とある兄妹の紡ぐ物語 (リンク切り)
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0ページ目

 

 

 

 

「あー。腹減った。なんか食いてー。」

 

そうお腹を押さえながらうわ言のように呟くのは、黒髪の少年だ。

 

髪は男子にしては長めだが、それほど長いわけでもない。

目は爛々と輝く赤色で、鋭い目つきをしている。

 

「腹減ったー。」

 

「兄さん。気が散るので、あまり騒がないでください。」

 

そう少年をたしなめるのは、黒髪の少女。

 

髪は腰まであり、長い前髪で目を隠している。

前髪の奥から覗く目は、少年とは反対に透き通るような青だった。

 

彼女は椅子に座り、分厚い本を読んでいた。

 

「そうは言うが妹よ。お前も腹減ったろ?」

 

少年が少女へと問いかける。

 

「お腹は減りましたが、まだ我慢できます。それよりも、読書の邪魔です。」

 

「お兄ちゃんよりも本の方を取るのか、文香。おい、文香。」

 

本を読んでいた少女だが、しつこく呼びかけられ本を読むのを諦めたのか読んでいた本を閉じ、少年の方へと顔を向けた。

 

「なんですか、兄さん。」

 

やっと反応した少女へと笑いかけ、声をかける。

 

「文香。2人でちょっと外食しに行かないか?」

 

「兄さん一人で行ってください。私は読書をしているので。」

 

すぐさま少年から目を離し、閉じた本を開き直す文香と呼ばれた少女。

しかし、本を開く前に少年に腕を掴まれ中断させられる。

 

「何でだよ。文香もお腹すいたろ?どこかに食べに行こうぜ。」

 

「私たちはお留守番と店番を頼まれているじゃないですか。お家を開けるわけにはいきません。」

 

そう。この兄妹は、現在留守番をしていた。

今日は週末なのだが、叔父の都合が悪く急遽外出することになり兄妹2人でこうして店番をしながら暇を持て余しているわけだ。

ちなみに、今日のお客さんは0人だ。

 

「そんなの鍵を閉めて出れば大丈夫だって。空き巣なんてこの辺りじゃ聞かないし。」

 

「そういうことを言ってるんじゃないです。叔父さんが帰ってきたのに、私たちがいなかったら心配されてしまいますよ。」

 

「そんなの書き置きしていけばいいだろ。」

 

「ダメです。」

 

兄はどうしても外へ出たく、妹はどうしても家の中にいたいのだった。

 

「どうしても行きたいなら、お友達を誘えばいいじゃないですか。私は行きませんよ。」

 

「文香。お前、俺に友達がいないことを知っていてそんなことを言うのか?」

 

ギロリ、と妹を睨む兄。

それを、慣れているのかぷいっとそっぽを向いて流す少女。

 

この少年は、持ち前の目つきの鋭さから周りから避けられる傾向にあった。

当然、そんなことで学校に友達はおらず、所謂ぼっちというやつだった。

 

顔つきは悪くない、というよりかなりいい方なのだが、そのおかげで密かに女の子に人気があり、そのことからも特に男子からは疎まれていた。

 

「そういうお前だって、友達なんていないだろ。」

 

妹も兄譲りでかなりの美形なのだが、前髪が顔を隠していて気味悪がられ、友達はいない。

元々人付き合いが苦手なため、それほど苦ではない、むしろありがたく思っていたのだが。

 

「いませんよ。」

 

しれっと言い放つ妹に、呆れながら兄が応えた。

 

「そんなはっきりと胸を張って言えるようなことじゃないぞ、妹よ。」

 

「ふん。」

 

「おい。おい文香。無視を決め込むな。」

 

 

 

 

 

 

これは、こんな兄妹2人のとある日常を綴った物語である。

 

 

 

 

 

 

「文香。本を何でも一冊買ってやるから、兄ちゃんとどこかへ食べに行こう。」

 

「さあ、仕度をしましょうか兄さん。何のお料理を食べに行きましょうか。」

 

「うどんとかどうだ?美味しいしリーズナブル。完璧だな。」

 

「賛成です。それでは兄さんは、お店の前に『臨時休業』の張り紙を貼っておいてください。」

 

「はいはい。」

 

兄は思うのであった。

文香(うちの妹)ちょろい。




あれ?文香さんの小説少なくね?
って事で初めました。


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1ページ目 マンボウの話

0話目から矛盾に気付きました。
文香ちゃんってどんなにうるさく騒いでも読書を続けられるお方でしたね。

.....主人公くんだけには読書の集中を乱されるという設定です。
初めからそういう設定です。
文香ちゃんは、お兄ちゃんの声が気になって仕方が無いんです。
よしこれで行こう!


 

 

 

「マンボウってさ。」

 

「何ですか?急に。」

 

文香は読んでいた本から顔を上げ、俺を見る。

日もすっかり落ち、外は真っ暗になっている時間。

文香は俺の部屋に来て読書をしている。

この時間は、大抵文香が俺の部屋に来る。

 

「だから、マンボウの話だよ。」

 

「全く話が見えませんが。」

 

文香は俺から興味を失ったのか、また本へと視線を戻す。

待て待て。

そんなんだからお前は人付き合いが苦手なままなんだよ。

 

「マンボウって、すぐに死ぬみたいだな。」

 

「・・・・・そうみたいですね。」

 

「ちっとは興味持てや文香。」

 

本を読みながら聞き流す文香。

俺は文香の読んでいた本を取り上げ、ページに栞をはせて机の上に置いた。

昔問答無用で本を取り上げて閉じたら本気で怒られたので、その時からは必ず栞を挟んで閉じるようにしている。

文香は怒っても別に怖くはなかったが、何日も口を聞いてくれなくなった。

それは本当に滅入る。

 

「何ですか、兄さん。」

 

「本を読むな。そして聞け。兄ちゃんのマンボウの話を。」

 

「またくだらないお話を聞かせてくれるんですか?」

 

「聞く前から決めつけるなよ。」

 

「いつも兄さんはどうでもいい話を持ってきますよね。」

 

「それ以上言うと泣くからな。俺が泣いたら暫くは泣き止まないからな。」

 

文香はため息をつき、仕方ないといった感じでこっちへ向き直った。

態度はともあれ、話を聞いてくれるようだ。

 

「それで、何の話でしたっけ。」

 

「マンボウがすぐに死んじゃう、って話だ。」

 

「そうみたいですね。有名な話です。」

 

「某水族館には、『水槽を叩かないでください』なんていう注意書きがあるくらいに繊細なんだと。」

 

「へえ、そうなんですね。」

 

「そうそう。少しでも驚かせると体調が悪くなるみたいだ。

こんなに繊細なマンボウなんだが、水族館だから水槽に入ってるだろ?

その水槽の壁にぶつかったら死ぬらしいぜ。」

 

「知ってますよ。ぶつかった衝撃で死んじゃうんですよね。」

 

「もっと凄いのが、水の深い所に行くと、その水の冷たさで死んじゃうみたいだ。」

 

「びっくりしちゃうんですよね、可哀想に。」

 

「まだまだあって、水中の塩分がちょっと濃いかったり、水中の泡が目に入ったりするとショックで死ぬからね。」

 

「メンタルの方のレベルが1以下なんでしょうね。

もう少し生きやすい環境で産まれたら良かったのに・・・・・」

 

「そう。もうメンタル弱いどころの話じゃないんだよな。

ウミガメが前から来たら、ぶつかっちゃうかもっていう予感で死ぬから。」

 

「ふふっ。そうなんですね。」

 

これまでは可哀想な目で話を聞いていた文香が初めて笑った。

それ程にマンボウはすぐに死ぬ。

もう生きながら生死を彷徨ってる状態だ。

言ってしまえば、人間でいう意識不明の重体で生活してるようなものだ。

 

「本当に。

ぶつかっちゃうかもしれないって思いながらショック死。

あれ?なんかこんな話、最近のアニメか何かで聞いたな。」

 

「想像力豊かというかなんというか。

ここまで来たら同情のしがいがないですよ。」

 

「想像力で言うなら、マンボウ、仲間が死んだショックで死ぬみたいだ。」

 

「ふふふっ、もう群れで行動できませんね。

連鎖反応でバタバタ屍の山が出来上がりますよ。」

 

「もう海に向いてないし。

泡が目に入ったストレスで死ぬ動物がだよ?

何で海に入ったか不思議なんだよな。」

 

「そんなにストレスの許容量が小さいなら、どこにいても長寿は無理そうですけどね。」

 

「いやでも、マンボウの骨格ってほぼ鳥のものみたいだぞ。」

 

「えっ?

ちょっと待ってください待ってください。

今混乱してるので整理させてください。

骨格が、えっ?」

 

「マンボウの骨格は、鳥のものと同じなんだとさ。」

 

「鳥?鳥ってどういうことですか。

じゃあ、マンボウは本当に間違えて海に入ってきちゃったんですかね?」

 

「それは本人に聞いてみないとわからないけどな。

水の中じゃ、マンボウは構造的に真っ直ぐしか進めないみたいだからその線は濃いかもしれないけど。」

 

「そうなんですか・・・・・

それは初めて知りました。」

 

「まあでも、鳥になってった所で太陽の光が眩しくて死ぬような奴だからな。

どっちにしろ生存率は変わらない気がするけど。」

 

「寧ろ、鳥だったらそこら中にマンボウの死体が降ってきて大変ですよ。」

 

「そうだな。

マンボウは三億個卵を産むみたいだから、本当に大変だったろうな。」

 

「カエルでも大体千個程って言われてるんですよ。

三億なんて破格ですね。」

 

「三億産んでも、最後まで生きれるのは数匹みたいだぞ。」

 

「それだけメンタルが弱ければそうもなりますよ。」

 

「三億って日本の人口よりも多いからな。

マンボウ1人で一国家レベルの人口を生み出せるんだぞ。」

 

「マンボウは人ではないですけどね。」

 

「まあそうだけど。」

 

 

「それで、何で急にマンボウの話を始めたんですか?」

 

「ああ、それな。実はさ、マンボウのいる・・・・・・」

 

「水族館なら行きませんよ。」

 

「な、なんでわかったし・・・・・・」

 

ポケットから出した2枚の水族館のチケットを落としながら悲痛に叫ぶ。

勝ち誇ったようにふんすと胸を張る文香。

本当になんでわかったんだお前。

 

「兄さんのことはお見通しです。

まず下手すぎるんですよ、会話の流れが。」

 

「煩いな。」

 

 

 

 

まあいい。

このチケットはあと半年有効だからな。

そのうちまた誘えばいいか。

 



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2ページ目 難易度の話

 

 

 

 

 

 

 

外はもう真っ暗な時間。

お風呂にも入った後、俺と文香は俺の部屋へと集合していた。

この時間は、無言で文香が俺の部屋へと来る。

何年も前から続いている習慣だった。

文香はあいも変わらず読書をしていたが、俺はスマホゲームをいじっていた。

シャン、シャンと、部屋にタップ音が響く。

 

テレレレン、という効果音を残して音楽が止まった。

このゲームにおいて、その効果音はフルコンボの意味を持つ。

 

「なあ文香。」

 

「何ですか、兄さん。」

 

「お前の曲さ、簡単すぎない?」

 

今俺がやっていたのは、音ゲーと呼ばれる種類のゲームだ。

それも、うちの妹の曲が出ている。

 

「そうですか?私は、まだ出現していないのでわかりません。」

 

文香はまだこのゲームをダウンロードして日が浅いからな。

それに、このゲームにはそんなに積極的ではないようだ。

前に1回見せてもらったが、はっきり言って下手だったし。

俺?

それなりにはやってるが、やり込んでるってほどでもない。

まだPのレベルも100を超えてないし。

 

「他の曲と比べて難易度が軽すぎるんだよ。」

 

「私に言われてもわかりませんよ。」

 

「バラード系なのはわかるんだけど、流れてくる量を少なくする意味もないだろ。」

 

「ですから、私に言われても。」

 

俺の愚痴を聞き、苦笑いしながら本を読み進める文香。

言っても仕方ないのはわかっている。

うちの妹の曲が簡単なのが純粋に不満なだけだ。

 

「お前のプロデューサーかなにかに頼んだら難易度上げてくれないのか?」

 

「無理ですよ。アイドルのプロデューサーとゲーム会社は繋がっていませんから。」

 

「俺の妹の曲がレベル23ってどういう事なんだ。店長を呼んでこい店長を。」

 

「ここは飲食店ではありませんよ、兄さん。」

 

「せめて25だろ。MASTERなのに間違えてPROやってたのかと思ったわ。」

 

「何を言ってるんですか?」

 

「だから、お前の曲はやりがいがないって言ってるんだ。」

 

「では、私の曲はやらなくてもいいです。」

 

「やるって。やるやる。ついでに文香のダンスも見とくよ。」

 

「やめてください。」

 

常日頃からアイドル活動をしている時のように前髪を整えれば余裕で可愛いんだが。

目を合わせるのが苦手だとかなんとか。

俺と目を合わせるのは問題ないなら、家の中ではやめろと言いたい。

本当は整えるのが面倒臭いだけなのでは疑惑が浮上してきている。

 

「他の曲を練習してみてはどうですか?」

 

「してるって。最近ヴィーナスシンドロームをフルコンしたのお前も知ってるだろ。」

 

「では、杏さんの歌を。」

 

「あれは・・・・・・無理だ。」

 

やっと目がついていけるようになったが、未だにクリアさえ出来ていない。

あれは難しいってレベルじゃない。

虐めだ。

 

「諦めたらそこで譜面終了ですよ。」

 

「別に試合でいいだろ。やめろミスりそうになるから。」

 

ホーム画面へ戻り、ゲームを終了させる。

このゲームは最近よくあるスタミナシステムでもあるから、そう何度も連続でプレイ出来ない。

 

「お前も少しは音ゲー練習しろよ。」

 

「私は、こういうゲームは苦手なので。」

 

「自分の曲もクリア出来ないのはどうなんだ。」

 

「良いんですよ、別に。」

 

「良くないだろ。」

 

 

 



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3ページ目 ペットの話

「文香。お前って犬派?猫派?」

 

「どちらも好きですよ。」

 

「お前、小学生みたいな返しするな。」

 

夕暮れ時。

俺達兄妹は2人で近所のスーパーに買い物へ来ていた。

今日の夕食の具材やらを買うためだ。

その帰り道、とぼとぼとただ歩いているのも飽きて文香へと話しかけた。

 

「お前ってさ、本当無粋だよな。こういう話題にはどっちかで答えるのが基本だぞ。」

 

「そうは言われても、両方好きなので。」

 

「そんなんじゃ、いつまで経っても友達ができないぞ。」

 

「別にいいですよ。出来なくても。」

 

「彼女自慢された時の高校生か。」

 

俗に言う、べ、別に羨ましくなんてねーし!である。

俺?

まず自慢された事も無い。

彼女とかそういうのより先に友達を作るべきだと思う。

誰がぼっちだ。

その通りだよ馬鹿野郎。

 

「兄さんは彼女なんていませんよね。」

 

「いねーよ。」

 

「そうですよね。兄さんなんかに彼女が居るはずありませんでした。」

 

「どういう意味だ、それは。」

 

「言ったとおりの意味ですよ。」

 

ふふっ、と機嫌を良くした文香は少し歩調を早めた。

待て。

俺がついていけないだろ。

 

「兄さんは、彼女を作る意味がありませんよ。」

 

「何で?」

 

「こんなに可愛い妹がいるじゃないですか。」

 

「・・・・・・お前も、彼氏なんか作るなよ。」

 

「まさか。作ろうと思っても出来ませんよ。」

 

くすっと笑う文香。

そうはいうが妹よ。

お前も学校では疎まれているが、ちゃんと整えたらそこら辺の芸能人よりは余裕で綺麗なんだからさ。

彼氏の1人や2人くらいちょろいと思われるんだが。

悪い男に引っかからないか兄ちゃん本当に心配だ。

 

 

「どっちかと言うと、猫です。」

 

「あん?」

 

「猫か犬か、の話です。」

 

「ああ、それか。」

 

「兄さんが始めたんじゃないですか、この話は。」

 

まあそうなんだが。

 

「俺も猫派だ。」

 

「誰も聞いていませんよ。」

 

「そういう流れだろ、今の。」

 

「私は、兄さんが猫好きなのを知っていますし。」

 

「まあ、言ったことあるしな。」

 

「特に黒い毛の・・・・・」

 

「そこまでは本当に聞いていません。」

 

「何でだよ。」

 

「兄さんの好きなもの語りは長いので。」

 

「ちょっと酷くない?塩対応きつくて兄ちゃん泣きそう。」

 

「兄さんは脆弱ですね。」

 

「そうだよ、メンタル豆腐だよ。悪いか美少女め。」

 

「何なんですかそれ。」

 

くすっと笑をこぼす文香。

いや、冗談のつもりではないんだけどな。

本当に。

 

「ペットと言えば、やっぱり猫か犬かが有名ですが、それ以外でもちゃんとメジャーなペットはいますよね。」

 

「例えば?」

 

「そうですね、金魚とかは買っている人も多いと思いますよ。」

 

「まあ、確かに。歯科医には七割以上の確率で水槽があるよな。」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうそう。ファインディングなんたらとか見たことあるだろ?」

 

「もうそれほぼ全部言ってますよ。それに、決めつけは良くないです。」

 

「いや絶対そうだって。歯科医には水槽多いから。」

 

「ある所もありますけど。」

 

「わっかんないかなあ。・・・・・それで、他に有名なペットは?」

 

「ええっと、ハムスターとか?」

 

「なるほど。あんまりクラスで飼ってるなんて話は聞かないが、メジャーではあるかもな。」

 

「聞かないのは、兄さんに友達が少ないからなのでは?」

 

「そ、そんなはずはない。」

 

「どもりましたね?」

 

「うるさいな。他には?」

 

「そんなにすぐには思い浮かびませんよ。兄さんはペットが飼いたいんですか?」

 

「飼いたいって訳じゃないが、いたら可愛いかもな。」

 

「そうですね・・・・・飼うとしたら、やっぱり猫ですか?」

 

「いいや、狐だね。」

 

「狐?」

 

「そ、狐。」

 

「何で狐なんですか。狐をペットにしてるなんて、それこそ聞かないですよ?」

 

「そうだけどさ。可愛いから。」

 

「お金も、珍しいのでかなり高いですよね?」

 

「でも、可愛いから。」

 

「飼育環境とかどうするんですか。私狐のことなんて何も知りませんよ?」

 

「可愛いから大丈夫だよ。」

 

「可愛いの一点張りじゃないですか。説得下手くそですね、兄さん。」

 

「いや、本当に。可愛いから。帰ったらちょっと動画やら画像やら見せてやる。」

 

「ええ・・・・・いいですよ別に・・・・・・」

 

「一回見るだけでいいからさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

タブレットPCで動画を見せた終わった後、文香は言った。

 

「狐、飼いましょう。」

 

 

 

 

結局、金額だとか様々な要因に行く手を妨害されて狐飼育計画は失敗に終わった。

 



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4ページ目 10回クイズ

 

 

 

 

「兄さん兄さん。」

 

「なんだ。」

 

「ピザって10回言ってください。」

 

「.....は?」

 

ある、休日の昼下がり。

突然、妹が懐かしいことを言い出した。

 

高校に上がった俺と文香は、相変わらず特に仲の良い親友ができることはなかった。

勘違いしてもらっては困るのだが、俺に友達は数人いる。

ただ、俺が深く馴れ合うようなことをしないだけだ。

 

「ですから、ピザって10回言ってみてください。」

 

「何でだよ。知ってるって、有名だから。」

 

「いいじゃないですか。ピザって10回言うだけですよ?」

 

静かに本を読んでいたと思えば。

俺が面倒臭いと言ってしまえばそれまでだ。

だが、読書ばかりであまり会話を長続きさせようとしない妹が自分から話を振ってきたのだ。

ここは文香の会話力が衰えないようにトレーニングでもしてやるか。

文香からしてみれば、余計なお世話この上ないだろうが。

 

「わかった。ピザピザピザピザ......」

 

指を一つずつ折って数えながら、10回言い終わる。

やはり、10回といえどもアホらしくなってくる。

 

「言ったぞ。」

 

「では、ここは?」

 

俺が言い終わったことを確認して、文香はひとつ頷く。

その後、スッと、文香はすらりとしている細い腕を曲げて自らのヒザを指さした。

 

「ひざだろ?だから、知ってるんだって。そのクイズ。」

 

「兄さん.....ここ、はひじですよ......?」

 

「.........ああ、そうだっけか.....?」

 

文香が、申し訳なさそうに言うと、俺は自分の失言に気がついた。

俺はさっき、文香は膝を指さしたと言ったな。

あれは嘘だ。

本当は肘を指していた。うん。肘だったな。

 

「間違えましたね、兄さん。」

 

「....そうだな、間違えた。」

 

自分でも、頬がほんのり火照っているのがわかる。

ここまでうまく騙されると、ムカつくとかじゃなくて情けなくなってくるな....

 

「じゃあ、次のクイズですよ。」

 

「まだやるのか?」

 

「はい。次は、ポットと10回言ってください。」

 

「まあ、お前が飽きるまで付き合ってやるけど。....ええと、ポット、ポット、ポット、ポット.....」

 

「では、最初に手紙を入れるのは?」

 

「えっと、ポスト?」

 

「違いますよ。ハガキはともかく、手紙はまず封筒に入れます。」

 

「ああ....そうか、確かに。うん、よく出来てるな。」

 

「では、次はスプーンを10回お願いします。」

 

「はいはいっと。スプーンスプーンスプーンスプーン....」

 

 

 

その後、10回クイズに数回付き合わされた。

たまに間違ったりもしたが、大体が昔聞いたことのある内容だった。

まあ、俺はやったりやられたりする奴らの話を聞いていていただけだったが....

 

 

 

「兄さん、絵踏みって知ってます?」

 

「馬鹿にするな。流石にそれくらいは覚えてるよ。えっと、確かクリスチャンを排除するための政策....だっけか...?」

 

「まあ、大筋はそうですね。詳しくは、江戸時代、江戸幕府ではキリスト教を信仰することを禁止していて...」

 

「わかった。わかったから。で、その絵踏みがどうしたんだ?」

 

文香は、本を読むからか記憶力がいいからなのか、無駄な雑学をよく知っている。

たまにうんちくを披露するのだが、いくら文香が可愛いからと言っても宗教の話なんぞ聞きたくなかった俺は話の先を促した。

 

「では、それと同じ意味のあるタスキ踏みって知っていますか?」

 

「...それは初耳だな。」

 

「新撰組が壊滅した後に、新撰組の信者をあぶりだすために行われたそうですよ。」

 

「ふーん....」

 

「では兄さん、タスキ踏みと10回行ってください。」

 

「結局またそれか。タスキ踏みタスキ踏みタスキ踏みタスキ踏み...」

 

「言ったぞ。...って、何嬉しそうにしてるんだ?」

 

「なんでもありませんよ。」

 

「ん?なんで録音してるんだ??」

 

「なんでもありませんよ。」

 

やけにニコニコしている文香を見て、不審に思いながらも俺はクイズの催促をする。

どうせなら、間違えてやった方が文香も楽しいだろう。

だからといってわざと間違えたりする気は無いのだが。

10回言ったあとすぐに質問を聞かないと10回クイズにならないしな。

 

「そ、そうか....で、クイズは?」

 

「ありませんよ、そんなもの。」

 

「ない?」

 

「はい、ありません。ちなみに、タスキ踏みなんていう文化はありませんよ。騙されました?」

 

「ああ、そういう系の方か....真顔でいうから、本当かと思った。文香は物知りだからな。」

 

「私は普通ですよ。兄さんが知らなすぎるだけです。」

 

「おい!!」

 

俺が抗議の意を唱えようとしたところで、文香が座っていた椅子から立ち上がった。

 

「では、そろそろいつもの時間なので。おやすみなさい、兄さん。」

 

「おい、文香ー。文香ー?」

 

時計を見ると、なるほど、もう23時になっていた。

文香はこれくらいの時間になると、俺の部屋から出ていく。

まあ多分、自分の部屋へ戻ってそのまま寝るのだろう。

俺はなんだか納得出来ないまま電気を切り、布団へ入った。

 

 

 

 



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5ページ目 記念日の話

 

 

 

 

 

「文香。今日何日か知ってるか?」

 

「23日ですよね。」

 

「そう。じゃあ何月?」

 

「・・・・、11月ですけど・・・・」

 

ぶすっと、不機嫌そうな顔で応える文香。

そう、本日は11月23日。

あと一ヶ月と数日経てばクリスマスだ。

 

「うん、今日は11月23日だな。間違いない。」

 

「・・・・何なんですか?」

 

「良い兄さんの日だ!」

 

「はあ・・・・」

 

あからさまに会話に飽きた、とでもいうような反応をして、本を開こうとする文香。

 

「ちょっと待て、ため息をつくな。」

 

「聞いていても、きっと碌なことがありません。」

 

「酷すぎる!?兄ちゃん、何年たっても文香の塩対応には慣れないわ。」

 

「経験談ですよ。」

 

文香は、結局しおりが挟まれている本を開いて読み始めてしまう。

 

「ほら、良い兄さんの日は休日になるくらい有名な日なんだぞ。」

 

「嘘を言わないでください。11月23日は勤労感謝の日です。」

 

「ふーん、文香は物知りだな。」

 

本を読む文香に話しかけると、しっかり返事をしてくれる。

ん、意外とこっちの話に興味あるのか?

 

「どうせ、兄さんの日頃の労をねぎらってくれ、なんて言うんですよね?」

 

「まさか。」

 

「・・・違うんですか?」

 

文香が顔を上げて本から目を離し、俺の方を見つめる。

予想が外れたか?

違うんだよ、文香。

 

「良い兄さんって、ほら、妹に色んな事してあげる優しい兄だろ?」

 

「まあ、そうかもしれませんね。」

 

「と言う事で、文香。何かお兄さんにやって欲しいことがあればどんどん言ってくれ。」

 

「・・・では、読書の邪魔なので黙っていてもらえますか?」

 

「それ以外で、何かないのか?」

 

「ありません。」

 

「即答か・・・・・」

 

うーん、困った。

これだと本当に黙ってるしかない。

本当に文香のことを思うなら、言う通りに静かにしていた方が一番なんだろうな、と思う。

読書をしている時に話しかけたり邪魔する奴がいたら、俺なら一発ぶん殴っている。

だが、俺は文香をかまったりかまわれたりしたいのだ。(本音)

 

「ほら、肩凝ってたりとかしないか?本持ってると、意外と疲れるだろ。」

「あっ・・・・・」

 

椅子に座っている文香の背後に回り、肩を優しく掴んでみる。

すると、意外と好感触なのか、文香が小さく声をあげる。

文句とか言ってこないし、これはOKっていうサインか?

俺は、優しく文香の肩を揉み始めた。

 

「あー、これはすっごく凝ってるな。兄さんが解してやるよ。文香はそのまま、本読んでて良いから。」

 

俺はマッサージのことや、ましては肩のことなんてさっぱりだから全部適当に言っているだけだ。

どういう肩が凝っているのかとかどうやってわかるんだろう。

 

「ダメだぞ、文香。肩が凝ったらその度に疲れが溜まるんだから。」

 

自分でも、よくこんなペラペラと嘘が口から出てくるなと思った。

まあ、毎日色んなことをよく知ったかぶってるからな。

その点今回は、文香の間違いの指摘がこない。

奇跡的に合っているのか、それともマッサージのことは流石に知らないのか。

まあどちらにせよラッキーだな。

 

「んっ・・・・」

 

肩に親指を押し込むようにあてがうと、文香が小さく声をあげる。

痛いのか気持ちいいのかさっぱりだ。

痛かったら悪いので、強くはしていないから大丈夫だと思うが・・・・

 

「それだけでかい塊を胸に付けてれば、そりゃあ肩も凝るよな。」

「・・・・・最低です。」

 

小さく、ぽつりと呟く文香にいつもの調子はない。

さっきまでは元気だったので、多分やめてほしくないためあまり強くは言えない、とかなのだろう。

 

「ごめんごめん。」

 

こういう、バサバサと言わない文香は珍しい。

まあ、外ではずーっとこんな調子なのだが。

でも、俺と2人きりで、しかも家の中でのこの状態の文香はあまりない。

 

「文香、どこが気持ちいい?」

「・・・あ、その、さっきの・・・・・・あっ・・・・・」

 

色々と、親指で押してみたり、人差し指をグリグリ回したりと思いつくことは全部やってみた。

文香は、俺が触る度に「んっ」だとか「あっ」だとか「ひゃっ」だとか、色々な反応を見せてくれた。

文香自身はどうだったのかはともかく、俺は存分に楽しめた。

 

「ん、よし。これくらいやれば十分か?」

 

5分くらい揉み続けて、パッと文香から離れる。

これだけ揉んでいたもんだから、今度は俺の手が疲れてしまう。

まあ、揉むというよりは押していた、くらいが適切な表現かもしれない。

ああ、でも、季節が冬じゃなければ、文香の柔肌を揉んだりこねたり出来たのにな。

 

「んで、他にやって欲しいことなんかないか?」

 

次の頼みごとを聞くため、俺は文香の正面に立った。

文香の顔を正面から見て見ると、頬は火照っていて薄く赤いし、目は少し潤んでいるしでとてつもない顔を晒していた。

 

「あの、もうちょっとだけ、また・・・・」

 

文香は、持っていた本で口元を隠しながら文香はお代わりを希望した。

うん、とことんやってやろうじゃないか。

 

俺が理性を保てたのは、ただの奇跡だ。

 

 

 

 

 

「兄さん、これ、お礼です。」

 

文香が、いつも部屋に帰る時間になり。

今日もそのまま帰るのだろうと思っていたのだが、その前に何か用があるようだ。

文香はポケットから小さな舗装された箱を出だして、俺の手に乗せた。。

 

「これは?」

「兄さんは、どうせそんな事を言うだろうなと思ってあらかじめ買っていたものです。」

「そんな事?」

「良い兄さんの日の話です。」

「ああ・・・・」

 

なんか、見透かされていたみたいだな。

 

「それでは、また明日、です。兄さん。」

「え?あ、ああ。」

 

文香は、いつもよりもいそいそと部屋を出ていった。

恥ずかしかったのかな、やっぱり。

妹の可愛い姿を見て、ふふっと少し笑いが漏れる。

 

さて、文香は何を俺にくれたんだろうか。

俺は、期待しながらその小さな箱を開けた。

 

 

 

 

 




文香さんが何をあげたのか、それは2人のみぞ知る・・・・


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