ガノタの野望 ~地球独立戦争記~  (スクナ法師)
しおりを挟む

プロローグ

初めてお会いする方、はじめまして。 お久しぶりな方、お久しぶりです。 長らくお待たせしてすみません。 


PSPでガンダムゲームをやってたんだ…

 

うん。

 

 

そしたらいつの間にか船のブリッジらしきところに居た。

 

 

…なんで?

 

室内の真ん中に据えられた一段高い席に座りながら周りを見渡すと、ガンダムのマスコットキャラのハロが端末の前の席に鎮座してたり、室内をプカプカ浮いてた。 もっさりとした髭を生やしたハロまで居る…

 

そういえば重力を感じない。

 

あれ?

 

足が地面から浮いてプカプカと…

 

 

そこで席の脇に付いたひじ掛けにメモが貼ってあるのに気づく。

 

メモの内容は…

 

 

“拝啓、突然の事で戸惑ってるだろうけど落ち着いて読んでほしい。

 

私は君達人類の言葉で当てはめるのなら、神とも呼ばれる存在だ。

 

実は此方のミスで、君の存在を君の世界から消してしまった。

 

すまない。 本当にすまない。

 

君が居た元の世界では君が居たという記憶も記録も全て消滅してしまい、君が元の世界で生きるのは不可能になった。

 

そのまま放置すれば君の魂までもが消滅してしまうので、緊急措置として別の平行世界に飛んでもらったのだが…

 

 

重ねてすまない。

 

君が転移可能な世界が一つしかなく、しかもその世界は危険に溢れた世界なのだ。

 

更には君が今居る世界は、世界律が狂った世界で本来の歩むべき道から逸れた枝の世界なのだ。

 

本来歩むべきこの世界の姿は、異世界人の君も知っている。”

 

 

そこまで読むと、急に激しい頭痛が起こり、様々な映像と知識が流れ込んできた…

 

地球外生命体

 

地球侵略

 

生存を掛けた戦争

 

BETA

 

戦術機

 

オルタネイティブ計画…

 

 

 

「マ…ブラヴ? おる…た?」

 

 

えっ… 今居るのはゲームの世界…?

 

半ば茫然としながらも手紙の続きを読む。

 

 

“本来ならば、この世界も君がゲームとして知る歴史を辿るはずだったのだが、君がその場に居る原因ともなった我々、神が存在する高異次元世界の争いの余波で世界の因果律が狂ってしまった。

 

 

その結果、このまま歴史が進んでも、最終的にはこの世界の地球生命は人類も含めて滅んでしまう結末になってしまうのだ。

 

可能性を秘めた生命は貴重であり、我々のミスで失ってしまうのは余りにも惜しく、申し訳ない。 そして最早、細かな歴史修正ではどうにもならない現状で我々が下した決断は、歴史に大幅な介入を施し、本来は生存するはずのこの世界の地球生命の救済を行う事にしたのだ。

 

そこで勝手ながら、異世人たる君に我々の代行者として地球生命の為に戦って欲しいのだ。

 

代行者たる君には、制限付きながら必要な力を我々から贈らせて貰う。

 

君が此処に来る直前にやっていたゲームと、君の知識を元にした力を受け取って欲しい。

 

 

本来であれば我々が自ら行いたいのだが、我々が直接力を行使するとその不安定な世界が崩壊する恐れが有るため、君にしか頼めないのだ。

 

我々の失態に勝手に付き合わせて本当にすまない。

 

しかし、願わくばその世界の地球生命を助けてやって欲しい。

 

やり方は君に任せる。 だから、どうか我々の頼みを聞いて欲しい。”

 

 

 

 

え~… いきなり過ぎるよ。

 

 

なに、この超展開?

 

これは断れるのか?

 

ていうか、俺にそんな大それた事が出来んのか?

 

 

…現状は手紙と、さっきの知識の流れ込みで分かった。

 

俺本体は、見た目はそのままで能力はガンダムのエースパイロット、アムロ・レイと同等… なんて畏れ多い。

 

上着のポケットに入ったPSPを使って兵器の生産とか出来るらしい。 因みに技術レベルがあって、それによって生産可能な兵器と生産効率が左右される。レベルは何かを作ったり、開発してけば上がるのは、直前にやってたゲーム、ギレンの野望とちょっと違うな…

 

 

兵器の生産には資源を使わないが生産数に上限があり、拠点を増やせば上限は上がる。

 

 

「現在地は、マゼラン級戦艦アナンケに搭乗して6つの戦隊を率い、月と地球の間…ラグランジュポイントに位置するコロニーの周囲に待機中か…」

 

戦力は、マゼラン戦艦にサラミス巡洋艦と補給艦のコロンブス級。 艦載機はセーバーフィッシュにトリアーエズとボール。

 

あとはオープンタイプのコロニーが一基…

 

パイロットと艦の運営は高性能AIと擬似人格?を入れたハロがやるので人間は俺一人…

 

 

微妙…技術レベルが1だし、これでやれと?

「はぁ… 断れないんだろうな…」

 

え~と、現在の地球の時間は…

 

西暦1997年の1月3日か…

 

まだこの時期は日本は無事なのかな?

 

 

「え~っと、ハロ? 」

 

『ハロ!』

 

とりあえず地球の状況が知りたいので、ハロに声を掛けるとプカプカ浮いていたハロの一つが、羽のようなカバーをパタパタさせてこっちを振り向いた。

 

「あのね? 地球の世界情勢が知りたいんだけど…」

 

『ハロ!』

 

 

応えたハロが俺の席に近づき、口を開けてケーブルを伸ばすと椅子に備え付けられた端子に接続して 、ひじ掛けから端末とディスプレイを展開させる。

 

モニターに浮かぶのはBETAに真っ赤に染められた世界地図に、各国のメディア情報から機密情報まで…

 

希望が持てる情報が少ない…

 

 

現在の生産可能なMSは、ザクⅠ、Ⅱ…

 

原作通りに行っても救われない地球…

 

 

俺が何かをやらなきゃならない…

 

 

なんというリアルムリゲー…!?

 

 

 

駄目だ。 どうすりゃいいのか分からない。orz

 

 

いっそ吊るか?

 

待て待て。 諦めたらそこで試合終了のお知らせだ。

 

先ずは落ち着いて優先事項を考えよう。

 

…先ずは戦力を整える事かな?

 

手持ちの戦力じゃ何も出来そうにないし、生産数を増やして技術レベルを上げるために地球へ降りて土地貸してもらって拠点を増やす… 無理だな。

 

いきなり土地を貸して下さいと言っても貸してくれそうもないし…

 

そこら辺の交渉とかややこしそうだな。

 

…暫くはコロニーに引き込もって、技術レベル上げたりして細々と戦力を蓄えるか。

 

うん! そうしよう! 先ずは戦力を整えつつ、情勢の正確な把握に努めよう!!

 

 

「ハロ! 艦をコロニーの港に着けて。 あと、他の艦はコロニー周囲の警戒よろしく!」

 

『ハロ!』

 

俺の指示に従い、艦はゆっくりと向きを変える。 するとブリッジの横に円筒形の巨大な建造物、スペースコロニーの姿が流れ込んで来る。

 

「…シリンダーの中に街がある…か。 い言えて妙だな…」

こんな状況じゃなきゃ、素直に感動出来るんだけどな~

 

異世界に一人で住むには大き過ぎる家だな。 狭くとも楽しい我が家が恋しい…

 

しっかり者の兄貴と姉が居るから父さんと母さんは大丈夫だろう。 俺の記憶が消滅したらしいから、悲しませないで済むのは幸いだ…

 

 

 

…幸いなのか?

 

 

やべっ。 涙が滲んできた。

 

無重力だと、涙って周りに漂うんだ…

 

それすらも今は悲しいな…

 

『ハロ? シンジ大丈夫カ? オ腹イタイカ?』

 

「違うよハロ… 心配してくれてありがとう」

 

『シンジガンバレ! シンジガンバレ! ハロモガンバル!』

 

ハロに励まされた… 悪い気はしない。 更に涙が零れそうになるがグッと我慢する。

 

見れば周りのハロ達も俺を心配してか、羽をパタパタさせながら『ハロ、ハロ』と合唱している。

 

「大丈夫だよ、みんな。 …艦隊とコロニーに居る全てのハロに通信を開ける?」

 

『ハロ! 出来ル、出来ル!』

 

これから一緒にやって行くんだから、挨拶はしとかないとね。

 

『繋ガッタ、繋ガッタ』

 

 

「ありがとう。 …え~、みんな初めまして。 この度、みんなの指令長官? になった藤枝慎治(フジエダシンジ)です」

 

『ハロ、ハロ!』 『ハロ、初メマシテシンジ』 『テヤンデイ!』

 

通信スクリーンには他艦のブリッジに詰めるハロ、細いアームを伸ばして格納庫や機関室でメンテナンス作業を行っているハロに、食堂でキッチン帽を被ったハロが入れ替わり立ち替わり現れる。

 

一瞬、ライトグリーン色のハロ達の中に、ピンクのハロを見たのは気のせいだと思う。

 

 

「みんな宜しくね? 此れから俺たちがどんな風に成るかはまだ分からないけど、なんとかやってみようと思う。 だから皆で一緒に頑張ろう」

 

そう、頑張らなきゃいけない。

 

この世界で生きてく為には…

 

逃げ場なんて何処にも無いんだから…

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1ターン目 ガノタ、コロニーに立つ

サイド1・ロンデニオン

 

宇宙世紀の初期に造られた歴史あるコロニー。

 

外観は他のコロニーと同じく、円筒形に採光用のミラーパネルが三枚付いたオーソドックスな形のコロニーなので、外から見た時には気付かなかった。

 

機動戦士ガンダム 逆襲のシャアーの舞台の一つであるこのコロニーの街並みは、イギリスをモデルにした古い欧州の建築様式の建物が主流で、日本人の俺に異国情緒を感じさせる。

 

劇中では地球連邦政府の宇宙での政治的重要拠点の一つで、主人公アムロ・レイ大尉が所属するロンドベル隊の母港でもある。

 

 

電動自動車のエレカとリンクしたハロに連れてこられたのは、コロニーの中心部に建てられた一際豪奢で大きな建物。

 

確かネオジオン総帥のシャアと連邦政府高官が裏取引をしようとした場所だと思う。

 

その玄関口に降ろされると、蝶ネクタイに髭を描いたハロと、メイドさんのカチューシャを着けたハロが出迎えてくれた。

 

『ハロ、ゴ主人シンジ』

 

「…こっこんにちは」

 

本当にハロしか居ないんだな…

 

ピョンピョンと跳ねながら進む執事ハロに通されたのは、如何にも貴族趣味的な執務室のような場所だった。

 

『座レ、座レゴ主人』

 

「…ありがとう」

 

広い部屋の奥に、窓を背にして置かれた高そうな机… そこに座れと言うのか?

 

恐る恐るこれまた高そうな椅子に腰掛けて、クッションのあまりの柔らかさに驚き腰を浮かしかける。

 

『オ茶ガ入ッタゾ。 飲メ、飲メ!』

 

「どっどうも…」

 

球体からひょろ長い手足を伸ばしたメイドハロが、ティーセットを乗せたカートを押してやって来てお茶を勧めてくれる。

 

手にした白磁に綺麗な模様の描かれたカップの中身は緑茶だった…

 

『美味イカ? 美味イカ?』

 

「…美味しいけど、何で緑茶?」

 

『シンジ緑茶好キ!』

 

…何で俺の好みを知ってるんだ?

 

…深く考えるのは止めよう…

 

 

「うん、そうだね。 有り難う、美味しかったよ。 次からはティーカップじゃなくて湯呑みに淹れてくれると、もっと嬉しいかな」

 

『ワカッタ、ワカッタ! 任セロ!』

 

 

「お願い」と言ってそのままメイドハロには下がってもらった。 後に残るのは俺と執事ハロ。

 

溜め息を一つ吐いて改めて室内を見回す。

 

壁には掛けられたアンティーク時計がチクタクと刻を刻み、重厚な本棚にはハードカバーの本が隙間なく整然と並べられている。 目線を下にやれば真っ赤な絨毯がフカフカと床を敷き詰め、部屋の中央には高級品であろうソファーとテーブルの応接セットが置かれている。

 

 

部屋に自分が釣り合ってないが、此所がコロニーでの仕事場のようなのでパーカーのポケットからPSPを取り出して仕事を始める事にした。

 

先ずは戦力の把握から、現在6隻のマゼラン級戦艦と24隻のサラミス級巡洋艦にコロンブス級補給艦が20隻ある。

 

機動兵器は、艦載機として作業用ポッドに最低限の武装を施したボールに戦闘機のセーバフィッシュとトリアーエズ。

 

コロニーの直援にも同じ機動兵器が搭載されている。

 

 

生産可能な兵器は…

 

 

航空機に艦船、戦車か…

 

「…はっはっはっ。 どう考えても地上では戦術機の方が強そうだ」

 

戦闘機や爆撃機を飛ばしても、BETAの長射程、高精度を誇る光線種の良い的だ。

 

海上艦は…使えない事もないが微妙。

 

後は61式戦車か… 戦力には数えられるかもしれないけど、この世界の主力兵器、戦術機に比べたらね~…

 

 

あっ! ザクⅠとⅡは作れるんだった!

 

確認、確認。

 

 

 

…コストが高い。

 

 

あれだろうな。 この能力のベースになったのが、シミュレーションゲーム・ギレンの野望の連地球邦軍データがベースになってるから敵軍のジオン公国軍の兵器は敵国技術なんでコストが掛かるんだろうな…

 

ザクⅡ3機分のコストでボールが9機、戦車なら15両は作れる。

 

それだけのコストに見合う戦力かと言われれば首を捻らざるを得ない。 無重力化下の空間性能には文句はないが、BETAとの戦闘は重力下の地上がメインだろうからザクのスペックだと戦術機の方に分があるように思う。 

 

空間戦闘でも、たまに来るであろう宇宙からの飛来物、BETAの降下ユニットだか航行ユニットだかが仮にコロニーに向かって来ても、マゼランやサラミスに現艦載機で対応出来ると思う。

 

手が足りなければコストの安いセーバーフィッシュを増産すれば、コロニー防衛には充分だろう。

 

資源を使わなくても、生産ラインには限りが有る。 PSPから発せられた生産指示は、コロニー内のファクトリーエリアでオートメイションで作られる。 そして製造ラインには限りが有り、コスト=手間暇が掛かる物ほどにラインを占領してしまう。

 

先程のザク3機でボール9機と言ったのは、一つのラインでザクなら3機を作るのに3日、ボールなら一日で3機出来ると言う意味だ。

 

今現在、コロニーの生産ライン数は10本有る。

 

この十本を効率的に使わなければならない。

 

 

「ボールだとフルにラインを使って一日に30機。セーバーフィッシュと半々で作るか」

 

PSPの決定ボタンを押して生産を開始。

 

次にコロニー内の運営状況を見てみる。

 

ロンデニオンコロニーの総人口は、一人。 各種ライフラインは正常に稼働中。食糧自給率は500万人まで養える生産量を誇り、今のところ一人だけなので余った食材は保存しているとの事。

 

「…食糧と引き換えに、土地貸してくれないかな?」

 

この世界の食糧事情は悪かったはず。 生存圏を狭められ大勢の難民が発生したおかげで、まともに三食食べられるのはお偉いさんと軍人さんが優先させられる。 おまけに、食べられても人工食糧だかなんだかの合成食品が不味いので、皆我慢してるんだよな…

 

コロニー内生産用に品種改良されているとはいえ、殆どが天然物食品だから良いとは思うけど、それで土地を貸してくれるかはこれまた微妙だな。

 

 

そんな事を考えつつも、PSPを操作して現状の把握をしていく俺。

 

日用品は居住区の工場で、兵器の補給品はファクトリー区画の別ラインで在庫状況に合わせて生産される。 追加生産も受け付けるのか…

 

後で視察がてら日用品を買いにいこう。

 

服装も部屋着のパーカーとジーンズから着替えないと、この部屋とミスマッチ過ぎる。

 

 

異常な状況に置かれても服装に気を配る余裕があるのは、元の性格故か適応性の高いニュータイプの能力を付加されたためか…

 

 

 

その後もコロニー内のマップや部隊配置等を確認していると、いつの間にか窓の外は暗闇に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

「お忙しい中、緊急の召集に集まって頂き有り難うございます。 皆様の耳にも届いているとも思いますが、先ずは此方を御覧ください」

 

スーツ姿の男性がそう言って合図を送ると議場の明かりが落とされ、演台の後方に設置された巨大プロジェクターに映像が映し出される。

 

漆黒の星の海に月をバックにして浮かぶ三枚羽の円筒形の建造物に、国際連盟議場に居る各国の要人達が静かに息を飲んだ。

 

 

「この映像は12時間前に、月と地球の中間地点、アメリカ宇宙軍と日本帝国宇宙軍の管轄境界線上に表れたものを撮影したものです」

 

遠方からの多角で撮られた映像がプロジェクターに映し流れて行く。

 

映像が切り替わる度に日本帝国とアメリカ合衆国の国連大使を除く人々がどよめき騒ぐ。

 

そんな中、映像は静かに流れある場面で停止された。

 

それは最大望遠で写し出されたアップの映像。 街並みの様な物が見える円筒形の内部と、それを背後に守るようにして砲口をカメラに向ける戦闘艦と思われる宇宙船。

 

議場に集まった人々は絶句した。

 

 

「…ご静粛に。 この映像に映っている円筒形の巨大な建造物は、専門家が映像を検証して計測したところ全長約35km、直径が6km超の大きさであるとの見解が報告されました」

 

進行役のスーツ姿の男性の言葉に議場は再び騒然となり、皆が口々に「バカな!」 「有り得ない!」と口にする。

 

「建造物と一緒に映っている戦闘艦とおぼしき宇宙船の方は二種類が確認され、緑色の大型艦が全長300m超。 小型艦の方でも200m超だと推測されるそうです。 映像から確認出来た数だけでも20隻を超える数が確認され、また艦船の間を行き交う噴射炎が多数確認されている事から艦載機を搭載している可能性も専門家から示唆されております」

 

 

もはや唖然として言葉を発する事が出来ない各国大使達。 そんな中でアメリカ合衆国と日本帝国の大使だけが腕を身動ぎせずに黙していた。

 

 

騒然とした中でいち早く気を取り直した黒髪に焼けた肌の男が、洒落た仕草で議長に向けて手を軽く上げて発言を求めた。

 

「イタリア大使」

 

「有り難う。 …年が明けたばかりでエイプリルフールにはまだ早いと思うのだが? 仮にこれが事実だとしても、その宙域を担当する偉大なるアメリカと誇り高い日本の優秀な兵士達は何故ここまで近づかれるまで気付かなかったんだい?」

 

名前を挙げられた二国の大使はその言葉に僅かに眉を動かしたが、それだけで今は納めた。

 

進行役の男はそれを目だけを動かして確認すると白い歯を見せるイタリア国連大使に向き直り説明する。

 

「数年前の天体観測記録から調べましたが、あの宙域に向かって進行する物体は何もありませんでした。日本とアメリカの宇宙軍が記録していた映像でも、あれが現れる一時間前には付近には異常はまったくみられません。 あれはあの宙域に突然表れたのです」

 

 

「それであれは何者なのかね? 何かしらの接触は?」

 

白いスーツを着た金髪の男性、フランス国連大使が優雅さを感じさせる口調で話に割り込む。

 

「今現在までに相手からのアクションはありません。 何者なのかも… 人類なのかBETAなのか、それとも…」

 

「あれに関する対処は、我が軍とアメリカ政府が責任を持って対応するので任せてほしい」

 

進行役の言葉を遮ったのは今まで黙って座っていたアメリカ合衆国国連大使だった。

 

 

「ほう… それは何故ですかな?」

 

アメリカ大使の言葉に返したのは、薄い笑みを崩さないフランス大使。

 

「我々の管轄で起きた事だ。 故に我々が対処する。 それだけだ。 …それに今はBETAへの対応で各国に余裕はあるまい? ならば余力のある我が国がやるしかない」

 

「…ほうほう。 貴方の国のお心遣いには痛み入りますな~」

 

「待って下さい。 あれの対応には我が日本帝国も参加させて頂く」

 

 

今度はアメリカと同じく、黙りを決め込んでいた日本帝国国連大使が話に割り込んで来た。

 

 

「…失礼だが、貴国にそれほどの余力が有るとは思えないのだが?」

 

「いえいえ、貴方の国ばかりに苦労を掛けるのは心苦しいのですよアメリカ大使殿」

 

 

睨み合う日本、アメリカの両大使。そこに割り込むのは笑みを絶やさないフランス大使だった。

 

「宜しいのでは? 合衆国のみに任せるのは他の国々も心苦しいでしょうし、ここは我々の代表として日本帝国にアメリカと一緒に動いて貰うと言うことで… 合衆国は単独でも行動出来ますので、日本帝国には我々フランスがEUを代表して後方支援をさせて頂くと言う事で…」

 

そこまで言うとフランス大使は、イギリス、ドイツ等のEU加盟国の国連大使を見回し、頷きの肯定を得た。

 

この状況にアメリカ大使は歯噛みし、日本大使はなんとも言えない気分になった。

 

今回の国連緊急召集を掛けたのはアメリカ。 彼の国は軍の撮影したとある映像を見て、正体不明の勢力との交渉をあわよくば独占するつもりだった。

 

既にある程度の情報が各国に流れ始めてはいたが、その映像の情報は流れていない今ならば国連認定で交渉役として認めさせるチャンスを得ようとしたのだが、気になるのは日本帝国も同じ映像を軍から得ていないかだった。

 

杞憂は現実となり、捩じ込む日本と後押しするフランス。 彼の国は良く利く鼻で何かを嗅ぎ取り、ちゃっかり便乗してきた。 EU諸国も、イギリス本土防衛強化並びにユーラシア大陸奪還の為の戦力増強にアフリカ防衛で余力があまり無く、今のところはEU加盟国のフランスを潜り込ませておき後に益となるようであればフランスを足掛かりに入り込む腹積もりであった。

 

ソビエト連邦と中華人民共和国は地球上の最初のハイブ、オリジナルハイブの攻略戦において欲を出して失敗し、ハイブの定着と光線種の出現を即す失態を犯した事と、国土を失い余力も無い事で今回の未知なる勢力との交渉は様子見する事にした。

 

あわよくは自分達に被害が出ない形でアメリカが交渉を失敗して、発言力が低下するのを望んではいたが…

 

 

未だに国土の大半を有するオーストラリアも今回は静観して益のある方へ付くつもりで水面下交渉に入ろうとしていた。

 

 

その他の国々には発言する力もなく静観する構えで事態を見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

ロンデニオン・コロニー

 

 

 

「へぶしっ!」

 

くしゃみして目覚めた。

 

何か変な事が起きなきゃいいけど…

 

 

『ハロ! シンジ起キタ?』

 

「…おはようハロ。 朝から元気だね…」

 

低血圧でぼーっとする頭を軽く掻きながら体を起こす。

 

執務室でPSPを弄り、腹が減ったのでコックハロが切り盛りするハロ食堂で軽く夕食を摂ってシャワーを浴び、バスローブ姿で就寝した昨日を思いだし軽くため息を吐く。

 

 

安物の簡易ベッドから降りてスリッパを履き、目を醒ますために部屋の隅に据え付けられた洗面台へとノソノソと歩く。

 

最初に寝る場所としてハロに案内されたのは、天蓋付きの金持ちベッドのある部屋だったが、そこで眠る気になれずに一般職員の仮眠室らしき部屋に腰を落ち着けて眠った。

 

スチール机にテレビにパソコン、洗面台にシャワーとトイレが付いた10畳ほどの部屋の壁に収納出来る簡易ベッドの寝心地は中々のものだった。

 

少なくとも庶民の俺には溺れそうな柔らかさのあのベッドよりは此方のほうが落ち着く。

 

 

蛇口を捻り冷たい水を出して顔を洗う。 水を顔から滴らせてボーっと蛇口を見つめる。

 

(科学の粋を凝らして作られたコロニーなのに、蛇口のデザインが古くさいな… ああそうか。 確か懐古趣味的なデザインが、真空と壁一枚隔てて生活するスペースノイドに落ち着きをもたらす設定だったっけ?)

 

水が蛇口から流れて排水口に吸い込まれるのを眺めながら、今日の朝食の事を考えた。

 

 

 

「しかし何だね? 我々の計画予定宙域にあのような物が現れるとは、どんな神の導きだろうね?」

 

星条旗が掲げられた部屋の執務机で、両手と足を組み白髪を撫で付けた初老の男性が青い目を細めて来訪者に語り掛ける。

 

「はっ、我々の計画にとって追い風になる存在である事を願います。 さもなくば…」

 

制帽を脇に挟み、多数の勲章をぶら下げた軍服の男は姿勢を正し、踵を鳴らして目の前の白髪の男性に答える。

 

「物騒だね君は…? それに“我々の”ではなく、あの計画は人類という種の為の計画だ。 故に“我々の”という言葉は不適切だよ…」

 

目を閉じた憂いを滲ませる顔を俯かせて白髪の男は軍服の男に語る。

 

「はっ! 申し訳ありません大統領閣下」

 

「…大統領。 アメリカ合衆国大統領…。 私は先人達の偉業に泥を塗る最低の大統領として記憶されるのだろうね…? それだけじゃない、私は今現在BETAと戦っている合衆国軍兵士… いや、世界中で人類の勝利の為に献身する人々を、この計画を進める事で裏切り続けている…」

 

「閣下… その様な事はありません。 貴方は歴代のどの大統領にも劣らない人物です。 貴方以外の誰にこの計画の英断が下せたでしょうか? 貴方以外に居りますまい。 貴方は人類と言う種を後世に残すために、苦渋の決断を下した… 貴方はガッツのある方です。後世に嘲られるべきは、事態に勝利の希望を見出だせない軍人たる私です閣下」

 

合衆国大統領と呼ばれた男は、古い友人の言葉に苦笑を洩らして和らいだ目を向ける。

 

「君は今も昔も最高に頼りになる私の大切な友人だよ将軍? 私は君以上に勇敢で有能な軍人を知らない。 私が保証する、だから誇っていい」

 

「はっ!ありがとうございます閣下」

 

「…お互いに年を取ったものだね… 君と一緒にファントムに乗って戦場を駆けずり回り、あのクソッタレBETAと戦っていた頃が懐かしいよ… あの頃も苦難の連続だったが、人類と祖国の勝利を微塵にも疑わなかった…」

 

「…はい」

 

在りし日の光景を細めた瞳で思い返し、懐かしくも悲しい思いに狂おしくなる二人。

 

 

「戦って、戦って…戦い抜いた。 しかし、長い戦いで若さとともに希望を失っていった… それでも諦めきれずに、より大きな力を求めて私達は上を目指した。 地位を得て、より大きな力で戦いを挑んだ。 …持てるものも使えるものも全てを使った。 だが、BETAはその悉くを嘲笑うかの様な物量で押し潰していった…」

 

「閣下…」

 

「神を信じ、国を国民を信じ、人類を信じたが… 光を私は見出だせなかった… 調査機関の計算では、人類に残された時間は最長で10年… 次代の大統領…人類に望を掛けるには余りにも時間が無さ過ぎる。金持ち共が提案した地球脱出計画を各国の人間を平等に受け入れる事を条件に認めたが…」

 

 

「国連に第5予備計画として近々採決するご予定だと…」

 

「そうだ… 第4計画を推し進める国々とは揉めるだろう。 しかし、人類を後世に残す為に打つ手は多い方が良い。 仮に各国が一丸となってBETAと戦い、それで勝って生き残る希望が僅かにでもあるならば私は協力を惜しまないつもりだ。 しかし、第4計画は余りにも不確定要素が多過ぎる… それに人類の種としての命運を全て掛ける事は私には出来ない。私は少しでも可能性が高い方に賭ける」

 

 

大統領の握り締めた拳から血が滲み出し赤い絨毯に落ちて行く。

 

「たとえ新型爆弾を持ってしても地球上の人類の未来は… 永久に汚染された土地でどうやって復興しろと? 汚染されていない土地だけでは地球上の全人類は養えない。 口減らしか? 戦争が起こって自滅するだけだ… 地球上のBETAを倒したとしてもそれで奴等との戦いが終わった訳ではない。 むしろ今まで以上に苦しい戦いになるだろう… 食料を始めとした物資生産の不足、貪欲に犠牲を求める戦争で磨り減る人口…」

 

疲れ果てた老人は椅子に沈み込んで静かに目を閉じた。

 

「我々はダメだったが、新天地で生き残った新世代の人類がBETAを…」

 

老人の小さな呟きは誰の耳にも届かず室内に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2ターン目 作戦ターン

 

 

 

 

V作戦。

 

 

それはジオン公国に追い込まれた地球連邦軍が発案した起死回生の一手。

 

連邦軍初のMS(モビルスーツ)開発計画。 別名RX計画とも呼ばれる。

 

朝定食(鮭の切り身)を食べた後に執務室でPSPを起動させたところ、画面の項目に昨日は無かった項目を見つける。

 

“特別”と言う見知った項目に期待を寄せながら開いてみると二つの作戦プランが…

 

 

→“V作戦”

 

“ビンソン計画”

 

 

「ブホッ!?」

 

リアルで吹いた。

 

 

やべぇー、キタコレ!

 

V作戦。 平たく言えば、ガンダム開発計画。 作戦発動することにより、戦闘機にしてMSのコックピットにもなるコアファイター、MSのガンタンク、ガンキャノン、ガンダムに、これらを運用する母艦ペガサス級が開発される事になる。

 

また、ビンソン計画はマゼラン級とサラミス級にMSの運用能力を付けて、いっぱい作ろうぜ! という計画だ。

 

 

ビンソン計画は一先ず置いておき、V作戦を発動させる。

 

『さて、ジャブローのモグラ共を説得するかな…』

 

「えっ…?」

 

『ハロ?』

 

「えっ…?」

 

いつのまにか部屋に潜り込んで居た連邦軍の制帽を被った髭もさのハロと見詰め合う。

 

 

ともかく作戦発動後に開発欄を見てみると、早速コアファイターとペガサスの開発プランが出ていた。

「コアファイターは明後日に、ペガサスは一週間後に完成って、はやっ! ちょっぱや!」

 

嬉しい誤算だ! ワショーイ!

 

 

ついでにビンソン計画も発動してマゼランとサラミスの改良型を開発する。

 

マゼランは4日、サラミスは3日後に完成予定だ。

 

 

「よっしゃー! 連邦宇宙軍再建するぞーー! 地球連邦軍ばんざーーい!!」

 

 

再建じゃなくて、新設だけどね。

 

「ふんふふーふーん♪ ふんふふーふーん♪ ふんふふーふーんガンダム~♪ …そういえばハロ? 昨日は寝てる間に異常は無かった?」

 

昨日は疲れてぐっすりだったが、一度だけ嫌な予感がして目が覚めた事が気になっていた。

 

『ハロ! デブリガ一ツコロニーニ向カッテ来タカラ撃チ落トシタ』

 

「ふ~ん。 被害は出なかったの?」

 

『ナイ、被害ナイ』

 

スペースコロニーだからデブリ対策は万全か。

 

 

今日はボールとセーバーフィッシュの生産ラインを減らして、空いたラインでコロニー内の防衛用に61式戦車を少数生産しよう。

 

 

今日の昼食は何にしようかな?

 

 

 

 

 

 

 

星の海を渡る船があった。

 

船体に、白地に赤丸の国旗を描いたその船は、音の届かぬ真空の空を静かに進んでいた。

 

船の名前はアシガラ。 日本帝国宇宙軍に属するものだった…

 

 

「艦長、予定宙域に間もなく到着します。 タイムテーブルに遅れは有りません」

 

「ご苦労」

 

船内ではあるミッションを受けた宇宙服姿の兵士達がコンソールを見つめながら自が職務を全うし、あらゆる事態にも対応しようとしている。

 

「…アメリカ軍の宙域にレーダー反応有り、アメリカ宇宙軍の艦艇と推測。 …観測員も確認。 無線確認を行います。 こちら日本帝国…」

 

「やれやれ。 向こうさんもお早いお着きで」

 

口髭を蓄えた30第後半の男は、宇宙ヘルメットを外して被っていた制帽の位置を直してぼやく。

 

およそ18時間前に補充された新兵の慣熟を兼ねた警戒任務に就いた彼らは、その任務の途上で日本帝国側で初めて“アレ”を目撃した部隊だった。

 

その後彼らは本来の任務から解かれ、新たな任務として“アレ”の監視を続けている。

 

 

半日ほど経ち、艦長が帰りの燃料等をそろそろ考えていた頃に、宇宙軍指令部からまた新しい任務が 下される。

 

不明存在への接触である。

 

通信、出来れば直に会って少しでも相手の正体を探れと言う普通の軍人とは畑違いな任務を上層部に押し付けられ、命令を受理した時に艦長の顔は歪んでいたと言う。

 

「帰りには補給物質を満載した輸送艦を迎えに寄越すなんて、上も大盤振る舞いですね艦長?」

 

「帰れればな」

 

 

若い副官の言葉に苦笑を交えつつ答える艦長。

 

「脅かさないで下さい。 少なくともBETAの様に問答無用で攻撃はしないと私は愚考します。 我々が見た光学兵器の威力と射程なら… 彼らにその気が有れば我々は既に蒸発しているでしょうから」

 

「…そうだな。 年を取るとどうにも悲観的に見る癖が付くようだ。 よし! 彼等の気が変わらない内に挨拶と行くか」

 

「了解! 全ての通信回線をオープンにして、アンノウン(所属不明)に通信を送れ!」

 

 

 

 

 

 

 

「先ほど照会のあった日本帝国宇宙軍所属のアシガラが、全方位回線でアンノウンに通信を送り始めました!」

 

薄暗い室内にベッドセットを着けた若い通信兵の声が響き渡る。

 

「ふむ、速きこと風の如しか…」

 

「艦長、何ですかそれは?」

 

「日本の過去の将軍が残した戦法の一つだよ」

 

「はぁ。 …向こうに先を越されてしまいました」

 

「我々も予定通りに…」

 

 

アシガラと目標も目的地も同じにして、同宙域を進むもう一つの艦影。

 

アメリカ合衆国宇宙軍に所属する宇宙艦“リバティープライム”。

 

宇宙軍指令長官から大統領直々のオーダーを受けた同艦は、進宙一年に満たない真新しい姿を漆黒の宇宙(そら)に輝かせていた。

 

 

サイズ的にはアシガラとさほど変わらないが、アシガラが6年前のロートル艦で リバティーが最新鋭艦ということもあって、性能には格段の開きがあった。

 

もっとも、アシガラ乗組員はその差を技量で縮めようと切磋琢磨しているが…

 

 

 

そのリバティのブリッジ、艦長席に座るのは、軍人としては珍しく金髪を背中の中ほどまで伸ばした30半ばの男性だった。

 

彼の隣には副官とおぼしき眼鏡の女性が立っていた。 年は20代半ばと思われ、プラチナの髪をアップに纏め理知的な顔に細く切れ長な目が見るものに冷たい印象を与えている。

 

「了解しました艦長。 オープン回線で此方からもアンノウンに向けて通信を送れ! 各員は第二種警戒体制から第一種警戒体制に移行! 不測の事態に備えろ!」

 

副官の指示に、俄に活気づくブリッジを見て艦長は満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

ロンデニオン・コロニー

 

 

お昼ご飯を食べようと、執務室からハロ食堂へ向かっている道中に、頭の中で閃光が疾った…

 

 

「おぉう… 嫌な予感とプレッシャーを感じる…」

 

思わず辺りを見回し異常が無い事を確認。 どうやら見えないところで何か起きてるみたい…

 

 

『ハロ! 緊急! 緊急!』

 

「聞きたくなーい!」

 

 

そこに「ていへんだ! ていへんだー!」と言わんばかりの雰囲気のハロが飛び込んできたので耳を塞いでしまった。

 

 

そんな事をしてもどうにも為らないので仕方なくハロに事情を聞くと、オープン回線で通信を送りながらコロニーに近付く二隻の艦…アメリカ合衆国と日本帝国の軍艦が近付いて来ているとの事。

 

…わーお。 うっかりしてたよ、そうだよね~こんなデカイもんが地球と月の間に在ったらそりゃ~気付かない筈はないよね~。

 

『艦隊警戒体制!シンジガ許可シタラ撃チ落トス!』

 

らめぇーーーえ!!

 

撃ち落としちゃダメー!!

 

なに喧嘩を売ろうとしてるんですかハロさん!?

 

『喧嘩ハ気合イト先制パンチ!』

 

 

「喧嘩じゃねえ! 戦争になるわ! アンタは本当にハロか!?」

 

『チェッ』

 

「かわいくねーー!!」

 

 

恐いよハロ。 ん? ピンクのハロ?

 

『ミトメタクナーイ!』

 

あっ逃げた…

 

 

 

何で種ハロが混ざってるんだ?

 

 

 

…今はそれよりもお客さんの対応か。 通信機能付きの執務机が有るのを思いだし、踵を返して戻る事にした。

 

 

 

 

執務室へと戻り、椅子に腰掛けても直ぐには通信を開かずに、先ずは身嗜みを整える。

 

長めの癖毛を手櫛で撫で付け、朝方にハロが着替えとして用意してくれた一年戦争当時の連邦軍士官服の皺を伸ばして深呼吸…

 

どう対応するか考えてはいないが、出ないわけにもいかない。 こうなったら行き当たりばったりの当たって砕けろだ! いつかは接触しなきゃならん相手だ。

 

震える指でコールボタンを押して通信担当のハロを呼び出す。

 

 

『ハロ?』

 

「コロニーに近付いてるアメリカと日本の艦に通信を繋いでくれ、…待った! 先ずは受信だけして相手の通信を聞かせてくれる?」

 

『ハロ!』

 

ザッザザ…

 

 

…れ々はアメリカ合衆国宇宙軍所属艦・リバティプライム。 貴殿らはアメリカ合衆国の宙域を侵害している。 先ずは通信を開いて此方との話し合いに応じて欲しい。 我々に敵対の意思は無いので信用して頂きたい。 繰り返す…

 

 

ザッザザ…

 

 

 

…は日本帝国宇宙軍所属艦・アシガラ。 貴方達は日本帝国の警戒宙域に入っている。 事情聴取の為、先ずは通信回線を開いて話し合いに応じて欲しい。 また此方には敵対の意志が無い事を日本帝国政府が保証する。 賢明な判断を期待する。 繰り返す…

 

 

「ポチっとな」

 

 

通信を一旦切り、机に両肘を突いて組んだ両手で口元を隠すポーズで考える。

 

領宙侵犯してたか… こりゃ不味い。 攻撃されても文句は言えないのに、両国とも話し合いで対応したいと言ってきてるのは有難い。

 

確かコロニーには姿勢制御と移動用のバーニアが付いてたな? よし! 取り敢えず謝って直ぐに移動しよう。 罰金とか罰則が発生するなら、コロニー銀行に保管されている金塊と保存してある天然食料で許して貰おう。 ポチっと…

 

「ハロ。向こうと通信を繋いで」

 

『ハロ!』

 

 

 

「んっ、んっ! …此方はロンデニオン・コロニー管理者です。 アメリカ合衆国並びに日本帝国の方々、応答願います」

 

 

通信回線をオープンにすると相手の画像がウィンドウ内に表示された。

 

ぶっちゃけそこら辺の規格が合うのに少し驚いたがそれは置いておこう。

 

ウィンドウ内の画像は2つ。 アメリカと画面の隅に表示されている画像にはブロンド長髪の渋めの男性が、日本帝国と表示された画像には口髭がダンディズムを誘うナイスミドルな男性が映し出されていた。

 

「初めまして。 私は当コロニー、ロンデニオンの管理者でシンジ・フジエダと申します。 以後、宜しくお願い致します」

 

先ずは挨拶を。 名乗りを逆にしたのはちょっとした誤魔化しだ。 これなら日本人のような日系人のようなで相手も判断がつけにくいだろう。

 

因みに会話は英語だ。

 

「初めまして、私はアメリカ合衆国宇宙軍所属、リバティプライムの艦長を勤めるジョン・イーストウッド大佐です。 この度は通信に応じて頂き感謝致します」

 

えらく柔らかな物腰のアメリカ軍人さんが敬礼してくれる。

 

「自分は日本帝国宇宙軍所属、アシガラの艦長を勤めております坂田 弥彦大佐であります。 通信に応じて頂き感謝します」

 

これまた実直そうな帝国軍人さんがビシッと敬礼してくれる。 此方も敬礼を返さないと不味いかと思ったので敬礼してみる。

 

「お勤めご苦労様です。 え~あなた方の宙域に私どもが入ってしまったというお話ですが?」

 

「…あぁソーリー。 あなた方…ロンデニオンコロニーでしたかな?」

 

「はい」

 

イーストウッド艦長が俺を少し驚いた表情で見ていたが直ぐに元に戻った。

 

「ロンデニオンコロニーはアメリカ合衆国の管理する宙域に侵入しております」

 

「失礼。日本帝国の宙域にもです。 正確には両国の宙域境界線の上を跨ぐ形ででありますが…」

 

わーい。 どんだけミラクルな領宙侵犯なんだよ…

 

「すみません。 直ぐに移動しますんで攻撃は勘弁して下さい」

 

土下座したくなる気分を押さえて頭を下げて謝る。

 

すると二人の艦長は驚いたかのように目を見開き、俺を凝視している。

 

「ミスターフジエダ。頭を上げて下さい」

 

「そうです。我々が困ります」

 

「罰則ですか? 罰金ですか? ちゃんと払いますんで核ミサイルをぶち込むのは勘弁して下さい」

 

「「いやいや、いやいや」」

 

 

早くも俺の異世界人生終了か!?

 

「取り敢えず落ち着いて下さいフジエダさん。当艦にもアメリカさんにも攻撃の意思は有りませんから」

 

「そうですよミスターフジエダ」

 

おおう!? 何て寛大な軍人さんなんだ。 ゲームでは大半がピリピリした軍人さんばかりだったからミサイル撃たれるかと思ったよ!

 

「…すみません、取り乱してしまって」

 

「いや? 私は何も聞かなかったし見なかった。 坂田艦長もそうですよね?」

 

「…ええ。 私も知りませんが?」

 

人の情けが身に染みる…

 

 

「それで話を戻しますが、ミスターフジエダ? 取り敢えず今回は我々が幾つか質問をしますのでお答え願いますか?」

 

「…答えられる事ならば」

 

「有難うございます。 坂田艦長、申し訳ないが先に此方から質問させて頂きたい。 回線はこのままオープンにしますので我々の質問と同じ内容以外の質問は此方が終わった後で…」

 

「…よろしいので?」

 

「どうせ似たり寄ったりの質問でしょうから。 本格的な質問は後日、政府の役人が行うでしょうし…」

 

「…了解しました。 その方が時間の節約になってフジエダさんの負担も少ないでしょうし」

 

ええ人達や。 ええ人達すぎて安心したのか、腹が減ってきた。

 

 

「…そうだ。 お二人は食事はお済みで?もしまだでしたら当コロニーでご一緒にどうです?質問はその後に…」

 

少しでも相手の心象を良くするために食事に招待しよう。 いやさ、泊まっていって貰おう。

 

 

…いや正直、だだっ広いコロニーで独りで居るのも寂しいしね。 ハロが居ても人肌が恋しいのよ、こっちに来たばかりだし。

 

 

「それは…有難い申し出だが…坂田艦長?」

 

「ええ、…よろしいのでは? 本国も了承するでしょうし。 連絡は入れて置いた方が良いでしょうが」

 

イイ男二人がウィンドウ越しに顔を合わせて相談する姿は、そっち系の人が見たら喜びそうだな~。 ていうか、来てくれないかな~

 

 

「…了解いたしました。 ご招待をお受けします」

 

「此方もお邪魔させていただきます」

 

やたー!

 

「それでは迎えの船を出しますのでそれに付いて港にお入り下さい。 大したおもてなしも出来ませんが、食材の量は豊富に有りますので宜しければ手の空いた方もお越し下さい」

 

 

「有難うございます。 それでは後ほど…」

 

「失礼します」

 

「ロンデニオンコロニーは皆様のご到着を御待ちしております」

 

 

そこで一旦通信を切り、各々が食事会の為に動き出す。

 

コミュニケーションは大事だよね? いずれはこの世界の人々とも交流しなきゃならないんだから、遅いか早いかの違いだ。 …でもちょっとだけ早まったかな?とは思う。

 

まだこの世界の詳しい情勢とか分かんないけどさ、もしかしたら招待した艦の人達に拘束されたりするかもしれないけど、俺一人じゃ何も出来ないから、この世界の人達と一緒にやってかないと生き残るなんて無理だし…

 

いかんいかん。 ネガティブしたらポジティブに切り替えないとね。

 

「ハロ? お客様の迎えにサラミスを二隻行かせて? 後は…港に迎えの車も用意して… 俺もお出迎えするから玄関に車を廻しといて。 ハロ食堂も綺麗に掃除しといてね?」

 

『ハロ! 了解、任セロ!』

 

「宜しくね~」

 

 

 

 

 

 

アメリカ合衆国宇宙軍・リバティプライム

 

 

「…皆様のお越しを御待ちしております」

 

通信モニターの映像が途切れてブリッジが静寂に包まれる。

 

今まで対応していたイーストウッド艦長は敬礼を解くと、息をゆっくりと吐き出しながら艦長席のシートに体を沈めた。

 

目を閉じて少し項垂れる形になって黙考する彼に、傍らに立った美しい副官は声を掛ける。

 

「よろしいので?」

 

彼は姿勢を変えることなく、口元だけを僅かに歪める。

 

「構わないよ。 大統領からの指示は可能な限りの接触と情報収集だ。 政府の役人達も俺達が先駆けとしてロンデニオンコロニー内部に入った前例が有れば後々有利になるだろう。 逆にここで断って日本に一歩先に行かれるのは不味いだろうしな? もっとも日本もうちと同じだろうけど…」

 

 

そこで言葉を区切り、制服のポケットをゴソゴソと漁りストローの付いたチューブを取り出して口を付ける。

 

「…相変わらずこのチューブコーヒーは不味いな。 だいたい、コーヒーの旨みの元である香りが楽しめないのはナンセンスだ」

 

顔を歪ませながら飲み干したチューブをクシャリと握り潰してポケットに突っ込む艦長を副官は呆れた表情で見ていた。

 

「そんなにお嫌なら飲まなければよろしいのでは?」

 

「宇宙飲料でこれが俺にとって一番ましなんだよ」

 

先程までの冷静な態度とは打って代わり、子供の様に舌を出して悪態を付く艦長。

 

「…艦長。地が出ています」

 

「…ああー、向こうでは美味いコーヒーが飲めるといいな~。 …若い責任者だったな?」

 

「はい…」

 

「若くて大胆な奴なのか若くてバカなのか… どちらだと思う?」

 

「今はどちらとも…」

 

「俺の勘では… 止めておこう。 外れたら恥ずかしいしな。 クリス、君も食事会には来るんだ」

 

艦長に愛称を呼ばれて咎めるように目を細める副官。 しかし艦長はどこ吹く風と言わんばかりの表情をしている。

 

「…艦長、今は職務中です。 その呼び方はお止めください。 それに艦長がお留守の間は副官の私が…」

 

「たまには良いじゃないか従妹殿。 留守は航海長に任せる。 食事会なら花の一つもあった方が良い」

 

「しかし…」

 

困惑する副官を意地の悪い顔で見やる艦長と、副官の珍しい表情を静かに盗み見るブリッジクルー男性一同。

 

クルー達は心の中で艦長に賛辞を送った。

 

 

グッジョブ! と

 

 

 

「これは艦長命令だから。 おっ? エスコート役の到着らしい」

 

リバティの右側面をラベンダー色の船体が通りすぎ、後方でターンして並走する。

 

並走する艦、サラミス級は主砲のメガ粒子砲やミサイルランチャーの方向を上方一杯に上げて礼を示していた。

 

 

「これはご丁寧なエスコートでいたみいる。 …ん、何だ?」

サラミスのブリッジ付近にチカチカと発光しているものを見つけ疑問を浮かべる艦長。

 

 

「識別灯の点滅じゃない……? …の …後に…れたし…。 当艦の後に続かれたし、か… 発光信号とはまた随分と古風な事を」

 

 

先行しだしたサラミスの後を追い、リバティプライムはロンデニオンコロニーへと進み出す。

 

 

 

「これは…!?」

 

日本帝国宇宙軍所属艦、アシガラ艦長の坂田は驚きに声を詰まらせた。

 

ブリッジの窓から見える光景は予想以上で、港の設備やアシガラを曳航する武装が施された丸型の作業ロボット、港の奥に係留された多数の艦船に戦闘機とおぼしきものまで。

 

その全てがとてつもなく高い技術によって作られているのが見るだけで彼は理解出来た…いや、理解出来なかった。

 

ブリッジ内の誰もが彼と同じ驚きで目を見開いている。

 

この世界でも宇宙開発は活発で、今は放棄されているがBETAが来襲する前から既に月面基地等があり、地球の衛星軌道上にも国連の中継基地、ステーションがあるが、これ程のモノを宇宙で造り上げるのは彼らの技術では到底不可能であった。

 

坂田は考える。

 

もしも同規模、同レベルのモノが地球側に在るならば、各国の宇宙軍はどれ程に助かるだろうか?と。

 

 

そう坂田が思考の海に沈み込む間にも艦の係留作業は続き、港の奥に在る区画分けされた場所に運び込まれる。

 

アシガラの隣には同じく曳航されて来たアメリカ合衆国艦のリバティプライムの姿も見えた。

 

ボールが二隻の係留作業を完了させると、それを待っていたように区画入り口が分厚いゲートに塞がれ、それを見た両艦のクルーが焦りを見せる。

 

「おい! 後ろが…!?」

 

「閉じ込められた!?」

 

「落ち着け! 別に取って食われやしない!」

 

騒ぐ者たちに飛ばされた艦長達の叱責に一応の落ち着きを見せるクルー達。

 

しかしそれとは裏腹に、叱責した艦長達の心には疑惑の波紋が広がる。

 

“嵌められたか?”

 

フジエダの一見無害そうな見かけは擬態で、友好的な招きは此方を油断させて捕らえる為の罠であったのか?と…

 

 

 

 

五分後… その疑惑は解消される。

 

何故ならば、当の本人が宇宙服も着ずに彼らの目の前、係留区画に現れたからだ。

 

良く言えば柔らかい、悪く言えば締まりの無い笑みを浮かべて宙を馴れた動きで漂いながら二隻に近付き、背後には横断幕を付けた緑色の球体を従えての登場にクルー達は二通りの反応を示す。

 

一つは脱力。

 

単身丸腰で笑みを浮かべ、背後には“ようこそ☆ ウェルカム☆”と書かれた横断幕を見れば罠の可能性は無いと緊張を解かれた者。

 

 

もう1つは再度の驚愕…

 

宇宙艦二隻を収納してもまだ余裕のある広さの区画を、僅か5分程で空気が充たされたエアロック空間にするなど彼らの常識の範囲外だった。

 

 

「…そら恐ろしい程の技術力だな…」

 

坂田は艦長席で誰にともなく呟いた。

 

「…はい。 あの光学兵器といい、この港湾設備といい我々の科学と技術を遥かに超えております。 …彼等は何者なのでしょうか?」

 

呟きを聞いていた傍らの副長もまた、驚愕とも畏怖とも取れる感情に目を見張る。

 

「それはこれから追々と分かって行く事だろう…」

 

「向こうさんは話してくれますかね?」

 

「何となくだが、彼ならばある程度は話してくれると思う」

 

被っていた制帽を被り直しながら、なにかしら予感めいた感覚を坂田は覚えた。

 

「艦長の勘…ですか?」

 

「そうだな… 宇宙に上がってから私の勘も良く当たるようになったからバカにもできんぞ? …副長もお招きに預かるか?」

 

「よろしいのですか?」

 

艦長からの思わぬ申し出に喜色を顔に滲ませる副長。 それを見て苦笑を浮かべ、若さを感じた艦長は頷きながら席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

「ウェルカム☆」

 

いらはい、いらはいと何処から出したのか日の丸と星条旗の手旗を振り歓迎の意を身体中で表すフジエダを見て、彼女は頭痛を覚えた。

 

 

若くしてアメリカ合衆国宇宙軍 大尉を拝命した彼女、クリスティーナ・アンダーソンはこれ迄に様々な人物を見てきたが、彼の行動は理解に苦しんだ。

 

背は175cmの自分と同じ程でブラウンの瞳、童顔に癖のある黒髪。 それらの容姿とシンジ・フジエダと言う名前から日本人、もしくは日系人だと思われるのだが… 彼の行動は、彼女のイメージする日本人像に当てはまらない事に違和感を感じた。

 

 

確かに日本人らしい所作を感じるのだが、同時に日系人とは違うアメリカ人に近い感覚を覚えるのだ。

 

そんな風に彼女が違和感に気を取られていると、イーストウッド、坂田両艦長に挨拶を済ませた件の彼が彼女の目の前ににこやかな笑みで立ち止まった。

 

「はじめまして。 当コロニーの管理者をしておりますシンジ・フジエダと申します」

 

ペコリとお辞儀をする彼に釣られてぎこちなくお辞儀を返そうとした彼女は、はっとしてその場に直立不動になり鮮やかな敬礼をして見せる。

 

「失礼しました。 自分はリバティプライム副長のクリスティーナ・アンダーソン大尉であります」

 

彼女の動きに一瞬キョトンとした表情を浮かべた彼だが直ぐに笑顔になって右手を差し出してきた。

 

「よろしくお願いします」

 

「は、はあ… よろしくお願いします…」

 

彼女の白い手を握りブンブンと降って満足して手を離すと、他のクルーにも同じように挨拶していくフジエダ。

 

一通り挨拶を済ませた彼は、スイッチの付いたT字型の物を皆に配り案内を始める。

 

 

「ではご案内しますので、私のあとに着いてきて下さい。 先程お渡しした物はこう使います」

 

フジエダは人差し指と中指の間からT字の先端を出して、壁へと向けてるとスイッチを押した。

 

パシュッ。T字の先端から吸着盤の付いたワイヤーが射出されて壁に張り付いたのを確認すると、もう一度スイッチを押す。 すると今度はワイヤーが巻き上げられて壁へと引き寄せられて行く。

 

単純な発想の道具だが無重力状態の方向転換と移動には役に立ちそうな物に、その場に居た者は軽い感嘆の息を洩らした。

 

(…このような物を当然に使いこなす… 宇宙での生活がかなり長いと推測できるけど… 本当に何者なの?)

 

 

増していく疑惑に目を細めて彼を見つめるクリス。

 

 

しかし、当の本人がその疑惑を聞けば何時の間にやら身に付いた能力ゆえに苦笑しただろう。

 

 

 

 

移動ワイヤーで通路まで進んだ一行は、壁に設置された取手を掴んで牽引されるタイプのリフトを使用してフジエダの後を追う。 途中何度も振り返りながらハロの紹介や設備の説明を行い一行を退屈させないようにする心遣いに、大半の者がとりあえずの好感を抱いた。

 

 

そうして一行は港から車が用意されて載せられている巨大なリフトに移り下へと降りて行った。

 

「皆さんすみません 。 本当は一般用のエレベーターがあるのですが、数回に分けてお乗り頂くのも面倒かとも思いましてので搬出用のリフトにお乗り頂きました」

 

「お気になさらずに。 我々としましても珍しい物を多くみられましたので」

 

「そういって貰えると助かりますアンダーソン大尉。 代わりと言っては何ですが、ロンデニオンで一番の景色がもうすぐ見られますよ」

 

斜め下に滑り降りるリフトの下からゴウンゴウン!という重い音が鳴り出すと、周囲に設置された人口の照明とは違う自然光の明るさが下から漏れ出す。

 

リフトの側面と壁面との隙間から射す光は徐々に強くなり、やがてリフトの正面部分が下から開けてくる。 差し込む光に目が眩み、手を翳して光に目が慣れるまで待つフジエダを除くリフトに乗った人々は、飛び込んできた景色に本日一番の驚きを見せた。

 

 

 

眼下には緑豊かな古い街並みが運河のようなモノに挟まれて真っ直ぐに続き先が霞んで見える。 正面には白い雲が浮かび、白い鳥の群れが翼をはためかせている。 そして上を見上げれば眼下と同じような街並みが左右の斜め上に二つ、奥へと続いていた。

 

クリスは普段の彼女からは想像出来ない表情… 目を見開き口を開けた惚けた表情を浮かべていた。

 

幸いにも彼女の隙だらけの表情は誰の目にも留まる事は無かった。 他の者も皆、彼女と同じような表情で呆けていたからだ。

 

「どうですか? 良い景色でしょう?」

 

「…はっ!? しっ失礼しました」

 

「私も最初(昨日)見た時には驚きと感動で暫く動けませんでしたから」

 

呆ける彼女にこやかな笑顔でそうフジエダが語ると、

 

「いやはや驚きましたよフジエダさん」

 

「真空の宇宙に大地が…世界があるとは… すごいですよミスターフジエダ」

 

坂田、イーストウッドは驚きがまだ残る顔で近づき感想を述べる。

 

そんな二人の艦長とフジエダが談笑する姿を見てようやく冷静さを取り戻した彼女は、再び眼下の景色を眺める。 リフトと街並みの間には緩やかな傾斜の地面に森と草原に湖の景色が広がり、野を走る馬と湖で羽を休める白鳥の姿が見て取れる。

 

「このロンデニオンは、500万人の人が居住可能な古いコロニーです。 …気に入って頂けましたか?」

 

とある人物のお言葉を流用したフジエダの言葉に振り返る事無く、頷いて答えるクリス。 彼は彼女のそんな後姿を見て満足そうに頷いた。

 

 

日本とアメリカの軍人さん達をお招きしての食事会はつつがなく終了した。

 

食堂の料理とは言え天然食材100%の料理は、宇宙生活が長い方々に大変喜んで貰えたようだ。

 

そして今は食後のお茶を楽しみながら、お客様達の本題へと入ろうとしていた。

 

「うん…やはりコーヒーはこうでなくては…。 さて、それでは質問に入りたいのだが、よろしいかなミスターフジエダ?」

 

「ええ、いいですよ」

 

イーストウッド艦長が湯気の立つコーヒーをテーブルに置き、俺も湯呑みに入った緑茶をテーブルに置いて姿勢を正した。

 

 

丸いテーブルにはイーストウッド艦長、アンダーソン大尉と坂田艦長に彼の副長の小林大尉が着いて、他の方々は別のテーブルにて飲み物片手に此方の様子を伺っていた。

 

「まあ、そう固くならないで…。 それでは先ずは改めて氏名と年齢、所属組織と階級と役職を教えて貰えるだろうか?」

 

軽く頷き答える。

 

「シンジ・フジエダ。年は24才、所属は…ロンデニオン・コロニー。階級は無し、役職は当コロニーの管理者と防衛部隊の司令を兼任しています」

 

「ではロンデニオン・コロニーは何処の国家、もしくは組織に属するのですかな?」

 

「如何なる国家、組織にも属しておりません」

 

「…ロンデニオン・コロニーが当宙域に来た理由は?」

 

「BETAと地球人類との戦いに人類側への援助をする為です」

 

 

その後も幾つかの質問に、答えられる範囲で答えを返して行く。

 

 

 

 

 

 

 

「…それでは私たちの方からの質問は以上です。 後日、合衆国政府の担当の者がこちらにお伺いして改めてお話があると思いますので、その節にはよろしくお願い致します。 …坂田艦長からの方からは?」

 

その言葉に口髭を右の人指し指で一撫でして一瞬だけ思案しする坂田艦長。

 

そして彼は姿勢を正して俺に向き直り正面から見詰めてきた。

 

「では我々からも…よろしいですかな?」

 

「どうぞ」

 

「それでは… 率直にお伺いします。 貴方は本当に地球人類ですか?」

 

その言葉に周囲に居る誰かの息を飲む音が耳に届く。

 

「ええ。 地球人類です。 もっとも、地球上のどの国家にも戸籍や記録は在りませんが…」

 

少しだけ悲しさと寂しさが沸き上がる。

 

「しかし、これだけの技術とモノを個人所有する等とは…どちらも地球人のレベルとはかけ離れ過ぎていると思われますが?」

 

 

「そうでしょうね… しかし此方も参戦するにあたり、上から支給された物ですから何とも…」

 

「その“上”と言うのは明かしては頂けませんか?」

 

「申し訳ありませんが…」

 

坂田艦長に頭を下げながら断りを入れる。

 

俺自身が直接の面識が無い存在、神様の事を話せる訳がないし、聞いた所でこの世界の人達はいい顔はしないだろう。

 

 

「頭を上げて下さい。 どの組織にも機密の一つや二つは在りますよ」

 

「…ありがとうございます。 少しだけ話が逸れましたが、私は“人”です。  お疑いが晴れないなら、私の細胞を採取して検査して頂いてもかまいませんよ?」

 

「…それではお言葉に甘えて後程。 それでは次の質問を」

 

「はい」と答えて冷めた緑茶を少しだけ口に含み渇きを癒して質問に備える。

 

 

「このコロニーに入った時から気になっていたのですが、住人の方々はどちらに?」

 

「居ませんよ? このコロニーの住人は、私とハロだけです」

 

「!? 本当ですか?」

 

「はい」

 

坂田艦長を始め、皆が驚きの表情を見せる。

 

そりゃ驚くよね。 こんなに大きなコロニーに一人しか住んでないんだから。

 

ハロに皆の飲み物のおかわりを頼んで皆が落ち着くのを待つ。

 

 

程なくして飲み物が運ばれて来て、湯気と香り立つお茶を啜る。

 

やっぱ緑茶は落ち着くわ~

 

「このロンデニオンに一人で…。 よければ理由をお聞かせ願えませんかな?」

 

「理由ですか…。 いいですよ?」

 

 

頷き先を即す艦長から視線を逸らし、両手の中に遊ばせた湯飲みの中を見つめる。

 

「そうですね… 本来、上が直に介入しようとしたらしいのですが、無理だったので私が選ばれたという訳なんですが… 私は事故に巻き込まれて、故郷も家族も失くしていましたからちょうどいいと思ったのでしょうね。 私が一人なのはこの事に関わる人間を最小限にしたかったのでしょう。 私は二度と戻る事は出来ませんが、帰る場所も待つ人もありませんから…」

 

真実をぼかしながら淡々と答える。 緑茶の表面に写る自分の顔がやけに歪んで見た。

 

「…言い辛い事をお聞きして申し訳ない」

 

頭を下げてきた坂田艦長に「いいんですよ」と答えて緑茶を呷る。 苦味が際立つ…

 

それにしてもこうして話してみると、改めてあまりに怪しすぎる自分の存在に自嘲の笑みが抑えられない。

 

「ん?」

 

誰かの息遣いが耳に入り辺りを見渡すと、食堂に居る全員がかわいそうな人を見る目で俺を見ていた。

 

…なんぞ? なんか居た堪れなくなったので、話を続ける。

 

「まあ、そういう訳です。 上はBETAが地球人類を滅ぼそうとするのを阻止するために私とハロをコロニーごとこちらに送り込んだという訳です。 よろしいですか?」

 

色々と疑問が残るだろうが、今の俺にはこれ以上は話せない。

 

「ありがとうございました。 それでは我々からの質問はこれで終わりにします。 後日また、こちらからも政府の者がお伺いしますがよろしくお願い致します」

 

「了解です。 …あの、それでコロニーを移動させなければならないのでしょうか?」

 

「いいえ。 上からは危険がなければ、政府の者が改めてお伺いするまではこの宙域に留まって頂きたいと。 なお他国との無用なトラブルを避けるために、周辺宙域に警備の艦を配置させて欲しいと…」

 

「我々の方も合衆国政府より同じような指示を受けております。 周辺警備の許可を頂きたいのですが?」

 

ふうむ。 警備を建前とした監視だろうね。 当然の処置だし、こちらとしては地球との窓口代わりに使わせてもらおう。

 

「了解しました。 それで警備に就かれるのはもしかして…」

 

「はい合衆国からは我がリバティープライムが」

 

「日本帝国からはアシガラが警備に就かせて頂きます」

 

「分かりました。 皆さん…改めてよろしくお願い致します」

 

席を立ち、周りを見渡してから頭を下げると、二人の艦長を始めとする両艦のクルーが席を立ち「こちらこそ」 「はっ!」等の声と共に敬礼が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

しかし仕事とはいえ、こんな宇宙のど真ん中に勤務とは大変だな…

 

二隻とも結構大きい艦だけど、乗組員の人達も軍人とはいえ閉鎖空間に長時間居ればストレス溜まるだろうし…

 

…おお、ならば!

 

人的交流の一環として、

 

「どうでしょうか? 此方の警備に就いて頂く間、ロンデニオンに滞在なされては?」

 

「はぁ。 それは嬉しい申し出ですが、よろしいのですかミスター?」

 

「ええ。 空いている部屋や家は沢山有りますし、大したおもてなしは出来ませんが、滞在中の住居やお食事はこちらから提供させて戴きます」

 

「それは嬉しいのですが、そういう意味ではなくて…」

 

「イーストウッド艦長は他国の者をそんなに簡単に招き入れても良いのかと気にしておられるのですよフジエダさん」

 

「もちろん構いません。 仮にあなた方が、本国からこのコロニーを制圧せよと命じられたらその時はその時で対処します」

 

「…ざっくばらんな方だ、貴方は」

 

その辺は考えればキリがない。 疑念だけでは物事は進まないしそこらへんを見抜く力が海千山千の政治家さん達に勝てるとは思わない俺は、こういうやり方しか出来ない。 

 

慎重になりすぎて、各国と揉めている間にも地上では人が死んでいく。 ならば、多少甘く見られようがこちらから出来るだけ歩み寄ろうと思う。

 

人間は俺一人だけの小さな勢力だ。 いかにハロが高性能で兵器の運用操作が出来てもそれだけでBETAに勝てるとは思えない。 やはり人手が必要だ。

 

「ただ面倒くさいだけだと思っているだけかもしれませんよ? …お二方にはアメリカ、日本へのメッセージを1つ頼みたいのですが?」

 

「分かりました」

 

「お伝えします」

 

「…ロンデニオンに地球人類と敵対する意思はありません。 その証拠にロンデニオンは地球各国からの求人と移住を考えております。 軍人、民間人合わせて500万人を予定しています。 詳細はまだ決まってはいませんが、難民の受け入れも前向きに検討しております。 また、協力して頂く人や国家にはロンデニオンが持つ、技術や兵器を提供する計画です。 詳細は出来次第にお知らせ致しますので、その節にはどうかご検討下さりますように」

 

 

 

さあ、新世界での俺の人生(たたかい)を始めよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3ターン目 傷だらけの獅子

 

 

 

新生活3日目。

 

そうこの世界に来てまだ三日しか経ってないが、俺の人生で一番濃い三日かもしれない。

 

昨日の話し合いの後に、お客さん達に泊まってもらう部屋を俺の住処である行政府近くのホテルへハロに準備して貰い、案内を任せた。 ついでにこれからの事を考えて、行政府内にアメリカと日本の出張所をハロに用意して貰った。

 

その間に執務室に戻った俺は、PSPの情報画面を見ながらこれからの対応や対策、移住の事などをコロニー内の維持管理を担当するハロに質問しながら夜遅くまで考えていた。

 

移住者の受け入れはなるべく平等に行いたいが、しばらくは地球との窓口になって貰う日本とアメリカには幾らかの融通は利かせたほうがいいだろう。

 

相手が望めばだが…

 

そう思ったが、それは杞憂だった。 夜半に上層部との通信を終えたイーストウッド、坂田両艦長が時間差で尋ねて来て、本国から提案を前向きに検討するので両国からの使節の派遣と、移住者の受け入れ枠の融通を考えて欲しいとの知らせを受けた。

 

こちらも両国には色々と頼む事があるので使節の受け入れは了承し、融通の方は前向きに検討すると少し曖昧に答えておいた。

 

その他にもアシガラとリバティーの補給の為に近くの宙域に待機している補給艦2隻の入港とクルーの滞在許可を出し、両艦長に立ち入り禁止地域が記載されたデータマップを渡して、食堂に同じマップを用意するので各クルーはそれを受け取って欲しい旨を伝えた。

 

 

  

異世界に来ても治らない低血圧で鈍る頭で昨日の事を思い出しながらも、洗顔と着替えを済ませて鏡に映る自分に今日も一日頑張ろうと語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

朝食(ハムパン)を済ませて何時もの如く執務室でPSPを弄っていたんだが、本日の生産品を考えてファクトリーに行く事にした。 何故かというと、昨日宣言した地球への兵器提供品で直ぐに使えそうな物が61式戦車しかなく、コロニー内防衛用に実物が本日出来ているので実際に見てみようと思った訳だ。

 

 

ハロに玄関に電気自動車の“エレカ”を廻して貰い乗り込むと、自らハンドルを取って車を走らせた。

 

コロニーはコロニー外壁の内側に三つに別れて大地がある。 三つの大地は、行政府と商業地区をメインにした大地。 居住区と自然地区をメインにした大地。 そして工業製品を初めとした様々な物を生産する工業地区メインの大地で三つに分類されている。

 

各大地は間に採光用のミラー運河で隔たれており、隣に行くには間に架けられた橋を渡る必要がある。

 

コロニー内の移動には電気自動車のエレカとバス、そしてコロニー外壁に沿って走るコロニー列車等が有り、ロンデニオンではハロが全て運行している。

 

目的地のファクトリーは工業地区の奥、アシガラとリバティーが停泊している通常の港湾部とは反対にある港に近い最奥に位置しているので、行政府からはかなり遠い。 コロニーの全長が60kmを軽く超える大きさなので仕方のない事だ。

 

エレカに搭載されたナビに従いハロしか居ない無人の街を抜け、ミラー運河沿いの道に出て遠めに見えていた巨大なブリッジを渡る。

 

 オープンカータイプのエレカで風を受けながら走り、ラジオでもつけたい所だが生憎と放送局が開局されていないので無駄だろうが… 駄目元でスイッチを押すと意外な事に音楽が流れ始めた。

 

 

~♪ ~~♪

 

 

 

何故かは分からないが、聞きなれた俺のお気に入りの局がDJもCMも無しに延々と流れている。

 

「…まっいいか」

 

人差し指でハンドルをトントンと叩きながら拍子を取りつつ、工場が立ち並ぶ工業地区を抜け目的地を目す。

 

 

 

 

 

1時間近くのドライブの末に辿り着いたのは、重厚な門扉と厳重な警戒監視のされたファクトリーゲート。 警備員詰め所らしき建物からハロが2つ転がり出てきて出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

『ハロ、シンジハロ!』

 

「ご苦労様ハロ。 中に入れてくれる?」

 

『入レ、入レ』

 

ゲートを開けてもらいハロの先導でゆっくりと中へ進む。 コンクリート造りの大きな建物の前で車を降り、玄関を通って保管所のシャッターを開けてもらい、漸くお目当ての61式戦車との対面となった。

 

「大きい…」

 

室内の照明に照らされたそれは想像以上の大きさだった…

 

地球連邦軍61式戦車。 機動戦士ガンダム劇中の一年戦争、もしくはジオン独立戦争と呼ばれる戦いで、MSが開発されるまで連邦軍の地上戦力主力の一端を担った61式戦車。

 

この世界でも地上に配備されているであろう日本の戦車90式、アメリカのエイブラムスと比べると、大人と子供ほどの差がある巨大な車体でありながら、スピードや運動性は上であり155mmの強力な連装砲を装備し、他の戦車が乗員3~4名なのに対して61式はたったの2名のハイテク戦車。

 

劇中ではそのハイテクが災いし、ミノフスキー粒子散布下での戦場で苦戦するが、対BETA戦では本来の実力で戦える筈だ…

 

 

戦えるといいな~、うん…

 

 

今のところコレしか提供出来そうにないし、量産型MS・GM(ジム)の提供なら喜んで…くれるといいな~…

 

…とりあえず乗ってみよう。 連邦軍士官服を汚すのもなんなので、どこかにツナギでもないかと探してみる。 幸いにも作業員用ロッカー室を発見し物色すると連邦軍パイロットが着ていたグレーのカーゴパンツと上着のセットを見つけたので着替えてみる。

 

地上のMSパイロットや戦車の搭乗員御用達なだけあって、士官服よりも動きやすく着心地が良い。 普段着代わりに使わせて貰おうと、ロッカーから同サイズを幾つか拝借した。

 

念のために、同じくロッカーの中に有ったヘルメットとボディーアーマーベストも着込み61式の砲塔へ乗り込む。 やはり戦闘用とあって狭い車内を見渡し、神様辺りが植え付けたのであろう知識と感覚を頼りに計器類を1つずつ確認して電源を入れる。

 

電気駆動ならではの静かさで砲塔部分が始動し、稼動可能状態になる。 トリガーの付いた砲塔操作用のスティックを使い砲塔の旋回、連装砲の仰角調整を行い滑らかな動作に問題がないことを確認した。

 

スペック上は155mm連装砲でダイヤモンドを超える高硬度の外殻を持つBETAを撃ち抜く事に問題は無い。

 

速度も90式戦車やエイブラムス戦車の最高時速70km前後に対し、90kmを誇る。 それでもBETA最速の突撃級よりは遅いが…

 

う~ん。運用面なんかの確認で専門家…実際にBETAと戦車で戦っている戦車兵や、あとは整備の人の意見も聞いてみたい。

 

補給なんかも考えなきゃダメだろうな…。 部品の規格が合わないかもしれないから用意して…消耗品関係はファクトリーが勝手に生産してくれるから、スペアーの車両も含めて大量に生産。

 

あっ、輸送も考えなきゃ。 生産コストの安い大気圏突入、離脱が可能なHLVロケットが生産可能だったな。 今後の事も考えて今から生産しても損はない筈。

 

色々と考えながら砲塔内から這い出て、戦車の上を操縦席へと歩きハッチを開ける。

 

操縦席へと潜り込むと砲塔内と同じように金属と機械油の匂いが充満していた。 計器類見回し、フットペダルと左右の操縦桿の感触を確かめて駆動用モータに火を入れるべくスターターキーを回し込む。

 

(61式を動かす日がこようとは…)

 

あるガンダム作品を想い浮かべながら、電気駆動車特有のモーター音が狭い室内に響き微かな振動をシート越しに感じる。

 

ゆっくりと前進するするように操作しながらハロに頼んで保管所の大型扉を開けてもらい、動作試験用の演習場に案内してもらう。

 

到着した演習場で、先ほど思い浮かべた作品の劇中での動きを真似て61式を思い切り走らせると… 動く、動く!前に動画で見た自衛隊戦車の演習よりも凄く動いていると思う。

 

思うんだが…

 

いかんせん、神様から与えられた身体能力と技量、知識に俺の意識が馴染んでないのか、いまいち実感が薄い。

 

やっぱり専門家に来てもらおう。 うん、そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

61式を保管所へと戻し、建物を出ようとすると空に黒い雲が出ている事に気付いた。 エレカの後部座席に荷物を積み、ナビのコロニー内天気予定情報を見ると、雨をもうすぐ降らす予定との事なので車体後部に収納された幌屋根を出してから車を走らせた。

 

 

帰り道は居住区を経由して帰り、無人の家々の状態を軽く見て回る。 どの家も状態良く維持管理がされているので、移住者が何時来ても直ぐに住めるようだ。

 

走り抜ける居住区は区画事に建物の様式が違い目を楽しませる。 レトロな欧州風に、近代的でスタンダードな家にマンション。 区画事の雰囲気を楽しみつつ降りだした雨の中で車を 走らせる。

 

 

 

やがて車は居住区の町並みを抜けて、コロニー居住者の憩いと癒しの土地である人口湖や植林された森のある自然区画に入る。

 

 

人工の空から降る雨に、翼を畳んで湖に身を寄せ会う白鳥の姿に様々なシーンが浮かんでは消えていく。

 

森の木陰には放牧された馬や牛が雨宿りをし、足下の草を食む。

 

とても真空と壁一枚を隔てた世界とは思えない光景だ…

 

 

ちょっとした感動を覚えながらぬかるんだ道を走らせていると目の前に木陰に佇む一頭のサラブレッドと、それに寄り添うように一人の人物が目に写る。

 

無重力状態に合わせたパンツルックではなく、地上勤務で着るのであろうタイトなスカート姿のアメリカ軍制服とプラチナの髪を雨で濡らした女性がサラブレッドの首筋を優しく撫でている。

 

馬を驚かせたり、泥を跳ねないようにゆっくりとエレカを走らせて近づくと、此方に気付いたのか 女性と馬が同時に顔を上げて此方を見る。

 

(綺麗な人だ…)

 

雨足の弱まった小雨の中で、フロントガラス越しに見る彼女は綺麗だった。

 

 

近づく車に最初は警戒の気配を漂わせた彼女だが、手を上げて挨拶する此方の姿を車の中に確認すると、冷静な表情を崩すことなく警戒を解き敬礼を返してきた。

 

ゆっくりと彼女の横へエレカを近付けて、ウィンドウを下げてアンダーソン大尉に声を掛ける。

 

「こんにちは、お困りですか?」

 

「はっ、いえ。 大丈夫ですからお構い無く」

 

「この雨は夕方まで降る予定ですから、宿舎に帰られるなら乗せていきますよ? 丁度私も戻るところですからご遠慮無く」

 

「…。 それでは御言葉に甘えて…」

 

こちらの提案を了承した彼女は一度馬の方に振り返り、その首筋を整った指先の手でそっと人撫でしてから「失礼します」と告げながら助手席に乗り込んだ。

 

 

助手席の彼女に視線をやれば、綺麗な髪が雨を含んで少し雫を落とし、隙無く着込まれた制服が身体に張り付き、女性の身体のラインを浮き立たせている。

 

「ちょっと待って下さいね? …これを」

 

後部座席に積んだ荷物からタオルとグレーの上着を取り出して、彼女に差し出す。

 

「…ありがとうございます」

 

「では行きますね?」

 

慎重にアクセルを踏み、ゆっくりとした加速で車を走らせる。

 

 

 

 

 

走り出した車内ではおろした髪をタオルで拭く音だけがしていた。

 

何となく居心地が悪い気がして、音を絞っていたラジオの音を元に戻し音楽を車内に流す。

 

 

「ありがとうございました。 これはどちらに?」

 

「…ああ。 ダッシュボードの上にでも置いてて下さい」

 

下ろした髪を左肩から前へと流した姿で、綺麗に畳んだタオルを軽く掲げて聞く彼女。 右ハンドルの車なので彼女を見れば細いうなじが目に入り、慌てて目を逸らして前を向き直した。

 

「…? どうかなさいましたか?」

 

「いえっ、なんでもないです。 …それよりどうしてあんな所に? 宿泊先のホテルからも結構離れていますし、歩いて来られたんですか?」

 

「はい。 今日はローテーションで休日でしたので、部屋にいるのも勿体なく思いまして… 最初に此処へ来た時に湖と馬が見えたので散歩がてらに歩いてきました。 …あの、いけませんでしたか? お受け取りしたマップに記載された立ち入り禁止区域に此処は入ってはいないようでしたが…」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。 それよりよく歩いて来られましたね」

 

ここからホテルまで5km程は離れている。 車無しで来れない事もないが… あっ

 

「この程度の距離であれば問題ありません。 …それにしても驚きました。 雨が降るなんて…」

 

「申し訳ありません。 私のミスです。 事前にコロニーの天候情報の事をお伝えするべきでした。 それに皆さんが滞在中のプライベート時間に車が使えるように気を使うべきでした」

 

コロニー内のエレカは、俺以外の人が使用するためにはIDカードが必要になる。 コロニーに滞在するアシガラとリバティーにはゲスト用の数台のエレカを専用として提供してある。

 

しかし、休暇のクルーの事を考えていなかった。 提供したエレカは仕事で使われるために、休暇中のクルーには足にするものが無い。 一応、バスとコロニー外壁を伝う列車が運行はしているが来たばかりで使い方が分かり難いだろうし。

 

クルー全員のIDカードを発行して配布するべきだった。 エレカの数は十分に有ってもこれでは使えない。

 

「その程度の事、お気になさる必要はありません。 長い宇宙勤務で地上を離れた我々がこうして地に足をつけて雨に触れる事が出来る休暇を頂けるのですから、クルー達は感謝しております」

 

「そう言って頂くと助かります。 車や交通機関に関しては早急に対応させていただきます」

 

そう運転をしながら軽く頭を下げる。 帰ったら直ぐにでもIDカードの発行を考えよう。 ちらりと横を見ると頬にかかった髪を指先でかき上げながら、こちらを見る彼女と目が合う。

 

「? あの…」

 

「はい!」

 

その仕草の艶やかさに目を奪われたところで声を掛けられて、思わず声が上ずる。 

 

恥ずかしい…

 

 

 

「あの、前を…」

 

「はっはい、ぬお!?」

 

危うく道をそれて木に激突するところでした。 

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい… 面目ない」

 

俺が謝ると、彼女は手を口元に当ててクスクスと忍び笑いを漏らす。 恥ずかしさで顔が熱い…

 

どこの中坊だよ、情けない。

 

「色々と本当に面目ない…」

 

「クスクス。 フジエダさんは面白い方ですね? 最初の印象と大分違うように感じられます」

 

「…ちなみに最初の印象とは?」

 

「そうですね… 失礼かとも思いますが怪しくて胡散臭い…油断ならない人」

 

ですよね~ 自分でも怪しさ爆発だと思います。 それにしても絵になる人だな…いまだに口元を隠しながらクスクスと笑う姿に見惚れてしまいそうになる。

 

…いかんいかん。 運転に集中!

 

 

「そっそういえば… 馬がお好きなんですか? 扱いにも馴れていらっしゃるようですし」

 

我ながら苦しい話題転換。 だけど馬の扱いが馴れていると感じたのは本当だ。 馬は臆病な生き物だから、大人しそうな外見とは裏腹に繊細な扱いをようすると聞いた事がある。

 

 

「ええ。 母方の実家が牧場を経営しておりまして、…父と母は忙しい人達でしたから子供の頃はそこで過ごす事が多かったので自然と…」

 

意外だな、カウボーイならぬカウガールか。 クラシカルなスタイルで馬に乗って、牛を追いかける彼女を想像してみるとやはり絵になる。

 

「そうですか。 素敵ですね」

 

「ありがとうございます」

 

礼を言いいながら浮かべた柔らかな微笑に少しだけ彼女の素顔を見たような気がした。 けれど何故だろう? その笑顔に一瞬、翳りを見たのは…

 

 

 

 

 

 

その後も他愛も無い会話を続けホテルの前に着くと、丁度玄関を潜ろうとしたイーストウッド艦長と出くわす事になる。

 

「おや? ミスターフジエダ。それにクリスも… ふむ、以外に積極的なのですね」

 

「何がですか? 私はアンダーソン大尉を送っただけですよ」

 

「? 何を仰っているんですか艦長? それと人前でその呼び方はお止めください」

 

ん? ひょっとして二人はそういう関係?

 

「はは、何を想像しているのかは分かりますがご安心を。 彼女とは従妹なのですよ」

 

「あっ、そうなんですか。 けど…いえ何でもないです」

 

「あまり似てない…ですか? まあ従妹ですから」

 

「すみません。 失礼を」

 

「何が安心なんですか艦長?」

 

アメリカ人らしい率直な笑顔を見せる艦長は、男の俺から見てもカッコイイ。 さぞやモテる事だろう、羨ましいかぎりだ。

 

「ははは、ご覧のとおり彼女はこうやって幾人もの戦士達を倒してきた猛者だ。 がんばれ、ミスター」

 

「いったい何の話をしているんですか艦長? 申し訳ありませんフジエダさん。 艦長は時折錯乱して訳の分からぬ狂言を口にするのです」

 

「…クリス、それはちょっと酷くないか?」

 

「アンダーソン大尉です、艦長?」

 

いいコンビだなこの二人。 そうだ折角だからイーストウッド艦長に戦車の事で伝言を頼んでおこう。

 

「イーストウッド艦長。 今お時間空いてますか?」

 

「ん? ああ今日はもう予定は無いが」

 

「それでは…」

 

その後、運良くホテルのロビーで寛いでいた坂田艦長も見つけて、戦車兵と整備員の派遣して貰うための話し合いをするために場所を移そうとしたが…

 

「私もご一緒しても宜しいでしょうか?」

 

「いいですよ…と言いたいところですが、部屋に戻られて体を温めた方がいいですよ? 濡れたままでは風邪をひいちゃうかも?」

 

「…分かりました。 …あの上着を…」

 

羽織っていた上着を返そうとした彼女に手を振り止める。

 

「今度会ったときにでも返して頂ければ結構です。それでは」

 

軽く会釈をして二人の艦長とともにその場を去ろうとすると、敬礼で見送る彼女の実直さに少しだけ素直な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

「それでむこうは戦車兵とその整備員の派遣を望んでいるのだな?」

 

「はい。 戦車兵に関しては最低でも二名は派遣してほしいとの事」

 

日本帝国東京某所。 現在の帝国の首都は京都であるが、朝鮮半島の戦線が日々悪化している影響を受けて、日増しに増すBETAの脅威に備えて着々と遷都の準備が行われている最中、先に移転した政府中枢の責任者達は軍部からの報告を受けるために一同に会していた。

 

報告を受けるのは現日本帝国総理大臣たる榊 是親を始めとする政府の要職に就く者達。 報告するのは日本帝国軍宇宙軍を始めとする陸海の長官と参謀達。

 

この豪勢な顔ぶれ達の話の中心人物は、遠く虚空に浮かぶ未知なる勢力…いや、実質一人の男であった。

 

突然現れた謎の存在。 彼から採取された細胞のデータは、国連宇宙ステーションに送られて人類のものである事は確認されている。 されてはいるが、彼の持つコロニーを始めとした技術力は現在の地球のどの国家よりもずば抜けている。

 

幸いにもこの事をより正確に掴んでいるのは日本とアメリカのみ、両国の担当宙域ギリギリの境界線に現れたのは幸運だったと、この場に居る誰もが思った。

 

「それで見返りはなんと?」

 

「…それが、現在建造中か建造予定の宇宙戦艦、もしくは巡洋艦を条件付きで、各国に先駆けて優先的に提供すると…」

 

提示された条件にその場に居た多くの者が目を見開いた。

 

今のところ口約束と条件付きと言う言葉が付いているとしても、数人の派遣で新造の宇宙戦艦を提供するのは剰りにも気前が良すぎる。

 

たとえ話し半分だとしても美味すぎる話だ。 胡散臭過ぎて躊躇してしまう。

 

躊躇してしまうが…

 

「…陸軍長官、派遣は可能かね?」

 

「はっ。 宇宙軍の船を使わせて頂けるのであれば、陸軍に問題はありません。 既に人員の選定に入っております」

 

「宇宙軍長官?」

 

「こちらに異存はありません。 …ただ、出来れば一週間後に予定している外務省の方々を運ぶ際に一緒に乗って下されば此方としても助かります」

 

 

たとえ胡散臭い話に相手だったとしても、今の日本はそれに乗るしかなかった。

 

朝鮮半島を抜かれれば、次は日本…

 

準備はしてはいるものの、し過ぎて困ることは無い。

 

軍が撮影した高威力の光学兵器。 もしもあれが地上でも使用可能でBETA襲来前に配備可能だとしたら?

 

一定の効果を期待する為には一つでも多く数を揃えなくてはならない。 しかしあの兵器は、専門家達の意見では国産化するのにかなりの時間を要するであろうと一致しており、短期間で数を揃えるには向こうからの提供に期待するしかない。 日本と同じくあの技術を欲するアメリカと違い、時間は切迫している。

 

このままでは朝鮮半島が抜かれるまで約一年。 専門家はそう言った…

 

ならば僅かな望みに掛けようではないか! 何をする気かは知らないが戦車兵と整備兵を送り出すだけの安い出費だ。 今や戦場の主役は戦術機、戦車兵の数人なぞ痛くも痒くもない!

アメリカに出し抜かれてなるものか!

 

政治家達も軍人達も皆、そう決断して戦車兵達を送り出す算段をつけはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ…」

 

ベルトで体を座席に固定しても、足の裏と尻が浮く環境に馴れる事ができずに男は舌打ちした。

 

年の頃は40前後。 日焼けした肌に黒い髪、顎髭を生やした精悍な顔には傷が有り、顎を斜めに走る白い傷痕とがっしりとした体つきは、町を歩けば多くの者が道を譲りそうな風体は不機嫌そうな表情と相まって近づき難いオーラーを放っていた。

 

シャトルに同乗したスマートな外務省の職員達は、そんな彼と目を合わせないようにしきりに持ち込んだ資料に目を通したり、仲間内で小声で話し合っていた。

 

 

どこからどう見ても場違いな自分の状況に、再び舌打ちしようとした彼に話し掛ける猛者が居た。

 

「宇喜田(うきた)大尉~ 何で自分ら此所に居るんでしょうね~?」

 

対面に座る体格はがっしりとしているが、気弱そうな表情を浮かべている20半ばの男を見て宇喜田と言う男は顔を歪ませて言い放つ。

 

「知るか! 俺が聞きたいわ!」

 

怒声を上げた宇喜田に、話し掛けた男はヒッ!と首をすくませて座席に身を沈ませる。

 

 

「狭い所で怒鳴るな宇喜田。 耳に堪える」

 

そう静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で嗜めるのは、サングラスを掛けた50代の繋ぎ姿の男。 少し痩けた頬と、白いものが混じる髪と口髭、顔に刻まれた皺が彼の歩んで来た人生の重みを見る者に感じさせた。

 

「…すみません、おやっさん」

 

宇喜田はおやっさんと呼んだ男に身を縮こませて素直に頭を下げた。

 

「訳の分からない状況に苛つくのは分かるが、上官として人の上に立つもんが易々とそれを表に出しちゃなんねぇ。 俺だって苛ついてんだ。 おまけにこの年で宇宙は流石に堪えるぜ…」

 

座席で腕を胸の前で組んだ姿勢のまま、首を回してコキコキと骨を鳴らす姿を、どこの親分だと外務省職員が内心でつっこんだ。

 

 

もう一度、すみませんと頭を下げた宇喜田は何故このような状況に置かれているのか、シートに体を沈み込ませてムッツリとした表情で思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BETAが地球上に現れる前、自分は帝国陸軍第一師団戦車隊に所属していた。 精鋭を集めた第一師団で、戦車に乗せれば自分の右に出る者は居ないといいう自負もあった、まだ若さの残る自分は自信に満ち溢れ、上官とぶつかる事も多々有り、上層部に煙たがられている事は分かっていた。

 

BETAが地上を荒らし始めた頃、自国の兵器と兵士を使ったBETAとの実戦データを得るために大陸への軍の派遣が決まった時に、真っ先に戦車兵として名前が上がった事は体のいい厄介払いだとは分かっていが、当時の自分は実戦で己の実力を見せ付けるチャンスとして嬉々としていた。

 

 

この時はまだ、たとえ世界が恐れるBETAであろうとも、己の力ならば人類を勝利に導けると過信し己が幻想に酔っていた。 その先にある地獄も知らずに…

 

 

中国方面とヨーロッパ方面に分けられた大陸派兵で、ヨーロッパに派遣される部隊に組み込まれた自分の指揮する第二中隊はフランスを拠点とし、様々な戦地を転戦することになる。

 

おやっさんとはこの時に出会い長い付き合いとなる。

 

派遣当時74式戦車の配備が間に合わず、古強者の61式戦車を駆って人類の敵たるBETA相手に初陣を飾ったのだが…

 

 

 

…今でも目を瞑ればその時の場景が寸分も忘れることなく思い出せる。

 

 

燃える欧州の古い町並み… 民間人の悲鳴、兵士たちの怒号… 爆発と閃光に… 奴等が響かせる地鳴りの音。

 

栄光に満ちた帝国陸軍戦車隊はその日、泥にまみれた…

 

 

いや、帝国陸軍だけではない。 数多の精強なる陸軍を要する欧州各国の戦士達が故郷の大地を、愛する者達を守れずに虚しく屍を晒した…

 

 

61式よりも高性能な欧州戦車が時速160kmで突進する突撃級を避けきれず跳ね飛ばされ踏み潰される。サソリのような姿の要撃級に硬い前腕で叩き潰され挽肉(ミンチ)にされ無残な姿になる。

 

無線越しに響いた戦友の声に視線を向ければ、一台の61式戦車が同じ名を冠するBETA、戦車級に集られて乗員ごと食い散らかされた…

 

数多の怒号や悲鳴を聞きながら無我夢中で主砲を撃ちまくった。 銃身が焼け、弾が尽きるまで目に入ったBETAを殺し続けた。

 

それでも目の前の状況は、何一つ変わらない…… どうやって生き残ったのか自分でも分からない…

 

気づいたら砲塔内でおやっさんに殴られていた。

 

 

その日。 日本帝国陸軍欧州派遣部隊の先遣隊は初陣で3分の1にまで撃ち減らされ、俺の指揮する中隊は俺の乗る戦車を残して壊滅した。

 

 

 

 

 

生き残った俺は志願してそのまま欧州へと残り、新しく支給された74式戦車と共にあの日の悪夢を祓うために戦い続けた…

 

欧州が落ちた後も朝鮮半島防衛戦に参加し戦い続けた。

 

たとえ戦場の主役を戦術機に下ろされ、第二線に追いやられようとも戦車と共に戦い続けた。

 

 

 

 

そして俺の最後の戦いとなった戦闘…

 

一線を張る戦術機部隊が壊滅し、戦線維持の為に救援の部隊到着までの時間稼ぎを任されて再び会い見えた怨敵。 最新鋭の戦車90式をもって挑んだ戦い…

 

 

 

 

防衛線は守られた。

 

救援に訪れた戦術機の部隊のお陰で…

 

 

時間稼ぎの戦車隊は壊滅。 俺の乗る90式は砲手と俺の右足と共に戦車級に齧られて大破。

 

部隊と片足を失った俺と、目の前に座る操縦手の楠田は後送されて本土の戦車兵の教官として配置換えされた…

 

 

 

終わったと思った。

 

 

ひよっこどもを鍛え上げて、一人前にする教官職も悪くはないと思った。

 

 

 

しかし、時折夢で見る戦いの場景が頭に焼き付いて離れない。

 

 

心の中で誰かが囁く…

 

 

(まだ戦える)

 

 

(まだ負けてない、決着はまだ付いちゃいない!)

 

 

 

胸の中で何かが燻り続け、その熱は日増しに熱くなる…

 

 

 

そんな時だった。 上官から戦車戦のアドバイザーとして出向する話が来たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分転換になるかとほいほいと来てみりゃあ、なんで宇宙くんだりまで来なきゃならん? なにかぁ? 上の奴等は宇宙で戦車でも走らせるつもりかぁ?」

 

「大尉~。 折角だから楽しみましょうよ~? 宇宙に出るなんて滅多に経験出来るもんじゃないんですから~? ほら、地球が見えますよ! 綺麗だ…な……」

 

「…くそっ!」

 

小さな窓から見えた地球の姿に、場を和ませようとした楠田は絶句し、宇喜田は悪態を付く。

 

眼下に見える青き地球はその肌に荒涼たる茶色の大地の傷跡を見せ、それを見た人々の胸を締め付けた。

 

 

 

(お前はこのままでいいのか? あの大地の姿を見て何も感じないのか!?)

 

 

「っ!?」

 

無残な地球を見た瞬間、宇喜田の心のささやきが強くなる。

 

(戦え! 打ち勝て! お前の誇りを取り戻せ!!)

 

と…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4ターン目 モラトリアムの終わり

「それではフジエダさんのご予定もあるようですし、今日はこれまでとしましょう。 明日は9時にお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「それでは明日朝9時にお伺いします。 ウィルソン外交官もそれで?」

 

「ああ問題ない。 フジエダさん、よければ今夜ディナーをご一緒に…」

 

「申し訳ありません。 今日は急ぎの予定が詰まっておりまして… 明日の夜は時間が空いているのでよろしければ? 蒲田外交官もご一緒にどうですか?」

 

 

こちらに来てもうすぐ一ヶ月が経とうかとした頃、ロンデニオンにアメリカと日本の外務官が来訪した。

 

両国の大使はにこやかな表情で友好的に接してくれてはいるが、裏で何を考えているか分からない人種なので俗人、凡人の俺としてはあまり関わりたくない。 正直、誰かに代わって欲しいがハロに任せる訳にもいかず、笑顔で自ら対応している。

 

付加された知識のお陰か、外交官の専門的な言葉は理解出来るが会話を完璧に理解するには至らないので、不明な点はその都度に聞いて確認している。

 

なめられて困るプライドはそんなにないので、実も蓋も無く序でに底もなしという某提督の言葉を借りて慣れない事をやってみている。

 

「ええ、ご一緒させていただいます」

 

「…わかりました。 それではディナーは明日に」

 

爽やかな笑みを浮かべてディナーの同伴を了承する七三オールバックに、紺の上品なスーツを着こなす白髭の蒲田外交官。 

 

そして俺とマンツーマンでディナーがしたい、金髪を短く刈り上げて茶色の豪華なスーツを着たウィルソン外交官。

 

 

様々な思惑があるであろう両国の外交団には、軽く観察しただけで分かる共通する一点があった。

 

 

両外交官の補佐官に美人さんがいらっしゃる事だ。 俺も男ですから良い目の保養です。

 

やっぱり国の顔となる外交官だから美人さんを連れてるんだろうね~ 羨ましいかぎりだ。 …「良いではないか、良いではないか」とか想像しちゃいそう…

 

 

…それは置いといて。 コロニー時間の朝8時ごろに港に到着した一行を、アシガラ、リバティークルーが宿泊するホテルへと案内してホテル内の会議室で改めて顔見せしたんだが、そのまま会談前哨戦に突入し昼食会を挟みながら今現在は午後の4時になろうとしていた。 

 

外交団とは別に、こちらから要請して来てもらった戦車関係の方々を思いのほか長く待たせた事に内心焦っていた。

 

 

外交団と分かれて、ホテル内で待っていてもらった戦車関係の人々を館内放送で別の会議室に集まって貰うように連絡し、一足先に会議室にてハロの淹れてくれた緑茶を啜っていると流石に軍人と言うべきか、放送から五分も掛からずに関係者全員が集まった。

 

黙々と目の前で整列されては座ったままというのも失礼なのでこちらも立って待つ事にする。

 

ギィ、ギィ…

 

微かに聞こえた何かが擦れる音。 その音の方角に視線を向けると、日本帝国軍の制服を着た一人の男が僅かに右足を引き摺りながら歩いている。

 

「気をーつけー!」 「アテンション!」

 

バッ!

 

全員が整列すると先ほどの足を引き摺った男と額に横一文字の傷が有るアメリカ軍制服を着た男が声を張り上げ、あまりの迫力に俺の背筋も伸ばされる。

 

「「敬礼!」」

 

ザッ!

 

会議室に居る10名の人間が一斉に俺に向かって敬礼を送り、釣られて俺も敬礼を返してしまう。

 

「…」 「…」

 

「ん? …ぁ、楽にして下さい」

 

「「休め!」」

 

バッ!

 

「ああ、座って下さい」

 

「「はっ!」」

 

 

まあしょうがない。 だって軍人さんだもの…

 

「遠路をお越しいただき、ありがとうございます」

 

「はっ! 労いのお言葉ありがとうございます閣下!」

 

「は?」

 

閣下? えっ? 何? 何それ?

 

「あの…その閣下ってのは…?」

 

「? はっ! 外交官殿から技術准将殿であるとお伺いしておりますが?」

 

えっ? そんな口裏合わせ聞いてないよ?

 

「…ちょっと待ってくださいね?」

 

「はっ!」

 

 

 

壁際に備え付けられたインターフォンを通じて蒲田外交官とウィルソン外交官に繋いでもらう。

 

 

……

 

………

 

 

何時の間にやら技術准将なるものにされてしまっていた…

 

なんでも、これからは外部の人間と接する機会も多くなるであろうから、対外的な肩書きが必要になるであろうと配慮したそうな。

 

いきなり現れた人物が個人で新勢力を宣言したとしても各国が信用するのは難しく、今の情勢下では世界に更なる混乱を招いかねない事で、暫くはこのコロニーはアメリカと日本が共同で作ったコロニーとして、そして俺はそれの開発と管理を任された国連軍技術准将として各国に紹介して徐々に信用を勝ち取った上で改めて真実を発表した方が良いと、日本帝国政府とアメリカ政府の間で意見の一致を見たそうだ。

 

なお、唯の技術准将だけではなく、俺は日本帝国軍技術准将とアメリカ合衆国統合本部付きの技術准将でもあり、両国からの出向扱いとして国連軍技術准将の地位も用意中でもあるそうな… 将官の地位は他国に容易に手を出させないためで、権限やらなんやらの無い名誉だけのお飾りの階級で、こちらの反応を探ってるのかな? 地位としては向こうが出せる最大限の物なんだろうけど。

 

 

「なんという三足の草鞋…」

 

いや、本来のコロニーの管理者としての肩書きを加えると四足… 俺は四足動物か? 

 

なお、表向きは俺に対する命令権は日本帝国皇帝と征夷大将軍、アメリカ合衆国大統領のみに有り、他の将校や政治役人には一切命令権は無いそうだ。 それに皇帝と大統領の命令権にしても表向きの建前だけで、勿論従わなくても良いし此方を尊重しているので命令する気もないとの事。 但し、両政府からの要請はあるかもしれないからその時はよろしくとも言っていた…

 

 

正直、やられた!とは思ったが、両国の保護下に入れば表向きの面倒な事は任せられる部分は大きいので助かるといえば助かる。 あとは悪い方向へ利用されないように十分に気をつけて、この世界に根付ければいい。

 

長いものには巻かれとこう。

 

 

とりあえず了承し、詳しい話を明日聞いて正式に回答する事を両外交官に告げた。 正式な辞令や書類、制服などは明日手渡すとの事。

 

「…あの、制服は今のままがいいんですけど…」

 

保管所で発見した連邦軍服が思いのほか着心地が良く、出来ればこのままでいたいと要望すると、そのくらいならと了承してくれた。 これまた但し、公的な場では帝国軍、アメリカ軍、国連軍の制服をお渡しするので、出来るだけこちらの要望に沿って欲しいと事。 今の制服はこのコロニー関係者用に小数作られた物と口裏を合わせるようにとの事でお互いに了承した。

 

 

 

 

 

ぽんぽんと言葉の出る外交官二人に半ば感心しつつ受話器を置き振り返ると、微動だにせず椅子に座って待っている方々が…

 

「重ね重ねお待たせしてすみません。 どうぞ楽にして下さい」

 

「はっ! ありがとうございます!」

 

…しょうがないもの、だって軍人さんなんだもの。 そして俺も軍人さん… しょうがないよな… うん、しょうがない… これもこの世界で生きてく為だ。

 

「え~、そんなに硬くならないで。 准将とは言っても実戦も経験してないし、まともな将校教育も受けていない技術将校だから気楽に…って言っても軍人だから無理か。 とにかく楽にして下さい、お願いがあって来て貰ったのはこっちですから。 あっ、自己紹介が遅れましたが私は当コロニー、ロンデニオンの管理者でシンジ・フジエダ…技術准将です。 どうぞよろしく」

 

「はっ! 自分は帝国陸軍大尉、宇喜田 英彦であります!」

 

「私はアメリカ合衆国陸軍、機甲師団所属のエーリック・カービンソン大尉であります。 お会いできて光栄です閣下」

 

閣下… しょうがない。 しょうがないんだ…

 

「閣下じゃなくてフジエダで…准将でお願いします」

 

「了解しましたフジエダ准将」

 

准将の方がまだまし…かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは自己紹介も済んだので本題に入りたいと思います。 先ずは此方を御覧ください」

 

右手に掲げるのはA4サイズの61式戦車マニュアル。 席についた全員の目の前、コの字形に設置された机の上に同じものが置かれている。

全員がそれを手にした事を確認して話を続ける。

 

「これはロンデニオンで生産予定の戦車、61式のマニュアルです。 皆さんに来ていただいたのは、実戦経験のある戦車戦のエキスパートとそれを支える整備兵の方に61式を評価してもらい、現場の目で意見をして欲しいのです」

 

その言葉に大尉二人を始めとした数人の目が細まり、見極めるように俺を見据えた。

 

 

「やあ、こんな格好で失礼するよジョージ」

 

「構わないよ、久しぶりだなメラニー。 体の具合はどうだ?」

 

 

アメリカ北部に在るとある屋敷で 二人の人物が顔を合わせていた。

 

一人はガウン姿でベッドに身を起こすを老人で、長い時の中で色の抜け落ちた長い白髪に皺に埋もれた顔から穏やかではあるが隙の無い視線を来訪者に向けている。

 

訪れた来訪者、アメリカ合衆国大統領ジョージ・エデンは古い友人に労わりの視線を向けるとベッド脇に置かれた椅子に静かに腰を下ろす。

 

 

「変わり無くだ… それよりも“こんな”忙しい時期にどうしたのだ?」

 

古い友人、メラニー・カーマインの言葉に苦笑を浮かべるエデン。

 

目の前に居る人物がただの老人ではなく、やせ細った体から発するオーラのようなモノが未だに現役である事を教えて少しだけ嬉しく彼は思った。

 

軍を退役して政治家であったエデンの父の人脈を受け継ぎ、目の前に居る老人を紹介されてそのサポートをうけて政財界へと入った。

 

今のエデン、大統領の地位に就けたのは彼のお陰だった。

 

「“こんな”時だからこそ尋ねたのさ。 政財界の重鎮である君をね」

 

「こんなベッドに横たわる老人にか?」

 

「表向きは息子のケビンに職を譲ってはいても、実権は君が握ったままなのだからしょうがない」

 

「あれはまだ未熟よ… あの驕りと傲慢をコントロール出来ぬ内はまだまだ…」

 

 

二人要人による密談は深夜にまで及んだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二両の獅子が土煙を上げて疾走し、二本の長大な牙を持つ頭を互いに巡らせて噛み付く隙を伺っている。

 

「楠田ー! 進路そのまま! 限界まで走らせろー!!」

 

「たっ大尉ー! 悪路で安定が~!?」

 

「言い訳はいい! このじゃじゃ馬を乗りこなしてみせろ!!」

 

 

 

「ヘンリー! 左45度ターン!!」

 

「イエッサー!」

 

地球をモチーフにした地球連邦軍マーク、今ではロンデニオンの御旗代わりになっているマークが入った二両の61式戦車を駆り、コロニー内の演習場を駆け回るのは日本帝国陸軍の宇喜田大尉が戦車長、楠田曹長が操縦手の日本チームと、アメリカ合衆国陸軍のカービンソン大尉が戦車長、ヘンリー少尉が操縦手のアメリカチームだ。

 

61式の評価試験を頼んで1週間。 マニュアルを渡された翌日にはそれを読破して、そのままファクトリーへと直行し実物と対面。 その翌日にはファクトリー内のシミュレーターに、日米仲良く一日中引きこもり基本操作をほぼマスター。 ロンデニオン滞在4日目には演習場で実機を乗り回し始め、今ではレーザー照準を用いた模擬戦を体力の続く限り行っている始末だ。

 

「決着が付いたようだぜ准将」

 

少し皺枯れた声に横を向くと、ツナギ姿にサングラスを掛けた初老の男性、日本帝国陸軍で整備班の1つを任されているという後藤整備班長が61式に視線を向けながら隣に立っていた。

 

「くそぉー! また連勝できなかったー! 楠田ーー!!」

 

「えーー!? 俺のせいですかーー!?」

 

 

 

「ははっ、そう簡単に連勝はさせんよウキタ」

 

「次はこちらが連勝にチェック(王手)ですね大尉?」

 

動きを止めた二両の61式から無線越しの声に少しげんなりする。 …皆さん、元気ですね…

 

 

 

 

 

 

宇喜田さん達と日本、アメリカ外交官が来て状況が少しだけ加速した。 三つの技術准将の辞令と、日本帝国とアメリカ合衆国の戸籍を受け取り、とりあえずの公の身分を手に入れた。 日本帝国国民 藤枝 慎治と、アメリカ合衆国国民 シンジ・フジエダの誕生だ。 しかも漢字表記が合ってるし… ぶっちゃけ両国とも俺を取り込みにきている…

 

だいたい階級が同じとはいえ、三つの軍属は異常だ。 多分、日本とアメリカの利害が一致した結果なんだろうな~。 日本籍とアメリカ籍は自国との繋がりを他国に見せ付けての牽制で、日本籍をアメリカが認めたのは、下手に揉めて時間をかけるより認めることでしばらくの間二カ国だけの秘密とする事で、各国に先駆けて取り込みと有利な条件を引き出すための時間を作り出す方が無難といったところか? 国連准将は他国に対する表向きの建前で、コロニーはアメリカと日本の物ですがコロニー管理者は国連の軍籍も持ってますよ~、いずれは人類のために貢献しますよ~なパフォーマンスと国連での発言権強化の為… あとは、例の計画に公に参加させるためかな? 

 

外交官の話では各国が国連の場でコロニーに何がしかの命令をしようとすれば、日本とアメリカが大金かけて独自に開発したものだからと拒否って、両国に個別に接触しても共同開発だからもう片方の同意がなければ無理! これでロンデニオンに命令できる国はありません! どやっ!?

 

と、いった話だったが… お決まりでウチからの要請は宜しくね!も付け加えていたな~…

 

日本とアメリカに雁字搦めにされてる気がする… 今のところ武力行使などでコロニー制圧に来ないのは上の存在が押さえになっているからなんだろう。 未知の技術を持つ存在…されどその上層部は今だ把握できないから慎重融和策と搦め手で着てるんだろうな~。

 

 

本当は他の国とも交流を持ちたいが手が回りそうにない。 とりあえず現状維持で、まずは日本とアメリカから交流を深めてそれを足場にしよう。

 

よらば大樹の影とも言うし。

 

 

コロニー移住者の件も任せて見ようかな? 都市運営は複雑だから専門家に任せた方がいいだろうし。 コロニーでこちらが抑えるべきはファクトリーと港部分にしてと…

 

 

「眉間に皺寄せてどうした准将?」

 

「…色々と考える事が多いんですよ、おやっさん」

 

「しょうがあるめぇ? なんせ准将閣下だからな」

 

異世界で神様に使われ、こんどは両国に使われるのかもしれない俺の人生って…

 

 

「はぁ… おやっさん。 61式はどうです?」

 

気分を変えるために此所に来た本来の目的を溜め息混じりに訪ねる。

 

「ああ。 レポートでも出してるが、今の所は大きな問題は出てねぇな。 部品関係は国際規準に合ってるからサイズは合う物が多い、専用パーツ以外は他のから流用が利くだろうよ。 但し、材質の関係で強度にバラつきが出るかもしれんからそこら辺は現場の整備員のさじ加減だな」

 

「稼働に問題は無いんですね?」

 

「ああ。現場から見たら許容範囲だ、整備でコントロール出来る。 急に動かなくなる事はない。 良く出来てるよコイツは」

 

一見、冷静沈着に見えるおやっさんだが、宇喜多大尉達と同じく1日でマニュアルを読破して翌日には整備マニュアル片手に61式を分解して見せるほどの熱中ぶりだった。

 

 

「そうですか… あとは補給品の流通をしっかりすれば…」

 

「それとバッテリーだな。 このご時世で化石燃料を使わない電気駆動は画期的だが、その辺の環境も整えないと戦場で立ち往生しちまうぞ?」

 

61式はガソリンや軽油を使わない大容量バッテリー使用の電気駆動車だ。 故にこの世界では貴重な化石燃料を消費しないで済むメリットが有るが、代わりに充電設備が必要になる。

 

専用の充電器具はコロニー内で量産出来るし、時間は掛かるがこの世界の発電機を使って充電する事も可能だ。

 

対策としては61式と一緒に大量の充電器具を提供して普及させるぐらいしかない。

 

 

「准将! コイツは何時、実戦配備されるのでありますか!?」

 

まだ早いですよ宇喜田さん。

 

「実際に使われる立場としては、61式は合格なんですか宇喜田大尉、カービンソン大尉?」

 

「スペックは問題ありません准将。 性能面ではエイブラムス戦車を全て上回っています」

 

「ああ。 90式も良い戦車だったが、コイツは段違いだ! しかも名前が61式というのも帝国戦車乗りとしては馴染み深い」

 

宇宙世紀の技術で作られた連邦軍正式戦車は伊達じゃない…か。 想像以上の好感触だな。

 

「それじゃあ問題はないんですか?」

 

「…あ~。 いえ、准将。 1つだけ問題になりそうな事が…」

 

「…そうですね。 国土に余裕のある我が国はともかく、帝国では…」

 

難しい顔をする大尉2人。 カービンソン大尉の言葉、国土の広さで連想される問題は…

 

「サイズ…ですか?」

 

「そのとおりです准将。 国土が広く平地の多い我が国や、それに近い土地なら問題は無いと思われますが…」

 

顎に手をやり思案顔のカービンソン大尉の言葉を軽く手を上げて遮り、後を繋ぐ宇喜田大尉。

 

「帝国の領土内…国土に敷かれた道の幅と強度が61(ろくいち)に耐えられる物はかなり限られるかと…」

 

狭い国土と起伏の多い日本では大型車が通れる道は限られてくる。 前に呼んだ本に、日本の戦車はその辺りの制限が他国に比べて厳しいと呼んだことがある。

 

61式は90式やエイブラムスより一回り以上に大きく、その分重量が嵩む。 下手な道路を通ればアスファルトが砕けて、道が陥没してしまい他の車両が使用できなくなってしまう。

 

「道を破壊しながら進軍するのは、まずいですよね…」

 

「はあ。 BETA襲来に備えて戦術機を載せた輸送車の展開の為に、帝国でも交通道の整備が進められてはいるらしのですがあまり進展は無いと小耳に挟んだことがあります。 …しかし、それを差し引いてもコイツは欲しいんですよ准将。 他の冷や飯食らいの戦車兵も同意見だと愚考します」

 

戦場の主役の座を戦術機に取られた者同士、宇喜田大尉とカービンソン大尉が視線を交わして頷きあってる。

 

ていうか仲良いですね二人とも。 外交官さん達も一緒に会談する時は口裏合わせたように息が合ってるし…

 

ああ、そうか。 オルタネイティブ第5計画をアメリカがまだ発表してないし、BETAも日本に上陸してないので在日米軍も引き上げてないから決定的溝が出来てないからか。

 

このまま友好的な状態でいてくれると人類にとっては良いと思うんだけどな~

 

…今はそれを考えても詮無いか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンデニオン時間深夜

 

 

当直の兵士などのごく一部を除き静まりかえったコロニーに1つの動きがあった。

 

 

日本とアメリカの滞在者が使用している港とは反対に位置するもう1つの港…

 

今のところコロニー管理者以外の人間が立ち入る事ができないファクトリーとも繋がる港の一画で、1つのゲートがゆっくりと静かに開いていく。

 

 

姿を現すのは白い木馬にも似た形の艦を背にした黒色の機体。

 

 

人の形を模したそれは、背面に備えられたバックパックのバーニアを軽く吹かしてゆっくりと港を進んで行く。

 

 

 

 

やがて、照明が殆ど落とされた港から出たそれは、月明かりに照らされて宇宙(そら)へと踊りだした。

 

 

流星のようなバーニアの軌跡を残し、恐るべきスピードで疾駆する機体。

 

そのコックピットに座ったシンジは、襲い来るGに耐えながら白いヘルメットの奥でこう呟いた。

 

 

 

 

「これがガンダムか…」と…

 

 

 

その呟きに答えるように機体の頭部に付いたデュアルアイが力強く煌いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5ターン目 ティータイム

アメリカ合衆国の象徴的建物であるホワイトハウス。

 

アメリカという国の舵は議会場ではなく、この場で決まると言っても過言ではない。

 

 

厳しい訓練を受けたスーツ姿のSPが入り口に立ち、厳重な防諜対策が施された室内には、アメリカの頭脳とも言うべき人々が密かに集まっていた。

 

閣僚の代表とも言うべき各大臣達、各軍の責任者達に諜報部門の黒幕。 更には異例として大手企業の資産家たちまで集まる豪勢な顔ぶれだった。

 

そしてそれを束ねるアメリカ国民の代行者たる合衆国大統領ジョージ・エデンは瞼を閉じ、静かに報告を聞いていた。

 

 

「…諜報員は無事にロンデニオンへと潜入いたしましたが、なにぶんにも閉鎖された空間での活動とされますので成果を得るには時間が掛かるものと思われます。 なお、現地にて日本側の諜報員の姿が確認されたとの情報も入っておりますがオーダーに変更は?」

 

50代後半の丸眼鏡を掛けた頭髪の薄い男性は、人の好い微笑を顔に湛えながら現状の報告を済ませるとエデンへ確認を取る。

 

一見するとそこら辺に普通に居る善良そうな人物なのだが、祖国の為ならば如何なる汚れ仕事をも引き受けて忠義を尽くすCIA(中央情報局)を束ねる人物だ。

 

微笑の奥に隠れる細められた瞳の奥に、氷土すらも生温い冷徹さを見た者の大半は凍りついたように動けなくなるだろう。

 

 

「オーダーに変更は無い。 慎重に、相手を刺激しない程度に進めてくれ給え。 得たいの知れない相手だ。 日本も今は強硬手段は取れまい… いや、あの国に強行手段は取れないだろう」

 

「そうでしょうな… 此方としては日本が強硬手段を取ってくれた方が大儀名聞が得られるのですが、あの国には無理でしょう」

 

CIA長官の瞳を見据えながらのエデンの見解に、彼は同意を示した。 その瞳に心に日本に対する侮りも嘲りも無い。 ただ冷徹に得られた情報から導き出された見解を述べるだけ…

 

 

 

「随分と消極的ではありませんか大統領? 相手は一人なのでしょう?」

 

 

大統領の言葉に異を唱える人物。

 

年は30前半に見える参加者の中で最も年若い、財界の代表者の一人として参加するケビン・カーマインは豪華なスーツ姿にブロンドの巻き毛を揺らしながら若干の嘲りの表情を浮かべている。 臨席する他の企業家達は僅かに顔を顰めている中で。

 

「そうです大統領! コロニー内は重力が有り地球と変わりない環境とか? 我が軍が誇る特殊部隊の精鋭を既に待機させております。 ご命令頂ければ直ぐにでも制圧してみせましょう!」

 

ケビンに同調するのはアメリカ陸軍長官たるガードナー大将。

 

G弾推進派の急先鋒でケビン・カーマインの腰巾着とも言われる彼は、雄牛のような巨体を震わせて席から立ち上がり体を前のめりにさせながら大統領に具申する。

 

 

「罪状は適当に付ければいいのです。 CIA長官がお得意でしょう? コロニーとその技術を我が国が独占すれば、戦後の我が国は優位に立てます! そして我が国こそが…!」

 

妙に芝居がかった所作で舞台俳優のように悦に入るケビン。 

 

 

「我が企業がでしょう?」

 

そんな彼にCIA長官は微笑を湛えたままに水を差す。

 

ケビンとガードナーの癒着は彼にとって周知の事実。 勿論、大統領も知っている。

 

カーマイン財団は第五計画の有力な支持者であり、表向きは引退しているが財団の実権を握るメラニーは移民船建造推進派として財団に援助させているが、息子のケビンはG弾推進派で秘密裏に資金などの援助を行い戦後の世界に実権を得ようと考えている。

 

 

そんな彼らに行動を起こさないのは今のところは必要が無いだけの事。 必要が有れば…

 

 

 

気分を害されたケビンはキッとCIA長官を睨みつけるが、微笑を湛えたままの彼の瞳の奥を覗き込んで慌てて目を逸らした。

 

 

「ロンデニオンへの対応に変更は無い。 人間は一人だが相手の情報が少なすぎる。 先ずは相手を見極める事を重視する」

 

成り行きを黙して見ていたエデンは静かに宣言する。

 

 

「しかし!」

 

「これは君のお父上、メラニー氏とも見解は一致している」

 

尚も食い下がるケビンだが、父の名前を出されると唇を噛み僅かに俯いて浮き掛けた腰を椅子へと戻した。

 

その瞳には冥い炎が燻り一瞬だけ肩を震わせる。

 

 

そしてそんな彼をCIA長官は冷ややかな瞳で見ていた…

 

 

 

 

 

 

 

人が増え、営みというものが見え始めた街並みを眺めながら運ばれてきたばかりのお茶を啜る。

 

日本から来た京都出身だという軍属の店主が淹れてくれた緑茶と、店主手作りのコロニー産食材を使った茶菓子を味わうのが最近の俺の癒しのトップだ。

 

 

こちらに来て2ヶ月が過ぎ、俺の周りは目まぐるしく変わっていく…

 

アメリカと日本の大使館がロンデニオンに置かれたのを機に、両陣営が協力して運営するのを条件にコロニーの街の一部を貸し出して一万人分の移住と滞在の許可を出してその運営を任せた。

 

これには両国の外交団と政府もびっくり! なんせ協力運営と賃貸料以外の条件を俺が提示しなかったからだ。 

 

敷金ゼロ、家賃格安の貸し出し。 なんという好物件!

 

その事を何度も確認して迫る外交官の顔が近いこと近いこと。 コロニー建造物事態の管理はハロのおかげで問題ないが、移住者の事は餅は餅屋で任せた。

 

もうちょっと要求出来そうだったので、代わりに幾つかの要請を出してみた。

 

戦車兵と整備員の追加派遣。 自走砲と迫撃砲の扱いに長けた兵士の派遣に、戦術機のパイロットの派遣。 61式の地上での運用試験許可と試験部隊の設立の為に今出向して貰っている宇喜田さん達と追加の人員をそのまま借り受けたい事。

 

コロニーに滞在しているアシガラ、リバティーのクルー達もロンデニオンに出向という形で借りたい事を告げた。

 

 

61関係は、地上で好評だったら61式の図面を始めとした全てのデータを渡すので格安のライセンス料で自国生産しても構わない事で手を打ってもらった。 これで地上の戦車メーカーも少しは納得してくれるだろう。

 

 

クルーの件は最初は難色を見せたが、提供予定の宇宙戦艦運用の為の教導隊として操作、運用を学んでもらう為だと言ったら、検討の結果了承を得た。

 

これで戦車関係と、クルーの指揮権を得る事が出来た。

 

ついでに技術者を受け入れての技術交流もしたい旨を伝えると外交官は大喜びで、後日高そうな茶菓子を美人補佐官の手で贈ってきた。

 

 

補佐官のケイト・フィルシャーさんはセミロングのブロンドに欧米人らしいメリハリのあるスタイルを持つ美人さんで、その日は何時も以上に艶やかな雰囲気でした…

 

危うく蜜の香りに誘われそうになりましたが、明らかに危険な感じがしたので理性を総動員して死守。 まあ相手もお仕事なのでそのまま帰すと上司に何か言われるのか複雑な表情をしてましたので、かわいそうと思い一緒にお茶はしましたが…

 

美人とお茶出来るのはいいものです。

 

頂いたお茶菓子もおいしかったです。

 

 

次の日に来た日本の補佐官である葉山 節子さんもケイトさんに負けず劣らずの美人さんで、日本人らしいスレンダーでありながら柔らそうなスタイルに綺麗な黒髪と、慎ましくも艶やかな笑顔が…

 

勿論、理性全力で死守! 生殺しという言葉の意味をしみじみ実感しました…

 

節子さんとも一緒にお茶をしてお別れしました。 役得です!

 

え? 何で二人ともファーストネームで呼んでるかって?

 

そう呼んでくれと二人に頼まれたからに決まってんでしょう!

 

 

 

後日、今度はイケメンな日米補佐官がやって来てまたお菓子を置いていった。 

 

即行で送り返したかったが、大人気ないので一緒にお茶して世間話をして帰ってもらった。

 

俺にその気は無い! だから… そんな目で俺を見ないでくれぇ…

 

 

 

 

 

そんな日常の中でコロニー移住者の第一陣200名が来たのは一週間前、内半分は軍人と技術者で残りはその家族や軍属の方に企業の偉いさんなんかも潜り込んでいる。

 

 

勿論、その中には諜報関係者も紛れ込んでいるが好きにさせておく。

 

大事な情報はハロとコロニーのメイン管理コンピューター・ZEPHYRが管理してるから大丈夫だろう。

 

何せ一度興味を持って調べてみたら、ハロもZEPHYRも高次元存在(かみさま)に一部ブラックボックス化されてるから、この世界の技術とは文字通り次元が違う。

 

人があれを解析するのにどれ程の時を要するのが検討もつかない。

 

 

だからスパイの方々にはファクトリーと第二港以外は好きに嗅ぎ回ってもらっている。

 

 

そして今目の前で一緒にお茶しているのも、そんなスパイさんの一人だ。

 

 

「ん~ 宇宙で飲む緑茶も中々に乙なものですな~。 そう言えば知ってますかな? 緑茶に含まれるポリフェノール成分ですが…」

 

一見するとスーツを着たサラリーマンのようだが日本帝国の凄腕諜報員、鎧衣 左近その人だ。

 

 

「…と言うわけで学会では…聞いてますか?」

 

「全然。 私には心を読むなんて器用な事は出来ませんから、そんな事をしなくてもいいですよ?」

 

お茶ウメェー!

 

 

「…私の事をよくご存知のようだ」

 

「お噂はかねがね。 あっ、お茶の御代わりお願いします」

 

「それはそれは。 高名なフジエダ准将に見知りおいて頂くとは光栄ですな。 あっ、私にもお茶の御代わりを」

 

ふぅ… 何でこの人が此所に居るんだ?

 

今のところはオルタネイティブ計画には関わってないんだが…

 

 

「何故私が此所に居るのか疑問に思っておられますね?」

 

「そりゃねぇ? 敏腕諜報員がコロニーまで来て、しかもそのコロニーの管理者に堂々と会いに来るんですから。 これは此方のセキュリティーに喧嘩を売るつもりなのかと…?」

 

軽く睨みつけてみるが、実際その度胸には感心するよ本当。

 

 

コロニーに入って来た人間は港に居るハロにチェックされて、衛星経由でハッキングして得たデータに照会。 諜報関係者や重要人物が入って来た時点で連絡が来るので来た事は知っていたが、こうも堂々と正面からくるとは…

 

 

逃げ場の無い閉鎖空間のコロニーで正面から来るんだから大したもんだ。

 

 

「はっはっは、怖い怖い。 そんな気は毛頭にありませんよ? これはもう職業病の一種と思って大目に見ては頂けませんかな准将?」

 

涼しげな顔の彼を見て、夕呼先生の気持ちが少しだけ分かった。

 

「で? 誰の差し金で目的は何です? 帝国政府?」

 

「いえいえ、もっと個人的な頼みと私自身の興味ですよ」

 

「? どういう事です?」

 

「おや? 聡明なる准将閣下にもお分かりにならない?」

 

少しだけムカッと来た。

 

 

いかんいかん。 相手のペースに乗せられるな。

 

 

「凡人なので。 申し訳ありませんね?」

 

「おや?お気を悪くされたなら謝りますが、准将もガードが固いですな~」

 

 

気を抜くと尻の毛まで持ってかれそうだからね!

 

「個人的な…ねぇ。 香月博士…とか?」

 

「ほう…? 良くご存知で。 けど違いますよ。 博士には良い土産話になりますが、今回来たのは別の方からのご依頼です」

 

かまをかけたが違ったか… 誰の差し金なんだ? ん、もしや…

 

「それにもうすぐ此処は騒動の中心になりそうですからね~。 一度見ておこうと思ったのですよ。 香月博士をご存知なら第4もご存知でしょう? 近々それを揺るがす事態が起こり、此処はその重要なポイントになる。 …そう私は予測するのですが…」

 

ふ~ん。 いよいよ第五計画をアメリカが国連で採決するのかな? しかし、カフェでする話じゃないよね~… 重要ポイントっていうのは、もともとこの近くの宙域で地球脱出用の方舟を作る予定だったからか… ハッキングで得たアメリカの機密情報で知った時には何で日本との境界線近くに? と思ったけど、第四計画の本拠地である日本に間近で見せつけてプレッシャーをかけて第四計画推進派に揺さぶりかけるつもりみたい。

 

そんな宙域に方舟建造の拠点に使えそうなコロニーが1つ… そこには今のところは友好的な第四の日本帝国と第五のアメリカ合衆国。 間に挟まれそうなロンデニオン… いや、挟まれるだろうな~

 

 

「後学の為にお聞きしたいのですが、フジエダ准将は第四ですか? それとも…第五で?」

 

涼しげな顔して鎧衣さんが半端ないプレッシャーを掛けてきた。 それをサラリと受け流しつつどう答えようか考える。

 

「あ~お茶が美味しい。 …どっちも。 じゃあ駄目ですか?」

 

「日和見ですかな?」

 

「どうとでも取って頂いて構いませんよ? 第四は成功すれば得るものが大きいでしょう。 人類の勝利の確立を上げることが出来るでしょうが絶対ではない…。 第五はG弾の集中使用は最低の悪手ですが、種の保存を担う方舟は間違ってはいないでしょう? G弾を使用した肉を切らせての戦法だって現状では人類側で最も成功率の高い戦法の一つだというのも事実ですし、最悪でも箱舟に望みを託して新天地にBETAが達するのを少しでも遅らせて一矢報いる…とも取れる。 大戦末期の敗色濃厚な状況を戦った日本人なら少しは心境を理解できるのでは?」

 

メタ情報でG弾すらも無効化されるのを俺は知っている。 知っているからこそG弾の使用は避けて欲しいが、この世界の人は知らない。 俺だって元からこの世界の人間でメタ情報が無ければG弾の使用に賛成していたかも知れない程に世界は、人類は切迫している。

 

メタ情報を知っているからと言って、G弾推進派を軽々しく批判は出来ない。 彼らだって必死なんだろうし…

 

アメリカは自分の国の事しか考えていないとよく言われるが、自分の国の事を第一に考えるのはどの国も普通ではないだろうか? 

 

他国との協調は大事だが、それをさせる余裕をBETAが奪ってしまう… BETAの脅威が、恐怖が人から余裕を無くし狂わせていく。

 

土地を奪われ生産力が低下して行き、日々の戦闘行為や難民への物資供給で大量に物資を消費していく人類…

 

アメリカが広大な国土を持っていたとしても人類全てを支えるのに限界があり、限界を超えればその先にあるのは自滅。 それもあるからこそG弾推進派は早々に決着を付けたいのではないだろうか?

 

戦後の世界で覇権を握る? 荒廃した世界で? 覇権を握れば他国に対する義務も生まれるのではないだろうか?

 

地球からBETAを追い出したとして、残されるものは? BETAに食い荒らされ、核爆発と大砲の弾頭に使用されている大量の劣化ウラン弾等に汚染された土地に、また人が住めるのにどれだけの年月が必要になるのだろうか?

 

現状の地勢状況で勝てたとして、戦後の復興を支えるのもやはりアメリカだ。 どちらにしろアメリカは世界にとってなくてはならない国で、主導的立場になる定めに在る。

 

この世界ではまだ分からないが、第四計画が成功する可能性があるのを俺は知っている。 俺が知らなければ、特殊な力が無いこの世界の人間ならば第四と第五のどちらが現実的と判断してどちらを支持する?

 

誇りは大事だ。 だが、それだけで人のお腹は膨らまない。

 

人はパンのみに生きるに非ず。 しかし民衆にはパンを…

 

今なら厳しい戦後を乗り越えて、食事に不自由することなく誇りやプライドを語ることが出来るあの世界の有難味がしみじみと分かる。

 

厳しい戦後を先人達が乗り越え、毎日の食事にありつけるからこそ平和や自由について声高に言えたあの国…

 

欠点はいっぱい有る。 けれど自分の国が好きだ。 遠く離れてしまっても思いは募る。

 

 

ああ…メタ情報があっても中々考えが纏まらない。 どうしたら一番良いんだろうか…?

 

 

 

 

「…知り合いの女史が聞いたら、敗北主義だと罵りそうな話ですなぁ」

 

「第五から見たら第四は楽観的に見えるのかもしれませんよ? 何時完成出来るかも知れない技術に拠って情報を手に入れても、それを生かすだけの力が人口と領域を半分近くに減らされようとしている人類に残されているのか…? 情報を元に勝ち続けられればいいですが、息切れして負けてしまった時には? 最善を目指す第四、最悪を想定する第五… 鎧衣さんはどちらが正しいと思いますか?」

 

ゲームのストーリーでは第四で勝ったと思わせる雰囲気だったが、戦いは続いていき最終的に地球を取り戻せたかは分からない。 原作のラストで香月博士も言ってたが、第四とオリジナルハイブを攻略した事で人類は10年の時間を稼ぐ事が出来たと言った。 人類は勝ったとは言ってない… もしかしたらな未来も有るかもしれないし、おまけにこの世界は因果律から外れて狂ってしまった世界だ。 神様の話だとこのままでは地球上の人類と生命は滅ぶ運命で、それを防ぐファクターとして俺が送りこまれた訳だが絶対ではない。

 

いったい何が世界が狂った原因なのか分からないなら最悪を想定した第五はあったほうがいい。

 

 

 

 

「…私は日本帝国の人間です」

 

「それでいいと思いますよ? 日本人として生きて良いと思います。 第四は第四で、第五は第五でやっていけばいい。 人類に二つの計画の推進が困難だというなら微力ですがロンデニオンが協力します。 地球人類への助力こそが当方の取るべきスタンスですから」

 

結局、今はこれしかやり方が思いつかないんだよな~

 

 

 

 

 

 

 

 

土煙を上げ大地を揺らし横隊で驀進する異形の集団。

 

強力な120mm戦車砲をも跳ね返す外殻を纏いながらも、時速160kmで走る突撃級と呼ばれるBETAは地球上に現れてから数多の人類側の戦線をその足と体で蹴散らし打ち破ってきた。

 

200を数える突撃級が形成した横隊の前方10kmに佇む1つの機影。

 

黒と灰色のツートーンに赤のアクセントが入ったその機体は、額に付けられたV字のブレードアンテナの下のデュアルアイで突撃級の集団を捕らえると双眸を光らせ、右手に握られたライフルを突き出すように構えると集団の中央に狙いを定めた。

 

ライフルの銃口付近が帯電して放電現象が起きると、ビシューンッ!という独特の発射音を響かせてピンク色の光弾が打ち出される。

 

音速を超える速度で打ち出された光弾はピンク色の軌跡を僅かに残しながら直進し、一体の突撃級の中心を捕らえるとダイヤモンドを遥かに超える高度の外殻を易々と貫きそのまま後方に連なっていた7体の突撃級をも貫いて後方へと奔って大気の中へ消えていった。

 

一瞬にして8体の仲間を失ってもその足を緩める事をしない集団に、コックピットでターゲッティングスコープを覗き込んでいたシンジは軽く舌打ちして再度トリガーを引いた。

 

続けざまに放たれる光弾は横隊を引き裂きその数を撃ち減らしていくが、突撃級は意に介さずに黒い機体との距離を詰めてきた。

 

シンジはスコープを後ろに押しやりながら、3kmにまで距離を縮められた機体に銃身が加熱して陽炎を揺らすライフルを躊躇なく投げ捨てさせ、腰の後ろにマウントされていたバズーカを持たせると構えさせて再び撃ち始める。

 

バズーカの巨大な弾頭が炸裂した突撃級は外殻を粉微塵に砕かれて衝撃にグラリと傾き、後ろから来た別の突撃級が勢いを殺すことも方向を転ずる事も出来ずにそのまま激突して共に大地へと沈んでいく。

 

 

 

 

「はぁはぁ…。 この!?」

 

パイロットがバズーカの照準と残弾確認に気を取られた隙に、一体の突撃級が機体へと突進を掛ける。

 

寸でで気づいたパイロットは機体の左手に装備された黄色い十字飾りの入った赤い盾でそれを受け止めると、フットペダルを踏み込み押し返そうとする。

 

 

この世界の戦術機パイロット、衛士が見たら我が目を疑った事だろう。

 

時速160kmで突進してきた巨体を正面から受け止めて、今まさに押し返そうとしているのだから。

 

踏み込まれたフットペダルに呼応して背部のバーニアが火を吹き、凄まじいパワーと強度を誇る四肢が伸び上がり突撃級を押し返した!

 

その隙にバズーカを捨て背部の上左右に突き出した二本の棒の右を引き抜くと、ピンクの軌跡を描きながら縦に一閃し、棒の先に現れた光の刃で突撃級を切り捨てる。

 

 

「はぁはぁ。 ゲームやアニメみたいには上手く行かないか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう准将。 こんな時間にシュミレーター室で何やってんだ?」

 

「ああ、お疲れ様ですおやっさん。ちょっと61式のシミュレーションデータの確認を…。 おやっさんこそ、こんな時間までどうしたんですか?」

 

もうすぐ日付が変わる人気の無い時間帯のファクトリーで、室内から出た俺は日本帝国整備兵・後藤清一大尉、通称“おやっさん”に出くわした。

 

少し前までは俺か、俺の同伴無しでは入れなかったファクトリーだが、61式の評価試験を期に一部の施設内への立ち入り許可証を61式関係者に配布したので、俺以外の人間の出入りが行えるようになっていた。

 

 

「ん~? ああ、こいつを読んでたらいつの間にか時間が経っちまっててな。 今から上がりだ」

 

そう言っておやっさんが右手で上げて見せたのは、先日渡した青い表紙にRX75と書かれた一冊のマニュアル。

 

「私も今から帰る所ですから、良かったら乗って行きますか?」

 

「おう、そいつは助かるな。 この年になると帰りの運転も疲れるんでな」

 

少し肩を竦めながらサングラスの奥の瞳を緩めて同乗を受けたおやっさんと連れ立って玄関前に止めてあるエレカへと向かう。

 

 

世間話をしつつ廊下を歩き、警備に就くハロに挨拶をして車に乗り込むと寝床のある商業区へと走らせる。

 

街灯に照らされた道を音楽を流しつつ走らせ、次に来る移住者に放送局関係者が含まれていて手始めにラジオ放送を開始するなんて事を話していたのだが、不意に会話が途切れてしまう。

 

原因は先程からおやっさんが何やら考え込んでいるからだ。

 

考え事の邪魔をしちゃ悪いと思い口を閉じたのだが、暫くすると意を決したような雰囲気を纏わせておやっさんが口を開いた。

 

 

「なぁ准将。 俺達技術屋ってぇのは、不明なモノをそのままにしとけねぇ性分でな。 俺達が整備した物に兵士達は命を預けて戦う。 だからこそ、扱う物にミスが無いように隅々まで把握する必要がある。 自分でもよく分からない物を戦ってる奴等に渡したくはねぇし、ウチの若けぇ奴等に扱わせたくもねぇ。 そっちにも事情があるだろうが、敢えて聞かせてもらう。 コイツの、RX75・ガンタンクの動力源はなんだ?」

 

サングラスを取り、目を細めながらジェネレータ部分の項目が抜け落ちたマニュアルを掲げて見せるおやっさん。

 

 

「提示されている出力が桁違い過ぎる。 61式のバッテリーも戦術機並みの出力だったが、コイツは比較にならない出力だ。 いったいコイツは何だ?」

 

 

車のスピードをゆっくりと落とし路肩に止め、おやっさんの方を見ないようにして考える。

 

「…もう少し、秘密にしときたかったんですけど…。 整備班には先に知っておいてもらった方が良いでしょうね…。 おやっさん、俺が良いと言うまで秘密は守れますか? 宇喜多さん達は勿論、帝国にも秘密に…」

 

 

俺の言葉におやっさんが黙って頷いたのを確認すると、車をUターンさせてファクトリーへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そよ風が草原を抜け、金糸のようなクリスの前髪を優しく玩ぶ。

 

馬に寄り添い、その逞しい首筋を優しく撫でながらここが宇宙(そら)に居ることを忘れてしまいそうな光景に心を奪われていた。

 

アメリカ合衆国航空宇宙軍大尉として宇宙戦艦リバティープライムの副長の任に就き、今はロンデニオンに出向して新型艦サラミス級の試験運用に携わる忙しい日常の中でこの場所に来ることは、彼女のささやかな楽しみの一つだった。

 

 

 

草原を見渡せばの放逐された馬や牛が水を求めて人口湖に集い、畔には桟橋が作られており日本帝国軍の坂田艦長とアメリカ合衆国軍のイーストウッド艦長がラフな私服姿で竿を並べて釣りを楽しんでいた。

 

一見すると地上に居るかの如く錯覚するが、空を見上げれば薄い雲の先に二つの大地が見えることから、此処がスペースコロニーの内部である事を彼女に認識させてくれる。

 

 

ヒヒンッ

 

軽い嘶きを隣から聞いた彼女は、もう一度そっと首筋を撫でるとジーンズのポケットから包み紙に巻かれた小さな四角い物体を取り出した。

 

「本当はあんまりあげないようにハロから言われてるんだけどね?」

 

普段の彼女からは想像できない悪戯な笑みで包みを解くと、白い角砂糖を馬の口元へ差し出す。

 

『マタアゲテル! マタアゲテル! クリス、甘ヤカシチャダメ!』

 

いつの間に来たのか一体のハロが地面を転がりクリスの背後に来て抗議の声をあげる。

 

「ふふっ、ごめんなさいねハロ?」

 

この自然ブロックを管理維持するハロ達と、暇を見ては訪れて馬や牛の世話を手伝うクリスは、コロニーに訪れた人間の中で一番ハロと良好な関係を築いた人間かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。 クリスも此所に来てよく笑うようになったな…」

 

「覗きが趣味とは感心しませんな、イーストウッド艦長?」

 

湖の桟橋にて釣りをしている筈が、竿ではなく双眼鏡を手にして遠目にクリスを伺っていたイーストウッドは口許を弛めて呟き、それを坂田が水面に浮かぶオレンジの浮きを見ながらたしなめる。

 

「ミスター坂田。 ジョンでいい。 軍服を脱いでまで艦長と呼ばれるのは肩が凝る」

 

「…では私も弥彦で、ジョン?」

 

ジョンは了承の言葉代わりに、持参したクーラーボックスから冷えた缶ビールを2つ取り出すと軽く振って見せて1つを弥彦へと投げ渡した。

 

二人の男はプルタブを開けて軽く缶を当てて一息に煽る。

 

「くはぁーー! 宇宙で飲むビールは最高だな!」

 

「ぷはぁっ! 確かに、無重力ではビールの気が抜けて呑めたものではないのがこうして飲める」

 

一気にビールを飲み干したジョンは、桟橋の上に手足を放り出して寝転び人工の空を見上げた。

 

弥彦も年甲斐もなくそれに倣い寝転ぶと、空を見上げてゲップする。

 

 

「…いい所だ… 静かで天気が良くてビールが美味い」

 

「ええ、本当に… 地上に居る家族にも見せてやりたい…」

 

「? 弥彦は家族を此所に呼ばないのか?」

 

首だけを廻らせて、隣に寝転ぶ弥彦にジョンは静かに問う。

 

「…このコロニーは多分、今現在の地球圏で一番安全な場所でしょう。 …私は軍人です。 国を、人々を守る職に就いています。 今、日本本土ははBETAの脅威が近づき、誰もが不安に怯えている… なのに軍人の私の家族だけが安全なコロニーに…」

 

そこまで言い身を起こすと、缶に残っていたビールを一息に煽る弥彦。

 

そんな彼を憂いの表情で見つめるジョンは、静かに言葉を紡ぐ。

 

「…貴方は高潔な人だ弥彦。 しかし、敢えて言わせて欲しい。 …大事な人とは出来る限り一緒に居た方が良いと思う。 こんな世の中だ… お互いに何時死ぬかも分からない… だからこそ、生きてる間に愛する人と出来るだけ一緒に居たい、愛する家族に一つでも多くの思い出を残したいと私は思うよ… この思いがあるから…」

 

「…戦える。ですか? …ジョン。 貴方は良い父親のようだ 」

 

「そうでもないさ。 何時も家に居なくて、妻や娘達に淋しい思いをさせている。 ロンデニオンに正式に出向になって、家族を呼べば一緒に居る時間が増える… 少しは家族に対する償いになるだろう。 …弥彦、生きているからこそ触れあえるんだ。お互いにどんなに後悔しても、死んでしまったら愛する人に触れる事は出来ないし、思い出も作れない…」

 

ジョンはふと、馬に寄り添い、ハロを抱き上げて微笑を浮かべるクリスへと視線を向けた。

 

 

「…少し…考えてみます…」

 

ジョンは弥彦の言葉に再びビールを投げ渡す事で返し、煽ったビールには先程よりも苦味を感じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6ターン目 V作戦

ロンデニオン行政府内にある会議室で俺は険悪な雰囲気に挟まれていた…

 

 

そう。 挟まれていたのだ…

 

 

円卓に座った俺の右側には、蒲田外交官を始めとした日本帝国外交団がずらり。

俺の左側にはウィルソン外交官を始めとしたアメリカ合衆国外交団がずらり。

 

 

お集まりの皆さんは表面上は笑顔を取り繕っているが、発せられるプレッシャーが酷いことになっており、その内の半分は俺に来ているので正直この場から逃げ出したい…

 

 

乾いた喉を潤そうと目の前にある冷めた緑茶に手を伸ばそうとするが…

 

 

「フジエダ准将。 我がアメリカ合衆国はロンデニオンを高く買っております。 貴方が望むのであれば合衆国は最大限の援助をする準備があります。 …合衆国の友人として我々の手を取って頂けませんかな?」

 

 

「藤枝准将。 畏れ多きも皇帝陛下と煌武院 悠陽殿下より、“よしなに”との御言葉を賜わっております。 何卒、善き御返答を…」

 

 

…お茶すら飲まして貰えない。

 

 

まぁ事の始まりは昨夜の事だ。 国連会議の場でロンデニオンの事をアメリカ、日本の共同発表という事で公表したらしいのだが、その場でアメリカがオルタネイティブ5。 所謂、第5計画の採決をしちゃって、オマケにロンデニオンと日本帝国に相談無くロンデニオンコロニーが第5計画の拠点として機能する予定だとか言っちゃったらしいんだな、これが。

 

当然、国連会議は紛糾して大騒ぎの大混乱、それに乗じて採択を取って第5計画を正式に認めさせたのだからやり手だよね~。

 

俺の知ってる第5計画は予備の名前が付いてた筈なのに、正式に認められた理由はロンデニオンの存在だろう。

 

とある地上の情報筋に依ると、第4と第5に距離を置いて静観していた自称・中立派の一部が、表向きはロンデニオンコロニーを作り出したと言うアメリカの技術力に第5計画の成功率の高さを見て靡いたのが原因らしい。

 

 

正式に認められた第5計画は、当初は予備案として採決を取り、アメリカが予算や資源を殆ど独自に用意する予定だったのが、第4計画と同じ位に他国への協力要請優先権を持っちゃって国連予算を崩壊と、各国の財政もえらい事になる危機に…

 

只でさえ人類のお財布の危機なのに、どっちも自分の方が正しいと信じてるから全力で各国のお財布を絞りそうで…

 

 

いや、するな。きっと… うん。

 

 

メタ情報でそこまで搾り取らなくても、どっちも4年後には達成出来るのは知ってる身としては止めたい。

 

 

そんな状況でアメリカは事後承諾とはなるが、ロンデニオンに正式な協力要請を。日本帝国はロンデニオンが第5計画に協力しなければアメリカの国際信用はがた落ちになり、もしかしたら計画撤廃となる糸口になるやも? いや、いっそのこと第4計画にロンデニオンを参加させちゃえ! 第5に取られたら状況がどこまで悪くなるか分かったもんじゃない! でっ、第4への協力要請と第5への協力拒否要請を出してきた。

 

…どちらかに肩入れし過ぎると、相手への競争意識が暴走して両計画が各国の資源や資金を調達すると、前線で戦う兵隊さん達にも影響を及ぼして前線崩壊したら手の打ちようがない…

 

伏せていたカードを捲るか…

 

 

「あのですね…」

 

「何かなフジエダ准将!?」

 

「何ですかな藤枝准将!?」

食いつきが凄いです。

 

「あ~、そのですね? 取り敢えずお二人とも落ち着いて私の話を聞いてほしいんですが… ロンデニオンとしては第5計画の移民船建造に協力するのは吝かではないんですが…」

 

その言葉に喜色満面の笑みを浮かべるアメリカの外交団。 反対にこの世の終わりのような絶望した表情の日本帝国外交団 。

 

「但し、条件が有ります。 移民船の建造の為に港の使用許可と関係者のコロニー滞在、…工業地区の工場の一部も貸し出して物質の方もささやかですが提供しましょう…」

 

 

「おお! ありがとうございます!」

 

「代わりに第5計画の第4計画への出来る限りの協力を要請します」

 

「は…?」

 

「…へっ?」

 

笑顔が固まるウィルソン外交官と、失意に肩を落としていた蒲田外交官が、まの抜けた声を出す。

 

「具体的には、資金や資源…第4に必要であろうG元素や技術データの提供を融通してあげて欲しいのです」

 

「…」 「…」

 

「ロンデニオンが移民船の建造拠点になれば、かなりの資金や資源が浮きますよね? ああそうだ!ついでに移民船の資材やら人員を宇宙(そら)に上げるのに、ウチのHLVロケットを使われては? そろそろ地球に定期便でも出そうかと考えていたもので… いや~行きは61式や食料なんかを積んで帰りはどうしようかと思ってたんですが丁度よかった! これでまた予算の節約になりますね!?」

 

「せっ節約にはなりますが…」

 

「ふっ藤枝准将…?」

 

「あっ! 勿論、ロンデニオンは第4計画へも出来うる限りの協力をさせて頂きます。 見返りは第4の第5への技術協力で…。 第4には優秀な博士が居られると聞いておりますから、移民船建造にプラスになるでしょう」

 

 

 

唖然とする二人の外交官だが、やがてウィルソン外交官が肩を震わせて、蒲田外交官は信じられないといった表情で各々の感情を示し出す。

 

「フジエダ准将… 貴方はからかっておられるのですかな…?」

 

地の底から響くようなウィルソン外交官の声。

 

怖くて震えそうです。

 

「アメリカ合衆国は貴方に最大限の敬意を払ってきたつもりです。それに対する答えがこれとは… これはあまりにもナンセンスだ!!」

 

「どの辺りがナンセンスだと言うのですウィルソン外交官?」

 

「全てだ! 全てに決まっている!! 第4計画と第5計画は相反するモノだ! それを互いに協力しろですと!? これ以上のナンセンスがありますか!? 人類の為には第5計画こそが唯一の…!」

 

「希望? 別に良いじゃないですか、希望が2つ在っても? 余裕が有れば2つ同時でも私は良いと思いますよ? その余裕を作るために、ロンデニオンは協力を申し入れるんですし…」

 

「たとえ第4計画が成功して情報を得ても人類が地球上で勝利する保証が何処にあるというのです!? そんな不確かなモノに人類に残された僅かな力を注ぐよりも、確実に人類という種を残すための第5計画こそが正しい道だとは思わないのですか!?」

 

「それは第5計画も同じでしょう? 探査機が発見した移住可能な星が本物だとしても、そこまで行けるのか? そこで人類は生活出来るのか? BETAがその星に来ないのか? 不安要素だらけで保証なんて無い。 だったら…!」

 

 

「2つ同時に仲良く進めると? 今の人類にそんな余裕は…!? 失礼だが、それをどうにかする程の力がロンデニオンに有るとは思えない。 ロンデニオンの技術力が高いのは認めましょう。 しかし、たかだか一コロニーだ。 我が国がその気に為れば…」

 

脅しが入ってきたか。 蒲田外交官は黙って成り行きを見ているし、会議室のドアの向こうでは2つ集団が緊迫と困惑が内混ぜになった感情で室内の様子を伺っている。

 

片方は強行手段としてウィルソン外交官が用意したアメリカ軍人さんの集いで、もう片方はその抑えを目的に蒲田外交官が呼んだ帝国軍人さん達だろう。

 

今までコロニーで仲良くやってきた人達が、こうも対立する様を見ると悲しくなる。

 

 

「…最後の言葉は聞かなかった事にしておきますね?」

 

「我々は本気です!」

 

「やりたいなら、やってもいいですけど… まあ、確かに大国であるアメリカ合衆国を動かすのに“今”のロンデニオンは影響力が小さいのかもしれません。

 

ですから、手の内を一枚お見せしましょう」

 

 

「何を今さら! あなた方の艦に搭載されている荷電粒子砲なら我が国でも研究が進んで…」

 

「核、融合、炉」

 

印象付ける為に言葉を句切りながら話す。

 

アメリカと日本帝国はロンデニオンの技術力を低く見積もったんだろうが、どっこい地道にコツコツと活動し技術を段階的に提供しようとした方策が今この時に吉になった!

 

いきなり安定した性能の核融合炉を持ってます!ではなく。技術公表出来る下地を作って、段階的に発表と提供し、なるべく穏便にしようとしてたので、教えてない、もしくは正確に伝えてないモノや技術がわんさかある。

 

何せ宇宙世紀のトンでも技術なので、いっぺんに全部公表したら世界が大混乱! 問い合わせや対応に俺が対処出来ないと思っての行動がこうして…裏目に出た?

 

提供しても大丈夫か確認しながらの一歩一歩活動が相手に低く見られる原因になったか…

 

開けっ広げに見えて締めるとこは締めたつもりだったんだが…  いや、なんかおかしい。 何かが引っ掛かる… でも今は、

 

「核融合炉!」

 

大事な事なので二回言います。

 

「っ…!?」

 

「…ふっ藤枝准将。 かっ確認しますが、貴方は…ロンデニオンは核融合を…」

 

「持ってます。 作れます。 現物はコロニーの発電施設とマゼラン、サラミスの機関に使われています」

 

「バカな!? フジエダ准将、君はコロニーと戦艦の動力源は原子炉だと言ったではないか!?」

 

「あ~すいません。 嘘です。 折りを見て真実を話そうと思ったのですが… このような形で話す事になったのは本当に遺憾です」

 

「くっ、ならばなおの事!」

 

「やめた方が良いと思いますよ? 何かあったらコロニーのメインコンピューターが情報も現物も全部消去するように、上からプログラムされてるみたいですから」

 

これは前にメインコンピューターを調べたところ、ZEPHYRに教えてもらった事だ。

 

上(神様)がどういうつもりでプログラムしたかは分からないが…

 

 

「話し合いをしましょうよ~。 ねっ? 私は両国とも友好的にやって行きたいんですから…取り敢えずこのままじゃ話が進まないから、選手交代でお願いします。今から一時間後に大統領閣下と煌武院殿下のホットライン回線へハッキン… げふんげふん。 …連絡しますので、平和的な話し合いに応じて下さる意志がおありなら出て頂きたいです。 両者共にお出にならないなら、今後一切両計画に関わりませんから… いっそ、ご迷惑なら月の陰にでも隠れますからとお伝え下さい。 それじゃ~」

 

有無を言わさず、ささっと退室。

 

あっ、兵士の皆さま御苦労様です。

 

 

 

「それで…私に話が回って来たのかね? 」

 

現アメリカ大統領、ジョージ・エデンは読んでいた本から顔を上げると、眼鏡をずらして報告に来た秘書官の顔を見詰めた。

 

「はい閣下。 40分後にはロンデニオンから連絡が入るかもしれません」

 

「かもとは?」

 

「ホットラインに侵入出来ればという事です閣下」

 

少しだけ笑みを見せた秘書官に釣られて大統領もまた苦笑する。

 

「外務省を始めとしたロンデニオン担当の者達が集まっており、至急閣下とお話したいと…」

 

「さてさて、どんな話をしたいのやら?」

 

本を閉じてテーブルに置いた大統領は席を立つと、脱いでいた上着を秘書官から受け取りロンデニオン担当者が集まる会議室へと向かった。

 

その途中…

 

「意外にあっさりと尻尾を出したものだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この話、どう思いますか榊?」

 

「話に応じる… いえ、受けるしかないかと思われます殿下」

 

 

場所は変わって京都府、御所内に在る征夷大将軍謁見の間。

 

上座に座するは征夷大将軍の位を賜ってまだ日が浅く、幼いと評して良いほどの年の紫髪の少女・煌武院 悠陽。 その傍らには緑の長い髪に眼鏡を掛けた赤い衣装の女性が控え、下座に跪くスーツ姿の壮年の男性は、日本帝国総理大臣 榊 是近。

 

 

「ロンデニオンの申し出を受ける… それで良いのですね?」

 

「殿下…。 それは皇帝陛下より全権を賜った殿下がお決めになる事。 言を臣下に聞かれましても、臣下に是非を問うてはなりませぬ」

 

「…そう、ですね…」

 

「…殿下、出過ぎた言葉を申した事お詫び申し上げます…。 されど殿下は日本帝国の執政全権を司るお方。 迷う姿を臣下に見せてはなりませぬ。 殿下が迷えば臣下が、民が、国が迷うのです。 自信をお持ち下され殿下。 貴女は帝国の代表者、紛う事なき征夷大将軍なのですから… その証拠にロンデニオンはアメリカのジョージ・エデン大統領を指名し、日本帝国からは殿下を指名してきました。 貴女こそが日本の代表者なのです、殿下のお気持ちのままにお決め下さい。 非才の身なれど我等臣下一同は殿下の御意思に従い、それに沿うように力を尽くす所存です」

 

未だ幼き主君に敬意をこめて深々と頭を垂れる榊。 しかしその心中は、娘と変わらぬ年の少女に日本の命運を背負わせなければならない事への苦悩で満ちていた。

 

「ありがとう、榊… 苦労を掛けますね…」

 

「身に余る御言葉です… 殿下、これより私の私見を述べさせて頂きますがあくまでも参考意見の1つです。 殿下ご自身がお考えなさり、お決めになられますように」

 

「くどいぞ、榊殿!」

 

「よいのです月詠。 榊、聞かせてください」

隣に控えていた女性、月詠の激昂を落ち着いた声で抑えて榊に話を即す悠陽。 月詠の悠陽に対する忠誠心を知っている榊は彼女に軽く一礼して話を続けた。

 

 

「日本帝国を始めとする第四計画派はその殆どが国土の大半を失った国々が、アメリカの推奨するG弾使用によるBETA殲滅に反対して集まっております。 対して第五計画派は国土の殆どを維持した比較的余裕のある国々…アメリカを支持する集まりとも言っていいでしょう。 ご存知の通りG弾は使用後の重力障害により植物すらも育たない不毛の土地と化します。 それゆえに国土奪還を夢見る国々は永久的に汚染されるG弾の使用には反対しておりましたが、第四計画派の主要国の内、EU、大東亜連合、ソビエト…国際社会では強い発言力を持っておりますが、国土と多くの国民、財産を失ったせいで国連の…アメリカの援助無しでは運営出来ないほどに疲弊しております。 

 

残る第四計画派の主要国はカナダ、オーストラリア、そして我が国日本帝国。 しかし我が国も朝鮮半島の情勢如何ではBETAとの戦いの最前線になるやもしれません。 そうなれば国力が磨り減り、在日米軍をあてにする我が国も… そうなればもはや第四計画を進める事が困難になるでしょう。

 

事前に入手していた情報では、予備計画としてアメリカは採決するという話でしたが… 直前でロンデニオンの存在を利用して正式計画として提案し、混乱に乗じて認めさせました。

 

第5が予備計画であったなら、国連を通じての各国からの資金や資源提供に対し正式計画のこちらが優先権を持っておりましたが今となってはそれも失い、より発言権の強いアメリカの…第五計画への提供が優先されるでしょう。

 

しかし望みはあります。 ロンデニオンが出した第五計画協力への条件、第五計画の第四計画への協力要請。 これに望みを賭けるしかありません。 たとえロンデニオンの真意が不明で第四から第五への技術協力を提供しなくてはならなくとも、第四計画と日本帝国はこれに賭けるしかないでしょう…」

 

 

榊の言葉に幼い顔を俯かせて思案に耽る悠陽。 この小さく細い肩に並々ならぬ重責を乗せている事に歯噛みし、いたたまれない表情の榊と月詠。 そして二人のそんな表情には気づかずに顔を上げて悠陽は小さく可憐な唇を開いた。

 

 

 

「…それしかなさそうですね。 気になるのはやはりロンデニオンの真意とアメリカがロンデニオンの条件を飲むかどうか…」

 

「一時間前であれば、アメリカもそのような条件は飲まなかったでしょう。 しかし藤枝准将の発言、核融合炉保有をアメリカは無視できないでしょう。 真実で在るならば是が非でもそれを欲する筈です。 光学兵器とそれを搭載した宇宙戦艦、500万人が生活可能なスペースコロニー。 まだ何か有るとは思っておりましたが、よもや核融合炉とは驚きました。 その技術が世界に公表されれば確実に世界の流れが変わります。 仮にアメリカがこの提案を蹴ったとしても我が国がロンデニオンからの協力を得られれば、第四計画も巻き返せる可能性が出てきます。 ロンデニオンの真意に関しては我々も掴みかねておりますが、故に今回の会談で殿下ご自身の目で彼の者を御見極め下さいませ。 その結果に出された殿下の御意思に我等は従う所存です。 どうか殿下の御意思のままに…」

 

頭を垂れた榊の言葉に、幼き顔に決意を滲ませて悠陽はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの国の重要人物達が一時間という短い時間に追われ対策を練るなか提議人のシンジはと言うと、行政府をさっさと抜け出し最近運転を開始したコロニー外壁を走る高速電車に乗り込みファクトリーへと訪れていた。

 

外の事態など知った事かと整備に没頭する整備兵達に軽く挨拶をして、幾つものセキュリティーゲートを抜け辿り着いたのは天井までの高さが30m以上はありそうな巨大な空間だった。

 

コロニー外へ出るルートもあるこの空間の中央に歩み寄ったシンジは顔を上げて部屋の主へと挨拶をする。

 

「よっ! 調子はどう?」

 

『ノープロブレム。 …それより君は、もう少しその場当たり的対応はどうにかならないのかい? 見ていると危なっかしくてしょうがないよ』

 

シンジが顔を上げた先には一機の白いMSが片ひざを着いた姿勢で鎮座して黄色の双眼を点滅させて彼を見下ろしている。

 

「向いてないんだよ。 ゼファー(ZEPHYR)が代わってよ、君のほうが頭が良いんだからさ?」

 

『私が出て行けば余計に話が混乱する事になる。 不用意に私は出ない方がいい。 それにシンジがこのコロニーの管理者で代表者だ、私はただコロニーの維持管理をするだけのサポート役だ』

無数のケーブルに繋がれたゼファーと呼ばれる存在は、白を基調に青、赤で彩られたトリコロールカラーのRX78-2ガンダムによく似た姿ではあるが、細部に違いがあるのが見て取れる。

 

「ロンデニオン最強存在が何言ってんだか。 …けどいいよ、ゼファーを人同士のゴタゴタに巻き込みたくないから」

 

『…優しいな君は』

 

「優しいというのは男には褒め言葉にならないとAIに記憶しといて」

 

ゼファーはシンジの言葉にコクンと頭部を動かすと通信システムを立ち上げて、コロニーから衛星へ、衛星から地上へと深く潜り始める。

 

数多の厳重なプロテクトを破り、目的の場所に辿り着いてルートを繋ぎ何時でも相手にコールを送れる状態にする。

 

『何時でも通信を繋げられるよ』

 

「ありがとう。 相変わらず見事なお手並みで… ねぇゼファー、俺は… いや、何でもない」

 

『君は君の道を行けばいい。 我々に出来るのはそれだけ、あとは後世の話だ…』

 

言い淀むシンジに、機械音声で優しくゼファーはそう囁いた。

 

 

「ハローこんにちは。 お忙しい所を失礼いたします。 こちらはロンデニオン管理者のフジエダ准将であります。 アメリカ合衆国大統領ジョージ・エデン閣下と日本帝国の征夷大将軍 煌武院 悠陽殿下は居られますか? 居られませんでしたら後日、月の影から連絡し直します。 それではまた後日… えっ? 月の影からは通信が通らない?…」

 

 

 

 

「…待ちたまえ」

 

「お待ちゅっ!? …下さい…」

 

 

日本とアメリカのホットラインに本当に割り込んで来て、とても国家元首に話し掛ける態度ではない事にダブルショックを受けた二人だが、そこは流石は国を担う者。 直ぐに気を取り直して通話ボタンを押して、モニター付きの通信機を起動させた。

 

落ち着き払ったエデン大統領とは対象的に、征夷大将軍の悠陽は初めて自分に任された大任に勢い込んで、緊張と焦りで言葉を噛んでしまった。

 

モニターに真っ赤な顔を映す若干14才の悠陽を、敢えてスルーする事で大人の優しさを魅せるエデン大統領とシンジ。

 

悠陽側のモニターの向こうでは警護の月詠がオロオロと、モニターに映らないように同席した榊は居たたまれなくなっていた。

 

 

「…あぅ…」

 

かーわーいーいー!

 

赤い顔を俯かせて言葉を漏らす悠陽に、それを見た一同は心を一つにした。

 

 

余談だが、この映像をシンジと共に見ていたゼファーのAIに初めて可愛い、愛でるといった感情らしきものが芽生え、この時の映像を自身の記憶領域に永久保存したとか。

 

 

 

「……あ~、ごきげんようジェネラル悠陽、フジエダ准将。 こうやって話せる事を嬉しく思うよ」

 

「…ごきげんようエデン大統領、藤枝准将。 エデン大統領とは昨年の征夷大将軍任官の儀以来でしたか。 その節は御参列頂き有難うございました」

 

先程の事は無かった事にして話を進めたのは最年長者のエデン大統領。 悠陽も気を取り直して、先ずは当たり障りのない挨拶と会話から入る。

 

 

「ははっ、日本とアメリカは善き友人にして隣人。 その日本の代表者就任式なのですから参加するのは当然の事、願わくは両国の友好が末長く続いて欲しいものですなジェネラル悠陽?」

 

「はい。 本当に末長く善き関係が続く事を願います」

 

 

祖父と孫娘ほどの年の離れた二人の国家元首が表向きは笑顔で談笑しているのに、裏では緊張感漂う状況に参加するべきかどうかシンジは迷ったが、どう考えても土俵が違う気がしてそのまま自分の土俵に乗ったまま行動に出た。

 

 

「ご歓談中に失礼しますお二方。 早速ですが本題に入りたいのですが?」

 

シンジの言葉にモニターに映るエデンと悠陽の目が細くなる。

 

「わかった…ジェネラル悠陽?」

 

「私(わたくし)もよろしいです」

 

「では… お聞きお呼びでしょうがこの度の第五計画への協力の件は外交官殿に申し上げた通り、第五計画派の第四計画への協力が条件です。 なお第四計画派へも第五計画の移民船建造への技術協力をお願いしたいのですが…? もし、両計画派がこちらの提案を受け入れて下さるならこちらが保有している核融合炉、その関連技術を各国に提供する準備があります。 なお、こちらの提案が受け入れられなくとも、前もってお約束していた宇宙戦艦は核融合炉ごと提供いたしますので」

 

「ふむ、随分と自信が有るようだが我が国が核融合技術を解析できないという確信があるのかね?」

 

試すような表情でシンジに問うエデンは深い青の瞳を細めながら見詰めてくる。

 

対して問われたシンジは、エデン大統領のプレッシャーをどこ吹く風と開き直った表情で癖のある黒髪を撫で付けて気負う事無く答える。

 

「多分無理だと思います。 そちらには無い物理学で出来たシロモノですから… 出来るとしても基礎理論無しではどれ程の時間を費やすか… ばらすなら自己責任でどうぞ?」

 

「…止めておこう。 ものがものだけに危険すぎる。 しかし、仮に核融合炉保持が事実だとしても君の出した提案を通すのは難しいぞ?」

 

「難しいという事は不可能ではないのですね? エデン大統領、難しいのを承知でお願いしたいのです。 このまま両計画が意地を張り続ければ、計画成就の前に共倒れとも為りかねません。 それは不本意でしょう? 両計画が協力しあえば4年程で実行可能になるとこちらは予測しているのです。 ならば共倒れの危険を避ける為にも…」

 

「言いたい事は分かる。 しかし、軍のG弾推進派が強く反対するだろうね。 確かに核融合技術は魅力的だ。 移民派閥と民間企業はその技術を手に入れられるならばとりあえずは納得するかもしれんが、軍はG弾があればBETAに勝てると直ぐにでも撃ちたがっている…」

 

「軍は勝てると信じたがっているのでしょう? 妄信と言ってもいい。 ユーラシアでの人類の敗走と、カナダでの降下ユニット迎撃で頼みの核ミサイルを大量につぎ込んでようやく仕留めた事による核兵器への不信。 BETAの恐怖に耐えられないから直ぐにでも使って実証して安心したいのかな? BETAが見せた航空兵器への対応能力とてG弾には… とか? 

 

アメリカ軍は優秀だ。 BETAの対応能力の脅威は十分に分かっている筈、だからこそBETAがアメリカ本土に辿り着く前にG弾の有効性に確証を得たい。 けど無効化されたら… 怖い、恐怖に耐えられない今直ぐに撃ちたい試したい。 G弾なら大丈夫、大丈夫な筈… 

 

政府や企業も生産力の限界を超えて国民を飢えさせる前に早く決着を付けたい。 しかし大統領は勝てると思っておられるのですか? よしんば勝ったとして、その後の人類に平穏が訪れると? 違うでしょう、YF22がいい証拠だ」

 

「手厳しいな… G弾を使い地球上でBETAに勝っても、その後に来るのは平穏ではなく人類同士の汚染されていない土地を巡った戦いになる可能性は高い… そして地球上のBETAが居なくなっても、BETAは再び飛来する。 人と人、そして再び飛来したBETAとの三つ巴となった時にその先にあるのは…」

 

「そこまで分かっておられても止められないのですか、エデン大統領…」

 

「無理だな… 彼らにもプライドがあるし、BETAに対する恐怖もある。 ジェネラル悠陽、お若い貴女にはまだお分かりにならないだろうが、特にユーラシアに派遣されて戦った将官が多くG弾に傾倒している。 それほどなのだよ、BETAの脅威とは…」

 

もの憂う悠陽の目に映るエデン大統領の疲れきった表情は、未だ対峙した事のないBETAの凄まじさを幼い彼女に感じさせた。

 

「ようは軍部を黙らせるモノが有ればいいんですね?」

 

「並大抵のモノでは納得しないぞ、フジエダ准将」

 

「大統領も人が悪いですね? そうやって此方のカードを捲らせて行くんですから… まあ、別にいいんですけどね? ご期待に答えてカードをもう一枚見せましょう。 ゼファー、V作戦のファイルをお二方に送って。 それと稼動試験の映像も用意しといて?」

 

ゼファーが予め整理し用意しておいたデータをエデンと悠陽の端末に送ると、内容を読んだ二人は驚愕した。 

 

 

「V作戦… ロンデニオンが密かに進めていた計画の一つです」

 

「…フジエダ准将。 私が言うのもなんだが、君の方が人が悪いと思うのだが?」

 

「ロンデニオンは本当にこの計画を…?」

 

悠陽の言葉に答える為にシンジが「映像を」とゼファーに合図すると、モニター内にサブウィンドウが開き、ロンデニオンから送られた映像が流れ始める。

 

シミュレーター空間内で、キャタピラタンクに人型の上半身を付けた戦車モドキきが両肩に備え付けた長大なキャノン砲でBETA集団を砲撃するシーンや、赤い色のキャノン付きの戦術機が両肩のキャノンで突撃級の外殻を正面から粉砕しているシーンが流れ、三体目の機体が映し出され始める。

 

灰色と黒のツートンに所々に赤が入ったカラーリング。 V字型のブレードアンテナを額に付け、デュアルアイの瞳を持つ特徴的な顔の頭部を持った機体は、右手に持つライフルをBETAに向けるとピンク色の閃光を撃ち放ち、斜線上に密集して居たBETAを種類の区別無く焼き貫き1キロ以上に渡って撃ち抜いた。 しかもそれを短い間隔で連射し、次のシーンでは強固な前腕を持つ要撃級をその前腕ごとピンク色の光の剣で切り裂き、周囲に居た他の要撃級の鋭い追撃を驚くべき運動性能で避けつつ返す刀で切り捨てていく。

 

黒い機体が要撃級を切り捨てていく映像を、悠陽の傍らで見ていた月詠は戦慄を覚えた。 戦術機による格闘戦を好む帝国軍にあって、一際その傾向が強い斯衛(このえ)に属する彼女だからこそ黒い機体の驚くべき運動性と手にした光剣の威力の凄まじさが分かったのだ。

 

 

 

まず戦術機に比べて流麗さに欠ける無骨な姿に反して動きに淀みが無く、人体と同じように機体の各部がスムーズに動き行動と行動の間に隙が無い。

 

戦術機で同じ動きをトレースすれば行動と行動の間に隙ができ、動作が終了するまでに倍以上の時間が掛かってしまう。 いや、それどころか戦術機で再現出来るか分からないモーションまであの機体は易々とこなしている。

 

正に人の動きだ。 これに比べたら戦術機の動きなど操り人形のようなものだ。

 

 

次に要撃級の前腕を易々と切り裂いた光剣。 戦術機で同じことをやろうとすれば、切れ味の落ちていないスーパーカーボン製の長刀を用いて重心を乗せた渾身の一撃を与えねばならず、斯衛ならば両断は出来るであろうがどうしても次の行動に大きな隙を作ってしまう。

 

それなのに黒い機体は軽やかに光剣を振るだけで容易く両断し、その運動性と相まって隙の無い恐るべき格闘戦能力を披露している。

 

 

惜しむらくはこの映像がシミュレーターの仮想映像だという事だろう。 そう思った矢先に場面が替わり、星の海をバックに飛翔する黒い機体が…

 

 

 

「ご覧のとおり、実機も既に完成しております。 最初に出てきたタンクタイプの機体がRX75 ガンタンク。 こちらは既に整備班に一部資料をお渡ししておりますからご存知かもしれませんが、資料では伏せてあった動力源は核融合炉です。 主に長距離支援を目的とした機体で、戦車兵の方々にご意見を聞いて自走砲に近い運用法を検討しております。

 

次に出ていた両肩にキャノンが付いた赤い機体、RX77 ガンキャノン。 両肩の武装を240mmキャノンかスプレーミサイルランチャーに選択可能で、前線の近接支援を目的とした中距離支援機体です。 こちらはまだ具体的な運用法を検討中ですので衛士の方のご意見を聞きたいところです。

 

 

そして最後に出てきた機体… RX78-1 ガンダム。 現在の持てる技術を全て注ぎ込んだコスト度外視で白兵戦を主体に開発された機体で、高い運動性能とご覧のとおり戦艦に搭載されていたメガ粒子砲…、そちらでいう荷電粒子砲に近い物を戦術機サイズの機体に携行出来るようにしたビームライフルと、メガ粒子をフィールド固定した白兵戦用のビームサーベルを装備しております。

 

ビームライフルにビームサーベル、どちらも現在確認されているBETAの外殻を破壊できる威力を持っております。

 

ちなみに我々はこの機体群を戦術機ではなく、MS(モビルスーツ)と呼んでおります。 もちろんどの機体も核融合炉を搭載しております。

 

 

あとは… 映像には出ませんでしたが、これらのMSを運用する母艦としてペガサス級艦と合わせた開発計画が、V作戦の前半と言ったところでしょうか」

 

 

 

 

 

通信で繋がれた三つの異なる場所は異様な静けさに包まれていた…

 

ロンデニオンから明かされた情報に言葉を発する事が出来ずに、皆が一様に喉の渇きを覚えた。 エデン大統領もその一人で、襟元に指を入れて少し緩めていると目の前に水が入ったコップが差し出され、差し出した秘書官に「ありがとう」と礼を言ってそれを飲み干す事でようやく一息ついた。

 

この静けさを生み出した暴露人のシンジはというと何時の間にか用意した緑茶を湯飲みで啜りつつ、ポケットから煎餅を一枚取り出すと、手のひらの上で軽く叩いて割ると一欠けら口に放り込んでいる。

 

「…」

 

「なんですか、エデン大統領? お煎餅が欲しいんですか? クッキーのように甘くはないですよ? それでもいいのなら、今度お煎餅送りますね?」

 

「あの藤枝准将…」

 

「なんですか殿下? あっ、殿下もお煎餅が欲しいんですか? じゃあエデン大統領と一緒に送っておきますね?」

 

「あっ有難うございます… いえ、違うのです」

 

「えっ? クッキーの方が良いですか?  …冗談はさて置いて、なんでしょうか殿下?」

 

危うくシンジのペースに飲まれそうになった悠陽であったが、なんとか踏みとどまり会談を続ける。

 

「藤枝准将。 貴方の持つモノが素晴らしいのは分かります。 では、それらを提供した事に対して貴方は…ロンデニオンは何を望むのですか?」

 

「? …両計画が協力体制を取って頂く事ですが…? あとは核融合炉やMS等を世界に広める為の協力を…」

 

「そうではなく、もっと実質的な見返りです。 金銭や物資、人員を要求等…あなた方の益の事です」

 

「あ~なるほど…金銭や物資は今のところは不足してませんから、ほら自給自足出来ますし。 お金も滞在する人たちが落としていってくれる分で十分です、使い道もないですしね~。 人員は両国からお借りできますし、下手にロンデニオンに縛られると本国との軋轢が出るでしょうから現状で十分です」

 

「それだけですか? 地位は? 名誉は?」

 

「ロンデニオン管理者で三つの組織の准将でお腹一杯です」

 

シンジの言葉に納得出来ないのか、美しい愁眉を僅かに歪ませて悠陽は更に言い募る。

 

「それでは貴方は善意で行っていると!?」

 

「それも違います。 あ~あのですね? …ただBETAを放って置いたら大勢の人が亡くなるでしょ? そしたら隣に誰も居なくて寂しいと言うか… 何言ってるんでしょうね俺?」

 

語気が強くなった悠陽に、敬語も忘れて自分の言いたい事を表現しようとするが上手くいかず、頭を掻きながら「うんうん」唸るシンジ。 

 

その二人の様子を呆れた顔で見ていたエデン大統領は何故か可笑しくなって笑い出してしまう。

 

 

「はははははっ、くくっ! しっ失礼。 フジエダ准将、君はウィルソン外交官が言った通り交渉甲斐の無い人物だ。 っくく、ジェネラル悠陽。 彼は我々政治家とは違う。 可能性は持っているかもしれないが良くも悪くも俗人なのだよ、それもとびきりの力と底の知れないバックを持った。 だからこそ彼は我々には理解し難い存在なのだよ。 なんで彼を交渉役として任命したのか彼の上司に聞いてみたいものだ」

 

「そこに丁度居たからでしょうね~ 俗人ですから政治交渉とか苦手なんですよ。 だからこそ、地球を二分する計画のそれぞれの筆頭たる両国に協力して欲しいですし、その為には両国には協力体制を取って頂きたいんですよBETAを倒すために。 BETAと戦う理由は、戦うしか道がない訳で… 自分が死ぬのは嫌ですが周りの人が死んでいって寂しくなるのも同じくらいに嫌なんですよ。 金銭なんかを求めないのは、今のところ必要としてないだけで必要になったらコロニーで作った物を売ろうかなんて考えてますのでその時はよろしくお願いします。 これでは駄目でしょうか殿下…?」

 

 

「…理解…出来かねます…」

 

どこか寂しげな笑みを浮かべるシンジの瞳に、空虚さを感じる悠陽。 何故かそれが自分に重なってしまい、幼き頃に離れてしまった大切な妹の事を思い出してしまう。

 

 

(冥夜…)

 

生き別れの妹を思い瞳を翳らせる悠陽… そこへ…

 

(いつか会える時が来ますよ…)

 

「えっ…?」

 

耳にではなく頭に響いたような声に俯き勝ちだった顔を上げると、モニターには先程までの笑みの代わりに労わるような穏やかな笑みを湛えたシンジの姿が目に入った。

 

「どうかなさいましたか、殿下?」

 

「っ! なっ何でもありません! …我が帝国はロンデニオンの申し出を受けようと思います。 宜しいか、藤枝准将?」(悪い感じはしない… 寧ろ安心を感じるのはなぜ?)

 

「有難うございます殿下。 …アメリカはどうなされますか?」

 

話を振られたエデン大統領は笑みを納めると、余裕のある表情を見せながら口を開く。

 

 

「そうだな… 個人的には受け入れてもいいと私は思っている。 ロンデニオンが保有するモノは確かに魅力的だし、それを餌にすれば多くの支持を受けられるだろう。 しかし、軍を早急に納得させるには後一押し欲しいところだな」

 

「…それでは一ヶ月後に61式やMS等のお披露目はいかがでしょうか? 場所は日本の…富士の演習場で」

 

「なるほどな。 実機を見せ付けつつ、日本帝国のお膝元でやることで日本の一人勝ちに対する不安を煽るか… お願いできますかな、ジェネラル悠陽?」

 

シンジとエデン大統領に見つめられた少女は、決意を宿した瞳で強く確りと頷き返した。

 

それを確認すると、次にエデンはシンジへと目線を向け…

 

 

「准将、一つ聞きたいのだが… もし我々が断ったら宣言通りに隠れるつもりだったのかね?」

 

「一先ず身を隠して様子を見るつもりでした」

 

「ふむ… では我々がロンデニオンを制圧しようとしたら?」

 

「エデン大統領、それは…」

 

 

エデンの問い掛けに思わず悠陽も口を挟む。 ロンデニオンの制圧… それは日本帝国内でも出た意見だ。 しかし、それを悠陽を始めとする要人達が否定する。

 

悠陽と少数の良識者達は人としての良心から、政治家や軍人達は制圧はともかくその後の維持が不可能であろうとの現実的な問題からロンデニオン制圧を反対した。

 

いつ帝国本土にBETAの魔の手が迫るか分からない状況で、はるか宇宙の空に浮かぶロンデニオンコロニーにまで手を伸ばす為の余力が無かったからだ。

 

だからこそ友好関係を築き、技術面を始めとした助力を請う。 それが日本帝国の外交方針だった。

 

 

 

しかしアメリカは違う。

 

 

各地に兵を派遣してはいるが、未だに無傷で広大な国土を持つアメリカならば制圧とその後の維持も可能な国力を持つ。

 

緊迫した雰囲気になるかと思われたが、当事者のシンジはそんなものに構う事無くのたまう。

 

「コロニーを放棄して逃げます」

 

 

彼の言葉に唖然とする二人。 仮にもコロニーを持つ勢力の代表者とは思えない言葉だったからだ。

 

「…? お二方とも幾つか勘違いしてませんか? 私達はBETAと戦いに来たわけであって、人類と戦いに来た訳ではありません。 コロニーを放棄してアメリカが制圧しても多かれ少なかれ地球の役に立つ訳ですし、それならそれで構わないんですよ。 コロニーに居るのは私とハロ達だけですし、地球は助力無しで自力の戦いを望むのであれば、その意思を尊重して以後、私たちはこの場を去って手を出さずに見守る事にします。 地球への対応は私に全て任されておりますので、これがロンデニオンの総意になりますね」

 

「…そうなると我々は僅かなテクノロジーを得てそれ以上のモノを得る機会を失う、か。 しかしその物言いだと戦おうと思えば戦えるとも聞こえるが?」

 

鋭い目をしたエデンの言葉に苦笑するシンジ。 対照的な二人の視線が交差して一時の静寂を作る。

 

「…その気は無いですよ」

 

「なぜ戦わない? 国土を戦わずして手放して臆病者の誹りを受けてもいいのかね?」

 

「だから勘違いしてますって、今のロンデニオンは地球の勢力圏に間借りしている租借地の浮きドックみたいなもんですよ。 コロニーだって上から支給されて自由にして良いって言われていますが、私のポケットには大きすぎます。 移住を受け入れているのだって、私一人の玩具にするよりも地球の人に住んで貰った方が後々の為に良いと思ったからです。 何れはロンデニオンを起点に、この世界の人間がコロニーを作れるようになればコロニー移住という選択肢が人類に出来る可能性も… そちら流に言えば、第六計画と言った所でしょうか?」

 

「第六計画ですか…?」

 

我に返った悠陽が彼の言葉に、第六計画という言葉に反応して口を挟む。

 

悠陽に尋ねられ、第六計画と口の中で転がしながら何故か妙に心へと響く言葉に「それもありかも?」と呟く。

 

 

「言葉のあやですよ殿下。 ロンデニオンだけでは出来ませんし…」

 

 

そう言いながらもこの世界がコロニー建設に沸くのを想像し、少しだけこの世界に来て初めて楽しいと思うシンジであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳で一ヵ月後には皆さんに地球に一緒に降りてもらいます」

 

ロンデニオン行政府内の会議室に集められた戦艦のクルーと戦車兵、整備兵達は、「何が、という訳なんだ?」と内心思いつつも黙ってシンジの言葉に耳を傾けた。

 

「簡単に言えばお披露目会です。 ロンデニオンで3ヶ月間培ったモノを保護しゃ…じゃなかった。 上層部の方々に見て貰いましょう。 場所は日本帝国の富士演習場になると思います」

 

「准将。宜しいでしょうか?」

 

シンジの言葉に疑問を持ったイーストウッド艦長が挙手で発言を求める。

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます。 お披露目と申されましたが、我々は宇宙戦艦のクルーですから地上で出来ることは無いと思われますが?」

 

日米のクルー達は同じ疑問を持って二人のやり取りを見守っている。 その視線に答えてシンジは自分の席に備えられた端末を操作すると、背後の巨大ディスプレイを起動させてある画像を映し出した。

 

室内に居た一部の整備兵を除く者たちは、それが何なのか分からずに首を傾げた。 映し出されたそれは強いて言えば木馬とも言えない形をしている。

 

前部に突出した二本の前足のようなもの、中央に聳える馬の頭部のような建造物にその横に広がる翼のようなバインダー。 後部にも突き出した二本の後ろ足のようなものがあり、そこに目を留めたイーストウッド艦長は確信が持てないながらも言葉を発した。

 

 

「…後ろに付いたものがエンジンブロックなら… 准将、もしかしてこれは宇宙船ですか?」

 

言っては見たものの、イーストウッド艦長は「まさかな…」と思っていた。 しかし、そう考えると中央に聳える物が艦橋に見え、前足の部分が甲板にバインダーが放熱板と見えなくもない。

 

「正解です」

 

あっさりと肯定されてイーストウッド艦長は当惑した。 自分で言っておいてなんだが、とても艦船とは思えない形をしていたからだ。

 

そんな彼を無視してシンジは話を続ける。

 

 

「ペガサス級 強襲揚陸艦一番艦 ペガサス。 機動兵器・MSの運用を重視して開発された艦(フネ)です。機動兵器射出用のカタパルトデッキを二基装備して、強力な52cm砲とメガ粒子連装砲2基の主砲に多数の機銃やランチャーを装備した強力な打撃力に、単独での大気圏離脱と突入が可能なエンジン出力。 さらにミノフスキークラフトシステムによる大気圏内での浮遊航行を可能にした新型艦です」

 

 

告げられた話の内容に室内は騒然となり、次々に質問が飛び交う。

 

 

MSとは? メガ粒子砲とは? 本当に単独での大気圏離脱と突入が可能なのか? 大気圏内での浮遊を可能にしたミノフスキークラフトシステムとは?

 

これらの質問にシンジは出来る限り丁寧に答えていき、先に情報開示されて既にMSやペガサスの整備に携わっていた一部の整備兵も質問のフォローに廻り、ようやく場が収まったのを見計らいシンジは改めて宣言する。

 

「我々はクルーの操艦するペガサスにて地球に降り、今まで培ってきたものを見せつけてやりましょう! 61式担当の皆さん、期待してます!」

 

「聞いておきますが准将? 我々がMSってえのの晴れ舞台を食っちまっても怒らないで下さいよ?」

 

 

シンジの言葉に不適に不敬に笑って見せる宇喜多に「期待してます!」と力強く返すシンジであった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7ターン目 地球まで何マイル?

「ふう…」

 

静かな室内に溜め息が零れた。

 

 

畳敷きの上に赤い絨毯が敷かれ、その上に黒檀の重厚な机が有り。 その椅子には、重厚な机とは不釣合いな少女が座っている。

 

ポニーテイルのように髪を高く結い、白い衣に薄い紫の上衣を羽織った少女は、机に積み上げられた書類に熱心に目を通しては署名していたが疲れが出てきたようだ。

 

 

日米ロンの三者会談から2週間余りが過ぎ、少女…日本帝国征夷大将軍 煌武院 悠陽はいつも以上の政務に追われていた。

 

積み上げられた書類の殆どがロンデニオンのお披露目に関するもので、演習場の使用許可やロンデニオンの滞在日程、アメリカを始めとした賓客達の席順などが担当部署から次々に上がって来ており。 悠陽はその1つ1つに目を通しては問題が無ければサインし、問題が有れば担当部署の責任者に連絡を取って修正していった。

 

 

「失礼いたします」

 

そう言って疲れが見え始めた悠陽の前に差し出されたのは、見事な造りの湯のみに入った香しい緑茶であった。

 

本来であれば侍女が行う筈の役目を進んで行った警護役の月詠に礼を言って口を付ける悠陽であったが、一緒に呈された茶菓子が煎餅であった事に気づく。

 

 

「お煎餅…」

 

「はっ。 先日、ロンデニオンからHLVなるものが降下してきまして、積んでいた天然物の食料品が試供品と称して帝国に降ろされました。 その中に殿下への献上品としてこの茶菓子と、今お飲みになっている茶の葉が送られてきました」

 

「そう… 宇宙で作られたお茶なの… 香りが良くて美味しいお茶…」

 

味を確かめながら一口づつお茶を啜り、次に湯飲みを置いて懐から和紙を取り出してハロの顔を模して海苔が付いた煎餅を和紙で挟みながら手に取る。

 

見た目は至って普通の煎餅。 醤油と米の香ばしい香りに鼻をくすぐられながら悠陽は小さな口で煎餅を齧る。

 

「美味しい…」

 

「はい。 私も毒見で頂きましたが、中々のものでした」

 

さらりと物騒な事を口にする月詠に、少しだけ肩を落とし再び茶を啜る悠陽。

 

暖かな茶の味は、まるで悠陽を慰めるように優しく美味しかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これで金持ち達の意見も纏まったな」

 

ホワイトハウスの大統領執務室にてエデン大統領は呼んでいた報告書から顔を上げると正面に立つ秘書官にそう言った。

 

秘書官は眼鏡の奥の理知的な瞳を僅かに緩めて大統領に答える。

 

「はい。 議会内と大手企業、資産家の過半数以上の意見はメラニー・カーマイン氏の口添えもあって確保出来ました。 軍部の方も宇宙軍司令が説得に回って頂いておりますので、今の所は予想よりも反発は少ないようです」

 

「そうか…」

 

大統領は背もたれに体を預け椅子を回すと、夕日が沈みかけた外へと視線を向けた。

 

夕日に照らされた大統領の姿を目を細めながら見ていた秘書官が緩やかな空気に押されてか、抱いていた疑問を大統領に投げかける。

 

「しかし宜しいのですか? このような事を…」

 

「…君は反対かね?」

 

疑問に質問を返された秘書官は慌てて答える。

 

「いえ、そのような事はありません。 ただ…」

 

「いいではないか。 合衆国が損をする訳ではない。 むしろロンデニオンからもたらされる技術は計り知れない富をもたらし、新技術に置いても合衆国は一歩先んじる事が出来る。 第五計画も核融合炉を始めとした新技術を取り入れることにより、より完成度の高い移民船を造ることが出来る。 移民船建造にHLVとコロニーを使えば予算も資材も減らすことが出来るし、下手に強権を発動して第五計画を進めても軍部の本格的G弾使用を早めるだけだ。 彼らは下手をすると移民船の完成を待たずに始めてしまう可能性もある。 ならば、ロンデニオンの提案を受けても損はあるまい?」

 

 

大統領の言葉に納得しながらもどこか釈然としない秘書官。 エデンが大統領就任する以前から秘書を務める彼はそれだけではないように思えていた。

 

具体的には言えないが、以前のどこか疲れきり諦観染みた様子とは違うように感じられたのだ。

 

 

「コーヒーを頼めるかな? それとフジエダが送ってきたオセンベイも一緒に」

 

しかしそれが悪いことのようには感じられない秘書官はいつもの表情に戻ると、一礼して大統領のささやかなオーダーに答える。

 

 

「閣下。 聞くところではコーヒーにオセンベイは合わないとの事。 グリーンティーになされては?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらおら! しっかり走らせやがれー!!」

 

ロンデニオンコロニー、ファクトリー施設にある演習場内で戦車の走行音に負けない大きさの怒声が響き渡る。

 

 

地球でのお披露目まで2週間を切り、後発派遣の戦車兵達を宇喜田大尉とカービンソン大尉を始めとする61式戦車兵達が扱き上げていた。

 

 

「元気いっぱいだね~」

 

 

扱かれる者の気持ち無視するように暢気な声でシンジはそう呟くと、土煙が舞う演習場の脇を抜けファクトリー内へ歩いていく。

 

ファクトリー内の一角にある全自動CAD(設計プログラム)が備えられた設計室に立ち寄ると細かな改修要望データを打ち込んでいき、全自動CADに設計を開始させる。

 

以前、ゼファーにMSで戦術機の武装を使えるように出来ないかと聞いたところ、この部屋と全自動CADの存在を教えられていたのだ。

 

 

全自動CADの事を知っていたシンジは、それが使えることが分かるとその場で小躍りしたという。

 

 

全自動CADとは地球連邦軍が使用していたプログラムで、元となる基礎データがあれば条件に合わせて改修設計してくれる超絶プログラムであった。

 

どのくらい凄いかというと、ザクのデータを元に条件を設定してガンダムの設計を半年程で完成させてしまう程の性能なのだ。

 

このプログラムが作り出した設計データにより、連邦は極短期間の内にガンダムやジムの様々な派生機を作り出すことが出来たのである。

 

無論万能ではなく、元となる基礎データ必須は勿論のこと作り出すことの出来る技術力の限界はある。 エネルギーCAP技術が無ければビームライフルは造れないし、波動エンジンを作れといっても基礎データや理論が入力されていないから設計は無理だ。

 

逆に言えば実績可能な技術力とデータがあればその範囲内にあるものならば、何でも設計してしまうのだ。 故にシンジは帝国と合衆国経由で手に入れた戦術機の手持ち武装のデータと火器官制データを入力し、それを使用できる用にMSの改修を行ったのだ。

 

この結果、MSは既存の装備の他に戦術機の一部武装も使えるように成り、兵器の改修や改造も出来るようになる。 出来上がった設計データはファクトリーに登録され、ラインを使って生産出来るようになったのは有り難いとシンジは感謝した。

 

 

 

 

 

 

幾つかの兵器改修案の進み具合を確認して設計室を出たシンジが次に向かったのは、少し離れた場所に位置する第二港。 ペガサス級等が係留されている場所である。

 

 

港内で無重力の中を移動用レールに掴まりながら進み、立ち入り許可証を持ったクルーや整備兵と時折すれ違い、挨拶を交わしながら辿り着くのは強襲揚陸艦ペガサスが係留されているドックだった。

 

ペガサスの前では大量のコンテナやMSが並べられており、クリップを持った整備兵とハロが協力して艦への積み込み作業が行われている。

 

その中にハロを従えたツナギにサングラス姿のおやっさんの姿を見つけたシンジは、床を軽くけり近づいていく。

 

 

『ハロ! シンジ、元気カ?』

 

「よう、准将。 何か用か?」

 

「こんにちわ~ 積み込み順調ですか?」

 

 

軽く挨拶をし運ばれていく荷物を見やると、ちょうどガンダムが一機、トレーラーに乗せられてペガサスに搬入されていった。

 

『順調! 順調!』

 

「今のところは問題はねえな。 持っていくガンダムはRX78の1号機と2号機でいいんだな?」

 

「ええ。 現地では見栄えする2号機を使いますから一号機…プロトは予備機扱いでお願いします。 あっ、あと“あの”ソードフィッシュも忘れずに」

 

「79は?」

 

「今回は止めておきます。 61式を積まなきゃならないのでスペースに余裕があんまり無いんですよ。 無理すれば積めるかもしれませんがペガサスの処女航海ですからね。 不安要素は出来る限り減らしときたいんで」

 

「了解した。 おい!! MSは左舷デッキに纏めとけって言っといただろうがー!!」

 

 

 

 

おやっさんの怒声に「すいませーん」と返す整備兵達。 ズンズンと整備兵の下へ歩き去るおやっさんを見送って、シンジは次にブリッジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「大気圏突入シーケンス第三段階へ移行!」

 

「艦外温度許容範囲内。 各ブロック異常なし!」

 

「ミノフスキークラフトシステム起動用意…」

 

 

戦闘艦にしてはやけに広い空間のブリッジに、大気圏突入の為の手順に追われるクルー達の声が響く。

 

 

無論、実際に突入している訳ではなく。 コンピューターに入力されている突入の為の手順を擬似的に行ってシミュレートしているのだ。

 

 

「熱核ロケットから熱核ジェットへ切り換える時のエンジン出力に注意しろ!」

 

広いブリッジ中央に位置する艦長席に座って、ペガサスの臨時艦長に就任した坂田がクルーに注意を促す。

 

 

今回の御披露目において、ペガサスに日米のクルーを半数づつ乗艦させて運用すると言う異例の処置をシンジがしたところ。 イーストウッド艦長が留守役を買って出て、坂田を艦長に推薦してきたのだ。

 

そしてバランスを取るために、副長には自身の副官でもあるクリスの推薦もしてきた。

 

あまりにもあっさりと艦長職を譲ったイーストウッドに坂田は「それでいいのか?」と思わず尋ねたものだ。

 

何せロンデニオンの技術力の結晶とも言える新造艦。 しかもペガサス級の一番艦、ネームシップ艦なのである。 これの艦長に任じられて御披露目に出ると言う事は、かなりの名誉なのだ。

 

その辺を含んで尋ねたのだが、イーストウッドは坂田に近寄るとそっと耳打ちした。

 

「折角だから家族に会ってこい」と

 

その言葉に戸惑う坂田だったが、笑みを浮かべる友人の気遣いに胸中で感謝を陳べるとペガサス艦長の任を謹んで受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…大気圏突入成功。 ミノフスキークラフトシステム順調に稼動中。 エンジンシステム切り替えに拠るトラブルは認められず。 艦長?」

 

 

「よろしい。 大気圏突入シミュレーション終了。 各員はシュミレート結果の確認後に問題点の洗い出しを、後ほどレポートにして私に提出するように… 」

 

艦長席の傍らに立つブロンドをアップにし眼鏡を掛けたクリスの言葉に坂田は頷くと、シュミレーションの終了を宣言して操作手順の問題点洗い出しを命じてとりあえず一息吐いた。

 

そんな彼を見てクリスは近くの端末から艦内のキッチンへと連絡を取ると、人数分のコーヒーを頼んでいる。

 

「ありがとう」

 

「いえ」

 

坂田とクリスを始めとし、帝国軍制服と米国軍制服を着た者たちがブリッジにて一緒に働く姿は異様であるのかもしれないが、友好的に接しあっている姿を見てシンジは好ましく思えた。

 

 

「お疲れ様です皆さん」

 

シンジの労いの声にブリッジクルーは振り返ると、その場で立ち上がり敬礼しようとするが、「そのまま、そのまま」というシンジの言葉に軽く頭を下げるに留めた。

 

 

「准将。 どうされました?」

 

流石に坂田は席から立ち上がり敬礼し、用件を尋ね。 クリスはその場で敬礼した後に再び端末に近寄り、追加の飲み物を注文しているようだ。

 

 

「いえ、お披露目まで2週間を切ったので皆さんの様子見に」

 

「そうでしたか。 こちらの方は予定通りに訓練スケジュールは進んでおります。 3日後には予定通りに一度港を出て、コロニー近海で3日間の航海演習を行うつもりです」

 

 

『オマチドウ、オマチドウ』

 

会話の最中に現れたのは、キッチン担当のハロだった。 蓋付きストロー付きのカップをホルダーいっぱいに差し込んだ物を細い手で保持しながらフヨフヨと浮かぶ姿はどこか愛嬌があり、見るものの心を和ませる。

 

キッチンには担当の料理長が新しく入っており、それまで担当していたキッチンハロはその補佐に回ることで

運営しているので、艦内配達には艦内を熟知しているハロがよくお使いに出されている。

 

「ありがとう、ハロ」

 

『ドウイタシマシテ、クリス』

 

シミュレーション中には見せない微笑で礼を言うクリスにハロは近づくと、持っているホルダーを差し出した。

 

 

ホルダーに収まったコーヒー入りのカップをクルー達が礼を言いながら抜き取っていき、クリスがその内の二本を抜き取り、坂田とシンジに差し出す。

 

「准将、艦長。 どうぞ」

 

「ありがとう、アンダーソン大尉」 「すまんな大尉」

 

二人にカップを渡し、自分の分のカップをハロから受け取ると、クリスは配達を終えてブリッジを去るハロにもう一度礼を言った。

 

そのやり取りを見たシンジは心の中が温まるような気持ちを覚えて、自然と笑みが零れる。

 

 

「? …准将、何か?」

 

「いえ、仲が良いなと思いまして」

 

「…あの子達は、みんな良い子ですから」

 

そう言ってクリスが見せた柔らかな母性を感じさせる笑みにシンジは少しだけ見とれてしまう。

 

それを横で見ていた坂田は、こんどイーストウッド艦長と飲むときにこの事を酒の肴にするかと内心で決めた。

 

 

 

 

 

それぞれがお披露目会に向けて、己が職務を果たして行く。

 

 

 

お披露目会まであと僅か…

 

 

地上まであと僅か…

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8ターン目 空に天馬 大地に獅子

 

「進路クリアー。 突入角再確認…クリアー!」

 

「各ブロック、問題無し! ブリッジ、防護シャッター下ろします!」

 

 

地球の重力に引かれ白い船体は徐々に沈みこみ、大気との摩擦で船体が赤みを帯びる。

 

ペガサスは天空から地上へと舞い降りようとしていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

黒土の荒れた大地が殺風景な印象を持たせる富士の裾野の演習場は、仰々しい雰囲気に包まれていた。

 

何故ならば今この地には、軍の演習場に似つかわしくない人々が集っていたからだ。

 

今回のお披露目の主催者である煌武院 悠陽を始めとした日本帝国の政治と軍部の有力者に、アメリカ合衆国大統領 ジョージ・エデン他、アメリカの政界、軍の要人。 果ては日米の大手企業に資産家達まで参加しているのだから当然であろう。

 

そしてその中に抜け目なく紛れ込むフランスの外交官がいるのは少々場違いなのだが、煌武院 悠陽と直に交渉して許可を得ての事なので誰もその事には触れなかった。

 

 

この度のお披露目に対して精力的に政務をこなした悠陽に対する評価は上がり、これまで余りにも若い彼女に対する不振を持っていた政治家達は表にそれを現すことが少なくなり、お披露目が成功すれば彼女の影響力も強まる事から彼女に近しい人々はその成功を心より願っていた。

 

この度のお披露目の情報を得たフランスが直接彼女との交渉を得たのも今後の展開に備えてのもので、諸外国からもその影響力の強まりを認められようとしている事は彼女の今後の活動においては追い風と成るかもしれない。

 

 

無論、他の諸外国もこのお披露目に正式に参加したかったのだが、表向きは日米共同運営のロンデニオンの新技術のお披露目という事で身内のみで行うと断られてしまった。

 

それで引き下がる各国でもなく、演習場外周には地球上の様々な陣営の諜報員が目を光らせ、更にそれを帝国の諜報員が監視するという状況になっている。

 

 

「失礼します。 航空宇宙軍より入電があり、ペガサスは大気圏突入に成功し太平洋側よりこちらへ…じっ、時速500kmのスピードで向かっているとの事。 あと5分ほどで到着の予定」

 

 

演習場内に急遽建てられた貴賓室にて悠陽やエデンを始めとする要人達に伝令を伝えに来た兵士は、自分に電文を渡した上官が顔を引くつかせていた理由を悟った。

 

予めペガサスのスペックを知らされていた悠陽とエデンの側近以外の者たちもまた、告げられた内容に顔を引くつかせる。

 

宇宙空間ならともかく、大気圏内の重力下で巨大な戦艦が、あんな形をした戦艦がどうしてそんなスピードで飛んで移動できるのかとツッコミたい衝動に皆が駆られていた。

 

実はそんな集団の中で落ち着いた態度を見せる悠陽やエデン達も、微妙にコメカミの辺りをピクピクとさせて内心は同じ気持ちであった。

 

 

知らされてはいても現実として突きつけられて、「はいそうですか」と納得できる内容ではない。

 

 

「…ぶっ無事に来れそうだね、ジェネラル悠陽?」

 

「…そっそのようですね、エデン大統領?」

 

祖父と孫にも見えなくもない二人は、隣り合った席でそう呟いた…

 

 

 

 

 

 

一方そのころペガサスのブリッジ内では…

 

 

 

「じゅっ准将…無茶は言わないで下さい」

 

「カタログスペックではマッハで飛べますよ?」

 

「本艦はこれが処女航海なのです… 無茶はいけません」

 

「准将。 僭越ながら私(わたくし)もその意見には賛同しかねます…」

 

 

さらにトンでもない事になっていた。

 

ゼファーに留守を頼み、無事に大気圏突入を果たした後でシンジがさらりと口にした言葉がブリッジ内を恐怖の渦に叩き込んでいたのだ。

 

 

曰く、「音速で飛んでみましょう!」

 

 

ペガサス級の公式スペックでは、大気圏内での最高速度はマッハ12。

 

そう、マッハ12なのだ。

 

 

 

分かり易く言えば地球を4時間足らずで一周出来るスピード。

 

 

この空力を無視した様な形の艦がとても出せるスピードではないし、よしんば出せたとしても船体や中の乗員がとても無事では済まない。

 

さすがにマッハ12ものスピードはこのペガサスでも大気圏内では出せないが、このペガサスのカタログスペックではマッハ1~2.5での音速巡航可能と明記されてははいる。 しかし坂田艦長とクリス副長は必死になってシンジを止めた。

 

他のクルーも口にこそ出さないが、思いは一緒だった。

 

 

常識的に考えても、宇宙世紀の技術を持ってしても難しい速度なのだが、実は“この”ペガサス級ならば可能だった。

 

元がシンジの知識を元に開発されたものだから、音速飛行が可能なように作られている。 流石にシンジもマッハ12で大気圏内を飛べるとは思っていなかったので、「精々がマッハ1~2.5ぐらいでればよくね?」と言う感覚で作られていた。

 

一説には「これ大気圏外の間違いじゃね?」と言われるこの辺の公式設定の曖昧さが産んだ弊害ではあるが、それを理論的に無駄なく設計製作したのは高次元の御技だろう。

 

 

後に数多のペガサス級が作られるが、その艦長達は如何なる窮地に陥ろうとも大気圏突破以外で決してペガサス級を大気圏内で音速で飛ばす事はなかったという。

 

 

 

そして艦長と副長の必死の説得を受けたシンジはペガサスの音速巡航は取り下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抜けるような青空にその姿が見え始めると演習場のそこかしこでざわめきが起り出す。

 

青空をバックに翼を広げたような白い船体を浮かばせるペガサスは見る者に様々な感情を抱かせた。

 

驚愕、困惑、憧憬… 

 

人々の感情の渦の中で、彼女もまた空を見上げて白い天馬を瞳に映し出す。

 

帝国軍部関係者に宛がわれた天幕の下。 山吹色の装束を身に纏った黒髪の十台半ばの少女は端正な顔を上げ、天馬を見続ける。

 

このような時でなければ将来を期待させる美しい少女が目を細める姿に衆人の目は行くのだろうが、生憎とその場に居る者たちは空を飛ぶ天馬に魅せられていた。

 

 

いや、一人だけそんな彼女を見つめている人物が居た。

 

 

帝国軍の制服を来た40代半ば程の顔の左に大きな裂傷のある男。 制服の襟には、昇進したばかりなのか真新しい中佐の階級章を付けている。

 

 

質実剛健の言葉を思わせる厳格な顔つきを僅かに緩め、暖かい眼差しを向けるそれは、異性に向けるものではなく父が娘に向けるものに似ていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに地上へと降り立ったペガサスを見上げて悠陽はまるで白亜の城のようだと思った。

 

普通の縦長の艦船が横たわるのではなく、前後に突き出した四本の足でドッシリと構え、天に聳える艦橋がそう思わせたのだ。

 

 

帝国の軍楽隊の演奏に合わせて前方に突き出た左舷デッキのハッチがゆっくりと開き、帝国軍人とアメリカ軍人に両脇を固められた見慣れぬ軍服姿の人物が姿を現す。

 

デッキが開ききり、やや緊張した面持ちで坂田とクリスと共に貴賓席へと歩み寄るシンジ。 服装は散々迷った挙句に無難だろうと何時も着ている連邦軍制服を着ていた。

 

 

 

 

「ロンデニオン管理官、フジエダ准将以下強襲揚陸艦ペガサスクルー87名。 定刻通りに到着いたしました!」

 

 

悠陽とエデンの前に立ったシンジはそう報告すると、練習して多少は見れるようになった敬礼をして見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上に降り立ったペガサス乗組員は質素ではあるが厳かな式典を終えると、それぞれの担当兵器を艦から降ろして展覧会紛いの仕事にはいっていた。

 

61式戦車の前には宇喜田を始めとする戦車兵と担当の整備員が立ち、日米の戦車戦を担当する軍人達や戦車の生産を行っているメーカーの企業人達からの質問等に答え、或いは彼らを61式に乗せては簡単なデモンストレーションを行っては慣れないながらに61式を売り込んでいた。

 

運用試験を任されている彼らにとっては、祖国の61式導入はなんとしても実現させたいと思わせる程に惚れ込んでおり、自然と言葉に熱がこもっていく。

 

「不整地での最高速度は90km、こいつに追いつけるBETAは突撃級だけだ。その突撃級の硬い甲殻もこいつの155mm連装砲なら確実に貫ける。 …いや、こいつに貫けねぇBETAは居ねぇな!」

 

そう言って、傷の有る日に焼けた顔を不敵に歪めながらメーカーの担当者に笑いかける宇喜田。

 

 

その顔に少々気圧されながららも、それを聞いた関係者もまた61式のスペックには納得し、生産ライン、技術面の問題や費用に関しては後日、藤枝准将から話があるという言葉にロンデニオン責任者たる人物にどう接するべきかを考え始める。

 

 

 

当の本人はというと、右手の掌を上に向けて地面近くに伸ばして片膝を着けた白黒ツートーンの巨人と、地面に水平に取り付けられたファンを箱形の車体に左右4つ取り付けられた奇妙な乗り物の間に建てられたブースの一つで正装姿のエデン大統領と悠陽殿下を始めとする要人達の相手をしていた。

 

「…基本スペックに関しては以上です。何かご質問は?」

 

RX78の基本スペックを聞いた一堂が微妙に顔を引きつらせるなか、エデンと悠陽は何時もとは違うキリッとしたシンジに「こんな顔も出来るのか」と別の意味で関心している。

 

「准将。いいかな?」

 

「はい、何でしょうか閣下?」

 

要人の中の一人、帝国陸軍の制服に中将の階級章を付けた初老の男性が軽く手を上げながら発言を求めてきた。

 

「うむ。君たちロンデニオンが作ったMSの性能は聞く限りでは素晴らしいと思う。しかし知っての通り、我が帝国…いや、人類側の主力兵器は戦術機だ。君はMSを戦術機の替わりに人類側の主力にしようという考えなのかね?」

 

中将の言葉に要人たちの視線が一斉にシンジへと集まる。

 

そんな注目の中、シンジは中将へと静かに首を横に振り否定を示した。

 

「いえ閣下。少なくとも今のスペックではMS単体での主力化はあり得ないと愚考いたします。それに戦術機とMSではまったくジャンルの違う兵器ですので、色々と片付けなければならない問題もありますが住み分けできるかと… 現段階でMS単体での攻勢行動は難しいと思われます。しかし61式や他の兵器群と組み合わせれば強固な防壁足りえる可能性は高いかと…」

 

「そうか… しかし守るばかりでは勝てんぞ?」

 

「…失礼ではありますが、今の人類は守ることさえ難しいのが現状かと…」

 

「…確かにな。大陸では人類側は押され続けて追い落とされようとしておる」

 

皺の刻まれた顔を憂いに曇らせる中将はふと顔を上げると傍らにしゃがみ込む巨人の顔を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ロンデニオン製戦車である61式の演習が始まった。

 

午前中は演習場内に設置されたコースを走りながらの的撃ちを行い。午後からは異例とも言える戦術機部隊との模擬戦が行われている…

 

 

 

 

今までの鬱憤を晴らすかの如く宇喜田は61式を走らせていた。

不正地走行中の揺れを意にも介さずにスコープに映る人型に正確に狙いを合わせるとトリガーを引き155mm砲を轟かせた。

 

一機の戦術機、撃震が胴体部分に被弾して黄色いペイントに染められる。

 

「そんな… 嘘だろ…?」

 

「ちぃ! ちょこまかと…! なにぃ!?」

 

 

被弾して呆然とする撃震の衛士。 敵を討とうとしたもう一人の衛士だったが、間髪入れずに放たれた155mm弾に視界を黄色く染められる。

 

「はっ! 残念だったな! コイツは連装式だから連射出来るんだよ!」

 

宇喜田は吼えながら装填を完了させた155mm連装砲を別の撃震へと向け撃ち放つ。 しかし狙われた撃震は跳躍ユニットを緊急噴射させると機体にサイドステップを取らせて危ないところで難を逃れる。

 

「オメガ3、油断するな! 戦車だと思って甘く見ると足元を掬われるぞ!」

 

回避した機は隊長機だったらしく動揺する味方機に注意を促すが、それを聞いた宇喜田は更に吼えた。

 

「そう言う言い方をするお前が、一番戦車を甘く見てんだよ!」

 

その言葉と同時に隊長機の右足に後方から放たれたペイント弾が命中し、バランスを崩した機体が傾いた所に再び後方からの砲撃が命中し背中からコックピット付近を黄色く染め上げた。

 

「ウィルソン! 見事に“掬って”やったな!」

 

「ちょろいもんだ!」

 

起伏の影から砲塔を覗かせるウィルソン大尉の61式は、連装砲の先から微かに白煙を立ち上がらせていた。

 

 

宇喜田と同じく戦車が第一線から引かされた事に思うところがあるウィルソンもまた撃震を相手に暴れ狂うのだった…

 

 

 

 

「これは予想以上に凄まじいな…」

 

帝国軍関係者の天幕の下でモニターを見つめながら男はそう呟くと、傷のある顔を引き締めて演習を観察し思考する。

 

 

帝国軍の戦術機・撃震一個小隊とロンデニオンの新型戦車・61式一個小隊の模擬戦は多くの参列者達の予想を覆す様相を呈していた。

 

いくら撃震が第一世代の旧式戦術機とはいえ開始5分で既に隊長機を含めた3機が撃墜判定。 61式の損害は0。

 

とても戦術機と戦車の戦いとは思えない一方的な内容だ。

 

 

確かに投射面積では戦車の方に分があるが、戦術機にはそれを補うスピードと運動性能があった筈。 第一世代の撃震でも最高速は時速400~500kmはあるし、咄嗟の回避に置いても高い運動性とブースト機能を併用して対応出来るし、武装とて高い連射性能で制圧力の高い36mm機関砲と高性能の火器管制システムが備わっている。

 

なのに何故、死角に入り込んでの36mmの雨をあの巨体に似合わないスピードと機動性で易々と避け、逆に死角に入り込んだ61式の攻撃は撃震を撃破するのか?

 

搭乗者の腕なのか? それとも61式の性能なのか?

 

 

男は61式の挙動を観察しながら更に深く思考の海に潜り込んだ。

 

 

 

 

この男の持った疑問の答えは両方だった。

 

宇喜田は帝国が大陸への本格派兵前から試験的に大陸に送られた古強者であり、派遣された土地でBETAの脅威を、戦車の強みも弱みも、そして間近に戦術機の動きを見て来たのである。

 

ならば最新鋭の第三世代戦術機ならばまだしも、大陸で散々見慣れたF4ファントム系列の第一世代戦術機・撃震相手なら幾らでも戦う術を持っていたし、錯乱した友軍の戦術機を止めた事すらあった。

 

ウィルソンや他の戦車兵とてそれは同じで、その力は宇喜田に勝るとも劣らない強かな兵(つわもの)である。

 

 

そしてそんな戦車兵達の技量を余すことなく発揮させる事が出来る陸の王者、獅子たる61式戦車とて只の戦車ではない。

 

二本の牙155mm連装砲は二門同時発射は勿論、交互発射も可能で装填速度の早い自動装填装置と合わせて速射砲並みの連射力を誇り、電気駆動の無限軌道(キャタピラ)は操縦手の操作にクイックに反応し戦車としては破格の最高速度90kmオーバーを叩き出す。

 

火器管制システムを始めとしたハイテク機能も高く、徹底した自動化、高性能化の結果。 通常3~4人の搭乗員を必要とする戦車をたったの2名で操作可能にまでしたのだから、注ぎ込まれた技術の高さが伺える。

 

 

更に今回の模擬戦の為に急遽用意された切り札、“衛星”データリンク。

 

通常のデータリンクならば90式やエイブラムス戦車にも備わっているが、61式に搭載されているのは衛星データリンクシステム。

 

その名の通り衛星を通じての僚機とのリンクや、はるか上空に位置する衛星からの正確な位置情報の提供により、通常の戦車では考えられない程の長距離精密射撃をも可能にしていた。 また自機の周囲情報も衛星から観測されリアルタイムで送られるので、死角に回りこまれようとも正確に相手の位置を把握できるのである。

 

 

ちなみに今回使用した衛星は、シンジが事前に日本帝国上空に設置するのをお披露目後の帝国への譲渡を条件に認めてもらっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままで終わってたまるかーー!!」

 

残った撃震が匍匐飛行で演習場内を飛び回り、手にした突撃砲から36mm弾を撒き散らす。 

 

4両の61式戦車はある者は器用に回避行動を取り、ある者は起伏を遮蔽物として何とかそれをやり過ごしていた。

 

「こうも動き回られて弾を撒き散らされると厄介だな!」

 

「大尉ーい! もう避けきれ、おぅわぁ!?」

 

「泣き言はいらん! 避けろ!」

 

回避行動を取り続ける宇喜田の61式の直ぐ傍にペイント弾が撃ち込まれる。 61式が襲い来る36mmの嵐を避けるべく急激な左旋回を行いサスペンションが沈み込み車体が右に傾く。

 

操縦手の楠田曹長に回避行動を取らせつつも、隙有らばと砲塔を廻らせて撃震を狙うが恥も外聞も投げ捨てて全力で飛び回る撃震を捉えきれず歯噛みする宇喜田。

 

「こうも走り回されてはな!」

 

そう宇喜田が愚痴を零した瞬間、一両の61式が上方から降り注いだペイント弾に捉えられて撃破判定を受けて停止する。

 

61式を一両撃破した撃震はそのまま機体を横滑りさせその銃口を宇喜田の61式へと向けた。

 

「スモーク! 後進!」

 

銃口を向けられた瞬間、宇喜田は14基に増設された砲塔側面に備えられているマルチディスチャーヂャーからスモーク弾を打ち上げて後退した61式と撃震の間に煙幕を張る。

 

「目晦ましを!?」

 

レーダー反射材を含んだ煙幕は撃震と衛士の目を奪い狙いを不正確にさせるが、それでも乱射される36mmは煙幕の中を後退する61式の周囲を切り裂いていく。

 

緊迫した状況の中で宇喜田は傍らに備え付けられたパネルを操作すると、車体前面に新設された新しい装備を起動させる。

 

車体前面に二つ装備された板状のそれは、車体に固定していたボルトを爆砕しながら車体前方に打ち出されると地面に転がって行った。

 

 

 

 

「…そろそろだろ?」

 

宇喜田が狭い砲塔内で呟いた瞬間、今まで猛威を振るっていた36mmの嵐がピタリと止んだ。

 

 

「くっ!? 弾切れ!?」

 

今回の模擬戦で撃震が装備していたのは120mmユニットを外した突撃砲を一丁に、長刀を一本。 予備弾装は1つも装備していなかった。

 

相手が戦車だという事で、撃震の衛士もその上官も甘く見ていたのだ。

 

たかが戦車4両の相手なら突撃砲本体の装弾分2000発で十分だと…

 

万が一の突撃砲作動不良に備えて長刀を備えてはいるが、使うことはない。 そんな思惑も相手の装備を確認した宇喜田には読み取れていた。

 

だからこそ負けられない! 相手の残弾を計算した宇喜田はグリップを握りなおし、トリガーを引く。

 

煙幕を切り裂き撃震に襲い掛かるのは、砲塔内からも操作可能な砲塔上部に据え付けれている13.2mm重機関銃

の弾丸。

 

戦術機の中でも装甲の厚いF4シリーズのファントムにそれは豆鉄砲だったし、煙幕のせいで狙いが取れず数発が掠めた程度だった。 

 

 

弾切れか?

 

 

撃震の衛士は拍子抜けする相手の反撃に知らず笑みを浮かべた。

 

衛士は撃震に突撃砲を捨てさせると背中に固定されていた長刀を握らせて煙幕の中に突入させる。

 

 

目の前の61式の主砲が弾切れであるならばチャンスだ! 既に状況は自分たちの負けだ… 僚機は3機ともやられてしまい、突撃砲の弾も切れた。 相手は3両の戦車が残っている、せめてあと一両は!

 

重機関銃の軌跡を辿り煙幕の中を匍匐飛行で突き進む撃震。 格下に見ていた相手に泥を付けられ追い詰められた衛士は冷静な判断を失い直進する。 そして…

 

 

「なんだとーーー!?」

 

衛士は絶叫する。 突如足元から起った爆発により機体のバランスが崩れ、つんのめる形で地に伏せる撃震。 激しく揺れるコックピット内で急いで機体を起こそうと操作するが、黄色く染められて稼動不能と判断された下半身は跳躍ユニットごと停止して動かない。

 

辛うじて動く上半身を両腕を支えに起こし、爆発で煙幕の薄れた前方に頭部カメラを向ける。

 

 

 

 

薄霧のような煙幕の先には61式の姿がゆらりと浮かび、剥き出しの二本の牙が火を噴いた。

 

 

 

 

 

「…オメガ3、大破。 オメガ小隊の…敗北です…」

 

 

 

 

モニター越しのオペレーターの声が、模擬戦を見ていた全ての者の耳に響いた…

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9ターン目 ガノタと、いくりぷす?

61式と撃震の模擬戦を見たシンジは明日のMS演習のやる気を削がれていた。

 

宇喜田は宣言どおりに今回の目玉であるMSのお披露目を食らう勢いの活躍を見せた。 

 

それは嬉しい事だとシンジも思う。

 

しかし、自分の順番の前にあんなモノを見せられてはと尻込みもしていた。

 

模擬戦の間に整備兵によって行われたRX78の重力下環境調整のチェックをコックピット内で行いながらウダウダと考え込む。

 

 

既に日は沈み辺りは暗闇に包まれ、見物人達は宿泊先に戻っており昼間の騒がしさが嘘のように静まり返っている。

 

 

地上へ降りた初日の夜と同じく2日目の今日も、演習終了と同時に食事に酒に歓談にと要人に誘われたが明日の演習を理由に断り、彼は狭いコックピットで作業に没頭していた。

 

彼の代理に坂田艦長とクリス副長が要人達のお相手をし、本日の主役たる61式戦車兵達も宴に参加している。

 

ペガサスの責任者二人が居ないのは如何なものかと坂田とクリスはごねたが、自分が居るからとシンジは半ば無理やり二人を送り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しは楽しんでいるかねぇ~?」

 

パネルを弄り、モニターに移る機体のコンディションを確認しながら呟く。 

 

坂田艦長とアンダーソン副長はお偉いさんの対応に追われて無理だろうが、戦車隊の皆は模擬戦後に憑物の落ちたようなスッキリとした顔をしていたから今夜の酒は美味いだろう。

 

 

明日の俺が飲む酒は、美味いか不味いか…

 

 

おう、いかんいかん。 やる前からこれでどうする? え~とサスペンションは…

 

 

「だいたいMSのパイロットが俺一人しか居ないのがキツイよね~ これが終わったら正式にMSパイロットを募集して育成しないと…」

 

「なにぶつくさ言ってんだ准将? さっさと終わらせて俺たちも飯にしようや、若い奴らが腹へってへたばってんぞ?」

 

あ~い、おやっさん。

 

整備兵の皆様、苦労を掛けてすみません。 お披露目が終わったら整備班も増員するから、もうちょっとだけがんばってね?

 

 

「え~とメインバーニアの熱核ジェット切り替え調整よし、脚部のショックアブソーバーの硬さは重力下標準値で設定して… おっけー! 調整確認終了! 皆さんお疲れ様~、明日もよろしく~!」

 

「お疲れさんです~」 「お疲れっす!」 「っかれっしたー!」

 

左舷デッキのそこかしこで整備兵さんが嬉しそうに声を上げている。

 

時刻は夜8時をとっくに過ぎていて、夕食には遅い時間だ。 整備兵の皆は道具を片付けて、周囲を整理整頓すると足早に艦内食堂へと向かっていく。

 

 

 

俺もコックピットから降りて頭に巻いていたタオルを解き軽く手を拭くと、脱いでいた上着を左肩に引っ掛けて食堂に向かおうとしたのだが、開け放たれたハッチから誰かが上がってくる気配を感じて足を止める。

 

 

ペガサスの周囲に配置されている帝国軍の守衛の一人に先導されて、帝国軍制服を着た体格の良い男性と、山吹色の衣装を身に纏った黒髪の少女がこちらへと歩いて来る。

 

二人とも何処かで見た顔なのだが思い出せない…

 

男性の方は顔の左側に大きな傷跡があり、少女の方は短い黒髪の凛々しくも可愛い子だ。

 

ただ二人に共通して言えるのは、オーラというかプレッシャーのような物が感じ取れる。 只者ではない。

 

 

とりあえず彼らがこちらに気づいて向かって来ている事と、少女が身に纏う衣装が悠陽殿下の護衛の月詠さんと色違いの衣装だと気づき、肩に掛けていた上着を着て来るのを待つ。

 

 

「夜分に失礼します閣下。 こちらの中佐殿が閣下への面会を申し込まれましたのでお連れしました」

 

 

「ご苦労様です。 立ち入り許可書の確認は済んでいますね?」

 

「はっ。 確認させて頂きました」

 

「なら問題ありません。 ご苦労様、下がっていいですよ」

 

「はっ。 失礼いたします」

 

未だに閣下と呼ばれると背中がむず痒い。 んっ? なんでお客さん二人は目を丸くしてんの?

 

職務を果たし敬礼して去り行く兵隊さんを軽く手を振りながら見送り、お客さん二人に振り向くと二人とも目を丸く見開いて俺を凝視してんの… なに? そんな目で凝視されると怖いんですけど…?

 

 

「…あの何か?」

 

「…はっ!? いえ、失礼いたしました閣下!」

 

「しっ失礼しました!」

 

声掛けたら二人ともビクッと反応して慌てて敬礼してきた。 何もそんなに驚かんでも… あと閣下は止めて。

 

 

とりあえず敬礼を返して…

 

「あ~楽にして下さい。 え~と…?」

 

「はっ。申し遅れましたが、自分は日本帝国技術廠 第壱開発局副部長を勤めております巌谷 榮二中佐であります。 ロンデニオンとの技術交流に置ける交渉役を拝命いたしました。 彼女は私の友人の娘で、ご迷惑かとも思いましたが見聞を広める為に連れてきたのですが」

 

「初めてお目に掛かります閣下。 自分は帝国斯衛軍、篁 唯依訓練生であります」

 

「構いませんよ、軍艦ですので大したお持て成しは出来ませんがご容赦を。ご存知かとも思いますが、私はロンデニオン管理官をしておりますシンジ・フジエダ准将です。 …出来れば閣下ではなく、准将でお願いしたいのですが?」

 

俺のお願いに今度は、目をパチクリさせる二人… ああっ! 思い出した! この二人って確かサイドストーリーに出てた二人だ。 不知火二型? を作る人だ。

 

ああ。 ああ… 俺、サイドストーリーのエクリプス? …いくりぷす?の事は詳しく知らんが… まあいいか。

 

 

「はっ、承知致しました准将」

 

「了解しました准将」

 

堅いね…

 

 

気を取り直して、

 

「え~、どういった御用件で此方へ?」

 

「はい。 一言ご挨拶にと思ったのですが、宴の方にはお越しになられないと坂田大佐からお聞きしましたのでお忙しい中、御迷惑かとも思いましたがお伺い致した次第です」

 

そりゃまた…

 

「それはご丁寧に有難うございます。 作業の方は先ほど済みましたので大丈夫ですよ。 これから…あっ…」

 

会話の途中で腹が鳴ってしまい思わず苦笑い。

 

 

「…食事を摂ろうかとしたところです。 夕飯は済まされました? まだなら立ち話も何ですし御一緒に…」

 

再び会話の途中で小さく可愛らしいお腹の音が聞こえる。

 

 

見れば篁訓練生が顔を赤くして直立不動で固まっていた。 うん、育ち盛りだから恥ずかしい事じゃないよ。 うん。

 

 

すると今度はその隣からも豪快にお腹の虫が鳴り響く。

 

「…ふふっ、ご一緒に行きましょうか?」

 

「ははっ、面目ございません准将。 宴の会場から何も口にせず、直ぐに此方へ参ったものでして… ご相伴させていただきます。 篁訓練生もいいな?」

 

「…はい。 お供いたします…」

 

ダンディーに笑う巌谷中佐と表情を取り繕ってはいるが未だに顔が赤い篁候補生と連れ立って艦内食堂へと向かう。

 

そういうお年頃だからしょうがないか、この位の時期が一番接しにくいって娘さんの居る会社の上司も言ってたし。

 

 

 

廊下を歩きながら巌谷中佐と軽く会話してみると結構話が合うのが嬉しい。 元の世界では機械好きが転じてそっち系の会社に勤めていたから戦術機開発に携わる話が聞けるのはラッキーだった。

 

 

途中で篁訓練生も話に加わってきて、巌谷中佐は帝国斯衛軍が使用している国産戦術機・瑞鶴の開発にも携わっていた事や、京都での訓練所の事も教えてくれた。

 

 

食堂に辿り着き白身魚のフライがメインの夕食を受け取り、席に着くと先ずは空腹を満たすことにした。

 

 

フライうめぇー

 

 

 

 

腹を満たして食後のお茶を啜りながら巌谷中佐に戦術機関連の事を色々と尋ねていると、やがて会話が本日の模擬戦へと移る。

 

「あの61式戦車の戦いぶりは見事でした。 しかし、1つだけ分からない事があるのです。 最後の撃震が撃破される前の煙幕内で起こった爆発… あれはいったい?」

 

 

「あ~。 あれはリアクティブアーマーですよ」

 

リアクティブアーマーは簡単に言うと、外から加わった圧力に対して内側から爆発して相殺する事により本体を守る追加装甲の事だ。

 

宇喜田さん達が使った61式には追加で車体前部と後部に2枚ずつ貼り付けてある。

 

「リアクティブアーマー? しかしあの時撃震は弾切れで61式に被弾は無かった筈では?」

 

「ええ被弾はしてません。 アーマーをパージして地雷代わりに使用したのです」

 

元は61式の対BETA戦での運用や様々な環境下での対応策を宇喜田さん達と話し合っている時に思いついたものだ。

 

61式は不整地でも時速90kmで走る事ができ、突撃級以外のBETAに速度で勝っていた。

 

この点だけでも戦車兵の皆さんは随分と喜んでいた。 なにせBETAの陸戦主力とも言うべき要撃級や戦車級の最高速度は70~80km。 対して人類側の戦車の速度は良くて70km前後。 つまり、有視界戦闘に入った戦車はBETAから追いかけられると撤退することが難しいのだ。

 

反撃しながら移動しても、物量に物を言わせたBETAが速度に劣る戦車に追いつき撃破される。

 

大陸で戦車部隊が大量に撃破されたのはこれが一番の原因だと宇喜田さんは言った。 地下からの奇襲進行に脆いからと良く言われるが、奇襲なだけあってそれの頻度は少なく奇襲自体に脆いのは他の兵器も一緒だとも言っていた。

 

本来ならその時点で戦車の大々的な改修で問題を解決する筈なのだが、各国の軍上層部は既に配備されていた戦術機の汎用性と未来性に着目し、戦車を第二線に下げる事により対応した。

 

戦術機と戦車、両方に力を注ぐ余裕が無かったのだろう。

 

 

話を戻すが、時速90kmの逃げ足を持っていても大量に迫ってくるBETA小型種の戦車級に齧られない為の近接防御策を考えていたときの事だ。

 

砲塔側面に設置されたマルチディスチャージャーを増設しSマインという空中炸裂式散弾地雷の装填と、此方の世界の近接防御策にも使われていたリアクティブアーマーを装備という事で話が纏まりそうになったのだが、ここで俺はある漫画のシーンを思い出していた。

 

とあるMSが、装備していたリアクティブアーマーをパージして時限信管で爆発させて追いすがる敵にダメージを与えるというシーンを。

 

 

あれ? これ使えね?

 

そう思った俺は皆にこの話をして意見を貰い、幾つかの修正を加えて新しいリアクティブアーマーを自動CADに設計してもらった。

 

アイディアの元になったMSが連邦製だったのが幸いして一日で新リアクティブアーマーの設計は完成した。

 

時限式とセンサー式を選択できる信管を備えたそれは戦車側から任意にパージでき、パージ後は選択された信管方式に従い爆発するシロモノだった。

 

 

出来上がった実物を見た戦車兵さん達は、「追いかけてくるBAKAに“いい”土産が出来た」と物騒な笑みを称えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。 単純ではありますが、いいアイディアです」

 

巌谷中佐が褒めてくれた。 けど、漫画からのパクリだし… あっ、他のも全部パクリか…orz 篁訓練生、そんなに純粋な瞳で感心したように俺を見ないでくれ…

 

 

「これは明日のMSのお披露目が、ますます楽しみになってきました。 61式戦車でこれほどですから… なっ?」

 

「はい。 明日が楽しみです」

 

ううっ…またプレッシャーが…

 

…んっ? そう言えば明日の対戦相手は誰なんだろう? 聞いてみるか。

 

「明日の模擬戦では帝国斯衛軍側からは… 帝国近衛軍大将の紅蓮閣下がお相手する事になっており」

 

「ぶっ!?」

 

うぉーい!? マヴラブ世界きっての武闘派ですか!?

 

「大将閣下自ら名乗り出られたとかで…」

 

汗をたらりと流して苦笑いの中佐。 てか、止めろよ周囲の人たち!? そんなお偉いさんが自ら出んでも、うちと違って人材一杯居るでしょう!? なんで将官同士で一騎打ちの模擬戦しなきゃならんのだ…

 

「その件に関しては、恐れ多くも殿下より言伝を賜っております。 よしなに…っと」

 

止めてよ悠陽ちゃん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10ターン目 紅蓮の武者と白いMS

 

 

「凄い…」

 

 

今、私の目の前で白を基調にした青と赤のトリコロールカラーの派手な機体が、演習場内に設置された的をまた一つ撃ち抜いた。

 

 

ただ撃ち抜いた訳ではない。

 

 

機械とは思えない躍動感で跳ねるように移動して手にした携帯型光学兵器を標的とのすれ違いざまに撃ち放つ。

 

標的として用意された突撃級BETAの死体をピンク色の光弾で貫き、動きをまったく止めることなく次の標的へと向かって行く。

 

 

「どうだい、唯依ちゃん?」

 

不意に隣の席に座る巌谷中佐… おじさまから声を掛けられた。

 

周囲に居る他の観戦者たちの意識は大型モニターに向いている為に、プライベート時の口調になっている。

 

「火力、運動性は既存の戦術機とは比べ物にならない凄まじい機体だと愚考します」

 

「…みんなの視線は釘付けだから、いつも通りでいいよ唯依ちゃん?」

 

 

いつもならこのような事は慎むが、モニターに映し出されるあの白い機体の動きを見ていたら中佐の…おじ様の心遣いは有難かった。

 

「…わかりました。 本当に凄い機体ですね」

 

「だろうね。 私もここまでとは思わなかったよ」

 

白い機体は空中で身を捻りながら標的へと狙いを定めて射撃すると、足の関節を曲げて衝撃を殺しながら着地し、軽く曲げた足を伸ばして再び跳躍する。

 

ブーストを殆ど使わずに人間と同じく関節の屈伸と重心移動だけで、機械とは思えない身軽さで動き回る機体。

 

強力な上に連射でき、戦術機サイズに携帯可能な光学兵器に、しなやかに動く四肢で驚異的な運動性を持つ白いMSと呼ばれる機体。

 

RX78-2 ガンダム

 

それがあの機体の名前…

 

 

「しかしあの准将が乗っているとは思えない動きっぷりだね?」

 

「はい…」

 

 

ガンダムに乗っている衛士は、藤枝 慎治准将。

 

将官が自らテストパイロットを勤めるだけでも珍しいのに、昨日初めて会ったあの人が乗っているとは思えない動きだ。

 

決してあの人を侮っているのではなく、あの機体の凄まじい動きとあの人のイメージが合わないのだ。

 

初めて会った時には見慣れぬ制服姿、タオルを腰にぶら下げて上着を肩に掛けたラフな格好で将官とは思えない姿だった。

 

所々はねている癖のある黒髪が無造作に伸び、緊張感のないそこそこに整った顔で、階級が低い者に対しても礼儀正しいと言うか腰が低いと言うか…

 

軍服を着ているが軍人らしくなく、民間人…良くて軍属の人間と言った所か…

 

今までに私の周りには居なかったタイプだ。

 

 

「唯依ちゃんならどう闘う?」

 

網膜には流れるような動作で背後から取り出した光の剣で標的を切り捨てるガンダムの姿が…

 

「そうですね… 近接戦に持ち込めれば勝機は有るかと」

 

確かに動きは速く滑らかだ。 けれど標的を切り捨てた動作に粗が見える。

 

私が近い将来に搭乗するであろう瑞鶴は、旧式の部類に入るが格闘戦を優先した機体設計のお陰で、近接戦なら第2世代戦術機にも遅れは取らない自信がある。

 

それに格闘戦を重視する斯衛には先人から受け継がれ磨かれてきた格闘モーションプログラムが有り、瑞鶴にはそれがインストールされている。

 

如何に早く、効率的に確実に敵を斬るかを突き詰めたモーションプログラムを生かせばやりようは或るはずだ。

 

 

 

 

 

演習場内でぶつかり合う二つの機影。

 

1つは両手に刃の潰された模擬戦用の長刀を振りかざし白い機体に斬り迫る赤い斯衛軍戦術機・瑞鶴。

 

もう1つは瑞鶴の猛烈な撃剣に追い詰められ、攻めあぐねる白いMS・ガンダム。

 

模擬戦用の装備をした二機は見物人達の当初の予想を覆す戦況を呈し、見るものに息つく暇を与えなかった。

 

 

「はははは! やるではないか!」

 

瑞鶴コックピット内で満面の笑みを浮かべ、巨体の筋肉で強化服を押し上げる益荒男は実に愉快そうな笑い声を上げた。

 

その雄叫びに答えるように瑞鶴は右手に握った長刀を振り下ろしガンダムを追い詰める。

 

瑞鶴の長刀が青い胸部の装甲板を掠めて振り下ろされ、腕が伸びきって動きを止めたのを確認したガンダムが踏み込もうとするが、横一閃に振られる左手からの長刀に気づき踏み込む足を突っ張らせて上半身を仰け反らせる。

 

デュアルアイの目前を通り過ぎる長刀に背筋に冷たいものが走るシンジ。

 

「ふうぉぉーー…」

 

「なんだこのギンガナムは…」

 

息を吐きながら瑞鶴に再び構えを取らせる益荒男、紅蓮。 額に流れる冷や汗を拭いながらぼやくシンジ。

 

 

 

模擬戦開幕前、斯衛にしては珍しくシールドを持たせた紅蓮の瑞鶴を見て嫌な予感がしたシンジは、模擬戦開幕と同時にその意味を知った。

 

 

開始の合図とともに盾を構えながらガンダムへと最高速で突っ込んでくる瑞鶴に意表を突かれ、驚異的な反射神経とガンダムの運動性のお陰で辛うじて避わすも右手に持たせた突撃砲を居合い斬りのような斬撃で使用不能にされて格闘戦に引き摺りこまれてしまったのだ。

 

シンジとしては格下の自分に対してここまで形振り構わず来るとは予想外で、完全に意表を突かれる形となった。

 

それでも何とか持ち直して、ランドセル部に固定していた長刀をガンダムに握らせると反撃に転じようとする。

 

 

戦術機の最大の隙…行動と行動の間に有る空白時間と入力された行動を途中キャンセル出来ない事を逆手に斬りかかるが、こちらの動きを先読みまたは制限を掛けるように行動し、二刀を瑞鶴に握らせる事により攻撃の隙をなくしているので付け入る隙を見出せずにいた。

 

そして生身でも剣の達人である斯衛の動きを基にした斬撃モーションは鋭く、ガンダムの性能を持ってしてもこの間合いでは完全に避わす事は出来ずガンダムを長刀が掠めるたびにシンジは冷や汗を流す。

 

 

しかし、一見すると得意なレンジに引きずり込み、主導権を握って押しているように見えるが紅蓮もまた内心に焦りが見え始めていた。

 

これ以上は無いタイミングとスピードの猛攻を耐え忍ぶガンダム。 しかもここに来て徐々に動きが良くなって行く相手に焦りを抑えながらも、興奮を抑えられずに、瑞鶴に剣を降らせ続ける。

 

紅蓮はこの戦いを心底楽しんでいた。

 

 

 

その剣を避けながらシンジはガンダムの固定武装である頭部バルカンを撃ち放つが、初見で相手のシールドをそれで破壊したのを見られているために牽制にしかならず、危なげなく回避して斬りかかろうとする瑞鶴の姿をモニター越しに見てコックピット内で小さく舌打ちを鳴らした。

 

「はあ、はあ。 バルカンの残弾が少ない…シールドはどっかに飛ばされて、後は長刀が1本のみ…」

 

パイロットスーツの下に大量の汗を流し、息を荒げながら汗で額に張り付く髪を不快に思いながらシンジは現状を打破すべく思考するが、付与されたニュータイプの超反射神経と先読みで長刀を振っても相手の洗練された斬撃モーションは早く、パイロットも超一流。 秀でているのは機体性能ぐらいで良くて相打ち…

 

それでは駄目なのだと歯を食いしばるシンジ。 

 

未だにニュータイプ能力を上手く使いこなせない事に、初めてシンジは悔しいと感じた。

 

「はあ、はあ… 勝ちたい… あの人に俺は勝ちたい…」

 

メインモニターに映る赤い瑞鶴を見据えながらシンジは思った。

 

自分はこの世界を本当は嘗めていたのではないかと…

 

MSの訓練は一応行っていたが、ガンダムの性能を妄信し過ぎていたのではないかと

 

与えられた力に酔って油断した結果がこの体たらく。

 

 

「勝ちたい… 負けられないんだ!!」

 

 

ガンダムのコックピット内で、白いノーマルスーツ姿のシンジはいつもの飄々とした表情をかなぐり捨てて吼えた。

 

 

その瞬間ガンダムのデュアルアイが力強く瞬き、瑞鶴のコックピット内で紅蓮はえも知れぬプレッシャーを感じ取り肌を粟立たせる。

 

「来るか!? 面白い!!」

 

心身を奮い立たせ、目の前の相手に長刀を縦に振り下ろすが…

 

「なんと!?」

 

紅蓮は目を剥き出して驚きに叫んだ。

 

体を半身にする事で斬撃を避け、あろう事かそのまま片足で長刀を踏みつけると地面に押し付け折ってしまったのだ。

 

そのままガンダムはバックステップで一旦距離を取ると、手にした長刀を腰だめに居合いの様に構える。

 

 

 

 

「ばかな!!」

 

貴賓席に居た悠陽の護衛である月詠は驚きで思わず叫ぶ。 そして護衛対象である悠陽も…いや、その模擬戦を見ていた斯衛に縁のある者は全員が驚きで目を見開いた。

 

なぜならば、今ガンダムが取った構えは… 斯衛の戦術機にインストールされている構えと寸分違わぬモノだったからだ。

 

 

斯衛の格闘モーションプログラムは彼らにとっての切り札であり、帝国軍にすら公開されていないシロモノだった。

 

勿論、シンジがハッキング等で情報を得てガンダムにインストールした訳ではない。 その証拠に模擬戦当初は動きこそ早かったが、構え等に特筆すべきものは無かった。 

 

 

 

 

それなのに…

 

 

その様子を見ていた巌谷は絶句した。 なぜ? どうして?

 

その回答を模索して思考する彼は、やがて1つの驚愕の回答に行き当る。

 

巌谷は震える手で口元を隠しながら呆然と呟く。

 

「信じられん… あの機体は… 学習したんだ…」

 

「そんな… こんな短時間で…」

 

その呟きを拾った唯依もまた、信じられないと驚愕の表情を浮べる。。 

 

 

 

 

相対する機体の構えは、確かに斯衛のモノ。 しかし自分があれを見せたのは模擬戦開幕にたったの一度だけだ。 それなのにこの短時間で、しかも模擬戦の只中でモノにしたというのか? 確かにそれらしい兆候はあったが…

 

疑問を晴らすべく紅蓮は瑞鶴に残った長刀で、目の前のガンダムと同じ構え…居合いの形を取らせる。

 

鏡合わせに同じ構えを取る両機。 緊迫した空気が演習場内に満ちていく…

 

久しく忘れていた歓喜に再度身を震わせる紅蓮。

 

そんな彼に、シンジが模擬戦が始まって初めての通信を送った。

 

「形振り構わず全力で行きます紅蓮大将」

 

「応!」

 

模擬戦前の顔合わせの時とは違うシンジの声音に少し驚きつつも、その言葉に力強く答える紅蓮。

 

シンジはコックピット内で気休め程度に機体の反応速度を限界まで上げる調整を行うと、メインモニターに映る瑞鶴の…武者の動きを感じ取ろうと神経を集中させる。

 

モニターに映る瑞鶴を透かして紅蓮の姿が見え、その浅く静かな息遣いが聞こえてくるような錯覚を覚えながら操縦桿を握り締めるシンジ。

 

 

 

手の平に滲んだ汗が強化装備と肌の隙間を湿らせるを感じながら、紅蓮もまたガンダムの動きに集中する。 

 

まるで相手に見透かされているような感覚を覚えながらもジリジリと摺り足をさせながら瑞鶴を間合いに進めていき、紅蓮は先を取った!

 

 

「かあぁっー!!」

 

 

 

ガンダムの首を目掛けて左から右へと横一閃される長刀。

 

自身の今までの生涯で最高のタイミングで放たれた一撃!

 

 

 

「うおおおぉーーー!!」

 

 

しかしシンジはその一撃に怯む事無く自ら間合いに一歩踏み込む。

 

ガンダムは彼の思いに応えるように相手の間合いに上半身を屈めながら飛び込み、V字のブレードアンテナの先端を切り飛ばされながらも瑞鶴の一撃を頭上に避わして縮めた体を伸び上がらせて居合いを放つ。

 

 

斜め上に切り上げられたガンダムの一撃は攻撃を避けられ伸びきっていた瑞鶴の右腕をへし折り長刀を弾き飛ばし、ガンダムは返す刀で瑞鶴の首に長刀を突きつける。

 

「…参った」

 

「ありがとうございました。 得るものの大きい一戦でした。 本当にありがとうございました」

 

「なんの。 此方こそ久方ぶり血が滾ったわい」

 

久しく味わっていなかった全力を尽くした後の爽快感を感じつつ紅蓮は潔く負けを認め、シンジは計り知れない大きなものを得させてくれた彼にに心から深く感謝した。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11ターン目 ヤンキーとガノタと

 

11ターン目

 

 

 

 

負けていても不思議ではなかった…

 

 

勝ったのは運とガンダムの性能のお陰。

 

あの最後の一撃… ガンダムは瑞鶴の、紅蓮大将の動きを学習して格闘戦における効率的な動きを覚え実績した。

 

ガンダムに搭載されている教育型コンピューターは戦えば戦う程に、相手が強ければ強いほどに急速に成長するシロモノだ。

 

あの短時間で学習して反映させるとんでもない性能のソフトと、その動きを可能とする高スペックを誇る機体(ハード)。

 

本当にガンダムは凄い… それに比べて俺は…

 

「はあ…」

 

「勝ったのに辛気臭い奴だな、准将?」

 

勝ちはしました… けれどそれはガンダムの性能のお陰であって、旧式の瑞鶴で自分の磨き上げた腕で戦った紅蓮さんから、模擬戦後に褒められて恥ずかしさで死にそうなんです。 欝なんですおやっさん。

 

 

「面倒臭い奴だな… そんなんで明日のアメリカさんとの模擬戦は大丈夫なのか?」

 

「その為にこうしてやっているんですよ。 これで負けたら紅蓮大将に申し訳ありませんから… あっ、そのアブソーバーは硬めのやつに交換してください。 その方が反応が上がりますから」

 

 

先の一戦で学習したガンダムは、一皮剥けたようにその動きを変えた。 隙の無い洗練された動きを得たソフトは、より高度な要求をハードに課す。

 

今までのセッティングでも問題は無いのだが、より早く正確に動く上限が上がったのでそれに合わせて再調整をしているのだ。

 

 

二日続けての調整作業に整備兵の皆も疲れを顔に滲ませている。 MSの整備、調整が出来るように成ったといってもまだ日が浅いのでいつも以上に神経を使っているからだ。

 

 

心の中で苦労を掛ける事を整備兵に詫びつつ、早く作業を終わらせようと集中する…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本帝国主催で行われる日米ロンの交流の宴は、主役の一人を連日欠きながらも表向きは和やかに行われていた。

 

 

日米の要人達はロンデニオンに派遣されお披露目に参加している自国の兵士達に接触し。 情報を得ようと酒を勧め、利権を掴む為に自分の所の人員を潜り込ませられないかと笑顔で語りかけていた。

 

アメリカ軍に籍を置きながらロンデニオン管理官の代理として宴に参加するクリスティーナ・アンダーソン大尉は、昨夜と同じようにシンジへの接触を試みるアメリカ企業の重役の頼みをやんわりと受け流しつつ、人の波が途絶えたのを確認すると静かに壁際の目立たぬ場所へと避難した。

 

途中で調達したソフトドリンクで慣れぬ民間企業への対応で乾いてしまった喉を湿らせて一息をつくと、少しだけ顔を俯かせてガンダムの調整作業に追われるシンジに対する恨み言を内心でこぼす。

 

 

シンジへの恨み言が3つめに差し掛かったとき、彼女は自分に射した人影で誰かが前に立っている事に気づき伏せていた視線を上げて影の主を確認する。

 

「閣下…!」

 

自分の目の前に立つのが、アメリカ全軍の最高責任者であるジョージ・エデン大統領である事に驚き、直ぐに姿勢を正して敬礼を送るクリス。

 

「ああ、楽にして… 久しぶりだねクリスティーナ大尉? 楽しんでいるかな?」

 

「…はい。 お久しぶりです閣下… 」

 

優しげに向けられたエデンの視線を複雑な表情で逸らすクリス。 それに気づいたエデンも少しだけ悲しそうに表情を曇らせる。

 

「ジョンと君には苦労を掛けるてすまないと思っている。 ロンデニオンでの任務はどうだい? フジエダ准将とは上手くやっていけそうかな?」

 

心を落ち着かせたクリスはエデンを正面から見据えると何時もより硬質な感じの表情を見せた。

 

「お心遣い有難うございます閣下。 訓練は順調に進んでおりますし、准将は良い方なので交流には問題ありません」

 

「…そうか。 うん、ご苦労大尉。 これからも祖国への献身に期待する」

 

「はっ! ありがとうございます。 ご期待に沿えるようにベストを尽くします!」

 

 

 

クリスの肩を軽く叩き、寂しげな表情で少し肩を落としながら彼女に背を向けるエデン。

 

その背中に一瞬何かを言いよどむクリス。 意を決したクリスは賑やかな宴の喧騒に消えそうなほどに小さな声でエデンの背中に向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「ごめんなさい。 今はまだ… 」

 

その場を去るエデンの背中は、こころなしか先ほどより軽く感じられていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球に降りて四日目。

 

今日も良い天気で絶好の模擬戦日和です。

 

右手に突撃砲、左手にガンダムシールド。 背中には長刀を2本装備し、腰の後ろのラッチには予備弾装までつけてひざ立ちするガンダムを見上げながら首を回してコキコキと骨を鳴らす。

 

 

そしてガンダムの対面に仁王立ちするメイドインアメリカンな機体… 

 

 

現アメリカ軍の主力戦術機であるF15・イーグルではない。

 

かといって旧式のF4・ファントムでもなく、各国で愛用されるF16・ファルコンや海軍機のF18・ホーネットでもない。

 

ましてF14・トムキャットなんてマニアックなモノでもない…

 

 

 

出てきたのは、黒いレーダー波吸収剤がペイントされてYF22とマーキングされている戦術機…

 

 

次期アメリカ軍主力戦術機の試作品だ。

 

 

おうふっ…

 

 

G弾推奨派はこちらを完全に潰す気です。

 

 

YF22の足元では強化装備姿の金髪オールバックなヤンキーさんが鋭い視線を此方に向けている。

 

 

友好度0ですね? わかります。

 

 

そういえば初日に大統領が言ってたっけ… G弾大好き派が今回の模擬戦に立候補してヤル気まんまんだって。

 

人間、そう簡単に自分の信じていたモノは変えられないよね~。 G弾に絡む利権とかも有りそうだし…

 

 

けど、試作機のYF22まで出す事はないでしょうG弾推奨派の皆さん。 まあガンダムも試作機だけど…

 

そうこうしていると、アメリカ陸軍の制服を着た男性に強化装備のヤンキーさんが此方へと近付いてくる。

 

「失礼します」

 

そう言って敬礼してくるのは、制服に大尉の階級章を付けた金髪のナイスガイ。 あっ、この人…

 

「アメリカ陸軍戦術第66機甲大隊所属のアルフレッド・ウォーケン大尉であります。 そしてこちらが…」

 

おお! ウォーケンさんだ! かっこいい! まだこの時期は少佐じゃないんだ。 んで、ウォーケンさんが目配せした人物は…

 

「同じく。 アメリカ陸軍第66機甲大隊所属の、セオドア・ノイマン中尉であります“閣下”」

 

閣下の部分にアクセントを含めつつ、少し不機嫌そうな表情で挑発的な視線を送ってくる中尉。 ちょっと感じ悪いよ…

 

「中尉! …部下が大変失礼を致しました閣下」

 

ウォーケンさんが中尉を諌めて慌てて謝罪し、ヤンキーさんは悪びれた様子も見せずに「申し訳ありませんでした」と謝罪。

 

 

その後にお互いの健闘を祈って握手をしてみたが、中尉の態度に何か引っ掛かるものを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

設置されたモニターに映る白い機体。 あの准将が乗るガンダムを見つめる。

 

 

「よう、斯衛の嬢ちゃん」

 

モニターを見ていた私の隣の椅子に、白い整備兵のツナギを着てサングラスを掛けた初老の男性が腰掛けてきた。

 

 

巌谷のおじさまの古い知り合いだというこの男性、後藤整備兵長は、今お邪魔している強襲揚陸艦ペガサスの整備班を束ねる人で、陣中見舞いに来た私たちを此処へ誘ってくれた。

 

 

こちらの方が外部カメラからの映像だけでなく、ガンダムのメインカメラの映像や機体コンディションの情報が詳しく見れるからと…

 

様々な機材が並ぶ左舷デッキ内。 物珍しさから辺りを観察していると、奥の方に奇妙なものが見える。

 

「戦車… 自走砲?」

 

衛士養成所の座学で得た知識を照らし合わせて謎の物体を照合してみるが、確定には至らない。

 

キャタピラの付いた巨大な車体の上に、四連装の砲身を束ねた手先を持つ腕らしきものが付いた上半身が乗り、頭部に当たる部分には透明のキャノピーらしきもの。 その左右両側に位置する肩部には、長大な砲身が前方へと伸びている。

 

私の視線に気付いて後ろを振り返った後藤さんは、「ああ」と頷いて視線を私に向けた。

 

「気になるか?」

 

「…はい」

 

ニヤリと笑う後藤さん。

 

「知りたいか?」

 

「よろしければ…」

 

「ダメだ」

 

ええー!?

 

 

「後藤さん。 うちの唯依ちゃんをからかわないで下さい」

 

その声に視線を向ければ苦笑してるおじさま…  えっ、私からかわれたの?

 

 

「くっくっくっ。 すまん、嬢ちゃんを見てたらついな」

 

私を見て可笑しそうに笑う隣の人物に、思わず頬を膨らませる。

 

「悪かった悪かった。 詫びに面白いもんを見せてやる」

 

そう言いながらも笑みを隠さない後藤さんは、近くにいた整備兵の一人に声を掛けて見たことの無い形の薄い板状の携帯端末機を用意してもらい、それを立ち上げる。

 

「それは?」

 

おじさまが興味深げに携帯端末機を見やり、私も釣られるように見つめる。

 

 

「ああ。 ロンデニオン滞在者の一部に支給されている携帯端末機…、タブレットて言う名前だ。 …そらっ、左が模擬戦前のデータで右が模擬戦後の再調整したデータだ」

 

 

タブレットか… 良いな~。 …じゃなくて、そんなに簡単に機体の詳細なデータを部外者に…

 

「いいんですか、後藤さん? 大事なデータを…」

 

少し驚いた顔のおじ様。 訓練生の私でも機体情報の重要性は熟知している。

 

「あの、部外者の私たちが見るのは…」

 

「あん? 嬢ちゃんたちなら、うちの准将は気にしねぇよ。 どのみち公開される情報だしな」

 

「…唯依ちゃん。 折角だから見せてもらおう」

 

 

おじさま、目が輝いてますね… でも、ああは言っても私も気になっているし… 

 

うん、拝見させて頂こう。

 

 

見せてもらった画面には、戦術機のスペックデータと同じ表示様式でガンダムのデータが…

 

「凄い… 前の状態でも機体反応と運動性が第三世代戦術機の不知火より遥かに上なのに、調整後の現状で反応速度が5%、動作効率が15%も向上してる」

 

「格闘戦の動作効率だけなら30%の向上。 紅蓮大将様々だな」

 

「…後藤さん。 見間違いでしょうか? ガンダムに複数のジェネレーターが配置されているような…」

 

 

…確かにおじさまの言うとおり、画面上には複数のジェネレーターの出力表示が

 

「見間違いじゃねえよ。 あの機体には核融合炉がメイン一基にサブが六基、計七基のジェネレーターが積んである」

 

「…戦術機サイズに七基も積めるほどに小型化された核融合。 出力も出鱈目だ。 何ですか? このトルクは? どうしてモーター駆動であのサイズに収まって、どうしてこの出力なんですか!?」

 

「それはフィールドモーターって言ってな……」

 

ああ… 楽しそうに話す後藤整備長とは逆に、おじさまの顔がどんどん引き攣っていく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、速いなこいつ!」

 

モニター上を通り過ぎようとする突撃砲を両手に持った黒い影。 確かライバル機のYF23は黒い風、だっけ? あれは戦闘機の方か。

 

やる気満々で挑んだ米軍との模擬戦でYF22の時速900kmオーバーのスピードと優秀な電子戦装備に舌を巻きつつ、フットペダルを操作してすれ違いざまに正確に狙ってくる相手の36mm弾を避ける。

 

高性能なFCS(ファイアーコントロールシステム)も積んでるか、流石はアメリカの次期主力戦術機!

 

 

「ちっ! 何で当たらない!?」

 

「正確な射撃だ。 だからこそコンピュータには予測しやすい!」

 

ガンダムに搭載されているコンピューターがチート過ぎ。 パイロットの操作に合わせて最速、最適な動きで相手の攻撃を避わしてくれます。 賢いです! 凄いです! ガンダムです!!

 

お返しにとばかりに、背後に回ろうとしたYF22に36mmを振り向きざまにばら撒きます。

 

こちらの攻撃を予期できなかったのかバランスを崩し、機体を傾けながら危うい体勢で必死に避けるヤンキーさん。

 

 

「なんでこっちを補足できる!? このスピードで、おまけにレーダーにも映らないないはずだろ!?」

 

 

はっはっはっ。 この機体は基からレーダーの利かない状況下で戦う事を目的にした機体だ! アクティブで相手のセンサーも妨害しているようだが、その程度の出力ではどうって事無いわ!

 

こっちの光学センサーを始めとしたセンサー類の精度も此方の世界とは比較にならんくらいに高精度なのだ! レーダー波が使えなくてもMSならICBM弾頭すら撃ち落す事が可能!

 

 

MSすげー!

 

 

 

 

 

…スピードは戦術機が上だけどね。

 

 

演習場内の模擬戦だからまだやり易いけど、このスピードで戦場でやり合うのは骨が折れそうだ。

 

それにあの中尉… ノイマン中尉、良い腕だ。

 

射撃戦と格闘戦の違いがあるから紅蓮大将とは比べるのが難しいけど…

 

 

正直、昨日の模擬戦でのデータがなければ余裕が無いくらいの強さだ。

 

 

「紅蓮さんに感謝だな」

 

『ならば、勝って見せい』

 

は? 今の声は…?

 

 

「何をごちゃごちゃと!?」

 

「うおっと!?」

 

体勢を立て直したYF22が姿勢を低くし、左手を伸ばしてバランスを取るように匍匐飛行しながら右手に持った突撃砲で36mmを放つ。

 

 

俺の操縦に呼応してガンダムが上半身を反らし、銃弾を避わしてお返しに頭部バルカンをばら撒く。

 

「なんでそんな風に動け、うおっ!?」

 

「そっちもそのスピードでよく動くよ!」

 

 

いったん上空に退避して動きを止めるYF22。 ヤンキー中尉の気が一瞬だけ緩む気配が…

 

 

「飛べ! ガンダム!!」

 

両足のペダルを踏み込み、背部のランドセルと足裏に設置されたバーニアを全力で吹かしてガンダムを上空へと舞い上がらせる。

 

YF22目掛けて突貫し突撃砲を撃ちながら近づくが、残弾僅かの警告がメインモニター端に映り。 弾装交換の余裕が無いことを判断して弾切れと同時に突撃砲を相手に投げつける。

 

「空中戦も出来たのか! だが、こっちのスピードに付いて来れるか!? 顔付き!!」

 

「なめるな!」

 

 

後退しながらの回避運動で銃撃を避け、飛んできた突撃砲を左腕を振って弾くYF22。

 

これで回避行動でスピードを鈍らせ、左手に持った突撃砲は封じた。 あとは…

 

 

背中の長刀に右手を握らせてYF22に迫る。

 

最高速は向こうが上だが、加速性はこっちが上だ! 短距離なら追いつく!

 

 

「くっ! この!?」

 

「させるかー!」

 

右手を突き出し突撃砲でこちらを狙うがガンダムの左手のシールドでそれを弾き、長刀固定用のロックボルトの破砕音を響かせて長刀を唐竹に振り抜く。

 

「はやい!? くそ!」

 

 

相手も然る者で左手の突撃砲で長刀を受けようとするがそれを叩き折り黒い装甲に丸まった刃を叩き付け、

直前で模擬戦プログラムのセーフティーが入り、長刀は相手の装甲板のみを割って止まる。

 

「っ…」

 

「…中尉、いい腕だったよ」

 

 

撃墜判定を食らい、跳躍ユニットを吹かしながらゆっくりと地上へと降下していくYF22。 こちらもバーニアを吹かしながらガンダムを降下させる。

 

 

 

「…くそっ。 えっ、なんだと…!?」

 

 

中尉のやりきれない気持ちを感じた瞬間、通信機越しに彼の驚愕の声が響く。

 

見れば降下していたYF22が、右手の突撃砲の弾装交換をしている。

 

 

「コントロールを受け付けない!? …なんで実弾が装備されてんだ!?」

 

 

嫌な予感… 中尉ではない何者かの悪意をYF22の機体から感じる。

 

 

「ロックオンだと!? おい! 急いで逃げろ!!」

 

 

YF22が突撃砲の銃口をこちらへ向けるてくるのがスローモーションに見える。

 

「ちぃい!!」

 

 

慌てて操縦桿とフットペダルを操作してガンダムに回避行動を取らせるが、YF22も先ほど以上に急激に動きながらガンダムへと迫る。

 

「ぐっ、がぁ…」

 

中尉の苦悶の声。 中の人間を無視した急激な機動によるGが彼を苦しめているのだろう。

 

長引かせたら中尉の体が心配だ。 一気に決める!

 

 

「中尉! 少し荒っぽくなるが我慢しろ! すぐに出してやるからな!」

 

「くっ、あ… り、了解…」

 

ガンダムに盾を構えさせ、YF22に突撃させる。

 

背部と足裏のバーニアを全開で噴射させ、強烈なGを発生させながら真っ直ぐに突き進むガンダムに突撃砲を撃つYF22。 

 

36mmの雨が盾に跳ね返り、乾いた金属音を激しく打ち鳴らす。 盾の影に隠れているので本体に着弾は無く、仮に直撃を食らってもガンダリウム製の装甲なら問題は無いはず。

 

硬い盾と装甲の防御力を信じて実弾の雨に襲われる恐怖を打ち払い、ガンダムを突っ込ませる。

 

ガンダムをYF22の懐に飛び込ませて再び盾で右手を振り押さえ、その頭部を右手で掴みそのまま力を込めさせる。

 

メキメキという金属が軋む音が聞こえそうなほどにメインモニターに映るガンダムの指は相手の頭部に食い込み、やがて頭部を完全に握りつぶした。

 

「これで目と耳は潰した。 あとは!」

 

続いてガンダムに、押さえていたYF22の右腕を掴ませて同じ要領で握り潰させる。 背部の武装ラックに予備の突撃砲は装備していないからこれでYF22に武器は無い。

 

戦術機の細い腕を握り潰し攻撃能力を奪ってほっとしたのも束の間、今度は警告音がコックピット内に響く。

 

 

「なんだ? しまった!?」

 

バーニアがフルスロットルでの連続使用で加熱してオーバーヒートを起こし、強制冷却の為に停止した。 推力を失い、YF22に寄り掛るガンダム。

 

第三世代戦術機の重量がおおよそ20t前後。 対してガンダムの重さは、その3倍の60t近い重量… いくら最新鋭の高出力エンジン跳躍ユニットを持ったYF22でも支えきれるものではない。

 

 

案の定、二機は掴み合ったままに降下していく。 

 

 

半ば無意識の内にガンダムを操作し、機体が破損して不安定なYF22を支えさせ一緒に地面に着地させる。

 

足元の浮遊感が一転して着地の衝撃となり、フットペダルにかけた足がずれそうになる。 YF22の分も合わせた合計80t近い落下の衝撃を吸収してガンダムの各関節、ショックアブソーバーが軋みをあげるがサブウィンドウに表示された機体コンディションに異常は無し。 さすがガンダム、なんともないぜ!

 

 

「ふう… 中尉、無事か?」

 

「…無事です」

 

「そっか。 よかった…」

 

 

少しぐったりとした様な声で答える中尉に一安心。 さて、頭と武器を失って機体は大人しくなったようだが他に何が仕掛けられているかもしれない。 機体はこのまま放置して中尉だけ回収して帰るか。

 

…ん? そう言えば途中で紅蓮大将の声が聞えたような?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12ターン目 放蕩息子

 

広大なペガサス艦内にはクルーの為の居室や食堂を始め、様々な部屋が備えられている。 シャワー室は勿論の事、PXに娯楽室、医務室等々。 基が長期間の航海と艦隊旗艦に成るべく備えられた広大なスペースと設備は、アメリカが所有する原子力空母と比べても充実しており。 快適性の面では比べ物にならないものであった。

 

 

その内の一つ、来賓を迎える貴賓室にガンダムの摸擬戦を終えたロンデニオン管理官シンジと、アメリカ大統領ジョージ・エデンとその秘書官。 日本帝国征夷大将軍 煌武院 悠陽、同国総理大臣 榊 是親、悠陽の護衛である斯衛の月詠 真耶に何故か鎧衣 左近までが居た。

 

十分な広さの室内に置かれた高級感溢れるソファーに腰掛けた面々。 只一人、鎧衣だけが入り口近くの壁に寄り掛かり、豪勢な顔ぶれの面々には勿論のこと外の気配にも気を配っているようだった。

 

 

気の抜けた顔で緑茶を啜るシンジ。 飄々とした顔でソファーに腰掛けるエデンとその背後にすまし顔で立つ秘書官。 その三人とは対照的に、帝国側の鎧衣を除いた面々は一様に険しい顔をしていた。

 

緑茶を啜り、ほっと一息ついたシンジは愛用の湯飲みを高価そうなテーブルに傷を付けないようにそっと置くと、少し鬱陶しくなってきた伸びた前髪を右手で掻きあげながら口を開いた。

 

 

 

「つまり、案の定でG弾モエ…推進派とアメリカの兵器関連企業の一部が結託して今回の騒動が起きたと?」

 

「まだそうと決まった訳ではない。 そういった可能性も“有る”という事だ。 今回の騒動は現在調査中で結論は出ていない。 ただ、かなり巧妙に計画されたモノであるから解明できるかは…」

 

「…悪どい、さすがアメリカ大統領は悪どい」

 

うげぇといった表情をするシンジに苦笑を見せるエデン。 シンジの言葉に背後に立つ秘書官の眉が一瞬ピクリと動いた。

 

 

「褒め言葉をありがとう」

 

「これで反対派は大人しくなるし、何かやらかそうとしても今回の件をネタにして…」

 

「はっはっはっ、何の事かな?」

 

シンジの言及に笑いながら両手を軽く広げて手の平を上に向け、首を竦めるジェスチャーをするエデン。 

 

そこに壁際に立つ鎧衣が会話に加わる。

 

 

「実に心温まる会話ですな」

 

「残念でしたね鎧衣さん。 多分この件に関する証拠はもう何も出てきませんよ? 最初から大統領の手の上だったんですから」

 

「そのようで。 まあ今回は好奇心半分で同席させて貰っただけですし」

 

壁際で帽子を胸元で押さえながら軽く首を竦める鎧衣。

 

その一方で悠陽は納得が出来ないのか幼さの残る顔を曇らせ、榊は苦いものを飲み干すような顔をしている。

 

 

「藤枝准将。 貴殿はそれで宜しいのですか!?」

 

この流れにいささか声を荒げて意義を唱えたのは、意外な事に悠陽の護衛である赤い斯衛・月詠 真耶であった。

 

普段であれば主である悠陽を差し置いて口を挟むような人物ではないが、忠義に厚く実直な武人でもある彼女にはエデンの謀とそれを簡単に受け入れるシンジを不快に思い、悠陽の整えたお披露目の場に泥を塗られた事に不満が抑えきれなかった。

 

 

「貴殿は餌にされたのですよ!? エデン大統領は全てを知った上で反対派の凶行をあえて見逃して貴方を危険に曝し、反対派の弱みを握った! それにこれは、このお披露目の為に尽力された殿下に泥を付けるような所業! 殿下が黙されてもこの月詠、黙っていることなど…!」

 

「お止めなさい月詠!」

 

眼鏡の奥の整った愁眉を吊り上げる彼女を止めたのは主である悠陽であった。 あどけなさの残る優美な瞳を懸命に細めて傍らに立つ月詠を諌めている。

 

「しかし殿下!」

 

「よいのです。 私の事はよいのです…」

 

細められた悠陽の瞳が僅かに潤んだのを見た月読みは、くっ!と歯を食いしばり拳を震わせながら俯く。

 

 

「…申し訳ないジェネラル悠陽。 これが反対派を押さえ込むのにもっとも効果的な策だった。 彼等が准将を演習中の事故として暗殺すれば准将の提案は無いものとなったが、暗殺に失敗すれば彼らを抑えることができ、准将の提案を通すことが出来る。 これしか反対派を抑え、第四計画と第五計画の協力体制を可能にする手段がなかったのだ。 本当にすまない…」

 

「閣下!」

 

エデンは年若い悠陽に深々と頭を下げた。 彼の背後に立つ秘書官は慌ててそれを止めようとするがエデンは頭を下げ続けた。

 

頭を下げ続けるエデンに悠陽は潤んだ瞳を見開き言葉を紡げないでいる。

 

超大国アメリカの大統領が若輩者の自分に頭を下げて謝罪している事が彼女には理解できなかった。 それは月詠と榊も同じで口を開け唖然としている。

 

 

「殿下。 とりあえずこれで目元を御拭い下さい。 それとエデン大統領にお声を掛けてあげて下さい」

 

そんな中で口を開いたのシンジであった。

 

彼は少し困ったようにはにかんで、悠陽に紺色のハンカチを差し出すとエデン大統領に目線を送る。

 

瞳が潤んでいたところに目を見開いたので悠陽の頬には一滴の流れができており、彼の顔を凝視してその目線に釣られ未だに頭を下げ続けるエデンを見た彼女は慌ててハンカチを受け取り、慌てて頬を拭いながらエデンへと声を掛ける。

 

 

「エデン大統領、どうか頭をお上げになってください。 そちらの事情は察せられますし、私(わたくし)は大丈夫ですから」

 

「…ありがとうジェネラル悠陽。 若い貴女の晴れ舞台を汚すような事をして本当に申し訳なかった」

 

悠陽の言葉に顔を上げるが、エデンはもう一度彼女に頭を下げた。 そして彼は再び顔を上げると今度はシンジヘと顔を向ける。

 

 

「准将も巻き込んですまなかった」

 

「結果オーライという事で。 事前にそれとなく注意してくれていたんで何とか成りましたし、貸し一つで? 勿論、殿下にも貸し一つですよ?」

 

「抜け目ないな君は」

 

謝罪をおどけて受けるシンジにエデンは再び苦笑して肩を竦める。

 

 

「今回の件で其方にもかなりのメリットがあるんですから少しぐらいはいいでしょう?」

 

「…確かに。 ロンデニオンが齎すモノは世界を大きく揺るがすだろう。 そして、それによって生まれた波にアメリカが乗れば大きな利益を人類は得る事になる」

 

「先行するのは良いですけど、独占と独裁は嫌ですよ?」  

 

「無論。 我が国は自由と民主主義の国だ。 そのような事はせぬよ… トップは切らせて貰うがね?」

 

「っと、申されておりますが殿下?」

 

「っ!? …我が日本帝国も負けは致しませぬ」

 

「ですって、大統領?」

 

「望むところだ」

 

エデンは悠陽に正面から向き合うと長い年月の刻まれた大きな手を彼女に差し出した。

 

悠陽は臆する事無く白く細い手でそれを取ると、決意を表すかのごとく力強く握り締めた。

 

彼女の手を同じように強く握り返しながらエデンは悠陽に、当の昔に自分が失った“若さ”を感じ取った。

 

 

「よかったよかった。 …これで宜しいですか月詠さん?」

 

「っ!? わっ私が口を挟む事ではありません!」

 

突然シンジに話を振られた月詠は慌てふためき、先ほどの自分の失態もあってか顔を赤くした。 

 

それを見たシンジはニヤニヤと、悠陽は普段見られない彼女の態度に目をぱちくりとさせ、エデンと榊、鎧衣の三人はふむふむ、ほうほうと頷いている。

 

ただ一人、大統領秘書官だけが我関せずと澄まし顔でいた。

 

 

 

 

 

 

「さてさて、ここで私から閣下と殿下にまた一つ… いえ、二つ三つお願いがあるのですが…?」

 

ニヤニヤからのほほんとした表情に変えシンジは改めてエデンと悠陽に向き直る。

 

それに嫌なものを感じたエデンは苦笑して、年若い悠陽はそれに気づく事無く居住まいを正した。

 

「なにかね? 早速、貸しを使うのかね?」

 

「私に出来得る限りの事は致しましょう」

 

「お願いしたい事とは…」

 

 

 

 

 

コンクリート作りの殺風景な部屋でセオドア・ノイマン中尉は備え付けられたベッドに横たわり、白い天井を見上げていた。

 

その表情は魂が抜け落ちたかのように無表情で、焦点の合っていない青い瞳をただ天井へと向けていた…

 

 

彼の脳裏に浮かぶのは過ぎ去りし今日の模擬戦…

 

彼の属する派閥からの指示により、新兵器MSとの模擬戦で勝利するように言われていた。

 

内心は関わりたくはなかったが、このご時世で父親が経営する中堅企業は派閥からの援助無しでは立ち行かぬ事は分かっていたので仕方なく引き受けた。

 

父親の家業を継ぐのが嫌で家を飛び出し、軍に入隊したというのに家に縛られる…

 

 

皮肉な事だと彼はベッドの上で自嘲の笑みを浮かべた。

 

仰向けの状態から寝返りを打ち、体勢を変えて後頭部にまわした両腕で金髪をオールバックに纏めた頭を抱えながら彼は蹲る。

 

 

日本帝国軍からアメリカ軍関係者に提供された宿泊施設の一室で彼は身柄を拘束されていた。

 

日頃から強気な発言が目立つ彼を訪ねて衛兵付のドアを叩く者は無く、静けさだけが彼の周囲に漂う。

 

 

 

 

侮りが有った事、敗北した事も認めよう。 

 

最新鋭戦術機、アメリカの虎の子YF22を使い敗北した事で自分のキャリアに傷が付くのも我慢する。

 

しかし、派閥の争いで知らない内に捨て駒にされ自分の未来が閉ざされるのは我慢できない!

 

ふざけるな! クソッタレ!! だ。

 

上でどの様な決着が付こうとも自分の未来が明るいことは無い。

 

良くて閑職、僻地か、悪ければ口封じ…

 

結局、家から飛び出し軍に入っても自らの手で自らの道を切り開けず。 家に縛られて派閥に使い捨てにされる…

 

自由も無く自主も無い、自立もする事が出来ずに俺はここで終わる… 24歳の短く嫌な人生だった。

 

 

 

 

ノイマンが己が人生をそう悲嘆しているとドアをノックする音が室内に響く。

 

 

彼は一瞬体をぴくりと震わせたが、直ぐに身を起こして身構える。

 

(口封じ… じゃないよな?)

 

 

すでに時間は夜半だが、外には衛兵がいる。 まさかな、と思いながらドアに声を掛けた。

 

「…なんだ?」

 

「お休みのところ失礼します中尉。 中尉にお客様です」

 

夕食が運ばれて来る時に見た衛兵の声に、ほっとした表情を浮かべるとベッドから降り身なりを正すノイマン。

 

「どうぞ…」

 

「失礼します。 どうぞ、閣下」

 

ドアを開けた衛兵が場所を譲ると、そこに姿を現したのはこの世界では珍しいカーキ色の地球連邦軍制服を着たシンジの姿が在った。

 

 

「あはっ、どうも。 夜遅くにすみません」

 

「…何の用ですか?」

 

締りの無い笑顔で軽く頭を下げながら入室するシンジにノイマンはぶっきらぼうに言葉を投げつける。

 

 

「相変わらずだね~?」

 

「明日をも知れぬ身ですので、今さら取り繕う気にもなれませんよ閣下」

 

再びベッドに寝転がり、階級が上の者に対して取る対応ではない言動を取るノイマンに苦笑を浮かべるシンジは、部屋にある椅子を勝手に引き寄せてそれに座った。

 

 

「ははっ。 ねえ、うちに来ない?」

 

「はっ?」

 

「ロンデニオンにテストパイロットとして来てくれない?」

 

ノイマンはベッドから身を起こすと胡散臭いモノを見るようにシンジを睨が、睨まれた本人はのほほんとした表情を崩さない。

 

 

「…冗談が過ぎますね准将?」

 

「本気」

 

「正気ですか? 知っているでしょうが、俺はあなたと敵対する派閥に属しているんですよ? そしてあなたは殺されそうになった…」

 

目を細めて訝しまれるが、相変わらず緊張感のない顔のシンジは話を続けた。

 

「正気、正気。 別にいいんじゃない? 生きてるし… それに中尉は俺を殺そうとしてたなんて知らされてなかったんでしょ? なら仕方ないでしょう。

 

うちに来てくれませんか? 軍籍はアメリカのままでの出向扱いになってお給料は今まで通り、それとは別に多くは出せないかもしれないけどロンデニオンからもボーナス出しますから。

 

エデン大統領からもちゃんと許可は貰ってますし… あっ、そうそう。 別にこの話を断っても身の安全は大統領が保障してくれるって言ってましたよ?」

 

 

まるで未知の生物と会話をしているような錯覚に頭痛を覚えたノイマンはこめかみを指で押さえる。

 

 

確かに自分はコイツを殺そうとしている事も、戦術機の仕掛けも知らなかった。 だがコイツの敵対する派閥、それも殺そうとしたところに属する自分をスカウトするなど普通は考えられない。

 

 

コイツは馬鹿だ…

 

 

 

ノイマンはそう思った。

 

 

思ったが…

 

 

 

 

 

 

翌朝、ペガサス艦内には何故か地球連邦軍制服を着たセオドア・ノイマン中尉の姿が在った。

 

 

その心中で何がそうさせたのかは本人にしか分からなかい…

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~皆さん。 大変お疲れ様でした。 お披露目も無事に終わりましたので、前々から申していました通りに当艦は本日より1週間の休暇に入ります」

 

「准将、この場合は半舷休息です」

 

 

ペガサスの左舷デッキ内に整備兵の手によって急遽拵えられたお立ち台すに立つシンジは、慣れないスピーチを集まったクルー達の前で行っていた。

 

お披露目終了後のペガサス乗員の休暇は、お披露目の段取りをコロニー内で話し合っている時から決まっており、集まった乗員達は喜色を顔に浮かばせている。

 

中でもロンデニオンにもっとも早くから来ていた操艦クルー達、とりわけ日本帝国軍所属の者達はこの日を指折り待ちわびていた。

 

その中にはシンジの発言に小さな声で進言するペガサス艦長の坂田も勿論含まれている。

 

 

「えっ? …ああ、すいません。 どうにも軍隊用語に慣れなくて… はい、そこ笑わない! 休暇取り消しにしますよ?」

 

シンジと坂田のやり取りに集団の隅のほうで忍び笑いを洩らしていた整備兵たちが注意を受け、「横暴だー」「職権乱用だ~」等と抗議の声を上げるが「私がルールブックです」と笑って返されてしまう。

 

 

 

「なあ。 ココは何時もこうなのか?」

 

その様子をお立ち台の傍で眺めていたノイマンは、隣に立つクリスにそう尋ねた。

 

 

「何時もこのようなものなのですか、大尉?だ。 中尉」

 

クリスは何時もの如く落ち着いた表情で、ノイマンに見向きもせずに言葉使いを注意する。

 

 

「…失礼。 ココは何時もこのようなものなのでありますか! 大尉殿!?」

 

言葉は変わっても態度を変えないノイマンにクリスは小さく溜息を一つ吐くと、右手の中指でついっと眼鏡の位置を直しながら前を向いたままで答える。

 

「何故、准将はこの様な者を… 概ねこの様な感じだ中尉。 准将は… 民間から軍に来られたので我々、正規の軍人とは違う感覚を持っておられるのでな」

 

 

その言葉にノイマンは「ふ~ん」とだけ返し、クリスからスピーチを続けるシンジに視線を向ける。

 

 

 

「冗談はさておき。 休暇は2交代制で3日ずつ取りますので、各員は休暇中の行き先と連絡先、帰り時間を係の人に告げるようにお願いします。  …それとノイマン中尉!」

 

いきなり自分の名前を呼ばれ、軍人のサガで直立するノイマンに何時もの笑顔で向き直るシンジ。

 

そのシンジにバツの悪そうな表情をノイマンは向ける。

 

 

「なんだ?」

 

仮にも将官に向ける態度ではない事に周りの者たちは口元を引き攣らせ、クリスは小声で「何でありますか?」と諫言し、坂田はそっと胃の辺りを手で押さえる。

 

 

「ノイマン中尉のスケジュールは私に合わせて貰います。 休暇は私と一緒で後半に取り、それまでは一緒に行動して貰います。 それとコレを…」

 

シンジは珍しく腰に付けていた地球連邦軍制式拳銃をベルトごと取り外して仏頂面をしているノイマンに差し出した。

 

「携帯してください」

 

その言葉と行動に周囲に緊張が走る。

 

ノイマンが先の模擬戦でのYF22の衛士である事は、その場に居る者全てが知っていた。

 

表向きは偶然が重なった不幸な事故と公表されてはいるが、そうでないことは誰もが察している。

 

そしてそのような経緯もあって、ノイマンには銃器の携帯は許可されてはいなかった。

 

「…本当に馬鹿だな」

 

「酷っ。 確かに頭が良くないのは自覚はしていますが、これでもちゃんと考えてるんですよ?」

 

「准将! それは些か軽率なのでは?」

 

呆れた表情で本音をダダ流すノイマンとショックを受けたような表情をするシンジ。 しかしそのシンジの行動をクリスが戒める。

 

そして何故か坂田は黙って事の成り行きを見つめていた。

 

 

「いや~、あんな事があったでしょ? だから念の為に持ったんですけど、よく考えたら拳銃を撃った事ないんですよね~。 なら、ノイマン中尉にボディーガードをしてもらって代わりに持ってもらおうかと」

 

「ならば他の者を警護に…!」

 

「皆さん忙しそうですし、ノイマン中尉ならMS操縦訓練などでスケジュールも合わせやすいですからね」

 

「しかし!」

 

「勝手に決めないで下さい」

 

言い募るクリスにのらりくらりと対応するシンジに今度はノイマンが抗議の声を上げるが、「上官命令~」と言ってホルダーごと拳銃をノイマンに押し付けるとその場からさっさと歩み去ってしまう。

 

後に残されたのは集められた集団と溜息を吐くクリス、拳銃を押し付けられたノイマン達。

 

坂田は彼らに「解散!」と告げるとスタスタとシンジの後を追う。

 

 

去り際にノイマンの横を通ると肩をポンと一つ叩いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13ターン目 プレゼンテーション

 

アメリカのとある一室に集まる人々が居た。

 

年代も様々なら服装も様々で高級スーツを隙無く着こなす者、アメリカの各軍の制服を着る者。

 

しかし集まった人々に共通するものがある。

 

それはどの顔も険しい顔を浮かべているという事だ…

 

 

「…今回は大統領に踊らされたようだ」

 

「計画の全てを把握され証拠も掴まれました…」

 

発せられた言葉にその場に居る者の表情が更に険しくなる。

 

「今しばらくはおとなしくする他あるまい」

 

「例の男は?」

 

「今は手を出すな。 企業の多くは奴の持つ技術を欲している。 彼らの機嫌を損ねて波風を立てれば後々に響く。 時が来るまで待て、時が来れば…」

 

「その時には大統領も…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界がBETAとの戦いに明け暮れる中、日本帝国の経済都市であり京都からの首都の移転が決まっている東京は、何時もと変わらない日常を送っていた。

 

賑やかな街には着飾った人々が行き交い、商店の売り子たちは声を張り上げて客寄せをする。 

 

そんな平穏な日常…

 

だが人々は気づいている。 BETAの足音が迫っていることに…

 

それを表に出さないのは恐怖に負けない為なのか、それとも恐怖を忘れる為なのか…

 

 

「と~おきょっ♪」

 

「うるさい、黙れ。 …窓から離れやがって下さい准将」

 

 

そんな東京の街中を一台の黒塗りの車が警護を受けながら走っていた。

 

豪奢な内装の車内で歌を歌いながら、車の窓に張り付いて東京の街並みを楽しむ元地方都市出身者にして現スペースコロニー在住のシンジ。

 

そしてその護衛役として車に同乗しているノイマン中尉は、柔らかなシートの上で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

 

 

ウキウキと観光気分のおのぼりさんと、不機嫌な青年を乗せた車はやがて政財界御用達のホテルへと辿り着き、高貴さが漂う玄関で止まった。

 

 

玄関口には支配人を始めとした従業員達が整列して征夷大将軍御紹介の客人を出迎えるが、車から出てきたシンジを見て一瞬固まる。 もちろん出迎えられたシンジもまた、その威容に車から降りて固まっている。

 

今まで数多の要人を迎えてきたが、車から出てきた人物は威厳や貫禄、高貴さを感じられず何処の国のものとも分からない軍服らしき物を着て、煌武院殿下から紹介のあった人物とは思えなかった。

 

 

「藤枝様ですね? ようこそお越し下さいました。 私(わたくし)、当ホテルの支配人をしております沖田と申します。 どうぞお見知りおきを」

 

そんな中、流石は海千山千の老舗ホテルを統括する支配人は直ぐに気を取り直して上品な微笑を浮かべると一礼し、シンジとノイマンを迎え入れる。

 

そして支配人の挨拶に一拍の間を置いて条件反射的に一礼する従業員一同も流石はプロと言ったところか。

 

 

先ほどまでの浮かれ気分はどこへやら、VIP待遇で迎えられて恐縮するシンジは優雅な所作で支配人に案内されて会合や会議等に使用されるホテルの一室へと通される。

 

 

防音・防諜対策の為か重厚な造りの扉を支配人が開けると、そこにはスーツ姿と軍服を着た日米の人々が巨大な円卓の席に着き来訪者を待ちかねていた。

 

 

 

 

日本側の参列者の一人、榊総理大臣はこの会談を要請した人物が室内に入るのを静かに見つめた。

 

 

癖のある長めの黒髪を揺らしながら、へこへこと参加者に愛想を振りまきながら締りの無い笑顔で入室する威厳や威風などという言葉と全く縁が無さそうな若者…

 

しかし、この場に集まった政財軍の要人達の注目を集める人物。 上座に座るエデン大統領と悠陽殿下に丁寧に一礼すると彼は向き合うように下座に着席した。

 

 

「全員集まりましたな… それでは始めましょう。 本日、皆様にお集まり頂いたのは 藤枝准将からの日米への協力要請があるという事ですが… 准将?」

 

榊の言葉にシンジは静かに席を立ち、参列者を見回すと一礼して口を開く。

 

「はい。 皆様、お忙しいところこうしてお集まり頂きありがとうございます。 本日、皆様をお呼びした理由はロンデニオンの地上での活動拠点の建設にご協力頂きたく思いまして…」

 

その言葉に室内は一斉にざわつき始める。

 

シンジはそのざわつきを無視して話を進めた。

 

「候補地としましては、日本帝国領の琵琶湖の湖岸をお借りしたいのです。 そして、アメリカの方々には施設の設置の融資をお願いしたいのです。 生産設備や管理施設等は自前で作りますので、滑走路や格納保管庫の建設はそちらに任せたいなと。 拠点はこんな感じで…」

 

シンジは予め用意してもらっていた自分の席に設置されているプロジェクターに記録媒体を差込み、室内の一角に拠点の置かれた巨大モニターに青写真を映し出す。

 

日本帝国側の要人はそれを食い入るように見つめ、反対にアメリカ側の要人はシンジを見て言葉を発する。

 

 

「なぜ日本に? …失礼だが、我が国の方が拠点の設営には相応しいと思うのだが?」

 

アメリカの軍需産業の重鎮が発した言葉に、日本側の要人が眉を顰める。

 

「そうですね。 “BETA”相手なら地上で最もアメリカが安全でしょうね」

 

シンジの言葉に今度はエデンを除くアメリカ側の要人が眉を顰め、それを見た日本側の要人は溜飲を下げた。

 

先日の模擬戦の真相はこの場に居る皆が知っている。 関与はしていなくてもアメリカ側の人間が仕出かした事なので口を噤むしかない。

 

 

「土地も融資もこちらが無償で提供するとしてもアメリカ本土に設営はないかね?」

 

そんな中、アメリカ合衆国の大統領であるエデンはアメリカ側の代表として最大限の譲歩を見せるが…

 

「…残念ですが。 なにもこの前の一件だけで決めた訳ではないんですよ? 理由は幾つかあります」

 

譲歩を断られた事にさして気を悪くするでもなく、エデンは頷き続きを即す。

 

「日本の方々には申し訳ないのですが、今回の拠点設営はテストケースとしての役割の方が強いんです。 これが上手くいけば、別の場所にも拠点の設営をお願いしたい… 勿論、次の候補地としてアメリカを考えております」

 

「ふむ。 見返りは?」

 

「…提供予定の5隻の艦とは別にペガサス級を1隻と新鋭巡洋空母3隻、拠点で生産された兵器の優先的無償供与… では?」

 

「生産されるモノとは?」

 

「こちらを…」

 

シンジは持参した鞄から資料を取り出すと参列者に行き渡らせた。

 

「…61式戦車、これは先日見たモノだな。 ホバートラックも先日に… 兵員輸送や索敵機能、簡易指揮所の役割を果たす多目的戦闘車両だったな。  …ミデア。 フジエダ准将、この記載に間違いは?」

 

「ありません」

 

シンジの言葉に、その場に居た日米の軍人と兵器産業の人間は頭を抱えた。

 

 

アメリカの最新鋭輸送機のペイロードを軽く超える所か、二倍の160tを積載可能でオマケにVTOL機能まで付いているバケモノ輸送機…

 

これが真実なら戦場の後方はその在りようを大きく変え、現在輸送機を製作している企業は大打撃を受ける。

 

 

「あ~、フジエダ准将? この輸送機…ミデアはロンデニオンのみで製作されるので?」

 

軍需産業の代表者の一人が恐る恐る尋ねる。

 

彼の会社では輸送機を作って軍に納入していた。 光線種の登場で先細りする航空産業の中で唯一食い繋いでいる軍用輸送機部門。 こんなバケモノが出ては勝ち目が無い。

 

若干顔を引き攣らせる彼とは真逆に、のほほんとした表情でシンジは答える。

 

「いえ、ライセンス生産して下さる所があれば頼みたいんですけど。 必要なデータとか機材設備、資材とかは提供する用意があるんで、後は琵琶湖でも生産するので、組み立てだけでも手伝って頂けたら助かるんですけどね~」

 

ロンデニオンの生産システムは主に二種類の生産ラインがあり、一つは兵器生産を目的とした主力ライン、もう一つはその兵器の消耗品やロンデニオンコロニーの資材を生産するラインである。

 

生産に必要な資材が0なのと生産スピードに限界があるのは共通だが、前者はシンジが指示を出せば生産が行われ、後者は前者の生産状況に合わせて各種武器弾薬や、スペアーパーツ、燃料等が自動生産される仕組みと成っている。

 

ただし後者のラインもシンジの指示を受け付ける使用になっており、兵器丸ごとは生産できないがパーツ一式で生産は可能と成っているので、このパーツを使って現地の人間に造ってもらう事により、技術を吸収してもらおうという狙いがあった。

 

 

この言葉に男と他数名が色めきたち、思わずその場で名乗りを上げようとした。

 

このバケモノが市場に出れば勝ち目は無い。 いくら本国の役人に金を掴ませようと、それを軽く覆す性能差。 仮に各国が各企業が連携して阻んでも、何処かが抜け駆けすればあっと言う間に一人勝ちさせてしまう。

 

国が抜け駆けすれば、他国もその性能に対抗するために同じ物か同性能の物を調達せねばならず。 企業が抜け駆けすれば、トンでも性能を生み出す技術力に触れる機会を与えて大きく差を付けられる。

 

「61式や他のもライセンス生産を頼みたいんですけど… もしライセンス生産してくれるなら、出た利益をその企業に投資する事も考えているんですけど… 後は代理店として此方で生産した分の販売なんかも頼みたいんですけど~ 難しいかもしれませんね~」

 

その呟きに室内の空気は固まった。

 

多くの企業人が上がりそうになる右手を振るえながら左手で抑えて耐えた。

 

シンジが提出した資料には陸海空の兵器群が名を連ね、軍需産業や兵器開発関連の軍人達は獲物を見据えるようにシンジを見つめながら周りを牽制する。

 

 

 

 

シンジは悪寒に震えた。

 

 

「海上艦も造られるのですね」

 

そんな中、悠陽の鈴のような声が室内に静かに響き渡り、悪寒に身悶えするシンジは気分が少しだけ楽になったような気がした。

 

「はい殿下。 琵琶湖は運河拡張工事のお陰で大型艦が停泊でき、川を下れば海にも出れるのでドックの建設も計画に含まれております。 完成しましたら日本とアメリカの艦艇の補修にも使うことが出来ますので…」

 

「なるほど…」

 

左手の人差し指を頬に、中指を口元に当てながら黙考する悠陽を見たシンジは、この世界には絵になる人が多いものだと埒もない事を考える。

 

「建造予定のヒマラヤ級は戦艦クラスの砲を搭載し、戦術機の搭載を可能にすべくコロニーの方で設計データを改修中です。 U型、M型の潜水艦も、A6イントルーダーと海神の搭載を前提に設計データを改修しております。 これらが両国のお力に少しでもなれれば幸いです」

 

シンジの控えめなセールストークに悠陽は少しだけ苦笑を漏らした。

 

 

「MSが資料に載っていないようだが、生産の予定はないのかね?」

 

掛けていた読書用の眼鏡を外しながら榊は尋ねる。

 

「ええ、今のところはまだ未定ですね。 これは日本に拠点設置を決めた理由の一つですが、61式やMSを朝鮮半島の戦線に投入して実戦データを取りたいのです。 そこで得たデータを基にしてMSを本格生産したいと思います。 勿論、61式や他の兵器もデータを基に改良すべき点は改修して行こうと思います」

 

 

「何故、朝鮮半島の戦線に?」

 

アメリカ陸軍の高官が立派な口髭を揺らして威圧的に尋ねる。

 

「それは現在の人類側の最前線の内で、気候的にも地形的にも安定しているからです。 ロシ…ソビエト方面の戦線は極寒の、中東は砂と熱帯の、欧州は海峡を挟んでの地形。

 

 朝鮮半島は比較的気候が安定しており、前線は半島北部で押さえれておりますので後方に少しばかり余裕が有り日本に近く、地形にしてもBETAの進攻ルートが限定されていて守りやすく、多少の山岳地帯の多さもMSの試験運用に適しているかと判断しました。

 

MSは戦術機に比べ即時広域展開能力が劣るので能動的な攻勢行動に不安が残ります。 今のMSの性能では守勢行動をメインに使われた方がお役に立てるかと…」

 

「…“今”は、かね?」

 

ニヤリと笑い見透かすような視線を向けるエデンに、やはり敵わないな…と苦笑するシンジ。

 

一見すると惜しみなく技術と情報を公開しているようだが、それは“まだ”先が有るからだ。

 

その余裕がシンジに今の行動をさせる決め手であった。

 

 

 

 

貰った力がギレンの野望と自分のガノタ知識を基にしたものならば、最低でも宇宙世紀0105年までの兵器と技術がやがては得られる。

 

今見せた技術と兵器は宇宙世紀0079年、それも半ばの技術だ。

 

これが宇宙世紀0087年程になると飛躍的に技術力が高まり、MSも第二世代へと移ることになる。

 

運動性は勿論の事、耐久性や整備性が飛躍的に高まるムーバブルフレーム。 全天周囲モニターとリニアーシートの導入により一般兵士にも扱いやすくなり本領を発揮するマグネットコーティング技術。 エネルギーPAC技術導入によるビーム兵器の性能向上。 強度等を上げながらも軽量で、大量生産が可能となったガンダリウム合金Γ(ガンマ)。 ガンダリウム合金Γの精製技術を基にして精製されるチタン合金セラミック複合材ですらガンダリウム合金に近い耐久値を叩き出す。

 

これらの技術により作られた第二世代MSは、現在ロンデニオンが保有するガンダムを含む第一世代MSを歯牙にも掛けないほどの性能を誇る。

 

 

 

 

こちらの世界に来て半年近く。

 

シンジはこれから如何すべきなのかを考え続けた。

 

そして出した結論は、宇宙世紀0079年から0083年までの技術は段階的に惜しみなく地球側に提供し、それ以降の第二世代MS等の技術から制限を掛けて情勢を見極めて提供する。

 

実はファクトリーで現在生産可能な技術は既に0079年代の技術を網羅しようとしている。

 

高まった技術レベルは7。

 

 

 

これに連邦脅威の生産力が加わると、フルラインで61式を生産すれば一日に150両。 一ヶ月で最大4500両オーバーを生産できるようになる。

 

因みにシンジが居た地球のリアルチート大国・アメリカ合衆国全軍が保有するエイブラムス戦車の総数はおよそ6000両… ロンデニオンコロニーで仮にフルラインで61式を全力生産すると……

 

地球連邦の物量の凄まじさの一端を垣間見た気分のシンジであった。

 

 

これに加えて地上拠点の生産力が加われば…

 

これだけの物量である。 如何に地球の企業や経済を圧迫させずにロンデニオンの兵器と技術を根付かせるかに頭を悩ますシンジ。 ついでに言えば、作り置きしてある兵器や資材にが溜まりコロニー港を圧迫し始めていた。

 

その答えの一端が朝鮮半島への兵器試験の名を借りた参戦であった。

 

 

彼が狙うは中国を始めとする大東亜連合軍。

 

 

「はい。 “今”はまだ、です大統領。 それと試験の一端として日米の名義で大東亜連合に61式戦車の供与をお願いしたいのです。

 

 そして今回のお披露目で一緒に降りてきた61式戦車兵の方々を、このまま試験部隊の先遣として準備が整い次第に日米の名前で半島へ送り出していただき、これを61式戦車教導部隊として大東亜連合戦車兵の教導に当てます。 

財政難に因り兵器不足の連合に恩を売りながらも、61式の実戦データが多く手に入る… 帝国と合衆国に損は無い提案だと思いますが検討いただけませんか? 

 

無論、61式は此方が無償で用意致しますし、連合に好評であれば再び日米の名義で“追加の提供”の用意があります。 日米の方でも61式が必要であれば、評価試験用に用意も致します」

 

「…なるほどな。 その件は合衆国と帝国で…よろしいですかなジェネラル悠陽?」

 

「…分かりました。 拠点設営の件と合わせて両国で検討いたしましょう」

 

 

エデンと悠陽の言葉に、とりあえず検討して貰えるという事で一息つくシンジ。 そして事の成り行きを見守っていた榊も同じく人知れずに一息吐いた。

 

 

榊は考える…

 

 

 

琵琶湖への拠点設営。

 

この一事が認められた場合の帝国へ齎す益は計り知れない…

 

政治的にもロンデニオンと近くなるのは言うに及ばず、その技術が身近になり。 拠点設営の為に米国から投資される巨額の資金と、生じる大量の雇用による経済効果は先行きが暗い日本経済には良いニュースと言えよう。 さらに完成後に琵琶湖拠点内で日本人の雇用者が出来れば、経済的にも技術的にも有難い。 更にそこから生産される物資の優先提供も…

 

しかもこれだけでも日本にとっては有益な事だが、経済面や技術面以外の益を齎す。

 

軍事、防衛面での間接的強化。

 

ロンデニオンの拠点が日本に出来れば、そこから得られる利益と投資した分を回収するためにアメリカは日本の防衛を無視できなくなる。

 

流石に在日米軍の増強までは期待できないかもしれないが、おいそれと引き上げさせ難くなる。

 

本土防衛に戦力的不安の残る帝国としては有難い状況だ。

 

更にはもう一つの提案事項、朝鮮半島への試験部隊派遣と大東亜連合への兵器供与も或いは…

 

 

 

榊は下座で愛想笑いを浮かべる若者を見極めるように見つめた。

 

彼の心中にある言葉は一つ

 

“なぜ?”

 

実際に榊の疑問はもっともだった。 ロンデニオンとしても拠点設営には土地さえ借りられれば、後は自前で全てをこなす事が出来るので、設営の為のアメリカからの融資も帝国からの雇用も本来は必要が無い。 無いが、帝国とアメリカを拠点設営に噛ませる事により、両国間の交流をより深めて貰い此方側に引きずり込もうとようという魂胆だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一声欲しい所だな」

 

「…いけずぅ。 …はあ。 皆さん、モニターをご覧ください」

 

榊の考えを他所にエデンは融資と引き換えにロンデニオン技術の更なる開示を求め、情けない声を出しながらもシンジはそれに答えるべく今回の切り札を切る。

 

 

 

セイバーフィッシュ。

 

それは地球連邦軍がジオン独立戦争初期に配備していた制式戦闘機である。

 

装備の換装により大気圏内外を問わずに活動でき、戦争初期の連邦軍を支えた兵器。

 

 

会議室の巨大モニターには、大気圏内を飛行するセイバーフィッシュが上空から観測する映像が映し出されていた。

 

画面の端には飛行ルートを示したマップと機体情報も映し出されている。

 

 

「御覧の映像は昨日、日本帝国と帝国経由で大東亜連合に許可を頂き日本海経由で朝鮮半島北部へとセイバーフィッシュ… この飛行機の名前ですが、それを遠隔操作により無人で飛ばした映像です」

 

 

別段になんの変哲もない飛行映像に首を捻る参列者一同。

 

確かに珍しい形をした戦闘機ではあるが、光線種が制空権を握る御時世では戦闘機に需要はない。

 

このまま半島へと近づけば光線種に捕捉され撃墜されるだけだと誰もが思った。

 

期待する笑みを浮かべたエデン大統領以外は…

 

 

数分後、参列者の想像通りにセイバーフィッシュは回避行動も取らずに黒煙を上げながら墜落して空中で爆散する。

 

意味が分からず疑問符を浮かべる一同。 しかし一部の人間は何かしらの違和感を映像から覚える。

 

 

「説明してもらえるかな准将?」

 

エデンは笑みを浮かべたまま、なにやら楽しげにシンジへと回答を即す。

 

「はい、大統領。 え~、この映像はある素材のテストの為に行った実験映像です。 セイバーフィッシュ自体の性能も中々なのですが、本題はこの機体の装甲に使われている素材にあります」

 

シンジは手元の端末を操作すると映像を切り替えてグラフと数値を示した映像をモニターに映し出す。

 

「臨界半透体。 特定のエネルギーレベル以下の光を反射して許容範囲以上になると透明状態になり、またはこの逆の状態にもなる素材です。 波長やエネルギーレベルも自在に調節することもできます。 今回、セイバーフィッシュの装甲に対光線種使用の臨界半透体多層化コーティングを施して実験した結果、映像では分かり難いですが重光線級複数体のレーザー照射に23秒間耐える事が確認されました」

 

 

最初、居合わせた一同はシンジが何を言っているのか分からなかった。

 

一同は発せられた言葉を噛み砕き、時間を掛けて飲み込むとその言葉の意味を理解して驚愕した。

 

「バカな!! たかだか戦闘機の装甲で、重光線級複数体のレーザー照射をそれほどの時間を耐えるなど有り得ない!!」

 

海軍に属する帝国軍人の一人が椅子を蹴りながら勢いよく立ち上がると大声で否定する。

 

周りの人間も声にこそ出さないものの同意見であった。

 

地球上の兵器群で最高の装甲厚を誇る戦艦にレーザー蒸留幕を施しても重光線級の単照射10数秒で蒸発してしまう。

 

それが装甲の薄い戦闘機が複数照射に20秒以上耐え切るなどと信じられない一同であった。

 

そんな一同に苦笑を浮かべながらも「事実です」と答えて端末を操作して実験データの詳細をモニターへと表示するシンジ。

 

一同は食い入るようにモニターを見つめる。

 

臨界半透体とはガンダムファンの間ではあまり知られていないが、宇宙世紀世界の中ではポピュラーな素材の一つである。

 

簡単に言ってしまえばレーザー光線の反射、透過をコントロールする素材で宇宙世紀の通信技術の一つであるレーザー通信にもこの素材が使われている。

 

また、兵器の対レーザー防御策として臨界半透体を多層コーティングする事により宇宙世紀ではレーザー兵器はほぼ無効化されており、替わりにレーザー以上の高熱を簡易に発する事が出来るメガ粒子兵器(推定温度10数万度)が重視されていた。

 

しかし、それほどの対レーザー性能を持ってしてもレーザー種の高出力レーザーを完全に防ぎきる事は出来ないのは、流石はBETAといったところだろう。

 

 

因みにジオン独立戦争後半で地球連邦軍が開発した対ビームコーティングの基礎技術の一つでもある。

 

核融合炉の素材にも使われている4000度の高温に曝されても形状変化を起こさないガンダリウム合金に臨界半透体と、この世界の戦術機にも使われている光学兵器の攻撃により蒸発して気化する事により熱を奪い、又は拡散させて防御する蒸散塗膜(但し宇宙世紀の

蒸散塗膜は超高温のメガ粒子兵器を基準にしているのでより熱吸収、拡散効率が高い)を多層コーティングした物を対ビームコーティングと言う。

 

 

 

 

 

「今回の提案を受け入れていただければ、これを始めとした幾つかの素材の現物に更に詳細なデータと生成、加工方法を全世界に先駆けて日米両国に公開、提供いたします。 なお、この素材は既存のレーザー蒸留膜との併用も可能で、ロンデニオンではこの素材と開発中の技術を組み合わせた対レーザー新技術も開発中です。 あっ。言い忘れておりましたが、臨界半透体とその他の技術や素材の提供は、独占を防ぐ為にロンデニオンが特許を出願して受理された後にフリーライセンスとさせて頂きますのであしからず。近日提供予定の技術や素材に関しましては資料の一番最後に簡潔ではありますが提示させていただいております」

 

 

その言葉に居合わせた一堂は資料を一番最後のページまで一気に捲くって其処に書かれている名前に急ぎ目を通した。

現在の地球の対レーザー防御技術では小型種のレーザー級の単照射でも数秒で戦術機の装甲材は蒸発してしまう。 この破格の可能性を秘めた未知の素材を始めに、チタンセラミック複合材にイオネスコ型核融合炉、フィールドモーター理論、ミノフスキークラフト技術に61式にも使われている超鋼スチール材に高出力大容量バッテリー等々…

 

この瞬間、一同の意思は半ば固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わりシンジが次の予定があるとホテルを後にすると、会議参加者達は一斉に慌しくなる。 悠陽とエデンは政府要人、軍責任者らと拠点設営と半島への試験部隊派遣などを検討する為に別室に移ると、残った者たちは自分の所属する組織へと連絡を取り始める。

 

「今から社に戻る! 役員を直ぐに集めておけ!」

 

「中将閣下は今どちらに? 急ぎ連絡を取りたい」

 

「フジエダ准将の情報を至急集めろ! そうだ最優先だ!!」

 

「キンバリー氏に連絡を取れ、良い投資が有ると…」

 

人目も耳も憚らずに、この世界では高価で希少な携帯電話を用いて連絡を取る人々。

 

世界が少しだけ動き出そうとしていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許可が降りるといいな~」

 

黒塗りの高級車に乗ったシンジは、柔らかなシート上で背伸びをして骨を鳴らしながらそう呟いた。

 

そんなシンジを護衛するノイマン中尉は胡散臭げに彼を見ている。

 

この何処にでも居そうで冴えない表情が妙に似合う男が、アメリカと日本の要人を集める程の影響力を持っている事実に狐に化かされているのではないかと真剣に考える始末である。

 

「どったの? …そんな目で見ても私にそのケは無いので諦めてくれ」

 

「黙ってください、ジャップ」

 

「差別発言イクナイ!」

 

ノイマンの視線に気づき、妙なしなを作ってシンジが彼をからかうが素っ気無い差別発言で返される。

 

階級が下の者に差別発言されても愉快そうに笑いながら返すプライドの欠片も無い気安い男にノイマンは軽い頭痛を覚えた。

 

 

 

 

二人を乗せた車が次に向かったのは大学だった。

 

特徴的な赤い門の横を通り過ぎ、来客用の通用門を潜って車が入ると、建物の入り口で佇むスーツ姿に帽子を深く被った男が待っていた。

 

先に車を降りて周囲を探るノイマンはスーツの男に気づき、不審を感じたのか腰に付けた拳銃へと手を伸ばす…

 

 

「お待たせしたみたいで、すみません鎧衣さん」

 

「いえいえ、私も先ほど来たばかりなんですよ藤枝准将」

 

いつの間に車を降りたのかシンジがノイマンの隣に来て、スーツの男に声を掛ける。 

 

スーツ姿の男、鎧衣 左近はダンディズム漂う笑顔で掌を開いて両手を肩の高さにまで上げながら視線をシンジからノイマンへと移す。

 

その動きにとりあえず警戒を解いたのか拳銃へと伸ばしかけた手を戻すノイマンを見て鎧衣は視線をシンジへと戻した。

 

「ふむ、なかなかに優秀な護衛を付けておられますな准将?」

 

「お蔭様で安心して外を出歩けます… 時々差別発言が飛び出しますが、仕事はきちんとやってくれますから」

 

「はっはっはっ。 その程度で命が助かるなら安いものでしょう。 私なんて口どころか銃弾が飛び出してくる時もあるのですから」

 

「まったく安いものです」

 

二人の発言に先ほどの二倍の痛みを頭に感じたノイマンは、こめかみを押さえながら溜め息を零した。

 

そんな事を気に掛けるでもなく二人は連れ立って歩き出し、ノイマンはその後に続いて歩く。

 

 

「鎧衣さんも大変ですね~ 本業だけじゃなくて今回のお誘いメッセージを届ける為にお披露目会に足を運んだり、今日は案内役まで引き受けるなんて」

 

「それほどでも。 今回も個人的興味をそそられたので、むしろ楽しんでいますよ准将? ふふっ、何せ規格外の二人が会うのですから、これはもう何か起こるに違いないと…」

 

にこやかにいけしゃーしゃーとのたまう鎧衣に、シンジは肩を竦めて苦笑を見せる。

 

大学内だというのに国連軍の制服を着た兵士により厳重な警備が敷かれた廊下を進む三人。 途中で三回ほどのセキュリティーチェックを受け、ノイマンが拳銃を警備兵に取り上げられようとして少々揉めながらも目的の場所へと漸く辿り着いた。

 

 

目的の人物が居る部屋の手前の部屋でデスクトップパソコンを操作して仕事をしていた秘書官らしき女性、ショートカットのブロンドに北欧出身者の特徴である雪のように白い肌とスレンダーな体を国連軍の制服に身を包んだ中尉に名前と来訪目的を鎧衣が告げる。

 

国連軍中尉はシンジへと視線を向けると一度席を立ち、綺麗な敬礼をしてみせる。 シンジがそれにへにゃっと敬礼して答礼すると、なにやら納得いかないような顔をして「ただ今お取次ぎいたします」とインターフォンへと手を伸ばした。

 

シンジはニコニコとしながら国連軍中尉がインターフォンで直属の上司である女史に連絡を取る様を眺めていた。

 

シンジは彼女がまだ名乗っていないが彼女の名前を知っている。 奥の部屋に居る彼女の上司の名前もどんな人物なのかも知っている。

 

 

「…はい。 はい、分かりました。 お通しします。 …どうぞ鎧衣課長、藤枝准将閣下お入り下さい。 護衛の方はこちらでお待ち下さい」

 

「ありがとう、ビアティフ中尉。 准将?」

 

「ええ。 ありがとうビアティフ中尉。 ノイマン中尉、お行儀良く待っててね?」

 

「いえ閣下」

 

「とっとと行って来い」

 

入室の許可が降り、ひらひらと手を振るシンジの言葉に返したノイマンの言葉を聞いてビアティフ中尉がぎょっとした顔を見せる。

 

シンジは美人はどんな顔してても美人だね~等と考えつつ、「あいあい」とノイマンに返しながら奥の部屋へと入る鎧衣の後に続いた。

 

 

後に残されたのは二人。

 

ビアティフはノイマンに、キツイ視線を向けている。

 

「…何だよ?」

 

「いえ別に…」

 

視線を逸らして素っ気無くノイマンに言葉を返してビアティフは給湯室へと向かった。

 

その後姿を見送るとノイマンは舌打ちをしながら乱暴に室内に備え付けられたソファーへと腰を下ろした。

 

 

 

「失礼しますよ香月博士?」

 

「あら? あんたが正面から来るなんて珍しいわね」

 

機材に囲まれた室内の主が美しい顔を皮肉で歪ませて笑いながら客人を迎える。

 

国連軍制服の上に白衣を羽織り20台前半に見えるが垣間見える女性の艶は年以上に魅力的で、長く綺麗な髪を掻き揚げると視線を鎧衣からシンジへと移す。

 

「そちらがロンデニオンコロニー管理官、藤枝 慎治技術准将閣下ね? お初にお目に掛かります閣下。 ご存知でしょうが、私(わたくし)は オルタネイティブ4の総責任者をしております香月 夕呼と申します。 どうぞお見知りおきを… 先日のお披露目は私も拝見させて頂きましたわ。 ロンデニオンの技術は素晴らしいですわね」

 

鎧衣に見せたのは違うにこやかな… 妖美な笑みを浮かべながらシンジを見据える香月 夕呼に見とれてシンジは一瞬反応が遅れる。

 

「…あっ、すみません。 シンジ・フジエダ技術准将です。 はじめまして、どうぞよろしく」

 

夕呼が敬礼をしないので、それに合わせてペコリと頭を下げて右手を差し出すシンジ。

 

その行動に一瞬動きが止まった夕呼であったが、直ぐに差し出された手を取り優しく握った。 シンジは女性の柔らかな感触を感じながら力を込めすぎないようその手を握り返す。

 

「ふふっ、こちらの方こそよろしくお願いいたしますわ閣下」

 

「閣下は止めて頂けませんか香月博士?」

 

そう返しながらも、男なら誰しもが引き込まれそうな夕呼の笑みに肌寒いものを感じるシンジであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14ターン目 香月 夕呼

開いたダンボールが室内のあちらこちらに散乱し、お世辞にも綺麗とは言えない帝都大学内にある香月 夕呼の部屋に二種類の香りが運ばれてきた。

 

夕呼の秘書官でもあるイリーナ・ビアティフ中尉が銀色の盆に二つのカップと一つの湯呑みを載せて折り畳み式のテーブルとパイプ椅子という侘しい応接セットに座る三人の下へと近づく。

 

「失礼いたします」

 

最初に飲み物を渡されたのは客人であり階級が一番高いシンジだった。 彼の前には茶の葉の清々しい香りがする緑茶が置かれ、続いて鎧衣、夕呼とコーヒー入りのカップが各人の目の前に置かれていく。

 

シンジは飲み物を持ってきてくれたビアティフに「ありがとうございます」と笑顔で礼を言うと、茶の温度で温められた湯呑みを両手を添えて持つと眼前に持って行き香りを楽しんだ。

 

 

将官らしくない丁寧な礼に意表を突かれ一瞬きょとんとした表情をビアティフは見せたが、直ぐに持ち直すと一礼をして退室していく。

 

部屋を退室したビアティフは再び給湯室に入り、コーヒーを二つ入れると秘書室で待つノイマンの前にカップを一つ置いた。

 

「サンキュウ」

 

「いえ。 …あの?」

 

素っ気無く礼を言うノイマンに、彼女としては珍しく戸惑いがちに何かを尋ねたいようだった。

 

「なんだ?」

 

「…藤枝准将はいつもあのように振舞われる方なのですか?」

 

コーヒーに注がれた視線を上げてビアティフを視界に収めたノイマンは、一度カップに口をつけるとテーブルに置いて口を開く。

 

「ああ。 いつもあんな感じだ。 変な奴だろ?」

 

やれやれと苦笑して自分の上司であり将官でもある人物を変人扱いするノイマンに、同意したいが失礼ではないかと再び戸惑うビアティフであった。

 

 

 

 

 

 

シンジとビアティフのやり取りを目を細めながら観察していた夕呼は、ビアティフが退室してシンジが嬉しそうに湯飲みに口を付けたのを見ると自分のカップに口を付けながら内心でニヤリと笑って見せる。

 

 

事前に調べた情報通りに藤枝 慎治と言う男は女性… それも美人に弱いようだ。

 

 

コーヒーを飲み喉を湿らせながら夕呼は目の前の男のプロフィールを思い出す。

 

 

 

シンジ・フジエダ、藤枝 慎治。 性別 男。 年齢は24歳で独身。 黒髪にブラウンの瞳で身長173センチの中肉中背。 顔は良く言えば温和な、悪く言えば締りの無い顔をしている。 造りはまあまあか…

 

ラグランジュポイントに突如現れたロンデニオンコロニーの管理者を名乗り、BETA戦で人類側としての参戦を望んでいる。

 

地球の技術レベルを遥かに超えた技術を持ち、ロンデニオンの真意は定かではないが取り敢えず懐柔策で取り込もうとした日米両国から異例中の異例として3つの軍籍と技術准将の地位を得る。

 

日米両国に対する接し方は至って穏健で、利害を無視した様なやり方は逆にロンデニオンの真意が伺えず未だにその目的は見えないが、今のところ人類に対して害意は無い。

 

アメリカが第五計画への協力を得ようとして強引な方法を取ろうとした時にも、敵意を見せずに交渉に拠って収める。

 

実にこちらの物差しで計りにくい相手だ。 まあそのお陰で第四計画の首は繋がったが… そもそも彼が現れなかったら第五計画は予備として採決されても第四に支障は出なかったのだからプラスマイナス0で感謝する謂われは無い。

 

未だに人類が作りえぬ核融合炉を戦術機サイズの機体に収められるレベルの物を始めとした技術を惜しみなく公開してはいるが、まだまだ奥の手が有りそうだ…

 

国籍に関しては表向きは無いために日米両国が与えたが…

 

とにかく彼の保有する技術は魅力的だ。 先日のお披露目に出てきたMSという機体に搭載されているであろう高性能コンピュータ… あのガンダムという名の機体と同じ動きを戦術機にさせようとしても戦術機に搭載されたコンピューターでは処理が追いつかない。 しかもあのコンピューターは模擬戦の最中で相手の動きを学習し、自らの糧にしてしまうとんでもないモノだ。

 

興味があるところだが… ガードが甘そうだしいけるか?

 

いやしかし油断できる相手ではない。 未だに姿を表さない彼のバックボーンも考慮しないと… 最悪、00ユニット構想と同じく、実はBETAが送り込んだスパイとも考えられるし…

 

 

 

思考しながらも、視線は茶をほっこりと啜るシンジを油断無く観察する夕呼。 さて、どうやって相手から情報を引き出して自分の糧にしてやるかと彼女が心中で舌なめずりしていると、獲物たるシンジが満足げな顔で湯飲みから顔を上げる。

 

「結構なお手前で」

 

「はぁ? …あっ、いえ。 ご満足頂けたのでしたら良かったですわ。 准将は緑茶の方がお好きだとお聞きしたので…」

 

 

なんだコイツの言い回しは? 普通に饗されたお茶程度でなんでその言葉が出る? ここは茶室か?  シンジが発した場違いな言葉に、彼女はいきなり調子を狂わされる。

 

「あの…」

 

「…何でしょう?」

 

突然緩みまくった顔を引き締めシリアス顔のシンジに気合を入れて姿勢を正す夕呼。

 

 

「お茶… もう一杯頂けますか?」

 

「…少々お待ちを。 …ええ、准将にお茶のお替りを、…私はいいわ」

 

「香月博士、私にもお替りを。 今度は准将と同じ緑茶で」

 

「…お茶もう一杯追加で。 ええ、鎧衣課長に」

 

出てきた言葉にいささか脱力し、少し肩を落としてデスクの上にあるインターフォンで隣室のビアティフにお茶のお替りを頼む夕呼。

 

便乗して鎧衣も飲み物のお替りを頼むが、夕呼にキッと睨まれる。 それでも客人のシンジが居る手前、無碍にも出来ずにお替りを追加するしかない彼女は肩を震わせた。

 

 

 

暫らくするとドアをノックする音が聞こえてビアティフが湯気の立つ湯飲みを二つ載せた盆を持って入室し、シンジ達の前に静かにお茶を置く。

 

「どうぞ」

 

「お手数を掛けてすみません。 お茶、美味しいです」

 

「…ありがとうございます」

 

シンジの気安いというか、人懐っこいというかそんな態度にやはり少々困惑するビアティフ。

 

それを傍で見ていた夕呼は何故か少しイラッときた。 イラッと来たが表には出さずに話を進める。

 

「それで藤枝准将、本日お呼びしたのは…」

 

「はい?」

 

緊張感の無い声で返され再びイラッと来る彼女。

 

(コイツの緊張感の無さは何なの? 馬鹿なの? 死ぬわよそんなんじゃ?)

 

内心で苛々としながらもそれを表に出さず、根気強く話を続けようとする彼女だが内心で罵倒しつつも何となく案じてしまうのは彼女の根底が悪いものではないからだろうか?

 

冷酷な魔女だとも呼ばれる香月 夕呼だが…

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずかシンジは穏やかな笑みで彼女を見つめる。

 

(悪い人じゃない… この人にあれ程の非情をさせたのは状況がそうさせたんだろうな… そうじゃなきゃ自分の大切な人まで… 俺が同じ立場にあったら…)

 

「…ロンデニオンが第四計画に協力して頂けるという事ですが?」

 

「出来得る限りの協力をします」

 

初手の探りの言葉に真っ直ぐに言葉を返され、一瞬訝しげな表情を夕呼だが直ぐに表情を戻す。

 

「出来得る限りですか…?」

 

「はい。 出来得る限り」

 

「…あのMS…、ガンダムでも?」

 

「直ぐには無理ですが、先行量産タイプの試作品でよろしければ」

 

出てきた言葉に顔を引き攣らせ、頭痛を覚える夕呼。 先行量産品とはいえ、ロンデニオンの最新鋭機を逡巡無く渡すと言い切るシンジに彼女は頭を抱ええたくなった。

 

取り敢えず相手が呑めないであろう条件を出し、そこから妥協点を探ると見せかけて自分の本命を引き出そうと交渉の初手から入ろうとした彼女であったが、初手でいきなり本命以上のモノが釣れてしまった…

 

「…ご冗談を」

 

「いえ、マジ… 本当ですが?」

 

夕呼にとって拙い事態になった。 ガンダムが丸々一機貰えるのは良いが、世の中ギブアンドテイク。 早々旨い話が有る訳がない。

 

 

いったい何を見返りに要求されるのか…? まさか00ユニットのデータか? 何を要求されるか分かったものではないのでこの件は冗談として流して、本命のコンピュータの方へとさり気なく誘導しなければ。

 

そう思いつつも今後の交渉の目安、相手が何を求めているのかを探るため、ガンダム一機に対する見返りを聞いてみようと考える夕呼。 聞くだけならタダなのだ。 彼女は女性らしいしなを作りシンジを妖しく見据える。

 

 

「ふふふっ、いやですわ准将。 おからかいになって… もし頂けるとしても見返りに何を望まれますの?」

 

「えっ…? ああ、そうですね~ 見返り、見返りっと…」

 

 

ふん、スケベが下手な芝居で白々しい。 彼女の色香に当てられて一瞬反応が遅れ、目の前で悩むシンジを見て夕呼はそう思った。

 

夕呼が見詰めるなか、結論が出たのか腕を組んで悩んでいたシンジがついっと顔を上げる。

 

「…私の話を黙って聞いて頂くのを条件では駄目でしょうか?」

 

 

話を聞くだけ? 夕呼は出された条件を怪しむ。 ただ話を聞くだけで未知の技術の塊であるMSを差し出すのか? 

 

思考するために形の良い顎に手を当てシンジから視線を一時逸らした夕呼が視線を戻すと、そこには表情が抜け落ち能面のような顔をした彼の姿があった。

 

あまりの豹変振りにシンジの隣に座る鎧衣も湯飲みを持ったままで彼を凝視する。「…聞くだけでよろしいのですか?」

 

「ええ、聞くだけで良いんです。 聞いてどうするかは貴女の自由…」

 

先ほどまでと違い、抑揚のない声で話すシンジに二人は息を飲む。

 

 

 

やがて彼が語る話の内容は二人の想像の範囲外であった。

 

 

BETAの正体とその組織形態。夕呼の現在の構想での00ユニット完成までの障害になるポイント。詳細は不明だが新理論による00ユニット完成の可能性。そして00ユニット使用時の危険性…

 

語られる度に二人の、特に開発者たる夕呼の顔は段々と険しくなって行く。

 

 

「…と言うわけで、00ユニットがハイブ反応炉に接触すると相手の情報を引き出すと同時に此方の情報も引き出される可能性が有るのですよ… ですからその辺りの対策を………撃ちますか?」

 

 

シンジが俯かせていた顔を上げて夕呼へと向けると、彼女は席に座ったままに白衣の下に忍ばせていた拳銃を握っていた。

 

拳銃を握った手は怒り、怖れ、そしてその事に気付かれた困惑で震えている。

 

 

表向きはシンジと同じく無表情を通しているが、その内心は嵐の如き様々な感情と思考で吹き荒れていた。

 

「何者?」

 

「シンジ・フジエダ。人間… それ以上でも以下でもないですよ… 博士は私が嘘を言ってるかどうかを確かめる方法が有る。それを試されても結構ですよ?」

 

薄い笑みと諦観したような瞳で夕呼を見上げるシンジ。

 

その最後の言葉にピクリと体を震わせ反応を示しながらも、夕呼は瞳をより鋭く細めて口を開く。

 

「よくご存知のようね… けど本当に良いのかしら?」

 

「勿論」

 

挑発するような彼女の声に僅かに肩を竦ませながら答えるシンジ。 そしてその二人を黙って観察する鎧衣…

 

 

 

数分後。

 

夕呼がインターホンで隣室に居るビアティフに指示を出し、ビアティフに連れられて白いワンピースを着た銀髪の小さな少女がシンジの前に現れる。

 

 

「来たわね。社(やしろ)。準備なさい」

 

「はい…」

 

社と呼ばれた少女はソファーに座る夕呼の背後に回ると、その瞳で静かにシンジを見詰める。

 

自分を見つめ、一瞬体を震わせて怯えた様子を見せる少女に薄く笑みを返し、改めて姿勢を正すシンジ。

 

「では、先程と同じ話をもう一度します。もし私の話に嘘が有れば遠慮なく申し出てください。それとこの話以外の質問は無しでお願いします。…よろしいですか?」

 

シンジの言葉に鋭い目つきで夕呼が返すと先程と同じ内容の会話が繰り返される。

 

その情報の一つ一つを聞く度に夕呼は背後へと視線を向けるが、社はその言葉に嘘が無いことを彼女に伝えるべくその細く華奢な首を横に振った。

 

そして最後の言葉。自分は人間であると言い終わるとシンジは静かに目を閉じた。

 

その最後の言葉に嘘がない事を社が伝えると夕呼は細めた目をシンジへと向ける。そして…

 

「大変失礼いたしました藤枝准将… しかし最後に一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「その情報源はどちらから?」

 

閉じていた目を開き真っ直ぐに彼女を見詰めるシンジ。

 

「そうですね… 平行世界の未来情報… と言えばお分かりになりますか?」

 

「っ!?」

 

思わぬ答えに目を見開き息を詰まらせる夕呼は急ぎ振り返り背後の社を見る。

 

少女は静かに首を横に振った…

 

「ふむ。准将。今更ですが、私がこの話を聞いても…」

 

「構いませんよ。帝国の方に伝えるのも鎧衣さんの判断に任せます」

 

今まで口を挟まずに事の成り行きを見守っていた鎧衣の言葉に、いつもの気の抜けた雰囲気に戻ったシンジが答え。その言葉を聞き逃さなかった夕呼は鎧衣に睨むような視線を送っている。

 

その視線を「報告するな!」と受け取った鎧衣は苦笑を浮かべながら首を横に振った。

 

「おいそれと報告出来るよう内容ではないですね…」

 

「第四計画にとってマイナスになるものも有りますから、直ぐには無理でしょうね… けれど何れは鎧衣さんの方から広めて頂きたいのです。私が進言するよりも鎧衣さん経由で伝わったほうが信憑性も秘匿性も高くなるでしょうから」

 

「はっはっはっ。准将は私を買い被っておられる」

 

「いいえ。裏の世界で貴方ほど分かりやすく信用できる人物は居ないと私は思いますが? その点では香月博士も同じですね。だからこそ互いに信用されていらっしゃるのでは?」

 

その言葉を受けて夕呼と鎧衣は互いに見合わせると、一方は嫌そうに顔を逸らし、もう一方はフムと頷き深みのある笑みを浮かべて相手を見詰める。

 

そんな中、少女は一人の人物を黙って見続けていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会談が終わり、シンジが去った部屋には三人の姿が残っていた。

 

先程までとは違い、足を組んで尊大な態度でソファーに座って淹れなおしてもらったコーヒーを啜る夕呼に、その隣でちょこんと座りココアをチビチビと飲む少女、社 霞。

夕呼の対面には相も変わらず飄々とした態度でお茶を啜る鎧衣が座っている。

 

「で、なんでアンタはまだここに居るのよ?」

 

「いや~ 待っていれば面白い話が社君から聞けそうなので」

 

「帰れ!」

 

期待するように社を見詰める鎧衣に目を鋭く細めて不機嫌そうに言い放ち、「しっしっ」と手を振る夕呼。

 

未だに社を部屋に留め置かれていたのは、藤枝 慎治なる人物のリーディング結果を聞く為であった。

 

人の思考を色やイメージとして捉える事の出来るリーディング能力を持つ少女は彼の人物を捉えたのか? 未だに謎多き人物の情報はBETAのモノと並んで得難く、各陣営は少しでも情報を得たいと思っている。

 

鎧衣個人にも悠陽や榊総理大臣から直々に調査をきており、特に榊の入れ込みようは大きなものであった。

 

悠陽からの指示では「相手側の心象を害さない範囲での調査」に対し、榊からは「出来うる限りギリギリの…」限りなく黒に近い灰色の手段を取っても情報を引き出すようにと指示を受けていた。万が一の取り成しは総理たる自分が責任を持つとの言質と共に…

 

悠陽の言葉は裏の指示としては甘いものだと鎧衣は思う。思うが、それは敬愛する幼き主君の美徳なので責める気持ちはない。

 

むしろあのような方だからこそ周りの心ある者は支え、お守りしたいと思っている。たとえ我が身を汚泥に塗れさせ外道に堕ちようとも…

 

 

まあ自分を始めとして帝国とアメリカの諜報員が色々と仕掛けてはいるが、あの妙に勘が鋭い若き准将殿は悉くを神業的に回避しているが…

 

 

仕掛けの前までは無防備にひょいひょいと来るくせに、罠を目前にしてこちら側が成功の確信を抱くと同時に避けてしまい。思わず「リーディング能力でも持ってるんじゃないか?」と疑いたくなる始末。

 

話が逸れたが榊もまた悠陽を、帝国を支え守りたいと思う無私の人なのである。故に自らが泥を被る事を辞さずに裏事にも進んで手を染めていく。

 

本人を知らぬ者が見れば、悠陽を差し置き強引に進める人物だと思われがちだが、本人は一切の弁解をする事無く黙々と成すべきことを行っていた。

 

口にこそ出さないが、友人、同志と心の内で認めている鎧衣は、この不器用な人物の事を心配している。いつかその生真面目さが彼を窮地に落とし入れるのではないかと… その点では目の前の彼女も似たようなものかと…

 

 

 

 

 

 

 

顔を背けていた夕呼は溜息を一つ吐くと社に彼の人物をどう感じ取ったのかを尋ねる。鎧衣の事情も背後も承知している彼女は、自分の第四計画を支援している帝国と人物達に貸しの一つでも作って置くかと自分を納得させたのだ。

 

二人の大人の視線を受けて、少女は行儀良く手にしたカップをテーブルの上に音も無く置くとしばし黙考して逡巡する。

 

「社が感じたままでいいから話して… 初めて見たときはどう思った?」

 

「はい…」

 

夕呼にしては珍しく声音に優しさと労わりが僅かに含まれており、それを感じ取った社は落ち着きを取り戻す。

 

「最初は怖かったです…」

 

「どうして?」

 

「空っぽだったから… あの人の中が何も無い真っ暗な世界だったから… でも…」

 

「でも?」

 

「でも… よく見ると、真っ暗な世界の奥の方に光が見えたんです…」

 

「光? どんな光?」

 

小さな目を瞑り、少し前に見たイメージを思い浮かべようとする少女。彼女の脳裏に浮かぶのは…

 

「ゆらゆらとしていて… 色んな色に輝く光… です…」

 

「ゆらゆらと色んな色か… オーロラみたいなものかしら?」

 

少女の脳裏にこの土地に来るまでの短い旅の道中、輸送機の窓から見えた故郷の風景が蘇る。

 

「そうです… オーロラ… 大きなオーロラみたいな光です… 色んな色の小さな光が集まって出来た… 暖かくて…優しい光…」

 

何も無い闇の中だからこそ、その奥に見つけられたモノ。幾つもの小さな光たちが寄り添いあい、虹色のオーロラを作り出す。

 

少女は知らない。

 

かつて彼女が触れた人達の奥底には同じモノがあったのかも知れないという事を…

 

 

それは誰もが持ちえ、奥底に眠る人の…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈み始めた夕陽に照らされる公園のベンチで、表情の抜け落ちた顔でぼんやりと砂場で遊ぶ子供達を見詰める男が一人…

 

会談を終え、帰りの車の中で少し外の空気を吸いたくなった男は車を止めてもらい。 近くにあった児童公園で脱力していた。

 

其処に缶コーヒー二つを片手に持ったノイマンがゆっくりと近付いていく。

 

そんな彼の前を、まだ遊び足りない子供達の集団が駆け抜けるが、最後尾の一人がノイマンの近くで転んでしまう。

 

膝を擦り剥いた痛みからか、泣き出した子供にノイマンは溜息を吐くと近付いてしゃがみ込んだ。

 

 

「おら、泣くなよ」

 

缶コーヒーを地面に置いて、泣きじゃくる子供を抱え上げて立たせる。

 

「ひっく、だって…!」

 

「男だろ?」

 

泣きながら応える子供に、面倒くさそうな表情でノイマンは子供の頭を乱暴に撫で付けた。

 

ベンチに座っていたシンジは先ほどの表情とは打って変わり、彼の不器用さを微笑ましげに見詰めている。

 

 

「…ぐすっ。 泣かない」

 

「よし! えらいぞ」

 

しゃがみこんで目線を合わせると、アメリカ人らしい闊達な笑みを浮かべたノイマンに釣られて子供の顔にも笑みが浮かぶ。

 

そんな二人の周りには何時の間にか他の子供たちが集まり、小さな輪を作り出していた。

 

「ねえねえ。 おじさんは、アメリカの兵隊さんなの?」

 

「おじさ…」

 

「ぷっ…」

子供の一人が、好奇心と憧れでキラキラと輝く瞳で青い瞳を見詰めながら尋ねられ、その呼び方に絶句していると背後から小さく噴出す声が聞える。 直ぐに背後を振り向いて、キッと声の主に鋭い視線を向けた。

 

すっ呆けた表情のシンジに顔を顰めながらも、子供たちの純粋な視線に当てられたノイマンは、頬を夕焼けに染めながら「おじさんじゃねえよ」と顔を逸らしながら少々ぶっきらぼうに応えながらも頷く。

 

「すげえー!」 「おじさんも、せんじゅつきのえいし?」 「ろぼっとの人?」

 

「だから、おじさんじゃねえよ。 …そうだよ。戦術機の衛士だよ」

 

途端に子供達から歓声が巻き起こった。

 

そして子供達からの好奇心溢れる視線と言葉にたじろぐ彼は、助けを求めるようにベンチへと顔を向ける。

 

ベンチに座って微笑ましそうに様子を見ていたシンジは、ノイマンからの助けを求める視線に良い笑顔で応えた。

 

野郎、面白がってるな? その笑顔の意味を正確に読み取ったノイマンは羞恥で頬を引き攣らせる。

 

そして一秒にも満たない思考の後で彼は、こう口を開いた。

 

「坊主達。 あそこに座って嗤っているお・じ・さ・んは、凄い偉い兵隊さんなんだぜ?」

 

その言葉に今度はシンジが顔を引き攣らせ、子供達の視線が一斉にベンチへと向かう。

 

まだ過酷な現実を知らない幼い瞳達に見詰められ、苦笑しながら応対するシンジのココロの奥底で、霞が見た光が少しだけ強く揺らめき輝いた。

 

 

それは何気ない日常の、かけがえのない風景…

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、様々な人々に影響を齎した富士の裾野の黒き大地に見慣れぬ機体が無限軌道の跡を残しつつ進んでいた。

 

この世界では奇抜な形をした機体…

 

特徴的な不等辺三角形を成す無限軌道を両側面に配した車体の上には、長大な砲身を両肩上に配した水色の人型上半身らしきものが乗っており。両腕に当たる部分の先端には指が無く、代わりに束ねられた4本の銃身が伸ばされていた。

 

コックピットに当たる頭部前面には透明度の高いキャノピーが配され、本来は単座型であるはずが簡易座席が後部に据え付けられて即席の複座型になっている様子が見て取れた。

 

乗っているパイロットは二人。一人は本来の操縦席である前席に座るインカムを付けて地球連邦軍の制服を着た若い青年。もう一人は即席の後部座席に座った壮年の日本帝国軍士官。

 

前席に座った青年、シンジは前方のキャノピーに拡大表示された目標にFCSのサポートを受けながら照準を合わせていく。

 

目標までの距離はおよそ60km。

 

ミノフスキー粒子が散布されていなければこの機体にとってはごく至近の距離だが、ロケット推進により射程を延ばした日本帝国海軍ご自慢の改大和級戦艦の主砲でギリギリ。アメリカ陸軍の聖騎士の名を関する迫撃砲では到底届かない距離をこの機体に乗せられた120mm砲には至近距離に分類される。

 

忙しい合間を縫ってお披露目のスケジュールに余裕が無かった事と、その射程距離の長大さからコロニー内での実弾射撃試験が出来なかった為にお披露目で公開するのを控えられたその機体…

 

RX75 ガンタンク量産型

 

ペガサス級に搭載されているガンタンクとは別に、ロンデニオンコロニー内で作られた最新鋭MSは先日帝国領内に降下したHLVロケットから降ろされて、日本帝国 征夷大将軍である悠陽からの口添えで使用許可が下りた富士の演習場にて初の実弾射撃訓練が行われていた。

 

 

ターゲッティングが終わり後は引き金を引くばかりとなったシンジは後ろを向き、監督官である後席の帝国軍中佐が頷くのを確認すると前を向いて最終確認を行い右の操縦桿に付いた赤いトリガーを引いた。

 

腹に響く爆発音を響かせて右の砲身から放たれた120mm砲弾は衛星の誘導を受け、僅かな微修正を行いながらロケット推進で飛翔し、60秒後には目標である標的板を見事に貫いた。 続けて発射された左のキャノンから発射された砲弾がほぼ同じ箇所に命中したのを確認するしたシンジは速射砲なみのスピードで左右のキヤノンを交互に発射し、時折同時発射を行うがその全てが標的の至近に纏まり精度の高さを示していた。

 

キャノピーの拡大映像に映し出された結果を見て後席の帝国軍中佐、巌谷が息を呑む。

 

技術廠に勤める仕事柄、彼には多くの兵器に関する知識があったがガンタンクのような機体は見たことが無かった。

搭乗前の説明でシンジからこの機体が自走砲に近い運用方法を目的に作られたとは聞いていたが、その性能は近いどころか現在世界で使用されている自走砲を軽く超えてしまっている。

 

衛星からのサポートを受ければ最大で200kmを超える射程を誇り、最高速度は時速70km。両肩の120mm低反動キャノンの他に自衛用に40mmボップミサイルランチャーを両腕に固定装備で備え、搭乗員はたったの一名…

 

後ろから見た所、操作はかなり簡潔に纏められており。操縦桿を始めとした機器類も見慣れた物が多く使われている。これならば機種転換訓練の期間を短縮する事も可能だろうと彼は考察した。

 

なによりもこの性能の機体をたった一人で苦も無く操縦できる恩恵は計り知れない。

 

通常、内陸部での砲撃支援を担う自走砲や迫撃砲は一門につき複数の兵員が必要になる。砲を運搬する者に射撃を担当する者、砲弾の装填を担う者や通信担当者と指揮官…

 

しかしこの機体は各作業の高度な自動化によりたった一人で動かす事が出来る。

 

現自走砲を超える最大射程距離と衛星リンクによる射撃精度、高機動性による展開能力に必要人員の削減でより数を揃え易くなる。

 

懸念は他の自走砲より口径が小さい120mm砲の打撃力不足と、整備補給等のバックアップ体制だが、前者はその長射程と高い速射性に特殊な弾頭と数を揃える事で対応できるであろう。後者についてはロンデニオンに派遣された整備員の話では通常の自走砲よりも手間は掛かるものの、戦術機の整備に比べれば格段に整備しやすく。また、パーツの耐久性も高いのでその点でも有利であり、何よりも核融合炉搭載機の為に燃料無補給で半年以上は稼動出来るとの事。

 

なお、核融合炉に関してはロンデニオンから提出された資料に目を通したところ。反応炉の暴走や核爆発の危険は皆無であり、放射能汚染についても特殊なフィールドにより防護されているので最小限で済む事が明記されていた。

 

「機動時によるミサイルランチャーの性能評価試験に移行します」

 

その言葉に我に帰った巌谷は前席に座るシンジに再び頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪くはないけど微妙だな~ボップミサイルは…」

 

先程の稼働試験で出た問題点に少し鬱陶しくなってきた頭を掻きながら呟く。

 

「威力は充分だとは思いますが、装弾数が少しばかり心許ないかと…」

 

そう言って来たのはガンタンクに同乗した巌谷中佐だ。

 

ペガサスの左舷デッキには機体を戻し、二人で整備中のガンタンクを見上げながら意見交換を行っていたりする。

 

HLVで地上に降ろされてきたガンタンク四両は、この後日米両国にそれぞれ譲渡される予定になっている。

 

ロンデニオンに派遣されてきた日米の砲兵が指摘した、コロニー内では大気圏内での超長距離射撃が不可能だとの意見を受けて、それならば日米両国に稼動データと交換で譲渡して地上でデータを取って貰おうと運ばれてきたのだ。

 

 

 

「この機体の設計思想を考えれば、早々に使うものではないでしょうが… それでも一考の余地は有るかと」

 

「…因みに中佐ならどうします?」

 

「…そうですね。36mmケースレス弾を使用する武装などはどうでしょう? これならば自衛力を保ちつつも信頼性も高く、装弾数を上げる事も出来ますし」

 

「それがベターですかねぇ… 弾の補給もしやすそうだし、腕部を再設計して36mm機関砲使用に… 支援メインにする機体の滅多に使わないであろう自衛兵器だから補給の利きやすい弾薬が良いだろうし、36mmなら戦術機で信頼性が確率されてるし」

 

ちなみに巌谷中佐が此処に居る理由は、帝国に譲渡されるガンタンクの受け取り先の責任者が彼だからである。

 

帝国の兵器廟に属し能力的にも不足なく、模擬戦時に親しげに交流していた経緯を知った軍上層部は、彼をロンデニオン兵器に関する責任者に抜擢したのである。

 

 

「はぁ… あれもこれも考えたりやらなきゃいけないからパンクしそうです。 あぁ… 体がもう一つ欲しい… 無理か。コロニーの収入も少しは出来そうだし、本格的に人を雇おうかな…」

 

そう言って視線を動かし、メンテナンスベッドに固定されているプロトガンダムのコックピット上で整備員と何やら話し込んでいるノイマンを見やる。

 

米軍よりの出向ではあるが、ロンデニオンが正式に雇用した初めての人物であるノイマンはMSのテストパイロットも任されており、暫定的にプロトガンダムの担当になっていた。

 

シンジにとって彼は気の置けない数少ない人物の一人であった。

 

異世界へとやってきて出会う人々は敬語等の固い口調で話す人々ばかりの中で、この世界の人間から見たら無礼な口調も彼にとっては気安く、もと居た世界の友人たちを思い出させる。

 

故に何かにつけてノイマンと行動を共にすることにより数少ない慰めとしているのだが、事情を知らない周りの者達からは彼の態度に対する忠告を受ける事も多い。だがシンジはノラリクラリとそれらの声をやり過ごしているので徐々にその声はなりを潜める。

 

本来であればシンジに贔屓にしてもらっているとの声も上がりそうだが、ノイマンと彼のやり取りにそんなものが感じられない事もありその点では問題は起こっていない。

 

「人を雇われるので?」

 

控えめな声量と探るような目を向ける巌谷中佐に何時もの締りの無い笑みを浮かべながら頷くシンジ。

 

「ええ。これからの事を考えると人手が足りなくて… 日米両政府から基地設営の追加条件が有ったんですが、ロンデニオンでの起業許可を認めてくれって。ロンデニオンの技術力をバックにした国と民間の共同会社を設立したいという話だったんですが… 他にも日米の民間企業の工場や陸海宇宙航空軍の各上層部が独自に兵器工廠を開きたいとか有るんですよね~ 正直、自分だけで全部対応するのは大変なので、各国各分野の専門担当者をロンデニオンで雇いたいんです。“いろいろ”とやりたいもので…」

 

「そうですか… 差し出がましいですが、その場合ですとロンデニオンが…」

 

「仰りたい事は分かります。雇った人たちは当然、ロンデニオンよりも自分の“所属する”国や組織の益を優先するでしょうね… 別にそれは構わないんですよ。別にこれで大儲けしようとか思ってませんし」

 

「はあ…」

 

「ロンデニオンが儲けても、そこでお金の流れが止まりそうですからね~ それよりも各国に流した方が健全でしょうし。それに逆に考えれば、そういう人達を雇うことによりその人達のそれぞれ“親元”の意見が纏まって分かりやすく整理しやすいでしょうし」

 

 

その言葉に巌谷中佐は頭痛を覚えた。

 

普通の人間なら諜報員を忌み嫌い、避ける行動を取るところを目の前の人物は敢えて受け入れて、各組織のバロメイター代りに使おうとしているのだ。その神経の図太さに感心していいのやら呆れていいのやら…

 

「あの、自分も帝国の一員なのでそのような話は…」

 

「別に隠すような事でもないですし、中佐が誰かにこの事を話して広まったら広まったでこちらの意図を向こうも正しく理解してくれるでしょうから構いませんよ」

 

何でもないというふうに手のひらを軽くヒラヒラと振る若き准将に「はあ」と気の抜けた返事を返す巌谷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本帝国の首都が置かれている京都では帝国の若き執政者である悠陽が自分よりも遥かに年を重ねた大人たちに囲まれてある議題を検討していた。

 

先ごろロンデニオンから提案された琵琶湖基地建設に関しては帝国内で反対の声は殆ど無く、概ね好意的に受け入れられて各部署は基地建設を前提に調整を既に始めている。

 

今回、帝国の重鎮達が集まったのは別の案件が発生したからである。

 

帝国、アメリカが琵琶湖基地設営の為の交換条件へのロンデニオンの回答が両国機関を再び震撼させた。

 

ロンデニオンの両国に対する起業許可と、ロンデニオン“行政機関”への求人案内が発信されたからだ。 

 

云わば地球圏内の自治区であるロンデニオンがその運営の為に地球に住む人類に雇用を募集した。それも今までの一般職の募集ではなく“行政”関係をである。

 

どう考えても地球圏の勢力ではなさそうなロンデニオンがコロニー運営に地球圏の人員に募集を掛けた意図をロンデニオン代表者の藤枝准将はこう説明した。

 

「いずれは地球人類が自力でコロニーの“運営”と“建設”を行えるようになる為の下地作りである」と述べた。

 

更に続く言葉が日米両国の政府機関を阿鼻叫喚の混乱へと叩き落す。

 

 

「その先駆けとしてロンデニオンは二つの公社を設立したいと思います。 一つは“コロニー公社”。その名のとおりコロニー建設と運営を担う組織です。もう一つは“資源船団”。地球近郊の小惑星の捕獲、運搬、資源の切り出しと、今は在庫が十分に有るので問題がありませんが将来的に必要になるであろう核融合炉の燃料に必要になるヘリウム3を始めとした資源の確保の為に、木星周辺への調査に採掘基地設営と運搬を担う組織です。二つの公社にはアメリカ、日本を始めとした世界各国からの参加を強く希望したい次第です」

 

 

その言葉を直に聞いた日本の外務官と駐日アメリカ大使は呆けた。

 

シンジが何を言っているのか分からなかった。

 

そうして漸く理解したが理解できなかった。少なくともホテルの一室で1人の代表者と二人の外交官とで話す話の内容ではない。

 

世界が、歴史が確実に変わるであろう第一歩に居合わせて歴史に名を残すであろう事実に二人の外交官とその補佐官達は身を震わせた。

 

一時は頓挫してしまったこの世界の宇宙開発が再び、それも大規模で革新的なものが行われようとしているのだから。

 

ロンデニオンはこの計画を日米両国の共同提案として国連へと提出して貰い。今や世界を二分する計画派閥のそれぞれの説得を頼むと同時に、両国に当計画の指導者的立場への就任を要請した。ロンデニオンはあくまで補佐的立場に徹するとも明言。

 

 

ロンデニオン自らが指導者の立場に立たないのはこの世界の人類の自立を促す為で、指導者的立場を一国に統一しなかったのは地球に存在する各国に少しでも多くの参加を受け入れ易くする為であったが、無論デメリットも存在するであろう事はシンジにとっても承知の上だった。

 

指導者を日本かアメリカのどちらかにした方が命令系統の統一や計画の進捗でのスマート化に繋がるのは確かだが、それでは恩恵を受けるのが片方の派閥にのみ偏ってしまい好ましくは無い。

多少の混乱や複雑化を覚悟しながらも二つの派閥を同じ席に着かせる事で互いに切磋琢磨する方が好ましいと考えたのだ。

 

「私は民主主義が好きです。それはより多くの様々な考えを持つ者が同じ席に着く事が出来るからです。人道に反しなければ様々な主義主張、宗教を持つ者が同じ場に共存できる可能性を持つ。例えそれが“建前だけ”のものであってもそれを声高らかに言えるのは素晴らしい事だと私は思います」

 

 

清蜀併せ呑む。

 

そう最後にアメリカの外交官へアメリカ政府へとメッセージを託したという。

 

「綺麗事だけで上手く行きはしない… それは分かっている… けれど… それでも人を信じたい。 人の可能性を… 希望を… それがガンダムと出会って俺が受け取ったモノなのだから…」

 

その場で発した彼の小さな呟きは、誰に聞かれることも無く静かに消えた…

 

 

 

 

 

 

 

「ですから我が省の人間の席を優先してですな…」

 

「それを言うのであれば、我が省の人間を送り込んだほうが後々の為に…」

 

ロンデニオンからの雇用枠には限度がある。 予めゼファーによって弾き出され、日米公平に決められた定員数の中に自分達の身内を一人でも捩じ込もうと各省の役人達は自論を展開していた。

 

政府の文官に果ては各軍の武官達までもが激しく言い合う中、静かに瞳を閉じて上座に座る悠陽はその声を聞いている。

 

そして考えが纏まったのか、その瞳を見開き座を一度見渡して静かに口を開いた。

 

「各々の考えは良く分かりました。 ロンデニオンへと送る人員の割り当てに関しては… 榊に任せる事にします」

 

「はっ! 承知いたしました」

 

悠陽の言葉にその場に居た何人かの者が苦い顔をする。 悠陽に、そして一任された榊に対する感情は様々だ。

 

しかし、悠陽に近しい者達は心の内にその成長を期待する気持ちが有った。 その気持ちに応えるように悠陽の言葉は続く。

 

「榊。 言わずともこれは、我が国の未来の行く末に関わる重要な選定です。 限られた国土と資源の無い我が国が身を立てるには、知識や技術を持った者を育てる事こそが肝要。 ロンデニオンの技術を学び得る為に、その先人たる者の選定には官のみ拘らず、民間からも有望な者を用いて決めるように」

 

「大任をお任せくださり恐悦至極にございます」 

 

日本帝国という国は、良くも悪くも官の体質が世界大戦時から殆ど変わらずに色濃く受け継がれている。 第二次世界大戦の敗北を受け、表向きには民主主義の体制を受け入れているものの政の場に民間の者が入るのを嫌う傾向があった。

 

その体質、体制の象徴たる悠陽はそれでは勝てないと考えている。 有能な者は貴賎を問わず貪欲に取り込む大国アメリカには勝てないと。

 

広大な国土と資源を持つ大国と渡り合うためには質で渡り合うしかない。 官と民に拘って有能な人材を育てられねば、何れはこの国に斜陽が差すのは必定。

 

現段階ではアメリカという国に張り合うためのモノが帝国には無い。 しかし、好機が訪れた。

 

ロンデニオンの登場により、この世界にとって未知の技術に触れ学ぶ機会…

 

アメリカと同じスタートラインから始める又とない好機。

 

ここで差を付けられる訳にはいかない。 

 

寧ろここで差を付ける事が出来れば、その国益は計り知れず。 それによって得た国力の増加はBETAから国民を護る力となる筈。

 

この国の未来を… やがては人類の新しい未来(せかい)を切り拓く者を育てる為にも…

 

「ここから創めましょう。 新しい日本の… いえ、人類の礎を…!」

 

会議を締め括る最後の言葉。 悠陽の宣言を受けてその場に居合わせた者の多くは力強く頷く。

 

悠陽の宣言に頷く者も、そうでない者も、その場に居た全ての者達は新たな始まりを確かに感じていた。

 

 

 

 

 

その日の夜。 京都御所の一角に置かれた斯衛の駐屯地にて、一つの戦いが在った。

 

片や、青い塗装が施された帝国斯衛の最新鋭試作機・武御雷。 片や同じく青い塗装の施された単眼の鬼神。

 

両機供に二刀の構え。 鋭き切っ先と重厚な刃が睨み合う。

 

「行くぞ、紅蓮!」

 

「参られい、御大!」

 

先を取るわ青き御雷。 帝国五摂家が当主の一人が操る機体。 迎え撃つは帝国の武神が操りし鬼神。 跳躍ユニットの爆発的な推力を繊細に操り、地表を滑るように疾駆して鋭い斬撃を放ち、単眼の鬼神は避けること無く手にした無骨なる剣で受け止める。

 

「これを受けるかよ…」

 

「然り」

 

最新鋭の跳躍ユニットと、同じく最新鋭の炭素繊維で編まれた駆動部位を持つ武御雷の全力を乗せたカーボン製長刀を、セラミック合金の剣で正面から受け止めた鬼神は両断どころか揺るぎもしなかった。 それどころか、跳躍ユニットを噴射させて押し込もうとする相手を、単純な力押しで押し返して行く。

 

最新の技術で織り込まれた炭素の繊維が、間接部でブチブチと切れていくような幻聴が聞えてくるようだと思いながらも、瞬時に後ろへと後退。 肩透かしを食らった相手がバランスを崩す事に期待をかけるが、目の前の相手は危なげなく持ち直す様を見て苦笑を洩らす。

 

「それは反則であろう」

 

「某もそう思いまする」

 

ぶんっと一振りした剣を構えなおし、攻め手が変わり鬼神の猛攻が始まる。

 

嵐の様な剣戟を武御雷は時に避け、時に長刀で受け止めるが、その度に機体各部や長刀が負荷を受け、モニター内の機体コンディション表示が赤く染まって行く。

 

「どうしろと言うのだ…?」

 

呆れながらも武御雷を操る手を休めないが、打開策が浮かばない。 苦し紛れに放った突きが鬼神へと伸びるが、寸前で打ち返されて半ばから折られる。

 

残った一刀で追撃をかけようとするが、こちらが振りかぶった時には既に二剣が交差するように武御雷の首へと添えられていた。

 

「…参った」

 

この場合、相手の機体の性能を讃えるべきなのか、シュミレーションとはいえそれを僅か十日ばかりでここまで使いこなした御仁を褒めるべきなのか、判断が苦しいところだった。

 

 

 

空気の抜ける音が響く中、二つの筐体のハッチが開いて二人の男が姿を現す。

 

シュミレーター室の他の筐体と同じ物からは、引き締まった体に黒をベースに青いラインが入った強化装備を着た男が、もう一つの最近ロンデニオンから送られた筐体からは、隆々たる筋肉の逞しい体が赤と黒の強化装備をはち切れんばかりにした初老の偉丈夫が。

 

ヘッドレストを外した男は汗で額に張り付いた前髪を後ろに撫で付けつつ偉丈夫に向かって苦笑を洩らす。

 

「少しは加減したらどうだ、紅蓮?」

 

「それは失礼に当たると存じ、全力で行かせて頂きましたが?」

 

「減らず口を… 大したものだな?」

 

「左様ですな」

 

「…変わるか?」

 

「変わらねばなりません。 少なくとも殿下は変わることを望んでおられる」

 

紅蓮のその言葉に、苦笑から自虐めいた笑みへと顔を変えて男は僅かに目を俯かせる。

 

暫しの沈黙が二人の間に流れ、やがて俯かせた目を決意で細めた視線を紅蓮は正面から受け止め、それにしかと頷き返した。

 

「なれば、我らのすべきはただ一つ。 殿下のお志に沿うように動くのみ。 ふっ… そのくらいして見せねば、大人としての甲斐性があまりにも無さ過ぎる」

 

「まことに」

 

そう言って二人は静かに、そして固く手を握り合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15ターン目 それぞれの動き

アメリカの中枢部であるワシントンDC。 その象徴にして頭脳であるホワイトハウスでは、京都の御前会議と時を同じくして政府首脳が集まり、話し合いの場が持たれていた。

 

「ロンデニオン行政府への派遣者は、各省の調整通りにこれで良いだろう。 民間からの候補者選定も私から付け加える事は無い」

 

会議室円卓の一席に座るエデンは、資料を読むために掛けていたメガネを少しずらして円卓の一同を見渡す。

 

「他に付け加える事は?」

 

短く尋ねる大統領に国防長官が手を上げ、エデンは彼を見やると小さく頷き発言を許可する。

 

 

「もう少し此方からもアプローチが必要かと… 帝国の斯衛を中心としたグループに動きがあるとの情報も入っており、諸外国もロンデニオンに注目し始めています。 他の国々や、帝国との差を少しでも広げるために人員をもっと送り込むべきです」

 

「ふむ… しかし、行政府へ送り込む人員には定数が設けられている。 そして企業に関しても段階的に受け入れると言って来ているので一度にそう多くは送り込めないが?」

 

口元に薄っすらと笑みを浮かべ、試す様な目で国防長官を見るエデン。

 

それに応える様に国防長官もまた笑みを浮かべる。

 

「それ以外で送り込めばよろしいかと。 ロンデニオンは半島でMSの試験運用をするとの事… ならば、我が軍からその試験運用に協力すると言って人員を送り込む… これまでのロンデニオンの行動を見ると、MSを始めとした新兵器の運用試験の為に新たに人員派遣要請を出してくる可能性が高いものと思われます。 ならば先に此方から人員の派遣を打電して、帝国よりも多く、そして早く送り込むべきです。 そしてそれとは別に、帝国斯衛の動きに連動して頓挫しているプロジェクトへの協力を仰いで見ては?」

 

「…そうだな。 試してみても損は無いか… ロンデニオンの製造予定の兵器は多岐に渉り、その技術の吸収は早い方が良いだろう。 異論は?」

 

「外務省としましても、その案には賛成です。 軍事的な繋がりが強くなれば、ロンデニオンとの軍事条約を我が国単独で結ぶ切っ掛けになってくれるやもしれませんので…」

 

「CIAも賛成しましょう。 成功すれば、“保険”になってくれるかもしれませんし…」

 

あの准将がアメリカ単独との軍事条約を結ぶのは難しいと思いながらもその点は黙って置き、“保険”については備えとして必要と考えたエデンは、

 

「…よろしい。 では派遣する兵員の選抜を各軍始めたまえ。 それと“JSF計画”の担当者達にも話を通して置くように。 …後はイギリスにも外交官を派遣して現状の説明を」

 

「よろしいのですか、プレジデント?」

 

「このままロンデニオンとの交流が続けば、何時かはばれる。 ならば早めに此方からばらして“女王陛下”に恩を売るとするさ」

 

「フランスではなく、ですか… 阿漕な事をなさいますな」

 

CIA長官は人当たりの良い笑みを浮かべながら、大統領を見詰める。

 

「国連だ、ユーロだと騒いでも、未だに人類は一つには成れん。 悲しい事だな… “そと”から見たらさぞや愚かしく見えるだろう。 だが、これが今の人類の限界さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球から帰還して一週間。

 

長らくロンデニオンを留守にしたツケとして、デスクに山積みになった書類にサインを入れるお仕事が今日も始まる…

 

基本、ロンデニオンコロニーの行政は、コロニー制御の中枢を兼ねるゼファーが宇宙世紀のコロニー運用データを基に処理しているが、人に見せる必要の有る決済や通知には俺のサインが必要になってくる。

 

因みに今までは、コロニーに滞在する人の意見や要望は、日米の軍、民それぞれの代表者が意見を纏めて、コロニー据え付けの端末を介して送る事によりゼファーに届く仕組みとなっている。 ゼファーの事は地球に降り立つ前に、コロニー管理AIとして紹介しておいた。 流石に本体の正体は明かしてないが… これに日本とアメリカ政府からの要望書が大使館経由でやってくるので、紙の山脈が出来上がる。

 

 

サラサラとペンを走らせると、決済済みの箱へ書類を移して次の書類を机に置く。 この辺の知識も刷り込み済みらしく、今の所は何とかやっていけている。

 

只今のコロニー人口は1万人を少し超えたほどだから、定員数の滞在者が来た場合はこの書類の山がどれだけ増えることか…

 

現在、ロンデニオンコロニーは、日本帝国の種子島とアメリカのケネディー宇宙センターに航路を敷き、自動操縦のHLVロケットを中心として一日に1~3便が往復している。 60基あるHLVを増産して便数を増やそうかとも考えているが、生産力に物を言わせて新型輸送艦を造ろうかとも考えている。

 

ロケットの推進力で大気圏往復をするよりも、ミノフスキークラフトを使用した方が搭乗者の負担は遥かに少ないので、ペガサス級をベースとした輸送艦でも作ろうかしら? …贅沢だ。

 

 

あっ。 アメリカさんから、コロニー内にキリスト教の教会を開きたい要望が来てる。

 

神父さんは従軍神父さんから派遣するのか~

 

まあ良いんでない? 住宅地区に空いたスペースが有るから、建設指示を出して置くか。 帝国さんは、お寺とか神社はいいのかな?

 

執務室の端末で居住区画のデータと、教会建物の建築データを呼び出して確認する。

 

コロニーのデータバンク内には、コロニー環境に合った各種建築物の設計データが登録されているので、立地場所と設計データを選べば後はプチモビに乗ったハロを中心に、日米の工兵さんも参加して建設が開始される。

 

データ画面を見ているとシムシティーを思い出す。

 

 

え~と次は歓楽街の設営… ごくりっ…

 

人には息抜きが必要だ。 うん。 許可、許可。

 

…なんとなく、同室している秘書官二名の視線が冷たい…

 

そうそう。 地球から帰還すると、日米から一名づつ秘書官が付けられました。

 

両脇をがっちりと固められたみたいです。

 

秘書官として派遣されたのは、ロンデニオン駐在の日米大使の元補佐官であるケイトさんと節子さん。 ロンデニオンの交渉事は、多かれ少なかれ外務省経由が常なので外交畑の人間が良いだろうという説明を受けている。

 

比較的、大使からのお使いとして来る事が多く、接する時間が長い二人に対して打ち解けて少し鼻の下を伸ばしたのも関係あるかも…

 

いや、如何わしい事はしてないですよ? 手を出すどころか、セクハラしただけでも何を仕掛けられるか分からないですからね~

 

何気ない風を装った仕草に、くらっと来ることは有りますが… 勘が鋭いのも考え物だな。 いっそ何も知らずにお花畑に埋もれたい…

 

執務室での時間はある意味地獄だよ…

 

アムロ大尉のシャイアン時代に思いを馳せつつも書類を捌いて行くと、ゼファーからの報告書を発見。

 

内容は、予てから予定していた“学校”と“教習所”の準備が完了した報告だった。

 

学校とは、そのまま“ロンデニオンスクール”の事で、今までコロニーに受け入れた知識、技術交流目的の人々を本格的に受け入れるための施設だ。

 

現在特許出願中のイヨネスコ型・熱核融合炉も含めた、宇宙世紀技術の根幹とも言うべきミノフスキー物理学や、その他の知識を学べる唯一の場所として、既に日米から多数の入学願いが来ている。

 

学校とは言っても講師役の人間が居ないので、そっち方面に特化して調整されたハロが教鞭を取り、本校のデータベース等を参照して学んで貰う予定だ。

 

そして地球連邦の大学検定を基準に試験を行い、卒業認定を受ければ晴れて学位習得で卒業となる。 卒業後は、ロンデニオンスクールの講師、教授として雇い入れたいが、確保できるだろうか?

 

ちなみに、後藤さんを始めとした家の整備班とアシガラ、リバティープライムの機関員も、本人たちの強い要望によりスクールに席を置く事になっている。 MSや訓練艦に搭載されている核融合炉の簡易的な整備や調整はハロから指導を受けているが、重要な作業をハロ任せにしているので、本格的に整備できるようになる為に学びたいのだそうだ。

 

 

 

次に教習所なのだが、これは港湾作業やコロニー内の土木、建築作業に従事している人々に、前々から嘆願書が来ていた物が発端だ。

 

彼らは、港湾作業を行っているハロ操縦のボールやプチモビを見て、自分達も使ってみたいと言って来たのだ。

 

元々が工兵や宇宙軍からの出向者、予備役入りした人々が、日米の宇宙艦艇受け入れ等の為に来ているのだが、彼らが使う軍支給の作業用強化服よりも、ボールやプチモビの方が作業可能時間や作業効率が高そうなので使いたいとの事。

 

両軍の補給担当の上層部も乗り気で、ボールやプチモビの操縦を正式にレクチャーして欲しい、レクチャーしてくれるなら機体を購入したいとの打診を受けている。

 

その要請に応えるべく設立を準備したのが、“MS”教習所だった。

 

こちらもハロが教官役を務めており、教習所に設置されたデータベースで学科を、シミュレーターや実機を用いて操作を習得するようになっている。

 

免許にはMS操縦ライセンス一種A、一種Bと二種A、二種Bが用意され。 作業用ボールやプチモビが二種でガンダムやジムなどのMS操縦は一種に区分されている。

 

二種に関しては、基本誰でも習得する資格を有しており、一種に関しては習得できるのは軍関係者か、軍に許可を貰った者のみ習得資格が得られるようになっている。

 

また両種のAB区分については、Bが重力下での使用限定に、AはBに加えて宇宙空間などの無重力下での使用許可となる。

 

こちらの方も既に入校希望が多数寄せられており、既に半年分の教習予約が埋まっている。

 

 

 

そして学校がらみの書類をチェックし終わると、提出者であるゼファーから端末にメールが届く。

 

何かしらと開いてみると…

 

「ぶっ!?」

 

吹いた…

 

リアルに吹いた。

 

なんと、今まで音沙汰が無かった“上”からのメールであった。

 

いきなり噴出した俺に、何事かと秘書官二人が視線を向けるが何でもないと誤魔化して改めてメールを読む。

 

 

 

“今まで連絡しなかった事をすまなく思っている。

 

君の様子は此方でも確認はしていたのだが、君を送り込んだ事による世界境界線の揺らぎでこちらからコンタクトするのは無理だったのだ。

 

君の現状は把握している。 幸いにも境界線の揺らぎが早く収まり、予定していた追加の支援を送ることが出来るので受け取って欲しい。

 

そしてこれが我々からの最後の支援になる事を理解して貰いたい。

 

これ以上の異物の混入は、其方の世界の境界線を崩してしまう可能性があるからだ。

 

君には本当に申し訳ないと思っている。 願わくばこの追加支援が少しでも君の力になる事を…”

 

 

監視されてんのか!? 

 

“大丈夫だ。プライベートは見てない”

 

メールじゃなくてチャットだと!?

 

文面の下に新たに現れた一文に再び驚愕!

 

“追加支援の内容だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

…上からの追加支援の内容に溜息を洩らす。

 

此方の現状は把握しているようで、たしかに助かるモノだ。 大いに助かる。

 

けど、俺の仕事がまた増えたようだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻・アメリカ ヒューストン基地

 

 

「ふぁーーあぁ」

 

薄暗い室内で目の前に光るモニターを見詰めていたアーネスト・ジョーンズアメリカ航空宇宙軍少尉は不意に欠伸を洩らした。

 

勤務時間終了まであと一時間。

 

彼が担当するモニターには、木星方面を警戒する監視衛星からのデータがリアルタイムで送られてくるが、火星や月方面とは違い何かが接近してくる事は殆どない。

 

 

勤務時間が終了したら何をしようか? 同僚のキャシーでも誘って… 

 

ピピッ、ピピッ。

 

少しだらしなく緩んでしまった顔を右手で撫でつけ、甘い夢想を浮かべる彼の耳に小さなアラーム音が届き現実に引き戻した。

 

珍しく隕石でも発生したかとモニターに目をやる少尉。

 

最初はモニターに表示されている情報を理解できなかった。

 

三度、目を瞬いてモニターに写るリアルタイム画像と文字列を再度確認。 漸くその意味を把握した少尉はあたふたと席を立ち、デスクに置かれていた冷めたコーヒーが転げ落ちるのも構わずに自分の上司がいるパーカッションで仕切られたブースへと一目散に駆け出していった。

 

 

何事かと顔を上げる同僚達に見送られて彼が去った後には、広大な宇宙をバックに浮かび上がる小惑星とそれを取り巻く小さな噴射光を映し出したモニターが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ果てた大地。

 

遠い砲声を耳に捕らえながら、薄汚れた戦闘服姿の兵士達が塹壕の中で身を寄せ合うようにしてひと時の休息を取っていた。

 

 

朝鮮半島 第三次防衛ライン

 

半島での人類側の最前線基地に当たる場所。

 

第一次、第二次防衛ラインが、大東亜連合、国連、日本帝国軍の各戦術機部隊が交代でラインを警戒、形成する為に、常時部隊が展開しているこの場所こそが半島最前線とも呼べる場所になっている。

 

第一次と第二次へと展開する戦術機部隊の兵站基地でもあるこの場所の中心には、ひび割れたコンクリートで固められた地面と、戦術機を始めとする兵器群を格納する即席の格納庫、武器弾薬が収められたコンテナが積み上げられ、前線を指揮する各軍司令部が置かれていた。

 

そして兵士達が潜む塹壕はこの中心部の北の外縁部に位置している。

 

「はぁぁあ…」

 

塹壕に身を預けていた兵士の一人が目を細め、肺に溜め込んでいた煙をゆっくりと吐き出す。

 

吐き出された紫煙は、軍曹の階級章を付けた兵士の目の前でゆっくりと立ち上り消えていく…

 

 

咥えタバコの兵士が視線を廻らすと、塹壕の中では補給物資が入ったケースを囲んで、ある者は包装紙を向いたパウンドケーキにかぶり付き、ある者は彼と同じようにしみじみとタバコを燻らせ、そしてある若い兵士は飴玉を胸のポケットに大事に仕舞いこんでいた。

 

飴玉を仕舞いこんだ若い兵士は、確か北の出だったな…

 

咥えタバコのままに軍曹はそう思い浮かべる。

 

故国の大地半分ほどを化け物どもに蹂躙され、今現在も蹂躙され続けている。

 

彼の家族は確か、南で避難船の順番を待っていると聞いた覚えが有った。

   

元は農家の出で、父親ともども徴兵されて半島北部初期防衛戦で父親は戦死。 残された母親と幼い妹に仕送りしていると…

 

胸に仕舞いこんだ飴玉は後でその妹にでも送るのだろう。 だから大切そうに仕舞いこんだ…

 

 

このご時勢で、甘味を始めとした嗜好品は貴重だ。 普通の人民が手に入れるのは難しい。 胸のポケットを優しく撫でつけ、少し嬉しそうな顔をしているのは、妹の喜ぶ顔でも思い浮かべているのであろう。

 

 

ユニバースという名前の聞いた事の無い銘柄のタバコを燻らせながら、軍曹は優しく目を細めて若い兵士を見詰めた。

 

 

 

 

戦術機を始めとする兵器群を操る兵士達に比べて彼ら歩兵の待遇は厳しい。

 

大東亜連合に属するアジア各国。 戦術機を始めとする兵器群を各国は独自に調達した上で連合軍に参加させているが、歩兵に関しては手が廻らない現状だった。

 

酷いものでは、各国の磨り減った歩兵部隊を寄せ集め、多国籍混成部隊を形成している始末である。

 

彼らの部隊もその内の一つ。

 

国土を失ったとはいえ、大国である中国は歩兵部隊の体裁を保つ事が出来るが、比して人口の少ない国々の部隊は補充の当ても無く、こうして寄り添いあうことで戦い続けていた。

 

 

対BETA戦力として期待できない歩兵。 混成部隊…

 

混成ゆえにその扱いも難しく、指揮系統は煩雑を極め。 そのツケは補給品にまで付いて廻った。

 

辛うじて弾薬やレーションなどは届いてくるが、嗜好品の補給は途絶えて久しく。 今回のサプライズは彼らにとって嬉しい限りだった。

 

突然の日米からの支援の申し入れを、困惑しながらも背に腹替えられぬと受けた大東亜連合。

 

その先駆けとして送られてきた嗜好品を始めとする補給物資は、困窮する連合を驚かせた。

 

半島全域に展開する部隊すべてに行き渡るほどの物資量。

 

しかもこれが手始め…

 

物資受け取りに立ち会った大東亜連合高官は自身が驚きつつも、受け渡しに来た日米の高官が若干顔を引き攣らせていたのが印象的だったと後に語っている。

 

 

何にしても、久方ぶりに鋭気を養えた前線の兵士達。 

 

彼らの傍では嗜好品と共に贈られた、139mm口径の重誘導弾が陽光に鈍い光を光らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海上・高度20mを優雅に航行する白亜の艦があった。

 

ペガサス級の姉妹艦・ホワイトベース。

 

奇しくもこの世界でも、周りを刺激しないように補給艦として公表された艦(ふね)。

 

日米共同軍・ロンデニオン部隊所属艦・機動補給艦ホワイトベースと言う長ったらしい名称を与えられた当艦は、ロンデニオン琵琶湖基地建設に先駆けて地上に降ろされていた。

 

 

その任務は二つ。

 

一つは琵琶湖基地建設地に連日降りて来る物資を満載したHLV。 その物資は基地建設の資材だけでなく、大東亜連合への支援物資も含まれており、それを琵琶湖に寄港した日米の輸送艦と共に半島へと運ぶ役割を担っていた。

 

もう一つは日米軍の航海員の育成訓練。 こちらは一つ目に便乗する形で織り込まれたものだ。

日米共にペガサス級一隻の供与は既に決まっており、それとは別に両国はロンデニオンにもう一隻ペガサス級の購入を打診してきた。

 

これに対してロンデニオンは大東亜連合各軍への物資輸送と、“その他”の便宜への見返りに無償供与を決断した。

 

しかしこの決断がちょっとした騒ぎを両国軍部に巻き起こす。

 

既に最初に供与予定のペガサス級は、両国共に航空宇宙軍所属とする事に決まっており、人員育成も航空宇宙軍を中心に進めていた。

 

当然二隻目も宇宙軍所属になるものと思われていたが、ここに待ったを掛けたのが陸軍と海軍。 アメリカに到っては、海兵隊も加わり壮絶な奪い合いが始まった。

 

紛糾する会議。

 

それぞれの軍の長が自論を展開し、自軍にペガサス級を引き込もうとした。

 

航空宇宙軍は、

 

「ペガサス級は航宙艦なのだから、宇宙軍が引き取るのが筋だ」

 

海軍は、

 

「大気圏内での運用も十分可能で、海上艦との連携も取れる。 いい加減、海軍にも新造艦を配備されたい」

 

陸軍は、

 

「陸上での戦術の幅が広がり、戦力の底上げも期待できる当艦を是非に陸軍に!」

 

海兵隊は、

 

「強襲! 強襲! 正式名称が、強襲揚陸艦だと聞いております! なら海兵隊に!」

 

 

ペガサス級が万能艦と呼ばれるだけあって、各軍に引っ張りだこであった。

 

 

混沌とした議会は収集がつかず、とりあえず二隻目のペガサス級の所属は保留となり、その結果、両国の各軍は少しでも自軍のアドバンテージを得るためにそれぞれの高官をロンデニオンに送り込み、ロンデニオン管理官に直接面談させて乗員育成協力を要請した。

 

基本的にロンデニオン管理官は事なかれの平和主義であり、この世界になるべく広く技術を広げたいという考えであるために、全軍の乗員育成を受け入れる結果と相成った。

 

そうしてホワイトベースの人員は、両国の陸海空宙軍とアメリカ海兵隊を孕んだ寄り合い大所帯となってしまった。 この辺までもオリジナルのホワイトベースと似たようになってしまったのは、もしかしたら宇宙世紀の因果が流れ込んでいるのかもしれない…

 

 

そんな混沌とした艦を任されたのは、アメリカ航空宇宙軍からロンデニオンへと出向中のジョン・イーストウッド大佐。

 

新鋭艦リバティープライムの艦長から、ペガサス級二番艦・ホワイトベースの艦長へと配置替えとなったのだ。

 

余談だが、近々准将への昇進も決まっている。

 

図らずも“規模”が大きくなってしまったロンデニオン。 その管理官が准将のままでは対面が少し厳しいという理由から、日米両国は協議して管理官の階級を上げる事に合意。

 

管理官の昇進と同時に、やがては軍の新しい礎とも成るであろうイーストウッド大佐、坂田大佐を始めとしたロンデニオン出向組の一階級昇進もまた決まっていた。

 

 

が、当の管理官が昇進に少しごねているので少し先に成りそうではあるが…

 

 

 

ブリッジ中央に一段高く配置された艦長席で、前面の超硬化プラスチック製の窓から見える景色を不思議な気持ちで眺めながらコーヒーを啜っていた。

 

重力がある地上なので、蓋とストローの付いたプラスチックのカップではなく、陶器のコーヒーカップで香りを思う存分に満喫できるのは良いが、宇宙軍の自分が地上に降りてこの寄り合い所帯を指揮するとは、つい半年ほど前には想像もつかなかったとぼんやりと考えていた。

 

視線を落せば、其処に映るのは着慣れたアメリカ航空宇宙軍の制服ではなく、落ち着いたダークブラウンを基調としたシンプルな制服。

 

余りにも雑多な所属者の仲間意識を統一する為にロンデニオンから支給された地球連邦軍の制服を乗員は着用していた。

 

「ふむ」

 

悪くはないなと、最近伸ばし始めた顎鬚を軽く撫でながら一人ごちると、飲み干したカップを艦長席の傍らに静かに置いた。

 

『ハロ! 下ゲテイイカ、キャプテン?』

 

「ああ。 頼むよ」

 

艦長席の足元に控えていた白い球体ボディーに小さく黄色い十字星が付けられたハロが尋ねると、少し表情を緩めながら大佐は応える。

 

するするとアームを伸ばしたハロがコーヒーカップとソーサを掴むと、低く弾みながらカップを提げていく。 

 

その後ろ姿を見送りながら、頼むから割るなよ?と密かに愛用のコーヒーカップを案じる大佐。

 

その隣では日本帝国航空宇宙軍から出向してきている副長、松村 邦彦大尉が艦内視察から戻って忍び笑いを洩らしていた。

 

「大丈夫ですよ艦長。 あれで結構器用ですから」

 

「分かってはいるんだが…」

 

やはりあの動きには不安を覚えるらしい。

 

「…で、艦内の様子は?」

 

「異常無しです艦長。 最初は少々ぎこちなかったですが、人間関係に問題は今のところ見られません」

 

二つの国の、それも各軍から集まってきた乗員達が乗っているのである。 何かしらの問題が起こっても不思議ではないのだが、教官役を務める先任の両国宇宙軍兵士達が上手く纏めていてくれるらしいとの報告をうけて大佐は少しだけ胸を撫で下ろした。

 

元々が海軍よりも大らかな所がある航空宇宙軍。 空軍と宇宙軍の合併を経験し、常日頃から地球という惑星を宇宙から見守ってきた彼らは、他国の軍への隔たりが他に比べて低いのが幸いしていた。

 

それに“ハロ”の存在もまた大きかった。

 

受け入れ人員の増大に伴い、ロンデニオン管理官が提案したアイディア。

 

新技術を学ぶ人、コロニーでの新生活を始める人達のサポートを行うために、既存のハロをリファインした量産型ハロの生産。

 

既存のハロの下位に当たるOSを搭載しているので情報処理速度が劣り、コロニー中枢機能を始めとする重要区画へのアクセスこそ出来ないものの、その他の機能はほぼ同レベルである量産型ハロは軍だけではなく、民間への提供も考えられており戦艦の各ブロック班、整備班、コロニー内の各施設、果てはコロニー港の案内嬢などの一部へと先行支給されており、好評を得ていた。

 

仕事のサポートから、持ち主の健康チェック。 そしてこの世界では一部にしか普及していない携帯端末としての機能と、愛嬌のある挙動からロンデニオン各部署は言うに及ばず、日米の政府や企業、果てはどこで聞きつけてきたのか、フランスを始めとするEU諸国に支給や提供販売をせっつかれている。

 

無論、ホワイトベースにもハロは居る。

 

ペガサス、ホワイトベース、サラミス級練習艦・アルキメデスとコペルニックス、後藤整備班長の指揮する整備班には特に優先的に配備されていた。

 

ちなみに先ほどの白いハロはイーストウッド大佐専属のハロであり、高級仕官向けとして星付きになっている。

 

ともあれ、ホワイトベースのあちらこちらに転がるハロは、簡単な会話の受け答えや携帯端末機能… (現代人ならこの機能の面白さと中毒性の恐ろしさは分かってもらえると思う)により乗員は暇さえあればハロとコミュニケーションを取り端末を弄くって新機能の発見に精を出し、それらの情報交換などで自然と交流が増えたのが人間関係の円満化に繋がった。

 

ようは新しい玩具に群がって一緒に遊ぶ大きな子供達なのかもしれない…

 

またしても余談ではあるが、某管理官が秘書官に教えた顔文字などがコロニー内に広がっており、コロニー内の各所に端末が設置されているコロニーの住人達は新しい顔文字の発見に勤しんでいるんだとか。

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い室内で、キーボードを目にも留まらぬ速さで打ち込みながらながら数式を入力していく女性…

 

国連軍の制服の上から白衣を纏った彼女はEnterキーを一際強く叩くと、結果を映し出したモニターに親の敵でも見るような苛烈な視線を送る。

 

エラー

 

10秒ほど睨み付け、右手で目を覆いながら顔を上に向け重い溜息が吐き出された。

 

 

帝国軍 白陵基地 

 

オルタネイティブ4。 第四計画の為に用意され、近い内に国連軍横浜基地と呼ばれるであろうこの地に、 帝都大の研究室から引っ越してきた第四計画総責任者・香月夕呼。

 

引越し早々に彼女は行き詰っていた…

 

ロンデニオン管理官から指摘を受けた00ユニットの問題点を洗い出していた彼女は、早々にその壁に行き当たり、立ち往生してしまっていた。

 

00ユニットの肝ともいえる中枢部。 演算機能を司る部分の問題がどうしても解決しない。

 

今のままでは余程の技術的ブレイクスルーか、新理論でも思いつかない限りどうしようもない。

 

少なくとも今の自分には思いつかない。 時間を掛けても完成まで漕ぎ着けるか?

 

時間的余裕がまだ少しあった為に、彼女は冷静に状況を整理していく。

 

 

どうしたら… ピー…!

 

 

思考の海に埋没しそうになった彼女だが、不意に鳴ったインターフォンのブザーが現実に戻す。

 

髪を掻き揚げながら再び溜息をつくと、細い指で通話ボタンを押し彼女は声を掛ける。

 

「何かしら?」 

 

「研究中に申し訳ありません香月博士。 実は…」

 

秘書官であるイリーナ・ビアティフ国連軍中尉から報告を受けた夕呼は、暫しの黙考のあとに三度目の溜息を吐くと言った。

 

「社を呼んでちょうだい。 …ああ、それと“荷物”は私から渡すからこっちに持ってきて。 それとコーヒーを…」

 

応答を終え通話ボタンから指を離すと、椅子の背もたれに寄り掛かり深く体を沈みこませる夕呼。

 

ギシリッと椅子が軋む音だけが室内に響いた。

 

 

 

 

 

10分後

 

部屋の明かりを点けて応接のソファーに身を沈ませた彼女の前には、相対するソファーにちょこんと座る銀髪の少女・社 霞と、二人の間に置かれたテーブルの上の湯気の立つコーヒーに包装された30cm四方の箱が存在していた。

 

箱には封筒とカードが付いており。 封筒には自分の名前が、カードには

 

“社 霞さまへ”

 

と書かれていた。

 

包装のリボンに挟まっていた自分宛の封筒を抜き取り、裏面に返して差出人の名前を確認するとロンデニオン管理官の名前。 箱を持ってきたのは帝国情報局の鎧課長…

 

 

封を破り中身を読む。

 

そして素早く読み終えると彼女は脱力して肩を落し、再び溜息を付いて目の前に置かれた箱を霞へと押し出した。

 

「?」

 

「あんた宛てよ」

 

無表情ながらも不思議そうに、こてんと小首を傾げる霞にどこか疲れたように言う夕呼。

 

「いいから開けてご覧なさい」と勧める夕呼は、自分を慰めるようにコーヒを啜りだす。

 

勧めに従いラッピングされた箱を開けようとするが、箱の上に飾られた赤いリボンの解き方が分からずにリボンの端を摘んでは離すを繰り返していた。

 

見かねた夕呼が何度目とも知れぬ溜息を吐きながらカップをテーブルに置くと、蝶々結びが綺麗に施されたリボンの両端を指で摘み左右に開くジェスチャーをして見せる。

 

自分で解かずに、本人に解かせようとするのは彼女の優しさなのかもしれない。

 

 

夕呼のジェスチャーを真似て、そっとリボンの両端を細く小さな白い指で摘み、すっとリボンを引く霞。

 

瞬間、目の前でふわりとリボンが解かれ、少女は今までに感じたことのない胸の鼓動を感じ取った。

 

少しづつ高鳴る鼓動と微かに震える指先に戸惑いを覚えつつ、丁寧に真っ白な包装紙を剥がして行く。

 

 

包装が解かれ、あらわれた箱の蓋をそっと持ち上げる。

 

 

箱の中には、援衝材代わりに詰め込まれた真っ白い綿とその中心に包まれるライトグリーン色の球体。

 

「香月博士…」

 

思わず箱から顔を上げて夕呼を見やり呟く霞。

 

すると少女の声に反応して箱の中の球体が起動し、円らな瞳を瞬かせる。

 

『ハロハロ!』

 

「えっ…?」

 

突然聞こえた電子音声に思わず視線を向ける霞。

 

そこには羽のように耳をパタパタとさせて瞳をちかちかと輝かせる存在が居た。

 

『ハロ元気! カスミ元気?』

 

「えっ、あっ…」

 

元気の良い謎の球体に、突然名前を呼ばれて戸惑う霞。 それを見て夕呼がクスクスと忍び笑いを洩らす。

 

「そいつの名前はハロ。 ロンデニオンのサポートロボットなんだけど、子供向けの使用も作ったんだって。 それで管理官が顔見知りの子に配ってモニターリングしてもらってるらしいんだけど、そいつは社に送られたの。 つまり、あんたの“ハロ”」

 

「えっ… 私の…?」

 

『カスミ! カスミ! 嬉シイ? ハロ嬉シイ!』

 

「ほらほら、いいかげん煩いから箱から出してやんなさい」

 

夕呼の言葉に従い、おずおずと両手を伸ばし箱からハロを持ち上げる。

 

『ハロ!』

 

小さな両手の中で相変わらず元気に耳をパタパタさせるハロを少女はじっと見詰め、その間に夕呼はテーブルに散らばった箱を丁寧に片付けると、それもカスミへと渡す。

 

「はいはい、静かにしないとバラすわよハロ? 社、さっきも言ったようにコイツはあんたのだから面倒見なさい。 ついでにコイツの感想を管理官に手紙でも送れば向こうも喜ぶでしょう。 さあさあ、行った行った。 私は仕事がまだあるんだから」

 

「で、でも、どうしたらいいのか…」

 

「説明書が箱に入っているし、後はビアティフにでも相談しなさい」

 

そう言って夕呼は右手にハロ、左手に箱を持ちおろおろとする霞の背中を押して部屋の外に出すと、再び静かになった部屋の執務机に体を沈める。

 

 

「…まっ、霞の珍しい顔も見れたし、偶にはこんな座興もいいでしょう」

 

ぼんやりと殺風景な天井を見上げながらそう呟いた彼女は、唐突にある事を思い浮かべる。

 

暫しの間、関連する事象を考察した夕呼は、隣室に控えるビアティフ中尉へと内線を繋ぐ。

 

直ぐに応答に出た秘書官だが、その背後からはハロの電子音声が聞こえてくる。

 

その事にクスリと笑みを零した彼女は、帝国首相と会えるようにアポイメトンを取るように告げると直ぐに通話を切り、早速自分の準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬぅ…」

 

そう呻きながら机に突っ伏した黒髪の人物は僅かに身動ぎした。 そんな彼の前にコトリと置かれる湯気立つ湯のみ。

 

のっそりと顔を上げ、盆を胸に抱き清楚に微笑む艶やかな黒髪の秘書官に疲れ果てた顔で笑顔を向け礼を言うと、男は体を起こした。

 

熱い湯のみを両手で大切そうに掴み、目じりの端に薄っすらと涙を浮かべながら幸せそうに茶を啜る人物。 この世界で今をときめく人物にはとても見えないだろう。

 

此方の世界に来て10ヶ月が過ぎ、特にこの二ヶ月ほどは激しい激務に追われて疲れ果てたシンジであった。

 

 

気を利かせた“上”からの追加支援。

 

その説明と調整、琵琶湖基地建設に大東亜連合への支援物資などでカツカツに詰め込まれたスケジュール。

 

正直、何度か魂が肉体の束縛から離れそうになった。

 

疲れ果ててヨロヨロの自分に比べ、同じ勤務時間なのに秘書官二人はどうしてこうも美しいままなのだろうか? 湯飲みを手に、惚けたように自分達を見詰める視線に勿論彼女達は気付いている。 視線に応えるように日本人秘書官は淑やかでありながら艶のある笑みを、アメリカ人秘書官は情熱的でありながら妖しい笑みで見返し、シンジは先ほどとは違う意味の涙を目じりに浮かばせた。

 

「お疲れ様出した管理官。 スケジュールも順調に消化しましたので、明日は予定通りに休日がお取りになれます。 本当にお疲れ様でした」

 

帝国から派遣されてきた葉山節子秘書官の言葉に再び嬉し涙を浮かべ、幸せを通り越して昇天しそうな笑みを浮かべるシンジ。

 

休みだ。 休みなんだ…!と、しんちゅうでしみじみと呟く彼にアメリカから派遣された秘書官、ケイト・フィルシャーから声が掛かる。

 

「明日の休日は何かご予定がありますの、管理官?」

 

先ほどまでの艶はなりを潜め、一転して軽やかに自然とした口調で尋ねる彼女に彼は、「寝ます」と即答する。 美人からのお尋ねに、自分でもないなという返答をしつつも体が求める睡眠への欲求に彼は抗えなかった。

 

 

翌日、朝も遅くに自室のベッドで目覚めた彼は前日の宣言に従い目覚めてからもベッドの上でごろごろとしていたが、30分ほどで飽きたらしくバスルームへと姿を消した。

 

シャワーを浴びて、髪をタオルで拭きつつ見上げた先の時計が示す時間は午前10時。 自室のあるロンデニオン政庁の食堂で軽く食事を済ませた後に、彼は街へと繰り出すことにした。

 

 

街へと出ると、人口が一気に7万人を越えたコロニーの商業区は以前よりも賑わいが増していた。 HLV便だけでなく、日米の再突入艇まで動員したロンデニオンへの移住は順調に進んでいて、

今日この日にも移住者を乗せた便がロンデニオンへと到着して港で新しい住人を迎え入れている。

 

街を行き交う人々を何気なく観察しつつも、シンジは行きつけの和菓子屋に向かへと向かう。

 

「いらっしゃいませ。 あっ、藤枝さん。 お久しぶりですね」

 

丁寧で人当たりの良い店主に挨拶を返し、いつも座る畳敷きの席へと腰を下ろしてお茶とお勧めの茶菓子を注文するシンジ。

 

程なく注文の品が運ばれ、中途半端な時間帯の為か客がシンジだけの為に、店主と茶のみ話を咲かせる。

 

「暫く来れませんでしたけど、お店のほうはどうでしたか?」

 

「おかげさまで、お客様もよく来られるようになりました。そうそう。 最近では、アメリカ人のお客様も随分と来られるようになったんですよ? 中には気に入っていただけて、よく通って下さるお方も居られます。 嬉しいかぎりです」

 

「それは嬉しいですね~」

 

出された茶を啜り、芋羊羹を摘みながら小一時間ほど店主と話していると、新しい客が店へとやってくる。

 

スーツにコート、帽子を被った男は応対した店主に注文を告げるとシンジの居る席の向かい側にテーブルを挟んで腰を降ろした。

 

「今日は休日ですかな“少将”?」

 

「ええまあ。 それと私は准将です」

 

「時間の問題でしょう」と帽子を脱ぎ、店主が持って来た茶を男は啜り始めた。 シンジも茶のお替りを頼み、しばし茶を啜る音だけが店内に響く。

 

楊枝で刺した芋羊羹を一切れほうばった男はやおらに会話を再開する。

 

「少将に便宜を図って頂いたお陰で、此方へ来るのも随分と楽になりました」

 

「准将ですって。 お力に為れたら幸いです」

 

現在男は、ロンデニオン管理官のシンジからの便宜でロンデニオンのHLVに自由に乗れるようになった。 …主に貨物室へ。

 

搭乗する際に一応のチェックをHLV担当のハロから受けるのだが、余程危険な物を持っていない限りは彼を貨物ゲートから素通りさせていた。 コロニー港でも同じで、貨物通路をフリーパスで通れて人目に付かずにコロニーへと出入りできている。

 

「いや~。 実際、本当に助かっていますよ。 天国を通り越して、その“スジ”の者にとっては聖域と化しているこの場所に、楽に入れるのですから」

 

「それはそれは… 手荒な事は無しですよ?」

 

「勿論。 紳士協定は遵守させて頂きます」

 

今や、各国のスパイが鎬を削る場所となったロンデニオンコロニー。 密閉空間のコロニーに諜報員を送り込むだけでも至難の業であるのに、例え潜り込ませたとしても直ぐにハロとゼファーの監視網に引っ掛かり監視される始末。 もし、少しでも不穏な行動を取れば、即座に近場のハロが口の中に仕込んだトリモチもしくはスタンガンで無力化、拘束する仕組みになっている。

 

商業区にダミーの爆弾を仕掛けて、ロンデニオンの目をそちらに向けた隙に重要区画に潜り込もうと計画した諜報員は、爆弾をロンデニオン駐留のアメリカ軍兵士 (これも工作員の一人)に受け取ろうとしたところ、兵士ともどもトリモチ塗れになった。

 

また、アメリカ軍兵士に紛れ込んだフランスのトリプルスパイは、ハロを捕獲して本国に持ち帰ろうとするも、スタンガンの反撃を食らい御用となっている。こちらの方は当初、CIAの関与を当人が仄めかしていたが、ゼファーが集めた情報を目の前に提示すると敢え無く降参した。

 

このようにロンデニオン側で秘密裏に捕獲された行動を起こそうとした諜報員達は、シンジ自身が各諜報機関の長に直通ホットラインを極秘に“無理やり”繋いで交渉した結果、丁重に本国へと送還されている。

 

無論それは今シンジの目の前に居る男、帝国情報省に所属する鎧衣も例外ではなかった。但し彼の場合、ロンデニオンへと入港する際に役職こそ偽っていたが、本名そのままで帝国軍の宇宙艦から堂々と正面きって入ってきたのだ。

 

危険物の隠匿もなかった故に、監視だけで済んだ彼はあの日、シンジとの対面が叶ったのだ。 もしも彼が事を起こす素振りを少しでも見せればその場で御用となっていたが…

 

そういう理由で、スパイホイホイの異名を持ったロンデニオンコロニーは潜り込み身を潜めるだけでも多大な能力を必要とする事から、超一流の諜報員のみが居る場所、“聖地”と相成った。

 

そしてその聖地で身動きが取れなくなった凄腕の諜報員達。引くことも進む事も出来ない彼らにシンジはある取引を持ちかける。

 

ロンデニオンの情報をシンジ自身が彼らに流す代わりに、彼らからも“ある程度”情報を流してもらい、今後荒事を控えて欲しい。

 

現在のロンデニオンの諜報は、ゼファーによるハッキング等が主流だ。 データとして記録されているのであれば、たとえそれがどの場所のどんなに厳重なプロテクトが掛かったものでも痕跡を残さずに入手する事が出来る。 それは正確無比なデータだが、それだけで諜報を成り立たせるのは難しい。 故にそれ以外の別の角度での情報を得る為、そして各所への人的な繋ぎを得る意味でロンデニオンに潜む諜報員達に取引を持ちかけたのだった。

 

このままでは何の成果も得ぬまま飼い殺しの目に遭う事を危惧した諜報員達は、長考の末にこれを了承。 流石に本国の情報はそう流せないが、他国の情報を主に流す事で取引は成立する。

 

以降は、最重要区以外での諜報活動 (破壊活動を除く)をロンデニオンは見逃し、言わば出来レースの結果を本国へと流す見返りにロンデニオンは地上の様々な情報を得る事が出来るようになった。

 

ちなみにこの事をシンジ自身から聞いた、各国諜報機関のトップも黙認している。 彼らとしては、何の成果も得られぬ事で周りから無能呼ばわりはされたくなくないし、寧ろ相手と独自の交流を持つ事に政府内でのイニシアチブを取りたいという考えだった。

 

そして鎧衣は帝国側の諜報員代表のようなものになっていた。

 

「そうそう。 頼まれていました“贈り物”に関しては、確かに届けておきました」

 

「雑用を頼んですみませんでした。 普通に送るよりも鎧衣さんに頼んだ方が早いし、香月博士も安心して受け取ってくれると思いましたので…」

 

「いえいえ、息子の分まで頂いて此方こそ気を使わせてすみません… しかし私が持っていったところで博士が安心するかは…?」

 

「貴方が博士を害するような“モノ”を渡すわけないでしょう? 少なくとも“現状”では… それとお子さんは娘さんでは?」

 

「さてどうですかな? 娘… 息子のような娘? 娘のような息子? はて、どちらだったかな?」

 

恍けた風をわざとらしく装う鎧衣に苦笑を洩らして茶を啜るシンジ。

 

「…時に今のバカンスの流行は宇宙旅行… このロンデニオンが流行りのようですな?」

 

「へえ…」

 

「なんでも、アメリカ財界のご隠居さんが近々お見えになるとの噂を耳にしました」

 

「それはまた…」

 

「しかもそのご隠居は、日米両政府と秘密裏に交渉しようとしているとも聞きました。 …波乱の予感がしませんか?」

 

その問いに答えずシンジは苦笑を浮かべたまま空になった湯飲みの底を見続けていた…

 

 

 

 

 

 

病は気からとは何処の国の言葉であったか…

 

齢(よわい)70を越えたガウン姿の老人は杖を付きながらも背筋をピンと伸ばし、寝室の窓から夜空を見上げていた。

 

白髪に深い皺が刻まれた相貌だが、その立ち姿には老齢を感じさせない生気が宿っている。

 

つい半年ほど前にはベッドで半ば寝たきりになっていたとは思えない威風を醸し出す老人は夜空の先に在るモノを見出そうと目を細めながら己が半生を振り返っていた。

 

アメリカの地方財閥の後継者として生を受けた自分。

 

世界大戦を経験し、財団の主になった頃、人類は宇宙に進出し始めた。

 

宇宙進出、開拓地(フロンティア)へ…

 

あの当時の自分は、地方の財団の主という窮屈な責務を忘れさせるその言葉に初めて情熱を注げる意義を見出せていた。 古くからの慣わしや因果に縛られた自分は、広大な宇宙(フロンティア)へと子供染みた憧れを抱いていたのを覚えている。

 

宇宙開発への事業展開と多額の投資。 それらは人が宇宙から追い落とされた後も財団の繁栄の一端を担い、カーマインをアメリカ有数の財団へと変貌させた。

 

そう。 人類を宇宙から追い落とした存在、“BETA”と戦う為の剣。 “戦術機”の齎す利益だ…

 

しかしその剣を持ってしても人類の劣勢は覆らず、徐々に逼塞(ひっそく)していく世界…

 

窮屈な世界が絶望で更に狭まっていき、やがて老いと共に光を見出せなくなると表舞台から自分は降りた。

 

手を伸ばせば微かに届いた宇宙(そら)は、遥か遠く星明りさえ消えたように錯覚した。

 

窮屈な世界を自ら閉ざし眠りにつこうとした自分の瞼に微かな“光”を感じ、徐々に明るさを増した光に目を開くと…

 

かつてこの地に辿り着いた先人達。 カーマインの故郷であるアナハイムを切り開いた先人達もこの光を見たのだろうか? 今の自分と同じ心情だったのだろうか?

 

貧困に圧政。 様々な苦難に挑み、切り拓いた先人達もこの光を目指したのであろうか?

 

ならばその血を引く私もまた、この光を目指そう。

 

老い先短い身。 最後に思うが侭に道を拓いても罰は当たるまい。

 

 

何時の間にか老人の顔には、全盛期をも越える気概の不敵な笑みが浮かんでいた…

 

 

「どれ、眠りし者に火を灯した守人に挨拶をしにいくか」

 

 

老人は見上げた夜空にオーロラを幻視していた…

 

 

 

 

 

 

 

執務室で榊は疲れの溜まった目頭を軽く揉み、サインを描いていた手を少し休めた。

 

今年もあと二ヶ月ほど残ってはいるが、帝国総理大臣に赴任して以来… いや、政治家として歩みだして一番忙しい時期だと榊はふと振り返る。

 

ロンデニオンの琵琶湖基地設営も正式に承認されてまだ二ヶ月も経っていないのに、既にロンデニオン側の受け持ち作業は完了しようとしていた。

 

連日物資を満載したHLVが琵琶湖へと降り立ち、球体ロボットが作業用ロボットを操って、24時間フルタイムで作業を行った結果、あと二週間ほどで艦船ドッグを含めた生産ラインが整うという所まで来ているとロンデニオンの方から既に報告が来ていた。

 

生産区画は二種類に別れ、一つはロンデニオン単独で生産し、もう一つは現地で採用した人員を使って生産する事になっている。

 

基地の生産部門と施設建設の人員も含めて日本帝国に裁量は全て任されている。 自国の公民問わず優秀な人員を厳選して送り出すのは勿論の事、施設建設の出資者であるアメリカからも人材を引き入れなければならず、その厳選にも神経を随分と磨り減らした。

 

アメリカにも出資者としての旨み、ロンデニオンの技術に触れさせる機会を“琵琶湖”で多く持たせる事が帝国の国防に繋がる事になると認識している。

 

そしてその事をロンデニオンは理解しており、帝国にその為のチャンスを提供してくれているのだと榊は確信していた。

 

実際に現地へと飛んで建設地を視察した彼の眼には、土地さえあれば帝国やアメリカの力を借りる事無くロンデニオンだけで基地の全施設設営が可能に見えた。 寧ろ、帝国とアメリカが設営に関わる事で全施設の完成が長引いているように榊には思えていた。

 

ロンデニオンの意図は完全に掴む事は出来ないが、この与えられたチャンスを最大限に生かすべく再びペンを彼は走らせる。 やる事は山済みで、更には横浜から難題が持ち上がってきてもいる。

 

ふと机の脇に置かれた写真立てへと視線を移す。

 

「…。 悪い父親だな…」

 

瞳を細め、写真に写る娘を見詰める榊。

 

この国の、子供達の、愛する者の未来の為にと願いながらも家庭を顧みる事無く生きてきた… そんな自分に反発するのも当然かと苦笑を浮かべる。しかし、それでもいいと納得している。 娘達へと未来を繋ぐ為にも、今は娘に憎まれ、他者に売国奴と蔑まれようと構わない。

 

重責を刻んだ顔に、僅かな哀愁を滲ませながら榊は再びペンを握るのであった…

 

 

 

 

軍人としての責務を果たし、散っていった先人達の遺影が壁一面を埋める室内。 重苦しい空気に包まれた二人。

 

一人は斜陽が差し込む窓を背に、重厚な黒檀の机に座る黒人男性。 アメリカ陸軍の制服をきっちりと着こなし、襟には大佐の階級章が縫い付けられている。彼の背後には斜陽に照らされた星条旗と、同胞の血と名誉に彩られた隊旗が掲げられ、室内に居るもう一人の人物は正面の人物から焦点をずらすようにそれをなんとはなしに見詰めていた。

 

壁に掛けられた時計の刻む針の音だけが室内に満たされていく…

 

石像の様に揺ぎ無い造詣の顔に掛けられた丸眼鏡を右手で直し、大佐はゆっくりと口を開く。

 

「貴様が問題を起こしたのは、これで何度目だユウヤ・ブリッジス訓練生?」

 

「はっ! 5度目であったと記憶しております大佐」

 

日系人である為に余計に幼く見える容姿をピンと起立させ、はっきりと応える訓練生に愁眉を寄せる大佐。 対してユウヤは何処吹く風とそ知らぬ顔で相対し、大佐の眉を更に寄せさせる。

 

「そうだ。 5度目だ。 釈明は有るか?」

 

「有りません!」

 

大佐はこの年頃の若者が良く見せる態度に軽く睨み付け、内心では目の前の若者のナイーブさを見透かして苦笑を洩らしていた。

 

「結構。 あらましはヘルズ軍曹から聞いている。 カークス訓練生の言葉に激昂し暴力行為に及んだそうだな?」

 

「っ…。 カークスは自分を侮辱しました!」

 

「日本の世間話を食堂で持ちかけた事が、なぜ貴様への侮辱になる?」

 

「自分はアメリカ人です! 日本の事を詳しいなどと思われる事は侮辱意外の何もの…」

 

「たかが世間話で貴様は、将来命を預けあう兄弟を殴るのか!?」

 

激昂してみせる大佐に、思わず身を竦ませて僅かに後ずさるユウヤ。 しかし、追撃は止まらない。

 

「会話の内容は確認している。 カークス訓練生には何の落ち度も無い! 貴様は勝手に相手の言葉に激してカークスを殴った! 戦友を、兄弟を殴ったのだ! この意味が分かるか!?」

 

「っ!? 分かりません!」

 

「ファック! いいか!? 貴様は確かに成績は優秀だ。 しかし! 戦場で最後に頼りになるのは隣に立つ戦友だ! 貴様の下らんコンプレックスなど戦場では、クソの役にも立たん! 役に立たんどころか、自分はおろか戦友をも死なせるぞ!」

 

睨み合う二人。 大佐にしても黒人であることから、多かれ少なかれ偏見と差別を経験しているので日系人であるユウヤの心情を少しは理解できる。 しかし、この所の彼のコンプレックスは度を越してしまっている。

 

既に陸軍衛士養成所では孤立を深め、これ以上彼を置いて置けば重大な事態に成りかねないとの報告を担当教官から報告を受けているが、実技、座学とも成績は優秀なユウヤをこのまま辞めさせるには惜しくもある。

 

そこで彼の内情も少なからず分かる大佐は、ここで賭けに出ることにした。

 

「…ユウヤ・ブリッジス訓練生。 貴様には当養成所を出てもらう」

 

「なっ…!?」

 

突然の宣告に言葉が出ないユウヤ。 大佐は厳しい態度を崩さない。

 

「…そして貴様にはロンデニオンコロニーに新設された戦技研究部隊へ転任してもらう」

 

アメリカ軍はロンデニオンの新技術とその運用法を逸早く確立すべく、政府と共にロンデニオンへと働きかけ、ロンデニオン側の受け入れ体制が整った事により各軍から兵士を選抜していた。

 

選抜対象は現役の兵士だけでなく、成績優秀な訓練生も対象としており、大佐が預かる養成所にもその話が来ていた。

 

成績だけならばユウヤは文句の付け所は無い。 後は大佐の決断のみ。

 

この問題児に、新天地での名誉挽回とコンプレックスの荒療治のチャンスを与える事にしたのだ。

 

「納得できません! 自分はこの養成所で誰にも劣らぬ結果を残しています! その自分に養成所を出て、“あんな”所に行けなど…!」

 

「自惚れるな! その“程度”で自分を特別な存在だと思うなよ!? 貴様にはロンデニオン戦技研究部隊に行ってもらう! …拒否するのであれば、軍を辞めるしかないが?」

 

険しい表情で奥歯を砕かんばかりに噛み締めるユウヤ。 自分が嫌悪する奴らが居る場所に行きたくもない、拒否したい。 …しかし、そうなれば軍を辞める事になる。 そうなれば周囲の奴らに自分を認めさせる… 母の心から“アイツ”を追い出す事が出来なくなる。

 

「…了解…しました…!」

 

ユウヤの搾り出すような返答に頷き返す大佐。 そこで彼は暫し思案顔になり、やがて傍らの端末を操作して何事かを確認する。

 

「…二週間後にロンデニオン行きのフネが出る。 転任の手続きの方は一週間ほどで完了するだろう。 手続きが完了したら残りは休暇とする。 …暫く簡単には会えなくなる、御母上に会って来い」

 

「えっ…」

 

「以上だ。 詳しい事は事務官に聞いて怠り無く準備するように。 下がってよろしい」

 

思考が追いつかず立ち尽くすユウヤ。 そんな彼に構わず一旦は端末に向き合うが、立ち尽くしたままのユウヤに再び険しい顔を大佐は向ける。

 

「聞こえなかったのか? 下がっていいと言ったんだが?」

 

「…あっ、しっ、失礼しました!」

 

大抵の者ならば身震いするような大佐の低い声に、慌てて退出していくユウヤ。 閉められたドアに向かって「ふんっ」と鼻を鳴らす音が向けられた。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、夜の帳が降り始めたワシントンDCでは、更に重苦しい空気に包まれる一室が在った。

 

ホワイトハウス大統領執務室。

 

三人の男達が居る室内で、二人の男が一人の男をじっと見詰める状況。

 

合衆国のトップである二人に見詰められて、冷や汗とも脂汗ともつかないモノを額から流しつつ、手にしたハンカチでしきりに拭いながら反対の手に掴んだファイルを読み進める男。

 

奇しくも、シンジと会談した香月夕呼と同じ恐怖や疑念などの入り混じった表情を浮かべつつも、ファイルを捲る震える右手は止まらない。

 

「どうです。 中々に興味深い“モノ”でしょう?」

 

斜め前に位置して穏やかな笑みを顔に張り付かせた男、CIA長官は震える男に声をかける。

 

何気ないようにかけられた声。 その奥に秘められ、普段は絶対に表に出る事がない冷たく凍えるような意思を感じ取り、男は文字通りに凍る。

 

「博士、単刀直入に聞こう。 そこに書いてある事が現実に起こりうる可能性は?」

 

それを容赦なく砕くように、正面の執務机に座して組んだ手で口元を隠した大統領が低い声で問いかける。

 

「あっ…、あっ…。 かっ、可能性は…」

 

言葉を繋ぐ事が出来ない。 研究畑の出身とはいえ、今の地位に就くまでに海千山千の妖怪達とやり取りししてきた彼… オルタネイティブ5の使用するG弾の権威である博士は、どうしようもなく追い詰めれていた。

 

 

ロンデニオンとの繋がりを作るために、敢えてその提案に乗ったCIA。 当初はそれを如何に逆手に取ろうと考えていたが、挨拶代わりに流されたロンデニオンからの情報は、当初から彼らの思惑を“軽く”吹き飛ばした。

 

 

ロンデニオンから渡された情報。 

 

それは、G弾使用時のシミュレーションデータ。 一箇所に集中運用した場合のBETAの対応予測に、世界各所のハイブへと同時使用した場合の、その後の影響について事細く記されていた。

 

メタ情報として、オルタネイティブ5の地球上での結末を知っているシンジは、最悪の結果を避けるための根拠の一つとして、アメリカのオルタネイティブ5のデータを極秘裏にゼファーに調べさせ、自分の知る計画と大差ない事を確認すると、そのデータを基にシミュレーションデータを打ち出した。

 

G弾を開発し、使用しようとしている第五計画派ですら全て把握できなかった未知のファクター。 それをロンデニオンの力である程度解明して、説得力を持たせる事でオルタネイティブ5のG弾推進派に信用できるルートで流す。 G弾使用に派閥内で待ったが掛かるなら良し、最悪でもこのデータは簡単に無視できる物ではないので、計画の遅滞か練り直しが起こる事を期待しての行動であった。

 

もしもこの世界がG弾広域同時使用を行った場合でも、“現在開発中”のコロニーの建設が進めば、全ては難しいが多くの人間の命が失われなくて済む。 最悪の状況を第五推進派の各国が想定すれば、それだけ資金や人員が宇宙へと集まりコロニー建設が加速する。

 

既にコロニー数十基分の“資源”は確保されており、ロンデニオン近海へと移された移民船建設空域の隣では、“230km級小惑星”が採掘作業と平行して二つのコロニー建設を始めていた。

 

第五計画によるG弾使用を止めるのは難しいが、少しでも時間を稼ぎ最悪に備える。 メインではなくフォローで、ベストよりベターを選んだロンデニオンの方針は、何れG弾推進派より派生した一部強硬派を完全に敵対化させる事になる…

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16ターン目 星空の中で

 

ジュノーと呼ばれる小惑星が木星には在る。

 

とある世界で、西暦から宇宙世紀へと暦が変わる前に地球圏へと運ばれたそれは、人類の第二の故郷であるスペースコロニー建設の礎と成った。

 

粗方の資源を掘り終えたジュノーは、核爆発にも耐えられる厚い岩盤と、張り巡らされた坑道と設置された施設を生かして地球連邦軍の拠点として再利用され、ルナ2の名前を新たに与えられた。

 

マブラヴの世界にもジュノーは存在する。 火星より遠い木星圏を漂っていたそれは、突如として現れた木星採掘基地からやって来た、無人の艦船とMSの手により核パルスエンジンを取り付けられ、地球圏へと曳航される。

 

一隻の資源輸送艦、ジュピトリス級と、2隻のドック艦、さらには二隻のコロニー建造艦を従えて近付くジュノーの威容は、ロンデニオンコロニーがこの世界に現れた時と同じくらいに人々を驚かせた。

 

“上”からの最後の支援として送られたこれらは、表向きは日本とアメリカが推奨し始めた“第二次宇宙開発計画”の管理下に置かれているとされているが、実際はロンデニオン直轄の物だった。 

 

当初、地球人類の共通財産としようとしたロンデニオンだったが、利権に関わる大混乱が予想され、とりあえずロンデニオンが管理して何れは各国が参加する組織なり企業なりに、段階的に引き渡す事をロンデニオン管理官が決断した。

 

これにより、日本とアメリカが率先して宇宙開発に携わる公的機関の設立や、民間企業への誘致起業が推奨される事になる。

 

日本とアメリカ。 両国はロンデニオンから小惑星などの引渡し条件の一つである、多国籍企業の設立の為に、それぞれの息の掛かった国々を取り込んで熾烈な派閥争いが行われる。 この事は最初から想定されていた為、ロンデニオンとしては事態を静観。 新しいステージへの競争を生暖かい目で見守っていた。

 

そんな状況下で一足早く、ロンデニオンコロニーに起業した会社が二つ存在する。

 

一つは、コロニー建設や食糧生産に重点を置いた、日本が主導する“ヤシマ重工”。 もう一つは、アメリカが主導する資源採掘や新技術に因る兵器等の生産を重点に置いた企業、“アナハイム・エレクトロニックス”。

 

二つの企業名を聞いたとある管理官は、飲んでいたお茶を噴出しそうになったという。

 

余談であるが、二つの会社の起業と新たなる宇宙開発に地球の市場は久しぶりに賑わい、関連する株価が上がって明るい兆しが見え始めたという。

 

 

とある老企業家からのアドバイスを受けて、そんな追い風を加速させるべくロンデニオンは二つのコロニーの建設を発表し、先の見えなかった状況に出し渋っていた投資家の財布の紐を緩めようと画策する。

 

新たに建設されるコロニーは一基辺り一千~五百万人の収容が可能であり、二基で合計一千万人を軽く越える。 これだけの人数だと付随する経済効果は莫大な物であり、コロニー建設から始まり移住の為の足 (新技術に拠るマスドライバーの建設もロンデニオンで進められており、既に日本とアメリカは候補地の選定に入っている)に、コロニー内での新生活に関する経済の流動。 そして更なるコロニーの建設への期待感から投資家は、避難先の確保の為にもこぞって関連株の売買に走った。

 

 

 

そんな騒動の源であるコロニーと小惑星を、フジ級輸送艦スルガの展望室の船窓から見詰める若者の姿が在った。

 

アメリカ陸軍の制服を着た黒髪の少年、ユウヤ・ブリッジス准尉。 衛士育成所からの、本人曰く“島流し”を受け、准尉の階級も“お情け”で貰ったと本人は考えていた。 

 

憂鬱そうな黒い瞳で、強化プラスチックの窓を眺め続けるユウヤ。 ヒューストン基地からHLVで宇宙(そら)へと上がり、日米宇宙軍が教練も兼ねて運行するスルガへと移乗してこのかた、暇さえあればこうして窓から宇宙を眺め続けていた。

 

一途で不器用な少年は、生い立ちもあって周囲に打ち解ける術を知らず、こうして一人でコロニー到着までの時間を潰している。

 

遠く離れて行く地球… そこに居る病の母を思って溜息を吐いく。

 

沈黙の流れる展望室。 只黙って星の海を眺め続ける。

 

静寂の宇宙。その星の海で二つの星が音も無く動き始めた。

 

「流星? いや、何だ…?」

 

異変に気付いて眼を凝らすユウヤ。

 

その間にも二つの星は時に瞬き、時に尾を引いて流星の如く宇宙を翔ける。 互いに絡み付くように、徐々にスルガへと近付く二つの星。 目にする異変をブリッジに伝えるべきかと、二人それぞれに考えていると艦内放送が鳴り出す。

 

『全艦に通達。 当艦に近付く二つの物体があるが、友軍であるので慌てないように。 手空きの者は見物すると良い。 面白い物が見れるぞ』

 

乗艦の時に聞いたスルガの艦長の声を聞き、再び二つの奇妙な流星を観察する。

 

視線の先、漆黒の闇を切り裂き、光点だった星は徐々にそのシルエットを表し始めた。

 

人と同じ四肢を持つと思われるそれは、手にしたライフルを互いに向け合い、ペイント弾の雨を降らせる。

 

灰色の人型は左手の盾を駆使しそれを凌ぎ、白と青の人型は凄まじいスピードと、鋭角な回避で掠らせもしない。

 

上下左右の感覚が無い空間で、地球上では想像し得ない機動戦を展開する二機の人型は、やがてスルガの至近をフライパスして行く。

 

「あっ…」

 

間近に迫った白い機体。 人と同じ双眼のデュアルアイと目が合った気がした…

 

その瞬間に感じた不思議な感覚。 宇宙(そら)に放り出されたような。 けれども恐怖は感じない。包み込むような、そして不快ではないはずのそれを振り払おうと頭を軽く振ると再び二つの流星を追った。

 

 

 

 

 

「ガッデムッ!」

 

青いパイロットスーツに身を包んだ男が、悪態を付きながら左手の操縦桿を押し、左足のフットペダルを踏み込む。 その操作に0コンマで答えた灰色の機体は、左手の盾を機体の前方に押し出し、左足裏のスラスターを噴射させてクルリと背後を向いた。

 

敏感すぎる反応と急激な運動に因るGが体を襲い、次いで盾に着弾するペイント弾の衝撃がコックピットごと体を揺らす。

 

『…なんだ? 見られてる? 誰に?』

 

「この、じゃじゃ馬、がっ!?」

 

ヘルメットに内蔵されたインカム越しの意味不明な呟きを無視し、無意識に押し込んだ右の操縦桿に呼応して、右手を突き出してライフルを乱射する機体。 正面に迫っていた白い機体は、吐き出されたペイント弾の嵐を事も無げにひらりと避して頭部バルカンを反撃に出る。

 

「化け物め…!」

 

悪態を吐きつつ、盾で防御して機体を後退させるパイロット。 ライフル上部に装填された残弾の少なくなったマガジンを排出させて、シールド裏にマウントされた90mm弾マガジンを素早く装填させる。

 

「人で… ストレス発散… なんて… このっ!」

 

『ふはっ、ははは! 怖かろう!?』

 

息も絶え絶えに、再び調子を取り戻して妙なテンションの声の主へと銃口を向け、90mm弾をフルオートでばら撒くが掠りもしない。

 

『分単位でスケジュールを詰められたら、こうもなる!』

 

「知るかーー!」

 

ちらりと周囲を確認しバーニアを吹かすと、近くを航行していた艦の影に回りこむ灰色の機体。

 

『ちょっ、それはずるい!』

 

「うっせー!」

 

実に大人気ない二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

ロンデニオンコロニー・工業区画。 今、コロニー内で最も活気溢れる場所である。

 

元はコロニー内で最重要区画として制限されていた場所も、今では半分以上が軍や民間の技術者に開放されている。

 

特に逸早く準備を開始していたヤシマ、アナハイムの両社は、幾つかの生産工場をロンデニオンから借り受け、既に製品開発に入っていた。

 

とは言っても、漸く特許の降りる見通しの立った核融合炉を始めとするミノフスキー粒子関連の技術は、表向きはまだ手が付けられないので、既存の技術の延長線上にある技術(ロンデニオンの特許習得済み)に拠った製品の開発である。

 

高出力、大容量の小型バッテリーと高出力小型モーター。 特殊プラスチック樹脂製品。

 

特にこの3つは汎用性が高く、幅広い商品展開が期待できるとあって両社共に力を注ぎ、既に販売の見通しが立っている製品も有る。 エレカとプチモビである。

 

ロンデニオンコロニー内でも普通に使われているエレカ。 これを最初に見た民間技術者は偉く驚いた。 何せ、“石油”に拠らない庶民の理想の足が其処に在ったのだから。

 

 

長く続くBETAとの戦い。 その中で人類の勢力圏は次々と陥落し、遂には最大の石油産出地である中東をも近年失ってしまった。 中国全土にロシアと東南アジアの一部。 そして中東…

 

石油を始めとする資源産出地の半分を失った代償は大きく、特に中東陥落を機に経済に致命的な影響を与え始めていた。

 

各国は最悪の状況を想定し、石油に拠らない体質を作ろうとしたが、軍備増強が急務の中では各地に原子力発電所を用意するのが精一杯であった。

 

辛うじて工場や家庭に電気を送る事が出来ても、次に問題になるのは物や人を運ぶ為の足。 人類が得られる石油は減少し、国がそれを統制して分配する。 優先されるべきは軍であり、民は二の次。 限られた石油は戦車やトラック、艦船に回されて、民間に回されるのは質の悪い人造石油が少し。 

 

経済とは物を作り、必要な人の下へと売る為に“運ばなければ”ならない。 その為に必要な石油と言う名の血液が手に入らない。

 

新しい足として、各国は電気自動車等の研究開発に取り組んではいたが、軍に人材も物資も取られていたところ、完成された“足”が突如現れたために各メーカー企業は飛びついた。

 

逸早く工場を得たヤシマとアナハイムは、民間向けのみに限らず、軍用の車両も生産できるロンデニオン工場で、その技術を取り込んで独自の製品を作り出す為の準備をしつつ、その一方で小惑星から得られえる資源と、ロンデニオンの備蓄物資から材料を買い付けて、工場のコンピュータにデータ登録されている車両やプチモビ等をライセンス生産して各国に売り込みをかけていた。

 

 

そんな工業区画を“頭上に”見上げる男が一人。

 

金髪を短く刈上げた偉丈夫。 ダークグレーの制服の上にパイロット用のボディーアーマーを身に着けて、インカム付きのヘッドギアを被った男は、開放されているメインモニターが据え付けられたコックピットハッチから、青い瞳で見詰めて居た。

 

『少佐。 新入りが来たみたいですよ?』

 

インカム越しに届く声に左を見れば、片膝を突いた灰色掛かった白と紺のツートンカラーの機体。 同じようにコックピットを開いていた部下が前方を指差していた。

 

ファクトリーのゲートから真っ直ぐに伸びる道路を、此方に向かってくるエレカが小さく確認できた。

 

シート脇に設置されたコンソールを軽快に叩くと、俯かせていた人と同じ双眼を持つ巨大な頭部が持ち上がり、エレカへとカメラを向けた。

 

「若いな…」

 

サブモニターに拡大される映像には、数台のエレカに分乗する兵士達。 その中一人である黒髪の少年へと意識が向く。

 

見慣れたアメリカ陸軍の制服を着た少年。

 

若い同僚の参加に、少佐は問題児であった前の部下の事を思い出して、溜息を零した。

 

『待たせたな少佐。 全機チェック完了、発進よろしだ』

 

「了解した後藤班長。 第一小隊、出るぞ!」

 

機体の足元から離れていくツナギ姿の整備員を見やりながら、ハッチを閉じて機体の双眼に火を入れる少佐。 巨大なコンテナを背負った機体が立ち上がり、演習地へと向けて足を踏み出す。

 

 

 

宇宙に居る事を忘れるような風景を、エレカの後部座席に座った少年は黙って眺めていた。

 

運転席に座る出迎えの先任軍曹の会話に、最低限の言葉を返しながら周囲へと目線を向ける。 他の兵士達は始めてみるコロニーの景色に歓声を上げているが、同じようにはしゃぐ気にはなれなかった。 

 

バックミラー越しにその姿を見た軍曹は、この年代の年頃にはよくあるナイーブさなのだろうと、気付かれないように苦笑を洩らす。

 

周囲の歓声が一際高くなり、同時に車は道の端一杯にまで寄せた。 

 

何事かと少年、ユウヤが正面へと視線を向けると…

 

見たことも無い戦術機らしき物が、立ち上がる姿が目に映った。

 

 

巨大なコンテナを背中に背負い、右手には突撃砲を左手には先端が二股に尖った小型の盾を装備した機体。

 

右肩に横線が一本入った隊長機らしき機体を先頭に、ゲートを抜けて此方へと歩行して向かってくる同型機が4機。

 

戦術機とは違う重厚な存在感を醸し出しながら、エレカの車列の横を通り過ぎる時、シールドに描かれた01の文字が目に入る。

 

「うちの栄えある第一小隊ですよ」

 

ハンドルを握る軍曹の誇らしげな声が届かない程に、力強さを感じさせる機体にユウヤは魅入られていた。

 

そんな彼らに答えるように、最後尾の機体が突撃砲を手にした右腕を、妙に人間臭く軽く振る。

 

おおー!

 

エレカに分乗した兵士達は、軽い歓声を上げながら手を振り返す者達も居た。 あの機体と同じ顔をした機体をユウヤはただ黙って見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドベル。 それは日米両国の承認の元に正式に命名された、ロンデニオン所属の表向きには日米合同特殊部隊と仮称されていた部隊の、部隊名である。

 

命名者は、部隊総責任者のロンデニオン管理官。

 

一月前の部隊命名式において、アメリカ本国から式に参加してきたアメリカ海軍の高官が部隊名の由来を聞いたところ、“魔除けの鈴”と呼ばれたある部隊に肖ったと述べた。

 

どの様な部隊だったのかと聞くと、吹き溜まり、流刑地、貧乏くじ、脛に傷持ちの外人部隊などと返答に困る言葉が多数出て来て、周囲に居た高官達は頬を引き攣らせた。

 

 

ロンドベルの大まかな内訳は、三個艦隊に増強中のロンデニオン警備艦隊に、地球との間を行き来する輸送艦隊が一個艦隊。 それにロンデニオンコロニー内の治安維持等を担当していた日米の陸戦隊、両軍あわせて一個大隊規模も正式にロンデニオン所属となっている。

 

 

そして最後に日米の戦技研究部隊として、サナリィと新たに命名されたファクトリーに配置となる技術大隊が一個大隊所属する事になる。

 

本部管理中隊、MSを始めとする機動兵器の運用データを取る試験中隊が三個中隊。 そして特殊試験中隊が一個。

 

 

そのサナリィの一角にて、地図が表示されたグラフィックペーパーを手にしたユウヤが一人溜息をもらしていた。

 

自分の所属や、明日からのカリキュラムを伝えるレクリエーションを午前中に終え、午後から敷地内の自由見学となったのだが、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせたユウヤは、誰にも打ち解けようとせずに一人で施設内を巡っていた。

 

 

『来年に迫った大統領選挙。 事前調査の段階では現大統領のエデン氏の有利が…』

 

『正しく新機軸を打ち上げたエデン大統領に希望を抱いた市民層や民間企業の期待を…』

 

『対立候補であり、対BETA強硬派の頭目とも目されるジャミル氏の陣営では…』

 

 

当て所なく歩くユウヤの耳にニュース番組のキャスターの声が届き、何気なく其方へと足を向けた。

 

辿り着いたのは、ドリンクや軽食の自動販売機が並ぶ小さな休憩所。 壁に埋め込まれたテレビモニターの前にはコの字型に並ぶソファー。 中心にはテーブルが置かれ、ソファーに座る見慣れぬツナギ姿の面々が思い思いのドリンクやスナックを置いて寛いでいた。

 

「おっ?」

 

その中の一人、ユウヤと同じ黒髪の男が休憩室にやって来た来訪者に気付く。

 

得てして人間と言うものは、好きな物よりも嫌いな物を直感的に探り当て易く、ソファーに座る黒髪の人物が日本人であると思ったユウヤは不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「ほらほら、みんな。 詰めて詰めて」

 

それを見て黒髪の男は腰を浮かして他の人間たちに声を掛けて席を詰めて貰い、空いた一人分のスペースにユウヤを誘う。

 

「どうぞどうぞ」

 

「いや、俺は別に…」

 

「まあまあ」

 

愛想の良い笑みを浮かべる男から視線を逸らして断ろうとするユウヤを、何時の間にか席を立ってユウヤの背後に立っていた男は背中を押して空いた席へと押して行く。

 

「っ! だから俺は…!」

 

「まあまあ」

 

ソファーへとユウヤを押しやった男は、ポケットからカードを取り出すと自動販売機に押し当ててユウヤへと振り向く。

 

「今日来た新人さん? 何飲む?」

 

「聞けよ、人の話!?」

 

そんな男に瞳を怒らせるユウヤと、笑みを浮かべてボタンの間を人差し指で行ったり来たりさせる男。 ソファーには苦笑を浮べるながらも面白そうに観察する人々。 その中の一人、ふんわり柔らかそうな金髪のユウヤと歳が変わらない若い男が、苦笑を浮べながら話しかける。

 

「まあ、あきらめて遠慮なく奢ってもらえよ」

 

「なんなんだよ!?」

 

「まあまあ」とユウヤの肩に手を掛けて金髪の男が席へと着ける。 その彼の前にコトリと一本の缶コーヒー。

 

「俺の名前はヴィンセント・ローウェル伍長だ准尉殿。 お前さんと同じで、技術交流の為にここの整備班に先月からご厄介になってる。 お前さんの名前は?」

 

「…ユウヤ・ブリッジス准尉」

 

「そして何を隠そう、この私こそがロンデニオンの遊び人のシンさ…」

 

「管理官。 お客様がお待ちです」

 

 

とユウヤの自己紹介に、変なポーズで茶々を入れようとした黒髪の男だが、音も無く現れた氷の笑みを浮かべる金髪グラマーな秘書さんに声を掛けられ、変なポーズなままで固まる。

 

「人違いです。 私は遊び人の…」

 

「第一ブリーフィングルームでお待ちですので、すぐにお越しください」

 

「私は遊び人の… あ~れ~ 若者よさ~ら~ば~」

 

秘書に首根っこを掴まれて引きずられるように男はその場を去るのだった。

 

「何なんだ、アレ…?」

 

後に残された面々は苦笑を浮かべ、ユウヤは呆れた表情でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「スケジュールを守って頂かないと困ります」 「反省しております」 そんな会話が扉の外から聞こえ、室内で待っていた客人達が席を立ってその人物たちを待ち構える。

 

スライド式ドアが静かに開き、ツナギ姿の男が秘書を伴って入室すると軍服を着た男達は敬礼を、スーツ姿の男達が軽く会釈して出迎える。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

ツナギ姿の男シンジは、真面目な表情で答礼しながら客人達に謝罪する。

 

「いえ、閣下」

 

客人達は軽い笑みを浮かべながら言葉を返し、シンジに進められて再び席へと着く。 その傍らに控えた秘書官が機材の準備をしている間に改めて言葉を掛けた。

 

「遠いところを皆様ご苦労様です。 両政府からお話は聞いておりますが、今回の件は何分にも初めての試みです。 色々とお力添え下さると助かります」

 

「それは此方の言葉です閣下」

 

「左様。 ロンデニオンの出自は大統領から直々にお話を聞いております。 お力を借りるのは寧ろ我々の方なのですから、此方の方こそどうぞ宜しくお願い致します」

 

「そうですか… ですが、互いの協力なくしては本計画は達成できません。 色々と問題も起こるでしょうが、改めて宜しくお願いいたします」

 

揃えた膝の上に手を置いて、姿勢正しく頭を下げるシンジに合わせて客人達も「宜しくお願いします」と頭を下げる。

 

そうしている内に機材の準備を終えた秘書官が部屋の明かりを消し、壁に埋め込まれた巨大モニターを映し出す。

 

 

“新JSF計画”

 

モニターにそう映し出された文字はキラリと光ると反転して消え、戦術機のシルエットが浮かび上がる。

 

「ご存知の通り、アメリカとイギリスを中心とした複数国参加の新世代標準戦術機開発計画とも言うべきJSF計画は、参加国の調整に追われて難航しております。 このままでは本計画が頓挫する可能性が高く、逼迫する情勢に対応すべくアメリカはイギリスとの協議の結果、ロンデニオンへの技術協力を要請。 ロンデニオンは、同じく新型主力戦術機の開発に難航していた日本帝国からの技術協力要請を受けていた為に、両戦術機開発を併せる事を条件に技術協力を了承する事になり“新JSF計画”を立ち上げる事が決定されました」

 

続いて組織図が画面に展開され、日米を始めとした各国の依頼を受けてシンジ・フジエダ“少将”を総責任者に、帝国側代表のタカムラ大佐、アメリカ側の代表のマハン大佐が脇を固める形になっている。

 

「ロンデニオンの保有する技術を戦術機にフィードバックし、新世代主力機を完成させる事を目的とする本計画ですが、仕様要綱が未だ本決定されておりません。 これは参加各国の機体性能に対する意見が統一されなかったのが原因であります」

 

元々が複数国参加に拠る計画であった為に、要求するコンセプトが複数案出てしまい、設計段階から躓いてしまったのだ。 これに対してアメリカは参加国を絞り込んだり、交渉によって譲歩を引き出している最中であった。

 

「ですので、仕様要綱が決定するまでの間にも技術的な擦り合わせをするべく、既存の戦術機の改修を行ってみる予定です」

 

そこでモニターの戦術機シルエットが二つに分離して明確に表示され、機体の名称も画面に浮かび上がる。 

 

“F15イーグル” “F16ファルコン”

 

第二世代に分類される名機達である。

 

もともとハイ・ロー・ミックスのセットとして扱われる二機。 F15イーグルは価格が高価ながらも、余裕のある基礎設計とペイロードにより安定感のある高性能と拡張性の高さが売りの機体であり、F16ファルコンは、F15と比べると拡張性は厳しいものの低価格と生産性、バランスの良い性能が売りで、F4ファントムに代わり各国の主力機として多く新規採用されていた。

 

この二機が、新世代戦術機の先駆けとして実験研究機に選ばれた理由は少し複雑だ。 本計画のリーダー的役割を担う日米。 その両国が技術的に共同歩調を歩める機体として、またアメリカが日本に技術公開しても“痛く”なく、両国で制式採用されているF15が先ず選ばれた。 F4の名前も挙がったのだが、耐用年数が迫り機体の老朽化が危惧された本機は、今回は不採用となっている。 そしてF15だけでとりあえずは本計画は十分なはずなのだが、ここにアメリカの事情が絡んだ。

 

本計画に参加する日本のメーカーは、帝国版F15・陽炎を共に研究開発した事もあり一体化して計画に参加しているが、アメリカの場合は事情が少し異なった。 アメリカには戦術機開発メーカーが多く、資本主義に忠実な彼らは新技術のノウハウが得られる本計画に貪欲的だった。 あの手この手のロビー活動で大統領を辟易とさせつつ、自社の製品の実験機への採用を嘆願。 少しでも自社に技術的フィードバックと利益を呼び込もうと、重役達がロンデニオンまでやって来て管理官と面談交渉攻勢に出た。 これに疲れきった管理官は、大口の有権者達を無視できずに同じく疲労の色の濃いその大統領からのホットラインにより、急遽もう一機の実験機採用へと相成った。 そこで選ばれたのはF15とは別メーカーが開発した機体であり、世界的に見てF4に次ぐ生産機数を誇り多くの国々に採用されているF16だった。

 

「とりあえず実験機がそれぞれ二機づつ、既にファクトリーの方で組み立てておりますので、来週には実機が配備される予定です。 詳しくは資料をお配りしますので、そちらをご覧下さい。 ご質問が有るかとは思いますが、明日組み立てているラインにご案内しますので、その時にお願い致します」

 

はっ…?

 

管理官と秘書官達を除く、その場に居たもの全てが間の抜けた表情を浮かべた。 

既に組み立てている?

 

呆気に取られる彼らの前に、秘書官の部下に当たる事務官がファイルを置いていく。

 

呆然としつつも、手を動かして目の前のファイルを捲ると、R(リファイン)F15・イーグルプラス、RF16・セイカーファルコンと名付けられた二機の戦術機の細かなスペックが記されていた。

 

えっ…?

 

本計画が決定されて、まだ一月も経っていない。 なのに既に実機が組み立てられている…?

 

 

彼らが驚くのも無理はない。 ロンデニオンは、二週間前に本計画に必要なF15とF16の設計データ等を生産許可と共に“公式”に入手。 そのデータを全自動CADに入力して、既存の機体との部品流用を重視しつつロンデニオンの技術を継ぎ込むよう条件を打ち込んで一週間ほどで第一案が出来、ファクトリーのラインとコロニー内工場の通常ラインを使って実機を作製中。 MSなどと少し勝手が違うせいで、生産工程のデータ蓄積が無いために生産速度が遅いが、それでも桁違いのスピードだ。 データを元に一年戦争時、連邦、ジオンともに僅かな期間で数多の新型、派生型を作りまくった全自動CAD様々である。

 

因みに機体ネーミングに関しては、管理官が昔やったゲームのものを流用したとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

ロンデニオンコロニー月側港。 地球から来る人や物資を受け入れる地球側の港とは反対に位置する港は、地球側とは違い人の出入りが厳しく制限されており、幾つもの立ち入り禁止区画が存在していた。

 

その内の一つである格納庫のデッキにて、このコロニーの主であるシンジはミネラルウォーターに付いたストローを咥え、デッキの手摺りに凭れ掛かりながら眼前の光景を見下ろしていた。

 

「どうするかな、これ…?」

 

物言わぬ白い巨人達が整列する光景に、少し困った表情を浮かべる。 

 

地球連邦軍制式量産型MS・GM(ジム)。 

 

一年戦争時に地球連邦の勝利を決定付けた機体。 諸説はあれど、その生産数は僅か数ヶ月で数千機とも言われ、地球連邦の底力を嫌でも感じさせる。 その機体が彼の眼下に90機並んでいた。

 

「正直、調子に乗って作りすぎた…」

 

今現在の生産レベルは、もう少ししたらガンダム開発計画へと手が届く程になっている。 そこに至るまでの過程で開発生産した前期生産型を始めとした、各種カスタムタイプや後期生産型、派生型にその他の兵器群諸々と、それらをロンデニオンで独自に改修した“オレガンシリーズ” (管理官命名)合わせてロンデニオンコロニーの保管スペースを圧迫し始めていた。

 

おまけに、木星から送られてきた資源小惑星“ルナツー”内にある生産区画でも浮かれて生産しまくった結果、MSだけで300機。 その他の生産した兵器も加えると“宇宙だけ”で千近くの機体や艦船が保管されている。 余剰と言うべきか、過剰と言うべきか… 更には地球の琵琶湖基地が本格稼動すれば、さらに余剰兵器が増える事になる。 まあこれでも、本家地球連邦軍の保有兵器量に比べればカワイイものなのだが。

 

これらの兵器群をどう有効利用しようか頭を悩ませるシンジ。 一応三軍の少将職を新たに拝命したとはいえ、地球での戦闘に介入する権限は今のところ認められていないので、勝手に投入して稼動データをとる事も出来ない。 よしんば投入許可が出ても、運用する人員が足りない。 …人員が追加で日本とアメリカから送られてきたとはいえ未だ教育課程の最中。 だが、一応代案は考えてある。 パイロットに関しては、無人機構想。 もともとMSにはオートパイロットが備わっており、教育型コンピュータに蓄積されたデータと合わせれば戦力になりうる可能性が高い。 幸いにも技術レベルを上げる生産過程で、アムロ・レイを始めとする連邦軍パイロットの稼動データを入手出来ており、その他にもサナリィの戦技研究部隊からも日々稼動データが蓄積されている。 整備に関しても、つい最近開発が完成したMS自動整備補修システム、通称“MSの棺桶”が生産可能になっており、地球連邦軍が一年戦争時に整備兵に配布したMS整備マニュアルと合わせて何とか… 

 

そこまで考えては見たものの、その他のバックアップ体制や戦術指揮などの問題で躓くのは見えているので、結局は日米を頼るほかない。 

 

溜め息を一つ吐き、片手で頭を掻き毟りながら「またお話し合いか…」と背中を煤けさせながらシンジは力無く呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17ターン目 春遠き…

吐く息を白くする冬の寒さの中、制服姿の少年少女が通学路を歩いていた。

 

「タケルちゃん! 今日の晩御飯は楽しみにしててよ!」

 

長く伸ばした赤毛を首の後ろで黄色いリボンで結んだ十代半ばと思われる少女が、楽しげな表情で少年に語りかける。 それを受けて少年は意地の悪い表情を浮かべた。

 

「大丈夫なのか、 純夏? 変な食い物出すなよ?」

 

「む~! 折角、ちゃんとしたお肉を手に入れてきたのに! 天然だよ? 天然物の牛肉だよ!」

 

「ホントか!?」

 

少しむくれた少女から出てきた言葉に、少年は驚きの表情を浮かべて聞き返す。

 

「ホントだよ! 高かったんだよ? ろんでにおん産のお肉だってぇ」

 

「ロンデニオン? って、宇宙産の肉なのか?」

 

「すごいよね~ 宇宙でお肉がとれるなんて。 今日はなんと、スキヤキだよ~!」

 

天然物の食料が不足がちなご時勢で、今日と言う特別な日に肉を手に入れてご機嫌な少女に、少年は苦笑を漏らした。

 

今日は少年の誕生日。 それも今までとは違う意味を持った誕生日だった。

 

その事を思い、少年は街のある方角へと視線を向ける。

 

町並みでここからは見えないが、そこには帝国軍の基地がある。 その少年の視線の意味に気が付き、少女は笑顔から一転して表情を曇らせた。

 

「タケルちゃんも、戦争に行っちゃうの…?」

 

沈んだ声に我に返った少年は少し考えた後に、ニッっと笑みを浮かべる。

 

「心配すんな、純夏! 大丈夫だ! BETAなんて俺がやっつけてくるからよ!」

 

「タケルちゃん…」

 

少年は元気づけようとしたが、少女は唇を噛んで何かを堪える様に俯く。 

 

足を止める二人。 やがて少女は勢い良く顔を上げ、何かを決意した顔を少年に見せる。

 

「私も一緒に行くよ、タケルちゃん!」

 

「…ば~か。 お前は行けねえよ」

 

長く続く戦争。 日々増え続ける戦死者の数は、日本にも深刻な影響を与えていた。

 

人類の存亡と護国の志の下、大陸に多くの兵士達が派遣され、多くの者が異国の地で骨を埋めた… その補充と、間近に迫りつつある本土進攻への備えとして、帝国議会は徴兵年齢の引き下げを行った。 

 

事実上の学徒動員である。 

 

未成年男子を対象にしたその法令。 今日から少年はその条件を満たす事になる。

 

近いうちに赤紙とも言うべき案内が少年の下に届くだろう。 そして来年の春には適性検査を受けて、兵士としての生活が始まる。

 

「行くもん!」

 

「だから、女子は徴兵対象外なの! 偉い人達がそう決めたの!」

 

「むー! 絶対に行くもん!」

 

「…ば~か。 お前が来たら、俺が行く意味ないだろ?」

 

「えっ…?」

 

「はぁ~ 何だか腹減ったな。 早く帰ろうぜ、今日はすき焼きなんだろう?」

 

少年の一言と何かを秘めた真剣な表情に、キョトンとした少女を置いて軽い足取りで家路を急ぐ少年。

 

「えっ、あっ… タケルちゃん、ちょっと待って! 今なんて言ったの!? どういう意味!?」

 

「あ~あ、腹減った~ 腹減った~」

 

慌てて後を追いかける少女の追及を無視して更に歩みを速める少年。 その顔は沈み行く夕日に照らされたせいか、少し赤く染まっていた。

 

正史では、来年初頭から始まる混乱により少年は兵士になる事はなく、一人の少年として戦いそして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このまま行くと、本来の歴史の流れとは大分変わってしまうね」

 

白い壁に囲まれたドーム状の室内。 その中央に肩膝を付いた状態でケーブルに繋がれた白い巨人が来訪者にそう告げる。

 

「しょうがないでしょ?」

 

「…00ユニットの最適合者が、“最適”な状態で手に入らなくとも?」

 

「それこそ、ふざけんなでしょ? ゼファーさん?」

 

巨人を見上げる顔にニヤリとした不敵な笑みが浮かぶ。

 

「まあ、香月博士には悪いけど。 やれる事はやらせて貰うさ」

 

「…失言だった。 謝罪する。 私は機械なのでどうしても効率を考えてしまう」

 

巨人の言葉に来訪者は肩を竦めて「気にしないで」と返す。

 

「失点は何とかこっちで埋め合わせしよう。 それに今さらそこらへんを考えても遅い… というかあんまり意味がないと言うか。 そもそも俺達が居る時点で歴史の流れも大幅に変わってるだろうしね」

 

「ふっ。 確かに」

 

「ところで相談があるんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝鮮半島38度線付近 前線基地

 

 

 

BETAによる侵略。 それはただ単に人類の生存圏の喪失だけでは済まされない。 BETAの占領した地域には何も残らない。 動物も虫も、そこに根付く数多の植物も、命を潤す川も大地の歴史でもある山脈も… 地球と言う星を構成するあらゆるものをBETAは蹂躙し、食らい尽くす。

 

その結果、異常気象が深刻化し、温暖化とただでさえ乾燥しやすい土地では容易く砂塵が巻き起こる。雪の降らなくなった冬の季節は更にそれを加速させ、急造の格納庫前で待機する整備兵達は口元をマフラーで覆って砂塵を巻き起こす主を出迎えた。

 

地面を振るわせる元はグレーの塗装が施された巨体は、砂塵と赤い体液に塗れ所属を記す車体番号も読み取れない程に汚れている。

 

最後の車両が格納庫に入ったのを確認した整備兵が、これ以上砂塵が入り込まないように急いで扉を閉める。 それと同時に地面を震わせていたエンジンが止まり、一台の戦車の砲塔から整備兵と同じく口元をマフラーで覆い、ゴーグルを掛けた男がのっそりと上半身を出して勢い良くマフラーを下げて髭に覆われた口で大きく息を吸い込んだ。

 

「かっはぁっ~ 空気が旨めぇ~」

 

続いてゴーグルも首元へと下げると、車体前部中央に位置する操縦席のハッチが開き、同じ格好の男がよろよろと這い出てきた。

 

「大尉ぃ~ 無茶苦茶ですよぉ~」

 

口元を覆うマフラーを外してないので、情けない声はより小さく聞こえる。 そんな彼らの元に、冷えたペットボトルを持った整備兵達が群がる。

 

「ご苦労様です大尉。 戦果は?」

 

整備兵から受け取った合成玉露を一気に飲み干して、豪快な笑みを浮かべて応える。

 

「要撃級を20に突撃級を3。 それとオマケに戦車級と小っこいのをコイツで轢いて挽肉にしてやった!」

 

「無茶苦茶ですぅ~」

 

バンバンと分厚い装甲を叩きながらさも愉快そうに笑って述べる戦車兵・宇喜田と、精根尽きた感のあるその相方・楠田。 帝国陸軍の61式戦車実戦評価試験の為に設立された512戦車大隊の21両を率いて半島の最前線で戦っていた。

 

帝国陸軍の主力戦車である74式、90式戦車と明らかに違う設計思想で作られた61式戦車は、運用面に置いて難があるのではと陸軍上層部に訝しがられた。 しかし半島の戦火が何時本土へと飛び火するか分からない状況下に、安保関係にあるアメリカが前向きに61式を採用する動き、製造元であるロンデニオンの琵琶湖基地建設に拠る部品調達の見通しに首を縦に振った。 性能面に置いては地球上のあらゆる戦車を凌駕し、ロンデニオンが提示する安い購入価格に低利息長期国債での支払い可は、膨大化する軍事費に戦術機方面に予算を振らざるを得ない予算で、戦力の可能な限りの増強を行わなければいけない軍としては手を出さざるを得なかった。

 

そこで一刻も早く、少しでも多くの運用データを得るために驚くべき速さで61式やその他のロンデニオン産兵器を装備した部隊編成が行われ、半島へと送られた。 なお、同じく61式等を調達予定のアメリカは、幅広い運用データを得るべく、半島、アフリカ、中東方面への試験部隊派遣を行っている。 そしてそのデータは、後に様々な派生機種を生み出す事になる。

 

 

戦車格納庫と同時期に建てられたばかりなのに、早くも薄汚れだした兵舎内にある食堂に移動した戦車兵たち。 折りたたみ式の椅子とテーブルで作られた食卓に、当番兵から料理を受け取って思い思いの場所へと座って食事を口にする。

 

宇喜多達もその中に居り、時折雑談を交えながら夕食を摂っていた。

 

「最近、戦線をすり抜けて来る奴が多くなりましたね、大尉?」

 

合成食品と天然物が混ざり合うメニューの中から、コロニー養殖物のアジの開きを箸で摘みながら楠田が話を振る。 それに対して、同じくコロニー産の大豆から作られた豆腐入り味噌汁を一口啜って宇喜多が答える。

 

「…そうだな。 近い内に、何かあるかもしれん」

 

そう言って、味噌の香りと汁をもう一度味わう。 物資の援助に拠って、綻びつつある戦線を立て直す事に成功はしたものの、それに応じるかのようにBETAの圧力も徐々に増して来ているように感じられていた。 

 

正史において、本来ならばこの時期には戦線は擦り切れる寸前で、半島は更に増加するBETAの圧力に抗しきれずに人類は撤退間近であった。 しかしこの世界においては十分な弾薬と食料、比較的扱いが容易い歩兵携行火器などの提供に拠って戦線は強化されている。 おまけに、戦線をすり抜けて、ゲリラのように後方浸透して戦線の綻びを生み出すはぐれBETAも、新たに半島に派遣されてきた日米の新兵器部隊が火消し役となって殲滅されており、小康状態を保つ事に成功していた。 

 

それでもこれより先、BETAの圧力が増す事はあっても減る事は無いことを、今までの経験上か何となく感じ取った宇喜多はそのまま口を閉ざした。

 

 

 

  

 

「二番機の補給は終わったか!? 終わったな! よし、大尉待たせてすまない」

 

「慣れない機体ですからね」

 

コンテナが積み上げられた格納庫で整備兵のツナギを着た壮年の髭男と、狭いコックピットに収まったパイロットスーツ姿の男が周囲の喧騒に負けないように大声で話し合う。

 

「そんなの理由になんねえよ。 少なくとも一月前からコイツとは付き合ってん

 

だ。 いい加減慣れなきゃ前線で戦うあんた達パイロットに申し訳ねえよ」渋い顔で言う年上の整備兵に、パイロットは苦笑を返した。 ヘリ部隊から転属になったパイロット自身も、この機体に乗って同じ一月しか経っていないために整備兵たちには同情の念を感じ得ない。

 

『バイパー小隊、出るぞ!』

 

オープン回線で飛び込んできた声に反応して視線を格納庫の出口へと向ければ、機首にコミカルなガラガラ蛇をマーキングした同型機が本日3度目の出撃をして行く。

 

「アメリカさんに先を越されたか…」

 

「さすが、ですね。 …行きます、離れて下さい」

 

「おうよ。 気をつけてな」

 

日の丸がマーキングされた機首横に取り付けられたタラップを降りて、すぐにタラップを外すように支持する整備兵。 パイロットはキャノピーを閉じながら隣の席に座るコパイと最終確認を行う。

 

『モンガー1、エリアB7にて応援要請が出ています。 至急そちらへ向かってください』

 

「了解だ。 今日はやけにお客さんが多いな… モンガー2、いいな? …よし、出るぞ!」

 

機体の展開能力、瞬間火力制圧の高さから、ひきりなしに飛び込む応援妖精に一言漏らしつつエンジンに火を入れる。 ファンの駆動が機体を揺らし、ふわりと浮遊感を感じながら僅かにコントロールスティックを前に押し込む。

 

二機のファンが巻き起こす強風に、整備帽を飛ばされないように抑えながら整備員はにやりと笑う。行って来い!そう視線に込めながら見送る整備員の前で、二機の新型機が出撃して行く。 

 

「班長! モンガー3、4が5分後に帰還します! 両機ともに被弾無し!」

 

「おうさ! 野郎ども、弾薬と燃料のおかわりの用意だ! 被弾無しでも機体のチェックに手ぇ抜くんじゃねえぞ!?」

 

威勢の良い返事を聞きながら整備兵は踵を返した。

 

帝国軍に高い期待を持って試験配備された機体がある。 その名をファン・ファンと言う。

 

地球連邦軍正式配備の機体の一つで、一番の特徴は2機のファンを使ったホバー飛行機体であることだろう。 

 

武装は機関砲と連装ロケット砲装備と比較的シンプルで、一見すると戦闘ヘリでも代替可能な機体に見える。 しかし、一見コミカルな外見を裏切ってその性能は信じられないくらいに高い。 ある意味で、簡易型戦術機と言って良いかもしれないのだ。2機の高性能ジェットエンジンを装備して戦闘ヘリ以上の最高速度を誇り (第一、第二世代戦術機に追随出来る速度)、ホバー飛行を併用した高い運動性と稼働時間の長さ、シンプルな構造に依る生産性の高さと整備性の簡易さ、武装変更による運用性の高さに操縦性も良い。 高度50m以下の匍匐飛行を戦闘ヘリ以上に容易く、高速で行える機体。 山地の多い日本に置いて、これほど適した兵器もないだろう。 世界中に戦域を持つアメリカ軍にもその能力の高さに即戦力として期待された機体は、半島の大地を這うよに飛び回る。

 

 

「カモーン! イエス!!」 

 

目前に迫る突撃級を中心とした小集団に向かって、数十のロケット弾が細い煙の尾を引き獰猛に食らいつく。 計4機のファンファンに、機体上部に設置された連装ロケット砲を各々別に投射された突撃級は、甲殻を細かく打ち砕かれながらその場で動かなくなった。 ロケットの爆発に巻き込まれた周囲の小型種もまた爆発の余波だけでなく、砕かれ飛んできた突撃級の破片に拠って被害を受けて足を鈍らせる。 

 

「ドッグファイトがお好きかい? 格闘戦のデータを採る、フォローを!」 

 

足の鈍った集団から抜け出すように出てきたのは、蠍を思わせるフォルムを持つ一匹の要撃級。 カウボーイハットを被ったコミカルなガラガラ蛇を機首にマーキングしたファンファンの1機が、それに答えるように進み出る。

 

『前に出るな、バイパー1! 距離を保て!』

 

「はっ! コイてろ!」

 

F15イーグルで編成された米戦術機部隊の隊長が静止の声を掛けるが、バイパー1のパイロットはコックピット内で中指を突き立てて要撃級へと間合いを詰める。 一瞬、隣の席に座る機体の管制を担うコパイへと視線を向けるが、ヘルメットのバイザー越しににやりと目が笑ったのを見て同じような目を返した。

 

バカみたいに太い前腕を振り上げる要撃級。 その右腕をスティックを傾けて軽やかに避けつつ相手の側面へと回り込み、硬い甲殻の継ぎ目に四基の36mm機関砲を叩き込む。

 

戦術機の突撃砲と口径は同じでありながらも、ロンデ二オン技術で再設計された新式36mmケースレス弾に拠る四門集中掃射は、要撃級の腕の付け根を抉りとり左腕が地面へと落ちる。 それだけではなく、瞬間的に集弾命中した弾頭はそのまま肉へと抉り込んで中枢器官を破壊。 要撃級は力無くその場に崩れ落ちた。

 

「ヒーハー!! 蛇の毒はあっと言う間だぜ!?」

 

『イカレ野郎が、無茶しやがる…』

 

「はっ! メインは粗方食い尽くしたな? 後は付け合せ共を片付けるぞ!」

 

無線機越しに聞こえた声を褒め言葉とし、バイパー1はすぐさまに部下へと残敵掃討を命じる。

 

暫くの間、機関砲の音が重なり合って鳴り響き、やがて周囲は静寂を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

夜の帳が降り寒さが一段と増した頃。 帝国の半島派遣軍司令部の一室で二人の男が壁に貼られた戦域図を見ながらコーヒーを啜っていた。一人は帝国陸軍の将官服を身に纏った穏やかな目をした壮年の男、襟の階級章は中将を示している。もう一人は士官服を纏い若く精悍な顔にメガネを描けた男、階級章は中尉を示している。

 

親子ほどに年の離れた二人は、ここのところ変化の激しい戦域図をじっと見つめていたが、若い中尉がメガネを人差し指で押し上げながら口を開いた。

 

「確実にBETAの圧力が増していますね…」

 

「…そうだな」

 

中尉の指摘に肩を竦めながら中将は静かな声で短く返し、コーヒーを一口啜ると再び口を開く。

 

「戦線を保っているのは奇跡と言って良いくらいの綱渡りだな。 この間の物資援助で、各国の軍が士気を取り戻しているが、これまでの疲弊で限界が近い事には変わりない。 勿論、我が軍もそれに含まれる」

 

「はい…」

 

中将の言葉で、中尉はつい先日の出来事を思い出す。

 

最前線のローテーションで出動した彼の所属する戦術機部隊は、運悪くBETAの大集団と鉢合わせになった。 先だって呆気なく戦死した同部隊の衛士たちの穴埋めのために来た帝国の戦車部隊と共に、友軍の応援が来るまで持ち堪えるだけの何時もと変わらない戦場。 

 

何時も通りにBETAを迎え撃ち、合流した友軍と撃滅する。気を抜いていたつもりはない。 周囲の状況と仲間の様子に気を配りつつ、目の前に迫る敵を撃つ。 これ以上は仲間を死なせないし、自分もまだ死ぬ積もりは無い。 戦域データを確認しつつ、敵を寄せ付けないようにトリガーを引く。 

 

けれどその日は突撃級が間近に迫っていたのに気づくのが遅れた。 

 

「あっ…」

 

迎撃しようとするが、精神と肉体が弛緩しているのか一瞬のタイムラグが発生。 間に合わない。 そう瞬時に悟った瞬間、走馬灯の様に一人の少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 

すまない…

 

少女に心の中で詫びつつ、モニター一杯に迫りつつある凶器の塊を見つめた。

 

『バカ野郎!!』

 

野太い怒声と同時に炸裂音が愛機のコックピット内に鳴り響き、目の前に居た突撃級が吹っ飛んでいった。

 

胴体に二つの大穴を開けてゴロゴロと横倒しに滑稽な程に転がる要撃級は、味方である小型種のBETAを押し潰しながら大地に横たわり、ぴくりとも動かなかくなった。

 

『ぼさっとすんなよ!』

 

続けて間近に迫りつつあった戦車級を始めとする小型種の集団の真ん中で、二発の榴弾が炸裂。 大小の肉片が周囲に飛び散り、中尉の乗っていた機体に血しぶきが降りかかる。

 

『撃て撃て、撃てぇ!!』

 

その声に弾かれるように反応し出した指がトリガーを引き絞る。 ブブブブッ…! チェーンガン特有の連なった発射音がコックピットに響き、目の前に迫りつつあったBETAたちを引き裂いていった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ…!」

 

荒い息を整えつつ、視線だけを周囲に張り巡らして、目視とレーダーで危険域にいない事を確認すると、額と顎を伝う大量の汗を手で拭った。

 

危なかった…

 

柄にもなく震える手を見つめながら内心で呟く。 そこに先程の通信の男が、映像付きで通信をつないで来た。

 

『大丈夫か?』

 

無精ヒゲの生い茂る顎に傷跡が走るいかつい顔の男が目を細めながら尋ねる。

 

「…ありがとうございました、大尉」

 

通信先のデータを瞬時に読み取って、窮地を救ってくれた上官に軽く頭を下げながら礼を言う。 大尉はじっとその姿を見つめると、顎に手をやってヒゲを撫で付けながらそれに返す。

 

『無事ならいい。 …気を付けな。 知らない内に、気付かないうちに疲れは体の奥に染み込んで行くもんだ。 どんなエースもこいつに憑かれたら゛呆気なく”死んじまう』

 

「…ご忠告痛み入ります」

 

『ふっ。 特にお前さんみたいなクソ真面目そうなのは危ない。 息抜きに慣れてないからな。 おっと…?』

 

ニヤリとからかいが含まれる笑みを浮かべていた大尉が視線を一度脇に移して真剣な表情に戻る。

 

『追加のお客さんだ、中尉』

 

「はい!」

 

真面目な表情で返す中尉に、大尉は一瞬笑みを漏らす。

 

『中尉、助けた礼に今度酒に付き合え』

 

「は?」

 

『奢れと言っているワケじゃないぞ? 息抜きの仕方を教えてやると言っている

 

んだ中尉』

 

「あの?」

 

『楽しみだろう? だからな中尉…』

 

「はい?」

 

『死ぬなよ?』

 

そして通信が一旦途絶え、代わりに若い女性のコマンドポストから新たな戦域情報が入ってくる。

 

楽しみだろう? 死ぬなよ? 

 

思い返した大尉の言葉に、中尉は頬を少し緩めて「了解」と心の中で返した。

 

 

……

 

………

 

 

思い出していると、自然と笑みが浮かぶ。 お陰さまで五体満足に基地へと帰ることができ、今は大尉との再会の時を“楽しみに”待っている。 そんな若い中尉の顔を覗き込んだ中将は、暖かみのある笑みを浮かべる。

 

「どうした、珍しいな? お前が笑うのも」

 

「いえ、少し楽しみにしている事を思い出しましたので」

 

「ほう… 女か? いかん、いかんな~ 国で慧が泣いているぞ~?」

 

「閣下!?」

 

楽しげな表情でからかう中将。 中尉は珍しくも慌てふためいた表情を見せ、それが中将の笑みを更に深くした。

 

 

嵐はすぐそこまで迫りつつある…

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

~オレ達、帝国海兵隊!!~

 

 

 

 

 

ー横須賀鎮守府ー

 

 

開け放たれた大扉から吹き込む潮風と格納庫内に篭った機械油の入り混じった独特の匂いの中、一人の男が頭上を見上げていた。

 

見上げる先には、セミモノコックの耐水構造の装甲が彼方此方と剥がされ、内部構造をさらけ出す異形の巨人。

 

彼の愛機である戦術機・海神(ワダツミ)。 アメリカの攻撃機A‐6イントルーダを帝国海軍向けに改修した機体。  彼が初めて乗った戦術機であり、彼が乗ったことのある唯一の戦術機でもある。

 

その愛すべき機体は、搭載母艦の母港でのドッグ入りに合わせてオーバーホールの真っ最中だ。 半島での情勢が油断ならない状況下で、何時訪れるやもしれぬ本土防衛戦に備えて母艦ともども入念に整備される予定。 体力を維持する基礎訓練と、シミュレーターの空いた時間に行われる操縦訓練以外にやることがないので、暇を持て余してはこうして愛機の様子を見にやって来ていた。

 

ヨーロッパのドーバー海峡防衛戦に参加した事もある前任者から受け継いだ機体は、ロートル(おじいちゃん)となりつつあるが、まだまだ現役。 陸軍の戦術機関連に予算を取られ、予算の無い中をロートル艦を近代化改修するなどして、爪に火を灯すような帝国海軍に新型を開発出来る余裕があるはずもないので、二階級特進か退役までこの機体に乗り続けるのだろうなと、愛機を見上げながらぼんやりと男は考えていた。

 

「赤坂少尉!」

 

自分を呼ぶ声に男はゆっくりと振り返る。 二十代前半の自分と同年代の顔見知りの整備兵がこちらへと近づいてきている。

 

「なんだ?」

 

「戦隊司令部から呼び出しが来てますよ?」

 

「…どっちの?」

 

「海兵隊の方です」

 

「そっ」

 

整備兵の言葉に軽く手を上げて礼をしつつ、上から呼び出される覚えの無い赤坂は一度愛機を見上げると、ズボンのポケットに手を突っ込みつつ司令部の方へと足を向ける。

 

途中で整備兵の自転車を借りて、海風に当たりながら司令部へと鼻歌交じりにサイクリング。 同じ港に同居している顔見知りの在日米軍さんと軽く挨拶を交わしながらペダルを漕ぐ。 

 

広い港湾部を駆け抜け、改築されて間もない海兵隊司令部へと足を運ぶ。生真面目そうな受付に要件を告げ、海に出ているときは殆ど顔を合わせない上司に面会。 そして新設される部隊への転属を言い渡された。 

 

青天の霹靂。 何が何やら訳も分からずに、その日の内に荷造りを済まさせられ、愛機や同僚と別れを告げる間も無く列車で新しい赴任先へと向かうことになる。

 

 

外行きの制服に身を包み、国鉄の車内で途中で買った駅弁幕の内を広げつつ赤坂は、これから向かう赴任先へと思いを馳せる。

 

琵琶湖基地。

 

琵琶湖周辺にある既存の軍事基地とは別に、日本とアメリカが共同出資して作られた基地。 

 

最近、日本とアメリカは随分と仲が好いみたいで、皆に秘密で宇宙にコロニーを作ってたりと色々とやっているようだ。 在日米軍と同居していた身としては、上が仲が良いのは歓迎するが、コロニーとか、基地を作る予算があるのなら海軍の方にも少しは回して貰えないかと思ったりしつつ、合成食材混じりの弁当を口に運ぶ。

 

急遽新設される部隊への転属と共に昇進して、中尉になって給料がちょっとだけ上がったのはいいが、何をやらされるのか心配になる。 

 

徴兵されて早数年。 出来る事といえば海神にしか乗る事。 一応海兵隊所属なので、海兵としての基礎訓練はやったが、今更生身でドンパチ出来るはずも無く。 花形の戦術機乗りとはいっても、陸軍の使う戦術機と戦術“攻撃”機の海神とでは機体運用が全く違う。 向こうは空を飛び、地を走るのがメイン。 こっちは海に潜って顔を出すのがメインなのだ。 まさかいきなり跳躍ユニット付きの戦術機に乗れとは言わないよな…? いや待て。 新設部隊で海兵なのだから、もしかして新型とか? 愛機に心の中で詫びつつも、新型という淡い期待に心躍らせて合成玉露を煽った。

 

 

駅を降り、バスに乗って琵琶湖基地ゲート前にやって来た赤坂。 ゲートの衛兵に身分証と転属証明書を渡し、琵琶湖基地建設工事のトラックが巻き起こす砂塵と共に基地内へ。 予算の関係で最初に在った琵琶湖基地は、船の補修が出来る最低限のドックが一つと補給物資を貯める倉庫と船の繋留場所しかなかったのだが、新たに新設された新琵琶湖基地は潤沢な予算と人口減少が原因の過疎化のお陰で広大な土地を入手できたせいで敷地は広い。

 

その広い敷地内を丁度半分に区切る形で設置されるフェンスと検問所。 そこを潜り抜け、湖に面した新設のドックと、繋留されている平たく巨大なモノ。 かつての母艦・崇潮級よりも、海軍の大和よりも遥かにでかい何か。 それらを横目に、敷地の奥に見える真新しい建物へとたどり着く。 建物前の掲揚旗に海兵隊の旗がはためいているのに少しほっとしつつ、建物内へと入った。

 

 

建物内一室。 受付の案内の元にたどり着いた部屋には、自分と同じく招集されたのであろう人々が室内に設置されたパイプ椅子に座り、思い思いにだらけていた。 中年のうだつの上がらなさそうな上官はパイプ椅子に深く腰掛け、腕を胸の前に組んでうつらうつらと船を漕ぎ、若い衛士達はパイプ椅子を寄せて花札をしている。 その様から、自分と同じ潜水艦勤務と知れる。 海に出れば居住空間の限られた海軍の艦で居候としての生活を強いられる海兵。 その中でも段違いに狭い艦内で海に潜って生活しなければならない潜水艦勤務は、ストレスの溜まりが早い。 故に抜けるところではとことん抜くのが潜水艦勤務の海兵にはよくある風景だ。

 

 

赤坂も空いた席の一つに腰を下ろし、何をするでもなく天井をぼ~っと見上げて時間を潰していると、やがて中佐とその部下らしき人物が室内へと入ってきた。

 

流石に中佐が入ってきたので、一同は花札を片付け口元の涎を拭い居住まいを正して席を立つ。

 

室内の奥に設置されたモニターの前に立つ中佐。 それに対して一同は一斉に海軍指揮の敬礼を送る。 中佐はそれに陸軍式の敬礼を返して「休め」と告げる。腰を下ろした一同の顔を順に見やった中佐は帝国技術廠所属の巌谷と名乗り、新設される部隊の説明を始めた。

 

 

新設される部隊、第三潜水艦隊は日米の技術協力により開発された所謂ロンデ二オン産の兵器を試験運用するための部隊である。 故に技術畑からアドバイザー兼部隊責任者の一人として自分も参加する事。 母港を琵琶湖基地としてのデータ取りがまず最初の任務である事、ここで見聞きした情報に関する守秘義務などなどが説明されて行く。

 

既に母艦となる新型潜水艦には人が配置され、習熟の最中だと説明されると、次に赤坂ら衛士が乗る機体の説明に入る。

 

赤坂はここに来る途中で新型に乗りたいなと思った。

 

確かに思った。

 

しかし、目の前の巨大モニターに映る機体画像を見てあんぐりと口を開いた。 周りにいる他の衛士達も皆同じように口を開けたり、呆気に取られた表情で目を見開いていた。

 

大の男たちのそんな様子に対して、巌谷中佐はモニターに目をやることで視線を逸らして話を続ける。

 

「これが諸君らに乗ってもらう機体。 “RMSM-04・アッガイ改”だ」

 

「アッガイかい…?」

 

モニターにはずんぐりとした丸みを帯びた機体が映し出されていた…

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。