝えたい。姉さんにもその気持ちを返したい。

 ――そうやって、みんなが繋がっていく』

「……それが、”しあわせ”の祈り……。それが――」

 

 ”光”

 

 

 

 マリアの視界が純白に染まった瞬間、セレナとナスターシャの後ろに居並んでいた人影の全てが形を為した。

 愛する家族との約束を守るため、運命を背負い空を飛んだ者。

 命を削りながらの贖罪と経て、大切な人たちを守る使命を果たした者。

 僅かなる命を苛烈に燃やし、希望を繋ぎ生きる為に走り切った者。

 憎しみに心を囚われ闇に利用されて尚、厳しさと強さで乗り越えた者。

 何度絶望の淵に立っても、何度でも起ち上がり光を繋ぎ続けてきた者。

 守るべきものたちの為に、出来ること、やるべきことを為すべく光を掴んだ者。

 それはいつかの時代、どこかの世界でなにかを守護る戦いを繰り広げた適能者たち。光に選ばれ、光を継ぎ、光と共に戦い守護った者たちだ。

 その中に少し距離を置いて佇む二人、何処か覚えのある人物もまたマリアへ笑顔を向けていた。光の奇跡を纏い力強く前に進んだ者と、月の優しさと太陽の強さを勇気で束ね合わせた者。マリアが光を手にした時、その背を押してくれた者たちだった。

 光の中、彼らは皆一様に笑顔でその手をマリアへと差し伸べた。まるで、新しい継承者の真なる覚醒を歓迎するかのように。だがマリアは、思わず手を握り締め抑えてしまう。

 

「……私に、出来るかしら」

『マリア姉さん。姉さんが私の代わりになれなかったように、私も姉さんの代わりにはなれない。ううん、私じゃなくても……姉さんの事を想うたくさんの人達でも、それは叶わない。

 でも、だからこそ人は、心を尽くして人と絆を結ぼうとするの。だってみんな、姉さんが好きだから。姉さんに、しあわせな笑顔で歌って欲しいから』

「セレナ……」

『私達は姉さんを見ていることしか、姉さんの歌を聴いていることしか出来ない。だから、ここでちゃんと見ているから……聴いているからね。最後まで、ずっと』

 

 惹かれるように手を伸ばす。そこに重なり握られる数多の手。導かれるように手を引かれ、ただその先へ向かう。視界に映る光がどんどん大きくなっていき、やがてその手に触れ……。

 

 

 

『……私、信じてる。マリア姉さんなら、きっと守護ってくれるって。だから――』

 

 

 

 

 

 暗黒の大地。倒れるウルトラマンネクサスのエナジーコアが、大きく一度脈打った。光が身体に伝播していき、その手を強く握り締めていく。

 

「……なに?」

 

 異変に気付くダークルギエル。眼を向けたそこには、肩で息をするように無理矢理に、身体の各部を震わせながら……だが確かに立ち上がる、くすんだ銀色の巨人の姿が在った。

 

「お前……!」

(……やっと気付いた。やっと、理解った……。生ある証が……鼓動(いのち)がこの胸を打つ限り、私は歌っていたいのだと。生きて、いたいのだと……!

 みんなから繋がった光が教えてくれた……。それが、誰かに受け継がれ輝く光の意味なのだとッ!)

 

 力を、命を振り絞り構えるネクサス。相対し見るダークルギエルは、Dr.ウェルは忌々しそうにダークスパークを潰すほどに力を込めて握り締める。

 

「……ふざけるなよ、それが何だって言うんだ! 僕の力で世界は止まる! それで救われる! 何の問題もありはないッ!!

 このダークフィールドに高められたマイナスエネルギーの全てを地球に拡大し解放すれば、それでッ!!」

(そんなこと、させはしないッ!)

「するんだよォォッ!!!」

 

 咆哮と共に胸の発光部から暗黒の光弾を発射するダークルギエル。力を振り絞り腕を突き出すことで、眼前に波打つ光壁を作り出し防ぐ。だが足りない力は光弾を防ぎ切ることも適わず、直撃と共に吹き飛ばされた。

 だがそれでも立つ。目に光は戻らず、エナジーコアも輝きのほとんどを失ったままだと言うのに。

 

「何故だ……何故起てるッ! 光は奪い尽したと言うのに……お前の心も、折れて闇に堕ちたと言うのにッ!!」

(そうだ……弱い自分は私の闇だ。私は弱い……だから容易く闇に呑まれてしまう。だが――)

 

 何度でも構える。今なら強く理解るのだ。ずっと傍で見守ってくれている光があることを。だから――

 

(私はひとりじゃない……みんながくれた光で、この闇を抱き締めてみせるッ!!

 生きたいと、歌いたいと願うありのままの私を信じ、闇を抱いて光となるッ!!!)

 

 胸のマイクユニットにその手をかけ、突起を三度押し込む。秘されし闇の象徴、魔剣ダインスレイフを擁したイグナイトモジュールを、その先に有る更なる力を励起。右手を天に掲げ、絶対に譲れぬ夢を想い込めて吠え叫んだ。

 

(――ウルトラギアッ!! コンバインッ!!!)

 

 エナジーコアの胸部と重なりあったマリアを貫き立つ赤き楔。心身の疲弊を気にも留めず抜剣された魔剣は瞬時に彼女を闇で包み、また同時にネクサスの身体をも暗黒で包み込んだ。

 

「は、ハハハハハッ!! タカを括ったと思ったがまるで出来損ない……。闇の空間で闇を解き放ち、その闇で僕の力を高めてくれるのかァッ!!!」

 

 轟くウェルの嗤い声と共に、更に爆発するマイナスエネルギーの奔流。だがその闇の中で、この身に光を繋いだ者たちの姿が見える。そこに在る光を掴むべく、マリアは手を伸ばしていた。

 聞こえた声は誰のものかなどもはや判別できなかった。だが確かに聞こえたのだ。あの光に触れた時に、『諦めるな』という言葉を。

 

 答えは得た。それこそが、受け継がれし”光”の意味。

 それこそが――

 

(――絆……ネクサスッ!! ううぅぅおおおおおおおおおおおッッ!!!!)

 

 纏いし闇の全てをエナジーコアが飲み込み、無垢なる純白の光となって放出される。全身を纏う光のフォニックゲインは、やがて鎧と化しその身に固着していった。

 足から下腿部にかけてと腰部側方に装甲が装着。右腕にはアームドネクサスが一回り大きくなるように強化され、左腕は上腕から前腕部……アームドネクサスを包み込み更に巨大なガントレットとして装備された。そして胸部、エナジーコアの上に乗るように白銀の羽根状のプロテクターが重なり合いその姿は完成する。

 共に授けられしダイナとコスモスの力を用いない、絆の光を受け継ぎし聖女が聖剣【アガートラーム】と聖楯【ウルティメイトイージス】を己が歌で真なる一体化を果たした姿。深淵の暗黒の中でなお、白無垢の如く神聖なる輝きを放ち照らす超人。

 

『――ウルトラマンネクサスッ!! ウルトラギア・アガートラームッ!!!』

 

 己が魂の名を叫び、輝きを撒き散らしながら力強く構える。今はその眼に、強い光が舞い戻っていた。

 

「光、だと……ッ!!」

『これが私に継がれたもの……。闇を畏れる事なく抱き締めて、乗り越えていく力。

 みんなで生きる……生きたいと願う、未来(きぼう)の光ッ!!!』

「そんなもの……そんなものがああぁッ!!」

 

 ダークルギエルが右手に握られたダークスパークを突き出し、暗黒光線を発射する。生きとし生けるものの時間を止める”否定”の光線。だがそれを、ネクサスは左腕のガントレットで強く受け止めた。

 

「決まったァッ! これでお前も人形に――」

 

 変わらない。それどころか光線を吸収し光に変えているようにも見える。闇を受けて聖鎧の輝きがより一層増すかのように。

 

「そんな、馬鹿なぁ……ッ!」

『……この力は、決して未来(きぼう)を棄てない人たちの為にある。慟哭、嗚咽、憎しみ、苦痛……どんな闇にも諦めずに起ち上がり、永遠に繋がり受け継がれていく命の光。それに気付けぬ貴方が、勝てるはずがないッ!!!』

「ほざくなああああああッッ!!!」

 

 受け止めた闇を光と化し、拳を突き出し放つネクサス。その一撃を身体で受けてしまい、ダークルギエルがよろめきながら膝を付いてしまった。

 一撃食らわされたことの屈辱からか荒れ狂い叫ぶ声と共に、ダークルギエルが自らのダークスパークを再度左の掌に突き立てる。暗黒同士が混じり合う中でその左腕が激しくうねり出した。

 勢いのままに左腕を天に突き出すと、ダークフィールドを形成している闇が全てそこに集束。まるで喰らうように飲み込まれていく。そしてダークルギエルの体内で膨張した闇が、その姿を更なる異形へと形を変えていく。それはまるで――

 

『ネフィリム……ッ!』

「そうだともッ!! 暴食の権化が暗黒の魔神と相重なり、闇も光も全てを喰らい尽す力となるッ!!」

 

 激しく咆哮するネフィリムルギエルが、その全身からダークフィールドを構成する闇までも喰らい始めていく。更に闇を溜め込み爆発させることで、邪魔者を消して野望を完遂させる心算なのだろうと、マリアは直感した。

 

「止めてやるッ! 全ての命ッ!! 全ての時間をッ!! 世界を蹂躙する、この絶対たる力でッ!!!」

『止まるのはドクター、貴方のその歪んだ野望だッ!!』

 

 互いに飛び掛かり、激しき光を宿したネクサスの左拳とネフィリムを顕現、肥大化させたルギエルの闇を纏う左拳が激突した。

 光と闇が爆裂し、衝撃波を放ちながら拮抗し合う。そこから右の拳でネフィリムルギエルの顔面を打ち付け、流れるように両足でのドロップキックで蹴り飛ばした。着地と共に左のガントレットに右手を当て、光を高めて外へ振り抜く。直後眼前に並び出現する幾つものパーティクルフェザー。左拳を前に突き出すことでその全てを発射し、それぞれが意思を持つように縦横無尽に飛翔しネフィリムルギエルへと打ち込まれていった。

 着弾と共に爆発が巻き起こるが、数秒もしないうちに粉塵が渦を巻きネフィリムルギエルの中へと消えていく。喰らっていたのだ、放たれた光も含め全てを。暗黒の肉体に取り込んだエネルギーは胸部の発光体に集まっていき、やがて超高熱の火炎弾となって放たれる。地面を抉り襲い来る破壊の炎を見て、サークルシールドを生み出しダメージを最小限に防いだ。

 堪えた姿に怒りを覚えたのか、猛る咆哮とともに大地を踏み潰しながら突進。携えたダークスパークを大きく伸ばし、ダークスパークランスへと姿を変えた。

 それを視認したネクサスも自らの左腕のガントレットからアームドギアである短剣を抜剣。抜き身のエボルトラスターと酷似した形の短剣は、変身者であるマリアの意志の元その形態を変化。刀身にも柄が付けられた大型のツヴァイハンダーと化した。

 

「くぅだけぇろおおおおおおおおッ!!!」

『でぇぇぇやああああああぁぁッ!!!』

 

 真正面からぶつかり合う闇の魔槍と光の聖剣。ネフィリムルギエルの奮う一撃一撃が殺意を伴う漆黒の暴風となりネクサスを襲うが、ネクサスはその全てを受けて尚も燦然と輝きを放っていた。一撃一撃を受け止め、いなし、反撃をぶつけていく。

 突き出した漆黒の槍を刃の峰で受け止め両者が競り合う。上の柄を持つ右手を逆にし、下へと押し込み槍の刃先を逸らし躱す。そして逆手を外に振り抜くと刃が分離、光放つ鞭剣となってネフィリムルギエルの肉体に纏わり、引き裂くように傷付けた。

 だがそれに負けじと、空いた胸に目掛けて火炎弾を発射するネフィリムルギエル。至近距離からの直撃を受け吹き飛ばされるネクサスだったが、最早宿る光が陰ることは無かった。

 何度でも起ち上がるその輝きに僅かでも魅せられたのか、ネフィリムルギエルが一瞬動きを止める。だがそれを振り払うかのように発狂するが如く吼えるウェル。吸い込んだ闇の全てを爆裂させるべく、力を胸の一点に集め高めていった。

 

「終わらせてやる……何もかも吹き飛ばせえええッ!! ネフィリムルギエエエエエエエエルッッ!!!」

『終わらせない……どんな命でもッ!!』

 

 左右の両刃を再度結合、大型剣と化したアームドギアの柄をガントレットに装着する。胸の前で構えることでエナジーコアと同じ弓状の光が左腕に宿ると共にガントレットから激しく光が噴出した。

 対するネフィリムルギエルも両腕を大きく開き、胸の発光体を中心に全身から圧倒的な出力の暗黒光線【ネフィリムルギエルシュート】を発射した。襲い来る闇の輝きに、光を纏い猛然と吶喊するネクサス。だが暗黒はネクサスを飲み込み、光を喰らい闇へと変える。

 ウェルは勝利を確信した。光を喰らい塗り潰す圧倒的な闇、それこそが無敵の力であるのだと。だが――

 

『終るのは、この戦いだああああああぁぁッッ!!!』

 

 闇を貫き輝き奔る光が流星の如く猛進し、すり抜けざまに左腕の巨大な光刃で笠懸に両断する。

 着地と共に振り向き仁王立ちし、その両腕に最後の一撃の力を込める。両腕を胸の前へ近付けながら距離を縮め、その間を行き交うエネルギーがエナジーコアの輝きと共に激烈に上昇。左腕に装備された剣に伝播し光刃が伸びる。

 やがて両の腕が交差した瞬間、右手でガントレットに装着された剣を引き抜き右腕を上外方、左腕を下外方へ真っ直ぐ伸ばした。そこから腕を順回転させ、右に携える光り輝く刃を縦に構え左の籠手は内側から下の柄を叩き付ける。逆転した【†】の形となった両腕から、闇を消し飛ばす圧倒的な光の波を発射した。

【OVEREVOLRAY†REDEMPTION】……光と真なるユナイトを果たしたマリアの、光の刃の一撃に次いで放たれる闇を抱き締め光と為す輝きの奔流。ネフィリムルギエルは為す術もなくそれに飲み込まれ、数秒の間浴びせられ続けた結果、闇の全てを浄化されるように爆裂した。

 

 

 

 ネフィリムルギエルを斃したことでダークフィールドも解除され、周囲はまたF.I.S.研究施設跡地の外、破損した施設を仰ぎ見る荒野に戻っていた。

 位相差を変えて行われた戦いは、どれだけ激しかろうと意図して戦闘領域を破壊しない限り現実世界に一切の支障をきたさない。それはダークルギエルが展開したダークフィールドも例外ではなく、戦闘の跡地に遺されていたのはうつ伏せになって倒れるDr.ウェルと、その近くで両膝を着いて大きく息を上げるマリアの二人の姿だけだった。

 

「馬鹿な……この、地球最後の英雄である、僕が……」

 

 這いずりながら顔を持ち上げるウェル。その右手には、未だダークスパークが握られている。それを見てまたにやけるも、次の瞬間黒色の灰と化し消えてなくなって行った。

 

「な、何故だ……何故だああああああああッ!!」

「ドクター……」

 

 掌の中から消えたダークスパークの残滓を見て悲痛な叫びを上げるウェル。哀れにも映る彼の姿を眺め見て、力を込めて立ち上がったマリアが彼の傍へ歩み寄った。連続の変身とウルトラギアの発動により残る体力は雀の涙ほどだったが、彼とは今話さなくてはならないと思ったのだ。

 頭上に現れたマリアの姿にまともな声も出せず恐れの呻きを洩らすウェル。だがマリアも力が抜けてしまい、またその場に腰を落としてしまう。大きく肩を動かして息を切らしながら、なんとかウェルの顔を正視した。

 

「なんだよ……僕の無様な姿を嗤うのか? いいや、いっそ嗤えよ。その方がまだ救われるってもんだ」

「……フフ、無様なのはどっちなのかしらね。こんなにもボロボロになって、泥と涙に塗れ心は折れかけて、足掻けるだけ足掻き力を使い切って今はこのザマ……。

 無様と言う言葉、私に向けてこそ投げられるものよ」

「……チッ、随分と饒舌になりやがって」

「ありのままである事の強さを教えて貰えたから。エルフナインや仲間たち……私と繋がってくれたみんなによって。そしてドクター、貴方の存在もその強さを確信へと裏付ける一因となっている。学ばせてもらったのよ、貴方からも」

 

 心のままの語りは彼女の顔を優しい笑顔に変える。予想外の表情に、ウェルは何処か所在無さそうに舌打ちしながら顔を逸らした。

 そんな彼に、マリアは顔を引き締め直して問い掛けを放った。

 

「……貴方には色々聞きたいわ、ドクター。貴方が私の闇でなければ、何処でどうやって蘇ったのか。エタルガーの目論みを知っているのかどうか。そして……」

 

 一度口を噤むマリア。小さく深呼吸をし、自分の考えを彼にぶつける。

 

「……この世界を救うために、私たちに力を貸してくれないかしら」

 

 この選択が正しいかどうかは理解らない。だが、Dr.ウェルの持つ知識とネフィリムを宿す腕は自分たちにとって大きな力となってくれる。その確信と共に提案を持ちかけたのだ。対するウェルは、こちらを見上げながらも蔑むように口を歪め、嗤いながら返答した。

 

「本気で言っているのかい? 僕が有能なのは周知の事実だが、まさか君からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」

「私は本気よ。手段や根底にあるものがなんであれ、ドクターは闇の力を世界を救うために使おうとした。”世界を救う”……。この一点に限り、私たちの利害は一致していると思った。前の戦いの時みたいに。だからこその提案よ。

 それに世界を救う為に力を使おうとしたのも、貴方なりにエタルガーを脅威と思っているからなんじゃないかしら?」

「僕が、あんなヤツを? 馬鹿にするのも大概にしろよな。僕が……ダークルギエルが真の力を以って相対すれば、エタルガーなんざ取るに足らない存在だったさ。

 ――……真の脅威は、其処じゃないんだよ」

「其処じゃ、ない……!?」

 

 ウェルの言葉に驚くマリア。だが今の彼女ではそれ以上の情報を整理しきれない。様々な疑問の真相に近付くためにも、やはりこの男は必要だとマリアは強く確信した。

 

「まったくもって世話が焼ける。新たな力を得ることに固執して、貴様らは揃いも揃って何も見えていなかったとはね……。

 ハンッ! そこまでこの僕を必要としているのなら、不本意ながらも手を貸してやろうじゃないか。僕の叡智が世界を救う……そう、全ては英雄である僕の導きのままにッ! フハハハハァッ!!」

 

 思わず笑い出すウェルにやや呆れながら、彼を手を結ぶ為に自ら手を差し出すマリア。対するウェルも、新たな導を得て覇気を取り戻したのか、強い笑顔を浮かべて差し出されたマリアの手を取るべく己が手を伸ばす。

 そしてお互いに掴み合おうとした、瞬間――

 

 

 ドカッという、重たい音が鳴り響いた。

 

 

「――あ、あァ、ン……?」

「まあったく、なんでアタシがアンタみたいなガイキチのケツを追わなきゃならなかったのかしら。まぁ、そのおかげでカンドーの再会が出来たんだけどねー。キャハハハハッ!」

 

 気の抜けた声を洩らすウェル。眼前で座り込むマリアも驚愕の眼を見開いている。彼女の目線は、うつ伏せで手を伸ばすDr.ウェルの上に向けられていた。

 外側は漆黒、内側は群青の二色で染められた髪。不釣り合いなまでに可愛らしいゴシックロリータの服。一目で人非ざるヒトガタを理解させる球体関節。内髪と同じ群青の瞳をぐりんと動かし此方を見据える”其れ”は、嬉しそうに口角を持ち上げ鮫のように合わさったノコギリ歯を見せ付けて口を開いていた。

 

「お、お前は……!」

 

 戦慄きながら呟くマリア。眼前のヒトガタを彼女は知っていた。知らないはずがなかった。先の魔法少女事変にて相対した、浅からぬ因果を持つ存在なのだから。

 ヒトガタもそれを知ってるのか、卑しく嗤いながらマリアに向けて声を放った。

 

「お久し振りぃ、アイドル大統領」

「――オートスコアラー、ガリィ……ッ!!」

「はーい、ガリィちゃんでーす☆」

 

 その名を呼び、膝を付きながらも戦う姿勢を取るマリア。だが残された力をどれだけ動員しようとも、もう変身どころかシンフォギアを纏うことすら出来なくなっていた。

 それでもただではやられまいと、ガリィを強く睨み付けるマリア。それを嬉しそうに嗤いながら、人形は下卑た声を上げていく。

 

「逸りなさんなよハズレ装者。アンタの相手は後でシてアゲルから、先に用事済まさせてちょうだいな」

「用事、だと……!?」

 

 マリアの言葉に返答するように、ガリィが胸を貫いたままウェルの身体を魅せしめるように持ち上げる。一見すると少女の肢体ではあるガリィだが、錬金術より生み出されし自動人形である彼女は人一人を持ち上げることも造作ないのだ。

 心臓部を貫かれたまま為す術もなく宙へ浮くウェルは、口の端から漆黒の血を流しながらなんとか背後のガリィへ顔を向ける。

 

「おまえ、なに、を……」

「要らねぇことをベラベラ喰っちゃべられる訳にはいかないのよね。泳がせてやったとはいえアンタもまた重要な”楔”の一つなんだから、闇の力を充分に昂らせるだけでお仕事完了ご苦労様ですなのよ」

「ぐァッ、はぁ……ッ!」

 

 胸から抜け出た暗黒の球体を強く握り締めるガリィ。人間離れした握力で握り潰していくと共にウェルの口から苦悶の声が漏れ続ける。

 

「なぜ、だ……。ぼくは、世界にえらばれ、よみがえったはず……」

「ンーなワケないでしょボンクラ眼鏡。記憶を植え付けられたマイナスエネルギーの塊風情が、部不相応な夢見てんじゃないよッ!」

「マイナスエネルギーの、塊……!?」

「その通り。ついでにもひとつタネを明かすと、アタシもそのうちの一人。新しいマスターの命に従い、任務を遂行する為に受肉したってワぁケ☆」

「任務……まさか!?」

 

 幾つかの疑問の点が線となって繋がり往く。

 マイナスエネルギーの塊である黒い影法師、ダミーを含む幾つかのダークスパークの出現。ガリィの言葉から推察するに他のオートスコアラー達も復活を果たしており、全ての元締めはエタルガーにある。恐らくは、自身の完全復活の為に。

 

「だが、お前が此処に居る限りまだ――」

「いいやもう遅いッ! コイツを”楔”に変えればアタシの任務もオシマイ。もう止まりやしないのさ。

 それにぃ、今頃は最後の”楔”も完成し、マスターの降臨準備も最終段階ってところかしら☆ 此処で無様に斃れるアンタには、もうどうしようもないのよッ!」

 

 ガリィの言葉が胸を突く。休む間もないこの身は既に限界、戦う為の力など一切合切残されていない。眼前のウェルは足から徐々に闇へと変化して消えていく。

 心はまだ折れずともただ歯軋りしながら見ているしかないマリア。それに向かってウェルが憤怒とも取れる力強い眼差しを向ける。そして震えながら、彼女へと霧散し崩れゆく手を伸ばしていった。

 

「ドクター!?」

「何をしている! さっさと手ェ取るんだよこの馬鹿がッ!」

「お前が何をしてるんだってェのッ!!」

「ぅぐあああああああッ!!」

 

 更に強く握ることでウェルの身体の闇化を加速させるガリィ。叫び声を上げながらも眼は爛々と見開いたまま、口角は持ち上げたままウェルはその手を伸ばし続けた。

 

「僕は……ぼくは英雄だ……! ぼくの遺すものが、この世界を救う……。最高だ……英雄として、これ以上の死に方は無い……ッ!!」

「ドクター、貴方……!」

「繋ぎ託してやるって言ってんだよ……。言っただろ? その力、我が物としたければ――」

「うだらうだらと賢しいことをッ!!」

 

 まるで崩れ往くチフォージュシャトーでの今生の別れを思い起こさせる彼の手に食らい付くように、マリアもまた己が手を伸ばす。二人の手が僅かに触れた刹那、ウェルの手が黒い霧のように消えていく。

 勢い余って倒れ込むもすぐに顔を上げてウェルの方へ向くマリア。その目に映ったものは、満足げな笑顔と小さな口の動き。だがそれを読み取る暇も無く、Dr.ウェルだったものは漆黒のエネルギーと化しガリィの掌の中へ納まっていった。

 

「チッ、最後まで惨めに足掻きやがって。やーねぇコレだから、未練がましいオトコってヤツは☆」

 

 舌打ちしながら憎まれ口を叩くガリィ。彼女の眼前にへたり込んでいるマリアは何処か呆然としていたが、顔を近付けるガリィを強く睨み付けた。だがそんなものに怯むこともなく、ガリィがその無機質な指をマリアの顎に添え持ち上げる。浮かべる彼女の顔は、何処か嬉しそうに嗤っていた。

 

「……どうせだし、そのままアンタの力も頂いちゃいましょうかしら」

「クッ……!」

 

 近付けられる唇。オートスコアラーであるガリィは、口吻を介して人間の”想い出”をエネルギーに変換、生気と共に吸い取る機能を備えている。それをマリアに行おうと言う心算だった。

 なんとか拒否をしようにも抵抗の余地がないこの状況。この窮地にマリアの左手に握られていたギアペンダントが輝き、彼女の元に天より光が差し込まれた。思わぬ輝きにガリィが目を覆い隠すが、数秒も経たぬうちに差し込まれた光は消える。其処に、先程まで居たはずのマリアの姿も存在しなかった。

 

「……クソッ、逃げやがった。まぁでもコレで、ガリィちゃんの任務も無事しゅ~りょ~致しましたぁ☆ キャハハハハ!」

 

 荒れた大地にただ一人残ったガリィが、暗天に向かって媚びた笑い声を上げる。

 そしてバレエのように優雅なポーズを決めて、流水と共に大地の中へと姿を消していった……。

 

 

 

 

 EPISODE18 end…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 19 【陽溜る大地に想い響き合いて】 -A-

 午前5時過ぎ。それが立花響が風鳴翼からの連絡を取った時間だった。

 睡眠を叩き起こされた形なので、最初は翼の凛とした言葉にも力の抜けきった返答しか出来ない響だったが、事情を介しているのか翼からそれについて叱咤されるようなことは無かった。

 続く話を翼から聴く中で、響は自らの思考がどんどん明瞭になっていくことを理解する。此度の外部からの侵略より前にシンフォギアを運用しての災害救助活動を行ってきた影響だろうか、事件発生に対する思考の覚醒と切り替えが常人の其れより速くなっていたのだ。

 大きい声ではないものの、通信機の先に居る相手に向けられた話し声は早朝の静寂が支配する学生寮の一室に響き渡っていた。その声と傍に無い温もりに気付いて、同室で暮らす小日向未来も目覚めと共に上体を起こす。寝惚け眼を擦りながら周囲を見回すと、未だ朝陽の差し込まぬ窓際で通話していた響の姿を確認できた。

 

「響……?」

「あ、ごめん未来。起こしちゃった?」

「ううん、平気。……出動なの?」

 

 少し不安げな声を出す未来。だが響は、その不安を打ち払うかのように明るく返事をした。

 

「ううん、マリアさんが行ってて翼さんが待機してるからお呼びじゃないんだって。ただの出現報告だから大丈夫」

「そう、なら良かった。……って言うのもおかしいかな」

「マリアさんは出動してるわけだし、私にもいつ要請が来るか分かんないしねー。心構えだけは、ちゃんとしておかないと」

 

 笑顔で語る響。彼女はいつもの明るい顔だったが、未来にはそれが何処か寂しく感じられていた。

 ”誰かの為に”と拳を握る彼女の正義を信じて見守ると決めてはいるが、今回の戦いはそれでも不安にならざるを得ない。巨大な怪獣が現れ、邪悪な侵略者が現れ、正義為す光の巨人が現れ、眼前の彼女もまた巨人の力を得て……。想像も出来ないほどの大きな流れに、いつも傍に居るはずの彼女がどんどん知らない世界へ行ってしまうような、そんな想いが芽生えていた。

 想いは知らぬ間に身体を巡り突き動かす。未来の手は自然と、響の手を掴み握っていた。

 

「どうしたの、未来?」

「――響は、ちゃんと帰ってくるよね? いつでも、必ず……」

 

 響から見ても未来のその顔には不安の色が滲み出ていた。何処に不安を覚えたのかは響には理解らない。だが、理解らなくても約束出来ることは有る。それを再確認すると共に、響は心に強い意志を固めていった。

 先程翼から聴いたマリアからの伝言……『たとえ何が起きようとも、守護るべきものは自分自身の手で守護る』と言うこと。そして自分が何よりも守護るべきなのは、何よりも暖かいこの陽溜りなのだと。

 その思いを胸に、昇り始める朝陽に照らされながら親愛なる彼女の為に強く優しい返事をした。

 

「もっちろん! 私の帰る場所は、いつでもこの一番あったかい場所。それはこれからもずっと変わらないよ。

 だから大丈夫。私は、ちゃんと未来のところに帰ってくるから」

 

 精一杯の明るい笑顔で答える響。それは些細な、いつも通りの約束だったのかもしれない。だがそれでも、未来は心底より嬉しそうに笑顔で返した。

 彼女の頬が少し紅潮していることを、お互いに気付くことはなかったが。

 

 

 

 

 EPISODE19

【陽溜る大地に想い響き合いて】

 

 

 

 

 その日の午後、響と未来の二人は弓美、詩織、創世の三人と一緒に放課後の余暇を繁華街で楽しんでいた。甘いお菓子を食べながら和気藹々と話し笑い合うその姿は、誰が見てもごく普通の女子高生たちに相違ない。ただその話す内容は、普通とはほんの少しだけ違っていたのだが。

 

「ねぇ響、やっぱりアンタは仕事上、ウルトラマンたちと会うこともあるんだよね?」

「うえっ!? そ、そりゃまぁ一緒に世界の平和を守らせて貰ってますからね……。ご一緒することはままあるかなと……」

 

 弓美の質問に少しばかりしどろもどろになりながらぎこちない返答する響。此処に居る全員は響がシンフォギア装者であることを知っているのだが、さすがにウルトラマンの所在や変身者までは把握してはいない。タスクフォース公認の民間協力者である未来はともかく、流石にこの三人にまで詳細を明かせるはずがなかったのだ。

 表面上はウルトラマンと怪獣との戦いで被る周辺被害を未然に防ぐ、または逃げ遅れた人を助けるなどの救助活動としてシンフォギア装者が出動していると言うことを彼女たちには話をしていた。本来は駄目なのだろうが、三人は少なからず此方の事情を知る者。これぐらいは大丈夫だろうと思ってのことだった。

 だが公に出来ない以上突っ込まれることもある。一つ幸いなのは、その突っ込みが正体を勘繰られるようなことではなく……

 

「やっぱお願い! 一度でいいからゼロ様と会わせてッ!!」

 

 と、このような難題を吹っ掛けられるということだった。

 両手を合わせお願いする弓美に対し、響はただただ困り果てた笑顔で返すしかなかった。彼女の願いを叶えることは非常に困難なのだ。彼女が会いたいと言うウルトラマンゼロ自体は、性格を考えると意外とすんなり了承してくれそうだ。

 だが問題は今現在彼と共に在る者、風鳴翼の存在である。正体の守秘義務がある以上、翼を連れてきて変身してもらうなどと言うことは確実に不可能だろうし、そもそもこんなお願いを聞き入れてくれるとは思えない。

 よって可能性があるとするならば、彼女らの近くで戦闘が生じた時にウルトラマンゼロが出現、戦闘終了後にほんの少しだけ声をかけられるかも……と言うのが関の山だ。

 

「うーーん……ゴメン。ちょっと私じゃそれはどうにも出来ないなぁ」

「うぅ、やっぱり駄目かぁ……」

「ビッキーに無理言ってもしょうがないでしょ。ウルトラマンたちだっていつ何処から来るのか分からないんだし」

「理解ってはいるけどさぁ~。やっぱり憧れるじゃん、アニメみたいな正義のヒーロー! 僕たちに勇気を教えてくれたデッカイ人ッ!!」

「デッカイ人って……。まぁ確かに人間みたいな姿だけど」

「報道の中でも光の巨人と銘打たれてますしね。姿形は人と違えど人に似て、私たちに変わって世界を守護ってくれるもの。そんなナイスな方々と直接会えるものならば、私も是非一度会ってみたいですわ」

「確かにね。そんなところは少しだけ、ビッキーが羨ましいかな」

「な、なんかゴメンねー! あはははは……!」

 

 何処か含むような詩織や創世の言葉にやや乾いた笑いで場を濁す響。仕方ない、真相は打ち明けられないのだから。

 そんな和やかな空気を文字通り破壊するかのように、響たちの視界、上空に黒い渦が突如発生した。同時に鳴り渡る響の鞄に仕舞われた通信端末。すぐに取り出して繋げると、移動本部の対応も速やかだった。

 

「響ですッ!」

『せっかくのオフの時間に済まないが、状況は見て分かるな?』

「しっかりバッチリ目の前ですからね……」

『時空振動波、依然増大中! 観測よりビーストの振動波形も確認されましたので、スペースビーストだと思われます!』

『聞こえたな、響くんッ!』

「即時急行出来るのは私だけって事ですね。了解ですッ!」

 

 強く返して通信を切り、鞄に直す響。周囲を見回すと、共に居たみんなはよく理解っているといった顔だった。

 

「ごめんねみんな、せっかく遊びに来てたのに……」

「なぁに言ってんのよ。アンタのいつもの人助けでしょ?」

「助けを待ってる人のところに行って助けるのが、ビッキーのやりたいことなんだから」

「此方に何かあるなら私たちも避難誘導のお手伝いぐらいはします。だから、気にせず行ってください」

「みんな……」

 

 弓美、詩織、創世をそれぞれ見回す。彼女らは皆一様に、響の背を押すように強い笑みを浮かべていた。そして最後に未来を見る。彼女もまた、他の皆と同じように優しく微笑んでいた。

 

「いってらっしゃい、響。みんなを守ってきて」

「……うん、行ってきますッ!」

 

 信を置く友たちに背を押され、響は嬉しそうに笑って立ち込めた暗雲の方へ向かって走り出した。

 

 

 やがて暗雲が裂け、中から異形が出現する。二本の足でヒトガタのように立って歩くも、その上半身は鋭い爪と頭に回った尾のような物体が見えた。

 現場に向かう途中では既に多くの人が少しでも離れるために逆走を始めており、その人の波に呑まれる形となってしまう。かいくぐるのはさすがに苦になると思い、すぐに脇の路地裏へと入り込んだ。

 さすがに此処までは人が流れることもなく、周囲を軽く見回しても何処からか目を向けられることもない。それを確認したところで、響は胸のギアペンダントを握り締め意識を集中させて胸の内から湧き上がる歌を心のままに口ずさんだ。

 

「――Balwisyall Nescell gungnir tron…」

 

 聖詠と共に光が放たれ、響の肉体にシンフォギアを纏わせる。装着を完了した後、ビルの屋上へ跳び上がり長いマフラーを靡かせながら胸の歌を歌いビルの屋上を伝い駆けていった。

 頭上から流れ聞こえる歌に、逃げ惑う人々も一度足を止めて周囲を見回す。飛び跳ね駆ける響の姿をほんの僅かに視認した人が、思わず口を開いた。

 

「アレ、災害現場に現れるって言う、歌うレスキューの……?」

「あの快傑うたずきんか!? 何処に!?」

「も、もう見えなくなっちまったよ。でも、あの歌が聞こえるならもう大丈夫だ! ウルトラマンもきっとすぐに来る!」

 

 いつしか人々の間で広まった噂があった。危険災害の被害者を救うために奏で流れる少女の歌。それは此度の異世界の侵略においても同様であり、その歌に共にウルトラマンも姿を現すのだというモノだった。

 その事実は当たらずとも遠からずではあるが、人々の恐怖を拭うにはこれ以上ない明るいニュースでもある。僅かな一言はすぐに期待と歓喜へと変換され、声がどれだけ届くかも知れぬまま応援の言葉を響の向かった方へ放っていった。

 

(……みんなが応援してくれている。それだけで、私はいくらでも頑張れるッ!!)

 

 小さな言葉を大きな力に変えて跳ぶ響。眼前の暗雲から伸びた光を受け地底から出現したのは、二足歩行でありながらもその上半身はどこかサソリを連想させる怪獣だった。すぐさまそれを確認した本部から、解析を担ったエックスが響に話しかけていった。

 

『響、あのビーストはクラスティシアンタイプビースト・グランテラだ!』

「く、くらしていあん!?」

『クラスティシアン、つまりは甲殻類。エビやカニの仲間と言ったところだ。見た目からすると恐らくはサソリだろうな。鋭い鋏は勿論、強固な外骨格と尾の先から放つ火球などが主な攻撃手段だ! 気を付けろ!』

「なるほど……とにかく硬いってことと遠距離攻撃も出来るってことは分かりましたッ! 避難状況はッ!?」

『出現予測地点の半径1kmは完了済みよ! あまり派手に立ち回れないことだけ理解しておいて!』

「ありがとうございますあおいさんッ! 行きますッ!!」

 

 右腕のガントレットを変形させ、収納されているエスプレンダーを滑らかに右手で握り締める。そして空中を跳ねながら右手を突き出し、光を解放する言葉を放った。

 

「ガイアアアアアアアアアッ!!!」

 

 一瞬空が輝いたと思うと、甲高い咆哮を上げるグランテラの前に空中から赤い光の巨人ウルトラマンガイアが力強く降臨した。

 掛け声と共に構えるガイア。相対するグランテラはすぐに尻尾の先から火球を発射させ、ガイアを狙い撃る。迫る火球を腕で弾き消し、グランテラに向かって一直線に駆け出していった。

 

「ダアァッ!!」

 

 力を溜め込みグランテラの胸部に拳を叩き込む。だがそこから伝わった感触は、まるで金属を殴ったかのような重い振動と痛みだった。思わず手を押さえて後ずさるガイア。だがその隙を逃さず、グランテラは鋭い爪を振りかぶり斬り付けるように襲い掛かった。

 それを両手で掴まえ直撃は避けるものの、体重を乗せた攻撃はガイアの両手諸共動きを封じてしまう。一瞬膝が崩れたところを狙い、グランテラがガイアの腹部を蹴り上げる。致命打では無いものの良い一撃を貰ってしまい吹き飛ばされてしまった。

 轟音を上げて倒れてしまったガイアが思わず周りを見回す。幸い建物以外の被害はないが、まごついていると此方が不利になるのは目に見えて明らかだ。とにかくその強固な外骨格を突破しないと始まらない……瞬時の思案と共に立ち上がり、縦に構えた左腕に右腕を打ち付けエネルギーを溜め込んだ。

 

「デェェヤァァァァァァッ!!!」

 

 円運動から腕をL字に構え放たれる超熱光線クァンタムストリーム。それをグランテラは、自信満々に胸を突きだし受け止める。数秒に渡る連続発射にグランテラの胸部外殻で爆発が起きるが、数歩よろめき下がるだけで外殻は健在。焦げた跡だけが残っていた。

 グランテラの外殻の強度に驚きを隠せないガイア。だが驚愕はそれだけではなかった。防御した胸部が外へ開き、六つの孔が露出した。それはまるで、ガイアを狙う連装砲門のように――。咄嗟にそれを察知し、両腕を上下垂直に構え発生した光を広げるウルトラバリヤーを展開した。尻尾の先を含め七つの砲門から一斉に火球が発射、ガイアに向かって襲い掛かる。それらを防ぐようにウルトラバリヤーを押し直撃を遮っていった。

 

(ぐ、うぅぅ……ッ!!)

 

 なんとか全弾受けきるものの、弾けたウルトラバリヤーの衝撃で後退ってしまうガイア。そこに目掛けて、グランテラが力強く両腕の爪を連続で振り下ろした。それを十字受けで受け止めるものの、防戦になってしまうとどうしても分が悪くなってしまう。

 だがそれに負けるわけにはいかない。この身に向けられて放たれる応援の声が、救いを請い願う声が聞こえるのだから。それがある限り、何度でもこの拳を握り締められるのだから。

 

「ヌウゥゥゥゥゥ……ダアァッ!!」

 

 力尽くで攻撃を跳ね除け、一気に距離を詰めてグランテラに攻め込む。強固な外殻にも怯むことなく膝蹴りから後ろ回し蹴りを放ち、蹴り飛ばした。

 

(どんなに硬くても、少しでも貫ければそこから打ち崩せる。あの時みたいにッ!)

 

 右腕を引き絞り力を溜める。思い返すはUキラーザウルス・ネオとの決戦の日。決め手となった一撃を再度夢想する。その想いと共に響のフォニックゲインがガイアの腕に集束し、エネルギーが高ぶっていくのを感じていた。赤熱する右腕を保ったまま突進、胸の中央部……左右に開放される胸部外殻合間の鳩尾部分に拳を叩き込み、高ぶっていたエネルギーを真っ直ぐ発射した。

 貫かれるように内部へと浸透する一撃に、甲高い声を上げて後ろへ下がるグランテラ。だがその隙を逃さず、ガイアはその上体を大きく屈め沈み込ませる。そして反り返り、反動のまま頭部に迸りしなる光の刃フォトンエッジを敵へ向かって突き出し発射した。

 光の刃は先程ガイアが拳の一撃を放った胸部へと伸びていき、僅かな隙間を縫うようにヤワな身体の中へ直撃。グランテラの身体を駆け巡り、粉々に爆散させたのだった。

 戦いを終え、真っ直ぐ立ち上がるウルトラマンの巨躯に放たれる感謝の声。それを一身に受け、ガイアは光と共にその姿を消していった。

 

 

 

 

 遠巻きに戦いを見終えた未来、弓美、詩織、創世は、それぞれ何処か満足げな顔で先程までウルトラマンガイアが立っていた場所を眺めていた。

 

「いやー、やっぱスゴいわ、ウルトラマンって」

「あんなデッカい敵もやっつけちゃうんだもんねぇ」

「立花さんも、あの近くで歌ってたんですよね。大丈夫だったのでしょうか……」

「大丈夫だよ。響はいつも、ちゃんと帰ってきてくれるもの」

「さすが、よく理解っておられる。……お、噂をすればなんとやらだね」

 

 創世の言葉に全員が道の先に目を向ける。其処には笑顔で手を振りながら走る響の姿が見えていた。

 

「おぉーい、みんなぁー!」

「おっかえりー響ぃ!」

「お疲れ、ビッキー」

「お疲れ様です。大事なくご壮健のようで何よりですわ」

「えへへ、ただいまっ!」

 

 三人に迎え入れられた後、すぐに未来と目を合わせる響。口に出す言葉は、決まっていつものものだった。

 

「ただいま、未来」

「うん。おかえり、響」

 

 何の変哲もない、あまりにも普通の挨拶を交わしただけで何故か互いに笑顔になる。たったそれだけのことが何故か嬉しくて、それがまた笑顔に変わっていく。その中で響は感じていた。こんな暖かい居場所がある事は、幸せなことなんだなと。

 

「人助け、もういいの?」

「ウルトラマンのおかげで大きな人的被害は起きなかったし、後始末は専門家の人達が頑張ってくれるからもう良いんだって師匠に言われちった」

「そう。なら女子会の続き、行こっか」

「え、いいの?」

 

 未来の提案に思わず弓美たちにも目を配る響。緊急を要する事態だったとはいえ、この集まりを崩したのは自分だ。再開しても良いのならそれは喜ぶべきことだが、それは自分のわがままだと自然と響は想いを心中に押し止めていた。未来はそれを、容易く看破して提案したのだ。

 見回す彼女らは皆一様に、肯定の意を含んだ笑顔で頷いた。そうやって共に在ることがさも当然であるかのように、響を受け入れたのだった。

 

「ううぅ……ありがとうみんなぁ~」

「いいえ。立花さん最近はお忙しそうで、あまりこうしてみんなで一緒に遊べませんもの」

「そーそー。だからさ、たまには良いじゃない。ビッキーの邪魔にならない範囲でならね」

「大体あの怪獣たちが悪いのよ。ウルトラマンの活躍を見せてくれるのは嬉しいけど、時と場所を考えろっての。誰も居ないような閑散とした野ッ原でやればいいじゃないねぇ」

「なんだろう、全然迫力無さそう」

 

 未来の返しに明るく笑いあう五人の女子たち。それは、戦いとはあまりにもかけ離れた平和な一時だった。

 

 

 

 

 和気藹々と話しながら街中を歩く響たち。先程までの戦闘であった喧騒は、脅威が去ったせいか既に鳴りを潜め、行き交う人々にも普段の日常が戻っているようだった。耳を澄ませるとところどころで話題に上がる”ウルトラマン”と言う単語。それが聞こえる度に、何処か響は誇らしい気持ちで満たされていた。

 無理もない。こうして道往く人々が謳歌している平和は、この手が勝ち取ったモノなのだ。その実感が、変えがたい喜びになるのも仕方ないと言えた。

 だが幸福な気持ちは時に気を緩めてしまう。今この時のように。

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 擦れ違いざまに、響の肩が向かいを歩く人の肩にぶつかってしまう。背格好は大体響たちと同じぐらいの女子高生で三人組。その内の一人だった。お互いがよろめいたものの、鍛え方の差が出たのかバランスの偶然か……響はなんともなく踏み止まるものの、ぶつかった相手は尻餅を付いて転んでしまった。

 それを見た途端、転んだ娘の隣の少女が感情を剥き出しにして食い掛って来た。

 

「ちょっとアンタ、何するのよ!」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「え、えぇ、大丈夫……」

 

 思わず跪く響。少女たちと目が合い互いがその顔を認識した瞬間、お互いの背筋に悪寒が走り頭からザァッと血の気が引く感覚が襲い掛かった。それは、彼女たちにとって忘れ得ぬ存在だったから。

 

「――な、なんでアンタがこんなところに居るのよッ!!」

「あぅっ……!」

「響ッ!?」

 

 尻餅を付いていた少女が思わず響を押し退けて立ち上がる。対する響は腰が抜けたのか、今度は自分が尻餅を付く形となっていた。

 それに寄り添うようにかがむ未来だったが、相対する少女らの顔を見た瞬間全てを察した。

 

 

 かつて……三年前に起こり大災害へと発展したツヴァイウィング最後のライブ。そこから”奇跡的に”生還した立花響を待っていた、無慈悲な現実と言う名の心無い牙を突き立てた者たちだったのだから。

 

 

「あ、あの、その……」

「近寄らないでよ人殺しッ! 地元から逃げたと思ったらこんなところでのうのうと生きてるなんて、恥ずかしくないのッ!?」

「ちょっと止めなよー。そんなこと言ったら国のエラい人から怒られるよ?」

「そうそう。だってコイツ、国からお金貰って生かさせて貰ったんでしょ? つまり国のお墨付きってワケ。あんまり突っ掛かると怖い人から狙われちゃうかも。ねー、税金ドロボー?」

 

 怒り、蔑み、嘲り。それに染まった目と声が容赦なく響に叩き付けられる。

 口が震えて声が出ない。それは響にとって、恐れていた光景の一つだった。否応なくフラッシュバックされるあの時の記憶。反射的に脳内で父から貰った言葉を反芻させるが、叩き付けられたダメージを抑えることで精一杯だった。

 せめてもの抵抗として口を噤み歯を食いしばる。それぐらいしか、今の響に出来ることは無かった。

 

「ったく、ホント嫌んなっちゃう。せっかく東京まで遊びに来たってのに、怪獣騒動に巻き込まれるわ見たくもないヤツと会っちゃうわでもう」

「そういえばさ、前にも東京でおかしな騒ぎがあったんだよね? 大きなお城が空から現れたって言うの」

「あーあったあった! 去年の春先にはノイズの大量発生で、今は怪獣騒動? 話題に事欠かないわねー」

「……ひょっとして、そういう事件って全部アンタが起こしてんじゃないの? また被災者になってお金貰うつもりで」

「うわー最低ー! って、そんなこと出来たらただのバケモノじゃん」

「どうだか。だって三年前もなんでか生きてたんでしょ? その時にバケモノになってても可笑しくないじゃない」

 

 違う、そんなことはない。確かに偶発的に得たシンフォギアの力はこの身体を蝕んだ。人類の天敵たるノイズを討つ唯一無二の力となった。悪しき心にその身を落とし、野獣のように怒りを放つだけの存在にもなった。だがそれでも、この力は”バケモノ”なんかではない。誰かを守護り救う為の、手を繋ぐ為の力だ。誰よりも何よりも、それを信じ奮って来たのが響自身なのだ。そんな否定の言葉を力一杯吐き出したかったが、身体にまだそこまでの力は戻っていなかった。

 どんどん歪み澱む響の眼。だがその視界は、見知った背中によって遮られた。その場に居た弓美、詩織、創世の三人が響と未来の前に立ったのだ。

 

「……なによ、アンタら」

「――まず初めに、偶然とはいえそちらを転ばせてしまったことを彼女に代わり謝罪いたします。大事が無かったとはいえ、私たちの不注意が予期せぬ事故を招いてしまいました。誠に、申し訳ありません」

「で、次が本題。アンタたちがビッキーやヒナとどんな関係なのかは知らないし知る気もないけどさ。アンタたちがビッキーに言った暴言、全部撤回して謝ってくれないかな」

「はぁ? 何言ってんのさ。そいつは人殺しで、アタシたちやアンタらの税金で生き永らえた死にぞこないなのよ」

「うるさいッ!! 響はそんなんじゃない! 何も知らないくせに、響がなにを守護って来たかも知らないくせに!! 響に謝りなさいよッ!!」

「うっわ、なにマジになってんの? キッモ……」

「なんでアタシらが、税金ドロボーに頭下げなきゃいけないのよ。ねー」

「――……ッ!!!」

 

 心無い返事に怒りが頂点に達したのか、感情のままに手を振り上げる弓美。それを見た瞬間、弾かれたように響の両手が弓美の腰を後ろから抱き締め抑えていた。

 

「響……!」

「……もう、いい……。やめて、弓美ちゃん……。わたし、大丈夫だから……」

 

 カタカタと口を震わせながら、見上げる事無く呟くように制止する響。その姿を見て平静を取り戻したのか、弓美は振り上げた手を下ろしていった。

 言葉が止み静寂が訪れたところで、詩織がまた一歩前に出て少女たちに告げていく。

 

「お帰り下さい。私たちも行かせていただきます。大事な、大切な友人を慰めたいので」

「フン、好きにすれば? あんなのと一緒に居て、早死にしても知らないから」

「……かも知れません。ですが、高々そんな程度の理由で掛け替えのない友から離れることこそ、人として恥じて死すべき行為だと私は愚考します」

 

 理路整然と語る詩織の言葉に矛を振る気も失せたのか、彼女らは鼻で嗤ってその場を立ち去って行った。

 姿が見えなくなったところで訪れる、まるで嵐が立ち去ったかのような静寂。それを優しく破るように、創世が先んじて弓美にしがみ付く響の背を優しく撫でた。

 

「大丈夫だよビッキー。もう居なくなったから」

「そうよ。痛いんだから、いい加減離してよ」

 

 そうは言う弓美だったが、彼女も創世と一緒になって響の頭を優しく撫でている。あの邂逅が響にとってどれ程の苦痛であったか……その全てを推し量ることは出来ないが、いつも眩しい笑顔でいる彼女がこんな姿を見せたと言うだけで十分だった。

 二人の温もりに触れているうちに、俯く響からやがてすすり泣く声が聞こえてきた。だが誰もそれを笑うことなく、彼女の心が落ち着くまで優しく撫でていく。少なくともそれが、今の彼女に対してすべき事でありやってあげたい事だと思ったから。

 その姿を何処か呆然と見つめる未来に、詩織が近寄り手を差し伸べた。彼女もまた、先程までの凛とした姿をおくびにも出さないいつもの優しい笑顔だった。

 

「小日向さんも、大丈夫ですか?」

「詩織ちゃん……。……うん、ごめん……大丈夫」

 

 思わず自力で立とうとするがよろめいてしまう未来。その手を掴み、握り締めながら詩織が立ち上がらせる。未来自身、こんなに力が抜けているとは思わなかった。

 

「……ごめんね」

「お気になさらずに」

 

 詩織もまたそれ以上なにも言わなかったし、聞かなかった。今は二人を落ち着かせるべく、近くの腰掛けに移動し並んで座る。そこまで行くと響も少しは落ち着いたのか、弓美から身体を離していた。眼にはまだ涙を浮かべ鼻は啜っているものの、安らいだ気持ちは外からの言葉にもちゃんと応対できるぐらいには戻っていた。

 座った後も特に何も語らず、だが隣り合わせの響と未来を挟むように弓美と詩織が座っている。そこに、コンビニエンスストアの袋を下げた創世が戻って来た。中から小さな缶の飲み物を取り出し、まず先に響と未来に手渡した。

 

「はい、あったかいものどーぞ」

「……あったかいもの、どうも」

「わざわざありがとう、創世ちゃん」

「いいのいいの」

 

 気さくに笑いながら残りの温かい缶飲料を弓美と詩織にも渡していく。渡し終えたらそのまま創世は弓美の隣に腰を掛けた。缶の蓋を開け、温かい飲み物を口に運びゆっくりと飲んでいく。弓美と詩織と創世がそれぞれ一息吐いたところで、口を開いたのは響だった。

 

「……みんな、ごめん。私のせいで、あんなことに……」

「なに言ってんのよ、突っ掛かって来たのは向こうじゃない」

「そうそう。ビッキーが謝る必要なんて無い無い」

「いや、でも……全部、本当の事だし……」

 

 一息吐いてゆっくりと語り出す。三年前、響の身に何が起こったのかを。全国的なニュースとなっていたツヴァイウィングのライブ会場での災害は三人とも知っていたし、それが響がシンフォギアを手にした経緯であったことも併せて聞いてはいた。だが、それにより意図せず降りかかった火についてはこれが初耳だった。

 根も葉もない罵倒と実父の失踪に心を擦り減らし、未来と共にリディアンへ入学するまで続いた辛い日々。父との不和を解消した今となっては、それが響に遺された傷痕となっていた。

 

「そんなことがありましたのね……」

「ごめん……。みんなには、なんか言えなくて……。せっかく未来やみんなのおかげで、平気になったと思ってたのに……」

「そりゃ仕方ないよ。知られたくないし、話したくもないことだと思う。こっちこそゴメンねビッキー、嫌なこと話させちゃって」

「ううん、私はいいんだ。……みんなの迷惑にならなければ、それで」

 

 何処か乾いた笑みを浮かべる響。寂しさや哀しさでもあり、小さな諦観も思わせる微笑みだった。まるで、知られてしまったからには今まで通りの仲じゃいられない……そう悲観するかのようなものだ。

 シンフォギアの力を明かした時も多少の抵抗はあった。だが、響にとってこの話はそれ以上のものだった。イジメと言う火は庇った者を巻き込み燃え上がる業火となる。あの時傍に居てくれた未来にもそれが飛び火したことを知らぬ響ではなかった。故に、弓美たちにも要らぬ飛び火が降りかからぬようにと考えたのだ。

 

「ゴメンね。みんな、本当にゴメン……。……迷惑になるんなら、私はもう――」

 

 謝り続ける響の言葉を遮るように、隣に座る弓美が響の頬を軽く抓り伸ばした。

 

「ぃひゃぁぃ! ゆ、ゆみひゃん……?」

「ったくアンタは、急に何言い出すのよ。アニメみたいな大騒動にいっぱい巻き込んでおいて、今更そんなアニメ以下のイジメが理由で友達止めたりするもんかっての」

「そうですよ立花さん。貴方が過去にどんな傷を持たれていようと、私たちは今の立花さんに助けられて来たんですもの」

「前にも言ったでしょ。偶には私たちが、ビッキーを助けてもいいよねって。こうやって友達でいることがビッキーの助けになるんなら、それを止めるなんて有り得ないよ」

「み、みんなぁ……」

 

 皆の暖かな言葉に響の顔が更に歪んでいく。だが今度は恐怖や悲しみによるものではなかった。今の自分には、こんなにも自分を受け入れてくれる友達が居るという喜び。それが響の心を占めて歪めたのだった。

 

「だから泣かないでってば。ノイズを相手しても平気なクセに、なんでこんな事で泣いちゃうのよ響ってば」

「まぁまぁ良いじゃないの。よっし、それじゃこれから、みんなでふらわーのお好み焼き食べに行こっか!」

「ナイスな提案ですわ。今から行けば着く頃には丁度良い時間になっているでしょうし、美味しいものを食べて嫌な気持ちを吹き飛ばしましょう。ね、小日向さん」

「うん、そうだね。……みんな、本当にありがとう」

 

 掛け替えのない友人たちに心からの感謝を微笑みに変えて向ける未来。それに続くように、響もまた涙ながらにいつもの笑顔を取り戻していた。

 次の行き先を決めて立ち上がる響たち。ふと未来が自分の手荷物を確認したとき、その表情が焦りに染まって来た。

 

「――あ、ちゃぁ……」

「どうしたの未来?」

「ごめん、前の店でお財布忘れちゃったみたい……。ちょっと取ってくるね」

「あ、じゃあ私も一緒に――」

「いいの、すぐ戻るから。ちょっと待ってて」

 

 笑顔で来た道を戻り駆け出していく未来。その後ろ姿を見送りながら、皆で珍しいこともあると思っていた。

 

 

 

 

「あーあ、面白くない」

「まあまさかアイツとこんなとこで会うなんてねー。生意気にも新しい友達作って一緒に居るなんて」

「でもアイツのあの姿見た? あんなところではっずかしいのー。キャハハハハッ」

 

 歩いていく女子高生たち。先程響たちと一悶着起こした三人組だ。ケラケラと笑いながら歩を進める彼女たちの前に一つの人影が姿を見せる。西に傾く陽を逆光とし、佇む少女の姿は先程の悶着の渦中にあった人物。人通りが未だ有るながらも、何処か通りの良い声を発した。

 

「――少し、話があるの」

 

 怪訝な顔をする三人の少女たちに、彼女……小日向未来は小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

「……未来、遅いね」

 

 響の言葉に答えるように弓美たちが唸る。未来がその場を離れて、既に20分ほどが経っていた。財布を取りに行っただけと思うといくらなんでも遅すぎる。言っていた店の場所もあるだろうが、足の速い彼女が走れば往復にそこまで時間はかからないはずだ。それが帰ってこないとなると、どうしても悪い考えが浮かんでしまっていた。

 

「なにかあったのでしょうか……」

「うん、心配だね……」

「……私、未来を探してくる」

「そうね、みんなで迎えに行きましょ」

「え、でも――」

 

 響が遠慮の言葉を言うよりも早く、弓美と詩織と創世が先んじて歩き出す。戸惑い足を止めた響に、前の三人が振り向き声をかけた。

 

「なにしてんの? 早く行くわよ」

 

 友達として、当然のように其処に在り友を助ける。たったそれだけのことを彼女たちは何ら気負うこともなくやってくれる。そんなことが、響にとって何故かとても嬉しく感じられていた。

 

 

 数分ばかり駆け足で行ったところで、その異変を感知した。

 人気の失った通り。その建物同士の隙間から、瘴気のような嫌な気が流れ出ている。即座に思考を戦闘に近いものに切り替えた響が手を広げ弓美たちを制止させた。

 

「ちょ、どうしたのビッキー!?」

「気を付けて。なんか、嫌な感じがする……」

「まさかノイズ!?」

 

 緊張が走る中、裏路地から人の身体が這い出て来た。それは先ほど、響たちと一悶着を起こした少女たちの一人だった。恐怖に身体を震わせ、必死に目を見開いて声を上げた。

 

「た、助け――」

 

 だが声も虚しくすぐさま引き摺り込まれていく少女。驚愕の表情に変わるも悲鳴を上げる事無く、四人がその後を追って裏路地に入って行った。其処で見たモノは、決して考えられないモノであった……。

 顔を腫らして小さく泣き声を上げる二人の少女と、さっきの引き摺り込まれた娘は黒い縄みたいなもので胸座を締め上げ持ち上げられている。その縄の元に居た者は――

 

「――……未、来?」

 

 見紛うことなど有り得ない。それは、小日向未来だったのだから。

 呼びかけられた声に反応し、響たちの方に向く未来。その表情は、いつもと何ら変わらない穏やかで優しい笑顔だった。

 

「あ……みんなゴメン。時間かかりすぎちゃったね。ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから」

 

 絶句する響たちを気にするように、持ち上げている少女を眼前に引き寄せる未来。少女はただ、恐怖からの悲鳴を上げ続けた。

 

「ひいいぃぃぃッ!! ごめ、ゴメンナサイ! お、お願いだから、許して! ゆるしてください!! もう金輪際近付きません! アイツにも、アイツの家にも! だから――」

「静かに。響たちが驚くでしょ? 私は別に命を奪うようなことはしたくないんだから。ただ、響の感じた痛みを少しでも貴方たちに理解って欲しいだけなの」

「理解った! いっぱい理解りました!! だからもう……!!」

「嘘。だって貴方にはまだなにもしてないんだもの。理解るはずがないよね、響がどれだけ苦しんで来たのかなんて」

 

 優しく諭すような言い方をしているが、傍から見ていても今の未来は異常だ。締め付ける強さは更に増し、呻き声となって漏れていく。手足をバタつかせながら此方へと助けを求める目を向けられ、思わず弓美たちが声を上げた。

 

「ち……ちょっと、なにやってんのよ未来!」

「そうだよヒナ! そんな、誰かを傷付けるなんてヒナらしくないことを……!」

「落ち着いてください小日向さん! 今ならば、そんな大事には――」

 

 その言葉にキョトンとした感じで首を傾げる未来。数秒の思考を経て、彼女は嬉しそうに笑って返答した。

 

「ありがとう。みんな私を心配してくれてるんだよね。……でも、これは仕方ない事なの。

 コレは響を傷付けた。みんなの事も侮辱した。私はそれが許せない。絶対に、絶対」

「そんなの私たち気にしてないよォッ! 確かに響を貶された時は、なんだコイツらって怒ったけど、でも……ッ!!」

「やり返して欲しいなんて思ってないッ! そりゃ少し痛い目を見ればいいってぐらいは思ったけど、ヒナがやる事じゃないよッ!!」

「小日向さんが立花さんや私たちを想って動かれたのは痛いほどに理解りました! だからもう、その手で誰かを傷付けたりしないでくださいッ!!」

「……みんなは本当に優しいね。ありがとう、響と私の友達になってくれて」

 

 何一つ変わらない明るい笑顔で返事をする未来。だがその右手には暗黒の球体が形成されていた。見るからに破壊を連想させる高圧縮されたエネルギー。それを直接当てられたら華奢な少女の身体がどうなるか、理解らぬはずもなかった。

 目標は変えず、ただ闇を”標的”へとぶつけるだけ。右手を大きく振りかぶり、叩き付けるように捕まえた少女の身体へと伸ばしていった……その瞬間。

 

「――未来ゥッ!!」

 

 破裂音と共に瘴気が爆裂する。踏みしめ跳んだ響の握り締めた右手が、大きく開いた未来の右手を受け止めるように打ち付けられた。今の爆裂は、その暗黒球体を諸共に突き砕いたからだ。

 呆然とする未来。力が抜けたのか拘束が解けてしまい、縛り上げられていた少女が力無くその場で倒れ込んだ。

 

「弓美ちゃん、詩織ちゃん、創世ちゃん! 彼女たちを連れてココから離れて、すぐに救急車を呼んで病院に連れてってあげてッ!!」

「び、ビッキー……」

「早くッ!! 未来は……私がなんとかするから」

 

 三人が顔を見合わせて、倒れている者を肩で背負い急いでその場から去っていった。

 西日の当たる路地に出て、すぐに詩織が携帯電話を取り出し救急に連絡する。その最中、弓美の肩に身体を預ける締め上げられていた少女が震えながら声を出した。

 

「……なんで……なんでアタシが、こんな目に……」

「理解らないの? 本当に、理解らないの?」

 

 弓美の言葉を聞き遂に嗚咽を洩らし泣き出す少女。理解らないのではない。自分にこんな応報が舞い込んでくるなど、想像もしていなかっただけなのだ。

 内心その浅はかさを弓美は激しく責めたかったが、それでは何も変わらないのではと言う想いが胸を締め付ける。そして吐き出したかった言葉を飲み込み、出来るだけ抑えて言うのだった。

 

「……自分が誰に救って貰ったのか、よおっく覚えておきなさいよね」

 

 泣き続ける彼女はただ頷くだけで、返事らしい返事は無かった。

 

 

 

 陽が落ち行き闇が余計に深まる裏路地で、響の拳と未来の掌が重なり合ったまま静止している。変わらずキョトンとした顔を向ける未来に対し、響は顔を見せないように俯いていた。そのままの姿勢で、先に口を開いたのは響だった

 

「どうして、あんな事したの……?」

「だって、響を傷付けたから。大切な人を傷付けられて、許せなくなるのは当然だよ?」

「……そうだね。私も、未来やみんなを傷付けられたらきっとすごく怒る」

「うん、そうだよねっ! 響なら理解ってくれると思ってた……!」

「理解らないよ……ッ! 未来がそんな風に誰かを傷付けるだなんて、私には理解らないッ! いつも傍に居てくれた未来がそんな事するなんて、私には……ッ!!」

 

 共感を得られたと思ったのか嬉しそうに笑顔を開かせる未来。だが持ち上げた響の顔は、とても痛ましく歪んでいた。其処から発せられた響の言葉に未来は困惑の色を見せる。理解が得られないことが理解できない、そういった風だった。

 だがしばらくの思案を経て、未来の表情がまた優しい笑顔に変わる。優しく穏やかで、全てを受け入れるかのような微笑みに。

 受け止めていた響の拳を優しく包み込み、自分から彼女へ身体を寄せて抱き付く未来。幸せそうな顔のまま、耳元で囁くように言葉を出した。

 

「響は優しいね。自分を傷付けた相手もそうやって助けちゃうんだもの。そんな響はとても素敵で、尊い存在だと思う。でも、だからこそ尊いままで守護らなきゃいけないの。降りかかる、ありとあらゆる災厄から」

「未来……?」

「なんでだろう、胸の奥底から力が湧いてくるの。響を守護りたいって想えば想うほどに強く、激しく――」

 

 顔を離し対面した未来の身体に瘴気が纏わりつくのを目にする。やがて黒い瘴気は形を変え、未来の身体に固着していった。

 やがて変わった未来の姿は、かつてのフロンティア事変にてDr.ウェルの野望に利用される形で身に纏った最弱にして最凶のシンフォギア、神獣鏡(シェンショウジン)のそれだった。ただその右手に握られていたモノは、アームドギアである純銀の杓ではなく黒紫に透き通る矛であるダミーダークスパークだったが。

 

「未来、それは……」

「不思議だね。でもこの力は本物、あの時と同じだよ」

「同じって、まさかまた――」

「大丈夫、あの時とは違う。響が戦わなくていい世界にするんじゃないよ。だって響はそれを拒絶した。ちゃんと覚えているもの」

「じゃあ、一体……」

「響の一番好きな世界を守護るの。響を傷付ける全てを無くして、響が一番あったかいと思える世界にする。

 大丈夫だよ。弓美ちゃんも詩織ちゃんも創世ちゃんも、クリスも翼さんもマリアさんも、調ちゃんも切歌ちゃんもエルフナインちゃんも、弦十郎さんや緒川さんたちも……みんなみんな響の傍に居る。誰も響を裏切らない。傷付けない。そんな優しい世界になるんだよ。

 だから私に任せて。私に全部委ねて。絶対に、響を幸せにしてみせるから」

 

 あまりにも優しいいつもの日溜りの笑顔で話す未来に、どんどん響の心が揺らいでいく。彼女に悪意があるとは思えない。只々善意……いや、むしろ懇意にて響の為にと言い放つ未来の言葉は響は理解しきれなかった。揺らぐ思考に未来の声が沁み渡る。まるでそれが正しい事であるかのように……自分にとって、最も理想的な世界であるかのように。

 実際そうだ。自分の好きな人たちが、自分を好いてくれている人たちがずっと傍に居る世界は何よりも暖かく素晴らしい。そんな世界こそが響の守護りたかったものであり、一番好きな世界でもある。未来の言ったことに間違いなど無かったのだ。

 考えれば考えるほど思考の坩堝に落ち込んでいく響。未来の言葉を受け入れ彼女を抱き締めるべく、その背後に手を伸ばしていく。その時だった。

 

「――なるほど。それが君の望みかね、小日向未来」

 

 闇の中から轟いた声に、揺らいでいた響の意識が元に戻る。思わず二人で声の方へ顔を向けると、闇の中から群青に輝く瞳が見える。泥濘のような闇から抜け出すように歩み寄る巨躯の影。響はそれに見覚えがあった。この存在は、響たちに興味を示し接触してきたのだから。

 

「メフィラス、星人……!?」

「久し振りだね立花響。君に託した伝言は無事君たちに良い成果を与えているようでなによりだ」

 

 以前会った時と同じように、飄々と掴みどころや感情を持たせぬように話しかけるメフィラス星人。前と同じく怪しい空気を纏いながら、ゆっくりと二人に近付いていく。

 

「なぜ、此処に……」

「警告の為にさ。状況は変わった。事態もまた刻一刻と変化している。エタルガーの復活もじきに完了するだろう。この”世界”に訪れる破滅の危機だ。そこで、君たちとはまた話をしようと思って来た。

 さて、どうだろう。改めてこの私に、地球を譲ってもらうことは出来ないだろうか」

「それは、お断りしたはず――」

 

 返答を放つ響を遮るように未来が前に出る。まるで進んで代弁するかのように。

 

「未来……?」

「大丈夫だよ響。私に任せて」

 

 優しく微笑みながらメフィラス星人と相対する未来。その小さな口から発せられた言葉は、響の考えとは大きく違うものだった。

 メフィラス星人に対しても微笑みを絶やさぬまま、未来は変わらぬ口調で彼に返答する。

 

「……確か、どんな望みや願いでも叶えてくれるんですよね?」

「ああ」

「だったら、響の一番好きなあったかい世界を永遠に与えることも?」

「勿論可能だ」

 

 メフィラス星人の断言に未来の顔が嬉しそうに歪む。そして、最後の言葉が放たれた。

 

「理解りました、この地球を貴方に譲ります。その代わり、響にとって一番幸せな世界を永遠に与え続けて下さい」

「未来ッ!? なんでそんなことをッ!」

「なにかオカシイ? だって響にとって一番幸せな世界が得られるんだよ。大好きな友達が居て、大好きな仲間が居て、そして私という日溜りがいつでも傍にいる。

 響が守護ってきた世界……響が帰ってくる世界。それが永遠に変わらず響に与えられる、夢のような世界なんだよ」

「でも! そんなやり方で作った世界は――」

「あったかいよ。響が望めばいくらでもあったかくなる。これはそう言う契約だもの。そうなんでしょう?」

 

 内容を確認すべくメフィラス星人に問う未来。確信に固まった笑顔で声をかける彼女に、メフィラス星人は変わらぬ無感情な顔で未来と響を見つめていた。

 僅かな静寂の後にそっと右手を伸ばすメフィラス星人。自らの力を込めると、響の周囲に力場が発生し、彼女の身体を浮き上がらせ未来の傍から離していった。

 

「な、なにッ!?」

「響ッ!! あなた、響になにを!」

「何もしない。少なくとも、君のように彼女を傷付けるような真似はね」

「馬鹿なことを、言わないでッ!!」

 

 獰猛な獣の顎を模したバイザーを咬み合わせて閉じ、憤怒と共にダークダミースパークを振るい暗黒光線を発射する未来。だがメフィラス星人はそれを容易く避け、超能力で包んだ響と一緒にテレポートでその場から消え去った。

 

「響!? 響ィィィィィッ!!!」

『案ずるな。彼女を傷付けるような真似はしないと言ったはずだ』

「何処!? 何処にいるの響!!? 響を返してッ!!」

『勿論返すさ。君たちの想い出の場所、二人で流れ星をあの見た丘で待っていたまえ』

「あの、丘で……? ――フフフ、あははははは……ッ!!」

 

 消え去ったメフィラス星人からのテレパシーで場所を聞き、歓喜に沸くように笑う未来。すぐにシェンショウジンのギアに装備された脚部ユニットから闇色の粒子を噴出させて、その場から飛び去り消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 19 【陽溜る大地に想い響き合いて】 -B-

 メフィラス星人の行ったテレポートによって飛ばされた場所……響の眼下に見えたものは正方形に薄く分けられたコンクリートの地面だった。二人してゆっくりと地面に降り立つ。響が戸惑いながらも周囲を見回すと、彼女の眼に映った光景には覚えがあった。

 

「ここって、もしかして……」

「そうだ。およそ三年前まで君と小日向未来が通っていた中学校、その屋上だ」

 

 抑揚のないメフィラス星人の言葉に思わず肩を強張らせる響。やはり否が応でも思い出したくない記憶が思い出させてしまう場所なのだから。そんな響の心情に気付いているのか、メフィラス星人が淡々と告げていった。

 

「案ずるな。邪魔は入らないようにしてある。私たちは此処に居るが、誰も私たちの存在には気付くまい」

「……そう、ですか」

 

 思わず安堵の溜め息を吐いてしまう。当時の同級生は残ってなどいないだろうが、それでもだ。

 一先ず気持ちを落ち着かせ、奥歯を噛み締めメフィラス星人の方へ向く響。彼女には今、疑問が滾々と湧き出ているが、その全てを言葉には出来るほどの余裕は無い。だから、ただ真っ直ぐと不器用に、たった一つの言葉で一番の疑問をメフィラス星人にぶつけていった。

 

「未来は、一体どうしちゃったんですか?」

「簡単なことだ。彼女の内に潜んでいた闇が目覚めた。それだけだ」

「闇……もしかして、影法師ですか?」

「察しが良いな。君はそういうタイプの人間ではないと思っていたが、認識を少し改めよう。

 君の言う通り、小日向未来から目覚めた闇は黒い影法師に依るものだ。君も彼女の手にダミーダークスパークが握られているのを見ただろう?」

「じゃあ、未来の纏っているシンフォギアは……」

「あのシンフォギアは彼女の記憶から生み出された、限りなく現実に近いイミテーション。シンフォギアに本来備わる301,655,722種類のロックは存在せず、彼女の記憶に存在する姿形と機能のみを有しているに過ぎないモノだ」

 

 やはり何処までも無感情に答えられる。それが何処か馬鹿にされているようにも感じられ、響の内心にも苛立ちが沸き上がって来た。

 

「……未来を助ける方法は?」

「性急だな。まぁいいだろう。

 彼女を助けること自体は簡単だ。影法師が侵食した闇を引き剥がせばいい。それが出来れば、の話だがな」

「どういうことですか?」

「彼女は闇の力と強く一体化している。君たちの言うユナイトだな。果たして彼女がいつ影法師に憑かれたかは私の知るところではないが、時間をかけて一体化した闇はそう簡単に破ることは出来ないぞ」

「……簡単に行かなかったのはこれまでも同じです。出来なくたって、やってみせます。未来を操る闇なんて――」

「そうだね、君ならばそう答える。だが、君は一つ大きな勘違いをしているようだ」

「勘、違い……?」

 

 告げられるメフィラス星人の言葉に動揺を隠せない。未来があのようになったのは影法師のせいだ。フロンティア事変にてシェンショウジンを纏った時も、彼女の抱く想いを利用され、操られ、歪められた結果だ。今の彼女はそれと同じ状態なのだと、響は考えていた。だがそれを、眼前の異星人は真っ向から否定したのだ。

 

「今の小日向未来のは、間違いなく彼女自身が望んだ姿だ。彼女自身が抱える想いが、そうさせている」

「嘘……嘘だ、そんなのッ!」

「嘘ではない。嘘を吐く理由も、私には存在しない。アレもまた紛う事無き、小日向未来なのだ」

「違う、そんなはずない。だって未来は、未来は……ッ! 私にとって、一番あったかい場所で、陽溜りで……」

「そうだ、彼女は君の陽溜りだ。だが陽溜りとは一つの場所にしか差さぬ光でもある。光が差さぬ場所へは何が残る? 何が齎される?」

「――闇……?」

「その通りだ。それこそが彼女の闇。陽溜りの外にある永劫の暗黒だ。

 ”小日向未来”と言う陽溜りがあり、その中心には”立花響”が存在する。中心に位置する立花響の周囲には、君の友人や仲間たちが君を覆い囲む。それは立花響が望んだ世界。守護ると言った世界に相違ない。

 だが時に、心無き者は陽溜りの内に居る者へ向けて攻撃する。それに対し陽溜りの主はどうする? 陽溜りの外にある闇を獰猛なる牙持つ顎へと変え、心無き者を喰い千切り、闇へと返す。本来は干渉しないモノに対して極めて無害な闇ではあるが、外からの攻撃が続けばやがてその牙は無自覚に陽溜りへと足を踏み入れた者すべてを喰らう番犬ともなろうな。だがそれも、小日向未来と言う存在の一端なのだ。

 悪しき心に身を窶した事のある君ならば理解るだろう。マイナスエネルギーである影法師は人を操り闇に染めるのではない。人に巣食い内に秘めた闇の手を引くものなのだ」

 

 メフィラス星人の放った言葉に愕然とする響。彼の語る言葉は一言一句の全てが正鵠を射ていた。響自身が望んだ世界、未来が求めた世界。それが闇と言う形で成就されようとしていたのだ。

 言葉を失う響に、メフィラス星人は何処までも淡々と言葉を続ける。前に会った時には一瞬でも見せた喜楽な感情すらも見せないように。

 

「どうするかね、立花響。幸福にも君にはいくつかの選択肢が用意されている。決して多くは無いがね」

「選択肢……?」

「小日向未来を受け入れ、世界を君が望み彼女が生み出す安寧のものとする。もしくは彼女の表面上の闇を祓い、上辺だけの回帰を手にする。コレがまず大きな二つだろうな。

 または私に地球を譲渡してその代償たる我が力で彼女の闇部を消し去るか、君がヒトとしての全てを振り切り光の全てと同化して地球の守護者となる手もある。力と使命を全て棄て去り逃げ出すのも、エタルガーに降伏と敗北を告げ蹂躙されるのも、ある意味では選択肢の一つだな。

 もちろん、万事を治める選択肢もまた存在している」

「そ、それは!?」

 

 その言葉に響の眼が力を取り戻し思わず強く訴えかける。食い入る響にもメフィラス星人は特に感情を傾けることもなく、淡々と告げた。

 

「――君が、小日向未来を拒絶することだよ」

「……私が、未来を拒絶……!?」

 

 響の顔から血の気が失われる。言われたその解決方法は、響にとって考えの及ぶものではなかったからだ。

 だがそれも当然だろう。小学生の頃からの仲であり、三年前の事故とその後この場所で起こった批難に対して数少ない心の拠り所の一つであったのが小日向未来と言う存在なのだ。力を手にしてから遭遇した三度の事変でも、彼女は立花響にとって守護るべき存在であり縋るべき場所の一つでもあった。そんな心を支える支柱の一つを拒絶するなど、思索の中に浮かぶはずがなかったのだ。

 

「そんな……そんなこと、私には出来ない……ッ!」

「そうか。君がそれを選べないと言うのであればそれも良いだろう。全ては君自身の未来(あした)、何を選択するかは君の自由だ。

 だが忘れないでおきたまえ。小日向未来の行動理念は、”全て”が立花響を中心としていることを。立花響の意志と是非が、立花響に訪れるあらゆる事象が、小日向未来を盲目的な未来(あした)へと突き動かしている原動力となっていることを」

 

 冷徹とも取れるメフィラスの言葉に困惑のままへたり込んでしまう響。理解出来ないのではなく理解を拒んでいるのだと言うことは彼女自身も分かってはいたが、選択を提示されたせいか思考の中で右往左往してしまっていた。

 そんな響に対し、メフィラス星人は一拍の溜め息を吐き自身の持っていた考えを述べていった。

 

「私が君たちに興味を惹かれたのも其処なのだ。互いに他者の為に在る事を原動力としているのに、あまりにも不揃いな君たちが肩を寄せ合っているのが不思議で仕方なくてね。だから私は君たち二人に対して「地球を譲ってくれないか」と問い掛けた。

 最初は君たち二人に拒絶されたから諦めはしたが、今回は彼女からは譲渡を言い渡され、君からはまだ答えを貰っていない。だから君を邪魔の入らない場所へ連れて来たのだ。

 ……だが、その調子では答えも出せそうにないな」

 

 右手を伸ばし僅かに念じると、先程同様に響の周囲に超能力の力場が発生、彼女の身体を覆い包む。へたり込んだ姿勢のまま、また響の身体がゆっくりと宙へ持ち上がった。

 

「何を選択するのか決まったら教えてくれ。私に向かって念じてくれるだけで良い。迎えに行こう」

 

 それだけ言い残して、響を独りテレポートで何処へと転送した。

 

 

 ……次に響が目にしたのは、夕焼けの赤い光に照らされた芝生が広がる河川敷だった。

 覚えがある。この道はほんの少し前の夏の日、仲を取り戻した父と共に歩んだ道だ。呆然と首を回し周囲を見る。道の向こうに目を向けた時、人影が視界に入った。それは相手も同じようで……否、相手の方がハッキリと響の姿を認識したようで、駆け足で彼女の方へ向かって来た。

 

「おお~い、響じゃないかぁ!」

 

 その姿をよく知っている。響にとってはとてもよく知る人物だった。先の魔法少女事変で再開し、紆余曲折はあったもののもう一度その手を繋げられたかつて壊れていた絆。今はまた繋がっている存在。

 立花洸。響の実の父である。

 

「お父、さん……?」

「連絡も無しでどうしたんだ? 帰って来くるなら言ってくれれば迎えに行ったのに」

「……あ、うん、ごめん。なんか、こっちも急で……」

「そうか。東京は怪獣騒ぎでそっちも忙しいんだもんな、仕方ないか」

 

 気さくな笑顔で話す父にぎこちない顔で返す響。彼女の顔色に気付いていないのか、洸は変わらず話を続ける。

 

「しかし急に来たってことは、もしかして今度はこっちに怪獣が出るとかか? だとしたら母さんたちにもすぐ報せないとな……」

「う、ううん、そういうのじゃないんだ。大丈夫、だから。……そ、それより、お父さんはどうしてこんなところで?」

「就職活動の帰り道さ。流石にまだ、母さんたちの家にもう一度上がり込むことは出来ないし、せめてちゃんとした職を掴んでからじゃないと……と思い勇んだんだけどな。中々上手く行かなくてこのザマさ」

「お母さんやお祖母ちゃんとは、まだ……?」

「なんとか週に二回ほど、一緒に飯を食べてくれるぐらいだよ。やっぱ響の言ってた通り、そう簡単に元通りとはいかないもんだ」

 

 自嘲するように笑う洸。情けない話を語る父ではあったが、何処かで響は安堵していた。幼い頃の想い出にあった”カッコイイお父さん”ではないかも知れないが、父は今頑張って向き合っているのだと理解できたのだから。

 それは響にとって嬉しい事でもある。だが、今の彼女にはそれを手放しで喜んでいられる余裕は無かった。

 

「……そっか、頑張ってるんだねお父さん」

「響が頑張ってるの、今はよく理解るからな。怪獣とウルトラマンの報道を見る度に、あの何処かで響も誰かの為に頑張ってると思うと俺も頑張んなきゃなってなるんだ。

 俺が今こうして頑張れてるのは、響のおかげだよ」

「……ありがとう。ゴメンね、帰りの途中だったのに。私も、もう戻らなきゃ……」

「そうか、今は大変そうだもんな。怪我しないように……って言っても無理かも知れないけど、気を付けてな、響」

「うん……」

 

 作った笑顔で手を振り、去り往く洸の背中を見つめる響。それは特別他愛のない、離れて暮らす父と娘の会話に過ぎなかった。

 徐々に離れていく父の姿。眺めていると響の胸の内より何かが沸き上がり心を曇らせていく。状況は違う、大きく変わった。それなのに、彼女の中でいま眺めている背中は三年前のあの日と被らせてしまっていた。

 何故か逸る心は自然と脚を前に動かし、進む歩みは駆け足へと変わっていく。あの時と違うのは、今は追えば追い付けると言う確信だった。ワケの分からぬまま動く身体はやがて離れていた背に追い付き、そのままぶつかるように捕まえた。

 洸にとっては背後からの不意打ち。その衝撃に咳き込みながら後ろを見ると、其処には俯きながら腰に手を回し頭を押し付ける娘の姿があった。

 

「ははは、痛いなぁ響。もう小さな子供じゃないんだから、体当たりは勘弁してくれ」

 

 軽口で返してみるが響からの返答は来ない。だが、わざわざぶつかってくるには何かしらの理由があるのは理解る。その全てに理解は及ばなくても、彼女が何を望んでいるか洸には少しだけ分かるような気がした。

 

「もう少し、話すか」

 

 小さく頷く響。洸に肩を叩かれて彼の腰から手を放し、二人並んで河川敷の下に続くコンクリートの階段へ腰を掛けた。沈み始めている夕日が、河を赤く照らしていた。

 

 

「なにか、あったのか?」

 

 優しく尋ねる洸の声。だが響は膝を抱えたまま答えようとしない。やや困ったように頭を掻く洸だったが、徐々に響が声を出した。

 

「……お父さんは、さ」

「うん?」

「……友達と、ケンカしたことって、ある……?」

 

 思わぬ質問にすぐにでも事情を問いたくなる洸だったが、気持ちを抑え真摯に答えていく。つい軽く答えようとしてしまう自分の短所を、以前よりは分かるようになったつもりだった。

 

「そりゃあるぞ。この前も就職活動やり直す時に、友達と色々言い争って来た。……と言うか、俺が一方的に怒られただけかな。嫁と娘を置いて逃げたヤツが、今更なに調子の良いこと言ってんだって」

「それで、お父さんどうしたの……?」

「勿論、頭を下げて必死にお願いした。俺が仕出かした事だからな」

「……やっぱそれ、ケンカって言わないじゃん」

「――そうだよな。ハハハ」

 

 響からの返しについ軽薄な笑いで返してしまう洸。それは響にとって情けない父の姿として映ってしまい、やはり彼に相談するのは間違いだったのかなと考えた。だが、言葉を続けたのは洸の方だった。

 

「……でもな、その時に、『こんな男とやり直そうと思うなんて、嫁もそうだが娘もどうかしてる』って言われてな。何年振りだろうってぐらいに本気で怒っちまったんだ。

 俺の事はどれだけ馬鹿にしてもいい。でも、こんな俺に本気で向き合ってくれた娘の事は絶対に馬鹿にはさせない、って胸座掴んで言っちまった。いやー小っ恥ずかしい話だ我ながら」

「お父さん……」

 

 恥ずかしそうに笑う洸だったが、それが響にはとても眩しく恰好の良いものに見えていた。同じ軽薄な笑い顔なのに不思議なものだ。だが彼女の心には、しっかりと父の頑張りが刻まれたのだ。

 何処か感に呆ける響に、今度は洸が顔を向け尋ねる。彼が唯一思い当たる、娘の相談にある中核部分を。

 

「未来ちゃんと、ケンカでもしたのか?」

「なっ、なんで!? そんなこと、全然ない、よ……?」

 

 慌てて否定をするも、本当に否定出来ることかは分からなくなっていた。口にしたものの何とも言えぬ表情でまた膝を抱える。具体的なことは理解らなくても、それだけで図星なのだと洸にも気付くことは出来た。

 

「……そんなこと、無いと思う。思うんだけど……」

「未来ちゃんとケンカしなきゃいけなくなりそう、ってところか」

 

 洸の言葉に肯定も否定も出来なかった。先程メフィラス星人から提示された選択肢の一つ、”未来を拒絶する”と言うことはきっとそういう事なのだと響は思っていたからだ。そんな響の姿を見て、洸は大きく息を吐きながら暗くなり始めている空を見上げた。

 

「思い出すなぁ……。響がまだ小学生の頃だ。家で一緒に遊んでた未来ちゃんとケンカしたことあったっけ。なんとかってオモチャを取り合いっこ、引っ張り合って壊してしまい、二人してどっちのせいだで大泣きだ」

「……やめてよ」

「あんまり二人が泣くもんだから、未来ちゃんの親御さんたちにも来て貰って話し合ったな。お互いに新しいのを買ってあげたら仲直り。あのケンカも何処吹く風で、すぐにまた二人仲良く遊んでたっけな」

「やめてよお父さん! もうあの頃とは違うの……。あんな子供のケンカじゃないんだよッ!?」

 

 場違いな洸の思い出話に響の激昂が飛ぶ。怒っているようで泣きそうな、溢れる感情を抑えるので精一杯な顔をしている。だがそんな響の激しい感情を、洸はただ笑顔で受け止めていた。

 

「ケンカの種なんて、理由は大小あれどどれも子供みたいなもんさ。俺も、響の見てないところで母さんとそんな子供みたいなケンカしてたぞ?」

「それは……でも、それとは……ッ!」

「……まあ、違っても俺には理解らないよな。俺が響たちの前から逃げたあと、響の傍に居てくれたのは未来ちゃんだ。俺なんかよりもずっと強く未来ちゃんを信頼してるのは理解るつもりだよ。

 だから、ケンカすることで今の関係を壊すんじゃないかっていう恐怖も理解る、つもりだ。……逃げ出して全部壊した俺が言っても説得力無いかな、やっぱ」

 

 またも自嘲した笑みを浮かべる洸に響は何も言えなくなる。父の言ったことは正しかった。自分を支え続けてくれた存在、自分にとって最もあったかい居場所。どんな大義名分があったとて、それを拒絶することは築き上げた世界を壊すことに違いないのではないか。それは、響にとって何よりも大きすぎる恐怖だった。

 自覚することで心は冷め切り、また膝を抱えてふさぎ込んでしまう響。洸はただ、上手く言えなくても娘の為に自分の想いを紡ぎ放っていった。

 

「……壊れたモノは、そう簡単には元には戻らない。でも、響の手には壊れたモノを繋ぎ合わせる力があると思う。そりゃ無理くりなんとか繋いだところで歪な形になるかも知れない。けど、それは前よりも強く固く繋がっているんだ。

 俺はそれを知っている。だって俺が今母さんたちと繋ぎ直そうと出来ているのは、響が俺の未来(あした)を繋いでくれたおかげなんだからな」

 

 響の頭に手を乗せ、優しく撫でる洸。何時以来だろうか、こうやって父に頭を撫でてもらうのは。少し恥ずかしくて、照れくさくて、でも温かくて優しい手だ。その温もりに甘えるように、響はただ膝を抱えたままで受け入れていた。そのままでようやく、一番尋ねたかったことを声に出せた。

 

「……ねえ、お父さん」

「なんだ?」

「未来が……大事な親友が自分の為に周りの誰かを傷付けてるとしたら、どうしたらいいのかな……」

「うーん……。もしそうだとしたら、響はどう思うんだ?」

「……私を想ってくれてるのは嬉しい。でも、私なんかの為に誰かを傷付ける未来で居て欲しくない……。未来の未来(あした)が、そんなものに染まってしまうのは嫌だ。

 未来の未来(あした)は未来だけのモノ……。ずっと私を支えてくれた未来には、ちゃんと幸せになって貰いたいもの……」

「だったら、その事をちゃんと未来ちゃんに言ってあげないとな」

 

 洸の言葉に顔を上げる響。見上げた父の顔は優しく微笑んでいた。

 

「世の中言わなきゃ理解らない事ばかりだからな。俺も響と再会するまであの時の響の気持ちは理解らなかったし、さっきも理解らずに帰るところだった。

 親子でもそうなんだ、たとえ親友でも本気で面と向かって言わなきゃいけない時があるさ。それでもしケンカになって傷付け合っても、本当に正しいのが何方か分からなくなっても、周りから無意味だと言われたとしても……それは、二人の間では何よりも意味のある事なんだから。

 だから――へいき、へっちゃらだ」

 

 父の言葉で記憶の底から引き上げれたモノ。さっきも言われた、幼い頃にやった”子供のケンカ”。

 何方が正しくて何方が間違っていたかも分からずに、無意味に罵り傷付け合ったあの日。だが、今となってはあの日の傷は二人の仲を一歩深め固めた要因の一つに過ぎない。そんな他愛ない、それなのに何時からかずっと忌避していたことを、響はようやく思い出した。

 思えばシンフォギアの力を手にしてからも何度も本気の想いをぶつけ響き合わせて来た。翼に、クリスに、了子に、マリアに、調に、切歌に、キャロルに、エルフナインに、洸に、みんなに……。ぶつかったから繋がった。繋がったからより強くその手を握り固められた。そして永遠に広がる繋がりは、その全てが響にとっての”陽溜り”だったのだ。

 その光を心に宿した時、先程まで重く苦しかった胸の内が、今は不思議と軽くなっていた。

 

 知らず日も暮れて、暗い夜空には星が光りはじめている。灯りの無い河川敷、だがそんな場所でも、響の眼にはハッキリと父・洸の励ましの笑顔が眩しく映っていた。

 心に差し込まれていく光。響にとってそれは、世界で何よりも心強い”陽溜り”の温もり。それが理解った時、重い腰を持ち上げ起ち上がった。

 後を追うように洸も起ち上がる。此方に視線を向ける娘の眼は、彼女本来の真っ直ぐとしたものに戻っていた。

 

「……ありがとうお父さん。もう、大丈夫」

「そうか。響の力になるなら出来る限りのことはするけど、今の俺には話することぐらいしか出来ないからな……」

「ううん、嬉しかったよ。お父さんに相談して、本当に良かった」

 

 暗がり始めた夜に眩しく咲く響の笑顔。洸にとってはそれが、何よりの喜びだった。満足げに二人並んで背筋を伸ばす。溜め息を吐き僅かに気を抜いたところで、おもむろに洸が再度響に問い掛けた。

 

「でも、あの未来ちゃんとそこまで真剣にケンカしなきゃいけないことって一体何なんだ?」

「あー……それは、その……」

 

 流石に言えやしない。未来から目覚めた闇やメフィラス星人から提示された選択肢……機密もあるだろうが込み入った事情になり過ぎて簡単に説明しきれないと言うのが本音だった。

 そんな響の事情など知るはずもなく、洸は自分の尺度で思い付く答えを投げかけた。

 

「……もしかして、響」

「な、なに……?」

 

 深刻な顔だった。もしかすると母との仲を取り持ってほしいと言い出した時よりも辛く苦しそうな顔だ。一体何が父の顔をそこまで歪めるのだろうかと、響も思わず真剣に見つめ返していた。果たして続く言葉は――

 

「――お前、彼氏が出来たんじゃないだろうなッ!?」

「……は?」

「いや、もしかすると同じ男を好きになったのかもしれない……ッ! 恋愛と友情の天秤は非情にデリケートな問題だからな……。

 ずっと二人一緒だったんだし、リディアンは女子高とはいえ男の先生もいるって聞くし、そもそも響の上司……で良いんだよな。あの人たちも男前やイケメンばかりで年頃の女の子には選り取り見取りのはずだ……!」

 

 わなわなと身体を震わせながら爛れた恋バナを夢想し呟き続ける父を、娘は呆れ返った眼で突き放すように見つめていた。まさか、そんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。

 

「ハッ! まさかお前が師匠と呼んでるあの人かッ!? そうなのか響ッ!? 彼氏が出来たのならちゃんとお父さんにも合わせて欲しいけど、あんな見るからに強い人が来られてもお父さん困るぞッ!!?」

「ああぁもう違うってばお父さんそういうのじゃないのッ!! こちとら彼氏居ない歴は無事に17年を越えちゃって未だ順調に進行中で音沙汰無しッ! って言うか、誰のせいで現在進行形で記録更新中だと思ってんのッ!?」

「お、俺のせいなのか!?」

「そーだよッ! お父さんが居なくなったおかげで共学の学校へ進学って言う選択肢もパーになったんだから!

 それにね、もし彼氏が出来てもお父さんより先にお母さんに紹介するに決まってんじゃないッ! そういう事言うんなら、早くお母さんとヨリ戻してよねッ!! 分かったッ!!?」

「……はい」

 

 夜道に轟く痴話喧嘩の様相を見せる罵声。その一頻りを喰らってしまい、今度は父である洸が物凄くしょぼくれた顔になってしまった。いい年なのに泣きそうだった。

 一方で言いたい事をブチ撒けた響は随分とスッキリした顔になっていた。なんとも清々しい表情だ。その顔を見て洸は安堵の溜め息を吐き、微笑みながら響に声をかけた。

 

「スッキリしたか?」

「あ……うん、スゴくスッキリした」

「お父さんはスゴく傷付いたぞー」

「だからそれは……! ……ううん、ゴメンなさい。私もちょっと言い過ぎたかも」

「いいや、響の言う通りだからな。そう言って背を叩き押してくれるから――」

 

「「へいき、へっちゃらだ」」

 

 二人揃って言葉を重ねる響と洸。どちらからともなく笑い出す。たったそれだけで、響の心は輝きを取り戻していった。そして確信した。自分がなにを選ぶのかを。

 

「それじゃお父さん、行ってきますッ!」

「ああ、行ってらっしゃい響ッ!」

 

 最早交わす言葉はそれだけで良かった。走り出す娘を、父は優しく見送る。内に秘めた輝きをただ信じて。

 

 

 

 走りながら心に念じる。相手は先ほど話をしていたメフィラス星人だ。

 

(決めたのかね?)

「……よく分かりません。でも、私がいま未来と会って何がしたいのかは分かりました」

(ほう……)

「一つだけハッキリ答えられることがあります。私は、やっぱりあなたには地球を渡せませんッ!」

(エタルガーに屈するということか?)

「それはありませんッ!」

(では人を棄て地球の守護者になるか?)

「それもありませんッ!」

 

 確固たる自信を持って言い放ち、逃げ道を一つ一つ潰していく。走り出したこの想いは、逃げる為のモノではないのだから。

 周囲の空間が歪んでいく。メフィラス星人がテレポートをしたのだと肌で感じられた。それでも足を止めずに走り続ける響。その先に、待っている人が居るのだから。

 

(ならば立花響、君は一体何を選択するんだね?)

「それは……」

 

 やがて歪みは治まり、月光の照らし出す濃緑の丘へと転移される。思わず制止し見てみると、目線の先には何度も見て来た少女の背中が映る。今の彼女は、別れる前に着ていた制服姿のままだった。

 力を纏わぬ彼女の姿を確認すると共にその表情に決意を固め、響はゆっくりと歩き出していく。そして、メフィラス星人に問い掛けの答えを返していった。

 

「……見ててください。私の、答えを」

 

 告げたあと一瞬の間を空けて、誰かの気配に気付いたのか未来が振り返る。歩み進む響の姿を目にした途端、嬉しそうに綻び自分から駆け寄って行った。

 

「響ィッ!」

 

 跳び付き抱き締める未来に、響は足を踏ん張り直立のままで受け止める。すぐに持ち上がった未来の顔は、心配もあったのか何処か上気しているようにも見えた。

 

「大丈夫? 何処も怪我なんかしてない?」

「うん、大丈夫」

「あの宇宙人から何も酷い事されなかった? もしされてたら言ってね。私が始末しておくから」

 

 平然と飛び出す暴力的な言葉に思わず奥歯を噛み締める響。だがそれに返す言葉は、出せなかった。

 

「ふふ……でも嬉しいな。やっぱり響は私のところに帰って来てくれた。そしてこれからは、ずっとずっと永遠に、響の理想の世界がやってくるの。

 誰かを傷付けることはなく、誰かに傷付けられることもなく、みんなが優しい笑顔で楽しく歌う、そんな理想郷。響が望んだ、一番幸せなあったかい世界」

「……そうだね。それは間違いなく、私の望んだ理想の世界だと思う。

 ――でもそれは、”私の未来(あした)”じゃない」

「響……?」

 

 そっと肩を押し、響が未来を身体から離す。予想だにしない事態に、未来は力無く後ろへ数歩引き下がって行った。

 

「みんなが笑って過ごせる普通の日常、なんでもない日々……それを守護るのが私の夢。いつか、地球の全部が手を繋ぎあえる世界の為に……私が、自分の手で叶えたいものなんだ」

「……よく、理解らないよ響。同じだよ? 響の夢、響の理想、その全てが此処に――」

「無いよ。此処に、そんなものは無い。あるのは小さな陽溜りと、そこに入れずにただ凍えて朽ちる世界だけ。そんなものが、理想であっちゃいけないんだ」

「理解らない、理解らないよ響……! どうして……? 響にとって永遠に優しい世界を、なんでそう言うの……ッ!?」

「だって、世界は私だけのモノじゃないんだよ。大好きな友達がいて、大好きな仲間がいて、大好きな家族がいて……みんなそれぞれに世界があって、それが地球の全部に広がって、この”世界”が生きている。

 時には争い事も起きるし、怒りや憎しみが広がることもある。それでどれだけ傷付けられたのかも、よく知ってる。

 でも、それを塗り替えられるぐらいの優しさや喜びがある事も私は知ってる。この力が……胸の歌が、それを教えてくれた」

 

 胸の前でギアペンダントを握り締める。運命を変えた胸の傷。託し、繋ぎ、紡がれた魂の絆。それこそが、今の立花響が歩んできた道……歩んでいる道なのだ。

 

「……ちゃんと言うよ、未来。

 私は、みんなの未来(あした)を守護る。その為に戦う。前向きな自殺衝動だとか、そんなんじゃない。みんなと手を繋ぎたいってのは、私の夢だから。

 その夢を邪魔するって言うんなら、たとえ未来が相手でも容赦しない……ッ!」

「……無理だよ、そんなの。だって世界はこんなにもバラバラで、いくらでも響を傷付ける。無謀な夢を追い続けても、傷だらけになって倒れるのは響なんだよ? 私はもう、そんなのは見たくないの……ッ!

 だから私は響を守護るの。響の大好きな人達を、世界を、陽溜りを、全部一つに集めてまとめて、響が絶対に傷付かないようにする。響を幸せにするのが、それだけが私の夢なんだから……ッ!」

 

 決意を込めた響の言葉に、悲痛な哀願のように声を上げる未来。闇に覆われながらもなお秘めた想いを吐き出すかのように。

 

「響が幸せになるんならなんだってする。誰かを傷付けることも、この身が穢れることも厭わない!

 響の怒りも悲しみも憎しみも、全部私が受け止めて包み込む……。それが、響にあんな酷い痛みを受ける原因となった私が現在(いま)を生きる理由、存在意義なの! それしかないのッ!

 だって――私は響を愛しているからッ! 愛さなきゃいけないからッ!! 響だけをッ!!」

 

 解き放たれた想いの底を聞き、響の顔が更に歪む。喜怒哀楽の全ての感情が融け合い混沌と化し、単純な思考さえも奪い去っていく。最早互いに、感情のままに叫び散らすしか出来なかった。

 

「未来の馬鹿ッ!! 私なんかの為に、自分の未来(あした)を棄てないでよッ!! 未来のあったかい手を、そんな悲しい事に使わないでよッ!!」

「馬鹿は響だよッ!! あんなに辛い想いばかりしてきたのに、なんでそんなことを言うのッ!? 永遠に幸せなままの世界の、なにが悪いって言うのよッ!!」

「……うん、辛い想い、いっぱいしてきたよね。でも、あの時の辛い事が無ければ、私はこの力で誰かを助けることも出来なかった。弓美ちゃんと詩織ちゃんと創世ちゃん、翼さんやクリスちゃん、マリアさんに調ちゃんと切歌ちゃん、エルフナインちゃんたち……みんなと仲良くなる事なんか出来なかった。

 それに未来とも、こんなに仲良くもなれなかったんだよ……ッ!!」

 

 響の言葉に初めて未来が狼狽える。余りにも純粋に手を伸ばし繋ぎ、何度傷付いても立ち上がり、真っ直ぐと進んでいった彼女だからこその真意だった。

 

「……クリスちゃんが進路で悩んでる話を聞いた時、思ったんだ。遠くないうちに、私も未来もリディアンを卒業してそれぞれの道に進むんだろうなって。そして大人になって、色んな場所でいろんな人と出会っていくんだろうなって」

「――やめてッ!! そんなの聞きたくないッ!!! ずっと、ずっとこのままで居ればいいのよッ!!!」

「世界が広がっていく中で、了子さんみたいに誰かに恋をして、お父さんとお母さんみたいに誰かと一緒になり、また新しい命を繋いでいくのかもしれない。でも上手く出来ずに、傷付き苦しむかもしれない」

「響の隣には私が居ればいいッ!! 私だけが居ればいいのッ!! 他に何もいらないッ!! そうすれば、傷付き苦しむことなんかないッ!!!」

「――【傷無き絆など、戯れ睦み合いに過ぎない】。きっと、そういう事なんだよ。

 傷に甘え、傷を恐れて傷付かずに立ち止まってしまうのは、それはただの仲良し……。でも、痛くて辛い傷跡はもう一度繋ぎ合わせることで今よりももっとずっと強い絆として結ばれるんだ。

 確かにそれは簡単なことじゃない。駄目な場合や相手が居るってことも理解ってる……。でも、傷を越えて繋ぎ結びあえるってことも私は知っている。それがどれだけ幸せなことかを知っているから、私はいつかみんなと手を繋げれるようになりたい……ッ! みんなで幸せになりたいッ! そんな未来(あした)が欲しいんだッ!!

 私一人だけが幸せな未来(あした)なんて、私は要らないんだァッ!!!」

 

 未来の脳裏でなにかが瓦解していく。彼女にとって立花響の為にと積み上げ重ねられたすべてを、立花響によって否定、破壊されたようなものだった。

 呆然とした顔で涙を溢れさせながら力無くへたり込む未来。直後その身体から、内包された瘴気が堰を切ったかのように溢れ出す。黒い瘴気は未来の身体を包み込み、その身にシェンショウジンのシンフォギアを具現化させ纏わせた。

 力無く宙へ浮き、心を閉ざすかのように頭を抱え顔のバイザーを閉じる。高められた瘴気は未来の頭上で固まり、ダミーダークスパークを形成させた。

 

「いや……いやだよ響……。響のための世界……響のための未来(あした)……それを否定されたら、私にはもう、何もない……」

「未来……」

「――……そうだ、無くなってしまえばいい。なにもかも無くなればいいんだ……! 世界も、未来(あした)も、愛するものも、大事なものも……なにもかもッ!!」

 《ダークライブ -カミーラ-》

 

 ダミーダークスパークがシェンショウジンを纏う未来の後頭部、脳へ侵蝕するデバイスの中央部に突き立てられる。六角形の紋章が光と共に未来の身体を包み、膨張した闇がやがて巨人へと姿を変えた。

 暗い黄色と灰銀の肉体を持つ女性型の巨人。それは別の次元の地球にて、超古代に存在した闇の巨人を率いた凍て付く愛憎の戦士。紅蓮の双眸で響を見つめ、夜天を仰ぎ泣き叫ぶような咆哮を上げる。

 俯きながら握り締める響の拳に、彼女の意志に応じたのかエスプレンダーが顕現されていた。

 

「……無くさせない。世界も、未来(あした)も、なにもかも。愛するものも、大事なものも……この世界には、いくらでもあるんだからッ!!!」

 

 握るその手を右胸元で構え、強く歯を食いしばり想いと共に顔を上げる。その眼に大きな涙を浮かべながら、地球という大きな世界から授かった光を解放する聖句を、まるで幼子の癇癪の如く……喚き散らすように吠え叫び、拳を夜天へと突き出した。

 

「ガぁイアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 光が花開くように広がり、輝きと共に赤き光の巨人が顕現する。二人の巨人が相対し、視線が交わった瞬間全てを理解したかのように互いに駆け出した。

 ガイアの大振りの拳がカミーラの胸部にめり込む。強い一撃に一瞬怯むものの、腕を捕らえたカミーラはそのままガイアの胸に連続で蹴りを打ち付ける。初撃の打ち合いで互いに距離を取った後、ガイアがまた拳を振りかざし打ち放った。

 放たれる拳を逸らし、撃ち込まれる脚を受け止め、連続で続くガイアの猛攻を反射だけで捌いていくカミーラ。変身者である立花響の戦いを傍で見て来た小日向未来が素体となっているからだろうか、それとも秘めた愛憎が影法師が形を変えたカミーラと深くユナイトした結果なのかは定かではないが、相対する響にとってはあらゆる意味でやりにくい相手だと言えた。

 それでもと拳を握り固め撃ち抜くように放たれる一撃。だがカミーラはガイアの腕を取って躱し、空いた胸部に手刀を打ち込んだ。打ち込まれたところから凍て付くような痛みが走り、思わず呻いたガイアが胸を見下ろすとカミーラの手から凍り付き始めている。そのまま力任せに押し切られ、火花を上げながら吹き飛んだ。カミーラがその手から生み出す氷の刃【アイゾード】である。

 その氷の刃を更に伸ばし、柔軟にしなる【カミーラウィップ】へと形を変えてガイアへと放たれる。縦横無尽に襲い掛かる氷の鞭が攻め立てていき、それを両腕で防御しながら耐えるガイア。固めた腕がカミーラウィップから放たれる超低温の冷気で徐々に自由が奪われていくのを感じられていた。だが、そんな程度で止まる訳にはいかないのだ。

 

「ダアァァッ!!」

「ッ!?」

 

 放たれた鞭の一撃を左手で捕まえ巻き付かせその動きを封じる。そこから力任せに引き付け、右腕に溜め込まれた光のエネルギーを剛拳に乗せてカミーラの胸へと直撃。ゼロ距離から貫くエネルギーのインパクトを叩き込んだ。

 吹き飛び倒れるカミーラと、一瞬気が抜けたのか膝を付くガイア。ライフゲージはまだ点滅していないものの、巨人の肉体越しにも疲労が見て取れた。だがすぐにカミーラは、未来は立ち上がる。真っ向からダメージを与えたせいか、瘴気をより強く昂らせその身に纏わせていく。そしてその胸の内から、聖詠が解き放たれた。

 

「――Rei shen shou jing rei zizzl……」

 

 纏う瘴気が爆ぜ、カミーラの身体へと固着していく。それは紛うことなき小日向未来を歪めた鏡の聖遺物より生まれしシンフォギア。濃紫色の鋼が腕部と脚部の外殻となり、背部からは二本のカミーラウィップが禍々しく伸びる。そして獰猛な顎の如きバイザーが閉じ、接合部から紅蓮の輝きが漏れ放たれた。

 

(未来……まだ、こんな事やらなきゃいけないの……!?)

 

 哀願にも似た響の本音が漏れる。自らの意志で彼女を突き放した。相対した。だが心底より望んでいた事ではない。未来が止まればすぐに止める……そんな都合の良い考えと矛盾がやり場のない想いとなって握る拳に現れる。

 首を振るいながら立ち上がり胸元で拳を構えるガイア。同化する響は、その光の中で先程の父との語らいを反芻していた。

 

(……駄目だ、ちゃんと向き合うんだ……ッ!

 たとえ親友でも本気で面と向かって言わなきゃいけない時がある……。それでもしケンカになって傷付け合っても、本当に正しいのが何方か分からなくなっても、周りから無意味だと言われたとしても……それは、二人の間では何よりも意味のある事。

 ――決めたんだ。未来の本心と、ちゃんとぶつかり合おうって……。私から始めたことなんだ……最後まで、とことんまでぶつけ合わなきゃ。でなきゃ、もう未来のことを親友だなんて……一番あったかい陽溜りだなんて、言う資格は無い……ッ!

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に……この胸の想いを全部、ぶつける為に――だからッ!!)

 

 マイクユニットを取り外す。鋭角の横突起を三度押し込み、其処に秘された真の力を……”胸の歌”を、解き放った。

 

「――ウルトラギアッ!!! コンッバイィィィィンッ!!!!」

 

 響の胸に突き立てられる魔剣の楔。増幅された暗黒面が爆裂するフォニックゲインとなってウルトラマンガイアの肉体を流れ覆い包む。だがこの状態、響は誰よりも深く理解していた。元よりイグナイトモジュールのコンセプトである制御された暴走状態、それを生み出す切っ掛けとなっていたのは融合症例としての経緯を持つ響の存在だ。加えてウルトラギア開発の発端も、響がウルトラマンガイアを深くユナイトし光と歌を通常以上に共振させたことに他ならない。

 故に響にとってウルトラギアは”既に為し得ているモノ”であり、失敗など思うはずもない。その確信もまたウルトラギアの完成に必要不可欠なものではあるが、それを知る彼女ではなかった。

 脚部に纏いしエネルギーが黄色のブーツ型のプロテクターと化し、腕部を流れるエネルギーは半円形のガントレットとして形成。腰部にはバーニアが装着され、頭部の外方のスリットからヘッドギア同様のアンテナが生える。そして胸部には黄金の羽根状の鎧と首からはエネルギーマフラー二股に伸び、立花響のウルトラギアは完成するのだった。

 大地を爆裂させ、闇夜を祓うかの如く光を滾らせて胸の前で拳を突き合わせる。そして響自身の体得した拳法の構えを作り、高らかに名乗り上げるのだった。

 

「――ウルトラマンガイアッ!!! ウルトラギア・ガングニィィィィィィルッ!!!!」

「……ひび、き……」

「未来……いくよ」

 

 決意を込めてシンフォギアを纏ったウルトラマンガイアの、響の胸の内から新たな歌が流れだす。如何なる困難が道を塞ごうと、自分らしく迷わずに未来(あした)を生きるため――強く在れ、強く為れと叫ぶ其れは、奇しくも立花響が否定し続けていた称号……『”英雄”の詩』。

 誕生した雄々しき姿に、流れる猛々しき歌に、シェンショウジンを纏ったカミーラは憤怒か慟哭かもつかぬ叫び声を上げながら滑空しながら突進する。シェンショウジンの脚部ユニットが飛行能力を強化し、音もなく空を駆け抜けるようになったのだ。

 両腕を広げると共に小型の鏡が数基射出、ガイアの周囲に距離を取って浮遊する。そしてガイアに向けて、カミーラが両手を合わせ突き出し極低温を齎す光弾を乱れ撃った。それらを拳で弾き飛ばすガイア。だが弾かれた光弾は浮遊する鏡が受け止め、死角からガイアに襲い掛かっていった。肩や腰に当たり凍結を伴うダメージを受けるが、纏いて尚も溢れるフォニックゲインが防御能力も向上させており大した攻撃にはならなかった。だが周囲を浮遊し常に死角から狙い撃たれる一撃は如何ともし難い。瞬時にそれを思案したガイアは、すぐさまそれを脱する行動に出た。

 二股のマフラーが光り輝き燃焼するようにエネルギーを放つ。そして上体を大きく捻り、反動をつけてその場で回転。溢れるエネルギーが光熱の竜巻となり、周りに浮かぶ鏡を全て焼滅させた。

 そして空中で佇むカミーラの元へ、脚部バンカーを打ち付けると共に超加速で飛び掛かって行った。

 

「ッ!!」

「ウオオオオオオッ!!!」

 

 放たれた拳が背後から伸びる二本の鞭によって阻まれる。そのまま中空で赤黄の拳が連続で放たれていくが、二本の鞭と共にアームドギアである純銀の杓と強固な脚部アーマーによって全て捌かれまたしても距離を取られてしまった。

 追いかけるように飛翔するが、纏うギアの特性上ガイアではカミーラには追い付けない。牽制の三日月形の光弾であるガイアスラッシュをその手から放つが、射撃戦では適うはずもなく容易く鞭によって払い落とされ、アームドギアより放たれる光線で反撃されていった。

 貫くように連続で伸びる光に対し、脚部バンカーで空を穿つ急制動をかけて回避するガイア。瞬発力だけで言えば装者随一とまで言えるのが響のガングニールの特徴。それを活かすべく、光線を避けながらも徐々に距離を詰めていっていた。そして、

 

「そこォッ!!」

 

 掛け声と共に両足のバンカーで同時に空を穿ち、瞬間的に発生する爆発的加速と共に前へ飛翔。射程圏内に入り込み腕を伸ばす。それを拳戟と見たカミーラは鞭で防御しようとするが、突如その動きを止められた。ガイアの右手が鞭を捉え捕まえていたのだ。

 

「クッ!」

「どぉぉぉぉっりゃああああああッ!!!」

 

 両手で鞭を掴み直し、そのまま大きく回して地面へと投げ付けるガイア。制動を失い急速に落下したカミーラはそのまま地面に叩き落とされた。土煙を鞭で払いながら空を見ると、其処からは流星のように赤熱しながら突進するガイアの姿が在った。右腕のガントレットをブースターと変え、脚部バンカー部分もブースターに変形させての同時噴射で爆発的な短距離超加速を生み出していたのだ。

 元々響自身が用いた蹴り技ではあったが、ラン……ウルトラマンゼロとの組手で己が身に刻んだ一撃を再現すべく全身に力を高めて放つ猛蹴。そこからインパクトの寸前に腕部と脚部のバンカーが撃ち貫かれることで更なる推進力を発揮することで、新たな必殺の一撃として完成する。

 瞬間的には亜光速にまで至るのではないかと言うほどの超々加速からの蹴撃はカミーラの防御を貫き、地面をめり込ませ地響きを巻き起こした。

 クレーター状になった地面の中央で夜空に手を伸ばすカミーラ。その震える手に思わず怯んでしまうガイアだったが、直後その背後からライフゲージを光が貫いた。ガイアの背後に揺蕩う小型の鏡。集束された光線がウルトラマンの力の源である部分を狙い澄ましていたのだ。

 思わず膝を付くガイア。直撃したライフゲージは即座に緊急信号を発し、一体化する響に限界を伝えていく。対するカミーラもまたよろめきながら再度距離を取るが、胸部のカラータイマーと思しき部分が赤く点滅を繰り返していた。体力の限界を示しているのだろう。ならばこそ、次が最後の一撃……想いをぶつけ合える最後の瞬間なのだろうと思考した。

 巨人の力を用いてのぶつけ合い。互いに想いを押し付け合うだけの争いに、どれ程の意味と価値があったのか……。その答えを得る為に、両者は最後の全力を放つべく数秒にも満たぬ時を挟んだ。

 カミーラの纏うシェンショウジンの両脚部アーマーから鏡が伸び、頭上で結合して円を形成。その中央に両腕を突き出しフォニックゲインと闇から生まれる薄紫の光が強く溜め込まれる。

 その輝きはシェンショウジンの特性である”聖遺物殺し”。聖遺物由来の力を無効化する輝きはウルトラギアであろうとも容易く貫き消し飛ばすほどのモノだろう。かつて立花響の肉体を侵し命を奪う寸前まで蝕んだガングニールの破片を抹消させた輝きは、巨人の大きさとユナイトした闇の力も合わさることで容易くギアを消し去り世界を氷結地獄へと落とし込む。

 そんな確信を抱きながらも尚、響の胸中は最速最短の一直線の道しか見えていなかった。何が襲い来ようと、如何なる破壊の光だろうと関係は無い。進むこと以外、答えなど無いのだから。

 

「ひびき……ひびきのせかいは、わたしがまもる……」

「未来……」

「わたしが……わたし、だけが……ひびきの、そばに……」

 

 虚ろに呟かれる未来の声に、響は最後の決意を固める。そして胸の内……光の中から、笑顔で相対する彼女へと声をかけた。

 

「――いま、そっちに行くからね」

 

 光と共に左腕をライフゲージに向かうよう伸ばし、右腕は天へと高く突き出すガイア。集束する光と共に左腕を前に突き出し右腕は内回りに一周、そして頂点に戻ったところで左右の腕で天を抱え込むようにもう一周仰ぎ回す。二つの腕は胸の前で上下に伸ばし重ねられ、下に位置する左腕の装甲が上にある右腕の装甲と合体。一個の円柱型のガントレットと化す。

 引き絞られた右腕と共に合体したガントレットが展開し、バーニアに光の火を溜めながら超速回転を開始する。赤と青と黄のエネルギーが折り重なりガントレット周囲にリング状となって形成、今にも解き放たれようとしていた。

 そして互いのエネルギーが最高潮に達した瞬間、まるで申し合わせたかのように二人の巨人が弾け飛んだ。カミーラは周囲を凍て付かせながら進む極太の光線を発射し、ガイアはその身全てを以て引き絞られた最高の一撃を打ち付けるべく飛び出した。

 真正面から光線にぶつかるガイア。表面が凍て付き、ウルトラギアも徐々に剥がされていくのが理解る。だが、そんな程度で止まれるはずがなかった。この手を伸ばした先に、心より大切に想う親友が居るのだから。彼女にその想いを届かせなければいけないから。

 

「きえて、なくなれ……なにも、かも……」

「消、える、かぁぁッ!!! 未来に、届くまで……無くなって、たぁまるもんかああああああああッ!!!!」

 

 咆哮と共に脚部バンカーを打ち込み、そこから更にブースターを点火、最後の加速を敢行する。剥がされていくウルトラギアは大半を抉り取られたものの、完全に残された右腕が全てのエネルギーを放出した。

 バーニアから光が噴出し、回転するガントレットが放つ螺旋するエネルギーはシェンショウジンの輝きを散らし貫いていく。次の瞬間ガイアの輝く腕はカミーラの胸部へ深々とめり込み、回転するエネルギーがカミーラを貫き光の竜巻となり天へと吹き飛ばした。そして額の上で両腕を十字に重ね、大きく反り返ると共に腕を振り下ろし、頭部から光の撃槍を発射した。

 激しく伸びる光刃は竜巻の中心に居るカミーラを貫き、肥大化した闇の肉体の全てを切り払いながら霧散させていく。その中で一瞬見えた変身者である未来の姿。其処に目掛けて、ガイアは真っ直ぐと飛び立った。

 

「ひび、き……」

「未ぃ来うううううううぅぅぅッ!!!」

 

 光が貫いた瞬間、全てが塵と消え去る闇。同時に制限時間を迎えたのか、ウルトラマンガイアもその姿を光と消え、暗い夜空にはボロボロのシンフォギアを辛うじて纏った響が未来を抱き締めながら急降下していった。

 

「響……わたしは、もう……」

「喋らないで。舌、噛むから。……話は、ちゃんと着地してからしよう?」

「……うん」

 

 それだけ言って未来を庇うように自分の背中を地面に向けるよう向きを変える響。残されているのは右腕のガントレットと右足のバンカーが一本のみ。諦める心算は一切無いが、無事に降りられはしないだろうなと冷静な内心が囁きかける。

 ――構わない。身体が多少傷付いたところで、これはきっと親友を傷付けた罰なのだろうと響は思った。だからただ、今は腕の中に居る大切な人を無事に帰すことに思考を傾けていった。

 右腕のガントレットをブースターガントレットに変形させ、僅かに残された力を使って炎を噴射する。若干の減速は見られるものの、まだ激突は免れない速度だ。脚部バンカーで少しでも衝撃を殺してもまだ命の危険性がある。だが、それでも――

 

(――生きることを、諦めないッ!)

 

 迷う時間も与えられず迫る地面に、すぐにバンカーを伸ばして無理矢理な着陸を行おうと決意する響。未来の無事と自分の命を両立させる無謀を押し通す。その事だけを胸に抱き、眼を閉じて右足に集中力と残ったエネルギーの全てを集め地面に衝突する……――寸でのところだった。

 

「……え?」

 

 響の身体に感じられたのは、言い得もない浮遊感だった。

 思わず目を開き周囲を見回すと、自身の周りに力場が発生していることが見て取れた。この感覚には覚えがある。それは……

 

「メフィラス、星人さん……?」

 

 下に目を向けると、濃緑の丘の上に群青の眼を光らせている黒い影が立ち、響たちに向けて右手を伸ばしていた。力場を生みだし、二人を受け止めたのだ。そのまま操作して自分の近くに引き寄せ、二人をゆっくりと地面に下ろす。地面の感触を得たからか、緊張の糸が切れた響の纏うシンフォギアが自動で解除された。

 芝生の上にへたり込みながら、メフィラス星人の方へ向く響。毎度ながら表情はまったく読み取れないが、少なくとも彼の取った行動に助けられたのは事実だった。

 

「あ、あの、その……ありがとう、ございます」

「なに、答えを見せてもらった礼だよ。それよりも、彼女は良いのかね?」

 

 言われて気付き、腕の中の未来へ視線を落とす。意識を落とした彼女は静かに目を閉じていた。一瞬響の脳裏に悪い予感が走る。もしやこの戦いで、彼女に重篤なダメージを与えてしまったのではないかと。

 

「未来……未来ッ! しっかりして! 目を開けてェッ!!」

「――……ひび、き……?」

 

 僅かに間をおいてゆっくりと目を開く未来。彼女の無事をその眼と耳で確認出来たことに感極まったのか、響が力一杯に未来を抱き締めた。

 

「良かった……良かったよぉ……! 私、未来に酷いことして、傷付けて、その上……ッ!!」

「ううん、ううん……! そんな事無い……! 私こそ、響やみんなに、自分勝手で酷いことをして……!」

 

 二人して涙を流しながら言葉を放っていく。恥も外聞も棄て去り、大きく口を開けて泣きじゃくり声を上げるその姿は、まるで幼い子供のようだった。

 

「ごめん……ごめんね響……! 私……響やみんなの声、ちゃんと聞こえてたのに……分かっていたのに、止められなくて……!」

「うん……でも、未来の気持ち理解るよ……。大切な人を蔑まれ、貶されて、怒るのは当たり前だもん……。未来はみんなの為に……私の為に、あんなに怒ってくれたんだもん……!

 私の方こそ、未来が三年前のことをそんなに思い詰めてたなんて知らなかった……。知らずに私は、未来にいつも心配ばかりかけちゃってたんだ……。ごめん、本当にごめん……!」

「謝らないで……響が謝ることじゃない……! あの日の後悔を理由にしてたのは私……。あの時の痛みを乗り越えて強くなっていく響が眩しくて、羨ましくて、嫉妬して、怖くなって……。どうしようもないぐらい大好きなのにどんどん心が汚れていって、響の夢を否定までして……」

「……私が強くなったって言うのなら、それは今まで出会って来た人たちみんなのおかげ。そして何よりも、未来のおかげなんだよ。未来がずっと傍に居てくれたから私は戦えた……。シンフォギアを得るよりずっと前から今まで、ずっと未来が居たから乗り越えてこれたことばかりだったんだ。

 それに、やっと気付いたんだ。翼さんも、クリスちゃんも、マリアさんも、調ちゃんも、切歌ちゃんも、エルフナインちゃんも、了子さんも、師匠や緒川さんたち、弓美ちゃん詩織ちゃん創世ちゃん、お母さんやお祖母ちゃん、お父さんも……私の力になってくれてるたくさんのみんなが”陽溜り”なんだって。未来一人だけじゃない、こんなにもたくさんの陽溜りが私を照らしてくれているから、あっためてくれているから私は強くなれたんだ。

 ……だから、今度は私も未来の力になりたいよ。未来が私の痛みや悲しみを受け止めてくれるように、私も未来の痛みや悲しみなんかを受け止めたい。未来の事を好きなみんなと一緒に未来の陽溜りになりたい。”強くなる”ってことを、一緒に歩んでいきたいんだ。

 ――だって未来は、私にとってたくさんの友達の中で一番大好きな親友で、私を照らしてくれるたくさんの陽溜りの中で一番あったかい場所……。無くてはならない、大切な家族のような存在なんだものッ!」

 

 真っ直ぐと涙で濡れた目で、だが心から微笑みながら響は未来に”回答”した。立花響が小日向未来に向けている、【親愛】という名の偽らざりて揺るがぬ胸の想い。見出した【陽溜り】の本当の意味。それこそが響が未来に一番にぶつけたかったものであった。

 眩し過ぎる響の笑顔を受け、未来はもう一度強く彼女を抱き締める。まるで、その笑顔を見ないように。その笑顔に、今の自分の顔を見せないように。

 些細な、本当に僅かにだが二人の想いは擦れ違っていた。小日向未来が立花響に対し抱いていた愛は【親愛】とはほんの少しだけ違うモノ。それが伝わらなかった悲しみと、別の形で深く受け入れてくれた喜びとが混ざり合って生まれた感情だった。

 

「ごめんね……ありがとう……。私も、大好きだよ……ッ!」

 

 謝る言葉の意味は響には理解らなかったが、それよりも自分にとって一番あったかい陽溜りが戻って来たことが、彼女にとっては何よりも嬉しかった。喜びを隠すこともなく互いに抱き締め合い、言葉を紡いでいく。

 

「――一緒に行こう。みんなで幸せになれるような、そんな日々への未来(あした)へ」

「……うんっ。これからも、未来(あした)も……それぞれの道に行っても変わらずに、いつも」

 

 星々が輝く夜空の下で、響いていくミライ。夢を握った手の中に生まれた愛を抱き、二人の間に新たに書き加えられた絆の楽譜は、日々の未来に幸多からんことを願う希望の歌だった……。

 

 

 

 

 立花響と小日向未来の、予期せず始まった戦いの静かな閉幕。周囲には穏やかな静寂が流れていた。――だが、安らぐ間もなくそれは壊されることになる。

 抱き締め合う二人の少女に向けて、空から撃ち放たれる闇の波動。気付かぬ彼女らの前で、何者かがそれを受け止める。轟音で異変に気付いた二人が目にしたのは、右手で闇の波動を防御するメフィラス星人だった。

 

「メフィラスさんッ!」

「やれやれ、私としたことが……。此処まで君たちに肩入れする心算は無かったのだがね」

「一体、なにが……」

 

 三人で夜空を見上げる。其処に佇んでいたのは、小さな人影だった。

 長く伸びた美しい黄金の髪は後ろで三つに編まれ、ワインレッドのワンピースのみを身に纏った少女だ。足を掛け左手で握り支えた巨大なハープに身体を預け、無感情な顔で彼女は其処に浮かんでいた。

 その姿を見て、響の顔が驚愕に歪む。知らぬはずがない。その少女は、つい数か月前の戦いで、響が信ずる正義を握る己が手を伸ばした者なのだから。

 

「――キャロル、ちゃん……ッ!?」

 

 

 

 

 EPISODE19 end…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 20 【蘇りし殺戮の福音】 -A-

 時間を巻き戻す。小日向未来が自らの闇に心を染められ暴走を始めていた時だ。今現在タスクフォース移動本部司令室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「……マリアくんや響くんからの連絡は、まだ無いか」

 

 拳を強すぎるほどに握り締め、弦十郎が呻くように声を洩らす。彼の言葉に対し、周囲からは同意も否定も聞こえてはこなかった。

 旧米国連邦聖遺物研究機関……F.I.S.の研究施設跡地にて戦闘を繰り広げたマリアだったが、その終幕と共に彼女の反応も消失してしまっていた。相対する敵に敗れたとは考えにくいが、それでも彼女の反応が無い事実に不安を隠せないでいた。

 そこに加えて東京都内でのスペースビースト・グランテラの出現。ウルトラマンガイアこと立花響が迎撃に成功したものの、戦いの後に観測された急激なマイナスエネルギーの上昇と響の反応消失。物言わぬモニターをただ睨み合う時間が、あまりにも長くもどかしかった。

 

「二人とも、一体何処に行ったんでしょうね……」

『恐らく、二人とも何処かの位相に移動した……もしくは”させられた”のだろう』

 

 呟くあおいに返答したのはエックスだった。司令室に居る全員の眼が彼に向けられながら、エックスは考えを述べていく。

 

「位相ってことは、あのメタフィールドみたいな?」

『そうだな、そう思ってくれて良い。適能者(デュナミスト)であるマリアの用いた飛行物体も位相を越えて出現した。考えるに、恐らくアレには適能者(デュナミスト)の保護する力も備わっているのだろう』

「逆に言うと、保護されなければならないほど疲弊した、と言うことか……」

「でも、だったら響さんは?」

『それは……』

 

 エルフナインからの問いかけに口を噤むエックス。何かの外力がかかったのだろうとは思うが、それが何かについては見当も付かないのが正しいところだった。

 重い沈黙の中で鳴り渡る通信音。噂をすれば、との言葉を想い響かマリアからのものかと思い凝視するが、表示されたのはクリスの顔だった。

 

「クリスくんか……。どうした?」

『どうしたじゃねぇよオッサン! さっきあの馬鹿の友達から連絡貰って、アイツが……』

『未来さんが、闇に囚われたそうです……!』

『アタシたちも響センパイのところに行くつもりなんデスが、一先ず報告しようってことで!』

 

 横から口を出すように声を重ねてきたのは調と切歌。すぐに向かうつもりだったのだろうが、状況は一手遅かった。

 

「すまんが、三人が動く必要はない。状況の検分は緒川たちに任せてくれ」

『必要はないって、どういうことだよオッサン!』

「言葉通りの意味だ。響くんの信号と先程観測されたマイナスエネルギーは何方ともに消失している。行ったところで、其処に響くんも未来くんも居ないだろう」

 

 努めて冷静に諭しながらの指示を出す弦十郎。彼の声にクリスも調も切歌も押し黙って従うしかなかった。どれだけ探しに行きたくとも、手掛かりすらないと動けやしないからだ。

 

『ッソぉ、助けに行くことすら出来やしないのかよ……!』

 

 忌々しく吐き出すクリスの言葉に誰も返答出来なかった。この場の誰もが、同様の歯痒さを感じていたのだから。

 

『ならば、君たちに動く為の導を提供しようではないか』

「なんだッ!?」

 

 突如聞こえた声に驚きながらそれぞれが自身の辺りを見回す。すると声の主はタスクフォースの主要人物全員に届くように通信網をジャック、それぞれのモニターに自身の顔を映し出した。

 群青に輝く目と黄色く光る口と思しき部分が特徴的な漆黒の異形……その姿を見て最初に声を上げたのはエックスだった。

 

『メフィラス星人ッ!?』

『はじめまして、この世界における人類守護の要、タスクフォースの諸君。ああそこの君たち……月読調、暁切歌たちとは二度目の遭逢と言うべきかな』

 

 声をかけられはしたが調と切歌は険しい顔のまま何も答えないでいた。以前星司に止められた時と同様に、行動に対する敵意が全く見えなかったからだ。

 それはクリスや他のタスクフォースの人間たちにも同じことが言えた。メフィラス星人の放つ得体の知れない存在感に、皆が戸惑っていたのだ。だがその沈黙を打開すべく、最初に声を上げたのは弦十郎だった。

 

「……初にお目にかかる。機動部隊タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。其方の話は聞いている。今回は何の用だ?」

『はじめまして、風鳴司令。用件は簡単だ、君たちに通告をしに来た』

「通告……?」

『――時が満ちる。世界の終焉、その始まりだ』

 

 

 

 

 

 そして時間は、立花響と小日向未来の戦いが終ったところに戻る。

 黄金の髪をなびかせる少女が放つ暗黒の波動を受けきったメフィラス星人が、突き出した右手を外に払い波動を掻き消した。その姿を呆然と見つめる響と未来。二人とも眼前の状況を把握するので精一杯だった。

 

「――キャロル、ちゃん……!?」

 

 呟く響の言葉に返ってくる声は無い。空を浮く少女は感情を表に出すこともなく三人を見下ろしたまま制止していた。

 

「キャロルちゃん、なんだよねッ!? なにが、どうして……」

「――宿願を為すべく黄泉より還されたこの身が、どうにも貴様の悲鳴を沁み入らせろと疼くのでな」

 

 夜天より流れ落ちた声に響は戦慄した。聴き間違えるなど無い、あのキャロルの声なのだ。思考に困惑が加速する響。問い掛ける声は自然と口から洩れていた。

 

「なんで、どうして!? だって、エルフナインちゃんが……キャロルちゃんは自分の身体をエルフナインちゃんに託していったんだって……!」

「落ち着きたまえ立花響。確かにアレはキャロル・マールス・ディーンハイムであり、君の知る彼女でもある。だが、アレは別の存在だ」

「別の……?」

『ククク……そうだ、その通りだ』

 

 空間に響き渡る声。困惑する響とそれに寄り添う未来に答えるように星の煌めく夜空が黒雲で覆われていく。その中心、キャロルの背後の雲が割れるように広がり、空間を越えて黄金の異形が威圧的な姿を現した。

 

「あれは……!」

『我が名はエタルガー。光と歌……絆となる全てを消し去り、この世界を闇に返すものだ』

「あれが、エタルガー……ッ!」

 

 くぐもった嗤いを浮かべるエタルガー。その傍に浮遊するキャロルが寄り添うように移動していった。

 

『少しは気が済んだかい、キャロル?』

「まあまあ、と言ったところか。所詮は我が宿願……世界分解までの余興に過ぎん」

「世界分解って、キャロルちゃんまた……ッ!」

 

 悲痛な顔で訴える響。だが天空に浮かぶキャロルはそんな響を見下ろし鼻を鳴らす。

 

「何を驚くことがある? 世界を噛み砕き分解せしめるは、俺が父から託された命題にして宿願……。エタルガーと言う協力者を得て、この計画は更に完璧なものへと押し上げられている。

 最早、貴様ら如きの矮小な奇跡程度で止められるなどと思うてくれるなよ」

「協力者……エタルガーが……!?」

 

 天空からはただ嗤い声が響くだけで具体的な返事はない。だが二人の距離感を見ると、手を組んでいると言うことは明々白々だった。

 姿を見せた黒幕と、己が手を伸ばし続けた相手との有り得ぬ再会。思考が定まらぬ響はただ歯軋りをしながら星の消えた夜空を、其処に漂う者たちを見据える事しか出来なかった。その中で今度は、エタルガーがその口を再度開き始める。

 

『聞かせてもらおうか、メフィラス星人。貴様は何故この俺と相対しているんだ?』

 

 重く響き渡るエタルガーの声。響と未来の前でただ制止しながら、感情を表に出すこともなくメフィラス星人は言葉を返していく。

 

「ふむ、君らしい質問だ。絶対的な力に裏打ちされた傲慢なる支配者の奏でる雄弁とでも言うべきかな?」

『……戯言を吐かすのであれば、その命を今此処で破壊しても良いんだぞ?』

「おお怖い怖い。ではご要望に応じて端的に答えよう。

 私がいま此方側に立っている理由……それは偏に、私自身の目的のためだ」

 

 堂々と言い放つメフィラス星人に周囲の眼が注がれる。だが彼は、それに一切動じることもなく淡々と言葉を続けていった。

 

「簡単な話だ。私はこの地球を我が物とする。故に、地球を破壊されるわけにはいかんのだよ」

『ならば何故人間の側に立つ? 俺の方へ着けば、こんな星程度無傷で支配することも容易いだろう』

「無粋だねエタルガー。奇跡を殺戮する為に蘇った君が、奇跡を纏いし者たちに救われてきたこの星を無傷で済ます心算などないだろう? それでは私が求める理由が無くなってしまう」

『……話にならんな。こんな矮小な星に、貴様らメフィラス星人は何故そうも固執するのか理解に苦しむ』

「だろうね。その理由、”永遠”の名を冠す君には永遠に理解し得ないことだろうさ」

 

 嗤うように吐き捨てるメフィラス星人。その後ろ姿を見ていた響には、彼が何処か楽しそうに話しているように感じられていた。理由など理解るはずもなく根拠も一切なく、ただの直感としてなのだが。

 訪れる静寂に緊張が張り詰められる。それを張られたままに笑い出すエタルガーとメフィラス星人。だが次の瞬間、

 

『――死ぬがいい』

 

 エタルガーの掌より、破壊の稲妻が響と未来の前に立つメフィラス星人に向けて撃ち放たれた。

 迫る雷撃に思わず未来に被さるように抱き締める響。未来もまた響から離れんとばかりに抱く売れに力を込める。二人して眼を閉じた直後、大きな爆裂音が鳴り渡り爆炎と瓦礫が舞い上がった。

 爆裂と共に立ち昇る黒煙。数刻の後に消える煙の源を見ると、其処に標的の姿は見えなかった。

 

「粉微塵に砕いて消したか?」

『いや、手応えは無かった。惨めに尾を巻いて逃げたのだろう』

「フン、魔神の異名が聞いて呆れる。そんな程度でパパの遺した命題を果たせるとでも思っているのか?」

『理解っている、大丈夫だよキャロル。”楔”は全て揃った。我が身の完全なる復活と解剖機関の再建、それが完了すればイザークの遺した命題は必ず果たせる。

 地球の解剖と真理への到達は、もう決まっているのだよ』

 

 エタルガーの言葉に口角を鋭く持ち上げるキャロル。互いに笑声を上げぬまま、暗黒の中へとその身を消していった。

 

 

 

 

 EPISODE20

【蘇りし殺戮の福音】

 

 

 

 

 響と未来、二人それぞれが強く固く閉じていた瞼をゆっくりと開く。

 最後に見たものは漆黒の大きな背中と、錬金術師の少女を傍らに黄金の魔神から放たれ迫る破壊の稲妻。直撃すれば命は無いだろうという確信だけに支配されていた二人は、肩を透かされたような何事もない感覚に疑問を覚えその眼を開いたのだった。

 

「此処は……」

「響……私たち、大丈夫なの……?」

 

 二人で周囲を見回す。眺め見る景色は夜の海であり、波の音と潮風が五感を刺激していた。足元から感じる冷たい硬質的な感覚は、其処が金属であることを否が応でも理解らされる。そこが何処であるか、響が理解すると同時に金属の地面が開き人が現れた。

 

「響くん! 未来くん!」

「弦十郎、さん……?」

「師匠……! やっぱりここは、タスクフォースの本部……」

 

 見知った顔、取り分け最も頼りになる男の姿に思わず破顔する二人。緊張の糸が切れたその時、二人一緒に甲板へ倒れ込んだ。

 

「二人とも大丈夫かッ!?」

 

 弦十郎からの言葉に返事はない。だが小さく息を繰り返す彼女らは、その意識をただ落としただけだと気付かせるに十分だった。

 すぐにあおいを呼び二人を抱えメディカルルームへと運び込む。その周囲に、彼女たち以外の姿は見えなかった。

 

 

 

 暗く深い意識の底、眠る響に向かい呼び掛ける声があった。

 おぼろげに目を開ける響。視線の先には何処か諦観の微笑みを向ける黄金の髪を流れさせる女性が居た。少し前にこのウルトラマンの力となる地球の光を響に託した者、永遠の巫女の装束を纏う櫻井了子だ。

 

『……時が来てしまったわ。地球を覆い砕く災厄……もう間もなく、それが始まってしまう』

(地球を覆い砕く、災厄……。エタルガーと、キャロルちゃんが……?)

『地球を覆う悪意の権化たる魔神と、地球を噛み砕く妄執に満ちた錬金術師……。互いに奇跡を殺戮するモノとして存在を得た二人が組み合わさる事で、世界は終焉へと歩みを進めている』

(手遅れだったってことですか……? ……もし私が、メフィラスさんに地球を渡していればこんな事には……)

『あら、響ちゃんは”みんなの居場所”をそう簡単に誰かに渡せれるような娘だったのかしら?』

(そんなッ! ……そんなことはありません。ただ……)

 

 おぼろげな眼のままで強く否定する。だが、先程メフィラス星人の提示された選択肢の中に存在していた一つが、彼に地球の命運の全てを委ねることだった。それを不意に思い出したのだ。

 

(ただ……選択が違えば、そんな災厄なんてものを防ぐことが出来たかも知れないなって……)

『……そうね。その可能性は、在ったのかもしれない。でも今はもうその選択肢は無くなった。賽は振られ、その目は二つまで出たわ。残すは一つ……最後の瞬間まで理解らないところ』

 

 語る了子の顔はやはりまだ諦観に曇っていた。

 最後の瞬間までは理解らない。そうは言うものの、地球そのものに何が起きているのか、起きようとしているのか誰よりも理解しているのは彼女だ。万物を見通す目を持った永遠の巫女であるが故に、絶望に染まる世界を幾度目にして来たのか……。それは、響には一切の理解も及ばぬところであった。

 

『でも、可能性や確率という言葉で言えばそれはとても低いわ。幾重にも重ねられた策謀は希望の芽を一つずつ摘んでいっている。この地球(ほし)にはもう、滅亡しか待っていないのかもしれないわね』

(……だけど、私たちはまだこの地球(ほし)の上で生きています)

 

 響の声が了子に届く。彼女が目を向けた其処には、強い瞳のまま此方を見つめる響の顔があった。

 

(みんながこの世界で生きている以上、私は最後まで、何があっても諦めるつもりはありません)

『……そうね。響ちゃんは、そういう子だものね』

 

 優しい笑顔で微笑む了子に、響もまた微笑みで返す。どんな困難がその身を遮ろうと、何度でもその拳で、握り締めた正義で撃ち抜いてきた。それを今更変えられるはずも無い。

 生きることを諦めるなど、有り得ないのだから。

 

『どれだけ手助けができるか理解らないけど、”私”は響ちゃんたちの味方だからね』

(――……え?)

 

 微笑みと共に放たれたその言葉を残し消え往く了子に向かって、おもむろに響がその手を伸ばす。

 彼女のその口振りに、何処か不安を覚えてしまったのだったが、その手は届くことなく消え去り響の意識は現実へと引き戻された。

 

「了子さん――ッ!」

 

 眼を見開くと共に発せられた声。自分自身の呼び声に驚きながら上体を起こし周囲を見回していく。其処は間違いなく、タスクフォース移動本部のメディカルルーム内。隣のベッドには未来が安らかに眠っていた。

 定期的な信号を奏でる計器に映る緑色のデジタル表示。親友の無事を報せるそれに安堵しながら、響は再度自分の掌を見つめる。

 先程まで話をしていたはずの相手、フィーネこと櫻井了子の感覚はもう其処には存在しない。握っては開いてを繰り返す掌に何の感触も残ってはいなかったが、この目と耳が、そして心が彼女の言葉を覚えていた。

 何ら変わらないはずの日常の裏で、着実に進み往く地球の終焉。錬金術師キャロルと超時空魔神エタルガーの二人が並び立つことで始まる世界の崩壊。自分に何が出来るかは皆目見当も付かないが、託してくれた光を胸の奥に感じる以上出来ることは有るはずだと、強く心に誓うのだった。

 

 

 

 

 了子との会話で目覚めた響は、隣の未来が起きるのを待ってから、二人メディカルチェックを済ませた後に指令室へと足を運んだ。鋼鉄製の自動扉が開くと、其処には司令である風鳴弦十郎をはじめとしたいつものブリッジメンバーが揃っていた。

 

「師匠!」

「響くん、未来くん。大事は無い、ようだな」

「はいッ! ゆっくり休ませてもらったので、もうバッチリですッ!」

「お世話をおかけしました。ありがとうございますっ」

「何事も身体が一番だからな、無事に回復したのなら何よりだ」

 

 安堵を伴う笑顔を向ける弦十郎たちに、響と未来も釣られて笑顔になる。だが一先ずは、今の状況を把握するべきだと思い進言する形で弦十郎に声をかけた。

 

「師匠、今の状況は……」

「万事ことも無し……と言うより、嵐の前の静けさってところだろうな」

「嵐の、前……?」

「メインモニターの方を見て下さい」

 

 エルフナインの言葉を受けて視線を大きなモニターへと移す。周辺景色を映し出すモニターに新しい窓が生まれ、前面に表示されると同時に細かな数字が映し出された。

 思わず首を傾げる響だったが、エルフナインとエックスがすぐに詳しく説明をしていく。

 

「これは……?」

「時空振動の数値です。平常時と比べると、やや上がっているのが理解ります」

「……確か時空振動って、超獣やスペースビーストが現れる時に上がるんだよね?」

『その通りだ。普段は空間に局所的な変化を齎し、それが収まると同時に数値も回復する。だが今回の時空振動の数値変化は、空間に対して一切の変化が見られないにも関わらず緩やかに上昇を続けているんだ。

 具体的には、昨晩の瞬間的な上昇と下降から今までの数時間、じっくりとな』

「昨晩……って事は、あの時の……」

「何かあったのか?」

 

 エックスが言う昨晩の上昇とは、恐らく自分と未来が遭遇したエタルガーの事だろうと響が推測する。だがそれについて具体的に知っているのは響と未来、そしてメフィラス星人のみ。遅くなった報告として、そのことをこの場で話し出した。

 

「……多分師匠たちは、昨日の晩に私が、闇に囚われ巨人と化した未来と戦ってたのは理解ってると思います。ですがその後、現れたんです。

 ……キャロルちゃんと、エタルガーが」

 

 響の言葉に周囲が騒めく。その中でも、エルフナインが最も大きく動揺していた。

 

「――な、なんで……キャロルが、どうして……!?」

「エルフナインちゃん……」

「キャロルはあの時、ボクと一つになる事でボクの命を繋いでくれた……。同時にこの身体はキャロルの物でもあり、ボクたちが一つになった以上存在が並列化するなんてことは――!」

『落ち着けエルフナイン! 恐らくはそれも、エタルガーの策略だ……!』

 

 取り乱すエルフナインを抑えるようにエックスが声をかける。だが彼女が動揺するのも理解ることだ。

 キャロル・マールス・ディーンハイム。先の魔法少女事変を引き起こした元凶にして、異端にして世界より喪失した技術である錬金術を用い世界の解剖を為そうとした錬金術師の少女。周到にして綿密な計画を立て、響たちシンフォギア装者らをも利用して自らの宿願である世界の解剖を実行していったのだ。

 だがその宿願は、奇しくも計画の内にあった奇跡へと潜り込ませた毒……エルフナインと魔剣ダインスレイフを宿せしイグナイトモジュール、Dr.ウェルなどフロンティア事変に深く関与した者たちの存在が鍵となり、キャロルにとって最重要施設であるチフォージュシャトーと共に瓦解。

 そして奇跡の体現でもあったエクスドライブモードを装者たち自身が人為的に制御、発動させることに成功。立花響にその全ての力を集束した一撃を託し放つことで僅かながらにキャロルの力を上回り、装者たちは彼女との戦いに勝利を収めるに至る。

 戦いの後に、キャロルは解き放った力の代償として己が記憶のほとんどを償却した為に記憶障害を患い、エルフナインは不完全な義体である自身の肉体に限界が訪れる。エルフナインとの感覚共有を行っていたキャロルは惹かれるように伏せるエルフナインと再会し、記憶の失った己が”完全なる肉体”に不完全な義体に遺された”キャロル・マールス・ディーンハイムの記憶”と”エルフナインの人格”を転写。一つとなる事で自身の存在を永らえさせたのだった。

 それが今この場に居る”エルフナイン”という存在の経緯。故に彼女には、自らの”肉体”であるキャロルが他に存在しているなど考えられなかったのだ。

 戸惑うエルフナインの肩を、そっと弦十郎が手をかけて落ち着かせようとする。冷静に、これまでの状況を整理すれば自ずと答えは出て来るはずなのだから。

 

「やはりこれも、黒い影法師とエタルガーの仕業なのか?」

『断言は出来ませんが、恐らくは。エルフナインの中に影法師が宿ったり、彼女から発生した闇が具現化したというところでは無さそうですが……』

「これまでを考えると、ウルトラマンたちにまで気付かれる事無く憑依と成長を繰り返してきたからな……。だがエルフナインくんの中に憑依していたと言うのであれば、キャロルの出現に際し周囲に何かしらの影響が出ているはずだ。

 そういうものはこっちには無かった。響くん、未来くん、そっちでなにか心当たりは?」

 

 弦十郎からの振りに首を傾げ悩む響と未来。二人ともが闇の発動の当事者であり、発動の際に何が起きているのか分からぬはずがなかった。その二人をして、キャロルの出現時に起きた事態は理解らないと言う以外無かったのだ。

 

「いえ、特に何も……」

「未来から溢れた闇を、影法師から生まれた闇の巨人を斃した後、急にキャロルちゃんからの攻撃を受けて……それを、メフィラスさんが守護ってくれて――。

 そうだ、メフィラスさんなら! 師匠、メフィラスさんは一緒じゃなかったんですか!?」

「……甲板の上で君たちを保護した時、其処に君たち以外の姿は無かった。君たち二人がメフィラス星人の所在を知らないとなると、俺たちでは補足することも出来ん」

「そう、ですか……」

 

 落胆の表情を見せる響。確かに彼は善の存在ではないのかもしれない。だが響にとっては未来を救う為の手掛かりを与えてもらい、無防備なところに撃ち込まれたキャロルの攻撃からも自分と未来を守護ってくれた者。それだけは間違えようがなかった。

 数多の叡智に精通するであろう彼ならば、きっとキャロルの存在についても教えてくれるのではないかと期待を寄せたのだが……。

 

『居ない者に言ってもしょうがない。それに、メフィラス星人が私たちの味方だと決まった訳でもない。齎す情報が確かなものだとしても、な』

「でも、メフィラスさんは確かに私たちを守護って……」

「その行動の意図、真意が問題かもしれないってところだな。話を聞く限り、メフィラス星人は”地球を己がモノとする”と言う絶対の目的を常に考え行動をとって来た。その目的に必要な事象が、あの場で響くんを未来くんを守護ると言うところに繋がったのだろう。

 ……きっと、俺たちに直接話をしてきたのもそれに繋がっているのだろうな」

「師匠たちのところにも、メフィラスさんが……!?」

 

 響の言葉に首肯し、メフィラス星人がタスクフォース指令室に直接コンタクトを取って来た時の経緯を話す弦十郎。聞き入る響は先を見越したメフィラスの言葉の数々にただ驚くだけであったが、その話の意図は理解できていた。

 

「……つまり、私が思い悩んでいたその時にはもう、メフィラスさんは地球の危機を確信して師匠たちに伝えていたんですね。すいません、私がシッカリしていなかったから……」

「いいえ、元々は私が闇を開かせたのが悪いんです。響が悪いなんてことは……」

「誰かの非を打とうとしている訳じゃない。メフィラス星人の言葉からすると、遅かれ早かれこの時は来ていたはずだ。

 キャロル・マールス・ディーンハイム……その復活まで予見していたかは不明だが、エタルガー以外の驚異が存在することは匂わせていたからな。二つの存在が、地球を終焉へと導くのだと」

「……了子さんも、似たようなことを言っていました」

「了子くんがッ!?」

 

 驚きを隠せない弦十郎や他の旧特異災害対策機動部二課の面々が響に目を向ける。衆目を浴びる中で、響は先ほど意識の底で櫻井了子……フィーネとの話を皆に聞かせるように話した。

 だが彼女が語ったものは中々に要領を得ない話。断片的な情報からでは言葉の意味の全てを理解するなど到底無理なことだ。結局分かったことと言えば、この世界を終焉に向かわせる者が居ると言うこと。そしてその時間はもう僅かにしかなく、いつ始まってもおかしくないと言うことだった。

 

「結局、キャロルの復活について詳細は分からずじまいか……」

「でも、きっとなにか大きな理由があるんだと思います。それが良い意味か悪い意味かは、私には分かりませんが……」

「……だけど、キャロルはまた世界を噛み砕くために動き出します。なんとなく分かるんです。想い出と共に蘇ったと言うのなら、キャロルにはそれしかないですから……」

 

 沈痛な面持ちのまま言葉が漏れるエルフナイン。理解し難い現実をなんとか受け止めるのが精一杯ながら、彼女の原型(オリジナル)である少女に関する記憶を呼び起こしその行動を予測する。

 もし如何なる手段で世界の解剖を再会すると言うのであれば、この身を賭してそれを止めなくてはならない。それが父、イザーク・マールス・ディーンハイムに遺された命題に対しエルフナインが得た解答であり、唯一の望みでもある。

 そしてそれこそが、粗悪な複製廃棄物(エルフナイン)完璧以上の完成体(キャロル)の野望を阻止すべく動き出した原動力ともなっていたのだ。

 状況は変われどその想いが変わることはない。キャロルがまた同じ過ちを犯そうとしているのならば、自分はそれを止める為に最大限の力を使う。その小さな決意を固めたところで、響がおもむろに手を握り締めて来た。

 

「大丈夫だよ、エルフナインちゃん。何度でも……何があろうとも、エルフナインちゃんの分まで私はキャロルちゃんに手を差し伸べるから」

『そうだな。私も、君の為ならば持てる力を惜しむことはない。共に手を繋げ伸ばしていけば、必ずや……』

「うん。私たちだけじゃなくてウルトラマンたちもいる。だからこの手は絶対にキャロルちゃんにも届く。みんなで一緒に、キャロルちゃんを止めよう」

「響さん、エックスさん……はいッ!」

 

 響の言葉に明るく顔を綻ばせるエルフナイン。その笑顔に周囲の人間たちも同じく笑顔に変わっていく。そうやって手を繋ぎ伸ばして届かせる、それを知る彼女だからこそ、真っ直ぐとそう言えるのだ。

 朗らかな笑顔のままでふと周りを見回す響だったが、そこでようやく気付いたことがあった。この場に居るのは自分と未来、エルフナインと弦十郎、緒川、藤尭とあおいのオペレーターの二人も居る。だが同じ装者の仲間である翼たちの姿はこの場に無かった。様々なことが一度に起きたせいか、そんな事にも気付けずにいた自分を嗤いながら改めて周りに尋ねてみる。

 

「……そう言えば、他のみんなは?」

「メフィラス星人の提示した案に乗って、既にそれぞれを動かしている。マリアくんは、目下のところ音信不通ではあるがな……」

「マリアさん、大丈夫なんですか……?」

『夜間に一度、彼女と同じ波形の振動波をキャッチした。姿は捕捉出来なかったが、恐らくは適能者(デュナミスト)の持つ飛行物体が位相を越えてマリアの無事を報せたのだろう。

 それと同時にあるデータも受け取っていた。今も並行して解析を進めてはいるが、随分と強固なプロテクトをかけられていて中々簡単に開けないんだがな』

「データ?」

「何かしらのレポートであることまでは分かったのですが、それ以上は……。でも、マリアさんがその身を推してまで送ってくれた物。きっと、大きな意味があるはずです」

 

 使命感を帯びた強い気持ちを露わにするエルフナイン。その時、ブリッジのメインコンピューターからけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

「何があったッ!」

「時空振動値、増大を確認! これは……世界数か所で同時にですッ!」

「友里、数値の大きい地点はッ!」

「ロンドン、ロサンゼルス、クウェート、バルベルデ、そして東京ですッ!」

「……そうか、遂に来たか」

 

 険しい顔でモニターを見つめる弦十郎。響や未来も一緒にそちらの方へ向くと、モニターされてあった時空振動数値がどんどん上昇していくのが目に映る。レッドアラートも加え、素人目で見てもそれが非常事態を表していると言うことは明らかだった。

 あおいの報告した五つの地点、その中でも東京の数値が最も高く上がっていき、他の地点はそれに追随するような形で上昇している。それはつまり、東京に巨大な何かが時空を超えて出現することの前兆でもある。

 

「前の戦いでキャロルが言っていた……。東京の中心地が、龍脈(レイライン)の終着点……」

「其処に、またキャロルちゃんが来るってことだよね……。師匠ッ!」

「言わずもがなッ! 響くんはすぐに現場へ向かってくれッ!」

「了解ッ!!」

「――ボクも、連れて行ってくださいッ!」

 

 凛々しい声で返す響に次いで、もう一つの声がブリッジに響く。声の主は、決意で顔を固めたエルフナインだった。

 

「エルフナインくん!? 出向くと言うことがどういうことか、理解っているのかッ!」

「理解っています、命の危険があることぐらい。でも、ボクはキャロルに会いたい。会って聴かなきゃ、今のキャロルの想いが理解らないから……ッ!」

 

 珍しく頑なな、決して退かず曲げない意志を示すエルフナイン。相対する相手は他の誰でもない、”もう一人の自分自身(キャロル・マールス・ディーンハイム)”なのだ。万象黙示録を完成させるべく再始動された世界解剖……それを止める為に、自分がこの場で待っているなど出来なかった。

 そんな彼女の小さな手を、響が優しく包むように握り締め持ち上げる。彼女の微笑みは、優しさと強さで満ち溢れていた。

 

「分かった。一緒に行こう、エルフナインちゃん!」

「響さん……!」

 

 当然のように帰結した響の答えに、弦十郎は思わず呆れ顔で頭を掻く。一体何度、大人である自分がこの愛弟子の良いようにされてしまうのだろうかと思いながら。

 だが不思議なことに、もうそれを受け入れている自分が存在していた。彼女なら、きっとそうするのだろうと。

 

「……ったく、止めても無駄ってヤツか。緒川ッ!」

「ええ、御守りはお任せください」

 

 二つ返事で答える慎次に響たちの顔も明るくなる。あらゆる面で頼りになる彼が居てくれれば、エルフナインの安全は約束されたも同然だったからだ。

 

『私も行こう、エルフナイン』

「エックスさん……。でも、マリアさんからのレポートを解析するのがまだ……」

「そっちは俺たちに任せとけよ」

「オペレートは片手間になるけど、みんなで力を合わせればすぐよ」

「藤尭さん……! 友里さん……!」

『そういう事だ。君と同行するぐらいなら、解析しながらでも十分だからな。それに、君の事が心配と言うこともあるが、私自身が君と共に居たいとも思っている。だから、行かせてくれ』

「……ありがとうございます。ご一緒、してください!」

『ああ、喜んで!』

 

 エルフナインとエックスの無垢なやり取りが、周囲に更なる活気と笑顔を齎す。それにつられてか、響は自然と未来と向き合った。

 交わす言葉は余りにも簡素な、それでいてこれ以上交わす必要のない言葉だった。

 

「行ってらっしゃい、響。気を付けてね」

「うん、行ってきますッ!」

 

 二人の交わすたったそれだけの言葉。いつもの送り出し文句であるそれは、同時に無事な帰還を約束するものでもある。それを誰よりも理解っている二人だから、それだけで良かったのだ。

 

 

 言葉を交わし終えた響とエルフナイン、彼女の握る端末に宿るエックスと後ろに控える慎次が司令室より出動。それを見送った一同が、再度メインモニターに目を向ける。上昇を続ける時空振動数値を睨み付け、通信機に手を伸ばし語り掛けた。

 

「各員、状況は?」

『翼です。目的地近辺を飛行中。あと一時間もあれば到着します』

『こっちも順調に航行中。アタシとセンセイも、それぐらいで着きそうだな』

『月読調と暁切歌、北斗星司も同じくです』

『それより司令サン、マリアは大丈夫なんデスよね!?』

「ああ、きっと大丈夫だ。君たちがそれを信じなくてどうする」

『……仰る通りなのデス!』

「時空振動の上昇はもうみんな分かってる事だろう。響くんも今しがた出動した。此処が正念場だ、頼むぞみんなッ!」

『ハイッ!!』

 

 翼、クリス、調、切歌。出動用の高速飛行艇で空を駆ける装者たちが、弦十郎に力強く返答する。それぞれ一体化した者に同伴するウルトラマンたちも、ただ静かに到着の時を待っていた。

 

 決戦の時は近い。

 戦場に赴く誰もが、其れを予感していた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 20 【蘇りし殺戮の福音】 -B-

 ロンドンのとあるビル、その屋上で人影が一つ佇んでいた。ダークグリーンを基調とした柔らかな衣装を纏う、微動だにしない女性の姿だ。

 風でたなびく長い髪と、右手に携えられた大振りの”剣”。赤い液体が滴る剣を持つ彼女は、微笑みながら眼を閉じて”静止”していた。

 静寂の空間へ扉の開く音が聞こえる。その場に飛び込んだ者は、青い髪を靡かせる防人の少女、風鳴翼。その存在を予見していたかのように、”静止”していた彼女はキリキリと軋む音を上げながら翼の方へ振り向いた。

 

「お久し振りね、剣ちゃん」

「貴様……ファラ・スユーフッ!」

 

 翼に名を呼ばれた女性、ファラはうやうやしく深々とお辞儀をする。だが持ち上げられたその顔は、何処か挑発的で挑戦的な顔をしていた。構える翼の隣に、左腕のブレスレットから放たれた光がヒトの身体を成していく。現れたのはラン……人間の肉体に擬態したウルトラマンゼロだった。

 

「テメェがウワサの人形か」

「キャロルが蘇ったと聞いてはいたが、貴様もか……ッ!」

「私だけじゃなくってよ。貴方たちがあの悪質宇宙人に誘われた各所にも、我らの手は既に及んでいる」

 

 

 

 同刻、クウェート。天を貫く塔を仰ぐように、赤い人影がしゃがみ込んでいた。相対するのは月読調、暁切歌、北斗星司の三人。周囲に突き立てられた赤熱する結晶の”杖”を見た時に、調と切歌にはあの人影の正体が誰だか理解っていた。

 

「お前は……!」

「オートスコアラー、ミカ・ジャウカーン……ッ!」

「お前らが来ることは承知の上だったゾ。前に切り伐り刻まれた分も合わせて、全部燃やして分解してやるんだゾ☆」

「やれるものならやってみろ。この地球は、俺たちが守護るッ!」

 

 即座に構える三人。対するミカはケタケタと笑いながら道化のように無軌道なステップを踏み両手を振り上げ飛び掛かって来た。

 

 

 

 同刻、バルベルデ。荒れた地に撃ち込まれる”金貨”に対し、赤い銃把を握り引鉄を引き絞りながら弾丸で相殺する人の姿が在った。

 片やタップを踏みハイテンポなリズムに乗せて黄金を発射する男装の麗人。対するは赤き戦装束を纏い二挺拳銃を乱れ撃つ少女と、その間を縫うように特殊拳銃で攻撃を放つスーツ姿の男。クリスと猛だった。

 

「これがオートスコアラー……レイア・ダラーヒムの力か!」

「よりにもよってこの国にアタシを呼び付けるたぁ、とことん嘗めた真似してくれやがるッ!」

「地味なれど其れもまた作戦。己が運命を崩された地に立ちて、何を想ってお前は戦う?」

「ッちょっせぇ事をぉぉッ!!」

 

 咆哮と共に、硝煙と爆風が巻き起こる。最愛の家族を奪い幼き我が身を地獄へと引き摺り込んだ彼の国にて、雪音クリスは恩師と共に世界を守護る戦いを始めていた。

 

 

 

 同刻、ロサンゼルス。身体から想い出と共に生気を吸い奪われ廃人の如く白く倒れる人々の群れ。その中央に佇む黒い影があった。バレリーナのようにつま先で立ち、まるで天を仰ぐように両腕を広げるその少女の姿は、まるで”聖杯”を思わせる。

 そのまま天空を見つめながら、少女は挑発するように声を発した。自らが決めた宿敵を呼びつけるかのように。

 

「どうせ何処かで見てるんでしょ? さっさと出て来なよハズレ装者。

 出てこないんだったら、このガリィ・トゥーマンが聖女に贈る贄が増えていくだけよぉ~?」

 

 ケタケタと嗤うガリィの背後に小さな流星の如き光が落ちる。嬉しそうにそこへ振り向くと、彼女の目線の先には白銀のシンフォギアを身に纏った美しき聖女の佇む姿が在った。

 これ以上の言葉は要らぬ――そう言わんばかりに、アガートラームを構えたマリアがガリィ目掛けて突進していった。

 

 

 

「響ちゃん以外の各装者、戦闘を開始!」

「マリアさんの信号も確認! 無事に帰還したようです!」

「そうか! よしッ!」

 

 各員の状況を把握する指令室に届く各装者のシンフォギアが放つ認識信号。マリアとアガートラームの信号も届けられたのを見て、指令室内に安堵のざわめきが立った。みんな、彼女の安否を心配していたのだ。

 マリア復活の報は他の装者たちにも即座に伝わり、戦う彼女らの顔に喜びの笑顔を生み出す。当然のように流れて来る幼い声を共に在る大人が一喝で抑え、迫る敵の対処を行っていった。

 

 

 そして東京都庁跡地。

 魔法少女事変での最後の戦いの場となった此処は、首都機能の中枢部分だったと言うことから急ピッチでの復旧作業が行われたため、数か月経った今では新しい都庁の完成を待つばかりであった。

 そんな東京だったが、此度の怪獣騒動の影響で新都庁工事に大幅な遅れが生まれ、建設中の現場には落下物や粉塵の飛散防止を担うメッシュシートが未だ覆われたままだった。

 非常警戒警報の発令により、近辺には既に人の姿はない。閑散とした場所、その空中に浮かぶ一人の少女の姿が在った。キャロルだ。

 無感情な顔のまま見下ろす地に一台の車が停車する。そこから出て来たのは響とエルフナイン、運転を担っていた慎次の三人。視線が交錯し合う中、最初に声を上げたのは響だった。

 

「キャロルちゃんッ!!」

「やはりお前が来たか、立花響。それに、まさかお前も付いてくるとはな……我が半身」

「……やっぱり君は、キャロルなんだね?」

 

 エルフナインの声が、髪の色やほくろの位置まで正確に投影されたもう一人の自分自身へと投げかけられる。キャロルはただ嗤いながら、見下すようにエルフナインへと言葉を返していく。

 

「紛う事などなかろう。オレは父イザーク・マールス・ディーンハイムより錬金術の叡智を授かり、託されし命題である万象黙示録を完成させんが為に此処に在る。

 全ては父の……錬金術師の宿願を果たす為に――」

 

 その言葉だけで十分だった。ただのそれだけで理解できるほどに、彼女はキャロル・マールス・ディーンハイムだったのだ。その理解を得た上で、エルフナインが再度彼女に向かって声を投げかけていく。

 

「教えてキャロル! その記憶を抱いている君が世界の解剖を行うことは理解ってる……。だけどボクには、今のキャロルの想いが理解らない!

 あの戦いで、パパから託された命題の本当の意味を知ったはず。錬金術の到達点……その真理は――」

「――万象を識ることで通じ、世界と調和すること。世界を赦し、人と人が理解り合うこと……」

 

 思わぬ返答に怯むエルフナイン。返された言葉は、一度はキャロル自身が全身全霊を以って否定した言葉でもあった。理不尽に父を焼かれ、復讐に堕ちた彼女にとって世界とは噛砕すべし忌むべき存在。調和など有り得ぬものと吐き捨てたのだ。

 だが今の彼女は、その言葉をも粛々と受け入れているようにも感じられる。それが、エルフナインには理解らなかった。

 

「それを識っていて、何故……」

「決まっていよう、世界に理解らせてやるのだ。かつてこの身が味わった、懊悩と煩悶を……ッ!」

「それって、復讐ってことじゃ!」

「理解り合うのが調和であるならば、オレの痛みも理解って然るべきだろう? 故に世界を分解し、オレのこの痛みを地球(ほし)の全てに伝え刻み込む。そして我が身も地球(ほし)と一つになり、砕けた世界との調和を為す……。

 それを復讐と言うのであればほざくが良いさ。だが此れもまた真理へと至る道……パパの遺した命題を為す、その答えだッ!」

 

 言い放つキャロルに、響もエルフナインも言葉が出せなくなった。

 ”理解してもらう”為に己の痛みを曝け出し解き放ち、”理解する”為に同化する。それは是か、はたまた非なのか……。彼女らには、それを正す術を持たなかった。

 言葉にしなければ、想い抱き締めるだけでなく伝えなければ理解らない。それを知ったが為に、キャロルの言葉で足が止まってしまう。自らが誰かの痛みを受け止め、また誰かに痛みを受け入れて貰って来たが故に。

 口を噤んだままの響とエルフナインに向かい、キャロルが再度口を開く。まるで歓喜するように顔を歪めながら。

 

「黄泉より現世へとエタルガーに引き戻され、彼奴の言葉にて得た解答……。それこそがオレの求めていたもの。この心身が飢餓していた、オレ自身の望みなのであるとッ!!」

『そうだ、それでいいのだよキャロル……』

 

 渦巻く空から見える黄金の威容。キャロルの言葉を肯定するかのように、エタルガーがその姿を現した。

 

「エタルガー!」

『理解らぬ者に理解らせるには、痛み以外に在り得ない。世界を識る為には先ず、世界に己を識らしめてやらねばならんのだ。

 思い出せ、父を焼かれたあの日の事を。無識な衆愚に燃やし尽くされたあの時を。そして君の痛みを、存在を、この世界に再度刻み付けてやるのだよ! 最愛の父の分までッ!』

「理解っているともさ。その為に、オレは黄泉還ったのだからッ!」

「だったら……」

 

 響が立ち上がる。迷いは未だ心を絡めているものの、自分が何をしたいのかはすぐに答えとなって脈動したのだから。

 

「だったら私が受け止めるッ! キャロルちゃんの抱える痛みや悲しみや憎しみをッ! 前と同じように、何度でも受け止めてこの手を伸ばすッ!!」

「たかだか一つ握りの奇跡風情で、オレを受け切ろうなどと思うのかッ!! 世界を噛み砕く破滅の旋律、忘失れたなどとは言わせぬぞッ!!」

 

 突き出したキャロルの右手に四大元素(アリストテレス)の一つを示す黄金の紋章が浮かび上がる。そこから紋章と同色の破壊のエネルギーが巨大な光線となって響たちに向かって突き進んでいった。

 即座に慎次と目を合わせる響。申し合わせたかのように慎次はエルフナインを抱きかかえて瞬歩でその場を離れ、同時に響の口からはシンフォギアを励起させる聖詠が歌われていた。

 

「――Balwisyall Nescell gungnir trooooo…ッ!!!」

 

 炸裂する土煙の中から、貫くようにシンフォギアを纏った響がキャロルに向かって飛び出した。既に右腕のガントレットはいつものブースター型に変形されており、全力の拳がキャロルに向かって伸ばすべく撃ち放たれる。

 だがその一撃はキャロルがその身を預ける殲琴によって防がれてしまい、空中で身を翻したキャロルが響の背中に向けて更なる一撃を発射。後の先を打たれてしまうことになった。

 手で制動をかけながら着地する響。見上げた視線はすぐにキャロルへと焦点を合わせ、力強く大地を蹴り込み跳び立つ。そして再度強く握り締めながら、大きく振りかぶった右拳を突き出していった。

 それに合わせる形でキャロルが四大元素(アリストテレス)を束ね合わせた極大の一撃が放たれ、カウンターとなって響に叩き込まれる。吹き飛ばされビルに叩き付けられた響は、その眼に力を残しながらも瓦礫の中へと落ちていった。

 

「ぐあああぁぁぁッ!!」

「響さんッ!」

「まだだッ! そんなもので、そんな程度でオレの痛みはぁッ!!」

 

 自らの身体を預ける殲琴の弦を弾き鳴らす。鳴り渡った旋律と共に歪な琴はその姿を変え、キャロルの身体へと纏わりつく。同時に錬金術の叡智が生み出したその幼い肢体が豊満な大人の其れへと変わり往く。

 シンフォギアに酷似する濃柴の強化装甲と化した殲琴の聖遺物、ダウルダブラのファウストローブを身に纏い世界を壊す歌を奏で唄うものへと姿を変えた。

 

「その姿……」

「世界を壊す歌……其れを強く響かせる音響機、世界へと伝播させる楔。全てが揃いし時、終焉の胎動がより大きく高まる!」

「そんなこと、させない……!」

「ならば受け止めてみせろッ! この一撃は貴様が望んだ、オレの懊悩と煩悶を込めた世界を噛み砕く猛牙となろうッ!!」

 

 天空に手を掲げたキャロルの手に暗黒が収束する。暗黒はやがてダークスパークと同じ形を為し、肥大化して巨大な槍へと変化。それを掴み取ると、槍を纏う暗黒が更に勢いを増していく。その底知れぬ波動に、響が既視感を感じていた。つい先日、最も大事な親友との戦いの時に幾度となく目にしていたそれを。

 

「ダミーダークスパーク……マイナスエネルギーッ!?」

「何を驚くことがある? 我が身に滾るこの想い、此れこそが力へと()べる薪炭であるとッ!」

 

 暗黒が燃え盛り、巨大な槍が更に鳴動する。それに応じてキャロルの身体からもマイナスエネルギーが吹き上がり、暗黒のオーラがその身を包み込む。 見開かれた眼は狂気を宿し、視線は眼下――瓦礫の中の響へと向けられていた。

 交錯することで気付く殺意。キャロルが次に何をするのか、思考ではなく反射で理解していった。

 

「諸共に砕けて塵と為れッ!!」

「ぐうううああああぁっ!!」

「響さぁぁぁんッ!!」

 

 キャロルの手より離れた暗黒の槍が、眼前に展開された四大元素(アリストテレス)……【風】、【土】、【水】、【火】のそれぞれの力を示し漲らせる方陣を貫き、その力を宿し輝きを放ちながら突進する。

 対する響は即座に両足のバンカーを地面に打ち付け、両腕をブースターガントレットに変えて多重に輝く槍を両手で捕まえ受け止めた。炎を噴出させて勢いを殺そうとするも、力を高めた一撃は響一人では抑えることも叶わず、突き立てたバンカーをへし折り受け止めていた両腕を弾く。

 直後着弾と同時に炸裂する地面。思わず顔をガードする響だったが、爆熱を宿す突風と驟雨の如く打ち付けられる瓦礫は彼女の身体をいとも容易く吹き飛ばした。

 

「響さんッ!」

「……大丈夫。へいき、へっちゃら……ッ!」

 

 エルフナインの呼び掛けに絞り出すように答えながら立ち上がる響。なんとか力を出して拳を握り、再度構えを取る。

 そのまま先程の爆心地を見ると、放たれた暗黒の槍は地面を穿ち貫き深淵へと消えていた。一拍の間を置いて、槍によって抉られた孔から怪しい光が天を貫くように噴き出し、地の底から大きな揺れが発生した。

 揺れはすぐに収まったものの、眼前のキャロルは何処か嬉しそうに歪んだ顔を浮かべていた。

 

「キャロルちゃん、今のは一体――」

「マイナスエネルギーにより生み出されし闇の楔。地球(ほし)を駆け巡る龍脈(レイライン)の交錯点へと穿ち、四大元素(アリストテレス)と共にその力を伝播させる。

 既に穿たれし四つの楔はその力を受け取ることで更に力を増し、やがて世界を噛み砕く闇の光と化す――」

「四つの楔……まさかそれはッ!」

 

 何かを察したエルフナインの言葉にくぐもった笑みで返答するキャロル。その直後、通信機を通じて指令室から緊急連絡が鳴り響いた。

 

『ロンドン、ロサンゼルス、クウェート、バルベルデ、東京の各地点でのマイナスエネルギーと時空振動値が急激に上昇ッ!!』

『東京以外の各地点で異常気象が観測されましたッ!! ロンドンでは超大型台風が複数出現、ロサンゼルスでは急遽大気汚染警報が発令、クウェートでは気温が58℃と異常数値を検知、バルベルデでは地盤沈下が連続して起こっていますッ!!』

「これは、一体……」

「ククク……ハァーッハッハッハッ!!!」

 

 藤尭とあおいの叫ぶような報告に驚きながら、響とエルフナインは再度キャロルの方へ向く。鳴り渡るはキャロルが奏で唄う【奇跡を殺す殺戮の福音】を示す讃美歌にも似た終焉への追走曲(カノン)

 中空に佇むキャロルの背後の空間が砕け割れ、位相を越えて巨大な建造物が姿を現す。それはキャロルの歌に呼応し、明滅と共に大地より伸びる光を浴びていた。

 

「チフォージュ・シャトー……!」

「再演だ、世界を壊す歌のなッ!!」

 

 

 

 時を同じく、藤尭とあおいの報告は各地点にて戦いを繰り広げる装者とウルトラマンたちにも届いていた。

 翼とランは天空へ逆巻き昇る暴風にその身を固め、調と切歌と星司はもう一つ生まれた灼熱の太陽に焼かれる身を耐えながら、クリスと猛は揺れ動き沈み往く大地に足を取られまいと踏ん張り、マリアは最早殺意にも取れる激臭毒霧を少しでも吸わぬよう抑えている。

 対するオートスコアラーたちは、それぞれの色を伴い天へと伸びる光を背に高笑いを放っていた。溢れ出る輝きからは、龍脈(レイライン)の最終地点で歌うキャロルの歌が伝播し流れていた。

 

「始まるわ、世界を壊す歌がッ!」

「始まるんだゾ、世界の解剖がッ!」

「そして終わる、安寧なる世界がッ!」

「終わりを告げる、この世界の星命(いのち)がッ!」

 

 光の柱の中に漆黒の球体が浮かび上がる。見るからに悪しきを体現した繭のような物体……マイナスエネルギーの産物であることは理解できた。蠢くそれに反応し、オートスコアラーの各々が血のように赤い結晶体に覆われる。

 

「これはキャロルの歌……。一体何が……!」

「さぁてな……。だが、生半なヤツじゃねぇことは確かだッ!」

 

『我らは魔神に仕えし終末の四騎士……。遍く世界を噛み砕く破滅の顎……。

 魔神の名の下に世界へと君臨するは、魔の王たる禍つ獣なり――ッ!!』

 

 結晶と化したオートスコアラーたちが漆黒の繭に飲み込まれる。同時に繭は大きく蠢き、やがてその実体を変化させていく。

 蒼翼より獄風を放つもの――【禍翼】。

 双首より獄炎を纏うもの――【禍破呑】。

 黒鐵より獄土を生むもの――【禍蔵鬼】。

 金鱗より獄海を化すもの――【禍邪波】。

 世界を噛み砕くためだけに生まれ落ちた獣たちが咆哮を上げる。創造主の命である、”奇跡を鏖す”為に。

 

「なんか、トンでもってレベルじゃないデスよアレ!」

「魔王獣……まさかそんなヤツまで出現するとは……ッ!」

「知ってるの、星司おじさん!?」

 

「他の世界での話だ。遥か昔に突如地球に現れ、世界を滅ぼさんと破壊の限りを尽くしていた大怪獣や超獣すらも越えるもの……それが、魔王獣」

「ンなこと言うがよセンセイ! 昔フィーネから聞いてた限りじゃ、あんな連中の話は無かったぞッ!?」

 

「……だけど、ドクターはこの存在を既に予見していた」

 

 マリアの呟きに合わさるかのように移動本部の指令室で軽快な音が鳴る。オペレートと並行して進めていたレポートの解析が終了したようだった。

 

「レポートの解析終了! 筆者は……Dr.ウェルッ!?」

「よりにもよってあの男のものか……! モニターに出せッ!」

 

 メインモニターに表示させる文章の羅列に、弦十郎がすぐに目を通していく。全てを読み通す時間は無いが、星司と猛から聞こえた『魔王獣』という存在を把握すべく優先的に目で追っていく。そしてそれに該当する部分を、全員に向けて発信していった。

 

「……『龍脈交錯点(レイポイント)にマイナスエネルギーの楔を打ち込み、其れを中継点としてチフォージュ・シャトーとの共振を以て増幅された四大元素(アリストテレス)を伴うフォニックゲインを地球全体に伝播。楔を起点にしたマイナスエネルギーの肥大と暴走こそが世界分解の新たな儀式となる。

 影法師が用意した地球破壊の因子と四代元素(アリストテレス)を融合させて生み出すは、天変地異を巻き起こす力を持った巨大魔獣――【魔王獣】。そして過剰に増幅させたマイナスエネルギーはエタルガーへと注ぎ込まれ、彼奴の完全復活を目指すものとする』……」

『それが、キャロルの存在を利用したエタルガーの目的か……!』

『そしてその魔王獣は、今まさに現れようとしている……』

『これじゃあアイツの思惑通りに事が進みすぎデス!』

『食い止める方法は載ってねぇのかよオッサンッ!』

「残念ながら、読み進める限りそれは載っていない……。己が力でのマイナスエネルギーの強奪と利用についてしか書かれていない」

『ドクターはダークルギエルと言う闇の巨人と適合していた……。恐らくはその力でマイナスエネルギーを支配、ルギエルの持つ封印能力で魔王獣もエタルガーもスパークドールズへと封印する。

 それを対抗策としていたのね……ドクターの言っていた、世界を救う方法として……』

『……私には難しい理屈ってよく分かりませんが、つまりはシャトーと魔王獣をそれぞれどうにかすれば良いってことですよね?』

 

 響の提案は余りにも安直なものだった。だがそれ故に分かりやすい。眼前の存在によって世界の解剖が進むと言うのであれば、それらを斃せば止まるのではないかと言う道理だった。

 彼女の言葉を聞いて各々が思う。下手に策を巡らせるよりも、真っ直ぐに突き出す事こそが自分たちらしいと。

 

「確かに、立花の言う通りか」

「そりゃそうだ。ウダついててもやる事は変わらねぇ」

「悩む暇があったら……」

「ぶつかっていくのみデス!」

「やるべき事を……出来る事をッ!」

「やろう、みんなッ!」

 

「やってみろッ!! このオレを越えて、届かせられるものならばなあッ!!」

 

 響の眼前でキャロルがその両手を大きく広げる。指先から伸びるダウルダブラの鋼糸魔弦が吹き荒れるマイナスエネルギーを得て無限の増殖と拡大を見せ、かつて戦いの最後に生み出した碧の獅子機の如く破壊の権化を錬成していく。

 自らの身体を飲み込み完成されたものは、ウルトラマンと似た大きさのヒト型。深紅の体躯に黄金の鎧と兜を纏いマイナスエネルギーをその身より溢れさせる悪しき巨人。その姿を見たエックスが、すぐに自身のデータバンクより該当する名称を導き出していた。

 

『アレは、エースキラーかッ!?』

「エース、キラー……!?」

『ああ、ウルトラマンエースから貰ったデータにある。ヤプールがウルトラマンエースを斃す為に生み出した、最強の機械戦士だ!

 元々の戦闘力も高いが、その真価はウルトラマンたちの攻撃をコピーし使うことが出来ると言う点だ。それでエースたちウルトラ兄弟も苦戦を強いられてきたとは聞くが……』

「ただの模倣などと思うてくれるなよッ! こいつはシンフォギア……ウルトラマン……この地球(ほし)に蔓延する奇跡を鏖す殺戮者。

 故に、【ソングキラー】とでも名乗ろうかッ!!」

 

 重低音で吼えるエースキラー……もとい、ソングキラー。マイナスエネルギーを解き放つと共に、自らの身体にダウルダブラのファウストローブと同様の背面ユニットを装飾を装着した。

 その眼を赤く輝かせるソングキラーと相対し、響もまた自分が信じる正義で握り固めた拳と共に決意の眼差しを向けていた。

 

「刻み込んでやるッ! この世界に与えられた、オレの痛苦の全てをッ! 奇跡を蹂躙し、この身全てを調和の中に融け込ませてッ!

 それこそが真理へと至る道――パパのところに辿り着くための道ッ!!!」

「キャロルちゃんとシャトーは私がなんとかします。みんなは魔王獣をッ!」

 

 響の言葉に皆が了承の声を返す。同時に暗黒の繭が自らの姿の形成を完了、伸びる悪しき光の中から這い出るように出現する。

 翼とランの前に現れたのは、巨大な翼と強靭な脚を持つ翼竜の如き風ノ魔王獣【マガバッサー】が、

 調と切歌と星司の前には、赤く溶岩のようにひび割れた肉体と双頭を竜口を持つ火ノ魔王獣【マガパンドン】が、

 クリスと猛の前には漆黒の鋼鉄と肉体と歪な重機のような両腕を持つ土ノ魔王獣【マガグランドキング】が、

 マリアの前には黄金の鱗を纏い長い鼻と巨大なヒレを持つ水ノ魔王獣【マガジャッパ】が、それぞれの眼前へと出現した。

 

「お出ましだ。行くぜ翼ッ!」

「ああッ! 共に駆けるぞ、ゼロッ!」

 

 光となりブレスレットに戻ったゼロ。そして具現化したウルトラゼロアイを、翼が外へ弾くように掴み取る。

 

「おじさんッ!」

「いくデスッ!」

「よぉし、行くぞォッ!!」

 

 調と切歌が手を握り肩を寄せ合い、背後の星司と同様にウルトラリングを付けた互いの左右の腕をクロスさせる。

 

「クリス、行こうッ!」

「ああ! こんな最悪の場所でも、センセイと一緒ならッ!」

 

 クリスと猛、二人動きを重ね合わせ、左右の拳を順に突き出し右手を腰の後ろに回す。二人の右手にはブライトスティックが握られている。

 

(……どれだけ回復できたのかは理解らない。だけど――)

「――みんなの力、貸してもらうッ!」

 

 エボルトラスターの拍動を見つめ、想いを込めて逆手で握るマリア。自らの祈りを力へと変えて込めるように腰だめで構える。

 

「キャロルちゃんも、地球に生きるみんなも……全部、守護り抜くんだッ!!」

 

 握り締めたエスプレンダーを左の肩の前へとやり、その魂へと力を込める。中央の青い結晶から、光が沸き上がるように輝いていく。

 そして――

 

「「だあああッ!!」」

「「「ウルトラッ! タァーッチッ!!」」」

「「エイティッ!!」」

「おおおおおおおッ!!」

「ガぁイアあああああああッ!!」

 

 世界五か所の戦場で行われる変身。世界に走る闇の光を晴らすべく、輝きと共にウルトラマンたちが出現した。

 

 

 

 

 各々の戦いが始まる中、ウルトラマンガイアに変身した響はキャロルの生み出したソングキラーと相対。拳を固く握り締め、ソングキラーへ向かって駆けていく。振り上げ放った拳はソングキラーの左掌に受け止められ、そのまま腕を押さえ付けられてしまった。

 そこから拳を掴んだまま刃を持った右手で連続で殴り付け、怯んだところへ更に蹴撃を叩き込むソングキラー。為す術もなく蹴り飛ばされるガイアだったが、すぐに体勢を立て直しガイアスラッシュで反撃する。だがその一撃も容易く弾かれてしまった。

 それでもなお攻撃を再開するガイア。だがその拳戟や猛蹴はいとも容易く捌かれてしまう。まるで、此方の放つ攻撃の全てが読まれているような感覚だ。そしてまた隙を突かれ、顎への一撃をまともに喰らい飛ばされていった。

 

「グ、ウウ……!」

「どうした、そんなものか? 受け止めて見せるんだろうが」

(強い……。前みたいな、暴風を叩き付けるようなやり方じゃない……ッ!)

「同じ轍を踏んでいると思うなよッ! このソングキラー、貴様らを抹殺する為に貴様ら自身が持つ力をも身に宿しているのだからなッ!」

 

 ソングキラーが音叉のような右手の武器を天に掲げる。瞬間その武器は巨大化し、大型化した月牙を左右に重ね合わせた異形の戟へと変化する。その形状に、響は見覚えがあった。

 

(それは、切歌ちゃんの――ッ!)

「お仲間の刃で切り倒してくれるッ!」

 

 そう、切歌のシンフォギアであるイガリマ。そのアームドギアの変化形態である【双斬・死nデRぇラ】と同様の刃へと変化させ、ガイアに向かって力強く振り下ろした。

 それを紙一重でのところで躱すガイア。すぐに上体を起こすが、ソングキラーは反撃の暇を与えぬように連続で横薙ぎの斬撃を放っていく。そして僅かな合間に、体重と遠心力を乗せた大振りの一撃を見舞う。

 両断されたかとまで思うほどの一撃。だがガイアは、その刃を真剣白刃取りの要領で両手で挟み捕らえていた。僅かな力比べの後、ソングキラーの腹部をガイアが蹴り飛ばすことで両者の距離は再度開くことになった。だが……

 

「一つぽっちだと思うなよッ!」

 

 顔を上げたソングキラーが大きく胸を張ると同時に、背部から巨大な二本のミサイルを錬成。側鎖にガイアへ向けて発射した。まるでクリスのイチイバルが用いる得意技、【MEGA DETH FUGA】のようである。

 明確な敵意を以って放たれた巨大なミサイル、その場で爆発すれば周囲にどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。即座にその事だけを思考に回し、ガイアはすぐに眼前へバリヤーを展開した。

 光壁で二つのミサイルを受け止め、抑えると同時に下から持ち上げるように天空へと跳ね飛ばす。放り出され制動を失ったミサイル目掛け、リキデイターを連続で放ち安全な空で爆発させた。

 すぐさまソングキラーへと身体を向けるガイア。そして左腕に右腕を打ち付け、その力を溜め込んだ。

 

(なら、これで……ッ!)

「識っているさ、クァンタムストリームッ!」

 

 キャロルの声と同時に、ソングキラーが対面のガイアと全く同じ動作を見せる。左腕に伸ばした右腕を打ち付け、その力を溜めながら円運動と共に腕をL字に組み上げる。両者の縦に伸びた右腕から放たれた熱線は空中でぶつかり合い、拮抗の後に爆発相殺した。

 

(そんな、ウルトラマンの技までッ!?)

「言っただろう、貴様ら自身の持つ力を宿しているのだとッ! 無論それだけに留まらないのだがな……ッ!」

 

 言葉と共に背部ユニットが六枚羽のように展開。縦に張られた鋼糸魔弦を弾くことで音を奏で、破滅の歌の力を増していく。そして”想い出”を償却して生み出したフォニックゲインにマイナスエネルギーを重ねた破壊の大渦がガイアに向かって撃ち放たれた。正しくそれは、ダウルダブラを纏ったキャロルの用いる蹂躙する為の戦い方だった。

 

(ぐあああああああッ!!)

「耐えれまいッ!! 貴様風情が、オレの想いを受け止めようなどとッ!!

 これ以上邪魔をされてなるものか。この世界にオレの痛みを刻み込み、オレはパパの下へ辿り着くんだッ!!」

 

 理性を保ったままに暴走をするかのような言動を吐きながら響に向かって力をただ叩き付けるキャロル。響はただ無理くりにでも、その猛烈な攻撃をただ耐え続けていた。

 そんな二人の織り成す一方的な戦いを、エルフナインは強く胸を押さえながら見守っていた。キャロルの投げ付けた言葉を思考の中で反芻しながら、どうにか其れを理解するように。

 

「世界に与えられた痛苦の全てを世界に知らしめ刻み込む……己を”調和”の中に融け込ませるために……。

 それが、パパの遺した命題に対するキャロルの解答……。真理へと……パパへと辿り着く、道……?」

『エルフナイン、気をしっかり持て!』

「エックス、さん……」

『話は聞かせてもらっていた。それがキャロルの……もう一人の君自身の解答なんだな』

 

 エックスの言葉に口を噤むエルフナイン。だがその沈黙は肯定を表していることを、エックスはすぐに察していた。

 

『……キャロルの解答も間違いであるとは言い難い。他者に理解してもらう為に己を晒し、想いを放つ……きっと誰もが、そうしている事なのだと思う』

「でもキャロルはずっとそれが出来なかった……。パパを焼かれて、世界にひとりぼっちになって、その悲しみと憎しみを抱え込んで、何百年も身体を変えては想いを継いで……。

 ボクには、そんなキャロルの想いにどうすることも出来ない……。理解らないんじゃなく、理解ろうとしなかったボクには……!」

 

 嗚咽交じりに洩らすエルフナインの言葉には、深い自責が込められていた。

 キャロルが推し進めた世界の解剖……それを阻止する為に造物主である彼女に反旗を翻し、魔剣を携え響たちシンフォギア装者の元に参じたのはエルフナイン自身だ。転写されたキャロルの記憶に寄り添い、その中に在る”父”の想いを継ぎ果たす為に……キャロルが愛した父の愛する世界を知り、その世界と調和する為に。

 そして戦いの後に肉体と魂を一つに統べ、世界を知る為に命を繋いだエルフナイン。だが今、彼女は自らのその認識に異常を感じていた。

 

「ボクはキャロルの想いを、何一つ理解ってなどいなかった……。同じ記憶だから、同じ想いを抱けているものだと思い込んでいた……。

 キャロルの痛みも悲しみも憎しみも、ボクが一番よく知っているはずなのに……!」

 

 口にした異常。それは同一であるはずの存在の思考を理解できなかったと言う矛盾だった。

 同一である自己、キャロル・マールス・ディーンハイム。元々”エルフナイン”とは彼女の複製体に過ぎなかったが、精神と肉体の統合を果たした現在は彼女こそが”キャロル”であり”エルフナイン”でもある。それ故にエルフナインは、キャロルの思考に基づく自身の考えに過ちは無いと思っていた。

 しかしキャロル本人から突き付けられた”彼女の得た解答”……それはエルフナインの得たモノとは大きく乖離し、其処に生じた齟齬が彼女自身のアイデンティティを苦しめていた。

 そんな彼女に、エックスが優しく語り掛けていく。

 

『世界を視て、世界を識ることこそが世界との調和……それこそがやがて錬金術の真理へと到達する。それが、君の解答だったな、エルフナイン。

 そしてキャロルの解答は、世界に己を理解らせ一つとなることで、自らを世界との調和への道を拓く。そう結論付けた。

 君たちはそうやって、一つの命題からそれぞれの解答を導き出した。同じ身体と同じ記憶を持つ者でも、其処に並び立った者が同じ想いを抱くとは限らない。ましてやその答えなど、同じになるとは限らないんだ。

 エルフナイン、君は君だ。キャロルじゃない。受け継いだものに対しての君の選択に、君自身の心で辿り着いて得た答えに、誇りを持ってくれ』

「誇りを……」

『私は君と出会い、こうした形でだが君と共にこの戦いを歩んで来て、思った事があった。他のウルトラマンたちがシンフォギア装者たちと惹かれ往く中、何故私は君に惹かれていったのだろうかと。

 だがその理由がようやく見えた。立ちはだかる現実に向き合い、両親の抱いた理想へと進む姿勢。周りの仲間を愛し、またそれに愛され、それらの為に自分の出来ることを尽力する姿……。

 よく似ていたんだ、私の相棒と』

「エックスさんの、相棒……」

『前に写真で紹介したな。大空大地……人と怪獣との共生と共存を夢見る青年だ。彼もまた多くを悩み、壁にぶつかって来た。最も近くに居たはずの者の気持ちに気付けずに、苦悩したこともあった。

 だが大地は、決して目指す理想を諦めることはしなかった。どんなに心を揺さぶられようともな。私は、そんな大地を誇りに思っている。

 そして、彼と同じ想いと光を秘めた君の事も、私は誇りに思う』

 

 彼は語る。自らが命と肉体を共にした青年の事を。思い悩む少女に向けて、小さなその身に抱えた想いの正しさを、彼女の存在の正しさを説いていく。記憶を継ごうが、肉体を一つとしようが、今此処に在るのは”エルフナイン”なのであると。

 エックスの言葉を受けた彼女の脳裏に、彼女を想う大切な者たちの姿が映りだす。それは今まさに、この世界を救わんと奮い闘っている仲間たち。皆が笑顔で呼びかけてくれているのは、紛れもない”自分自身(エルフナイン)”の名前だった。

 皆がこの名前の自分と接してくれるから、優しく温かい手を伸ばしてくれるから、自分は”エルフナイン”で居て良いのだと思う事が出来た。”エルフナイン”と言う存在を受け入れてもらえていると思えていたのだ。

 そうしてこの心が識り、動かされた日々……それは転写されたキャロルの想い出に比べればあまりにも小さなものかも知れない。だがそれは間違いなく、エルフナインだけの想い出だ。キャロルとの相対で導き出した命題の解答、それに沿って積み重ねてきた日々は、エルフナイン自身の道なのだ。

 其れを誇れと……彼が誇りに思う”自分自身”を誇れと、戦えぬ身に在りながらもこの戦いを共に歩んできた彼は言っているのだ。

 

「……エックスさん。ボクは――」

 

 言葉を出そうとした瞬間、ウルトラマンガイアが倒れ込む地響きが五感を支配する。通信端末から見て取れる他の交戦地点の状況も、決して思わしいものではなかった。それを見て、強く歯を食いしばり言葉を続けていった。

 

「――ボクは、この世界を守護りたいです。

 パパから貰った命題にそう答えを出したからと言うのもあります。でもそれと同じぐらい、ボクはボク自身の意志で、この世界を失いたくなんかないんです……!」

『ああそうだ。私たちは、その為に準備してきたのだから』

 

 涙を拭い立ち上がるエルフナイン。その瞳に決意の光を湛え、己が端末に、その先に居る弦十郎に向けて声をかけた。

 

「風鳴司令、ボクとエックスさんで響さんを援護、チフォージュ・シャトーを止めます!」

『エルフナインくん、どうするつもりだッ!?』

「……Realize UX、発動しますッ!」

 

 

 

 

EPISODE20 end…

 

 

 

 

 ……そして、黒い影は問い掛けた。

 

「もし今、とある世界が滅び未来が無くなろうとしているとき……君は、誰かを守護り助ける勇気と力を持っていられるかね?」

 




・注釈
今回登場した【ソングキラー】の名前は、ご感想いただく読者様の案より拝借いたしました。
この場を借りてご報告と感謝を申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 21 【君と僕の名前】 -A-

 ウルトラマンガイアとなった響がキャロルの生み出したソングキラーと戦いを繰り広げているのと時を同じくして、世界の龍脈交錯点(レイポイント)では他のウルトラマンが噴出したマイナスエネルギーによって生み出された魔王獣と壮絶な戦いを繰り広げていた。

 ロンドンでは翼とゼロがマガバッサーと、バルベルデではクリスと80がマガグランドキングと、ロサンゼルスではマリアの変身したネクサスがマガジャッパと、クウェートでは調と切歌とエースが魔がパンドンとそれぞれ交戦を開始している。

 だが、その状況はどれも思わしいものではなかった。

 

 ロンドン。巨大な双翼を羽撃かせ、激烈な風を伴う衝撃波――【マガ衝撃波】を巻き起こすマガバッサー。まるで砂礫のように軽々と宙を舞い襲い掛かってくる乗用車や信号機などの物体に、ウルトラマンゼロは思わず両腕で顔をガードしてやりすごす。

 吹き抜けるマガ衝撃波を堪え防御を解いたゼロだったが、既に眼前にはマガバッサーの姿が現れていた。回転しながら大きく振りかぶった蒼翼を大剣のように斬り付けるマガバッサー。翼は何処かその動きに、ファラの姿を見ていた。

 

「グウッ! やるじゃあねぇか……ッ!」

(この動き……まるでッ!)

「それがどうだって言うんだよォッ!!」

 

 右腕を胸の前で水平に構え、額から輝くエメラルドの光刃であるエメリウムスラッシュを放つ。それを翼を畳むことで防御するマガバッサー。直撃と同時にマガバッサーの翼が呪文のような模様に包まれ、赤い光を放つとエメリウムスラッシュが光の分子へと分解、消滅した。

 

『そんなものが私に効くとでも思っているのかしら?』

「なにィッ!? クソ、だったらゼロスラッガーで――」

(止せゼロッ! ヤツにはゼロスラッガーも通用しないッ!)

「どういう事だよッ!」

剣刃殺し(ソードブレイカー)……。ファラの持つ刃は、”剣”と定義されるモノ全てを否定、分解する哲学兵装なんだ。私と天羽々斬も、一度はそれで敗れたこともあった。

 恐らくはその力が、あの魔王獣にもそのまま宿っていると考えるべきだろうな)

「エメリウムスラッシュは”光の刃”だから、って事か……。冗談じゃねぇぜったくよォッ!」

『覚えていてくれたなんて光栄だわ剣ちゃん。あらゆる刃を微塵とする災禍の蒼翼、貴方たちに折ることが出来るかしら?』

「ハッ、刃が駄目でもやりようはあらぁッ!!」

 

 叫びながら突進するゼロ。決め手がないわけではないが、其れを放つ隙が存在しない。そこに武器も封じられたとなると、出来る事は自慢の宇宙拳法しか頼れるものは無かった。

 マガバッサーの翼の攻撃を受けつつ、其れを弾き身体に正拳を叩き込むゼロ。一瞬怯んだマガバッサーだったが、翼をはためかせて一度宙へ浮き、まるで獲物を捕らえるかのように強靭な脚部を突き立て強襲してきた。

 

「ぐおぁぁッ!」 (ぐうううッ!)

 

 鋭い爪がゼロの胸部に突き立てられ、両足で激しく蹴り飛ばされる。周囲の建物を砕きつつ倒れ込むゼロだったが、すぐに跳ねるように起き上がり構えを取ってみせた。

 

「……強ぇな、こりゃあ」

(弱音か? らしくもない)

「いいや、コイツはお前と出会って知った言葉……武者震いってヤツだッ!」

 

 どれだけ倒れてもなお起ち上がり、ゼロと翼は果敢にマガバッサーへと立ち向かっていった。

 

 

 クウェート。街中に出現した巨大な火の玉に相対するはウルトラマンエース。空中に浮かぶ火球に向かい、両手を重ね合わせ意識を集中させる。そして掛け声と共に、指先から白色の霧状水流を発射した。戦闘後の火災にも用いられるエースの技、【消火フォッグ】である。

 だがそれを浴びせていてもマガパンドンが生み出す超高熱火球が消えることが無く、逆に高ぶるように熱量を上げていた。

 

(全然、効かない……!)

(この程度じゃまだダメなんデスか!?)

『偽りの日輪、天地万物を焼き尽くす災火は消火器程度じゃ消せないんだゾ? ボンヤリしてると辺り一面焼け野原、この街も全部黒コゲなんだゾ☆』

(そんなこと……ッ!)

(させてやるものかデスッ!)

 

 煽るように轟くミカの声。直後に小型の太陽の如き火球から灼熱を伴う鋭利なカーボンロッドが連続で発射されてきた。其れを腕で砕いていき、ロッドが地面に落ちないように飛び回りながらなおも打ち壊していく。その最中で火球に向けてウルトラスラッシュやパンチレーザーを放っていくが、どれも効果はないようだ。

 

(ええいもうッ! 邪魔な火をどうにかできればいいデスのにッ!)

(水流……爆風……どっちも私たちでは威力不足)

(じゃあウルトラギアで!)

「ここで全パワーを使い切ってどうするッ! 手を抜ける相手ではないが、後先は考えなければならん……ッ!」

 

 身体の内で口論しながら着地するエース。見上げた先に有る超高熱火球は、徐々に大地に迫っている。手段を選んでいる余裕はもう無かった。

 

「出来れば使いたくなかったが、仕方ないか……。二人とも、少しばかりキツめの技を使うぞッ! 大目に力を借りるが、泣き言は言うなよッ!」

 

 星司の言葉に身構え、調と切歌が互いの歌をユニゾンさせてフォニックゲインを高めていく。同時にエースが額の前で腕を交差、それを胸の前へ動かし、その場で激しく回転を始めた。回転はやがてエネルギーを伴い、光の渦となったエースはそのままマガパンドンの作り出す火球へと突進。周囲を高速で旋回した。

 

『ゾなもしッ!?』

 

 やがてエースが着地した後、炎は姿を消し紅蓮の双頭を持つ魔王獣、マガパンドンがその姿を白日の下に晒した。高速回転により大気の裂け目を作り出し、其処へ一時的に対象を封じ込める【エースバリヤー】。この決死を技を用いることで、マガパンドンの放つ炎を大気の裂け目へと封じ込めたのだ。

 だがこの技を用いると体力が大きく消耗してしまう欠点がある。事実ウルトラマンエースは膝を付き肩で息をしていた。カラータイマーが未だ点滅していないのが不思議なほどの消耗だ。

 

(はぁっ……はぁっ……! 私たちの、フォニックゲインで……)

(くぅっ……ふぅっ……! なんとか、してやったりデェス……!)

 

 息を上げながらも語る調と切歌。エースに乗せた二つのフォニックゲインは、廻転するシュルシャガナと断裂するイガリマのもの。それがエースバリヤーの作用と合致することで、本来ならばエース一人でやるべきエネルギーの消費を補い過度な消耗を抑えていたのだ。

 

『なかなかやるもんだゾ。でも、こっちはまだ一枚剝がれただけだかんなッ!』

「……それはこっちもだ。俺たちの時間切れには、まだ早いッ!」

 

 

 バルベルデ。森林と発展途上の建物が、マガグランドキングの起こす地震と地盤沈下で見る見るうちに沈み込み壊されていく。

 瓦解していくその空間は、クリスが自らの内に追いやった忌むべき記憶を引きずり出すには十分なもので、怒りにも似た複雑な感情が押し寄せていた。その思いをぶつけるように、80はマガグランドキングへと格闘戦を仕掛けていく。

 空中回転から流星のように蹴り込む急降下キックを初手とし、胴体目掛けての拳の連撃からソバットを繋げ、右手から放つウルトラアローショットで締める。この一連の攻撃を全て受け切った上で、マガグランドキングは平然と其処に立っていた。

 

『そんな程度のものか、他愛ない』

(くっそ、この野郎が……ッ!)

「気を乱すなクリスッ! 相手の思うつぼだぞッ!」

 

 先生と一緒ならば――。そう思って臨んだ悲劇の始まりの地だったが、どうしてもクリスの心中は穏やかにはなれなかった。両親の命と夢を奪った最も忌むべき場所、何故其れを守護る為に自分は戦っているのだろうかという迷い。その想いは80にも伝わり、結果ユナイトの質を下げることになってしまっていた。

 それを感じているのかは定かではないが、レイアと同化したマガグランドキングは反撃を開始する。右腕の大鋏で80の首を捕まえ、左腕の巨大なクローで叩き付ける。鈍器でただ殴ると言う単純な攻撃だが、それ故に一撃の強さは計り知れない。数回叩き付けられた後にクローで強く突き出すように殴られ、80はその身を大きく吹き飛ばされていった。

 

(うあああぁぁッ!!)

「クッ……! クリス、大丈夫かッ!?」

『折角の巨体だ。派手に追い打ちをさせてもらうッ!』

 

 レイアの声と共にマガグランドキングの全身から発射される黄金の弾丸。まるで乱れ撃つ金貨のようだ。思わず眼前で両腕を重ねて防御する80。避けることも叶わず受け切る攻撃は、二人の体力を徐々にだが確実に削り取っていた。

 なんとか耐えるその心中で、クリスはまた迷う事への焦りに支配されつつあった。言葉にも出せず歯軋りする中で、彼女の肩をそっと優しく猛が叩く。

 

「クリス……」

(……わぁってるよ。世界の一大事だ、アタシが足並み揃わせれねぇでどうすんだ)

「……いや、無理はするな。君にとってこの国がどんな場所であるか、理解らぬわけじゃない」

 

 いつもかけてくれる優しい言葉。気をかけてもらった事につい情けなく感じてしまう。だが、猛の言葉はそこから続いていた。

 

「考えを変えようクリス。ここは君にとって最も忌むべき場所だと思う。だが、君のご両親にとっては命を賭してでも救いたいと思った場所でもある。

 クリスが今此処でこの地を救うことは、ご両親の夢を継ぐ君自身の夢に繋がる事なんじゃないかな?」

 

 自信ありげな風に語る猛に、クリスは一瞬呆然としたもののすぐに笑顔へと変わっていた。

 憎しみの恐怖も根強く残っている。だが彼の言う通り、此処はパパとママの夢の跡地でもある。それを守護ると言う意味を、不器用な解釈ながらもようやくクリスは掴みとった。

 

(……汚ぇなぁセンセイ。そういう風に言われちゃ、やるしかないって気になるだろッ!)

「生徒にヤル気を出させるのも、教師の務めだってね。まだこれからだッ!」

『……地味に不快。この土塊の魔王に、何が出来るかやってみるがいいッ!』

 

 マガグランドキングの胸部結晶体に集束されたエネルギーが放つレーザー光線【マガ穿孔】。建物や地面を円形に抉り取る光の一撃を躱しつつ、クリスと80もまた得意の光線技で反撃していった。

 

 

 

 ロサンゼルス。摩天楼とも呼ばれる世界でも特に栄えた市街は、今は怪しい黄色濃霧に包まれていた。人々はマスクを被りながら、ビルの窓や地下シェルターのモニターから状況を確認する。濃霧の中から時折姿を見せたのは、黄金の鱗とヒレを持つ巨大なシーホース……タツノオトシゴを連想する怪獣。それを組み合う銀色の巨人――アンファンス状態のウルトラマンネクサスだった。

 

「ヌゥン……デヤァッ!」

 

 巨人がその身に力を込めると同時に波紋が広がり、銀色の肉体を赤と青で彩り姿を変える。基底形態から戦闘形態であるジュネッスになり、その手に力を込めて金鱗の怪獣、マガジャッパに攻撃を仕掛けていく。

 

『あぁ~ん、痛ぁ~い』

 

 頭部を狙う拳や胴体目掛けての中段蹴りが確実に決まり、後ろへよろけるマガジャッパ。だがそれと同化しているガリィは、何処までも嘗めたような言葉を放っていく。上体を起こすマガジャッパ自身もそう大したダメージには至っていないようだった。その身を鎧う黄金の鱗が強靭な耐久力を生み出していたのだ。

 ならばと鱗のない腹部目掛けてパーティクルフェザーを撃ち込むものの、火花は散るがダメージになっているようにも見えていない。

 

(これでもか……ッ!)

 

 まるで嗤うように歩を進めるマガジャッパは、その両手の吸盤から外気を吸い込み、ネクサスを引き寄せる。そして密着状態となり、口から硫黄色のガスを噴出。その激臭をもろに喰らってしまい、ネクサスが思わず倒れ込んでしまった。

 

「グゥ……ガハッ……!」

『あぁら、レディのおクチで悶えるなんて心外だわぁ。こちとらちょぉーっと性根が腐ってる扱いされただけだッてのにさ』

(く、うぅっ……何分保つか理解らないけど、メタフィールドなら――)

『賢しい考えは無しよ。このマガジャッパ、ちょっと組成を弄ればただの激臭も即座に命を壊す猛毒となる。アンタが位相差へアタシを連れて行こうとも、既に広範囲へ撒き散らされた毒霧全てを回収することなど出来ないでしょう?』

(人質と言うことか……ッ!)

『効率の良い殺し方と言って欲しいわねッ! ほらほらお喋りの時間じゃなくってよッ!』

 

 一声大きく鳴いたところで、マガジャッパの姿が透明化する。左右を見回すネクサスだったが、相手を捕らえるより先に何かに直撃、跳ね飛ばされた。長い尻尾の一撃である。

 其処に次いでマガジャッパの長く突き出した鼻の部分から水流が発射される。鋭い氷礫の伴う水流は、またもネクサスの死角からぶつけられていく。マリアにとっては予想以上に、この水ノ魔王獣は厄介な相手だった。

 

(強固な鱗皮、透明化、氷塊を伴う水流、毒にもなるガスによる多くの人質……。まったく、腐れた性根に相応しい相手だ……。だがッ!)

 

 右手から光の帯セービングビュートを伸ばし、周囲へと大きく振り回す。光の帯は透明化しているマガジャッパに触れた瞬間、強く拘束するように縛り上げ動きを封じた。

 

『……やるじゃないの。そうでなくっちゃねぇッ!』

 

 ガリィの声に合わせて肉弾戦を始めるべく襲い掛かるマガジャッパ。ネクサスはただ、その動きを確かめつつ応戦に当たって行った。

 

 

 

 そして東京。

 キャロルの操るソングキラーにより、響の変身したウルトラマンガイアもまた窮地に立たされていた。

 ウルトラマンたちの技を覚えるだけでなく、シンフォギア装者の得意技までも完璧に模倣している上にキャロルの纏うダウルダブラのファウストローブによる破壊の歌まで備えているのだ。どれだけ響が頑張ろうと、背負う荷があまりにも重すぎた。

 右手の音叉型の武器を左に持ち替え、マリアのアームドギアと同等の蛇腹剣へと変形させてまるで嬲るようにガイアへと打ち付ける。そして刃鞭はガイアの身体を縛り、そのまま力任せに引き寄せられる。待ち受けていたのは、右腕を響のガングニール同様のガントレットに姿を変え、そこに力を込めたソングキラーの姿が――。

 

 「散々ブチ殴られた借り、返してくれるわッ!!」

 

 大きく振りかぶられたソングキラーの拳がガイアの腹部に直撃。溜め込まれたエネルギーをまるでバンカーのように撃ち付け放つ。それは正しく、立花響とガングニールの得意とする必殺の一撃そのままだった。

 

(これは、私の――)

「グアアアアアアッ!!」

 

 弾け飛ぶガイア。倒れ込むその傍には、エルフナインが居た。

 親愛なる仲間たちの窮地……其れを受け彼女が、彼女と共に在る者が、動き出した。

 

「――風鳴司令ッ! RealizeUX、発動しますッ!!」

 

 

 

EPISODE21

【君と僕の名前】

 

 

 

 兼ねてより、エルフナインとウルトラマンエックスが共同で進めていたプロジェクトがあった。

 ウルトラギアの発動によりシンフォギア装者とウルトラマンとがより深くユナイトし、それに伴い心象同化が大きく進むことで考え得る事案……装者がウルトラマンとの完全融合を果たしてしまい、ヒトで在れなくなってしまうという懸念だった。

 二人が進めたプロジェクト、【RealizeUX】はそれに対するものであった。錬金術で用いるエーテルやウルトラマンの体組織を構成する光量子細胞……彼女らの持つ知識と技術の全てを以って見出した装者のウルトラマン化への対案は、【義体にてウルトラマンエックスを再顕現。彼の持つ”ザナディウム光線”にてウルトラマンをスパークドールズへと強制変化させることで、シンフォギア装者との物理的な分離を為す】と言う最終手段だった。

 全ては装者とウルトラマンたちの為……互いに望まざる事態を避けるべく用意した手段。それが今、別の形で装者とウルトラマン、そしてこの地球の為に行うべきだと彼女たちは決めたのだ。

 

「司令、量子発生装置の起動をお願いします!」

「……本当にやれるのか、エルフナインくん。そう何度もテスト出来てはいないんだろう?」

「それでも、やるしかないんです。みんなを助け、キャロルを止める為に……今のボクたちが出来る事は、もうそれしかッ!」

『私からも頼む、風鳴司令。可能性が生まれたのならば私はそれに賭けたい。ウルトラマンである私がこんな勝手を言うのはおかしいかも知れないが……もう、黙って見ていたくはないんだッ!』

 

 エルフナインとエックスから告げられる覚悟。仲間の危機に対し、自分たちに出来る戦いをする……。最初から一貫していた二人の想いが、結実の時を迎えていたのだ。傍で見ていた弦十郎が、それに気付けぬはずがない。

 それに、現状を見定めていっても各国で行われている魔王獣との戦いもあり響は、ウルトラマンガイアはただ一人であのキャロルと戦わなければならない状態だ。出来るものなら加勢すべきだと、弦十郎も考えてはいた。

 だが、これを実行するのに確実な数字は未だ得られていないのも現状だ。数字で語れぬ思い付きでは無い、綿密な計算に乗っ取り積み上げてきた彼女たちの成果なのだ。それが崩れてしまうのではないかと言う、一抹の不安ばかりがその胸に募っていた。そんな彼の背を押すように、藤尭とあおいが弦十郎に進言する。

 

「量子発生装置、起動を開始します!」

「響ちゃん聞こえる? 少しだけ、ソングキラーを抑えておいて。奥の手を使うわ!」

「藤尭ッ! 友里ッ!」

 

 思わず声を荒げる弦十郎。だが藤尭もあおいも、それに怯むことなく真っ直ぐと言葉を返していく。

 

「現状を(おもんばか)れば、これ以上の選択は無いはずですよッ! サポートはこっちがやってやりますッ!」

「信じましょうッ! 私たちの大切な仲間が……あの二人が積み上げてきたものをッ!」

 

 二人の言葉を受けて、眼を閉じ小さく微笑む弦十郎。そうだ、努力を重ねた子供を信じてやれずに何が大人だ。彼女らの重ねた一生懸命を、自分が否定してどうなるものかと。

 ただそれを胸に刻み込み、力強い声でエルフナインとエックスに返答した。

 

「エルフナインくんッ! エックスくんッ! RealizeUXの発動を承認するッ!! 任せるぞ、君たちにッ!!」

「『了解ッ!!』」

 

 

 

 あおいの指示を受け、立ち上がったウルトラマンガイアが再度ソングキラーへと格闘戦を挑む。此方の動きをある程度読んでいたのか拳戟は防がれていったが、至近距離から瞬発力だけで放つタックルにソングキラーは捕まってしまった。

 

「クッ、離せェッ!!」

(離す、もんかぁッ!!)

 

 背部にエルボーを浴びせられながらも、腰を捕らえたガイアはそのままソングキラーを押し込んでいき、零距離を維持するように固め上げた。

 

 一方エルフナインたちは、移動本部に予め備え付けられた量子発生装置の起動と最大出力を確認。東京都庁跡地周辺に、高濃度のエーテルと光量子が散布されていることを確かめる。

 確認が終了し次第、手持ちの端末からRealizeUXのデータを起動。端末のモニターに錬金術の円形法陣が浮き上がる。其処に集束するエーテルと光量子。それが摩訶不思議な分解と結合、再構成を繰り返し、やがて其処に青く透き通った小さな人形――ダミースパークドールズが完成した。

 

「やった……! エックスさんッ! お願いしまぁぁぁすッ!!!」

『――ああッ!!』

 

 すぐにエルフナインの端末に憑依している電脳精神体のエックスがダミースパークドールズに憑依する。小さな人形に輝きが走った瞬間、散布されていたエーテルと光量子の全てが吸い込まれるようにダミースパークドールズへと集まっていき、それを核としながら分解と結合と再構成を高速で繰り返しながら徐々に力が高まっていくのを感じる。そして――

 

「アイツら、何を――」

 

 ガイアを蹴り飛ばして拘束を解いたソングキラー。その眼前に集束する青い粒子は、電光を放ちながら巨大な肉体を顕現させていく。エルフナインの持つ端末から、無機質なれど心強い成功の音声が流れ出していった。

 

《ウルトラマンエックス、リアライズ》

 

 何処かサイバネティクスな赤いラインを持つ銀色の巨人。胸部にある独特なX型のカラータイマーが何よりも印象的だ。そして黄金の眼を強く輝かせた時、巨人は――ウルトラマンエックスは、何処か感慨深そうに共に力を尽くしたものたちへ声をかけていた。

 

「……ありがとう、エルフナイン。タスクフォースのみんな。

 これで、私は戦える。みんなと共に……大切なものを、守護るためにッ!!」

 

 構えを取り走り出すエックス。空中にジャンプし、身体でエックスの文字を作りながらソングキラーに向けて高速降下と共に【Xクロスキック】を放った。

 空中からの、予想外の闖入者による奇襲。反応の遅れたソングキラーはその直撃を受けてしまい、派手に倒れ込んでしまう。その隙にエックスは、すぐさまガイアの傍に駆け寄り手を貸して立ち上がらせた。

 

「大丈夫か、響」

(……貴方が、エックスさんの本当の姿……)

 

 やや呆然とした響の言葉に首肯で返すエックス。ずっと傍で見て来たはずなのに、何処か新鮮なその姿に響の心は明るい光を取り戻していた。

 

(ありがとうございます。私は大丈夫ですッ!)

「そうだな、君ならそう答えると思っていた。一緒にキャロルを、チフォージュ・シャトーを止めるぞッ!」

(ハイッ!!)

「今更贋作が増えた程度でェェッ!!!」

 

 キャロルの叫びと共に右腕の武器が更に変化、突き出しながら高出力の破壊光線を発射する。これはまるで、マリアが用いていたガングニールの放つ【HORIZON†SPEAR】そのものだった。それを即座にウルトラバリヤーで防御するガイア。エックスは前転受け身から再度走り出し、ソングキラーへと拳を放つ。

 エックスの攻撃を左手で防ぐソングキラー。だがHORIZON†SPEARは途切れさせられてしまい、防御の手を外れたガイアが再度タックルでソングキラーを押さえ付ける。そこから力尽くで押し込み、蹴り飛ばすことで距離を離す。其処へ更に、エックスが【Xスラッシュ】を放ち追撃をしていった。

 

「グウッ!」

(もぉらったぁああああッ!!)

 

 ソングキラーの身体が火花を散らし怯んだところへ猛然と駆けるガイア。その右腕には彼女の得意技であるエネルギーの秘めた拳の一撃が迫っていた。

 大きく踏み込み完璧な間合いを陣取るガイアは、捻りを加えた自らの拳に全ての力を乗せてソングキラーへと最大の一撃を叩き込む。フォニックゲインによって高まり輝きを伴う剛拳は、ソングキラーの胸を貫通するようにそのエネルギーを解き放った。

 

(二体一……これなら!)

「勝てるとでも思うたかァッ!」

「来るぞ、響ッ!」

 

 エックスの言葉とほぼ同時に起き上がったソングキラーから破壊の大渦が放たれる。ガイアとエックス、二人が並んで同時にバリヤーを展開するものの、キャロルの本領であるダウルダブラの一撃は両者のバリヤーを容易く貫通して吹き飛ばした。

 

「響さんッ! エックスさんッ!!」

「貴様らなどに……奇跡を纏うものにも、奇跡を体現するものにも、このオレがァッ!!」

 

 右手より投げ放たれた武器が巨大化、超大型の刃と変化する。それを蹴り込み突撃するソングキラー。その姿は正に翼の天羽々斬が放つ天ノ逆鱗である。直撃すればたまったものではない、ただそれを確信した二人が受け身で攻撃を躱していく。

 だがそれも予測済みなのか、着地の前に武器を元の大きさに戻し再度変形。今度は調のシュルシャガナによる巨大な自在鋸、γ式・卍火車へと変わりガイアとエックスを伐り付けていった。火花を散らして倒れる二人の巨人。そのうちガイアの胸を目掛けて連続で足で踏み付けた。胸のライフゲージはすぐに赤く点滅し、警告音を鳴らせてしまっていた。

 

(ぐぅ、がああああッ!!)

「響ッ! くうッ!」

「邪魔などォッ!!」

 

 左腕から暗黒のエネルギー弾を発射して駆け寄るエックスに当てて喰い止める。弾き飛ばされるエックスを見てソングキラーが再度武器を双斬・死nデRぇラへと変形。一心不乱に薙ぎ払うが如くガイアを切り付けていった。

 

「負けるはずが、斃されるはずがないだろうッ! 誰かに愛してもらい、その輪の中で生きてきたような貴様らなんぞにはァッ!!」

(そんな、ことは……ッ!!)

「否定する気が有るのなら全て受け止めてみせろッ! このオレの数百年間の孤独をッ! 飢えをッ!!」

 

 マウントポジションを取ったまま右腕の武器を再度ガングニールのガントレットに変形させ、エネルギーを高めながら引き絞る。そして点滅するライフゲージに目掛けて、ソングキラーはその拳を打ち付け、滾るエネルギーを炸裂させた。

 

(があああああああああッッ!!!)

「響ぃぃぃぃぃッ!!!」

 

 思わず司令室で叫ぶ未来。だが彼女の声もむなしく、ダメージにより体力の限界に至ったウルトラマンガイアは光と共に消失。傷だらけの立花響の姿となって瓦礫の中で意識を失ってしまった。

 

「響さん!響さぁんッ!」

「しっかりしてくださいッ! すぐに安全な場所にッ!」

「させるものかよォッ!!」

 

 すぐに響の救援に向かう慎次とエルフナイン。其処へ向かってソングキラーがエネルギー波を発射する。迫り来る破壊の波動は確実な死を予見させるが、ヒトの身体がとる反射はただ顔を背けて目を閉じ、腕で顔を守護ろうとする無意味な行動のみ。エルフナインは勿論、慎次でさえも死を確信した瞬間だった。

 

「グ、ゥアアアァァ……ッ! 大丈夫か、エルフナイン……ッ!!」

「え、エックスさんッ!」

 

 寸でのところでエックスが乱入。背中でソングキラーのエネルギー波を受け止め、彼女たちを守護ったのだ。だがその代償か、胸のX字のカラータイマーは赤く点滅しながら危険信号を発していた。

 

「チッ、小賢しい真似を……ッ!」

「手は出させない……。君に、エルフナインは殺させないッ!」

「――貴様も……貴様もそいつをッ!!」

 

 思わず防いだエックスだったが、エネルギー波を止めたソングキラーが忌々しげに彼の頭を掴んで持ち上げ、そのままビルへと力任せに叩き付ける。そこからもう一度頭を掴み上げ放り捨てるように投げ付けた。

 

「ぐはぁぁッ!!」

「エックスさんッ!!」

 

 起き上がれないエックスを踏みつけるソングキラー。キャロルの動きを反映している其れは、何処か憤怒を表しているかのように肩で息をしながらエックスを踏み躙っていた。

 

「――……そうか。ようやく理解ったぞ、この胸の疼きの正体が……。此度の黄泉還りを経て、命題の答えを得て……立花響の、エルフナインの前に立ったオレの胸に蠢く、幾度掻き毟りても足りぬ思いの丈の意味がッ!」

「キャロル、なにを……?」

 

 キリキリと、ソングキラーの顔がエルフナインの方へ向く。赤い瞳が輝く無機質な顔が、何処かキャロルの想いを表しているかのように感じられた。怒りと嗤いのない交ぜになったような、歪な想いが。

 

「――憎悪と嫉妬、だったのだ」

「憎悪と、嫉妬……? なんで、響さんやボクに……」

「――は、ハハハハハッ! 解き明かしてみれば簡単なことだった……。お前たちはみな、”愛されている”からだ」

 

 キャロルから放たれた言葉に一瞬息が止まる。言葉の意味は分かるが、上手く飲み込めない……そう言った顔だった。

 

「理解らぬか。理解らぬだろうなぁ……。他者に愛され、温もりを与えられた我が半身……。”否定(ナイン)”の名を持ちながらも、貴様という存在は否定される事無く受け入れられ、愛されたのだから……」

「それは……!」

「否定のしようもあるまい。自己の存在を受け入れられ、その安寧に身を落としていたのが貴様自身だったのだからな。

 だがオレはどうだ? 遺された命題を為す為に、世界にひとりぼっちで数百年……。想い出に遺るパパの姿と、顔と、温もりを消さぬようにただ蓄えて、繋いで、我が身を錬金術そのものとしてきたッ! 最早パパ以外の誰を愛することもなく、誰にも愛されることもなく、独り傀儡を舞い踊らせては万象の黙示録を作り上げて来たッ! 全てはパパの、錬金術師の宿願を為す為にッ!!

 ……だがそれは貴様らに砕かれた。私とパパとの繋がりを絶たれ、パパとの想い出までもを燃やし尽くして世界を壊そうとしたと言うのに……」

 

 キャロルの独白は続く。慎次の腕の中で呻く響も、傍らで今にも泣きそうな顔で見つめるエルフナインも、踏み躙られたままのエックスも、通信端末を通じてそれぞれの装者とウルトラマンたちにも。

 

「……我が身が黄泉より還って最初に見たモノは、幸せそうなお前の生きる姿だったよ、エルフナイン。新たな地で、仲間と共に、温もりに包まれて――。

 胸が疼いたさ。この身には赦されぬ温もりを、”同じ”であるお前だけが甘受していることに。そして思った。真の万象黙示録を完成させ、この世の全と一つになろうと。其処にはパパも居る。大好きなパパだけが、私に温もりを与えてくれる。私を愛してくれる……ッ!」

「その為に世界へ自分を刻み込み、解剖を――」

「そうさッ! 全ては私がパパに会う為に……パパのところに辿り着くためにッ!

 ……だけどお前たちはそれを止める。何故だ? 子が愛する親の下へ行こうとして何が悪い? 世界を壊すと言う手段が悪か? 魂も何もかもを炭にして舞い飛ぶことが――それしか選択肢が無くとも、それは断破すべし悪しき行いだと……ッ!?

 ――ならば故にオレはお前を、お前たちを、世界を憎悪するッ! 嫉妬するッ! この身の最後一欠片に遺された想いが求める限り……ただ安らかなる温かき愛を、欲するが故にッ!!!」

 

 ソングキラーが吼える。その声はまるで、幼い子供の泣きじゃくる声だ。

 龍脈(レイライン)に乗って流れる咆哮は魔王獣にも伝播し、それぞれが同じように泣き出した。惨憺(さんたん)の”禍嵐”、嫉妬の”禍炎”、憎悪の”禍塊”、哀哭の”禍涙”。キャロルの奏でるあまりにも純粋で無垢なマイナスエネルギーが、魔王獣に更なる力を与え高め上げていく。

 

「クソォッ! なんだよこんなの、どうすりゃいいんだよッ!!」

(キャロルの想い……こんな当たり前の想いを、こんなにも……ッ!)

 

「余りにも深く、激しく、だが余りにも清く澄み渡ったマイナスエネルギー……。こんなものが、あるなどと……ッ!」

(駄目なのかよ……。アタシたちじゃ、アイツを救えねぇのかよぉ……ッ!)

 

(心が痛いよ……涙が溢れて、止まらないよ……ッ!)

(理解り過ぎるほどに理解るから……ひとりぼっちの寂しさも、温もりのない辛さも……ッ!)

「ただ亡き父に愛されたい……。そんな、余りにも無垢な想いまでも利用していたのか、エタルガーッ!!」

 

(それでも、救うと誓った……ッ! あの日の誓い、忘失れてなどいるものか。この光は、その為の――ッ!!)

 

「……約束、したんだ。痛みや、悲しみや、憎しみを……。全部受け止めて、手を伸ばすんだって……。絶対に、キャロルちゃんの手をとって握り締めるんだって……ッ!」

 

 奇跡を纏う少女たちが自らの想いを胸に再起を試みる。それに呼応して光の巨人たちも赤く点滅する胸のタイマーを推してでも構えを作り上げる。踏み躙られているエックスもまた、力を振り絞りソングキラーの足を押し返していく。そして僅かな隙間から回転してその場を逃れ、なんとか立ち上がった。

 

「……私には、君の行いの是非を決めることは出来ない。愛とはなんだ……正義とは、一体……。力で勝つだけじゃ見出せぬ答え……。いつそれが見つかるやも知れぬ、永遠の命題かも知れない……。

 だが、今の私にでも分かる事がある。私は君を、君たちを守護りたい……ッ!!」

 

 走り寄るエックスを蹴り飛ばし倒す。点滅するカラータイマーから、無理に進んだのが目に見えていた。だがソングキラーの攻撃はコレで終わらない。

 

「守護る、か。そんな不安定な義体で、寄せ集めの矮小な力で、貴様は何を守護れるとでも言うのか? 無力で不完全な巨人……お前は何処までもエルフナインのような出来損ないだな」

 

 右腕から伸びた光の剣、マリアの変身するウルトラマンネクサスのデータから得たシュトロームソードでエックスを斬り付けていく。そのダメージに呻きながら、それでも言葉を返していく。

 

「グ、ウウウッ! ……エルフナインは、出来損ないなどではない……ッ!!」

「戯言を吼える余裕はあるか。ならばこれはどうかな?」

 

 右腕を内水平に構え、額から光の刃を発射するソングキラー。エメラルドの光はエックスの身体を焼き、先程の傷痕を確実に貫いていった。この技は、ウルトラマンゼロのエメリウムスラッシュだった。

 

「グアアアアアアッ!!」

「まだ、終わらんぞッ!!」

 

 次いで構えるは右腕を外水平に、左腕を斜め上に伸ばした後、両手を頂点で重ね合わせ腹部のバックル部分で構えを取る。そこから広範囲に放たれる連続光線は、ウルトラマン80のバックルビームだ。

 

「がああああああッ!!」

「エックスさん、もう良いです! 戻ってくださいッ!!」

「駄目だ……私は、まだ……ッ!!」

「もうやめてキャロルッ! そんなにボクが憎いならボクを殺してッ!! そしてボクを最後に、もう誰も傷付けないでェッ!!」

「――ああ憎いさ。だからそう簡単に殺してやるものかよ。

 憎いからこそ、否定されるべき存在であるお前の目の前でお前が愛するもののすべてを否定してやるんだろうがァッ!!」

 

 心の内をただ曝け出したまま、ソングキラーは両腕を水平に伸ばし上体を左へと捻る。そこから反動を付け身体の前でL字を組んで光線を放った。原初のエースキラーが用いた宿敵の必殺技、メタリウム光線がエックスに直撃する。

 

「うぐあああああああッ!!!」

「エックスさんッ! エックスさぁぁぁぁんッ!!」

 

 吹き飛ばされ倒れ込むエックス。最早立ち上がる力もなく、加速を増す点滅はその命の限界を見ているようだった。

 エルフナインの慟哭を聴きながら、血涙と共に何処か愉悦の表情を浮かべるキャロル。そしてソングキラーを操作し、左腕に伸ばした右腕を打ち付ける。そして円運動と共に高められた力をL字に組むことで超熱光線を発射する、ウルトラマンガイアのクァンタムストリームだ。

 間違いない。キャロルはコレをエックスに対する止めの一撃にするつもりだ。だが、だからとて何が出来ると言うのか。

 万策は尽きた。元より一万と一つ目の策として作り上げたのがRealizeUX。ウルトラマンとシンフォギア装者たちを信じるが故にこれ以上の策を立てずに居た己が身を呪う。ただ呪い、傷付ける。それ以外に出来ることなど無かったから。

 

 絞り出すように、彼女が声を出す。

 もう、何処に向かって出しているのかも分からないような声を。

 

「……もうこれ以上、”ボク”の……”オレ”の……”私”の想い出を、踏み躙らないで……。

 

 ――お願い、だれか……」

 

 余りにも小さく、余りにもか細く、余りにも信じることなく、それでも出て来てしまった言葉。

 機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)など存在しないというのに、一体この身は何に縋ったというのだろう。

 彼女の声は虚空に消え、やがて――

 

 

 

 

「これは……司令! 東京上空に新たな時空振動反応を検知ッ!」

「こんな時にかッ!? 規模はッ!!」

「これまでで最も小規模ですッ! この大きさから推定すると……戦闘機サイズの物体が転移してきますッ!!」

「一体、何が――」

 

 

 

 

 ――虚空より、その答えが返って来た。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 21 【君と僕の名前】 -B-

 移動本部指令室にて観測された新たな時空振動。

 他次元から物体が転移することで発生するというそれは、正に東京上空で発生。小型のワームホールを作り出し、そこから一機の歪な飛行物体が飛び出してきた。

 誰しもが呆気に取られていた。あのような飛行物体は見たことが無かったからだ。先端はクワガタムシの顎のように大きく開いているものの、その形状はまるで空飛ぶ円盤だ。胴体部分にはワゴン車と思しきモノが接続されている。そんな摩訶不思議な……玩具のような設計をしたものが空を舞っているのだ。やや、不自由に。

 

 旋回する飛行物体、其処に乗る一人の男が凄惨な街の状況を確認する。彼自身が知っている地名ばかりではあったが、建物のいくつかは見知らぬ設計を為されている。そして見つけた、胸のランプを点灯させながら倒れ込む銀色の巨人と、其処に向けて力を溜める赤金の魔人。

 その時彼は一瞬で、自らがすべきことを決めていた。

 

「――みんな、ごめんッ! マスケッティイジェクトッ!!」

 

 ワゴン部分を残し排出される円盤。超加速した質量は、ソングキラーを目掛けて突進し、側頭部へと直撃した。

 

「なんだ、今のはッ!?」

「マスケッティ……まさか……」

 

 怒りを露わにするキャロルを尻目に、銀色のワゴン車が着陸と同時に停車する。奇しくもそこはエルフナインや慎次、彼に抱えられている響の眼前だった。

 急ぎ飛び降りてきたのは、プロテクターとヘルメットを装備し、その下には黒地に赤のラインが入った特殊部隊のモノと思われる隊員服を身に纏った若い男。周囲には一切目もくれず、真っ先に倒れ込む銀色の巨人、ウルトラマンエックスへとその眼を向けていた。

 そして黄金の縁取りが為された長方形のデバイスを片手に、力強く声をかけた。

 

「エックスッ!!」

「……大地、なのか……!? 何故、君が此処に――」

「俺もゆっくり話したいけど、そんな感じじゃなさそうだな。戻ってこいッ!」

 

 その青年……大空大地の言葉に従うように、エックスは自らを電子化し、今まで憑依していたエルフナインの端末から大地の持つマルチデバイス……【エクスデバイザー】へと帰還した。いつもの青く光るバストアップが表示され、其処にエックスがちゃんと存在していることを示していた。

 その一連の流れを見て、思わずエルフナインが大地の下に駆け寄りその手を押し下げてエクスデバイザーに宿るエックスを覗き込む。

 

「うぉわっと!? な、なに!?」

「エックスさんッ! 大丈夫なんですかッ!?」

『大丈夫、私は無事だエルフナイン。……だが、済まない。君との計画は結局……』

「今はそれよりも……エックスさんが無事だっただけで、それで……ッ!」

 

 ぽろぽろと涙を流しながら大地の手にしがみ付くエルフナイン。零れる涙は、エクスデバイザーの端末画面に落ちていった。

 それに何処か安堵したような顔を見せながら、大地は空いた左手でエルフナインの頭を優しく撫でる。そこでようやく、彼女が大地の存在をハッキリと認識した。

 

「あああああの、その、ご、ごめんなさい急に!」

「大丈夫だよ。君がエックスと一緒に居てくれたんだね。ありがとう。俺は大空大地。エックスのパートナーだ」

「あなたが、大空大地さん……。あの、ボクはエルフナインと言います! エックスさんからお話はかねがね! それで、その――」

 

 エルフナインが言葉を言い切る前に、爆裂音と共に瓦礫が降り注ぐ。ソングキラーが攻撃を再開したのだ。

 

「異次元からの者……。お前もオレの邪魔をするのかァァァッ!!」

 

 左手から放たれるエネルギー波。炸裂する地面に跳ね飛ばされながらも、大地の心は既に戦闘態勢に入っていた。

 

「エックス、アレは?」

『ソングキラー。錬金術師、キャロル・マールス・ディーンハイムが操る機械超人だ』

「機械か……。中に誰か乗っているのなら、なんとか無力化するしかないな」

『そう簡単にはいかないが、それは追々説明する。……それよりも、聴いて欲しいことがある』

 

 真剣なエックスの声に、大地もまた真っ直ぐと彼を見据える。幾度となく戦いの地を駆け抜けた相棒の言葉を何よりも傾聴する為に。

 

『黒幕は他に居る。超時空魔神エタルガーと言う者だ。

 ソングキラーを操るキャロルも、エルフナインも、いま世界で戦っている他の仲間たちも、エタルガーによって大きく傷付けられてしまった。私はヤツを、断じて許すことが出来ない。

 これはウルトラマンとして恥ずべき感情と行いであることは自覚している。だが、私の想いは揺るぎようのない程に固まってしまっている。誰よりも何よりも、今は彼女たちだけを守護りたいのだと……ッ!』

「エックス、お前……」

『身勝手なのは重々承知している。だが大地、如何な偶然か運命かは知らぬが君が今此処に居てくれている。

 だから、もう一度改めて頼む。私に……私の身勝手に、力を貸してくれッ!』

 

 吐露される余りにも不器用なエックスの気持ち。だが、大地にはそれだけで十分だった。

 

「なに言ってんだよエックス。俺は、今まで何度も君に助けてもらって来た。夢と向き合い進んでいけてるのも、エックスが居たからだ。

 そんなエックスからの頼みだ。俺の力で良ければ、いくらでも使ってくれッ!」

『――ありがとう、大地。やはり、君を選んで良かった』

 

 エックスからの感謝の言葉に笑顔で答える大地。そして二人は瓦礫の道を駆け抜けて、ソングキラーの前に立つ。慎次に抱えられる響は何処か虚ろな目で、エルフナインはその眼を涙で濡らしながら、その姿を見つめる全ての視線が、彼らに注がれていた。

 

「大地さんッ! エックスさんッ! 勝手なお願いですが、どうかキャロルを……ひとりぼっちの”私”を止めて下さいッ!!」

 

 涙ながらに託された想いに笑顔で答える大地。それはとても重い願いだったのかもしれない。だが、彼らはそれを意識することもなく、ただ”いつものように”、彼らのやるべき事をやる。それだけだった。

 

「行くぞ、エックスッ!」

『ああ、行こう大地ッ!』

 

「『ユナイトだッ!!!』」

 

 左手に握ったエクスデバイザー。その上方のスイッチを押すことでデバイザーを展開、Xモードへと変形させる。そのエクスデバイザーの中央から光が溢れ、エックスの本当の肉体であるオリジナルのスパークドールズが顕現。大地が力強く掴み取る。

 そしてデバイザーの下方にあるリードポイントに、スパークドールズの足底部に印されたライブサインを押し当て認識させる。デバイザーから認識音声が発せられると同時に、大地とエックスが一つに重なり合っていく。

 そして大地は、左手のエクスデバイザーを天に掲げ、雄々しき叫びを上げた。

 

 

《ウルトラマンエックスと、ユナイトします》

「エックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

「イィィィッッサァァァァァァッ!!!」

 

 

 電子の光を迸らせながら飛び立つエックス。地面を巻き上げながら出現する巨大な姿は、先程のリアライズ以上の力の高まりを見せていた。

 美しく輝くレッドラインを伴う銀色の身体に、X字のカラータイマーは青く清浄な輝きを湛えている。その威容を、見つめていた者たち全てが見惚れるように言葉を出せなかった。

 

 ――この世界において、一番最初にタスクフォースへとコンタクトを取って来た”ウルトラマン(異邦人)”。

 直接戦えぬ身となりながらも、その叡智で戦う者たちを助け、時に危機を救ってきた者。

 それが今、心身を預ける相棒を伴い本当の姿を以って、この世界の危機に対し一番最後に起ち上がったのだ。

 

《エックス、ユナイテッド》

 

 その名は、未知なる可能性を信ずる光の超人――ウルトラマンエックス。

 

 

 

 

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 雄々しい声を上げながら走りだすエックス。ソングキラーに向けて再度空中からの拳を放とうと突撃する。

 

「一つ覚えが効くものかよッ!!」

 

 同じく左掌を突き出し受け止めようとするソングキラー。狙い通りにエックスの拳は其処へ吸い込まれた。だが、其処からだった。

 意図的に拳を下へ透かし、そのまましゃがみ込み水面蹴りを放つエックス。足元の攻撃に反応が遅れたのか、ソングキラーが一瞬バランスを崩してしまう。其処を捕まえ膝蹴りを二発打ち込み、最後は力強く蹴り出した。

 一瞬退がるソングキラーだったが、すぐに足を踏ん張り左手の鋭い爪を振り回し反撃。エックスはそれを一つ一つ受け止めていく。だが隙を突かれ右の拳を脇腹に貰ってしまうが、すぐに立ち上がってスライディングで再度足元を狙うエックス。読んでいたとばかりに跳ぶソングキラーだったが、エックスは立ち上がったと同時にXスラッシュで無防備な着地際を狙っていた。

 先程よりも遥かにキレの増した動き、放たれた一撃にソングキラーも地に膝を付いてしまっていた。

 

「強い……。本当の力を手にしたエックスさんは、こんなにも……」

「いいえ、恐らく単純な力だけではキャロルの方が上なのでしょう。でも、エックスさんと一体化……ユナイトしている彼の存在が、キャロルの予想と思惑を超えていた」

「緒川さん、それってどう言う……」

「あのソングキラーには、この世界で戦って来たウルトラマンと装者のデータが存在してあると言っていました。ですが、本当の力を引き出したウルトラマンエックスがこの世界で戦うのは、今日この日が初めて。つまり……」

「対応するデータが無い……そういう事なんですね」

 

 エルフナインの言葉に頷く慎次。彼の読みは見事に当たっており、大空大地とユナイトしたウルトラマンエックスの戦闘力はソングキラーに宿るキャロルの完璧な頭脳でさえも知ることが無かったイレギュラー……【切り札(JOKER)】として機能していたのだ。

 

「知らないからなんだというのだッ! このソングキラー、ウルトラマンの一人程度更なる力を以って力尽くで粉砕してくれるッ!!」

 

 天に手を掲げると、楔を打ち込んだ龍脈(レイライン)の最終点から四つのダークスパークが出現。ソングキラーに飲み込まれていった。

 

「貴様らが戦った闇の巨人や超獣の力ッ! それらも合わせ束ねて、貴様を蹂躙してくれるわッ!!」

「大地! こっちもアーマーだッ!」

『済まないエックス。ちょっと事情があって、ゴモラたちは連れて来れなかったんだ……!』

「何ィッ!?」

『でも大丈夫、もう一つの心強い仲間たちの力なら、俺たちの傍にあるッ!』

 

 そう言って大地がエックスの体内でカードを展開する。それらは全て、深く美しい青で統一された戦士の姿が記されているものだった。

 

「ウルトラマンたちのサイバーカードか……。そうだな、これならばッ!」

「なにをベラベラとォッ!!」

 

 駆けるソングキラーの腕からは、超低温を伴う白い刃が形成されていた。愛憎戦士カミーラの持つアイゾード。其処に加えて小日向未来が纏っていたシンフォギア、シェンショウジンの物と同一のビットミラーがソングキラーの周囲に出現した。

 アイゾードで連続で斬り付けられるエックス。それと同時にビットミラーから僅かな隙間や死角を突くように超低温の光線が放たれ、火花と共に身体が凍り付き始めていく。

 そのままアイゾードを伸ばしカミーラウィップへと変えてエックスを拘束、ビットミラーからの一斉攻撃を受けてその身を完全に凍て付かせてしまった。

 

「エックスさんッ!! 大地さんッ!!」

「大丈夫だ、こんなもの……ッ! そうだろう、大地ッ!」

『ああ! 力を貸してくれ、ヒカルさんッ!』

 

 震える手でエクスデバイザーにカードを差し込む大地。カードに仕込まれたライブサインがロードされ、其処に秘められた力がエックスへと宿る。この状況に選んだカードは――

 

《ウルトラマンギンガ、ロードします》

 

 ロードと共にエックスの前腕部、下腿部、肩部、胸部に青いクリスタルが装着されていく。かつて大地とエックスが共に戦ったウルトラマンの一人、”未来”のウルトラマンであるウルトラマンギンガより授かった力を解放したのだ。

 カミーラウィップに縛られ凍結するエックスだったが、それに対抗するかのように装備されたクリスタルが、赤く燃えるように輝いていく。

 

「『うおおおおおおおおおッ!!』」

「なぁ――ッ!」

「『ギンガファイヤーボォールッ!!』」

 

 高ぶる灼熱で絶対零度とも取れる凍結を砕き、右腕を天に掲げ多数の火炎弾を召喚するエックス。拡げていた掌を強く握り締めると同時に、火炎弾はソングキラー目掛けて連続で撃ち込まれていった。

 拘束していたカミーラウィップとビットミラーの全てをギンガファイヤーボールがまとめて粉砕。爆炎の直撃を受けて、ソングキラーが引き下がった。

 

「ならば、コレでぇッ!!」

《キラートランス! ジャンボキング! レッグッ!!》

 

 腰下肢に顕現させるジャンボキングの下半身。まるで人馬のような姿となり、後方から破壊光線を放ちながらエックスへと突進していった。それに合わせて大地もすぐに、別のカードを取り出してロードしていた。

 

『ショウさんッ!』

《ウルトラマンビクトリー、ロードします》

 

 ロードの直後、大地の手元に現れたのは美しい青水晶の怪獣型スパークドールズ。その姿に、大地は自分に剣技を教えてくれた偉大なる先達の姿を思い出した。

 

「これは、ショウの言っていた彼の相棒の聖獣シェパードン……!」

 

 応えるように流れる彼の鳴き声は、まるで強い自信に満ち溢れているようだった。親友(とも)戦友(とも)もまた、我が友と認めるかのように。

 

『――お願いだ。俺たちに、力を貸してくれッ!』

 

 シェパードンの咆哮と共にそのライブサインをエクスデバイザーでリードする。眼前には巨大な下半身を以って重戦車のように此方に向かって走るソングキラー。ギンガのクリスタルを解除したエックスはおもむろに地面へと手を付け、その脈動を感じ取っていた。そして――

 

《ウルトランス! シェパードン! セイバーッ!!》

「おおおおおおおおッ!!!」

 

 大地を引き裂き、聖獣の鍔を持つ無骨な結晶の剣――絆の聖剣【シェパードンセイバー】がエックスの手に握られていた。横に構え刀身を持ち、ジャンボキングの脚部で突進するソングキラーを受け止めた。

 そのまま右に振り抜きソングキラーを斬り付けるエックス。一瞬怯み退がるソングキラーだが、またすぐに破壊光線を乱射してエックスを攻め立てていく。爆発に晒されながらもシェパードンセイバーを大きく振るいながら袈裟切り、払い、突きと不器用ながらも放っていった。

 怯んでもなお怒れる重戦車のように駆けるソングキラー。迫るそれを見て、エックスが力強く飛び立つ。天へ振り上げたシェパードンセイバーが、エックスと大地の想いに応えるように七色の輝きを放ち、回転しながらソングキラーの背後……ジャンボキングの後半身目掛けて大きく振り下ろした。

 

「ぐぅううううッ!!」

「『シェパードンセイバーフラッシュッ!!』」

 

 二人の叫びと共に跳ね上げられた剣がV字の軌跡を描きジャンボキングの後半身を切り裂き破壊する。爆発と同時にキラートランスが解除され、母体であるソングキラーが吹き飛ばされた。

 忌々しそうに地面を殴り付け、再度エックスへと向かって走り出す。手に握られていた武器は、大振りの剛槍――天羽奏のガングニールのアームドギアへと変わっていた。

 

「何故だッ! 何故邪魔をするッ!! 何も知らない貴様らが……無関係な者どもがァァッ!!!」

 

 喚き立てながら力任せに奮われる剛槍の連撃。激しく打ち付け合う攻防の中で、得物の長さと純粋な質量でソングキラーが勝ったのかシェパードンセイバーがエックスの手から離れてしまう。

 

「ぐうッ!」

「その隙ィッ!!」

 

 剛槍の刀身に稲妻を伴わせ、激しく回転。そのままそれを突き出し、ソングキラーがGENOTHUNDER∞METEORを発射した。

 黒き破壊の雷電旋風がエックスに向かって迫り来る。だが彼らもまた次の行動は済まされていた。

 

『頼む、ネクサスッ!』

《ウルトラマンネクサス、ロードします》

 

 次いでロードしたのは、この世界ではマリア・カデンツァヴナ・イヴが変身するウルトラマンであるネクサス。彼もまたエックスの世界にて、大地の所属する組織であるXioの副隊長、橘さゆりを適能者(デュナミスト)に選び僅かな一時だが力を与えていた。その時に大地とエックスへその力を分け与えていたのだ。

 ロードと共に装着されるのは、両腕の手甲アームドネクサス。両腕を縦に構え、放たれた力が【Xバリアウォール】を展開。ネクサスの力でさらに増した輝きがそれを更に強固なものとし、背後に居る者たちをただの一つも傷付けぬようその攻撃を受け切っていた。

 

「何故だ……何故だぁぁぁぁぁッ!!!」

『確かにっ……この世界に来たばかりの俺は君のことを何一つ知らない……。だけど、エックスが君を救いたいと言っているッ! エックスと一緒に精一杯戦った彼女たちが、君を止めてくれと願っているッ! だからッ!!』

 

 GENOTHUNDER∞METEORを弾き飛ばしたエックスが、胸の下で両腕のアームドネクサスを強く打ち付ける。両腕を前に構えるその動きは、腕の間で奔流となり高まるエネルギーは眼にする者にとって覚えのあるモノだった。

 

『だから俺は、それを信じて戦うんだッ!!』

「『オーバーレイッ! シュトロォームッ!!!』」

 

 L字を作り放たれたのは、清流のように美しき中に邪悪を粉砕する力を秘めた破壊光線。ウルトラマンネクサスの必殺技でもあるオーバーレイ・シュトロームだった。光の一撃はソングキラーの手に握られた剛槍へ直撃し、やがてそれを粒子レベルへと分解消滅させた。

 弾け飛び怯んだソングキラーだったが、今度は両腕から三角形を連ねた紫水晶の鞭……ネフシュタンの鎧に存在する刃鞭を生み出し伸ばす。エックスのアームドネクサスに絡み付いたそれは、強く引き絞ることでアームドネクサスを破壊。仰向けに倒れ込むエックスに向かって、天空から巨大なモノクロのスパークを伴う雷球が振り落とさせる。

 それだけでなく巨大な雷球から小さなエネルギー弾が驟雨の如く流れ落ちていった。ネフシュタンを纏ったダークファウストが放ったDARK NIRVANA CLUSTERである。

 

「何も知らない貴様らがッ! 愛してくれる者の居ない痛みも冷たさも理解らぬ貴様らがァァァッ!!」

「そんな事は無いッ! エルフナインも、装者のみんなも、誰もが君を救う為に戦ったはずだッ!! 手を差し伸べたはずだッ!! 愛していることを知り、愛されていることを知ったからこそッ!!

 誰もが自分だけの世界から牙を剥き、誰かを抑えつける事だけが全てだなんてことはないと言うことをッ!!」

 

《ウルティメイトゼロ、ロードします》

 

 空中に飛び立つエックス。其処に弓を模した白銀の鎧が装着されていく。次元を超えるウルティメイトイージスを纏ったウルトラマンゼロの戦闘データを分析したXio化学班の長、グルマン博士生み出した自称最高傑作だ。

 

《ウルティメイトゼロアーマー、アクティブ》

 

 電子音声が装着完了を継げた直後、アーマーを装備したエックスが更なる超加速で空を舞う。緩やかに落下する巨大な雷球から分かれるように降り注ぐ光弾を全て切り裂いていく。真逆の方向へ落ちる光弾を目にすると、眼前にワープホールを作り出しそこを通過。光弾の進行起動上にワープアウトし破壊していった。

 超高速飛行連続の短距離ワープを駆使して全ての光弾を破壊し終えると、巨大な雷球の落下する真下へとワープアウト。右腕の刃に力を込めていく。だがそれと同時に、ソングキラーもまた雷球の上でマイナスエネルギーを激しく高ぶらせていた。

 形成されるのは地球に打ち込んだ楔と似た形状の、だがより禍々しく大口を開けている槍。ダークルギエルより模したダークスパークランスに、暴食のネフィリムを重ね合わせた兆熱の餓顎となる代物だった。

 

「諸共に喰らい果てろおおおおおおッ!!!」

 

 投げ放たれる槍は荒れ狂う暴食の獣の様相を呈し、巨大な雷球に齧り付く。その力を喰らいながら、更なる力に変えて標的を破壊せしめる心算なのだろう。一方でウルティメイトゼロアーマーの右腕の刃を構えたエックスは、雷球を受け止めるように右の刃で貫く。

 足が地面にめり込むほどの衝撃を受けながら、大地は次なるウルトラマンの力を呼び出した。

 

『――頼む、マックスゥゥゥッ!!』

《ウルトラマンマックス、ロードします》

 

 銀の刃で雷球を受け止めながら、空いた左腕を天に掲げる。かつて大地とエックスの窮地を救った最強最速のウルトラ戦士、ウルトラマンマックスより授かったもの――信じ貫く気持ちこそが、本当の力になるのだと託された力だ。

 掲げられた腕から放たれた淡い虹色の光が、遥か天空より次元を超えて黄金の翼を召喚した。マックスギャラクシー……ウルトラマンマックスから与えられた更なる力。ウルティメイトゼロアーマーの右腕の剣に同化する形で合体し、その力を更に拡大させていく。

 高まる力に合わせるようにウルティメイトゼロアーマーが分離し、マックスギャラクシーを中心に右腕の刃へと集まる形で弓状に姿を変える。そして二つの力が最大まで高まった時、究極の一撃が放たれた。

 

「『ウルティメイトギャラクシィィィィ……カノォォンッ!!!』」

 

 あまりの反動にエックス自身が後ろへ吹き飛ばされるも、マックスギャラクシーを核とし大型の弓と化たウルティメイトゼロアーマーは巨大な雷球を切り裂き、猛然と喰らおうとするネフィリムの力を荒れ狂わせるダークスパークランスをも砕いた。そしてその光の一撃は、ソングキラーに確実に到達したのだった。

 

 倒れたソングキラーは火花を上げながら眼の色を落としていた。その中ではキャロルが、呆然とした顔で手足を小さく動かしていた。ソングキラーからの応答は大きく帰って来ず、さっきの一撃で機能の大半を落とされたらしい。

 その中に居るキャロルを救い出すために、エックスがゆっくりと近寄っていく。煙を上げるソングキラーは、完全に沈黙していた。

 

「そんな、馬鹿な……。奇跡を鏖す、このソングキラーが……」

 

 呆然と呟くキャロル。力を高め、万全で臨んだはずの世界分解が、ただの一人の……彼女にとって歯牙にもかけなかった”未知なる超人(ウルトラマンエックス)”に止められてしまったのだ。

 口惜しさに歯噛みする。だがその時、暗天から深い声が響き渡って来た。エタルガーだ。

 

『諦めてはいけないよキャロル。君はまだ立てる。ソングキラーはまだ戦える。シャトーもいまだ健在で、君の奏でた破滅の歌は私にしっかりと届いている。

 そこで、私が君にもう一度力を与えよう。君自身を形作るマイナスエネルギーを……君自身の”存在”を暴走させ、全てを破壊してやるんだよ』

「エタルガー……お前、何を……!」

 

 キャロルの言葉を待たずに天空から黒い雷撃をソングキラーに向けて放つエタルガー。それを受けたソングキラーが、跳ね上がるように痙攣し始めた。

 

「がうあああああああああああッ!!!!」

『そうだ、思い出せッ! 最愛の父を焼かれた日の事をッ! 寄る辺など無く、這いつくばりのた打ち回りながらも独りで生き永らえた日の事をッ! 幾百年にも渡る世界への憎しみをッ! 憎悪だけを支えに心を殺し進んだ歩みをッ! それでもなお心の底に刻まれた、愛する父の温もりを求める欲望をッ!!』

「あああああ……ぱ、ぱぁぁぁぁぁ……パァパあああああああああああッ!!!」

『そうだ、その想い出を燃やせッ! そしてマイナスエネルギーを更に燃焼させろッ!! それこそが奇跡を鏖すただ一つの方法……大好きなパパに会う為の方法なんだよキャロルゥッ!!!』

 

 エタルガーの言葉と共に再起動するソングキラー。背部に装備されたダウルダブラのファウストローブユニットは大きく展開し、微振動を続けている。

 顔を上げ、何処か血涙のように赤い光を放つ目が狙いを定めた時エックスに向かって最大級の破壊のフォニックゲインが撃ち放たれた。

 

『ぐああああああッ!!』

「ぐぅぅぅ……ッ! 大丈夫か、大地ッ!」

『なんとか……。でも、とんでもない力だ……!』

「キャロルはその身一つで絶唱と同程度かそれ以上の出力のフォニックゲインを放つことが出来るからな……。まともなやり合いじゃ私たちでも勝ち目はない……!」

『絶唱とかフォニックゲインとか俺にはまだ理解らないけど、ヤバいってことは分かるよ。でも……』

 

 一拍置いて大地が語る。少ない情報量、託された意志、そして相対した彼女に向けられていた言葉を合わせ、彼が出した答えを。

 

『……親を失って、誰にも助けてもらえなくて、誰かに愛されることもなくて……本当にどうしようもなくなって泣くしか出来なくなった子供が、其処に居る。そうなんだな、エックス』

「――ああ。愛に逸れ、愛を憎み、それでもなお愛を求めている少女が、其処に居る」

『だったら助けるしかないじゃないか。今も別の場所で戦っている彼女たちが、戦えずに見守る彼女たちが、そして”俺たち”が、それを信じ願っているんだからッ!!』

「そうだ大地……! これまでもずっと、私は君と共にそうしてきたッ!」

 

「『何度倒れようとも、絶対に諦めないとッ!!』」

《ウルトラマンエックス、パワーアップ》

 

 大地の手の中にエックスに酷似した別のスパークドールズが出現。それをエクスデバイザーでリードすることにより強化を告げる電子音声が奏でられ、同時に彼の手に青い短剣が顕現する。

 それはかつて、ダークサンダーエナジーと呼ばれる未知の超エネルギーによってその身を蝕まれエックスがその身を砕けさせてしまった時。彼を救うべく大地が電脳空間へとダイブした時に見た”虹”の根本から見つけ出した【大切なもの】。

 大地とエックス、そして仲間たちと彼の家族までもを時空を超えて繋いだもの。その出自は、言うなれば彼の世界での”完全聖遺物”に相違ない。彼らはその名を、【エクスラッガー】と呼んでいた。

 

 刀身横に在る虹色のタッチパネルを下から上へスライドさせ、柄に仕込まれたトリガーを引くと共に乳白色の結晶体である刀身が下から青、紫、赤、黄色に輝き、そのグラデーションがまさに虹を思わせる光を放つ。そして大地とエックスの二人が更なるユナイトと共に存在を一つに重ね、エクスラッガーをX字に強く振るい新たなる力を呼ぶその名を叫んだ。

 

「『エクシードッ!! エェェーックスッ!!!』」

 

 エックスの身体に虹色の電光が駆け巡り、肉体を銀と黒のベースカラーに青、紫、赤、黄色のラインが走る姿へと変える。そして頭部にはエクスラッガーが出現、装着されることで大空大地とウルトラマンエックスの更なる深きユナイトの姿が完成した。

 

「――虹色の、巨人……」

「ヌゥンッ!!」

 

 キャロルの奏でる破滅の歌を、それを力に変えて放つソングキラーの一撃を切り裂いて輝き立つウルトラマンエックスのその新たなる姿を、エルフナインはおもむろにそう形容した。

 

「そんな虚仮脅しでぇッ!!!」

「おおおおおッ!!!」

 

 キャロルのマイナスエネルギーを伴う破壊のフォニックゲインを、エクスラッガーが放つ虹色の防壁で抑え込みながら防ぐ。だがその奔流はさすがのエクシードエックスであっても容易く防げるものではなく、敢え無く吹き飛ばされてしまう。

 エクスラッガーを地面に突き立てブレーキとして止まるエックスだったが、その常軌を逸した威力には只々感嘆するのみだった。

 

「なんて威力だ……。単純な破壊力ならグリーザやグア・スペクターより上かもしれん……!」

『何発受け切れるか、ってところか……!』

「燃えろ……憎悪と怨嗟を重ねた思い出など共に燃えてしまえ……ッ! それがパパのところに行くための手段……それだけがぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 再度放たれる破壊の奔流。もう一度それを受け止めるが、その中でエクシードエックスのカラータイマーが赤く点滅を開始する。このままでは状況が悪化の一途を辿るばかりであることは大地もエックスも理解っていた。

 それをただ見守っていた、エルフナインと響と慎次。響は慎次に肩を借りている状態だったが、なんとかもう立つ事が出来ていた。さすがに変身する体力は残されていなかったが。

 それでも立ち上がったのは、自分たちに何か出来ることが無いかと模索する為でもあった。彼女を、ただ感情のままに泣いている少女キャロルを助けたいのは響にとっても強く想うところではあるし、同じ記憶を抱えたエルフナインもまた今のキャロルの想いは理解出来ているのだから。

 

「……私たちにも、きっと何か……。キャロルちゃんに手を差し伸べる為に、何かを……ッ!」

「エックスさん……大地さん……!」

 

 祈りながら目を落とすエルフナイン。ふとその目に映ったのは自らの……つい先程までずっとエックスと共に居た専用の通信端末。RealizeUXのプログラム自体は未だ起動しており、演算式が走り回っている。

 そこで閃いたことがあった。かつて魔法少女事変の折にキャロルが燃やした復讐の炎を食い止めたのは、キャロルから放たれたフォニックゲインを装者たちが制御、調律することで六人の装者が束ね高め合わせたフォニックゲインだ。フォニックゲインは装者とシンフォギアが生み出すエネルギー。彼女らの歌が強ければ強いほど、想いが高ければ高いほどに高出力のエネルギーとなり生み出される性質がある。

 即座に思考を回転させるエルフナイン。ウルトラマンエックスのリアライズ自体は消滅したが、この場には未だ微量のエーテルが散布され続けている。フォニックゲインを放つ装者たちは未だ全員が健在。そして今この手の中には、”錬金術”を起動させるサーキットが握られている。

 ”大空大地”というイレギュラーな存在。それによって完全に復活し更なる強化態を見せたウルトラマンエックス。そこから見出せたもう一つ先の策。賭けではない、これは確信に近いなにかだった。

 

「――見つけた。キャロルに届かせるために、出来る事……!」

「本当、エルフナインちゃん!?」

 

 響の言葉に首肯で答え、すぐに通信端末へ向けて声を出す。

 

「みなさん聞いてくださいッ! キャロルを止める為に、みなさんのフォニックゲインをお借りしたいのですッ!」

『それは、構ないのだけれど――』

『こちとらみんなが地球の端々デスよッ!』

『ウルトラマンの力でも地球全体に歌を響かせるなんて出来ねぇぞッ!? どうすんだッ!』

「大丈夫です。みなさんの傍に通っている龍脈(レイライン)、これを利用しますッ!」

龍脈(レイライン)を……? まさか!』

『キャロルが破壊の歌を流しているように、私たちの歌を龍脈(レイライン)に流せば――』

「はい、正方向に流れるフォニックゲインはやがてこの終点に、東京に帰結します。そのエネルギーをRealizeUXの要領でエックスさんへのエネルギーへと変換、射出することでキャロルのフォニックゲインを打ち破りますッ!!」

『だがあの時は、キャロルのフォニックゲインを利用する形で反撃を為した。だが此度はそれを期待も出来ないのだろう。如何にする算段だッ!?』

「ウルトラマンさんたちの皆さんの力もお借りします! みなさんの力を合わせれば、きっとッ!」

『確かに超出力は出せるやもしれん。だがそんな不確定なもので――』

『思い付きを数字で語れるものではないッ!!』

 

 思わず現実的な回答をしようとする弦十郎。だが其処へ声を返したのは、以外にもエックスだった。

 

『……すまない風鳴司令。だけど信じてくれ。私を、大地を、エルフナインを。共に戦う、みんなの事をッ!!』

「お願いします、司令ッ!」

 

 エルフナインとエックスの懇願を受け、現状を確認する中で大きく溜め息を吐いた後に豪放な笑みを浮かべ吼えた。

 

『――まぁったく、宇宙人にもこっちのクセが移っちまうなんてなッ!!

 理屈は理解った、こっちでも可能な限りのサポートはする。だがエルフナインくん、エネルギーを東京に帰結させてからはどうするつもりだッ!?』

「それは――」

「そこからは、私の出番ってことだよね」

 

 エルフナインの代わりに返事をしたのは響だった。優しくも力強い笑顔で見つめている彼女は、エルフナインの作戦における自分の立場をよく理解っていたのだ。

 

「此処に集まったフォニックゲイン、私が全部束ねて発射しますッ!」

『無茶を言うなッ! S2CAは元々多人数での運用が前提のコンビネーションだぞ! 力の尽きかけた響くん独りで――』

「独りじゃありませんッ! みんなの歌があって、了子さんから貰った光があって、ウルトラマンさんたちも居て、エルフナインちゃんや緒川さん、師匠たちも助けてくれる。

 だから、出来ないなんてことは有りませんッ!有り得ませんッ!!」

 

 強く言い切る響。その言葉に、聞いていた装者の各々が小さく微笑みを交わしていった。

 根拠などたった一つ、「立花響がそう言うから」。それで十分だった。

 

「っしゃあ乗ってやらぁッ! しくじんじゃねぇぞ、響ッ!」

「俺たちの力も重ね合わせるッ! お前なら、お前たちなら大丈夫だッ!」

「みんなの想いを大地とエックスに、そしてキャロルへと届けるんだッ!」

 

 其々が相対する魔王獣を力尽くで押し出し、地面へと倒し込む。そして光の溢れる龍脈(レイライン)の上に立ち胸の前で光を集めた。

 シンフォギア装者のフォニックゲインとウルトラマンの光の力。その二つを高め上げ、皆が同時にカラータイマーから純粋なエネルギー光線を発射した。

 

「ロンドン、ロサンゼルス、クウェート、バルベルデ、各地点のウルトラマンより高出力のフォニックゲインがレイラインに向けて発射ッ!!」

「進路良好ッ!東京都庁地点へと到達まで、60秒ッ!!」

 

「大地ッ! 聞こえたなッ!」

『ああ……ッ! みんなを信じて耐えてやるさ、60秒ぐらいッ!!』

 

 虹色のバリヤーに亀裂を生じさせながらもなんとか耐え凌ぐエクシードエックス。その後では響が丹田呼吸で心身を整え、シンフォギアを再度身に纏い準備を整えていた。両手のガントレットを重ね合わせ、回転する槍状のプロテクターへと変化させる。

 ”Superb Song Combination Arts”。立花響を中心とした他の装者のフォニックゲインを集束、調律し爆発的な力を得ることを目的とした決戦用コンビネーションの一つ。此度の戦いではウルトラマンの存在と装者の局所集合がままならなかった部分から使われることは無かったが、これもまた彼女らの持つ奥の手の一つだった。

 出し惜しみなどしない。出来る手段は全てを利用する。そんな決意が響にも、エルフナインにも、誰の胸の内にもその想いがある。それを歌に乗せ、光に乗せて僅かな時を彼女は構えて待つ。

 そして、その時は来た。

 

「フォニックゲイン、来ますッ! 響さんッ!!」

「イグナイトモジュールッ!! オールセーフティリリィィィィスッ!!」

 

 掛け声と共に胸に秘められた短期決戦用ブースターであるイグナイトモジュールを全開放。変形したガントレットの先に装着されたエスプレンダーからも光が放たれ、龍脈(レイライン)より流れてくる全員の力を束ね受け止めるだけの力を生み出すよう備えを為す。

 

「S2CAレイラインヴァージョンッ!! 私の想いと歌も、エックスさんたちにッ!!」

 

 右の拳を天に掲げ、”誰かと手を繋ぐ”為に生まれた徒手のアームドギアがその力を発揮する。

 円形のタービン状のガントレットは超加速を開始し、それぞれの光を伴うフォニックゲインを束ね合わせていった。固定するために地面に打ち付けたバンカーが軋み、爆発的なエネルギーの波が響一人の身に圧し掛かる。

 

「――絶対に……今度こそ、絶対に届かせるんだッ! 私たちみんなの……エルフナインちゃんの、想いをォォォォッ!!!」

「アルケミックサーキット・フルドライブッ!! Ἑρμῆς(ヘルメス)ッ! Τρισμέγιστος(トリスメギストス)ッ!!」

「受ぅけ取って、くぅださあああああああいッッ!!!!」

 

 エルフナインの叫びと共に、端末より瞬時に展開された錬金術が齎す紋章の障壁。それは地面を抉りながらも立ち続けるエクシードエックスに向かい連なっている。其処へ向かって響が、超回転するガントレットから吐き出されるように発射された。

 虹色に輝く竜巻は紋章の障壁を打ち破りながらその組成を純粋なエネルギーへと変化させる。光の渦はエクシードエックスの背中に直撃し、黒銀の肉体に膨大なエネルギーが流れ込んで来た。

 

『な、なんてパワーだ……ッ!!』

「これが、みんなの想い……。キャロルを想う、みんなの光と歌……ッ!!」

『凄い……。こんな強い想いを受け取ったんなら、俺たちが膝を付くわけにはいかないよな……ッ!!』

「ああ、そうだとも……ッ! 私たちも全力で行くぞ、大地ッ!!」

『理解ってるさッ! この想い……この力……全てを乗せて、あの子の下へッ!!』

 

 大地の手に握られたエクスラッガー、その虹色のタッチパネルを下から上へ三度スライドタッチさせる。そしてエクスラッガーを逆手に持ち替え、柄の底にあるブーストスイッチを叩き押すことでエクスラッガーはその真の力を発揮する。

 ソングキラーの放つ破壊の奔流を消し飛ばし、左の逆手に構えたエクスラッガーを地面に突き立てることで、フォニックゲインと他のウルトラマンの力を乗せて更に輝く虹色の空間をソングキラーとの間に作り出した。

 

「な、なんだ、これは――ッ!?」

「キャロル・マールス・ディーンハイム……。これは君を愛している者たちの、愛そうとしている者たちの想いの光だ。君に向けて奏で送られる想いの歌だ。

 それを今みんなに代わって……もう一人の君自身に代わって、私たちが君に届けるッ!!」

『みんなの想いに応えてくれ、エクスラッガーッ!!』

 

「『エクシードッ!! エクスラァッシュッ!!!』」

 

 エクスラッガーを前に構え真っ直ぐと飛翔するエクシードエックス。身動きの取れぬソングキラーに通り抜け様の一太刀を浴びせると、其処から黒い瘴気が大量に溢れ出してきた。

 元来は怪獣を狂暴化させるダークサンダーエナジーから怪獣を解放するために生まれた浄化の技。故にエタルガーにより過度に増幅されたマイナスエネルギーに対しても効果はあった。だがそれ以上に、”彼女”の浄化を為したのは其処に込められた数多の想いに他ならない。

 それこそが、エクスラッガーの”真の力”なのだから。

 

 往復するようにもう一度背後から飛翔するエクシードエックス。その手は右手のエクスラッガーではなく、左手の開いた徒手が伸ばされていた。

 虹色の輝きの中でキャロルの眼が迫るその姿を呆然と見つめている。奇跡を体現する巨人(ウルトラマン)、その中に重なるシンフォギア装者たちの姿。一切の諦めを知らず先の戦いでも最後の最後まで手を伸ばした立花響の、自分自身の同位存在であるエルフナインの、皆が伸ばした掌だった。

 

「――いやだ……。わたしはずっと、ぱぱといっしょに……。ぱぱだけが、わたしをうらぎらないから……」

 

 キャロルの口から洩れる否定の言葉、虹の輝きは優しく、彼女の背を抱き締める。その温もりは、紛う事無き――

 

「――ぱぱ……?」

(……大丈夫だよキャロル。彼女たちを、”自分自身”を信じるんだ。恐れる心を乗り越えて、みんなの手を取って一緒に明日を歩くんだよ。

 哀憎の連鎖を否定する福音……キャロルとエルフナイン(パパの愛する娘たち)が手を取り合えば、それがどんな険しい道程でもきっと掴める。命題を叶えられる。

 悲しみのない未来……それが、絆で一つになる世界なのだから)

「ぱぱ……ぱぱぁ……!!」

(長い間独りにしてしまってごめんよキャロル。でも、パパはいつでもキャロルの傍に居るから――)

 

 

「パパああああああああああああッッ!!!!」

 

 

 キャロルの叫びと共にソングキラーを貫くようにエクシードエックスが通り抜ける。着地した直後、虹色の光がエルフナインや響たちの下に降り注ぎ、そこには蹲りながら涙を流し眠るキャロルの姿が在った。

 その姿を見た途端、眼に大粒の涙を浮かべて抱き締めるエルフナイン。その上から二人を覆うように響も抱き付いた。

 

「キャロルッ!!」

「キャロルちゃんッ!!」

「司令ッ! キャロル・マールス・ディーンハイムの保護を完了しましたッ! すぐにこの場を離れますッ!!」

『――そうか……そうかッ! わかった、急げよ緒川ッ!!』

 

 慎次の指示のもとすぐに車に乗って走り出す。それを見送ったエクシードエックスは再度立ち上がり、携えたエクスラッガーを頭部へと再度装着し直した。

 眼前に映るは繰り手を失い力を失くしたソングキラー。そして未だ明滅を続けるチフォージュ・シャトーの威容のみ。最早遮るものは無くなったのだ。

 

「あとはアイツだ。みんなから受け取った力、この一撃に込めるッ!」

『ああ、やろうエックスッ!』

 

 輝く額の刃に右手を添え、左手を跳ねるように上げ根元で添える。同時に大地がエクスラッガーのタッチパネルを上下逆に……上から下へスライドし、トリガーを引く。結晶の刀身が上から順に黄色、赤、紫、青に輝きを放ち、エクスラッガーに高められた力を一気に放出させる必殺光線である。

 

「『エクスラッガーショットッ!!』」

『デェェェェェッヤァァァァァッッ!!!』

 

 四色の光が互いに螺旋を組み合う事で虹の光と化し、戦友(とも)たちより託された光と歌をも重ね合わせ放たれた一撃は怪しく明滅するチフォージュ・シャトーへと伸び、ぶつかり合う。

 周囲を纏うマイナスエネルギーが防壁となっているが、束ねられた輝きはやがてその防壁を砕きシャトー本体を貫通。光と共にその巨大な建造物を爆発四散させた。

 それと共に龍脈(レイライン)に流れる、破壊の歌から齎されるフォニックゲインは静止。光が収まると同時に魔王獣たちもその動きを止めるに至った。

 

「各国の魔王獣、活動を停止ッ!」

「各装者とウルトラマン、健在を確認ッ!」

「……これで、終わったのか」

 

 状況報告に思わず声を洩らす弦十郎。他の地点でもウルトラマンたちは構えを解き、張り詰めた緊張の糸を僅かに緩めていた。

 声が響いたのは、その時だった。

 

『――いいや、此処からだ……ッ!』

「なにッ!?」

『まさかッ!』

 

 破壊されたチフォージュ・シャトー。その痕跡が生んだ時空の穴より、幾つもの光弾が乱れ撃つように放たれエクシードエックスを襲う。おもむろに防御をすることで攻撃を凌ぐが、周囲の地面は爆炎と共に抉れ瓦礫に飛散していく。その穴の向こうには、肉体の全てを復元させたエタルガーが其処に佇んでいた。

 

『エタルガーッ!』

『ククク……フハハハハハッ!!』

 

 時空の穴から悠然と出で来るエタルガー。その黄金の肉体に欠けている部分など無く、正に完璧な状態で地面へと静かに降り立った。

 

『時は満ちた……復活の時だ。我が波動により、もう一度その力を目覚めさせろ! 魔王獣どもよッ!!』

 

 東京の龍脈交錯点(レイポイント)に暗黒光線を放つエタルガー。瞬間大地は鳴動し、龍脈(レイライン)からは先ほどとは違う暗黒のエネルギーが噴出。動きを止めていた魔王獣たちもその存在を象徴する結晶を更に赤黒く輝かせ、高らかに吠え上げた。

 

『魔王獣たちを復活させたのかッ!?』

「なんて力だ……。これ程までに力を溜め込んでいたのかッ!」

「ああ、そうだな……確かに溜め込ませては貰った。

 ヤプールの地獄の怨念、貴様らに遣わした影法師の得た様々な昏い想い、Dr.ウェルの欲望、キャロル・マールス・ディーンハイムの憎悪と悲哀……全てが呼び水となったのだ」

「呼び水……!?」

「そうとも……! この俺の復活に求めていたものは、ただのマイナスエネルギーじゃない……。

 何よりも強く、大きく……ヒトの数百年其処らを遥かに凌駕する膨大にして極上なマイナスエネルギーを生み出す素質を秘めたもの……。

 我が身を完璧以上に完璧な姿へと生まれ変わらせる悪しき力の源泉……。それこそッ!!」

 

 天を仰ぐように拡げるエタルガー。噴出する漆黒のエネルギーは天を覆い、陽の光を隠していく。

 魔王獣は主の降臨を賛美するかのように吠え叫び、黄金の魔神はただ嗤う。

 そして彼は、自らの”獲物”を遂に明かしたのだ。

 

「――そう、それこそがッ!! この【”地球(ほし)”のマイナスエネルギー】なのだッ!!!

 ハァーッハッハッハッハッハァッ!!!!」

 

 

 

 

EPISODE21 end…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 22 【黄金の闇――祓いしは燦然たる力】 -A-

 

 青かった空は黒く染まり、風は唸りを上げて吹き荒ぶ。大地は絶えず地響きを起こし、水は命を寄せ付けぬように禍々しくなり、炎は薄くとも確実に地球を覆い天より炙る。

 世界各国の異常気象が報告される中、移動本部指令室の巨大モニターにはエクシードエックスと相対する黄金の禍々しきヒト型の存在を確認していた。

 

「あれが、エタルガーなのか……!」

「とんでもないってレベルじゃないですよ……! 計器が示す数字が全部、キャロルのソングキラーを上回ってやがる……ッ!」

「各国の魔王獣も、出現時より更にパワーを増しているようですッ! 逆にウルトラマンたちはもうカラータイマーが……ッ!」

「ここまで周到に、計画されていたというのか……ッ!!」

 

 コンソールを殴り付けながら呻く弦十郎。画面の向こうでは、黄金の魔神と黒銀の巨人が睨み合いを続けていた。

 

「この地球(ほし)の、マイナスエネルギーだと……!?」

「その通りだ、ウルトラマンエックス。俺も貴様らウルトラマンに敗北し、学んだのだよ。貴様らを圧倒する力を得る為に、何が必要なのかを……」

 

 語りを続けるエタルガー。悠然としたその態度は今の自らの力に絶対の自信を抱いている者の為す態度に他ならなかった。

 

「かつてはエタルダミーで人間やウルトラマンの最も恐れる存在を作り出したが、どいつもこいつもそれらを乗り越えて来た。それは、この世界でも同じだった」

『当たり前だッ! 人は誰でも恐怖を抱く。だからこそ、それを乗り越えるために限界以上の力を出すんだッ!』

「そうだな。そして俺はそれに……貴様らの言う絆の力に負けた。敗北の先で俺は考えた……。一体俺は、何処を間違えたのだろうかとな。

 仮説はあった。ヒトとウルトラマンが絆を結ばなかった世界……其処ならば。だがそれもすぐに棄却した。影法師が選んだ”ウルトラマンと言う存在が空想の産物”である世界。カイザーベリアル率いる銀河帝国の侵略を受けたアナザースペース。バット星人が地球人類を餌として捕らえ究極のハイパーゼットンを生み出したフューチャーアース。どれもウルトラマンどもを追い詰めるものの、斃すまでには至らなかったことを知った。

 だが俺はもう一つの可能性も識った。マイナスエネルギー……ただ自らの力の源であり宇宙にも耐えず流れているそれは、ある器の中で強く大きく高められているのだと」

『器の、中で……!?』

「ヤプールに出会ったのはその時だ。ヤツの打倒ウルトラマンに賭ける憎悪を利用し、我らは手を組んだ。互いにマイナスエネルギーを主とする存在……そこから黒い影法師を配下に置く事も容易い事だった。

 そしてウルトラマンたちを斃すべく舞台として、”この世界のこの地球”を選んだ」

 

 エタルガーの言葉に、聞き入っていた者たちが戦慄する。だがそれと同時に疑問が沸き起こった。何故、”この世界のこの地球”なのかと。

 

「知れたこと。月の巨大遺跡……バラルの呪詛にて相互理解を奪われた人類は超古代より絶えず争いを続けてきた。それもただの争いじゃない。ノイズ……ヒトがヒトを殺す為だけの存在を生み出し、それに対し神代の兵装である聖遺物を持ち出して……この地球(ほし)の歴史は、破壊に彩られた殺戮遊戯だ。

 そして今世もまた、永遠の名を持つ巫女が己が妄執の為に呪詛を撃ち砕き世界を一つにする為に如何程の地球(ほし)の生命を犠牲にしようと厭わなかった。

 英雄に焦がれた俗物もまた同じく、自らの下賤な欲望の為にヒトの身でありながら地球(ほし)の生命を削り取り支配しようとした。

 世界に裏切られ炎へと()べられた錬金術師の遺児は、奇跡を憎みながらも愛を求めるが故に世界に対する復讐を行っていった。

 そして此度、地球に新たなる脅威が出現する……。異次元人ヤプールが率いる、大超獣による地球の蹂躙だ」

 

 ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、そして此度の怪獣侵略。遡れば超古代のありとあらゆる戦争行為、バラルの呪詛やノイズ、聖遺物までも関与しているとエタルガーは語る。

 

「理解るだろう? 本当に悲鳴を上げていたのは誰か。幾度となく蹂躙され、凌辱され、それでもなお言葉にすることなく耐え続けてきた【器】。

 怒り、哀しみ、憎しみ、痛み……その全てを受け止めていた存在を」

「――それが、地球……ッ!?」

 

 エックスの言葉に栓を切ったように嗤い出すエタルガー。

 彼の言葉が正しければ、この地球にはどれ程のマイナスエネルギーが溜め込まれていたのかなど想像も出来ない。

 

「地球が……そんな……!」

 

 慎次が運転する車の中、疲れから大きく息をしながらエスプレンダーを見つめる響。未だ光を湛えている青い結晶を眺め見る彼女には、エタルガーの言葉を信じることが出来なかった。

 それは各魔王獣の口から発せられた言葉を聞いていた装者とウルトラマンたちにも言えたことで、誰の思考にも戦慄が走っていた。

 

『全て、思惑通りだったというのか……!?』

『フィーネのやろうとしてた、痛みで世界を一つにするってコトも……』

『ドクターやマムがやろうとしてた、フロンティアの力で月の落下から世界を守護ることも……』

『キャロルが世界に対して燃やした、破壊と復讐の炎による世界の分解も……』

『ヤプールが超獣を以って、この地球を侵略に現れたのも……』

「そうだ。そしてそれは、ヤプールが初めてこの地球に現れ侵略を開始した時に証明された。

 オーストラリアの地にヤプールの放った怨念より生まれし風魔神デガンジャ……。アレこそが、この地球に存在するマイナスエネルギーの一端だったのだ」

 

 驚きを隠せない一同。中でも翼とマリアは特にだ。この世界で最初に現れた交戦した”怪獣”。それが、地球の暗部であるマイナスエネルギーの一端であるなど想像だにしていなかったのだ。

 

「ヤプールの能力で、地球はその秘めたマイナスエネルギーに力を与えることで具現化することは理解った。

 そしてこの俺の力……生物の記憶から恐怖を引きずり出し具現化するこの能力で、地球に根差した忌まわしき”記憶”を吸い上げ影法師へと移植したのだ。Dr.ウェルと、キャロル・マールス・ディーンハイムをな」

「キャロルが……!?」

 

 思わず眠ったままの彼女の姿を凝視するエルフナイン。完璧以上の完全なるホムンクルスであるが故にヒトと同等の温もりを湛える彼女が、影法師と同じくマイナスエネルギーの塊であるとエタルガーは言ったのだ。

 何かに祈るようにキャロルの手を握り眼を閉じるエルフナインの姿は、エタルガーの放った心無い言葉を拒絶しているようにも見える。そんな姿を見て、黙っていられる響ではなかった。

 

「……緒川さん、下ろしてください!」

「響さん!? まさか戦いに行くつもりじゃないでしょうね!」

 

 響は答えない。だがその表情は何よりの肯定を示していた。

 

「キャロルとの戦いのダメージを推してイグナイトモジュールの三段階開放、エックスさんたちにエネルギーを送ったばかりで体力なんか残っていないはずです!今行けば死にに行くようなものですよ!」

「それでも、私は……」

「遺される者たちの――未来さんやご家族のことを考えて下さいッ!!」

 

 珍しい慎次の強い叱咤に、響の眼が眩む。同時に浮かんでくる親友や両親の笑顔が響の無謀な決意を崩し、涙を溢れさせた。

 咽び泣く彼女は今、何よりも無力だった。届かせたくて届かなかったものに今度こそ其処に届かせることが出来たと言うのに、助けられたというのに真の危機に対しては戦場に起つ事すら許されぬ状態に陥ってしまっていたのだ。

 後部座席で彼女の無念さをただ眺めるしかないエルフナインは、眠るキャロルの手と共に自らの端末を握らせてただ祈りを送る。邪悪と相対する、光の巨人たちに。

 

「理解ったかね、ウルトラマンどもよ。シンフォギア装者どもよ。如何に貴様らが心を繋ぎ、例え70億の絶唱を束ねたとしてもこの地球のマイナスエネルギーを祓うには至らんのだ。

 ――絶望しろ。そしてこの地球(ほし)と共に、滅び去るがいいッ!」

 

 嗤いながら勝利を宣言するかの如く吼えるエタルガー。誰もがその言葉に、心挫かれもたげようとしていた。

 だがそれに、一切の絶望を感じさせない声を返すものが居た。高らかに、放たれた。

 

「――ゴチャゴチャと、うるッせぇんだよッ!!!」

「……その声、ウルトラマンゼロ」

「何が絶望だ、地球に溜め込まれたマイナスエネルギーだ。そんなもんで俺たちウルトラマンがビビるとでも思ってやがったかッ!?

 だとしたら相当見くびられたもんだ。アレだけ派手にやられておいて、俺たちになんで負けたかまるで理解ってねぇんだからなッ!!」

『ゼロ……』

「世界を守護る。人を、星に生きる生命を守護る。俺たちは俺たちウルトラマンが当たり前にやって来たことを今回もやり遂げる。テメェがどれだけ強くなろうが関係ねぇ。俺たちは常にその上を往き、守護るべきものを守護り抜くッ!! ただそれだけだッ!!」

 

 ゼロの力強い啖呵を聴き、エースと80がその顔を上げて構えを作る。彼に当てられて、その闘志が戻って来たようだった。

 

「ゼロの言う通りだ……。俺たちは今度もこの地球(ほし)を守護る。遠く輝く星である俺たちに、力無き願いは今もなお届いているんだ。邪悪を討ち、正義を為してくれとッ!!」

『おじさん……』

『星司、おじさん……』

 

「私たちは”ウルトラマン”なのだ……。神のように全てを修める万能の力は持たないが、守護り抜く愛と立ち向かう勇気に応えるだけの力なら持っているッ!!」

『センセイ……』

 

 二人の声を受け、今度はネクサスとエックスが顔を上げる。移動本部に向かう車の中でも、響の涙は既に止まっていた。

 

(――そうよ。この世界を守護りたいのは、私たちだって一緒なの。闇が怖くて、アイツが怖くてどうする……足踏みしているだけじゃ、何処へも進めないッ! 何も守護れないッ!!)

 

『……此処に来る前に、誰かに言われたんだ。【もし今、とある世界が滅び未来が無くなろうとしているとき……君は、誰かを守護り助ける勇気と力を持っていられるかね?】と……。

 その意味が今この場にあると言うのなら、俺は迷わず『持っていられる』と返す。エックス、それは君が教えてくれたことだからッ!!』

「私もだ、大地。君が居る、心を繋げたみんなが居る――その奇跡と勇気こそが、立ち向かう力をくれるのだからッ!!」

 

「力任せの邪悪な願いなんかに、大切なものを何一つ傷付けさせやしない……。最後の力が枯れるまで、此処から一歩も退がらない。

 たとえ今は戦えなくても、どうにもこうにもならなくても……きっと掴み取れる……ッ!!」

 

 世界に流れる風が僅かに変わったのが理解った。声援、応援、小さくとも確実に届いてくる声に、ウルトラマンたちは確実に力を感じていたのだ。この想いが陰ることは無い。故に起つ。起って戦う。かけがえのないこの地球(ほし)を、守護るために。

 

 何方からともなく上げられる力強い咆哮と共に、ウルトラマンたちは魔王獣と、そして全ての元凶であるエタルガーとの戦いを開始した。

 

 

 

 

 

EPISODE22

【黄金の闇――祓いしは燦然たる力】

 

 

 

 

 ロンドンにて。

 眩がる空に舞うマガバッサー。擦れ違いざまにぶつけられる巨大な鵬翼と、急旋回と共に放たれるマガ衝撃波がゼロと翼を追い立てる。遺憾ながら、今の状態では空中戦においてこの魔王獣と渡り合う事は圧倒的に不利だと悟っていた。

 だが、ただ不利なだけで諦めるつもりは毛頭ない。ゼロと翼はマガバッサーを追いながら再度エメリウムスラッシュを発射する。しかし光の刃は剣刃殺し(ソードブレイカー)を宿したマガバッサーには通用しない。だがそれも、二人の計算の内だった。

 

『一時でも、脚を止めればッ!』

 

 エメリウムスラッシュを消し飛ばしたことで僅かに動きを止めたマガバッサー。その猛禽の如き足をゼロの手が強く握り締めた。

 

「捕まえたぜ、鳥野郎ォォッ!!」

 

 マガバッサーに引っ張られる体制ではあるが、そのまま脚部を殴り付けていくゼロ。対するマガバッサーも強靭な脚の片方で踏み付けるようにゼロの頭部を蹴り付けていく。最早拳法だのそんな恰好の良いものではない、泥臭いケンカだ。

 傷だらけになりながらも何度か殴り付けると共に羽根を毟るように捕まえては上り、またそれを繰り替えす。鳥獣系の姿が仇となったのか、ゼロの必死の行動はやがて完全にマガバッサーの背を捉えていた。

 

『魔王だか何だか知らぬが、頸を取られて何処まで戦えるものかッ!!』

「斬るのが駄目なら、絞め潰してやるまでよッ!!」

 

 マガバッサーの首に腕を食い込ませ、チョークスリーパーの要領で首を絞めつけた。気道を塞がれたマガバッサーは甲高い鳴き声を上げながらゼロを振り落とそうと翼を更にはためかせる。そのまま回転を開始し、その場に巨大な竜巻――【マガ嵐】を発生させた。

 

「んなろおおおおおッ!!!」

『させるものか……我らが舞い飛ぶこの空で、これ以上は断じてぇッ!!!』

 

 

 

 

 バルベルデにて。

 マガグランドキングの激しい咆哮と共に黄金が驟雨の如く乱れ撃たれる。それを横に受け身で転がりながら避け、ウルトラダブルアローを放ち相殺するウルトラマン80。同時に走り寄り勢いよく殴り付けた。

 強固な黒鐵は80の攻撃ではビクともしないが、それでも連続で拳を打ち付けて空中二段蹴りで一度距離を離す。格闘のキレは、今までで一番冴え渡っていた。

 

『やらせっかよ! ここまで来てぇッ!!』

 

 だがマガグランドキングも、両の腕部……左の鍵爪と右の大鋏に破壊の力を溜め込み80に向かって強く振るう。即座に防御するものの重さを含む強烈な一撃は容易く80の身体を吹き飛ばした。

 其処へ迫るマガグランドキングだったが、その胸を足で押し蹴って離れる80。後転の後に起ち上がり、両腕を胸の前で構え天に伸ばし、紅蓮の槍を作り出した。これまで何匹の超獣やスペースビーストを相手に用いて来たかも知れぬ得意技、ZEPPELIN LAYRANCEだ。

 投げると共に小型のクラスター弾へと変わり敵へ襲いかかるこの一撃。しかしマガグランドキングは全身からエネルギーを発する【マガ一閃】で迫るクラスター弾を全て爆散させた。

 

「これも防ぐか……ッ!」

 

 80の呻きに間髪入れず、胸部からマガ穿孔を発射するマガグランドキング。回避が間に合わないと踏んだ80が即座に十字受けの構えを取り、局所的なバリヤーを展開して強力な貫通力を持った攻撃を迎える姿勢を取る。

 そして直撃の瞬間、赤黒く輝くレーザー光線であるマガ穿孔が有らぬ方向へと反射した。

 

『こいつは……センセイッ!?』

「どうやらこれが、反撃の糸口ってことだな……。守護ろうクリス、君のご両親の夢が眠る地をッ!!」

 

 

 

 

 

 クウェートにて。

 マガパンドンに向けて重厚な蹴りを叩き込み、両手のフラッシュハンドで斬り付けていくエース。だがマガパンドンの身体がマグマのようなもので、多少の切断面ならすぐに肉体を融解、再結合と共に襲い掛かってくる。

 強靭な腕や脚の攻撃はエースの其れよりも遥かに重く、激しい連撃にすぐに倒されてしまう。なんとか追い打ちを避けるべく立ち上がるエースだったが、マガパンドンの二つの口から放たれる高温の炎……【マガ火球】が襲い掛かって来た。

 

『こんな、ものでぇぇぇぇッ!!』

 

 左手に調のフォニックゲインを込めた光の鋸を作り出し、振り抜き放つエース。分裂して多角的に襲う緋色の廻転光刃である星A式・八裂輪がマガ火球を切り裂き相殺。爆炎の中から今度は灼熱のカーボンロッドが連続して射出されエースを貫こうと襲い掛かる。一方のエースも、既に右手を下に構え切歌のフォニックゲインを高めていた。

 

『やられてたまるかデェェェスッ!!』

 

 下から斜め上へ跳ね上げるように放たれた右腕。其処から放たれる翠色の巨大光刃である鋭迅(えいじん)刃aaぁ血狩Rゥ(バーチカル)でカーボンロッドを粉々に粉砕していく。

 威力の衰えぬ光の刃はそのままマガパンドンの腹部に深々と突き刺さるが、両断することは出来ぬまま砕き折られてしまった。鋭利に切られたところはまたも融解と再結合され、その様相はまるで不死身だった。

 

『倒れない……。どれだけやっても……!』

『伐っても切ってもくっついてくるんじゃ、手の打ちようがないデスよ……!』

「弱音を吐くなッ! ヤツとて傷口を無理矢理に塞いでるだけだ、塞ぎ切る前に木っ端微塵にすれば勝てるッ!

 ――いいや勝つんだッ! お前たち二人と、俺とでッ!!」

 

 

 

 

 ロサンゼルスにて。

 セービングビュートで透明化したマガジャッパの身体を押さえ付けるネクサス。だがマガジャッパは力尽くで相手を引き寄せ、両腕で叩き付けた後に体当たりで吹き飛ばす。倒れたネクサスに飛び乗りマウントポジションを取ったマガジャッパは、そのまま口から【マガ臭気】を吐き出しネクサスを更に苦しめた。

 激烈な悪臭に悶えるネクサス。しかし彼女の光はその臭気の中にある僅かな変化に気付いていた。気付いてしまっていた。

 

(これは、毒素……ッ! コイツ、本気でこの地に死を齎そうとしているのかッ!!)

 

 下劣な殺意に怒りを覚えたのか、マガ臭気を抑えるべく開かれた口を下から無理矢理に押し閉じる。右手でマガジャッパの口を抑えつけ、腹部を殴りつけ腕部から伸ばしたシュトロームソードで斬りかかった。

 叫びを上げ怯むマガジャッパに対し、零距離からクロスレイ・シュトロームを放ち一気に押し返すネクサス。その思わぬ反撃に激昂し、目を血走らせて氷塊を伴う【マガ水流】を放つマガジャッパ。クロスレイ・シュトロームの直後だったからか防御も間に合わず直撃を喰らってしまうネクサスだったが、膝を付いても倒れることは無かった。

 しかし動きを止めてしまったことは事実。マガジャッパは再度毒素を生成したマガ臭気を天空目掛けて吐き出した。

 

(広範囲に降り注いで、弄り殺すつもりかッ!? 何処までも、性根が腐った真似をォォォッ!!)

 

 両腕のアームドネクサスを胸の下で打ち付け、広げることで間でスパークさせて力を高めていくネクサス。必殺のオーバーレイ・シュトロームで一気に斃し切ろうとした。

 だったが、両腕を天に伸ばした瞬間その力が抜けて消失してしまう。マガジャッパの吐き出していた毒素が、徐々にネクサスの身体をも蝕んでいたのだ。

 苦悶の声を洩らしながら膝を付くネクサス。胸のコアゲージは激しく点滅しているものの、その眼は未だ輝きを湛えていた。

 

(絶対にみんなを守護ってみせる……。それがどんな無茶な奇跡だろうと、必ず手繰り寄せて見せる……!

 だから見ていて、マム……セレナ……みんな……ッ!!)

 

 

 

 

 そして東京にて。

 エクスラッガーを再度構えたエクシードエックスが、エタルガー目掛けて駆け出していく。白色の水晶の刀身を虹色に輝かせながら斬り下ろすが、エタルガーの左手で受け止められてしまう。そして空いた胸部に痛烈な拳の一撃を叩き込まれてしまった。

 吹き飛ばされ倒れるエクシードエックス。すぐに立ち上がるものの、どれ程のダメージを負ったかは目に見えて明らかだった。

 

「グ、グウゥ……!」

『なんて、力だ……ッ!』

「なるほど、これが貴様の力……。確かに強い、グア軍団を討ち滅ぼした力は伊達ではないと言うことか。だが――ッ!」

 

 エタルガーが力を込めると、全身より光弾が連続で発射されエクシードエックス諸共に周囲を破壊していく。爆炎に飲まれもがくエクシードエックスに、その場を離れる響やエルフナインたちはただ声を送る事しか出来なかった。

 

「エックスさんッ! 大地さんッ!」

「起って……! 頑張ってくださいッ!」

 

 月並みな言葉と言うのは理解っている。それでもそれ以上の言葉が出てこない。せめて自分が戦えればと思う響だったが、気持ちを込めても胸の歌は聞こえない。精神ですら肉体を動かせなくなるほどに疲れ切った時に起きる、ヒトの身体にあるリミッターが作用していたのだ。

 祈るようにエスプレンダーを握ってはみるも、其処にいつもの輝きは見られなかった。何処か弱々しく、変身者である響同様に力が足りなくなっているように感じられていた。

 

「せめて、私が戦えれば……!」

「そう思うならば、今は少しでも安静にして体力を戻してください。あったかいものはちょっとお出しできませんが、ダッシュボードに携帯食料、在りますから」

「……はい!」

 

 慎次に言われ、せめて力を取り戻すように携帯食料を貪りパウチの栄養ドリンクを無理矢理口にする。お腹の減った時に考えを巡らせてもロクな答えが出せない――よく世話になっているお好み焼き屋のおばちゃんの言葉を反芻させつつ、戦えないならせめて胃と心を満たそうと思い至ったのだ。

 

 そうしている間にもエクシードエックスは再度立ち上がり、エタルガーに接近戦を挑んでいく。強烈なエタルガーの攻撃を受け止めつつ膝蹴りや回し蹴り、エクスラッガーの斬撃で切り返していくエクシードエックス。だがエタルガーの強固な体表には大きな傷はつけられないままで、致命打と言うには程遠かった。

 一方でエタルガーの攻撃はエクシードに強化されたエックスの身体を容易くめり込ませ、攻撃の全てを圧倒していく。硬い拳はエックスを跳ね飛ばし、重い脚は追い打ちをするように腹部へとめり込み吹き飛ばす。

 胸のカラータイマーが鳴る中で、エクスラッガーを振るい本来腕から発射する光弾【Xスラッシュ】にエクスラッガーの力を乗せて放つ。だがそれもエタルガーの放つ電撃で相殺されてしまい、それどころか一方的に反撃を受けてしまう。

 

『……だったら、これでッ!』

 

 エクスラッガーのタッチパネルを下から上へ一度スライドさせてトリガーを引く大地。力を発揮したと共に、大地とエックスが共にその技の名を叫ぶ。

 

「『エクシードスラァッシュッ!!』」

 

 瞬間的にエタルガーの前に立ち、虹色に輝きながらエクスラッガーを連続で振るっていく必殺剣技。だがエタルガーはその剣の高速乱舞にも対応し、受け止めては捕まえ、捌いては躱していく。そして最後の一撃にカウンターを合わせるように強く拳を当てていった。

 

「ぐぅああぁッ!!」

 

 激しく吹き飛ばされるエックス。なんとかゆっくりと顔を上げると、其処には余裕の佇まいを見せるエタルガーが嘲り嗤っていた。

 

「クックック……諦めろッ! 力無き貴様らでは、この俺を斃すことなど出来んッ! 破壊と殺戮を続ける魔王獣にも、力の失いかけたウルトラマンと小娘では相手にならんだろうよッ!」

『誰が、諦めるもんか……ッ!』

「守護ると決めたのだ……誓ったのだ……ッ!! たとえ別の地球(ほし)であろうとも、心を繋いだ者たちの為に私は戦うのだとッ!!」

 

 決意を強く固める大地とエックス。彼らの眼前に、大地のデバイザーから赤と青の二つの光が出現し、カードに変化した。

 

「ウルトラマン……! ウルトラマンティガ……!」

『そうだ……。大切なものを守護るための力は、まだ残っているんだッ!』

 

 デバイザーを突き出す事でその二つのカードをロード。ウルトラマンのサイバーカードが赤く、ウルトラマンティガのサイバーカードが青く輝きを放ちその姿を変える。

 【エクスベータカプセル】と【エクスパークレンス】。大地の両手に握られたそれは、紛う事無き彼らの切り札だった。二つの奇跡のアイテムを結合させることで光が広がり、エックスの身体を覆っていく。

 左半身に宿りしは超古代の闇より世界を救った伝説の光の巨人ウルトラマンティガ。

 右半身に宿りしは数多の星々を救い宇宙の調和を保つ始まりの超人ウルトラマン。

 その二つの力を鎧と化し、エックスは更なる力と光を生み出していった。

 

「『俺たちの持つ全力で行くッ!! ベータスパークソードッ!!!』」

 

 エクスベータカプセルとエクスパークレンス。二つが合体し一つとなる事で生まれる希望の光が生み出した輝きの剣、【ベータスパークソード】。それと共に誕生するエックスの究極の姿こそが……

 

「『ベータスパークアーマーッ!!!』」

 

 二人の光の巨人の力を得た左右非対称の黄金銀鉄の鎧を身に纏い、長剣を携えて再度エクシードエックスが攻めかかった。青き電子の輝きを纏うベータスパークソードを大きく振り抜くと、思わずそれを防御したエタルガーに火花が走り確実なダメージを与えていた。

 

「ぬうぅッ!! まさか、そんなモノまで持っているとはな……ッ!!」

「切り札は最後まで取っておくものだ。この力でエタルガー、貴様を――」

 

 言った途端エックスに怖気が走り、攻め込む足を止めてしまう。ダメージに苦しむエタルガーは、俯いたままくぐもった嗤いを浮かべていた。

 

『エックス!?』

「なにか、妙だ……。地球のマイナスエネルギーをその身に秘めて強くなったのは理解る。だが、私やウルトラマン80などが居る中で、エタルガーがただ無策にマイナスエネルギーを溜めることに専念するだろうか……」

『ヤツにはまだ、何かがあるってことか……ッ!?』

「フッフッフ……ご明察だな。さっき貴様自身で言っただろう? 切り札は、最後まで取っておくものだとッ!」

 

 両手を天に掲げるエタルガー。その身体にマイナスエネルギーを高め上げ、地に穿たれた東京の龍脈交錯点(レイポイント)へと発射した。

 

「恐れろ地球よッ! その身に内包されたマイナスエネルギーを以って、宇宙に君臨する究極の闇の力を目覚めさせよッ!」

 

 漆黒の波動が地球を駆け巡り、再度地球の龍脈交錯点(レイポイント)へ帰還。波動はチフォージュ・シャトーの痕に生まれた時空の裂け目を貫き外宇宙へと放たれた。そしてそれに引き寄せられるように、暗黒の塊が地球へと降り注いでいく。

 

「そして我が下に来たれッ! この身を鎧い、纏い、蝕み、絆の全てを蹂躙する力と化せッ!

 業臨せよッ! 暗黒魔鎧装、アーマードダークネスッ!!!」

 

 時空の穴から吐き出された暗黒の光にエタルガーが飲まれていく。伴われるその衝撃に思わずベータスパークソードで防御するエクシードエックス。強固なる光は闇を通すことは無かったが、黒い衝撃波が過ぎ去った其処に起っていたのは、暗黒の鎧を身に纏ったエタルガーの新たなる姿だった。

 

『あの姿は……ッ!?』

「禍々しき漆黒の鎧……。アーマードダークネスだと……ッ!?」

「――そうだ。かつて暗黒宇宙皇帝エンペラ星人が光の国の戦士どもとの決戦に際して纏うべく生み出した邪悪な意思を持つ鎧。全宇宙に因子を遺すレイブラッド星人や邪悪に堕ちたウルトラマンであるベリアルもその身に用いた闇の装具だ。

 この魔神……【エタルダークネス】に相応しき神々しさだろう?」

 

 見せ付けるように歩みを進めるエタルガー……もといエタルダークネス。漆黒のマイナスエネルギーをオーラのように洩らし漂わせるその姿が、大地とエックスを強く戦慄させていた。

 

「地球のマイナスエネルギーを使ってまで狙っていたことが、この鎧の召喚だったのか……ッ!」

『でも、やるしかない……! 行くぞエックスッ!!』

「ああッ!!」

 

 大地の声に合わせ掛け声を上げながらベータスパークソードを振りかぶるエクシードエックス。だが上段から大きく振り下ろした青い刃は漆黒の三又槍……【ダークネストライデント】によって防がれていた。

 跳ね上げられ姿勢を崩されたエクシードエックスの胸に、エタルダークネスの握る槍が強く突き放たれる。其処から上段からの一撃、薙ぎ払いと続けざまに浴びせられる攻撃に、ベータスパークアーマーでさえも大きな傷が付いてしまう。

 だがエックスたちも負けてはおらず、起き上がりを狙って伸びて来たダークネストライデントの長い柄を掴み、引き寄せると同時にベータスパークソードで払い切る。束ねられた光の刃は暗黒の鎧にも効果を示しており、エタルダークネスの肉体を大きく傷付けた。

 だが、周囲に溢れるマイナスエネルギーがすぐに傷を修繕。まるで無傷と言える状態にまで戻していた。

 

「無駄なことを。恐怖を呼び起こす俺の力とマイナスエネルギーを糧とするアーマードダークネスによる無限の連環、崩せるはずがあるまい」

「だが、貴様に光の力でダメージが通ることは理解った。ならば……ッ!」

「どうにかなると? 本当にそう思っているのかぁッ!」

 

 右手を突き出すエタルダークネス。その瞬間、エクシードエックスが羽交い絞めにされてしまった。思わず振り向いた其処には、繰り手(キャロル)を失い動きを止めていたソングキラーが再度その眼を赤く輝かせエクシードエックスの動きを封じ込んでいたのだ。

 

『こいつ、まだ……ッ!』

「大地ッ! 来るぞッ!」

 

 エックスの警告も虚しく、ダークネストライデントで切り付けられるエクシードエックス。殴られ、切られ、払われ、突かれ……一方的な攻撃の連続に、ベータスパークアーマーで覆われたカラータイマーの点滅が激しさを増す。

 

「エックスさんッ! 大地さんッ!」

 

 端末に向けて悲痛な叫びを上げるエルフナイン。この最悪の状況でも最早任せておくしかないとは理解っているが、それでも声を送らずにはいられなかった。勝利を信じるにはあまりにも分が悪すぎる。諦めないという意志だけでどうにかできる状態ではなかったのだ。

 エルフナインは再度全力で思考を回転させる。自分にはそれしか出来ないから。それだけが自分に与えられた一番の”武器”なのだから。

 だが時間が足りない。一体エックスはあとどれだけ戦えるのか。他の装者とウルトラマンの状況も心許ないし、響もまだ回復していない。予断を許さぬ状況で懸命に、涙を滲ませながら思考するエルフナイン。

 握るその手には自然と力が込められており、行き過ぎた力は痛みと化して伝播した。彼女が握っていたもの――キャロルの手に。

 

「つ、う……」

「キャロ、ル……? 眼が……」

「……また泣いているのか、エルフナイン。お前はいつも、そんな顔でいたな……」

「――ごめん、キャロル……。ゆっくり話がしたいけど、そんな時間は無いんだ……。ソングキラーがまた動き出して、エックスさんと大地さんを……」

「ソング、キラー……」

 

 おぼろげな眼を漂わせ、エルフナインの言葉に反応していくキャロル。想い出の償却は何処まで為された状態なのかは、傍から見ている分にはよく理解らなかった。

 

「――ああ、オレが作った錬金人形か……。今はエタルガーが糸を引き繰りているのか?

 あんなもの……中身を少し”作り直せば”どうとでもなると言うのに――」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 22 【黄金の闇――祓いしは燦然たる力】 -B-

「――ああ、オレが作った錬金人形か……。今はエタルガーが糸を引き繰りているのか?

 あんなもの……中身を少し”作り直せば”どうとでもなると言うのに――」

 

 キャロルが虚ろに洩らした言葉の意味は、恐らくこの世の誰もが分かる事は無かったのだろう。ただ唯一、この場に居る彼女と全く同じ存在であるエルフナイン(錬金術師)を除いては。

 エルフナインの思考に電流が走る。”作り直す”。そうだ、たったそれだけ(・・・・・・・)で良いのだ。錬金術の基礎は【理解】と【分解】、そして【再構成】。電子プログラムと似通うそれを自在に操るなど、彼女の独壇場なのだ。

 ダウルダブラの力を合わせて生まれたソングキラーだが、コアとなっていたキャロルの作る動作システムには察しが付く。後は何をどうすれば逆転の一手になるのか、そんなものは思考を巡らせるよりも早く一本の線になって彼女に答案を導き出させていた。

 伊達に同じ知識を転写されていないのだとばかりに端末を細かく操作し、術式を構築するエルフナイン。ほんの少しで良い、隙を作り出すことが出来ればそれで。

 

 

 一方で大地とエックスも、この状況を如何に好転させるかを思考していた。エタルダークネス……アーマードダークネスを纏ったエタルガーは余りにも強大な相手。このまま自分たちだけではどうしようもないだろう。

 だが思い返す。強大な敵と戦ってきた時は、常に心強い仲間が傍に居たことを。そしてこのベータスパークアーマーには、その仲間たち全てに力を分け与える手段が残されていると言うことを。

 【サイバーウィング】。かつての戦いの時はその場に居たウルトラマンとウルトラマンティガが光となりそのエネルギーを受ける事で発動、他の世界のウルトラ戦士へと力を分けていった。その発動さえ為せればと考える二人だったが、打ち付けられる現実は余りにも厳しく二人を窮地に追い詰めていった。

 

「どんな足搔きも無駄だッ! ウルトラマンエックス! 大空大地! 我が復讐の幕は、貴様らの血を以って開けるものとしようかァッ!!」

 

 ダークネストライデントから発射される暗黒光線【レゾリューム光線】。エンペラ星人が生み出した”光の戦士(ウルトラマン)”を斃す為の暗黒の技が放たれ、邪悪な奔流がエクシードエックスに直撃する。

 例え身に纏っているのがエックスの持つ究極のアーマーだとしても、その力の源は”光の戦士(ウルトラマン)”に依るもの。それを滅ぼすことに特化したレゾリューム光線を受けては、闇の粒子となって崩れ落ちていくのも至極当然の事だった。

 

『ぐ、うああぁぁ……ッ!』

「どう、すれば……ッ!」

 

 赤い光が加速する中で悶え苦しむ大地とエックス。そこに、エルフナインの声が響き渡って来た。

 

『エックスさん! 大地さん! 大丈夫ですか!?』

「エル、フナイン……」

『今から構築した演算式を其方へ送ります! それをソングキラーへ打ち込んでくださいッ!』

『演算式……。一体、何の……?』

『説明している暇はありません……。ですが、ボクを信じてくれるなら……どうかッ!』

 

 一瞬言葉が澱む大地。自分には会って間もない彼女の言葉だ、エックスと共に在った者である以上決して悪しき考えなど持たないのは理解るのだが、確信を抱けないのもまた明白だった。だが……。

 

「わかった、エルフナイン。送ってくれ……!」

『エックス、大丈夫なのか……?』

「エルフナインの事だ。きっと、私たちの考えの及ばぬ方法で手を貸してくれる。

 彼女は大地と同じく私の大切なパートナーで、【錬金術の一番星(アルケミー・スター)】なんだからな……!」

 

 確信を持って答えるエックスに大地は頷き、エルフナインも彼の答えに顔をほころばせる。

 

(……ボクに出来る”戦い”は、もうこれしかないと思う。でもせめて、ボク自身の”大切なもの”を守護りたい。だから――ッ!)

「だからどうか、お願いします……ッ!!」

 

 端末の送信ボタンを、小さな指で祈りを込めて力強くタップする。データ送信画面に映り、数秒で送信完了の画面へと切り替わる。

 そのデータは、大地のエクスデバイザーへと確実に届いていた。画面に表示された文字らしきものの羅列は、大地には全く理解が出来ないものだ。だがそれと同化しているエックスにとっては、この世界での戦いの最中で幾度となく彼女と共に見て来たもの。その内容を、一目見ただけで解らぬはずがなかった。

 

「そういう、ことか……! 大地、エクスラッガーをソングキラーにッ!」

『あ、ああッ!』

 

 震える右手で頭部からエクスラッガーを外し、そのまま顔の横から背後のソングキラーへと虹の刃を突き立てる。無論それだけで怯むソングキラーではない。が、直後その刃を通してエルフナインの構築した演算式が侵入、ソングキラーの内部を侵蝕し出した。

 ソングキラーに培われている錬金術式を解明……【理解】し、複雑に編み込まれた糸のような式を素早く解きほぐすように【分解】し、新しい形へと【再構成】……例えるならばそれは、システムそのものを書き換える悪辣なコンピューターウィルスのようだ。

 

「なにッ、どうしたソングキラーッ!?」

 

 急に動きの衰えたソングキラーに驚きを見せるエタルダークネス。その姿を見て、エックスが思わす笑いと共に言葉を発していった。

 

「エタルガー、お前はキャロル・マールス・ディーンハイムと手を組んだ時に何も学ばなかったのか? 彼女の生み出すもの……錬金術とは、なんであるかを」

「何を言っている、貴様……ッ!」

「彼女をただのひとりぼっちの操り人形としか見ていなかったのならば、それは大きな過ちだ。彼女から繋がっていたものが、遺していたものが……そしてそれを受け取り積み上げてきたものが、こうして兆しとなって輝くのだからッ!」

 

 繰り糸代わりに操作していたマイナスエネルギーが千切れて霧散する。動きを止めたソングキラーからは、エタルダークネスにとっては考えられぬほどの光を放ち始めていた。その光がベータスパークアーマーに伝播し、光の力を取り戻していたのだ。

 

「何があった……。貴様、なにをやったッ!」

「私の親愛なるパートナーが、ちょっとね。だがまあ、貴様には決して理解らんことだッ!

 飛ぶぞ、大地ッ!」

『ああッ! 何がどうなっているのか、後で俺にも説明してくれよッ!』

 

 エタルダークネスを力強く押し蹴り距離を離すエクシードエックス。その背にソングキラーを抱えたままに起ち上がり飛び上がる。糸の切れた人形のようなソングキラーからは、今やマイナスエネルギーではなく正方向の光のエネルギーが放たれていた。

 エルフナインが構築した演算式。それは【操作系統のハッキング】と【マイナスエネルギーの正方向転化】の術式だった。

 前者は、かつてヤプールとの、Uキラーザウルスとの決戦時に四次元空間に囚われた仲間たちを救い出すべく世界各国の衛星をハッキングした時に用いたモノの応用で組み上げられたもの。そして後者は、ウルトラギアの研究と調整、中でも雪音クリスとウルトラマン80のデータにあったマイナスエネルギー変換現象の研究の末に得た式だ。飽くまで机上論として成立する、と言うだけの一切の実践を行っていない理論だったのだが。

 そんな不確定なものをエックスに託し、尚且つエックスはそれに応えてみせた。これはRealizeUXと同様の、しかし名も無い即興の対抗策。だがそれは間違いなく、”エルフナインとエックス”の軌跡が無ければ為し得ない”(ユナイト)”の結晶だった。

 

 飛び上がったエクシードエックスは空中でソングキラーを光と変え、自らのアーマーへ吸収させていく。ダウルダブラの魔弦鋼糸とマイナスエネルギーの集合体で生まれたソングキラー、鋼糸は傷付いたベータスパークアーマーの補修に宛がわれ、光へと転換されるマイナスエネルギーは彼に力を与えていた。胸のカラータイマーは、赤から青に戻っていた。

 それでもなお溢れる力を迷うことなく仲間たちに贈る。ソングキラーを純粋なエネルギー体に変換させ、黄金に輝く電子の翼を広げたエクシードエックスは先程まで使っていたウルトラマンたちのサイバーカードと共に高められた力を解放した。

 

「『みんな、受け取ってくれッ!!!』」

 

 拡げられた光の翼は世界の各地点――ロンドン、バルベルデ、クウェート、ロサンゼルス、そして東京を走る響の乗る車にも降り注いでいく。

 思わぬ輝きに視界を奪われ急ブレーキで車を止める慎次。隣を見ると、助手席の響の身体に強い光が流れ込んでいた。驚きと共に慎次とエルフナインへ顔を向ける響。確信めいたエルフナインの口から、託す想いを込めた言葉が放たれた。

 

「行ってください、響さんッ!」

「エルフナインちゃん……分かったッ!!」

 

 光を浴びながら車を出て走り出す響。確かに今、この身にはどんどん力が沸き上がってくるのを感じる。加速する呼吸と鼓動も、まったく疲労に繋がらない。その手に握られたエスプレンダーも徐々に赤と青の輝きが増していっている。

 漲る力は確信に代わり、確信は胸の歌を高鳴らせる。聖詠と共に再度ガングニールのシンフォギアを纏った響が、エックスと大地がエタルガーと戦っている場所に向かって大きく跳躍した。

 そんな彼女の前に一筋の青い光が、まるで導かれるようにそれをシンフォギアのマイクユニットに向かって吸い込まれていった。

 更に高まる力で強く想う。――最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に……地球の命と言う”最強の力”を信じ貫き掴み取ることを。

 

 

 

 ロンドン。マガ嵐の中で必死にマガバッサーに喰らいつきながらも振り落とされんとするゼロの下にもその光は現れた。

 嵐を包み込むように巻き起こる光。僅かな隙間を縫うようにゼロのカラータイマーへ光が収束していき、タイマーが青になったと同時に己がプロテクターも発光を始めていた。

 

『これは……強い、光の力……!』

「大地とエックス……いや、エルフナインもか。ヘッ、やるじゃねぇかッ!」

 

 光と共にその意気が上がっていくゼロ。それに引っ張られるように翼の顔にも力と余裕が生まれて来る。

 光に包まれる彼女にも一筋の青い光が流れ込んでいた。それはまるで見知った姿、今そこに居る彼に似た何かを感じていた。有望な血筋に生まれながらもまるで獅子の如く激動の道を歩んできた若き最強戦士……まるでその、自信に満ちた命の光のように。

 

(……何処までも共に在れと言うのか。ならば――ッ!)

 

 翼のマイクユニットに、天羽々斬のシンフォギアに融合する青い輝き。その瞬間、ゼロの力は最高潮を迎えていた。

 

「っしゃああああッ!! パワー全開だ、行ぃッくぜェェェェッ!!!」

『ああ、存分に舞うぞッ! ゼロッ!!!』

 

 

 バルベルデ。マガグランドキングの攻撃を躱しながら反撃を窺う80の下にもその光は届いた。

 爆ぜる大地から湧き上がるその光に包まれている中で、点滅していたカラータイマーが青に戻り身体に力も沸き上がってくる。

 

『光が……』

「力が、湧いてくる……。これが、エックスの――」

『いや、エルフナインも一緒だよ。アイツらの頑張りが、一所懸命がアタシらに力をくれたんだ』

 

 一所懸命。それは猛が何度も授業の中で語って来た言葉だ。それを今度はクリスが言う事で返し、何処か互いに笑顔に変わる。

 そんなクリスの眼前に流れて来る青い光。どこか無邪気さを感じる其れは、未来より来たりて尚、未来に広がる無限大の夢を追い求める者を連想させる。この光はきっと誰もの夢を信じ、それを応援するような……あの馬鹿(立花響)のような笑顔を見せるのだろうとクリスは不意に一笑した。

 イチイバルのマイクユニットに吸い込まれ吸収される光。全身に漲る力はウルトラマン80も同じであり、眼前に映るマガグランドキングに対してももう負ける気がしなかった。

 

『……行こうか、センセイッ!!』

「ああ、やるぞクリスッ!!」

 

 

 

 

 クウェート。その光は炎を切り裂くように降り注いできた。優しく強い光を一身に浴びて、エースのカラータイマーは赤から青に戻って行き一体化している調と切歌の力も回復していった。

 

「この光……まるで父や母、兄さんや仲間たちのくれる輝きのようだ……」

『どんどん力が湧いてくる……。LiNKERの追加無しでも、シュルシャガナが私に力を貸してくれてるみたい……』

『イガリマもデス! きっと、エルフナインとエックスさんたちがやってくれたんデスよッ!』

 

 はしゃぐ切歌に笑顔を向ける調。そこにまた一筋の青い光が現れた。二人の前をクルクルと回るそれは、何処か可愛らしく迷っているようにも見える。そして一拍の間を置いて、光は二つに分裂。調と切歌の眼前にて光り輝いた。

 其処から感じられたものは、溢れる力強さ。訪れた運命に何度倒れても決して負けず、諦めず、仲間との絆と共に勝利と掴んだ者の凛々しい笑顔だった。

 その光が調と切歌のマイクユニット、それぞれのシンフォギアと一体化する。更なる力はエースにも伝播し、最大まで回復したことでその身に溢れる輝きは自信に満ち溢れていた。

 

「これならば、いける……ッ! 往くぞォ、二人ともッ!!」

『ハイッ!!』

『デェスッ!!』

 

 

 ロサンゼルス。硫黄色の濃霧が立ち込める、死に近しい摩天楼となった都市部にもその光は差し込まれた。向かう先は赤と青に彩られた巨人、ウルトラマンネクサス。マリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 点滅していたコアゲージは元の青色に戻り、その下にあるエナジーコアにも深い拍動のように光が伝播し、満ち溢れていく。

 

(これがエックスの……いいえ。これはきっと、エックスとエルフナインの絆がユナイトした結果。

 満ちていく……。力が……光が……ッ!)

 

 その眼に光を取り戻し、マガジャッパの前に起ち上がるネクサス。その中、一体化しているマリアへと向かって一筋の青い光が走って行った。優しく掌の上に乗せるように添えるマリア。その光を見て感じ取ったのは、歴代の適能者(デュナミスト)たちの姿だった。

 数多くの適能者(デュナミスト)たち。誰もがマリアに対して何かを伝えている。その答えを、彼女は既に持っていた。

 

(――ありがとう。大丈夫、私は諦めないッ!!)

 

 自らの胸のマイクユニット、自分と家族、そして大切な仲間たちとを繋ぐ絆の聖遺物にその光を預けることでネクサスは更に輝きを増していく。

 

 ベータスパークアーマーを纏ったウルトラマンエックスと、彼とユナイトする大空大地。そしてエックスと絆を紡いできた少女エルフナイン。

 かつて出来損ないと、戦場にも立てぬ者と揶揄された者たちの結束が、世界で戦う仲間たちの窮地を救い復活を為し遂げると言う大金星を挙げた瞬間だった。

 

 

 

 

 マガ嵐の中、マガバッサーの首を絞めながら旋回を続けるゼロと翼。その身に滾る力を以って、この戦いに終止符を打たんとする。

 

『制空の主導は、我らにこそ――ッ!!』

「ぬううおおおおおおりゃあああああッ!!!」

 

 力尽くで、だが竜巻の回転には逆らわずに加速飛行を仕掛けることで逆にマガバッサーを引っ張り回す形になる。しかもただの回転ではない。マガバッサーがその翼で風に乗らぬよう縦や横、捻りを加えつつまるで球を作るように引き摺り回し飛んだのだ。

 やがて眼を回したマガバッサーは、力尽きたかのように空中でゆっくりと滞空しているので精一杯になるまで疲弊させられていた。一方でゼロは、既にマガバッサーより遥か天空へ位置していた。

 ゼロスラッガーを外し、眼前で合体させてゼロツインソードと化す。それを天に掲げると回転と共に赤と青の轟炎が巻き起こり、ゼロがその炎刃を携えて突進して来た。

 思わず羽根を閉じて防御姿勢に入るマガバッサー。剣刃殺し(ソードブレイカー)がある以上、剣での攻撃は通用しない――。

 

「ンなこたぁ理解ってんだよッ!!」

『そしてこの身が、如何に其れを砕いたかも忘失れているはずが無かろうがッ!!』

「こぉいつでぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 廻る炎刃を投げ放つゼロ。巨大な火輪と化した刃に伴い、その柄の部分に向かって全力のウルトラゼロキックを打ち放つ。

 全身に纏う炎、回転する刃、超速を以って標的に向かい奔るその姿は、まさに――

 

「『遥かなる宇宙(そら)を流れ切り裂き飛ぶ星をッ!! 小難しい哲学風情で砕けると思うんじゃねえええええええッッ!!!!』」

 

 【羅刹逆鱗蹴 流零星】――流星と化したゼロと翼がマガバッサーを通り抜けた瞬間、術式の描かれた蒼翼は砕かれ腹部には巨大な孔が貫かれていた。そして額の赤いマガクリスタルか砕け散ると共に、風ノ魔王獣は縦へ真っ直ぐと両断され、暗い空の中で一際明るく爆発四散した。

 

『我らより高く疾く飛ぼうなど――』

「――二万年、早いぜッ!!」

 

 勝利を確信したと同時に飛び立つゼロ。向かう場所は、たった一つだった。

 

 

 

 

 黒鐵から輝き放たれる光の雨が80を襲う。だが体力を最大以上にまで回復させた彼の素早い動きは、その雨にただの一つも掠めることは無かった。

 側転からバック転、捻りを加えたジャンプから後頭部へ急降下蹴りを仕掛ける80に、鈍重なマガグランドキングは徐々に対応しきれなくなっていく。その上隙あらば突き刺さるウルトラアローショットの連続発射。折り紙付きのクリスの操作制度は敵の死角を狙い確実に突き刺さっていった。

 

『遅ェ遅ェッ! チンタラ攻めてんじゃねぇぞウスノロがッ!!』

「クリス、言葉が汚い。回復と共に優位を取るのは良いが、あの頑強さをどうにかしなければまた同じことの繰り返しだ」

『その為に挑発してんだよ。こっちだって、いい加減終わらせてぇんだッ!』

 

 意気揚々と吼えるクリス。猛はどこかやれやれと言った気持ちになりながらも、これ以上の長期戦が望ましくないことぐらい分かっていた。

 勝利への糸口は既に見つけてある。足りない体力も復活した。ならばあとは、それを為すタイミングだけだ。その為にも、マガグランドキングには小手先の技はもう通用しないと思わせなければならない。故に80とクリスは、あえてその立ち回りを派手にしつつ攻撃を躱していったのだ。

 そしてマガグランドキングの前に立つ80。二人に向けて遂に、胸の結晶体へエネルギー蓄え始めていった。

 

「――来るぞ、クリスッ!」

『しくじらねぇよッ! このタイミングでぇッ!!』

 

 大きく吼えながら大量のエネルギーをマガ穿孔へと変えて解き放つマガグランドキング。万物を貫く赤黒の閃光が、80に向かって発射された。

 直撃は死に繋がるその一瞬、80は胸の前で腕を交差して【ウルトラVバリヤー】を作り、同時に組み重ねた腕から【リバウンド光線】を発生させて光の壁を形成。その光の壁にイチイバルの機能の一つである光学兵器反射リフレクタービットを瞬時に展開させて完全なる”鏡”を作り出した。

 受け止められるマガ穿孔。あらぬ方向へ反射する閃光の一撃を力尽くで制御し、結果マガグランドキングの胴体へと真っ直ぐ反射させ自らの頑強な黒鐵の装甲を貫いた。

 

『どうだッ! 力押しだけじゃキマんねぇんだよッ!!』

「止めだ、いくぞクリスッ!!」

 

「『夢の第一歩……この地を守護るのは、私たちだぁぁぁぁッ!!!』」

 

 ウルトラVバリヤーを解除すると共に左手を上に、右手を真横に伸ばしいつもの力を高めるポーズを作る。そして両の掌を頭の上で重ね、下腹部のバックル部分を挟むように構えた。

 放たれるバックルビームはクリスのCUT IN CUT OUTのように連続発射される誘導小型ミサイルの如く光の尾を引きマガグランドキングの内部へ打ち込まれていく。その発射の直後、今度は腕をL字に構えBILLION SUCCIUMを連続で発射。内部破壊を続けるマガグランドキングを、表面からも粉砕していった。

 そして額にある赤いマガクリスタルが粉々に砕かれた瞬間、土ノ魔王獣は身体を軋ませる音だけを鳴らして大爆発した。

 自らの勝利を得たと同時に飛び立つ80。彼も見据える場所は、ただ一つだった。

 

 

 

 

 巻き起こる炎の中、それを突っ切る形で猛進しマガパンドンとウルトラマンエースが激突。激しく組み合いを始めていた。

 滾る力任せの拳の連撃を放ち、胴体部分へ重たい膝蹴りからミドルキック、ドロップキックと連続で重撃を叩き込むエース。

 激しく怯み後退するマガパンドンだったが、すぐにマガ火球と灼熱のカーボンロッドの連続発射で反撃を試みる。だがエースは、即座にウルトラネオバリヤーを展開し攻撃の全てを防いでいった。

 

『この身に滾り溢れるこの力……ッ!』

『そいつの前でこんなものが効いてたまるかデェスッ!!』

 

 エースバリヤーに次いでの連戦。失われた体力は相当のものだったはずだが、サイバーウィングの力でその体力は完全に復活しており二人のユニゾンによるフォニックゲインも激しく高まっていた。

 しかしマガパンドンの身体は頑強だ。自らの肉体をマグマのように循環させることで切断技を受けてもすぐに傷口を融合し元に戻してしまう。肉弾戦ではダメージになるものの、如何せん二人では響のように爆発力に長ける格闘は出来なかった。力比べで負ける気は無くなっても、これでは勝ち筋が見えないままだ。

 

「力があるうちに決めたいところだが、さぁどうするか……」

『そんなの決まってるデスよッ! アタシたちにやれる事は、たった一つだけデスッ!』

『切って、伐って、とにかく斬り刻む。直す暇も与えずに、アイツの核ごと全部バラバラにするッ!』

 

 調と切歌から言われた、余りにもシンプルすぎる案。力尽くなど策と言えるのか甚だ疑問ではあるが、そういう単純明快さは星司の琴線にも強く触れるものだった。

 

「よぉし、だったら特大のをお見舞いしてやるかッ!」

『そうこなくっちゃデスッ!』

『やろう切ちゃん! 星司おじさん!』

 

 両手を天へ仰ぎ、二人のフォニックゲインがエースのウルトラホールに一気に収束を始める。ウルトラホールを介して赤と緑の二色が混ざり合い、輝く光輪が両手の上で激しく唸りを上げて超光速の回転をする。

 勢いよく右手から真っ直ぐ撃ち放たれた光輪と、外へ薙ぎ払うように放たれた左手の光輪の双撃。二人のフォニックゲインとエースの力が合わさった必殺技の鏖獄光刃(おうごくこうじん) ギRぉ血nnエクLィプssSS(ギロチンエクリプス)

 緋色に輝く刃は自らを今度は八つに分裂。放ったエースの意志に従うかのように変則的な動きと共にマガパンドンの四肢、双首、その根本、胴体にまで入り込み、動きを封じるかのようにその場で超回転する。

 そして薙ぐように放ったもう一つの光輪は、巨大なX字を描く翠光の刃へと形を変え、両断の意志と勢威を以て真っ直ぐにマガパンドンへ突進していった。

 緋色の鋸刃は無限の回転で傷口を融合させる間も無く、正に絶え間なく伐り刻み断裂していく。超速で迫る翠色の鎌刃は胸に突き刺さり溶解する肉体で受け止めようとするが、刃は徐々に進んでいった。

 痛苦による叫び声を上げるマガパンドンだったが、エースは既に両腕を伸ばし左へと上体を捻って力を高めていた。

 

「『『まだ、コイツもだぁぁぁぁぁッ!!!!』』」

 

 一気に振り抜きL字を組み上げ、放たれるは必殺のメタリウム光線。重ねられるように放たれた光は真っ直ぐマガパンドンに直撃し、その身体を砕いていく。それに合わせるようにヒビが入るマガクリスタル。光の奔流に耐え切れず破砕した瞬間、鋸刃は(つんざ)き翠刃は断ち切り光線は火ノ魔王獣の肉体を一片遺さず爆散させた。

 達すると共に頷き消化フォッグを撒いて周囲を鎮火させるエース。それを終えると一つの場所を目指して飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 硫黄色の濃霧が広がる中で氷塊を伴うマガ水流に押されるネクサス。だが力を完全に取り戻した彼女にもまた、言い得も無い昂ぶりが宿っていた。

 

(これ程の力が、私に……。今ならば、きっと――)

 

 夢想する。命の危機に追いやられているみんなを救い、眼前の邪悪を祓う方法を。其れを同時にやれる手段を。

 そんな彼女に、内に宿る光が声をかけた。初めて変身して以来聞いた、二人の男の声だった。

 

(ああ、今のお前なら俺たちの力も十分使いこなせるはずだ。ゼロのヤツみたいにな)

(恐れることは無いよ。僕たちはずっと、君と一緒に戦って来たんだから)

(――貴方たちが、ウルトラマンダイナ……ウルトラマンコスモス……!)

 

 明確な姿となって表れる二人の男――ウルトラマンダイナことアスカ・シンと、ウルトラマンコスモスこと春野ムサシ。二人から差し出された手をおもむろに握り返すと、二つの光がマリアの中で一つに重なった。

 確信する。この力は、自らの為したい理想を為せる力であることを。

 

「オオオォォォォォ……ッ!! デェヤアァァッ!!!」

 

 マガ水流を押し返しながら近寄り、マガジャッパの首を捉えて一気に背負い投げで背中から叩き付けるネクサス。次の瞬間胸の前でアームドネクサスをぶつけ合わせると、青と銀の光が放たれアームドネクサスをその色に変えた。

 月のように優しき奇跡を呼び起こす【守り抜く力】。そのまま両手を天に掲げると、メタフィールドへと誘うフェーズシフトウェーブのように青い光が立ち昇っていく。だがそれと違うのは、位相差に移動するのではなく死の淵にある街の全てを浄化する神聖なる輝きであったことだ。

 まるでルナミラクルゼロと同様の力を持つ浄化の技、【ルナミラクルウェーブ】が硫黄色の殺意の霧を全て消し飛ばし、それに侵された人々の命も全て取り戻していった。

 

(これでもう、誰も死なせはしないッ!)

 

 自らの策謀を崩され狂乱するマガジャッパ。暴れ襲い掛かるそれに対し、ネクサスは再度胸の前でアームドネクサスをぶつけ合わせる。今度は赤と金の光が放たれ、また同様にアームドネクサスをその色へ変化させた。

 太陽のように力強く照らしながら【前に進む力】。黄金に輝く炎を纏うネクサスの左拳が、マガジャッパの顔面を捉え撃ち抜いた。そのよろめきを逃さぬように左右の拳を一発ずつ、重く撃ち貫くように叩き込んでいく。

 ストロングコロナゼロと同じく爆発的な力を秘めた必殺拳、【ストロングコロナフィスト】の前には、マガジャッパの持つ黄金の鱗も耐えようがなかった。

 

(だあああああああッ!!!)

 

 爆裂する左拳に吹き飛ぶマガジャッパ。その隙を突いて、ネクサスが今度は胸の下で腕を伸ばしアームドネクサスをぶつけ合わせる。両腕のアームドネクサスには赤と青の光が激しい輝きを見せていた。

 【守り抜く力】。【前に進む力】。二人の戦士より託された力が【勇気の光】によって束ねられ黄金の円環が重ね合う腕に生まれる。それに沿うように右腕を上へ、左腕を下へ……そして右足を上げて片足立ちになると同時に、左腕は胸の前へ、右腕は顔の隣で輝きを更に高め上げた。

 

「オオオオオ……デェヤアァァァァァッ!!!」

 

 持ち上げた右足を踏み込むと同時に、右腕の底部……肘に左の拳を重ね合わせてL字を組み上げて眩い黄金の光線を発射したネクサス。ダイナとコスモスの、そして自分自身の力を合わせた必殺光線【エクリプスフラッシュレイ・シュトローム】がマガジャッパへと直撃。

 圧倒的な輝きはその全身を黄金の粒子へと分解し、マガクリスタルを諸共に水ノ魔王獣を完全に撃破したのだった。

 肩で息をするように上下させながら未だ暗い空を見るネクサス。彼女もまた掛け声と共に空へと飛ぶ。皆と同じく、向かう先は――

 

 

 

 

 ――東京。

 ソングキラーを取り込みつつのサイバーウィングの展開を終えたエクシードエックスは、急降下と共にベータスパークソードをエタルダークネスに向かって振り下ろした。

 それをダークネストライデントで受け止めるエタルダークネス。発せられた声には、怒りと焦りが入り混じったようなものがあった。

 

「貴様ァァァッ!!」

「言っただろう! 貴様には、決して理解の出来ぬ事だとッ!!」

 

 力のままにダークネストライデントを押し込むことで体勢を崩し、その隙に合わせての突き、外への払い斬りと連続で放つエクシードエックス。深く斬り付けた一撃はエタルダークネスの暗黒の鎧から火花を走らせ、大きく怯ませるに至った。

 

「まだだ……。まだ俺にはコイツがあるッ!

 甦れッ!! 唸りを上げる憎悪と怨嗟を滾らせて、光の戦士への復讐を為し遂げろッ! 巨大ヤプールッ!!!

 そして出でよッ!! 全ての因子を重ね合わせた最強のスペースビーストッ! イズマエルゥッ!!!」

 

 甲高い声と共に時空が裂け、其処から出現する禍々しき異形の怪物。この世界で、そしてまた他の世界にも存在する数多のスペースビーストの因子が一つとなって具現化したフィンディッシュタイプビーストの最終合体形態。それがこの、イズマエルだった。

 エタルガーに操られる形で人々に、装者とウルトラマンに牙を剥いてきたスペースビースト。その首魁とも言える文字通り最強のビーストだ。

 それと同時に出現する紅く滾るマイナスエネルギーの塊。エタルガーの手によって砕かれたヤプールの僅かな破片がマイナスエネルギーと結合し、その本来の巨大な姿を顕現。エタルダークネスの隣に立ち唸りを上げた。

 

『増援ッ!?』

「クッ、気を付けろ大地! 並の相手じゃない」

「死ねええええええッ!!!」

 

 エタルダークネスがレゾリューム光線を放つと同時に、イズマエルと巨大ヤプールもそれぞれ強力な暗黒光線を発射。エクシードエックスへと襲い掛かる。

 だがその命中の瞬間、大地が爆裂するように巻き上がりその光線の全てを遮断した。

 

「なにィッ!?」

(……やらせない。もうこれ以上、誰も傷付けさせるものかッ!!)

 

 巻い落ちる瓦礫の中に佇んでいたのは赤い光を湛える地球の命の象徴、ウルトラマンガイア……立花響だった。

 

「響ッ!」

(ありがとうございます、エックスさん! エックスさんとエルフナインちゃんのおかげで、フルパワー充電完了ですッ!!)

「おいおい、俺たちも忘れんじゃねぇぜッ!!」

 

 天空から響き渡る声。暗い空を見上げると、まるで吸い寄せられるように四つの流れる光がガイアとエクシードエックスの立つ東京の地に集い降臨した。

 ウルトラマンゼロ、ウルトラマン80、ウルトラマンエース、ウルトラマンネクサス。世界各国で魔王獣を撃破した四人のウルトラマンが帰還し、今此処にこの世界を守護るために現れた”六人の”ウルトラマンが肩を並べ揃ったのだ。

 

「助かったぜエックス、大地!」

「君たちの力が無ければ、私たちは大切な人たちを傷付けてしまっていただろう……」

 

 少し悔やむように胸に手を当てる80。彼にとってそれは一体化している雪音クリスのことであり、彼女の友である装者たち全員のことだとは想像に容易かった。その想いはエースとゼロも同じであり、間接的にでもそれらを守護ってくれたエックスと大地にエースは力強く握手をした。

 

「――ありがとう。ウルトラマンエックスッ!」

「光栄です。ですが、これは私だけの力ではない。ユナイトしている大地とだけでも引き出せなかった。全ては――」

 

 エックスの目線が下に向けられる。其処には再度走り往く車内から窓を全開にし、身を乗り出しながら此方に目を向ける小さな小さな金髪の少女の姿。またもクシャクシャに泣きそうになりながら、それでも精一杯の喜びの笑顔を向けていた。

 

(……そうね。エルフナインの力が無ければ、私たちは此処に起っていなかったかもしれない)

(エルフナインちゃんとエックスさん……。それに他のみんなとウルトラマンも、マリアさんも私も……ヒトとウルトラマンが絆を結ぶことが出来たから、今こうしてみんなで一緒に居られるんですよねッ!)

 

 響の言葉に全員が頷く。その光景に、エックスとユナイトしている大地も嬉しそうな笑顔のまま声を出した。

 

『エックス、俺の知らない間にこんなに凄い仲間たちと一緒に居たんだな』

「ああ、みんな私の誇れる仲間たちだ。今は大地を紹介する暇は無いのが惜しいぐらいにな」

『色んな事を後回しにしてるからな。終わった後が楽しみだよ』

 

 そんな二人の軽口を聴きながらも装者たちそれぞれも彼の事をなんとか認識していった。

 

『貴方がエックスのパートナー、大空大地殿か……』

『写真では見せてもらってたけど……』

『なんか、やっぱりフツーのおにーさんデス』

『つーかフツーすぎて、なんでこんなに戦えてるのかよくわかんねぇぞ……?』

『……なんか、思ったより酷い言われようだなぁ』

(ごめんなさい、みんなの無礼を謝るわ。でもそうは言っているけれど、みんな貴方を頼れる仲間であると思っていることに間違いは無いから)

(そうですよッ! ピンチに駆けつけてくれた大地さん、カッコ良かったですしッ!)

『あ、あの時はなんか無我夢中で……』

 

 不意に始まった閑話を遮るように、エタルダークネス、イズマエル、巨大ヤプールから光線の同時攻撃が放たれた。

 突如包まれる破壊と爆炎。隙を見せたのが悪いとばかりに無言で嗤うエタルダークネスだったが、それぞれのウルトラマンが同時に展開したバリヤーが周囲に巨大な光壁を作り、その攻撃全てを防いでいた。ウルトラマンが立ち並んだからこそ出来た芸当でもある。

 その光景に激を昂らせ、エタルダークネスが吼えた。

 

「何処までも俺の邪魔をするのか、ウルトラマン……人間どもッ!!」

(往こうみんなッ! こんな戦い、終わりにするんだッ!!)

 

 響の声に皆が肯定で応え、其れと共にウルトラマンと一体化している装者たちが胸のマイクユニットをその手に掴み取り外す。

 ユニットの突起部分を連続で三回押し込むことで全てのセーフティーを解除。持てる力の最大にして総全を呼び起こす起動令句を、皆が一斉に吼え叫んだ。

 

 

 野望と共に生命(いのち)地球(ほし)を蹂躙する悪しき侵略者との戦いを、終わらせるために。

 

 

 

『――ウルトラギアッ!!! コンッバイイイイイイインッッ!!!!』

 

 

 

 六人の戦姫の叫びと共に、五人の巨人から燦然たる力が解き放たれた――。

 

 

 

 

 

EPISODE22 end…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 23 【其の名は”破滅”】 -A-

『――ウルトラギアッ!!! コンッバイイイイイイインッッ!!!!』

 

 咆哮と共に掲げられるマイクユニット。エルフナインとエックスが生み出したそれは、”ウルトラマン”に適応装備されるように改良を加えた、”人と光と歌”の三つのユナイトに他ならない。

 各々の胸に突き立てられる楔は魔剣の聖遺物ダインスレイフの影響によるもの。内なる闇を解放し、それを装者とウルトラマンたちで制御することで……闇を抱いて光となる、彼女らの手の内にある最大の対抗兵装なのだ。

 ウルトラマンゼロは天羽々斬の蒼穹の光に立ち昇らせ、ウルトラマン80はイチイバルの紅蓮の光を解き放ち、ウルトラマンエースはシュルシャガナとイガリマの緋翠の二色の光を螺旋の如く纏い、アンファンスに戻ったウルトラマンネクサスはアガートラームの白銀の光に包まれ、ウルトラマンガイアはガングニールの黄金の光で天を貫いた。

 

 

 放たれる六つの光が収まった其処に起つ者たちが居た。

 先史文明期より逸話として遺されし、神聖なる者が奮いし神器……聖遺物。その僅かな破片より生み出した、選ばれし人間の”歌”と共振することで励起する力――シンフォギア。

 そして遥か遠く、光の国から正義の為にこの世界へと光臨した巨人。この地球の生命の光そのものが姿を変えた巨人。光の絆を受け継いていくが為に人へ渡り宿る巨人。総称――”ウルトラマン”。

 二つの異なる奇跡の力が、”人”と繋がり重なることで生まれた存在。”FG式回天特機装鉄鋼”……ウルティメイト・フォニック・ギア・テクターを纏いし五人のウルトラマンと、二つの光の結晶であるベータスパークアーマーを鎧うウルトラマンエックスが、暗黒魔鎧装を纏うエタルダークネスとそれが率いるイズマエル、巨大ヤプールたちの前に起ち上がったのだ。

 その威容を見つめ、忌々しく歯軋りするように息を吐くエタルダークネス。隠せぬ怒りと苛立ちのままに、激しい声を上げた。

 

「何処までも俺の前に立ち塞がるか、ウルトラマンよッ! ニンゲンよッ!!」

「『ッたりめぇだッ! テメェらみたいな悪逆が世に跋扈する限り、我らは幾度でもその前に立ち塞がるんだッ!!』」

「『私たちは人を、この世界を守護る為に此処に起っていんだ。悪党如きに持っていかれるワケにはいかないのだよッ!!』」

『「『マイナスエネルギーなんかに負けん……。お前を斃して、それで全てを終わりにする、デスッ!!』」』

「ほざくかぁッ! 光など……絆など、全てこの闇で破壊してくれるッ!!」

「何度その闇で満たそうとも、何度でも輝いてみせる。それが光……絆なのだからッ!!」

「そしてどれだけ壊れようがその度に強く繋がっていくッ! だからッ!!」

「私たちは貴様を討ち倒すのだ、エタルダークネスッ!!」

 

 全員分の啖呵を浴び、憎悪と憤怒と怨嗟が激しく高まっていくエタルダークネス。漆黒の鎧からは悪しきマイナスエネルギーが噴出し、隣に居る巨大ヤプールとイズマエルもそれに中てられたかのように狂乱の叫び声を上げた。

 爆裂するように高まる瘴気と絶えず輝きを続ける燐光。先に動き出し駆け始めたのはエタルダークネスたちだった。

 それに対しウルトラギアより……否、ウルトラマンたちより、共に在る歌巫女たちの胸の内より歌が始まり流れ出す。鼓動が高まり溢れ出す。その希望の音を、昏き世界に響き鳴り渡れと言わんばかりに厳かに。

 彼女らの魂に受け継がれ刻まれた、”生きることを諦めない”という信念。其れを熱く燃える夢の幕開けに示せと。爆ぜる光と共に纏いしこの奇跡に――紡ぎ歩んだこの軌跡に嘘は無いと、六重奏と化した【燦然たる力(RADIANT FORCE)】を叫ぶように歌い出した。

 

『……なんで、歌をッ!?』

「遅れるなよ大地ッ! これが彼女たちの……シンフォギアを纏う戦姫たちの真の戦い方だッ!!」

 

 

 

 

 

「『ヤプールッ!! 貴様の相手はッ!!』」

『「『因縁的に、俺たちが相手をするッ! デェェスッ!!』」』

 

 巨大ヤプールの鎌のような右腕から連続で光弾が発射される。それをまるでスケートのように滑らかな動きで回避していくウルトラマンエース。地面を抉りながら背後に周った瞬間、巨大な長刀を携え真向に振りかぶったウルトラマンゼロが襲い掛かった。

 それを右腕の鎌で受け止める巨大ヤプール。その対側から加速を乗せた一撃を叩き込もうとエースの拳が唸るが、捕まえる巨大ヤプールの掌は意外なほどに頑丈だった。

 

「『ッ!!』」

『「『コイツ……ッ!!』」』

「――ワレ、は、ヤプール……。スベてのチョウジュウの、オンネンを……ゾウオのタマシイを、このミに――」

 

 不完全な魂をしながらも呟くようにたどたどしく声を発する巨大ヤプール。そのおぞましい姿は、見るものが見れば恐怖で自身の動きを止めてしまうだろう。だがウルトラマンゼロと風鳴翼は、ウルトラマンエースと月読調と暁切歌は、そんなもので怯むはずがなかった。

 ウルトラギアで爆裂するフルパワーを出しながら押し切ろうとしていると、巨大ヤプールにも変化が訪れる。眼が怪しく光ると共に、右手が長い鞭尾のように伸びてゼロの長刀を弾き叩き付けた。一方でエースの拳を掴んでいる左腕も筋肉が隆々とした緑色のヒレのような姿に生まれ変わり、掴んだ拳を振りほどくと共にその胸へ力強く叩き付けるのだった。

 思わぬ反撃に地に膝を付き見上げると、巨大ヤプールはその肉体を更に異形へと変化させていった。上半身は更に肥大化し下半身には巨大な後半身が生まれ脚部は節足動物のような太い六足歩行へと変化していく。口の部分も怪獣のように長く伸び、大きく開いていった。

 

「『なにが、どうなっていやがるッ!?』」

『「『ベロクロン、キングクラブ、ドラゴリー、バラバ、Uキラーザウルス、ジャンボキング……この世界で俺たちが斃した全ての”超獣”の因子が、全部まとめてアイツに混ぜこぜになってるようなもの、デスか』」』

「『芸のない合体超獣……と言うよりももっと歪な、不完全な合成獣(キメラ)だな……』」

「ワレは、ヤプール……。キラー、フルトランス……ッ!!」

 

 再度の呟きと共に上半身の棘から生体ミサイルを斉射するヤプール。即座にエースがシュルシャガナの大鋸を展開し、その爆発からゼロをガードする。そしてその爆炎を斬り裂いて突進するゼロ。超高速で奮われる刃の連撃にヤプールは防御するしかなかったが、後半身より放たれた破壊光線がゼロを直撃、その身体を吹き飛ばす。

 だがすぐさま空中で受け身を取り、額の前で思念を込めて長刀を突き出すと、頭部から遠隔操作の出来る翼の如き刃が発射された。

 

「『まだだッ! ハバキリゼロスラッガーッ!!』」

 

 二本の翼状の刃がヤプールに襲い掛かるが、それと同時に頭に生まれた鋭利な刃が射出。ハバキリゼロスラッガーと打ち合う形でせめぎ合う。バラバの頭部の刃と同様に、ヤプールの脳波で自在にコントロールできるのだ。

 スラッガーと同時に長刀で再度襲い掛かるゼロに、鉄球の付いた剛力の左腕で受け止め殴り付けて反撃していった。

 一方でエースも自らのアームドギアを展開し、攻め込む姿勢を整えていった。

 

『「『エースブレードッ!天鋸式・へェLL裁Zぅ(てんきょしきヘルサイズ)ッ!!』」』

 

 大鋸と巨鎌。長い柄が伸びた二つの刃を携えたエースが、脚部ローラーを活かした高加速と共にヤプールへ襲い掛かる。だがヤプールはそれも察しており、頑強な甲殻を纏う尾のように伸びた右腕を自在に動かして疾るエースを攻め立てた。

 大鋸と激突する甲殻は嫌悪感を齎す甲高い音を立てながら拮抗。なればとその根元に巨鎌を突き立て引き落とし、先ずは右腕から解体した。しかし切られた腕は意志を持つかのようにエースの身体へと巻き付き締め上げる。

 

『「『ぬ、ぐううぅ……!』」』

「『野郎ッ! 斬り裂けスラッガーッ!!』」

 

 ゼロの命令でエースに巻き付く甲殻触手を節々で斬り離していくハバキリゼロスラッガー。なんとか自由は取り戻したものの、意志のあるように動く触手は再度合体、右腕と戻って行った。

 ヤプールの眼が輝くと同時に放たれる、生体ミサイルと火炎放射、後半身からの破壊光線の同時発射。乱れ撃たれる攻撃に晒され、二人のウルトラマンは怯み退がってしまっていた。

 

「『やるじゃないか……。どうしようもなく我らをブチ殺したいようだ』」

『「『恐ろしいまでの怨念……。傀儡と化してもヤプールの本質は変わることが無いんデスね』」』

「コロす……ウル、トラマンを……ミナ、ゴロす……ッ!!」

 

 ベロクロンを模した口から超高熱火炎を発射するヤプール。同時に下半身部分のUキラーザウルス・ネオを模した結晶部分からも極太の破壊光線を発射した。

 

「『――ッ! ゲキリンゼロディフェンダーッ!!』」

 

 ゼロの声と共にブレスレットが光を放ち変形、巨大な幅のある剣を生みだし盾と為した。それに合わせるように、エースもウルトラネオバリヤーを発生させると同時に裏γ式による四枚の回転鋸を盾として形成。ヤプールの攻撃を何とか食い止めていった。

 しかしヤプールもまた生体ミサイルの斉射を追加で放ち、防光壁を越えてゼロとエースに打ち付けられていった。

 

「『ッそお! しつこい上に強いとは、なんともッ!』」

『「『だが負けん……負けないッ! 負けてやるものかデスッ!』」』

 

 荒れ狂う咆哮を上げるヤプールに、再度奮起したゼロとエースが接近戦を挑んでいった。

 

 

 

 それと同じくして、最強と謳われるスペースビースト・イズマエルに対しては80とネクサスが対峙していた。

 まるでイチイバルの乱射のように放たれるウルトラアローショットを背に、アームドギアである騎士剣を携えて駆けるネクサス。イズマエルの放つ光弾や熱線が赤い弓状光と衝突し爆炎が起きる中を突っ切り、振り下ろした。

 

「『決まったかッ!?』」

『――く、ぐうぅぅ……!!』

 

 鳴り響いたのは重たく硬質的な音。白銀の刃の先にある、甲虫のような顔がネクサスに向けられていた。左肩に有るグランテラ、その超硬質の甲殻なる因子がネクサスの攻撃を防いだのだった。

 次いで右脚で蹴り付けると同時に膝から触手が伸び、電撃がネクサスに直撃するとともに跳ね飛ばされた。

 

「『野郎ッ! 加勢するぞッ!』」

 

 空中を大きく捻り回転して飛ぶ80。大型化したヒールで空中からの踵落とし、着地と共に連続蹴りを放ちイズマエルをネクサスから遠ざける。そのまま彼女を庇うように前に立ち、胸の前で両手を構え腕を伸ばし赤き光の槍を生み出した。

 ZEPPELIN RAYLANCEを発射、分割して攻め立てる80だったが、鳴き声と共に一瞬でその姿が透明化。クラスター弾の全てが空を切るように貫通していく。驚きも束の間、背後より出現したイズマエルが右手の巨大な爪で80の背を切り裂いた。

 

「『なに……ぐあぁッ!?』」

 

 思わず転がる80に連続で振り下ろされる爪。だがそれを、借りは返すとばかりに颯爽と割り込み白銀の剣で受け止めたネクサス。左腕のガントレットを沿わせながら剣を振り抜き、大型化した光刃であるパーティクルフェザーでイズマエルをなんとか迎撃した。

 そしてすぐに80を立ち上がらせるが、周囲の空間が歪んでいる事に気付く。四方より様々な鳴き声を上げながら僅かに映っては消えるイズマエルの姿を警戒し、二人背中を合わせていった。

 

「『一体全体、何がどうなっているというんだ……!』」

『イズマエルは全てのビーストの能力を有している。単純に強力な攻撃から、位相差への移動や幻覚による強襲……その攻撃は多岐に渡る……ぐうぅッ!』

 

 マリアの言葉と同時に噴霧される赤色のガス状のもの。体表に触れた瞬間に燃え上がり、二人は炎に包まれる。それと同時に浴びせられる電撃がガスと反応を起こし大爆発となる。ウルトラギアで防御力は上がっているものの、そんな攻撃を喰らわされてただで済むはずがない。

 思わず膝を付く両者。其処へ更に追い打ちをかけるべく、先端に凶悪な顎の付いた触手で食らい付こうと伸ばしていった。その刹那。

 

『そこッ!! クリスッ!! 先生ッ!!』

「『よし、ッしゃらあああああッ!!』」

 

 ネクサスが触手を捉えた瞬間、80が両腕をガトリングガンに変形させて触手の根元へと一気にトリガーを引く。確かな手応えを示す火花が散る中で空間の歪みは解消され、その一点には光弾の連続攻撃を受けて叫び声を上げるイズマエルの姿が在った。

 ダメージによる隙を突き右の拳による一撃、後ろ回し蹴り、輝く左腕によるアッパーカットを打ち付けるネクサス。吹き飛ばされるイズマエルはすぐに立ち上がり、怒りのままに全身から放てるだけの光弾や光線を一斉発射していく。

 なんとかそれぞれの光壁で対応するモノの、イズマエルの攻撃には防ぐだけで精一杯。更に腹部から糸状の光線を吐き出して二人を拘束し、其処からの接近戦でも不利を強いられてしまっていた。剥がれぬ拘束から頑強な両腕の攻撃を受け続け、為すがままだった。

 

「『最強のビースト……その名は伊達じゃねぇってことか……!』」

『だが、それがなんだと言うものか……ッ!』

 

 ネクサスが左腕のガントレットに力を込めて普段より巨大なシュトロームソードを形成。80も腰部のアーマーを展開させて小型の光子ミサイルを自らの周囲で炸裂させることでそれぞれが自らに為された拘束を断ち切り破った。

 そして同時に駆け寄り、ネクサスがその輝く左腕でイズマエルの腹部を殴り付け一足跳びから脳天へ右手刀をぶつけていく。そこに合わせる形で80の足底がイズマエルの脇腹にめり込み、ふらついたところで同じ場所に膝蹴り、延髄切りへと繋げていく。

 其処から息吐く間もなく、80は両手のアームドギアをクロスボウに変化して強化されたウルトラアローショットを連続発射。ネクサスも力の高められたパーティクルフェザーで同時に光の嚆矢を発射した。

 怯み後退しながらも、イズマエルから感じられる獰猛な戦意は変わることが無い。闘争と捕食の思考しか持たぬスペースビーストであるが故に、その精神に感情らしい感情は持ち合わせておらずただひたすらに敵を殺すと言う単純な殺意だけが煮え滾っていた。

 だが相対する80とネクサスにも変わるところは無い。何故ならばウルトラマン80はマイナスエネルギーの専門家、ウルトラマンネクサスはビーストの駆逐者なのだから。

 

「『貴様の存在、否定するのが私たちってことだ……ッ!』」

『最強だろうとなんだろうと、私たちは人の心を傷付け喰らうビーストを殲滅するッ!!』

 

 互いに声を張り上げながら突進する。組み合った瞬間、周囲が爆発するかのように弾け上がった。

 

 

 

 そしてエタルダークネスに対し、ガイアとエクシードエックスが近接戦を仕掛けていた。

 脚部ブーツからバーニアを爆発させての超加速で一気に懐に近付き左右剛拳での連撃を打ち付け、一瞬の怯みに合わせてエクシードエックスがベータスパークソードで斬り付ける。そのたった一撃に合わせて今度はガイアの膝が跳び込まれ、後ろ回し蹴りまで繋がっていった。

 

『まだまだぁッ!!』

「続くぞ、大地ッ!」

『ああッ!』

 

 拳と剣の連撃が続く。暗黒の鎧から何度も火花が散り、一見するとエタルダークネスに対して攻勢であると見て取れる。だがヤツは倒れない。二人のウルトラマンの猛攻を受けてもなお、暗黒の瘴気を鎧から溢れさせながら受け続けていたのだ。

 

「効かんぞッ! そんなものはぁッ!!」

 

 全身から瘴気を爆発させると共に光弾を乱射するエタルダークネス。その一撃で怯んだ隙を突き、双方に刃を持つダークネストライデントでガイアとエクシードエックスに連続で斬りかかっていく。

 敢え無く攻撃を受ける二人だったが、伸びる剣閃の一撃を見切ったガイアがトライデントの柄を受け流し軌道を変更。其れを軸に飛び上がり、即座に変形させたブーストナックルでエタルダークネスの顔面へ撃ち放った。

 

『ここならあぁぁッ!!』

 

 重たい音と共に顔を歪ませるエタルダークネス。だがガイアの攻撃は其処で終わらず、変形した拳はそのままピストンのように撃ち付けられ腕の内に高まったエネルギーを放出した。

 確実に怯むエタルダークネスではあったが、その動きは止まらない。ダークネストライデントをガイアに突き上げ、零距離からレゾリューム光線を発射したのだ。

 

「がああああッ!!」

「響ッ!!」

 

 吹き飛ぶガイア。エクシードエックスが駆け寄ると、その胸元にダメージは見えるものの自分の身に起こったような分解現象はほとんど見られなかった。恐らくは、ウルトラギアに用いられているシンフォギア……聖遺物が守護ってくれていたのだろう。

 其処から追い打ちするように放たれる暗黒光弾に、エクシードエックスはベータスパークソードを用いたバリヤーを展開し辛うじて防いでいく。

 彼が携える光の巨人の力を宿した剣でも、ウルトラマンガイアの……立花響の握られた機械仕掛けの拳(アームドギア)でも、確実に攻撃は通っているはずだ。だがそれでもエタルダークネスの驚異的な強さに陰りは見えない。暗黒の鎧から溢れるマイナスエネルギーから為るものなのか定かではないにしろ、その力は無尽蔵に溢れているようにも感じられていた。いや、それはエタルダークネスだけではない。隣で戦うイズマエルも、異形と化したヤプールも、それぞれが圧倒的な力で襲い掛かっているのだ。まるで、魔王獣と同等の力を以って。

 

「それも、アーマードダークネスの力に依るものか……ッ!」

「その通りだッ! マイナスエネルギーの凝縮されたこの肉体、ヤプールとスペースビーストとを巡るこの連環ッ! 三つの巡る力こそがぁぁぁッ!!」

 

 アーマードダークネスを中心に連環するマイナスエネルギーの螺旋と奔流。それこそが力の源だとエタルダークネスは高らかに吼える。だがそれは決して彼女たちの想いを削ぐものなどではなかった。

 

『そんなものなんかでェェェッ!!』

『俺たちの重ねた力がッ!』

「負けてたまるものかァッ!!」

 

 脚部バンカーを地面に撃ち、超速でエタルダークネスへと肉薄。ダークネストライデントを打ち払い確実な位置で足を止めたと同時に右の拳を叩き付け、其処から身体を捻り切るように肘打ち、零距離から肘を突き上げる裡門頂肘を鳩尾の隙間に撃ち込む。そして締めに双掌打からのバンカーと化したガントレットを押し込み必殺のエネルギーを叩き込んだ。

 吹き飛ぶエタルダークネスに合わせるよう、即座に追いつくエクシードエックス。縦に横にと連続で奮われるベータスパークソードの青く輝く剣閃が暗黒の鎧を切り付けていく。そして先に着地したエックスが剣を構え直し、外へ大きく振り抜いた。

 火花を散らし倒れるエタルダークネス。ガイアとエクシードエックスの諦めぬ猛攻、その勢いは他の者たちにも伝播していき、持てる力の全てを解き放っていく。

 

 

 

 それはヤプールと相対するゼロとエースも同じであり――。

 

「『そうだッ!! 最早我らのビッグバンの如き勢いは、貴様なんぞには止められねぇッ!!!』」

『「『貴様のその因子、その怨念ッ! 一片たりともこの世界に遺しはしないッ!! デェェスッ!!』」』

 

 絶対に未だ見ぬ日へと往く為に、障り害する総ては我らのその刃で切り裂かん。

 絶対に信じ合う想い……其処に不可能はなどは無く、それは何よりも心を強く固め、高める唯一無二のモノであり――。

 

 滾る力と共にゼロが思念で操るハバキリゼロスラッガーで怪光線を放つバラバの刃を砕き散らせる。そして巨大化した天羽々斬のアームドギアにより、零距離で叩き付けるように放った蒼ノ一閃でそのまま鉄球と化した左腕を破壊した。

 逆側から攻めるエースもシュルシャガナの鋸を象ったエースブレードを奮いキングクラブの尾の如き甲殻触手を節から復元させぬよう微塵に伐り刻んでいく。そこからその場で脚部ホイールにより大きく回転しながら、Uキラーザウルス・ネオを模した節足をエースブレードの逆側――イガリマの鎌で薙ぎ払いまとめて切り裂いた。

 バランスを崩し、傾き倒れるヤプール。その隙にゼロが既にヤプールの背後に立っており、ジャンボキングの後半身、中でも破壊光線を発射する器官を斬り落とす。それでもと生体ミサイルと火炎放射を発射しようとするヤプールだったが、その動きが取れず痙攣するように震えている。見ると巨大な影に向けてハバキリゼロスラッガーが深く突き刺さっており、それが影縫いとして機能していたのだ。

 それを見た瞬間、エースは携えるエースブレードを分割、両腕を下向きに組み合わせると共に腕部装甲へと変形、両腕を天に向かって仰ぐように伸ばした。緋と翠の力がウルトラホールを通じて強く激しく増幅されていく。

 同時にゼロは天空高く舞い上がり、もう一本アームドギアを出現させて二刀一刃と化し廻転と共に蒼雷が刃鳴散らす。脚部のブレードからはまるで翼のような轟炎を噴き上げ、それを加速材料としてヤプールへと吶喊した。

 

『貴様の総てを(切 伐)り刻み裂いて、絶ぇ対にブッ千切ィィィるッ!!!』

 

 大きく振りかぶったエースの右腕から離れた超光速の廻刃がヤプールの頸部へと吸い込まれるように入り込み、その場で尚も回転を続け無限に肉体と魂を切り伐り刻む必殺技である【暁星×夕月光(ぎょうせいゆうげつこう) スP詠sS・ギRぉ血nn処ッtOoぉ(スペース・ギロチンショット)】を解き放つ。

 身動きの取れなくなったヤプールに擦れ違うように雷刃を携え炎翼はためかせるゼロが飛翔(かけ)抜けた。雷炎の刃羽(やいば)による一閃を放った後、双刃のアームドギアを腕部装甲へと変形。流れるように構えを取り【煌輪絶破(こうりんぜっぱ)・ハバキリゼロショット】を発射した。

 終わり無き伐切を斬り伏せ終わらせるかの如く放たれた光の刃を受け、もがきながらヤプールが薄く声を上げる。

 

「おのれ、ニンゲン……ウルトラ、センシ……。……だが、ハルかなるトキをヘて、ワレはイクタビでもヨミガエる……。

 ――”ハメツ”のミライで、マっているぞ……。ク、ハハハハハ……」

 

 断末魔と言うには余りにも静かなヤプールの最期の声。だがそこに誰もが一切の耳を貸すこともない。ゼロとエース、翼と調と切歌、鍛えし刃を持つ者たちの光が交わり合った瞬間、ヤプールの紅い肉体は完膚なきまでに微塵へと刻み込まれその場で大爆発を起こし散った。

 

 

 

 イズマエルと相対する80とネクサスもまた――。

 

「『貴様ような邪悪なマイナスエネルギーに満ちた怪獣は、私たちが斃すッ!!』」

『この世界に、貴様のような存在は必要ないッ!!』

 

 咆哮するイズマエルの放つ光弾を80がその紅い矢で相殺させていき、口から吐き出される炎はネクサスが左腕のガントレットを巨大化、盾と化して受け止めながら突進していく。右手には大型の両刃剣と化したアームドギアを携えており、射程距離にまで近付くと炎を掻き消し白く輝く大剣で縦に一閃した。

 火花を散らし鳴きながら後退するイズマエルに向かって、ネクサスの背後から巨大な光のミサイルが二つと小型の誘導ミサイルが襲い掛かる。80の追撃にネクサスは高く跳躍することで回避し、左腕に大剣を接続しながらイズマエルの背後を陣取る。瞬間、その着弾と共に起こる大爆発を見ながら、80は円運動と共に左腕を斜め上外方、右腕を真横に伸ばしてスカートユニットを大きく展開した。

 それを共にネクサスは光の力を左腕に集め、接続した大剣を白銀に染め上げていき、そのまま爆炎に包まれるイズマエルへ吶喊。諸共に両断すべく一気に斬り貫け、80の隣に着地する。その時には80のスカートアーマーは周囲のマイナスエネルギーを集め正方向へと転換。自らのエネルギーとして最大にまで高められていた。

 

 例えこの身が闇に吸い込まれそうになっても、流す涙さえも血に濡れて苦しくなろうとも……我らには”帰る場所”が待っている。

 だから皆で集い歌える。守護る為に頑張れる。誇りと契り、戦える――。

 

 ネクサスは両腕を胸の前へ近付けながら距離を縮め、その間を行き交うエネルギーがエナジーコアの輝きと共に上昇し、左腕の光刃が更に伸びる。やがて両の腕が交差した瞬間、右手でガントレットに装着された剣を引き抜き右腕を上外方、左腕を下外方へ真っ直ぐ伸ばす。

 そして80もまた、ネクサスの必殺の動きに合わせるようにその両腕を強弓を引き絞るかのような形へと構えを変えていく。眼前に赤き弓状光が発生すると同時に両腕のクロスボウガントレットが展開、スカートアーマー同様に強く輝きだした。

 

『この愛と勇気の結晶こそがッ!! 貴様の存在の総てを滅する輝きだぁぁぁぁッ!!!』

 

 腕を順回転させ、右に携える光り輝く刃を縦に構え左の籠手は内側から下の柄を叩き付けるネクサスが逆転した【†】の形となった両腕から白銀の光波を発射。80もまた同時に、サクシウム光線同様に腕をL字型へと組み、左右のアーマーの両方から貯め込まれたすべてのエネルギーを解き放つように発射した。

 どちらもまたマイナスエネルギーをすべて浄化させ、スペースビーストと言う存在を否定、抹消すべく撃ち放たれた必滅光線……【EUTERPE SUCCIUM PURIFYRAY】と【OVEREVOLRAY†REDEMPTION】が爆煙を掃ったイズマエルに直撃。自らと相反する清浄なる輝きに包まれたことで断末魔の叫び声を上げながら悶え苦しみ、やがて光の粒子となって完全に消滅。余剰エネルギーがその場で大爆発を巻き起こした。

 

 

 

 

「ヤプールッ! イズマエルッ! だが、我が力を使えば、何度でも――」

『やぁせるかああああああッ!!!』

 

 天に突き上げようとしたダークネストライデントを捕まえるガイア。脚部バンカーを用いた超速接近に、エタルダークネスも気付く余地は無く、そのままそれを支柱にして思い切り投げつけた。地面に叩き付けられたエタルダークネスを何度も振り回し投げ放つ。遠心力でダークネストライデントを手放してしまうエタルダークネスが高層ビルへと直撃し、倒し込んだ。

 

「くッ、貴様あああッ!!!」

 

 憤怒と共に起き上がろうとするエタルダークネス。だが彼の視界に映ったのは自らの持つ武器の形を変えて此方に狙いを定めるエクシードエックスの姿だった。

 ベータスパークソードを組み換え、真逆に展開することでその形状を剣から弓へと変形させることで完成するもう一つの必殺武装ベータスパークアロー。既に収束させ始められていた光のエネルギーは、ガイアによって投げられ姿勢を崩したところを狙っていたのだ。

 一方でガイアは光を放ちながら左腕をライフゲージに向かうよう伸ばし、右腕は天へと高く突き伸ばす。集束する光と共に左腕を前に突き出し右腕は内回りに一周、そして頂点に戻ったところで左右の腕で天を抱え込むようにもう一周仰ぎ回す。そして両腕が胸の前で上下に伸ばし重ねられた時、下に位置する左腕の装甲が上にある右腕の装甲と合体。一個の円柱型のガントレットと化した。

 引き絞られた右腕と共に合体したガントレットが展開し、バーニアに光の火を溜めながら超速回転を開始する。赤と青と黄のエネルギーが折り重なりガントレット周囲にリング状となって形成、力の開放を待つかのように昂っていった。

 

「ぐ、うおおおおおッ!!!」

「『ベータスパークアロォォォォォッ!!!』」

 

 エタルダークネスもまた自らの全ての力を高め、身体を大きく広げて全力の暗黒光線を解き放った。頭部以外の全身を包むアーマードダークネスそのものから発射される、【ギガレゾリューム光線】。ダークネストライデントから放たれていたものよりも強力な、光を消し飛ばす一撃となる。その確信を持って放たれた。それに合わせエクシードエックスも、ベータスパークアローに溜め込まれた全ての力を解放。X字の光線となって真っ直ぐとギガレゾリューム光線とぶつかり合う。

 拮抗する光と闇のエネルギーは中空で火花を散らしながらぶつかり合い爆ぜていく。互いに勢いを勝らせるべく抑え合う状況。そこへエックスが声を上げた。

 

「――往け、響ィッ!!」

『だぁあああああああああッ!!!』

 

 ベータスパークアローの光を右腕に重ね合わせ、ガントレットの高速回転と共に超加速を発生させる。ぶつかり合うギガレゾリューム光線は徐々に押し切られていき、ガイアの、響の眼は確実にエタルダークネスへと近付いていった。

 

 絆と心を一つに束ね、此処に響き鳴り渡るは希望の音。『信ずることを諦めない』と、調べられた歌と共に独奏(つらぬ)かんと唄い飛ぶ。どんな小さな可能性であろうとも、其処にゼロは無いのだと。故に、この手繰り寄せた奇跡に――

 

『光、あぁぁれええええええええッ!!!!』

 

 闇の波動を押し切り、ベータスパークアローを乗せたガイアの右拳がエタルダークネスの胸へと直撃。そのまま拳の方向を天へ向けるべく、更に抉り込むように身体ごと押し付ける。

 円柱型のガントレットが展開し、アーマードダークネスに食い込むと共に杭打機のように引き伸ばされる。その内部で限界まで溜め込まれた螺旋状の光のエネルギーが稲妻を纏い、ガントレットの重く激しいピストンによってエネルギーの全てを猛々しく撃ち込んだ。

 

「ば、馬鹿な……ッ! この俺が……アーマードダークネスがッ!!? うおおおおおおおおおッ!!!」

 

 響の狙い通り空中へ飛ばされたエタルダークネスは、光の奔流にその身を貫かれながら輝きと共に大爆発を巻き起こしていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 23 【其の名は”破滅”】 -B-

 

 三つの大爆発が収まり、東京に静寂が戻る。

 その地には今、カラータイマーを赤く点滅させながらも六人の鎧を纏う光の巨人たちが堂々と立ち並んでいた。

 

「ヤプール、スペースビースト、反応完全消失ッ!」

「エタルガーはまだ健在ですが、このダメージ量なら……ッ!」

「勝った、か……ッ!!」

 

 藤尭とあおいの声を聞き、右の拳を左の掌に打ち付ける弦十郎。その顔はほころび、全ての元凶である者を打ち倒した勝利の感覚に包まれていた。その感覚は喜びとして周囲に伝播し、タスクフォース指令室からは小さく歓声が沸き上がる。

 これで終わったのだ、少女たちや世界を苦しめた者を全て打ち倒したのだから。

 

 

 

 戦場であった東京からは歓喜の空気は広がっており、各シェルターから歓声と安堵の声が響き渡っていた。そしてそれは報道を通じ、世界各国でも伝えられ喜び湧き上がっていた。ウルトラマンたちが勝利した、その事実に。

 そして並んで立つ当人たち六人もまた、勝利の感触に打ち震えていた。眼前には倒れこみ起き上がらないエタルガー。アーマードダークネスは全て破壊されたのか、黄金の肢体が剥き出しになっていた。

 

『……勝ったん、ですね』

『ビーストは私とクリス、先生が完全に消滅させた』

「『敵じゃあなかったさ。彼女が一緒だったからね』」

『「『ヤプールの方は私たちとゼロ、翼先輩でぶった切ってやった、デス』」』

「『いい加減しつこいが、今度こそヤツも終わりだ』」

 

 互いに報告し合う中、自然と目線は倒れ込んで動かない黄金の魔神へと注がれていた。

 

『……エタルガーも、もう立てやしないだろう』

「そうだな、私たちの全力を叩き込んだんだ。ああして倒れているのが、全ての証拠だろう」

「――ふざ、けるな……ッ! 俺は、まだ……」

 

 口惜しそうに地面を握り締め、なんとか顔を上げるエタルガー。睨め上げる先には光の巨人たち。息も絶え絶えといった感じで、ただ未練とも取れる怨嗟の言葉を吐いていった。

 

「クソッ……! 俺はまだ死んではいない……。力を蓄え、もう一度……!!」

「テメェに次なんざねぇよ、エタルガー」

 

 六人のウルトラマン其々が身に纏っていた絆の鎧を解除、光へと昇華させていく中で、エタルガーに語り掛けたのはゼロだった。其処に続くように、エースと80も話し出していく。

 

「奇跡的にも貴様は命がある。宇宙牢獄の中で永遠の時を過ごすんだな」

「ベリアルを投獄していた時よりも強化してある。お前が外に出ることは無いだろう」

「く、うッ……!!」

 

 M78星雲、光の国の管轄下にある宇宙で最も堅牢強固な幽閉施設、宇宙牢獄。其処へ転送させようとエース、80、ゼロの三人がエタルガーの周囲に起つ。互いに腕を伸ばし合い、光の力で転移空間を作ろうとしていった。

 その時にふと、ネクサスが空を見上げてみた。眼前に広がっているのは未だに黒……暗黒の空だ。エタルガーを送ればこの闇も晴れるのだろうかと思うマリアだったが、彼女の胸に何か強い威圧感が圧し掛かって来た。適能者(デュナミスト)としての本能が危険を察知したのだ。偶然にも暗黒の空を見上げていたが故に。

 

(みんな、其処から離れてッ!!)

 

 何かを察したマリアの言葉に全員が思わず飛び退く。瞬間、闇色の光がエタルガーを包み込みアーマードダークネスが再度その黄金の肉体に装着されていった。

 

(そんなッ! 全部吹き飛ばしたはずじゃ……ッ!)

『ンな馬鹿な話があっかよッ! ウルトラギア使って全力全開のフルパワーでだぞッ!?』

『だが、事実としてエタルガーの身には再度暗黒の鎧が纏われている……ッ!!』

「……ふ、ハハハハハ……! どうやら分は、私の方にあったようだなッ! 貴様らを滅ぼす、その時、が……――?」

 

 意気を高めて声を上げながら宙に浮くエタルガー……いや、エタルダークネス。だが、その異変はすぐに表れていた。力を解き放とうと、身体に力を込めるエタルガーだったが、その動きが為せない。鈍いとか重いとかではなく、完全に自由が奪われてしまっていたのだ。

 

「なんだ!? 何が、どうなっているッ!?」

『アイツ、動けないの……?』

『でもでも、さっきよりヤバい感じがビンビン出ているデスよ!』

(気を抜かないでッ! なにかが、おかしいッ!!)

 

 自由を奪われたエタルガー。その意思を無視するかのように両腕を大きく拡げ、己が存在を誇示するかのようにアーマードダークネスが動き出した。

 闇の空へ放たれるマイナスエネルギー。それは龍脈(レイライン)以上に速く世界へと伝播し、自らの”声”を解き放っていった。

 

 

 

『――……恐れろ……喜ぶな……――』

 

 

 

 声を聞いた瞬間、世界中の人間が戦慄と恐怖に包まれ、息を止めてしまった。まるで、心の臓を鷲掴みにされたかのような感覚と共に。ウルトラマンと共に在る者たちにその感覚は無かったが、発せられた言葉にただ戦慄したのは言うまでもない。そしてそれは、中空に浮かぶエタルガーも同じだった。

 

「き、貴様まさか、影法師ども……ッ!?」

 

 首だけを動かして周囲を見ながら声を出すエタルガー。その周囲には黒く揺らめく緩やかな風がエタルガーの黄金の頭部を撫で回すように集っていく。やがてエタルガーの背後に、巨大な漆黒の法師姿が顕現した。

 

『我らは”黒い影法師”と呼ばれしもの……。我らは”マイナスエネルギー”と言われしもの……。

 ――我らが名は”邪心王”……』

「邪心王……!? 影法師ども、今になって何をしようというんだッ!」

『我らの顕現……。それは、新たに作りし”万象黙示録”の完成を意味するもの……』

(万象黙示録って、キャロルちゃんのッ!?)

『貴様もこの世界を解剖しようと言うのかッ!!』

『……否。我が求めしは、光の巨人(ウルトラマン)が存在する総ての世界を滅亡へと導くこと……』

(世界を、滅亡へと……ッ!?)

 

 巨大な法師の影が渦巻き、まるでブラックホールのような黒い混沌の渦が発生した。

 その現象、状況をモニターする指令室。計測される数値は尋常ならざる数値を叩き出していた。

 

「これは……アリかよこんなのッ!」

「どうした藤尭ッ!」

「時空振動値が有り得ない数値にまで上昇しています! 超獣やビーストとはケタが三つ四つ違うどころじゃ済みませんよコレッ!」

「時空振動位置座標……計測不能!? ……いえ、コレは――地球全土ってことッ!?」

「なん、だとぉ……ッ!?」

 

 正面モニターに表示される現在の時空振動を示す数値。確かに今の其れは、藤尭が言ったように今までの計測よりも遥かに大きい、何万倍といった値になっていた。そしてあおいの言った通り、この高度の時空振動が発生している座標は地球全体に広がっていたのだ。

 それが何を示すかなど皆目見当も付かないまま、ただ心を奪われないように構えながら現場を見据える弦十郎。其処にブリッジの自動扉が開き、キャロルを抱いたままの慎次とエルフナインが入って来た。

 

「司令、戻りました!」

「緒川、エルフナインくん、無事だったかッ! ……彼女は、メディカルルームに連れて行かなくて良かったのか?」

 

 弦十郎の、そして全員の視線がキャロルに注がれる。薄く開かれた目から覗く青水晶のような瞳でその場に注がれた視線の全てに一瞥で返すキャロル。そこから何も言わずに抱きかかえる慎次の胸を押し、自らの細く小さな足でその場に立とうとした。

 が、思わずふらついてしまいすぐにエルフナインが彼女を支える。全く同じ容姿でありながら眼差しの強さが違う二人の少女の姿は、まるで姉妹か双子のようでもあった。

 

「やっぱり無茶だよキャロル! ちゃんと診てもらわないと……!」

「……うるさいやかましい。このオレを差し置いて万象黙示録の完成を告げられたのだぞ? 黙って床に臥せってなどいられるものか……!」

 

 減らず口を叩くものの、その肩はエルフナインに寄りかかりながらでまだ少しばかり呼吸が荒い。だがその眼差しは、メインモニターに映る黒い混沌の渦を強く睨み付けていた。

 

 

 

 混沌の渦は徐々に大きさを増していき、その先に在る世界を映し出していく。

 仄暗く、生気の存在しない世界。黒濁とした海と、無を連想する灰白色の岩礁。深淵へ続く無数の孔が開けられた山。ところどころに闇色の植物が茂り、粉塵へと朽ちた錆鉄色の砂漠が広がる光亡き世界。

 目にした誰もが、不気味と言う安直な言葉による恐々と畏怖を沁み込まれていくのを感じていた。誰もが心に刻み込まれていくのを感じていた。

 

 終焉の地――”異形の海”と言う、その位相世界の名を。

 

「異形の、海……!?」

「それが解剖の果ての世界……。万象黙示録の完成形……。あれが……ッ!」

 

 誰もが言葉を失う中で呟くキャロル。

 彼女自身はこうなるであろうことは理解していた。総てを解剖し、全と一を融和させた世界。彼女が心の底から望んでいたはずの光景。だというのに……。

 

「――あんな、忌まわしいモノを……ッ!」

 

 不思議とアレを称える気にはならなかった。むしろその嫌悪感に唾棄してしまうほどだ。

 そんな瞳をおもむろに動かしてみると、モニターの端に追いやられたレポートファイルが目に付く。眼を凝らしてその内容を読み進めていくキャロル。そこで何かに気付き、弦十郎の前に押し出てそのレポートファイルを最前面に表示させた。

 

「おい、こいつを書いたのは誰だ!?」

 

 おもむろに叫ぶキャロルに周囲は驚きながらも、そのレポートを記し遺した者がDr.ウェルだと返す。

 

「あの脳味噌しか能のないたくらんけが遺したものか。自分本位にして理解も共感も得難いエゴイスティックの塊のような文章の羅列……だが、ヤツなりに核心を得ていたという事か」

「どういう、ことだ……?」

「あの男は邪心王の存在を既に認識し、その魂胆を見抜いていたという事だ」

 

 言いながらキャロルがレポートの一部を拡大、彩色する事でその部分に注目を集めようとしていく。其処にはこう記されてあった。

 

 

【受肉したこの肉体は、この大天才”Dr.ウェル”でありながら”マイナスエネルギーの塊”であることも理解る。意識と記憶は間違いなく”Dr.ウェル”に書き換えられているものの、胸の奥底より”滅び”を為すよう命じる声が聞こえる。

 だが僕はあのちみっこ錬金術師とは違う。絶対たる自我を以てこの声を捻じ伏せ、絶対たる力(ダークルギエル)で世界救済を為し遂げるのだ。

 さもなくば、この世界はマイナスエネルギーによって滅亡(ほろび)を迎えるからである】

 

 

「魔王獣の記述よりも前の部分か……。流し読みしていたせいか気付かなかった……」

「雁首並び立ててもその程度か。まあいい」

 

 弦十郎らを罵りながらもレポートを次へ進めるキャロル。龍脈交錯点(レイポイント)に穿たれた五つの闇の楔、世界に出現する魔王獣、地球に溜め込まれたマイナスエネルギー。それらは全てエタルガーの計画でもあった。互いに利用し合う事で確実性を増す為だろうと、ウェルのレポートには記されていた。

 そしてキャロルが”核心”と言った部分は、この次の項に書かれていた。

 

 

【考察を続けるほどに疑問が浮かぶ。ヤプールとエタルガーの目的はハッキリしているというのに、黒い影法師――マイナスエネルギーの塊は何を目的としているのか皆目見当も付かない。この大天才の僕の頭脳を以てしてもだ。

 ウルトラマンどもを滅ぼすことか、地球を滅ぼすことか、宇宙の全てを滅ぼすことか。内なる声はただ『滅ぼせ』と呼びかけるだけでそれ以上を語ることは無い。そもそもこの内なる声の語る『滅び』とは何を意味するのか。宿敵の抹殺、人類の全滅、全生命の消失。その何れにしても付き纏うモノは、何故(・・)という至極単純な疑問に他ならない。

 だが”それ”こそがマイナスエネルギーというモノなのだろうかとも思考する。怒り、憎しみ、悲しみ、妬み……そんなチンケな感情が世界を滅ぼすに値するモノであるのか。結論からしてみればそれはYESである。

 世界は幾度も”愛”で傷付けられ、穢されて、そして救われてきた。正方向のエネルギーですら角度を返れば万象を砕く牙となるのであれば、負方向のエネルギーに万象を砕けぬはずがないのは自明の理であろう。マイナスエネルギーはただその性質上、エネルギーベクトルを破滅へと向けているにすぎないのだ。

 エネルギーそのものに全も悪も無く、ただ向けられているベクトルの違いに他ならないのは、LiNKERを頼りにしつつも愛を以て聖遺物との適合を果たしシンフォギアを身に纏った検体という前例からも証明されるものである】

 

「感情という不安定で不確定なもののエネルギーを論ずるか。まぁこの身にも覚えのあるものだ、肯定しておいてやろう」

「そしてDr.ウェルは自らの……ダークルギエルの力で世界を制止、マイナスエネルギーを制御支配することでこの世界を守護ろうとした……」

「だが結局その戦いで勝利したのはマリア・カデンツァヴナ・イヴ。光に属する者が勝利したと言える。そしてヤツ自身が闇の楔と化し、結果的にエタルガーの計画に加担してしまうことになってしまった訳か」

 

 エルフナインと共に淡々とウェルの遺したレポートの内容を把握しながら思ったことを述べていくキャロル。そこに隣に立つ弦十郎がやや威圧感を伴いながらキャロルに問い掛ける。

 

「……聞かせてもらおう。君の為そうとしていた万象黙示録……その結果にあるのがあの”異形の海”と言う世界であるならば、この後はどうなると言うのだ?」

 

 重く問うた弦十郎の言葉にも一切怯むこともなく、キャロルはただ小さく嗤いながら隣の巨躯に向けて顔を見上げながら答えを放った。

 

「決まっているだろう。異形の海は、あの位相世界はこの世界の位相と同化……融合することで完成する。生あるものには死すらも与えられず、ただ恐狂と畏怖と絶望だけが久遠に連環し支配する世界へと為り変わる。

 それこそが、黙示録の世界なのだからな」

「マイナスエネルギーによって齎せる世界の滅亡(ほろび)……それこそが核心――黙示録だというのか」

 

 強く奥歯を噛み締める弦十郎。真意が判明したところで、一体何をどうすれば良いのか全く見えない現状は、まるで眼前に映る闇の渦に囚われ飲まれ始めているような感覚に陥っていた。弦十郎だけでない。藤尭も、あおいも、他のブリッジクルーも、エルフナインも、未来も……誰もが言葉にして表せぬ思いと苦しみを胸の内に抱いていた。

 それもまた、畏怖と言うマイナスエネルギーであると理解ることもなく。

 

 

 

 世界から雪崩れ込む負の感情を一身に受け、宙に浮いたままのエタルガーが邪心王に……アーマードダークネスに向けて言葉を放っていく。

 

「貴様、この俺を利用したと言うのかッ!?」

『エタルガー……力在るが故に己を神を名乗りし愚者よ。貴様もまた呼び水に過ぎなかったのだ。

 異形の海を生み出し、真なる邪神を降臨させる為の……』

「真なる、邪神だと……ッ!?」

『神を名乗りし愚者よ……その魂を贄として、黙示録の最後の扉を開ける鍵となるがいい……』

「な――ぅぐあああああああッ!!!」

 

 エタルガーを包むアーマードダークネスから放たれる禍々しい瘴気。圧倒的な、これまで感じたことのない程の力に居合わせたウルトラマンと装者たちも押されていた。

 

『我が下に集え……。我と共に在れ……。地球(ほし)の邪心たちよ……』

 

 邪心王の言葉と共に、東京の龍脈交錯点(レイポイント)から噴出する漆黒のマイナスエネルギー。その全てがアーマードダークネスに、邪心王に集束されていく。それと共に邪心王はその姿を異形へと変えていき、全天を覆うほどの闇に膨らんでいった。その中心で、エタルガーが悶えるながら叫びを上げていた。

 

「俺を、喰うのか!? 止めろ……止めろぉッ!! この俺を、一体何だとおおおおおおおッッ!!!」

 

 叫びと共に闇に飲まれるエタルガー。それを吸収することで、邪心王はその姿を具現化させた。まるで漆黒の衣に身を包んだ法師のようではあるが、その大きさはこれまで相対してきた者とは規格外もいいところだ。

 まるで天にまで届かんとする黒衣の王。余りにも緩やかな動きでその腕を突き出すと、まるで暴風のような瘴気がウルトラマンたちに襲い掛かる。地面を巻き上げ、車や電柱を吹き飛ばし、ビルの窓を木っ端微塵にしながら、荒れ狂う瘴気が六人の巨人を吹き飛ばした。

 

『ぐうぅ……なんて、威力だ……ッ!』

「大地、みんな、大丈夫か……ッ!?」

「くっそ、トンでもねぇな……ッ!」

地球(ほし)のマイナスエネルギー……これほどとはッ!』

『ウルトラマンになっててコレだと、キャロルのフォニックゲインよりずっとずっとキツい気がするデス……ッ!』

『勝てるの……? 私たちは、こんなのに……』

「弱気になるなッ! 勝たなければ、この地球(ほし)に未来は無いッ!」

(エースの言う通り……私たちは、勝つしかないッ!)

 

 皆が一様にカラータイマーを赤く点滅させながらも奮起する中、巨大化した邪心王……【巨大暗黒卿】の威容を眺めていると、彼らの中で一人地に膝を突く者が出た。立花響が変身している、ウルトラマンガイアだった。

 

「響、大丈夫かッ!?」

『一体どうしたってんだよおいッ!』

(ゴメン、クリスちゃん……先生……。なんだか……胸の奥が、苦しくて……)

 

 胸のライフゲージが更に点滅を加速させる。体力が急激に失われていると言うことだ。状況を鑑みて導き出される答え。それに辿り着いたのは猛とマリアだった。

 

「地球のマイナスエネルギー……それが光と一体化した響に悪い作用を齎していると言うことか……!」

(響の力は分け与えられた地球そのものの生命の光……。その地球のマイナスエネルギーに覆われ、吸い取られ、尚もぶつけられるのは響の体力その物を奪われているのと同義……ッ!)

「変身を解け響ッ! そのままでは君自身が保たないぞッ!」

(は、はい……ッ!)

 

 エースの、星司の激に思わず頷くガイア。変身者である響の意思を以てその巨体を解除しようとする。が、それよりも速く地球のマイナスエネルギーは”ウルトラマンガイア”の肉体を蝕んでいた。

 

(ぁ――あ、あ……ぅあああああああッ!!!)

 

 ガイアの内より溢れ出す瘴気。それは響の胸の内からも暴れ回って解き放たれていく。まるでその身が融合症例であった頃に起きた、シンフォギアの暴走状態を思わせるものだ。だが今行われているこれは、内に抱き締めていた力を無理矢理に引き出されている状態に過ぎない。故にガイアは暴走するでもなく、ただ身悶えをしていた。

 やがてライフゲージの点滅は消え、眼からも光が失われる。そして地響きを上げて、地球の生んだ光の巨人が倒れ込んだ。

 

『立花ッ!! くうッ、往くぞ皆ッ!』

『うおおおおおおおおッ!!!』

 

 翼の掛け声と共に、巨大暗黒卿に目掛けてワイドゼロショット、メタリウム光線、サクシウム光線、オーバーレイ・シュトローム、ザナディウム光線が同時に発射される。一つに交わり巨大な光線と化した必殺の一撃だったが、溢れ出る瘴気はそれをいとも容易く吸い込み拡散させていってしまった。

 驚愕するウルトラマンたちやそれを見守る人々。そこから反撃とばかりに、巨大暗黒卿がその黒衣の中から暗黒の破壊光線や破壊光弾が連続で撃ち放たれ、ウルトラマンたち諸共に東京の地に大打撃を与えていく。高層ビルや街々が破壊されていく様は、絶望を叩き付けられているようだった。

 

「まだだ……ッ! まだ、負けちゃいねぇ……ッ!!」

「そうだ……。この生命、在る限り……ッ!」

「私たちは、何度でも起って戦う……ッ!」

「それが、ウルトラマンなのだから……ッ!!」

 

 尚も戦う姿勢を止めぬウルトラマンたち。諦めぬその姿を見て、邪心王は再度闇より声を放っていった。

 

『そうだ……其れこそが貴様たち、光の巨人(ウルトラマン)……。我らの脅威となる貴様らを、生かしておくわけにはいかぬ……』

 

 声と共に暗黒の触手が伸び、それぞれのウルトラマンを首に巻き付く形で捉えていく。思わず引き寄せられないように力を込めるが、体力の限界を迎えていたウルトラマンたちは余りにも軽々しく瘴気の渦へと引き寄せられていった。

 

「グゥゥ……くっそァ……ッ!」

『踏ん張れ、みんな……ッ!』

『でも、どんどん引き込まれて……!』

『諦めちゃ駄目デスッ! 諦めちゃ……!』

「だが、このままでは……!」

「全員が、闇に囚われてしまう……!」

『なんとか、なんねぇのかよ……ッ!』

(これほどまで、だとは……ッ!)

「エックス、もう一度ベータスパークアーマーを……ッ!」

『ああ、どこまで保つか分からないが、やってみよう……ッ!』

 

 なんとか再度ベータスパークアーマーを展開しようとするエックス。体内の大地がエクスベータカプセルとエクスパークレンスを結合して力を発動させるが、闇はまるで手のようにエックスを狙い二つのウルトラマンの力をもぎ取るように奪い取っていった。

 

「そんな、ベータスパークアーマーまで……ッ!」

『気を抜くな大地ッ! ぐ、ううううッ!』

 

 大地の手の中から消えたベータスパークソード。その一瞬の呆然が、エックスの身体を更に引き込ませてしまう。だがその時に映った視界の先で、今まさに吸い込まれようとしているウルトラマンの姿が眼に入った。ガイアだ。

 

『響ッ! どうした、しっかりするんだッ!!』

 

 最初に目にしたからか思わず彼女を叫び呼ぶエックス。だが応答は無い。光を失ったライフゲージを見ても、完全に意識を失ってしまったのだろうと言うことが理解る。

 

『立花ッ! 気を確かに持てッ!!』

『だんまりしてるなんざらしくねぇんだよッ! 起きろよ馬鹿ァッ!!』

『しっかりして、響さんッ!!』

『返事だけでもして欲しいデスよッ! 響センパァイッ!!』

 

「響さん! 起きてくださいッ!!」

「響ィ!! 響いいいいいいいッ!!!」

 

 翼やクリス、調と切歌も響を呼ぶ。指令室からも未来や弦十郎、エルフナインたちが声を上げるが、響からは一切返事がない。それに業を煮やし、飛び出したのはマリア――ネクサスだった。

 

『マリアッ!?』

(私が響を連れて帰るッ! みんなは少しでも進行を抑えてッ!)

 

 引き寄せる力に抗わず飛ぶことですぐにガイアの下へ辿り着くネクサス。すぐに彼女を抱え、今度は抗うように逆へと飛ぼうとするが、一度付いてしまった勢いは容易く殺せるものではなかった。それでもと全身に力を込めて抗いながら、胸の内に声をかけていく。

 

(ダイナ、コスモス、もう少しだけ力を貸して……ッ!!)

 

 祈るようなマリアの想いと共に、その身体を再度ジュネッスへと変えるネクサス。アームドネクサスに赤と青の光を滾らせ、その光を伝播させていく。コアゲージのみならずエナジーコアが深く脈動しているネクサスにとっても危険な行為だが、それでもネクサスは、マリアは響を助けるべく僅かに残ったエネルギーを分け与えていった。

 

(起きなさい、響……! 響……ッ!!)

 

 必死に声をかけるマリア。周囲からも響を呼ぶ声は大きく聞こえている。だが、肝心の彼女の声は未だ聞こえないままだった。苛立ちと焦りに心が揺さ振られながら、何度でも声をかけていく。必ず届くと信じて、彼女(立花 響)がずっとそうしてきたように。

 

 そうしてガイアと繋がっていたネクサス、その内に居るマリアの視界に在る姿が映り込んで来た。純白の布を荘厳に纏う、黄金の髪を持つ女の姿。振り向くことで彼女の黄金の瞳がマリアと交錯した瞬間、過去に得ていた知識と直感で其の存在を理解する。

 

(貴方は……)

 

 彼女こそが、”フィーネ”なのだと。

 

 

 

 

 ウルトラマンとそれと共に在る装者や変身者たちの危機を激しく知らせるレッドアラート。全員がそれぞれ彼女らのうちの誰かの名を叫びながらただ祈りを捧げている最中、キャロルはがなり立てる轟音を聞き流しながら独り表示されているDr.ウェルのレポートを最後まで読み切っていた。

 神妙な顔付きのまま巨大暗黒卿の圧倒的な姿をその目に焼き付ける。そしてウェルのレポート内容を思考の中で反芻しながら、あの存在がどういうものであるかを再度己が小さな心身で確かめていった。

 

(――なるほどな、確かにあの男の遺した言葉通り、という訳か。そしてそれが、遂に自らの手を下してきたと……)

 

 

【そして僕は、この身体を形成するマイナスエネルギーの塊、黒い影法師と呼ばれる存在に、この僕の身体自身が確信している結論を結び付けた。光を羨み、絆を憎み、清きを妬む。邪な心の塊となり、世界を破滅へと導かんとするこの存在は最早”概念”と言っても過言では無いものであると。

 ”破滅”と言う”概念”である故に、影法師へと輻輳したマイナスエネルギーはその根源的な本能として邪悪なる巨獣や異生物を呼び出し、世界を破滅へと導かんとする。例えそれが幾度斃されても、幾度でも呼び出してはただ破滅へと導いていくだけの存在。煽るわけでもなく、自らが手を下さすわけでもなく、まるで全てを見守る”神”のようでもある。

 そのように負方向のベクトルへ傾いた意志であり概念――マイナスエネルギー。その塊である影法師を僕はこう称することにする。

 

 『根源的破滅招来体』と。】

 

 

 

 

EPISODE23

【其の名は”破滅”】

 

 

 

 

EPISODE23 end…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 24 【胸に流れるこの歌あるかぎり】 -A-

「――故に其の名は、【根源的破滅招来体】……か」

 

 ウルトラマンたちが残された僅かな力で巨大暗黒卿の放つマイナスエネルギーに抵抗していく中、それをモニターで見ていたブリッジの中でキャロルがポツリと呟いた。彼女の言葉に思わず目を向けるエルフナインと弦十郎。次いで飛び出す言葉も疑問に満ちたモノだった。

 

「キャロル、それは一体……」

「Dr.ウェル……あの男が遺した名称だ。ヤツはあの黒い影法師どもをそう呼称しようとしたらしい。

 地球(ほし)の意思か、生命(いのち)の無意識か……だが間違いなく其処に在る”破滅”を望む意思――”概念”に名前など付けようものならそうもなろうさ」

「破滅を望む、概念……俺たちが目にし戦っているのは、そんな途方もないものだというのか……ッ!?」

「錬金術師が至る真理の在処とも言われる”根源”……。パパやボクたちが目指していたのは、あんなモノだって言うの……!?」

 

 エルフナインの問いかけに歯軋りをしながら視線を外し舌打ちするキャロル。彼女自身も認めたくは無かったのだろうが、自らの行いを顧みれば根源に在る真理こそ破滅と繋げられてもおかしくは無い。だが父の遺した教えは、世界を知り、世界との調和により真理へと到達すること。決して破滅など望んではいなかった。磔刑に焚べられ燃え尽きるその最期を迎えてもだ。

 思いがけぬ迷いに直面し、されど尚その眼を前に向けるキャロル。破滅か否かは、モニターの向こうで戦いを繰り広げている巨人たちに委ねられているのだから。

 

 

 

 

 その光の巨人たち……ウルトラマンらは巨大暗黒卿の放たれた無数の腕に掴まり、闇へと引き込まれようとしていた。胸のランプは赤く明滅し、その場から動かないように全力で踏ん張るのが精一杯と言う感じでもある。いや、実際にはその巨体も徐々に引き摺られており、劣勢であることに間違いは無かった。

 その中でネクサスが、力と意識を完全に失ったガイアを救うべく飛翔。”彼女”を捕まえて僅かに残った力を分け与えていた。そうして繋がっていた為か、ネクサスに変身する適能者(デュナミスト)であるマリアの眼前に一人の女性の姿が現れる。マリアの直感は、それが誰だかを即座に理解していた。

 

(貴方が、フィーネか……!)

 

 答えぬフィーネの前には横たわる響の姿が在った。意識を失い、決して目覚めようとはしない。そしてこの場に在ることでマリアは気付いた。此処は、何も聞こえない(・・・・・・・)のだと。

 響が声に反応しない理由が分かったところで、マリアはフィーネと相対し問い掛ける。

 

(響は無事なの?)

「――ご挨拶ね、為り損ない。畏れ多くも我が名を騙った分際だというのに、貴様などが彼の御方に選ばれるなんて……」

(今更ワケの分からない問答をするつもりはないの。響は――)

「生命はあるわ。ただ暴力的なまでのマイナスエネルギーを受けすぎて酷く疲弊している。このままでは危ないわね。

 ……まぁでも仕方ないわ。終焉(おわり)始動(はじま)った。キャロルを止め、エタルガーを倒し、皆がどれ程抗って……それでもなお守護ることは果たせなかっただけ。

 この地球(ほし)の為にやってくれたこと……どれだけ感謝してもしきれないけど、残念だけどこれが結果なのね」

(だから諦めると言うのッ!? 響も、みんなも、もちろん私も、諦めるような真似だけはしないッ!!)

「じゃあどうやればこの終焉を、破滅を止めることが出来る? 万策尽きた先に掴んだ一万と一つ目の策も使い果たした今、何が出来ると言うのかしら」

 

 何処か冷徹に、されど諦観の色を思わせるフィーネの声にマリアは思わず歯軋りする。だが反論の一つも言えなかった。確かに彼女の言う通り、本当に今出来る事が無い。一切合切思い浮かばないのだ。

 

「理解ったでしょう。もう、終焉に飲まれるしか――」

『まだだ、諦めてんじゃねぇッ!』

 

 響き渡る雄々しい声に振り向くマリアとフィーネ。視線の先にはウルトラマンゼロ、ウルトラマンエース、ウルトラマン80、ウルトラマンエックスの四人が立ち並んでいた。

 

「ウルトラマン……。でも、一体何が出来ると言うの……?」

『俺たちの力で、あの闇の位相を抑え込むッ!』

『残された僅かな力でも、少しの間ぐらい異形の海の侵蝕を食い止めることは出来るでしょう』

『ま、文字通り命懸けってヤツだがな』

『だが、私たちが認め合い心を繋げた人間たちならば……必ずこの地球(ほし)を救う手立てを掴み取るはずだ』

 

 フィーネの問いに誰もが力強く答え傾いた。フィーネだけでなくマリアもまたそこに、彼らの決死の意を感じ取っていた。

 例え己の身が果てたとしても、一縷の希望に全てを託す。諦めることを知らない光の戦士たちの気高き魂を。

 

 

 

 

 

 巨大暗黒卿から伸ばされる闇の手に引き寄せられる中、ウルトラマンが不意に共に在るものたちに向けて声をかけてきた。

 

「翼、……悪いな。ちょっくら行ってくるぜッ! 初めて会った時みたいに、お前なら絶対に何とか出来るからよッ!」

『ゼロ、お前何を……!?』

「クリス、君の……君たちのその尊い夢は、私たちが必ず守護る。だからクリスも、最後まで一所懸命に頑張るんだ」

『なにを……なに抜けたこと言ってんだよセンセイッ!』

「調、切歌、お前たちが笑顔で居てくれる限り俺は絶対に負けん。そしてそれは他のみんなも同じだ。笑顔が齎す力……それを、忘れるなよ」

『おじさん……!? どうしたの星司おじさんッ!?』

『なんで今そんな事を言うんデスか!? なんか嫌デスよ星司おじさんッ!!』

「大地、済まない。また君と離れてしまうな。だが、君と彼女たちが持てる力をユナイトすれば……必ず、光を見出せるはずだ」

『急に何を言ってるんだよエックス! 俺たちはずっと一緒だって、約束しただろッ!?』

 

 それはまるで今生の別離の言葉。決して諦めぬよう託す、光からのメッセージだった。そして――

 

「往くぞッ! 80ッ! ゼロッ! エックスッ!」

「はいッ!」 「おうよッ!」 「ああッ!」

 

 その言葉を最後に、共に在る者たちに異変が起きる。まるで引き剥がされているかのような感覚だ。そう感じた次の瞬間、風鳴翼が、雪音クリスが、月読調と暁切歌が、大空大地が、光と共に弾き飛ばされいった。強制的に一体化を解除されたのだ。

 急にどんどん広くなる視界。それに戸惑いを隠すことなく自らの相方の名を呼び続ける変身者たち。だがその声に返る言葉は無く、まるで最後の輝きのように光るウルトラマンたちが巨大暗黒卿の中心部にある瘴気の渦へ向かって飛んで行った。光に包まれながらも転がりながら着地する翼たち。すぐに見上げた先には彼女らへ顔を向けるネクサスの姿が在った。

 

「……マリア、まさかお前も……!?」

(……前に言ったわよね、翼。貴方になら、後を任せられる)

 

 言うと共に一筋の光を放り投げるネクサス。翼たちの傍に落ちた光の中には、気を失っている響の姿が在った。それを確認すると、抜け殻と化したガイアの眼に僅かな光が灯りネクサスの手を離れ共に宙に浮いていた。ライフゲージは黒いままでだ。

 

「立花と離れた……。だが、その力は何処から……?」

 

 ガイアを見つめながら呟く翼。だがそれに応えることなく振り返り、光となってネクサスと共に飛び立っていった。

 

「マリアッ!」

「なんで、マリアァァッ!」

「アンタまで、何しに行くんだよォッ!」

(ギリギリまで、頑張ってくる。きっと僅かな時間稼ぎにしかならないけど……でも、今のままじゃどうにもならないから。

 みんな、あとをお願いね。――信じてるから)

 

 マリアが優しく言い残すと共に、彼女を形作る光もまた瘴気の渦へと消えていく。

 六つの光が渦の中へ飲み込まれた直後、強い光を放つと共に弓のような石の盾が出現。渦の中心で六角形の防壁を生み出し瘴気の力を抑え込んでいった。

 

 だがそれは、装者たちにとって光を手放すと言う大きな敗北に相違なかった……。

 

 

 

 

 

「ゼロ……おい、ゼロ……ッ!」

「センセイ……なぁ、返事してくれよォッ!」

「おじさん……星司おじさん……ッ!」

「言ったじゃないデスか……! アタシたちが祈ったら、願ったらいつでも駆け付けるって……」

「エックス、お前……ッ!」

 

 それぞれが自らとウルトラマンとの繋がりである装具に念じ呼び掛ける。ウルトラゼロブレスレットに、ブライトスティックに、それぞれのウルトラリングに、エクスデバイザーに。だがそのいずれも、ウルトラマンたちが力を失くしたことに合わせたのか輝きを失い無骨な石へと化していった。それは意識の無い響が握っていたエスプレンダーも同様であり、大地のエクスデバイザーだけがその色を黄金から銀色の、所謂通常のジオデバイザーへとダウングレードしていた。

 失意と絶望の中で身に纏っていたシンフォギアも解除される装者たち。其処へ向けて邪心王が追い打ちのように、だが無感情な声を響き渡らせる。

 

『その身を賭して、異形の海の位相侵蝕を防ぐという心算か、ウルトラマンたちよ……。

 だが無意味なり……。止まらぬ位相侵蝕を、僅かばかり引き伸ばしたに過ぎぬ……

 光を失くしたニンゲンたちよ……。終焉の到来までの僅かな時を、絶望と共に謳歌するがいい……』

 

 巨大暗黒卿の胸部……瘴気の渦の中央から、闇の雷が倒れる装者たちに目掛けて放たれた。爆発が巻き起こり、悲鳴だけが轟く。指令室のレッドアラートは、変わらずがなり立てるように鳴り渡っていた。

 

「……ぜ、全ウルトラマン消失。装者らのシンフォギアも解除……バイタルは――」

「そんなモノは後だッ!! 緒川、アイツらを保護しに行くぞッ!!」

「了解ですッ! すぐにッ!!」

 

 怒鳴り付けるように指令室から走り去る弦十郎と慎次。だが何処かで、二人の胸中には”今此処からでは間に合わない”という現実感が強く胸を締め付けていた。だがそれでも動かずにはいられない。『子供を守護るのが大人の義務』……そう言って(はばか)らない彼らが何もせずに居られるはずなど無かったのだ。

 

 

 一方で巨大暗黒卿の攻撃により絶体絶命の窮地に立たされる装者たち。誰もがその強い心をもたげてしまうような事態に陥り、ある者は腰を地に落とし、またある者は倒れたままで動けなくなっていた。その中でただ一人、大空大地だけが退却と言う冷静な判断へと至ることが出来た。

 其処からの行動は早く、周囲を一回り見回して自分が此方の世界に来た時に乗っていた乗り物の姿を確認。ジオデバイザーに向けて命令を下した。

 

「アラミス、来いッ!」

 

 大地の命令に連動して青の特殊ワゴン車――ジオアラミスが彼の下へ走り出す。そして大地の近くで静止すると、彼はそれを支えに起ち上がり、先程まで共に戦っていたシンフォギア装者……いや、今は自分よりも幼く年端も行かぬ傷だらけの少女たちに向かって大声で叫んだ。

 

「グッ……みんな乗ってッ! ここは退くんだッ!!」

 

 大地の言葉に不安そうな顔で調と切歌が振り向く。一方俯いたまま少しの間を置いて、彼に噛み付くように声を上げたのはクリスだった。

 

「――退く、だと? ……センセイが、みんながあんなになってお前はッ!」

「止せ雪音ッ! ……口惜しいが、彼の言う通りだ。今は、退くしかない……ッ!」

 

 石化したブレスレットを辛そうに眺めながらなんとか立ち上がった翼がクリスを諌める。そのまますぐに調と切歌にも指示を出していく翼。その表情は、凛としている中にも暗さを隠せずにいた。

 

「月読、暁、立てるか!?」

「は、ハイ……!」

「なんとか、大丈夫デス……!」

「ならば雪音と共に先に乗り込め! 私は立花を連れて来るッ!」

「俺も手伝う! ドアは開いてるから先に乗っていてくれ!」

 

 力を振り絞り、未だ目覚めぬ響の下へ向かう翼と大地。クリスは調と切歌の手を引き、先にジオアラミスの後部座席に乗せていく。それが完了したらすぐに身を乗り出し響を担ぐ大地と翼へと声を投げかけた。

 

「先輩早くッ!」

 

 未だ爆音が鳴り響き大小様々な瓦礫が降り注ぐ。そんな中を必死で駆ける大地と翼。二人がなんとかジオアラミスに到着した時に一際大きな揺れを感じるが、どうにか響をクリスたちに手渡し後部座席に押し込んだ。

 

「響さん……」

「響センパイの手、スゴく冷たいデス……!」

「マイナスエネルギーで体力を奪われたからなのか……? とりあえずコレ被せて!」

 

 少しでも響の体温を保持する為に、大地が着ていたジャケットを脱いで調と切歌に手渡す。すぐに彼女の身体に被せるが、それだけで青褪めた響の顔色が戻ることは無い。つい不安の顔をクリスに向ける調と切歌。それに対し、クリスは不器用ながらも笑顔を作って言葉を返していく。

 

「手、しっかり握っててやんな。この馬鹿はそれが大のお気に入りなんだからさ」

 

 クリスの言葉に強く頷き、二人で響の手をそれぞれ握り締める。自分たちより冷たくなった響の掌に意外さと恐れを感じるものの、いつも温もりをくれていた彼女に少しでもお返しするかの如く強く両手でしっかりと握っていった。

 

「よし、行くよッ!」

 

 後部座席の微笑ましい光景を目にしつつ、すぐさま運転席に大地、隣の助手席に翼が乗り込み、ジオアラミスに大地が自身のデバイザーを装着。マニュアル運転のロックを解除しアクセルを一気に踏み込んだ。

 エンジンを吹かせながら走り出すジオアラミス。同時に襲い掛かる巨大な瓦礫はなんとか躱すものの、小さな瓦礫の衝突は無視して走り抜けていく。特殊合金や強化ガラスで形成されている車体に大きなダメージは無いに等しいが、その衝撃で車内が揺れるのは致し方なかった。

 

「随分ハデな運転だなオイッ!」

「悪いけど運転は専門外でね! とりあえず遠ざかるように走ってるけど大丈夫ッ!?」

「一先ずハイウェイへ出ましょう! その先の十字路を左へッ!」

「了解ッ!」

 

 決して上手とは言えない大地の運転を補助するように隣で翼がナビゲートしていく。彼女にとっては何度もバイクで走った道だ。何処を通れば移動本部の停泊している埠頭に行けるかなど十二分に熟知していた。

 助手席に座る彼女の指示通りにハンドルを切る大地。料金所の遮断機を突進でぶち壊してハイウェイに入り込み走って行く。だが視界の何処にも、巨大暗黒卿の姿は見えたままだった。

 

『何処に逃げようと無駄だ……。来たれ、”破滅”を齎すものよ……』

 

 巨大暗黒卿の腕がゆっくりと持ち上がる。ローブの袖の内、暗黒の孔から瘴気と共に無数の”何か”が飛び出してきた。ジオアラミスに集まってくる”何か”。フロントガラスに衝突し弾き飛ばされながらも絶えず張り付いてくるそれの正体に真っ先に気付いたのは翼だった。

 

(いなご)ッ!?」

「なんて言って良い感じじゃないなッ! ガオディクション、分析起動ッ!」

《分析、開始します》

 

 大地の声と共にジオデバイザーが画面を切り替え襲来する巨大なイナゴらしき生物の分析を開始する。その間に車体を左右に振り回しながら集る生物を振り切っていく。数秒の後にガオディクションの分析が完了を告げる電子音声が流れる。だが前を見て運転するのが精一杯の大地にデバイザーを見ている余裕なんかあるはずがなかった。

 

「ゴメン、ちょっと分析結果を教えて!」

「わ、分かった! これは、えっと……」

 

 助手席に座っていたが為に大地に頼まれる翼。だが見慣れぬデバイスに表示される文字列を見て、若干悩みを含んだ唸りを上げる。正直よく分からない部分ばかりだが、理解できるところだけでも大地に伝えていく。

 

「――『破滅』。この蟲から読み取れるものは、この言葉だけのようだ」

「つまりコイツら全部が破滅の意思その物って事か……」

「ンなことより反撃手段とかねぇのかよッ! 前見えてんのかッ!?」

「あるには、あるけどォッ!」

 

 クリスの怒號に叫ぶように返しながらハンドルを切っていく大地。ジオアラミスには車体上部にアラミスレーザーなる光線兵器が装備されているし、大地の懐にも持ち出しの認可を受けた数少ない自衛武装であるジオブラスターなどがある。だが運転に精一杯な今、それをどうこうできる余裕は彼には無かった。同僚のアスナやハヤト、ワタルならドラマや映画みたいに上手く決められるのだろうなと、窮地に在って至極どうでも良い考えを巡らせながら、大地は只々アクセルを全力で踏みながら右往左往していた。衝突事故を起こさないギリギリの範囲で。

 

「せめて、ギアが使えれば……」

「そうは言っても、さすがにもう力は残ってないデスよ……」

 

 調と切歌の言葉に翼とクリスも強く奥歯を噛み締める。せめてシンフォギアを纏えるだけの力が残っていれば、斯様な蟲程度なぞ銃剣乱舞でいくらでも打開できるというのにと。

 だがウルトラギアを用いた現状では、シンフォギアそのものの核であるペンダント型のギアユニットにも多大な負担がかかっている。改修したとは言え元来は決戦用ブースターなのだ、既に連続で爆発的な威力を長時間起動している以上、装者の肉体的にもシンフォギアを形成するユニット的にも莫大な負担と化すのは目に見えて明らかなのだ。

 比較的平然と大地へ言葉をぶつけ合う翼やクリスでさえも、その体力はどれほど残っているかも分からない。そんな口惜しさに歯を食いしばっていると、翼の持つ通信機に着信が入った。弦十郎からだ。

 

『大丈夫かお前らッ! 今何処にいるッ!?』

「叔父さん……司令! 今現在は立花、雪音、月読、暁を伴い、ウルトラマンエックスとユナイトしていた方……大空大地氏と彼の乗って来たワゴンタイプの特殊車輌にて停泊中の移動本部に向けてハイウェイを走行中ですッ!

 ですが敵の襲撃が激しく、思うようには……――きゃあッ!!」

『どうした翼ッ!!』

「ちょっと大きく揺れただけです、仔細ありませんッ!」

『分かった、俺たちもそっちに向かっているところだ! 持ち堪えてくれッ!』

「り、了解ッ!!」

 

 とは言ったものの、蟲たちは確実にフロントガラスへと張り付き此方の視界を奪ってくる。やがて集る蟲はその数を増していき、ジオアラミスを完全に黒く飲み込んでいった。それと同時に巨大暗黒卿の深く染み込むような重たい声が響き渡る。

 

『終わりだ、ニンゲンよ……』

 

 次の瞬間運転席の大地が見たモノは、ハイウェイの壁だった。アクセルは全開、140km/hをゆうに超えるスピードでは視認からのハンドル操作すら最早間に合わない。

 群れる蟲たちを押し潰しながら壁に激突するジオアラミス。青い車体が歪な色の体液で汚れながら凹んでいき、だが高速を伴った強固な物体が直撃したことでハイウェイの壁を押し込み貫いていく。

 思わず踏み込んだブレーキだったがそれすらも嘲笑うように壁を貫きハイウェイの外へと飛び出していくジオアラミス。壁の先がどうなっているかなど誰の想像にも容易く、人間を六人乗せた車は重力に引かれるように落下していった。

 

「う、うわあああああああッ!!!」

「南無三――ッ!」

 

 思わず歯を食い縛り目を閉じる前部座席の大地と翼。後部座席では意識の無い響を調と切歌が、その後輩二人を覆い庇うかのようにクリスが上から無理に抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 ハイウェイを貫いた車の空中爆発。ジープからそれを見届ける弦十郎と慎次の顔は、呆然と絶望の入り混じった表情と化していた。

 片耳に付けたイヤホンより聞こえる、あおいからの『装者全員の反応途絶』との報。理解らぬものか、それを目の前で見ていたのだから。見てしまっていたのだから。

 

「――みんな……」

「そんな……こんな、ことが……」

 

 思わず呟く二人。するとおもむろに、弦十郎がアスファルトの地面を強く殴り付けた。彼の全力の一撃は頑丈なアスファルトに自分の拳の何倍もの大きさのクレーターを作り出し、発せられた衝撃は波打つように引き裂いた。だがそれでもなお、弦十郎の顔は曇りきったままだった。

 

「こんな……地面をブッ潰すようなの力があっても、あの娘たちに手を届かせられなかった……。そうさせない為に大人になったんじゃあなかったのか、俺は……ッ!!」

 

 自責の念を吐き出し終えると、その憤怒の形相を巨大暗黒卿に向ける弦十郎。隣に立つ慎次もまた、失意を覆い隠す怒りで顔を歪めながら弦十郎と同じ方向を向いていた。だが巨大暗黒卿は二人の姿を一瞥することもなく、ただ腕をゆらりと伸ばし言葉を発していくだけだった。

 

『無駄だ……。ニンゲン如きに、もはや止めることは出来ぬ……』

「だからとてッ!」

 

 声と共に放たれる破滅を呼ぶ蟲。獰猛に襲い掛かるその群れを、弦十郎の剛拳と慎次の構える短銃が残らず撃ち落としていく。バラバラと破片を落としながら無言で迎撃していく様は、ただの八つ当たりのようにも見える暴力だった。それに気付いた巨大暗黒卿が、遂に弦十郎たちの方へその身を相対させていった。

 

『感じるぞ、貴様らの感情……。哀惜……怨嗟……憎悪……憤怒……。強く、猛く、激しく……。

 だがそれもまた、我が力の一部為り……』

「僕たちのこの想いも、アイツの力になると……ッ!?」

「だが……だとしてもッ!!」

 

 空中回し蹴りで蟲を一掃し着地する弦十郎。怒りに歪んだその顔は、未だ落ち着くことが無かった。そんな彼らを、ニンゲンたち総てを見下し、巨大暗黒卿がその手を広げ重苦しい声を上げる。

 

『我を畏れ怨め……。我を怒り憎め……。哀惜と辛苦の全てを我に向けよ……我に捧げよ……。

 我は”マイナスエネルギー”……。命が生み出す”邪心”そのものであるが故に……』

 

 その言葉と共に爆ぜる巨大暗黒卿。それと同時に四方八方……恐らくは地球全体に破滅の蟲を飛び立たせたのだ。闇の中、光を更に遮るが如く。

 

「空の闇が、更に深く……」

「蠢いている……波打つように……」

『司令! ……川さん! 戻っ……さいッ!』

 

 通信機越しに二人へ聞こえるノイズ交じりの言葉。声の主が藤尭なのは理解ったが、通信機から聞こえるのはまるで嵐のような雑音だった。

 

「藤尭! どうしたッ!!」

「本部でも異常が!? でも、みなさんの安否を得るまでは此処から離れるわけには……」

 

 S.O.N.G.の別働部や自衛隊、警察でもなんでも構わずとにかく増援を呼ぼうと連絡を回す慎次だったが、どこに繋ごうとしても雑音の嵐で通信が繋がることは無かった。

 

「電波障害……なんでこんな時にッ!」

「こっちも本部との通信が途切れてしまった……。クソッ、何処までも人間すべてを追い詰めると言うのか……ッ!」

 

 消え去った暗黒の空に向かって睨み付ける弦十郎。不思議と先程まで襲い掛かっていた蟲はその鳴りを潜め、天空で羽撃き蠢いているだけに留まっていた。それが何を意図しているかは分からないままだったが、光の失った無音の空が自分たちに出来ることなど無いと言われているようにも感じられる。

 今彼らに与えられた選択肢は二つ。装者たちの安否を確認するために進むか、通信の取れない本部に戻るか。何方を選ぶにしても何方かを棄てねばならぬ状況。つい思い悩んでしまうこの瞬間に、二人の脳裏に覚えのある声が響いた。

 

(お困りのようだね、風鳴司令)

「その声は、メフィラス星人……ッ!」

「テレパシー、と言うヤツなのでしょうか……!」

(流石、君たちは理解が早くて助かる。

 さて本題だ。君たちには至急、タスクフォース本部へと戻って貰わなければならない)

「彼女たちの安否を確認もせずにかッ! そんなこと――」

(風鳴弦十郎、コレは最早君の独断でどうにかできる事態を逸脱している。装者らを心配していると言うことは理解するが、直ぐに戻らねば帰る場所すらも失うことになるぞ?)

「だったら僕が残って――」

(何になる。何が出来るのだ緒川慎次。独りで痛ましい現実を受け止めるかね? 通信網も奪われ、君が本部に戻る頃には其処もまた壊滅的な打撃を受けているであろうな)

 

 思わず歯軋りしてしまう弦十郎と慎次に対し、まるで怒りを煽るようであるが、だが一切の間違いがない正論を展開していくメフィラス星人。彼の言葉は正しい。破滅を呼ぶ蟲の襲撃が本部にあると言うのなら、其処を守護らなければならないのもまた事実なのだ。其処には藤尭やあおいのような多くのクルーや、未来やエルフナインと言った非戦闘員、恐らくは重要なカギとなる存在であるキャロルも居る。そんな者たちを想うと、自ずと二人の気持ちはこの場から離れ本部に戻るべきと考えるようになっていった。

 今現在の状況から考えると、ベターな選択肢だったように思う。それを把握すると、弦十郎が無言でジープに乗り込んでいった。

 

「司令ッ!?」

「……戻るぞ、緒川。手をこまねいているだけの時間は、どうやら無いそうだ」

「……ですが、僕はみんなを……」

(案ずることは無い。確実な吉報だけを伝えてやろう。――彼女たちは、みな生きている)

「みんな、無事なのかッ!?」

 

 メフィラス星人のその言葉に身を乗り出して問い詰める弦十郎。その想いは慎次も同じだったが運転中故にそこは弦十郎に任せることにした。

 

(正確には立花響、風鳴翼、雪音クリス、月読調、暁切歌、大空大地の六人だがな。それに、飽くまでも『生命活動を停止させていない』に過ぎないから安否状態は知らん。

 そしてマリア・カデンツァヴナ・イヴに至っては私にもどうなっているのか分からぬ状態だ)

「そうか……。だが、ならみんなは何処に……!?」

(回復したら向こうから連絡を入れて来るだろう、それまで待ちたまえ。邪心王は次元や位相を物ともしない。知れたらそれこそ最後だぞ?)

 

 その言葉には、唸りながらも肯定するしかなかった。今はただ、希望が潰えなかったことを安堵とするしかない。後の言葉はただ飲み込み、弦十郎と慎次はハイウェイを駆けるジープの中でただ皆の無事を祈るだけだった。

 

(……生きていると言うのなら、信じているぞ。

 お前たちの無事を……この闇の中でも燦然と輝き歌う、奇跡を纏う者たちの歌が奏でられることを……ッ!)

 

 奥歯を食い縛り、ただそれだけを祈るように想いながらジープの助手席で力強く腕を組み固める弦十郎。トンネルを越えて見えて来たタスクフォース移動本部のその先……水平線には異形の海が蜃気楼のように揺らぎ見え隠れしていた。

 すぐに移動本部の中へ戻る弦十郎と慎次。歩いていくその先、本部ブリッジの自動扉が開くと、眼前の大型モニターには普段見ることのない人の姿が映り込んでいた。色素の抜けた短い白髪と、やや頬のこけた老齢の顔が何処か白猿を思わせる。強い瞳に威風を漂わせるこの男は日本国における諸外国とのパイプ役であり、国連直轄組織であるS.O.N.G.にも通ずる外務省事務次官、斯波田賢仁(しばた まさひと)その人である。

 

「事務次官!」

『……えれぇ事になったな、弦の字。歌姫様たちは行方知れずで、頼みの綱だった巨人様も消えちまいやがった。暗い空には蟲が蠢き、ジワジワと異形の海がこっちの世界を侵食して来てやがる』

「藤尭、あの位相空間が此方側を侵蝕しきるのにどれだけかかりそうだ?」

「今の侵蝕の速度じゃ、三日もあれば地球は異形の海に飲み込まれるでしょうね……」

「事務次官、国連はなんと……」

『「この世界に在る兵器の総てを以て外敵を掃討、殲滅する」だとさ。奴さんのこった、有りっ丈の核を惜しみなく叩っこむだろうよ』

「核って、そんなッ!」

 

 思わず口に出したのは未来だった。核兵器。それは人類史に置いて、未だ”人の造りし世界を焼く禍焔”として頂点に鎮座君臨する最強にして禁断の兵器だ。それを惜しみなく用いるとなると、たとえ外敵を殲滅できたとしてもどれだけの被害が世界に被るか、そんなものは目に見えて明らかだ。

 

『まぁお上のこった、どうせ手前らは安全なシェルターからぶっ放すんだろうよ』

「上は、先のフロンティア事変と同じ過ちを繰り返すつもりですかッ!!」

『ンなこたぁさせねぇように立ち回ってはいるが、如何せん事態が事態だ。どこもかしこも抜き身の刃を振りかぶってやがる。恐らく明日には採決し、発射に踏み込むだろうな』

「……こうして人は、地球(ほし)をいとも容易く傷付ける。故に地球(ほし)は、その器に膨大なマイナスエネルギーを溜め込んでいたと言うのか……ッ!」

 

 冷静に言い放つ斯波田の言葉に弦十郎はコンソールを殴り付ける。だがあの時メフィラス星人に戻るよう言われなければ、この事態にも気付くことなく己が身を核の炎で焼かれていたのかもしれない。

 それを思えば今はまだ首の皮が薄く繋がっている状態、諦める状況ではないと知ることが出来た。それを巻き返す奇跡を信じ策を講じるならば、先ずはそれを纏う少女たちが必要だ。最早其処に、一刻の猶予も無い。

 顔を上げ、思考を切り替えて弦十郎は斯波田に言葉を返す。自分たちに出来る事をする為に。

 

「事務次官、お偉方を可能な限り止めておいてください」

『言われんでもやるさ。しかし弦、お前さんに……いや、”人間”にこれ以上何か出来る事でもあるのかねぇ』

「……俺たち”地球の人間”に出来なくとも、”それ以外”にならやりようもあるでしょう。任せて下さい」

『……そうかい。ま、足掻けるうちに足掻いておけ。本気で世界が終るかどうかの瀬戸際だぜコイツぁ』

 

 何処か笑みを浮かべながら通信を切る斯波田。弦十郎は硬い表情を崩さぬまま、虚空に向かって呟くように声を上げた。

 

「――聞いていただろう。俺たちには……この地球(ほし)には、時間がないんだ。

 この場に来て話をさせてくれ、メフィラス星人」

 

 弦十郎のその言葉の後、ブリッジの中――弦十郎の眼前にリングが連なる形で出現。数秒の間を置いて、其処にメフィラス星人がワープアウトしてきた。

 無機質な表情と青い瞳からは何も読み取れない。だがその緩やかな笑い声は、『待っていた』と言わんばかりの想いを漏れさせていた。

 

「フフフ……聞こうじゃないか、風鳴司令。一体どうする心算なのかね?」

 

 悪質宇宙人が怪しく問いかける。その場に居る人間は、一部の例外を除きほとんど全員が息を呑んで彼と相対していた。

 全ては、この世界を守護る為にと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

EPISODE24

【胸に流れるこの歌あるかぎり】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 24 【胸に流れるこの歌あるかぎり】 -B-

 

 立花響は虚ろな目を浮かべ、指の一本も動かせなくなった状態でも尚、その耳に入ってくる幾つかの声があった事を記憶していた。フィーネこと櫻井了子の声。マリア・カデンツァヴナ・イヴの声。そして、四人のウルトラマンたちの声だ。

 ウルトラマンたちは皆、己が身を挺して世界の位相侵蝕を食い止めようとしていた。死を覚悟しなければならないその行為に、一体化している人間たちを共に連れてはいけないと言うことも。だが了子が反論する。そんなことであの位相は、異形の海は防げないと。命を無駄にするだけだと。

 その僅かな静寂を割き、声を上げたのはマリアだった。彼女の言葉を、目論見を聞いて遂に了子も押し黙る。あまりにも無謀な行いだが、聡明であるが故に今すぐに取れる対処はそれしかないと言うことも、彼女は理解ってしまったから。

 そうして話がまとまったところで光の戦士たちが離れて消えていく。直後、響は自分の身体が光に包まれてマリアに抱きかかえられていることを理解した。

 了子とマリア、二人の言葉が彼女の心に残されていった。

 

「……ごめんね、響ちゃん。色んなもの、押し付けるような形になってしまって。

 でも、どうしてもこの世界を守護りたいって想いぐらいは私にもあったみたい。”あのお方”が作った……私が愛した”あのお方”の愛で生まれたこの世界を、あんなものに変えられたくない。そう思うぐらいは、ね。

 この地球に生きるものたちに――響ちゃんに未来を託すためにも……ほんの少しだけ、私が現在(いま)を、守護ってみせるわ」

 

 その言葉を残して響の下から離れる了子。背後に佇む赤い光の巨人と共にマリアとその背後に映るネクサスを見据え、ただ厳かに頷いた。

 

「私も行くわ。繋がる想いこそが絆の光。私の……ううん、私に繋いでくれていたこの光の力でみんなを繋げば、個別に抑えるよりも少しは侵蝕の時間を伸ばせるはず。その間だけでも、全ての命を守護る事が出来るから。世界に生きるものたちも、ウルトラマンと言う大切な仲間たちも。

 ……響、貴方が言ってくれた言葉で、私は本当に救われたわ。私を偽りの想いから解き放ち、生まれたままの感情と向き合うことが出来た。

 だから今度も信じている。生きることを諦めず、”みんな”が私の命を守護ってくれるってことを……」

 

 言葉も出せず、涙も流せぬままに光に包まれてマリアの傍から離れる響。そして瘴気の渦に向かって飛翔するウルトラマンネクサスは、渦の中央でその姿を弓のような盾……他の宇宙に伝わりし伝説の聖遺物【バラージの盾】へと姿を変えて、瘴気に飲み込まれていった。

 

 

 

 ……そして闇の中、響の眼が映したものがあった。

 それは幼い子供の姿。うずくまって泣いている、”赤い靴”を履いた少女だった。

 

 

 

 そこまでが立花響の見ていた夢のような映像であり、彼女の意識が無い間に行われていた現の出来事。そこから先はよく覚えていない。ただグラグラと揺れる車に乗せられて走っている、身体があまりにも冷たくなり、小さな手から伝わる温もりが嬉しくもあるがそれだけでは足りないとう我侭な心もおぼろげに感じられたぐらいだった。

 願わくば一番の陽溜りに……未来の傍にいられればなぁと響は思った。そうすればきっと、この心身の深奥に塗り固められた極寒の泥濘からもきっと抜け出せる。小さな温もりを感じる冷え切った心身の中でただそう思っていた。

 

 

 

 

 

 ――そして彼女たちは眼を覚ました。

 翼、クリス、調、切歌、大地の五人が見詰めていた白い天井。此処が病院の一室だと理解るものの、何故自分たちが此処に居るのかが全く理解できなかった。

 

「……生きて、いるのか」

「……どうやら、そうみてぇだな」

 

 クリスの返事と共にそれぞれが上体を起こしだす。整然と並べられたベッドと腕に付けられた点滴。こうして見ると本当にただの病院だ。ただ、窓から見える外の光景が夜の静寂と同じ空気に包まれていること以外は。

 

「俺たちは確か、アラミスに乗ったままハイウェイの外に放り出されて……爆発に飲まれた、はずだった」

「だと言うのに、骨の一つも折れていないのはおかしい、か……」

 

 大地が状況を、翼が自らの身体状況を把握していく中でクリスは隣のベッドで上体を起こしていた調と切歌に目を向けた。二人の声が無かったからと言う小さな心配から来るものだったが、それは杞憂だったらしい。二人はただジッと、物静かで殺風景な窓の外を眺め続けていたからだ。

 

「どーした、お前ら」

「あ、いえ……。……切ちゃん、もしかして此処って……」

「やっぱり、調もそう思うデスか……!」

 

 少しばかり明るい切歌の声。その時病室のドアがノックされ、挨拶と共に入ってくる数人の人影があった。正しくは、”地球外の人間”の姿だったが。

 深緑色の肌に白く怪しく光る大きな眼。瞬間的に大地が傍らに置いてあったジオブラスターを構え、翼もその場に在った箒を太刀のように構える。クリスもまたその場の花瓶を投げつけようと握り締めている。自衛の為とは言え、完全に戦闘態勢を取っていた。その一瞬の空気変化に驚きつつ、声を上げたのは調と切歌だった。

 

「待って! 待って、ください……!」

「この人たちは敵じゃないデス! ……デスよね、バム星人さん?」

 

 切歌の笑顔の言葉に、顔を崩して首肯するバム星人。白衣を纏っているところからこの病院を預かる者……医者と言う役職に属する者であろうことが分かる。

 

「アコルから、貴方たちの事は聞いていました。私たちバム星人を救ってくれた少女らとウルトラマンエース。そしてその仲間たちのことを」

「調さん! 切歌さん!」

 

 白衣を着たバム星人の背後から顔を出して駆け寄ってきたのは、以前に調と切歌が星司、夕子と共にヤプールやエタルガーの魔の手から救い出したバム星人の少年アコルだった。無事を喜ぶ彼の笑顔に、声をかけられた調と切歌も笑顔で返答した。調と切歌の軟化したその姿を見て、翼やクリス、大地も緊張を解いていく。

 異星人の少年と笑顔で話す彼女らの姿に大地は独り反省する。たとえ相手が怪獣でも、異星人でも、その存在の全てが悪であるはずがない。互いに手と手を取り合い、絆で結ぶ世界こそを理想としていた自分が真っ先に銃把を握ってしまうなど、彼の中では決してあってはならないことだった。そんな自戒と共にジオブラスターを側へ置き、ベッドから立ち上がりバム星人の医師と相対する大地。その顔は、自然と笑顔を作っていた。

 

「貴方たちが、俺たちを救ってくれたんですね」

「……救われた借りを、僅かに返しただけだ。それに我々とて、これ以上干渉するつもりは無かった。我々の四次元空間が邪心王に見つかれば、また侵略の脅威に晒される羽目になるだろうからな。礼ならばアコル……あの子に言ってやってくれ」

 

 言いながらバム星人の医師たちは手際よく血圧計の形をした機械をそれぞれの腕にはめ込んでいく。そして起動スイッチを押して数秒の後、彼の手持ちの端末に其処に居る者たちのバイタルデータがズラッと並び表示された。

 

「君らの容態に何ら問題は無い。体力が回復すればすぐにでも戦えるだろう。彼女を除いてはな」

「……立花のこと、ですね」

 

 翼の言葉に医師がコクリと頷き、言葉を続ける。

 

「表面的、肉体的な怪我の治療は完了している。だが、今の彼女には生気がまるで感じられず、一向に目が覚めない。

 話を聞く限り、彼女は地球のマイナスエネルギーに飲まれてしまったのだろう? ならばこの状態は、致し方ない事だとは思う」

「どうにか出来ねぇのかよッ! その、他所の星の技術とかそういうのでッ!」

「君はウルトラマン80から……矢的猛から聞いていないのかね? マイナスエネルギーは彼ら光の国の者にとっても未だ研究過程にある代物だ。それに彼女のケースは”地球”と言う我々でも計り知れないほどの大きな器に溜まったマイナスエネルギーなのだろう。

 それを直接浴びったと言うのに、昏睡しているとは言え未だ生命(いのち)がある事が奇跡に思えて仕方ないよ」

 

 噛みつくように問うクリスに、バム星人の医師はハッキリと事実を述べる。今の響の状態は、余りにもギリギリの状態で生命を維持しているのだと。

 

「それじゃあ、響さんは……」

「もう、目を覚まさないデス……?」

 

 思わず漏れる悲観的な言葉。同時に圧し掛かる重苦しい空気。しかし、それを払拭すべく声を上げた者が居た。バム星人の少年、アコルだった。

 

「諦めないでください! 必ず何か、手はあります! あの日僕を励ましてくれて、向き合うことの大切さとその先の笑顔を教えてくれた切歌さんや調さんたちなら、きっと必ず……ッ!」

 

 自信に満ち溢れた笑顔だった。其処の笑顔の何処に根拠があるのか分からないが、気休めなどではない絶対の確信を持った笑顔。そうだ、それは間違いなく自分たちが彼と心を繋げられたから得られたもの。それを再認識した調と切歌は、何方からともなく笑顔を作り出していった。

 

「……そうデスよ、きっとどうにか出来るデス! だってあの響センパイが、帰って来ないワケないじゃないデスかッ!」

「そうだね、切ちゃんの言う通り。それに、星司おじさんも言ってた。笑顔の齎す力を、忘れるなって」

 

 自然と手を握り合う調と切歌。互いの指につけられた、石化したウルトラリングが握り合うと同時に小さな音を立ててぶつかり合う。たとえ力は失われても、その繋がりが消えたりはしていないと言うかのように。

 そんな二人を見て、翼とクリス、大地もまたそれぞれの相棒からの言葉を思い返していた。

 

「……『お前なら絶対に何とか出来る』、か。まったく、どんな託し方だあの馬鹿は」

 

 小さく笑いながら呟く翼。だがゼロが残した根拠が無くとも彼女を信じ貫く言葉は、”泣き虫で弱虫”という今となっては絶対に他者に見せない弱味を見せあった相手だからこそ残せたモノだったのかもしれない。

 石化したブレスレットに光は灯らない。だが、それでもへこたれるなと背中を叩かれているような気になってくるのは不思議な感覚だった。

 

「でも、ゼロの言う通りだよ。俺たちはまだこうして生きている。バム星人のみんなが……君たちみんなが繋いでくれた絆の力で可能性を繋いでくれたんだ。

 エックスの言う通り、俺たちみんなの力をユナイトすれば、きっと何とか出来る!」

 

 ジオデバイザーを握りながら大地が語る。大事な相棒が残した言葉を無にしない為にも、一緒に守護ると決めた世界を終わらせない為にも。

 大地はまだ、彼女たちとまだ絆を結べたわけではないと思っている。だがそれは同時に、これからいくらでも結び合えると言う確信も持っていた。ウルトラマンゼロ、ウルトラマンマックス、礼堂ヒカル、ショウ、クレナイ・ガイとSSPの仲間たち……僅かな時しか会わなかったにしろ、同じウルトラマンとそれに選ばれたもの、近しいものとして彼らとの絆は確実に彼の心に強く刻まれているのだから。

 

「『一所懸命』。結局アタシらがやれることは、それしかないんだな。……でも、それが僅かな希望でも手繰り寄せられる。そうなんだろ、センセイ」

 

 石と化したブライトスティックを握り、クリスが声をかける。やはり光は戻らず、硬く閉ざされたままだったが、不思議とクリスの胸中には猛の与えてくれた優しい光が去来してくるように感じられた。

 いつの間にかそこに在るのが当たり前になっていた光、温もり。失うことで得た虚無感もあったが、あの恩師たちが何故あのようなことをしてまで自分たちの命を守護ったのか。クリスの言葉は、きっとその答えだった。

 

「それに、マリアからも後を託されたしな」

「アイツ、一番年上だからっていっつも一人で何とかしようとするもんな」

「マリアのそーゆーとこ、全ッ然直ってないデス」

「でも、マリアは私たちみんなをちゃんと信じてくれたから託してくれた。だから、代わりに今を守護ってくれてる」

「助け出さなきゃね。彼女たちも、俺たちの大事な仲間たちも」

 

 全員が力強く前を向く。その顔に浮かぶは希望を抱いた強い笑顔だ。だかそこに水を差すように、バム星人の医師が口を挟む。

 

「だがどうするつもりだ。我々がいま安全で居られるのは、この位相空間を完全に隔離しているからなんだぞ?」

「なんとか外へ……本部へ連絡させては貰えないでしょうか」

 

 翼の頼みにどうにも渋い顔をするバム星人の医師。ヤプールやエタルガーに利用され、スペースビーストの脅威にも晒されたのだ、保守的な考えが彼らを取り巻いているのも理解できる。だが其処へ一石を投じるように声を上げたのは、同じバム星人であるアコルだった。

 

「僕からもお願いします! 大恩あるみなさんに、僅かながらでも手助けをしたいんですッ! 僕たちバム星人の命は、みなさんが繋げてくれたものだから……ッ!!」

 

 アコルの言葉に医師たちが顔をしかめながら話を交わす。しばしの間を置いて、それぞれが首を縦に頷いて散会していく。うち一人だけがこの場に残り、結論を話し始めた。

 

「……通信と、君たちを返す為の道は作ろう」

「本当ですか!?」

「やったデス! ありがとうございますデス!!」

「ただし、条件がある」

「条件?」

「君たちの世界と繋がる事で敵の侵略は此方にも襲い掛かってくるだろう。無論我々にも自衛の手段はあるし、何もしないままにやられるつもりも無い。

 だが君たちを守護れる保証は無いし、何よりも戦闘力ならば君たちの方が圧倒的に上だ。だから……」

 

 少しばかり言い難そうに澱むバム星人の医師。だがそれを察した翼とクリスはその答えを笑顔で返していった。

 

「帰り道じゃテメェの身はテメェで守護れ、ってことか。上等じゃねぇか」

「それだけではない。我らの身を救ってくれた彼らの下に、邪心王の禍根を残さぬように全てを討ち払った上で去る必要がある。――と言うことでしょう?」

「……そうだ。君たちには傲慢に聞こえるかもしれないが……」

「そんなことはありません。貴方たちがしてくれるのは、俺たちが一番に望むこと。であれば、俺たちも貴方たちの望むことを少しでもしてあげたい。それだけです」

 

 臆面もなく言う翼やクリス、大地らに、バム星人の医師が内心驚いていた。地球人も自分たちバム星人同様、様々な考えを持ち想いを抱いている。だがその中でも、眼前に居る者たちは余りにも眩しく見えた。そんな心の内で侵略者に下った愚かな同胞を想いつつ、改めて友好の証として彼は不器用な笑顔で己が手を差し出した。

 最初にその手を握りかえす翼。その上に手を重ねる大地。小さくとも一つの絆が今、結ばれた瞬間だった。

 

 

 

 一方、現実世界はタスクフォース移動本部のブリッジにて。其処では今、人類最強と謳われた男率いる者たちが、黒き悪質宇宙人と相対している。さほど広くもないブリッジの中には重苦しい空気が漂い、レッドアラートが鳴っているはずなのに静寂が支配しているような状態だった。

 その空気を破ったのは、メフィラス星人からだった。

 

「さて、風鳴司令。地球人たちよ。この私に何を求める? 終焉までの僅かなる時に、私を交渉の場を設けて何を話そうと言うのかね」

「……ああ、確かにそうだな。異形の海の位相侵蝕まで残すは三日……72時間を切っている。ごく一部の人間はおそらく24時間以内に世界を覆う蟲へと核攻撃を仕掛けるだろう。

 君の観点から教えてくれ。核攻撃は効果があると思うか?」

 

 一つ溜め息をしながら言葉を返し始めるメフィラス星人。その喋り方は何処か、馬鹿にしているようにも聞こえる。いや、実際馬鹿にしているんだと弦十郎たちは思った。地球人はこれほどまでに想像力が無い生き物なのだと露呈したようなものだったからだ。

 

「効果か。ふむ……何を以って効果と言えば良いのだろうな。

 まず君ら地球人の持つ最大火力である核弾頭。威力限界である37.4メガトンを所有していると考えて、爆発範囲やあの(いなご)……破滅魔虫ドビシの耐久性を考慮すると、大凡核ミサイル一発で殲滅できる数は、まぁ幾分か誤差はあるだろうが10兆匹ほど。全体の0.01%ほどだろうな」

「そ、そんなに少ないのか……」

「そしてドビシは暗黒卿の力により無尽蔵に増殖する。もしか先程の核弾頭を、例えば100回殲滅出来る個数である100,000個用意して計算上すべてのドビシを100回殲滅しても、またすぐに発生し即座に空を覆うだろう。そしてドビシは電波や光波を喰らい尽し、繋がりを断って生きとし生けるものを緩やかに絶望させてマイナスエネルギーを発生させ、そしてまた増殖する。

 暗黒卿……君らが定義した根源的破滅招来体は、地球全てのマイナスエネルギーを用いてその内部で無限にマイナスエネルギーを生み出しているからな」

「無駄な足掻き、と言うことか……」

 

 歯を食いしばりながら口惜しそうに答える弦十郎に、メフィラス星人は淡々と「左様」と返す。だがすぐに思考を切り替えて、弦十郎は次の質問をメフィラス星人に投げかけた。

 

「……正直なところ、この問いが我々にとって正しい事なのかは理解らない。だが敢えて、問い掛けさせてくれ。

 ――メフィラス星人。君の力でこの状況を好転させることは出来ないか?」

 

 持ち出した質問は至極単純にして彼らに唯一残されたもの。この未知なる異形の手を借りると言う手段だった。だが……

 

「率直に答えさせてもらおう。不可能だ。

 我々メフィラスの技術であれば、一時的にマイナスエネルギーや暗黒卿を隔離することまでは出来るだろう。だが異形の海の位相侵蝕はどうしようもない。侵食される前にこの位相を遮断できれば望みはあったのかも知れんが、既に始まっている侵蝕にはメフィラスの技術であろうともそう簡単にどうにかは出来んよ。

 もしこの状況をどうにか出来ると言うのなら、それは本当に奇跡だけが為せる所業だね。だが、奇跡を纏う者も奇跡を体現する者も今この場には誰一人存在しない。手は打ち尽くしたと思うのが賢明だろうよ」

「――お前は、この地球が欲しいんじゃないのかッ!?」

 

 思わず声を荒げてメフィラス星人の目的でありその真意へと直接訴えかける弦十郎。交渉と言うにはあまりにも安易で稚拙な言葉を発してしまったのは、彼もまた焦りに囚われているからかもしれない。対するメフィラス星人はそれを嗤ったり蔑んだりすることもなく、ただ淡々と無感情に言葉を返していった。

「そうだな、私の目的はこの地球を我が物とする事だ。だが、終焉に至ることが確定した世界を誰が欲す? 残り71時間。待ち受けるは核により降り注ぐ死の灰に包まれた大地と海、それによりなおも湧き続ける破滅の尖兵、やがて異形の海と位相同化を果たし、無限にマイナスエネルギーを生み出すだけの星と化すこの地球……。そんなモノに最早価値など無い。

 私はただ、この残された時間で君たち地球人が如何に足掻くかを見せてもらう為だけに此処に居るのだよ」

 

 冷酷な言葉に思わずその大きな拳を握り固め、全力でメフィラス星人へと打ち放つ弦十郎。だがメフィラス星人の放つ念力は、万物を砕く彼の拳を眼前で静止させていた。

 

「司令ッ!!」

「ぐッ……くう、ぅ……ッ!!」

 

 歯を食いしばりながら力を込め続ける弦十郎だが、その腕が小刻みに震えるだけでメフィラス星人の顔に届くことは無い。だが、標的であるメフィラス星人はそれにただ称賛の言葉を贈った。

 

「流石はこの世界にて”最強の生命体”とまで呼ばれた男。私の念力を浴びてここまで持ちこたえるなど思わなかったよ。

 だが、その拳を振り抜く相手は私じゃあない。其処は間違えないでくれたまえ」

「司令さん!」

「弦十郎さん!」

 

 念力を解除した瞬間、弦十郎の巨体が横向きに倒れ込む。其処に駆け寄る未来とエルフナイン。二人に笑顔で無事を伝えながらもゆっくりと立ち上がる。一度激を発したせいか、今は落ち着いた顔をしていた。

 そのままで再度メフィラス星人と相対する。彼の無機質めいた顔や動作からは、変わらず感情らしいものが読み取れなかった。

 

「少しは落ち着きを取り戻したようだね」

「すまない、みっともない真似をしてしまった」

「なに、気にする事は無い。野蛮な交渉しか出来ぬ輩より、君の方がよっぽど良い」

 

 互いが気持ちを切り替えて、改めて話し合いのテーブルに着く。その時だった。雑音と共に声が聞こえてきたのは。

 

『……え……すか……ぃ部……!』

「この声……」

「友里、すぐに逆探知だッ! 繋げッ!!」

「了解ッ!」

 

 あおいの仕掛けた逆探知の数秒後、通信音声はクリアになってブリッジへと聞こえてきた。

 

『聞こえますか、タスクフォース司令部ッ! こちらXio日本支部所属隊員、大空大地ッ!』

「大地さんッ! よかった、無事だったんですねッ!」

『その声……エルフナインちゃんか! よっし、繋がったッ!』

 

 大地の声と共に背後から黄色い声が聞こえてくる。その元気な声だけで、装者たちは無事なのだと司令部の全員が理解出来た。

 

「大空大地隊員と言ったな。自己紹介が遅くなった、タスクフォース司令の風鳴弦十郎だ。速やかに其方の状況を教えてくれ!」

『了解です。此方は現在、バム星人たちの住まう四次元空間にて彼らによって保護、介抱を受けました。私以外にも風鳴翼、雪音クリス、月読調、暁切歌らシンフォギア装者たちの無事は確認しております』

「君の背後から聞こえる声だけでも理解るよ。……みんな、無事で良かった」

 

 万感の思いを以て放たれた弦十郎の言葉に、単純ながらも強く感じる喜びに、通信機越しででも聴き入る誰もが心に染み渡らせていた。

 移動本部内に漂う喜びの声。だがその中で、未来が真っ先に大地へと尋ねていった。

 

「あの、響は……?」

 

 その一言で周囲の声が止まる。そうだ、大地が列挙した名前の中に”立花響”は含まれていなかったのだ。

 一方で大地は当然彼女について触れられるのは覚悟していた。意を決して彼女の状態を伝えようとしたところで、翼にその肩を叩かれた。思わず振り向き見つめた彼女の顔は穏やかに微笑んでいた。

 

「変わります、大空さん。立花のことは、私の口から皆に伝えます」

「……分かりました」

 

 

 

『司令、翼です。立花の件ですが……』

「響は、大丈夫なんですか……!?」

 

 翼の声に弦十郎よりも早く反応し声を返す未来。やや悲痛な彼女の声に翼は奥歯を一度噛み締め、意を決して話し出した。

 

『……五体は満足で表面的な怪我は完治している。だが、立花の意識は未だ戻っていない』

「そんな……」

『バム星人の医師が言うには、ウルトラマンガイアとして地球の命と繋がっていながら膨大な地球そのもののマイナスエネルギーを浴びせつけられてしまったからだろうと仰っている。

 ……済まないが、私たちでは如何すれば立花を目覚めさせることが出来るか見当も付かないのが現実だ』

 

 その神妙な語り方から、姿は見えなくてもきっと翼は律儀に頭を下げているのだろうと未来は思った。事実、翼はマイクの向こうで深々と頭を垂れている。見えようが見えまいが関係ない、それが彼女の人となりなのだから。

 再度静寂に包まれる指令室。其処へ割って入ったのは、メフィラス星人だった。

 

「残り70時間を切ったな。核ミサイルの斉射まで12時間もあるかどうかというところか」

『残り70時間……? 核、ミサイル……? 司令、それは一体ッ!?』

「……こっち側の状況だ。ウルトラマンたちがその力で抑えてくれているものの、異形の海の位相侵蝕は残り約70時間で完了する。各国首脳や国連本部は其々が暗黒卿が生み出した外敵であるあの蟲……ドビシを人が手にしている最大火力で殲滅させようとしている。

 ――時間が無いんだ、全てにおいて……ッ!」

 

 弦十郎が思わず呟いた弱音に、今度は翼が力強い声で言葉を返していった。

 

『でしたら、急いで立花を叩き起こして其方に帰らなければなりませんね』

「響くんを、起こせるのか!?」

『今は未だその手が見えません。だからこそ急ぎます。何としてもみんなで、其方へ帰ります。

 私たちは決して諦めません。残り70時間だろうが、核だろうが……決して何もせずにこの命を捨てるような真似はしませんッ! それが、彼らと交わした約束ですから――ッ!』

 

 さも当然と言った翼の言葉に一瞬呆ける弦十郎。だがその言葉の強さは、愛弟子の口癖の一つを何処か思い出していた。思い出すことで口元には笑みが戻り、身体の内から力が湧いてくるのが分かる。声は、自然と溢れていた。

 

「じゃあ、俺たちも全力で足掻くしかないな。しかし響くんを目覚めさせる手段か……。一体どうすれば……」

 

 全員で唸り声を上げる中、冷めた目で成り行きを眺めていたキャロルが不意に皮肉気な意見を出した。

 

「ああ言う手合いは、鼻先に好物でも吊るしてやれば目を覚ますんじゃないか?」

「そんな動物じゃないんだからキャロルぅ……。すみません皆さん、キャロルが余計なことを……」

「フン、どうせ普通に呼んでも力尽くで打ん殴っても起きやしないんだろう? だったら普通でない手段しかないではないか」

 

 冷徹な言葉をかけるキャロルに対し、緊張感に欠ける返しをするエルフナインの言葉に僅かに気が緩む。だが彼女らの言葉に反応したのは、大地だった。

 

「普通でない、手段……?」

「どうかしましたか、大空さん?」

「俺とエックスが戦いの元凶である怪獣グリーザと戦った時を、思い出した……。俺たちは一度グリーザに敗れ、身体が電脳世界を彷徨ってしまっていたんだ……」

「電脳、世界……?」

「うん。そこから呼び戻し救い出してくれたのは、大切な仲間の強い想い……。俺と繋がり、呼び掛けてくれたからだった。

 立花さんに関しても、きっと似たような状態なんだ。帰る場所も理解らず、マイナスエネルギーの世界にひとりぼっちのままでいる。きっと、そう簡単に声も届かない深みの中で……」

「だったら、なんとかその深みまで響さんに声を届かせれば……」

「響センパイなら、絶対こっちに気付いて帰ってくるデスよ!」

「問題はそんな深いところまで何をどうやって届かせればいいか、だ……。普通に呼んだりひっぱたいたりはもうやってらぁ。飯の匂いで飛び起きれるなら安さが爆発し過ぎてらぁ」

「他に何か、立花を呼び起こせそうなもの……。立花に帰路を示してやれるような、何か……」

 

 またも全員で頭を呻らせる。考えている間にも刻一刻と世界の終焉(おわり)は近付いている。焦り出す思考をなんとか抑えつけ、関係者の各々が立花響と言う人間について思い当たることを必至に思い出していく。だが誰の声も上がらない。誰にも理解らないままで――

 

「――いや、君ならば理解るはずだ。他の誰にも理解らなくとも、誰よりも彼女の傍で彼女を見て、想い、繋がった存在……小日向未来、君ならば」

「私、が……?」

 

 懊悩を突き破り放たれたメフィラス星人の言葉。突如としてその名を呼ばれた未来は、思わず驚き身を固めてしまう。だが、彼の言う事はこの場の全員を納得させる一言でもあった。

 この場の誰よりも立花響をよく知る人物。彼女曰く、一番の親友であり一番あったかい陽溜り。そして小日向未来自身も、その内心には響の一番の親友……いや、それ以上の想いを抱き寄せる相手でもあるのだ。

 そんな彼女に向けてメフィラス星人が念話で更に語り掛ける。一見するとそれは悪魔の囁きかも知れない。だが悪魔の囁きは、甘言であるが故に容易く思考を乗せることが出来るのだ。

 

『考えたまえ。想いたまえ。君の深淵にある欲望は、外の世界が滅ぼうとも立花響の平和と安寧と幸福を望むものだろう。

 ならば理解るはずだ。立花響に平和と安寧と幸福を齎す象徴を。――君と言う陽溜りが照らす、立花響の居場所を』

 

 言葉と共に未来の思考から不要な情報が排除されていき、やがて響と紡いだ数多の想い出で埋め尽くされた。まるで走馬灯のように、だが幾度となく並行して再生される。その中で一つ、余りにも些細な想い出があった。其れに合わせて、在りし日――フィーネとの戦いで心を折り砕かれた響を支え立ち上がらせたものがあったことを、未来は思い出した。

 

「――……仰ぎ見よ、太陽を……」

「未来くん……?」

「リディアンの校歌です! 響が言ってた……みんなが居るところって思うと安心する。自分の居場所っていう気がするって……!

 それに、前のリディアンで響たちが了子さんと戦った時も、この歌が響たちの力になってくれましたッ! それならきっと、響は応えてくれる……ッ!」

 

 確信に満ちた未来の言葉にやや圧倒される弦十郎。だが通信でそれを聞いていた翼とクリスは何処か納得したような表情で笑っていた。

 

「……覚えているとも。あの時の、小日向たちの歌声」

「あの歌が、アタシたちにも力をくれたんだよな。今度はそいつを、もう一度あの馬鹿に聴かせてやるって事か」

「幸か不幸か、此処にはリディアン在校生と卒業生が揃っている。歌い手に不足は無いだろう」

「ちゃんとソラで歌えるぐらいには覚えてるんだろーな、一年ども?」

「バッチリ」

「抜かりはないのデェス!」

『私も歌うよ。響に、想いを届ける為に』

 

 方針が決定してからは早かった。メカニックに比較的強い大地はエルフナインと情報交換しながら、バム星人たちと協力して響にみんなの想いと歌を届ける機械を装着させる。細いコードでつながれたジオデバイザーには、内部に残っていたエクスラッガーのデータも直結させることで効果の増大を期待している。

 翼、クリス、調、切歌は専用の響に装着された機械に繋がっているマイクを手に意気を高めていた。開いた手は眠る響の手に温もりを伝えるよう重ね握っている。移動本部ブリッジの未来にも、出来るだけ高いフォニックゲインを出すようにダウルダブラのデータを用いた試作型の増幅器を取り付けてある。

 要した時間は3時間。貴重な時間ではあるがそれでも可能な限り急いだはずだ。そして全ての準備が整えられようとしたその時、別のアラートが鳴り響いた。

 

「どうしたッ!?」

「新たな時空振動を感知ッ! 数は三ッ! 場所はいずれも侵蝕域で、成層圏、深海、地底の三箇所にて急速増大ッ!!」

「此処から距離は離れてはいますが、怪獣出現となるまでそう時間が無いものと思われますッ!」

『風鳴司令、こちら大空大地ッ! こちらでも暗黒卿のものと思われるワームホールの発生を確認ッ! 敵の襲撃が予想されますッ!』

「此方の足掻きを踏み躙りに来たと言うのか……!」

 

 歯を食いしばりモニターを睨み付ける弦十郎。一刻を争うこの状況において、優先順位をどう付ければ良いのか一瞬迷ってしまったのも無理も無いだろう。戦力らしい戦力が、此方には無いようなモノなのだから。

 核ミサイルの件もある。この3時間そこらで何処まで話が進んだか理解らないが、更なる怪獣出現となればもはや躊躇う時間も無いだろう。ならばこそ、此方も急がねばなるまい。そう思うのは大地たちも同じだった。

 

『司令、こちらに出現する怪獣は俺が対処しますッ! 俺が時間を稼いでいる間に、みんなには立花さんを任せますッ!』

「大丈夫なのか、君はッ!?」

『……舐めないでください。俺だって地球を守護る特殊部隊の一員で、ウルトラマンに選ばれた者ですからッ!』

 

 弦十郎には大地の言葉から何処か虚勢を感じられていた。だがそれでも、手出しが出来ぬ以上任せる他ない。コレで何度目だろうかと思いながらもまた一度奥歯を強く嚙み締め返答した。

 

「無茶はするなよ。君自身の世界にも君が死んで悲しむ人は大勢いるだろうが、それはこの世界でも同じだと言うことを忘れないでくれッ!」

「大地さん! どうか、気を付けて下さいッ!」

 

 弦十郎に次いで聞こえてきたエルフナインの声。自分は他次元の人間だと言うのに、彼らはこうも自分を受け入れてくれる。それが、大地にはとても嬉しかった。

 

『ありがとう、ございます……ッ!』

 

 礼の言葉を最後に駆け出す大地。彼一人に無茶をさせぬよう、先ずは一刻も早く響を救い出さなければいけない。その号令を、休む暇もなく弦十郎が強く声を上げ放った。

 

「立花響サルベージ作戦、始動ッ!!」

「未来さん、翼さん、クリスさん、調さん、切歌さん、お願いしますッ!!」

 

 エルフナインの言葉と共に五人の口からアカペラで歌が流れ出す。

 音楽に夢を抱きその門を潜り抜けた少女たち、その学び舎で過ごす三年間の中で心に刻まれる、私立リディアン音楽院の校歌。いつか、響が”自分とみんなの居場所”を感じられると言った歌。少女たちの奏でる歌が全て、響を想う気持ちで紡がれ病室に響いていった。

 

(頼む……目覚めてくれ、立花……!)

(お前には、そんな暗いところは似合わねぇんだよ……!)

(信じてる。響さんなら、きっと……!)

(どんな闇にも、絶対に負けやしないデス……!)

(だからお願い……。届いて、響……!!)

 

 

 

 一方外でも、ワームホールから出て来た一匹の怪獣に対しジオブラスターを構える大地。

 白と黒の交差するような色合いと頭部の赤い眼球状の模様、有翼人種を思わせる体躯はまるで鴉天狗を彷彿とさせる。その怪獣……【破滅魔人ブリッツブロッツ】を、大地はただ一人で相対していたのだ。皆が必ず立花響を救い出すと信じているが為に。

 

「此処から先には、絶対に行かせないッ!」

 

 構えたジオブラスターから放たれる光弾がブリッツブロッツの命中する。だが敵はそれに何も感じなかったかのように片手で振り払い、攻撃を仕掛けた大地に顔を向けて標的と見定めていった。

 大地に向かってブリッツブロッツが手の甲から光弾を放つ。爆発が地面を抉る中、大地はそれをかいくぐりながらブリッツブロッツの気を引くように攻撃を繰り返していった。

 

(絶対に保たせて見せる……! あの娘が、帰ってくるまではッ!)

 

 

 

 

EPISODE24 end…

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、闇の奥底で彼女は問うた……。

 

 

 

 

  なんで、ないているの?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 25 【絶唱光臨】 -A-

 

 

 闇の奥で、響の前にうずくまり泣き続ける赤い靴の少女。

 空虚な目で、簡素な声で、余りにも彼女とは不釣り合いなまでに無感情な声で問いかけた。

 

 

  なんで、ないているの?

 

 

 涙を流し鼻を鳴らしながら少女は小さく答えた。

 

 

  ほしがみえなくなったから。

  うたがきこえなくなったから。

 

 

 返された言葉で周囲を見回すように肌で感じる。

 暗黒の世界。何も居らず、何も見えず、何も聞こえず……。

 あまりにも広く深い世界は無限を感じられる程だった。そんな友達も居ない世界でたった独り、赤い靴の少女はいた。

 なにかしなければならない。そんな想いが響の胸の中に去来する。だが力を失った身体は指の先一本すら動かすことが出来ず、冷え切った心は目の前の少女に対してそれ以上動くこともなかった。

 最早何一つ言葉が出てこない。誰も居なくなった世界では……陽溜りの存在しない世界では、何もすることが出来なかったのだ。

 

 

 

 そんな響の掌に、小さな痺れが起きた。何もない暗黒の世界で、それに満たされ感情と共に消え去ったはずの感覚の中で、その掌だけが何かを訴えるかのように痺れを感じさせていた。

 なんだろうと掌を眺め見る響。そこには小さな電気の球らしき光る物体が浮かんでいた。それが何なのかまるで理解し得ぬまま、残ってなどいないはずの力でおもむろにそっと握ってみる。物体は弾け飛び、闇に消え、そしてまた響の手の中に集束した。

 やがて物体は形を得る。虹色の光を蓄える青き短剣。それを響は見たことがあった。ウルトラマンエックスと大空大地がキャロル・マールス・ディーンハイムの繰るソングキラーと相対した時にその手に握り自在に操っていたもの。響たちの世界では”完全聖遺物”と定義されるもの。その名は――

 

 

  ――エクス、ラッガー……? でも、なんで……

 

 

 困惑する響を他所に、エクスラッガーの乳白色の刀身は黄色、赤、紫、青の虹を構成する光を小さく放っていった。そしてそれを握っていた響の耳に、身体全てに、あるものが染み渡るように届いていった。

 

 

  ……リディアンの、校歌。

 

 

 自分と大切なみんなの居場所を象徴した歌。自分が必ず守護るべきと決めた場所の一つでもある、大切なものだった。

 聞こえてくる声は、自分の大好きな人たちの歌声。風鳴翼、雪音クリス、月読調、暁切歌、そして……小日向未来。

 色々なことが思い出されてくる。親友である未来と共に悲しい思い出で上塗りされた故郷より遠いリディアン音楽院に入学した時のこと。板場弓美、寺島詩織、安藤創世などの自分を受け入れてくれる新しい友達が出来たこと。風鳴翼とのやや一方的な再会。内に眠っていた、かつて散った片翼の遺していた一片の羽根が鼓動と共に覚醒したこと。其処から始まった戦いと、擦れ違いと、仲直りと、数多くの人助け。立花響の歩んできた軌跡が、胸の内からその身を巡るように力となっていた。

 あの日感じたはずだ。自分を支えてくれるみんなは、何時だって傍に居る。そんなみんなが自分を支える為に歌ってくれているのだと。

 あの日に問われたはずだ。こんな自分を支えてくれる、大好きなみんなを守護るために、そんな傷だらけになってもまだ歌えるのかと。

 そして自分は応えたのだ。

 まだ歌える。

 頑張れる。

 戦える、と。

 

 自然と、響の口からもリディアン音楽院の校歌が奏で流れ出していた。口遊むその歌に気付いた少女が初めて上を向き、響と目が合った。

 彼女は、笑っていた。

 

 

  ……そのうたは、なぁに?

 

  私の、大切な歌。

  私が大好きな人たちと一緒に居ても良い場所だって教えてくれる歌。

  私がいつか大好きな人たちと離れても、何度だって繋げてくれる歌。

  私の――”陽溜り”の歌。

 

 

 胸が温かくなってくるのが分かる。その温もりが、響に大事なことを思い出させていく。彼女が一番やりたい事である、”人助け”。その最もたることを。

 

 

  泣いてる子には、手を差し伸べなくっちゃね。

 

 

 そっと少女の手を取り、握り締める。響の掌が、少女の小さな手を優しく包み込んだ。

 

 

  ……あったかい。

 

  みんなが、陽溜りがくれた温もりだよ。

 

 

 言いながら、反対の手に握ってあるエクスラッガーを一緒に握らせた。すると少女にも、何処より聞こえるリディアンの校歌が沁み渡るように聞こえてきた。

 

 

  うたが……。

 

  聞こえるでしょ、みんなの歌。

  翼さんの歌はね、とても力強くて、何処までも羽撃こうとする歌。私が一番大変な時に何回も聴いて、何度も元気を貰ったんだ。

  クリスちゃんの歌は、ちょっと乱暴な言葉遣いとは裏腹にスゴく綺麗で優しい歌。まるで、クリスちゃんの心みたいに澄んでるの。

  調ちゃんの歌は、想いをたっくさん投げかける歌。真っ直ぐだったり、ちょっと変化球だったり……気持ちを全部表に出すのが少し苦手な、調ちゃんらしい。

  切歌ちゃんの歌は、元気いっぱいでみんなを笑顔に出来る歌。いつも明るい切歌ちゃんに当てられて、こっちまで明るい気持ちが湧いてくるんだ。

  ……そして、未来の歌。私にとって一番あったかい場所、陽溜りにさえずる何よりも心地良い歌。届いてるよ。遠い場所からでもちゃんと。未来はいつだって、私の傍に居てくれるもんね。

 

 

 エクスラッガーの指し示す先を見つめる。其処には小さくほんの僅かに……だが確かに輝く光の滴を感じていた。

 

 

  それに、今はみんなと一緒じゃないけど、マリアさんも歌ってるのが分かる。遠い闇の中で、了子さんやウルトラマンさんたちの手を離さないように、強く握り締めて。

  マリアさんの歌は強くて優しくて、それでいて精一杯の想いを楽しそうに……嬉しそうに歌うの。技術が凄いって言うのもあるけど、多分それがマリアさんの”本当”の歌だと思うんだ。

 

 

 何処か確信した顔で告げる響。マリアや了子、ウルトラマンたちが残したその小さな光は、この手を握る少女の眼にも映っていた。

 見えなくなったと思っていた星。

 聞こえなくなったと思っていた歌。

 だがそれは、間違いなく其処に在った。信じる仲間たちは、誰一人欠けることなく傍に居たのだ。

 いつしか少女の涙は止まり、それを見た響は嬉しそうに笑いかける。そんな彼女の顔を見上げ、少女は問い掛けた。

 

 

  おねえちゃんのうたは、どんなうた?

 

  ……私の歌は、ただただ真っ直ぐなだけの歌。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に……この胸に抱いた想いをぶつけて、誰かの為にこの手を伸ばしたいが為の歌。

  特別上手なんかじゃないし、成績だって別に大したことない。でも、嘘や偽りの無い想いを乗せた歌は、きっと何処の誰とでも繋がれる。……それを、みんなから教わったんだ。

 

  ほんとうに、どこのだれとでもつながれるの?

 

  ……分からない。駄目だったことも、無理だったこともあった。でも、だからって諦めたくないんだ。

  だって、諦めたら届かないままで終わっちゃう。だから諦めずに手を伸ばすんだ。誰かが独りで泣いている限り……誰かが助けを求めている限り。絶対に、絶対。

  それが、この命を繋いでくれた奏さんから託されて、その繋がった命で私が受け取ったもの……”生きることを諦めない”ってことだから。

 

 

 少女の手をもう一度強く握り、優しく抱き寄せる。自分が貰った温もりを、彼女にも分け与えるかのように。

 

 

  ……戻らなきゃ。みんなが待ってる。世界が……其処に生きる”みんな”の大切な居場所が危ないんだ。だから――

 

 

 こんな暗いところから出て一緒に行こう。そう言うつもりだった響の言葉を遮るように、少女がその姿を一瞬消した。だが即座に響の前に姿を現す少女。彼女の顔にはもう涙は無く、優しい微笑みを湛えていた。

 

 

  ――ありがとう。貴方を選んで、本当に良かった。

 

 

 発せられた言葉の意味が理解出来ぬまま、エクスラッガーに引っ張られて何処へと飛ぶ響。赤い靴の少女は、一人変わらず暗黒の世界の中心で佇んでいる。

 待って、と声を上げて手を伸ばすがそれはもう届かなかった。思わずエクスラッガーを手放そうとするが、握る右手は吸い付いたように離れない。それでもと手を伸ばす響に、少女はただ嬉しそうに微笑んだ。そしてその場で両手を握り合わせ、祈るように虚空を見上げていた。まるで、見つけた一番星に願いを託し祈るかのように。

 そして響の胸に彼女の声が、祈りと願いが届く。それは余りにも単純で、それでいて響にとってはこれ以上ないぐらい明快な、己が正義を拳に込めて握る理由となる願いだった。

 

 感覚が上昇するにつれて、響の視ているものが変わる。暗黒の世界はやがて地を越え、海を越え、空を越え……やがて見慣れたものへと変わっていった。

 祈る赤い靴の少女は、その中心に居た。その居場所の名は――

 

 

 

 

 

「――地球(ガイア)……」

 

 呟きながら目を開くと、其処には見知った四人の顔があった。翼、クリス、調、切歌だ。耳元からは未来の歌も聞こえてくる。きっと、こうやってずっとみんなで歌ってくれていたのだろう。

 それはとても心地好い空間だった。贅沢とも言える。だが、いつまでもそれに浸っている訳にはいかないと言うことは、脈打つ鼓動が理解らせていた。

 

 

 響の小さな声を聞いた途端、歌を止める翼たち。まだおぼろげな響きの眼を覗き込み、翼が率先して声をかけていった。

 

「……立花、大丈夫か?」

 

 恐る恐る声をかける翼。もしか何か異常でもあるのではないかと心配しての声かけだったが、帰ってきた言葉は全員を安堵させるのに十分な笑顔で放たれた一言だった。

 

「……不肖、立花響、ただいま戻りました」

 

 その声と共に歓喜の声が巻き起こる。病室とタスクフォース司令室の二か所でだけだが、それは間違いなく響の復活を心から喜ぶ者たちの声だった。

 

『響ッ! 大丈夫なのッ!? ねぇ、ねぇッ!!』

「ぅひょえぇぇ!! み、未来!?」

 

 耳をつんざく未来の呼び声に、思わず奇声を上げながら驚き身をよじる響。落ち着きを取り戻すより前にとにかく言葉を発する彼女の言葉は何処か言い訳じみている。なにも変わることのない、二人の会話だった。

 

『……本当に、心配したんだからね』

「……ごめん。それと、ありがとう。未来のあったかい歌、ちゃんと届いたよ。翼さんやクリスちゃん、調ちゃんと切歌ちゃんの歌と一緒に」

『うん、うん……!』

 

 もっと話をしていたい、させてあげたい。そんな周囲の思惑に対し、状況は予断を許さぬとばかりに襲い掛かる。爆音と共に病院全体が揺れ、全員が集まる集中治療室に小さな鳥のような眼がギロリと覗き込んでいた。

 

「こ、これはッ!?」

 

 

「そこから離れろッ!!」

《ウルトラマンの力を、チャージします》

 

 大地の事をさほど意に介さず病院に接近したブリッツブロッツ。外では大地が、ジオブラスターに追加ガジェットの【ウルトラブースター】を装備させた【ウルトライザー】を構え発射体勢を取る。数秒のチャージの後に携帯武器としては破格の攻撃力を持つ強化光線をブリッツブロッツに向けて発射した。

 だがすぐさまそれを察知したブリッツブロッツは、胸部を展開し中央の赤い結晶体でその光線を吸収。反射するように撃ち放ち大地へと反撃していった。

 

「ぐあああああッ!!」

「大地さんッ!!」

 

 爆発と共に吹き飛ぶ大地。その一部始終は、響のサルベージにも利用したジオデバイザーから聞こえており、それが皆の心を一つに合わせていった。それ以上は言葉は要らない。互いに頷き合い、響はベッドから立ち上がる。

 

「響さん、これ」

「着替えの方、用意完了デス!」

「ありがとう、調ちゃん切歌ちゃん! 遅刻ギリギリの生活で鍛えた早着替え、その真価を今こそ見せる時ッ!」

「馬鹿言ってねェでさっさと済ませやがれッ!」

 

 クリスのツッコミにも笑顔で答えながら、本当にすぐに着替えを完了させる響。言うだけのことは有ると言う事だろうか。

 最後にギアペンダントを首に回し付け、準備が済んだところで響は真っ先にバム星人の医師の下に駆け寄った。そして笑顔で彼の手を強く握り締め、簡単ではあるが大きな声で嬉しそうに述べた。

 

「みんなや私を助けてくれて、ありがとうございましたッ!!」

 

 手を握ったまま大きく頭を下げる響。彼女はバム星人とは完全に初対面ではあるはずなのだが、彼らのややおどろおどろしい風貌に何も怯むことなく、満面の笑顔で手を繋ぎ大きく礼をした。それは医師には全くの予想外だったことで、満足に返事も出来ず曖昧な生返事をするのが精一杯だった。

 そして思う。彼女はまるで、太陽のようだと。

 

 

 

 

 すぐに屋上に移動して立ち並ぶ五人の装者たち。それに気付いたのか、ブリッツブロッツはその顔を彼女らの方へ向けていた。

 

「とりあえず、あのニーちゃんと協力してアイツをブッ倒さねぇ限りは帰れないって事か」

「まずはそこから。捨て置いたらバム星人のみんなにも迷惑がかかる」

「そんな事はさせられないのデス! 守護る為にも、帰る為にも!」

「そうだな。この場に弓と槍、双振りの刃、そして剣を携えているのは我らだけだッ!」

「往こう、みんなッ!!」

 

 五人全員がそれぞれのシンフォギアを励起させる聖詠を歌い上げる。黄金、蒼穹、紅蓮、緋赤、翠緑――歌に乗って放たれた五つの光が少女たちに奇跡を纏わせ戦う為の戦装束へと変わる。

 小さな五つの輝きが弾け飛んだ時、迫るブリッツブロッツの身体が大きく揺れて怯んだ。その光景に驚く大地。そして彼の眼前に、シンフォギアを纏った五人の少女たちが降り立った。

 

「大地さん、大丈夫ですか!?」

「立花さん! こっちは大丈夫。君は……」

「ええ、おかげさまで復活ですッ!」

「無駄口はその辺にしとけッ! 来やがるぞッ!!」

 

 甲高いブリッツブロッツの叫び声。其れと共に黒い翼を広げ空中へ羽撃き飛び始めた。ヒトと相対すると何十倍の巨体、何百倍の質量を持つ破滅魔人は最も効果的にこの標的を始末する為に蹂躙と言う手段を選択したようだ。

 暴風を巻き起こしつつ真上を滑空するブリッツブロッツに奥歯を噛み締める。ウルトラマンの力が使えれば、こんなヤツに後れを取ることなど無いのに、と。

 

「アイツ、嗤ってやがるデスッ!」

「斃せるものなら、斃してみろって……ッ!」

「ナメ腐りやがってッ! だったらコイツでェッ!!」

 

 着地しながら嘲笑するブリッツブロッツに対し、激昂を込めたクリスがMEGA DETH FUGAを射出する。それに合わせて翼も即座にアームドギアを大型化させ、振り抜くことで蒼ノ一閃を発射した。

 二つの攻撃を目視したブリッツブロッツはすぐに胸部を展開し、赤い結晶体で受け止めそれを吸収。拍動と共に強く輝きだした。

 

「危ないッ! みんな散ってッ!!」

 

 大地の声に反応し、全員がその場から離れる。瞬間ブリッツブロッツの結晶体から光線が発射され、先程まで全員が集まっていたその場に直撃、爆散した。

 

「我らの攻撃まで吸収すると言うのかッ!?」

「ッザけんなよ! こちとらミサイルだぜッ!?」

 

 やいのやいのと姦しい中で、大地は響から受け取っていたジオデバイザーでブリッツブロッツの分析を行っていた。やがてその分析が終了すると、彼は訝しげな顔で散った全員に聞こえるように通信をかける。

 

「やっぱり……。ヤツの胸に隠された結晶体は、君たちシンフォギアの攻撃エネルギー……フォニックゲイン、で良いのかな。それも吸収することが出来るみたいだ!

 雪音さんのミサイルが吸収されたのも、アレがミサイルではあるものの実質的にはフォニックゲインの塊だからだと思う!」

「あの時ネフィリムの腕に食われたのと同じような理屈かよ……!」

「だったら私が接近して!」

「駄目だッ! 立花さんの使うバンカーナックルはフォニックゲインを拳から撃ち出すもの。下手にやっても威力のほとんどを食われて反射されるッ!」

 

 響の案を両断するように却下する大地。普段から勢いと力任せの策しかしてこなかったからか、大地のような別のモノの見方をしながら共に立ち戦う者と言う存在に、彼女ら全員が奇妙だが心強い感覚を覚えていた。

 そうしている間にもブリッツブロッツの攻撃は続いている。手甲から放たれる光弾は地面を抉り爆煙を上げる。そんな一方的な攻撃に業を煮やし飛び出したのは調と切歌だった。

 

「だったら直接ッ!」

「叩っ切ってやるデェスッ!」

 

 瓦礫を使い跳ぶ切歌とシュルシャガナを器用に一人分のジャイロホバー形態、【緊急φ式・双月カルマ】に変形させて飛ぶ調。対するブリッツブロッツは、空中から大きく振りかぶった二人の渾身の一撃を鋭い爪で受け止め弾き、黒い翼を羽撃かせて二人を吹き飛ばした。

 

「調ちゃん! 切歌ちゃん!」

「世話ばっか焼かすんじゃねぇよッ!!」

 

 すぐさま響が切歌を受け止め、クリスが調の手を取り引き寄せて滑らせながら着地する。その場に翼と大地もすぐに合流していった。

 

「みんな無事かッ!?」

「な、なんとか……」

「やっぱり直接攻撃は無茶で無謀なんデスかね……?」

「ネフィリムの時はエクスドライブで無理矢理ブッ飛ばしたようなもんだしな……」

「だったら、イグナイトモジュールで……!」

「いや、それも止めた方が良い。一時威力が上がったところで闇雲に攻撃するだけじゃ防がれて跳ね返されるだけだ。

 でも、俺たちの力を上手く重ね合わせればきっと勝てる! いや……」

「勝たなければいけない、か……」

 

 立て続けに放たれるブリッツブロッツの攻撃に怯みながら、今の現状が如何に背水であるかを認識する。こうしている間にも時間は流れ、現実世界では危機が迫っているはずだ。こんなところで足止めを食う訳にはいかない。そんな想いが胸中に焦りを生み出していく。対するブリッツブロッツは時間を稼ぎながら始末できればそれでいい。それを理解しているかのように、弄るように攻撃を放っていった。

 

「ッそぉ! このままじゃ黙っておッ()ぬだけだぞッ!」

「でもでも、ゴリ押しの通る相手じゃないデスよッ!」

「必要なのは打開の一手……いや、それ以上に勝利の一指しか……ッ!」

「有れば良いけど、攻撃が効かないんじゃなにも……」

「大丈夫ッ! だって此処に居るのは私たちだけじゃない。私たちよりもっと怪獣に詳しくて、ずっとしっかりした事を考えてくれる人……大地さんが居るッ!」

 

 響に強く手を握られ明るい笑顔を向けられる大地。こんなに無垢な信頼を寄せられるのは記憶の中で幾つ有ったかも知れない程だ。そんな響に合わせるように、二人の握り合う手に翼たちの手が重ね握られていった。

 

「立花の言う通りだな。これまでの戦いを潜り抜けた我々だが、それはウルトラマンたちの力があったこそであり、それを分析してくれたエルフナインやエックスたちのおかげだ」

「そのみんなからの情報が届かない今、私たちは怪獣についてまだまだ理解らないことだらけ。だから」

「大地さんに、どうかその辺の力をお借りしたいデス! パンはパン屋って言うデスし!」

「それを言うなら”餅は餅屋”だ、ったく。……まぁ信用はしてやっからな。策が有るってんなら乗ってやる。あと他人行儀な呼び方はウザッてぇから止めてくれ」

 

 装者の其々が笑顔で大地に語り掛ける。彼女らのその言葉が、大地はただ嬉しかった。合ってそう時間も経ってないのに、彼女らはこんな自分を信じてくれようとしている。ならばこそ、自分もそれに応えなければならない。そう強く誓いながら、大地がある言葉を呟いた。

 

「――ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン……」

「大空さん、それは?」

「あぁ、俺の同僚……仲間が言ってた言葉なんだ。ラグビーでよく使われる言葉で、”一人はみんなの為に、みんなは一人の為に”って意味なんだ」

「今の私たちにピッタリの言葉ですねッ!」

 

 響の言葉に全員が首肯する。みんなでバム星人たちを守護りつつ、生きて元の世界に帰り、そして地球に迫る危機を討ち払う。それを為すのにこれ以上適した言葉は無かった。

 

「俺はすぐにあの怪獣を倒す作戦を立ててみんなに伝える。みんなは出来るだけ、あの怪獣を撹乱するように動いてくれ」

「下手に攻撃を反射されても仕方ねぇからな……」

「うん。でも、エネルギーの吸収反射はあの胸の結晶体でなければ行えないはずだ。だから――」

「背後や足元……胸の内部以外の部分ならば問題は無いと」

「だと思う。さっき月読さんと暁さん……じゃなかった、調ちゃんと切歌ちゃんの放った直接攻撃には自分の爪で受け止めて弾いたところからも、わざわざ吸収反射するよりそっちの方が早いと思ったからだろうね」

 

 トントン拍子に出て来る大地の言葉にやや呆気にとられる装者たち。この男の怪獣への観察眼と分析力は、彼女たちが思っていた以上に深いものだった。ヒトは特別興味の深いものを他者に語る時、つい言葉が早くなると言う。彼もそんな例に漏れず、ブリッツブロッツへの分析観察の結果を語る言葉はどこか早くなっていた。それをつい突き放すように声を荒げてしまったのは、クリスだった。

 

「だぁぁもうッ! いくらでも考えさせてやるからアタシらは攻め入るぞッ!」

「そうだな。大空さんが策を見出すまでは我らが此処を守護りつつ撹乱と攻撃に徹するッ! 往くぞッ!!」

 

 翼の声に合わせて装者全員が散開していく。撹乱を主体とした四方八方を縦横無尽に動き回りながら、フォニックゲインを可能な限り放出しないアームドギアでの直接攻撃。言うは易いが敵もそれを理解しているのか、ブリッツブロッツの攻撃は敵の頭脳である大地に向けられるものが多い。

 彼に攻撃をさせんとばかりに装者たちはブリッツブロッツに攻撃を仕掛け、また大地自身も身を隠しながら移動しながら可能な限り高速で策を思案する。この脅威を自分たちだけで討つには如何に力を重ね合わせるべきかを。

 

「ヤツはベムスターとは違ってなんでも見境なく吸収するわけじゃなく、飽くまでエネルギー攻撃に合わせてのみ吸収を反射を行っている……。いや、ベムスターのそれは吸収と言うよりも先に捕食と言う意味合いが強い。つまりベムスターは体内で吸収、栄養化して肉体に循環させていると考えられる。

 対してヤツは結晶体にエネルギーを受けることでその部分で吸収、貯蓄、放出までを一個のプロセスとしている。エネルギーを栄養として循環しているわけではないとするならば……」

 

 まとまっていく考えが答えへと固まり行く中、装者たちの攻撃を払い除けたブリッツブロッツがその照準を大地に向けていた。彼がそれに気付いた瞬間、ブリッツブロッツは手甲からの光弾を大地目掛けて発射した。いま其処に障害物などは無く、光弾は吸い込まれるように大地へと向かい、やがて爆発した。

 

「大地さんッ!!」

「クッ……貴様ァッ!!」

 

 怒りを以て奮われる、大型化した天羽々斬のアームドギア。ブリッツブロッツの肩に一撃加えたものの、回転と共に巻き起こる風で吹き飛ばされた。

 

「先輩ッ!!」

「私は大丈夫だッ! だが、大空さんが……」

 

 一瞬で重い空気になる装者たち。だが耳に聞こえた声は、その空気をすぐに掻き消していった。

 

『心配かけてゴメン! 俺は大丈夫ッ!』

「大地おにーさんデス!」

「でも、どうやって……」

『またバム星人の人たちに助けて貰ってね……。それより、あの敵を倒す方法が見えたッ! 説明すると――』

「日が暮れそうな話になるなら後にしてくれよなッ!」

『うっ……そ、それじゃ掻い摘んで言うけど、アイツは胸の結晶体で光線やフォニックゲインのエネルギー波を吸収して反射するけど、恐らくその吸収量には限りがある。其処を付いて、敢えて限界量まで溜め込ませる』

「でも、そんなことしたら反射が物凄いことになるんじゃ……」

『うん。だから危険な賭けになるけど、反射の直前……結晶体が発光している僅かな間に高エネルギーを更に打ち込み結晶体を暴発させて破壊。そこから内部を攻撃して一気に敵を倒すッ!』

 

 大地の打ち出した案を即座に理解する装者たち。攻守を担う最大の部分であるブリッツブロッツの胸部結晶体を破壊、打倒しようとするものだった。

 

『結晶体へのエネルギー攻撃は俺がやる! バム星人たちも協力すると言ってくれてるから、必ず何とかしてみせるッ!』

「仔細確認しましたッ! 雪音は大空さんと合流し、共に全力で撃ちまくれッ!」

「あいよッ! そう言うのはアタシの得意球だからなッ!」

「微力ながら私も少し加勢するッ! その後、結晶体の破壊は立花と私で行うッ! 合わせられるなッ!?」

「やりますッ! 遅れは取りませんよ翼さんッ!」

「よく言ったッ! 破壊後は月読と暁、お前たちの合体攻撃でヤツの心の臓を斬り抜けッ!」

「フィニッシャーは、私たち……ッ!」

「ヘマなんかしてられるモノかデスッ!」

『よし、各自作戦決行ッ!!』

 

 大地の号令と共に各々が行動を開始する。響と調が四肢を、翼と切歌が黒い羽を狙いつつ気を向けるように攻撃していく。その間にクリスは大地とバム星人の戦闘部隊と合流した。彼らが携えているのはかつて自分と切歌を苦しめた大型の光線銃。それを見て思うところが全く無いわけではないが、現状を思えばそんな些末な感情は二の次だ。頼むぞとばかりに皆が頷き合い、ブリッツブロッツの胸部に照準を合わせていく。

 

「フルパワーでブッ放すから、少しばっか時間貰うぜッ!」

「分かった! バム星人のみんなもよろしくッ!」《ウルトラマンの力を、チャージします》

 

 残り少ないパワーをチャージし始めるウルトライザーを構えた大地の声に合わせ、バム星人たちも歪な光線銃を一斉に構え出す。彼らも自らの生きる居場所を守護ろうと必死なのだ。誰しもが同じように。

 高まるエネルギーが臨界を迎える直前、ブリッツブロッツの胸部を開かせるべく大地は即座にデバイザーへ名を呼びかけた。

 

「翼さんッ!」

「承知ッ! はあああああッ!!」

 

 大地たちとブリッツブロッツの間に滑り込み、ヤツが正面を向いたと同時に蒼ノ一閃を発射する翼。狙い通りにブリッツブロッツは胸部外殻を展開し、中の結晶体で蒼ノ一閃を受け止め、反射すべく輝いていく。だが、ヤツは既に作戦にはまっていた。

 

「発射ァッ!!」

 

 大地の声に合わせて彼の握るウルトライザーとバム星人たちの持つ破壊光線銃が一斉に火を吹き、ブリッツブロッツの結晶体へと吸い込まれていく。その間に大地の背後では、クリスがイチイバルを最大まで展開して放つ最高火力技である【MEGA DETH QUARTET】の発射体制を完了させていた。

 

「こいつももってけ全部だッ!! 釣りは要らねぇッ!!」

 

 吸い込まれるようにブリッツブロッツの結晶体へと放たれるイチイバルの一極集中攻撃。元々は遠距離かつ超広範囲への攻撃特性がイチイバルの本領ではあるが、それ故に一ヵ所への集中攻撃で齎されるその威力はクリスの高いフォニックゲインと相まって各シンフォギアの中でも最高と評される。

 四本の大型ミサイル、腰部から展開した小型誘導式ミサイル、そして両手に携えた計十二門のダブルガトリングガン。フォニックゲインを原材料とした火薬と鉛玉の大放出は、ウルトラマンを模した小型銃器であるウルトライザーの光線とバム星人たちが携え放った怪光波と共にブリッツブロッツの結晶体へ直撃していった。

 それを自らの力でエネルギーに変換、溜め込み続けるブリッツブロッツ。だが幾らか撃ち込み続けられたところで、遂にブリッツブロッツがその巨体をよろめかせ後退する。胸部の結晶体は溢れんばかりに強く輝いていた。

 

「響さんッ! 翼さんッ! 今だッ!!」

「承知ッ!!」

「了解ッ!!」

 

 放った大地の声に即座に反応して跳び込む響と翼。響の右腕はブーストナックルと化し、灼熱を吐き出しながら大量のエネルギーを杭打機(バンカー)の如く展開したガントレットに迸る。また翼の両手に握られた一本の長刀は巨大な鉈とも思える無骨で巨大な刀と化し、本来は蒼ノ一閃を放つべき蒼雷のエネルギーをその刀身内部に限界まで溜め込んでいた。

 

「阿吽の呼吸ッ! 合わせろ立花ッ!!」

「言ってること全く分かりませんが、分かりましたァッ!!」

 

 言葉の通り響と翼はほぼ同じ場所を飛翔しながら発光を続けるブリッツブロッツの結晶体へと向かって行く。一瞬を違えれば反射攻撃でやられてしまうし、重なり合わぬ攻撃にもそう効果は得られないだろう。だがそんな事は考えても詮無き事と言わんばかりに二人の音が、”槍”と”剣”が自然と重なり合い反射直前の一瞬を捉えて同時攻撃――【双星ノ鉄槌(DIASTER BLAST)】が炸裂した。

 結晶体への接触と共に付けられる僅かな傷。そこへ同時に放たれた螺旋を描く破壊のエネルギーが叩き込まれ、内部に溜め込まれたエネルギーと連鎖反応を起こし爆発を起こす。思わず巨大に変えた刀身で遮る事で自分と響の身を守護る翼。爆発によって吹き飛ばされる二人だったが、胸の結晶体は間違いなく爆砕し、焼け焦げ抉られたやや痛々しい爆発痕が見えている。

 鳴き声を上げるブリッツブロッツを尻目に、響と翼は後に控える者たちを力強く呼んでいた。

 

「調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ!」

「斬り抜けェッ!!」

「はいッ!」 「デスッ!」

 

 擦れ違う二人。小さな二人の眼がブリッツブロッツの傷痕を視認したと同時に、切歌の腕部装甲から楔付きの鉄鎖が射出され、外殻の開いたヤワな胸部へと突き立てられる。其処へ調のシュルシャガナが変形を重ね、禁月輪と同時に切歌の突き立てた鉄鎖を挟み込み其処を動く滑車のような形をとった。

 一方で切歌は調の禁月輪の中に入り、イガリマの刃を増やしてまるで断頭台(ギロチン)の刃になるよう連結合体する。伸びた柄の部分はブリッツブロッツの傷痕へと突き刺さり、それと同時に調は全速力で鎖を挟む滑車を回し、切歌は肩部装甲の裏に仕込まれたバーニアを最大出力で起動する。

 二人肩を組み合い禁月輪の動きを安定させながら、二人が両足で邪刃ウォTtKKKの刃を力強く蹴るように押し出していく。其れはまるで、やや変則的ではあるものの二人のデュエットによって為せる合わせ技である【禁殺邪輪 Zぁ破刃エクLィプssSS】にも思わせた。

 

「なんとしても、これでぇぇぇッ!!」

「マァスト! ダァァァァァイッ!!」

 

 傷痕から露出した内部の肉体目掛けて超回転する大鋸と断頭刃と化した巨鎌が合体、交錯してブリッツブロッツの胸部の窪みに入って行った。その内部で鈍い音が響き渡り、やがて背部を突き破って調と切歌が飛び出してきた。

 すぐに着地して後ろを向くと、立ち尽くすブリッツブロッツの胸部にはX字に貫いた斬撃痕が見られ、心臓部を確実に断破せしめたのだと理解する。そして次の瞬間、心臓部を破壊されたブリッツブロッツはその余波の影響か自らの肉体に仕込まれていたシステムからか、心臓部を中心に爆裂。その身を粉々にしながらマイナスエネルギーと同じく黒い煙と化し、四次元空間から完全に消失した。

 

「ッしゃあッ! どうだ、見たかってんだッ!」

「やったデス! アタシたちみんなの力だけで!」

「斃せた……怪獣を……!」

 

 達成感と高揚感に包まれる一同。これまではウルトラマンの力無くして勝利は有り得なかったのだ、浮足立つのも仕方ない。だがそれを引き締めるべく、声を上げたのは翼だった。

 

「浮かれている暇は無いぞ、まだ門番を斃したに過ぎない。大地さん、時間の方は?」

「地球の位相侵蝕完了まで、60時間を切ってる。通信はもう遮断したから、あとは帰らないと向こうの状況が把握できないね……」

「だったらすぐ帰りましょうッ! ……とは言ったものの、此処ってどうやれば帰れるんです……?」

「案ずるな、道は我々が用意する」

 

 そう声をかけてきたのは先程まで一緒に戦っていたバム星人たちだった。

 

「すぐに次元を繋ぐ道を作る。だが、この世界を守護ってくれた君たちには申し訳ないが、君たちが出て行くと同時に次元の道をすぐに封鎖する」

「理解っています。邪心王の追っ手を避ける為に、ですね」

「むしろここまで協力してくれて、感謝の言葉もないです」

 

 大地や響をはじめ、各々がバム星人たちと握手をしていく。互いに感謝を述べながら繋がっていく其れは、暗夜のような四次元空間の中でも一際輝いているようにも感じられた。

 

「餞別、なんて言うようなモノじゃないが、君たちが乗っていた車を可能な限り修繕しておいた。細かい専門技術部分はほとんど手を付けられなかったが、走行することは出来る。その足で普通に走るより速いだろう」

「アラミス! 良かった、本当に助かります!」

「そいじゃあサッサと行っちまおうぜ。時間もねぇんだろ?」

「そうだな。月読、暁、お前たちも早く乗りなさい」

「あ、はい!」

「すぐ行くんでちょっとだけ待っててくださいデス!」

 

 そう返す二人と相対していたのは、少年アコルだった。三人は互いに、笑顔でその手を握り合っていた。

 

「アコル、助けてくれてありがとうデス」

「僕は何も……。でも、ほんの少しでも皆さんにご恩をお返しできたのならそれで十分です」

「相変わらず謙虚。だけど、アコルが動いてくれなかったら私たちは死んでいた。それも事実」

「だから、目一杯感謝するのは当然の事なのデスよ。命の恩人、なんデスから」

 

 他でもない調と切歌にそう言われて少し照れて俯くアコル。と、思い出したように懐から小さな二つの紙袋を取り出して調と切歌に手渡した。

 

「これは?」

「もしいつか、万が一お二人と再会した時に渡そうと思っていたものです。本当は何処かに飾っておくつもりだったんですけど、まさかこんな早く再開できるとは思っても見なかったので……」

「それはこっちも予想外だったデスよ……。でも、また会えて嬉しいデス!」

「うん、私も」

 

 調と切歌の笑顔に絆されながら手渡したそれは、何の変哲もない小さなミサンガだった。切歌には翠色、調には緋色がメインとなり、そこに赤と銀加えたそれぞれ三色で作られていた。よく見ると其処には、月と太陽、そして星の装飾が縫い込まれてある。それはきっと、自分たちを救ってくれた者たちへの想いを込めて作られたのかもしれない。

 それを自分の左手首に手早く器用に結ぶ調。一方で切歌は右手首に結ぼうとしたものの手間取ってしまい、何も言わずに調が代わりに結んであげた。三人が笑顔で顔を合わせ合う中、既に全員が乗り込んだジオアラミスからクリスの急かす声が聞こえてきた。

 

「なにやってんだお前らー! 置いてくぞー!」

「すいません、本当に大したものじゃないのに時間を取らせてしまって……」

「ううん。素敵なミサンガ、ありがとうなのデス!」

「ありがとうアコル。大事にするからね」

 

 二人の手が離れて、肩を並べて仲間たちの下に駆け出していく。そんな背中を見ながら、アコルは胸に秘めていた想いをつい吐き出した

 

「切歌さん! 調さん! もし……もしもまたお会いした時は、今度はちゃんとしたかたちで……

 ――僕と、友達になってくれますかッ!?」

 

 アコルの言葉に振り向く調と切歌。そこに満面の笑みを浮かべ、当然のように返答した。

 

「何言ってるデスかアコル!」

「私たちはもう、ちゃんとした――」

「友達だよッ!」 「友達デスッ!」

 

 偽り無く放つ二人の言葉に、アコルは感激と共に目頭に涙を浮かべていた。そして遠ざかるジオアラミスを見ながら、その姿が消えるまで大きくその手を振って去り往く者たちを仲間と共に見送っていた。

 この四次元世界で最も強く、彼女らの勝利を信じ応援しながら。

 

 

 

「凄いね、調ちゃん、切歌ちゃん。他の世界の友達が出来るなんて!」

「そっ、それほどでもないのデスよ。アタシたちなりに頑張った成果とでも言うのデスか……」

「私たちは誰かと手を繋ぐことのあったかさや優しさを知ることが出来たから……。それは響さんや先輩、星司おじさん……みんなのおかげです」

「ヘッ、一丁前に殊勝なこと言いやがって」

 

 道なき道、漆黒の空間をただ真っ直ぐと走るジオアラミスの中は、装者たちによって普段からは考えられないくらい華やかで姦しい空間になっていた。

 後部座席の会話を聞きながら、大地もまた異星の友を思い出す。かけがえのない絆を結んだ者達。なんとしてもこの戦いを終わらせて、帰らなければならない。そんな意気を胸の内で高めていった。それは隣の助手席に座る翼も同じ事を考えていた。ギアペンダントを眺めるように見据え、在りし者たちの事を想う。

 ”なんでも出来る”と言い放ったゼロと、”翼にならば託せるから”と言い聞かせるように寄越したマリア。後ろに居る後進たちや、叔父をはじめとする信を置く大人たちではなく、どこか対等に言葉を交えることが出来る相手。リディアンを卒業して以来、久しく無かったこのような相手こそが”友達”なのだと翼は不意に思った。

 

(アイツらも私の友達、か……。ならば、なおのこと助けないと。――そうだよね、奏)

 

 亡き者に想いを尋ねても答えは帰って来ない。だが翼にとって、天羽奏に同意を求めると言うことは自らの信を確たるものにする為の行い。云わば”おまじない”とも言える。だが、彼女にはそれで充分だった。

 話をする者、想いを固める者。其々が居並ぶ中で、運転している大地はやがて道なき道の終わりを告げる明るみを見た。この空間を出た先に待っているのは何か。果たしてどれ程に時間が残っているのか分からぬが、ただ今はアクセルを強く踏み込むだけだった。

 

「みんな、出るよッ!」

 

 大地の言葉で装者たちが一斉に強い顔で気構えを済ませる。そして明るみへと出て最初に見た光景は――

 

 

 

 

 

「……そんな、これって……ッ!」

 

 驚愕に呟く響。他の全員も、何処か唖然とした顔で眺めていた。

 

 血のように赤黒く溶けた地面と、腐臭の漂う赤く染まった海と、焔だけが照らし出す漆黒の空。

 世界は歪み、何処からともなく凶獣の鳴き声が響き渡る。

 誰しもが思った。此処は、絶望の地だと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 25 【絶唱光臨】 -B-

 眼前の惨状に唖然としながら、大地は真っ先にデバイザーを確認する。表示されている時間から見るに、まだ位相侵蝕のタイムリミットは50時間ほど残っているはずだ。だが目の前の状況はどうだ。自分たちが戦っている間にどれ程の蹂躙が行われたと言うのだろうか。

 一先ず通信を試みる。が、案の定すべての通信が使えなくなっていた。思わず額に手を突く大地。絶望的な状況だろうと思考を止めてはならないのは、彼自身よく知っている。装者の少女たちがショックを受けている今、それが出来るのは自分だけだと直感したからだ。事実その通りで、響やクリス、調と切歌だけでなく年上の落ち着きを持つ翼でさえも面影を遺すだけの壊れた街並みを眺め見る事しか出来なかった。

 その中で、響の目が破壊された街の中央で倒れる巨体を発見、思わず声に出していった。

 

「みんな、アレ見て!」

「怪獣、デス……?」

「あれは、確か……」

 

 全員が其処に眼をやった瞬間、クリスの口からは歯軋りが鳴り、調は驚愕と共に口を塞いでしまい声が出なくなってしまった。

 

「大地さん、あそこまで行ってください!」

「分かった。みんなすぐ乗って!」

 

 全員が乗車したことを確認しすぐさま発進するジオアラミス。瓦礫の中を右往左往しながらも辿り着いた其処には、誰もが見覚えのある巨獣が横たわっていた。

 

「ゴモラ!? でも、俺が知ってるのとは何処か違う……」

「彼はこの世界での古代生物をヤプールが改造強化した姿だと伺っています。……ですが、これは惨い……」

 

 傷だらけで血と泥に塗れながらか細い吐息を洩らすゴモラⅡ。何故此処に居るのか、何があったのかと疑問はあるが、そんな事はお構いなしにと響とクリスが飛び出し、調と切歌もその後を追った。

 

「大丈夫!? しっかりしてッ!!」

「なんで、こんな目に遭ってんだよお前は……! せっかく良さそうな居場所に連れてってやったのに……ッ!」

 

 ゴモラⅡは答えない。答える術を持たない。ただジッと彼女たちを見つめて、小さく口を動かしながら弱々しい鳴き声を上げるだけだった。

 後から追い付きながら、すぐにその鳴き声や受けた傷をガオディクションで分析する大地。結果はすぐに表示された。

 

「……彼の感情が分析できた。感謝と謝罪……そして、”守護る”」

「感謝と、謝罪……」

「ヤプールから解放されたことと、新しい棲み処をあげたことデスか……? でも、じゃあ謝罪って……」

「……きっと、彼も守護ろうとしたんだ。襲い来る”破滅”から、母なる地球(ほし)を……。でも守護り切れなくて、こうして……」

 

 大地のその言葉が、少女らの心に強く突き刺さる。そして図らずも感情が涙となって溢れだした。

 思わず響が抱き締めるようにゴモラⅡの鼻先へ擦り寄り、涙ぐんだ声でただ言葉をかけていった。

 

「ごめん……ごめんね、遅くなっちゃって……。もっと早く帰れてたら、一緒に戦えてたかもしれないのに……。こんな目に、遭わせずに済んだのかもしれないのに……!」

「……違う、そうじゃない立花。彼は、我々やウルトラマンが居なくなったこの地球(ほし)で唯一、破滅に対して己が命を賭して立ち向かったんだ。

 少なくとも私たちは皆、そうやって何かを守護る為に命を賭して立ち向かい、何かを託し散らしてきた者のことを識っているはずだ」

 

 翼の言葉で思い起こされる、響にとって運命の分岐点と化した一つの記憶――天羽奏の死。クリスの胸中には両親の姿が思い起こされ、調と切歌の脳裏には養母ナスターシャの姿があった。

 

「きっと私たちのうち誰かがこの世界に残されていても、彼と同じ事をしただろう。破滅に相対しても敢然と戦い、命を散らし……そして他の誰かに託しただろう。

 ――この地球を、守護ってくれと」

 

 その眼に涙を浮かべながらも、凛と強く言葉を紡ぐ翼。悲しくないわけがない。悔しくないわけがない。だがこの眼前の、巨獣でありながらも誇るべき魂を持った勇者に対し、謝罪の文句は侮蔑以外の何物でもないと彼女は思っていた。大切なものを守護る為に殉じた天羽奏に対し、この世の誰よりも心を砕いた彼女だからこそ。

 そんな翼の言葉を理解したのか、響は縋るように泣くことを止め、真っ直ぐにゴモラⅡの虚ろな瞳と目を合わせた。そして彼に向けて、強く誓いの言葉を立てた。

 

「……ありがとう。この地球(ほし)を……みんなの居場所を守護ろうとしてくれて。

 君の分まで……君の想いも一緒に乗せて、私たちが絶対に守護ってみせるからッ!!」

 

 響の言葉に賛同し言葉をかけていく一同。それを聞いて安心したのか、ゴモラⅡはもう一度小さく鳴き声を上げ、静かに瞼を閉じて永久の眠りに落ちていった。

 少女たちは誰も泣き声を上げない。ただその場に小さな涙の欠片を落とすだけに留めて。

 

 

 

 落涙と共にその場の全員の身体が淡い光で包まれる。皆は一瞬戸惑うが、響だけはそれがなんであるか察しがついていた。

 

「メフィラスさん、ですね」

(よくぞ気付いた、立花響。君たちを迎え入れよう)

 

 その言葉と共に淡い光に包まれた全員がその場から消失。数秒後、その目を開いた先にあったのはよく見知った人たちの微笑みだった。その中から一人、装者たちの――立花響の姿を確認するや否や弾けるように飛び出して彼女に抱き付いた者が一人。小日向未来だ。

 

「響ィッ!!」

「うわっ、とと……。ゴメンね未来、また心配かけちゃって」

「ううん、良かった……。ちゃんと帰ってきてくれて……」

「……帰ってくるに決まってるじゃない。未来は私にとって、一番あったかい陽溜りなんだから! だから今のうちに陽溜りエナジー補充ーッ!」

「ちょ、ちょっと響!」

 

 自分から抱き付いてきたと言うのに響に強く抱き返されると思わず焦ってしまう未来。他愛ない睦み合いだが、それが響にとって何よりも嬉しく温かく、安心を得られるものだった。

 

「だからお前ら、そう言うのは自分の家で……って、そんな悠長なこと言ってる暇はねーか」

「クリスさんの仰る通りだと思います。ですが、今この一時ぐらいは、みなさんの無事を喜ばせてください」

「そうよ。はい、あったかいものどうぞ」

「あったかいものどうもデス!」

「なんとなく、安心する。ありがとうあおいさん」

 

 だがクリスの言う事ももっとも。あおいとエルフナインが全員にあったかいものを配り終えた後に、皆に歩み寄って来た弦十郎と慎次がそれぞれ簡単にだが帰還した者たちを歓迎する。だが、すぐにでも彼女らに進んだ状況を把握させなければならなかった。

 その為にもまず、弦十郎は初対面である大地に対し声をかけていった。

 

「こうして顔を合わせるのは初めて……ようやくと言ったところだな。国連所属特殊災害対策組織S.O.N.G.機動部隊タスクフォース司令の風鳴弦十郎だ」

「国際防衛組織UNVER管轄特殊行動部隊Xio日本支部所属、大空大地です。改めまして、お初にお目にかかります風鳴司令」

「君の協力に感謝する。彼女らと一緒に、よく戻ってきてくれた」

「協力なんて……俺の方こそ彼女たちに助けられてばかりでした。だから今、此処に居られるんです」

 

「おかえりなさい翼さん。何処かお怪我などありませんでしたか?」

「ただいま戻りました、緒川さん。この身の傷は、バム星人の方々の治療のおかげで事なきを得ました。……十全、とは言いませんが」

 

 翼の言葉に合わせるように大地以外の全員が石化した変身道具を眺め見る。それは、未だこの世界にウルトラマンたちは戻っていない事を表していた。

 

「やはり、彼らの存在無くして破滅に勝利を得ることは出来ないか……」

「それでも、命を賭して抵抗してくれたものが居てくれました。守護ろうとしてくれたものが居てくれました。

 ――教えてください師匠。私たちが居ない間、何が起こっていたのかを。そして考えましょう。どうすれば、この地球(ほし)を守護れるのかを……ッ!」

 

 決意に滾る目を向ける響。いや、他の装者や大地も同じだった。大切な、かけがえのない仲間を、友を救い守護る為に知らなければならないことを知る為に。そして最後まで足掻き切る為に。

 

「……分かった。だが本部の……いや、世界中の通信手段は完全に封鎖されてしまってな。少しばかり特殊な手段で見てもらう。メフィラス星人、お願いする」

「よかろう」

 

 ブリッジの中に紛れ込んでいた黒い影――メフィラス星人。この場は弦十郎の言葉に従うように、掌から光球を作り出した。かつてリディアンの校庭で見たものと同じものだ。そこに映し出されたのは天と地と海。異形の海に侵食された禍々しい空間だった。律儀にもその時点での残り侵蝕時間を記しており、その時間を見て察したのは大地だった。

 

「……此方が敵性怪獣との戦闘を終えたところからですね」

「野郎、こっちが帰ってくるのを見越した上で現れやがったって事かよ……」

「そういう事になるな。……来るぞ」

 

 暗黒の空から現れたのは、赤く巨大な翼を持つ怪獣だった。その首は非情に長く、鋭利な頭部も相まって竜を連想させる。それは無限に湧き続けるドビシを喰らい、口から放たれる劫火で点を焼き払いながら位相を越えて空を舞っていく。

 漆黒の海から現れたのは、青い巨体を持つ怪獣だった。即座に例えるならばセイウチなどの海洋に棲息する哺乳類。だがそれは二足で立ち上がり、巨大な爪と宝玉のような紅い眼をギラつかせていた。それは海を禍々しながら位相を越え、突き進んでいく。

 真黒の地から現れたのは、濃紫の肉体に血脈が滾り渡り、全身に鋭利な棘や角が生えている怪獣だった。他の二体とはやや毛色は違うものの、連なる複眼が黄色く輝き右腕はまるで棍棒のような鈍器と化していた。それは歩みと共に赤黒い血の池を生み出しながら位相を越えて歩いてい行く。

 最後の、陸を往く怪獣に真っ先に反応したのは、大地だった。

 

「――こいつ、まさかザイゴーグッ!?」

「正解だ。まぁ君は知っていて当然だろうね、大空大地。君は君自身の世界で、伝説の巨人たちと共に彼の者と戦い打ち破ったのだから。

 閻魔獣ザイゴーグ……とある地に封印されていた、”地の獄よりも遥か真獄(まごく)へ閉ざされしもの”」

「他の二体は?」

「あの赤き巨竜が、”天空より遥か彼方へ追放されしもの”……伝説宇宙怪獣シラリー。そしてあの青き巨獣が、”深海より遥か深淵へ封印されしもの”……伝説深海怪獣コダラー。皮肉なことにこの者たちは全て、地球自身が破滅を望み生み出した獣……広義でとれば、ヤツらは全て根源的破滅招来体であると言えるな。

 しかし流石の私もこれには驚いたよ。この世界の”地球のマイナスエネルギー”が、まさかここまで破滅を望んでいたとは。”天より舞い降りる赤き竜”、”海の中から上って来た一匹の獣”、”そしてもう一匹の獣が地中から上がって来る”……これではまるで本当の黙示録の再現だ。万象黙示録の完成を謳う暗黒卿の手引きがあったとはいえ、恐ろしい事だよ」

 

 そう言葉にするメフィラス星人だったが、声色からはむしろ歓喜を連想させられる。そんな彼に今は敢えて深入りせず、映像と共に弦十郎が言葉を続けていった。

 

「この時には既に通信網のほぼ全てが完全に遮断。映像のみが映し出されると言う事態に陥っていた。そして連携を欠いた各国と国連は、時を待たずしてその抜き身の刃を……振り下ろした」

 

 その言葉と同時に見せつけられる巨大な大量破壊兵器……ICBMの連続発射シーン。ただのそれだけで、ヒトは脅威を排除するために禁断の兵器を解き放ったのだと誰もが確信した。

 コダラー、シラリー、ザイゴーグに向けて発射されるミサイル群。その中に何発の核弾頭があったかは定かではないが、圧倒的な破壊力は破滅を齎す怪獣ですらも灰燼へと帰せると放った者達は思っただろう。事実、映像の中でも眩い光と炎が三体の怪獣のそれぞれを飲み込み焼き尽くしていく……。

 だがその炎の中で、ヒトの目論見を愚考と嘲笑うかのような鳴き声が響き渡っていた。そして――

 

「あれだけの爆発が……!」

「吸い込まれるように、消えたデス……!?」

「……ヤツらは、核を含む此方の全ての攻撃を受け止め、且つその爆発のエネルギー全てを……吸収した」

 

 爆炎を物ともせんとばかりに其々の歩みを進めるコダラー、シラリー、ザイゴーグ。コダラーは数多の戦艦や潜水艦を全て薙ぎ払い、シラリーは最新鋭戦闘機の数々を口から吐き出した火炎で爆散させ、ザイゴーグは道を塞ぐ幾多もの戦車を踏み潰し口から放たれる光線で蹂躙していった。

 だが其処に現れる巨大な姿が在った。地面を割って出で来る巨体、それはかつてウルトラマンたちが戦い救った怪獣、ゴモラⅡだった。

 

「ゴモラ……ッ!」

「しかと目に焼き付けておきたまえ。彼の勇姿をね」

 

 ザイゴーグと相対するゴモラⅡ。忌むべき敵と見定めたゴモラⅡは、すぐさま走り出しその巨体でザイゴーグに体当たりを放ち、相手が一歩退がったところに強靭な尻尾の一撃を叩き込んだ。だがザイゴーグはそれに一切怯むこともなく、棍棒のような右腕で殴り付け、強靭であり鋭利な爪を持つ足で強く蹴り込み、お返しとばかりに鋭い棘の持つ巨大な尾で叩き付けた。

 鳴き声を上げながら怯むゴモラⅡ。獰猛な意思を見せる眼を向けて鼻先の角から破壊光線を発射。だがザイゴーグの口からも鮮血のように赤い光線で迎撃し相殺した。

 まるで嗤っているかのようなザイゴーグに対し、再度接近戦を仕掛けようとするゴモラⅡ。だがその動きは突如封じられてしまった。思わず其方を向くと、其処には海から上がって来たコダラーが巨大な腕で己が強靭な尾を掴まれていたのだ。互いの視線が交錯した瞬間、コダラーがゴモラⅡの尾を引いて引き寄せ巨大な爪で胴を切り裂いた。痛みに依るものか、雄叫びと上げながら頭部の角から三日月型の光弾を連続発射するゴモラⅡだったが、コダラーはその全てを自らの肉体で受け止め、強く押し出すように増幅反射させた。

 倒れ込むゴモラⅡと其処に迫るコダラーとザイゴーグ。それでも抗戦を止めぬとばかりに起ち上がろうとするゴモラⅡだったが、背後から光が放たれその身体を貫いた。僅かな間を置いて、天を舞うシラリーまでもが障害を排除するために降り立ったのだ。その時に放たれた腕からのレーザー光線が、ゴモラⅡの強固なはずの肉体を容易く貫いたのである。

 

 ……そこからはもう、ただの私刑にも似た凄惨な光景だけが繰り広げられていた。ザイゴーグの腕が潰し、コダラーの爪が裂き、シラリーの嘴が貫く。そして光線、電撃、火炎の三種が一度に浴びせられ……ゴモラⅡは文字通り、蹂躙されていた。

 やがて攻撃は止み、三体の怪獣は何処へと去っていく。残されたものは無惨な姿となったゴモラⅡの肉体。四次元空間より皆が帰って来たのは、正にこの直後だったのだ。

 

 

 

 人類の足掻きを塵芥のように払い、怪獣でありながらも地球を守護る為に現れたゴモラⅡをいとも容易く討ち斃していく様は、正しく絶望の象徴。破滅の権化だった。そして更なる不幸は、唯一生存している映像回線がこの光景を世界の全てに流してしまった事だ。ヒトの叡智が生み出した兵器が通じず、奇跡を体現する光の巨人も全てが消え去り、命を救う為に奏でられてきた少女らの歌も聞こえない。世界には只々絶望感だけが色濃く澱み、それがまたマイナスエネルギーとして暗黒卿へと還元される。そんな負のスパイラルが、この地球を支配しているのが現状だった。

 そこまで映像を見せ終えて、メフィラス星人は更に語り出す。

 

「以上が、君らが知らぬ此方の光景だ。よく清聴して居られたものだと褒めてやろう」

「……いや、結構だ」

「涙はもう、さっきアイツの為に流しちまったからな……」

「……おぞましいし、恐ろしい。でも……」

「そんなの全部通り越して、どんどん怒りが沸き上がってきやがるデス……ッ!」

「あんなモノに私たちの世界が……みんなの居場所であるこの地球(ほし)が脅かされているのが、我慢ならない……ッ!!」

「止めなくちゃ……絶対に……ッ!」

 

 

 無惨な顛末を先に目にし、追いかけるようにその経過を見せ付けられた装者たち。滾る義憤に駆られる中で本題を切り出したのは、翼だった。

 

「司令、今後の作戦の方は」

「最大の目的自体は至極単純だ。我々の手でウルトラマンたちに、マリアくんに力を与えて復活。再度一体化を果たし、コダラー、シラリー、ザイゴーグ、暗黒卿を討つ」

「その為の作戦プランが此方です」

 

 エルフナインが大型モニターに作戦概要を出力する。映し出されたのはやや簡素な位置情報図だった。

 

「装者出動用の射出ポッドとバンカーバスターミサイルを改造し、超高速を以て暗黒の渦の中心に吶喊。ウルトラマンネクサスが変形したと思われる、位相防御フィールド中央に位置する石盾にエネルギーを注入することで回復させます。

 エネルギーには皆さんの歌……フォニックゲインを用います。ダウルダブラの技術から生まれた新機構、フォニックゲインコンバーターとイグナイトモジュールを掛け合わせれば、理論上ウルトラマンたちを復活させるだけのエネルギー量にはなるはずです」

「簡単に言ってくれるが、余りにもザルすぎやしねぇか……?」

「敵から妨害は免れないだろうし……」

「渦の中心って言っても、あんな大きな渦のド真ん中にズバッと行けるんデスか……?」

「クリスさんたちの仰る通りです。ですがそれらへの対抗策も可能な限り用意しました。

 敵の妨害に対しては、移動本部の所有する残りのバンカーバスターミサイルを出動と同時に全斉射。みなさんの乗った改造ポッドに併走させ、怪獣発見と共に先制攻撃へと転じます。正直なところそれでダメージを与えられるなどとは思っていませんが、バンカーバスターミサイルの特性上、衝撃波で敵怪獣を怯ませることぐらいはできるはずです」

「それに今回ばかりは、俺と緒川も地上から援護もする。みんなに手出しはさせんさ」

 

 力強く語る弦十郎の言葉から得られる心強さはとても大きなものだった。地上最強の男とその懐刀が前線に出る。ただそれだけだと言うのに絶大な信頼と期待が沸き上がるのもこの男たちの規格外の戦闘力に依るものだろう。

 そこに続ける形でエルフナインが策の続きを説明していく。

 

「そしてもう一つ、重要な点があります。

 それは、かつてフロンティア事変の際にみなさんが起こした一つの奇跡……地球人類の歌を一つに束ねた70億の絶唱を、もう一度行うことです」

「70億の絶唱……あの再演をしろと言うのか……ッ!?」

「でも、アレはマリアさんがみんなに呼びかけたから出来たことだったよね……。でも今は……」

「ハイ。マリアさんは不在ですし、破滅魔虫ドビシによって現在の人類が生み出してきた電波や光といった全てのネットワークは封じられてました。ですが唯一つ、今でも生きているネットワークが存在しています。

 地球全土に流れるエネルギーの走る道――龍脈(レイライン)が」

 

 エルフナインの言葉に装者たちは驚愕に眼を見開いた。だがその言葉を述べたエルフナイン自身は表情を一つも変えず淡々と言葉を続けていく。

 

「フォトスフィアを用いてレイラインをネットワーク化し、其処にフォニックゲインコンバーターで変換した歌を全世界へと伝播。映像機器をジャックすることで全世界に伝え訴えます。

 歌姫・風鳴翼の生存と、特殊災害の危機より人々を救って来た少女らの歌を以て、マリア・カデンツァヴナ・イヴ及びウルトラマンらの救出と暗黒卿打倒の為に地球に生きる人類すべてに力を貸して欲しいと」

「我らに……いや私に、もう一度墜ち征く月の時のように世界を一つとし、人々の命の音楽を束ねろと言うのか……」

「大役であることは承知しています。ですがマリアさんが不在の今、世界が応えてくれる程の声と歌を送れるのは、マリアさんと共に肩を並べ歌った翼さんしか居ないと考えます」

 

 全員の眼が翼に注目され、瞬間彼女の身体に震えが走る。それと同時に翼は思った。あの時の、マリアがやってのけたことを自分がすることになろうとは思っても見なかったと。彼女とて其処に至るまで様々な事情や葛藤などがあっただろう。だがアレは間違いなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴが手繰り寄せ起こした奇跡なのだ。

 心が震えているのが分かる。これは武者震いなどでは無い、重圧に依る畏怖だ。だがそんな気持ちを押し込めて、凛とした声で『承知した』と答えた。やらねばならないのだ、なんとしても。

 

 

 エルフナインの言葉は続く。次は突撃箇所についてとそれに付随する不確定要素の説明だった。

 

「作戦の主旨から外れますが、前提部分としてお聞きください。自動保存されてあったみなさんのシンフォギアのデータから、ある時を境に特殊な電子波形が放出されていたことが確認されました」

「ある時を、境に?」

 

 響の問いに首肯し、更にエルフナインは言葉を続けていく。

 

「具体的には、エックスさんと大地さんがエタルダークネスと戦っている時に電光の翼で装者の皆さんを回復させた後からです。大地さんは、コレが何かご存知ですよね」

「ああ。俺の所有していたサイバーカード……ウルトラマンゼロ、ウルトラマンマックス、ウルトラマンギンガ、ウルトラマンビクトリー、ウルトラマンネクサス。以上五枚のサイバーカードがあの時同時に射出され、君たちシンフォギア装者へと向かって行った。その時にギアペンダントに宿っていったんだね」

「あの時に感じた、青い光か……」

「みんな思い当たる節はあるようだね。みんなのギアペンダントに宿ったサイバーカードは、電子情報体として変化したウルトラマン自身の力の一端だ。きっとそれが、シンフォギアの励起と共に普段は観測されない電子波形となって表れたんだと思う」

「大地さんの仰られる通りだと思います。そして観測の結果、翼さんの天羽々斬より今なお発せれている一定の電子波形が、位相防御フィールドの中央……マリアさんことウルトラマンネクサスが変化した石盾の座標を示していました。それが標となってくれている以上、位置情報に関しては問題ありません。其処へ向かって飛ぶだけですから」

 

 理路整然と語るエルフナインに、誰もが納得の色を示していく。そこに付け加えるように、大地が僅かながらでも有益と思われる情報を進言した。

 

「翼さんの天羽々斬に宿ったのは、恐らくゼロのカードだろうね。それがきっと反応して、ウルトラマンたちの居場所を特定しているんだ。そしてマリアさんのギアに宿っているのは、多分ネクサスのカード。恐らくは位相侵蝕を止める助けになっているだろうと思われる

 ただ他のみんなに宿ったサイバーカードは、誰のカードでどんな形で力になってくれるかは具体的には俺には理解らない。けど、必ずみんなの想いに応える形でその力を貸してくれる。それは間違いないよ」

「以上を、現状考えられる最善の策として提示します」

 

 その言葉で打ち立てた作戦の概要を締め括るエルフナイン。現状この場に有する全力を用いて、尚且つかつて起こした人類の意志統括――”70億の絶唱”と呼ばれた奇跡を人為的に再度引き起こすと言う無謀極まらぬ策だった。

 だが奇跡すら策に組み込まねば地球を覆う破滅の手を退けることなど出来ぬとエルフナインは考えていた。奇跡に縋るのではなくその概念を再度殺戮する為に、今出来る事は抜かりなく全て詰め込んだはずだ。

 決して負けられない戦いに赴くために講じた策、今は其処に一所懸命するしかない。そうやって昂らせている皆の想いを察しながら、メフィラス星人は深く溜め息を吐いた。其処に失意などは無いが、逸り過ぎているであろう気持ちに冷や水をかけるかのように沈黙を破っていく。

 

「なるほどな、経験に基づく合理性がありながらも尋常ではない不安定さを見せる奇跡的な作戦だ。可能性など完全に慮外した机上論には称賛すら覚えるよ。

 しかしだが、それでも破滅の総てを祓うことは難しいだろうな。エタルガーも言っていたが、君らが70億の絶唱を束ねようとも地球のマイナスエネルギーを祓うには至らないだろう。それだけ今のこの世界にはマイナスエネルギーが満ち溢れている。他でもない地球意思と其処に生きる者たちによって増幅を続けながらね。

 マイナスエネルギーによって世界が滅ぼされると予見したDr.ウェルの先見は浅見などでは無かったと言うことだ。異形の海の位相侵蝕と、天と地と海の破滅魔獣の出現。ヒトが作りし母星を壊す威力をも封じられ、他者と繋がる事さえも奪われた。残された時間は48時間程となりながら、君たちを含む全ての人間は何処までも悪しき感情を、マイナスエネルギーを生み出している。暗黒卿に利用されていながらも、それを理解っていても止められない。止める術を持たない。挙句君らでさえもそれを以て戦おうとしている。

 歯止めの効かない想いの暴走こそが世界を滅ぼす。滑稽な真理だ。だが、それを愚かで嘆かわしいなどと言う心算は無い。それこそが、”生命あるもの”なのだからな」

 

 何処か冷ややかに告げるメフィラス星人の言葉に皆の心が幾分か冷静さを取り戻していく。言われなかったからこそ、逆に自分たちの愚劣さを思い知らされたような気がしたからだ。だがそれに叛逆の言葉を返したのは、意外にも静観を決め込んでいたキャロルだった。

 

「そうだな、貴様の言う滑稽な真理とやらは嫌というほど身に染みている。だがなメフィラス星人、それをそうやって高みから覗き語る貴様もまた”生命あるもの”ではないのか? それともなにか、貴様の種族は皆が超越的であり神が如く感情を制御、または喪失した中で生まれ出で来ては無限の彼方へ御高説を垂れ、かと言って大きな干渉もせぬまま興味が失せたら立ち去るような種族であったのか?

 そうであるならば早々に失せろ。そんな貴様にこの世界を手中に収めることなど出来んし、そうする資格すら無い」

 

 思わぬ言葉の反撃につい心を綻ばせるメフィラス星人。キャロルの言葉を受けて尚、彼の口は更に饒舌なものへとなっていった。

 

「ふむ、君の言う通り私や同胞たちも間違いなく”生命あるもの”だ。同胞の中には地球を手にする為に様々な手段を用いて行う者がいた。だがその多くが、感情を揺さぶられてしまい結果的に暴力での侵略と制圧に変わり、その度に阻止されてしまって来た。滑稽だと思うかね? 私は思った。同胞であるが故に。

 だがそれはあのウルトラマンたちも同じくであり、君らがカストディアンと呼ぶものらもまたそうであろうな。ウルトラマンにはベリアルと言うレイブラッドの邪心に墜ち、今なお自由なる暴君として宇宙を渡り歩いている者がいる。そしてカストディアンもまた、超越者然としながらも人類――ルル・アメルが自らと同じ位階に立つ事を良しとしなかったが故に月遺跡――バラルの呪詛を生み出しこの世界から共通言語を奪い取った。

 感情の総てを制御出来る生命体などこの宇宙にはほとんど存在しない。ほぼ単一の思考しか持たないスペースビーストや、グランスフィアと呼ばれる森羅万象を一つと化した暗黒惑星はそれを為した存在だとも言えるが、飽くまでもそれは余りにも数少ない例外だ。それに、私自身はその考えを否定している」

「感情に流される生命を滑稽と言いながらも、貴様は貴様自身が滑稽な存在であると認めると言うのか?」

「左様。でなければ私も、未だにこの場に居座ろうとはせんよ。私が欲した地球の終焉か存続かを決める48時間を切りながらも、僅かなる可能性が集結しつつある現状にガラにも無く心に昂ぶりを感じてしまっている。最早決められたものと思われた破滅と言う終焉を覆す可能性が……世界を救うと言う、ヒトの身に余りある奇跡を掴み取る為の道筋がほんの微かに見えつつあるのだ。ヒトが其処に辿り着けるかどうか、是非とも最後まで見届けたい。

 そして――そうして終焉を乗り越えた世界こそ私がより欲する地球に為り得ると考えているのだ。あまりにも滑稽だよ、私はね」

 

 相も変わらず、淡々とだが舌をよく回すメフィラス星人。だがその言葉の端々には歓喜や期待といった強い感情が滲みだしていた。

 

「その為にお前は、俺たちに足掻けと……?」

「地球をこの手にしたいと言う目的は変わらないからね。その為に私は君たちに問い掛け利用するし、君らによってこの身を利用されることも厭わない。それで構わないのだ。

 そして現状はどうかね。残された時間は48時間にしてシンフォギア装者が五人と地球防衛隊員が一人……その全てがウルトラマンに選ばれた者だ。君たちタスクフォースの人間にも犠牲者は居ない。完璧とは言わずとも、動くには十分な力は戻っているはずだ。

 対するは黙示録の再演が如く破滅を齎す三体の魔獣と邪心の王が集結した巨大暗黒卿。何れも常軌を逸した連中だ。そして迫り来る破滅位相……異形の海の侵蝕。だがそれでも尚ウルトラマンたちは、欠けた最後の歌姫は、未だこの世界を守護る為に足掻き続けている」

 

 己が実情と世界の現状を淡々と語り切るメフィラス星人。彼の深く青い瞳がその場に居る全員を貫くように見据え、そのまま問い掛けた。

 

「――この地球(ほし)を欲す一人の宇宙人として問おう。地球人よ、貴様たちは終焉(さいご)の最後まで足掻き切ることが出来るか? 例え待っているものが奇跡などでは無く、総てを失う残酷な結果だとしても」

 

 深く青い目と向かい合う人々は誰一人として揺らぐことは無い。ただ真っ直ぐと見つめ返しながら、皆を代表して響が答えていった。

 

「足掻きます。終焉(さいご)の最後まで、本当に大切なものを守護る為に……私たちはその為に帰って来たんです。

 ――そしてそれが、この地球(ほし)からの願いだから」

 

 響の言葉に全員が力強く首肯する。最早、この期に及んで迷いなど有りはしないのだから。

 皆の返答に何処か満足げに、メフィラス星人もまた首肯する。『ならば足掻け、持てる総てを尽くし切って』と言わんばかりに。

 

 

 

 全員の士気が一つに固まったところで、弦十郎がその右拳を左の掌に打ち付ける軽快な音が鳴り渡る。

 

「そうと決まれば俺たちは作戦決行の準備だッ! 現状は既にメフィラス星人の口から聞いたからな、準備と共に他の確実性を上げる妙案を出せないか思案するッ!

 エルフナインくんは各ギアの損傷チェックと調整。装者のみんなと大空隊員は、風呂入って飯食って寝ろッ!!」

 

 意気高く指示を出す弦十郎に、思わず数人の膝の力が抜けてしまう。すぐに体勢を立て直し食い掛ったのは、やはりクリスだった。其処に調と切歌、大地も加わっていく。

 

「この期に及んでなに眠てぇこと言ってんだオッサンッ!! 寝れると思ってんのかッ!?」

「そうデス! アタシたちはまだまだやれるデスよッ!!」

「無理はしてません。大丈夫です私たちは」

「敵怪獣に関しては、俺の知識もお役に立てれますッ! 休養の時間なんか――」

 

反論と否定の言葉を浴びせられつつも、腕を組む弦十郎はそれらすべてを聞き流し、おもむろに強く声を発した。

 

「響くんッ! ウルトラ5つの誓いを言ってみろッ!!」

「は、ハイッ!

 一つ、腹ペコのまま学校へ行かぬことッ! 一つ、天気の良い日に布団を干すことッ! 一つ、道を歩く時には車に気を付けることッ! 一つ、他人の力を頼りにしないことッ! 一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶことッ! ……ですッ!」

 

 響の言い放ったウルトラ5つの誓いを聞き終え、一人納得したかのように頷く弦十郎。そしてどこかしたり顔で、クリスら反論を唱えた者たちにその顔を向けて言葉を重ねていった。

 

「――つまり、そう言う事だ」

「いやどういう事だよッ!?」

「体調や機材は常に万全に整えておくこと。それでもなお細心の注意を怠らぬこと。他者は力になってくれるがそれに溺れないこと。そして自らの居場所をその肌で感じること……。

 大切な仲間たちが教えてくれた事だ。残り僅かな時間でも……いや僅かだからこそ、君たちみんなには万全を期してほしい。最後まで全力を尽くす為に、今は休んでくれ」

 

 優しい弦十郎の言葉に何処か渋々と引き下がるクリスたち。やがて仕方ないとばかりの態度で、司令の指示に従うように一歩退いた。其処で待ち受けていたエルフナイン。笑顔の彼女にギアペンダントを預けていく。その中でふと、先程メフィラス星人との語りを終えて顔を伏していたキャロルの方へ目が行く。響が彼女に声を掛ける理由など、ただそれ以外になかった。

 

「キャロルちゃん、さっきはありがとう。私たちに代わってメフィラスさんと話をしてくれて」

「……あんな揚げ足取りを、よくもそう好意的に取れるものだな」

「えへへ……私はキャロルちゃんみたいに頭も良くなければ、あんな風に強く言える度胸もないからね。でも、あとはみんなと一緒に私たちが頑張る番」

「世界を守護る為に、とでも言うのか。幾度も世界を守護って来た英雄として」

 

 それはキャロルの何気ない問い掛けだった。だがその言葉に響は一瞬顔をしかめてしまう。思い出されるのは自らが地球(ほし)に選ばれ託された光を掴み取った日。あの時櫻井了子は言った。『貴方のその想いこそが、行ないこそが英雄なのよ』と。それを心で反芻しながら、響は笑顔でキャロルに返答した。

 

「……私、守護りたいものがたくさんあるんだ。大切な家族、仲間、親友……そのみんなが大切に思っているものを、絶対に守護りたいと思ってる。それが、私が一番やりたい”人助け”。

 それこそが英雄だとか言われてもピンとこないし、そもそも私に英雄なんて言葉は似合わないって今も思ってる。でも、この”みんなを守護りたい”って想いに嘘が無いことも確かなんだ。

 その想いの先にあるのが”世界を守護る”ってことに繋がるのなら、私はこの世界を守護りたい。みんなの大切なものが、本当に大事なものが息衝くこの地球(ほし)を……」

 

 響のその言葉は、キャロルの胸の内を小さく打った。仔細な言葉は違う。だがその根底にある想いは、図らずも自らの父イザークのものと似通っていたからだ。

 錬金術の力は人を助ける為に使われるもの。叡智の探求の中で父はそう語り、誇り、そして実行していた。其れが原因で己が力を異端とされ排斥されたのだが、炎の中に消える最期の瞬間まで、自らの行いに恥じることも間違いが無いことも確信していたように思う。そんな微笑みで泣き叫ぶキャロルに命題を遺したのだ。

 眼前の響も、そして他の装者たちもあの時の父と同じような微笑みを浮かべていた。己が命を賭しても、本当に大事なものを守護り抜く覚悟を秘めた者の笑み。そんな顔をしながら、『私たち、頑張るからね!』などと言ってその場を去る少女らに、キャロルは皮肉の一つも言えなかった。何故か痛みを堪えるように胸を、表情を殺して押さえながら。

 

 

 

 

 ――そうして6時間が経過した。

 仮眠を終えた装者たちは其々が起き出し、まるでいつもの朝と同じように顔を洗っては準備運動行ない心身を整えていく。違うのは、窓の外から差し込む陽光は一切ないせいで一瞬夜と勘違いしてしまうことだった。

 綺麗に洗われ畳まれた衣服は未来たち非戦闘員によって洗浄されたものだ。袖を通し、ボタンを締め、髪を整え、五人の装者たちが何処からとも無く顔を突き合わせる。互いの眼に映っていたのは、先程までよりもハッキリと明確に生気に満ちた血色の良い顔。弦十郎の言った通り、食事と清潔と睡眠だけでヒトはこれ程までに力を沸き出せるものかと驚くばかりだった。

 

「行こうッ!」

 

 響の声と共に歩き出す装者たち。司令室の扉を開けた向こうには、仲間たちが待っていた。装備を整えた大地も既に其処に居り、結局早めに起きてすぐに作戦会議に混ざっていたようだ。そんな彼らに向かって、響が出来るだけ元気で明るくを意識した声を上げた。

 

「おはようございますッ!!」

「おうッ! みんなよく眠れたか?」

「おかげさまで、それなりには」

「体力はバリバリ全快デェスッ!」

「その割にはお前ら、いつもより食べる量少なかったんじゃねぇのか? そんなんでやれんのかよ」

「ふっふっふー、コレには深ーいワケが有るんデスよ」

「だから体調の方は大丈夫です。それが、負けられない理由にもなるから」

 

 意気高く語る後輩二人の心配をしながらも、クリスは秘めた強い想いに顔を緩めその言葉を信じることにした。

 

「みなさんのシンフォギアも調整完了しています。受け取ってくださいッ!」

「ありがとう、エルフナインちゃんッ!」

 

 エルフナインからそれぞれが自身に選ばれた奇跡の象徴の一つであるギアペンダントを受け取りつつ、全員が司令室に揃い顔を見合わせる。体力を取り戻した装者たちや大地とは裏腹に、藤尭やあおいたちブリッジスタッフには幾らか疲労の痕が見られる。残すは40時間弱、皆がそれだけ自分たちの休養の間に必死になってくれていたのだろうと、少女らは実感する。そんな中で声を出したのは翼だった。

 

「司令、作戦に変更点などは」

「結局特になかった、と言わざるを得んな……。すまんな翼、お前にばかり無理を強いてしまうようになってしまって……」

「いいえ、弱音などらしくもない。防人として……いえ、歌女としてこれ以上ない務めです、果たしてみせましょう」

 

 誰もが翼の、力のこもったその言葉に信を寄せていた。ただ一人、指令室の端に佇んでいたキャロルを除いては。彼女から発せられた言葉に、その場の誰しもが驚きを隠せなかった。

 

「――駄目だな、そんなものじゃ足りない。圧倒的に」

「キャロル、ちゃん……?」

「よしんばその作戦が成功して、ウルトラマンたちを回復させたとしよう。ウルトラギアを用いて、70億の絶唱と共に再度戦うとしよう。それでも恐らく、あのバケモノどもの総てには勝てないだろうな」

「テメェ! みんながこんだけヤル気になってる時に――」

「思いの強さで事を為し得ることを否定はしない。だが貴様らが為そうとしていることは何だ? 自分の命を棄てて、自己犠牲の果てに仲間や人間どもを助け出す事か、いいや違うッ!

 ――この世界の万象を救う、そんな大それた奇跡を起こしてやる心算なのだろうッ!?」

 

 怒りとも取れるキャロルの言葉に周囲が静まり返る。内心では皆が理解っていたのだ。これは勇敢ではなく無謀な作戦だと。それを強く指摘したキャロルが、更に追い打ちをかけるように言葉を重ねていく。

 

「此処までの6時間を経て思ったことだ。お前たちは未だ此方側にあるモノを把握しきっていない。甚だ疑問だよ、背水どころか崖淵にありながらも己が手に握られてるものを全て見えていない。いや、敢えて見ないようにしているのかもな。

 死ぬ気で頑張れば奇跡は起こるか? 今までを想えば確かに起きるかもしれんな。だが自己犠牲の果てに奇跡を起こせたとしても、それこそ無駄に命を落とすだけだろう。そうすればその時点でこの世界は終わりだ。貴様らの死と共にマイナスエネルギーが世界を蹂躙し破滅へと誘うだろう。それが望みならば好きにしろ。口を出すのも邪魔臭い」

「テメ……!」

 

 激昂に駆られそうになるクリスを制し、今度は翼がキャロルに問い詰める。

 

「ではキャロル、お前には此れよりも上策が有るとでも言うのか? 誰もが世界にひとりぼっちとなっている今、この場に在る限られたモノをなんとか紡ぎ合わせ作った世界を繋げる策よりも確実に世界を救う算段が有ると吐かせるのか」

 

 翼の煽り文句にも似た言葉を受け、キャロルは逆に獰猛に口角を釣り上げて笑った。そしてコンソールを操作し、メインモニターにDr.ウェルの遺したレポートを再度展開させた。

 

「これは、マリアが受け取ったドクターのレポート……」

「でも、コイツが一体何の役に立つって言うデスかッ!?」

「あのたくらんけはエタルガーの目論みのみならず、邪心王……根源的破滅招来体の何たるかを、相応の破滅魔獣を呼び出すことを既に予見していた。予見していたなら次はどうする? アイツの事だ、どうやって我が物として御するかを考えるだろう。

 その力であるダークルギエル……万象の時を止めて人形へと化するその能力がもし通じないとなるとどうするか。暴食の巨凶であるネフィリムの力を用いても通じないなら――敵として破壊するしかあるまい」

「だからなんだッ! ンな当然のことをべちゃくちゃを――」

「理解らんのか、ヤツは”マイナスエネルギーを以てマイナスエネルギーの塊を破壊しよう”としていたのだぞ? 至極単純に考えても、同方向にして同性質のエネルギーをぶつけたところで斃せるはずがないだろう。だがヤツは、既にその術を確立していたのだぞ」

 

 その言葉で聞き入る者達は我に返る。理路整然としたキャロルの言葉は未だ続いていた。

 

「闇を祓うは相反する光の力。ヤツはこの人形に囲まれたひとりぼっちの世界の何処から光を得ようと考えた? 何処にそんな光があると思う」

「人形……スパークドールズ……まさかッ!?」

「一人ぐらい察しが良いのが居るようだな。異世界人、貴様の考える通りだ。ヤツは自らが変化させた人形から……世界に遺る時の止まった命から光の力を取り出し、集束させて放つことで邪心王らを消し去ろうと考えていたようだ。言うならば、今再度70億の絶唱を束ね放とうとしている貴様らのようにな。

 それだけじゃない。ヤツはそこに自らが制御するマイナスエネルギーを過剰暴走に伴い爆裂燃焼させ、その力をもを光の力に混在させることで混沌と化したエネルギーを以て破滅すら”破滅”させようとでも考えていた。

 いずれにせよ貴様らよりか現実的な考えは出来ていたようだな」

 

 キャロルの発した言葉に思わず藤尭がその内容を加えた作戦シミュレートを走らせる。僅かな間を得て割り出したシミュレートの結果は、明晰な彼をも唸らせた。

 

「すごい、成功率が一気に倍にまで……ッ! 司令、これならッ!」

「で、でも待ってください! そのDr.ウェルの策を用いるのであれば、前提として強大なマイナスエネルギーを保持し、尚且つその燃焼機構を持っている存在が必要となりますッ! 今この場にそれを持つ者なん、て――」

 

 そこまで言ったところでエルフナインの言葉が止まる。そしてその目線は、未だ口角を釣り上げていたキャロルの方へと向けられていた。

 

「まさ、か――」

「居るではないか、いま正に此処に。奇しくも邪心王の支配から脱したマイナスエネルギーの塊であり、そこに満ち満ちたマイナスエネルギーと共に70億の絶唱すらも凌駕する”想い出”を燃焼させられる存在……このオレ自身がな」

 

 誰もが戦慄する。彼女はこの局面において、特異なる自らの身を最終兵器として用いろと提言してきたのだ。それに対し真っ先に否定を口にしたのは、誰よりも彼女を想っていたであろう同一にして別個の存在であるエルフナインだった。それを発端として、各々がキャロルに向けて想いをぶつけていく。

 

「そんなの駄目だよキャロルッ! せっかく……せっかくみんなで繋げてもらって、今此処に在ると言うのに……ッ!」

「さっきは自己犠牲を嘲笑ってたくせに、テメェが犠牲になるのはオカシイだろうがよッ!」

「繋いでもらった命を使う事は悪い事じゃないと思う……。でも、だからって命を捨ててまで事を為すのは、きっと違う……ッ!」

「それともまだアタシたちを……奇跡ってモノを信じられないんデスかッ!?」

「さぁな。だがオレは奇跡を鏖す者だ。信ずるよりもこの叡智で凌駕せんとするのは最早(サガ)なのだろう。……それに、どうやらこの身には時間もあまり残っていないらしい」

 

 自分の手を見つめるキャロル。全員の眼に触れていた小さな掌は、黒い粒子が漏れ出すと共に透明度が増していた。

 

「マイナスエネルギーが、溶けだしていると言うのか……ッ!?」

「みんなの想いと歌を乗せたエクスラッガーでも、届かなかったのか……ッ!」

「いいや、届いたからこそ我が身はこうして此処に在る。元より骸の残滓に宿りし思念の肉体、無様でもよく保ったと言うべきだろうよ。

 そんな僅かなる生命を、本当に大切なものの為に使う事を何故貴様らに止められるものか。愛する父が愛した世界を守護る為に残された生命を燃やし切ることの、何処に躊躇する事が在ろうかよ」

 

 何処か諦観しながらも自身の持つ真意を語るキャロル。そのおぼろげな手を見た瞬間、響が思わず彼女の手を握り締めた。温もりは未だ、感じられていた。

 

「そんなのって無いよ……やっと、こうしてちゃんと手を繋げれたのに……。キャロルちゃんの手、ちゃんとあったかいのに……こんな戦いが終ったらもっとあったかくなれるはずなのに……ッ!

 そんな理由(ワケ)を聞いちゃったら、どうして良いのか分からなくなっちゃうよッ!」

 

 涙声で訴える響。いや、その場の誰もが己が身を犠牲にするキャロルの考えに是非を示せずにいた。訪れた沈黙は否定を意味するものでは無い。キャロルの真意とその覚悟に打ちのめされてしまったのだ。だがそれでも、響やエルフナイン、他の装者たちや大地もまたキャロルの生を望んでいる。生きて欲しいと願っている。

 そんな互いの想いを理解するかのように、キャロルと響の二人の頭に弦十郎がその大きな掌を優しく乗せていった。

 

「作戦の変更は無い。そしてこれ以上犠牲を出すつもりも無い。それはキャロル、君に対しても同じだ。だが、君のその想いと覚悟を聴いてしまった以上、俺たちに君を止める権利など無いかもしれない。……だからこれは、俺たちの勝手な我侭だ。

 俺たちを信じ任せてくれ。同じ世界を愛し、同じ世界を守護りたいと思う同志としてな」

 

 微笑みながら語る弦十郎にキャロルは一瞬目を合わせた後、乗せられたその手を振り払い背を向ける。そしてそのまま、小さな少女の背中で返答していった。

 

「崖淵に在って尚も青臭い連中が……貴様らを信用する心算はない。力を使うべきと判断すれば、この生命の総てを想い出と共に燃やし尽くして破滅をも砕いて消してやる。

 ……オレを同志と呼び、貴様らもまたその想いを通すならば精々好きにしろ」

 

 吐き捨てるようにそれだけを言い残し去っていくキャロル。その背に向かって大きく言葉をぶつけたのは響だった。

 

「――諦めないよ。世界を守護ることも、キャロルちゃんを消させないことも、私は――私たちは、絶対に諦めないからッ!!」

 

 それに返される言葉は無く、指令室の鉄の扉は音を立てて閉じ少女たちを隔てる。それでも、この言葉がきっと彼女の心へと届いていると信じて、ただ拳を握り締めていった。

 

 

 

 

 

 東京、レイラインの終着点付近である都庁の屋上。其処には一人の少女と、収音マイクやテレビカメラといった其処に佇む彼女にとっては見慣れた様々な機材からよく理解らない機械が持ち込まれていた。

 地球に残された時間は34時間。大きな動きが無かったからか、此処までとても静かに過ぎていったと思う。だが計測されるマイナスエネルギーの数値は明らかに上昇している以上、人々はその場に居る者とさえ上手く繋がれぬままに過ごして来たのだろうという事実が分かるようだった。

 屋上に佇み暗い空を見上げる少女・風鳴翼の下に、彼女が信を置く仲間たち――立花響らシンフォギア装者が歩み寄って来た。

 

「翼先輩、司令たちからの伝言です」

「レイライン・ネットワークは準備完了、エルフナインと大地おにーさんも準備万端だそうデス」

「そうか。ありがとう、二人とも」

 

 言伝を聴き、伝えてくれた調と切歌に笑顔で感謝を述べる翼。彼女に向かって、今度は響とクリスが言葉を続けていく。

 

「いよいよですね、翼さん」

「期待してんぜ、先輩」

「……そうだな。やるしか、ないものな」

「翼さん……?」

 

 蠢く漆黒の空を見上げ、翼が小さく一息吐く。胸中にあるモノは不安から焦燥へ……それは、普段彼女らの前では見せない表情だった。

 

「……どうしたんだよ先輩、らしくねーな」

「らしくない、か……。そうだな、少し考えてしまっていた」

「何をデスか?」

「【世界を一つにする歌】とは、なんであるのか……。あの時マリアは、何を想って歌っていたのだろうかと。

 そしてそれは、本当に私に歌えるものなのだろうかと……な」

 

 自分でも驚くほど素直に、翼は自信の胸中にある弱さを後輩たちに晒していた。マリア・カデンツァヴナ・イヴであればこそ起こせたであろう奇跡。その再現を為すのに、自分は本当に出来るのかと言う自信の無さ……ずっと封じ込めていた”泣き虫で弱虫な風鳴翼”が小さく顔を覗かせているようでもあった。

 そんな彼女を後ろから抱き締めてくれる優しい”彼女”はもう居ない。その背を叩き押す”彼”は未だ遠き闇の中。だが、彼女の前にはその手を繋いでくれる者たちがいた。何も言わずとも、求めずとも、彼女らは自然と――翼を支えるかのようにその手を握り締めていた。

 

「翼さんなら、絶対大丈夫ですッ! だって――」

「今や世界に羽撃きその名を渡らせる歌姫で、アタシらの一等自慢の先輩だ」

「私たちじゃ何の力にもなれないかも知れないけど……」

「マリアと一緒に楽しそうに歌うセンパイの姿は、よく知っているのデス!」

「みんな……」

「私、翼さんの歌に何度も力を貰いました。きっとそれはみんなも同じです。

 だから……翼さんのありのままの想いを届ければ、きっとみんな応えてくれます。だから――」

 

(だから、言っただろ? ――翼のやりたい事は、周りのみんなが助けてくれるってさ)

 

 響が言葉を言い終えるより前に、スッと立ち上がる翼。笑顔で見守る仲間……後輩たちを見回していく中で、”彼女”の笑顔を垣間見たような気がした。”彼女”の声が囁かれたような気がした。

 それだけで十分だった。声を放つことも呼び掛けることもない。ただのそれだけで、翼の心は強く固まって行く。何処までも羽撃いて往けると思えるのだから。

 

「……すまない、ありがとうみんな。私は私の、ありのままの想いを世界に届けるよ。露払い、よろしく頼む」

「任されましたッ! 絶対に、邪魔はさせませんッ!」

 

 響の言葉と共に一同が強く頷き合う。そして互いに背を向き合い、作戦位置についていく。

 

 其処はステージと言うにはあまりにも簡素な舞台。大した照明器具も無く大がかりなセットもない。翼は一人その中央に立ち、ただ時を待っていた。流れた時間は数分か、数秒か……片耳に付けたイヤホンマイクからエルフナインの声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。

 

『翼さん、其方は――』

「問題ない。始めてくれ」

『……了解しました。お願いしますッ!』

 

 移動本部から電力が送られ、機材が光を放っていく。同時に翼以外の装者たちがそれぞれの聖詠を謳い、シンフォギアを身に纏いフォニックゲインをコンバーター経由でエネルギーに変えてレイラインへと打ち放っていった。

 放たれた五色の光は白く混ざり合い、レイラインの流れに沿うかのように地球へと流れていく。無論それは地球の総てを回復させるほどの力など持ってはいない。だが、皆に翼の声や歌を届けるぐらいには足りるはずだ。エルフナインの立てた計測は正しく、且つ正確にエネルギーの道筋を定めることで世界各地のシェルターや家にある映像機器にのみ、輝きを蘇らせていった。

 

「見て、テレビが……ッ!」

「あれは……風鳴翼……?」

「良かった、無事だったのね……」

 

 何処からとも無く沸き立つ民衆の声。十数時間振りに見た輝きの中に映っていた日本の歌姫の姿を、世界中が注目していた。

 

 

 いつものコンサートライブのステージのような観衆は誰一人としていない。だが翼は己が肌で理解していた。それ以上の目線が、自分一人に向けられていた事を。圧し掛かる大きすぎる重圧に、”剣”であるこの身は折れそうになる。

 だがそれでいい。それもまた、己自身の感じた”ありのままの想い”なのだ。弱くて、脆くて、それでも世界を……みんなを守護りたいと願っている。その為にみんなの力を借りたいと思っている。包み隠す必要など何処にあるものか。ただ届ければいいのだ。生まれたままの、自らの感情を。

 

 意気込みと共に目を開き、カメラに向かって一礼する翼。言の葉は、其処から紡ぎ出されていった。

 

「……光が失われ、悪しき思いが空を覆う中……これを見ているみんなは、どんなことを想っているんでしょう。

 世界に破滅を齎す怪獣が現れ、多くの人が傷付いた。繋がりを絶たれてしまった。数多もの怒りが、悲しみが、憎しみが……この世界に溢れていると思います。

 今も絶望により立ち尽くし、その重圧に押し潰されそうになっている人もいるでしょう。

 この暗黒の空では、見ていた夢にも届かせれぬまま諦めてしまいそうになっている人も、いるかもしれません。

 ……私も同じです。描いてきた夢は、あの暗黒の空に覆い隠されてしまいました。心を繋いだ戦友(とも)たちは、あの漆黒の渦の中へと世界を守護る為にと飛び立っていきました。

 失意もあります。絶望だってしてきました。――でも、それでも私は歌いたい。例え光の見えぬ暗黒の中であろうとも、最後まで……一欠片でも希望を持って、みんなの為に歌いたい。だってそれが、私に”現在(いま)”と言う時間を与えてくれたみんなの為に、私が出来る唯一の事だから……」

 

 世界の人々が翼の言葉を聞き入るその時、彼女に向けて数多のドビシが襲い掛かって来た。破滅を齎す尖兵として、彼の者の存在を許してはならぬと言わんばかりに。だが――。

 

 モニターに広がる爆音と黒煙。目にしている者たちが更なる絶望に突き落とされそうになったその先に、風鳴翼は何ら変わることなく静かに佇んでいた。彼女の周りには少女らの歌が流れ、歌と共にドビシの群れと戦う者たちの姿が在った。

 機械仕掛けの金腕(アーム)を構える者。紅蓮の嚆矢を放つ銃把を固く握る者。異形なる緋翠の刃を重ね合わせる者たち。歌で人々を助けてきた者たちが、この場に揃っていたのだ。

 

「ビッキー……キネクリ先輩……きりしらちゃんたちも……ッ!」

「みんな、ちゃんと無事だったんですね……ッ!」

「ったくもー……。アニメじゃあるまいし、こんなカッコいい登場は無しでしょあの娘らッ!」

 

 歌姫に向けて襲い来る破滅の尖兵をなぎ倒していく少女たちや大人たちの姿に、その中心に居る翼の姿に、人々は小さくとも確実に笑顔を取り戻していた。絶望の暗雲の中に、一筋の光を見出し始めていた。

 翼の言葉は続く。残す時間は僅かだが、その中に精一杯の想いを込めて。

 

「私たちは歌う。最後まで希望を持って、それを歌にして世界を覆う破滅と戦い抜く。……だけど、私たちの歌だけでは世界の全てを救うことが出来ない。だから、みんなにも力を貸して欲しいッ!

 以前の月の落下事件の時のように……みんなの胸の内にある、本当に大切なものへの想いを、希望の欠片を歌にして、私たちと一緒に奏で歌って欲しいッ!

 それが、今もあの闇の渦の中でこの世界を守護ろうと抗い続けているウルトラマンたちの力にもなるのだから……ッ!

  ――私たちみんなの歌で、もう一度ウルトラマンたちがみんなと共に戦う事が出来るのだからッ!!」

 

 その言葉にざわめきが増す。何時か何処かで誰かが言っていた虚言……ウルトラマンの死と敗北。それを世界に羽撃く歌姫が真っ向から否定していったのだから。

 子供たちは心を昂らせて周囲の大人に豪語する。『ウルトラマンは負けない、絶対に帰って来てくれるんだ』と。そんな無垢な子供らに釣られるように周りの大人たちもその心に光を宿していく。奇跡と言う夢物語を信じるようになっていったのだ。

 世界中で高まる流れ、それを今の翼が知る由は無いが、皆の心に希望を与えられたことを信じて最後の言葉を贈るように放つ。

 

「私の不器用な言葉で何かを感じてくれるなら、本当に喜ばしく思う。もしそうであるならば、私からの此度最後の言葉を送ります。

 ――みんな、『生きることを、諦めないで』」

 

 炸裂する光が交錯する中、翼が言葉の終わりと共に大きく一礼し、振り返った。流れ出すは、衆目には聞き馴染みの無い曲――天羽々斬の起動聖詠。同時に奮われた蒼き雷迅が数十匹のドビシを両断したと同時に、青い光に包まれた翼は既にその場から消え去っていた。

 被写体の居なくなったカメラは、昏く蠢く空にて輝きを纏い歌を歌いながら破滅の尖兵を打ち倒していく者たちの映像を送り続けていた。

 

 

 

 

 シンフォギアを纏って地上に降り立った翼。其処へ真っ先に駆けつけたのは響だった。

 

「翼さん、スピーチお疲れさまでしたッ! もー感動モノでしたよッ!!」

「……茶化さないの。エルフナイン、現状は?」

『地球を覆うマイナスエネルギーの量に未だ大きな変化は見られません! ですが、その発生量は確実に減っていますッ! 翼さんの言葉が、みなさんの歌が、世界中の人たちの心を揺さぶったんですッ!』

「そうか……ッ!」

 

 やはり素直に嬉しいのか、顔を綻ばせ笑顔になる翼。釣られて笑顔になった響が、すぐに彼女の手を引いて走りだした。

 

「行きましょう翼さんッ! 私たちのやるべきことは、まだ終わっちゃいませんッ!!」

「そうだな、我らの舞台はこれからだッ!!」

 

 響が脚部のバンカーで跳ねながら、翼は脚部ブレードに内蔵されたスラスターを吹かせながら埠頭に向かいひた走る。襲い来るドビシの群れを払い除けながら進む途中で、同じ場所を目指す仲間たちと合流した。

 クリスは自らの生み出した大型ミサイルに乗り、切歌は腕部のアーマーから伸びる鎖で器用に建物の間を飛び回り、調は禁月輪のままで真っ直ぐ走行していた。調の後には、大地が乗っていた。

 

「おせーッスよ先輩ッ!」

「すまんな、慣れぬトークライブだったんだ。多少の遅れはこの場で取り戻すさ」

「でも翼センパイ、カッコ良かったデスッ!」

「本当にねッ! さすが現役アーティスト、映されるってことに慣れてるよなぁ。俺たちなんか――っとぉ!?」

「全速力だから、あんまり余所見してると振り落ちちゃうよ大地お兄さん」

「了解、言ってる傍からヤツらも来るしねッ!」

 

 其々が撃ち、砕き、斬り裂きながらドビシの群れを掃い突き進む。やがて見えてきた埠頭に待機していた移動本部、その甲板にすぐに飛び乗り、指定されていた射出口に入り込む。響とクリス、調と切歌、翼は大地と其々の搭乗口に乗り込んだ。すぐさまアームドギアを収めシートベルトを装着、流れるような作業を終えた後、全員が確認を取り合うと大地がすぐに本部ブリッジへと伝えていった。

 

「装者一同及び大空大地、射出準備完了ッ!」

『了解ッ! 射出しますッ!!』

 

 ブリッジで藤尭が出動用ポッドとバンカーバスターミサイルの射出コードを入力、一切の躊躇いや間を置かず即座に起動する。炎を吹きだした出動用ポッドは数秒も経たぬうちに最高速度へと到達。群がるドビシを弾きながら三本の矢のようにポッドが合体し、闇の渦の中心部へと突進していった。

 そんな希望を湛えたポッドを発見したからか、地底からはザイゴーグが、海からはコダラーが、空からはシラリーが現れた。

 

「やはり邪魔をしに来るかッ!! 大空さん、距離はッ!!」

「残り1,200ッ!!」

『バンカーバスターミサイル、目標変更ッ! 加速吶喊ッ!!』

 

 藤尭の声と共に数発のバンカーバスターミサイルが軌道を変え、更なる加速を以てコダラーとシラリー、ザイゴーグに向けて吶喊した。元より核攻撃ですら効かない相手なのは理解っているが、そんなことは些細な問題だ。僅かな足止めにさえなればそれで良いのだから。

 だがコダラーの電撃とシラリーの火炎、ザイゴーグの光線はバンカーバスターミサイルをそもそも寄せ付けず、着弾する間もなく全弾破壊していった。

 

「全部撃ち落とすとか、そんなクリスセンパイみたいなことをやるデスかッ!」

「それでも振り切るしかない……なんとしてもッ!」

「目標距離まで残り1,000ッ! 予定より早いけど、使うなら今しかないか……ッ!?」

「ふんわり考え事してる暇はねぇだろうがよッ!!」

「雪音の言う通りだな……。コイツらを越えて往かねばならんことに変わりはないッ!!」

「だったらやろうッ! イグナイトモジュールッ! オールセーフティリリィィィィスッ!!!」

「フォニックゲインコンバーター全開ッ! イグナイトの力を推力に変えてぇッ!!」

 

 五人の装者が魔剣ダインスレイフの力を宿す決戦用ブースター・イグナイトモジュールを起動、即座に全セーフティを解除しフェイズ:ルベドへと移行させる。そこから発生した爆発的なフォニックゲインを大地がその場で操作し、推進力へと変換していく。

 ポッドは爆発的な加速を見せ、コダラーは勿論シラリーをも頭一つ追い抜き始める。だが大きく羽撃いたシラリーは、すぐにポッドに追いつき併走する形となった。

 

「まだ追い縋る……立ち塞がれるッ!?」

「距離残り500ッ! もうすぐ其処だって言うのに……ッ!」

 

 同じくブリッジでモニターしていた藤尭とあおいも叫ぶように現状を声に出す。未来やエルフナインはただ両手を握りしめていた。それは世界中の人も……誰から始めたかは知らなければ誰もが同じように両手を握っていたわけでもないが、唯一の映像の先へ想いを込めていた。

 誰しもが胸の内にある本当に大切なものを想う、心からの歌を奏でながら――。

 

「……フォニックゲインの量が更に上昇。世界中から、少しずつだけど……」

「なるほど、言うだけのことは有る。コレが――」

「70億の、絶唱……」

 

 ブリッジに居るキャロルやメフィラス星人も、不意に圧巻の声を洩らす。世界中から漏れだした小さな光の粒が、全て漆黒の渦へと向かっていた。だがそれは、やや無軌道でバラバラでもある。しかし、そんなものは――!

 

「S2CAッ!! みんなの歌は、私が束ねてッ!!!」

「響ちゃんの束ねたフォニックゲインは、俺が更なる推力へと変えるッ!!」

「みんなの想いと一緒に進むこの舟はッ!」

「もう絶対に止められやしないのデスッ!!」

「全力全開のフルストレートッ! これ以上はねぇぇッ!!」

「故に届かせるッ!! マリアの、ゼロの、皆の下へッ!!!」

 

「響……みんなッ! いっちゃえええええええッ!!!」

『いいぃっっけえええええええええッ!!!!』

 

 光を纏う槍となって突進するポッド。その速度は徐々にだが確実に、遂にシラリーを追い抜いて突き放す。だがそれをさせんとばかりに口から爆炎を吐き出すシラリー。その爆炎に包まれ、ポッドは其処で四散した。

 

 

 

 誰もが絶望に溺れかけた。

 誰もが諦観に流されかけた。

 無理もない。思い知らされたのだ、届かなかったのだと。

 

 だが……だがそれでも、

 人々は手放さなかった。

 希望の欠片を。それが奏でる、自分自身の胸の歌を。

 生きることを――未来(あした)を生きる為の現在(いま)を諦めないことを。

 

 

 

 破滅の化身が跋扈する世界に、少女らの歌が流れ出した。

 其処へ集いし希望の欠片は、やがて大きな光と化していく。

 一つの大きな光は六つに分かれ、大地へと立ち並んだ。

 その光の中にあったのは、世界中が待ち望んでいた六人の巨大なる勇姿。

 世界中が信じ貫いた、赤と銀の身体を持つ光の戦士。

 

 世界が絶望に飲まれかけた瞬間、その光は歌と共に帰って来た――。

 

 

 

 

EPISODE25

【絶唱光臨】

 

 

 

end…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 26 【銀河に煌めく金色の華】 -A-

 破滅の爆炎は確かに希望を乗せた船を飲み込み、奇跡へ手を伸ばす者たちを砕いたはずだった。だが、あの瞬間……。

 

「ポッド展開ッ! 出動態勢ッ!」

「シュルシャガナで盾にッ!」

「イガリマでみんなを繋いでェッ!」

「天羽々斬で翼を為しッ!」

「イチイバルでブッ飛ばすッ!」

「絶対に届かせるッ! ガぁングニィィィィィルッ!!」

 

 即興で作り出した五つのアームドギアの合体した飛翔形態。爆散するポッドを貫いたそれは、ほんの僅かな――遠目だと視認すら不可能なほどのか細い光の線となり渦の中に消えていった。

 伸びる闇の手を振り払った先に見えた目標地点……一枚のヘキサゴンウォールに守護られながら、バラージの盾は淡い白銀の光を湛えながら其処に鎮座していた。最早形振りなど構わず必死に手を伸ばす。ただ伸ばす。すぐそこに在る親愛なるものたちの手を掴み取る為に。

 そうして伸ばした手はやがて、一斉にバラージの盾に触れていく。振れた掌から石の盾へ、脈打つように光が沁み渡って往く。そして――

 

(みんな、必ず来てくれると信じてた……ッ!!)

 

 覚えのある声に反応して目を開くと、水のように流れる光の中に、絆を繋ぎし救世の英雄――マリア・カデンツァヴナ・イヴが佇んでいた。

 

「マリアッ!!」

「マリアぁぁッ!!」

 

 真っ先に飛び出した調と切歌と抱き締めるマリア。その優しい笑顔は何ら変わることが無くその身の無事を示しているようだ。響たちもすぐに駆け寄り空いた手を握り締めていく。

 

「マリアさんッ!! よかった……ッ!」

「思ったよりも、元気そうじゃねぇか」

「息災ならば何よりだ。……まったく、私にあんな重責を託すなど」

「ゴメンね翼。でも、あんな事を託せるのは貴女しか居なかったから。……それに、今の状況を無事と言うには、ちょっと厳しいわね」

 

 マリアの言葉と共に光の中に映像が映し出される。其処には闇に侵食されて上半身だけが露出している状態のウルトラマンたちが居た。

 

「エックスッ! みんなも……ッ!!」

「みんな闇の侵蝕を受けてしまったわ……。私はこのバラージの盾とフィーネの力で、辛うじて”私”と言う確固たる意識を保てているだけに過ぎない。それも他のウルトラマンたちと繋ぎながらだから、私自身いつ闇に侵食されてもおかしくは無いわ」

「だったら一刻も早く、みなさんを取り戻さないといけませんねッ! もちろんマリアさんも一緒にッ!」

 

 響の言葉に全員が頷く。此処に居る者は皆、その為に此処まで来たのだから。届かせたのだから。そんな彼女らの力強さを確かめると共に小さく微笑むマリア。そして想う。これもまた、みんなが居たからこそ起こせた”安い奇跡”なのだろうと。

 

「みんな、私の手を握って。そして強く想うの。みんなと共に在った、ウルトラマン(大切な仲間)の事を。そうすれば光は、絆は必ず繋がれるッ!

 ――いいえ、私が繋ぐッ!!」

 

 マリアの言葉を受け、全員が首肯と共に彼女の手を握っていく。そして目を閉じ、自分たちと絆を繋いだウルトラマンを想った。強く……ただひたすらに強く。

 マリアを含む装者たち全員の胸のマイクユニットが青い輝きを放っていく。それは先ほど大地が説明した、シンフォギアに宿ったウルトラマンたちのサイバーカードだった。

 マリアの顔に、いや全身に血脈のように赤いラインが浮かび上がり、その胸部には変身した己が身と同じエナジーコアが輝き鼓動している。その鼓動が響に、翼に、クリスに、調に、切歌に、そして大地に流れ交わり繋がっていく。

 閉じた目の中に赤い光が流れ込むと、それぞれの意識は己が心を繋いだ者の下へと飛んで行った。

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼は居た。

 運命的な出会いを果たし、青年とユナイトを果たした未知なる超人。幾多の苦難を共に乗り越え、青年は現実に打ちのめされること無く夢への道を歩んでいる。それは全て、彼との出会いと共に歩んだ道のりがあったからだった。

 

「エックスッ! お前の言ってくれた通り、俺は彼女たちと力をユナイトして此処まで来ることが出来たッ! みんなが俺を、仲間と認めてくれたんだッ!!

 そんな世界、守護らなきゃいけないよなッ! お前の無事を想って待ってる、エルフナインちゃんの為にもッ!!」

「大、地……。エル、フ……ナイン……」

「俺はエックスに何度も助けて貰ったッ! だからエックスのピンチには絶対に駆けつけるッ! 何度でも助け出し、力を貸すッ!

 だから、また一緒にユナイトしようッ!! エックスがこの世界で得た、本当に大切なものを守護る為にッ!!!」

 

 ジオデバイザーをエックスに向けて突き出す大地。その中に秘されたエクスラッガーのデータが起動を始め、大地とエックスを繋ぐ虹となってカラータイマーへと吸い込まれていく。その光が彼の身体を駆け巡ると、やがてその全身に光が戻りゆく。そして闇に奪われたと思われていた二つの光……ウルトラマンとウルトラマンティガのサイバーカードが自らを縛る闇をX字に斬り裂き弾き飛ばした。

 そして闇の中で輝きながら佇むエックス。彼は大地に目を向け、強く感謝の言葉を贈った。

 

「……ありがとう大地。君は、私の最高のパートナーだッ!」

「ああッ!」

 

 最高の笑顔で返す大地。その手に握られていたジオデバイザーは銀色から以前の金色に戻り、エックスとの繋がりを示すエクスデバイザーへと再度変化されていた。

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼は居た。

 初めてこの地球に降り立った光の巨人。口が達者で、自信と不遜に溢れておりながらも仲間を何処までも信じ貫く強さと優しさを持つ者。互いに弱い自分を見せあった彼とは、友と呼べる者の中でも一線を画しているだろう。

 そんな彼に向けて放つ言葉は、自分でも不思議なぐらい気安いものだった。まるで、あの日散った片翼に向けるかのように。

 

「……ゼロ、来たぞ。お前になんでも出来ると唆されて、本当に身に余る事を成してまで此処まで来た。まったく、私の友はみんな私に無茶ばかり強いて来る。奏も、マリアも、……そしてお前もだ。

 だが、こんなところで止まってなどいられないだろう? お前はそういうヤツだ。どんな暗黒に囚われようとも、自らの力でその運命を切り開いていけるッ!」

 

 彼は答えない。それほどまでに深く侵食されたのかもしれない。だが心配は無い。出来る筈がない。何故ならば、彼がこの身に『なんでも出来る』と信じて無茶を振ったように、彼女もまた彼ならば『なんでも出来る』と信じているからだ。

 だからこそその呼びかけも、彼を焚きつけるようなものになるのも必然だった。

 

「ゼロ、お前と共に飛んだ空が、お前と共に在る事で見出した新たな未来(そら)が奪われようとしているんだ。そんなこと、捨て置けるはずが無いだろうッ!

 ならば為すべき事は一つ……ただ一つのはずだッ!!」

(――そうだ。俺は……俺は、まだ……ッ!)

 

 天羽々斬から放たれる蒼い輝きがゼロのカラータイマーへと繋がっていく。其処から響いてくるのは、絶望の雨の中でこの背を推してくれた、異世界の仲間たちの励ましの声だった。

 

(進めッ!) (進めッ!) (進めッ!) (進めッ!)

「私と共に――」

(――お前と、一緒に……ッ!!)

 

 

  進めッ! ウルトラマンゼロッ!!

 

 

 赤と青の身体に光が漲り、その身に纏わりつく闇を弾き飛ばして、ウルトラマンゼロが風鳴翼の前に膝を付き座る。それはまるで、初めて会ったあの日のように。

 

「あの日お前は言ったな。私とお前、想いが合わさればどこまでだって行ける。どんな敵でも倒せる、と」

「――ヘッ、今でもそう思っているさ」

「フッ……ならば最後の戦場、共に飛ぶぞッ! ウルトラマンゼロッ!!」

「応よォッ!!!」

 

 闇の中で光が強く高まり出す。翼の左腕に嵌められていた石化したブレスレットは砕け、その輝きを取り戻していた。

 

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼は居た。

 暖かな笑みで、ずっと傍で見守っていてくれた人。余りにも不器用なこの身にさえも、傍にある光として時に守護り、時に背を押してくれた人。誰もが何処か忘れかけている、愛と勇気を教えてくれた遠くの星から来た男。

 クリスは悩んだ。一体彼に向けて、何を呼び掛ければ良いのかと。何を伝えれば彼を闇から取り戻せられるのかと。僅かな時間が何十倍にも感じられる悩みの中で、彼女は一つの答えに到達する。それは、矢的猛と言う”教師”を心より信頼しているからこそ出せた答えだった。

 

「……センセイ、教えてくれよ。今まで一緒に戦ってきて、本当にアタシなんかでセンセイの役に立てれてたのかい? アタシの歌が、本当にみんなの笑顔を守護る力になれてたのかな……?

 センセイと一緒に戦ってきて、色んな事を教わって、センセイの古い話も聴かせてもらって、アタシも腹の内を曝け出して……」

(クリ、ス……)

「センセイは何度もアタシを選んで良かったと言ってくれたッ! アタシの馬鹿な未来(ゆめ)を真正面から受け止めてくれて、その為にどう進めばいいのか一緒に考えてくれたッ! ……アタシはその言葉を信じてる。センセイを信じてるッ! だから応えてくれよッ!

 ウルトラマン80……アタシの、ウルトラマン……ッ! 矢的先生ェェェェェェッ!!!」

 

 クリスの叫びと共に胸のマイクユニットから蒼い光が放たれ、80のカラータイマーに繋がっていく。そして彼を蝕む闇の中……矢的猛の前に一人の青年が現れた。

 

「君は……」

『俺は礼堂ヒカル。ウルトラマンギンガと一緒に戦っているんだ。

 アンタの事はタロウから教えてもらってた。誰かを教え導く教師であり、大切なものを守護り抜くウルトラマンでもある、誇るべき義弟(おとうと)なんだってな。

 アンタとあの娘を見てると思い出すんだ。俺にも大切な想い出の詰まった学校があって、それを愛する人たちがたくさん居て……。悪い想いに心を囚われてた人もいたけど、みんなあの学校に戻った時、未来(ゆめ)を思い出してまた前に進んでいった。それは、俺も同じだった』

「――ああ、私もそうだった。想い出と向き合う事で、私はまた一歩前に進めた。そしてそれは、きっとあの娘も同じ事を想うようになっていくんだろう」

 

 猛の言葉を聞いて、嬉しそうに己が拳を突き出すヒカル。明るい笑顔ではにかみながら、言葉を放っていった。

 

『応えてやろうぜ、アンタの大切な生徒にさ。俺がお世話になった大事な先生も、愛と勇気でスッゲェ奇跡を起こしたんだ。だからアンタもきっと――』

 

 ヒカルの言葉を聞き終える前に、猛が彼の拳に自分の拳を軽く打ち付ける。そして強く、言葉を返していった。

 

「無論だ。何故なら私は、ウルトラマン先生なのだからッ!」

 

 

 青い光がカラータイマーに吸い込まれ、脈動のように80の全身へ広がっていく。そしてその身体が七色に強く輝いた瞬間、囚われていた彼の姿が消え去っていた。

 一瞬戸惑い、左右を見回すクリス。そんな彼女の頭を、正面から優しく撫でる者がいた。見上げた先には、もう何度も目にして来たあの優しい笑顔が其処に在った。

 

「矢的、先生……」

「クリス、知っていたかい? 私がいつもこうして微笑んで居られるのは、一番傍で大好きなクリスの歌を聴いていられたからなんだよ」

「――ッ!? バッ、こんな時に何言ってんだよォッ!!」

 

 不意打ちで放たれた猛からの”答え”に、思わず赤面して顔を背けるクリス。だが頭は撫でられたままなのは、本気の拒絶ではないからだろう。その証拠と言わんばかりに、石化していたクリスの持つブライトスティックが光と共に元の姿を取り戻していったのだから。

 

『……二人とも、良い顔してるぜッ!』

 

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼は居た。

 時に厳しく時に優しく、時に大人らしく時に子供っぽく……無垢な心を守護る為に己が存在を捨ててまで戦い抜いた男。無鉄砲で、頑固で、意地っ張りで……それでもいつだって明るさを振りまいていた男が。

 

「星司おじさん……」

 

 心配そうに声をかける調。無理もない。ウルトラマンエースは、北斗星司は今、光を失いその身体のほとんどを闇に飲み込まれていたのだから。

 間近でその姿を見てしまったからかその顔は不安に染まり、その手は小さく震えていた。そんな彼女の手を、隣にいる切歌が強く握り締める。

 

「切ちゃん……」

「……大丈夫、アタシも凄く震えてるデス。せっかくここまで来たのに、星司おじさんやみんなを助けられなかったら、って思うと迷っちゃって……。

 こんなんじゃ駄目だってのは理解ってるんデスけどね。こんな想いじゃ、大好きな人たちも守護れない……」

「うん……。でも、こうして手を取り合えば迷いは少しでも拭えるよね。それに、私たちは守りたい誰かも護りたい何かも理解ってる。一人じゃ難しい事でも――」

「――アタシたち二人が手を重ねれば、届かせることが出来る。遠く輝く、夜空の星にだって」

 

 いつしか震えは止まり、二人顔を見合わせて笑顔で首肯する。そして闇に蝕まれ光を失った彼に向けて大きく声を放っていった。

 

「星司おじさん、あの時約束したよねッ! 今は私たち二人が、星司おじさんを支えるんだってッ!!」

「だからココまで来れたデスッ! 星司おじさんを助ける為に……支える為にッ!!」

「だって私たちはおじさんが大好きだからッ! おじさんには、本当に感謝しているからッ!!」

「おじさんからは大切なことをたっくさん教えてもらったデスッ!! まるで、本当の【お父さん】のようなあったかさをくれたデスッ!! ……だからッ!!」

「「――(アタシ)たちは最後まで、星司おじさんと一緒にみんなの未来(えがお)を守護りぬくんです(デス)ッ!!!

 だから起きて……ウルトラマンエースゥゥゥゥッ!!!」」

 

 調と切歌の言葉と共に、二人のマイクユニットから小さな青い光が放たれる。光はエースのカラータイマーに向かう最中で交錯し、一つの光となって飲み込まれた。そして星司の前に、一人の男の姿となって表れた。その男を、星司は知っていた。

 

「お前はショウ……ビクトリー」

『ウルトラマンエース、俺も貴方と一緒に戦わせてもらったから分かります。貴方の強さと優しさを。

 かけがえのない仲間の存在……守護るべきものの存在。それが俺を強くしてくれた。ビクトリアンと言うただの種族の肩書ではなく、同じ地球(ほし)に生きる生命として本当に大切なものがなんなのかを、俺は知ることが出来た』

「……あの娘たちもそうだな。本当に大事なものを見出したからこそ、俺を支えられるまでに強くなった。

 俺が教えられたことなんて本当に些細なことでしかない。それを自分たちの手で掴み取ったからこそ、俺と共に立つ為に此処まで来れたんだろう」

 

 何処か感慨深そうに話す星司に、ショウは微笑みながらその手をそっと突き出した。

 

『片鱗ではありますが、俺の力を使ってください。そして、この世界を守護る為に――立てッ! 撃てッ! ()れッ! 貴方はウルトラマンエース……この宇宙のエースなのだからッ!!』

「――おう、任せておけッ!!」

 

 ガッシリとショウの手を掴む星司。するとエースの身体に光が走り、纏わりつく闇がVの字に斬り裂かれ光と共にウルトラマンエースは北斗星司へと姿を変えた。その姿を見た瞬間、感極まったのか調と切歌が勢いよく星司に抱き付いてきた。

 

「……二人とも、スマンな。心配かけてしまっ――」

「心配なんか、全ッ然してなかったデスよッ!」

「だって、星司おじさんは私たちのウルトラマンだから。絶対に無事だって、信じてたから」

 

 星司を見上げた二人の顔は、満面の笑顔だった。眼尻に涙を浮かべながらも、その笑顔を崩そうとはしなかった。『笑顔が齎す力を忘れるな』と言った、自分の言葉を体現するかのように。

 

「調……切歌……」

「それよりおじさん、アタシたちお腹が減ったデスッ!」

「なにいッ!? ちゃんと飯食ってなかったのかお前らッ!?」

「一応食べたんだけど……おじさんのパンが食べたくて、少し量を減らして我慢してたの」

「――まったくお前らときたら……。

 よぉっしッ! それじゃこんな戦いはさっさと終わらせてやるかッ! 調の好きなチョココロネも切歌の好きなメロンパンも、あとで腹一杯食わせてやるからなッ!!」

 

 言いながら星司もまた力を込めて二人を抱き締める。その光景はまるで、本当の”親子”であるかのように――。

 

『……ご武運を』

 

 少女らに付けられていた番いの指輪は、小さな青い光が触れた瞬間その光を取り戻し輝き始めていた。

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼は居た。

 この身を選び、この身に宿った地球そのものの生命の光。それが生み出した、地球のウルトラマン。我が身から離れた光は永遠の名を持つ巫女と共にこの地球(ほし)自身を守護る為に飛び立っていき、今は闇にその身を縛られていた。

 響は今一度思う。ヒーローとは、英雄とは一体なんであるのかを。その信念、行動、結果……その何れが示す名なのかと。自分の胸の内に秘めた歌から読み取られた願望……誰かを助け守護れるものでありたいという想い。”シンフォギア”という存在、そして”ウルトラマン”という存在は、それを為し遂げる為の力だと響は思っていた。

 故に英雄(ヒーロー)という肩書きは、”立花響”ではなく”ウルトラマンガイア”に向けられるべきものだと考えていた。だが……。

 

『迷っているのか。自分自身が英雄(ヒーロー)となることに』

「あなたは……?」

 

 自らのマイクユニットから出て来た青い光が具現化する。現れたのは一人の青年だった。厳しい顔付きが崩れることは無いが、その内に優しさを秘めていることも理解できる。何処かそんな風に思えていた。

 

『私はウルトラマンマックス。この姿はかつて私と共に戦い、自らの力で未来を掴み取った青年の姿を借りている』

「ウルトラマン、マックス……さん」

『この世界の未来は閉ざされようとしている。だが君は、君たちは決して諦めてはいない。だからこそ辿り着いた場所がある。

 決して投げ出さなかったからこそ、君のその手は希望を掴み取って来たんだ』

 

 彼に言われ、己が掌を見る響。その手で掴んできたものは、ある一人の少女を発端として本当に多くのものを掴んで来たと思う。親友、憧れの人、敵だった相手、助けを求めていた者、涙を流していた者、そして家族……。だがそれは、同時に多くのモノを取りこぼして来たとも言える。どれだけ必死に手を伸ばしても届かなかったものもある。人の身であっても、ウルトラマンであっても。

 ただ自分で理解っていることはただ一つ。たとえ何度取りこぼしてしまっても、その度に涙を流してしまおうとも……其れさえも強さに変えて、掴み取るべき未来(あした)をいま精一杯目指すのだということ。

 揺るぎは無い。その想いを込めて拳を握る。そして向き合うガイアに、その奥底に居るフィーネ――櫻井了子に向かって呼び掛けた。

 

「了子さん、ありがとうございますッ!! 了子さんたちが現在(いま)を守護ってくれたおかげで、私たちは此処まで辿り着くことが出来ましたッ!!」

(響、ちゃん……)

「了子さんとマリアさんが時間を稼いでくれている間、色んなことが起きました。私たちを助けてくれた別の世界の人たち、みんなの居場所を守護ろうとしてくれた怪獣、翼さんの呼び掛けで希望を奏でてくれた人たち……。みんなが、私たちの力になってくれました。それで私、思ったんです。未来(あした)の為に現在(いま)を生きることを諦めないみんなこそが、本当の英雄(ヒーロー)なんじゃないかなって……。

 みんな、本当に大切なものと一緒にいる未来(あした)を生きていたい。私も、みんなが手を取り合えるような幸せな未来(あした)が欲しいッ!

 だから私は何度でも歌いますッ! 頑張りますッ! 戦いますッ! そしてあの、ひとりぼっちの赤い靴の女の子から託された願いを叶える為に――”人助け”を、する為にッ!!

 もう一度私に、みんなと一緒に未来(あした)を守護れる力をくださいッ!! 了子さぁぁんッ!!!」

 

 響の叫びに応えるように、マックスがその身を再度青いエネルギー体と化しガイアのライフゲージへと飛び込んでいった。そして闇の中に佇むフィーネと、彼は相対する。

 

『聞こえただろう、アレが彼女の出した答えだ』

「……本当に馬鹿な娘。なんであんなにも簡単に言ってのけられるのかしら」

『【信じる】ことを何よりも信じている。単純にそれだけだ。

 永遠の刹那を生きた君ならば理解るだろう。昔も今でも変わらない、純粋なる心の祈り……誰かの為、自分の為にその生命(いのち)の限りを生きる時にこみ上げてくる力を。進むときに見えて来る光を』

「そう……ええ、そうかもね……」

 

 マックスの言葉を肯定すると同時に、ガイアの肉体へ光が迸っていく。まるで太陽のように爆ぜた闇の中から赤い光が響の中に吸い込まれた。熱く燃えるような脈動はまるでマグマの如く、その暖かく大いなる力を響は己が心で感じていた。

 彼女の眼前には、巫女装束を纏ったフィーネが佇んでいた。

 

「了子さん……」

「……ありがとう、響ちゃん。みんなの未来(あした)はあなたたちに託すわ。……【あの子】のこと、助けてあげてね」

「――ハイッ!!」

 

 響の力強い返事と共に消え往くフィーネ。決意を込めた響の手中には、輝きを取り戻したエスプレンダーが握られていた。

 

 

 

 

 見開いた眼の先に、彼女たちは居た。

 五人のシンフォギア装者と、一人の他次元の地球防衛隊員。そして実体化している三人のウルトラマン。マリアの目に映る先には、奇跡を纏いし少女らと光の巨人と言う大切な仲間たちの姿が其処に在った。

 

「みんな……!」

 

 それ以上の言葉は無く、ただ首肯で全てが理解る。皆が無事に帰って来たと言うことを。だが同時に、バラージの盾から見える外の状況は悪化の一途を辿っていた。

 要石のような存在であったウルトラマンたちが離れたことで破滅位相……異形の海の侵蝕は一気に進み、地球との融合を加速度的に押し進めていた。炎を吐きながら空を舞うシラリー、海を禍々しながら進むコダラー、陸地を地獄のように融かしながら歩むザイゴーグ。喪失までのカウントダウンは一気に進んでいた。

 爆裂と暴虐と劫火に包まれる世界。それを目にし、マリアの心に悲哀が沸き起こる。救いたいと願いながらも、蹂躙される世界を見ているしか出来ないのだから。まるで、この光に触れた最初の日のように――。

 

 そう思った瞬間、マリアの思考の中に声が聞こえてきた。たった一つの声が、あの時よりもハッキリと。

 

 【諦めるな】

 

 その言葉が示すものは、自らに向かって小さくとも集まり往く光の粒……世界中の人々が奏でている希望の欠片。”70億の絶唱”だった。

 

「――聞こえる。世界(みんな)の、歌が……」

「はいッ! 翼さんの言葉に応えてくれた世界(みんな)ですッ!」

 

 希望の欠片が集まっていくと共に、全員が集う盾の内部が輝きに満たされていく。強く、更に強く。輝きと共に自らの力が高まっていくのが理解る。与えられた記憶から識っていた。『バラージの盾とは、すべての人々の心の中にある輝きである』のだと。それこそが、未来(きぼう)の光なのだと。

 沸き上がる光。高まる力。奇跡は今此処に為し得たのだと確信する。そして皆が目を合わせ、絶望に侵蝕される世界に向けて……否、絶望の最中でも諦めず希望を抱え奏で唄う世界に向けて、彼女ら自身の胸の歌を歌い出した。

 

 

 聖詠が希望の欠片と繋がり合い、大きな光へと変わっていく。その光の中、高まる力と共に少女らが纏うシンフォギアも更なるものへと変えていく。

 同時に皆が、それぞれ光の戦士より託されたものを構え、強く高らかに叫び上げた。

 

「ゼロォォォォォォォッ!!!」

「エイッティィィィィィッ!!!」

「「ウルトラァァァッ!! タァァァァァッチッ!!!」」

「ネクサァァァァァスッ!!!」

「ガァイアアアアァァァァッ!!!」

「エックスゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 一つの大きな光は六つに分かれ、大地へと立ち並んだ。

 その光の中にあったのは、世界中が待ち望んでいた六人の巨大なる勇姿。

 世界中が信じ貫いた、赤と銀の身体を持つ光の戦士。

 

 世界が絶望に飲まれかけた瞬間、その光は歌と共に帰って来た。

 その声は何処から出たのかは理解らない。だが誰かが叫んでいた。やがて誰もが叫んでいた。この絶望を、破滅を討ち払う唯一絶対の希望の象徴――『ウルトラマン』という名を。

 

 

 

EPISODE26

【銀河に煌めく金色の華】

 

 

 

「みんなァ、待たせたなァッ!!!」

 

 高らかに叫ぶウルトラマンゼロ。たったその一言で世界中から歓声が沸く。ウルトラマンの中では異例とも言えるほど、多くの人と近い距離で言葉を交わしてきたゼロだからこそ、この一言には途轍もない効果があった。

 

「装者六人と大空大地隊員の反応を確認ッ!! 再一体化に成功した模様ですッ!!」

「ユナイト係数は――ウルトラギアのコンバイン無しで200越えッ!? でも心象同化は見られないなんて……ッ!!」

「各装者のフォニックゲイン量、通常の数百倍……。エクスドライブと同等かそれ以上の――ッ!!」

 

 藤尭、あおい、エルフナインがそれぞれ歓喜と驚愕に包まれながらみんなの状態を読み上げていく。奇跡の体現を目にし、世界中が希望の光を更に輝かせたことが理由だろうが、机上論を遥かに超えて来る事態にやや戸惑う部分もあった。

 だがそれ故に確信できる。勝利という名の終結を。

 

 またその一方で、輝かしい状況を眺めつつ自ら端に立っていたメフィラス星人が不意に小さく呟きだす。それを耳にしたのは、偶然隣に居た未来だった。彼女も慌ただしくなったブリッジで居場所を失くし、自身を端に追いやっていたのだ。

 

「……資格、か」

「……どうか、したんですか?」

「キャロル・マールス・ディーンハイムに言われた言葉……『この世界を手中に収める”資格”』と言うモノがなんであるか、少しばかり考えていた。

 それこそが私がとある一人の同胞から聞いた、そして立花響が口にし、世界中より集め束ねた【本当に大事なもの】であるのかも知れん、と」

「【本当に、大事なもの】……?」

「そうだ。思えば私がこの地球に、その中でも立花響と小日向未来……君たちに固執していたのも、不揃いでありながらも常に寄り添うように生きている君たちならば、それがなんであるか知っていたからなのではないかと考えた。そしてそれは、地球を我が手に収めれば私にも理解できるモノなのだろうともね。

 だから私は、それを知るであろう君たちに地球の譲渡を持ちかけた。結果は予想した通りだったが、だからこそ私は挑戦のし甲斐があると思ったのかも知れん。

 嗤ってくれたまえ。私は地球人よりも遥かに優れた叡智と科学と力を持ち、幾度も観察を重ねながらもなお、地球人にとって【本当に大事なもの】とは何かすら理解らぬまま此処に居るのだ」

 

 滑稽たる我が身を嗤うメフィラス星人。だがそれを聴いていた未来は決して笑おうとせず、逆に優しい微笑みを彼へ向けていた。哀れみではなく、同情でもなく……どちらかと言うならば、友人たちに向けるそれに近いものだった。

 

「……それにハッキリと気付いてる人や、それをちゃんと理解している人なんて、とても少ないと思います。私自身、それが何なのか上手く言葉で言い表せられません。でも、ただ漠然とだけど……きっと多くの人が、貴方の言う【本当に大事なもの】を持っているんだとも思います。

 少なくとも響は、みんなが持っているそれを守護る為に拳を握っています。響が正しいと思って握った、世界で一番優しい拳を」

「……君と戦った時も、そうであったな。それが立花響の出した回答だった。彼女自身が想う【本当に大事なもの】を守護る為に、彼女はその拳を握り締め、君とぶつかり合ったのだから。

 まぁそれは、君自身もそうだろうけどね、小日向未来」

 

 思い出すことで思わず微笑みを残しながら俯く未来。確かにフロンティア事変の時も今回の時も、未来自身は響と相対した時に強い想いを抱き握り締めていた。それでも結果的に響に想いを正されたのは、恐らく握っているものの大きさが自分よりはるかに大きかったんだろうと未来は思う。

 たった一人の為だけを想って握った力が弱いなどとは言わない。だが相対する相手は、たった一人の為を想いつつも、尚且つそこから広がる過去や未来、横の繋がりの全てをも想い握ったのだ。その握った想いの差が非常に大きいものか、はたまたほんの僅かなものかは測り知ることは出来ない。だがその差こそが、”戦い”と言う場に置いて明暗を分けたものなのかも知れない。そんな風に考え、未来は不意に己を鼻で嗤った。

 自らの抱えた想いが隣に立つ異星人と何処かが通じたのか、未来もまたメフィラス星人に対しおもむろに口を開いた。

 

「……メフィラスさん、提案があります」

「ほう、君からとは珍しい。どう言った提案かね?」

「貴方が理解らずにいると言った【本当に大事なもの】……それを知る切っ掛けに、なるかもしれないことです」

「――ほう、言ってみたまえ」

「それは――」

 

 互いに数回の呟きだけで交えられる口約束。それを言い終えた後、未来はただ微笑みながら光の戦士と歌巫女たちの戦いに注視する。一方でメフィラス星人は何かを思案するかのように口と思しき部分を黄色く発行させていった。まるで、未来の投げかけた提案を噛み締め納得していくかのように。

 

 

 

 

 異形の海の侵蝕が進んだ大地は、位相同士が揺らぎ合ってまるで蜃気楼のようにおぼろげだった。

 そこに立ち並ぶゼロ、80、エース、ネクサス、ガイア、エックス。六人の前にはザイゴーグが咆哮を上げ、それに共鳴するかのように海からはコダラー、空からはシラリーが舞い降り三方向を囲うように陣取った。

 だがそれだけではない。ザイゴーグの背中に伸びた棘が一斉に発射され、空を埋め尽くすドビシたちと結合。巨大な異形である【破滅閻魔虫ゴーグカイザードビシ】となって、コダラーとシラリー、ザイゴーグの前に軍団の如く並び立っていった。

 

『数が一気に……ッ!』

『イナゴが集まって怪獣軍団のお出ましデスッ!』

『ザイゴーグの召喚した分身閻魔獣だッ! ドビシと合体してこんな数を呼び出して来たかッ!』

『ハッ、雁首揃えただけで今更塗り潰せると思ってるのかよッ!』

『我らとて今まで以上の力が溢れているッ! 止めさせてやる道理はないッ!!』

(私たちの歌をすべて世界中にくれてあげるッ! 振り返らない、全力疾走だッ! ついてこれる奴だけついてこいッ!!)

(行こうみんなッ!! 全力全開、限界を超えてアイツらに世界のみんなの生きる証を刻むんだッ!!)

 

 咆哮を合図に攻め込みだすゴーグカイザードビシの群れ。ある者は鋭利な鎌状の腕を振り上げ、またある者は頭部と両膝にある眼球から光弾を発射していった。爆炎と同時に、それを物ともせずに襲い来るゴーグカイザードビシに向かって走り出す光の巨人たち。地響きを鳴り渡らせながら、”破滅”との最後の戦いが幕を上げた。

 

 

 ゴーグカイザードビシの鎌を防ぎ、上へ跳ね上げ胴体への拳を打ち付け一瞬の怯みに合わせて左脚が胴体側部へ打ち込むネクサス。脇から襲い来る別のゴーグカイザードビシには、すぐに後転からのパーティクルフェザーで反撃し、EMPRESS†REBERIIONのように長く伸ばしたシュトローム・ソードで捕まえ、一気に斬り裂いた。

 

(やれる……。基底状態(アンファンス)なのに、こんなにもの力を出せるッ!!)

『マリアッ!』

「余所見してんじゃねぇぜッ!!」

 

 背後から迫っていたまら別のゴーグカイザードビシに対し、ウルトラゼロキックを叩き込み吹き飛ばすゼロ。吹き飛ばされた個体はそのまま群れにまで押し戻され、まるでボウリングみたいに連続で倒されていく。

 そうしてネクサスの背後に立ったゼロは、既にゼロスラッガーを両手に構え継戦準備を整えていた。

 

(悪いわね翼、ゼロッ!)

『悪いと思うならば首級で返してみせるんだなッ!』

「俺たちより多くあいつらブッ倒してみろよッ! 出来るもんならなァッ!!」

 

 言葉のままに勢いよくゴーグカイザードビシの群れに飛び掛かるゼロ。両の逆手に握られたゼロスラッガーで外殻ごと斬り付けていく。そのままの流れでゼロスラッガーを投げ放ち、即座に地面に手を付いて逆羅刹の要領で連続蹴りを放つゼロ。その回転はやがて光る竜巻……羅刹零旋風となり、多くのゴーグカイザードビシを吹き飛ばしていく。それらを空中で斬り刻みながら帰還したゼロスラッガーを胸に装着し、滾る輝きを一気に解き放った。

 

「『ゼロツインシュートォォォッ!!!』」

 

 空中で爆裂するゴーグカイザードビシの群れ。それを見ながら皆が更に意気を高めていく。

 

(さすがですね翼さん、ゼロさんッ! でも、私だってェッ!!)

 

 まるでノイズの群れを相手するかのように、響の得意技である弦十郎直伝の拳法――ウルトラマンの大きさになっている状態での其れ――が、数匹ものゴーグカイザードビシを同時に相手取っていた。

 振り下ろされる鎌状の腕を捌き、肘打ちから回し蹴り。次いで放たれる連続での重拳は、とどめにバンカーナックルにも似た零距離からの赤い光波を直接叩き込んでいった。

吹き飛ばされては微塵に帰るゴーグカイザードビシたち。だが背後から迫る一体が、腹部から伸ばしたインナーマウスでガイアの腕を捕まえる。それを見で他のゴーグカイザードビシたちも同様のインナーマウスでガイアの四肢を絡め取って動きを封じた。振り払おうともがくものの力強く締め上げられてはどうにも出来ない。其処を狙ってまた他のゴーグカイザードビシが、ガイアに向けて頭部と両膝部の眼から光弾を発射しようとした、その時。

 

「シュワァッ!!」

 

 大きくムーンサルトしながら跳ぶ80が空中からウルトラダブルアローを連続発射。追尾誘導能力の上がった赤い弓状光線がガイアを縛る触手と光弾を放とうとする三つの眼を全て同時に破壊した。

 

「大丈夫か、響ッ!」

(ありがとうクリスちゃん、先生ッ!)

『ったく、油断してんなよな馬鹿ッ!!』

 

 着地と同時に目の前の、眼球が破壊されたゴーグカイザードビシに向かって接近戦を仕掛ける80。拳の連撃からジャンプキックに繋げ、再度跳躍と同時にゴーグカイザードビシを踏みつけて更に高く飛ぶ80。眼下に広がるゴーグカイザードビシの群れに向かって、両腕をカラータイマーに向け、真上に伸ばし赤い槍を生み出した。最早使い慣れた二人の合体技であるZEPPELIN RAYLANCEである。

 投げ放たれた赤い光の槍は小型のクラスター弾へと分離し、驟雨の如く降り注ぎ襲い掛かる。ゴーグカイザードビシに突き立てられた鋭利な光の弾丸は、そのまま間髪入れずに爆発。周囲と誘爆する形で広がっていった。

 

『無暗矢鱈に数が多いんだ、一気に潰したほうが効率的だろ?』

「クリスの言う通りだな、我々も一気に行くぞ大地ッ!」

『ああッ! だったらあの技だなッ!!』

 

 大地とエックス、互いに心を重ね合わせゴーグカイザードビシに突進する。迎え撃つゴーグカイザードビシの群れから一斉に放たれる光弾。それを掻い潜るようにスライディングで群れの中心に向かい、戸惑うゴーグカイザードビシたちの中で大きく一度回転し空へと飛んだ。

 空中で身体を丸め力を高めるエックス。数匹のゴーグカイザードビシがエックスに向かって飛び掛かるが、それももう遅い。

 

「『アタッカァーッ!! エェーーックスッ!!!』」

 

 叫びと同時にエックスが自身の身体をX字に大きく広げ、溜め込まれたエネルギーを解放する。エネルギーは炎と化し飛び掛かるものを諸共に、集まっていたゴーグカイザードビシたちを押し潰す可能ように撃ち込み焼き払う。地上に描かれたその跡は、巨大なXが遺されていた。

 

「俺たちも負けちゃいられんなッ! 調ッ! 切歌ッ!」

『ハイッ!』 『デスッ!』

 

 ゴーグカイザードビシに重撃を叩き込んでいくエース。一体一体を確実に、捕まえては蹴り飛ばし殴り倒していく。其処に華美さは無いが、エースの力強さが何よりも如実に表れているようだった。

 同時に攻め立てられた時は、右のフラッシュハンドからは翠色のブーメラン型の光刃、左からは緋色の円盤型の光輪を撃ち放ち先手を打って切り裂いていく。だがゴーグカイザードビシたちも無能ではないのか、エースの戦いが単騎に集中していると思い込み多勢で攻め込んで来た。それこそが、彼らの狙いだったのだが。

 

「ムゥゥゥンッ!!」

 

 両手をカラータイマーに向けて力を集め、前に突き出すと同時に大きく外へ広げるエース。瞬間、普段の倍の大きさに広がったホリゾンタルギロチンが発射。続けて腕を胸の前で交差させ、力を溜めると一気に上下へと振り抜いた。先程のホリゾンタルギロチンと同様、巨大化したバーチカルギロチンが発射され、群れで襲い掛かって来たゴーグカイザードビシたちを尽く両断せしめていった。

 

 

 爆炎と共に暗黒が飛散する中、巨大暗黒卿が再度その姿を見せ、無感情でありながら威圧的な声を放っていく。

 

『無駄だ……ドビシは何度でも蘇る……。……だが、これ以上良いようにもさせぬ……』

「拙い、アイツらッ!」

 

 巨大な腕を上げたと同時に、群れの内数体のゴーグカイザードビシが戦列を離れる。向かった場所は片や東京都庁、片やタスクフォース移動本部。それは皆の勇姿を世界に流す簡易的な映像配信設備でありその発信起点だ。其処を襲撃、そして万が一破壊されてしまえば束ねられた希望の欠片が激減するだろうことは想像に容易い。

 だがその追走などさせぬかのように他のゴーグカイザードビシがウルトラマンたちに襲い掛かる。此方の手を止めさせないために。

 

(くうッ……そおぉぉッ!!)

 

『案ずるなッ!! 此処は俺たちが――』

『絶対に、守護り抜いて見せますッ!!』

 

 装者たちの耳に届く声。それは彼女らが最も頼りにしている大人たちの声だった。

 

《ウルトラマンの力を、チャージします》

「貸してもらいます、大空さんッ!!」

 

 都庁の屋上でウルトライザーを構える慎次。チャージの後に発射された光線はゴーグカイザードビシの腹部の口に正確に直撃し、大きく怯ませる。そのまま大きく跳躍しながら、彼の手に握られていたのは手榴弾が三つ。同時にピンを抜き、全て先程光線を浴びせたゴーグカイザードビシの腹部の口へと投げつけた。

 爆発が巻き起こりゴーグカイザードビシが倒れ込む。その爆発痕へ、何処から取り出したのか長ドスを持って体重と落下衝撃を重ね合わせた一撃を突き立てた。的確に急所を貫いた慎次の刃に、ゴーグカイザードビシが黒い煙となって消えていく。

 彼の存在を脅威と見た他のゴーグカイザードビシが慎次へと襲い掛かる。だが、この破滅の尖兵は単純な思考回路であるが故に最も愚かな選択を取ってしまった。”この世界最強の男”から目を逸らせてしまった事である。

 

「うおおおおッらあぁッ!!!」

 

 その男が纏っていたものは、紳士服売り場で売っているようなワインレッドのワイシャツと、その胸ポケットに半分仕舞われた桜色のネクタイ。グレーのスラックスと少し高めの革靴を履き、握る手にはグラブすら付けぬ裸の拳と、おおよそ戦いには不向きとしか思えぬ服装。怪獣からしてみれば紙切れ同然の防御力しか持たぬものであろう。

 だが、そんな道理を無理で押し通すのが彼、風鳴弦十郎という男である。

 

 重低音と共にゴーグカイザードビシの側頭部の甲殻がめり込んだ。否、その中心部分は甲殻ごと肉を貫き内部に超振動を与えていた。為したのは彼の、ただの裸の拳である。だがそれがただの拳と思う事勿れ。大人の男が意地を込めて握りしめた意固地な拳が、清濁併せた泥沼を駆け抜けてきたその脚が、破滅の尖兵に後れを取ろうなど有り得る事では無いのだから。

 拳を引き抜くとすぐに震脚で飛び上がり、頭部甲殻の間隙に向かって踵落としを叩き込み、その反動すら用いて連続で放った空中後ろ回し蹴りでゴーグカイザードビシを蹴り倒す弦十郎。その常識外れの戦闘力に、さすがのウルトラマンたちも唖然としていたようである。中でもこの世界に来て浅い、大空大地隊員は特に。

 

『……エックス、なにアレ』

「……私も実際目にするのは初めてだが、アレが風鳴司令たちの真の実力らしい。司令曰く、『飯食って映画見て寝る』ことが男の鍛錬だと言って、それを実行していたらしいのだが……」

『いやゴメンちょっと本気で理解が追い付かない』

 

 当然である。たぶん彼を最も身近で見て来た装者たちですら、あの大人たちがそこまでやるとは思わなかっただろう。

 そんな常軌を逸した光景に気を取られていると、移動本部からの緊急通信が入った。

 

『本部に接近する敵影ッ! 数5ッ!!』

『迎撃手段は無いわよッ!? どうするのッ!!』

『最悪ブリッジを切り離して脱出するしかないか……ッ!』

(――ッ! すぐそっちへ向かいますッ!!)

 

 藤尭とあおいの言葉に反応して飛び上がろうとする響ことガイア。あそこにはエルフナインたち大切な仲間が、キャロルが、そして何よりも未来が居る。故に、其処は絶対に手を出させてはならない場所だ。

 焦る響だったがその脚にゴーグカイザードビシのインナーマウスが絡み付き飛翔を封じてしまう。更に焦りを募らせながらゴーグカイザードビシの頭部を蹴り付けるものの、絡まったインナーマウスはそう簡単に外れはしなかった。

 

(くぅ……ッ!! 未来ッ! みんなァッ! 逃げてェッ!!!)

 

 思わず叫ぶ響。既に藤尭がブリッジの強制排出準備を整えていたが、5体のゴーグカイザードビシは最早目前に迫っていた。

 

(未来ゥゥゥゥゥッ!!!)

「――大丈夫」

 

 未来の口から洩れた小さな呟き。その直後、襲い掛かろうと突進していたゴーグカイザードビシたちが一瞬で動きを止める。ブリッジのメインモニター……彼らの眼前には、巨大な漆黒の姿が片手を伸ばして佇んでいた。それは――

 

(――メフィラス、さん……?)

「おぉいどういう事だァ!? テメェ、ンなとこで何してやがるッ!」

「分からんかねウルトラマンゼロ。この蟲どもの相手は、私がすると言うことだ」

 

 その言葉と同時に左手を添えて右手を握り締める。漆黒の拳から放たれた電撃光線――【グリップビーム】が動きを止めた中央のゴーグカイザードビシに直撃し、爆散させた。

 瞬間、眼前のメフィラス星人を敵として認めるゴーグカイザードビシたち。一方でメフィラス星人は余裕綽々と言った感じで手招きするように挑発した。それを見て一斉に襲い掛かるゴーグカイザードビシ。だがメフィラス星人はそれを上回る飛行速度で飛び回り、太い腕から強烈な拳を打ち付けては両足でドロップキックの要領で蹴り飛ばしながら縦横無尽に空を舞う。

 そして両手から放たれた念力は二体のゴーグカイザードビシの動きを止め、そのまま両手を合わせることで互いを叩き付け押し潰した。そしてもう一体をその剛腕で殴り潰すように打ち倒し、最後の一体も念力で動きを封じてからのグリップビームで完全に破壊した。

 爆炎と共に消える黒い瘴気を見届けたメフィラス星人は、そのまま腕を腰に回し移動本部の甲板に降り立つ。そして念話で自らが味方する者たちに自身の言葉を届けていった。

 

「これが私の選択だ。理解って貰えたかな?」

「俺たちに協力するというのか……?」

「まぁそう取ってもらって構わんよ。私はただ彼女の提案に乗り、相互に利用し合う契約を結んだに過ぎないのだがな」

(彼女って……もしかして――)

 

 メフィラス星人は響のその言葉には答えず、小さく鼻で笑うだけに止めた。理由など、タネは最後に明かす方が面白いからだとかそんな程度のものだ。それより今は、破滅の闇を押し返す奇跡の光を最後まで見届けたかった。その邪魔をされたくなかった。本当に、光はこの絶望的状況を覆すことが出来るのかと思いながら。

 その想いと共に天へと右手を掲げるメフィラス星人。放たれた波動は黒い天空で電光を伴う闇球となり、その場で停滞する。すると其処に向かって、天を覆うドビシ達が吸い寄せられるように集まって行った。

 

『メフィラス星人……貴様……』

「これはこれは暗黒卿。私めはただ蟲たちに餌を与えただけでありますよ。世界の全てへ通信をすべく、電波や光波の発信源をこの場に生み出したに過ぎない。

 ――ただ、超重力空間の中心点にでは、ありますが」

 

 メフィラス星人の生み出した超重力球体に向けて見る見るうちにドビシたちが吸い寄せられていき、その超重力空間でへしゃげ潰されていく。元々個体としての強度は低く、超絶的な物量こそが脅威であった破滅魔虫。それをたった一つの行動で封殺してしまったのだ。

 

『……だが無意味だ。ドビシは無限に蘇る……マイナスエネルギーがある限り……』

「左様、卿の仰られる通りであります。ですがこの状況はどうですかな? 今やマイナスエネルギーは無尽蔵とまでは行きますまい。人は人の紡ぐ言の葉により希望を取り戻し、それが集まり歌となり、果てにはウルトラマンを蘇らせた。

 そしてその御身の内に幾兆もの蟲を呼び出すほどのマイナスエネルギーが溜め込まれていようとも――現れた蟲の全てを私めが吸い寄せ潰し砕いて御覧に入れましょうぞ」

『……小癪な、ことを……』

 

 無感情に重苦しく言葉を発す暗黒卿ではあったが、その姿を目にしていた全員がその異変を感じていた。揺らめく暗黒卿の姿は、まるで憤怒に滾っているようであったのだ。

 それに呼応するように鳴き声を上げるコダラー、シラリー、ザイゴーグ。周りのゴーグカイザードビシたちを薙ぎ払い吹き飛ばす三大破滅魔獣の姿は、何処までも足掻く生命に対しての怒りを吼えているようでもある。

 戦場に起っているものはそこで気付いた。彼奴は神のような超越的なものにほど近く、破滅と言う概念的な存在にも近しいものでありながら、マイナスエネルギーを中核とした暗黒卿もまた”滑稽な真理”に基づく【生命あるもの】に相違ないのだと。

 それを己が身を以て世界に知らしめたメフィラス星人が、昂る愉悦と共に声を上げていた。

 

「さぁ存分に戦え光の戦士たちよッ! 生命の唄を奏で歌う戦姫たちよッ! その愛する世界を、守護る為にッ!!」

 

 

 

「……なんか、随分楽しそうだなアイツ」

『此度の奇跡、あの奇人をも昂らせるほどの状況と言うことだ』

『つっても、向こうも大物のお出ましだぜ』

「大丈夫、今の私たちならば」

「ああ、決して負けはしないッ!」

『みんなから貰った、負けない力……』

『今こそその全部を、ぶつけてやる時デスッ!』

(限定解除されたウルトラギア……恐らくはエルフナインでも未知数の力を引き出せるはずッ!)

(行こうッ! これで、終わりにする為にッ!!)

 

 装者たちが一斉に胸のマイクユニットへと手を伸ばす。最早エクスドライブモードと同程度のフォニックゲインが巨人の肉体に集束する今、其れを外装として開放すると言うことは如何なることか、誰の目にも明らかなことだった。

 皆のその意気に合わせ、エックスと大地もまた自分に持てる最大の力を再度解放しようとしていた。

 

「大地ッ! 私たちもベータスパークアーマーでッ!!」

『ああッ!!』

(待てよエックス、大地ッ!)

(僕たちの力も一緒に使うんだッ!)

『貴方、たちは……?』

 

 思わぬ闖入者の声に驚く大地。彼の周りを飛び回る二つの光がエクスデバイザーに宿った時、その光がサイバーカードとなって顕現する。そのカードは……

 

『ウルトラマンダイナ……ッ! それに、ウルトラマンコスモス……ッ!』

「だが良いのか? 君たちはマリアがウルトラマンである事を維持する力になっていたはずだが……」

(あのお嬢ちゃんならもう大丈夫だ。いや、あの光の意味を知った時から既に俺たちの力なんかなくても十分戦えてた)

(彼女はもう彼女だけの光で歌い戦える。だけど、この世界を守護りたいって想いは僕たちも同じだ。それに君になら、更なる力を貸してあげられる)

『更なる、力……?』

 

 戸惑う大地の握るエクスデバイザーに、先ずウルトラマンとウルトラマンティガのサイバーカードがリードされる。それと同時に生まれるエクスベータカプセルとエクスパークレンス。それが漂う中で、今度はウルティメイトゼロ、ウルトラマンダイナ、ウルトラマンコスモスのサイバーカードが融合し、一枚の新しいウルトラマンのサイバーカードと化した。

 

「これが、そうだと言うのか……ッ!」

『……やるぞ、エックスッ!!』

「よし……行くぞッ!!」

 

 

 

 『ウルトラギアッ!!! エクスコンバイィィィィィンッ!!!!』

 

 

 《ウルトラマンサーガ、ロードします》

 『ウルティメイトサーガアーマーッ!! アクティブッ!!!』

 

 

 

 黄金、白銀、蒼穹、紅蓮、緋赤、翠緑。そこに純白を掛け合わせた猛烈な輝きが歌姫と適合した五人のウルトラマンたちを包みこむ。やがて光が止んだ其処には、白が基調と為りながらそれぞれのシンフォギアに合わせた色彩を輝かせる戦衣装攻に巨大な翼を持つ姿が在った。其れは正しくシンフォギアの限定解除形態(エクスドライブモード)に他ならず、同等の原理で外部展開しているウルトラギアもまた限定解除(エクスドライブ)の名を冠す究極戦闘形態へと変移していったのだ。

 またその五人の隣で、その身体から虹の輝きを絶えず発しているウルトラマンの姿もあった。下半身は赤く、上半身は青を基調としたグラデーションとなるその姿。弾けたような胸部にはエックスのカラータイマーが顔を覗かせ、側頭部には短いながらも片側4本ずつ角が伸び、その中央にはエクシードエックス同様エクスラッガーが装着されている。【ウルティメイトサーガアーマー】……かつて並行世界フューチャーアースを救った奇跡のウルトラマンを模した、大地とエックスにとって奇跡と言う他ない”更なる力”の発現だった。

 

 こうして地球(ほし)に生きる者たちの希望を束ねて歌にして生まれた奇跡の姿を形にしたガイア、ネクサス、ゼロ、80、エース。そしてそれと共に戦い抜いてきた彼女らからの繋がりが齎した更なる力を身に纏ったエックス。

 言葉は無くとも皆が一斉にコダラー、シラリー、ザイゴーグの三大破滅魔獣との決戦を開始していった。今だ漆黒の闇が支配する空へ、【始まりの(バベル)】を奏で響かせながら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE 26 【銀河に煌めく金色の華】 -B-

 コダラーの電撃、シラリーの火炎、ザイゴーグの光線が一斉に発射される。それを光の翼をはためかせたウルトラマンたちが一斉に己が標的を決め、この場から離れるように体当たりしていった。

 エースと80がコダラーを海へと押し込み、ゼロとネクサスがシラリーを空中へと高く連れて行き、ガイアとエックスがザイゴーグを山間部へと一気に突き進んだ。

 

 

 海では真っ先にエースがコダラーと組み合いをはじめ、その超剛力をその身で受け止めた。

 

『洒落になってない、このパワー……ッ!』

『こちとらエクスドライブのダブル合体だっていうデスのにッ!』

「破滅を名乗るは伊達じゃないって事か……ッ!」

 

 最大級にまで高められたエースの力ですらもコダラーは弾き飛ばし、強靭で兇悪な剛爪を振り被った。咄嗟にその腕にシュルシャガナの丸鋸を盾として展開するエース。コダラーの剛爪とぶつかり合い火花を散らしていく。

 其処に空中から迫って来たのは、アームドギアが巨大なアームドベースと化した80だった。

 

「兄さんッ! 調ッ! 切歌ッ!」

『一人じゃ無茶が過ぎんだろうがよッ!!』

 

 飛翔しながらホーミングレーザーのようにウルトラアローショットを一斉発射する80。赤い光の鏃はコダラーの背部に突き刺さり火花を散らす。だがまるでウミガメを思わせる強固な背部外殻にはその攻撃もまったく効き目を見せておらず、一瞬コダラーの注意を外したに過ぎない。

 その隙にコダラーの大きな腹部を蹴り飛ばし距離を取るエース。そしてそこへ、80が本命の一撃を既に用意していた。

 

「これでッ!」

『ブッ爆ぜやがれぇッ!!』

 

 大きく腕を円に回し、力を込めて巨大なミサイル状の光弾を放つMEGA DETH FUGAURA。通常なら一発が限度の破壊光弾ではあるが、エクスドライブの影響か一度に四発も連続で発射した。その全てがコダラーに直撃し、光の炎に包まれる……が、炎の全てがコダラーの腕に押さえ付けられる形で凝縮されていた。

 

『なぁ――ッ!』

「来るぞクリスッ!!」

 

 コダラーは、凝縮した炎の塊を80に向かって押し出すように投げ返す。四発分の熱量を無理矢理固めた代物だ、どれ程の破壊力になるのか想像に容易い。事実、回避行動をとったにも拘らず僅かに掠めたアームドベースが爆発を上げて吹き飛んだのだ。

 思わすアームドベースを小型化し、エースの隣に着地する80。相対するコダラーは甲高い鳴き声を上げながら、目から電撃を発射する。すぐさまそれを、エースがウルトラネオバリヤーで防御した。

 

「攻防一体、ということか……」

「だが、そんなことで負ける私たちではないッ!!」

『この手が繋がっている限り……ッ!』

『何度も、何度でも――』

『起ち上がって、戦うデスッ!』

 

 海底に足を付け力強く構えるエースと80。咆哮するコダラーに対し再度戦いを挑んでいった。

 

 

 

 空では巨大な翼をはためかせ、その巨体に似合わぬ超高速度で飛ぶシラリーを追って、ゼロとネクサスがエクスドライブウルトラギアより発現した光翼を羽撃かせて飛翔していた。

 

「図体の割に中々のスピードじゃねぇかッ!!」

『そうやって世界を炎に撒いてきたのか……ッ!』

『でも、もうこれ以上はやらせないッ!!』

 

 飛翔しながらボードレイ・フェザーを自分の周囲に配置し、腕を突き出す事で発射するネクサス。縦横無尽に跳び回る光の刃は更に加速するゼロに当たらぬよう交わしながらシラリーを狙い定めていた。それがシラリーに当たる直前、ゼロも大腿部からアームドギアを取り出し巨大な刃と化して蒼ノ一閃を振り抜き放つ。逃げ場のない光刃と巨大な雷迅がシラリーに直撃し、爆煙が巻き起こる。

 だが、一瞬の間を置いてゼロたちの眼に映ったのはエネルギーを全て吸収し無傷のシラリーだった。驚愕と同時にシラリーの腕から放たれる赤い光弾。一発一発が必殺の一撃とも思える破壊の光に直撃してしまい、ゼロとネクサスが墜ちるように地面に降りてしまった。

 

「ぐああぁぁッ!! くっそぉッ!!」

『エクスドライブを以てしてもこれ程とは……ッ!!』

『だが、それでもまだァッ!!』

 

 すぐに立ち上がったゼロとネクサスに向けて口から劫火を吐き出すシラリー。それをすぐに察したゼロがブレスレットを叩き付け、赤と青の盾状の剣である【ゲキリンゼロディフェンダー】を展開。直撃を遮断する。そのままゼロの背後から再度飛び立つネクサス。胸部から抜き出した長剣を構えシラリーへ突撃する。長剣は蛇腹剣と化し、大きく振り抜くとシラリーの身体に絡み付き引き抜くと同時に斬り付けた。

 だが数多のエネルギーを吸収するシラリーの体表は非常に硬く、ネクサスの一撃にもさほどダメージを見せなかった。其れに反撃するように長い首と鋭い嘴で、まるで槍のように突撃するシラリー。瞬間的に超高速へ到達する紅い竜が白銀の戦士へと吶喊し貫かんとしたところ、眼前に現れたゼロにその顔を捕まれた。

 

『翼ッ! ゼロッ!』

『させる、ものか……ッ!!』

「今度はテメェが……地面の味を味わいやがれェッ!!」

 

 力で無理矢理押し止め、身体を大きく捻りきりもみ状態で真下に投げ付ける……まるでドラゴンスクリューのような投げ技を放つゼロ。そのまま落下するシラリーだったが、その巨体に似合わず大きく捻り直し翼を大きく羽撃かせ地響きを立てながら着地した。

 甲高い咆哮を上げたと同時に、首を振りながら劫火を広域放射するシラリー。思わず腕を重ねて炎を防御するゼロとネクサスだったが、浴びせられた衝撃に再度地に足を付けて構え直した。

 

『やる……。だが、我らの翼は未だ折れてなどいない……ッ!』

「あぁそうだ……。俺たちはまだ、この空を飛べるッ!」

『みんなとの絆が繋がっている限り、輝きが耐える事はないッ!』

 

 更なる意気を高め、その手に刃を携えて駆け出すゼロとネクサス。シラリーはただ、嘲笑うかのように再度咆哮を上げて駆ける二人の巨人を迎え撃とうと構えていた。

 

 

 

 地上、山間部へと押し込まれたザイゴーグは忌々しそうに口から血のように赤い光線を吐き出し、光の戦装束を纏ったガイアと内より光を溢れさせる鎧を纏ったエクシードエックスを吹き飛ばした。

 それでもすぐに立ち上がり颯爽と駆けてザイゴーグと組み合うガイア。其処でザイゴーグの、自らをも圧倒する強大な力を直感し、組んだ腕を無理矢理弾き飛ばして両の拳で連続攻撃を浴びせていく。その僅かな隙を突きエクシードエックスが空中から赤い煌めきを迸らせながらのXクロスキックで強襲していった。

 

「イィィィッサァァァァッ!!」

 

 光の蹴撃がザイゴーグの顔面に当たり、その巨体を数歩後ろへと退がらせる。追撃にと走り出すガイアとエクシード。だがザイゴーグもすぐに体勢を立て直し、棍棒のように大きく肥大した右腕を振り抜き攻め立てようとした二人のウルトラマンを跳ね飛ばした。

 

「クッ……! 以前と変わらず……いや、以前戦ったザイゴーグよりも強力かッ!?」

『比べてる暇はありませんッ! 負けられない戦い……全力で、越えて往くだけですッ!!』

『響ちゃんの言う通りだな、エックスッ! みんなに力を貸してもらって此処まで来たんだ。負けるわけにはいかないッ!!』

 

 倒れ込みながらも決して折れたりはしない二人のウルトラマン。起ち上がると共に互いに顔を見合わせ頷き合う。意思の疎通はそれだけで十分だった。

 ザイゴーグの光線が吐き出され地面が爆裂する。上がる土煙を貫いて、右腕を撃槍の刀身に変形させたガイアが一直線に突進してきた。それを横から薙ぎ払い倒すように棍棒の右腕を奮うザイゴーグ。だが振り終えた先の隙に、既にエクシードエックスがザイゴーグの懐に潜り込み胸部に煌めきを込めた拳を連続で打ち付け、締めに輝く脚で蹴り飛ばした。サーガアーマーの能力である、瞬間移動にも追い付けるほどの超高速能力による接近戦だ。

 それに一瞬怯むものの、雄叫びを上げながら強靭な尾で激しくエクシードエックスを叩き付ける。吹き飛ばされながらもなんとか着地するエクシードエックス。その瞬間ザイゴーグの背後から腕を再度撃槍に変えたガイアが強襲する。だがそれも、ザイゴーグの背部に残されていた多くの棘を直接放たれて拳が届かぬままに撃ち落とされてしまった。

 

 

 

 それぞれの戦いを目にしつつ、人々は声援と祈りを捧げていた。その拠点であるタスクフォース移動本部でもそれは同じであり、近隣に浮遊静止するメフィラス星人もドビシを誘き寄せる超重力球の維持を行ないながら戦いの行く末を眺めていた。

 地球に生きる人間とシンフォギアを纏う少女たちが引き起こした可能な限りの奇跡の力を纏い戦うウルトラマンたちと、地球そのものが開放したマイナスエネルギーを喰らいながら世界に破滅を齎すべく蹂躙せんとする三大破滅魔獣と巨大暗黒卿。正と負……互いに優劣が決め切れぬ中、その異変は地球の人々に現れていた。

 祈りを捧げ心で歌ってはいるものの、皆の体力は時間を追うごとに大きく削られていく。異形の海が侵食しているからだろうか、足元から滲む瘴気が僅かな力をも蝕んでいったのだ。

 

「ユナイト係数低下ッ! フォニックゲイン総量も減少の一途を辿っていますッ!」

「70億の絶唱が、崩れ始めているのか……ッ!?」

「そんな、そんなことって……ッ!」

(響……みんな、お願い……ッ! 負けないで……ッ!!)

 

 その異変はフォニックゲイン総量の低下と言う形で確認するタスクフォース移動本部。そしてそれは、ウルトラマンと一体化している装者たちにも実感と言う形で理解させていった。

 

『そんな……みんなから貰った、力なのに……ッ!』

『みんなから狙われたら、どうしようもないデスよ……ッ!』

『狼狽えんなッ! まだ終わっちゃいねぇ……終わらせてなんか、やるものかよッ!』

「クリスの言う通りだッ! 気持ちで負けるな……! 俺たちは決して、負けられないんだッ!」

「そうですね、エース兄さん……ッ! 私たちは負けない……。この世界は、滅びたりはしないッ!」

 

 コダラーからの猛攻を受け、電撃を浴びせられて膝を付くエースと80。それでもなお起ち上がり力強く拳を握り構えていく。

 

「そうだ……。こんなピンチは何度も乗り越えて来た。どんなデケェ壁だって、ブッ壊してきたッ!」

『だから何度でも共に起ち上がろう……ッ! 何度でも共に、この剣を奮おう……ッ!!』

『もう誰一人として犠牲を出さない為に……。誰かがこんな理不尽で、涙を流さない為に……ッ!!』

 

 シラリーの腕から放たれる光弾を連続で受けて倒れ込むゼロとネクサス。追い打ちに劫火を浴びせられるものの、それを両腕で防御しながらなんとか起ち上がっていく。

 

「俺たちを受け入れてくれた世界を守護る為に……ッ!」

『私たちに力をくれた、数多の生命に報いる為に……ッ!』

『みんなと繋いだこの手で、みんな一緒に生きていく為にッ!!』

 

 ザイゴーグの荒々しい攻撃を受け続け、幾度となく跳ね飛ばされるガイアとエクシードエックス。だが幾度でも起ち上がり、大きく肩で息をしながらもその意思の光を絶やすことは無かった。

 皆の想いは一つに繋がっている。だから何度でも起ち上がれる。何度でも歌い、戦える。絶対に諦めないからこそ解き放てる言葉がある。

 

 そう――

 

『――本当の戦いは、此処からだァッ!!!』

 

 

 

 

「……そうだ、まだ此処からだ」

 

 独り呟く小さな姿。何かを確信している彼女は、一人その場を離れ巨大な戦場へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

「二人とも、往くぞぉォッ!!」

『ハイッ!!』 『デェスッ!!』

 

 漆黒に染まった太平洋の真っ只中、エースを中心に大渦が巻き起こる。やがて浮遊した彼の足元には、調と切歌のアームドギアが巨大化と合体を為した、翠色の大顎のような刃を持った回転鋸式浮遊物体が其処に在った。

 同時に左手に長柄の三又鎌と、右手がそのまま巨大な鋸へと変形させるエース。光線技が増幅反射される以上、接近戦を仕掛けるのが常套としたのだろう。水上を滑るように移動しながら鎌を振り鋸を叩き付ける。だがコダラーの爪はそれを容易く遮り、腹部を狙う鋏を遠ざけていた。

 

『センセイッ!!』

「ああッ! シュワァッ!!」

 

 掛け声と共に再度空へ飛びアームドギアをアームドベースへと大型変形させる80。大きく旋回しながらコダラーの背後を取り、両腕部に握り締めた光粒子砲を一気に発射した。だがそれを即座に察知したコダラーが、エースを押し切り80の方へ向いて光粒子砲を受け止め跳ね返してしまう。

 寸でのところで回避したはいいが、これだけではまだ斃し切れるものではないと実感してしまっていた。

 

『チクショウめ、これじゃあ二の舞三の舞じゃねぇかッ!』

「ならば命を捨てる覚悟でやらねばならんか……。80、クリスッ! もう一度俺たちがヤツを抑えるから、その隙に全力を叩き込めッ!!」

『でもよ、それまで盗られちまったら――』

「取り返すまでだッ! ヤツの攻撃法が自分だけのものでない事を教えてやるッ!!」

「でも兄さん、それでは貴方の身体が……」

『大丈夫デスッ! おじさんにはアタシたちが傍に居るのデスッ!!』

『無茶ばかりするおじさんを支えるのは、私たちの役目ッ! だから先輩、先生、遠慮なくお願いしますッ! 私たち、信じてますからッ!!』

 

 それだけ言い残し、今一度コダラーへと突撃するエース。その場に残された80の出せる答えは、ただ一つしかなかった。

 

「……やろう、クリス。エース兄さんを、調と切歌を信じてッ!」

『だな……。後輩にそこまで言われて、手ェ抜くなんざカッコ悪い真似が出来っかよッ!!』

 

 空中に制止した状態で、両腕を回し左腕を上に右腕を水平に伸ばす。その動作と共にアームドベースが展開を開始、使えるだけの全ての力を溜め込んでいく。展開した部分が黄金に輝いていく間、今度はエースは途中で乗っていた回転鋸型飛行物体から降りて腕を交差すると共に腕部アーマーから白く輝く楔付きの鎖を射出、コダラーの身体を絡め取り拘束した。其処へ反撃するようにエースに向けて電撃を放つコダラー。力で引き合いながらの攻撃に、エースは耐えるだけで精一杯だった。

 だがそんなコダラーの背後から、先程までエースが乗っていた飛行物体が強襲する。大顎のような翠刃を広げ、コダラーの背部甲殻へと力強く咬み付いた。強固且つ弾力性にも富むコダラーの肉体だが、鋭い刃が食い込むことで流血と共に鳴き声を上げていく。そうしているうちに80はその腕を剛弓を弾くような体勢に変えており、アームドベースからは輝きと共に眼前へ赤い稲妻が迸っていた。

 

「これがクリスと私のッ!!」

『アタシとセンセイのッ!!』

『「フルパワーだぁぁぁぁぁッ!!!」』

 

 弓弾く構えから腕をL字に変える80。発射された光線は臨界まで溜め込まれたアームドベースの主砲と同時に強い輝きを以てコダラーへと一直線に向かって行った。拘束からの必殺の一撃。コレで倒れなければもう80に為す術は見当たらない、それほどの覚悟を以て放たれた光だった。

 だが鎖を引き千切ったコダラーはその覚悟の象徴すらも受け止め、確実に身体で溜め込んで反射させてしまった。驚愕に染まる80とクリス。だがエースはその可能性すら勝利への一手に変えていた。

 

「ヌゥゥゥンッ!!」

 

 両腕を天に仰ぐように広げ、コダラーが跳ね返した80とクリスが放った全力の光線を受け止める。それを両手で、増幅された調と切歌のフォニックゲインで押し止め、更にはエースの象徴の一つである頭部の鶏冠、其処に在るウルトラホールを介し受け止めた光線を更に高め上げていった。まるでそれは、他のウルトラマンたちから力を借りることで初めて使う事の出来るウルトラマンエース最強の技の一つ、【スペースQ】に酷似していた。

 

『クリス先輩の想いも――』

『矢的センセイの想いも――』

「そして俺たち三人の想いも全部込めて、貴様に返してやるッ!!!」

『「『喰ぅらえええぇぇぇぇぇぇッ!!!』」』

 

 巨大に膨らんだ光球を力強く投げ放つエース。其れすらも受け止めようとしたコダラーだったが、背後で噛み付いていた大顎の付いた丸鋸が更にコダラーの身体へと食い込み巨体を切り裂いていく。其処へ目掛けて放たれた光球は、コダラーを飲み込み爆散させていった。

 光が消え去ったところには塵一つ残らない。苦戦の果てに海の破滅魔獣を斃したエースと80、調と切歌とクリスは何方からともなく傍に寄り合い、その腕を強くぶつけ合った。

 

 

 

 

 一方世界の空を駆け巡りながら、やがてこの一連の戦いの始まりの地であるオーストラリアの地にゼロとネクサスが降り立った。

 

『如何なる因果か、其れとも定めか――』

『でも、だからこそ此処で斃す意味がある……ッ!』

「さあ、やってやろうじゃねぇかッ!!」

 

 咆哮するシラリーに合わせ、細かな砂塵を巻き上げ駆け出すゼロとネクサス。シラリーの火炎放射に対し、ネクサスは騎士剣のアームドギアを籠手に沿わせながら振り抜き大型のパーティクルフェザーを発射。空中に飛んだゼロは頭部のハバキリゼロスラッガーを射出する。

 水平に放たれた光の刃は劫火を切り裂き相殺し、その隙間から翼状の刃が回転しながら自在にシラリーを斬り付けていく。だが小さな傷はすぐに回復され、その傷跡を見えなくしていった。核爆発のエネルギーさえも吸収するシラリーに備わる、凶悪なまでの回復力だった。

 

「まだまだぁッ!」

『合わせろマリアッ!』

『ええッ!』

 

 剣を地面に突き立てたネクサスの背後にゼロが降り立ち、二人が同時に構えを作る。ネクサスは地に膝を立ててクロスレイ・シュトローム、ゼロは立ったままでエメリウムスラッシュを放った。

 

『シェアアァァァァッ!!』

「『デェェェッヤアァァァァッ!!』」

 

 ネクサスから放たれたクロスレイ・シュトロームにゼロのエメリウムスラッシュが螺旋を描くように周囲を走り、合体光線としてシラリー目掛けて放たれる。だがシラリーはすぐさま両腕の砲塔から破壊光線を高出力で発射した。

 空中でぶつかり合う三つの光線。火花を散らしながら押し合う閃光はやがて爆散し、ゼロとネクサスを吹き飛ばしてしまった。対するシラリーは脚の排気口から空気を噴出し、耐え切るように地面からその脚を離さずにいた。

 

『これでもまだ届かないと言うの……ッ!?』

『確かに強敵……。これまで以上に、恐ろしい程に……ッ!』

「知ったことかよ、今まで通りやりゃあいいんだッ! 俺たちやお前らがずっと前からそうしてきたように……この地球を、其処に生きる人間たちを、守護り抜くだけだッ!!」

 

 単純明快なゼロの激に心の炎を滾らせる翼とマリア。どれだけ倒れて土に塗れようと、羽撃く翼が折れかけようと……守護りたいものがあるから、負けられない理由があるから、何度だって起ち上がれる。沸き上がる愛しさこそが、永遠の力の源なのだから。

 両方の大腿部から日本刀型のアームドギアを射出し、両手で構えるゼロ。同時に頭部から放たれたハバキリゼロスラッガーが融合し、蒼い光を伴う身の丈ほどはある巨大な二刀の剣と化した。

 また隣ではネクサスがエナジーコアを輝かせながら、背部から真上に伸びた刃のような羽から同形状の小剣が何本も出現する。ネクサスが天に掲げた銀の左腕と共に、それらの小剣がマリアの意思を受けて動き出した。

 

『「『うおおおおおおおッ!!!』」』

 

 マリアの意思を受けて飛び交う小剣と共に、ゼロとネクサスが胸を合わせて吶喊する。ボードレイフェザーを連続で発射しながら、小剣からも光線を連続発射しシラリーに攻撃していく。だがその攻撃の数々を物ともせずに火炎放射で小剣を撃ち落とし、吶喊する二人に腕の破壊光線を発射した。それに対して刃を突き立て、回転を続けドリルの要領で破壊光線を弾き飛ばしていく。

 そして最接近と共にゼロが両手で握る刃を回転と共に生じる強い捻りを伴い大きくシラリーの胴体を斬り付け着地する。遂に二人は、ヤツの懐に入り込むことに成功したのだ。

 何故懐に入る必要があったのかなど、多くを語る必要はあるまい。真打を叩き込む――思考の中に其れ以外が入る余地など無いのだから。

 

「『――――ッッ!!!!』」

 

 即座に両腕を交差させ、霞斬りの如く擦れ違いながら腕を広げてシラリーの長い首に斬撃を放つゼロ。剣と共に伸ばしたその腕は、まるで鵬翼そのものだった。

 一瞬シラリーの動きが止まるが、それだけでは終わらない。同じく懐に居たネクサスが、シラリーから背を向けながら両腕のガントレットを力強く叩き付ける。光と共に両腕の間へ電流が流れ出し、持てる力を白銀の拳へと集中させていった。

 

「オオォォォ……ッシェアアァァァァァッ!!!」

 

 振り向きながら両腕を引き絞り、先程ゼロと翼が付けた胴体の傷、其処に目掛けてオーバーレイ・シュトロームと同等の分子破壊エネルギーを最大まで蓄えた両拳を叩き込んだ。

 激しく飛び散る火花と共にシラリーの身体が内部に注ぎ込まれた光がその身体を水のように青く透き通していく。そして波紋が広がっていくと共に、その長い首が二か所切り裂かれ胴体から分離した。それと同時に、シラリーの身体が分子へと完全分解、青い粒子となって消え去った。

 苦闘を制し天の破滅魔獣を葬ったゼロとネクサス……翼とマリア。何方からともなく片手を掲げ、力強くハイタッチを行なった。それはまるで、コンサートライブで互いの全力を称え合ういつもの二人であるかのように。

 

 

 

 そして東京より少し離れた山間部、ザイゴーグ向き合い相対するガイアとエクシードエックス。互いに距離を詰め合いながら、栓を切るように行動を開始した。

 脚部バンカーの超加速と噴き出す黄金の羽根で飛翔しながら拳を構え突撃するガイア。それを追うようにエクシードエックスも駆け出していく。敵を切り裂く光輪【サーガスラッシャー】を放ち、先を行くガイアの援護の為にザイゴーグの動きをより注意深く見据えながら走って行った。

 対するザイゴーグは叫び声を上げながら左腕でサーガスラッシャーを弾き飛ばし、右腕の棍棒をガイアに向かって強く振り下ろした。

 

『そう何度もォッ!!』

 

 ダメージ覚悟でザイゴーグの右腕を受け止めるように掴み取るガイア。そのまま振り返り、膂力を全開にしてザイゴーグの巨体を大きく背負い投げした。倒したすぐに尻尾を掴みまたも力尽くで振り回して放り投げるガイア。山に激突したザイゴーグはそのまま体勢を崩しながら鳴き声を上げていった。

 

「響、今だッ!」

『一緒に攻撃をッ!』

『ハイッ!!』

 

 両腕を広げると共に背部から黄金の羽根が炎のように噴き出すガイア。そのまま力を頭部へと溜め込み、大きく振り被る。またエクシードエックスも腕を天へ伸ばすと共に鎧全体から光が放たれ、額のエクスラッガーに力を集束させながら伸ばした手を添えていった。

 

「ハアアァァァ……デェェェッヤアァァァァッ!!!」

「『エクスラッガーショットォッ!!!』」

 

 エクスドライブの強化を受けたガイアのフォトンエッジとサーガアーマーの力を掛け合わせたエクスラッガーショットがザイゴーグに向けて放たれる。だが立ち直ったザイゴーグがその胸部を展開し、口から吐き出すよりも更に強力な破壊光線を解き放った。

 数多のマイナスエネルギーを吸い込んだ破壊光線と二人の必殺光線がぶつかり合い、その場で爆発相殺。それで発生した爆煙の中から、二本の触手がガイアとエクシードエックスを拘束した。

 

「これは――」

『ぐッ、ああああああッ!!』

『力が、盗られ……ぅあああああああッ!!』

 

 ザイゴーグの胸から伸びた触手が絡み付き、そこからエネルギーを直接吸い取られてしまうガイアとエクシードエックス。その身に帯びた光が奪い取られ、其れを糧にしたのかザイゴーグの口から放たれる破壊光線が更に二人を追い詰めていく。

 そして地面を血の海のように赤黒く染め上げていくザイゴーグ。移動手段としても使っていた地面の液状化能力だった。

 

『こいつ、何を……ッ!!』

「ザイゴーグの能力の一つだッ! ヤツはこうやって、世界を地獄に変えていくんだッ!」

『其処に俺たちを引き摺り込もうって言うのか……ッ!!』

『この世界を、地獄に……』

 

 エックスの言葉を聞いて、響の脳裏に多くの人の姿が浮かばれる。それは自分を照らす数多くの陽溜り……大切に思う全ての存在だった。そんなあったかい世界を、眼前の魔獣は地獄に変えようとしているのだと彼は言った。

 自分が大切に思っているみんなを、その”みんな”其々が大切に思っている”みんな”を、そんな数多の生命が息衝くこの世界を守護ること。それは響にとって今しなければならない、今までで一番大きな【人助け】だ。

 破滅を齎す暗黒卿は、そして眼前の閻魔獣と呼ばれし魔獣はその為に討たなければならない存在。決して、相容れることのない存在なのだ。それに……

 

(……それに、了子さんに頼まれたんだ。【あの子】を助けてあげてって……。

 【あの子】にも頼まれたんだ。この地球(ほし)に生きるみんなを、みんなの未来(あした)を守護ってって……。だからッ!!)

『――させないッ!! そんなことは、絶対にィィッ!!!』

「ああ、そうだともッ!! 大地、私たちもッ!!」

『そうだ、そんなことさせてたまるかァッ!!!』

 

 響の叫びが昂るフォニックゲインに変わり、ガイアの肉体を包む戦装束に輝きが増していく。隣のエクシードエックスもまた同様に、内包する七色の輝きをアーマーに宿らせていった。力を吸収していくザイゴーグに構うことなく光を高めていく。そして背部から翼を爆裂するように展開させてザイゴーグの触手を弾き飛ばす。

 またエクシードエックスも、サーガアーマーも左腕に装着されてあるブレスから光の刃【サーガカッター】を発生させて腕を封じる触手を切り裂き、そのままブレスが輝くと共にベータスパークソードを召喚。掴み取ると同時に身体を縛る触手の根元を断ち切った。

 叫び声を上げながら後退するザイゴーグ。だがすぐさまそれを追い、引き絞られたガイアのバンカーナックルとエクシードエックスのベータスパークソードの連続攻撃がザイゴーグを追い詰めていった。

 

『コレで終わらせるッ! 響ちゃんッ!!』

『はいッ! 大地さん、エックスさん、一緒にお願いしますッ!!』

「よぉし、行くぞッ!!」

 

 ガイアが天に拳を掲げると、アームドギアがパージされその拳へと集結する。そこにベータスパークソードが合体し、青と金の輝きを放つ撃槍が完成した。集束する光と共に左腕を前に突き出し右腕は内回りに一周、そして頂点に戻ったところで左右の腕で天を抱え込むようにもう一周仰ぎ回す。二つの腕は胸の前で構えられ、左手は右の撃槍に添えられていた。

 またエクシードエックスは左腕のブレスを胸の前で構え、光と共に斜め上へと伸ばす。そのまま大きく足を擦らせながら上体を捻り、胸元で溢れんばかりに蓄えられた輝きを包み込むように腕をX字に交差させる。その余波は地面を伝わり同じくX型に輝いていた。

 

『づぅあああああぁぁぁぁぁッッ!!!!』

「『サーガディウムプラズマァァァァァッ!!!!』」

 

 地面を蹴り神速でザイゴーグへ吶喊するガイアと、其れと同時に前を向いて両手で巨大な光弾を押し込み発射するエクシードエックス。ガイアの周りを螺旋(まわ)りながら向かってくる巨大な光弾に、ザイゴーグもまた持てる力の全てを鮮血の破滅光線として胸から発射。だがそれをも打ち消しながら、胸の発射口へと光弾と撃槍は叩き込まれていった。

 ザイゴーグの口から断末魔の咆哮ががなり立てられる。其処へ駄目押しとばかりにガイアの右腕の撃槍が杭打機の如く打ち込まれ、内部で光が爆裂する。爆ぜた光はザイゴーグの身体をX字に走り、ガイアが振り向くと同時にその巨躯を粉微塵へと爆発四散させた。

 右腕に集中したアームドギアが再度プロテクターとして装備し直されるガイア。其処へ歩み寄ったエクシードエックスと力強く握手し、一度握り直すと互いにその手を天へと掲げていく。激戦の末に地の破滅魔獣を討ち斃した二人のウルトラマンのその行動は、正に勝利の証だった。

 

 

 

 

 天、海、地。黙示録を体現せんとする三つの破滅魔獣を全て斃したシンフォギア装者らとウルトラマンたち。ガイアとエクシードエックスの佇む東京に、太平洋からはエースと80が、オーストラリア上空からはゼロとネクサスが飛来し、再度合流を果たした。

 

「やったか、みんなッ!」

『コダラー、シラリー、ザイゴーグ、各怪獣の反応、完全に消失しましたッ!!』

 

 弦十郎に届けられた藤尭の言葉は、通信機を経由してレイライン・ネットワークを繋ぐ世界配信機器にも通じていった。加えて東京に集合する六人のウルトラマン。それはそのまま、地球全体にウルトラマンたちの勝利の瞬間を届けていったのだ。

 それを見た世界中に、割れんばかりの歓声が巻き起こる。力を奪われながらも勝利に喜ぶ人々の歓喜と安堵の入り混じった声だった。

 

 

 

だがしかして、その”声”は再度世界に向けて重く轟き始めていった。

 

『……恐れろ……喜ぶな……』

「これは……ッ!」

「暗黒卿かッ!」

 

 戦いを終えたはずのウルトラマンたちの元に、聳え立つようにその姿を見せる巨大暗黒卿。全員がすぐに構えを作っていく。

 

「ヘッ、どうだこの野郎ッ! テメェの目論見は、コレで全部ご破算だぜッ!!」

『……終わらぬ……。終わらせぬ……。

 我はマイナスエネルギー……。破滅を司る邪心にして邪神たるもの……。我は……ワレ、ハ――』

 

 声が途切れた瞬間、巨大暗黒卿のローブの内から形容できぬ声らしき音が世界中に轟いた。真っ当な人の正気さを奪う、正しく破滅の歌のようにも思えた。

 

「――ッ! みんな、全力で一斉攻撃だッ!!!」

 

 その衝撃にやや後退しながらも、即座に指示を出したのはエース。その言葉に反応して、ウルトラギアを纏ったウルトラマンたちが装者の歌と聖遺物の特性を掛け合わせた最大の攻撃の準備をする。エクシードエックスもまた、先程のサーガディウムプラズマーを再度構え、暗黒卿に向けて六人の必殺攻撃が一斉に解き放たれた。

 だがその鳴き声の主……巨大暗黒卿のローブの中で蠢いていた邪神は、それらの攻撃を闇で掻き消し、ついにその姿を現した。そしてウルトラマンたちに、獄氷の驟雨を撒き散らすように降り注いだ。爆裂と共に地面が凍結し、闇が更に地球を傷付けていく。凍て付き行く地はさながら、神曲に綴られた氷結地獄(コキュートス)のようでもあった。

 

 其れは名伏せがたきもの。

 無限に渦巻く闇黒の中から、鮮血のような赤く輝く眼を漲らせ、渦に沿うようでありながらも無規則に飛び出た棘が牙を思わせる。その圧倒的な闇黒と破滅そのものの姿は――

 

「――闇黒魔超獣、デモンゾーア……ッ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは奇しくもメフィラス星人だった。

 

『ご存じ、なのですかッ!?』

「……別の地球にて、超古代都市ルルイエを破滅に導いたとされる【大いなる闇】……邪神ガタノゾーア。地球を暗黒に染め上げつつ超古代から復活したそれは、その世界の光の巨人に斃されてしまう。しかしその憎悪と怨嗟、光の巨人に相対するように存在した闇の巨人を取り込むことで邪悪さを増して蘇った存在だ……。

 暗黒卿め……まさか自らに内包するマイナスエネルギーと、ヤプールやエタルガー、先程の破滅魔獣たち全てを贄にしてその身を邪神へと変えるまでに至ったのか……ッ!」

 

 デモンゾーアの畏容を見て、初めて感情的に言葉を放つメフィラス星人。歓喜か畏怖か、はたまたそれがない交ぜになった恐悦の域に達していたのかもしれない。ただ彼は今、曝け出した感情のままに言葉を放っていった。

 

「70億の絶唱でこの闇は払えぬとは言ったが、あそこまでマイナスエネルギーを内包しているとは……。やはりこの世界は、根源的に破滅を望んでいると言うのかねッ!」

 

 降り注ぐ獄氷に対し、力の全てでバリヤーを展開して自分の身と移動本部を守護るメフィラス星人。だが停泊する移動本部の周囲も全て凍て付き、逃げ場を失ってしまったとも言える状態に陥ってしまう。

 装者とウルトラマンたちも反撃すべく放った全ての光線技も打ち消され、デモンゾーアから繰り出される圧倒的な攻撃に晒されて遂にその膝を付いてしまう。

 またその一方で、無限に広がりを続けるデモンゾーアは世界の全てを更に深淵の闇黒である自分自身で覆い尽くそうとしていた。避難をしている人たちの眼にも、すぐ真上の空を見上げれば其処には邪神の禍々しい貌が浮き上がり叫び声を上げていた。

 其処から吐き出されるは獄氷の驟雨にのみならず、獄熱の劫火、獄迅の雷霆、獄血の泥濘。世界を氷結地獄の各界円へと変え破滅を齎す闇黒の輝きだった。

 

 誰もが恐怖で竦んだ。

 誰もが絶望に染まった。

 誰もがもう、世界の終焉(おわり)を確信した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はず、だった。

 発せられたのは何処からともなく飛び出した、矮小でありながら何よりも強大な”声”だった。

 

 

 

「おまえなんか、こわくないぞぉッ!!」

「ウルトラマンたちが、お前なんかに負けるもんかぁッ!!」

「がんばってッ! ウルトラマァーンッ!!」

 

 

 

 それは無垢なるものの叫びだった。

 無垢なるが故に正義の使者たる光の巨人の勝利を疑わない者たちの叫びだった。

 

 

 

「……そうだ、ウルトラマンはまだ負けてないッ!!」

「何度倒されても、傷付いても、何度でも起ち上がって来たッ!! 俺たちの為に帰って来てくれたッ!!」

「応援しましょうッ! 風鳴翼も言ってたもの。私たちの諦めない心が、ウルトラマンたちの力になるんだってッ!」

「子供たちが信じている彼らを、私たちも信じなきゃッ!!」

 

 

 

 無垢なるものらに心を動かされ、その叫びは伝播していく。広く、大きく、この世界に。

 

 

 

「Mr.グレイザー、此処は危険ですッ!中にッ!!」

「いや、此処で良い。ツバサの歌がまだ聴こえているのだ、アーティストとしての彼女の身を預かる私が、今を歌う彼女を励まさなくてどうする」

「で、ですが……」

「私の身を案じ行動する君は優秀だ。だが、君も心から信じてみたらどうかね。世界の歌姫マリアの、彼女の仲間たちの、……そして私たちの友であるツバサの、生命の歌を」

 

 

「――……為すべき事を為せ、翼。友と手を取り合い、この暗雲を越えて何処までも……」

 

 

 

 人は信じていく。微かにでも流れ続ける少女たちの歌を。

 

 

 

「響、頑張れ……ッ! 俺にはそれしか言えないけど、誰かの為に頑張る響は誰がなんと言おうと世界一の愛娘だッ!

 だから、あんなものなんかに負けるなぁぁぁぁッ!!」

 

 

「なにが邪神よッ!! そんなものなんかに、正義の味方が負けるわけないんだからッ!! いったれぇ響ィィィィッ!!!」

「私たちは応援するしか出来ませんけど……それが立花さんやみなさんの力になるのなら、精一杯応援しますッ! ずっと、していますからッ!!」

「みんなビッキーたちを信じてるからッ! だから怖くなんかないッ! 絶望なんて、してやるもんかぁぁぁッ!!」

 

 

「此処が正念場だッ!! 世界の命運、なんとしても掴み取れッ!! ――そして全員、死んでも生きて帰って来いッ!!!」

「翼さんなら、皆さんなら必ず勝ち取れますッ! だからその羽撃きを止めないでッ!!」

「みんなまだ、生きる望みを捨ててなんかいないからッ!!」

「どんなときでも、みんなはひとりなんかじゃないからッ!!」

 

 

「一人だと進めない時、動けない時は、一緒に明日を信じられる誰かと共に戦う事を、進むことを皆さんが教えてくれましたッ! 恐れる心を乗り越えて、みんなで一緒に明日をボクは歩いていきたいですッ! だからッ!!」

「響は……みんなは、ウルトラマンたちは諦めない。絶対に、絶対に……ッ!!

 だから私もみんなも、生きることを諦めないッ!! だから……頑張れぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

 

 人は抗っていく。其処に希望がある限り、絶望の暗雲にも立ち向かっていける。

 

 

 氷結地獄と化した世界だとしても、龍脈(レイライン)は再度輝きを放ち、人々は再度希望の欠片を歌にしてウルトラマンたちへと届けていく。その光を受けてウルトラマンたちは再度立ち上がり、光を撃ち放っていく。だがデモンゾーアは、未だ其れを尽く消し去っていく。

 【70億の絶唱】では払い切れない、邪神が齎す大きすぎる闇。

 

 

 少女は独り、その地球(ほし)に伝わるヒトの輝きの集まる場所に居た。

 

 

『みんなからこんなにも力を貰っているのに……ッ!』

『諦めちゃ駄目デスッ! アタシたちは絶対に、負けないのデスッ!!』

『ッたりめぇだッ!! こうなりゃとことんまでやってやろうじゃんかッ!!』

『そうだッ! 俺たちは、最後まで諦めたりはしないッ!!』

『皆の想いを、願いを無駄になどしない為に……ッ!!』

(世界中のみんなが、私たちに負けない力をくれる限り――ッ!!)

(何度だってこの胸の歌を、命を燃やして撃ち込んでいくまでよッ!!)

 

 決して諦めんとばかりに意気を高める装者たち。だが立ち向かう現実は今その手にある奇跡だけでは力不足であることも、何処かで理解ってしまっていた。

 まだ足りぬと。この命を燃やしても、果たして届くかどうかも理解らぬほどにこの邪神が齎す闇は何処までも深く果てしないのだと。それを知らしめるべく、デモンゾーアの口らしき場所から四つの真獄を表す破滅の光が吐き出される。思わず防御の姿勢を取るウルトラマンたち。だが突如、その破滅の光の横から黄金の渦が放たれ、掻き消していった。

 思わずその方へ向くウルトラマンたち。其処に居たのは、編み込んだ黄金の髪を靡かせる一人の小さな少女――キャロルだった。

 

(キャロルちゃん……どうして……ッ!)

「何を呆けているッ!! 彼の邪神、斃さぬ事には世界を守護れぬことは火を見るより明らかだろうがッ!!」

『だけど、お前のソレは――』

「言っただろう、使うべき時が来たらこの力を使う……ただのそれだけだとッ!!」

『それでもッ! 私たちはあなたを犠牲になんかしたくないッ!』

『せっかくみんなで繋いだ命だっていうデスのにッ!』

「――……そうだな。だが、守護るべきを守護れずに……パパの為にと足掻き続けてきたこのオレが何もせずにただ消えるなど、臍の下に虫唾が這い擦り回り止まらんのだよッ!!!」

 

 キャロルから更に放たれた”想い出”を償却させて生み出した、”70億の絶唱”をも凌駕するフォニックゲインが、龍脈(レイライン)を通じて溢れる世界中から放たれた”70億の絶唱”と共に、六人のウルトラマンを包み込む。

 

「なんて、エネルギーだ、コイツぁッ!! まるで、爆風じゃねぇかッ!!」

「この地球(ほし)に生きる全ての願いと、キャロルの燃やす”想い出”とがユナイトして……ッ!!」

「だがその償却されたマイナスエネルギーは、キャロルの生命その物……。苛烈でありながらこんなにも哀しい想いが、これ程までの力になるとは……ッ!」

「怖じるなッ!! あの子の一所懸命を、俺たちが受け止められんでどうするッ!!

 一緒に戦うんだッ! この地球(ほし)に生きる皆の想いも、キャロルの想いも共にして、勝利を掴む為にッ!!」

 

 デモンゾーアが放つ四種の闇の攻撃の全てを弾きながら、ウルトラマンたちも声を上げる。気を抜いたが最後、この巨人の身体ですら崩れ去らんとする程のエネルギーの奔流に晒されているのだ。制御の効かぬ今、ただ立っているのが精一杯だった。

 

「そうだ、勝てなくては意味はない……。たとえ、命を失ってもだッ!!

 ――……ならば、既に失われていたものの命が一番安いはずだろう?」

(そんな事ないッ! キャロルちゃんの命も、みんなと同じぐらい大切で、かけがえのないもので……そこに差なんてないんだよッ!? 私は、キャロルちゃんを――)

「オレを救うと言うのなら、オレの”想い出”を以てこの世界を守護り抜けッ!! パパが愛した世界を、オレのなけなしの勇気で守護らせろッ!!!

 誰かを傷付けるだけじゃないと吐かしたその拳でッ! 呪われし旋律をも書き換えたその歌でッ!! ぜんぶぜんぶ守護り切ってみせてよォッッ!!!」

 

 キャロルの咆哮に思わず涙する響。調や切歌、クリスも思わずその眼に涙を浮かべ、頬へと伝わらせていた。翼とマリアは涙を必死に堪えつつも、その奥歯は砕けんばかりに強く噛み締めていた。

 天羽奏のように、セレナ・カデンツァヴナ・イヴのように、ナスターシャ教授のように……キャロルもまた、世界を守護る礎となるべく遺された僅かな命を燃やし尽くす事を決めたのだ。そんな彼女の叫びで再度理解する。彼女を止める言葉など誰にも持ち得ないし、止まることなど有り得ない。

 だとすればもう、出来る事は唯一つしかない。

 

『――……歌うぞ、みんなッ!』

(私たちは……キャロルの覚悟に応えなければならない。マムやセレナたちと同じように、彼女が私たちに託した生命を無駄にしない為に……ッ!)

 

 翼とマリアの言葉を聞き、他の装者たちが小さく頷いた。眼尻には未だ涙が浮かんでいながらも、その瞳には強い輝きと共に闇黒の空へ――デモンゾーアへと、向けられていた。

 

 ――そして、少女たちの口から最後の歌が奏で紡がれる。

 

 

 

   Gatrandis babel ziggurat edenal.

   Emustolronzen fine el baral zizzl.

   Gatrandis babel ziggurat edenal.

   Emustolronzen fine el zizzl.

 

 

 

 シンフォギアに秘された最後の歌――絶唱。

 その歌はフォニックゲインを瞬間的にではあるが爆発的に増幅させ、各々が纏うギアの絶唱特性を最大限に引き出すことで其処にある真の力を解き放つ、彼女らに残された最後の手段である。

 【人類の全てから齎された70億の絶唱】、【償却した想い出が生む単騎にて70億を凌駕するフォニックゲイン】、そして【装者らが自ら解き放った胸の内の絶唱】……。この荒れ狂うフォニックゲインの中、彼女らが考えていたのは唯一つだった。

 両腕を掲げるガイアの背に、ネクサスがその左腕を強く触れていく。そして二人を囲むように、ゼロ、エース、80、エックスが自然とその手を繋ぎながらガイアとネクサスに向けていた。

 

(――S2CAッ!!! ウルティメイトバージョンッ!!!!)

 

 響の叫びと共にただの暴風だったフォニックゲインがガイアを中心に螺旋をはじめ、其の場で集束を始めていった。

 

(キャロルちゃんが……みんながくれたフォニックゲインッ!! その全てをガングニールで束ねッ!!!)

(アガートラームで制御と再配置ッ!! 今一度、奇跡を超克するッ!!!)

 

 七色の輝きとなったフォニックゲインの大嵐が、それぞれのウルトラマンへと降り注いでいく。

 だがまだ……その超絶的なフォニックゲインが齎すバックファイアは巨人たちが纏う装鉄鋼をも砕き光へと変えていく。いくらガングニールの集束とアガートラームによる制御を掛け合わせようとも処理しきれるものではなかったのだ。

 それでもまだみんなが耐えている。大地もまた、エックスの体内で初めて味わう超高密度のフォニックゲインをただひたすらに耐えていた。

 恐らくこのエネルギーをそのまま発射すればそれだけでも驚異的な力になるだろう。だがきっと、それでもあの邪神を斃すには至らないと言う不思議な確信が大地の中であった。これだけ集まったみんなの力を、”真に一つ”にするにはどうするべきか。異邦人であり装者でもなんでもない自分に、一体何が出来るのかと。

 それを思った瞬間、大地の脳裏に一人の男の姿が過った。黒い帽子に皮のジャンパー、やや不愛想ながらも正義感の強い、とある風来坊の青年が大地に向かって声をかけた。

 

『だったらお前に出来る事をすればいい。ワン・フォー・オール……お前がみんなの為を想うなら、この力も使えるはずだ。

 ――それがユナイトってヤツ、だろ?』

 

 幻覚か錯覚か、見開いた眼に映る姿は何もない。だがその眼前には一枚のサイバーカードが現れていた。今の状況と同じく、似て非なる異世界で出会ったとあるウルトラマンの力の片鱗が。

 大地は迷うことなくそのカードを掴み取る。そして心の底より、全員に向けて力強く声を上げた。

 

『みんな、俺の最後の切り札を使うッ! 最後まで一緒に戦おう……この全部の力を、一つに重ねてッ!!』

 

 共に戦う者たちがそれぞれ肯定の言葉を返していく。だが果たして、大地の言葉の意味に気付いた者は居なかっただろう。それでも抱く想いは同じだった。大地が『切り札を使う』と言ったのだ。それがどんなものであれ、信用と信頼に当たるものであると言う、強い確信が。

 

「大地、そのカードは――」

『ああ。……力をお借りします、ガイさんッ!!』

《ウルトラマンオーブ、ロードします》

 

 エクスデバイザーでリードした、大地の持っていた……否、与えられた最後のサイバーカード。その力が解放された時、周囲に吹き荒れるフォニックゲインの大嵐が彼らの周りを包み込む巨大な光の球体(オーブ)となって闇黒の天へと浮かんで行く。

 その光球の中で少女たちは、【奇跡を以て奇跡を殺戮し、更なる奇跡を誕生させる】などと言う異形の励句を吼え叫んだ。

 

 

『ジェネレイトォォォオオオッッ!!! エクスッッ!! ドラァァァァイブッッ!!!

 ウルティメイトオオォッッ!!! ユゥナイトオオオオオオォォォォッッ!!!!!』

 

 

 黄金の蕾から光が溢れだし、花が咲くように大きく開いていく。

 光は地球の全てへと広がり、花弁のように邪神の闇を遮る膜となっていた。

 その中央から出で来るは、オーロラの如き虹色の気を放ちながら黄金に光り輝く一人の巨人――闇黒魔超獣と同等の巨躯を持つ、カタチを持った光そのもの。

 人と光と歌の完全融合……その極致が今、邪神の前に顕現した。其の名は――

 

 

『ウルトラマァァアアアアンッッ!!! シィンッッ!! フォォオオオギィアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』

 

 

 輝きは闇を独奏(つらぬ)き、風の音は調べ歌となり世界へと響き渡る。

 人々はただその奇跡の象徴に、闇を否定する福音の虹に、ある者は声を張り上げ、またある者は敬虔に祈りを捧げ続けていた。

 

「――……そっか。アレが、”奇跡”っていうものなんだね……パパ……」

 

 龍脈(レイライン)の終着点、光が溢れるその中で、キャロルは手を伸ばしながら黄金に輝く彼の者の姿を力無く眺めていた。その半身は既に償却され、自身の存在そのものに限界が訪れているのは自分でも理解出来ていた。

 そんな彼女の耳に届く声があった。自分自身と似通った、だが既に自分自身とは全く別の存在と化した”もう一人の自分”……エルフナインの声だった。

 

『キャロルッ! 返事してキャロルゥッ!!』

「……エルフ、ナイン、か……」

『すぐに迎えに行くからッ! だから少しだけ待っててッ!』

「……可笑しな、話だ。総ての想い出を炉に焚べて、この身諸共全てを消え去ろうとしたと言うのに……オレはまだ、此処に――」

『それはきっと、キャロルが此処に居ても良いって事なんだよッ! だから……』

 

 おぼろげな眼で光を見つめるキャロルは、首を横に振ることもなく否定の言葉を紡いでいった。

 

「いいや……きっとほんの少し……【赦し】を請い、償う為の一時を与えてくれたんだ……。お前らに繋がれ、パパの望んだ真理へと少しでも近づくために……」

『【赦し】……。ボクが提示した、命題の解答……』

「――ああ……いつかのある日……パパと語り合ったっけ……。この世に生きることの喜び……そして、悲しみのことを……」

『キャロ、ル……?』

「その時パパが言ったんだ……。どんなに辛く悲しい事があっても……決して、泣くんじゃないよと……。そんなこと、出来やしなかったのにね……」

 

 キャロルの頬を伝う涙。呼び起こされるは炎の記憶。何よりも忌まわしく呪わしく、それでいてほんの一握りの愛しさが遺る想い出。それすら焼き尽くしても世界の解剖は為せなかったと言うのに、今はそれが僅かな命の糧となっていた。繋がれた掌に残った温もりが、僅かな命を繋ぎ止めていた。

 そんな滑稽な我が身を小さく嗤うキャロル。自分の名をひた叫ぶエルフナインにゆっくりと言葉を語り聞かせていく。かつて受け取ったものを、未来へ継ぐかのように。

 

「……キミも”私”だから、辛くて悲しい時に泣かないなんて事は出来ないよね……。だから、せめて……拳を固めて胸を張り、空を見上げて立っていよう……。

 太陽が微笑み、そよ風が吹く空を……鮮やかな緑が栄え広がる丘から……。

 ――そして、世界、を……」

『キャロルッ!! キャロルゥゥゥゥゥッ!!!』

 

 ……かくして、キャロル・マールス・ディーンハイムの”人格と意識と記憶”を植え付けられたマイナスエネルギーの欠片は、ヒトの持つ光に抱かれながら自身の肉体をも光へと転化させ、70億の絶唱の一つとして消滅していった。

 包まれたその光の中で、彼女の意識が最後に何を見たのかを……知る者は、居ない。

 

 

 

 ブリッジでは、自らとほぼ同じ存在であったキャロルの償滅を全身で感じ取ったエルフナインが大粒の涙を零しながら、堪えきれぬと理解っていても必死に堪えながら俯いていた。

 

「エルフナインちゃん……」

 

 其処へ優しく肩を抱くように手を添える未来。彼女のその温もりを感じながらもエルフナインは其処へ甘え逃げ込むこともなく、止め処なく溢れる涙を強く拭い取り、前を向いていった。

 

「……ありがとうございます、未来さん。ボクは……今、大丈夫じゃないかも、しれません。

 でも……キャロルに言われました。拳を固め、胸を張って……空を見上げて、立っていろ、と。

 ……泣くのは皆さんが帰って来てから、その時にいっぱい泣かせてもらいますから」

 

 その儚くも健気な笑顔に思わず抱きしめたくなる。だがそれは今すべき事ではない。未来もそれを理解っていた。ならばせめてと、そっとエルフナインの手を握りしめていった。一番の親友にいつもやるように、優しく包み込むように。

 その温もりを感じたエルフナインと目が合うが、未来は何も言わずに微笑んでいた。胸にある想いはただ一つ、愛する者たちをただ【信じる】ということだった。

 

 全ての人が、皆等しく――。

 

 

 

 

 闇そのものであるデモンゾーアに対し、光そのものとなったウルトラマンシンフォギア。最後の戦いはデモンゾーアの異形の咆哮が戦鍾となり開始された。

 闇から伸びる無数の触手、其れに対して最早光の塊と言わんばかりの拳から光を放ちながら薙ぎ払う。其処にあったのは無限の軌道と回転を為す光の鏖鋸と魂を刈り取る光の獄鎌が融合したモノだ。

 

『ムゥゥゥンッ!! トォアアアァァッ!!!』

 

 両手にその巨大な光輪を作り出し、外に向かって発射する。超光速回転をしながら地球全体を覆う闇を切り刻んでいく。光輪が走り闇を削ったところからは陽光が差し込み始めていた。

 その攻撃を目の当たりにし、デモンゾーアが更に獄氷の楔を打ち込んでいく。しかしウルトラマンシンフォギアはその両腕を前に突き出すと共に、掌から獄氷の楔を撃ち落とすべく光の魔弓より七色に輝く嚆矢が放たれた。

 

『シュワァァァッ!!!』

 

 獄氷を全て撃ち落とした虹の嚆矢はそのまま闇を撃ち貫き、更に光を齎していく。デモンゾーアはその叫び声と共に触手を収束させ、雷霆伴う巨大な爪と化し光を引き裂こうと振り下ろす。

 だがそれも即座に食い止められた。ウルトラマンシンフォギアがその手に握っていたのは、鵬翼にも似た巨大な日本刀――光の絶刀だった。

 

『ズェエェェェリャァッ!!!』

 

 力強く闇黒の猛爪を弾き飛ばし、そのまま其れを叩き斬る。そして返す手で、虹色の稲妻を伴う剣閃を放ち振り抜いた。弧を描く雷虹は闇を断破せしめ、天の光を更に呼び込んだ。

 だがデモンゾーアの攻撃は止まらない。残された闇を収束し、自らの同位分体を左右に作り出し、劫火と鮮血をその口から一気に吐き出していく。しかしそれを遮ったのは、左腕に纏われた光の銀腕と右腕に携えられた光の撃槍。両の腕から虹の輝きを噴出させて、デモンゾーアの同位分体に手刀を放っていく。

 

『イイィィッサァァァッ!!!』

 

 X字に斬り付けられたデモンゾーアは明確に怯みを見せ、闇を再度一ヵ所に集中させる。だが其処へ、銀腕と撃槍を打ち付けたウルトラマンシンフォギアがその両腕の間に虹色の光を連環させながら大きく身体を屈めていく。

 そして後ろへ振り被ると共にその反動で上半身を前に突き出し頭部と両腕を交錯させて極限まで力を高めた光刃を発射した。

 

「オオオォォォ……デェェェッヤアァァァァッッ!!!!」

 

 デモンゾーアの貌と思しき部分に直撃する光の刃。光は闇を爆散させ、其処からは太陽の光が一瞬だが間違いなく差し込んだ。

 だがデモンゾーアも、またも闇を其の場に集め降り注ぐ光を遮り、自らの肉体を作り上げては貌を覗かせる。しかし、この深く果てしないはずの闇もその底が見え始めていたのも事実だった。

 一瞬の膠着、そして邪神から発せられたのはヒトの言葉だった。

 

『……何故、恐れぬ……。……何故、抗える……。所詮は70億の欠片と、ヒト一人の燃やした想い出……。なのに何故、この地球(ほし)のマイナスエネルギーが……』

「決まっているさッ! 俺たちは今、この地球(ほし)の全てとユナイトしているんだッ!!」

「皆が見上げるこの果て無き未来(そら)が――ッ!!」

「みんなが信じて抱き進む未来(ゆめ)が――ッ!!」

「みんなが心から交わし合える、」

「みんなで仲良くし合うための、」 「「未来(えがお)が――ッ!!」」

「みんなが生を諦めないと望み輝く未来(きずな)が――ッ!!」

「みんなと手を繋いで紡いでいく未来(あした)が――ッ!!」

 

『私たちみんなの手に、握られているんだッ!!!』

 

 一層の輝きを見せるウルトラマンシンフォギア。七色の輝きが両腕に集中し、光そのものである彼の肉体が鎧われていく。命の歌が更なる光を生み出し放ち、限界を超えた連環を生み出していた。

 その自らを飲み込むほどの輝きに、デモンゾーアは形容できぬ鳴き声を叫び上げる。だがまるでそれは、理解出来ぬものに対してただ吼え立てることで拒絶するかのようでもあった。

 咆哮と共に解き放たれる闇の極大光線。だが虹色の掌がそれを受け止め、抱き締めるように胸元へと寄せていく。闇黒はその手の中で光へと変わっていった。

 

地球(ほし)のマイナスエネルギー……それは自らが傷付けられ続けていた痛み、悲しみ、恐れ、憎しみ……。誰だって感じる、暗い気持ち。

 ――そう、私たちと同じ想いを抱いていたんだ。だから理解った……理解ることが出来た。

 地球(ほし)は破滅なんか望んじゃいないッ!! ただ【生きたい】と、誰よりも必死で叫んでいたんだッ!!!』

 

 光へと転化した地球(ほし)のマイナスエネルギーが両腕の籠手に吸収され、展開と共に光を噴出させていく。

 

『私たちはみんなを守護るッ!! 人も、命も、世界も、地球(ほし)も――全てをッ!!!』

 

 巨大な光が動きを始める。

 胸の下で虹色の両腕をぶつけ合い、胸の前で光の無限連環を作り出す。円運動と共に左腕を上に、右腕を水平に。そして両手を天へ向けて重ね合わせる。

 光が動く間にも闇は破滅の閃光を放ち続ける。だが世界からの残響を重ねる奇跡は、地球(ほし)と共鳴を続ける魂は、破滅の光を尽く飲み込んでいった。

 右腕を腰溜めに構え、左腕を一度胸元へ構えた後に水平に伸ばし、そのまま全身で大きく身体を捻っていく。足底からも溢れ出す光は七色の葉を持つ金色の華のように広がっていった。

 

『……恐れろ……滅びろ……なにも、かも……』

『これが人とッ!!!』

『光とッ!!!』

『歌とのッ!!!』

 

 

 

  『きぃずなだあああああああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!』

 

 

 

 光の巨人がその腕をL字に組み上げる。瞬間、両腕全体から虹色を内包する黄金の光線――【UNLIMITED UNITE BEAT】がデモンゾーアに向けて発射された。

 闇に向けて放たれた光の中に、カタチを為した人間たちの姿が在った。

 回転鋸が変形した機械人形を繰り操る、緋色の鏖鋸(シュルシャガナ)を持つ少女。

 飛竜の爪が如く大型化した三又の鎌を奮う、翠色の獄鎌(イガリマ)を持つ少女。

 巨大な超機動武装砲台で吶喊する、紅蓮の魔弓(イチイバル)を持つ少女。

 右手に携え廻した両刃の剣に炎を纏わせ翔る、蒼穹の絶刀(天羽々斬)を持つ少女。

 左腕に巨刃を伸ばして輝きと共に独奏(つらぬ)き進む、純白の銀腕(アガートラーム)を持つ少女。

 そして正義を信じ握り締めた拳に機械仕掛けの籠手を纏わせ、その身を槍として最速で最短で真っ直ぐに一直線に突進する、黄金の撃槍(ガングニール)を持つ少女。

 皆がそれぞれデモンゾーアへと向かい、想いの全てを乗せた攻撃を光線と合わさったままに撃ち放つ。闇はそれを喰らおうと受け止めるが、やがてデモンゾーアの肉体である闇は光に変わっていった。

 

『……ぐ、お、おおお……。

 ……だが……マイナスエネルギーが、ある限り……我は幾度でも……世界を、破滅に、導こう……。……すべてを、静寂なる闇黒に……』

『無駄だぁッ!! どんなになろうとも……人の心から光が消え去ることは無いッ!!!

 胸の歌が途絶えることは、無いんだああああああああッ!!!』

 

 虹を内包する黄金の光はデモンゾーアの総てを包み込み、天空でその残滓すら遺らぬほどに輝き爆ぜて散った。闇の消え去った天には陽光が地と海を照らし、世界に光を取り戻したのだった。

 

 

 ウルトラマンシンフォギアは、その両手を天に伸ばし輝きを世界へと還していく。光を取り戻した世界は、氷結地獄の全てを消滅させ破滅位相――異形の海の存在も消し去って行った。

 やがて全ての光を地球に還した後、完全融合が解除され日が傾き始めた東京の地にウルトラマンエース、ウルトラマン80、ウルトラマンガイア、ウルトラマンネクサス、ウルトラマンゼロ、ウルトラマンエックスの、六人のウルトラマンが佇んでいた。

 人々の大歓声を、その巨大な身に浴びながら……。

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、光の巨人に選ばれた者たちは皆、移動本部付近の埠頭に居た。

 途中で破滅閻魔虫との激しい攻防を行なっていた弦十郎と慎次の二人とも合流し、未来やエルフナイン、藤尭やあおいが出迎える移動本部に戻って来た。その頃にはもう、陽は赤く染まり水平線の先へ行こうとしていた。

 

 みんな笑顔で迎えてくれたはずなのに、突如エルフナインが泣き出したのには誰もが驚きを隠せなかった。思わずマリアが抱き締めながら、慰めるようにその仔細を尋ねていく。彼女の口から泣き声と共に出て来たのは、キャロルの顛末についてだった。

 誰もがキャロルの迎えた終焉(おわり)に対し、気落ちしてしまう。アレだけみんなを守護ると豪語してきたのに、守護れなかったのだから。だが、其れに対して最初に言葉を発したのは星司だった。

 

「……兄さんが言っていた。『我々ウルトラマンは、決して神ではない。どんなに頑張ろうとも救えない命もあれば、届かない思いもある。大切なのは、最後まで諦めない事だ』、と……」

「みんなは最後まで諦めなかった。そしてキャロルも……最後まで自分の命と向き合い、悔いのない……諦めない為の選択をしたんだと思う」

『マイナスエネルギーとしてただ消えるよりも、そんな運命に抗い抜いて消えた……か』

『あのゴモラもな……。我々は皆、失った生命を背負ってこれからを生きて行かなければならない』

「そうだね……。きっとそれも、”共に生きる”って事なんだろうな」

 

 大地の言葉に、全員が何処か納得したかのように首肯する。

 彼女らもみんな何かを失って来た。失った何かを背負って、今此処に立っている。決して消えない心の傷痕と、其処に遺されたもの……。それを決して忘失れることなく抱き続け歩んでいくことこそが、大地の言う”共に生きる”と言うことなのだろう。

 皆の言葉を聞いているうちにエルフナインは涙を止め、自然と一歩引き下がった。涙の痕で目が赤いが、その表情は落ち着いた笑顔になっていた。

 

「皆さん、ありがとうございます。キャロルをそこまで想ってくれて……キャロルの想いを、理解しようとしてくれて」

「そんな大層なことじゃないよ、エルフナインちゃん。……確かにキャロルちゃんが手を貸してくれなきゃ、みんなを守護り切るなんて出来なかったかもしれない。だけど、キャロルちゃんも一緒に守護れる方法が、きっと何処かに在ったんじゃないかって……。

 どうしても、そんな風に考えちゃうんだ。せっかく大地さんや皆さんが、良いコト言ってくれてたのにね! アハハ……」

 

 小さく肩を落とす響に、誰も声をかけることが出来なかった。

 彼女は欲深い。こと”人助け”に関しては、普通の人の何倍にも。だからこそ、未練や後悔に心を痛めてしまう。それは、この場の誰もが味わったことのある気持ちだった。

 そんな響の手を、未来がそっと握り締めた。優しく、包み込むように。

 

「未来……?」

「響、今度はちゃんと、キャロルちゃんの手を握れた?」

「……うん」

「私を止めてくれた時と同じように……キャロルちゃんの為にも、この手を握ることが出来た?」

「……うん」

「だったらその気持ちは、絶対キャロルちゃんにも伝わってた。伝わったからみんなに、響に力を貸してくれたんだよ」

「そう、なのかな……」

「うん。きっと……必ず」

 

 未来の言葉に次ぐように、他の装者たちも響の周りに集まってくる。そして誰もが思い思いに手をかけ合い、言葉を重ねていった。

 

「立花、私も幾度となく、如何にすれば奏を死なせずに済んだのかと考えた事があった。だが、その想いに縛られすぎて立花に迷惑をかけたこともあったな。

 しかし、その歪みを解く切っ掛けをくれたのは、他ならぬ立花……お前だった。そんなお前が独りで散った者の死という重荷を背負おうというのなら、私にもその重荷を分けてくれ」

「ったく、おめーはいつも独りで抱えすぎなんだよ。そのクセこっちの重荷まで背負い込もうとしやがるくせに、自分は渡さねーと来たもんだ。そーゆーの、卑怯って言うんだぞ」

「翼さん……クリスちゃん……」

「響さんたちが月からマムを連れて帰ってくれたから、私たちはマムともう一度会うことが出来た。マムの死を、背負うことが出来たんです」

「それはセンパイたちが諦めないでくれたおかげ……。みんながマムを背負ってくれたから、マムは守護りたかった場所へ帰ってくることが出来たんデスよ」

「キャロルの命を利用したのは、私たち全員の咎。ならばその咎は、私たち全員で背負わなければならない。……だから、独りで抱え込むのは止めなさい。少しずつで、良いから」

「調ちゃん……切歌ちゃん……マリアさん……」

 

 皆の言葉に思わず目頭が熱くなり、涙が溢れそうになってしまう。其れを慌てて裾で拭い、持ち上がった響の顔はいつもの明るい笑顔に変わっていた。

 

「ありがとう、みんな……。みんなに一緒に背負ってくれたからか、少し楽になった気がする! うんッ!」

 

 響の元気な声を聞き、周囲にはまた笑顔が咲く。其処に多少の偽りがあったとしても、その優しき偽りを諌め咎めるものは誰も居なかった。

 そんな彼女らの元に拍手をしながら近付いてくる一つの黒い姿が在った。メフィラス星人だ。

 

「お揃いのようだね、諸君」

「メフィラスさん……。あの、ありがとうございます。本部のみんなを、守護ってくれて」

「なに、気にする事は無い。私はただ面白全部で彼女の提案に乗っただけなのだからな」

 

 言いながら未来の方へ顔を向けるメフィラス星人。対する未来も、変わらず優しい微笑みを続けていた。

 

「……ねぇ未来、メフィラスさんと、一体何を……」

「えっと、うーん……なんて言えば良いのかな……」

「言葉を取り繕う必要もあるまい。君から提案してきたのではないか。【本当に大切なもの】とはなんであるか……その切っ掛けを知る為に先ず、立花響のように【人助け】をしてみてはどうか、と」

 

 臆面もなく語るメフィラス星人に、真っ先に驚きを見せたのは星司と猛だった。

 

「メフィラス星人に、人助けを提案だとぉ!?」

「これは……中々思い切ったことをしたね、小日向さん」

「え、えっと……そ、そんなに大変なこと、だったんですか……?」

『正にまさかの、だな。メフィラス星人は宇宙に悪名轟かせるあの悪質宇宙人。生半な相手ではない』

『ソイツを口説き落とすたぁ並大抵じゃねぇよ。お前、中々結構やるじゃねぇかッ!』

「当然ですッ! だって未来は、私の一番の親友なんですからッ!」

「ハッハッハ、私は種の中でも特別穏健な方だ。自身に利となる提案なら、喜んで受けるとも」

「えっ、えぇー……」

 

 自分の行いが如何に大それたことかを知り、思わず焦って顔を覆ってしまう未来。そんな姿を見て、また周囲に笑顔が咲く。そして今度は、響からメフィラス星人に尋ねていった。

 

「本当にありがとうございました。でも、メフィラスさんはその、【本当に大切なもの】を見つけられたんですか……?」

「さて、ね。だが、闇を討ち払った君たちの姿を見て、思うところぐらいはあった。それが切っ掛けになるやも知れんし、そうでないかも知れん。

 しかし、私は私の行動に満足感を覚えている。私にとって珍しい感情だ」

「きっとそれは、貴方に守護られ救われた命が貴方に感謝しているから。それを、貴方が知らず受け取っているから……だと思います」

「私に守護られ、救われた命……」

 

 未来の言葉を受け、自らの漆黒の掌を眺め見るメフィラス星人。そして眼前に居る、自らが監察対象としていた二人の少女……立花響と小日向未来。そしてその先には、他のシンフォギア装者たちやタスクフォース関係者、そして自らと敵対しているはずのウルトラマンたち。

 メフィラス星人の青い目には、それら全員の優しい微笑みが映し出されていた。彼らの表情から読み取れる。この者たちは、私に『感謝』しているのだと。この胸に去来する感情は、その感謝を受けたからなのだと。正に、小日向未来の言った通りに。

 そう自らの感情を整理している最中、彼の漆黒の大きな掌を突如誰かに握り締められた。眼を向けると其処には、満面の笑みを浮かべた立花響の姿が在った。

 

「メフィラスさん、やっぱり私には、誰かにこの地球(ほし)を渡すなんてことは出来ません。そんな権限なんて持っていないし、私自身、此処はみんなが生きる大切な世界だってよく理解ったから余計に渡せなくなっちゃいました」

「ふむ、理解っていたよ。例え何度君に尋ねようとも、君がそう解答すると言うことは――」

「ええ。でも、こうして手を繋いだら、繋がってくれるなら……私たちはもう知らぬ仲じゃありませんッ!

 侵略というのなら戦ってでも止めますが、友達としてこの地球(ほし)を訪ねて来てくれるのでしたら、私は歓迎します。そうやって少しずつでも仲良くなれれば、それは何よりも幸せなことだと私は知っています。

 ――それを、信じていますから」

 

 響の笑顔がメフィラス星人の視界に広がる。彼の顔は特に変わりはしない。だがその心は何処か意外そうに揺らめいていた。そして直感する。それこそが、【本当に大切なもの】に繋がる切っ掛けなのであると。

 その確信を抱きつつ、響に握られた彼の黒く大きな手は、優しく彼女の手を握り返していった。

 

 手を、繋げたのだ。

 

 メフィラス星人に握られた手から感じられる温もりに喜び破顔する響。そんな彼女に対し、彼にとっては珍しく思考をせずに言葉を放っていった。

 

「――エルヴィス」

「ふえ?」

「私の個体名称だ。メフィラス星人エルヴィス。

 この世界では種族名ではなく個体名で呼び合うのだろう? 私を『友達』と認定して接するというのであれば、必要なものであるはずだ」

「――……ハイッ! よろしくお願いします、エルヴィスさんッ!!」

 

 

 

 失くしたものがある。だがそれと同時に、その手に掴んだものがある。

 繋いだ手だけが紡ぐもの……それは時に哀しみを生み、時に喜びを引き寄せる。

 ヒトも、宇宙人も……今此処に隔たりは無く、繋いだ手の温もりに嘘は無かった。

 

 

 

「しかし、本当に良かったのかね? 此度の事変……いや、私を友と呼び迎え入れるというただその選択だけでもこの世界は変化を見せるだろう。

 それでも君は、君たちは、自らの想い願う未来(みらい)を握っていられるかね?」

「大丈夫ですッ! だって、光が見守ってくれてるこの世界には、歌があるんですからッ!!」

 

 

 赤く照らされる夕日の中、皆で微笑み合う彼女らを赤い靴の少女が嬉しそうに笑顔で見つめていた。

 

 遥か広がる空には、一番星が輝いていた――。

 

 

 

 

EPISODE26 end…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPILOGUE 【別離。そして時は未来へ】 -A-

 世界が闇で覆い尽され、人と光と歌が地球(ほし)と一つになってその強大な闇を祓い退けたあの戦いより、僅かばかりの時が流れた。

 未だ冬の寒さが残りながらも日差しが齎す陽気は、変わり往く季節を実感させる。そんな晴天のある日、二人の少女が街を歩いていた。仲良く繋がれた手……その中指には、アルファベットのAを象った同じ形のペアリング。手首には彩り豊かなミサンガが巻かれていた。

 

「だんだん暖かくなってきたデスねー、調♪」

「そうだね切ちゃん。でも、まだ風は冷たいね」

「調ってばいっつも手が冷たいから、風邪ひかないか心配デス」

「私はもう薄着で寝てる切ちゃんの方が心配。お腹は冷やすなってみんなに怒られてたじゃない」

「うぐぅ……! ま、まぁそれも兼ねて、またあったかいものをいただきに行くデスよ!」

(……逃げた)

 

 調の手を引いて走る切歌。幾度となく通った道、その角には何の店があるかは誰よりもよく知っていた。cafeACE……北斗星司がブーランジェとして働いていた、街中に小さく佇むカフェだ。扉を開けて入っていく二人。出迎えたのは――

 

「あ、いらっしゃい。調ちゃん、切歌ちゃん」

「七海おねーさん、こんにちはデェース!」

「お邪魔します、七海さん」

 

 このカフェの元店員である七海。今は彼女がこの店を取り仕切っていた。

 

「二人ともいつもので良い?」

「はい」 「デェス!」

「ん、りょーかい。作っとくからパン選んどいてね~」

 

 前より種類が減ったパンの棚から、さほど迷うことなくチョココロネとメロンパンをそれぞれトレーに乗せる調と切歌。カウンターでは七海が既に、調のカフェモカと切歌のキャラメルマキアートを作り終えて待っていた。

 

「はい。じゃあお代は、っと……」

「……はい、じゃあコレで」

「ん、丁度いただきました。毎度ありー」

 

 笑顔でやり取りをし終えた三人。と、ふと切歌がカウンターの奥にある、湯気の立った一つのコーヒーカップを見つけた。

 

「七海おねーさん、それは?」

「ん? あー、またミスっちゃってねぇ……。二人が来るとついクセで一緒にブレンドコーヒーも入れちゃうのよ。後で私が飲むから、気にしないで」

 

 そう言う七海に押し出されるように席へと着いていく調と切歌。二人には、あのコーヒーがなんであるか十二分に理解していた。

 椅子に座り、それぞれが頼んだ飲み物を一口飲んだ後トレーに乗ったパンを頬張る。数回咀嚼してから飲み込むが、二人の胸に去来したのは言い得もない寂寞感だった。

 

「……やっぱりちょっと、味が変わったデスね」

「うん……。でも、仕方ない。星司おじさんは、もう居ないんだから」

「そうデスね……。ちゃんと、お別れしたデスもんね。仕方ない、ことなんデス」

 

 調の言葉に、切歌の顔も何処か寂しそうに笑う。

 そのまま彼女らは、数週間前にまで想いを遡らせ記憶を再度思い起こさせた。

 

 彼らとの、別れの日のことを――。

 

 

 

 

 

 

 世界の命運を賭けた闇黒魔超獣との戦いが終わり、平穏が戻った世界。また一つの戦いを終え、皆が安らかな眠りについた時、突如として変化が齎されたのは、響とマリアにだった。

 マリアは意識の奥底で、自らが変身していた銀色の巨人……ウルトラマンネクサスと相対していた。

 

「……終わった、と言うのね」

 

 おもむろに口を開くマリアに、ネクサスはやはり答えない。――だが、知っていた。神が如き力であるバラージの盾。其処に残されていた力こそがマリアの自身に与えられていた力だ。それがまた、在るべき場所に還るというだけの事。ただそれだけだ。

 右手に握られていたエボルトラスターが光と化して、ネクサスのエナジーコアの中へと還って行く。それを少し名残惜しそうに見送るマリア。だがその眼はしっかりとネクサスの方へ向き、真っ直ぐ言葉を伝えていった。

 

「貴方の厳しさが、私を支えてくれていた。貴方の強さが、私を勇気付けてくれていた。……そして、貴方の優しさが私に【本当に大切なもの】を理解らせてくれた。

 光は、受け継がれていく魂の絆。誰かと繋がる事で何度でも輝く。その輝きを、より強くする……」

 

 ネクサスはやはり何一つ語らず、だが初めてその首をゆっくりと縦に振り首肯した。そしてその身を光と変えて、消えていく。

 今度はマリアは、もうその手を伸ばすことは無かった。

 

「――ありがとう」

 

 その心からの言葉だけを光に託し、光は何処へと飛び去って行った。元々はウルトラマンゼロに与えられていた力だ、彼の下に帰って行くのだろう。ただそう思いながら、光を見送っていた。

 途中で合流した赤と青の光からは、それぞれの光の持ち主らの笑顔が見えたような気がした。

 

 

 

 それと同じくして、響もまた意識の底で再度邂逅を果たしていた。そこに在ったのは暗い空間に揺蕩うフィーネ――櫻井了子の姿だった。

 

「了子さん!」

「お疲れ様、響ちゃん。そして、ありがとう。【あの子】を……この地球(ほし)を守護ってくれて」

 

 了子からの労いの言葉に、響は首を横に振る。

 

「私の力じゃありません。この地球(ほし)に生きるみんなの祈りが、地球(ほし)を愛する者たちの勇気が、地球(ほし)そのものの願いが、私たちに負けない力をくれたんです。

 キャロルちゃんも、その命を燃やして……」

 

 思わずキャロルの事を口に出した瞬間、了子が優しく響の頭を撫でる。思わぬ行動につい目を閉じるが、開いた先の了子の顔は優しい笑顔だった。

 

「みんなで背負う。そう決めたんでしょ? だったらそれを通さなきゃ。あんまり未練がましいと、彼女にドヤされちゃうわよ」

「……そう、ですね」

 

 なんとか笑顔を見せるがそれでも幾分か暗い表情になってしまう響。そんな彼女に対して、何処か仕方なさそうに了子がまた声をかけていく。

 

「……大地は、命を待っている。どんなに破壊されても、大地は諦めない。何時だって、新しい命を育てようと待ち構えているの」

「命を、待っている……?」

「そう。人理を超えて命を重ねてきたキャロルも、死を迎えた今はこの地球に還っていった。そしてこの地球(ほし)の中で、新しい命として育まれているはずよ」

「じゃあ、いつかまたキャロルちゃんと会えるんですかッ!?」

「それは理解らないわ。響ちゃんが生きている間には会えないと思った方が良いと思う。それに新しい命となって生まれてきたものが、同じ”キャロル・マールス・ディーンハイム”であるという訳ではないしね」

「そうですか……。でも、新しい命にちゃんと繋がっているって事なんですよね」

「そうね。ただ、彼女はちょぉっと特異なケースだから、今後どういう形になるかは私にも予測がつかないわね」

 

 何処か楽し気にウインクする了子。姿や衣装は響と対峙した永遠の巫女フィーネであるはずなのだが、その仕草や言葉遣いは彼女が知っている”櫻井了子”そのものだった。だが彼女の言葉は案の定響にとっては理解のしようも無い言葉でもあった。だから彼女は、いつものように言葉を返すのだった。

 

「やっぱり私には、了子さんの言ってる事よく分かりません。でも……了子さんがそう言うのなら、きっと何かがあるんじゃないかって思えます。だから、その予測のつかない何かを信じてみますッ!」

「――そう。なら、好きにすると良いわ」

「はいッ!」

 

 気持ちの良い笑顔で返す響に、了子の顔も優しく解れる。すると響の手に在ったエスプレンダーから光が解き放たれ、了子の背後で赤い光のウルトラマン、ガイアの姿となりそびえ立つ。

 直感で理解した。この身を選んだ彼とも別れの時が来たのだと。何処か感慨に包まれながら、響は強く言葉を放っていった。

 

「今まで力を貸してくれて、ありがとうございましたッ!!」

 

 その簡素だが素直な一言にガイアの光は大きく首肯し右手でガッツポーズを取った。そしてそのまま、光の粒と化し何処へと帰って行った。

 

「……それじゃ、私ともこれまでね」

「寂しくなります……。もういつかの時代、どこかの世界でも了子さんに会う事は無いんですよね……」

「そうね。でも、永遠の巫女フィーネはこの地球で永遠に見守っている。【あのお方】が生み出したこの世界と、其処に生きる者たちを。

 だから響ちゃんたちは頑張って、現在(いま)を生きて自分が望む未来(あした)を掴み取りなさい」

「はい、必ず。ありがとうございます、了子さんッ!」

 

 響の明るい返答に、ガイアの光と同様に何処へと消えていく了子。それと同時に、響の意識もまた暗い眠りの中に落ち込んでいった。

 

 

 

 そして時は、朝を迎える。

 いの一番に目が覚めていたのは、やはり翼だった。早起きは最早習性のようなモノ、周りで仲間たちが眠っている中で目が覚めたのはこれが初めてでは無かった。

 ふといつものように……その癖がいつからついたのかは定かではないが、左腕のブレスレットを眺め見る。すると、その形状が変わっていることに気が付いた。三つの菱形の宝玉が付いたものから、一つの丸い宝玉が中央に付いた、何処か鳥のような形のブレスレットだ。

 だが何故か不思議に思うこともなく、手早く寝間着から着替えて外に出る。早朝の清廉な、未だ寒さを色濃く残す空気に白い息を吐きながら、ブレスレットに向けて声をかけていった。

 

「おはよう、ゼロ」

『おう。こんな時でも相変わらず早ぇな翼』

「生来より授かった癖だ。今更変えることなど出来んさ」

『ヘッ、そうか』

 

 他愛ない会話。だが何処かで互いに直感していた。恐らくはこれが、二人で交わせる最後の会話なのだと。

 

「……ブレスレットの形が変わっているな」

『ウルティメイトイージス、それにダイナとコスモスの力が戻って来たからな。元の形に戻ったんだ』

「つまり、マリアはもう……」

『ウルトラマンの力を失った、って事だな』

 

 少し淡々と語るゼロに対し、翼も出来るだけ感情を込めずに「そうか」とだけ返した。同時に確信する。この身に一体化している彼とも別れの時が近付いていると言うことに。

 上り始める陽の光を浴びながら、翼は近くの段差に腰を掛けてまたゼロと話していった。

 

「お前も、此処から去るんだな」

『そうだな。宇宙にはまだまだワルが蔓延ってやがる。俺も宇宙警備隊……ウルティメイトフォースゼロの一員として、また仲間たちと一緒に宇宙のワルどもを成敗しなきゃならねぇからな』

「……平和を噛み締める時間は、無いと言うことか」

『ヘッ、こちとら生まれた時から生粋の戦士やってんだ。平和を楽しむ時間なんざ、これぐらいありゃ十分だよ』

「そうか。……やはり強いな、お前は」

『……お前だって十分強いさ、翼』

 

 その言葉と共に翼の左腕からウルティメイトブレスレットが外れ、其処から赤と青の光が輝き彼女の前でウルトラマンゼロがその姿を現した。そして翼と向き合い、膝を付いてその顔を近付ける。

 もう会えるかどうかも理解らぬ、共に戦場を駆け抜けた戦友(とも)を前に、翼はまた自身の抱くものを伝えていった。

 

「ゼロッ! 私はお前と会って、共に戦い抜いて、共に心を通わせた中で、新しい目標を見つけたぞッ!」

「へぇ、なんだいそりゃ?」

「――私は、この遥かな空を越えた先を目指そうと思うッ! そして、私の歌をこの果て無き宇宙(そら)に響かせるんだッ!

 そうすればいつか……いや、きっと必ず、お前にも届くだろうッ!?」

 

 自信に満ちた翼の言葉に思わす押し黙るゼロ。それは余りにも無茶で無謀な目標だ。きっと誰もが無理だと一笑に附すであろう。

 だが、彼は確信していた。彼女ならばきっと、その無茶で無謀な目標も到達できる。何時かこの宇宙の何処かで、もう一度彼女の歌を聴ける日が来るのだという確信が、その心の中に宿っていた。故に返す言葉は、何処か挑戦的な言葉にもなっていった。

 

「――ああそうだなッ! 二万年くらいなら、待っててやらぁッ!!」

「フフッ……二万年も待たせてやる心算はないからなッ!!」

 

 意気のある翼の返答に、ゼロは中指と薬指を折り曲げ残り三本の指を伸ばしたポーズで返す。それは彼がかつてとある地球人と一体化した時に覚えた、歓迎や激励、感謝といった意味合いの仕草だった。

 それを最後に起ち上がり、後ろを向く。そして掛け声と共に大きく飛び上がった。

 空を飛ぶゼロにウルティメイトイージスが装着され、次元の穴を展開。そこを通り穴が消えたことで、この世界からウルトラマンゼロという存在が去ったと言う現実を、風鳴翼は理解していった。

 涙を流すことは無い、約束を交わしたのだ。いつか――この宇宙(そら)に歌を響かせることで、またあの男と会えるのだから。

 

 

 

 そして皆が起き出してきた後で、ゼロが先んじて帰って行ったことを伝えた。

 皆はやはり寂しそうにしていたが、「アイツが何時までもこんなところに留まっていられるわけが無いだろう?」との翼の言葉に、笑いながら皆で肯定していった。

 それに次ぐように、マリアからは自らに与えられていた光がゼロへと還って行ったこと、響からは光の失ったエスプレンダーを見せられて彼女もまたウルトラマンガイアとしての力が地球に還って行ったことを皆に告げた。

 

「……そっか、みんな帰って行かなきゃいけないもんな」

 

 おもむろに呟く大地。出会いがあればやがて別れは訪れる。ただそれだけだ。だがそれを寂しく思うのは、誰もが同じだった。一緒に居た時間の長さが重要ではない、どれだけ心を繋げられたかが重要だ。そういう意味では、大地もついこの世界から離れることを惜しんでしまっていた。

 だが自分にも帰るべき場所がある。待っていてくれる仲間たちが居る。其れを蔑ろになど出来やしないのだ。そんな想いで小さく迷う彼に代わって、エックスが先達二人に声をかけていった。

 

『エース、80、貴方たちは如何なさるおつもりですか?』

「この地球(ほし)に迫る危機は去った。最早俺たちが、此処に居残る理由は無い」

「私たちもまた、今回の件も含め光の国で精査すべきことが出来ました。ただ無作為に留まってはいられないでしょう」

「そんな……ッ!」

「そんなすぐに帰らなきゃいけないんデスかッ!?」

「よせよお前ら、センセイたちにだって事情があるんだ。ワガママ言っても仕方ねぇだろ」

「でも、だけど……ッ!」

「クリス先輩だって、矢的先生とこんなにすぐサヨナラするなんて嫌じゃないんデスかッ!?」

 

 調と切歌の首根っこを掴みながら抑えようとするクリスだったが、彼女らの反論につい口を噤んでしまう。寂しくないはずがない。残念でないはずがあるものか。だけど、彼らは宇宙の秩序と平和を守護るウルトラマンである。こんなところで留まっていて良いはずがない。そう割り切るしかないと、クリスは考えていた。口惜しそうに唇を噛み締めながら。

 

「――……アタシに言わせんなよ、そんなこと」

 

 小さく絞り出した彼女の声は僅かにだが鼻声が混じっているように聞こえていた。別れの辛さなんか何度となく味わったか知れないこと。それでもこの身から湧き出てしまう感情は、止めようのないものだ。例えそれがマイナスエネルギーだと理解っていても。

 そんな彼女たち姿を見る他の者たちにも、何故こうなっているのかはすぐに理解できた。月読調と暁切歌は”ウルトラマンエース”とではなく”北斗星司”と、雪音クリスは”ウルトラマン80”とではなく”矢的猛”と、それぞれ深く心を繋げて来たのだ。だからこそ、其処に生まれ繋がった思慕の情は強く固い。それ故に起きてしまったことなのだ。

 響や未来、大地は勿論、翼やマリアや大人たちでさえ彼女たちをどう説得したものか悩んでしまっていた。其処に口出し――正確には皆に聴こえるぐらいの大きさの声で唐突に呟いてきたのは、メフィラス星人のエルヴィスだった。

 

「さて、では私は地球侵略の準備に取り掛かるとするかな」

「エルヴィスさんッ!? なんで、いきなりそんな――」

 

 思わず詰め寄ろうとした響だったが、後ろに組まれた彼の平手が彼女を制止させた。それは、今は止まれという無言の合図だった。

 

「地球人たちよ、二週間の猶予を与えよう。その間、精々好きに過ごすといい。やり残したことをやるも良し、最後の想い出作りに奔走するも良しだ。ハッハッハ」

 

 笑いながらその場からテレポートで消えるエルヴィス。残った静寂に呆然とする一同。だがそこで、隣に居る響に向けて口を開いたのは未来だった。

 

「……エルヴィスさん、ここにウルトラマンが三人居るってこと分かっててあんな事言ったよね?」

「だよ、ねぇ……。つまり――」

「二週間、この世界に居る時間を与えられた……ってこと、だよね?」

 

 困惑したままの大地の言葉に響や未来、翼やマリアだけでなく弦十郎たちもやや呆然とした顔で首肯する。

 

『やはりヤツも悪質宇宙人の一人だったか……ッ! 大地、すぐにヤツを追って――』

「ってのは無粋ってヤツだよエックス。きっと、気を使ってくれたんだよ」

『あのメフィラス星人がかッ!? そんな事が……』

「……繋がってくれてた、からね」

 

 微笑みながら返す大地の言葉に、響と未来も自然と笑顔になる。そして少し遅れてエルヴィスの意図に気付いた調と切歌はクリスを振り切り星司に擦り寄り、クリスも溜め息を一つ吐いてから少し不器用な笑顔を作って猛の元に歩み寄って行った。

 

「……ま、地球人としての暮らしを片付けるには良い時間か」

「兄さん、私たちは『侵略予告をしてきたメフィラス星人の動向を調べ、これを阻止する為に地球に滞在する』のです。そこを、お忘れなきように」

「おぉ、そういえばそうだったな」

 

 笑顔で話す猛に、星司もまた少しとぼけたような笑顔で返していく。

 

「エックス、大地、二人も協力してくれるか? ゼロのヤツがこっちに何も言わずに帰ったから人手が必要なんだ」

 

 星司に言われ一瞬考える大地とエックス。その時ふと目に入ったのは、自分たちの方へ目線を向けていたエルフナインの姿だった。それが決め手となった。

 

「ええ、勿論です。いいよな、エックス?」

『ああ。私たちは独自の方向で捜査をさせてもらいますが、構いませんね?』

「勿論。みんなで手分けして捜査すれば、ヤツの目論みもすぐに理解るだろう」

 

 猛の言葉でみんなにまた笑顔が広がる。目論見など既に理解っていると言うのにこんな会話をするのは、余りにも陳腐な茶番劇だ。だが何よりも、彼らもまたそれを楽しんでいるのだから止めようがなかった。

 

 

 

「……よもやこの私が、仇敵と認識していたはずの者たちに塩を贈るような真似をするとはね。

 変わったのか――それとも変えられたのか。フフフフフ……」

 

 機械的な明るさで満たされた空間――メフィラス星人エルヴィスの乗って来た宇宙船の中。その中で一人呟きながら、自分の中で変化を続ける感情を楽しんでいた。

 コンソールを操作する手も自然と早くなる。彼の身を支配するこの感情は、紛れもなく喜楽と呼ぶべきものだった。

 

 

 

 その二週間と言う捜査期間――実際は余暇と言える期間のある日の休日。シンフォギア装者たちとエルフナイン、星司と猛と大地は全員で集まって遊園地に繰り出していた。名目上は捜査の経過報告と言うところだったが、実際はクリスの大学合格祝いが主な理由であった。

 

「という訳なんでぇ、せっかくだから今日は目一杯遊んじゃいましょうッ!!」

「なんでお前が仕切ってんだこの馬鹿ッ!」

 

 そんないつもの軽いノリで、少女たちは年相応に大きな遊具を目一杯楽しんでいく。そこに引率の教師や保護者が一緒に混じりながらではあるが。ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷やアトラクションなどなど……時に競うこともありながらも、みな夢中になって楽しい時間を過ごしていった。

 そして一時の小休止。軽食の取れる屋外フードコートにマリアが一人で座っていた。他のみんなはトイレだったりまだ遊び足りないだったりと散り散りだ。そんな中で独りで過ごす時間。そこまで疲れた訳でもなければ嫌気が差したのでもない。ただ少しだけ、腰を落ち着かせてこの笑顔が溢れる空間を見ていたかったに過ぎなかった。そんな時……

 

「そこの綺麗なおねーえさんっ♪」

 

 と、とても軽快な声で呼び掛けられた。声の方を向くと、其処には人懐っこそうな笑顔をした茶髪の少年がテーブルに両肘を付いてしゃがみ、此方に向けて手を振っていた。その余りにも陰りの無い目を見た時、マリアの脳裏に何かが走って行った。

 

「――……貴方は」

「あれ、おねーさん俺の事知ってたの? おっかしいなぁ……俺ココに来る客の顔なら大体覚えてっから、おねーさんは初めてだと思ってたんだけど……。尾白のヤツが悪い噂でも流しやがったか?

 まぁいいや。俺は千樹憐。ココで住み込みのアルバイトしてるんだ。よろしくッ!」

 

 一瞬訝しげな顔をするもすぐに明るい顔に戻してマリアの前で腕を組む少年――憐。彼の記憶能力は正しかった。マリアは確かにこの遊園地には初めて訪れたし、眼前の憐とも初対面。ただ、マリアに”受け継がれていた記憶”だけは彼を知っていた。いや、彼と”極めて近く、限りなく遠い存在”を識っていたのだ。

 だがそんなことは露知らず、マリアに気安く……馴れ馴れしく声をかけていく憐。そんな彼の肩に、分厚い掌が力強くバンッと叩き置かれた。

 

「ッてえなぁッ! なんだってん、だょ……」

 

 思わず振り返る憐だったが、振り返った先に居たのはとんでもない威圧感を隠そうともしない星司の姿だった。

 

「……坊主、ウチの連れに随分と馴れ馴れしくしてんじゃねぇか。ええ?」

「う、うわああッ! ま、まま、まだなんにもしてないだろッ!? つーか誰だよオッサンッ! あ、もしかして親御さんッ!? にしては全ッ然似てねぇしなァ……」

 

 憐の敬意皆無の言葉遣いに怒りを覚えたのか、そのまま腕を捻りアームロックを仕掛ける星司。憐は思わず許しを請うように開いた手でテーブルをバンバンと強くタップしていく。

 

「があああああッ!! おっ、折れるぅぅぅぅぅ!!」

「まったく、マリアをナンパしようとするからそうなるんデス」

「でも星司おじさん、それ以上いけない」

「ち、違うのよ北斗さんッ! 確かに彼から話しかけられてはいたけど、別に本当に何も無いのよッ! っていうかこの子よりタチの悪いパパラッチとか何度も遭って来たんだから、こんなの大したことじゃないわッ!」

「あぁッ! それはそれで心が痛いッ!」

 

 必死になって星司を止めるマリア。憐の叫びが聞こえる中、それを聴きつけて響や猛たち、果てには憐のバイト先の店主までも駆け付け星司を止め始めた。

 

「ちょ、ちょっと何やってるんですか星司兄さんッ!」

「落ち着いてくださいよッ! 暴力沙汰は駄目ですってッ!」

「ええい離せ猛ッ! 大地ッ! このガキに喝を入れてやるッ!」

 

 猛と大地によってようやく引き剥がされる星司。憐はと言うと、へたり込みながらもなんとか助かったと思いながら上を見上げると、其処にはまた別の男の険しい顔が待ち構えていた。

 

「は、ハリス……ッ!」

「憐……お前は何回仕事中にナンパするなって注意を受けたら気が済むんだッ!?」

「べ、別にナンパしてたわけじゃねぇよッ! こういうところで独りだと、何か困ってるのかもしれないだろッ!? 『 May i help you ? 』 と同じようなもんじゃんッ!」

「確かにお前のそのお節介で助かったって声は多く届いている。が、露骨に美人さんばかりに対して声をかけているのも確かだッ! これ以上変なことやるとクビにするぞッ!?」

「そっ、それは勘弁ッ!」

 

 ハリスと呼んだ男に叱咤され素直に反省する憐。その光景はまるで、親子のようなものだった。

 

「ったく……。いやはやウチの若いもんがご迷惑をおかけしました」

「いいえこちらこそ、血の気の多い友人が彼に酷い事をしてしまいまして、申し訳ありません」

「いやいやそんなッ! 今は他所の家庭にちゃんと注意出来る大人が少なくなりましたからね……。感心させてもらいました」

 

 なんとなく保護者のように話し合う猛とハリス。一方で星司は未だ険しい顔を崩しておらず、大地がなんとかなだめようと必死になっていた。やはり、こういう時に猛が居て良かったとつい思ってしまう少女たちであった。

 

「大変だなァ、センセイも……」

「そうだよクリス。もし先生になったら、生徒の指導だけじゃなく保護者へのフォローもちゃんとしなきゃいけないんだからね」

「今からこの先が大変だねー、雪音セーンセ♪」

 

 響のその舐めた口調に怒りを覚えたのか、思わず平手で響の頭をブッ叩くクリス。すぐに響から抗議の声が上がるが、二人の関係性はまだ先輩と後輩であり共に肩を並べる仲間同士だ。そんな風に言われる筋合いはないと一蹴してやる。響は響ですぐに未来に泣きつくが、泣きつかれる方は苦笑いしたままだった。

 

 そんな空気を変えるべく……いや、もしくはただのナンパ野郎と認識されつつあることを払拭すべく、憐が彼女らに向かって声を上げた

 

「ねぇねぇみんな、お詫びと言っちゃなんだけど記念写真とかどうかなッ!? せっかく友達や家族とこういうところに来たんなら、そう言うのもいいと思うんだッ!」

 

 憐の言葉に考え出す一同。だが皆の考えはすぐに肯定的な方向へと傾いていった。

 

「それは良い考えデスッ! ナンパなおにーさんにしては名案なのデスッ!」

「でっしょ! さっすが俺ッ!」

「でも、カメラマンさんとか居るの?」

「それはこの俺に任せときなさいって! ハリス、ちょっと店よろしくねー」

「あ、おい憐ッ! ……ったく」

 

 慌ただしく走り出す憐。

 数分後、彼が戻ってきた時に連れて来たのは一組の男女だった。片や気難しそうな顔を続ける男と、そんな彼を中和するかのように温和な空気が印象的な女性だ。だが彼女は憐に対し呆れ顔で応対しており、男の方は無口を貫いている。そんな二人に対して、憐は後ろ歩きのまま手を合わせてただお願いをしていた。

 

「なー頼むって! アンタら記者なんだろ? 写真数枚ぐらい協力してくれよぉ~」

「あのねぇ、こっちだって遊びで来てるわけじゃないんだからそんな事に付き合って……」

「――いや、佐久田さん。案外悪くない写真()が撮れそうだ」

 

 先に目を向けながらカメラを構える男にそう言われた女性……佐久田恵が目を凝らして憐の向かう先に集まっている少女たちを見つめる。幾らかして彼女らの姿を確認した時、その顔が驚愕に変わった。

 

「ま、マリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼ッ!? あの二人が一緒に映るオフショットとなるとかなりのスクープになるわね……。行くわよ、姫矢クンッ!」

 

 先に駆け出す佐久田を追うように走り出すカメラマン――姫矢准。彼の顔を認識した瞬間、マリアの脳裏にまた何かが走るような感覚が起きた。憐の顔を見た時と同じ”なにか”だ。

 だがそれをすぐに隠し、彼女の顔付きは世界のトップアーティストのそれに変わる。僅かな期間とはいえそうしなければ生きて来れなかった世界だ、この手の対応には慣れたものがある。ついでに言うと、憐を待つ間にハリスがみんなにと奢ってくれた焼きたてのベビーカステラが美味しかったのも効いていたりもする。

 そうして佐久田と姫矢が近寄ったところで、先に話を切り出したのはマリアからだった。

 

「パパラッチを招待したつもりはないのだけれど。日本のジャーナリストも其処まで地に堕ちたのかしら?」

「い、いえその、私たちはこの少年に頼まれてですね……」

「それを名目に取材も行い貴重なオフを無碍にさせ、あまつさえ私の大事な友人たちにも迷惑をかけるつもりなのかしら。そういう事ならばお断りよ」

「い、いや、そんなことは……」

 

 マリアの威風溢れる堂々たる言葉に、ジャーナリストとして押すべき佐久田が逆に引いてしまう。其処へ釘を刺すように、更に言葉を重ねていった。

 

「確かに今日の私たちはオフだけど、下手な記事や写真を流そうものならどうなるかしら。このテーマパークを出たら、黒いスーツに用心した方が良いわよ二人とも」

「あ……そ、その……」

 

 完全に意気を殺した。佐久田恵の表情と態度を見てマリアはそう確信した。だがそんな彼女の前に、今度はカメラマンの男――姫矢准がゆっくりと前に出る。そして静かにマリアへ声をかけていった。

 

「そうまでして俺たちを脅し引き下がらたいってことは、よほど知られたくないモノがあるか……よほど守護りたいモノがあるかだろう。アンタの場合は、多分後者なんだろうな」

「本当にそうかしら。根拠はあるの?」

「眼を見れば理解るさ。ファインダー越しなら尚更な。今のアンタの眼は、どうやれば友人らに目を向けさせずにこの場を収めようかと考えている。俺にはそんな風に見えた」

 

 無言で姫矢を見つめ返すマリア。微笑ってはいたものの、彼の目測が当たっていた事をその沈黙が肯定しているようにも感じられた。二人が作り出す静寂、その空気の重さに思わず固まってしまう一同。だが先に言葉を発したのは姫矢の方だった。

 

「――理解った、写真を何処かに売ったり流したりするような真似はしない。カメラマンの誇りに賭けてだ。

 だから是非撮らせてほしい。アンタと、アンタがそうまでして守護ろうとしているものを」

「……貴方はまだ信用できそうね。だったら、最高の写真を撮ってくれないと承知しないんだから」

「任せてくれ。コイツ(カメラ)ぐらいしか取り柄は無いが、間違いなく最高の写真にしてやるさ」

「はいはーいッ! 話まとまったなら並んで並んでーッ!」

 

 憐の言葉でまた周囲の空気が明るく変わり、切歌と調に手を引かれてマリアも連れられて行く。そんな中、力強い笑顔で見つめる姫矢と楽しそうな笑顔で目を合わせる憐の姿に、マリアの脳裏で再度何かが走った。

 ……それは光が齎していた適能者(デュナミスト)の記憶。”姫矢准”と”千樹憐”、共に此処ではない何処かの世界であの光に選ばれ、適能者(デュナミスト)として死線を潜りながらも命を掴み取り邪悪から世界を守護り抜いて光を繋いできた者たち。

 だが、目の前で自分の友と触れ合う彼らは齎された記憶の中の【彼ら】とは別人だ。極めて近く、限りなく遠い存在に過ぎない。

 これはきっと光が齎した、ほんの僅かに交わった小さな小さな奇跡なのだと、マリアは独り心で思うのだった。

 

 

 輝く笑顔の溢れる写真は、後に全員に配られ其々の手元で飾られることになっていった。

 姫矢と佐久田は約束通り装者たちに関する写真や情報の流出をすることもなく、憐は変わらず遊園地の住み込みアルバイトとして訪れる人たちに笑顔を与えている。

 それが彼らの、この世界での在り方だった。

 

 

 

 更に数日後……メフィラス星人エルヴィスの指定した期限まで残り二日と迫っていた。

 藤尭朔也や友里あおいをはじめとするタスクフォースのブリッジスタッフの努力の甲斐があって、メフィラス星人が潜んでいると思しき座標の特定には成功。それにより偵察の任が必要だと弦十郎は考えていた。

 其処に立候補したのが大地とエックス、そしてエルフナイン。具体的な任務内容は、大地とユナイトせずに自身の肉体で顕現したエックスが改修したジオアラミスを持ち運び、其処へ同乗する大地とエルフナインが目的座標近隣に接近。データを集めると言う内容が提示された。

 エルフナインが出向することに心配から異を唱えるものも居たが、大地がジオアラミスの気密性を始めとした宙間機動力を公開したこととエックスの口添えもあって、エルフナインの希望は通されていった。

 そういった過程を経て、今現在エルフナインは大地の隣……実体化したウルトラマンエックスの手に乗せられているジオアラミスの助手席で、生まれて初めての宇宙空間をその小さな身体で味わっていた。

 

「――これが、宇宙……!」

「ああ。星々が輝き、光と闇が交錯と調和を為しながら広がっている無限の世界……それが宇宙さ。

 落っことさないでくれよ、エックス」

「任せておけ。ドライバーの安全を守護るのは私の役目だからな。シートベルトは外さないようにお願いします」

 

 まるで何処ぞのナビゲーションシステムのように話すエックスに、二人とも微笑みながら了解していく。すると、件の座標から通信電波が放たれてきた。すぐにエクスデバイザーで受信する大地。普段はエックスのバストアップが表示されているモニターに現れたのは、メフィラス星人エルヴィスだった。

 

「メフィラス星人ッ!」

『やあ諸君。君たちならここを嗅ぎ付けて来るだろうと思っていたよ』

 

 やはり少々嘗めた口調で拍手しながら返答するメフィラス星人。だが発するその言葉に敵意は見れなかった。

 

『私が指定した期限より48時間ほど前か。まぁ及第点と言ったところだな』

「メフィラス星人……貴様は本当に、この地球への侵略を開始するつもりか?」

『可能だ、という返答で良いかね?』

 

 押し黙る大地とエックス。その曖昧な返答では、何方に取れるか理解らなかった。その沈黙に口を挟んでいったのは、エルフナインだった。

 

「メフィラス星人さん……いえ、エルヴィスさん。響さんから貴方に、伝言を預かってきました」

『伝言? 私にかね』

「はい。 『また地球にやって来た時は、今度はみんなで一緒にご飯を食べましょうねッ!』……とのことです」

『それだけか?』

「はい、それだけです。確かにお伝えしましたッ!」

 

 その場に似つかわしくない可愛らしい笑顔でそう伝えるエルフナイン。そこに何かを疑うような気持ちは一切存在しなかった。その言葉に対し一考する仕草を見せるメフィラス星人エルヴィス。数秒の思考の後に、彼はまた彼らしく返答した。

 

『理解った。では私からと、立花響に伝えてくれたまえ。 『その時は、美味しいラッキョウを用意してこよう。楽しみにしていたまえ』――と』

「ラッキョウ……あの辣韭(らっきょう)、ですか?」

『ああ、あのラッキョウだ』

「分かりました、お伝えしておきますッ!」

 

 二人のやり取りを横で眺める大地。その一切の敵意を抱いていないやり取りに、自然と顔が綻んでいくのが理解った。異種族同士が手を取り合い絆で結ばれる世界……彼の夢であるそんな光景の一端が、異なる世界にも確かに垣間見えている。その事に喜びを感じながら、今度は大地がメフィラス星人との対話を始めていった。

 

「メフィラス星人、君は突然のように地球侵略についての準備と言ってあの場を離れたよね。だけど俺には……俺たちには、それがただの方便にしか聞こえなかったんだ」

『ふむ、どんな方便というのかね』

「俺やエックスとエルフナインちゃん、他のウルトラマンたちと装者の娘たち……みんなの為にわざと自分の立場を敵対者にして、みんなが一緒に居られる最後の時間を作ったんじゃないかって」

『もしそうだとしたら、如何するつもりなのかい?』

 

 メフィラス星人……エルヴィスの問い掛けに、大地は爽やかな笑顔で自らの素直な想いを投げ返していった。

 

「礼を言いたい。君がくれたこの時間は、みんなにとっても凄く大切な時間になった。かけがえのない想い出になった。それは、もちろん俺にとってもだ。だから、ありがとう。

 それと、もし良ければ……いつか、俺の生まれた世界にも来てくれないだろうか。俺も、友人として君を迎えたいんだ」

 

 それは大地の掲げる大きな夢でもあった。人類と怪獣、宇宙人との完全なる共存。偶然訪れた異世界なれど、その夢を叶える為に必要な何かをまた一つ得たような気持ちが大地の胸の中にあった。言葉を越えて繋がれる”なにか”の可能性を。

 それに対してエルヴィスは、やや少し意外そうにだが彼自身の率直な考えを大地に返答していった。

 

『……そうだな、私の興味が君の世界に向いたら行かせてもらおうかね。

 但し、侵略か友好か……私が何を目的として赴くかは、その時の気分次第だと思ってもらいたい』

「それでもいいさ。エルヴィスさん、俺は君を信じてる」

『その甘さに、何度も足元を掬われないようにしたまえよ』

 

 二人の対話はコレで終わり、また彼らの間に静寂が訪れる。

 エルヴィスは自らの円盤の中からジオアラミスを抱えるウルトラマンエックスと、その背後にある青い惑星を眺めながらそっと呟いた。

 

「――美しいな」

『美しい……?』

「ああ、あの惑星(ほし)は美しい。だから我々の種はそれを焦がれ欲したのかもしれんな。

 君らも――特にエルフナイン、君はとくとその眼に刻み付けておくと良い。其処に生きる者が本当に大切に思うべき、自分達の居場所の姿を」

 

 エルヴィスに言われ、ゆっくり手の中のジオアラミスを押さえたまま振り返るエックス。大地とエックス、そしてエルフナインの眼前には大きな地球の青く美しい姿が飛び込んで来た。錬金術を修めた叡智を持つ彼女に、それを遥かに超える衝撃を与えるかのように。

 ただ茫然と母なる青い地球(ほし)を見つめるエルフナイン。漏れ出したのは、心底からの感嘆の言葉だった。

 

「――綺麗、なんですね。地球って……ボクらの生きている世界って、こんなにも……」

「そうだね。この地球(ほし)は、こんなにも美しい。だから、みんなで守護らなきゃいけないんだ」

『エルフナイン、前に約束したな。私が自分の身体を取り戻したその時は、私の力で見せられるものを君に見てもらいたいと。この景色は、その最も足るものだった。

 君たちみんなが守護ったものが……キャロルと君たちの父親が愛した世界が、どんなものなのか。映像や資料ではなく、君自身の眼で感じてもらいたかったんだ』

 

 大地とエックスの言葉に耳を傾けながらも、エルフナインの眼は青い地球(ほし)に釘付けになっていた。身体の全て、細胞の一つ一つにこの感動を沁み込ませるように。

 

「……これが、【世界】……。パパが識れと言い遺したもの……」

『ああ。だが、まだこれは世界の表面という一部分にすぎない。まだまだ、識るべきことは多いな』

「……はい、まだまだこれからですッ! キャロルの分まで……ううん、キャロルと”一緒に”、もっとたくさんの世界を識らなきゃいけませんッ!

 それがボクの、望む未来ですから――ッ!!」

 

 明るく微笑む彼女に大地も嬉しそうな笑顔で返す。そして根拠のない確信を持つ。彼女ならば、きっと望む未来を手にすることが出来るのだと。

 そんな喜ばしい気持ちの中、エルヴィスの乗る円盤がその姿を現した。

 

『さて、では私も行かせてもらおうか』

「どういうことだ?」

『逃げるのだよ。私の居場所は君たちに暴かれた。それも侵攻予定時刻の48時間も前にだ。もし私が侵略に乗り出すと言うのであれば、君らは今、即座に私に対して降伏と投降を勧告するだろう。抑止力である三人のウルトラマンが率先してな。

 この地球(ほし)の防衛機能など私の手にかかれば容易いが、三人のウルトラマンと戦うのは望むところではない。何度も言っただろう、私は戦いが嫌いなのだよ』

 

 言葉と共に円盤から光が発せられ、包まれていく。

 

『さらばだ、地球人たち。ウルトラマンたちよ。私に【本当に大切なもの】を教え、この手を握り繋ごうとした愚かなれど愛すべき者たちに、よろしく伝えてくれたまえ』

「はいッ! エルヴィスさんもお元気でッ! お達者でッ!」

『――フッ、フハハハハ……ッ!』

 

 エルフナインが代弁した、みんなからの別れの言葉を聴いて笑いながら宇宙を飛び立つ円盤。一分も経たぬうちに光速へと至ったそれは、すぐに三人の視界から消えていった。

 

「……行っちゃったね」

「ですね……」

『余韻に浸る暇は無いぞ、二人とも。風鳴司令にこの事を報告しなければ』

「そうだな、エックス。

 ……風鳴司令ですか? こちらジオアラミス、大地です。データ収集任務の経過報告ですが……」

『大地くん、何かあったか?』

「はい。目標座標近辺にてメフィラス星人の円盤が放つ通信電波を傍受、対話を試みました。ですが……」

『どうかしたのか?』

「……僅かに会話する事は成功しましたが、その直後にメフィラス星人の円盤が顕現、発光と共に目標を消失してしまいました」

『……そうか、了解した』

「念の為俺たちは、このままエックスに乗せてもらって地球外縁を一通りチェックしてから帰投します。メフィラス星人との会話データは帰投後に其方へお渡しします」

『了解だ。くれぐれも、気を付けてくれ』

「了解ッ!」

 

 弦十郎との会話を終え、一息吐きながらヘルメットを外す大地。そのにこやかな顔に、エルフナインが尋ねていった。

 

「良かったんですか……? エルヴィスさんはきっともう、ボクらが補足出来ないところまで行ってると思うんですが……」

「だろうね。でもまぁ、今ぐらい良いじゃない。そうだろ、エックス」

『――ありがとう、大地。エルフナイン、せっかくの機会だ。地球を一回りして、見れるだけ見て帰ろう。最後まで、君との約束を果たしていたいんだ』

「……はいッ!!」

 

 エックスの率直な言葉に、エルフナインの顔が再度綻び破顔する。

 彼女の可愛らしく元気な返答の後に、ウルトラマンエックスはこの世界での最後の飛翔を始めていった。

 

 

 

 彼らが宇宙を飛んでいる中、cafeACEには調と切歌と星司が午後の一時をゆっくりと過ごしていた。テーブルの上には二つのトレーと三つのカップ。カフェモカとチョココロネ、キャラメルマキアートとメロンパン、そしてブレンドコーヒー。変わり映えの無い、三人のいつものセットだった。

 特に大きく言葉を発することもなく寛いでいる中、星司の脳裏にエックスからのテレパスが届く。それは同時に、学校で仕事をしていた猛にも届いていた。

 

「……そうか。メフィラス星人も去っていったか」

 

 星司が発した言葉は調と切歌にも届いており、二人とも星司の方をただジッと見つめていた。そんな二人に、星司はいつもの笑顔で優しく声をかけていく。

 

「どうだ二人とも、美味いか?」

「うん、いつも通り美味しいよ、星司おじさん」

「このお店に出入りし始めてそんなに経ってないはずデスのに、もう何個食べたか分からんデス」

「そっか。ありがとうな、俺のパンをいつも美味そうに食ってくれて」

 

 そんな何気ない感謝の言葉。だが二人とも理解ってしまった。

 時が来たと言うことを。ワガママで引き伸ばした時間にも、終わりが近付いているという事実を。

 だがまだそれを上手く言えず、どうしても当たり障りのない返答をしてしまう。

 

「ううん、お礼を言わなきゃいけないのはこっちだよ」

「今までいっぱい、美味しいパンを食べさせてくれたのは星司おじさんデスもん」

「いつも、私たちを助けてくれて……」

「いつもアタシたちの傍に居てくれて……」

 

 トレーに零れ落ちる涙。意識すまいと思えば思うほど、目頭は熱くなり涙が溜まっていく。ぽろぽろと、何度拭おうとも止め処なく……。

 

「あ、アレぇー……お、おっかしいデスねぇ……」

「止まらない……。止まって、くれない……」

 

 止まらない涙を拭っていく二人を見て、星司がゆっくりと彼女らに手を伸ばし優しく頭を撫でていく。二人の目線の先には明るい彼の笑顔。聞こえてきたのは、彼の優しい声だった。

 

「無理は、しなくていいぞ」

 

 その言葉が引き金になり、二人が同時に泣きながら星司へと抱き付いた。

 

「おじさん……おじさぁん……ッ!」

「寂しいデス……ッ! やっぱりおじさんがいなくなるの、とってもとっても寂しいデス……ッ!」

「……馬鹿野郎、俺は居なくなるんじゃない。また何処かの世界で、誰かの笑顔を守護りに行ってくるだけだ。みんなが優しさを失わず、弱い者を労り、互いに助け合い、何処の世界の人たちとも友達になれるような……そんな世界を守護りに行ってくるんだ。今までずっと、そうしてきたようにな」

「分かってるんデス……。仕方ないって……ずっと一緒には、居られないって……。でも、でもぉ……ッ!」

「でも、それじゃあもう……星司おじさんと、会えない……ッ!」

 

 分かっているのに溢れ出して止まらない想いを只々ぶつける調と切歌。そんな二人を抱き寄せながら、子供をあやすかのように優しく頭を撫でつつ星司は優しく語り掛けていく。

 

「大丈夫だ。夕子も言ってただろう? 想いが共に在れば、どんなに離れていてもずっと近くで感じられる。俺はお前たち二人の想いを受け取っていたし、俺の想いは俺を支えてくれた【二人の愛娘】に全部託したつもりだ。

 お前らがそれを受け取っていてくれていれば、離れていても繋がっていられる。いつだって傍に感じられるはずだ。

 俺はずっと二人の傍に居る。そのウルトラリングが、輝く限り」

 

 涙を流しながらただ頷く調と切歌。その口からは今まで思っていたけど口に出来なかった言葉が自然と溢れ出した。

 

「おじさん……ううん、おとう、さん……ッ!」

「ホントじゃなくても……星司おじさんは、一番のおとーさんデス……ッ!」

「ありがとうな。お前たちがそんなにも()しんでくれるから、俺は胸を張って兄弟の元に帰っていける。みんなに二人の事を自慢できるぞ。本当の家族じゃなくっても、俺には自慢の娘が二人も出来たんだってな。

 ……だから、俺が行く時は一番の笑顔で見送ってくれ」

 

 うんうんと頷き続ける二人を、星司は優しく撫でながら抱き締め続けた。

 それが、彼女たちにしてあげられる最後の事だと思いながら。

 

 

 

 

 同時刻、リディアンの校内では一つの喧騒が終わったところだった。正確には一つの教室で、だが。その中心に居たのは、夏休み明けから講師として教鞭を奮っていた男、矢的猛だった。

 臨時の講師である以上いつかこの学園を離れるのは当然であり予定の内にあったことなのだが、彼の予想を遥かに超えて自らが受け持った三回生たちが彼との別れを惜しんでいたのだ。しかもその離職予定日が、時期としては非常に中途半端な卒業式の数日前。惜しむ生徒の誰もが口を揃えて『どうか卒業式には出て下さい』と嘆願しにくるほどだった。

 猛自身、それについては感激するほどに喜びながらも同時に強く悔やみながら、『一身上の都合でどうしても……』と断り続けていた。

 だが彼は知らなかった。いくらリディアンが、若干なれど閉鎖的な面もある女子高であろうとも、18歳のうら若き女生徒が持つ底知れぬそのパワーを。

 

 【出れなけりゃ やってしまおう お別れ会】

 

 そんな標語を掲げた一部の三回生たちが主導となって【矢的猛先生壮行会】を企画、開催にこぎ着けたのだ。僅か一週間で。

 そうして卒業前で授業も残り少ない時期にあった今日、猛にはサプライズとして参加してもらったという流れである。無論、その中に雪音クリスの姿もあった。

 喧騒の中で突如泣き出す生徒も現れた。曰く、進学も就職も上手く行かず途方に暮れていたところを猛が誰よりも親身になって助けてくれたと。そんな先生との別れが悲しくて思わず……と。一人が零した涙はやがて連鎖し、参加した生徒の半数以上が泣き出すという思いがけない状態にもなった。

 折を見て全員に感謝の言葉を告げ、皆の未来に幸多からんことを伝えると共に頭を下げる猛。そんな彼への盛大な拍手と花束贈呈で、壮行会は幕を下ろした。

 

 そこから少し間を置いて、なんとか抱えられる程の贈り物を持った猛は独り生徒指導室に立ち寄っていた。静かな室内に響くノック音。優しく『どうぞ』と返す猛の前に現れたのは、クリスだった。

 

「……やあ、クリス」

「……ありがとな、センセイ。わざわざあんなのに出てくれるなんて」

「何を言うんだ、せっかくみんなが私の為に用意してくれたんだ。とても……とても、嬉しかったよ」

「……そっか。そう言ってくれりゃ、みんな喜ぶな」

 

 それだけ言って、会話が止まる。静寂の中、つい言葉を探し出すクリス。だが、やはり先に口を開いたのは猛だった。

 

「クリス。――思い出は、たくさん出来たかい?」

 

 猛のそのたった一言に胸が詰まり、頭の中でリディアンで過ごした二年間のありとあらゆることがフラッシュバックするように思い出されてくる。

 知らない何かを学ぶ楽しさを得て、気兼ねなく楽しく歌える喜びを得て、親愛なる仲間と友達、先輩と後輩を得て――。たくさんなんて言葉じゃ安すぎるほどに、数多の思い出がクリスの中に刻み込まれていた。

 そしてその中に、眼前の優しい顔を絶やさない男の姿も有り……――気が付いたら、クリスの眼には大粒の涙が溜まっていた。

 

「――な、なんでだよこんな時に……ッ! なんで、アタシ……」

 

 乗り越えたはずだ。夢と現実の狭間で動けずにいたあの日はもうとっくに。なのに何故こんなにも未練や哀惜が押し寄せて来るのか。そんな戸惑うクリスの頭を、猛が優しく撫でていった。いつもの優しい笑顔のままで。

 

「良かった、たくさん出来てたんだねクリス。君が、君の夢へと進む為の糧が」

「夢へ、進む為の……?」

「ああ。世界に流れる矛盾だらけの風にその足を掬われても、その胸に詰まったかけがえのない想い出が夢へと進む道標になる。

 クリスなら、見えない明日にでも恐れず踏み出して迷わずに進んで行けると信じてる。君の瞳には、きっと未来が映っているはずだから」

 

 猛が今まで何度も言ってくれた激励の言葉。だが理解っている。もうこれが、”矢的先生”から貰える最後のメッセージなのだと。

 最後まで自分を信じて言葉を贈ってくれる。そんな恩師に応えなければならないと思った。優しく頭を撫でる猛の手の温もりを自分から振りほどき、拭えども溢れ止まらぬ涙と共に、決して言葉を詰まらさぬように……クリスは思い切って、心からの言葉を彼に放った。

 

「アタシ、絶対に夢を叶えますッ! だから……もう傍に居られなくても、二度と会えないぐらい遠くに行ったとしても……どっかで見守っててくださいッ!

 ――矢的猛、先生。短い間でしたが、本当に……本当に、ありがとうございましたッ!!」

 

 大きく一礼するクリス。そんな彼女の小さな手を、猛が強く握り締める。

 顔を上げると其処には、今まで見たことのない程に喜びを前面に出した猛の笑顔があった。彼のその眼尻には、クリスと同様に涙を浮かべていた。

 それ以上の言葉は要らない。二人互いにこの世界で出会った意味が、握り合った不器用な手と手の内にある。それが理解ったのだから。

 

 

 

 

 

 ……そしてその日の夜にエックスと大地、エルフナインが帰還。申し合わせていたかのように装者全員と星司、猛が彼らを出迎えた。大地が弦十郎に報告と会話データの転送を済ませ、何も変わらぬ最後の夜を過ごす。

 そして翌朝……。埠頭にて、昇る朝陽を背にしながら北斗星司、矢的猛、大空大地の三人がタスクフォースの一同と向かい合って立ち並んでいた。彼らを前に先ず声を発したのは、司令である弦十郎からだった。

 

「皆さん、この度のご協力、本当にありがとうございます。今こうして変わらぬ朝を迎えられているのも、皆さんのお力添えのおかげです。

 国連を、S.O.N.G.を代表して……そして私個人としても、最大の感謝を贈らせていただきます。本当に、ありがとうございました」

 

 真っ直ぐ深々と頭を下げる弦十郎。それに続くように他の者たちも星司たちに対して姿勢を正し深く頭を下げていく。それに対し慌てることなく、星司たちも言葉を返していった。

 

「こちらこそ、みんなには世話になった。……だから、顔を上げてくれ。俺たちは最後まで、みんなの顔をこの眼に焼き付けておきたいんだ。本当に感謝すべき、大切な仲間たちの姿を」

「”サヨナラ”は終わりではなく、新しい想い出の始まり……次の扉を開く鍵だと言います。今日までの想い出を糧に、新しい道への第一歩としましょう。みんな、どうかお元気で」

『本当に、みんなには感謝の念しかない。最初は大して役にも立てなかった私だが、それでもみんなは私を仲間と受け入れてくれた』

「俺もそうです。本当に短い時間だったけど、この世界でみんなに会えて、一緒に戦って、仲間として受け入れて貰って……。自分の夢に繋がる大切な何かを新しく見出せたと思います。

 みんなで掴んでいきましょう、それぞれの未来を」

 

 四人の言葉が終ったところで、全員が朝日の方へ向く。そして星司は両腕を天に掲げるように伸ばし、両の拳を打ち付け合う。猛は腰に携えたブライトスティックを天に掲げ、手元のスイッチを押す。大地はエクスデバイザーをXモードに変え、顕現したエックスのスパークドールズをデバイザーでリード、天に掲げる。

 三つの光が輝くと共に、タスクフォース一同の眼前にウルトラマンエース、ウルトラマン80、ウルトラマンエックスの三人が雄々しく佇んでいた。そこへ、彼らと共に戦い繋がった少女たちが万感の思いを込めた声を彼らに向けて贈っていった。

 

 

「エックスさんッ! 大地さんッ! ボクに色んなものを見せてくれて、教えてくれて、ありがとうございましたッ! そしてこれからも、もっとたくさんの世界を識っていきますッ!! だから、またいつかお会いしましょうッ!!」

 

 

「星司おじさぁーんッ! 今まで、本当にありがとぉーッ!!」

「気を付けて、お仕事行ってらっしゃいデェースッ!!」

 

 

「センセェーイッ!! ……アタシ、頑張るからさッ! センセイみたいに、センセイに負けないぐらいにッ!!」

 

 

「みんなありがとうッ! 共にこの世界を守護ってくれて……この世界に生きる人々を、愛してくれてッ!!」

 

 

「どうかご壮健でッ! 皆様のことは、決して忘れませんッ!! そしていつか、必ず皆様にも追い付けるよう努力いたしますッ!!」

 

 

「北斗さんッ! 矢的先生ッ! エックスさんッ! 大地さんッ! 先に行っちゃったけど、ゼロさんもッ! みなさん、どうもありがとうございましたぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 彼女らの声をすべて受け止めた後、三人のウルトラマンは全員を見回し、それぞれ首肯し合う事で言葉もなく理解り合う。そして一斉に飛び立った三人の巨人たちは、愛する仲間たちに見送られる中で光と化して地球を後にしていった。

 

 

 こうして、光の巨人(ウルトラマン)たちは飛び去って行ったのだった。この世界に生きる人々の、愛する人たちの未来を信じながら……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPILOGUE 【別離。そして時は未来へ】 -B-

 そんな少し前の在りし日を思い出しながらトレーに乗った飲み物を啜る調と切歌。口の中に広がる味は、まるで星司が居た時を思い出させるようだ。そこに、一先ずの仕事を終えた七海が自分のトレーと三つの見慣れないパンを乗せて二人のテーブルに入って来た。

 

「お邪魔するよー、お二人さん」

「どうぞデス!」

「お疲れ様です、七海さん。それは?」

「新商品の試作品だって。みんなで食べてみようよ」

 

 現れたのは可愛らしくイチゴの乗った、まるでスイーツのようなパンだった。星司が居た頃には見かけなかった、何処か目新しさを感じる一品だ。それを三人が口に運びながら率直な意見を言い合う。……とは言え、切歌も七海も特別舌が鋭敏などと言うこともなく、『普通に美味しいねー』で終わってしまうのだったが。ただ調だけは、食感から甘味と酸味のバランスなどを自分なりに意見を纏め語っていく。流石はおさんどん担当、と言うところだろうか。

 新商品の試作品を食べ終え、口の中の甘さを解消すべくブレンドコーヒーを飲む七海。一口飲み終えたあと、一際大きな溜め息を吐き出した。

 

「まったくカフェオーナーも楽じゃないよ……店長ってば、なんで私にこんなキツい仕事残して帰っちゃうかね。そりゃここで働いても良いですよーとは言ったけどさァ……」

「それだけ七海おねーさんの事を信頼してるんデスよ」

「うん。七海さんならきっと、このカフェをもっと素敵なものにしてくれる。星司おじさんはきっとそう思ってる」

 

 嘘の無い二人の言葉と笑顔に、七海の疲れ顔もやがて消えていく。不思議と、力が湧いてくるような気がした。

 

「……仕方ない、っかー。まぁまだ始めたばっかりだしね、すぐに投げ出したら店長にドヤされちゃうし、やれるだけ頑張ってみるよ」

「無理はしないでね、七海さん」

「お手伝いなら呼んでくださいデス! ここのバイトならお任せなのデスよ!」

「あれぇ~、リディアンはバイトするの駄目なんじゃなかったかなぁ~? バレたら先生に怒られちゃうぞぉ~」

 

 そんな他愛ない話で笑い合う三人。と、リディアンの名前が挙がったことでふと、七海が二人に問い掛けた。

 

「そういやさ、二人の先輩たちは元気してるの? 最近一緒に居るの見ないけどさ」

「あー、それがデスねぇ……」

「クリス先輩は大学の予習って言って凄くたくさん勉強してる。だから、偶にしか遊んで貰えなくなったの」

「うわッ、真面目だなぁ……。私そんなの全然やってこなかったよ……。あの元気な先輩たちは?」

「響センパイと未来センパイは、今日は二人でオープンキャンパスに行くって言ってたデス」

「なるほどね。時期だねぇ……」

「そういうもの、なんですか?」

「そぉよ~。私もそれぐらいの歳の頃にオープンキャンパス行って、色々大学とか見回って受験したんだから。あの日もねぇ……」

 

 長くなりそうな七海の昔話を避けるかのように、二人こっそり目を合わせカフェに置かれたテレビへと目を向ける。放送中のワイドショー、その大きなモニターには珍しく翼の姿が映し出されていた。

 

「あ、翼センパイデス!」

「本当だ。珍しいね、日本の番組に出るなんて」

 

 そのまま七海の語りは聞こえないフリし続けながらテレビに注目する調と切歌。

 画面の奥、翼の周りにはイギリスのレコード会社を取り仕切るトニー・グレイザーや他の関係者たちが居並び、画面の僅か端に眼鏡をかけた慎次の姿も見受けられた。番組内で流れるテロップには【世界に羽撃いた日本の歌姫、緊急会見ッ!!】と書かれている。

 画面がフラッシュで焚かれる中、翼がゆっくりと礼をして言葉を発し始めた。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。この度、このような席を設けさせていただいたのは、皆さんに聴いて貰いたいことが出来たからです」

 

 いつも通りと言えばそれまでだが、凛とした翼の声は普段以上に切れ味がありそうな気がしていると、調と切歌は思った。何か強い決意をし、それに向かって臨み構える侍のような……そんな何かを感じ取ったのかもしれない。

 近しい者がそう感じ取る一方で、周囲の記者からは好奇の目線である方が多い。なんと言っても”あの”風鳴翼だ。先の怪獣侵略事変にて、救世の英雄マリア・カデンツァヴナ・イヴと同様に人々に勇気と希望を与え全世界が認める世界の歌姫と成った彼女。その口から一体何が飛び出すのか、気にならない方がおかしい程に鞘走る期待感が膨れ上がっていた。

 そして一拍の呼吸を置いた後、翼からついにその言葉が放たれた。

 

「この度は、私の歌手活動についてのご報告です。

 私風鳴翼は、勝手ながら自らの抱いた新たな夢を追い叶えるべく、歌手としての活動を縮小させていただきますことを決定いたしました」

 

 思わぬ言葉に会場にはどよめきが増しフラッシュが幾度となく焚かれていく。様々な記者から多くの声が上がる中、隣のトニー・グレイザーが記者をなだめるような仕草をし、幾分か静まったところで翼が再度言葉を発し始めた。

 

「何故、と仰られる声が多いと思われますが、若輩なる身なれど多くを考えて決断したことです。どうかご承知の程を、宜しくお願い致します。

 では、ご質問をお受けいたします」

 

 その言葉と同時に、すぐに数人が挙手をする。そのうち一人を先ず指定すると、記者は立ち上がり自らの所属と名前を言った上で質問を始めていった。

 

「歌手活動の”縮小”と仰られましたが、それはどういった意味合いでしょうか」

「言葉通りの意味合いです。夢を叶える為にやらなければならない事が多く、これまで通りに歌手活動に本腰を入れられなくなるであろうことから、”縮小”という言葉を使わせていただきました」

「念の為にお聞きしますが、”引退”ではないのですね?」

「勿論です。私は私である以上、歌うことを止めることはありません。新曲を出すなどの機会は減るでしょうが、自身の歌を鍛え上げることは決して止めません。この身に余程の事が起きぬ限り、風鳴翼の引退は有り得ぬ事だとお思い下さい」

 

 そこで一つ目の質問が終わり、次の質問者が起立する。先程と同じく所属と名前を明かした後、その記者が問うたことも至極当然の内容だった。

 

「それでは翼さん、貴方が仰っている”新しい夢”とは一体何なのですか? 何故それが、歌手活動に影響してくるのでしょうか」

「――そうですね、お答えします。私の抱いた”新しい夢”……それは、宇宙へ往く事です」

 

 思わぬ答えにどよめきが走る。だが翼の確固たる瞳に押されるように、記者は改めて質問を続けていった。

 

「……う、宇宙……ですか。確かに宇宙飛行士の訓練やライセンスを取得するのに多大な時間を使わなければいけないでしょう……。でも、何故そこで宇宙を……」

「……約束を、交わしました。私たちの命を守護ってくれた彼らに……遥か宇宙を駆け往く彼らに、必ず私の歌を届けに行く。なんとしても届かせてみせる、と。

 これは、その夢の第一歩なのです」

 

 記者たちが静寂に包まれる。普通ならば嗤って流されるような荒唐無稽な夢物語。だが、ただ真っ直ぐを前を向く翼の顔を見ているとそれを冷やかす気も失せて来る。

 彼女は本気だ。そう思わせるほどの決意が、その表情から溢れ出していた。それは会見現場だけでなく、ワイドショーの出演者から視聴者に至るまで、誰もが風鳴翼の放つ光に魅了されていたと言えるだろう。

 

『……はい、とまぁ……なんだか凄い夢を語ってくれましたね風鳴翼さん』

『まさか宇宙ですもんねー。私にはちょっと想像できないなぁ……』

『普通は想像できないからねぇ。でももしそうなったら、ゆくゆくは宇宙でコンサートとかやっちゃうんですかね。どうですTAIGAさん、同じアーティストとして』

『いやそりゃあビックリですよ~。でも、宇宙で歌うってなんかカッコいいですよね。本当にウルトラマン、ッて感じでッ! でも今や風鳴翼さんも世界の歌姫の一人。そんな彼女なら、間違いなくZYKですね』

『……ZYK?』

(Z)対、(Y)(K)えられる』

 

 一瞬の間と共に失笑じみた小さな笑いがスタジオに流れ出す。だがそれを言った本人――日本のロックアーティストの一人であるTAIGAにとってはいつもの事で満足顔。所謂芸風である。

 それをテレビで見ていた調と切歌は、彼についてはさほど興味無さそうにしていたが、翼が語り進もうとしている夢には強い衝撃を受けていた。

 

「翼先輩、宇宙にまで行こうとするんだ……」

「でもでも、……その、ギアを纏えば結構なところまで行けるデスよね?」

「うん……。でもきっと先輩は、自分自身の力で行こうとしてるんだと思う。……【他人の力を頼りにしないこと】」

「……やっぱあの人も、司令サンの親戚なだけあってスッゴい人なのデス……」

 

 それぞれのカップに残った飲み物を最後まで飲み切る調と切歌。頬を掌に乗せて一息吐いたまま、何方からともなく顔を合わせ笑い合った。偉大なる先輩の為そうとする偉業を、応援するかのように。

 

 

 またそれは、自室にて勉強の合間に飲み物を用意していたクリスの耳にも入り込んでおり、彼女もまた何処か挑戦的な強い笑みを浮かべていた。

 

「やっぱスゲェな、先輩は……。でも、アタシも負けてらんねぇなッ!」

 

 テレビを消し、再度机に向かうクリス。以前”先生”から教えてもらった参考書や問題集が何冊か積み上がっている現状を見て、彼女は鼻歌交じりで上から手に取り続きのページを開き書かれた問題に思考を巡らせていく。

 大学入学に向けて新しく用意した鞄には、リディアンに共に通っていた桃色のウサギのキーホルダー。その隣には恩師から貰った赤と銀の小さな御守り。机の上に立てかけられたカプセル型のスティックには、彼女を微笑みながら見守るように淡く優しく輝いているようにも見えた。

 

 

 

 またその一方で、S.O.N.G.内部でも変化は起こっていた。

 今回の怪獣侵略事変を越え、図らずも世界各国から核兵器が消失するという事態に陥ったことにより、結果的に軍備の再編成が大幅に且つ可及的速やかに為されていった。

 その中で、超常災害対策機動部であるタスクフォースにもシンフォギア装者や風鳴弦十郎などを揃えた特殊性に特化した単一の部署だけではなく、国連に加盟する各国が所持する軍や自衛隊、レスキュー隊などから優秀な人材を選別して集めた、タスクフォースとは別の機動部署を新設した。

 その目的はタスクフォースと同様に災害対策機動が主なものとなっているが、裏では怪獣侵略事変の際に真っ当に行動も出来ずにいた国連軍の実情を重く鑑みたことで、再編を口実に強化を図ろうという動きがあったのだ。

 彼らは恐れていたのだ。核兵器という無敵と思われた叡智の炎をも喰らい尽した”怪獣”という存在とその再来の可能性を。そして誰もが皆一緒に失ったからこそ、何処が一番先にもう一度その叡智の炎に手を出すかを牽制し合っていた。

 無論これを機に完全なる核廃絶を謳う国家もあるが、きっとそうはならないだろう。そうした点での対処を含めての、未だ名も無い超常災害対策機動部へ新規併設部隊の設立だった。

 

 マリアは弦十郎と共にその設立式典に立会い、今後任務を共にするやも知れぬ者たちと顔を合わせていた。その中でまた、あの時と同じ”なにか”が脳裏を走る。日本から派遣された三人の隊員と顔を合わせた瞬間だった。

 

「日本国航空自衛隊より派遣されました、真木舜一1等空尉でありますッ!」

「同じく日本国陸上自衛隊より派遣されました、西条凪准陸尉であります」

「お、同じく日本国、特別救助隊より派遣されました。弧門一輝と言いますッ!」

「超常災害対策機動部タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。互いに世話になることが多くなるだろうが、今後ともよろしく頼む」

「同じくタスクフォース機動部隊、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。……共に、命を諦めない者たちの為に全力を賭しましょう」

 

 三人と握手を交わし、弦十郎の後を付いて其処から立ち去るマリア。だが彼女の脳裏には消えぬ記憶が蘇っていた。彼らもまた、此処ではない何処にて光に選ばれ適能者(デュナミスト)になった者なのだと。だが、先に合った姫矢准や千樹憐と同じく、”この世界の彼ら”は適能者(デュナミスト)でも何でもない。極めて近く、限りなく遠い存在なのだ。

 そんなふざけた偶然を想い、鼻で笑うマリア。別に大したことではない。敢えて言葉にするのであれば、彼の光が齎した小さな奇跡のような奇縁……なのかも知れない。

 

「どうした、マリアくん?」

「いいえ、なんでもないわ風鳴司令。それより、エルフナインの方はどうなっているのかご存知で?」

「ああ、一応はまだ俺たちタスクフォースの一員という形を取っている。だが、彼女が要求した新しい部署も設立の方向にあるそうだ。

 ……【地球との調和(ユナイト)を基盤とした、環境再生保持計画。及び其れを推進する科学者団体】、か」

「【アルケミー・スターズ】と命名するんだと、あの子は言っていたわ。この地球に居る、”天才”と呼ばれる者たちの力を集めたいのだともね」

「天才、な……。了子くんやナスターシャ教授、Dr.ウェルが居たらなんと言う事か」

「ドクターが居る時点で、まぁロクなことにならないわね」

「違いない」

 

 そう言って笑い出す二人。本部内を弦十郎と共に歩きながら、タブレットに表示された資料に目を通すマリア。エルフナインから借り受けた、国連のデータバンクに秘されていた”天才”と呼ぶに等しい人間たちの名簿だった。

 其処に印された数多くの名前……《Hiroya Fujimiya》、《Charles Morgan》などの名が連なる中に、マリアの覚えのある名が幾つか有った。それはかつての同胞……レセプターチルドレンの少年たちの名だった。

 元来フィーネの魂の器として集められてきたレセプターチルドレン。今はもう米国の聖遺物研究施設の支配から解放はしているが、シンフォギアと適合、またはフォニックゲインを高め生み出せる可能性を秘めていた少女たちとは違い、少年らに求められていたのはなによりも高度な知性だ。その為に数多くの実験が為されていたことも、マリアは知っている。その被験者たちが、まさかこのような形で再度其の名を目にするとは思っても見なかった。

 もしも本当に、エルフナインが推進するアルケミー・スターズの中にレセプターチルドレンだった者が参加するとしたら、自分はどうすれば良いのか……。僅かに迷いかけた瞬間、彼女の瞳の奥に愛する養母(マム)の優しい笑顔が浮かんできた。標は、想い出の中にあったのだ。

 

(……そうね。もし再会をしたとしても、いつかマムがしてくれていたように私も接していく。上手く出来るかは分からないけど……きっと大丈夫)

 

 心で整理を付け、また前を向いて歩き出す。やる事は山積みだ。未だ世界の影に隠れ、暗躍する者の噂も聞こえてくる。そんな心無き者たちの為に誰かが犠牲になどならぬよう、マリアは一層気を引き締めていく。

 救世の英雄として……世界の歌姫として。そして、連綿と続く【しあわせの祈り】を受け継いだ一人として――。

 

 

 

 

 そして場所は移り、此処は城南大学。オープンキャンパスのこの日は普段以上に外からの人間も多く、賑わいを見せていた。

 立花響と小日向未来の二人もそれに参加しており、午前中は講義見学、午後はサークルや校内外の各施設を見て回っていた。……はず、だったのだが。

 

「はぁ……やっぱり付いて行けば良かった」

 

 溜め息を吐きながら手元のスマートフォンを確かめる未来。其処には響からのメールが延々と連なっていた。曰く、トイレに行ったは良いが広い城南大学のキャンパス内で迷子になってしまったのだと言う。

 助けてあげたい気持ちは山々だが、下手に動くと互いに迷いかねないこの状況。とりあえず自分の居場所を周辺にある目立つ写真と共に送り、待機しておくことを未来は選んだ。

 今日は天気は良く、布団を干すには実に良い日だ。未だ見ぬ明日を探る事も必要だが、安らかな眠りを約束する為にも布団は干して来るべきだったかと若干の後悔を思案する。辺りには自分と同じようにオープンキャンパスに参加したであろう年齢を問わない男女たちや、キャンパスライフを謳歌しているような様々な私服の大学生たちが校内を闊歩している。

 こんな賑やかで不慣れな場所でも響が居るなら怖くはない。そう思っていた未来だったが独りぼっちになってしまうと急に不安が沸き上がってしまう。そして何より、ハプニングはそんな時に限って起きるものだ。

 不意に顔を上げてみると、其処には下卑た笑みを浮かべた数人の男たち。過度な装飾を身に付けた男たちからしたら正反対のカジュアルな衣服を纏いながら何処か不安そうにしていた未来は格好の獲物のように見えたのかもしれない。そんな数人の男たちはすぐに未来の周りに立ち、馴れ馴れしく声をかけて来た。

 

「ねぇねぇキミ、さっきからこんなトコでどーしたの?」

「オープンキャンパスの参加者? だったらウチのサークルの体験していかない? 君みたいな可愛い娘、大歓迎だよ」

「……すいません、友達を待っているので」

 

 そう言ってその場から立ち去ろうとする未来だったが、男のうち一人はすぐに回り込み、厭らしい笑みを絶やさずに近寄ってきた。

 

「よっし、じゃあその友達待ちながらお茶でもしようよ。ここの喫茶店、結構イケるんだよね~」

「おぉそれいいじゃん。けってぇーい」

「あ、あの……」

「なに? 大丈夫だって君の分ぐらいは俺らが奢るからさぁ」

「いえ、その……困り、ます……」

 

 自分でも思った以上に声が弱くなっているのが理解る。今までノイズを始めとした死の危険に何度も直面したはずなのに、不思議と未来の心に恐怖や憎悪と言った感情が湧き出していた。

 今の彼女には何の力もない。強いて出来る事といったら、荷物を棄てて無理にでも走って逃げる事だろうか。だが未来が思考を整理するよりも早く、男の一人が彼女のか細い腕を捕まえ握り締めた。

 

「――痛ッ!?」

「あっ、ごめんねー、ちょっと強く握っちゃったか。まぁでも大したことないって。それじゃ行こっか」

 

 一方的に話を進められ引っ張られる未来。その傲慢な強引さに為す術は無く、だが負の感情はさらに増大する一方だ。ただそんな想いが溢れないように、思わず目を強く閉じて歯を食いしばり心で叫んでいた。

 

(――響、助けて……ッ!!)

 

 そんな心の叫びが通じたかは知らない。だが、無理矢理に自分の手を引く男たちの足が止まったことに、彼女は気付いた。

 

 

 

「あぅぅ……こっちだっけ、あっちだっけ、ああぁ~もおぉ~!」

 

 未来からの写真を受け取った響は、その景色が何処にあるのか分からずに校舎内を右往左往していた。

 せっかくだから一緒に行ってみようと、未来が居るから大丈夫だとタカを括って好奇心だけで参加したのが悪かったのか、用を足すのにわざわざ校舎内の綺麗なトイレを使いに行ったのが悪かったのか、あそこで右に行ったからとかそこで左に曲がったからだとか、今の響の思考は全てを悪い方向へと考えてしまっていた。

 とにかく写真から未来は校舎の外に居ることは理解っていて、自分は未だ校舎の中。ならば一刻も早く校舎を出なければならない。それだけを考えて響は駆け出していた。すぐさま彼女を迎えたのは、一体何処へ出るのか全く分からぬ曲がり角。だが道はそれしかない。大きく考えずにそこを曲がった瞬間、響の眼前には歩いていた一人の青年が居て――

 

「わっ、わあああッ!!」

「うわぁッ! な、なにッ!?」

 

 派手に衝突すると共にお互い転んでしまった。

 

「ご、ごめんなさいッ! 大丈夫ですかッ!?」

「う、うん、こっちは大丈夫。そっちこそ怪我はない?」

「は、はいッ! 鍛えてますからッ! ――って言ってる暇じゃない、急がなきゃッ!」

 

 ぶつかってしまった男にキチンと謝りつつ、急いで駆け出そうとする響。だがそれを、男の方が止めて来た。

 

「ちょ、ちょっと待って待って! そっちは院生の研究室ばっかりで、一般の人は許可なく入っちゃ駄目なんだよッ!」

 

 彼の言葉を聞き、響の身体が硬直するように制止する。そこからゆっくりと男の方へ向けた響の顔は、不安と焦燥で酷く歪んでいた。まるで不安に押し潰されて泣きそうなほどに。

 だがその中でも残った理性を総動員し、無様ながらも眼前の男に頼みごとをしていった。

 

「……ずびばぜん、この写真の場所ってどうやったら行けますかぁ……?」

 

 

 恥を忍んで聞いたかいがあったのか、男はすぐに写真の場所を把握し、迷わずに響を送り届けるよう進言した。無論響は一度それを拒否したが、実際問題また迷ってしまっては元も子もない。なので、彼の好意に今は甘えることにした。

 

「しかし、こっちの方に来ちゃうなんて珍しいなぁ。別に方向音痴ってワケじゃないんだよね?」

「はい……。でもなんだかこう、二択問題を全部外したような感じです……」

「なるほど、言い得て妙だ。負の循環は人が感情によって無意識的に引き寄せているという仮説もあるぐらいだし、君の不安や焦燥が無意識で悪い選択を選ばせていたのかもしれないな」

「はえー、そんなこともあるんですね……」

「そういう事を専攻してる研究室もあるよ。難しいけど、やりがいはある。っと、あそこだね」

 

 男の案内通りに進んでいくと、確かにそこには未来のメールに添付してあった写真と同じ建物が映されていた。彼女の待っている場所までもうすぐだと理解ると、響の顔がパアッと明るく光るように開いていった。

 

「あぁー、良かったあそこですッ! 本当に一時はどうなる事かと――」

 

 そう言った途端、件の場所から物々しい喧騒が聞こえてきた。もしかして未来が巻き込まれてるんじゃないか――そんな直感が響の思考を駆け抜けると同時に身体も弾けるように走り出していった。

 

 

 

 未来の腕を握る男達の前に立っていたのは、また別の青年だった。真面目で素朴を絵に描いたような顔付きの男が、普段は決して見せないような険しい顔で男達を睨みつけていた。

 

「……なぁよぉ、これから俺たち、このオープンキャンパスに来た娘とお茶しに行くワケよ。ココの事色々教えてあげるためにさ。理解ったらさっさと――」

「その娘を離してあげてください。彼女、嫌がってるじゃないですか」

「――ちゃんと先輩様の話を聞けってんだよッ!!」

 

 ついに腹を立てたのか、男の一人が青年目掛けて拳を振り被って来た。だが青年はその拳を捕まえ、強く握り締めていった。

 

「いっ、いってえぇぇぇ! は、離せよオイィッ!!」

「僕は争い事をしたいんじゃありません。だけど、困っている人は見過ごせない……ッ!」

 

 そのまま拳を掴んだ男を放り投げる青年。そしてすぐに未来の周りにいる二人へと走り出し、驚かれるままに一人を押し退け、未来の腕を掴んでいるもう一人の男の腕を強く握り締めた。痛みで思わず離してしまった隙に数歩引き下がる未来。それを見てすぐに男たちと未来の間に、その青年が割り込んでいった。

 

「あ、あの……」

「もう大丈夫。君は僕が守るから」

「カッコイーこと言ってんじゃねぇよッ!!」

「――あ、未来ッ!!」

 

 男たちが襲い掛かる。そこに響が到着し、即座に未来の元に走り出す。だが彼女の思考はまた迷いに支配された。

 あの男たちを一蹴することは容易い。それだけの実力は身に付いていると理解っている。だが、それを容易く行なえるほど響の心に覚悟は無い。如何にして誰も傷付けずこの場を治めるか、その為に如何すれば良いのかを走りながら必死で考える。だがもう距離は無い。最悪師のように震脚――まだ僅かに出来るようになった程度だが――を用いて注意を引きその隙に……。

 などと考えているところで、響の背後から大きな声が放たれた。声の主は、響に案内をしてくれた青年だった。

 

「ハイハイそこまでー! それ以上やると色々マズい事になるぞー!」

 

 その場の全員が彼の方を向き、動きを止める。そして殴りかかろうとしていた男たちの顔が忌々しく歪んだ。

 

「お、おいアレ……!」

「た、高山准教授ッ!?」

「オープンキャンパスでやってきた校外の子、しかも未成年に力で押さえ付けて無理矢理連れてこうとするのは、校則は勿論法としても人としても大変な違反行為だな。はい、生徒証出して」

 

 准教授と呼ばれた彼……響と一緒に来た青年が自らの身分証明をチラつかせながら男たちに詰め寄っていく。渋々出された生徒証を確認し、その中に違反印を押し込んでいった。

 

「結構違反印溜まってるなぁ。この調子だと停学処分も免れないかもな」

「チッ、わぁってるよクソッ……!」

「白けちまった……おい行こうぜ」

「あーあーまったく、天才様には俺らの苦労やストレス解消法なんか分かんねぇよなー」

 

 嫌味を言いながら立ち去っていく男たち。喧騒が静まり返った時、緊張の糸が切れた未来が芝生の上へとへたり込むように腰を落としてしまった。

 

「未来ッ!」

「だっ、大丈夫ッ!?」

 

 すぐに駆け寄る響と一緒にしゃがみ込む青年。安堵した未来は二人に対して笑顔で応対していった。

 

「す、すいません、大丈夫です。響も、ゴメンね。心配かけちゃって」

「心配かけちゃったのはこっちだよぉ~……。本当にゴメンね未来、こんな目に遭わせちゃって……」

 

 思わず未来を抱き締める響。彼女を不安にさせた贖罪のつもりだろうが、未来にとってはこうして息を切らせて駆け付けてくれた事が嬉しかったから先程までの嫌な感情もリセット出来ていた。

 そしてもう一つ、未来にとって気掛かりなことがあった。響が来るよりも……いや、他の観衆の中で唯一、迷わず未来を助けに乱入してきた青年の事だ。彼は今も傍に居て、先程までは険しく構えていた顔が今は面影も見せず、少し焦りを含みながら未来に怪我が無いか慌てて確認していた。

 

「本当に大丈夫!? もし何処か怪我でもしてたら……」

「……フフ、本当に大丈夫ですよ。ほら、響ももう離れて」

「あうぅ~」

 

 そう言って抱き付く響を引き剥がした後、スッと立ち上がって身体に大事が無い事を報せていった。その姿に安堵したのか青年も一緒に起ち上がる。

 ……こうして改めて並んでみると、随分背の高い人だった。そして何より目を引いたのは、自分よりも年上であるはずの彼なのに、自分よりも遥かに屈託のない笑顔をしていたこと。それは不意に傍に居る立花響や後輩の暁切歌を思い出す。が、彼女らとはまた違う既視感を未来は彼に感じていた。それを確かめる為に軽く問うてみる。

 

「あの……勘違いだったら申し訳ありません。何処かでお会いしたこと、無かったですか? こう、今と同じような感じで」

「うーん……いや、無いはずだけど……」

「……重ねて申し訳ありません。お名前はなんと……」

「僕は”伴 浩人”。ここの工学部の二回生だよ」

 

 伴浩人。そう名乗った青年はまた一段と朗らかな笑顔で未来に返していった。

 相対する未来の中に去来する、不思議な感覚。彼とよく似た男から同じような笑顔を向けられたことが、1年程前にもあったような気がする。ただそれだけの、余りにも頼りない既視感(デジャヴ)。そこに囚われてる最中、首を挟むように声を出してきたのは響だった。

 

「ありがとうございます、伴さんッ! 未来が、親友が大変お世話になりましたッ!」

「そんな大したことじゃないよ。ただ助けなきゃって思ったから」

「またまたそんなこと言ってー、普通じゃあんまりああいうこと出来ないですよぉ。 もしかして、未来に惹かれちゃいました? いやぁーお目が高いッ!」

「な、なな何を言って――ッ!」

「そうだよ響、伴さんも迷惑してるでしょ?」

 

 思わず赤面して慌てふためく浩人に対し、未来はいたく冷静にツッコミ返していく。

 

「じょ、冗談だよ~。それに一番の親友として、未来とお付き合いするんだったら先ず私を倒してからにしてもらおうッ! なんてね♪」

 

 何をそんなドヤ顔で言っているのかといった具合で溜め息を吐く未来。一方で浩人はずっと困惑気味で、そんな彼の顔を見ると何処か居た堪れない気持ちになっていた。

 其処へまた一人、此処までの様子を観察していた一人の青年が声をかけて来た。先程響と一緒に来て不良男たちを一蹴した、准教授と呼ばれていた男だ。

 

「君たちは随分仲が良いんだね。まるで夫婦か姉妹……家族みたいだ」

「あッ! すっ、すいませんッ! 貴方にも色々助けて貰ったのにほっといちゃって……」

「夢中になるって言うのはどうしても周りが見えなくなることだからね。研究者やってる身からすればよく分かる事さ」

 

 そう語る彼にふと了子やエルフナインにも似たようなところがあるなと思う響。科学だろうが錬金術だろうが、やはり研究者というのはそういうものなのだろうか……などと考えていた時、今度は未来から響に問い掛けて来た。

 

「響、こちらの方は?」

「うん、私が校舎の中で迷子になってた時に、急いで戻ろうとしてたら思いっ切りぶつかっちゃって……。それからここまで案内してくれたんだ」

「この方は”高山 我夢”准教授。若干十七歳で量子物理学の博士号を取り、二十歳でこの城南大学で准教授をしながら量子物理の世界を研究する、正真正銘の天才なんですよッ!」

 

 まるで自分の事のように嬉しそうに彼を語る浩人。それだけこの高山我夢と言う人物が、この大学において有名な人なのだろうと理解できた。さっきの不良男達の捨て台詞も鑑みると、良くも悪くも……なのだろうが。

 

「そうだったんだ……。そんな凄い方にこんな響が大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。それに私も一緒に助けて貰ってしまって……」

「良いって良いって。それより伴くん、僕の自己紹介を盗らないでほしかったなぁ」

「ああ、ごめんなさいッ! つい思わず……」

 

 笑いながら我夢が浩人に注意するも、彼はその注意を真面目に受け取ってしまったらしく思わず頭を下げていった。それこそ我夢の気にするところじゃないし彼らもお互い初対面だったが、この僅かなやり取りだけで彼の真っ直ぐで純朴な人柄が凄くハッキリと見えていた。

 とりあえず一頻り笑った後、再度我夢が口を開く。この後についてだった。

 

「さて、それじゃ二人はどうする? オープンキャンパスは自由参加だから帰っちゃっても良いけど、もし良ければ嫌な思いをさせたお礼ぐらいはしたいな。

 一応ここの准教授としては、この大学の良いところも色々紹介したいし」

「どうする、未来……? 嫌な目に遭ったのは未来だし、私が勝手に決めちゃいけないと思うから未来に決めて欲しいんだけど……」

 

 心配そうな顔で覗き込み尋ねる響。その隣では浩人も同じような顔で此方を見つめている。ただのそんな事で、未来はあの時響が言っていた事を少しだけ分かったような気がした。

 『私を照らしてくれるたくさんの陽溜り』……初めて会ったはずの浩人や我夢でさえ、間違いなく自分を照らし温めてくれる陽溜りの一つだ。そして何より、響は自分にとって太陽のような存在……だがそれは、ただ一際強いだけの陽溜りではないのか。そんな一つの答えを得た未来が、我夢の提案にどうするかなど自然に答えは出ていった。

 

「続き行こ、響。せっかく凄い人に会えたんだし、あんな事ぐらいで帰るなんて勿体無いよ」

「未来……うんッ!」

 

 二人手を繋ぎ合いながら笑顔で意思確認をする響と未来。そこへ寄って来たのは我夢だった。

 

「決まったようだね。それじゃ、オープンキャンパスの再開と行こうか。伴くん、君は今ヒマ?」

「えっ、あ、はい。時間は有りますが……」

「じゃあ君がアシスタントよろしくね。もしまた何かあった時、僕一人じゃ対処できないかも知れないし」

「えっ、その……いいんですか、僕で」

 

 我夢はもちろん響と未来にも顔を向けて確認する浩人。准教授を前にしているからか一緒に行く相手である響と未来……特に良からぬ騒動に遭ってしまった未来の方を心配してるようでもあった。

 そんな彼に対し、二人は顔を見合わせ首肯した後、笑顔で浩人の方へ近寄り軽く頭を下げていった。

 

「よろしくお願いします、伴さんッ!」

「助けてくれたお礼もしたいですし、宜しければお願いします。それに――」

 

 未来が小さく微笑んだ。少し意地悪を仕掛ける年相応の少女の微笑みを浩人に向けて。

 

「なにかあったらまた守ってくれる。ですよね?」

「――ッ! も、もちろんですッ!!」

 

 顔を赤くし背筋を伸ばして肯定する浩人。そんな余りにも純粋な彼の姿に、未来はもう一度、今度は楽しそうな笑顔を咲かせていた。

 

 

 

 こうして再開した二人の初めてのオープンキャンパスは、この後は滞りなく――やや我夢の独断と偏見が混じった一般的に理解しにくい研究室巡りなどをしながら――進み、日も傾いたところで何事もなく終わりを迎えたのだった。

 

「伴さん、高山さん、今日は本当にありがとうございました」

「色々と勉強になりましたッ! 大学生って凄いんですねッ!」

「本当に勉強になった? 立花さんはたまに凄い顔になってたけど」

「いやぁ~実際のところ、もうなに言ってるか全然全くこれっぽっちもわかりませんッ!って時も結構ありました。でもそういうところも含めて、私はまだまだ知らないことが多くて、私なんかよりそれをよく知ってる人たちも、もっともっと深くまでそれを知ろうとしてるって事が、本当によく理解りました。

 私も自分の夢の為に、もっと色んなことを知っていかなきゃいけないんだなってことも」

「うん、なら良しだね。どんな事においても、ヒトは全てを知ってるわけじゃない。まだまだ知れる事があるはずなんだ。

 だから僕たちは研究し続ける。いつか、世界を識る為に」

 

 我夢の語る言葉は奇しくもエルフナインを連想させられた。錬金術師と研究者、互いに叡智を追い求める者としてどれ程の違いがあると言うのだろうか。そんな偶然の出会いにある種の感動を覚えながら、響は改めて我夢と握手を交わした。

 それに続くように未来も感謝の言葉を述べながら浩人と握手をし、言葉を交わしていく。

 

「今日は色々と、本当にどうもありがとうございました。結果的にではありますが、参加して良かったです」

「そんな、こっちこそ。良ければまた遊びに来てください。小日向さんなら大歓迎ですよ」

「おっ、伴さんってばまた未来のこと口説いてる~。やっぱり気になっちゃいました? くぬくぬ~」

「ええッ!? ち、違、その……僕は、そんなつもりじゃ……ッ!」

「そうだよ響、伴さん困ってるじゃない。最後まで本当にすみません、この子ったらこんな子で……」

「いやいやそんなッ! それに、本当にそんなやましい気持ちなんて――」

「無いって言えるかい?」

 

 我夢からの思わぬ問いかけに、赤面しながら俯いてしまう浩人。本当に嘘の付けない男だと誰もが思った。よくこんなにも純粋で、正直で有り続けられるなと感心してしまうほどに。そんな彼の姿には、つい響も自分の軽率な発言を謝ってしまうのだった。

 

「あ、あははー……すいません、伴さん……」

「いや、その、こっちこそ……ゴメン、ナサイ」

 

 なぜ彼が謝る必要があるのか、コレが分からない。

 ともあれオープンキャンパスと言うイベントはコレで終わりだ。在校生である浩人は勿論、准教授である我夢は立場上参加者である彼女らを早々に、且つ安全に帰さなければならない。……とは言うものの、沈み始めた夕日はまだ道を明るく照らしているし、ふたりが在籍しているリディアンの寮もここからそう遠くないはずだ。そこまで送る必要もなければそうするだけの義理もない。そう結論付けた我夢は振り返りながら浩人の肩に手を置き、促すように声をかけていった。

 

「じゃあ僕たちは片付けがあるから、これで失礼するよ」

「二人とも、気を付けて帰ってくださいねッ!」

「もっちろんですッ! 『道を歩く時には、車に気を付けること』ッ!」

 

 さも当然のことを胸を張って言う響に我夢も浩人も一瞬首を傾げてしまうが、それだけの注意意識があるならば大丈夫だろう。そう思って笑顔で首肯した。

 

「今日は本当にお世話になりました、ありがとうございます。……それでは、失礼します」

 

 そして最後は未来が礼儀正しく一礼で締め括り、響に声をかけて振り返り歩いていく。此方に手を振りながら仲良く手を繋いで帰って行く二人の姿を、我夢と浩人は晴れやかな笑顔で見送っていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ~、色々あったけど楽しかったね、オープンキャンパス。高山さんも伴さんも良い人だったし」

「そうだね。でも、どうして急に行こうと思ったの?」

「ん~……クリスちゃんが頑張ってるのを見たら、なんか自分も何かをやらなきゃって思っちゃって。でもよく考えたら、私は何が出来るんだろう、何がしたいんだろうってなっちゃってさ」

「人助け、じゃないの?」

「そりゃ人助けはしたいよ。いつだってしたいと思ってるし、シンフォギアの力もウルトラマンだったことも、私が望む【人助け】の為のモノだと思ってる。

 でもそれとは別に、私の夢……みんなで手を繋いで、みんなで幸せになれる未来(あした)。そんな世界。それを叶えるにはどうすれば良いのかなーって思ってさ。結局今日だけじゃ、ほとんど何も分からず仕舞いだったけどね」

 

 自嘲するように頭を掻きながら笑う響。だがその夢は美しく尊い。そしてそんな夢の前に立ちはだかる現実はあまりにも大きく険しく、其処へ進もうとする彼女を突き放し押し潰してしまうかもしれない。

 だからこそ知ろうと思ったのかもしれない。見果てぬ夢を追う友が近くに居るのだから。人々の夢と未来を信じ、それを守護り切った歌と光があったのだから。

 

「ただね、今日分かった事もあったんだ。みんながみんなってワケじゃないかも知れないけど……こんなに身近で小さな世界の中でも、人は誰かの未来(あした)の為、そして自分の未来(あした)の為にみんながそれぞれ精一杯頑張ってるんだなぁって。

 そのみんなの精一杯……一所懸命が寄り集まって、独りじゃ出来ないような凄い事が出来るようになるんだって。そうやって、この世界が回ってる。地球が、生きてるんだなって思ったんだ」

 

 夕日の先を見ながら語る響に、未来は何処か感嘆としていた。彼女がこんなにも大きな目を持ち、世界を見据えているなんて思いもしなかった。こんなにも――誰よりも傍に居たと言うのに。

 そんな彼女を改めて見直して、優しく声をかけた。

 

「……響、変わったね」

「ふえ? うーん、そうかなぁ……」

「変わったよ。色んな人と出会って、たくさんの人に手を伸ばして、繋がってきて……。

 でもそれは、響らしい……響のまま、少しずつ変わっていったんだと思う。それが、成長したって言うことなのかな」

「えへへ……自分じゃよく分からないけど、未来にそう言ってもらえるとなんだかとても嬉しいなあ。だって、私が私のまま変われたと言うのなら、それは間違いなく未来のおかげだもん」

「私の?」

「うん。前に未来が、『響が響のまま成長するんだったら私も応援する。響の代わりは何処にも居ないから』って言ってくれたから。その言葉が私の胸にあったから、私は私のまま頑張ろうってずっと思えてたんだもの。

 だから翼さんやクリスちゃんと手を繋げれた。了子さんとも理解り合うことが出来た。調ちゃんとも手を繋げられて、その手が切歌ちゃんとマリアさんにも繋がってくれた。キャロルちゃんやエルフナインちゃんとも繋がって、もう二度と繋げられないと思ってたお父さんとも手を繋げられることが出来た。

 そして今回も、北斗さんや矢的先生、ゼロさんやエックスさんと大地さん。それだけじゃなく、バム星人の人たちやこの地球(ほし)に生きた怪獣、そしてメフィラス星人のエルヴィスさん。こんなにたくさんと手を繋ぎ合うことが出来たんだ。

 それは元を辿れば、未来の存在や私にかけてくれた言葉があったからなんだよ。だから、未来のおかげ。ありがとう、未来」

 

 優しく、明るく、暖かい……落ち征く陽の中で尚も輝く太陽のような笑顔が、未来に向けられた。それはとても嬉しく、愛おしく……だが同時に未来の心に去来したのは一片の羨望だった。

 どう足掻いても誰もが変わり往く中で、”自分”のままに歩みを進めて成長していく最も親愛なる者。否が応でも比較してしまう。彼女の身体と心を癒し涙を乾かす陽溜りでありたいと願った我が身は、歩みを進める彼女に対してただなにも変わらぬままに待ち続けるだけで良いのかと。

 そんな想いが、零れ落ちるように呟かれた。

 

「――私も、変わっていっちゃうのかな」

「……未来は、変わりたくない?」

「……分からないの。響が響のまま変わり成長していったのは凄く良い事だと思うし、羨ましく思う事だってある。でも、私が変わってしまう事で響の陽溜りで居られなくなったらと思うと、なんだか怖くなっちゃって……」

 

 語る未来の両手を、響が包み込むように握り締める。その温もりと共に、胸の中の想いを真っ直ぐに伝えていった。

 

「へいき、へっちゃらだよ」

「響……」

「小日向未来は私の一番の陽溜りなの。たくさん手を繋いで、たくさんのあったかいものを貰って来たけれど……やっぱり未来の傍が一番あったかいところ。私が、絶対に帰ってくるところ。

 これまでもそうだし、これからもそう。たとえこの先、お互いの未来(あした)がどんな風に変わっていこうとも、其処だけはきっとずっと変わらない。変えたくないし、変わって欲しくない」

 

 立花響と小日向未来。互いの関係の最もな核であるところ――【陽溜り】。それを再認識するかのように、響は未来と額同士をくっつけあった。

 

「未来が未来のまま成長しようと頑張るんだったら、私はそれを誰よりも強く応援する。でももしそれが間違った方向へ進んじゃうようなものだったら、私が絶対に止めて見せる。未来が世界で一番優しいって言ってくれたこの拳で。

 私の一番の陽溜りの代わりは、世界の何処にも居ないからね」

 

 額を離し、満面の笑みを向ける響。そんな彼女に思わず抱き付く未来。その暖かな温もりで、此方を安らかで愛おしい気持ちにさせてくれる響もまた、未来にとって他に代わりなど存在しない、唯一不変の【陽溜り】なのである。

 変わり往くものと、変わらないもの。何よりも大切な人が言ってくれた言葉は、彼女の心にも小さな勇気を芽生えさせていった。

 

「……ありがとう、響。私も、私のまま成長できるように頑張るから」

 

 それ以上の言葉は続かせなかった。言ってしまいたい想いを胸に秘め、一つの決意を打ち立てる。もしもこの想いが本当に変わらないものであれば、いつか自分が成長した時に改めて彼女に打ち明けよう。そしてもし、この想いが自らを縛り付けている”過去”に依るものならば、それこそ破り捨てなくてはならない。でないともう、彼女を暖める陽溜りとして傍には居られないから。

 想いを受け入れて貰えるかなど、今は考えるべきではない。大好きな人が傍で応援してくれるのだから、それに応えたい。彼女はただ、それだけを思っていた。

 

 

 

 そしてまた歩き出す。日は沈みかけ、空は濃紫色へと変わっていく最中だ。そんな中でふと空を見上げた響が、思わず未来を呼び止めた。

 

「あッ! ほら未来見て見てッ! 一番星、みーつけたッ!」

「――あ、本当だ」

「一緒に見た流れ星も綺麗だったけど、こういう一番星ってのも良いもんだねぇ」

「うん、オレンジと紫の空に輝いてる星……なんだかすごく綺麗。でも、あれなんて言う星なんだろう……?」

「うえッ!? う、うーん……北極星とかじゃないと思うけど、私も詳しくないからなぁ……」

 

 突然の質問に頭を悩ませる響。それを笑いながら静止しようとする未来。そんな二人の隣を、白いワンピースを着た赤い靴の少女が歩き去っていった。二人を追い抜く瞬間、なにかを口にしながら。

 その声に驚き、思わず周囲を見回す響と未来。だが其処にはもう人影すら見えなくなっていた。だが、彼女の発した声は二人の耳にハッキリと残っていた。

 

「――願いを、聞き届ける光……」

「――ウルトラの、星……?」

 

 呟いた瞬間、見つけた一番星が一際強く輝いたように見えた。思わず二人が顔を合わせ、両手を合わせて胸の想いを天高くに光る星へと投げかけていった。そして僅か数秒の間を置いて目を開くと、輝く一番星の周囲全天に小さな星々も光を齎し始めた。夜が来たのだ。

 

「……響は、何か願い事をしたの?」

「うんッ! 翼さんやクリスちゃん、マリアさんや調ちゃんや切歌ちゃん、エルフナインちゃんや師匠や緒川さんたち……とにかく私が繋がって来れたみんなと、ずっと仲良く居られますように、ってことッ!

 それと、未来ともこれからもずっと、ずぅーっと一緒に、なかよしで居られますようにってッ!」

「フフフッ……響らしい、素敵な願い事だね」

「やだなぁそんなに褒めないでよぉ~。そう言う未来は、何かお願いしたの?」

「私? 私は――」

 

 一瞬の間を置く未来。星に願ったのはたった一つ、『響とずっと一緒に居たい』と言う願いだった。だが、先程の決意を無にする訳にもいかない。心で吐き出した願いを星に受け取って貰い、いつかの日まで預けておく。未来はそう、あの星を見て感じたのだった。

 なればこそ、響からの質問に答えることは出来なかった。

 

「――教えない」

「ええぇ~、なぁんでぇ~!?」

「こういうのって、教えちゃうと願いが叶わなくなるって言うじゃない? だから、私は言わない事にするの」

「ずるーい! だったら私のお願いは叶わないってことじゃん!」

「ゴメンゴメン、冗談だよ。それに、響なら絶対に自分の力で願いを叶えられるって信じてるから」

 

 未来から真っ直ぐな笑顔を向けられ、一瞬呆気にとられた響もまたそれに応えるように、いつもの笑顔で『うんッ!』と強い一言だけで返していった。

 

 少しの間立ち止まっていた二人はやがてまた歩き出す。二人が共に暮らすリディアンの寮までもうすぐだ。

 

 夜天に輝く星々が、彼女らを……そしてこの地球(ほし)に生きとし生けるものたちを、優しく見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア

 

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間の何処か、メフィラス星人エルヴィスが自らの乗る円盤の端末を操作していた。そしてそれは、数分の後にリアリティのあるホログラムとして顕現する。

 赤いワンピースと、編み込んだ黄金のブロンドヘアー。幼い顔立ちからは何処か敵意を押し殺しているようなものを感じるが、逆にそれがエルヴィスの心を昂らせていった。そして、彼女が少しばかりたどたどしく問いかける。

 

『――……わたしは、誰だ?』

「君はこの円盤のメインコンピューターであり、私のナビゲーターだ。少し殺風景だったので手を加えてみてね、精神生命体であった君の僅かな破片を使わせてもらった。

 これで少しは、快適な旅になるだろう」

 

 エルヴィスの一方的な物言いに対しイラつきを隠さず、ナビゲーターの彼女は再度と問い掛けた。一方で彼はその反応すらも本物と同じだと確信し、喜んで問い掛けに応えていった。

 

『……もう一度聞く。わたしは、誰だ?』

「言っただろう、君は名も無きメインコンピューターの頭脳兼私のナビゲーターだ。……が、やはり名前は必要になるものな。どうせ長い時を共に星の海を往くんだ、答えてやろう。

 私はメフィラス星人エルヴィス。今は君のマスターという訳だね。そして君の名は――【キャロル】だ」

「……福音(キャロル)だと? 何故そんな名を……」

「さてね。”君”がこの世界に生まれたことを喜んだ者が付けたのだろう。私はそれを拝借したに過ぎん」

 

 言いながら深く椅子に腰掛けるエルヴィス。ホログラムのナビゲーター【キャロル】は、そんな彼に再度問い掛けた。

 

『マスター、貴様は何故私を生み出した』

「話し相手が欲しかったのだ。ただそれだけだよ」

『……理解に苦しむな』

「結構、大いに苦しんでくれたまえ。さて、君に課す任務は単純にして明快だ。これから君には私と共に様々な世界を見てもらおうと思う。そこで君には、その惑星環境から現住民族や生物の調査、データの集積を行ってもらう。

 ――キャロル、君は”世界”を識るんだ」

 

 エルヴィスのその言葉にキャロルは一切の感情や変化を見せず、ただ淡々と『了解だ、マスター』とだけ返して振り向いた。

 

 眼前に広がるは星の海。無限とも言える”世界”を識り、何時の日か彼女が”自分自身”、またはそれと関する者に邂逅した時にどのような変化を見せるのか。絶えず変わり往く未来(みらい)を想い、悪質宇宙人はほくそ笑む。

 統一言語を奪われ相互理解を阻む呪詛に包まれながらも、命と光が歌で一つになった彼の世界。それでも一時の奇跡ごときでヒトは変わらぬだろう。そう、だからこそ面白いのだ。

 

 

 そんないつかの未来を想いながら、彼らはまた星の海を行く。

 いつかまた、あの地球(ほし)に降り立ち”友”とこの手を握り合う為に――。

 





今まで多くの方に読んでいただき、またこちらの予想を超える皆さまに応援していただき、誠にありがとうございました。
今回を持ちまして、【絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア】の本編を完結とさせていただきます。
長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。










まだ少し書きたい事があるので、過去回の修正をしながらやっていこうと思います。
どうかその時は、また気軽に楽しんでいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPISODE EX-2 【エルフナインの怪獣ラボ ~後編~】

 番外編その2

【エルフナインの怪獣ラボ ~後編~】

 

 

 

「皆さんこんにちは!タスクフォース技術部所属錬金技術担当、エルフナインです!」

『エルフナインのサポートをしている、ウルトラマンエックスだ』

「いつも【絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア】をご愛顧いただきありがとうございます。

 今コーナーは本編とは趣旨を外しまして、本作中で登場した怪獣のデータをエックスさんと一緒にご紹介していきたいと思います!」

『長いウルトラマンの歴史の中には、様々な怪獣がいる。第2回となる今回は、ヤプールとの戦いを終えて、尚もシンフォギアの世界に出現したスペースビーストを始めとした怪獣たちとその戦いを振り返っていこうと思う。

 やはりところどころ原典とデータが変わっているから、その辺りも一緒に解説していくぞ!』

「よろしくお願いします、エックスさん!それではまた、始めていきましょう!」

『あぁ、行くぞエルフナイン!怪獣コンピューター、チェック!』

「チェックします!」

 

 

 ・File.12

【ブロブタイプ・ビースト ペドレオン】

「名前:ペドレオン

 種別:ブロブタイプ・ビースト

 身長:2~10メートル(クライン種) / 20~50メートル(グロース種)

 重さ:不定(クライン種) / 25,000~45,000トン

 能力:触手から放たれる電撃と、なんでも食べる腹の口」

 

「このビーストの初邂逅はヤプールとの戦いの最中にありました。

 カナダでチャリティーライブを開いていたマリアさんとノイズの戦いに反応するように現れていったのです」

『スペースビーストは人々の恐怖や悲しみ、憎しみと言った……所謂マイナスエネルギーを喰らう性質を持っているからな。ノイズ襲撃で陥った混乱に反応したのかもしれない。

 位相差障壁を持ち有機体を炭素分解するはずのノイズをも丸呑みすることで喰らうという尋常ならざる行いもしていたな』

「後にエックスさんから教えてもらった事ですが、スペースビーストには”攻撃”と”捕食”の思考観念しか存在しないそうなのです。見た目も酷い異形、そんなモンスターをマリアさんと国連軍が必死で戦っていきました」

『だがその身体に溜め込まれた可燃性のガスが引火、爆発を起こしてしまい、全員が危機に陥ってしまう。

 そんな中でマリアが自身に宿ったウルトラマン――ネクサスの力を自覚し用いたのは、此処が初めてだったな』

「その後、ヤプールとの戦いが終わった後にスペースビーストの存在がようやく明かされ、本格的に対策を取ることになりました。

 ペドレオンはその後も小型のクライン種が何度か出現し、装者の皆さん……特に適能者(デュナミスト)としての覚醒と力を得たマリアさんが先陣を切ってビーストと戦っておりました。そうして次なる戦いが始まっていったのです」

 

 

 ・File.13

【インセクトタイプ・ビースト バグバズンブルード】

「名前:バグバズンブルード

 種別:インセクトタイプ・ビースト

 身長:1.8~40メートル

 重さ:150キロ~33,000トン

 能力:鋭い爪と口から吐く催眠ガス」

 

「エタルガーによって放たれたスペースビーストの侵攻。その尖兵として現れた二足歩行のビーストですね」

『奴らは恐ろしい事に学園祭で沸き立つリディアン音楽院に侵入。生徒や学園祭を楽しむ人々を催眠ガスで眠らせ、校舎裏の人が立ち入らないところへ蒐集していた。ほぼ確実に捕食目的でな……』

「その異変にいち早く気付いてくれた矢的先生。ですが、年に一度の学園祭……其処で紡がれる唯一無二の”思い出”を守護る為に、単身で戦いを挑んでいきました」

『このバグバズンブルードは、言うなれば斥候であり戦闘員といった程度の戦闘力しか持たない。だがこの時ウルトラマン80は、自らの力を一体化した装者、雪音クリスに預けている状態で変身をした。

 結果80は本来の力を出すことが出来ず、苦戦してしまっていたな……』

「そこへ加勢したマリアさんことウルトラマンネクサス。メタフィールドにバグバズンブルードとウルトラマン80を連れて移動したことで、勝負は付いたと思いました。

 ……それは、甘い考えだったのですが」

 

 

 

 ・File.14

【ウルティノイド ダークファウスト(影法師)】

「名前:ダークファウスト

 種別:ウルティノイド(マイナスエネルギー集合体)

 身長:48メートル

 重さ:32,000トン

 能力:軽快な運動能力と光線技」

 

『バグバズンブルードに加勢する形でメタフィールド内に乱入してきた、我らウルトラマンに似た風貌と黒き眼を持つ邪悪な闇の巨人。それがこの、ダークファウストだ』

「マリアさんが展開したメタフィールドを、自分が有利な空間であるダークフィールドに塗り替えたりバグバズンブルードに更なる力を与えたりと、此方に不利な戦いを強いて来ました。

 そして何故かウルトラマン80を執拗に狙い、彼に致命傷を与えてしまいました……」

『その後に翼とゼロがメタフィールド内に突入。状況を打開するためにウルトラギアを使うが、魔剣の呪いと二人の怒りが共鳴し、暴走状態になってしまった』

「この時戦っていたバグバズンブルードは暴走状態に陥ったゼロさんが斃し、それを見てダークファウストも一時撤退。それでも収まらない暴走に対し、マリアさんが捨て身で攻撃したことによりようやく沈静化したんです……」

『ウルトラギアの初戦としては様々な課題を齎された戦いだったな。翼とゼロはその後ウルトラギアを完全に扱えるようになれたが、それはまた後程』

「ただこの戦いが、ヤプールとの戦いを終えた皆さんを次なる戦いへ誘っていったのです」

 

 

 

 ・File.15

【時間怪獣クロノーム】

「名前:クロノーム

 種別:時間怪獣

 身長:50メートル

 重さ:45,000トン

 能力:触手から電撃を放ち、白い煙で一時的に時間の狭間に身を隠す」

 

「大きな傷を負った翼さんとゼロさん。お二人に休暇を与えた時に出現”した”とご報告を受けた怪獣です」

『過去形なのは、我々やS.O.N.G.側では補足することが出来ず、飽くまでも翼の報告書とシンフォギアに残された戦闘記録に依るものだからだ。後に80からこの怪獣の詳細は教えてもらったが、なんとも恐ろしい怪獣だったようだな……』

「時間怪獣の名の通り、時間を操り時の継ぎ目の中に潜んで知性体を捕獲、その者が持つ記憶――”想い出”を利用して過去の世界へと移動する能力を持っています。この能力で時間や記憶の流れを狂わされ、星と文明を滅ぼしてきたとも言われています。

 翼さんからの報告書では、クロノームによって過去……アーティストユニット・ツヴァイウィングの結成日に飛ばされ、同時に出現した闇と巨人と共に其処で交戦。接戦の末に撃破したと報告に在りました」

『大きなアオウミウシのような外見に、太い触手で自由を奪い電撃や破壊光線で二人を窮地に陥れたらしいな。単純な戦闘力も高かったのだろう

 だが、報告書と戦闘記録にはクロノームを越える衝撃的な存在が記載されていた』

 

 

 

 ・File.16

【ウルトラマンベリアル(影法師)】

「名前:ウルトラマンベリアル

 種別:M78星系人(マイナスエネルギー集合体)

 身長:55メートル

 重さ:60,000トン

 能力:兇悪な攻撃性と必殺の光線技」

 

「ボクたちに力を貸してくれている光の巨人ウルトラマン。その中で唯一の例外として闇に墜ちた者がいました。それがこの、翼さんとゼロさんの前に出現した闇に墜ちた巨人(ウルトラマン)、ベリアルです」

『ゼロとは非常に因縁深い相手とは聞いていたが、まさかこのような形で逢いまみえることになろうとはな……。

 しかもその変身者は、翼にとって最も重要な人物である天羽奏だった。時間を越えた先、記憶を手繰った過去での再会は余りにも非情な者に蹂躙されてしまうことになってしまった』

「ベリアルはクロノームを引き連れ、2対1でゼロさんを追い詰めていきました。肉体的にも、精神的にも。

 中でも非道を貫いたのは、奏さんを人質に取りつつその身を操りシンフォギアを励起。ボクたちが生み出したウルトラギアとほぼ同質と言える、『巨人がシンフォギアを纏う』ことを先に為されてしまうことになってしまいました……」

『その姿を見て再度暴走してしまうゼロと翼。だがそれをも凌駕され、意識を奪われた中で二人は互いの内にあるものを識り合う共有し合う事でより深いユナイトを為すことに成功する。

 そして二人はついに、真の意味でウルトラギアの発動(コンバイン)に成功したんだッ!』

「そうして新たな力の制御に成功したお二人は、その力でガングニールを纏うベリアルとクロノームを圧倒。諸共に倒していったのですッ!」

『そしてヤツを斃したことで、ある一つの事実が明らかになった。翼とゼロが遭遇したウルトラマンベリアルは、記憶の闇を想起させるエタルガーと風鳴翼に憑依していた黒い影法師の力で生み出されたマイナスエネルギーの塊だったと言うことだ。

 憑依者の闇を増大させる黒い影法師と、それを引き出し解放させるダミーダークスパーク。それが今回の戦いの大きな鍵となっていくのだった』

 

 

 

 

 ・File.17

【硫酸怪獣ホー】

「名前:ホー

 種別:硫酸怪獣

 身長:50メートル

 重さ:20,000トン

 能力:口からの光線、目から硫酸の涙を振り撒く」

 

「翼さんとゼロさんがウルトラマンベリアルを斃して二週間後、突如リディアン周辺に出現した怪獣です。かつてウルトラマン80と交戦した経歴があり、ボクたちも先生から貰ったデータを参照に調べていきました」

『これに対し急行した響ことウルトラマンガイア。だが街中に何度も入ろうとして苦戦していたようだ。

 そしてこのホーの襲撃と共に、クリスと猛の前に現れたのは、彼女の忌まわしき過去の姿……ネフシュタンの鎧を纏った”もう一人の雪音クリス”だった』

「ホーの硫酸の涙に苦戦する響さんでしたが、北斗さんに激励されて復活。クァンタム・ストリームでホーを一時撃退したのです」

『後に判明したことだが、ホーは私たちがよく知るクリスが”卒業”や”進路”を前にして知らず内に溜め続けていたマイナスエネルギーが放出されて怪獣と化したとあった。

 それと同時に、ネフシュタンの鎧を纏うクリスは憑依していた黒い影法師が彼女のマイナスエネルギーを引き出した事で誕生したものでもあった』

「北斗さんに指示されて救援に向かっていた調さんと切歌さんに助けられたクリスさんと矢的先生。しかしクリスさんの心には大きな痛手を負ってしまっていたのです……」

『自らの想いが世に害為す怪獣を生み出してしまった。そして自らの闇が自身の心を抉り、猛を傷付けてしまった。決して自分に悪意があった訳ではなくとも、クリスに訪れた状況は彼女の心を固く閉ざしてしまうのに充分だった……』

「そんなクリスさんに対し、矢的先生は何処までも先生として、クリスさんにかけるべき言葉をかけ、自らのご経験と共に想いを伝えていきました。そしてクリスさんもやがて、矢的先生に対して本当の意味で心を開くことが出来ていったのです。

 そうして二人が心を通わせた時、本当の敵を伴い”もう一人のクリスさん”が現れました!」

 

 

 

 

 ・File.18

【インセクトタイプ・ビースト バグバズングローラー】

「名前:バグバズングローラー

 種別:インセクトタイプ・ビースト

 身長:53メートル

 重さ:35,000トン

 能力:表面を覆う硬皮と鋭い鎌」

 

『”もう一人のクリス”。その正体はクリスに憑依していた黒い影法師が彼女のマイナスエネルギーを得て具現化したもう一人の、”かつての自分自身”だった。

 他者を、特に自分の生きて来た世界を壊した大人を信用できずに、力と痛みこそが争いを失くし世界を一つにする行いだと信じて止まなかった痛ましい記憶より生み出されたクリス。そしてそれがダミーダークスパークで変身した姿がダークファウストだった。

 そこにネフシュタンの鎧を纏い、ウルトラマン80へと変身したクリスさんと矢的先生を追い込んでいきます』

「そんな彼女が引き連れてきたのが、これまで何度かリディアンに潜入していたバグバズンの母体、バグバズングローラー。その目的はクリスさんの心を更に追い詰めるべく、リディアンを破壊しようとしたのです。

 ですが、そこに昼間に現れ響さんと戦っていた怪獣ホーが現れました。なんとクリスさんと先生に代わり、リディアンを守護る為に。でもその顛末は悲しく、バグバズングローラーにその身を形成するマイナスエネルギーごと喰われて消滅してしまうと言うものでした……』

『80曰く、クリスのマイナスエネルギーより生まれた怪獣故にクリスの心情の変化がホーにも影響を与え、今回のような行動に出たのではないかと言われている。

 様々な事例が存在し数多の不安定性を持つマイナスエネルギーだからこそ、このような事例も起きたのかもしれないな……。そんなホーの行動を見て、心を繋ぎ固めたクリスと猛はウルトラギアを遂に発動(コンバイン)したッ!』

「新たな力を制御したお二人はマイナスエネルギーを吸収、正方向へと転換する力を発現させながら放った必殺光線でバグバズングローラーとネフシュタンを纏ったダークファウストを撃破。

 最後はクリスさんが自身に憑いた影法師……マイナスエネルギーより生まれたもう一人の自分自身に手を差し伸べ、かつて自分がしてもらった時のようにその手を握って浄化していったのでした」

 

 

 

 

 ・File.19

【フィンディッシュタイプ・ビースト ノスフェル】

「名前:ノスフェル

 種別:フィンディッシュタイプ・ビースト

 身長:50メートル

 重さ:39,000トン

 能力:素早い動きと鋭い爪、人間に細胞を寄生させ操る」

 

「クリスさんと矢的先生の一件が終わった後のある日、北斗さんからかつて共に戦っていた人の話を聞いた調さんと切歌さん。その帰り道でお二人はある少年と出会います。

 以前クリスさんと切歌さんを襲い捕えた四次元宇宙人バム星人の少年アコル。彼はヤプールの隷属となっていた同胞たちを救う為、単身で此方側に現れウルトラマンに助けを求めに来たのです」

『そんな彼との出会いが、調と切歌、そしてウルトラマンエースにとって大きな転機となる戦いの始まりだった。

 彼と共に四次元空間に訪れたエースと調と切歌。この時クリスと80も同行する予定だったのだが、空間転移の際に何者かの介入により四次元空間に入れず、エースたちに任せることになってしまった』

「そんな中で出現したのが、このスペースビーストのノスフェルです。エタルガーを経由してヤプールの手先として現れたノスフェルは、バム星人たちをビーストヒューマンとして操り人質兼戦力にすると言う卑劣な手段で皆さんを追い詰めていきました。

 屍人であるビーストヒューマンたちはアコル少年を拉致したまま寄り集まりノスフェルの身体の一部として融合。調さんと切歌さん、北斗さんに襲い掛かります。そして囚われた彼を助けるべく、三人はウルトラマンエースに変身し、戦いを挑みました」

『ノスフェル自身には素早い動きと鋭い爪以外に特筆すべき能力は備わっていない。百戦錬磨のエースが相手ではその動きで翻弄することも叶わず、必殺のホリゾンタルギロチンでアコルが囚われている頭部を切り離される。

 そして止めにとメタリウム光線を放つところで調に止められてしまう。彼女の眼には、三人の知人である七海の姿がノスフェルの体内に視えていたからだった』

「ですが、北斗さんも切歌さんもそれは調さんに憑いた影法師が見せている幻覚だと言い切り、全ては調さんを影法師から助ける為にも彼女の制止を振り切りメタリウム光線を発射。ノスフェルを討ち倒します。

 ――ですが、その体内には調さんの言う通りに七海さんが囚われておりました……」

 

 

 ・File.20

【最強超獣ジャンボキング】

「名前:ジャンボキング

 種別:最強超獣

 身長:59メートル

 重さ:50,000トン

 能力:巨大ヤプールと四大超獣の力を全て併せ持つ」

 

「失意と共に走り去った調さん。離れ離れになった切歌さんと北斗さんの前に、遂にエタルガーが現れました」

『ヤツが語ったバム星人たちを巻き込んだこの事件の真相は、ウルトラマンエースこと北斗星司に影法師を憑依させ、ウルトラマンからもマイナスエネルギーを引き出しその力を得ようとするものだった。

 その卑劣な罠に嵌ってしまい、調とも仲違いを誘発してしまうことになったのだ』

「しかし北斗さんはその事実に一切絶望することなく、逆に開き直る形で自らの内より影法師ともいえるマイナスエネルギーの塊を引き剥がします。ですがそのせいで北斗さんは力を大きく削られ戦える状態ではなくなってしまいました。

 其処へ現れたのが復活したノスフェルと、北斗さんから引き剥がしたマイナスエネルギーとヤプールの怨念が入り混じって誕生した最強超獣、このジャンボキングです」

『かつてウルトラマンエースが戦った超獣であるカウラ、ユニタング、マザリュース、そして巨大ヤプールが合体して生まれたジャンボキング。かつてエースが地球にて、一人で最後に戦った超獣とされている。

 それが今一度蘇り、バム星人たちの四次元世界を蹂躙しながら進撃していった』

「一方で調さんを欠き北斗さんも著しく体力を奪われた上に、エタルガーが操るノスフェルの力でバム星人は全員がビーストヒューマンに変化させられてしまう可能性が出て来た中、それでも屈することなく決して諦めようとしなかった切歌さん。

 そんな彼女に襲い掛かる、ビーストヒューマンと化し自由を奪われたアコル少年。ですがそこに、大好きな誰かを信じる心を取り戻して調さんが戻ってきました! そして其処にもう一人、調さんにその心を取り戻す切っ掛けを与えた一人の女性が共に現れたのです!」

『彼女の名は、【南 夕子】。かつて北斗星司と共にウルトラマンエースとして戦っていた、月星人の女性だ。彼女の存在はエース……星司に多大な影響を与え彼にとって唯一無二の存在であると言えるだろう。

 その夕子の力で一時的にノスフェルのビースト因子を抑制、アコル少年をビーストヒューマンから救い出し、戦いを拒む穏健なバム星人たちも一緒に守護っていった』

「調さんと切歌さん、北斗さんと南さん。奇跡とも呼べる四人の邂逅は、光となってジャンボキングとノスフェルの前に起ち上がったのです」

『力を大きく削られた星司の分まで調と切歌、そして夕子が力を補い四人での変身を成して生まれたウルトラマンエース。その雄々しき力は健在だったが、それでも重戦車のように猛進するジャンボキングと素早い動きで隙を狙うノスフェルのコンビネーションはエースを追い込んでいった。

 そこで四人は、ウルトラギアの発動(コンバイン)を提案する』

「ウルトラマンエース用に調整したウルトラギアは、調さんのシュルシャガナと切歌さんのイガリマ……その原典である戦神ザババを意識して調整を施しました。ウルトラマンエースが二人の刃を共に扱えるようにと。

 しかしいくら双刃が由来の聖遺物であろうとも、其れは二つのシンフォギアと二人の適合者であることに変わりはありません。本当に扱い切れるものかどうか分からずに居たのが本音です……」

『だがエルフナインと私が作った力を、自らと適合したシンフォギアを、そして自分たちを受け入れてくれた星司を何よりも信じ、星司もまた夕子の後押しを受けて調と切歌の手を真の意味で受け止めることでウルトラギアの二重発動(ダブルコンバイン)に成功。

 鏖鋸と獄鎌、両者のギア特性を併せ持つウルトラギアとして誕生した!』

「ふたつのシンフォギアの力を制御、解放したウルトラマンエースはシュルシャガナとイガリマの両者の力を掛け合わせた怒涛の攻撃でジャンボキングとノスフェルを圧倒。ノスフェルの再生能力を諸共に断絶し、必殺の一撃でジャンボキングも討ち倒しました!」

『こうして戦いを終えた四人は七海とバム星人たちの全てを救い、そして微かな奇跡と共に現れた南夕子はまた自らの世界に帰って行った。

 星司と調と切歌はそれを見送りながら、『優しさを忘れないでくれ』と言うエース自身の永遠の”願い”を彼女らに語り継いでいったのだった』

 

 

 

 ・File.21

【フィンディッシュタイプ・ビースト ガルベロス】

「名前:ガルベロス

 種別:フィンディッシュタイプ・ビースト

 身長:52メートル

 重さ:39,000トン

 能力:幻影で敵を乱し、三つの頭部からは火炎弾を吐く」

 

『ゼロ、80、エースと、次々にエタルガーからの驚異を退けウルトラギアを発動してきたみんな。そこで得られた情報を整理していく中で、マリアは影法師が定める次の標的が自分か響ではないかと目測する』

「それに答えるかのようにマリアさんはスペースビーストの存在を検知。遅れて司令部にも反応が起き、すぐさまその発生場所を特定。マリアさんが単独で急行します。

 向かった先はアメリカ……其処はマリアさんにとって忘れ得ぬ場所、旧F.I.Sの研究所跡地だったのです」

『内部にてノイズとの抗戦を始めるマリア。深層へと進んだ先に現れたのは、もう一人の彼女自身。だが自らの弱さと対峙し乗り越える強さを持っているマリアは、もう一人の自分自身を迷わず両断する。

 そして幻惑が崩れ去ると共に現れたのが、このガルベロスだった』

「人の心を弄ぶスペースビーストに怒りを覚えながら、マリアさんもネクサスに変身。ガルベロスの幻影攻撃や火炎弾を浴びせられながらも、オーバーレイ・シュトロームで撃破します。

 ……ですが、マリアさんはそこである人間と再会するのでした。魔法少女事変の最後、マリアさん自身が『最低の英雄』と語った事変解決の裏の立役者……ウェル博士と」

 

 

 

 ・File.22

【ダークルギエル(影法師)】

「名前:ダークルギエル

 種別:暗黒魔神

 身長:ミクロ~無限大

 重さ:0~無限大

 能力:暗黒の槍を奮い、命の”時”を人形として固定する」

 

『マリアの前に立った男、Dr.ウェル。英雄願望の権化とも言うべき彼を、マリアは自らに巣食った影法師が生み出した闇の一部だと捉えていた。だがそれは、彼自身が否定することとなる。

 そして彼は高らかに語った。真にこの世界を救うのは、彼女たちシンフォギア装者ではなく我々ウルトラマンたちでもなく、英雄である自分自身なのだと』

「ウェル博士は自らの纏うマイナスエネルギーを収束させ、自身の力を顕現させました。これまで観測されていた”ダミー”ではなく、本物の【ダークスパーク】を。

 それを自らの左腕……ネフィリムの因子を宿し聖遺物を支配する異形の左腕。その掌に現れたライブサインをリードすることで、博士はその身体を闇の巨人、ダークルギエルに変化させたのです」

『マリアも其れに追うようにネクサスへと変身するが、連続の変身で残り少ない体力ではアンファンスになるのが精一杯。それに加え、ダークルギエルが自らの力でダークフィールドを展開した為、ネクサスにとっては全てが不利な状態に追い込まれもがくように戦っていた』

「ですがルギエルの圧倒的な力はマリアさんをいとも容易く蹂躙し、その中で博士の掲げる恒久的な地球平和のヴィジョンを語り上げます。

 それは、命の時を止めて人形と化すダークルギエルの力で地球に在る命の全てを停止、管理することで外敵はおろか内なる敵をも封印すると言う生在るモノの自由と尊厳を奪うものでした」

『必死でそれを否定するマリアだったが、体力の失いかけたその身体では満足に戦う事も出来ず、その光の力を奪われていってしまう。それは彼女の心を折り砕くには十分なものだった』

「持ち得る力の全てを奪われたマリアさん。そしてウェル博士が為そうとする世界も平和の一つと捉え、力果てて闇に落ちていきます……。

 ですが其処で、マリアさんは自らに刻まれたものと再会を果たし、想いを語っていきました。そこで遂に見つけたのです。マリアさんに与えられた、その光の意味を」

『自らの素直な欲望……ただ誰かのため、そして自分自身のために歌を歌っていたい。自らの歌で世界と絆を結び合ってきた彼女の、たったそれだけの、だが何よりも大切な望みに気付いたマリア。

 互いに連環し高まり合う”しあわせの祈り”こそが、彼女を選んだ【光】の意味だったのだ』

「その意味に気付いた時、マリアさんの魂から光が沸き上がり何度倒れても立ち上がっていきました。そして遂に、マリアさんも自らの闇を抱いて光とする為にウルトラギアを発動(コンバイン)させましたッ!」

『アガートラームとウルティメイトイージス、地球と宇宙、二つの白銀の聖遺物が融合して、闇を凶祓(まがばら)う光り輝くウルトラギアが完成したッ!』

「一方でウェル博士のダークルギエルも博士の持つネフィリムの力を暴走させその身に纏い、ネフィリムルギエルとして立ちはだかります!

 激しさを増す二人の戦いは佳境を迎え、ネフィリムルギエルもウルトラギアを纏ったウルトラマンネクサスも全ての力を光線として解き放ちぶつかり合い、やがて光は闇すら喰らい尽くそうとする暗黒魔神をも飲み込み、互いに自らの力の全てを使い果たしていったのでした……!」

 

 

 

 

 ・File.23

【クラスティシアンタイプ・ビースト グランテラ】

「名前:グランテラ

 種別:クラスティシアンタイプ・ビースト

 身長:53メートル

 重さ:43,000トン

 能力:強力な外殻と胸部から放つ火炎弾」

 

『時間にしてアメリカでマリアとガルベロスが戦っている最中、東京にも暗雲が発生。そこからスペースビーストが出現した。それがこの、グランテラだ』

「偶然近くに居て、即座に対応できた響さん。ウルトラマンガイアに変身して戦いを挑みます」

『だがグランテラの表面を守る甲殻は非情に強固で、響とガングニールのフォニックゲインを持ったガイアの攻撃にもビクともしなかった。

 クァンタム・ストリームも表面を焦がすだけであまり通用はせず、逆に反撃の爪や展開した胸部からの火炎弾にガイアを追い詰めていった』

「ですがウルトラマンガイアに、響さんに届く人々の応援の声。それが響さんに不屈の力を与えていきました」

『そして彼女はUキラーザウルスの時に見せた、彼女の得意とする内部増幅エネルギーを直接相手にぶつけ貫く必殺技を叩き込んだ。其処へ生じた亀裂に目掛けてフォトンエッジを撃ち放ち、グランテラを爆散させていった。

 そうして響はグランテラとの戦いを終え、日常の中に帰っていったのだが……』

 

 

 

 

 ・File.24

【愛憎戦士カミーラ(影法師)】

「名前:カミーラ

 種別:闇の超人

 身長:49メートル

 重さ:39,000トン

 能力:超冷凍を放つ刃と鞭」

 

『響の日常の中に潜んでいた歪み……それは彼女の過去に在り続ける、耐え難くも耐え続けてきた痛み。心無き者に傷付け抉られた過去に受けた心の傷。

 それは心優しき友人たちにより傷は埋めていくことが出来た。のだが……』

「その傷は、思いも寄らぬところに伝播していたのです。響さんの日常の象徴である、未来さんに」

『何時からか影法師に憑かれていた未来。その身の内で……恐らくは自らも気付かぬ内に膨らませていたマイナスエネルギーが、響を傷付けられた事に反応して爆発。凶行に走ってしまった』

「全ては響さんの為だと自己肯定をしながら響さんの心を傷付けた者を痛めつける未来さん。その惨状に、遂に響さん自身がその拳を握り締め未来さんに向けるのでした……。

 一方でそのマイナスエネルギーを用いて神獣鏡のギアを纏う未来さん。そんな二人の間に、メフィラス星人が割り込み響さんを連れて消えて行きました」

『メフィラス星人との問答と父親との再会と対話を経て、自分が未来とどう向き合うか決めた響。そして二人は思い出の場所で再会し、響が自らの夢と想いをぶつけることで未来の歪み増幅された想いを否定、拒絶するに至った。

 最愛の人による否定、最も大切なものを失くしてしまい絶望した彼女のマイナスエネルギーが奔流と化し、ダミーダークスパークに伝播。愛憎戦士カミーラとしてダークライブしてしまった』

「それに合わせ、響さんもウルトラマンガイアに変身しました。未来さんに、大切なものはこの世界の何処にでもあると伝える為に」

『そうして始まった二人の戦いは激しさを増し、やがて未来の変身したカミーラは彼女がかつて纏っていたシンフォギア、神獣鏡を身につけて、更に猛攻を続けていく。

 一方では本心から未来と戦うこの事態にどうしても心を乱されたまま戦い続ける響。だがこれも自分自身が選んだ選択だと心を踏み締め、彼女も遂にウルトラギアを発動させていくのだった』

「元来ウルトラギアは、響さんとウルトラマンガイアの戦いの中で発現した状態を元に完成させたもの。響さんにとってこの奇跡はある種の必然だったのかも知れません。

 しかしてその必然は力となり、響さんでありウルトラマンガイア、その身に纏っていったのでした」

『超冷凍を放つカミーラはその凍て付く波動と共に聖遺物を消滅させる神獣鏡の力が重なり、動きを封じながらウルトラギアをも消し飛ばしていく。

 まるで、未来が自分の闇にうずくまり全てを拒絶するかのように』

「ですがそれでも、響さんはその手を伸ばし続けました。大好きな親友に、その掌と光を届かせる為に。そしてその握り締めた拳はカミーラを撃ち貫き、大きく開いた掌は未来さんを包み込んで離さないようにしていったのでした」

『互いに変身が解け、空から落ちる二人。死の危機が迫る彼女らを救ったのは、これまで何度も響と未来の前に立ってきたメフィラス星人だった。

 彼の手によって窮地を脱した響と未来。涙ながらの抱擁と共に互いの仲を取り戻していった』

 

 

 

 

 ・File.25

【風ノ魔王獣マガバッサー】

「名前:マガバッサー

 種別:風ノ魔王獣

 身長:55メートル

 重さ:20,000トン

 能力:超旋風を操り天に異変を巻き起こす」

 

「エタルガー、そしてマイナスエネルギーの力で蘇ったキャロル。

 命題の答えを得て尚、万象黙示録を実現する為に動き出したキャロルは、世界に点在する龍脈交錯点(レイポイント)に蘇らせたキャロルのオートスコアラーたちを配置し、黙示録を起こす儀式を進めていきました」

『それは、今まで影法師としての力も併せ持ったオートスコアラーたちが記録してきたダミーダークスパークのマイナスエネルギーを楔と変え、龍脈交錯点(レイポイント)に打ち込みキャロルのダウルダブラの歌を伝播。

 そこから楔を反応させ、世界解剖の為の亀裂と為そうとしていた。その楔から生まれオートスコアラーを核として超獣やスペースビーストらを超えるモノを顕現させた』

「それこそが魔王獣。魔神の呼び声と世界を壊す歌に応じ顕現せし魔獣。

 このマガバッサーは、ロンドンにて翼さんとゼロさんの前に現れたファラ・スユーフが核となる事で誕生した風ノ魔王獣です」

『ロンドンの地に台風を発生させ、周囲に竜巻を起こしながらゼロと翼を追い込んでいく。勿論ただでやられる二人ではないが、このマガバッサーには本来持ち得ない特殊能力が備わっていたのだ』

「かつてファラが手にし、自らの司るアルカナを示したものである剣……哲学兵装剣刃殺し(ソードブレイカー)。剣と定義されるモノ総てを砕く力を群青の鵬翼に宿らせ、ゼロさんのエメリウムスラッシュなど、お二人の得意技を封じ込めていきました」

『一方的に押されてしまう二人だったが、現れた者たちによる体力の回復を為した後、剣刃殺し(ソードブレイカー)の哲学を破砕すべく二人は意志と魂を重ね【流星】と化した一撃で両断した!』

「こうしてロンドンでの戦いは幕を閉じ、翼さんとゼロさんは東京に向かって飛んで行くのでした」

 

 

 

 

 ・File.26

【土ノ魔王獣マガグランドキング】

「名前:マガグランドキング

 種別:土ノ魔王獣

 身長:70メートル

 重さ:21,5000トン

 能力:頑強な装甲を持ち万物を貫き大地を陥没させる」

 

「マガバッサーと同時期に出現した、土を司る魔王獣。奇しくもそれが現れたのは、バルベルデ共和国でした」

『其処へ降り立ったのはこの場に因縁を持つクリスと、その相方であるウルトラマン80。バルベルデの大地を崩しながら進むマガグランドキングの前に、力強く立ち塞がったのだった』

「オートスコアラーのレイア・ダラーヒムが核となって同化したマガグランドキングは、万物を貫く赤い光線――マガ穿孔とレイアの用いる黄金の弾丸でクリスさんと矢的先生を苦しめていきますが、ふとした切っ掛けで反撃の手段を見出したのでした」

『それはマガ穿孔は鏡面反射が可能だということだった。もちろんそれだけではどうしようもなかったが、各地で戦うウルトラマンたちを回復させる輝き――80とクリスにも平等に降り注いだ光を得て、力を取り戻した時に一気に反撃に打って出たのだ』

「撹乱の後に放たれるマガ穿孔を狙い、両腕を交差させて強靭な防御姿勢を取るウルトラVバリヤーと光線などを反射させるリバウンド光線を交差した腕に纏い、其処にクリスさんの纏うイチイバルの力を用いて生み出したリフレクターが展開され、高い反射率を誇る光壁となってマガグランドキングに向けられました!」

『跳ね返されたマガ穿孔はマガグランドキングの強固な装甲を貫き、その勢いのまま誘導能力の付与されたバックルビームと二人が得意とするBILLION SUCCIUMで一気に殲滅!

 戦いを終えた80とクリスは、導かれるように東京へ目指して飛翔していった』

 

 

 

 

 ・File.27

【水ノ魔王獣マガジャッパ】

「名前:マガジャッパ

 種別:水ノ魔王獣

 身長:60メートル

 重さ:35,000トン

 能力:おびただしい臭気で水を腐らせ、毒ガスを吐き出す」

 

「世界に同時に出現した魔王獣、マガジャッパはアメリカはマンハッタンに出現した水を司る魔王獣でした」

『その常軌を逸した臭いは人々を無差別に苦しめ、意識を奪い死に向かわせていた。オートスコアラーの一人であるガリィ・トゥーマンに宿された性格――性根が腐っていると揶揄されるほどの捻れた感情が、マガジャッパに悪辣な力を付与させたのだろう』

「もはや猛毒ガスと化した臭気を噴出し、同時に氷塊を伴う水流波を放つマガジャッパに対して立ち塞がったのは、ダークルギエルとの戦いから蘇ったマリアさんことウルトラマンネクサスでした!」

『だがダメージの残る身体での戦闘、しかも市民を人質に取られていたが為に劣勢を強いられるネクサス。しかし彼女の元にも降り注いだ光がその身に力を与え、真の力を引き出していった!』

「シドニーで初めて現れたゼロさんが見せたものと同じように、赤い光と青い光――ウルトラマンダイナとウルトラマンコスモスの力を併せ引き出したマリアさん。優しき青の光の力で猛毒ガスに侵された人々を救い出し、力強い赤の光の力で一気呵成に攻め立てていきました」

『最後はその両者の力を併せ高めた必殺光線、エクリプスフラッシュレイ・シュトロームを放ち、コアであるマガクリスタルごと完全に消滅させたのだった。

 そして彼女もまた、東京に針路を取り飛翔していった』

 

 

 

 ・File.28

【火ノ魔王獣マガパンドン】

「名前:マガパンドン

 種別:火ノ魔王獣

 身長:40メートル

 重さ:15,000トン

 能力:全身から発する超高熱で近寄るものを全て焼き尽くす」

 

『世界に同時出現した魔王獣の四体目。中東はクウェートに出現したのは火ノ魔王獣と呼ばれるマガパンドンだった。

 全身から発せられる超高熱で自らを火球にするその姿は、偽りの太陽という異名に相応しいモノだったな』

「そこへオートスコアラー、ミカ・ジャウカーンをコアとして取り込む事でミカの持つ高熱のカーボンロッドの錬成と発射を可能とし、調さんと切歌さん、そしてウルトラマンエースを追い込んでいきました」

『元より三人は、マガパンドンの周囲を纏う炎を打ち消す為に、多くのエネルギーを消費する大技のエースバリヤーを使ったばかりだったからな……。その上超高熱を用いて身体を冷やし固めて接着したり、消火フォッグも通じなかったりと、エースに対して非常に分の悪い相手となっていた』

「その絶体絶命の危機に放たれた――皆さんに同時に降り注がれた――光が三人の力を回復。溢れる力で相手の防御を上回る連続攻撃で討ち倒すべく、必殺技を撃ち放っていきました!」

『必殺の合体技である鏖獄光刃(おうごくこうじん) ギRぉ血nnエクLィプssSS(ギロチンエクリプス)で尽く切り刻み、最後はメタリウム光線でマガクリスタルごと完全に粉砕したエースと調と切歌。

 完全勝利となったわけだ』

「そしてお三方もまた、東京に向けて飛翔していきました。決戦の地へと向かう為に」

 

 

 

 ・File.29

【鏖殺錬金超人ソングキラー】

「名前:ソングキラー

 種別:鏖殺錬金超人

 身長:75メートル

 重さ:45,000トン

 能力:模倣したウルトラマンたちの必殺技とダウルダブラの能力を併せ持つ」

 

「Dr.ウェルと同じく、黒い影法師を依り代として蘇ったボクの半身である錬金術師、キャロル。殲琴ダウルダブラの聖遺物より生み出したファウストローブの力を解き放ち、先の魔法少女事変にて碧の獅子機を生み出したのと同じように魔弦硬糸で作り上げた錬金超人です」

『影法師がデータを与えていたのか、その姿はかつてウルトラマンエースやウルトラ兄弟たちを苦しめた異次元超人エースキラーの姿を取っていた。

 エースキラーの最大の特徴は、なんと言ってもウルトラマンたちの戦闘データを組み込むことでその得意技を我が物とし、そのまま扱えることが挙げられるだろう』

「キャロルの生み出したソングキラーもその例に違わず、この世界に降臨したウルトラマンたち……ゼロさん、エースさん、80先生、響さんのガイア、マリアさんのネクサスのデータからそれぞれの得意技を模倣し、しかも自らの持つ武器を装者の皆さんが持つアームドギアと同じ形状を変化、攻撃に転用していったのです」

『その上これまで出現した闇の巨人たちの力も奮い、またそれらと同様にソングキラーもダウルダブラを身に纏うことで操るキャロルの力である想い出を償却して放つ超高出力のフォニックゲインで、相対していた響を追い詰めていった。

 圧倒的な猛攻を繰り返すキャロルのソングキラー。それに対し、私たちは今まで計画していたプログラムを実行した』

「【Realize.UX】……此方側の錬金技術を以てウルトラマンエックスを疑似顕現させる、ボクとエックスさんで組み上げたプログラム。元来は装者の皆さんとウルトラマンが完全に融合してしまった時を見越して、両者を強制分離させる為に組み上げたものでした。

 ですがそれが、キャロルを止める為に使うことになるなんて……」

『だが止めねばならない理由があった、仕方ない事さ。

 そうしてエルフナインやみんなの助けを得て錬金技術で作り出した義体のアルケミー・スパークドールズに宿る事で、私は遂に立ち上がることが出来た。そして響のガイアと共にキャロルを止める為に立ち向かっていった』

「ですがマイナスエネルギー体であるキャロルから湧き上がる憎しみの炎は、受け止めようとした響さんを吹き飛ばし、不完全なエックスさんもキャロルに激しく弄られて窮地に陥ってしまいます……。他の皆さんは魔王獣との戦いを繰り広げており、誰にも助けを求められぬ中……それでも思わず声に出してしまいました。

『誰か、助けて』と……。誰も助けてなどくれないと、理解っていたはずでしたのに……」

『――だが、世界は其れに応えた。時空を越えて現れた小型の飛行物体……そこに乗っていたのは一人の青年。彼こそが私の居た世界での相棒にして私にその身体を貸してくれていた地球人、大空大地だったのだ』

「大地さんはエックスさんと再びその心を一つに合わせ、一体化(ユナイト)することで真の力を発揮した姿を顕現させたのでした!」

『だが大地が居れば私も百人力……とまでは行かず、辛うじてキャロルの意表を突くことで倒れずに居たというだけだった。

 しかしみんなの想いは大地にも繋がれており、大地もまた小難しい理屈よりも私が信じる皆を信じてくれた。その想いと共に、私たちは今まで出会ったウルトラマンたちから譲り受けた力……ウルトラマンたちのサイバーカードを駆使し、ソングキラーへ大きな一撃を与えることが出来た』

「しかしそこで、エタルガーが更なるマイナスエネルギーを放射。キャロルの哀しい想い出を無理矢理呼び起こし再燃させることで、破壊の権化にしようとしていきました。

 ですがエックスさんと大地さんも、一つの限界を超えた強化形態――エクスラッガーと呼ばれる、ボクらの世界で言う完全聖遺物を用いて変わる――虹色の巨人、エクシードエックスへと強化を果たします!」

『それでもなお強大なキャロルのマイナスエネルギーを償却して放ち続けるソングキラー。だが我々に力を貸してくれたのは、他ならぬ世界中で戦っていたみんな……。

 皆がレイラインを通じてエネルギーを放ち、響がそれを束ね、エルフナインがそのフォニックゲインを力に変えて私と大地に放ってくれたんだ』

「みんなの想いを受け取ったエックスさんと大地さん、そしてエクスラッガー。七色の輝きと共に繰り出したエクシードエックス最大の浄化の技、【エクシードエクスラッシュ】でソングキラーを完全に行動不能にし、そして遂にキャロルを救い出すことに成功したのでした……!」

 

 

 

 

 ・File.30

【超時空魔神エタルガー】

「名前:エタルガー

 種別:超時空魔神

 身長:55メートル

 重さ:35,000トン

 能力:全身から光弾を放ち、相手の心の弱い部分を実態ある幻として露呈顕現させる」

 

『この戦いにおける黒幕の一人、それがこの超時空魔神エタルガーだ。

 黒い影法師を従え、ヤプールと共同戦線を敷きつつもその力を利用しスペースビーストをもその手中にしていた邪悪な魔神だった』

「存在自体はヤプールを討ち倒した後に皆さんから教えてもらっていましたが、実際に前に出て来たのはバム星人の四次元世界で、調さんと切歌さん、北斗さんの前に出現したのが最初でした」

『次いでキャロルの復活と共に響と未来、メフィラス星人の前に現れ、本格的な行動を起こしこの世界へ侵攻してきた。

 そしてキャロルの操るソングキラーが倒されたことで、遂に戦場へと現れたのだ。自らの目的を高らかに宣言しながら』

「エタルガーの狙いは、この『地球そのものに内包されているマイナスエネルギー』でした……。

 月遺跡……バラルの呪詛により人類は共通言語と共に相互理解の術を喪失ってしまいました。その先史文明期を発端とする、人間同士の争い……。ヒトがヒトを殺す為にノイズを生み出し、ノイズを諸共に駆逐する為に神代の兵装である聖遺物が兵器として用いられ……。

 歴史と共に科学技術の発展があり、それと同時に人はまた、戦争という血で血を洗う哀しいマラソンを続けてしまいます」

『地球から生まれた命を無碍にするそれらは、地球そのものを傷付けていくと言う結果と共に膨大な時間をかけて溜め込まれていたマイナスエネルギーに相違ない。

 エタルガーはヤプールや影法師たちを利用し、自らの力を用いて地球のマイナスエネルギーを使って完全復活と更なる力を得るべく今まで行動していたのだった……』

 

 

 

 ・File.31

【暗黒魔鎧装アーマードダークネス】

「名前:アーマードダークネス

 種別:暗黒魔鎧装

 身長:62メートル

 重さ:39,000トン

 能力:装着者の持つ力を何十倍にも増幅させ、光の者を破壊する」

 

『地球のマイナスエネルギーを解放したエタルガー。自らの完全復活だけでなく、もう一重に用意されていたヤツの狙い……それこそがこの、アーマードダークネスの召喚だった』

「遥か宇宙から飛来したこの漆黒の鎧は、呼び水となったマイナスエネルギー……その中心点に居たエタルガーへと集まり、その身に装着されていったのです」

『聞くところによるとアーマードダークネスは自らの意志を持ち、装着者に莫大な暗黒の力を与える伝説の武具とされている。

 だがその闇の輝きは装着者の命を以て力と変えるものであるらしく、真の装着者以外の命を喰らい尽すらしい』

「其れを支配する為にエタルガーが取った手段が、地球のマイナスエネルギーと影法師の力を利用するという事でした。自身の命の代わりに地球の命の一部でもあるマイナスエネルギーを影法師の力も合わせて増幅させ、邪悪な鎧を繋ぎ止めていたのです」

 

 

 

 ・File.32

【超時空暗黒魔神エタルダークネス】

「名前:エタルダークネス

 種別:超時空暗黒魔神

 身長:65メートル

 重さ:45,000トン

 能力:アーマードダークネスの武具と、それが齎す光を破壊する暗黒光線を放つ」

 

「エタルガーがアーマードダークネスを身に纏い、暗黒の力を解き放った姿です。その圧倒的な力は、大地さんとユナイトしたエックスさんをも窮地に陥れるほどでした……」

『私と大地も、ウルトラマンとウルトラマンティガのサイバーカードを用いた最強のアーマー、ベータスパークアーマーで対処していく。だが、エタルガーとアーマードダークネスの力はそれすら凌駕するほどに強大だった』

「漆黒の三又槍から放たれるレゾリューム光線はウルトラマンたちの持つ光の力を奪い破壊する力を持っており、その力で構成されているエックスさんのベータスパークアーマーも例外なく砕かれてしまいます……。

 そこへエタルダークネスに操られながら襲い来るソングキラー。響さんもキャロルを助ける為に使ったS2CAで力のほとんどを失っており、気持ちだけ逸っても加勢に行くことも出来ずに居ました……」

『だがそんな窮地を救ってくれたのは、他でもないキャロルの虚ろな一言とそれを聴いたエルフナインだったな。

 エタルダークネスに操られたソングキラーに対し、その場で組み上げたコントロールの簒奪とマイナスエネルギーの正方向変換の錬金術式。大地には分からなくとも私には即座に理解出来たぞ』

「えへへ……そう言っていただけるとボクも嬉しいです。

 その術式をエクスラッガーを用いてソングキラーに注入することで、コンピューターウィルスのようにソングキラーを侵蝕、その動きを封じることに成功しました!」

『そしてそれだけに留まらず、光のエネルギーと化したソングキラーを媒体にしてベータスパークアーマーに宿るもう一つの力を解き放った。

【サイバーウィング】……光の力を電子の翼のように広げ、皆に力を分け与える能力。それを世界各国で戦っている装者とウルトラマン、そして力を使い果たしていた響を回復させていったんだ』

「其処からは各所で怒涛の猛反撃でした。翼さんとゼロさんはロンドンでマガバッサーを、クリスさんと80先生はバルベルデでマガグランドキングを、調さんと切歌さんとエースさんはクウェートでマガパンドンを、マンハッタンではマリアさんことネクサスがそれぞれ魔王獣を討ち倒し、そして響さんも復活と共にウルトラマンガイアへと変身、エックスさんの加勢に入りました!」

『各国から他のウルトラマンたちも帰還し、全員でウルトラギアを発動。それがエタルガーとの決戦の幕開けとなっていった!』

 

 

 

 ・File.33

【フィンディッシュタイプ・ビースト イズマエル】

「名前:イズマエル

 種別:フィンディッシュタイプ・ビースト

 身長:60メートル

 重さ:60,000トン

 能力:全てのスペースビーストの能力を兼ね備える」

 

『戦いの地である東京に集結したウルトラマンたち。その前に立ち塞がるエタルダークネスもまた、更なる驚異を出現させた。その一体がこの最強のスペースビースト、イズマエルだ』

「全てのスペースビーストの長所と能力を一体化させた姿らしく、この世界に出現したビースト以外の能力の発揮していました。

 鋭い爪に火炎弾や電撃波、位相差への自由移動や幻覚を発生させての撹乱など、多彩な攻撃で攻め立てていきました」

『これに立ち向かって行ったのは、マイナスエネルギーに対する専門家である80とクリス、そして対ビーストのプロフェッショナルであるネクサスことマリアだった。

 ウルトラギアを用いての猛攻を繰り返すが、先に挙げたイズマエルの持つ多くのビーストの力が三人を翻弄し、追い詰めていく。だが皆の歌が重ね合っている今、彼女ら全員の力は大きく高まっていた!』

「三人の必殺光線はマイナスエネルギーを浄化し、殺意に塗り固められたスペースビーストを滅する力があります。その輝きを浴びたイズマエルも、それには耐えられず光と共に消し去られていきました!」

 

 

 

 ・File.34

【異次元怨念超獣ヤプール】

「名前:ヤプール・キラーフルトランス

 種別:異次元怨念超獣

 身長:58メートル

 重さ:93,000トン

 能力:これまで斃してきた超獣の怨念がヤプールに力を与える」

 

「イズマエルと同じくして現れた、ヤプールの怨念の欠片……自らを超獣と化し、エタルダークネスの手の内に在って尚、ウルトラマンたちを斃す為に歪にその身を組み上げたヤプールです」

『しつこいと言う以外に言葉が無い……正しくそんな相手だった。

 本体である巨大ヤプールのみならず、ベロクロン、キングクラブ、ドラゴリー、バラバ、ジャンボキング、Uキラーザウルスの各長所を取り込み、ソングキラーの元になったエースキラーの派生機であるビクトリーキラーの持つキラートランスでその長所を具現化。

 ますます歪な合成超獣として我々の前に立ち塞がった』

「其処へ立ったのは、調さんと切歌さんと共に在るエースさん、そして翼さんと一体化しているゼロさんの、刃を操る御二方でした!」

『刀、鎌、鋸の三種を操り攻め入るエースとゼロ。だがヤプールも前述の超獣たちの力を使い分け、二人を襲い攻撃していく。

 底知れぬその力は、エタルダークネスを中心としたヤプール、イズマエルの三体は互いに連環してマイナスエネルギーを高め合っていたのだ』

「しかし高まり合う皆さんの力はその連環を崩し、エースさんとゼロさんもまた必殺攻撃でヤプールとの戦いに終止符を打ったのでした!」

『同時に私と大地、そして響の変身したガイアも共にエタルダークネスに持てる力を叩き込むことに成功、アーマードダークネスを彼方へと吹き飛ばした!

 ……だが、その時ヤプールは最後に言い遺していた。『破滅の未来で、待っていろ』と。それが何を意味していたのか、我々はすぐに識る事となった……』

 

 

 

 

 ・File.35

【邪心王 巨大暗黒卿】

「名前:巨大暗黒卿

 種別:邪心王

 身長:1,500メートル

 重さ:0トン

 能力:生命体の中に潜むマイナスエネルギーを支配、邪悪なるものを召喚する」

 

「アーマードダークネスの内に潜み、エタルガーの命で動いていながらもエタルガーやヤプールを利用し、密かに自らの目的を進めていた存在。それが邪心王――ボクらが黒い影法師と呼んできた、意志を持つマイナスエネルギー集合体でした」

『時にヤツらは人……風鳴翼、雪音クリス、北斗星司、小日向未来に棲み付き、エタルガーの力を併せて内に秘めていたマイナスエネルギーを増幅、闇の巨人や最強超獣を生み出した。

 またDr.ウェルやキャロル、キャロルの生み出した4機のオートスコアラーへとその身に受肉、変化を行なっていた。地球という器に溜め込まれていた膨大なマイナスエネルギーを得る為に……』

「そしてエタルダークネスを倒したことで、ついに本格的な動きを開始します。

 邪心王は自らの姿を現し、アーマードダークネスごとエタルガーを操ってキャロルが再編した万象黙示録の完成を宣言……自らの目的を明かしました。

 それは、ウルトラマンの存在する総ての世界を滅亡に導き、万象黙示録の果てにある世界――異形の海と呼ばれる位相へとこの世界を変える事だったのです」

『そしてその邪心王の目論みに誰よりも早く気付いていた者が居た。

 奇しくもそれは邪心王によってマイナスエネルギーに記憶と肉体を与えられた存在。かつてこの世界に仇を為した男、Dr.ウェルだった』

「ドクターがマリアさんに託していたレポートには邪心王に関する情報と彼なりの考察が載ってあり、ドクターの中で彼の存在を定義付ける一文が最後に記されていました。

【根源的破滅招来体】……それが、邪心王という存在に対する定義であると」

『破滅招来体として、邪心王はこの世界を異形の海へ変えようとする。その為に邪魔な我らウルトラマンたちを排すべく、エタルガーをも生贄にして異形の海への扉を開き其処へ飲み込もうと捕えていった。

 なんとか必死で耐える私たちだったが、先に倒れてしまったのは意外にもウルトラマンガイア……響だった』

「響さんが得た光は地球の命そのものとも言えるもの。そこへ地球そのもののマイナスエネルギーをぶつけられてしまい、響さんへの直接的なダメージとなってしまったのです……。それも、かなり大きな……」

『響だけじゃない、エタルガーとの戦いを終えた直後の我々や共に一体化している者達も大きなダメージを負っており、最早邪心王とまともに戦える状態ではなかった。

 それでも侵蝕の手が緩むことは無く、我々は遂に最後の手段を取るに至った。それは我らウルトラマンの力を一つに合わせ、異形の海の位相侵蝕を僅かにでも遮る事だった。

 だがそれにみんなを巻き込む訳にはいかない……。そう思った我々は、皆に希望を託して一体化を解除。バラージの盾となったマリアを中心に集い、位相侵蝕を可能な限り押し止めていったんだ』

 

 

 

 

 ・File.36

【破滅魔虫ドビシ】

「名前:ドビシ

 種別:破滅魔虫

 身長:62センチ

 重さ:6.8キログラム

 能力:無尽蔵の群体による突進と噛み付き攻撃」

 

「ウルトラマンたちに強制分離され、シンフォギアを纏って戦う力も出せないまでに疲弊した装者の皆さんや大地さんの前に襲いかかって来た破滅魔虫の群れ……。これも邪心王――暗黒卿が召喚した破滅招来体でした」

『無尽蔵に現れる巨大なイナゴのようなこの蟲は、天の光を遮りる闇となり、電波や光波を喰らい、人々の世界から繋がりと言うものを奪いにかかっていった。そしてその牙は大地や装者のみんなにも向けられ、猛然と襲い掛かっていった』

「ドビシたちは個々の戦闘力はさほど高いものではありません。ですが、何よりも厄介なのはその圧倒的物量。マイナスエネルギーがある限り無尽蔵に出現するドビシたちは、地球上空を遮ると同時に外敵の排除を行うかのように牙を剥いていきます。

 それはみなさんが乗る特殊車輌――ジオアラミスにも集り、残された希望の芽を食い荒らすかのように突撃。ハイウェイを走っていたジオアラミスは空中へ投げ出され、爆散してしまうことになりました……」

『その後も風鳴司令や慎次と戦いを繰り広げるものの、圧倒的な物量差に撤退を余儀なくされる……』

「シンフォギア装者の皆さんとウルトラマンの皆さんを一度に失ったこの時は、人類にとって敗北と絶望を叩き付けられる瞬間となりました……」

 

 

 

 ・File.37

【破滅魔人ブリッツブロッツ】

「名前:ブリッツブロッツ

 種別:破滅魔人

 身長:60メートル

 重さ:66,000トン

 能力:胸部外殻内に仕込まれた結晶体でエネルギーを吸収、反射する」

 

「世界が絶望に包まれたその瞬間、僅かに繋がっていた希望の糸は寸でのところで手繰り寄せられていました。

 かつてヤプールに与してクリスさんと切歌さんを襲い、また次にはエタルガーの操るスペースビーストにその身を侵されながらも調さんと切歌さん、北斗さんに助けを求めた異星人……彼らもまた邪悪に翻弄されてしまった者たちであるバム星人たちが、ジオアラミスに乗っていた皆さんを救い出してくれていたのでした」

『僅かでも遺恨を清算すべきと思ったのか、バム星人らはみんなに治療を施してくれた。だが膨大なマイナスエネルギーをその身に浴びていた響は目覚めず、邪心王の魔の手はバム星人の住まう四次元空間にまで伸ばしてきた。

 それがこの、破滅魔人ブリッツブロッツだ』

「大きな翼をはためかせ襲い掛かるブリッツブロッツに、バム星人たちや装者のみなさんを守護る為に大地さんが独り戦いを挑みます。それと並行して装者のみなさんと未来さんは、マイナスエネルギーに囚われた響さんをサルベージすべく意識の最深層にアクセスしようと試みます。

 響さんにとって大切なものの一つである、【自分やみんなの居場所】の象徴――リディアン音楽院の校歌を電気信号とフォニックゲインに変換し、響さんの意識の中に直接流し込むと言う策でした」

『その時一緒に用いられたのが、大地のデバイザーの中に残っていたエクスラッガーの電子データだった。エクスラッガーは【強い想いを現実化】させる能力を持つアイテム……シンフォギアの世界で例えるならば完全聖遺物だな。

 私と大地が自らの世界での戦いの発端となった大敵グリーザとの戦いで一度敗れた際に、私たちを呼び戻してくれたのも親愛なる仲間たちの声や想いとエクスラッガーの力に依るものだった。

 また前述にある、ソングキラーからキャロルを救い出すことが出来たのも装者みんなやエルフナインの想いを受けたエクスラッガーが、大地の信念である協和、共存の想いと交わった事で成功した事であったと付け加えておこう』

「ボクの方でもダウルダブラのデータを転用したフォニックゲイン増幅器を用いて未来さんの歌を僅かでも増幅強化。そんな、響さんに向けられた幾つもの想いを込めた歌が一つになり、サルベージ作戦は成功を収めることが出来たのです!」

『響の復活と共に、装者のみんなは大地と合流しブリッツブロッツへと相対。元の世界に帰ることとバム星人たちを守護る為に戦闘を開始する。

 だがブリッツブロッツの胸部結晶体は、レーザー光線等だけでなくフォニックゲインによる攻撃までも吸収、反射してしまう特性を持っていた』

「打つ手が失われたかと思いましたが、この場には装者の皆さんとは違う視野を持つ人、大地さんが居ます。大地さんに作戦立案と指揮を任せ、また大地さんも装者の皆さんに守護ってもらう形でお互いがお互いの為に命を預け合い、再度破滅魔人へと向かって行きました。

 今度は正真正銘、ウルトラマンたちの力を借りずに人々だけの力で」

『そうして立てた大地の作戦は、大地とクリス、バム星人の攻撃部隊との一斉射撃でブリッツブロッツの胸部結晶体に敢えて過度なエネルギーを溜め込ませ、響と翼の同時攻撃でコレを暴発。その直後に調と切歌のユニゾンコンビネーションアタックによる急所への断撃……。

 今にして思えば相当無茶な作戦だったと思う。だがそれを成し遂げることが出来たのは、偏に一人がみんなの為に、みんなが一人の為に――【ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン】の精神がみんなに在ったからだろう』

「大事な仲間を助ける為に一致団結した皆さん。より強く固まった絆は、破滅の意志などに決して負けはしない。

 そう言わんとするかのように、人の持つ力だけでこのブリッツブロッツを倒したんです!」

 

 

 

 

 ・File.38

【伝説深海怪獣コダラー】

「名前:コダラー

 種別:伝説深海怪獣

 身長:62メートル

 重さ:94,000トン

 能力:超剛弾性の身体と強靭な爪を持ち、あらゆるエネルギー攻撃を反射する」

 

『バム星人たちの四次元空間から帰還した大地と装者たち。其処で見たものは、蹂躙された東京の地……地獄と形容するに相応しい凄惨な世界だった……』

「皆さんが四次元空間でブリッツブロッツと戦闘を繰り広げていた時、こちら側の世界では異形の海の侵蝕が更に進み、そしてその破滅位相から破滅を齎す魔獣が襲来していたのです。

 黙示録にも記されていた、三体の獣が」

『このコダラーは海から現れたもの。【深海より遥か深淵へ封印されしもの】と銘打たれていた。暗黒卿が召喚した、海の破滅魔獣だ。

 海中を自在に移動するだけでなく、眼から放たれる電撃光線と超怪力による高い攻撃力を誇るコダラー。背部には強固な甲殻を持ち、弾性に優れた身体前面は相手の打撃の威力を吸収する。しかも、放たれた光線を増幅反射させる攻守ともに隙の無い怪獣だった』

「国連の海上戦力を蹂躙しながら進むコダラー。そんな強敵の前に立ったのは、調さんと切歌さんとウルトラマンエース、そしてクリスさんとウルトラマン80でした。

 限定解除状態(エクスドライブ)のウルトラギアを身に纏い戦うお二人でしたが、コダラーの猛攻はエクスドライブウルトラギアとも同等の戦いを繰り広げ、決して引けを取ることのない力を見せ付けていったのです」

『強大な力と巨大な爪でエースとシュルシャガナ、イガリマの双刃を受け止め、エネルギー反射能力は80とイチイバルのあらゆる光線を受け止め、全て反射していった』

「ですがそれに対して、二人のウルトラマンは一斉攻撃で反撃に出ます。

 クリスさんと80先生の全力を込めた一撃をも反射するコダラーでしたが、それを受け取った調さんと切歌さんとエースさん。二人のユニゾンとエースさんのウルトラホールを介することで爆発的に威力が高まった光球を受け、自らの許容限界を超えた威力に遂にコダラーを倒すことが出来たのです!」

『ウルトラマンエースにはウルトラ兄弟の力を同じように収束させてぶつける最大の必殺技、【スペースQ】があると聞き及んでいたが……ウルトラマン80だけでなくクリスと調、切歌との絆であるフォニックゲインをも全て収束させて放ったのが、この一撃だったのだろうな』

 

 

 

 

 ・File.39

【伝説宇宙怪獣シラリー】

「名前:シラリー

 種別:伝説宇宙怪獣

 全長:120メートル

 重さ:82,000トン

 能力:あらゆる熱エネルギーを吸収し、火炎やレーザー光線として発射する」

 

『破滅位相から現れた三体の怪獣……闇天から現れた二体目が、このシラリーだ』

「【天空より遥か彼方へ追放されしもの】……そう言われたこのシラリーは天空に蔓延るドビシたちを喰らい千切り、その羽撃きで放たれた衝撃波は空を往くあらゆるものを弾き飛ばし、口から放たれる超高熱火炎は市街地を焼きながら進んで行きました」

『そんなシラリーを迎撃すべく、人類は自らが持つ叡智の炎……世界に有する総ての核兵器を解き放った。

 母なる星と其処に生きる人々を傷付けてでも得ようとした勝利の為に振り下ろされた剣……。だがその威力の全てを、シラリーは吸収してしまったのだ』

「核の炎を自らの力に変えて更に飛ぶシラリー。その前に立ち塞がったのは、翼さんとウルトラマンゼロ、そしてマリアさんが変身するウルトラマンネクサスでした。

 どちらもエクスドライブウルトラギアを用いて応戦。今回の事変の始まりの地であるオーストラリアで相対したのですが、シラリーの激しい攻撃はお二人を寄せ付けずにいました」

『だが翼とマリア、そしてゼロ。三人のコンビネーションは決して引けを取ることは無かった。

 果敢に攻め入る三人は、互いに身を寄せ合い刃を展開しながら回転する事でシラリーの炎やレーザーによる猛攻を弾き飛ばし、ゼロの双振りの刃で長い首を両断、懐に入り込み鵬翼を広げるかのような霞切りで遂にシラリーの真打を叩き込むことに成功した!』

「そしてその傷を目掛けてマリアさんことウルトラマンネクサスが、オーバーレイ・シュトロームの要領で両腕に高めたエネルギーを直接、拳撃と共に力の全てを放ちシラリーを撃破したのでした!」

 

 

 

 ・File.40

【閻魔獣ザイゴーグ】

「名前:ザイゴーグ

 種別:閻魔獣

 身長:66メートル

 重さ:70,000トン

 能力:鮮血色の光線を吐き出し、棘からしもべを召喚する。地面を血の海のように変えて往く」

 

「破滅位相より現れた三体の怪獣……死の大地から進撃してきた三体目が、このザイゴーグでした」

『ヤツは私と大地の居た世界にも存在していて、太古に世界を地獄へと変えようとしたがその時存在したウルトラマンティガによって、婆羅慈遺跡に封印されていた怪獣だった。

 それが陸の破滅魔獣として出現したのは、私も大地も驚きを隠せなかった』

「そんなお二人が決死の戦いで斃したザイゴーグは、ボクたちの世界にも絶望を与えるべく突き進んでいきました……。

 コダラー、シラリーと共に、装者の皆さんらを欠いた世界を守護る為に再度出現したゴモラⅡを薙ぎ倒し、まるで私刑にかけるかのような一方的な蹂躙でゴモラⅡを殺害したのです……」

『彼とは僅かとは言え想いを繋ぎ分かり合えた命……。その無念を晴らすかのようにザイゴーグへと向かって行ったのは、私と大地がユナイトしたウルトラマンエックスと響の変身するウルトラマンガイアだった。

 響もまたウルトラギアをエクスドライブ化させて応戦し、私と大地はマリアと共に在ったウルトラマンダイナとウルトラマンコスモスが授けてくれた力にウルティメイトゼロのカードを合体させて生まれた新たなアーマー、【ウルティメイトサーガアーマー】で戦いを挑んでいった』

「響さんのガイアの連撃にも怯まず、エックスさんの新たな力にも容易く負けることなく棍棒状の右腕や巨大な尻尾、破壊光線で激しく攻め立てていきます。

 しかもその胸部から伸びた触手で響さんとエックスさんの力を吸収、地面を血の池地獄のように変えていき地を侵蝕していきました……。

 しかし、その危機に対し手にある力を振り絞っていたのは響さんやエックスさん、大地さんも変わることはありませんでした」

『右腕に彼女のアームドギア全てとベータスパークソードを集結変形させた巨大な光の槍と化し突撃するガイア。それに合わせて私たちも、最大の一撃であるサーガディウムプラズマーを撃ち放った。

 二つの攻撃が重なり合い、ガイアの撃槍がザイゴーグの胸部を貫くと共に私の光弾が撃ち込まれ、その兇悪な巨体を爆散させた。

 こうして私たちは、三体の破滅魔獣を討ち倒していったのだった』

 

 

 

 ・File.41

【破滅閻魔虫ゴーグカイザードビシ】

「名前:ゴーグカイザードビシ

 種別:破滅閻魔虫

 身長:62メートル

 重さ:68,000トン

 能力:鋭い鎌爪と鮮血色の光弾を放つ」

 

「このゴーグカイザードビシは、空を覆うドビシたちが集合、其処にしもべの怪獣を召喚するザイゴーグの棘が組み合わさったことで生み出された怪獣です」

『個々の戦闘力は並の怪獣を凌ぐが、再一体化を果たし70億の人類が我らに向けてくれたフォニックゲインを得たみんなの敵ではなかった。

 だが問題なのはその数的優位性だった。暗黒卿からほぼ無尽蔵に湧き出すドビシの融合体であるカイザードビシもまた、その数は無尽蔵と言っても過言では無かったのだ』

「その物量は六人のウルトラマンたちでも捌き切れるものではなく、片や世界中の人々に戦うウルトラマンたちの姿を届け続ける放送発信地点を、片やボクたちが居る皆さんの【帰る場所】である移動本部を標的に襲い掛かってきました。

 皆さんが手の届かないところへの襲撃……ですが其処にも、代わりに手を伸ばす方が居たのです!」

『発信地点のところには”この世界最強の人間”と銘打たれる風鳴弦十郎司令と、その懐刀である緒川慎次が控えていた。

 元より彼らは人間離れした戦闘能力を有していたが、それは対怪獣においてもいかんなく発揮されていったな』

「風鳴司令たちの戦いはボクも目を疑いましたが、それ以上に大地さんは受けた衝撃が凄かったようでしたね」

『無理も無いだろう、私や他のウルトラマンたちだって驚いていたんだ。大地にとっては正しく未知の存在だっただろう……。よもや真っ当な兵器も無しに巨大怪獣を倒してみせるなんてな……』

「大人の貫録と言うものでしょうか……まだまだ不思議な事がいっぱいです。

 そしてボクたちがいた移動本部に迫るゴーグカイザードビシたち。それから救ってくれたのは、なんと再三に渡り響さんと未来さんに干渉してきた悪名高い宇宙人、メフィラス星人でした」

『此方もまた予想外の事態だったと言わざるを得ないだろう……。我々ウルトラマンからしたら、まさかヤツが手助けをするなど思いも寄らなかったからな』

「全ては未来さんの、メフィラス星人へ向けた提案でした。

『本当に大切なものを知る為に、響さんのように人助けをしてみてはどうか』という提案。それに乗ったメフィラス星人が、手始めにとゴーグカイザードビシたちを単身で撃破し、その上ドビシの餌を天に設置することで無数のドビシを誘導、無力化することまでしてくださったのです!」

『信じがたい光景ではあったが、ヤツの行いのおかげで我々が戦いやすくなったのもまた事実だ。そこは、感謝せねばなるまいな』

 

 

 

 ・File.42

【暗黒魔超獣デモンゾーア】

「名前:デモンゾーア

 種別:暗黒魔超獣

 身長:888~∞メートル

 重さ:88~∞トン

 能力:邪なる神の力で氷結地獄を生み出し世界に終焉を齎す」

 

『――そして全ての破滅魔獣を討ち倒したその時、暗黒卿の中から蠢き解き放たれたモノがあった。

 ヤプール、エタルガー、スペースビースト、魔王獣、破滅魔獣、そしてこの世界の地球に内包されていたマイナスエネルギー……ありとあらゆる負の力を全てその身に溜め込み、邪悪は遂にその身を依り代にして邪神を顕現させたのだった』

「それがこの、暗黒魔超獣デモンゾーア……。元来はかつてとある世界にて超古代文明を滅ぼした邪神が復活。その世界のウルトラマンと死闘を繰り広げ、光あるものたちが起こした奇跡の前に敗れます。ですがその怨念が、超古代に存在したウルトラマンと同位の存在――闇の巨人と融合して生まれたのがデモンゾーアでした」

『此方側で生まれたデモンゾーアは顕在化したマイナスエネルギーの究極形態であり、広義で視れば根源的破滅招来体の一であり全であるとも言える存在だ。

 その深く果てしない闇は地球全土へと広がり、異形の牙を解き放っていった。氷塊の驟雨、地獄の劫火、破壊の雷霆、血蝕の泥濘……魔王獣や破滅魔獣の放つ攻撃を更に強化した猛攻が世界に、そして我々に降りかかっていった』

「破滅と終焉……その絶望が地球を飲み込んでいく。全ては暗黒卿の、デモンゾーアの思うが侭に……。

 ――ですが」

『世界に生きるものたちは、決して諦めなかった。私たちウルトラマンを信じ、世界に流れ続ける少女らの歌を信じ……最期の最後まで、【生きる】と言うことを諦めはしなかったのだ。

 そんなみんなの想いが途切れかけた70億の絶唱を蘇らせ、再度我々に力を与えてくれた』

「でもそれだけでは届かない……。それを知り動いたのが、他でもないキャロルだったんです」

『破滅魔獣らとの戦いに赴く前、キャロルは暗黒卿と同じマイナスエネルギー体である自らの存在と叡智が生み出した【想い出を償却】する力を用いることを切り札として提言していた。だがそれは、皆で掴み取ったキャロルの生命を全て償却する事に相違なく、誰もその案に乗ろうとはしなかった。

 だがデモンゾーアの力と起こり続ける惨状を前に、彼女の決意は強く固まっていたんだ……』

「誰も……ボク自身もキャロルを止められませんでした……。

 理解っていたんです。想い出を償却し、70億の絶唱を超えるフォニックゲインを生み出すキャロルの力が無いと、デモンゾーアには届かないと言う事実を。

 そしてキャロルもまた皆さんに、胸の内に秘めた想いの丈を解き放っていったんです。世界を噛み砕こうとした自分の想い出を使ってでも、パパが愛したこの世界を守護り抜いて欲しいと……」

『そうしてキャロルの生命そのものであるフォニックゲインを受け取った我々。荒れ狂うエネルギーの奔流の中、装者のみんなもまた自分たちの切り札を解き放った。シンフォギアに秘されたフォニックゲインのオーバーブーストアタックを放つ歌である、絶唱を』

「世界中から齎された70億の絶唱、キャロルの償却した想い出、シンフォギア装者たちの唄う絶唱……現時点で考えられる最大量のフォニックゲインが、六人のウルトラマンたちに集束していきました。

 そうして発動するS2CAウルティメイトバージョン。全てのフォニックゲインを響さんのガングニールで集束、マリアさんのアガートラームで制御と再配置を行い、奇跡を超えた更なる奇跡をその手にしようとしました」

『だがこの膨大なフォニックゲインは、どれだけ皆で負荷を抑えても制御が追い付かない程に膨れ上がっていた。しかしそこへ、一つの絆が手繰り寄せた小さくとも大きな希望の欠片が大地の手に委ねられていたんだ。

 私たちに与えられた最後の一片――【ウルトラマンオーブ】のサイバーカードが』

「そのカードの発動と共に荒れ狂うフォニックゲインは皆さんを包み込む光球(オーブ)と化し、奇跡を超克することを可能としたのです……ッ!」

『【ジェネレイトエクスドライブ・ウルティメイトユナイト】。咆哮したその励句が、人と光と歌の完全融合を為し、幾重にも奇跡を超克した存在を誕生させた。

【ウルトラマンシンフォギア】……闇黒魔超獣を討ち払い世界に光を齎すべく誕生した、”光の巨神”の姿だった』

「ウルトラマンシンフォギアが放つ超絶的な輝きはデモンゾーアの攻撃を全て相殺しつつ受け止め、マイナスエネルギーの塊でもある闇の波動を光へと転化させていきました。

 ……本来マイナスエネルギーとは、怒りや憎しみなどの負の感情から発生するエネルギー。そしてそれはボクたちが生きる世界――地球にも同じように喩えることが出来ます。

 この世界で最も長く傷付き耐え続けてきた、ボクらの地球……。それがマイナスエネルギーを発してまで訴えていたことは、『生きたい』と言うたった一つの単純な願いでした。

 皆さんはそれを知り、その想いに手を差し伸べて握り締め、強く抱き留めることが出来たから膨大なマイナスエネルギーを正方向に転換することを為し得たのです」

『人の心から光が消え去ることは無く、その胸の歌が途絶えることは無い……。

 我々が最後に放った光、【UNLIMITED UNITE BEAT】を受け、デモンゾーアとそれが齎す闇は完全に消滅した。

 天空を、夢を、笑顔を、絆を、明日を――未来を信じて握り締めた光が、この地球を救ったんだ』

 

 

 

 

 

『……こうして、シンフォギア装者の少女たちと、我々ウルトラマンとの戦いは終わりを迎える事となった。

 ヤプールやエタルガーといった邪悪な敵、邪心王のようなこの世界を闇に還す破滅招来体が襲い来る中で、彼女らも時に悩み傷付きながらも決して諦めることなく大切なものを守護る為に戦っていった』

「失われた命も少なくはありませんでした……。ですがその中でも、バム星人やゴモラⅡ、メフィラス星人のエルヴィスさんやキャロル……手を繋ぐ事が出来た方々も確かに居ました。

 そうして手を取り合えたからこそ、ボクら地球に生きるものたちはウルトラマンの皆さんと共にこの戦いを越えられたのだと思います」

『それは我々もまた同じだ。みんなと出会う事が無ければ……みんなと繋がりその歌が無ければ、この戦いに勝利することは出来なかっただろう。

 改めてこの場で、みんなに感謝を伝えたいと思う。本当に、ありがとう』

「ボクらも同じです。この世界を、其処に生きるみんなを守護っていただき、本当にありがとうございました。

 ウルトラマンの皆さんが教えてくれたこと、気付かせてくれたことを決して忘れずに、未来(あした)へと進んでいきますッ!」

『ああッ! 私たちもそれを願い、彼方よりみんなを見守っていようッ!』

 

 

「それでは、今回はこれで終わりとなります。今作【絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア】、最後までお読みいただきありがとうございましたッ!」

『暖かい応援、本当にありがとうッ! またいつか何処かでッ!』

「お会いいたしましょうッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another side EPISODE
Another side EPISODE 01【未来への出会い】


 戦いがあった。

 胸の歌と共に奇跡を身に纏った三人の少女が、我欲に暴走し人類確殺の兵器を使役する永遠の巫女の凶行を止めんが為に。

 後に世界を巻き込む大災害に繋がる小さな戦い……。バラルの呪詛を放ち続ける月を損壊させ、永遠の巫女フィーネはその破片を地球に引き摺り落としていった。

 だが奇跡を身に纏った少女たちはそれの危機を良しとはせず、生命の全てを歌に変え、血を吐きながらも絶唱(うた)い、災禍の岩塊を砕いて落とした……。

 

 この戦いは後に、【ルナアタック】という名の特異災害の一つとして処理されることになる。

 

 

 流れ星、燃えて落ちて尽きて――

 

 

 

 

 その戦いから約三週間、小日向未来は文字通り毎日通い詰めていた。

 己が親友――【立花響】の居ない、形だけの墓に。

 

 このような形式になった仔細は特異災害対策機動部二課の司令官である風鳴弦十郎から聞き及んでいた。だが、それを全て飲み込み納得出来るほど未来は大人ではなく……いや、もし大人であろうとも彼女にそうは出来なかっただろう。

 小日向未来にとって立花響とは、それだけ大切で、大きな存在だったのだから。

 

 

 

 

「……はい、じゃあコレね。お代は――」

 

 女性の店員が言うと同時に財布から金を出し、無言でレジ横のトレーに置く未来。それと交換する形で店員から商品である白百合の花束を受け取る。それは見る者を笑顔に出来る美しい花。だが、未来の面持ちは重たく沈んだままだ。しかし店員の方も料金を受け取り確認する間にも特別未来に話しかけることは無かった。

 私立リディアン音楽院を中心としたノイズの大量発生とそれに伴う破壊活動。市街の人間が識る僅かばかりの情報ではあるが、ノイズともあれば犠牲者が付いて回るのは最早常識と言ってもいい。

 店員からしたら、沈痛な面持ちを続けるリディアンの制服を着た少女もまた、この大型の認定特異災害で親しい誰かを喪ってしまったのだろうと容易に想像がついていた。故に、赤の他人である自分が其処へ足を踏み入れる事は無かったのだ。

 

 

 花束を抱えながら街を歩く未来。空には太陽を覆い隠す雲が敷き詰められ、時間と共に濃さを増していく。

 だからとて歩みが速くなるわけではない。彼女の胸中を占める想いもまた重く、一人で居る時は特に他の事に気を回す余裕など無かったのだから。

 向かう先は、郊外へと走るバスに乗れるバス停。いつものように――この三週間でもう慣れ親しんだ道をただ歩いていく。その時――

 

「痛ッ!」

「あっ……」

 

 談笑していたガラの悪い男たち、そのうち一人の肩にぶつかってしまった。

 未来の方へ振り向く男達。その形相は怒りと言うよりも、他者を見下しながら威圧する下賤なものだった。

 だが一方で未来は、それすらも意に介さないような暗い表情のまま返事をしていった。

 

「ってぇ~……。どこ見て歩いてんだよ、えぇッ!?」

「……すいません、でした」

「オイオイ止せよ。でも、人に怪我させといて、すいませんで済むワケないことぐらい分かるよね?」

「……申し訳ありません。お金は今、持ち合わせが無くて……」

「ふ~ん……」

 

 男の眼が未来を捕える。何処か粘着質なものを感じるその視線に、思わず持っていた花束に力を込めて抱き締めていた。

 

「あ、あの……」

「まぁ金がねぇってんなら、他のモンで支払ってもらうしかねぇわなぁ」

 

 下卑た嗤い声を洩らしながら未来に詰め寄る男たち。恐怖は僅かにあったが、不思議と抵抗しようという意志は湧いてこなかった。もしこのまま穢されようとも、親愛なる友を喪ったこの痛みに比べれば些細なものだろう……。そんな何処か投げやりな考えが、未来の胸中を埋め尽くしていた。

 この三週間で積もりに積もった想いは、それほどまでに彼女を追い込み蝕んでいたのだ。

 

 思案する間も無く男の手が花束を抱く未来の細い腕を捕まえる。飽くまでも本能的に僅かにその場へ留まろうと抵抗をする未来だったが、そんなか細い抵抗では男の力に抗えない。彼女自身意外なほどにアッサリと手を引かれ数歩踏み出してしまった、その時――

 

「その娘を離してあげてください。彼女、嫌がってるじゃないですか」

 

 未来の手を捕まえていた男たちの前に、一人の青年が立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 自分達の邪魔をされて静かに怒りを滾らせる男達と、冷静にそれと相対する一人の青年。そしてその姿を傍観する未来。予想外の混乱に先程までの無表情も少しばかり崩れ、僅かに怯えを覗かせていた。

 

「イキがってんじゃねぇよテメェ……。痛い目見たくなけりゃ財布の中身置いて失せな」

「――僕は、争い事をしたいんじゃありません。ですが、困っている人は見過ごせない……ッ!」

 

 胸座を掴まれても一切怯むことのなかった青年。次の瞬間彼が行った動きは一切の迷いを見せず、掴まれた腕を易々と振り払いつつ足を掛けて男たちをその場に転ばせた。

 そしてすぐに未来の空いた腕を優しく掴み、微笑みながら駆け出していった。

 

「てっ、てめぇッ!!」

「走るよッ!」

「は、はい……」

 

 青年に手を引かれ一緒に走り出す未来。中学時代は陸上部でランナーとして研鑽を続けていただけあって、最初こそ手を引かれていたものの身体が速度に乗っていくと共に自然と脚も上がり回転数が増していく。

 街中を駆ける二人はやがて追い駆けていた男たちを撒くことに成功。彼女のその足の速さに、青年は思わず感嘆の息を洩らした。

 

「足、速いんだねッ!」

「い、いえ……その……」

 

 小さく息を切らしながらなんとか相槌を打つ未来。これでも足には自信があったのだが、優しく自分の手を引く眼前の男はまだまだ余裕そうな笑顔で声をかけてきた。自然に――とても純粋な眼で。

 そんな優しくも強く手を引く姿を、明るくて無垢な笑顔を見て、未来は思わず被せてしまっていた。最も大切な存在である、喪った親友の姿を。

 太陽のようなその姿を幻視してしまった瞬間、未来は青年の手を振り払い立ち止まってしまった。

 

「えっ……?」

 

 思わず戸惑ってしまう青年。振り返った彼が見たモノは、花束を強く抱えて大きく息を切らしながら目を腫らす少女の姿だった。

 まるで彼女の想いに呼応しているかのように、空に広がる雲は色濃さと分厚さを増し、今にも落ちて来そうだった。

 

「大、丈夫?」

 

 青年はそんな少女の表情にも気後れすることなく、変わらずに笑顔で聞いていく。だがたった一歩、歩み寄り距離を詰めようとした瞬間、少女は同じように一歩下がってしまう。そこでようやく、自分が彼女にこんな辛そうな顔をさせているのだと気付いた。

 自覚したその事実に顔を歪め、それでも恐れることなく彼女へと真っ直ぐ想いを放っていった。

 

「ごめんなさいッ! 僕が、君を困らせてしまったばっかりに……ッ!」

 

 突如深々と頭を下げる青年に、未来の思考は更に困惑する。悪漢から自分を救い出してくれた彼に対し、未来が責めることなど何もない。自らの心の乱れが引き起こした事だと言うのに、彼は自分の行いが軽率で愚かだったと言いながら大きく頭を下げていたのだ。

 

「ち、違います……! 貴方が悪いんじゃない……誰も、悪いんじゃ……」

 

 またも被らせてしまった。自責とともに謝罪する彼の姿に、最も大事な人の幻影を。

 それは眼前の彼に対して失礼だと思ったのか、それとも重ねてしまった『彼女』の幻影に惑わされてしまったからか……。

 

「誰かが悪いなんてことはなかったのに……。みんなただ必死に、生きることを諦めずに頑張って、歌って、守護ってくれただけだったのに……!

 どうして翼さんは……クリスは……響は……――ッ!!」

 

 取り留めもなく、事情を知らぬ者には到底理解し得ない言葉を吐き散らす未来。その言霊が彼女を逃げ場のない思考の坩堝へと落とし込んでしまう。そして天までもが、痺れを切らせたかのように大粒の雫を落とし始めていった。

 僅かな時間で雨は強く振り出し、少女と青年を濡らしていく。その雨はまるで、少女の想いを代弁しているかのようにも感じられた。言葉にすら出せなくなった彼女の感情が往き場を失い、涙になって零れ落ちるかのように。

 最早雨粒とも涙滴とも判らぬものが、未来の眼尻から頬へと流れそうになる。だが――

 

「――あっ……」

 

 青年は何も言わず、小さなハンカチで潤んだ未来の目頭を優しく拭い去った。自分も同じように濡れているにも拘らず。そしてそのまま冷えた手を握り、降り注ぐ雨など事も無げに微笑みながら語り掛けていった。

 

「……どんなに辛い状況でも、未来(みらい)を信じる心の強さが不可能を可能にする。信じる力が、勇気になる――」

「え……」

「僕が、尊敬する大先輩から教えてもらった言葉。それで全てが上手くいったわけじゃないけど、僕を支えてくれる言葉の一つになっているんだ」

 

 彼の言葉を未来は黙って聞いていた。あまりにも前向きで非現実的で、しかしとても強い言葉だと思った。なんだかそんなところまで、『彼女』が言いそうな言葉だとも。

 その言葉を聞いていると、少しだけだが先ほどまでの心の乱れが収まったようでもあった。

 

「僕は君に起こった悲しみの理由を知らない。こうして涙を拭うだけで、悲しみの元を取り去ることも出来ない。だけどせめて……君がそこまで想う大切な人たちのことは、信じてあげて。

 たとえ、世界の誰もがその人たちを信じなくなっても……世界の誰もに忘れられようとも」

 

 その言葉は、捉えようによっては未来の心に追った傷を深く抉るものだったのかもしれない。

 何よりも大切な人を、かけがえのないモノを信じれなくなるなど――忘れてしまうなど、何があっても有り得ない事だ。だからこそ彼の発言には強く異を唱えようと、反射的に考え口を開きかけた。しかし……

 

(――なんで、そんな見透かしたような……)

 

 彼の真っ直ぐで澄んだ目を見た瞬間、起きそうになった怒りの感情も凪のように消えてしまっていた。

 彼は見透かしたのではない。識っていたのだ。

 信じる心が不可能を可能にしてきた様を……。それが、勇気という絶大な力に変わるという事を。他の誰でもない”彼”は。

 

「……ごめん。君の気持ちを考えれば、言うような事じゃなかったかもしれない。だけど、忘れないでほしかった。無くさないでほしかった。

【本当に大事なもの】を信じるっていう、何よりも大切なことを」

 

 雨の中にはあまりにも不釣り合いな、優しく爽やかな笑顔を向ける青年。彼に何か言葉を返そうとした矢先、郊外へ向けて走るバスが近くのバス停に到着した。未来が乗るつもりだった車輌だ。

 何処かそんな雰囲気を読み取った青年は、起ち上がり彼女の背を押すように声をかけた。

 

「気を付けて。行ってらっしゃい」

 

 雨の中、最後まで爽やかな笑顔を崩さずに放った彼に向けて小さく会釈をし、小走りでバスに駆け込んでいった未来。バスはすぐにエンジン音を上げ、走り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 郊外の目的地に向かう為にはバスの乗り継ぎが必要だった。ベンチだけが置いてある小さなバス停……そこに辿り着いた時には、既に未来の体は雨で濡れ切っていた。

 街中の時よりも更に強さを増す雨の中、傘もささずに居たらそうもなろう。だがそれすらも意に介さぬように、未来はただ次のバスが来るのを待っていた。

 先ほど出会った青年のことなど、既に思考の中から消え去っていた。まるで、雨と共に流れ落ちていったかのように。

 

 

 窓の外を流れる風景は、すぐに雨にも負けぬ流麗さを失い荒廃とした惨状に変わって来た。約3週間前の大規模な認定特異災害の発生跡である。

 その風景を見る度に、未来の胸中は重く昏い影を落としていく。新しく繋がった友達を、憧れの先に繋がった先達を、そして何よりも大切な親友を喪ったことを、否が応でも思い出してしまうからだ。

 溜め息すらなくボンヤリと外を眺め続けていると、やがて彼女の目的地……共同無縁墓地近くのバス停が近付いたことを報せるアナウンスが流れた。

 考えることなく停車ボタンを押す。数分後、到着と共にバスが止まり扉が開く。未来は雨で濡れたその身体から水を滴らせながら、ただ淡々と降りていった。

 

 石階段を上がった先、墓地の半ばに建てられた真新しい墓。美しい花で彩られているも、名前すら彫られていない寂しい墓標。飾られた一枚の写真は、土草で汚れたあどけない少女の気の抜けた表情をしている。

 それだけが、【立花響】(ただの一人の少女)の終着を意味する場所となっていた。

 

 何も変わらない場所。変えようのない無機質な石塊。少女はその前で、崩れ落ちるように膝をついた。押さえつけていた感情と共に涙は止め処なく溢れだし、嗚咽と未練の声を上げていく。

 

「――会いたいよ……ッ! もう会えないなんて、私は嫌だよ……ッ! 響ィ……ッ!

 私が見たかったのは、響と一緒に見る流れ星なんだよ……ッ!? ううぅ……うああぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 雨音に掻き消されながらも哀哭の声を漏らし続ける未来。だが突然、それら全ての音を吹き飛ばす轟音が鳴り渡った。

 思わず顔を上げる未来。一瞬周囲を回り見るが特別なにも見当たらない。だが今の轟音は、僅かにだが助けを求める悲鳴は、確かに彼女の耳に届いていた。

 思わず立ち上がる。近くで誰かが助けを求めている事に気付き、一歩踏み出したところで足が止まってしまった。恐怖ではなく、自分の中で動く意味を問うために。

 

 自分が行ってどうなると言うのか。何の力もない自分に、一体何が出来るというのか。

 大きすぎる理不尽の前には、奇跡を纏い歌った彼女らでもどうにも出来なかったというのに――

 

 

 

(忘れないでほしかった。無くさないでほしかった。【本当に大事なもの】を信じるっていう、何よりも大切なことを)

 

 

 

 さっき聞いた言葉が突如として蘇る。

 そこから引き出されるように映し出されてきたものは、亡き大切な親友がいつものように見せてくれていた明るい笑顔の数々。彼女の生き抜いた証――胸の歌が導いたもの。

 足は独りでに、悲鳴があった方へと走り出していった。

 

 電柱に衝突した車から這い出てきた女性と、其処に迫っていた特異災害であるノイズの小規模な群れ。絶対的な死に直面し恐怖に慄く女性の手を握り、すり抜けるように手を引いて走り出す未来。力強く大地を蹴って、一秒でも早く遠くへ行くために。

 

(諦めない――絶対にッ!)

 

 絶えず浮かぶは親友の顔。彼女にとって本当に大事なもの……『生きることを諦めないで』と言い残して言葉。

 だが全力での走駆は、かつて鍛えていた未来はともかく手を引かれるままの女性にとってはものの数分で限界が訪れていた。

 

「あぁ……私、もう……」

「お願い、立ってッ! 諦めないでッ!!」

 

 強く激励をするも、女性に起ち上がる力は残っていなかった。其処へ迫る極彩色の異形の群れ。ヒトを殺す為だけに存在する世界の”雑音”。絶対的で確実な死の象徴を前にして、膝を付いた女性は遂に諦観に支配されたのか意識を落としてしまった。

 そんな彼女の前で、未来は小さな手を可能な限り大きく広げその身を盾にしていた。理解っている。そんな事をしていればどうなるかなど。ノイズに触れられた瞬間その身は炭化し、黒い塵となって風と共に消えていくだろう。

 だが、理解っていてもなお止めようとしなかった。止められるはずが無かった。死への恐怖を押さえ付けてでもこうする理由が、彼女にはあったのだから。

 

(信じてる……。本当に大切なもの……響の事を。響がやって来た【人助け】を。それは決して間違いなんかじゃないってことを……ッ!)

 

 確殺の概念であるノイズに対し、それはちっぽけな意地だったのかもしれない。自らの身を捨て誰かを守護る、前向きな自殺衝動だったのかもしれない。

 だとしても、それを成してきた者たちを知っているから。

 その為に血を吐きながらも歌い続けた大切な人の姿を、覚えているのだから。

『生きることを諦めないで』と、未来(みらい)を信じる想いを託されたのだから。

 

 ただその想いだけが、小日向未来の持つ最も強い力なのだから――。

 

 

 

 ――どんなに辛い状況でも、未来(みらい)を信じる心の強さが不可能を可能にする。信じる力が、勇気になる――

 

 

 

 瞬間、爆音と共に極彩色のノイズたちが一匹残らず黒灰と化し消えていく。

 呆然とした未来が見たのは、三つの光。坂道の上、その光たちが降りたところに眼をやると、最後に降りた一つから声が聞こえてきた。

 とても聞き馴染みのある……それでいて、この三週間聞くことが無かった声。

 もう二度と、聞くことが出来ないと思っていた声を。

 

 

「……ごめん。色々機密を守らなきゃいけなくて……。未来にはまた、本当の事が言えなかったんだ」

 

 

 申し訳なさそうに笑う少女。その姿を、その笑顔を見た瞬間未来の眼から涙が溢れ出した。

 そこに居たのは他ならぬ……彼女にとって本当に大切なもの――立花響(親友)の姿だったのだから。

 

 響の名を叫びながら力一杯に跳び付き抱き締める未来。涙を流しながら歓喜と怒りが入り混じったように声を上げ続ける彼女を響は優しく抱き留め、微笑ましくもあるその姿を同じシンフォギア装者である翼もクリスも、彼女らを送る為に車に乗っていた弦十郎や慎次も、二人のその姿を優しく見守っていた。

 

 

 

 

 ――そして、物陰でもう一人。街中で未来と出会った一人の青年もまた、その喜ばしい姿を笑顔で見守っていた。

 やがて踵を返し、気付かれぬよう立ち去っていく。その時にポツリと、彼女らに向けてある言葉を投げかけた。

 

 彼にとって、幾千の時が経とうとも決して忘れることのない言葉を。

 

 

「……『君の、”日々の未来”に、幸多からんことを』――」

 

 

 

 

 end.



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another side EPISODE 02【知られざる邂逅】

【ルナアタック】より数か月後、世界は誰にも気付かれること無く破滅の危機を迎えていた。

 かつてルナアタック時に破損した月がその公転軌道を変え、遠くない未来に地球へと衝突することが明らかになっていたのだ。

 だが米国をはじめとする政府高官や世界に暗躍する秘密組織であるパヴァリア光明結社らはこの事実を隠蔽。自分達の保身を最優先とした政策や対策を秘密裏に押し進めていた。

 そんな世界に対し牙を剥いた者が居た。正義では貫けぬものを貫くために起ち上がった、『武装組織”フィーネ”』。マリア・カデンツァヴナ・イヴを筆頭とし、失われたソロモンの杖を用いてノイズを己が傘下に置き、世界に対し宣戦を布告したのだった。全ては、月の衝突から世界を救う為に。

 だがそんな彼女らの思いも、為すべき正義も、協力者であったDr.ウェルにより蹂躙簒奪され彼の歪んだ英雄願望を為すための傀儡と化してしまっていた。

 それでも奇跡を纏い歌う少女たちは立場の垣根を超えてその手を取り合い、暴走するDr.ウェルと彼の擁する自律型完全聖遺物ネフィリムとの最終決戦を迎えていた。

 

 

 

 遥か彼方、星が音楽となった……彼の日

 

 

 

 フロンティアより射出された遺跡宇宙船内部。先史文明が遺したものとされる月の古代遺跡が、70億の人類から放たれたフォニックゲインとそれを収束したフロンティアによって再起動を開始。その公転軌道は元に戻りつつあった。

 それをただの一人で制御支配していたのは、武装組織フィーネを立ち上げた張本人であり米国聖遺物研究施設F.I.Sに所属していた聖遺物の権威の一人、ナスターシャ教授だった。

 外――宇宙空間では、巨大遺跡”フロンティア”を取り込み変貌したネフィリム・ノヴァと限定解除された白きシンフォギアを纏った6人の少女が激戦を繰り広げている。やがて少女らは、ネフィリム・ノヴァの災火から世界を守護るため戦場をバビロニアの宝物庫へと移す。それにより、最早彼女らの勇姿を見ることは叶わなくなったが、ナスターシャは少女らの勝利を信じて疑わなかった。

 口からは血を吐き、その命は風前の灯火と言ったところだ。吐血が落ち着いたところで可能な限り大きく呼吸をし、自らの身を守護ってくれていた高性能車椅子――今は多くの個所が故障を訴え、ただの椅子に近いモノと化してしまった――に背を預け、眼前の奇跡……一つの音楽となり光り輝く青き母星をただ眺めていた。

 

(……これで、私の役目は――)

 

 自らに課せた全ての責務を終え、残されたことを愛娘たちに託し、そのまま眠りにつくように安らかに微笑んでいた。

 そんなナスターシャの耳に、この場に決してあるはずがないモノが聞こえてきた。人の声だ。

 

「それで、良いんですか?」

「あなた、は……」

 

 青年の声だった。虚ろな左目を開いて見ると、其処には見紛うこと無い”人間”の男が居た。宇宙へ浮上したフロンティア、その最中に月へ向けて強制分離射出されたこの遺跡宇宙船には、自分一人だけだと思い込んでいたのだが。

 そんな疑問を抱きながらも、青年はナスターシャに向けて話を続ける。とても優しく、何処か悲しげな声で。

 

「この世界には、貴方の生を願う人がたくさんいます。貴方の命を惜しむ人が、まだ。

 僕は、貴方をこんなところで死なせたくありません」

「……フフフ、それは嬉しい、わね……。こんな折れた老骨を、まだ繋ぎ止めようとするなんて……。

 ……ですが、私はもう、十分すぎる程に生きました……。愚かな空論に付き合ってくれた優しい娘たちを見送り、世界最高のステージを、こんな特等席で見せてくれた……。

 思い残すことは、もう何も無いのです……」

「そんな……ッ!」

 

 ナスターシャの言葉に、青年はただ涙を浮かべる。そんな彼の心が、ナスターシャには理解できなかった。

 

「……何故、貴方が泣くのですか。どうして此処に居るのかも理解らぬ、縁もゆかりも無い貴方が、何故涙を流す必要があるのです……」

 

 彼自身その理由はよく分かっていなかった。

 ただ、何もかもを犠牲にして世界を守護ろうとしてきたこの女性にこそ、この戦いの先にある世界を見てもらいたかった。一所懸命の対価は、彼女にこそ齎されるものだと思ったからだ。

 だと言うのに、彼女はそれを否定した。そしてただ優しく、彼の青年を案じているようだった。まるで彼を、今は遠きに在る自分の教え子の一人であるかのように。

 

「気に病むことはありません……。私に与えられた断罪と、齎された贖罪……その全てを為したなどいう傲慢はありませんが、このような最期を得られたことに感謝しているぐらいです……」

 

 それでも、と言いかける青年。だがその時、強い地響きが二人に襲い掛かった。同時に渦巻く黒い影が、その形状を変化させていく。

 黒い影はやがて白い身体へと変わっていき、何処かウサギを彷彿させる赤い垂れ耳を持つ巨大な生物へと為していった。

 青年はすぐさまナスターシャの前に立ち、彼女を庇うように巨大生物の前に立ちはだかった。

 

「一体、アレは――」

「もう、来たのか……ッ!」

 

 先程までの涙ぐんだ顔など何処吹く風と言わんばかりに、凛々しく力強い顔に変わる青年。ナスターシャの眼から見ても、彼は眼前の巨大生物について熟知しているようだった。

 思わずそれについて問い質そうとしたナスターシャだったが、一言声を出そうとした直後に喀血した。

 

「ッ! 大丈夫ですか、しっかりしてくださいッ!!」

「構わないで……。それよりも……貴方は、アレがなんなのか知っているのでしょう……?」

 

 先程まで死の淵にあったとは思えぬ鋭い目で青年を睨みつけるナスターシャ。その目の奥にはまるで、最後に残ったとても小さな種火を煌めかせるような光があった。その有無を言わさぬ迫力に、彼はその詳細を語り始める。

 

「……アレは、黒い影法師と呼ばれる存在が呼び寄せた怪獣……。満月超獣、ルナチクスです」

「怪獣……そんなものが、何故……」

「奴らは以前から、この世界を狙っていました。僕は奴らの動向を探るためにこの世界へ訪れ、人間として暮らしながら見張っていましたが……まさか、こんな時にこんな場所で現れるなんて……ッ!」

 

 頭部の赤い耳らしき物体を動かし、鼻をヒクつかせる。その動作は何処までもウサギのようだ。そんなルナチクスの赤い目が、立ちはだかる青年と血を吐きながらも睨み付ける老婆に照準を合わせていた。

 その巨大な獣にも怯むことなく、ナスターシャは青年に対し言葉を放っていく。

 

「……私に思考を巡らせる時間はありませんが、これだけは分かります。アレは、人類の敵……なのですね。

 そして狙いは……この場所より制御している、70億のフォニックゲイン――ゴホッ、ゴフッ!」

 

 再度血を吐くナスターシャ。青年は思わず駆け寄るが、それを弱々しい手で制止させた。

 

「駄目です、無理をしたら――」

「……不思議なものね。もう無理できる力など、何処にも残っていないはずなのに……。

 ――貴方がどうやって此処に来たのかは分かりません。ですが、来れたと言うことは帰る手段も持っているということ……でしょう? ならば、すぐに此処から立ち去りなさい……ッ!」

「そんな、貴方はどうするんですッ!?」

「どうせもう消えかかっている命……ならばせめて、この船と共に眼前の脅威を砕いて見せましょう……ッ!」

 

 端末と思しき台に手を乗せて立ち上がろうとするナスターシャ。だが彼女の身体は、自身の意思を否定するかのように動かせずにいた。それどころか身体に力を入れるたびに喀血が酷くなる始末。残された僅かな力は、口惜しさで奥歯を噛み締めるだけで精一杯だった。

 そんな彼女を前に、ルナチクスは嗤うように鳴きながら小さく跳ねていく。だがその僅かな跳躍でも古びた遺跡は大きく揺れ動き、瓦礫が降り注いできた。

 

 ナスターシャは思った。これはきっと、大事な”義娘の一人”を見殺しにしてしまったことへの断罪なのだと。フラッシュバックする過去の傷痕。だがそれは、光の壁に照らされ遮られた。

 青年は、ただ腕を広げて突き出しながらナスターシャの前に立っていた。その眼前に、光の壁を作り出しながら。

 

「貴方は……一体――」

「……本当は、大隊長たちには真相が掴めるまで過度にこの世界には干渉するなと言われて来ました。それが今回の僕の任務であり、やがて来たる脅威を光の国へ伝えるためにと……。

 ――ですが」

 

 光の壁は爆ぜ、二人を襲った瓦礫は粉微塵になって消える。

 そして左腕を前に構えると共に、その腕に炎を象った紅蓮と黄金のブレスが浮き上がってきた。

 

「ですが僕は、目の前で危険に曝されている人を放ってはおけないッ! 例えそれが、今にも尽きそうな命だとしても……見捨てるなんてことは出来ないッ! もう二度と、絶対にッ!!」

 

 あまりにも青臭い、優しすぎる啖呵を強く切る青年に、ナスターシャは何かを見出していた。

 言うなれば、この光が世界を救う力の一端。

 自分だけでは終ぞ引き出してあげることの叶わなかった、少女(マリア)の中にも存在していた光。

 繋いだ手が紡ぎ、輝かせたもの――。

 

 

 そして青年は、強い決意を以て動き出す。

 右腕を外から内へ大きく回し、掌を左腕のブレスにかざす。そして中心の宝玉を擦り滑らせるように、強く外へと弾いていった。

 ブレスの内部に強い炎が沸き立つように燃え盛り、一度大きく左へ屈んだ後にブレスを天に掲げると同時に青年は”自らの名”を吼え叫んだ。

 

 

「メビウゥゥゥゥゥスッ!!!」

 

 

 ブレスを中心に浮かぶ、永遠の円環(メビウス)を意味する光輪。光に包まれた青年は、その肉体を赤と銀の輝く異形へと変態させ、白き巨獣――ルナチクスの前へと顕現した。

 

 ナスターシャの前に現れた巨人は、別の世界ではこう呼ばれていた。

【ウルトラマンメビウス】と。

 

 

 

 

 そしてナスターシャの眼前で始まったのは、彼女の持っていた常識を全て覆される壮絶な戦いだった。巨人と巨獣……その戦いを誰よりも先に、誰にも知られること無く目撃してしまったのだから。

 

 左腕を突き出し右腕は力瘤を作るかのような姿勢で開いた独特の構え。一拍の間を置いて巨人……メビウスが巨獣……ルナチクスへと駆け出していく。

 力強く組み合い押し合う両者。力を比べ合った後にメビウスの左足がルナチクスの胴体に打ち込まれ、両者は再度距離を取り合った。その距離を一気に詰め、メビウスの拳による連続攻撃がルナチクスの胸部に放たれ、狭い船内を揺らしながら押し下がっていく。

 だがルナチクスもこの程度では終わらず、雄叫びを上げながら強力な脚で地面を蹴り強靭な爪を振りかぶってきた。それを両手で捕まえるように抑え、踏みとどまるメビウス。力任せに振り払ったのはルナチクスの方だった。

 すぐに受け身を取り起き上がるメビウスだったが、眼前のルナチクスの口……その牙の隙間から炎が溢れて見える。高熱火炎を発射するのであろうことは、メビウスは即座に理解した。だが視線を下に向けると、其処には血に塗れながらもこの巨大な戦いを目に焼き付けんとしているナスターシャの姿がある。彼がとるべき行動は、たった一つだった。

 

「セヤァッ!」

 

 掛け声と共に両手を前に突き出し、光の防壁を作り出す。同時に放たれたルナチクスの火炎を、光は全て受け止めていた。だが絶えず放たれるルナチクスの炎に、徐々に押されていくメビウス。その姿を見て、ナスターシャは自分が彼に守護られていることを強く自覚した。

 

「…………ッ!」

 

 思わず歯を食いしばる。人類の敵たる巨悪と、それに抗い起つ銀色の巨人……その戦いに、今を奮闘する彼にとって風前の灯火であるこの身はあまりにも足手纏い――いや、重すぎる足枷だ。

 何とかすべきと思い全身に力を入れるも、僅かばかりに動く程度のこの身体はあまりにも無力だった。

 それでも何とかしようと……最期の最後まで決して諦めずに命を燃やさんとすることを、ナスターシャもまた知ったのだった。一つの音楽となった彼の地球(ほし)を見て……その為に戦う彼の、そして【彼女たち】の姿を見て。

 その想いが、ナスターシャの手を遺跡宇宙船の操作パネルへと触れさせた。

 ただ触れただけだが、たったそれだけがあまりにも大きな意味を成す。今この船を掌握しているのは彼女自身。如何なる命令も彼女が下せば実行されるだろう。例えばそれが、自壊を意味する命令であろうとも。

 

「……幕を、下ろしましょう」

 

 震える指で、見ようともせず指先の感覚だけで操作していく。僅かな時間で組み上げた命令文は、すぐに実行へと移すように輝きだす。

 次の瞬間戦いを繰り広げていたメビウスとルナチクスの足元が揺らぎだした。

 

(これは!?)

 

 思わず戸惑うメビウス。ルナチクスも同様なのか、左右に首を振りながら叫び声をあげていた。その中で唯一落ち着き払っていたナスターシャ。彼女に残されたほんの僅かな力は、声となって響いていく。

 

「狼狽えてはなりません……ッ! 貴方は戦いに、集中なさい……。今は貴方だけが、その未知なる脅威からこの世界を救えるのですから……ッ!!」

 

 思わずナスターシャの方を向くメビウス。銀色の眼が血涙を流す隻眼と交錯したとき、ナスターシャは何処か彼が戸惑っているようにも見えた。無機質的な顔をしているにもかかわらず。

 そんな彼に向けて優しく微笑みながら、もう途切れ途切れの掠れ言葉を紡いでいった。まるで、曲の終点を打つかのように。

 

「……私はもう……私の、戦いを……終わらせ、ました……」

 

(……調……切歌……マリア……愛しい私の子供たち……。……セレ、ナ……)

 

 

 

 

 

(――ッ!!)

 

 力を失い崩れ落ちるように倒れるナスターシャ。思わず彼女に向けてその手を伸ばすメビウス。巨大な掌は血塗れの老婆を優しく包み込むが、その手の中には生命の温もりがもう存在していなかった。

 せめてもの思いなのか、メビウスの掌から放たれた光はナスターシャの血糊を洗い流すように消し去っていく。そうして石畳の上に優しく置かれた彼女は、眠りについたかのような安らかな顔で息を引き取っていた。

 

 鳴動を続ける遺跡宇宙船の中で、メビウスは拳を強く握り震わせながら立ち上がった。相対するルナチクスは、まるで哄笑するかのように鳴き声を上げていく。

 彼の心を占めていたのは、口惜しさと情けなさ。『信じる心が、不可能を可能にする』――胸に抱き続けている想いも、時にこうした理不尽に凌辱されることもある。

 長い生の中でこんな事は何度も立ち会って来た。どれだけ伸ばしても届かない事、不可能のまま終わってしまった事……。だが、彼とていつまでも世界を識らぬ新人などでは無い。為すべき事は、理解っている。

 

『狼狽えるな』と言い遺したナスターシャの言葉が蘇る。出会ったばかりの彼女は、最期の最後にこの身へ信を預けて逝ったのだ。この世界を守護れを、檄を飛ばしながら。

 心に強く炎を燃やし、メビウスは再度ルナチクスへと戦いの構えを向ける。意気と共に駆け出すメビウスに対し、叫び声と共にルナチクスの眼球がミサイルとなって発射。放つ度に新しい眼球が装填され、連続で撃ち込んでいった。

 

「ハアアアァァッ!!」

 

 メビウスの拳に光が宿り、輝く手刀がミサイルの全てを切り払っていく。そして擦れ違いざまに一閃。ルナチクスの胴体を浅く斬り付けた。ダメージの痛みと共に鳴き叫ぶルナチクス。其処へ追撃するように、メビウスが胴体へ連続蹴りを放っていく。よろめき数歩後退した瞬間、ルナチクスの足元が崩れ落ちその巨体のバランスを奪っていった。

 

(これは……そうかッ!)

 

 一瞬驚くメビウスが見回した先に視界に映ったのは、輝きを続ける遺跡宇宙船の操作パネル。それこそがナスターシャが遺した遺跡宇宙船への最後の命令……ある定点の瓦解と陥没。俗に言う落とし穴――実際には、例えるところの【外部ハッチ】を解放したに過ぎない――だった。

 そこに片足を奪われ転倒。吼えながら悶えるルナチクスだったが、其処に向けてメビウスが胸の前で左腕を構えた瞬間、腕のメビウスブレスから光が伸び剣と化した。メビュームブレードである。

 その威圧感に掻き乱されたのか、ルナチクスはなんとか抜け出そうと更に悶えていく。しかしメビウスもその隙を逃すことなく、駆け抜けながらルナチクスへと光剣の一閃を奮っていった。斬撃痕から光が溢れ、先程まで悶えていたルナチクスの動きが止まる。メビウスは即座に振り返り――背後にはモニタリングしていた音楽となった地球とそれを聴く月の光を背にしながら――左腕のメビウスブレスに右手を当て、真っ直ぐ水平に擦り合わせるように開く。

 

「ハァァァァ……ッ!! ダアアァァァァッ!!!」

 

 両の手を頭の上に動かしていく中で、両手の間に輝く永遠の円環(メビウス)の光輪。その力が最大に高まったところで、両腕を十字に組み合わせ、その右手部分から黄金の光線を発射した。

 幾多もの邪悪な怪獣を撃ち倒してきた正なる輝き……メビュームシュートがルナチクスへと直撃。その巨体を爆散させていった。

 

 

 

 その場に佇むメビウス。光が収束していくと共に、銀色の巨人が人間の姿へと戻っていく。そして緩やかな足取りで、石畳の上に眠るナスターシャの元へと向かっていった。

 膝を付き、彼女の顔を覗き見る。そこには安らかで穏やかに眠る、最期の瞬間まで命の総てを燃やし尽くした女性の寝顔があった。未練や後悔などを感じさせぬ、美しいとまで思わせる笑みを浮かべていた。

 そんな彼女の隣に座る青年。溢れそうな涙を服の裾で拭い去ったとき、一瞬大きな揺れが遺跡宇宙船を襲った。位相世界……バビロニアの宝物庫を超えてなお現世にまで伝播する衝撃波。それは宝物庫内でネフィリム・ノヴァが爆発した余波だった。

 やがて揺れは収まり、月に照射されていたフォニックゲインも消えて、露出した月遺跡は淡い輝きを湛えたままゆっくりとその進路を僅かずつ元に戻していった。その一部始終を見送ると、青年はナスターシャの手を胸の上で重ね合わせ、両手から淡い光を放ち彼女を膜のような光で包み込んでいった。

 

「……これでもう、貴方が傷付くことはないでしょう」

 

 両の掌を合わせ、何処へと祈りを捧げる。いつかの地球で覚えた所作をして、改めてこの世界の地球を眺め見る。

 そこにはもう先程の輝きは消え失せていたが、青いこの星はどの世界で何度見ても美しいと、彼はただそう感じていた。そしてこの美しいものを、眼前の亡骸にも最期に見て貰いたかったと。

 其処へ、暗い宇宙に映し出される象形文字を思わせる幾何学模様。彼は自らの母星語を見た瞬間、その意味の全てを理解していた。

 

「帰還命令……。この世界での僕の任務は終わりという事ですか、大隊長……ッ!」

 

 思わず奥歯を噛み締める。残る口惜しさはあまりにも大きいが、彼は立派に任務を果たしていたのだ。

 黒い影法師が狙いを定めたとされる”この世界”……。其処がどのような世界であるのか、知る必要があった。数多の侵略者たちと戦ってきた宇宙警備隊の一員として……そして数多のマルチバースの守護を担う責務を、自ら負った者達として。

 

 

 彼は見て来た。

 人類に徒為すモノ――人が人を殺すために生み出した自律兵器、ノイズの存在を。それと戦い歌う少女らの存在を。

 そしてこの世界には、そんな悪逆に抗する力と心を持つ者たちが居るという事を。

 だが、それこそが影法師たちの狙うモノ。

 希望の輝きは絶望の闇に反転することで膨大な力となる。いずれ機を見て、悪しき侵略者がこの世界に現れるだろう。

 その侵攻を止める為に自分たちが居る。守護るために、”自分たち”の存在がある。だから今は、帰還の選択肢を選ばざるを得なかった。

 

「……未来を信じる強さが、不可能を可能にする。信じる力が、勇気になる――」

 

 心に刻みつけていた言葉を反芻し、青年は顔を上げる。静かでも使命に燃えるその顔は、力強く頼りがいのある勇士の顔をしていた。

 最後にもう一度、安らかに眠るナスターシャの方へ向き、微笑みながら小さく会釈する青年。そのまま優しく、最後の声をかけていった。

 

「貴方が信じ貫いた未来は、必ず守護られます。貴方が愛した人たちが、絶対に守護り抜きます。

 ……それでももし、その力が足りない時は、必ず助けに来る者が現れます。だから、安心してください」

 

 笑顔で言葉を終え、また振り向き左腕を前に掲げる。浮かび上がった赤いブレスから光が放たれ、青年を包みながら光球となり飛翔する。そして光は宇宙へと飛び出し、銀色の巨人として顕現した。

 銀色の眼が映し出す欠けた月と青い地球。そしてその間にある岩塊とも取れる遺跡宇宙船。彼――ウルトラマンメビウスはその全てに目を向け、何処に声をかけるでもなく、それでも何かを信じるように一度頷き、踵を返して大宇宙の彼方へ光と消えていった。

 

 

 

 

 

 

 後に、国連がフロンティアより分離した遺跡宇宙船の内部に取り残されたナスターシャ教授の救出に向かった際、彼女を救助したシャトル乗組員は眠る彼女の姿を見て思わず呟いたという。

 

『光のメビウスリングが、教授を守護っていた。

 美しい光の中で安らかに眠る彼女は、何処か嬉しそうな微笑みを浮かべていた』

 と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 M78星雲、光の国。

 薄緑色の結晶で作られた幻想的な世界……その中心に位置する建物の中に、飛来したメビウスが静かに着地した。そんな彼を出迎えたのは、胸に幾つもの勲章を持つ歴戦の勇士ゾフィーと、両側頭部から伸びた巨大な角が印象的な宇宙警備隊を取り仕切る大隊長、ウルトラの父だった。

 

「よく戻ってきた、メビウス」

「今回の任務、よくぞ果たしてくれたな」

「……いいえ、僕は――」

 

 俯き声を詰まらせるメビウス。無理も無い。彼は救えたかもしれない命を手放して、この場に立っているのだから。そんな彼の心情を、二人の偉大なる大先輩はよく分かっているようだった。

 

「メビウス、確かに君はその人間の命は救えなかった。だが君は間違いなく、その尊厳を守護り抜いた。誇るべき行いを果たしたのだ」

「大隊長……」

「君のおかげで、並行世界を狙う影法師の次なる標的が明らかになった。そして観測員からの報せで、怪獣墓場でも異変が起きていることが判明した。

 今はまだ僅かだが、確実に動き出している邪悪の影がある」

 

 ゾフィーの言葉に思わず無言で返すメビウス。だが一瞬の思案の後、メビウスは弾けるように声を上げていた。

 

「大隊長ッ! どうか僕に、もう一度あの世界へ行く許可をくださいッ! あの世界を、守護る為に――ッ!」

 

 血気盛んに息巻く彼に対し、ゾフィーとウルトラの父は彼をなだめるように言葉を返していく。

 

「メビウス、君の気持ちは分かる。だが、今は休んで傷を癒せ。ノイズなる生命の理からも外れた存在との戦い……君にとっても無傷とはいかなかっただろう」

「ですが……ッ!!」

「案ずるな。彼の世界にはエースとエイティに行ってもらう。怪獣墓場より蘇らんとする邪悪な者には、ゼロが仲間を連れて向かってくれている。

 そしてメビウス。彼の世界、今後の動向如何では君にまた新たな任務を下すことも大いに在り得る。いずれまた、あの世界ともう一度繋がり関わることになるやもしれん」

「それは、どういう……」

「私とて確実な未来を視ることは出来ん。だが、あの宇宙から感じる僅かな時空の揺らぎ……その中枢。決して只事では終わらない……そんな予感がするのだ」

 

 ウルトラの父の言葉は余りにも不確定だ。

 だがそれでも、宇宙警備隊大隊長の言葉となれば不確定なれど信じざるを得ない重みが生まれる。

 その言葉を受け、メビウスも自らの身勝手さを改めるように一礼をする。

 

「了解しました、大隊長。今はまず、この身を回復させることに努めます」

「うむ。新たな任務は追って通達する」

 

 父のその言葉に、再度一礼をして去っていくメビウス。その場に残ったゾフィーが、ウルトラの父へと問い掛けた。

 

「時空の揺らぎ……。此度の黒幕や影法師たちとは関係があるのでしょうか」

「無関係とは言えまい。だが、それだけが原因とも限らんだろう。

 あの世界がどう変わり往くかは、今は何とも言えん状態だ。だが……」

 

 一拍を置いて、父が再度言葉を紡ぐ。

 その大きな胸を張って、自信を見せ付けるように。

 

「だが、何があろうとも……あの世界の人々は自らの力で危機を乗り越えていくだろう。

 我々が愛し、我々を信じてくれた数多の生命と同じように」

「……ですね」

 

 二人で遥かなる宇宙を見上げる。彼らにとってはまだ見ぬ【世界】の人間たちに、光の巨人たちは確たる信を以て見つめていた。

 

 

 

 end.



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another side EPISODE 03【夢の中の獅子】

 シンフォギアを纏う少女らと地球に現れたウルトラマンたち。

 地球を恐怖と絶望に染め上げるべく現れた侵略者、異次元超人ヤプール。超獣と共にノイズを作り出し操るヤプールに対し、ウルトラマンらはシンフォギア装者を自らと一体化することにより互いの力を共有。ノイズの力を得た超獣を繰るヤプールに対し戦う術を手に入れた。

 そして激しい戦いの末に、6人の装者たちがそれぞれ一体化した5人のウルトラマンはヤプールの切り札であった究極超獣Uキラーザウルスを討ち倒し、世界の危機を救ったのだった。

 しかしその後、ウルトラマンたちから真の黒幕……黒い影法師と超時空魔神エタルガーの存在を知らされるタスクフォース一同。未だ終わらぬ戦いの空気を肌で感じ、少女らはウルトラマンたちと共に新たな力を我が物とすべく、そして自らの力を更に高めるべく特訓を敢行することを決める。

 

 

 此度の閑話は、その特訓が始まるまでの間に起きた夢物語――。

 

 

 

 

 

 

 彼は眠っていた。

 どれほど超人的な肉体を持っていようとも、彼は人間だ。生物学的には人間に相違ない。

 ならばこそ、彼にも日々の労務で肉体に貯蓄された疲労を消化する為に睡眠は必須である。そして何よりも、『睡眠もまた鍛錬の一つ』としている彼ならばこそ、質の良い睡眠を求道するのもまた必然であった。

 その屈強な身体と普段の豪放磊落さを知る者には何処か不釣り合いにも感じる圧倒的静寂。安らぎに身を任せ一切の表情を変えず、彼――風鳴弦十郎は眠っていた。

 

 そんな安らぎの中……。

 

「なにが、どうなっているんだァッ!?」

 

 叫びにも似たけたたましい鳴き声。

 それと共に此方に向けて放たれる水流。コンクリートを容易く砕くそれは、猛烈に圧力を高めたモノだと瞬時に理解る。さすがに直撃すれば一溜りもないと言うこともだ。

 紙一重で避けながら、それを放つモノとは逆方向に駆けていく弦十郎。いささか今の状況は、彼の中にある現実とは大きくかけ離れていた。

 走りながら背後を向く。目に付いたのは大きく爛々とした眼球と、紅鱗のように赤く濡れ光る体表。頭頂からはまるで眼と同じような黄色い球体に、耳のようなヒレが特徴的だと一瞬で分析する。

 そして何よりも特筆すべきはとの巨大さ。人間の中では巨躯として認められる2m近い弦十郎自身の身長を持ってしても、ゆうにその30倍はありそうなほどに、目にした相手は巨大だった。

 彼にとって一つ幸いだと思う事は、このような巨大生物――所謂【怪獣】との戦いは自らの部下を通じて見知っていた事だった。同時に不幸だと思うのは、何故一度たりともその戦場に自分が起っていなかったのかという事だ。

 百聞は一見に如かず。そして百見は一会に如かぬ。如何なる見聞よりもたった一度の会遇が自身の常識を打ち砕いてしまうのはよく理解っていたはず。それを考え一度だけ歯軋りしてしまう。

 だが悔やんでばかりいても事態が好転しないことは理解っている。理不尽は待ってなどくれない。嫌というぐらい骨身の髄に染み込んだ経験は、彼に即座に次の行動を行わせた。

 手にしたのは通信機。起動を確認するや否や、叩き付けるように通信機へ声を放っていった。

 

「緒川ァッ!! 藤尭ッ! 友里ッ! 誰か居ないのかッ!!」

 

 その声に対し帰って来たのは無慈悲な雑音。誰にもこの声が届かなかったと言う事実に、僅かな一瞬だが打ちのめされそうになった。

 だが嘆いている暇など無い。救援が呼べないのならばこの身一つで何とかするしかない。鍛と錬を積み重ね、日々の日常すらも研鑽としてきたこの身ならばなんとかなる。どうとでもしてみせる。そんな決意と共に怪獣へと振り向いた時、そこを狙い澄ましたかのように怪獣の口から放たれた水流が弦十郎へと直撃し――

 

 

 

「――ッ!!!」

 

 爆ぜるように布団を強く吹き飛ばし、静かな寝室に立ち、構えを取っていた。

 

「――夢、だったとでも言うのか……?」

 

 先程までの状況は弦十郎にとって現実と相違なかった。吹き飛ぶ瓦礫も、浴びせられた水流も、すべて明確な感覚として彼の身全てに刻まれていたからだ。

 寝汗が酷い。まるで子供の夜尿の如くシーツに染み付いた汗を見て、彼自身も違和感を覚える。此処まで酷い発汗は、どれ程過酷な鍛錬を積んでもお目にかかる事は無かった。そして何よりも、染み込んだ汗の形がどうにも不可解な気分を大きくさせていた。

 それはまるで、今となってはおぼろげな夢の中で相対したような気がする何かに似ているような気がしたからだった。

 

 

 

 

 

「おはようございます、司令」

「おう、おはよう藤尭」

 

 移動本部に設置してある男性用シャワールーム。寝汗を流す為に立ち寄ったそこに、徹夜明けと思しき先客からの挨拶があった。

 

「そっちの仕事は片付きそうか?」

「ようやっと寝る時間を確保出来そうなぐらいには終わりましたよ。この後は少しばかり仮眠をいただきます」

 

 タスクフォースが誇る頭脳労働兼気苦労担当のオペレーター藤尭朔也は、ヤプールとの戦いで得たデータの整理や検証に、連日連夜多大な時間を費やしていた。どういう形かはともかく、それが今はある程度まで区切りは付いたのだろう。

 そんな優秀な部下に対し、弦十郎も素直に労いを口にしていく。

 

「あぁ、ゆっくり休んでくれ。面倒事ばかり押し付けてしまってすまんな」

「司令に頭下げてもらうより、まとまった休暇があれば良いですよ俺は。それに、司令はこっちより面倒な事案をやってもらったばかりですし」

 

 ヤプールとの戦いで発生した多大な被害、シンフォギア装者とウルトラマンに関する国連としての立ち位置の調整、日本内部はもちろん諸外国との外交問題……装者の少女らと善意の協力者たちに対し、弦十郎もまた自らに出来る事を可能な限りやっていた。時に実兄である政府要人の風鳴八紘や、外交筋に強い理解者である斯波田賢仁事務次官らを頼り、戦場に立つ者らを守護りながら裏の裏まで補佐してきたのである。

 装者の少女らや共に在るウルトラマンたちはそれに気付くことは無くとも、藤尭を始めとする特異災害対策機動部二課からのメンバーは弦十郎のそういった部分をちゃんと理解していたのだ。

 それを知る者の、何処か不器用な労いの言葉に、声には出さず内々で感謝を放ちながら弦十郎は藤尭に返答をしていく。

 

「まとまった休暇はしばらく難しいかもしれんな。だが臨時手当ぐらいはどうにかしておこう。とりあえず今は、ゆっくり寝ておけ」

「了解です。今度の給与明細、楽しみにしてますよ」

 

 シャワールームから出る藤尭を見送り、代わって弦十郎が寝汗を流しはじめる。

 温かな流水は身体にまとわりつく不快感を押し流し、爽快感を与えてくれる。ついでに身体も隅々まで清潔にし、嫌な夢を諸共に洗い流していった。

 弦十郎がシャワールームから出る時には、豪放ながらも清潔感のある大人の男の姿……いつものタスクフォース司令、風鳴弦十郎が此処に在った。其処から始まる一日は何の差し障りも無く、ただ平穏に過ぎ去っていく。

 

 そして、その日の夜……。

 

 

 

 

「――まったく、こいつは一体どうしたもんか……ッ!」

 

 いつもと同じように睡眠の時間となり、友里や藤尭に言われて仮眠に入ったところだった。入眠は自分でも驚くほど早く、布団に入った瞬間眠気が襲い掛かってきたほどだ。

 そして弦十郎は夢を見る。奇しくも昨日と同じ、深紅の巨獣と相対する現実と程近い夢を。

 何処か水棲哺乳類のような甲高い鳴き声が弦十郎の耳をつんざく。だが今度は怯まない。一度ならばともかく二度目ならばもう不測の事態ではない。即座の心構えも出来ると言うものだ。

 

「さて、何処までやれるものかな……ッ!」

 

 拳を握り締め構えをとる。一度目の遭遇でとった行動は、即時撤退と仲間への連絡……そのどちらもが徒労に終わってしまう。それを知った上で遭遇した二度目。限られた出来る事の中で、弦十郎が選んだのは『抗戦』だった。

 ヒトの身で怪獣に挑む。それがどれほど無謀なことか理解らぬ弦十郎ではない。現に彼は、ヤプールの尖兵とシンフォギア装者たちの戦いを何度もこの目にしてきた。しかしてその対策会議の全てに彼は係わってきたのだ。徒手空拳しか持たぬ彼が如何にして巨大怪獣を相手に立ち回るのか……その想定ぐらいは当然やってきたのである。

 

 甲高い声を上げ、怪獣は口から高圧水流を発射する。攻撃の軌道は読めていたものの、攻撃そのもののサイズがやはり怪獣特有の巨大さを持っている。無傷で躱すために取った跳躍は、彼自身の想定よりも何割か強かった。

 着地と共に今度は前に出る。強く踏み出すと共に瞬時に間合いを詰める弦十郎に対し、赤い怪獣は口から高圧水流を連続で発射していく。それを躱しながら足元で更に強く力を込めて跳躍。大きく拳を振りかぶり、怪獣の腹部へ一撃を叩き込んだ。

 

「おおおぅらぁッ!!!」

 

 直撃と共に発せられる衝撃。鳴き声を上げてよろめく怪獣。敵も想像だにしていなかっただろう。武装も何もしていないただの人間の放った拳が、自らの巨大な肉体を貫いてくるなどとは。

 思わぬ衝撃に怯み後退る。だが顔を持ち上げた時、その眼球からは痛みと怒りで輝きを増していた。

 

「奴さんも本気で仕掛けてくるか……」

 

 奇怪な鳴き声を上げながら口から吐き出されるは、今度は赤い液体。それが地面に付着した瞬間、激しい音を上げて爆発した。炸裂するコンクリートの地面に驚きを覚えながらも、対応は十分に可能だと確信する弦十郎。

 対応は出来る。だが決定打が足りない。先程の腹部への一撃は確実に通ってはいたが、それを覆してくる質量の差が互いの間にあった。事実、怪獣が激しく地響きを立てながら此方へ攻め立てると動きに大きく制限が齎される。

 それでも常識的な観点で見れば十二分以上に彼は戦えている。もし誰かがこの光景を見ていれば、誰もがその非常識な戦闘に唖然とするだろう。だが今戦っている弦十郎の観点は違う。飽くまでも『戦えている』だけなのだ。眼前の怪獣を『撃破する』為に、何度この超質量攻撃と二種類の破壊水流を回避しつつ重撃を打ち込み続ければ良いのか。考えながら動くことは出来ても、結局打開案は出て来ない。いくら規格外と揶揄されてきたとは言え、自らの身もまた『人間』であると知らされてしまう瞬間だった。

 

 

 何度目かの攻防を経て、やがて弦十郎は怪獣の動きに変化がある事に気付いた。最初は僅かだったかも知れない。だが今は確実に、此方の動きを察知して先読みするように対応している。

 彼の重撃は確実に防がれ、怪獣の攻撃は正に紙一重で避けるのが精一杯という状況になって来た。

 

(クッ、一体どうなっている……ッ!)

 

 その行動変化に、さすがの弦十郎も理解が追い付かなくなってくる。元より世の理から外れた存在を慮外の世界で相手にしているのだ、不測の事態など起きて当然在るのが必然と言って良いのは理解っていた。

 だがそうして積み重なった不測はやがて綻びとなり、遂には弦十郎の身に痛烈な一撃を打ち込まれてしまうに至ってしまった。

 

「ぐぉあッ!!」

 

 吹き飛ばされながらもなんとか空中で受け身を取り、歯を食いしばりつつ地面を捉えて滑りながら着地する。切れた口の中に溜まった血を吐き出し、再度構えをとる弦十郎。大きく深呼吸をしながら思考を巡らせ始めた。

 

(――ヤツには俺の動きが読めているのか……? いや、読めていなければあんな攻撃は出来ないはずだ。ならば、一体何処で……)

 

 先程とは打って変わって、じりじりと怪獣を観察するように動いていく。その不穏な動きに気付いたのか、怪獣は再度赤色水流を放ち弦十郎の足元を爆発させた。

 

「クッ!」

(正確さが増している……。やはり、何かあるはずだ……ッ!)

 

 攻撃を控え回避に徹しながら観察を続ける。こんな時に心強い仲間たちが居ればどれだけ良かったかと、思わず内心で愚痴を浮かべる弦十郎。だがそんな考えの中でもう一つ、彼の中で強く固まっている想いがあった。

 この事変の最中、本当にこの身一つで怪獣に挑むようなことが起きた場合、もう決してこのような引けは取らないと言う強い決意が。

 眼前の今に全力でありながらも先の先まで見据えた彼の思考と観察眼。それは遂に、決定的な要点を発見した。

 此方の僅かな所作と連動して側頭部のヒレが細かく震え、それと同時に頭頂部にある黄色い球体が発光していたのだ。怪獣とは一種の巨大生物。ヤプールが生み出した超獣だとしても所詮は兵器と生体の混合体であることは理解っている。

 つまりはあの行いこそが弦十郎の動きを先読みしていた『何か』。その器官が持つ機能がなんであるかを知る事は無いが、彼が培ってきた歴戦の直感とも言える洞察力がそれを見抜いていた。それさえ理解れば、やる事はただ一つである。

 

「ぬおおおおッ!!」

 

 地面を蹴り、怪獣の皮膚にある凹凸部分も足場と駆使して駆け上がっていく弦十郎。振り払い落とそうとする怪獣の動きにも素早く的確に対応し、叩き落とさんとする腕を蹴り、暴れるように振り回す上半身を登っていく。

 そして肩から一気に飛び上がり、遂には怪獣と目が合う――いや、それ以上の高さへと到達していた。

 

「貰うぞ、そいつをッ! おおおぉらぁッ!!」

 

 弦十郎の剛掌打が怪獣の頭部発光器官を叩き潰す。黄色の球体が貫かれ炸裂。火花と共に弾け飛びながら、怪獣はけたたましい叫び声をあげた。

 其処は急所か、違ったとしても重要な器官であることは間違いない。破壊した時の叫ぶような鳴き声、狼狽えるような身体の動きを見ても察することが出来るほどだ。だがそれを破壊した一瞬の隙……否、安堵と共に生まれてしまった、必然的な刹那の気の緩みが、大きな失態だった。

 重力に従い弦十郎が顔の前まで降りて来た瞬間、怪獣は四角い口から高圧水流を発射。彼を押し流し地面へと叩き付ける。寸でのところで防御はしていた弦十郎だったが、この水流に濡れてしまう事はもう一つの意味があった。

 立ち上がろうとしたところで思わず額を抑える。弦十郎の思考を侵食してきたのは、まるで睡魔のような深い混濁。その理由は分かっていた。此処は今”夢の中”であり、この怪獣が放つ水流には”夢から覚めさせる”という効果を持っているのだと、彼は推察していた。最初の会敵時を紐解く限り、それ以外に考えられるものが無かったからだとも言う。

 

 何とか頭を振るい足に力を込めるが、そこから立ち上がることが出来ない。抗えぬ感覚への攻撃は、いくらこの世界最強の存在とは言え決して容易に破れるものではない。

 ――いや、辛うじてでも意識を繋ぎ留めていられるだけで彼は十二分に超人的と言えた。しかしそれも長くは保たない。おぼろげな眼前にはせせら笑うかのように怪獣が小さく飛び跳ねている。

 

(くそッ……俺としたことが……ッ!)

 

 一瞬でも気を緩めてしまった自身を腹立たしく思う弦十郎。しかし、ただ思うだけでは事態は変わらない。選ばなくてはならない。眼前の敵を討てずに撤退するか、死を覚悟しての更なる抗戦かを。

 前者の場合は自らの身の安全と引き換えにこの怪獣を野放しにしてしまう事となる。生態や習性を把握できている訳ではないが、それ故にまたいつ誰を夢の中で襲うか分からぬ危険が伴う。

 後者だと危険が降りかかるのは今この身だけ。だがもしも自分が倒れてしまったら、集ってくれた仲間や部下たち、奇跡を纏う少女らや人類に力を貸してくれている異世界の戦士たちにも申し訳が立たない。

 ならば何を選択するか。一瞬の思案の末に彼がその手に握りしめたものは、たった一つのシンプルな答えだった。

 

「――情けない。なにが起きようとも諦めることなく戦ってきた者たちに対して……それを見て来た者として、”諦め”を選択しようと思うなど、情けないにも程があるッ!

 誰も見てなかろうが、俺自身の夢の中だろうが関係ない。そんなことで諦めるようなカッコ悪い大人なんざ、誰よりも俺自身が俺を許せんッ!!」

 

 起ち上がり、拳を握り、地を踏み締めて構えを作る。

 その眼は闘志に燃え盛り、滾る魂が濡れた躰から白煙を立ち昇らせる。

 侵食する精神への攻撃。それすらも自らの意志力で捻じ伏せて、彼は起ち上がってみせたのだ。

 握った想いはただ一つ。自身が想う全ての人を守護るため、この怪獣をこの場で倒すという確固たる決意だった。

 

「俺にだって限界がある事は理解っている。だが、其処に至らぬうちに音を上げる心算は無いッ! お前は此処で、俺が倒すッ!!」

 

 そんな弦十郎の姿を見て更に吼える怪獣。だがそれにも一切怯まない彼の視界に、突如赤い光球が飛び込んできた。それを怪獣の攻撃かと思い、思わず防御姿勢をとる弦十郎。だが彼の眼前には今、まったく予想だにしなかった存在が佇んでいた。

 白銀のマントをたなびかせ、しなやかにして強靭な紅蓮の体躯と三方向へ鋭利に伸びた角を持つ銀色の顔。そして黄金の眼を持つ地球人とはかけ離れた……しかし何処か見覚えのある姿。弦十郎は思わずその名を口にしていた。

 

「――ウルトラマン、なのか……?」

 

 紅蓮の闘士は静かに、だがハッキリと肯定の意味で彼に向けて頷き、言葉をかけていく。

 

「俺はウルトラマンレオ。エース兄さんや80、ゼロが君たちの世界の人間と如何に心を繋ぎ戦ってきたのか、見させてもらっていた。……全てではないが、な」

「ウルトラマン、レオ……。しかし、何故俺の夢の中に……?」

「君たちの戦いを見ていた時に、ヤプールの齎すマイナスエネルギーが残留していることが分かった。エース兄さんたちならすぐに気付き対処すると思っていたのだが、狡猾なヤプールはUキラーザウルスが破壊された後も手を残していたのだ。

 それこそが、君が今相対している怪獣。ヤプールの残滓が生み出した夢幻超獣ドリームギラス。ヤツは夢を利用して破壊活動を行い、侵入した者の心を壊してその後はまた他の人間の夢に移ってはそれを破壊して行くだろう」

「ヤツは、人の心を蹂躙していくというのか……ッ!」

 

 弦十郎の言葉に首を縦に振るウルトラマンレオ。そしてそのまま言葉を続けていく。

 

「故に俺も、思念体ではあるがドリームギラスがとり憑いた人間と接触し、速やかにヤツを追い出そうと考えていた。そうすればエース兄さんや80、ゼロたちがドリームギラスを斃す。そう思っていた。

 だがドリームギラスにも……いや、俺ですら予想だにしていない事態が起きた。ヤツと相対したのが風鳴弦十郎、君という存在だった事だ。

 組織の長を倒せば自然に瓦解するものと悪知恵を働かせ、ドリームギラスは君に憑いたのかもしれん。だが君はそれを跳ね除けてドリームギラスに一矢報いた。いや、それどころか君の力ならばヒトの身のままでヤツを斃すことも可能なのかもしれない境地に立っている」

「どうだろうかな。意地と力……それだけで倒せるほど易い相手だとは思ってなどいないさ。だが俺にはそれを握るしか能が無いものでな。

 だからそれで戦い、俺の背後(うしろ)にいる者たちを守護ってみせる。それだけだ」

 

 弦十郎のはにかんだ笑顔を見て、レオも何かを決意したかのように右手を突き出した。赤い掌から放たれた光は弦十郎の左手に集まり、その薬指には獅子の顔を模した、赤い宝石の付いた指輪が付けられていた。

 

「これは……」

「今この場、この一時だけ俺の力を君に貸そう。ドリームギラスと対等に戦うには必要なはずだ」

「何故、俺に――」

「君の姿に、戦う姿勢に”男”を見た。それだけのことだ」

 

 それだけ言い残して消える紅蓮の闘士。それと共に光が消え、眼前には怪獣――ドリームギラスが未だ健在。

 弦十郎の左手には、まるで”獅子の瞳”が如く赤く輝く宝玉を持つ黄金の指輪が付けられている。夢の中に居て尚、今のは夢ではなかったと確信した。

 

 

 強く睨み付け、決意と魂を炎の如く滾らせていく。

 両腕を胸の前で交差させ、下へ円を描くように移動。水平に戻したところで右腕を前に突き出し、その反動を以て、強く硬く――男が自らの意地を固め握りしめた無骨な拳を、眼前の障害を打ち砕かんと突き出し、貸し与えられた一時の力を解き放つべく、彼の名を雄々しく吼え叫んだ。

 

 

「レオオオオォォォォッ!!!」

 

 

 黄金の獅子を模した指輪、その両の瞳が輝き放つとき、秘められた力は弦十郎の躰を駆け巡りその身を巨人の其れへと変えていく。

 真紅の肉体に三又の角がある銀色の頭。鳩尾に描かれた象形文字にも似た幾何学模様。先程弦十郎が見た者と寸分違わぬ紅蓮の闘士――ウルトラマンレオが、ドリームギラスの前に顕現した。

 

(――これが、ウルトラマンの力……。そうだな、これならばッ!)

 

 力強く構えをとるレオ。ドリームギラスの動きを見定めるかのようにジリジリと距離を保ちつつ動いていく。そしてその緊張を破り動き出したのは、ドリームギラスからだった。

 奇声を上げながら突進するドリームギラス。振り上げ叩き下ろすその剛腕を、レオは僅かな回転動作だけで捌いてしまう。だがドリームギラスも再度逆の腕で攻撃を仕掛けていく。が、その一撃もレオに届くことなく受け止められ、その姿勢から力強い正拳突きをお見舞いされた。

 ただの一発の剛拳はドリームギラスの胸部を的確に打ち抜き、激しく吹き飛ばす。それを見ながらもなお、心静かに構えを作り直すレオ。まるで大きく深呼吸をするかのように腰を僅かに落とすが、立ち上がり起きたドリームギラスを目にした瞬間、黄金の瞳が一瞬輝くと共に、弾けるように飛び出していった。

 

「ヌゥンッ! ディヤッ!!」

 

 飛び込みからの左エルボー、着地受け身をとってからの正拳連打、そして屈んだ姿勢から即頭部を狙う後ろ回し蹴り。その全てを浴びせられ、呻きながら倒れ込むドリームギラス。だがすぐさま起き上がり、反撃と言わんばかりに口から赤色水流を放っていく。着弾すると爆発を起こすモノだ。

 レオ目掛けて連続で放たれる水流。引き起こされる爆発を連続。それをレオは、軽やかな後方転回で躱していく。そして距離をとったところで右腕を敵に向けて伸ばし、そこから赤い光線……シューティングビームを発射。ドリームギラスに直撃した光線は火花を散らして炸裂し、敵の巨体を更に吹き飛ばしていく。

 レオの猛攻を受けて倒れ込み、駄々をこねるように手足をバタつかせて足掻くドリームギラス。だがその巨体には最早起ち上がる力はなく、戦意すらも失っているのは目に見えて明らかだ。必殺の一撃を叩き込むのはこの瞬間しかないと、弦十郎の、そして彼と力を共にしているウルトラマンレオの数多の戦いにより研ぎ澄まされた直感がそれを察していた。

 

(これで終わりだッ!!)

 

 右腕を腰溜めに据え、左腕を外水平に伸ばす。そして再度構えを作った後、勢いよく天へと跳び上がった。上空はおよそ1,000mにも到達するほどの超々高度跳躍。其処から狙うはドリームギラスの胸部――心の臓に他ならない。

 急降下と共にその右足に力の全てを込めるレオ。猛り迸るエネルギーと摩擦熱で右足は赤熱化しながら激しい炎を纏い、超速を以てドリームギラスへと向かっていった。

 

「ェイヤアアァァァァァッ!!!」

 

 咆哮と共に速度を増すレオ。迫り来る真紅の輝き、まるで牙を剥き襲い掛かる獅子の如き彼の姿に、何とか起き上がったドリームギラスは身体を竦め動きを止めてしまう。瞬間、レオの一番の必殺技である【レオキック】が狙い定めていたドリームギラスの胸部に直撃。炸裂しながら吹き飛ばされていった。

 一方で着地して佇むレオ。何かを確信しながら背を向けた瞬間、背後でドリームギラスが爆発四散して消えていく。誰にも知られぬ夢幻の中、それでも人々の為に己が身を賭せる愚直な男たちが勝利を掴んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、目を開く。

 暗い室内、見慣れた天井。屈強な身体には寝汗が纏わり付いているが、昨晩とは違い今朝のそれは何処か爽やかな……運動と共に流した汗のように感じていた。

 窓からは朝日が差し込み、海上を舞う海鳥の鳴き声が小さく聞こえていた。上体を起こし、窓の外を見る弦十郎。澄み渡った青い空に翳りは無く、陽光に輝く海は優しく揺らめいている。その平和な光景に一息吐きながら左手を見る。夢の中で見た獅子を象った指輪は、もう其処には存在していなかった。

 

(……夢か。そりゃあ、そうだな)

 

 大きく伸びをする弦十郎。残された記憶は既におぼろげだ。超獣ドリームギラス、夢の中での死闘、そしてその僅かな一時に力を貸してくれた、ウルトラマンレオ……。

 仔細な状況は記憶から大きく薄れているが、それでも確実に覚えていることがある。自らもまたウルトラマンの力を借り、その大いなる力を以て超獣を打ち倒した。誰にも見られず、気付かれることもない”夢の中”で。

 誰に語っても一笑に伏されるのは目に見えて明らかな荒唐無稽の夢話。それをただ自分の胸の内にだけ秘めて、弦十郎はまた今日も朝のシャワーを浴びに行く。その途中――

 

「おはようございます、司令」

「ああ緒川、おはようさん」

 

 この日最初に出会ったのは、タスクフォースの懐刀でもあり翼の公私を影で支えるマネージャー、緒川慎次だった。

 他愛ない朝の挨拶。だがその直後、慎次が優しく微笑みかけて来た。

 

「どうかしたか?」

「いえ、なにやら憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔をしていましたので」

「……昨日はそんなに酷い顔だったのか、俺は?」

「友里さん曰く、目のクマと眉間の皴がいつもより酷く、目頭も頻繁に押さえていたとか。あと普段よりコーヒーもよく飲まれていたそうですし」

 

 思わず苦笑いしながら額に手を当てる弦十郎。まったくこの有能な部下たちは、自分が思っている以上に自分のことをよく観ていたのだなと感心する。それは少しだけ自分が情けなく、だがそれ以上に有難いと思える言葉だった。

 

「やれやれ、俺としたことが……。あいつらに気取られてしまうようじゃ、まだまだだな」

「溜まった疲労は隠し切れるものではありませんから。翼さんもよく無理を押してしまいがちですし、風鳴の人間の癖なのかもしれませんね」

「かもな。ま、何はともあれ元気になったことは確かだ。心配をかけてしまったな」

「いいえ。司令は司令らしく構えていてくれるのが、みんなにとって一番の安心だと思いますよ」

「……そうか。そうだな」

 

 朗らかに言う慎次の言葉に軽い肯定を返しながら、シャワールームに入ろうとする弦十郎。と、その前で一度足を止め、慎次の方へと振り向き声をかけた。

 

「緒川、この後時間あるか?」

「? はい、特別急な仕事はありませんが……」

「そうか。少し二人で打ち合わせしたいと思ってな。付き合ってくれるか?」

「了解しました、そういう事でしたら。ですが、一体何を……?」

 

 不思議そうな顔をする慎次に対し、弦十郎はいつもの豪放な笑顔で答えていった。

 

「今度の特訓のメニューと、俺たちが自力で怪獣を倒す算段だッ!」

 

 そう言ってシャワールームへと消える弦十郎。残された慎次は一瞬思考が止まり、付けていた眼鏡が思わずズリ落ちそうな気がした。いや、実際少しズリ落ち傾いていた。

 すぐに気持ちと共に眼鏡をかけなおし元に戻す。溜め息を一つ吐いた慎次の顔は、何処か呆れるような微笑みを作っていた。

 

「……憑き物だけでなく、なにか素敵な夢でも見たのでしょうかね」

 

 呟きながらその場を立ち去る慎次。とりあえずはミーティングルームの準備だ。ヒトの身で怪獣を倒すなどという無謀、無いに越した事はないのだが、彼自身経験してしまったので安穏なことを言ってはいられない。

 戦いはまだ続く。親愛なる者と彼女の良き友を守護る為に、この心身を刃に変える時も訪れるやも知れぬ。その刃は何時如何なる時にも至高の斬れ味を保たねばならぬのだ。恐らくは弦十郎にも、そういった考えがより強くなったのだろう。そんなことを、慎次は歩きながら小さく考えていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな大人たちの備えが結実するのはこの”今”よりもう少し先の話となる。

 だが奇跡を纏う少女たちに課せられるこの世のものとは思えぬ特訓は、もう目の前に迫っていた。

 

 そう、すべては弦十郎の夢の中……一時でも獅子(レオ)と一体化したことで起きた記憶の交流が、まるで天啓のように彼の脳裏に刻まれフラッシュバックしていたのだ。

 ”彼”自身に課せられた狂々たる特訓の数々と、”彼”が”弟子”に課していた苛烈にして厳しい鍛錬の一部始終を。

 

 

 

 

 真紅の獅子はただ遥か彼方より、己が”もう一つの故郷”と似て非なる彼の世界を、ただ見守っていた。

 

 

 

 end.



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another side EPISODE 04【聖夜に捧げし想い】

 襲来した邪悪な敵と、光の巨人との出会い。そこから始まった新たな戦いの事変――。

 だがそんな中においても、時間はいつもと変わらず進んでいき、季節もそれと共に変わっていく。今は冬も真っ只中、人や動物も打ち震える寒さの中で、街には赤と緑の装飾がそこかしこで並び始めていた。

 軽快で愉快な音楽が流れ、雰囲気すら色めき立つこの時期。聖夜祭――クリスマスと呼ばれる年に一度の一大イベントを前にすると、命懸けの戦いを繰り広げていたシンフォギア装者たちも、今この時は其々がただの歳相応の少女に変わっていた。

 

「ふんふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪ ふんふ~ふ~ふふ~♪」

 

 ……中でも一際浮かれている者が居た。

 いつも元気で明るく、時にお気楽と揶揄されるものの、彼女の明るさは周囲に光を与える太陽のような輝きがあった。

 彼女の名は、暁切歌。弛まぬ訓練の為に仲間たちと集い厳しい鍛錬をこなした後、本部の一室でなお嬉しそうに響き渡る彼女の鼻歌が他の仲間たちの耳にも届いていた。

 

「なんだよ、ご機嫌じゃねーか。どうしたんだ?」

 

 思わず尋ねるクリスの問いに、切歌は待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに答えを返す。

 

「だってもうすぐクリスマスデスよ? これが盛り上がらずにいられるデスか? いや、いられるわけないデスッ!」

「切ちゃん、テンション高すぎ……。でも、気持ちは分かる」

「街もすっかりクリスマスムード一色だもんねぇ。そりゃあ、誰だってテンション上がるよ~ッ!」

「フフッ、そうかもね」

 

 切歌と同調するように肯定する調と響。特に響もこの手のイベント事は心から楽しむ人間だ、切歌同様楽しみで仕方ないのだろう。そんな微笑ましい彼女らに、最年長であるマリアも同意の声を上げる。そうして優しく微笑む彼女を見て、隣で翼が何かを得心したように言葉を挟んだ。

 

「なるほど。どうも最近落ち着きがないと思ったら、そういうことか」

「えッ、私まで? う、嘘でしょう……?」

「フッ……自覚無し、か」

『まぁそう言う翼も、内心少しザワついてたけどな』

「お、おいゼロッ!」

 

 思わぬところからのツッコミに、つい左腕のブレスレットに向けて声を荒げる翼。年長者でありながらもそう言った祭事……いや、正確には皆が楽しむイベント事に対して縁遠い生き方をして来た彼女らは、表面上では落ち着き払っていたものの内心では切歌や響同様――いやそれほどまでに盛り上がってはいないものの、何処か浮足立つ気持ちは間違いなくあった。

 彼女らもまだ、少女であることを失くせるほど達観もしていなければ大人になってもいないのだから。

 

 そんな年長者二人の無自覚な高揚は周囲に笑顔を伝播させ、その空気は一層盛り上がっていく。

 その中で切歌が、いつもより何割増しかの笑顔と共に声を出した。放つ感情の中に、大きな期待感を隠すことなく溢れさせながら。

 

「今年はいっぱい良い事したデスッ! S.O.N.G.の任務で人助け、ウルトラマンのみんなや星司おじさんと調と一緒に超獣退治ッ! みんなの為にいっぱいいっぱい頑張ったデスッ!」

 

 

「だから、今年こそはきっと……。――サンタクロースも、来てくれるデスッ!!」

 

 

 サンタクロース。それはクリスマスの夜にトナカイの引くそり(・・)で天を往き、善き行いをしてきた清く正しい子供たちにプレゼントを配り回る、真紅の衣服を纏う者たちの総称(・・・・・)

 切歌が当然のように放ったたった一つの言葉で、周囲の空気が瞬時に固まった。

 

 

「サンタ――」

「――クロース……?」

「デスデスッ! 今までサンタクロースに会えなかったデスけど、これだけ良い事をたくさんした今年こそ、絶対会えるデスッ!」

 

 とても、非常に嬉しそうに声を上げる切歌。期待に胸を膨らませ、それを一切隠そうともしないその様は本当に愛らしく……そして同時に、とても子供らしいと感じてしまっていた。

 

「暁は……なんというか、純粋なんだな」

「それが切歌の良い所でもあるんだけど……」

 

 驚く翼とやや呆れ顔のマリア。純粋、あるいは無知と言うべきなのだろうか。彼女らの生い立ちを鑑みるとそうなるのも不思議ではないのだが、常識人を自称する切歌から放たれたここまでの言葉を、翼はそう形容するしかなかった。

 これほどまでに嬉々としている少女に対し、無知などと蔑むような真似は出来るはずもなかったのだ。

 それはマリアも同じであり、切歌のそんなところを素直に良い所だと認めている。だがそれと同時に、夢見がちな純粋さゆえの危うさも内包していると分かっていた。夢見た理想が砕けた瞬間、どれだけの痛苦を伴うかをマリアは知っていたから。

 だがそんな切歌に対し気兼ね無く踏み込んでいったのはクリスだった。

 

「サンタクロースを信じてるのか? 結構可愛いトコあるじゃねーか」

「信じてるって……え? どういうことデスか?」

 

 皮肉交じりで放たれるクリスの言葉に、切歌はただ首を傾げる。意味を理解りかねた彼女が到達した答えは、クリスの皮肉をまったくこれっぽっちも効果が無いモノだった。

 

「あ、クリス先輩、普段から良い事あんまりしてないんデスね?

 ちゃんと良い子でいないと来てくれないデス。だから、今年は諦めて来年はもっと良い事するデス♪」

「なんであたしが上から励まされてんだ……。あのなぁ、サンタなんてもんはいな――」

「ストーップ、そこまでッ!!」

「な、なんだよッ!!」

 

 何故か後輩に上からの物言いをされたのが気に障ったのか、クリスは切歌に現実を打ち明けようとする。だが、そこへ止めに入ったのは響だった。必死な顔でクリスの口を塞ぎ、すぐに切歌から遠ざける。

 そのまま声を潜めて、クリスへ注意していった。

 

(切歌ちゃんは信じてるんだから、いないって言ったらショック受けちゃうよ……?)

(だからってあのままってワケにもいかないだろ? 後で恥かくのはアイツだぞ?)

(それはそれ、これはこれだよッ!)

(答えになってねーよッ!!)

 

 声を抑えながらでも周囲には分かる程度に強いツッコミをしているクリス。思わずみんなが苦笑いするが、切歌はなんとなく、周囲の空気が変わっていることを察していた。どこか澱んでいるかのような、言葉にし辛い何かがこの場を支配していたことを。

 

「……? なんデスかね。なんか変な空気が流れている気がするデス」

「あ、あのね……切ちゃん……」

「……調、言いにくいなら私が――」

「マリア……ううん、私が後で伝えるから……」

「そう……。強くなったわね、調……」

 

 優しく微笑みながら調の肩を叩くマリア。

 既に日も傾き暗くなっていることだし、そのまま率先して皆を帰路に就かせ始める。まだまだ年若い少女らを、遅くまで残している理由は今は無かった。

 

 

 

 

 

 リディアンの寮、調と切歌の住む相部屋。

 帰路のところどころにあった煌びやかなネオンや流れる音楽を観賞しながらの帰り道は、怪訝になっていた切歌の心を祓い、部屋に着く頃には更に明るさを増していた。

 夕食を食べ終え片付けも済ませ、ソファーに座りながらもずっと笑顔でいた切歌。対する調は、まだその表情が強張ったままだ。

 

「ああ、楽しみデスね。クリスマスまであと少し……サンタクロースはどんなプレゼントくれるんデスかねぇ」

「あの、切ちゃん……サンタクロースは……」

「なんデスか? あ、大丈夫デスよッ! 調もアタシと同じかそれ以上に良い子だったから、絶対に来てくれるデスッ!」

 

 切歌の明るすぎる言葉が余計に調を苦しめる。其処に悪意など微塵も存在していなくても。

 だがそれでも、調は言わねばならなかった。眼前の彼女と一緒に……足並みを揃えて進んで行く為に。

 滲み出る汗が頬を伝う。意を決してもなお固く閉じられた唇を必死で開けて、調はついにその言葉を発した。

 

「――……あのね、切ちゃん。

 サンタクロースは、いないんだよ……」

「…………へ?」

 

 あの明るかった表情が凍り付く。

 まるで凍て付く冬空の中に放り出された太陽が、その熱も輝きも失い固まってしまったかのように。

 

 その日、暁切歌は大人の階段を一歩上に昇った。

【サンタクロースは存在しない】という現実を、初めて知ることによって……。

 

 

 

 

 

 

「この世の終わりデス……。夢も希望もないデス……」

 

 力なく腕を垂らし、机に顔を埋めるかのように重みの全てを乗せて呟く切歌。虚ろな目はまるで死人のようでもあり、切歌の精神にどれほどのダメージがあったのかは目に見えて明らかだった。

 

「……言っちまったんだな」

「はい……。そうしたら切ちゃん、昨日からずっとあんな感じで……」

 

 残念そうな顔で溜め息を吐くクリス。先日は軽い気持ちで自分が現実を思い知らせてやろう思っていた手前、ここまで凹まれるとかける言葉も無い。休日の昼間でも賑わいを見せるcafeACEの店内では、彼女らの席だけ異様な重さが支配していた。

 

「でもよぉ、クリスマスって元々はキリスト教の祭りだろ? 別にアタシらには関係ないんじゃ……」

「日本のクリスマスは、そういうの関係なしで楽しむものなんだよ」

「みんな、おまたせー」

 

 背後から聞こえた声に目を向ける。其処にはトレーを持って佇む響と未来の姿が在った。未来の方には人数分の飲み物が、響の方には大小様々なパンが乗ってある。ランチタイムだけあって色々と買って来たのだろう。

 

「さ、ご飯にしようッ! 切歌ちゃんも、ね?」

「ごはん……ごは、ん……?」

 

 全員がテーブルに座り、買って来たパンと飲み物を分けていく。星司の作るパンはいつもながら鼻腔をくすぐり食欲を増してくれる。普段ならその香しい匂いに飛び起きて眼を輝かせる切歌も、きっと少しは元気を出してくれると思っていた。

 だが、今回ばかりはそうもいかなかったようで……顔を上げて気の抜けた感謝の言葉を発して、ただ目の前のパンを死んだ目で眺め続けていた。

 

「……こりゃ重傷だなぁ、切歌ちゃん」

「オイオイどうした、随分ひどい顔してるな。なにか変なモンでも食ったか?」

 

 言いながら席に来たのは、此処のカフェでブーランジェ兼オーナーを担っている初老の男、北斗星司だった。その実体はM78星雲、光の国からこの世界へやって来たウルトラマンの一人であるウルトラマンエース。その人間態である。

 ヤプールやエタルガーとの戦いに際し、月読調と暁切歌の二人と己が力を分け合い共に戦うと同時に、一人の人間としてこのcafeACEを取り仕切る形でこの世界に溶け込んでいた。

 そんな経緯があるからか、 最近は響たちリディアン在校生の溜まり場にもなっており、特に調と切歌は戦いの始まる前から足しげく通っていたこともある。星司にとっても彼女らはみんな仲間であり、その中でも自らが力を分け与えたこともあって、調と切歌に対しては何処か保護者のような感覚が彼の中には存在していた。

 そうした彼女らを見て来たからこそ、余計に今の切歌が何処か異常な状態であると見定めるのも容易かった。勿論、切歌があまりにも顔や態度に出やすいからだと言う理由もあるのだが。

 そんな星司にも、昨晩切歌を襲った現実のことを説明していく調。勿論、その現実を理解らせてしまったのは自分だと言うことも含めて。

 

「なるほど、なぁ……」

「今日も朝からずっとこんな感じで……」

「うーん……コレばっかりは切歌自身が折り合いを付けていくしかないことだからなぁ……」

「どうすれば、いいのかな……。今の切ちゃんの為に出来る事って、なんだろう……」

 

 縋るような調の眼に、星司は笑顔で返していく。

 

「大丈夫、みんなそうやって大人になっていくんだ。それにこういうのは、少しぐらい早い遅いがあっても不思議なことじゃないのさ」

「そっ、そうだよ切歌ちゃん! 私だってサンタさんのこと10歳ぐらいまで信じてたんだよッ! そりゃもうシッカリバッチリ思いっきりねッ!!」

「……アタシはもう16歳デス……」

 

 響の慰めか励まし……と思われる言葉に対し、完全に拗ね切った態度で呟き返す切歌。隣で聞いていた未来は思わず頭を抱え、クリスは少しいたたまれない顔で響の頭をブッ叩く。響に悪気が無いのは理解っていたが、それでも突っ込まずにはいられないほどに綺麗に地雷を踏み抜いたのだ。致し方ない。

 更に悪化してしまう切歌に対し、周囲はもう対処しきれんとばかりに口を噤んでしまう。溜め息を吐きながらその空気を打破したのは、星司だった。

 

「まったく、いつまでも拗ねているんじゃない。そのくらいにしとかんと、みんな困ってるだろ」

「……おじさんみたいな大人には分かりっこないデス」

「そんな事は無い。……と言って、今のお前は分かってくれるか?」

 

 切歌は答えない。内心彼の言葉も理解は出来るのだが、認めたくないと言う心が彼女の内を大きく占めていた。そんな複雑な気持ちを察してか、星司の掌は乱雑に切歌の頭を撫でていく。

 

「とりあえず食え。腹が減ってる時に考えても、ロクな答えは出んからな」

「……デス」

 

 渋々ながらもパンを口に運ぶ切歌。数回口を運んだ後、これまでの反動かガッつくようにパンへかぶりついていく。それは、せめて涙を流さぬように、見せぬようにという切歌なりの抵抗だったのかもしれない。

 

「やれやれ、世話の焼ける……」

「そういえば、さっきの北斗さんの言葉、他でも聞いた事があります」

「ふらわーのおばちゃんが言ってましたッ! けだし名言ですよねッ!」

「ふらわー……封鎖地区近くのお好み焼き屋だったか。美味いらしいな?」

「そっりゃあもうッ! おばちゃんのお好み焼きは、ほっぺたの急降下作戦って言われるほどなんですよッ!」

 

 未来に次いで嬉々として話す響。それだけ好きなのだろうという気持ちは、未だ行ったことのない星司にも強く伝わって来た。

 

「ほう……。じゃあ俺の作るパンとどっちが美味い?」

「うえェッ!? こ、これは突如として舞い降りた究極の選択……。おばちゃんのお好み焼きがほっぺた急降下作戦とするならば、北斗さんの作るパンは正にウルトラエースな味の一撃……。

 うわあぁ~! 私には決められないよぉ~ッ!!」

「んなモンどっちも美味いじゃ駄目なのかよ……」

 

 悩み叫ぶ響の姿を見てかんらかんらと笑う星司と、頭を抱えて溜め息を吐くクリス。そんな姿を見て微笑む未来に、一心不乱にパンを頬張り続けていた切歌を看ていた調が声をかけて来た。

 

「そういえば未来さん、今日はどうしたんですか? 私たちを集めたのは、何か理由があったからじゃ……」

「あ、うん、話が進まなくてゴメンね」

「このメンツってことは、S.O.N.G.関係か?」

「ううん、そうじゃなくて。学院の事でちょっとあってね」

「じゃあ飯食いながらでも良いだろ。ほっとくとコイツが全部食っちまいやがる」

「…………ふぇ?」

 

 全員の視線が切歌に集まる。件の彼女はその視線に気付き顔を上げるが、咀嚼する口は止めずにいた。いつしか目に蘇っていた光を見る限り少しは気持ちも落ち着いたようで、みんな何処か安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「それで、相談の内容なんだけど、みんなで演劇をしようッ!」

「えんげき……?」

「話の趣旨がつかめない……」

 

 響の言葉に頭を悩ませる調と切歌。彼女が突拍子もない提案をするのはいつものことだが、今回もその例に漏れず突拍子もない話だった。

 

「ふぁかいっふぇんじゃふぇーよ」

「もう……口に食べ物入れながら話すのはお行儀悪いよ?」

 

 言いながら未来がクリスに水を差し出す。軽く赤面しながらも頬が膨らむほどに口の中へ詰め込んだパンを水で流し込み、再度声に出していった。

 

「んぐッ……あ~、バカ言ってんじゃねーよ。なんでいきなり演劇なんだ?」

「それは、見世物と言えば劇だからッ!」

「もう、それだけじゃ伝わらないよ。あのね、今度クリスマスがあるじゃない?」

「――……ッ」

 

 クリスマス。その単語につい顔をしかめてしまう切歌。だが無理もない。クリスマスと言えばサンタクロースであり、彼女にとってはつい先日信じていたその存在を否定されたばかりなのだ。落ち着いたとはいえ影の残る彼女の顔。察したのは調だった。

 

「切ちゃん、その……」

「……アタシは大丈夫デスよ、調。お腹が膨らんだら元気が出て来たデス♪ ささ、未来さん話の続きをお願いするデスよ」

「……うん。それでね、リディアンの地域ボランティアの一環で、クリスマス会の話があったの。近くの小学生以下の子供たちを集めて、出し物を見せて楽しんでもらうって内容のボランティアなんだけど……」

 

 そこまで言ったところで察しがついた。頬杖を突いたクリスが呆れ顔のまま響の方を見て口を開く。

 

「……そういう事か。大方、人が足りないとか困ってるのを見て、コイツがまた人助けとかで首突っ込んだんだろ?」

「さっすがクリスちゃん! 私の事分かってるッ!」

「分かりたくねーけどな……。あたしはパスだ」

「ええ~、一緒にやろうよ~」

「こちとらこれでも受験生だ。そっちにかまけてる暇はねーんだよ」

 

 響の猫なで声をスルーして返答するクリス。彼女の今置かれている状況に則した至極当然で真っ当な彼女の回答は、響を唖然とさせるのにあまりにも容易かった。

 

「……なんだその顔は」

「すっごい……クリスちゃんがマトモなこと言ってる……」

「あたしはいつだってマトモだッ!! 本気で馬鹿にしてんのかお前ッ!!」

 

 激昂と共にクリスの平手が響の頭部へ炸裂する。派手な音は店内に響き渡り、他の客からも注目の的になってしまった。思わずそれに赤面してしまうクリスだったが、ブッ叩かれた響はそれも気にせず涙目で猛抗議していった。

 

「酷いよぅクリスちゃん! 普段の倍ぐらいは痛かったよ今のッ!!」

「おめーの言い方が悪いんだよッ!!」

「はいはい二人とも喧嘩しないの。

 受験生のクリスが無理なのは仕方ないとして、調ちゃんと切歌ちゃんはどうかな、一緒に?」

 

 二人の間に割って入りながら怒るクリスを抑えつつ、調と切歌にも話を持っていく。未来の手腕はまるで母親のそれに近いモノでもあり、実に手慣れていた。

 一方で話を振られた調と切歌だが、調は未だ切歌の顔色を窺うようにしている。それを知ってか知らずか、切歌は明るく答えていった。

 

「あたしはやるデス! なんだか楽しそうデス!」

「切ちゃんがやるなら、私も。でも……」

「……切歌ちゃん、無理してない? 力を貸してくれるのは嬉しいけど、その……」

 

 自棄になってはいないだろうか。ついそう考えて発言した未来だったが、切歌はいつもの眩しい笑顔を取り戻していた。

 

「だいじょーぶいデスッ! この未来の大女優に任せるデスよッ!」

「ありがとう、やっぱり持つべきものは優しい後輩だよぉ~。

 クリスちゃん、は…………やっぱダメ?」

「ったりめーだ。ま、アタシが絶対に合格できるってんなら考えてやってもいいけどな」

 

 

 

 

 

 

「うん、雪音さんの成績ならほぼ確実に志望校へ合格すると思うよ?」

 

 休日のリディアン音楽院職員室。

 人のほとんど居ないこの部屋でそれを言ったのは他でもない、進路指導員の側面も持つリディアン臨時教諭である矢的猛だった。

 彼が響や未来、調や切歌たちに見せたのは、先の模試の結果と、それに基づく合格可能性判定。クリスの希望する学科のある大学だけを挙げていたが、その全てでA判定をマークしていたのだ。正に猛の言う通り、余程のミスを犯さぬ限りクリスは問題なく受験に合格することが出来るだろう。決して大学のレベルが低いわけではない、クリスが知らず積み上げてきた努力の結晶なのだ。

 

「うわ、すっごい点数……。私今までこんな点数取ったことないよ……」

「意外、って言ったら失礼だけど……本当に凄いねクリス」

「たッ、たりめーよッ! アタシ様をなんだと思ってやがるッ!」

 

 賞賛に対し思わず胸を張るクリス。そして今回の話の経緯を聴いていた猛が、一人の教師としてクリスに対し助言をかけていく。

 

「うん。これだったらそのボランティアの劇も問題なく出られるね。それにせっかくだし、教師を目指すなら一度はこういう事を経験しておいた方が良いと思うよ」

 

 笑顔で語る猛の言葉に、クリスは一瞬固まった後わなわなと肩を震わせる。

 成績の良さと合格の可能性の高さを評価されるのは素直に嬉しい事だった。が、よりにもよってボランティア演劇への参加を猛からも勧められるなど思ってもみなかった。クリスにとっては大きな誤算だったと言える。

 

「で、でもセンセイ! 一応あたしその、受験生なんだし、勉強はしてた方が良いんじゃないかなって――」

「うん、凄く良い心掛けだ。でも、偶にはこう言う事で息抜きしても良いんじゃないかな。雪音さんが何時も頑張っているのはよく理解っているからね、気分転換も必要だよ?」

「そ、それは、そーいうのはあっちの訓練で出来てるから……」

「ふむ……なら風鳴司令にも尋ねてみようか。なにか雪音さんにとって良い気分転換になる事は無いかを。

 受験勉強とあちらでの訓練、君は気分転換になってるとは言うが、その両立が知らず疲労やストレスに繋がっているかもしれないからね」

「な、え――」

 

 絶句するクリス。猛の人となりを考えると、勉学と装者の訓練を引き合いに出せば分かってくれるし退いてくれるだろうと目論んだのだが、逆効果だったようだ。

 だがそれも当然だったと言えよう。彼、矢的猛……ウルトラマン80はかつて自らの次元宇宙に在る地球へ赴任した時に、教師とウルトラマン、そして地球防衛軍の一員という三足の草鞋を履く生活を送るも、やがて無理がたたり教師の草鞋を脱ぐしかなくなった経緯がある。その時の経験から、それがどれだけ無茶なことで周囲に多大な迷惑をかけたかを猛は嫌というほど理解っていたのだ。

 自らのマイナスエネルギー……ホーとダークファウストとの戦いを越えたとはいえ、クリスにとって今は重要な時期。なればこそ、追い込むのではなく精神的な休息と充足を以て英気へと変えて欲しいと猛は考えたのである。

 勿論、その彼の考えはクリスにとって完全に思惑と真逆の展開となってしまったわけだが。

 そんなクリスの思惑に気付くこともなく早速自らの携帯電話でS.O.N.G.の専用回線に繋いでいこうとする猛。クリスは思わず彼の手を握り、その手を止めてしまった。

 

「い、いいからッ! そういう事しなくてッ!!」

「でも――」

「わぁったよッ! やりゃあいいんだろやりゃあよッ!!」

 

 ヤケクソな返し文句だった。顔を見るとわなわなと赤面しているのが理解る。

 

「……今更言うのもなんだが、そんなに嫌なら別に……」

「これ以上センセイに気ィ使ってもらったり、オッサンのヘンテコ映画や意味不明な特訓に付き合わされる事に比べりゃ大いにマシだッ! やってやんよ、演劇もガキの相手もッ!! ああああくっそがあぁぁッ!!」

 

 休日の職員室にはそう人はいない。クリスの叫びを聞く人もそういない。

 だがその背後で、笑みを浮かべながらピースサインを仲間たちに見せる響の姿が在ったのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 そうして演劇の簡単な稽古や当日のイベントの運びの把握に数日を用い、その日はやってきた。

 皆が演劇の機材を運んでいるそこに、気さくに声をかけてきた男が居た。

 

「ようみんな、やってるな!」

「北斗さん! どうしたんですか、こんなところで?」

「みんなが頑張ってるから、俺も何か出来ないかと思ってな。猛に聞いて参加する子供たちにクリスマス特別製のパンをプレゼントしようと思ってきたんだ」

「それじゃあ、北斗さんも私たちと同じで今日のサンタ役ですね。きっとみんな喜んでくれますよ」

 

 響や未来の言葉に嬉しそうに鼻を鳴らす星司。その談笑を聞いた瞬間、切歌は何処かボンヤリとしてしまっていた。ふとした言葉が、脳裏に焼き付くかのように。

 

「切ちゃん、大丈夫……?」

「あー……その、本番前だからな。いきなり気ぃ落とすなよ?」

「だ、大丈夫デスよ! せっかくみんなの為に頑張ったんだし、ステキな劇をやり遂げるデスッ!」

 

 その言葉に何処までの虚勢があったかは定かではない。だが切歌が笑顔でそう言う以上、大丈夫なのだと信じるほかなかった。

 と、笑顔で荷物を運んでいる中でみんなの目に映るモノがあった。白く丸く大きく、色とりどりに飾り付けられたそれは、見紛う事なき雪だるまだ。思わずそれに駆け寄る切歌たち。だがその雪だるまを見て、その違和感にすぐ気付いていた。

 

「なんだこりゃ、発泡スチロールか?」

「昨日は雪も降ってなかったし、おかしいと思った……」

「でも雰囲気バッチリデス! これ、子供たちがみんなで作ったんデスかね?」

「かもな。それよか行くぞ、本番前の打ち合わせだ」

 

 クリスに言われて止めていた足を動かしだす調と切歌。参加者と思しき子供たちに群がられる大きな雪だるまを横目で見つつ、アレもまた誰かを笑顔にさせるものなのだと、切歌は感じていた。

 

 

 小さな公民館。フローリングで敷き詰められた床の上に、大小さまざまな子供たちがひしめき合って座っている。下は小さく可愛らしい園児から、上は何処となく大人びた雰囲気を醸し出す子供まで様々。その後ろには数人の保護者も控えているが、毎年の事なのかみんな好意的な眼で舞台の方を眺めていた。

 そんな緊張の舞台裏。そこでは演劇部の部長が美しい衣装をまとった演者たちに感謝と激励の声をかけていた。

 

「本当にありがとう、立花さん。こんなに人を集めてくれて……」

「いいのいいの。それより、みんなで演劇を成功させようッ!」

「うん……! 台詞とかはこっちからカンペも出すし、あんまり硬くならずに楽しんで演じてね」

「やるからには全力だッ! 腑抜けた演技するなよ?」

 

 クリスの激と同時に照明が落とされ、舞台の幕が上がる。

 未来のナレーションで物語が紡がれていき、何故だか主演となった響と調が壇上へ行き、どうにもたどたどしい棒読みで台詞を言っていく。だがそんな姿すらも保護者らには微笑ましく映り、小さな子供たちには照明を受けて白く輝く二人の天使に目を輝かせていた。

 演劇自体の内容は子供たちの事を考えて30分ほど。まるで童話のような脚本の劇は滞りなく終わり、最後には演劇部と響たち協力者が全員壇上に上がり、子供たちと一緒に有名なクリスマスソングの大合唱。それもリディアン生徒ならではの演出だった。

 最後は全員並んでの一礼で終わり、子供たちの小さな手からは惜しみない拍手が巻き起こっていた。

 

「お疲れさま響、みんなも。素敵だったよ」

「えへへ、ありがとうー!」

「ま、頑張ったかいはあったな」

「緊張したけど、楽しかった」

「デスデス! 予想以上の喝采に感謝いっぱいデス!」

「みんなよくやったな。良い劇だったぞ!」

 

 笑顔で向き合う少女たち。そんな彼女らの下に歩み寄ってきたのは、赤いサンタ服を身にまとった星司だった。彼の賛辞に皆が顔を緩め喜びを露わにする。

 

「次は俺だ。さぁみんな、楽しい劇の後は美味しいパンを配っていくぞ! 今日はサンタのおじさんが作った特製クリスマスパンだ! いっぱい食べてくれッ!」

 

 星司の声と共に彼の下へ群がっていく子供たち。やはり美味しいモノには目が無いのだろう、みんな先程とはまた違った目の輝きを見せていた。それを見ながら、壇上の少女たちはそれぞれがまた舞台裏へ戻っていく。そこでは演劇部の部長が嬉しそうな顔で彼女らを出迎えてくれた。彼女もまた、この演劇の成功を心から喜んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 今回のクリスマス演劇会も終わりを迎えたが、子供たちは未だ興奮冷めやらぬと言った感じで様々なところで遊んでいた。そのうち何人かの子供たちは、発泡スチロールで作られた雪だるまを中心に駆け回っている。夕陽はまだ落ちず、そんな子供たちを明るく照らしていた。

 

「みんな元気だねー。まだまだ遊び足りないって感じ」

「子供はハゼの子って言うデス。明るいうちはいっぱい遊びたいものなのデス」

「それを言うなら風の子だろ……。あんな元気爆発、見てるだけで疲れてくる」

「矢的先生の言ってたことが分かったね。クリスも先生になるんなら、子供のそういうところもちゃんと見れるようにならなきゃ」

 

 皆で子供たちを眺める響たち。その中で調が、独り別に外を眺めていたことに気付いた。

 

「調、どうしたデスか?」

「ん、うん……。外、明るいなって思って」

「そういえばそうデスね。まだ夕方ぐらいデス……って、あれ?」

 

 皆が一様にその異変に気付いた。思わず時計を確認してみると、デジタルで表記された数字は18を示している。クリスマスも近い冬のある日、18時ともなればもう夜中と言って差し支えないぐらいに暗くなる時間だ。しかし外はまだ夕陽の明るさを色濃く残していた。

 

「どういうこった!? 普通ならもう暗ぇだろ!」

 

 クリスの困惑を伴う怒声と同時に、外から子供たちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「なんデスッ!?」

「行こうッ! 未来は中の子供たちを見ててッ!」

「う、うん! 気を付けてねッ!」

 

 果敢に駆け出す響たち。外に出るとそこには凄惨な光景が写り込んできた。子供たちとそれに付き添っていた保護者らが皆倒れ込み、顔……両目を抑えて悶えていた。その目からは血を流しながら。

 

「痛いッ! 目が痛いよおぉぉぉッ!!」

「見えない……! なにも見えないィィ……ッ!」

「おとぉさぁぁんッ! おかぁさぁぁぁんッ!!」

 

 幼い子らの泣き喚く声に思わず狼狽してしまう響たち。だがそれをすぐに戒めたのは、その場に居合わせた星司の一喝だった。

 

「馬鹿野郎ッ! なにをボーっとしているんだッ! みんなを安全な場所に連れて行くんだッ!!」

「は、はいッ!!」

「一体全体なにが起こったんだよ……ッ! ほ、ほら、もう大丈夫だぞ」

「でも、本当に何が……」

「と、とにかくみんなを公民館の中に連れて行くデス!」

 

 肩を貸す者や抱きかかえる者、皆がそれぞれに目の痛みを訴える人たちを連れて公民館へと駆けていく。その途中で切歌が、ただ一人小さな異変に気が付いていた。

 

(雪だるま、割れてる……?)

 

 一瞬の疑問と静止。だがその瞬間を縫うように、S.O.N.G.からの支給品である通信機が一斉に鳴り渡り始める。響が通信に出るや否や、明るかった周囲が一瞬にして夜の暗さに飲まれ、空間から爆ぜるような光と共に巨大な異形が姿を現した。

 氷のような体表を持ち、その頭部は何処か雪の結晶を模した形にも見える。そして何より目を引いたのは、伸びた口まで真っ赤に染まった顔と、頭部に縦に三対――六ケ所に並んだ黄色い発光器官だった。

 

「超獣だとッ!? こんな時に……ッ!!」

「師匠、状況はッ!」

 

 歯ぎしりするクリスの隣で通信機に声を放つ響に対し、指令室で状況を確認していた弦十郎が答えていく。

 

『こちらでも確認しているッ! 翼とマリアくんも今、調くんと切歌くんのLiNKERを持ってそっちに向かっているところだッ! 響くんとクリスくんは、現在地点から先に向かって民間人の避難保護と超獣の迎撃を任せるッ!』

「でも、まだここの人たちが……」

「大丈夫デスッ! ここはアタシと調、星司おじさんに任せてほしいのデスッ!」

「LiNKERを持っていない私たちがいま出来るのは、ここの人たちを守護ることぐらいだから……!」

「……分かった、お願いッ!」

「無茶だけはすんじゃねーぞ、後輩どもッ!」

 

 この場を二人に預けて駆け出す響とクリス。飛び上がると共に紡がれた聖詠が、二人を戦姫の姿へと変えていった。その後ろ姿を見つめる調と切歌の下に、星司もやって来ていた。

 

「響たちは行ったか……」

「星司おじさん!」

 

 名を呼ばれ二人の少女らを見下ろしながら軽く頭を撫でる星司。そこから敵の姿を見上げると、見覚えのあるその姿に思わず目を見開いた。すぐに周囲を見回し、星司の眼が先程切歌が見ていた割れた雪だるまへと留まった。記憶から確信を得たのだ。

 

「あの超獣は……ッ!」

「知ってるデスかッ!?」

「ああッ! だが先に、響たちに教えなければ――」

 

 そう言った途端、超獣が咆哮と共に頭部にある発光体が強い輝きを発射した。眩い輝きが向けられていた其処には――

 

「ぐぁあああッ!!」

「なんだ、コイツ――ッ!?」

 

 人々を避難させながらの応戦に当たっていた響とクリスが、其処に居た。

 突然の超発光に対し思わず腕で覆い隠すように防御したが、それを無視するかのように逃げ惑う市民諸共その眼に光を刺し込んでいった。まるで光が刃になったかのように。

 

「……だ、大丈夫、クリスちゃん……?」

「……んな悠長なこと言ってられっか……。眼が――」

 

 

 

「し、失明閃光ッ!?」

「ああ、あの超獣……スノーギランの放つ光は瞬間的だがあまりにも強く、人間の眼で耐えられるようなものじゃない。シンフォギアの防御能力を以てしても、何処まで無事なものか……ッ!」

「そんな……じゃあ響さんやクリス先輩、街の人たちは……ッ!」

 

 三人の案じた通りだった。夜の街に居る人々はもちろん、シンフォギアを纏っている響とクリスらもスノーギランの放つ失明閃光はその防御を貫いて眼を侵し、皆を闇の中へ引き摺り込んでいたのだ。

 肉体のダメージは変身後も連動する。眼をやられてしまっては、ウルトラマンに変身したとしてもまともに戦うことは出来ないだろう。切歌と調もそれを何処か肌で感じていた。

 振り向いた先に見える公民館。そこでは未来や演劇部の部長が子供たちを安心させようと必死になっている。握られた通信機からは響たちの安否を心配する声、猛と共に響とクリスの支援へ向かう翼と、LiNKERを携え調と切歌の下に走るマリアとの分担が支持されている。だがそれら言葉も、二人に入っている様子は無かった。

 

「……なんで、こんな事になるんデスか」

 

 歯を食いしばる切歌が漏らした言葉は、とても重苦しい呟きだった。

 

「今日は、みんながハッピーになる日のはずだったんデス。もうすぐクリスマスで、街中みんなウキウキワクワクしてるデス。

 そんな中で来てくれたみんなは、アタシたちのへたっぴな劇にもあんなに喜んでくれた。星司おじさんのパンにも大喜びしてた。それは、とってもとっても嬉しいことだったデス」

「切ちゃん……」

「アタシは……本当はサンタさんが居ないって知って、悲しかった。寂しかったデス。みんなが知ってたことも知らずにずっと信じてたアタシは、ホント馬鹿なんだって……。

 ――でも、未来さんが言ってた言葉、今は少しだけ理解った気がするんデス。サンタさんはプレゼントをくれて、みんなを喜ばせてくれるヒト。笑顔にしてくれるヒト。そして今日は、アタシたちがみんなのサンタさんになれてたって事だったんデス。

 なのに、みんなは今苦しんでる……。泣いてる……ッ!」

 

 怒りの色を秘めた眼差しでスノーギランを見つめる切歌。強く握られた彼女の手に、調の手が優しく重ねられた。

 

「調……」

「私も、悔しい。みんなの涙を止められないことも、響さんやクリス先輩を助けにも行くことも出来ないのも。……それに、切ちゃんに悲しい思いをさせたのに、まだその埋め合わせが出来てないのも。

 サンタは居ない。知らずそう決めつけてた。でも、誰かが誰かの為のサンタになることは出来るって分かった。私はみんなの、切ちゃんの――」

 

 言おうとした途中で、二人の前に一台の車が止まる。すぐさま扉から出て来たのはマリアだった。

 

「調ッ! 切歌ッ!」

 

 駆け寄って手渡される、トリガーのついた携帯式注射器。カプセルの中には緑色の薬液が入っている。彼女たちのような後天的に聖遺物との適合を果たした者――第二種適合者らがシンフォギアを纏うために必要な適合係数上昇補正薬LiNKERである。

 

「マリアッ!」

「遅くなってごめんなさい。翼は矢的先生と一緒に響とクリスの援護に回ってるから、私はあの超獣をメタフィールドで隔離するわ。二人はここでみんなを――」

「ちょっと待つデスッ!」

 

 守護って欲しい。マリアがそう言おうとしたところで切歌に制止された。状況もあるが、切歌にそこまで強く遮られるのはマリアにとって予想外でもあった。

 一歩前に出て、首筋に当てた携帯式注射器のトリガーを迷わず引く。内包してある薬液が切歌の身体に入っていき、血液に乗って脳から全身へと行き渡っていく。そしてその全てを小さな身体に浸透した後、薬液の入っていた注射器を投げ捨てた。

 

「ごめんなさいデス、マリア。でも、ここはアタシたちに行かせてほしいんデス」

「……何かあったの?」

「大したことじゃないデス。ただ……今日のアタシたちは、みんなの笑顔を守護るサンタさんなんデスッ!」

「サンタ、さん……? それって、どういう――」

 

 語る切歌の言葉を、マリアはどれだけ理解ったのだろうか。だがそこに居たあとの二人……調と星司は、彼女の言葉を何よりも理解していた。

 調も切歌と同様に自らにLiNKERを打ち込んでいく。そして同じように空の容器を投げ捨てると、切歌の隣に立ち微笑んだ。二人の背後には、強い笑顔を湛える星司も居る。その笑顔はまるで、自分たちを止めてくれるなと言わんばかりの顔付きだった。

 

「勝手言ってごめんなさいデスッ!」

「マリアは未来さんや子供たちをお願いッ!」

「悪いな、二人ともようやく分かったみたいなんだ。ヤツの相手は、俺たちがするッ!」

「調ッ! 切歌ッ! 北斗さんまで……ッ!」

 

 未だ困惑するマリアを置いて走り出す三人。首から下げたギアペンダントを握りしめ、想いを高めて己が聖詠を謳う。輝きと共に調と切歌がそれぞれのシンフォギアを纏い、即座に禁月輪へと変形させた調の後ろに星司が乗り込んだ。

 高速回転するモノホイールが大地を駆け、隣ではブースターから火を噴かせる切歌が並び跳んでいく。消えゆく三人の姿を、マリアはただ呆然と見ていた。

 

 

 

 

 けたたましい叫びを上げながら暴れ回るスノーギラン。翼は響を、猛はクリスを肩で支えながら彼の超獣と対峙していた。

 

「此方の眼を奪ってくるとは、厄介な……ッ!」

「すみません、翼さん……」

「アタシらも分かってれば、こんな事にならなかったのによ……ッ!」

「構うな立花、雪音。二人が教えてくれなければ私たちもヤツの光の餌食になっていただろう」

「しかし、これでは民間人の避難さえもままならない……」

『まともに変身も出来ねぇってのはやり辛ぇな……ッ!』

 

 S.O.N.G.の黒服たちも加わりなんとか避難を進めているものの、状況は芳しくない。ただでさえ視界を奪われている者が多い中で、スノーギランの口から吐き出される吹雪が更に体温を奪い動きを鈍くさせているのだ。

 響はもちろん、クリスも眼の負傷から猛との変身は不能。翼はアームドギアを大太刀に変形させて、なんとか失明閃光を防ぎながら時折蒼ノ一閃を放ち避難の時間稼ぎをしているような状態で、とてもゼロに変身する暇は与えられなかった。故にマリアとの役割分担を行ったのだが、彼女の姿、もしくはウルトラマンネクサスは未だ現れる兆しはない。

 刻一刻と悪化していく状況を前に、翼たちの耳に届く音があった。地面を抉るような走行音と、噴出するバーニアの放射音だ。その音に気付いた翼と猛が振り向くより速く、彼女らの前に男の姿が現れ、二人の少女は果敢に超獣へと飛び掛かっていった。

 

「行けッ、二人ともッ!」

「デェェェェーースッ!!」

「これでェッ!!」

 

 三本に分かれた切歌のアームドギア、その鎌刃を振り抜くことで発射する。切歌の愛用する技である【切・呪リeッTぉ】である。それに合わせる形で、調のアームドギア、ツインテール型のバインダーが展開されると共に小型丸鋸が連続発射される【α式・百輪廻】もスノーギラン目掛けて放たれていく。

 緋翠の刃がスノーギランの巨体に命中し、火花を散らしていく。相手の一瞬のよろめきを見逃さず、二人も翼たちの前に降り立っていった。

 

「月読ッ! 暁ッ!」

「アイツはアタシたちが引き付けるデスッ!」

「翼さんと先生は、星司おじさんと一緒にみんなの避難をお願いしますッ!」

 

 言うが早いかその場から離れる調と切歌。建物を影にしながら、時に調のアームドギアで失明閃光を遮りながら切歌の刃がスノーギランを攻め立てる。だがスノーギランの吹雪も二人に向きを変え放たれていき、小さな人間のままでは真っ当な対抗になどなるはずもなかった。

 だがそれでも此方に気を引けば一人でも多く助けられる。それを支えに二人の少女は刃を放ち続けていた。

 

 

 一方で避難活動を続けていた翼たち。なんとか目のやられた人々を安全な場所に連れて行き、避難は一先ずの収束を迎えていた。

 シェルターの外、被害者たちから離れた場所に座らせた響とクリスの下に、翼と猛、そして星司がしゃがんで彼女らの状態を確認していた。

 

「立花、雪音、眼は大丈夫か?」

「おぼろげながら、翼さんの顔が分かるかなーってぐらいです……。目の悪い人って、こういう世界で生きてるのかな……」

「ンなこと言ってる場合かよ馬鹿……。これじゃあマトモに戦う事すら出来やしねぇ……ッ!」

「大丈夫だよクリス。私と一体化しているから、少し休めばすぐに回復するさ」

『そうだ、俺と翼に任せとけッ! 翼、行くぜッ!』

「ああッ! ――え?」

 

 起ち上がろうとした翼の前に、既に彼女らに背を向けスノーギランに相対しているものが居た。星司だ。

 

「悪いな翼、ゼロ。ここは俺とあの子たちに任せてくれ」

「北斗さん、それは何故……」

「簡単なことだ。今日の俺は……いや、今日の俺たち(・・・)はサンタクロースだからなッ!」

 

 その言葉の意味が呑み込めず、困惑が顔に出てしまう翼。ゼロも意識の中ではあるが、同じようによく理解していなかった。だが響とクリス、猛は何処となくその意味を理解し星司に笑顔を向けていた。

 力強い笑顔を皆に向けた後、颯爽と走り出す星司。皆が一様に赤い外套に包まれたその大きな背中を見つめていると、まるで本当にサンタクロース(幸せを運ぶ者)が現れたかのように何処か幻視していた。

 

 

 走りながら力を両手の指輪に込める。放たれた小さな輝きは、二人の少女たちの持つ同じ指輪に届いていた。

 

「おじさんからの合図ッ!」

「みんなの避難、終わったってことデスねッ!」

 

 顔を向け合い安堵の笑みを浮かべる調と切歌。だがその隙を逃さんとばかりに、スノーギランが二人へと吹雪を打ち放った。互いに距離を離す形でそれをなんとか回避した時、二人の脳裏に星司の声が響いてきた。

 

(二人とも、行くぞォッ!!)

「ハイッ!」

「分かったデスッ! 調ェッ!!」

「切ちゃんッ!!」

 

 腕を指し伸ばし肩部に位置するアーマーからアンカーを射出する切歌。調はそれを頭部のアームドギアで受け取り、ウインチのように巻き取っていく。同時に切歌もブースターを点火させ、可能な限り速く、調に届くように加速した。

 走っている星司もまた、眼前で腕を交差させ、その腕を高く伸ばしていく。三人の力を心は、それぞれが付けた指輪に収束し、光り輝いていた。

 

「ウルトラァーッ!!」

「「タァァーッチッ!!!」」

 

 星司が両手の指輪をぶつけ合わせ、調と切歌の手が届き互いの指輪が触れた瞬間、閃光が走り三人を一つにする。そして光の中から赤と銀の巨人……ウルトラマンエースが飛び出し、吹雪く暗夜の地に降り立った。

 

「ヌゥンッ! トゥアアッ!!」

 

 スノーギランと相対するウルトラマンエース。力強く走り出し、一足飛びと共に力を込めた右の拳をスノーギランの赤い顔面に叩き付けた。怯んだ隙からの連撃は止まらず、腹部への膝蹴りを数発打ち込み、引き落とすように投げ飛ばす。

 すぐに起き上がるスノーギランが、怒りを表しながらエースに襲い掛かる。振り上げた両腕をエースが捕まえ、力で競り合っていく両者。が、そこへスノーギランが口から猛吹雪を放ちエースの顔面に吹き付けられる。

 その一撃で怯んだ隙にスノーギランが両腕でエースを突き飛ばし、頭部の発光体から失明閃光を発射。思わず顔を覆うように後退るエースに、スノーギランは頭部へと腕を振り下ろしての追撃を加え、膝を付いた瞬間強く蹴り上げた。

 

「ヌッ、グゥゥ……ッ!」

(コイツ、強い……ッ!)

(俺も一度は負けた相手だからな。衰えは無いか……だがッ!)

 

 起き上がりと同時に力を込めた右腕を振るい、光の刃を発射するエース。スノーギランの体に命中し火花を散らして爆ぜる刃だが、一瞬怯んだだけでそう大きなダメージに至っていないのは見て取れる。

 なんとか立ち上がり肩で息をするように上下させるエース。かつて星司が一度は敗れた強敵、先のゴルゴダ星での戦いを想起させる、暗黒と零下に包まれた戦場は彼らの体力を奪い、胸のカラータイマーは赤く点滅しながら警告音を放っていた。

 

(カラータイマーが、もう……ッ!)

(まだッ! みんなの為に、コイツを絶対に倒すんデスッ!)

(切ちゃん……うんッ!)

 

 だが三人の――中でも切歌の心は窮地においても一際熱く滾っていた。お気楽な馬鹿だと揶揄されるかもしれないが、純粋無垢な切歌だからこそ、固めた想いは強固である。その想いの源は、想いの先にあるものは余りにも単純で、何よりも大事なものだった。

 

(みんなの笑顔を守護るんデスッ! だって今日のアタシたちは、サンタさんなんデスからッ!! みんなに笑顔を届けるのが、サンタさんのやるべき事なんデスからッ!!)

 

 胸の内の想いを放った時、切歌の小さな頭に誰かに撫でられたような感触と温もりが走った。すぐに気付く。それは、自らが一体化している北斗星司の掌みたいだと。

 二人が共に在るインナースペースは、何処か穏やかな光で包まれていた。

 

(そうだ、それでいい。サンタクロースは本当に居るとか居ないとか、それはそこまで重要じゃない。クリスマスに誰かの笑顔の為に頑張れるすべての人、みんながサンタクロースなんだ。

 もし本当のサンタクロースが現れるとしたら、そんなみんなの頑張りを見届けた時にある。俺はそう思っている。

 だから、サンタクロースはちゃんと居るって事、俺たちがみんなに教えてやらないとな)

 

 二人を包むフワッとした感覚。まるで優しく抱きしめられているような感触がそこにあった。

 その温かな光に釣られるように、二人の胸の内からギアユニットを通じて新たな歌が流れだす。誰もが知っている聖夜を祝う曲の一つ――『貴方から受け取った、そして私から捧げた言葉。「楽しい聖夜祭を(Merry Christmas)ッ!」』。

 それは曖昧な存在と言われた【彼】が、鈴の音鳴らして街へやってくることを喜ぶ、無垢で無邪気な歌。

 二人が心のままに奏でるその歌と共に、カラータイマーの前で掌を球形に据えるエース。緋翠のフォニックゲインがエースの手の中で収束し、光球と化していく。その光球を天に放ち、エースも腕を広げて天を仰ぐと共に眼から光を放ち光球のエネルギーを更に高めながら回転していった。

 やがて黄金を纏う緋翠の天球は弾け、まるで光の雪のように街中に降り注いでいく。それを浴びた人々は、スノーギランの放った失明閃光から驚くべき速度で回復。皆が徐々に目を開けて、この奇跡を起こしたウルトラマンエースの勇姿を称えるように歓声を上げていた。

 

(みんなの眼が、治った……?)

(うん、やったよ切ちゃんッ!)

(ああ、切歌の歌が俺に力をくれた。この歌があったから、みんなを治すことが出来たんだ。やったな、切歌ッ!)

 

 思わず呆然としたところに、二人の優しい言葉が切歌の心に沁み渡る。思わず涙を流しそうになる切歌だったが、彼女を現実に引き戻すかのように怒れるスノーギランのけたたましい咆哮が響き渡った。

 

(ぼ、ボケッとしてる暇はないデスッ! せっかくみんなを治せたのに、またアイツにやられちゃモトもモコモコもないデスッ!)

(切ちゃん、それは元も子もない……)

(だが切歌の言うとおりだ。一気にケリを付けるぞッ!!)

 

 右手に光を集め丸鋸状に形成、同時に両足の横へと同様の光の丸鋸を生み出す。それはまるで調のシュルシャガナのような足底部車輪のように。

 丸鋸は超速で回転し、まるでスケートのように滑る要領でスノーギランの周りを駆け抜けて行く。自由自在に動いていくエースの動きをスノーギランは捉えることが出来ず、逆にエースの手から離れ牽引される光輪がスノーギランを縛り付け伐り裂いていく。

 

(私たち三人の、クリスマスへの想いをッ!)

 

 そうして拘束されたスノーギランを前に、エースは力を溜めるように、拳を握った腕を胸の前で交差させて、力強く右手を天へと掲げ上げた。

 得意技の一つでもあるエースブレードを出現させる所作。だがそこから現れたのは剣ではなく、何処か歪な形になっている巻いたリボンのような赤いラインを持つ緑の杖――形容するならば巨大なキャンディケインが、エースの手に握られていた。

 

(サンタさんへの想いを、一つに合わせてぇッ!!)

 

 キャンディケインをスノーギランに突きつけるように振り下ろすと、そこから放たれた光がスノーギランを梱包された。そう、文字通りプレゼント箱のような形へ梱包されたのだ。

 そしてその巨大な箱を、まるでゴルフのドライバーショットのように叩き上げ、暗夜の高くへ吹き飛ばす。即座に両腕を伸ばし上半身を左へと捻り力を込めるエース。天へと飛ばされた箱に狙いを定め、止めの必殺技であるメタリウム光線を発射した。

 

「トゥアアァッ!!!」

 

 光線を受け空中で爆散したスノーギランは、まるで冬場には見られぬ花火のような輝きで暗夜を彩り、視力の戻った人々への贈り物のような色鮮やかな光は誰もが自然と笑顔になっていた。

 

 

 

 

 かくして一連のサンタクロース絡みの騒動は収束を迎え、後にタスクフォースの面々も忘年会を兼ねたクリスマス会を開催。皆がそれぞれ笑い合いながら、楽しいひと時を過ごしていった。

 

 

 ――そして迎えた、12月25日。

 

 

 

「デッ……デッ……デェェェェーースッ!!!」

 

 

 驚嘆と歓喜に満ちた、冬の寒さすら吹き飛ばさんとする切歌の大きな大きな第一声から、この一日は始まった。

 命を賭してでも人や命を守護らんとしてきた少女たちみんなが、最高の贈り物をその手に抱え、満開の笑顔を咲き誇らせながら――

 

 

 

 

 end.



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Another side EPISODE 05【君と繋がる為に】

 バラルの呪詛に侵され、様々な思惑と共に戦いを繰り広げて来た世界。

 其処へ突如現れた異次元からの侵略者、ヤプールとエタルガー。

 それを追うように現れた、宇宙に蔓延る悪意からの守護者である光の巨人、ウルトラマン。

 少女らの歌と光の巨人たちが交錯し合う中で始まった此度の事変は、マイナスエネルギーにより黄泉還ったキャロル・マールス・ディーンハイムと超時空魔神エタルガーが世界各地に召喚した魔王獣と共に万象黙示録の再演を為そうとする、まさに佳境へと至っていた。

 

 そしてそれと同刻――。

 とある”もう一つの世界”もまた、小さな動きを見せていた。

 その動きが彼の世界における最後の鍵になると知る者は居ない。

 

 

 

 閑話の最後を締め括るのは、この最後の鍵にまつわるものとなる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球防衛機構UNVER管轄実働部隊Xio日本支部。

 この世界における怪獣を含む超常災害や、地球に眠るオーパーツである怪獣の魂を宿した義体のスパークドールズの研究や管理を行っている。またこの日本支部では、かつてウルトラマンと共に大きな戦いを乗り越えてきた。

 この世界においての15年前……太陽から放たれた強大な『ウルトラフレア』を発端とし、地球に眠っていたスパークドールズが覚醒、怪獣としての復活を遂げる事件が発生した。

 そして現在、Xio日本支部ラボチームの一員である大空大地隊員が偶然にも自らの肉体を失った電子生命体とユナイト……一体化することで、彼は未知なる光の巨人、ウルトラマンエックスに変身。共に世界の平穏を守護り、大地は己が夢への路を拓くため、彼らは戦い抜いてきた。

 次元を超えて現れた邪悪な侵略者、グア軍団、ウルトラフレアの原因でもありエックスの宿敵でもある虚空怪獣グリーザ、芭羅慈(ばらじ)遺跡に封印されていた世界を地獄に変える閻魔獣ザイゴーグ、異世界のウルトラマンと共に戦った宇宙怪獣デザストロ……。

 それら強敵との戦いを、エックスは大地と、そしてかけがえのない仲間たちと共に乗り越え、絆を結び育んでいった。

 

 

 

 一つの戦いを終えた後の平穏。そんなある日のことだった。

 次元を超えてやってきた異世界の戦友……ウルトラマンゼロ。彼が大地とエックスにコンタクトを取ってきたのだ。

 

「私に協力依頼とは……一体何があったんだ、ゼロ?」

「異次元超人ヤプール……厄介な悪党がまた蘇りやがって別の世界にちょっかいかけようとしてるんだけどな。俺や先輩方にお呼びがかかったんだが、どうやら事態はそう簡単じゃないらしい」

「どういうことだ?」

 

 エックスの問いに、口元を押さえ一寸考えるゼロ。言葉を選んでいたのだろうか、僅かな間を置いて状況を語り出した。

 

「まず、ヤプールが狙いを定めた世界は、俺たちのような”ウルトラマン”が存在しない世界だ。メビウスから聞いた話じゃ、一応その世界にも危機に立ち向かう力はあるらしい。だが、その力だけでヤプールの送り込む超獣どもに叶うとは思えねぇそうだ。

 そしてあの世界にも悪意が形をとった存在も居るらしい。曰く、命を否定するヤツだそうだ。そんなヤツに油断するつもりはさらさらねーが、未知の敵に後れを取る訳にもいかねぇ。

 そこでエックス、お前にはあっちの世界の人間とコンタクトをとって、あっちの世界の敵についてやそれに対抗する人間たちの情報を集めてもらおうってわけだ」

「ふむ、なるほど……。電子生体に変化出来る私にとっては、それは得意とするところだな。だが、その間此方の世界は……」

 

 自らがずっと仲間と共に守護って来たこの世界。それを離れることは、エックスにとって容易い選択では無かった。だがその背を押すように声をかけてきたのは、彼とその身を一つにしている大地だった。

 

「大丈夫だよエックス。こっちには俺やゴモラ、Xioの仲間たちが居る。もしこっちに何かあっても、俺たちが絶対に守護り切ってみせる。

 だから、エックスはゼロと一緒に、その世界の人たちを守護る為に行ってくれ」

「大地……」

 

 共に在る者の心強い言葉に後押しされ、エックスは決意を固めていった。

 そして一度地球に戻ったエックスとゼロはその旨を神木隊長率いるXioのメンバーに伝え、快く送り出される運びとなる。その際にエックスは、彼らに頼み事をしていた。

 いま大地の手に握られているのは、エックスのスパークドールズ。彼の肉体そのものだ。それが自らの手の中にあることを不思議に思い、大地はエクスデバイザーに声をかけていった。

 

「エックス、コレは……」

『私の身体だ。大地、そしてXioのみんなにこれを預けておく』

「そんな事をして大丈夫なのか?」

『大丈夫だ、神木隊長。私は電子生体のままゼロと共に他世界へ行き、そちらでの任務を全うする。だがその中で、Xioのみんなの力を借りる時が来るかもしれない。その為に預けさせてもらうんだ』

「イージスの力を使えばこっちの世界へ戻ってくることも出来るしな。最悪エックスだけでも送り返せば、俺様のアーマーの力で向こうの世界に行けるんだろ?」

 

 一応の納得を見せる神木隊長をはじめとしたXioの隊員たち。

 その直後エクスデバイザーから青い光が漏れ出し、ゼロの左腕に装備されているウルティメイトブレスレットへと吸い込まれていった。

 

「それじゃ、ちょっとエックス借りていくぜッ! ジュワッ!!」

 

 即座にその場から飛び立つゼロ。自らの纏うウルティメイトイージスの力で次元のゲートを開き、歪な光の渦の中へ消えていく。

「ゼロ様行っちゃった……」

「エックスも……自分の身体を置いて行って大丈夫なんスかね……」

 

 不安げに呟くルイとマモルに言葉に、大地はもちろん他の誰からも返せる言葉は無い。

 飛び立つゼロの姿を見送りながら、Xioの隊員たちは少し複雑な顔を続けていた。異世界の事とは言え、未知なる脅威に対して知ってしまった自分たちがなにか出来る事はないのだろうかと考えざるを得なかったのだ。

 彼らもまた世界の……生命の平和を守護を任とする者たちなのだから。

 

 

 

 こうしてエックスは大地や仲間たちと離れ、ゼロと共に別の世界へと転移した。

 其処は欠けた月から齎されるバラルの呪詛が統一言語を奪い、人々の相互理解を妨げている世界。ノイズと呼ばれる人を塵芥へと帰する、神代よりの対人殺戮兵器が存在する世界である。

 その世界の宇宙――月よりも遠い宙域には既にヤプールの遣わした超獣が迫ってきており、ゼロは単身でそれを迎撃。エックスは当初の目的通り、電子生体である事を活かしてこの世界でコンタクト可能な存在を探知、文面での接触を開始した。

 可能ならば大空大地のような知恵者であり、心の清い人間であれば理想的だ。だがそういった者を容易く選別できるとは限らない。ならばせめてと、事前にゼロから聞いていたこの世界の防衛組織……そこへ暗号化されたメッセージを送信した。

 そこから暗号を解き明かした人物……『アルケミースター』と名乗った者との文通が始まり、エックスは見知らぬこの世界との関わりを持っていく――。

 

 

 

 

 

 時は、そこから数か月が経過していた。

 不測の事態によりウルトラマンゼロはウルティメイトイージスを消失。地球に侵攻の手を伸ばしたヤプールに対抗する為に、その命を懸けて邪悪へと戦いを挑んだ少女の一人である風鳴翼と一体化を果たす。

 その世界にはゼロと同郷のウルトラマンが二人、先んじて派遣されていた。ウルトラマンエースとウルトラマン80……二人が地球人の姿になって、それぞれが自らの立場を確立した上でヤプールの魔の手から人々を守護れるよう準備を整えてきた。

 その中で彼らもまた、翼と同じ”歌の力”を持つ少女と一体化を為す。80は雪音クリスと、エースは月読調と暁切歌の二人と。

 そして地球に侵攻するヤプールと、出現した光の巨人ウルトラマン。彼らの戦いが巻き起こす運命の伝播は、彼女たちだけに留まらなかった。ヤプールが差し向けた刺客との戦いの中、瀕死の重傷を負った立花響。遠方にて謎の怪生物――後にスペースビーストと判明する――との戦いで窮地に陥るマリア・カデンツァヴナ・イヴ。響は地球意志と接触したことでその力を拝借し、ウルトラマンガイアに変身し、マリアはゼロから離れその身に内包していたウルティメイトイージスの力が目覚めることでウルトラマンネクサスへの変身を為すに至る。

 こうしてこの世界の地球は、歌の力を持つ少女らと5人のウルトラマンたちによって悪の魔の手から守護っていくこととなる。

 

 だがそこで、エックスは自らの認識と予測の甘さを強く後悔していた。肉体無きこの身は、皆と肩を並べて戦うことが出来ない。共に守護ることが出来ない。光の巨人(ウルトラマン)として、自分は一体何の為に此処に居るのかと……。

 だが、そんな想いを秘めていたエックスの眼に映っていたのは、自らが選び共に在ろうとした少女……アルケミースターを名乗り、自身と交信していたエルフナインという少女の懸命な姿だった。

 彼女は戦う力がない。しかしそんな中でも、彼女は皆と世界を守護るため、必死で戦っていた。知識を総動員し、発想を形に変えながら。時に失敗しても、決してめげる事無く成功と確定の道筋を僅かずつでも歩み進んでいた。

 彼女のその姿にエックスは、残してきた友――大地の姿を何処か重ね見ていた。そこで初めて、エックスは何故彼女と呼び合うように繋がれたのか理解ったような気がした。

 そこからは前線で戦えない者同士、二人は共通する自らの分野で戦場に赴く装者とウルトラマンたちをサポートするようになる。その叡智で装者らとウルトラマンたちの後方支援を行い、何度も彼女たちの戦いを助け勝利への路を盤石なものにしていった。

 やがて光の巨人たちは装者の奏でる歌で励起する聖遺物の力を鎧と変えて身にまとうようになり、エックスとエルフナインの二人もまた有事に備えた決戦案を組み上げ、そして二人にとっての大きな戦いの時が近付いていた……。

 

 

 

 

 

 その時、彼ら――ウルトラマンエックスが所在していた世界では。

 

「エックス、帰ってこないねー……」

「それどころか連絡も無し、と来たもんだ」

「一体どうしているのやら……」

 

 Xio日本支部。そのオペレーションルームにて、三人の隊員が力なく話していた。頬杖をしながら溜め息を吐く者、椅子の背もたれに体重をかける者、デスクに上半身を預ける者。それぞれが自分の時間を過ごしながらも遥か彼方へ向かった戦友を想っていた。

 山瀬アスナ、風間ワタル、貴島ハヤト。Xio日本支部が誇る精鋭たちだ。彼らもまたエックスと共に死線を潜り抜けて来た、紛う事無き彼の仲間と言える存在。異世界への任務へ赴いたエックスからの便りが無い事を、彼らもまた心配していた。

 

「幸いこっちには大きな事件は無いし……」

「宇宙人絡みの軽犯罪や、スパークドールズからの怪獣覚醒が数件……か」

「どれも俺たちの力だけで対処可能だったのは、良かったと言うべきなのかね」

 

 言いながら三人が揃って溜め息を吐く。どうにも不安が自分たちの心を蝕んでいると、何処かで理解していた。

 正しく別離したのならともかく、遠く離れたとはいえ仲間が窮地に陥っているのではないか。そう考えると身動きの取れぬこの身が何処かもどかしかったのだ。

 

「……大地、大丈夫かな」

 

 アスナの口から洩れたのは、同じく戦友の一人でありXioラボチームの一員でもあり、そしてこの世界でウルトラマンエックスと一体化――ユナイトした人間である大空大地のことだった。

 Xioメンバーの中では誰よりもエックスと時を長く過ごし、心を繋いだ彼のことだ。連絡の無いエックスを心配し、何か行動を起こすやもしれない……。そんな危うさを、アスナは気にかけていた。

 そんな彼女の言葉に答える声は無い。皆似たような思いを抱えながらも、何か行動が起きてしまうとそれはすぐに全員へ伝播拡散される。それが組織と言うものだ。

 三人はもう一度、深呼吸にも似た溜め息を吐く。何かが起きるわけでもない、平穏を表示し続けるモニターを眺めながらこの世界に居ない仲間をただ考えていた。

 

 

 

 件の大空大地は、Xio日本支部の屋上に居た。自らが作り出した宇宙電波受信器と母の遺物である愛用のヘッドホンを繋ぎ、無音を聴きながら広げたサマーベッドの上でくつろぐように集中していた。まるで、どんな小さな声でも聞き逃さんとするように。

 そんな彼の下に一人の女性がやって来た。Xioの行動部隊の指揮や隊長のサポートを行う役割を担う、橘さゆり副隊長だ。

 

「大地」

 

 と、彼女の呼ぶ声に反応してヘッドホンを外しながら起き上がる大地。橘の姿を見るや否や、姿勢を正し敬礼をとった。それを片手で制し、姿勢を崩していいと言う風に微笑む橘副隊長。そこで言われた通りに姿勢を楽にし、彼女と向かい合う。

 

「なにか聴こえたのかしら?」

「いいえ、なにも。……エックスからの声、少しでも拾えるかなと思ったんですけど、やっぱり無理ですね。次元を超えて捉えるには、もっと別の改造が必要かもしれません」

「そう……。何事も無ければいいけどね」

「そうですね……。それより、副隊長は何故ここに?」

「ええ、ちょっとね……」

 

 大地からの問いに、胸元に手を当てて深呼吸する橘副隊長。まるでそれは、自分の鼓動から何かを感じようとしているように、大地は感じていた。一拍置いた後、橘副隊長が再度大地と向き合い口を開ける。放たれた言葉は、理知的で誠実な彼女には少し不似合いな曖昧とした言葉だった。

 

「……数日前に、夢を見た。そこで、何かを感じたの」

「夢……?」

「ええ。白銀の装束を纏う女性が、私の目の前に居た気がする。私の隣には、人種や性別の違う数多の人々が居た気がする。”私たち”はただ”彼女”を見つめていた。あの光から貰った言葉……『諦めるな』と、眼前の”彼女”に向けて何度も心の中で呟きながら。

 そして眼前の”彼女”は、足掻きもがきながらもその力を手にした。――かつて一瞬だけ私に力を貸してくれた、ウルトラマンネクサスの真の力を」

「ウルトラマン、ネクサス――ッ!?」

 

 頷く橘副隊長から出て来たその言葉に、大地は驚きを隠せなかった。かつて虚空怪獣グリーザの襲来の直前、それを予期するかのように彼女……橘さゆりは奇しくも適能者(デュナミスト)として覚醒。たった一日ほどに過ぎなかったが、彼女は間違いなくウルトラマンとしてこの世界に現界した経緯があったのだ。

 その彼女からまたもネクサスの話をされるとは、大地も予想していなかった。だが橘副隊長はそれも見越していたのか、大地に話を続けていく。

 

「その夢を見て以来、なんだか胸騒ぎが絶えないの。ウルトラマンの力を得た彼女が、なにか強大な敵と戦っているような……そんな気がして仕方ない。

 そして、彼女が戦っているその世界は――」

「エックスがゼロと一緒に向かった世界……と言う事ですか」

 

 再度首を縦に頷く橘副隊長。二人の顔は、やがて真剣な表情に強張らせていく。次の瞬間、大地の愛用していた宇宙電波受信機がなにかの信号を受け取っていた。

 

「副隊長、これは……ッ!」

「すぐに解析をッ!」

「了解ッ!」

 

 そこからの動きは早く、大地はラボへと受信機を持ち込み、橘副隊長は神木隊長へこの事を報せに走った。

 

 

「博士、マモル、ルイルイ、手伝ってッ!」

「ダイくん!?」

「きゅ、急にどうしたッスか!?」

 

 ラボチームの仲間を呼びながらラボに戻った大地は、すぐさま自らの持つ機器に繋いでいき、受信したモノの解析を開始する。慌てるようにそこへ集まっていくラボチームの三日月マモル、高田ルイ、ファントン星人のグルマン博士。大地の行動を見つめていると、繋いだスピーカーから突如異常なノイズが鳴り響いた。

 

「グウッ!?」

「な、なんスかこの音ッ!?」

「うー! うるさぁーい!!」

 

 思わず耳を塞ぎながらスピーカーの音量を下げる大地。皆がその雑音に顔をしかめながら、グルマン博士が感じたことを述べていった。

 

「これは一体……。どこか怪獣の鳴き声にも聞こえるが、何かよく無いモノが混ざり合っているような感覚を受けるな」

「でも、なんで急にこんな宇宙電波を拾って来たんだ……!?」

 

 大地からのもっともな問いに、グルマン博士は口に手を当て考え込む。だが考え込むだけでは答えに至らないと思ったのか、自らのデータバンクでもある大型PCの前に座り操作を開始した。

 しばし解析を続けていると、何かを得心したのか大きく首を縦に頷き始めた。

 

「……そういう事か。みんな、これを見てくれ」

 

 博士に呼ばれ集まる大地とルイとマモル。眼にしたモニターには3つの波形が描かれていた。

 

「博士、これは?」

「依然に計測していた、特殊生体が放つエネルギーの波形を比べてみたものだ。みんな知っての通り、グリーザの放っていたダークサンダーエナジーは虚無……振れ幅が何もない、”無”の波形となっている。

 それを中庸とし、プラス方向に高く上がっているのがエックス。このデータでは正確にはエクシードエックスだな。そしてマイナス方向に大きく振れているのが、ザイゴーグ。つまりザイゴーグはこの……そうだな、言うなれば【マイナスエネルギー】が異常に高まっているのが見て取れる」

 

 淡々と語り続けるグルマン博士の言葉に相槌を打つこともなく頷く大地たち。そこへモニターにもう一つ、新たな波形が映り込んできた。

 

「博士、こっちは……」

「大地の受信機が受信した宇宙電波だ。その波形を比べて見る、と……」

 

 先に表示されている波形と重ね合わせていく。その形は正しく――

 

「マイナスエネルギー!? 完全に一致してるじゃないッスか!!」

「博士ぇ、これってどういうことなの……?」

「何処かで異常発生されたマイナスエネルギーが、時空の(ひず)みから漏れ出してきたと考えられる。それが何処の世界か、なぜ我々の世界に来たのかは速やかに調査する必要があるが……」

 

 その言葉を聞き、おもむろにエクスデバイザーを取り出す大地。エックスが居ない今、何も映らぬはずのデバイザーのモニターには不規則なノイズが走っていた。ただその不規則性は、まるで受信したマイナスエネルギーの波形と合致しているようにも見えてきた。

 思考が深まると視野が狭まる。それは大地の欠点でもあるが、今はその不確定さを確信に変えて、言葉にして解き放った。

 

「――エックスだ。きっと、エックスの行った世界で何かが起きたんだ。マイナスエネルギーが暴走するような、何かが……」

「大地、君がエックスを心配する気持ちはよく理解る。だが、これをそう言い切れる根拠はあるのか?」

 

 グルマン博士からの非情とも取れる言葉に思わず歯を食いしばる大地。自分の中の確信は周囲から見れば余りにも不確かで、現実的と言うには情報量が足りなさ過ぎる。憶測だけで事象を確定させられないのは、科学の分野で生きる彼にとって必然とも言えた。

 マモルもルイも、二人のどちらに肩入れすることも出来ずにただ黙り切ってしまっていた。そんな静寂を破るかのように、オペレーションルームからラボへ通信が入り込んできた。召集の合図だ。

 

「召集……」

「隊長からだな。ほれ、みんな行くぞ」

 

 博士の言葉を筆頭に、皆でオペレーションルームへと向かう。

 開いた扉の先には、最奥の席にXio日本支部隊長である神木正太郎、その隣に副隊長である橘さゆり、行動隊員であるアスナ、ワタル、ハヤトの姿もある。正に全員集合という形だった。

 

「揃ったな。では緊急会議を始める。議題は、我々の下に届いた異常な宇宙電波に対し如何なる対処をすべきか、だ。

 博士、ラボチームの方では件の異常電波について何か掴めたのでしょうか?」

「話が急すぎるな神木隊長。我々もまだ、この宇宙電波の波形を便宜上マイナスエネルギーと呼ぶことにした、と言うぐらいしか掴めてはおらんよ。何をそんなに急くことがある?」

 

 グルマン博士の言葉に大地以外の隊員はその通りだと言わんばかりに頷いていく。其処へ口を挟んだのは、険しい顔を続けていた橘副隊長だった。

 

「この事例への対処を進言したのは私です。原因は私がここ数日の間ずっと感じていた胸騒ぎ……直感に寄るもの。それを非現実的と一笑に伏せられるのも覚悟の上で進言しました」

「なんで、そこまで……?」

 

 アスナの言葉にワタルもハヤトも首肯と共に疑問の声を上げる。それに対して橘副隊長は、一切退くことなく真っ直ぐに彼らの問いに答えていった。

 

「……私は視たから。受け継がれ往く光――ウルトラマンネクサスの新たな担い手と、その者が相対するあまりにも巨大で邪悪な影の姿を」

「邪悪な、影……」

「俄かには信じ難い話だというのは私も重々承知だ。だが副隊長もこんな事を冗句として話すような人じゃないことは、皆も知っているだろう。

 だが状況の整理は多面的に行うべきだ。そこで大地、今度は君の意見を聞かせてもらいたい」

 

 突然話を振られて少しばかり困惑する大地だったが、未だノイズの止まらぬエクスデバイザーを見ることで気持ちを強く固めていった。

 

「……俺も、副隊長と同じ考えです。きっと今、エックスが向かった他世界では大きな危機が起こっている。エックスもゼロも、そこに生きる人々もきっと必死で戦っている。

 その余波がこのマイナスエネルギーなのだとしたら……俺は、助けに行きたい。放ってはおけないです」

「そうだね、そうだよね!」

 

 大地の言葉に強く肯定するアスナ。ワタルもそれに感化されたのか大地と肩を組み、ハヤトも微笑みながら大地の背を軽く叩きながら同意を示していった。

 彼らの心は決まっていった。大切な仲間――エックスを助けるというその一点に置いて。しかしそこに水を差すような形で意見を述べたのは、冷静な目で事態を推し量れるハヤトだった。考えに同調したからとは言え、現実的な問題はハッキリさせておくべきだとの考えが彼の中にあったのだ。

 

「だが一体どうする。エックスを助けたい気持ちは俺たちも一緒だけど、俺たちにエックスの居るところまで行くなんて出来るのか……?」

「そんなもん気合と根性でッ!」

「どうにか出来る、なんて都合の良い事はないよね……」

「次元を超える力、か……」

 

 皆で頭を悩ませる。そこに声を上げたのはルイだった。

 

「そういえばさ、ダイくんは何回かエックスとそう言う事やってたよね? ほら、私がナックル星人に捕まった時に助けに来てくれた時とか」

「そういえばそうだね。ウルトラマンギンガのヒカルやウルトラマンビクトリーのショウ、二人の仲間のアリサを送っていくときにも次元を越えたりしてたんだよね」

「あとデザストロとの戦いの時もだな。あの時は二人してどっか行っちまって大変だったけど、帰ってきた後にオーブっていう別のウルトラマンも加勢に来てくれたんだよな」

「それらに共通している部分……俺とエックスが次元を超えてきた力……。……そうだ、ウルティメイトゼロのサイバーカード!」

 

 隊員たちの眼がハッと見開き光が灯る。グルマン博士が生み出した、彼自身が最高傑作の一つとも自負する技術の結晶だ。そのカードに内包されたデータをエックスとユナイトすれば、ゼロの装備するウルティメイトイージスに酷似したウルティメイトゼロアーマーと化し、エックス自身の能力拡張も併せて彼に次元跳躍の能力を与えるのである。

 

「それじゃあそのサイバーカードを使えばエックスのところに行けるって事か! 隊長、早速行きましょう!」

「落ち着けワタル。博士、今の話を総括して、我々はエックスの元へ行くことが出来ると思うか?」

 

 神木隊長の言葉と共に、全員の視線がグルマン博士に注がれる。注目を浴びること自体は慣れているが、彼の現実的かつ優秀な思考は隊長からの問いに迷うことなく返答をしていった。

 

「ふむ、率直に言おう。それは不可能と言うべき程に低い確率だ」

「そんな、なんでぇ!?」

「まず第一に、次元跳躍と言う行為そのものが非常に難解な……人智を超えたものだという事がある。

 マルチバース理論に即して考えると、無限とも言える数多の異世界からエックスの向かった世界を割り出すのは人為的には不可能に近い。可能になるまで何十年何百年……いや、何十世紀とかかるかもしれん。それは、砂漠の何処かに在る特定の砂粒一つを探し当てるよりも難解だ。

 ウルティメイトゼロアーマーは、エックスが纏い彼の人智を超えた能力とユナイトすることで、初めて正確な次元跳躍を可能としたのだ。

 次に、我々にウルトラマンのサイバーカードは使えない。正確には今のXioの装備では、というところだな。

 ウルトラマンのサイバーカードは怪獣たちのサイバーカードとはまた違う。怪獣たちのサイバーカードは怪獣それぞれの特性や能力を解析、プログラムで再現し電子化で固着させたものだ。マモルもルイルイも、それは理解っているな?」

「はいッス……。僕たちXioの科学技術班の力で生み出した、僕たちの力……」

「そうだ。それはつまり、Xioの規格に則り生み出されたモノであり、そのため我々の装備と適応し力を発揮、扱う事が可能となる。

 だが、ウルトラマンたちのサイバーカードはその規格に則っていないモノ……。大地とエックスに力を貸す為に、彼らから分け与えられた力の一片なのだ。私が作り上げたウルティメイトゼロのカードも例外ではない。飽くまでも”エックスがその力を使う事”を前提として組み上げ完成させたモノだ。Xioの中で運用する為に作ったものではない」

 

 冷淡とも言える博士の言葉に声を失う隊員たち。代わりに質問を投げかけたのは橘副隊長だった。

 

「もしその力を我々の装備で使えばどうなりますか?」

「力に耐え切れず機能の停止を招くか、最悪エネルギーの暴走により爆散するだろうな」

「そんな……」

 

 折角見えた光明が、すぐに消え失せた気分だった。其処へグルマン博士が更に言葉を重ねていく。

 

「もう一つ、ウルトラマンのサイバーカードが使えない理由がある。それは、人間たちがこの力を悪用しないためだ」

「そんなッ! 俺たちは、そんな真似は絶対にしませんッ!!」

 

 声を荒げて即座に否定した大地だったが、博士はなおも現実を突きつけていく。”科学者”として……そして、地球外を出身とする”異星人”として。

 

「君たちはそうだろう。私もそれは思うし、君たちXio日本支部のみんなには信用も信頼もしている。

 だが、その上部組織であるUNVERはどうだ? Xioの他国支部は? スパークドールズを多く保有し、ウルトラマンとの接触と共闘のケースが最も多かった日本支部に対して何も思う事は無いのか? ”君たちだけ”が持つ力に対し、他の皆はただ指を咥えて見ているだけなのか?

 君たちが君たち自身の力でウルトラマンのサイバーカードを制御使用した場合、そこから波及するのはその力の複製と転用だろう。勿論それは世界の未来を照らす光にも成り得るが、世界の未来を自ら閉ざす闇にも成り得る力だ。

 ……私は、愛しいこの星がそのような哀しい未来になって欲しくはない」

 

 まるで独白とも思えるグルマン博士の言葉は、そこで終えた。綺麗事だけで済ませられぬ世界の未来を見据えた彼の言葉に、反論はおろか真っ当に答えられる者も居ない。どう在る事が正しいのか、どう動くのが正しいのか……博士から告げられた悪しき可能性の未来像は、逸る彼らの思考を一気に冷却、停滞させていった。

 沈痛な面持ちでの静寂の中、強く己が掌を握り締める者が居た。割れんばかりに歯を食いしばる者が居た。思考を満足にまとめられていないものの、彼は……大地は強く顔を上げて強く絞めていた口を開き想いを静かに発していった。

 

「――それでも……それでも俺はエックスを助けに行きたい。どんな綺麗事でも、俺の夢を理解して後押ししてくれた大事な存在なんだ。何もせずに居るなんて、出来やしない……ッ!」

 

 重々しく発する大地の言葉に、俯いていた隊員たちが顔を上げていく。皆の目には光が灯っていた。そんな皆の心を代弁するかのように、大地は更に言葉を続けていく。

 

「確かに博士の言う通り、ウルトラマンたちのサイバーカードが悪用されることで混乱が起きるかもしれない。だけど、そうさせない選択だって……そう出来る未来だって必ずあるッ! それを実現してみせるッ!

 今度は俺たち地球に生きる人々が、エックスを……ウルトラマンを助けることでッ!」

 

 大地の言葉に皆が奮起するのを感じられた。神木隊長は皆のその姿を満足そうな微笑みと共に見回し、グルマン博士へと話し出した。

 

「そういうことだ、博士。貴方の危惧はもっともな事であるし、力を持つ者、行使する者として我々はその責務を負わなければならない。

 だが同時に、仲間の危機に対して何もせずに黙っていることも出来ない。例えその方法が禁忌に触れるものであろうとも、我々は進まなければならないんだ。いつか、争いも悲しみもない世界にするために」

「今一度力を貸してください、グルマン博士。私たちには、貴方の力が必要なのです」

 

 神木隊長と橘副隊長の言葉を受け、一瞬悩む素振りをしたもののすぐに大きな口から派手な溜め息を吐くグルマン博士。そうして皆の姿を見回し、少しばかり申し訳なさそうな笑顔で博士がまた地球人よりも遥かに大きな口を開いていった。

 

「やれやれ、私が信を置くみんなはとんでもない挑戦者だ。世を乱す可能性を孕みつつも、それをモノともせずに前へ進む選択をするのだからな。

 ――あぁ、だから気に入ったッ!」

 

 喜びとも取れる言葉を発しながらモニターに何かを映し出すグルマン博士。それは、Xioの持つ装備であるジオマスケッティの一つ……宇宙戦闘機スペースマスケッティと同じ外観を持つ灰色の円盤だった。

 

「博士、これは……」

「うむ、ウルティメイトゼロのカードを作った後に秘かに設計していた、次元間航行型のマスケッティシステム。名付けて、ディメンジョンマスケッティだッ!

 ウルティメイトゼロの力で次元を跳躍する為に、従来のスペースマスケッティよりもハイパードライブの推力や機体の装甲強度を大幅に増し、次元突入及び脱出時の負荷にも耐えられるように設計していたものだ。だがその為に武装面に関しては大幅に削らざるを得なくなってしまったが、構想していた用途を考えれば最小限に収めるべきとも判断してな。

 ……しかし先程も言ったように、我々が能動的に他次元への航行を可能にするという事は、我々自身が侵略者に成り得る可能性もあると考えた。よってこの計画は見送り、私一人の胸の内に秘めておこうとしたんだ。

 だが私も心を決めた。皆と共にエックスを助けるため、このディメンジョンマスケッティを解放しようッ!」

「やったぁー! ありがとう博士ぇ!!」

 

 感極まって抱き着くルイを笑いながら受け止めるグルマン博士。本来のファントン星人らしい、朗らかな姿だった。

 エックス救援の糸口が見つかったことで沸き立つ場を少し抑え込むように、気を引き締めるように神木隊長が声を上げる。

 

「喜ぶのは良いが、まだこれからだ。博士、そのディメンジョンマスケッティは完成までにどれぐらいの時間がかかる?」

「スペースマスケッティとジオアラミスの予備機を流用、改造すれば、最短で48時間といったところか。装甲の変更とハイパードライブの調整で理論上は何とかなるはずだ」

「マモル、ルイ、博士と一緒に調整の方を任せる。アスナ、ハヤト、ワタルは整備スタッフと協力してスペースマスケッティとジオアラミスの改造に参加するんだ。

 そして大地、エックスの救援に向かうのはお前の単独任務とする。武装所持もジオブラスターとウルトライザーに限定する」

「そんな、どうしてですか!?」

 

 神木隊長の言葉に思わず反論するアスナ。皆でエックスを助けようと息巻いていたところでの指示なのだ、 無理もない。だが隊長も、努めて冷静にその理由を説明していった。

 

「まず、我々の目的がウルトラマンエックスと彼が今戦っている世界への救援である事は皆が理解している事だと思う。だがUNVER上層部はそれだけで我々の行動を認可することは無いだろう」

「相応のお題目が必要、って事か……」

「ハヤトの言う通りだ。名目上、我々は今回改良型スペースマスケッティの運用実験と称して行動する。大地のみを選出したのも、その名目故にデータ収集を行えるラボチームの一員であり行動部隊も兼任する彼が適任だと判断した、というところだ。時空異常による原因不明の消失は初めてでもないしな。

 実際のところは、もし他世界でエックスと共に戦うのであれば大地1人の方が行動しやすいだろう。そして他世界の生命体に不必要な危害を加えない為に……我々が侵略者でないことを示すために、武装も護身用のみとするんだ」

「それじゃあジオバズーカなんかも駄目って事になるのか……」

「それだけじゃない。俺たちがいつも力を借りている、ゴモラやキングジョーやエレキング……怪獣たちのサイバーカードも使えないってことだ」

 

 ワタルとハヤトの言葉に頷く神木隊長。そのまま大地に顔を向け、話を続けていく。

 

「やれるか、大地。我々も最大限のバックアップはするが、正直なところ何処まで手が回るかは予測が付かん。それでも――」

「やります。俺と……俺たちみんなとエックスとの絆があれば、不可能なことはありませんッ!」

 

 揺るぎなく燃える大地の瞳。それを真っ直ぐ見据え、神木隊長も力強く頷き大地の肩を叩く。

 この瞬間、一組織にとって在ってはならない程に無謀な、それでいて彼らとしては決して譲る事も失敗することも出来ない作戦の決行が決まったのだった。

 

「各員行動開始ッ! 48時間後、ディメンジョンマスケッティ……いや、改良型スペースマスケッティの宙間試験飛行を行うッ!!」

「了解ッ!!」

 

 各隊員らが敬礼と共に行動を開始する。

 迅速な動きでオペレーションルームを離れる隊員たち。1分としない間に、其処に残されていたのは神木隊長と橘副隊長の二人になっていた。

 

「隊長、今回の私の任務は……」

「……すまん。副隊長には、UNVERへ提出する仕様報告書と始末書の作成を手伝ってもらいたい」

 

 真面目な顔で情けないお願いをしてくる神木隊長に、その鉄仮面からも思わず笑顔が漏れる。

 とはいえどちらも必要なものだ。ディメンジョンマスケッティを改良型スペースマスケッティと偽るためにも、『試験飛行中に時空の歪みが生じ、スペースマスケッティ及びその搭乗員である大空大地隊員が調査中に時空の歪みに接触してしまい消失した』と言う偽りの事件をより確固たるものとして上層部に信用させるためにも。

 これは、職務に対し常に真剣に取り組むことで上層部からの信用を得てきた橘さゆりという人物にしか出来ない事だった。彼女自身もそれを理解していたからこそ、返す言葉は一つだった。

 

「了解です、隊長」

 

 

 

 

 そこから始まった激動の48時間。整備員たちは外装の改修を全力で進め、マモルとルイを始めとするラボチームと技術部はハイパードライブの強化を可能な限り迅速かつ確実に進めていた。一方で大地はその48時間のうち半分をラボチームの協力に当て、残りの時間を準備と休養に当てていた。万全の状態で任務に臨むのも、隊員としての心構えの一つなのである。

 ただそれを理解していながらも、眠るべき時とは言えそう簡単に眠れるものではない。未だ小さくノイズが走り続けるエクスデバイザーを見つめながら、大地は此処から離れた戦友を想っていた。

 

「……無事でいてくれるよな、エックス」

 

 呟きに答える者は居ない。何時も答えてくれた”彼”は其処に居ない。だが、だからこそ行かなくてはならないと決意したのだ。彼の友として……彼と心を繋いだ(ユナイトした)者として。

 そんな大地が独り休むラボラトリーの扉が開き、見慣れた橙色の巨躯がゆっくりと入って来た。

 

「博士、どうしたんです?」

「なんだ大地、まだ起きてたのか。ワシは小休止だ。やると言った手前休んでいる訳にはいかないが、皆が休めとうるさくてな。

 ……まぁ、ちょうど良い」

 

 そう言いながら大地の元に近寄るグルマン博士。上体を起こして彼の方を向いた大地に、博士は何かを差し出した。

 

「こいつも持っていけ。きっと、大地とエックスの力になってくれる」

「ウルトラマンたちの、サイバーカード……」

 

 おぼろげに青く輝く数枚の硬質カード。それはこれまで大地とエックスに絆を結び、力を貸してくれたウルトラマンたちが残した力の一部、サイバーカードだった。

 

「良いんですか? ゴモラたちは駄目だって言われてるのに……」

「こっちで持っていても使い道が無いからな。ディメンジョンマスケッティはウルティメイトゼロのカードに秘められた次元跳躍の力を使うためだけに設計したものだ。他のウルトラマンのカードはリードしてもエラーが生じ、何も起きん。

 ……だが、そのカードには奇跡を呼ぶ力が秘められている。ザイゴーグとの戦いの時も、このカードたちが触媒になって異世界のウルトラマンたちを呼び寄せてくれた。一緒に戦ってくれたんだ」

 

 そう語りながら大地の手にウルトラマンたちのサイバーカードを握らせるグルマン博士。彼の手を上から優しく包み込みながら、背を押すように声をかけていく。

 

「信じているぞ大地。エックスを……彼の戦いを助け、新たな絆を紡いで彼と共に帰ってくることを」

「――はい」

 

 優しく、だが確固たる意志を持って握り返す大地。彼の瞳に映る輝きに、博士は何処か満足そうに微笑んで大地から手を離した。

 試験飛行という名目の作戦開始時刻まで、残り10時間を切っていた。

 

 

 

 

 ……そして、その時は来た。

 

「準備は良いか、大地ッ!」

『ハイ、いつでも行けますッ!』

「よし、カウント30から開始する。カウント開始ッ!」

「開始しますッ!」

 

 無機質な電子音と共に、コクピットと化しているジオアラミスに付けられたエクスデバイザーの数字が切り替わっていく。

 カウントダウンが進み、残り10秒になろうとしたところでアスナがモニターの前へ飛び出し大地に向けて手を突き出しながら声を張り上げた。

 

「大地ッ!! ……行ってらっしゃいッ!!」

 

 サムズアップする彼女の右手に握られていたのは、大地のもう一人の親友でもある古代怪獣ゴモラ……そのスパークドールズだった。見守る仲間たちや声をかけたアスナはもちろん、物言わぬ義体であるはずのゴモラのスパークドールズまでもが、大地に向けて激励しているように見えた。共に行けぬからこそ、力強く彼の背を押すような想いを、確かに受け取っていた。

 

『……ありがとうッ! 改良型スペースマスケッティ宙間試験飛行実験、開始しますッ!!』

「実験開始ッ! スペースマスケッティ、テイクオフッ!!」

 

 神木隊長の声と共に車体後部のハイパードライブを点火させる。爆炎と共に青白い炎が放出され、基地屋上の滑走路を加速、そのままの勢いで天空へと飛び立ち、速度を保ちながら大気圏を突破。母なる星を後にした。

 

 

「引力圏からの離脱成功。これより周回コースに入ります」

 

 ――と、ここまでは台本通り。マスケッティを自動操縦モードに切り替え、大地はすぐにエクスデバイザーでマイナスエネルギーのノイズが何処から発生しているのか探りだした。

 時空の歪み、綻び……受信した以上、何処からか漏れているのは明らかだ。それを探し当てるように、広大な宇宙に向けてソナーを発しながら航行していた。

 

 ……結果は、意外なほど早くそれは見つかった。漏れ出したマイナスエネルギーの発生地点、それは月だった。月の南半球、地球側から見て前面東側。大地が見る限り、其処にはなにも無かった(・・・・・・・)

 変わらぬ球形、太陽の光を反射して美しく輝くいつもの月。だがそのソナーが探知した一帯は、まるでその部分が欠けている(・・・・・)ようにも見えていた。

 

「あんなところからマイナスエネルギーが……。でも、何故……?」

 

 理解できぬのも無理はない。次元の先の世界で発生している新たな万象黙示録による、5つの闇の楔と魔王獣を用いた地球解剖……そして邪悪なる超時空魔神復活の余波がこのような状況を生み出しているなど、誰一人として把握できなかったのだから。

 ただ一つ、大地には確信があった。この改良型スペースマスケッティ……いや、時空を飛び越える力を解き放つべく生まれたディメンジョンマスケッティ。未知の彼方へと向かうための門は、あの場所以外在り得ないと。その確信を、大地はすぐに通信先へと投げかけていく。

 

「隊長、月面より未確認のエネルギー反応を確認! 調査を開始しますッ!」

『了解した。……気を付けろよ、大地』

「ハイッ!」

 

 その声を最後に通信が遮断される。Xioのオペレーションルームでは、皆が無言で祈るように月へ向かう大地の姿を見続けていた。

 月面まで4,000km辺りのところで、突如機体が不安定に揺れ出している。異常事態かと思い全員がすぐに大地へと声をかけるが返事はない。だが次の瞬間、スペースマスケッティの眼前に異次元空間が広がり、マスケッティは其処へ吸い込まれていった。

 それを見届け、Xioの隊員たちがそれぞれ溜め息を吐く。一つ目の関門は、どうやら無事に潜り抜けられたようだ。それを確認し、神木隊長が隊員たちに指示を出していく。

 

「大地の行方を調査探索する。総員出動ッ!」

「「「了解ッ!!」」」

 

 異次元へ消えた仲間を探すために、Xio日本支部の隊員たちが走り出す。例えそれが、自作自演で織り成された舞台の上だとしても。その心の内は、消えた彼への応援と激励で埋め尽くされていようとも。

 

 

 

 

 

 一方で、次元の穴の中を突き進むスペース……否、ディメンジョンマスケッティ。大地の眼前ではエクスデバイザーに装填されたウルティメイトゼロカードが強く輝いている。

 成功した。大地は一先ずそれを確認し、ハイパードライブを更に加速させていく。マイナスエネルギーの反応は進むごとに強くなっていった。

 

「きっと、このまま行けば……!」

 

 強くなる反応に向かって飛ぶディメンジョンマスケッティ。延々と過ぎ去る虚無にして極彩色の景色。その中をしばらく飛んでいた時、エクスデバイザーから更に強く光を発していることに気付いた。

 

「何が起きてるんだ、なんて考えてる暇はないよな……」

 

 考えてみれば、ウルトラマンの力を借りているとは言え人間単独での次元跳躍は自らの世界にとっても大地自身としても初めての体験だ。エックスとユナイトしている時にやった時とは違い、今は自分一人しかいない。何が起きても不思議ではないのだ。

 そんな中、大地の耳に聞こえてくるものがあった。マイナスエネルギーの発するノイズではなく……例えるならそれは、角笛のように重く深く遥か深淵まで鳴り響き渡る音のようだった。

 すぐにエクスデバイザーでこの音を解析しようとする大地。だがデバイザーには何の反応も得ることも出来ず、ただ一つだけその音と共振しているような反応を見せているものがあった。

 デバイザーに手をかざすと、虹色の電子光球が大地の掌に現れ、脈動しているかのように角笛の音と共振していた。

 

「エクス、ラッガー……?」

 

 呟く大地。彼の手に在った虹色の光球は、カタチになる前のエクスラッガーの電子データだ。だがその状態でも理解る。この奇跡を齎すアイテムは、次元を跨ぐこの音色に反応しているのだと。

 大地にとってその理由は終ぞ理解することは無かったが、これは異界の完全聖遺物同士が齎した共振反応と言える。

 だがエクスラッガーが反応を見せた【それ】がなんであるかを知る前に、大地の眼前におぼろげな黒い影が佇んでいた。

 

「君は……ッ!?」

 

 影は答えない。絶えず突き進んでいるはずのマスケッティでも、その影にはまるで追いつけない。それは、自分の影を追うかのような感覚に大地は陥っていた。

 

「待ってッ! 君は一体、なんなんだッ!?」

 

 大地の必死な声に、影はついに大地へ言葉を返した。質問に対する回答ではないが、間違いなくその闇から言葉を発したのだ。

 

『――君は、此処に在るべきではない存在だ。

 この先に待つのは終焉の地。万象を噛み砕く黙示録の発現。黄金の魔神が起こした負の無限連鎖。滅び逝く地に、君は必要ない』

 

 冷淡に言い渡される。だが大地とて、その程度で止まれるはずがなかった。

 

「……それでも俺は行く。この先には俺にとってかけがえのない仲間がいて、後ろには俺の無茶を聞いて背を押してくれた大切な仲間たちがいるから」

 

 大地の決意は固い。眼前に待ち受ける未来が死としてもなお、彼はその仲間たちの想いを受けて今此処に在り、破滅が近付く世界へ踏み入ろうとしていた。

 そんな大地の姿を見ても黒い影は特に興味を示すこともなく、変わらず一定の距離を保っている。

 

「其処を通してくれ。俺は、エックスのところに行くんだ」

 

 やはり無言を貫く黒い影。大地の心に焦りが生まれるが、それすらも影に見透かされているような感覚だった。些細な一挙手一投足も、思考の動きも、揺れようとする心でさえも。そんな影と相対し、一体どれだけの時間が経っただろう。時間の流れが曖昧な次元の狭間で、大地は決してなにかに呑まれぬように、黒い影を睨み続けていた。

 

 

 

 平行線を走る人と影。やがて両者は次元の狭間で静止した。

 大地としては妙な感覚だった。計器類は間違いなく前へと進むよう設定されており、各数値の増減もまた前進を表している。だが大地の五感の全ては、今この場で静止していると認識していた。

 不可解な状況。……そして、黒い影は問い掛けた。

 

『もし今、とある世界が滅び未来が無くなろうとしているとき……君は、誰かを守護り助ける勇気と力を持っていられるかね?』

 

 思わぬ問いに驚く大地。だが一瞬考えた後、その答えは笑顔と共に放たれた。

 

「……一人では、難しいのかもしれない。進むことも動くことも出来ず、立ち竦んでしまう時もあるだろう。だけど……いや、だから信じるんだ。一緒に居てくれた彼と共に、彼が信じてくれた自分自身を信じて。

 ――未来(あす)を、掴むために」

 

 大地のその回答を聞き終えた黒い影は煙のように消滅した。まるで、彼の答えに理解を得たかのように。

 それを見届け、何処か不思議な感情に苛まれながらも大地は再度ハイパードライブを加速させる。今度は自分の感覚でも前進していることを理解していた。

 

 時間の感覚は未だ戻らぬ中、大地はただ進んで行く。角笛の音が強くなっていくと共に空間が変化していき、色彩が黒へと変わっていく。出口が近い。大地はただ直感でそれを感じていた。

 

 

 

 

 

 空間が漆黒に染まった瞬間、角笛の音は止み代わりにか細く小さな……だが確かにその耳に、少女の涙ながらの声が聞こえてきた。

 

 

(……もうこれ以上、”ボク”の……”オレ”の……”私”の想い出を、踏み躙らないで……。

 

 ――お願い、だれか……)

 

 

 あの向こうで、誰かが助けを求めていた。

 其処に何を得たのかは分からない。

 だが防衛隊員としての使命なのか、ウルトラマンと共に在る者の責任感なのか、人としての正義感なのか……それは理解らなくとも大地はただ想いを強く固めていた。

「すぐに助けに向かう。」 たったそれだけを胸に秘めて。

 

 ただ一つ、大地が理解っていることは、「エックスなら絶対にこの声を見捨てはしない」という事だった。

 この先に彼が居るかなど理解らない。だけど、それでも――

 

 

 

 

 門と言うには歪な空間の穴が開き、ディメンジョンマスケッティは其処を通り抜けることで目指した本来の役目を果たした。大地の眼下に広がる光景は、何処か自分が知っているようで違う世界。間違いなく、異世界だった。

 

 

 このあと大空大地は、この世界に迫る未曽有の危機に、自らも知ることが無かった技術体系で戦う少女たちと共に対処していくこととなる。

 信じあえる心と力を交錯し、胸の高鳴りを重ね合わせ、手と手を繋ぎ合わせて皆で未来を掴むために――。

 

 

 

 

 end.



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。