コードギアス ナイトオブワンの義息子 (残月)
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プロローグ

 

 

帝国最強騎士のナイトオブワン事、ビスマルク・ヴァルトシュタインは部下からの報告に耳を傾けていた。

 

 

 

「一人の少年にブリタニア軍の軍人が負けたと言うのか?」

「は、はい……お恥ずかしながら……」

 

 

ブリタニアのとある軍事施設を歩きながら報告をしている部下を一睨みしながらビスマルクはある場所へと向かっていた。

 

 

「何せ、恐ろしく強い少年でして……大人数人と喧嘩して勝ち、その後騒ぎを聞きつけて集まった警官を数名倒してます。その後、軍人が10人掛かりで漸く拘束できました」

「ほぅ……それは面白い少年だな」

 

 

部下の報告を耳に入れながらビスマルクは目的の場所に到着する。そこは囚人などを入れておく牢屋である。

 

 

「此処か?」

「はい、拘束衣で動きは封じてます」

 

 

ビスマルクは牢屋の扉を開けた。其処には長い黒髪の10歳ほどの少年が拘束衣で動きを拘束され、芋虫の様に転がっていた。

 

 

「…………何?」

「警官や軍人相手に大立ち回りだったらしいな。何故、そんな真似をした?」

 

 

ビスマルクを睨みながら問う少年にビスマルクは報告を聞いてから思っていた事を口にする。

 

 

「最初はブリタニア人が日本人を虐めてたから。んで虐めてた奴等をぶちのめしたら警官が来て訳も聞かずに俺を罵倒したから、ぶちのめした。最後は軍人さんが来たから抵抗したけど、この様」

「………そうか」

 

 

少年の発言にビスマルクは読んだり聞かされた報告との食い違いを感じていた。

報告書では『イレブンの指導をしていた貴族を少年が邪魔をしに来た。その後、警官の説得も聞かぬ少年を拘束しようとしたが大暴れ。最後は軍人が速やかに少年を拘束した』とされていたが、少年の話を聞いて話を統合すると『イレブンを意味も無く虐待していたのを見た少年は貴族を倒し、イレブンを救った。警官は殴られた貴族を見て状況把握もせずに少年とイレブンが悪いと勝手に判断した。そして軍人による速やかな拘束とあるが軍人も数名倒されているので実際は速やかにとは言いずらい』と言った所である。

 

 

「正義の味方にでもなったつもりか?」

「そんなつもりはないよ。俺は俺が気に食わないと思った奴をぶちのめしただけだ。そう言う奴に悪党が多いだけ」

 

 

ビスマルクの問い掛けに少年はビスマルクから視線を逸らさずにそう言った。そしてそれを聞いたビスマルクは笑いそうになったがギリギリで耐えた。

 

少年は自分の行いを恥じていない。それどころか正しかった。報告に上がった貴族だが弱い者虐めで有名な輩で今回の事も揉み消そうと躍起になっているらしい。

仮にこの少年がいなければ真相は闇へと葬り去られていただろう。

 

ブリタニアが掲げる『弱肉強食』

この考えに当てはめればイレブンを虐待していた貴族は間違いなく『弱者』でしかない。弱い者虐めなど自分より立場が低い者にしか出来ない謂わば『弱者』の行為。

逆にこの少年は己の立場が弱くとも弱き者を守る、そして救う為に戦った謂わば『強者』。しかも貴族の取り巻きや警官や軍人の計20人近くを一人で倒しているのだ。今はこうして拘束されてはいるがビスマルクの目には少年が『強者』に見えていた。

 

 

「小僧、名は?」

「……………天川リョウト」

 

 

ビスマルクは少年の名を聞くと少年は少し悩んだ後に名を告げた。名を聞いたビスマルクは少し意外だという表情を見せる。

 

 

「ブリタニア人ではないのか?」

「………父さんが日本人で母さんがブリタニア人だった」

 

 

ビスマルクの問いにリョウトは苦々しい口調で答える。リョウトはブリタニアと日本人の両方の血を継いではいるがどちらかと言えばブリタニア寄りの顔付きをしているのだ。

 

 

「なら両親は……」

「いない……父さんも母さんも死んだよ。兄弟も居ないから天涯孤独って奴だ。両親が死んでから俺はスラム街で生活してた」

 

 

ビスマルクが言葉を重ねる前にリョウトは口を開く。

 

 

「……………そうか」

 

 

ビスマルクはそれ以上は何も言わず牢屋から出て行った。

 

 

 

「殺さないのかよ?」

「そうなるかは貴様次第だ」

 

 

 

牢屋から出て行く寸前にリョウトはビスマルクに声を掛ける。ビスマルクは振り返らずに背中越しに返答すると牢屋から出て行き、牢屋の扉は閉まっていった。

 

 

「あの少年の経歴を調べろ。それまで刑を執行するな」

「ヴァルトシュタイン卿、あの少年が何か……?」

 

 

牢屋から元来た道を戻る最中、ビスマルクは部下にリョウトの事を調べろと命じた。部下はそんなビスマルクに困惑気味だった。

 

 

「少々、気になる事がある。急げよ」

「Yes、My Lord」

 

 

ビスマルクの言葉に敬礼しながら了解する部下はビスマルクと別れ、リョウトの事を調べに行った。

 

 

 

 

 

天川リョウトとビスマルク・ヴァルトシュタイン。

後に義理の親子となる二人が出会ったのは日本がブリタニアとの戦争に負け、エリア11となってから二ヶ月後の事だった。



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プロローグ②

 

 

「…………ふぅ」

 

 

リョウトとビスマルクが会ってから数日後、ビスマルクは部下に命じて調べさせたリョウトの経歴を読み終えてから溜息を吐いた。

 

天川リョウトは日本人の父とブリタニアの母を持つハーフ。

父はジャーナリストで世界を股に掛けて貴族の様々な不正を暴く正義のジャーナリストとして有名だったが、ある日事故死した。これを調べさせたら不正を暴かれる事に危機感を感じた貴族の一派が彼を暗殺したらしい。

とりあえず、この貴族は後ほど逮捕して処罰の対象だとビスマルクは再度溜息を吐いた。

 

更に日本とブリタニアの戦争で日本はエリア11となり日本人はイレブンの名を変えられた際に母親は『イレブンと子をなした痴れ者』と蔑まれ病気になり、数週間前に死歿している。

 

他に兄弟も居ないリョウトは住んでいた家や財産を売り払い、金に換えた後にスラム街に住む場所を変えた。

その後にリョウトは弱者を虐げる貴族や意味も無くイレブンを虐げるブリタニア人と喧嘩の日々に明け暮れたらしい。

ブリタニア本国にも仕事の関係で来ていた日本人は複数居た。しかし日本とブリタニアの戦争により日本に帰れなくなった日本人は戦争中はブリタニア本国に滞在せざるを得なくなった。そして戦争に負けてから日本人からイレブンとされてしまい、しかも日本改めエリア11にも帰れなくなったと不幸な者も居る。

そう言った者達がブリタニア本国に居て迫害を受け、帝都ペンドラゴンから離れた街のスラムで生きていると聞くがリョウトもそこに居たのだろう。

そしてイレブンを差別したブリタニア人がイレブンを迫害をしていたのを見たリョウトがブリタニア人を叩きのめし今回の一件となったのだろう。

EUにもそんな形のイレブンが居るとも聞く。

 

 

「ブリタニアとエリア11の戦争の影響がこんな形で浮き彫りになるとはな……」

 

 

ビスマルクは椅子に深く腰を掛けると眉間を抑えながら呟いた。

ブリタニアの基本主義として弱肉強食とは言ってはいるが、それは弱い者虐めの意味では無い。

むしろそれを良い事に汚職、公害、詐欺etc.の様々な悪事を行う者も居る。

 

 

「…………良い機会となるか」

 

 

ビスマルクは思案した後に椅子から立ち上がるとリョウトの居る牢屋へと向かった。

道中ビスマルクは思っている事をどう伝えるか悩む。

そして牢屋に到着するとビスマルクはリョウトの居る牢屋の扉を開けると中に居るリョウトに目を向ける。

そこには数日前に会った時よりも衰弱している様子のリョウトだった。

 

 

「遂に処刑?貴族様殴ったんだから当然か……」

「いや……処刑でない。貴様に生きるチャンスを持ってきた」

 

 

リョウトは拘束衣で身動きが取れないまま顔を上げてビスマルクを睨むがビスマルクは意にも介さない 言葉を返す。

 

 

「私の子にならないか?」

「……………………………はい?」

 

 

ビスマルクの言葉にリョウトは何を言ってるのか解らずにフリーズした。

 

 

「アンタ……何言っちゃてんの?」  

「私は本気だ」

 

 

リョウトは胡散臭い物を見る目でビスマルクを見るがビスマルクは本気だと表情を変えずに答えた。

 

 

「ブリタニア本国でも貴様が嫌う様な貴族の不正や公害がある……それを潰す為にも力を貸せ」

「それが……アンタの息子になるのとどう関係があるんだよ?」

 

 

リョウトの言葉にビスマルクはリョウトの近くに歩み寄り片膝を付いた。

 

 

「今のまま話を聞いても皇族の方々はスラム街の平民の言葉と笑うだろう。だが私の息子の話ともなれば話は聞いて下さる。それに貴様は見所がある。鍛え上げれば良き騎士になると思ってな」

「…………」

 

 

そう語るビスマルクにリョウトは話に聴き入る。

 

 

「名を捨てろとは言わん。だが貴様と同じように苦しんでいる者を救いたいとは思わんか?」

「……その言い方はズルいだろ」

 

 

語り掛けるビスマルクにリョウトは溜息交じりに答えた。

 

 

「一つ……条件っつーか頼みたい事が有る」

「言ってみろ」

 

 

リョウトの発言に目を細めるビスマルク。

 

 

「父さんと母さんの墓を作ってやりたい」

「……いいだろう」

 

 

リョウトが出した条件と言うよりお願いを聞き入れるビスマルクは片手でリョウトの襟を摑むと立ち上げる。

 

 

「では貴様は今日からリョウト・T・ヴァルトシュタインだ」

「……Tって?」

 

 

リョウトはビスマルクに担がれたまま聞く。

 

 

「名を捨てたくないのだろう?」

「ああ……天川のTね」

 

 

ビスマルクの言葉に納得したリョウト。

 

 

 

天川リョウトとビスマルク・ヴァルトシュタイン。

奇妙な親子関係はこの日より始まったのだった。



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謁見

 

 

 

リョウトがビスマルクの義息子になってから数日が経過した。当初は何かしらの問題が起きるかと思われたが概ね良好に親子関係を築いていく二人だが、リョウトは困惑していた。

まず、ビスマルクが顔に似合わず意外と子煩悩だった事。屋敷に着いたと同時にビスマルクはリョウトの部屋を用意させ、お付きのメイドまで準備させた。

そして屋敷に到着から数時間でビスマルクの屋敷にリョウトの部屋とリョウトが今までで住んでいた所の荷物全てが運び出された。

お付きになったメイドから話を聞くと『ヴァルトシュタイン卿は結婚もしていないし、子供も居ないから嬉しいんですよ』との事だった。

 

 

そしてリョウトを一番困惑させたのはリョウトがビスマルクの子供になってから次の日だった。

いきなり王宮に連れて行かれたかと思うとブリタニア皇帝に謁見する事になった。混乱するリョウトを後目に玉座に座ったブリタニア皇帝は口を開く。

 

 

「リョォウトォ・T・ヴァァルトォシュタアィィンよぉ!」

 

 

突然のブリタニア皇帝の言葉にリョウトはポカンとする。正直何を言われたか解らなかったからだ。もしや名前を呼ばれたのかとビスマルクの方を見ると、こちらを向いて小さく頷いていた。舌を巻くような喋り方だからリョウトは気付かなかったのだ。

 

 

「は、はい!」

「貴様がビスマルクの子になると聞き及んでおる……精々励むが良いだろう」

 

 

一先ず返事をした後にブリタニア皇帝は一言リョウトに告げると、さっさと玉座から離れて行ってしまう。

リョウトは「いや、普通に喋れるんならなんで俺の名を呼ぶときに舌を巻いた?」とツッコミを入れそうになったがギリギリで踏み止まった。それを言ったら最後間違いなく首が飛ぶだろう物理的に。

そして謁見の間から退室したリョウトは廊下に座り込む。

 

 

「き、緊張したぁ~」

「何を情け無い事を言っているか馬鹿者」

 

 

力無く座り込むリョウトにビスマルクは一喝するがリョウトはビスマルクに食って掛かる。

 

 

「なんの説明も無くブリタニア皇帝に謁見する事になれば誰でもそうなるわっ!」

「今後は陛下や皇族の方々とも接する機会が増えるから馴れるには最適だろう。陛下も私が子供を引き取った事を報告したら会いたいとの仰せでな」

 

 

リョウトの苦情にもしれっと答えるビスマルク。しかもブリタニア皇帝と結託してドッキリに近い状況を作ったらしい。

 

 

「ドッキリってレベルじゃねーよ……」

「気後れするなよ?来週からはオデュッセウス殿下の下で仕事をするのだからな」

 

 

リョウトはビスマルクの言葉にピタリと動きを止める。

オデュッセウス・ウ・ブリタニア。世界の三分の一を支配する神聖ブリタニア帝国第一皇子。

その殿下の下で働けとはこれ如何に?

 

 

「オデュッセウス殿下はスラム街の者達の社会復帰やテロリスト等の犯罪者の温情を政策に出しておられる。リョウトの意見が最適であろう?」

「おいおい……」

 

 

確かに子供ながらリョウトはスラム街やテロリストに関する知識は豊富だ。それ故にビスマルクもリョウトを連れてオデュッセウスの下で働けとの事なのだろうが。

 

 

「俺なんかをオデュッセウス殿下の所で働かせたら他の皇族がなんか言ってくるんじゃねーのか?」

「だから私の義息子としての肩書が役立つのだろう。励んでこい」

 

 

最初にビスマルクが説明した通り、スラム街の者に直接話を聞けぬのならそれに関わった権力のある者の身内で有る事が重要になってくる。

最初からビスマルクはその気だったし、リョウトもそれを受け入れたのだからある意味、当然の采配とも言えた。



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ブリタニアの第一皇子

 

 

リョウトはビスマルクに連れられて王宮へ来た。本日の目当てであるオデュッセウス・ウ・ブリタニアに会うことだった。

 

 

「………本当に良いのかよ?」

「構わんと言った筈だ。オデュッセウス殿下には話は通してある」

 

 

リョウトがビスマルクに聞いたのは服装の事だ。

これからブリタニアの第一皇子に会うのに普段着で良いのかと。

ビスマルクは表情を変えずに答えた。

 

 

「いや、不安しかねーんだけど」

「今日の所は顔合わせ程度だ。失礼のないようにすればいい」

 

 

その顔合わせ程度が不安しかないのだがビスマルクにそれを言っても無駄と悟ったかリョウトはビスマルクの後ろを追う形で王宮に進んでいった。

そして王宮の一室に辿り着くとビスマルクとリョウトはその部屋に入る。

 

 

「やぁ、君がビスマルクの子供になったって言う子かい?」

「え、あ、はい……」

 

 

ビスマルクとリョウトが部屋に入るなり、やけにフレンドリーに話し掛けてきたのは立派な髭を携えた男性。彼こそブリタニアの第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアである。リョウトは驚きながらも返事をした。

 

 

「初めまして僕の名はオデュッセウス・ウ・ブリタニアだ」

「あ、えっと……リョウト・T・ヴァルトシュタインです」

 

 

ニコニコと笑みを浮かべながらリョウトの手を取り、挨拶をするオデュッセウス。その仕草にリョウトも戸惑いながら自己紹介を済ませた。

 

 

「そうかそうか、ビスマルク。良い子のようだね?」

「ハッ。お褒めに与り光栄です」

 

 

ここでオデュッセウスは首を動かし、ビスマルクに話し掛ける。リョウトらまだビスマルクの義息子になったばかりだが褒められれば嬉しいものなのだろう。

 

 

「あっと……すまないね。態々来て貰ったのに」

「あ、いえ……」

 

 

オデュッセウスはリョウトの手を離すと先程まで座っていた椅子に座る。リョウトはオデュッセウスに促されて反対側の椅子に座り、ビスマルクも隣に座った。

 

 

「さて……どんな話をしようか?」

「スラム街やテロリストの話が聞きたかったんじゃ?」

 

 

オデュッセウスは机に肘を掛けると困った様子で呟いた。それをリョウトは思わずツッコミを入れてしまう。

 

 

「ああ、そうなんだけどね……いきなり仕事の話から入るのは……ねえ?」

「は、はあ……」

 

 

オデュッセウスは頬を掻きながら周囲のSPに語りかける。話し掛けられたSPも困り顔をしていた。

 

 

「僕の弟も君と同じくらいの年齢でね……」

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、ナナリー・ヴィ・ブリタニア……」

 

 

オデュッセウスの発言にリョウトは思わず頭に浮かんだ名を口にする。日本とブリタニアが戦争になった時に死んだとされる皇族の名で、特にルルーシュはリョウトと同じ歳だと言うのを覚えていた。

 

 

「うん……彼等が居なくなってしまったのが最近の話でね……」

「………」

 

 

暗くなった表情のオデュッセウスにリョウトは何も言えなくなってしまう。

その後、口を閉ざしてしまったオデュッセウスにリョウトは少し溜息を吐くと口を開いた。

 

 

「俺の少し前の名は天川リョウト。父さんが日本人で母さんがブリタニア人だった」

 

 

リョウトが自身の過去を話すとオデュッセウスは顔を上げた。

 

 

「今日は仕事の話はしないんだろ?だから自己紹介と経歴を話すよ……それと貴族に対する敬語は分からないから今日はこんな口調だよ」

「ありがとう……リョウト君」

 

 

リョウトはオデュッセウスの気持ちを汲んだ上で話を始めた。口調はとてもブリタニア皇族に対するものでは無かったが、それは今のオデュッセウスには有難いものだった。

 

 

「…………帰ったらゲンコツだな……馬鹿息子が」

 

 

 

オデュッセウスと親しげに話す義息子に口端を上げて静かに笑みを溢すビスマルク。

因みに帰ってから本当にビスマルクのゲンコツはリョウトの頭に落ちたと記載しておこう。



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四年後

話が一気に飛びます。


 

 

 

 

リョウトがビスマルクの義息子になってから四年が経過した。

ビスマルクの子供になると決めてからリョウトの生活は激変していた。

ブリタニアの第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアとの出会い。

そしてそれに伴い、様々な皇族や貴族と接する事になった。

第一皇女ギネヴィア・ド・ブリタニアや名将と名高いアンドレアス・ダールトン。

他にも様々な皇族や貴族とも会っている。そして数名のナイトオブラウンズとも会っていた。

全て皆、義父であるビスマルク・ヴァルトシュタインの影響ではあるが。

 

14歳になったリョウトはオデュッセウスの部下として働く機会が増えていた。

当初はスラム街やテロリストの事だけとの事だったのだがオデュッセウスがリョウトの事を気に入ったのだ。

オデュッセウスが様々な国に視察に行く際にリョウトを共に連れて行く事が多くなり、リョウトは周囲からオデュッセウスのお気に入りと評価されていた。

 

実際、オデュッセウスはリョウトの事を気に入っており呼び方が『リョウト君』から『リョウト』に変わり、かなりフランクに話し掛ける様になっていた。

リョウトもそんなオデュッセウスに仕える事が気になっておらず最近ではそれが当たり前になっていた。オデュッセウスが行っている政策もリョウトは好んでいた。

ナンバーズを無駄に卑下せずに恩情を掛け、社会復帰への道を示したりスラム街の立て直しを図ったりと他の皇族には無い政策に従事していた。これにはリョウトの意見も多いに取り入れられ、その功績が実を結びつつあった。

 

そんなリョウトを快く思わない者も居り、リョウトはブリタニア内部で嫌がらせを受ける事が増えていた。

オデュッセウス殿下に取り入った半端者のハーフ。

しかしビスマルク・ヴァルトシュタインの養子という立場が効いているのか直接は言ってこないが影口は凄かった。

 

それを慮ってかリョウトはブリタニア軍に入って自身を鍛えていた。それ以外にもビスマルクに直接指導を受けたり、ナイトオブラウンズの訓練も受けていた。

ビスマルクの養子は珍しいと他のナイトオブラウンズがリョウトに会いに来た事が有り、そのまま模擬戦やら訓練となったのだ。

 

その事も有ってかリョウトは14歳でありながら一般のブリタニア軍人とは比べものに成らない程に強くなっていた。

KMFの騎乗もしており、実戦にも幾度となく出ていた。

 

因みにリョウトのKMFはビスマルクが乗っていたグラスゴーを改造したグラスゴーカスタムだった。

兵器開発が進み、グラスゴーは既に型落ちの旧式となっていた。

帝国騎士のビスマルクは常に最新機を与えられる為にグラスゴーには既に乗らなくなっていたのをリョウトがそのまま貰い受けたのだ。

 

 

しかし一番変わったのはリョウトとビスマルクの関係だろう。

 

 

 

「帰ったかリョウト。オデュッセウス殿下に不敬はないだろうな?」

「いつも通りだよ『親父』」

 

 

ビスマルクの屋敷に帰ったリョウトを出迎えたのはビスマルクだった。

無愛想な表情のままだがリョウトの帰りを自ら出迎える辺り、ビスマルクの義息子への感情が覗える。

対するリョウトもビスマルクを『親父』と呼んだ。

これは四年間の間に変わった呼び方でリョウトにとって両親は死んだ『父さん』『母さん』だが今まで育ててくれたビスマルクを『親父』と分けて呼ぶ様になっていた。

 




『リョウト・T・ヴァルトシュタイン』

年齢 14歳
日本人の父とブリタニア人の母を持つハーフ。
10歳の頃に両親が死に、帝国騎士のビスマルク・ヴァルトシュタインがリョウトを引き取った。

長い黒髪をポニーテールに纏めている。纏めている髪留めは母親の形見。
主にブリタニア第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアと共に行動し、意見具申をしている。



『グラスゴーカスタム』

嘗てビスマルクが乗っていたグラスゴーをリョウトが乗る為に改造した機体。

カラーリングは白を基調に黒が目立つ。
改造機体で本来のグラスゴーより機体性能が高い。
性能的にはサザーランド以上グロースター以下。

武装
アサルトライフル×2
可変式トマホーク×2
スラッシュハーケン×2
スタントンファ×2




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部隊始動

 

 

 

 

 

リョウトは戦場へと来ていた。場所はとある国の市街地。

ブリタニアの支配から逃れようとする現地のテロリスト達を相手にリョウトは相棒であるグラスゴーカスタムで戦っていた。

グラスゴーカスタムの両手に持つアサルトライフルが火を噴き、次々に敵KMFを破壊していく。

 

 

「何をしている!敵はたった一機なんだぞ!」

「しかも型落ちのグラスゴーだ!油断せずに戦え!」

 

 

敵の指揮官は前線で戦っている兵士達にヤジを飛ばすが、兵士達は気が気じゃ無い。

テロリスト達が使用しているKMFもグラスゴーだが数は圧倒的にテロリスト達の方が上だった。にも関わらず此方の攻撃は当たらない上にグラスゴーカスタムの攻撃は的確に此方を捉えているのだ。着実に数を減らされていく恐怖に兵士達の士気は下がっていく。

 

 

「後、数機か……同じくグラスゴーを改造した機体みたいだけど……」

 

 

リョウトはグラスゴーカスタムのコックピットで周囲の状況を確認しながら戦っていた。

 

 

「性能や数が戦力の決定的な差じゃ無い……ってね!」

 

 

リョウトはグラスゴーカスタムの肩に収納されている可変式のトマホークを抜き取ると左手に構え、ビルの影から敵KMFに迫った。

グラスゴーカスタムの接近に気付かなかった敵KMFは右肩ごと腕を破壊された。更に体勢を崩した所で左脚をアサルトライフルで破壊され、そのまま崩れ落ちた。

 

 

「こ、この野郎!」

「っと!?甘い!」

 

 

グラスゴーカスタムを狙い他の敵NMFがライフルを撃ちながらグラスゴーカスタムに迫る。間一髪で敵の弾を避けたグラスゴーカスタムは左手に待っていたトマホークを投げて敵KMFの頭を破壊した。

 

 

「フーッ……流石にキツい。早く終わらないかなぁ……」

 

 

リョウトは周囲に機影が無い事を確認すると深く溜息を吐いた。

リョウトがこの戦場にグラスゴーカスタムだけで戦っている理由。それは囮だった。

リョウトがテロリストの本拠地近くで暴れて出て来たKMFを相手に戦う。その隙に別働隊がテロリストの本拠地を制圧するのがこの作戦であるのだがリョウトは一人で囮役をしていた。

 

何故、リョウトが一人で囮役をしているのかと言えば原因は今回の上司にあった。

今回の作戦はブリタニア第一皇女ギネヴィア・ド・ブリタニアの発案なのだ。

戦場には趣かないギネヴィアだが今回の作戦の前に態々ブリタニア本国から通信を寄越したのだ。

 

『オデュッセウス兄様やナイトオブワンのビスマルクが認める実力ですもの。一人でも立派な囮役をしてくれるのでしょう?』

 

この一言によりリョウトは一人で囮役をやらされる事になったのだ。

第一皇女のギネヴィアは徹底的な貴族主義で戦場には出ないが皇族としての振る舞いを重要視するタイプで庶民でありながらビスマルクの養子になり、オデュッセウスと繋がりを持ち始めたリョウトを良く思っていなかった。

しかしギネヴィアは傲慢ではあるが無能ではない。今までの戦績からリョウトが一般のブリタニア軍人よりも強い事を知っているからこそリョウトに無茶な要求を突き付けるのだ。ある意味ではリョウトの事を認めているのだろうが、それは本人も気付いていないのだろう。

そしてリョウトも『成り上がりの庶民』としてブリタニア軍人からも疎まれている事も含めて一人で囮をする事を異議も出さずに了解した。

 

 

「流石にこれ以上ってなると………って、お?」

 

 

リョウトがボヤき始めているとテロリスト達の本拠地から爆発が起き、煙が立ち上がっていた。

 

 

「やっと終わったか……ちかれた……」

 

 

リョウトは気が抜けたかの様にグラスゴーの操縦桿に頭を乗せた。

 

 

「よう、お疲れさん!」

「あ、どーも」

 

 

気を抜いたリョウトが本陣に帰ろうと思った際にグラスゴーカスタムの肩をサザーランドが叩く。

サザーランドとはグラスゴーの後に開発された機体でグラスゴーを上回る性能を持つKMFだ。

今ではこの機体がブリタニア軍の主力となりグラスゴーは型落ちの機体とされていた。

 

 

「まさか本当に一人で囮役を完遂しちまうとはな」

「敵が俺の機体を見て油断してたってのと……このグラスゴーカスタムは実際はサザーランド以上の機体ですからね。それに助けられました」

 

 

リョウトに話し掛けているのはブリタニア軍人の中でも気さくなタイプで今回の作戦で唯一リョウトを気に掛けていたパイロットだった。

 

 

「ハハッ……たがそれだけでは無理だったろうな。パイロットの腕もある筈だ。流石はヴァルトシュタイン卿の息子だ」

「義理の……ですけどね」

 

 

リョウトは苦笑いをしながら答えた。そしてそんなリョウトのグラスゴーカスタムに通信が入る。

通信は部隊長からで直ぐに本陣に戻れとの事だった。

なんでもお偉いさんからの通信が来ているとの事。

本陣に戻ったリョウトはモニター室に案内された。直接の交信に加えて他の者は見てはいけないと仰せだったらしい。この時点でリョウトは誰からの通信か予想が付いていた。

 

 

 

 

『見事に役割を果たした様ですね』

「ええ、なんとかなりました」

 

 

モニターに映ったのはギネヴィアだった。リョウトは少し砕けた口調で話す。

 

 

『まったく……オデュッセウス兄様は許したかもしれませんが私に対してその口調は……』

「失礼しました」

 

 

ギネヴィアの発言にリョウトは素早く頭を下げた。ギネヴィアはお説教が長い事でも有名でリョウトも何度も長々としたお説教を聞いた事が有るのだ。それ故に頭を下げる速度も速い。

 

 

『まったく……本来なら不敬罪に当たる事を自覚なさい』

「了解です。しかしギネヴィア皇女殿下が直接俺に通信とは何事なんでしょう?」

 

 

お説教が長引きそうだと思ったリョウトは話題転換を振る。

 

 

『そうでした。……以前よりオデュッセウス兄様が考えていた政策が実行できる段階まで来ました』

「そりゃあ……驚きですね」

 

 

ギネヴィアの言葉にリョウトは驚いていた。

オデュッセウスの政策はナンバーズの差別を減らしたり、テロリストにも温情を与える物が多い。

故に他の皇族や貴族からはあまり良い顔をされなかったのだ。

そんな中で政策が通ったとなれば驚きである。

 

 

『ナンバーズの犯罪者共をブリタニア軍で働かせる温情を与える政策。私は賛成はしていないのですよ?』

「承知してますよ。ですが決まったのでしょう?」

 

 

オデュッセウスの考えた政策に眉を顰めるギネヴィアにリョウトは「さっきも俺を囮にしたのはそれでイラついてたからでしょ?」と言いそうになったが口を閉ざした。

言ったらリョウトに対するお説教は+2時間程度じゃ収まらないからだと思ったからだ。

 

 

『アナタがブリタニア本国に帰ったらオデュッセウス兄様も交えて本格的に始動となります。そしてアナタにはその部隊へと転属して貰います』

「俺の転属命令が出る辺り……マジなんですね」

 

 

リョウトはギネヴィアの発言に今回は本当にオデュッセウスの政策が叶ったのだと感じていた。

 

 

『………部隊名は【レイス】と名付ける事にします』

「ギネヴィア皇女殿下が名付けになりましたか……」

 

 

随分と皮肉の効いた部隊名だとリョウトは思った。

 

【レイス】……『亡霊』の名を持つ部隊へリョウトは転属する事となる。



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部隊と隊長候補

 

 

 

 

ブリタニア本国に戻ったリョウトはブリタニア宮殿へと足を運んでいた。

理由は先日ギネヴィアから言い渡された新部隊の話を聞くためである。

 

 

「新部隊……か」

 

 

リョウトは王宮の廊下を歩きながらポツリと呟いた。

ギネヴィアから新部隊へ配属を聞かされた。その新部隊はオデュッセウスの発案で新設された隊でブリタニアに反旗を翻した者やスパイ容疑などが掛かっている者にも温情を与える為の部隊だった。

オデュッセウス自身の発案は無実の罪に問われている者を救う政策の筈だったのだがギネヴィアや他の皇族が絡んだ際に少し案件がズレたのだ。

 

オデュッセウスは「和解や救いは必要だね」と言っていたがギネヴィアや他の皇族が絡んだ段階でリョウトはこの部隊は『捨て石部隊』『実験部隊』と言った事になるのだろうと予想を付けていた。

事実、前日の囮役も並の軍人ならKMF事、破壊されて死んでいただろう。

恐らく他の部隊にはさせられない作戦や内部告発用に整えられた部隊になるだろう。

 

しかし内容が変わってしまったとは言えどもオデュッセウス等と協力して作り上げた部隊だ。自分が行かずしてなんとする。そんな思いを胸にリョウトはオデュッセウスの政務室へと向かった。

 

 

リョウトが政務室に到着するとオデュッセウスの他に数名居た。ギネヴィア、ビスマルク。

ブリタニアを代表すると言っても過言じゃ無いメンバーが揃う中、リョウトは入るのが気が引けた。

 

 

「何をしている早く座らんか」

「アナタを待っていたのですよ」

 

 

ビスマルクとギネヴィアの言葉にリョウトは慌てて席に着こうとする。オデュッセウスは「まあまあ」と二人を嗜めていた。

 

 

「おかえり、リョウト。危ない任務を任せてスマなかったね」

「いえ、ちょっと死にかけただけですから」

 

 

スマなそうにリョウトに話し掛けるオデュッセウスにリョウトは柔やかに返事をした。

 

 

「アナタの実力を見込んでの事ですよ?」

「いやぁ、ギネヴィアもリョウトの事を解ってくれて嬉しいよ」

 

 

ギネヴィアはリョウトの事を少し睨む。対するオデュッセウスはリョウトとギネヴィアが少しでも仲良くなったのかと勘違いした様だ。その事に気付いたビスマルクは内心溜息を吐いていた。

 

 

 

「では会議に移らさせて貰います。以前よりオデュッセウス殿下が進言されていた新部隊の件ですが部隊名を【レイス】と命名が決まりました」

 

 

ビスマルクの進行で会議が始まる。

オデュッセウスもギネヴィアも予め用意されていた資料に目を通し始めた。

 

 

「この部隊を構成させる者達はオデュッセウス殿下の進言通り、情状酌量のある物を中心に組んでいく予定です。運用されるKMFや予算組は……」

「部隊運用は私かオデュッセウス兄様の物とします」

 

 

ビスマルクの発言を遮る様にギネヴィアが声を上げる。

 

 

「部隊を作り動かすなら責任者が必要でしょう?私とオデュッセウス兄様との折半で部隊を動かしましょう。KMFは最新の物は回せませんが改良品や試作品を回します」

「おお、ギネヴィア。スマないね私の為に」

 

 

ギネヴィアのやる気にオデュッセウスは喜んでいたがリョウトはギネヴィアの思惑を読んでいた。

この部隊がギネヴィアの指揮下に入ると言う事は先日の囮役の様な役回りが確実に増えるだろう。更に改良品や試作品を回されると言う事は前線に出る確率が高い上にデータ収集の意味も含まれる筈だ。

 

 

「最初は小規模な部隊とし、運用に問題が無ければ拡大化を図る……で宜しいでしょうか?」

「ええ、それで構いません」

「僕も異議無しだよ」

 

 

ビスマルクの提案にギネヴィアもオデュッセウスも異議は無いようだ。

 

 

「では部隊発足は2週間後。ある程度の訓練をした後に戦場へ連れて行きます」

「やけに早い取り決めだなぁ……」

 

 

自身が口を挟まずに次々に決まっていく新部隊にリョウトは違和感を感じていた。

 

 

「ビスマルクも君に武功を上げさせたいんだよ。勿論、僕やギネヴィアもね」

「………ありがとうございます」

 

 

リョウトの発言にオデュッセウスは柔やかにそう告げた。

ギネヴィアやビスマルクも肯定はしなかったが反論もしなかった辺り、その通りなのだろう。

 

 

 

「ゴホン、ではリョウト。これが部隊の資料だ、来週までに覚えておけ」

「うげ、凄い量……」

 

 

ビスマルクからリョウトへメモリーチップが渡される。リョウトが中身のデータを確認するとかなりの量のデータが納められていた。

 

 

「当然だ。貴様は【レイス】の隊長候補なんだからな」

「ふーん……隊長候補ね………」

 

 

データの量にうんざりしていたリョウトはビスマルクの発言を聞き流していた。

 

 

「って……隊長候補?」

 

 

聞き流した発言を再度口にしながら自身を指差すリョウト。

オデュッセウス達は無言のまま頷いた。

 

 

「期待していますよリョウト」

「キミなら、やれるさリョウト」

「精々、励むんだな」

 

 

それぞれが口々にリョウトを激励するがリョウトはフリーズしたまま動かなくなっていた。




部隊名【レイス】


オデュッセウスとギネヴィアの指揮下にある部隊。
新規発足された部隊で正規の部隊とは異なり、情状酌量 のある犯罪者やスネに傷を持つ者で構成された部隊。
正規の部隊が出来ない様な危険な任務を任される事が多く、改良品や試作品のKMFや兵器のデータ収集も任されている。



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マッドサイエンティスト

 

 

ブリタニア軍のとある施設。そこでリョウトは頭を痛めていた。

 

 

「俺が部隊の隊長って……ありえねー」

 

 

リョウトはグラスゴーカスタムの肩の上で胡座を掻きながらビスマルクから渡されたデータを見ていた。

リョウトの悩みは先日、ビスマルクから言われた「レイスの部隊長候補」の件だ。

いくらリョウトが兵士として優れているとは言ってもまだ14歳。部隊を一つ預かるなんて到底無理な話である。

 

リョウトは渡されたデータを見ている内にレイスの実情を把握し始めていた。

 

 

まず用意されたKMFは大半がグラスゴーだった。しかもリョウトのグラスゴーカスタムの様に改造機でグラスゴーの面影が無くなっていた。

そしてこの後に来るレイスのメンバーはやはりスネに傷を持つ者で構成されているらしく、少なくともKMFのパイロットは正規の部隊に組み込めない者だ。

 

 

「おおぃ、リョウト!」

「ん?……爺さん!?」

 

 

突然名を呼ばれ、リョウトはグラスゴーカスタムの肩から身を乗り出す。

其処に居たのはハゲ頭に白衣を纏った初老の男が居た。

男の名はグラン・ブリュイルト。KMFの研究者でリョウトのグラスゴーカスタムの整備員でもある人物である。

 

 

「なんで爺さんが此処に!?」

「ワシも【レイス】に配属なんじゃよ」

 

 

リョウトはグラスゴーカスタムの肩から素早く下りるとグランの下へと降りる。

 

 

「爺さんも【レイス】に?」

「そーじゃよ。そもそもワシ以外にグラスゴーカスタムを整備できると思うてか?」

 

 

グランはグラスゴーカスタムの足先に腰を掛けるとコンとグラスゴーカスタムの足を叩く。

 

 

「それに【レイス】に配属されるKMFはワシが施した改造機。ワシが直々に整備せにゃならん」

「つまり魔改造の巣窟か……」

 

 

グランの言葉を聞いたリョウトはタラリと汗を流した。

グランはKMFの研究者として有名だがマッドサイエンティストとしても有名だった。

危険な改造や武器の作成などに置いては右に出る者は居ないと言わんばかりに。

しかしその魔改造がリョウトのグラスゴーカスタムの様な改造機へと反映されているのだ。

 

 

「魔改造とは言ってくれるな。じゃが旧式のグラスゴーなんじゃそんくらいせんと敵に遅れをとるぞ」

「その性でマトモに乗れずに廃棄されたKMFが数知れないと思うんだけど?」

 

 

グランの作るKMFや改造機は性能が高過ぎたりピーキーなセッティングで正規の軍人にも乗りこなせないのが殆どだった。

 

 

「その魔改造機に乗れる人材が揃う部隊と聞けばワシが行かぬはずがなかろう?」

「ああ……部隊の発足前に不安材料が増えた……」

 

 

楽しそうに笑うグランにリョウトは更に【レイス】に対する不安が増すのだった。

 

 





『グラン・ブリュイルト』

ハゲ頭に白衣を着た老人。
ブリタニア軍でKMFの研究者として有名な存在。
しかし魔改造や兵器開発者としても有名でマッドサイエンティスト。
【レイス】の所属になりKMFの開発および整備員となる。

イメージはDr.ワイリー




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【レイス】の二人目

 

 

 

【レイス】専用の格納庫になっている軍事施設でリョウトは新たに運び込まれたKMFを見上げていた。

 

 

「爺さん……コレも魔改造機か?」

「うむ、ワシが改造を手掛けた機体じゃな」

 

 

並んでKMFを見上げるリョウトとグラン。

新たに配備されたグラスゴーはグランが改造した機体だと判明した。

 

 

「えらく重武装だな……」

「コイツは砲戦仕様の機体に仕上げたからの。最もコイツはマシンガンやガトリングをメインにしてるがな」

 

 

リョウトの呟きやグランの発言から分かるようにこのグラスゴーは通常のグラスゴーとは比べ物にならない程に武装が付加されているのだ。

 

背面式大型ガトリング・腰部アサルトライフル・脚部ミサイルランチャー・腕部三連マシンガンと兎に角、重武装なのだ。

しかも固定武装の重量がハンパない為に重心が低く重火器を取り扱う為にパワー重視というアンバランスな機体になっている。

しかも火薬類の誘爆を防ぐ為に装甲がかなり厚い故に機動性が極端に悪い。

 

 

「この歩く火薬庫に乗る予定の人居るのかよ?」

「コレに最適な奴が来る。問題ないわい」

 

 

こんな危険な機体に誰が乗ろうと言うのか。そんな事を思っていたリョウトだがグランは笑っていた。

 

 

「その歩く火薬庫には私が乗ります」

「っと?」

 

 

突如、後ろから声を掛けられて戸惑うリョウト。振り返れば其処にはサングラスを掛けた男性が立っていた。

 

 

「私の名はケイン・サンドランド。若輩成れども【レイス】にてこの身を捧げたく思います」

「え、ああ……ヨロシク」

 

 

柔やかに握手を求めるケインにリョウトは途惑いながらも答えた。

 

 

「えーっとケイン・サンドランド……上官侮辱罪並びに上官反抗罪ってのは?」

「部下を見殺しにしようとした無能な上官にお仕置きしただけなんですけどね」

 

 

リョウトはデータを見ながらケインに問うがケインはニコニコと笑みを浮かべながら小さな丸型のサングラスを掛けた直した。

 

 

「つーか、元牧師?」

「はい。神を信じる者です」

 

 

リョウトはデータを改めて見直すと疑いの視線を送るがケインは意にも返していなかった。

 

 

「上官の侮辱罪はまだ分かるけど……上官暴行罪って何をしたんだよ?」

「火薬を抜いて威力を押さえた手榴弾を会議室に投げ込んだだけですよ。ま、精々火傷程度ですよ」

 

 

リョウトの質問にやれやれとケインは肩をすくめる。

 

 

「神に仕える身なんだろ、大丈夫なのかよ?」

「後で懺悔するから大丈夫ですよ」

 

 

リョウトはケインの発言に彼に『テロ牧師』の名を与えようと思った。

 

 

「噂通りの奴のようじゃな。お前さんにこの『グラスゴー・フルアーマー』を預けるわい」

「謹んでお受けいたします」

 

 

グランはケインに目の前のKMF『グラスゴー・フルアーマー』を預け、ケインは腰に手を当て頭を下げながら礼をした。

 

 

「フルアーマー(全装甲)ね……どっちかと言えばフルバレット(全弾丸)って気がする」

「お、上手い事、言いますね隊長。ではこのKMFは『グラスゴー・フルバレット』と命名したいですね」

「なら機体名は『グラスゴー・フルバレット』で通称が『フルバレット』じゃな」

 

 

リョウトが冗談で言った名がそのまま本決まりとなった。

ノリノリのグランとケインにリョウトはこれから【レイス】に集まるのはこんな人材ばかりなんだろうかと頭を痛めていた。




ケイン・サンドランド(31歳)

丸型のサングラスを掛けた物腰の柔らかい男性。
口調も柔らかいが言っている事は結構物騒。
元牧師だがブリタニア軍に所属する兵士。
上官侮辱罪並びに上官暴行罪で投獄されていたが【レイス】に参加する事で罪の軽減を求めた。
リョウト曰く『テロ牧師』


『グラスゴー・フルバレット』

背面式大型ガトリング・腰部アサルトライフル・脚部ミサイルランチャー・腕部三連マシンガンと重武装。
しかも固定武装の重量がハンパない為に重心が低く重火器を取り扱う為にパワー重視というアンバランスな機体になっている。
しかも火薬類の誘爆を防ぐ為に装甲がかなり厚い故に機動性が極端に悪い。

本来の名は『グラスゴー・フルアーマー』なのだがリョウトが名付けた『フルアーマー・フルバレット』の名を気に入っている。
これにより通称が『フルバレット』となった。


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模擬戦

 

 

 

【レイス】のメンバーは着々と集められた。

 

 

正規の軍人では無く現地の引き抜きやスネに傷を持つ者が集められた部隊だけに規律は悪かったが優秀な人材は揃っていた。

 

 

「ではこれよりグラスゴー・カスタムとグラスゴー・フルバレットの模擬戦を行う!」

 

 

此処はブリタニアの軍事施設の演習場。そこでナイトオブワン・ビスマルクの号令が響き渡る。

ある程度、人数が揃ってきた【レイス】に規律と仲間意識を高める為の模擬戦となった。

模擬戦でパイロットの士気を高め、その後のKMFの修理等を行う事でそれぞれの分野の向上心を高めようという目論見なのだ。

 

 

 

「フルバレット相手だとこっちが不利だよなぁ……」

「ハハハッ全力でやらせてもらいますよ隊長殿」

 

 

リョウトとケインは既にそれぞれのグラスゴーに搭乗していた。

コクピット内でぼやくリョウトに対してケインはノリノリである。

 

 

「ノリノリだなケイン」

「隊長殿に胸をお貸し頂けるなら私はその胸に弾を撃ち込んでみたいのですよ」

 

 

 

ケインはリョウトを隊長と呼び、リョウトはケインを呼び捨てにする。これは着任してからケインがリョウトに頼んだことだった。

「自分には敬語は結構です。名も呼び捨てで。私は隊長殿と呼ばせて頂きますが」

との事だった理由を尋ねたが教えて貰えず今日に至ったのだ。

 

 

「では仕合始めッ!」

「では行きますよ隊長殿!」

「おうっ!って、ヤバい!?」

 

 

ビスマルクの号令と共に開始される模擬戦。先手を打ったのはケインだった。

ケインはフルバレットの背面式大型ガトリングを構えると何の躊躇いも無く引き金を引いたのだ。

バラまかれる弾丸にリョウトはグラスゴー・カスタムの右膝を折りながら旋回しつつ加速して避ける。機体にもコクピットにも相当な負担だが弾が当たるよりは良い。リョウトは弾を避けながらアサルトライフルを引き抜くとフルバレットに向かって引き金を引いた。

 

 

「やりますな隊長殿。あの弾幕を避けながら反撃の一手を撃つとは」

「クソッ!余裕持ちやがって!」

 

 

ヌケヌケと賞賛を送るケイン。対するリョウトは焦っていた。そもそもグラスゴー・カスタムとフルバレットでは性能も戦い方も違いすぎる。

今はアサルトライフルで地味な反撃をしているが銃も弾もフルバレットの方が圧倒的なのだ。

リョウトは逃げつつアサルトライフルの反撃をするしか手が無かった。

 

 

「どうすっかな……こっちの弾が先に無くなり……あ、弾切れ寸前」

 

 

リョウトはグラスゴー・カスタムに装備されているアサルトライフル×2で地味な反撃をしていたのだがフルバレットよりも先に弾切れになりかけていた。

 

 

「どっちも後、一斉射で終わるくらいか……ならいっちょ賭に出るか」

 

 

リョウトは意を決するとグラスゴー・カスタムをフルバレットに向けて発進させる。

 

 

「おや、特攻ですか?それは悪手と言わせてもらいます!」

「ぐっ!?流石に凄い弾幕だな!」

 

 

グラスゴー・カスタムが真っ直ぐにフルバレットに向かってきたのを確認するとケインはフルバレットの砲門を全て開放した。

大量の弾幕がグラスゴー・カスタムを襲うがグラスゴー・カスタムは地面を滑る様に回避し続けていた。

 

 

「素晴らしい!まるでKMFが舞っているかの様です!」

 

 

褒めながらも手を緩めないのがケインらしい所である。

 

 

「しかーし!その回避能力では、いずれ疲れて当たってしまいますよ!」

「ちっ!」

 

 

ケインの言う通りグラスゴー・カスタムは被弾し始めていた。グラスゴー・カスタムは左腕に被弾し片腕が破壊されて無くなっていた。

 

 

 

 

離れた場所ではビスマルクが模擬戦の様子を見ていた。

 

 

「グラスゴー・カスタムではフルバレットの弾幕をかいくぐるには困難だ……どうする気だ、リョウト?」

「なんじゃ、息子が戦っとるのに淡白な反応じゃの」

 

 

模擬戦を見ていたビスマルクに話し掛けたのはグランだった。

 

 

「グラン博士、お久しぶりです」

「お前さんも息災な様じゃな、何より何より」

 

 

ナイトオブワンに気軽に話し掛けている事が異常な光景だがグランはブリタニアの中でもかなりの古株でビスマルクも昔は色々と世話になっていた。

 

 

「リョウトの奴、無茶苦茶じゃな。グラスゴー・カスタムの性能をギリギリまで引き出して弾を避けておる。じゃがあんな戦い方をしていれば機体が保たんわい」

「やはり、そうですか」

 

 

リョウトの戦いを並んで見ているグランとビスマルク。そして徐にグランが口を開いた。

 

 

「………シャルルの坊主やマリアンヌの嬢ちゃんはまだ、あの計画を進めてるのか?」

「皇帝陛下やマリアンヌ様をその様な呼び方をするのは世界広しと言えど博士だけです」

 

 

明らかに不敬罪となる発言をしたグランだがビスマルクは苦笑いで答えた。

 

 

「皇帝陛下もマリアンヌ様も計画を続行しています。諦める気は無い……と仰っております」

「フン、全てを虚無にする様な計画なぞワシは反対じゃがの」

 

 

ビスマルクの発言にグランは鼻を鳴らす。

 

 

「しかし皇帝陛下もマリアンヌ様も博士に……」

「わぁかっとるわい。ワシはある種の後見人みたいなもんじゃ。世界がどうなろうと結末を見る為にの」

 

 

言葉を繋ごうとしたビスマルクだがグランは言葉を切った。

 

 

「そんな事よりもワシはお前さんの息子の方がよっぽど気になるわい。見てみい、相撃ちに近い形じゃが性能差を覆して勝ちよった」

「……………機体はボロボロの様ですが」

 

 

 

話に夢中になっている間に模擬戦が終わった様でボロボロのグラスゴー・カスタムがフルバレットに辛くも勝利を収めた様だった。



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模擬戦を終えて

 

 

 

「まったく……無茶をしおって……」

「開口一番がそれかよ」

 

 

模擬戦を終えたリョウトをビスマルクは出迎えたのだが蜂の巣にされたグラスゴー・カスタムを見上げながら呟いた。

 

 

「いやぁ、まさかあんな手で来るとは思いませんでしたよ」

「死に物狂いでやらなきゃ負けると思ったからなー」

 

 

フルバレットから降りてきたケインは、まいったまいったと言わんばかりに歩いてきた。

 

今回、リョウトの取った作戦はシンプルな物だった。

先ずは破壊され落ちていた左腕をアサルトライフルで撃つ。左腕にはまだ弾が残されたアサルトライフルが握られている。コレを破壊した事で暴発して粉塵が巻き上がる。

粉塵でフルバレットの視界を封じたリョウトの次の行動はグラスゴーカスタムの肩に収納されている可変式トマホークを右側からカーブを描くようにフルバレットに投擲する事だった。

投げた後に案の定、フルバレットからの弾幕は少々落ち着いた。更にリョウトは正面からアサルトライフルを一斉射撃を行った。直ぐに弾切れを起こすが、それと同時にリョウトはグラスゴーカスタムを大きくジャンプさせた。

今までの行動はフルバレットにリョウトの動きを覚えさせる為の物だった。

左右から攻撃を仕掛けて揺さぶりを掛けるように見せ掛ける。そして相手が周囲を警戒し始めた所で上空から強襲。

これがリョウトの考えた戦術プランだった。

 

 

「甘いですよ隊長殿!」

「げ、ヤバっ!?」

 

 

しかしケインにはこの戦術を読まれていた。フルバレットのガトリングの照準は既に上を向いている。

しかしリョウトの策はまだ終わりでは無かった。

 

 

「秘技太陽落とし!」

「眩しっ!?」

 

 

リョウトはグラスゴーカスタムをジャンプさせた際に機体が太陽に重なる様にジャンプさせていた。

これにより照準を合わせようとしたケインは太陽の光でグラスゴーカスタムを見失ってしまう。

 

 

「貰ったぁっ!」

「くっ!?」

 

 

そしてフルバレットの眼前に着地したグラスゴーカスタムはフルバレットのコクピットにスタントンファを叩き込んだ。

此処までが先程の戦いの流れである。

 

 

「模擬戦だから出来た戦い方だ実戦じゃ使えねーわな」

「いえいえ、実戦慣れをしている者には有功でしょうね。事実私はしてやられた訳ですし」

 

 

苦笑いのリョウトにケインはリョウトの戦術を高く評価していた。

 

 

「戦い方は兎も角としても二人とも見事な模擬戦だ。だが……」

 

 

ビスマルクは先程の模擬戦を評価していたが辺りを見回すと溜息を零した。

 

 

「部隊発足早々に機体を駄目にするとはな」

「あー……」

 

 

 

ビスマルクの発言にリョウトもケインも機体を見上げた。

グラスゴーカスタムは蜂の巣状態でフルバレットは弾切れ状態に機体の至る所に傷が刻まれ、先程の戦いでコクピットは一部破損していた。

 

 

「どーしよ……」

「この位なら問題はなかろ」

 

 

呆然と呟いたリョウトにグランが液晶パネルを操作しながら歩み寄る。

 

 

「むしろ此処でレイスの整備班の仕事振りが分かるんじゃから願っても無い状況じゃよ。ホレ、お前さん等仕事を始めんか!」

「「Yes、My Lord!」」

 

 

グランの叱咤に整備班は総出でグラスゴーカスタムとフルバレットの修理に取り掛かった。

 

 

「ま、今回はレイス全体の仕事の流れを見る為なんじゃからやり過ぎって事は無いじゃろ。良いデータも揃ったしの」

 

 

ヒラヒラと液晶パネルを振るグラン。グラスゴーカスタムを蜂の巣状態にした甲斐も有った様だ。

 

 

 

「博士の言い分も尤もだがお前達は模擬戦のレポートを作成しておけ。後で私がチェックするからな」

「うげ、了解」

「Yes、My Lord」

 

 

ビスマルクの言葉を受けてリョウトは怪訝な顔付きになり、ケインはキチンと礼を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てみいビスマルク。リョウトの戦闘データじゃ」

「コレは……」

 

 

リョウトとケインがその場を離れた後にビスマルクはグランからリョウトの戦闘データを見せられていた。

 

 

「先程の戦闘データ。コレを一般兵と比べても差は歴然じゃな」

「まさかコレほどとは……」

 

 

リョウトの戦闘データと比較してブリタニア軍の一般兵と比べてみるとリョウトのデータはずば抜けていた。

 

 

「現段階で親衛隊クラスの実力じゃ。しかもグラスゴーに乗った状態でな」

「まだ……伸び代があると?」

 

 

グランは上機嫌でビスマルクに話し掛ける。対するビスマルクは少々複雑そうだ。

 

 

「お主はリョウトの事になるとその推眼も鈍りがちじゃな。ワシはリョウトがナイトオブラウンズにまで上り詰めると見るがの」

「リョウトがラウンズに……?」

 

 

笑いながらグランはビスマルクにデータを渡すとグラスゴーカスタムの修理に勤しむ整備班の方へと行ってしまう。ビスマルクはグランの言葉を反復し想像を働かせていた。

 

其処には皇帝に仕えるナイトオブラウンズの中に自分とリョウトが並び立つ光景。

 

 

「何を……馬鹿な……」

 

 

ビスマルクは自笑すると先程の模擬戦を含めたデータや書類を纏める為にその場を後にした。

ビスマルクのいつもは『への字』になっている口元は僅かに緩んでいた。



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とあるエリアへの視察

 

 

 

 

模擬戦から数日後、リョウトとグランは格納庫でボロボロになったKMFを見上げていた。

 

 

「修理そのものなら簡単じゃが、この際改造も視野に入れた方が良いの」

「そーだな。ケインとの模擬戦で色々と欠点も見えたし」

 

 

蜂の巣になったグラスゴーカスタムに所々パーツがヘコんだフルバレットが並ぶ。

グランは修理ではなく改修を施す事を考えていた。

 

 

「うむ。なら改造プランを出してくれるか?どうせならお主達が戦いやすい様に改造してやるわい」

「ん、わかったケインにも言っとくよ」

 

 

愛機の更なる改造にリョウトは胸を躍らせていた。どんな改造をするか考えていると部下から声が掛かる。

 

 

「隊長、オデュッセウス殿下とヴァルトシュタイン卿がお呼びです」

「殿下と親父が?わかった直ぐ行く」

 

 

リョウトは自身を呼び出した二人に若干の嫌な予感を走らせながらもオデュッセウスが居る政務室へと足を向けた。

 

 

「やあ、待っていたよリョウト」

「遅かったな」

「こんにちは」

 

 

政務室には既にオデュッセウスとビスマルク。そしてオデュッセウスに呼び出されたもう一人の人物が居た。

 

 

「初めまして。私はモニカ・クルシェフスキーです」

「あ、リョウト・T・ヴァルトシュタインです。ん……クルシェフスキー?もしかして最近ラウンズに入ったモニカ・クルシェフスキー卿ですか?」

 

 

リョウトはモニカから差し出された手に慌てて握手を返した。そして『モニカ・クルシェフスキー』の名を思い出す。

それは最近、ラウンズ入りを果たした者の名だった。

 

 

「ええ、よろしくねヴァルトシュタイン卿」

「あ、リョウトでお願いします。親父と一緒に居る時にヴァルトシュタインの名で呼ばれるとややこしいので」

 

 

モニカに『ヴァルトシュタイン』の名では無く『リョウト』と呼んで欲しいと頼むリョウト。

ビスマルクと一緒の時だと確かにややこしい事この上ないし、リョウトとビスマルクは共に行動する事が多い為に『ヴァルトシュタイン卿』と呼ばれた時は親子で同時に振り返るなど任務中でありながら笑いを取った事もあった位だ。

 

 

「わかったわリョウト。私もモニカで良いわ」

「わかりましたモニカさん」

 

 

クスッと笑みを零したモニカに少しドキッとしながらリョウトも笑顔で返した。

 

 

「んんっ!ゴホン。そろそろいいか?」

「あ、ス、スイマセン!?」

「っと!?」

 

 

ビスマルクの咳払いにモニカとリョウトは慌てて握手を解くとオデュッセウスと向きあってピシッと背を伸ばした。

 

 

「ハハハッ仲良くなって良かったよ。さて、リョウト新しい仕事を頼みたいんだ。と言っても今回も視察なんだけどね」

 

 

オデュッセウスはリョウトとモニカの仲が良くなった事を微笑ましく見ておりニコニコとしていた。

 

 

「視察……ですか?」

「うん。2日後に行くから着いてきてくれないかい?」

 

 

『視察』の言葉にリョウトは「ああ、いつものね」と言った表情になる。

オデュッセウスは第一皇子の立場で様々な場所や土地を視察に回る事が多い。

しかも視察と言っても様々で施設の運営視察の時もあれば南米のアマゾンまで行ったり、何処かの農家で芋掘りやトウモロコシの収穫もしたりと幅が広い。

本当にブリタニア第一皇子の仕事なのだろうかと思うがオデュッセウスの政策の第一にしてるのは国民の安寧秩序である為、オデュッセウスは国民の気持ちになる為に本来なら皇族がしない視察までこなしているのだ。

因みに余談だが芋掘りの際にオデュッセウスとリョウトはオーバーオールを着て作業をしたのだが、その姿は『農家のおじさんと親戚の子』と言った様子で周囲はそれはそれは温かい目で二人を見ていたりする。

 

 

「今回はラウンズが殿下の護衛として動向する」

「え、ラウンズが?」

 

 

ビスマルクの発言にリョウトは目を点にした。

ナイトオブラウンズは皇帝直属の剣。

任務以外で本国か自分の領地から離れる事は無い。

いくらブリタニアの第一皇子の護衛とは言えど簡単に動かせる筈が無いのだからリョウトの目が点になるのも無理は無い。

例外としてはリョウトを心配したビスマルクが共に行動する事なのだろうがソレは後割愛。

 

 

 

「実は今度の視察先が少々物騒な所らしくてね。いつもの警備でも構わないと言ったんだけど押し切られちゃってね」

「はあ……って事は親父が?」

 

 

オデュッセウスの追加説明にリョウトは生返事だ。そしてリョウトはビスマルクが同行するのかと思いソレを口にした。

 

 

「いや、私は別件で本国から離れられん。今回はモニカが同行する」

「よろしくねリョウト」

 

 

ビスマルクは首を横に振り否定した。そして同行するのはモニカであると説明し、モニカはニコッとリョウトに微笑む。

リョウトもこの流れで何故、モニカがこの場に居るのかを理解した。単純に視察に同行するナイトオブラウンズの顔合わせだったのだと思う。

リョウトは他のラウンズとも会っていたがモニカは今回会うのが始めてだったから説明と紹介をこの場で済ませたのだ。

 

 

「しかしラウンズが護衛とは行き先はどちらですか?」

「うん……行き先はね……」

 

 

 

リョウトの言葉にオデュッセウスは一呼吸開けてから口を開く。

 

 

 

「……エリア11だよ」

 

 

オデュッセウスの口から発せられた地はリョウトの故郷の新たな呼び名だった。



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皇族の航空機内

 

 

 

オデュッセウスから視察への同行を命じられたリョウトは【レイス】として動いていた。

今回、KMFは使わないが今後の事も考えると【レイス】として動いて部隊運用の下積みをさせる気なのだ。

リョウトは皇族専用の航空機でオデュッセウス、モニカと共に名を変えた日本「エリア11」へと向かっていた。

 

 

本来なら皇族であるオデュッセウスと同席する事は一般兵のリョウトには叶わない事だがオデュッセウスがリョウトを護衛として各地を連れ回している事は周知の事実である為に周囲は最早何も言わなくなっていた。

と言うかオデュッセウスお気に入りのリョウトに何かあれば何かした人物がオデュッセウスの怒りを受けるだろうと誰しもが分かっていた為に迂闊なマネはしなかった。

因みに今回、グランとケインは本国に残った。

 

 

「緊張……しているのかい?」

「…………そうかも知れません」

 

 

そんな中、口数が少なく静かなリョウトにオデュッセウスは語り掛け、リョウトは頷いた。

 

 

「今回視察とは言っても久々に日本……エリア11へ行くわけですから……その……」

「僕としてもリョウトを連れて行くのは不安だったんだけどねぇ……でもクロヴィスの事も心配でねぇ……」

 

 

リョウトが言い淀むがオデュッセウスも弟が心配でエリア11に来た為にそうも言ってられなかった。

 

 

「確かクロヴィス殿下は二月ほど前からエリア11の総督に着任されていましたよね?」

「うん。でも総督をするのは初めてで不安だろうから少し顔を見に行こうと思ってねぇ……」

 

 

クロヴィスの名が出た事でモニカはエリア11の総督の事を思い出す。オデュッセウスの今回の視察目的は総督に着任したばかりの弟の事を思っての事らしい。

 

 

「それにリョウトにも故郷に帰る機会を与えたかったんだけど……マイナスだったかな?」

「ご忠告させて頂くなら、リョウトの気持ちは複雑な状態になっている様ですから自由時間を与えては如何でしょう?護衛なら私が居ますし、彼は街中の視察と言う形で散歩などをさせてみては如何でしょうか?」

 

 

窓の外を見ているリョウトには聞こえないヒソヒソ話をするオデュッセウスとモニカ。普段なら聞き取れる会話だが精彩を欠いたリョウトには聞こえていなかった。

 

 

「そうだね……視察の期間は三日ほどだから一日くらいリョウトの好きにさせてあげるべきかもね」

「表向きは殿下とは別行動の視察と言う形にして……」

 

 

ヒソヒソと話し合ってリョウトの予定を決めていく二人。いきなり過保護である。

その光景は親戚思いのおじさんと弟思いの姉と言った所だろうか。

  

 

「オデュッセウス殿下、もう直ぐエリア11に到着します」

「え、あ、うん。わかったよ」

「はい。ほら、リョウト。シートベルトをしなさい」

「あ……はい」

 

 

オデュッセウスとモニカがヒソヒソと話をしている最中、部下が到着を知らせに現れる。

オデュッセウスは返事を返して、モニカはリョウトにシートベルトを取り付けた。リョウトはされるがままにモニカにシートベルトを装着して貰う。

こうしてリョウトの与り知らない所でリョウトの休暇(仮)が決定した。



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エリア11での出会い

 

 

 

 

 

「休み……って言われてもなぁ……」

 

 

急な休みにリョウトは街中をぶらついていた。それと言うのもオデュッセウスから『今日は街中の視察を頼むよ。いつも苦労掛けてるからね、偶にはゆっくりとしてきなさい』と言われ、モニカからは『殿下の護衛は私が引き継ぎます。アナタはエリア11の視察……そう、皇族や貴族の目に付かない部分の視察をしてきなさい。少しくらいなら遅くなっても構いませんからね』とウインク混じりに送り出された。

二人の表情からは「今日は休みでいいですよ」と書いてあるかのようでリョウトはそれを断れなかった。しかしいざ街中に出ると暇なだけである。

 

 

「誰かと一緒ならそりゃ楽しかったんだろうけど一人じゃな……」

 

 

リョウトは嘗て知っていた街並みを歩きながらボヤく。

一人で街を歩いていると嘗ての日本を思いだしてしまっていた。まだ両親が健在で楽しかった日々を。

 

 

「しっかし……まあ、ヒドいもんだな」

 

 

電車に乗るとリョウトは道から少し外れた路地を見て呟いた。街中は綺麗に整備されているのだが少し道をそれると荒れた街並み、更にゲットーと呼ばれる区画は行き場を失った者達のスラム街で荒れ放題だった。しかもそのゲットーの住人をブリタニア人が意味なく虐待するという噂をリョウトは耳にしていた。

 

 

「ブリタニアの支配による影響か……『弱肉強食』って謳ってるけどコレを見ると正しいかどうか疑うな」

 

 

凡そブリタニア軍に勤めている人間の言葉とは思えない発言をしながらリョウトは電車から降りると先程、窓から見ていたゲットーの区画へと向かった。

 

 

「これがゲットー……か」

 

 

ゲットーに到着したリョウトは目を細めて辺りを見回して溜息にも近い言葉を吐いた。

先程の整備された街並みとは打って変わり荒れた区画に呆れていた。ゲットーはビスマルクに拾われるまでリョウトが済んでいたスラムに近い物が有り、これはブリタニアの支配も悪い事ながら統治する力も無い事を示している様な有様だったのだ。

 

 

「やれやれ……俺の仕事も増えそうかなコレは」

 

 

この有様ならエリア11もレイスの討伐対象になりかねないとリョウトは帰ったらオデュッセウスにこの事を伝えなければならないと思ったその時だった。

 

 

「スミマセン、スミマセン!」

「このイレブンが!」

 

 

静かだったゲットーに悲鳴と怒号が響き渡った。何事かとリョウトが視線を移せば其処には屋台の店主に数人のブリタニア軍人が絡んでいる光景だった。

因みに『イレブン』とは日本人の新たな呼び名でありブリタニアに支配された証であるナンバーズの呼称だった。

 

 

「誰に断って此処で店を開いている!」

「ち、違います。営業許可は取りました!」

「口答えをするな!」

 

 

どうやらブリタニア軍人は屋台の店主に言いがかりをつけて虐待をしているらしい。周りに居る軍人がニヤニヤとしているのが良い証拠だ。

 

 

 

「ったく……俺は視察で来てるってのに」

 

 

リョウトが屋台の店主を助けようと走り出したその時だった。リョウトより先に一人の男性が走りだし、ブリタニア軍人を殴り付けたのだ。

 

 

「何をする貴様!?」

「ナンバーズが……殺すぞ!」

「我等のナンバーズ粛正を邪魔してただで済むと思うな!」

 

 

殴られたブリタニア軍人は気絶した様だが残った数人が殴り掛かった男性に非難の声を上げる。

 

 

「何が粛正だ!因縁を付けてお前達が勝手な事をしているだけじゃないか!」

 

 

男性は尚もブリタニア軍人に逆らう。周囲の人間はブリタニア軍に逆らう男性から距離を空けているがリョウトはその男性に共感を覚えていた。

明らかに間違っているブリタニア軍人の身勝手行動を正しい目で見て反論しているのだ。

男性は帽子を深く被っている為に表情は伺えないが非常に怒っている事は伝わってきた。

 

 

「確かに……営業許可は取ってるし食品管理も問題無さそうだな。こりゃブリタニア軍人さんの判断が間違ってるわ」

「なっ……貴様!?」

 

 

リョウトは屋台を調べてやはりブリタニア軍人が間違っていると確信した。営業許可書もあるし、見た限り食品管理もしっかりしている。これで屋台の店主に落ち度は無くブリタニア軍人の言い掛かりだと証明された。

しかしその事に腹を立てたブリタニア軍人はリョウトの胸倉を掴む。

 

 

「貴様……我等ブリタニア軍人に逆らうのがどう言う事かか分かっているのか?」

「分かってるさ……だけどな」

 

 

リョウトの胸倉を掴みながら凄むブリタニア軍人にリョウトは溜息を零すとブリタニア軍人の腕を掴みねじり上げた。

 

 

「痛っ!?ガハッ!」

「お前等みたいな馬鹿を見過ごす程、腐っちゃいねーよ」

 

 

ねじり上げた際にブリタニア軍人は痛みに耐えかねて、掴んでいたリョウトの胸倉から手を離してしまう。それと同時にリョウトはハイキックでブリタニア軍人を沈めた。

 

 

「き、貴様!」

「来いよ。お前達は弱い者苛めが好きみたいだけど、俺は強い者苛めが好きなんだ」

 

 

仲間をK.O.された事に残りのブリタニア軍人がリョウトと先程の男性を取り囲むがリョウトは笑みを零した。

ビスマルクに拾われる前はコレが日常茶飯事だった事を思い出して笑ってしまったのだ。

 

 

「ナンバーズを庇う物好きも居た者だな」

「最初にブリタニア軍人にケンカを売った物好きに言われてもね」

 

 

先程の男性とリョウトは自然と背中合わせになっていた。残るブリタニア軍人は四人でリョウト達の四方から囲む形になっている。

 

 

「そちらさん二人、こちら二人で宜し?」

「………引き受けた!」

 

 

リョウトの言葉に意味を察し男性は自身の目の前のブリタニア軍人に殴り掛かる。それと同時にリョウトも目の前の二人を倒す事にした。

その後リョウトと男性はあっという間に残りのブリタニア軍人を倒してしまった。

 

これにはリョウトも驚いていた。リョウトはレイス以前から実戦に出たり喧嘩に明け暮れた日々によって強さを得たが一般人である男性はリョウト同様に妙にケンカ馴れをしていたのだ。

 

 

 

「き、貴様等……ブリタニア軍に刃向かったんだ覚悟は出来てるんだろうな……」

「そう言うアンタ等もな」

 

 

まだ意識が残っていたブリタニア軍人が起き上がれないまま強がりを言う。リョウトはそんなブリタニア軍人の前で膝を折ると懐から、ある物を取り出して水戸黄門の印籠が如く手に持ち、相手に見せつけた。

 

 

「ブリタニア軍特務隊……レイス!?」

「後の言いたい事は……分かるよね?」

 

 

リョウトがブリタニア軍人に見せ付けたのは自身の証明書。それを見たブリタニア軍人はサァーと血の気が引いた様に青ざめた。

 

 

「さっさと気絶した仲間を連れて帰れ。後、今後ゲットーの住人に不当な態度を取ってたら……」

「し、失礼しました!」

 

 

先程とは違い、凄みを含めたリョウトの発言にブリタニア軍人はヒィィと小さく悲鳴を上げると気絶していた仲間を叩き起こしてその場から逃げていった。

 

 

「ったく……」

「ブリタニアの仲間だったのか?」

 

 

リョウトが逃げさるブリタニア軍人に溜息を零すと先程の男性が睨む目つきでリョウトを見ていた。ブリタニア軍人の仲間だと思われている様だ。

 

 

「ブリタニア軍には所属してるけど、あんな連中は嫌いでね。むしろ俺の中じゃ下手なテロリストよりも内部のブリタニア軍人の方が粛正対象だよ」

 

 

リョウトは偽らず本音を出した。ビスマルクの誘いを受けて養子になったのも、あの手の連中を叩く為でもあったのだから。

 

 

「ブリタニアの中にもそんな考え方をしてる奴が居るんだな」

「変わってるとは良く言われるけどね」

 

 

リョウトの発言に男性は笑みを零し、リョウトも釣られて笑った。

 

 

「俺はブリタニアは嫌いだけど……お前の事は気に入ったよ」

 

 

そう言うと男性は深めに被っていた帽子を脱ぐ。すると帽子に隠された赤みがかる髪が姿を現した。

 

 

 

「俺もお兄さんの事、気に入ったよ。俺はリョウト・T・ヴァルトシュタイン。お兄さんの名前聞いても良い?」

「俺は……紅月ナオトだ」

 

 

リョウトと紅月ナオトは自己紹介をすると、どちらからとも無く握手を交わしていた。

 

 



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国と個人

ランキングに乗っていてビックリしました。

今回は少し回りくどい内容です。


 

 

自己紹介を済ませた二人はブリタニア軍人と揉め事を起こした場所から移動していた。

それと言うのもナオトから警察沙汰は御免だと言われたからである。

そして話をしたいと言うナオトに着いていく事にしたリョウトはナオト行き付けの店に来ていた。店の名は『春日屋』

そこでリョウトは予期せぬご馳走に有り付いていた。

 

 

「美味い!すき焼きは最高だね!」

「………少しは落ち着いて食ったらどうだ?」

 

 

ナオト行き付けの店は少し高級な居酒屋で幅広いメニューでイレブンから絶大な人気を得ている店だった。ナオトは話をする為に店に連れて来たのだがリョウトは話そっちのけで料理に舌鼓を打っていた。

 

 

「ブリタニア人がすき焼きをがっつく姿は珍しいもんだな」

「……んー俺、生粋のブリタニア人って訳じゃ無いんだけど」

 

 

其処へ店の店主がカウンターから顔を覗かせるがリョウトは店主の言葉を否定して箸を止めた。

 

 

「生粋のブリタニア人じゃない?」

「俺、ハーフなんだよ。父親が日本人で母親がブリタニア人。今はブリタニア人の養子になってるけどね」

 

 

ナオトはリョウトの言葉に首を傾げたがリョウトは呑気にお茶を啜りながら答える。

 

 

「ハーフ……か」

「日本人とブリタニア人のハーフですが何か?」

 

 

ナオトは何か思いれがあるのか『ハーフ』の言葉を口ずさみ、リョウトは何か問題でも?とナオトを睨んだ。

 

 

「いや……少しな……それよりも聞いても良いか、どうしてブリタニア軍で働いてるんだ?」

「………少し話が長くなるけどいい?」

 

 

ナオトの言葉に少し考えたそぶりを見せたリョウトは自信の過去を語った。

 

父親は不正を暴く正義のジャーナリストだった事。

しかし父親も母親も死んでしまった事。

その後、一時期荒れた事。

ある事を切っ掛けにブリタニア人の養子になった事。

その後、ブリタニア軍として様々な国に行った事。

現在、レイスと呼ばれる部隊で働いている事。

 

 

「っとまあ……こんな所かな」

「坊主も……苦労してんだなぁ……」

 

 

全ての話を追えた時、ナオトは口を開かなかった。カウンターで話を聞いていた店主は涙ぐんでいた。

 

 

「だから今日はすき焼き食べれてスゲー嬉しいんだ。久々の日本食だったからさ」

「そーいやオメェさんはイレブンじゃなくて日本人って呼んでくれるんだな」

「イレブンって呼び名は好きじゃ無いんでね」

 

 

店の店主と楽しそうに話をするリョウトにナオトは更に質問を重ねる事にした。

 

 

「なあ……日本とブリタニアは敵対関係にあるが……お前はどう思ってる?」

「んー……国同士で仲が悪いのが人に伝染して相性最悪かな」

 

 

ナオトの質問をリョウトは湯呑みの中のお茶を見詰めながら呟いた。

 

 

「国同士でって……それ以外は違うとでも言う気か?」

「俺さ……色んな国の戦いを見てきた。戦争、クーデター、テロリスト……その中でも国が戦争に負けても個人では負けてない人達を見た」

 

 

リョウトはオデュッセウスやビスマルクと共に見てきた国や戦争を思いだしなが言葉を繋ぐ。

 

 

「戦場の勝敗なんて政治家の中にしか無い。一人の戦士や個人の勝敗は個人の中に有る。個人が本当の意味で敗れる時はその本人が屈服した時だけだと思ってる」

「それが今の日本と日本人って事か?」

 

 

リョウトの言葉にナオトは疑問を重ねた。今聞かなければならない事だと思ったからだ。

 

 

「屈服してないから戦争が起きる。支配してる国に不満があるからテロリストがのさばる……今日のブリタニア軍人を見れば大いに不満があるのは分かるけどね」

「だろうな……日本で……日本であんな奴等にデカい顔されるなんて……」

 

 

リョウトの言葉にナオトはギリッと歯を鳴らした。

 

 

「でも国同士が仲が悪くても個人では仲良く出来ると思ってる」

「個人では……仲良く?」

 

 

リョウトはニッと笑みを浮かべ、ナオトはキョトンと呆けてしまう。

 

 

「ブリタニアと戦争していた敵対国の人とも友達になれた人は居たよ。さっきも言ったでしょ国同士が仲が悪くても個人では違うって」

「だから何だって言うんだ!日本とブリタニアは戦争をして日本は負けた!それ以外が……」

「だから個人では負けてないでしょナオトさんは」

 

 

リョウトの発言に激昂したナオトだがリョウトは言葉を遮ってナオトを指差しながら笑う。

 

 

「負けてない。屈服してないから今日、ブリタニア軍人に刃向かったんだ、他の人達は遠巻きに見てただけなのに」

「それは……」

 

 

リョウトの言葉にナオトは言葉に詰まる。何故か反論できなかったからである。

 

 

「俺はブリタニアが全て正しいとは思ってない。だからブリタニアの中に居て間違った事を裁いていく。それは何処に行っても同じだし、これからも変える気は無いよ。それにそうしてたからナオトさんにも会えたんだしさ」

「リョウト……」

 

 

 

ブリタニアの輪の中に居るがブリタニアの悪事を裁く。そして敵対国の中でも友を作る。そんなリョウトの思いにナオトは思わずリョウトの名を呟くだけだった。

 

 

「お前は……これからもそうするのか?今は良いだろうが……お前がブリタニアに居る限り日本を捨てた裏切り者と言われる日が来るかも知れないんだぞ!」

「俺の大将はブリタニア皇族の中でも珍しい性質の人でね……時間は掛かるかも知れないけど今の世の中をより良い方向に持っていってくれる……そう信じたいんだ」

 

 

リョウトが思い出すのはブリタニア皇族でありながら温和で無欲でお人好しな第一皇子だった。

等と話をしていたリョウトだが店の中に備え付けの時計を見て青ざめた。

何故ならば既に日付が変わる程の時間になっていたからだ。

 

 

「や、やべぇ!とっくに帰る時間過ぎてた!?」

「ん、なんだ門限でもあったか?」

 

 

リョウトの叫びに店主は時計を見上げる。

 

 

「そんな感じ!ゴメン、帰るわ!」

「あ、おい!?」

 

 

ナオトの引き止める声にもリョウトは立ち止まる事も無くそのまま店から出て行ってしまう。

 

 

「ゴメン!日本に来たらまた此処に来るよ!」

 

 

リョウトは去り際にそんな事を叫びながら、政庁の方角へと走り去って行った。

 

 

「最初は軍人らしいと思ったが……なんとも慌ただしい坊主だったな」

「ああ……妹と同じ歳だし……帰る時は年相応に見えたよ」

 

 

店主もナオトと同じく店の外へ出てリョウトが走り去った方角を眺めながらリョウトの軍人の顔と子供としての顔の両方を見て戸惑いを隠せなかった。

 

 

「国では無く個人なら……か」

 

 

ナオトはリョウトが残した言葉を心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに急いで政庁に帰ったリョウトだが帰りの遅いリョウトを心配したオデュッセウスがオロオロとしており、モニカも心配していたがその心配は怒りへと変わり、リョウトは政庁の前で正座で1時間ほど説教を受けるのだった。



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ブリタニア第三皇子

スマホ変えると慣れるまでに時間が掛かりますね。
やる気はあっても筆が止まる感じです


 

 

 

オデュッセウスのエリア11視察2日目。

 

リョウトは本来なら昨日会わなければならない人物と面会をしていた。

エリア11の総督クロヴィス・ラ・ブリタニアである。

 

 

「貴君がオデュッセウス兄上の直属の部下か?」

「はい。ブリタニア軍特務隊レイスの部隊長を務めさせてもらっています。リョウト・T・ヴァルトシュタインです」

 

 

総督室でオデュッセウス、モニカを交えながらの挨拶となっており、今はリョウトとクロヴィスが初の顔合わせを行っていた。

 

 

「あのナイトオブワンの義理息子か……話には聞いていたが」

「クロヴィス殿下にお見知りおき頂けるとは幸いです」

 

 

クロヴィスの発言に合わせる様に頭を下げるリョウト。その礼の仕方は見事なものだった。

リョウトはオデュッセウスに付いて回る為に挨拶回り自然と多くなる。その為にビスマルクはリョウトに徹底して礼を習わせた。最初の内はぎこちない物だったが今では見事と思わせる程の対応を見せるようになっている。

だが見知った相手には未だに砕けた口調が出るので完璧とは言いがたいが。

 

 

「兄上から話は聞いている。親交を深める為にチェスでも……と言いたいが私も兄上を連れて視察に行かねばならん。君に構う暇はなさそうだ」

「殿下、その様な顔をなさらずに。自分はオデュッセウス殿下と共に来ただけの身。殿下のスケジュールを自分に割くなど……」

 

 

クロヴィスの芝居じみた仕草に合わせるかの様にリョウトはスッと頭を下げた。この際、クロヴィスはリョウトを気にもしていなかったが、面白い奴だと小さく笑みを浮かべた。

 

 

「ウム。では手が空いたら相手をしてもらうとしよう」

 

 

そう言うとクロヴィスは立ち上がり、オデュッセウスと共に今日の視察場所へと移動を開始した。

オデュッセウスは「今日もヨロシク頼むよ」と言うとクロヴィスと共に行ってしまう。

二人が出て行った後に残されたモニカとリョウトも移動を開始した。

 

 

「何、笑ってるんですか」

「だって……さっきの面白かったんですもの」

 

 

並んで廊下を歩くリョウトとモニカだがリョウトはジト目でモニカを睨む。先程のリョウトの変わりようにモニカの笑いのツボが押された様だ。

 

 

「親父に散々厳しく言われたんですよ。皇族や貴族に失礼の無いようにしろって」

「だとしても普段のリョウトとは違いすぎたんですもの」

 

 

ガリガリと自身の頭を掻くリョウト。モニカはクスクスとまだ笑っていた。

 

 

「それにここで余計なトラブルは御免ですよ。本国に帰ってから忙しくなりそうだし」

「あら、何かあったの?」

 

 

ため息を吐くリョウトにモニカは小首を傾げた。

 

 

「昨日の晩に爺さんからメールが来てたんですよ」

「コレって……」

 

 

リョウトが持っていた携帯電話をモニカにも見えるようにモニターを動かす。そこにはグランからのメールが載っており、内容は『レイスに配属になったパイロットが増えた』『本国に帰ってきたら新型機のテストパイロットをしてもらう』との事だった。

 

 

「……大変ね」

「配属される新人の挨拶は俺とオデュッセウス殿下が本国に戻ってからで、しかもその日の内に新型機のテストだもんなぁ……」

 

 

モニカはタラリと冷や汗を流し、リョウトはハァァァと長いため息を溢すしかなかった。

 

 

「でもなんでリョウトにテストパイロットの話が来たの?他にもパイロットなら居るんでしょう?」

「なんでも今回、新型機を持って来たのが爺さんの教え子らしくてさ。グラスゴーカスタムを自在に乗り回す俺に頼みたいって申し込んできたみたい」

 

 

リョウトは携帯電話を操作してメールをスライドさせる。

 

 

「えーっと名前はロイド・アスプルンドか」

 

 

リョウトはグランの教え子だと言う人物の名を読み上げた。



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新入りと試験機

 

 

 

 

 

 

エリア11での視察を終えたオデュッセウスと共にリョウトはブリタニア本国に帰ってきていた。

そして帰国後すぐにグランから貰ったメールの『レイスの新入りパイロット』と『新型機のテスト』の為にグランの下へと向かった。

 

 

「初めまして。この度、レイスに配属になった『クレス・ラングレー』です」

「……リョウト・T・ヴァルトシュタインです」

 

 

ニコニコと笑顔を浮かべながら敬礼をするクレスにリョウトは苦笑いを浮かべた。

リョウトの目の前の人物は可愛らしい笑みを浮かべている。髪もセミロングの外跳ねで実に女性らしい。履いているスカートも丈が短く、通りすがる男性の目を奪うだろう。

ならば何故、リョウトは苦笑いを浮かべているのか?

理由は明白だった。

 

 

「えーっと……クレス・ラングレーさん?」

「クレスで結構ですよ隊長さん」

「じゃあ……クレス。聞きたいんだけど……」

 

 

リョウトは言葉を区切るとクレスのプロフィールが載っている資料に目を落とした。

 

 

「クレス・ラングレー(♂)って書いてあるんだけど……」

「はい?私は男ですよ?」

 

 

そうリョウトの目の前に居る人物「クレス・ラングレー」は女性らしい顔立ちで体つきも女性そのもの。着ている軍服は女性物。

しかし資料にはクレスは男と書いてあるのだ。しかも本人から自分は男であると明言までされた。

 

 

「ならなんで女装を?」

「趣味です。ああ、でもホモって訳じゃないですよ。御安心をちゃんと女の子が好きです」

 

 

何を安心しろと言うのかクレスはにこやかに告げる。見た目は女性だが実は女装好きの男性は同性愛者ではないらしい。

 

 

「挨拶は済んだらしいの」

「爺さん」

 

 

そんな中、間を見計らった様にグランが姿を表す。その後ろには白衣の男性と軍服を着た女性が続く。

 

 

「爺さん、言いたいことは色々とあるんだけど」

「クレスは性格と戦い方に難有りじゃがKMFの操縦は一般兵より遥かに強い。[レイス]にはピッタリの人材じゃよ」

 

 

リョウトの問いにグランは笑いながら答えた。

 

 

「あっは~。キミがリョウト君?ヨロシクね~」

「え、え?あの……?」

「ロイドさん!」

 

 

白衣の男性はリョウトの手を握りながらブンブンと上下に振るう。対して軍服の女性は白衣の男性を叱る。

 

 

「御免なさいね。私はセシル・クルーミー。この人はロイド・アスプルンドよ」

「あ、はい。俺はリョウト・T・ヴァルトシュタインです」

 

 

リョウトから白衣の男性改めロイドを引き剥がした女性はセシルと言うらしい。

 

 

「キミの噂は聞いてるよ。あのヴァルトシュタイン卿の義息子で凄腕パイロット。オデュッセウス殿下とギネヴィア皇女殿下発足の特別部隊の部隊長ってね」

「その殆どが成り行きなんですけどね」

 

 

ロイドの試す様な視線にリョウトは苦笑いで答えた。

 

 

「ではそろそろ始めるかの。リョウトよ、新型機はロイドの作った機体じゃ。対戦するのはクレスが乗る[グラスゴー・リッパー]じゃ」

「胸を借りますよ、たーいちょ」

「お、おう……」

 

 

グランの締め括りにより模擬戦となるがクレスの仕草にリョウトはゾクッと背中に悪寒が走る。クレスが女性ならば先ほどの仕草や猫なで声も可愛いと思えるのだがクレスが男と解っている以上、それは寒気しか発生しない。

 

 

「あっは~。禁断の恋に発展……」

「して堪りますかっての。んで新型機ってのは?」

 

 

ニヤニヤと笑っているロイドに若干の苛つきを感じたリョウトだったが、模擬戦をするのだから機体を見ておきたいと思いグッと堪えた。

 

 

「んふふ~。新型機って言ってもまだ未完成でね。構想を練ってる機体を一先ず形にしただけなんだよ。言ってしまえばプロトタイプのプロトタイプだよ」

「新型機って言うより試験機って事か」

 

 

ロイドの発言に溜め息を吐きたくなったが新型機を見て、それは消えた。

 

 

「これが……新型……」

「そ、プロトタイプのプロトタイプ。サザーランドをベースに作ったからまだまだだけどね」

 

 

リョウトの呟きにロイドは不満を漏らしたがリョウトは新型機が高性能な機体だとなんとなく感じていた。

 

 

「この機体の名前は?」

「名は無いんだよ、あくまで試験機だからね。でも将来作る機体には[ランスロット]って着ける予定なんだ」

 

 

リョウトの問いにロイドは[ランスロット]の完成を夢見てるのか満面の笑みである。

 

 

「んじゃこの機体の名は[ランスロット・プロト]って事で」

「ふーむ、便宜上の呼び名は必要かな。セシル君、この試験機のコードネームを[ランスロット・プロト]で登録しておいて」

 

 

リョウトが何気無しに決めた名だったがロイドは気に入ったのか試験機のコードネームを打ち込むようにセシルに指示を出す。

 

 

「はい。リョウト君はコックピットに乗って。一緒にデータも送るから」

「了解です」

 

 

コードネームの打ち込みを承諾したセシルはリョウトにランスロット・プロトに乗るように促した。

ランスロット・プロトVSグラスゴー・リッパーの模擬戦が遂に始まる。





[クレス・ラングレー]

レイスの三人目として来た人物。
見た目は美しい女性だが実際は女装をしている男性。
本人曰く「ホモではなく、女の子が好き」

キャラクターイメージは[るろうに剣心]の『鎌足』



[ランスロット・プロト]

ロイドが自身のKMF技術向上の為に開発した機体。
サザーランドをベースに試験的に作ったパーツ等で構成されており、文字通りの『試験機』となっている。
見た目はランスロットとサザーランドの中間の様な機体となっている


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模擬戦Ⅱ

 

 

 

模擬戦が開始され、ランスロット・プロトとグラスゴー・リッパーの機体が同時に動く。

グラスゴー・リッパーは腰部に装備されている対KMF用のナイフを両手に持つと真っ直ぐランスロット・プロトに襲いかかる。

対してランスロット・プロトは迎え撃つ様に構えるがワンテンポ遅かった。

 

「ちっ!早い!」

「遅いっ!」

 

 

グラスゴー・リッパーのナイフを腕のスタントンファで上手く捌き、反撃に移ろうとしたがグラスゴー・リッパーの動きは素早く、既に攻撃範囲外まで移動していた。

 

 

「おお、早いですね」

「グラスゴー・リッパーは接近戦と高速機動戦用に調整しとる。そうそう捕まる事はなかろう」

 

 

ケインはグラスゴー・リッパーの機動力に驚き、グランはそれは当然だと言い放つ。

 

 

「しかし、妙ですね。隊長殿ならもう少し動ける筈なのでは?新型機で慣れてないのを差し引いても動きが鈍い気がしますが……」

「あっは~流石はレイスに配属されてるデヴァイサーだけはあるね。実はランスロット・プロトにはある秘密があるんですよぉ~」

 

 

ケインの推察にロイドは嬉しそうに口を開いた。

 

 

「出力が高いし、機動性もある……でも妙に違和感がある……なんだ、この操作性の鈍さはなんだ?」

 

 

リョウトはコックピットの中で呟く。ランスロット・プロトは思った以上に動きが鈍かった。先程見せてもらったスペック通りなのだがそれでも全体的な違和感が拭えなかった。

そしてクレスの駆るグラスゴー・リッパーは予想以上に早く、アサルトライフルを撃っても回避され、無駄弾となり直ぐに底をついた。

 

 

「ほらほら、どうしたの?たいちょー!」

「ぐっ……この……!」

 

 

重い機体を操作してなんとか戦おうとするリョウト。しかし、一向に事態は好転しなかった。

 

 

「はあっ!?機動補正プログラムを抜いたですって……」

「あーっ!止めて、怒らないでっ!」

 

 

一方、ランスロット・プロトに隠された秘密を話したロイドはセシルに胸ぐらを捕まれて殴られる一歩手前までの状態になっていた。

しかしセシルが怒るのも無理はない。

KMFにおいて機動補正プログラムとはKMF内部に搭載されているプログラムで云わば動きスムーズにする為のサポートシステム。それが無いとなれば当然、動きは遅く鈍くなる。

 

 

「機動補正プログラムの無いKMFなんてヨチヨチ歩きの赤ん坊みたいなものですよ!それを……え?」

「そ、だから不思議なんだよね」

 

 

既に拳が振り下ろされ、ロイドの顔面にセシルの拳が叩き込まれる寸前でピタリと止まり、模擬戦に視線を移した。

そこには相変わらず苦戦をするランスロット・プロト。だが動きが少しずつ洗練されていた。

 

 

「そこにあるデータはプロトの学習データなんだけど凄いね。一般のKMFパイロットとは比較にならない程の速度でデータが蓄積されている」

「つまりリョウトはプロトのコンピューターに影響を与えておると?」

 

 

ロイドの嬉しそうな声にグランが質問する。

 

 

「そーなんですよ先生。彼はプロトの学習コンピューターに様々な動きを覚えさせているんですよ。だから動きが少しずつ良くなってるでしょう?」

「……なるほどの。つまりお主はプロトの稼働データとリョウトのデヴァイサーとしてのデータを両方得る訳じゃな」

 

 

ロイドの嬉しそうな声に納得したと言う表情のグラン。

 

 

「だったらパイロットのリョウト君にも一言、言いなさい!」

「あいたぁ~!?」

 

 

ロイドの考えは理解したが不条理な事には違いないのでセシルはロイドを制裁した。

 

 

「運が良かったの。もしもビスマルクか第一皇子が居たら大事じゃったぞ。今回は何事もなかったがリョウトが怪我でもしたら洒落にもならん」

「………そうですね」

 

 

グランの言葉にセシルは背中に冷たいものが走る感覚に襲われた。

義息子を大切にしているビスマルクにリョウトを可愛がっているオデュッセウス。もしも今回の件でリョウトが怪我をした場合、責任は特派にのし掛かる。しかも事故ではなく故意的にやったのであれば重罪だ。

 

 

「兎に角、模擬戦を中止に……」

「おや、その必要は無さそうですよ」

 

 

セシルが慌てて模擬戦を中断させようとしたがケインはその必要はないと言い放つと模擬戦が行われている場所を指差した。

そこにはグラスゴー・リッパーを地面に叩き付けたランスロット・プロトの姿があった。

 

 

 

少し時間を巻き戻し、模擬戦。

ランスロット・プロトの操作性の鈍さとグラスゴー・リッパーの機動性に翻弄させられていたリョウトは次の一手に悩んでいた。

此方から攻撃を仕掛けてもグラスゴー・リッパーには掠りもしない上に相手の攻撃を避ける事も叶わない。

 

 

「一か八か……やってみるか」

 

 

そう考えたリョウトはランスロット・プロトの腰を落とすと中段に構えた。思えばケインのグラスゴー・フルバレットとの模擬戦も一か八かだったなと思うとリョウトはコックピットで苦笑いを浮かべた。

 

 

「何を考えてんだか知らないけど……これでフィニッシュ!」

「来いっ!」

 

 

一方、ランスロット・プロトが構えたのを見たクレスは攻め続けても決定打にならない苛立ちから真っ正面からの一撃を狙った。先程から動きの悪いランスロット・プロトならこれで十分と判断したのだろう。

しかしそれはリョウトの思う壺だった。

 

グラスゴー・リッパーは手にしたナイフを逆手に持ってランスロット・プロトの頭を切り裂こうとしたがランスロット・プロトは両腕をクロスして十字受けでナイフを受け止める。ナイフはランスロット・プロトの左腕に刺さっていた。

 

 

「えっ嘘!?」

「隙有り!」

 

 

まさか受け止められるとは思ってなかったクレスは動きを止めてしまう。リョウトはそれを見逃さず次の行動に移っていた。

十字受けを解くとリョウトは無事な右腕でグラスゴー・リッパーの左腕を掴むと左に受け流す。それと同時にランスロット・プロトの腰をグラスゴー・リッパーに寄せると破損した左腕をグラスゴー・リッパーの右肩に当てる。そしてその勢いを殺すこと無く、グラスゴー・リッパーの上体の体制を崩したランスロット・プロトは仕上げとばかりにグラスゴー・リッパーの左足を払い除けた。

 

 

「ひきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

クレスは男性とは思えぬ甲高い声をグラスゴー・リッパーの中に響かせる。

それと同時にグラスゴー・リッパーは地面に叩きつけられた。その衝撃でグラスゴー・リッパーは行動不能に陥り沈黙した。

 

 

「ふぅー……危なかった。って……こりゃ引き分けかな?」

 

 

なんとか勝てたと思ったリョウトだが引き分けかと呟いた。

ランスロット・プロトの間接の節々が煙を発したり、漏電して動かなくなっているのだ。

KMFの行動限界を超えた動き投げ技をすれば間接のパーツが疲労限界を越えるのも、ある意味当然の結果とも言えるが。

 

しかしリョウトは知らなかった。KMFで払い腰をするなど今まで誰もしなかった。否、出来なかった事。

今回の一件でKMFの開発が大きく変わっていく事など今のリョウトには知る術は無かった。




『グラスゴー・リッパー』

レイスに配属されたクレスの為に用意されたグラスゴーの改造機。
徹底的な接近戦用機で機体をギリギリまで軽くする為に装甲が薄いがその分、機動性が従来のKMFを上回るほどに速い。


武装
アサルトライフル×1
KMF用ナイフ×2


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第二皇女と第三皇女

 

 

 

問題の起きたランスロット・プロトVSグラスゴー・リッパーもの模擬戦から数日後。リョウトはオデュッセウスと共にとある人物に会っていた。

 

コーネリア・リ・ブリタニアとユーフェミア・リ・ブリタニア。

オデュッセウスやギネヴィアの妹に当たる姉妹で普段はブリタニアの支配地以外のエリアに向かい、その地の平定に努めている。

今回はオデュッセウスの視察先がコーネリアの平定したエリアであった為にオデュッセウスと共にレイスが派遣された。

そしてオデュッセウスの気遣いから『妹に会うからリョウトもどうだい?』と断れない言葉を頂き、リョウトはレイスの代表としてオデュッセウスに随伴する事となった。

因みに他のメンバーやグランも誘おうとしたリョウトだが全員から断られて一人で来ていた。

そもそも国のトップの皇族との会合に行きたいと思う兵士はそうそいいないだろう。

そしてレイスの隊長のリョウトは断ると言う選択肢は無い為に随伴し、オデュッセウスの席の後ろに待機する形となった。

 

 

(しっかし……胃が痛くなりそう……)

 

 

リョウトは珍しく胃がキリキリとストレスを感じていた。

それと言うのもコーネリアがリョウトを時々睨んでいるのだ。

オデュッセウスとユーフェミアが和やかに話をしているのに対して、コーネリアはリョウトに殺気を孕んだ視線を送っているのだ。そもそもリョウトはオデュッセウスやビスマルクの支援があるとは言えど元一般人。しかも日本とブリタニアのハーフで元犯罪者の烙印も押されていた。元犯罪者に関してはブリタニア貴族の不正が原因なので咎められていないが一度着いた風潮は中々、消えないものだ。

そしてコーネリアは皇族の中でも「ブリタニア人とナンバーズを厳格に区別する」と言うブリタニアの国是に忠実な人物でそれ故にナンバーズや元犯罪者のレイスを毛嫌いしていた。

リョウトがコーネリアに視線に胃が痛くなった時、ユーフェミアが口を挟んだ。

 

 

「もう、お姉さまったらリョウトさんを睨んじゃって……そんなにリョウトさんがお嫌なんですか?」

「え、そうなのかいコーネリア?」

「あ、いや……その……」

 

 

ユーフェミアの超ストレートな物言い+気の良い兄の天然発言にコーネリアも驚く。二人の人成りを良く知っているコーネリアだがここまでストレートな物言いに流石のコーネリアも躊躇ぐ。その際にリョウトの事も睨んでいたが二人の手前、睨むのは止めたコーネリア。

 

 

「睨んでスマンな、だが私が気になっていたのは事実だ。オデュッセウス兄上やギネヴィア姉上が部隊運用している部隊だ……さぞ、強いんだろうな」

「い、いえ……そんな……」

 

 

先程から睨んでいた理由を話すコーネリア。ギラリと目を光らせてリョウトを見やる。

睨まれたリョウトは正しく、『蛇に睨まれた蛙』状態でダラダラと冷や汗を流していた。

 



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ナイトオブナイン参上。その名はノネット。

 

 

 

 

「…………どうしてこうなった」

 

 

リョウトは自身のKMFグラスゴー・カスタムの中で何度目になるか分からない溜め息を吐いた。

自身の目の前に広がるのはコーネリア専用にカスタムされたサザーランドと親衛隊用のサザーランドが二機。

搭乗しているのは当然、コーネリア自身。そして親衛隊機にはコーネリアの騎士の『ギルバート・G・P・ギルフォード』そしてコーネリア腹心の『アンドレアス・ダールトン』の二人だ。

なんの因果かコーネリアと親衛隊二人を相手にレイスは模擬戦を強いられた。

皇族の意見とオデュッセウスが妹の張り切る姿を見てにべもなく了承し、リョウト達の意思とは関係なく模擬戦と相成った。

しかし此処で予期せぬ出来事が起きる事となる。それと言うのもたった一人の人物が原因だった。

模擬戦が始まる少し前まで時間は遡る。

 

 

「待ーて待て待て待て!こんな面白そうなこと、私抜きでやるな!」

「おや、エニアグラム卿」

「せ、先輩!?」

「ノネットさん!?」

 

 

オデュッセウスとコーネリアの間で話し合われ、模擬戦が決定したと同時にある人物がテラスへと入ってきた。その人物を見てオデュッセウスは驚き、コーネリアとリョウトは驚愕した。その人物とはナイトオブラウンズの9『ノネット・エニアグラム』だった。

 

 

「貴様、エニアグラム卿になんて口の聞き方だ」

「あ、その……」

「いやいや、良いのですよコーネリア殿下。リョウトは昔からの付き合いで固苦しい呼び方は止めろと言っているのですよ」

 

 

リョウトのノネット対する対応にギンとリョウトに睨みを効かせるコーネリア。だがノネットがコーネリアを嗜めた。

それと言うのもリョウトがビスマルクの養子になってからナイトオブラウンズと会う機会が出来ていた。

ナイトオブツー『ミケーレ・マンフレディ』

ナイトオブフォー『ドロテア・エルンスト』

ナイトオブナイン『ノネット・エニアグラム』

ナイトオブテン『ルキアーノ・ブラッドリー』

ナイトオブトゥエルブ『モニカ・クルシェフスキー』

キッカケはそれぞれ別々だがリョウトはナイトオブワンの養子になった事でナイトオブラウンズとは殆ど面識があった。

 

その中でもノネットとは長い付き合いでリョウトがビスマルクに引き取られてからKMFの操縦や訓練はノネットが見ている機会が多かったのだ。ノネットからしてみれば暇潰し程度の感覚だったがメキメキと上達していくリョウトを気に入ったノネットは訓練以外でもリョウトの事を構う様になっていく。

他のラウンズ達の事は後日別に語られるが、リョウトからしてみればノネットは年の離れた姉のような感覚の人だった。

 

 

「してエニアグラム卿、何をしに此方へ?」

「申し訳ありませんオデュッセウス殿下。私はリョウトの成長を確かめたく此処に参上つかまつりましたがコーネリア殿下も学生時代の後輩。成長がとても気になります」

 

 

オデュッセウスの問い掛けにノネットは礼をしながら答えた。

 

 

「そこでどうでしょう?二試合に分けて、コーネリア殿下の部隊VS私。レイスVS私で模擬戦を行うと言うのは?」

「せ、先輩!?」

「マジですか……」

 

 

ノネット提案にコーネリアは驚き、リョウトは「あちゃー」と額に手を当てた。ノネットは度々、無茶な話を振ってくる事が多くその事を即座に察したリョウトは天を仰いだ。

そして、あれよと言う間に模擬戦となってしまったのだ。

 

 

『隊長殿、なんかすごい展開に成りましたな』

「ノネットさんが絡んで事がマトモに進む事の方が珍しいよ……」

 

 

ケインがリョウトに通信を入れてくるがリョウトは溜め息混じりに返答した。因みにレイスの他のメンバーは半ば強制的に召集されていた。

 

 

『と言うかたいちょー。良いの三対一なんて模擬戦で?』

「ラウンズ相手だと三対一でもキツいっての……」

 

 

続いてクレスからも通信が入るがこの中でラウンズ、そしてノネットの実力が一番理解しているリョウトは三対一の状況でもノネットに勝つのは無理だと半ば諦めていた。

 

 

『それでは此れより模擬戦を開始します』

「お、始まるな。って今のはユーフェミア様?」

 

 

模擬戦の開始を告げるアナウンスが流れるが何故かユーフェミアの声が聞こえた事にリョウトは首を傾げた。

 

 

『まずはコーネリア親衛隊VSエニアグラム卿の模擬戦です。試合開始!』

 

 

 

ユーフェミアの合図と共に模擬戦は開始された。

第一試合はコーネリア&コーネリア親衛隊VSノネットの試合だった。



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ノネットさんとの模擬戦開始

「しっかし、まあ……予想通りな状況だな」

『よもや……ここまでとは……』

 

 

リョウトがグラスゴー・カスタムの中で呟いた一言にケインも驚いた様子で戦場を見ていた。

それと言うのもノネットの操るサザーランドがコーネリア、ダールトン、ギルバートの操るサザーランドを完膚なきまでに叩き潰したからだ。

 

 

『さ、流石はナイトオブラウンズ……』

「かなり一方的だったけど……ノネットさんだからなぁ」

 

 

クレスはハッキリ言って、ノネットの強さに引いていた。それもその筈。コーネリアは皇族でありながら、第一線で戦う云わば、武人。それに従うダールトンやギルバートも当然、かなりの強者なだがノネットはそれを意にも介さずに終始圧倒し続けたのだ。引かなかったのはノネットの強さを知るリョウト、オデュッセウス、ユーフェミアの三人だけだった。

 

 

『ハハハッ以前よりも強くなられましたなコーネリア殿下』

『圧勝しといて、その台詞ですか』

 

 

そんな中、ノネットの乗るサザーランドがコーネリアの乗るサザーランドを立たせていた。

学校の先輩後輩の間柄だったと以前、ノネットから聞いていたリョウトは仲が良いんだなとボンヤリと眺めていた。

 

 

『さぁて、第二試合だ!準備は良いかリョウト!』

「いや、休憩挟んだ方が良いんじゃないのノネットさん?」

 

 

コーネリア達が模擬戦開始前の位置に戻るとノネットからの通信が入る。リョウトは今さっき模擬戦を終えたのだから休憩を挟むべきだと考えたのだが返ってきたのはノネットの笑い声だった。

 

 

『ハッハッハッ!私を誰だと思ってるんだ?問題ないから試合を始めるぞ!』

「はーいはい……っと」

 

 

リョウトはノネットの返答に説得は不可能と悟るとケインとクレスを引き連れて、試合場へと向かった。

 

 

『隊長殿、エニアグラム卿はいつも、あの調子なのですか?』

「ああ、いつもあんな感じ。パワフルな人だよ」

『まったく勝てる気がしないんですけど……』

 

 

模擬戦が始まる前から若干意気消沈となっているリョウト達だが模擬戦開始時間となり、顔つきが変わる。

 

 

「相手はナイトオブラウンズだ。小細工を仕掛けたいけど、ぶっちゃけ無駄に終わるから各自の判断で臨機応変に行くぞ」

『『Yes、My Lord』』

 

 

ケインとクレスの返事に満足したリョウトはグラスゴー・カスタムを走らせた。それに随伴する様にクレスのグラスゴー・リッパーも走り出す。

 

 

『お、なんだ特攻か?』

 

 

対するノネットのサザーランドはカスタムとリッパーを迎え撃つ形で二体を同時に相手をし始めた。

カスタムの斧やリッパーのナイフを交互に避けながら、確実にカウンターを入れてくるサザーランドにクレスは舌打ちをした。

 

 

『ああーっもう!こっちのは当たらないのに相手のは当たるって嫌なかん……へぎゅ!?』

『ほらほら、無駄口を叩く暇があるのかな?』

 

 

愚痴を溢した瞬間にサザーランドの蹴りがリッパーを捉えた。装甲の薄い、リッパーはそのまま倒れてしまった。

 

 

『はい、終了!』

『痛たたっ……ちょっとケイン!援護無しってどうなのよ!』『無茶を言わないでください。ナイトオブラウンズ殿は此方が援護射撃しにくい様に射線を被せてくるから撃てないんですよ』

 

 

ノネットにしてやられたクレスはケインに援護しろと叫ぶがそれは無理だとケインが答えた。

実はノネットはフルバレットが援護出来ないように、わざとカスタムやリッパーとの距離を詰め、射線を重ねていた。こうする事で牽制にもなるし、位置も把握しやすくなるのだ。

 

 

『次はそっちだ!』

『おや、ご指名ですか!』

 

 

サザーランドはカスタムとの接近戦を一時中断して、フルバレットへ向かっていく。先程と違って存分に撃てる状況になったフルバレットは全砲門を開いてサザーランドを蜂の巣にしようとする。

 

 

『スゴい弾幕だな……だが、甘い!』

『な、なんですと!?』

 

 

フルバレットの弾を避けながらサザーランドが何かを振りかぶって投げる。それはリッパーに装備されていたナイフだった。投擲されたナイフはフルバレットの右腕に刺さり、フルバレットの右腕は使用不可となった。

それと同時にサザーランドはフルスロットルでフルバレットに迫る。使えなくなった右腕側の弾幕が弱まったのを確信するとサザーランドは自前のスタントンファでフルバレットの頭部を破壊した。破壊されたフルバレットはズズンと音を立てて、倒れてしまう。

 

 

『さて……これで後はリョウトだけだな』

「本っ当に……無茶苦茶だよね」

 

 

自身の部下をアッサリと倒されたリョウトは内心焦っていた。部下と言っても自分が倒すのに散々苦労した相手だ。それが目の前、しかも1対3の状況の乱戦で自分を残してアッサリと1対1の状況にさせられたのだから堪ったものではない。



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ノネットさんとの模擬戦。最後はプロレス

 

 

 

 

コーネリアはハッキリ言ってレイスを見下していた。兄と姉が発足した部隊とは言っても歴としたブリタニア人のみで構成された訳じゃない寄せ集めのハッタリお遊び部隊。それがコーネリアのレイスに対する評価だったが……今は違っていた。

自身と自身の騎士達がアッサリと敗北したナイトオブラウンズに真っ向から戦いを挑み、一矢報いたのだ。しかも改造してるとは言ってもサザーランドの型落ちのグラスゴーでだ。

更にコーネリアの頭を悩ませているのはブリタニアとイレブンのハーフであるリョウトだ。

彼はナイトオブワン、ビスマルクの義息子だと聞いた。だとするならば親の栄光にすがり付くだけの子供なのではないかと思っていたのだが、その考えは既に粉砕されていた。

 

 

『はああああぁぁぁぁぁぁっ!』

『また強くなったなリョウト!』

 

 

激しい戦いを繰り返すグラスゴー・カスタムとサザーランド。最早、ラウンズ同士の戦いなのではと錯覚さえしてしまいそうな戦いにコーネリアは言葉を失っていた。

 

 

「リョウトめ……この間、直したばかりのグラスゴー・カスタムをもうあそこまでボロボロにしとるのか」

「グラン博士!?」

 

 

いつの間にかコーネリアの隣にはグランが立っていた。気配も感じさせずに近づいたグランにコーネリアは飛び退く様に下がった。

 

 

「お、お久し振りです……グラン博士」

「うむ。コーネリアの嬢ちゃんも元気そうじゃの」

 

 

本来なら皇族にしてはいけない様な喋り方のグランだが、ブリタニア皇族の大半はこの事に目を瞑っていた。現皇帝のシャルルの恩師と呼ばれるグランを咎めようとすれば却って咎めようとした側が悪いとされる程である。

 

 

「しかしグラン博士……私はもうお嬢ちゃんと呼ばれる年齢では……」

「何を言うとるかワシからみりゃ、どいつも子供じゃよ。特にお主等姉妹はオムツを交換した事もあるんじゃ今更じゃよ」

 

 

自分の年齢を皮切りに『お嬢ちゃん』呼ばわりを止めさせようとしたコーネリアだがグランには通用しなかった上に少々、恥ずかしい事を言われる始末だった。

そもそもグランはシャルルでさえ『坊主』呼ばわりをしているので、コーネリアがそれを覆そうとは無理な話である。

 

 

「で……どうじゃったリョウトは?」

「どうとは……いえ、貴方には隠し事は昔から無理でしたね。正直に言えば経験の浅い若造と思っていましたが……今のアレを見てしまうと」

 

 

グランの問いにコーネリアは口を閉ざしてしまう。経験の浅い若造どころかラウンズ並みの力を持つリョウト。それを認めないのは自身の見る目の無さを露呈させる様なものだ。

 

 

「ひゃひゃひゃ……己の過ちに気づくのも成長と言うものよ。しかもリョウトはまだまだ伸び代がある。冗談抜きでラウンズ昇格も夢では無かろうよ」

「ま、まさか……」

 

 

グランの発言に本当にリョウトがラウンズ入りするのではと想像した。そして、その光景に違和感が無いと思った、その時だった。

 

 

『おおっと!ノネットさんに一泡ふかせるとは見事だが、逆らったオシオキだ!』

『ちょっ………待っ……へぐっ!?』

 

 

サザーランドがグラスゴー・カスタムの腕を取ると間接を極めて地面に叩きつけた。

 

 

『奇襲は見事だった、褒めてやるぞー』

『言ってる事とやってる事が……って折れる!カスタムの腕が折れるって!』

 

 

サザーランドは器用にもグラスゴー・カスタムの腕ひしぎ十字固めで折ろうとしていた。

 

 

「何をしてるんだ、あの人達は……」

 

 

試合を見ていたコーネリアはハァと溜め息を吐いた。

先程、ノネットが言っていた奇襲とはグラスゴー・カスタムが武器を片手にサザーランドに襲いかかろうとした。そしてそれを迎え撃とうとしたサザーランドだが、ここでグラスゴー・カスタムは動きを変えたのだ。

武器を振り下ろすのではなく、直前で武器を投げたのだ。そしてそれはアッサリと回避されるのだが回避さた方に機体を傾けて、動きに会わせてグラスゴー・カスタムはサザーランドの顔面に拳による一撃を与えたのだ。

普通なら接近戦となれば武器は必須だが、それを逆手にとって直接殴りに行く奇襲は見事にもノネットですら引っ掛かったのだ。

弟分の成長を喜んだノネットだが一杯食わされた悔しさから反撃に出た。それがKMFでプロレス染みた戦いの切っ掛けとなったのだ。今ではノネットの優勢である。

何故かユーフェミアもノリノリでマイクを通してカウント等をしている。

 

 

「まったく……困った人達だ……」

 

 

呆れた風に呟くコーネリアだが、その表情は目の前の光景を楽しんでいる様にも見えた。



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三年後

キングクリムゾン!


 

 

 

 

リョウトがレイスの部隊長になってから三年が経過した。

その間に様々な事件があったがブリタニア第一皇子と第一皇女の部隊としてレイスは凄まじい成果を挙げていく事になる。

時にはテロリスト鎮圧へ。時には違法を犯した貴族を捕まえに。時にはオデュッセウスと共に牧場へ。

 

激務に対して一小隊程度の規模でしかなかったレイスだが今では中隊規模の大きさになっていた。

そして、リョウトは現在、エリア11へと赴いていた。

 

 

「で……なんだい、今日は半日も第三皇子様のチェスのお相手かい?」

「まーね……悪い人じゃないんだけど流石にしつこかったよ」

 

 

リョウトは以前、すき焼きを食べに来た『春日屋』に来ていた。食事をする傍ら、ブリタニア第三皇子のクロヴィスの事を店の店主に話していた。

レイスとしてリョウトは視察でエリア11へと来ていたのだが、その合間を縫ってクロヴィスの相手をしていた。本日はクロヴィスが半日ほど時間があるからと、チェスの相手をさせられていた。

 

 

「悪い人じゃないねぇ……俺等、日本人には優しくない人なんだがなぁ……」

「クロヴィス殿下はテロが嫌いな人だから、日本に蔓延るテロリストが嫌いなんだと。あの人は日本が嫌いなんじゃなくてテロを起こす日本人を嫌ってるんだよ……後は純血派の暴走かな」

 

 

店主の愚痴に答えたリョウト。リョウトのクロヴィスに対する意見は三年ほどの付き合いとなる身からの経験則の様なものだった。

クロヴィスはテロリストとなっている現在の日本人を嫌っていた。その理由の大元は嘗て、溺愛していたルルーシュとナナリーの事を考えていたからだ。

日本に人質として送られた二人に会いたいと願っていたクロヴィスだが、ブリタニアと日本の戦争となり、二人は死んだとされた。

この時、クロヴィスの頭の中で『何故、日本人は二人を守らなかった』と怒りを露にしたのだ。

故にクロヴィスはエリア11となった日本を早く、平和にさせようと躍起になりイレブンとなった日本人にキツい対応をしていたのだ。テロリストを壊滅させる事が二人への供養になると言わんばかりに。

 

 

「テロと言えば……ナオトさんは?」

「ん……ああ……最近は忙しいみたいで店にも顔を出しゃしないな……ま、たまに来る時は元気にしてるよ」

 

 

リョウトがテロとして気に掛けたのは以前、エリア11に来た際に出会った『紅月ナオト』の事だった。

彼は不正をしていたブリタニア軍人へと一歩も引かずに立ち向かったのだ。その事でリョウトと知り合い、仲良くなっていた。リョウトは仕事でエリア11に来ると必ず春日屋に来ており、その度にナオトと会って話をしていた。

 

リョウトはブリタニアの特務隊。ナオトはテロリスト。

本来なら相容れない関係だが二人はそれを抜きにして、親交を深めていた。ナオトは妹の事や親友の事を。リョウトは仕事であった事を話す。

対極の関係に居ながら二人は親友と言える程の関係となっていたが、今日はナオトが居ないとリョウトは少々へこんだ。

 

 

「ま、元気なら良いさ。また来るよ」

「おう、気を付けてな」

 

 

リョウトは一息つくと、代金を支払って店を出た。

店の店主からナオトは元気でやっていると聞いて、また次に来た時に会えるだろうと考えていたのだ。

しかし、リョウトの考えは外れた。

 

この数日後にリョウトはナオトが行方不明になったと連絡を受ける。

本国に戻ったリョウトだがリョウトはレイスとして各国のテロリストの情報を常に集めていたのだが、エリア11の情報の中の犠牲者の欄に『紅月ナオト』の名を見つけてしまったのだ。

リョウトは仕事中にも関わらず、その場で膝を着いて崩れ落ちそうになった。周囲の部下が何事かと寄ってくるがリョウトは『なんでもない』と彼等を解散させる。

 

リョウトはエリア11に赴いたら、この事を調べないと、と決意を決めたが、それは叶わない結果となる。

何故ならば、この半年後に第三皇子のクロヴィスが何者かに暗殺されたとの報を受けるのだから。

 




『リョウト・T・ヴァルトシュタイン』

年齢 17歳
日本人の父とブリタニア人の母を持つハーフ。
10歳の頃に両親が死に、帝国騎士のビスマルク・ヴァルトシュタインがリョウトを引き取った。
現在では中隊規模になったレイスの部隊長となっている。

長かった髪を肩くらいまで切り、後ろで一纏めにしている。纏めている髪留めは母親の形見。
三年前まではオデュッセウスとギネヴィアくらいしか皇族との関わりがなかったが、後にシュナイゼル、コーネリア、ユーフェミア、クロヴィス、カリーヌとオデュッセウスやギネヴィアを通じて、関わることとなり、皇族に振り回される日々を送っている。

更に義父であるビスマルクがナイトオブラウンズである事からラウンズ全員と顔見知り。此方も振り回される事が多い(主にノネット)

エリア11となった今でも日本と呼び、そこで出会ったナオトとは年の差はあるが親友に近い間柄となっている。
エリア11に立ち寄った際には春日屋に行くのが楽しみの一つで、そこでナオトと会うのも楽しみの一つとなっている。


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オデュッセウスとギネヴィアの命令。

 

 

 

 

ブリタニア本国でクロヴィス暗殺の報を聞いたリョウトはレイスの待機所となっている施設で情報を漁っていた。

 

 

「クロヴィス殿下がテロリスト弾圧に出ていた際にG-1ベースに何者かが忍び込み暗殺……か」

「しかし……厳重な警備を抜けての暗殺など可能なのでしょうか?」

 

 

リョウトの呟きに一緒に情報整理をしていたケインか聞いてくる。それはリョウトも不思議に思っていた事だった。

G-1ベースは指揮をする為の移動基地の様な物。しかも総督が乗っているとなれば厳重警備となっている筈。にも拘らず今回の事件が起きたのだ。不思議と思わない方がどうにかしていた。

 

 

「クロヴィス殿下……」

 

 

リョウトは情報を見ていたパソコンから手を離して空を仰いだ。クロヴィスはイレブン……日本人からは、あまり良い評価の対象ではなかったが総督としての仕事はキチンとしていたし、レイスの仕事で日本に行った時は取り締まりの仕事にも協力的だった。

その際にもリョウトはクロヴィスからチェスの勝負を挑まれており、その最中でクロヴィスの昔話をよく聞かされており、その時のクロヴィスの顔は今でも……寧ろクロヴィスが死んだ今だからこそ鮮明に思い出していた。

そして、リョウトが再びパソコンに視線を戻そうとした時、部屋の扉が開いて部下が入ってくる。

 

 

「隊長。オデュッセウス殿下がお呼びです」

「ん……わかった」

 

 

やっぱり来たか……リョウトはそんな事を思いながらケインに後を任せてオデュッセウスの執務室へと向かった。

 

 

「オデュッセウス殿下、リョウト・T・ヴァルトシュタイン出頭致しました。」

「ああ、リョウト……呼び出してスマナイね」

 

 

オデュッセウスの執務室へと足を踏み入れたリョウトだが、やっぱりか……と心の中で溜め息を吐いた。自分もクロヴィスの暗殺に心を痛めていたが、元来心優しいオデュッセウスがその事に心を痛めていない訳がない。リョウトの予想通りにオデュッセウスはあまり眠っていないのか目の下に隈を作り、明らかに体調不良と寝不足をさらけ出していた。

 

 

「殿下……他の者が見たら医者を呼ぶレベルの顔になってますよ」

「うん……最近、眠れなくてね」

 

 

クロヴィスの暗殺は思った以上にオデュッセウスの心に傷を作っていたとリョウトは思う。そして次に出るであろうオデュッセウスの言葉にも予想が着いていた。

 

 

「悪いんだけど……エリア11に行ってクロヴィスの事を調べてきてくれないかい?」

 

 

オデュッセウスがこの事を切り出すのはリョウトは予想済みだった。今回の一件は不可解な所が多く、レイスが出動するに値する程の事件となっている。現地のブリタニア軍は総督暗殺の事で指揮系統がバラバラになってしまっているとの報告も上がっているので、これも納めなければならない。

 

 

「了解です。ではレイスはエリア11へ赴き、事件の調査と事後処理を行います」

「うん……頼んだよリョウト」

 

 

リョウトはオデュッセウスの命令を受け、敬礼をしたが憔悴しているオデュッセウスは相変わらず覇気がない。

 

 

「オデュッセウス殿下……」

「リョウトォォォォォォォッ!!」

 

 

リョウトがオデュッセウスに何かを言おうとした時、それを遮ってギネヴィアが執務室へと凄い勢いで入ってきた。

 

 

「リョウト、今すぐにエリア11へ行きクロヴィス暗殺の件を調べてきなさい!」

「ギ、ギネヴィア様……それはたった今、オデュッセウス殿下から命が来たので行こうかと……」

 

 

ギネヴィアは執務室へ入るなり、リョウトに詰め寄ってクロヴィスの件を調べる様にと命じた。しかし、この事はギネヴィアが来る前にオデュッセウスから告げられたと口にするとギネヴィアはフゥと一息着いた。

 

 

「なら、結構。私とお兄様の名ならば憚れる事なく、行くことができるでしょう。さっさっとお行きなさい」

「畏まりました」

 

 

ギネヴィアは一方的に告げるとリョウトにもう行けと急かした。リョウトはギネヴィアとオデュッセウスに頭を下げ、執務室から出ようとした時にギネヴィアから声が掛かる。

 

 

「リョウト……命令はしましたがアナタはちゃんと帰ってきなさい。アナタまでいなくなったら私もお兄様もビスマルクも悲しみます」

「…………了解です」

 

 

去り際に此方を気遣う事をするなんて相変わらず、ギネヴィア様も可愛い所があるな……とリョウトが考えた辺りで書類を纏めたファイルがリョウトの顔面目掛けて飛んできた。それを上手くキャッチしたリョウト。飛んできた方を見るとギネヴィアが顔を赤くして睨んでいた。

 

 

「余計な事を考えてないで早く行きなさい!」

「アイアイサー!」

 

 

考えていた事が口に出たか、顔に出たか……それを察知したギネヴィアは羞恥に顔を赤くしてリョウトに怒鳴り、リョウトは慌てて走り出すのだった。



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特派にて

 

 

「頭……痛くなりそう」

「あはぁ~僕の目にはもう既に頭痛は始まってると見たよ」

 

 

エリア11に来たリョウトは政庁を訪ねてクロヴィス暗殺の事を調べようと思っていた。だがそれは意外な形で妨害される事となる。

クロヴィスの代理として現在エリア11の統治を一時的に任されたジュレミア卿がイレヴンの『枢木スザク』をクロヴィス暗殺の犯人に仕立て上げたのだ。

リョウトがその事を知ったのはエリア11に向かう飛行機の中でエリア11に到着した頃には枢木スザクの裁判が始まる僅か前となってしまったのだ。

なんとか抗議しようとしたのだが意見は受け入れてもらえず、仕方なくリョウトはオデュッセウスに連絡を取ったがすぐに裁判を取り止める事は叶わず、しかもギネヴィア曰くでは真犯人じゃないにしても何か知っているかも知れないから情報を吐かせろと言われてしまったのだ。

途方に暮れるリョウトだったが偶然にもロイドと再会し、事の経緯を聞かされて冒頭に至る。

 

 

 

「私達が証言出来れば彼の無実を証明できるんだけど……」

「法廷は特派の証言を認めない……と。実際、純血派からかなりの圧力が掛かってますしね」

 

 

『ブリタニア軍は生粋のブリタニア人のみで構成されるべし』その考えの元、集ったものたちによる軍の一大派閥。

純潔派の考えからすれば、名誉ブリタニア人が軍にいるのは許されざることだ。

だからこそ、スザクがクロヴィス殺害の槍玉にあげられたのだ。

 

 

「ま……計画が少しばかりザルですけどね」

「行くのかい?」

 

 

座っていた椅子から立ち上がるとリョウトは特派の施設から出ていこうとしたがロイドに呼び止められる。

 

 

「今回の一件はレイスにも特命が掛かっています。裁判の取り止めが叶わなくても枢木ばかりに不利な裁判が進まない様にしますし……証拠も貰えましたしね」

 

 

そう言ったリョウトの手には一枚のデータディスクがあった。これはスザクが乗っていたKMFランスロットの起動データで、これには搭乗していた者の起動時間や通信ログなどが記録されている。つまりこれはスザクのアリバイとなり、スザクがクロヴィスの暗殺を行うことが不可能だった事を示す証拠となるのだ。

特派の証言は認めなくても、第一皇子と第一皇女の管轄部隊であるレイスの証言はいくら純血派としても無視は出来ない筈。リョウトはそう考えていた。

 

 

「あっは~ヨロシクねぇ。彼はキミと並ぶほどの優秀なデヴァイサーだから手元に残したいんだぁ」

「正式に作られたランスロットを乗り回す奴か……気になりますね」

 

 

リョウトがスザクに興味を示して助けようとしているのは、これも理由の一旦でリョウトは過去にサザーランドにランスロットのパーツを組み込んだ試作機ランスロット・プロトに搭乗したがそれでも高性能の機体だと感じていた。それの完成版となれば性能もハネ上がり、スペックを見たリョウトは冷や汗を流した程だ。何故ならば現在最新式であるグロースターを遥かに上回る性能でブリタニア本国で開発中の新型と肩を並べる程の機体。それを初見で乗りこなすデヴァイサーともなればリョウトが興味を示すのも当然と言えた。



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その名は……

 

 

 

 

「……………何あれ、魔女裁判?」

 

 

枢木スザクの裁判が行われている予定の場所への移動を見ていたリョウトは呆れ気味に呟いた。枢木スザクは磔にされた挙げ句、護送車の上に晒し者にされ裁判所へ護送されていた。

そして、それを指示して護送車の後ろを走る車の上でふんぞり返っているのがジェレミア・ゴッドバルトである。

彼は純血派のリーダーであり、今現在エリア11を任されている人物だ。

 

 

「やれやれ……裁判所に着いたらレイス権限でマトモな裁判に」

 

 

リョウトが溜め息と共にこれからを考えていた、その時だった。突如パレードが止まったかと思えば進行方向の道路に一台の車と一人の人物が立ちはだかったからだ。

しかも車はクロヴィスの御料車で車の屋根にかけられていた垂れ幕が燃え、燃え尽きた中から仮面の男が姿を現す。

 

 

『私はゼロ』

「声を変えてるな……変声機か何かか?」

 

 

リョウトはこそこそと移動しながらゼロとジェレミアから視線を外さない。二人のやり取りを聞き逃さない為だ。

 

 

「ゼロとやら貴様のショーに付き合う義理はない。その仮面を外してもらおうか?……な、何!?」

 

 

ジェレミアの合図に護送車に随伴していたサザーランドが車の周囲に降り立つ。ゼロはそれに慌てること無く手を頭より高く上げ、パチンと指を鳴らした。すると車両後部のコンテナがバラバラになり、中からカプセルが現れた。

 

 

「なんだあれ?カプセル……もしかして報告にあった毒ガスか?」

 

 

リョウトは人混みを掻き分けてゼロとジェレミアのやり取りが聞こえる距離まで来ていた。そして視界に入ったのは今回の騒動の資料の中にあった毒ガスが混入されたカプセル。

偽物かと思ったリョウトだがジェレミアが冷や汗を流している様子から本物だと思っていた。

 

 

「くっ……要求を聞こうじゃないか、ゼロ」

『交換だ、コイツと枢木スザクを。ここら一帯に巻き散らかして欲しくないだろう?』

 

 

苦虫を潰した様な表情と声でゼロとの交渉を始めるジェレミア。ゼロは余裕綽々とカプセルをコンコンと指で叩きながら要求を求めた。

 

 

「何を馬鹿な事を。枢木スザクはクロヴィス殿下を殺した大逆人!引き渡せるはずがなかろう!!」

『違うな。間違っているぞジェレミア。クロヴィスを殺したの犯人は枢木スザクじゃあない…クロヴィスを殺したのは……この私だ!』

 

 

ゼロの発言に周囲がざわめく。そんな中、リョウトも動揺を隠せなかったが、すぐに思考を切り替えた。

 

 

「なんつー奴だ。毒ガスのカプセルと御料車、おまけにクロヴィス殿下の殺害の自白か。よっぽどの天才か、それとも馬鹿か……なんにしても俺の仕事が増えそうだな」

 

 

リョウトはそう呟きながら懐に忍ばせている物を握りしめた。

 

 

「コイツは狂っている!殿下を愚弄した罪を償わせてやろう!」

『ほぅ……そうくるか』

 

 

この混乱を治めるため、ジェレミアが合図を出すと周囲のサザーランド全機が銃を構える。

 

 

『いいのか?公表するぞオレンジを……』

「オレンジ?一体何を言っているのだ?」

 

 

オレンジ、謎の単語にその場にいるものは首を傾げるしかない。リョウトも同じく首を傾げていたが、そろそろ事態が動きそうだといつでも動ける様に身構えていた。

 

 

『私が死んだら公開されることになっている。そうされたくなければ…』

「何の事だ?貴様はいったい何を……」

 

 

困惑するジェレミアの前でゼロの仮面の左目があるであろう部分が開く。それはゼロの目の前のジェレミアにしか解らなかった。

 

 

『私達を全力で見逃せ!そっちの男もだ!』

「いいだろう。おい、その男をくれてやれ」

 

 

そしてゼロがジェレミアに命令すると、なんとジェレミアはそれに従った。周囲はざわつくがジェレミアは至って真面目な表情だ。

 

 

「ジェ、ジェレミア卿、しかし…」

「くれてやれと言っている!いいか、誰も手を出すな!」

 

 

困惑する兵士達を尻目にジェレミアは周囲の兵士達に指示を出す。場は混乱するばかりだ。

 

 

「ジェレミア卿、どういうつもりだ! 計画には…」

「キューエル卿、これは命令だ。おい、早く枢木一等兵をくれてやらんか!」

 

 

ジェレミアの命令ならとスザクの拘束が解かれる。拘束を解かれたスザクは呆気に取られたまま歩き出し、ゼロは車から降り、歩いてくるスザクと合流する。

 

 

「キミは一体……」

『話は後だ。枢木スザク、ついて来てもらうぞ』

 

 

ゼロはそう言うと、手に持った装置のボタンを押した。それと同時にカプセルが起動し、大量の煙が噴出し、市民はそれが何か分からず、逃げまどう。

 

 

「ヤバッ……毒ガスが!」

 

 

カプセルの中身を知っていたリョウトは煙を吸わないように腕で口元を押さえながら風上に逃げた。それと同時にゼロを包囲していたサザーランド達はゼロをスザク諸共に撃とうとしたが、それをジェレミアが阻んだ。

 

 

「ジェレミア卿!? 何故! 」

「言ったはずだ!! 手を出すなと!」

 

 

そう言うと、ジェレミアは次々とゼロをとらえようとする味方の妨害をする。

 

 

「全部隊に命令する! いいか! 全力を挙げて奴らを見逃すんだ!! 」

 

 

ジェレミアの突然の豹変、そして煙に惑う人々と、その混乱に乗じゼロ達は無事に逃走を果たすのだった。

 

唯一、ゼロに誤算があったとすれば、あの場をすぐに離れた事により全体を見渡せる位置に移動して逃げた己を追跡するリョウトが居た事だろう。



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ゼロとリョウト

 

 

先程の騒ぎから一転し、ゼロ達の逃げ込んだ廃劇場。そこは誰もおらず静かな場所だった。そこでゼロはスザクと二人っきりで話していた。

 

 

『これで分かっただろう。枢木スザク。ブリタニアはお前の仕える価値のない国だ。だからこそ、お前は私と来い。私と共にブリタニアを倒そうじゃないか』

「悪いけれど、それは出来ない。後一時間で軍事法廷が始まる。僕はそこに行かなくちゃならない。行かないと、イレブンや名誉ブリタニア人の弾圧が始まる」

 

 

ゼロからの誘いをスザクは即答で断った。

 

 

『ば、馬鹿かお前は!あそこはお前を犯人にする為だけに設けられた場だ!検察も、弁護人も、裁判官でさえ!』

「でも、それがルールだ。ルールがあるならそれに則して行動する。間違えた方法で得た結果に、価値などないと思うから。でも……ありがとう助けてくれて」

 

 

そう言ってスザクはその場を後にしようとする。ゼロは……ルルーシュはそんなスザクを止めることは出来なかった。

心の中でルルーシュは『この馬鹿が!』と毒づく。せっかく助けてやったのに、また己の意思で死地へ向かう親友を。

 

そしてスザクが廃劇場から出ていこうとした、その時だった。ゼロとスザク以外には誰もいない、この場に拍手が鳴り響いたのだ。その拍手に二人は辺りを見回す。

 

 

『誰だ!?』

「二階の場所に!」

 

 

音の発生源を辿り二人の視線が廃劇場の二階部分に向けられると其処には、いつの間にか二人に追い付いたリョウトが腰を下ろして拍手をしていたのだ。

 

 

「お見事お見事。護送車から枢木スザクを救いだし、誰もいない場所への逃走。ついでにブリタニアの悪い部分を把握している知識。どれも一級品だ」

『誰だ……キミは?』

 

 

突如現れたリョウトを警戒しながらゼロは訪ねる。リョウトは二階から瓦礫を足場にトントンと軽いステップで降りるとゼロとスザクの間に降り立つ。

 

 

「紹介が遅れたな、俺はリョウト。リョウト・T・ヴァルトシュタイン。一応、ブリタニア軍所属だよ」

『リョウト……ほう、キミがあの噂に名高いリョウト・T・ヴァルトシュタインか。お目にかかれて光栄だ』

 

 

リョウトが自己紹介するとゼロは納得する仕草を見せた。

 

 

「あれ、俺有名?」

『軍事やテロに関わる者でキミを知らない者の方が少ないだろう。ナイトオブワンの養息子にて第一皇子オデュッセウスと第一皇女ギネヴィアの直轄部隊レイスの長』

 

 

リョウトが自身を指を差しながらゼロに聞くとゼロは淡々と己の持つリョウトの情報を出す。

 

 

「レイス……?」

『ブリタニア内部の腐った貴族や軍人を裁く部隊。それ以外でもテロリストを殲滅するブリタニアでも有数の部隊だ』

 

 

レイスの事を知らなかったのかスザクが首を傾げたがゼロが補足説明をした。

 

 

「そこまで知ってるなら……俺がクロヴィス殿下を殺した犯人を見逃すと思うか?」

『………っ!』

 

 

リョウトが懐から通常よりも大型のリボルバーを構えた。ゼロはそれを見て身動ぎする。

 

 

「と……言いたい所だけど俺が指示を受けたのはクロヴィス殿下暗殺の犯人を探す事でな。仇討ちまでは俺の仕事じゃない」

『………』

 

 

リョウトは銃口を下げると再び、懐に手を伸ばした。

 

 

「スザクの裁判なら心配するな。真犯人の自白もあったし、アリバイの証拠もある。レイスの名に置いて公正な裁判にする事を約束しよう」

『……………キミはクロヴィス暗殺を恨んでいるのか?』

 

 

ゼロにスザクのアリバイが納められているデータチップを見せながら説明するリョウトにゼロは訪ねた。

 

 

「個人的な恨みも組織的な恨みもあるよ」

 

 

リョウトはそう言うとスザクと共に廃劇場から出ていこうとする。

 

 

 

『甘いな……私が今、キミを撃とうとしたらどうするつもりだ?』

「こっちのトリガーにも……まだ指が掛かってるんでな」

 

 

リョウトは銃口を空に向け、ゼロにトリガーに指が掛かっている事を見せつける。

 

 

「枢木スザク救出には感謝するが……次は捕まえるぞ」

『私には為すべき事があるのでね、遠慮させて貰おう』

 

 

その言葉を最後にリョウトとゼロは言葉を交わさずに廃劇場を後にした。

この後、バイクでスザクを裁判所に送り届けたリョウトはレイス権限。更にオデュッセウスやギネヴィアの名の下に裁判を公正な物とした。

そしてスザクの無罪を勝ち取らせたリョウトは疲労困憊のまま特派へと帰った。



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報告とオレンジ疑惑

 

 

 

 

『それで……クロヴィスを殺した犯人を捕まえずに帰ってきたと言うのですか!』

「不確定要素も多かったですし何よりも、あの場では枢木スザクの確保が最優先でしたから」

 

 

昨夜の騒動から一夜明けてからリョウトはオデュッセウスとギネヴィアに報告をしていた。その内容は枢木スザクが犯人では無い事と真犯人を名乗るゼロの事だ。モニター越しにギネヴィアは大声でリョウトを叱る。

 

 

「ゼロが犯人を名乗りましたが、そちらも証拠が無かったのと……深追いはヤバい気がしましたので」

『ふむ……リョウトがそう言うのならそうなんだろうね』

 

 

リョウトの発言にオデュッセウスは頷いた。リョウトの直感はよく当たるもので、過去にオデュッセウスもリョウトの直感に幾度となく助けられた経験があったから納得も早かった。

 

 

『ならば、そのゼロとやらを捕まえて尋問しなさい!』

「エリア11は今、混迷の最中でして。それにゼロの所在も不明なので今はエリアの平定を考えていたのですが」

 

 

ギネヴィアは最早、ヒステリーと言えるほどに興奮している。これは諭すのに時間が掛かるかなぁ……とリョウトが考えた際にオデュッセウスが口を挟んだ。

 

 

『ああ、その事なんだけどねエリア11の平定の為にコーネリアとユーフェミアがエリア11に行く予定なんだ。彼女達の手助けをしてあげて欲しいんだリョウト』

 

 

モニター越しに微笑むオデュッセウス。しかし、エリア11に訪れる人材の話を聞いてリョウトは胃がキューと絞まる感覚に襲われた。

 

それから数日後、ゼロの出現によりスザクは無罪放免となった。今現在、オレンジ疑惑によりジェレミアは軍の統率力を失った。ジェレミアが不正や汚職をしている、というのは公然の事実となっていた。その為にジェレミアがスザクに関して何かしようとしても間に合わず、ジェレミアはオレンジ疑惑を払拭しようと行動しているが、一度かけられた疑惑はすぐに晴れそうにない。

そしてリョウトはコーネリアとモニター越しに面会をしていた。

 

 

『クロヴィス暗殺の真犯人ゼロ。そしてジェレミア・ゴッドバルトの汚職か……貴様はどう判断している?』

「クロヴィス殿下暗殺に関しては何とも言えませんね……ゼロと一度会いましたが、口調と雰囲気からゼロが暗殺の真犯人に間違いはないと思ってます。ですが、本当にゼロがクロヴィス殿下を暗殺したと言う証拠はありませんが」

 

 

コーネリアはエリア11に着任する前に現在の状況を確認していた。そもそもコーネリアは他のエリアを統括していたのだが、クロヴィス暗殺の件を踏まえて他のエリアからユーフェミアと共に移動する事になったのだ。そしてリョウトがエリア11に滞在している事を知ったコーネリアは、個人的な意見と調査の結果を先に知る為に通信を行ったのだ。

 

 

『全ては奴を捕まえれば解る事だ。ジェレミア・ゴッドバルトの方はどうだ?』

「そっちも不可解でして。調べてみましたがジェレミア卿に汚職や贈賄の証拠は何も出ませんでした。それらをやったと言う痕跡もまるでないです」

『なんだと?』

 

 

コーネリアはゼロの件に関しては此処までだと打ち切って次の話に進めたが、リョウトからの報告に眉を釣り上げた。

 

 

「そもそもジェレミア卿は汚職や贈賄を嫌う人物でした。まあ……強引な政治手腕ではあったようですが」

 

 

リョウトの言う強引な政治手腕とは、スザクの件を含めたジェレミアの純血派としての行動の事である。

 

 

『ならば何故ゼロの言うことを聞いたのだ奴は?汚職をしていないのであれば枢木スザクを引き渡す意味などなかろう』

「そちらに関してもジェレミア卿に聞かなければ……と思っていたのですが、あの事件の後の調書に依ればジェレミア卿はあの時の事を覚えていないとの事です。ゼロがオレンジ疑惑の話をした辺りまでは覚えているが、気が付けばゼロと枢木スザクが消えていたと」

 

 

自身の疑問に答えたリョウトにコーネリアは目を細める。

 

 

『ふざけているのか?』

「それが至極真面目な話でして。取り調べをした者の話では嘘を言っている雰囲気では無かったとの事です。データは送っておきますのでご確認ください」

 

 

リョウトの返答にコーネリアは溜め息を吐き、自身の端末に送られたデータに視線を移した後、リョウトを見据えた。

 

 

『ではジェレミア・ゴッドバルトの件は一時保留だ。私がエリア11に到着次第、尋問を行う』

「承知しました。では失礼します」

 

 

コーネリアとの通信を終えたリョウトはフゥと息を吐いた。

 

 

「やれやれ……コーネリア様が到着するまでに」

「隊長、失礼します。キューエル卿が部下を引き連れKMFを勝手に持ち出したとの報告が!お相手はジェレミア卿との事です」

 

 

背伸びをしようとしたリョウトだが、部下が部屋に慌てた様子で報告しに来た事に再び溜め息を吐いた。

 

 

「ケインとクレスにも連絡して。俺達のKMFも発進準備」

「Yes、My Lord!」

 

 

リョウトの命令を受けた兵士は足早に退室していく。ケインとクレスはリョウトが本国から呼び寄せていたので既にエリア11に赴任している。その際にリョウトは専用のグラスゴーも運んで貰っていた。

 

 

「まったく……トラブルが続くなぁ」

 

 

リョウトはコートに袖を通すと格納庫へと急いだ。

頼むからこれ以上のトラブルがありませんように。そう願ったリョウトの思いはこの後、無惨にも打ち砕かれる事となる。

 

 

 

 



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ランスロットと皇女ユーフェミア

 

 

 

『まさか特派のKMFがなんてねー。完成したランスロット、スゴいねたいちょー』

『隊長殿。既に終わった様ですぞ』

「そーね……」

 

 

リョウト達が現場に到着した頃には、既に勝敗は決していた。報告を受けてから大急ぎで駆けつけたものの、特派所属のスザクが完成したランスロットでキューエル達が乗るサザーランド四機を鎮圧したのだ。

リョウトは此処に来る途中で特派のロイドからスザクがランスロットで現場に向かった事を聞いていたが、まさか既に終わっているとは思っていなかった。

ランスロットの背後には、ジェレミアが乗っているであろう半壊状態のサザーランドが鎮座していた。

完全に出遅れた形になったリョウトは、深い溜め息を溢しながら今後の後処理をどうするか悩んでいた。とりあえずは勝手にKMFを持ち出した純血派の処罰だろう。

 

 

『こ、こうなったら……』

 

 

ハーケンも、ランスも破壊され、打つ手のなくなったキューエルがケイオス爆雷の使用を決断する。

ケイオス爆雷とは、一定の方向に無数の弾丸を放つ、散弾発射型の手投げ弾である。その発射される弾の多さから回避が困難であり、キューエルもこれを使うつもりはなかった。自分達に被害が及ばぬ様に、キューエル達はランスロットから距離をとる為に下がり始める。

 

 

『分かってくれたんですね。キューエル卿』

 

 

サザーランドが下がったのを見て、スザクはキューエルが諦めたのだと勘違いする。

 

 

「いや、まだ油断するなよスザク……ってアレは!?」

 

 

リョウトは、過去の経験からキューエル達がまだ何かする気なのだろうと警戒していた。

そして次の手がどう来るのか各センサーとモニターを確認すると、球場へ見覚えのあるピンク髪の少女が侵入してくるのが見えた。

 

 

「ちょっ……お前等、やめ……」

 

 

リョウトはピンク髪の少女のキューエル達に少女の存在を伝えようとする。彼女の正体を知ってる身としては止めなくてはならないと叫んだ。しかし、時既に遅く、キューエル機は腰部から取り出したケイオス爆雷を空中へと放り出していた。

 

 

『あれは……っ!』

「スザク!」

 

 

リョウトの叫びによりスザクもピンク髪の少女の存在に気付く。彼女だけでなく、彼等の後ろには半壊状態のジェレミアもいる。避けるわけにはいかない状況だ。

 

 

『ここは僕が!』

「ちっ!各機、防御しろ!」

『『yes、my load!』』

 

 

ランスロットが両腕に装備されたシールドを展開する。対してリョウト、ケイン、クレスのKMFにはランスロットの様なシールドが無い。リョウトはケインとクレスに身を持って防御しろと指示を出す。

ケイオス爆雷から無数の弾丸の雨が降り注ぎ、大半はランスロットのシールドで防ぐものの、防ぎきれない弾の何発かがリョウト達のKMFへと降り注ぎ、機体に損傷を与える。

機体を揺らされながらも、リョウト達はジェレミア機とピンク髪の少女を守り抜いた。そして散弾を撃ちつくしたケイオス爆雷が地面へと落ちる。

 

 

『なんとか……なった……』

「あー……流石に肝を冷やしたわ」

 

 

ゆっくりと防御態勢を解くランスロットとリョウト達。ランスロットはシールドを消耗したが、本体に傷は無かった。リョウト達のKMFは機体にダメージが有ったものの無事である。そしてもう危険はないとリョウト達が思った頃、ランスロットの足元からピンク髪の少女が姿を現す。

 

 

『あ、あれは……ま、まさかっ!?』

『馬鹿な……何故、あの御方が此処に!?』

 

 

それを見て、キューエルとジェレミアが驚きの声を上げる。その少女の姿に見覚えがあり、それが誰かが分かったからだ。

 

 

「双方とも、剣を納めなさい!我が名において命じさせていただきます!私はブリタニア第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです。この場は私が預かります! 下がりなさい!」

 

 

ユーフェミアの透き通った声が響き、ジェレミアは勿論、キューエル達も武装解除しKMFから降り始めた。

 

 

『そんな、ユフィが?』

「ん、スザク……ユフィと知り合いだったのか?」

 

 

驚くスザクに、首を傾げたリョウト。スザクのユーフェミアを呼んだ時の名が愛称だったから疑問に思ったのだ。ユーフェミアをユフィと呼ぶのは、皇族やリョウトの様に昔からユーフェミアを知っている者のみ。リョウトにはスザクとユーフェミアの繋がりが見えなかったのだ。

 

 

「ま、まことに申し訳ございません!! 」

 

 

 

キューエル達は、下手をすれば自分達が皇族殺しをするところだったのに気づき、ユーフェミアの前にひざまずく。

 

 

「皇女殿下!知らぬこととは言え、失礼いたしました!」

 

 

スザクも機体から降り、ユーフェミアに先の無礼を詫びる。リョウト達も機体から降りて膝を突いた。

 

 

「スザク、私もあなたが父を失ったように、兄クロヴィスを失いました。これ以上、皆が大切な人を失わずに済むよう、力を貸して頂けますか?リョウト、レイスが私やお姉様の補佐に付いた事は伺ってます。お願いしますね」

「「「yes,your highness!」」」

 

 

こうして、ユーフェミアの手により、この場は一先ずの収まりを見せた。

しかし、リョウトは今回の一件がコーネリアの耳に入る事と、先程のケイオス爆雷によって傷付いたKMFをどうしようかと頭を悩ませる事となる。

 

 

 



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報告と純血派の顛末

 

 

「……報告は以上か?」

「はい。現状で伝えるべき報告等は全てお伝えしました」

 

 

政庁の総督室でリョウトはコーネリアに呼び出され、今回の件の報告をしていた。

 

ジェレミアの汚職疑惑。キューエル・ソレイシイが引き起こした純血派の内輪揉め。更にそれに巻き込まれてユーフェミアがケイオス爆雷を浴びせられそうになった事。ユーフェミアを庇った事によるレイス隊のKMFの損傷。どれもこれもコーネリアの機嫌を損ねるに事足りない事件ばかりである。

 

 

「そうか……ご苦労だったな」

 

 

コーネリアは深い溜め息を吐いた。頭痛がしてるんだろうな、とリョウトは考える。

ユーフェミアの件にしても、ユーフェミアが警備の者を振り切って勝手に何処かに出掛けようとした事が切っ掛けで、まさか皇族が死に至る様な事態になるなどと誰が想像できるだろうか。

 

 

「ユフィ……いえ、ユーフェミア様もご無事でしたし、何卒恩赦を頂けると幸いなんですが」

「ああ……いや、レイスと特派には感謝している。よくぞユフィを守った。損傷したKMFも気にするな。本国からグラン博士がエリア11に赴任される」

 

 

リョウトはレイスや特派に何らかのペナルティが下るのかと内心ビクビクしていた。これがオデュッセウスなら「仕方なかったよね・大変だったね」と労いの言葉を頂けるがコーネリアはそうではない。寧ろ、「何故、このような事態になる前に収束出来なかった?」と睨まれる所だろう。

だが、コーネリアの反応はリョウトの予想とは違っていた。コーネリアはレイスや特派に怒るよりも感謝をしていたのだ。

 

 

「ふふっ……意外だったか?まあ、此処に他の将兵がいたら別の言葉を考えたが今は貴様しかいないのだ構わんだろう」

 

 

ギシッと椅子に体を預けるコーネリア。その仕草にリョウトはコーネリアが酷く疲れていると感じていた。コーネリアは普段から他者に弱いところを見せようとしないが、リョウトやグラン等の人物と二人きりの時には少しだけ肩の力を抜いている事が多い。長年の付き合いもあるのか、彼等に意地を張る意味がないと感じているのかもしれないが。

 

 

「取り敢えず純血派は纏めて後方部隊へ転属だな。ジェレミアの汚職疑惑の真意は定かではないが最早、その辺り関係なく追放処分だ」

「うわぁー……」

 

 

コーネリアの発言にリョウトは引いていた。コーネリアの怒りは、ジェレミアの汚職云々よりもユーフェミアが傷付けられそうになった事の方が大きそうだ。

 

 

「厳しいと思うか?私としてはかなり甘い判断を下したと思うがな。ユフィを……皇族殺しをしかけた者達を生かした上に軍の在籍を許すのだからな」

「そりゃまあ……そうでしょうが……」

 

 

コーネリアの言葉にリョウトは既に反論できなかった。普通に考えれば、即打ち首でも可笑しくはないだろう。

 

 

「それにしてもキューエル・ソレイシイの影響で純血派は瓦解か……ジェレミアには苦労を掛けるな」

「え……ジェレミア卿の汚職疑惑で純血派は被害を受けたのでは?」

 

 

コーネリアの発言に驚くリョウト。コーネリアはそんなリョウトを見て口端を上げた。

 

 

「ジェレミアの人成を知っていれば汚職など信じないだろう。今は贈賄の疑惑があっても一時的なものだ。直ぐに収まっただろうが、キューエル・ソレイシイが暴走した事で瓦解に拍車が掛かった。大人しくしていれば良いものを……」

 

 

つまりコーネリアの言葉通りだとすると、ジェレミアの汚職疑惑は時間経過共に収まるはずだったのをキューエルが余計な事をした為に悪化。純血派は後方部隊へまるごと移籍。しかもコーネリアの口振りからはジェレミアの汚職疑惑は順を追って解決する筈だったのが、キューエルの勝手な行動によりダメになった。

 

 

「つまり純血派はジェレミア卿の汚職疑惑云々よりもキューエル卿の暴走により瓦解……って事ですか」

「ああ、私としてはジェレミアに頼みたい事があったから今回の件は遺憾だがな。もういいぞ下がって良い」

 

 

リョウトの疑問に答えたコーネリアはリョウトに退室する様に告げたが何かを思い出した様に再び口を開いた。

 

 

「待て、リョウト。ジェレミアに一言伝えておいてくれ『また、頼む』とな。この言葉はジェレミアが一人の時に伝えろ。他の者が居る時は伝えずにタイミングを図って後で伝えれば良い」

「承知しました。ですが、その伝言の意味は?」

 

 

リョウトはコーネリアに呼び止められ、伝言を頼まれたがその意味が理解できなかった。

 

 

「貴様には関係の無い話だ。話は以上だ、下がれ」

「Yes,your highness」

 

 

リョウトの疑問にコーネリアはピシャリと言葉を切り、退室を促す。こうなると何を聞いても無意味だと分かっているリョウトは敬礼をした後に総督室を後にした。

 



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