ガリ勉少女を愛くるしげにするためには、 (ひょっとこ_)
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プロローグ
「アリス! アリスじゃない!」
「うぇっ!?」
どこか見覚えのある少女がコンパートメントと通路を仕切るドアを開き、僕の眼前まで来たかと思うと、声を張り上げてそう言った。
突然のことで体が固まり、膝の上にのっけて読んでいた分厚い本――アドルバート・ワフリング著の「魔法論」を思わず取り落としてしまう。
「ね、アリス、私のこと、覚えてるかしら? 私、ハーマイオニーよ。ね、覚えてるでしょ?」
あっ、と思う隙もないくらいの機敏さで、その少女は、少しばかり大きい前歯と茶色の縮れ毛が特徴的な顔に満面の笑みを浮かべつつずずいと詰め寄ってくる。
「え、っと……はーむ、おうん……ににー……?」
おそらくは名前であろう単語が聞き取れず、曖昧な返しになってしまった。
ぼさぼさの髪の毛と同色の瞳がこちらの瞳と重なって、その奥に光る興奮の色にやはり既視感を抱く。
「ふふっ、そういえば、あなた私の名前をうまく言えないんだっけ。ハーミー。ハーミーよ。これで思い出すでしょう、アリス」
花が咲いたようなその笑みにもやはり既視感を覚える。そして、頭の深いところを掻き乱すその
数秒の間考え込んで、それで、ようやっと思い出した。
ハーミー。ハーマイオニーだ。ハーマイオニー・グレンジャー。
そうだ。僕はこの少女のことを知っている。
五年前、僕がまだイギリスで暮らしていた頃だ。家の近くで歯医者を営んでいたグレンジャーさんとこの一人娘と僕はよく一緒に遊んでいた。それが彼女、ハーマイオニーだ。
生まれてから、両親が言う諸事情とやらで日本に移り住むことになるまでの五年間、いつも隣には彼女が居た覚えがある。
「ハーミー……ハーマイオニー! おー、久しぶり!」
頭の中に根付く言語のスイッチを切り替える。幼い頃、イギリスで過ごしていたのは伊達ではない。
「ええ、アリス、久しぶり! 五年ぶりかしら。背、伸びたわね。にしても、驚いたわ。まさか、ホグワーツ行きのこの列車であなたに会えるだなんて」
饒舌、というか矢継ぎ早に捲くし立てるハーマイオニーは、記憶の中にある幼い頃の彼女の姿とぴったり一致して、思わず笑いが込み上げる。
遊ぶのも、ご飯やお菓子を食べるのも、寝るのも一緒だった。時にはお風呂だって……いやいや、これは忘れよう。
とにかく、楽しいものばかりの彼女との記憶。日本で過ごした五年の間に、どうやらそれは頭の奥底に仕舞い込まれていたらしい。
「それを言うなら、君もだよ。たしかグレンジャーの小父さんと小母さんさんはマグルだったよな」
「そうなの! だから、初めてふくろう便が来たときなんか、もう驚いちゃって……って、そうじゃないわ。ねぇ、アリス、少しいいかしら?」
喜色に満ちていた顔を真剣なそれへ変えたハーマイオニーの話を聞きながら、ふと僕の思考は脇へ飛んだ。
アリス。ハーマイオニーは僕をそう呼ぶけれど、それは幼い頃の名残りだ。
僕の名前は、クラレンス・A・オブライエンといって、ミドルネームのAが日本人である父さんの姓、有栖の意味を持っている。
それで、「不思議の国のアリス」を愛読書としていた当時のハーマイオニーが、有栖の部分を気に入って、僕のことを名前ではなくアリスと呼ぶようになったのだ。
変な謂われではあるが、僕自身、わりと気に入っている呼び名だった。
「……というわけなんだけど。って、アリス、聞いてたの?」
「あー、うん、ヒキガエルでしょ? そっちの、えっと、ネビルだっけ?」
ハーマイオニーに紹介されるまで気づかなかったが、このコンパートメントの中にはもう一人、少年がいた。
ネビル・ロングボトム。どうやら、彼のペットのヒキガエルが逃げ出してしまったのを彼とハーマイオニーの二人で探していたらしい。
それで、そのうちに僕を見つけて、思わず舞い上がってしまったと。
「わかった。手伝うよ、カエル探し」
「本当!?」
「ありがとう、アリス」
「さ、そうと決まれば早く行こうか」
すでに泣きべそをかいているネビル。さすがに捨て置けなかった。
と、その前に床に放りっぱなしだった「魔法論」を拾い上げ、埃を払ってから、栞を挟む。
「あら、それ、読んでたの?」
ネビルを先に行かせ、自身もコンパートメントから出ようとしていたハーマイオニーが、目敏く僕の手元を覗き込む。
「うん。結構おもしろいよ」
「知ってる。もう読んでしまったもの」
そう言って笑う彼女は、昔、よく本から仕入れてきた知識を僕にひけらかして驚かそうとしていたときと同じ顔をしていて、なんだか胸が温かくなった。
「さ、早く行きましょ、アリス」
「うん、そうだね」
どことも知れぬ草原を、目的地――ホグワーツ魔法魔術学校へ向けて走るホグワーツ特急。
その中で、物語は始まる。
不思議な不思議な魔法の物語であり。
運命の因果とそれを断ち切る意思の物語であり。
僕たち魔法使いの奇っ怪な人生を綴った物語である。
「トレバー、出ておいでよー……トレバー……ぐすっ……」
「ああっ、もう、泣かないの、ネビル!」
「トレバーやーい、どこだー」
アクシオ、使えたら楽なのになぁ……。
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第一話
毎度毎度、遅々として進みませんよ。
「一年生はこっちーっ! 一年生はこっちーっ!」
割れ鐘のような声が列車から降りたホグワーツ生を迎える。
「すごい声ね、あの人……」
ネビルの一件――残念ながらトレバーの発見には至らなかった――から行動を共にしているハーマイオニーが、ホームで僕たち、新入生の迎えをしてくれている大男を見て思わずといった様子でそう口にした。
「彼はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの周りにある禁じられた森ってところの番人を仰せつかっている人らしいよ。ちなみに、魔法使いと巨人族のハーフなんだとか」
「へぇ……って、なんでアリスがそんなことを知ってるのよ」
「ここに来るまで、父さんと母さんにいっぱい話を聞かせてもらったからね」
「そうだったの。ね、今度、そのお話っていうの、私にも聞かせてよ」
「ああ、もちろん。ネビルもどうかな」
「ぐすっ……うん……」
トレバーが見つからなかったことが余程こたえているらしく、未だにしゃくり上げているネビル。
僕もハーマイオニーも何度も励まそうと試みているのだが、どうにもうまくいかない。
やれやれ、と言いたいところだけど、それが面倒だとか迷惑だとかそういう思いは不思議とおこらず、どちらかというとつい助けたくなるような雰囲気が、ネビルにはあった。
「ほら、ネビル、泣かないで。城についたらきっと誰かがトレバーの行方について知ってると思うし、聞いて回ればいいわ」
「それに、車掌が忘れ物がないか見て回るはずだしね。もしそこでトレバーが見つかれば、きっと届けてくれるよ」
「……ぐすっ、そうかな」
「「そうそう」」
「……うん、わかった」
一年生はこっちだ! いいか、ちゃんとついて来いよ! 一年生はもう居ないか!
威勢のいいその声の先導で、駅からの道をぞろぞろと進んでいくローブの集団。その一人一人の顔には、これからの生活への期待と不安と緊張が綯い交ぜになったような色が浮かんでいる。
ホグワーツ魔法魔術学校。
偉大なる四人の魔法使いが創設した魔道を極めんとする者たちの学び舎。
齢十一となった僕たち魔法使いの卵は、この学校で七年の期間、勉学に励み、共に切磋琢磨し合う。
楽しいこと。嬉しいこと。怖いこと。悲しいこと。たくさんのことが起こるであろうこれからに、僕らは一様に期待を寄せていた。
*
闇に包まれた森の中をランタンの光と前を歩く学友の背を頼りに通り抜け、その先に広がる湖を一人でに動く不思議なボートで渡っていく。
というルートでホグワーツの城を目指すのが、毎年ホグワーツの新入生たちが体験する一種の通過儀礼のようなしきたりだ。
非常に雰囲気があって僕とハーマイオニーは大変楽しめたのだが、ネビルはどうも落ち着かない様子で、しきりに辺りを見回してはなにか変なものが出やしないかとびくついていた。
そんなネビルをたまに驚かしてみたりしながら、森番の先導に従って城への道を歩いていく。
「ねぇ、アリス」
「んー……?」
「楽しみねっ」
なにが、とは言わずもがなである。
無論、これからのホグワーツでの生活のことだ。
「そうだね」
思わず、笑みが漏れる。
「頭、下げぇー!」
先頭の小舟が切り立った崖の真下に辿り着いたとき、ハグリッドは自慢の大声を張って、僕たち一年生にそう指示を飛ばした。
それに反応して脊髄的な反射で身をかがめる僕たちを乗せた小舟の船団は蔦のカーテンをくぐって崖下にぽっかりと口を開けていた洞窟の中へ入り、その奥へ進んでいった。
おそらくは城の真下に位置する洞窟の最奥には、船着場。僕たち一年生は岩と小石の転がる地上へ降り立った。
「ほら、お前さん! これ、お前さんのヒキガエルだろう?」
みんなが下船したあとの小舟を見て回っていたハグリッドが声を上げ、そのたくましい腕の中でげこげこと喉を鳴らすそれをネビルに向けて突き出した。
「トレバー!」
そのヒキガエルの飼い主である少年、ネビルは喜色に満ちた声を上げ、手を差し出した。
主のもとへと無事に帰ってきたというのに、たいした反応を見せない淡白なペットをそれでも喜んで迎えたネビル。本当に嬉しそうにしている彼に、思わず僕とハーマイオニーも顔を見合わせて微笑みを交わす。
「よかったわね、ネビル」
「ほんとだよ。これからは、気をつけなね」
「うん! うん! 二人とも、ありがとう!」
それから、三人でペットについての会話を交わしながら、ハグリッドのランプの灯りに従って、道とは言えないような岩の道を登り、城影の中に広がる湿った草むらに足を踏み入れた。
この城こそ、僕たちがこれから勉学に励む学び舎、ホグワーツ魔法魔術学校である。
壮大で、厳かなその全貌に知らずに唾を飲む。今さらながらに緊張を覚えて、そんな鈍感な自分に苦笑が漏れる。
「どうかした、アリス」
「ううん、なんでもないよ、ハーマイオニー」
隣に佇む彼女は、そんな不安を覚えるどころか期待に目を輝かせているというのに、このままでは情けないなと思い直し、もう一度、気を引き締める。
石段を登り、巨大な両開きの樫の扉の前までくると、ハグリッドは大きな握りこぶしを振り上げ、三度、その扉を叩いた。
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第二話
注意:
今回の話において、ある記述ミスがあります。
組み分けのシーンにて、ハーマイオニーより先にオリ主の順番が回ってくるという場面があるのですが、実はそのシーン、オリ主の名前を省みるとありえない展開になっております。
ですが、修正加筆等いっさい行うことはしません。
詳しいことは後書きにて申し上げていますので、そちらのほうをご覧ください。
それらを了解した上で、どうぞ拙作をお楽しみください。
「私はきれいじゃないけれど
私を凌ぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ
シルクハットはすらりと高い
私は彼らの上を行く
私はホグワーツ組分け帽子
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
グリフィンドールに入るなら
勇気ある者が住まう寮
勇猛果敢な騎士道で
ほかとは違うグリフィンドール
ハッフルパフに入るなら
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
古き賢きレインブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
必ずここで得るだろう
スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る?
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
かぶってごらん恐れずに
君を私の手にゆだね(私に手なんかないけれど)
だって私は考える帽子」
新入生である僕たちも含めホグワーツ中の教員、生徒が集まるこの食堂の中、しゃがれた声でそう歌い上げたあの帽子こそが、組分け帽子だ。
あの古ぼけたとんがり帽子は、ホグワーツにある四つの寮に生徒をわけるために使われる意思ある帽子なのである。
勇気を掲げるグリフィンドール。
忍耐を貫くハッフルパフ。
英知を讃えるレイブンクロー。
狡猾を極めるスリザリン。
四つの寮にはそれぞれ特有の方針があり、ホグワーツに入学した生徒は個々人の性格、資質によって各寮にわかれ、この魔法学校での日々を過ごす。
故に、この組分けの儀式は、僕たち新入生にとって一番最初の行事であると共に、今後の学校生活を左右する重要なファクターというわけなのだ。
「あぁ、なんだか緊張してきたわ……。ねぇ、アリス、あなたはどの寮がいい?」
眉根に小難しい皺を寄せて張り詰めた様相をするハーマイオニーが、心なしか細くなった声音でそう問うてきた。
「うーん、そうだなぁ。個人的にはハッフルパフなんか、穏やかでいいな。それに、グリフィンドールやレイブンクローもかっこいいと思うよ。まぁ、でも、スリザリンは少し、肌に合わないかもしれないけど」
「……なんだか、煮え切らないのね」
「まぁ、うだうだ考えてもしょうがないよ。なるようになる。組分け帽子は、僕らの心を汲みとってくれるわけだからね」
「……そう、ね。うん、きっと」
目蓋をぎゅっと閉じて、組分けが始まって賑わいを見せ始めた周囲に目もくれず、ハーマイオニーは一心になにかを祈っているようだった。
……どこか、好きになれない寮でもあるのだろうか。
*
「オブライエン・A・クラレンス!」
体感時間だけれど、やたらと早く、僕の順番は回ってきた。
「が、頑張ってね、アリス……」
組分け帽子が置かれているところまで進み出る僕を、不安げに声を揺らしながら、ハーマイオニーが送り出してくれる。
「うん、行ってくるよ」
心細くなっているのだろう。安心させてあげたくて、できる限り、柔らかく微笑んでみる。
「え、ええ、行って、らっしゃぃ……」
尻すぼみに見送ってくれた彼女を背に、僕は、組み分け帽子とやらを頭にのっけた。
『オブライエン・A・クラレンス。……ふむ、悪くない。決して、悪くないぞ。偉大な魔女と心優しき男の血を継ぎし者よ』
不意に、帽子が言葉を放ちはじめる。
この考える帽子は、僕らの頭の中を覗き込み、僕らの資質とやらを見極めるという話だ。
『逆境に負けぬ強き芯、苦境に耐え抜く精神、無知に甘えない知識欲、それに……くっくっ、君の奸智とは高級な菓子を隠れて食べてしまう程度のものか? ふっふっふ。いや、どの寮に入れたものかな?』
…………。
『くっくっ、本人もどこの寮でもよくよくやっていけそうではある。いや、けれど、スリザリンだけは少し見方が違うかな?』
まぁ、あそこは、あまりいい噂がないからね……。
『残念なことだがね。さて、どうも私には決めきれない。おぬし自身はどうしたい?』
……なら、グリフィンドールがいい。
『ああ、グリフィンドール。それもいいだろう。しかし、他を選んだとしても、君にはそれぞれ別の未来が必ず開けている。その中で、どうしてこの寮を?』
それは、まぁ、母さんが在籍していた寮だから……。
『そう、そうだったな。ふむ、ならば、よかろう――――』
「――――グリフィンドールっ!」
組分け帽子が高らかに、そう謳った。
瞬間、四つの寮ごとにわけられたテーブルのうちの一つから、割れんばかりの歓声が響いた。
新しい仲間を歓迎するその声に、僕は思わず、頬を緩めた。
「ありがとう、組分け帽子」
『いや、構わんよ。なにせ、私は考える帽子なのだから』
*
そんなこんなで組分けは順調に進んでいった。
各々、自分が思っていたように寮にわけられていき、その度に受け入れ先から盛大な歓待の声があがる。
ハーマイオニーも、幸運なことに、僕と同じ寮へとやってきた。
そんな中、一人、空気が違う子もいたみたいだけど。
彼、ハリー・ポッターだったかな。聞いたことがある名前だ。
僕と同い年で、とてもとてもすごいことを、それも赤ん坊の頃にやってのけたって話を知っている。
そう、たしか、生き残った男の子だとかなんだとか――――。
追記:
読者様からのご指摘にて、組分けの描写の際、主人公の姓
ですが、そこを踏まえましても、加筆修正はいたしませんことを決めました。
当方の勝手な都合ですが、アルファベット順でなく、あいうえお順だと意識して、お読みください。
その意図を申し上げますと、こう、組分けに際し緊張するハーマイオニーが心細げに主人公を送り出す、というシチュエーションを当方自身が見てみたかったからです。
ゆえ、今回はこのようにさせていただきます。
勝手ですが、ご寛恕いただきますようお願い申し上げます。
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第三話
直前まで修正しようかと悩み続け、結局そうすることはせずに書き上げましたので、急な登場になってしまいました。
クラレンスの力の一端が明かされます。
「君がハリー・ポッター?」
向かいの席に座っていた黒髪の少年が、若干面倒くさそうな顔をしながら、僕の問いかけに反応してくれた。
「うん、そうだけど……君もこの傷のことを聞きたいんだろ?」
無造作に伸びた前髪を掻きあげて、彼は、額にできた傷跡を見せる。
「……お洒落?」
「違うよっ!?」
*
「いや、ごめん。とにかく君が有名だってことくらいしか知らなかったものだから」
「大丈夫だよ、気にしないで」
「よかった。僕は、クラレンス・A・オブライエン。アリスって呼んでね」
「アリス……? うん、まあ、よろしくアリス。僕は、ハリー・ポッター。ハリーでいいよ」
「よろしく、ハリー」
と、一通りの挨拶をすませたところで、脇腹をつねる彼女の相手に戻らなければ。
実はさっきからハーマイオニーが、ハリーの横に座っている赤毛の少年と睨めっこをしていて、これはこれで放っておけない感じだったんだけど……。
「ハーミー。ちょっと、痛いかな……?」
「……アリスのバカ」
ああ、まぁ。
たしかに、今のは僕の不手際かな。女の子を脇に、別の人と話し込んでしまったから。
さて、どうやって機嫌をとったものかな。
「ところで、アリス。……その、そっちの子とは仲がいいの?」
そっぽを向いてしまったハーマイオニーの気を引こうとあれこれ考えていると、ハリーがやや遠慮がちにそう聞いてきた。
そっちの子とは、まぁ、まず間違いなくハーマイオニーのことだよね。
やっぱり、知り合いだったんだ。や、赤毛の子とも睨めっこしてたし、そうなんだろうなぁとは思ってたけれど。
「うん。幼馴染で、一番の親友、かな……」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、紹介しておくよ。ハーマイオニー・グレンジャー。同じ寮だし、仲良くしていこう。そっちの赤毛の子も。ね?」
「……ロナルド・ウィーズリー。ロンでいいよ。まぁ、よろしく」
赤毛の子――ロンが、自己紹介をしてくれたことで、この場の四人がそれぞれ、お互いを知ったことになる。
うん。友達一号、二号、といったところかな。
どうやら、これで楽しい学園生活の第一歩を踏み出せたようである。
と、思っていいんだよね……これ……。
ハーマイオニーとハリー、ロンがどこか牽制しあうように視線を刺しあうのを横目にしつつ、僕はとりあえず夕餉に集中することにしたのだった。
*
夕食後、ダンブルドア校長の言葉を拝聴し、校歌を全生徒で歌った後、僕ら一年生は、各寮の監督生――寮での監督権限を持つまとめ役の上級生――に従って、それぞれの寮へと向かう運びとなった。
ちなみに、グリフィンドールの監督生は、ロンのお兄さんのパーシー・ウィーズリーで、見た感じいかにも監督生って肩書きが似合いそうな人だった。
しばらく寮への道を右へ左へ上へ下へと進んでいると、唐突に、列がその歩みを止めた。
見れば、中空に杖の束が一つ浮いており、なんとそれがパーシー目掛けてばらばらと飛びかかってきているではないか。
何事かと目を凝らせば、杖の束を手にした朧げな人影はふわりふわりと浮かんでいるのが、視界に写った。
「霊、ゴーストか……」
「それって、食堂とかで見たあの……?」
思わず口をついて出た言葉に、隣にいたハーマイオニーが反応する。
「ああ。少し悪戯好きなやつみたい」
「ふぅん」
にしても、目を凝らさないと霊を捉えることができないなんてなぁ。
少し鈍っているのか、それとも日本のものとは存在の仕方が違っているのか。どちらにせよ、ホグワーツでも訓練は続けた方が得策かな……。
「ピーブズ! 姿を現せ!」
鬱陶しい杖に痺れを切らしたパーシーが中空の杖束に向かって怒鳴り散らす。
すると、仄暗い光をした目に、感じの悪い笑みを浮かべた意地の悪そうな顔つきの小男が姿を現す。
「おおぉぉぉぉ! かわいい一年生! ああ、なんて愉快!」
杖を投げつけることが、だろうか。
いや、だとしたらずいぶんとレベルの低い悪戯だ。
校歌斉唱の時、とびきり遅い葬送行進曲で歌っていたあの双子の方がよっぽど悪戯の才能がありそう。
「ピーブズ、行ってしまえ! さもないと、血みどろ男爵に言いつけるぞ!」
パーシーが実に腹立たしそうに叫ぶと、小男の霊、ピーブズが一瞬怯んだ。
血みどろ男爵。たしかそんなゴーストがいたっけな。なるほど、その彼が対ピーブス用秘密兵器といったところなのだろう。
だが、しかし。
ここには僕がいるのだから、わざわざ血みどろ男爵を呼び立てる必要もないだろう。
こういった性質の霊は、訓練にはちょうどいい手合いなのだし、活用しない手はない。
ということで、パーシーを挑発し続けるピーブズを睥睨し、九字を切る。
「悪霊退散、急急如律令」
少しだけ力を乗せた言霊を飛び回るピーブズにぶつけてやる。
「いっ、てぇぇぇぇ! なんだこりゃあ!? 誰だ、なにしやがった!?」
まぁ、軽めの仕返しってやつだよ。今日は、僕も早く眠りたいし。
突如として発生した痛みに一通り喚いたピーブズは、憤慨したようで、興醒めだとその姿を消した。
「な、なんだったんだ……?」
この場のみんなの気持ちを代表したように口にしたパーシーは、やがて気を取り直したようで、僕らの先導を再開したのだった。
この手の異能はあまりハリーポッターの世界観には合わないのでは、と悩み続けておりましたが、まぁ、好きに書かせていただくことにいたしました。
ご寛恕ください。
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第四話
ですが、書いて、あげてしまったものは仕方ないので、ご寛恕くださいね。
太った婦人の絵画を合言葉と共に通り抜けて、僕たちはようやっとグリフィンドールの寮へと辿りついた。
ホグワーツには一四二もの階段があるらしいので、今通ってきた道もほんの一部に過ぎないのだろうけど、それでもわりと疲れてしまった。
「さ、男子の部屋はあっちで、女子はこっちだ。今日はもう遅いから、パジャマに着替えたら、もうお休み。いいね?」
他のみんなはたて続けに起こったホグワーツの洗礼に疲れ果ててしまったようで、パーシーの言葉にぞろぞろと寝室のほうへ向かっていった。
どうやら、ネビル、ハリー、ロンもそれに同じく寝室に向かったようで、ふと足が止まってしまった僕は談話室に一人、取り残される形になってしまう。
「ん、君は寝室に行かないのか?」
僕と同じく、談話室に最後まで残って他の一年生が寝室に向かうのを見送っていたパーシーが訝しげにこちらを見てくる。
いや、まぁ、行かないということはないけれど……。
なんだかこのまま寝るという気にもなれなかっただけである。
「いえ、なんだか目が冴えていて……」
「……ふむ。驚くことが多かったからだろう。それなら、いいものがあるぞ。少し待っててくれ」
そう言い残し、談話室を出ていったパーシーはどうやら自分の寝室に向かったらしい。
一人、談話室に残された僕は、手持ち無沙汰にしているのもなんなので、とりあえず、暖炉傍のソファに腰掛けた。
素材がいいのだろう。背、腰から尻にかけてが深々とソファに沈んでいき、思わずはふぅと吐息が漏れる。
「今の吐息、なんかエロいね」
「うひゃいっ!?」
またしても、今度は外的要因だけれども、いや、とにかく体をおおいに跳ね上がらせた僕は、ソファから飛び降り、いきなり耳元で不穏なことを囁いた下手人のほうへと振り向いた。
*
「だ、誰!?」
「存外、かわいい声をしてるんだね。あ、いや、変声期に入ってないのかな。とすれば、将来君がどんな声色になるか、いやはや今から楽しみだね、うん」
「あ、あなたは……?」
先輩、だろうか……?
黒髪を腰元まで伸ばした女子生徒が口元に人差し指を当てて、妖艶な笑みを浮かべて、そこに立っていた。
整った容姿をしており、その魅力は、数瞬ばかり僕を固まらせるのに十分なほどのものだ。
「ああ、自己紹介がまだだったかな」
「は、はぁ……」
「ん、んんっ。……私は、このグリフィンドールに所属している三年生、ヴェロニカ・ネーロ。まぁ、君の先輩ということになるな。新入生くん」
咳払いをしてからの自己紹介に、彼女の言動に見惚れっぱなしだった僕は、やっとこさ再起動を果たす。
「ヴェロニカ・ネーロ、先輩……。……あ、ぼ、僕はクラレンス・A・オブライエン、です……」
「ふむ、クレアだね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします、ネーロ先輩。あと、僕のことはアリスと呼んでください」
「オーケー、アリス。しかし、ノンノン、堅いよ。私のこともヴェロニカでいい」
人差し指を立ててちっちっ、と振るヴェロニカに、僕は食い下がる。
年上の女性を名前で呼び捨てろだなんて、しかも初対面でというのは、少し日本の風習に慣れた僕にとってはかなり難しい問題であった。
「いや、でも……」
「まぁ、いいじゃないか、アリス。じゃあ、さっそくだけど、君がさっきピーブズに使っていた力のこと、教えてくれないかな? たしか、アクリョータイサンキューキューニョリツリョーとかって言ってたよね? あれ、なんだい? 私の知らない体系の魔法、或いはそれに近しい技術と見ているのだけど、どうかな、当たってる? ていうか、君、一年生のはずだよね? なんで、どこでそんな技術を? 生家のお家芸がその技術だったとか? それで君にもそんな力が? ていうか、ピーブズを追い払っていたのは知っているけど、他にはどんな力を使えるんだい? ねぇ、すまないんだけど、どうか教えてくれないかな? お願いだ、クレア」
口を噤んだ僕に怒涛の勢いで問いを投げかけるヴェロニカ。
あれ、さっきまでこんな雰囲気じゃなかった、はず……。
「え、え、あ、あの……ちょっと落ち着いて、ヴェロニカ……」
思わず口をついて出てしまった、彼女の名前に、自分でも驚く。
特になんの呵責も覚えず、すんなりと呼べた。
「あ、名前で呼んでくれたね、アリス。嬉しいよ」
「え、あ、はい……」
「さて、それはそうと、さっきの質問には答えてもらえないのかい……?」
形のいい眉を悲しげに落とすヴェロニカに、なんだか悪いことをしたような気になってしまって、結局、僕はまた後日にゆっくりとその件について話し合う約束をしたのだった。
「うん、ありがとう。君はいい子だね、アリス。……で、それはそうと、こんな時間に談話室でなにをしていたんだい? 他の一年生はとっくにベッドに入っている頃だと思うけど」
と、そこでようやっとヴェロニカが、この場で僕と顔を合わせれば一番最初に抱きそうな疑問をぶつけてきた。
いや、正直助かった。この短いやり取りの間でも、ヴェロニカが重度の知りたがりだということが身に染みたので、このような話題の変化は望ましい限りだ。
「や、ちょっと……」
が、それでも、やはりほぼ初対面の先輩に対して打ち明けるようなことでもないかなと茶を濁すことに。
するとヴェロニカは、僕のそんな様子を見て、得心を得たように、一つ頷いた。
「ああ、わかった。入学初日、いろいろなことがありすぎて疲れたけれど、それ以上に緊張が勝って、うまく眠れる気がしないんだね?」
ずばり、であった。
どうもこの先輩、観察眼もおおいに素晴らしいものを持っているようだった。
「うん、どうも図星だったみたいだね。ふむ、なら少し、魔法をかけてあげよう」
顎に手をやって悪戯っぽく微笑んだヴェロニカが、懐から杖を取り出す。
「まぁ、と言っても、簡単なチャーム、暗示程度のものだから、いつもより眠気がひどくなるくらいだよ」
「え、あの、実は今パーシーを待っていて……」
「パーシー。ああ、監督生君か」
「はい。僕が眠れそうにないってことを相談したら、なにかを部屋に取りに行ったみたいで。ここで待ってるようにって」
「ふぅん。まぁ、大方、なにかの魔法薬でも渡すつもりなんだろうけど。いや、なに、心配しなくていい。パーシーには私から言っておいてあげよう」
「え、でも……」
「ふむ。君は少し遠慮しすぎる癖があるな。先達の好意はありがたく受け取っておくものだ」
やはりにこやかに微笑んでいるヴェロニカが、杖先を僕の眉間に優しく当てて、片目をつぶってみせた。
その表情がなんともいえず綺麗に見えて、一瞬固まってしまったその隙を、ヴェロニカは見逃さなかった。
「
ふっと体の力が抜けて、意識を保てなくなる。
膝が折れ、倒れこんだ先で、ひどく暖かいものに包み込まれたような気がした。
オリキャラでした。
彼女はウィーズリーの双子とタメですね。
気に入っても、そうでなくても、今後たびたび登場するかと思いますので、よろしくどうぞ。
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第五話
しかも、それほど話も進むわけではありませんし。。
ホグワーツ魔法魔術学校において、勉強嫌いの生徒たちが殊更に避けたい授業はといえば、言わずもがな、手厳しいことで知られるミネルバ・マクゴナガル教諭が担当する変身術と、これまた鼻持ちならないことで名高いセブルス・スネイプ教諭の魔法薬学の二つであろう。
そんな話を、僕は母さんから経験談として聞かされていた。
だからといって変な偏見があったわけじゃないし、百聞は一見に如かずとの諺もある。
実際、変身術の授業はたしかに手厳しくはあったものの、生徒側に合わせたアドバイスもきちんと同じように言い渡され、なんとそのお蔭で僕も変身魔法をどうにかこうにか成功という形に持っていけたのだ。
それに、マクゴナガル教諭は僕の所属するグリフィンドール寮の寮監でもあったので、そんなに毛嫌いする理由もなかった。
「そこ、オブライエン、呆けている暇があるのか。ふむ、ならば、よほど今しがた提出した課題に自信があるのだろうな。よかろう、我輩が今この場で評価をつけてやる」
が、しかし、しかしだ。
なんだ、この噂に違わぬ鼻持ちならなさは。
たしかにヴェロニカからも、魔法薬学のスネイプには気をつけろといわれていた。
「ほう、たしかによくできている。しかし、この戯言薬、些か香りが立ちすぎているな。大方、火にかける時間をミスしたのをどうにかこうにか誤魔化そうと、そうだな、臭い消し草でも加えたのだろう」
はんっ、と僕を嘲笑しつつ、スネイプ教諭はさらに続けた。
「臭い消し草は戯言薬に加えようと、たしかにその効能自体には影響を与えない。しかし、我輩は先の授業で言ったはずだ。きちんと、教科書のとおりに調合して提出せよ、とな」
よって、減点。オブライエン、貴様のこの戯言薬の点数は十点中四点だ。
簡潔に、攻め立てるように、スネイプはぴしゃりとそう言ってのけた。
同じこの時間に授業を受けているグリフィンドール、スリザリン生たちの眼前で、見事に僕にレッテルを貼ってのけた。
クラレンス・A・オブライエンは課題を誤魔化して提出する悪知恵の働くやつ。
まぁ、そんなレッテルを意識するのなんて、このホグワーツにはスリザリン生とこのスネイプ教諭くらいだろうけど。
「それは、どうも、お世話様でした……」
まさか考え事に耽っていただけでこんなことになるとは思っていなかった僕は、どうにかそれだけを言って改めて座席に座りなおした。
ちなみにこの一連の出来事は、授業中に突如として始まり、こうして数十人からの生徒たちの目の前で起こったのである。
「はーぁ……」
どうにも、スネイプ教諭は自身が寮監を務めるスリザリンの生徒以外には当たりが強い。
特に僕たちグリフィンドール生に対して、殊更に酷い。
ただ、その授業だけは正確無比、的確かつ迅速で、そこだけは僕も認めるところである。
そう、ただただ嫌なやつなだけであるのだ、スネイプ教諭という人は。
――アリス、大丈夫?
隣の席に座るハーマイオニーが、一文を添えた紙切れを寄越してくる。
一瞬顔をそちらへ向けると、はしばみ色の瞳に不安と心配とをありありと浮かべてこちらを見やっていた。
――大丈夫。いつか、この点数は取り返してみせるよ。
だから、ややおどけた調子で顔文字まで付け加えて、僕はすぐさまハーマイオニーに紙切れを返した。
どうやら、それを見て彼女も安心してくれたらしい。教壇に立って、黒板に板書を書き込んでいるスネイプ教諭へと、その視線は戻っていった。
さて、とはいったものの、どうしたものか。
魔法史、呪文学、天文学、魔法薬学等、ある程度の予習は母さんとすませてきた僕ではあるが、こういった事態は予測していなかった。
担当教諭が自分を毛嫌いしている状況で、さて、どうやって教諭に自身を認めてもらったものだろうか。
先ほどのようにスネイプ教諭に絡まれないように、隠れつつ、僕はやはり再び思考の海に潜っていったのだった。
*
「――というわけなんだけど」
「ふぅん、たしかにあの人の贔屓は有名だけど、そこまでのは聞いたことがないね」
「そうなの? ハリーも僕と同じような感じでさ、ちょっと参っちゃってて」
「ああ、それはいけない」
一日の授業をすべて受け終え、夕餉をすませた後、僕は寮の談話室でヴェロニカに相談を持ちかけていた。
初日以降、なんだかんだで僕は彼女を頼りにしていて、勉強を見てもらったり、こうして相談に乗ってもらうことが度々あった。
それで、今もこうしてわざわざ話を聞いてもらっているというわけなのだが。
「しかし、いやはや、どうしたものだろうね」
どうもヴェロニカにとってもこれは難しい問題らしい。
典雅な仕草でソーサーからカップを持ち上げ、口元に運ぶ彼女は、眉根に皺を寄せて考え込んでしまったようだった。
こうなると考えが一まとまりするまでは梃子でも動かないので、僕はヴェロニカが用意してくれたハーブティーを彼女の典雅な仕草を真似つつ、喉に流し込んだ。
「……ん、ラベンダー」
口に含んだ瞬間、鼻を抜けていった香りは疲労の復調によいとされるハーブ、ラベンダーのものだった。
些細だが、間違いなく気遣いで選ばれたのであろうこのハーブティーに僕は、いい先輩と出会ったものだなと改めて感じ入ったのだった。
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第六話
非常に遅れた、というか半分エタってるまでありますが。
続きます。一応。
セブルス・スネイプにとって、マチルダ・オブライエンとはよくわからない人物であった。
不可解。奇妙。それに尽きる。
ホグワーツにまだ学生として籍を置いていた折、マチルダはいろいろなことをしていた。
時に、O.W.L試験やN.E.W.T試験で優秀な成績を修める優等生であり。
時に、当時名を馳せた悪戯仕掛け人たちの手助けをする愉快犯であり。
時に、ジェームズ・ポッターに悪辣なからかいを受けていたセブルスを自己満足的に庇い立てる偽善の人であった。
態度と言動、そしてそれらがもたらす結果に酷く矛盾染みたものを感じさせる人物であった。
「スネイプ教授、教科書のここの記述なんですけど……」
さて、今日になってホグワーツで教鞭を執るスネイプの前に、ある年、一人の生徒が現れた。
クラレンス・A・オブライエン。セブルスにとって理解し難い存在である彼の魔女、マチルダ・オブライエンの息子である。
「……そこの記述は、、正しくはこうなる。――――、だ。理解したかね。Mr.オブライエン」
先ほどの魔法薬の授業の内容に関して質問に来たらしい彼に、顔をしかめて、一層声を低くしながら、しかし答えてやると、アリスは疑問に得心を覚えたらしく、満足げな笑みを浮かべた。
正直なところ、セブルスはアリスに対する態度をどうとるべきか、決めあぐねていた。測りかねていたのだ。彼の魔女の息子との接し方を。
なにせ、アリスは容姿こそ父親似で東洋の血を感じさせる顔立ちをしているものの、その瞳、そして中身に関しては母親とまったく同じものを引き継いでいた。
ふとした折にアリスがマチルダの影を帯びると、セブルスはどうするのが正解であるのか、わからなくなるのだった。
いっそハリー・ポッターに、憎き男の小倅として接するようにしてしまえたら楽なのだろうが、そうするのもセブルスにはなんだか憚られたのだ。
わからないからこそ、ハリー・ポッター以上に手厳しくしてしまうことも幾度かあったが、依然としてセブルスはアリスという少年に胸の内を波立たせられていた。
「どうした。早く次の授業なり、自習なりへ戻れ。お前にはわからんだろうが、我輩はこう見えて忙しい」
「……先生。えっと、そのですね」
質問に答えても魔法薬の教室から出ようとしないアリスに痺れを切らせて退室を促すも、なにか言いたげにこちらを見つめ続ける様子にいよいよもってセブルスは困り果てた。
セブルスはこちらを見やるその瞳を知っていた。
それは、昔のある日、悪戯仕掛け人らのちょっかいからいつものように庇い立てしてくれたマチルダに、あの言葉を投げてしまったその時に、彼女がセブルスに見せた瞳とまったく同じものを感じさせた。
寂しさ、虚しさ等が綯い混ぜになったようなその瞳は、どうにもセブルスの心境を掻き立てた。
「えぇっと……」
言い淀んでいたアリスが、意を決したのか、口を開いた。
いったい、如何様な言葉が飛び出してくるのかと、セブルスは戦々恐々とする。
「その、先生は僕のこと、お嫌いなんでしょうが、僕はべつに先生のこと、嫌いじゃないっていうか、えっと、仲良くというか、親しくというか、そう在りたいと思ってます。……そ、それだけです。ではっ」
上気した表情で一息に捲し立てて、慌ててこの場を退散するクレアに、彼の言葉に、セブルスは鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
もはや、言葉すら出ない。
初めて顔を合わせて以来、こちらもあちらもあまり友好的とはいえない態度を一貫してきたのもあってか、セブルスほどの男がその場に数分、固まるほどの威力がアリスの言葉には内包されていた。
セブルスは頭を抱える。
ああ、本当に、どうしてくれようか、クラレンス・A・オブライエン。
城内を駆けて、魔法薬学の教室から図書室への道を急ぐ。
空を切るときの若干の冷気が火照った顔に心地良い。
「ああぁぁぁぁっ……」
込み上げてくるものを堪えきれずに、変な声が喉から漏れる。
ああ、とんでもないことを口走ってしまった。しかも、あのスネイプ教授にだ。
もはや告白染みていた。あの言葉は。
絶対なんかこう、変に思われた。絶対だ。
ああ、鬱だ。
「やだ。なに、あの子」
「一年生ね。魔法か、なにかに失敗しちゃったんじゃない?」
城内の複雑極まる通路を一つ、二つと駆け抜ける度に、奇異の目を向けられるのも気にならない程度には、クレアは絶賛暴走中であった。
だって、あれだ。あんなことを言うつもりなんて、なかったのだ、うん。ほんとに。
悪いのは、ぜんぶ母さんなのだ。
スネイプ教授のことで相談したくて手紙を送ったのがすべての始まりだった。
入れ知恵である。冤罪だ。僕は悪くない。
セブルス・スネイプという人間を昔から知っている母さんの言に惑わされただけなのだ。
「ハーマイオニーぃ!」
ほとんど絶叫に近い声をあげて、図書室に飛び込む。
司書のピンス先生が飛んできて、僕のことを不届きものとして睨み付け、なにか言い募ろうとするけれど、それよりも早くに、これ以上ピンス先生を刺激しないように走るのではなく、早歩きで図書室の奥へ向かう。
そこには、ハーマイオニーが面食らった表情でこちらを見やる姿があった。
腰を下ろしている机には本と羊皮紙、羽ペン、インクが広げられていて、如何にも、というか確実に自習に励んでいたところへどうもお邪魔してしまったらしかった。
まあ、いい。関係ない。というか、事は一刻を争う。
杖を取り出して、一振り、二振りして、本を所定の棚に戻して、ハーマイオニーの荷物をまとめあげる。
「ちょ、ちょっとアリス!? いきなりどうしたのっ?」
「ごめん。緊急事態。具体的には僕の精神状態がヤバい。まあとにかく、来て」
腕を取って引っ張りあげる、そのまま手を引いて、わなわなと震えるピンス先生の横を通り抜ける。
あとで大目玉を食うかもしれないなぁ。そのときはハーマイオニーのことは庇い立ててやらないと、さすがにダメだよな、うん。
「い、いったいなにがあったの……?」
しきりにこちらへ問いかける声を流して、グリフィンドールの談話室へ入る。
そのまま暖炉の前のソファへハーマイオニーへ誘導して、僕は彼女に泣きついた。
「なっ!? ア、アリスっ!?」
なにも彼女の問いかけに答えないままで悪いけれど、しばらくこうさせてほしい。
ハーマイオニーの匂いはどうにも、落ち着くのだ。
「……もう、なんだかわからないけれど。あなた、今小さな子供みたいだわ」
呆れたような声が聞こえて、頭に手が添えられた。
クレアは、ゆっくりと撫でてくれるその手が心地よくて。
ハーマイオニーは、あまりに年頃らしくもなく甘えてくる同い年の男の子の姿が微笑ましくて。
二人はそこが談話室だということも忘れて、しばらくの間そうしていた。
あとで周囲がどう騒ぎ立てたのかは、言うべくもないだろう。
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