我輩はレッドである。 (黒雛)
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prologue 「epilogue」

 †注意事項†
 1、この作品はゲーム、漫画、アニメ等の設定をごちゃ混ぜにした挙句、独自設定や独自解釈が割り込んだ闇鍋小説となっています。

 2、ゲームではできないけど、アニメ・漫画ではできる設定など(例、技を五つ以上覚えたり、ゲームじゃ覚えない技やオリジナル技・コンボの習得。技の同時発動)も採用しています。

 3、独自設定によりトレーナー資格やモンスターボールの購入は十二歳からとなっています。とあるポケモンの変身についても公式と違い、独自の設定となっています。ぼちぼち公式と違うところがありますので、細かいところは「あ、こいつまた勝手な設定してやがるぜ」と生暖かい目でスルーしてください。

 4、原作知識や前世の知識を利用したチートなどの地雷要素が含まれています。

 5、前書きやら後書きに小説とは無関係の話題を書いている話が多々ありますので、この前書きを読んだら、前書き後書きを設定で削除することをおススメします。


 以上の点が受け付けられない方は互いの心の平穏のための必殺技“ブラウザバック”を推奨致します。


 

 

 

 ――その日、全国の人々は、誰もが食い入るようにテレビの前に居座っていた。

 

 少年少女は画面に映る人物に憧憬と羨望の眼差しを向け、大人たちは画面に映る人物を認めて自慢気な表情を浮かべている。仕事終わりの社会人は慌てて最寄のカフェやバーに飛び込み、人々の荒波に揉まれながらなんとかテレビを視界に入れることに成功して呼吸を整える。

 

 今日はもっとも騒がしい一日で、もっとも楽しい一日だ。

 誰もが今日という一日を、自分や家族、恋人の誕生日や記念日よりも待ち侘びていた。一秒という僅かな時間が流れる毎にボルテージは上昇していく。

 

 テレビの向こう側――すなわち中継場所は、全国最大手のスタジアムだ。一定時間毎に水や炎、岩場などにステージが変化し、ランダムに天候が変化するギミックが仕掛けられたスタジアムはポケットモンスター――ポケモンの能力以上にポケモンを操るポケモントレーナーの技量こそが勝敗を左右すると言っても過言ではない。

 

 平凡なトレーナーならギミックに対応し切れず見るに堪えない泥試合をお茶の間に届けることになるが、今日に限っては心配無用。

 

 競技に参加するトレーナーはすべて、時代の最先端を進む超一流の実力者たちだ。

 

 十数万の人口を収容する観客席は当然の如く満員になっている。テレビを介さず歴史的瞬間の目撃者となれることに喜びを噛みしめ、まだ大会は開催されていないというのに万感の涙を流している者まで続出していた。

 

 鳴り止まないカメラのフラッシュ。数千以上撮るだろう写真を厳選し、翌日の朝刊には大々的に一面を飾ることになりそうだ。

 すべてのテレビ局がこのスタジアムの中継をしており、アナウンサーは迸るようなスタジアムの熱意を少しでもテレビの前の人々に届けたくて、必死に身振り手振りしながら語りかけている。

 

 既に大会に参加するトレーナーの八割は、緑のステージに集結している。ジョウトリーグ、ホウエンリーグ、シンオウリーグ、イッシュリーグ、カロスリーグを代表する――それぞれ三人、合計十五人のトレーナーたちだ。残すところはカントーリーグを代表する三人のみとなっている。

 

『――本日開催されるポケモンリーグ・チャンピオン決定戦! それぞれのリーグ代表者三人によるチーム戦の参加者もこれで最後となりました! 早速登場していただきましょう! 皆様お待ちかね! カントーリーグの代表者たちの登場です!』

 

 女性の実況が昂揚のまま叫び、入場口から大量のドライアイスが噴き出した。冷たい白煙を切るように入場口から登場した人物を認めるなり――スタジアムに鼓膜をつんざくような女性たちの黄色い叫びが迸り、“GREEN”とピンクのカラーペンで可愛らしく記された団扇が大きく揺れた。

 

『カントーリーグ代表の先陣を切ったのは、グリーン選手! ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士の孫であるグリーン選手は、五年前――“始まりの戦い”において、我々に新しいポケモンバトルを見せつけ、強い能力と高レベルによる力技が制した従来のポケモンバトルをぶち壊し、新たなバトル環境を切り開いた先駆者の一人です! その偉業が如何に素晴らしいものか――それは現在のバトル環境が十二分に語っています! 常に相手の二手三手上を行く卓越した頭脳が導き出す高度な戦術と、無駄のない育成により徹底的に鍛えられたポケモンたちが生み出すアンサンブルは、今日も敵を圧倒的実力で蹂躙していくのでしょうか!?』

 

 ツンツンと重力に逆らう茶色の髪に、均整の取れたクールな容姿。涼しげな瞳はその名を象徴するが如く翡翠の輝きを宿していた。

 観客の熱狂や歓声を全身に受けながら顔色一つ変えることなく歩を進め、ステージの上に立つ。

 最強格の中の最強の一角として認識されているグリーンの登場に、ステージにいる全員が挑戦的な眼差しを送る。グリーンは最強格のトレーナーたちの視線を一身に受けながら、やはり観客のソレと同じように気後れすることなく楽しそうにフッと笑い、小さく口角をつり上げた。

 グリーンが集団の中に整列すると、再び入場口からドライアイスが噴き出し、颯爽と登場した人物を見るなり、今度は男たちが野太い感激の雄叫びが轟いた。

 

『続いて登場したのは、ブルー選手! マジシャン顔負けのポーカーフェイスと手練手管なテクニックが生み出す変幻自在の戦術は、まさに希代のトリックスター! 今宵も私たちを夢中にさせるエンタメバトルを見せてくれー!』

 

 グリーンより少し色の濃いこげ茶色の髪はクセ一つなく腰元まで流れている。瞳は青。男の歓声から窺えるように、かなりの美貌と抜群のスタイルを誇っている。本人もソレをしっかり自覚しているらしく己がもっとも華やかに見えるだろうポーズと愛想を振り撒きながらステージの上にたどり着いた。

 既に愛する両親と姉弟同然に育った少年の姿は捜索済みのようで、彼らの元に向けてパチリとウインクを一つ。…………目が合った、と浮き足立つ周辺の男を見て、シスコンな少年がギラリと連中を睨みつけたのはデフォルトだろう。

 

『――そして、最後の一人!! 彼については、もはやなんの説明も口上も不要!!』

 

 この場にいる、この場をテレビ越しに見ている誰もが最後の一人の登場に胸を躍らせた。

 

 おそらく――いや、間違いなく。

 

 この世でもっとも有名なポケモントレーナー。

 この男の名を知らぬ者はポケモントレーナー失格とすら謗りを受けてもおかしくないほどの。

 

 そんな――青年。 

 

 彼は、たくさんのトレーナーの憧憬として君臨する。

 

 

 その存在、まさに――“原点にして頂点”。

 

 

 

『では、登場していただきましょう! “ポケモンマスター”! レッド選手――――ッ!!』

 

 

 

 白煙を切り裂き――彼は登場した。

 

 

 

 

 

 

  



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前日談
レッドとラティアス ①


 

 

 切っかけは、一匹のポケモンと出会ったことだった。

 

 その頃のレッドは、無邪気で好奇心が強く、自分のポケモンを持たないのに大人の言いつけを聞かず、頻繁に草むらに飛び込んでいた。

 

 ポケモンを見るのが好きだったのだし、刺激が欲しかったのだ。

 

 レッドの生まれ育ったマサラタウンは、豊かな自然に抱かれた純朴な田舎町であり、とても空気が美味しい穢れのない風土をしていた。ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士がマサラタウンに研究所を構えたのは、彼がこの町の出身者であると同時に、こういう背景もあってのことだろう。

 

 大人にとっては、とても過ごしやすい平和な町。

 しかし、子どもにとっては、退屈な町だった。

 

 だからレッドは刺激を求めた。

 子どもながらの浅はかな思考。己の欲求を満たすためならオーキド研究所に向かい、博士の保管しているポケモンを見せてもらえば良かったのだ。

 しかしレッドはそれをしなかった。オーキド研究所は町のはずれにあり、少し遠いし、レッドの家からは野生のポケモンが生息している外の世界の方が近かった。それに草むらに飛び込むと冒険をしているみたいな気分になるし、同い年の子どもに自慢すると羨ましそうな顔をしてくれるのがレッドの自尊心を満たしてくれた。

 

 その日もレッドは大人の目を盗んで、しめしめと笑いながら外の世界――子どもが歩ける範囲の小さな世界を冒険した。

 ポッポ、コラッタ、オニスズメ。

 カントー地方においてもっとも生息数が多いと言われているポケモンたちだ。

 今までは彼らをジーっと観察しているだけで満足していたのだが、次第に欲が出た。今日は張り切ってもう少し遠出をしよう、と歩を進めたのだ。

 

 草原を歩き、草むらをかき分け、木をよじ登り、新しいポケモンとの出会いを求めた。

 

 

 

 そして――“運命”と出会った。

 

 

 

 そのポケモンは傷だらけだった。背の高い草むらに身を隠すように倒れ伏しているポケモンは明らかに瀕死であり、このまま放置していたら間違いなく死んでしまうと子どものレッドでも理解できた。

 レッドは無邪気で好奇心が強く、悪戯っ子な少年だが、根は真っ直ぐで傷ついた相手には手を差し伸べることのできる優しさがあった。

 だから手を差し伸べようとした。

 

 しかしポケモンは、その手を振り払った。

 

 レッドの存在に気づくなり威嚇するように唸り、傷だらけの身体に鞭を打ってレッドに敵意を向けていた。

 ――実は、このポケモンは、自分を捕獲しようと企む人間から必死に逃げていたのだ。人間の使役するポケモンに傷つけられながら、安息を求めてこの地に迷い込んだ。

 だが、幼いレッドにそんな裏事情が把握できるわけもなく、正義感のまま行動した。

 大人たちに後で怒られることになるだろうが、このポケモンをマサラタウンに連れ帰り、手当てしてもらおうと思ったのだ。

 

 その結果、手痛い反撃を受けた。

 

 ――“サイコキネシス”。

 

 強力なエスパーポケモンが使用する強力なエスパー技は、頭が割れるような頭痛を招き、レッドの意識を一瞬で刈り取った。

 このポケモンは賢い生き物だった。

 レッドの行為が純粋な厚意からきていることは分かったが、それでも、怖かったのだ。人間を信じることが、怖かったのだ。

 反撃は反射的だった。あ――と正気に戻った頃にはレッドは気を失っていた。

 

 ポケモンは罪悪感を抱きながら、なんとか起き上がり場所を移そうとしたのだが、ここで驚くべきことに気を失ったばかりのはずのレッドが目を覚ましたのだ。

 驚異的な回復力だった。

 目を覚ましたレッドは、どこか様子が違っていた。幼い顔立ちには不釣合いの――しっかりとした知性と落ち着きのある瞳をしていたのだ。

 

 そして――レッドはポケモンを見るなり驚愕に目を見開いた。

 真紅の双眸を丸くして、呆然と口にする。

 その――知るはずのないポケモンの名前を。

 

 

「――ラティアス」

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 はじめに言っておく。

 これは断じてネタじゃない。

 確かにネタとして頻繁に使用される文法だけど、今回ばかりはネタじゃないから萎えたりしないでほしい。お願いだから。

 

 えーと――ありのままに今起こったことを言おう。

 俺は、傷だらけのポケモンを手当しようと近寄ったのだが、“サイコキネシス”の反撃を受けた反動で前世の記憶……が甦ったんだ。しかも前世の記憶では、この世界は“ポケットモンスター”というゲームを舞台にしたRPGらしいのだ。な、なにを言っているのかわからねーと思うが――以下略。

 

 そんなわけでレッドは奇妙な前世を思い出したのだ。

 ここが――この世界が、前世において社会現象となるまでに至った国民的ゲーム――ポケットモンスターの世界であると。ポケットモンスターがどういう世界か――それを説明する必要はないだろう。大事なのはレッドが前世の記憶を思い出してしまったというところだ。

 

 レッドは、その前世の記憶により眼前にいる傷ついたポケモンが何なのか理解した。

 赤と白を基調にした戦闘機のようなシルエットのポケモン。

 

 ――ラティアス。

 

 ドラゴンとエスパーの、二つのタイプを持つ“むげんポケモン”

 いわゆる――準伝説と称される希少性の高いポケモンだ。

 

 そんなポケモンがどうしてこんなところに――という疑問は、今追求するべきことじゃない。

 そっち方面に回転しようになった思考に渇を入れ、レッドは素早く立ち上がった。

 

「お前――そう、ラティアス。お前は確か人間の言葉を理解できる生き物だったよな? だったら少し待ってろ。傷薬を持ってくるから!」

 

 レッドの突発的な行動にびっくりしたラティアスだったが、レッドはそんな様子に目をくれず踵を返して全力でマサラタウンに引き返した。

 

「えーと、確かマサラタウンにはフレンドリィショップはなかったよな? チッ、もう頼りにならない田舎町だなぁ、ホント!」

 

 どうする? どうする? とレッドはマサラタウンに急ぎながら思考を働かせる。

 サイコキネシスの影響か、はたまた前世の記憶を取り戻した影響か、頭痛が酷い。ガンガンと殴りつけるように内側から悲鳴を上げる頭に顔を顰めながらマサラタウンに到着した。

 

「そうだ! ライバルキャラのおねーさんっ」

 

 ゲームの設定か漫画の設定か忘れたが、確かライバルキャラの姉であるナナミは、ポケモンコンテストに優勝した実績を持つポケモンコーディネイターだったはずだ。

 ポケモンコーディネイターならきずぐすり――もしくはコンテスト用にポケモンを育成する過程で、きのみを扱っているはずだ。“オボンの実”なんて贅沢は言わないから、せめて“オレンの実”があれば……!

 こんな設定まで覚えている前世の自分にドン引きしながらライバルキャラの自宅――つまりオーキド博士の自宅へ急ぐ。前世の記憶だけなら目的地がどこあるのかわからないが、レッドとして生きた記憶もはっきりと存在する。好奇心旺盛だったレッドにはマサラタウンなど狭い庭のようなものだ。どこに誰が住んでいるかなんて記憶を探るまでもない。

 

 全力疾走するレッドの尋常ならざる表情に何事か、と住民の視線を集めるが、レッドはそれに気づくことなく最短ルートでオーキド邸に到着する。

 

「頼む……っ」

 

 どうかおねーさんが在宅していますように、と願いながらインターホンを押した。

 肩で大きく息をしながら呼吸を整えていると「はーいっ」と玄関の向こうから女性の声がした。

 ホッと安堵の息をこぼす。玄関の扉が開き、目的の人物であるナナミが姿を見せた。

 茶色の長髪に翡翠の瞳を持つ優しそうな美貌の持ち主だ。

 

「あら? レッドくん、どうしたの? グリーンならまだシジマさんのところから帰ってきてないわよ」

 

 先も言ったが、ここは田舎町だ。レッドがほとんどの住民を把握しているように、ここの住民もレッドのことを把握している。町一番の好奇心の塊なら尚更だ。

 

「グリーンのことが聞きたいんじゃありません! ナナミさんって確かポケモンコーディネイターでしたよね!?」

「え? そ、そうだけど……」

 

 只ならぬレッドの表情に気圧されながら、

 

「――レッドくんが敬語!? あのレッドくんが!!?」

「いいから! そういうの、今めっちゃいらない件だから!」

 

 夢でも見ているの? と目を擦るナナミに、レッドは数分前までの己の振る舞いを後悔する。いや、まだ八歳児だし、敬語を使わないのはおかしな話じゃないのだが……。

 

「さっき外で傷だらけのポケモンを見つけたんです。もし“きずぐすり”とか傷を治す木の実があれば分けていただけませんか!?」

「――分かったわ。すぐに持ってくるから!」

 

 さすがオーキド博士の孫というべきか、ポケモンに注ぐ愛情はかなりのものだ。ほとんど反射的に頷いて家の中に踵を返した。

 家の中でじたばたと騒がしい音が響き、ナナミが救急箱を持ってくる。

 

「レッドくんっ」

「ありがとうございます!」

「あっ」

 

 レッドは救急箱を引っ手繰るように取り、走り出した。

 

「大丈夫!? 私もついて行こうか!?」

「だいじょーぶですッ!」

 

 走りながら首を捻り、横目で後ろを見ながらナナミに一礼する。

 レッドくんがお礼……!? 頭を下げた……!? と慄いているナナミに苦笑しつつレッドは現場に戻る。

 

「ラティアスは……いた!」

 

 どうやらレッドの忠告を無視して逃げるつもりだったのか、ラティアスは身体を引きずるようにずるずると少しずつ移動していた。

 

「ちょ――ストップ、ストップ! これ以上はマジでやばいって」

 

 慌ててレッドが駆け寄るとビクンと身を竦ませて抵抗しようともがくラティアスだが、とうとう精神が限界を迎えてしまったのかぱったりと倒れ込み、今度はラティアスが気絶することになった。

 

「おい、大丈夫か! おい!」

 

 レッドは蒼白な顔色でラティアスに駆け寄り、生死の反応を確かめた。

 命の灯火はまさに風前といったところだが、辛うじてまだ生きている。

 

「――ったく、心配かけさせやがって。……つっても無理ないか」

 

 前世の記憶を取り戻したことにより、ラティアスがここまで傷だらけになった経緯を大体察したレッドは、ラティアスの頭を優しく撫でてから救急箱を開く。

 

「てきぱき、てきぱき」

 

 とか言いながら、その実たどたどしい手つきでばい菌を洗い流し、スプレー式の“きずぐすり”を吹きかける。

 

「染みるかもだけど、我慢しろよ」

 

 気を失ったラティアスの表情が歪んだことに心の痛みを感じつつ、額に汗を滲ませながらレッドは包帯を巻いていく。

 最後にハサミでパツンと包帯を切り、

 

「よし、完了っと」

 

 ふう、と額に滲んだ汗を拭い、尻餅をついた。治療なんてほとんどした経験がないから精神的にかなり疲れてしまったのだ。

 木に背中を預け、空を見上げる。突き抜けるような青い空を悠々と泳いでいるのは、オニドリルだ。

 

「あ、不遇ポケモン」

 

 実に失礼な発言である。もしオニドリルが聞きつけようものなら「メガ進化させろや公式ーッ!」と泣き叫びながら急降下からの“ドリルくちばし”がレッドの小さな身体を貫通することになるだろう。

 

「本当にポケモンの世界なんだよなー……」

 

 しみじみと、呟く。レッドとしての記憶と前世の記憶が複雑に絡み合い、何とも言い難い奇妙な感覚が胸中に渦巻いていた。

 前世の記憶はポケモンの世界に転生したことに喜び、今の記憶はこの世界に生まれ生きていることを当たり前のように捉えていて、互いの記憶と感情がまるで噛み合っていないのだ。

 だから浮き足立つというか、微妙に現実感が沸かない。夢でも見ているのだろうか、と本気で勘繰り、試しに両頬をサンドイッチしてみる。

 

 なるほど、痛い。現実ですね。わかります。

 

 すりすりと頬を撫でながら近くの小池に歩み寄り、水面を覗き込む。 

 きれいな水面に映ったのは、あと十年も経過すればかなりの美男子になるだろう将来性が確約された少年の姿が。

 さらさらと風に揺れる艶やかな黒髪に真紅の双眸。線の細い華奢な体躯――

 

「――って、pixivレッドかい!」

 

 どうしよう。原点にして頂点の代表的存在だ。やだ、恥ずかしい!

 レッドは泣きたくなった。公式の姿がよかった。これじゃただのパチモンだ。いや、中身がもうパチモンなんだけれども。

 

「これからどうすっかなぁ」

 

 うーん、と頭を悩ませる。

 それは将来の話ではなく、このラティアスの話だ。

 最低限の手当てを施すことには成功したが、それではい終わり、と別れるのは気が引けた。もし、このラティアスが成熟していたら余計なお節介になるのだろうが、その赤と白の体躯は小さく、一目で幼生のソレだとわかる。

 不安だ。とても放っておけなかった。

 せめて無事に旅立つ瞬間を見届けたい。

 治療を続行するなら、やはりマサラタウンに運ぶのが一番だ。幸い――という言葉は不謹慎だが、レッドは八歳ながら一人暮らしをしているので自宅に連れ込む自体は問題ないのだ。

 問題は、このラティアスはレッドに“サイコキネシス”を放ったように、人間に強い警戒心――というか敵愾心を抱いているということ。人間の集落で目が覚めれば、パニックのあまり大暴れする可能性がある。

 幼生とはいえ、ラティアスは高い能力値を保有する準伝説のポケモンだ。暴れ回る準伝説の猛威は、きっと恐ろしいものだろう。

 

「……けど、やっぱ放っておけないよなぁ」

 

 怖くないと言ったら嘘になる。

 だけど心配の方が上回った。

 逡巡し――多少の被害は覚悟の上で、レッドはラティアスを抱きかかえた。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 「あー、つっかれたー……」

 

 時は夜。

 身も心もすっかりへとへとになったレッドはリビングのソファに身を投げた。ふかふかのソファに身を沈め「ウヴォァー……」と言葉にならない呻きを上げている。

 

 もう色々と限界だった。

 

 ラティアスを寝室のベッドまで運び、寝かせたのはいいのだが、おかげで肉体的疲労はピーク。明日は筋肉痛に苦しむことが決定したようなものだ。

 

 へとへとのレッドに追い討ちをかけたのはナナミである。

 

 オーキド邸に飛び込んだときは事情が込んでいたためナナミはあることをスルーしてしまったのだが、よーく考えるとレッドはまたポケモンを持たないまま外に飛び出す危険な行為をしていたのだ。レッドを見送ってからそのことに気づいたナナミは、救急箱を返しにのこのこやって来たレッドを捕まえてお説教を開始した。

 

 両親がいないレッドは、マサラタウンの大人たちで面倒を見ることになっており、ナナミもレッドの面倒をちゃんと見ようと心に決めていたのだ。ナナミはまだ十代前半と若いが、女は心身ともに男より成長が早いものだ。しっかり者のナナミは既に責任感や子どもを慈しむ母性に目覚めていた。

 

 そんなわけで精神的にも致命的なダメージを負ったレッドは死に体を晒していた。パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……と若干デッドエンドに片足を突っ込んでいるような気がしないでもない。

 このまま睡魔に身を委ね、熟睡したい気持ちが強いが、ラティアスの面倒を見る必要があるので、迂闊に寝入ることもできない。

 溜め息をついて、レッドはまるで鉛を引きずるような鈍重な動きでソファを降りてキッチンに向かう。もう一挙一動が面倒くさそうだ。

 

「ポケモンって人間の食べ物でも大丈夫だったっけ?」

 

 記憶を探るが、ポケモンを入手したことのないレッドに一般的なポケモンの育成の仕方などわかるわけがない。本当なら栄養満点の美味しい料理を作ってあげたいところだが、今日はナナミのところから頂戴した木の実で我慢してもらうことにした。

 冷蔵庫を漁り、入っている食材を使い軽いものを作り、食べる。洗い物をしているところで――もうほとんど限界だった。

 

「あー、ねみぃ」

 

 うつらうつらと舟を漕ぎ、今にも倒れてしまいそうだ。何度噛み殺しても欠伸は一行に止まる気配を見せない。

 

「もうダメだ。マジで限界」

 

 キュッと蛇口を捻り、洗い物を中断したレッドはぼやけた視界のまま寝室に到着した。

 

「一筆くらいしとくか」

 

 フラフラしながら一枚の用紙に文字を記し、その上に貰った木の実を四つ乗せる。もうほとんど意識はなかった。

 ベッドはラティアスが占領しているのでもぐり込むことは不可能だ。

 そこに不満は一切ない。もう寝ることができるならどんな場所でも文句を言わないレッドはカーペットに寝転がり、クッションを枕代わりにした。

 意識は暗転する。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 

 ラティアスが目を覚ましたのは、時計の針が深夜二時を指した頃。

 チクタクと秒針を刻む大きな古時計が心地良いSEとして優しく反響していた。

 マサラタウンの夜はとても静かだ。窓を覗けば、そこは一面の夜。軒並みに明かりは一つとしてついておらず、深夜を徘徊するガラの悪い連中もいない。

 穢れのない――居心地の良い静寂がそこにあった。

 

 柔らかな――それでいて暖かな感触に相好を崩していたラティアスの目覚めは快適の一言だった。

 しばらくこの温もりを手放したくなくて、起き上がることはせずうっとりとその温もりに身を預ける。

 こんな心地良い環境で寝たのは生まれてはじめてだった。

 

 一つ、身じろぎをしようとして――ズキンと走る痛みに思わず顔を顰めてしまう。

 思い出す。

 自分は人間が繰り出したポケモンの攻撃によって傷だらけになっていたのだ。

 醜悪な笑みを浮かべてポケモンに指示を出すトレーナーの姿が脳裏を過ぎり、ラティアスはギュッと目を閉じた。

 

 ――怖い。とても怖かった。

 

 自分が弱るたびに意気揚々と指示を続け、モンスターボールを握りながら嗤うトレーナーの姿に、ラティアスは反抗心をへし折られ、ただひたすら逃げることに集中した。

 彼女は、ラティアスというポケモンは極めて高い能力を秘めている。幼生だろうと普通のポケモンくらいなら小蝿を払うように打ちのめせるはずなのだ。

 だけどラティアスはそれをしなかった。

 

 彼女は、臆病な性格だった。

 

 傷つけるのも、傷つけられるのも嫌だった。

 静かに安らかに、戦いとは無縁の静かな場所で暮らしたいのが本音だ。

 ここはまさにその理想なんじゃないか、とラティアスは恐る恐る顔を上げた。

 

 ――そういえば、ここは一体どこなんだろう?

 

 きょろきょろと周囲を見渡し、気づく。

 ここは野生のポケモンなら一生目にすることのない人間の住処なのだと。

 

「――――――ッ!!」

 

 ラティアスは一瞬で恐慌状態に陥った。

 痛む身体を無視して飛び起きた彼女は形振り構わず窓から飛び出そうとする。

 そのとき、ラティアスとは別のところから寝返りを打つ音が聞こえた。

 振り返ると、床に敷いたカーペットに寝転んでいる少年がいた。熟睡に入っているらしくすやすや寝息を立てたまま起きる様子はこれっぽっちも見せない。

 

 ――この人……。

 

 ラティアスは意識を失う寸前に出会った少年なんだと気づいた。

 恐怖に昂揚していた気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していき、ラティアスは逡巡した末、逃げることを止めて、おずおずとその場に留まった。

 怖くないといったら嘘になる。だけど、自分のことを心配してくれた少年のことが気になった。

 

 ラティアスは気配や敵意に敏感な生き物だ。

 

 だから――わかる。

 

 この人は打算を抜きに、自分のことを助けてくれたのだ――と。

 どうして、と戸惑う気持ちが七割と、残り三割は素直な善意を向けられたことによる喜びだ。人に傷つけられたラティアスは人の好意と善意にどうすればいいのかわからなかった。

 傷を負った身体はまだ痛い。しかし前よりずっと良くなっていた。少し過剰に巻いている包帯もきっとこの人がしてくれたのだろう。

 

 少し、気まずさを感じてラティアスは視線を逸らした。

 視線を逸らした先に木の実が置かれていた。そばには『食べていいぞ』と書きなぐった置手紙がある。

 

「………………」

 

 そういえば逃走劇を繰り広げてから、逃げることに必死でなにも食べていなかった。

 食べ物を認識すると、露骨なくらいにお腹が鳴り、ラティアスは恥ずかしくなった。

 少し、迷い、手を伸ばし――意を決してしゃくりと木の実に齧りついた。

 

「――――!」

 

 口いっぱいに広がる甘味に、思わず目を丸くする。幼いながら各地を点々としてきたラティアスは色々な食べ物を口にしたが、こんなに美味しい食べ物を食べたのははじめてだった。

 ラティアスは知らないが、この木の実はポケモンコンテストで優勝経験のあるナナミが大切に育ててきたものだ。木の実がコンテストに密接な関係がある以上、ポケモンコーディネイターの彼女が手塩にかけて育てないはずがなかった。

 あっという間に一つ目を食べると、二つ、三つ、四つとラティアスはぺロリと皿に乗っていた木の実を完食する。ぺろりと口元についた果汁を舐めて、満足げな吐息をこぼす。

 

 それから、再び少年に目を向ける。

 ジーと、見る。

 

 人間のことはあまり好きじゃない。

 自分を傷つけた。一度や二度じゃない。何度も、何度も。安息の地なんて――どこにもなかった。人間が取り上げてきた。物珍しさに、身勝手に、こちらの気持ちなどお構いなしに欲望の牙を剥く。

 だから、嫌いだ。

 

 でも――――だけど、この少年には、嫌悪感が湧いてこない。

 

 助けてもらったから?

 しかし自分はそんなことを頼んだつもりはない。少年も今までの人間と同じように身勝手に行動したのだ。

 余計な、余計なお世話だと吐き捨てることは――――できなかった。

 身勝手なベクトルが今までの人間と違うから?

 

 たぶん、それもある。だけどそれ以上に――運命のようなものを感じていた。

 

「………………」

 

 くしゅん、と少年がくしゃみをする。少年は掛け布団もなく薄着のまま熟睡していた。

 自分が居座るベッドを見下ろす。そこには毛布と掛け布団が重なり合っていた。

 ラティアスは厚みのある掛け布団を掴み、少年の身体にかけた。

 

 まだ信頼しているわけじゃない。

 

 だけど。

 

 この少年のことをもっと知りたいと思った。

 

 

 

 



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レッドとラティアス ②

 

 朝。窓から差し込む容赦ない朝日が顔に突き刺さり、レッドは半ば強制的に起床を余儀なくされた。

 

「ふわぁ……」

 

 大きな欠伸をして目尻の涙を指先で拭う。ググッと伸びをして気持ちをリフレッシュしつつ上半身を起こした。

 

「あれ? 俺、なんでカーペットの上で寝てたんだっけ」

 

 首を傾げてベッドに視線を向けると、そこには戦闘機のようなシルエットをした赤と白の生物がいて――。

 

「ああ、そっか。そういうことか」

 

 昨日の出来事を思い出し、レッドは納得した。

 

「けど、掛け布団なんて被った記憶はないんだけどなぁ」

 

 もしかしてこの赤と白の生物――すなわちラティアスが掛けてくれたのだろうか?

 だとしたら嬉しいな、なんて相好を崩しながらすやすやと静かに寝息を立てるラティアスを眺める。

 昨日に比べるとだいぶ元気を取り戻しているように見える。テーブルの上に置いてあった木の実も完食しているということは、一度目を覚まし、そして、この場に留まることを選択したということだ。もちろん逡巡はしただろう。まだ完全に信頼してくれているわけじゃないだろう。だけど一歩前進したことが嬉しかった。

 

 眺めていると、ラティアスが目を覚ました。

 眠たげな金色の眼のまま大きく欠伸をして、自然とレッドと視線が重なる。

 ピキリと硬直するラティアスに、

 

「おはよ、ラティアス」

 

 と、挨拶と一緒に微笑みを向ける。

 こういうのに慣れていないのかラティアスは迷う素振りを見せ、戸惑いながらおずおずと小さく鳴いた。ラティアスなりの挨拶の返事なのかもしれない。

 

「ちと待っててくれよ。今から朝ご飯を作るから」

 

 レッドは立ち上がり、寝室を出る。リビングと繋がっているキッチンに足を運び、最初に洗顔を済ますと歯磨きをしながらフライパンをコンロの上に置いた。

 適当にオムレツ辺りでいいか、とコンロに熱を入れると、ふよふよ浮遊しながらおずおずとラティアスが顔を出した。

 

「おーい、大丈夫なのか? 傷が痛むような無理をするんじゃねーぞ」

 

 興味があるのか、ラティアスはコクリと頷き、レッドの作業を眺めている。

 少しやりづらさを感じ、苦笑しながらオムレツを皿の上に乗せてケチャップをかける。

 

「さて、ラティアスの分は……」

 

 ピンポーン! とインターホンが鳴る。すると驚いたラティアスがびくんと大きく飛び跳ねた。

 レッドが笑うとラティアスはプクーと子どものように頬を膨らませ、てしてしと軽く叩いてくる。

 

「ははは、悪かった。悪かったって。客が来たからちょいとストップ」

 

 どうどうとラティアスを落ち着かせながら玄関に向かい、扉を開けるとナナミの姿があった。

 

「あ、おはようございますナナミさん。改めて救急箱、んで木の実の方もありがとうございました」

「レッドくんが敬語!? お礼!? やっぱり夢じゃなかったのね……」

「おい」

「フフ、冗談よ。手当てしたポケモンの方は大丈夫? 気になって様子を見に来たんだけど」

「あ、それなら心配ご無用です。おかげさまで――んー……」

 

 この通り、とラティアスを見せようとしたのだが、彼女はまだ人間不信を患っているはずだ。

 ナナミがどれほど良い人か、人として尊敬できる人物かレッドは充分に理解しているが、ラティアスは違うのだ。この人なら大丈夫だ、と無責任なことを言うのは、違うような気がした。

 

「おかげさまで元気は取り戻してくれました。ナナミさんが育てた木の実もしっかり食べてくれましたよ」

「まあ、それは良かったわ」

 

 嬉しそうにふわりと微笑む。美少女の笑顔、実に眼福にござる。

 

「それならこれを持ってきて正解だったかしら」

「?」

 

 ナナミは後ろに隠し持っていたモノをレッドに手渡した。

 

「これって」

「木の実を使ったポケモン向けの料理よ。もし、まだ朝食を食べていないのなら、と思って持ってきたんだけど」

「マジですか! ちょうど今から作ろうと思っていたところだったんです。ありがとうございますっ」

「それともう一つ、ポケモンフードも持ってきたわ」

 

 と、ポケモンフードの入った紙袋を玄関の内側に置いた。

 

「うわ、いいんですか。本当になにからなにまで」

「他ならぬレッドくんとポケモンのためですもの」

 

 大人である。きっとこの先、いくら年月を重ねようとレッドはナナミに一生頭が上がらないだろう。というか惚れそう。年の差は五歳――いけるか? いけるpixivレッドだもん、いけるよ! あ、ダメだ。中身が終わってる。

 

「本当ならナナミさんにも会ってほしいんですけど、そのポケモン、どうやら人間に手酷く傷つけられたみたいで人間嫌いになってるっぽいんです」

「そう……酷いことする人もいるものね」

 

 表情は一転――バトルよりコンテストに情熱を向けるナナミは哀しみと怒りを混ぜ合わせたような複雑な顔をする。

 

「なので、すいません」

「レッドくんが謝ることはないわ。むしろ適切な判断だと思うわ。ポケモンは人間以上に頑丈な生き物なんだけど、相反するように心は繊細な生き物だから余計なストレスを溜め込むと病気になったりしちゃうのよ。だから心が傷ついてるときに無理をさせるのは絶対にダメ」

「そうなんですか? 知りませんでした」

「レッドくん、トレーナーの才能あるわよ。知らないのにここまでポケモンを気遣うことができるんだもの。きっとポケモンたちも喜んで力を貸してくれるはずよ。お姉さん、感心しちゃった」

「トレーナー……ねー……」

 

 曖昧に笑う。トレーナーといえば、切っても切り離せないのがポケモンバトルである。

 

「どうかした?」

 

 前世の記憶を取り戻す前は「俺はポケモンマスターになる!」と意気込んでいたので、微妙な表情で言葉を濁すようなレッドの態度が気になったのだろう。

 

「いや、なんでもないです」

「そう? もし不安とか問題があるならいつでも言ってね。私もおじいちゃんも力になるから」

「本当ありがとうございます、ナナミ様。自分、一生ついていきます」

「あらあら、うふふ」

 

 茶色の長髪を揺らしながら優雅に歩き去っていくナナミ様を敬礼して見送り、ラティアスの朝食とポケモンフードの二つを手にして家に戻る。

 

「良かったな、ラティアス。ナナミ様が朝ご飯をお届けに来てくださったぞ!」

 

 テンションを高くしてリビングに向かい、テーブルにお皿を置く。すっかり信者の出来上がりだった。

 きょとんと首を傾げるラティアスに、

 

「昨日、お前の食べた木の実を栽培してる御方が作ってくれたんだよ。ほら、美味そうだろ?」

 

 木の実がよほど絶品だったのか、ひらりと見せびらかせるとラティアスは目を輝かせて飛びついた。

 レッドは無邪気に喜ぶラティアスを微笑ましく見つめながら、オムレツを取りにキッチンに向かう。

 

「………………」

 

 そこにあったのは、きれいなお皿。

 真っ白のきれいなお皿。

 おかしいなぁ、ここにオムレツを乗せたはずなのに、どこにテレポートしたんだろうハハハ。おやぁ、この舐めたような痕はなんですかねー。

 レッドは振り向いて、テーブルに置いた朝食をふよふよ浮遊しながら食べているラティアスをジーと見る。視線に気づいたラティアスがこちらを見たので、オムレツが乗っていたはずの皿を見せつける。

 

「貴様、我輩のオムレツを食ったな」

 

 ラティアスは汗を流してそっぽを向いた。テンプレなごまかし方、ありがとうございます。 

 レッドは冷蔵庫から卵を取り出し、もう一度オムレツの調理に入る。

 するとラティアスが「怒ってる?」と問うように上目遣いで見上げてきた。

 

「別にこんくらいじゃ怒らないよ」

 

 レッドは苦笑した。

 安堵の息をこぼすラティアスの反応が面白くて、つい、

 

「――ただ、いつまでも覚えておく」

「!?」

「冗談だよ」

 

 てしてしてしてしてし!

 

 

     ◇◆◇

 

 

 ケースから一枚のディスクを取り出して、ブルーレイレコーダーに挿入する。

 読み込み時間はほとんどないに等しい。

 朝食を済ませたレッドはバリバリとスナック菓子を食べながらディスクが記録している映像を流し始めた。

 

「食うか?」

 

 短い時間ながら、なかなか打ち解けてきたラティアスはレッドが指に摘んだスナック菓子を迷うことなく食いついた。なるほど、この信頼構築の早さは確かにトレーナーの才能なのかもしれない、とレッドは原点にして頂点と謳われた己のスペックに畏怖を抱く。

 ラティアスの目が輝いたので、自由に食べられるようお皿にスナック菓子をぶち撒けた。

 

 昨日の警戒っぷりはどこにいった。チョロインか? チョロインなのか貴様。可愛い奴め。

 

 そっとラティアスに手を伸ばし、優しく頭を撫でる。本当なら動物王国の主が如くよーしよし! と抱きついて愛で回したいが、我慢だ。さすがにそれは馴れ馴れしい。

 もぐもぐと咀嚼しながらテレビに目を向ける。

 

 映し出された映像は去年のカントー地方ポケモンリーグの優勝者と四天王の戦いだ。今年のカントーリーグの優勝者はかなり優秀なトレーナーらしく、四天王の三人を撃破するに至り、このディスクには最終戦、四天王の最後の一人兼チャンピオンのワタルとの戦いが記録されていた。

 

「………………」

 

 レッドはスッと目を細め、真剣な眼差しで戦いの行方を眺める。

 挑戦者が繰り出したピジョットが縦横無尽に空中を駆け、相手を翻弄する。しっかりと鍛え上げたレベルの高いピジョットの速度はカメラじゃとても追い切れない。右にカメラを向ければ既に左に、左にカメラを向ければ既に右に移動していた。

 相手を完全に振り切ったと確信した挑戦者が攻撃を指示する。旋回していたピジョットは羽を折り畳み、低空飛行で突撃を仕掛けた。

 

 “ブレイブバード”

 

 このピジョットの得意技にして必殺技。“こうそくいどう”で速度を上げ、敵を翻弄し、トップスピードで急所を穿つ戦術一つで多くの敵を撃破してきた実績がある。

 

 しかし、相手は四天王最強の男。

 ドラゴンタイプという希少にしてもっとも育成しづらいモンスターを完全に鍛え上げた男だ。

 

『カイリュー、“はかいこうせん”!』

 

 ピジョットに翻弄されていたカイリューが“はかいこうせん”を放つ。しかしその方向はピジョットがいる方向とはまるで見当違いで。

 

『そんな適当に撃った攻撃が当たるわけないだろう! ピジョット、貫けー!』

 

 勝利を確信して、笑みを浮かべる挑戦者。

 

 その一瞬の油断――。

 

 カイリューの放った“はかいこうせん”がピジョットの急所を正確無比に撃ち抜いた!

 

『バ、バカな。どうして……』

『僕の相棒が放つ“はかいこうせん”は、どこまでも敵を追いかけるホーミング性の“はかいこうせん”なのさ』

 

 見当違いの方向に放ったと思われた“はかいこうせん”は角度をつけるようにして距離を修正し、それこそピジョットのように空間を縦横無尽に駆けながら急所を撃ち抜いたのだ。

 急所への一撃はゲームのような運じゃない。ポケモンはそれぞれ特定の場所に急所を持ち、ワタルはピジョットの急所を見抜いて、ピンポイントに狙い済ましたのだ。

 カイリューに肉薄していたピジョットは後一歩というところで倒れてしまった。

 

『クッ、行け! サイドン! ストーンエッ――』

『遅い』

 

 縦横無尽にカクカクと空間を迸る“はかいこうせん”が、やはりというべきかサイドンの急所を撃ち抜く。

 あまりに一方的な展開だ。レッドはここで見るのを中断した。

 後の展開は同じだ。反動なしに放つ“はかいこうせん”が挑戦者のポケモンを次々と一撃に屠っていく。最後の一匹は辛うじて食らいついて見せるが、“はかいこうせん”を囮にした“すてみタックル”により潰れてしまう。

 

 これで、詰み。

 

 結局挑戦者はワタルのポケモンを一匹も倒すこと敵わぬまま六タテに終わる結果となった。

 

「反動なしにホーミング性もあって他の技と併用して撃つことのできる“はかいこうせん”とかチートすぎだろ」

 

 はっはー、とレッドは笑った。

 なにあのカントー地方のラスボス。どうあがいても絶望なんですけど。

 渇いた笑いを浮かべながらレッドは寝転んだ。天井を見上げ、思案する。

 

(俺なら特殊受けのポケモンで耐えながら相手の行動を阻害するかなー)

 

 もちろん、それは努力値――隠しステータスがこの世界にも適応されていればの話だが。

 

 あれが現在のバトル環境だ。

 強い能力と強いレベルによる殴り合い。不利なポケモンが出てこようと、相性関係なく殴りに行く。

 要は――レベルを上げてぶん殴れというのが現在の環境だ。

 

 なぜか――理由はわかる。

 

 ポケモンバトルにおいて絶対に外せない“補助技”の存在がほとんど知れ渡っていないのだ。

 “こうそくいどう”や“かげぶんしん”、“ちいさくなる”“まるくなる”などわかりやすい技しか知られていない。ゲームにおいてほとんど必須とされる“○○の舞”系の技を使用するトレーナーをレッドは見たことがなかった。

 

(ま、無理もないか)

 

 ゲームのように懇切丁寧に技の効果を説明できるわけがない。

 ポケモンの言語が未だほとんど解明されてない以上、そのポケモンがどんな技を覚えるのか人は未だ把握し切れていないのだ。辛うじて解読できたのが現在ポケモンバトルで主流の攻撃技ばかりであり、補助技はほとんど知られていない。

 

 補助技の補足はワタルの“はかいこうせん”のように攻撃技にバリエーションを持たせることで補える。補助技の追求より、攻撃技の熟練度を上げる方が主流なのである。

 ここがゲームとの如実な違い。ゲームは技の攻撃力が数値されていたが、この世界では技を鍛え上げることによって威力やレパートリーを増やすことができる。考えてみれば当たり前の話である。ここはゲームじゃなくて現実なのだ。技術を鍛え上げれば、能力の向上は必然である。

 

(けど、俺は違う。大抵の技は頭に入っている。どんなポケモンがどんな技を覚えるのかも)

 

 これは圧倒的なアドバンテージだ。

 補助技を巧みに操り、ポケモンごとに役割を持たせ、戦術を固定する。ゲームのように技を放つごとに思考するような時間など存在しないが、かえってそれがレッドのやる気に火をつけた。

 目まぐるしく変わる状況を読み、自分の戦術を組み上げる。

 こんなに楽しいことはないんじゃないだろうか。

 

 ポケモンマスター――本気で目指してみるのもいいかもしれない。

 

 

 




 この世界のトレーナーにはデュエリストなみの身体能力が必須です。

 そしてアスリートのごとくポケモンを鍛える能力も必要です。

 努力値を割り振っただけじゃ、勝ち抜くことはできません。

 俺だけ努力値とか補助技知ってるぜヒャッハーとか調子に乗ってると、痛い目に合います。大きなアドバンテージには変わりありませんが、あくまで勝利に必要な要因の一つや二つでしかありません。

 廃人知識だけで勝ち抜けると思ったら大きな間違いでござります。



 資料のために初代ポケモン――否、萌えもんをプレイ。ものひろいのジグザグマを三体集める間にヒトカゲがリザードに進化。ハッハー、タケシなんて余裕だぜー! と勝負を挑んだ結果、レベル二十のリザード、イシツブテに敗北。目の前が絶望に染まった。

 どうして最初のジムリーダーが“じしん”とか使用してくるんスかね? どうして最初のジムリーダーが“オボンの実”とか持たせてんスかね? ちょいとガチじゃありませんかね? “りゅうのいかり”で倒したけども、“メタルクロー”まさかの役立たず。

 しかし、楽しい。難易度の高いポケモンはなかなかに遣り甲斐がありますな。というか野生のポケモンを倒すために「ああ、不要な努力値が……」と考えてしまう現在の自分が憎い。昔を思い出せ……! 


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レッドとラティアス ③

 ポケモンマスターになる。

 前世の記憶を取り戻したレッドは再び決意した――のはいいのだが、残念なことにまだ八歳のレッドにはトレーナーになる資格がない。

 ポケモントレーナーになるには試験を受けて資格を取得する必要があり、試験を受けるには、成人と定められている十二歳を迎える必要がある。つまりレッドは四年間、ポケモントレーナーになることができないのだ。

 

 資格を取得すると同時に譲渡されるポケモン図鑑とトレーナーカード。特に後者がないとフレンドリィショップで“モンスターボール”を買うこともできない。まあ、無知な子どもに“モンスターボール”を持たせるとろくなことにならないから敷いて当然の法律だ。

 ラティアスの世話もあり、フィールドワークはおろか迂闊に遠出することもできないレッドはとにかく暇を持て余していた――と、思いきや、意外と充実した日常を送っていた。

 

「おっきくなーれ、おっきくなーれ、トーテムポール――」

 

 と、少し意味不明な歌を歌いながら如雨露に汲んだ水を畑に注いでいた。

 

 ここはレッドの両親が生前に耕していた畑だった。レッドの実家は普通の農家だったのだ。

 両親が不幸な事故に遭い、数年の月日が経過した畑はすっかり荒れ果てていたが、なんとかレッドはナナミ――否、ナナミ様の協力により畑に再び生命の息吹を吹き込むことに成功した。

 ポケモントレーナーになることは当分叶うことはないが、下準備はできるし、やるに越したことはない。目的が定まっている以上、怠惰な日常を過ごすのは有り得なかった。

 

 レッドがこの四年間を利用して身につけようとしているのは、努力値などを度外視したポケモンの育成方法だ。

 努力値を割り振り、後はトレーナー――というよりプレイヤーの読みが勝負の肝となるゲームと違い、こちらでは技の熟練度や応用だけじゃなく、メニューを組んでポケモンの身体作りを並行する必要がある。スポーツ選手のように、ポケモンを役割に適した形に鍛え上げるのはゲームの知識では不可能な領域だ。だから片っ端から育成の参考書を読み漁り、必要な知識を身につけようとしていた。

 凄腕のトレーナーがいればアドバイスを貰うことができるのだが、残念なことにそういうトレーナーはポケモンのトレーニングにつぎ込む時間を惜しみ、こんな田舎町に訪れはしない。オーキド博士は若き頃、レッドの求めた凄腕のトレーナーそのものだったらしいが、研究に忙しい博士の邪魔はできない。参考書を読み耽ることが今のレッドにできる最大限の努力だった。

 

 そして、もう一つレッドが着目したのが、この畑である。

 

 かつてはいろんな野菜を育んでいたであろう畑は現在、たくさんの木の実が植えられている。

 ポケモンバトルとポケモンコンテストにおいて、木の実の力は高い効果を発揮する。バトルなら木の実を持たせておくことで体力の減少や状態異常になると、ポケモンが勝手に木の実を食べて不利な状況を覆してくれるのだ。コンテストの方は言わずもがな。

 レッドは木の実の上手な育て方を学びながら、収穫した木の実で旅の資金を蓄えるつもりだった。前世の記憶はこういうところでも役に立つ。旅は計画的に。

 

「おっきくなーれ、おっきくなーれ、トーテムポール――」

 

 上機嫌に歌うレッドと同じように、興味津々とラティアスも木の実を植えた部分に水遣りをしていた。

 ラティアスを匿うようになり、もう四日目になる。傷はもうほとんど癒えており、後二、三日もしないうちに旅立つことになるだろう。

 少し――いや、かなり寂しいが、仕方ないことだ。

 こうして変な歌を口ずさんでいるのも、もしかすると寂しさを紛らわせるためだったのかもしれない。

 

「やってるわね、レッドくん」

 

 水遣りをしているレッドに柵越しから話しかけてきたのはナナミである。

 

「あ、ナナミ様」

「私、いつの間に様づけされるほど偉くなったのかしら?」

「いや、なんかもー世話になりすぎて、さんじゃちょっと足りないかなって」

 

 この木の実もナナミがくれたものなのだ。

 

「お願いだから今までのように呼んでほしいわ」

 

 困ったように額に手を当てるナナミに「了解ッス」と内心だけにしようと心に決めた。了解したとか言いながら。

 

「ラティアスも頑張ってるわね」

 

 ナナミがラティアスに声をかけると、ラティアスが如雨露を放り投げてナナミに抱きついた。

 

「あらあら、うふふ」

 

 さすがナナミ様と言うべきか、とてもラティアスが懐いている。

 はじめは理由をつけて二人を会わせることはしなかったが、以降もラティアスにご飯を届けに来てくれるナナミにいつまでも会わせないのは不義というものだった。ラティアスもどんな人が作っているのか気になったのか、少し不安げながらも頷いたのだ。

 ナナミは初めて見ることになったポケモンに驚いたものの、その可愛さ極振りの姿に一瞬でお気に入りになったようだ。ラティアスもポケモンコーディネーターとして活躍するナナミの世話を受けるうちにすっかり打ち解けている。

 

「ラティアスも手伝っていたのね? よしよし、良い子良い子」

 

 美少女と可愛いポケモンのコラボレーションはとても眼福である。

 なぜカメラを所持していないのか、レッドは愚かな己に激怒した。

 

「レッドくん、木の実はちゃんと同じ種類同士、隣り合わせに植えた?」

「なんでです?」

「同じ種類を隣り合わせに植えると純度の高い木の実ができるのよ。味もしっかりしているし効果も高いわ。だけど隣に別の木の実を植えるとその木の実の味やクセが混ざり合ってしまうの」

「なるほど。…………だからか」

「なにが?」

「いえ――俺がほしい木の実ってトレーナー御用達の体力や状態異常回復の効果を持つ木の実じゃないんですよ。突然変異で生じた木の実がほしいんです」

「突然、変異? …………あ! た、確かに別の木の実を隣り合わせに植えると、その二つとはまったく異なる木の実が稀にできるって聞いたことあるけど、あれは食べたポケモンを弱くさせる失敗作なのよ?」

 

 ナナミは戸惑いながら言うが、レッドはポケモンを弱くするという言葉を聞いて、ビンゴ! と笑みを深くした。

 弱くする――つまり基礎ポイント、努力値を下げる効果があるはずだ。

 

「あれにはあれでかなり有用な使用方法があるんです。だからナナミさんのおススメとまったく正反対の――別の木の実を隣合わせに植えてますよ」

 

 マゴの実とイアの実、カゴの実とキーの実、モモンの実とオレンの実、ナナシの実とヒメリの実、フィラの実とバンジの実、ラムの実とオボンの実を――それぞれ隣り合わせに植えていた。

 これで目的の木の実ができるはず。

 育成の書物を読み漁った結果、努力値という存在は、八割以上あると断言していい。ただその仕組みを解析するには至っていない。

 

 つまり――必然的にレッドが先駆者となるのだ。

 

 そして努力値を下げる木の実があることを知っているのはレッドのみ。

 努力値を下げる木の実を集中的に栽培する物好きもレッドのみ。

 努力値という存在が完全に世の中に明るみになれば――ほぼすべてのトレーナーがこれらの木の実をほしがるだろう。

 

(そうなると、どうしてもトレーナーは俺から木の実を購入するしか努力値をリセットすることができないんだ。つまり――多少、法外な値段で売りつけようとトレーナーは買ってくれるわけでェ…………あはははは! 金儲けの匂いがぷんぷんしますなあっ! 億万長者の座につける匂いがぷんぷんしますなあっ! 未来が、未来が光に輝いておるわーっ!)

 

 凄まじいレベルのクズ野郎がここにいた。

 普通に販売するんじゃなくてオークションにすれば間違いなくかなりの値段で売れるんじゃないですかね。高給取りのジムトレーナーや四天王はもちろん、金に糸目をつけないおじょうさまやおぼっちゃまも余裕で大金を払うはずだ。ワクテカ、ワクテカが止まりませんなー! と脳内で激しい高笑いがひたすら反響している。

 

「どうしたの、レッドくん。顔がにやけてるわよ?」

「いや、なんでもないです! ちょっと未来が明るいなーと思っただけです、はい」

「そう……?」

 

 と言いながらナナミは小首を傾げて不思議そうな顔をする。

 ラティアスがくんくんと鼻を鳴らし、ナナミのバッグに視線を向ける。ジーと、向ける。

 

「お前、もう少し自重しなせいや」

「うふふ、いいわよ。お待ちかねだったみたいだしね」

 

 ナナミは微笑みを浮かべ、バッグからラティアスのおやつを取り出した。

 キラキラと目を輝かせるラティアスにおやつを渡すと、ラティアスは嬉々として木陰に移動してパクパクと食べはじめる。

 

「可愛い子ね」

「ちょっと欲望に忠実すぎる気もしますが」

「仕方ないわよ。あの子はまだ子どもなんでしょう?」

「まあ、実物をこの目にしたわけじゃないんですけど、成体はもう一回り以上大きかったはずです」

「それなら多少は大目に見てあげないとダメよ。まだあの子は甘えたい盛りなんだから」

「あー、そういうもんですかねー」

「そういうものよ」

 

 ナナミはうふふと笑い、大人の余裕を感じさせた。敵わないなぁ、とレッドが苦笑していると、ナナミがレッドの頭を撫でる。

 

「レッドくんも、まだまだ甘えたい盛りなんだからもっと甘えて構わないわよ」

「…………くそぅ」

 

 前世の記憶があるから問題ないはずなのに、嬉しいと感じている単純な自分に羞恥する。僅かに顔を赤くするレッドに、ナナミはやはり大人の笑みを浮かべていた。

 そして不意にナナミは切り込んできた。

 

「あの子のこと――どうするつもりなの?」

「――どう、とは」

 

 一瞬、息が詰まった。

 

「これからもレッドくんが面倒見るつもりなの? それとも怪我が治ったら野生に帰すつもりなの?」

「……野生に帰すつもりです。あいつは人間が苦手ですから」

 

 レッドとナナミが例外なだけで、ラティアスはまだ人間に苦手意識を抱いている。

 そんな状態でわがままを言い、一緒に暮らそうものならラティアスは間違いなく疲弊するはずだから、

 

「でも、野生に帰したらあの子はまた悪い人間に追われる可能性もあるわ。おじいちゃんですら知らないポケモンだもの。きっと凄く珍しいポケモンなんでしょう?」

「……それはここに暮らしていても言えることじゃないですか。人間が暮らしている場所なんですから、尚更悪い奴に狙われます。ポケモンを持ってない俺じゃ、あいつを護り切れない」

「そういうときのためにコレがあるのよ、レッドくん」

 

 ナナミは一個のモンスターボールを取り出した。

 

「モンスターボールに捕獲したポケモンは、法律がしっかり護ってくれるわ。だけど野生のポケモンは違う。――正直、私はあの子が人に捕まらないまま逃げ切れるとは到底思えないの。だって、あの子ったら臆病なくせに警戒を解くのが早すぎるんだもの」

 

 二人は視線をラティアスに向ける。

 喜色満面におやつを頬張るラティアスの姿は非常に癒されるが、もう哀しいことにレッドとナナミには、あのラティアスが残念な娘にしか映らなかった。

 ナナミは苦笑してから、もう一度真剣な眼差しをレッドに向ける。

 

「だから、もう一度しっかりと考えてみて。貴方自身の本当の想いと、ラティアスの想いをちゃんと考慮してから結論を出してほしいの。きっとレッドくんとラティアスは、とっても素晴らしいパートナーになれると私は思うわ」

 

 そう言って、ナナミはモンスターボールをレッドに手渡した。

 レッドは空っぽのモンスターボールを握りしめ、ジッと眺める。

 

「意外と重いんだな……」

 

 それは、一つの命を預かる重さだった。

 

 

 

 

 

 



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レッドとラティアス ④

 

 ポン――と、投げる。

 ポン――――と、投げる。

 

 レッドはベッドに寝転がり、お手玉のように“モンスターボール”を真上に投げていた。

 西に落ちる太陽の陽射しは黄昏色に染まり、薄いカーテンを透かして室内を幽玄に染め上げる。窓の向こうから帰途についているだろう少年少女の賑やかな声が響いていた。

 ほんの数日前までは自分もあの光景に加わってたんだよな、と郷愁の念を感じながら苦笑を滲ませ、“モンスターボール”を夕日に照らし合わせた。クリアになっている赤い上部分を覗き込むと、小さなボールの中にレッドの理解を超えた大量の機械部品が詰め込まれているのがわかる。“モンスターボール”の中は快適だと聞いたことがあるが、果たして本当だろうか。

 

 このボールの中に、ラティアスを入れる。

 

 言葉にするのはびっくりするくらい簡単だ。

 しかし、実行するとなると難しい。

 

 レッドはラティアスを野生に帰すべきだと思っている。

 いや、思っていた。

 ナナミに言われた言葉が頭の中でグルグルと回る。野生に帰した方がラティアスの幸せになるはずだが、人間がラティアスを放っておかない。珍しいポケモン。準伝説の枠組みに入る――強力なポケモン。入手しようとするトレーナーは星の数ほどいるだろう。その希少性に目をつけて黒い売買をするブローカーや生態調査をしたい研究員だっているかもしれない。その魔の手を掻い潜り、自由の世界に飛び出すなんて、とても彼女にできるとは思えない。

 

 だけど、だからとラティアスを捕まえようとするのは違うんじゃないだろうか。

 だってまるで事情を盾にラティアスを捕獲しようとしているみたいだ。もしラティアスに他の人間と同じ穴の狢であると、あの無邪気な瞳に冷たく見つめられてしまった場合、立ち直る自信はどこにもなかった。

 

 結局――どうすればいいのか。

 

 わかっているのだ。どうすればいいのか、そんなのわかりきっているのだ。

 素直に口にすればいい。真っ直ぐ言葉にすればいい。

 

 一緒にいたい――と。

 これからもずっと一緒にいたい――と。

 

 そして手を差し伸ばせば――それでいいのだ。

 それだけの話なのだ。

 

 ――しかし、そのたったそれだけのことが、できない。

 

 レッドは既にラティアスのことを家族同然の存在と思うようになっていた。

 臆病なくせになにかと興味を示したがる幼い少女のような、手間のかかる温かな存在。

 両親がいないレッドの心は密かにぽっかりと穴が空いていた。そのピースは決して埋まるはずがないと思っていた。

 家族という温もりのピースは、もうどこにもありはしないのだと前世の記憶が甦る以前から諦めていた。

 問題児として名を馳せたその行為は生来のものだが、同時に他者に構ってほしいという想いも強かった。大人たちがあまり強くレッドを説教しないのも、そうした背景をキチンと見抜いてのことだった。

 

 しかし、ラティアスと出会うことにより埋まるはずのなかった空白が少しずつ小さくなっていったのだ。

 

 おはようと言うたびに。

 ご飯を食べるたびに。

 同じ布団で寝て、おやすみなさいと言うたびに。

 

 心に空いた穴が温もりに満たされつつあった。

 手間のかかる彼女の存在が、とても愛おしく感じるようになった。

 今も前世も、周りの大人や友に恵まれながら、唯一――家族にだけは恵まれなかったレッドには家族というものが、どういうものか正直言うとわからないのだけれど、

 

 妹がいたら、こんな感じなのかな――なんて思う。

 

 だからきっと――運命に出会ったと感じたのは間違いじゃなかった。

 だけど、それはレッドの気持ちでしかなくて。

 ラティアスは一体どう思っているのか、レッドは知らない。

 

 だから踏み込めない。

 この想いが一方的なものにすぎなかったらどうしよう、と逡巡してしまう。

 

 伸ばした手を振り払われる可能性がどうしようもないくらいに怖いのだ。

 拒絶されるのがどうしようもないくらいに怖いのだ。

 

「――――アホか。告白できない乙女じゃないんだから」

 

 優柔不断な自らに自嘲を浮かべ、有りっ丈の嫌悪を込めて吐き捨てる。

 握りしめる“モンスターボール”は、本当に――――重かった。

 

 

 

 

 そして、ついにその日は訪れる。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 ――レッド宅・庭。

 

 身体に巻きついた包帯を取る。

 最初は手間取った作業も今は随分と手馴れたものだ。包帯を巻き取ると、昨日まであった傷はすっかり塞がり、本来の美しさを取り戻した姿がそこにあった。

 やっと傷と包帯から完全に解放されたラティアスは嬉しそうに飛び回り、元気良くこちらに戻ってくる。

 

 レッドは感傷に浸りながらラティアスの頭を撫でる。心地良さそうに目を閉じるラティアスを見て、相反する嬉しさと哀しさが入り混じった複雑な気持ちになった。

 

「良かったな、ラティアス」

 

 ラティアスは喜色に満ちた鳴き声と一緒に頷いた。

 

「そんじゃ――お別れだ」

「――――……?」

 

 ラティアスはなにを言われたのか理解できず、その笑みのまま首を傾げる。

 レッドは笑みを貼り付けて笑った。

 

「どうしてそこで首を傾げるんだよ。元々怪我が治るまで俺が預かるっつー話だっただろうが。で、今日を持ってお前の傷は完全に治った」

 

 呼吸を一つ。

 

「だからここでお別れだ」

 

 ラティアスの表情が、少しずつ変わる。

 哀しい色に――変わる。

 

「そんな顔をすんなよ。お前はもう大丈夫だ。ここを飛び出したら、高度を上げて全力で空を駆け抜けろ。お前に秘められた才能はアホみたいに高いんだ。絶対にトレーナーに捕まるなんてことにはならないさ」

 

 ふるふると首を振る。

 その目は、別れたくないと語っていた。

 揺らぐ――揺らいでしまう。

 けど、ダメなんだ。

 その選択はきっと、一時的な感情によるものでしかない。

 人を恐れるラティアスは、ここにいるべきじゃないんだ。

 

「ラティアス、お前にはお前の帰るべき場所があるだろう? 生まれ落ちた場所があるはずだ。お前を産んだ親がいるはずだ」

 

 ふるふると。

 固く、目を閉じて――拒絶する。

 嗚呼、そんな姿を見たくないから遠ざけようとしているのに。

 言ってしまいたい。

 己の本当の気持ちを。

 だけどそれは、きっとラティアスの幸せに繋がらないから。

 

「お前の親は、きっとお前を探しているはずだ。親は、たぶんそういうものなんだと思うぞ? 俺の幼馴染の両親がそうだったからさ」

 

 だけどラティアスはやっぱり首を左右に振って、

 キュッと下唇を噛みしめたレッドは感情のすべてを水底に沈め、ラティアスを突き放すため、声を荒げようとした――――そのとき、

 

 

 

「――見ぃーつけた♪」

 

 

 

 その悪を醸成したような粘着質な声音に、ぞくり――と背筋に悪寒が走る。

 眼前にいるラティアスの視線がレッドの背後に向けられて、その表情が恐怖一色に染まり上がった。鮮やかな赤と白の体躯が恐怖の度合いを示すように打ち震えてしまっている。

 振り返ることもなくレッドは理解した。

 

 そいつがラティアスを傷つけた張本人なのだと。

 

 カッと頭に血が昇るのを感じたレッドは即座に理性を取り戻し、激情を押し殺しながら振り返る。

 あくまで平静を――鈍感な子どもを演じるようにきょとんを首を傾げて見せながら、男の姿を認める。

 

 ずっと長旅をしていたのか、手入れをされず色んな場所に跳ねている乾燥した黒髪とくたびれた服装。長身痩躯の身体をひょこひょこと揺らしながら、男は醜悪な笑みを浮かべていた。

 じとりと不気味に濡れた蛇のように猛禽な瞳は正確にラティアスを貫いている。

 

「まさかこんな田舎町に逃げ込んでいるとは思わなかったよ。おかげで色んな場所を探す羽目になっちまったんだぜ。これも偏にお前に抱く迸る愛情ゆえって奴だな~」

 

 耳を塞ぎたくなるような不快な声だ。

 ラティアスが男と距離を取ろうとしたところに、男はすかさず声を飛ばした。

 

「おーっと! もしかしてまた逃げるつもりだったのかなあ? ダメだよぉ。俺ってばお前を探すためにたくさんの労力を注ぎ込んだわけよ。なのに、また逃げ出したら今までの努力もぜーんぶ水の泡になっちゃうじゃない。さすがにそれは許容できないかなー? 許容できないよ? 俺ってば、そこまで裕福なわけじゃないからそんな余裕はありませーん」

 

 きっとわざとやっているのだ、この男は。

 わざと聞く者を不快にさせる喋り方をしている。    

 

「というかお前を捕まえるのも金策のためだし? 俺、お前のことはもう少し賢いポケモンだと思っていたよ? ちょっとがっかりだわ。だってさあ――あれほど痛めつけてやったのに、まだ理解できないの?」

 

 そして告げる。

 

「――お前は俺から逃げられないよ」

 

 ラティアスの恐怖が限界を迎えようとした、その瞬間。

 

「レッドくんの攻撃! すなかけ!」

 

 レッドの行動は早かった。ぐりぐりとかかとで地面を抉り、土を柔らかくしていたレッドは、男の視線がラティアスに集中していたのを良いことにギュッと砂を握りしめ、男の顔面に投げつけた。

 

「ぐあっ! テ、テメェ、なにしやがるクソガキ!」

 

 男は顔を覆いながらもう片方の腕を振り回すが、身長差がありすぎてその攻撃は空を切るばかりだ。

 即座に反転して逃げようとしたレッドは、しかし念には念を込めて追撃する。

 

「レッドくんの攻撃、その二。けたぐり! 急所に当たった! 効果は抜群だ!」

「はう――――――ッ!!」

 

 もちろんわざとだ。男の急所といえば、一つしかない。

 男は悲鳴を上げる余裕もなく崩れ落ちて悶絶している。

 

「天に召します我らが神よ。ここにまた一人、ある男の息子がそちらに向かいました。願わくば迷える子羊に容赦のない裁きの鉄槌を――ラーメン。あ、醤油味で!」

 

 人差し指と中指を立て、ススッと十字を切る。

 

「逃げるぞ、ラティアス」

 

 レッドはラティアスの手を引いて走り出した。

 本当はまだ煽りたい。悶絶している男の頭を踏んづけて「NDK? NDK?」と嘲笑い、徹底的に仕返しをしてやりたかった。しかしラティアスを逃がすのが先決だった。

 

(どうする? どこに逃げる?)

 

 走りながらレッドは考える。

 人に頼るのは無理だ。ラティアスは未だ野生に分類されている。男が人々に野生のポケモンを捕まえようとしているんですと表情を取り繕うとアウトだ。男がしようとしていることは傍から見ればトレーナーのソレなのだから。

 もしかしたらマサラタウンの人たちはこっちの味方をしてくれるかもしれないけど、ああいう相手がなにをしてくるかわからないし、このマサラタウンに凄腕のトレーナーなんていない。

 迷惑はかけられない。

 

(やっぱこのままラティアスを逃がすしかないよな)

 

 すっかり恐怖で縮こまっているラティアスに申し訳なさを感じながらレッドはマサラタウンを抜け出した。

 

 

 



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レッドとラティアス ⑤

 

 レッドとラティアスが事案待ったなしの男から逃走を始めて、早くも半刻が過ぎようとしている。

 以前、人間が全力疾走できる時間はおよそ八秒が限界と聞いたことがあるのだが、人間よほどの危機に陥ると身体リミッターが外れるらしい。既に横腹がかなり悲鳴と激痛を上げているのだが、構うことなく全力で走る。

 

 もちろん、逃走劇のお約束となっている転倒なんて絶対しない。全力で走りながらもキチンと足元に気を遣い、這うように左方面から伸びている木の根を飛び越えた。森の中は視界が悪く、逃走するのに最適な反面、同時にこういうアクシデントに見舞われやすく、見つかってしまうと完全犯罪になり兼ねないデメリットも存在する。

 ハイリスク、ハイリターン。

 反抗できる力を持たないレッドにできたのはこれだけだった。一定距離を走ると軌道を変更し、茂みをかき分けながらジグザグに移動する。一直線に走り続けるよりはよっぽどマシだろう。

 しかし、いい加減身体が限界を迎えていた。八歳の少年が半刻も走り続けたのは充分立派な偉業なんじゃないだろうかと思いつつ、振り返る。そこには男の姿も男が使役するポケモンの姿もなく、安堵の息をこぼした。

 

 眼前にある大樹の後ろに回り込み、息も絶え絶えにラティアスの身体に手を置いて話しかける。

 

「ラティアス、こっからはお前だけで逃げろ。もしもの場合に備えて、俺が時間を稼ぐ」

 

 恐怖に縮こまっていたラティアスは目を見開き、左右にかぶりを振った。

 

「この先はグレンタウンに続く海だ。“こうそくいどう”を積んで海の上を突っ切れば、さすがにあの男は追いつけない。ポケモンが人を乗せたまま全力で空を翔けられるわけがないんだから」

 

 ポケモンが全力を出して飛翔すると人間は確実に振り落とされる。人を乗せたポケモンと乗せてないポケモンじゃ、かなりの差ができてしまうのだ。

 

「だから――」

 

 ラティアスはかぶりを振り、しがみつこうとする。それを彼女の身体に置いた手を、腕を伸ばし、つっかえ棒にして阻止をする。 

 

「お願いだから聞き分けの悪いことを言わないでくれ。時間がないんだ」

 

 だけどラティアスは聞いてくれなくて、

 

「いい加減にするんだ。また傷つきたいのか……!?」

 

 少しだけ声が荒くなってしまう。

 そのことに驚いたのか、傷つくというワードが原因だったのかラティアスは僅かに怯んだ。

 

「もう傷つくのは嫌だろ? だったら、やることは一つしかないんだ。俺やナナミさんのことは忘れて、野生に帰るんだ。きっとそれが、一番なんだよ」

 

 だから――

 

「迷うな! さっさと逃げろ!!」

 

 レッドは大きく息を吸い込み、目頭が熱くなるのを感じながら一喝した。

 ラティアスの金の瞳から一筋の涙が伝う。呼吸は嗚咽に変わり、滂沱となった涙をレッドに見せつけながら――ラティアスは背を向けて森の中に消えていく。

 肺に溜まった空気をすべて吐き出すように深い吐息をつき、レッドはずるずると大樹に背を預けて座り込んだ。

 

「これで、良かったんだよな……」

 

 下唇を噛みしめて、目を閉じる。するとこの数日間の記憶が次から次へと浮上した。

 たった数日間だったけど、今まで生きた人生の中でもっとも濃い数日だったのは確かだ。暖かく、賑やかで笑みが絶えない日常だった。

 

 すべてラティアスがくれたものだ。

 

 昨日まで当たり前のようにあった光景はもう手を伸ばすことさえ叶わない。

 目の奥がとても熱い。噛みしめる下唇を解くと涙腺が決壊してしまいそうだった。わんわんと泣きじゃくってしまいそうだった。

 だけど、それは後回しにしないといけない。

 

 目尻に溜まった涙を拭い、レッドは立ち上がる。

 

 もう一踏ん張りだ。この死線をくぐり抜けることができたら、一日中泣いてやろう。

 足を軽く左右に振り、歩き始める。ラティアスが逃げた方角からおよそ九十度の方角に歩を進めながら、ここまで来た道に目を向ける。

 遠くからガサガサと茂みを突っ切る音が、徐々に近づいて来る。ドクンドクンと跳ねる心音を抑制するように胸に手を当てる。

 最後の茂みを飲み込むようにしてレッドの目に映り込んだのは、紫色のゲル状の巨体――べとりと地面と同化するように現れた――ベトベトンだ。

 

 ぅぉぁぁ……とレッドは呻いた。

 

 この近辺にベトベターやベトベトンの生息地はない。

 ベトベトンの背後から件の男が姿を見せる。レッドの攻撃がよほど腹に据えかねたらしく、ギラギラと血走った目をこちらに向けて、

 

「行け、ベトベトン。あのクソガキを捕まえろ!」

 

 逃げ出そうと駆け出したレッドだが、ベトベトンはその鈍重な見た目を裏切る速度でレッドに追いついた。ゲル状の身体を変幻自在に変化させ、レッドを捕縛する。

 内心で舌打ちをする。囮になるつもりだったのに、この体たらくはどういうことだ。

 ベトベトンは男に懐いているのか、鼻の曲がるような悪臭はしなかった。しかし微妙に生暖かいソレが身体に張りつくのは生理的に受けつけなかったが。

 

「やっと捕まえたぜ。手間をかけさせやがって、このクソガキが!」

 

 幽鬼のような足取りで歩み寄った男は、途端に激情を滾らせてレッドの顔を殴りつける。帽子が脱げ落ちた。プツリと唇が切れて一筋に赤が伝う。

 男は帽子をグリグリと踏み躙り、なおも拳を持ち上げる。

 

「なんだぁ、その反抗的な目は!? オラ、オラ、オラァ!」

 

 ガン、ガン、ガンと何度も何度も男はレッドを殴る。 

 

「痛いか? 痛いよなぁ。けど、まだ殴りたりねーよ、クソガキ。俺の流儀は、やられたらやり返す――十倍返しでなあ!」

 

 殴る。

 殴る。

 激情を吐き出すように、そして激情が薄くなると今度は陶酔染みた狂喜を滲ませ――激昂していた男はいつの間にか唇を三日月につり上げていた。

 ベトベトンがレッドの身体を締めつける。男を睨みつけていたレッドの顔が苦痛に歪むと男は更に狂喜する。

 

「本音を言うとこのままぶち殺してやりたいところだが、お前には聞かないといけないことがあるからな。今はこのくらいにしておいてやるよ」

 

 レッドの髪をぐいと掴み、強引に面を上げさせる。

 

「お前が逃がしたあのポケモンはどこに行った? あいつは俺の獲物だ」

「………………」

「ベトベトン」

 

 ギリギリギリ! と締めつける力が強くなり、レッドは呻いた。

 

「まだまだベトベトンの力には余裕がある。こいつが本気を出したらお前の全身の骨を粉砕するどころか血肉すら押し潰すことも可能なんだぞ。怖いだろ? バキバキに骨を砕かれたくはないだろ? もう痛いのは嫌だろ? 解放される手段はたった一つだけだ。――あのポケモンはどこへ行ったのか教えろ」

 

 粘着質な声音で再び問いかける。

 ベトベトンの力が緩む。あのままじゃとても返答できないと理解したのだろう。

 

「さあ!」

 

 脅迫する男にレッドは力なく笑い――言う。

 

「誰が言うか、このブサイク。pixivレッドさんを見習え、バーカ」

「このクソガキィ! そんなに死にたきゃ、ぶっ殺してやる! ベトベトン、“どくづき”!」

 

 ゲル状の一部が鋭利な針に変貌する。その先端から滴り落ちる液体はじゅわりと地面を溶かした。

 挑発したのは失敗だったかなぁ、とレッドは他人事のように思った。激痛のあまり感情が麻痺をしたのかもしれない。

 脆い人間の身体だ。毒により力尽きるより早くその一突きで即死することになるだろう。

 

 後悔の念がないのは、きっと、ラティアスが無事逃げることができたから。

 

 針が飛来するのを最後に、レッドは観念して静かに目を閉じた。

 

 ――ドォン!

 

「ぎゃはあっ!?」

 

 ブサイクのブサイクな悲鳴。

 目を開けると、目と鼻の先に“どくづき”により形成された鋭利な針がピタリと止まっている。そして、その向こう側にある光景を認めたとき、レッドは激しく動揺した。

 

 ラティアスがいた。

 逃げたはずのラティアスが――いた。

 

 男に思い切り体当たりをぶちかまし、ひょろりとした長身痩躯の身体はボールのように転がった。

 硬直するベトベトンの隙をつくように、ラティアスはレッドを奪い取り、その背中に放り投げてその場から逃げ出した。

 茂みや木々を一気につき抜け、距離を稼ぐ。見晴らしの良いところに抜け出すと、ラティアスは停止した。

 

「バカ! なんで逃げなかった!?」

 

 ラティアスの背から降りたレッドは堪らず叫んだ。

 しかし返ってきたのはラティアスの頭突きだった。互いに額と額がぶつかり合い――そして二人して悶絶する。

 

 なにを、と顔を上げたレッドにラティアスは怒る。

 レッドがびっくりするくらい怒っていた。そしてラティアスは目聡く、レッドが仕舞っていた“モンスターボール”の存在に気づくと、エスパータイプの超能力でさっと奪い取った。

 もはや止める暇もなく、ラティアスは自ら“モンスターボール”の中に入ってしまう。抵抗などあるわけもなく、“モンスターボール”は静かにラティアスを捕獲した。

 その――あまりにあっという間の出来事に、レッドは痴呆のように呆然と“モンスターボール”を凝視している。“モンスターボール”の中ではラティアスがしたり顔で得意げに笑っていた。

 

「ッ」

 

 正気に戻ったレッドはラティアスをボールから出した。

 

「どうして」

「――――――」

 

 真っ直ぐな瞳に見返されて、レッドはその続きを述べることができなかった。

 静謐な瞳は静かに物語っている。レッドに語りかけている。

 たった、たったの一言だけを、瞳に乗せていた。

 

 

 ――本当にわからないの?

 

 

 どれだけ駄々を捏ねられようと屈するつもりのなかったレッドの決意は、その、たった一言に打ち壊された。

 余計なものを一切省いた、飾りも理屈のない想いに勝るものはない。

 雷のような衝撃が全身を駆け抜け、身体が震える――そして理解した。

 

 自分がラティアスを求めていたように、ラティアスも自分のことを求めていたのだ。

 

 理解し、悟り、そして涙と一緒に笑みをこぼした。

 

「バカだなぁ、俺」

 

 ラティアスにも、あの男にもぶつけた言葉だけど一番バカだったのは間違いなく自分だったのだ。

 

「お前の幸せは、ここにはないと思った。野生の――人のいないところにしか本当の幸せはないと思った。けど、違ったんだな」

 

 コクリとラティアスは満足げに頷いた。

 

「一緒にいたい――そんな自分の想いを一方的に押しつけるのはどうかと思った。聞くのが怖かった。お前の幸せはそうじゃないと首を振られるのが怖かった。だから勝手にお前の本当の幸せは別のところにあると思った」

 

 だけど、そんな想いが、そもそも一方的だったのだ。

 本当にラティアスの幸せを願うなら、怖くてもラティアスに聞かなければならなかった。

 彼女がどうしたいのか。なにを願っているのか。

 勇気を出して、しっかりと聞き届けないといけなかった。

 

「結局俺は、自分のことしか考えていなかったんだな……」

 

 呆れるほどに自分勝手で、見放されておかしくないほどの愚行だった。

 それなのに、ラティアスはこうして戻ってきてくれた。

 万感の想いを閉じ込めた涙が滂沱と流れ落ちる。

 ラティアスは、ぺロリと頬を伝う涙を拭うように舐めた。レッドは振り切れた感情のまま嗚咽をこぼして、

 

「ラティアス」

 

 その金色の美しい瞳と目を合わす。

 

「ずっと一緒にいたい。ずっと、ずっと」

 

 余計なものをすべて省いた、素直な気持ちをぶつけた。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 どうやらあの男の執念は並々ならぬもののようだ。しつこくラティアスを捜索していたことから大体想像はついたが、さすがにうんざりする。

 男はベトベトンを引き連れて、再度二人の前に現れた。

 ラティアスに体当たりをされた際に骨が折れたのか、左の腕はだらんと垂れていた。ざまあ。

 

 そして当の本人は完全にブチ切れていた

 血走った目はもう真紅一色に染まっている感じで、ますます狂人に磨きがかかっている。

 自分をこんな目に合わせたラティアスもすっかり憎しみの対象に入ったらしく、憎悪にまみれた瞳で叫ぶ。

 

「殺せぇ、ベトベトン!!」

 

 ベトベトンが野太い地響きするような声を迸らせながら、身体を大きくしてこちらを飲み込もうとする。

 レッドは一言、ラティアスに指示をした。

 

「“サイコキネシス”」

「バカが! 俺のベトベトンは“サイコキネシス”一発じゃ――」

 

 そう、確かにエスパータイプの技は毒タイプに効果抜群のダメージを齎せるが、ベトベトンというポケモンは特防に優れた種族だ。たった一度だけ弱点を突かれたくらいで落ちるほど柔な身体はしていない。相手が低レベルなら尚更だ。

 しかし――その一撃の元にベトベトンは屈することになった。

 

「なっ――」

「当たり前だ」

 

 驚く男にレッドが言う。

 

「アンタがここに来るまでに、ラティアスはひたすら“めいそう”を積んでいた。いくら相手がベトベトンだろうと一撃で屠るには充分すぎる火力を、今のラティアスは持っているよ」

 

 ギリ……! と奥歯を噛みしめた男は次のポケモンを取り出そうとしたが、それより早くラティアスの念力が男の動きを封じ込めた。

 なんとか動こうと必死にもがく男に、レッドは歩み寄る。

 

「アンタは言ったよな。俺の流儀は、やられたらやり返す、十倍返しだ――って。なら、今度は俺の流儀を教えておこうと思う。だって、不公平だもんな」

 

 レッドは視線を男の股間に向ける。すると男の表情は目に見えてわかるほど青褪めて。

 

「やられたらやり返す! やられてなくてもやり返す! 百倍返しですが、なにか!?」

 

 今度こそ、完全に、容赦なく、レッドは棒ではなく玉を潰すことにのみ集中して――蹴るべし!

 やはりというか、男は悲鳴を上げることもできず白目を剥いて、ぶくぶく泡を吹いて気絶した。

 そして、レッドは最愛のパートナーと心の底から笑い合うのだった。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 それから数日後、レッドが朝食を作り終えて調理器具の洗い物をしている頃に、その少女は起床した。

 新雪のような純白の長髪に、鮮やかな金色の瞳。瑞々しい柔肌を包むのは、まるでサンタクロースのコスプレ服のようで――全体的に白と赤を基調にした、百十センチあるかないかの小さな小さな少女だった。

 レッドは少女がキッチンの向こうにあるリビングに来たことを足音で察して、声をかける。

 

「遅いぞ、ラティ」

 

 しかし、そんなレッドの声を聞かず少女――ラティはレッドに突撃した。

 すりすりと頬擦りをしてくるラティに、レッドは手を拭い水気を除いてから、よしよしと頭を撫でる。おはよう、と挨拶をするが少女から返答は来ない。

 

 まあ、わかりきっていることだ。

 

 擬人化するまでは可能でも人語を話すことはできない。

 しかし代わりに首から吊り下げているスケッチブックを開き、ラティ――ラティアスは『おはよう!』と書いたページを見せてくる。

 

 そしてニコリと無垢に笑うのだ。

 

 ラティアスというポケモンは他のポケモンが持ち合わせていない特別な能力を持っている。

 それは人間に化けるという能力だ。この能力を使用して、ラティアスはラティという少女に化けて過ごすことで人に抱いている苦手意識を少しずつ改善しようと思ったのだ。この作戦は中々に功を奏しているようで、未だ一人で外出することはできないが、レッドやナナミ以外の人とも接することができるようになっていた。唯一の欠点は声帯機能がなく、喋れないことだが、この問題はスケッチブックを持たせることでほぼクリアした。

 

 その可憐な容姿と無垢な性格が相俟って、ラティは中々の人気者になっていた。そう、むしろレッドがおまけになるレベルで。

 

 ラティアスの苦手意識が改善されるのも時間の問題だ。

 レッドとラティアスは食卓に座り、食事を開始する。

 レッドは器用に箸を使用しているが、ラティはフォークを逆手に握り、拙い動作で食べている。おかげで口元が汚れたり、テーブルに落ちたりするのだが、これは慣れの問題だ。

 

「………………」

 

 レッドはジッとそんなラティの様子を眺める。

 パクリと食べて喜色満面の笑みを咲かせる顔を見ていると、なんだか胸が温かくなってくるようだった。

 少し己のキャラと違う気がするが、それはそれで悪くない気分だ。

 

「………………?」

 

 レッドの視線に気づいたラティアスが小首を傾げる。二つあるスケッチブックの一つ――テンプレ用と表紙に記されている方をパラパラとめくり『どうしたの?』と書いたページを開いた。

 

「いや、なんでもないよ」

『本当?』

 

 とページを見せるラティアスに「まあ、敢えて言うなら」と言って、少し恥ずかしそうに、

 

「ただ、これからの日常が楽しみなだけだよ」

 

 するとラティアスは満面の笑みで応えてくれた。

 

『うん!』

 

 

 

 

 きっと、今日も素晴らしい日常になる。そして明日も、そんな日常が続いていくのだ。

 家族ともパートナーとも呼べる彼女の笑顔を見つめて、小さな幸せを噛みしめる。

 当たり前の日常に感謝して、その当たり前の日常をくれた彼女の笑顔を目にするたびに愛しさが募って、昨日より素敵な今日を生きる。

 

 レッドはテーブルの脇に置いている“モンスターボールに”目を向けた。

 生命を背負う、そのボールを見て――嗚呼、最後まで背負いきってやろうじゃないか、と覚悟を決める。

 そうして、レッドは“ポケモンマスター”の道を一歩だけ踏み出すのだった。

 

  

 

 

 

 





 ラティアスの擬人化は賛否あるかもですが、当初より予定していた展開でした。
 映画でも漫画でも擬人化してましたし、問題ないよね!

 ですが、ラティアス以外は絶対に擬人化させるつもりはありません!

 あと、ちょっと過去話に修正を。

 以前は技名をポケモンに仕込むと執筆しましたが、ポケモンの言語は未だ解明され切っていないので、そのポケモンがどんな技を覚えているのか人は未だ把握し切れていない――という設定に変更しました。まあ、あまりに気にしなくて大丈夫です。

 そして主人公のうじうじタイムは終了しました。

 次回より、基本的に頭のネジが完全に外れた問題児路線をひたすら驀進します。
 


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いじっぱりな黄色い悪魔 ①

 

 子どもの頃から外の世界に憧れを抱いていた。

 生意気と理解しつつも、自分の住んでいる世界は小さいと感じていて――外の世界に憧憬を抱いていた。

 トレーナーとポケモンが手を取り合い、ともに戦う姿に眩しさを感じて。

 いつか自分もマスターと呼べるトレーナーと出会い、外の世界に一歩を踏み出すんだと決めていた。

 

 だけど、それはもう昔の話。

 “あいつ”のせいで自分の夢は、もう叶わなくなった。

 もちろん。悔しい。しかし自分より幼い彼らを放置して一人のうのうと自由に生きるなんてできなかった。

 

 だから、今日も向かう。

 たくさんの罵倒を覚悟しながら。

 

 その――ジグザグの尻尾を揺らして。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 “テレポート”という技がある。

 それはエスパータイプのポケモンが使用する補助系の技だ。効果はその名の如く、任意の場所に自身もしくは対象をワープさせる。ゲームでこの技は、最後に訪れたポケモンセンターに飛んだり、戦闘から逃げるために使用したりとあまり脚光を浴びる技とは言い難いポジションのソレだ。ハナダシティの上にある24番道路に出現するケーシィの“テレポート”にヘイトを溜めたプレイヤーは多いんじゃないだろうか。

 思い出、印象といえば――まあ、それくらいの技。“そらをとぶ”の劣化版。

 

 しかし――しかし、だ。レッドは思う。

 

 アレ、使いこなしたら超チートじゃね? と。

 

 ポケモンは修行を積めば、二種類の技を同時に放つことも可能なのだ。もちろんソレは極めて難易度が高く、二つの作業を並行して行う頭脳とキャパシティが必要であり、使いこなしたとしても、ポケモンの精神を一気に疲弊させるデメリットがあり、長期戦になると途端にそのツケが回って来る。それよりも一つの技を個別に修行させ、一つ一つの技の錬度を高める修行が現在のトレンドである。

 

 だが、レッドは敢えてラティアスにソレをさせる予定だった。エスパータイプの生き物は性質上、他のポケモンより極めて知能が高く、細かい技の調整を得意としている。ラティアスもその片鱗を見事に見せつけており、ゲームでは修得しない“テレポート”を身につけ、現在その精度を高める修行をしている。

 

 まあ修行といっても、縁側に座り、畑にできた木の実を“テレポート”で手元に移動させることができれば好きなだけ食べていい――という一種のミニゲームのようなものだが。

 しかしこの方法は木の実が大好きなラティアスと、とても噛み合っていた。どうやら彼女は甘いものを食べるのが大好きなようで自ら縁側に座り“テレポート”の修行を頑張っていた。

 

 

     ◇◆◇

 

 

「これには一体なんの効果があるんじゃ?」

 

 と、木の実をゲットしてパッと表情を輝かせるラティアスの姿を胡乱げに眺めるのは、ポケモン研究の権威――オーキド・ユキナリ博士だ。

 ポケモン図鑑に登録されてない新種にして、人間に化けることができるラティアスの生態は、彼の研究意欲を激しく刺激したらしく、ラティアスの存在を知った博士は暇を見つけてはレッドの家に足を運び、ジッとその生態を観察していた。人間に化けたラティアス(幼女)を熱心に見つめるオーキド博士の姿はなにも知らない第三者が目撃すると完全に事案である。事案男、まさかの再登場か?

 

 オーキド博士にはラティアスの存在を知らせることにした。やはりオーキド博士のように、絶大な権威を誇る人を味方につけるのは大切だ。オーキド博士の生態研究は実に良識的であり、非人道的な行為は絶対に許さない人だ。彼を味方につけることで大抵の人間からラティアスを護ることができる。

 

 純白の長髪に金の瞳。まるでサンタクロースのコスプレ服のような服装のラティアスはパクリと木の実に齧りつき、美味しそうに頬を緩め、ご機嫌にパタパタと両足を動かしている。何度も失敗を重ねながらやっと入手した木の実はさぞかし美味しいに違いない。

 ナナミはそんなラティアスを膝の上に乗せて、ラティアスに負けないほどの上機嫌っぷりを披露していた。妹がほしかったのだろうか。

 

「ほら、“テレポート”って自分以外の対象をワープさせることも可能じゃないですか。だから思ったわけですよ。“シャドーボール”とか“はどうだん”とか攻撃したポケモンから切り離された攻撃を、着弾する前に“テレポート”を使い、その攻撃をワープさせて別の空間から飛び出せるようにしたら、確実に急所に当てるようにできるんじゃないかなって」

 

 例えば――真正面に打ち出した“シャドーボール”を相手の背後に“テレポート”させ、背後から“シャドーボール”を炸裂させたり。

 防御や回避の瞬間に“テレポート”を使い、まるで予想しないところから攻撃を受ければ、一気に優位に立つことができる。

 

「他にも“テレポート”を駆使して攻撃を回避したり、相手の背後を一瞬で取ったり、よくよく考えたらやっぱり“テレポート”ってぶっ壊れ性能と思うんですよねー。エスパータイプ最強説」

 

 “テレポート”は、他の漫画やアニメでいうなら最強格のキャラクターが使用する空間操作のソレに等しい。

 空間使い=強キャラはお約束なのだ。

 

「お主、どこでそんなキチガイな発想を手に入れたんじゃ?」

 

 わお、ドン引きである。

 出所は前世なので教えることはできません。精神病院に突っ込まれること間違いなしだから。

 

 

 

「俺、グランゾンの“ワームスマッシャー”を再現することが夢なんだ……!」

 

 

 転移装置(テレポート)を無数に空間に固定して、そこに“はかいこうせん”をひたすら連射して撃ち込む。もちろんラティアスは無数の空間固定型の“テレポート”にリソースをほぼ注ぎ込まないといけないので、ダブルバトル以上の乱戦にしか使用できないが。“はかいこうせん”を連射できる、修羅に片足を突っ込んだポケモンを育成する必要もあるが。

 

 しかし――そこにはロマンがあった。

 

 もちろん技の名前は“ワームスマッシャー”。二体のポケモンの合体技である。ワクテカが止まらない。

 他作品の技を再現する――前世知識の特権だよね! とレッドは自重する気なしである。

 

「ふむ、そのワームなんちゃらがなんなのか気になるとこじゃが、そうなるとレッドもポケモンマスターを目指すことになるんじゃな」

「そうなりますね。ま、ポケモントレーナーがポケモンマスターを目指さないのはおかしいでしょう。やるからには天辺を取りますよー」

「ふむ、そうなるといずれグリーンと戦うことにもなるじゃろうな」

「グリーン――か。……良い奴だったよ」

 

 レッドは達観したような眼差しで遠くの空を眺めた。

 ごちん、と拳骨。

 

「ワシの孫を勝手に殺すな! タンバタウンに留学して修行している最中じゃ」

「痛い。頭蓋骨が粉砕した。こりゃ“モンスターボール”をくれないと治りませんなあ」

「なに? もう一発殴ってほしいと」

「いやあ、今日は良い天気だなあ!」

 

 レッドはそっぽを向いた。

 オーキド博士は深い溜め息をついて、少し表情を引き締める。

 

「本来なら十二歳になるまで自分のポケモンを所有するのは、いけないことなんじゃ。法律により規制される以前は、責任を持つ能力のない子どもが不用意にポケモンを乱獲し、そのまま放置をして餓死してしまったケースも珍しくなかった。じゃからポケモン協会はトレーナー資格を得た人間にしか“モンスターボール”を所有してはならんという法を敷いたのじゃ。かつての悲劇を――子どもたちの、あまりに無邪気で無自覚な悪意にポケモンたちが振り回されんようにな。……まさか孫娘がそれを破ることになるとは夢にも思わなかったがのう」

 

 痛む頭を抑えるようにしながら咎める視線をナナミに向けた。

 当の本人は笑顔を浮かべたまま飄々と受け流している。強い。反省はしているが、後悔はしていないを驀進している。さすがです、ナナミ様! 参考にしよ、とレッドの厄介度は上昇した。

 

「だって、仕方ないじゃない。おじいちゃんの研究資料を見てもラティアスの姿なんて見たこともなかったし、ラティアスはレッドくんにとっても懐いていたし。レッドくんがトレーナーの資格を得られるのは四年後なのよ? その間にアクシデントが起こってラティアスが見知らぬ人に捕獲なんてされたら大変じゃない。ね? ラティアス」

 

 食べることに夢中になっていたラティアスは突然話を振られて、ちょこんと小首を傾げた。やーん、可愛い! とナナミはギュッとラティアスを抱きしめる。

 

「あー、ナナミさん。一応人間の姿をしてるときはラティって呼ぶようにしてるから」

「そうだったわね。ラティ」

 

 よしよしと膝の上に座らせたラティアスの頭に頬擦りをする。

 

「今回は事情が事情なだけにギリギリ異例の措置ということで特別許可証を授けることにしたが、さすがにこれ以上の問題は庇いきれんぞ。わかっておるな?」

「はーい」

「本当にわかっておるのか、このガキは……」

 

 生返事をするレッドにオーキド博士は実に頭が痛そうだ。

 

「そろそろワシは研究所に戻る。ナナミ、お前もついてくるんじゃ」

「はーい。レッドくん、ラティ。また今度ね」

 

 ラティアスを降ろし、バイバイと手を振ってレッド宅から去る二人を見送り、レッドはちょいちょいとラティアスに手招きをする。

 するとラティアスは今度はレッドの膝の上に座った。縁側に座る二人はしばらく空をぼんやりと眺め、穏やかな時間を過ごした。

 十分が経過するとレッドはおもむろに「戻ってくる様子はなし……と」と呟き、ラティアスを抱いて立ち上がる。ラティアスを自分の両足で立たせて、

 

「よーし、そんじゃ“モンスターボール”の捜索に行くぞー」

 

 ポケモンを所持していい特別許可証はもらった。しかし、これはポケモンの所持を認めてくれるだけであり、特別許可証だけでは“モンスターボール”を購入することはできない。

 ならばトレーナーが落とした“モンスターボール”を拾えばいいのだ。ゲームではトレーナーが落としたであろう“モンスターボール”がダウジングマシンでごろごろ見つかる。事実、レッドはマサラタウンの外に外出したとき“モンスターボール”を拾ったことがあった。あのときは大人に所持しているところを見つかり没収されてしまったが、今はそんな浅はかな真似はしない。

 

 法律の隙間を縫うように生きるのだ!

 

 ――この男、オーキド博士の忠告をまるで聞いていなかった。

 博士の懸念はまさに正鵠を射た懸念だったのだ。

 レッドが鼻歌を歌いながら仕舞っていたダウジングマシンを取り出す。下準備は完璧だった。靴を履いて外に出ると、既にラティアスは元の姿に戻り、レッドを待っていた。

 ラティアスの背中に跨り、ふわりと高度が上がる。ラティアスの念力により、周囲に光の膜が生まれ、すっぽりと二人を包み込んだ。これにより風圧やGを受けなくなり、光を屈折させることで姿を消すこともできるのだ。

 

 レッドが「こういうのってできないの?」と冗談交じりに言うとそのイメージを思念により受け取ったラティアスは軽く実現して見せた。エスパーってすげー。

 

「しゅっぱーつ」

 

 ゴーゴーと拳を突き上げるレッドに従い、ラティアスはすいすいと空を飛翔するのだった。

 ――数時間後、マサラタウンとトキワシティを繋ぐ道路近辺で少年の高笑いする声が響いたそうな。

 

 

 




 ヤマブキシティ一帯をバリヤで覆ったり、不可視の家を作ったり、エスパータイプの汎用性は異常だと思う。

 螺旋丸のような“はどうだん”を作り、接触する瞬間に“テレポート”して頭上から“はどうだん”を叩き付ける。四代目火影のような戦いもきっとできるはず! 絵的に言うとミュウツーが妥当だけど、さすがに彼は手持ちに加えることはできぬ……!(ギリギリ)


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いじっぱりな黄色い悪魔 ②

 マサラタウンの北にある1番道路から更に北上した場所にその街はある。

 トキワシティ。

 マサラタウンと比べると――いや、比べるまでもなく人の住まいの環境は充実しており、規模も人口も圧倒的にトキワシティが上回っている。大通りに石畳が敷かれている以外は地面が広がり、一軒一軒の間隔も広く見渡しが良いマサラタウンとは違い、トキワシティは街一面をコンクリートで舗装しており、敷き詰めるように家々が窮屈にならんでいた。子どもの娯楽施設が不足しているマサラの子どもたちはほとんどがこのトキワシティに仄かな憧憬を抱いていたりする。実際、ゲームセンターやオシャレなブティック店に広々とした喫茶店、トレーナーズスクールにポケモンセンターなど充実したラインナップにやられ、マサラから移り住んだ若者の数は多い。

「やっぱりトレーナーズスクールがあるのは利点だよなぁ」

 

 パラソルを差した露店でアイスクリームを二つ購入したレッドは一つを人間に変身したラティアスに渡し、二人が座る芝生と隣接するグラウンドを眺めていた。

 そこはトレーナーズスクールが所有するグラウンドであり、現在、校舎から出てきた生徒たちがポケモンを駆使してバトルを繰り広げている。

 子どもたちが使役しているポケモンは、当然トレーナーズスクールが貸し出している調教済みのポケモンたちだ。調教が完了しているとはいえ、レベル自体は低く、修得している技のバリエーションは少ない。使役というか子どもたちはひたすら“ひっかく”やら“たいあたり”を指示して、バトルはノーガードの殴り合いと化していた。

 

「コラッタにニドラン♂♀にポッポ、オニスズメ、オタチ、ホーホー、マンキー、キャタピー、ビードル、ナゾノクサ、ニャース、ブルー、プリン、か。意外と幅広いなぁ」

 

 ぺロリとアイスを舐めながらそんな感想をこぼす。

 するとグラウンドの中間に立っていた男性がレッドたちの姿に気づき、優しそうな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 

「やあ。もしかして入学希望者かい?」

「ただの見学ですよ。俺たちマサラタウンから来たんです」

「なるほど。マサラタウンにはトレーナーズスクールがないから珍しいのか」

「田舎町ですんませんねー」

「あ、いや! そういうつもりで言ったんじゃないよ。困ったなあ……」

「別に軽いジョークだから無視して結構ですよ?」

「……意外と逞しいなぁ」

 

 指先で頬を掻いていた男性はガックリと肩を落とした。

 

「でも俺たちの年齢から自由にポケモンバトルができるのはちょっと羨ましい環境だと思いますね」

「自由にやらせているわけじゃないよ。授業の一環だ。それに基本的にうちは座学を中心にしているからね」

「座学……ウッ、頭が……!」

 

 なんて恍ける。

 

「キミは本当にいい性格をしているね……」

 

 その呆れた視線を颯爽と受け流し、再びバトル会場のグラウンドに目を向ける。

 

「ん?」

 

 グラウンドの向こうが妙に騒がしい。

 男女のけたたましい怒号が飛び交い、騒音は徐々に近づいてくる。子どもたちやポケモンもバトルを中断して、何事かと目を向けた。

 ドタドタと砂塵を巻くように人々の群れがまっすぐこちらに走ってくる。一様に怒りを浮かべ、一心不乱にナニカに追いかけている。

 レッドはゴシゴシと目を擦り、人々の先陣を切るように走る姿を認めて目を丸くした。

 

「へえ、ピカチュウか!」

 

 黄色いねずみポケモン。その愛くるしい姿から高い人気を誇り、ポケモンを代表すると言って過言ないほど抜群の知名度を持つポケモンだ。

 しかし、その大人気のはずのピカチュウは現在、憤怒の表情を浮かべた人々に追いかけ回されていた。タタタと四本の足で俊敏に走り、距離は開く一方だ。

 

「はあ……。またきたのか」

「また?」

「あのピカチュウだよ。最近トキワシティに出没するようになってね、よく食べ物を盗んでいくんだよ」

 

 よく見るとピカチュウはバッグのような――小物を入れるのにちょうどいい袋を背負っていた。男性が言ったように盗んだ食べ物を詰め込んでいるのか、袋はパンパンに膨らんでいた。

 

「誰かあいつを捕まえてくれー!」

 

 堪らず追いかけている一人が叫んだ。

 それに反応するのは、さっきまでポケモンバトルをしていた子どもたちだ。

 ちょうどピカチュウはこちらにまっすぐ走ってきている。一時的とはいえポケモンを使役している子どもたちが意気込むのは無理もなかった。 

 

「こ、こら。危ないから下がりなさい!」

「大丈夫だよ、先生! 僕たちにだってポケモンはいるんだから!」

 

 男性の制止の声を振り切り、子どもたちは各々自分が使役しているポケモンに指示を出す。

 ポケモンたちも多勢に無勢と踏んだのか、少し躊躇いつつもピカチュウを迎え撃つ態勢に入った。

 

「――――!」

 

 ピカチュウも自分の走る道を遮るように立つポケモンの姿に気づき――スッと目を細めた。

 ピリリと頬の赤い丸が青白く放電する。黄色の体躯に雷が走り、放射状に放たれた。凄まじい速度で迸る雷は、空間を焼き払いながら相対するすべてのモンスターに直撃する。

 容赦ない雷撃は一撃で飛行タイプのポッポとオニスズメとホーホーを撃墜した。

 電撃を受けたことにより身体が麻痺する。僅かな停滞を経て八割のポケモンが復活するが、残りの二割は状態異常を起こしていた。

 

 しかし、その僅かな停滞のうちにピカチュウは“でんこうせっか”で肉薄し、ニドラン♂に突撃した。

 

 麻痺の状態異常によりまともに動けないモンスターは無視するらしく、ピカチュウは近くにいたマンキーの“ひっかく”を半円を描くように回避しながら回り込み、そのまま身体を振り抜いて遠心力を得た尻尾をマンキーの後頭部にぶつける。

 コラッタの“たいあたり”を受けるが、踏ん張りながら五本の指でコラッタの身体を掴み、“でんきショック”を浴びせながらグルグルと回転して放り投げた。ピカチュウが体勢を立て直すと既にニドラン♀、オタチ、キャタピー、ニャースの包囲網が完成しており、じりじりと距離を詰めながら――一気に飛びかかった。

 ピカチュウは焦ることなく冷静に対処する。電撃を纏いながらその場で回転し、四匹のモンスターを回転に巻き込み、電撃とシェイクの二重攻撃によりまとめて戦闘不能に追いやった。

 

(うわぁ……。アレってスマブラの“ねずみはなび”だよな。スマッシュ攻撃・下の“ねずみはなび”だよな。つーか――あのピカチュウ、めっちゃ強いんですけど!?)

 

 レッドの愕然とする表情を見遣り、男性は顔をしかめながら頷く。

 

「そうなんだよ。あのピカチュウは複数のポケモンを同時に相手にしようと問題なく勝つほどの実力を持っているんだ」

 

 その後もピカチュウの独壇場だった。“こうそくいどう”をして素早い動きを更に上げると、相手を翻弄しながら一体一体、確実に倒していく。

 最後の一匹は、でんきタイプに有利に立てるナゾノクサだが、やはりピカチュウは迷うことなく飛び込むと、ナゾノクサの“すいとる”も構わず“ずつき”を当てる。着地すると同時に尻尾を振り上げ、浮いていたナゾノクサを更に打ち上げた。跳躍し、ナゾノクサより高度に上がるとトドメの“たたきつける”。

 

「………………」

 

 絶句である。

 流れるように十二体のポケモンを倒したピカチュウは当初の予定通り、逃走にこちらのルートを選択してこちらに向かってくる。唖然としている子どもの脇を通り抜け、タタタと勝者は悠然と走る。

 

「待て!」

 

 と、さっきまでレッドと話していた男性が立ち塞がるが、なんのその。ピカチュウは男性の頭を踏み台にして飛び越えた。……その際、男性のふさふさの髪がずるりと剥がれ落ちたのを――レッドは見ないフリをした。ショックのあまり気を失ったのは幸か不幸かわからない。

 レッドはこちらとの距離を徐々に詰めるピカチュウを見ながら、どうしたものかと思う。チラリと目を隣に向けるとラティアスは一切動じることなくアイスを食べようとしていた。

 どうやらこの騒ぎはラティアスにとってアイスの一口よりずっと軽いものらしく、そもそもピカチュウの存在に気づいている様子もない。むふー♪ と満足げな効果音が背景に映り込んだような気がした。

 

 こりゃ、無理だなと肩を竦めると――ピカチュウと目が合う。

 

「――――――――」

 

 ピカチュウは一瞬だけ驚いたように目を見開き、しかしすぐにかぶりを振ってレッドとラティアスの間を通り抜ける。

 パシ――とレッドの耳に接触の音が届いた。既に背を向け、走り去るピカチュウの口にはアイスが咥えられていた。

 

 まさかと嫌な予感がしてラティアスを見遣ると、そこにはアイスを掠め取られ、呆然としている幼女の姿。

 

(やばい)

 

 呆然とするラティアスがアイスを掠め取られた事実を認識すると、じわりと大きな金色の瞳が揺れた。声帯機能がないので泣きじゃくることはないのだが、嗚咽を繰り返しながらぽろぽろと滂沱の涙が零れる。

 

「ぎゃーす! やっぱり! お、おいラティ、大丈夫か!? いや、大丈夫じゃないよな。どう見ても大丈夫ではございませんねえ! わかった。新しいアイスを買ってやるから泣き止んでくれ!」

 

 子どもをあやすなんて経験のないレッドはおろおろしながら必死にあやす。

 なかなか泣き止んでくれないラティアスの手を引いて、再びアイスを購入した露店に向かいながらレッドは静かに決意する。

 

(あのピカチュウ……絶対に捕獲してやる)

 

 まあ、大事な大事なラティアスを泣かしたお礼をするという理由もあるが。

 それ以上に、ピカチュウと目が合った瞬間――ラティアスのときと同じようなモノを感じた。

 

 そう――運命と出会った、あのときと。

 

 だからピカチュウも目を見開き、振り払うようにかぶりを振ったのだろう。 

 レッドの気のせいという可能性は――ないだろう。こういうのはバカにできないとラティアスのときに学んだ。

 

 ラティアスから感じたモノが柔らかな温もりだとしたら、あのピカチュウから感じたモノは痺れるような脈動。

 

 きっと長い付き合いになる。

 

 そんな予感がした。 

 

 

 

 






 プロローグの前書きに注意事項を追加しました。
 
 やっと戦闘描写を書くことができたーっ。執筆しながらトレーナーが一々指示するのは余計だよな、と思い削除。テンポが悪くなる。あと絶対ポケモンのストレスが溜まる。

 技は、いわゆる通常攻撃的なものを基点に繰り出した方がかっこいい気がする。トレーナーの指示は場を作ったり、流れを変えるときくらいにするのが、ちょうどいい感じかな?

 そしてこのピカチュウ、スマブラ仕様も取り込んでおりまする。


 明日の更新はちょっと難しいかもしれません。四時出勤とか勘弁してマジで……。


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いじっぱりな黄色い悪魔 ③

 誤字報告機能により、誤字を教えてくれる皆様、誠に感謝しております!


 

 ――四日後。レッドはラティアスの背に乗り、再びトキワシティに向かう。

 マサラタウンとトキワシティは徒歩で二日、三日ほどかかる距離にあるので、子どもが気軽に行くのは無理があり、マサラの子どもがトキワに行く日は、ちょっとしたお得日だった。しかしラティアスの背に乗ると念力のフィールドにより風や重力の抵抗を受けないので、ポケモンや人間を気遣う必要がなく、全速力で駆け抜けることも可能なのだ。そうするとマサラとトキワはあっという間に行き来できる。やっぱりエスパーの力ってすげー!

 

「さて、聞いた限りだと今日辺りにまた出現するはずだけど……」

 

 レッドが再び来訪した理由は、もちろんピカチュウを捕獲するためだ。

 四日前、ピカチュウを捕獲すると決めた後にしっかり聞き込みをした結果、大体四日の頻度でピカチュウはトキワに訪れていることがわかった。だから四日後の今日、朝早くからトキワに赴き、張り込むつもりだが……。

 

「このただっ広いトキワのどこを張り込めばいいのやら」

 

 張り切ってマサラを飛び出したのはいいが、トキワの規模はマサラと比べるまでもなく、当てずっぽうに張り込むと無駄に時間を浪費するだけだ。レッドは再び聞き込みを開始して、出現場所を割り出そうとしたが、そこは何度も被害に遭っているトキワの住民がとっくに行っている。しかし結果が芳しくないのは、件のピカチュウはかなり悪知恵が働くようで、敷かれた包囲網をスルスルと事もなげに掻い潜っているのだ。一度罠を仕掛けられた場所には不用意に近づかないなど、中々の徹底ぶりである。

 

「いいな。いいな。あのピカチュウ、マジでいいなぁ」

 

 テンションが上がって参りました。

 狡猾でいながら一人で成し遂げる行動力もある。もう運命とか関係なく、レッドは完全にあのピカチュウしか有り得ないと結論していた。

 だからこそ一刻も早く捕獲する必要がある。あれほどの戦いの才を持つピカチュウなら、入手したいと思うトレーナーは多いはず。野生のポケモンは基本的に早い者勝ちだ。僕が目をつけていたのにー、という声はよほどの事情がないと適応されない。

 

「ラティ、お前の力でピカチュウを探ることってできたりする?」

 

 頭を悩ませるレッドはラティアスの力ならと問いかける。

 ラティアスはフルフルと左右にかぶりを振り、スケッチブックにペンを走らせる。

 

『ますたーのいうぴかちゅうのはちょうがわかればさがすことできる』

 

 なるほど、すれ違ったあの一瞬、しかもラティアスはアイスに夢中だったこともあり、ピカチュウの波長を読み取ることは物理的に不可能だったわけだ。

 たどたどしく記された文字を読み、レッドは納得する。

 

「ピカチュウが狙ってるのは食べ物ばかりだから、とりあえず被害に遭いやすい商店街をぶらぶらしてみるか」

 

 行き当たりばったりだが、仕方ない。レッドには大人顔負けのポケモン知識はあるが、名探偵のような推理力は持ち合わせていない。というか、基本バカだし。直感を頼りに生きる生物だし。

 レッドはラティアスと手を繋いで歩き出す。

 マサラではあまり見かけられないが、トキワだとたまにポケモンが放し飼いにされていたり、“モンスターボール”からポケモンを出し、一緒に行動しているトレーナーの姿も確認できる。前者の方は他人に“モンスターボール”を投げられたりしないようにキチンと首輪がつけられていた。

 

 まあ、レッドも同じようなものである。

 ラティアスを“モンスターボール”に入れたのは、後にも先にもラティアスのトレーナーになると決め、捕獲したあの瞬間だけだ。ほとんど一瞬に等しい。

 

 正午を告知する音楽が、鳴り響く。

 びっくりと目を丸くするラティアスに苦笑して「昼ご飯を食べる時間ってことだよ」と教える。

 

「ちょうど昼になったことだし、どっかで飯を食うか」

 

 コクコクと頷くラティアスを連れて喫茶店に入ると、前を通りかかったウェイトレスが営業スマイルで話しかけてきた。

 

「いらっしゃい。あら、もしかしてデートかしら?」

「そんなわけ」

 

 なにを言っているんだ、この女は。

 

「もう、女の子に恥をかかせちゃダメよ。こういうときは男の甲斐性を見せないと、彼女ちゃんに逃げられちゃうぞ☆」

「甲斐性以前にアンタは人の話を聞こう。デートじゃねーっつってんだろうが」

「もう、この照れ屋さんめ!」

 

 ひたすらウザい。よし、煽ろう。

 

「もう、この年増女め!」

 

 同じように笑顔で返してやると、

 

「貴様ァッ!」

 

 まさに烈火の如く――しかし、次の瞬間、調理服を着込んだ壮年の男性にギロリと睨まれ、その怒りは強制的に鎮火させられた。

 なに? 前科持ち? 男女の二人組みが来ると茶化さずにはいられないの?

 

「チッ、二名様ご案内しまーす」

「どうか行き遅れにはご注意くださーい」

「ぐぬうぅ……!!」

 

 下唇を噛みしめるウェイトレスにアッハッハと笑い、気を良くしながら案内された席につく。

 マサラタウンのレッド。相手が初対面だろうと煽ります。

 備えつけのメニューを開く。

 

『でーとってなあに?』

「んー、男女のカップル――恋人が逢瀬を重ねることかなー」

『こいびと?』

「好きな異性と特別な関係にあることだな」

 

 メニューを見つつ、スケッチブックを見て、律儀に質問に答える。地味にレベルの高い技術だ。

 

『じゃあ、わたしとますたーは?』

「家族」

 

 すると、ぽわ~と幸せオーラが漂ってくる。

 ラティアスに恋人のことなんてまたわからないだろうし、レッドとラティアスの関係は主従や相棒、パートナーよりも家族という表現が適切だ。

 

 当然、レッドが鈍感ということはない。

 

 人を煽るには、そいつのウィークポイントを的確に射抜く必要があり、ずれた煽りはただ寒いだけだ。挑発スキルがカンストしているこの性悪男は他人の感情に敏感なのだ。

 

『ますたーには、こいびととかいないの?』

「いないいない。そういうのは普通、青少年になってからだよ。七、八年は後の話だ」

 

 ――もっとも、ポケモンマスターになるという目的を達成するまで、他に現を抜かすつもりはないが。

 性悪のくせに、こういうところは真摯である。

 

『ななみは?』

「あの人は俺の中で、もはやアルセウスの領域にいる人だから」

 

 ナナミがいなければ、こうしてラティアスと一緒にいることはできなかった。ナナミがいなければ、間違いなくレッドは傷の癒えたラティアスを手放していただろう。

 信仰しなければ。信仰しなければ……!

 今では立派にナナミ信者です。

 

 お冷を持ってきたウェイトレスに二人分の定食を注文する。

 

「ラティ、もしピカチュウと遭遇することができたら任せていいか?」

 

 ラティアスはコクリと頷いて――書き書き。

 

『あいすたべられたっ』

 

 ぷくりと可愛らしく頬を膨らませる。小さな拳をグッと握り、やる気は満々の様子。

 食べ物の恨みが恐ろしいのはポケモンも同じようだ。

 

「けど、どうやって対処したもんかね」

 

 あのスマブラの如く変則機動を事もなげにやってのせるピカチュウは間違いなく強敵だ。野生のポケモンが持つ本能的な機転を十二分に活かしていた。しかし相対するラティアスは、低いレベルに関わらず豊富な技を既に習得しているが、如何せん実戦経験が少ない。強引に懐に飛び込まれたら一気に勝敗は決するだろう。

 こちらが勝利をする決め手は間違いなく、豊富な技のレパートリーを最善に選び抜くトレーナーのスキル。

 

(つまりは俺次第っつーことか)

 

 ラティアスに任せるんじゃなくて、ラティアスと一緒に戦うのだ。

 

(まあ、“めいそう”を積むのは当たり前として、あのピカチュウは近接戦が得意みたいだから“リフレクター”も確定か。それでも辛いようなら“ミラータイプ”も使って……これでラティアスのステータスを補うことはできるかな。攻撃は当然、特殊・タイプ一致のエスパーとドラゴンをメインにして、と。んー、“しんぴのまもり”はどうしよう。……最初は張らず、麻痺になったら“サイコシフト”でピカチュウに麻痺を移したら即時展開だな)

 

 いやはや、ゲームのような習得制限がないから夢が広がりングですなー、とレッドは楽しくなった。

 もちろん技の多様は禁物。PPという概念はないが、技を使用すると普通の攻撃に比べ、精神を多量に疲弊する。補助技を積みまくり、万全の態勢を整えたのはいいが、そこに労力をひたすら注ぎ込んだ結果、いざ開戦すると既に疲労困憊とか笑い話にもならない黒歴史待ったなしだ。

 過不足なく必要な技を必要なときに必要な数だけ使用する。そこを見切るのもトレーナーの仕事だ。

 

「早く大人になってトレーナーとポケモンバトルをやりたいなあ」

 

 とっても、とっても楽しそうだ。

 少し、夢見心地な気分になりつつ喫茶店の壁に設置しているテレビに目を向ける。

 ニドリーノとゲンガーが激しいバトルを――ゲンガーの“サイコキネシス”でニドリーノが一撃で落ちた。

 

「ですよねー」

 

 通信交換のできる友だちは偉大である。

 

 

 

 

 

「ピカチュウが出たぞー!」

 

 外からそんな叫び声が響いたのは、ラティアスが食後のデザートを完食した頃だ。制限時間内に完食すると無料になる、バケツのような大きな器に盛られたパフェを制限時間の半分でぺロリと平らげ、「俺の傑作よ。こいつを完食してみせた強者は未だいないぜぇ……!」と食前、不敵に笑っていたコックに『おかわり』のスケッチブックを見せて絶望に導いたラティアスが、物足りないとばかりに容器にこびりついたクリームに舌を這わそうとしていた。さすがに下品なので「また連れて来てやるから」とレッドはこの喫茶店をカモに認定し、外に出る。

 騒ぎのする方向に移動すると、そこにはピカチュウと相対するトレーナーがいた。年は十五歳くらいだろうか。トレーナーの前には、カラカラがいた。

 己を囃し立てる周囲の声に少年は意気揚々とカラカラに指示を出す。

 

「行け、カラカラ! “ホネこんぼう”!」

 

 カラカラが、手にする骨を振り上げて、ピカチュウに駆ける。

 ピカチュウは電撃を走らせ、遠距離から攻撃を仕掛ける。しかし電撃が直撃したはずのカラカラは、物ともせず直進して、驚いているピカチュウに、振り上げていた骨を振り下ろした。

 吹き飛んだピカチュウは二度バウンドして、サッと体勢を立て直した。きっと、あのピカチュウはカラカラと戦うのははじめてなんだろうな、とレッドが密かにピカチュウを応援しつつそんなことを思っていると、

 

「はん! バカなやつだ。地面タイプのカラカラに電気が効くもんか!」

 

 ――ご丁寧にフラグを立てるそのご奉仕精神、俺は嫌いじゃないよ。

 少年の嘲りに、ピカチュウが低い声を上げた。「ああ……?」とか「テメェ」とか「この野郎……」とか言っているに違いない。 

 ともかくピカチュウの怒りに触れたことは確かだ。

 

「このまま一気に倒すんだ! “ホネブーメラン”!」

 

 カラカラが骨を投げつける。しかし、まるで見当違いの方向に飛んで行く“ホネブーメラン”に周囲は困惑していた。

 少年はそんな周囲の困惑に笑みを深める。明後日の方向に飛ぶ“ホネブーメラン”は角度は回転により、まるでキレの良い変化球のようにククッと曲がり、ピカチュウの側面から奇襲を仕掛けたのだ。

 

(けど)

 

 レッドの視線は鋼のように硬質化したピカチュウの尻尾に向いていた。

 ピカチュウは死角から迫り来る“ホネブーメラン”に気づいていない素振りを見せながら、しかし、あわやぶつかる瞬間に“アイアンテール”で“ホネブーメラン”を打ち返した。

 

「なっ!?」

 

 完全に勝利を確信し、“モンスターボール”を投げるつもりだった少年は驚きのあまり硬直した。同じく驚愕していたカラカラに“ホネブーメラン”が直撃する。

 今度はカラカラが吹き飛ぶことになった。すぐに体勢を取り、地面に転がる骨を取りに行こうとしたが、それを見越したピカチュウの“ロケットずつき”が無防備なカラカラに突き刺さった。ピカチュウと街灯のサンドイッチになったカラカラは苦しい声を漏らしつつ奮闘の意志を見せるが――そこには“アイアンテール”を振り上げ、「まだやんのかよ」と言いたげに見下ろすピカチュウ様が。

 カラカラ、ぱたりと死んだフリ。

 

「そ、そんな」

 

 悄然と肩を落とす少年を一瞥して、ピカチュウは踵を返した。既にその背には強奪しただろう食糧が詰まっており、後は逃げるだけなんだろう。

 

「ラティ」

『だいじょーぶ。はちょうはよみとったから、おいかけること、できる』

「さすが」

 

 と、ラティアスの頭を撫でる。

 レッドとラティアスは脇道に入り、人目のない路地裏に行く。

 ラティアスが変身を解き、元の姿に戻る。レッドがラティアスの背に乗ると、ラティアスは念力のフィールドを展開して飛翔するのだった。

 

 

  







 通信交換してくれる相手がいない人にとって、真の伝説のポケモンとは、ゲンガーやフーディンでござる。
 サンダー? ファイヤー? フリーザー? ミュウツー?
 あいつら野生で出現する上にマスターボールで一発やん。ゲンガーやフーディンはマスターボールがあっても捕獲不可能なんだぞ。本当に……あの仕様はなんだったんや………。やめろぉ、やめろぉ……!
 


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いじっぱりな黄色い悪魔 ④

「お、いたいた」

 

 ラティアスの背に乗り、ピカチュウの波長を頼りに追跡を始める。戦闘機のようなシルエットに相応しくスピードに優れたラティアスはあっという間に2番道路を北上するピカチュウに追いついた。

 どうする? とラティアスが振り向いて器用に首を傾げる。

 

「んー、ちと様子を見ようか」

 

 コクリと頷いたラティアスは速度を落とし、ピカチュウの後方をついていく。

 ラティアスは念力のフィールドで完全に姿を消しているが、ピカチュウは振り向いた。ビクゥ! とレッドとラティアスは冷や汗を流す。ピカチュウはやや訝しみつつ再び北上を目指す。

 

(あのピカチュウ、マジなんなん……?)

 

 ニュータイプですか? イノベイターですか? ここポケモンなんですけど。

 

「ラティアス、もう少し距離を取ろう」

 

 それにしても、なぜあのピカチュウはトキワシティに何度も足を運んでいるのだろう。食糧しか狙わないと聞いているが、それなら森にある木の実を採ればいいだけだ。

 

 きっと――なにかがある。

 

 レッドはそれを知るためにピカチュウの様子を見守ることにした。

 2番道路を北上した先はトキワの森だ。ラティアスは高度を落とし、地面すれすれに浮遊してトキワの森に入る。

 トキワの森は鬱蒼なくらい樹木が乱立し、視界や陽射しがあまりよろしくない薄暗い場所だが、生息するポケモンは穏やかな気性をしており、奥地に進まない限り、危険性は意外と少ないのだ。

 湿った地面を進むキャタピーやビードル、木に張りつき進化のときを待っているトランセルやコクーンなど、虫タイプのポケモンが多い。

 

 すらすらと邪魔な障害物を避けながら進むピカチュウは、やがて一本の倒木に辿りつくと鳴き声を上げた。長い年月が経過しているのかすっかり枯れ木と成り果て、空洞となっている倒木からひょこっと顔を出したのは――ピチューだった。

 ――四匹。

 四匹のピチューが倒木から顔を出し、ピカチュウの帰還を喜んでいた。

 トキワシティから帰還したピカチュウが戦利品の食糧を見せつけると、ピチューたちは殺到する。

 それぞれ美味しそうと思ったものを早い者勝ちと言わんばかりに取り合い、小さな指を重ね合わせてかぷりと齧りつく。二度、三度咀嚼すると蕾が開花するように破顔一笑を浮かべた。それを見て、ピカチュウも満足げな笑みを浮かべている。

 

(アレが目的だったのか……?)

 

 まあ、確かに、眺めていてかなり和む様子だけれども、疑念は解けない。

 四匹のピチューの面倒を見るくらいなら、この森の中にある木の実を採るだけで充分に事足りるはず。なのにわざわざトキワシティに出没する理由がわからない。今まではピカチュウがバトルに天賦の才を宿していたこともあり、切り抜けることができたが、もしジムに挑戦するトレーナーと遭遇した場合、さすがに勝つことは不可能だ。トキワシティのジムリーダーはカントー地方最強のジムリーダーと謳われており、ここに挑戦しに来るトレーナーは一流のトレーナーが多いのだから。

 

 どうしてこんな無茶を繰り返すのか。

 

 そんなレッドの疑念は――突如、梢を透かし、遠くから響いた獣の雄叫びにより中断された。

 

「なんだ、今の」

 

 ピカチュウが表情を一転、険しい顔つきになる。

 ピチューたちも獣の雄叫びが耳朶に触れた瞬間、恐怖を顔に貼りつけ、縮こまり、倒木の中に潜り込んでしまう。

 まるで、さっきの穏やかな一時が偽りであったと言わんばかりに、その平和はあっさりと瓦解してしまった。

 

 ピカチュウは尻尾を払い、倒木の入り口を落ち葉で隠すと、意を決した様子で走り出す。

 後を追いかけようとするラティアスに、

 

「ちょいストップだ、ラティアス」

 

 そう言ってレッドはラティアスの背中から降りた。

 少し悪いと思いつつレッドはピカチュウが隠したばかりの落ち葉を払い、その中を覗き込む。倒木の暗い空間の中でピチューたちは深く落ち込んでいた。

 恐怖に身を寄せ合う――のではなく、酷く落ち込んでいた。

 そんな彼らに、レッドは可能な限り刺激をさせないように優しく話しかける。

 ピカチュウの様子も気になるが、まずは情報である。

 こちらには幸い、意思疎通が可能の優秀なポケモンがいるのだ。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 走る。

 走る。

 ピカチュウはわき目も振らず、一心不乱に腐葉土を蹴り、走り続ける。

 風を追い抜き、木々を撓らせ、目にも止まらぬ速さで森を抜けていく。

 

 もう、いい加減に限界だった。

 

 それは自分の堪忍袋と、もう一つ――このまま騙し騙しな生活を続けること。弟分、妹分のピチューたちを守りながら今の生活を続けるのは難しい。先ほどの雄叫びは今まで何度も聞いてきた中でもっとも近く、耳障りに響いた。

 少しずつ、少しずつ、あいつはこの森に生息するポケモンを追い詰めるように縄張りを広げてくる。己の縄張りに侵入するモノは絶対に許さず、凶悪な牙と爪を振るい、その息の根を止めるまで苛烈な攻撃を繰り返すのだ。

 

 穏やかなトキワの森は、一匹のポケモンにより蹂躙されてしまった。

 

 ピカチュウは、そのポケモンと戦ったことがある。しかし、結果は惨敗。あっさりと返り討ちに遭い、瀕死に近い重体になったピカチュウにできたのは“逃げる”の一手だけだった。

 そいつのせいで迂闊に森を徘徊し、木の実やエサを確保することが難しくなった。このままではピチューたちは食べ物に困り餓死してしまう。だからピカチュウは少し離れた場所にあるトキワシティに目をつけた。今の森とは比較するまでもなく、安全に食糧を得ることができると思ったのだ。

 しかし、それは己の夢を断念する行為だ。

 ピカチュウの夢は――世界を見ること。信頼できるトレーナーと一緒に広大な世界を渡り歩き、白熱するバトルを交わしたい。

 だけどそれはトレーナーの力がないとできないこと。

 いけないことに手を出した自分に手を差し伸べてくれるトレーナーなんているわけがない。

 

 己の夢と弟分、妹分の命を天秤に乗せ――ピカチュウは躊躇わず後者を選んだ。

 

 結果は、言うまでもない。思いのほかあっさりと食糧を得ることはできた。しかも森にある食糧より栄養は豊富だし、美味しい。

 しかし、それは問題を先送りにしただけであり、危機的状況を解決したとは到底言いがたいのが現実である。

 そいつを倒さない限り、再び穏やかな日常を取り戻すことはできないのだ。

 

 ピカチュウは再びそいつに挑むことにした。ここまで縄張りを広げたのだ。もうほかに選択肢はない。今度こそ、と息巻いてピカチュウはそいつの前に現れた。

 

 大きな身体に鋭い眼光と、かなり怖い形相。そして胴体にある輪のような模様が特徴なポケモン――リングマ。

 リングマはピカチュウに気づくと再び大きな雄叫びを上げて威嚇する。

 ピカチュウも赤い頬をピリピリと放電させ、戦闘体勢に入った。

 

 先制を取るのはピカチュウだ。全身に青白い稲妻が走り、裂帛の気合とともに稲妻――“10万ボルト”が迸る。

 鈍重なリングマに回避する手段はなく、“10万ボルト”は直撃した。

 

「――――!」

 

 一瞬の、苦悶の声。

 しかし次の瞬間にはギラリと激しい憎悪を滾らせ、その巨躯を動かした。激しい音を立てながら駆ける。

 ピカチュウは持ち前のスピードでリングマを翻弄した。ヒット&アウェイを繰り返し、“10万ボルト”を浴びせるが大したダメージを与えることは敵わず、むしろ怒りの炎に油を注ぐだけであった。

 リングマが“じならし”を使い、大地を大きく踏み鳴らす。止まることなく周辺を駆け回るピカチュウは揺れる地面に上手く着地できず転倒してしまう。

 

 “じならし”の衝撃と勢いよく転倒したことによりピカチュウは苦痛に表情を歪めながら起き上がる。その双眸が宿す戦意は少しも衰えていない。しかし、キッと睨み据えると、リングマの“こわいかお”と真正面からぶつかり合い、ピカチュウの足が竦んでしまう。

 ポケモンの素早さを奪う“じならし”と“こわいかお”により、大きく素早さを落としたピカチュウに、リングマは大きく巨腕を振り上げ、苛烈な“アームハンマー”を振り下ろした。

 

 渾身の一撃。

 

 攻撃後の切り返しを犠牲に放たれた“アームハンマー”は大きく地面を穿ち、大地に衝撃が走る。衝撃の余波を受けた樹木はへし折れ、 辺りは砂塵に包まれた。

 唸り声を上げ、警戒するリングマの側面から砂塵を突き破り、ピカチュウが“でんこうせっか”で奇襲をかけた。“でんこうせっか”を起点に張りつき、雷を尻尾に纏わせて振り抜く。

 何度も。何度も何度も。

 そうして痺れを切らし、再び“アームハンマー”の予備動作に入ったリングマを狙い、ピカチュウは尻尾を硬質化させ、“アイアンテール”を打ち込む。胴体にある輪の模様の中心はリングマの急所だ。

 

 急所を正確に打ち込まれたリングマに、やっとダメージらしいダメージが入った。

 しかし激昂するリングマが無造作に振り回した巨腕に殴られ、樹木に激突してしまう。

 こっちが何度も攻撃を重ね、ようやく有効打を当てられたというのに、相手はたったの一撃で大きくこちらの体力を削ってくる。

 理不尽なまでの力の違いは、単純にレベルの差だ。

 穏やかなトキワの森に生まれ育ったピカチュウと違い、このリングマはかなりの激闘を積み重ねたに違いない。

 

 それでも、やるしかないのだ。

 ピカチュウは闘争心を滾らせ、再び攻撃の起点を作り出すために“でんじは”を放つ。

 

 ――放ってしまった。

 

 リングマは麻痺に陥る。これで攻撃はおろかまともに行動することも叶わないはずだ。

 大きく素早さが低下したはずのリングマに“でんこうせっか”で肉薄しようとした瞬間――リングマの巨腕が突き刺さる。

 どうして――と目を見開くピカチュウは大きく吹き飛び、地面を転がった。

 リングマは麻痺になったにも関わらず、以前と同じ――否、以前よりずっと速く距離を詰め、激しく“あばれる”。

 あまりに予想外の事態に困惑しつつ回避しようとするが、適当に身体を振り回すリングマの機動を読み切ることはできず、ガンと殴りつけられた。激しい衝撃に視界が揺れ、意識が飛びそうになった。下唇を強く噛みしめ、不快な鉄の味を感じながら、断ち切れそうな意識を無理やり留める。

 

 もう勝敗は明らかだった。

 

 身体は満身創痍。呼吸は荒く、まぶたは腫れて片目は開かない。

 ピカチュウは既に瀕死の状態なのだ。体力はとっくに底を尽きている。だというのに未だ立っているのは、強靭な精神力で強引に奮い立たせているに過ぎない。

 

 頭が痛い。

 足が動かない。

 思考があやふやだ。

 

 ――だけど拳は強く握る。

 

 退けない。退くわけにはいかない。

 退けば後ろにいる小さい命が消えることになる。

 逃げないと決めた。

 なら逃げるな。

 自分に負けるのは、敵に負けるより情けない。

 生きているのなら、意地(・・)は死ぬまで通して見せろ。

 

 そうだ。意地を張れ。

 最後の最後まで意地を張れ。

 誰にも弱みを見せるな。死して初めて泣き叫べ。

 戦え、戦え、戦え、戦え、戦え!

 

「ピィ……カァ…………ッ!」

 

 残り少ない生命の――すべてを燃やし尽くし、最後の一撃を繰り出そうとしたその瞬間――

 

「ラティアス、“サイコキネシス”!」

 

 赤と白の――戦闘機のような生き物が霞んだ視界の片隅に映り込み、リングマが悲鳴を上げた。

 同時にピカチュウは何者かに抱きかかえられ、そのまま上空に飛翔する。

 

「はあ、間一髪。というか、この状況、俺とお前のときに似てるよな? ラティアス」

 

 嬉しそうな声を上げる赤と白の生物。

 そして霞む視界に少年の顔が広がった。

 

「大丈夫か、ピカチュウ」

 

 一体なにがどうなっているのか皆目見当がつかないが、自分が生き残ってしまったことだけは明白で。

 ピカチュウは薄れる意識の中で赤い帽子を最後に見た。

   

 

   

 







 次回、リングマ最終決戦。そして“いじっぱりな黄色い悪魔”の完結にございます。

 前回の投稿の感想、その八割以上が己の哀しい過去を告白するという結果に、貴方たちは一体どれほど黒歴史を抱えておるんじゃ、と戦慄しました。だけどお互いさまだった。かつてニコポ、ナデポのハーレム二次小説を携帯サイトで書いていたことを思い出し――くぁwせdrftgyふじこlp。

 少し中断していたアルファサファイアを再び起動。XYの頃から一度も触れたことのなかったポケパルレをやりました。もちろん相手はラティアスで。
 凄いですね。仲良し度がMAXになるとバトル中振り向いたりするし、急所に当てたり、かわしたり、主人公の掛け声も変わるんだと驚愕しましたわ。そしてラティアスは至高と改めて再認識致した。

 というか好きなポケモンのベスト3がラティアス、サーナイト、エーフィと完全にエスパーに偏っておる。エスパーって、ふつくしい……。

  
 あ、おそらく明日の更新は無理っぽいです。深夜の三時出勤なんだ。……ピンポイントで隕石さん、職場を撃ち抜かないかなー。








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いじっぱりな黄色い悪魔 ⑤

 

 トキワの森に、リングマの叫びが轟く。

 怒り冷め止まぬ憤怒の咆哮に大気は鳴動し、梢がざわざわと恐怖に怯えていた。

 突如この森に住み始めた暴君の激昂に、ポケモンたちは我先にと逃げ出していく。

 トキワの森のざわめきを肌に感じながら、レッドはラティアスに指示を出し、高度を下げた。

 

 降り立った場所はピチューたちの住処となっている倒木だ。

 ボロボロのピカチュウをラティアスの背中に移し、レッドはポーチから“げんきのかけら”を取り出した。ダウジングマシンにより拾うことのできた貴重なアイテムだが、惜しむことなくピカチュウの口内に転がした。

 空洞の倒木に隠れていたピチューたちがボロボロのピカチュウに気づき、涙ながらに飛び出してくる。哀しい鳴き声をこぼしながらピカチュウに寄り添い、ぐずぐずと鼻をすすっている。

 

「大丈夫だ。こいつがそんな柔じゃないことはお前らが一番わかってるだろ?」

 

 レッドが励ましの声をかけながらピチューたちの頭を撫でていく。

 

「ラティアス、“いやしのはどう”」

 

 ラティアスの身体から波動が迸り、ピカチュウの身体を包み込む。献身的な波動はとても温かく、優しさと安らぎに満ちていた。“げんきのかけら”の効力と相俟って、傷だらけの身体が見る見るうちに回復していく。

 その光景にピチューたちは驚き、喜んだ。

 レッドもホッと胸を撫で下ろし、ラティアスに「ありがとうな」と感謝する。ラティアスはニッコリと笑う。

 

「リングマ……ね」

 

 しかし安心するのはまだ早い。元凶は未だこの森にいるのだ。

 空気を引き裂くような咆哮が遠くから木霊する。レッドは気を引き締めた。

 

「けど、なんであんな奴がトキワの森にいるんだよ。この森に元々生息していたわけじゃないんだろ?」

 

 ピチューたちは全力でコクコクと頷きを返した。

 

「だよな。リングマはジョウト地方の生き物のはずだし……トレーナーから逃げ出したのか、トレーナーが逃がしたのか、そのどっちかのはずだけど」

 

 ここより少し離れた場所に獰猛なポケモンが跳梁跋扈するシロガネ山がある。そこは激しい生存競争が常に繰り広げられている完全な弱肉強食の世界であり、その凄まじさは、シロガネ山を生き抜いたポケモン一体を放逐するだけで、その地域の生態系を完全に破壊し尽くすほどだと恐れられている。

 己の腕に自信のあるエリートトレーナーがより強いポケモンを求め、こぞってシロガネ山に赴いた前例が過去に何件もあったが、五体満足に帰還できたトレーナーは一割にも満たなかった。そして、その希少すぎる有望な一割以下の数人は、シロガネ山で捕獲したポケモンを手懐けようとして、そのまま噛み殺されてしまった。

 すべて実話である。

 故にシロガネ山は四天王をはじめ、ポケモン協会が認めた超凄腕トレーナーたちが厳重に警備をしている。連絡網も徹底しており、些細な問題一つ発生するだけで五人以上の超凄腕トレーナーを召集するほどだ。

 だから、シロガネ山から逃げ出したという線は非常に薄く、原因はトレーナーの無責任か、もしくは単にリングマを制する技量がなかったか、そのどちらかが濃厚だ。

 

(こういう問題があるからトレーナー資格を得られる年齢が引き上げられるんだよ)

 

 レッドは舌打ちをする。

 以前は十歳からトレーナー資格を得られるシステムだったが、トレーナーたちの数々の問題行動により年齢が十二歳に引き上げられたのだ。

 気持ちはわからないでもないが、早く旅に出たいと思うレッドには実に傍迷惑な話だった。

 

(いや、俺もその問題行動を起こすガキの一人か。前例を責めることはできないなあ)

 

 と、レッドは苦笑する。

 さっきの発言は完全にブーメランだった。 

 

(だからといって見過ごすつもりはさらさらないが)

 

 傷の癒えたピカチュウを見る。

 リングマからピチューたちを守るため、責任感の強いピカチュウは悪事を為すしかなかった。己の夢を諦め、正道とはほど遠い道を歩むことを決意した。

 なんて生真面目で人間臭いピカチュウなんだろうか。トレーナーとパートナーの関係に憧れを抱くピカチュウは、きっと、この森を通り抜ける人間を密かに観察しながら、人間がどういう生き物か学習したのだ。

 人間にとって、して良いことを悪いことを――そういうものを人知れず学んできたのだ。故に悪事を為すと決意したピカチュウは人間との繋がりを諦めるという思考に至った。

 そして、一緒に歩めたはずの人間たちから謗りを受け、それでもこの小さな体躯を引きずりながら、ずっと頑張ってきたのだ。

 辛いこともたくさんあっただろうに、一言の弱音も吐くことはせず、己の意志を貫いた。

 自分が傷つくことを厭わず、守り抜くための戦いを続けた。

 

 なんてかっこいい生き方なんだとレッドはピカチュウに尊敬の念を抱いた。

 自己犠牲なんてただの自己満足だと最近の人は言うけれど、大切なモノを護ろうと一生懸命に頑張る姿はとても鮮烈で素晴らしいものだ。だから周りは力を貸したいと思い、自然とその者を中心に集まり、ことを為そうと一つになれる。

 ピカチュウの姿に心を打たれたレッドは素直に彼の力になりたいと思った。

 ならばやることはたった一つ――。

 

(あのリングマを捕獲する)

 

 倒すだけじゃダメだ。また復活したら元の木阿弥となる。だからといって殺傷は論外。捕獲して――シロガネ山に逃がす。厳重な警備はラティアスの念力フィールドにより察知されることなく素通りできるはずだ。

 ちらりと“いやしのはどう”を使用したラティアスを見る。よし、どうやら彼女も自分と同じ気持ちのようだ。

 ――と、そこでピカチュウが意識を取り戻した。

 四匹のピチューたちが泣きつく。目を覚ましたピカチュウはどういう状況なのか把握できないまま、少し困惑した様子でピチューたちに手を伸ばし――レッドとラティアスの存在に気づくと弾かれたように距離を取り、頬をピリピリと放電させて威嚇する。

 

「――――――ォォオッ!!」

 

 再び、リングマの咆哮。

 ハッと、ピカチュウは自分が経緯を思い出したらしく明確な敵意を宿し、リングマの咆哮が轟いた方角に走り出そうとする。

 

「はい、ストップ!」

 

 走り出そうとしたピカチュウをすかさずレッドが抱き上げた。

 ピリッ。

 

「いだだだだだだだだ!?」

 

 ピカチュウが電撃を流した。

 ギャグテイストだがシャレにならない激痛にレッドは悲鳴を上げる。溜まらず、もがくピカチュウを手放しそうになるが、寸でのところで理性を取り戻し、踏みとどまった。

 

「頼むから話を聞いてくれ! 今のままリングマと戦ったところで勝敗はわかりきってんだろ!」

 

 電撃が強さを増した。

 だからどうした!? と怒っているのだ。確かに勝敗がわかりきった戦いなのかもしれない。しかし、だから諦めるのか? 違う、その程度の覚悟で挑んだ戦いじゃないんだ。勝つか負けるかの領分じゃない。やるかやらないか――だ。

 ああ、そうだ。レッドはそんなピカチュウの思いを理解している。

 

「――俺が力を貸す」

 

 ピタリと電撃が止まった。

 

「俺たちが力を貸す。お前一人じゃ難しいけど、俺たちが参戦したら勝率は激変する。させてみせる。だから協力してリングマを倒そう」

 

 ピカチュウが振り向いた。そこには戸惑いと、僅かばかりの縋りつくような弱さが入り交ざっていた。

 レッドは力強く頷いた。

 

「お前の想いをピチューたちから聞いたんだよ。こいつらを守るためにトキワシティの食糧を奪っていたんだろ? 悪いこととわかってて、いつか人間に処分されるかもしれないってわかってて、全部わかりきった上で行動に出たんだろ? ――大したモンじゃないか。誰かのために必死になれる奴なんてそうそういるもんじゃないからな。一人でいかせるには惜しい奴だ」

 

 ちょんちょん、と人の姿になったラティアスがレッドの袖を引っ張り、ちょこんと小首を傾げた。

 そしてスケッチブックには、

 

『ますたー、ねつでもあるの?』

「貴様、人が良いこと言ったのに」

 

 ピカチュウを降ろし、ぐにーと柔らかな頬を軽く引っ張る。

 いや、確かにこの男は基本、己の欲望に忠実で、人のウィークポイントを的確に突くのが長所とかほざくサディストだし、法律の隙間を縫うように現在進行形で生きているし――もう完全に人として駄目な要素がぎっしり詰まっているから、こんなことを言われると正直リアクションに困るのが事実だろう。

 レッドはラティアスの頬から指を離し、手のひらでこねこねとこねくり回してからピカチュウに手を差し出した。

 

「俺にはあいつを倒すプランがある。一緒に戦おうぜ」

 

 少しの逡巡を見せたピカチュウは――やがて瞳に戦意を宿し、その手を取るのだった。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

 樹木がひしめき合うトキワの森には珍しい――辺りに樹木のない、視界の開けた広場をレッドは戦場に選んだ。

 ピカチュウの小回りの利く素早さをフルに活かすためには樹木が乱立した場所が最適なんだろうが、そうなるとトレーナー経験のないレッドの指示が追いつかなくなる可能性があるし、ピカチュウもトレーナーの指示を受けながら十全に行動する特訓を積んでないので、比較的指示の出しやすい場所にしないといけなかったのだ。

 

 それに樹木が乱立していると空を縦横無尽に飛び回るラティアスの機動が大きく制限されてしまう。

 “防御”の種族値で計算すると、ラティアスはドラゴンの名に恥じぬ性能を誇り、その数値はリングマすら上回っている。しかし、種族値はあくまで種族の持っている素質に過ぎず、それを活かすにはレベルを上げ、経験を積まなければならないのだ。まだ幼生のラティアスはレベルは低いし、経験もない。努力値も同じく。

 

 つまり現段階でラティアスの防御は、高い攻撃を持つリングマにとって紙に等しい。

 

(ま、今回はその紙防御が切り札になるんだけどな)

 

 ピカチュウを広場の中心に、ラティアスを後方の中空に待機させ、その時を待つ。

 トレーナー経験のないレッドが知識を頼りに二匹のポケモンを操り、高レベルのポケモンを倒す。

 自分が一体どれほど無謀なことをしようとしているのか思うと、レッドは小さく笑った。もしこの件が他者にばれたら説教は間違いないし、最悪トレーナー資格の年齢を自分だけ引き上げられる可能性も有り得るし――というか敗北したら確実にレッドはリングマに殺されるからまずはこの山場を超えるのが先決だ。

 

 そう、自分は今、命を賭けているのだ。

 ピカチュウを救出する際に一瞥した――あのリングマ。

 毛皮の奥に隠れた――力を収斂した巌の如き筋肉はレッドの小さな体躯など軽々しく破壊する。

 敗北したら――死ぬのだ。

 

 だというのに異常なほどに冷静な自分がいた。

 かつてないほどに思考がクリアになり、昂る感情とは裏腹にどこまでも落ち着いている。まるで心と思考が別々の身体にあるような違和感――しかし、それすらも馴染んでいた。

 狂っているとレッドは思った。

 これが原点にして頂点と謳われることになった少年の可能性なのだろうか。

 

 ピカチュウが頬を放電させ、警戒の声をこぼす。その視線は一点に向いており、薄暗い森の中からギラギラと殺意を滾らせたリングマが出現する。

 やはり、レッドは異常なほどに落ち着いていた。真紅の双眸を見開き、リングマの動向を観察する。

 どうやら麻痺の状態異常は時間経過に伴い回復したらしい。良いことだ。あのリングマの“はやあし”という特性は状態異常になると素早さを1.5倍に上昇させる効果を持つ。一撃の重いリングマの攻撃は極力回避しなければならないのに、素早さが上昇すると非常に厄介だ。それは予めピカチュウにも説明しており、なるほどなとピカチュウは納得していた。だから最悪の事態にならないため電気技は封印。主軸は確率で“防御”を下げ、なおかつ高い威力を持つ“アイアンテール”だ。

 

「ラティアス、ピカチュウに“リフレクター”。ピカチュウは“こうそくいどう”から“かげぶんしん”に派生」

 

 まずは保険をかける。ラティアスは不可視の膜を生み出し、ピカチュウの身体を包み込んだ。ピカチュウは目にも止まらぬ速度でリングマを翻弄しつつ、“こうそくいどう”が成功すると、その速度を活かし、一瞬で“かげぶんしん”を作り出す。無数の分身体が高速で駆け回り、リングマはあっちこっちに視線を向け、怒りのボルテージを上げながら大きく足を上げた。

 

「跳躍からの“アイアンテール”」

 

 指示は短く、的確に。

 “こうそくいどう”は――つまり脚力を高める技。脚力が強くなれば、必然的に跳躍力も上がり滞空時間が上昇する。さすがに発動時間の長い“じしん”を避けきるのは不可能だが、“じならし”くらいなら空中でやり過ごすことができる。

 

「ラティアス、“てだすけ”」

 

 大きく跳躍したことにより落下する際に生じる重力のエネルギー――そして一回転することにより遠心力を得たアイアンテールが、更にラティアスの“てだすけ”により威力は1.5倍にパワーアップする。

 “アイアンテール”がリングマの頭を打ち抜く。ガツン! と頭蓋骨に衝撃が走る音が響いた。一瞬、目を白黒させ、ぐらりと揺れたリングマだがすぐにカッと戦意を取り戻し、その鋭利な爪を振り回す。

 

 “かげぶんしん”により分身を作り出し、回避率を上げようと、攻撃する瞬間その恩恵は無効になる。

 “かげぶんしん”はあくまで影。

 攻撃を見せかけることはできてもダメージは与えられない。だからダメージを与えたということは、そいつは必然的に実体ということ。

 

 “アイアンテール”を打ち込んだ直後、リングマの爪に切り裂かれたピカチュウが後退する。

 

「いけるか?」

 

 問うと、闘争心に満ちた元気な声が返ってくる。“リフレクター”の恩恵と攻撃を受ける瞬間、咄嗟に自分から後方に飛ぶことにより、上手くダメージを逃がしたようだ。

 その凄まじいバトルセンスにレッドは頼もしさを感じた。

 実体を割り出したリングマがすかさずピカチュウに狙いを定めるが、レッドはラティアスに“サイコキネシス”を指示。強力な念力によりリングマの視線が一瞬ぶれた隙に分身体に紛れ込み、リングマを撹乱する。

 

 二対一による利点。片方に狙いを定めようものならもう片方が攻撃をして、リングマの動きを徹底的に妨害をする。リングマとしては手の届く距離にいるピカチュウを最優先に撃破したいところだが、高速移動する無数の“かげぶんしん”がそれを許さない。

 

 苛立ちを隠せないリングマは高速移動する無数のピカチュウを相手取るのを後回しに、空にいるラティアスに視線を向けた。

 ああ、まずはラティアスを潰すのが正しい回答だ。

 だが――やらせない。やらせるわけがない。

 

「ピカチュウ、“しっぽをふる”」

 

 無数のピカチュウたちが足を止め、リングマを小バカにするように背を向けて尻尾を振る。

 リングマにとってピカチュウは遥かに格下の相手。格下のピカチュウに煽られたリングマは防御意識を低下させ、攻撃に傾倒する。

 怒りの矛先がピカチュウに変わり、リングマは猛烈な勢いで“みだれひっかき”を振り回す。闇雲に振り回すソレは、しかし、偶然にも高速移動する影分身にヒットした。

 

「良い調子だぞ、二人とも。もう一度、“サイコキネシス”と“アイアンテール”」

 

 ともに威力に問題はなく、確率で“防御”と“特防”のランクを一段階下げる追加効果もある技だ。積極的に使用していくべきだろう。

 そうしてほぼ一方的にリングマを翻弄しながら攻撃を続ける。ラティアスに攻撃が行きそうになるとピカチュウが“しっぽをふる”を使い、更にリングマの怒りに油を注いだり、影分身を貫き、ピカチュウ本体に攻撃が届きそうになったときはラティアスが前に立ち、“まもる”を展開する。互いに護り合いながら少しずつ、しかし確実にリングマの体力を削っていた。

 

 やがて、そのときは訪れる。

 格下の連中にここまでいいように翻弄され、好き勝手にやらされたリングマは完全にブチ切れた。大気を震わす極大の咆哮を放ち、我を忘れて遮二無二暴れ始めた。

 来たッ! とレッドは目を見開く。

 

「ラティアス、“かなしばり”!」

 

 タイミングを見計らい、リングマの急所が大きく露になった瞬間、ラティアスの“かなしばり”によりリングマの動きが止まった。

 時間はあまり長くはない。

 完全に攻撃一辺倒になり、防御のことを一切考慮してない現在を好機を捉えたレッドは、ずっと温めていた切り札を切る。

 

「そして“ガードシェア”!」

 

 ラティアスの技がもう一つ決まる。

 それは超能力により、自分と相手の“防御”と“特防”を足して半分にわける技だ。

 前述にも記した通り、レベルの低いラティアスの防御力はかなり低く、リングマの一撃であっさり戦闘不能に陥るほど。

 しかし、だからこそ、この技がきっちりとはまるのだ。

 

 そんな技があるなら最初から使えばよかったじゃないか、と思うかもしれないが最初から“ガードシェア”を切るとリングマがこちらの攻撃を警戒する恐れがあった。レッドも内心びっくりするくらい上手いことリングマを一方的に翻弄できたのは、リングマがこちらを完全に見下していたことが大きな要因と言えるだろう。

 狩る者と狩られる者。

 そんなリングマの認識が――要は舐めプがリングマの窮地を招いたのだ。

 

 リングマの“防御”と“特防”が元々の数値のほぼ半分までダウンする。更に“しっぽをふる”と“アイアンテール”により“防御”を最大までダウンさせられた今のリングマならば――行ける。

 

 トドメを刺すのは、もちろん――。

 

 レッドはピカチュウに目を向ける。最初からピカチュウには、ラティアスの“かなしばり”がトドメの一撃の起点となることを教えていた。

 その最後の役割を担うピカチュウは、既にチャージを完了していて。

 だからレッドはピカチュウにすべてを託した。

 

「決めろ、ピカチュウ!」

 

 強く、腕を振る。

 

「“ロケットずつき”!!」

 

 今までの雪辱――そのすべてを返すようにピカチュウは裂帛の気合を上げ――まさに大砲の砲弾のように突撃をする。

 リングマにもリングマの事情があった。だけど、そんなことは関係ない。リングマにより奪われたモノの中には、きっと、いくつもの命が含まれていたのかもしれない。

 だからピカチュウは全身全霊を賭けて突撃する。

 無情な怒りの矛先を振るわれ、ただ嘆くことしかできなかったこの森に住んでいる――すべての同志の無念を晴らすように。

 たくさんの想いを秘めた“ロケットずつき”は正確無比にリングマの急所を打ち抜いた。

 

 一瞬にして意識を彼方に追いやり、ぐらりと巨躯を傾けるリングマにレッドは“モンスターボール”を投げつける。

 着弾と同時にパカリと口を開けた“モンスターボール”は高度な科学技術によりリングマを取り込んだ。

 抵抗は――ない。

 あっさりとリングマは捕獲される。

 

「――――はあ~……っ」

 

 レッドは大きく溜め息をついて、地べたに座り込む。

 乖離していた心と思考が元通りになるのがわかる。

 疲れた。ものすっごく疲れた。

 ただ指示をするだけ――それが凄い疲労になった。二人の命を預かる責任感と戦況を見通し指示を出す集中力の二つがゴリゴリとレッドの精神を削った。

 ラティアスが降りてくる。

 彼女もどうやらかなりお疲れのようだ。ぐでーとレッドに寄りかかり、褒めて褒めてと頬ずりをしてくる。

 

「お疲れさん」

 

 ギュッと抱きしめ、よしよしと撫でてやる。

 ラティアスの心地良さそうな鳴き声に癒されながら、呆然と突っ立っているピカチュウを見遣る。

 まだ実感が沸いていないのだろうか。

 疑わしげに、地面に転がる“モンスターボール”を覗き込み、そこにいる仇敵の姿を認めると、ピカチュウは打ち震えた。

 

 そして――天を仰ぎ、高らかに叫ぶ。

 

 レッドにはポケモンの言語は理解できないけれど。

 そこに万感の想いが篭っていたのは間違いなかった。

 その頬に伝う一筋の雫は見ないフリをして、レッドは小さく笑うのだった。

 

 

 

     ◇◆◇

 

 

「一緒に来ないか?」

 

 バトルが終わり、一息をついた後。

 夕日の差し込むトキワの森でレッドはピカチュウにそう言った。

 ピカチュウは目を丸くして、硬直する。

 その背後には四匹のピチューたちがいた。レッドの突然の誘いに、さっきまで泣きじゃくっていたピチューたちも驚いている。

 なんだかおかしくて、レッドはくすりと笑う。

 表情を改め、

 

「今はまだ無理だけど、俺は四年後旅に出る。そしてこの各地を巡り、バッジを集めてポケモンリーグに出場する。そして優勝する。絶対に。誰よりも強くなってポケモンマスターになる。ピカチュウ、お前にはその手助けをしてほしいんだ。トキワシティで最初に出会った頃にも思ったけど、今はその思いは更に強くなった。だから――パートナーとして一緒に戦ってほしい。俺は、お前がほしい。一緒に頂点を取ろう」

 

 はっきりと己の想いを言葉に込めて。

 レッドは“モンスターボール”を差し出した。

 

 ピカチュウは呆然と目を見開いたまま、反射的に手を伸ばし――しかし、その小さな手は引っ込んでしまう。

 瞳に宿したたくさんの想いを押し殺して――かぶりを振った。

 

 自分は行けない、と。

 そう言うように。

 ピカチュウは背後に目を向ける。そこにはピカチュウが護るべき存在であるピチューたちがいて、レッドはすべてを察した。

 

「そっか……。そうだよな」

 

 と、笑う。上手く笑えているだろうか。

 ピチューたちの面倒も一緒に見るから――なんて浅ましい言葉は言わない。ラティアスと同じ、運命を感じたピカチュウには真摯な気持ちだけでぶつかりたかった。

 結果は――まあ、この通りだけど。

 哀しいけど、後悔はない。

 最後までいつも通りに振る舞い、わかれることにしよう。

 

 レッドが“モンスターボール”をポーチに仕舞おうとした、そのとき。

 ピチューたちがピカチュウの背を押した。

 まるでピカチュウをレッドに託すかのように。

 

 ピカチュウが振り向く。ピチューたちは喜色満面の笑顔を浮かべていた。

 自分たちは、もう大丈夫だと言うように。

 そんなピチューたちにピカチュウは大いに慌てふためき、なんとか説得しようとする。

 だけどピチューたちは聞き入れなくて――そして、その身体は淡い光に包まれた。

 

 それは――まさしく進化の光。

 

 光のヴェールが剥がれ落ち、ピチューたちは――ピカチュウに進化を果たした。

 護られる時間は終わり、巣立つときが来たのだ。

 唖然とするピカチュウに、彼らはやっぱり笑顔のままピカチュウを反転させ、レッドと向き合わせる。

 ピカチュウは戸惑いながら、あっちこっちに視線をさまよわせて、やがてレッドに固定した。

 野暮なことは言わない。彼らの好意を無駄にはできない。

 ただ一言、レッドは言う。

 

「これから、よろしくな」

 

 するとピカチュウは、潤んだ瞳を見られないように俯いてから、小さくこくりと頷き――差し出された“モンスターボール”に触れるのだった。

 

 

 




 


 ふぅ、意地っ張りな黄色い悪魔、おしまいでござる。
 次で完結とか言ったから、区切ることができず結果、9000文字以上を突破したのはかなり久しぶりですね。やっぱり1話に6000から7000文字はほしいんだけど、いつも4500文字辺りで話が区切りよく終わってしまう。毎日更新を目指さず、二日に一回を目標に文字数を増やした方がいいかなー。

 次話投稿に移ると、本文の文字数制限が1000~150000と書いてあり、驚愕。誰か一ページに十万文字以上執筆した神はいないのだろうか。





 おまけ。


 古来より争いを続けたグラードンとカイオーガ。

グラードン「テメェ、ゲンガーに進化した俺のゴーストを返しやがれぇ!」
カイオーガ「はあ? だったらまずは俺のフーディンを返してから言えやボケがッ」
グラードン「お前のフーディンは通信ケーブルの接触不良でお亡くなりになったんだよ! いい加減諦めろよ!」
カイオーガ「あーあ、切れた。完全に切れた。テメェがはしゃぎ回ったのが原因じゃねーかあああああ!」

レックウザ「こらぁ! アンタら、またなにを喧嘩してんねん!」

グラ&カイ「「ゲッ、おかん!?」」

レックウザ「もう、アンタらは本当に顔を合わせたら喧嘩ばっかりして本当に……! もう、こんな喧嘩の原因になるもんなんて!」

 バキッ!

グラ&カイ「「みぎゃああああああ! …………ああ、欝だ。引き篭もろう」」

  
 アルファサファイアをプレイしながら、そんなことを思いました。丸。


 追記。
 感想でいくつか言及されましたが、リングマは仲間になりません。シロガネ山に直送します。


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ライバルと師匠と貧相なバス ①

 前半は趣味と欲望が“だいばくはつ”を起こした。でも二次小説ってそんなものだよね。


 

 まず、朝に干した布団を縁側に敷きます。

 日の光をたっぷりと浴びた、ふかふかの布団です。顔を埋めるとお日様の匂いがする心地良い布団です。ころりと寝転ぶと天国に至るような寝心地を我々に抱かせてくれる至高のお布団です。

 そして、身を隠します。二つの穴の空いたダンボールを被り、身を隠します。このステルス機能は一見隠れていないように見えますが、実はマフィアの本拠地にすら余裕に潜入ができる優れたアイテムです。折り畳むことも可能なので是非とも常に携帯するようにしましょう。

 

 じー、と待ちます。

 

 近くを通りかかったピカチュウが「なにやってんだ、このご主人」みたいな呆れた視線を送ってくるのですが、ひたすら待ちます。

 すると幼女が現れます。

 とっても可愛らしい幼女です。

 白銀の長髪に金色の瞳、そしてサンタのような紅白の衣装を着た幼女です。

 

 幼女はきょろきょろとマスターを捜すように視線を右往左往させますが、ここはグッと堪えて隠密に徹します。

 しょぼん、と寂しそうな顔をする幼女に、良心の呵責を感じますが、隠密に徹します。

 すると幼女は縁側に敷いた布団に気づきました。ジッと布団を注視するとコロリと布団に寝転びます。

 

 むふー、ととっても気持ち良さそうな顔です。

 右にころころ。左にころころ。右にころころ。左にころころ。

 むふー。

 

 やがて少女はすやすやと心地良い寝息を立てます。

 ダンボールを剥がし、ダンボールに一礼してから縁側に向かいます。

 すやすやと寝ている幼女を見下ろし、縁側に腰を降ろします。

 ノートを広げ、カリカリとシャーペンを走らせます。

 冷静な瞳で己の書いた文章を見下ろし、一言。

 

「オーキド博士。これ、ラティアスの生態研究じゃなくて、ただのストーカー記録になりそうですがな」

 

 伝説のポケモン。むげんポケモン、ラティアス。

 古い文献にしか目撃情報のない伝説の再臨は彼の研究欲を大いに刺激したらしく、些細な情報すら欲しがっていた。

 オーキド博士にはラティアスと一緒にいられるよう手続きをしてもらった恩がある。だから少しでも恩返しができたならと記録を録っているのだが――子どもじゃなかったら完全に犯罪です、ありがとうございました。

 レッドは深い溜め息をついて、ページを破りくしゃくしゃに丸めた。

 

 

     ◇◆◇

 

 

 ポケモンの種類は優に七百以上を超えているが、未だ正確な数を特定したものはいない。

 初代となる赤と緑の物語が始まってすらいないせいか、レッドの保持する知識より、現存を確認しているポケモンの数はずっと少ない。

 ゲンガーやフーディン、カイリキーにゴローニャなどはポケモン図鑑の転送装置を使い、他人と通信交換することにより進化することは確認されているが、ハッサムやハガネールなど特定の道具を持たせた上で通信交換をしないと進化できないポケモンの存在は未だ知られていないのだ。懐きを除く特殊進化にしてもそう。

 

(言われてみりゃ、そうだよな。特定の道具を持たせて通信交換とか、誰が思いつくんだよ)

 

 ゲームでは平然とトレーナーが手持ちに加えたりしているが、現実的に考えると有り得ない光景だ。偶然――という線は有り得るが、進化の原因を突き止めるのは不可能なんじゃないだろうか。

 だからオーキド博士に恩返しと称して、これをこうしたらこのポケモンは進化する、と自分の持っている知識を授けようかと思ったが、子どもの妄言と切り捨てられる可能性が高い。その分野で数十年以上の月日を費やした研究者に向かい、八歳の子どもがそんなことをほざけば――誰だって子どものつく嘘だと認識するに決まっている。なるほど! と納得されたら、その研究者はかなりめでたい頭をしている。

 

(特殊進化っつったら、やっぱりあいつだよな。第二のコイキング枠)

 

 もっとも醜い姿を持つポケモンがもっとも美しいポケモンに進化する。

 まさに大逆転のシンデレラストーリーと謳われるあのポケモン――。

 

「ちょっといいかしら」

 

 しかし想像の姿が完成する前に余所から話しかけられ、イメージが霧散する。ヴァンガードなら負けていた。

 畑に植えた木の実に水遣りをしているレッドは一旦手を止めて顔を上げる。

 柵の向こうにいたのは、とても美しい美少女だった。太陽の陽射しを反射するように燦然と輝く金色の髪はとても長く、太ももの辺りまで伸びている。瞳の色は銀。透き通るような白い肌にふっくらとした桜色の唇。見た目は大体、十三、十四、といったところだろうか? 十代前半なのは間違いないが、涼やかな瞳が宿した理知的な光が、少し冷たげな印象を与える。

 

「どうしました? 木の実は一つにつき、有り金ぜんぶいただきます」

「凄まじいレベルのぼったくり商法ね。詐欺師も真っ青だわ」

「だけどオレンの実に罪はない」

「しかも全額払ってオボンじゃなくてオレンなのね」

 

 はっはー、と笑う。

 

「まあ、売り物じゃないんだけどね。見ない顔ですけど、旅の人ですか?」

 

 妬ましい。

 

「そうよ。良いところね、この町は。穢れのない無垢な町な香りがするわ。空気も美味しい」

「何にもないただの田舎ですけどね」

 

 すると少女はクスリと笑う。レッドときちんと会話したり、ふわりと笑ったり――一見するとクールビューティーに見える彼女だが、性格はかなり温厚のようだ。

 

「子どもには、まだわからないのかもしれないわね。だけど大人になった時、ふと帰郷するとこの町の良さに、きっと気づけるようになるわ」

「まるで俺が旅に出ることがわかっているようなもの言いですね」

「旅の人かって聞いたとき、とても羨ましそうな顔をしていたもの。キミもポケモントレーナーを目指しているのでしょう?」

「んー、いや、違うかな」

 

 思案げな顔で逡巡したレッドはかぶりを振る。

 すると少女は、あら、と意外そうに目を見開く。

 

「そうなの?」

「だってポケモントレーナーは割りと普通になれるもんでしょう?」

 

 もちろん免許の証となるトレーナーカードを取得するには試験を受ける必要があるが、試験の内容は一般常識を問う問題が多く、専門的な知識はほとんど要らないと聞いている。

 普通の人間なら普通に取得できる。トレーナーカードとはそんなものだ。……その普通にレッドが適応するかは置いといて。

 だからこそレッドの目指すモノはただ一つ。

 

「目指すはポケモンマスター――だろ?」

 

 にやりとしたり顔で笑うと、少女はポカンと呆気に取られた後――大笑する。

 

「あはははは! そうね。その通りだわ! 目指すはポケモンマスターよね!」

 

 と、口元を抑え、ひとしきり笑い声を上げた少女は目尻に溜まった涙を白魚のような指先で拭い取り、

 

「じゃあ将来は私とライバルになるかもしれないわね」

「アンタと?」

「そう、私もポケモントレーナーよ。もちろん、ポケモンマスターになることを夢見る、ね」

 

 パチンと茶目っ気たっぷりに少女はウインクをして見せる。

 

「それならこんな田舎町で道草食わないで各ジムのバッジ集めをした方が」

「残念。もう八つ揃えているわ」

 

 少女は懐からバッジケースを取り出した。そこにはきちんと八つのバッジが集まっていて、レッドは疑問を抱いた。

 

「あれ? これカントーのバッジじゃないですよね」

「このバッジはシンオウ地方のものよ。私が参加するのは、シンオウリーグ」 

「なるほど」

 

 シンオウ地方のバッジに既視感を感じつつ、頷いた。

 

「ほら、ポケモンリーグの開催まで、まだ余裕があるでしょう? だから、この空いた時間を利用してオーキド博士に会いに来たの」

 

 ポケモンリーグの開催時期は全国共通で年末に開催されるのだ。

 そして今は十月。ポケモンリーグまで二ヶ月の余裕がある。

 あるが、

 

「修行はいいんですか?」

 

 バッジを集め終わったトレーナーの大半はポケモンリーグで勝ち抜くため、一時的に旅を中断し、拠点を決め、本格的な修行に入りポケモンたちを仕上げる。年末が近づくと、既に調整に入っているトレーナーにインタビューをする番組が多くなるが、そのテレビに映った誰もが時間が足りないと嘆いていたのだ。リーグ優勝を目指すなら、そんな余裕などないはずだが。

 

「もちろんやっているわ。けど、あまり根を詰めるのもよくないのよ。トレーナーもポケモンもストレスを溜めると当然、体調を崩してしまう。たまに気分転換をしてコンディションやモチベーションを保つのも立派な修行の一環だわ」

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 うんうんと頷き、先輩トレーナーの助言をしっかりと頭に叩き込む。

 

「真面目なのね」

「あ、わかります? 自分、真面目だけが取り得――」

 

 いつの間にか後ろにいたピカチュウがハッと笑うように、そして起床していた幼女が『ますたーがまたうそついてるー』とスケッチブックにカキカキ。

 

「貴様等ァッ!」

 

 と、振り返って叫ぶと二人は蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 少女はそんな微笑ましい様子をクスクスと笑みを浮かべて見守っていた。

 

「ふふふ、とても仲が良いのね。そこのピカチュウ、貴方に懐いている――というより、対等に信頼し合っている感じがするわ」

「まあ――色々ありましたからねー」

 

 言葉を濁し、曖昧に笑う。

 ピカチュウと仲間になった経緯は誰にも話していない。もしあんなことがあったなんて知られたらオーキド博士の説教は確定だし、最悪、トレーナー資格取得の年齢が引き上げられる可能性も否定できないからだ。このお話は墓まで持っていかなければならない。

 ばれてなーい。ばれてなーい。

 レッドは冷や汗をかきながら拍手を打つ。

 

「そんなことより、オーキド博士の研究所には行かなくていいんですか?」

「あ、そうだったわ。研究所の場所を聞くためにキミに話しかけたのよ」

「博士の研究所なら、あっちですよ」

 

 研究所がある方角を指差す。

 

「かなり大きい敷地なんで、あっち方面に適当に歩けば自然とつきます」

「ありがとう。長い時間拘束させちゃったわね」

「こちらもためになる話が聞けましたから」

 

 ニコリと微笑み、レッドの指差した方角に歩いていく少女を見送りながら、うーん、と首を傾げる。

 

「あの女、どっかで見たような……」

 

 レッドは少女の容姿に既視感があった。

 片目を隠す、金色の長髪に銀の瞳。こめかみよりやや上につけている房のような黒い髪飾り。

 しかし、随分と記憶にある姿より若い気がして、レッドは小気味よく揺れる後姿を見送りながら、その姿をもう少し成長させる。

 成長した姿に黒いコートを重ねるとハッとレッドは目を見開き、愕然と打ち震えた。

 

 そう――彼女はそう遠くない未来、シンオウ地方のチャンピオンという立場を獲得する。そして、以後長い間チャンピオンの座を守護することになる不敗の戦女神。

 他にも女帝やら女王と呼ばれ、全国初となる女性チャンピオンの座についたことから、すべての女性トレーナーの憧憬とされる彼女の名は――!

 

 

 

 

 

 

「――メーテル!!」

 

 

 

 

 

 …………あれ? 

 

 







 バカは少し錯乱している。
 


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ライバルと師匠と貧相なバス ②

 

 メーテル(?)を見送った後、木の実の水遣りも終わり、自由な時間ができたレッドはラティアスとピカチュウの二人と一緒に外出することにした。

 ラティアスの存在は既にマサラタウンの周知となっているが、ピカチュウは内緒で仲間にしたので、マサラの住人に見つかると厄介なことになりかねない。

 具体的にはオーキド博士にばれるとか。

 そうなると、その後どうなるかは火を見るより明らかなので、ピカチュウは“モンスターボール”の中に入れている。

 

 レッドが向かったのは、毎日のように出入りしている商店街のスーパーだ。夕飯と明日の朝食と昼食――その三食分の食材と三人でつまむお菓子を購入する。ちなみにラティアスは毎回必ずと言って良いほどの確率でこっそりと追加のお菓子やデザートを買い物カゴに入れようとするので、軽い攻防を繰り広げている。今日はレッドの敗北という形で終息し、ビニール袋には余計な出費となったデザートが二人分追加されていた。もちろんラティアスとピカチュウの分だ。

 

「まったく、油断も隙もない子どもだなあ、おのれは」

 

 帰途についたレッドは隣を歩くラティアスの頭をガシガシと撫でる。

 ラティアスは右に左に揺れながら「むふー」と勝利の余韻を噛みしめていた。見た目は幼女の姿だが、その正体は御伽噺に登場する伝説のポケモンだ。儚げな体躯に秘めた力は人間のソレを遥かに超越している。勝てるわけがない。

 

「あんまバクバク食べまくってばかりだとあっという間に、まるまっちになっちまうぞ」

 

 ガーンと衝撃を受けたラティアスはぷくっと頬を風船にした。

 カキカキ、

 

『だいじょーぶだもん。ぴっくんとばとるのくんれんしてるもん』

 

 問題ないとラティアスは平坦な胸を張った。

 

「お前、負けてばっかだけどな」

 

 てしてしてしてしてしっ!

 ラティアスは膨れっ面でレッドの背中を叩いた。こういう加減はちゃんとしてくれるのであまり痛くない。

 “モンスターボール”にいるピカチュウは小さく笑う。

 伝説のポケモン、まさかのマスコットポケモンに連敗中。

 まあ、これは仕方ないものだ。ラティアスは物事の分別がつくのか怪しいレベルの子どもだ。おじさんに「飴ちゃんあげるから、こっちおいでー」と誘われると、無警戒にとことこ歩み寄ってしまいそうなほど幼い子どもなのだ。

 本来の臆病な性格以上に、本人はレッドのためにと頑張る意思はあるが、幼生の時期からハードな修行は成長を阻害する悪因になるし、だからレッドもラティアスには甘くなってしまう。そういう意味ではレッドに育成の才能はないのかもしれない。

 

『ぴっくんがつよすぎるのがいけないんだもん!』

「あー、うん。気持ちはわからんでもないわ。ゲームで例えるなら、こいつ絶対6Vだもんなあ……」

 

 ラティアスはちょこんと小首を傾げた。6Vという言葉の意味がわからないのだろう。

 

「すっげーバトルの天才ってことだよ」

 

 苦笑混じりに言う。

 レッドのピカチュウは、まさに戦うために生まれてきたと言わんばかりのバトルセンスを宿している。レベルに見合わないステータスを持ち、絶対に敵を倒すという闘志溢れるバトルを繰り広げる。

 この世界において、ゲームで6Vと称される面子は、きっとピカチュウのように常軌を逸した才能の持ち主なのだろう。まさに、トレーナーの誰もが喉から手が出るほど求める至高の存在――しかし、野生の6Vに出会う確率は1/1073741824――つまり、0.000000093132257%と絶望的だ。千人に一人の逸材という言葉は良く聞くが、こちらは十億に一人の逸材である。“あかいいと”の力ってすげー!

 むむーと対抗心を見せるラティアスの頭を、今度は優しく撫でる。

 そのとき二人の歩く方角から悲鳴が響いた。

 そして、ドドドド! と地鳴りが近づいてくる。

 

「誰かそいつを止めてくれぇええええーーっ!」

「なんだ?」

 

 視線を前に戻ると、彼方から凄まじい速度でケンタロスがこちらに走ってきていた。三本の尻尾を振り乱し、土煙を巻き上げている。

 もし衝突でもしようものなら、どうなるか――など聞くも野暮というやつだ。人間ザクロの完成である。

 ケンタロスの遥か背後から飼い主らしき壮年の男がへとへとになりながらケンタロスを追いかけている。

 どうやら何らかのアクシデントによりケンタロスの怒りに触れたか、もしくはパニック状態に陥っているのだろう。

 周りにいた住民たちは我先にと逃げ出し、ケンタロスの走る進路を開ける。

 

「しょうがないなあ。行けるか、ラティアス?」

 

 このままケンタロスを自由に走らせたら、商店街に突撃をかまして大惨事を引き起こすことは明白だ。

 止められる手段を持つ以上、知らん振りをして放置するわけにはいかない。

 それに、難しいわけじゃないのだ。幸い、ケンタロスの走る場は、整地したこちらと違い草原である。

 コクリと頷いたラティアスに一言。

 

「へい、“くさむすび”!」

 

 まるで板前の料理人のように。

 “くさむすび”は本来ラティアスが習得できる技ではないが、“わざマシン”を使用することにより習得可能な技の一つだ。

 レッドは“わざマシン”を所有してないが、“教え技”という概念を利用してラティアスに習得させた。

 ラティアスは飴ちゃん一つでほいほい釣れるくらいの子どもだが、筆談をこなしたりと非常に高い知能を宿している。

 そこに目をつけたレッドは技の概念を教え、ラティアスに自身の脳裏に描いた映像を思念により読み取らせる。そして大まかを把握したラティアスが技を再現し、そこから完成形に近づけていく修行を積むことで本来習得不可能な技を習得させるに至らせたのだ。

 

 ――ただ、ピカチュウには勝てないんだけどね!!

 

 そんな哀しい現実はともかく。

 ラティアスは自分とケンタロスの中間地点に“くさむすび”を発動する。この技は名前の通り、草と草を結ぶ必要があり、効果範囲もかなり狭く、仕掛ける工程を相手トレーナーに見つかるとあっさり対処され、死に技になるという致命的な欠点があるのだが、草を手足のように操る草タイプはもちろん、遠隔操作により草と草を結び合わせるエスパータイプやゴーストタイプ、フェアリータイプなどは立派な罠として、効果的に使用できる。

 思惑通り猪突猛進のケンタロスは“くさむすび”に気づかないまま直進を続け、足を取られてしまった。

 カクンとケンタロスは姿勢を崩す。

 レッドは派手に転倒したところに追撃を仕掛けようとしたが――ここで予想外の事態となった。

 姿勢を崩したケンタロスは頭から地面に激突する。それはいい。ケンタロスの頭は鉄に激突しようと頭蓋骨にひび割れ一つ入らないほど頑丈なのだ。

 問題は、

 

 ゴロゴロゴローーッ!

 

「ギャグかよ!!?」

 

 明らかにギャグ補正が掛かっているとしか思えないほど――見事にケンタロスは猛進の運動エネルギーを保持したまま転がりだしたことだ。

 まるで下山するゴローンのように勢いよくゴロゴロ転がっている。

 これはさすがに予想外だった。

 

「てか、ヤバくない? これマジヤバくない」

 

 すっかり転倒すると思い込んでいたレッドは徐々に距離を詰めるケンタロスの姿に蒼白となった。

 

「いや、行ける行ける。だってギャグだもん。ギャグ補正掛かってるならきっと行けるから」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴローーッ!

 

「い、行け――」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴローーーッ!!

 

「――やっぱ無理ぃぃいいいいーーッ!」

 

 前言撤回。レッドはラティアスを抱いて退避した。

 退避したレッドの脇をケンタロスがゴロゴロゴロゴロゴロと通り抜けていく。

 

(許せ、商店街にいる人たちよ。行けると思ったけど無理だった。商店街だけに大人しく昇天してくれ……!)

 

 レッドは泣いた。とりあえず作り涙を流してみることにした。雰囲気って大事だよね、と泣いてみることにした。

 相変わらず人間にはセメント対応な男である。

 まあ、商店街は真っ直ぐ続いているし、ケンタロスも真っ直ぐルートに沿うようにど真ん中を転がっているから無事通り抜けることができるだろうと、結論してのことだが(もちろんそれでも考えが浅はかなのは否定できない)。

 転がり続けるケンタロスの前に――少年が立つ。

 決して余所見をしているわけでもなく。

 別のものに夢中になっているわけでもなく、

 真っ向から立ち塞がるようにケンタロスの前に立ち、ケンタロスを睥睨していた。

 

「坊主、何をやってるんだ! 早く逃げろ!」

 

 と、大人たちの必死の叫びも何のその。その剣幕に怯むどころか透かしたような面で一瞥するだけだった。

 

(あいつ……!)

 

 やがてケンタロスとの距離が零になり――激しい衝突音が響いた。

 ドン! と無慈悲な轟音が。

 土煙が巻き上がる。

 住民たちは訪れてしまった最悪の悲劇にヒステリックな声を上げ、凄惨な光景を見ないように顔を背けた。

 しかし、その張り詰めた空気は徐々に困惑に変わった。普通ならケンタロスは少年を跳ね飛ばし、そのまま転がり続けるはずなのだが、依然転がるはずだったケンタロスの音が聞こえてこないのだ。停滞した沈黙に疑念を押し込めなかった住民たちは恐る恐る目を開いた。互いに顔を見合わせ、ごくりと固唾を飲んで渦中の様子を見守る。

 山から吹いた風が土煙を浚い、遂に眼前の光景が明らかになった。

 

「え……?」

 

 と、誰かの間の抜けた声音が浸透する。

 それはこの場にいるすべての住人の声を代表するものだった。

 少年は無事だった。かすり傷一つついておらず、平然と、当たり前のように立っている。

 ケンタロスはそもそも少年に届いていなかった。少年の前にいる小さな存在が、凄まじい運動エネルギーを保持するケンタロスを受け止めて見せたのだ。 

 あんな小さな身体に一体どれだけのパワーが、と戦慄する住人たちとは裏腹にレッドは別の意味で驚愕していた。

 

(あれ、サナギラスじゃねーか!!)

 

 青い岩盤の様な硬い殻に覆われたサナギのような姿のポケモン。

 だんがんポケモン――サナギラス。

 所詮、サナギと侮ることなかれ。サナギラスは体内で圧縮したガスを勢いよく噴射する事で、弾丸のように飛び出すことができる。 自分を守護する殻は力強く、とても硬い。そして一度暴れだしてしまうと山が崩れるほどの凶悪性を内包しているのだ。

 しかも、その真骨頂はサナギという潜伏期間を経て開花するのだから笑えない。

 山を崩す凶暴性すら――お膳立てに過ぎないのだ。

 

 冷や汗を流しつつ視線をサナギラスの奥に向ける。サナギラスを信頼しているのか、少年はあくまで平然としたまま突っ立っている。

 ケンタロスが目を回して沈黙するのを確認するとサナギラスを“モンスターボール”に戻し、少年はこちらを向いた。

 体幹のしっかりした歩き方で静かに歩み寄ってくる。

 そして少年はレッドを見下ろし、フッと挑発的な冷笑を浮かべた。

 

「よお、レッド。随分と情けない醜態を晒してんじゃないか」

 

 ぐぬぬである。言い返す言葉もない。

 レッドは地味な敗北感を感じながら少年の名を呼んだ。

 

「グリーン……!」

 

 その名は三年前、ジョウト地方のタンバシティに留学していた幼馴染の名前だった。

 

 

 

 

 









 オシュトルゥゥウウウーーッ!!
 原作プレイ済みだから結末知ってたけど、オシュトルゥゥウウーーッ! 
 しかし、あれほどキャラが登場したのに、最終回のキャストが四人だけとか寂しい現場だ。

 そして前回の投稿によりメーテルに食いついた人が五十人くらいはいて、軽いパルプンテ状態。あれは特に深い意味はありません。
 ピクシブ見てたらモチーフがメーテルとか載ってあったのがいけなんです。自分、銀河鉄道は見たことありません。メーテルさんのことを客室乗務員なのかな? とすら思っていました。
 だけど感想感謝にございます!


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ライバルと師匠と貧相なバス ③

 

「帰ってきてたんだな」

「ああ。昨日、マサラに帰郷したばかりだ」

 

 数年振りに再会した幼馴染はかつてのやんちゃな面影はすっかり形を潜めていた。

 翡翠の慧眼に、引き締まった顔立ちは、十年もしないうちに精悍と評されるだろう。しかし、今はまだ幼さの方が先に立っているため、グリーンの鋭気な雰囲気はどうしても小生意気な印象を感じてしまう。

 レッドとグリーンは最寄のベンチに腰を降ろし、昔のように自然と、一人分の空白を空けていた。

 

「に、しても随分変わったんじゃねーの?」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながらレッドはグリーンの顔を覗いた。

 

「前は俺と変わらないくらいやんちゃなガキだったのに、いつの間にそんなカッコつけになったんだ」

「うるさい。そういうお前こそ見るからに性格が悪くなったんじゃないのか?」

「おいおい、こんな聖人君子を捕まえて、なんて言い草だね」

「フン、お前が聖人君子なら世の中の九割が聖人君子だな」

「それ、俺がもうほとんど犯罪者だと言ってるようなもんじゃねーか」

 

 カキカキ。

 

『ちがうの?』

「おーっと、このガキ。そもそも道を踏み外す第一歩を踏ませたのは貴様だろうが」

 

 アッハッハーと笑いながら、みょいーんみょいーんとラティアスの瑞々しい肌を引っ張る。

 ラティアスと出会わなければレッドが前世の記憶を取り戻すことはなかった。もちろんラティアスと出会ったことを後悔なんてしているわけじゃない。

 

「人間に化けるポケモンか。まさかメタモンの他にもそんなポケモンがいるとはな」

 

 やはりポケモンは奥が深い、と神妙な顔でグリーンは続けた。

 ラティアスが元の姿から人間の姿に化けたとき、グリーンは「なッ」と驚愕に目を剥いていた。既に多くの人間が同じ反応を見せていたので、あまり目新しさはなかったが、クールを気取っている奴の化けの皮を剥がすのは中々に痛快である。

 

「知らないのも無理はないって。こいつはアルトマーレの御伽噺に出てくる伝説のポケモンだしな」

 

 みょいーん、みょいーん。

 

「……その割には雑な扱いだな」

「愛情と言っていただこう」

 

 中々クセになりそうな柔らかい頬を解放する。ラティアスは自分の頬をすりすりと撫でる。

 

「しかし、よく伝説のポケモンなんかと出会うことができたな」

 

 そこには少しの羨望が含まれていた。

 伝説のポケモンというのは、運命に導かれた一握りの存在にしか姿を見せないと言い伝えられている誇り高い生き物だ。彼らに見初められたトレーナーは即ち伝説から選ばれた存在という証でもあり、トレーナーとしての箔がつく。それだけでも羨望の的になるには立派な理由だというのに、この男はあろうことか手持ちに加えているのだ。嫉妬しないトレーナーなどこの世にはいまい。

 そしてもう一匹は6Vだろうぶっ飛びピカチュウ。

 この男、主人公補正を遺憾なく発揮していた。

 レッドはラティアスの頭を優しく撫でながら、彼女と出会った経緯を話すことにした。

 

 悪いトレーナーに狙われ、傷だらけで倒れていたラティアス。

 当初の彼女は人間に強い警戒心を抱いており、レッドを攻撃することもあった。

 だけど何とか手を伸ばし、信頼を勝ち取り、穏やかな日常を一緒に過ごした。

 そんなときにラティアスを傷つけた男に見つかり、一悶着が起きた。

 しかし、その結果、レッドは己の間違いと、本当の願いを悟り、これからもラティアスと一緒に生きていくことを誓った。

 

 ――そして男の“きんのたま”はお亡くなりになった。

 

「おい、最後」

「悪い……! 俺、ギャグを挟まないと生きていけない人種なんだ……!!」

「この三年間で一体何があったんだ……」

 

 数週間前に前世の記憶が目覚めますた。 

 お察しの通り、ちょっと人間性がイカレておりまする。

 

「だからお前はポケモンを所有する特別許可証を持っているわけか」

「まあな。そういうグリーンだって持ってるんだろ?」

「ああ。先日、マサラに帰郷するとき師匠から賜ったものだ。修行中、俺に貸し出されていた――このサナギラスと一緒にな」

 

 グリーンは頼もしげにサナギラスの入った“モンスターボール”に触れる。

 いいなあ、と思ったが、よーく考えるまでもなく自分のポケモンも羨望の的だった。

 あれも欲しい。これも欲しい。もっと欲しい。もっともっと欲しい。

 ポケモンとはなんと罪深いものか。

 

「タンバの修行はどんな感じだったんだ?」

「厳しかった。想像していた何倍も厳しかった。だが、それ以上に自分を見つめ直す良い機会になった。師匠には強く感謝している」

「ふうん……自分を見つめ直す――ねえ」

 

 子どもの台詞じゃないなあ、と苦笑する。やんちゃな面影が消失したのも、そういうことなんだろうか。

 

「そうだ、レッド。互いにポケモンを持っているんだ」

 

 と、言って。

 

「なら、やることは一つだと思わないか?」

 

 不敵な笑みを向けてくる。

 

「バトルだな」

 

 レッドも応じた。

 二人はまだポケモントレーナーの資格を取得していないため、厳密に言うとポケモンを所持しているだけの子どもであり、ポケモントレーナーではない。

 しかし二人とも、心は既にポケモントレーナーのつもりだった。

 

 

 

 

 

 自分のポケモンを持つことが可能になる年齢は十二才から。

 それは過去の――ポケモンを、生物を育成するという責任を、無自覚な子どもたちが放棄したことにより、多くのポケモンたちが餓死や病死をしてしまった悲劇から端を発した法律だ。

 今、この世界において当たり前の常識である。

 

 燦々と輝く太陽の陽射しが照りつける夏の日――虫取り網と虫取りカゴを手に森に出かけた少年が昆虫を捕まえ、最初はちゃんと世話をすると決めたものの、いつしか面倒くさくなり、餌をやることすら億劫になり、夏の終わりに死骸と成り果てた昆虫と対面する。

 そこに罪悪感はなく、自分のせいだというのに、その死骸に嫌悪の視線を向けて。

 あまりに無責任で無自覚な――子どもたちの無知な悪意。

 

 ポケモン協会は、そんな過去の過ちを繰り返さないため、子どもに自分のポケモンを持たせることを禁止した。これにより子どもたちは親などが所有しているポケモンと触れ合うことしかできなくなり、その責任は所有者が背負うことになる。

 故に、子どもだけでポケモンと対面するケースは殆どなくなった。

 

 しかし、中には例外というものが存在する。

 

 それが特別許可証を持っている子どもたちだ。

 これはポケモン研究者やジムリーダーなど、ポケモン協会から厚い信頼と期待を寄せられている者たちだけが子どもに授けることのできる権利であり、これを授けられた子どもは例外として自分のポケモンを持つことが許される。 

 もちろん、誰にでも授けられる権利ではない。

 

 例えば――レッドのように、子どもとポケモンが離れ離れになることが双方に悪影響を及ぼすと判断された場合。

 例えば――グリーンのように、ジムリーダーの元で修行を積み、トレーナーとしての知識や心構えを会得して、子どもながらに生き物の命を背負う――その意味を正しく理解できたと判断された場合。

 

 当然、前者の場合は後者のように、生き物の命を背負う意味を正しく理解できていないとポケモンを持つことは許されないことを追記しておく。

 

 そんな権利を与えられた二人の少年は、人気のない町外れの草原に対峙していた。

 

「準備はいいな?」

「ああ。問題ねーよ」

 

 互いに八才の少年とは思えないほど、その瞳には闘争心に満ちた強い意志を宿している。

 沸き上がる高揚感を隠すことなく不敵な笑みを浮かべ、“モンスターボール”を握る右手を交差させた。

 

「ボールが地についたときが、勝負のはじまりだ」

 

 レッドは頷く。

 そして二人は高くボールを天に投げると同時に距離を取り、ベストポジションに移動する。

 ボールが地面についた。

 ボン! とボールが口を開け、レッドのボールからはピカチュウが、グリーンのボールからはサナギラスが登場する。

 

「ピカチュウだと!?」

 

 グリーンの驚いた声音。

 レッドは自分がラティアス以外にもう一匹ポケモンを所持していることをグリーンに教えていなかった。

 だからグリーンはすっかりラティアスが来ると思い込んでいたんだろう。

 

 サナギラスは、ヨーギラスのレベルが30になると進化するポケモンだ。

 岩と地面の二種類のタイプを持っており、地面タイプにより電気タイプの攻撃を無効にしてしまうためピカチュウには不利に働いてしまう。だから普通はラティアスを出すべきなんだろうが、如何せんレッドのラティアスはレベルが低いし、サナギラスはエスパーに強い悪タイプの技を習得する。

 “かみつく”ならギリギリ耐えられるかもしれないが、“かみくだく”や“あくのはどう”になると間違いなく確一で倒される。

 それならタイプ的に圧倒的不利となってしまうが、天賦の才を持つピカチュウに任せるのが適任だ。……ボールの中でぷくーっと頬を膨らませているラティアスには、後でアイスやらケーキやらデザートを用意してご機嫌取りをする必要がありそうだ。

 

(お前はこれからだから、今は我慢してくれ)

 

 ぷっくー!

 もうこれ以上ないくらい頬を風船にしているラティアスに乾いた笑みを返しつつ、レッドはピカチュウに指示を出す。

 

「最短ルートで“アイアンテール”!」

 

 グリーンが驚いているうちに先制をしかける。

 ピカチュウはサナギラスに直進しつつ、そのギザギザの尻尾を変質させた。鋼タイプとなった尻尾を振り上げ、

 

「っ……! させるかっ。“まもる”!」

 

 ハッと我に返ったグリーンの指示により、サナギラスが守りの体勢に入った。薄い――ガラスのようなシールドが“アイアンテール”を防いだ。

 

「便利な技を。なら――“くすぐる”」

 

 小さな五本の指がサナギラスの身体を絶妙な匙加減で刺激する。

 

「サナギラス、“かみつく”!」

「“かげぶんしん”!」

 

 ピカチュウのくすぐりに疑念を抱きながら、グリーンは指示を出す。しかし、すかさずピカチュウは“かげぶんしん”を使い、サナギラスの攻撃を逃れた。

 

「もう一回、“かげぶんしん”。そして“こうそくいどう”で撹乱するんだ」

 

 現実のポケモンバトルは、当たり前だが、ゲームのような交代制ではない。

 素早さが高ければ高いほど技を発動する機会が多く、圧倒的なアドバンテージを稼ぐことができる。電気タイプは打たれ弱いのが特徴だが、素早さが高いのも特徴だ。

 

 無数のピカチュウがサナギラスの周囲をぐるぐると駆け回り、サナギラスは思わず目を回しそうになった。

 

「惑わされるな!」

 

 しかし、そこにグリーンが一喝。サナギラスの瞳に戦意が戻る。

 グリーンはスッと目を細め、ぐるぐると駆け回る無数のピカチュウをジッと見る。

 やがて、

 

「――そこだ! “すてみタックル”!」

 

 カッと目を見開いたグリーンは大きく腕を薙いだ。

 グリーンの気合に呼応するように、サナギラスは己の思考を攻撃一辺倒に傾け、圧縮したガスを一気に噴射して弾丸のように飛び出した。

 サナギラスの“すてみタックル”が正確無比に本物のピカチュウを穿つ。

 

「なっ」

 

 と、驚くレッドに、

 

「これが修行の成果というやつだ、レッド。俺に撹乱技は通用しないぞ。たとえどれだけ“かげぶんしん”を増やそうと、俺は正確に本物を見つけ出すことができる」

 

 吹き飛んだピカチュウは即座に体勢を立て直し、素早さを活かして肉薄するが、

 

「“こうそくいどう”はポケモンの素早さを高める技だが、ある欠点がある」

「……欠点」

「そう、それは上昇した素早さにポケモン自身の反射と思考が追いつかなくなるということだ。――“がんせきふうじ”!」

 

 草原から隆起した大きな岩がピカチュウに降り注ぐ。

 

「狙い済ます必要はない。なぜなら、相手が勝手に当たってくれるからだ」

 

 回避しようとしたピカチュウは、しかし、その速度故に視野が狭くなり、降り注いだ岩石に激突してしまった。“がんせきふうじ”の効果により、上昇したピカチュウの素早さが一段階ダウンする。

 

「こういうことになるから“こうそくいどう”は初心者が使用する技じゃないんだよ。技を十全に活かしたければ、その技をしっかりポケモンに馴染ませる修行をしなければならない」

 

 なるほど、とレッドは為になる講釈に敬意を抱いた。

 ゲームのように数値だけじゃないのはわかっていた。

 ポケモンバトルは、スポーツの一種だ。レベルを上げたり、努力値を割り振れば終わりというわけじゃない。過酷な修行を積み重ね、よりバトルに適応した肉体造りをしていかなければならないのだ。それは技についても同じはず。

 わかっていたはずだったが、それでも心のどこかで後回しにしていたのかもしれない。

 

 レッドはたくさんの技を知っている。

 それ故の――罠。

 技のレパートリーを駆使することを主力に置いて、一つ一つの技を磨き上げることを怠ってしまった。

 

(くそ、無能すぎる。……これがトレーナー戦というものか)

 

 リングマと戦ったとき、上手い具合に作戦が進行したのはリングマにトレーナーがいなかったせいだ。

 野戦とトレーナー戦では、求められるものが違う。

 ルール無用の野戦なら複数で一匹のポケモンを相手取り、相手の動きを封殺しながらバトルを終始一方的に進めることができるので、野戦の場合は、レッドのように技のレパートリーを駆使するのが正解だ。

 しかし決められた枠組みの中で戦うトレーナー戦は、ポケモンを翻弄することはできたとしてもトレーナーの技量が高ければ、さっきのグリーンのように不足を補うどころかチャンスに覆すことができる。技のレパートリーに対し、見事なまでに対応してくるのだ。

 

 だからトレーナー戦において必要なのは、レパートリーより技の練度。

 的確に、最小の動きで、最大の威力を叩き出す。

 そのためにトレーナーはポケモンが使用する技を厳選するのだ。

 

 四つ。

 

 それがトレーナー戦において、もっとも効率よくポケモンバトルを勝利に導く技の数だと言われている。

 

「しかし、そのピカチュウはかなり優秀だな。本来なら大きくレベル差のあるサナギラスの“すてみタックル”により一撃で倒れていたはずだが、咄嗟に打点をずらすことでダメージを最小限に留めていた。トレーナーと修行を積んでない状態でこれとは末恐ろしいな」

 

 と、グリーンは惜しみのない賞賛をピカチュウに向けて。

 

「――だが、これで終わりだ! サナギラス、“だいちのちから”!」

 

 サナギラスの立つ草原が割れる。亀裂はピカチュウの下に走っていく。

 地面タイプの攻撃は電気タイプに抜群の効果を持つ。

 グリーンの言った通り、この攻撃が命中すればさすがのピカチュウも倒れ――たぶん、倒れるだろう。きっと。おそらく。

 だから――これで敗北。

 レッドの敗北。

 これで終わり。

 ………………。

 

(じょーだんっ! あるものは何でも使うのが俺の流儀だ!)

 

 レッドたちには技の熟練度なんて無いに等しい。

 だけど、ないものねだりはしない。いや、ほしいとは思うが、そこで思考を止めるのは絶対にごめんだった。

 ないものは、ないのだから仕方ない。だか、ないものは――付け足せばいいのだ。

 技の熟練度がバトルの勝敗を決定付けるものじゃないのだから。

 

「ピカチュウ! 眼前にある岩石をサナギラスにぶつけろ!」

 

 迷いなくピカチュウは指示に従う。

 “アイアンテール”を使い、己が衝突した岩石を痛快に打ち砕く。

 散弾となった岩石の礫に打たれ、サナギラスの攻撃はピカチュウに届くことはなかった。

 

「次! グリーンの手前にある地面に“アイアンテール”!」

 

 指示しながら利便性の高い、“アイアンテール”の修行は真っ先に取り組もうと心に決める。

 ピカチュウはサナギラスとグリーンの中間地点に硬質化した尻尾を振り下ろす。

 その小さな尻尾に幾許の力が込められていたのか、激しい音が響き、土煙が巻き上がる。

 そうしてグリーンの視界は土煙一色に染め上がった。

 

「なっ、これは……!?」

「これでお前の厄介な洞察力は封じた。ピカチュウ、もう一回、“くすぐる”をして、ひたすら“アイアンテール”を連打ァッ!!」

「応戦するんだ、サナギラス!」

 

 二人のトレーナーの気合に触発されるように。

 目まぐるしく攻防を入れ換えながら、二匹の激しい応酬は続いた。

 そして――――

 

 

 

 

 

 







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ライバルと師匠と貧相なバス ④

 白熱したバトルも書きたいから、この世界のトレーナーたちにテコ入れした結果がコレだよ。

 今回は説明会的な役割を持たせたかったので、少しキャラに違和感があるかもしれません。ご容赦ください。


 

 

 ――マサラタウン・オーキド研究所。

 広大な庭を見渡すことのできる研究所の窓際には休憩用のスペースを確保しており、オーキド博士はよくこの場所で昼食を取りながら、広い庭に住んでいるポケモンたちの様子を和やかに観賞しているらしい。

 確かに良い場所だ、とシロナは目を閉じる。

 開け放たれた窓から吹き込む風は少し肌寒いが、大好きなポケモンたちの賑やかな声や雰囲気をその身に感じ取ることができるのなら何てことはない。現在シロナの手持ちのポケモンたちも博士の厚意により、庭で穏やかな時間を過ごしている。修行に集中しているときは、まさに研ぎ澄ませた剣のような鋭気を放っているのだが、今はそんな雰囲気は微塵も感じられず、元々この庭に住んでいるポケモンたちと一緒にお昼寝をしたり、遊んだりしている。普段とは違った愛すべき彼ら彼女らの姿にシロナも相好を崩し、年相応の少女のような可憐な笑みを咲かせた。

 

「フフフ、そんな姿を見ると、とてもシンオウ地方のバッジをすべて集めた凄腕トレーナーのようには見えんのう」

「か、からかわないでください。博士」

 

 テーブルを挟み、向かいの椅子に座りコーヒーを飲んでいたオーキド博士の言葉にハッとなり、シロナは気恥ずかしくなった。別にそんな姿を隠しているわけじゃないが、出会う色んな人に、その怜悧な風貌からクールや高飛車な人だと勘違いされていくうちに、イメージと違う自分の本当の姿は似合っていないのかな、と思うようになったのだ。紅潮した頬を隠すように身を小さくしてしまう。

 同席している同じ年のナナミが「あらあら、うふふ」と笑っているのが羞恥に拍車をかけていた。

 

「シロナくんは今年で十四歳になるのだったな」

「はい。ナナミと同じ歳ですよ」

「ナナミももうそんな歳になったのだな。ほんの少し前はこんな小さかったというのに、時間の流れは実に早いものじゃ」

「そうでしょうか?」

 

 シロナとナナミを顔を見合わせて小首を傾げると、オーキド博士は愉快げに笑う。

 

「若い頃はそんなもんじゃろう。こういうのは大人になってわかるものじゃ。昔と今の時間の流れが本当に平等なのかと疑ってしまうほどになあ」

 

 昔を懐かしむように、オーキド博士は穏やかな目を二人に向ける。だけどその瞳は自分たちを見ているようには見えなくて、もしかすると自分たちを通して若い頃の自分を思い出しているのかもしれない。

 

「だけど、いいの? シロナちゃん。私はポケモンリーグとか目指しているわけじゃないからよくわからないけど、今は大事な時期なんでしょう? こんなところでのんびりしてていいの?」

「こんなところとはどういうことじゃ、ナナミよ」

 

 と、オーキド博士は半眼を向けるがナナミは笑顔でスルーしていた。同い年ということで一気に距離を縮め、連絡先も交換した友人はおっとりした正統派の清楚系美少女のソレだが、意外としたたかな一面もあったらしい。

 シロナはナナミの言葉に既視感を感じ、くすりと笑う。

 

「どうしたの?」

「いえ、さっきもこの研究所の道を尋ねたときに赤帽子の子どもに同じことを言われたのよ」

「赤帽子……レッドくんね」

「あの問題児か」

 

 オーキド博士は頭が痛そうだった。

 

「あら? 話していて面白い子じゃないですか。あの歳でしっかり敬語を使っているのは立派だと思いますけど」

 

 自分はどうだっただろうか、なんて思いながら。

 

「あやつはこのマサラタウンを――いや、カントー地方を代表する問題児じゃ」

 

 一体何をやらかしたのか。シロナは興味津々といった表情で尋ねようとしたとき、研究所の入り口が開いた。

 自然と視線が入り口に集まり、「あ」と三人は声を揃えた。

 研究所に入ってきたのはツンツン頭に翡翠の瞳が特徴的な少年と、話の渦中となった赤帽子に鮮やかな真紅の瞳が特徴的な少年――レッドだったのだ。レッドの背後にはもう一人、レッドの頭二つ分小さな白髪金眼の少女がいて、レッドはぷっくーと頬を風船にしている少女のご機嫌を取ろうと必死だった。

 あら、とナナミの嬉しそうな声。

 

「おじいちゃん、回復装置を使わせてくれ」

「これ、グリーン。まずはお客人に挨拶をせんか」

 

 オーキド博士が注意をするとグリーンは「……どうも」と呟くような声音で挨拶をする。

 

「うちの孫がすまんのう。名はグリーンという」

「いえ博士、どうぞお構いなく。はじめまして、グリーンくん。シロナよ。よろしくね」

「こう見えてもシロナくんはシンオウ地方のバッジをすべて集め終え、ポケモンリーグの出場権を既に獲得しておる凄腕のポケモントレーナーなんじゃぞ」

 

 その期待に、少しの息苦しさを感じて苦笑。

 グリーンは意外そうに目を見開いた。

 

「……こんなところでサボっていて大丈夫なのか」

「おっと、もう一人の孫までワシの夢と希望が詰まった仕事場をディスりはじめたんじゃが」

 

 あ、ディスりとかわかるんですね、博士。

 

「修行は今はお休み中なのよ。確かに大事な時期だけど過酷な修行を根詰めすぎると、身体を壊したり、ポケモンのコンディションがガタ落ちして、逆効果になってしまうの。だから程よい休息を取り入れて、鍛えた身体をしっかりリフレッシュさせるのも立派な修行の一環よ」

 

 かつてポケモンリーグで優勝経験のあるオーキド博士はうんうんと深く頷いていた。

 

「なるほど」

 

 と、グリーンは頷いて、

 

「おじいちゃん、回復装置を使うぞ」

 

 さらっと本題に戻った。

 

「構わんが、どうしたというんじゃ」

「レッドとポケモンバトルをしたから傷ついたポケモンを癒したいんだ」

 

 どうやらあの二人は特別許可証を与えられているみたいだ。

 だとしたらあのときにいたピカチュウはレッドの手持ちなんだろうか?

 

「そういうことなら構わんが、あまり無茶はさせておらぬだろうな?」

「そこのところは師匠よりしっかりと教わっている」

「ならばよい」

 

 グリーンは頷いて、

 

「おい、レッド。いつまでじゃれ合っている」

「これがじゃれ合っているように見えるのか、貴様」

 

 少女はぷくーっとご機嫌斜め。

 レッドがぎゅーと抱きしめたり、高い高いしたり、頭を撫で撫でしているが、効果はいまひとつのようだ。……いや、あの少女、たまに嬉しそうな顔を一瞬だけ見せているが、思い出したようにハッとなり、そっぽを向くということを繰り返している。

 なんだあの可愛い生物。

 ぐぬぅ……! と如何ともし難い現状(と思い込んでいる)のレッドはナナミの姿を見るなり、

 

「助けて、ナナえもーん!」

 

 と、叫んだ。

 するとナナミは実に嬉しそうに「あらあら、うふふ」と笑いながら少女の元に歩み寄り、少女を抱き上げて戻ってくる。

 ナナミの登場にぷくーっと頬を膨らませていた少女は一転ご機嫌になり、ナナミに甘え始めた。

 

「ふう」

 

 レッドの疲れたような声。

 

「いいのか?」

「……バーゲンダッツを全種類購入して献上する予定」

「中々に痛い出費だな」

「背に腹は変えられん……!」

 

 二人は回復装置の前に行き、“モンスターボール”を置いた。

 科学の力ってすげー! な科学で“モンスターボール”に入ったポケモンの治療が進む。

 

「そういえば、レッド」

「ん?」

「お前のピカチュウがサナギラスにやった、あの技はなんだ?」

「あの技でわかれとか、どんなニュータイプですか? 俺が指示した技は“アイアンテール”と“くすぐる”と“かげぶんしん”に“こうそくいどう”の四つだけだぜ」

 

 へえ、とシロナは感嘆した。

 あの歳で“かげぶんしん”や“こうそくいどう”を指示するんだ、と。

 それはかなり珍しいことだ。親や学校からポケモンを借りて子どもがバトルをする光景は珍しくないが、どの子どもも攻撃ばかりを優先して、そういう技は、そもそも考慮しない。

 オーキド博士もレッドの使用した技に感心しているようだが「ん? ピカチュウ?」と首を捻る。

 同じくしてシロナもとある疑問に首を捻っていた。

 

「そう、その“くすぐる”という技だ。ピカチュウがサナギラスをくすぐっていたが、あれは本当に技だったのか?」

 

 グリーンがシロナの訊きたかったことを代弁してくれた。

 

「“くすぐる”は立派な技の一つだぞ。ただくすぐるだけなら効果はないけど、技として確立した“くすぐる”ならステータスに干渉するからな」

「ステータスに干渉だと?」

「そ。おかしいと思わなかったのか? サナギラスはヨーギラスがレベル30になって進化するポケモンだ。つまりグリーンのサナギラスは絶対的にレベルは30以上なんだ。けど、うちのピカチュウのレベルは……二十前半ってところだ。いくら天賦の才を持っているつっても、そんなレベル差があり、なおかつ攻撃力の高いサナギラスの“すてみタックル”と“がんせきふうじ”を受けてピンピンしてんだぞ? 確かにピカチュウは“すてみタックル”の威力を天賦の才で最小限に留めることには成功したが、次の“がんせきふうじ”で普通なら終わっていたんだよ」

「だが、“くすぐる”という技がそれを阻止したと、そう言いたいのか?」

「そう言いたいのだ。“くすぐる”の正しい効果は相手の“攻撃”と“防御”を下げること。これによりサナギラスの“攻撃”と“防御”は低下したってわけだ」

「ちょっと待て。なぜお前はそんなことを知っている? そんな話は聞いたことがないぞ」

 

 シロナも聞いたことがなかった。

 そんな技があるなんて知らなかった。

 

「んー、まあ、まず技として認識すらされてないんだろうなー。誰も“しっぽをふる”とか“なきごえ”がステータスに干渉する技とか思わんて」

「尻尾を振るに鳴き声? 確かに野生のポケモンはたまに使ったりするが、アレはただの挑発や威嚇じゃなかったのか?」

「ああ。ただ尻尾を振ったり、鳴くだけじゃそれくらいの意味しか持たないだろうが、技として確立された“しっぽをふる”や“なきごえ”は相手のステータスに干渉するよ。前者は相手の“防御”を下げて、後者は相手の“攻撃”を下げる技だな」

 

 本当に、どうしてこの少年はこんなことを知ってるのだろうか。

 子どもの戯言?

 いや、とても法螺を吹いているようには見えないし、嘘だとしたらレベル差のあるサナギラスの攻撃にピカチュウが耐えた理由が説明付かない。

 ポケモンの技がまだまだたくさんあることは知っていた。

 自分たちが把握できていないだけで、未発見の技はたくさんある、と。

 今も研究者の間で議論が交わされているその神秘に――この少年は辿り着いているというのか。

 

「俺がどうして知っているのかっつーのは、アレだよ。教えてくれた人がいたんだ。どんな人かは言えないけど、異常なくらいポケモンに詳しくてな」

「ポケモンに詳しい……。誰のことじゃ?」

「さあ? 研究者の名前とか知らないから、そんなこと言われても答えられないよ」

「まあ、いい。じゃあレッドはサナギラスがどんな技を習得するのかも知っているのか?」

「サナギーはどんなだったかな? バンちゃんなら知ってるんだけど」

「何を習得する?」

「えー? 何で教えないといけないんだよ」

「俺、勝者。お前、敗者。敗者は勝者の言うことを聞け」

「クソーッ!!」

 

 レッドはがっくりと膝から崩れ落ちた。

 どうやら技を駆使して互角にまで持ち込んだようだが、結果は敗北だったらしい。

 

「少し待つんじゃ、グリーン」

 

 そんなところにオーキド博士が制止をかけた。

 振り向く二人の少年。

 

「その前に少しレッドに聞きたいことがあってのう」

 

 と、言いながらオーキド博士は二人のところに歩み寄り――その両の拳をレッドのこめかみに置いた。

 

「――――え?」

 

 レッドの顔が引きつる。

 

「レッドよ。お主、いつの間にピカチュウをゲットしたんじゃ」

「………………や、やべぇ」

 

 血の気が引いて、すっかり蒼白になった顔で必死に言い訳を考えているレッドに、

 

「こんの問題児がぁああああああああああーーーーッ!!!」

 

 雷が落ちた。

 効果は抜群だ! レッドは力尽きた。

 

 

 

 

 ガミガミガミ! と老人特有の長いお説教が終わり、グリーンとレッドも同じテーブルを囲むことになったのだが、説教から開放されたばかりのレッドはさすがに死に体だった。

 

「あー、痛い。頭がガンガンするんだけど。……あ! 脳が右脳と左脳に割れてる!」

「元からよ」

 

 テーブルに突っ伏すレッドにシロナが冷静に返した。

 レッドが顔を上げ、そこでようやくシロナの存在に気付いたように、

 

「あ、メーテルさんじゃん。そういえば、ここに行くって言ってたっけ」

「ええ。だけど訂正させてもらうわね。私はメーテルじゃなくてシロナよ」

 

 一体誰と間違えているのだろうか。

 するとレッドは眉根を寄せて首を捻りはじめた。

 

「シロナ……? どっかで聞いたことがあるような」

 

 カントー地方にも自分の名前は広まっているのだろうか、とシロナは苦笑した。

 しばし頭を悩ませた後、レッドはポンと手の平に拳を降ろして、

 

「――そうだ。片付けられないおん」

 

 その瞬間、シロナは一陣の風になった。

 レッドの首根っこを引っ掴み、“こうそくいどう”も目を丸くする高速移動により壁際に移動する。

 

「それ、どこの情報かしら? ねえ、レッドくん、どこのメディアがそんなことをほざいたのか少し教えてくれないかしら?」

 

 目の下を黒くして、シロナはニッコリと笑う。

 これは絶対に外部に漏らしてはいけないパンドラの箱だというのに、一体誰がこじ開けてしまったのか。

 有名になればある程度のプライベート情報の漏洩は覚悟しなければならないと言われたことがあるがモノには限度がある。

 メディアよ、“りゅうせいぐん”、“はかいこうせん”、貴公らはどちらを望む。

 それだけは、それだけは、踏み入れちゃいけないサンクチュアリだったのに……!

 有無を封じる圧力のある笑顔にレッドはたじろいだ。

 

「い、いや、あの…………セ、センテンス スプリングだったかなー…………?」

 

 ダラダラと冷や汗を流しながら視線を彷徨わせる。

 

「聞いたことのないメディアね」

「そ、そうかなー。俺の中じゃスキャンダルをすっぱ抜く達人なんですけど」

「――その名前、覚えておくわ」

 

 決して許すまいと決意して、シロナはレッドを開放した。

 

「何で一日に二度も死を覚悟せにゃならんのだ……」

 

 憮然と肩を落としながらレッドは元の場所に戻り、癒しを求めてナナミの膝の上にいるラティアスを自分の膝の上に移動させる。ぷくーと頬を膨らませていたラティアスだったが、バーゲンダッツを全種奢るというレッドの苦肉の策により何とか仲直りすることができたのだ。

 

「一体どうしたの、シロナちゃん」

「何でもないわ、ナナミ。気にしないで」

 

 そう、笑顔で言ってのける。

 

「なあ、あのポケモンたちはアンタのポケモンなのか?」

 

 グリーンは窓の向こうに広がる庭の一部分に視線を向けながらシロナに問う。

 

「ええ、そうよ」

「……見たことのないポケモンばかりだ」

「フフ、無理もないわ。私の手持ちのポケモンたちはカントーには生息しないポケモンたちばかりだもの」

 

 ふうん、と愛想のない相槌を返すグリーンにナナミが注意を入れるが、その目の奥に隠している羨望に気付いて、シロナは嬉しくなった。

 レッドも虚ろな表情を庭に向けて、シロナのポケモンたちを見た途端に色彩を取り戻す。

 

「ガブリアスにルカリオ、トゲキッス、グレイシア、おんみょ~ん……うわあ、超ガチパだあ」

「だから何でお前はカントーに生息しないポケモンを知っているんだ」

「ちょっと待って。お願い。最後のミカルゲだけおかしかったわ」

 

 おんみょ~んってなに!?

 

「ミカルゲか。まあ、裏ではそうとも呼ばれているかな」

「表でも裏でもミカルゲよ! おんみょ~んこそ有り得ないわ」

 

 もしカントー地方の資料にミカルゲがおんみょ~んとか載っていたら、たぶん泣いてしまう。

 

「強いのか?」

「このパーティで強くなかったら、完全にトレーナーの実力不足が浮き彫りになるくらいには。ぶっちゃけ、“つるぎのまい”を積んだガブリアス一匹で普通に全抜きとかできるんじゃねーの? まあ、あくまで……から見た場合だから、現実じゃどうか断定はできないけど、攻撃の種族値が高いのは事実だからタイプ一致の“げきりん”と“じしん”をメインウェポンに、フェアリーと氷対策に“アイアンヘッド”とか“ほのおのきば”をサブウェポンにしたら文句なしの最強格だよ。で、頑張ってこいつを倒してもルカリオやトゲキッスが後に控えていたり、逆に最後の切り札にガブリアスが控えていたりすると、もう相手は泣きながら笑うレベルだな」

「「「……………………」」」

 

 滔々と語るレッドに、誰しもが唖然と言葉を失っている。

 まるでレッドの言葉が別世界の言語のように聞こえてしまうくらい、レッドの言っている意味がわからなかった。

 ただ一つ明確なのはシロナにとって最古参にして切り札のガブリアスを高く評価していることくらいだ。自分のポケモンが褒められるのは凄く嬉しいのだけど、その理由がわからないと喜びも半減だ。

 ちらりとシロナはオーキド博士に救助を求めるが、彼も理解の範疇を超えているらしく重い顔でかぶりを振るう。

 当の本人は「え? 何この雰囲気。…………ああー、なるほろ。そういうこと。この時代じゃ、まだ…………」と一人勝手に納得している。

 するとレッドはもったいぶった口調で、

 

「説明いります?」

 

 もちろん、頷く一同。

 そんな一同の反応にレッドはにんまりと口を三日月にして、誰もが「あ、こいつ悪いこと考えてやがる」と察した。

 

「じゃ、一つお願いしていいですか?」

 

 今度は太陽のような笑顔で。

 その視線はシロナに向いていた。

 

「私?」

「はい。シロナさんにお願い事があるんです」

 

 レッドはころころと表情を変える。

 一息ついて間を置いてから、今度は真面目な――負けず嫌いの闘志を燃やして、

 

「――俺に戦い方を教えてくれませんか?」

 

 そう言った。

 

「レッドよ。シロナくんがポケモンリーグを控えた身であることを承知の上で言っておるのか?」

 

 オーキド博士は咎めるように言う。

 

「もちろん。その上で、言ってます。シロナさんに不利益なことはさせません。俺の――俺だけが知っていることのいくつかをシロナさんにお教えします。だから俺に戦い方を教えてください」

 

 きっぱりと言い返され、さすがのオーキド博士も逡巡しつつシロナに判断を任せるように、こちらを一瞥して頷いた。

 

「レッドくんにそれは必要なのかしら? よくわからないことだらけだったけど、レッドくんの知識量が多いことはわかったわ。それだけの知識を持っているのなら」

「そう――ですね。もしポケモンバトルが交互に技を出し合うだけの競技なら必要ありません。でも、そんなわけがない。ポケモンバトルにおいて、俺にあるのは技に対する知識と素質に関する知識の二つだけです。バトルを数値化した机上のものだけなんです。この二つにおいては誰にも負けない自信はありますが、他が全然ダメでした」

「だから戦い方を教えて欲しいというわけね」

「はい。ほんの二、三日くらいでいいんです」

 

 シロナは腕を組んで長考に入る。

 シロナとレッドはほんの少ししか時間を共有していないが、シロナはレッドの性格を大体理解できた。

 

 まずドS。

 そしてノリがいい。

 ふざけたり悪巧みをするのが大好き。

 だけどポケモンには真摯で、とても負けず嫌いだ。

 

 きっとグリーンに負けたのが凄く悔しかったのだろう。

 自分のことを全然ダメと人前で言うのは、彼自身のプライドを大きく傷付けることになったはずだ。

 それでも――言った。

 はっきりと。

 ライバル視しているグリーンにすら曝け出して。

 

 面白い、とシロナは思う。

 そして自分の勘が告げていた。

 きっとこの申し出は、シロナとレッドの両者にとって深い意味を持つことになる――と。

 だから。

 

「引き受けましょう」

 

 シロナは微笑んだ。

 

「良いのか、シロナくん!?」

 

 オーキド博士が驚く。

 

「はい。私自身、彼の知識には凄く興味があります。お互い、足りないもの同士、きっとこの機会を逃せば後悔することになる――そんな予感がするんです」

「ありがとうございますっ」

 

 パッと笑顔を咲かせ、頭を下げるレッドにシロナは笑う。

 妙に大人びているくせに、ポケモンのことになると歳相応の子どものように目を輝かせる。

 ポケモンが大好きという気持ちがしっかり伝わってくる。

 同じ気持ちを共有できるのは、とても嬉しいことなのだ。

 

「私のほうこそ、よろしくお願いするわ」

 

 二人は握手を交わした。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そこはマサラタウンのはずれにある平原。

 

「それじゃあ、まずは私から始めましょうか」

 

 きれいな足取りで前を歩くシロナがにこやかに微笑み、振り返る。

 怜悧な美貌のふわりとした柔らかな仕草にドキンとしたのは事実だが、よくよく考えるとこの人って結構ズボラな人なんだよなー、と居た堪れない気持ちになった。

 

「お願いしまーす」

 

 レッドはそんな思考を隠しながら軽く頭を下げる。そう、この気持ちは墓場まで持っていかねばならない。あの笑顔は命の危機を感じたのだ。咄嗟のセンテンス スプリングには感謝である。

 

「来て、ルカリオ」

 

 “モンスターボール”に唇を落とし、シロナは揚々とボールを中空に投げる。

 ポンとボールが開き、光のヴェールを弾くようにしてボールの中にいるポケモンが出現する。

 はどうポケモン――ルカリオ。

 “格闘”と“鋼”の二種類のタイプを兼ね備えた正義に厚いポケモンだ。

 

(かっこいいなあ。やっぱルカリオいいよなあ……)

 

 ついつい羨望の視線を向けてしまう。

 レッドの中で格闘タイプのポケモンは? と訊かれたら真っ先にルカリオの名前が飛び出るくらい、ルカリオのことを気に入っていた。

 早くトレーナー資格を取得して自分だけのパーティーを作りたい。

 

「まずはバトルの基本からいきましょう」

 

 こくりと頷き返す。

 

「ポケモンバトルはトレーナーとポケモンが一丸になって戦うもの。ポケモンは前に出て戦い、トレーナーは後ろから指示を出して戦いを展開していくのが仕事よ。トレーナーは言わば戦場の指揮官。後ろから視野広く戦場を見ることによってポケモンの攻防はもちろん地形を把握して臨機応変に対処する必要があるわ。自分のポケモンの調子はどうか、相手のポケモンの苦手にしているものはなにか、相手トレーナーは一体どんな戦術を展開するつもりなのか、そしてそれをどう壊して自分の戦術を展開するのか。トレーナー同士の読み合いはポケモン以上に刹那の攻防が求められるから常に思考をぐるぐる働かせるクセをつけないと、一瞬の思考停止であっという間に戦場を覆されることも珍しくないわ」

 

 そう、ゲームのように一つの技を使用するごとに長考する余裕なんてない。早碁の如く相手の攻撃に素早く切り返す必要があるのだ。

 だからゲームで培った長考ありきの術は役に立たない。

 

「一度覆されると、そこから巻き返すのは非常に難しいの。こっちは動揺するし、相手は当然勢いに乗って一気呵成に攻め立ててくる。だからバトルの最中に思考を止めるのは絶対にダメ、戦術が上手くハマったからといって中盤で喜んじゃダメ、最後まで油断なく確実な勝利が確定する瞬間まで気を抜くのは禁止。そして自分の戦術が絶対に上手く行くと妄信するのもダメ。自分の戦術が破られた場合の戦術、その戦術が更に破られた場合の戦術。たとえどんなトレーナーと戦うことになろうと、最低でも三つの保険はかけること。バッジを八つ集めてポケモンリーグへの出場権を獲得したトレーナーはみんな、これくらいのことは呼吸するようにできるわ」

 

 この時代は技のプールが少なく、“つるぎのまい”や“りゅうのまい”など非常に効果的な補助技すら浸透していないし、タイプ一致による恩恵も知られていないし、手持ちのポケモンに役割を持たせ、役割に応じてポケモンを入れ替えたりもしない。

 ゲームの常識とあまりに違うから、レッドは高いレベルと強い能力によるごり押しのバトルが主流だと勘違いしていた。

 

 スポーツ選手は試合の最中に頭を使い、機転を利かせることにより、有利な試合運びをしているのだが、素人は合間合間にそんな高度なやり取りが交わされていることにすら気付かないものだ。

 

 レッドはまさにソレだった。

 タイプ不一致の技をメインにしたり、苦手のポケモンが出てこようと交代させずそのまま試合を続行させるものだから、てっきり高いレベルと強い能力のみが勝利を手にする派手なだけの殴り合いだと思っていた。

 しかし、実際は違う。

 彼らは彼らなりの戦術を持ち、苦手なポケモンが出現した場合も上手く立ち回ることが可能なようにしっかりと修行をつけていた。万能に仕上げていたのだ。

 グリーンと戦い、レッドは見通しの甘さを痛感した。

 

「そしてポケモンの育成。これは、ただレベルを上げたらいいというものじゃないわ。もちろんレベルを上げるのも大切だけど、同時にポケモンバトルに適した肉体造りをしていく必要があるの。人間と同じように、筋肉をつけたいのならたんぱく質をたくさん摂取したり、身体を絞りたいのなら食事制限をしつつ適度な筋肉トレーニングと有酸素運動によるトレーニングを持続させたりね」

 

 子ども同士のポケモンバトルはお遊びで。

 ゲームのポケモンバトルはゲームで。

 ポケモンマスターを目指す者たちのポケモンバトルはスポーツなのだ。

 

「肉体造りと並行して行うのがスタイルの固定化ね。これは実際、見た方が早いわ」

 

 そう言ってシロナは提げているバッグからタブレットを取り出した。

 

「私のルカリオは二ヶ月前にリオルが進化したばかりなの。だから一流のトレーナーと互角以上に渡り合うにはもう少しスタイルを極めないといけないんだけど」

 

 レッドにタブレットを渡した。

 タブレットはルカリオが岩石に拳を打ち込んでいる動画が再生されていた。

 

「そのタブレットの動画は進化したばかりのルカリオが“はっけい”を打ち込んでいる姿よ」

 

 ルカリオが岩石に拳を打ち込み、その衝撃破が波紋のように広がって岩石を粉々に破壊している。

 

「どう?」

「どう――って、凄いんじゃないんですか? 少ない動きでこれだけの威力を出せるのなら」 

 

 と、テンプレみたいな返しをしつつ、聞いてきたということは問題点があるんだろうなー、なんて思う。

 しかし、肝心の問題点はわからなかった。

 

「一見そう見えるかも知れないわね。でも“はっけい”の真髄は相手に衝撃を送り込むこと――つまりは相手の防御を無視した破壊力の透徹なの」

 

 動画を停止して、シロナはルカリオに指示を出す。

 

「ルカリオ、そこの岩石に今の貴方の“はっけい”を見せてあげて」

 

 ルカリオは力強く頷き、最寄の岩石と向かい合い――その姿が一瞬だけぶれる。少なくともレッドにはそうとしか映らなかった。

 二ヶ月前を記録した動画では視認できた技を――レッドは視認することができなかった。

 余計な動きを徹底的に省き、省いた上で、更にどうすればよりコンパクトな動きで最大の威力を叩き出すことができるのか――それを追求した身体捌きだったのだ。

 

 肝心の岩石に、破壊音が轟く。

 しかし、拳を打ち付けただろう表面には一切のひびが入っていない。回り込んで岩石の裏を確認するが、そこにもひびは入っていなかった。

 

「うん。上出来ね」

 

 岩石に歩み寄り、シロナは軽く手刀を振り下ろす。するとひび一つ入ってなかった岩石はまるで砂の城のように崩れ落ちてしまった。

 

「これが“はっけい”の真髄よ。打ち込んだ衝撃破エネルギーを操り、内側を攪拌させるの」

 

 なにそのリアルな一撃必殺。ドン引きなんですけど。

 

「そんなに引かないで。確かに“はっけい”は弱い相手なら一撃で仕留められるけど、相手が拮抗した実力を持っていたら正確に穿つことができても耐え切る可能性は高いし、そもそもポケモンリーグに出場できる実力者なら“はっけい”を見抜いて打点をずらすことくらい朝飯前なのよ。だから“はっけい”は牽制用――強い一撃を打つための繋ぎとして使用するのが基本よ」

 

 どうしよう。ポケモンマスターの道、超遠くね? 修羅に片足突っ込んでないかな、この人。

 

「だから引かないで。ルカリオのスタイルは常に相手に張り付いて圧力をかけていくインファイト。無駄のない素早い攻撃を積み重ねて、相手の隙が生まれた瞬間に“インファイト”で顎を打ち抜き、脳を揺らし、相手の体力の有無に関係なく、強制的に戦闘不能に追い込むスタイルよ。こうやって予め理想のスタイルを固定すると、どんな技を選出するのか、そしてどんな風に改良していくのか、自ずと答えは見えてくるはずよ」

 

 シロナはバッグからミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出し、喉を潤す。

 

「絶対に知っておく必要のあるポケモンバトルの基本はこんな感じかしらね。まだまだ話し足りないけど、一度に説明してもちんぷんかんぷんになるでしょうから、実戦に移りましょう」

「いやいや、アンタのポケモンとうちのポケモン、どんだけレベル差があると思ってんですか」

 

 さっきの“はっけい”を見た後で実戦に誘うとか、自分のポケモンを殺すつもりか、とレッドは半眼を向けた。

 

「大丈夫よ。ちゃんと手加減のできる賢い子なんだから」 

 

 “モンスターボール”を覗き込むと“ラティアス”と“ピカチュウ”も乗り気で、少し気後れしつつ距離を取る。

 ――いや、これじゃダメだ。

 レッドはパンと両頬を叩いて気持ちを切り替える。

 ポケモンたちがやる気なのに、肝心のトレーナーがやる気を見せないなんて、ポケモンたちに失礼だ。

 

「お願いします」

「よろしくお願いされました」

 

 シロナは一度ルカリオを“モンスターボール”に戻して、レッドの一礼に同じ動作を返す。

 そして、二人は同時に“モンスターボール”を投げるのだった。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「それじゃあ今度は俺の番でーす」

「お願いしまーす」

「よろしくお願いされましたー」

 

 と、今度はレッドがシロナに教鞭を取る。

 既に夕日も西に沈み、夜の帳が降りている。あの後みっちり実戦を繰り返し、容赦ないダメ出しに心朽ち果てながら、しかし、きちんと己の養分にすることのできたレッドは身体の疲労を無視してリビングのソファに腰を降ろしている。

 

「まずは――俺も基本から話しましょうか。ポケモンの能力は体力、攻撃、防御、特殊、素早さ――五つの能力にわかれている」

 

 コクリと頷いたシロナにくすりと笑い、

 

「――のは間違いです。厳密に言うとポケモンの能力はぜんぶで六つにわかれているんですよ」

「聞いたことないわ……」

 

 まあ、時代的に今は初代以前だから仕方ないかな、と思う。

 

「注目してほしいのが、特殊です。シロナさんは特殊がどういうものか、ご存知ですか?」

「なんかレッドくんの話を聞いていると、常識が覆りそうで自信がないけど……」

 

 それはレッドも数時間前に通った道だ。

 

「特殊はエスパーとかゴーストタイプの威力を示すんじゃないかしら」

「ふわふわしとる返答やがな」

「し、仕方ないでしょうっ。特殊については未だ謎が多いんだもの」

「じゃあその謎を解明しようじゃありませんか」

 

 さっきまで師匠だった相手に、今度は師匠面をして得意げに語る。

 大変に気分が良い。

 

「特殊というのは、特殊攻撃と特殊防御の二つにわかれているんですよ。一般的にこれらは特攻、特防と呼ばれています」

 

 シロナの「どこの一般」と言いたげな視線は有意義に無視をして。

 

「この特攻と特防は、シロナさんの言う通り、エスパーやゴーストタイプの威力を示すのも事実ですが、この特攻には“かえんほうしゃ”や“れいとうビーム”とか、直接攻撃じゃない技もジャンルに入っているんですよ。ルカリオの“はどうだん”、トゲキッスの“エアスラッシュ”は、この特攻に属します。ポケモンの技には物理攻撃技と特殊攻撃技と変化技――この三つに分類されているんです」

 

 ――と、レッドは滔々と説明していく。

 ゲームで得た知識の中で晒しても問題ない手札を可能な限り述べていく。

 正直、どこまで話していいかわからないので慎重に喋っている。口に出す前に、必ず二度は情報を整理してオープンしていい手札だけを晒していく。

 ときおりシロナが挙手をして、疑問を口にするとレッドが詳しく叙述する。これは教導の立場が逆のときにレッドもきちんと挙手をしてシロナに尋ねていた。やはり教本より生のトレーナーに教わる方がずっと効率的だった。

 

「――とまあ、こんな感じですかね」

 

 大体の説明が終わり、ふう、と一息つく。口しか動かしていないが、晒すべき手札と、どう喋れば伝わりやすいか考えながら話していると、意外と気を遣い、疲れてしまった。

 

「やっぱいきなり組み込むのは難しい感じですか?」

 

 シロナは少し難しい顔をしていた。

 

「そうね。レッドくんの知識と現代の戦術はシナジーがかみ合わないわ」

「ですよねー」

 

 苦笑。

 現代の戦術の起点は努力! 熱血! 気力! こんじょおおおおおお! の体育会系に端を発しているが、レッドの知識はデータを基にした文科系のソレだ。

 正反対の二つをかみ合わせるには妥協、もしくは切り崩す必要がある。使用できそうなものだけを輸入する――とも言う。

 

「だけど凄く面白いと思うわ。かなり試行錯誤に時間を持っていかれると思うけど、この二つを上手く取り入れた新しい戦術を組み立てるのは、とても遣り甲斐のあるテーマよ」

 

 私は既に調整に入っている状態だから、レッドくんの知識を用いた戦術構築はリーグが終わってからになるけどね、と続ける。

 

「じゃあ俺が第一人者になりますかね」

「そうね。その役目は知識の基となったレッドくんが担うべきだと思うわ。この二つを取り入れた新しい戦術は、きっと今のポケモンバトルに一石を投じることになるはずよ。今のポケモンバトルは良くも悪くも力押しの一辺倒になりがちだもの」

 

 これは実はシロナたち―ーいわゆるエリートトレーナーに属するトレーナーたちの悩みとなっていたらしい。

 今のポケモンバトルに不満があるわけじゃないが、似たり寄ったりな育成や戦術になりがちで、もっと、もっと、ポケモンの可能性を取り込んだ自分だけの戦術を作りたい――そう思いつつ現状を打破できない現実に歯がゆい思いをしているトレーナーは少なくないという。

 

「なんだったらシロナさんがこの知識を基に論文を書いて、タマムシ大学辺りに提出・発表してもいいですよ」

 

 前世の記憶が目覚めた頃は知識の独占グフフフと笑っていたが、少しアンフェアな気がしたのだ。

 

「嫌よ。人の成果を横取りするさもしい趣味はないわ。これはレッドくんが発表するべき成果よ」

「八歳のガキの戯言を誰が聞くというのか」

「ポケモントレーナーになって結果を出せばいいのよ」

「四年も先ですよ?」

「そうね。でも四年あればレッドくんの知識を基にした新しい戦術も完成に近づいてると思うわ。子どもの言葉は聞かないかもしれないけど、結果を出したトレーナーの言葉なら老若男女関係なく興味を示すはずよ」

「これは……責任重大だなあ。面白いじゃないかッ!」

「本当にキミはテンションの変動がピーキーね」

 

 グッと握り拳を作り、気炎を吐くレッドにシロナは苦笑した。

 そのとき、くいくいとレッドの服を引っ張る小さな存在。

 さっきまでの修行でへとへとになっていたラティアスがスケッチブックにカキカキとペンを走らせて、

 

『おなかすいたー』

 

 隣にいるピカチュウも平静を装いながら少し辛そうだ。

 

「ん、もうこんな時間か」

 

 話し始めて、もう数時間が経過していた。時計の針は九時を指している。

 

「今すぐ作るから、少し待っててくれ」

 

 二人の頭を軽く撫でてからキッチンに向かう。

 

「シロナさんのポケモンは好き嫌いとかありますか?」

「ううん。みんな良い子よ」

 

 ちなみにラティアスは辛いものと酸っぱいものが嫌いで、ピカチュウは好き嫌いがない。

 

「待って、レッドくん。お泊りさせてもらう立場ですもの。私も手伝うわ」

 

 シロナは元々マサラタウンに滞在する予定はなかったので、宿を用意していなかった。だからここにいる期間は自分の家で生活するのはどうだ、とレッドが申し出たのだ。

 

「こっちが申し出た身ですから大丈夫ですよ」

「そういうわけにもいかないわ。ここは私のメンツを立てるつもりで」

 

 なんてことを言うものだから、レッドはシロナをキッチンに招いたのだが、包丁を両手で握りしめ、天高く腕を振り上げようとするシロナの姿を目撃した瞬間、躊躇なくキッチンから追い出した。

 

 やっぱこの人ダメナだわッ!

 

 

 

 

 




 シロナ、ダメナ、クロナ、この人はあらゆる種族に対応できる人間版の6Vやでぇ。
 
 いろいろ面倒くさく執筆したことに少し後悔。だけどこれだけ書いて全体的に修正する勇気がないのだ……! 次回からは数値とか無縁の、いつも通りのふわふわした物語に戻ります。戻します。頼んだぞ、ラティアス!

 あんまり幼少期を続けてもグダるだけなので、このお話が終わったら、必殺コマンド「パッと移動する」で一気に物語を進めます。
 


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ライバルと師匠と貧相なバス ⑤

 

 

「ほら、ラティ。口を開けろ」

 

 スプーンですくったご飯を持っていくと、ラティアスは小さな口を開ける。そこにスプーンをそっと差し込むと、口が閉じる。スプーンを引き抜くと白い頬がもぐもぐと上下に揺れて、こくりと飲み込む。

 ほわ~、と幸せな顔を見せるラティアスは次を催促するようにまた口を開けた。

 

「お前は本当に甘えん坊だなあ」

 

 なんて言いながら甲斐甲斐しく世話をしてしまうのはラティアスが可愛く見えて仕方ないからだ。自分の膝の上に頭を置いているラティアスに苦笑して、レッドは大人しくラティアスのわがままを聞いた。

 

「貴方たち、本当に仲がいいのね」

 

 シロナが微笑ましいものを見る目を向ける。

 

「まあ、家族ですからねー。な、ラティ」

 

 膝の上でゴロゴロしているラティアスに同意を求めると、元気良くラティアスは頷いた。思わず笑みをこぼし、頭を撫でるとラティアスは心地良さそうに目を閉じる。

 

「それに今日はピカチュウもラティアスも頑張りましたから、多少のわがままは聞きますよ」

 

 シロナとの修行はとても為になったが、同時にかなり厳しく二人には負担を強いてしまった。負けん気の強いピカチュウは気力を振り絞り、弱みを隠しているが、ラティアスの方はさすがに限界だった。修行が終わってから今の今までずっとソファに寝転がり休息を取っているのだ。

 

「いいわね。そういうの」

「シロナさんのところは違うんですか?」

「いえ、違わないわね」

 

 と言って、シロナは隣に寝転んでいるグレイシアの身体を撫でる。

 

「私にとってもこの子たちは大切な仲間で、大切な家族よ」

 

 愛おしくグレイシアを見つめている。

 ならばどうして「いいわね」と羨望を向けてきたのだろうか。

 疑問に思っているとシロナはそれを見抜いたらしく、儚げな笑みを浮かべる。

 

「ほら、私の手持ちのポケモンって五体しかいないでしょう?」

 

 シロナの隣に寝そべるグレイシア、カーペットの上に座るルカリオにガブリアスにトゲキッスにおんみょ――ミカルゲ。

 

「ですね。普通は六体まで所持してるもんですよね?」

「うん。一応理由を説明しておくと、ポケモンバトルのルールに定められているだけで、実際は七匹以上を持つこともできるんだけどね。だけど七匹以上になると均等に愛情を注ぐことが難しくなる。だから七匹以上のポケモンの所持はトレーナーに嫌われてしまうのよ。暗黙のルールとも呼べるわね」

 

 シロナはそう補足した。

 

「私もつい昨日までは六体まで連れていたんだけど、今日、その一匹をオーキド博士に預けてきたのよ」

「どうして、ですか?」

 

 この人はポケモンが弱いからと言って手放したりするような人じゃないはずだが。

 というかポケモンバトルにおいて強い弱いを決定付けるのはトレーナーだ。どれだけ高レベルのポケモンを並べようと育成する能力と指示をする能力がなければ、ただのままごと遊びに過ぎない。

 

「嫌われちゃったのよ、私が」

「嫌われた?」

「そう。愛想つかされちゃったの」

 

 笑う。

 儚い――泣きそうな顔で。

 するとシロナのポケモンたちは、主を気遣うように悲しげな視線を向ける。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。ごめんなさい。まだ、心の整理がついてないの」

 

 シロナは潤んだ瞳を拭い、立ち上がる。

 

「貴方たちも、ごめんなさいね」

 

 と、自分のポケモンたちを謝りながら抱きしめていく。

 

「お部屋、使わせてもらうわね」

「……ん、どうぞ」

 

 一度案内した部屋に向かうシロナの背をレッドは見送る。

 少し、意外だった。

 短い付き合いながらシロナの魅力は確かにレッドに伝わっていた。

 怜悧な美貌に違わぬ聡明さを持ち合わせながら、少し天然で子どもっぽく温厚な性格をしている。

 容姿で男性を魅了し、徳の深さで女性を魅了する。

 そんな――誰からも慕われそうな彼女だったから、まさか自分のポケモンと不和を起こしていたとは思わなかった。

 シロナと彼女のポケモンの表情から察するに、結構深刻な事態のようだ。

 くい、くい。

 ラティアスが袖を引っ張り、見下ろすと、あーんをしていた。

 

「よっしゃ、シリアスっぽい雰囲気を壊してくれるお前が大好きだよ、俺は」

 

 それでこそ我がポケモンである。なんというか、空気を読まない。

 

 

   ◇◆◇

 

 

『どうしてこんな役に立たないポケモンを手持ちに加えているんだ』

 

 一人が言う。

 

『シロナくん、キミは十四歳という若さでバッジをすべて集め、ポケモンリーグ出場権を獲得した期待の新人なんだ。シンオウに旋風を巻き起こしたニューフェイスにみんなが期待をしている。なら、選り好みなんてしてないで勝てるポケモンを選出するのが礼儀というものじゃないのか?』

 

 二人が言う。

 

『そもそも貴女のような美しい人に、こんな醜いポケモンなど不釣り合いにもほどがあります』

 

 三人が言う。

 

『こんなポケモンより、もっと強いポケモンを手持ちに加えなさい』

 

 四人が言う。

 

『どうして』『もったいない』『こんな雑魚を』『なんて不細工な』『メンバーを変えるべきだ』『こいつになんの価値がある』『期待を裏切るつもりか』『相応しくない』

 

 たくさんの人が言う。

 シロナは言い返す。ふざけるな、なんの権利があって、私の大切な子を侮辱する、余計なお世話だ、そう言い返そうとして――目が覚めた。

 チチチと鳥ポケモンの鳴き声が朝の訪れを教えてくれる。カーテンの隙間から差し込む日差しは眩しく、今日も快晴のようだ。しかし朝の気温はかなり低く、布団の中がとても心地良い。表は地獄、裏は天国。シロナはお得意の二度寝に入ろうとして――やめた。

 すっかり目が冴えていたのだ。

 

「最悪な目覚めね……」

 

 シロナは深いため息とともに吐き出して身体を起こした。

 覚えのない部屋だ、と首を傾げかけたが、そういえばレッドの家に上がらせてもらったことを思い出す。

 寝巻きを脱ぎ捨て、諸々の支度を済まし、ボールの中にいるポケモンたちに朝の挨拶。腰にボールを携帯して部屋を出ると、ふわりと良い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「おはよーごぜーまーす」

 

 リビングに入ると、キッチンにいるレッドが挨拶をしてきた。

 

「おはよう、レッドくん。昨日は変な空気にしてごめんなさいね」

 

 と、苦笑する。

 レッドとラティアスの仲を見て、ナーバスになってしまったのだろうか。あれは良くないと反省する。

 

「別に気にしてないですよ」

 

 レッドは振り向かず、加熱するフライパンを見ながら言った。

 そんな彼の背後に忍び寄る影。

 ラティアスだ。足音を消してレッドの後姿を注視しつつ、テーブルに置いている完成した料理をつまみ食いをしようとしていた。

 

「おい、そこの小娘。貴様、なにをしている」

 

 しかしレッドは振り向くことなく看破して見せた。

 ビクッと驚くラティアス。レッドは火を止めてやっと振り向くと不敵な笑みをラティアスに注ぎ、

 

「お前はもう少し待つということを覚えよーか。んん?」

 

 こねこねとラティアスの頬をこねくり回す。

 どうして気付いたの? とスケッチブックに書いたラティアスに、

 

「ばーか。お前のことならなんでもわかるよ」

 

 すると、にぱーっととろけたような幸福の笑みをラティアスは咲かせた。

 ぎゅっとレッドに抱きついて嬉しそうに頬ずりをしている。

 レッドも満更じゃない様子で頭を撫でている。

 そんな様子を眺めながらシロナはあの二人の姿に自分とあの子を重ね合わせて――かぶりを振る。

 

「よっと」

 

 レッドはラティアスを抱いて、椅子に座らせた。

 

「シロナさんも座っていてください。もうできましたんで」

「ごめんなさいね。お世話になって」

「いやいや、俺のわがままを聞いてもらっているんですから、これくらい当たり前ですって」

「私も為になる話を聞かせてもらったからお互いさまよ。なにか手伝えることは残っているかしら?」

 

 やるわよ、と袖を巻いてやる気を見せると。

 

「じゃあ大人しく座っていてください」

 

 解せぬ。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「ピカチュウ、“アイアンテール”!」

 

 尻尾を硬質化させたピカチュウが強く尻尾を叩きつける。

 しかし相対するルカリオは近接戦のプロフェッショナルだ。ピカチュウの“アイアンテール”を手の甲で受け止めると同時に外に力を逃がしながら受け流し、ピカチュウの体勢が崩れたところに拳を打ち込む。

 宙を舞うピカチュウは、しかし上手く打点をずらすことに成功したらしく難なく地面に着地する。

 

「〝アイアンテール”で切り込むのはいいけど、初手から大きな動作で切り込むとカウンターの餌食になるわ。最初の一撃は必ず小ぶりから入ること。そこから連続攻撃に繋げて相手の隙が生まれた瞬間に強い一撃を炸裂させるのよ」

「ういっす」

 

 行けるか? とピカチュウに視線を向けるとこくんと頷き、再びルカリオに肉薄する。硬質化した尻尾をアドバイス通り、最小限の動きで振るい、そこを起点に器用に尻尾の連打を浴びせていく。

 ルカリオは驟雨の如く尻尾の連打を的確に捌いた。

 

「そして攻撃が通じないと判断したら、即座にトレーナーが次の指示を出す!」

「〝フェイント”からの〝でんじは”!」

 

 攻撃を仕掛けるピカチュウに凄まじい反応速度を見せるルカリオはフェイントに引っかかり、一瞬の虚を突かれる。その一瞬にピカチュウは〝でんじは”を浴びせ、ルカリオを麻痺に追い込んだ。

 

「油断しない! この距離なら麻痺なんて問題ないわ」

 

 その麻痺をグッと堪えたルカリオがピカチュウをわし掴む。〝10万ボルト”を浴びせるが、そこはレベルによる能力差。ピンピンしている。

 

「ここまでね」

 

 シロナが判断するとルカリオとピカチュウは互いにトレーナーのところに戻る。

 

「麻痺は素早さを大きく下げて、たまに行動不能に追いやるけど、クロスレンジが主体な以上、効果的とは言い難いわ。麻痺の本領はヒット&アウェイを重視するミドルレンジ主体の相手に発揮するのよ。あそこは〝でんじは”より攻撃技で顎を打ち抜くことがおすすめよ。クロスレンジの最大のメリットは相手の体力に関係なく行動不能に追いやることにあるんだから」

 

 ある意味、一撃必殺。

 脳を揺らされるとどんな強靭なポケモンだろうと屈するしかない。ポケモンの反射神経とトレーナーの指示がぴったりかみ合わないと成し遂げるのは難しいが、クロスレンジ戦はこうした一発逆転劇があるから面白い――らしい。

 

「レッドくんのピカチュウは文句なしの最高の逸材よ。大した修行もしないうちから、こうして打点を上手くずらすんだもの」

 

 シロナの賞賛に、ルカリオも同意して頷いた。

 しかし攻撃を完全に防がれたピカチュウは納得のいかない様子で不貞腐れていた。

 

「そんなに落ち込まないの。スパーリングなら既に仕込みが完了しているガブリアスが付き合うわ。ルカリオ、貴方は型の基本をもっと洗練させていきましょう」

 

 シロナはガブリアスを呼び、ルカリオと入れ違いになる。

 

「まだまだやることは多いわよ、レッドくん。スパーリングでしっかり修行をしたポケモンとのバトルに慣れる必要があるし、技ももっと突き詰めていかないと」

「はい」

「ちなみに、どんな技を改良していく予定があるのかしら?」

「ええ。本当なら電気タイプの技を改良するべきなんでしょうけど、相手はグリーンのサナギラスなので、サブウェポンから鍛錬するつもりです」

「やっぱり〝アイアンテール”を?」

「徒手も活かしたいので〝かわらわり”も仕込むつもりです」

「なるほど。鋼も格闘も岩には効果抜群だものね。良い手だわ。〝アイアンテール”だと尻尾に警戒するだけでいいけど、〝かわらわり”が加わったら徒手と尻尾の二つに警戒しなければいけなくなるもの」

 

 電気タイプとは一体なんだったのか。

 大体グリーンの手持ちがサナギラスなのが悪い。しかも悪タイプの技も覚えるとか、ピンポイントでレッドのパーティを刺しているじゃないか。

 一粒で二度美味しいとはこのことか。まったくもって嬉しくない。

 

「それと〝こうそくいどう”ですね。上昇した速度域に思考を追いつかせるようにしないと」

 

 ちらりと少し離れた場所にいるラティアスに視線をやる。

 彼女はミカルゲと、アウトレンジとミドルレンジの領域を行き来しつつ〝サイコキネシス”の応酬を繰り返している。相手の放った技をそのまま相手に返し、念力の精度を高めつつピカチュウと同じくバトルに慣れることを最優先にしている。

 

 シロナの言う通り、やることはまだまだ多い。

 この修行が終わるまでは二人の大好きな食べ物を食べさせてやろうと思い、レッドは指示に集中した。

 

 

 

 

 

 

 



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ライバルと師匠と貧相なバス ⑥

 

 ポケモンリーグへの出場権を獲得したエリートトレーナーたちが時間がないと嘆いている理由が少しだけわかった気がした。

 修行に熱を入れると本当に時間が過ぎるのがあっという間で、思わず夕日に染まる空を凝視してしまった。やることなすことまだまだたくさんあるというのに、時間だけが無常に過ぎていく。比較的落ち着いて見えるシロナも、もしかすると焦っているのかもしれない。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 拍手を一つ、場の注目を集めたシロナがそう言った。

 

「え? もうですか? 今、いいところなんですけど」

「だーめ。そんなこと言い出したら一時間、二時間、三時間と平気で修行を続けて明日に疲労を残すことになるのよ。そうして日々蓄積した疲労が身体を壊す原因になるんだから、潔く修行を終わらせるのもトレーナーの義務よ」

「……んなこと言われたら切り上げるしかないじゃないですか」

 

 もう少し続けたいと思ったが、シロナの言葉が現実になると大変なので渋々引き下がることにした。

 

「うん、良い子ね。修行もそうだけど、日常生活においてもある程度のルーチンを作っておいたほうがいいわ」

「ルーチンを?」

「そうすることで無駄な時間や疲労を省くことができるのよ。それに、修行している――というのは思っている以上にストレスになるの。だから一日のスケジュールをしっかりと組み立てて、スケジュールに沿うような生活を続けるの。最初は辛いけど、継続は力というでしょう? 毎日取り組むことで習慣を味方につければ修行も精神的に落ち着いて効率的にこなせるようになるわ」

「こう、強くなりたいって思いで一気にパワーアップしたりとか」

 

 アニメや漫画みたいに。

 

「進化ならその理論が適応されるかもしれないけど、現実はそんなに甘くないわ。結果を出すのはいつだって、地道な継続をして習慣化する能力を身につけた人だけよ。どれだけ強い感情があってその場限りの努力と最善を尽くしても、それを続けられないのなら、身につけた力は数日でこぼれ落ちていくでしょうね。レッドくんはグリーンくんに勝つことを目標にしているけど、一度勝てばそれで満足というわけじゃないでしょう?」

「当然」

 

 一度勝ったところでイーブンになるだけだし、勝ち越したらそれでもう終わりというわけじゃない。勝ち越しただけで満足したら、きっとグリーンはあっさりと追い抜いてくるはずだ。

 

「だったら長期的な展開を見据えて、まずは修行を継続することに集中すること。やらないと、でもなく、やる、でもなく、朝昼晩にご飯を食べて夜に寝る――そんな当たり前の風景に溶け込ませるのよ」

「それは、つまり……」

 

 レッドの言葉の先を読み取り、シロナは苦笑交じりに頷いた。

 

「そうね。あと二、三日で私はマサラタウンを出発する予定だから、私がいるうちにグリーンくんに勝つのは凄く難しいと思う」

「そんなの、やってみないとわからない!! ――って断言したかったなあ、チクショウめー」

 

 シロナの言葉に納得している自分が恨めしい。

 ピカチュウもラティアスもとっても頑張っているし、なんとか勝たせてやりたいが、グリーンは自分たちよりかなり先を歩いている。当たり前だ。あいつは三年も前から育成のプロフェッショナルであるジムリーダーの英才教育を受けてきたのだ。昨日あそこまで善戦できたのは、未知の技を使用してグリーンの動揺を誘うことができたのが大きい。

 言わば、初見限りの戦法。

 それでも負けたのだ。

 次は上手く対処してくる。

 本来のグリーンの技術はもっともっと上なのだ。

 たった二、三日の努力で勝つなんて――そんな上手い話あるわけがないのだ。

 

「幸い、ピカチュウもラティアスもやる気満々よ。勝つまで勝負を挑めばいい。敗北は勝利以上の経験値なんだから」

 

 当然だ。何度だって挑んでやる。

 ポケモンたちがやる気なのに、自分が折れるなんて有り得ない。

 たとえ何連敗しようと、いつか必ず勝ち分を取り返せばいいだけだ。

 

「了解っす。二人とも、今日はもうお疲れ様だ」

 

 ちょいちょいと手招きをする。人化して抱きついてくるラティアスの頭を撫で、ピカチュウにもう一度労いの言葉をかける。兄貴肌なピカチュウは過度な接触が好きじゃないのだ。

 ピカチュウはボールの中に戻し、ラティアスはボールの中があまり好きじゃないので、くたくたのラティアスはおんぶをしてやる。

 

「じゃあ俺は買い物に行ってから帰ります」

「ふふ」

 

 と、シロナがおかしそうに笑う。

 

「どうしたんです?」

「ううん。なんか新婚さんみたいだなって」

「ハッ」

「鼻で笑われたッ!?」

 

 ガーンと衝撃を受けているシロナにレッドは哀れみの視線を向けた。

 

「見た目は良くても、女子力の低い人はちょっと」

 

 すると、崩れ落ちてしくしくと泣き真似をするシロナは妙な威圧感を放ちながらゆらりと立ち上がる。

 

「レッドくんはセンテンス スプリングとやらの情報を鵜呑みにしているみたいね。……いいわ、そこまで言うなら私の本気を見せてあげましょう。レッドくんが買い物に行っている間にお風呂洗いと洗濯をしておいてあげるわ」

「…………ちなみにどうやって?」

 

 シロナがあまりにもやる気を出して意気込むものだから、レッドは最後の慈悲として問題を出した。十二歳から成人として認識されるこの世界、十四歳の少女が回答できないのは、ちょっとどころかかなり恥ずかしい。

 問題を出しておきながら、さすがにこれは失礼かな、とレッドは少し反省す――

 

「石鹸でゴシゴシすればいいんでしょう? 洗濯は洗濯機に適当に放り込んで、適当にボタン押して、うん、これも石鹸を丸々一個入れたら万事解決よね」

 

 あーっはっはっは!

 

「大人しくしていろぉぉおおおおおおーーーーッ!!」

「どうしてよぉおおおおおおおおおおーーーーッ!!」

 

 この人、絶対結婚とかできないわ。

 あまりの残念美人っぷりにレッドは深々とため息をついた。

 

 

   ◇◆◇

 

 

 レッドの中のシロナはすっかり残念美人として定着していた。

 トレーナーとしてはとても尊敬しているが、足を引っ張る要素が多い。どうしてこう振れ幅が大きいのか。家事のできない女性にときめく男心がわからない。

 シロナを先に帰宅させ、ラティアスをおんぶするレッドの行く先はオーキド研究所である。

 もちろん買い物にも行くつもりだが、その前にオーキド研究所に寄り道することにした。

 少し気になることがあったのだ。

 オーキド研究所に辿りついたレッドは扉の横にあるインターホンを押した。

 

 ピピピピピピピピピピピピピンポピピピピピピピンポーン。

 

 ピンポンダッシュとか懐かしいよな、なんて思いながらひたすら連打をしていた。

 研究所の中からドタドタと足音、そして乱暴に扉が開かれた。

 

「なんじゃ、騒々しい! ……またお主か、レッド!」

「あーはっはっは、また俺ですが!」

 

 意気揚々に胸を張ってやると、軽くげんこつを落とされる。

 

「こんな時間になんの用じゃ。グリーンもナナミも家に帰っておるぞ」

「ああ、いや、今日は二人に用事があるわけじゃないんです」

「んん?」

 

 と、首を傾げる博士に。

 

「博士の庭にシロナさんの手持ちだったポケモンがいますよね? そいつに会いたいんです」

「なぜだ?」

「ちょいと気になったんです。どうして五匹しか連れてないのか聞いたとき、シロナさんが妙な感じだったんで」

「ふむ……」

 

 オーキド博士は値踏みするようにレッドを見て、それからレッドの背中でぐったりしつつもその背中に頬ずりをしているラティアスを見遣り、

 

「お主なら大丈夫か」

「当たり前ですね。なんのことかわかりませんが、自分、常識人なんで」

「ハッ」

「おや? なんかデジャヴが」

「案内してやるから、ついてくるんじゃ」

「あざーっす」

 

 オーキド博士の先導で広大な庭を歩く。

 

「ここじゃ」

 

 そこはいくつかある池の一つだった。澄んだ池を見下ろせば、コイキングやニョロモ、マリルにウパーなどが生息している。じーっと観察すると、池の隅にコイキングに似たポケモンがひっそりしている。

 

「もしかして、アレですか」

「うむ。名をヒンバスという」

「……そっかー。そうきたかー。なるほどなー」

 

 ヒンバス。そのあまりにみすぼらしい容姿からトレーナーはもちろん、研究者にすら見向きもされない、コイキングに匹敵する不人気ポケモン。しかしコイキングはレベルを20に上げるとギャラドスという龍を模した凶暴なドラゴンに進化することが発表されているので、ヒンバスに比べるとずっと高待遇のポケモンだ。

 

「このヒンバスはガブリアスと同じくシロナくんが幼い頃から一緒にいた最古参のポケモンらしいがの、彼女を期待する者たちの心ない言葉に傷ついてしまったんじゃ」

 

 なるほど、と納得してやりきれない気持ちになった。

 確かにヒンバスは素早さ以外の能力がかなり低いし、自分で覚える技も“はねる”たいあたり“”じたばた“”の三つと心許ない数だ。わざマシンを利用したりトレーナーが仕込めば多彩なバリエーションを持たすことができるが、やはり種族値の問題からヒンバスを好んで育成するトレーナーはいない。栄光のポケモンリーグの参加資格を獲得したシロナの足手まといと蔑むのは、決して間違いじゃないかもしれない。

 だけど、やっぱりやりきれない。

 だって、シロナはちゃんとヒンバスと一緒にここまで歩んできたんじゃないか。

 

「どうして他の人たちはシロナさんに期待しているんですか?」

「レッドよ、お主はシロナと修行をしてどう思った? ポケモンマスターへの道はおろか、ポケモンリーグへの参加資格を獲得することの難しさも理解できたのではないか?」

「そう、ですね。シロナさんクラスの実力と育成力がないとポケモンリーグに参加することすら難しいというのなら、やっぱり甘い認識だったと思い知りました」

「そうじゃ。ポケモンリーグというのは、それほどにレベルの高い大会だ。トレーナーとポケモンの双方の実力が要求される。だからポケモンリーグへの参加資格を獲得できるトレーナーの平均年齢は二十代半ばなんじゃよ」

 

 そうなのか、とレッドは驚いたがよく考えると当たり前のことだった。

 ポケモンをよりトレーナー戦に特化させて育成するバトル専門のブリーダー能力を、たった十四歳の少女が所持しているのは末恐ろしいものを感じさせる。

 

「十二歳で旅立つ少年少女は誰もががむしゃらにポケモンを戦わせるものじゃ。勝てないのはレベルが低いからと直結させ、レベルを上げながら無垢にポケモンバトルを楽しむのが大体三、四年くらいかのう。それくらいすれば自然と知識もそれなりに身につく。そうなれば、どうして勝てないのか、とレベル以外の問題点に着目する。そして自分なりの育成論や戦術を身につけ、ポケモンを鍛え上げるのに――十年は必要なんじゃよ、普通はな」

「その常識を見事打ち破ったシロナさんに期待が寄せられるのは必然、というわけか……」

「うむ。なんせ十四歳でポケモンリーグへの参加資格を獲得した偉業は、全国のチャンピオンの中で最強と謳われておる、あのワタルくんと同じ最年少記録じゃからのう。そしてワタルくんは初出場で優勝してチャンピオンに至り、以後十年チャンピオンの王座を護り続けている怪物じゃ」

「シロナさんは、そのワタルさんと同じ偉業を成し遂げることをシンオウ地方の全員から期待されているってわけですか」

 

 それは休息のためにシンオウから離れてマサラまでくるはずだ、と苦笑する。地方の期待を一身に背負わされて、さぞかし息苦しかったに違いない。マサラまできたのは、きっとそういう側面も含まれていたのだろう。しかも“はかいこうせん”を自在に操る怪物と同じ地点を強いられるとかどんだけだ。

 

「博士、少しヒンバスと話させてもらっていいですか?」

「話す……? ああ、お主にはラティアスがおったな」

 

 少し得意げに頷く。人語を書けるラティアスが仲介することでポケモンとしっかりした意思疎通を取ることは可能だ。

 

「じゃが、あまり傷つけるようなことは言うなよ」

「当たり前です」

 

 心外な。

 だけど、シロナのポケモンがヒンバスだったことにレッドは感謝した。

 深く、感謝した。

 他のポケモンならダメだった。ヒンバスじゃなきゃダメだった。

 だって、自分ならヒンバスを助けることができるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――その頃のシロナ。

 

「暇ね。テレビも面白いのやってないし……そうだわ! 洗濯とお風呂掃除はダメって言われたけど、他のところは禁止されていないものね。フフフ、レッドくん、貴方にこのシロナの本気というものを見せてあげましょう。ピカピカになった我が家を見て、恐れ戦くといいわ!!」

 

 惨劇が始まる二十分前の話である。 

 

 

 

 






ガブリアス「やめろぉおおおおーーッ!」
ルカリオ「やめろぉぉおおーーッ!」
トゲキッス「やめろぉおおおーーーーッ!」
グレイシア「やめろぉおおおーーッ!」
ミカルゲ「おんみょ~ん」



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ライバルと師匠と貧相なバス ⑦

 

 

「ラティ、通訳頼めるか?」

 

 おんぶしているラティアスを降ろしてレッドはお願いする。

 しかし修行を頑張ったラティアスはまぶたを重たそうにしており、ゴシゴシと眠たげな金の瞳を擦っている。

 

「無理……か?」

 

 ラティアスはふるふるとかぶりを振るい、スケッチブックを開いた。

 

「ありがとうな」

 

 よしよしと頭を撫でる。ラティアスは心地良さそうに目を閉じて――うつらうつらと舟を漕ぐ。

 

「おおーっと、こいつぁ予想外だぜ。あとでたっぷり撫で回してやるから今は堪えろ! 堪えるのだ!」

 

 ギュッと抱きしめて白銀の髪をわしゃわしゃと乱暴にかき回す。ここでラティアスが頑張ってくれないと対話なんてできるわけがない。レッドは前世の記憶を思い出す特殊な身であるが重力に魂を引かれたガチガチのオールドタイプだし、純粋なるイノベイターでもない。ただの人間性がおかしい外道だ。

 ラティアスは眠気を覚ますために池の水を白い小さな手にすくい、バシャバシャと顔を洗った。ポーチからタオルを取り出し、大丈夫と言うようにこちらを振り向くラティアスの水に濡れた顔を優しく拭う。

 

「さんきゅ」

 

 レッドは池の片隅にいるヒンバスに目を向け直して、

 

「おーい、ヒンバスーっ。ちょっとこっちに来て話さぬかい?」

 

 できるだけ明るい声音でヒンバスを呼ぶと、ヒンバスはちらりとこちらを向いたが、すぐにそっぽを向いてしまった。

 ふむ、

 

「ラティ、ちょいと〝サイコキネシス”でヒンバスをこっちに呼んでくれ」

 

 残念ながらレッドに、何度も通い詰めてヒンバスの凍りついた心を解かせるという真っ当な精神は通じない。ラティアスもレッドに従い、〝サイコキネシス”を発動して強制的にヒンバスを引き寄せる。

 驚いてバシャバシャとはねるヒンバスは、しかし抵抗空しく手の届く距離に到着する。

 

「あーっはっはっは! ヒンバスよ、お前は大人しく俺に弱みを晒し、進化するしかないのだー!」

 

 と、嘯くのは即座にやめて、敵意を宿したヒンバスとしっかり目を合わせる。

 

「割と真面目に切り込むけどさ、どうしてシロナさんの元から離れたんだ?」

 

 敵意が薄れ、哀しみに揺れる。

 そしてレッドから顔を背けた。

 もしシロナへの感情をひた隠しにするつもりならば、徐にシロナを盛大にディスり、ヒンバスの反応を窺うつもりだったが、さっきの反応で充分に伝わった。

 

「あの人のこと、本当は好きなんだろ? 理由を話してくれないか? 幸い、この場にはラティアスがいるからちゃんと言葉は伝わるんだ」

 

 ゆらゆらと、瞳は揺れたまま。

 

「シロナさん、凄く落ち込んでたよ。お前に嫌われていたって、泣きそうな顔してた」

 

 昨日の泣きそうな顔が脳裏をよぎる。きっとシロナはこのヒンバスのことが大好きだったのだろう。まるで相手のために身を引いたような痛い笑みが印象的だった。

 

「迷ってるんだろ? 悩んでるんだろ? 話してみろよ。それで気分が晴れることもあるぜ」

 

 できる限りヒンバスを安心させるように優しい笑みを浮かべる。

 ヒンバスの根幹にある想いを知りたい。シロナとヒンバス、双方ともにこんな顔をしながら離別するのはダメだとレッドは思う。たくさん傷ついただろうヒンバスを救う術をレッドは持っている。

 だが、それだけじゃダメだ。

 進化というのは、ただ条件を満たせばいいだけじゃない。

 ポケモン自身の、変わろうとする想いが必要なのだ。

 ヒンバスという蕾が開花するには、まず心の傷と向かい合わなければならない。

 傷ついていることは知っている。だけど、それだけで慰めの言葉を口にするのはあまりにも薄っぺら

 ヒンバスを――彼女を救うには、まずはヒンバス自身の想いを知る必要があった。

 五回も呼吸ができる、長い沈黙があった。たくさんの感情が瞳の奥で波濤のように駆け巡っている。

 やがて、闇に染まりつつある静寂を切り裂いたのは、小さな、あまりにか細い鳴き声と、それを受け取りスケッチブックにペンを走らせる音だった。

 

 

   ◇◆◇

 

 

 切っ掛けは、川に釣り糸を垂らす釣り人だった。

 川の流れに揺らめく食べ物に食いつくと口内に鋭い痛みが走り、その痛みを中心に身体が強引に持ち上げられる。水中から引き上げられ、パチリと目が合った釣り人の姿を認めて、はじめて自分が食いついた食べ物が餌であることに気づく。

 

「うわっ、なんだこの魚!?」

 

 自分を見るなり驚愕を顔に貼りつけた釣り人は、次第に嫌悪感を滲ませる。気持ち悪いものを見るような蔑みの目線に、反抗心が半分とズキッと胸に痛みが走った。

 どうして初めて会った人にそんな目を向けられないといけないのだろう。

 ムッとなり口に含んでいた水を噴き出してやると、顔を真っ赤にして釣り人は滴り落ちる雫を拭うこともせず、自分を陸上に放り投げた。

 

 自分は言うまでもなく水の中で生きるポケモンだ。

 水の中でしか生息できないから水の中にいるのだ。短時間なら問題ないが、数分以上も陸上に放り投げられたままだとさすがに命の危機を感じてしまう。しかし自分を窮地に追いやった釣り人は地面に唾を吐き捨て、その場を去っていく。別にアレから助けられたいとは思わないが、死にたくもない。だから必死にぴょんぴょん跳ねながら、少しずつ少しずつ川に戻ろうと頑張るが、その前に限界を迎えてしまった。

 

 このまま死ぬのだろうか?

 

 漠然とそんなことを思いながら目を閉じようとすると、余所からポケモンの鳴き声が聞こえた。

 

「どうしたの、フカマル?」

 

 その後に続いたのは人間の少女らしき声。ガサガサと最寄の森の草木をかき分ける音が近づいてくる。

 

「アレはポケモン? ……大変!」

 

 少女は放り投げられた自分を抱き上げるとすぐに川の中に戻してくれた。だけど衰弱した身体はそう簡単に元通りにはいかず、ぷかりと水面に浮いてしまう。

 

「え? う、嘘!? ど、どうしたらいいのかしら? あっ、おばあちゃんの研究所に回復装置があったはずだわ!」

 

 名案! と少女は手のひらに拳を置いた。

 

「こんなこともあろうかと“モンスターボール”を拾っていて正解だったわね。……どうしたの、フカマル? ああ、もしかして特別許可証のこと? 確かにまだ申請中で受理はされてないし、バレたら取り消しになっちゃうかもしれないけど……うん。だからって見過ごすことはできないわ」

 

 いけないことをやろうとしているのか、少女は冷や汗を浮かべ、右に左に視線を向けて、

 

「ばれてなーい。ばれてなーい」

 

 暗示するように呟きながら自分を“モンスターボール”の中に入れた。

 その日から自分――ヒンバスは少女――シロナのポケモンとなった。

 

 

 

 

 人間の構築した世界は野生に生きるポケモンたちにはわからないことばかりだ。ヒンバスが科学の産物が跋扈する世界に馴染んだのは半年以上してからのこと。

 シロナの用意した水槽の中で生活をするヒンバスは、シロナとフカマルと一緒にテレビを見ていた。

 暖炉の薪がパチパチと燃える暖かなリビング。シロナはそれに負けないくらいの熱量を瞳に宿してテレビに釘付けとなっていた。それはフカマルも同じだし、たぶん、自分もそうだと思った。

 

 三人が釘付けになっているのはポケモンリーグの中継だ。年末に行われるポケモンとトレーナーの祭典は、世界を熱狂の渦に巻き込んでいる。

 戦うことに特化したポケモン同士が白熱するバトルを繰り広げ、訪れる均衡はトレーナーの指示が切り崩す。一手の読み違いが勝敗に繋がる極限の戦い。

 苛烈にして美しく、艶やかに咲き誇る演武を前に心打たれないものはいない。

 

「いつか、いつか私たちもこの舞台に立ちたいね! フカマル、ヒンバス!」

 

 興奮冷め止まぬシロナは頬を赤くして両の拳をグッと握りしめた。

 呼応するようにフカマルが鳴き声を上げ、楽しくなってヒンバスも鳴き声を上げた。

 いつか、自分たちもこの舞台に立つ。

 そのことを夢見て、想いを馳せるのだ。

 シロナとフカマルとヒンバスと、そして増えていくだろう仲間たちのみんなで頂点に輝く――そんな未来予想図を。

 

 

 

 今にしてヒンバスは思う。

 これが――最初の過ちだったのだ。

 

 

 

 

 

 待ちに待った十二歳を迎えたシロナはトレーナー免許を取得するための試験をあっさりと合格すると、祖母からポケモン図鑑と初心者用のポケモンを授けられるとその日のうちに旅に出た。

 シロナは既に二体もポケモンを所持していたので、ポケモン図鑑だけをもらうつもりだったのだが、フカマルは育成が非常に難しく、進化に導くのはエリートトレーナーであろうと至難を極める超上級者向けのドラゴンタイプということから、祖母が初心者用のポケモン――イーブイを用意したのだ。その際、祖母がチラリと〝モンスターボール”の中からその様子を見ていたヒンバスに同情的な眼差しを向けたその意味を理解したのは、シロナが破竹の快進撃を続け、五つ目のバッジを集めた頃だった。

 

 ……いや、違う。理解したんじゃない。理解せざるを得なかったのだ。

 

 

 

 

 

 頑張った。頑張った。頑張った。頑張った。頑張った。

 口に含んだ水を鉄砲のように吐き出す。石を穿つ、その瞬間まで、黙々と、みんなが寝静まった夜に一生懸命に水を吐き出す。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 シロナはポケモンたちを〝モンスターボール”に収めるのを嫌う傾向にあり、夜、野宿するときは手持ちのポケモンをボールから出して一夜を明かそうとする。

 だから、その自由な時間を利用して、たくさん頑張った。努力をした時間だけなら、誰よりも多いと自負している。

 

 だけど……それなのに…………どうしてみんなと自分はこんなにも違うのだろう。

 

 いつの間にかシロナのパーティは大所帯になっていた。

 育成が難しいと言われたフカマルはガバイトに進化して、イーブイはグレイシアに進化して、途中で仲間になったトゲピーはトゲキッスに進化して、リオルはルカリオに進化した。

 シロナはトレーナーとして天賦の才を持っていたらしく、彼女のポケモンたちは目覚ましい活躍を続けた。彼らはシロナの期待に、常に応え続けてきた。……自分だけを除いて。

 戦って、戦って、戦って――勝てない。負けてばかりだ。最近、まともにパーティに貢献できた試しがなかった。自分がボールから出た瞬間、相手は決まって困惑か嘲笑のどちらかをする。哀しかった。辛かった。

 負けてばかりの自分を、シロナやみんなは笑顔で励ましてくれるけど、それがかえってヒンバスの心を痛くした。

 

 水面に浮かぶヒンバスの目にじわりと涙が浮かんだ。

 最近、みんなの前で笑顔が強張るようになった。明確に、自分だけが置いてかれている拭いようのない残酷な現実が突きつけられる。

  

 自分は、ここにいて、いいのだろうか。

 

 

 

 

 

 七つ目のバッジを入手したとき、一年と少しの時間が流れていた。

 破竹の快進撃は影を潜めてしまったけど、一年弱で七つのバッジを集めたのは充分な快挙であり、シンオウ地方の新人トレーナーといえば真っ先にシロナの名が挙げられるほどになっていた。

 当然、メディアはシロナに注目して、その動向を追おうとする。もちろんシロナのポケモンたちも。そして期待の新人が快挙を成し遂げるよう、各方面から彼女にたくさんのアドバイスが飛んだ。

 だけど、自分に飛んできたのはアドバイスという名を借りた言葉のナイフだった。

 シロナを象徴するポケモンは二匹いる。

 一匹は、とうとう最終進化を遂げたガブリアス。

 そして自分だ。

 もちろん、前者は良い意味で。後者は悪い意味で。

 誰もが口々に言う。

 

「どうしてこんなポケモンを入れているんだ?」

 

 蔑みの目を自分に向けて、それに近い言葉を百以上は受けてきた。

 そのたびに毅然と反論するシロナと仲間たちの言葉が嬉しい反面、辛かった。

 だって、彼らの言うことは正論だったんだ。

 自分なりにたくさん努力を積み重ねたけど、努力はもはや、何の報いももたらさなかった。

 突き刺さる言葉のナイフに、自分は何一つとして反論できないのだ。

 泣いた。陰で、ボールの中で、たくさん泣いた。それを原動力に頑張ったこともあったけど、それでもダメだった。

 ガブリアスたちに嫉妬や羨望の眼差しを何千回向けたかわからない。

 だけど、彼らは仲間だし、とても良いものたちなんだ。

 ソレはソレ。コレはコレ。

 そう割り切った。割り切っていたはずなのに、いつの間にか信頼が憎悪に変わりつつある自分に気づいて、また泣いた。

 自分は外面だけじゃなくて、内面まで醜いのか、と絶望した。

 

 笑顔を、取り繕う……。

 

 

 

 

 遂にバッジを八つ集め、ポケモンリーグへの参加資格を獲得したシロナはカントー地方のチャンピオン――ワタルと同じ最年少記録を叩き出した。

 その快挙に誰もが自分のことのように喜んだ。新しいチャンピオン誕生の予感に胸を高鳴らせた。

 シンオウ地方全体が彼女を応援しようと一丸になった。

 たくさんの援助に感謝の意を込めて「必ずチャンピオンになってみせます」と宣言するシロナだが、自分のことになると笑顔が曇る。

 皆がシロナのポケモンリーグに自分という存在は邪魔だと、はっきりと断言するようになったのだ。誰もが説得しようとする。こんな醜く弱いポケモンをパーティに入れるのは間違っている、と。

 すると決まってシロナは「この子をパーティから外すつもりはありません。みんなで夢を叶えます」と言い放つ。

 わかっている。シロナはあのときに誓った夢を実現するために頑張っているんだとわかっているのに、もしかして本当は、苦しんでいる自分を見て密かに嗤っているんじゃないだろうかと疑ってしまう。

 夜――シロナが修行場所に定めた場所で、一人ヒンバスは努力を続けていた。そこには開花を期待する目はなく、ただの惰性で続けていることがわかる哀しみに満ちた瞳だった。みんなと一緒にいるより、一人でいる方が楽だった。

 そんなときだ。

 

「おや? 夜分遅くまで修行に励むとは真面目だね」

 

 夜の静寂を裂いて聞こえた声音に、目を向ける。

 そこにいたのはオレンジの帽子を逆に被り、肩に大きなカメラを背負っている壮年の男だった。

 その男を見た途端、ヒンバスは呼吸を失い、思考が停止した。

 その男は何度も見たことのある男だった。

 破竹の快進撃を続ける頃よりシロナに注目し、執拗以上に追いかけていたこのマスコミは、そのしつこさとヒンバスに対する暴言によりシロナから嫌悪されているのだが、ここにいるという情報を聞きつけ、わざわざこんな夜遅くに訪れたというのだ。

 ヒンバスは怖くなった。

 逃げたい衝動に駆られるが、まるで身体が動いてくれない。

 男は言う。

 

「けどさ、何度も言ったよね? キミがどんなに頑張っても、その努力が報われることなんて有り得ないし、誰も求めていないんだ。キミのような醜いポケモンが一緒にいるとシロナちゃんの映り栄えが非常に悪くなってしまう。キミは未来のシンオウチャンピオンの顔に泥を塗るつもりなのかい?」

 

 淡々と、打ち震えるヒンバスを見下ろして、続ける。

 

「キミのようなクズはシロナちゃんに相応しくないし、栄えあるポケモンリーグにも相応しくない。一緒にいること自体がおかしいんだ。だって、そうだろう? 彼女はこれからポケモンリーグに挑むんだ。最強のトレーナーを決定する大会に挑むんだ。なのに、彼女は貴重な枠にキミのようなクズをパーティに加えて挑戦するつもりなんだ。おかしいよね? キミも聞いただろう? シロナちゃんを説得する声を。キミなんかをパーティに入れるのは間違っているって声を。あれはシンオウの総意なんだよ? 今更キミがどう足掻いたところで、誰も認めやしない。キミは既に死んだ苗も同然なんだ。今更水や肥料をやったところで仕方ないんだ。わかるかい? ――消えろ。お前はあの子の邪魔でしかない」

 

 容赦ない苛烈な責めは、だけど、正論なんだとヒンバスは焼けつくような心の痛みに苛まれながらも思ってしまった。

 最初はあった反骨精神はすっかりへし折れてしまっていて。

 目の前の世界と、ポケモンリーグを目指すと誓ったあの頃の世界が崩壊して、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

 誰だろう。努力をすれば報われるとは限らない。だが、成功したものは皆、当然に努力していると言ったのは。

 なるほど。確かにその通りなんだろう。なら報われなかった努力はどうなる? 無駄骨だ。無価値なんだ。報われない努力に意味を見い出すなんて余計惨めになるだけだ。それなのに、無神経にそんなことを言うのだろうか? 

 努力なんて言葉は、自分にも他人にも口にしていい単語じゃないのだ。

 大事なのは努力なんかじゃない。

 分相応の自分に早く気づくことだ。

 そして自分は…………言うまでもなかった。

 認めたくない現実を直視して悟った瞬間、ヒンバスの心の均衡が崩れる音がした。

 

 自分には、価値がない。

 

 気配に目を覚ましたシロナとポケモンたちが男の存在に気づき、怒り心頭に近づいてくる。

 だけど、ヒンバスはすべてを諦観した冷たい目を向けた。

 男の言う通り。自分は邪魔でしかない。

 だったら自分から嫌われて彼女のパーティから離れてしまおう。

 

 それが自分にできるたった一つの恩返しなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。 

 

 

 

 








 前回の更新から一週間か。早い。早すぎる。テニヌの夢小説を読みのに地味にハマッてしまったのが原因である(ただしBLは論外)。
 オレンジ帽子の発言はさすがにアレだけど、外野がヒンバスを手持ちを入れてポケモンリーグに挑戦するシロナを説得するのは無理もないわけです。
 
 次回の更新で今回のお話を終わらせるので、またまた一週間くらい間隔が空くかもしれません。そしてこのお話が終わったら、言わば前日譚な今のお話は少し停止して、冒険のはじまる四年後の本編的なものを更新する予定です。うん、こういう幼少期のお話は本編の物語が進んでから番外編でやるべきだよね。

 おんみょ~ん。


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ライバルと師匠と貧相なバス ⑧

 

 

 よしよしとラティアスの頭を撫でてやる。

 スケッチブックに記された文章は荒く、ぷっくりと頬を膨らませていた。聞くに堪えない内容を最後まできちんと書き切ってくれたラティアスにご苦労様と声をかける。

 

「お前も……大変だったな」

 

 ボロボロと涙を流し、嗚咽を交えながら心情を吐露したヒンバスに、レッドはそう言った。

 それ以外の言葉はなかった。だって、そうだろう? なんと言えばいいのだ。百の言葉も所詮は気休めに過ぎない。目の前で泣いているヒンバスは、ただ苦しくて泣いているわけじゃない。誰よりも頑張ったから絶望して泣いているのだ。

 だから慰めの言葉は言わない。レッドはあくまで外野なのだ。外野からの声を嫌うレッドが、蚊帳の外から知ったかぶった声をピーピー上げるわけがない。

 だけど、手を差し伸べることはできる。

 

「なあ、お前はこれでいいのか?」

 

 と、問う。

 もちろん良いわけがない。ポケモンリーグ優勝を目指すシロナを想えば、この選択しかヒンバスにはないのだ。ヒンバスは自分の想いより、シロナを優先したのだ。

 ヒンバスの心情を綴ったスケッチブックをシロナに託せば、きっと彼女は泣きながらヒンバスを抱きしめて、ずっと一緒にいようとするだろう。あらゆる他者の言葉を跳ね除け、ともにポケモンリーグに挑戦しようとするだろう。

 だけど、ヒンバスはそれを望まない。シロナの足手まといになるから、一緒にはいられない。

 お互い想い合っているのに、すれ違ってしまっている。

 解決するにはヒンバス自身が強くなるしかない。だが、もうヒンバスはたくさん頑張った。頑張って、無理だった。

 だから、諦めるしかない――そう言いたげに、どうしようもないと目を伏せるヒンバスに、告げる。

 

「少し前に言ったよな。まあ、バカみたいに笑っていたからわからなかったかもしれないけど」

 

 苦笑して、改めて、

 

「だからもう一回言うよ。俺はお前を進化させるつもりだ」

「――――、」

 

 え? と目を見開いた。

 ヒンバスにとってその単語は無縁なものと思い込んでいたのだろう。

 

「ヒンバス、お前には進化の可能性がある。きっと、いや、間違いなく――誰もが度肝を抜かれて腰を抜かしてもおかしくないポケモンに、進化できるんだよ」

 

 ヒンバスは――鳴いた。

 ただし、それは歓喜によるものじゃない。

 戯言を吐く者に向ける嫌悪のものだ。

 

「そうだよな。信じられないよな。もう、なにかを期待するのは怖いよな。……でも、もう一度だけ信じてみないか? 俺はお前の力になりたいんだ」

 

 レッドを睥睨する瞳が困惑に変わり、苦笑する。

 

「別におかしな話じゃないよ。一生懸命頑張っているヤツがいたら、応援したり手を貸してやりたいと思うのは普通だろ?」

『ますたーのふつうは、みんなとちがうよ?』

「貴様、最近ひたすら俺をディスるじゃないか。ん? んんー?」

 

 むに、むに、ぐにーっ。

 

「ヒンバス、お前は一人で頑張りすぎなんだよ。たまには誰かの手を借りてみようぜ? 俺なんて出会う人、ほとんどから手を借りてばかりだし」

 

 おどけて笑う。

 ラティアスについてはナナミとオーキド博士から、バトルについてはシロナから。

 もちろん最初こそ一人でなんとかしようと頑張るが、不可能と判断したらレッドは臆面もなく人の手にすがる。無力を自覚しながら一人で足掻くのはナンセンスだ。そもそも半人前が矜持や自信を持つなんて百年早いとレッドは思っている。

 

「借りたモンは一人前になった後、倍にして返せばいい。カッコつけて一人で背負い込んで苦しみ続けるのは、もうやめちまえ」

 

 ヒンバスとしっかり目を合わせる。

 

「大丈夫だ。俺が必ずお前を進化させる。あの人の隣に立つに相応しい存在にしてみせる。だから、俺を信じろ」

 

 つー、と一筋の涙がこぼれた。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「――というわけで、ヒンバス。お前にはこれから毎日こいつを食べてもらう」

 

 レッドはシャカシャカとポロックケースを振るう。ケースには青色のポロックだけが詰められており、ヒンバスは困惑した。

 目の前にいる男は自分に進化の可能性があるといったが、どうしてそれがポロックを食べることに繋がるのだろう。

 

「ん? もしかしてこのポロックを食べることと進化と一体なんの繋がりがあるのか、なーんて思ってる?」

 

 レッドは目聡くそれを悟り、少し驚いた。

 飄々としている人だけど、どうやら他人の感情や雰囲気を把握することに長けているらしい。ちゃんと自分のことを見てくれているという事実に、ヒンバスは少し嬉しくなった。

 

「お前の進化はかなり特別な条件なんだよ。それこそ、誰が思いつくんだよこんなのって思うくらいにな」

 

 本当に誰が考えたのやら、とレッドは苦笑する。

 

「この青いポロックは“うつくしさ”のコンディションを上げるポロックでな、ポケモンコンテストに参加するポケモンブリーダーにはお馴染みの食べ物なんだよ。ヒンバス、お前が進化するためには“うつくしさ”を最大まで上げる必要があるんだ」

 

 ――ポケモンコンテスト。

 それはヒンバスには遠く縁のないものだった。シロナはポケモンコンテストに興味を示さないので無理もないが、そもそも自他ともに認める醜い自分がどうしてポケモンコンテストに出場なんてできようか。

 進化をするのに必要なのが、“うつくしさ”? 醜い自分に求められている正反対のソレにヒンバスは、なんて皮肉なんだろうと目を伏せた。

 

「マジでナナミさんに感謝だな。お前も感謝しとけよ? あの人がポケモンブリーダーじゃなかったら即日ポロックが手に入ることもなかったんだ」

 

 俺を信じろ――そう言ったレッドは早速他人の手を借りに行った。ナナミに事情を話し、彼女が所有するポロックを分けてもらうことに成功した。そしてブリーダーであるナナミも協力してくれることになった。

 

「俺、ポケモンマスターになったら最初にナナミ教を興すわ」

 

 なんて傍迷惑な恩返しだろうか。

 こくこくとラティアスも同意している。止めないんだ。そうなんだ。

 というか、この人もポケモンマスターを目指しているんだ。シロナといいレッドといい、どうして自分に手を差し伸べてくれる人たちはポケモンマスターを夢見るのか。少しだけ落ち込みそうになったけど、進化の可能性を信じて、気持ちを切り替えようとする。

 自分もその歯車の一つになりたい。

 大好きな仲間と大好きなシロナと一緒に戦いたい。

 同じ道を歩きたい。

 レッドの差し出したポロックをパクパクと食べていく。

 

「コンディションについてはナナミさんの方が詳しいから、ナナミさんの言うことをしっかり聞くんだぞ。俺はシロナさんを足止めすることに専念する」

 

 空になったポロックを仕舞い、レッドは立ち上がる。

 

「んじゃ、また明日な」

 

 当たり前のように言ってくれるその言葉がヒンバスの心に温かくとけ込んだ。まるで泉に一石を投じるように、温かな想いが波紋のように広がっていく。

 ちゃんと自分を見てくれている。それがとても嬉しかった。

 踵を返し、去り行くレッドの背を見送り、ヒンバスは大きな声で鳴いた。

 レッドの隣を歩くラティアスがヒンバスの声を受け取り、スケッチブックにペンを走らせる。

 

 ――ありがとう。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

「――なんて言ったは良いものの、どうやってシロナさんを説得しようかね」

 

 眠りこけたラティアスをおんぶして帰途についたレッドは頭を悩ませていた。 シロナには大事なポケモンリーグが控えている。貴重な修行期間を無駄に過ごすわけにはいかない。マサラタウンには広大な草原があり、修行場所にはちょうどいいかもしれないが、彼女は既に別の場所を拠点に定めている。どっちが効率的に修行できるのかは、聞くまでもないだろう。

 ヒンバスのことを話せば留まってくれるだろうが、これはサプライズとして取っておきたい。

 ヒンバスの“うつくしさ”のコンディションがMAXになるまでの間、一体どうやって時間を稼ぐか。

 

「……弱みを握るか?」

 

 恩を返すことを誓いながら、この男、本当に外道である。ポケモンに見せる優しさがどこにも見受けられない。どうして素直にお願いをするという行動ができないのだろうか。

 

「なにかシロナさんの痛いとこをつけるえらいハプニングでも起こってくれたらいいんだけど――――――とは言ったけどさあ」

 

 レッドはわなわなと震えながら、眼前に広がる変わり果てた光景に絶叫した。

 

「なんじゃこりゃああああああーーッ!!?」

 

 やっとたどり着いた我が家は、凄惨の一言に尽きた。

 まるで地震でも起きてしまったのかと疑ってしまうくらいリビングは散らかり放題、家具は横倒しになっていた。足場を確保することすら難しいし、フローリングは濡れている。もちろん地震なんて起きてないし、空き巣だってもう少しお淑やかだ。

 愕然と佇むレッドは、視界の片隅に幽霊を見た。思わず二度見をしてしまい、その幽霊がシロナであることに気づいた。それほどに彼女は憔悴し切っていた。

 

「シロナさん」

 

 これは一体どういうことか。レッドは一度ラティアスを寝室に寝かせてから、呆然と抜け殻の如く佇んでいるシロナに話しかけた。

 

「レッド、くん……」

「はーい」

 

 虚ろな瞳がこっちを見て、少し怖かった。

 

「レッドくん。……っぐ、ぅぅ、うわあああああん。ごめんなさぁぁああい~っ!」

 

 あ、うん。やはり貴様が犯人か。

 声を上げて飛びついてきたシロナに、レッドは冷めた目を向けた。

 

「どうして大人しく待つということができなかったんですかね」

「だって、だって、レッドくんが料理なんてできないってバカにするから、せめて掃除くらいはして、見返してやろうと思って……!」

「すげー、これ掃除した後なんだ。ポケモンと遊びまわったんじゃなくて掃除した後だったんだ。匠もびっくりの劇的ビフォーアフターだよ。あ、経緯の説明はいいよ。イメージできないから」

 

 家事のできない女のあまりにベタな展開にレッドは乾いた笑みを浮かべた。

 料理でダークマターを生み出す展開もそうだが、一体なにをどうすればこんな辛い現実となるのだろうか。知ったら自分も感染してしまいそうなので、聞くのは遠慮させてもらった。

 

「あー、もういいから離れてください。軽く掃除をして夕飯を作るので」

 

 抱き着いているシロナを引き剥がし、やれやれと溜め息をついて掃除に取り掛かる。

 

「あ、あの、なにか手伝い」

「自室でステイ」

「……はい」

 

 しょぼんと項垂れてリビングを出ていくシロナを見送り、レッドは散らかり放題のリビングを見渡す。もう一度、深い溜め息をついた。

 

「ま、引き留める理由をゲットしたし、よしとするか」

 

 汚い、さすが外道汚い。このリビングに負けず劣らずに汚い。

 

 

 

 

 

 

 

 リビングを空き巣もびっくりの如く散らかした罪悪感はもちろんのこと、しかし、一番の理由はやはりヒンバスのことが気がかりなのだろう。レッドがもう少しここに留まりませんか? とお願いしたとき、シロナは迷う素振りを貼り付けながら内心に安堵を隠していた。チラリとオーキド研究所を一瞥したのが、その証拠である。

 

「思った以上に問題だよなぁ」

 

 その日もシロナより少し離れた場所で、ラティアスとピカチュウの訓練をしているレッドは二匹の休憩時間中に、ぼんやりと呟いた。

 木を背に預け、片膝を立てて座っているレッドの膝に頭を乗せて休んでいるラティアスがちょこんと首を傾げた。

 

「シロナさんだよ。……いや、シロナさんたちと言うべきかな」

 

 レッドの見つめる先にはシロナとシロナのポケモンたちの姿がある。彼女たちはレッドたちと比べものにならない過密な特訓を誰一人として弱音を上げず取り組んでいる。取り組んでいるのだが……。

 

「最初はさすがに見抜けなかったけど、今ならわかる。シロナさんも含めて、真面目に取り組んではいるけど、どこか心ここに有らずって感じだ」

 

 たまにオーキド研究所に目を向けたり、ぼんやりと虚空を眺めたり、特訓に打ち込む姿も、その雑念を振り払うようで少しだけ痛々しい。

 

「少ししたら沈静化するかなと思ったけど、悪い意味で予想が裏切られたなぁ。日を増すごとに悪化してるわ」

 

 レッドが呟くと、なにを思ったのかピカチュウはタタタタとルカリオに近づき、スパーリングを開始した。するとどうだろう。圧倒的なレベル差があるはずなのに、そんなの関係ねえと言わんばかりにピカチュウが圧倒していた。

 

「あいつ、マジなんなん」

 

 レッドやラティアスだけじゃなく、誰もがあのハイスペックな超絶チートのピカチュウにドン引きしていた。元々おかしいほどに強かったピカチュウだが、この短時間の訓練でますますぶっ飛び具合に磨きが掛かり、〝かわらわり”を維持してルカリオにプレッシャーをかけながら一気呵成に攻め立てている。

 シロナのポケモン図鑑でピカチュウのレベルを確認したとき、ピカチュウはLv.26であり、ルカリオはLv.63だったはずだが、あの理不尽なバトル模様はなんだろう。レベルという概念にあそこまで喧嘩を売っているポケモンはあのピカチュウくらいしかいまい。

 やがてピカチュウは攻撃を止めて、二、三ほどルカリオに声をかけるとこちらに戻ってくる。

 

「お前、どうしたんだ。いきなり?」

 

 尋ねる。

 少し呆れたようなニュアンスから、

 

「もしかして俺が言ってたことが本当か試してきたのか?」

 

 コクリとピカチュウは頷く。そうじゃないとあっさり迎撃されていたと目が述べていた。ルカリオの動きがさっきより良くなったのは、おそらくピカチュウが発破をかけたせいだろう。

 だけど、根本を解決しないと一過性で終わるだろう。そんな調子じゃポケモンリーグを勝ち抜くことも不可能だ。

 

「ヒンバスの成果を期待するしかないか」

 

 レッドは改めて、シロナたちの想いを無視して自分勝手な期待と物言いを押しつけた連中を恨んだ。確かにヒンバスは戦力として貢献できていなかったのかもしれないが、ヒンバスは、彼女は、シロナたちの心を支えていたのだ。愛されていたのだ。

 仲間に想われ、仲間を想うヒンバスは、外野の思惑により引き剥がされてよい存在ではないのだ。

 

「もし、これでシロナさんが本調子を発揮できずに敗戦したら……」

 

 きっと彼らは期待を裏切ったと落胆するのだろう。上っ面しか知らないくせに知ったかぶりをして勝手に期待して、そして期待と違う結果になれば、裏切ったと心ない言葉を浴びせて勝手に失望していく。

 自分たちにこそ原因があることにすら気づかず。

 なんて胸糞悪い話だ。

 

「面倒くさいよな。好き嫌いっつーのは、他人と共有するモンじゃなくて自分だけのパーソナリティーなんだ。それなのに、ああいう連中は自分の理解できないモノを必死に否定しようとする」

 

 そういうのは自分の中だけで完結させたらいいのに。

 ただのおふざけならば良い。だけど連中は本気で親切心と思い込んでいるから性質が悪い。よろしくない雰囲気がこちらにまで伝染してくるようで、レッドは胸中のむしゃくしゃをラティアスを愛でることによって緩和する。

 

「よーしよしよーし」

 

 ラティアスもシロナたちの鬱屈とした雰囲気に気が滅入っていたのか、いつもより三割増しで甘えてくる。

 ぐいと身を寄せてすりすりと頬ずりをしてくるラティアスをギュッと抱いて頭を撫でていると、ピカチュウの呆れた視線が突き刺さり、ついついレッドは、

 

「来るか?」

 

 威嚇された。

 

 

   ◇◆◇

 

 

 最悪だ。最低だ。なんて様だ。

 日を増すごとに動きが悪化していく現状に、シロナは苛立たしげに頭をかいた。なにをしても物事が上手く運ぶイメージが沸かず、むしゃくしゃしてしまう。ポケモンたちもシロナの感情を過敏に感じ取ってしまったのだろう。こんな雰囲気になるのは初めてだった。

 

「やめましょう。こんな状態で特訓を続けても無意味だわ」

 

 無意味どころか、変なクセがついて逆効果になりかねない。シロナはパンと柏手を打ってポケモンたちにそう言った。

 申し訳なさそうに自分を見てくるポケモンたちの痛ましい姿にシロナは苦笑する。

 

「ごめんなさい。貴方たちが悪いわけじゃないの。変な雰囲気にして、ごめんなさいね」

 

 シロナはポケモンたちを〝モンスターボール”に戻して、近くの岩場に腰を降ろした。肺の空気をすべて吐き出さんばかりの溜め息をついて、悄然と項垂れた。

 

(どうしよう。なにをやっても上手く行く気がしない)

 

 まるで、行けども行けども濃厚に絡みついてくる深い霧の中にいるようだ。気持ちを切り替えようとしても、あの子の姿が脳裏を過ってしまう。

 

(このままじゃポケモンリーグの予選すら勝ち抜けないかも)

 

 いや、勝ち抜けないだろう、とシロナは思う。奇跡が起きても一回戦勝てるかどうか。

 雑念が途切れない。思考が鈍い。心が淀んでいる。

 

 いっそ棄権してしまおうか。

 

 ずっと夢見た憧れのステージも、今はすっかり色褪せていた。自分の大事なポケモンすら護れなかった自分にはポケモンリーグに参加する資格すらないのでは、と思考が悪い方向にどんどん傾倒していく。

 じわりと目尻に涙が浮かぶ。泣いてしまいたい。振り切れた感情のまま泣き叫んでしまいたい。そうすれば少しはすっきりするだろうか。心に溜め込んだ鬱憤はいい加減許容量を超えてしまいそうだ。

 気鬱するシロナの耳に、「よーしよしよし」とレッドの声が届いた。ちらりと目を向けると、ラティアスがレッドに甘えていた。その傍にはピカチュウもいる。

 とても良い雰囲気だ。レッドとラティアスは見せびらかすバカップルの如く甘々な雰囲気を振り撒いており、ピカチュウはやれやれと呆れ気味だが、どこか微笑ましいものを見るような目をしている。

 過去の思い出が重なり合い、シロナは堪らず目を逸らした。

 嫌な女だ、とシロナは自分が嫌いになった。あの光景を見ると元気づけられるどころか、自分は今こんな思いをしているのに、とレッドたちに苛立ちを覚えてしまう。

 ヒステリックに喚いてしまいそうな衝動を、下唇を噛みしめて必死に抑え込む。

 

「んー、よし。今日はもう終わりにしようか」

 

 レッドがラティアスとピカチュウに言った。

 切り上げる時間がだいぶ早いのは、きっと自分のせいだろう。

 レッドはよく空気の読めない発言をするが、数日間寝食をともにしていると、彼はしっかりと空気を読んだ上で、進んで空気を読まない発言をしているのだとわかる。空気を読めない――ではなく空気を読まないのだ。

 しかし相手がこういう黒い感情を抱えているときは空気を読んでこちらを気遣う一面も見せる。

 この少年は確かに善人とはほど遠いが、他人の心の闇を弄繰り回して愉しむ猟奇的な人間ではない。

 

「んじゃ、お疲れ様でーす」

 

 ピカチュウはボールの中に、ラティアスは人化していつも通りレッドにおんぶをしてもらい、シロナの前を通過する。

 遠くなる足音が、不意に止まった。

 

「あ、そうだ。シロナさん」

「……なに?」

 

 飄々とした声音が、少し勘に障った。

 

「もう少しだけ、持ちこたえてください」

「どういうこと?」

 

 気鬱な頭を持ち上げて問いかけるが、既にレッドは背を向けて再び歩き始めていた。

 持ちこたえてください、ですって?

 シロナは笑った。

 

「…………もう、限界よ」

 

 マサラのはずれに、少女のすすり泣く声が溶け込んだ。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「もっと力を抜きましょう。自分を美しく見せるのに、余計な力は要らないわ。水の流れに身体を預けて無心で泳ぐの」

 

 オーキド研究所の庭に足を踏み入れると、レッドが頼んだ通り、ナナミがヒンバスの面倒を見ていた。

 

「ちわーす」

「あら、レッドくん。こんにちわ。ラティも」

 

 レッドが声をかけるとナナミはこちらを振り向き、ラティアスの頭を撫でる。すやすやと心地よい夢の中にいるらしいラティアスはますます気持ち良さそうだ。

 

「どんな感じですか?」

「とても良いわよ。ヒンバス自身がとてもやる気になって真面目に取り組んでいるから予想以上に伸びは良いわね。ポロックもちゃんと食べてくれるし、この調子だとあと二日くらいで〝うつくしさ”のコンディションはMAXになるはずよ」

 

 早いな、と思ったがナナミはとても優秀なポケモンコーディネイターだった。彼女からすればコンディションをMAXにすることくらい朝飯前なのだろう。とことんレッドの周りには優秀な人材が多い。

 

「シロナちゃんは大丈夫かしら……」

 

 一転、沈痛な面持ちになりナナミは、すっかり意気投合していた友に思いを馳せた。

 

「やっぱり気づきます?」

「ええ。朝に会ったんだけど、以前に比べると全然元気がなかったわ。大丈夫って聞いても問題ないの一点張り。気丈に振舞う姿が、却って痛ましくて……」

「あの人もそこのヒンバスと一緒で、一人で抱え込むタイプだもんなー。まったく、似たもの同士の主従さんはやたら意地っ張りで厄介だ」

 

 数十分前、去り行くレッドの耳朶に触れた、少女のすすり泣く声が脳裏を過ぎる。

 二人とも大事なもののために偽りの仮面を被り、裏で泣くタイプだ。

 

「そういうレッドくんは、世渡り上手よね」

「楽しいことに全身全霊を尽くすのがモットーですけど、何気に効率厨が入ってますからねー。なにかするときにモタモタするのが好きじゃないんですよ」

 

 無駄な時間や無意味な時間を過ごすのは嫌いじゃない。ただし、ソレはボーっとしたり、くだらないバカ話をしたりするのが好きという話であり、行動を起こしたとき、完了に至るまでの過程でモタつくのは嫌いだ。

 怠けるときは怠ける。

 動くときは動く。

 しっかりメリハリをつけた生活リズムが好きなのだ。

 だからレッドは臆面もなく人の手を借りることができる。

 自分だけじゃどうしようもないのなら、他人の手を率先して借りるのは当たり前のことだ。しどろもどろして不幸を気取り、他人から手を差し伸べてくれるのを待つのは、悲劇に陶酔したヒロインだけで充分だ。

 自分でなんとかできると差し伸べた手を払い、現実逃避をする輩は死ねばいい。

 

「困っているのなら、苦しいのなら、恥も外聞も投げ捨てて助けを乞えってんだ」

 

 やれやれ、とM属性のある連中に肩を竦めると、ナナミがくすくすと笑う。

 

「……?」

「ううん。レッドくんは優しいんだなあって」

「えー」

 

 出し抜けにそんなことを言われて、レッドはかなり戸惑った。自分から「ほら、俺って優しい人だから。博愛主義者だから。神みたいな存在だし」と嘯くのは良いが、他人から人格面を褒められると違和感ばかりで寒気すら感じてしまう。もしラティアスが起きていたら、まだスケッチブックに余計なことを書いていたに違いない。

 

「だって、もしシロナちゃんの抱えているものが決壊したら、レッドくんが受け皿になるということでしょう?」

 

 ぐぬぅ、喋りすぎた。

 

「まあ、確かにそれに近い発言をしましたけど、所詮アレですから。善意の押し売りですから。自分、ご利用は計画的に行う人ですから」

「うふふ。そういうことにしておきましょうか」

 

 ちくせう。

 なにはともあれ、もう少しの辛抱だ。

 

 

 

 

 そして、あっという間に二日が経過した。

 その間も空気は良くなかったが、今日という日のためにとことん耐え凌いだレッドは、錘から解放された気分でるんるんとオーキド研究所に向かっていた。

 

「ちわーす」

「おはよう、レッドくん」

「まーす。で、ヒンバスの方は?」

 

 レッドは早速本題に切り込んだ。

 

「安心して。〝うつくしさ”のコンディションは仕上がっているはずよ」

「おお」

 

 と、レッドは喜びを露わにした。

 

「ほら、あそこ」

 

 ヒンバスは研究所の池から、研究所内にある水槽に移し替えられていた。持ち運びができるくらいの小さな水槽だ。

 

「確かに心なしかきれいになったよーな……」

 

 レッドは水槽に歩み寄り、ジーとヒンバスを眺める。うん、そんなこと言ったけど、よくわからん。

 小首を傾げるレッドを見遣り、ナナミはクスクスと笑い、

 

「ポケモンコンテストに関心のない人にはわからないかもしれないわね。でもコーディネイターたちが見たら一目瞭然なのよ」

「ふーん、そんなもんですかね」

 

 ビフォーの写真を撮っておけばよかったかな。

 

「よくわからんですけど、“うつくしさ”がMAXになったってことでいいんですよね?」

「ええ。コーディネイターのプライドにかけて」

「ありがとうございます、ナナミさん。んじゃ、早速シロナさんに渡してきます」

 

 そう言って、ヒンバスと視線を合わせる。

 

「お前も、いけるよな?」

 

 しかし、ヒンバスは本当に進化できるのか不安があるらしく、少しの躊躇いを見せていた。隣にいるラティアスがヒンバスに話しかけ、そしてもう一度こちらを見る瞳は、しっかりと意思を宿していて。

 

「“ふしぎなアメ”もオッケー。これで準備は万端だ」

 

 よっこらせ、と水槽を持ち上げて、ラティアスの背中に乗る。

 

「待って、レッドくん。私も一緒に行っていいかしら」

「ん? 別にいいですよ」

「ありがと。私もヒンバスが一体どんなポケモンに進化するのか気になるの」

 

 レッドは悪戯小僧のような不敵な笑みを浮かべる。

 

「間違いなく度肝を抜かれると思いますよ。それこそ、ポケモンコーディネイターなら、誰もが欲しがるくらいに」

「うふふ、尚更コーディネイターとしては捨て置けないわね」

 

 そうしてレッド、ナナミ、ラティアス、ヒンバスの四人はシロナのいる場所に歩を進める。

 シロナはやはりというべきか、彼女がいつも特訓に使っているマサラタウンのはずれにいた。

 しかし以前まで真面目に取り組んでいた特訓は見る影をなくし、シロナは岩場に膝を立てて座り込んでいる。膝に顔を押しつけて丸まっている主の姿にヒンバスは泣きそうになっていた。

 

「ナナミさん、ヒンバスをお願いします」

 

 ちょっと自分が話して来ます、とレッドはヒンバスをナナミに預け、シロナの視界に入らないようにしてから歩み寄った。

 

「シロナさん」

 

 やおら顔を上げるシロナは朝よりも酷い顔になっていた。

 

「……なに?」

「特訓はしないんですか?」

「特訓……。特訓かあ……。うん、もういいかなって」

 

 目を伏せたまま、淡々とシロナは言った。

 

「あんなに頑張っていたのに、どうしてですか?」

「…………」

「話してください。もうアンタの格好悪いところは散々見ているので、今更取り繕う必要はねーです」

「酷いわね……」

 

 と、シロナはか細い笑みを浮かべた。

 

「でも、そうね。話したら少しは気が楽になるかしら」

 

 俯いたまま、続ける。

 

「前にレッドくんには話したわよね。私にはもう一匹手持ちのポケモンがいたけど、嫌われちゃったって」

 

 首肯。

 そのシロナの表情がきっかけだったのだから。

 

「私、そのポケモンとは幼い頃から一緒で、家族みたいに育ってきたのよ。そのせいかな? これからもずっと一緒にいるんだって勝手に思い込んで、あの子の気持ちをまるで考えていなかったの。あの子がどれだけ傷ついていたのかも知らずに、呑気なものよね」

 

 自嘲する。

 

「そんな私だからあの子に嫌われちゃったのも無理はないのよ。どれほど後悔したところで手遅れ。このまま一緒にいたらあの子を今以上に傷つけてしまうのは明白だったわ。だからオーキド博士の研究所に預けることにした。……だけど、ダメだった」

 

 その華奢な身体が小さく震えだした。

 

「他に方法はなかったのか、とかもっと上手くやれなかったのか、とか日を追うごとにそんなことが次から次へと思い浮かぶようになって、とても特訓どころじゃなくなったのよ。私には、あの子が必要なのよ」

 

 でも、嫌われてしまった。ぜんぶ、私のせい。

 そう続けて、シロナは再び膝に顔を押しつけた。

 嗚咽が耳朶を打つ。

 

「シロナさん、別にアンタは嫌われたわけじゃないんですよ」

「え?」

 

 涙に濡れた顔を上げるシロナに、レッドはラティアスのスケッチブックを渡した。

 

「これって……」

「実はあの後、オーキド研究所に行って、シロナさんのポケモン――つまりヒンバスに会いに行ったんです。で、このスケッチブックにはラティアスが翻訳したヒンバスの言葉が綴ってあります」

 

 シロナは驚愕に目を見開いた。スケッチブックを見下ろし、キュッと下唇を噛みしめている。

 

「読んでやってください。アンタにあいつが必要なように、あいつにもアンタが必要なんですよ」

 

 シロナはおそるおそるスケッチブックを開いた。

 ぺらりとページをめくる。

 最初は頬を濡らしたままクスリと笑った。彼女とヒンバスの出会いの頃を記した話だ。きっと想い出を探りながら懐かしい気分になったのだろう。

 ぺらり、ぺらり、ぺらり。

 ページをめくる。

 ヒンバスが吐露した痛ましい心情を、シロナは辛そうに読んでいく。頬を伝う涙がスケッチブックにシミを作った。

 涙はまるで止まる気配を見せない。

 むしろページをめくるごとに勢いを増していき、ときおり泣き声をこぼしながら次へとページをめくっていく。

 そして、最後の一言。

 

『ごめんなさい』

 

 シロナの涙腺は完全に決壊した。

 スケッチブックを抱きしめて、シロナは泣きじゃくった。

 どうして貴女が謝るの、どうして貴女がこんなに傷つかないといけないの、と幼子のように泣き喚いた。

 謝らないといけないのは私の方なのに……ごめんなさい、ごめんなさい、とひたすらに懺悔の言葉を繰り返す。

 レッドも、ナナミも、振り切れた感情のまま泣きじゃくるシロナを黙って見ていた。慰めの言葉よりも、今は涙が枯れ果てるまで泣かせてやりたかった。

 そうしてシロナは心ゆくまで泣き続けた。

 レッドがハンカチを渡し、シロナは痕になった涙を拭う。目と頬は涙ですっかりと赤くなっていた。

 

「ありがと、レッドくん」

「どーいたしまして」

「私、決めたわ。ポケモンリーグを辞退しようと思う」

 

 レッドは目を丸くして、その直線的すぎる決意に苦笑する。

 

「あの子に会いたい。あの子に会って、もう一度ちゃんと話をしたい。一緒にいたい。私にとってヒンバスはポケモンリーグよりずっと大事なモノなのよ」

「それじゃヒンバスが納得しないでしょーが。根本的な解決にはなりませんって。あいつはアンタの夢を知っているんだ。アンタが折れたらあいつが納得しない」

「でも! そうしないとあの子はまたいろんな人に傷つけられることになるわ。私が納得できない」

 

 毅然と告げるシロナに、本当に似たもの同士だなあ、と思う。

 

「なら双方が納得できる道を選ぶしかないでしょう。あいつと一緒にポケモンリーグに挑戦して勝ち抜き、周りを実力で黙らせればいい」

「それができないから、こうして苦しんでいるのよ……」

「できます」

 

 レッドははっきりと断言した。

 シロナは一縷の希望に縋るように見上げ、

 

「ヒンバスを進化させればいい」

「進化……?」

「はい。俺の知識がどういうものかシロナさんは知っているでしょう? その知識の一つに、ヒンバスの進化方法があるんですよ」

「ちょ、ちょっと待って。そんな話、聞いたこともないわっ」

 

 きっと、いろいろ調べたのだろう。レベルを上げたり、研究者を尋ね回ったり、旅をする傍らにたくさんの情報を集めたのだろう。

 だけど、現実は残酷で。

 しかし、レッドの知識は現実によるものではない。

 常識は、通用しないのだ。

 

「じゃあ、実際に試してみましょうか」

 

 レッドが右に一歩ずれると、その背後にいたラティアスとナナミが歩いてくる。呆然と二人の名を呼ぶシロナは、ラティアスが背中に乗せている小さな水槽――そのなかにいるヒンバスを認め、大きく驚いていた。

 

「ヒンバス……!」

 

 居ても立ってもいられなくて、シロナはヒンバスの元に駆け寄った。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 再び懺悔の声をもらすシロナに、ヒンバスはすいと身を寄せた。

 ヒンバスも泣いていた。

 レッドは“ふしぎなアメ”を取り出す。

 

「心の準備は万全か?」

 

 ヒンバスはこちらを見て、頷いた。

 シロナの感情を吐き出す姿に思うところがたくさんあったのだろう。レッドにはヒンバスの瞳がとても澄んでいるように見えた。

 手を伸ばし、ヒンバスの口に“ふしぎなアメ”を差し出した。

 こくり、と飲み込む。

 

 そして――神秘の光が産声を上げた。

 

 信じられないと愕然とするシロナの目の前で、彼女の愛するポケモンは古い衣を脱ぎ捨て、新しい存在へ至る。

 細長い魚のような美しいフォルム。

 頭部には二対のカールした触角と特徴的な長いヒレが生えている。尻尾の先端は扇の様な尾ヒレとなっており、細長い下半身部分にある鱗は見る角度によって配色が変わり、七色に煌めいている。

 

「う……そ…………」

「なんて、きれい……」

 

 その美しい姿に、誰もが目と心を奪われた。

 シロナもナナミもレッドも、ポケモンたちも、その美しい姿に思考が空白になり、視線は釘づけとなってしまった。

 凄い。実際目の当たりにすると、なんて美しいポケモンなのだろうか。

 レッドの心は熱くなった。

 

「いつくしみポケモン、ミロカロス。それがこいつの名前です」

「ミロカロス……」

「もっとも美しいポケモンと称されているんですよ」

 

 醜いと蔑まれてきた愛すべきポケモンが、なによりも美しい存在へ至った。

 その感動は、きっとシロナにしかわからない。

 だが、レッドたちですら魅了させたのだ。

 きっと、素晴らしいものなんだろう。

 

「……っ、…………っ!」

 

 枯れ果てたはずの瞳から、またしても大粒の涙があふれる。

 それはミロカロスも同じだった。

 万感の笑みを浮かべて抱擁を交わした二人は、またわんわんと泣きじゃくる。

 そんな二人を祝福するようにレッドたちは笑顔を浮かべていた。

 

 

  

 

  ◇◆◇

 

 

 

「とうとう行くんですね」

「ええ。今まで腑抜けていたぶんを取り戻すためにもね」

 

 自宅の前。見送りに立つレッドに向かい、シロナは微笑んだ。

 昨日までの憂鬱っぷりが嘘のように、その笑顔は満開の花のように美しく、幸福感に満ちていた。

 今日、シロナはマサラタウンを出発する。元々用意していた拠点に戻り、特訓を再開するつもりなのだ。

 

「レッドくん、本当にありがとう。貴方のおかげで私は大切なモノを失わずにすみました。心から感謝しています」

 

 シロナは深々と頭を下げた。彼女の腰には六つの“モンスターボール”が装着されており、そのうちの一つを見遣り、レッドは小さく笑う。

 

「別にいーですよ。こっちもコーチをしてもらった借りがありますから、これでチャラにしましょう」

「いいえ、それだけじゃとても返しきれたことにならないわ。全然足りない」

「律儀ですねー。じゃあサクッとポケモンリーグを優勝してチャンピオンになっておいてください。四年後に俺もサクッとカントーのチャンピオンになりますので」

 

 とても不遜な物言いに、しかしシロナは笑って応えた。

 

「任せて。絶対にチャンピオンになって見せるわ」

「まー、のんびりと期待しときます」

 

 レッドはへらへらと適当に返す。さて、このあとはいつも通りに訓練を開始しようかな、とレッドが別のことを考えていると、

 

「レッドくん」

「はい?」

 

 不意にシロナの顔がとても近くなった。唇と唇が触れ合うような距離になり、頬に柔らかなモノが優しく触れる。

 んんん?

 意表を突かれたレッドは目を丸くして硬直する。

 誰もが見惚れる美貌を朱に染めたシロナの顔が離れていく。

 シロナは凍りついたように停止しているレッドを認め、ぺろりと舌を出して小悪魔チックな笑みを浮かべた。

 

「またね!」

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 ――その年末。シンオウ地方を中心に、全国に激震が走る。

 弱冠十四歳の少女がポケモンリーグの頂点に登り詰めたのだ。

 カントー地方のチャンピオン、ワタルとならぶ快挙に誰もが熱狂してポケモンバトルを更に熱くさせた。

 

 新チャンピオンの名は――シロナ。

 

 トロフィーを受け取り、拍手大喝采を受ける彼女のそばには――美しい彼女に相応しい美しいポケモンが寄り添っていた。

   

 

 

 

 

 

 

 











 後日談

 シロナの場合

シロナ「や、やっちゃったぁ……(赤面)」
ミロカロス「(ニヤニヤ)」
ガブリアス「(ニヤニヤ)」
グレイシア「(ニヤニヤ)」
トゲキッス「(ニヤニヤ)」
ルカリオ「(ニヤニヤ)」
ミカルゲ「おんみょ~ん」


 レッドの場合

レッド「…………(呆然)」
ラティアス「(ぷくーっ!)」

 てしてしてし! てしてしてし!

ピカチュウ「(これが若さか……)」



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本編
第一話 「はじまりのミストボール ①」


「俺の名はマサラタウンのサトシ! ポケモンマスターを目指す二十九歳(放送期間的に)のポケモントレーナーだ! 今年、新作のポケモンの発売が発表されたことにより、またポケモンマスターへの道が一歩(年単位)遠のいたぜ☆ 脚本家の悪意を感じるけど、めげずにポケモンゲットだぜ!」

 ※この小説にサトシは出ません。




 春爛漫。曇り一つない晴天の空に、燦然と輝く太陽の姿があった。陽光に暖められた心地よい風が吹き抜けて、花びらが目の前を横切る。

 春のうららかな陽気が眠気を誘発する。レッドはオーキド研究所へ続く通りを歩きながら大きな欠伸を連発した。

 

『マスター、眠そうだね』

 

 隣を歩いている少女がひょこっと一歩前に出て、顔を覗いてくる。

 長い純白の髪が穏やかな春風になびく。金色の大きな瞳は穢れを知らない無垢な心を表すかのように澄んでいた。

 少女は、ラティアス。

 レッドとは、もう四年の付き合いになる。レッドに数奇な運命を齎せた少女は今も昔もレッドにとってなによりも大切な存在だ。

 言語機能を持たない彼女は、以前はスケッチブックで会話をしていたが、現在は“念話(テレパシー)”を修得して相手の脳に直接言葉を送られるようになっていた。

 

『今日に備えて、昨日はいっぱい寝たのに』

「まあ、春だからなあ……」

 

 ラティアスの言う通り、今日は大事な日だから、昨日は十時にはベッドに入り、たっぷり睡眠時間を取ったのだが、心地良い気温のせいで、気持ちよく外出したのに早くも重いまぶたを擦っていた。芝生に寝転べば一瞬で落ちる自信があった。

 

『もっとぐぐ~ってテンション上げてもいいんだよ? マスター、ずっと前から今日という日を待ってたのに、なんかいつも通り』

「そうなんだけどねー。前日まではずっとわくわくしていたのに、当日になると妙に落ち着く性質なんだよ。楽しみなのは間違いないんだけど」

 

 昨日は「あと一日! あと一日じゃ、ヒャッハー!」と喜んでいた気がするが、ご覧の通り、レッドは妙に落ち着いていた。レッドと同じく今日という日を心待ちにしていた少年少女が待ちきれないとばかりにレッドを追い抜き、オーキド研究所に走っていったが、興味なさげにまた大きく口を開けて欠伸を漏らした。

 なんとも隙だらけの表情だ。

 

「けど、そうなんだよな。四年前からずっと待っていたんだよな」

 

 そう、今日はレッドの――いや、レッドだけじゃない。今年で十二歳を迎える少年少女の誰もが待ち侘びていた、夢と希望と運命の歯車が回り始める日なのだ。トレーナーたちは研究所に向かう子どもたちを見遣り、かつての自分を重ね合わせ過去を偲ぶらしい。初心に帰るにはもってこいとほとんどのトレーナーが帰郷して夢に旅立つ子どもたちを見送るのだ。

 周囲の生暖かい視線が、少し居心地悪い。

 

『実感沸かないの?』

 

 レッドのふわふわした言動に、心情を読み取ったラティアスが尋ねる。

 苦笑して、

 

「やっぱり博士からポケモンと図鑑をもらってマサラを出ないとはじまった感がしないのは否めないよなあ。博士の言うこと散々無視してグリーンやブルーといろんな場所に飛び回ってたし」

 

 おかげで博士から“マサラの三大問題児(筆頭)”という実に不名誉な称号を授与する羽目になった。あの二人と一緒くたにされるなど真に遺憾である。

 

『むぅ、ポケモンなら私とピッくんとルッくんがいるのに』

 

 ぷくりと頬を膨らませる。

 

「貰えるモンは貰う主義だし、どうしても欲しいポケモンがいるんだよ。そもそもポケモンは六匹まで所持するつもりだし、そこんところは諦めたまえ」

 

 つんつんとラティアスの頬をつつく。

 この独占欲が愛らしいのだ。

 ふわぁあ、とまた大きな欠伸。さすがになんとかしないとダメだ。オーキド研究所にたどり着いたらポケモンと図鑑を貰い、さあ早速旅立とう! とはいかない。その前にオーキド博士のありがたい祝辞の言葉を聞く必要があるのだ。クソが。研究者や校長の自己陶酔の入った長話など、ただのスリープの魔法だ。ああいうのを最初から最後まで真面目に聞いた人はいるのだろうか。謎である。

 ちょうど行く手に自動販売機があったので、お金を投入してブラックコーヒーを購入する。ついでにミックス・オレも購入して、それはラティアスに渡した。パッと笑みを咲かすラティアスに微笑を一つ、プルタブを開けて一気にブラックコーヒーを流し込む。

 

「にげっ」

 

 ベッと舌を出して顔を顰める。やはりブラックコーヒーよりコーヒー牛乳の方が神だ。ポケモンマスターになったらナナミ教を最初に発足して、次はコーヒー牛乳教を布教しよう。甘党万歳。

 だが、おかげで眠気は多少覚めた。

 飲み干した缶を捨てて、レッドは再び歩き始めた。

 

 

 

 

 オーキド研究所に入ると、研究所は既に人でごった返していた。

 子どもたちは奥に集まり、子どもの晴れ舞台を見学しにきた大人たちは入り口付近に集まっている。仲の良いグループと興奮気味に会話している子どもたちの様子を眺めながら、自分もいつも行動をともにしている腐れ縁の二人を探す。

 

「はあ~い、レッド!」

 

 少女の甲高い、しかし、一癖ありそうな声音。

 声の方向に視線を向けると、目的の二人がそこにいた。

 レッドを呼んだ少女はひらひらと手を振っている。その近くには壁に寄りかかり、スカした顔でこちらを一瞥する少年もいた。

 彼らはレッドと同じく、その瞳の色と同じ名を持つ変わった共通点があった。

 少女、ブルーは青い瞳を。

 少年、グリーンは緑の瞳を。

 そんでもって三人はよく一緒にいることから“マサラの三大問題児”の他に“カラフルトリオ”というお笑いトリオのような括りにもされていた。極めて遺憾である。

 レッドは二人の元に歩み寄り、 

 

「おはよう、バカども」

 

 酷い挨拶だ。

 

「おはよう、ムシケラ」

「おはよう、ゴミクズ」

 

 酷い挨拶だ。

 

「ラティもおはよう」

『んっ』

 

 ブルーの挨拶に、ラティアスはバッと手を挙げて応える。

 

「ふふ、ちゃんと遅刻せずに来たことだけは褒めてあげるわ」

「アホか。家事の三つの神器である炊事洗濯掃除を完璧にこなす、お婿さんにしたい男ナンバーワンの称号を持つ完璧超人のレッドさんが遅刻なんてするわけないだろうが」

「それだけが唯一の取り得だものね。腐り落ちた人間性がすべてを台なしにしているわ」

「あーっはっはっは。そんな男に惚れたのはどこのどいつだよ、おら、言ってみな。声を大にして言ってみな!」

「クッ、殺しなさい……!」

「朝一番のくっ殺いただきましたー」

 

 なんて嘯くのはいつものことだ。レッドとブルーの挨拶のようなもの。くだらない、とグリーンが吐き捨てるまでがワンセットである。

 

「ちなみにアンタに惚れてるのは、私じゃなくてシロナお姉様よ」

「クッ、殺せ……!」

「照れ隠しのくっ殺いただきましたー。グリーン、ちょっと介錯してあげて」

「どうして俺が。……チッ、仕方ないな」

 

 しょうもない茶番劇に巻き込まれたグリーンはうんざりしながら“モンスターボール”に手を伸ばし。

 

「ストライク」

「待て。そいつはマジもんに切り落とすタイプのやつだ。さすがに死ぬぞ」

「アンタのことだから切り落としても『俺じゃなかったら、死んでたぞー』とか言って復活しそうだけどね」

「そこまでいったら、もうスーパーマサラ人じゃ済まされないレベルだわ」

 

 レッドは一度軽口を区切り、周りを見渡す。

 

「子ども多くね? マサラにこんなにいたっけ」

「トキワシティを筆頭に、いろんな街からわざわざ出向いてきてるのよ」

 

 ブルーも周囲にいる子どもたちを眺めた。

 子どもの数は五十人を軽く超えている。穢れを知らない真っ白な町――マサラタウン。聞こえはいいが、ぶっちゃけ、ただの田舎である。マサラに住んでいる同い年の少年少女なんて二十人いるかいないか。少なくともレッドはそれくらいしか把握していなかった。

 

「ふーん、なんで?」

「やっぱりオーキド博士からポケモンと図鑑を貰いたいんじゃないの? ポケモン研究の権威ですもの。それだけで箔がつくというものよ」

「なるほど。そういえば、そんな設定だったな。俺の中であの人はもう胃炎キャラで定着していたから、すっかり忘れてたわ」

 

 ギャース! と怒り、影で胃を痛めて胃薬を飲んでいる哀しい姿が燦然と思い浮かぶ。ポケモンの知識より、とにかくお説教の回数が多かったからすっかり忘れていたが、オーキド博士は、博士だったのだ。

 

「おじいちゃんをそんなキャラにするな」

 

 グリーンがレッドを睨みつける。

 

「そもそもおじいちゃんを怒らせているのはお前たちが原因だろう」

「おいおい、ブルーさん、聞きまして? あの緑ったら自分は悪くないみたいな物言いをしてますよ?」

「まったく、信じられませんわね、レッドさん。なんやかんや言いながらいつもついて来ている寂しん坊はどこのどなただったかしら?」

 

 口元を隠し、上品を装いながら嫌みったらしくチクチク責めるとグリーンのこめかみにピキリと青筋が浮かんだ。

 

「まあ、怖い! キレた十代だわ!」

「一体どんな教育をしているのかしら!?」

「う ざ い……!」

 

 くつくつとレッドとブルーは喉の奥で噛み殺すように笑った。ノリが良く、人をからかうことが大好きという性悪の二人はコンビを組むとウザさが二倍どころか二乗化する。とにかく悪ふざけが大好きなのだ。

 まあ、グリーンがついてくる理由は独りぼっちが嫌だとか、そういう可愛い話じゃない。とにかく大人の言うことを聞かないレッドは頻繁に他の街や、ときには他の地方にまで出かけて軽い武者修行なるものを積んでいた。そんな面白いことをしているレッドにブルーがついて行き、武者修行という単語にグリーンが釣れたのだ。

 そしてそのことがバレるたびにオーキド博士は、激おこぷんぷん丸になり、やがて胃薬のいっちゃんと親友になった。そう、オーキド博士は犠牲になったのだ。

 

「二人は博士からなんのポケモンを貰う予定?」

 

 それは大事な質問だ。もし、争奪戦になったら全力で奪いに行かなければならない。もちろん手持ちのポケモンを活用して。大丈夫。“みねうち”があるから許される。貰ったら逃げるし、なにも問題はない。

 

「私はフシギダネがほしいわ」

 

 と、ブルーは続けた。

 

「俺はゼニガメだ」

 

 グリーンが言う。

 

「へー、なんとか被らずに済んだな。俺はヒトカゲだ」

「よかった。平和にポケモンを貰えそうね」

「フン」

 

 ブルーとグリーンは、忍ばせていた“モンスターボール”から手を離した。

 どうやらこの二人は自分の欲しいポケモンと被った場合、相手を物理的に戦闘不能に追いやるつもりだったらしい。レッドは激怒した。なんて卑劣な連中なのだ。最近世間を騒がせているロケット団に負けず劣らずの畜生な所業、譲り合い精神はないのか!?

 

 ――なんて自分のことを棚どころか天高くまで上げるクソみたいな外道の思考はともかく。

 

 三人は既に手持ちのポケモンが数匹いるが、前述のように頻繁に武者修行なるものに出かけているため、ポケモンのレベルは高く、バッジの取得数に応じて使用ポケモンを変更するシステムを取っているジムのバランスが崩壊してしまう。故にオーキド博士はレッドたち三人に初心者用のポケモンを授ける代わりに、指定した数のバッジを集めるまで、既に手持ちにいるポケモンたちの使用を公式戦においてのみ禁止したのだ。

 レッドは妥当だよなと思ったし、是非ともヒトカゲが欲しかったので、取引に応じた。

 この話題を拾った近くにいる子どもが、他の子どもにどんなポケモンが欲しいと尋ねている。その質問は波紋のように広がっていき、あちこちで「俺は○○が欲しい!」「あたしは○○!」と興奮気味に語っている。

 

「みんなテンション高いわねー」

「俺たちのように、特別許可証を持ってないんだから当然だろう」

 

 微笑ましい顔をするブルーに、グリーンが言った。しかし、そんなグリーンもどこか優しげに、まるで懐かしむように眺めている。

 レッドも自然と、初めてのポケモンである最愛の存在に手を伸ばしていた。

 あのときの感動は今も鮮明に覚えている。

 心が克明に告げた――運命との出逢い。

 間違いなく生涯における最高の幸福だとレッドは自信を持って断言できる。

 それはグリーンも、ブルーも同じだろう。

 初めてのポケモンというのは、素直に心を打つ、特別な存在なのだ。

 研究所の奥へと続く扉が開いた。

 待ちに待った、オーキド博士の登場である。オーキド博士は新人トレーナーの顔ぶれを見渡し、微笑みを浮かべつつ前に立った。

 

「おはよう」

「「「おはようございますっ!」」」

 

 子どもたちが元気に挨拶を返す。精神が若干成熟しているレッドたちはこのノリに乗れなかった。

 

「うむ。元気な挨拶でなにより。皆、良い顔つきをしておるわ」

 

 うんうん、と博士は嬉しそうに頷く。

 

「早速キミたちのポケモンを――と言いたいところじゃが、まずはワシから一言言わせてもらおうかのう。まずは試験の合格、おめでとう。これでキミたちは晴れてポケモントレーナーたちの仲間入りとなる。これから先、キミたちはたくさんのポケモンと触れ合い、やがて自分にとってポケモンがどういう存在になるのか知るときがくるだろう」

 

 オーキド博士は一息ついて、こちらを一瞥した。

 

「ある者はポケモンを“家族”と言い」

 

 それからグリーンを一瞥して、

 

「ある者はポケモンを“戦友”と言い」

 

 次にブルーを一瞥して、

 

「ある者はポケモンを“友だち”と言った」

 

 最後に、子どもたち全体を見渡した。

 

「キミたちにとってのポケモンがどういう存在となるのか、キミたちだけの答えを期待しておるぞ」

「「「はいっ!!」」」

 

 オーキド博士の激励に、子どもたちは目を輝かせた。

 

「ハハハ、もう堅苦しい話は無しにしよう。皆、庭に出るのじゃ。そこにポケモントレーナーの一歩をともに踏み出してくれるポケモンたちがおる。自分だけのポケモンを選択したら、“モンスターボール”とポケモン図鑑を渡すとしよう」

 

 この瞬間は、博士もとても楽しそうだ。

 ワーワーと賑やかに庭に駆けて行く子どもたちを嬉しそうに見送っている。

 そういえば毎年この季節はあんな顔をしていたなあ、と苦笑しながらレッドたちも乗り遅れないように歩を進めようと一歩を踏み出した。

 

 

 

「――あ、わかっておると思うが、お前たちは強制的に一番最後じゃからな」

「「「そんなバカなッ」」」

 

 ――なんてバカなやり取りはともかく。

 冒険の旅が始まる。

 

 

 





オーキド「ここに三匹の“おじモン”がいるじゃろう」
「「キモッ!?」」
オーキド「どれでも好きなのをやろう(強制)」
レッド「せめて、萌えモンにしておくれ……」

 萌えモンの二次小説があるなら、そろそろおじモンの二次小説が登場してもいいんじゃないかい?(チラッ)おじモンを知らない人は検索をしよう。ただしおススメはしない。


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第二話 「はじまりのミストボール ②」

 

 そこは広大な庭だった。

 陸上のポケモンが元気にはしゃぎ回るであろう見晴らしの良い平原と、水棲のポケモンが快適に泳げる澄んだ池。ここに住んでいるポケモンたちは実に快適な生活を満喫できるに違いない。

 しかし、しかしである。

 

「なんでポケモンが1匹もいないんだよ」

 

 レッドは見晴らしの良い広大な庭を眺めながら呟いた。

 そう、あくまでそれはポケモンがいたらの話。レッドの言った通り広大な庭には一匹たりともポケモンがいなかった。数分前までは賑やかだったというのに、この閑散っぷりは、一体。

 

「どういうことだ、じいちゃん」

 

 グリーンが聞いた。

 

「隠れているわけでもないみたいだしね」

 

 ブルーも辺りを見渡しながら言う。

 ふむ、とオーキド博士は、重々しい顔つきで熟考する。レッドも同じようになぜポケモンがいないのか考える。もしかして他の子供たちがこっそりと余分にポケモンを取っていったのだろうか?だとすると許せない。極刑ものである。必ず見つけ出して電気あんまをかけてやろう。

 しばしの静寂の後、オーキド博士はポンと手を叩いた。

 

「おお、そういえばお主らの分を用意するの忘れとった! これはうっかりしとったわい!」

 

 オーキド博士はタハハと笑った。

 三人の間に重苦しい沈黙が流れる。そういえば、今いる手持ちのポケモンを公式戦で使用するのに制限をかけたのは、つい先日の話だった。つまりアレか?初心者用のポケモンを用意したのは制限をかける前の話だったのか。なるほど、それなら既に自分だけのポケモンを所有しているレッドたちを除外するのは納得できる――とでも言うと思ったか、このクソジジイが。あれだけ期待をさせといて、なんだこの仕打ちは。期待はずれとか言う問題ではない。立派な裏切りである。レッドたちの怒りはムカ着火インヴェルノオオオオーーッッに至った。激おこスティックではない。そこまでいかせたら大したものだ。

 

「残念だよ、ユキナリくん。こんな結果になってしまうなんてね」

 

 レッドは粛々と言った。

 

「ユキナリくん!?」

「博士。博士は、私たちの旅立ちを見守ってくれると思っていたんだけど、違ったのね。一緒に旅立つつもりだったのね、別の場所に」

 

 まるで神に祈りを捧げる聖女のように、ブルーは胸元で手を組み合わせて天を仰いだ。はらりと一筋の雫が零れ落ちる。

 

「おじいちゃん、そこの外道二人でも言っていい冗談と悪い冗談の区別はつくというのに、今回のおじいちゃんは悪い冗談を言ってしまったよ」

 

 自然と三人はオーキド博士を中心にトライアングルを描いていた。

 決して逃がしはしまいと腰にある“モンスターボール”に手をかける。

 

「待て待て待て! それは人に向けて投げてはならん部類のやつじゃ! 先日のテストに書いてあったのを忘れたのか!?」

 

 確かにトレーナーの免許を取るペーパー試験にそんな問題があったが、この沸き上がる怒りの前には些細な問題だ。

 レッドの右手に握る“モンスターボール”がバチバチと青白い放電を放つ。絶縁グローブのおかげでレッドに電撃は通らない。

 

「落ち着けぇえい! そいつは本当にシャレにならないヤツではないか!?」

「黒焦げにしてやるぜ」

「わかった! 研究用に飼っておるポケモンをやるから落ち着くんじゃ、三人とも!」

「ヒトカゲは?」

「おる!」

「フシギダネは?」

「おる!」

「ゼニガメは?」

「おる!」

 

 両手を振りながらオーキド博士は必死の剣幕で返答する。コイツらなら本気でやりかねないと本能が訴えているのだろうか。

 まあ、ポケモンがもらえるのなら文句は言うまい。大人しく“モンスターボール”を戻すとオーキド博士は大きく息を吐いた。

 

「ああ、昔の良い子だったお主たちが懐かしいわい……」

「今は良い子を通り越して聖人君子だもんなあ」

「人は成長するものよ」

「やかましい!!」

 

 

 

 

 

 場所は再び研究所の中に戻る。

 研究所内はかなり閑散としている。既に自分のポケモンを手に入れた子どもたちは研究所を後にしているからだ。もしかすると、もう外の世界に第一歩を踏み出した子もいるかもしれない。

 

「博士ー、お菓子切れたー。ラティアスのためにおかわりー」

「博士ー、まだですかー?」

「おじいちゃん、ここに置いている“げんきのかたまり”もらっていいか? ありがとう」

「静かに待っておれ、フリーダムチルドレェエンッ!!」

 

 素直な感情を吐露していたら、奥の部屋にいるオーキド博士の怒号が飛んでくる。

 

「いきなり叫んでどうしたんだろうな。ああ、年か……」

「おじいちゃんおばあちゃんは、たまにおかしなところで怒り出すものね。沸点がわからないわ」

 

 基本的には好々爺なんだけどな、とレッドは肩を竦めた。よくわからないお年寄りに付き合うのも子どもの仕事というものだ。

 

『マスター、喉渇いたー』

「ん、ちょっと待ってろ。グリーン、冷蔵庫ってある?」

「そこにある」

 

 くい、と顎で指す。

 

「あったあった」

 

 そして他人の研究所の冷蔵庫を躊躇なく開け放つ。

 扉の内側にあるお茶を取り出し、ついでになにか入ってないか観察をしてみる。

 

「おっと、プリンが落ちているではありませんか」

『落ちてるの?』

「向こうは置いているつもりかもしれないが、俺には落ちているようにしか見えない。そして落し物は個人的に拾った者に所有権が渡ると考えている」

「あそこまでほざけるといっそ清々しいな」

「ゲスの極みね」

「いや、お前も大差ない」

 

 グリーンの言葉は実に正論だった。

 

「小悪魔と言ってほしいわね、キャハ☆」

 

 星を散らせてブルーは可憐なウインクを決めた。

 

「…………」

「おい、なんとか言えよ」

『喧嘩は、めーっ』

 

 なんてやり取りをBGMに、近くにあったコップにお茶を注ぐ。少し味見。うん、このくらいの苦さならラティアスも飲めるだろう。

 元の位置に戻り、ラティアスにお茶の入ったコップを渡す。

 

「あら? プリンはどうしたの?」

「よーく考えたら、この加齢臭が迸る研究所でプリンなんて甘いモノを食べるのは、ナナミさんくらいだから遠慮しといた」

「アンタ、本当にナナミさん大好きね」

「忠誠を誓っているから」

「姉さん、何者だ」

 

 ナナミ様はナナミ様だ。それ以上でも、それ以下でもない。弟でありながらそんなこともわからないとは……。レッドはグリーンを哀れに想った。

 

「なんだ、その不快な目は」

「別に」

「待たせたのう」

 

 と、疲れた顔でオーキド博士が戻ってきた。

 向かいのソファに腰を降ろすと、間にあるテーブルに三つの“モンスターボール”を置いた。

 

「右から順番にゼニガメ、フシギダネ、ヒトカゲとなっておる」

「やたっ」

 

 それぞれが自分の求めたポケモンを入手する。ふふんと笑みを浮かべ、“モンスターボール”を覗き込もうとすると、その奥にいるオーキド博士が微妙な表情をしていることに気づいた。

 

「どうした博士。そんな辛気臭い顔をして」

「いや、実はその三匹には少し問題があってのう」

「問題?」

「少し性格に問題があってな。初心者向けとは言い難いのじゃ」

 

 初心者用のポケモンと銘打っているが、その枠に入ることのできなかったポケモン。

 初心者用のポケモンとは、人間に対して友好的であるポケモンを示しており、つまりここにいる三匹はそのレベルに達していない、人間に対して友好的な感情を抱いてないということだ。そういうポケモンは育成に手間がかかり、まさに初心者には相応しくないポケモンだろう。

 だが、ここにいる三人は既に初心者の領域を超えている例外であり、事実、不安そうな顔をしている者は一人もいなかった。

 

「………………」

 

 おもむろに“モンスターボール”の開閉スイッチを押したのはグリーンだ。

 パカリと口が開き、ボールの中にいるゼニガメが出現する。愛らしい顔つきをしており、とても問題があるように見えないが。

 グリーンはゼニガメの前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。

 

「グリーンだ。よろしく頼む」

 

 ブシャー!

 

「…………」

 

 返答は水鉄砲だった。

 水も滴る良い男になったグリーンを見遣り、ゼニガメはゲラゲラと笑い転げている。

 

「あのゼニガメはやんちゃで生意気な性格をしているんじゃよ。悪戯が大好きであり、とにかく人間をからかう性分なんじゃ」

 

 なるほど、そいつは確かに厄介だ。

 

「「まるでブルー(レッド)みたいなポケモンだな(ね)。…………」」

 

 ぐにー、と互いの頬を引っ張り合うレッドとブルーを背景に、グリーンはやおら立ち上がり、髪をかき上げた。ポタポタと床に水滴を垂らしながら、

 

「――少し調教してくる」

 

 完全にキレていた。

 笑い転げているゼニガメの首根っこを引っ掴み、グリーンは庭のある方向に消えていく。手っ取り早い調教の方法は、力の差を直に体感させて反骨心を徹底的に磨り潰すに限る。ゆとり教育などナンセンスだ。グリーンは他二人より育成に関心を寄せており、そのぶん徹底している。

 数秒後、バンギラスの咆哮でマサラタウンに激震が走った。

 

 

 

 

「じゃあ、次は私ね」

 

 どうやら、いつの間にか問題ありと称された御三家の見せ合いになっているようだ。

 るんるんとご機嫌にソファから立ち上がったブルーが、“モンスターボール”のスイッチを押す。ボールの中から淡い光のヴェールを纏いながらフシギダネが出現する。

 

「う、うぉおお……」

「これは、凄いな……。うん、凄い。見るからに初心者が触れたらアカン類のヤツや」

 

 ブルーとレッドは引きつった笑みを浮かべてフシギダネを見下ろした。

 

「まるで極道のポケモンみたいだな」

 

 グリーンの感想にそばに控えていたゼニガメがうんうんと頷く。ゼニガメくんはグリーンの調教により、生来の生意気な性格はすっかり真面目な性格に矯正されていた。

 極道、というグリーンの言葉は実に的を射ていた。

 大きな蕾を背負うフシギダネは、左のまぶたから頬にかけて傷が入っており、そのふてぶてしい顔つきと相俟って、怖い印象を与える。極めつけに煙管なんて咥えているから余計に悪印象を与えてしまっていた。というか、どこから調達した。

 

 

「ちょっとびっくりしたけど、私的には全然ありよ。個性的な子は好きなの」

 

 ブルーは面白いものを見つけたときの眼差しで、フシギダネと視線を合わせた。

 フシギダネはチンピラのように睥睨するわけでもなく、物静かな、しかし、巌の如く不動の雰囲気を湛えていた。ただ、格好をつけているわけではないようだ。

 尚更面白いとブルーは笑みを深くする。どういう経緯を経てこのオーキド研究所に流れ着いたのか、もちろん知る由はないが、それなりの場数を踏んでいることは十全に伝わった。まるで噴火前の火山を歩くようなスリルにゾクゾクと心地良い電流が走る。このフシギダネがやがて蕾を開花させ、フシギバナへ進化を果たしたとき、自分の切り札である最凶のポケモンとどんな化学反応を起こすのか、考えただけでドキドキする。

 ブルーはそういう危ないことが大好きな少女だった。外道というか、真っ黒である。

 

「うーん、そうね。貴方のニックネームは、親ビンよ!」

 

 ニッコリときれいな笑顔で言い放つ。

 

「すげえなあいつ。自分のエースを刺激するニックネームをつけているぞ」

「しかも確信犯だから、性質が悪い」

 

 レッドとグリーンはドン引きしながらブルーの腰にある“モンスターボール”を見遣る。アレが暴れ出すと高確率でマサラタウンが壊滅する。暴走を止めるためにバグチュウ――否、ピカチュウとバンギラスが降臨し、更に被害が悪化する。そうなるとオーキド博士が親友である胃薬のいっちゃんと結婚式を挙げると言いかねない。

 オーキド博士も同じことを思ったのか「ちゃんとポケモンを用意しておくべきじゃった……」と青い顔でキリキリと痛むお腹を抑えていた。

 

 

 

 

「最後は俺か」

 

 さてさて、ヒトカゲは一体どんな問題児なのか。

 ボールのスイッチを押してヒトカゲを外に出す。

 するとどうだろう、尻尾にもう一つの燃え盛る生命を持つ二足歩行のトカゲは凄まじい反射神経を披露して室内の片隅に逃げ隠れた。ひょこりと顔だけを出しておそるおそるこちらを見上げている。

 

「可哀想に。レッドの薄汚い本性を本能で感じ取ったのね」

「汚い。さすがレッド、汚い」

「うむ、みごとな洞察力じゃ」

「よーし、ぶち殺してやるぞーっ」

 

 援護など一切ない罵倒の数々に、レッドはわざとらしく声を張り上げて腕をまくる。己の名のように、この身体がレッドに染まるのはそう遠くない未来だ。もちろん、返り血で。

 

「どうどう、落ち着くのじゃ、レッドよ。お主は勘違いをしておる」

 

 オーキド博士はレッドの拳を降ろさせてから、姿勢を低くしてヒトカゲと向き合った。好感の持てる笑顔を浮かべ、手を差し伸べながら少しずつ距離を詰めていく。

 

「このヒトカゲは他の二匹に比べるとよっぽど健全じゃよ。少し人見知りが激しい臆病な性格をしているだけじゃ」

 

 おずおずとヒトカゲはオーキド博士の手を取って、ゆっくりと抱き上げられる。よしよしと頭を撫でられると、少し戸惑いつつも心地良い微笑を湛えつつあった。

 

「少し人見知りが激しいってどっちだよ。フォローになってねーし」

「細かいことは気にするでない。どうする?」

 

 その問いは、果たしてヒトカゲをもらうかもらわないかという選択肢のつもりだろうか。

 

「問題ないよ。俺はヒトカゲが好きなんだ」

 

 レッドはオーキド博士からヒトカゲを受け取った。抱き上げる人物が変わり、表情を一転させてヒトカゲは逃げようとするが、がっちりと抱きしめる。絶対に離してやらない。

 

「安心しろ、抵抗は無意味だ」

 

 レッドは不敵に笑い、ヒトカゲの頭に手を置いた。

 

 

 

 

 

 ついに旅立つときがきた。

 念願のポケモン図鑑を入手したレッドは早速機能を確認して、己の手持ちのポケモンたちのデータを読み取らせながらマサラタウンの外に向かっていた。

 

「――のLv.9、ヒトカゲのLv.5、ラティアスのLv.53、ピカチュウのLv…………ワロス」

 

 一流のエリートトレーナーだろうとLv.60に達するのも難しいというのに、相変わらず一匹だけ次元が違う領域に立っている。ピカチュウの公式戦デビューはもしかするとポケモンリーグまでお預けかもしれない。というか、強すぎるポケモンに頼るとトレーナーが成長しない。

 

「ピカチュウはもちろんのこと、当分はラティアスもお預けだな」

『私、強い?』

「ピカチュウの次には」

『むぅ…………ピッくんを比較対象に持ってくるのは卑怯』

 

 悲報、準伝説のラティアス、ポケモン界のマスコットキャラに敗北する。

 

「さすがに他と比べるのはダメだろ。二匹ともまだ一桁のレベルなんだぞ」

 

 レベルにかなりばらつきのある、バランスの悪いパーティなのは否めないが。

 加入したばかりのヒトカゲはともかく、もう一匹のポケモンはバッジの制限に掛からず、ヒトカゲと二人体制でジム戦やトレーナー戦を攻略するため、敢えてレベルを一桁に抑えていたのだ。

 もちろん、一桁とはいえ、既に仕込み(努力値、戦いの型、基礎トレーニング、技の効率化など)は完了している。少しウザいが実力は折り紙つきだ。

 

「とりあえず、当面はヒトカゲの仕込みをしつつゆったりと旅を満喫するか」

 

 レッドは足元にすりすりと身を寄せるヒトカゲを見下ろし、苦笑する。

 この四年間、ラティアスをひたすら愛撫(もちろん厭らしい意味じゃない)してきたレッドの手はいつの間にかポケモンを快楽の坩堝に誘う神の手になっていたのだ。この爆裂はしないゴッドフィンガーの前には如何なるポケモンだろうと「悔しい……! けど、感じちゃう!」というクリムゾン状態に陥るのだ。もちろん厭らしい意味じゃない。

 そんなレッドの巧みな愛撫により、すっかりヒトカゲは陥落していた。昔のラティアスのようにギュッと抱きついてくる。

 

『じー……えいっ』

 

 訂正。今もラティアスは、むぎゅ、と抱きついてくる。本当に可愛らしいなー、とレッドは破顔した。

 そのとき、チリンチリンと安っぽいベルの音が鳴る。

 

「あれ? レッドってば、もしかして徒歩で旅に出かけるつもりなの?」 

 

 そこにいたのは自転車に跨っているブルーだった。

 

「ま、まあ、旅の醍醐味は移り変わる景色を十全に楽しむことにあるからな。そのためには自分の足でしっかりと歩いておきたいんだよ。自転車じゃ速すぎて見落としてしまう大事な景色も徒歩ならばちゃんと見つけることができる」

 

 嘘である。強がりである。この男にそんな情緒など存在しない。自転車は中盤に入手するものという固定観念に囚われた結果、自転車を購入すること自体を思いつかなかったというのが真実だ。

 今までのようにラティアスの背に乗って空を飛ぶこともできない。ちゃんと自分の足で世界を巡るように、とオーキド博士により長期の禁止令を敷かれているのだ。

 

 

「オーキド博士にも言われていただろうが」

「足は使っているからセーフよ。ほら、グリーンだって自転車に乗ってるじゃない」

 

 どんな屁理屈をと思いながら、しかし自分もブルーの立場なら絶対に言いそうだよなと確信しつつ振り向くと、グリーンが自転車に乗り、俺たちを追い越していく。

 

「フッ」

 

 と、冷笑を一つ。

 

「ま、せいぜい頑張って歩きなさいな。オホホホホ」

 

 口に手を当てて華麗な笑い声を上げたブルーも地面を蹴ってペダルを漕ぎ出した。

 レッドは二人の幼馴染の後姿を、ただ見送るしかなかった。

 しかし、不意に思う。自分が歩いているというのに、あの二人が自転車を漕いで楽をするなど許されるだろうか? 否。答えは否である。許されるわけがない。

 なにより、あの勝ち誇った顔にイラッときた。

 

「ラティアス」

『んー?』

「“ミストボール”」

 

 

 

 

 

 

 ちゅどーんっ!

 

 

 

 

 

 

 

「「貴様ぁぁあああああーーーーッ!!」」

「あーっはっはっはっはっは! ざまあああああああああああああああああああーーーーーーッ!!!」

 

 

 

 

 自転車を木っ端微塵に破壊された両名の怒りが轟き、レッドは気持ちよく高笑いを上げながら全力で逃走する。

 こうして、後世にまで名を残すポケモントレーナーたちの旅は始まるのだった。

 最初から最後まで、実に、ぐだぐだである。

  

 

 

 

 



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第三話 「因果応報のわるだくみ」

 このしょーせつは、あいとゆうきときぼうとやさしさとぜんいでつくられています。あくにんなんてひとりもいません。


 

 マサラタウンとトキワシティを繋ぐ1番道路に一人の少年がいた。

 

「………………」

 

 青い帽子と短パンが目立つ、如何にも元気印な格好の少年、ヒロタは、しかし、なにかに追い詰められているかのような切羽詰まった顔色を映していた。

 

(本当に、これでいいのだろうか?)

 

 ヒロタは下唇を噛みしめて自らに問いかける。チクチクと胸に突き刺さる罪悪感が、これからしようとする行動に抑制をかけていた。

 ヒロタが企んでいる行為は、とても褒められたものではない。ポケモントレーナーの暗黙の了解となっているソレを踏み躙ろうとしているのだ。もし、この行為が誰かにバレてしまったら、自分と同じ志を抱いた友たちに嫌われてしまうかもしれない。

 そう思うと、余計に罪悪感が強くなり、ヒロタは再び自らに問いかける。

 

(本当に、これでいいのか? 他に、なにか道はないのか?)

 

 しかし、それは数日前から百回以上も自らに問いかけてきた疑問だ。もちろん解決の方法は――ない。ヒロタは、こうする以外、他に選択肢がないのだ。

 自然と手が心臓へと伸びる。服の上から伝わる鼓動は今にも張り裂けそうなくらい大きく脈を打っていた。

 まるで初めて犯罪を犯すような心情で、ヒロタは茂みに身を潜めてマサラタウンとトキワシティを繋ぐ街道を監視する。

 すると、数十分後にマサラタウンの方角に動きがあった。

 ビクッとヒロタは一度跳ね上がり、固唾を飲んでジッとその動きを注視する。

 

(き、きた!)

 

 じわりとヒロタの頬に冷や汗が滑り落ちる。

 張り裂けるどころか突き破りそうな勢いで脈動する心臓がうるさい。緊張のあまり呼吸が荒くなり、何度もゴクリと唾を飲み込んだ。

 視線の先にいるのは、ヒロタよりもまだ二歳ほど幼い少年のようだった。

 赤い帽子。黒いシャツの上に紅白のジャケットを着て、ジーパンを履いている。その隣にはサンタクロースのコスプレ服のような紅白の衣装を纏う白髪の美少女も併走している。二人は、まるでなにかから逃げるかのように、かなりの速度で走っていた。

 

(やるしかない……。やるしかないっ。やるしかないんだ!)

 

 ヒロタは覚悟を決めて、茂みから飛び出した。

 二人の行く手を阻むように街道で仁王立ちになり、緊張感を露にした顔で叫ぶ。

 

「目と目が合ったら、それはポケモン勝負の合図だ!」

 

 少年少女は足を止めて、困惑した顔でヒロタを見る。

 ヒロタは居た堪れない気持ちになった。心の中で、ゴメンと謝る。しかし、これしか方法がないのだ。ヒロタは己の目的を達するために、心を鬼にして目の前にいる少年を犠牲にすることを選んだ。

 そう、すべては――

 

(新作ゲームのためにッ!!)

 

 

   ◇◆◇

 

 

 某マサラタウン出身の外道に負けないくらい私欲に満ちているこの少年について、まずはネタバレをしておこう。正直、最後まで引っ張ってからネタバレをするような価値もないのだ。

 

 ヒロタの悩みは実に簡単。まさに子どもらしく、明日発売するゲームを購入するお金がないという――十代前後の少年にとっては実に切実な悩みだった。

 財布の中身は、かなり寂しい。毎日のようにお菓子の誘惑に敗北してしまっているせいだ。まさに、自業自得。

 しかし後悔は先に立たない。ヒロタはどうしたら発売当日に新作ゲームを購入できるのか考えた。もちろん――楽して。

 その結果至った答えが、本日正式にポケモントレーナーとなったばかりの初心者狩りである。

 

 トレーナー同士のポケモンバトルでは、バトルに勝った相手に、負けた相手が所持金の十分の一を支払うという決まりがある。

 ヒロタはそこに目をつけたのだ。

 確実に勝つために、今日ポケモントレーナーになった新人トレーナーと戦うことにした。

 

 新人トレーナーは、大抵が旅立つときに親から「これで必要なモノを買うのよ」と結構な金額を貰う。しかもマサラタウンにはフレンドリィショップがないので、マサラタウン出身の新人トレーナーはトキワシティで初めて支度金を使用するのだ。

 だから、この1番道路を通過してトキワシティに入るまで、マサラタウン出身の新人トレーナーは結構な額の所持金を所有しているはずなのだ。

 

 ヒロタは狡賢く、そして冴えていた。

 

 新人トレーナーを十人ほど倒せば、確実に新作ゲームを購入するだけの金額を入手できる。

 その解答に至ったとき、ヒロタは現在に至るまでしっかりと罪悪感を抱いていたが、結局のところ実行に移してしまった。

 

 まだポケモンバトルのいろはは当然、ポケモンそのものを把握することすらできていない新人トレーナーとバトルをすれば結果がどうなるか――考えるまでもないだろう。

 だから、新人トレーナーにトレーナーたちが自ら勝負をしかけるのは暗黙の了解で禁止となっている。

 新人トレーナーは未来を担う、大事な財産。一年目の新人であるうちは、自分たちがしっかりと導き手にならなければならない。

 それが真っ当なトレーナーたちの共通意識であった。

 

 ヒロタは、それを踏み躙り、勝負を仕掛ける。

 心に蔓延る罪悪感と戦いながら“モンスターボール”を握りしめる。

 すべては、新作ゲームのために。

 

 しかし、ヒロタは忘れていた。

 ポケモントレーナーとして正式に認定され、自分だけのポケモンを所持できるのは確かに十二歳からであるが、その中には特別許可証という例外を持つ人間がいることを。

 

 

 

 ――悲劇の三コンボまで、あと一分。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「さあ、勝負だ!」

 

 ヒロタはもう一度、ハッキリと告げると同時に“モンスターボール”を突きつける。

 すると赤帽子の少年は鬱陶しげに眉根を寄せて口を開いた。

 

「悪いけど、追われているんだよ。一刻も早くあのクズどもから逃げないと殺されるのも時間の問題なんだ」

 

 ――え? この少年、一体どんな背景を背負っているの!?

 ヒロタは顔を引きつらせた。まさかこんな言葉で返されるとは思っていなかったのだ。

 ややパニック状態の少年は「えーと、えーと」と言葉を探す。

 

(ここは逃がした方がいいのか? い、いや、駄目だ。そんなことをしていたらいつまでも目的を達成することはできない。心を鬼にして、勝負を仕掛けるんだ!)

 

 ヒロタは決めた。

 

「いや、ダメだ。ポケモントレーナーたる者、挑まれた勝負から逃げ出すことは許されないッ!」

 

 ヒロタは、咄嗟に飛び出した正当な言い訳に、内心歓喜して自分を褒めてやりたくなった。

 

「良く言うよ。どーせお金目当ての初心者狩りだろ」

 

 ――ば、バレてるぅ……。

 ヒエッとヒロタは赤帽子の勘の良さに戦慄した。

 ダラダラ冷や汗を流していると、赤帽子の少年は露骨に溜め息をついて、振り返る。

 

「まだ追いつかれていないか。――まあ、瞬殺してこっちが金を巻き上げたらいいだけの話だよな」

 

 ぼそりと呟いた不吉な言葉は、果たして聞き間違いだろうか? ヒロタは聞き間違いであることを願った。

 しかし、真実はなんであれ、ムッとなったのも事実だ。初心者に、明らかに舐められている。先輩トレーナーとして、世の中の厳しさを教えてあげるべきだ。

 

「キミに世界の広さを教えてあげよう」

「ばーか、ばーか」

 

 先輩トレーナーとしての立場に陶酔していると、バケツ一杯に汲んだ水をぶち撒いたような嘲笑が跳ね返り、ヒロタは青筋を立てる。

 ――こいつは一度痛い目を見るべきだ。

 すっかり自分が初心者狩りという情けない醜態を晒していることも忘却して、ヒロタは義憤に燃えて“モンスターボール”を投げる。

 

「行け、ニドリーノ!」

「いっといで、ラティアス」

 

 ビシッ! と敬礼をした少女が前に出る。

 か、可愛い……と少年が見惚れていると、少女の姿が光に包まれ、戦闘機のシルエットをした紅白のポケモンに変化した。

 

「は? はあああああ!?」

「テンプレ反応乙。“サイコキネシス”」

「あっ」

 

 ヒロタが信じがたい光景に驚愕している隙に赤帽子の少年が少女――ラティアスに指示を出した。

 慌ててヒロタが指示を出そうとするが、既にニドリーノは“サイコキネシス”により締めつけられるばかりかあっちこっちに叩きつけられていた。

 エスパータイプの技は毒タイプのニドリーノに抜群だ。ニドリーノは為す術もなく力尽きてしまう。

 

「そ、そんな!」

「さ、さんま?」

「こいつ……!」

「~~♪」

 

 睥睨する少年と目を合わすこともせず、赤帽子の少年は余所を見ながら余裕綽々に鼻歌を歌っている。「プークスクス」なんて言っている。

 カチンと頭にきたヒロタは臨界点を超えた激情のまま次のポケモンを繰り出す。

 

「ピジョン! “でんこうせっか”!」

 

 ボールの中から出現したピジョンが急速に距離を詰めてラティアスに奇襲を仕掛ける。しかし打点を上手く逸らされ、ダメージは最小限に抑えられてしまった。

 ラティアスが高度を上げ、やや遅れてピジョンも同じ高度に辿りついた。舞台は空戦に変わり、互いに目にも止まらぬ速さで身体をぶつけ合う。しかし徐々にギアを上げていくラティアスの速度にピジョンは翻弄されつつあった。

 

「くそ、ピジョン! もう一回、“でんこうせっか”だ!」

 

 天を仰いでヒロタが叫ぶ。主の命令通りに“でんこうせっか”を使うが、それでもラティアスに追いつくことはできなかった。

 スペックが違いすぎるのだ。

 

「“ミストボール”」

 

 ピジョンの“でんこうせっか”が終わる直前に赤帽子の少年が言った。

 ラティアスが念力によりかき集めた霧の弾を射出する。

 一発、二発、三発。

 連射した“ミストボール”はラティアスの特性を受け継いだかのように、肉眼で捉えることは不可能だ。ホーミング性を持つ不可視の弾丸は飛翔するピジョンを追いかける。

 ヒロタの目には、突然ピジョンがなにかにぶつかったようにしか見えなかった。

 

「ピジョン!?」

 

 立て続けに二度、三度、なにかにぶつかり、苦悶の表情を浮かべるピジョンは、そのまま力尽きて落下する。

 ヒロタは急いで“モンスターボール”の中にピジョンを戻した。

 

「そ、そんな」

 

 悄然と少年は膝から崩れ落ちた。これでもう手持ちのポケモンの中にバトルのできる面子はいない。

 ヒロタの完全敗北が決定した瞬間だった。

 

「よくやった、ラティアスー」

 

 赤帽子の少年の、暢気な間延びした声音。

 勝利を噛みしめる素振りもない。まるで勝ち慣れているような――勝って当たり前と言わんばかりに平然としている。

 ラティアスは赤帽子の少年の元に向かい、褒めて褒めてと言わんばかりに擦り寄っている。赤帽子の少年は優しげな表情で、期待に応えてくれたラティアスの望む通りにギュッと抱きしめて頭を撫でた。

 

「よーしよしよーし」

 

 すりすりと頬ずりをして、むふー、と満足げなラティアス。

 ヒロタは納得がいかなくて怒鳴る。

 

「こんなの卑怯だ!」

「はあ?」

 

 赤帽子の少年は胡乱げな眼差しを向ける。

 

「卑怯だと言ったんだ! 人に化けるポケモンがいるなんて知らなかったし、人が驚いている隙を狙って攻撃をするなんてマナー違反だ! 知っていたら、こんな結果になるわけがない! 俺が勝っていたに決まっている!」

「はいはい、わかったからお金出そっか? そういうのは後でちゃんとお母さんに聞いてもらいな」

「この勝負は無効だ!」

「は? あーあ、そういうこと言うんだ。ふーん、へー、ほー」

 

 赤帽子の少年の瞳が酷く冷めたものに変わる。

 自分を棚に上げ、ひたすら他人を責めて己を正当化しようとする人間に対する、正しい批判の視線である。

 まだ変声期も迎えていない声音でありながら、淡々とした、感情の乗らない泰然とした口調が生み出すギャップは、異様な迫力となってヒロタの思考を凍りつかせる。

 赤帽子の少年の行動は早かった。

 携帯機器を取り出し、ピントをヒロタに合わせてパシャリと写真を撮った。

 

「遂に、念願となる旅立ちの日。わくわくしながら次の街に向かっていると、早速初心者狩りに遭いました。断っても聞いてくれず、なんとか勝ったのですが、すると相手は卑怯と言い出して勝負の無効を言い出しました。とりあえずカメラ機能で写真を撮ったので、晒しときます。俺のような聖人君子ですら躊躇なく狙うようなクズ野郎なので、皆さんもご注意ください――――こんなところか?」

 

 そう口にした言葉は、既に携帯機器の文字として完成していた。送信ボタンを押すと、赤帽子の言葉を文章に起こした記事がネットに上げられるだろう。しかも、写真つきで。

 絶句して青褪めるヒロタに、赤帽子の少年はニヤリと不敵に笑い、

 

「このボタン、押してほしくないよな? じゃあ、私は惨めで卑しいお金の犬ですって言ってみな」

 

 ヒロタは三分の一の純情なプライドを捨てた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! 次だ! 次こそは!」

 

 忌々しげに、だんだんと地団駄を踏む。

 結局――ヒロタは赤帽子の少年に屈し、敗北を認めて大人しくお金を支払った。悔しげに財布を取り出したヒロタに「はーい、“おまもりこばん”がありまーす。追加報酬ウマー」と赤帽子の少年は神経を逆撫でする発言を容赦なく叩きつけ、倍の金額を徴収した後で「悪事はもっとスマートにやるもんだろーが。このクズがッ」と吐き捨てて、場を後にした。

 ちょっと泣いた。

 小心者のヒロタは、一度敗北した相手に噛みつくような愚かな真似はしない。赤帽子の少年とは別ルートでトキワシティのポケモンセンターで傷ついたポケモンを癒してから、再びこの場に戻ってきた。

 こういう――弱い相手にしか強く出れない小心者のくせに、悪いことと自覚しながら自分の欲に傾倒する人間は不相応にプライドが高く、ちょっとやそっと痛い目を見たくらいじゃ反省しない。否、はじめこそ反省をしているような気持ちになるが、再び欲が沸くと同じことを繰り返すのだ。

 ヒロタはまさにその典型であり、反省した素振りを見せて再犯に移る。

 次は大丈夫だと、今度はきっと上手くいく、と物事を甘く、都合よく解釈していく。

 そして、そう間隔を空けずして次の標的が現れる。

 成功の有無はともかく、勝負を仕掛けることはできたのだ。さっきと同じようにすればいい、と心の中で頷いて、ヒロタは飛び出した。

 

「ここから先に行きたいなら、俺とポケモンバトルだ!」

「…………初心者狩りか」

 

 ――ま。またバレてるぅ……!

 ヒロタは内心で悲鳴を上げた。

 眼前にいる少年は、ツンツンとした茶髪と翡翠の瞳が、その怜悧な容姿と相俟ってかなり印象強く残る。

 

(またイケメンか!?)

 

 さっきの赤帽子の少年もかなり整った容姿をしていたが、こちらの翡翠の目の少年も負けず劣らずの容姿を誇っていた。透かしたようなクールな表情は、しかし、気取ったところがなく、いかにも女子受けしそうな雰囲気だ。どちらがモテるかと聞かれたら、きっと赤帽子の少年より、こちらの少年に軍配が上がるだろう。

 そんな翡翠の目をした少年の容姿はともかく、彼からは赤帽子の少年とどこか似た、デジャブのようなものを感じ、それは嫌な予感に変化する。

 

「急いでいるんだ。道を開けろ。俺にはあのゴミクズを処分する大事な役目がある」

 

 この容赦のない物言いは、やはりあの赤帽子の少年を彷彿とさせ、ヒロタは少したじろいだ。しかし相手は年下の子どもだ。しかも新人。そんな相手の言葉を素直に従うのは癪に障る。さっきの赤帽子のせいで、年下の子どもに良い感情を抱かなくなったが、あれはレアなケースだ。さすがに二回もあってたまるものか、とヒロタは気合いを入れる。

 

「ダメだ! ポケモントレーナーたる者、一度申し込まれたバトルを拒否するなど言語道断! 新人だろうと、例外はない!」

 

その結果、

 

 

「いけ、バンギラス」

 

 

 ――why? なんですか、その化け物は?

 

 

 思考が凍りつく。背筋が粟立つ。なんか下半身がおかしい。ガクガク震えているし、生温い。あ、なるほど、少し漏らしてしまったようだ。しにたぃ。。。

 ヒロタの威勢は一瞬で星になった。気合いは萎んだ。戦意は旅に出た。抵抗などあり得ない。ポケモントレーナーたる者とかほざきながら、ヒロタは我が身可愛さにサレンダーをした。

それは、翡翠の少年をよく知る者からすれば英断と称するものかもしれないが、やはりかなり情けない姿である。

 

「あ、あの、それじゃあ賞金を……」

「おまもりこばんだ」

「ですよねー」

 

 ヒロタは涙を流しながら倍の金額を支払う。お金欲しさに恥ずべき行為に手を染めたはずなのにお金は減っていく一方である。因果応報とは、このことだろうか。

 

「フン、素人が」

 

 新人トレーナーである翡翠の少年は、先輩トレーナーであるはずのヒロタに、不快感を露にそう吐き捨てる。

 返す言葉などあるはずもない。

 ヒロタは三分の一の純情なプライドを捨てた。

 

 

 

 

「三度目の……三度目の正直だ……!」

 

 ヒロタは諦めなかった。懲りなかった――とも言う。もうここまで失敗が続くと、もはや意地である。初心者狩りが成功するまで何度だって挑戦してやる! と本当の初心者からすると非常にはた迷惑な決意を宿して物陰に潜んでいた。念のために、財布の中身の大半をポケットに移し変えて。

 彼は――ヒロタは、行動を起こすのが遅かったのだ。初心者狩りをするべきか、しないべきか、天使と悪魔の囁き合戦が長期化したせいで、彼の目的である本物の初心者たちは全員、既にトキワシティに到着しているのだ。

 残ったのは、外道。

 ヒロタの外道力を遥かに超越した連中しか、1番道路を歩いている人間はいないのだ。

 一人目の赤帽子は、鬼畜系の外道。

 二人目の翡翠の目を持つ少年は、隠れ外道。

 そしてヒロタが三人目に出会うことになる碧眼の美少女は――ロケット団すら驚嘆するほどの悪魔系外道である。小悪魔とかなまぬるぃ。。。

 ヒロタは形振り構わず飛び出した。もう相手が初心者だろうかとか観察したりもしない。ただ本能に任せて物陰を飛び出し、少女の前に仁王立ちをする。 

 

「目と目が合ったら…………」

 

 ポケモンバトル――いいえ、見惚れました。

 艶やかな光沢を放つ茶髪のロングストレートに、青空のように透き通った碧眼。パッチリした二重まぶたを縁取る睫毛は長く、くるりと上にカールを描いていた。水色のノースリーブと赤のフレアスカートから伸びる肢体は健康的で可憐な線を描いている。

 ヒロタは自分の身体が沸騰するのを実感した。

 無理もない。この少女、外面に限っていえば非の打ち所のない、光り輝くような美少女なのだ。あと数年もすれば短い手足はすらりと伸びて、女性らしい肉づきに成長すれば、おそらく誰もが振り返り、声を掛けずにはいられないレベルの美少女へと進化するだろう。――外面だけは。

 ヒロタは顔を赤くして、しどろもどろになりながら辛うじてポケモンバトルに持ち込むことができた。

 

「あ、あのっ。私、ポケモンバトルって初めてなので、色々物足りないかもしれませんが、精一杯頑張りますっ。よろしくお願いします!」

 

 かなり緊張しているのか、少女もヒロタに負けないくらい泡を食ってお辞儀をした。

 

(やばい、性格まで良い子とか! お、俺の好みと完璧に一致してんじゃん!)

 

 さっきの少年二人がクソみたいな連中だったせいか、ヒロタには少女が、女神もしくは天使のように見えた。

 そうして始まったポケモンバトルは中盤終わりに差し掛かるまでヒロタの優位は崩れなかった。そうだよ、これだよ俺の求めたポケモンバトルは、とヒロタは感動しながらポケモンに指示を飛ばす。

 

「ピジョン、“かぜおこし”だ!」

「きゃっ」

 

 ピジョンの羽ばたきにより生じた風圧が少女のスカートをめくり上げようとして、少女は慌ててスカートを抑える。

 

「あ、ご、ごめん!!」

 

 好みの女の子を前に悪戯や下心を働かせる度胸のないヒロタには、もちろん悪気なんてなかった。

 

「い、いえ、お気になさらず」

 

 少女は恥じらいに顔を赤くして縮こまる。少し潤んだ瞳がヒロタの心にズキュン! と大打撃を与えた。

 

(可愛い……! 俺、もしかしてこの子に恋をしたかも!)

 

 ドキドキと心臓の音が一向に鳴り止まない。

 少女の容姿が、反応が、動きが、その一つ一つがヒロタの心を騒がしくさせた。

 

(さっきまでの不幸っぷりは、もしかしてこの幸せを噛みしめるための前フリだったのか)

 

 この瞬間が、堪らなく愛おしい。

 もっと続けばいいのに、と思ってしまうくらい。

 もうお金のことは頭になかった。

 今はただ、この少女と一緒にいたい。

 

「とってもお強いんですねっ」

 

 戦いの最中、少女が尊敬の眼差しを向けてくる。

 ヒロタはとても嬉しくなった。

 

「い、いやあっ、この程度、まだまださ! でもアレだねっ、俺くらい強いヤツってのは中々いないかもしれないね!」

「わあっ、凄いですっ」

 

 胸の前に手を組み合わせて少女は目をキラキラさせていた。

 

「よーし、私も負けていられませんっ。トゲちゃん、もう一回“わるだくみ”よっ」

 

 少女のポケモンであるトゲピーが、三度目(・・・)になる“わるだくみ”を使用する。

 

「はっはっはっ、さっきからおかしな技ばかりを使っているが、そんなんじゃ勝てないぞー」

「まだまだ、これからです! トゲちゃん、“バトンタッチ”!」

 

 少しでも良い格好を見せたいヒロタは腕を組み、達人になった気分で頼もしく笑い声を上げてみた。

 

(ポケモンバトルで大事なのは、敵を攻撃することなのに……。これはもしかして、俺が師匠として彼女の旅の供になるっていう展開なのか! 師弟の絆は、やがて男女の仲に変わり、甘酸っぱいシーンを経験して、大人の階段を登る……! ウ、ウヘヘ)

 

 ヒロタは顔の筋肉をフルに活用して、下品に歪みそうになる表情を必死に繋ぎ止めていると、少女のトゲピーが“モンスターボール”に戻り――少女の雰囲気が一変した。

 

「え?」

 

 さきほどの清楚系女子の面影は何処へいったのか、そこにいたのはヒロタが恋した少女ではなく、思わず膝をついて屈服したくなるような威圧感を纏う女王様だった。

 笑みは消え、氷のように冷たい美貌。

 呆気に取られているヒロタに、冷ややかな視線が突き刺さる。

 それは初心者狩りなんて愚行を犯した男に対する、そして、見事なまでにこちらの思惑通りに油断して、終始手のひらで踊った男に向ける蔑みである。

 少女は、まさに女王然とした声音で、

 

 

 

「蹂躙なさい――サザンドラ」

 

 

 

 

 

 

 ――気がついたとき、ヒロタはすべてを失っていた。

 ありのままに起こったことを説明しよう。ポケモンバトルの結果は言うまでもない。サザンドラの吐息のような攻撃一つでピジョンとニドリーノとヒロタの戦意は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 呆然とするヒロタに少女は小悪魔チックな笑みを浮かべて「初心者狩りさん、お金、くださーいな(はぁと)」とキャピキャピした声音で強請る。どうやらヒロタの当初の目的は見事に看破されていたらしい。

 そのテンションの変わりように思考が追いつかず停止しているのをいいことに少女はヒロタの財布を抜き取り、るんるんと中身を確認した。あまりの金額の少なさに「は?」と再び底冷えするような恐ろしい声音。その頃にはヒロタはガクブルだった。

 

 サザンドラが少女の背後でメンチを切っているのだ。

 

 何人殺せばそんな眼光ができるんですか? と言いたくなるような獰猛な真紅の瞳に、もうヒロタの下半身は決壊していた。バンギラスで少しやらかした下半身は、魔王の降臨を前に完全にやらかしてしまっていた。

 

「どうしてこんなに少ないのかしら。ポケモンバトルをしていたとき、結構チャリンチャリンってお金が擦れ合う音がしていたわよね?」

 

 ヒロタは数分前の己の行いを心底後悔した。ポケモンバトルに敗北した場合を想定した念のための小細工が、まさかのデッドエンドのフラグである。

 

「あれれ~、おかしいぞ~。……――ちょっと飛んでみなさい」

 

 キャピキャピした声音から一転、零度の声。

 ヒロタに拒否権など存在しなかった。

 そうして彼は己の尊厳と三分の一の純情なプライドと三分の三の純情な初恋とすべての所持金を失うのであった。

 

「……………………」

 

 1番道路に一人、哀愁を背負い佇む。

 ヒロタはようやく己の過ちに気づいた。

 きっと、これは不当な手段でお金を稼ごうとした自分に対する罰なのだ、と忸怩たる思いに至る。

 もう、己の失敗を他人のせいする感情は消え失せた。

 なにもかもをもぎ取られて地に堕ちた自分には、もはや他人を責める権利などない。

 すべてを失い、ようやく理解できた。

 これは財産だ。

 お金では買うことのできない、貴重な財産。

 ヒロタは今日の出来事をしっかり戒めとして心に刻み込み、帰途についた。

 

「明日から、ちゃんとアルバイトをしよう」

 

 こうして、因果応報の結果に落ち着いた少年は紆余曲折の果てに改心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと、Mにもなった。

 少女の蔑みに満ちた声音にゾクゾクと興奮したらしいです。 

 

 

 




 ゴールデンウィークだろうといつも通りに仕事があるのが辛いよ。。。
 MHF-Gに熱中していたせいで、更新が遅れますた。魂の再燃を取得するため貴重な休日を費やしてネカフェにこもり、ひたすらソロで同じモンスターの討伐。一日でデュラガウアを240匹ほど狩ったのは、二度と忘れられない苦行である。携帯のモンハンだと考えられないなぁ。休日なのに、仕事より疲労が溜まりますた。

 そして次回はサブじゃなくメインに戻り、舞台はニビシティへと移ります。
 愛と勇気と優しさと慈愛に溢れた主人公が、世のため人のために粉骨砕身に活躍しますぜ! 



 本編にツッコミ役がほしいなぁ……。でも一緒に旅するのはなァ……。やっぱり街ごとにツッコミ役を用意するべきか。



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第四話 「フラウとローザ ①」

 

 

 鬱蒼と生い茂る樹木が集まる、カントー地方最大の森林地帯――トキワの森。

 虫タイプのポケモンがたくさん生息するこの森は、虫タイプを好む少年たちの聖地として認識されているが、その反面、虫タイプのポケモンを苦手とする少女たちにとってはかなり辛い場所である。嬉々として森に突撃する少年と、嫌々虫よけスプレーをかける少女の対極した姿は、珍しくない。

 嫌なら行かなければいいだけの話だが、トキワの森はトキワシティとニビシティを繋ぐように広がっているため、空を飛ぶ手段を持たない人間はどうしてもトキワの森を通過しなければならない。

 少女たちは若干肩を落としながらトキワの森に向かうのだが、意外にもこの森を散策しようとするものは後を絶たなかったりする。

 生理的に受けつけないモノを認めて興奮する――なんて変態性のものではない。

 このトキワの森は虫タイプの聖地だが、ただ一匹、虫タイプと異なるポケモンが生息している。

 トキワの森を散策する少女たちは、その一匹を入手するために恐怖を押し殺しているのだ。

 

「いいいいやあああああーっ!!」

 

 ここにも一人、虫ポケモンに絶叫する哀れな少女がいた。

 こめかみの高さにツインテールにしたエメラルドグリーンの髪はとても長く、解けば太ももか足首にかかるくらいに伸びている。髪と同色の瞳は丸々と見開いて目尻には涙を浮かべている。恐怖に引きつった顔は樹木の幹を動いているキャタピーに向けられていた。

 少女の名は、フラウ。姓はジュンサーといい、彼女の親戚の大半が警察官の職に就いている――いわゆるエリート家系というものだ。彼女も親戚と同じく、立派な警察官になることを目指しており、十二歳を迎えた今年、人生経験のためパートナーにガーディを貰い旅に出たのだが、早速のところで躓いていた。

 

「無理無理無理無理、絶対無理~ッ!」

 

 全力で首を左右に振り、キャタピーから距離を取る。勢いよく背後の樹木に背中からぶつかると、頭上の枝に潜んでいたイトマルが「こんにちわー」と言わんばかりに糸を垂らして降ってくる。

 

「ぎゃああああああああああーーっ!!?」

 

 フラウは乙女を投げ捨てるような絶叫を上げた。

 すっかり腰を抜かしたフラウはスカートが汚れるのを気にする余裕もなく、ずりずりと後ずさる。そばにいるガーディが頼りない主の姿にやれやれとかぶりを振っていた。

 

「も~、フラウちゃんうるさい~」

 

 そんなフラウの近くにいた少女が迷惑そうに眉根を寄せて耳を塞いでいた。

 こちらの少女は虫ポケモンに対して珍しく偏見を持っていないらしく「ごめんね~、フラウちゃんってば、普段はプライドが高いのに泣き虫でヘタレな子だから~」と幼馴染のフラウをディスりながら虫ポケモンを優しく追い払っている。

 少女の名は、ローザ。フラウがジュンサーの家系なら、ローザはジョーイの家系に生まれた少女であり、ジョーイ特有の――後ろ髪を大きな二つの輪っかにしているのが特徴的だ。彼女もフラウと同じ理由から一緒に旅をしており、最初に貰ったポケモンはプリンである。

 

「もうこんな場所に居続けるなんて我慢の限界よ! 早くニビシティに戻りましょう!」

「え~、でもー、まだピカチュウを捕まえていないんだよ?」

「これ以上森の中にいたら気がおかしくなりそうなの!」

「そんなに虫ポケモンが嫌いなの~?」

「嫌いよぉっ。だって、うねうねしてカサカサして……あ、あぁぁあああ、想像しただけで嫌ぁあああああっ!」

 

 フラウは全身に鳥肌を立て、青緑色の長髪を振り乱した。

 

「じゃあ~、フラウちゃんだけ先に帰っていいよ~? 元々、あたし一人で来る予定だったんだし~」

「傷つくこと言わないでよ! 先に帰っていいって、地味に心に刺さるのよ!」

 

 そうなんだ~、と間延びした返事をして「でも~」と続ける。

 

「あたしはピカチュウを捕まえるまでトキワの森から帰るつもりはないよ~?」

「うぐっ」

 

 フラウに、虫ポケモンがたくさん生息するトキワの森を一人で移動する度胸はない。虫ポケモンに対して圧倒的に強いガーディを手持ちにしておきながら、フラウはひたすら虫ポケモンから逃げ回っていた。視界に入れることすら嫌なのに、どうしてバトルができるものか。

 ローザは極めて天然な少女だが、一度決めたことは絶対に諦めない頑固な一面があり、それでいて自由奔放とかなり手がつけられず、フラウはいつも振り回されている。

 結局のところ、フラウに選択権などないのだ。

 

「うう、どうしてこんなことに……」

 

 フラウは泣く泣く起き上がり、悄然と肩を落とした。

 ニビシティを出発地点に、当初フラウはオツキミ山を経由してハナダシティを目指すつもりだったが、ローザの「あたし~、ピカチュウがほしいんだ~」という発言により急遽路線変更をして現在に至る。別に一緒に行動するように――とは言われていないので、一人でオツキミ山を目指すなり、ニビシティで待機するなりしても良かったのだが、独りぼっちが心細いフラウは自ら茨の道に歩を進めたのだ。

 

「フラウちゃん、歩きにくいよぉ~」

「お願いだから我慢してー……」

 

 まるで引っつき虫のようにフラウがローザの背にぴったりついているのだから、ローザが少しうんざりしたような声音になるのは仕方ないだろう。

 

「まだピカチュウは見つからないの? このままじゃ日が暮れちゃうわよぉ……」

「そうだね~。このままだと野宿になるかもしれないね~」

「のじゅ、く……? こ、こんな場所で野宿なんて正気の沙汰じゃないわ」

 

 フラウは整った顔を更に青白くさせて打ち震えた。

 

「ねえ、今日はもう帰りましょう。また明日にしましょう? ね?」

 

 くいくいとローザの袖を引っ張るが、ローザは露ほども動じずに、

 

「野宿って初めてだよね~。楽しみだな~」

「聞いてよぉ!」

「だから~、怖いのならフラウちゃんは先に帰ってもいいんだよ~?」

「それができたら苦労しないもん!」

「おお~、フラウちゃんの、もん! って言葉遣いは、初めて聞いた~」

 

 基本的に自由人なローザには、何を言おうと暖簾に腕押しである。

 そのときである。フラウの隣を歩いているガーディの足がピタリと止まった。

 

「ど、どうしたのよ、ガーディ」

 

 フラウがおそるおそる尋ねると、ガーディは耳を澄ますようにピンと立てた。

 

「何か聞こえるのかな~? あたしは何にも聞こえないよ~?」

「当たり前よ。ガーディの聴覚は人間の十倍以上あるんだもの」

「鼓膜が大変そうだね~」

「わかってると思うけど、変なことをしないでよ?」

「変なこと~?」

「ガーディの耳元で叫んだり」

「もう、そんなことしないもん。フラウちゃんの意地悪~」

 

 ローザは不満ありと頬をぷくりと膨らませた。

 ジッと様子を窺っていたガーディがフラウとローザに振り向いて鳴き声を上げる。二人の視線を集めてからガーディは別方向に歩を進めた。

 

「もしかしてピカチュウを見つけたのかな~っ」

 

 先頭を歩くガーディの行動に、ローザがキラキラと目を輝かせて期待を寄せた。

 

「早く行きましょう! 早くピカチュウを見つけてダッシュで帰るわよ!」

「え~? そんな面倒くさいことしたくないよ~。えーと、“モンスターボール”は…………あれー?」

 

 肩に掛けていたバッグを漁っていたローザが不意に小首をちょこんと傾げた。

 

「……どうしたの?」

「どうしよう、フラウちゃん~。“モンスターボール”忘れてきちゃった~」

 

 ガビンとショックを受けたローザはあたふたを泣き言をこぼした。

 

「何してんのよ、このおバカ」

「ううう、だってぇ~……」

「……はあ、私の“モンスターボール”をあげるわよ」

「いいの!?」

「いいわよ。……その、と、友だちなんだから」

 

 そう言ってそっぽを向いたフラウの耳は赤く染まっていた。

 

(それに、そうしないと明日もまたここに来るとか言い出しかねないのよ!!)

 

 どうやら照れ隠しの中にはそうした背景も含まれていたらしい。また明日も今日のような地獄を味わうのなら、“モンスターボール”の一個や二個くらい安いものなのだろう。

 

「ありがとう~、フラウちゃん~」

「ちょ、ちょっと……くすぐったいわよっ」

 

 喜びを露に抱きついてくるローザにそう言い返しつつ、しかし、フラウは小さな苦笑を浮かべていた。

 

「はい、“モンスターボール”。落とさないでよ」

「うんっ」

 

 そうして二人と二匹は再び歩を進める。狭い獣道を抜けると、少し大きな広場に出た。

 ポケモンバトルに適した――ちょうど良い広さだ。事実、ここでポケモンバトルが頻繁に発生しているのを証明するように周囲の樹木には無数の傷が入っていた。

 

「なんか焦げ臭いね~」

「さっきまでポケモンバトルをしていた人がいたんでしょう。ちゃんと消火しているわよ……ね………………」

 

 流暢な言葉に、突如として淀みが生じた。キョロキョロと見渡していた視線がある一点に釘付けになり、その瞳は驚愕にまん丸となっていた。

 端整な顔の間抜けな姿は中々にインパクトがあるが、そんな隙だらけの表情を晒すフラウを、一体誰が責めることができようか。

 

 

 

「ぎゃああああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ごーめーんーなーさぁあああああいっ!!」

「あーっはっはっはっはっは! ごめん、高笑いで何を言ってるのかわからなかったーッ!」

 

 全身がテラッテラの蜂蜜色に輝いている、十代後半くらいの青年が、背の高い樹木の高い位置に縛り付けられていた。おそらく蜂蜜を塗りたくっているのだろう。甘い香りに誘われて、たくさんの虫ポケモンが樹木をよじ登ろうとしている。

 この時点でフラウは白目を剥いて気絶しそうになっていた。

 そして青年より少し距離を置いた場所で、赤帽子の少年がケタケタと笑っている。隣にいる白髪の美少女は口に含んだ大きな飴玉をコロコロと左右の頬に転がして味を堪能しており、そもそも興味すら示していない。

 

「まったく、初心者狩りなんてマジでロクでもないことをしやがって。わかる? おたく、これで三人目よ? なんでまともなトレーナーには出会わないのに、こうも初心者狩りに出会っちまうんだろうね。あれか? まともな人格者は登場しないとかいう縛りでもあるのか? さすがにマサラを代表する聖人君子のレッドくんも激おこスティックならぬ激うざスティックに突入するわ。……あ、ビードルだ。おいでおいで、そこに蜂蜜塗りたくって縛り付けられて喜んでいるクソドMがいるから、蜂蜜を分けてもらいなさい。“どくけし”もあるから、最悪、刺しても構わん」

「本当に悪かった! 出来心だったんだ! もう二度とこんな真似はしないから命だけは助けてくれー!」

「――わかった」

「ホ、ホントか!?」

「ああ。そこまで俺も鬼じゃないよ。命を取ったりなんてしないさ――――百分の九十九殺しならオッケーってことですね、わかります」

「そこまで鬼なんですけど!? だ、誰か助けてくれー!」

「叫んだところで誰も助けに来やしねーよ。このトキワの森がどれくらい広いと思ってんだ。せいぜい己の愚かさを後悔しながら土に還るといい」

「結局殺す気満々じゃね!?」

「ヘイッ、ビードルくんのちょっといいとこ見てみたい! ……毒針の効力とか」

「見たくなーいっ!」

「わがままな。じゃあスピアーさん呼んでくるわ」

「スピアーさんもやめてくれー!」

 

 樹木に縛り付けられている青年が涙ながらに叫んでいるが、赤帽子の少年は愉快げに笑いながら柳に風と受け流している。

 

「いいなあ、やっぱり。こういうアホな連中が苦しんでいる光景を見るのは」

 

 凄まじいレベルで良識を彼方へと放り投げている少年である。

 関わりたくないなぁ、とフラウは極力視界から虫ポケモンを外して、赤帽子の少年を注視する。赤帽子の下から覗く黒髪と、魔性の色を含んだ真紅の双眸。顔立ちはかなり良い方だ。もちろん、先のやり取りのせいで少しも心がときめくことはなかったが。

 できるならこの光景を見なかったことにして、さっさと踵を返したいのが本音だ。極力視界から外しているとはいえ、大量の虫ポケモンが目の届く場所にいるのは間違いないし、フラウの本能が「あの少年と関わり合いになったら確実に自分が割りを食うはめになる」と警報を鳴らしていた。フラウはローザ一人を相手するのに精一杯だ。

 しかしフラウは、代々偉大な警察官を輩出する由緒正しいジュンサーの家系に生を受けた人間だ。そこについて不満はないし、どうやら血筋そのものに篤い正義感が宿っているらしく、フラウの将来の夢は、立派な警察官になることだ。

 今はただ警察官の家系に生まれただけの小娘に過ぎないが、目の前の理不尽を放置することはできない。

 篤い正義感と関わり合いになりたくないなぁ、という思いを秤にかけた結果、どちらに天秤が傾くか――問うことも浅はかである。

 

「フラウちゃん?」

「ローザ、少し下がってなさい」

 

 フラウはその瞳に決意を宿し、豁然とした声音で言い放つ。

 そして広間の中腹まで歩み寄り、大きく息を吸い込んで、赤帽子の少年に告げた。

 

 

 

 

「――そこまでにょ!!」

 

 

 

 噛みまちた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 さて、これはどういう状況だろうか。

 レッドはこちらにビシっと指を差したまま硬直しているツインテールの少女を見遣り、冷静に状況を解読していく。

 ことの原因は樹木に縛り付けられている男にあった。この男はレッドがポケモントレーナーになったばかりの少年だと見抜くや否や、半ば強引にバトルを仕掛けてきたのだ。

 ニヤニヤしながら上から目線に話しかけてくる姿が非常にウザく、レッドは再びラティアスに蹂躙してもらった。いい加減にヒトカゲの戦闘経験を積ませたいのだが、こういう手合いには一切の容赦なく自信もプライドも根こそぎへし折ることにしている。

 びっくりするほど瞬殺された男は「プークスクス。負けてやんの。だせー。何さっきの上から目線、恥ずかしくないの? 俺だったら恥ずかしくてその場で喉笛かっ切るわー。ないわー。マジないわー。生きてて辛くないの? どうしてまだ生きてるの? べーろべろべろ、ぶわあっ! あー、楽しい! 負け犬を見下すの気持ち良いー!」と盛大な嘲りを受け、それはもうぷっちんぷりんと堪忍袋の緒が切れてレッドにダイレクトアタックをしようとしたのだが、まあ、そこのところをレッドが予想しないわけがなく、ラティアスの“サイコキネシス”で樹木に縛り付けたのだ。

 そして「あ、今もしかして俺に暴力振ろうとした? 嫌だわ、最近の若者ってホント怖い。ゆとりの弊害だわっ。これはもう痛い目を見て反省してもらうしかないわね!」と白々しいことを言いながら男に蜂蜜を塗りたくり、虫ポケモンが集まるように仕向けたのだ。

 子どもの頃は虫が大丈夫だったのに、青年になるといつの間にか虫が苦手になっていたというケースは珍しくない。青年はまさにその典型に類していた。

 青褪めた顔で恐怖に震える青年の姿は実に爽快だった。悪の苦しむ姿のなんと愉快なことか。我輩、超正義の味方。ケタケタと腹を抱えて笑わせもらった。やっぱりざまぁ展開は最高である。大好物です。

 仕上げに入ろうとしたところで、件のツインテールの少女が割り込んできたのだ。

 

 ――そこまでにょ! と。

 

 思考するまでもなく噛んでしまったことがわかる。少女は、それはもう鮮度の高いリンゴのような顔になっている。後ろに控えていた少女が「フラウちゃんって、肝心なときにやらかすよね~。ほらあのときも、あのときも~」と次々とフラウと呼んだ少女の黒歴史を暴露している。何の罰ゲームだろうか、あれは。しかも間延びした声とのんびりした表情には悪意などどこにもなくて、無邪気にフラウの心にナイフを突き立てているのがわかる。

 瞳はすっかりと潤み、顔を真っ赤に染め上げて、生まれたての小鹿のようにプルプルと打ち震えている。

 良識を持った人間なら「もうやめたげてよぉっ!」と叫んでいるに違いない。

 残念! ここに良識人はいなかった!

 

「どうしたんですにょ? 俺に何か用事でもあるんですにょ? ほら、言ってみにょ?」

 

 レッドはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、嬉々として追撃に入るのだった。

 ――マジクソである。

 

 

 

 

 

 




 
 正直オリキャラをぶっ込むのはどうかなーと最後の最後まで悩んでいたのですが、よーく考えたら、そもそも赤と緑と青がキャラ崩壊を起こして完全にオリキャラになっているので、大丈夫か、と開き直りました。しかし、この二人はニビシティ編のお話に加わる程度で、旅のお供にはなりません。

 あくまでメインは赤、緑、青の犯罪者予備軍たちです。


 ローザの髪型はXYのジョーイさんかな? あの髪が一番好きなんだ。


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第五話 「フラウとローザ ②」

「もしもーし、フラウさーん。いい加減に機嫌直して、この手錠を外してくれませんかねー?」

 

 レッドは自分の両手首を固定している金属を見下ろした。

 薄暗いトキワの森の中でも容赦なく存在感を放っているソレは、見間違えようもなく手錠である。

 まさかの事態にさすがのレッドの冷や汗を禁じえなかった。

 フラウがジュンサーの家系の人間であり、尚且つ手錠を持ち歩くなど誰が想像できようか。フラウの姿を見たときにレッドはどこの初音ミクさんですか? と思った。

 常日頃から「捕まる悪はただのバカ」と豪語としている犯罪者予備軍が、とうとう前科持ちの仲間入りか。もしそうなったらマサラタウンの人間は記者からインタビューを受けたとき声を揃えて「「「いつか絶対にやると思っていました。つーか以前からやっています」」」と言うに違いない。グリーンとブルーなど間違いなく腹筋崩壊して嘲笑いに来る。

 それだけは絶対に避けたい。この年で殺人事件とか笑えない。

 

「お詫びにお前らの探していたピカチュウの居場所を教えてあげたじゃねーか。おかげで野宿することなくニビシティに帰れんだから、これでチャラにしようぜ」

 

 そのピカチュウとは、レッドが四年前に出会った彼らである。久々の兄貴分との再会を喜んだ彼らは、同時に外の世界に興味があったらしく元々ピカチュウを欲しがっていたローザはもちろんのこと、フラウも旅の仲間としてパーティに加わることになった。

 しかしフラウはムスッとした表情のままこちらを振り向きもしない。

 フラウとは正反対に、ピカチュウを抱きしめてご機嫌なローザがそっとレッドに近寄って耳打ちをする。

 

「ごめんね~。フラウちゃんって、普段は優しくて頼りになるんだけど、怒ると器が小さくなるから結構長引くんだ~」

「いや、少しもフォローになってないんだけど。むしろ貶してんだけど」

「?」

「無自覚な天然毒舌系か……」

 

 こういう手合いは苦手である。

 天然毒舌系は、意図せず、悪気もなく、とんでもない爆弾発言を絨毯爆撃さながらに投下していくから、意図的に空気を読まない発言を投下して愉悦するレッドやブルーのようなタイプは必然的にツッコミに回らざるを得ない。こちらがどんな発言をしようと華麗にスルーするから、こちらの毒舌が一切通用しないのだ。鬼畜外道のドSは攻めることは得意だが、受け身になると途端に弱者に成り下がる。

 

「レッドくんたちは、マサラタウンから来たの~?」

「そうだけど、言ったっけ?」

「あの黄色い変な人と話していたのを聞いたんだ~」

「ああ、あの蜂蜜を塗りたくって木に縛り付けられていたヤツか。一体何がしたかったんだろうな。完全にただの変態じゃねーか」

「変わった趣味だったんだね~」

 

 のほほんとした雰囲気を崩すことなく首肯するローザに、レッドは「やっぱ苦手だわぁ……」と渇いた笑みを浮かべた。

 

「あいつのことはともかく、俺もポケモンマスターを目指しているからな。各地を旅してバッジを集めるつもりだよ」

「ポケモンマスターか~。かっこいいね~」

 

 それはどこか他人事のような物言いだった。

 

「お前らは違うのか?」

「うん。私は~お医者さんになりたくて~、フラウちゃんは~、警察官になりたいんだ~」

「ふぅん……あ、その顔どこかで見たことあると思ったらポケモンセンターの」

「ほとんどのポケモンセンターに私の親戚がいるんだよ~」

「コピー&ペーストの一家ね。フラウは違うっぽいけど」

 

 ずんずんと歩くフラウの長いツインテールが右に左に揺れている。

 

「フラウちゃんには妹がいるんだけど、見間違われるのが嫌なんだって~。ほら、フラウちゃんって、無駄にプライドが高いから~」

「いや、ほらって言われても知らねーから。出会って数分で人となりを把握するとかどんなニュータイプ? あ、俺は神の如く聖人君子と言われているから、そこんとこよろしく」

『……かび?』

 

 ポツリとラティアスが一言。

 

「おおっと、そこの紅白よ。貴様、なんて聞き間違いをしおった」

「そっか~。レッドくんはかびの変人君子なんだ~」

「おい、それも聞き間違いか? それともばっちり聞こえた上で言ったのか? どっちなんだ?」

「ふふっ」

 

 先頭を歩いているフラウが噴き出すような笑いをこぼした。おそらくこちらの会話をいつの間にか盗み聞きしていたのだろう。すぐにハッと我に返り、少し歩く速度を上げる。

 

『あの人、急に笑ったよ?』

「たまにあるから気にしなくていいよ~」

 

 なんて不親切な説明なんだ、と少し同情した。あれでは、ただの妄想癖のある女だ。

 恐らくフラウの怒りは既に冷めているのではないか、とレッドは予想する。話に入ってこないのは、レッドを警戒して迂闊に割り込むことができないのだろう。もうあんな真似をするつもりはないが、こちらの言葉が心に響くとは思えない。

 レッドはフラウをからかってしまったことを心の片隅でひっそりと反省していた。ついついグリーンやブルーにしていたような、とにかく揚げ足を取る芸風をかましてしまった。あれは耐性のついた人間でないと中々にキツイものがあるのだと気づいたのだ。マサラではすっかり定着していたから感覚が麻痺してしまっていた。

 レッドは反省できる人間だ。自分に99%に非があり、相手に1%の非があるならイーブン以上に持ち込むまで諦めないが、自分に99.9%以上非がある場合はさすがに大人しく反省する。

 そう、レッドは反省のできる生き物なのだ!

 

「マサラタウンから来たってことは、レッドくんはもうバッジを一つ持っているの~?」

「いんや。確かにマサラはトキワを経由するからジムに寄ったんだけどな、どういうわけかジムは閉まってたんだよ。ジムリーダーが不在っぽいんだ」

 

 マサラ出身の新進気鋭の面子は、最初のジムということもありワクワクしながら門を叩いたのだが、結果は徒労に終わった。

 トレーナー初日にして最初のバッジを華麗に入手する――そんな大記録を持って華々しくデビューを飾ろうとしていたのに、まさかの仕打ちだった。ジムの外にあったジムリーダーの石像に「あれ? こいつどっかで見たことあるよーな……。もう記憶が曖昧なんだよなー」と首を捻りつつ、ブルーと一緒にラクガキをして溜飲を下げたのは良い想い出だ。

 

「じゃあタケシさんがレッドくんの最初のジム戦になるんだね~」

「ま、そうなるかな」

 

 とことんヒトカゲは不遇だよな、と苦笑する。

 レッドは最初のジム戦は、博士にもらったヒトカゲで勝利を飾りたいという思いがあるのだが、中々に辛いものである。もしトキワのジムが運営中だったとしても、トキワのジムは確か地面タイプを主力にしていたはずだし、トキワを切り抜けたとしても次のニビシティは岩タイプを主力とするジムリーダー、更に次の次のハナダシティでは満を持して水タイプが主力ときた。

 

(フシギダネ無双だよなー、序盤は)

 

 フシギダネをパートナーにしたブルーは、あのフシギダネを見た瞬間、サザンドラと二枚看板にしようと思ったはずだ。

 ブルーの戦術は耐久と回避に特化したポケモンで相手の行動を阻害しつつ、積み技を稼ぎ、“バトンタッチ”によりエースモンスターで一気に相手を完膚なきまでに蹂躙するトラウマ必至のスタイルだ。レッドとグリーンもその被害者である。積み技を受け継いだサザンドラを倒すことはほぼ不可能と言って過言はない。“わるだくみ”ユルスマジ。

 おそらく序盤のジム戦を最速で駆け抜けるのはブルーだろう。

 

(ヒトカゲの本格的な出番はもう少し後かな)

 

 この森で出会った初心者狩りとバトルしたとき、レッドはヒトカゲを繰り出した。幸い、相手は炎タイプに弱い鋼タイプを保有するコイルだったこともあり勝利を手にして見せたのだが、思っていた以上に臆病を拗らせていたヒトカゲは火力の調節を誤り、あわや大惨事になるところだった。

 レッドの思いはあくまでレッド一人の都合だ。臆病なヒトカゲに敢えて苦手なタイプをぶつけるのは酷い話だし、これ以上臆病を悪化させてしまうのはトレーナー失格である。ヒトカゲは臆病ながらに頑張ろうとする意思はある。少しずつバトルを積ませて自信を育み、一歩一歩地道に進んでいくしかない。

 野良バトルはヒトカゲが担当して、トレーナー戦はもう一匹で役割分担をするのが最適か。

 思考の海から抜け出して顔を上げたそのとき、視界の片隅に動く影を見た。

 

「?」

 

 自然と視線が影の姿を求めたが、既にそこには何もなかった。薄暗い森が続いているだけだ。しかし、不意に映り込んだ影の姿は、確か黒ずくめの人の姿をしていたような気がする。

 視認できたのはまさに一瞬だったから、もしかすると気のせいだったのかもしれない。

 ――いや、

 

(あ、これ絶対フラグだ。絶対何か起こるわ。ニビシティで絶対面倒くさいイベントが発生するわ。命賭けてもいい。絶対何か起こる)

 

 まあ、案の定というべきか、その予感は的中することになる。

 

 

 

 

 

 

 その後、レッドは手錠を掛けられたままトキワの森を横断する羽目になった。ラティアスの“テレポート”を使い、手錠だけを転移させる手段も当然思いついていたが、相手はジュンサーの家系にあるフラウだ。一度逃亡することができたとしても、今後しつこく追い回される可能性も否定できないのでレッドは大人しくすることを選んだ。さすがに現段階で国家権力に喧嘩を売るほどレッドもバカではない。

 ニビシティに到着したのは、お日様が山へと沈み、紫陽花色の夕闇に染まりつつある頃だった。

 まだ四月を迎えたばかりの風は、日の温もりがなくなると途端に肌寒いものに変わる。新しい街に到着したという昂揚がいまいち沸いてこないのは、肌寒い夕闇と手錠のせいだろう。

 

「あうう~、疲れた~」

 

 フラウにおんぶしてもらっているローザがそんなことを言った。

 

「いや、それ私の台詞だから。今のアンタの何処に疲れる要素があったのか聞きたいわ」

 

 そんなローザにフラウが冷たく返す。その冷たい声音はローザ以上の疲労を感じるのは必然だろう。この面子の中で一人だけ息を切らせて、かなり辛そうだ。

 

「いいから早く降りなさい」

「ええ~? お家までおんぶして~」

「嫌よ! ニビシティまでって約束したじゃない!」

「だって疲れたんだもん」

「元々トキワの森に行きたいと言い出したのは貴女でしょうが!」

「ううう~、そうだけど~。もう歩けない~」

 

 フラウにより強制的に地面に降ろされてしまったローザは立ち上がろうとする意欲すら放棄して、座り込んだまま「おんぶ~」と手を伸ばしている。

 

「おい、あいつあんなんで旅ができるのか?」

 

 トキワの森を行き来するだけでもう歩けないなんて言っていたら、オツキミ山を登山してハナダシティに行くことすら困難ではないだろうか。

 ローザの行き先に不安を感じて、フラウに尋ねる。

 

「! ……ええ、私もあそこまで体力がない子だとは思わなかったわ」

 

 レッドに話しかけられたフラウはやや驚きつつ首肯する。

 敵意や警戒心がなくなっていることに安堵しつつ、

 

「体力っつーか、根気だな」

 

 おそらく体力にはまだ余裕があるはずだ。だって、汗一つかいてないし、息切れもしてないし。

 動くことそのものに疲れたというか、飽きたというか、つまり、怠け者なわけだ。

 

「フラウちゃん、おんぶ~」

 

 レッドとフラウは、地面に座り込んで未だ赤子のように手を伸ばしているローザを見下ろした。

 世の中にごまんといるポケモントレーナーの数を考慮すれば、ポケモンセンターがどれほどの激務であるが想像に難くない。現在のままポケモンセンターの仕事に就職したとして、この程度で根を上げてしまうローザに仕事が全うできるかと問われれば、首を横に振るしかないだろう。

 もしかするとローザの家族は、ローザのこんな怠け者な一面を矯正させるために旅をさせる決断をしたのかもしれない。

 いろんな場所を旅して、いろんな人やポケモンと出会い、苦楽を重ねることにより見聞を広げて、いつか立派になって帰ってきてほしい――と。

 

「もう、しょうがないわね。今回だけよ」

「なるほど、貴様が犯人か」

 

 ローザの矯正を期待している(かもしれない)家族たちよ、元凶は身近なところにいたぞ。

 

「え? な、なにが?」

「なにがじゃねーよ。お前がローザの我が侭を散々聞いてやってっから、こいつはこんな風になっちまったんじゃねーのか?」

「………………」

 

 ピキリとフラウが硬直した。

 レッドの発言は、まさに正鵠を射ていたのだろう。

 

「よーく思い返してみろよ。その『しょうがないわね、今回だけよ』って台詞、今まで何度使ってきた?」

 

 表情は硬直したまま、フラウの細い指が一つ二つと思い当たる節があるたびに親指から順番に閉じていき、あっという間にグーの形に変わり、そして折り畳んだ指が逆再生するかのようにリバースしていく。グー、リバース、グー、リバース、グー、リバース、グー、リバース、そんなやりとりが十以上は軽く続いて――もはや疑う余地はない。

 

「完全に私のせいか……!」

 

 ガーンと衝撃の事実を知ってしまったフラウは青ざめた表情で崩れ落ちた。

 フラウもフラウで、このまま成長して彼氏でも作ろうものならローザにしていたように、なんやかんや言いながら「しょうがないわね」と男の過ちを許す駄目人間製造機になりそうだな、とレッドはダメ男を好いてしまう才女の片鱗を垣間見た気がした。

 

「ところでしょうがないわね先生、いい加減手錠を外してくれませんかね?」

「誰がしょうがないわね先生よ!」

 

 と言いつつフラウは手錠を外してくれた。

 やっと両手が自由になったレッドは「おお」と感嘆しながら腕をくるりと回す。

 

「久々の娑婆の空気ってヤツだ」

『マスター、その台詞まったく違和感ないね』

「はは、言いおるわ、こやつめ」

 

 まるでレッドが犯罪者の常連になることを予期したかのような物言いに、レッドは笑顔と青筋を浮かべてラティアスの両頬をこねくり回す。

 

『うにー』

「俺はもう――二度と捕まらん」

「ねえ、私の前で法律と警察の目を掻い潜るように生きてやるぜ宣言はやめてくんない? あとその名言っぽい溜め方にイラッとしたんですけど」

「気にするな。お前はローザを矯正することに全身全霊を尽くすといい」

 

 そう言ってレッドはラティアスと一緒に歩き出した。

 

「どこに行くの?」

「ポケセン。夜は不良が跳梁跋扈して危険だから、良い子は早くホテルに向かわないとな」

「……貴方なら嬉々として不良狩りに勤しみそうなんだけど」

「あっはっはー」

 

 否定はしない。初心者狩りも鬱陶しいけど楽しかったし。あの悪ぶった悪人もどきが恐怖と屈辱に歪んでいる様は実に気分が良い。

 入り口にある掲示板の案内所でポケモンセンターを確認してから、レッドは夜が半分ほど出入りしているニビシティに足を踏み入れた。

 

 

 

 

 





 特に山も谷もないお話だったので、なにか付けたしたいなーと思い、「そうだ、後書きにプロフィールを書こう」と思い至りました。ここまでお話が進んだら晒していいよね、たぶん。

 いわゆるオリキャラ設定みたいな感じなので苦手な方はバックステッポで回避してください。












 トレーナープロフィール 01

【名前】     レッド
【年齢】     十二歳
【出身地】    マサラタウン
【利き腕】    両利き
【家族構成】   天涯孤独
【趣味】     自宅でゴロゴロ/ネットサーフィン(主に2ちゃんねる系)
【座右の名】   目には目を、歯には歯を(顔面崩壊させる勢いで!)
【好きな食べ物】 甘いモノ全般
【嫌いな食べ物】 おのれワサビェ……!
【好きな番組】  101匹ヨーテリー
【得意なこと】  大抵のことはそつなくこなせる
【苦手なこと】  真面目に生きる/天然系の無自覚な毒舌
【お金の使用例】 甘味 
【今一番欲しい物】ポケルス
【好きなタイプ】 おっぱいが大きいキレイな長髪のおねーさん(最低限の家事ができると好ましい)
【日課】     ラティアスと戯れる/朝一番にルっくんと殴り合い(泣)
【被害者の数】  たっくさーん。
【寛容さ】    ミジンコ先輩、マジでけえっス!

 今作品の主人公。
 四年前にラティアスと出会い、この世界を模したゲームをプレイしていた前世の記憶を思い出した。前世の記憶で培った知識と現在のポケモンバトルを組み合わせた新しい戦術を駆使して、ポケモンマスターになることを夢見ている。

 現在の目標は、公式戦無敗のまま一年でバッジをすべて集めて、ポケモンリーグを制覇することを。

 その本性はとにかく面白そうな事柄には内容問わず首を突っ込んで場をかき乱し、思う存分楽しもうとする快楽主義者であり、同時に悪人を踏み潰し、悪の苦渋に満ちた表情を見るのが大好きという厄介なサディスティック性も兼ね備えており、マサラの三大問題児に数えられている。
 

 自分のことをよく「聖人君子」と言っているが、自分の性格が悪いことは十二分に理解しており、ツッコミやすい分かりやすい嘘を好むタイプであり、ブルーのように真偽を見抜くのが大変な嘘はあまりに口にしない。
 適当なことを口にする飄々とした性格だが、どのような相手や状況だろうと物怖じせず冷静に打開策を練り、虎視眈々と機会を伺うクレバーで負けず嫌いな一面もある。 
 また、ポケモンバトルに関してはさすが初代主人公というべきか、ポケモンの潜在能力を引き出す天性の資質を宿しており、ほとんど独学でありながら、数年にも及び専門的な訓練を受けてきたグリーンやブルーと互角以上の戦いを繰り広げている。



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ニビシティ~
第六話 「トレーナーズホテル」


 ここまで更新が遅れたのはすべてモソハソが悪い。秘伝珠なんて廃人装備絶対作らねーし、と決意していたのに。


 

 ニビシティと言えば、今も昔も灰色の都市として知られている。珍しい鉱石が取れると有名な"オツキミ山”がすぐそばにあることもあり、とにかく石の資材が豊富であり、採掘して石を住宅や彫刻に利用しているのだ。不揃いな石と石を接着するように組み合わせた石造住宅が連なることから灰色の都市と呼ばれているのである。

 発掘作業と密接した関係性を築き上げているニビシティはとにかく力仕事が重要であり、岩タイプや格闘タイプのポケモンが何よりも求められ、愛されていた。力自慢の作業員や無骨な職人がたくさん在住しているせいか、この街の人間はどこか豪放的で熱いモノが感じられた。

 フラウたちと別れて早々、二人は入り口にあった案内所を参考にトレーナーズホテルに入り、バスルームで旅の疲れを癒していた。さすがカントー最大の森と言うべきか、一日で横断しようとするとかなりの体力を消耗してしまう。ポケモントレーナーの旅はただ歩くだけじゃない。野生のポケモンと戦い、トレーナーと戦い、行く先々に波乱万丈の展開が待ち受けている。新人トレーナーの大半は予想以上の過酷な旅に肉体的にも精神的にも疲れ果て、しばらく夜は泥のように眠ってしまうはずだ。

 それは当然の如くレッドも同じである。トレーナーになる以前から頻繁に外の世界に飛び出していたレッドの移動手段は専らラティアスの背に乗って空を飛ぶに限られており、こうして自分の足で歩くことはあまりなかった。

 もちろん、だからと言って体力がないわけじゃない。むしろ同い年の平均値を大きく上回っているのだが、旅の疲れはソレとはまた別に辛いものがある。こればっかりは経験を積んで、身体に馴染ませていくしかない。 

 そこにきて、この最高級のバスルームは、まさに渡りに船。

 ピカピカに磨き上げられた真っ黒な大理石に、同色の壁。三方にはほのかな燭台が薄暗く部屋を照らしており、幽玄な世界を演出していた。

 最大の見せ場は出入り口の正面にある壁一面のガラス張りである。ガラス張りの向こう側は、思わず魅入ってしまうほどの、黄金に煌くニビシティの夜景を鮮明に映し出していた。このご褒美は上階にあるスイートルームの滞在者だけが授けられる恩恵だ。

 

「あー、ヤバイ。最近世の中がチョロ過ぎて溺れてしまいそう」

『うにー』

 

 レッドとラティアスは同じ湯船に浸かりながら気持ち良さそうな表情を浮かべていた。

 金塊を宝箱に押し込めたような煌びやかな夜景はもちろん、冷める様子のない熱々のお湯は高級の入浴剤により滑らかに、花の香りを匂わせていた。備え付けのスピーカーからは穏やかなクラシックの音楽が優しく耳朶に触れる。

 五感のうちの四つを充足できる空間はなかなか存在しない。ここまで至れり尽くせりの贅沢三昧を、しかも、無料で過ごすことができるのはこのトレーナーズホテルくらいだろう。

 

 このトレーナーズホテルは隣にあるポケモンセンターと同じく国費によって運営されている公共の施設であり、ポケモントレーナーが無料で寝泊りできる宿泊施設だ。

 トレーナーとは、立派な一つの職業である。

 ポケモンセンターやトレーナーズホテルはトレーナーたちのために運営しているので、トレーナーがそれらの恩恵を無料(追加オプションは有料)で受けられるのは当然と言えよう。もちろん、トレーナーは職業なのだから、定期的に幅広いポケモンのジャンルのなかで、たった一つでもいいから相応の活躍をしないと、この援助は断ち切られてしまうが。まあ、これはニートに使う国費はねーよ働けバカ野郎という国民の声なのだろう。

 そしてこのスイートルームは運営側が出した課題を見事達成したトレーナーだけが利用できる施設である。課題はトレーナー歴や取得バッジ数、公式戦における成績、ポケモン分野における活躍などに応じて変化する。ちなみにレッドの課題はトレーナーバトルの五連戦だった。当然、余裕である。おそらくグリーンとブルーの二人もこのホテルのスイートルームの宿泊権利を獲得しているはずだ。

 

「この贅沢三昧を知ったら普通の部屋に宿泊とかありえねーよなぁ……」

『うにー……』

「価値観が崩壊したわぁ~…………」

『うに~…………』

 

 間延びしたとろけるような声音が如何に快楽の極地であるかを証明していた。

 

「おいで、ラティ」

『んっ。おいでたっ』

 

 湯のなかで両腕を広げるとそこにラティアスが小さな飛沫を散らして抱きついてくる。すりすりと擦り寄ってくるラティアスに笑みをこぼして、その頭を優しく撫でる。

 

「――に、してもやっぱり徒歩で旅をするのは結構しんどいよな。時間掛かるし、不用意に野生のポケモンと遭遇するし、疲れるし、非効率的にも限度ってモンがあるわ」

『マスターは意外と効率を重視するよね』

「面白くもない作業に時間を掛けるのが嫌いなだけだよ。楽しいことなら効率は度外視して楽しむことに集中するし。……あいつらの自転車ブチ壊して正解だったな」

 

 こんな思いを自分だけがして、幼馴染のバカどもはすいすいと自転車を漕いで先に行く――? ああ、想像しただけでわなわなと殺意が沸いてくる。あいつらのことだ。間違いなく「プギャー」と笑い、後ろ指を差してくる。そうなったら、もう殺し合いしかないじゃないか。

 レッドは自分の選択に間違いなどなかったと深々と頷く。自転車二台で人の命が救われたのだ。これほど尊いことはあるまい。むしろ感謝すらしてほしいものだ。

 

「自転車か……。明日ニビシティで売ってないか探してみるか」

『二人の自転車壊したのに?』

「ソレはソレ。コレはコレ。俺は自分が楽をしてあいつらが苦しむ姿を見るのは好きだけど、あいつらが楽して俺が苦しむのは大嫌いだ」

『おー、なるほどー』

 

 パチパチとラティアスは清々しいまでのクズに拍手を送った。

 

「もし自転車を買ったらあいつらに見つからないよう注意しねーとなァ」

 

 もし見つかってしまった場合どうなるか、思考するまでもない。ブラッディフェスティバルの始まりである。幼馴染とはこんな殺伐とした間柄だっただろうか。

 

『明日早速ジムに挑戦はしないの? マスター、一年でバッジを集めてポケモンリーグに挑戦するって言ってたのに』

「そうだけど――そんな焦ることもねーよ。ポケモンリーグの開催は十二月の下旬、受付の締め切りは十一月の下旬だ。今は四月だから、一月に一個のペースでバッジを集めていけば、ぴったり間に合う。俺が目指しているのは最速でバッジを集めることじゃない。公式戦を無敗で駆け抜けることだ。存分に道草を食って、道中を楽しみながら旅を満喫するんだよ。その街にしかない美味しい食べ物や施設を探す物見遊山も含めてな。ジムリーダーに挑むのはそういうの全部楽しんでポケモンがベストコンディションのときにすりゃ完璧だ」

『美味しいもの! ケーキ!』

 

 ラティアスの目にキラキラと星が浮かんだ。

 

「お前は相変わらず甘いモノに目がないな」

『むー、マスターも同じくせにー』

「残念、俺はそこまで露骨じゃありゃーせんよ。ニビシティと言えば、なんと言っても博物館だろ。あそこには古代に絶滅したポケモンたちの化石が展示されてんだぞ。白骨化したお前のパイセンたちが人間の見世物になっているんだ」

『ニンゲン、怖い! そんなものを見て、なにが面白いの?』

「さあ? さほど興味ないし」

 

 レッドは平然とかぶりを振った。

 確かにニビシティと言えば博物館だが、レッドは一言も行きたいなんて言ってないし、そもそも化石なんて眺めて一体なにが面白いのかまるで理解できない人種だった。絵画などの美術品を展示する美術館も同様である。頭と心のアトラクションと言うが、そんな繊細な心など持ち合わせていない。そんなものを見るくらいならこのスイートルームでゴロゴロしていた方がマシだと思っていたほどだ。

 

「けど、せっかくの旅なんだ。時間はたっぷりあるんだし、いろんなものに手を出してみるのも悪くないだろ?」

『そういうものなの?』

 

 んー? と小首を傾げるラティアスはすっかり甘味に洗脳されてしまったのかもしれない。

 

「そういうものだよ。旅は、なにごとも経験だ。――さて、俺はそろそろ上がるけど、どうする?」

 

 もう三十分も湯船に浸かったまま話し込んでいた。ここの入浴環境は文句なしに最高級だが、そもそもあまり長風呂をするタイプではないので、これ以上浸かっていたらのぼせてしまう。

 

『私はもう少し入ってくー』

「ん、りょーかい」

 

 女は本当に長風呂が好きだよな、と苦笑しつつレッドは、ざばあ、と水滴を散らしながら立ち上がり、浴室を出て行った。

 

 

 

 

 

『ただいまー』

 

 ふかふかのベッドにうつ伏せに寝転び、ネットでニビシティのジムリーダー、タケシのバトル動画を観賞していると、浴室からラティアスが帰ってきた。レッドはパソコンの画面から目を離さず「おかえり」と言う。カチリとクリックボタンを押して動画を停止させると、その背中にラティアスが抱きついてくる。ふにゅり、と柔らかい二つの丘は特にないが、全体的に柔らかく、そして心地良い香りが鼻腔をくすぐる。女の子特有の甘い香りと稀に表現があるけれど、残念、正体はただの洗剤の香りです。

 しとりと首筋にかかる濡れた白髪に、

 

「おい、貴様、ちゃんと髪を拭いてないな」

『んっ』

 

 すいとラティアスは手に持っていたドライヤーをレッドに見せる。

 

「ったく、しょうがないな」

 

 コロンとラティアスが背中の上から転がり、レッドは上半身を起こしてドライヤーのコンセントを接続して電源を入れる。大きな欠伸をかきながらスイッチを入れ、暖かな風でラティアスの髪を乾かしていく。

 

「熱くないか?」

『ん』

 

 コクリと頷いたラティアスは上機嫌にジュースを飲みながら、両足をパタパタさせている。

 

『なにを見ていたの?』

「タケシのバトルの動画だよ」

『のび太くんを苛めてるの?』

「そりゃタケシくん違いですわ。お前のタケシくんはロトえもんのタケシくん。俺の言ってるのは、ニビシティのジムリーダーのターケシくんだ」

『ターケシくん』

 

 ターケシくん。

 

『とうっ』

 

 ラティアスがクリックボタンを押して動画を再生する。

 動画はちょうどタケシの扱うイワークが相手の扱うエビワラーの連続ラッシュにより劣勢に立たされているところだった。エビワラーは“マッハパンチ”を起点に、“インファイト”で懐に飛び込み、防御を度外視した、半ば捨て身にすら映ってしまうラッシュを苛烈なまでに打ち込んでいる。

 そのエビワラーは極限に無駄を省いた最小限の動きを披露している。おそらく基礎を固め、地道な反復練習をひたすらこなしてきたのだろう。

 

『ターケシくん、負ける?』

「いんや」

 

 岩タイプのイワークにとって、間違いなく格闘タイプのエビワラーは天敵だ。しかしイワークのトレーナーは岩タイプのプロフェッショナル――カントー地方一の岩タイプ使いだ。

 たとえ相性が最悪の相手だろうと、関係ない。ひたすらに岩タイプのポケモンを愛し、そこに全身全霊の熱意を尽くしてきた物好きな――そして最高に熱いトレーナーだ。

 ジムリーダーにジムトレーナーはみんなそう。それぞれ自分が好きなタイプに誇りと自信を持っている。

 そんな彼ら、彼女らが、相性が悪いからと対策を練らず、挑戦者たちとがむしゃらに戦うわけがない。

 

「イワークは岩ポケモンのまさに典型だ。堅牢な防御力を得る代わりに素早さを犠牲にしている。だからイワークが攻撃をかわすのは不可能だし、悪手以外のなにものでもない。巨躯を強引に動かして回避しようとしたなら、エリートトレーナークラスは確実に追撃でイワークの体勢を崩して確殺コンボを決め込むからな。だからイワークは体勢を崩さないように身体を丸めて防御に徹しているが、この防御の仕方が上手すぎる」

『んんー?』

 

 ジーとラティアスは動画を眺めるが、小首を傾げるだけである。

 

「ほら、エビワラーの拳が入るところに、すかさずイワークの長い胴体が内側で交差するように動いているのが見えないか? 格闘タイプのポケモンがガード越しに打ち抜いてくる強打を防ぐときにクロスアームガードをするけど、アレと同じ理論だよ。受ける面を増やすことで攻撃を吸収しているんだ」

『あ、ホントだ。ちょっとずつ動いている』

「んで、もう一つ」

『まだあるんだっ』

「あるある。イワークは下半身のいくらかを地面に突っ込んで、まさに大地に根を張るように立っているんだ。だから多少の攻撃じゃ少しも揺るぎやしない。こうやって相手にプレッシャーを与えているんだよ。プークスクス、お前の攻撃とかちょっとも効かないんですけど、え? もしかして今攻撃とかしたんですかー、ヤダー――みたいな」

 

 と、戯言はともかく、

 

「巧妙なのが、ソレを相手に見え辛いように位置取りをしているとこだな。そこを見抜けないと相手は、泥濘に嵌まっていく一方だ。相性が抜群のはずなのにまるで攻撃が通ってないんだからな」

 

 エリートトレーナークラスのポケモンバトルになれば、トレーナーのメンタル面すらも十二分に勝敗を分ける材料になる。なってしまう。トレーナーの動揺はポケモンに伝わってしまうのだから。

 トレーナーとポケモンは常に一心同体。ポケモンは非常に感受性の高い生き物だから、主であるトレーナーの感情を良くも悪くも過敏なまでに感じ取ってしまう。

 トレーナーが動揺すれば、ポケモンも動揺する。

 そして、タケシの狙い通り――致命的な隙を生んでしまう。

 

「決まったな」

 

 刹那に過ぎない、しかし、致命的な隙をタケシは見逃さなかった。

 耐えて、耐えて、ひたすら耐えて、相手のミスをジッと待ち続ける忍耐の戦術。

 

 ――強くて堅い、(意志)の男。

 

 イワークがエビワラーの身体を“しめつける”。身動きが取れず、じわじわと体力が削られているところに、突如、イワークの口がパカリと開いて、

 

 

 ――“ジャイロボール”“ジャイロボール”“ジャイロボール”。

 

 

『うわぁ……』

「あははははははははは! やっぱスゲェわ、ジムリーダーって!」

 

 素直な尊敬と昂揚を露にレッドは大きく口を開けて笑い転げた。

 この対戦相手のバッジ所得数は六つ。つまりタケシは「俺はまだ変身を二回残している」状態で、この“しめつける”を起点に“ジャイロボール”の連射という確殺コンボを組み込んでくる。ということは、タケシの引き出しには、まだまだ高度な戦術とより効率的な技のコンビネーションが残っていると判断して良い。

 もう笑うしかなかった。

 レッドはこの対戦動画の他に、もう一つ、水タイプのポケモンと戦う動画も見たのだが、これも中々にぶっ飛んでいた。開幕と同時に“あなをほる”で地面に潜り、相手を地面の中に引きずりこんだのだ。そうなるとトレーナーは指示を出すなど不可能。やがて戦闘不能になった水タイプのポケモンがペイと地面から投げ捨てられて対戦は終わってしまった。

 ちなみに、他のジムリーダーもこんな感じだった。相性の悪いポケモンを相手が繰り出したのに「ヒャッハー! 確殺コンボだぜー!」と意気揚々に返り討ちにしていた。「相性が悪い? むしろもう相性が悪い相手の方が戦いやすいのですが?」と言わんばかりの態度である。

 レッドは大笑しながら、しかし、少しだけ残念に思った。

 ジムリーダーは挑戦者のバッジ所得数に応じて実力を変えてしまうから、レッドはタケシの全力と戦うことができないのだ。

 

(いや、バッジを全部集めた後で改めて挑戦すればいいのか。その頃には俺のパーティも完成しているはずだし)

 

 と、決意を新たにしたところで、ふわあ、と大きな欠伸がこぼれる。いい加減に睡魔の限界だった。

 ドライヤーのスイッチを切り、ソファに投げ捨てる。

 

「ラティ、今日はもう寝るからパソコンの電源落としてくれ」

『んっ』

 

 四年前はテレビの電源一つにあたふたしていたというのに、今では立派な現代人に適合したラティアスは慣れた動作でマウスを動かし、シャットダウンをクリックした。知性ある生き物はこのように、前進すると同時に“無垢なあの頃”を失っていくのだろう。まあ、それでも圧倒的な可愛さを誇っているので別に気にならないが。

 レッドは少し懐かしく思いながら消灯した。

 

 

 

 




 当然の如くトレーナーズホテルとか言うのはオリジナル設定です。アニメじゃポケセンに宿泊施設があるっぽいけど、トレーナーの数を考慮するとポケセンの隣にそういう施設を設けた方がいいんじゃね? と思ったので作りました。

 やっとジムリーダーが名前だけ登場した。作中のターケシくんは、シゲルのサートシくんのような口調です。
 ちなみにジムリーダーになるための最低条件は「教育や技能関連の国家試験の合格」と「ポケモンリーグベスト8に入ること」です。……アニポケやポケスペのように、二つ同時に技を放てる設定だから、“しめつける”とか“まきつく”なんかの拘束技が非常に強力な効果を発揮しまする。


ワタル「ハクリュー、“まきつく”! そして“はかいこうせん”の連射だ!」


 ラスボスはピカチュウと同じ6Vのカイリューか……。どうやって勝てばいいんだ。執筆が進むごとにバトルのハードルが上がっていくよぉ。


 
 話は変わりますけど、当初はレッドのポケモンにもニックネームをつけようとしていましたが、結局中断(ラティは例外として)。現実で言うなら自分の家で飼っているチワワを「チワワ」と呼んだり、柴犬を「おい、柴犬」と呼んでいるのだからニックネームは当然の如くあるべきなんですが……正直、二次小説でポケモンにニックネームをつけると作者はソレがどんなポケモンなのか把握できるけど、読者の方が「誰だねキミは」状態になる可能性があるんですよね(実体験)。三人称なら地文でポケモンの名前、会話文でニックネームと区別ができるけど、一人称だと地文もニックネームになるから久々に読んだりすると「こいつ、どんなポケモンだったっけ?」となってしまう。だから三人称にしたんだけど、結果はこの通り。まあ、ニックネームをつけるにしてもポケスペのレッドのように省略するようなニックネームなんですけどね。主人公のポケモンは分かりやすいニックネームじゃないとダメ。

 ちなみにブルーのサザンドラは当初「サザラ」「魔王」「悪逆皇帝」のどれにするかかーなーりー迷いました。



 次回からしばらく外道と悪魔と鬼畜とツッコミと天然が登場します。心温まるお話って素敵ですよね! ……どうしてこんなキャラクターしかいないんだぁ…………(泣)


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第七話 「ジム見学。そして出会う悪魔」

 

 開け放たれた大きな窓から差し込む朝の陽射しを受けてレッドは目を覚ます。たっぷり睡眠時間を取ったせいか、意識の覚醒は早く、倦怠感はない。ふわあ、と大きな欠伸をしながらレッドの腕を枕に寝ているラティアスがギュッと抱きしめる。

 愛しい少女の温もりに、邪気のない笑みが自然と浮かんだ。胸元に顔を埋めるように寝ている少女のことを本当に可愛いなぁ、と親になった気持ちで見下ろし、しばし、すやすやと眠るラティアスの姿を眺める。よしよしと頭を撫でると実に心地良さそうな顔をして、ますますレッドを虜にさせる。

 それから三十分ほど経過した七時半にラティアスの長い白まつ毛が揺れた。まぶたがゆっくりと開き、金色の大きな瞳が露になる。

 

「おはよう、ラティ」

『……おはよう、マスター』

 

 ん、と吐息を零しつつ、ラティアスは密着状態から更にギュッと抱きついてきた。しかし、それだけでは物足りなかったのか、

 

『マスター、ぎゅーってしてー』

 

 これについてはもう朝の日課と化しているので、レッドも特に何か言うまでもなくラティアスを少し強めに抱きしめた。人型に変身しているが、ポケモンである彼女には少し強いくらいが心地よいらしい。その証拠に『むふー』ととても気持ち良さそうな思念をわざわざ届けてきた。可愛い。もっとやる。

 このやりとりを大体十分から二十分ほど続け、やっと二人の日常は回り始めるのだ。

 

 

 

 

 

 ポケモンジムという施設は、ポケモンマスターを目指す少年少女たちとは、切っても切れない縁である。ポケモンジムと一般的に呼ばれているが、実際この施設はポケモンを鍛える場所ではなく、ポケモントレーナーを鍛えるために設立された。

 ポケモンマスターという――この世でもっとも大きく、偉大なる存在になるためには、このポケモンジムを守護する番人を、最低でも八人は倒さなければならない。この試練を見事突破した強者だけが、栄えあるポケモンリーグに出場する権利を授けられるのだ。

 ポケモンマスターは然ることながら、ポケモンリーグに出場すること自体、トレーナーの栄光である。それは単にポケモンジムという壁が高いからだろう。

 彼らは生半可な実力者がポケモンリーグに出場することを良しとしない。規定により制限を受けた自分たちすら倒せないようならポケモンリーグに参加する資格はないと面と向かって言ってのける。悔しいのなら、もっと強くなって再び門を叩け、と激励も一緒に飛ばして。

 当たり前だ。ポケモンバトルは、真剣勝負や相互理解など人により様々な意味合いを持つが、ジムに挑戦するトレーナーにとっては間違いなく“競技”なのだ。競技に対する想いや熱意など関係ない――実力ある者だけが栄光を掴めるプロの世界なのだ。甘いわけがない。

 その厳しさは、老若男女区別はしない。もちろん新人トレーナーだろうと。

 

「うわぁああああんっ!」

 

 そして、また一人、新たな新人トレーナーがポケモンジムの洗礼を受け、ジムから飛び出して行った。眼前のポケモンジムを見上げていたレッドの脇を走り抜けた少年の頬はコミカルな涙に濡れていた。

 

「ま、普通そうなるわな」

 

 バッジに応じて実力に制限を設けた程度で、ジムリーダーやジムトレーナーが新人に敗北するわけがない。

 そもそも新人トレーナーが一年でバッジ一つ取得することなんてほぼ不可能に近い。為し遂げるには、ポケモンリーグのベスト4以上に入れるほどの天賦の才が不可欠だろう。

 だけどそんなこと知ったことかと挑んでしまうのは、新人の性というやつだ。

 

『ねーねー、マスター。昨日のんびり攻略するみたいなこと言ってたのに、もうジムに挑戦するつもりなの?』

「まさか。公式戦無敗を目指している以上、無策でバトルを受けるつもりはないよ。今日はただの観戦。情報収集とも言うけど」

 

 こればっかりは、早くしておいたほうがいい。

 昨日今日の二日でマサラタウンとトキワシティを出発地点にした新人トレーナーの大半がニビシティに到着するはず。念願のポケモントレーナーになった彼らは、浮かれたテンションのまま大した準備も為さないままポケモンジムに挑戦するだろう。彼らはまだ世の中の厳しさを知らない子どもなのだから。

 だから今日、そして明日辺りのポケモンジムは新人トレーナーで賑わうことになると予想した。

 結果は、まさに的中。

 ポケモンジムには同い年くらいの少年少女が集まっていた。

 つまり――バッジ所得数0のトレーナーに対するジム側の戦術をたくさん見ることができるのだ。

 無敗を目指している以上、この絶好の機会は見逃せない。

 

『そんな面倒くさいことしなくてもルッくんなら無双できると思うけどなー』

「アホか。俺のパーティで無双していいのはピカチュウだけだ」

『私はー?』

「賑やかし」

『むーっ!』

 

 てしてしてしてしっ!

 

「じょーだんだよ、じょーだん。お前も立派な切り札だ。……けど、我が侭を言わせてもらうと擬似ワームスマッシャーを修得してほしかった」

 

 “シャドーボール”や“ミストボール”を管理局の白い悪魔さんのアクセルシューターのように自在に操作する技術は見事修得して見せたが、この四年で“テレポート”とビーム系の技を組み合わせたワームスマッシャーもどきを修得することは終ぞ叶わなかった。

 

『マスターは要求するレベルが高過ぎるのーっ』

「だってピカチュウが次々と俺の要求をクリアしていくから。“クロスサンダー”とかマジで修得しちゃったし」

『ピッくんは伝説のポケモンだもん!』

「いや、伝説はお前だからね!?」

 

 なんか伝説ポケモンのすっごい情けない一面を見てしまった。いや、まあ、大体はレッドと伝説の心をへし折るピカチュウが悪いのだけど。

 ぷくりと頬を膨らますラティアスのご機嫌を取りながらポケモンジムに入り、ロビーの受付に向かう。

 

「あら、もしかしてまた挑戦者かしら?」

 

 そう言った受付嬢の表情には疲労が見て取れた。

 たくさんの新人トレーナーを相手にした結果だろう。

 

「いや、見学」

「へぇ、意外ね。冷静なんだ」

「聖人君子は慌てない主義なんだ。なぜなら聖人君子だから」

「なぜかしら? 激しく頷いてはいけない気分だわ」

「誤解されやすい人間ですから」

 

 いやはやまったく。

 

「キミと同じように見学を希望する子が他に二人もいたわよ」

 

 自分以外に、ポケモンジムのトレーナーたちの戦い方を観察して対策を練ろうとする輩など、レッドの脳裏には二人しか思い浮かばなかった。

 レッドは嫌な顔をしながら、

 

「それってもしかして緑の目をしたツンツン髪の男と、青い目をした長髪の女じゃありませんか?」

「あら? もしかして知り合いだった? その通りよ」

 

 チッと嫌悪感を露に舌打ちをする。先を行かれたのはもちろん不快だが、同じ行動を取ってしまったことも実に不快であった。

 だからついつい言ってしまう。

 

「――で、ちゃんと息の根を止めてくれましたかね?」

「キミ、さっき自分で聖人君子って言わなかった!?」

 

 なんて愉快なやり取りを受付と交わしていると、入り口の自動ドアが静かに開いた。

 

「あ~、レッドくんだ~」

 

 ん? と名を呼ばれたレッドは振り向いた。この、のんびりと間延びした声音は耳に新しい。

 

「おはよ~」

「ああ。お前らも他の連中みたいにジムに挑戦しに来たのか?」

 

 そう問いかける。そこにいたのは昨日トキワの森で出会ったばかりのローザとフラウの二人だった。

 

「そのつもりだけど、貴方は違うの?」

『私たちは見学だよー。マスター曰く、情報収集だって』

「――と、いうわけだ。無策で突撃したところであっさり返り討ち――なんてのは、未来のポケモンマスターが晒していい姿じゃないし」

「うわ、この人、サラッととんでもないこと言ったわ」

 

 驚いたフラウの背景でラティアスとローザが「かっこいいー」と拍手をしている。天然ってスゴイ。

 

「じゃあ私たちも様子見しておいた方がいいかしら?」

 

 レッドの言葉を受け取ったフラウが顎に指を置いて思考する。彼女はおそらく――無策で突撃するつもりだったのだろう。

 

「お前らの自由なんじゃねーの? 俺は公式戦無敗を目指しているから慎重に事を進める予定だけど、お前らはそんなつもりはないんだろ? なら、当たって砕けるのも立派な経験だと思うぜ」

「失礼ね、負けるつもりはないわよ!」

 

 敗北は確定と言いたげなレッドの言葉に、フラウはムッと言い返した。

 

「そりゃ悪かった。まあ、応援しているから頑張ってくれ」

 

 ひらひらと手を振り、レッドは受付に観客席の場所を訊いてから、ラティアスと手を繋いで、そばにある階段へ足を向けた。

 

『二人はターケシくんに勝てるかな?』

「あー、無理だと思う」

 

 応援すると言った手前、大丈夫だと気休めを口にしようか迷ったが、二人とは分かれたし、別にいいやと本音を吐露する。

 

「フラウの手持ちはガーディとピカチュウだし、ローザの手持ちはプリンとピカチュウだろ。いくらなんでも相性が悪すぎるよ。せめて水タイプのポケモンがいりゃ話は変わるだろうが、いないものはどうしようもないしな」

 

 ポケモンバトルの基本は、相手より優位に立つにはどうすればいいか思考すること。そのためにまず考えなければならないことは、ポケモンと技の相性だ。しかも相手がどんなタイプのポケモンを使用するのか分かっている戦いで、前準備を怠るなんてもってのほか。そんな甘い思考回路ではジムを一つ突破することすら不可能だ。

 相性差を覆す戦術はトレーナーの技量あってこそ。経験の少ない新人トレーナーにできる技術ではない。

 気力や根性なんて精神論を振りかざすのも、一番最後にするべきだ。

 

『そこまで言うなら、言ってあげたら良かったのに』

「言っただろ、経験だって。アドバイスより実戦の方が得られる経験値はずっと上なのは俺たちで実証済みだろうが」

 

 百のバトル映像を見るより、エリートトレーナーのアドバイスを聞くより、実際にバトルを交わした方が良し悪しは分かりやすく、得られるものは遥かに多い。レッドたちも幼い頃は当たって砕けろ(相手を殺す勢いで)と言わんばかりにいろんなトレーナーに勝負を挑んだ。敗北回数も少なくない。そうやって腕を磨いたのだ。

 

「更に言うなら、負けた場合は一体なにがいけなかったのか考察するのが勝負の世界の常識だろ。だから、負けた方がトレーナーが得る経験値はずっとずっと高い」

 

 十の勝利より、一の敗北。

 不屈の闘志と研鑽の意思が心にあるなら、トレーナーはもっともっと強くなれる。

 

「おーいっ、レッドく~ん!」

 

 踊り場に差し掛かったところでぽわわんとしたローザの声が響いた。

 

「どうしたーっ?」

 

 こちらも少し声のボリュームを上げて返事をすると、階段を見下ろすレッドの視界にひょいとローザが現れる。

 

「あのね~、レッドくんはジム戦を見学してからどうするの~?」

「見学した後? そーだな、ラティとご飯を食べてのんびりとニビを観光予定かな」

「そうなんだ~。えとね~、良かったら私たちがニビシティを案内するよ~」

「いいのか?」

 

 それは願ってもない提案だ。地元民の案内があれば、いまいち信憑性の欠けるネットの評判よりずっと信頼できる。もしかすると、隠れた名店とか知っているかもしれないし。

 

「うん。まだピカチュウをゲットできたお礼もしてなかったし~」

 

 と、いうことらしい。

 

「じゃあお願いする。お前らのバトルが終わったらロビーで待ってるから」

 

 受付の疲れた様子から察するに挑戦者の数はまだたくさん残っているだろう。さきほど受付を済ませたばかりのフラウとローザの待ち時間はかなりあるはずだから、レッドの目的である情報収集は十全にできる。

 じゃ~ね~、とやはりのんびり間延びした声で手を振るローザに手を振り返し、レッドは上階の観客席に向かう。

 

「うわ、凄い数」

 

 観客席は予想以上に人が多く、活気に満ちていた。身を乗り出すようにして、必死に応援をする大人の姿がチラホラと見受けられる。おそらく我が子や親戚の子を応援に来た家族たちだろう。

 たくさんの照明が照らす灰色のスタジアムは白線で区切られており、同時に十のバトルが平行して繰り広げられていた。

 レッドは対戦の様子を適当に眺めつつ、空いている席を捜す。

 

『マスター、あそこ』

「お、ナイスだラティ」

 

 ラティアスが指を差した場所はちょうど二人分のペースがあった。目当ての席を取られないように、少しペースを上げて空席を目指す。

 

「よっと」

『とうっ』

 

 レッドが最初に座ると、ラティアスがその膝の上に座った。

 

「見えんがな」

 

 ラティアスを抱き上げて横に移動させると、今度はしなだれかかってきた。いつまで経っても甘えたがりなラティアスに苦笑して、よしよしと頭を撫でてやる。にへらと幸せいっぱいの笑みを浮かべるラティアスを見ていると、こちらまで幸せになってくる。本当に可愛らしいヤツだ。

 さて、肝心のバトルはどうなっているだろうか、と前方に視線を移すと、視界の隅で隣の客がこちらを凝視していることに気付いた。

 レッドは一々横目で観察することはせず、思いきり視線の主の方向に顔を向ける。

 

「あ」

 

 レッドは目を丸くすると同時に、幼馴染という縁が引き寄せる現象に少し引いた。

 おそらく隣に座っている少女も同じ気持ちだろう。

 ブルーはドリンクに突き刺したストローを口に咥えたまま、マジで? と言わんばかりに硬直していた。

 

 

 

 

  






 待ちに待ったクロロとヒソカの対決だったけど、びっくりするくらいに微妙だった。読み返さないと分からないくらい細かい能力設定は個人的にアカンと思うです。白熱のバトルというより、クロロの詰め将棋でしたなぁ。

 クロロ、マジでせこいわ。これはないわ。こういうのは期待してなかったわ――って思っていたけど、


クロロ「お前ら卑怯とか汚いとかいうけどな、勃起した変態に四六時中追いかけられてみ?」


 という2chのコメを見て、すべてを納得した。
 クロロさん、マジご苦労様です。


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第八話 「底辺の争い」

 こ、更新が遅れた理由……?
 い、いい、異世界召喚に巻き込まれていました。ゴミみたいなスキルを与えられて国から追い出されたのですが、そのゴミスキルが実はチート級の才能を秘めていて、なんやかんやで成り上がりハーレムを築いて――ごめんなさい。


 

 

「ねえ、なんなの? なんで私の隣にさり気なく座ってくるの? 狙ってたの? 虎視眈々と狙ってたの? 私のこと好きなの? マジキモイんですけど」

「意味わからないこと言わないでくれますかね。ただの偶然に決まってんだろバカじゃねーの、勘違い乙」

「え? なにその必死な否定。もしかして図星だった? 今度は私を攻略するつもりなんですか? いやいや、無理に決まっているでしょう。経済力のない男に価値はありませんー。プークスクス。私のフラグを立てたかったらまずはポケモンマスターになってからにしなさい、ぼーや」

「は? 攻略? 誰が誰を攻略するって? え? は? ちょ、ないわー。さり気なくヒロイン枠みたいな物言いしてるけど、どう考えてもお前はないわー。サブキャラというか、ただの賑やかしだわー。スタッフのお茶目な遊び心で名前とグラフィックを追加されたモブ同然の存在が生意気だわー。ないわー、マジないわー。自己評価高い女とかマジないわー」

 

 

「「………………!!!」」

 

 

 レッドとブルーは互いに頬を引っ張り合った。手持ちのポケモンたちが一様に呆れた顔をしているが、関係なく二人は底辺の争いを続けた。

 

『もうっ、喧嘩するの、めーっ』

 

 ぷくりと頬を膨らませたラティアスが間に割って入った。

 渋々怒りの矛先を収めた二人は改めてスタジアムを見下ろす。

 

『なんか悉く散ってるねー』

「最初から観戦してたけど皆こんな感じよ。無謀に無策にポケモンを突っ込ませてあっさりと返り討ち。ポケモンが可哀想だわ」

「俺たちのような特別許可証所持者はいないのか?」

「いたわよ。けど、特別許可証を持っているからといって優秀なわけじゃないわ。ソレを自慢しながら肩で風を切るようにして挑戦していたけど、ジムトレーナーに一蹴されて泣きべそかいて逃げ出したし」

 

 どうやらポケモンのことになると普通に会話ができるらしい。

 

「参考になるかと思って来たんだけど、結果はご覧の通りよ。誰もジムリーダーのところにたどり着いていないわ」

 

 ブルーの言葉を聞きながらスタジアムの脇に目を移すと、フラウとローザの姿があった。

 

「まあ、さっきまでの話だけどね」

「どういうことだ?」

 

 フラウたちのそばにある扉が開く。また新しい挑戦者がやって来たのだろう、とついでにその顔を拝むことにしたレッドは、

 

「なるほどね」

 

 と、呟いた。

 

『どうしたのー?』

 

 ラティアスがちょこんと小首を傾げる。

 

「ほら、あそこに変な緑虫がいるだろ」

『んー? あ、グリーンくんだ』

 

 グリーンなら問題なくジムトレーナーを倒し、ジムリーダーへの挑戦権を手にするだろう。

 

「さっきまでアンタの席にいたんだけど、参考にならない挑戦者たちに業を煮やして突撃したわ。無様に負けたら笑いましょう」

「じゃあ俺は紙に『www』って書いてバトル中に応援するわ」

「おっとこんなところに“バトルレコーダー”が」

「「くっくっく」」

 

 なんて笑っているが、グリーンならジムリーダーであるタケシを倒すこともそう難しくないだろうと二人は予想している。信じている。

 とにかく人を貶していくスタイルはもはや矯正不可能のクセなのだ。

 

「まだあいつの出番まで時間あるし、なんか買ってくるか」

『行くーっ』

「私はプリンアラモードでいいわ」

「黙れ小娘。貴様にサンが救えるか」

「だけどプリンは掬えるわ」

 

 誰が上手いこと言えと。

 

 

     ◇◆◇

 

 

「残念だったね~」

 

 と、のほほんとした声をこぼすのはローザだ。

 

「くぅ、もう少し、もう少しだったのに……!」

「いやいや、キミら完敗だったよ?」

 

 対照的に悔しげな表情をするフラウに、レッドは最寄のコンビニで購入した菓子パンを食べながら正直に言ってやった。

 意気揚々にジムに挑戦した二人は、やはりというべきか、ジムという壁に屈してしまった。わりとあっさりと。

 

「そんなことないわよっ。良いところまでいってたわ」

「どこが? 初戦敗退を良い線と断じるのはさすがに無理があるわ」

「うぐっ! で、でももう少しで初戦突破くらいは――」

「自分を褒める前になにが悪かったのか検討しなさいな。岩タイプのヘイラッシャイに全力の体当たりを仕掛けた時点で完全にアウトだよ」

「なにがいけないのよ? 全力でいかないとダメージは与えられないじゃない…………ヘイラッシャイ?」

「岩タイプに物理攻撃は諸刃の剣なんだよ。考えてみろ。お前が岩を全力で殴ったらその手はどうだ?」

「痛い」

「ついでに岩を壊すどころかひび割れ一つ入れられないだろ? ポケモンだって似たようなモンなんだよ。体当たりでぶつかったとき、ガーディは痛そうにしていたぞ」

 

 フラウは腰に装着している“モンスターボール”を見下ろした。

 既にジムに備え付けている回復装置で治療は完了している。ガーディとピカチュウはすやすやと眠っていた。フラウは“モンスターボール”を撫でて「ごめんなさい」と呟く。

 

「じゃあ~、どうしたらよかったの~?」

「そうだな……ローザの場合はプリンの“かなしばり”で動きを封じてから“うたう”で眠らせて至近距離で“チャームボイス”がいいんじゃないか? 観察した限りじゃ最初のジムは技の工夫で突破できる仕様に調整してるっぽいし」

「そうなの?」

「トレーナーなら技を指示するだけじゃなくて、タイミングもちゃんと見計らってやれ。相手の動きを読み取って緩急をつけるのも大切だ」

 

 一つの技を出せば、すぐに次の技を繰り出そうと指示を出すのはルーキーの反省すべき点だ。彼らはひたすら攻めることしか頭になく、相手のポケモンを観察しない。ひたすら自分のポケモンを注視しているのだ。フィールドの外から俯瞰してフィールドを見下ろせる立場にいるのに、あまりにもったいない。

 そもそも攻撃一辺倒というのは、堅実な防御を得意とする岩タイプの土壌に堂々と踏み込むようなものだ。そんな愚行を犯すものに勝利を与えるほどジムは寛容じゃない。ちょっとやそっとで勝てる仕組みになっていない。

 

(さくっとバッジを集める原作主人公やライバルが異常なんだよなぁ)

 

 レッドは前世の記憶を思い出す。へっ、ジムリーダーとか一丁前に気取りおって――と言わんばかりに次から次へとジムを制覇した懐かしい記憶を。四天王という輝かしい称号を持つ、全ポケモントレーナーたちの憧れの的ですらただのカツアゲ対象でしかなかった哀しい記憶を。

 もちろん、この世界でそんな舐めプをしようものなら即座に瞬殺されてしまうだろうが。

 

「私の場合は?」

 

 と、フラウが訊いた。

 

「ガーディは相性悪いからなぁ。水タイプとか草タイプのポケモンをゲットして再挑戦したらいいんじゃねーか?」

「身も蓋もないこと言わないでよっ。私はガーディで勝ちたいの」

 

 まあ、最初のポケモンで勝ちたいというのはわからないでもない。本当の意味で最初のポケモンであるラティアスは胃薬の旦那によって出禁を受けているし、旅立ちの日に嫁は胃薬に貰い受けたヒトカゲはガーディと同じ炎タイプと分が悪い。

 相性の良し悪しを覆すのも、奥深いポケモンバトルの醍醐味と言えるがヒトカゲが怖がっているのを無理させるわけにはいかない。

 

「不利な相性のポケモンで勝ちたいのなら技の工夫より戦い方を工夫するべきだ」

「どう違うの?」

「言葉」

「……ラティアス、やっておしまい」

 

 てしてしてし!

 

「ブルーちゃんも参加してあげるわ♪」

「うるさい黙れ。振り上げたサバイバルナイフは大人しく自分の胸に突き刺してしまっておけ。虚刀流をぶちかますぞ」

「虚刀流(笑)」

「よし、殺す」

「貴方たち本当に幼馴染!?」

 

 目を剥いたフラウの言葉にレッドとブルーは互いに指を差して、

 

「ムシケラと書いて幼馴染」

「ゴミクズと書いて幼馴染」

「「ああん……!?」」

『もうっ、いい加減にするのーっ!』

 

 ぷくりと頬を膨らませたラティアスがてしてしてし――否、ごっちーん!

 見た目こそ幼い少女のソレだが、あくまでポケモンであるラティアスの腕力は人間を軽く上回っている。てしてしてしはしっかりと手加減をした可愛らしいものだが、ごっちーんは割りとシャレにならないレベルである。

 

「スーパーマサラ人でなければ即死だった……!」

「即死しときなさいよぉ……!」

 

 二人の頭部には大きくコミカルなたんこぶができていた。スーパーマサラ人というかギャグシーンじゃなければ撲殺死体の完成である。惜しい(人類視点)。

 

「いてて、話を戻すけど、戦い方の工夫を知るには――ちょうど打ってつけのヤツがいるぞ」

 

 レッドはスタジアムに視線を向ける。

 不敵な、実に面白そうな笑みを刻んである一点に視線を注ぐ。

 次の挑戦者として空いたばかりのスタジアムに歩を進めたのは、レッドのもう一人の幼馴染。

 幼馴染と書いて中二病と読むグリーンだ。ろくなのがいない。

 

「彼が打ってつけなのかしら?」

「かっこいいね~」

「そうか? 俺はよく路傍の石ころと見間違えるんだが」

「ねえ、歪んでるわよ。貴方たち歪んでるわよ」

 

 幼馴染とは利用し、搾取し、罵倒するものである。

 三人の共通意識だ。だから散々言いながら案外仲は良い。

 

「戦い方に関しては緑が一番巧い。見ているだけでもかなり参考になるはずだぞ。忌々しい」

「私たちの中で唯一ジムリーダーに弟子入りしてるものね。憎たらしい」

「どうしてこの人たちは素直に褒めることができないのかしら」

『グリーンくんが、三人の中で一番勝率高いから』

「「違う! 性格が悪いだけだ(よ)!」」

「そこまで負けず嫌い!? 私が言うのもなんだけど!」

 

 レッドとブルーはカッと目を見開いて強く否定した。悔し紛れの皮肉と勘繰られるくらいなら、単純に性格に問題があると認識された方がましなのだろう。

 そんな賑やかなやり取りをしている間にグリーンはジムトレーナーと相対していた。

 

 他の挑戦者たちがあからさまな緊張や昂揚を浮かべているのに対して、グリーンはいつもの澄まし顔で“モンスターボール”を握っている。

 そんなグリーンの態度に、連戦で疲労の渦中にあったジムトレーナーは右肩下がりしていたテンションを持ち直した。

 ジムトレーナーとて立派なエリートトレーナーの一人だ。相対するトレーナーの技量をあるていど見抜く慧眼はある。

 グリーンを今までの挑戦者たちとは違うと認識したのだ。

 

 おそらく――タケシも同じだろう。挑戦者たちにジムトレーナーの壁はとても高く、ずっと手持ち無沙汰でバトルの様子を眺めるしかなかったタケシの目線は完全にグリーンに注目していた。

 

 審判の合図により、両者が同時に“モンスターボール”を投げる。パカリと口が開き、飛び出した二体のポケモン。

 ジムトレーナーはヘイラッシャ――イシツブテを。

 グリーンは当然ゼニガメ――否、カメールを繰り出した。

 

「進化させるの早くね?」

「なに言ってんの? 私の親ビンもフシギソウに進化したわよ」

 

 ブルーの言葉にレッドはぐぬぅと内心唸った。うちのヒトカゲまだLv.10もいってないんですけど。

 先制攻撃を取ったのはカメールである。甲羅に四肢と頭部を引っ込めて“アクアジェット”で先制を仕掛ける。

 グリーンは指示を出してない。より最速で攻撃を仕掛けるため、予めそういう風に仕込んでいたのだろう。“モンスターボール”から飛び出すと同時に“アクアジェット”で仕掛けろ――と。

 奇襲は功を奏した。イシツブテは防御も間に合わず“アクアジェット”をもろに受けてしまい大きく吹き飛んだ。二度、三度とバウンドするほど強力だったのは、直撃する寸前に“ロケットずつき”の要領でカメールが引っ込めていた頭部を突き出したのだ。

 言わば、加速力と水タイプを得た“ロケットずつき”のようなもの。水を嫌うイシツブテは堪ったものじゃない。

 

(つーか、あの戦術は……)

 

 基本とはほど遠い戦い方にレッドは遠い目になった。基本に忠実とか抜かした数秒前の自分――いや、自分の発言通りに動かない緑くたばれこの野郎と恨む。

 この攻撃でイシツブテは力尽きてしまった。

 挑戦者がジムトレーナーのポケモンを瞬殺したのはグリーンがはじめてだ。あいつ何者だ……? と周りが少し騒がしくなった。

 ジムトレーナーが次のポケモンを繰り出した。

 サイホーンだ。

 サイホーンは先端の角をカメールに突きつけて、その巨体を走らせた。見るからに頑丈なゴツゴツの巨体が駆ける様はまるで重戦車のようだ。

 当然カメール、ひいてはグリーンは回避行動に移る。

 カメールは大きく弧を描くように側面に逃れようとするが、サイホーンは目測を見誤らず歩幅を小さくして突進の方向を微調整してきた。

 

「サイホーンってかなりバカじゃなかったっけ?」

 

 というブルーの言葉に、レッドはポケモン図鑑を取り出してサイホーンを検索した。

 すると、まあ出てくる。サイホーンの悪口。

 頭が悪い。単細胞。突進の理由をすぐに忘れる。

 ここまでポケモン図鑑にディスられるポケモンがほかにいるだろうか。

 

「それだけしつけや調教が行き届いているってことなんじゃねーの」

 

 その点レッドのパーティはラティアスをはじめ賢い面子が揃っているから助かる。精密な意思疎通もラティアスがいれば問題ないし。 

 うん、やっぱりラティアスが世界一である。レッドはよしよしとラティアスの頭を撫でた。

 

 方向を微調整しながら距離を詰めるサイホーンにグリーンは少し驚いた様子を見せながら、しかし慌てずカメールに指示を出す。

 カメールはじっと身を固め、前方に円状のシールドのような透明なモノが出現した。

 

「なにあれっ?」

 

 フラウは目を見開いて驚いていた。

 

「“まもる”だな。連続性・持続性ともに不安定だが、破格の防御力を誇る一級品の補助技だ。その防御力も然ることながら特筆すべきは戦術の一環として使用するときのバリエーションの広さにある」

「どういうこと?」

「さっきも言ったけど、“まもる”は確かに絶対防御に等しい性能を持っているけど、連続性と持続性が不安定だから“まもる”を読まれると一気に劣勢に追い込まれるデメリットが付き纏うんだ。ああやってガッチガチに防御の構えを取っているから“まもる”を解除するとどうしても隙を晒すことになるし、相手は“まもる”が切れるまで十二分に力を蓄えることができる。肝心な使いどころを見誤ると一気に戦況は傾くだろうな」

「それって~、使えるの~?」

 

 ローザが胡乱げに言うのもレッドにはよく理解できた。対人戦における“まもる”の利便性をネットで知る以前のレッド(前世)は「“まもる”? カーッ、ぺ。なんじゃいこのクソ技。んなもん習得する余裕があんなら攻撃技じゃい攻撃技ヒャアー!」と攻撃技ばかり充実させていた。ストーリーはそうやってクリアしたし。

 

「だから身を護るために使うんじゃなくて、時間稼ぎや相手の手の内を読むのに使用するんだよ。毒ややけどのダメージを稼いだり、初撃を“まもる”ことでどういう風にトレーナーがポケモンを育成しているのか把握することだって可能だ」

 

 たとえば――二刀流をこなせるポケモンと対戦した場合、初撃の技や身体の使い方でどっちを重点的に育成しているか読むことも不可能じゃない。

 “まもる”の切り方が勝敗を左右すると言って過言ではない。

 

 そしてグリーンは“まもる”を身を護るためではなく、突進を微調整できるサイホーンの対処法を思考する時間を求めて“まもる”を切ったのだろう。

 すぐに対処法を導き出したグリーンはカメールに指示を出す。

 カメールはスタジアムに“みずてっぽう”を発射して足元を濡らすと続いて“あわ”を使い、スタジアムはまるで洗剤をばら撒いたかのようだ。

 スタジアムを再び疾駆していたサイホーンはグリーンの思惑通り踏ん張りが利かず滑って転倒してしまう。

 こうなってしまえば身動きの取れないどでかい的の完成である。

 合掌。

 

 

 “みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”“みずてっぽう”。

 サイホーン は ちからつきた!

 グリーン は ジムトレーナー に 勝利 した!

 

 

  

 

 

 




 なんかニビシティに入ってから――というか本編に突入してから物語自体が失速しているような気がしてならないので、もう少し話を動かしていきたいと思います。あと三、四話でニビを終わらしたい。

 唐突に虚刀流が出現したのは、執筆中に、録画していた刀語を流していたせいです。雑魚ラッシュが素晴らしい。

 というか執筆中の小説に三、四年前のやつとか普通にあるんだけど、読み返したらそっちの方がずっとクオリティが高かった。なんで? なんで?


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第九話 「ピカピカ」

 しばらく更新が開いてしまったとき、多くの作者たちはこう言うだろう。

「リアルが忙しくて!」

 まあ、大多数が本当だろうが、少数の人間は都合の良い言い訳として利用するだろう。
 しかし、私は敢えて本当のことを言おう。





 ごめんなさい、サボっていました!!!


 

 初戦を危なげなく勝利して見せたグリーンは、続く試合も難なくこなし、遂にタケシと戦う権利を獲得した。

 まだ新人トレーナーが旅に出て一週間すら経過してないというのに、この快挙にスタジアムにいる誰もが熱狂した。

 グリーンという新人トレーナーに注目し、虜になった。

 しかもグリーンは、あのポケモンの権威オーキド・ユキナリ博士の孫だというのだからメディアはゴキブリホイホイの如くグリーンにカメラを向け、インタビューの隙を虎視眈々と狙っている。事前のインタビューはコンディションを崩す可能性がある、とタケシの鶴の一声で抑制されていた。

 

 一時間のインターバルを置いて開始したグリーンとタケシの熾烈を極めるバトルを制したのは――やはりというべきかグリーンである。

 一つ目のバッジということもあり極めて大きい制限を課せられたタケシを相手に、既にエリートトレーナー顔負けの戦術と育成技術を携えているグリーンが敗北する余地はなかった。ある種予定調和に近いバトルだと感じたのはレッドとブルーの二人だけだろう。

 

 タケシのイワークを打倒して勝利が決まったとき、弾けんばかりの歓声とは裏腹にグリーンは複雑な表情を浮かべていたのは、やはり全力で戦いたかったからだろう。タケシには本気の面子で挑んでほしかったし、グリーンも己の最強にして最高の切札であるバンギラスとともに挑みたかった。たとえ結果が敗北だったとしても。

 その気持ちはよくわかる。相手がジムリーダーだろうと試されるのは嫌いだ。全身全霊を尽くした本気のバトルをしたいのだ。 

 

 まあ――それでも初めてのジム戦を突破したのだ。あの表情の裏に多少の達成感と喜びも抱えているだろう。

 

「うわあ、凄いねえ、凄いねえ~っ」

「本当。同い年のトレーナーとは思えないわ」

 

 百を超える挑戦者の中で、初めての快挙を成し遂げたグリーンに会場は軽くスタンディングオーベーションになっていた。

 

「おい見ろよ、あいつこの歓声の中でも無表情を貫いてやがんぜ。手を振り返すくらいしろよな。社交性ゼロにも限度ってモンがあるだろう。グリーンくんはだから友だちがいないんだなあ! 寂しいなあ! 飯うまだなあ!」

「陰湿なのよ。ほら、最近巷で人気の勘違いモノってやつよ。狙ってんじゃないの? 外面はクールで無表情、だけど内面は喜怒哀楽を雄弁に語っている――二次小説にありがちな勘違い系キャラとか」

「おいおい、ありゃ主人公だから意味があんだぜ。あと一人称小説。そりゃ無理だよ、だって俺が主人公だし、あいつのポジションなんてライバルという名のかませ犬で充分だっつーの」

「この状況で平然と幼馴染をディスっている貴方たちのほうがよっぽど陰湿よぉ!」

 

 堪えかねたフラウが言った。

 

「んじゃ、ジムリーダーの戦いも見れたことだし、ニビシティの観光に行くとしますか」

 

 情報収集はもう充分すぎるほどのデータを集めた。グリーンが挑戦したのはまさに僥倖である。

 

『ケーキ、アイス!』

「わかってるよ」

「美味しくて、安いところ知ってるよぉ~」

「いいね。子どもにはありがたい場所だ。カツアゲにも限界があるし」

「聞こえない聞こえない。自分と同じ十二歳の子どもがカツアゲしているとか聞こえない。……ブルーはどうする? レッドと一緒に観光案内してあげるわよ」

 

 やや不安な面持ちでブルーに問いかけたのはフラウにまともな友だちがいないからだろう。ブルーの人格が腐り果てているとか、そんな理由じゃないはずだ。

 

「うーん、レッドの付属品っていうのが極めて不愉快だけど、お願いしようかしら」

「やーいやーい付属品! カードのオマケのウエハースー!」

「ぶっ殺す」

 

 ――乙女のこの手が真っ赤に燃え、貴様を殺すと轟き叫んだブルーの拳が空間を焼くようにして駆け抜ける。レッドは迫り来るブルーの手首を、掬い上げるようにしていなした。

 姿勢を落としたレッドの顎を目掛けて、ブルーは膝を振り上げた。それを左に回り込んで回避して、水平に薙いだ手刀も更に左に回り込んで避けながら一旦距離を取る。

 じりじりと間合いを計りながら攻防の機先を制するべく思考を働かせる二人を見遣り、

 

「無駄に高度!!」

 

 フラウが叫ぶ。

 伊達に幼い頃から色んなトレーナーにポケモンバトルを挑んでいない。中には幼い子どもに敗北したことを認めない愚図も存在した。そんな連中を懲らしめていると、いつの間にか戦闘力が上がっていたのだ。

 ポケモンの一挙一動を見抜く眼力がないとトップクラスのトレーナーにはなれない。人間の攻撃などポケモンと比べると月とすっぽん――見切れないわけがなかった。

 

「アレ? もしかして怒っちゃった? ぷんぷん丸?」

「ぷんぷんドリームの方よ」

「最上級と申したか」

 

 と、いつものじゃれ合いをしながら席を立つ。

 

「貴方たちの友情が私にはわからないわ」

「大丈夫。出会う人みんなに言われたから」

「どこにも大丈夫なところがないんですけど」

「しかし、おかしいところはどこにもなかった」

「おかしいところしかないわよ」

 

 凄い。打てば響くように返って来る。自分たちだけなら返って来るのは殺意を滾らせた拳なのに、ちゃんと言葉が返って来る。

 未だ鳴り響くスタンディングオーベーションの最中、レッドたちは座席から通路に出た。

 不意に、この男一人に対して女三人の状況はもしかしなくてもハーレム状態ではないかと思ったが、よくよく考えてみるとそんなことはなかった。ちっともドキドキしない。一人は悪魔の生まれ変わりだし、そもそも転生者なレッドは普通に二十代のお姉様が好きだった。個人的に胸の小と中には人権はいらないと思う。やっぱり夢盛りだよね! なんてゲスい回路を働かせていると、

 

「――――」

 

 視界の片隅に、件の黒ずくめの男が引っかかった。コナンではない。黒スーツに黒のベレー帽、そして『R』の赤文字という潜伏しているつもりのようで微塵も潜伏できていない、いっそ哀れなくらいにダサいスタイル。社長のセンスに涙腺崩壊。

 トキワの森で一瞬見かけた――今世間を騒がしている、

 

「ロ、ロロ……ロなんとかさん」

 

 レッドは失笑した。こういうときにストーリーにほとんど興味を示さず、ひたすらAボタンを連打していた前世が悔やまれる。確か、あの一団の首領の名は――サカキ。表では氷帝学園テニヌ部の顧問をしていたはずだ。「行ってよし(ビシッ)」のあの人。しかし名前は太郎。

 そんなレッドの様子がおかしいと思ったのかブルーが声をかける。

 

「どうしたのゴミクズ?」

「いや、な、悪魔の化身。んー、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 別に放置でも良かったのだが、連中の視線がグリーンに向いているのが気になった。あいつクール振っているくせに実は内心嬉しくて仕方ないから気付いてないみたいだし。

 そんなレッドの意図を読み取ったのか、ブルーは、

 

「ふーん、まあ、せいぜい半殺しにしておきなさいよ」

「え? トイレ行くのにどうして半殺しが出てくるの?」

 

 フラウが言った。

 

「俺がそんなヘマをするわけないだろ。完全犯罪してくるわ」

「ならばよし」

「いや、よくないわよね!? ねえ、何するつもりなの? ねえ!?」

『わたしもいくー?』

「いいや、お前はこいつらと一緒に待っていてくれ。すぐに終わらせるから」

 

 ラティアスの頭を一撫でしてから、レッドは踵を返した。

 腰に提げているモンスターボールを一つ取り出して、手元でポンポンと弄ぶ。

 

 ――バチリ! とモンスターボールが青白く放電した。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そこは人気のない通路だった。

 スタジアムから沸き上がる歓声に黒ずくめの格好をした男はつまらなそうに舌打ちをする。

 

「ガキのくせに……」

 

 男の脳裏に浮かんだのはつい先ほどの光景。トレーナーになったばかりの十二歳の子どもがジムリーダーであるタケシを倒し、見事グレーバッジを受け取ったところだった。

 

「ガキのくせに……」

 

 不愉快だ。不愉快で堪らなかった。もしこの場にナニカものが転がっていたら男はきっとやつ当たりをしていただろう。

 

「ガキのくせに……!」 

 

 己の裡から沸き上がる暗い感情の正体は、嫉妬だった。少年を讃えるスタンディングオベーションがどうしようもなく劣等感を刺激する。

 男はギリッとポケモン図鑑を握り締めた。

 視線を下げる。目に映るのは、すっかりと色褪せて傷だらけになったポケモン図鑑。

 

 かつての象徴。

 憧れの象徴。

 夢の――成れの果て。

 

 男もかつてはポケモンマスターを夢見て、十二歳にポケモンを貰い故郷を旅に出た一人だった。

 戦って、仲間を増やして、次の街へ。

 苦しいことはたくさんあったけど、それすら楽しかった。だって自分には頼りになる仲間がいるから、どれだけ苦しくても頑張ることができた。

 

 しかし――何時からだっただろう。その苦しみが辛くなったのは。

 勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。

 何回やっても同じ結果。どれだけ努力を重ねても同じ結果が続いた。

 はっきりと言ってしまえば、男はポケモンブリーダーの才能もポケモンバトルの才能も持っていなかったのだ。なぜ駄目だったのか、その観点に己は含まれず、常にポケモンの強弱に問題があるのだと決め付けていた。

 

 何時までも拭い取ることのできない悪循環は遂に愛すべきパートナーたちに暴力を振るうまでに達し、そんな男にポケモンたちは愛想を尽かして男の元を去ってしまった。

 そこから男は落ちるところまで落ちた。

 かつての夢は灰色になり、憎しみに変わり、気付けば犯罪者だ。 

 

 ――ロケット団。

 

 それが男の所属する組織だ。

 ここはとても居心地が良かった。自分と同じようなドロップアウトが寄せ集められたような集団だった。劣等感が刺激されることはなく、ポケモンを道具のように扱っている姿に軽い優越感のような陶酔を齎してくれる。

 そして与えられた道具たちもかつてパートナーだった役立たずよりずっと強力なものだった。

 男は一気に自分が強い人間だと思うようになった。

 順調な犯罪生活。衣食住に困らず、欲を満たし、真っ当に頑張っている人間が得ようとしている成果を横取りすることの、なんと甘美なことか。

 他人の不幸は蜜の味。まさに人生の箴言である。

 

 そんな順風満帆な生活を送る男に次に与えられた指令が、オーキド博士の孫である少年を誘拐することであった。

 身代金の要求だろうか? 研究成果の強奪だろうか? 何にせよ、男は二つ返事で引き受けた。資金の調達に富裕層を標的にすることは珍しいことじゃなかったからだ。

 

 いつものこと。邪魔する連中を蹴散らして、自分は不当な手段で大金を手に入れるのだ。

 

 そう――思っていたのに。

 

 標的である少年が成し遂げた偉業に、どうしようもなくかつての自分の姿が甦った。

 光り輝く正道を歩いていた過去の自分。

 

「くだらない」

 

 甦る想い出を、しかし男は切り捨てた。

 自分は為せなかった。どれだけ頑張ってもジムバッジを一つも得ることはできなかった。

 圧倒的なまでの才能差を見せ付けられたようで、男はとても不愉快だった。

 

「なあ」

 

 男は我慢の限界を超えて、堪らず行動を共にしている仲間に話しかけた。

 

「なんだ?」

「もしあのガキが抵抗するようなら、痛い目に遭わせてもいいよな?」

 

 そうだ。あんな生意気そうなガキは痛い目を見るべきなのだ。

 

「好きにしろ。殺すなよ?」

「わかってる」

 

 許可は取った。にやりと男は下卑た笑みを浮かべる。どこから甚振ってやろうか、なんて考えていると。

 

 カンカンカン――と。

 鉄板の階段を叩く音が反響した。

 男たちはハッと顔を見合わせて頷き合う。もしもの場合は――と、モンスターボールを利き手に忍ばせる。

 音は近付いて来る。

 注視していると、現れたのは少年だった。

 赤帽子に黒髪、どこか魔性の輝きを宿す真紅の双眸。

 仲間たちはホッとした表情を浮かべているが、男はなぜか落ち着かなかった。

 仲間の一人が一歩前に出る。大人しくここから立ち去るように忠告するつもりなんだろう。

 しかしそいつが口を開くよりも早く。

 

「あのさあ」

 

 少年が言った。

 

「別にアンタたちが何をしようと興味もないし、どうでもいいんだけどさあ。あの緑虫に手を出すのはやめてくんない? すっごい迷惑なんだけど」

「どういう意味だい」

「九十九勝、九十九敗、引き分け数二百回。うちの切札たちは本当に負けず嫌いでさ、ポケモン図鑑に映ってるHPがゼロになろうと命を削って殺し合う生粋の戦闘狂なんだよ。いつまで経っても勝敗が動かないから、俺とあいつは決めたんだよ。ポケモンリーグの決勝戦――そこを決着の舞台にしようって。そこで勝った方が、記念すべき百勝を手にした方が強いって」

 

 こいつは駄目だ。

 男は率直に思った。

 滔々と語る黒髪赤眼の少年の瞳は――完全なまでに『無』であった。

 

 例えば――極度なまでに冷たい目に対して、ゴミを見るような目と表現することがあるが、果てして、それは正しいのだろうか? 

 路傍に転がるゴミに一体何人が興味を示すだろう。

 大多数の人間は「誰かが拾うはず」なんて思考を働かせることもせず、ごく自然と、呼吸をするように、視界にも思考からも外すのではないか。

 つまりそれは――『無』である。

 そして少年の瞳は――『無』。

 

 少年は、断じて人に向けるモノでない――すなわち、正しく、まさしく、ゴミを見るような目を向けているのだ。

 

「その俺たちが敷いたレールにさ、アンタたちの存在はいらないんだよね。アンタたちがことを騒がしくしたらポケモンリーグの開催も危ぶまれるかもしれないし、グリーンも家族の身を案じてリーグを辞退して護衛に専念する可能性だってある。それはあんまりだろ?」

 

 やめろ。

 そんな目を向けるな。

 少年の真意に気付いた仲間たちも純粋なまでの怒りを滲ませていた。

 怒りが思考を侵食し、まともな判断ができなくなる。

 明らかな憤怒に、しかし、少年はまるで介する様子もなく、あくまで淡々と。

 

「別に腐臭を撒き散らすくらいなら我慢してやるからさ、ゴミはゴミらしく隅っこで大人しくしていてくれよ」

 

 ぷつん、と

 理性が切れた音だった。

 

「こんのクソガキがぁぁああッ!!」

 

 誰もが迷わずモンスターボールを投擲した。

 紅白のボールが口を開き、組織から賜った強力なポケモンが飛び出した。

 アーボック、マタドガス、ベトベトン、スピアー。

 どれも敵を惨たらしく苦しめるのに最適なポケモンだった。

 

「こいつを、このガキを殺せッ!!」

 

 しっかりと調教されたポケモンたちは眼前にいるか弱い肉体を傷付けることに躊躇をしない。ギラギラと目を鈍く輝かせ、少年に襲い掛かる。

 

 少年は、手首のスナップだけでモンスターボールを投げる。

 遅い。今からポケモンが飛び出したところでどうしようもない。

 バカな奴だと男は嗤った。

 既に自分たちのポケモンは攻撃モーションに入っているのだ。盾になることしかできないポケモンなど畏れるに足らず。

 

 

 

 少年は呟いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――やれ」

 

 

 

 

 バチリ! とモンスターボールが青白く放電した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 ……一体何が起きたのだろうか。

 わからない。理解できない。どうして自分の身体はこんなにも痛いのだろう。もがくこともできずガクガクと痙攣しながら崩れ落ちていた。

 なぜ、自分の意識は朦朧としているのだろう。

 なぜ、仲間たちは、ポケモンたちは黒焦げになって崩れ落ちているのだろう。

 

 そう、光だ。一瞬だけピカッと光ったのだ。少年の投げたモンスターボールが開いた瞬間に眩い閃光が視界を灼いたのだ。

 そして次の瞬間がコレである。

 少年のポケモンがやったのだろうか? 有り得ない。だって、認識すらできなかったのだ。そんなポケモンが果たして存在して良いのだろうか。

 少年が投げたモンスターボールは、既に手元に戻っていた。

 

 一瞬で攻撃して、一瞬でモンスターボールに戻ったというのだろうか?

 

 なんだ、その理不尽は。ふざけるな。自分たちはこんなところで終わっていい存在じゃない。どうせ反則技を使ったに決まっている。汚いガキだ。もう一度勝負しろ。

 そんな都合の良い言葉たちは喉を通すこともなく、男は気を失うのだった。

 

「…………」

 

 少年は気絶した男が取り落としたポケモン図鑑を見下ろした。

 落とした拍子か、それとも電撃を受けた拍子の誤作動か、そこには少年の情報が載っていた。

 

 

 ――ピカチュウ Lv.100。

 

「ま――念には念を押して」

 

 そう言って、男の夢の残照であるポケモン図鑑を踏み潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





 ゲームだとどんなポケモンでもレベル100になれますが、この小説だと『完璧な育成力』と『6Vのポケモン』この二つの要素が合わさって初めてレベル100になれます。
才能によりレベルの上限値が違うのです。
 ピカチュウを活躍させてないのに、感想でピカチュウの評価がどんどん上がっていくからこうするしかなかった。


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第十話 「VSタケシ ①」

 本日は快晴。

 目覚めは最高だった。ニビシティに着いてから最高級の部屋を無料で堪能していたが、今日ほど気持ちの良い目覚めを経験したのは初めてだった。

 やはり自分は本番に強い体質のようだ。

 気力は充分。ポケモンのコンディションも無問題。

 着替えを済ませ、トレードマークの赤帽子を被ると自動的に戦意が高揚してくる。

 荷支度を終わらせたレッドは一息ついて部屋を見渡した。しばらく使用し続けた豪華な部屋も今日で最後となると少々名残惜しい。

 小さく笑みをこぼし、レッドはラティアスに言う。

 

「おっし、行こうか」

『ん!』

 

 二人は部屋を後にする。

 その顔はすっきりとしており、きらきらした喜色を咲かせていた。

 今日は今月の最終日。

 つまり――ジム戦に挑戦する日である。

 

 

 

 

 

 

 ニビシティに到着してから三日に一日のペースでレッドはニビジムの見学に行っていた。目的は情報収集の一点である。色々と制限をされているが、さすがジムリーダーと言うべきか、制限されている中でも的確な指示を出している姿は非常に参考になった。

 ジムリーダーの戦術はグリーンの戦術によく似ている。いや、ジムリーダーに師事しているグリーンが似ていると言うべきか。

 前もって緻密な計算と厳しい鍛錬が導き出した戦術で自分の土俵に持ち込み、相手を完封する技術はレッドが苦手としている分野だ。正しくは苦手――というほどではないが、ジムリーダーはもちろんグリーンと比較すると物足りない技量なのは確かだ。

 

 レッドが得意としているのは工夫と機転を駆使してポケモンの潜在能力を引き出す爆発力と、それによって相手の戦術やサイクルを瓦解させること。これについてはグリーンに勝っている。

 だからグリーンはそこを磨くためにジム戦という大事な舞台で大胆不敵にレッドに近い戦術で戦うことにしたのだろう。

 カメールの初撃である“アクアジェット”は、まさにレッドのピカチュウが得意としている奇策そのものであった。

 グリーンに倣ったつもりはないが、レッドもグリーンと同じようにライバルの戦術を身につけることにした。

 ライバルだからこそ、相手の得意分野を吸収するのだ。

 そのためにレッドはニビジムの見学に何度も足を運んでいた。 

 

 

 ポケモンは知れば知るほどに奥が深い。

 たった一つのタイプを熟知するのに十数年以上は普通に掛かると言われている。極めるとなると、生涯を費やす必要性もあるだろう。

 

 その一つを極めた者のみが至ることのできるのがジムリーダーという職業だ。

 そんなジムリーダーの一人、タケシ。

 強くて硬い、石の男。

 堅実に。確実に。力強く我慢をして――解放する。

 岩タイプの特徴を十全に活かした戦術は、まさにいぶし銀というやつだ。

 

「凄いよなぁ」

 

 既に見慣れたニビジムの外観を眺めながらレッドは素直に尊敬の言葉を口にした。

 

『んー、なにがー?』

「たった一つのタイプに生涯を捧げるその熱意が、だよ」

『マスターはないの?』

「俺の夢はポケモンマスターになることだけど、その後のビジョンがまるで沸かないんだよな。このままだと金銀のレッドよろしく俺も闇堕ちしているかもしれん」

『金銀の?』

「いや、何でもない」 

 

 ちょっとメタ発言をしてしまったレッドはよしよしとラティアスの頭を撫でて話を逸らす。実際ポケモンマスターになった後の自分は何を目指して歩むのだろう。チャンピオンの防衛が妥当だろうが、レッドは今年中にポケモンマスターになるつもりなので、まだまだ挑戦者のつもりでいたかった。

 ポケモンマスターになった後はサトシくんよろしく自分も別の地方に足を運ぶのも悪くないかもしれない――と考えて、苦笑。来年の話。しかしまだレッドにとって間違いなく遠い未来の話。険しい道を駆け抜けた後の話である。今やっとその道に足を踏み入れたばかりの自分が為さなければならないことは、その険しい道を駆け抜けた後ではなく、駆け抜けることである。

 

 拍手を打ち、気持ちを切り替えたレッドはジムのドアを潜り抜ける。

 

「あら、今日も来たの?」

 

 ジムに入ると、カウンターにいる受付嬢が話し掛けてきた。三日に一度のペースで来訪していれば、顔も覚えるだろう。

 

「まあ、そうですね」

「貴方も勉強熱心ね。一緒にいた子たちはもうハナダシティを目指して旅に出たんでしょう?」

 

 そう、ぼっちの緑虫はもちろんのこと、悪魔の水虫も早々にニビジムを突破した後は、すっかり意気投合したフラウとローザの二人と一緒に三人でハナダシティを目指してオツキミ山に向かったのだ。おそらくブルーはフラウのツッコミが気に入ったのだろう。レッドたちだとボケにボケを意図的に被せたり、肉体言語の話し合いに発展したりと中々に収拾が尽かないから。

 ちなみにフラウたちはニビジムを突破していない。ニビジムを突破した新米トレーナーはグリーンとブルーの二人だけである。

 

「まあ、あいつらと俺とじゃ目指す方向性が違うんで」

「子どもらしくない言い回しをするわね。バンドの解散みたいだわ」

「知性派ですかね」

 

 どやっ。

 

「はは、ワロス」

「ぶっ飛ばすぞ。というか何処からそのネタを仕入れてきた」

「貴方たちの賑やかな会話を聞いていたら自然と身についたのよ」

 

 もしかするとレッドは転生特典として『他人にネタを仕込む程度の能力』もしくは『キャラを崩壊させる程度の能力』を貰ったのかもしれない。そう誤認してしまうくらい汚染率がハンパではなかった。

 

 

「今日は見学じゃなくて挑戦に来たんですよ」

「あら、ようやく勝算がついたのかしら?」

「前々から勝算自体はありましたよ。ただジムリーダーの戦い方を学んでいただけです」

「タケシさんも褒めていたわよ」

「うん?」

 

 タケシとは面識はないのだが。

 

「結構な頻度で通っていたらタケシさんも気付くわよ。貴方を褒めていたのは、ちゃんと意味のある見学をしていたから――だそうよ。だから貴方が挑戦するの、楽しみにしていたわ」

「なるほど。じゃあ期待には応えないとな」

 

 不敵に笑い、レッドは受付を済ませる。

 

「頑張ってね」

「ボコボコにしてやるぜ」

『岩ポケモンはもうボコボコだよー?』

「あーん? 貴様余計なことは言わなくて良いのだよ」

 

 むにむにむにーとラティアスの柔らかい頬を弄びながらレッドはスタジアムへ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

「ヒトカゲ、“アイアンテール”!」

 

 鋼鉄化した尻尾が振り下ろされる。

 鋼より柔らかな岩の身体を持つイシツブテの身体に強い衝撃が走り、苦悶の表情を浮かべたイシツブテは、やがてその身体を地に崩した。

 

「イシツブテ、戦闘不能!」

 

 フィールドの外にいる審判が旗を上げる。

 向かいのフィールドに立つジムトレーナーはイシツブテをモンスターボールに戻し、「よくやった」と声をかけて 次のモンスターボールを投げる。

 次に出現したのは――またイシツブテであった。

 レッドはまたかと思いながらも仕方ないことだと無理やり納得する。イシツブテは岩タイプの代表的な存在であり、特にクセもなく、初心者からすると戦いやすいポケモンである。故に、バッジを一つも持ってない挑戦者相手にジム側が複数体育成しているのだ。

 

 まあ、だから安心してヒトカゲを出すことができるのだけど。

 

 当初――レッドは臆病なヒトカゲをトレーナー戦に出すつもりはなかったのだが、ジム戦を観戦し、その裏でトレーニングを積んでいるうちに自信がついたのか、まだ表情に不安や恐怖を残しながらもヒトカゲは戦うことを決意してくれたのだ。

 

 やはりヒトカゲも臆病ながらに男なのだ。強く在ることに憧れを抱いており、その強者の筆頭である男というより“漢”のピカチュウが良い感じの先導者になってくれたようだ。ファイナルターン! ピカチュウなら違和感なし。

 

 

「ヒトカゲ、よくやったな。……いけるか?」

 

 無理をさせるつもりはない。優しく問いかけると、ヒトカゲはやや呼吸を荒くしつつも頷いて続行の意思を示した。

 

「ああ、任せた。お前を信じている」

 

 前を向いてくれたヒトカゲに感謝しながら、レッドは次の戦闘に集中する。

 

「イシツブテ、“いわおとし”!」

 

 ほいほいほい、とイシツブテがソフトボールサイズの岩石を投げる。

 

「かわせるぞ。焦らず左に跳べ! 目を閉じず、投石から目を逸らすな!」

 

 レッドはヒトカゲを射線上から退避させるため、より安全な、コントロールの甘い左方面に移動するよう指示を出す。ぐるりとイシツブテを中心に円を描くように駆け回るヒトカゲの速度はレベルの割りに中々のものである。それは初戦に“りゅうのまい”を二度ほど積んでいるおかげである。攻撃と素早さが二段階上昇したヒトカゲの俊敏性はイシツブテを翻弄するには充分だった。

 

「“えんまく”!」

 

 イシツブテの視界の片隅から逃げ切った瞬間を見計らい、ヒトカゲは口から煙幕を吐き出した。

 フィールドに、白煙が広がった。

 イシツブテは困惑しているだろうが、ヒトカゲは当然イシツブテの位置情報を把握している。耳を澄ませ、イシツブテが移動してないのを認識して、

 

「トドメの“アイアンテール”!」

 

 三秒後、白煙の中心付近から衝撃音が響き渡る。白煙が晴れると、グルグル目を回して倒れているイシツブテと肩で息をしているヒトカゲの姿があった。

 審判が旗を上げる。

 

「イシツブテ、戦闘不能! 勝者、マサラタウンのレッド!」

「っし」

 

 小さくガッツポーズをして、レッドはヒトカゲの元に歩み寄る。

 

「ヒトカゲ、よく頑張ったな」

 

 よしよしとヒトカゲの頭を撫でる。初めてのトレーナー戦を見事勝利に飾ったヒトカゲは実感が沸かないのか少し呆然としていたが、少しずつ困惑していた表情が喜びに満ちていく。

 

「ああ、お前が勝ったんだよ。間違いなく。立派に――な」

 

 疲れていた表情に、ヒトカゲがパッとたんぽぽのような笑みを咲かせた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 タケシは、新しい挑戦者がヒトカゲをモンスターボールに戻し、対戦相手だったジムトレーナーと握手を交わしている場面をスタジアムの入り口で見守っていた。

 

「遂に彼が来たか」

 

 ずっと自分の戦いを観察していた少年。

 その真紅の双眸は一見冷たい印象を抱かせるが、その奥にはタケシの戦術をスポンジのように吸収してやるという強い意志が宿っていた。

 トレーナーに必要な要素を正しく理解できている怜悧な少年に、タケシは嬉しくなった。

 早々に最初の門番として立ち塞がったタケシを事もなげに打倒したグリーンといい、ジムリーダーであるタケシですら把握してない技を披露して、まるでマジシャンのようにこちらの心理をついた戦術を展開して後半の場を一気に制圧したブルーといい、今年のマサラタウン出身の新人トレーナーは実に豊作である。

 

 タケシは彼らが将来のポケモン界を背負って立つ人間であると即座に見抜いていた。

 まさに次世代の寵児。

 ジムリーダーになれば、こういう飛び抜けた存在と出会うことは必然となる。

 これだからジムリーダーはやめられないのだ。

 

「だが、手加減はしないぞ」

 

 むしろ、そんな存在だからこそ、厳しく行かせてもらう。

 タケシは少年の可能性を信じて、一つだけ、こっそりとモンスターボールを入れ替えた。

 

 ――なんてことはない。この程度の逆境、笑って切り抜けてくれ。

 

 真紅の双眸がこちらを向いた。

 タケシが不敵に笑うと、少年――レッドもニヤリと同じ笑みを浮かべた。

 それが世間知らずの無鉄砲さが生み出した蛮勇の笑みか、はたまた世間の大海を知りながらも尚、それを喰らってやろうと意気込んでいる獣の笑みか――タケシにはわからない。

 

 だから――この一戦で確かめよう。

 

 タケシはレッドと戦うべくフィールドに歩を進めた。

 

「おめでとう。キミはこれで俺と戦う挑戦権を手に入れたのだが、ヒトカゲを回復しなくていいのか?」

「いいよ。傷付いたわけじゃないし、貴方との戦いに出るわけでもないからな」

 

 なるほど。

 それなら回復させたところで意味はない。回復装置は傷は癒すけど、精神的疲労を取り除くのは不可能だ。メンタルケアはトレーナーの仕事である。

 

「ほう、主力であるヒトカゲを出さずに、この俺を倒すと?」

 

 だとしたら少し失望である。付け焼刃が通用するほどジムリーダーは甘くない――と思っていたら、

 

「ヒトカゲが主力……ねえ。むしろ一番の新参者なんだけど」

「なに?」

「さっきの戦いでヒトカゲしか出さなかったのはヒトカゲが主力だからじゃなくて、新参者のヒトカゲに戦いに慣れてもらうためだよ。ジムトレーナーは意図的に手加減してくれるから、自分に自信を持てないポケモンに自信を持たせるにはもってこいだから」

「そういうことか」

 

 確かに相手が初心者だったりすると過剰にポケモンを攻撃しようとするかもしれないし、こうした公式記録に残らない野戦のトレーナー戦になると悪辣な手段を用いる相手と運悪く出会う可能性だってある。

 少し慎重すぎる気がしないでもないが、レッドがそれだけポケモンのことを大事に想っているのは伝わってきた。

 

「そういうこと。んで、貴方のお相手を務めるのはヒトカゲじゃなくてこいつってワケよ」

 

 そう言ってレッドはモンスターボールを取り出して手元で弄ぶ。

 

「最初に言っておくけど、こいつはかなり強いよ。…………かなりウザいけど

 

 不遜なことを言ってのける少年に、タケシはゾクリと戦意を刺激する心地良い緊張感を覚えた。

 

「フッ、楽しみだ」

「んーじゃ」

 

 と、気負う様子なく。

 まるで遊園地に行く子どものように、しかし悪戯っ子な問題児のように――レッドは無垢に、不敵に、笑った。

 そして、続けるように声を張り上げる。

 

「いざ、尋常に――!」

 

 タケシは後を継ぐように、

 

「勝負ッ!!」

 

 両者は同時にモンスターボールをフィールドに投げる。

 パカッとモンスターボールが開き、光のヴェールを纏ったポケモンがフィールドに降り立つ。

 その光のヴェールが剥がれぬ内にレッドは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「行け――ミュウツー!!

 

 

 

 

 ――なっ!?

 と、タケシは驚愕した。

 無理もない。

 ミュウツー。

 その名は数年前に世間に明るみになったポケモンの名前である。

 とある犯罪組織がミュウのまつ毛を入手して、それを元に科学技術によって誕生したポケモン。

 それがミュウツーである。

 世界で初めて人為的に生み出されたミュウツーは、その強大無比のチカラを振るい自らを生み出した犯罪組織を壊滅させた後に行方を眩ましていた。

 そのチカラは伝説のポケモンすら凌駕するだろうと推測されており、今ではアンタッチャブル――もしくはパンドラの箱として扱われている。

 はずだったのだが。

 

 しかし、少年はしっかりとその口にミュウツーという名を刻んだ。

 驚愕による思考の停滞。

 タケシはポケモンバトルに置ける貴重な――刹那の時間を無駄にしてしまった。

 レッドの思惑通りに。

 

「先手必勝の“グロウパンチ”!」

 

 光のヴェールが剥がれ落ち、遂に明らかになったその姿は――まさしくルカリオである。

 断じて。

 決してミュウツーというポケモンではない。

 どこからどう見ても――ただのルカリオであった。

 あっという間に肉薄したルカリオの拳がタケシの繰り出したポケモン――カブトを一撃で戦闘不能に追いやった。

 そんな一幕をしっかり見届けたレッドは「よし」と呟いた後で、

 

「あれれー? おかしいぞー? ミュウツーと思って投げたらモンスターボールに入っていたのはルカリオだった。ミュウツーは一体どこに行ったんだー? と思っていたら、そもそもミュウツーをゲットなんてしていなかったなー。てへへー、失敗失敗ー…………つるぎのまい

 

 ――こ、こいつ……!

 何が尋常に――だ。

 テンション高くそれに乗ってしまった自分がとても恥ずかしい。

 誰も予想だにしない――まさに奇策である。

 相手を困惑させるには、これ以上ないほど効果的な奇策だ。

 しかし。

 タケシは思う。

 

 

 

 ――普通、思い付いたからってこんなことやるか?

 

 

 

 未来のポケモン界を背負う次世代の少年は――なんかもう色々と酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 





 今日の日のためにこの一年を生きてきた。
 二人の白皇発売ー! やったーーーーっ!!


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第十一話「VSタケシ ②」

 嘘ショートストーリー01

 遊戯王GX第一話 視聴

レッド「なるほど。これが新世代篇に置ける前作主人公のオサレなシーンというわけか。――よし」

 数日後。

レッド「キミ、ポケモンマスターを目指しているのかい?」
ゴールド「はい! これから冒険の旅に出発するんです!」
レッド「ラッキーポケモンだ。こいつらがキミのところに行きたがっている」

 ルギア
 ホウオウ
 スイクン
 ライコウ
 唯一神
 セレビィ

ゴールド「………………」
レッド「頑張れよ(スタスタスタ)」


ゴールド「………………」
ゴールド「……………………」
ゴールド「…………………………お」
ゴールド「お、俺のシナリオぉぉおおおおおおおおおーーッ!!」


レッド「いやー、良いことした後は気持ちがいいなあっ!!」

 以後、新世代が始まる毎に無限ループ。


「……おい」

「何か?」

 

 おかしなことでもありましたかね? とレッドはいけしゃあしゃあに首を傾げる。

 タケシは眉間に寄ったシワを揉みながら、

 

「キミは何度もこのジムに足を運んで俺の戦い方を学ぼうとしていたよな」

「その節はどうも。大変参考になりました。…………“つるぎのまい”(ボソッ)」

 

 すっ呆けたような声音である。

 

「一体どこが参考になったのか聞いていいか?」

「そりゃこれからのバトルで判断してくださいな」

 

 初手は完全にレッドお得意の奇策だった。

 今回はいつものバトルとは違った戦術を駆使して戦うため、序盤にアドバンテージを稼ぎたかった。冷静に戦況を見渡すためにも、心の余裕が欲しかった。

 

「釈然としないが……そうさせてもらおう」

 

 タケシは戦闘不能になったカブトを戻して、次のモンスターボールを投げる。

 光のヴェールを弾いて出現したのは、イワークだった。

 予想通りである。タケシの一番手はカブトだったりオムナイトだったりイシツブテだったりとバラけていたが、二番手はレッドが見る限り百パーセントイワークを繰り出していたのだ。

 そして最初に繰り出す技は――

 

「イワーク、“たいあたり”だ!」

 

 それはお馴染みの技。

 ゲームでは初期に登場する、いわゆる弱攻撃に分類される技だが、あくまでそれはゲームの話。イワークのような巨体が使用すれば充分な脅威となる。

 真っ直ぐと飛んでくるイワークの速度は、それほど速くない。攻撃を優先して先手を取っていなければ、確実に回避できる。

 

「よし、ルカリオ。“しんそく”で避けろ」

「なに? “しんそく”だと……!?」

 

 タケシが驚くのを尻目に、ルカリオが疾駆する。

 その速度は技の名に恥じぬ速力を誇っていた。残像を残しながらフィールドを走るルカリオをイワークは懸命に追いかけるが、距離は開く一方だ。

 

「ならば――そこだ!」

 

 と、縦横無尽に駆けるルカリオの動きを見切ったタケシが指示を出す。的確に指示を受け取ったイワークが何もない空間に――ちょうどルカリオが駆け抜けるであろう場所に自慢の巨躯を叩きつけようとする。

 

 しかし、レッドは、タケシがルカリオの動きを見切ることを読み切っていた。伊達に数週間の時間を観察に費やしていないし、ジムリーダーなら未来視に近い読みをして見せるはず、と信頼していた。

 故に指示は出さない。予めルカリオに仕込んでいた戦術通りに、ルカリオは行動する。

 “しんそく”により一時的に超強化された脚力を駆使して高く跳躍する。

 回避と同時に、これは攻撃の起点となる。

 重力に従い落下するルカリオはそのエネルギーを利用した“グロウパンチ”を穿つ。

 フィールドに叩きつけられるイワーク。ルカリオは一旦距離を取った。

 

「よくやった」

 

 僅かなインターバルの間に労いの声をかけるとルカリオがうるさいくらいに返事をする。

 予め戦術を仕込んでおけば、一々指示を出す必要はなく、ポケモンは素早く次の行動に移れる。トレーナーは相手の動きを読むことを重点に置き、それに従い仕込んでいた戦術を展開する。

 読みに勝った方がバトルを制する――まさにトレーナー同士の頭脳戦である。

 戦術より戦略を重きに。

 ジムリーダーは、タケシはいろんな制限を受けている。ならば完封くらいして見せなければこの先のバトルを制してポケモンマスターになるなんて夢のまた夢だ。

 

(相手がこう来るだろうから、こうする。自分ならここで、こうする。……まるでポケモンの通信対戦みたいだよなぁ)

 

 もちろんゲームと現実では求められる知識や技術がまるで違うから参考にならないが。

 

「まさかそのレベルで“しんそく”を使えるとはな。それに技を使用してからの起き上がりも速い」

「まあ、レベル上げそっちのけで身体を鍛えるようにしてたんで」

「優秀だな」

「うん、超知ってる」

「…………」

 

 言いながら、次の手を思考する。

 やっぱり自分はこういう頭脳戦より直感の方が良いよなぁ、とやり辛さを感じながら、やっとの様子で鎌首をもたげるイワークを見遣る。

 

(うわー、こっち攻撃のステータスだいぶ上がってんのに、まだ起き上がるかー)

 

 どうやら上手い具合にダメージを逃がしていたようだ。

 チラリとスタジアムに設えられている電光掲示板を一瞥する。イワークのHPはギリギリのラインで踏みとどまっていた。

 この、HPを確認できるシステムはポケモン図鑑にも搭載されている。HPゲージが底に尽きると戦闘不能と見なされ、以後、HPを回復しない限りそのバトルでの使用は反則となる。たとえポケモンに意識があり、バトル続行の意志を示そうと、だ。

 それ以上はポケモンの命に関わってしまう。HPゲージのシステムは安全装置なのだ。

 

 どうする? 風前の灯であるイワークに視線を戻して考える。

 観察した結果、タケシがイワークに指示する技は“たいあたり”が多く、次点で“かたくなる”。その次は“いわおとし”、そして“しめつける”の四つだった。

 警戒するべきは“しめつける”。

 あれに締めつけられると一切の行動が不可能になる。バッジを一個も所持してないから、しないだろうが、タケシの確殺コンボは“しめつける”で行動を封じてからの一方的な蹂躙劇だ。ゲームではしょうもない技なのに。

 

 ルカリオは元々攻撃と素早さの二種を重点に育成しており、回避に特化しているため、滅多に攻撃が命中することはないが、念には念を入れるべきか。

 

「ルカリオ、“はどうだん”」

 

 ルカリオは腰を落とし、上半身を捻って両手を重ね合わせる。

 すると重ね合わせた両手にエネルギーが集まる。膨張するエネルギーの塊を収斂させ、そのあまりの密度にエネルギー体が悲鳴を上げている。

 

 解放。

 

 咆哮と共に、両手を前に突き出した。

 極限まで凝縮したエネルギー体は一切の霧散も許さずに虚空を迸る。

 

「跳ね返せ!」

「ヴェ?」

 

 イワークは尻尾を振るい、ジャストミート。まさかのピッチャー返し。

 

「マジでか!?」

 

 レッドは、ルカリオと一緒に驚いた。

 真っ直ぐに返ってくる“はどうだん”に対応できず、ルカリオは直撃してしまった。

 特攻に努力値こそ振ってないが、ミドルレンジに対応するために“はどうだん”の技術は磨いていたのだが、それが災いとなってしまった。

 格闘タイプでありながら鋼タイプでもあるルカリオに、格闘タイプの技は抜群なのだ。

 吹っ飛んでしまい、二度、三度、バウンドしてルカリオは復帰する。

 防御、特防ともに努力値を割り振っておらず、しかも完全に直撃をしてしまったルカリオのHPはぐんぐん減ってしまい、半分を超えるまで到達した。

 

「そのイワーク、絶対今まで使っていたイワークと違うだろ!」

「よく気づいたな」

 

 タケシは不敵に笑う。

 

「きみがかなりの使い手であることはわかっていたからな。少し意地悪をさせてもらったよ」

 

 お前人間じゃねぇ!

 咄嗟にレッドは叫びそうになったが自重する。珍しく、奇跡的に自重する。

 

「そのルカリオ、レベルにそぐわない素早さを誇っているが、その反面防御が薄いと見た。悪いが、足を奪わせてもらう。“がんせきふうじ”!」

「チッ、避けろ!」

 

 イワークがフィールドのあちこちに大きな岩石を投げ飛ばした。降り注ぐ岩石をルカリオは次々とかわしていくが、フィールドに転がる岩石がルカリオの行動範囲を制限していく。

 直撃こそはしなかったが、最後の一つがギリギリのところに落下して、その衝撃がルカリオを痛めつける。

 

「とどめだ、イワーク! 岩石ごと巻き込んで“しめつける”!」

 

 まずい。見ればルカリオの全方位を塞ぐように岩石が聳えている。イワークはそのまわりをグルリと囲み、そのまま締めつけようと……。

 四の五の言っている場合じゃない。

 相手がこちらの技を利用するなら、こっちも利用するまでだ。

 

「ルカリオ、岩石を足場にして“とびひざげり”を決めろ!」

 

 険しい表情を浮かべていたルカリオが一縷の希望を見い出したように煌々と戦意を燃やす。

 

「なに!? 岩石を踏み台に――」

 

 岩石を踏み越えて跳躍したルカリオは、その勢いのままイワークの頭部にある突起物に狙いを定める。

 空気を穿つ――別名・シャイニングウィザードは正確無比にイワークの急所に命中し、その突起物をへし折った。

 大きく仰け反ったイワークは、その身体を巻き戻すことなくフィールドに伏した。

 

「イワーク、戦闘不能! 勝者、レッド!!」

 

 審判が宣言し、またしても新進気鋭の若者が登場したことに観戦席にいた人々は歓声を上げる。しかし、グリーンやブルーに比べて歓声が少ない気がするのはなぜだろう。“はかいこうせん”でもぶち込んでやろうか?

 勝利の雄叫びを迸らせているルカリオに「お疲れ。見事だったぜ」と労いの声をかけると、その雄叫びを上回る咆哮を上げた。すいと背後から現れたラティアスが『感謝の極みでございます、主様ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああアあああああああああアアーーーーッ!!! ――――だって』とルカリオの雄叫びを翻訳する。

 

 そう、無駄に熱いのだ。あのルカリオは。

 レッドを主様と呼び、ラティアスを姫様と呼び、ピカチュウをお師匠様と呼ぶ――らしい。ちなみにリオルからルカリオに進化した際、調子に乗ってピカチュウに喧嘩を売った結果、一秒間に十発ほどの“かわらわり”を受け、“アイアンテール”で打ち上げられた後に、対バンギラス用に習得していた“ばくれつパンチ”でトドメを刺された。あのときばかりはレッドも「ピカチュウさん」と名称を改めたものだ。

 そして(ルカリオ)は変わってしまった。

 一体どこのBASARA幸村だ。

 少し呆けていたタケシは我に返ったように苦笑して、イワークをモンスターボールに戻すとこちらに歩み寄ってくる。

 

「おめでとう」

「どうも」

 

 差し出された手と握手を交わし、小さく頭を下げる。

 

「見事な戦いだった。まさか岩石を踏み台に“とびひざげり”を命令するなど思ってもみなかったよ。足場も悪く、技自体の命中率も低いのに躊躇なく繰り出すとは、豪胆というか無謀というか」

「“とびひざげり”は“インファイト”と同じくうちのルカリオのメインウェポンですからね。空戦になった場合を想定して、相当に修行を積んでいたんですよ」

 

 敢えて“インファイト”の手札を晒し、隠し札を隠蔽する。

 

「相当の修行か。なるほど。キミは特別許可証を貰っていたんだな。それならそのルカリオの完成度も頷ける」

「どやぁ」

「――が、まだもう少し身体を絞れるな。体幹はしっかりしているから柔軟性と瞬発力は申し分ないが、筋肉の付き方が少し甘い」

「ぐぬぅ……!」

 

 的確な反撃にレッドは呻いた。

 素早さを重視した戦闘スタイルのルカリオにゴツゴツした筋肉は無用の長物だが、だからとひょろいのも問題である。その匙加減が難しいのだ。

 

「わかっているのなら、俺から言うことはもうないさ。どう仕上げるのかはキミの仕事だ。さあ、俺に勝った証に、ポケモンリーグ公認のグレーバッジを授けよう」

 

 そう言ってタケシは灰色の――石のように角ばったバッジを渡してくる。

 

「チャッチャチャーン、チャチャチャッチャチャーン、チャッチャーチャララン」

「なんだそれは?」

「バッジ入手時のBGM」

「キミは不思議だな」

「そんなこと言われたのは初めてなんだけど」

『マスターってば、基本『頭がおかしい』とか『鬼畜』とか『外道』とか悪口ばかりだもんね』

「まったく、こんな聖人君子に何たる暴言か」

『夢でも見ているの?』

 

 悪意なく、ただただ純粋に――と言った様子で『んー?』と小首を傾げるラティアスの頬をこねくり回しながら、

 

「次はハナダジム……水タイプか」

 

 相変わらず炎タイプのポケモンに厳しい環境である。

 どうにかしてヒトカゲに自信を持たせたいレッドとしては、少しげんなりとしてしまう。

 

「ん? 確かにオツキミ山を越えた先はハナダシティだが、ジム巡りに順番があるわけじゃないんだ。遠回りになるだろうが、手持ちのポケモンの相性と相談しながら挑戦するジムを選べばいいさ」

「なるほど。そういう手もあるか」

 

 こねくり回していたラティアスの頬を解放する。

 

「それより、一つ尋ねたいことがあるんだが、大丈夫か?」

「いいよ。急ぎの旅じゃないし」

「すまないな。数週間前の話になるんだが、このジムの中に今、世間を賑わせているロケット団の一員が潜伏していたんだ」

「へー、そりゃ大変だ――――あ」

 

 ハイパーボールが心当たりをゲットした。

 

「だが、幸い、というべきか、そのロケット団は俺たちが発見したときは既に何者かによって倒された後だったんだよ。……全裸に剥かれた挙句、その……なんだ、なぜか亀甲縛りで吊るされていたが」

「………………」

「まあ、散々みんなに迷惑をかけている連中だから、因果応報と言えばそれまでなんだが、それにしては少しやりすぎだと思うんだよ、俺は。だからロケット団を倒したトレーナーを探しているんだが、何か知らないか?」

「――――知らないな。まさか、そんな奴がいるなんて思ってもみなかったぜ……!」

 

 そう言って、レッドは激怒した。とりあえず、激怒してみた。

 迸れ、口だけの正義! ムカ着火インフェルノォオオオオーーッ!

 

「彼らにだって、もしかしたら悪に堕ちるやむを得ない事情というものがあるかもしれないのに、そんな一方的に彼らが悪の根源だと決めつけてそんな酷い暴力を振るうなんて! 信じられない。同じ人間のすることとは到底思えません! 俺、そういう『悪に人権はない』なんてほざく人間が死ぬほど嫌いなんですよ! 人を傷つける奴とか、マジ最低ッス! マジ許せないッス、もし見かけることがあったら説教してやりますよ! いや、もう、ホント許せねえ、マジぶっ殺してやんよッ!!」

 

 

 

「ロケット団は皆、一様に『赤帽子を被った黒髪赤眼の少年だった』と供述しているんだが」

 

 

 

「さらばだッ!!」

 

 

 レッドは一陣の風となった!

 

 

 

 

 

 

 




 最近貞操観念逆転モノのあべこべ小説が増えてきてますね。自分は、その流行を先読みして、貞操観念逆転モノを更に逆転させた物語を書こうと思い………アレ?

 というわけでニビシティ篇終了――しましたが、うん、普通に失敗した。オリジナルキャラとか戦術云々とか、色々試そうとした結果上手く回すことができずことごとく裏目に出てしまいました。戦術とか手持ちのモンスターが少ない状態でどうしろと言うんだバカヤローこのヤロー。

 次回のオツキミ山篇はこの反省を活かして、ロケット団改め血祭りオッケー団とわいわいがやがやうきうきピクニック始まります。



レッド「やられたらやり返す。やられてなくてもやり返す。サーチ&デストロイ。お金置いてけ」
カスミ「やめたげなさいよぉ!」


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第十二話「真・スタイリッシュ無双 というか外道」

 ――4番道路。

 そこは、オツキミ山へと続く山麓だ。険しい山岳地帯に囲まれた一本道を進めば自然とオツキミ山の入り口へと辿り着く。傍にはポケモンセンターが設えられており、オツキミ山へ挑戦する前に腕試しをしようと、人里離れた場所ながら多くのトレーナーたちが利用している。

 

 一人前のポケモントレーナーを目指して旅立った少年少女たちの微笑ましい天然のバトルフィールド。

 それがトキワシティやニビシティの住人たちの、4番道路における印象だった。

 

 しかし、今はどうだろう?

 

 真昼間だというのに、あどけなさを残した少年少女たちの姿は見当たらない。いつもは賑やかな草むらに生息しているポケモンたちも今ばかりは、その姿を潜めていた。

 

 その代わり――というべきか。

 現在の4番道路には黒い衣装に黒の帽子を被った、黒ずくめの集団が我が物顔で居座っていた。その数は十――いや、二十は超えている。連中は一様に悪い笑みを浮かべており、ぐるりと輪を作っていた。

 その中央には――少女が一人。

 年は十代後半くらいだろうか。オレンジ色のミディアムヘアーをサイドに纏めており、端麗な容姿には勝気な瞳が絢爛と輝いている。

 その目が宿すのは、しかし、敵意だった。

 少女は包囲されていたのだ。

 

「アンタたち、どういうつもり……!?」

 

 腹の底から沸き上がる怒りを押し込めながら、少女は震える声音で問いかける。

 すると、群れの一角を割るように歩み出た男が酷薄の笑みを浮かべながら、

 

「何、ただ貴女の力をお借りしたいだけですよ。ハナダシティのジムリーダー――カスミさん」

 

 少女――カスミはキッと男を睨みつける。

 

「私の力を借りたいですって?」

「はい。その若さでジムリーダーにまで登り詰めた貴女の実力を見込んで――私たちロケット団の一員となり、この世界を手中に収めませんか?」

 

 カスミは目を見開いた。

 ロケット団の目的は知っている。

 ――世界征服。

 なんてくだらない、とカスミを思う。

 しかしそんな馬鹿げたことを述べながら、未だ活動しているのは、ロケット団の組織力が如何に巨大かを証明していた。その背景はまったくの不透明。騒ぎを起こし捕まるのは切り捨て要因の下っ端ばかりであり、首魁や幹部の情報は一切不明。逮捕されながらも連中は一様に、眼前の連中と同じような余裕の笑みを浮かべているのだ。まるで、その騒ぎの裏で大きなナニカが蠢いているような……。 

 くだらないと思いながら、侮れない組織であることをカスミはよく知っている。

 

 なぜなら、カントー地方最強のジムリーダーと名高い男、トキワシティのサカキがロケット団の足がかりを掴んだと同時に――行方不明(・・・・)となってしまったのだから。

 今も捜査は難航しており、まさか最強のジムリーダーがロケット団に敗北してしまった――なんて情報を報道するわけにもいかず、この件はポケモン協会とジムリーダーの間に緘口令が敷かれている。

 おかげでトキワジムは一時的な閉鎖状態。現在ポケモン協会がサカキの代任を協議しているが結果は芳しくないのが現状である。

 しかし屈するわけにはいかない。ジムリーダーに就任しているカスミが屈することになれば、彼女に尊敬や憧憬を抱いている者たちに波及する。

 

「冗談じゃないわよ。アンタたちのくだらない夢物語に付き合うつもりはないわ! 寝言は寝てからいいなさい!」

 

 あとブサイク! キモイ! 近寄るな!

 続け様に罵倒すると、

 

「フッ、我々の業界ではご褒美ですぞ」

 

 男(顔面Lv.3)はポッと頬を染める。

 ぞっとカスミの顔から血の気が引いた。この状況でドMの申告とか正気の沙汰じゃない。ドSな状況でドMの告白とかどんなハイブリットだ。無敵じゃないか。

 カスミは奥歯を噛みしめながら己の迂闊さを呪った。

 そもそも、その若さながらもジムリーダーとして立派に働いている彼女にとってこの程度の連中など路傍の石ころもいいところだ。

 しかし、それはベストメンバーを一匹でも手持ちに加えていればの話。

 とある事情によりポケモンジムを飛び出した彼女は、ジム用のポケモンとベストメンバーのポケモンを入れ替えることを怠ってしまった。

 その結果、彼女の手持ちはヒトデマン(Lv.18)とスターミー(Lv.21)の二匹のみ。これはバッジ所有数が一つの挑戦者に使用するメンバーであり、レベルもそうだがバトルのトレーニングもそこそこの完成度に留めている。

 それが災いとなってしまった。

 如何にカスミが優れたトレーナーだろうと、このメンバーでこの物量を押し返すのはさすがに不可能だ。

 

「我々の手を取れないというのなら、仕方ありません。我らの野望の妨げとなる可能性は――排除させていただきます」

 

 そう言って男はモンスターボールを取り出して放り投げる。パカリと口を開け、光のヴェールを振り払い顕現したポケモンを見遣り、カスミは驚愕した。

 

「何よ……そのポケモンは」

 

 いや――ポケモン自体は珍しいわけじゃない。毒タイプのポケモンとして代表的な存在であるアーボックだ。

 カスミが驚いたのは、アーボックの肉体だ。

 一流のトレーナーと二流のトレーナーを隔てる壁はトレーナー自身のバトルに対する技術であり、二流のトレーナーと三流のトレーナーを隔てる壁は、ポケモンに対する理解度だ。

 ポケモンにはレベルという概念があるが、だからと身体を鍛えることを怠っていては勝てるバトルにも勝てなくなる。三流のトレーナーはいつまでもそれに気づくことなく、敗北の要因を己ではなくポケモンにあると決めつけてしまう。

 ロケット団はそういう三流のトレーナーがあまりにも多かった。 

 侮れないことはわかっていた。

 だが、このアーボックの完成度は常軌を逸している。

 こんなのエリートトレーナーですら不可能だ。

 そう、まるでジムリーダーが直々に育成したような完成度(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)で……。

 

「さあ、行きなさい、アーボック。我々に逆らう愚か者に裁きの牙を突き立てるの――げぶぅ!?」

 

 アーボックの尻尾が鞭のようにしなり、男の顔面を打つ。

 やはりというべきか、このアーボックは男をトレーナーとして認めていないようだ。見下しきった瞳で男を一瞥してから、カスミに標的を移す。

 

「――――――!」

 

 その鋭利な牙が鈍く輝いた瞬間、カスミはギュッと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ア シ ス ト パワァアァアアアアーーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どごぉおおおおおん! 

 激しい爆撃がロケット団を中心に広がった。

 あちこちから悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすようにロケット団は隊列を崩した。

 

「な、何が」

 

 爆風に髪を煽られながらカスミは呆然と呟いた。

 目を白黒させながらカスミは夢現な気分で視界を右往左往させる。

 するとニビシティ方面の空中に戦闘機のシルエットが浮いている。

 

 そして、

 

 

「あははははは! あーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 

 なんか、邪悪な声が聞こえた。

 

「な、何者だっ!!」

 

 ロケット団の一人が誰何の声を上げる。

 

「何だかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情け! だけどそんなこと知ったこっちゃねえ! ロケット団は爆ぜろっ!」

 

 清々しいほどの快活な声を上げて笑っているのは戦闘機のシルエットの上に仁王立ちをしている赤帽子の少年だった。幼い顔に悪戯小僧のような笑みを浮かべ、つり気味の真紅の双眸を爛々と煌めかせている。

 よく見ると少年が足を乗せているのは戦闘機ではなく、戦闘機のシルエットをしたポケモンだった。紅白の色合いと、愛嬌のある顔立ちが印象的だ。

 

「くそ! おい、鳥ポケモンを持っているヤツはあいつを引きずり落とせ!」

 

 次々とモンスターボールが投擲され、そこから無数の鳥ポケモンが顔を出すが、

 

「“アシストパワー”!!」

 

 しかし、たった一撃で全滅してしまった。

 そのバカげた威力に誰もが目を見開き、そして恐怖した。

 そんなロケット団の面子を見下ろし、少年はもう楽しくて仕方がないと笑う。

 

「勝てると思った? お生憎ぅ! おバカなチミたちのために説明してあげようか? この“アシストパワー”という技は、単体だと弱っちいが能力が上昇するたびに技そのものの威力も増していく最強のロマン技だ! 能力の上昇ランクは六段階、そして“アシストパワー”の初期の威力を20と仮定したとき、すべての能力を六段階まで上昇させるとその威力は860にまで上昇する! しかもー、“アシストパワー”は特攻に依存するので、特攻が六段階上昇している場合は更にその四倍! つまり3000を軽く凌駕するというわけだ! おバカなチミたちのためにわかりやすく言うなら、“はかいこうせん”のざっと二十倍でーす。

 そしてぇ、哀しいことに、今、私のポケモンは私が能力上昇のアイテムを大量に使用した結果、まさにその“アシストパワー”の数値は“はかいこうせん”の二十倍以上にまで上昇していまーす」

 

 くつくつと笑いながら少年は講釈を垂れる。

 “はかいこうせん”の二十倍以上。

 そんなバカげたことがあってたまるか。

 そう誰もが否定したいだろう。

 しかしその威力は経験済みだった。まるで隕石が落下したような巨大なクレーター。刹那に焼き鳥になった鳥ポケモンたち。

 ロケット団はもう死人のように真っ青な表情になっていた。

 かくいうカスミも少年の口から滔々と語られた説明に言葉を失っていた。

 

「今まで散々と悪事を働いてきたんだ。たまには被害者に回るのも悪くないだろう?」

 

 ヒュッと誰かが息を呑んだ。

 

「というわけで、二年半振りにアシスト無双を開幕することを、ここに宣言致しまーす」

 

 ――――ふへぇ、と少年は暗い喜悦を孕んだ笑みを最後に零して、

 

「“アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! あははははは! “アーシースートーパワー”!!」

 

「「「に、逃げろおおおおおおおおおーーーーっ!!」」」

 

 ロケット団は一目散に逃げ出した。誰もが他を蹴落とし、自分だけは助かろうとしている。

 しかし少年は逃がさない。

 ロケット団は知らないのだ。

 大魔王からは逃げられないということを。

 

「あははははははははっ! “はかいこうせん”? “だいばくはつ”? “ブラストバーン”? “Vジェネレート”? “ガリョウテンセイ”? “りゅうせいぐん”? “あくうせつだん”? 何それ、そよ風の親戚ですかー!? 

 これこそが最強! これこそが至高!

 粉砕・爆砕。大喝采!!

 “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! 

 

 ……………ピーピーエイド

 

 

 “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! 

 

 ……………ピーピーエイド

 

 

 “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”! “アシストパワー”!」

 

 なんだろう。

 なんだろう、あの一切合財容赦のない悪魔は。

 カスミはいつの間にか憎きロケット団に同情していた。

 あぼーん、あぼーんと人がゴミのように吹き飛んでいく光景の中で、大魔王の高笑いが嫌に反響していた。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

  






 サンムーン発売しましたねー。自分はサンを購入。ロコンがサン限定とかあったから……。今からプレイします。とりあえずラティアスをアルファサファイアから持ってきたいなー。

 というか個人的にはポケモンカードにデルタ種とかいう、同じポケモンなのにタイプが違うっていう設定があるんだから、そんな感じで色違いを別タイプのポケモンにしてほしい。


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第十三話「オツキミ山のカスミント」

 こ、更新に遅れたのではない!
 更新したことにハーメルンが気付かなかっただけなのだッ!!!

 今月の初めまで夜にもお仕事をやっていたのが原因です。漁だったんだけど、あまりに不漁過ぎて材料費にすら届かなかったんですけど。お金と時間を無駄にしたんですけど。いや、マゾで、いや、マジで。


 テンションがハイってやつだったんだ。

 突き刺さる視線に冷や汗を流しながらレッドは己の迂闊さを呪った。

 ついつい視界にロケット団が入り込み、周りに目がいかなかった。あんなところにジムリーダーがいるなんて思ってもみなかった。

 ロケット団にロケットの如く突撃をかましてしまった。

 だってあいつらに人権なんてあってないようなもんだし。

 グリーンの邪魔をした時点でレッドの中でロケット団のヒエラルキーは“こおりなおし”と同レベルに転がり落ちた。“こおりなおし”が必要になる頃には“なんでもなおし”が現役だから。“こおりなおし”よ、解せぬというのなら開発陣に「もっと序盤に氷タイプを」と願うべきだ。“まひなおし”と“どくけし”があればなんとでもなるのが現状だし。

 しかし“なんでもなおし”と銘を打ちながらブルーに効果がないのはなぜだろう。あいつの腐り果てた人格は直らないということか。

 ちなみにブルーも同様に“なんでもなおし”をレッドにぶっぱした。

 もちろんレッドは激怒した。

 清く正しく誰もが尊敬して止まないこの大天使の一体なにを矯正するというのか!?

 

 ――それはともかく。

 

 今はこの突き刺さる視線をなんとかする必要がある。

 おつきみ山の内部を歩きながらレッドは言う。 

 

「違うんだ。違うんだよ。さっきのはアレだ。俺の中に百ほど眠っている人格の中でも、とびっきり危険な思考回路をしてるゴザンレス田中とベルゼバブ山田が悪いんだ。それとラティ」

『私に罪をなすりつけるの、めっ!』

 

 ぴょんとラティアスが頭突きをしてそのままぐりぐりと押しつけてくる。

 

「お前だってノリノリで“アシストパワー”連発してただろうが」

『むーっ! むーっ!』

 

 ぷくーと頬を膨らませるラティアス。

 カスミは溜め息をついて、

 

「はいはい、喧嘩しないの。助かったのは事実なんだから今回は見逃してあげるわ」

 

 正直、私も良い気味だと思ったし、と続ける。

 あの後、ずたぼろのロケット団は、通報を受けた警察に逮捕された。殆どの連中が「ごめんなさいごめんなさい」と連呼していたのは記憶に新しい。もう二度と悪事を働こうとは思わないだろうし、赤帽子――というか『赤』を見た瞬間トラウマを起こす可能性も高い。なるほど、こうして悪を淘汰したら世界は平和になるのか、とレッドは平和の極意を悟った。

 

「というか、なんでジムリーダーがロケット団の下っ端にいいようにやられてたんだよ。あいつら基本人間の形をしたサンドバックだろ? 人権ないぜ」

「鬼か、アンタは。こっちにも事情ってものがあるのよ。ニビに急ぎの用があって、バッジ取得数が少ない子とジム戦を終えてすぐに飛び出したから手持ちの入れ替えを忘れていたの」

「あー、見るからに頭の悪そうな外見してるもんなー」

 

 納得と、拳を手のひらにポンと乗せる。

 ヘソ出しに短パンは流石に時代の波に乗り遅れているとレッドは思う。

 

「おい、ぶっ殺すぞ」

「やれやれ、殺すなんて下品な言葉を使うなんて最近の若者は恐ろしいぜ。俺のように清く正しい心を持った人間はもういないのかねえ。殺すとか、ほんと怖いわ」

『マスター、ねぼけてる? 頭、怪我した?』

「おい、ぶっ殺すぞ」

『いつものマスターだ!』

「つまりアンタは日常的に殺すとか言ってるわけね、がきんちょ。怖いわー、最近の子どもは怖いわー。マーメイドなカスミちゃんは怖くて仕方ないわ」

「人魚ねえ。ああ、似てる似てる。トサキントに人間の手足をくっつけたらどっかのジムリーダーさんの似顔絵が完成だな! カスミント。で、どうやったら進化すんの? カスミント!」

 

 哀しいことに他者を煽るという一点に置いてレッドとまともに渡り合えるのは、自らを「立てば天使、座れば女神、戦う姿は戦乙女」と自称する青の少女くらいである。「立てば悪魔、座っても悪魔。歩く姿はただの邪神の間違いだろ」と指摘すると喧嘩になった。

 おかしい。いつも喧嘩になっている。なに? ヒロインというのは主人公に助けられたらあっさりと惚れる存在ではないのか? ああ、そっか。あいつはヒロインではなくヒドイン。もしくは外道なヒロイン略してゲドインだった。

 

「お、落ち着くのよカスミ。相手は子ども。子どもなんだから。殺人は駄目よ。……あれ? でもこのオツキミ山なら一人くらい行方不明になっても」

 

 なんか恐ろしいことを口走っている。いつでもピカチュウを出せる準備をして、

 

「急ぎの用ってなんかあったのか?」

「化石を復元したら水ポケモンが復活したって連絡を受けたのよ」

 

 科学の力ってすげー。

 

「水ポケってことは、オムナイトか」

 

 オムナイト

 水と岩をタイプに持つうずまきポケモン。

 十本の足と貝が印象的な太古を生きたポケモンである。

 

「へえ、よく知ってるわね。ポケモンの化石は昔から見つかっていたけど、それを復元する技術は最近完成したばかりだっていうのに」

「俺、超天才だから。俺より優れた同世代とかこの世に存在しないから。生まれながらの頂点だから」

「自分で言うか。もし化石ポケモンがほしいのなら、このオツキミ山を掘れば見つかるかもしれないわよ? 化石のほとんどはここから発見されているから」

『ぴっけるーっ』

 

 ラティアスがピッケルを両手に持っている。

 

「どっから取り出したよ、お前」

『“ねんりき”で作ったー』

「凄いわね、この子。エスパータイプの技を器用に使いこなせるのは、ナツメのポケモンくらいだと思ってたわ」

「うちのはやればできる子だからな」

 

 頑張れ、“はかいこうせん”と“テレポート”を併用したワームスマッシャー。

 

『マスター。ぴっける使う?』

 

 よしよしとラティアスの頭を撫でながら「俺、グークのピッケルが好きだから」とかぶりを振るう。フエールピッケルでも可。

 化石ポケモンに興味がないわけじゃないが、今はハナダシティを目指している。それに化石を見つけるためにはピッケルの他に諸々の装備も必要となる。化石発掘はまた今度だ。

 

「せっかくなんだから掘ってみればいいじゃない。化石ポケモンに興味ないの?」

「ないことはないけど、必ずしも欲しいってわけでもないからなー。俺の構成するパーティメンバーに化石ポケモンは入ってないし」

 

 レッドが目標としているのは、あくまでジムを突破して四天王を撃破し、ポケモンマスターになることであって、全てのポケモンをゲットしたいのではない。もしポケモンマスターになるのに必要となればゲットして見せるが、ジム巡りと平行しながらやってしまうと余計な手間になる。ポケモンの捕獲はチャンピオンに君臨してからでも遅くないはずだ。

 

「へえ、もうパーティメンバーが完成してんの?」

 

 カスミが感心の声を上げる。

 

「構成の構想だけな。後二体、欲しいポケモンが足りないんだよ。その一体が水タイプだから、水のエキスパートがいたらそいつの生息地を教えてほしいって思うんだけど、どこかに水のエキスパートはいないかなあ! いないかなあ!」

「アンタ、ほんといい性格してるわね。いいわよ、教えてあげるわよ」

「なんと、マジですか。さすが美人は違う。性格も素晴らしいなあ!」

「ありがとう。ここまで胸に響かないペラペラの賛辞を受けたのは初めてよ」

「いやー、それほどでも」

「褒めとらんわ! ――で、なんのポケモンが欲しいのよ」

「ラプラス」

「なるほどね。確かにその子なら見つけるのに苦労するのも無理ないわ。ずっと昔に乱獲されて絶滅寸前まで追い込まれたんだもの」

 

 そこに怒りの感情が宿っていたのは水ポケモンへの愛故か。

 

「やっぱり難しいか?」

「そうね。アローラ地方なら手厚い保護のおかげで順調に生息数を増やしていってるからそう難しくはないでしょうけど」

「アローラ地方? なんか野生のボーマンダが出現しそうな名前だな」

 

 新作か? 新作が出たのか? 

 ふむ……タイトルはサン&ムーンと見た! きっとソルロックとルナトーンがタイトルバックの主役を飾るに違いない。

 レッドの迷推理が煌めいた。

 

「なによ、それ。アローラ地方っていうのは海を越えた先にある観光地方のことよ」

「ふうん。観光地方ね」

 

 チャンピオンという頂に立った日には、自分とポケモン達のご褒美として旅行に行くのも悪くない。

 

「けど、そんなアンタに朗報よ」

 

 そう言ってカスミは一枚の紙を渡してくる。

 これはチラシだろうか?

 折り畳んでいる紙を広げると、そこにはハナダシティで開催される祭の告知が書いていた。

 チラシには『水上レース大会』と大々的に銘を打っている。優勝者にはハナダシティのジムリーダーたるカスミから水ポケモンを授与――!?

 レッドは目を丸くして、カスミを見遣る。

 カスミは自慢気に頷いて、

 

「もしアンタが優勝したらラプラスを譲ってあげるわよ」

 

 その言葉にレッドのテンションが上がった。

 しかし、よくよく考えてみると。

 

「俺、水ポケモン持ってないんだけど」

「え…………一匹も?」

「……一匹も」

「…………この話はなかったことに」

「できるかあっ!」

 

 

 

 

 

 夜も更けてきたところでレッド達はオツキミ山の頂上で一泊することにした。

 さすがオツキミ山と言われているだけはある。

 頂上から見上げる月はとても大きく見える。降り注ぐ月の光は柔らかく、蒼く澄んだ夜の景色に静寂が満ちていた。

 

「ご飯にするか」

 

 暫しの間、儚げな月の美しさを眺めていたが、空腹を感じて思考を戻す。

 焚き火を囲うように座りながらレッドは自分のポケモン達を“モンスターボール”から出した。愛すべきパートナー達を軽く愛でてから、リュックに入っている食べ物を用意する。

 

「ねえ、そのヒトカゲって色違いじゃないわよね?」

 

 カスミが問い掛けてくる。

 

「ん? そりゃ見ての通り、色違いじゃねーけど、どうしたんだ?」

 

 レッドは胡坐をかいて、その上に嬉々として座ってくるラティアスにご飯を食べさせてあげながら答える。

 話題となったヒトカゲは美味しそうにご飯を食べながら疑問符を浮かべていた。

 

「ううん、色違いじゃないのならいいのよ」

「だからなにがだよ。ちゃんと話してくんない?」

 

 面白そうな気配を感じて、レッドはしつこく問い詰める。

 

「――はあ……っ。わかったわよ。でも他言無用の話よ?」

「おう」

「ヤマブキシティのジムリーダーって知ってる?」

「知ってるよ。ナツメ――だよな」

「そ。彼女はエスパー少女として有名なんだけど、超能力の一つに未来予知ってのがあるんだけど、ナツメはその未来予知でヤマブキシティが蒼い炎で焼き尽くされる光景を予知したのよ」

「へー、そりゃまた難儀な」

 

 どうせまたロケット団の仕業だろう。

 人に迷惑ばかりを掛けて、とレッドは呆れる。もっと自分のように人に優しく、清く正しくをモットーに生きる潔癖な人間はいないのだろうか。少し、身勝手な連中が多すぎる。

 ちょいちょいと袖を引っ張られる。

 見下ろすと、ラティアスがこちらをジッと見上げながらあーん、と口を開けている。苦笑しつつ、食べさせてあげるとふにゃんと相好を崩した。どうやら今日のご飯は口に合っているみたいだ。

 

「つまりその犯人が色違いのヒトカゲだって言いたいのか?」

 

 カスミは頷く。

 

「そうよ。いえ、正しくはリザードンね。黒い身体に蒼い炎を纏ったリザードンがそう遠くない未来にヤマブキシティを焼き払うことになるんですって」

 

 レッドは冷凍ビームを受けたかのように、ガチンと硬直した。

 

「く、黒い身体に蒼い炎のリザードン……?」

「もしかして心当たりがあるの!?」

「――いや、全然ないね。ほら、俺って根っからの平和主義者だからマジ許せねーって思っただけだし。人を傷つける奴とかありえねーし」

「寝言乙」

『もーそーおつー』

「おかわりなしな」

『やー!』

 

 じとーとこちらを見てくるカスミから目を逸らし、レッドは自然な動作で右手に嵌めている腕輪を見えない位置に置いた。

 

 

 

 







 作者のみなさんが前書きとか後書きで『f/go』の話ばっかりするから『ファントム オブ キル』をプレイなう。これ、完全にファイアーエムブレムやん。楽しい!(迷わずオートバトルを選択しながら)

 先月出たps4のデジモンワールド、究極体に必要な能力値が7,8倍くらい引き上げられているのに感動。初代の完全体もこんな感じだったよねーと思いながら本編クリア。……初代デジモンワールドがやりたくなる。
 毎度毎度デジモンワールドが出る度に買っているんだけど、毎度毎度本編をクリアすると初代をやりたくなる。別に懐古厨ってわけじゃないんだけど、やっぱり初代に戻ってしまうのは何故? 
 釣りとカーリングが好きだからです。


 但しモノクロ店、テメーはダメだ。テメーだけはダメだ。


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ハナダシティ~
第十四話「水上レース ①」


 

 

 ロケット団というやられ役乙な下っ端と出会うこともなく、オツキミ山を無事抜けることができたのは、いわゆる主人公補正というものが足りないからだろうか。それともオツキミ山の手前でフルボッコ無双シーンを演じたのが原因だろうか。カスミとリアルファイトに発展しかけるくらいしか特筆すべき点の無い登山だった。

 オツキミ山を下山して数十分程歩くと、次の目的地であるハナダシティが視界に広がる。

 街の北西にある河川を街中に引き込んでおり、街には水路と、水路に沿うように設えられている花壇には色鮮やかな花々が咲いている。

 その光景を直に眺めて、レッドはなるほどと納得する。

 

「これがハナダシティ。さすがカントー地方一美しいと言われているだけはあるな」

「当然でしょ。何よ、格好つけちゃって。もっと素直な感想は言えないのかしらね?」

「――劣化アルトマーレ」

「カスミの“メガトンパンチ”!」

「残念。“かげぶんしん”だ」

 

 すかさずレッドはカスミの背後を取った。

 ポケモンバトルとは何だったのかという疑問はカードゲームを見れば解決だ。昨今のカードゲームはデュエリスト自身も身体を鍛えなければ生き残れない戦国時代。カードゲームですら苛烈な闘争を繰り広げているのだからポケモントレーナーがポケモンの技を使えるようになっても何もおかしくはないのである。

 何もおかしくはないのである。

 何もおかしくはないのである。

 

「はあ、もういいわ。アンタと付き合っていたらそのうち胃に穴が空きそう。私はジムに戻って休むことにするわ」

「大変なことで」

「誰のせいだと思ってんのよ」

「ケロット団」

「アンタよ。しかもケロットって何よ。ロケットでしょうが。それだとニョロモ達を崇拝する組織になるでしょうが」

「えー? いきなり何言い出してんのこの人、超ウケるんですけどー」

「アンタが言ってきたことでしょうがあっ!!」

 

 叫んで、カスミはもう一度深い溜め息をついて脱力する。

 

「あー、もうホント疲れた。今日はもうシャワーを浴びてそのまま寝よう」

 

 そう言ってカスミは残業終わりのサラリーマンのような足取りで歩を進めていく。しかし、不意に足を止めて振り返ると、

 

「そうそう、念のために言っておくけど、水上レースの締め切りは明日の十七時だから、参加するつもりならそれまでに水ポケモンを用意しておくことね。ま、流石にこんな短時間でゲットしたポケモンじゃ碌に意思疎通もできずあっさり敗退することになるでしょうけど」

 

 今度こそカスミは人混みの中に消えていく。

 

『どうするの、マスター』

「そーだな。とりあえずトレーナーズホテルでチェックインを済ませたら釣りにでも興じて見るか」

『水上レース……? に参加するの?』

「そのつもりだよ。ラプラスは欲しいからな」

『でも、さっきあのおねーさん、今から水ポケモンをゲットしたって無駄みたいなこと言ってたよ?』

 

 ちょこんと小首を傾げるラティアスの頭をよしよしと撫でて、

 

「バカだな。そりゃ言い訳ってもんだ。真のポケモントレーナーってのは出会った時間で勝敗を決めるもんじゃない。自分の頭脳と腕前で勝敗ってのは決まるんだ」

『おおおっ。マスター、かっこいいっ』

「はっはっは、そうだろうそうだろう。もっと褒めていいんだぞ。………………最悪、開幕と同時に他の参加者に攻撃すればいいんだし」

『マスター?』

「いや、何でもねーよ」

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「ヒトカゲ、“しっぽをふる”で弾き飛ばせ」

 

 コラッタと“ひっかく”の応酬をしているヒトカゲが一歩下がって尻尾を振るう。手よりも長いリーチによってコラッタは吹っ飛んでいく。そこに追撃を掛けるべくヒトカゲは“ひのこ”を飛ばし、そこでコラッタは力尽きる。

 次の相手はイワークだった。

 その巨躯を見た瞬間、レッドは指示を飛ばす。

 

「“メタルクロー”で頭の突起物を切り裂くんだ」

 

 その言葉にやや怯えつつもヒトカゲは爪を鋼鉄化させてイワークに飛び込んでいく。鈍足のイワークが身体を捻ろうとするが、その前にヒトカゲの“メタルクロー”が突起物をへし折った。

 急所への一撃。

 弱点を突いたこともあり、その巨体に見合わずあっさりとイワークは落ちた。

 

「そ、そんな……」

 

 まさかこうも簡単に決着がつくと思わなかったのだろう。対戦相手の少年はガックリと膝から崩れ落ちる。

 レッドは“きずぐすり”を取り出して、こちらに駆け寄ってくるヒトカゲに労いの声を掛けて手当てを施す。 

 

「よくやったな」

 

 よしよしとヒトカゲを愛でる。

 もしもヒトカゲが臆病なままならレッドはバトルをやらせるつもりはなかった。怖がっているのなら仕方ない、と別のメンバーを考慮することも視野に入れていたのだが、ヒトカゲはヒトカゲなりに臆病な自分を嫌い、前向きになろうと頑張っている。

 ならば一生懸命に頑張るヒトカゲを応援するのが自分の役目だろうとレッドは思う。

 

 レッドが今いる場所はゴールデンボールブリッジ。

 ゴールデン ボール ブリッジ。

 ネーミングに全く問題がないことに定評のある至って健全な橋である。

 レッドはそこで釣りをしようと思ったのだが、ここに到着するなり橋にいたトレーナー達にバトルを挑まれたのである。

 その数は十。

 ヒトカゲとルカリオの二匹で難なく切り抜けたのは、レッドの育成の賜物だろう。途中、六戦目で私服ロケット団にそのバトルの腕を見込まれて勧誘され、断ると「むりやりいれてやる。うりゃーッ!」とやらないか――否、バトルを挑まれたのだが、そこは容赦なくピカチュウを降臨、瞬く間にウルトラ上手に焼いてやった。ロケット団に人権は無い。

 

「うし、これで掃除は終わったな」

『なー』

 

 他にもちらほらトレーナーの姿は見受けられるが、十人抜きをやって見せたレッドに挑む剛毅なトレーナーはいないようだ。あちこちから様子見の視線を感じながらレッドは釣竿を取り出して後方を確認すると錘を投げた。

 

「よっと」

 

 と、レッドは手摺に座ってリールを回す。

 

『マスター、危ない』

「もしもの時はお前に任せるよ」

 

 大物が釣れると引きの強さで落っこちる可能性も充分にあるが、そこは隣に座るラティアスの出番。ドラゴンタイプの強靭な膂力とエスパーによる超能力の二段構えだ。カイオーガや他のドラゴンタイプのポケモンでも掛からない限り力負けすることはないはずだ。

 

「ミニリュウ~……は、無理か」

 

 ドラゴンタイプというのは(若干例外はいるが)総じてプライドが非常に高く、自らに絶対の自信を持っており、自分が認めたトレーナーじゃないと、命令を聞く以前に主に牙を向けるケースも珍しくない危険なポケモンだ。強力故に、その力に目をつけたトレーナーの何人が果たして犠牲になったことか。

 例えその技量が認められドラゴンタイプのポケモンを手中に収めようと、俺様至上主義な一面に変わりはなく、自分以外のエースがいることを極端に嫌う。

 ブルーのサザンドラがその代表格だろう。彼の魔王はブルーが極道系フシギダネに新たなエースの可能性を見い出した瞬間、それはもう怒り狂っていた。オンドゥルルラギッタンディスカー!?

 ――ドラゴンタイプはパーティに一匹。そして不動のエースとして迎え入れる。

 

 それがトレーナー達の共通認識である。フスベシティ出身のドラゴン使いでもせいぜい二体が限界だとか。それを四匹も操っているワタルはもはや人外の領域だろう。スーパーフスベ人疑惑浮上。俺自身がドラゴンになることだ。ギゴガゴーゴーッ。

 そうした理由から、もしも奇跡的にミニリュウが釣れたとしてパーティに加えることは不可能だ。ラティアスはともかくミニリュウがカイリューへと進化したそのとき、パーティに不和が生じるのは必然である。

 

「狙うならアズマオウかヒトデマンだな。後はニョロゾか」

 

 トサキーン、トサキントサキントトサキントトサキントッサキーン。

 とぽん、とウキが沈んだ。アワセをしてリールを回す。

 

 レッドは コイキングを つりあげた!

 

「………………」

 

 ピッチピッチピッチと跳ねる、アホ面を晒した赤い魚。

 

 コイキング。

 曰く、ちからも スピードも ほとんどダメ。せかいで いちばんよわくて なさけないポケモンだ。

 曰く、おおむかしは まだもうすこし つよかったらしい。しかし いまはかなしいくらいに よわいのだ。

 曰く、たよりない で ゆうめいなポケモン。うみ かわ いけ みずたまり いたるところをおよいでいる。

 

 ――いや、別にそれはいいのだ。コイキングが彼の凶暴な厨ポケ、ギャラドスに進化することをレッドは知っている。ポケモントレーナーとして経験を積んだ者なら、大抵の者が知っている情報だ。

 しかし残念なことにレベルというのは一朝一夕で上がるものではなく、またコイキングのレベリングとなると苦行の一言。明日の十七時までに進化させるなど物理的に不可能だ。

 

「お前とは別のところで出会いたかったよ」

 

 そう言ってレッドはコイキングをリリースする。

 さて、次だと意識を切り替えて再チャレンジ。

 

 とぷん(ウキが沈む)

 ざばあっ(釣り上げる)

 ピッチピッチピッチ(コイキングの跳ねる音)

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言のリリース。

 

 とぷん。

 ざばあっ。

 ピッチピッチピッチ。

 無言の――

 

「おのれは一体なんなんじゃああっ!!」

 

 とうとうレッドは叫んでしまう。

 何度も何度も何度も何度も、釣り上げたコイキングに差異はなく、同じ個体であることがわかる。

 ひたすら餌をゲットする貪欲性は評価するが、今求めているのは水上レースに通用するポケモンだ。少しの川の流れにすら負けて流されてしまうコイキングに水上レースができるわけもなく「やっぱり別のところで出会いたかった」とリリースする。

 

「これ、もしかして“ボロのつりざお”か? あのレンタル屋のジジイ、俺に偽物を掴ませるとか“はかいこうせん”ぶっ放してやろうか? いや、それだと疑われる可能性もあるから、雨の日に“かみなり”を落とせば完全犯罪に……大丈夫だよな? 人の一人や二人消えたってどうせわかりっこない…………」 

『マスター、元気だす。そしてもどってくる』

 

 よしよしと今度はラティアスがレッドの頭を撫でる。

 どうしたものかと頭を悩ませる。これが本当に“ボロのつりざお”ならいくらチャレンジしようと釣れるのはコイキングくらいだ。他のポケモンが釣れたとしても即戦力とは言い難いだろう。

 

「あー、マジでどうしよう。このままじゃ水上レースに参加できねぇ」

 

 と、ぼやいたそのときである。

 

「あーらやだ、レッドくんってばぁ、そんな釣竿で一体何を釣ろうとしているのかしら?」

 

 善性である自分とは対為すだろう、クソ外道の声が背後から掛かった。

 嫌な顔をして振り向くと案の定、フラウとローザの間に立っているブルーがプークスクスと笑っている。

 

「その釣竿で釣れるのってコイキングよね? もしかしてレッドくんってばコイキングで水上レースに参加しようと思ってるの? ポケモンの特性を誰よりも知っているみたいなドヤ顔を晒してたのに、まさかコイキングで参加しようとしているんですかー? あ、ちなみに私はコイキングをディスっているわけじゃなくて、少しの流れでも流される非力なコイキングに乗っかって参加しようとしているレッドくんの頭の悪さをディスっているからあしからずー」

「…………ッ!」

 

 レッドは奥歯を噛みしめて怒りを堪える。

 いつもなら躍りかかってブチ殺しているところだが、それだとブルーの思う壺だし、余計なタイムロスになってしまう。大人からの説教なんて論外だ。

 

「お前達も水上レースに参加するのか?」

 

 その問いはフラウに向ける。

 絶賛こちらを煽り中の悪魔は論外として、ローザも残念ながらまともに話が成立するとは思えない。この場にいる常識人といえば自分とフラウくらいだとレッドは判断した。

 フラウもレッドの意図を読んだのだろう、苦笑しながら首肯して。

 

「いいえ、私とローザは応援よ。危険だから。参加するのはブルーだけ」

「私もフラウちゃんも~、泳げないしね~」

 

 と、ローザの間延びした口調とのんびりほんわかな雰囲気に、ささくれ立った心が少し穏やかになる。

 

「けど、どうしてコイキングしか釣れない? 釣竿を持ってるの?」

「俺だって別の釣竿をレンタルしたはずだったんだよ。そしたらこの偽物を掴まされた」

「それは災難だったわね……」

「ドンマイだね~」

「wwwwwwwwwwwwwwww」

 

 約一名、笑いすぎておかしなことになっていた。そこに女子力など存在しない。完全に人を嗤うモンスターだった。酷モンスターだ。もしもレッドがブルーの立場なら間違いなく………………この話は止めよう。

 しかしブルーは止まらない。レッドの顔を下から覗き込んで「NDK? NDK?」と徹底的に煽っている。この場をカスミが見ていたら唖然とし、そして胸がすくだろう。

 

「可哀想でちゅね~? で・も・予め水タイプのポケモンをゲットしてなかったレッドくんが問題があると思います~。ニビシティにいるときにハナダシティの情報を集めなかったんでちゅか~? やっぱり頭悪いでちゅか~?」

 

 プークスクスと、ひたすら、しかし、完全な正論を盾に煽るブルー。この女はレッドとは違い、相手を論破できる正論で身を完全武装して煽ってくるから性質が悪い。なんというか、何事も用意周到なのだ。

 

「おほほほほほほほほ! やっぱりジムバッジ一つしか持ってない少年如きがバッジ二つも取得している私に挑戦しようとしていることが間違っているのよ! だけどぉ、私も鬼じゃないわよ。美しい天使――いいえ、女神だもの。『お願いします、ブルー様』と頭を垂れて傅けば優勝商品の権利をプレゼントしてあげてもいいわよ? まあ、なんて優しいのかしら! 優し過ぎて涙が出てきそう!」

「ブルー、もうそこまでにしてあげて。いい加減レッドが闇堕ちしそうになってるわ」

「レッドくん~、なんかぁ、身体から真っ黒いナニカが噴き出てるよ~」

「もう物理的に人間辞めようとしてる! ブルー、行くわよ! もう満足したでしょう!」

 

 フラウがブルーを背後から抱きしめてレッドから引き離す。

 

「もう、仕方ないわね。それじゃあ負け犬のレッドくんは放置してフィフティーン・ワンのアイスでも食べに行きましょうか」

 

 おほほ! おほほほほほほほほ! 無様! 無様だわ! 負け犬飯うまーっ! と高笑いをあげながら上機嫌に場を後にするブルーと、その後ろを追いかけながら「レッド、元気出してね! もうこの子はその……アレだから! …………貴方と同じで」「またね~、レッドくん。私、応援してるから~」とフラウとローザは一言残して去っていく。

 その場に残ったのはテニヌ界の真田老け部長――否、真田副部長並みに黒色オーラを噴出するレッドと、その怒りに涙目になっているラティアスである。

 どうすればいいのかわからず、涙目であわわとなっているラティアスを尻目に、レッドは地の底から響くような哄笑をあげた。

 

「フ、フハハハハ……いいよ、ここまでコケにされたら、もう手段は選らばねェ……。例え人生の墓場に片足を突っ込むことになろうと勝ちを取りに行ってやるよ……!」

 

 完全に調子の外れた声音で呟いたレッドはポケギアを取り出し、とある人物に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ぴっち(おひ)ぴっち(さし)ぴっち(ぶり)ぴっち(です)
 



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第十五話「水上レース ②」

 しゃり……しゃり…………。

 

 そこはトレーナーズホテルの最上階。一人前のポケモントレーナーを目指す者が使用するホテルの最高峰である。従業員のトレーナー相手に連勝を重ねた者だけが滞在できる至高の一室は、しかし、現在暗闇に包まれている。

 

 しゃり……しゃり…………。

 

 闇。

 そう――まさに闇である。

 豪華な照明は一切ついておらず、見事な夜景が見渡せる窓も高級なカーテンによって遮断されており、光の介入を完全に断っている。防音機能が設えられていることもあり、闇の世界は静寂に満ちていた。

 

 しゃり……しゃり…………。

 

 そんな静寂な暗闇にときおり響いている、金属の擦れ合う音。

 しゃり……しゃり…………と、ひたすらに金属が音を奏でている。

 

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 

 不気味な音だった。

 何度も聞いていると、本能が拒絶したくなる。

 心音が跳ね上がり、恐怖の音色が強くなる。

 

『ぁぅぁぅぁぅ……』

 

 少女は一生懸命に耳を塞いで音を遮断しようとする。

 しかし、

 

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 

 なぜか塞いだはずの耳に、その音は容赦なく侵入してくる。

 少女は金色の大きな瞳に涙を浮かべて、ガクガクと震える。部屋の中の異様な空気が少女の恐怖を更に煽っていた。

 逃げ出したいと、少女は心から願った。

 しかし、身体は言うことを聞かず、震えるだけである。

 そもそもどこに逃げようというのか。少女の帰る場所はここなのに。

 一応少女には他に頼りがあるのだが、その少女達は(というかその一人が)そもそもの元凶であるために論外である。

 結局のところ少女の居場所はこの部屋の中に完結しており、ここで一夜を明かすしかないのだ。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 少女はとても泣きたくなった。

 少女にとってこの時間は一日で一番大好きな時間だった。少なくとも、昨日まではずっとずっと大好きだった。

 大好きな主にギュッと抱きしめてもらって、頭をなでなでしてもらいながら心地良い眠りにつくことのなんと幸せなことか。大好きな主の視線と感情と行為が自分だけに向いている瞬間は、少女に深い幸福感を抱かせた。

 だけど、

 

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 

『ぴぃっ』

 

 未だ聞こえる恐怖の音に、少女は心当たりがあった。

 自宅の――キッチン。

 そうだ、これは包丁を研ぐ音だ。

 

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 

 どうしてホテルの一室からこんな音が聞こえるのだろう。

 少女は意を決して布団から顔を出した。

 真っ暗な空間。

 しかし、少女の目は暗闇だろうとよく見える。

 ソレは――部屋の片隅にいた。

 少女に背を向け、壁と向き合いながらひたすら包丁を研いでいる。

 しゃり……しゃり…………と。

 ゆったり――そこに己の感情を注ぎ込むかのように、丹念に研いでいる。

 

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 しゃり……しゃり…………。

 

 そして、研いでいる者は出し抜けに暗い喜悦を滲ませた笑いを零す。

 

「フ――フヒ……クヒヒ……ッ」

 

 不意に少女は主の借りてきたホラー映画を思い出した。

 その映画に登場するお婆さんの姿をしたお化けは、主人公の青年が眠っている隣の部屋で包丁を研いでいるのだ。しゃり……しゃり……と丁寧に、丹念に。青年を刻んで食べるためである。

 今の少女の状況は、そのときのシーンと酷似していて、もうどうしたらいいのかわからなくなった。

 包丁を研いでいる者は、一旦研磨を止めて横に用意している水桶に包丁を浸けて洗い流すと、それを翳してまた不気味に笑う。

 そして――こう呟くのだ。

 

「これなら……やれる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というかレッドである。

 普通にレッドである。 

 昼の一件、ブルーの露骨な挑発によって闇堕ちならぬ闇漬けになったレッドは明らかに正気を失っていた。キチィのくせに人一倍プライドが高く負けず嫌いな気質だから、あの清々しさすら感じさせる挑発に怒りが天元突破していた。怒りと憎悪が捻って交わる螺旋道。アンチアルセウスさんの裁き待ったなし。人間は愚かである。まあ、仕方ない。この男の属性は闇というか――ドブである。闇だってもう少し澄んだ色をしているはずだ。

 レッドの振り撒く真っ黒なオーラに怯える少女――ラティアスは最終手段として一つの“モンスターボール”を握る。ラティアス、ヒトカゲ、ルカリオの面々が恐怖している中、唯一呆れて半眼を向けている頼れる兄貴、ピカチュウ出陣。

 

『なんとかしてーっ』

 

 というラティアスの救援にやれやれと吐息をついて、ピカチュウは鉄をも叩き潰す強靭な尻尾でレッドの後頭部を殴りつけた。

 

 

 

 

 

 ――――ズゴシャァァアアアアアアンッ!!!

 

 

 

 

 柘榴パカァ。

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

 

「俺じゃなかったらマジで死んでいたと思うんだ……?」

 

 翌日、起床直後にそんな言葉を吐いたレッドは首を傾げる。

 自分は一体何のことを言っているのだろうと記憶を探るが、どうも情報が見当たらない。レッドの最新の記憶は小躍りしながら去っていくブルーを最後にプッツリと途絶えている。

 

「それから、どうしたんだっけ……。とてつもなく尊いことをしようとしていたような気がするんだが……魔王を倒す勇者的な? ほら、俺って人間性が勇者の塊だろ。属性でいうなら光以外の何物でもないし。慈愛と優しさの化身だし。アルセウスだって俺を尊敬してるに違いないくらいだし。むしろ俺が神だし」

『思い出すの、めっ!』

 

 ラティアスが必死にしがみついてくる。

 

「うおっ、どうしたラティ」

 

 レッドは目を丸くしてラティアスを見下ろす。

 

『思い出すの、めっなの!』

「そう言われると逆に気になるんだが」

『めーっ!』

 

 まるで怖いことがあったかのように必死の形相で縋ってくるラティアスに少し気圧されながら、なんやかんやでラティアスに弱いレッドは仕方なくラティアスの望み通り思考を打ち切り、ホテルを後にする。

 向かう先はトレーナーズホテルの隣にあるポケモンセンター。

 

 

 

 

 

「久しぶりです、シロナさん」

《ええ、画面越しとはいえ、こうして顔を合わせるのは随分と久々ね。調子はどう?》

 

 ポケモンセンターに設えられているパソコンの画面にはシンオウ地方のチャンピオンに君臨しているシロナの姿が映っていた。初めて出会った頃は綺麗ながらも可愛らしい顔立ちをしていたが、今では美しいという言葉が相応しいだろう。数年に渡り頂点に君臨し続ける女帝は凛々しく、そして貫禄がある。

 

「問題ないですよ。ちょっとやそっとで崩れるような軟弱な精神はしてませんから」

『昨日の夜のマスターは……』

「どうした、ラティ? 昨日の夜……」

『なんでもないのーっ!』

 

 いきなり必死に抱きついてくるラティアスにレッドは疑問符を浮かべる。

 シロナはくすくすと笑って、

 

《貴方もそうだけど、グリーンくんもブルーちゃんも図太い神経をしているわよね。杞憂だったわ》

「俺をあいつらと同列に語るのはやめてほしいんですがねぇ。俺とあいつらの間には越えられない壁ってやつがあるんですよ。人間性然り、ポケモントレーナーの腕然り。あ、もちろん俺が上です。原点にして頂点ですから」

《世の中って不思議よね。貶し合いで成立する友情もあるんだから。奇特なコミュニケーションだわ》

 

 コクコクとラティアスが頷いている。

 

《というか、お互い素直になれないってのが本音かしらね?》

「ちょ、やめてくれません? そんなん違いますから。とりあえず青はブチ殺しますから」

《そんなこと言いながらマサラタウンではいつも三人一緒だったじゃない》

「だから違いますから。利害が一致していただけですから」

《そう?》

「そーです」

《そう。でも、なんやかんや言いながら貴方達三人は一緒に行動しているときが一番活き活きしていたわよ?》

「ぐぬぅ……」

 

 意地っ張り少年VS大人の女性。

 勝者、大人の女性。

 チャンピオンに考古学者、その二足の草鞋を履いて社会の荒波に揉まれているシロナにレッドが勝てる道理はなかった。

 

《貴方達が一緒にいるときは、まさに『無敵』って言葉が相応しかったのだけど、そんな貴方達が別々に旅をしているのに感慨深いものを感じるわね》

「おばさんみたいなこと言ってんな、この人」

《――私はまだ十代よ》

 

 ニッコリとシロナが笑う。

 レッドはこほんと咳払いをして、

 

「それで本題なんですが」

《ええ、わかってるわ。水上レースに参加するためにミロカロスを貸してほしいのよね?》

「はい」

 

 ミロカロス。

 コイキングに並ぶみすぼらしいポケモン、ヒンバスが進化して大輪の薔薇となった美しいポケモン。

 ガブリアスと並んでシロナの看板となっているミロカロスは、そのあまりの美しさによってあらゆる人々を魅了し、今でもその入手経路、もしくは進化経路を問う者は後を絶たないらしい。しかし、それらに対してシロナはひたすら微笑の沈黙を貫いている。かつてメディアによってヒンバスを中傷されたことを未だ根に持っているのだ。そもそもシロナはヒンバスがミロカロスに進化することを知っているが、その条件は知らないのだが。

 ミロカロスの進化条件を知っているのはレッドと神様仏様ナナミ様の二人だけ。

 

《“そらをとぶ”もそうだけど、“なみのり”も初めてだと結構辛いわよ。大丈夫?》

「まあ、そこんとこは練習次第ですね」

 

 “そらをとぶ”や“なみのり”という技は、ポケモンが人を乗せて移動するための技術を修得するものであり、この技を覚えていないポケモンに乗ると、ポケモンはバランスを上手く取れず、転落してしまう可能性がある。“なみのり”ならまだしも“そらをとぶ”の失敗は“てんごくへとぶ(主にトレーナーが)”に派生するだろう。

 しかし、例えポケモン側がそれらを修得したからといって安全を確信するのは早計というもの。

 ポケモンがバランスを取ろうと、人間がバランスを崩したら“てんごくへとぶ”待ったなし。乗り手にも技術が必要であり、都会にはそうした技術を修得するための教習所もあるくらいだ。

 

《残念だわ。私も用事がなければ応援しに行ったんだけど》

「いや、そんな大層なモンじゃないでしょう。けど大変ですね、チャンピオンと考古学者の両立は」 

《そうね。でも、やり甲斐はあるわ。自分で望んだやりたいことだもの》

 

 レッドは彼女の研究のテーマであるポケモン神話について、その核心と言えるディアルガ、パルキア、ギゴガゴーゴー、アルセウスなどを知っているが、その設定については完全の忘却の彼方である。

 

『はじめに あったのは なみへいの うねり だけだった』

 

 いや、あのうねりは初めというか最後の防波堤だけれども。

 パソコンと隣接している転送装置が機動して、“モンスターボール”が出現する。手に取って覗き込むと、中にはミロカロスの姿があった。

 

「届きました」

 

 目が合う。するとミロカロスは嬉しそうな仕草を見せる。

 ミロカロスにとってレッドは大恩のある相手。もしもレッドと巡り合うことがなければミロカロスは今もヒンバスとして絶望の淵にいただろう。みすぼらしかった自らに、進化という光を齎し、最愛の主人と胸を張って肩を並べられる輝きをくれたレッドが、今度は自分の力を借りたいと言っている。

 ミロカロスにとってこんなに嬉しいことはないだろう。

 

《それじゃあミロカロス、レッドくんをお願いね。……くれぐれもラティのように染まらないように》

「どういう意味だ」

『まきこまれたーっ!』

 

 罪状、“アシストパワー”。

 日頃の行いである。

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そして訪れた大会の日。

 参加者の集まる広場に行くと、百以上の人数にレッドは目を丸くする。 

 

「こりゃ凄い数だな。もしかして全員参加者か?」

 

 背中に貼り付けているゼッケンを見る限り、そうなのだろう。参加者の大抵が十代後半から上であり、レッドのような子供の姿は中々見つからず、故にチラチラとこちらに視線を向ける者が何人かいた。

 

『マスター、勝てる?』

 

 ラティアスがややこちらを気遣うような目を向けてきたので、レッドは苦笑してその頭を撫でる。

 

「問題ねーよ。しっかり“なみのり”の練習もしたんだ。ばっちりと優勝を決めてやる」

『んっ』

 

 目を閉じるラティアスを“モンスターボール”に戻す。幼女が“モンスターボール”に吸い込まれていく光景を目にした他の参加者はギョッと目を見開くが、レッドはそれらを無視して大会のレース内容を再確認する。

 水上レースは予選と本選の二つに分かれており、予選はA~Fブロックに選手が振り分けられ、その上位二名のみが本選への切符を手にすることができる。

 また、予選は“なみのり”以外の技を使用することは禁止。そして本選は順位によって運営が指定した技のみ使用可能となっている。

 

「予選は普通のレース。本選はアレか。マリカーみたいなもんだな」

 

 上位は低火力の技しか使用できず、下位は高火力の技を使用できる。但し使いたい放題というわけではなく、コーナーを曲がる毎に使用回数が一回ずつ増えていき、最大三回までストックを貯められる。

 

「その辺の駆け引きも重要ってことか。惜しむらくはトレーナーへのダイレクトアタックが禁止されているってことだな。チッ、レースにかこつけて青を海に沈めてやろうと思ったのに、命拾いしやがって」

 

 今更ながらこのキチガイが主人公でいいのだろうか。周りのトレーナーもドン引きである。

 しばらく待っていると、受付時間が終了し、やがてAブロックの選手達が各々ポケモンを出してその背に乗っていく。その中にブルーの姿があった。マリルリに乗り、人混みの中からレッドを一瞬で見つけ出すとプギャーという顔で指差して嗤ってくる。

 

「沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め」

 

 かつて、これほどまでに器の小さな主人公がいたであろうか。果たしてどの層に人気があるのか極めて疑問である。

 

「こら、君。そんなことを言うのは不謹慎だぞ」

 

 と、そんなレッドの行為を咎める声。

 この小説において常識的な発言の、なんて非常識なことか。あまりにも非常識すぎてレッドは一瞬ぽかんとなって顔を上げる。そこには海パンを履き、水泳キャップと水中ゴーグルを掛けた青年が立っていた。

 ――海でその装備かぁ……、とレッドは少し引いた。

 しかし、これこそが『かいパンやろう』のスタンダード・フォームである。わかっていたが、改めて目にすると『これでドククラゲがうようよしてる海を泳いでんだよなァ……』と正気を疑う視線になってしまう。マサラも大概だが、こやつらも大概である。

 

「皆、今日の大会の為に一生懸命トレーニングを積んだんだ。そんな人達に向かって『沈め』とは、少し酷いとは思わないか?」

「大丈夫。あの小娘にしか言ってないから」

「そういうことじゃないんだよっ。そもそもその言葉が間違っているんだ」

 

 真っ当な意見。

 しかし、なんだろうこの違和感は。

 レッドは面倒臭くなってひらひらと手を振りながら、

 

「あー、はいはい、わかりました。以後気をつけます」

「君ねぇ……」

 

 と、頭を悩ませるかいパンやろうを横目で見遣り、仕方ないからレッドは違う言葉を、祈るようにして紡いだ。

 

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 

 

 レッドの しねしねこうせん!

 

 

「悪化してるじゃないか!」

 

 

 レッドは せっきょうを うけた!

 こうかがないみたいだ……。

 

 

 

 

 

 

 




 












 半年に一回くらいハーメルンスレに潜るんだけど、色々と参考になるや同じ意見の言葉があって中々に面白いですよね。たまにえげつないコークスクリューが入って自爆するけど。
 HACHIMANがピクシブ百科事典にまで載ってるとかどんだけ人気なんですか。専業主婦が夢と言ってるのにエミヤさんの如く働かされすぎでしょう。

 十年前――とまではいかないかな? 個人サイトの小説やにじファンが主流だった時代が懐かしくなってランキングサイトに飛んだら軒並み消失していた。自分のサイト(黒歴史)も弾け飛んでいたのは安心したけど、あの頃に二次小説にハマって、また書き始めた自分としては少し寂しい気持ちになりました。

 あの頃は台本小説が主で擬音もたくさんあって今ハーメルンに投稿しようものなら凄まじい勢いで低評価がつくのでしょうが、普通に楽しんでいたなぁ。

 ISやらソードアート・オンラインやらダンまちやらハイスクールD×Dとかもなくって、SHUFFLE!とD.C.となのは、たまにクラナドを筆頭にしたギャルゲ作品のクロスオーバー作品が大多数。いや、本当懐かしい。その頃は転生設定も殆どなかったなぁ。その分、オリキャラの設定がぶっ飛んでるんだけどね!

 誰かもう一度今のクオリティでギャルゲ+なのはのクロスオーバーとか書かないかなぁ。
 そして禁断の技――『オリキャラ投稿掲示板』。
 アレ眺めるの好きだったんですよねぇ。十代前半で管理局元帥とかある意味神様転生よりすげーよ。

 あの頃から今日までに未だ執筆してる人ってまだいるのかな? というかハメの読者層にSHUFFULEとか知らない人は普通にいますよねぇ。単行本おススメですよ! アニメは……うん。

 関係ないお話をして申し訳ないです。後書きやら前書きにこういうのを嫌う人もいるから、プロローグの注意事項に追加しておこう(そもそも神様転生物のプロローグは飛ばす自分。神様とオリ主の会話はお腹一杯)。


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第十六話「水上レース ③」

 Q.きのこの山ってポッキーとなにがちがうの? ポッキーでいいじゃん。大して変わんないじゃん。個性が足りないよ、個性が。
 たけのこの里派よりお送りいたしました。


 

 

 

 予想通り――と言うべきか、ブルーは当たり前のように一位でゴールを決めて本選への出場権を手にした。徹底的にインコースを攻める無駄のない速力にはカスミも絶賛、ダークホースの出現といった華々しい活躍にもちろんレッドは舌打ちである。

 腕の一本や二本なんて高望みはしなかった。せいぜいケガの一つや二つ――膝に矢を受けてしまえと神頼みしたのだが、残念ながらアルセウスは願いを聞き届けることはなかった。

 神龍(シェンロン)を見習え我野郎と内心罵倒すると空から金タライが落下してきたのは果たして偶然だろうか。

 しばらくレースを見学していると最終レース――レッドが走る番になる。

 こぶになった頭部を撫でながらスタート地点の岸辺に向かうと、他の面々は既にやる気満々といった様子で“なみのり”を修得したポケモンに乗っている。

 

「レッドく~ん、頑張ってね~!」

「くれぐれも犠牲者を出さないようにしなさいよ! 切実に!」

 

 観客席から大きな声援? を上げるローザとフラウに軽く手を振ってからモンスターボールを握る。中にいるミロカロスもやる気十分にこちらを見て頷いた。

 

「キミ……えっとレッドくんだったね。キミも早くポケモンに乗りなさい」

 

 ただ一人ポケモンを出さずに岸辺に突っ立っているレッドに進行係が注意する。

 しかし、レッドは適当な態度で「あー、大丈夫です。始まる直前にはちゃんとポケモンに乗るんで」と要領の得ない返答をする。

 進行係はその曖昧な返答に首を傾げたが「まあ、直前に乗るんならいいか」と追及をやめる。

 ミロカロスは非常に貴重なポケモンだ。その進化系や生息地、生態すらも不明であり、現在確認されている個体はシンオウ地方のチャンピオン・シロナのポケモンただ一匹。しかも彼女はヒンバスの件もあってミロカロスには非常に過保護であり、ミロカロスの生態研究には否定的だ。ならばと金に目の眩んだ悪の組織が、考古学の研究のため遺跡の調査に向かう彼女を度々襲撃しているのだが、流石はシンオウ地方のチャンピオン。犯罪者バキュームの如く襲い来る敵をばったばったとなぎ倒してポケモン無双を発売している。チャンピオンの技量ともなれば“てんのめぐみ”+“エアスラッシュ”のひるみ確率は八割を超える。ボチヤミサンタイ並のトラウマは必至。なぁにこれぇデッキで全盛期征竜とデュエルするような無謀さだ。

 そんな全盛期征竜並みに強いシロナによって守られているミロカロスなのだからモンスターボールから出そうものならトラブルは確定しているようなもの。故にレッドはギリギリまでモンスターボールから出すつもりはなかった。

 

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 

 さて、これで何人が釣れるかな、と悪い顔をしているのは、きっと気のせいである。

 レッドはそんなことを思うような人間ではない。誰もが憧れる聖人のような――そう、それこそがレッドである。マサラタウンのレッドは幼馴染のミトコンドリアと青汁とは違うのだ。

 

 そして始まった最終レースは、やはりというべきか混沌を極めた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「いやぁ、対戦相手は強敵でしたね」

「どういうことよアンタァああーーっ!!」

 

 ぶっちぎりの一位を取ったレッドが爽やかな汗を拭っていると、カスミが突撃をかましてきた。

 

「なんで!? なんで!? なんで!? なんでアンタがミロカロスを持ってんのよ!」

 

 叫ぶカスミの視線はミロカロスに釘付けだ。カスミだけではない。カスミと同じ疑問を持ってレッドに近づいた者は当然として参加者も観戦者も、全ての視線を集めていた。

 

 それほどにミロカロスは美しかった。

 

 まるで生きた宝石を見るような、うっとりとした艶やかな瞳を一身に浴びてミロカロスは少し誇らしげである。かつては初々しく狼狽していたが、多少は慣れたようだ。

 そんなミロカロスをよしよしと撫でてからレッドはモンスターボールに戻した。

 

「よーし次は本選だ。不慮の事故に見せかけて青を殺してやるぜぃヒャッハー」

 

 と呟きながら歩き出すレッド。

 

「いや無視!?」

「あ? 何か用っすか?」

「何かじゃないわよっ。アンタの乗ってたポケモンって、ミ、ミロカロスでしょう!」

「そーだけど」

「軽い!」

「まあ、そんな卑下すんなって。アンタだって軽い方だと思うよ? 断崖絶壁スとまでは言わないけど、それでもない方だしな」

「誰が身体の話をしたぶっ殺すわよ!」

「殺すとか、キャーこわーいお巡りさーん。国家の卑しい下僕さーん。此処に犯罪者予備軍がいまーす」

「ああああああっ! マジでムカつくわ、こいつ! そもそも犯罪者予備軍はアンタでしょうがッ!」

「こんな聖人君子に向かってなんという罵倒。ここが公共の場じゃなかったらブチ殺――げふん、好きな言葉は愛と勇気と優しさと世界平和です。てへへ、吐き気がしますね……」

「自分で言っといて何ダメージ受けてんのよ! そうね、あたしが間違っていたわ。アンタはもう予備軍というか、手遅れだわ。手の施しようがないレベルで外道ってる。――って、アンタのことはどうでもいいのよ。ミロカロスよ、ミロカロス!」

「え? ミロ? カロス? 別にカロス地方に行かなくてもミロはスーパーで売ってるよ」

「あたしはアンタが乗ってたポケモンの話をしてんのよ!」

「ああ、なんだそのことかよ。ったく、それならそうと早く言えっての」

「ねえ、唸っていい? あたしの“メガトンパンチ”唸っていい?」

 

 目に殺意を滾らせたカスミが握った拳を見せつけて来る。怒りに震えるその拳が“メガトンパンチ”はおろか石破天驚拳に変貌するのは時間の問題だろう。

 

「よし、話す。判ったから落ち着け」

 

 レッドは冷や汗を浮かべながらカスミの握り拳を解いた。

 

「つっても大した話じゃないんだけどな。シロナさんから借りたってだけの話だし」

「いや、充分に大した話でしょうよ。アンタ、シンオウのチャンピオンと知り合いだったの?」

「あの人がチャンピオンになる前にマサラにやって来て、そんときから」

「でも、それだけでよくミロカロスを借りることができたわね。あの人、ミロカロスに関しては特にガードが固かったってのに」

 

 カスミは羨望の眼差しをミロカロスの入ったモンスターボールに向ける。

 まあ、ガードの固いその背景を知っているレッドからすると当然のことなのだが。

 

「ふうん、聞きに行ったんだ」

「そりゃ水のエキスパートとしてはね。あたしだけじゃなくて水を専門にするトレーナーは皆チャンピオンから話を聞こうと奮闘したわよ」

 

 しかし結果は実らず。

 故にカスミはしつこいくらいにミロカロスに食いついたのだろう。

 レッドはモンスターボールを撫でながら諭すような口調で、

 

「ま――そういうわけだからこいつのことは諦めてくんね? ミロカロスに何かあったら怒り狂ったシロナさんが飛んで来るぞ。あの人、ミロカロスのことを我が子のように愛してるし、あの人のエースを務めてるガブリアスも確実にブチ切れるぞ?」

 

 シロナはもちろんのこと、ヒンバスの頃から彼女(ミロカロス)の苦労を知っているガブリアスも苛烈なくらいの報復行為に移るだろう。もしもそのようなことがあればハナダシティが“りゅうせいぐん”により荒廃した世紀末待ったなしである。どこの誰とは言わないがマサラ出身の何某による影響だろう。青とか、緑とか。赤だけは聖人君子だとレッドは確信している。

 

「うぐ、確かにそれは恐ろしいわね」

 

 カスミは未練たらたらといった様子で渋々と引き下がった。

 

「判ってるでしょうけど、アンタも充分気をつけなさいよ。世の中、あたしみたいに聞き分けの良い美少女だけじゃないんだから」

「言ってろ。判ってるっつーの」

 

 カスミに背を向けて、改めて歩き出したレッドはひらひらと手を振った。

 尚もレッドは観衆の目を一身に浴びている。ミロカロスの衝撃は、それほどに大きかったのだろう。そこにあるのが羨望一つならドヤ顔を向けるつもりだったが、残念ながらと言うべきか、多分の感情を孕んでいた。

 

 ――欲しい、と。

 

 その美しさから収集癖を擽られた富裕層が。

 大金で売れるだろうと金欲に眩んだ犯罪者が。

 ロケット団が。

 

 どんな手段を使ってでも手に入れてやる、と暗い喜悦を燃やしている。

 今まではチャンピオンであるシロナが所有していたから諦めるしかなかったが、今、ミロカロスを所有しているのはトレーナーになったばかりの少年。清く美しく、優しい心を持った格好良い美少年だ。殺伐としたところとは無縁の場所で育ってきた――そんな育ちの良さを感じさせる、神ですら敬意を抱くだろう少年。

 

 ――チャンス。

 

 そう思ったのは果たして何人いることか。

 レッドは付かず離れずの距離を保ってついて来る気配を感じながら、顔を伏せてニヤリと笑う。

 

「さーて、ストレス発散のお時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョインジョインピカァ――

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった」

 

 と、喜色満面の笑みで。

 トレイにハンバーガーとポテト、ドリンクを乗せたレッドがフラウの隣の椅子に座った。テーブルにトレイを置いて、まずはドリンクを一口だけ飲んでいる。

 ここはハナダシティにある飲食店。予選を快勝したブルーが参加する本選までまだ時間が多分に余っている為、フラウ達はここで昼食を取りながら駄弁っていたのだが、そこにレッドが当然のように居座ってくる。

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、事実、女三人で中々に話が盛り上がっているところに男が一人で平然とやって来るその度胸は、まあ、レッドだからと納得した。

 

 彼は自らを『優しさの化身』などとほざきよるがその実、安定の畜生だ。自らを讃える際に飛び出す言葉のなんと薄っぺらいことか。ジュンサーとして活躍する母に不良少年が「エー、俺が万引きしたってー? そんな証拠がどこにあるっていうんスかねー。ちょべりばマジウケるwwwwwwwwwwww」と馬鹿丸出しの発言をしていたのを思い出したが、アレと中々に良い勝負だ。

 

 ……そこにブルーも加わるんだけど、と思うと冷たい殺気。ブルーが目の下を暗くしてニコニコと笑っている。お願いだから心を読まないでほしい。マサラのトレーナーは化け物ばかりか。

 

「お~、レッドくん。予選通過おめでと~」

 

 そしてそんな水面下のやり取りを察することなくいつも通りのローザ。ぱくぱくと自分の髪型と同じ形のドーナツを食べながらレッドを迎え入れている。

 

「さんきゅ。ま、俺の実力からすれば当然の結果って奴だな」

 

 あの試合のどこに実力が介入する余地があったのだろう。

 

「あはは~、こやつ言いおる~」

「……おい、このぼんやりピンク、いつの間にこんな辛辣なことを言うキャラになったんだ?」

「元からよ。貴方が誤解してただけ」

「この見掛けじゃ騙されるわよね。私もそうだったわ」

 

 フラウが首肯すると、ブルーもそこに追従する。当の本人はちょこんと小首を傾げている。

 ローザはよく、のんびりマイペースな天然少女と誤解されるが、幼馴染として十二年一緒に過ごしてきたフラウは断固として『毒舌』の二文字が足りないと常々思っている。保護欲を湧かせる愛らしい顔立ちと癒し系の雰囲気をしているが、一緒にいると歯に衣着せぬ言動が目立ち、その天然から放たれる毒舌たるやブルーですら口元を引き攣らせた実績を持つ。

 

「でも良かったわ」

「あ、何が?」

 

 パクリとハンバーガーを齧ったレッドがこちらを見る。

 

「ほんの少し前までの貴方ってすっごい殺気をばら撒いてたじゃないの。その原因、目の前にいるし。でもこうして普通に話せるってことはもう機嫌は治ったのよね?」

「良いストレス解消法も見つかったしな。それに、いつまでも不機嫌を続けるのもガキっぽいし、うちのポケモンが怯えちまう。ポケモンに比べたら俺の復讐心なんてちっぽけなものだよ」

 

 と、殆どポケモンにしか向けない優しい表情を庭に向ける。

 トレーナー御用達のこのお店は広めの庭を設えており、そこでトレーナー達のポケモンが寛げられる場所として開放しているのだ。そこにはレッドのポケモンだけならず、フラウとローザ、ブルーのポケモンもいる。

 元の、戦闘機のシルエットしたポケモンの姿に戻ったラティアス。レッドのピカチュウを慕うフラウとローザのピカチュウ等々。但しブルーのサザンドラに限っては「マシンガンを携帯したヤクザが常時薬をキメてるような奴だから、野放しにした瞬間血祭りワッショイよ」とトレーナーの神采配によってモンスターボールでお留守番だ。

 

「――ま、それはそれ。これはこれ。本選で不慮の事故が意図的に発生するのは決定してっけど」

「あら、大変。きっと赤が死ぬのね」

「散るのは青だけどな」

「あ?」

「は?」

 

 そしてメンチの切り合い。

 少し良いことを言ったと見直した途端この有様だ。これもある種の自爆芸というやつだろうか。 

 フラウはドン引きし、貧乏くじを引かされたことを恨めしく思いながら「そ、そう言えば、さっき楽しかったって言ってたわよね? 何かあったの?」と、別に話題を振る。

 

「ああ。俺の出したポケモン――ミロカロスってんだけどな」

「凄い綺麗だったわよね」

「俺の心とそっくりだったろ?」

「ベトベターが何か言ってるわね」

「黙れベトベトン」

「んだとコラァアアアーーッ!」

「やんのかオラァアアーーッ!」

「どっちもどっちよ! このバカアッ!」

 

 互いに胸倉を掴みあって怒声を飛ばす沸点ゼロの赤と青にフラウは頭が痛くなった。

 

「それで~? ミロカロスちゃんがどうしたの~?」

 

 はむはむとドーナツを咀嚼しながらローザ。

 

「ま、そんな大事じゃないんだけどな。ミロカロスってかなり希少性の高いポケモンだから、目をつけた連中に襲われたんだよ」

 

 一先ず矛先を収めて食事に戻りながら、レッドはなんてことないように言った。

 

「え? それかなり大事じゃないっ。大丈夫だったの?」

 

 念の為、ハナダシティにいる身内(ジュンサー)に連絡をした方がいいだろうか、と眉根を寄せる。

 

「まあ、大丈夫じゃなかったらこんなところにいないでしょうね。アンタのことだからどうせ返り討ちにしたんでしょ」

「とーぜん。最初はあくどい笑みを浮かべて悪いことを言ってるクズどもがずたずたになって惨めに命乞いをして来たときは、もう抱腹絶倒だったわ」

 

 クズである。

 身内に警察がいる人間を眼前に、なんてことを楽しげに語るのだろう。しかしジョーイを身内に持つ幼馴染はずたずたになったという発言を完全にスルーである。問題児しかいねーよ、ここ。

 

「え? 何その神展開。どうして私に連絡しなかったのよ。うちのサザンドラちらつかせてあげたのに」

 

 クズである。

 そんな場面にマシンガン携帯した薬中のヤクザを投入したら翌日の新聞の一面を飾るのは水上レースではなくて、『水上レースの裏側で暴力団の抗争か!?』と血生臭いニュースになることは間違いないだろう。せっかくのお祭りが台無しだ。

 

「バカだな。んな劇物投入したらあっという間に楽になんだろうが。悪党に人権なんてないんだから磨り潰すように苦しめるのが正解なんだよ」

「なるほど、一理あるわね」

 

 ない。

 断じて、ない。

 

「そうすりゃ世の中『ああ、悪いことってできないんだなァ……』って犯罪を起こす奴もちったぁ少なくなんだろ。その少ないのを完全に摘み取ったら世界平和の誕生だ」

「判るわ。悪党に慈悲なんて与えるから良心の紐が緩んでまた次の犯罪を起こすのよ。法治国家の被害者は何時だって良識ある一般人だわ」

「悪党死すべし、慈悲はない」

 

 ローザが「ぶ~めら~ん」とご機嫌に歌っているが二人は気にした様子もなく、

 

「泣いた。今、レッドが生涯に一度の良いことを言ったわ」

「よし、俺がチャンピオンになった暁には、このスローガンを掲げてカントー地方を支配しよう」

「まあ、私がチャンピオンになるからその野望は叶わないんだけど、そのスローガンだけは賛成ね。世界が私に跪く。ふふふ、素晴らしい景色ね」

「ははは、こやつ言いおる」

 

「「HAHAHA!」」

 

 マサラタウンの方々。何がどうしてどうなったらこんな畜生に成長するんですか。しかも二人も。私はまともな人材を要求します。

 フラウは顔を覆って泣いた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そして午後になり、本選レースの開幕。 

 

 

 

「「――死ねえっ!!」」

 

 

 

 飛び交う赤と青の、あまりに見苦しい罵詈雑言にフラウは再び泣いた。

 

  

 

 

 

 

 

 
















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第十七話「水上レース ④」

 元SAMPの三人が仲良くCMをやってるの見て、ほっこり。随分とお待たせしました。いつも通りの、人に優しく、殺伐とは無縁の、道徳に則ったお話です。


 

 

 ――水上レース・スタート地点。

 

「やっぱりさ、スポーツマンシップって大事だと思うんだよ」

 

 本選開始を目前に。

 水門に設けられたスタート地点、そしてゴール地点でもある場所で、ミロカロスに跨るレッドは唐突に呟いた。水上にはレッドと同じく“なみのり”を習得した水タイプのポケモンに跨る参加者で溢れており、意気揚々とレースの開始を待っている。

 レッドの呟きを拾い上げたのは、隣でマリルリの背に座っているブルーだった。

 

「いきなりどうしたの? 頭打った?」

「俺はいつだって正常だっつーの。身から伝わる善人オーラが伝わらねえかなァ」

「うんっ!!」

 

 予想外の返答を受けてレッドは「くっ」と吹き出してしまう。ブルーの性根から苛烈なくらいの罵倒が来ると予想していたのだが、まさか満面の笑みで肯定してくるとは。

 こほん、と咳払い。

 

「まあ、いい。つまり俺が言いたいのはだな、勝負っていうのは真剣に取り組むからこそ意義があるって事なんだよ。正々堂々と、真っ向から、互いの持てる全ての力を出し切るからこそ勝利を得たときの余韻や達成感は半端なもんじゃないはずだ」

「そうね。卑怯な手段を使って勝ったとしても得られるものは何もないわ。あったとしても、それは空っぽの偽物だもの」

 

 首肯。

 

「俺はな、相手をリスペクトできるバトルがしたいんだ。自分の全力と相手の全力、その双方を認めて成り立つバトルほど素晴らしいもんはないと信じている。勝利だけを求めるバトルなんて虚しいだけだ。バトルってのはもっと大事な、心と心のぶつかり合い。自分を成長させてくれる相手への敬意ってのは絶対に忘れちゃいけないんだ」

 

 自分の心の根っこにある信念を、切実な想いで口にする。

 きっと勝利を渇望する相手には届かないだろう。一笑に付されることだって。

 だけどレッドは己の信念を疑わない。

 誰かに笑われるくらいで折れるようなものは信念とは言わない。

 何があろうと決して折れず、譲れない、様々な人生を経験した先に見出した意志――それこそが信念なのだから。

 そんなレッドの信念を、ブルーは笑った。

 クスッと。

 だけど、それは相手を小馬鹿にするような笑みではなく、それでこそ、と相手を肯定する優しい笑みだった。

 

「流石はサイバー流ね」

「フッ、俺のエヴォリューション・バーストを魔法の筒(マジック・シリンダー)で反射しやがったあの時の絶望、今でも思い出せるぜ」

 

 あの瞬間ばかりはブルーにエヴォリューション・バーストゴォレンダァ!をダイレクトアタックしそうになった。いや、よく考えたら殆ど毎日ダイレクトアタックな事案は発生していたのだが。

 

「パワーボンドのサイバー流には反射系のトラップが突き刺さるから大好きよ♪」

「一ターン目に禁止令でお触れを殺すとか徹底的過ぎんだろ」

「超攻撃的なデッキ構成をしているアンタが悪いのよ。妨害大好きデッキにサイクロンと羽根帚だけで対抗とか舐めてんでしょ」

「ワンショット・オーバーキルはロマンなんだよ」

 

 ロックデッキ死すべし。相手をリスペクトする精神が足らぬ。

 話が逸れた。

 

「レッドの言いたいことは判るわよ。このレース、正々堂々戦いましょう」

 

 ――そういうことでしょう? と目で訴えてくる。

 

「やっぱ判るか」

「判るわよ。幼馴染だもの」

「そうだな、野暮なことを言った」

「――負けないわよ」

「俺だって」

 

 二人は満ち足りたような笑みで、しかし瞳には闘志を宿しながらコツンと拳を合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――数分後。

 

 

 

「「死ねやああああああああーーっ!!」」

 

 

 ミロカロスとマリルリの“ハイドロポンプ”がぶつかり合った。 

 所詮、この程度である。

 

 

 ※ここでフラウが泣きました。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

「テメェ、さっきの正々堂々戦おうって言葉はどこ行きやがった!?」

「はあ? その台詞は熨斗つけて返すわクズ野郎! さっきは意図的にアンタがぶつかって来たんでしょうがあ!」

「はい、お目目のイカレた意味不な発言いただきましたーっ! 他人に責任を擦りつけるとか人間の底辺を極めた女は本当に愚かですね! そうしないと自分を保てないとか無様で滑稽にも程があるわ! ビデオ判定してトドメ刺してやりましょうかあああ!?」

「上等よ! 最高裁にまで持ち込んでやるわ鬼畜外道のクソガキ赤がァッ! 死刑を覚悟してなさい!」

「このハゲーっ!!」

「違うだろー!!」

 

 ……完全にどっちもギルティである。

 カスミはトップ争いを続ける二人の醜い争いを映像越しに眺めて頭を抱えた。

 

「なんでこうなった……」

 

 主催者であるカスミの重たい溜め息。伝統ある水上レースはもっと華やかで観客達を魅了する水の舞なのだ。だけど繰り広げられるレースはカスミの思惑とは大きく逸脱したものだった。

 接触事故に煽り運転、急ブレーキetc。

 悪質タックル。

 悪質タックル!

 言い訳になってしまうのですが、その時、ポケモンを見てしまいまして、赤と青のところを残念ながら見ていないのです、とカスミは目を背けたくなった。ええい、センテンススプリングからのトドメの一撃はまだか!

 動画サイトに上がっているDQNの悪質な運転そのものを十二歳になったばかりの少年少女がやっている。サイクリングロードに屯している暴走族も驚く光景だ。

 

(暴走族って言えば、少し前、バンギラスを連れた十二歳くらいの少年に蹂躙、恐喝されて真人間に転向、サイクリングロードが平和になったってニュースがあったわね)

 

 フランスパンの如くリーゼントを決めていた暴走族が七三分けのスーツ姿に変貌を遂げて「本当の悪というのは、無表情で暴力を振るえるんだなと思いました。もうフランスパンゼントは卒業します」とインタビューに答えていた。

 

「カスミさん、現実逃避は程々に……」

 

 申し訳なさそうに運営の一人が言ってくる。

 

「判ってるわよ」

 

 カスミは力なく答えて映像に目を移す。

 他の参加者達は殆どが脱落している。レッドとブルーの争いの余波を受けたり、優勝争いとは無縁なほど突き放されていたりともう他に見込みは無かった。

 というか、あの二人が上手すぎた。

 この水上レースは、カントー地方を代表する水の都たるハナダシティの住民が最も得意とする勝負事だというのにレッドとブルーはあっさりとコツを掴んで、常に際どいコーナーを攻めている。ポケモンとの息もピッタリであり、どんどん他の参加者達と差をつけているのが現状だ。

 

「あの華麗な波乗り捌きからどうしてあんなクソみたいな言動が飛び交うのかしらね」

 

 ホント、その技術だけはカスミも舌を巻き、自分も二人と戦いたいと思うくらいなのに。

 なぜ神は、外道に鬼畜を煮込んで下衆をトッピングし畜生を盛りつけてクズを添え物にしたような連中に天賦の才を与えたのだろう。ホント使えないな、神。

 

 すこーんっ!

 

「あたーっ!?」

 

 カスミの頭部に、天より遣わされた金タライが直撃した。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 ――ヤバいな。このままじゃ負ける。

 序盤からの順調なレース展開は、しかし、中盤に差し当たった辺りから崩れ始めてしまった。

 徐々にブルーとの間に差が生まれつつあるレッドは、一向に縮まらない距離に歯噛みする。もしもミロカロスがレッドの手持ちだったならピンポイントでブルーを狙撃する技と技術を仕込んでいたのだが、残念ながらミロカロスはシロナのものだ。チャンピオンとして君臨する彼女のポケモンに、対ブルー専用暗殺技術を教えるわけにはいかなかった。

 

「もう“かみなり”でも落ちて、死なないかな。今こそロケット団の出番だろうが。何で出てほしいときに出てこないんだよ、ホント使えないな、ロケット団。後で殺そ」

 

 ポケモンバトルじゃなくてリアルファイトで闇に葬ってやる。一人や二人いなくなっても誰も判らんだろ。モブだし。

 そんなことを思いながらもミロカロスと息のあった“なみのり”を披露するが、やはり結果は芳しくない。元々のスピードはマリルリよりミロカロスの方が上なのだが、コースにスピードを活かせる直線距離というものが少なく、やたら入り組んだ道が多い。決勝なのだから難易度が上がるのは当然だが、狭いコーナーを曲がるときミロカロスはサイズ差によってマリルリよりも大きく減速して曲がる必要があった。

 それがブルーとの差となり如実に現れてしまっている。決勝のみに使用可能となる技も焼け石に水といったところだ。……そもそも“ハイドロポンプ”のトレーナー狙い撃ちオンリーなのだが。

 ――と、そのとき不意にブルーが振り返った。

 

 そして。

 

 

「おほほほほほほほほ! おほほほほほほほほ! やっぱりどれだけポケモンが優れていようと肝心のトレーナーがへっぽこなら宝の持ち腐れで終わってしまうみたいね! もしかしてレッドくんってば、それを私に判らせるためにレースに参加したの? 優しー! レッドくん優しー! ブルーちゃん、感動のあまり泣いちゃいそうだわー! …………え? 何? 違うって? ……じゃあ、もしかして……………………それが実力? うわぁ、恥ずかし……あの、その……なんか、ごめんね……………………………………ぷぷっ」

 

 

 ………………。

 

 

 

 

「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 

 効果は 抜群だ! 

 レッドの 精神が 崩壊した!

 

 闇に飲まれよ! いいえ、むしろ闇が飲まれました。ここぞとばかりに煽ってくるブルーにレッドは発狂する。

 もしもこの時、手持ちに時間やら空間を操るポケモンを所持していれば、レッドは間違いなく世界を滅ぼしていただろう。

 かつてないほどの屈辱だった。

 例えるなら、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームである。古い。

 しかし、レッドは諦めなかった。レースを諦めるという行為はミロカロスに悪い。かぶりを振って気を取り直し、レースに集中する。

 

 ――それが功を奏したのか。

 

 ブルーとの距離が少しずつ縮まっていく。

 今までのレッドは勝利することはもちろん、ブルーを撃墜することにも思考を割いていたせいで“なみのり”に集中できていなかったのだ。ミロカロスの奮闘を見遣り、一周回って冷静になったレッドは、脳裏にコースを思い浮かべてショートカットできる地点を見出す。

 加速し、速度と大きな体格を活かした大ジャンプをして複雑なコーナーを避けた。

 

「よしっ」

「チィ、小僧が!」

 

 十二歳の子供にガキと呼ばれる転生者がいるそうです。

 後は長い直線のみ。

 ならば必然、ミロカロスの領域だ。

 ブルーは余裕の表情を消して“なみのり”に集中するが、互いの距離は更に縮まっていく。

 

「よーし、行け! ミロカロス!」

「マリルリ! もっと加速して! お願い頑張って!」

 

 ミロカロスもマリルリも最後の力を振り絞るようにして加速する。

 やはり、直線的な加速力はミロカロスが上回っているが……。

 

「うふふふ。やっぱり今回の勝負は私の勝ちのようね! この距離ならギリギリで逃げ切れるわ!」

 

 その通りだった。

 確かに差は縮まっていくが、当然ゴールとの距離も縮まっていく。両者の速度とゴールまでの距離を計算すれば、結果はブルーの言葉に収束する。

 レッドは苦い顔をする。

 ミロカロスを見遣れば、彼女も死力を尽くして頑張っているのは一目瞭然だ。これが人間なら馬車馬の如く働かせてボロ雑巾になるまで使い潰してやるのだが。

 

 おほほほほ! と再度ブルーの高笑いが迸る。

 

 しかし、まあ――この手のレースは調子に乗ると芸人フラグが立つものだ。 

 不幸にも――否。愚かにもブルーはまたレッドを振り向いて笑っている。

 前方不注意。

 ブルーの前方で、水面が跳ねた。

 

「あ」

「え?」

 

 思わず目を丸くするレッドの姿を認め、そこでブルーは視線を前に戻した。そんなブルーの視界に広がる――赤。

 

 王冠を被った、赤。

 透き通るような、鮮明なまでの、赤。

 

 ――というかコイキングだった。

 

 レッドには、とても見覚えのあるコイキングだった。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 しつこいくらいに食いついてきた、あのコイキングだった。

 偶然か、奇跡か。

 

「へぷっ」

 

 てちんっ、とブルーの顔面にコイキングがぶつかった。

 衝突音からして最弱臭が漂っているが、中途半端な体勢だったブルーがバランスを崩すには充分だった。

 

「――ちょおおっ!?」

 

 ブルーにとって、まさに青天の霹靂だった。

 泳ぐことに一生懸命になっているマリルリにブルーの様子を気づけというのは、あまりにも酷な話だろう。

 ブルーは水面へと転落してしまう。

 そのままマリルリはゴール。

 パッと明るい顔をして喜色を露にするが、何かおかしいことに気づいて小首を傾げる。

 だって背中にブルーがいないのだから。

 レッドはブルーが転落した場所を、何とも言えない表情で通過、そしてレッドの優勝が決定した。

 

 しかし、微妙な気持ちだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、もちろん煽るんですけどね。

 それはそれ。これはこれ。  

 

 アイツ、許サナイ、絶対ニ。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「ブルーちゃん、残念だったね~」

「……そうね」

 

 レースが終わり、ブルーを迎えに行くため運営本部へと歩を進めているフラウとローザ。

 ローザは綿飴を片手にのほほんとそんなことを言っているが、反対にフラウの気はとても重かった。

 

「まさかコイキングに負けるとは思わなかったな~。なんかぁ、すっごく滑稽だったよね~」

 

 …………。

 

「……それ、絶対ブルーに言うのはやめてよ」

 

 ブルーが自分達に辛く当たる可能性は低いが、他に当たる可能性は高い。主にロケット団とか。

 オツキミ山でロケット団に絡まれたときは、酷いものだった。 

 明らかにやべぇ薬に手を出しているようなポケモンを出して、十数人もいたロケット団員を瞬殺してみせたのだ。ブルーがそのポケモンを出した瞬間、「あ、これはあかんやつや」と逃げようとした者にも慈悲はなかった。

 警官の一族の娘としてマフィアを取り締まることは名誉なことだが、悪党として有名なロケット団が自分に助けを求めに来たときは盛大にドン引きしたものだ。

 

 そんなブルーに、コイキングに負けたなんて言ったらどうなるか。

 街中であの明らかにやべぇ薬に手を出しているようなポケモンを出してハナダシティを血の海に沈めかねない。

 その上、結果的には失格。二位ですらなく、そしてライバル視しているレッドに負けてしまったのも事実だ。

 コイキングさえいなければ、という言い訳は、そもそもレッドを煽ることに夢中になっていたブルーの自業自得というわけで。

 

 だからこそブルーの精神状態を鑑みて、ブルーの元に行くことが非常に気が重いのだ。

 せめてそこにレッドがいないのならば、多少の希望はあるのだが。

 現実はそう甘くなく、ブルーの傍には赤がいた。

 思わず天を仰いだフラウの耳に入ってきた言葉は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

 

 

 

 

 もはや言語すら超越したナニカだった。

 草生えるというより、草原が生えていた。

 殺意すら覚えるほどのドヤ顔で、ブルーの周りをターンをキメながら回っている。

 

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ、ブルーさん? ブルーさん。あーた、レース中散々人のこと煽っておきながら失格っすか? え? マジっすか? マジ失格なんすか? え? え? え? 俺だったら恥ずかしくてとっくに自害してるんすけど、やっぱブルーさんってすげぇっすね? なんていうか? 面の皮が厚いってやつ? 呼吸することに恥じらいとか覚えないんすか? あー、やっちゃったよ、この人マジやっちゃったよ。可哀想でしゅね~、悔しいでちゅか~? 傷ついてます? ねえ、傷ついてます? 治す道具あげましょうか? “きずぐすり”? “げんきのかたまり”? “なんでもなおし”? ププー、それで心の傷が治るのかは知らないんですけど~。

 ていうか、え? え? ブルーさんってば、もしかしてなんすけど、コイキングに負けちゃったんすか? 俺じゃなくてぇ、コイキングに負けちゃったんすかぁ? 嘘嘘嘘だよ。だってコイキングってアレでしょ? 世界で一番弱い生物でしょ? もうオーキド博士を始めとするポケモン研究者達が満場一致で下した最弱モンスターでしょ? そんなのに僕のライバルであるブルーさんが負けるわけ…………え? ガチなの?

 そ、そっすか。ガチなんすか。あの、えと……ドンマイっす! 自分応援してるっす! ブルーさんなら立ち上がれるって信じてます!

 

 コイキングに負けたとしても!

 コイキングに負けたとしても!

 コイキングに負けたとしても!

 

 ブルーさんなら立ち上がれるって信じてます!

 あ、僕、ちょっとオーキド博士に電話してきますね。この世で一番弱っちいクソ雑魚生物はコイキングじゃなくてマサラタウン出身の十二歳の少女、ブルーさんだってことを知らせないといけないので! 情報というのは新鮮さが命! すぐさまポケモン図鑑のコイキングの内容に『でもブルーよりは強い。ぷぷーっ』って追記するようにお願いしてくるっす!

 あははははははははははははは!! 超受けるんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!! ざまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああはははははははははははははははははははははははっっ!!!!」

 

 

 

 

 ………………うわぁ。

 帰りたい。今すぐに帰りたい。

 ローザ。お願いだから空気読んで。「ブルーちゃんってぇ、コイキングより下だったんだ~」とか言わないで。空間歪んでいるから。怒りのあまり空間が捻じ切れそうになってるから。

 しかし、レッドはそんなブルーの様子に尚更ニッコリと笑顔を浮かべて追撃に入って、

 

「――あ、そういえばぁ、今の心境はどんな感じっすか? 空前絶後、世紀の負け犬さ」

 

 ブルーの拳がレッドの顔面にめり込んだ。

 

「ってぇな、何しやがるクソ女!」

「うっさいわ! 誰だってあんなこと言われたらキレるに決まってんでしょうが、キチガイ赤があ!」

「ああん? テメェが最初に煽って来たのが原因だろうが! 他人に責任を押しつけるとか、コイキングに負けたことといい、本当に恥ずかしい女ですね!」

「はあ? 誰だって煽るに決まってんでしょうが! こんな殺意しか湧かない汚いオーラをまき散らしたクレイジー鬼畜外道が生きているなんて知ったらね! ああ、近づかないでくれませんか? 汚いオーラが感染しちゃいますう!」

「顔面から生臭い臭いを放出している人に言われたくありません~! え? 何この臭い? 体臭っすか? ブルーさんキツイわー、マジ臭いわー」

「女に向かって臭いとか、マジで頭振り切れてるわねえ! 世のため人のため、もうイカレた脳を持つクズなんてさっさと抹消しちゃった方が平和のためよねえ!」

「ああ……?」

「ガキが……」

 

 

「「ブチ殺してやらぁああああああああああーーっ!!」」

 

 

 凄まじい轟音が鳴り響く中、フラウはローザの手を取って踵を返した。

 

「フラウちゃん?」

「帰りましょう、ローザ。ここに私達の居場所はないわ」

 

 五十歩百歩。目くそ鼻くそを笑うという、無様な醜態を公然の面前で恥じらいもなく見せつける底辺な二人を反面教師にフラウは今日、大人の階段を一歩上がった。

 

「ああ、良い天気だわ」 

「なんか雲が出てきたよ~」

 

 シャラップ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 難産。
 そもそもジムリーダーの本気が新米に負けるわけがないだろ、という思考からバッジ数に応じてポケモンや戦術を変えるという設定にしたんですが、そのせいでジム戦が非常に地味なものになってしまったのが更新遅延の始まり。でも、だからとトレーナーの技量を見て使うポケモンや戦術を指定するものに変更してしまうと毎回ジム戦が全力バトルになってしまう。そこまでの引き出しは持ってないよっ。

 ついでに言うとバトルの方もスピード感を持たしたくて色々と悩んでいました。

「ピカチュウ! “でんこうせっか”!」とか「ヒトカゲ! “ひのこ”!」ってトレーナーが指示を出してポケモンがその通りに動くのは定番なんですが、よくよく考えるとこれってボクシングのサポーターがリングの外から「右フック!」とか「そこでストレートだ!」って言ってるようなものですよね? 少なくとも自分はそう思いました。そう過程すると、どうしても指示が追いつかないし、そもそも事細かな指示に対応できるわけがない。

 そんなわけで次回は、自分なりに考えたポケモンバトルを展開します。
 水上レースの顛末を語ってからの、ガチバトルです。
 ネタバレになるので詳しくは言えませんが、やばいピカチュウを所持しているトレーナーと明らかに薬に手を出しているようなポケモンを所持しているトレーナーが戦います。 



 


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第十八話「ヤバげな赤が勝負を仕掛けた!」

 尚、バトル開始まで進まなかった模様。


 巨大な体躯が鋭く空気を切り裂いて、鞭のように撓る。小型のポケモンは勿論のこと中型のポケモンですらその巨躯は迫り来る壁を彷彿とさせるだろう。

 その――迫り来る壁を見て。

 オコリザルは真っ向から立ち向かった。トレーナーの制止の声も耳に入らずボクシンググローブにも似た拳を振りかざし――――ホームラン。

 白球をバットで打ち返すが如くオコリザルは大きな放物線を描いてフィールドの外へと落下する。防御面にやや不安の残るオコリザルは、やはりというかその一撃で戦闘不能となった。

 

「あちゃ~」

 

 と、対戦相手のトレーナーが頭に手を当てる。その顔には「やっぱりか」と書いてあった。

 これで相手の手持ちのポケモンは全滅。こちらの勝利が確定した。

 トレーナーはポケモンを“モンスターボール”に戻して、こちらに歩み寄って来ると、右手を差し出した。

 

「対戦ありがとう。本当に強いな、キミは」

「いえ、こちらこそ」

 

 相手が十代後半の年上(尚且つ好印象)だったこともあり、レッドはそこそこに取り繕った声音で握手を交わした。

 

「やっぱりオコリザルの育成は難しいなぁ」

「まあ――いつも怒ってるポケモンっすから」

「何があいつをそこまで駆り立てるんだろうね」

「さあ? 一説には、怒ることが無いことに怒っている奇特なポケモンだし」

 

 だよねぇ、と青年は苦笑して離れていく、おそらくポケモンセンターに向かうのだろう。

 

「これで二十人抜き、と」

 

 ピカチュウは当然、ラティアスも抜いた三体のポケモンで来る者拒まずばったばったと薙ぎ倒しているのだが、そろそろポケモンのコンディションも考慮して休憩を挟もう。

 レッドは“モンスターボール”に待機しているヒトカゲとルカリオに労いの声を掛けて、今日のMVPの元へ歩を進めた。

 

「お疲れさん――ギャラドス」

 

 ポンと青い鱗に手を置くと、ギャラドスは相好を崩した。

 そう――レッドが選んだのは、ラプラスではなく、コイキングだったのだ。

 あのレースの後、内容はともかく優勝したことには変わりないのでカスミからラプラスの入った“モンスターボール”を受け取ろうと思ったのだが、そこで心変わりが起きた。

 

 釣りをしてはコイキング。釣りをしてはコイキング。釣りをしてはコイキング。

 これがコイキングという種族のみが共通している別個体なら、ただコイキングに好かれているコイキング小僧で収束するのだが、レッドが釣り上げたコイキングは同じ個体だった。

 そして、そのコイキングがレースに置いてハプニングを起こしてレッドを優勝に導いた。

 

 ――これはもうフラグだろ。

 

 ただのモブキングとして処理をするのは無理があった。このコイキングを仲間にする舞台が整いすぎていたのだ。

 

 故に、即断だった。

 

 ラプラスとコイキングの両者に視線を右往左往させること一時間、実に即断だった。即断ったら即断である。レッドとコイキングは出会った頃からマブダチ――ズッ友だ。セリヌンティウスは処刑ヌンティウス。

 当然ながらレッドの手持ちになってからコイキングがコイキングとしていられた時間はたった数時間だった。サクッとギャラドスへと進化した彼は、凶悪ポケモンとしてデビューしたのだが、凶悪とは名ばかりに人懐っこいタイプだった。もしも凶悪な性質のままレッドに牙を向けようものならピカチュウ道場(四倍弱点&レベル差八十という鬼畜仕様)で矯正しようと思っていたのだが、その心配は杞憂に終わった。運命力持ってんな、こいつ。

 

 レッドはギャラドスを“モンスターボール”に戻して、ハナダジムを出て行く。ジムはバッジ取得のためだけじゃなくて一般トレーナー同士のバトルフィールドとしても利用できるのだ。

 

『マスター、お腹空いたー』

 

 隣を歩いているラティアスが言う。

 

「そーだな。ポケモンセンターに寄ってから昼食にするか」

『じょじょえーん』

「ロケット団がそこら辺に転がってたらな」

 

 適当に相槌を打ちながらポケモンセンターでギャラドス達の治療を済ませ、手頃な飲食店に入る。

 

「「「あ」」」

 

 そこでブルー達と鉢合わせになった。

 

「何か数日前も似たようなことがあったわね」

「そういや水上レースのときにあったな」

「水上レースのことは、もう私の記憶には残ってないわ」

 

 ブルーは真顔で言った。

 

「そうか。あ、昨日身包み剥がされたロケット団が連行されてたんだが、アレはお前の仕業か?」

「んー、記憶に無いわよ?」

「いや、貴女でしょう。ロケット団を倒したの」

 

 フラウが半眼で突っ込みを入れるが、ブルーは平然と、

 

「ごめんなさい。私、倒したゴミの数を覚える奇特な趣味は無いの」

「それもそうか」

「そうじゃないから。私、そろそろ貴方達二人を通報した方がいいんじゃないかと思うようになってきたわ」

「いやいや、そりゃ酷いだろフラウ」

「そうよ。私達は世のため人のため、平和のために悪党を懲らしめているのよ」

「涙・腺・崩・壊」

「抱・腹・絶・倒」

「おい、後者。本音が零れてるわよ」

「ねぇ~、もうロケット団の話なんてどうでもいいから、早くご飯食べようよ~」

 

 ここまで沈黙していたローザがプクーと頬を膨らませて、ラティアスがコクコクと同意する。

 

「天然って凄いよなァ」

 

 レッドが呟くと、唐突にブルーがキャピキャピと大袈裟に、

 

「実はぁ、私も天然なの~。きゃは☆」

「きっしょ。ベトベトンを顔面に投げつけられた気分なんですけど」

「――は?」

「お?」

 

 すぱんっ!

 

 フラウのハリセンが火を噴いた。

 便利なツッコミの相棒を見つけたようだ。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「ブルーは今どんな感じだ?」

 

 同じテーブルで昼食を取りながら、レッドは唐突に問い掛ける。

 いつも殺意を散らして喧嘩をしている、人類の底辺決定戦におけるシード権を獲得している二人だが、だからといって普通に会話ができないわけじゃない。

 いわゆる――喧嘩するほど仲が良い、の典型だ。ただ過激なだけで。

 

「主語が抜けてるわよ。まあ、伝わるんだけどね」

 

 言って、コップを手に取り喉を潤す。

 

「正直なところ微妙の一言に尽きるわね」

「何の話?」

 

 フラウが尋ねる。

 

「この旅のことだよ」

「へぇ、意外。貴方達二人が苦戦しているところは見たことないわよ?」

「だからこそよ。私達ってこの旅が始まる前は色んな地方に行ってバトルを吹っ掛けていたんだけど、この旅が始まってからは色々と制限されちゃって手応えのあるバトルとは無縁になりつつあるのよね」

「あ、そういう……」

 

 確かに二人のバトルは、圧倒的な実力差による完全勝利が常だ。ポケモン自体は経験値を得て強くなれるが、トレーナーの技量が上がるかと言えばそんなわけはなくて。

 故に、微妙と称したのだろう。

 レッドは気怠げに頬杖をつく。

 

「だよな。俺、旅に出るまではそこそこロケット団に期待していたんだぞ。裏社会に生きるマフィアなんだから、もう少しできる奴らだと思っていたってのに」

「あ、私、オツキミ山で幹部候補と会ったわよ」

「マジで? 強かった?」

「まさか」

「まあ、ロケット団だもんな」

「やたら偉そうだったから、ついイラっとしてサザンドラ出しちゃった」

「うう、あのときの悪夢が……」

 

 フラウが青褪めた顔でぶるりと震える。

 血飛沫ワッショイなポケモンを出したのだから、常人がトラウマを抱くのは必然だろう。

 

「おいおい、何だよその楽しそうなイベントは」

「楽しかったのは否定しないけど、いつも通りだったわよ。サザンドラで身も心も恐怖に染め上げて、土下座した頭を踏みつけてカメラをパシャリ」

「そりゃ確かにいつも通りだ」

 

 けらけらとレッドは笑う。

 ――そこのどこに笑う要素がありましたか、とフラウはドン引き。ローザはラティアスと仲良くご飯を食べてそもそも話題に興味すら抱いていなかった。

 

「やられ役乙団はともかく」

 

 斬新な呼び名である。

 彼らはロケット団は一応、ポケモンを利用した金儲けを始め、傷害や殺人等の悪事を平然と行っている紛れもない悪党なのだが、哀れ、この二人にとってはお金を落とすサンドバックでしかない。

 

「――久々にバトルしようぜ。公式戦に則ったガチバトル」

「え!?」

 

 これに驚いたのはフラウだった。ローザもパチクリと目を丸くしている。

 レッドとブルーは人類屈指の問題児だが、同時にかなりの実力を持っていることを知っている。ならば、果たしてどちらが強いのか、と密かながらに疑問に思っていたのだろう。

 

「――――……」

 

 その提案に、一瞬だけブルーは無表情になったが、

 

「いいわよ。私もそろそろ刺激がほしいと思っていたところだもの」

 

 そう、不敵に笑う。

 先のロケット団の件は充分に刺激的な日常と思うんだけど。そうですか二人にとってはそれが平凡な日常ですか、そうですか、とフラウは遠い目になった。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 そんなわけで昼食後、再びハナダジムに訪れたレッドは受付で申請書を記して、提出する。

 ただバトルを行うだけならこの手続きは不要なのだが、公式戦形式でバトルを行う場合、中立に物事を判断する審判の存在が不可欠なため、こうして申請書を記すことによって審判にバトルの仲介を要求するのだ。

 

 早めに昼食を取ったおかげか、幸いなことに審判の手は空いており、今すぐにバトルを行うことが可能とのこと。

 

「ねぇねぇ~、公式戦ってどういうルールなの~?」

 

 見学のため、フィールド外の左右にあるベンチに腰を降ろしたローザがフラウに問う。

 

「え? ちょっと待ってローザ。私達、毎年年末にやるポケモンリーグの中継を見ていたじゃない。もしかして知らないで見ていたの?」

「うん、知らな~い」

 

 とぼけた顔で言ってのけるローザにガクリとなる。

 ポケモンバトルの公式戦ルールを知らないなんてかなり珍しい部類だというのに、それがまさか自分の一番の親友だったとは。というか毎年手に汗握って白熱する試合を見ていたのはフラウだけだったのか? そう思うと何か哀しくなった。

 

「まあ、いいわ。公式戦のルールっていうのはね――――」

 

 

 公式戦・シングルバトル。

 基本ルール。

 ・使用するポケモンの数は三体から六体の任意。

 ・入れ替え戦。

 ・入れ替えの場合、次のポケモンを出すまでの所要時間は三秒。

 ・ポケモンが戦闘不能になった場合、仕切り直しのために定位置に戻り、改めて審判が開始の合図をする。こちらの場合、次のポケモンを出すまでの所有時間は十秒とする。

 ・互いのポケモンが技を繰り出していない時に、一度だけ一分間の作戦タイムを取ることができる。

 ・相手のポケモンの所持数に関わらず、三体を戦闘不能にした時点で勝利が確定する。

 

 違反項目。

 ・入れ替え時、戦闘不能時、作戦タイム時の所要時間をオーバーした場合はイエローカード一枚。

 ・戦闘不能になったポケモンに対する過剰攻撃はイエローカード二枚。

 ・トレーナーとポケモン、双方に対する罵倒や煽りなどの挑発行為もイエローカード二枚。

 ・イエローカード三つで退場。強制敗北となる。

 ・相手トレーナーに対する意図的な攻撃はレッドカードで一発退場。やっぱ赤って禄でもねぇ。

 

 

「――と、こんな感じかしらね」

「そうなんだぁ。でも~、どうしてポケモンの所持数に関わらずに三体が戦闘不能になったら負けになっちゃうの~?」

「それは…………そういうルールだから?」

 

 としかフラウは言えなかった。

 これは近年変更したばかりのルールであり、以前は手持ちのポケモン全てが戦闘不能になって勝敗は決していたのだ。

 

「入れ替え――トレーナー同士の読み合いを深めるためよ」

 

 首を傾げるフラウに助け船を差し出したのは、ブルーだ。

 

「トレーナーの読み合い?」

「そ。昔の六体全員が戦闘不能になるまでのフルバトルって、拮抗したバトルになることって、あまりなかったでしょう? 読み合い以上に育成面が重要で、強いポケモンで強引に薙ぎ倒す――そんな怪獣映画みたいなバトル」

 

 ただ純粋に――強いポケモンこそが求められる。

 

「それっていけないことなの~?」

「駄目なことはないわよ。問題はその肝となる育成を他人に任せて公式戦に出場する輩が後を絶たなかったってことね。著作家で例えるならゴーストライター。つまり、ゴーストトレーナーね」

「そんな人がいたの!?」

 

 純粋にバトルを楽しんでいたフラウにとって、ゴーストトレーナーという言葉そのものが衝撃だった。

 

「いる――というかいたわよー。ほら、昔の公式戦は芸能人がポケモンリーグを始めとする大会に出場して色々と話題になっていたけど、近年の公式戦では滅多に見ないでしょう?」

「そういえば……そうね」

 

 フラウが密かにファンになっていたアイドルも昔のルールのときは頻繁に出場していたが、今のルールに変わってからはサッパリだった。僕の育てた自慢のポケモン達ですと言っておきながら、これが真相だったのならば……正直なところ幻滅だ。

 

「ポケモンバトルは何時の時代も一大ムーブメントだもの。人気にあやかりたい芸能人がいてもおかしくないわ。そういう輩を規制するために新ルールができたのよ。

 三体が戦闘不能になったら敗北ということは、勝つための最善策は、ポケモンを入れ替えて受けるダメージを均等にしつつ六体のポケモンを状況に応じて使い分けること。この場合、トレーナーの技量が諸に出てくるのは言うまでもないわよね? 思考停止せず、相手がこのタイプのポケモンを出したなら、こちらはこのポケモンに入れ替えよう。こちらの出したポケモンを見て、相手は別タイプのポケモンに入れ替えるかもしれないから、それを読んでこの技を出そう――とかね。

 ゴーストトレーナーにこの読み合いはできないわ。そもそもタイプの相性を知っているのかすら疑問だし、入れ替えっていう地味に見極めの難しい技術もこなせないでしょうね」

「ポケモンの入れ替えって難しいことなの?」

 

 言葉通り、ただポケモンを引っ込めて、出す。それだけの作業だ。

 

「ポケモンを出すときも引っ込めるときも、ポケモンはどうしても無防備な状態を晒しちゃうのよ。一瞬だけどね。でも一瞬こそが相手トレーナーにとっては千載一遇の好機。その瞬間を見極め、ポケモンを深くまで踏み込ませることに成功したなら、後続の無防備なポケモンに手痛い攻撃を与えられるんだもの」

「なるほど」

 

 深々と、頷く。

 ならばやっぱりポケモンの入れ替えはしない方が、という問い掛けは戦闘不能の数を固定することによって解決している。そもそも相性を考慮すればどちらが得策かなんて思考するまでもないし。

 

「もちろん、相手がその千載一遇のチャンスをものにするために懐に飛び込んで来たところを、結局交代させずにカウンターでドカンっ! って返し技もあるからすっごくリスキーな技術だけどね。それを運と取るか読み合いと取るかは人それぞれよ」

「あ。だから戦闘不能になったときは仕切り直すようにしているのね」

 

 そうじゃないと次のポケモンを出す瞬間が明白で、あまりにも致命的だから。

 

「そゆこと」 

 

 ニコリと笑ってブルーはベンチから立ち上がる。

 

「んじゃ、行ってくるわね」

「頑張ってね」

「ブルーちゃんを応援するね~」

「ありがと。――――首取って来るわね」

「それは要らない」

 

 

 

 

 







 と、ルールはこんな感じになっています。
 三体が戦闘不能になったら負けにした理由はブルーの説明&テンポを重視した結果です。全滅するまでにすれば凄く長引きそうだし、一発逆転のチャンスも乏しいので。タイムはスポーツでもあるアレ。作戦変更をポケモンに伝えるために設けました。


 そして、ホント今更ですけど、ラティアスをメインにしておきながらですけど、ORASをやっとクリアしました。で、でもアドバンスのルビサファとエメラルドはバージョン毎に三、四周はしたし……!(なお、毎回手持ちに必ずいるサーナイト)。
 そして只今、ウルトラサンの攻略に手をつけました。発売日に購入しておきながら最初のポケセンで停滞していた吾輩のデータ。でもプレイ時間が十時間を超えていたのはミラクル交換が原因。アレ、テレビとか見ながらだとちょうどいいんですよね。






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第十九話「ヤバげな青は勝負を受けた!」

 ガンプラとかアクションフィギュアで色んなストフリが出てるけど、METAL ROBOT魂のストフリが一番の完成形と思う。マジカッコイイし、十月には光の翼も発送とかマジやべぇ。どれくらいヤバいかっていうとマジヤバい。
 その上位互換であるMETAL BUILDのストフリは微妙だしね(貧乏人の負け惜しみ)。無駄に鋭角的で肩パットがデカすぎる(貧乏人の遠吠え)。つーかおもちゃ屋行ったら中古で六万五千だったんですけど。買えるわけねぇ。でもMETAL BUILDのエールストライクは欲しいなぁ。


 さて、今からブルーとポケモンバトルを行うのだが、その前にやることがある。

 レッドはベルトに装着している手持ちのポケモンとは別に、バッグに入れておいた“モンスターボール”を取り出した。その数は五つ。開閉ボタンを押して“モンスターボール”に入っているポケモン達を出現させる。

 

 そのポケモン達は、フーディン、バリヤード、スリーパーとエスパータイプで統一されている。

 

「じゃあ、いつも通り頼めるか?」

 

 レッドの問い掛けに、ポケモン達は首肯して散らばっていく。ブルーを見やれば彼女もエスパータイプのポケモンを複数出して同じ指示を出している。

 これはブルーとグリーンの二人と戦うときにいつもやっている作業だ。

 

 サザンドラにバンギラスという、生粋の火力お化けを使用する両者が戦おうものなら周辺地域が爆撃機を受けたかのように凄惨な土地になるのは目に見えている。ポケモン図鑑が記載している情報は嘘偽りではないのだ。

 歩く災害ポケモンマジヤバス。

 しかもそんな危険なポケモンを危険な人間がパートナーに連れている。この時点でお察しである。自らをポケモン二次小説界の聖人君子、善人、道徳の教本と自負しているレッドは幼馴染のクズっぷりに泣きたくなった。目薬目薬。

 

 基本的に自分本位なクズどもがバトルと周辺への被害を天秤に架けたとき、その秤がどちらに傾くか、なんて説明するまでもないだろう、

 そこでオーキド博士が胃痛に顔を歪めながら、こう提案をした。

 

「――エスパータイプのポケモンにバリアを張ってもらい、その中でバトルをするんじゃ…………げぼらしゃあああっ!(吐血)」

 

 博士は犠牲になったのだ……。

 そんなわけで二人の用意したエスパータイプ達はバトル向けの育成を一切施していない、バリアに特化したポケモン達だ。

 ポケモンスタジアムには、科学の力ってすげー! なシステムによってフィールドにいるポケモン達の技を防ぐ防衛機能が備わっているためエスパータイプのバリアは少し過剰な気もするが、念には念を。青はただでさえ火力お化けなサザンドラに、“バトンタッチ”で積み技を継承させる悪魔だから。

 

 ポケモン達が、科学装置と同様の性質を持つバリアを展開したのを認めて、レッドはバトルに意識を向ける。

 ブルーの戦法は、防御や回避を重点的に、多彩な変化技を使い分けて相手に圧力を掛けて最後にエースで蹂躙するタイプのものだ。

 

 ならば当然、初手は後続の起点作りに壁を張りたいところだろうが、レッドのパーティーには“かわらわり”を覚えているピカチュウがいる。レッドのピカチュウの前には“ひかりのかべ”や“リフレクター”などクッキーにすら劣る柔らかな壁だ。

 よって、初手にトゲキッスを出してくることはないだろう。ブルーのトゲキッスは壁張りはもちろんのこと、“でんじは”による妨害、“てんのめぐみ”という特性から、穏やかじゃないですね、な“エアスラッシュ”の連打。“エアスラッシュ”を大量展開してから本人は悠々と“わるだくみ”等を積んでから“バトンタッチ”。そしてやって来る――常時発狂のサザンドラ。

 

 ネオスも思わず共感してしまうほどの仕事内容だ。後続への起点作りもこなせて、自身の起点も作れて、調子が良いようならそのまま“エアスラッシュ”一つで相手パーティを崩壊させる決定力もある。

 

 かつてゲームで猛威を振るった害悪ポケモンそのものだ。キノガッサやビビヨンなどの“きのこのほうし”や“ねむりごな”は“おいかぜ”や“かぜおこし”等を修得したポケモンで胞子や花粉を吹き飛ばして無効化できるが、“でんじは”の処理は難しい。というか“でんじは”+“エアスラッシュ”+“てんのめぐみ”の猛威は、この世界でも顕在している。

 

 そんな打開策を多分に持つオールラウンダーのトゲキッスを初手に出す可能性は低いだろう。どれだけ厄介だろうとレッドのピカチュウと対面すれば、圧倒的なレベル差と技量によって呆気なく散る運命にあるのだから。

 相手の手の内を知っているが故に、初手はどうしてもギャンブルになる。そこでトゲキッスを失うのは愚行以外の何物でもない。

 

 ――が。

 

 それはあくまでピカチュウが先発として出てきた場合の話であって。

 レッドはピカチュウを先発にするつもりはなく、その愚策はピタリとハマってしまうのが現実だから頭を悩ませる。

 

 確かにピカチュウのチカラは非常に魅力的だ。奇襲性も破壊力も高く相手の策を崩すことに長けている(まあ、それはブルーのサザンドラやグリーンのバンギラスも全く同じなのだが)。

 しかし、バトルには空気というものがある。

 先発で最強のエースを繰り出すのは、意外にも、味方にも圧力を掛けてしまうことがある。意気揚々と仕事を果たして戻って来るエースの活躍を無駄にはしまいと余計に気負ってしまい、それが凡ミスに繋がるパターンもあるのだ。気弱なヒトカゲとハイテンションなルカリオは、その可能性が無いとは言えず、自然とピカチュウはドンと構えて「後ろには自分がいる」と仲間を鼓舞する立場になる。

 

 そう考えるとゲームの知識というのは、ポケモンバトルの一端に過ぎないことを痛感する。

 役に立つのは、豊富な技くらいか。

 ポケモンを鍛えることも技を鍛えることも策を練ることも、ゲームの知識や経験は殆どに役立たずだ。むしろ固定観念となって足を引っ張るケースが多々あった。豊富な技を自分だけが使えるというのは確かに強みだが、それゆえに取捨選択の幅が広く、また、ゲームで有効だったからといってこちらの世界で通用する保証など何処にもなくて。

 ゲームでは襷潰しに有効だった“ステルスロック”をバンギラスが片手で掴んで砲弾投げを始めたときは、あんぐりと間抜けな顔を晒したものだ。亜音速でぶん投げるのだから避けるトレーナーも大変である。

 

 そう――こちらの世界の住人は、未だ技のレパートリーが少ないからこそ、その技を独自に発展させて、一つの技にバリエーションやオリジナリティを持たせており、それを強みにしている。カントー地方のチャンピオン、ドラゴンマスター・ワタルのドラゴン達が使う、自在に軌道を曲げる“はかいこうせん”がその代表だ。

 

 原作知識という――圧倒的なまでの固定観念。

 ブルーやグリーンに自身の知識にある技を伝授したのは、この世界と原作知識の擦り合わせを行う利己的な感情も存在した。

 その結果、三者共に異なるバトルスタイルを確立したのだが、その正解は、おそらく今年の年末に決まることだろう。

 ――レッド、グリーン、ブルー。

 この三人のうちの誰かがポケモンリーグを制し、四天王及びチャンピオンへの挑戦権を獲得することは旅に出る前から判り切っていることだから。

 そう、答えはまだ出ていない。

 だからこそ遣り甲斐があるのだけど。

 

「――と、今はそれどころじゃなかったな……」

 

 かぶりを振るう。

 ブルーの手持ちは、六体。レッドが把握しているのは、サザンドラ(発狂エース)にフシギソウ(極道系)、トゲキッス(何でも屋)、マリルリ(良心)の四体。

 おそらく、これは固定のはずだ。気になるのは、残りの二体だが、切札に奥の手を重ね合わせて持つような計算高いこの女が、一時の勝利のために手札を晒し切るとは考えにくい。よって、上記の四体をメインに、手の内を悟らせない程度に残りの二体をサポートに回してくるだろう。

 

 肝心な、初手。

 先の理由からトゲキッスは無いと考えていい。ならば残りの三体の誰かが先発を切るだろうが、とレッドは腕を組んで、指先でトントンと小気味に二の腕を叩く。

 

 ――やっぱマリルリかなァ。

 

 レッドの記憶には、“まもる”やら“どくどく”に“アンコール”等を修得している情報がある。特性は“そうしょく”。

 草タイプの技を無効化して攻撃を上昇させるこの特性は初見には滅法強いが、その特性を理解しているレッドにはあまり有効とは言えない。そもそも草タイプの技を修得しているポケモンがいないし。役割を持てないという意味でも、先発はマリルリだとレッドは予想する。

 

 初手に“まもる”で何を出してくるのかを見て、“どくどく”や“アンコール”、押せるなら“ねっとう”で火傷に持っていく。

 

 ならば、先発は決まった。

 

 レッドは“モンスターボール”を握り、バトルフィールドに隣接しているトレーナーの定位置に立つ。

 久しぶりの、ガチ戦闘。

 自然と心が躍る。不敵な笑みが抑えられない。

 気持ちを落ち着かせるために、グリーンにメールを出す。

 

『俺とブルーは、これからガチバトルをやるけど、ぼっち旅をやってるグリーン君は今も歯ごたえに欠けるバトルをやってるんスか? ウケる』

 

 送信。

 よし、落ち着いた。

 後は青を狩るだけだ。

 正面に立つブルーも準備ができたらしく、トレーナーゾーンに立っている。

 ハナダシティで基本無双プレイをやって注目を浴びていた二人の対戦に、自然と観客達の数が増えていく。

 四方から来る、期待の視線。

 ワクワクと、そんな無邪気な感情が伝わってくる。

 うん、これは中々に良い気分だ、とレッドの戦意が上昇する。ポケモンリーグでは、この数十倍の圧力がのしかかってくるのだから楽しみで仕方ない。

 

「それじゃあ、二人とも、準備はいいかい?」

 

 審判の問いに、言葉を返さず――首肯。

 その首肯に審判も頷いて。

 手中にある旗を、上げる。

 

「――バトル、開始ッ!!」

 

 ワッ、と湧き上がる歓声の中で、レッドとブルーは同時に“モンスターボール”を投げた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

「――げっ」

 

 と、顔を顰めるレッドを一瞥して、ブルーは己の読みが的中したことを確信する。クールに握り拳一つで喜色を露にし、残りは内心でファンファーレ。

 ブルーの先発は、サザンドラ。

 そして、レッドの先発は、ラティアスだった。

 最高の相性だ。

 おそらくレッドはマリルリを予想してラティアスを出したのだろう。一見すると、その予想からドラゴンタイプであるラティアスを出すのは愚行に見えるが、レッドのラティアスは非常に器用であり、様々なタイプの技を修得している。

 

 例えば、“10万ボルト”とか。

 

 そもそもマリルリはクロスレンジからミドルレンジを担当しており、対するラティアスはロングレンジからアウトレンジを担当と思いっ切りの正反対。

 あちこちを飛び回り、こちらが捕捉しようと“テレポート”によって逃げられるラティアスに、マリルリが攻撃を当てること自体が無謀なのだ。タイプによる相性以前に、高低差や攻撃手段から戦う舞台が違う。

 

 マリルリに対してラティアスを出すと、ブルーはマリルリを捨てるか交代するかを選択しなければならず、どちらに転んでもレッドの優位になる。マリルリを捨てると言うまでもなく、交代を選ぶとレッドとラティアスの以心伝心なコンビネーションで後続のポケモン――その急所を的確に狙ってくる。

 レッドとラティアスにとって、交代時の刹那の隙すらも急所を確実に穿つのに十分たり得る。

 伊達に、兄妹同然に育ってはいないのだ。

 故に、どうしてもラティアスを潰したかった。

 サザンドラとピカチュウのバトルへと発展した場合の、一番の懸念がラティアスだから。

 ブルーのトゲキッスと同じく、ラティアスはあらゆる場面で万能の働きを示す。レッドと意志疎通を完全に為せる時点で、その万能性はトゲキッスを上回っているのだ。

 

「行きなさい、サザンドラ!」

 

 ラティアスを引っ込める隙すらも与えず、サザンドラがあっという間に距離を詰める。両腕にある(アギト)がラティアスを狙って振り下ろした。

 “かみくだく”。その攻撃をラティアスは“テレポート”で回避する。一瞬にしてサザンドラの後方――ロングレンジに転移するが、その頃にはサザンドラの真ん中の頭部が、その口を大きく開けていた。

 体内に眠る絶大なエネルギーを収斂し、口元で束ねる。そのあまりの密度に空間が蜃気楼の如く歪んだ。

 そして吐き出した“りゅうのはどう”。切り裂いた――否、抉り抜いた大気が凄絶な悲鳴を上げる。

 迸る殺意の衝動。

 赤黒く、どこまでも淀んだ衝撃波は見るだけで深淵に眠る闇を彷彿とさせる――原初の恐怖を孕んでいるようだった。  

 “テレポート”による転移先を予め読まれていたラティアスには、最早為す術一つもなく。

 

 ――直撃。

 

 電光掲示板に記されているラティアスの体力があっという間に零になる。

 必然だ。

 サザンドラのタイプは、悪とドラゴン。繰り出す全ての攻撃に、その二つのタイプが備わっている。

 ドラゴンタイプの技を使おうと、悪タイプにも属しているサザンドラの遺伝子によって悪タイプのエネルギーも幾分か混ざり合っているのだ。

 ドラゴンタイプの技を使えば、悪タイプも孕んだ技となる。

 ならばドラゴンとエスパーの二つのタイプを持っているラティアスが一撃で沈むのも当然というもの。ドラゴンタイプだけならまだしも、悪タイプが弱点のエスパ―タイプも持っているのだから。

 

 気を失って落下するラティアスを、レッドは空かさず“モンスターボール”に戻した。申し訳ない顔をその“モンスターボール”に向けて、意識を切り替えるように目を閉じる。

 

「――ラ、ラティアス! 戦闘不能!」

 

 明らかに真っ青な顔の審判の判定が、不気味なほどに静まり返ったジムに反響する。

 その張り詰めた声を聞いて、サザンドラが雄叫びを上げる。

 果たして、ポケモンの鳴き声なのかすらも疑わしい、金属を無理やり引き裂くような調律の外れた奇声。

 

 悪の体現。

 恐怖の顕現。

 狂気の具現。

 殺意の発現。

 

 ――悪逆の暴竜。

 その名に、相応しく。

 動くもの全てを喰らい尽くすまで、その狂気は止まらない。止められない。例え理性があったとしても、止めるつもりすらもない。

 なぜなら彼の竜は、本能のままに、破壊の先の果てにある快楽の極致に進んで身を委ねる、暴虐の使徒なのだから。

 

 

 

 

 




 あれ、これラスボスかな?

ラティアス「くすん。ひどい……」
サザンドラ「グヘヘ、破壊という言葉がポケモンの形をしているのが、この俺サザンドラ様だぜえ!」

 本編にも説明しましたが、二つのタイプを持っているポケモンは、技を繰り出すともう片方のタイプのエネルギーも持っています。
 ラティアスが“サイコキネシス”を使った場合、エスパータイプ100%に加えて、ドラゴンタイプが20~30%追加となっている仕様です。
 二つタイプを持っているなら、こうしても面白いんじゃないかな、と思いました。この場合、ドラゴンタイプに若干の追加ダメージが入りますが、逆に鋼やフェアリーには通りが悪くなったりとより明確にメリハリをつけています。

 水タイプの放った“れいとうビーム”は氷タイプの放ったソレより若干水っぽいとか。

 でも、そんな考えなくてもいいです。あくまで作者が勝手に作った裏設定のようなものなので。


 それはそうと、ウルトラサンをクリアしました。賛否両論ある作品ですけど、そもそも前作を途中で投げた自分には普通に楽しめました(前作はひたすら金策に走って、配信のゴンベにおまもりこばんを持たせてハッピータイムを繰り出したおかげでバトルに疲れるという愚策)。だけど、まさかドレディア無双になるとは思わんかった。“ちょうのまい”からの“メガドレイン”のコンビネーションの暴力よ。

 ウルトラサンをクリアしたついでに、現在、殆どストーリーを忘れたプラチナをプライしています。新しい原作キャラを出せないかな、とブラック、ブラック2もプレイする予定。X・Yは……ストーリーはともかく、キャラ名はしっかり覚えているからいいかなぁ。


カエンジシ「行け、フラダリ!!」

 カエンジシはフラダリを繰り出した!

フラダリ「ポケモンタチニハキエテモラウ(鳴声)!!(真顔)」

カエンジシ「フラダリ、“だいもんじ”だ!」
フラダリ「!!(真顔)」

 大!!

主人公「そんな! ゲッコウガがあっさりと落ちるなんて!」
カエンジシ「当然だ。このポケモン、フラダリの使う“だいもんじ”は特別でね」
主人公「とく……べつ……」
カエンジシ「そう、相性一致に加えて、このフラダリの繰り出す“だいもんじ”は――――顔面一致なのだよ!!」
主人公「が、顔面、一致……だって……? ……? ……?? ……!? いやいやいや、だから何!!?」

フラダリ「(真顔)」














フラダリ「(真顔)」




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第二十話「ヤバげな黄色のボルテッカー」


 零時に予約投稿する小説達の大物感に憧れて零時に予約投稿。零時更新ってホント良作が多いイメージ。
 やっとこの前「〇〇ダイーンッ!!」って叫んでいる元ネタが判りました。アレ、クロコダインのことだったんですね。なるほど、とも思いましたが、自分のようにクロコダインが好きな人には、ちょっとアレなネタですね。やっぱり好きなキャラクターをネタにされるというのは辛いです。自分も気をつけないといけませんね。









 前回のあらすじ。



 ――――ラティダイーンッ!!


 

 

 

 サザンドラの攻撃を受けてHPが尽きたラティアスを見遣り、ブルーはグッと握り拳を作る。

 先制はこちらが取った。あの愛らしい少女の傷ついた姿を見るのは心苦しいが、容赦なく潰しておかねば油断は命取りになる。

 レッドのパーティにおいてラティアスのポジションは、ブルーのトゲキッスと同じ何でも屋だ。エスパーという非常に利便性の高いタイプを持ちながら、高い潜在能力を秘めるドラゴンでもある。ドラゴンとしての決定力はもちろん、“でんじは”を始めとする多種多様な技を修得する器用さは厄介の一言に尽きる。

 あんな人畜無害で純粋無垢な顔をして、きっちりあの悪い男に色々と仕込まれているのだ。かっこ意味深かっことじる。落ちろ、あの赤の好感度。連載終われ。私主役でリ・スタートよろしく。

 

 ラティアスをモンスターボールに戻したレッドが、次のポケモンを繰り出した。

 当然、必然――黄色のやべぇ奴。最近アレをピカチュウと呼ぶことすら疑問を持ち始めた。クールな眼差しと落ち着いた佇まい。偶にはピカチュウ♪ って愛らしく鳴いてみなさいよ。大物か。大物だった。

 

 周りの観客はレッドがピカチュウを出したことに懐疑的だ。うん、そうりゃあねぇ。誰も想像できんて。想像力が足りないよ。櫂「何? 想像力(イメージ)だと……!?」何か変な電波受信した。

 

「ほ、本当にいいんだね?」

 

 審判がレッドの正気を疑うように問い掛ける。ある意味正気は失っているが。

 

「ッチ、問題ねーっす」

 

 舌打ちされた……と審判が傷つくが、死ぬほどどうでもいいので、早く進行してほしい。

 

「そ、それじゃあ……」

 

 と、言って。

 審判が「始め!」と旗を上げる。

 同時にピカチュウの姿が忽然と消えた。サザンドラは三つ首から“かえんほうしゃ”を広げる。扇状に広がる“かえんほうしゃ”のギリギリのところに、刹那に動いた影。サザンドラはすかさず扇状に広げていた“かえんほうしゃ”を束ねて、その影の動く行先へと放射する。しかし、あまりに身軽な影は苦もなくバックステップを踏んで回避する。

 着地。同時に、黄色い影がぶれる。右と、左。二つの影が疾駆する。

 

(“かげぶんしん”と“こうそくいどう”……本当に厄介ね)

 

 ――二つともやり方自体は似てるんだし、同時に発動できんじゃね? と赤のいらん発言と、あっさりと実現してみせる黄色。

 無数に増える影。いつまでも当たらない“かえんほうしゃ”に痺れを切らして、サザンドラが高速移動する影へと遮二無二に襲い掛かる。一見すると自棄を起こした無謀な行動に見えるが、獲物に対する嗅覚が敏感なサザンドラが仕掛けたのは分身ではなく本物である。

 “かみくだく”。

 鉄だろうとあっさりと咀嚼して飲み干すサザンドラの強靭な顎を、ピカチュウは“アイアンテール”で尻尾を鋼質化させて受け止めた。

 ピカチュウのHPがやや削れる。ニヤリと嗤うサザンドラはそのままピカチュウに空いている二つの頭を使って蹂躙しようとしたが。

 ――ピリッ。

 

「――下がりなさい!」

 

 咄嗟にブルーが声を上げる。

 そこでサザンドラもハッとピカチュウを手放した。ほぼ同時にピカチュウの全身が放電する。

 

(はあ、危なかった)

 

 サザンドラは、その本能によって獲物を正確に見抜くことに長けているが、反面、知力を求められることを不得手とする。元々おつむはサイホーンと良い勝負なのだから、ブルーが的確に指示を出す必要がある。一言で言うとお慢心が過ぎるのだ。

 

「ピカチュウを近づけちゃ駄目よ。火力を乗せるのは、確実に当てられる一瞬だけ。それまでは範囲技で牽制しなさい」

 

 本当はこうして面前で指示を出すのはよろしくないが、如何せんブルーのエースは怒りや快楽に呑まれやすく、その感情を抑制する必要がある。高いポテンシャルを秘めている代償だ。そういう点で言えば、冷静でトレーナーの指示に忠実な赤のピカチュウや緑のバンギラスが羨ましいと思う。冷静で忠実なサザンドラとか普通に最強だ。

 

 距離の空いた両者。

 ピカチュウはその桁違いの速さを以て距離を詰めようとする。

 サザンドラは“りゅうのはどう”を三つの頭から幾重にも吐き出して迎撃をする。

 空気を揺らし、迸る衝撃波は絨毯爆撃の如くフィールドを壊していく。

 ――が、ピカチュウは縦横無尽に走り回りながら距離を詰める。その最中に分身体が消えようが直撃コースに入ろうが、構わずに走り抜ける。

 

(当たること前提で……!)

 

 あまりにも速すぎて。

 そして当たっているようにも見えないが、電光掲示板に記されているHPゲージは確かに減少しつつあった。一刻も早く距離を詰めたかったピカチュウは被弾を覚悟の上で突貫を選んだのだ。

 最短距離で突き進むピカチュウの姿が再び――消える。 

 右――いない。

 左――いない。

 

「上よッ!」

 

 ピカチュウは高く跳躍してサザンドラの頭上にいた。

 高く、高く。

 そして、天井を蹴って一気に加速する。落下により更に跳ね上がった加速性、そこに回転を混ぜ込んで運動エネルギーを底上げする。“アイアンテール”により鋼質化した尻尾を斧刀に見立てて――――斬ッ!

 

 防御の体勢を取ったサザンドラだったが、その絶大な運動エネルギーに耐え切れず、まるで限界まで引き絞った弦から飛び出した矢の如く吹き飛んで、フィールドに叩き付けられる。

 凄まじい衝撃が、ジム全体に迸る。

 ゴリゴリとサザンドラのHPが削れる。既にまともな足場の無くなったフィールドは土煙に覆われてピカチュウとサザンドラの姿を隠した。

 

 ――しかし、土煙は刹那にして晴れる。

 サザンドラとピカチュウがぶつかり合った衝撃で外に吹き飛んだのだ。

 まるで分厚い金属で殴り合うような重低音が空気を叩く。飽きることなく、両者は幾度となく相見える。

 洗練された最小限の動きから一瞬の隙間を縫うようにして繰り出すピカチュウの攻撃と、暴風の如く荒々しいサザンドラの猛攻が激しく衝突する。並みのポケモンなら一撃で落ちるだろう威力を内包した攻撃の乱舞。

 

 散らす火花は、気がつけば誰もが夢中で見入っていた。

 

 

「――――ッ!」

「――、――――!」

 

 

 衝突。

 “かみくだく”。

 受け流される。

 反撃――“アイアンテール”。

 防ぐ。

 距離を取られる――“ワイルドボルト”

 “りゅうのはどう”で迎え撃つ。

 相殺。

 三度、衝突。

 “かみくだく”、“かみくだく”、“かみくだく”。

 “アイアンテール”、“かわらわり”、“アイアンテール”。

 時には受け流し、時には強引に仕掛ける闘争乱舞。

 

 

 

「「――――――――ッッ!!」」

 

 

 

 “アイアンテール”。

 白羽取り。

 “りゅうのはどう”

 “10まんボルト”

 殴られる。

 殴り返す。

 “かわらわり”

 “かみくだく”

 尻尾で弾かれる。

 距離が空く。

 

 

 

 ――“ボルテッカー”。

 ――“はかいこうせん”。

 

 

 

 鼓膜を突き破らんとする大技の激突は、痛み分けという形で収束する。

 これだけの猛攻を交わしながら残りのHPはまだ半分ほどに余裕があるということは、それだけ両者が巧みに身体を使ってダメージを逃がしているということだ。

 互いにエース。他のポケモンを繰り出せば鎧袖一触に終わることは必然。故に、ピカチュウとサザンドラの戦いの場は、他者の介入する余地の一切無い魔境なのだ。

 

 ――そのはずだった。

 

 電気を纏ったピカチュウがサザンドラに突撃する。呆気なくいなしたサザンドラだが、攻撃後、ピカチュウは攻撃の反動を利用するようにして勢いよく後退する。交代する。

 

「――は?」

 

 そのままモンスターボールへと戻っていくピカチュウを凝視して、そんな声が零れ落ちる。

 “ボルトチェンジ”。それは判る。

 しかし――と、ブルーの思考が定まらない隙を狙うようにして、レッドは次のポケモンを繰り出した。

 入れ替えるまで一秒にも満たない早業。

 モンスターボールから出現したそのポケモンは、ブルーの度肝を抜いた。

 

「やれ――――ミロカロスッ!」

 

 それは水上レースでも活躍したミロカロスだった。

 どうやらあのクソ赤。まだシロナにミロカロスを返還していなかったみたいだ。死ねばいいのに。

 ミロカロスは飛び出した勢いのままにサザンドラに肉薄し、その尻尾を急所へと突き立てる。サザンドラも抵抗しようとしたが、流石チャンピオンのポケモン。ミロカロスは鞭のように身体を撓らせてサザンドラの防御をすり抜けだ。

 その――毒々しく変化した尻尾を見遣り、ブルーは即断する。

 

「――タイムッ」

 

 舌打ちをして、宣言。

 ミロカロスが使ったのは、“どくどく”。

 通常より高い毒性を持っているこの技は非常に厄介だ。サザンドラのような奔放に動き回りたいタイプは当然、毒の回りは早くゴリゴリとHPは削られる。しかも急所を的確に射抜いたのだ。毒の蝕みは更に強くなる。

 現状、サザンドラは停止してしまった。毒のせいで迂闊に戦えない上に、相手はミロカロス。

 シロナのミロカロスは、完全に耐久型で仕上がっている。今回のように相手を状態異常にさせる技を行使してサイクルを壊し、尚且つ自分は“じこさいせい”で何度でも甦る。

 “じこさいせい”という技は、傷を即座に癒すために利便性は高いのだが――つまりそれは、何度も何度も傷つこうと立ち向かうことを強いる残酷な技でもある。ポケモンの精神面を考慮したトレーナーはあまり“じこさいせい”を多用させないのだが、シロナのミロカロスは過去が過去だけに却ってそうして気を遣われることを嫌う性質になっている。

 

 誰よりも彼女の役に立ちたかったのに、結局誰よりも彼女の役に立てなかった。

 そんな過去があるからミロカロスは気を遣われて遠慮されるよりも、もっと頼ってほしいのだ。大切な人のチカラになれることがとっても嬉しいから。

 天使かな。

 まるで私のようだ、とブルーは思った。

 しかし、その天使がかつてないほどの壁として君臨する。

 ――溜め息を一つ。

 

「サザンドラ、アンタは一回下がりなさい」

 

 言うと、サザンドラの殺意がブルーを射抜く。全方位に撒き散らせていたソレが、一身に襲い掛かって来る。

 濃厚で、鋭利。それでいながらも粘着質な暗い激情。常人なら気絶やら失禁やらしてもおかしくない殺意の塊だが、ブルーにとってはそよ風のようなものだ。

 

「下がりたくないのね。そりゃあそうよね。でも猛毒を急所に貰ったアンタにミロカロスの相手が務まるわけないでしょう。アレはチャンピオンのポケモンなの。そこら辺にいる赤みたいな雑魚とは訳が違うのよ」

 

 ――今、あそこのブサイクな青が俺を侮辱した気がする、とか呟いている赤は無視だ。人の悪口を言うとか心から人間性を疑う。

 淡々と正論を述べるブルーだが、サザンドラはギリ、と奥歯を噛み締めて唸る。

 

「納得できない? ――なら選びなさい。このままミロカロスに及ばず猛毒で無様に倒れるか、矛先を収めて千載一遇の機会を待つか。どっちでも好きなのを選びなさい。――でも、前者を選んだ場合、私は二度とアンタをエースとは思わないわ。パーティを勝たせられない奴にその座は相応しくないわ」

 

 もちろん、精一杯頑張った上での敗北ならブルーもしっかりと労いを掛ける。しかし、今のサザンドラは完全に私情のみでバトルの続行を強要している。

 HPも残り半分に達している。

 急所に猛毒を貰っている。

 相手はシロナの――チャンピオンのミロカロス。

 つまり――世界最高峰。

 耐久性に限って言えば、最強と言っても過言は無いだろう。

 今のサザンドラでは、どう頑張っても勝つイメージが湧かない。だというのに、サザンドラは戦おうとする。その意気込みは買うが、どう足掻いたって不可能なことを根性論で捻じ伏せようとする輩は嫌いだ。

 故に、ブルーも真っ向からサザンドラの殺意を受け止める。

 選ぶのは、サザンドラだ。

 

「………………」

 

 ややあって。

 サザンドラは殺意を収めた。

 もちろん、渋々といった様子ではあるが。

 

「ミロカロスの相手は、ここにいる仲間達に任せなさい。必ず何とかしてみせるわ。だからサザンドラ、アンタはピカチュウとのバトルに専念すること。千載一遇のチャンスはやって来るわ」

 

 サザンドラは、ブルーの提げているモンスターボールを見遣る。

 未だ自分より格下の面子を、サザンドラは一度たりとも認めたことは無かった。ただ、自分という存在を際立たせるだけの――御膳立て。そんな、酷い印象。

 サザンドラの値踏みする視線に、ポケモン達もブルーと同じように立ち向かった。冷や汗を浮かべながらも、懸命に立ち向かった。

 ふん、と鼻を鳴らしてサザンドラはそっぽを向く。

 精々頑張ることだな、とでも言いたかったのか。それとも認めさせてみろと言いたかったのか。

 不遜なことには変わりないが、ブルーは苦笑してサザンドラをモンスターボールに収めた。

 さて、次に出すポケモンだが、“どくどく”を習得しているマリルリは、しかしピカチュウがこんにちわボルトするので、駄目。トゲキッスは“れいとうビーム”がこんにちわ。厄介な“どくどく”が利かず、相性一致でミロカロスの弱点を突けるポケモンは二体いるが……。

 やはり、この子にするべきか。

 もう一匹は、まだレッドの知らないポケモンだし、ルカリオがこんにちわする可能性がある。まだ温存しておきたい。

 

「お願い、親ビン」

 

 サザンドラの後を引き継いだのは、フシギバナである。エスパータイプであるラティアスは沈んだし、おそらくこの戦い――レッドはヒトカゲを出すつもりは無い。全体的に見据えてこの選出が最も正しいはずだ。

 とは言え、相手はレッド。相手を翻弄するためだけに首を傾げる戦術も取り兼ねない。そっとフシギバナに囁いて、モンスターボールを投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 


 ◆こうそくいどう+かげぶんしん◆
赤「なあピカチュウ。お前ならこの二つを同時に発動できるんじゃねーの?」
ピカ「…………」

 ひゅんひゅんひゅんひゅんひゅん。

赤「お、やっぱできたか」
ラティ『余裕――だって』
赤「流石」
シロナ「相変わらず規格外ね……」
ラティ『そんな難しくないって言ってるよ。そっちのルカリオもできるだろって』
シロナ「そうなの?」
ラティ『イメージみょんみょんみょん~』
ルカリオ(白)「――ッ」

 ひゅんひゅんひゅんひゅんひゅん。

シロナ「できたわね……。というかラティアス便利すぎない?」
ラティ『むふーっ。……うぬ? ねぇねぇマスター。うちのルカリオが「姫! 私にも何卒イメージを! 父上と同じ境地に立って見せますぞォォオオオオーーッ!!」って』
赤「えー? いや、お前にゃまだ早――――」
ルカリオ(赤)「――――――ッッ!!」
赤「あー、わかったから吠えるな。うるさいっつの。けど、無理はすんなよ」
ルカリオ(赤)「――――――――ッッッ!!!!!!!」
赤「あー、もう、ホントBASARAってんな。ラティアス、頼む」
ラティ『んっ。みょんみょんみょ~ん』
ルカリオ(赤)「――――――――――ッッッッッ!!!!!!!!!!!」
ラティ『おおおお! これが父上が修得した境地なのですな! このルカリオが輝くところ、どうか見ていてくだされ、姫、親方様ァァァアアアアアーーッ! み・な・ぎ・るぅぅぅうわああああああああああああああああああああああああああーーッッ!!!!!!!!!! だって』
シロナ「通訳大変ね(よしよし)」


 くきゅ。


ラティ『アシクビヲクジキマシター! って』
赤「…………………………はあっ」



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第二十一話「ヤバげな緑のはかいこうせん」

 ポケットモンスター Let's Go! の発売記念に急いで書き上げました。
 ポケモンGO! と連動とか、私のカイロスCP1500に勝てるようなバケモンがいるのかよ!?(田舎だからまともにプレイするつもりがないダメユーザー。というかこればっかりは都会贔屓なシステムに問題があると思う) 


 

 

 初めは、なんてことない少年少女のバトルだと微笑ましい気持ちで観戦するつもりだった。

 しかし、そんな気持ちは、暴虐の化身(サザンドラ)の登場によって一気に沈静化され、軽度の恐慌状態に陥る。次いで起こったのは、目を見張る凄絶なバトル。

 

 刹那の駆け引きによって発生する一進一退の攻防。

 鍛え抜かれたポケモンの鋭い一撃。堅牢な護り。トレーナーの指示に即座に反応する頭脳の回転力。

 間違いなく、どれもが一級品。高水準に纏まったポケモン達を、またトレーナーも難なく手綱を握って操っている。優れた名刀も素人が握れば鈍らと化すように、ポケモンも強くなれば強くなるほどトレーナーへの綿密な作戦と判断、そして信頼関係が要求される。フィールドに立っている二人のトレーナーは、見事その条件を満たしていた。

 

 まるで年末に開催されるポケモンリーグのような、強者が鎬を削って勝利を求めるハイレベルな戦いに、観客の誰もが息を呑み、自然と口からこのバトルを讃える声が零れ落ちる。

 

 何よりも驚いたのは、それが幼い少年少女によって行われているという事実。まだトレーナーになったばかりであろう二人は、幼い容姿とは裏腹に、ナイフのような鋭い眼光を利かせてバトルの様子を見守っている。

 強いポケモンが技を放ち、ぶつかり合う衝撃はかなりのものだ。観客席にいる自分達は護られているが、フィールドに立っているトレーナー達はそうもいかない。車と車が正面衝突するほどの衝撃を間近で見るようなものだ。

 野太い衝撃音をダイレクトに受けながら、しかし、少年少女は微動だにしない。瞬きもしない。細い両足をしっかりと大地に根を張っている。普通なら恐怖に震えて泣き出すだろうに。

 

 観客達は、確信する。

 

 この二人は、間違いなく上がって来る。

 頂点に。

 頂点への挑戦権を獲得するポケモンリーグに。

 そして、大波乱の旋風を巻き起こすだろうと確信する。

 

 ――歴史が変わる。そんな予感が胸を熱くした。

 

 

 

 しかし、観客達は知らない。

 紛うことなく強者の資格を持つ、この少年少女の本質を。

 ホント、バトル中の外面に限ってはイケメンオーラや美少女オーラを輝かせる二人は生粋の問題児であり、ぐだぐだな展開に発展させるプロフェッショナルであるということを。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

 ――はい。恨みを買いすぎたんですね。いつものパターン、入ります。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 バトルは終盤に突入。互いにポケモンを入れ替えながら慎重に、されど果敢に繰り広げられるバトルの行く末は、

 

「行け、ピカチュウ!」

「塵殺なさい、サザンドラ」

 

 この通り、やはり絶対エースに託される。

 不利なのは急所に“どくどく”を打ち込まれているサザンドラだが、しかし、このサザンドラは傷つけば傷つくほど元気になるバトルジャンキー。とにかく逆境に強い。

 

 溜まりに溜まった憤怒と鬱憤を晴らすため、血涙を流さん勢いで血走った目を向ける飢えた獣を、ピカチュウは冷静に迎え撃とうとした、まさにその瞬間――。

 

 

 ドォン、と。

 

 爆ぜる音。

 フィールドではなく、フィールドへと繋がる四方の扉から。これには流石にレッドとブルーも何事かと視線を向けてしまう。

 すると、巻き上がる粉塵を突き抜けるようにして黒ずくめの集団がぞろぞろと襲来し、あっという間に包囲網が完成した。

 

 その人員数は、三十は超えている。

 

「チッ、蛆虫がぞろぞろと」

 

 レッドは、心の底からの不愉快を露にした。

 当然だ。よりにもよって一番大事なところでコレだ。肩透かしにも限度がある。その紅い瞳に本気の殺意が宿った。

 ブルーも同様だ。鬼のような形相でロケット団を睨めつけている。

 二人にとってロケット団という存在は、哀れなやられ役でしかないが、他の人々には紛れもなく恐怖の対象だ。

 ポケモンを使って悪事を働く、生粋の犯罪者集団なのだから。

 銃器を持ったテロリストに襲撃を受けたかのように、恐慌状態に陥る人々。

 

 大袈裟――いいや、これが普通なのだ。レッドとブルーの感覚がおかしいだけで、彼らは元々『悪』と『恐怖』の象徴。

 

「――そう、これが普通なのよ」

 

 ややあって、二十代後半ほどの女性が現れる。するとロケット団の下っ端は左右に分かれて道を作る。その道を、当然のように優雅に歩く。

 

「私たちはロケット団。このカントーを、そしてジョウトを支配する生粋のマフィア。その辺の、群れていい気になっている下等なチンピラとはワケが違うのよ」

 

 彼女だけ、黒ではなく白の制服を纏っていた。

 

「あ? なんだこのもっこりヘアーの女は」

「も……ッ!!?」

 

 レッドの冷たい声音に、女性の表情がピキリと崩れる 

 

「お、落ち着くのよ、アテナ。所詮は子供の戯言……レディは常に優雅たれ」

「はあ? なに大人ぶってんのよ、このブス」

「…………ッ!!」

 

 続いてブルーからの罵倒。女性の握る扇子が悲鳴を上げる。

 

「本当に調子に乗っているようね。貴方達の噂は、私たち幹部のところにも届いているわ。どこまでもロケット団をバカにしているガキがいると」

「だってさ。ほら、謝れよブルー。お前のこと言ってんだぞ」

「は? 私が人をバカにするような人間なわけないでしょうが。アンタのことよ」

「は、んなわけ」

「アンタ達、二人のことでしょ」

「「そんなバカな。その発想だけは無かった」」

 

 ささっと傍に駆け寄ってきたフラウの冷たいツッコミ。隣にはローザ。逃げる場所もないから当然だろう。

 

「アンタ達がロケット団に過剰な報復をしているから、怒って偉い人が来たんでしょう」

「そこのお嬢ちゃんの言う通りよ。よく判ったわね、お嬢ちゃん」

「話しかけないで。汚らわしい犯罪者」

 

 ぴしゃりと。

 

「おお~、フラウちゃんが珍しく毒舌だ~」

 

 そして緊張感のないローザの一言。

 

「どうやらそこの二人も制裁する必要があるようね」

 

 冷徹な眼光が、フラウとローザにも向けられる。

 

「私は、アテナ。ロケット団の幹部よ。貴方達の快進撃は見事と褒めてあげたいところだけど、これ以上貴方達みたいなお子様を自由にさせておいたら、栄えあるロケット団の威光に傷がつくわ。故に、幹部である私が直々に馳せ参じてあげたのよ――――貴方達を潰すために」

 

 アテナがスッと手を挙げる。すると周りにいる下っ端達が一斉にモンスターボールの開閉スイッチを押して、各々のポケモンを出現させた。

 悪意に染まったポケモンは、どれも危険な目つきをしていて、フラウとローザの顔色が悪くなる。しかし、それでも応戦しようとモンスターボールを出そうとして、

 

「やめなさい。アンタ達じゃ敵わないわ」

 

 そう言って、ブルーが戦うことのできるポケモンを可能な限り出現させる。同じく、レッドも。

 

「で、でも二人のポケモンは……!」

 

 そう、レッドとブルーのポケモンは共に疲弊状態にある。とてもこれだけの数を相手取れるコンディションではないのだ。

 

「もしかして、それを狙って……」

 

 フラウの推測に、

 

「その通りよ。私は貴方達の実力を侮ったりはしないわ。だから暫くは様子を見るつもりだったのだけど、まさかこんな早くに絶好の機会が訪れるとは思わなかったわ」

 

 アテナは不敵に笑う。

 それにブルーが過剰なまでに反応する。

 

「暫く様子を見るですって? アンタ達ロケット団にそんな知能が備わっているわけないじゃない。正直に言いなさい! なんとなく突撃したらなんとなく絶好の機会だったって! 服を着て人語を話せること自体が奇跡なアンタ達が知性派は気取ったところで誰も信じないわよ!」

「ほら、早く謝りなさい。お母さんが怒っちゃっただろ。ただでさえ見るのも苦痛なブサイクな顔がもう吐き気を催すレベルで――」

「殺人ナックル!」

「しかし こうげきは はずれた!」

「まずはアンタからブチ殺してやるわ!」

「ふぁっきゅー。やれるもんならやってみな」

「やってる場合かあああーーっ!!」

 

 フラウのハリセンが輝く。

 

「こんな状況でよくヘイトを稼げるわね」

「おかしいわね。私は善意で平和を説いたつもりだけど」

「どこが!?」

「全くだ。平和というものは説くものじゃないだろーが。自ら掴み取るものだ。敵対する連中を皆殺しにしてな」

「アンタも黙りなさい!」

「硝子の心が傷ついた。泣きそう」

「アンタ達二人に涙腺機能はついてないわよっ」

「巻き込まれたんですけど」 

 

 その、いつものやり取りに。

 度重なる不快な態度に、遂にアテナの怒りが限界を超えた。

 

「ここまで……ここまでバカにしたんですもの。もう生きて帰れるとは思わないことね! やりなさい!」

 

 アテナの掛け声に、下っ端達のポケモンが一斉に牙を剥い――

 

 

 

 

 キュイン。ズトォオオオオオオオン!!

 

 

  

 ――た、と思った瞬間、外から凄まじい熱線が迸る。

 無慈悲に薙ぎ払う破壊の権化に、ジュンジュワーとロケット団の半数が溶けた(生きています)。

 

「…………は?」

 

 これにはアテナも絶句する。

 恐る恐るといった様子で熱線が迸った方角を見遣ると、ジムの瓦礫を踏み潰しながらバンギラスが現れた。

 その肩に乗っている人物は、ロケット団が最も注目している人物だった。

 レッドやブルーと同じく、破竹の勢いでロケット団を蹴散らしながら、尚且つオーキド博士の孫ということもあって非常に利用価値の高い少年。

 

 ――グリーンは、ロケット団に目もくれず、存命のレッドとブルーを見下ろして。

 

「チッ、照準を見誤ったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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第二十二話「後日、ジムリーダーさんは崩れ落ちた」

 まだだ! まだエタれんよ! …………まだ? さすがにそろそろ更新速度を上げねば……!(なんて書いておきながらエタった作者が多いことを私は知っている)


 

 視界が爆ぜた。

 突然の事態にフラウは絶句して行動不能に陥った。別に怪我をしたとかそういうわけではなく、単純に思考が停止した。いきなり一条の閃光が迸ったかと思ったら、その閃光は確かなエネルギーを保有していて観客席を、フィールドを、そしてロケット団を薙ぎ払ったのだ。

 レッドとブルーの凄まじいバトルに思わず魅入っていたらロケット団がぞろぞろと大群で現れて。続いてこの惨劇だ。混乱しない方がおかしいとフラウは若輩ながらに思う。

 

 モクモクと土煙が上がっている。そこには巨大なポケモンの影があって、一歩、二歩と悠然とした足取りで近づいてくる。その度にフィールドに地響きが走るものだから一体何が出てくるのかとフラウは固唾を飲んだ。

 やがて土煙を霧散させつつ姿を見せたのは、まるで鎧の如く堅牢な肌を持つ緑色のポケモン。その姿はアニメに出てくる怪獣と酷似していてフラウは思わず一歩引いた。何と瓦礫と火災が似合うポケモンだろう。ブルーのサザンドラも大概だが、こちらも負けていない。

 今は図鑑を取り出して確認するような精神状態じゃないからスキャンはできないけれど、確かバンギラス……というポケモンだった、と思う。天変地異を引き起こす凄絶なチカラはドラゴンタイプに匹敵するとか。

 そんな危険極まりないポケモンの突然の参戦に、誰もが(赤と青を除く)呼吸すらも忘れて硬直していた。ロケット団は先程までの小憎たらしい下卑た笑みはどこへやら、すっかりと青褪めて震えていた。この中で偉い立場にあると思われる女性も、口元こそ扇子で隠しているが、冷や汗を浮かべてまさかといった様子だ。

 

「あ」

 

 そこでフラウはバンギラスの肩に見覚えのある少年が乗っていることに気づく。

 およそ一月ほど前にニビシティで出会った少年だ。彼はバッジを入手するとすぐにニビシティを出て行ってしまったため自己紹介をする暇もなかったのだけど、レッドとブルーが親しげ? にその名前を呼んでいたから名前だけは知っている。

 

 ――グリーン。

 

 彼のことを知っている者は多い。それは彼がオーキド博士の孫だからという話ではなく、史上類を見ない速度でバッジを集めている前代未聞の麒麟児――という話題によって。

 ポケモンリーグへの出場権を得るために必要な――ジムリーダー公認のバッジ。それはたった一つ入手するのも難関というのが常識だ。もちろんジムリーダーやジムトレーナーはジム戦専用のポケモンを挑戦者のバッジ数やポケモンのレベルに応じて変更するのだけど、それでも全然勝てないほどに彼らの実力は高い。夢見る新人トレーナーにポケモンバトルとはポケモンはもちろんトレーナーの技術も備わってこそ、と現実を叩きつけるのだ。

 しかし。

 グリーンはそんなこと知ったことかとばかりの存在感を見せつけた。まだ旅立ちの日から二か月しか経っていないというのに破竹の快進撃で五つものバッジを入手して世間の話題を独占した。当初は期待の新人が、かのポケモン研究の権威オーキド・ユキナリの孫という箔、そして妬みや嫉みも相俟って接待プレイを疑われていたが、つい先日に特集になった際、取材に来たアナウンサーに対して場所と日時を指定し、『文句があるならかかって来い。百人まで相手をしてやる。俺はこいつ一匹で勝負してやる。負けたらトレーナーもやめてやろう』と盛大な挑発。そして後日、文句なしの百人斬りを達成した。もちろん“おまもりこばん”でお金を徴収した。積極的にお金持ちを狙っていた。寧ろそれが目的だった。短パン小僧や虫取り少年には見向きもしなかった。お金ダイソンという言葉が人の形をしているのがグリーンである。

 

 そんな――既に伝説を築き上げている少年は、バンギラスの肩からレッドとブルーを見下ろして、

 

「チッ、照準を見誤ったか」

 

 露骨に顔を顰めて舌打ちをした。

 え……もしかして二人が狙いだったの? ロケット団を倒しに来たんじゃないの? あ……、とフラウはレッドとブルーがバトルをする前に煽りのメールを送信していたのを思い出した。

 

「ならバンギラスが感じた手応えは…………何だ、ただのサンドバッグか。紛らわしい」

 

 フィールドに転がるロケット団を一瞥して冷徹な言葉。

 ロケット団は一体マサラタウンに何をやらかしたのだろう。揃いも揃ってロケット団の扱いが底辺だ。

 グリーンはこの状況から経緯を察したのだろう。クールな表情に不敵な笑みを浮かべて、

 

「もしかしてピンチに陥っていたのか? 情けない限りだな、マサラの面汚しめ」

 

 ……うわぁ。

 だけどフラウは否定できなかった。赤と青は誰の目から見ても生粋のやべぇ奴だから。

 

「助けてくださいと言ったら助けてやらんこともないぞ。仕方ないから格上の俺が慈悲をくれてやる」

 

 もちろんそんな上から目線に不良や暴走族よりも沸点の低い赤と青がキレないわけもなく――

 

「はあああああああ!? 何上から目線で舐めた口利いてんだ下等生物が! 助ける? はあ? その目は節穴ですか? どこをどう見たら俺がピンチだなんて見えたんですかねぇ? 眼科に付き合ってあげましょうかあ!? もう手遅れだがなあッ!」

 

 どう見てもピンチでした。

 

「助けてやってもいいですって? 何様のつもりよ、アンタ! そこは助けてやってもいいじゃなくて助けさせてくださいお願いしますって跪くところでしょうが! いや、別に助けなんて必要なかったんですけど! 私一人でどうにでもなったんですけどお!」

 

 助けてやってもいいの方が明らかに正解よ。

 

「そもそもこの状況は俺のパーフェクトな頭脳が導き出した結果だしな! あまりにも出番が無い空気キャラのお前に仕方ないから一瞬くらいはスポットライトを当ててやろうという善意的な計画だったんだけど伝わらなかったのかなあ!? ああ、哀しいなあ! 人の好意を無下にするとかマジ人として最低っすわー!」

 

 おまいう。

 

「ほら、その劣化した眼球をくり抜いて刮目なさい! 私のポケモンのコンディションを見て、一体どこがピンチだと思ったのよ!? 誰も傷ついていないでしょうが!」

「なッ――!?」

 

 幹部の人が驚愕する。

 見れば、レッドとブルーのポケモンは完全回復して戦意を滾らせている。この二人、バンギラスの登場によって場が硬直した刹那の隙に回復アイテムを使ってポケモンの治療を済ませていたのだ。つまりどうあがいてもグリーンの手柄なのだが、赤と青は自分の都合の悪いところは全力で目を逸らす。ほんと、どうしてこんなに人間性が腐っているのだろうか。

 まずはお邪魔虫を蹴散らすことにしたのだろう。二人は未だ無事なロケット団と向き合って人の悪い笑みを浮かべる。

 

「どうやら形勢逆転みたいだなァ」

 

 悪役しかいないのか、この場には。主人公は何をやっているのか。

 

「やはりピンチだったのか」

「黙れ緑虫。俺はピンチじゃない。正確には俺とのバトルで敗北寸前だったブルーがピンチだった。俺のポケモンはそんなことなかった」

「はあ? 何息するように嘘ついてんのよこのクソガキ。あの勝負はどう見ても私の勝ちだったし、ロケット団に後れを取ろうとしていたのはアンタ一人だったでしょうが。ちゃんと現実と向き合いなさいよ、見苦しい男ね」

「は?」

「あ?」

「どうなんだ?」

 

 グリーンがこちらに視線を寄越した。

 

「貴方の推察が正解よ」

「おい、何言ってんだ、フラウ。俺が今まで一度でも嘘をついたことがあったか?」

「赤の戯言はゴミ箱に捨てるとして。貴女まで節穴になっちゃったら誰がツッコミを担って収拾をつけるのよ!」

「その役割クーリングオフできないのかしら」

「じゃあ~、私が――」

「論外」

 

 挙手をしたローザだが、彼女のテンポではどう足掻いても追いつかなくなるし、そもそも絶対ボケにボケを重ねるだけで場を混沌にするだけだ。

 フラウは溜め息をついた。

 

「とりあえずロケット団をどうにかした方がいいんじゃないの? もうどっちが正しいかはその後に二人で決めたら?」

 

 そう言ってフラウは視線を促すと、逃げの準備に入っていたロケット団はゲッと顔を引き攣らせる。

 既に自分たちの手に負える状態じゃないと判断したのか、二人が言い争っている間に逃げようとしていたのだ。負傷した仲間は放置して。

 

「チッ、緑と青の殺処分は後回しだ。保健所に連絡しないといけないしな。ラティアス、“リフレクター”」

「それはこっちの台詞よキチ赤。トゲキッス、同じく“リフレクター”」

 

 慌てて逃げ出そうとするロケット団だが、それを許すほど二人は優しくなかった。

 即座にポケモンに指示を飛ばした。だけどフラウにはラティアスとトゲキッスが何をしているのか分からずに首を傾げる。いや、厳密に言うと何かをしているのは分かるのだけど、それが何なのかが分からない。このままではロケット団が逃げてしまう、と焦ったそのとき――ゴン! と先頭を走っていた者が何かに激突して後ろに倒れた。他の者たちも何かに阻まれる形で強引に足止めをくらっている。

 

「“リフレクター”――不可視の壁を作り出すエスパータイプの技だ」

 

 そこに何時の間にか隣にいたグリーンが解説に入った。

 

「本来なら物理技のダメージを受け止めるために張る技だが、応用すればあのように相手の逃げ場を奪う使い方もできる。今、連中はラティアスとトゲキッスの“リフレクター”によって小部屋に閉じ込められた状態に陥っている」

 

 不可視の壁を叩く姿はまるで上質なパントマイムを見ているかのようだ。

 

「へぇ、便利な技なのね」

「覚えておいて損は無い。耐久性は“まもる”に劣るが、技の展開速度は“リフレクター”の方が上だ。咄嗟の防御はこちらに軍配が上がるからな」

 

 レッドとブルーがポケモンに修得させてグリーンまでがそう言うのだから間違いないのだろう。

 “リフレクター”に閉じ込められたロケット団は幹部の女を始め、まだ手持ちに残っていたモンスターボールからポケモンを繰り出すが――

 

「甘い」

「弱い」

 

 瞬殺だった。

 手持ちの総力戦になれば必然の結果だ。二人のポケモンが全開の状態なら負けると判断したから彼女たちは機を窺っていたのだ。おまけにバンギラスの“はかいこうせん”。この一撃で半数以上が散り、レッドとブルーが指示を出すまでもなくロケット団のポケモンは蹴散らされた。 

 これで終わり――なんだけど、とても嫌な予感がする。赤と青が、ただロケット団を閉じ込めただけで終わるだろうか?

 

「あ、貴方たち! 今すぐ私をここから出しなさい! 私が誰だか分かっているの!?」

「おやおやブルーさん? 負け犬が何かほざいていますが何を言っているのか聞き取れました?」

「あらまあ仕方ないわねーレッドくん。このおばさんはね、こう言ってるのよ。――くっころ、と」

「違うわよ!」

 

 途端に仲良くなったな、あの二人。この人たちのテンションと基準が分からない。

 

「うわ、おばさんのくっころとかないわー。よっしゃって言ってズバッと斬り捨てられるのがオチだろ」

「シュールな光景ね」

「我々の業界ではただの罰です」

「で、どうする? 焼く? 斬る? 溺死? 発狂? もう全部やっちゃう?」

「バカだな。まずは『シュールストレミング~ベトベトンの香り添え~』をブチ撒けるところだろ」

「アレを罰ゲームで私に食べさせたことは絶対に許さないわ。あの日からアンタたち二人に対する遠慮が一切なくなった」

「なっつ。アレ買ってきたのグリーンだからな?」

「とりあえず二人とも殺しておけば確実なんだから犯人はどうでもいいわ。あるでしょ? そういうの」

「あー、あるある。つかマサラにいるときは毎日そんな感じだったし。疑わしきは殺せ。疑わしくなくとも殺せ。それが俺たち三人の常識だったもんなァ」

 

 聞こえてくるとんでもない会話にロケット団はもう盛大にドン引きして、中には神に祈っている者もいた。

 

「………………」

 

 フラウは即座に端末機器を起動させて身内に連絡を回した。

 彼らにかける慈悲はないが、友達が殺人犯になることだけは阻止しなければ。

 

 

 

 

 



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第二十三話「ハナダシティジム戦➀」

 私が一生懸命この小説は『愛と勇気と友情の物語』とか『善性の塊』とか『慈愛の化身』と謳い文句を主張しているのに、感想覧には『外道』の一言。
 皆さんは本当にこの小説を読んでいるのか!?(๑•̀д•́๑)


 

 朝、トレーナーズホテルを出発したレッドは燦々と降り注ぐ陽射しに目を細めた。

 

「今日も良い天気だな」

 

 実に爽やかな快晴が広がっている。レッドにとってこの突き抜けるような青空は、まさに自らの清廉潔白な魂の写し絵そのものである。

 善人すぎる自分が怖い、とほざいている赤の隣にはいつも通りの擬人化したラティアスがいた。

 

『ピクニック日和ー』

「残念。今日はジムに挑戦する日なんだよな」

 

 ハナダシティの観光を存分に堪能したレッドは、そろそろ次の街へ行くべきだと判断した。

 目を閉じれば思い出す――平穏な日々。

 カントー地方の水の都。その風景はとても美しく常に涼しげな風が彼方から吹いてくる。

 まるでたくさんの宝石を散りばめたような海を眺めながらポケモンたちと一日中遊んだ。日頃の疲れを癒すための一時は、あのピカチュウですらもリラックスしているように見えた。

 採れたての海の幸はどれも絶品でついつい食べ過ぎてしまう。皆で動けなくなるくらいに食べたのは笑ってしまった。

 街の人たちも、広大な海の如く懐の深い人たちばかりだった。

 

 ――本当に、どれもマサラタウンにいたままでは得難い日常である。

 やっぱり旅は偉大だと若輩ながらにレッドは思った。水上レースとかロケット団の襲撃とか他にも色々あったような気がしたが、きっと悪夢か何かだろう。レッドはとても暴力が嫌いな人間と自負している。青と緑は死んだ。ああ、プリンでも喉に詰まらせて死んだんじゃない?

 

 そして、今から新たな鮮烈を求めるための一歩を踏み出す。

 見上げると、そこにはハナダシティのジムが鎮座していた。ハナダのジムが建設されてもう数十年が経つはずだが、その外観はまるで新しく建て直したかのように綺麗である。

 

「ふーむ、もしや襲撃でも受けて倒壊したのだろうか。全く心当たりがないな

 

 んー、と首を傾げるラティアスの頭を一撫でして、意識を切り替える。

 これより先は真剣勝負。余計な思考は一切不要。一人のトレーナーとして、全霊を以て挑戦させていただく。

 強い決意を抱いて、レッドはジムの中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

「――あら、レッドくん。いらっしゃい

 

 

 

 

 

 

間違えました

 

 レッドは即座に踵を返した。どうやら自分が足を踏み入れた場所はジムではなくヘルだったみたいだ。地獄なんて自分には最も相応しくない場所だと正しいジムを目指そうとすると、ガシリと肩を握り潰さんばかりの勢いで掴まれた。

 

嫌だわ、一体どこへ行こうというのかしら。君はジムに挑戦しに来たのでしょう? ここは間違いなくハナダシティのジムであり、私はジムリーダーのカスミちゃんよ

「へ、へえー、そうナンデスか。いや、俺の勘違いだったのかなー。……ところでカスミさん、何か雰囲気違くありません? あ、髪切った?」

 

 ダラダラと冷や汗を流しながらレッドは震えた声で言う。何故だか分からないが、かつてないほどに大変なことになっていると知覚した。ラティアスはレッドの背中に縋りついて震えている。

 

うーん、そうね。どちらかと言うと切れたのは…………堪忍袋の緒かしらね

「ああっ、堪忍袋の緒。それは大変だ! ちょっとストレスを抱えすぎているのかもしれませんね。良かったらロケット団手配しましょうか? 俺がその気になればあんなサンドバッグども一分で配送してやりま――」

「――今、謝ったら許してあげるわ

「すみませんでした」

 

 レッドは大人しく土下座をした。

 流石に今のカスミにかみつくほどレッドは愚かではなかった。たぶん。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「――全く、これに懲りたらもうその場のテンションで暴れるのはやめなさいよ」

「あー、はい。わかりましたー……」

 

 げんなりしながらレッドは返す。

 カスミのお小言は当然の如く、ジムを襲撃したロケット団の件についてだ。

 アレは断じて悪夢などではなく、現実でした。

 赤と緑と青はあの後ロケット団を存分にイジメてすっきりした後、ジムの深刻な被害に初めて目が行った。主な原因は(グリーン)(バンギラス)による“はかいこうせん”だが、赤と青も普通にジムの破壊――その一端を担っていたのは間違いない。

 

 その時、ジムを留守にしていたカスミが帰還したら、この惨状にブチ切れることは必然。故に、一先ずレッドとブルーは結託して、主な原因であるグリーンの生首を捧げて「鎮まれ! 鎮まりたまえ! さぞかし名のあるジムリーダーと見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか!」と事態の鎮静化を図ろうとしたのだが、サンドバッグを叩いている間に何時の間にかグリーンは遁走。ブルーも既にバッジを得ていることもあって翌日にフラウとローザと共に出発。残ったのはレッド一人である。

 

 当然、沸点が一度にも満たないレッドは激怒した。常温の時点でキレているレッドは激怒した。メロス並みに激怒した。マジ許サヌンティウス。

 

 ――しかし、まあキレたところでカスミの怒りとは全く別の問題ということもあって、とりあえずレッドは時間を置くことにした。時間が解決してくれるとポジティブシンキングでハナダシティの観光と修行に打ち込んだ。

 そして月末。この惨状よ。破壊されたジムの後片付けや修繕工事、山積みになった書類整理に追われた結果、もはや発する言葉が常人のソレを逸脱していた。ゴーストやゲンガーすら逃げ出すほどの幽鬼と化していた。

 それでも説教で見逃す辺り、人間ができている。どこぞの三ゲスも切実に見習うべきだろう、切実に。

 

「それじゃあ私は一旦見学させてもらうから、せいぜい頑張りなさい」

 

 不敵に笑ったカスミはレッドを置いてその場を去った。

 レッドは視線をバトルフィールドに移す。そこにはジムトレーナーが既にスタンバイを終えていた。数は二人。彼女たちに勝利して、初めてカスミへの挑戦権が得られる。

 

「――――、」

 

 吐息を一つ。

 改め、意識を切り替える。軽く頬を叩いて顔を上げた、その深紅の双眸が鋭いものに変わる。

 相変わらずジム戦において未だピカチュウとラティアスは出禁を貰っている。水タイプが相手である以上ヒトカゲを出すわけにもいかず――つまりルカリオとギャラドスの二体で攻略することになる。

 

(まあ、なんとかなるか)

 

 カスミはもちろんジムトレーナーだってバッジの取得数に応じて繰り出すポケモンを変えるのだから、むしろ二体縛りは妥当である。

 

「両者、準備はいいかい?」

「はい、お願いします」

「こちらも」

 

 審判に問われて、最初のジムトレーナーが礼儀よく返す。レッドは簡潔に。

 そんな両者に審判は苦笑を滲ませて、

 

「では――始めっ!」

 

 レッドとジムトレーナーの少女は、同時にモンスターボールを投げた。

 まずレッドが繰り出したのは、ルカリオ。そしてジムトレーナーが繰り出したのは、コダックだ。

 

(本来の相性的には勝っているが……)

 

 それはタイプによる相性ではなく、ポケモンバトルという概念における相性だが、そんなことを言い出したら切りがない。そもそも常に頭痛に悩まされて頭を抱えているコダックは、バトル向きのポケモンではないのだから。

 しかしバトルに不向きなポケモンをバトルができるように育成するのもトレーナーの仕事、むしろ遣り甲斐のある仕事に属するだろう。

 見るからに戦いの意欲を削ぐような風貌をしているが、故に意表を突いてバトルの流れを変えたりするには打ってつけの存在だ。そんなコダックを初手に出すということは……まあ、バッジ取得数が少ないからとしか言いようがない。

 

 最初に仕掛けたのは、ルカリオである。

 明らかに熱血系な性格をしているレッドのルカリオは一番槍を任せると絶好調になる。登場するなり暑苦しいほどの裂帛の咆哮を上げたルカリオは拳を握り締めて、“でんこうせっか”で肉薄する。

 目にも止まらぬ速さ。

 しかし、ジムトレーナーという一流のトレーナーに育てられたコダックは的確に“みずでっぽう”を放つ。これには一瞬だけ驚いた様子を見せるルカリオだが、距離を詰めながらもサイドステップを踏んで躱す。続いた二射目も正確な照準だったが、鬱陶しいとばかりにルカリオは“みずでっぽう”を殴りつける。

 そうして遂に零距離になったところで“でんこうせっか”の襲脚がコダックを穿つ。その反動で飛び上がったルカリオは続け様に“グロウパンチ”を落下に合わせて打ち込んだ。

 

「頭上に“しねんのずつき”!」

 

 ジムトレーナーはコダックがルカリオの姿を見失ってしまったことに気付いて、透かさず指示を出した。

 そしてコダックは迷わず、ルカリオの姿を認めていないにも関わらず思念を額に集めて頭上へと頭突きをかます。トレーナーに絶対の信頼を寄せている証拠だ。

 拳と頭突きの衝突は、相殺という形で幕を閉じる。

 

(やっぱ原作……というかゲームは当てにならないよな)

 

 何度も思ってきたことながらも改めて実感する。

 先程の拳と頭突きの勝負。本来なら――というかゲーム仕様ならばルカリオが打ち勝っていた。タイプ一致から繰り出す“グロウパンチ”が、タイプ不一致であるコダックの“しねんのずつき”と相殺などするはずがない。レベル的にもステータス的にもルカリオがコダックを上回っているのだから。

 だが、あり得ないことが起きた。ならば必然、理由がある。ゲームという法則から外れた事象が。

 タネを明かせば実に簡単なことだ。

 コダックが放った“しねんのずつき”はエスパータイプの技であり、エスパータイプにかくとうタイプの技は半減してしまう。

 ただ、それだけのことだ。

 ゲームならば『使用する技のタイプ』と『防御側のポケモンのタイプ』を覚えるだけで良かったが、こちらでは更に『ぶつかり合う技のタイプ』も頭に入れておく必要がある。

 

 ぶっちゃけた話、技の豊富さという一点を除けば、ゲームにおけるポケモンバトルの知識なんて六割ほどが足枷である。

 

「“みずのはどう”!」

「“はどうだん”!」

 

 物理型だからといって物理技だけでバトルの組み立てをしてしまえば、今のように広範囲の“みずのはどう”に特殊技をぶつけて威力を殺すといった技術も使用できなくなる。

 対戦廃人だからといってポケモンの世界で無双できる――というのは、あまりにも都合が良すぎる話だ。現実はそんなに甘くなく、レッドが幼いながらに破格な育成&バトル技術を持っているのは前世の知識があるから――ではなく、才能と経験。この二つを兼ね備えているからだ。もしも前世の知識という恩恵がチートだったならば、グリーンやブルーを追い越して既に頂点に立っているはずなのだから。

 

 “みずのはどう”によってずぶ濡れになったルカリオは再び距離を詰めていく。クロスレンジによるインファイトこそが彼の真骨頂なのは事実。

 攻撃の初動――ルカリオにとって基点となっている“グロウパンチ”でコダックの腹部を殴る。僅かに浮いたコダックの両腕を掴み、ジャイアントスイングの如くコダックをぶん回して遠心力で遠くに投げつける。

 天高く空を舞うコダックだったが、“ねんりき”で体勢を整えてゆっくりと舞い降りてくる。

 

 ――それが決め手となった。

 

 滞空時間があまりにも長すぎた結果、ルカリオは“つるぎのまい”を完了していた。

 “グロウパンチ”の二段使用と重ねて“つるぎのまい”。これによって“こうげき”は四段階上昇している。

 ならば。

 もはや細かなやり取りは不要。

 “ねんりき”によって降りてくるコダックに“スカイアッパー”が突き刺さり、次に出てきたポケモンもルカリオと抜群の相性を誇る“インファイト”の一撃によって沈んだ。

 

 

 

 




  ☆おまけ☆
〜if もしもギャラドスが人懐っこい性格ではなく、図鑑通りの性格だったら〜


 ギャラドス進化直後
ギャラ「っしゃおらあああ! 今日から俺が最強じゃあああああーーっ!」
赤「おーい、ちょっとうるさいぞ」
ギャラ「ああん……? 誰に口利いとんねん! 喰らっちまうぞ我ええええーーっ!!」
赤「……進化した途端増長かァ。ちと話し合う必要があるな」

 ピカチュウ、キミに決めた!

ピカ「…………」
赤「軽く上下関係を教え込むだけでいいから」
ピカ「(こくり)」
ギャラ「おおん……? がははははっ! そんなマスコットキャラに何ができるっちゅうねん! 腹痛いわー!」
ピカ「…………」

 てしてし(尻尾を地面に叩き付ける)
 ぺしぺし(尻尾を地面に叩き――)
 デシデシ(尻尾を地面に――)
 ゴスゴス(尻尾を地面――)
 ドゴォドゴォ(尻尾を地――)
 ズゴォォン! ズゴォォン!(尻尾を――)

 ドゴォォオオオン!! ドゴォオオオオン!!!(尻尾――)

ギャラ「あ、ああああ、兄貴ッ! 肩揉みますぜ! 手、生えろ!!」

赤「つーか、初代の無口レッドさんの設定、ピカチュウに移ってね?」
ラティ『名ばかり主人公ぉー』
赤「誰がブラッドエッジさんだ」



 週一更新を目指します(尚、後書きにそう書いたまま結局失そ――以下略)



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第二十四話「ハナダシティジム戦➁」

 前回は外道と言われて傷ついた私にたくさんの感想ありがとうございました。
 『この小説を読んだおかげで不治の病が治りました!』、『宝くじが当たりました!』、『彼女ができました!』、『良いところに就職ができました!』、『ダイエットに成功しました!』、『外道? むしろこの小説こそハーメルン界における道徳の小説よ』、『幼稚園児に読ませたい小説№1!』etc……
 いやー、照れますねー。
 これからも一生懸命頑張ります!


 

 その後もジムトレーナーの数人と戦ったレッドは当然の如く勝利を収めた。

 しかし全くの無傷とはいかなかったことから改めてジムトレーナーの技量を再確認する。可能ならばカスミは当たり前ながら彼女たちとも『ジム戦』という制限を背負わない、一人のトレーナーとして全力で戦いたかったのだが、とレッドは残念に思いながら傷ついたポケモンの治療を済ませる。

 そして。

 

「――うん、あんたなら当然勝ち抜けるわよね」

 

 レッドの眼前――フィールドの対面でカスミが笑みを浮かべている。

 

「当たり前だ。本気じゃないアンタたちに負けるようじゃ頂点を取るなんて夢のまた夢だろうからな」

「威勢がいいわね、本当に。あんたもそのお友だちも、真剣なポケモンバトルとなるとまるで別人ね。いつもの悪辣な面はどこに行ったのかしら?」

 

 カスミの脳裏に浮かんだのは、レッドとブルーとグリーンの三人。

 ほんの少しバトルを見ただけで分かる。この三人は方向性は違えどポケモンに関しては人類最高峰の才能を持っている。

 誰もが羨むほどの才を持ち、そして切磋琢磨する好敵手もいる。

 

 ――才能と環境

 

 レッドたちは、人が頂点に立つために最も必要なソレを見事に兼ね備えていた。

 故に驕らず、常に上昇志向に溢れる彼らは、まさに『選ばれた存在』である。

 時代の転換期――その象徴とも言うべきか。

 まるで物語みたいね、とカスミは苦笑したが、その流れが三人に集約しているのは疑うまでもない事実だ。

 つまりこの三人の中の一人が、下すというのか。

 

 ――あの最強の男を。

 本来ならば、そのプライドの高さ故にパーティには一匹しか入れられず、尚且つ礼儀も弁えなければならない『絶対強者』なるドラゴンタイプのポケモンを、息をするが如く何匹も従えるあの男を。

 世界最強のドラゴンマスターを打ち倒すというのだろうか。

 

 カスミは、かぶりを振る。今は未来のことを考えている場合ではない。「俺はいつでも聖人君子だ」と相も変わらず可哀想な頭をしている鬼畜外道の相手をしなければならない。ああ、でもこの戯言に言葉を使う価値もないや。

 

「www」

「せめて喋れや。お前、記号とか顔文字による表現技法はご法度なんだからな」

「存在そのものがご法度な人間に常識を語られてもなー」

「よし、ラティ。俺とあの女が戦っている最中に“テレポート”を使ってあの女を暗殺しろ。俺が許す」

「ほーら、ラティアス。お菓子あるわよー」

 

 ぽいっとカスミはお菓子の入った袋をラティアスに投げた。

 

『おかしっ!』

 

 キャッチしてキラキラと目を輝かせるラティアスに、既にレッドなど眼中になかった。

 

「おかしい。俺の相棒がチョロインすぎる」

「おかしだけに?」

「イラっときたわ」 

 

 くすりとカスミは笑う。

 この少年とブルーは打てば響くようにテンポよく、そして小生意気な返事が返って来るから話していて楽しい。……それ以上に疲れるけれども。

 

「それじゃあ始めましょうか。準備はいい?」

「ああ、問題ない」

 

 両者はすぐに気持ちを切り替えてモンスターボールを握る。

 カスミが審判に目を向けて、審判が首肯する。

 

「それでは、これよりジムリーダー戦を開始します。――始めッ!」

 

 両者は同時にモンスターボールを投げる。

 レッドの先鋒はルカリオ。カスミはニョロゾを繰り出した。

 絶叫に近い気合の雄叫びは、もはや恒例。されどルカリオは自身に叩き込まれた基本に忠実に動く。

 “でんこうせっか”からの“グロウパンチ”。風の如く肉薄したルカリオの拳がニョロゾを捉え――、

 

 にゅるん、と突き出した拳が受け流された。

 

「――!?」

 

 驚いたルカリオに、すかさずニョロゾは“めざましビンタ”を打ち、次いで“みずでっぽう”を放つ。

 水圧で吹き飛んだルカリオは直ぐに体勢を立て直して一旦距離を取る。それから自分の拳を見ると、その黒い拳はぬめりとした液体が付着していた。

 

「ニョロゾの体液だ。あいつの表面はヌルヌルしているから打撃系の攻撃は受け流されやすい。ニョロゾの動きを先読みして正確に射抜け」

 

 レッドの言葉を受けて謎が解決したルカリオは首肯して、改めてニョロゾを睥睨する。

 あのとぼけた面で、しっかりと打点を逸らした。

 ルカリオは電光掲示板を一瞥する。ルカリオの体力は若干削れているが、ニョロゾは無傷。そしてレベルは全く同じ。ニョロゾはルカリオと同じく意図的にレベルアップをさせず、それでいて厳しい鍛錬を積んだのだろう。レッドはジム戦攻略でピカチュウやラティアスのような制限を受けないために、ニョロゾはジム戦のために。

 ――負けたくない。

 否、負けない! と言わんばかりにルカリオは再び叫びを上げて肉薄する。速度を落とすことなく“かげぶんしん”によって無数の分身が同時に疾駆する。

 

「本当ならバッジ一つの相手にやる技じゃないんだけど……まあ、レッドならいっか。――薙ぎ払いなさい」

 

 やや逡巡しつつ出したカスミの指示にやや驚きながらニョロゾは牽制のために“みずでっぽう”を放つ。しかし、それはただの“みずでっぽう”ではない。可能な限り水圧を強くして凝縮した水の放射――ルカリオが避けると、ニョロゾは薙ぎ払うようにして“みずでっぽう”を操る。その威力たるや水の鞭である。

 一体、二体、三体と水の鞭は縦横無尽に軌道を変えて“かげぶんしん”を両断する。

 最後の一体――つまり実体を持ったルカリオを水の鞭が狙い澄ます。

 しかし、それがルカリオを薙ぐ頃には既にニョロゾの距離に到達している。

 

「“コメットパンチ”!」

 

 ルカリオは“コメットパンチ”で自身の利き手を鋼鉄化させて、水の鞭とニョロゾを勢いのままに殴りつけた。

 吹き飛んだニョロゾへの警戒心を維持しつつ“つるぎのまい”で自らにバフをかける。

 今度は正確に射抜いたが、油断はできない。水の鞭から腕を護るために“コメットパンチ”を使用したのだが、拳技は“グロウパンチ”と“インファイト”を重点的に鍛えているため、他の拳技は練度が低い――とまでは言わないが、それでもレッドとルカリオにとっては及第点に達していない技ばかり。しかもはがねタイプの技は水タイプのポケモンには今一つとなる。事実、電光掲示板のニョロゾのライフは四分の一も削れていない。

 

「ルカリオ。徹底して距離を詰めろ。近接戦はお前が上だ。クロスレンジの間合いから絶対に逃がすな」

 

 あのニョロゾも近接戦はできるほうだが、流石にルカリオには敵わない。ニョロボンへと進化すれば結果は分からないが、少なくともニョロゾのうちは明白だ。

 ルカリオが疾駆する。

 するとニョロゾの“みずでっぽう”が再び行く手を遮った。今度は両手から、二丁の“みずでっぽう”が水の鞭と化してフィールドを踊る。

 構わずルカリオは隙間を縫うようにして駆け抜けるが、敵わず被弾してしまう。

 動きが止まったところに殺到する水の鞭。

 その瞬間こそが好機。

 狙いを定めたのならば、次の軌道は最短距離を駆け抜けるのが道理。

 被弾と同時に足腰を落としていたルカリオは、水の鞭の軌道を先読みしてから加速する。足腰を存分に落として解放した脚力は残像を残したほどだ。

 ――“しんそく”

 タケシ戦では早々に見せた技だが、“でんこうせっか”を多用することによって切り札としての役割を持たせることも可能だ。

 初手に見せた“でんこうせっか”とは比べ物にならないほどの速度に驚いたニョロゾ。その無防備な身体の中心に拳が突き刺さる。

 苦悶の表情を浮かべるニョロゾだが、目を閉じるような愚行は犯さず、次に迫り来る拳を受け流す。しかしルカリオの怒涛のラッシュに次第に対応が追いつかなくなり、徐々に体力を減らしていく。

 ルカリオのラッシュが不意に――否、露骨なほどに遅くなる。それを好機と勘違いしてしまったニョロゾは反撃をしてしまった。攻撃を受け続けたせいで思考が鈍ってしまったのだろう。

 

 ――ずどんっ!

 

 ルカリオの誘いに乗ってしまったニョロゾに、半歩引いてからの、カウンター気味の“インファイト”が炸裂した。

 ニョロゾの体力がセーフティラインの限界へと達した。白目を剥いたニョロゾは膝から崩れ落ちる。

 

「ニョロゾ、戦闘不能っ!」

 

 審判の判断を待ってからカスミはニョロゾをモンスターボールに戻した。

 

「お疲れ様。良く頑張ったわね」

 

 愛おしげにモンスターボールを撫でたカスミがレッドと向き合った。

 

「お見事」

「嫌味か」

 

 カスミの誉め言葉に、しかしレッドは顔を顰めた。

 

「あら、純粋に褒めたつもりだったのだけど?」

「――“バブルこうせん”」

 

 レッドは一言、それだけを言った。

 

「へえ……」

 

 カスミがニッコリと笑みを浮かべる。

 

「安心していいわよ。次はあんたが危惧していた通りの戦い方で行くから。――行きなさい、スターミー!」

 

 カスミは次のポケモンを繰り出した。

 カスミの意図を読み取っていたスターミーは出現と同時に“バブルこうせん”をばら撒く。ルカリオに攻撃するためではなく、フィールド全体に。

 

「ルカリオ、“はどうだん”!」

 

 レッドが意味深に呟いた“バブルこうせん”に首を傾げたルカリオであるが、こうして目の当たりにすることによってその意味を理解した。

 顔を顰めたルカリオが“はどうだん”を放つが、中空でくるくる回るスターミーは難なく躱した。

 “はどうだん”の弱点。連射が利かず、単発で使おうとすれば簡単に回避されてしまう。

 スターミーは先のニョロゾと同じく、“みずでっぽう”を水の鞭の如く扱ってみせる。しかも、その数は三つ。

 当然、ルカリオは避ける。

 しかし。

 避けた先は“バブルこうせん”によって泡まみれになっている。運動エネルギーが横に向いているルカリオの足は泡によって踏ん張りが利かずに転倒してしまった。

 そこに容赦なく三本の水の鞭が殺到する。

 ルカリオは痛みに耐えながら跳躍して離脱する。“みずでっぽう”によって泡が洗い流されたため、一時的に行動可能となったのだ。

 ――否、離脱ではなく、それは攻めだった。

 ギリギリのところで踏ん張ったルカリオは置き土産として“インファイト”で突貫する。

 そのガッツにカスミは敬意の目を向けた。

 しかし、スターミーはエスパータイプとの複合。例え強力なかくとうタイプの技であろうと損傷は微々たるもので。

 虚空より迸る“みずでっぽう”を無防備な身体に受けて、ルカリオは戦闘不能となった。

 

「ルカリオ、戦闘不能!」

 

 落下するルカリオを、レッドは墜落するより早くモンスターボールに戻した。

 ルカリオを心配そうに見つめるラティアスに、そのモンスターボールを預けて。

 

「弔い合戦だ。行ってこい、ギャラドス」

 

 次のポケモンを繰り出す。

 仲間をやられた怒りをその眼に映して――青龍は顕現した。

 

 

 

 

 





 ☆おまけ☆
 仲間をやられた怒りをその眼に映して――青龍は顕現した。

カスミ「スターミー、〝10万ボルト”」
青龍さん「アーッ」
赤「なんでお前はその見た目でドラゴンタイプを持たねーんだ……!」

 流石にこの展開はNG。






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第二十五話「ハナダシティジム戦③」



 投稿すると必ず誤字脱字報告が来る私だが、実は小説を読みながらも同時に間違い探しが出来るという高度な遊びを仕掛けていることに気付いている読者さんが果たして何人いることか。
 他の作者さんとは違う領域(見苦しい言い訳)に立っている私を、どうか許してほしい。



(あー、くそ。ヤバい。判断ミスった)

 

 ギャラドスに焚き付けるような発言をしながらレッドは失策を自覚した。

 ポケモンバトルにおいてポケモンのレベルや習得した技の熟練度、作戦やタイプによる相性、そして機転は当然必要だが、それと同じくらい体調やテンションを管理するのもトレーナーに必要な仕事だ。

 

 そしてレッドのルカリオは先鋒を任せると俄然テンションを上げて実力以上の力を発揮する。当然の理屈を感情という不条理であっさりと乗り越える様は、まさに熱血系主人公の気質そのものと言えるだろう。

 故に、レッドはカスミの後陣にスターミーが控えていることを承知でルカリオを先鋒に送った。普通ならば後陣にスターミーがいることを予想するならば“10万ボルト”を危惧してギャラドスこそを先鋒に出すべきなのに。

 

(強欲に2タテを狙ったのが完全に裏目に出たな)

 

 しかしそれも仕方ないことだろう。元々レッドのルカリオはそういうふうに鍛えているのだから。

 期待を一身に浴びることが大好きな性格の彼を先陣に送り、“グロウパンチ”と“つるぎのまい”をメインに火力を爆上げしてから一気呵成に相手のパーティを崩壊させる。

 一対一に特化させるのではなく、一対多数をメインに。

 動体視力と反射神経が他のポケモンを凌駕しているかくとうタイプのポケモンならではの育成方針。

 それがレッドの求めるルカリオのコンセプトだ。

 

(まさかニョロゾが出てくるとはなァ……)

 

 ニョロゾは進化後にかくとうタイプを獲得するだけあって接近戦もいける口だ。もっとバフを付けたかったがニョロゾの素早い動きと巧みな“みずでっぽう”がそれを許さなかった。後一度でも“つるぎのまい”を使うことが出来たならスターミーを追い込むことも可能だったのに。

 

(いや、どの道詰んでいたか)

 

 “バブルこうせん”によって泡まみれになったフィールドを見据えて甘い思考を一蹴する。

 この――えげつないまでの地上戦殺し。等倍のはずのかくとうタイプに一体何の恨みがあるのかと問い掛けたくなるほどの戦法だ。

 物理技をメインに鍛えて特殊技の習得を最低限にしていたルカリオに、この泡まみれのフィールドを打開する術はない。

 

「安心していいわよ」

 

 思わず渋面を見せるレッドにカスミが笑い掛ける。

 

「“10万ボルト”を警戒しているのでしょう? ギャラドスには四倍のダメージが入るものね。でも、この子は“10万ボルト”は覚えていないわ。ジムリーダーのポケモンに技マシンが解禁されるのはもっとバッジを集めた挑戦者にだけ。だから安心して掛かってらっしゃい」

「それはそれでムカつく」

「言うと思ったわよ、この負けず嫌い」

 

 カスミのスターミーが“スピードスター”を放ち、ギャラドスが“たつまき”を巻き起こした。

 フィールドに吹き荒れる竜巻によって輝く星々が浚われていく。

 スターミーは動じることなく風の軌道を読みながら中空を踊り、再び“スピードスター”を撒く、軌道を読んてばら撒いた“スピードスター”は明後日の方向から突如弧を描いてギャラドスの元へと殺到する。

 四方八方からギャラドスの元へ集う星々。

 それをギャラドスは全身を捩りながら“アクアテール”で弾き飛ばした。しかし全てとはいかず礫のような星々がギャラドスを打つ。

 だがそれは微々たるもの。ギャラドスを止めるにはあまりにも足らない。

 ギャラドスは“こわいかお”をスターミーに向けた。とある地方では『破壊の神』と恐れられているギャラドスの凶悪な顔付きはスターミーに原始的な恐怖を与えてその行動を遅延させる。

 

「――――ッ!」

 

 その隙をギャラドスは逃がすことなく中空を波打つように泳いで、“かみつく”によってその牙を突き立てようとする。

 

「しっかりなさい、スターミー! “ちいさくなる”!」

 

 そこにカスミからの叱責が飛んだ。ハッと正気を取り戻しながらも技の行使へ至ったのはさすがの一言だ。

 スターミーの身体が小さくなり、ギャラドスの顎は虚空を噛み潰す。

 

(“ちいさくなる”を使うのか。厄介な)

 

 ギャラドスはまだ仲間に加わって間もなく、鍛え方も不十分だ。全体的に動きが荒く、無駄が多い。それでいて大振りなのだから回避技は恐ろしく突き刺さる。

 

「“ちょうはつ”しろ、ギャラドス」

 

 ならば攻撃に意識を向けさせればいい。

 ギャラドスは尻尾をスターミーに向けて、くいっくいっと振るう。完全に見下し切った顔でスターミーを見下ろして怒りを誘発した。心なしか顎が突き出ているような気がする。

 そんな“ちょうはつ”を真に受けて、スターミーは“こうそくスピン”でギャラドスを攻撃した。

 先程はギャラドスの“こわいかお”に縮こまっていたというのに攻撃に意識を集中出来るのだから、ポケモンの技の強制力が如何に強力であるかが分かる。

 攻撃を受けたギャラドスは真正面から迎え撃つ。強引にでも“かみつき”にいき、しかしその牙は“かたくなる”によって強靭な防御力を身に付けたスターミーに深々とは刺さらない。効果は抜群なのだがまだ余裕が見える。

 ギャラドスは口に咥えたスターミーを放り投げて、強く尻尾で打ち払った。

 ギャラドスの口内に灼熱の光球が生まれる。

 強く、眩く、絶望を告げる破壊の輝き。

 しかし照準を合わせていたスターミーが素早く体勢を立て直したことによって不発に終わった。

 光球を噛み潰してスターミーを睨み付けるギャラドス。

 一瞬の停滞後。両者は示し合わせたように動き出した。

 一回り小さくなったスターミーと、それを追い掛けるギャラドス。互いに縦横無尽に空を駆けながら鋭い攻撃を放つ隙を見出そうとする。

 優位に立ったのはスターミーだ。小さく、そして小回りの利く身体を活かしてギャラドスの巨体を翻弄しながらヒット&アウェイに徹している。ギャラドスが強引に攻撃に出ようとしても冷静に対処して攻撃を重ねていく。

 そんなスターミーに、ギャラドスはフラストレーションが溜まる一方だ。

 

「フム」

 

 と、好転しない鼬ごっこ(この場合はオタチごっこと言うべきか)を眺めながらレッドは真剣な様子で思考を巡らせる。

 この戦況を打開してみせるのがトレーナーの役目だ。

 

(“あばれる”や“げきりん”は……短絡的か。それ待ちの場合も充分にある。“りゅうのまい”は舞う余裕が無い。補助技は“こわいかお”と“ちょうはつ”だけ。なら打開するための技を探すんじゃなくて、如何に工夫するかを考えるべきだな)

 

 例えばカスミが“みずでっぽう”を水の鞭の如く撓らせてみせたように。

 工夫次第で一つの技に様々なバリエーションを持たせることも可能なのだ。

 

「……よし」

 

 物は試し、とレッドは腹に力を込めた。

 

「ギャラドス! 大きな“たつまき”を巻き起こせ!」

 

 ギャラドスの本来の顔。きょうあくポケモンそのものになりつつあったギャラドスはレッドの叫びで正気に戻る。

 モンスターボールの中で戦いを見つめていたピカチュウはつまらなさそうに尻尾を降ろした。道場フラグは折れた模様。

 ギャラドスがその巨体に相応しい激しい“たつまき”を起こしてみせた。

 フィールド全体を覆い尽くす大規模の竜巻にレッドは頷く。

 

「“たつまき”に乗って“りゅうのまい”! はい、駆け足!」

 

 へい! と言わんばかりにギャラドスは“たつまき”に飛び込んで、その流れに乗りながら“りゅうのまい”を踊る。

 これならば比較的安全に“りゅうのまい”を使える。

 

「“たつまき”は操れるな!? なら、少しずつ範囲を狭めてスターミーの逃げ場を無くせ!」

「スターミー! 防御に徹しなさい!」

 

 レッドとカスミは“たつまき”の轟音に晒されながらも、それに負けないほどの声量で叫んだ。

 ギャラドスは“たつまき”に乗りながら少しずつ圧縮していく。

 中に閉じ込められたスターミーの行動範囲が狭くなる。上下には移動できるが、地面と天井が邪魔をして脱出は叶わない。早々にダメージ覚悟で“たつまき”を突っ切っていれば脱出も出来ただろうが、判断が遅れた。“たつまき”は小さくなりながらも威力は衰えていないのだ。故に攻撃範囲を絞ると反比例して威力が上昇する。

 スターミーは“かたくなる”を重ね掛けして機を窺うことにした。

 

「――――!!」

 

 そこにギャラドスが“たつまき”を切り裂いて現出する。

 スターミーの背後から、そして今までよりもずっと速くなったギャラドスに驚いたスターミーは無防備を晒してしまう。

 一気に肉薄したギャラドスは、その強靭な牙をスターミーのコアに突き立てた。

 “かみくだく”。

 ここぞとばかりに温存していた“かみつく”の上位互換となる技は、見事にスターミーの急所を貫いた。

 

 

   ◇◆◇

 

 

「――それでは、見事ジムリーダーである私を倒したことを認めて、貴方に“ブルーバッジ”を授けます」

 

 妙に丁寧な言い方でカスミは一滴の雫を模したバッジをレッドに渡した。

 

「似合わねーな」

「っさいわね。私も自覚してるわよ」

「にしても“ブルーバッジ”か。ブルー……縁起でもない最低の名前だな。よし、今日からお前は“アクアバッジ”だ。ブルーという忌まわしい記憶はアクシズと共に朽ち果てるといい」

「勝手に名前を変えるな。で、次はどこのジムに挑戦するつもりなの?」

「あ? んなもん――て、そうか。道のり的には次はヤマブキシティが最短だったな」

 

 レッドはジュースやおちゃを渡さないと通してくれないクソみたいなゲートの警備員を思い出した。しかし警備員の身勝手な都合など知ったものではない。もしも記憶にある通りに道を遮るというのなら、残念ながら残念なことになるだろう。残念だ。Kill You。

 

「他にどこがあるってのよ」

「この世界の道徳の教祖たるレッドさんには凡人には思いにもよらない使命を背負ってんだよ、分かれ」

「詐欺師乙」

「おおん? つーか、ヤマブキってことはエスパーか」

「そうね。ジムリーダーはナツメさん。エスパータイプのエキスパートにして本人も超能力の持ち主なのよ」

「奇遇だな。俺も超能力者なんだ」

「アンタは何にでも張り合わんと気がすまんのか」

「見えます……貴女には三年後に素敵な彼氏が出来るでしょう。ゴールドという十二、三歳の少年がデート現場に現れるだけで彼女を置いて逃げ出すような――そんな素敵な彼氏さんが」

「んなわけあるか! そんなヘタレこっちから願い下げだっつーの!」

「へー。こりゃ三年後が楽しみだ」

「ハン、もし本当にそんな彼氏だったら無様に笑ってくれて構わないわよ。私の彼氏はイケメンで背高くて金持ちでセンスがあって誰にでも優しくて、でも私にはそれ以上に優しくて、家事も得意でコミュニケーション能力も抜群。そんな完璧超人の体現者なんだから!」

「いや見事なネタ振りと三年越しの丁寧な伏線、ほんとありがとうございました」

 

 にやにやと揶揄するような笑みを浮かべてレッドは一礼する。

 

「ムカつく……。まあいいわ。外れることが分かっている予言なんて意味ないもの。そんなことよりヤマブキシティに行くなら気を付けなさい。最近、ヤマブキシティとタマムシシティにロケット団の目撃情報が集まっているみたいだから」

「――ほう(にやり)」

「そういうところを気を付けろっつってんのよ。街に不要な被害を出すのはやめなさい」

「おっと俺の心配はないんですかね」

「あるわけないでしょ。アンタなんて、ナイフで惨殺されて解体されてベトベトンに消化されたとしても、翌日にはコロッとトレーナーズホテルから出て来たとしても全然おかしくないわよ」

「ただの化物じゃねーか。……いや、待てよ。スーパーマサラ人ならワンチャンあるか? 緑虫か青汁で試してみるのも悪くないかもしれないな」

「スーパーマサラ人」

 

 何だそのパワーワードは、とカスミはドン引きする。友人を緑虫とか青汁と呼んでいる男は、おそらく世界でレッドだけだろう。

 

「そんじゃあそろそろ行くとしますかね」

「ま、頑張りなさい。せいぜい応援しといてあげるわ」

 

 ひらひらと手を振って。

 レッドはハナダジムを、延いてはハナダシティを後にした。

  

 

 

 





 ☆三年後☆
カスミ「くっころおおおおおおおおーーーーっ!!!」
レッド「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!! 草! 草あああああああああああああああああああーーーーーーッ!!!wwwwwwwwwwwwwwwwwwww!!!!」


 これにてハナダシティ編は終わりとなります。次はヤマブキ……それともやっぱり妨害をくらってイワヤマトンネルルートになるのか。というか、そもそも何でヤマブキシティは通行止めになっていたのか忘れてしまった。さて、どうしたものか。

マサキ「バ、バカな……原作主人公に転生した系のクセにワイをスルーするやと……!?」


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第二十六話「クソザコナメクジを育成するRTA 前編」

 色々と考えた結果ヤマブキルートに。
 そしてアニポケのようにその回限りのオリキャラを導入します。さすがに今の人数で話を膨らませるのは不可能だ。


 ――ヤマブキシティ。

 そこはカントー地方随一の規模を誇っている大都会。

 街並みには所狭しと高層ビルが並んでいて、圧倒的に人口が多い。

 スケジュール帳と睨み合ったり、携帯で連絡を取りながら早歩きで歩くサラリーマン。やや軽薄な印象を受ける青年。垢抜けたコーディネートを着こなしたモデルのような女性。彫りの深い顔立ちの外国人。見渡せば十人十色の如く様々な人種が見受けられる。

 

 しかし、その反面とでも言うべきか、ポケモンの数は少なかった。

 愛玩用のポケモンはちらほらと確認出来るが、余所の都市と比べるとやはり寂しいものだ。

 無論、ヤマブキシティの住人がポケモンを嫌っているわけではない。が、街の気風とでも言うべきか――とにかく時間に忙しい印象を受ける住人たちには、不用意にポケモンを連れて出歩かないように、と暗黙の了解が出来ているのだろう。

 街は広い。道の歩幅だって他の街とは比較にならないほどだ。しかし、それ以上に人口が多いせいでポケモンをモンスターボールから出して歩くようなスペースが見当たらない。

 

 なるほど。確かにカントー地方随一の大都会。最先端の技術を取り込んで日夜発展に勤しんでいる姿はその名に恥じない行動力だ。

 

「――けど、住むなら断然タマムシシティだよなァ」

 

 ポケモンセンターより少し離れた場所にある噴水公園の芝生に腰を下ろしたレッドは、キッチンカーで購入したホットドッグを咀嚼しながら素直な感想を口にした。

 レッドの周りには、彼のポケモンたちが陣取って同じく食事の時間に入っている。どうやら公園の敷地内はポケモンの解放は認められており(そもそも敷地外も暗黙の了解というだけであって法律による制限は無い)、他のトレーナーたちも伸び伸びとポケモンに自由行動を取らせていた。

 

(何かこの街はこう――人間味が強いというか何というか……比率が偏っているんだ。いや、別に悪いというわけじゃねーけど)

 

 ただ――自分には合わない。

 それはレッドのように各地のジム巡りをしているトレーナーの多くが同意するだろう。彼らは時間にルーズで、何より自由だ。他人や時間に急かされることの無い彼らからしてみれば、ヤマブキシティの働き者なイメージは肌に合わないのだ。

 

(それでも結局半数以上は、その社会の歯車に組み込まれるんだろうけど)

 

 ポケモンリーグを目指すトレーナーは国からの援助を受けて成り立っている以上、当然その見返りとして相応の結果を求められる。

 以前にも記したが、バッジの取得数や公式戦の結果、フィールドワークによって得られるレポート内容の充実具合がその最たる例だろう。

 まだ旅に出たばかりの子どもはともかく、年齢を重ねるたびに条件は課されていき、それが達成出来なくなった場合、国からの援助は断ち切られてしまう。あくまで国からの援助が無くなるだけで自費で賄えば問題無いのだが、大抵の人間はそこで諦めて安定した職場へと転職する。

 

「まあ、これに関しては俺が一番無縁な話だな」

 

 ポケモンリーグを制覇して頂点に立つのだから当然である。

 ポケモンの世界でレッドという名を冠した以上、『最強』以外は認められない。

 原点にして頂点。

 それはレッドにとって目指すべき『絶対』なのだろう。

 

「しかし、その最強さんの最たるパートナーが萌え重視とは如何なものか」

 

 ちらりと隣の様子を窺うと、

 

 

『 タ ピ オ カ 』

 

 

 レッドへと身体を預けているラティアスが、自分の両手に収まっている飲み物にキラキラと目を輝かしていた。

 

「美味しいか?」

『ん!』

「そりゃー、よかった」

 

 レッドは乾いた笑みを浮かべた。

 何も言うまい。

 食事の後は軽く運動をすることにした。

 ピカチュウとルカリオはスパーリング。基本的に猛攻を仕掛けるルカリオの拳をピカチュウが余裕綽々に捌く作業だ。ルカリオのラッシュはレベルと釣り合わない高速ラッシュだというのにピカチュウは平然と尻尾で受け流している。しかし時折鋭い反撃を見せてルカリオにホームランを決める辺りが兄貴分の厳しさだ。

 レッドはヒトカゲと主にコミュニケーションを図るためのキャッチボールだ。ポムポムボールを投げ合うだけだが、ヒトカゲは楽しそうだ。ぽいっと投げたボールをヒトカゲが弾いた。てん、てん、と転がっていくボールを追い掛けていく。木にぶつかって跳ね返ったボールをキャッチしたヒトカゲが小走りに戻って来る。その無邪気な姿にはレッドも相好を崩す。ポケモンには優しい男だ。

 そしてラティアスとギャラドスだが、こちらはラティアスがご飯を食べ終わるなりさっさと夢の世界に飛び立ったから仲良くお昼寝タイムである。ドラゴンとは。

 つくづく絵面がおかしいパーティだが、トレーナーを考慮すれば、それもある意味、『らしい』のだろう。

 

(改めて情報を集めておかないとなー)

 

 人間主体の街とはいえ、ポケモンジムが設えられているのだからトレーナーやポケモンに利点のある施設だってそこそこあるはずだ。

 せめてトレーニングルームの確保はしておきたい。この噴水広場では大技は使えないし、郊外まで移動するのも手間なのだ。

 

(とりあえず後一時間くらい遊んだら一度トレーナーズホテルに帰るか)

 

 やはりヤマブキシティでもスイートルームである。

 世間は最速でバッジを集めているグリーンにばかり目がいっているが、二か月でバッジ二つというのも充分に異例な速度だ。ニビシティではトレーナーと連戦する必要があったが、今はバッジの入手速度を評価されて無条件にスイートルームで宿泊することが出来る。少し甘やかしすぎるのではないかと、少年の未来を懸念する声も上がっているが、ポケモン協会としては、結果を出す人間に投資を惜しまないスタンスを崩したくないみたいだ。

 

 ――もちろん、それを感情的に否定する人間も決して少なくはなくて。

 

「おい」

 

 それは苛立ちを孕んだ声音だった。

 レッドはキャッチボールを一時中断して振り返る。

 そこにいたのは学生服を着た青年だ。まだあどけなさの残る顔立ちと図体にやや見合わない大きめな制服から高校に入学したばかりの年齢であると判断出来る。レッドを見下ろすその表情は険しく、先の声音から鬱屈した感情を溜めていることが窺える。

 はて、自分は特に問題となる行為をしたことはないはずだが……今まで一度も、とレッドは首を捻る。事実、最後の戯言はともかくとして、ヤマブキシティに入ってからのレッドは比較的大人しく、全米が認めるキャラ崩壊の最中なのは間違いないのだから。

 

「何だ?」

 

 青年の呼び掛けに対してレッドは素っ気無く対応する。

 すると青年も眉根が更にキツいものになる。

 

「口の利き方もなっていないのか? 年上相手には敬語を使え」

「悪いね。俺、敬語の価値を下げたくないから、尊敬に値しない奴には敬語を使わないようにしているんだよ。年功序列を言い訳にするのはやめた方がいいぞ? だって――それ以外は何も取り柄も無い奴だと証明しているようなもんだからな」

 

 いつものやべー奴、帰還。

 辛辣な相手にはその倍以上の辛辣さを以て対応する煽りの達人、その実力に疑う余地はなく、青年はカッと顔を赤くした。

 

「テ――テメェ! ガキが調子乗ってんじゃねーぞ!」

「ぷぷ。世間から見たらお前も充分ガキンチョなんですけど」

「ブッ飛ばす!!」

 

 血走った目で憤然と叫んだ青年は懐からモンスターボールを取り出した。

 

(何だ喧嘩じゃないのか。久々のトレーナー直々の暴力案件だと思ったんだがな)

 

 レッドは残念そうに寸鉄を仕舞う。

 

「つーか何で突っ掛かって来たんだよ、アンタ」

「決まってんだろ! お前みたいな夢見がちなガキが大嫌いなんだよ!」

 

 肩を竦める。まるでロケット団のような言い分に溜め息をついた。

 最近、この手の底辺な輩相手にTUEEEEEしても虚しいだけだと気づき始めた。記憶を探っても出て来る相手はろくでもない奴ばかり。ジム戦は相手側が制限をくらっているから公平なバトルは成立しないし、どうせならこんな見るからにやられ役乙な敵よりも、本物の強敵と鎬を削る白熱したバトルをしたいものだ。出演依頼を出すキャラクターを間違っているとレッドは運命を呪った。

 

「ま、いいか。ヒトカゲ、GO」

 

 ててててて、と小走りで駆け寄って来たヒトカゲが前に立つ。

 まだ積極性そのものは無いが、バトルに対する恐怖感は大分薄まっている。ヒトカゲ自身、成長を志しているようで何よりだ。

 

「行くぞ、ラッタ!」

 

 青年が繰り出したのは、コラッタの進化系。黄土色の剛毛と鋭い前歯が特徴的なポケモンだ。

 

「先手必勝。“たいあたり”だ!」

 

 青年の指示を受けて一直線に疾走するラッタ。

 ヒトカゲは冷や汗を浮かべながらも肉薄するラッタを真剣に見据えて、紙一重のところで回避行動に移った。

 

(ん、タイミングに申し分なし)

 

 サイドステップを踏んで側面を取ったヒトカゲは運動エネルギーを殺さず尻尾を振るい、勢いよく“ひのこ”を飛ばした。

 横っ面から“ひのこ”を直撃したラッタがごろごろと転倒する。

 

「な!? まだだ。ラッタ! “でんこうせっか”!」

 

 青年の焦燥の叫び。素早く起き上がったラッタは先程よりも加速してヒトカゲへと肉薄する。

 今度は避けられない。ヒトカゲは肩よりも大きく足を開いて前傾になり、真っ向から受け止めた。大地に根を張った両足がガリガリと地面に軌跡を残す。一メートルほど後退して、ラッタの勢いは停止した。

 驚く青年。僅かな硬直に困惑するラッタ。

 ぱかりとヒトカゲの口が開く。喉の奥から溢れた炎が口元から零れ落ちる。溜め込んだ“かえんほうしゃ”を解放した。

 僅かに拡散しながら迸る炎はラッタを完全に飲み込んだ。

 

「そ、そんな……」

「……?」

 

 あっさりと戦闘不能になったラッタを見遣り、レッドはやや疑問に思う。

 

(何でラッタは困惑してたんだ?)

 

 あの一瞬、ラッタには距離を取る選択があったはずだ。

 

「くそ、くそ、次だ! まだ負けたわけじゃない!」

 

 ラッタをモンスターボールに戻して、青年は次のポケモンを繰り出した。

 そのポケモンはオニドリル。鋭い瞳と嘴。そして細身な身体と長い翼を持ったポケモンだ。

 

「オニドリル、“みだれづき”!」

 

 飛翔するオニドリルは羽ばたき一つで加速してヒトカゲに“みだれづき”を放――とうとしたが、その嘴を“メタルクロー”が切り裂く。鋼鉄化した爪は切るというよりは抉るような重い一撃だった。

 想像を絶する激痛に悶え苦しむオニドリルだが、勝負は非情の世界。申し訳なさそうなヒトカゲの“かえんほうしゃ”によって焼き鳥になった。

 

「まーだやるのかー?」

 

 レッドは呆れた目を向ける。

 ラッタとオニドリル。進化に成功させていることは加点出来るが、残念ながら評価出来るのはそれだけだ。

 何となく、ラッタの困惑の理由が分かった。

 

「――ッ! 今度こそ!」

 

 なりふり構わず遮二無二に三体目のポケモンを繰り出した。ホルダーについているボールはアレが最後だ。

 

「お」

 

 目を丸くする。

 出て来たポケモンはリザードだった。ヒトカゲよりも少し大きく、そして目は鋭くなっている。煌々と燃え盛る尻尾の炎はヒトカゲよりも激しい。

 

「こいつはヒトカゲの進化系だ。こいつならお前のヒトカゲなんて目じゃないんだ!」

「……ヒトカゲ、ちょっと様子見」

 

 ヒトカゲはやや首を捻るが、他ならぬマスターの命令だ。一先ず攻撃から防御に思考を切り替える。

 

「リザード、“りゅうのいかり”!」

 

 ならばとこちらも“りゅうのいかり”で迎え撃って相殺する。

 

「次は“きりさく”だ!」

 

 リザードの爪が伸びる。その鋭爪の切れ味は人体を容易く切断してみせるだろう。

 振り下ろされる鋭爪。ヒトカゲはその鋭爪の先にある腕を狙って尻尾を薙ぎ払った。腕を打たれたリザードの鋭爪が横に逸れる。

 

「まだだ! “きりさく”! “きりさく”! “きりさく”! 当たるまで連打するんだ!」

 

 ――しかし。

 

「何で……何で当たらないんだ!」

 

 その悉くが鞭のように撓る尻尾によって阻まれていく。

 

「もっと、もっとよく狙え! もっとだ!!」

「見るに堪えんな。ヒトカゲ、もういいぞ」

 

 トレーナーの苛立ちと怒号によって徐々に動きが固くなっていくリザードに同情しながら、ヒトカゲを自由にさせる。

 トレーナーからの圧力に恐怖するリザードを見遣り、ヒトカゲはレッドがマスターであることに心から安堵した。

 赤い人は人間に対しては冷たい人間だが、ポケモンに対しては寛容だ。臆病だったラティアスとヒトカゲが懐いているのが、その証明だ。

 リザードのために早くこのバトルを終わらせるべきだとヒトカゲは攻撃に移る。

 既に恐慌状態に陥っているリザードならば相手にならない。ヒトカゲは早々に決着をつけた。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 青年はあり得ないものを見る表情で膝から崩れ落ちた。

 たった一体の――それも進化前のポケモンに全滅させられた事実を受け入れ切れずにいる。しかもヒトカゲは傷はおろか疲労すら浮かべた様子なくレッドにすり寄っている。

 そんなヒトカゲに労いの言葉を掛けたレッドは青年の元へと歩み寄る。

 

「お前、才能無いよ」

「――ッ!!」

 

 それは青年の心の奥底にあったコンプレックスを容赦なく刺激した。

 

「うるさい、この卑怯者!!」 

「は?」

 

 おっと殺害してくれ宣言かな?

 

「だって、そうだろ!? お前はポケモンに何も指示を出してなかった! どうせ親から強いポケモンを貰っただけなんだ! それを自分のポケモンみたいに振舞うのは卑怯者のやることだ!」

「いや、俺親いないし」

「あ、ごめ――じゃない! じゃあ別の誰かから貰ったんだ!」

「いや、確かにヒトカゲは貰いものだけど」

「ほら見ろ!」

「悪いけど旅に出るときに貰った普通のヒトカゲだ。ここまで強くしたのは、俺」

「フン、信じられるか!」

「誰も信じてほしいとか言ってないんですけど。……なるほど、お前ドロップアウト組だろ」

「!」

 

 青年は悔しそうに顔を歪める。

 図星だった。

 

「お前に何が分かる……!」

「さあ? 子どもの夢を壊して自尊心を満たそうとする奴が興味を持たれるとでも思ってんのか?」

「好きでこんなふうになったんじゃない。俺だって才能があったら……!」

「それ以前の問題なんだよなァ……」

 

 ボソッとレッドが呟いたその時、

 

「全く情けない限りだね、シュン」

 

 横から第三者の声が割り込んだ。

 

「ジン……!」

「え、何? 俺サイドストーリー始めていいとか言ってないんですけど」

 

 というレッドの不満は黙殺された。

 まるで因縁のライバルと出会ってしまったかのように青年――シュンはジンと呼んだ青年を睨みつける。

 ジンはシュンと同じ学生服に身を包んでいた。一目で嫌味な成金息子と看破出来る雰囲気と身なりをしている。

 

「先程のバトルは見せてもらったよ。いや、酷い醜態だった。僕に敗北した時から何一つとして変わってないじゃないか」

「くっ」

「これを機にポケモンバトルは引退したらどうだい? その少年の言った通りだよ。君は昔ポケモンマスターを目指してヤマブキシティを旅立っておきながら志半ばに挫折した挙句、片手間でポケモン講座を受けた僕に惨敗したんだ。これを無能と言わずして何と言う?」

 

 厭味ったらしく言うジンの言葉に、その取り巻きと思わしき男女がクスクスと笑った。

 

「いや、すまない。言葉が過ぎたな。君が無能なんじゃない。僕が有能過ぎたんだ。恥ずかしい勘違いをした僕をどうか許してくれたまえ」

 

 神様というのは実に不公平だ、と高らかに笑うジンに白けたレッドは踵を返した。

 そんなレッドに、

 

「少年、君も神様に感謝するといい。僕がポケモンマスターを目指していたら、その座は僕のものだったからね。僕の代わりに君がその座につくことを応援してあげようではないか」

 

 

「――あ?

 

 

 後に少年少女は語る。あれは人をたくさん惨殺した者だけが辿り着ける眼だった、と。

 

「中々面白いことを言うじゃねーか、成金坊ちゃん。いやはや抱腹絶倒っすわ、ほんと」

 

 殺意満々にレッドはジンに突っ掛かる。

 

「俺が? お前の代わり? 応援してあげる? 身の程知らずもここまでくると滑稽極まりないな」

「おい、ガキ。さっきからジンさんに何て口を――」

「――――」

「何でもないです」

 

 後に少年は語る。漏れた。尊厳は失ったけど生きているって素晴らしい、と。

 

「ほう、ならば試してみるかね?」

 

 レッドの挑発を受けたジンが不敵に笑った。

 

「ああ、そうさせてもらおうか。但し、戦うのは俺じゃない。こいつだ」

 

 レッドはシュンの肩に手を置いた。

 

「はあ?」

 

 と訝しげな顔をして抗議するシュンに「黙れ」と睨みつけて、

 

「勝負は一週間後だ。それまでに俺がこのクソザコナメクジをちっとはマシなザコにまで成長させてやる」

「君は戦わないのかい?」

「悪いな。もうザコ相手に無双した後なんだ。二番煎じをしたって盛り上がらないだろ?」

 

 そう、レッドが過剰な無双プレイを自らに許している相手はロケット団のみである。テロをしていいのはテロをされる覚悟のある奴だけだ。どこかに野生のロケット団はいないものか。

 しかし、それはつまりレッドがジンを歯牙にもかけていないという意味であり、ここに至ってジンはレッドに敵意を抱いた。

 

「面白い少年だ。いいだろう。一週間後に再びこの場所で僕はシュンと戦ってあげよう。そして彼を打ち負かした後は君だ」

「おう、やれるモンならやってみな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はやるなんて一言も――」

「彼は瑠璃ではない(無言の腹パン)」

 

 ズドン!

 レッドの拳がシュンの鳩尾を穿つ。衝撃波が背中にまで突き抜けたのは気のせいだろうか。

 

「そ、そんなこと言ってな……」

 

 白目を剥き、口から魂を零して気絶したシュンの足を掴んでレッドは踵を返した。

 

「本当はそこまでしてやる義理はないんだが……ポケモンが可哀想だからな。クソザコナメクジをちっとはマシなザコに成長させるRTAを始めるか」

 

 

 

 

 





【デバンナッシングズ】
マサキ
「なんでや……なんでワイの出番がないんや……! こんなんあんまりや……! ポケスペでナナミさんとフラグを立てたんがそんなにあかんかったんか? それ違う畑のマサキさんやん。今作のワイ関係ないやん……!」

???
「分かる……その気持ち、分かるでござる!」

マサキ
「そ、その声はまさか……!」

イワヤマトンネル
「…………!」

マサキ
「イワヤマトンネル! イワヤマトンネルやないか! その昔、フラッシュの技を禄に知らんかったキッズに地獄を見せたカントー地方きってのクソダンジョン、イワヤマトンネルやないか!

イワヤマトンネル
「崩落します」

マサキ
「MATTE! ごめん、言い過ぎた! そうか、レッドが普通にヤマブキシティに行きよったから……」

イワヤマトンネル
「某も最近のシリーズはそこそこ見やすいように改築工事を進めていたというのに酷いでござる」

マサキ
「まあそれでも微妙なダンジョンやしなぁ。珍しいモンスターが出るならともかく、あんさんのとこズバットとイシツブテの巣窟やん?」

イワヤマトンネル
「崩落します。伝説のポケモンを捕まえてくるので探さないでください」

 ガラガラガラガラガラ。



 はい、そのキッズとは私のことです。当時フラッシュの使い方も知らず、攻略本も開かず。ドゥンドゥンドゥンという壁にぶつかる音を頼りに発狂しながらシオンタウンへと通り抜けました。
 すっごいイライラするけど、達成感は半端ないからやったことない人は是非フラッシュなしで挑戦してみてください。


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第二十七話「クソザコナメクジを育成するRTA 中編」



 自分をマサキだと思い込んでいるコラッタ
「マサキです……
 前話の感想でイワヤマトンネルの話題ばかりピックアップされてひたすら空気だったとです。

 マサキです……
 イワヤマトンネルに鼻で嗤われてどこかへ行かれたとです。

 マサキです……
 遂に名前すらも悪意ある改竄がなされたとです。

 マサキです……
 僕はいつまでコラッタと合体してればいいのでしょうか?

 マサキです……
 マサキ・アンド―。ちょっと言ってみただけとです。

 マサキです……
 木原マサキ。グレートポケライマーを作るとです。

 マサキです……マサキです……マサキです……」




 

 

 才能のある奴が嫌いだ。

 

 ――将来の夢はポケモンマスター!

 この世界に生きる者なら誰もが一度は思い描くだろう絢爛とした夢想の栄誉。

 俺も例に漏れずポケモンマスターを目指した。

 ガキの頃に観客席で見た光景は今でも覚えている。

 人間よりも強大な力を持っているポケモンを手足の如く扱い、相手を打ち負かしていくチャンピオンの姿。

 それはまさしく絶対強者。

 威風堂々と佇む姿はまさに王の風格。

 全ての頂点に立つことを許された最強の存在。

 格好良かった。

 ああなりたい、と素直に思った。

 今思い返すとバカバカしいが、本気でなれると信じていたのだ。

 子供というのは本当に純粋で愚かな生き物だ。

 そこに立つためには『才能』という絶対の資格が必要なのに、努力をすれば夢は叶うと勘違いする。

 そして、その才能とは生まれながらに持ち合わせるものだ。

 つまり、生まれた瞬間に敗北者になることが決定しているのだ。

 夢は叶わない。

 胸をときめかせて育んだ夢は、才ある人間に踏み躙られる。

 才ある人間の肥やしにされる。

 凡人という生き物の抱いた夢は、天才を育成するためだけの踏み台と成り果てるのだ。

 そんな俺たちの嘆きは同族にしか伝わらず天才には理解されない。

 当然だな。理解できるなんて口走っていたら刃傷沙汰に発展してもおかしくないと思う。

 

 努力をすれば夢は叶う。

 これ以上に残酷な言葉を俺は知らない。

 そんな甘言に乗せられて一体何人が人生を無為に費やしただろう。

 

 努力は裏切らない。

 所詮は勝ち組の言葉だ。持っている人間の言葉だ。持たざる人間はそんなことを口にしない。叶わなかった夢に何の価値がある。報われなかった努力など無意味だ。夢は叶わず、積み上げた努力を別のところに活かせるほど賢く生きられない人間だっているんだ。

 

 綺麗事。綺麗事。綺麗事。

 綺麗事ばかりの欺瞞に満ちた世界。

 ああ、本当に虫唾が走――

 

 

 

うっさい、ばーーーーーーーかっ!!!!

 

 

 ぐべらぁっ!

 

 

   ◇◆◇

 

 

 なんかクソザコナメクジが気取ったように人生を語っていたからぶん殴った。

 拳を振り抜いたその先に放物線を描いて地面を転がる青年――シュンの姿。

 振り抜いた拳を引き戻したレッドは殺人鬼のような目でシュンを見下ろす。

 

「お前何なの? 何長々と自語りしてんの? 隙あった? 隙とかプレゼントした記憶ないんですけど。生意気にも一人称視点じゃん? 俺にだってそんな機会恵まれず三人称視点で『殺人鬼』とか書かれているのに、何その待遇おかしくない? お前今回限りのモブキャラだって分かってる? もうこれ以降出番ないの。アニポケ仕様なの。独白したいんだったら文章量に応じた金を主人公に納品しろカスが」

 

 ※ちなみに三人称視点でお送りしているのは、赤に語り部を任せたら、会話文だけでなく地文ですら平然と嘘をついて他人sage自分ageの詐欺を働くからである。

 一人称視点とは語り部のやりたい放題の世界だ。この赤が語り部を担うような事態になれば、確実にグリーンとブルーは改悪が加速するだろう。会話文の後に『ブルーは鼻をほじりながらそう言った』とか『グリーンは決然とした顔で言いながら野糞を垂れ流した』なんて書いてもおかしくない。ブルーも然り。

 

「お前に何が分かる! 才能ある人間のお前に凡人の気持ちなんて分かってたまるか!」

「いや、別に知りたくないし。どうでもいいし。アレじゃね? そんなに凡人が嫌ならさっさと死んで第二の人生に期待したら? 第二の人生、意外とあるもんよ?」

 

 実体験。

 

「そもそもそんな負け犬の遠吠えなんて誰が聞くよ。お前も自分自身に価値はないって言ってんだから誰も見向きするわけないだろうが。逆に聞くけど、お前は価値ないものに見向きをするか? 例えば……そうだな、自分より十メートルくらい離れた場所でデブ――失敬、豚足でブサイクな女が転んだとしよう。お前は手を差し伸べるか?」

 

 もちろんレッドは手を差し伸べる。困っている人がいるのなら、助けを差し伸べるのは人として、男として当たり前のことだ。それを為さぬものは股間にぶら下がっている息子にギロチンを落としてしまえ。

 ただ――きっとその時のレッドはたまたま、そう、た・ま・た・ま余所見をしていて気づかずに通り過ぎてしまうだろう。

 もしくは本当にただの豚足が転がっているだけと勘違いするか。

 惜しいな。悔しいな。目に入っていたら絶対に助けていたのにビックリマークビックリマークビックリマーク(変換ミスに非ず)。

 

「…………」

「あ、目逸らした。ホラな。で、美少女だったら周り蹴散らしてでも助けに行くだろ? そういうことなんだよなァ」

「ち、違うっ」

 

 もちろんレッドは以下略。

 但し助けた相手の反応が『助けて当然。むしろ美少女の私と知り合えてラッキーっしょ?』とかのたまう女だった場合、メンタルフルボッコにするが。

 

「はー、やだやだ。お前みたいな奴に限って自分より下の人間を叩くんだよ。才能がないとか言い訳しながら自分の価値を上げることを放棄して、他人の価値を下げて自分を平均よりも上に置きたがる。自分より上の人間を妬んで足を引っ張ろうとする。俺に因縁をつけたみたいに? 返り討ちに遭いましたがあああああああ」

 

 だが、まあ直接言って来ただけまだ見どころはあるだろう。世の中にはネット越しという安全圏からでしか他者に強く出られず、罵倒を浴びせて自尊心を満たす真の不法投棄物が五万といるのだから。

 

「じゃあ何で俺に構うんだよ! 放っておけばいいだろうが!」

 

 レッドの優しい言葉が身に染みたのか、シュンは涙を溜めながら叫んだ。

 

「おう、俺も放置するつもりだったんだけどな。けどあいつ――さっきのあの生意気なクソガキ……」

「……ジンだろ。つかお前の方が子供だろ」

「人間としては俺が上だ」

「え?」

『え?』

「「「???」」」

「おっとうちのポケモンたちとは夜通し話し合う必要があるみたいだな」

 

 全てのポケモンたちから『こいつマジで言っとるん?』という目で見られたレッドは青筋を浮かべた。

 

「そのジンって奴が俺に舐めた口を利いただろ? そりゃもうぶちのめすしかないんだけど、ただ俺が倒すだけじゃくっだらない言い訳を始める可能性もあるからな」

「こいつ、何様のつもりで」

「レッド様だ。主人公はいつだって完璧で格好良いんだ。どこぞの緑と青とは違うんだよ、緑と青とは!」

『んー? でもマスター昨日ホテルでお腹壊してトイレに引きこもってたよ?』

「余計なことを言う口はこれかなー、あははー」

『んににー』

 

 レッドはラティアスの頬を引っ張った。

 

「ま、そういうわけでアプローチを変えないとあいつを白ひげ――じゃない、敗北者として認めさせる必要があるわけだ。そこでお前だ、クソザコナメクジ」

「クソザコナメクジ!?」

「お前は才能がどうとかほざいていたが、それ以前の問題だ。バトルの基礎が微塵も出来ていない。論外なんだよ」

 

 シュンの言葉は本当に無意味だ。

 無能の土俵にすら立っていない。

 云わばこの男は、スポーツで言うフォームすらも固まってない状態で才能がないと嘆いているのだ。目先の情報に囚われて、予測という行為そのものを放棄している。

 努力の方向性がそもそも間違っているのだ。

 

「ど、どういう意味だ!」

「それを今から教えてやるっつってんだ」

 

 シュンの癇癪のような声音に冷淡に返して、レッドはピカチュウとルカリオに指示を出す。

 

「ピカチュウ、ルカリオ。さっきと同じように軽く戦ってみろ」

 

 レッドの指示にピカチュウは仕方ないと、そしてルカリオはテンション声高に叫んで戦いを始める。

 先手を取るのはルカリオ。“しんそく”で距離を詰めて、すかさず“グロウパンチ”を繰り出した。

 ルカリオが必ずといって良いほどに行う初動。レッドがそうやって起点を作るように鍛えた。

 しかし相手は勝手知ったるピカチュウだ。“しんそく”の挙動すらも完全に捉えており、突き出された拳を尻尾で横から引っ叩いて受け流した。零距離になったところで小さな身体を捩って一周した尻尾がルカリオの顎を穿つ。

 遠心力を得た一撃。しかし鋼タイプのルカリオは物理攻撃に強く(レベル差もあってピカチュウが加減しているのはもちろんだが)、ひるんだのは一瞬。すぐさま次の拳を突き出した。

 ジャブ。ストレート。フック。

 が、どれもが躱されてしまう。

 次のストレートが迸ると、ピカチュウは当然の如くそれを回避しながら、その腕に乗った。そのまま腕を走って肩に、そして背中にまで移動したピカチュウは電撃を放つ。

 苦悶の声を上げるルカリオがピカチュウを振りほどこうと藻掻くが、まるで離れる気配はない。左右に振り回されても微塵も動じずに雷を放出して継続的なダメージを稼いでいる。

 

「 “はどうだん”だ」

 

 そこでレッドの指示が飛んだ。

 ハッとなったルカリオは両手にエネルギーを集める。極限まで収斂した高密度のエネルギー弾を天に向かって発射した。弾丸の如く射出された“はどうだん”は急カーブを描いて吸い込まれるようにピカチュウの元へ飛来する。

 ピカチュウはギリギリまで引きつけてからルカリオの背中から離れた。

 故に “はどうだん”はルカリオに直撃してしまう。

 しかし。

 直撃した“はどうだん”は即座にルカリオの身体を駆け巡り、そのエネルギーは再び利き手へと収束した。

 自分の攻撃によって倒れることほど無様なものはない。

 だから跳ね返って来た自らのエネルギーを再利用できるようにルカリオを鍛えた。

 エネルギーを操ることに長けたルカリオだからこそ出来る御技だ。

 これにはピカチュウも目を丸くした。

 至近距離で突き出された“はどうだん”。

 避けるすべは無――

 

「――――ッッ!!!」

 

 裂帛の気合。

 ピカチュウは、それだけで“はどうだん”を対消滅させた。

 

「いや、空気読めや」

 

 堪らずレッドはピカチュウに異議を申し立てた。

 

「お前、そこは当たっとくべきだろ。何だよ気合だけで技を吹き飛ばすとか、どこのラカンだ」

 

 しかしピカチュウはそっぽを向いて聞き流している。

 

「まあいいや。好きにやってていいぞ」

 

 言うとルカリオが再度ピカチュウに向かっていく。

 その度に返り討ちに遭うルカリオを背景に、レッドはシュンを見遣る。

 

「今のは黄色がおかしかったせいで成立しなかったが、普通なら命中していた。いや、そこは別に問題じゃないんだ。今の戦いで俺とお前の戦い方が違うことに気づいたか?」

「…………指示が少ない?」

 

 首肯。

 

「そ。俺は基本的にバトル時の行動はポケモンに任せている。指示を出すのは打開策を見つけたり、流れを変えたいときくらいだ」

「それじゃあトレーナーは何のためにいるんだよっ」

「その認識がそもそも間違っていることを理解しろ。トレーナーっつーのは、スポーツで例えるとコーチ兼監督みたいなモンだ。実際に戦っているのは選手――つまりポケモンだ。主役はポケモンなんだ。お前だって選手は思考停止して一から十まで全部監督の命令に従うのが正解だ、なんて思ってないだろ?」

「そりゃあ……」

「でもお前がポケモンにしているのは、そういうことなんだよ。全ての行動に指示を出している。心当たりはあるだろ?」

「……!」

「その結果お前のポケモンたちは自分で考えて行動をしない。いや、出来ないようにお前がしている。だから一つ技を放つたびに一々お前の指示に従おうとして必要以上に距離を空けたり、行動の遅延に繋がっているんだ」

 

 レッドはピカチュウとルカリオに視点を移した。

 激しい攻防だ。トレーナーの指示が追いつかないほどの連撃を繰り出している。全ての行動に指示を出してしまえば、ポケモンのポテンシャルは半分も引き出せない。

 

「ポケモンは賢い生物だ。バトル中にご丁寧に指示を出さなくても自分で考えて最適の行動を見出そうとする。トレーナーは簡潔にアドバイスを飛ばすくらいでいいんだよ。

 トレーナーの一番大事な仕事はバトル前!

 うちのピカチュウを見たら分かるだろうが、同じポケモンでも得意不得意や素質はピンキリなんだ。だから最初に考えるのは、お前の持っているポケモン――ラッタにオニドリルにリザードは同族に比べて何に優れて何に劣っているかを見極めて長所を伸ばすか短所を克服するかを決めること。

 それを決めたらトレーニングメニューの作成と戦術の構築。足が速いのなら、それを活かして“でんこうせっか”を起点にしたヒット&アウェイで相手の思考をかき乱す戦法にしようとか、そんな感じでポケモンを戦えるように鍛えるのがポケモントレーナーの本当の仕事なんだ」

 

 それを理解している者としていない者の差は歴然だ。

 バッジを四つ以上集めたトレーナーは、その仕組みを理解した者。

 ポケモンと『仲良く』とか『絆』なんて聞こえの良い言葉を使いながら、結局バトルではポケモンをトレーナーの操り人形にしている者たちはここで落第する。

 その壁を越えた者だけが、ある意味本当のポケモントレーナーと名乗る資格を得られるだろう。

 

「ま、待てよ。そんなのスクールじゃ学ばなかったぞ!」

 

 シュンは蒼白な顔で叫んだ。

 おそらく自分の中にあるポケモンバトルを根底から覆されて気が気でないのだろう。

 それじゃあ自分が学んできたことは一体何だったのか、と。

 

「そりゃお前、ガキの頃にそんな説明されて理解できる子供がいるか?」

 

 どちらかと言うと地味な作業。あくまで自分はサポート役で、花形はポケモンにあると言われて納得出来る子供は希少だ。

 そんな正論よりもあれやこれやとポケモンに指示を出して戦わせる方がよっぽど子供の気を惹いてしまう。

 だからスクールはポケモンバトルの表面上のことしか教えられない。彼らだって仕事だ。子供を多く集めて給料を得るために、とにかく見栄えの良い教育方針を掲げるのは必然だろう。

 事実、真っ当なスクールを立ち上げても退会する子供は多いのだから。

 

「そんな……」

 

 悄然と項垂れるシュン。

 まあショックだろうな、とレッドは他人事ながらに思う。

 本当に、才能以前の問題なのだ。

 自分の歩んできた人生が、そもそも夢を叶えるための道ではなかった。

 その絶望はまさしく彼にしか分からない感情だ。

 

「――が、今お前は知ったわけだ」

「え?」

 

 シュンが顔を上げる。

 

「お前のような人間は多い。けど、それを自覚して伸びた奴もいる。それでお前はどうする? やっぱり無理だと諦めるか? それとも諦めきれず足掻いてみせるか? 選ぶのは、お前だ。けど、ここで諦めたらお前は一生後悔し続ける人生になるだろう」

 

 尤も、ジンとの約束がある限りシュンの前者の道は無いのだが、これは敢えて言わないでおく。それでも前者を選んでしまった場合はもう“さいみんじゅつ”で説得するしかないだろう。

 しかし、問題ないとレッドは思う。

 確かにこの男はクソザコナメクジだが、若干マシなクソザコナメクジだ。目の前に希望の糸を垂らされても掴む努力もしないクソザコナメクジではないだろう。クソザコナメクジ。

 

「…………俺は、俺は……っ!」

 

 弱々しかった瞳には、何時の間にか決然とした熱いものが滾っていた。

 それを見遣り、レッドは感慨深げに頷いた。

 ――ちょろいもんよ。

 

 








 ――LAST YUKITIKAKIN――
 爆死するーのがー運命だとしてもー 心はーまだー最高レアもとーめーる。
 さよなら、諭吉。灰になーった。
 嘘だろ マジかよ 首つろー。
 ねがーいの はへーんよ オーワター。 

 ソシャゲは悪い文明。
 皆で『うたわれるもの』をやろう。なんたってあの会社は『スマホからゲームを取り戻す』というイケメンな台詞を偽りの仮面発売時期に放った最高の会社。
 しかも『うたわれるもの』の最新作だって? やはりアクアプラスは最高――え? ……………………ソシャゲ? そーしゃるげーむ? すまほ?
 ………………。
 何だこの敗北者&女騎士ムーヴ(やるけどな!!)



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