ギースにガンプラ (いぶりがっこ)
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第一話「100メガショック!!」

 ぞわり。

 

 底深い闇の中で、何かが鎌首をもたげた。

 なぜ、一体、どうして――?

 むせ返る空気を押し殺し、戸惑いとざわめきが会場のそこかしこで零れ出す。

 

 息苦しいばかりの沈黙。

 暗雲が惑ろい、切れ間より降り注ぐ月光が、荒野の武骨な岩肌を、そして、そこに佇立する男の輪郭を、徐々に露わとしていく。

 

 ――そう、男、である。

 

 馬鹿な?

 目に見えざるプラフスキー粒子の輝きに満ちた、ガンプラしか立ち入れぬ筈の聖域に?

 

 大きな背中であった。

 落ち着いた白の胴衣に、稲妻のような金の刺繍の走った淦染めの袴。

 そして、純和風にまとめた首から下とは裏腹に、月光を浴びて煌めくブロンドの髪。

 

「そんな……、まさか……!」

 

 巌のような鋼鉄の巨体が、宵闇の中でぶるりと震える。

 愛機、ジ・Oの単眼を通して、青年は『伝説』と相対していた。

 知っていた。

 なまじガンプラ以外の知識にも精通していた悲劇が、却って青年の魂を戦慄させていた。

 

「You can not escape――」

 

 渋みがかった呟きと共に、男がおもむろに上衣をはだける。

 歴戦の爪痕が刻まれた胸が、隆々とした肩が、引き絞られた上腕が月明かりの下へと晒される。

 首元にはいかにも悪趣味な金のネックレス。

 そして、その背には大振りの鈍器でも叩きつけたかような、ひときわ大きな痕があった。

 

「――from death」 

 

「う、うおああぁァァ――ッッ!?」

 

 恐怖!

 ネガティヴな感情は時に、情熱よりも人を過敏にする。

 心臓をも握り潰さんばかりの重圧が青年を突き、たちまち愛機の腕より一条の光が走った。

 

 大型ビームライフル。

 シンプル・イズ・ベストを求めたジュピトリスの傑作が、戦場に用いた唯一の飛び道具である。

 同世代のMSを粉砕するには十分すぎるほどの火箭。

 ましてや相手が、生身の人間とあっては……。

 

「ダーボゥッ!」

 

 振り向きざまに男が、叫んだ。

 掬い上げる左の指先に蒼い炎が揺らめき、瞬間、烈風が立ち昇った。

 大地から噴き上がる蒼き衝動が障壁となり、バシュゥ、と、ライフルの一撃を拡散させる。

 

「!?」

「レップゥケーン」

 

 淀みなく、返しの右。

 新たに生じた蒼きエネルギーが重なり合い、二重の衝撃波となって一直線に大地を駆ける。

 

「お!? おおおお」

 

 呻きを上げ、青年が目一杯にコントロールスフィアを倒す。

 間一髪、ジ・Oが横に体を流し、死の烈風をかろうじて逸らした。

 射線上のライフルがバレルからすっぱと両断され、そのまま遥か後方まですっ飛んで行く。

 

 元来、宙域戦闘に特化したジ・Oは、重力下では足回りが重い。

 紙一重とは言え不意の一撃を避けられた事自体が、青年のただならぬ技量を証明している。

 とは言え、そんなガンダムファンにとっては常識の不利にすら頭が回らぬほどに、今の彼は余裕を失っていた。

 

「な……!」

 

 気が付いた、その瞬間にはもう、袴の男に一足一刀の間合いまで詰め寄られていた。

 

 ジ・Oの左半身を狙った烈風の一凪。

 重量級の巨体、上空への回避は不可能、右手に避けるしかない。

 そこまで見越した上での迷いの無い突進。

 戦慄がぞくぞくと尻穴から脳天まで駆け上がる。

 

 オールバックの金髪の下で、炯炯と瞬く帝王の瞳。

 直感する。

 コイツが仮に、仮に()()()()であると言うならば、その本性はおそらくはMF。

 これ以上の接近は死を意味する。

 動く、仕掛ける、右のビームサーベル。

 やめろ馬鹿!

 本能がガンガンと警鐘を鳴らす。

 

『彼』に対してこちらから攻める。

 それ自体が自殺行為であると知っている。

 だが遅い。

 魂に逆らい、圧倒的な恐怖がプラスチックの肉体を突き動かす。

 

 横薙ぎの一閃。

 微笑と共に男が潜り、閃光が虚しく空を切る。

 二の太刀、肘口を返して、上段からの唐竹――、

 

 ガッ、と拳先に衝撃が走る。

 

 巧い、合わせの掌底。

 真下から突き上げられた反動で、すっぽ抜けたサーベルがくるくると中空に踊る。

 流石、だが読み通り。

 男の意識が上を向いた。

 ジ・Oの本命は下、スカートの中、隠し腕――。

 

 パンッ!

 

 闇夜の荒野に柏手が一つ、乾いた音が響き渡った。

 さっ、と月光が陰り、辺りが再び宵闇に包まれていく。

 ビクン、とジ・Oの動きが止まる。

 憶したワケではない。

 喰い止められた。

 男の体を股下から引き裂く筈のマニュピレーターが、今、ギリギリと軋んで悲鳴を上げている。

 

「し、真剣、白刃取り……?」

 

 ぞ く り と、青年の全身が総毛立つ。

 

 マニュピレーターの先端に煌めくビームサーベルの光。

 それが底暗い深海のような輝き放つ男の両掌に、側面から抑え付けられているではないか。 

 

「too easy!」

 

 短く吐き捨て、男が動いた。

 一切の迷いも躊躇いも無く。

 左手でマニュピレーターを掬い上げながら、右の掌底をピタリとジ・Oの顎に寄せ、同時に踵を強かに払う。

 鮮やかな蹴手繰り。

 86トンもの巨体が手品のように空転し、モニターがたちまち宙を向く。

 

 烈風拳、そして当て身投げ。

 どくり、と青年の心臓が締め付けられる。

 決定的すぎるアクション。

 そのいずれもが『彼』の存在を伝説たらしめた究極の魔技――。

 

 

 ――ブッピガン!!

 

 

 大地が砕け、瞬間、灼けつくような雷鳴がモニターを染めた。

 プラフスキーに満ちた大気が青白き閃光を放ち、今宵甦りし悪夢のシルエットを映し出す。

 

 完全に沈黙した対主を睥睨すると、男は緩やかに上体を起こした。

 廻した両腕を胸の前でクロスさせて残心を取る。

 

 ぽつら、ぽつらと振り始めた雨粒が、男の肩を濡らし始めていた。

 

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 機械的なアナウンスが響き渡り、戦いの終わりが告げられる。

 バトルフィールドが解け、オーロラビジョンが暗転し、会場にたちまち照明が戻る。

 健闘を称える拍手は無い。

 居合わせた観衆たちは、いまだ凍り付いた空気から動き出す事が出来ずにいたのだ。

 

『――勝者、チーム:覇我亜怒コネクション』

 

 ウグイス嬢の勝ち名乗りを受け、黒色の皮手袋が、フィールド上の『ガンプラ』を拾い上げる。

 オールバックの総髪に垂らした金髪と、その手にしたガンプラにも似た、彫の深い顔立ち。

 だがその表情には、和服でまとめた愛機の貫禄に比して、遥かに若く、ハリがある。

 大胆な紫のワイシャツの上に重ねたクリーム色のベストが、あたかも売り出し中のマフィアの若き幹部のような、野心と威圧を漲らせていた。

 

「ア、ア、アンタは、やはり……」

 

「悪夢に脅えるか……、惰弱な」

 

 対面で肩を震わす青年――、件のジ・Oの製作者を一顧だにもせず、男がゆっくりと踵を返す。

 

「See you in your nightmare」

 

 短く云い捨て、男が壇上から降り立った。

 カツン、カツンと、緊張に満ちた場内に、上等な皮靴の音だけが響き渡る。

 

「……ガッ」

 

 会場の片隅、大会参加者の一人である赤髪の少年、カミキ・セカイが、肺腑の淀んだ空気を吐き出すように、ようやく呻いた。

 

「ガンプラバトル……、じゃねえ!?」

 

 

 ギース・ハワード

 1953年1月23日生まれ、アメリカ合衆国出身。

 特技:物事を強引に解決する事、好きな音楽:ゴッド・ファーザーのテーマ。

 

 アメリカは西海岸にある貿易都市・サウスタウンを支配する巨大企業、ハワードコネクション総帥であり、あらゆる悪事に手を染めて権力を掌中に収めた時の巨隗である。

 テリー、アンディのボガード兄弟は、養父ジェフを殺したギースへの復讐のため、彼が主催する格闘技大会『キング・オブ・ファイターズ』への参戦を決意する。

 

 以上が、SNK製作の格闘アクションゲーム『餓狼伝説』のストーリーの概要である。

 本作は対戦ゲームと言うよりも、シナリオに比重を置いた面クリア型のアクションと言った色合いが強く、ゆえに大会参加者たちも、バランスより演出を重視した濃ゆいイロモノ揃いであった。

 

 世紀末ヘアーとローリングアタックに定評のあるヒップホップダンサー。

 試合中に一杯つけるムエタイ戦士。

 逆立ちしたり天井掴んだりやりたい放題のカポエラマスター。

 トルネードアッパーなるファンタジーと、ジャンプ出来ない潔さが交錯する珍妙なボクサー。

 突然マッチョになるジジイ。

 クソ強い癖に空破弾(昇龍弾?)一発で即死するプロレスラー。

 いきなり棒を投げてブルブル震え出す謎のバンダナ。

 

 そんな、一癖も二癖もあるファイターたちの頂点に君臨するのが、星条旗を縫い付けた胴衣袴に腕時計と言う衝撃的なファッションで登場した、我らが総帥ギース・ハワードである。

 

 当時のアーケードゲームとしては異色の、丁寧に練られたキャラ設定。

 真面目さとシリアスな笑いが混じりあう、味わい深い幕間劇。

 MVSの性能を活かした精緻なドット技術で描かれた、間違った日本趣味。

 一度耳にしただけで人を虜にする超カッコイイBGM『ギースにキッス』

 格ゲー史上最も美しい飛び道具『烈風拳』、そしてギースの代名詞たる当て身投げ。

 

 異色の野心作のラスボスとして派手に暴れ回った稀代のカリスマは、最期は己が居城・ギースタワーの最上階より転落して、その生涯に幕を下ろした。

 享年40歳。

 

 だが、時代はスト2の空前の大ヒットに沸く、アーケードバブルの真っ只中。

 使い捨てのボスとして歴史の闇に滅する筈だったギース・ハワードは、餓狼伝説のシリーズ化に伴い『実は生きていた!』暗黒街のカリスマとして、再び我々の前に姿を現す事となる。

 

 

 練り込まれたシステムがもたらした、洗練された古武術アクション。

 複雑高等かつ鮮烈無比な超必殺技『レイジングストーム』

 最早伝説と称すべきギースステージ、ゲームBGMの最高傑作『ギースにしょうゆ』

 サウスタウンを巡る極限流との確執。

 タン・フー・ルー、ジェフ・ボガード、そしてヴォルフガング・クラウザーとの秘話。

 秦の秘伝書を巡る陰謀と、死の運命、伝説の帝王の復活劇。

 アニメが出る、漫画が出る、設定が増える、捏造と改編が繰り返される。

 かつてのインパクト溢れる一発屋は、ファンに愛され、シリーズの積み重ねの中で、いつしか本物のカリスマへと成長していった。

 

 ――そして、1995年『リアルバウト餓狼伝説』リリース。

 

 キャッチコピーは「さらば、ギース」

 

 テリー・ボガードとギース・ハワード。

 因縁のギースタワーの最上階で、両雄は対峙する。

 死闘の果て、テリーの渾身の一撃が放たれ、ギースは再びサウスタウンの空へと身を躍らせる。

 咄嗟に差し出されたテリーの右手を振り払って……。

 

 ギース・ハワードとサウスタウンの物語は、こうしてひとまずは完結する。

 無論、一大人気キャラとして成長したギースを企業が放っておける筈も無く、その後も悪夢だったりパラレルワールドだったり過去の話だったり秘伝書の見せた幻だったりと、当然のように出演を重ねていく所となるのだが……。

 肝心の、サウスタウンの『その後』の物語については、公式からアナウンスがなされなかった。

 龍虎―餓狼を通じて時代の顔であった男の、その亡き後の物語を生み出すだけの余力が残っていなかったと言っても過言ではないだろう。

 

 結局、餓狼の正式な続編がリリースされたのが、4年後の1999年。

 21世紀も間近に迫ろうかと言う年の瀬である。

 

 全ては遅きに失した。

 

 

「ふぅ……」

 

 日参のギースタワー巡礼を終え、NEO-GEOの電源を落とす。

 思わず溜息がこぼれる。

 全ては泡沫の夢に過ぎない。

 

 少年時代、なけなしの小遣いを握り締めてゲーセンに駆け込んだあの頃。

 しかし、プレイヤースキルの向上は、ゲーム制作に至難をもたらした。

 複雑化するシステム、閉じコンと化す戦い、積み重なる製作費、迫る納期、崩壊するバランス。

 

 一片の曇りも無く、万人が楽しめる格ゲーを供給する事の、なんと難しい事か。

 思わず壬無月斬紅郎の至言を拝借してしまったが、今にして思えばアレも、あらゆる意味でとんでもないゲームであった。

 

 加えて言うなら、家庭用ゲームハードの高性能化に、ネットワーク環境の普及。

 プレイ環境の充実が、ゲームセンターと言うコミュニティの存在意義を奪い去っていく。

 格闘ゲームと言うジャンルの行き詰まりを除いたとしても、アーケード市場の衰退は避けられぬ運命だったと言えよう。

 

 手元のリモコンをまさぐり、テレビのチャンネルを切り替える。

 ジャリガキどもの聖地から遠ざかって久しいアーケードゲーム業界。

 その後釜に座った者は……。

 

『ハァ~イ、続きましては、今週のガンプラバトルのコーナーでぇす』

 

 ミーア・キャンベルじみたピンク頭が愛想を振り撒き、たちまち画面が宇宙空間を描き出す。

 煌めく閃光、重ね合うサーベル、流星の如きザク、飛び交うファンネル、ビルギットさんだけを殺す機械――。

 

 そう、これ、これだ。

 ガンプラバトル。

 遡る事十数年前、プラフスキーなる粒子の発見によって実現したガンプラ同士の真剣勝負。

 これが今現在の時代の中心と言うワケだ。

 

 画面上を所狭しと飛び交う色とりどりのMSたち。

 これら全てが、ファン一人一人の手作りである。

 同じ機体は何一つとして存在しない。

 製作者の創意工夫が、作り込みがそのまま戦闘力として反映され、思うがままに動かせる。

 世の老若男女が熱中するのも分かる。

 絶対に覆らないダイヤグラムの壁を前に、限られた手を探り、刹那の内に駆け引きを繰り返し続ける俺達の戦場は、既に一部の数寄者たちの懐古趣味に過ぎないと言うワケだ。

 

 生憎と俺は、ガンダムと言う作品についてあまり詳しくは無い。

 さっきからガンダム用語をポンポンと使ってはいるが、それでも本物のガノタの前では、乾いた笑いを浮かべながら適当な相槌を打てる程度の知識しか持ち得ていない。

 実際、今日び珍しくもガンプラに手を出した事も無いと言うオールドタイプである。

 そんなモンに携わる時間があるなら、ブレイクスパイラルの精度を上げる練習でもしてろと言うのが、あの頃の俺たちの合言葉だった。 

 世間様に対し抱く、どこか拗ねたような感情は、つまりは俺自身の身から出た錆びなワケで、この胸にわだかまる憤懣も、口に出してしまえば人間失格と言うワケだ。

 

「……ん?」

 

 ふっ、と、視界の隅に奇妙な物が目に映った。

 思わずごしごしと目を擦る。

 見間違い、か?

 ありえない。

 それは『CAPCOM vs. SNK』にカルノフが参戦するくらいあり得ない光景――。

 

「~~~~~~ッッッ!?」

 

 仰天した。

 ド肝を抜かれた。

 何だこれは!?

 

 女だ、宇宙空間に生身の女の子が!

 ガンプラしか存在し得ぬ筈のプラフスキーの世界を、イエローのフリフリアーマーにスパッツ姿の女の子が飛び去って行く。

 意味が分からない。

 長い歴史を誇るガンダムシリーズ。

 俺の知らない内に、魔法少女が戦場を駆ける新作でも投入されていたと言うのであろうか?

 

『いっや~、ホントに驚いちゃいましたね~。

 ア・バオア・クー宙域に突如として現れたすーぱーふみな。

 実はコレ、天大寺学園の学生ビルダー、サカイ・ミナトくんが製作したガンプラなんだって』

 

「なっ!?」

 

『自由な心を形にするのがガンプラ心形流の極意らしいんだけど。

 流石にこれは、事前に本人の許可を貰えって、三代目メイジンからこっぴどく叱られたみたい。

 凄いね、ガンプラ!』

 

「ば、ばかな……!」

 

 思わずテレビ相手にツッコミを入れる。

 年甲斐も無くうろたえていた。

 酷い物を見た。

 

 加速するブースターに合わせ、サラサラとたなびくポニーテール。

 柔らかく、ふにゃりと歪む軟質素材のおっぱい。

 大きな瞳をくりくりと動かし、カメラに向かってぱちくりウィンク。

 

 戦慄が全身を駆け上がる。

 ここまでのものであったのか。

 ガンプラとは、ここまで一個の生命のように作り込める物であったのか。

 いやそうではない!

 今はこのフミナ女子の作り込みなど、どうでもいい事だ。

 この映像の意味する所。

 それはつまり、つまり……!

 

「 そ の 手 が あ っ た か ッ !!」

 

 俺は叫んだ。

 卓袱台をひっくり返して立ち上がりながら、力の限り叫んだ。

 エンドルフィンが駆け巡る。

 心臓が炎のように火照っていた。

 衝動のままに表に駆けだし、裸足だった事に気付いて慌てて玄関に戻った。

 財布を手に取り、もどかしくもスニーカーをつっかけ、一直線に駅へと向かって走り出す。

 

 目指す先は、大阪。

 ガンプラ心形流の総本山である。

 

 

 

 

 



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第二話「どきどきハワード神判!」

 ガンプラ心形流は、往年の名ガンプラファイター、珍庵和尚によって創立された、大阪に拠点を構えるガンプラ造形術の一大宗家である。

「ガンプラ作りは当人の心を写す鏡」と言う氏の理念により、その修練は技術論よりも精神修養を旨としている。

 概念的な流派で体得に時間がかかるが故に、他のセミナーやガンプラ教室に比して受講者は少ないものの、その内弟子からはヤサカ・マオやサカイ・ミナトと言った有能なビルダーを輩出しており、今日の日本のガンプラバトル史を語る上で、決して外す事の出来ない存在である。

 

 以上が、行きがけの新幹線の中で読んだ『別冊アストナージグレート:神技ビルダー列伝』なる、いかがわしい本からの抜粋である。

 

 ガンプラ造形術。

 我々素人には理解の及ばぬ世界であるが、考えてみればさもありなん。

 ガンプラビルダーたちが日夜相手にしているのは、現代のブラックボックスとまで称される、あのプラフスキー粒子なのだ。

 極端な話、塗料の種類、塗り方一つを取ったとしても解釈は変わる。

 一たび粒子を介したならば、素材が変わり、強度や機体の性能が変わり、それがそのままバトルの勝敗へと直結する。

 

 ましてやガンプラバトルは今や、全世界の注目を集める一大祭典である。

 舞台に立つファイターだけの問題では無い。

 選手を支えるワークスチーム、サポーター、スポンサー、そしてトレーナー。

 人が動き、即ち多額の金が動く、キレイゴトだけでは済まされない。

 

 たかがガンプラ作り、されどガンプラ作り。

 門外不出の奥義の一つも生まれようと言うものだ。

 このような瑣末な出来事にいちいち驚嘆していては、獣神武闘会は生き残れない。

 

 ともあれ、新大阪より市電を乗り換え40分。

 ガンプラ心形流の総本山は、閑静な田舎町の山裾にあった。

 四季折々の色合いを見せる簡素な中庭に、長い年季を感じさせる木造の本道場。

 いかにも精神修養の場に相応しい趣であるが、騙される事なかれ。

 

 ガンプラが初めて発売された1980年以前に、心形流の道場など存在する筈がない。

 即ち、古き良き日本の伝統溢れるこの建物は、寺の主である和尚がガンプラに傾倒するあまり、元からあった本堂をガンプラ製作用に改装したものか。

 あるいは多額の賞金を費やして、わざわざ旧日本寺院風に建築された新道場、と言う事になる。

 いずれにしても凄い漢だ。

 

 そして今、俺はそんな凄い男、ガンプラ心形流開祖・珍庵和尚と、道場の板間を挟んで向かい合っていた。

 

「ま、ま、お若いの、今日はわざわざ遠い所から来なすったんや。

 そう硬くならんと、膝も崩しなさい」

 

「は、はい!」

 

 アポなしの突然の来訪にも関わらず、目の前の老人はそう言って気さくな笑みを浮かべた。

 もっとも、俺の方はひたすらに恐縮するしかない。

 一見そこいらの楽隠居と言った風体の小柄な老人ではあるが、俺には分かる。

 一流派を修めた達人のみが持ちうる究極の自然体、その有り様はまるで、かのタン・フー・ルーのようではないか。

 

「さて、何や、ウチの道場に入門したい言う話やったが……。

 ガンプラ心形流なんぞと言う大層な看板を掲げとるがの、ウチは元々、同道のモンが好き勝手にやっとるだけの集まりや。

 月謝なんぞもいらんし、納得が行くまでココに逗留してくれて構わんで」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「じゃが、の」

 

 ふさふさの白眉を吊り上げ、タン老師、もとい和尚の左目がきらりと光った。

 

「お前さん、なんだって今更になってガンプラ作りなんぞ始めようと思うたんや?」

 

「今さら……、とは?」

 

「その薬指の、大きなタコ。

 ガンプラバトルやないな。

 その歳になるまで、何か一つの芸事に一心不乱に打ち込んで来た男の手や」

 

「……!」

 

 鋭い。

 おもわず左手がピクン、と跳ねる。

 確かに俺の薬指の第一関節には、生涯消える事の無い、ブ厚いゲームタコがある。

 

 ぶっさし、かぶせ、つまみ……。

 より精度の高いコマンド入力を求め、先人たちはいくつものアーケードスティックの握り方を考案してきた。

 手の小さい子供たちは必然、球の部分を被せるように掴む事が多いのであるが……。

 当時、友人たちよりも一歩でも先んじたいと考えていた浅はかな俺は、ワイングラス、俗に言う「ぶっさし」を常日頃から愛用していた。

 鋼鉄のレバーが容赦なく指の根本を擦り、血豆が破れ、固まり、やがてどのような圧力にも負けない分厚いタコが出来上がる。

 まさしくこの指は、俺の半生を語る証座であった。

 

 なお、この傷痕は決して勲章ではない。

 指先に余計な力が入っている、下手糞の証である。

 実際「七瀬ナコは人生」とまで語っていた、お隣さん家のヤマダくんなんぞは、親指と中指でのつまむようなソフトタッチから、驚くべき精度でぬいぐるみキャンセルを決め、我々小市民を驚嘆せしめたものであった。

 

 思わず現実逃避してしまったが、これはマズイ。

 俺の目的、それは考えようによってはガンプラへの冒涜である。

 そのまま口に出したなら、このお人好しの和尚の不興を買うかもしれない。

 回答次第では即座に旋風剛拳が飛んできてもおかしくない窮地である。

 取り敢えずこの場は、口先三寸でごまかしてみるべきか?

 

 ……いや。

 

 もしもタン老師の口から同じ質問が発せられたなら、テリー・ボガードはどう答えただろうか?

 師弟の縁である、生半端な回答は出来ない。

 そんな不義理が許るされるのは、この世にただ一人、生まれついての帝王、ギース・ハワードのみだろう。

 

 結局、俺は訪問の目的を包み隠さずに告げる事とした。

 

「恐れながら、その……、ギース・ハワードを作りたいと思っております」

 

「ん、ぎぃ、す、とは?」

 

「SNK製作の対戦格闘ゲーム、餓狼伝説に登場するキャラクターです」

 

「ん? うん、んんっ???」

 

 温厚な和尚の頭の上に、たちまちクエスチョン・マークが浮かぶ。

 そりゃあそうだろう。

 ガンプラ製作を教える道場にこんなのが押しかけて来たら、俺だっておかしな奴だと思う。

 当然、アホな大人をたしなめるように、和尚は長い髭をさすった。

 

「お前さん、そりゃあちょいと訪れる場所を間違えとらんかの?

 例えば、ガレージキットの作り方を学びたいとか言うんなら、もっと相応しい場所があろうに」

 

「恐れながら、GPベース上で稼働するギースを作りたいと思っています」

 

「なんと?」

 

「プラフスキー粒子を介し、フィールドを縦横無尽に蹂躙するギースを作りたいのです」

 

「ほ!」

 

 俺の言葉を受け、珍庵和尚が思わず破顔した。

 気を許した瞬間、人中に鉄菱が飛んできてもおかしくないような強烈な笑顔だった。

 

「ほ、ほ、ようやっと分かった。

 お前さん、()()の作ったガンプラを見たんやな。

 それでこの道場でだったら、生身の人間そっくりのガンプラが作れる思うて、はるばる東京から駆けつけたっちゅうワケや」

 

「は……」

 

 好々爺の砕けた笑顔に、俺はどう答えて良いのかも分からず、曖昧に言葉を濁した。

 珍庵和尚はひとしきり笑った後、しかし不意に、声のトーンを落とした。

 

「せやけどなあ、お若いの。

 お前さんの理想を形にするのは、口で言うほど簡単な道やありゃせんで」

 

「それは……、素人ながら、私なりに理解しているつもりです。

 あのサカイ少年の製作した、すーぱーふみな。

 あれほど完成度の高い美少女フィギュアを素人が製作する事自体、いかに困難であるか……」

 

「いや、そうやない。

 確かに技術的にクリアせなあかん課題も多いが、問題はその後。

 あのガンプラはの、モデルが女の子だったからこそ為し得た、一種の奇跡なんや」

 

「え……? そ、そ、それは一体?」

 

 和尚の吐いた意味深な言葉に、俺は思わず、戸惑いの呻きを漏らした。

 女の子だから、為し得た?

 フミナちゃんならOKで、ギース様はアウトと言うのは、いかにも酷いプラフスキー差別ではあるまいか?

 

 重ねて問おうとした次の瞬間、不意にバン! と、後方の木戸が勢い良く開かれた。

 

「やめいや、東京モン、それ以上の問答なんぞ必要あらへん!」

 

 初めて耳にする本場もんの罵倒に、俺は思わず、はっ、と顔を上げた。

 振り向いた視線の先にいたのは、跳ねた前髪に鋭い眼光を備えた、作務衣姿の少年であった。

 

「君は……」

 

「おう、なんやミナト、おったんかい」

 

 傍らの珍庵和尚の呟きに、たちまち記憶の糸が手繰り寄せられる。

 あの目つき、そう、アレはかのコウサカ・ユウマ少年と比較して、学生ガンプラ界の龍虎とまで謳われた西の天才。

 ガンプラ心形流、サカイ・ミナト。

 他ならぬ俺の心を奪ったガンプラ、すーぱーふみなの製作者である。

 

 そんなガンプラ界のロバート・ガルシアはしかし、その身の苛立ちを隠そうともせず、ずん、と仁王立ちで俺の前へと立ちはだかった。

 

「おう、とっとと東京に帰りや、おっさん。

 師匠の言葉の意味も分らん男には、この道場の敷居を跨ぐ資格なんてありゃせんのや」

 

「――!」

 

 突き離すような少年の言葉に、さすがに俺もむっ、と来た。

 ガンプラのイロハも知らない素人、そうだろう。

 ガンプラへの冒涜、確かにそうだろう。

 しかし、それをよりによって、あの、すーぱーふみなの製作者に指摘されたくはない。

 

「――言葉を返すようだが、サカイ君。

 俺は君のガンプラに可能性を感じて、今日、ここまでやって来た。

 あの自由な発想を突き詰めて行ったなら、ガンプラバトルの世界は、もっともっと自由なものになるんじゃないのか?」

 

「せやからアンタは、アホや言うとるんやッ!

 自由な発想やと?

 そないな言葉はの、こいつをしかと目に焼き付けてから言えや~っ!」

 

「!?」

 

 大声で啖呵を切って、サカイ少年は手にした雑誌をバシン、と勢い良く床板に叩き付けた。 

 慌ててまじまじと覗き込む。

 雑誌の表紙には『別冊アストナージグレート:MSギャルズアイランド』なるタイトルがデカデカと踊っていた。

 

 とくん。

 郷愁を誘う見出しに吸い寄せられるように、俺は指先を伸ばしていた。

 おそるおそるページをめくる。

 最初に瞳に飛び込んできたのは、どこか懐かしい匂いのする、コピック塗りの少女のイラストであった。

 

 トリコロールのアーマーとスカートの下からスラリと伸びる、健康的な美脚。

 明るい茶髪のクセッ毛の上に生えるV字のアンテナ。

 当時の流行を偲ばせる、ぷっくりとした頬につぶらな瞳。

 

 なんだろう?

 近年の洗練された萌え絵とは違う、しかし、それゆえに俺の心をざわめかせてならない、このイラストは?

 

「……彼女は」

 

「1987年、模型誌に掲載されていた黎明期のMS少女や」

 

「な、なんやてえェ―――ッッ!?」

 

 衝撃が脳髄を駆け抜け、思わず俺は、ミナミで詐欺られた小市民のように叫んでいた。

 何と言う事であろうか!

 

 ヤマダくんの正妻にして、俺達の永遠のアイドルであるナコルル嬢が生を受けたのが93年。

 伝説の美少女ファイター、春麗がデビューしたのですら、遡る事91年。

 あの麻宮アテナの御先祖さまが、現役バリバリで真っ赤なビキニを振り乱していた時代である。

 我々の大先輩たちが、薄汚れたゲーセンの片隅で「ワル様は、はいているのか、いないのか?」などと言う白熱した議論を交わしていたご時世に、当代のガノタたちは、このようなステージにまで到達していたと言うのか?

 

 震える指先で、貪るようにページを捲る。

 連邦、ジオン公国、エゥーゴ、ティターンズ、ネオジオン……。

 時にクールに、時にはキュートに、スタイリッシュに、大胆なディフォルメを加えたアーマーに身を包んだ、色とりどりの乙女たち。

 記事の内容は当時のコスプレ会場の盛況に始まり、武装○姫、ス○パン、艦○れ、と言った後世のアニメ文化に与えた影響について言及し、やがて既存の美少女フィギュアとのニコイチ製作テクや、現在最先端のプロの作品など多方面に及んで行く。

 メカ少女と言えばティセ・ロンブローゾしか馴染みのいない俺にとっては、まさしく未知の世界であった。

 

「どや? それで分かったやろ、おっさん」

 

 頭上から、サカイ少年のどこか憐れむような声が響いてくる。

 

「あのすーぱーふみなはな、決してワイ一人の独創やあらへん。

 どないにアーマーを着こなしたら萌えるか? モノアイはどうする?

 武装は? 髪型は? 口調は? 性格は?

 あのガンプラはな、偉大なる先人達が積み重ねて来た歴史の、ほんの上澄みを掬い取った成果に過ぎひんのや」

 

「し、知らなかった。

 よもや、こんな世界があろうとは……」

 

「プラフスキー粒子は、決して気紛れな神やない。

 プラスチックに宿る人の情念、機体を通して出る力をよう見よる。

 ガンプラを手段としか見とらんおっさんの機体が、その眼鏡に適うもんかいな?」

 

「…………」

 

 厳しい口調とは裏腹に、どこか穏やかなサカイ君の声。

 ぐうの音も出ない。

 あの魔改造こそ我が人生と言わんばかりのサカイくんが、こうまでも繊細に先人たちの築きしガンプラ道と向き合っていたなどと、俺は考えもしなかった。

 彼のガンプラに対する真摯な姿勢からみれば、俺の他愛も無い思いつきなど、正しく邪道。

 生きていちゃいけないクズの類の発想なのであろう。

 

「のう、お若いの。

 アンタ、なんだってそんな、ぎぃす、とか言う御仁にこだわるんや?」

 

 それまで事の成り行きを見守っていた珍庵和尚が、不意にぽん、と俺の肩を叩いた。

 

「ゲームだったら、過去に何本も出とるんやろ?

 彼に会いたくなったなら、また、いつでも電源を入れりゃあええ話やないか」

 

「……かつて、この国で、ゲームセンターが俺達ジャリガキの聖地だった時代がありました」

 

 暖かな人生の先輩の言葉に押されるように、自然、俺の口から、ぽつら、ぽつらと愚痴がこぼれ始めていた。

 

「くすんだ駄菓子屋の片隅で、MVSの狭い匤体に肩を並べて座り。

 半ドンの土曜には、ママチャリ飛ばして50円で遊べるゲーセンを目指す。

 そんな熱病に浮かされたような光景が、あの頃の日本にはそこかしこにありました」

 

「……ふむ」

 

「ギース・ハワードはその頃、俺が人生で初めて出会った『カッコイイ悪』でした。

 リュウのような高潔な求道者の拳が、邪悪なるサイコパワーの猛威を打ち破る。

 そんな何一つ疑いなき勧善懲悪の世界を、真っ向から叩き潰して見せた男です。

 

 Mr.BIG、ヴォルフガング・クラウザー、牙神幻十郎、八神庵、山崎竜二……。

 危険な魅力に満ちた役者作りに定評のあるSNKの中でも、一際まばゆい輝きを放つ巨星。

 少年時代の俺は、ギース・ハワードと言う事件の只中にいた。

 俺にとってのギースとは、あの熱狂の時代の象徴、そのものなんです」

 

「……それで、かいな」

 

「ガンプラに塗れた世界を自在に飛び回る、すーぱーふみなを見た時、これだ、と思いました。

 このやり方で……、ギース・ハワードをガンプラで再現する事が出来たなら。

 もう一度、時代の中心に立てる、あの頃の熱狂が帰ってくる、と。

 確かにサカイ君の言う通り、随分と独りよがりで浅ましい話です」

 

 懺悔を終えた広い室内に、しん、と静寂が戻る。

 珍庵老人に対し、俺はぺこりと一礼して、道場を後にすべく腰を上げ――。

 

「……なんや、エラいおもろい話やないか」

 

「えっ?」

 

 そんな、思いもよらぬ和尚の呟きを耳にして、返しかけた踵が止まった。

 

「のう、ミナトよ、ガンプラ作りのイロハくらい、ケチケチせんと教えたったらどうや?

 これはアレや、やってみる価値はありますぜ、ってやつやで」

 

「ちょっ!? し、師匠、アンタ、何を言うてはりますのや」

 

 飄々とした和尚の体に対し、サカイくんが思い切りうろたえ詰め寄る。

 そりゃあそうだ。

 これまでの流れを流影陣で跳ね返したかのような急展開、俺にだってワケが分からない。

 

「わしの魂胆は言うた通りよ。

 ミナト、そう言うお前さんの方こそどうなんや?」

 

「どうって……、い、一体、何の話や?」

 

「この男がギース・ハワードを作りたい言うた時、お前、ちょびっと考えたやろ?

 筋肉の材質はどうする? 背中の傷は? 袴の素材は?

 烈風拳は? 疾風拳は? レイジングストームはどうやって再現するんや?

 そない雑念に捕われとったせいで、お前、入ってくるタイミングを逃したんやな」

 

「んいっ? ん、んなアホな!?」

 

「隠さんでもエエ。

 面白そうなアイディアを耳にすれば、一も二もなく心が躍る。

 善も悪もありゃあせん。

 わしらガンプラビルダーっちゅうんは、そう言うサガを抱えた生物や」

 

「…………」

 

 とんとん拍子に進む二人のやり取りを、俺はただ呆然と見つめ続けていた。

 唐突な展開に思考が追い付かない。

 烈風拳?

 今、烈風拳と言ったのか、この老人は?

 

「いやあ、お客人。

 試すような真似をして、えろうスマンかった」

 

 こちらの視線に気が付いたのだろう。

 珍庵和尚は向き直ると、にい、とお茶目な笑いを浮かべた。

 

「ガンプラ心形流を続ける秘訣はの、日々の風景を愉しむ所にある。

 一心不乱に打ち込むだけじゃ、長くは続かん。

 ガンプラだけやのうて、色んな世界に目を向けてこその発見がある。

 お前さんがバイブルにしとる餓狼伝説も、実はわし、一通りプレイずみなんじゃ」

 

「なんと」

 

「ちなみにわしの持ちキャラは、無論、不知火舞ちゃんや。

 ブルー・マリー嬢もええのう」

 

「シャ、香緋だって良いキャラっすよ……」

 

 珍庵和尚の満面のドヤ顔ダブルピースを前に、俺はどう答えて良いのかも分からず、乾いた笑いをこぼした。

 偉大なる糖大人が、俺の中で一瞬にして山田十平衛に変わった。

 その場の白けた空気を察したのだろう。

 和尚は一つ咳払いをすると、再び真剣な面持ちで、サカイ君に対し向かい合った。

 

「のう、ミナトよ。

 ガンプラ心形流の極意とは、己の素直な気持ちを形にする事や。

 腹の底から沸き上がって来る情熱っちゅうもんに、清も濁もあろうもんかい?」

 

「師匠……、せ、せやかて」

 

「プラフスキー粒子はの、確かにガンプラをよう動かしよる。

 せやけどあの粒子に挑む資格を持つんは、何もわしら、ガンダムファンだけや無かろうて。

 動機はともかく、この男はお前の作ったガンプラを見染めて、遠路はるばる東京からここまでやって来よった。

 その事実だけでも、わしは嬉しい」

 

「…………」

 

 教育者としちゃあ、失格かもしれんがの

 そう一言付け加えて、珍庵和尚はカラカラと笑った。

 サカイくんはしばし俯き、和尚の言葉の意味を自分なりに咀嚼しているようであったが、その内に、きっ、と鋭い視線をこちらに向けた。

 

「フィールドを縦横無尽に蹂躙するギース、言うたの?

 おっさん、その言葉はちゃんと覚悟して吐いとるんか?」

 

「覚悟……?」

 

「世界中のガンプラファイターを敵に回す覚悟、ちゅう話や」

 

「そんな」

 

 大袈裟な。

 そう言おうとした口が、ふっ、と固まる。

 何が大袈裟なものか、サカイくんの指摘は正しい。

 

 世界中のガンダムファンたちが、めいめいに創意を加え、作品への深い愛を込めて作り上げた、ただ一つのガンプラたち。

 そいつを片っ端から蹴散らして、全国に雌伏したネオジオフリークたちの反逆の狼煙に、と言うのが、俺の行動がもたらす帰結である。

 何と言う悪逆である事か。

 世界中のガノタのヘイトが乗せられたかのような重たさに、ぶるり、両肩が震える。

 

 しかし、どうした事であろうか?

 同時に何か、どろりとした熱い物が、丹田を裂いて俺の胆の中に溢れ始めていた。

 

「――ギース・ハワードは悪の華だ」

 

 カッ、と全身が燃え上がり、瞬間、俺自身にも思いもよらぬ言葉が口を突いて飛び出していた。

 

「敵であり、ボスであり、絶対なる悪であるほどに輝きを増す男だ。

 世界中のガノタたちの怨嗟の炎が、彼の為の最高の舞台を整えてくれる。

 ……願ったり叶ったりだな」

 

「ハッ、言いよるやないか、素組み一つこなした事もないトーシロが!」

 

 サカイくんは短く吐き捨て、しかしすぐに、まんざらでも無さげにニヤリと笑った。

 

「おっさん、一つだけ言うとくで。

 ワイの指導は甘ァない。

 ちょいとでも音を上げようもんなら、即座に叩き出したるさかい覚悟しとけや」

 

「……おっさんじゃねえ」

 

 おもむろに差し出された右の手を、ぐっ、と力強く握り返す。

 

「俺はシゲル、ミナミマチ・シゲルだ。

 仲間内じゃあ『サウスタウンのシゲ』で通ってる」

 

「そうかい。

 ほんならシゲさん、見さしてもらうで。

 70億のプレッシャーを弾き返す、アンタなりのハワード愛っちゅうヤツをな!」

 

「オッケイッ!!」

 

 サカイくんはそう言って、まるで関西系のライバルキャラのように不敵に笑った。

 対する俺は良い言葉を思いつかず、咄嗟に宿敵、テリー・ボガードの決め台詞を叫んでいた。

 

「なんでやねん!」

 

「ヴァーッ!?」

 

 たちまち本場モンの鋭い突っ込みが、俺の胸元を勢い良く叩いた。

 

 こうして、俺とギース・ハワードの二度目の物語は、イマイチ決まりの悪いスタートを切った。

 

 

 

 

 

 



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第三話「I'm not BOY.」

 ズムッ

 

 無人の市街地に一瞬、閃光が走った。

 ビルディングか穿たれ、大地が僅かに鳴動する。

 

 おお、と観客席からどよめきがこぼれた。

 彼らも皆、一角のガンプラ愛好家である。

 ガンプラバトルにおける花形は、やはり白兵戦。

 真正面から向かい合っての高速戦闘にあるのだが、一方でこう言った遮蔽物の多い戦場での駆け引きも、中々に乙なものだと考える身巧者も多い。

 

 だが、それにしても今日の歓声は、やや熱い。

 無理からぬ話であろう。

 現在、このフィールドで闘っている『男』の素性を思えば……。

 

「フン、ビーム兵器、か」

 

 真っ赤に穿たれた熱線の爪痕を、袴姿の男が苛立たしげに見下ろす。

 ゆるりと顔を上げ火箭の出所を追うも、そこには何ら、機影は見当たらない。

 

「どうだビリー、今ので何か分かるか?」

 

『誰がビリーやボケぇ!?』

 

 無線口より、たちまち関西弁のビリー・カーンが捲し立てる。

 

『……とは言え、けったいな状況やな。

 射線上には狙撃できそうなポイントなんぞあらへんで。

 あるいは、無線誘導の類か……?』

 

「ファンネルにビット、か……、フフ、ガンダムだな」

 

 満足げに微笑を携え、およそガンダムらしからぬ大男が、ずしん、ずしんとビル街を闊歩する。

 例え魔界大帝サイズに身を貶そうとも、この男は生まれついての帝王であった。

 

 ――と。

 

『アカン! 上やッ、シゲさん』

「――!」

 

 視界の端で、不意に陽光が反射して煌めいた。

 警告とほぼ同時に男は跳んでいた。

 一拍遅れ、再び一条のビームが大地を焦がす。

 

「クリアファンネルやッ!

 他にも何機か、近くに張っとる」

 

「キュベレイパピヨンか……、黴の生えた手管を」

 

 ニヤリ、男の口端に笑みが張りつく。

 同時に後方から新たな火箭が一筋伸びて、男の背後を脅かし始める。

 

『しんどいわ、敵さんもようやりよる!

 こうも上から押さえ付けられちゃあ、烈風拳は届かへんで』

 

「うろたえるな。

 向うとて、こちらを視認できているワケでは無い。

 レーダー頼りの当てずっぽうの射撃など、そうそうに当たりはせん」

 

『アンタはもうチョイうろたえんかい!

 このままじゃ手も足も出えへん、ジリ貧やぞ!?』

 

「このまま行く。

 遮蔽物の無い所で勝負を仕掛ける」

 

 短く言い捨て、男が直ちに行動に移った。

 後方のファンネルを顧みもせず諸手を広げ、前傾をとって両足を踏み出す。

 20メートル級のモビルスーツの疾走に、路盤が砕け、ズン、ズン、ズン、と大地が揺れる。

 

「――ムッ」

 

 と、その時、不意に男の足が止まった。

 開けた視界の先に突如として現れた、球形の大型ガスタンク。

 それがグルリと、三機、四機、五機……。

 足元にはズラリと区画化された工場群が立ち並び、男の行く手を阻む。

 

「石油コンビナート……、誘い込まれたか」

 

『罠や! シゲさん。

 ちょいとでも引火すりゃあ、ここら一帯が丸ごとドカンや。

 早いトコ抜けな……』

 

「もう遅い」

 

 通信を切り、ゆっくりと男が上空を見渡す。

 先ほど同様、宙に漂う漏斗が陽光を反射し、そこかしこで煌めいては男の動きを牽制する。

 

「上空を取り囲んだ15機のクリアファンネル!

 一歩でも動かば大惨事は必定ですよ」

 

「ホゥ、ようやく脚本家のお出ましか」

 

 不敵に笑いを浮かべ、声のした方向を真っ直ぐに見据える。

 果たして視線の先に、ゆらりと陽炎が揺らめいて、一機のMSが影を成した。

 

「ごきげんよう、ミスター・ハワード。

 今大会のヘイトを一身に集める貴方を討つ機会が廻ってくるとは、光栄の極みですな」

 

「ヤクト・ドーガか……、悪趣味な」

 

 男の口元から笑みが消え、眉間に鋭い皺が寄る。

 ライトイエローのヤクト・ドーガは満足そうに、道化風に仕立てた半面を殊更に見せつけた。

 

王手(チェック)ですよ、ミスター。

 今なら機体を傷つける事無く、試合を終わらせる事も可能ですが……?」

 

「ク……」

 

 彼方からの勝利宣言に、男は俯き、しばし、その両肩を震わしていた……、が!

 

「……フ、ハーッハッハッハッハ!」

 

 不意に大笑が咲いた。

 対主からの降伏勧告を、男は文字通り一笑に臥した。

 ジャキリ、と、ヤクト・ドーガが油断なくライフルを構え直す。

 

「……屈辱に気でも狂ったか?」

 

「三流の脚本ではその程度が限界なのだろうな?

 私が貴様を誘い出すために見せ場を用意してやったのだとは、どうやら考えもつかんらしい」

 

「な……!」

 

「Come on yellow belly !!

 浅はかな鼠の知恵が何をもたらすか、身を以って試してみるが良い」

 

「負け惜しみを……!」

 

 サッ、とヤクト・ドーガが左手をかざす。

 合わせて男が動いた。

 天高く掲げられた両の掌に、鮮烈な蒼の炎が溢れだす。

 

「殺れッ! ファンネル!」

「レイジィン……、ストオオォオォォ―――ッム!!」

 

 双方の雄叫びが交錯する。

 刹那、地獄が噴き出した。

 

 滞空する15機のファンネルが一点目掛けて閃光を打ち放ち、同時に立ち昇った烈風の渦が、周囲目掛けて一斉に破壊の牙を剥いた。

 大地が鳴き、破滅の嵐が吹き荒れる。

 蒼の衝撃が、プラフスキーの閃光を喰らい、ファンネルを、タンクを、工場を、炸裂する爆風をも一呑みにして際限なく膨れ上がっていく。

 

「自爆だとッ!? おのれ、よくもこんな……!」 

 

 一声吠え、ヤクト・ドーガが飛び退いた。

 たちまち太陽の如き光球がモニターを灼き、轟音と衝撃が機体の表面をビリビリと叩く。

 

「カミカゼとは……、ハッ、日本をこよなく愛した男にとっては、似合いの最期じゃ――」

 

 ヤクト・ドーガの男の強がりは、最後まで続かなかった。

 風が吹いた。

 立ち込める砂埃の壁を切り裂いて、蒼の閃光が大地を疾った。

 咄嗟に機体を滑らし衝撃波をかろうじて避けながら、ヤクト・ドーガの男が叫ぶ。

 

「れ、烈風拳だとォ!? 馬鹿な……!」

 

「少しは風通しも良くなったようだな」

 

 あっ、と一斉に観客も叫んだ。

 立ち込める爆炎の中を、悠然と件の男がやってくる。

 はだけた道着の下から数多の古痕が露となるが、しかし、新しい傷は一つとして見当たらない。

 

「ギース・ハワード……。

 あの爆風の中、どうやって」

 

「飛び交う蠅をいちいち捻り潰すのも面倒なのでな!

 超必殺技(レイジングストーム)を見せてやったのだ、光栄に思え」

 

「おのれ、ギース!」

 

 短く呻いて、ヤクト・ドーガがライフルを抜いた。

 躊躇いもせずにギースは再び駆け、放たれた閃光を一足飛びに跳び越えた。

 

「バカめ! 狙い撃ちだ!」

 

 油断なくヤクト・ドーガが吐き捨て、ライフルの銃口が中空へと向けられる。

 瞬間、モノアイを通して、彼は見た。

 真っ直ぐに飛来するギースの左手から、再び蒼い炎のような闘気がたゆたうのを。

 

「シップゥケン!」

「しま――」

 

 閃光と閃光が、至近距離で炸裂する。

 モニターが白色に染まり、爆音と振動、ノイズが全ての情報を奪い去り、そして――。

 

「~~~~ッ」

 

 視界が晴れた、その瞬間にはギースはもう、鼻先も触れ合おうかと言う至近にあった。

 自信に満ちた絶対的強者の瞳。

 どくり、と心臓が鳴く。

 怒りか、恐怖か、兎にも角も激情のままに体が動いた。

 いや、動こうとした。

 瞬間、ふっ、と機体が宙に舞った。

 浮かされた? 紅毛ほどにも感じられぬ力のままに。

 回る視界、まずい、脱出、ブースター、遅い、真空投げ、何と言う、いや、違う。

 

「ハアァァァァ……」

 

 地の底より響くような、深い深い男の息吹き。

 ぞっ、と血の気が凍る。

 凄まじいばかりの殺気が溢れ、視線がすり抜け、そして、吹き荒れる。

 

「ラショウモォ―――ンッ!!」

 

 

 羅  生  門

 

 

 ブッピガン!

 

 灼けつくような双の掌打が水月に叩きこまれた。

 ヤクト・ドーガのボディがくの字に折れ曲がり、ベクトルが水平方向に変わる。

 装甲が捻じれ、軋んで熱して哭き叫び、逆しまの眼前に猛烈な勢いでビルディングが迫る。

 ドワッ、とばかりに粉塵が舞い上がり、逆さ磔となった機体は、崩れ落ちるコンクリートの墓標の中へと沈んだ。

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 試合終了のアナウンスと同時に、悲鳴交じりの歓声が、わっ、と会場を包み込んだ。

 一回戦の時は、ワケも分からず水を打ったように静まり返っていた人々である。

 今は、はっきりと理解している。

 勝ち名乗りを受けるスーツ姿の金髪が、敵であると、侵略者であると。

 

「……お前は、負ける」

 

「…………」

 

 テーブルの向こうから響いてきた呪詛のような声に、男の皮手袋がピクン、と止まる。

 

「かつてのレナート兄弟や、ニルス・ニールセンと同じ。

 原作への敬意が、機体への愛が無い。

 どれほどに技量が凄かろうとも、本物を前にしたなら、いずれ……」 

 

「愛などと……、おとなしく棚の上ででも愛でておれば良いものを」

 

「くっ」

 

「貴様と語る言葉など何も無い。

 勝者は常に、勝者しか相手にせぬものだ」

 

 震える対主を一顧だにもせず、男が悠然と背を向ける。

 相も変わらずも変わらず傲岸不遜な物言いに、観衆は尚一層の罵声を強め……。

 

「ら……、羅生門! あの投げを使えるのはこの世にただ一人」

「やはり生きておられたのか!」

「復活だ、サウスタウンの帝王が、ここ大阪に……!」

 

 ……いや、必ずしもそうとは限らない。

 会場の片隅を埋めた、黒服姿にグラサンやバンダナの厳つい男たち。

 望外の挑戦者は、わずか数戦の内に異色のサポーターを手にしていた。

 絶叫と小芝居が渾然一体となり、ガンプラバトルの世界に混沌(カオス)な空間を醸し出す。

 

 

 

「やれやれ、とんだハネっ返りが現れたものね。

 もっとも、新人(ヤングボーイ)と言うには、ややトウが立つようだけれど」

 

 ゴンドラ席の一角より会場を見下ろしながら、ブロンドの女がサングラス越しに一人呟く。

 レディー・カワグチ。

 当代のガンプラ界において、女流の頂点と言って差し支えないSクラスの女である。

 

「ミナミマチ・シゲル、32歳。

 元は北関東近辺のゲームセンターで名前の知られたゲーマー、だそうだ。

 MVS系列の対戦格闘ゲームに定評があり、ついた通り名が『サウスタウンのシゲ』」

 

「へえ、メイジンはそこまで調べ上げていたのね?

 それにしても、ガンプラバトルを始めるのに、年齢は関係ないとは言うけれど……。

 彼の場合、厄介なのは肩書きよりも、キャラクターに対する異常なまでのこだわりかしら?」

 

 レディーの言葉に頷いて、メイジンと呼ばれた後背のサングラスが、逆立てた髪を撫で上げる。

 

「機体への愛着、システムの理解と創意、バトルの実力、全て認めよう。

 彼のような存在は、メタゲームに終始するあまり、機体へのこだわりを忘れてしまっていたファイター達すべてに対する、痛烈なアンチテーゼでもある。

 生粋のガンダムファンだらけの会場に、単身乗り込んでくる胆力も只事ではない」

 

「あら、えらく肩を持つじゃない?」

 

「その上で敢えて言おう……、 気 に 入 ら ん !!」

 

 ドゴン!

 痛烈な台パンが炸裂し、ビリビリと室内の空気が震える。

 レディーはサングラスの下で眉を潜め、呆れたように三代目メイジン・カワグチを見つめ直した。

 

「まさか……、自分の手で制裁するつもりじゃないでしょうね?」

 

「大尉には、また大人気ないと叱られてしまうかな?

 だが挑戦権は未だ、彼ら選手達の方にある。

 この大会が終わるまでは、大人しくしているとするさ」

 

 そう言葉を切って、上空のオーロラビジョンを見つめる。

 新人達によるエキシビジョン・トーナメントも、残すは準決勝・決勝のみとなっていた。

 

「その言葉を聞いて安心したわ。

 このカードなら残念ながら、貴方の出番は残されていないでしょうね」

 

「……それも、どうだろうな?

 あの珍庵和尚の秘蔵っ子となれば、切り札の一つも用意していておかしくは無い筈だが」

 

「チンアン? 一体、何の話?」

 

 レディーの問い掛けに対し、メイジン・カワグチが無言で顎をしゃくる。

 見下ろす視線の先では、丁度、試合を終えた男が、会場の出入り口に差し掛かった所であった。

 その話題の主の傍らで、黄色のパーカーの少年が、何やら言葉を交わしている。

 ハッ、とレディーの瞳に驚きの色が宿る。

 

「ガンプラ心形流、サカイ・ミナト……!

 そう、そう言う事なの……」

 

 

「ぶっはぁあぁぁぁ~~~~~っ!!」

 

 会場から外れたトイレに駆け込んで、そこで俺は肺腑に満ちたヘイトを一息に吐き出した。

 はあ、はあ、と呼吸を整え、ようやっと顔を上げる。

 正面の鏡には、今朝がたよりも大分憔悴したエセ米国人の顔があった。

 今はかろうじて若ギース様のコスプレで通している俺ではあるが、この分では大会の終わる頃には、袴姿の似合う風体に成り変わっているかもしれない。

 

「よお、エラい活躍やったの、ギース様」

 

 後から入って来たサカイくんが、あっけらかんとした口調で声をかけてくる。

 会場の騒乱を気にも留めない大阪モンのお気楽さが、今は心底うらやましい。

 

「――少し、やり過ぎだったろうか?」

 

「うん? あんなモンちゃうの?

 どうせB設定の非公式大会やで?

 あないなダメージ、小一時間もありゃあ治せるわ」

 

「そりゃあ、そうだろうけど……」

 

「……なんや、おっさん。

 アンタ、まだ未練があるんやないやろな?」

 

「うっ」

 

 鋭い。

 ガンダムシリーズ特有のプレッシャーを直に受け、思わず一歩後ずさる。

 

「なるほどのう。

 SNKチューンを施したご自慢のガンプラを手に、ガンダムファンと和気あいあいの文化交流。

 さぞかし楽しい一時になるやろな」

 

「うう……」

 

「アホか! そない甘っちょろいギースが何処におる!?

 こん大会で注目集めて、ギース・ハワードの偉大さを、世界中に再認識させるんちゃうんか!

 そのコスプレは何のためや!?」

 

「あわわ、わ、分かっているさ、そんな事」

 

 サカイくんの剣幕に対し、あわてて頷く。

 そう、この衣装はもちろん、単なる俺のコスプレ趣味と言う訳では無い。

 会場を埋め尽くすビルダーたちの重圧の中、最後まで『ギース・ハワード』の戦いを全う出来るようにと、師匠がくれた餞別である。

 事実、今の俺は「ギース・ハワードを演じている」と言う意識に寄り添う事で、かろうじてここまでの死闘を続けてこられたのだ。

 言うまでも無く、首から上もヅラにカラコン。

 ミナミマチ・シゲルは、日本人の父と日本人の母を組み合わせた、まったくありきたりの日本人である。

 

 なお、余談ではあるが、ギース様の台詞は全て、俺の一か月のボイトレによる成果である。

 若ギースなのにコングとはこれ如何にと言った感じではあるが、本物を使うワケにもいかない。

 諸兄にはNEOWAVE仕様と言う事で納得して頂きたい。

 

「……しかし、今大会の運営委員会は、本当に寛容なんだな。

 一回戦終了後の静寂を見た時には、いつ出禁にされるかと内心ハラハラしたモンだが」

 

「最初っから言うとったやろ。

 こん大会は選手権本戦と違うてユルユルやから、実名さえ出さな大丈夫やって」

 

「そんな大会の審査に落ちるとは、本当に凄い機体だな。

 すーぱーふみなDX」

 

「褒めとんのかケンカ売っとんのかどっちや!?」

 

 打てば響く本場モンのリアクションを前に、ようやく俺の体から固さが抜けていく。

 事実、今大会の存在は、俺にとっても一種の僥倖であった。

 

『サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル』

 

 七年前、新プラフスキー粒子生成を祝して、有志を募って企画されたと言う()公式大会である。

 参加条件はガンプラバトル選手権本戦・オープントーナメントに参加した事が無いと言う、狭義の意味での『素人(アマチュア)』である事のみとなっている。

 

 バトル自体は1対1のトーナメント形式ながら、チームでの参加も可能で、試合前に選手を交代できるというのも、真剣勝負よりもお祭り騒ぎに重点を置いた本大会ならではの特色なのだろう。

 もっとも前述の通り、我が『覇我亜怒コネクション』は、控え選手を務める筈のサカイくんが書類審査で落とされてしまったため、事実上、ギースさま一人で勝ち進まねばならないのだが。

 いやあ、本当にイロんな意味で凄い機体だったんだけどね、すーぱーふみなDX。

 読者諸兄にお見せできないのが極めて残念である。

 

 ともあれ、サカイくんの情報によれば、本大会はガンプラバトル選手権、地方予選を目前に控えた調整機関中のイベントと言う事情もあり、単に勝ち進むよりも、とりあえず目立つ事に主眼を置いた参加者も多いと言う。

 特に第3回大会においては、ジロウ・ド・マンジュ選手の製作したWM風MS『ブルーゲイル』が、並みいる強豪を抑えて見事に優勝を果たしており、その後、特別審査員として招かれていた、タイのルワン・ダラーラ氏とタッグを組んで、メガサイズのジムに立ち向かう映像が各方面に大ウケした事から、本大会の路線が決定づけられたと言われている。

 実際、前試合のヤクト・ドーガの人なども台詞廻しがノリノリで、俺も内心では若干引いた。

 

「とにかく、残りはあと二戦やで!

 大会の注目度もええ感じで上がっとる。

 自分を応援してくれるファンのためにも、気張っていかなあかんで」

 

「ファン?」

 

「さっき会場にいたやろ?

 ハワード・コネクションじみた、けったいな連中が。

 いちガンダムファンとしちゃあ、複雑な心境やけどな」

 

「ああ……」

 

 先ほどの会場の様子を思い出しながら、俺は小さく頷いた。 

 思えば、我ながら随分と遠くに来たものだと思う。

 残り、二戦。

 どこまで戦い抜けるものか?

 もしも決勝の舞台に立てたならば、その最高潮(クライマックス)で、俺は、俺の作ったギース・ハワードは、何処まで辿り着けるのだろうか?

 彼方から響く歓声に耳を傾けながら、俺は、このガンプラ『ナイトメア』を作り始めたばかりの頃を思い出していた。

 

 

 ガンプラ心形流道場の門を叩いてから、一月が経過していた。

 

 その間、ガンプラの素組みから塗装、初歩的な造形術について手ほどきを受けていた俺は、ギース・ハワードの本格製作に入るべく、実家の荷物をまとめ直して、再び大阪の地を踏んだ。

 

「たのもーう!」

 

「おう、来たんか、シゲさん!

 早速やが、ここ一か月の修行の成果を、この兄弟子に見せてもらおうやないか」

 

「押忍! 宜しくお願いします」

 

 早速ノリノリで先輩風を吹かしてきたサカイくんに対し、俺はギースと対峙したビリー・カーンのように謙虚に応じた。 

 広い道場に男二人、作りかけのギース・ハワード(仮)を挟んで向かい合う。

 

「……ほう、ドムにギャンのニコイチ、と来たか。

 まるでツィマッドの魂が形になったかのような機体やな」

 

「いずれはSNKの魂が形になったような機体にしたいんだけどな」

 

 サカイくんの呟きに力無く笑う。

 事実、彼の目の前に置かれたのは、ギャンの上半身にドムの下半身を有した機体であった。

 未だ整形は荒削りで、大雑把にパテを持っただけの外観ではあるが、それでも機体の方向性は分かるであろう。

 

「成程のう、上半身の細身の裸体に対して、袴の太さを切り出した下半身。

 既存の機体のミキシングビルドから、少しずつ整形を重ねて行って、プラフスキー粒子を通そうっちゅう腹づもりかいな?」

 

「ああ。

 腹案としては、市販の『HGすーぱーふみな』の上から、ムキムキとパテを盛って行くと言う苦肉の策も考えているんだが……」

 

「やめんかいドアホッ!?

 わいの大事なフミナちゃんを、そないな事に使われて堪るかい!!」

 

「俺だって嫌だ。

 中の人が女の子なのは、デミトリ戦だけで十分だ」

 

「ったく、冗談はさておくとして、下がドムじゃあ、ギースにしては重うないか?

 手間はかかるが、多彩な足技を再現する意味でも、袴は布地で製作した方がええんやないの?」

 

「それに関しては、一つ試したい事があって。

 とりあえず、上体の方も見てくれないか」

 

 俺の言葉にサカイくんは一つ頷き、ギース(仮)を改めて覗きこんだ。

 

「まあ、ギャンの上半身や言うても、細さと丸みで選んだだけやろうし。

 やっぱり筋肉を盛って行ったら、素体の個性は無くなるわな」

 

「ああ、とは言え顔の造形はまだ、ほとんど手つかずなんだけどね」

 

「……に、しても、これ、ちょっと背筋盛り過ぎちゃうん?

 アキヒロやあるまいし」

 

「うん、実はそれ、肩甲骨の部分にブースターを仕込んであるんだ」

 

「なんやて!?

 あっ、ホンマや、地味にノズルがついとる!」

 

 俺からの思いもよらぬ告白に、サカイくんは驚き、呆れ、ついでプリプリと怒り始めた。

 

「おう、おっさん、いきなりおかしな改造すんなや!

 なんだってギース・ハワードにジェット噴射が必要なんや?

 戦場はスカイステージやあらへんのやで」

 

「その抗議は、実際に動いている所を見てからしてほしいもんですな、サカイ先輩」

 

「ほ~う、中々の自信やないか?

 よっしゃ! そんなら一丁、ここいらで試運転と行こうかい」

 

 言うが早いかサカイくんが腰を上げ、GPベースへと俺を誘う。

 何とも言えぬ微妙な緊張感の中、俺はシャドウギース(仮)をベースの上へとセットした。

 

「取り敢えずはC設定でいくで。

 練習相手はハイモックにしとくから、まずは好きにぶつかってみい」

 

 サカイくんが手慣れた手つきでコンソールをいじくる。

 たちまちフィールドに駆動音が響き渡り、プラフスキーの光が機体を透過する。

 ゴクリ、と一瞬、固唾を呑むも、無事に儀式は終わり、ギースのモノアイに力強い輝きが灯る。

 

「……フ、フフ、フハハハハハ! You reprocess to me!」 

 

「あ、練習やからそう言うのは要らんで」

 

「…………」

 

 気を取り直して、俺はコントロールスフィアを握り直した。

 たちまちギースの体が加速し、プラフスキーに彩られた広大な平原へと飛び出した。

 

 ほう、と一つ溜息をついて、プラスチックの両手を見つめる。

(仮)とは言え、ギース・ハワードの目線で己が肉体を動かす感覚に、ぶるり、と背筋が震える。

 わきわきと、まずは両の指先を動かし、継いでイメージ上のギース様の動きを演じてみる。

 だらりと、無形に備えた基本の姿勢。

 垂直ジャンプ、しゃがみ、ガード、そして片手の肘、手首を連動させての挑発――。

 

「フッ、カモ~ン」

 

「いや、カモーンやないで、お前が来んかい」

 

「……うす」

 

 サカイくんのツッコミを受けて、おとなしく機体を動かす。

 一歩一歩、緩やかな前進から、徐々にスピードを上げ、両手を広げて前傾を取る。

 ズン、ズン、ズン、と踏み出す毎に大地が揺れる。

 

「うん、やっぱりドムの下半身じゃ、ギースより動きが鈍いわな」

 

「まあ、そこは今後の課題として、そろそろ例のブースターを試すさ」

 

 言いながら、俺は右手のスフィアをまさぐり、モードを切り替える。

 重MSドムの基本走行、ホバー移動へ。

 ぐん、とたちまち挙動が変わり、上体を必死に上下させていたギースが水平移動に移る。

 慌てて体勢を立て直し、開いたスタンスで半身を取る。

 左肩を旧ザクのように突き出し、両の掌は気を練るかのように右脇腹の横で重ねる。

 

「お、おお、結構速い……!

 つーかなんや? 違和感があらへん、妙にしっくり来とるで!?」

 

「フフ……、この体勢を見てもまだ気が付かんか?」

 

「ハッ!? そ、そうか、もしかしてこの動き、邪影拳かい?」

 

「フハハ! そうだァ、邪影拳だァ!

 ギース様がアンディの斬影拳を元に独自のアレンジを加えて編み出すも、肝心の技名を聞き間違えていたため、中二ネームになってしまったと言うエピソードで有名な、あの邪影拳だッ!」

 

「そ、そないな黒歴史があったんかい……」

 

 サカイくんが驚きとも呆れともつかない溜息を洩らす。

 その間にも練習用ハイモックとの距離はみるみる縮まる。

 

 ブッピガン!

 

 一切スピードを緩める事無く、勢いの乗った体当たりを思い切り浴びせる。

 更に一歩踏み込んで、追撃の左掌底をきっちりと叩き込む。

 

 このなんちゃって邪影拳ダッシュ。

 これこそが対ガンプラバトル用に考えた秘策の一つである。

 ガンプラバトル用のフィールドは広い。

 元々機動力よりも立ち回りを武器とするギースでは、遠距離からの高速戦闘を仕掛けられたならば手も足も出ない。

 そこで、邪影拳やライン移動攻撃っぽいホバー走行を取り入れる事により、違和感を極力相殺しながら機動力を底上げしようと言うのが俺の狙いであった。

 

「ハアァアァァァ……」

 

 なんちゃって古武術よろしく息吹を吐き出し、よろめくハイモックを追って畳みかける。

 左ジャブ、小足、肘、膝、ローキック、掌底、双掌打。

 重く、疾く、かつ丁寧に。

 イメージの中にある「カッコイイギースさま」の姿を重ね合わせながら、一撃一撃、確かめるように拳を繰り出す。

 距離の開いた相手の胸元目掛け、腰を捻じりながらグルリと右脚を廻す。

 大技、雷光回し蹴り。

 しかし、さすがにドム足でこれは無理があったか、たちまちギース(仮)がバランスを崩す。

 

「っとと!

 やっぱりボディバランスについては、もう一叩きが必要か」

 

「……いや、正直驚いたで、シゲさん。

 ワイの目にも、在りし日のギースの姿がはっきりと見えたわ。

 その年までいじましくトレーニングを重ねて来た執念は、伊達や無いっちゅう事か」

 

「いや、まだだ、本物のギース様はこんなもんじゃない」

 

 珍しくもサカイくんの絶賛を、しかし俺は、頭を振るって否定する。

 これは決して謙遜では無い。

 敵は皆、海千山千のガンプラファイターたち。

 採れる戦法が極端に限られるギース・ハワードにとって、有るか無いかの格闘戦のチャンスを確実に決めるのは必須事項である。

 目押し連携、コンビネーションアーツ、スタイリッシュアーツ、どこでもキャンセル、そして目指すはその先、ギース・ハワードの……。

 

「しかし、今はまずは、これを見せよう!」

 

 一声叫び、力強くスフィアを握り直す。

 連動するギース・ハワードの右腕が高らかと上がる。

 

「烈風拳!」

 

 ぶおん!

 

 俺の魂の雄叫びと共に、褌身の右腕が振り下ろされ、そして、ダイナミックに空を切った。

 

「……ん、あ、あれ?」

 

 思わず熱が冷める。

 見間違いか? 不発? いや、バカな?

 あれだ、きっと調子が悪かったに違いない。

 次だ、次、大丈夫大丈夫。

 

「レップゥケンッ!!」

 

 深呼吸して、ヤクザの事務所に乗り込まんばかりのコング風に力強く叫んだ。

 ぶおん!!

 先ほどにも増して力強い左のアッパースイングが、思い切り空振りした。

 

「うん、シゲさん、どないしたんや?」

 

「レップウケーン、レップウケーン、ダーボウレップーケーン」

 

 サカイくんの問いかけを無視して、俺は必死で叫んだ。

 如何にも日本語が流暢な生瀬風に伸びやかに叫んだ。

 

 ぶおん。

 ぶおん。

 ぶおんぶおん。

 

 棒立ちのハイモックの眼前で、ギース(仮)が健康体操よろしく右に左にスイングした。

 

「そ、そんな、バカな」

 

 がくり。

 OTL

 俺の失望を肌で感じ取ったのか、フィールド上の(仮)が、力無くその場に崩れ落ちる。

 

「烈風拳が、飛ばない、だと……?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話「ハリケーンアッパーのジョーかっ!!」

 大南流合気柔術の使い手、周防辰巳曰く。

 

「気で圧倒された相手と戦うのが最も容易い。

 それは風上に立って相手を攻撃するにも等しい」

 

 練り上げた気を、烈風のように疾風のように浴びせたならば、いずれ対手の気力を削ぎ、拳を交えずして勝利を収める事が出来る。

 戦わずして勝つ。

 一流を極めた達人たちが理想と目指す、武の究極である。

 

 しかし、若き日の天才、ギース・ハワードの解釈は少し違う。

 殺す者、服従させる者を己が意志で選びとれるのが、生まれついての支配者。

 烈風拳とは、立ちはだかる者を屈伏させ、その魂まで蹂躙せしめる、帝王の拳なのである。

 

「レップウケーン!!」

 

 そんな、天獅子風ギース・ハワード講座に想いを馳せつつ、俺は叫んだ。

 たちまちプラスチックの肉体が連動し、天高く右手が吊り上がる。

 

 ぶおん。

 

 そして、虚しく空を切る。

 飛び道具なんて、出るワケない。

 すばらしい悪夢だ。

 否、スバラシイ悪夢だァアォァァァ――――――――ッッ!!

 うっかり幻十郎に引っ張られてしまった天サム破沙羅の断末魔が脳内に響き渡る。

 これではまるでサイキョー流道場、ギース・ハワード(笑)である。

 

「な……、なぜだ? なぜ烈風拳が出ない?」

 

「いや、そりゃあ出るワケないやろ?」

 

 呆然とする俺を尻目に、呆れたようにサカイくんが言った。

 

「そもそも飛び道具なんぞ出せるように機体を作っとらんやん。

 叫ぶだけで必殺技がでるならジャリガキ最強やわ」

 

「そ、そう、なのか……?」

 

「しゃあない、ちょいとばかし座学と行こうかい?」

 

 そう断って、サカイくんがシステムの強制終了にかかる。

 徐々に冷めて行く熱気と共に、俺は諦観の吐息を吐き出した。

 

 

 十分後。

 

 道場を離れた俺たちは、ちゃぶ台を囲んでTVモニターと向かい合っていた。

 見つめる液晶の中では、切り立った荒野に並び立つ、二機のガンダムを映し出していた。

 

「第7回ガンプラバトル選手権、最終予選。

 対戦カードはイオリ・セイ&レイジ組 対 リカルド・フェリーニ。

 大会のハイライトにも使われた名シーンやな」

 

 手短に説明を済ませながら、サカイくんがコマ送りをかける。

 やがて、拳を両脇に備えたストライクベースの機体から、淡い輝きが徐々に零れ始めた。

 

「何だ? 骨格が光っているのか……?」

 

「イオリ選手が『RGシステム』と呼んでいた、スタービルドストライクの奥の手や。

 クリアパーツに蓄えたプラフスキー粒子を、独自のフレームに伝搬・浸透させ、素体の強度を底上げしとるんや」

 

 サカイくんの言葉を裏付けるように、両機が動いた。

 否、躍動した、と表現した方が正しいかもしれない。

 プラモデルの枠組みを超え、両雄が真っ向からぶつかり合っていた。

 喰らいついて行く。

 ベテラン、リカルド・フェリーニの人機一体の動きに対し、新人のアイディアと天性の素質が。

 

「この粒子変容っちゅうんは、えらい応用が効く発想でな。

 一時的な機体強化だけに留まらへん。

 仮に粒子をフレームの末端に集中させて、相手目掛けて叩き付けたならば」

 

「……ビルド、ナックル」

 

 俺の推論に、サカイくんがコクリと頷く。

 かつてイオリ・セイ、レイジのコンビが、ガンプラバトルの頂点を掴んだ伝説の拳。

 当時ガンダムに興味を持っていなかった俺ですら、さすがにその名前だけは知っていた。

 

「この第7回大会言うんは、ガンプラバトルの一つの転換点やったと言われとる。

 基本性能と火力を活かした大型MAの全盛期から、粒子特性の付与による独自戦術の構築へ。

 根本の粒子貯蔵能力と、粒子変容技術による応用力が、その後のバトルの胆になるワケや」

 

「粒子変容技術……、もしも、そいつを突き詰めて行ったなら?」

 

「プラフスキー粒子を格ゲー風に飛ばすのも夢やない。

 ……と言うか実際、こないだの選手権で使っとった奴いたで、パワーウェイブもどき」

 

「え、マジで……?」

 

「大マジや。

 ちょっとは格ゲー以外のニュースにも目を向けなアカンでホンマ」

 

 むむむ。

 ガンプラ界を取り巻く潮流の速さに、知らず喉の奥から呻きが零れる。

 既存のガンプラをガワだけいじってギース様に近付けようなどと言うのは、あまりにも安直なプランであったと今更に気付かされる。

 烈風拳を、疾風拳を、レイジングストームを使うためには、粒子変容技術の体得は必至。

 このままでは文字通り、仏像作って魂を入れず、獅子像作って獅子王を入れず、と言う事か。

 んん~、ダイナマーイ!

 

「――けどな、シゲさん。

 特にシゲさんの目指す、烈風拳を打てるギース・ハワードっちゅうのは茨の道やで」

 

「えっ?」

 

 失意の俺にダウン追い打ちするように、サカイくんが執拗に追撃を浴びせる。

 またもギースさま差別、なのか?

 プラフスキー粒子は、なぜこうまでも、ギース・ハワードに試練を与え給うのか?

 

「さっき話した通り、烈風拳をバルカン並みに気軽に振るには、粒子貯蔵能力の底上げは必須や。

 シゲさんやったら、どないにギースをいじる?」

 

「それは、ビルドストライクのように、大本のフレームを製作して、そして……」

 

 クリアーパーツを……、そう言いかけた所で、俺は己の迂闊さに気付いた。

 生身のギース様にクリアーパーツだと? クリスタルボーイかよ!

 

「……例えば、その、完成した機体の内部に、クリアーパーツを流し込んで」

 

「機体重量、エライ事になりそうやな。

 だいたいそんなんじゃ、フレーム間の粒子伝搬がうまい事いかんやろ」

 

「……それじゃあいっそ、全身をスケルトンにして、ナイトメア・ギース的な」

 

「素の機体強度が滅茶苦茶やん、下手に殴ったら自分が壊れるわ」

 

「……外付けで、篭手みたいな形状の、ビームを飛ばせる武器を作る、とか」

 

「どこのナインハルト・ズィーガーや! それは」

 

「くうっ!」

 

 俺は泣いた。

 何と言う事であろうか。

 ようやく動き出した筈のギース・ハワード復活計画が、第一歩で暗礁に乗り上げようとは。

 

「……あのなあ、シゲさん。

 こんな事を聞くのもアレなんやけど、烈風拳って、そない必要な技なん?」

 

「えっ?」

 

「ほれ、確かKOFのナンボかにおったやん。

 烈風拳の飛ばないギース。

 あんな感じで、それっぽい手刀を再現すればエエんちゃうの?」

 

「あ…? あ…?」

 

 どくり、と心臓が唸る。

 サカイくんの言葉が、俺の禁断の扉をゆっくりと押し開いて行く……。

 

 

 

 ――時は1996年。

 

 蝉の声が印象深い、暑い夏の日の事だった。

 俺は財布を握り締め、一路、市内の大型ゲームセンターを目指していた。

 夏の風物詩、『キング・オブ・ファイターズ96’』のリリースである。

 

 前情報での最大の目玉は、ギース、クラウザー、Mr.BIGと言う錚々たる顔ぶれで結成されたボスチーム。

「お前この間死んだばかりだろうが!」などと突っ込んでみたものの、内心やはり嬉しかった。

 八神庵の血の目覚めを契機に、暗黒街の顔役達を抱き込み、オロチの力の秘密へと踏み込んでいく、我らがギース・ハワード。

 こうまで丁寧にお膳立てされては、否が応にも期待は高まり、前年度のビリーの悲劇すらも容易く水に流してしまう現金な俺であった。

 

 だが、一躍SNKの看板タイトルとなったKOFも、シリーズ3作目。

 旧来のマンネリを打破し格闘ゲームの新境地を切り開くべく、大きな変革の時代を迎えていた。

 ヌルイ対空を撃墜する各種軌道のジャンプ。

 機敏な動きで間合いを詰める前ダッシュ。

 牽制をかいくぐりながら攻勢に移る前転。

 よりクールに、よりスピーディーに、よりアグレッシヴな攻めのゲームへ。 

 

 ……しかし、急速な改革には、必ずどこかに無理が付き纏う。

 時代の狭間に歪みを生み出し、憐れな犠牲者を生む。

 その歪みの中心こそが、そう、我らが総帥、ギース・ハワードである。

 

 飛ばない烈風拳。

 藤堂の小娘相手に性能負けしてる当て身。

 ロマン以外の全てを捨てたレイジングストーム。

 

 地上での立ち回りを封殺された彼は、妙に判定の強い疾風拳と多段ヒットする強パンチを軸に、悪名高いバッタ戦法を強いられる所となった。

 強いとか弱いとか以前に、我々の知らない、やたらせわしない総帥の姿がそこにあった……。

 

 

 

「ンドゥオッッゴルルァラアァァ!! 」

 

 

 

 俺は吠えた!

 怒り爆発、怒号層圏であった。

 

「フザけるなッ! あんなものが烈風拳であるものか!?

 いや! 違う! 違うなッ!!

 烈風拳はもっとバアァァァって動くもんなッ!!」

 

「うわっ!? な、なんや突然!?」

 

「つーかカイザーウェーブは普通に飛んでんじゃん!?

 なんだよこの陰湿なイジメはッ ギース様が何をしたって言うんだよ!」

 

「分かったから落ち着かんかい!

 クラウザーさんだってアレはアレで色々おかしかったで!」

 

「んんんんんー 許るさーん!!

 私のトラウマを掘り起こしおって!!

 謝れ! 右京さんに謝れ!!」

 

「なんでや!? 右京さん関係ないやろ!?」

 

「はぁ、はぁ……、ぐるじぉ……」

 

 ひとしきり罵詈雑言を並べ立てた所で、ようやく俺の怒ゲージが消滅した。

 KOFスタッフだって、後年ちゃんと裏キャラを用意してくれたのだ。

 今さら過ぎた事を言ってもしょうがあるまい。

 そんな事より、今は一刻も早く(仮)の改修プランを考えなければ、本当にバッタ戦法だけで歴戦のビルダー達と戦争する羽目になりかねない。

 

 

「――やあ。

 なんやギース様が怒り狂っとるわー思ったら、ミーティング中やったんか」

 

 

「「えっ?」」

 

 不意に廊下から聞こえた声に、思わず二人して振り返る。

 視線の先に居たのは、ひょろりとした細身の青年だった。

 自分たちと同じ黒色の作務依に、短く後ろで束ねた柔らかな黒髪。

 右手には年季の入ったお釜帽子を遊ばせている。

 その愛嬌ある糸目は、初対面にも関わらず、どこか俺の記憶に引っかかる物を感じさせた。

 

「マオさん! いつこっちに戻られたんで?」

 

「ふふ、つい今しがたや。

 えらいおもろい新入りが入ったって師匠が言うもんやから、一度挨拶しとこうか思うてね」

 

「あ……」

 

 二人のやりとりに、はっ、と記憶の糸が繋がる。

 ガンプラ心形流において『マオさん』と呼ばれる人間は一人しかいない。

 

「おう、シゲさん紹介するで、この人はワイらの大先輩で……」

 

「ヤサカ・マオ言います。

 噂はかねがね師匠から聞いてますで、『サウスタウンのシゲ』はん」

 

「あ……、よ、よろしくおねがいします!」

 

「いややわ~、そんな固くならんでええですよ。

 年齢かてシゲルはんの方が、ずっと上なんですから」

 

 そう言ってマオさんは愛嬌のある笑みを見せたが、対する俺はギース様を前にしたビリーの如く恐縮せざるを得ない。

 俺の目の前にいるのは、幼少の頃より天才、神童の名を欲しいままにし、イオリ・セイら時代の申し子たちと数多の名シーンを築いてきた、日本のトッププロである。

 

「しっかし、なんやエライ剣幕やったけど、察するに悩みのタネは烈風拳ですやろ?」

 

「あっ」

 

 そんなガンプラ界のニコラ・ザザは、流石の洞察力で、ギース再生計画の穴を指摘してきた。

 意を正し、俺は改めて若い兄弟子と向かい合った。

 

「教えて下さい、マオさん。

 ゲームのように、自在に烈風拳を打ち出すのは不可能なんでしょうか?」

 

「ん~……」

 

 俺の問いに対し、マオさんは言葉を選ぶように、ぽつら、ぽつらと口を紡いだ。

 

「現状の技術論では、効率が悪過ぎて現実的では無い、くらいに言うときましょうか?

 機体の活動限界に直結するプラフスキー粒子を、牽制合戦で消耗するのは得策やあらへん。

 射撃の必要があるなら、別途、外付けで武器を持たせる。

 これは、格ゲー全盛期に製作されたGガンダムですら変わらない、シリーズの鉄則や」

 

「はい……」

 

 マオさんの言葉に力無く頷く。

 

 石破天驚拳、豪熱マシンガンパンチ、ガイアクラッシャー。

 確かにGガンに登場するオーラ力の多くは、覇王翔吼拳的な超必殺技。

 ここ一番で相手を必倒するための大技がほとんどであった。

 あんな常識外れの連中ですら、射撃戦では重火器の使用を解禁し、拳銃なりビットなりクナイなりバアァルカン! なりを用意して戦いに臨んでいたのだ。

 

 中斬りキャンセル水月刀、などと言う2D格ゲー独自の常識は通用しない。

 思わず一つ呻いた俺に対し、マオさんはしかし、更に思いもよらぬ台詞を重ねた。

 

「……けれど現状がそうだからと言って、未来永劫、その鉄則が続くとは限らへん」

 

「えっ?」

 

「現代のバトルの常識となっている粒子変容技術……。

 それやかて、あの7年前の大会までは存在しない理論だったんです」

 

 そう言葉を紡ぐマオさんの瞳が、モニターの中のビルドストライクを感慨深げに見つめる。

 

「ゲーム業界には『枯れた技術の水平思考』言う言葉がありますやろ?

 次代に新風を巻き起こすのは、決して一握りの天才なんかやあらへん。

 ありふれた技術と、そいつを応用してみせる、発想の転換や」

 

「発想の、転換……」 

 

「シゲルはんは格ゲーバカや。

 ワイらガンプラバカとは、別の世界を知ってはる。

 賭ける可能性があるならば、そこや思います」

 

「…………」

 

 マオさんの言葉を、心の中で反芻する。

 彼が言わんとしている意味、それは分かる。

 けれど、あの夢にまで見た烈風拳を形にするための方法、それがどうしても見つからない。

 

「まっ、あんまり根を詰め過ぎてもエエもんは出来んよ。

 師匠も言うっとったやろ?

 行き詰まりを感じた時は気分転換も必要ですよ」

 

「気分転換」

 

「玄関、東京からシゲルはん宛てに荷物が届いとったよ」

 

「――あ! ありがとうございます」

 

 思わずはっ、と顔を上げる。

 来た! 最強の援軍来た。

 ぺこりと挨拶もそこそこに、俺は急いで玄関へと駆け出した。

 

 

 ――三時間後。

 

 

「ラショウモォ―――ンッ!!」

 

 

 羅  生  門(カカッ)

 

 

 そこには、ジョー東を元気いっぱい投げ飛ばす、我らがギース・ハワードの姿があった。

 

「グアー、やっとられんわーこんなの!」

 

 一声叫んでコントローラーを投げ出し、サカイくんも畳にKOとなる。

 

「ちゅうか、なんなんやコイツ! 完全に別人になっとるやん。

 秘伝書の中で眠っとる間に、ギース様に一体何があったんや!?」

 

「RB2におけるギース様は、作中屈指の投げキャラだ。

 雷光空キャンと言う胡散臭い歩行術を駆使する事によって、実に画面中の六割近くが彼の投げ間合いと化すのだ」

 

「ズルイわ~、烈風拳使うザンギとかマジないわ~」

 

 完全にブーたれてしまったサカイくんに苦笑しつつ、NEO-GEOの電源を落とす。

 最強の援軍、それは言うまでも無くこの「すごいゲームを持ち帰ろう」のハードである。

 お隣さん家のヤマダくんが香港に転校する事になった際に、永遠に変わらぬ友情の証にと譲ってくれた、俺の一生の宝物だ。

 青春時代、他の小市民の皆様が、

「十平衛禁止!」「処理落ちし過ぎィ!?」「拡張RAMフーフーして」「猿ェ……」

 など阿鼻叫喚の悲鳴を上げる中、俺はこのスネちゃま専用ハードの存在によって、快適なネオジオライフを続けてこられた訳である。

(なお、三万円もするソフトを購入できるハズも無く、真サム専用機として稼働していた模様)

 

「しっかし、烈風拳と当て身のイメージが強いギースやけど……。

 こうして振り返ってみると、大分戦法も変わっとるモンやね」

 

「そうですね。

 飛び道具の強さ、切り返しの弱さなんてのは共通してますが、それ以外は千差万別。

 KOFに至っては、その飛び道具すらないガン攻め仕様と来てます」

 

 マオさんの指摘に改めて頷く。

 流石に出演作も十数本を数えようと言うSNKの古豪、その歴史の奥深さは伊達ではない。

 

「とりあえず、これで外部出演や3Dの作品を除けば、ギースの参戦しとるシリーズを一通りプレイした事になるんかな?」

 

「……あ、いや、そう言えば一つだけ、肝心なのを忘れてました」

 

 そう言い直し、ダンボールの中から目当てのソフトを探し出す。

 再びハードの電源を入れれば、たちまち居間に、あの日のゲーセンの音が溢れだす。

 

 

 

『――やめて、おにいちゃん! その人は、その人は私たちの……』

 

 

 

「ん? 何や、このちょっと濃い顔した一昔前のベッピンさんは?」

 

「……ユリ・サカザキだよ。

 何でシリーズが進む毎に若返って行くのか、それは俺にも分からん」

 

 若干失礼なことを言うサカイくんを窘めつつ、アーケードスティックを握り直す。

 

「1994年リリース、龍虎の拳2です。

 餓狼伝説より遡る事12年前、サウスタウンが危険な町であった頃の物語が描かれています」

 

 レバーを動かし、ズラリと並んだ濃い顔の中から、極限流総帥、タクマ・サカザキを選択する。

 当たり前だが藤堂はいない。

 

「この、試合前のやりとりって言うのが、なんかちょっと懐かしい感じやね」

 

「……龍虎の拳と言うソフトは、初代ストリートファイターから枝分かれした、もう一つの格闘ゲームの形であったと思います。

 純粋に対戦ツールとしての完成度を高めたスト2に対し、一人プレイ、シナリオ、演出に特化した龍虎シリーズ。

 空手の修行に見立てたミニゲームに、ファンタジーを極力排したキャラクター。

 まるで一本のロードムービーでも追いかけているかのようなトリップ感が堪らんです」

 

 シリーズへの思い入れを語りつつも、タクマの膝小僧が容赦なくミッキーを襲う。

 たちまちボコボコに腫れ上がる顔面。

 パコーン! と言う気持ちの良い拳。

 服が破れ、グラサンが吹き飛び仮面が割れる。

 ああ、良い。

 この濃ゆさ、サウスタウンに還って来たのだと実感する。

 

「……つーかシゲさん、何かパターン入っとらん、コレ?

 さっきからずっと同じ動作しかしとらんで」

 

「このゲームは、CPUの超反応がキツ過ぎて、まともに戦っていてはまず勝てない。

 超反応を持った奴が相手なら、パターンはめを使わざるを得ない」

 

 ハオウシコーケン!

 パコーン! アアー!

 

「などと言いつつも、超必殺技で容赦なく愛娘をひん剥く、さすがやねシゲルはん」

 

「娘の成長著しいあまり、覇王至高拳を使わざるを得なかった」

 

「空手の話だよね?」

 

 和気あいあいと漫談を繰り広げている間にも、極限流の奥義が容赦なくハゲを襲う。

 一作目の借りは返した、これにて龍虎2、完ッ!

 

「そんなワケないやん。

 Mr.BIGがボスだった事なんて一度も無いやん、ボスチームなのに」

 

「ですよね~」

 

 KOF勝者となったタクマ・サカザキ。

 その前に姿を現す謎のコミッショナー。

 全ての陰謀が紐解かれ、ついに噂のあの男が、スクリーンいっぱいに姿を現す。

 

「……!

 コ、コイツはアンディ! アンディ・ボガードやないか!?

 こないな所で何やってんのや!?」

 

「分かりやすいボケをありがとう!

 無論、このスーツの男はアンディではない。

 ギース・ハワード26歳、Mr.BIG失脚後のサウスタウンに君臨する若き帝王だ」

 

「な、なんやて~っ!?」

 

「うん、知ってた」

 

 ともかく、特別支部の最上階において、極限流と若き日のギースの死闘が幕を開ける。

 伝説的BGM『ギースにキッス-CYBER EDIT-』が、否が応にもボルテージを引き上げていく。

 

『Buzz SAW!』

 

 コング氏とも生瀬氏とも違うネイティヴな咆哮がタクマを襲う。

 スライディング、飛翔日輪斬、エクスプロージョンボール。

 我々の知らぬ若き帝王の拳が、とうとう白日の許へと曝される。

 

「……ギース・ハワードって、年齢でこんなにファイトスタイルが違うもんなんか」

 

「龍虎2での闘いを経て、ギースは極限流の強さを知るに至り、日本での修行を決意します。

 その結果、古武術をベースとした袴姿の戦闘スタイルが完成するワケです。

 つまり、未来のギースのためにも、この戦いだけは負けられねえ!」

 

 歳の功の飛燕疾風脚で活路を開く。

 しかし、強い。

 パターンハメを封印しては、この戦力差は絶望的とすら言える。

 

『HAA!』

 

 ギース・ハワードの代名詞、烈風拳が吹き荒れる。

 必殺技の撃ち合いに気力を伴うこのゲームにおいては、実にインチキ臭い性能――

 

「……ってチョイ待ち!

 コイツ今、気力も無いのに烈風拳を撃ちよったで!」

 

「そう、これこそが本作におけるギース最大の強み。

 全ての技に気力を消費するこのゲームにおいて、ただ一人、ギース・ハワードだけが――!」

 

 瞬間、不意に脳味噌に電撃が走った。

 思わず指先がレバーからスッポ抜ける。

 何だと?

 俺は今、何を言おうとした?

 ギース・ハワード、だけが……?

 

「ちょ、シゲさん、何やっとんのや、負けてまうで!?」

 

 傍らでサカイくんの声が響くも、体が動いてくれない。

 見つめる視線の先で、ギースが走る。

 デッドリーレイブ。

 若き狼の拳が、脚が、容赦なくタクマを打ち抜き、傷つけていく。

 

『Die yobbo!』

 

 画面上で、高らかとギースが勝ち名乗りを上げる。

 はあ、とサカイくんが一つ、溜息を吐く。

 

「あ~あ、負けてもうたやんか……、って、どうかしたんか?」

 

「ば、馬鹿な、なぜギースは、気力を消費せずに烈風拳が撃てる……?」

 

「はあ? いや、それは……、ボスだから、やろ?」

 

「サカイくん」

 

 傍らで見ていたマオさんには、俺の動揺の意味が伝わったのであろう。

 気持ち真剣な面持ちで、サカイくんの肩をポン、と叩いた。

 

「ギース・ハワードはボスやから、他のキャラとは仕様が違う……、確かにそうかもしれへん」

 

「それが、どないしたって言うんです?」

 

「けれど、せやったら……。

 ビームサーベルで鍔迫り合いが出来るんも、宇宙戦争に人型のMSが必要なんも、そう言う仕様だから、なんやろか?」

 

「……! いや、違う、違いますッ!

 サーベルがすり抜けないんはIフィールド同士の磁界が反発し合うから。

 それにMSが宙域戦闘に必要なんは、AMBACによる姿勢制御が有効やからです!」

 

 力強いサカイくんの声に対し、マオさんが静かに頷く。

 

「そうや。

 物語上の制約(ルール)と、ワイらが考える真実(リアル)は違う。

 自由な想像と適当な想像の間には、絶対に埋まらない溝がある。

 解釈へのこだわりが、積み重ねられた説得力が、作り上げたガンプラに確かな力をくれんや」

 

「けど、せやったら……!

 この『気力を消費しない烈風拳』を、ガンプラの特性として盛り込む事ができたなら」

 

「さて、どうなんやろな?

 シゲルはん、この若ギースと、他の龍虎ファイターたちとの違い、何なんやろか?」

 

「……八極正拳、です」

 

 マオさんの問いかけに対し、俺は静かに顔を上げ、ある種の確信をもって答えた。

 

「この時期のギース・ハワードは、八極正拳の創始者、タン・フー・ルーに師事していました。

 彼の使う拳法には、おそらく気の使い方において、極限流とは何か異なる秘密があるんです」

 

「けれど、中国拳法なら、サウスタウンのリー一族だって使いよるで。

 彼らの技と八極正拳の間に、どんな違いがあるって言うんや?」

 

「それも、秦の秘伝書の存在で説明が付くと思います。

 タン老師は、2200年前の武人、秦王龍が記したと言う秘伝書の一巻を所持しています。

 彼の編み出した八極正拳には、そのエッセンスが盛り込まれているんじゃないでしょうか?」

 

「……そしてタン本人や、彼の弟子であるボガード兄弟も気力を使わずに技を撃てる。

 故に後年の餓狼シリーズにおいては、気力ゲージと言う概念自体が無くなったワケか。

 理屈としては分かるなあ」

 

「ん? い、いやシゲさん、そりゃちょっとおかしいで?」

 

 そんな俺の完璧な推論に対し、傍らのサカイくんが疑念をこぼす。

 何だ、一体何の不満があるって言うんだ?

 

「ジョーや、ジョー東の事はどう説明するんや!

 あいつ別に、タンの弟子やないで。

 なんだってアイツは気力を使わず、ハリケーンアッパーを撃ちよるんや?」

 

「何だ、そんな事か……」

 

 俺は呆れ、大きくため息を吐いた。

 ここまでの推論をまとめたならば、答えは明白であろうに。

 

「ハリケーンアッパーが気力を消費しない理由は簡単だ。

 あれは気を練って撃ちだす技じゃない。

 凄まじいアッパーの風圧で、本当にハリケーンが巻き起こっているんだ」

 

「な、なんやてェッ!? んなアホな!」

 

「ああ、本当にとんでもない必殺技だ。

 そんな凄いパンチを撃てるのは、ボクシング次期ヘビー級王者の称号を持つ、マイケル・マックスくらいのものだと考えられていた。

 それを中量級に過ぎないジャップがやったんだから、さすがのギース・ハワードも驚愕した。

 『 ハ リ ケ ー ン ア ッ パ ー の ジ ョ ー か っ !! 』ってね」

 

「ハッ!? つ、繋がった!

 確かにあん時のギース、めっちゃビビッとった!」

 

「ジョー東はボガード兄弟と違い、その才気を以てギースの目に留まり、主人公となった。

 本当の天才だよ、奴は……」

 

「し、知らんかった……。

 ワイはてっきり、単なる数合わせのパンツやと思っとった」

 

「ジョー東を舐めちゃいかんよ。

 ああ見えてネオジオフリーク創刊号の表紙を飾った凄い漢だぞ」

 

 こうしてしばし、三人でジョー東の偉大さについて語り合った。

 だが今は、あんなパンツ男の話などどうだっていい。

 ふう、と一息ついて、サカイくんが続きを切り出した。

 

「しっかし、理屈はとにかくとして、それで一体、どないするつもりなんや?

 架空の拳法が力の秘密じゃ、実際の改造プランには活かせへんで」

 

「龍虎-餓狼の開発スタッフは、超が付くほどの格闘技オタクだ。

 スト2の同時期に、カポエラや古武術、骨法の使い手をゲームに出しちゃうくらいだからな。

 タイトルだって夢枕的だし。

 きっとタン老師の使う気功術も、現実の中国拳法からヒントを得ているんじゃないかと思う」

 

「シゲルはんの着想は、結構イイ線いってるんやないか思います。

 あのプラフスキー粒子研究の第一人者であるニルス・ニールセン氏も、競技選手時代には、粒子の働きを気の概念に見立てた必殺技を開発しとったもんですわ」

 

「中国拳法、プラフスキーと気の融合か……、よし!」

 

 マオさんの太鼓判を受け、俺の中でむくむくとやる気が立ち上がってくる。

 電源を切ってハードを片付け、ついでダンボールの中から、必要な荷物を取り出していく。

 

 財布OK、着替えOK、パスポートOK、ガンプラOK、ネオジオポケット、オッケーイッ!

 

「ん、なんやシゲさん、どっか行くんか?」

 

「ああ、ちょっくらチャイナ行ってくる。

 専門家に話聞いてくるわ」

 

 そう一言断って、俺はいかにもホエホエが入ってそうな荷物袋を肩に背負った。

 

「えっ?」

「んいっ?」

 

 

「「 な ん や て え ぇ ー っ !? 」」

 

 

 後方から、気持の良い二重奏が響いてくる。

 実にすがすがしい気持ちで、俺は心形流の道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 



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第五話「パンギャゴ・ホーホ」

 大阪市内某所。

 

 コーヒーショップのフロアーは、いつ果てるとも知れぬ喧騒に包まれていた。

 時ならぬ賑わいに店内を駆ける店員の姿を尻目に、恰幅の良い口髭が苦笑をこぼす。

 

「やれやれ、会場の熱狂が、よもやこんな所にまで波及していようとはね。

 これでは落ち着ける場所を探すだけでも一苦労だな」

 

「それだけ今大会の注目度も上がっていると言う事ですね。

 まったく、選手権前の調整期間と言う死角を突かれ、良いようにやられてしまったものです」

 

 対面の男、褐色の肌にスーツ姿の青年が、口髭のぼやきに相槌を打ちながら、コーヒーカップを手許へ引き寄せる。

 ゆっくりとスプーンを掻き混ぜる左の指に、銀の指輪が鈍く輝く。

 

「ガンプラ黄金時代に待った! 古のゲームセンターより挑戦者あり、か……。

 まったく、よくもまあメディアも面白おかしく書き立てたものさ」

 

「おや?

 思いの外、大尉は冷静でいらっしゃる。

 三代目メイジン辺りは、何やらえらい剣幕で会場を後にした、なんて話も聞いていますが?」

 

「ふふ、実にメイジンらしい話さ、場面まで目に浮かぶようだ。

 だが生憎と私は、もう彼ほどには若くはないよ」

 

 大尉と呼ばれた口髭は、そう言ってちらりと視線を逸らした。

 つられ、青年が周囲を見渡す。

 

 郊外のコーヒーショップを埋め尽くす人々の声。

 彼らはみな、今日の大会を目の当たりにした、一角のガンダムファンたちである。

 

 運営何やってんだよ、あんな物を大会に加えやがって!

 プラフスキー粒子が通ってんだぜ、何の問題がある?

 けどありゃガンプラじゃない、あんな愛の無い機体はバトルへの冒涜だ。

 今さら、原型が分からないほどに改造を重ねた機体なんて五万とある。

 逆に聞くが、今大会にアレ以上にビルダーの愛着が乗った機体があるかよ?

 また秘伝書の仕業か。

 そもそもすーぱーふみなが悪い。

 あんなもんがが世に出た時点で、公式は手を打っておくべきだったんだよ。

 つーかギースって誰?

 あのビーム、どうやってプラフスキー粒子で再現してんだ?

 シップーケーン シップーケーン オベンジョベイビー!

 カ、カミキ選手だって似たような事やってたし……。

 会場ビリー多すぎィ!

 

 人々の感想は様々であったが、しかし、全ての話題の中心は、一人の『男』に帰結していた。

 

「見たまえ、このガンダムファンたちの熱気、これが答えさ。

 あの試合を見た者全てが、未だ経験した事の無い『敵』に戸惑い、真剣に討論を重ねている。

 シゲル選手の本心はともかく、少なくとも彼の行動は、業界全体で見ればプラスに働いている」

 

「共通の敵の存在が、ガンダムファンの団結を促し、議論を活発化させる、と言う事ですか?」

 

 青年の出した結論に、うむ、と口髭が力強く応じる。

 

「あの『ナイトメア』と言う機体は、確かに強い。

 単純な実力は勿論、何より、全ガンダムファンに対し悪役(ヒール)を務め上げられるだけの華がある。

 シャア・アズナブルやランバ・ラルの存在を否定しては、ガンダムシリーズは存続できまい」

 

「……時の巨隗、ギース・ハワードは悪徳の人だが、彼の巨悪に庇護される形で、サウスタウンは最盛期を築き上げた」

 

「ほう、詳しいな、ゲームの話かね?」

 

『大尉』の感心した風な口調に対し、青年はやや苦笑を浮かべ、カップを口元へと運んだ。

 

「浅学ですが、ミナミマチ選手の事を知ってから、少しばかり興味が沸いてきましてね。

 自分なりに調べてみたと言う訳です」

 

「ふむ……、まるで以前から、彼の事を知っていたような口ぶりだね」

 

 と、何気ない大尉の一言に、カップを下ろしかけた指が、ぴくん、と止まる。

 じっ、と青年を見つめる大尉の瞳に、心持ち真剣な色が宿る。

 

「確か、烈風拳、と言っていたか。

 あの奇妙な技を見た時、私は真っ先に君の事を思い出したよ。

 粒子発勁……、ガンプラバトルの世界に拳法の理念を持ち込んだのは、君が最初だったね」

 

「……ラル大尉も人が悪い。

 僕をここに誘ったのは、それが目的でしたか」

 

「プラフスキー粒子の裏の裏まで知り尽くした自分が、表舞台に出る訳にはいかない、と……。

 いつだったか君はそう言っていたね、ヤジマ・ニルスくん?」

 

「……僕の方だって、これでも今日の展開には驚いているんですよ?

 あの『裏技』の存在に気が付くのは、熱心なプロのビルダーか……。

 あるいはそれこそ、本物の拳法家くらいのものだと思っていましたから」

 

 青年は観念したかのように大きく溜息を吐き、カチャリとカップを戻した。

 

「先月の頭くらいでしたか。

 大尉のご想像の通り、確かに彼、ミナミマチ・シゲルは、ウチのラボに来ましたよ」

 

「ニールセン・ラボへ……?

 そこで君は、あの特異な粒子コントロール方法を彼に教えた、と」

 

「まさか。

 あのナイトメア・ギースの仕上がりは、全て彼の独創によるものです。

 僕はただ、彼の質問に対して、常識の許す範囲で答えてあげただけですよ」

 

「質問、かね。

 それで彼は、一体何を?」

 

 興味深げに身を乗り出して来た大尉に対し、ヤジマ・ニルスは両指を組んで、やや意地悪な笑いを浮かべた。

 

「第7回・ガンプラバトル選手権。

 フィンランド代表、アイラ・ユルキアイネン選手の戦術について――」

 

 

 そんなわけで、俺、ミナミマチ・シゲルは、大阪はガンプラ心形流道場を後にして、一路、香港国際空港へとやって来たのであった。

 

 国際都市香港。

 天然の港湾を抱え、アジアの金融、経済の中心的役割を果たす一大貿易都市であり、映画、ドラマ、小説などの舞台として数多く描かれる東洋の摩天楼である。

 こと、一作品に一人は拳法キャラを要する格ゲー界隈においては、サウスタウン、ESAKAと並ぶ格闘ストリートとして知られている。

 

 シャドルーの闇に関わった捜査官が謎の失踪を遂げ、警官は日常的にヌンチャクを振り回し、闘神三兄弟とまで謳われた拳法家が巨万の富を築き上げる一方、九龍城砦には沖縄出身のヤクザや暗殺成功率180%の仕事人が蠢き、サイキョー流道場の二代目や映画界のスーパースターが格闘技世界最強を志す傍ら、名物拳法兄弟はパンツ一丁のキカイダーから街を守るべく奮迅し、タイガーバームガーデンではスタンド使い達のチュートリアルバトルが繰り広げられ、遥か未来世紀においてはネオチャイナから独立を果たし、デビルガンダムを擁して世界征服を策謀する。

 

 そんな危険な街、ホンコンタウンへ俺は乗り込んで来たのだ。

 

 俺自身、思えばこれが初の海外進出である。

 これまで俺にとっての中国とは、せいぜい母の実家、島根に帰省した際に「ワタシ日本の中国行ってきたアルよー」などとゼンジー師匠の持ちネタを披露するための存在でしかなかった。

 ゲームでの持ちキャラすら、サウスタウンの華僑勢と、清朝の王虎、李師父がせいぜいと言った所で、どこまでも縁が無い国である。

 そんな縁遠い国、中国人口13億人の中から、現代のタン・フー・ルーを探し出そうと言うのだから、我ながら無謀な話だ。

 

 とは言え、さすがに俺も無為無策で香港くんだりまで来たワケではない。

 漢の高祖・劉邦は言いました。

「策が無いならコネを使えば良いじゃない」と。

 

 俺と中国を結ぶ共通項、それはやはり格ゲーである。

 ガンプラバトル界隈においては、未だ現代のサイ・サイシーを生み出す事に苦戦している中国勢であるが、これが格ゲーとなると少々事情が異なる。

 元々、日本では余技、娯楽の一環としか見られていないゲーマーであるが、海外ではeスポーツと言う競技として認知されており、職業としての『プロ』が存在する。

 メジャーなタイトルともなれば天井知らずの賞金が発生し、有力選手には企業のスポンサーがつき、各々にチームを組んでゲームの攻略を目指すと言う。

 と言うか、まんまガンプラをゲームに置き換えた盛り上がりを見せているワケだ。

 

 ネトゲ事情に強いお隣り中韓においても非常に人気が高い分野である。

 こと中国においては『ザ・キング・オブ・ファイターズ97’』が、もはや国技と言っても過言ではないレベルで浸透していると言われる。

 決してバランスの良くない本作を、ローカルルールでガチガチに縛った上でやり込んでいると言うのだから、修羅の国も極まれり。

 ギース様がいない、死ぬまでパワーチャージ、ザキさんがオロチ、などの理由で97を敬遠していた俺は、こんな所でも置いてけぼりを喰った形であるが、とにかくSNKのアジア拡張路線は決して無駄では無かったと言う事なのだろう。

 金雄載も草葉の陰で喜んでいるに違いあるまい。

 

 ともあれ、そんなKOF大国と俺の仲立ちをしてくれるのが、そう、誰あろう。

 小学校の時に香港に転校した、お隣さん家のヤマダくんである。

 その後、エリートゲーマーとして順調に成長を重ねたヤマダくんは、高校卒業と同時にお父上の会社のアミューズメント事業を引き継ぎ、今ではアジア十数カ国にアーケード事業を展開する、香港でも指折りの敏腕経営者になっていると言う。

 幼少期より卓越していたプレイ技術も円熟の域に達しており、現地ではリアル闘神三兄弟とまで称えられる程の伝説的ゲーマーとして名前が通っている。

 駄菓子屋の片隅で二人してライデンをボコったヤマダくんがこの出世とは、時の流れを感じずにはいられない。

 

 転校以来、ヤマダくんとは絶えず連絡を取り合っていた。

 事業主としての忙しさもあろうに、ヤマダくんは「一度こちらに遊びに来てくれ」などと気さくなメールをくれたものであるが、その度に俺は、曖昧に回答を濁していた。

 一社会人として立派に大成したヤマダくんと、ダラダラとゲーセンの店員を続ける俺。

 二人の間に立ちはだかる、圧倒的社会格差の壁を前に、中々会いに行こうと言う踏ん切りがつかなかったのである。

 

 だが、事、ここに至っては、もはや恥も外聞も無い。

 烈風拳を自在に操れるギースを作る。

 その為にだったら、利用できるものは何だって利用しよう。

 ヤマダくんは良い友人だったが、君のお父上がいけないのだよ(意味不明)

 

 そんな感じで、俺は面の皮を通常の三倍くらい分厚くして、香港国際空港へと降り立った。

 だが、その自慢の頬は、わずか十分と経たぬ内に札束でブチのめされるハメになった。

 

 空港の玄関に立つ俺を出迎えたのは、かのドロシー・カタロニア嬢似の金髪美人秘書が運転する、これまた黄金色に輝くリムジンであった。

 絶対に笑ってはいけないガンダムW24時の中でも、ダイレクトに腹筋を狙ってくる迷シーンであるが、その後部座席から飛び出してきたチン・シンザンにいきなり全力でハグされたとあっては、思考の追い付く暇も無い。

 

 いったい何が起こっているのか。

 頭の中に香港ステージBGM『パンギャゴ・ホーホ』が最大音量で鳴り響く。

 上等そうなスーツに身を包んだ現在のチン、もといヤマダくんは、呆然と固まる俺をリムジンへと放り込んで、そのまま香港の夜へと車を走らせた。

 

 辿り着いた繁華街で俺が目にしたものは、いかにも格式ばった中国宮廷風の建物であった。

 

 ヤマダくん曰く、かのおフランスのナントカにおいて世界最高峰の七つ星を頂いた、中国国内でも最高の歴史と伝統とナントカを誇る料亭のカントカ楼とか言うナントカらしい。

 ヤバイ予感がビンビンする。

 うっかり飲茶の一つでも頼もうものなら、その金でネオジオが全ソフト丸ごと定価で買えそうな圧倒的オーラだ。

 

 んなモン知った事かとばかりに、ひょいひょい進むヤマダくんの背中を慌てて追う。

 待ってヤマダくん! 一人にしないで!

 こんな店、ちょっとオシャレした王覚山みたいなファッションの俺が入れる場所じゃない。

 入店と同時にベノムストライクで追い出されたとしても文句は言えねえ。

 

 だがどうした事であろうか?

 お店の方々はまるで国賓でも迎えるような恭しさで、我々を奥へ奥へと招き入れるではないか?

 何と言うヤマダパワー。

 知らず、生まれたての小鹿のようにガクガクと膝が震える。

 

 その後、俺は百万ドルの夜景が一望できる望楼の一角で、まるでラクス・クラインめいた、すっげー良い匂いのするチャイナドレスのお姉さんを右に左に侍らせながら、かのナントカ朝の楊貴妃がナントカの折にカントカ厨士を一同に集めナントカカントカ作らせたと言う、ナントカ全席をナントカカントカ貪るように喰った。

 

 100メガカルチャーショックで馬鹿になった俺の脳味噌がかろうじて思い出せたのは、花京院典明から教わった、お茶のお代わりの頼み方だけであった……。

 

 

 楽しいような楽しくないような時間も、とにかく人は平等に過ぎていく。

 宿へと向かうリムジンの中で、俺は呆然と時の流れに想いを馳せていた。

 

 魯迅の短編『故郷』を読んだ時、俺は時間の残酷さに心を震わし、決してルントウのような卑小な男にはなるまいと思ったものであった。

 しかし現実はどうか?

 今だって、傍らのヤマダくんは、のべつ幕なしに小学校時代の話を並べ立ててくるが、大切な筈であった思い出は全て、俺の心を上滑りして行くではないか?

 

 大人になったヤマダくんは、未だ友誼を忘れる事なく、俺の突然の来訪に対して最高のもてなしで応えてくれた。

 そんなヤマダくんに対し、しかし俺は、うまく心を開く事が出来ない。

 別世界の住人になってしまった彼に対し、どうしても心の壁を感じてしまう。

 否、あのルントウのように卑屈になって、自ら壁を築いてしまう。

 

 自己嫌悪であった。

 今はただ、一刻も早く蒲団に潜って、泥のように眠りたかった。

 

 しかし、最後の事件は、まさにその夜に向かった宿舎に残されていた。

 

 

 

 香港はポートタウンの一角にそそり立つ、ギースタワーめいた伽藍の摩天楼。

 この不夜城でも一等高級なロイヤル・スイートの最上階こそが、ヤマダグループ総帥のプライベートルームであると言う。

 

 その豪華絢爛なる扉を開いた俺の目に最初に飛び込んできたのは、ラミネート加工の施された、一枚の色褪せたポスターであった。

 

 ささくれだった心を癒す、閑静な湖畔の風景。

 物憂げに一人佇む、裸足の少女。

 白い爪先から水面へ向けて、澄明な波紋が静かに広がっていく。

 爽やかな風にそよぐ長い黒髪に、落ち着いた色合いの赤のリボン。

 キャッチコピーは『コップ一杯の自然を大切に』

 

「あ、ああ……!」

 

 思わず感嘆がこぼれた。

 知っていた。

 あの時代を共有する、どうしようもないゲーム少年たちの中には知っている人も多いであろう。

 

 ナコルルのポスターだ。

 自称硬派なゲーマー達を一瞬にして魔道に陥れ、三鷹市各所で凄惨な強奪事件を巻き起こしたとまで言われる、あのナコルルの伝説的ポスターだ。

 

 ヤマダくん家に遊び行くと「僕のパパが三鷹市水道局員と知り合いでね」などと殊更に見せつけられてきたポスターである。

 その度に俺は「いや、俺の嫁はタムタムだから」と強がって見せたものであったが、内心やはり喉から手が出るほどに欲しかった。

 そんな醜い嫉妬の炎も、今は鮮やかな郷愁となって胸元にこみ上げる。

 

 とっさに後ろを振り返る。

 ヤマダくんは「いやあ」と照れたような笑いを浮かべ、ポリポリと頭を掻いた。

 瞬間、じわり、と視界が滲んだ。

 ボロボロと大粒の涙がこぼれ、情けなくも嗚咽が漏れるのを抑えられなかった。

 

 何と言う事であろうか。

 何と言う事であろうか!!

 

 功成り名を為し、同期の誰もがうらやむスーパーセレブの仲間入りを果たし、今やすっかり身も心も丸くなってしまったヤマダくん。

 そんな彼が、未だリアルに嫁も作らず、遥かカムイコタンの地に眠る永遠の少女を、今なお想い続けているなどと、誰が想像出来ようものか。

 

 俺は泣いた。

 下らぬわだかまりで彼に寂しい思いをさせ続けた己を恥じ、次いで、斬サムが発表された途端にチバレイチャムから桜井リムへと乗り換えた、自身の過去の行いを恥じた。

 

 泣きながら思い出していた。

 94年11月――。

 俺はヤマダくんをチャリの荷台に乗せ、一路、近場の薄汚れたゲーセンを目指していた。

『真サムライスピリッツ-覇王丸地獄変-』のリリースである。

 

 ED、カムイコタンの地に消えて行く少女の姿に、ヤマダくんは周囲の目も憚らず号泣した。

 崩れ落ちる彼の背に、どんな言葉をかければ良いのかも分らぬまま、俺はただ漠然と、ナコルルはもう自分の恋人では無いのだと知った。

 

 

 

 それから二人、その日は夜を徹して真サムをプレイした。

 ヤマダくんの紫ナコは、相変わらずダイヤグラムを引っくり返したかのような凶悪な性能で、結局、俺のズィーガー卿は、一度もコップを決める事無く夜明けを迎えた。

 

 

 ――別れの朝。

 

 ヤマダくんは俺に対し、このまま香港に留まって事業を手伝ってくれないかと持ちかけて来た。

 じくり、と胸が疼いた。

 逡巡の後、しかし俺は静かに首を横に振った。

 

 あの日のヤマダくんの痛みを理解できたのは、後の95年、リアルバウト餓狼伝説の稼働した年末の事であった。

 

 きっとあの日、二人の目指す未来は、少しだけ変わったのだと思う。

 ヤマダくんの事業ほど立派なものではないが、しかし、今の俺にもささやかながら夢がある。

 

 ヤマダくんは少し寂しそうな笑みを浮かべ、すっ、と左手を差し出して来た。

 マメ一つない、相変わらず綺麗な指先だった。

 俺はぐっ、と力強く握り返し、朝焼けのビル街に踵を返した。

 

 

 

 大陸の朝が、始まろうとしていた。

 

 中国探邦、二日目。

 無事にヤマダグループ総帥の協力を取り付けた俺は、揚々と香港の街並みへ溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がわしを倒す事など出来ぬわ!」

 ――中国探邦・二日目

 

 お隣さん家のヤマダくんに協力を取り付けた俺は、決意も新たに香港の街をねり歩いていた。

 目的はプラフスキー粒子の消耗を抑えた烈風拳を開発する事。

 そのために、まずは未だ大陸に眠っているであろう、気功術の達人を探し出す事である。

 

 何やら目的が飛躍している気がしなくもないが、そう考えるのは素人の浅はかさである。

 かつてガンプラバトル選手権において、粒子発勁なる必殺技を披露したニルス選手は、科学分野に明るい研究者であると同時に、武芸・刀法・忍術に造詣の深い武術(マーシャルアーツ)マニアであった。

 我々ガンプラ心形流の祖である珍庵和尚も、何やら柔めいた理合を使う武の達人であると、サカイくんから聞いた事がある。

 最近では聖鳳学園のカミキ・セカイ選手の活躍なども、我々の記憶に新しい所であろう。

(俺は全然知らなかったけどな!)

 

 事実は小説より奇なり。

 現実と幻想の狭間は、我々が普段思うよりも遥かに移ろい易い。

 ニュータイプになろうと思ったら、研究所作るよりもインドに修行に行った方がてっとり早い。

 ガンダムシリーズとはそう言う世界なのだ、ヨガヨガ。

 

 とにかく、今はアクセル全開、インド人を右に!

 今の俺が探さねばならないのは、ニュータイプではなくマスターアジアである。

 異国の地で人探しをするのであれば、訪ねるべき場所は一つしかない。

 

 そう、言わずと知れたゲームセンターだ。

 

 ……少しばかり、真面目な話をさせてほしい。

 賢明なる読者諸兄には、遊んでないで真面目に探せ、とお叱りを受けるかもしれないが、所詮俺は右も左も分らぬ異邦人。

 個人の足で探せる範囲など限界があり、故にヤマダくんへの協力依頼なのである。

 俺個人に出来る事があるとすれば、ヤマダグループの捜査網とは別方向からのアプローチ。

 新たなコミュニティを形成する必要がある。

 そして、格ゲーしか取り柄の無い俺がコネクションを求めるならば、それはやはり、ゲームセンターの中にしか無い。

 決して好きで遊ぼうとしている訳では無いんだよ、マジでマジで。

 

 そんなワケで街一番のゲームセンターにやって来たのであるが、ここで一つ問題が生じる。

 前述の通り、ここ中国で最もホットなタイトルが、KOF97だと言う事だ。

 以前から俺はこのタイトルに対し、何とは無しの苦手意識を抱いていた。

 ご当地のゲーマーと親睦を深める前に、まずは自分自身の喰わず嫌いを克服する必要がある。

 そんな事を考えながら、とりあえず練習台へと腰を下ろした。

 

 熟考の末、チームメンバーはニューフェイスチームを選択する事とした。

 今にして思えば、本作に対する苦手意識の元凶は、こいつらにあったような気がしてならない。

 

 七枷社、クリス、シェルミー。

 草薙京のような象徴としての主人公でも、その主人公を際立たせるためのライバルでもない。

 ハイデルンのような縁故も無ければ、ルガールの秘書のような続投組でも無い。

 まっさらの新キャラ。

 96を契機として本格化し始めたオロチ編の最終章。

 オロチ八傑集と言う伏線を回収するために登場したこのチームの存在が、夢のオールスターバトルとの決別宣言に思えて、餓狼-龍虎時代からの古参兵には無性に寂しかったのである。

 

 しかし今や、時は21世紀。

 今日、彼らの目を通してもう一度97年をやり直す。

 ある意味では絶好の機会と言えるかもしれない。

 

 例えば、今、俺が動かしているクリスと言う少年。

 稼働直後の率直な感想を言うならば、実は俺は嫌いだった。

 やる気無さげな、いかにもお姉さま好みの甘いマスクの少年。

 そんなポッと出の新人が、歴戦のファイター達と渡り合う絵面が嫌だったのである。

 しかし今、こうして彼を直に動かしてみて、初めて分かる事実もある。

 

 やだ……、この子、絶妙に弱い……ッ

 

 必殺技が貧弱でラッシュに向かず、立ち回りは強いがワンチャンで容易くひっくり返される。

「やだなー、この人強そう」などと気だるげなボイスを聞いた当時は、咄嗟に馬乗りバルカンぶっぱなどに走った俺であったが、実際問題、彼より弱そうな選手は本大会にはほとんどいない。

 

 大門五郎は夏の風物詩とばかりに地獄極楽を繰り返し、チャンコーハンはサムスピに行けと突っ込まざるを得ない勢いで鉄球を回し、ジョー東はハリケーンアッパーのジョーの真価をハリケンナッパー!!

 終いには暴走庵と言う新種のEVAが猛威を振るう本作において、少年の存在は余りにも儚い。

 

 この弱さ、嫌いじゃない。

 いわゆる一つのロック・ハワード現象と言うやつであろう。

 ハワード氏の意図的にキャラとして完成された脆弱さに対し、クリス君の場合は単純に調整不足が原因なのだろうが、とにかく今なら彼の存在を許せる。

 何事も喰わず嫌いは良くないと言う好例である。

 

 そして二番手、紅一点のシェルミー、彼女については言うまでも無い。

 言うまでも無く、エロイ。

 

 学生時代の多感な俺は、どうしても露骨な彼女のエロスを受け入れる事が出来なかった。

 そもそも格ゲーにエロを持ち込んだのは餓狼伝説だろうが! と言われるかもしれない。

 だが、不知火舞は不知火流忍術の継承者であり、ブルー・マリーは大南流合気柔術の祖父を持つコマンドサンボの達人である。

 凛と一本立ちした女戦士、と言う自称硬派ゲーマー向けの「言い訳」を用意した上で、我々青少年にエロスを提供してくれていた訳だ。

 

 そんな先輩方と比較しても、シェルミーは掟破りにエロい。

 いかにゲーニッツと同格の八傑集とは言え、こんなエロレスで歴戦の兵とやり合うのはいかがなものか、と、当時の青臭い俺は白眼視したものである。

 そんな俺も今や、いいかげん三十台。

 いろはに旦那様呼ばわりされても、顔色一つ変える事無くエロ秘奥義を繰り出せる漢である。

 下らぬしがらみを捨て、素直にエロをエロとして楽しめるだけの大人の余裕がある。

 

 そうして十数年ぶり触れた彼女の肌、ああ、やはりエロい。

 KOFにおける投げキャラと言う立ち位置だけで、シェルミーの輝かしい未来は約束されたも同然なのだが、特に彼女の場合、打撃戦でも滅法強い大門やクラークに比べ、立ち回りが苦しい。

 投げに行かざるを得ない。

 スキンシップを図らざるを得ない。

 乳を押しつけざるを得ない。

 お股に挟まざるを得ないッ!!

 

 失礼、興奮しすぎた。

 とにかくシェルミーはエロイ。

 彼女に対して俺が言えるのはそれだけである。

 

 ちなみに彼女は本性を出すと、キリッ、とした大人のレディになる。

 これは一粒で二度おいしいと言いたい所だが、こちらは性能が死んでおり、あまり人気が無い。

 暗黒雷光拳はさすがにダサいし、あんまりエロくないし……。

 

 しかし、このキャラ格差が後年、皮肉にも彼女を救う所となる。

 どうしてもオロチの影が付き纏う社やクリスに対し、シェルミーだけは「エロいお姉さん」と言う一点突破で生き残りに成功するのだった。

 こんなに仲良しな新顔チームの中で、彼女だけがソロデビューを果たし、マッドマンやマーズピープル相手に死闘を繰り広げる事になろうとは、誰が想像できたであろうか?

 

 そしてチームリーダーの七枷社、彼は……!

 彼は何と言うか、地味だ、印象が薄い。

 

「力で相手をねじ伏せる豪快なパワーキャラ」

 そんな触れ込みを目にした時、それってラルフじゃん、と当時の俺は思ったし、こうしてプレイしている今もそう思う。

 キャラ性能は概ね上等で、断じて不遇では無いのだが、それ故に中段ローキックぐらいしかコメントする所がない。

 いっそ六道烈火に全てを賭けざるを得ない炎邪くらいぶっ壊れた弱キャラだった方が、彼にとっては幸せだったかもしれない。

 壬生灰児、いや、なんでもない……。

 

 ストーリー上は庵と山崎に因縁を持つも、ここでもどうもキャラ負けしている感が否めない。

 SNKを代表する一匹狼である彼らに対し、社チームは三人一組。

 京にも庵にも成り切れなかった男の悲しみがここにある。

 そんな彼にトドメを刺したのが、もう一人の僕、『乾いた大地の社』の存在である。

 

 パッとしない表社に対し、裏の彼は筋肉はゴリラ、性能はゴリラ、闘う姿は原初のゴリラ!

 と言うとんでもないゴリラで、ラスボスよりもボスらしいボスとしてオロチ編の終焉を飾った。

 そんなゴリラがコマンド一つで使えてしまうと言うのだから、表人格はたまったもんでは無い。

 ゲーセンには「チョーシこいてんじゃねえぞゴルァ!!」と言うゴリラの雄叫びが絶えず響き渡り、その度に表社の影はどんどん薄くなっていったのである。

 

 そんな遠い記憶を思い出したら、画面上の男前な彼の姿が、何やらとても寂しく感じられた。

 俺の手で、何とか彼を、ニューフェイスチームをハッピーエンドに導いてやりたい。

 だがそんな淡い願いが報われる筈も無い。

 彼らはオロチ八傑集。

 彼らの目指す先にあるのは破滅の運命だけであり、その後のネスツ編に介入できる筈も無い。

 戦いの果て、一人、また一人と仲間は斃れ、そしてついに、オロチは真の目覚めを迎える。

 

 

「ワ・レ・メ・ザ・メ・タ・リ」

 

 

 こうして世界は滅びの時を迎える、のであろう。

 あるいはおもむろにギースさまが登場して「全て私の計算通り」などと言いつつ最後に総取りする可能性もゼロでは無いが、それはもう社たちの生涯には何ら関係の無い話である。

 何と言うデッドエンド。

 後の月華の剣士に見られる刹那のような破滅型エンドは、97年に完成していたと言うわけだ。

 思えば月華スタッフは、中二病を飼い馴らしたかのようにダークヒーローの描き方がうまく、こんな所でも水を開けら(ry

 

 いや、今は言うまい。

 稼働から十数年、久しぶり97に触れて思ったのは、意外と彼らの事が嫌いでは無かった、と言う事実である。

 七枷社、クリス、シェルミー。

 いずれもが人気絶頂のオロチ編を締め括るべく、KOFスタッフ渾身のエネルギーによって送り出されたキャラクターたちだ。

 派閥抗争と言う色眼鏡さえ外してしまえば、やはり使っていて気持ちの良い奴らである。

 

 ……素直にバックストーリーの無い98で遊べばいい?

 それはもっともな意見だが、残念ながらここは日本では無いのだ。

 郷に入っては郷に従わねばならない。

 

 とにかく、これで俺の中での禊は終わった。

 心の迷いをふっ切った俺は、本来の目的を果たすべく対戦台へと向かった。

 

 

 

 ――そうして、三時間が経過した。

 

 

 

 つーかぜんぜん勝てねえッ!? ゴリラ使っても勝てねえ!

 

 何と言う事であろうか。

 これがもし、永久コンボや凶悪な投げに頼った卑劣な攻めであったなら、当方にも残虐ファイトの限りを尽くして対抗する準備がある。

 だが相手側は、何やら良く分からん縛りプレイで自ら動きを制限した上で、こちらの狙いを正確無比に潰してくるではないか?

 何と言う練度、これがプレイ人口100万人とも謳われるKOF大国の実力か?

 

 まずい、これはまずい。

 当初の目的では、ここ辺りで「やるじゃないか」「ふっ、お前もな……」的な和解イベントが発生する筈だったのだが、これではただ半日97をやり込んでいただけだ。

 いい加減お腹もペコちゃんである。

 計画が完全に破綻した事を理解した俺は、もう一つの作戦を実行に移すべく店を後に出た。

 

 

 

 ゲーセンを出た俺が真っ先に向かったのは『超級堂-香港支店-』と書かれた大型模型店でる。

 そこで俺は次の作戦に備え、いくつかの資材を購入した。

 

『HGFCシャイニングガンダム』1箱。

 塗装スプレー数缶、それに工具を一揃え……。

 

 無事に調達を終えた俺は、再びヤマダくんに連絡を取り、彼が所有する近場のガレージへと足を向けたのであった。

 

 

 ――二日後。

 

「おおーっす!」

 

 場所は再び超級堂香港支店。

 そこには奇妙な演武を披露する『シャイニングガンダム-坂崎カスタム-』の姿があった。

 

 坂崎カスタム。

 名前は何やらいかめしいが、要は極限流に不要な肩アーマーや篭手を外し、全体を黒く塗り直しただけのカンタン改造である。

 中国拳法と間違えられぬよう、腰部に黒帯を巻きつけたのがこだわりだろうか?

 

 シャイニングベースゆえ覇王、もとい石破天驚拳は撃てない。

 だが、機体のモデルはあくまでも『武力-ONE-』の坂崎リョウなので、何の問題も無い。

 空手家の矜持として、ビームサーベルもバァァルカァン! も捨てて来た。

 男なら、拳一つで勝負せんかい!

 

 ……実際問題として、俺はガンプラバトルを始めてからの一カ月と言うもの、ギース・ハワードをそれっぽく動かすためのトレーニングしか積んでいない。

 いちいち武装選択に戸惑っていては弱体化は必至、いっそ近付いて蹴った方が早いのだ。

 

 その代わりと言っては難だが、新たな改造ポイントとして、ケツにブースターを増設した。

 この改造により、飛燕疾風脚だけは初代龍虎のようにカッ飛んで行く仕様となっている。

 戦法としては飛燕疾風脚で接近し、慌てふためく相手を武力乱舞で無理矢理削り殺す。

 いわゆる初見殺しである。

 

 極限流MFの物珍しさもあるのだろう。

 ぽつぽつとギャラリーが集まり始め、やがて俺は、ようやく念願の対戦へとこぎつけた。

 

 一戦目。

 ここは難なく飛燕疾風脚で勝利を収める。

 対戦相手にしてみれば、MIAの練習中にリチャード・マイヤに乱入されるようなもので、初見殺しの上にわからん殺しなのだから勝って当然である。

 

 二戦目、三戦目……。

 徐々に雲行きが怪しくなって行く。

 シャイニング坂崎の立ち回りは、普通に接近するか疾風脚で接近するかの択一なので仕方ない。

 

 五戦目、とうとう動きを読まれる。

 疾風脚を思い切りスカされ、廻り込まれて容赦なくマシンガンを浴びる。

 武器を持った奴が相手なら覇王翔吼拳を使わざるを得ないのだが、残念ながら実装されてない。

 こうなってしまっては詰みである。

 

 六戦目、七戦目、八戦目……。

 対人戦を重ね、少しずつシャイニングの動かし方が分かってくる。

 

 飛燕疾風脚が届くギリギリの中間距離、ここの攻防がカギである。

 敵の武装と地形を見ながら射線を外し、こまめにバーニアを吹かしてフェイントをかけ、じわり、じわりと接近する。

 上空から抑え付けられると苦戦は必定だが、やがてケツブースターを活かした対空ビルトアッパーが直撃するに至り、相手の動きも慎重になる。

 互いの狙いが見え始め、ここに来てようやく読み合い「対人戦」が白熱し始める。

 

 ギャラリーからも歓声が飛ぶ。

 無論、本格的な改造の施された『格上』相手には、何も出来ぬまま一方的に焼き殺されたり、時には肝心の接近戦で競り負けると言う屈辱も味わったものの、それでも即席の坂崎リョウは必死に喰らい付き、最終的には勝率を5割まで戻す事が出来た。

 

 二時間ほど、いくつかのグループと対戦を回し、ようやく打ち解けた若者たち相手に、俺は今回の武者修行の目的を告げた。

 今はこんな打撃屋の俺だが、ゆくゆくは石破天驚拳のような超必殺技を持つガンプラを作りたいと思っている。

 もしも知り合いにMFの製作が得意な人間がいたら、気軽に声をかけてほしい、と。

 

 ――そう、これだよ、これ、これで良かったんだ!

 

 将を射んとすれば馬、ガンプラ作ろうと思ったらビルダーである。

 未だガンプラバトル発展途上とは言え、ここは本場中国。

 絶対にいる筈なのだ。

 粒子発勁の研究をしているビルダー。

 真・流星胡蝶剣の再現を目指すビルダー。

 本物の拳法家、あるいは拳法家に師事するビルダーが。

 

 まずはこうして巷で対戦を繰り返し、大陸に眠る伏龍たちの情報を集める。

 同時に実戦を重ね、俺自身のビルダー、ファイターとしての腕を磨く。

 どれ程のアイディアを手に入れた所で、自分にそれを扱えるだけの技量が無ければ意味がない。

 

 まずはトライ&エラーを繰り返し、実際に覇王翔吼拳を撃てるガンプラを作る。

 そこがスタート、俺が実際に目指す物は、その先……。

 参った。

 日がな一日、KOFなんぞやり込んでいる場合では無かった。

 とにかくその日、俺は週末にバトルの約束を取付け、揚々とガレージへ引き上げたのであった。

 

 

 翌朝。

 地元紙の片隅に、一枚のスナップ写真が掲載された。

 

 

『余裕っす! 超級堂にダンダム見参!!』

 

 

 

「サイキョー流扱いされとるゥ――――――ッ!?」

 

 

 

 

 

 



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第七話「……ってねえさまが言ってた」

 中国探邦、四日目。

 のっけからとんだケチがついたが、とにかく俺の武者修行はこうしてスタートを切った。

 

 日中は香港がガンプラ小僧のメッカ・超級堂を拠点として、腕試しの傍らコミュ作りに励む。

 元来、俺はあまり口が巧い方ではないのだが、思わぬプチメディア効果の程もあったものか、幸いと対戦相手に事欠く暇も無かった。

 夜になれば間借りしているガレージに戻り、坂崎の改修を進める傍ら、情報の精査を行う。

 

 ヤマダグループから数日置きに上がってくる気功の識者・専門家のリストと、超級堂の馴染みから得た盛り場の情報。

 情報の取捨選択を行い、経路図とにらめっこしながら遠征計画を立て、訪問先へのアポを取る。

 そして、行動。

 

 体調が良かった。

 自分でも驚くほどに行動的になっていた。

 

 福建省の山奥に超能力に詳しい酔拳の達人がいると聞けば、男酒片手に挨拶に行った。

 

 あのルワン・ダラーラ氏がついにGPベース上でのオーラ力の再現に成功したと聞けば、取るものも取らずバンコクへと飛んだ。

 

 タイの孤島にあるサイコパワー研究所にアポ無しで取材に行った所、てんやわんやとなり、あやうくICPOのお姉さんに助けられる一幕もあった。

 

 台湾に程近い小島に歴戦の拳法家が集まると聞いて潜り込んでみたものの、そいつがとんだ戦慄の魔王街で、地獄のガンプラ百人組手に挑むハメになったりもした。

 

 旅の途中、生き別れのお兄ちゃんを探していると言う拳法少女と連絡先を交換し合うと言うデイズオブメモリーめいた一幕もあったが、それは単に自慢したかっただけなので割愛しよう。

 俺の理想の女性は、れんげどん又はアイちゃんだしね。

 

 とにかく、訪問先ではトラブルも多く、幾度と無く空振りを繰り返したが、その度に胆の底からむくむくとエネルギーがこみ上げて来た。

 自分でも不思議だった。

 1995年、ギース・ハワードが鬼籍に入ったあの年。

 あれ以来十数年、俺の中で止まっていた時間が加速を始めたように感じられた。

 

 そして、強敵(とも)――。

 

 広州の双截龍頑駄無(ダブルドラゴンガンダム)、上海のサイコアテネ、天津の虎王(キングラゴゥ)

 重慶のガトウ専用リックドム、哈尓濱の百烈式。

 

 やはり日本よりも未熟で、荒削りで、それゆえに情熱的な戦士たち。

 俺も燃えていた。

 懐かしい匂いがした。

 ワンコインを握り締めゲームセンターに駆け込んで、馴染みの顔を探したあの頃――

 

 年が明け、俺が再び香港の地に舞い戻ったのは、中国来訪から三か月が過ぎた後だった。

 ヤマダくんから一件、信憑性の高い情報が入ったのである。

 八十年前、国内最大の擂台賽を制した伝説的拳法家が、今も香港に暮らしていると言うのだ。

 

 三日後、俺は香港公園の一角で、その拳士と会った。

 その小柄な老人は、しかし背筋をしゃんと伸ばし、矍鑠とした姿を俺に見せた。

 戦前には東西南北中央不敗とまで謳われたと言う男は、強烈なエピソードとは裏腹に温厚な人間で、異邦人の俺に対しても紳士的に応じてくれた。

 当然と言えば当然であるが、彼は概に武術家としては第一線を退いていると自ら語ったが、代わりに一つ、面白い話を聞かせてくれた。

 

 十年前、彼は日本から香港を訪れた拳法家を一人、弟子にとっていたらしい。

 その弟子が師の引退に合わせ香港を引き、今では独立して一流派を興していると言うのだ。

 彼の生涯をかけた気功術の編纂も、今ではその弟子にあたる人物が引き継いでいるのだと言う。

 

 俺は男に礼を言うと香港公園を後にして、急ぎ彼の弟子が修行に籠っていると言うギアナ高地行きの準備を始めた。

 

「……ん、ギアナ?」

 

 嫌な予感がした。

 念の為にググってみた。

 

「南米じゃねえかッ!?」

 

 

 ――その日、俺はベネズエラ行きのチケットを購入した。

 

 

 

 シモン・ボリバル国際空港に降り立った俺は、まずは大阪のサカイくんへと国際電話をかけた。

 

 ベネズエラと日本の時差は、13時間半。

 寝ぼけ声のサカイくんに対し、俺はこれまでの大陸修行の成果と、これからの目的、そして旅先で出会った可愛い女の子と連絡先を交換したエピソードなどを、極めて簡潔に伝えた。

 

 サカイくんはしばし無言で、俺の話に耳を傾けていたが、最後に一言、ぽつりと呟いた。

 

『……ん? その拳法家ってもしかして、次元覇王流の事ちゃうの?』

「えっ?」

『えっ?』

 

 ……サカイくんの反応は淡白だった。

 

 サカイくん曰く、去年のガンプラバトル選手権・学生部門を制した『トライ・ファイターズ』の一員、カミキ・セカイ選手は、次元覇王流と言うマイナー拳法の使い手で、聖鳳に転校する前までは、ギアナ高地に修行に出ていたのだと言う。

 拳法でギアナで修行ともなれば、それはもう間違いない。

 次元覇王流とか言うカミキくんの師匠と、俺の探す男は同一人物なのであろう。

 

 つーか、なんだそりゃ!?

 だったら初めからカミキくんにアポとった方が早かったじゃんか!?

 

 ……いやいやいや、短慮は禁物である。

 そもそもが周りの意見も聞かずに道場を飛び出して来たのは俺の方であるし、あの時点ではカミキくんの拳法が大陸由来の技であるなど、誰も知らなかった事なのだ。

 

 それに、自分の足で直に学んでこそ理解できる事もある。

 薄暗い洞窟の片隅で暖をとり、じっとスコールが通り過ぎるのを見つめている今もそう思う。

 

 ――ギアナ高地、探検開始から三日目。

 

 未だ、噂の男とは出会えていなかった。

 香港の拳法家からは、彼が修行の際の拠点にしていると言うテーブルマウンテンの所在地を教わっていたものの、何せこの高地は中心部の国立公園だけでも、日本の中国地方が丸々収まってしまう大きさである。

 

 加えて、時期も良くない。

 今は時ならぬスコールに阻まれてはいるものの、十二月から四月にかけては乾期にあたる。

 水の国の意を持つギアナにおいて、オリノコ川やアマゾン支流を遡るボートは重要な移動手段であるが、川幅が狭まれば稼げる距離も少なくなる。

 数ヶ月の武者修行で多少は鍛えられたとはいえ、やはりド素人に森林部の移動は堪える。

 

 とは言え、何一つが手がかりが無いわけでもない。

 この洞窟に辿り着くまでに続いていた獣道。

 腰を下ろすのに適度な位置に置かれた岩。

 そして、その目線の先に落ちた、薪の跡――。

 

 明らかに、人の手の入った証がある。

 おそらくここは、今日のような荒天に遭った時の為の、『彼』の避難場所の一つなのだ。

 彼の居場所の、すぐ傍にまで肉薄しつつある。

 それだけに今の状況に、どうしても焦れ付いた感情を覚えてしまう。

 

 ふっ、と思い付いたようにシートを広げ、荷物の奥にしまってあったガンプラを取り出す。

 シャイニングガンダム・坂崎カスタム。

 

 既に馴染みとなったガンプラを手に取り、引っくり返し、関節の動きを一つ一つ確かめる。

 初めは簡素であった愛機も、三ヶ月の修行の中で徐々に手が入り、今では内部に独自のフレームを組み込んだ代物に仕上がっている。

 徒手空拳から我道拳、そして、今では拙いながらも、虎煌拳に近い気弾を撃ち出せる。

 

 だが、その骨格にはクリアーパーツを用いず、黒色の地金でまとめてある。

 たとえ粒子貯蔵能力に任せて覇王翔吼拳が撃てたとしても、そこから先が続かないからだ。

 

 日中と香港と違い、ヤマダくんのガレージの近辺は、夜になると寂しい場所であった。

 閑散とした異郷の静寂を、俺はガンプラの改修に没頭することでやり過ごしていた。

 今もそうだ。

 ほんの三日前までは、中国大陸で人に塗れて暮らしていた。

 たった三日ばかりの話なのに、あの喧騒がもう懐かしい。

 

 ギース・ハワードの肉体には、大小さまざまな痕が刻まれている。

 若かりし日に、天才、ヴォルフガング・クラウザーによって付けられた痕。

 サウスタウンを征服する過程で、極限流との戦いによって負った痕。

 生涯の宿敵となるテリーとの闘いの中、タワーより転落して受けた痕。

 

 彼の傷痕は、サウスタウンの歴史、そのものである。

 傷の一つ一つに由来があり、それが新たな力になる。

 絶えず手を加え続けたこの機体もそうだ。

 

 久方ぶりに再会したヤマダくんは、年相応の外見の内に、未だガルフォードのような純朴さを隠した青年であった。

 道中であった様々な強敵たちは、今はどこまでのレベルに達しているのだろうか。

 フタバさん(仮名)は無事に兄妹再会を果たせたであろうか?

 

 機体にメスが入る度に、旅先での出会いと別れが、情念が力となって彫り込まれていく。

 かつて、この機体で覇王翔吼拳が撃てた時、それが自分の新たな始まりになると思っていた。

 その機体も既に、九分九厘完成している。

 

 何故だか不意に、今だったら撃てる気がした。

 もしも、今、ここに、GPベースがあったならば……。

 

「……え」

 

 ふっ、と入口に影が差した。

 驚き顔を上げた先に、捜し求めた『彼』が立っていた。

 

 黒のジーンズにジャケットを覆う、年季の入った使い古されたマント。

 雨に塗れた黒髪の下に、赤い額の鉢巻が揺れる。

 全身濡れ鼠なのに、その存在だけで、室内にふっ、と新たな灯が点ったかのように感じる。

 年齢は俺よりも若い、しかし、その佇まいには一流を為した人間の自信が骨子に宿っていた。

 

 燃え盛る炎を、穏やかな瞳の色で包み込んだかのような青年だった……。 

 

 

 

 ――そして、二月。

 

 帰国から三週間が経ち、俺は再び大阪はガンプラ心形流の道場をくぐっていた。

 

『――Please set your Gunpla』

 

 GPベースを取り囲んで、珍庵和尚が、サカイくんが、マオさんが無言で視線を送る。

 機械的なアナウンスに促され、手にした『ガンプラ』をベース上へとセットする。

 

 坂崎カスタム、ではない。

 ブロンドのオールバックに肌色の筋肉、白の胴衣と赤袴を穿いた、純然たる人間である。

 青白いプラフスキーの輝きが肉体を投下し、プラスチックの肌にハリが溢れ、やがて、ゆっくりと瞼が開かれていく。

 

『――Battle start』

 

 男の前で、たちまちプラフスキーの世界が満ち溢れ、広大なる平原が現出する。

 ブルリ、と、知らず体が震える。

 

 出来た。

 叶った、動く、のか……?

 

「おいおい、何を呆けとるんや、シゲさん?」

 

 後背から、呆れたようなサカイくんの声が耳に届く。

 

「最初にアンタに会った時に言うたやんか?

 プラフスキー粒子は、プラスチックに宿る人の情念、機体を通して出る力をよう見よる、てな」

 

「……ああ、そうだったな」

 

 わずかに頷き、改めてコントロールスフィアを握り直す。

 ゆったりと脱力していたギースの体に、くっ、とわずかな力が灯る。

 

 指先、手首、肘、肩、首、腰――。

 間接部をゆっくりと動かしながら、機体の反応を確認していく。

 

 足先、しかし予想通り、下半身の動きがわずかに重い。

 全身を人間らしく造形した中で、唯一脹脛の部分だけが、過去の改造の名残を残している。

 コンパクトに作り直したホバー用の脚部スカート

 その上から正絹を仕立てた赤袴で、足先を覆い隠している。

 多彩な足技と小回りの軽さ、それに短時間ながら邪影拳と言う秘策を両立させた形である。

 

 通常の脚部パーツも差し替え式で作ってはいるが、そちらを使用した場合は、当然ながら邪影拳とライン移動攻撃(通称ブーン)はオミットされてしまう。

 少々メカギース的で自分でも納得のいっていない部分ではあるのだが、ここから先は今後の課題と言う事であろう。

 

 さて。

 ようやっと実現にこぎつけた、ギース・ハワード。

 その試金石となるのが、この先である。

 

 傍らの映像を見ながら、機体の状態を確認する。

 機体内部、臍下辺りに一際大きな粒子の蓄積が見られる。

 ふうっ、と胸を撫で下ろす。

 丹田に埋め込んだ小型のクリアーパーツが、期待通り効力を発揮しているようであった。

 

 改めて、あの日の洞窟での『彼』との会話を思い出す。

 会話と言っても、彼の服が乾くまでの間、俺の方から一方的に捲くし立てていただけなのだが。

 それでも彼は、俺の素人知識を辛抱強く聞き、時に拙いながらも丁寧な回答をくれた。

 

 曰く、気功とは、調和である。

 気、すなわち体内に宿るエネルギーの奔流を感知し、その巡りを整え、あるいは集合させる。

 格ゲーにおける攻撃的な気も、生命力の制御法を武に交えて転化したに過ぎないと言う。

 改めてイメージを重ね、徐々に内部の粒子を開放していく。

 気が経路を巡るように、丹田に集めた粒子が骨格を伝わり、ゆっくりと末端へ伝播していく。

 やがて、ぶわり、と蒼き炎のような闘気が左の掌から溢れ出す。

 

 ここまでは想定通り。

 かつての相棒、坂崎カスタムでもここまでは出来た。

 問題はこの後である。

 

 気とは、森羅万象に遍くエネルギーの総称である。

 

 己一人で完結する世界ではない。

 肉体の外に満ちた気……、他のエネルギーの干渉を受け、絶えず揺らぐ。

 体内に満ちた気に制御が必要なのと同様に、体外に存在する気に対しても調和は必要なのだ。

 

 

『――ええ、非常にレアなケースですが、そう言った人間の存在は確認されています。

 アイラ・ユルキアイネンは、生来、粒子の流れを察知できる人間だったと推測されます』

 

 

 今月の頭に訪れたニールセン・ラボで、所長のヤジマ氏は俺の質問に対し、そう答えた。

 

 今、ギース・ハワードの肉体の外に広がる広大な平原。

 これら全てが、目に見えざるプラフスキー粒子の働きで形どられている。

 岩も、木も、水も、大気にも、すべからく膨大な粒子が宿る。

 

 もしも今、この機体の指先を微かにでも動かそうとしたならば、それだけで内外の粒子は干渉しあい、空間に微弱なプラフスキー粒子の流れが生じる事となる。

 

 一般に、往年のアイラ選手には、その粒子の世界が見えていた、と言われている。

 粒子の動きを読み、それによって相手の動きを先読みできる、と言うのだ。

 その特性は精神状態によって移ろい易く、彼女は決して無敵のファイターでは無かったのだが、上記の理由から、フィンランド予選決勝時点の彼女を、歴代最強のファイターと評するマニアも多いと言う。

 

 何と言うニュータイプである事か。

 もしも彼女が現役復帰を果たすなら、俺は一も二も無く彼女の元へ駆け付け、拝み倒してでもこのギース・ハワードを託すであろう。

 上中下段、何が来ても、否、来る前に当身が仕掛けられる。

 ぶっぱのレイジングストームが100%当たる。

 夢の、いや、悪夢の中に存在しなかったギース様の完成である。

 

 チーム・ネメシスはバカだ。

 クリア・ファンネルなどと言う誰が使っても強い武器を、彼女に託すバカがあるか?

 相手の動きが読めるなら、はじめから普通のファンネルで良い。

 魅せプレイと言うものを何一つ理解していないサルロットだ。

 

 話が脇道に逸れた。

 重要なのはここからである。

 

 機体の動きが外部の粒子に干渉すると言うのであれば、その『先』があるのではないか?

 反応する外部粒子の流れに指向性を持たせ、より強い影響をもたらす事が可能なのではないか?

 微弱な波紋が重なり合って強大な津波となるように。

 始まりの一指が、壮大なドミノの崩壊を生み出すように。

 何気なくそこに存在する粒子の群れを、ビリヤードのように一点で打ち抜いて破裂させる事が出来たならば……。

 

 イメージする。

 大切なのは、同調と解放。

 この足元、大地に眠る膨大な粒子の貯蔵庫を、蟻の一穴で決壊させる。

 

 

「レップゥケーンッ!!」

 

 

 俺は叫び、そして、叩き付けた。

 高らかと掲げた左の手を、そこに宿るプラフスキーの波動を、足元目掛け思い切り撃ち抜いた。

 

 

 バシュゥッ! と――

 

 

「――!」

 

 蒼い炎が足元で膨れ上がり、瞬間、爆裂した!

 烈風のように、疾風のように。

 さながら地擦りの斬撃のように一直線に大地を切り裂き、4、5メートル先で霧散した。

 

「おお!?」

「やりおったか、シゲ!」

 

 後方から歓喜の声が立ち上がり、ついで珍庵和尚が呻くように言った。

 スフィアを握り締めた左手の指が、小刻みに震えていた。

 

「……いや」

 

 大きく深呼吸を繰り返し、ようやく感想を吐き出した。

 

「機体内部の粒子消耗が思いのほか激しい……。

 それに、飛距離も全然足りてない。

 実践に使おうと思ったら、まだまだ改良が必要だ」

 

「なんやなんや~、シマリの無い台詞を吐きよってからに?

 ようやっとナイトメア計画の第一歩を踏んだんやで、もっと全身で喜ばんかい」

 

 下らない強がりを言った俺の背を、喜色満面のサカイくんがバシバシと叩く。

 コホン、と一つ咳払いをして、マオさんが俺たちの傍らへと寄ってくる。

 

「おめでとう、シゲルはん。

 長らくの念願が、ようやっと叶いましたな」

 

「マオさん……、あ、ありがとうございます」

 

「これ、ワイと師匠からの餞別ですわ」

 

「え? 俺に、ですか……?」

 

 思わぬ言葉にうろたえつつ、渡された二つの紙袋の中を見る。

 大きな袋に入っていたのは、いかにも上等そうな、紫のスーツに淡いベスト。

 そして小さな袋には、ブロンドのウィッグにカラーコンタクト。

 

「あ…? マ、マオさん、これって……!」

 

 戸惑い上ずる俺の声に対し、マオさんは元より細い糸目をにい、と細めて笑った。

 

「ご名答、特注の若ギース様のコスチュームです。

 ギース・ハワードのデビュー戦は、それを着て参戦したらどないやろ?」

 

「ヴァー!? ム、ムムムムリムリムリムリムリ!!

 お、おオオ俺がギース様の御姿なんて恐れ多くて……」

 

「こりゃあ! シゲ!」

 

 どん! と、ひときわ大きな和尚の一喝が、狼狽する俺の二の句を遮る。

 

「シャア・アズナブル、東方不敗、ギム・ギンガナム。

 悪役っちゅうんはガンダムシリーズの華やっ!

 こないに凄い機体を作っときながら、そんな小汚い格好で大会に出ようなんざワシが許さへんで!!」

 

「師匠、し、しかし……」

 

「しかしもヘチマもあるかい!

 お前の性格じゃあ悪役は無理やろ?

 せやからなっちまえばエエんや。

 お前さんが誰よりも崇拝する、ギース・ハワードそのものにの?」

 

「は、はあ……」

 

 呆然と、乾いた笑いが喉元からこぼれた。

 ちらりとベース上のギース様を見つめ、あらためて袋の中の衣装を見直す。

 大会で暴れ回るギース・ハワードの姿を妄想しながら、それも悪くないかもしれないと、ヤケクソ気味に気持ちを切り替えた。

 

 

 

 雪解けの庭先に、一足早い春の陽光が差し込んでいた。

 

『サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル』

 

 大会の開幕まで、残り一ヶ月を切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話「・・・・凄い漢だ。」

 闘いのゴングが打ち鳴らされた。

 テーブルマウンテンの並び立つ乾いた荒野で、ズッ、と微かに大地が震える。

 薄暗い断崖絶壁の奥底で、今、仄かに蒼い閃光が煌めく。

 

「レップゥケン!!」

 

 切り立った渓谷に、裂帛の咆哮が轟き渡る。

 空間が哭き、たちまち水面を裂いて風が疾る。

 万物を切り裂く殺気の刃、その前には何人たりとも抗える者は無いように思われた……、が。

 

「……ム」

 

 男の口元から、わずかに疑念がこぼれた。

 視界の先、濛々と立ち込める土埃の中に、ちらり、と球形を成して侵食するノイズが見えた。

 

「GN粒子、か……。

 新型とはまた、随分と骨の折れる話だ」

 

『アホか、もう7年以上も前の機体やで。

 おっさんも少しはアップデートせんかい』

 

 通信機より、たちまちビリー・カーンのツッコミが入る。

 だが、旧世紀の亡霊たるこの男が、いちいちそんな死後の物語に気を回す筈も無い。

 

「フゥーアッハッハッハァ――――ッ! 愚か者めェ――――――ッ!!

 CBの科学力は世界一イイィイィィィ――――――ッッ!!

 カイザーウェイブのパワーを基準にィ、このGNフィールドは作られておるうゥ―――ッ」

 

 二人の漫才を遮って、立ちはだかるヴァーチェの男の哄笑が大気を震わせる。

 重装甲が揺れ、高笑いが絶壁を反響する。

 ビリビリと皮膚を叩く大音に、ギース・ハワードは片耳を押さえ苦々しげに吐き捨てた。

 

「フン、よもや準決勝の相手が、こんなブロッケンじみた道化とはな」

 

『いやいやいやいや。

 どう見てもシュトロハイムの方やろ?

 無論、クラウザーさんやないで』

 

 さすがはイロモノに定評のある非公式大会。

 などと下らぬ気を回す間にも、舌好調のブロッケン氏は尚も一方的に捲し立てて来る。

 

「そォしてェ! コイツを喰らえィ、ガチョウ野郎ッッ

 烈風拳の威力! 邪影拳の射程距離! そしてレイジングストームの無敵時間ッ!

 我らのヴェーダは全て研究済みよッ!!」

 

 ジャキリ、と重装甲の巨体が、いかにも重厚で大雑把なバズーカをギースへと向ける。

 合わせ、両肩の砲塔が計四門、同時に正面に目掛けて展開する。

 

『アカン! 一斉砲撃する気や!?

 射程から逃れな一瞬で蒸発させられてまうで!!』

 

 ビリーの悲痛な叫びを受け、ギースがゆるりと辺りを見渡す。

 だが、ここは断崖に阻まれた渓谷の底。

 隠れる場所も逃れる場所も無く、さりとて詰めるには間合いが離れすぎている。

 

「もう遅いわッ!! 脱出は不可能よォ!

 こんなステージで俺とまみえたツキの無さをォ、天にでも嘆くが良いわァ~!」 

 

「天……、成程、これが天の差配か……」

 

 ふっ、とギースが短い自嘲をこぼす。

 そうして、懐手にした両腕を、おもむろにぐっ、と胸元で交差させる。

 

「――ならば、これより先は、己が手で切り開くとしよう」

 

 そう不敵に嘯き、瞬間、ばっ、と鮮やかに胴衣を脱ぎ捨てた。

 ああ! と一斉に観客がどよめく。

 歴戦の爪痕が刻まれた帝王の上体。

 緩やかに開かれた両掌に、ぶわっ、と、蒼炎のような闘気が踊る。

 

『――って、ま、真っ向勝負かいなッ!?

 おっさん! アンタ、とうとう狂いよったか!!??』

 

「黙ってその眼に焼き付けるが良い!」

 

「……? 何だァ、下らぬ悪足掻きを。

 生身だか悪霊だか分からんが、この一撃で魂まで吹っ飛ばしてくれるわッ!!」

 

 バチバチと、五門の砲口から白色の光球が溢れだす。

 迎え撃つギースの周囲で、空間を成す粒子が一斉に震え、ぐにゃり、と視界が歪む。

 

「さあ逝けェイッ! 悪夢(ナイトメア)よ!!

 一分間に六百人のコーラサワーを瞬殺可能ッ GNバズーカキャノンの一斉射撃よォッ!!

 全国のガンプラビルダーを侮辱した貴様の罪はッ

 ヴぅわン死に値するうウゥゥ―――――――――ッッッ!!!!」

 

「ウィンドストオォ―――――ム!!」

 

 互いの絶叫が重なりあい、瞬間、会場全体が閃光に包まれた。

 

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 右閃!

 左閃!

 

 ギース・ハワードの両掌が燃え上がり、右に左に煌めき放つ。

 矢継ぎ早に繰り出された烈風拳の連ね撃ちが、白色の光放つGN粒子の群れに飛び込んでいく。

 渓谷が震え、更なる閃光がフィールドを埋め尽くし、しかし……、釣り合わない!

 

 破壊の光を前に烈風の刃は一直線に交錯し、そして、儚く呑まれて消え失せる。

 減ずれはすれど、押し戻す事叶わず。

 渓谷を一杯に埋め尽くした閃光が、死ぬ物狂いで交互に両腕を振るうギースの前に、じわり、じわりと迫り来る。

 

「ハアァアアァァァ――――ッッ!!!!」

 

「ぶわァかものがァーっ! 烈風拳の威力は計算済みだと言ったであろうがァー!

 そんなヤケクソが何になるゥ!?」

 

「オオォオオオオォオオォォ――――ッ!!」

 

「見苦しいぞッ こちとら単独で拠点を陥とすヴァーチェの全力だぞッッ

 下らん悪足掻きでこの世にしがみついてるンじゃあないッ!!」

 

「レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!レップゥケン!――」

 

「ほうれィ! あと一歩だッ!

 この閃光が貴様の体を一舐め、一舐め……、一舐め、すれ……!

 すれレレレレレレレッ!?」

 

 ブロッケン氏の語調が変わった。

 いや、彼だけでは無い。

 会場中を埋め尽くしていた、歓喜と狂気と絶望の悲鳴、そのいずれもが掻き消えている。

 言葉を失っていた。

 その場に居合わせた誰もかもが、目の前で起きている異常事態を前に。

 

「ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!ダーボゥ!」

 

 ぶっ壊れたオリコンのような絶叫が轟き、ギース・ハワードの肉体が限界まで加速するッ!

 立ち昇る蒼き閃光の盾が、破滅の光を土俵際一杯で喰い止めている。

 否、それは最早、盾などでは無い。

 

 これは、壁だ。

 むしろ山だ!

 両掌から放たれた闘気が幾重にも重なり合い、光を呑み込み、ついには岸壁を削り取りながら際限なく膨れ上がっていくではないか。

 

 所詮、一個の機体の粒子貯蔵能力には限りがあり、いずれはバズーカの光に呑まれて消える。

 そんな当然の前提が、いつしか変わっていた。

 ギース・ハワードの烈風拳には際限が無い。

 ならば、この斉射による均衡が途絶えた時、何が起こる?

 

 

 

「――虚空烈風斬、それもよりによってナイトメア版かよ。

 また、マニアックな技を使いやがって……」

 

 オーロラヴィジョンいっぱいに映し出された超常現象を尻目に、面長少年、スガ・アキラが呆れたように溜息を吐いた。

 

「こくう……? なんだ、それは?」

 

「ザ・キング・オブ・ファイターズ2002UMで実装された、ナイトメアギースのMAX2だ。

 本来はレイジングデッドエンド成功時の演出に過ぎないハズだが……。

 見ての通り、烈風拳の連打で巨大な気の塊を作り出し、一気に叩き付ける荒技だよ」

 

 と、そこまで説明した所で、スガはいかにも忌々しげに、ちぇっ、と一つ舌打ちした。

 

「気に入らないねぇ。

 ナイトメアギースなんてのは、そもそも存在自体がチートなんだよ。

 腕に覚えのあるゲーマーが使っていいようなキャラじゃない」

 

チート(ずる)、か、だが言い得て妙だな」

 

 スガ・アキラの言葉を受け、傍らの少年がぽつりと呟く。

 

「単に粒子貯蔵量が多いってだけなら驚きもしないが……。

 何だアレは?

 両手から放出されたプラフスキー粒子が、明らかに機体の外で膨れ上がっているじゃないか?」

 

「さあて、ね。

 ジュンヤ、そう言うのって、お前の方が詳しいんじゃないの?」

 

「あん? 何だって俺が……?」

 

「拳法、格闘技はお前らの十八番、だろ?」

 

「ふざけるな。

 次元覇王流とそこいらの格闘ゲームを一緒に――」

 

 そう言いかけた所で、不意にジュンヤと呼ばれた少年の台詞が止まった。

 口元を押さえ、改めてまじまじとオーロラビジョンを凝視する。

 

「おい、どうした?

 本当に何か知ってんのか?」

 

「……知っているってワケじゃないが、前に師匠から、似たような話を聞いた事がある。

 気功って世界は大別すると、内気功と外気功の二種類に分類できる、てな」

 

「気功ぅ?

 ……んで、その二つはどう違うんだ」

 

「内気功って言うのは文字通り、自分の体内の気をコントロールする方法論だ。

 体内の気を放出すれば、当然、肉体は消耗し、その回復を待たねばならない。

 一方、外気功は肉体の外にある気を利用する術。

 もしも気功のコントロールが為ったなら、より膨大なエネルギーを連続的に運用できる」

 

「……なんか、随分ふわっとした話だな。

 そんなオカルトを信じろって言うのかよ?」

 

「師匠の言葉が正しいかどうかなんて、未熟な俺には分からんさ。

 けど、少なくともあちらの戦場には、お前の言う,()()()()とやらが、確実に存在する」

 

「――!」

 

 思わずスガが、はっ、と顔を上げる。

 身を乗り出してフィールドを睨み据え、そして、呻くように言った。

 

「……フィールドを構成しているプラフスキー粒子の流れを、外気功の概念に見立ててるって?

 馬鹿な、そんな事できちゃったら、電影弾とか撃ち放題じゃないの」

 

「俺が言ってるのは、あくまで当てずっぽうの推論だよ。

 けど、少なくとも、この光景だけは現実だぜ」

 

 ぶっきらぼうにジュンヤが言い放つ。

 そうして二人、あとは押し黙ってオーロラビジョンを見つめ続けた。

 GNバズーカから、キャノンから放たれる光の帯が、徐々にか細くなって行く。

 戦いの終わりが近付いていた。

 

 ふっ、と、とうとうヴァーチェの視界が晴れた。

 焼き付き停止した砲身の先に、渓谷を埋め尽くす巨大な蒼壁が立ち塞がる。

 

「ああ……、あ、悪夢だ。

 まだ勝てぬ、現代の粒子変容技術では、この亡霊に……」

 

 

「Die!!」

 

 

 ブロッケン氏の絶望が届いたかどうか。

 高らかと掲げたギースの両手に、バスケットボール大の太陽が現出する。

 

 

「―― Forever!!」

 

 

 そして、撃ち込まれる。

 山と為した巨大な闘気、『超』烈風拳が加速する。

 暴虐の嵐が吹き荒れる。

 轟音と雷光、烈風と衝撃の渦に仮初のフィールドが激動する!

 

 

 

 ――そして渓谷は、消滅した。

 

 

 

『 Battle End 』

 

 

 

 凍りついた時間の中、ただバトルシステムだけが、淡々と忠実に任務をこなす。

 誰一人として動けなかった。

 物音一つ立てる事が叶わなかった。

 敵も、味方も、野次馬たちも――

 会場を埋め尽くす満員の観衆全てが、完全に時間から取り残されていた。

 

 

「ハァーッハッハッハッハッ! ……Die yobbo!!」

 

 

 いや、違う。

 無常の荒野にただ一人、ギース・ハワードだけが平常運転であった。

 たちまちフィールドが解け、テーブルの上にニッカリご満悦のギース様フィギュアが残される。

 

『……ハッ!?

 なッ、なナな何と言う悪夢でありましょうかァ―――――ッ!?

 邪魔する敵をフィールドごと薙ぎ払い、とうとうこの男が決勝にコマを進めてしまったァ―ッ』

 

 ようやく我に返った実況が、陣羽織を振り乱して力の限りに叫ぶ。

 それを契機にたちまちわっ、と歓声が上がり、凍りついた時が動きだす。

 

「な、何と言う烈風拳ッ! 復活だ、サウスタウンの帝王の完全復活だ!!」

「自ら窮地に立って、相手の最大の武器を真っ向から叩き潰すとは」

「ギース様は始めから、この心理効果を狙っておられたのだ!」

「我々も、ブロッケン氏も、この大観衆すらもギース様の掌の上ッ」

「ギース様こそが、真の支配者ですッッ」

 

 そして、混迷する会場で一際やかましいのが、南側スタンドを占拠した黒服の皆さんだった。

 戦慄のデビュー戦以来、ぽつらぽつらと増え続けたハワードコネクション社員は、とうとう今日では、会場の一角にサウスタウンエリアを形成するまでの一大勢力に至っていた。

 旧世紀以来、じっと国内各地に雌伏し続けていたネオジオファンたち。

 誰もかれもが待ち侘びていた。

 サウスタウンの帝王、ギース・ハワードの復活を!

 ネオジオフリークの復刊を!!

 餓狼MOWの続編を!!!

 

 S・N・K! S・N・K!

 

 取り分けこの軍団の中核を為したのが、北関東からの遠征組である。

 名物ゲーセン店員『サウスタウンのシゲ』が謎の失踪を遂げてから早半年。

 ガンプラ界に突如として現れた謎の超新星『ナイトメア』氏の正体は、ネットの大型掲示板を通じてあっさり身バレし、瞬く間に全国各地へ広がった。

 怖えな情報化社会!

 

「なんでガンプラバトルやねん!」「なんで若ギースやねん!」

「お前もう新人って年やないやろ!」

 

 言いたい事は山ほどあったが、しかし彼らは何も言わなかった。

 何も言わず、ただ無言でバンダナを巻いた。

 あるいはユニオンジャックを身に纏い、あるいは禁煙皮ジャンを自作し、あるいは梅田駅に三節棍を持ち込んで職質を受けたりしながら、とにかく彼らは会場へ辿り着いた。

 ありがた迷惑な友情の唄があった。

 ギース様ごっこを続けるシゲル氏もいっぱいいっぱいであった。

 

『さあっ! 兎にも角にも、東西の両雄が出揃いました。

 第七回サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル!

 

 激戦のBブロックを制し、とうとう決勝まで駒を進めて来たゲーム界の刺客ッ!

 サウスタウンの帝王ギー……、失礼! 謎の人間型MS・ナイトメア!

 対するは昨年度のガンプラバトル選手権・学生部門の覇者! トライファイターズ!

 

 史上稀に見る大型新人達を迎え、三日後、ここ大阪の地で決戦の火蓋が切られるのです!

 ウオオこうなったらもうッ アレ! 行っちゃいましょう!!

 それでは皆さんッ! ご一緒にイィ―――――ッ!!』

 

 

「 ガ ン プ ラ フ ァ イ ト ォ ッ !! 」

 

 

「 レ デ イ ィ ィ ィ…… 」

 

 

「「「 ゴ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ―――ッッ!!!! 」」」

 

 

「アリガトォ~」「アリガトォ~」「アイラビュ~」

 

 

 ヤケクソ気味な実況に、とうとう会場全体がおかしなテンションに包まれる。

 混乱の中、客席を見上げた若ギースの瞳と、舞台を見下ろすカミキ・セカイの瞳が交錯する。

 セカイの肩が一瞬、ぴくん、と震えたが、すぐについと視線は逸れ、そのまま男は無言で会場を後にした。

 

「アイツ……」

 

「やれやれ、どうやらとんだ大会に巻き込まれてしまったようだな」

 

「ユウマ」

 

 傍らで席を立った眼鏡の少年、コウサカ・ユウマの言葉に声も無く頷く。

 本来ならば彼らトラファイターズにとって、本番は四月に始まるガンプラバトル選手権である。

 だが、例年ならばほんの春祭りに過ぎないこのエキシビジョンは、何やら随分とおかしな方向に旗色を変えつつあった。

 

 サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル

 

 七年前に、ガンプラバトル再開を祝し、有志を募って始まった非公式大会である。

 ガンプラバトル本予選を一月後に控えた調整期間中の大会のため、本戦出場予定者、いわゆるガチ勢の参加者はあまり多くない。

 一方、運営側でも競技選手の参加に制限を設けており、選手権との棲み分けがなされている。

 良くも悪くもお祭り騒ぎと言った風情の大会である、例年通りなら。

 

 だが、本選出場予定者の中でも、機体の最終調整が遅れている選手などは、実戦運用のテストを兼ねて参加するケースがある。

 前年度学生部門の覇者、聖鳳学園のカミキ・セカイ選手もその一人だ。

 結果、少年は図らずも「ガンプラバトルの誇りと存亡を賭けた」などと大袈裟に銘打たれた、アングルの真っ只中に放り込まれてしまったワケだ。

 

「それにしても、なんだかみんな、凄いわね。

 まるで、いつものガンプラバトル大会じゃないみたい……」

 

 トライファイターズの紅一点、ホシノ・フミナの不安げな声に、ユウマが周囲を見渡す。

 

「まあ、こうなるのも仕方がないと思います。

 あんな、ガンプラである事を頭から否定したかのようなガンプラ……。

 しかもそれが、途轍もない高性能機と来てる。

 こうまで騒ぎになったんじゃ、僕ら当事者がどうであれ、世間が放っておいてはくれませんよ」

 

「――まったく、厭になるわなあ。

 ガンプラの事を知らんトーシロが、たった半年であんなけったいな機体を作り上げたなんてな」

 

「――え?」

 

 聞き覚えのある関西弁に、思わず三人が振り返る。

 視線の先には、いかにも気取った腕組みで会場を見据える、パーカー少年の姿があった。

 

「お前、サカイ・ミナト、こんな所で何やってんだ?」

 

「何って、そりゃあガンプラバトルの大会やで?

 わいのとっておきの新作『すーぱーふみなDX』で会場中のド胆を抜いてやろう……」

 

「真剣にやめて!」

 

「……と、思うとったんやが、後輩からのたっての頼みでな。

 残念ながら、今回わいは裏方や」

 

「後輩……、って? まさか!?」

 

 はっ、と目を丸くしたライバルの顔を前に、にっ、とサカイ少年の口端が吊り上がる。

 

「そう、そのまさか、やッ!

 あの『ナイトメア』ギース・ハワードのビルダーは、わいらガンプラ心形流が新入生!

 ミナミマチ・シゲル32歳! 通称『サウスタウンのシゲ』やッ!!」

 

 得意満面、まるで自分の事でも誇るかのように、サカイ・ミナトが高らかと謳う。

 そしてこんな所からも、ミナミマチ氏の個人情報は脅かされて行く。

 

「ガンプラ心形流……! ああ、どうりで」

「どうりで、だな」

「ええ、どうりで」

 

「えっ? ちょい待ち、なに、そのリアクション何なん!?」

 

 得心が言った風に頷き合う三人を前に、大阪少年のノリが空転する。

 ふう、と一つ溜息を吐いて、ユウマが再び顔を上げる。

 

「……それで、ご自慢の魔改造ガンプラで大会を滅茶苦茶にして。

 それでお前らはご満悦ってわけか?」

 

「なんやとッ!」

 

 ちくりと棘のあるユウマの言葉に、たちまち西のロバート・ガルシアが喰ってかかる。

 

「アホぬかせ!

 わいかてガンダムシリーズファンの端くれや。

 あんなけったいな機体に好き勝手されて、気分いい筈あるかい」

 

「な、なんだよ、それは……?」

 

「だいたい何や!

 いかにアマチュアの大会や言うて、居並ぶベテランが挑戦者一人にしてやられよってからに。

 揃いも揃って、ガンプラビルダーの意地はどこに行ったんや?」

 

「おま、お前はどっちの味方だよ?」

 

 困惑するユウマの問い掛けに対し、ミナトは声のトーンを落とし、心持ち真剣な口調で答えた。

 

「どっち、言うたら、そりゃあ今回ばかりはシゲさん側や。

 あん人の機体に賭ける執念を、わいは間近で見とるさかいな。

 ……けど、一つだけ、あの人とわいの見解は違うとる思うわ」

 

「見解、何の話だ……?」

 

「ギース・ハワードは、その死に際によって伝説になったキャラクターや。

 ……少なくともわいは、そう思うとる」

 

「お前……」

 

 と、そこで戸惑うユウマの二の句を遮って、すっ、とセカイが前に出た。

 

「その、シゲルさんに伝えといてくれよ。

 三日後の決勝戦では、本気のガンプラバトルをさせてやる、ってね」

 

「――ハッ、そうかい、せいぜい気張るんやな」

 

「ああ、わざわざありがとな」

 

「アホンダラァ、敵に感謝する奴があるかい」

 

 謎の自信に満ちたセカイにそう毒づいて、ミナトがくるりと背を向ける。

 徐々に遠ざかっていく背中を見ながら、ホシノ先輩がぽつりと呟く。

 

「サカイくん、結局、何しに来たのかしら?」

 

「何って、ハッパをかけに来てくれたんでしょ?

 結構いいヤツですよ、アイツ」

 

「う~ん、そうなのかしら?」

 

 と、そこでセカイはふっ、と思い出したようにユウマの方を振り向いた。

 

「……ところでユウマ。

 ギース・ハワードって、誰だ? ガンダムのキャラか?」

 

「……は? お前、そんな事も知らずに話に入って来たのか?」

 

「いっや~、何か、テイワズ辺りの幹部か何か、なのかなあって……」

 

「烈風拳を素手で撃つようなヤ○ザがP.D.に居て堪るか!

 もういい、宿に帰ってからちゃんと教えてやる」

 

 喧々囂々といつものやり取りを始めた後輩たちを尻目に、フミナが一つ溜息を吐く。

 大阪の夜は、どこまでも熱狂の内に更けていくようであった。

 

 

 

 

 



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第九話「狼は眠らない」

 ――その夜。

 

 大阪市内のホテルで夕食を終えたトライファイターズの面々は、ロビーに集まりネオジオ講座、もとい簡単なブリーフィングを行っていた。

 

「へえ……、つまりアイツはガンダムシリーズとは何も関係も無い。

 餓狼伝説って言う格闘ゲームのキャラクターなのか!」

 

「……ああ、そうだ。

 ガンプラしか反応しないと思われていたプラフスキー粒子が、全く無関係のキャラを動かした。

 ガンプラバトルの大会に、ガンダムシリーズに関係ないガンプラが参戦した。

 しかもそいつが無茶苦茶強くて、試合を荒しまくっている。

 だからメディアが騒ぎ立てるし、双方のファンも一触即発の状態になってるんだ。

 まったく、自分の置かれた状況くらいは把握しとけよ」

 

「悪い悪い、で、格闘ゲームってどんなゲームなんだ?」

 

「そこからかよ!?」

 

 延々と漫才を繰り返す後輩たちに、ホシノ・フミナが一つ溜息を吐く。

 

「――あのナイトメアって言う機体、どうしてあんな戦い方が出来るのかしら?」

 

「先輩?」

 

「単にガンプラを人型に成型して動かすだけなら、出来るかもしれない。

 けど、相手は皆、アマチュアとは言え全国から集まって来た実力者揃いよ。

 それをあんな風に一方的に捻じ伏せるなんて……」

 

 フミナの深刻な声色に、ユウマが一つ頷いて、次の言葉を切り出す。

 

「こんな言い方をすると、少し、おかしいのかもしれませんが……。

 あの機体を目にした時、僕は、姉が初めて作ったガンプラを思い出しました」

 

「チナさんの? それってベアッガイⅢの事?」

 

「そうです。

 言ってみれば、ガンプラバトルで勝つための術を求めた機体じゃない。

 効率の良い運用方法だとか、武装のバランスだとか、動かす上での合理性を度外視した機体。

 ビルダーとしての常識なんか何も無くて、ただ、自分の求める理想を形にしたかのような……」

 

「けど、その上で、あの人は今日までは勝ち上がって来たわ。

 あの人と私たちビルダーと、何が違うって言うの?」

 

「当たり前の話ですが、今までビルダーの中に、格闘ゲームのキャラをバトルシステムで動かそうなどと考える者は一人もいませんでした。

 弾切れしない飛び道具を再現しようなんて考える人間はいなかったし、する必要も無かった。

 あのナイトメアの尋常ではない動きは、僕らビルダーとは全く別視点からのアプローチがもたらした結果なんじゃ無いでしょうか?」

 

「……それって」

 

 

「心を形に……か。

 それはまさしく、心形流の本懐だな。

 やはりガンプラは、どこまで行っても奥が深い」

 

 

「「「えっ?」」」

 

 不意に投げかけられた声に、三人がはっ、と振り返る。

 視線の先に現れたのは、特注のサングラスを揃って身に付けた、気合いの入った男女であった。

 

「メ、メイジン!? それにレディーさんも、どうして……」

 

 色めきだすフミナを片手で制し、メイジン・カワグチはツカツカとセカイの正面に歩み寄った。

 

「まずは決勝戦進出、おめでとうと言っておこう。

 カミキ・セカイくん、そしてトライファイターズ」

 

「あ! は、はい、その、ありがとうございます」

 

 思わぬメイジンの祝辞に、戸惑いながらも素直に応じる。

 が、すぐにちらと瞳を曇らせ、困ったように苦笑した。

 

「けど、俺、素直に喜んで良いんでしょうか?」

 

「うむ……、君たちには少々、面倒な役回りを押し付ける事になってしまったな。

 こちらとしても、心苦しい所なのだが」

 

「……まったく、よく言うわね。

 そもそもメイジンが剣幕を露わにするもんだから、マスコミがこぞって書き立てたんでしょ?」

 

「仕方ないだろう。

 どう言葉を飾った所で、気に入らないものは気に入らない」

 

 迷いなく抜け抜けと言い放ったメイジンを前に、レディーは一つ溜息を吐いて、あらためて三人の前に向き直った。

 

「まあ、そう言う訳で、元はメイジンの撒いた種だからね。

 少しばかり気になって陣中見舞いに来たのだけれど……。

 その様子だとセカイくんの方は、あまり気にしてもいないみたいね」

 

「ええ、相手が誰であったとしても、俺は今の自分に出来る事をやるだけですから」

 

「……ええ、そうね。

 そういう子だったわね、あなたは」

 

「ええっと……。

 あの、メイジン、一つだけよろしいでしょうか」

 

 時のガンプラ界の権威二人を前にして、フミナが躊躇いがちに片手を挙げる。

 

「その……、既存の格闘ゲームのキャラクターを模したガンプラって……。

 大会規約的には、問題ないんでしょうか?」

 

「「「――!」」」

 

「あ」

 

 フミナの言葉に、メイジン・カワグチが、レディーが、コウサカ・ユウマが一斉に振り返る。

 その態度で事態に気が付いたフミナも、思わずはっ、と口元を押さえる。

 緊張感漂う中、その場の空気に取り残されたセカイだけが、きょろきょろと四人を見渡す。

 

「ん、なんだ?

 ユウマ、あのナイトメアって機体、何かマズイのか?」

 

「……有体に言ってしまうと、非常にマズイ。

 法治国家には著作権って言うものがあるからな。

 権利者の目に止まったら怒られる、で済めば、まだ優しい方かも知れない」

 

「――元々、ファンアートと言う分野は、権利者のお目こぼしで成立している側面もある。

 タイのルワン・ダラーラ氏のように、プロのビルダーの中にも、他作品へのオマージュを隠そうとしない剛の者もいる」

 

 慎重に、一つ一つ言葉を選びながらメイジンが補足を重ねる。

 

「一つだけ誤解しないでほしいのは、あのミナミマチ・シゲルと言う男は、見た目や態度とは裏腹に、権利関係については非常に紳士的だと言う事だ。

 機体の名称には絶対に『ギース・ハワード』を使わず、ゲーム中のボイスも全て本人の声マネによる再現ときている。

 とてもあの、サカイ・ミナトくんと同門の男だとは思えんくらいだ」

 

「え、ええ、そうですよね、そう思います」

 

「けれど、それにしたって、あの機体は……」

 

「……似過ぎてる、のよね。

 造形も、仕草も、アクションも、声の演技や機体の醸し出す雰囲気さえも」

 

 レディーの断言に、しん、と重い重圧が周囲を包み込む。

 

 一昔前、とある格闘ゲームの会社が、一人のキャラクターを作り出した。

 そいつはどう見ても某サイバーパンクの超能力少年を下敷きにしたキャラで物議を醸した。

 パクり、パクられ、インスパイアは日常茶飯事の業界である。

 ある意味ではお互いさまと言った部分すらある。

 しかしそのキャラは、オマージュと言うにはあまりにも作り込みが完璧であった。

 デザイン、アクション、必殺技から性格、果ては担当声優と劇中の掛け合いに至るまで――。

 

 そのクオリティの高さは、本来憤慨すべき原作ファンをして、

「ご本人じゃねーか!」「完成度高すぎィ!?」「○○○が使える日が来るとは思わなかった」

 などと絶賛される有様であり、事態を重く見た公式は自主的に彼のプロフィールを削除。

 自らマウンテンサイクルの奥底へと封印する運びとなったのである。

 

 全体的にふわっとした説明ですまない。

 インスパイアのプロですら、匙加減を見誤る事があると言う好例であろう。

 

「そ、それって、本当にもうまずいじゃないですか?

 こんな事言える立場じゃないですけど、もう決勝戦どころじゃないですよ」

 

「うむ、ホシノくんの危惧はもっともだ、もっともなのだ……、が!

 君たちは、本当にそれで良いと思うのかね?」

 

 メイジンがいかにもメイジンたる早さによって、強引に話を切り替える。

 

「ど、どう言う意味ですか?」

 

「そのような大人の判断で、みすみす彼らに()()()()を許して良いのか、と聞いているのだ?」

 

「ええ!? い、いやいやいや、そんな事言ってる場合じゃないですよね?」

 

 流石はメイジンである。

 通常の三倍の速さで発想を飛躍させ、ホシノ先輩の常識的見解をぶっちぎる。

 

「あの男、ミナミマチ・シゲルの行動原理はいたって単純だ。

 突き詰めれば一つ、手塩にかけた機体を見せびらかしたいと言う、子供のような欲求だ」

 

「見せびらかす、ですか?」

 

「そうだ。

 だからこそ、幾らでもあるガンプラ発表の場に、この大会を選んだ。

 ギース・ハワードと言う巨悪の魅力を、最も発揮できる場所、即ち戦場を。

 名だたる実力派ビルダーたちを踏み台にして、自ら悪役を演ずる形でな」

 

「……それは、確かに気に入らない話ですね」

 

「もう! ユウくんまで」

 

「けれど、メイジンの言葉は極端ではあるけども、それでも世相の一翼を担ってもいるわ」

 

 冷然と、突き離すようにレディーが言葉を引き継ぐ。

 

「大会がこれだけの騒ぎとなりながら、それでも世の大人たちは誰一人として、ミナミマチ選手の行動を法的に咎めようとは動いていない、でしょう?

 この黙認が、世間の答えと言っても良いでしょうね。

 本心では戦いの結末を、日本中の誰も彼もが見たがっているのよ」

 

「あるいは、あのナイトメアが公の舞台を踏む機会は、今大会が最初で最後かもしれないな。

 だからこそ決着は、ガンプラバトルで付けるべきだと、少なくとも私はそう思っている」

 

「…………」

 

 再び、沈黙が一同を包み込む。

 やがて、意を決したように、コウサカ・ユウマが顔を上げた。

 

「だったら、決勝戦は僕が戦います」

 

「ユウマ?」

 

「悪いなセカイ。

 本来なら、カミキバーニングの最終調整を兼ねた大会だったんだが……。

 どうやらそうも言ってられなくなった」

 

「その決意、勝算はあるのか?」

 

「ええ」

 

 メイジンの問いかけに対し、力強くユウマが頷く。

 

「確かにミナミマチ選手のナイトメアは、距離を問わず万能の機体です。

 撃ち放題の飛び道具に加え、近間においても、未だ底を見せない格闘能力を有しています。

 けれど、その由来はあくまでも格闘ゲームのキャラクター。

 MS同士の空戦において、致命的な死角を抱えています」

 

「――烈風拳の、上を取るか」

 

「はい、そうです。

 烈風拳の届かない上空から、徹底的にアウトレンジで戦いを挑みます。

 足回りが鈍く、対空射撃を持たず、空中戦に難のある機体。

 超必殺技(レイジングストーム)の間合いにさえ気を付けていれば、確実に勝てます」

 

「そっか、確かにユウくんのライトニングZなら!」

 

「ん~……」

 

 と、ユウマのプランに顔を華やかせたフミナとは対照的に、傍らのセカイはらしからぬ呻きをこぼし、顔を上げた。

 

「いやあ、ユウマ、そりゃあダメだ。

 やっぱ俺が戦うぜ!」

 

「はあ!? ダ、ダメって、何だよ!」

 

「だってさ、あの機体は、次の試合が最後の公式戦かも知れないんだろ?」

 

「あ、ああ、それがどうかしたか?」

 

「だったらさ、見たいじゃないか!

 アイツが、ギース・ハワードが隠してる、正真正銘、本気の姿を」

 

「な……!」

 

 そう言ってにっかと満面の笑みを見せたセカイの姿に、思わず一同が呆気に取られる。

 やがて、ふっ、と誰からともなく笑い合った。

 

「……はあ、お前って奴は、本当に」

 

「カミキバーニング対ナイトメア・ギース。

 同じ距離で戦う純正の格闘機同士、噛み合う、のだろうな。

 単純な興味で言うならば、私だって見たい!」

 

「まったく、メイジンも現金ね」

 

「けれどセカイくん。

 向こうには、あのサカイくんがオペレーターについてるわ。

 カミキバーニングの戦法、きっと、研究されているわよ」

 

「ええ、先輩、そこなんですけどね……」

 

 フミナの言葉に、セカイは困ったように頭を掻いて、ちらりと顔を上げた。

 

「少しだけ、自分にも考えている事があります」

 

 

 ――同時刻、ガンプラ心形流道場。

 

 無人の道場に、バトルフィールドの明かりが仄かに灯っていた。

 フィールドは、月明かりに揺れる湖畔を映していた。

 その袂に一人、胴衣姿の男が佇んでいた。

 

「レップゥケン!」

 

 男の手より、一筋の閃光が煌めき走った。

 蒼き烈風が大地を裂いて、碧暗き水面を一直線に吹き抜けていく。

 

「――試合の後やで、そんくらいにしとけばエエんちゃうん?」

 

「ああ、サカイくんか」

 

 不意に入口から響いてきた声に、ミナミマチ・シゲルが顔を上げる。

 

「決戦は三日後やで。

 今から気張りよったら、後が持たんで」

 

「コイツをやっておかないとな、不安で眠れやしないよ」

 

 サカイ・ミナトの言葉に対し、シゲルが昼間とは打って変わった気弱さで応じる。

 

「外気功な……、理屈だけ聞きゃあエライ便利そうな話やったが。

 随分と難儀なシステムやな、コイツは」

 

 軽口を叩きつつ、サカイ・ミナトがフィールドを覗き込む。

 宵闇に立つギース・ハワード。

 その掲げた右手に、烈風の残滓が揺らめく。

 

 フィールドを構成するプラフスキー粒子に、新たに別の粒子をぶつけ、その威力を解き放つ。

 ミナミマチ・シゲルの構築した烈風拳システム。

 重要なのは、同調と解放。

 けれどフィールドを構成する粒子が目に見えぬ以上、その龍脈(ツボ)は己の経験で覚えねばならない。

 

 荒野、草原、水面、石畳……。

 ガンダムシリーズ三十年を彩る数多の戦場。

 気紛れなバトルシステムが選択し得るフィールド、全てに対応出来るように。

 

「大会の運営委員会には、感謝しないといけないな」

 

 しみじみと、独り言のようにシゲルが呟く。

 それは、皮肉でも何でもなく、心からの率直な感想だった。

 

 もしも運営が悪意を以てナイトメアを潰しにかかるのならば、策を弄する必要などない。

 ランダムの采配に見せかけて、バトルフィールドを宇宙空間に設定すれば良いだけだ。

 それだけで烈風拳もレイジングストームも使えなくなり、投げや当て身といった格闘能力も真価を発揮できなくなる。

 

 元よりガンダムシリーズの戦場の半分は宇宙。

 一度も宙域戦闘を経る事無く決勝に辿り着いた事、それ自体が僥倖なのだ。

 ガンプラバトルに対する、敵である筈のオーナーの誠実さに支えられた剛運。

 それが今宵のギース・ハワードに、かつての帝王であった頃の風格をもたらしていた。

 

「――セカイの奴が、の」

 

「うん?」

 

 不意にミナトが、思い出したかのようにポツリと呟いた。

 

「決勝戦では、アンタに本気のガンプラバトルをさせるって意気込んとったで」

 

「そいつは、ありがたい話だな」

 

「アホか、素直に喜んでられるような相手ちゃうで」

 

 ミナトの剣幕に対し、困ったようにシゲルが頷く。

 昨年度のガンプラバトル選手権、学生部門の王者、トライ・ファイターズ。

 その上には事実上、世界戦を視野に入れたプロしかいない。

 チームの原動力となったカミキ・セカイは、格闘戦においては国内最強と言える選手であった。

 

「三日後の試合、どう見る?」

 

「ん~……」

 

 フィールド上の機体を見つめながら、ミナトが真剣に呻く。

 脳裏に浮かぶ光景は、少々、口にしにくいものであった。

 

「……長丁場になれば、粒子消費を気にせず戦えるシゲさんが有利。

 と、言いたい所なんやけどな」

 

「ハハ、残念だけど、そう言う展開にはならないな。

 お互いが、角突き合わせて戦うインファイター同士、決着はすぐにつく。

 次の試合に限っては、お互い、粒子貯蔵能力を気にする必要は無い」

 

「ああ、そうやな。

 それに加えて言うなら、同じ格闘機でも向こうのは正統派や。

 近距離戦闘はシンプルな奴ほど強い。

 いちいち精妙な粒子コントロールが必要なシゲさんの機体は――」

 

「……へっ」

 

 そうやって、二人はしばし、月光に佇むギース・ハワードを見つめていた。

 どれほどの時間が経ったか。

 何事か思い立ったように顔を上げた。

 

「なあサカイくん、最後に一本だけ付き合ってくれないか?」

 

「ん? 別に構わへんけど、なんや?」

 

「サカイくんとはチームだからな。

 君にだけは、俺の奥の手を見せておくよ」

 

「――機体、借りるで」

 

 一言呟いて、ミナトが傍らにあった機体を手に取る。

 

 シャイニングガンダム・坂崎カスタム。

 かつて、シゲルが大陸で改修を重ねた機体も、今や極限流の技の全てを宿した、二代目カラテとも言うべき戦士となっていた。

 

 極限流との死闘と日本での修行を経て、帝王の拳を完成させたギース・ハワード。

 父・タクマの志を継ぎ、極限流空手を完成させたリョウ・サカザキ。

 

 ついに原作では対峙する事の無かった両雄が、今、プラフスキーの輝きの下で向かい合う。

 

「さて、シゲさん。

 ここから何を見せてくれるんや?」

 

「ギース・ハワードの完成形。

 と、言っても、今の自分に出来るのは、せいぜい六割、七割か……」

 

 ゆっくりと、両機の間の空間が歪んでいく。

 ギース・ハワードの肉体が、徐々に紅く、紅く染まっていく。

 

(何や……? 外気功やあらへん。

 ギースの丹田に蓄えとった粒子を、丸ごと全部燃やしとるんか!)

 

「ここから先は、きっと、カミキバーニングとの戦いで完成する」

 

「お、おおおおお!?」

 

 瞬間、大気が爆ぜた。

 

 紅く染まる世界の中で、ミナトはリョウの目を通し、喉元に喰らい付いてくる餓狼の姿を見た。

 

 

 翌朝、市内のホテルから、カミキ・セカイの姿が消えていた。

 

 机の上の書き置きには、ただ一言「特訓に行って来ます」とだけ書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第十話「ひなあられの時間だ!」

 三月末日、14:55、大阪。

 

 第七回、サクラザク・スプリングガンプラフェスティバル。

 世紀の一戦を控え、満員の観衆が詰め掛けた大阪城ホール。

 しかし今、その興奮のフィールドからは、微妙な戸惑いの声が溢れていた。

 

 会場の中央、バトルフィールドを挟んで向かいあった、二組の陣営。

 西側に陣取ったのは、今大会の台風の目、チーム『覇我悪怒コネクション』

 だが奇妙にも、この決勝まで単独で勝ち上って来た男の傍らに、一人の参謀が控えていた。

 

 ビリー・カーンでも無ければ、無論、リッパーでもホッパーでも無い。

 腕組み仁王立ちで不敵な笑みを浮かべるドヤ顔の少年。

 その取り合わせが妙であった。

 

「……うそ、あれって」「心形流のサカイか?」

「なんでギース様の隣に……?」「あれ? うん、けど……」

「……どうりで」「ああ、どうりで」「どうりで、だね」「うん、どうりで……」

 

 

「――ってオイ!? 聞こえてんでっ!

 皆して何なんや、そのリアクション!?」

 

 イナクト顔負けの集音性を発揮して、サカイ少年が狼狽の声を上げる。

 堪え切れず「グッ」と、むせるように噛み殺した笑いが一つこぼれる。

 

「お、おっさん! アンタもかい!?」

 

 咎めるような少年の声を、若ギース様が俯き気味の仏頂面でやり過ごす。

 これ以上付き合うと、素のミナミマチ・シゲルに戻りかねない危険事態であった。

 

「どうりで、としか言いようが無いやん、そりゃ……」

 

「アイツはホンマ、周りの評価がよう見えとらんのう」

 

 会場の片隅で、ガンプラ心形流が先達、珍庵和尚とヤサカ・マオが頷きあう。

 表情の硬い東方の面々に比べ、西方は今一つ、気合が空回っているかのようであった。

 

 その一方の東側陣営、チーム『トライファイターズ』

 こちらはこちらで、ある種の、焦燥にも似た緊張が()()を包んでいた。

 これまでカミキバーニングの調整試合としつつも、常に三人一組で目の前の戦いに臨んで来た、トライファイターズ。

 その要である筈の拳法少年、カミキ・セカイが、どこにもいない。

 

「セカイくん……、何か、あったのかしら?」

 

「アイツに関しては余計な心配はいらないと思いますが……。

 進行を遅らせるわけにも行きません」

 

 心配げに客席を見渡すフミナに対し、ユウマが一つ溜息を吐いて、傍らの鞄を手に取る。

 

「万一の時は、僕が代わりに出ます」

 

 きっ、と顔を上げ、一歩踏み出したコウサカ・ユウマを、正面の若ギースがちらりと見つめる。

 

「カミキ・セカイは、やはり、間に合わぬ、か……」

 

「アホ抜かせ、アイツは来るで、必ずな」

 

「そう願いたいものだがな」

 

 妙に肩を持つミナトの発言に、若ギースが小さく苦笑する。

 なお、この時の彼の台詞は、決して皮肉では無い。

 

 このままセカイが来なかった場合、決勝の相手はライトニングZと言う運びになるだろう。

 無論、シゲルもそう言ったケースを想定していなかったワケではないが、その場合の推定ダイヤは、どう足掻いても2:8以上はつけられない。

 炎邪対慶寅のような凄惨な展開が待ち受けている事必定。

 小心者のミナミマチ本人としては、内心ドキドキものである。

 だが、今日の彼はそれをおくびにも出さない帝王の風格に溢れていた。

 

 と、不意にその時、入口側より遠巻きに歓声が上がった。

 双方の視線が一点に向けられる。

 花道の歓声を蹴散らして、道着姿の少年が一直線に駆けだして来る。

 

「スイマセン! 遅くなりました!」

 

「セカイくん」

 

 赤髪を振り乱し辿り着いたセカイの姿にフミナがほっ、と胸を撫で下ろす。

 呆れたようにユウマが眉をしかめる。

 

「お前は本当に何を考えてるんだ!

 せめて行き先くらい教えてから出てけ」

 

「悪い、ユウマ! どうしてもやっておきたい事があって……」

 

 そう言いかけて、そこでセカイはようやく自らの置かれた状況に気が付いた。

 顔を上げ、ぐるりと会場全体を見渡す。

 大観衆たちの有りようもまた、今の自分たちと同じように、きっちり東西で分かたれていた。

 ある種の必死さを感じさせる東側の声援。

 やや罵声混じりの声を張る西方の黒服集団――。

 

「……って、うわ、なんだこりゃ!?

 会場、ビリー・カーンだらけじゃないか!」

 

「お前、今さらそんな事……、ん、ビリー?」

 

「もう! セカイくん、いいから急いで」

 

「あ、はいッ!」

 

 フミナに促され、セカイが一直線に壇上へと昇る。

 呼応して、対面の若ギースの皮靴が、かつん、かつんと階段を叩く。

 戦いに臨むチームメイトの背中を遠巻きに見つめながら、ユウマがぽつりと疑念をこぼす。

 

「アイツ、いつの間にビリー・カーンなんて……」

 

「ユウくん?」

 

「――どうやら、かろうじて間に合ったみたいね」

 

「えっ?」

 

 ユウマの会話を遮って、後方より籠るような甘い声色が響く。

 振り返った二人の視線の先で、ニノン・ベアールめいた蕾のような少女が微笑する。

 

「あなた、キジマ……、キジマ・シアさん!

 どうしてここに……?」

 

 そう紡ぎかけたフミナ先輩の疑問の声が、はっ、と止まる。

 目の前に現れた少女は、一目見て分かるほどに憔悴していた。

 らしからぬ話である。

 ガンプラ学園代表、チーム『ソレスタルスフィア』の紅一点、キジマ・シア。

 普段なら花のように可憐な少女が、今は目に下にうっすらと隈を張り、その西洋人形のような大きな瞳に、爛々と妖星のような煌きを灯しているではないか?

 

「キジマさん、何かあったの?

 なんだか少し、辛そうだけど」

 

「あ……、やっぱり、分かってしまうのかしら?」

 

 フミナの指摘に、シアは気恥ずかしげに顔を曇らせ、ん、と両手を胸の前で伸ばした。

 

「今朝方まで二人っきりで、ずっとセカイの秘密特訓に付き合っていたから。

 それで疲労が抜けていないのね」

 

「あ、そうか、アイツそれで、餓狼伝説の事を――」

 

「ひ、秘密特訓ですってぇ―――ッ!?」

 

 ユウマの推測を遮って、ホシノ先輩が素っ頓狂な奇声を上げる。

 

「そ、そんな……、二人っきりで、朝まで、って……。

 そんなにヘロヘロになるまで、いったい何をやっていたのよ!?」

 

「セカイったら、自分は見るのも触るのも初めてだ、なんて言ってたのに、激しすぎるから……。

 私だって、その、そんなに、経験があるワケじゃないから。

 正直、リードするだけで精一杯だったわ……」

 

「は、初めて!? な、何の話をしているのよぉ……?」

 

「ゲームの話だよね」

 

 後方で、やにわにギャラリーが騒ぎ出す。

 だが、その声ももはや、舞台上の両者の許までは届かない。

 

 

「すいません。

 随分とお待たせしてしまって……」

 

「構わないさ。

 待てるのは、ラスボスの特権だからな」

 

 気負いの無い声だった。

 セカイの会釈に対して、向かい合った男は、ミナミマチ・シゲルとしての言葉で応じた。

 

「それに――」

 

 ちらり、と寂しげに眼を伏せ、シゲルが傍らの愛機をその手に握る。

 

「――待ち焦がれた時間など、始まってしまえば一瞬の内に過ぎ往くものだ」

 

 ぞく。

 セカイの背に、微かに悪寒が走る。

 眼前の男の純朴な匂いが消え去り、変わって、その内から底深い帝王の風格が噴き出して来る。

 

「約束は守りますよ」

 

 自分に言い聞かせるように短く呟き、セカイが己が分身をその手に掴む。

 

 

『――長らくお待たせいたしました。

 ただ今より、第7回、サクラザク・スプリングガンプラフェステバル。

 決勝戦を開始いたします』

 

 

 ウグイス嬢のアナウンスと同時に、照明が落ち、会場のノイズが途絶える。

 暗闇の中、舞台上のプラフスキー粒子が、燐光に煌めく世界を映し始める。

 機械的なガイダンスに合わせ淀みなく両者が動き、戦士が二人、GPベース上で対峙する。

 

「カミキ・セカイ――」

「You can not escape――」

 

 口上が重なる。

 機体の内に、徐々に、徐々に粒子が浸透して行く。

 

「――from death」 

「――カミキバーニングガンダム、行くぜ!」

 

 

 

 ――そしてフィールドに、サウスタウンの風が吹いた。

 

 

 

 

 風が吹いていた。

 

 蒸し暑い闇夜の熱狂を吹き飛ばす、涼やかな風だった。

 風の中に、仄かに潮の匂いが混ざっていた。

 

「これは……」

 

 思わず、ぽつり、とシゲルがこぼした。

 ギース・ハワードと重なりながら、不覚にもシゲル個人の言葉が漏れた。

 

 壮大な伽藍であった。

 空中に突き出した舞台は和の装いに溢れ、純白の足袋が磨かれた板の間を踏み締める。

 回廊をつなぐ欄干は、がっしりとした幾つもの木柱によって支えられ、そこから建物の中心へ向け、蜘蛛の巣のように太い梁が巡る。

 伽藍の中央では憤怒を刻んだ阿吽の仁王像が睥睨し、その袂には古ぼけた巻物と竹簡が、合わせて三巻、添えられている。

 

 呆然と我を忘れ、そっと近場の欄干に手をかけ、夜景を望む。

 様々な色のネオンに彩られた、いくつもの巨大な摩天楼。

 人工島を繋ぐ斜張橋を走る、蟻のようなヘッドライトの群れ。

 闇夜を切り裂くサーチライトの光と、底深く暗い、海の青。

 

 海溝は深く、流れは速い。

 人と問わず、物と問わず、一たび沈めば、二度と浮かび上がってくる事は叶わない。

 この街の歴史を闇を呑み込んだ、底深い黒を内包する青である。

 

 60年代。

 欧州の名門より、戦いに敗れた青年が一人、この街を仕切るシチリア・マフィアのファミリーの下へと流れ着いた。

 蟻の目のように入り組んだ、ごみ溜めのようなダウンタウンの片隅から、青年はじっ、と巨大な摩天楼の群れを見上げていた。

 

 時は流れる。

 

 今、ミナミマチ・シゲルは彼の眼を通し、彼の居城から、彼の街を見下ろしていた。

 サウスタウン。

 野心と、暴力と、繁栄と、喧嘩と熱狂の色が混じり合う、餓えた狼たちの街――。

 

 

 

『何や、こりゃ……?

 完璧なギース・ステージ、やな。

 運営もまた、随分と気を利かせてくれるやないか』

 

 ビリー・カーンからの通信に、男がたちまち、ギース・ハワードへと戻る。

 改めてゆっくりと周囲を見渡す。

 広すぎず、狭すぎず。

 豪奢であっても低俗では無く、悪趣味でありながら、同時に底知れぬ威厳を醸す。

 確かにビリーの言う通り、そこは館の主の個性を反映した、完璧なるギースタワーであった。

 

「確かに、心遣いが行き届いているようだな」

 

 ふっ、とギースが苦笑をこぼす。

 

「今日、今宵、ここで私に死ねと……、連中はどうやら、それが望みのようだ」

 

『……なるほどな、わざわざ死に場所を用意してくれたっちゅうワケかい』

 

 くつくつと二人、どちらからともなく笑い合う。

 世界の悪意とやらもどうやら、自分たち同様、酔狂な性質を持て余しているらしかった。

 

「来たぜ! ギース」

 

 静寂の闇を裂いて、新たに一機のガンプラが、戦いの舞台へと侵入した。

 無限のプラフスキー粒子の可能性を秘めた、青色のクリアーパーツ。

 イオリ・セイが名機、ビルドバーニングガンダムの薫風を継いだ、白と赤。

 

「約束どおり、俺が本気のガンプラバトルをさせてやるぜ!」

 

 カミキバーニングガンダム。

 若武者の如き甲冑を纏った挑戦者が、ギースの前で拳を構える。

 

「ふっ、よかろう……」

 

 ギース・ハワードが不敵に笑い、両の拳をぐっ、と胸元で交差させる。

 

「今、ひとたびの悪夢……、存分に堪能するがいい!」

 

 そして、脱ぎ捨てる。

 ぼっ、と一斉に灯った篝火の下に、サウスタウンの歴史を刻んだ上体が露わとなる。

 

 カカ!

 

 カカ!

 

 カカカカカカ!(ボオォォオン)

 

 

 不意にオーロラビジョンが繋がり、会場に熱狂が溢れだす。

 乾いた拍子木の音が響き、出囃子と共に次々と襖が開かれていく。

 

 そして、映し出される。

 篝火に照らされたギースタワーの最上階に対峙する二つの影。

 

 

『 FINAL ROUND 』

 

 

 打ち鳴らされたギターが重低音を刻む!

 鼓が叩かれ、押さえの効いたベースに合いの手が混じり、高らかと和笛の音色が響き渡る。

 

 

『 READY―― 』

 

 

 観衆も叫ぶ。

 そうだ。

 ギースにしょうゆ!

 闘いの決着は、この場所、このナンバー、このステージ以外にはありえない。

 

 

『 ――GO!! 』

 

 

 観衆の絶叫が、戦いのゴングを打ち鳴らす。

 瞬間、両機は同時に、風を巻いて一直線に飛び出していた。

 

 

 

 



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第十一話「男なら、拳一つで勝負せんかい!!」

『 FINAL ROUND 』

 

『 READY 』

 

『 GO!! 』

 

 

 絶叫と同時に、両機が真っ直ぐに前に出た。

 瞬く間に距離が縮まり、交錯の瞬間が迫る。

 

(自分から……?)

 

 一瞬、セカイの脳裏に疑念が走る。

 烈風拳は? 当て身は? 待たないのか?

 だが、迷う暇も無い。

 今はただ、右拳を真っ直ぐに打ち込むのみ。

 

「オオ!」

 

 間合い、振り抜く。

 瞬間、ギースの体が横に流れた。

 ライン移動? いや――

 

「うわっ!?」

 

 すり抜けざまに腰部を押され、スカを喰らったバーニングの上体が前方へとつんのめる。

 

「裏雲隠し……、キレイ」

 

 敵である事も忘れたかのように、ポツリとシアが呟く。

 格闘ゲームにおける当て身投げの極意とは、待つ事でも読み切る事でも無い。

 

 打たせる事。

 事前の動作によって相手を誘い、欲しい技を相手に出させる事。

 流石に全盛期からの古参ゲーマー。

 ガンプラバトルと言う異種のゲームの中においてすら、セカイに対して一日の長を持つ。

 

「レップゥケン!」

 

 そして、殺気が抜き放たれる。

 投げ出されたバーニングの背面目掛け、一直線に。

 

「くっおおおッ!」

 

 踏み止まれば、死――。

 踏み込んだ前脚を軸に、思い切り全身を捻じって機体を旋回させる。

 刹那、バーニングの脇をびゅおん! と戦慄が通過する。

 

「ダーボゥ――」

「次元覇王流――」

 

 視線の先では、ギースが第二撃の体勢へと移っていた。

 迷い無く、遠心力を乗せた拳を地面へと叩きこむ。

 

「レップゥケーン!」

「波動裂帛けえぇぇん!!」

 

 同時に叫ぶ!

 ギースの掌から蒼き烈風が一直線に走り、バーニングの拳から黄金の波動が大地を切り裂く。

 両雄の気が、舞台中央で交錯し、閃光と衝撃がタワー全体を震わせる。

 

「パワーウェイブと!」

「烈風拳の!」

「激突だァ~~~~!!」

 

 大観衆が沸騰する。

 エネルギー同士のぶつかり合いは、五分。

 いや、連ね撃ちにした烈風拳が互角だと言うのならば、やはり純粋な馬力では、カミキバーニングが上か。

 

「もらったァ―――ッ!!」

 

 爆風を裂いて、一気呵成にバーニングが攻める。

 大地を蹴ってバーニアを吹かし、ギース・ハワードの上を取る。

 無敵対空を持たぬギースに対し、シンプル、かつ最も有効な戦法――。

 

「――ッ!?」

 

 瞬間、どくり、とセカイの心臓が哭いた。

 開けた視界の先で、高らかとギースが両手を掲げようとしていた。

 レイジングストーム!

 飛び込みを読まれていた?

 超必殺技、先読み、博打、一点賭け、馬鹿な、とにかく――。

 

(脱出――!)

 

 反射的にセカイが動いた。

 空中で機体に急制動をかけ、足先で粒子を踏み込んで後方に逃れる。

 虎口を逃れ、そうしてはっ、と思い出した。

 己が迂闊さに、ようやく気が付いた。

 

 ↙→↘↓↙←↘+BC(キャラ右向き時)

 

 多くの餓狼伝説シリーズにおける、基本的なレイジングストームのコマンドである。

 入力が完成した場合、ギースはまず後方に重心を取り、次いで気を練るように円の動きを描き、瞬間、足元目掛け高らかと掲げた両腕を打ち込んでいく流れとなる。

 SNKの技コマンドの奥深さを誰よりも知る筈の男である。

 そんな男の作った機体が、果たして、予備動作の気配すら見せずに超必殺技を――。

 

(――フェイント!?)

 

「セカイくん!」

 

 束の間の思考の壁を振り切って、ホシノ・フミナの悲鳴が聞こえた。

 気が付いて顔を上げる。

 観客も叫ぶ。

 ギースがそこにいた。

 読み切られていた、と言うよりも、やはりこれは誘導されたのであろう。

 ギース・ハワードが大地を蹴り、今、高らかとバーニングの上を取っていた!!

 

(飛翔日輪――!)

 

 まずい。

 蒼く輝くギースの手刀。

 帝王の瞳から放たれた殺意の刃が、セカイの右肩から左脇にかけて袈裟掛けに抜ける。

 本能的に腰元の太刀をすっぱ抜き、上方に掲げる。

 

「――BUZZ SAW!!」

 

「グアッ!?」

 

 ギン! と鈍い音が交錯し、斬撃が握り締めたスフィアごしに、セカイの両手を震わせる。

 勢いのまま、バーニングが板の間に強かに打ち付けられる。

 

「グッ」

 

「鼠輩が」

 

 ギースはまだ上空。

 先ほどは『刀』となった殺気が、今はすでに掌の上で『球』と化している。

 

「ダボゥシップゥケーン!」

 

「くうッ!?」

 

 仰向けのままバーニアを蒸かし、上方に機体を滑らせる。

 燐光が拡散し、かろうじて直撃を免れた愛機の表面を、砕けた木っ破が容赦なく叩く。

 

「ジャエィケン!」

 

 その上で尚、帝王の掌から逃れる事が出来ない。

 爆風を掻き分け、風を巻いてギースが迫る。

 体勢を立て直す余地が無い。

 握り締めた太刀が窮屈げに木目とカチ合い、擦れて震える。

 

 ジリ貧である。

 強引にでも圧力を弾き返さねば、何も出来ぬままに押し切られよう。

 

「オオッ」

 

 無理矢理に膝を起こして踏み止まり、やむを得ず、握った刀の柄尻を打ち込みに行く。

 瞬間、ふっ、と流れが変わった。

 バーニングの反攻に呼応して、ギースがゆるりと躰を返す。

 いや、柔らかく構え直した両手の内に、柄尻が吸い込まれて行った、と言う方が、感覚的には正しいかもしれない。

 伸びきった右腕を捕われて、セカイの視界が一点する。

 

(当て身……ッ)

 

 強かに打ち据えられ、それでもかろうじて受身が間に合う。

 誘われた、と気付いた分だけ反応が追い付いた。

 たちどころに片手を突いて機体を跳ね起こし、けれど、その先でも思い知らされる。

 ギース・ハワードにとっては、この紙一重の反応すらも誤差の内、と。

 

「……ッ」

 

 目の前に立ちはだかる木目の支柱。

 その両サイドに広がる、広大なるサウスタウンの夜景。

 袋小路。

 気が付いた時には、愁嘆場に運び込まれた後であった。

 

「ウィンドストォ―――ム!」

 

 後方から、殺意が巨大な牙を剥く。

 迷っている暇はない。

 

「うおオォッ」

 

 振り向きざまに逆袈裟の斬り上げ。

 迫りくる烈風をすっぱと両断し、分かたれた衝撃波が両翼の欄干を勢い良くふっ飛ばす。

 

 続け、大上段からの唐竹割り。

 烈風の第二撃を、力尽くで叩き割る。

 だが前に出れない、呼吸が続かない。

 

 第三撃。

 やむを得ず刀身で受ける。

 太刀ごしに圧力で押し切られ、バーニングの背中が木柱を強かに叩く。

 

「グアッ!?」

 

 第四撃!

 第五撃!!

 第六撃!!!

 

 間断ない烈風の嵐が、バーニングの体を柱に縫い付け、容赦なく押し込んでいく。

 全身が、目も開けられないような暴風の真っ只中に放り込まれてしまったかのようだ。

 詰んでしまった。

 

 虚空烈風斬。

 例えどれ程に耐え抜こうとも、この烈風に際限は無い。

 ギース・ハワードの気力が尽きるまで、後背の華奢な柱は持ち堪えられまい。

 さりとて被弾覚悟で左右に逃れようとも、たちまち烈風の余波でフィールドの外にまで投げ出されてしまう事であろう。

 

 完全なる差配。

 今まで戦った、どのファイターとも異なる。

 冷酷に、冷徹に、勝利の為の最短距離を踏んで来る。

 強い。

 これがギース・ハワード。

 サウスタウンの、帝王……。

 

 

 

 

「これは一体、どう言う事態なのかしら?」

 

 絶望交じりの絶叫が響く中、レディー・カワグチが、オーロラビジョンの光景に疑念をこぼす。

 

「ミナミマチ選手の機体の創意工夫については、私にも異論は無いわ。

 けれど、インファイターとしてのカミキくんの実力は、国内のアマチュアでは最高峰のものよ。

 たかだか一介のゲーマーの腕が、短期間の内に本物の武道家のセンスにまで届くと言うの?」

 

「……認めたくないものだな、若さゆえの過ちと言うものは」

 

 傍らのメイジン・カワグチが、手袋越しにサングラスを押さえ、ゆっくりと顔を上げる。

 

「話題の超新星などと、よくもまあ臆面も無く謳ったものだな。

 あれは、あの動きは古参兵の技に他ならない。

 あの男、ミナミマチ・シゲルのキャリアは長いぞ。

 カミキくんどころか、あるいは我々、プロのガンプラファイターよりも!」

 

「メイジン……、一体、何を言っているのよ?

 彼が北関東近辺で名の知られたゲーマーだと言ったのは、他ならぬ貴方でしょう?

 彼が人生のどの時点でガンプラに触れていたとしても、二足の草鞋で上達できるほど、バトルは甘い世界では無いわ」

 

「ああ、そうだろうとも。

 彼の青春において、ガンプラにかまけている時間など無かった筈だ。

 1993年、餓狼伝説SPECIALがリリースされたその年以来……。

 ただ、ひたすらにギース・ハワードを動かす事にこだわり続けて来た男だ!」

 

「――!」

 

 メイジンの言わんとする所に気が付いて、レディーがはっ、と舞台を見下ろす。

 ガンプラバトルにおいて、最も重要な要素とは何であったか?

 

「四つのボタン、二つのラインの時代から、おそらく彼にはこの世界が見えていた。

 皮肉にもガンプラバトルの隆盛によって、時代がようやく、彼の妄想に追いついたのだ。

 操作体系の誤差など、どれほどにも、あの男を縛る枷にはなるまい」

 

 ガンプラバトルにおける最大の武器。

 それは想像力。

 想像する事。

 この手にした機体は、フィールドをどのように動くのか?

 どんな事が出来るのか?

 どんな風に動かしたいのか?

 技術も、戦術も、経験も、全ては想像力に従属する二次要因に過ぎない。

 カミキ・セカイの強さのバッグボーンもまた、次元覇王流拳法それ自体ではなく、磨いた技をガンプラバトルで活かせる事を知った時の、彼の感動の中にあるのだ。

 

 ならば確かにメイジンの言う通り、ミナミマチ・シゲルの強さは歴史が違う。

 前世紀。

 百円玉を握り締め、近所の駄菓子屋に駆け込んだ時勢から、少年はこの光景を夢見ていた。

 解き放たれた。

 想像の中にしか存在しない筈の、ギース・ハワードが――。

 

 

 

「……何を笑う?」

 

 一切の攻撃の手を緩める事なく、ギース・ハワードがぽつりと問う。

 

「えっ?」

 

 問われ、それが自分に向けられた言葉だと、カミキ・セカイはようやく気付いた。

 言われれば成程、この絶体絶命の窮地にあって、彼の口元には、奇妙な笑みが浮かんでいた。

 

 一体、なぜ?

 考えるまでも無い。

 目の前に、ギース・ハワードがいるからだ。

 

 この男の戦いを初めて見た時は、ただ、戸惑うしかなかった。

 三日の特訓を通じて、餓狼伝説シリーズに触れた今なら、痛いほどに分かる。

 胸に迫る、圧倒的な恐怖も。

 会場を埋め尽くした、ビリー・カーンたちの興奮も。

 目の前の男が、この凄まじいばかりの烈風拳の再現に、どれほどの心を砕いてきたのかも。

 

 自分には無かった。

 乞われるままにガンプラを手に取り、バトルの楽しさに目覚め、そうして傷ついたビルドバーニングの姿を見て、初めて自分の至らなさに気が付いた。

 ガンプラの補修の仕方を学び、一からの作り方、塗装の、改造の仕方を学んで、ようやく辿り着いた自分だけのガンプラ、カミキバーニング。

 けれどこの機体も未だ、発展途上のガンプラだ。

 イオリ・セイの敷いたレールの、延長上を歩く機体である。

 

 だからこそ、分かる。

 ガンプラバトルによって新たに生命を吹き込まれたギース・ハワード。

 既存のガンプラの何れとも似付かぬ、赤みを帯びたフル・スクラッチの肌。

 あの機体が、どう言った物であるのか……。

 

「そんな機体は、本当に、ガンプラを知らなきゃ……。

 ガンプラの事が好きじゃなきゃ、作れない機体ですよ!」

 

「!?」

 

 一瞬、ピクン、とギースの肩が震えた。

 

「――世迷言を」

 

 打ち消すように、ギースが左手を振り抜く。

 だが、寸傲ではあれど、確実にワンテンポ追撃が遅れた。

 ふっ、と烈風が緩んだ一瞬、迷い無くカミキバーニングが踏み込んでいた。

 

「覇王丸! 技を借りるぜぇッ!」

 

 叫びながら斬り上げる。

 力強い地擦りの逆風が、迫りくる蒼撃を十戒の如く両断する。

 

「オオッ!」

 

 尚もバーニングは止まらず、振り上げた刀身ごと大きく弧を描き、高らかと上空へ。

 地を走る烈風拳の、その上をとった。

 

「弧月斬!?」

 

 たちまち観衆が驚愕の声を上げる。

 はっ、と振り返ったユウマの視線の先で、キジマ・シアが控えめに笑みを浮かべる。

 

「ふふ、だって相手は、全盛期のSNKによって生み出されたナイトメアだもの。

 中途半端な知識だけ与えて、セカイをあの戦場に送り出すワケにはいかないわ」

 

「そうか、やはり君が……」

 

「ええ、おかげで相手をした私の方も、烙印押しの精度ばかりムダに上がってしまったわ」

 

「ず、ずいぶんなチョイス、だな」

 

 

 

「味な真似を、してくれる!」

 

 ぐっ、ギースと笑いを噛み殺し、炯炯と瞬く瞳を上空の獲物へ向ける。

 胸の前で交差した両掌に、蒼き闘気の炎が燃え上がる。

 

「ならば、今度こそ、その身で喰らうが良い」

「コイツの使い道はぁ――」

 

 超必殺技(レイジングストーム)

 意識するよりも早く、バーニングは動きだしていた。

 高らかと振り上げた太刀を片手で握り直し、思い切り体を捻じる。

 

「まだ、あるぜえぇぇ―――――っ」

「ム――ッ!」

 

 そして、力一杯に投擲する。

 高速回転する鋼の刃が、咄嗟に跳び退いたギースの足元に突き刺さり――

 

 

 ドワオッッ!!

 

 

「な……!」

 

 瞬間、爆裂した!

 バーニングの掌から柄、刀身を伝達したプラフスキー粒子が一斉に引火し、ギースの眼前で高らかと火柱を噴き上げた。

 

 気功爆転法。

 全く読み切れなかった。

 いや、誰が読めようものか?

 既存のガンプラ政権の代表たるべきカミキバーニングが、よもや、このような……!

 

「カミキガンプラ流・バーニング正拳突きいぃィ―――――ッ!!」

 

 逡巡を切り裂いて、セカイの雄叫びが轟き渡る。

 クリアパーツが火を噴いて、灼熱と化したバーニングが炎の壁を突き抜ける。

 

「クゥオオォッッ!!」

 

 ギース・ハワードが、この試合、はじめて防御に回った。

 燃え盛る右拳に素早く反応し、クロスした両腕で受け止める。

 だが、瞬発力に勝るバーニングの一撃を、真っ向から受け止める事自体が下策。

 彼我の出力が違う、ガードの上から否応なく弾き飛ばされる。

 

「バッ!? バーンナックルゥッ!」

 

 会場のビリー・カーン達が、悲鳴にも似た叫びを一斉に上げる。

 ダメージの問題では無い。

 餓狼伝説の主人公、テリー・ボガードを代表する必殺技が、ギース様をふっ飛ばした。

 その光景自体が象徴的なのだ。

 

「バーンナックルなどと、烏滸がましいわッ」

 

「だったら、これで!」

 

 言うが早いか、両脚を畳んでバーニングが再び跳んだ。

 中空で体を捻じり、遠心力を乗せた左の踵をギースの頭部に叩き込んでいく。

 

「グゥッ」

 

 頭上で受け止め、反動で膝を折ったギースに対し、足元に叩き付けるような左ストレート!

 たまらずよろめくギースを追って、更にバーニングが浴びせ蹴りに行く。

 

「カミキガンプラ流・無限旋断脚ッ!」

 

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 踵!

 拳!

 

 上に下に、旋回するバーニングの大車輪が加速する。

 止まらない。

 浴びせ蹴り、下段突き、そして再び浴びせ蹴り――

 防御を固めたギースの上から、ゴリゴリと連弾を重ねて行く。

 

「うっ、うわあぁあぁァ~~~~っ!?」

 

 悪鬼の如きバーニングの姿を前に、たちまちハワードコネクションの一同が大恐慌をきたす。

 棒を取り落としブルブルと震える者、泡を吹いて倒れる者、力無くうずくまる者。

 トラウマを呼び起こす光景に、誰も彼もが戦慄していた。

 

「な、なに? あの人たち、急にどうしちゃったの?」

 

 西陣営の狼狽を前にして、ホシナ・フミナが戸惑いの声を漏らす。

 しかし、その問いに答えるべきシアもまた、己が細腕を抱くように、小刻みに震えていた。

 

「……セカイは、本当に無邪気だから。

 悪意の無い残酷さほど、恐ろしいものは、無い……」

 

 

 

「貴様ァッ!?」

 

 ミナミマチ・シゲルが吠えた。

 精一杯の勇気を振り絞り、ギース・ハワードを一歩、前へと踏み込ませる。

 

「うわわっ!?」

 

「ラクホウッ!」

 

 打点がずれ、体ごと浴びせる形となったバーニングを全身で受け止め、思い切り叩き付ける。

 バーニングの体が糸の切れたようにバウンドし、そのままごろんと床板を転がる。

 しかし、仕掛けたシゲルもまた、追撃に移る事が出来ない。

 大きく息を吐いて、未だ震えの抜けない右手を、カッと見つめる。

 

「……ってぇ~、やっぱ、ゲームみたいにはいかないか」

 

 飄々と腰を上げたカミキ・バーニングの姿を、憤怒の形相で睨み据える。

 ぐっ、と握り締めた拳が、微かに震える。

 

「カミキ・セカイ、貴様……!

 この私に対して、 ク ラ ッ ク ハ メ を仕掛けおったかッ!!」

 

「――覚えた技はさ、なんでもすぐに試したくなっちゃうんですよ。

 次元覇王流も、ガンプラも、格闘ゲームも」

 

 一切の気負いも無く、ぬけぬけとセカイが言う。

 ああ、そうだろうとも。

 おそらくは決勝戦の相手として、今日まで研究を重ねて来たのだから、良く知っている。

 

 カミキ・セカイは無垢なのだ。

 ガンプラが好きでも、ガンプラにこだわりのある少年では無い。

 次元覇王流も、ガンプラも、格闘ゲームも、少年の前では等しく等価だ。

 いずれに対しても、何一つてらいなく、好きだと言うだろう。

 迷い無く、使える経験は全て使い切る事であろう。

 

「んんんんんー」

 

 両拳をブルブルと震わして、次の瞬間、ギースが爆発した。

 

 

「 許 る さ ー ん !! 私にハメ技なんぞを仕掛けおって!!」

 

 

「……え?」

 

 ぽかん、と間の抜けたように呟きがこぼれる。

 しん、と水を打ったように、会場全体が静まり返り……

 

 

「……んんんんんー、許るさーん!!」

 

 

 次の瞬間、ネオジオフリーク阿吽の呼吸によって、ギース様の怒りが客席に伝搬した。

 

「そうだ、許るさーん!!」

「んんんんんー」

「私の楽しみを邪魔しおって!!」

「男なら、拳一つで勝負せんかい!!」

「んんんんんー、許るさーん!!」

「謝れ! 右京さんに謝れ!」

「許るさーん!!」

 

 期せずして巻き起こった許るさーんコールが、会場全体を震わせる。

 両雄はしばし、戦いの手を止め、観衆の怒号に聞き入っていたが、やがて……。

 

「……ふっ」

「へへ!」

 

 と、どちらからともなくニヤリ、と笑い合った。

 

「えと……、なに、この茶番?」

 

「わかりません、わかりませんけど……。

 きっと、彼らにとっては大事な儀式なんです。

 例えば、ガンダムファンが殴られた時、怒るよりも前に『親父にもぶたれた事ないのに!』と、思わず叫んでしまうかのような……」

 

「ええ、そうね……。

 そして、この反応を引き出したのは、あの人、ミナミマチ・シゲル」

 

 ユウマの言葉を引き継いで、シアが短く嘆息する。

 

「先ほどのクラックハメを受けた時、彼は明らかに動揺していた。

 ギース・ハワードが事実上の主役をつとめた餓狼伝説3を、一夜にしてクソゲーたらしめた禁じ手をその身に受けたのだから、当然よね……。

 けれど彼は、動揺に動揺をぶつける事によって、大観衆の、この反応を引き出した。

 失いかけた流れを無理矢理に引き戻した」

 

 額の汗を拭い、キッ、とシアが顔を上げる。

 

「さすがに海千山千のベテランゲーマー。

 物事を強引に解決すると言うギースの特技を、誰よりも理解している。

 盤外戦を仕掛けられたら、セカイでは到底、太刀打ち出来ない」

 

「そ、そんなに高度な駆け引きだったんだ……?」

 

 呆然とフミナが呟く。

 ともあれ、再び観衆は沸き返り、短いインターバルが終了する。

 期が熟した、自然、両雄が再び向かい合う。

 

「Come on yellow belly !!

 望み通り、貴様には真のギース・ハワードを拝ませてやろうッ!」

 

「ああ、だったら、行かせてもらうぜぇ!」

 

 ぶわっ、と、バーニングに組み込まれたクリアーパーツが、再び一斉に火を噴いた。

 向かい合うギースの瞳が、刮と押し開く。

 

 アシムレイト。

 強烈な暗示と、それに伴うプラシーボ効果により、己が肉体をガンプラと一体化させ、その性能を極限まで引き出した状態である。

 噴き出した粒子の炎は、カミキ・セカイ自身の魂の証明。

 強豪集うガンプラバトル選手権において、数多の強豪を打ち破って来た、ビルドバーニングの系譜である。

 

 瞬間、ごうっ、と熱風がギースを襲った。

 バーンナックル、シンプルなる右ストレート。

 真紅の炎をたなびかせ、最短距離を小細工抜きで真っ直ぐに飛んできた。

 

「ナイスファイッ!」

 

 合わせてギースも動いた。

 半歩踏み込み、左腕で燃え盛る拳を内からいなし、すっ、と上体を潜り込ませた。

 バーニングの体が鮮やかに浮き上る。

 見事なる真空――いや!

 

「オオ!」

 

 回転が速い。

 セカイの反応が凌駕している。

 仕掛けの刹那、カミキバーニングは自ら飛んだ。

 自ら飛んで、中空で身を翻し、何事も無かったように着地した。

 

「ウオオオオ!!」

 

 振り向きざまに、両腕の連撃が飛んでくる。

 さながら諸手の暫烈拳。

 見切り難く、崩し難い。

 退きながら外し、凌ぎに徹する。

 迫りくる拳の壁から、急所を外して叩き落とす。

 腕も、肩も、防御の上からならいくらでも打たせる。

 武骨なる鉄の拳が、ギースの体を容赦なく叩く。

 それでも尚も顔色一つ変えず、じっ、と暴風の中を耐え続ける。

 そして、待つ。

 淀みない百の連撃の中から、切り崩しうる一の拳――。

 

「ハアッ」

 

 胸元をすり抜ける右拳。

 すかさず捕え、極めにかかる。

 右手首を押さえ、伸びきった肘を左掌底で打ち抜く。

 しかし、極め切れない。

 カミキバーニングは流れに逆らう事無く身を浮かせ、空いた両脚で蹴り込みに来る。

 チッ、と短く舌打ちして、捕えた右手を放り投げる。

 

 一旦、両機の距離が離れ、しかしバーニングの苛烈さがたちまち迫る。

 投、打、極。

 噛み合っている、絡み合っている。

 カミキバーニングの動きが、前半とは別人のように切れ味を増し、それが却ってギースのしぶとさを際立たせる。

 まるで全てが始めから示し合わせた演武であるかのように、立ち止まる事なく両者が動く。

 

「去年のお前さんとの戦いが、随分と弟弟子のコヤシになってるみたいじゃないの?」

 

 冷やかすようなスガ・アキラの言葉に、傍らのイノセ・ジュンヤがフン、と鼻を鳴らす。

 

「スロースターター過ぎるんだよ、アイツは。

 次元覇王流は実戦だ、そこいらのゲーマーなんぞに遅れをとって堪るか」

 

 ジュンヤの不満げな声が、たちまち観衆の絶叫の中に掻き消える。

 真っ向互角であった。

 カミキバーニングの剛と、ギース・ハワードの柔が、並び立つ龍虎のように必殺を狙っていた。

 

 互角、なれど気付いている者は気付いている。

 人に似せ、細く繊細に磨き上げられた、ギース・ハワードの指先。

 武骨なMSの鉄拳に、そうそう長く耐え得るものではない。

 クリアパーツを盛れぬ生身の肉体では、粒子の出力、貯蔵量共に不安が残る。

 それらの懸念材料を、ミナミマチ・シゲルはギース・ハワードと言うキャラクターを活かした創意で補ってきた。

 

 一つは外気功の導入により、実質打ち放題となった飛び道具『烈風拳』

 今一つは相手の威力をそのまま返す刃へと変える『当て身投げ』

 これら強力なアドヴァンテージで戦闘を支配する事により、ギースは盤石な戦いを続けてこれたのである。

 

 今、その二つの牙は封じられてしまっている。

 アシムレイトを発動したカミキバーニングの反応速度が、単純にギースを凌駕したのである。

 今はまだ五分、一見すると五分。

 けれどもう、ギースの当て身投げは決まらない、烈風拳を出す暇も無い。

 打ち合う毎に、カミキバーニングは際限なく加速して行く。

 受ける毎に、ギースの骨格は軋みを上げる。

 

 勝負は決した。

 次の拳か、その次の拳か、あるいはその次か?

 いずれ限界は来る。

 

 いや……、もう、来た。

 

 ぶおん。

 ギース・ハワードが繰り出した、打ち返しの正拳。

 それが今、虚しくも空を切った。

 どくり、とシゲルの心臓がうねる。

 そう、昨年度のガンプラバトル選手権において、こういう場面が確かにあった。

 

 準々決勝、西東京代表・聖鳳学園VS宮城代表・天山学園。

 戦いのクライマックスにおいて、トライバーニングガンダムの真価を解放したセカイは、かつての兄弟子、イノセ・ジュンヤの技量をも上回る連撃で勝利を収めた。

 今のバーニングもまた、常人の反応速度を遥かに凌駕している。

 

 駆け引きを捨て、ヤマを張る。

 後はタイミング。

 右か、左か、前か、後ろか、上か、下か――

 

(右――!)

 

「螺旋ッ!!」

 

 直感的にギースが動いた。

 右脇を締め、防御の形に移る。

 だが、加速するセカイの拳は、その守りのさらに下をすり抜けた。

 

「ガッハッ!」

 

 右脇腹に、螺旋の拳が深々と突き刺さった。

 苦悶の呻きを漏らし、それでも体を泳がせ身を翻し、続く連打から辛うじて逃れる。

 

 その場に居合わせた者全てが、同時に異変に気付いた。

 ギース・ハワードのボイスは、操縦者であるミナミマチ・シゲル自身の演技だった筈だ。

 そのシゲルの口から、なぜ身を切るような苦悶の声が漏れるのだ?

 何故、彼はその身を震わし、両の手を縋るようにスフィアへと伸ばしているのだ?

 

「――メイジン!?」

 

 驚き振り向いたレディー・カワグチの横顔に対し、メイジンがただ静かに頷く。

 

「ああ、間違い無い……、アシムレイトだ。

 ミナミマチ氏は今、アシムレイトによるノーシーボ効果の只中にある」

 

 そう言いきって、ぐっ、と息を呑む。

 確かにそう言う可能性も、考慮されるべきであった。

 

 アシムレイトは技術では無い。

 自己催眠であり、言うなれば心の病、心理学の領域である。

 愛機に対する強い執着がもたらす極限のシンクロ。

 

 ならば、その興味の対象は、ガンプラに限られた話ではない。

 ギース・ハワードをこよなく愛し、その再生に心を砕いた男なれば、かかる事態も何ら不思議とは言えないであろう。

 

 

「……フ、ハハッ!、ハーッハッハッハッハ!」

 

 

 メイジンの束の間の思考の世界を、響き渡る笑声が切り裂いた。

 奇妙な光景であった。

 笑っていた。

 ミナミマチ・シゲルが、ギース・ハワードが。

 カミキバーニングの、加速する連撃に為す術も無く打たれ。

 首皮一枚で、かろうじて致命打を凌ぎながら。

 それでも男は体を震わし、高らかと笑っていた。

 

「……嬉しいやろうなあ、シゲよ。

 夢にまで見たギース・ハワードと、とうとう痛みまで繋がりよったか」

 

「言うとる場合か!? 師匠ッ!」

 

 妙に落ち着いた珍庵を一喝し、ヤサカ・マオが悲痛な声を上げる。

 

「これはアカン! 完全に逆効果やッ!

 シゲルはんはカミキくんと違うて、あくまでも普通のゲーマーや。

 どれほど強がってみせた所で、痛みに耐えて戦えるような肉体やあらへん!

 こうなった以上、すぐにでも試合を止めな……」

 

「黙って見とき!」

 

「なんでや!? なんでや師匠――!」

 

 と、反論しかけた所で、思わずマオは、はっ、と息を呑んだ。

 震えていた。

 手摺を掴んだ珍庵の皺枯れた指先が、小刻みにかたかたと震えていた。

 

「なんちゅう事を、なんちゅう事を考えよるんや、シゲ。

 そいつがお前さんの奥の手やったんか……」

 

「師匠、一体、何や言いはるんや。

 この状況から、今のシゲルはんに、何が出来る言うんです?」

 

「よう見ときや、マオよ、アイツの言葉を借りるなら……。

 ギース・ハワードが、いよいよ完成しようとしとるんや」

 

 ごくり、と固唾を呑んでフィールドを見下ろす。

 戦いの終わりが、刻一刻と近づいていた。

 

 

(こうなる事はよ、始めからわかっとったやんか、シゲさん)

 

 観客の大絶叫の中、サカイ・ミナトはただ一人、呆然と醒めた瞳を舞台へと向けていた。

 

 ギース・ハワードは、負ける。

 それは機体の作り込みであるとか、対戦相手の相性だとか言う問題ではない。

 ギース・ハワード、それ自体が、敗北によって伝説となり、人々の心に永遠を刻んだキャラクターだからだ。

 

 陳腐な言い方をするならば、運命。

 

 どれほどに機体の完成度を高めようとも。

 いや、むしろ高めれば高めるほどに、その機体は、ギース・ハワードの運命をなぞり始める。

 ミナミマチ・シゲルの作り上げたナイトメアもまた、完成へと限りなく近づいていた。

 

 彼自身は、その事に気が付いていなかったと言うのか?

 それとも、とっくに気が付いたその上で、宿命を乗り越える可能性を模索していたのか?

 とにかく……。

 

「――せやけど!

 せやけどなあッ シゲさんよォ!!」

 

 バン、と両手で舞台を叩き、頭上の相方に対し、ミナトが声を振り絞る。

 

「おいッ! オッサン、なんやそのザマはッ!?

 ギース・ハワードが死ぬんやぞ!! そない無様に震えとる奴がおるかッ!?

 漢の死にザマ、花道やッ! あんじょう気張らんかいッッ!!」

 

 サカイ・ミナトの発破が届いたかどうか。

 震えるシゲルの右手の指先が、カタカタとスフィアをまさぐり始めた。

 最後の切り札となるコマンドを探し出し、力強く押し込む。

 

 中空に浮かんだアルファベットは【 Berserker System 】

 

 とくん、と一つ躰が震える。

 大きく息を吐き出し、体内に残された全てを解き放つ。

 丹田に残されていた最後の粒子を、全部、全部、全部――

 

 ぶわっ、と大気が震えた。

 足元の粒子が一斉にざわめき、さながら闘気のように螺旋を描いて立ち昇り始めた。

 ナイトメア・ギース、その戦慄の姿があった。

 

「オオオオ――!」

 

 赤く染まる視界の先で、敵が、カミキバーニングが正面から迫っていた。

 瞬間、ミナミマチ・シゲルが、ギース・ハワードが爆発した。

 

 

 

「――デッドリイィイィィ レェエイィイィィィブ!!」

 

 

 

 そして餓狼たちは、最後の咆哮を上げた……。

 

 

 

 



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最終話「さらば、ギース」

 ――1979年。

 

 アメリカは西海岸にある交易都市・サウスタウン。

 その地で史上初となる格闘技イベント『キング・オブ・ファイターズ』が開催された。

 

 厳正なルールに守られた一般的な格闘大会とは、事情が異なる。

 街の片隅で行われている喧嘩の延長上にある、真のストリートファイター決定戦。

 異色のレギュレーションを伴う本大会は、各地で注目を集め、大成功の内に幕を下ろした。

 

 この福音が、サウスタウンにもたらした変化は大きい。

 一つには、都市自体の知名度の向上と、イメージの改善である。

 

 元々は一事業家の趣味として始まったKOFは、やがて、いくつものスポンサーを得て例年化し、サウスタウンの観光・経済振興に大きく寄与する所となる。

 そしてKOFの開催は、街に住まうゴロツキたちの争いに、一つの健全な指向性をもたらした。

 

 腕っぷしが強いと言う事が、それだけで尊敬の対象となる街、サウスタウン。

『暴力が支配する危険な街』から『明日のアメリカン・ドリームを夢見る餓狼たちの街』へ。

 サウスタウンは、鮮やかに衣を脱ぎ捨てたのだ。

 

 今一つの変化は、KOFの主催者、ギース・ハワードの台頭であった。

 KOFの成功を契機に、ギースは旧来の母体であった犯罪組織を刷新。

 巨大複合企業『ハワード・コネクション』の総帥に就任し、公に辣腕を振るう所となった。

 表に裏に、絶大な富と権力を得たギース・ハワードは、半ば独立勢力として、サウスタウンの支配体制を確立する。

 強大なる支配者の庇護の許、サウスタウンは、栄光と発展の時代を迎えるのであった。

 

 けれど、それらの成功は全て、副次的な成果物に過ぎない。

 当時、若き頭領であったギースがKOFの開催を目論んだ裏には、もっと別の目的があったと言われている。

 

 遡る事1978年。

 サウスタウンの管轄化にあるサイクロプス刑務所、およびダウンタウンを中心として、後にブラック・サバスと呼ばれる暴動が巻き起こった。

 この暴動の裏には、街を支配する犯罪組織の煽動があったと言われる。

 いや、元を正せば、全ては組織内の有力幹部、Mr.BIGとギース・ハワードの対立に端を発する事件であった、とまで記す見解すらある。

 ともあれ、結果、暴動に失敗したBIGは街を去り、組織はギースの掌に帰す所となった。

 

 暴動の最中、闘いの渦中に曝された者の中に、極限流空手総帥、タクマ・サカザキと、その門下で龍虎と謳われた、リョウ・サカザキ、ロバート・ガルシアの名前があった。

 

 老獪なるBIGは極限流を恐れ、その力を手駒として利用しようと目論んだが。

 若きギースは極限流に惹かれ、その力を己が血肉に取り込まんと画策した。

 キング・オブ・ファイターズとは、極限流の全てを日の下に曝さんがための罠だったのである。

 

 取り分けギースが執心したのは、極限流空手における門外不出の秘奥……。

 

 俗に言う『龍虎乱舞』の存在であった。

 

 

「デッドリイィイィィ レェエイィイィィィブ!!」

 

 ギース・ハワードの叫びが、サウスタウンの仮初の夜空を震わせた。

 ざわり、と現実の大観衆にも戦慄が走り抜ける。

 ギースの叫びの意味を理解できた者たちは、その蛮勇に恐怖した。

 接近戦のプロフェッショナル相手に、よりによって『それ』を仕掛ける勇ましさに震えた。

 

 叫びの意味を理解できなかった者も、しかし、同様に震えた。

 ギース・ハワードの全身が、燃え上がるように真紅に染まる。

 外気功ではない。

 機体の内部に残る、全てのプラフスキー粒子を燃焼させているのだ。

 仕掛けるつもりだ。

 短期決戦。

 カミキバーニングに対して最後の攻防を。

 

「――っ」

 

 その気配を最も鋭敏に感じ取ったのが、真っ向相対したセカイである。

 本能的に殺気を通じ、動きを転じる。

 対ディナイアルガンダム戦において見せた、流水の入り。

 殺意がすり抜け、流れ、必殺の間合いが儚くも遠のき――

 

 否!!

 

 瞬間、詰められた。

 始めから逃げる先を読み切っていたかのような超反応で!

 文字通り、目にも留まらぬほどの速度で、ギース・ハワードが上を取った。

 

「オオォオォォ」

 

 右拳!

 

 赤く染まった拳が、ガードの上からバーニングをぶっ叩く。

 強引に床板に叩き付け、更に肩甲骨に仕込んだバーニアを蒸かして一直線に迫る。

 即座にバーニングも理解して、流れを変える。

 柔から剛へ。

 剛 対 剛へ。

 

「螺旋ッ!」

 

 拳! 対 拳!

 

「紅蓮――! 疾風――! 裂帛――! 聖槍――! 閃光――!」  

「ハアァアァァァ――」

 

 拳

 拳拳

 拳脚拳

 肘膝

 脚拳脚拳投避拳拳拳崩極脱気気炎風風風風跳脚拳拳拳拳肘拳脚拳拳掌刀拳拳拳――

 

 ギースタワーが震えていた。

 高速回転する機影が、恐るべき速度でカチ合っていた。

 

 叩き、崩し、捌き、逃れ、撃ち、返し、凌ぎ、迫り、殴り、蹴り――

 

 一打ごとに閃光が走り、朧な人形が浮かんでは消え、ビリビリと大気を震わせる。

 刹那の世界の中で、受け、浴びせ、喰らいながら、一切の動きを止める事なく、両者が必殺の瞬間を狙っていた。

 

「バ、バーサーカーシステムッ!?

 シゲルはんの切り札っちゅうのは、これやったんか!!」

 

 細い眼をカッ、と押し開き、ヤサカ・マオが叫んだ。

 

 バーサーカーシステム。

 機動武闘伝Gガンダムにおいて、ネオスウェーデン代表のノーベルガンダムに実装され、相対したボルトガンダムをわずか48秒で葬り去った禁断のシステムである。

 

 成程。

 外部操作による機体の真価の解放。

 TRANS_AMやEXAMシステム、F91のリミッター解除など、何らかの負荷と引き換えに、瞬間的に爆発力を得られるシステムは幾つも存在する。

 だが、その中でも特に、MFを参考に作られたギース・ハワードに最も馴染むのは、このバーサーカーシステムと言う事になろう。

 

 けれど、それでも、と思わずにはいられない。

 

「……けど、なんでや?

 シゲルはんはどうやって、バーサーカーモードのギース様を、あない正確に動かしとるんや?

 あの高速戦闘の中、しかも、アシムレイトの痛みに耐えながら」

 

 ポツリと疑問がこぼれる。

 これまで、幾人ものビルダーが、バーサーカーモードの制御に挑戦し、そして断念してきた。

 理由は明白である。

 バーサーカーシステムとは、外部操作によって、意図的に操縦者を()()()()()システムなのだ。

 ガンプラバトルで再現した場合、当然、機体は制御不能となり、システムをカットしない限り、エネルギーが尽きるまで暴れ続ける狂戦士と化す。

 

 だがどうであろうか?

 眼下のギースの姿は、操縦者の明確な意志の下に制御されているよう、マオの目には映った。

 高速で迫るバーニングの連携を、恐ろしく正確に捌き、打ち返している。

 ガンプラバトルの根底を覆す矛盾が繰り広げられている。

 

「……デッドリーレイブが、龍虎乱舞を模倣して編み出された必殺技や、ちゅう説がある事。

 知っとったか、マオよ?」

 

「え……?」

 

 問答のような珍庵の言葉に、思わずマオが怪訝な表情を浮かべる。

 

「いや、初耳です……、けど。

 それが今の状況と、どう関係する言うんです?」

 

「龍虎乱舞っちゅうのはのう、肉体の極限状態において、体内の気力の全てを爆発させる奥義や。

 痛覚も恐怖も吹き飛ばして、ただ闘争本能のままに磨いた技を振るい続ける、魂の連撃や」

 

「魂の、連撃――!」

 

 はっ、と両肩を震わし、マオが再び舞台を見据える。

 

「そうか……!

 アシムレイトによる極現状態の共有と、バーサーカーモード発動による、闘争本能の解放。

 シゲルはんはバトル中の事象を駆使して、デッドリーレイブの発動条件を満たしよったんか。

 ガンプラバトルの中で、デッドリーレイブを擬似的に再現しとるんか」

 

「そして今は、その逆。

 アシムレイトによって、今のシゲは、闘神と化したギース・ハワードとシンクロしとる。

 おそらくは痛みも、恐怖も、思考の揺らぎすらも無い。

 今のあいつの指先は、ただ経験と反射のままに動いとる筈や」

 

 そう断言して、ふう、と珍庵が嘆息をもらした。

 

「口惜しいのう。

 アレは確かに、普通のガンプラバトルでは出来ない事。

 ギース・ハワードと言うキャラクターと、彼を心の底から信頼できるプレイヤーが居て……。

 それで初めて、ようやく引き出せる潜在能力や」

 

「師匠……」

 

 ポツリ、とマオが呟く。

 ギース・ハワードの、全ての粒子が燃え尽きるまで、あと一分か、三十秒か?

 闘いの終わりが、近付いていた。

 

 

(勝てる――!)

 

 確信が溢れた。

 全身が炎のように熱かった。

 マグマのようなギース・ハワードの血液が、体内に流れ込んで来ているのだ。

 恐ろしく心が弾んだ。

 耳元で、おぞましくも唸るような音が響いていた。

 それが自分の息吹であるとは、暫く気付けなかった。

 

 真正面から、唸りを上げるセカイの拳が迫る。

 片手でいなし、潜り込む。

 現実であれば絶対に出来ない事だ。

 ギース・ハワードの肉体を、完全にコントロールしているからこそ出来る事。

 

 デッドリーレイブ。

 

 格闘ゲーム史における初めての、コマンド入力型の乱舞である。

 極限流空手はその究極を、闘争本能の解放に依る肉体の神秘に委ねた。

 ギース・ハワードは先人の武に一定の敬意を払いつつも、あくまで自らの意志で本能を制御する術を求めた。

 

 デッドリーレイブは、支配者の拳である。

 ギース・ハワードが、ギース・ハワードであるが故の必殺技である。

 

 どくり。

 

 心臓が唸る。

 分かっている。

 こんな最上は、いつまでも続かない。

 一打放つごとに、少しずつ狂っていく。

 一打受けるごとに、少しずつ乱れていく。

 

 いずれ、線は切れる。

 帝王ギース・ハワードを、いつまでも演じきれる筈が無い。

 けれど、それはむこうも同じ事だ。

 この最上を、いつまでも保てる筈が無い。

 だからこそ、先に打たせた。

 アシムレイトの極限、確実にセカイの線が、先に切れる。

 

「オオオォオォォ――ッ!!」

 

 昇天明王打ち。

 雷光回し蹴り。

 

 強かに相手の顎を、その胸板を叩いた。

 ガツン! と、確かな手ごたえを感じた。

 バーニングがよろめく。

 そのツインアイから、燃えるような輝きが消えかかっている。

 

(届いた――!)

 

 確信が、電撃のように疾る。

 振り被る、双の掌打。

 これで、終わる。

 叩き込む、デッドエンド――

 

 

 どくり。

 

 

(――!)

 

 また一つ、心臓が大きく唸った。

 瞬間、魂が飛び出してしまった。

 気がついた時には、シゲルは大きな傷痕の残るギースの背中を、背後から見ていた。

 

(バカな!?)

 

 動揺する。

 プラフスキー粒子は、まだ残っている。

 機体も未だ、十分に動く。

 なのに解けて行く。

 アシムレイトが、共有する感覚が、バラバラと崩れて行く。

 じっとりと濡れた指先が強張る。

 焦れば焦るほど、動かし方が分からなくなって行く。

 

「グッ!?」

 

 不意にずしりと、疲労が死体のようにのしかかって来た。

 割れんばかりの観客の悲鳴が、耳元でガンガンと反響する。

 スポットライトの白が突き刺さる。

 赤一色だった世界が、鮮明な色を取り戻していく。

 

 戻されてしまった。

 ミナミマチ・シゲルに、現実に。

 

「……ミキ、ガン……ラ、りゅ、う……」

 

 対面より呟きが漏れる。

 まずい。

 バーニングの双眸が、再び輝きを取り戻し始めている。

 突っ込んで来る。

 だが、まだだ。

 こちらの方が、まだ早い。

 迎撃する。

 双の掌に蓄えていた闘気を、今、高らかと天に――

 

 

「レイジィィン――」

 

 

『――ガンプラの事が好きじゃなきゃ、作れない機体ですよ!』

 

 

 どくり!

 

 

 また一つ、心臓が高鳴った。

 瞬間、分かってしまった。

 

 この半年ばかりの、大阪での、そして大陸での修業の日々。

 確かに楽しかった。

 歪なる改造を施したガンプラが、GPベース上でリョウとなりギースとなる。

 そうした機体を、好敵手たちと競い合って技を磨く。

 

 歓びがあり、感動があった。

 けれど、それは決して、歪な楽しみ方ではない。

 自らの心のままに、思い思いに機体に手を加える。

 それは始めから想定されている、まっとうなガンプラの愉しみ方なのだ。

 

 カミキ・セカイの戦いには、何一つ嘘が無い。

 次元覇王流も、ガンプラも、格闘ゲームも……。

 目の前の少年は、なんのてらいもなく、全てを真っ直ぐに受け入れ、楽しんでいる。

 

 自分はたった一つだけ、ギース・ハワードに嘘を吐いた。

 その差。

 

(けれど――)

 

 それでも、と思う。

 この掲げた両掌が、地面を叩きさえすれば、それで終わる。

 間に合え!

 届け!

 届いて、欲しい!

 どうか!

 どうか、神様――

 

 

「……バスタアァアァァ――、餓狼けえぇえエェぇぇ―――んッ!!」

 

 

「ウオオオオオォ――――ッッ」

 

 

 ブッピガン!!

 

 

 凄い音が鳴った。

 思わず身が竦んだ。

 

 だが、打ち抜かれた胸の痛みは、無い。

 アシムレイトは、すでに解除されてしまっている。

 だからどうしようも無い。

 

 完全に断たれてしまった。

 ギース・ハワードとのつながりを。

 上を向いた視界に、不意に、流れゆく流星が見えた。

 サウスタウンの風が、全身を吹き抜ける。

 

 ワケも分からぬまま、それでも、もがく。

 何も出来ないが、もはやギースでは無いが、それでも何もせずにはいられない。

 

 

「ギイィ―――スゥゥ―――ッッ」

 

 

 不意に脳裏に、テリー・ボガードの声が聞こえた。

 無我夢中で、必死に声の方に手を伸ばした。

 

 ――ガシリ、と。

 

「……ッ」

「……!」

 

 握り締められた右手首から体温が溢れ、不意に全身に重力が戻って来た。

 思わず驚き、はっ、と顔を上げた。

 見上げた視線の先に、カミキ・バーニングがいた。

 バーニングの中で、カミキ・セカイもまた、はっ、と瞳を丸くしている事に気付いた。

 

 ああ、そうか。

 辿り着いてしまったのか、ここに。

 とくん、と心臓が高鳴る。

 ようやく還って来た。

 この土壇場で。

 ギース・ハワードを、取り戻せた……!

 

「Good bye!!」

 

 短く挨拶を交わし、右手を振り払う。

 再び落下が始まる。

 

 

「ハーッハッハッハッハッハ……」

 

 

 耳元で、ギース・ハワードの笑い声が聞こえた。

 加速して行く。

 カミキ・セカイが、カミキバーニングが、ギース・タワーが瞬く間に遠くなる。

 それでも笑い声は聞こえていた。

 サウスタウンの夜風に乗って。

 ギースの声が。

 

 どこまでも。

 

 どこまでも。

 

 どこまでも。

 

 

 まだ、風は吹いていた。

 

 

 サウスタウンの風が、どこまでも――

 

 

 

 

 

 

『 ――Battle End 』

 

 

 静寂に満ちた大阪城ホールで、ただ機械のアナウンスだけが、淡々と仕事をこなしていた。

 

 フィールドが解ける。

 テーブルの上に、勝者は、一人。

 

 カミキバーニングガンダム。

 右手を差し伸べた形のまま、役目を終えたガンプラが、舞台の袖を見下ろしていた。

 

 それでも、動き出せる者はいなかった。

 まだ、風は吹いていた。

 人々の心の中に。

 

 サウスタウンの風が、吹いていた。

 風に乗り、鎮魂歌が響いていた。

 居合わせた満員の観衆の中に――

 

 

「ぱあぁぁぁ~~~ぱぁぁ~~~~~~~~♪

 ぱーぱーぱーぱぁ~ぱぱぁぁ~~~~~~~~~~ん♪

 たたたたたたたたーん たぁ~ん た~ たんたたっ た~ん……」

 

 

 ……いや。

 

 心の中に、ではない。

 本当に歌っている奴がいた。

 

 ミナミマチ・シゲルであった。

 リアルバウト餓狼伝説のエンドロールを、全力で口ずさんでいるバカがいた。 

 

 

「……たんたたっ い~まぁ~すべぇ~t」

 

 

「――って! シゲさん、それはアカン!?

 歌うたらアカン、アカンて!? シゲさんッッ!?」

 

「イカン! 警備員の皆さんッ!!」

 

 通常の三倍の速さで我に返ったメイジンが、たちまち三倍の速さで指示を出す。

 ティターンズめいた格好の警備員たちが通常の三倍の速さで駆け付け、通常の三倍の速さでシゲルを確保する。

 

 所詮か弱きゲーマーの哀しさ。

 為す術も無く取り押さえられ、羽交い絞めにされながら、それでもシゲルは、喉が張り裂けんばかりに歌った。

 ぽつら、ぽつら、と、会場のそこかしこで合唱が始まっていた。

 悲しみがあった。

 皆が一つだった。

 シゲルが会場から撤去されても、それでも大阪城ホールには、あの日の鎮魂歌が響いていた。

 まだ、風は吹いていた。

 心が帰依していた。

 誰の心の中にも、あの日のサウスタウンの風が吹いていた。

 

 

「……え、ええっと、なに、この空気?」

 

「わ、分かりません、分かりません……、けど……」

 

 呆然と、悲しみに取り残されたフミナたちが呟く。

 ワケが分からなかった。

 分からないが、とにかくどうしようも無い悲しみの只中に居た。

 

「そう、こうしてサウスタウンの物語は、一つの節目を迎えるの。

 餓狼の伝説は、血を巡り、そうして彼の遺児……、ロック・ハワードの物語、へ……」

 

「……って、シ、シアちゃん!?

 なんでアナタ、泣いてるのッ!?」

 

「だって! ギース様が死んだのよッ!?」

 

「あ、様付けなんだ……」

 

「滅茶苦茶ハマっているじゃないか……」

 

 少女の口から、哀しみの嗚咽がこぼれていた。

 会場に集まった誰もが、今日、ギース・ハワードを失った。

 この悲しみこそが、彼が確かにここに居た事の証明であった。

 

 まだ、風が吹いていた。

 サウスタウンの風が――。

 

 

 その後、無茶苦茶説教された。

 

 日が沈む。

 暮れなずむ大阪の河川敷を、サカイくんと二人、とぼとぼと歩いていた。

 

「……シゲさん、歌ったらアカンよ」

 

「スマン」

 

 返す言葉も無い。

 今大会に賭けた運営の善意を、思い切り仇で返してしまった。

 一人の大人として、申し訳なさで一杯である。

 

 その後、表彰式は退場した俺に代わり、控え選手のサカイくんが受ける手筈となっていたのだが、舞台上で新作、すーぱーふみなDXを披露しようとした結果、目出たく揃って退場の運びとなったらしい。

 今頃会場では、準優勝者不在の式典が始まっている事であろう。

 色々と自重しろと説教の一つもしてやりたかったが、今の自分にはその資格も無い。

 

「とにかく、これでシゲさんの挑戦も、一段落ついたっちゅうトコかいな?」

 

「ああ」

 

「うん、なんや?

 妙にスッキリした顔しとるやないか?」

 

 サカイくんの言葉に、小さく頷く。

 確かに奇妙な話ではあるが、自分の中でも、一つの区切りを付ける敗北であったと思う。

 

 今日、カミキくんとの戦いを通じ、自分の中で鮮やかにギース・ハワードが蘇り、そして淡く消えて行った。

 この寂しさこそが、彼が想像の世界を超えて、この世に実在した事の証明である。

 珍庵師匠の言った通り、NEO-GEOの電源を入れれば、何度だって彼には会える。

 機体だって簡単に直せる、望めばいくらだって遊べるのだ。

 

 ああ、KOFの新作が、今から待ち遠しいではないか。

 

「……それに」

 

「うん、なんや?」

 

「その、ガンプラバトルってのは、中々、面白いもんだ……よな?」

 

「……は?」

 

 今さらな俺の言葉に、サカイくんはしばし、ぽかんと呆れたような顔をしていたが、その内に、ぷーっと吹き出して言った。

 

「おいおいおいおい! なんや、おっさん、今更になって……。

 ガンプラが楽しい?

 そないな事、そこいらのジャリガキかてよう知っとるわ」

 

「な、なんだよ……。

 いいじゃないかよ、別に……」

 

「ああ、そうやな!

 だったら今度は、普通のガンプラの作り方でも教えたろか?

 シゲさん、好きなシリーズとかは無いんか?」

 

「ああ、俺は――」

 

 と、言いかけた口が、ふっ、と止まった。

 サカイ先輩の提案は、確かに今の俺にとって魅力的な話ではある。

 だが、次の遊びに移る前に、俺の中で、半年の旅路の清算が終わっていない事に気が付いた。

 

「その前にサカイくん。

 今回の旅で、香港で世話になった友人のために、どうしても作りたいガンプラが一つあるんだ。

 悪いけどもう少しだけ、力を貸しちゃあくれないか?」

 

「うん? そりゃあ別に構わへんけどな……。

 けど、今のシゲさんの腕なら、だいたいのガンプラは一人で作れるんちゃうの?」

 

「……いや。

 あの、すーぱーふみなDXを作り上げた天才ビルダー。

 サカイ先輩の協力が、どうしても俺には必要だ」

 

「へ、へへ。

 まあ、そないに頼まれたら、悪い気はせえへんな。

 よっしゃ! 道場に戻ったら、さっそく打ち合わせと行こうか」

 

「ああ、宜しく頼む!」

 

 にっ、と互いに笑顔を交わし、歩調を早める。

 ああ、共通の趣味を通じた友との交流、これもまたガンプラと言うやつであろう。

 遥か香港の地にいるヤマダくん。

 次に出会うその時を、どうか心待ちにしていて欲しい。

 

 ――と。

 

「…………」

 

 思わず息を呑んだ。

 軽やかになりかけていた足取りが、不意に重くなった。

 傍らのサカイくんも、どうやら状況に気が付いたようだ。

 

 夕焼けで赤く染まった、河川敷の向う側。

 立橋の端から、一人の男が、こちらに向かって歩いて来る。

 

 使い込まれた、洗い晒しの白の道着。

 その肩に負った、小さなサンドバッグのような荷物袋。

 破れた袖から、はちきれんばかりの逞しい筋肉が覗く。

 きりっ、と巻いた赤の鉢巻きに黒髪。

 瞳にはひとかどの武道家らしい凛々しさが宿る。

 

 すっ、と、自然、背筋に力が入る。

 歩き方が若き日のギースのそれへと変わる。

 

 橋の向こうから、ゆっくりと男がやってくる。

 こちらも無言で、憚ることなく歩みを進める。

 

 橋の中央、1メートルの距離を挟んで、示し合わせたかのように互いの足が止まった。

 しばし、無言。

 道着姿の男と、無言で向かい合う。

 

「……自分より強い奴に会うために、こんな所にまで現れたか」

 

「お前の作りだした悪夢、堪能させてもらったよ」

 

 す、と道着の男が右手をかざした。

 自然、吸い寄せられるかのように、こちらの右手も上がった。

 

「今度は、俺の挑戦も見てもらおうか?」

 

「――フッ ならば、確かみさせてもらうとしよう」

 

 

 パン――、と。

 

 

 橋の中央で、高らかと右手が重なった。

 それが別れの合図であった。

 

 道着の男が通り過ぎて行く。

 こちらも敢えて、振り返りはしなかった。

 

「……狼は眠らない、か」

 

「シゲさん……?」

 

「なんでもない、さ。

 いくぞビリー、戦いはまだ、始まったばかりだ!」

 

 とくん、と心臓が高鳴る。

 知らず、再び足取りが速くなる。

 

 ギース・ハワードの死は、サウスタウンの新たな物語の始まりだ。

 第14回、ガンプラバトル選手権。

 狼たちの物語は、これからも何処までだって続いて行くのだ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 

 

 橋の向こうから、道着の男の咆哮が響いてきた。

 道着の男。

 洗い晒しの白のズボンに赤い鉢巻き。

 上は何故かへそ出しの赤胴。

 そして背中に巨大なブーメランを背負った、白の道着の男が、最強の獅子に挑むように、高らかと咆哮を上げていた。

 

 時代が風雲急を告げようとしていた。

 

 

 狼は眠らない。

 

 

 そして、新たな闘いのステージへ――!

 

 

 

 

 

 

 

 





 その後――



 第14回ガンプラバトル選手権、
 香港地区予選は、さながら地獄の様相を呈していた。

 カムイコタンでの長き眠りより覚めた純白の乙女が、突如、悪鬼羅刹と化して会場を襲った。

 十四連斬、怒り爆発、一閃、断末奥義――

 噴き出す返り血に怯む事無く、少女は一人、修羅となり、

 目の前に立ちはだかる敵全てを、斬って、斬って、斬って、斬って――

 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って
 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って
 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って
 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って
 斬って斬って斬って斬って 斬って斬って斬って斬って 斬り捲くった――

 時ならざる大自然のお仕置きに。
 忘れていた自然の痛みに。

 力無き人の子は怯え、震え、ただ災厄が過ぎるのを、じっ、と息を潜めて見送る他に無かった。

 会場を訪れていたミナミマチ・シゲル選手は、この惨劇を前に一言、

「天ナコはまずいよ……」

 とのみ、こぼしたと言う……。







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