哿の暗殺教室 (翠色の風)
しおりを挟む

00弾 プロローグ

「秘匿任務ですか……」

 

俺、遠山金次は少し前に 金さえ積めば法がゆるす限りどんな仕事でもする武装を許可された国家資格である≪武偵≫を育成する東京武偵高に入学し、現在教務課(マスターズ)に呼び出されていた。

 

「そうや、しかも遠山を指名した長期任務。詳しい話は外の車にいる防衛省の烏間ってやつに聞け、拒否権はない」

強襲科(アサルト)の教諭である蘭豹がそれだけを言うと、それで話は終わったとばかりにさっさと教務課から追い出された。

依頼の拒否権がないため、任務内容を聞くため俺は烏間という人に会いに校門前に向かう。

いったい何を依頼されるんだろうか…。

校門前に着くとそこには場違いな黒塗りの高級車があり、その近くには20代後半と思われる人物がいる。

 

「あの人なのか?」

 

その人物を見ていると、向こうもこちらに気づいたようで近づいてくる。

 

「君が遠山君だな、依頼の話は車内でするから入ってくれ」

まあ、ここだと秘匿任務の話なんてできないよな。

納得した俺は車内に乗り込む。

 

「まずは来てくれてありがとう。俺は防衛省に所属する烏間だ」

「強襲科1年遠山金次です」

「ふむ。やはり、金叉先輩の面影があるな」

 

金叉先輩?この人、父さんの知り合いか?

 

「父を知っているのですか?」

「ああ、今はこの案件のため防衛省の所属となっているが、それまでは公安0課で働いていて新人の頃世話になったのが君の父親だったんだ」

 

やっぱり公安0課だったか、0課といえば殺しのライセンスを持っている国内最強の公務員集団だ。

そんな人が俺に何を依頼するんだ?

 

「そうだったんですか……ところで依頼内容はいったい何なのですか?」

「ああ、依頼内容だが……」

 

できることなら、危険があまりないような依頼だったら良いんだが……

 

「ある中学に潜入捜査をしてもらい、そこにいる地球を破壊する生物を暗殺してほしいんだ」

 

…地球を破壊する生物を暗殺?そんなことができる生物がいるのか?

 

「…冗談ですよね?」

「これが冗談だったらどれほど良かったか。月の7割が消失した事件を覚えているか?」

 

烏間さんがため息をつきながら聞いてくる。

あれはかなり衝撃的だったため今でも記憶に鮮明に残っている。

 

「はい、あれはすごかったですから」

「その犯人がこいつであり、来年3月に地球を破壊するといっている」

 

そういって写真を見せてもらった。そこには周りの物と比較すると2mほどの高さのある黄色いタコが映っている。

 

「軍や0課は動かないんですか?」

「動きたいのはやまやまなんだが、動けばヤツは地球を爆発させる日までマッハ20で逃げると脅されたんだ」

 

マッハ20って…もはや生物であることすら疑うぞ……

 

「…仮に殺すとなっても武偵法9条は大丈夫なんですか?」

「国は地球の危機のため、これに関しては不問だと言っている」

「なぜ中学校なんですか?」

「そいつが逃げ回らない条件として、ある中学にて教師をすることを提示したためだ。

そのため、そこの生徒達にも来年3月までに暗殺をしてもらう依頼を出している」

 

武器を使ったことがない素人が成功できるとは到底思えない。

 

「高校生である俺にこの話が来たのはなぜですか?それに武偵よりも暗殺者に頼むのが良かったのでは?」

「最初は暗殺者を雇っていたのだがことごとく暗殺に失敗しているため、国が暗殺者がダメなら日ごろから銃を使っている武偵に来てもらおうという話になったんだ。依頼の形が表向きには生徒にまぎれての要人護衛になったため、生徒と比較的年齢が近く、武偵ランクが高い強襲科を1名指名せよと上から命令が来て、そこでSランクの君に依頼をとなったんだ」

 

 

武偵は実績などの評価により通常E~Aでランク付けされる。さらにAの上には特別枠としてSランクがあり、Sランクは大人を含め日本に数十人しか存在せずAランクが束になってもかなわない実力差がSランクにはある。

思い出したくはないが俺は入学試験前に不慮の事故であのモードになってしまい、実戦形式の試験で受験生、教官を含めた全員を倒してしまったためSランクになってしまった。

過去の出来事を思い返して現実逃避をしても任務はなくならない。

諦めて続きを聞くか……

 

「俺に依頼が来た理由は分かりました。では達成報酬と詳しい任務場所などを教えてください」

「暗殺場所は椚ヶ丘中学校3年E組。報酬は暗殺できたら100億を用意している。生活場所や生活費についてもこちらで用意する」

 

100億…やはり国からのしかも地球の危機のため報酬の額はケタ違いだな……

それに椚ヶ丘中学校と言えば2人の幼馴染のうちの1人が通っている有名な進学校ではないか。そんなところに生徒として行くとなるとテストや勉強面はどうするか……

 

「あとは学業に関してだがターゲットがいる学校は一般の高校1年生レベルを中学3年生でおこなっているため心配しなくても大丈夫だ。単位も今回の任務で進級分を習得出来るように交渉している」

 

単位の習得は嬉しいが、一般の学校に比べ武偵高の生徒は学力がとても低い。はたしてついていけるのだろうか……

心の中でそんなことを考えていると、いつの間にか烏間さんが緑色のゴムのような物質を取りだしていた。

 

「やつには実弾などの兵器が効かないがこの物質を使えば奴に効く。生徒にはBB弾とゴム製のナイフにこれが使われている。今手元にはこれだけしかないが好きに使いたまえ、5日後に迎えに来るため準備などをすましといてくれ」

 

もし帯銃が許されるなら、ゴムみたいな素材なため非殺傷弾(ゴムスタン)でも作ってもらおうか。

 

「わかりました。帯銃などは大丈夫ですか?」

「表向きは要人警護の依頼になっているため帯銃の許可は出た。だが生徒は防弾装備ではないため、ここのようにむやみやたらと撃たないでくれ」

「ええ、わかっています」

「では5日後に迎えに来る」

 

そこで烏間さんとは一度別れた。

俺は以前に銃の改造などを頼んだことのある装備科(アムド)の平賀さんのところに行き、先ほど貰った物質を渡してこの物質でできた非殺傷弾とコーティングされた刃をつぶしてあるバタフライナイフの制作を依頼する。制作の依頼をした後は、改めて椚ヶ丘中学校について調べるために情報科《インフォルマ》に依頼するためそちらに向かう。

情報が集まるまで時間がかかるだろから、明日は強襲科にでも行って組手でもするか……

そんなことを考えながら俺は任務(暗殺)の準備にとりかかった。

 




初めてのため駄文だったとは思いますが、頑張って執筆していこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01弾 転校の時間

想像以上に難しい…


任務の依頼を受けてから5日後、俺は烏間さんが連れられてこれからの拠点となる住居である椚ヶ丘中学校から徒歩十数分の場所にあるマンションの1室に今はいる。烏間さんは、この後受け持っている教科の授業があるらしく、俺を部屋に案内するとすぐに学校に行った。俺の登校は明日かららしい。

 

「まずは盗聴器とかの確認だな」

 

烏間さんを疑っているわけではないが、『武偵憲章7条。悲観論で備え。楽観論で行動せよ。』な為念には念を入れ部屋を調べ始める。

部屋は一人で暮らすには少し大きく、家具、家電なども防弾仕様で一通りそろっている。

部屋を一通り調べ盗聴などがされている様な痕跡も見られなかったため、まずは情報科(インフォルマ)に依頼していた椚ヶ丘中学校についての資料の確認からするとしよう。

 

 

1枚目の報告書を読み簡単にまとめると

・学力でクラスが振り分け、今回行くE組は2年3学期から始まる特別強化クラスで落ちこぼれや素行不良な者を集めている。

・E組のみ本校舎から1km離れた旧校舎にて劣悪な環境の中授業が行われている、また本校舎組(教師も含め)からのE組へのいじめや嫌がらせが堂々とおこなわれており、通称エンドのE組と呼ばれている。

・この環境の差は物理・心理的な差別により本校舎側の学力向上を促している。

・本校舎復帰の条件として学年50位以内に入るとあるが劣悪な環境のため非常に困難である。

・また、E組の校舎は現理事長が開いていた私塾だが、現在の学校との理念とは真逆のものであった。

・現在のE組の生徒は、教師が変わってから明るくなっている。

(教師は烏間 惟臣(年齢不詳)、最近は外国人教師としてイリーナ・イェラビッチ(20)が雇用された。 )

 

 

ここには書いてないがE組が変わったのはきっとあの黄色いタコであろう。

それに烏間さんは国の人間だが、この外国人教師は十中八九で殺し屋(裏の人間)だ。

写真が添付されているため確認すると、そこにはスラブ系の美女が映っている。

 

「……要注意人物だな」

 

これで色仕掛けからの暗殺(ハニートラップ)が専門なら、確実に()()()()()()

要注意人物が教師をやっている現状に頭を悩まされつつ、回避する方法を考えていると、2枚目以降の報告書が床に落ちた。

 

「これはE組生徒のか……」

 

そういえば幼馴染のあいつはどうしているのだろう。昔来た年賀状にはこの進学校に入学したと書いていたな……。

 

小学校の時よく巣鴨の実家で遊んだ感情表現が下手だった幼馴染を思い出しながら名簿を確認していく。

特に女子についてはな。

万が一教室とかで()()()()()()()()になったら自殺ものの黒歴史を作りかねん。

ヒステリアモード、正式名称をヒステリア・サヴァン・シンドローム(HSS)俺の家系に伝わる体質で簡単に言うと性的に興奮するとキザなスーパー人間になってしまう厄介でしかない体質だ。

これのせいで中学の時ひどい目にあった為なるべく女子を避けて生活してきたが、今度行く中学校にいる幼馴染もこの体質を知っている。

まあ、あいつは悪用とかしないからそこのところは心配がないが見られた時の気まずさが半端ない。

途中で紙が止まる。

 

「マジかよ……」

 

頭が痛くなってきた。なぜならそこには先ほど思い返した幼馴染の名前が書かれていたからだ。

 

 

~???side~

学校の用意をしていると懐かしい写真を見つけた。

まだ小学生のころの写真で幼馴染みと幼馴染みのお兄さんと一緒に写ってる写真だ。

この頃はまだ椚ヶ丘に居らず巣鴨に住んでいた。

良く近所に住んでいた1つ年上の幼馴染みの家に遊びに行き、あいつが好きだった金花の『揃いぶみ』を一緒に食べたりしてたんだっけ。

あいつのお兄さんがいる時は、毎回飽きずにあいつと2人でねだってお兄さんの曲芸みたいな技を見せてもらっていたんだよね。

たぶんあの頃が1番楽しかったと思う。

まあ、小学校5年生の時にちょっとしたハプニングが起こり、あいつが必死に隠してたことを知った時はちょっと気まずかったけど……

 

そして、あいつは小学校を卒業する頃に「兄さんみたいになりたい」とか言って神奈川の武偵校に行った。その後私も親の都合で椚ヶ丘に引越し椚ヶ丘中学校に進学した。

気づけばそこで私は落ちこぼれになってしまった。

今は隔離された校舎にて授業を受けている。

最初は辛かった教室も3年生になってから来た先生達によって、今は大変だけど楽しい教室に変わっている。

そう言えば、今日転校生として武偵が来るという噂がある。

武偵と言って思い出すのはもちろん1つ年上のあいつ……

「高校生なんだから、キンジじゃないわよね……」

 

そんな事を考えていると学校にに行く時間になったため、私は見つけた写真を写真立てに入れいつも通り学校(暗殺をし)に行った。

 

 

~キンジside~

あのあと幼馴染がいる問題は後回しにし、平賀さんに頼んだ物の確認と学校の付近を偵察したあとは銃を点検してさっさと明日にそなえ寝た。

起床後、早めに椚ヶ丘中学校に向かった俺は現在本校舎にいる理事室に挨拶に行っている。

 

「失礼します。東京武偵校より着任しました、遠山金次です」

「初めまして遠山君、ようこそ椚ヶ丘中学校へ」

 

目の前にいるのが理事長の浅野學峯だ。笑みを浮かべているが裏で何を考えているか分からないような人物に見える。

 

「E組に行く目的も知っている。少し前に中間テストは終わったため、期末テストでの君の学力に期待しているよ」

 

と形ばかりの言葉をもらい、本校舎での発砲禁止などの詳細を言い渡された。

その後E組がある旧校舎に向かうが、

 

「見せしめとはいえ本校舎から1kmとか遠すぎだろ……」

 

愚痴を言いつつ山を登っていくと校舎が見えてきた。

 

「硝煙の臭いがしたため、念の為見に来ましたが新しい転校生でしたか」

 

横から声がしたため振り向くといつの間にかターゲットであるタコがいた。

 

いつの間に横にいたんだこいつ。

あと鼻が無いように見えるが臭いが分かるのか……

 

「烏間さんから紹介されました、武偵の遠山金次です。」

「武偵…なるほど、殺し屋がダメなら次は武偵ですか。私の事は殺せんせーと呼んでください。せいぜい殺せるといいですね~」

 

こいつ、絶対に俺のことを嘗めているな。その縞模様を見ると余計にムカついてくる。

ムカつくがまだ殺すときではない。

 

「ああ分かったよ、殺せんせー」

 

始業のチャイムが鳴る。

 

「ではさっそく皆さんに紹介しましょう。ついてきてください。」

 

そう言われ、殺せんせーについていき、教卓の横で自己紹介を促されたから挨拶をする。

 

「遠山金次です。よろしくお願いします。」

 

不特定多数に自分のことを語るなと武偵高で叩き込まれたため名乗りだけすますと、1人の女子が立ち上がり驚いた顔をしている。

 

「なんであんたがここに来てるの!?」

 

やっぱり、避けられないよな……

立ち上がったのは俺の1つ年下の幼馴染である速水凛香だった。




次回は少し戻ってキンジ紹介前のE組の様子から入ろうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02弾 再会の時間

キンジをどうヒスらせるかでかなり迷いました。


~渚side~

今日は転校生が来るため、みんな朝からそわそわしている。

 

「今日から来る転校生、可愛い女の子だったらいいな」

 

岡島君は相変わらずだね……

 

「やっぱり、転校生も殺し屋なのかな?」

 

性別はともかくこんな時期にくる転校生だ、普通じゃないはず…

 

「いや、どうやら武偵らしいぜ」

 

事前にある程度聞いていたみたいで杉野が答えてくれた。

 

「武偵?」

 

僕を含めクラスの大半は知らないらしい。

 

「……本物の銃を持つことが許された国家資格よ。」

 

速水さんは知っているみたいだ。

本物の銃を使いなれているのだったら、射撃についてアドバイスとか貰えるだろうか……

 

「武偵に知り合いでもいるの?」

 

何人かが知りたかったことを茅野が代表して聞いている。

 

「幼馴染が武偵なの、4年くらい会ってないんだけどね。それに、武偵中学に行ってから全然連絡くれないけど……」

 

とちょっとムスッとした顔で速水さんがつぶやいて、聞いていた中村さんなどがニヤニヤしている、相変わらずそういうのに敏感だね……

始業のチャイムがなって殺せんせーともう一人の男子が教室に入ってきた。あの子が転校生かな?

あ、前原君と岡島君がもう興味なくしている。

 

 

「みなさん、おはようございます。知っていると思いますが今日は転校生がいます。さあ遠山君自己紹介をお願いします」

 

殺せんせーは黒板に『遠山金次』と書きながら、転校生に自己紹介をするように言っている。

 

 

「遠山金次です。よろしくお願いします」

名前だけを言った彼は、見た目は特に僕らと変わらない、どこにでもいそうな普通の男子に見える。

そんなことを思いながら転校生の遠山君を見ていると、

 

「なんであんたがここに来ているの!?」

 

声がした方向に振り向くと速水さんがとても驚いた顔をして立ち上がっていた。

もしかして、遠山君が速水さんの言っていた幼馴染?

 

 

 

~キンジside~

「遠山くんは武偵ランクが高い、こいつの暗殺に加わってもらうために依頼を出して生徒として今日から加わってもらった」

 

俺が凛香の問に答える前に烏間さんが教室に入りながらそう説明し、落ち着いたように見える凛香も烏間さんの説明のあと大人しく席に座っている。

 

「ヌルフフフ…速水さんと遠山君の関係も気になりますが、とりあえず遠山君への質問タイムと行きましょうか。質問はありますか?」

「はやみんとはどんな関係ですか~?」

 

たしかあの金髪女子は……中村だったか?

 

「凛香とはただの幼馴染です」

 

本当の事を言っただけなのになぜ凛香は睨んでくる。

あと殺せんせーよ、何故唐突にメモしてるんだ。

 

「武偵ってどんなことするのか教えてもらえますか?」

 

あいつはたしか潮田だったな。

 

「武偵ってのは簡単に言ったら金と法が許せば何でもやる何でも屋みたいなものだな。例えば迷子の動物探しとかテロの制圧とか」

 

テロの制圧と言ったあたりで、何人かは驚いた顔で見ている。制圧なんて、強襲科(アサルト)だったら何回もやるぞ?

 

「遠山君ってさー、どのくらい強いの?」

 

一番後ろにいる赤髪の赤羽が聞いてくる。

 

「……」

 

これはどう答えよう、ヒスれば100人のFBI捜査官からも逃げ切れると思うが、あのことに触れたくないし知られたくない。適当にごまかすか。

 

「彼は強襲逮捕を習得する学科でSランクを取っている。具体的な強さでいえば特殊部隊1個中隊ほどと同等だ」

 

俺が答えようとする前に烏間さんが答えてしまい教室はざわめいた。

 

こんなことを言えば

 

「じゃあ、試しに今日殺ってもらわない?」

 

ほら、やっぱりな……

 

「さんせー」

「おもしろそー」

 

今の俺だと触手1本すら破壊できないのが目に見えて分かってしまう。

凛香、そんな憐みの目で見るならこの騒ぎを止めてくれ……

 

「……無理」

 

心を読んだのか分からないが、ばっさりと凛香に断られた。

 

「では遠山君の実力を見るためにも、午後からやる体育の時にやってもらおう」

 

そう烏間さんが締めたため、今日の午後に殺せんせーに挑むことが決まった。

決まってしまったものは仕方ない。通常モードだが俺が出せる全力で挑んでやろう。

 

 

 

午前中は殺せんせーによる授業だったが、中学といえどさすが有名進学校何を言っているか全くわからなかった。

さらに、暗殺が行われている場所と聞いていたため神経が尖っていたらしく周りの音が拳銃のノッキング音や手榴弾のピンを抜く音に聞こえてしまい午前中の授業はいつも以上に授業に集中できなかった。

余談だが、授業終わりに殺せんせーからこれから毎日『放課後ヌルヌル強化学習』を開くから必ず来いと言われ補習が決まってしまった…

 

 

昼飯を食べ終わり、殺せんせーへの対処法について考えていると凛香がやって来た。

 

「……今、大丈夫?」

「ああ、別に問題はないがどうした?」

 

たぶん、朝のことだろう。

 

「朝の続きだけど、なんで高1のキンジがきたの?」

「烏間さんが言った通り拒否権のない依頼がきたからだ。国が言うには殺し屋がだめなら武偵はどうだって……」

「……なんでよりにもよってアレ持ちのキンジが選ばれるのよ」

 

俺だって自分から志願したわけではないんだが……

 

「ハァ、とりあえず納得するしかないか……」

「そうしてくれ……」

「それにしてもキンジがSランクなんて信じられないわ……」

「俺だって、Sランクにはなりたくてなったんじゃないんだけどな……」

「……もしかして、アレで認定されたの?」

 

凛香のいうアレとはもちろんヒステリアモードのことだ。凛香には昔この体質についてばれている。

 

「……」

 

図星だったため、思わず凛香から視線をそらしてしまった。

 

「……クラスの人でアレになったら分かっているわよね?」

 

声だけで、普段よりもつり上がった目で俺を睨んでいることが分かる。

凛香にはヒステリアモードになるトリガーも知られているため、万が一ヒスった日にはその場で凛香の鉄拳制裁が待っていることが容易に想像できる。

俺は背後に鬼が映っている凛香に冷や汗をたらしつつブンブンと首を縦にうなずいた。

 

 

 

「そろそろ時間だな」

 

雑談をしていると、気づけばあと5分でチャイムが鳴る、その為教室には俺と凛香の2人だけだった。

 

「そうね……それにしてもキンジがこれから同じ教室にいるなんて…今だに信じられないわ」

「そりゃ年も違うしな……」

「でもね……実は小学生の頃、キンジと一緒のクラスで授業とか受けたかったんだ……」

 

凛香は俺の前に移動した後、振り向きながらめったに見せない満面の笑顔を見せて

 

「……これからよろしくね……キンジ」

 

小学生の頃に比べ、女性らしくなった幼馴染の笑顔に俺は見惚れてしまった。

体の芯に熱が集まるような、あの感覚すら気づかぬほどに……

 

 

 

~凛香side~

キンジの様子がおかしい。

 

「やっぱりいつ見ても、凛香の笑顔は魅力的だね」

 

急に口調や仕草がキザっぽく変わっている……

 

「……もしかして……なったの?」

「ああ、こんな可愛らしい笑顔を見せられたらね」

 

キンジがウインクしながら肯定ととれる言い方をしてくる。

 

「……」

 

私でなったことに嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔が赤くなっているのが容易に分かり、思わず顔を下に向けてしまった。

 

「凛香、もうすぐチャイムがなる。俺としてはもう少し凛香の可愛らしい顔を独り占めしたいところだけど急ごう」

 

相変わらずこの時のキンジはシレっと私が恥ずかしくなるようなことを言ってくる。

手も当然のようにつないでくるし、今はキンジの顔をまともに見れそうにないや……

 

「…どうせなったんだから、触手の1本でも破壊してみてよね……」

「1本とは言わず3本くらい破壊してみせるよ」

 

この時のキンジが言うと、ほんとにできそうに思えてくる。

今回は誰もいなかったから良かったけど……いや、やっぱり恥ずかしいしヒステリアモードが解けたら取りあえず殴ってやろう。

そう決意しながらキンジに手を引かれて、私たちは集合場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 




次回は殺せんせーVSキンジです。
ヒスったキンジの口調が難しい…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03弾 武偵の時間

戦闘描写とヒスキンが難しい…


校舎からでた辺りで凛香は恥ずかしくなったのか、手を離して先に行ってしまった。

 

「ぎりぎりだぞ、遠山君」

「すいません、烏間先生」

 

集合場所ではイリーナ先生や殺せんせーを含め、もうみんな集まっている。

どうやら俺が最後のようだ。

 

 

「準備は大丈夫か?」

「ええ、いつでも大丈夫です」

 

そう言いながら俺は殺せんせーの近くまで行く。

 

「はたして、私を殺せますかねー」

 

殺せんせーは朝のように顔を縞模様にさせている。

どうやらこの先生は表情に出ると同時に色でも感情を表しているみたいだ。

そして登校の時の事や言動から、人をなめている時は縞模様が出るようだ。

なら今回は驚いた時の色を見せてもらうとしようかな。

 

「やってみないと分かりませんね。でも可愛い幼馴染との約束があるので最低でも触手を3本は破壊させてもらいますよ」

 

可愛い幼馴染を見てみると、どうやら今のでまた顔を真っ赤にさせているみたいだ。

それを見て凛香と俺をからかおうとしている中村さんには丁寧な笑顔を見せて制しておく。

これ以上凛香をからかうとここから逃げちゃいそうだしね。

さっきの笑顔のせいか中村さん以外にも何人かが顔を真っ赤にさせてポカーンとしている。

 

「俺、いつもタラシとか言われるけど、あいつには負けるわ……」

 

それを見た前原が呆れたように呟いているが、別に俺は誑しこんでいるわけではない。

ただ単に女性に優しくしているだけだよ。

 

「ではそろそろ始めよう。場所はここを中心とした半径5mだ」

 

準備が終わったと判断した烏間さんの説明で改めて周りを確認する。

鉄棒やサッカーのゴールが近くにあるが、身を隠せるような場所は見当たらない。

それを確認した俺は、愛銃であるフルオート、3点バーストも可能な改造ベレッタが収まっているホルダーに手をかけた。

それじゃあまずは、凛香と幼いころみた兄さんのあの技のお披露目といこうじゃないか。

 

 

「それでは……はじめっ!」

 

烏間さんの号令とともに俺は懐にあるベレッタを発砲した。

 

不可視の銃弾(インヴィジビレ)!)

 

昔見た兄さんが使う技の1つで、見えない射撃である『不可視の銃弾』を放つ。

しかしヒステリアモードによってスローモーションとなった世界で見えたのは殺せんせーが銃弾に当たる数cm手前のところで軽々と避ける姿だった。

 

「え………」

「……今、撃ったの?」

 

どうやらクラスメイトは発砲音しか聞こえなかったようで、音がしたのに俺と先生が微動だに動いてないことに驚いていた。

 

「……まさか不可視の銃弾!?」

 

どうやらイリーナ先生はこれを知っているみたいで他とは別の意味で驚いている。

 

「ビッチ先生、あれ知っているの?」

「……昔先生に暗殺する際にこいつがいたら迷わず諦めろって言われたほどの女性が使う技よ。いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのか、いつ撃たれたかすら分からない銃撃……そこからついた名が『不可視の銃弾』」

 

矢田さんの問にイリーナ先生は答えるが、その人はきっと兄さんのことだろう。まあ、兄さんは女装することによってヒステリアモードになるからイリーナ先生のように性別を間違われても仕方がないか。

 

「まさかあんなに速い射撃をしてくるとは思いませんでしたよ……まあ、銃弾が見えている私には意味がありませんでしたけどね」

 

そんな風に殺せんせーは言うが、先ほどまで出ていた縞模様の顔は黄色の表情に戻っている。

なめたような言動は一緒だが、俺を警戒したということだな。

 

「やっぱり、殺せんせーには効かないか……」

 

ある程度予想は出来ていたが、あえてため息をつきながらそう言った俺は次の手をうつ。

手早くベレッタのマガジンをロングマガジンに切り替え、弾幕で殺せんせーを狙う。

フルオートで狙うも殺せんせーは当たりそうな弾だけを最低限の動きで避けてくる。

 

(なら、これだな……)

 

俺はそのまま弾幕を展開しながら、銃弾を何発かある場所へ放った。

その際、殺せんせーには当たりそうな弾を撃つことによって意識をこちらに向かせる。

 

 

跳弾射撃(エル)!)

 

外したと思わせた射撃は、鉄棒やサッカーのゴールによって射線を変え殺せんせーへ迫る。

意識外からの射撃にギリギリ反応した殺せんせーは避けるのを諦め銃弾を防ぎ、触手を2本破壊できた。

 

「まさか鉄棒などに反射させて狙ってくるとは…」

「さすがの殺せんせーも意識外からの攻撃は当たるみたいだね」

 

この間、あれほどザワザワとしていたクラスメイトは口をポカーンと開いたまま動かなくなっており、俺と先生の会話でぎこちなく動き出す。

 

「反射を計算して触手の破壊や見えない射撃とか遠山は本当に人間なのか?」

 

磯貝の言葉に思わず苦笑が漏れる。

人間なのは当たり前だ。

そうだね、俺のことを簡単に説明するならば……

 

「俺は人間でただの一般人さ。転校生として、ちょっと偏差値が低めで荒っぽい学校から来たね。」

『お前みたいな一般人がいるか‼』

 

みんなからつっこまれた。

俺以上にすごいやつなんて世界中にゴロゴロいるのに……

 

「それより殺せんせー、そろそろ終わらせよう」

「私を殺してないですが、もういいのですか?」

「ああ、銃弾もなくなったからね。当たっても当たらなくても次の攻撃で終わらせるよ」

 

そう言いながら俺は対殺せんせー用のバタフライナイフを構える。

アレを使えば今後警戒されて当たらないかもしれないが、この任務は俺だけじゃない。

それに凛香との約束もまだ達成できていないしね。あと1本は破壊させてもらうよ、殺せんせー。

 

「ヌルフフフ、いいでしょう。逆に手入れしてあげます」

 

ナイフを取り出した俺を見て、殺せんせーも爪切りやヤスリをどこからか出し構えた。

 

「ならこの桜吹雪、散らせるものなら……散らしてみやがれ!」

 

俺は『桜花』を放つため走り出す。

スローモーションの世界で見た殺せんせーは俺の爪を手入れしようとおよそマッハ1ほどの速さで近づいている。

殺せんせー、マッハを出せる生物は何も殺せんせーだけじゃないんだぜ。

爪先、膝、腰と背、手首を全く同時に動かして放つ超音速の一撃に殺せんせーは驚き、その瞬間爪切りを持っていた触手が宙を舞っていた。

 

 

 

~渚side~

「なら、この桜吹雪散らせるものなら……散らしてみやがれ!」

 

そんな決め台詞を言った遠山君は殺せんせーに向かって走り出した。

僕らだと爪の手入れをされて終わるけど、跳弾で触手を破壊したり見えない射撃を放った遠山君ならやってくれるのではとみんなまばたきをするのも忘れ見入っている。

けど、決着は一瞬だった。

パァァァァァァンと銃撃音に近い音がなったと思ったら、腕を血まみれにした遠山君と驚いた殺せんせー、そして爪切りを持った触手が落ちていた。

 

「俺の負けだよ殺せんせー、1人ではここまでが限界みたいだ」

「最後のはびっくりしましたよ。それに私の動きも終始目で追えていたみたいですしね」

「せいぜいマッハ1か2ぐらいしか出してないくせに皮肉にしか聞こえないな」

 

遠山君、人間はマッハのものを目で追えないよ普通……

 

「最後ってどうやって触手を破壊したの?」

 

最後の攻撃の方法が分からなかったから聞いてみると、遠山君は血まみれの腕を上に挙げながら

 

「ただマッハ1の速さでナイフを振っただけだよ」

 

これを聞いて、みんな目を点にしている。

人間ってマッハ出せる生物だったっけ?

 

「もうこれは、一般人じゃなくて逸般人だね。」

 

不破さんは遠山君がまるで漫画やアニメみたいな事をしたからか目を輝かせながら言っている。

そんなことを言ってると速水さんが遠山君ところに近づいていき

 

「凛香、約束通り触手3本破壊して見せたよ」

「……ケガしてまで何やってんのよ。バカ」

 

セリフだけならすごくいい雰囲気なんだろうけど、速水さんが遠山君を叩くと遠山君はマンガのように5.6m吹き飛んだのだ。

 

『えェェェェェェェ!?』

 

殺せんせーやビッチ先生を含め烏間先生と叩いた速水さん以外全員驚いた。

どうやら、叩かれた遠山君は無事だったようで

 

「なんで凛香が秋水を使えるんだ!?」

「……昔、キンジのおばあちゃんに遠山家の人をしつけるにはこれを使えば一番効果的って言われて教えてもらったのよ」

 

あとから遠山くんに秋水について聞くと、『余すことなく全体重をのせた攻撃』らしい。

 

「ばあちゃん、何教えてんだよ!」

「待ちなさい、このバカ!」

 

いつもクールな速水さんの意外な一面と必死に逃げている遠山君を見てクラスのみんなは笑っていた。

そんなこんなで今日3-E組にちょっと変わった転校生が加わったのだった。




次回から修学旅行編に入りたいと思います。
京都ということで緋弾のアリアのキャラも出演するかも…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04弾 準備の時間

キリが良かったため、今回はいつもより短めです。


殺せんせーの暗殺から1週間ほど過ぎ、俺はこの中学校生活に慣れ始めた。

まあ、ビッチ先生の授業は聞くも見るもヒスりそうなものばかりの為さぼるか寝てすごしている。何回かビッチ先生に当てられ公開ディープキスの刑になりそうだったのだが銃で脅す→凛香に秋水をくらうという流れが毎度おこり、俺が吹き飛ぶのが3-Eの日常化としている。

クラスのやつとはあれから仲良くなり男子や殺せんせーにはキンジと呼んでもらって、つどつど射撃のアドバイスを求められたりしている。

 

 

 

そんな何気ない毎日を過ごしていたある日

 

「修学旅行?」

「そう、来週からあるから班が決まったら学級委員の私か磯貝君に報告してね」

 

どうやら京都に行くらしく、そこでも暗殺(狙撃)を行う為殺せんせーを誘導させるのが俺たちの仕事らしい。

それにしてもどこの班に入ろう……無難に凛香達の班に入れてもらおうか……

そんなことを考えていると、ちょうど凛香もこちらに来た。

 

「……キンジ、修学旅行の班決まった?」

「いや、まだだ。よかったら凛香の班に入れてくれないか?」

「別にいいけど……」

 

凛香に了承をもらい班に入れてもらう。

? 凛香はなぜか小さくガッツポーズをしている。

班のメンバーは、凛香の他に、中村、不破、千葉、菅谷、岡島、三村だ。

 

「修学旅行の班別行動どうする?」

 

三村がリーダーらしく仕切っている。

 

「はーい、映画村は?」

 

中村の意見は映画村か…殺陣をやっているところを狙えばいけるか……

 

「殺陣を激しくしてもらって、殺せんせーが見ているところを狙い撃ちにしてもらえばいいんじゃないか?」

 

俺と同じ考えだった千葉の発言に全員が賛成して、暗殺場所として1つは映画村に決まった。

 

 

「星伽神社にも行きてーな。あそこには美少女巫女がいっぱいって噂らしいぜ」

 

岡島……お前は修学旅行に行ってまで何をしたいんだ……

京都にあるのは分社のほうだったよな。

岡島が言っているのは山の麓の神社のことだ。

だいたいの巫女達は山奥のほうにある一般に開放されてない社にいるはず。

 

「ちょうど2日目の日はそこで神楽舞やってるみたいよ」

 

不破のこの発言でみんな行く気満々になってしまい、多数決の結果俺以外賛成だったため星伽神社が2日目の暗殺場所に決まってしまった……

白雪はいないと思うが知り合いがいるかもしれない場所に中学生として行くのか……

他の班も行く場所を決めているみたいだが、なぜか1班のところでビッチ先生がデリンジャーを持ってギャーギャー騒いでいた。

 

「こんなところで銃を振り回すな、ビッチ先生」

「うるさいトオヤマ!このガキどもに1発ぶち込む!」

 

武偵高のノリかよ、ビッチ先生……

生徒の制服、防弾制服にした方が良いんじゃないか……

 

「まったく、3年生も始まったばかりのこの時期に修学旅行とは片腹痛い」

 

ビッチ先生からデリンジャーを取り上げたところで、殺せんせーが教室に入ってきた。

さすがに殺せんせーは浮かれてないみたいだな。

 

「先生はあまり気のりしませんね」

『ウキウキじゃねーか!』

 

訂正、浮かれていた。

大量の荷物を詰めたリュックを持ってきた殺せんせーの浮かれように、思わずみんなツッコんでしまう。

てか荷物多すぎだろ……なんでこんにゃくや雲形定規があるんだ……

 

「先生……なんでネギやニンジンがあるんですか?」

 

凛香もリュックに入ってるものに疑問が出たみたいで質問する。

 

「修学旅行に必須だからです。」

『それが必須の修学旅行なんてないから!』

 

また全員でツッコむ。殺せんせーにツッコみをいれるたびに、クラスの団結力上がっている気がするな……

 

「実は先生も君たちとの旅行が楽しみで仕方ないんです」

 

そろいもそろって先生達は旅行で浮かれているみたいだ。

 

「では計画を立てている皆さんにこれを配ります。1人1冊です」

 

そういって配ったのは広辞苑より厚い本だった。

なんなんだ、これは……

 

「修学旅行のしおりです」

『辞書だろこれ!』

 

今日はツッコみが多い日だな……

 

「イラスト解説の観光スポットからお土産人気TOP100、旅の護身術入門から応用まで。徹夜で作りました」

「テンション上がりすぎだろ!」

「初回特典は組み立て紙工作の金閣寺です」

「無駄に完成度高けぇ!」

 

周りがツッコみをいれるなか、試しにペラペラとめくってみると、『五重の塔が倒れてきたときの対処法』や、『京都で買ったお土産が東京のデパートで売っていた時の立ち直り方』などが書いてある。

何手先まで考えてんだ、殺せんせーは……

 

 

 

放課後、補習と訓練が終わり待っていてくれた凛香と一緒に帰っている。

 

「……キンジはなんで星伽神社は反対だったの?」

「あー、暗殺場所としては別に良いんだが知り合いに会うかもって思ってな……」

「知り合い?」

「凛香には言ってなかったか?白雪っていうもう一人幼馴染がいて、そいつの実家が星伽神社なんだ。まあ、京都にあるのは分社なんだけどな」

「ふーん……その子は今も星伽神社にいるの?」

「いや、今は俺と一緒で東京武偵高にいるぞ」

 

その瞬間、凛香は固まった。

 

「……一緒に暮らしてるとかはないでしょうね」

「それはない。俺がアレもちなの知っているだろ?たまに飯を作ってもらうぐらいだな。」

「!?……ご飯を作りに来る……通い妻……」

 

凛香が小声でブツブツと何か言っている。

 

「り、凛香?」

「何でもない。けど1発殴らせて」

 

そう言って秋水で殴られる。

 

(やっぱり、女子はよくわからない生き物だな……)

 

そんな他人事のように考えながら、いつものようにおれは吹き飛んだ……

 




次回からin京都です。
いったい何雪さんがでるんでしょうね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05弾 出発の時間

今回も短めです。
あと書き方を試験的にですが変えてみました。


修学旅行当日になり、今は東京駅にて新幹線に乗ろうとしている。

 

「それにしてもA~Dまでグリーン車でE組は普通車か…相変わらずの差別だな……」

「……いつものことだから気にしない方がいいわよ。」

 

凛香、グリーン車を睨みながら言っても説得力ないぞ…言ったら殴られそうだから言わないけど。

 

「うちはそういう校則だからな」

「学費の用途は成績優秀者に優先されるから当然さ」

「おやおや、君たちからは貧乏人の香りがするねぇ」

 

俺たちの会話が聞こえたみたいで、わざわざグリーン車から顔を出す暇そうな教師と生徒に俺たちは少し引いてしまう。

そこにビッチ先生がやって来たが、

 

「ごめんあそばせ」

 

なんなんだ、ビッチ先生のあの恰好……

一人だけ京都じゃなくて、海外に行くセレブみたいな恰好をしている。

 

「ビッチ先生なんだよその恰好」

 

みんなが思っていることを代表して木村が言ってくれた。

 

「フッフッフッ。女を駆使する暗殺者として、暗殺対象に幻滅されないように常に旅ファッションに気を使うのよ」

 

あんた、一応教師だろ……それに毎回だがヒス的に危険だから普通の恰好で来てくれ……

烏間先生に見つかって怒られてるし……

 

「なあ、凛香……本当にビッチ先生凄腕の殺し屋なのか……」

「……たぶん」

 

 

「修学旅行とかだりーな」

「着いたら、適当にどっかにフケよーぜ」

 

ふと隣の車両を見ると、あきらかに不良と見える高校生が乗り込むのが見える。

 

(凛香達がからまれないようにしとくか……)

 

念のため、隣の車両の奴らに警戒しつつ俺は新幹線に乗り込んだ。

 

 

 

新幹線が出発し、時間つぶしのため班のメンバーと生涯ゲームをする。

なぜか俺は、他のメンバーより金を払うマスに多く止まってしまう……ゲームでも貧乏人かよ俺……

結果は唯一借金を作った俺が最下位だった。

 

「最下位の遠山は、罰ゲームとして何してもらおうかな……」

「中村、最下位が罰ゲームなんて聞いてないぞ」

「こういうのって最下位が罰ゲームなのが基本でしょ」

 

周りを見渡すと、うんうんと全員うなずいている。

味方はいないのかよ……

どう罰ゲームを逃れようか考えていると、次の駅に止まり何故か疲れた殺せんせーが車内に入ってくる。

 

「あ、殺せんせーだ。なんか疲れた顔しているけど何かあったのか?」

 

俺の発言でみんなの意識が殺せんせーに向く。

このままごまかすため、殺せんせーに近づきながら

 

「何疲れた顔してんだ、殺せんせー?」

「いやぁ、新幹線に乗り遅れましてさっきまで張り付いて移動してたんですよ」

なにやってんだ、この先生は……

「それにしても、目立たないように移動するのも大変ですね」

「そんなクソデカい荷物なんか持って、国家機密が目立つのはやばくねーか」

「その変装も近くで見るとバレバレだし」

 

俺についてきた班のメンバーも次々に殺せんせーにダメ出ししている。

そんな中、菅谷が何かを投げた。

 

「殺せんせー、まずはそのすぐ落ちる付け鼻から変えよーぜ」

「おお、すごいフィット感です。ありがとう菅谷君」

「顔に合わせて削ってみたんだ。そういうのは俺得意だからさ」

 

菅谷は意外にも手先が器用なんだな。

 

「焼け石に水くらいには自然になったわね」

 

凛香、それはマシになってないんじゃないか……

まあ、殺せんせーで話題も逸れたし、このまま罰ゲームはうやむやに……

 

「じゃあ、殺せんせーの問題は解決したしキンジの罰ゲームだな」

 

クソ、岡島め。覚えていたか!

 

「そうね……はやみんから聞いたんけど遠山って、はやみん以外にもう一人幼馴染いるんでしょ?その子のこと教えてよ」

 

凛香以外の幼馴染となると白雪のことか?

中村の罰ゲームの内容に班の女子と岡島+殺せんせーが興味をしめす。

 

「分かった、分かった。凛香から聞いたかもしれないが白雪って名前で星伽神社で巫女やってたやつだよ。性格は、周りに言わせれば大和撫子らしい。」

「その子の写真とかねーのか?」

 

こういう話題に真っ先にかぶりつく岡島が鼻息を荒くしながら写真を催促する。

たしか入学式の時に、はんば無理やり撮られたのがあったはず……

 

「たしかあったぞ……あったコレだ。」

 

俺が見せると

 

『めちゃくちゃ美人じゃん!』

 

と全員驚いた表情で見ている。

特に岡島と殺せんせーと凛香(オッパイ星人と幼馴染み)は凝視だ。

 

「デカいな、殺せんせー…」

「ええ、岡島君。DいやEはありますね…」

 

岡島と殺せんせー(バカ2人)は放置しておくとして、女子組を見ると

 

「……」ペタペタ

「はやみん、私達はまだ中学生だ。希望はある。」

「そーそー、成長するって」

 

胸を触って落ち込んだ凛香を慰めている中村と不破がいた。

俺はこの場の対処ができそうにないため、放置し千葉達と話して目的地に向かうのだった。

 

 

 

目的地である旅館に着いた。A~D組はここにはいない。

どうやら別のホテルで個別に部屋をとってあるらしい。

そしてE組がとまる旅館が、目の前にある見た目からしてボロイこの旅館である

 

「さびれや旅館って……名前からして経営する気あるのか?」

「作者が他のクラスとの差別を分かりやすくするためにそんな名前つけたのよ。たぶん」

 

不破メタいぞ、そのセリフ。

とりあえず旅館に入り、明日の予定を確認したあとベレッタの通常分解(クリーニング)を行う。

俺の作業が珍しいのか、渚達が横でそれを見ている。

 

「キンジ君は何しているの?」

「ベレッタの通常分解だ。一応旅先で何かあったら大変だしな。念のためだがやっているんだ、渚」

「殺せんせーほどじゃないけど、キンジも大概心配性だな」

「杉野、俺達武偵にはこんな憲章がある。『悲観論で準備し楽観論で行動せよ』

つまり最悪なケースを想定して準備し、現場では最善だと思うケースで行動するんだ。

たぶん暗殺でもこれは当てはまることだと思うぞ」

「へー、他にはどんな憲章があるんだ?」

「そうだな、全部で武偵憲章は10個あって、まず……」

 

そんな何気ない会話で修学旅行1日目の夜がふけていった。

 

 

~♪~♪

 

差出人『白雪』

-------------------

件名『明日から星伽の仕事で京都に行きます。』

 




次回修学旅行2日目‼


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06弾 巫女の時間

書いてたらキャラが勝手に動くって本当なんですね…
ヒロイン増やそうか悩むな…





3/20全体的に文章の修正を行いました


修学旅行2日目

俺達2班は、現在星伽神社に向かいながら途中にある土産屋などを見たりしている。

 

「見て見てー、忍者!!」

 

不破が狐の面をつけて手裏剣を持ち、某大人気忍者マンガの暗部の真似をしたり

 

「うひょー、舞妓がいるぜ!」

「大抵見る舞妓って、観光客なんだよな」

「な、なんだと……」

 

舞妓を見て喜ぶ岡島に現実を叩きつける菅谷

俺や凛香も金平糖やちりめんなどを見たり、買ったりと京都の観光を楽しんでいる。

 

「‼……来る……」

 

星伽神社を目の前にして、急に岡島は何かに反応したようにその場で急に止まった。

 

「どうしたのよ岡島?」

「中村……俺のセンサーが反応するんだ。巨乳が来ると!」

 

こいつ、とうとうダメになったのか?

?、なんでみんな俺の方を見る?何か後ろにいるのか?

 

そう思い俺が振り返ると

 

「キンちゃん様!」

 

白雪がいた。

……え?

気のせいだと思い目をこすってもう一度見るとやはりそこには白雪がいた。

 

「なんでお前がここに!?」

「今日、星伽の分社で神楽舞があるからそれの手伝いに来たの。はっし……じゃなかった、占いで調べたら、キンちゃんも京都にいることが分かって会いに来ました」

 

マジかよ……こんなとこで知り合いに会うなんて……

 

岡島は「オッパイ巫女キターーー」とか言ってる。

凛香、俺が許すからあいつに秋水をぶち込んでやれ。

 

「キンちゃん、武偵高の制服も似合うけどその服も似合うね。カッコイイよ」

「あ、ああ」

「キンちゃんが任務に行ってからお世話できてないけど、コンビニのお弁当ばっかり食べてない?」

「ぐっ……」

 

白雪はまくしたてるように俺の生活などを気にしているが、ほぼ白雪が心配しているような生活を送っていた為何も言えない。

お世話という単語に中村と凛香が食いつく。

 

「とーやまー、お世話ってどうゆうこと?もう少し詳しく話してよー」

 

中村、ニヤニヤしやがって絶対にあとで言いふらす気だろ。

 

「……キンジご飯を作ってもらってただけじゃなかったの?」

「? キンちゃんこの人たちは?」

 

白雪はようやく凛香達に気が付いたみたいで俺に聞いてくる。

 

「任務先の学校のクラスメイトだ。今は、修学旅行でこれから星伽神社に向かうところだったんだ」

「どーもー」

「よろしく~」

 

俺の紹介で班のメンバー(岡島は秋水で気絶中)はそれぞれ挨拶をしている。

そこで凛香は1歩前に進み

 

「……初めまして白雪さん。キンジの()()()の速水凛香です」

 

なぜか幼馴染を強調して自己紹介した。

白雪もそれにならい自己紹介を返す。

 

「どうも速水さん。キンちゃんの()()()の星伽白雪です」

 

こちらも何故か幼馴染を強調していた。

どっちも「フフフ」と周りが見惚れるほどの笑顔なのだが、俺には後ろに鬼と夜叉が見える……

 

「これが修羅場なのね。初めて見たわ!」

 

そんなこと言ってないで止めてくれ不破。

中村も写真撮ってクラスのグループに流してんじゃねーよ。

 

「ヌルフフフ、これは面白い展開ですねー」

「殺せんせー、あんたはいつからそこにいたんだ!」

 

てか、何メモしてんだよ!

 

「岡島君が止まったあたりですね。」

「最初からじゃねーか!」

 

そんな状況の中、千葉は俺の肩を叩いて

 

「諦めろ、キンジ……」

 

後で胃薬買いに行こうかな……

余談だが、殺せんせーを見た白雪は「あんなに身長が高い人もいるんだね、キンちゃん」の一言だった。

 

 

 

 

あの状況をキレて銃で脅すこと(武偵高のノリ)によって何とか乗り切った俺は、現在2班のメンバーで狙撃をしやすい場所として最前列の右側にいる。

神楽舞をするのはどうやら白雪らしい。

神楽舞が始まった。白雪の神楽舞は俺を含め全員が見惚れるほどのものだった。そう岡島を除いて……

 

「知ってるかキンジ、巫女服って下に何もはかないんだぜ……」

「なっ……!?」

 

思わず、神楽舞をやっていた白雪で想像してしまう。

 

(やばい、血流は…)

 

血流を確認するとギリギリ抑えられた……これ以上岡島といると(エロトークを聞くと)危険な為、トイレに行くと言って一度逃げる。

 

 

 

しばらくすると拍手が聞こえ、白雪による神楽舞は終わったのが分かった。

メールを確認するとやはり、狙撃は失敗したという連絡が届いている。

班に戻ろうとすると神楽舞の時の衣装のままの白雪がいた。

 

「こんなところでどうしたんだ、白雪?」

「あ、キンちゃん。どうだった私の神楽舞?」

「ああ、良かったぞ」

 

と素直な感想を言うと白雪は90度のお辞儀をして

 

「ありがとうございます。キンちゃん様!」

 

ここで俺は何気なく胸を見てしまった。

俺を探していたためか、少し衣装が乱れ見えたのだ

黒いレースの下着が

 

(く、黒だと!?)

 

その高校生らしからぬ魅惑的な下着に思わず視線が外せず、さっきまで危なかった血流がまた集まってくる。

今回は()()()だった。

 

(どうやって、凛香に言い訳しよう…)

 

ヒステリアモードの頭で秋水をどう逃れようか考えてながら白雪と共に2班に合流すると、何やら殺せんせーが慌てている。

 

「どうしたんだ、殺せんせー?」

「ニュヤ!キンジ君、どうやら祇園で神崎さんと茅野さんが修学旅行で来ていた高校生にさらわれたらしいんです。」

 

高校生…あいつらか?

俺が想像したのは隣の車両にいた不良たちだ。

昨日の旅館で神崎は自分でまとめたメモを落としたと言っていたな。

 

「白雪…ここにバイクは置いているか?」

「え…あるけど、キンちゃん何するの?」

「ちょっと囚われの姫を助けに行くだけさ」

 

この会話を聞いていたメンバーは自分たちも行くと言っていたが、何が起こるか分からないため俺と殺せんせーの2人で行くと説得した。

殺せんせーと話し合った結果、俺は一番不良たちがいそうな場所に行き、殺せんせーは念のため他の場所を確認したあとに向かうことになった。

白雪が用意したバイクに乗り、行こうとすると凛香が来た。

 

「絶対に神崎と茅野を助け出しなさいよ」

「ああ、約束する」

「……あと、キンジもケガしないでよね」

 

凛香はそっぽを向きながら俺の事も心配したため、俺は苦笑しながら凛香の頭を撫でた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「……キンジ、帰ったら()()()()()言ってもらうから」

 

どうやら秋水は避けられないようだな……

 

 

 

 

不良たちがいると思われる場所に行くと、見張りと思われる高校生がいる。

見る限りだと渚達はまだみたいだ。

 

(あの制服……やっぱり隣の車両の奴らだったか)

 

俺は見張りに近づき

 

「なんだてめー、ぶち殺されてーのか?」

 

と言っている奴を素早く締め技で落とす。

 

その後ゆうゆうと中に入っていくと、不良グループのリーダーらしきヤツの声が聞こえてくる。

 

「これから夜まで相手してもらう。他のやつらには「カラオケに行っていた」って言えよ。そうすりゃ、誰も傷つかねーからな」

 

その言葉を聞いたあと、俺はドア蹴り開けた。

 

 

 

 

「誰だ、てめぇ!」

 

俺が蹴り開けたことによってこちらに気づいた不良たちは身構えている

 

「囚われのお姫様たちを救いに来た、白馬の王子様かな」

「遠山君!」

 

俺に気づいた神崎や茅野は安心した顔になっている

待ってろ、すぐに助け出すからな

 

「ふざけてんのか! しょせん良いとこの坊ちゃんだ、おめーらやっちまえ!」

 

残念ながら俺の高校は偏差値最底辺、変人の巣窟の武偵高なんだがね。

構えもとらずに不良たちを見る、その手にはナイフやスタンガンがあり、一直線にこちらに向かってくる。

見た限り全員が素人だ。

俺は体術だけで全員をあしらい、()()()()()()()()()()()()()()()の変わりにすれ違いに1本だけナイフを拝借し、それ以外を遠くに弾き飛ばす。

てか、そろいもそろって一撃で動けないとか見た目だけかよ……

 

「どこまでもふざけたヤローだな……」

 

そんなことを言いながら、リーダーらしき奴は懐から拳銃(マカロフ)を取りだし銃口を5mほど先の神崎に向けている。

多分無免許だと思うが、あんなのまで持ってたのか……

 

「動くなよ、少しでも動いたら引き金を引く」

 

俺から有希子は5m以上ある。

当たらないとは思うが銃口は有希子に向けられており、うかつに動けない状況に攻めあぐねていると奥の扉がゆっくりと開いた。

 

「呼んどいたツレが来たみたいだな。お前みたいなの一瞬でやれる不良ばっかだぜ」

 

そう言って出てきたのは、坊主に眼鏡とおよそ不良らしからぬ学生だった。

 

「不良などいませんねぇ、私達で全員手入れしましたから」

「あんたら全員病院行きにするから、覚悟しなよ」

 

そのあとには殺せんせーと神崎・茅野を除く4班が出てくる。

リーダーは異様な姿になった高校生に意識がいっているな。

この隙に有希子を射線から外すか……

俺は気づかれないようにそっと有希子に近づき、救出しようとしたが

 

「どいつもこいつもふざけやがって!お前らもどうせ肩書で見下してんだろ!バカ高校だからって、ナメてんじゃねーよ!」

 

――パアァン

 

興奮した不良が指をかけていた引き金を誤って引いた。

さらに運が悪いことに銃弾は、まっすぐこちらに向かってくる。

 

(俺だけなら避けられるが、避けると神崎に当たってしまう……)

 

俺はスローモーションになった世界で避けるに避けれない状況の中

とっさに持っていた()()()()()()()()()()

切った銃弾の片方は神崎に当たる可能性があるため、ナイフの腹で別の方向に飛ばす。

もう片方は俺の頬ギリギリを通過した。

 

『え……』

 

俺以外の全員が呆けた顔をしている。

俺はそれに構うことなく、神崎をお姫様抱っこしながら撃ってきた不良に近づき

 

「たしかにコイツらは名門校だ、けど学校内では落ちこぼれ扱いを受けて差別を受けている。でもお前らみたいに他人の足を引っ張ることなんてしてねーんだよ。肩書なんか関係ねぇ、ようはどんな場所でも前向きにやっていくのが大事なんだよ」

「……」

 

銃弾を切ったときにヒステリアモードが終わったせいでうまく言えたか分からねーが、伝えたいことは伝えたはず

最後は…

 

「あとお前、武偵を前にして銃をあんな簡単に見せびらかしやがって、どうせ無許可だろ?捕まる覚悟があるんだろーな?」

「捕まる? まさかお前……」

「ああ、お前の予想通り色々噂がたつ武偵高の生徒だよ。大人しく着いてきてもらうぞって……」

 

どうやら、俺が武偵高の生徒とわかった時点で不良は気絶してしまったようだ。

気絶するぐらい怖いのかよ……

 

「キンジ君、俺たちの分も残しといてくれよ。せっかく仕返しするチャンスだったのに…」

「拉致監禁した時点で、これは(武偵)か警察の管轄だ、カルマ」

 

そういいながら神崎を降ろし、ケガがないか聞く

 

「大丈夫だったか、神崎?」

「う、うん。遠山君が守ってくれたから……」

 

心なしか神崎の顔が赤い。

今回はヒステリアモードの時もいろいろあったため、口説いてないはずだが……

 

「とりあえず、殺せんせー。俺はこいつらを警察に引き渡すから先に4班のやつらと一緒に戻ってくれ」

「分かりました。では皆さん、とりあえず一度旅館に帰りましょう」

 

警察に連絡を入れる傍ら、殺せんせーたちを見送ると何故か杉野に睨まれた……

さて、あともう一仕事しますか……




次回は2日目夜というか修学旅行編エピローグです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07弾 投票の時間

これにて修学旅行編終了です。
どちらかといえば速水さん視点が多いかも……


不良を警察に引き渡し、すべての事が終わったのはもう三日月が昇る時間だった。

星伽神社にバイクを返したあと泊まっていかないかという白雪の提案に、修学旅行生としてこっちに来ているからと断わりタクシーを拾って旅館に戻った。

 

「あ、キンジ君じゃんおかえりー」

「カルマか、みんなは?」

「みんな大部屋にいるんじゃないかな?」

 

ジュースを買いに来たカルマと大部屋に行くと男子全員で何かしている。

 

「何やってんだ、磯貝?」

「お、いいとこに来たなカルマ、キンジ」

「今、クラスで気になる女子の投票しているんだ」

「みんな言ってんぞ、お前らも言えよ」

 

どうやら、コイバナみたいな話らしい。

気になる女子と言われ凛香が出てきたが、あいつは女子の中で一番身近な存在だから出てきたんだろうな……

それにヒス持ちの俺には関係ない話だ……

 

「俺は奥田さんかな」

 

意外な人を言うんだな、カルマは

 

「だって彼女、クロロホルムとか怪しげな薬作れそーだし。俺のいたずらの幅が広がりそうじゃん」

⦅絶対にくっつけたくない、組み合わせだ!⦆

 

たぶん全員が同じことを思ったんだろうな……

 

「それでキンジはいったい誰なんだよ?」

「前原……別にそんなやついねーよ」

「嘘だな、すくなくとも速水と白雪さんっていう幼馴染がいる時点でその発言はダウトだ!」

「なんで、そうなるんだ岡島……」

「さっきもキンジは神崎さん口説いてだろ!」

「俺は別に口説いてない!」

「いや、口説いてたね。カルマ、アレを流してくれ」

「これだよね、杉野」

 

カルマは、ニヤニヤしながら再生ボタンを押す。

 

『誰だ、てめー!』

『囚われのお姫様たちを救いに来た、白馬の王子様かな』

 

な、アレを録音してたのかよ……

 

「お前らそんなに前からいたなら、もっとはやく来いよ!」

「なんか、雰囲気的に出ずらかったんだ……」

 

渚、あの場面一応命かかってたんだぞ……

 

「それにそのあと神崎さんに迫る銃弾を真っ二つに切りだすし……」

「まじかよ、そんなことされたら女子ホレんじゃねーか?」

「ほんとキンジって」

『タラシだなー』

「全員うるせー!銃弾ぶっぱなすぞ!」

 

キレた俺に逃げ出す男子たちを見て、磯貝がため息をつきつつ

 

「皆、これは男子だけの秘密な。知られたくない奴も多いだろうし、女子や先生には……」

 

男子だけの秘密とまとめようとした磯貝が窓をみて固まる。

皆で振り返ると、メモを書いている殺せんせーがいる。いやマッハで逃げた。

 

「メモって逃げやがったぞ!」

「殺せ!」

 

そんな言葉と共に俺以外は殺せんせーを追いかけ始めた。

 

「とりあえず、浴衣に着替えてから探すか……」

 

 

 

~凛香side~

「え、好きな男子?」

 

中村の好きな男子を投票しようとう話から、これははじまった。

 

「はいはーい、私烏間先生」

 

倉橋の発言に「わたしもー」と言う女子が多数出てくる。

まあ、烏間先生は大人でカッコイイものね。

 

「そうじゃなくて、クラスの男子でって話よ。うちのクラスだと磯貝とか前原とか?」

「そうかな?前原は女タラシよ」

「まあ前原は残念だけど、磯貝は優良物件じゃない?とりあえず、投票してみよ」

 

中村によって投票する流れになった。

本当のことを書いたら恥ずかしいなと思いつつも、名前は書かない為バレないと思いキンジの名前を書いた。

中村が集計と発表をする。

 

「どれどれ、おーやっぱり1位は磯貝かー」

 

まあ、ルックスも性格もイケメンだしね。

 

「んで、次はーっと意外にも遠山か」

 

え……、私以外にも書いた人がいたの!?

 

「普段はあいそよくないけど、いざって時はカッコイイよね」

「うんうん、殺せんせーの暗殺前の笑顔には不覚にもキュンときたね」

 

矢田、倉橋と男子にもてそうな女子のキンジの評価は高かった。

 

「そういえば今日もすごかったよね、神崎さん」

「え、う、うん」

 

神崎の顔が赤い……いったいキンジは何をしたの。

 

「不良のリーダーが『誰だ、てめー!』って、言ったらね」

『うんうん』

「『囚われのお姫様たちを救いに来た、白馬の王子様かな』って遠山君が答えたの。しかも最後には不良が撃ってきた銃弾から神崎さんを守って、お姫様抱っこしてた!」

 

茅野の説明で神崎はさっき以上に顔を赤くしている。

全く……相変わらずのタラシよね、キンジは……

そういえば、勝手に借りたキンジのバタフライナイフを返すのを忘れていた。

 

「ごめんなさい、ちょっと用事あるから抜けるわ」

 

と一言言ってキンジのもとに向かう。

余談だが私がいなくなったことにより、その後キンジの本命はどっちということで私か白雪さんかで賭けがおこなわれていたらしい。

 

 

 

キンジを探していると旅館の庭先でうたた寝をしているのを見つけた。

 

「……キンジ、そんなところでうたた寝をしていたら風引くわよ」

「凛香か……、アレが切れた後も報告書とか書いてたせいでめちゃくちゃ眠いんだわ」

 

昔聞いたがヒステリアモードになったあとは、脳を使いすぎて眠くなるらしい。キンジの兄さんなんかはまとめてとるらしく10日ほど寝続けるとか……

 

「そういえば、これ返しておくわ」

「どこいったとおもったら、俺のナイフ凛香が持ってたのかよ」

「ちょっと白雪さんと譲れない戦いをね……」

「何やってたんだ、ほんとに」

「それはそうと女子では気になる男子とかやってたんだけど、そっちではそんな話題あったの?」

「ああ、俺が帰ってきたときにやっていたな。」

「キンジは誰を選んだの?」

「いや、アレ持ち出しそういうのは考えたことなかったから選んでない」

 

相変わらずキンジはそういう話題を避けているため、今だにどんな女性が好きか全くわからない……

 

「もう無理、凛香ちょっとだけ寝る。15分くらいしたら起こしてくれ」

 

そういってキンジは座ったまま寝始めた。

私はそーっとキンジを横に倒して膝の上に頭をのせる。

 

「いいそびれたけど、おかえりキンジ……」

 

キンジの頭をなでながら30分ほど私はキンジの寝顔を眺めていた。

 

 

 

後日、キンジの頭をなでながら膝枕しているほほ笑んだ私の盗撮写真が〇ineに出回り、しばらくキンジと一緒にからかわれた……




次回はあの転校生登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08弾 メールの時間

今日、明日とあまり時間がないためかなり短いですが、今回は転校生編のプロローグです。



ルーキー日間で35位にランクインしていてびっくりしました。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします


修学旅行3日目は何事もなく終わり、今は家に戻り荷物の片づけをしているところだ。

 

~♪~♪

 

机に置いた携帯からだ。

どうやらメールが来ているようだ。

確認すると3件来ている。

1つは白雪だ。

 

『一昨日は神楽舞を見にきてくれてありがとうございます。

コンビニのお弁当ばかり食べているみたいなので、本当は作りに行きたいところだけど今度蒔江田さんに渡してもらうようにお願いしときます。

長期任務でキンちゃんと会えないのは寂しいけど、家を守るのも妻の……』

 

文章が長すぎるため、俺は途中で読むのをやめた。

『泥棒猫』ってなんなんだ……

あと、俺白雪に今住んでいる場所教えたっけ?

そんな疑問を思いながら他のメールも確認していく

 

「2件目は烏間さんか……」

 

内容は明日の通常授業から、また新しく転校生が来るらしい。

 

「来るとしたら殺し屋か武偵のどっちかだろうな……だがこの『多少外見で驚くだろう』ってなんなんだ?」

 

無い知恵を絞って考えたが全く思いつかない。

まあ、明日になれば分かるだろう。

最後のメールは凛香からだった

 

『明日から昼ご飯は持って来たらダメだから』

 

要件を簡潔に書かれたそのメールに俺はそうなった理由を探す。

 

「たぶんこれのせいだよな……」

 

〇ineを開いて、ある画像を見る。

それは凛香に膝枕されている俺だった。

どうやら座りながら寝たと思ったら、凛香のほうに倒れていたらしい。

もちろんトークを見るとクラスのやつらに俺と凛香は冷やかされていた。

あの画像が出回ったあと、写真を撮った岡島と原因の俺はもれなく凛香から秋水をくらっている。

修学旅行中凛香には避けられていたが、どうやらまだ怒っているらしい……

今回のは全面的に俺が悪いため言い訳せず罰を受ける。

食費削減と思い我慢しよう……

 

「仕方ない昼休みは昼寝でもしとくか……」

 

メールの確認を終えた俺は、やることもなくなったためベレッタの完全分解(オーバーホール)をした後、明日にそなえて寝た。

 

 

~白雪side~

神楽舞が終わった後は山奥にある男性禁制の社のほうで星伽からの頼まれごとをやって、ようやく明日から武偵高に戻れそうだった。

 

「では明日の朝9時に武偵高までお送りしますので」

「わかりました。蒔江田さん」

 

そうだ、キンちゃんの任務が上手くいくか巫女占札で占って調べてあげよう。

 

ペラ

ペラ

ペラ

 

「‼」

 

え……

船と教師が任務の成功をわける?しかもキンちゃんのこの先の人生に関わってくるって……

キンちゃんにこの事を伝えるべきなのかな……あとで料理のことと一緒にメールで伝えよう。

発信機で住んでいる場所も分かったから、ついでに蒔江田さんには盗聴器などの設置も頼まなきゃ。

あの泥棒猫もとい速水さんには気をつけないと……

キンちゃんのお世話で今は1歩リードしているけど、向こうは一緒のクラスみたいだからこの先何かあるかもしれないしキンちゃんへの()()はしっかりとしなくちゃね!

キンちゃんは、わたしのお婿さんにするんだから!

 

「やっぱり、既成事実を作って本妻の立場を分からせる必要があるのかしら……」

 

 

その後、湯あみの準備ができたことを知らせにきた華雪が白雪のつぶやきを聞き

 

「遠山様も大変でやがりますね……」

 

と憐れむような顔で言っていたのを他の寵巫女(めぐみこ)達は聞くのだった。

 

 

 




アリアのキャラももう少し登場させたいな……
次回転校生編完結?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09弾 転校生の時間

想像以上に話が長くなったため、2話に分けて投稿します。


翌日、俺はいつも通りに登校途中で凛香と会い一緒に登校しているが、

 

「……」

「……」

 

いつもより空気が重く、気まずい……

膝枕の件なのだろうか、凛香がいつも以上に無口になっている。

 

「り、凛香」

「……何」

「今日来る転校生って、どんなやつだろ?」

「……さあ」

「「……」」

ダメだ、俺だけだと2言3言で終わり会話が続かん……

誰かこの気まずい雰囲気を崩してくれ……

 

「お、E組公認の夫婦お二人も転校生の事気になるか?」

 

俺の祈りが通じたのか、後ろから岡島と渚と杉野がやってくる。

岡島、夫婦って何を言ってんだ?

それよりも、今は凛香をからかわない方が良いぞ。

 

「実は俺、聞いた……」ゴスッ!

 

ああ、遅かったか。岡島が吹き飛んでる……

岡島……お前の犠牲は無駄にしないぞ……

 

「バカはほっとくとして……」

「え、放置なの!?」

「烏間先生の体育を受けてんだ。たぶん無事だろ。それに俺のいた学校に比べたらあれは優しい部類だぞ」

 

武偵高の教師はやる本人が化け物だからな。懲罰をくらったらマジで廃人か死体になりかねん。

 

「……」

「渚、キンジのは気にしたら負けだ」

「そうだね、杉野……」

 

杉野に失礼なことを言われたが気にしていたらキリがない、本題に進もう。

 

「それで渚、転校生の事知っているのか?」

「確証はないんだけど、岡島君に見せてもらった写真と烏間先生の文章からしたら女の子の殺し屋じゃないかなってさっき話してたんだ。」

「しかもけっこう可愛かったぞ」

岡島を吹き飛ばした凛香は、杉野の言葉を聞いて俺の横に戻ってくると

 

(転校生でヒスったら、わかっているわよね?)

 

という睨みつけるような視線がビシビシと伝わってきている。

横の殺気にも似た視線を感じたため、俺はただ「そうなのか」と相打ちをすることしか出来なかった。

 

 

「さーて、転校生はもう来てるかっ!?」

教室前の着き、転校生が女子と分かり浮かれている杉野と転校生に純粋に興味を持つ渚が先に教室に入り固まった。

 

「「?」」

 

俺と凛香は渚達が固まったことに疑問を持ち教室を覗く。

そこには俺の身長ぐらいの大きさの黒い物体があった。

しばらく、今日一緒に登校したメンバー全員で黒い物体を眺めていたら、画面らしいところから少女の画像が映り

 

「おはようございます。今日から転校しましました、『自律思考固定台砲台』です。よろしくお願いします。」

 

⦅そうきたか‼⦆

 

顔を見なくても分かる。きっとみんな同じことを思っただろう……

 

「それにしても、殺し屋、武偵ときて次はAIか……政府も大胆な事をしてきたな……」

 

と転校生がAIと知り、ヒステリアモードになる可能性が極めて下がった為か現状への判断が冷静にできた俺はひとまず落ち着いたあと、自分の席で始業のベルまで寝て待っていた。

 

 

チャイムが鳴り、転校生の紹介のため烏間先生が疲れた顔をしながら

「ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ、仲良くしてやってくれ」

と紹介する。

 

(烏間先生も大変だな……)

(私があの人ならたぶん途中で仕事放棄しそう)

(今度あの人にハンバーガーでも買ってあげようぜ……)

(そうね……)

 

幼馴染特有のアイコンタクトでの会話をしている間に、殺せんせーはAIを生徒として認めたようだ。

そのまま殺せんせーの授業が始まる。

さて、転校生はどんなふうに暗殺を仕掛けてくるんだ……

そう思った直後、黒い物体の横から、ショットガンや機関銃が出てきて殺せんせーを狙う。

何故か俺の方にも飛んできたが、きっと誤射だろう。

先生に向けて飛ばした弾幕は全て避けていた。

 

「機関銃2つにショットガン4つですか、まだ他の生徒が撃つ方が弾幕は濃いですね。あと、授業中の発砲は禁止ですよ」

「すいませんでした、殺せんせー。続いて攻撃に移ります」

 

おい!人の話ぐらい聞けよ!

しかも俺に向かってくる弾幕も増えているし……

弾幕がやみ、殺せんせーがナメた時の顔をしている。

あの一瞬で何が起こったんだ?

 

「作戦は上手いですが、1度似たようなことをされましてね。意識外からの射撃も警戒していれば、どうという事もないのですよ」

「ブラインド失敗。次の作戦に移ります」

 

 

次の弾幕に移る前に殺せんせーを狙いながら俺の頭にもポコポコと当ててくるAIにとうとう俺はキレた。

 

「さっきから俺の頭にポコポコ当てやがって、痛くはねーけど鬱陶しいんだよ!なんか恨みでもあんのか!」

「恨みはありません。E組の中で唯一正面から触手を3本破壊した生徒のデータも入手せよと開発者より言われました。開発者が言うには、その生徒は人間離れした事をやるため私の進化に役立つと」

「俺なんてそこらへんの学生と大差ねーよ」

『お前と一緒にするな!』

 

おかしい……人間ができる事をやっているだけだろ?

 

「これ以上の会話は不要と判断します。続けて攻撃に移ります」

 

午前の授業中は転校生の攻撃でまともに聞ける状況じゃなかった。

 

 

 

昼休みに入りBB弾が散らばった教室を片付けた後、昼飯がない俺は外で昼寝をしていた。

 

「やっと見つけた、こんなところでなにしてるのよ?」

「凛香か、お前が昼飯持ってくるなって言うから飯食っているところにいたくないしここで昼寝していた」

「そう、あとこれ……」

 

そういいながら凛香は、俺の隣に座り四角いものを渡してくる。

 

 

「これは?」

「……弁当」

「は?」

「勘違いしないでよね。別に白雪さんに対抗とかキンジが家でもコンビニ弁当とかばかり食べているから心配とかそんなんじゃないから」

 

凛香に押し付けられるように弁当を渡してきた。

 

「てっきり、膝枕の件で怒ってるのかと思ったんだが」

「あれは……だし、別に怒ってないから」

 

前半部分は声が小さく聞こえなかったが膝枕の事は怒ってないと分かったため、ひとまず俺は安心する。

ここは何も聞かずに大人しく渡された弁当を食べるか。

 

さっそく弁当を開けてみると、ウインナーや卵焼き、おにぎりなどの弁当の王道と呼べるようなものが入っている。

凛香も自分の分の弁当を食べ始めたため、俺も食べ始める。

 

(普通に旨いな……)

 

2人とも口数は少ないほうのため、食べている間喋りはしなかったものの朝のような気まずさはなかった。

弁当を食べていると、時々凛香はこちらの顔を見てきたが顔に何かついてたんだろうか?

 

 

結局平和だったのは昼休みのみで、午後の授業や放課後の補習もBB弾の弾幕でまともな授業がおこなわれることはなかった。

てか、補習の時まで撃つなよ。掃除するの俺1人なのに……

 

 

 

 

~凛香side~

 

「これぐらいで終わろうかな」

 

そろそろキンジの補習も終わる頃の為、待っている時間を利用してやっていた射撃訓練を切り上げる。

キンジや烏間先生にいろいろとアドバイスをもらい、今では外す方が珍しいほどまでに命中率が上がった。

 

 

校舎前で待つが補習が終わる時間になってもキンジが来ないため、暇を持て余した私は空になった2つの弁当をつい見てしまう。

ヒステリアモードじゃないときは感想などの気の利いたことを全然言わないが、キンジは顔に思っていることが出やすい。

食べている時に、時々アイツの顔を見ると『普通に旨いな……』と思っているのが分かり内心嬉しかった。

 

(明日は何作ってあげよかな)

 

そんな事を考えているとようやくアイツが校舎から出てきた。

 

「今日はいつもより遅かったわね」

「転校生が補習まで弾幕張るから1人で掃除してたんだ……」

 

ちょっとキンジが気の毒に思えてくる。

 

「転校生のあれ、殺せんせーを殺すまで続くのかな?」

「いや、俺にも向けてくるからガムテープを借りてグルグル巻きにした。少なくとも明日はないだろう」

 

今日のようにはならないのは嬉しいけど、そんな事をして大丈夫なんだろうか?

そう思いキンジに聞くと

 

「先生が生徒に危害を加えるのはダメでも、生徒が生徒に危害を加えるなって規約はない」

「……へりくつ」

「うるせぇ」

 

幼馴染と夕焼けが終わりかける中、そんな会話をしながら下校した。




5日ほど旅行に行くため、更新は一時止まります。

次回で転校生の話終わるといいなあ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10弾 自律の時間

想像以上にはやくできましたので旅行前に投稿できました。


翌日、起動した転校生が案の定苦情を入れてくる。

 

「この拘束を解いてください。これは先生の仕業ですか?契約では私に危害を加えるのは禁じているはずです」

「それをやったのは俺だ。俺にも弾撃ちやがって。今日は大人しくしてろ」

「まあ、授業になんないもんね」

「遠山君、授業が終わったらちゃんと解いてあげてね」

 

放課後の補習もあるから必然的に俺が解かないといけないのか……

 

「……」

 

観念したのか、画面が暗くなり今日1日は 平和にすごすことができた。

放課後の補習が終わった後、女子たちに拘束を解いとけと言われたためガムテープを剥がしていく。

 

「……なぜ、邪魔をしたんですか?」

 

急に画面がついたと思ったら変な事を聞いてくるな……

 

「俺が鬱陶しかったのもあるがやり方が悪いんだよ」

「やりかたですか?」

「ああ、授業は妨害されるわ、弾は拾わないといけないわで俺たちに良いことがひとつもないからな」

「……クラスメイトのことまでは考えていませんでした」

「分かったなら次からはやめてくれよ」

「では私はどのように暗殺すればいいんでしょうか?」

「そんなもん、クラスの奴らと一緒に仲良くやればいいんじゃねーか?」

「……仲良くする方法が分かりません」

 

社交性が低い俺に聞かれても分からん。

まあ、適当にごまかしておけばあの先生がどうにかするだろう。

 

「武偵憲章6条」

「?」

「『自ら考え、自ら行動せよ』武偵は人に答えを聞かずに自分で答えを探すんだ」

「ですが私は武偵ではありません」

「知っている。お前はここの生徒だろ?質問とかは先生に聞け」

 

こういえば、殺せんせーの事だ

 

「呼びましたか?」

 

ほらすぐに出てきた

 

「殺せんせー、クラスメイトと協調するための方法が知りたいです」

「そういうと思って、すでに準備をしておきました。」

 

相変わらず準備がはやいな。

どうやら改造を始めようとしている。

この後の事は先生に任せたらいいだろうと思い、工具やらを出している殺せんせーに帰ることを告げ俺は教室を出ていった。

 

 

次の日、凛香と教室に入ると転校生だったものは昨日よりもデカくなっていた。

 

「何アレ?」

「なんで、ああなったのかは分からん」

 

あ、電源がついた。

電源がつくと満面の笑顔な少女が映る

 

「おはようございます。キンジさん、速水さん」

「「……」」

 

((改造しすぎだろ、殺せんせー))

 

「親近感を出すために全身表示液晶と体、制服のモデリングソフトすべて自作で8万円!」

 

自慢したいのか俺と凛香の後ろに突然殺せんせーが現れ、改造部分の説明を語りだした。

 

「豊かな表情と明るい会話術!それらを操る膨大なソフトと追加メモリ同じく12万円!」

 

その説明を聞き他の生徒と話す転校生を見ると、確かに顔の変化や会話の仕方など周りと比べても全く違和感を感じない。

けどな、殺せんせー俺にとっては今まで以上に(ヒステリアモードになる)危険が増えて改悪になってんだよ……

 

「先生の財布の残高……5円!」

 

俺はムカついたため、無言でベレッタを殺せんせーに向けてフルオートで撃った。

 

 

休み時間に入り改めて、転校生を見てみる。

今は何故か音楽が流れているし……

 

「騙されんなよ、お前ら。見た目が変わってもポンコツだからどうせ空気読まずに射撃してくんだろ?」

 

寺坂の言いたいことも分からなくはないが言われた本人は、

 

「昨日までの私はそうでした……ポンコツと言われても仕方ありません……」グスッ

 

泣いている、本当に人間みたいだな……

女子どもが寺坂とのやり取りを見て、

「あーあ、泣かせた」

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

「なんか誤解される言い方やめろ!」

 

二次元ってあの転校生のことなのか?それなら寺坂は誤解じゃないだろ、泣かせたし。

 

「いいじゃないか二次元……Dを1つ失うところから、女は始まる」

『竹林!それお前の初セリフだがいいのか!?』

「男子!そのジョブ(メタ発言は)私だよ!」

 

大丈夫だ不破、そのセリフも十分メタい……

 

「凛香、竹林が言っていること半分以上理解できないんだが」

「キンジは知らなくても大丈夫だから」

 

ディーが何か分からんが、女が関わるようだし教えてもらえるとしても知りたくない……

クラスが騒いでいるといつの間にか転校生が泣き止んでおり

 

「でも皆さんご安心を。キンジさんに諭され、殺せんせーに協調の大切さを教えてもらいました。これから仲良くなれるように頑張りますのでよろしくお願いします」

 

転校生もとい自律思考固定砲台はそれからクラスメイトと仲良くやっている。

特殊プラスチックで花を作る約束をしたり、将棋などの相手とクラスの人気者だ。

俺も武器の制作を頼もうかな……

 

そんな事を考えながら眺めていると学級委員の片岡が

 

「この子の名前決めない?自律思考固定砲台って言いづらいし」

 

そのことに賛成したみんなが名前を決めるのに悩んでいる。

そんな悩まなくても自律思考固定砲台だし、簡単に一文字とって

 

「『律』でいいんじゃねーか?」

「キンジ、さすがに安直すぎじゃねーのか」

「そうか、木村?分かりやすくていいと思ったんだが」

「本人に聞いてみようーぜ」

 

前原が聞くと律(仮)は

 

「嬉しいです!これからは『律』と呼んでください!」

 

律が喜んでいると後ろからカルマの声が聞こえてくる。

 

「機械自体に意思はあるわけじゃないから、これをみた開発者はどうすんだろうね~下手したら元に戻っちゃうかもよ」

 

カルマ悪い方向にもっていくんじゃねーよ。俺の経験上、こうゆうのは大抵悪い方向にいっちまうんだから。

 

 

 

翌日、カルマが言った通り律は元に戻っていた。

烏間先生が言うには、俺達生徒や殺せんせーは律への改良や拘束が禁止されたらしい。

拘束して壊れでもしたら賠償金を請求されるらしい。

元に戻ったということは、またあの弾幕が始まるのか……

始業のベルが鳴り、律が

 

「攻撃準備に入ります」

 

始まった……

俺は思わず身構える。

しかし出てきたのは弾ではなく、たくさんの桜の花吹雪と花束だった

 

「……キンジさんに教えられた武偵憲章の6条にこんな言葉が書いてました。

『自ら考え、自ら行動せよ』

これに従って私は、開発者は不要といって判断した『協調能力』を必要不可欠と考え関連ソフトをメモリの隅に隠しました。

こんな行動を反抗期というんですよね先生。律は悪い子ですか?」

「とんでもない。中学3年生らしくて大いに結構です。」

 

こうして律が改めて3-E組に加わった。

新しいメンバーを加えたE組が最初に行ったのは、教室に散った桜吹雪の後片付けだったのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11弾 協力の時間

飛行機の待ち時間で思いついたためスマホで書きました。

今回キンジはほぼ出てきません。



~凛香side~

雨が降っているためキンジの補習を待っている間どうしようかと悩んでいると、何故か補習を受けているはずのキンジがウロウロしている。

 

「キンジ、何やってるの?」

「凛香か、殺せんせーどこいったか分かるか?補習の課題で聞きたいことがあったんだが……」

「私は見てないわ」

「そうか……」

 

キンジは高校生のくせに寺坂以上に勉強ができない。

その為こうして毎日放課後補習を受けている。

今は殺せんせーもいないらしい。

仕方ない、この勉強面で少し頼りない幼馴染の手助けでもしますか……

 

「どこ?」

「ん?」

「だから、どこが分からないの?教えれそうだったら私が教えるから」

「すまん、助かる」

「これは貸しだからね」

「ああ」

 

教室に戻り、国語関連を私が数学などを律が教えた。

どうやら、キンジは数学がかなりダメみたい。

 

 

 

キンジに2人がかりで、勉強を教えていると何やら生暖かい視線を複数感じる……

視線を感じた方向を見ると、殺せんせー、茅野、矢田、倉橋、岡野がニヤニヤしてこちらを見ていた。

殺せんせーなんかメモを書いているため、ムカついた私はキンジに銃を借り野次馬に向けて発砲しようとしたところで

 

「待って、それエアガンじゃなくて本物でしょ!?撃たないで速水さん!」

 

慌てた様子で潮田が止めてきた。

仕方なく、銃をキンジに返すと

 

「凛香も武偵高の奴らみたいになってきたな……」

 

と苦笑いをしていた。

失礼な、キンジに聞く限りだが私はそこまで野蛮ではない。

キンジに一睨みした後、私は渚達がなぜここにいるかを聞く。

 

「実は速水さんに頼みたいことがあって」

「内容によるわ」

「実は……」

 

内容を聞くと、どうやら前原が受けた屈辱に対して仕返しするらしい。

だからなのか、いつもより前原の顔が暗い。

確かに理不尽だと思うが、正直あまり気乗りがしない。

悩んでいたら、矢田がこっそりと私の耳元でこう言った。

 

「もし手伝ってくれるなら、話題の映画のチケット2枚あげるよ。キンジ君を誘って今度()()()に行きなよ」

 

デートという単語を聞き、私の中の天秤が傾いた。

 

「仕方ないわね。手伝うわ」

 

渚などがキンジも誘おうとするが、殺せんせーと私で止める。

作戦の内容的にいなくても問題なさそうだし、なによりこの壊滅的な数学をどうにかしないといけない。

律にキンジの勉強を頼んだあと、私達は仕返しする現場に向かった。

 

 

 

 

ターゲットは喫茶店のオープンテラスにいる五英傑の瀬尾とそのツレだ。

私達は今その喫茶店の向かいにある民家の2階にいる。

民家には倉橋と矢田が交渉して上がらせてもらった。

私の仕事は、タイミングを合わせてコップにこのBB弾みたいな下剤を入れることだ。

渚と茅野が変装してやってきた。

見た目は完璧におじいさん、おばあさんだ。

 

「パーティー用の変装マスクをちょいっと改造した(イジッた)んだよ」

 

どうやらあれは菅谷のお手製のようだ。

ターゲット達にも気づかれていない。

渚達の合図を待つ。

それにしても喫茶店デートか……

キンジとしているところを想像しようとしたが、あの鈍感が誘ってくるはずがない。

思わずため息が出た。

 

「そろそろ合図がくるぞ」

 

杉野に言われ、意識を切り替えてスコープを覗く。

渚がサラダを落とし、ターゲットがそちらに意識を向ける。

それを合図に私と千葉は下剤をコップに向けて撃った。

 

「HIT!」

「動き回らないし、チョロいね」

 

私と千葉の仕事が終わり成り行きを見守る。

ターゲットは下剤が効きはじめ、トイレに駆け込もうとするが茅野が事前に入っており100m先のコンビニを目指して醜くケンカしている。

そこに木の上で待機していた人が枝を落とした、ターゲットは汚れた服装のままコンビニに駆け込みトイレを前で取っ組み合いをしているのが見えた。

仕返しは成功だ。

前原も教室にいた時より顔が明るくなっている。

 

「やべ、俺これから他校の女子と待ち合わせてるんだった。

皆、今日はありがとな、また明日な」

 

……仕返しの前に、あの女の敵をつぶせば良かったわね。

 

 

 

荷物を取りに教室に戻るとキンジが力尽きていた。

 

「律は鬼だった……」

「あ、速水さん。キンジさんの補習の課題ちょうど終わりましたよ」

「ありがとう、律。キンジ力尽きてないで帰るわよ」

 

キンジはノロノロと帰る準備をし、一緒に下校する。

 

「それで、みんなでやった仕返しはうまく言ったのか?」

「まあね、最後はちょっと釈然としなかったけど……」

「?」

 

そこでさっき仕返しの現場になった喫茶店が見えた。

 

「……キンジ、勉強教えた貸しだけど何かおごってよ」

「何かって何をだよ?」

「そうね、とりあえずあそこの喫茶店に入りましょ」

「仕方ねーな……」

 

財布の中身を確認するキンジを引き連れて、私達は喫茶店に入っていった。

 

 

 

 

後日映画のチケットをもらったが、烏間先生に仕返しの件がばれて関わった人全員が怒られるのだった。




次回は烏間さん大活躍……かも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12弾 師弟の時間

旅行先でスマホで書いているため、いつもより誤字脱字多いかも知れません


3/24
少し文章の追加、変更をしました


いつも通り体育の授業で烏間先生による指導を受けていた時に、硝煙とここに来てから久しく見てない血が混じりあったような臭いが漂ってきた。

 

(新手の殺し屋か……)

 

授業内容であるナイフの素振りをしつつ、目だけで探していると森のほうから殺気が2人分感じる。

 

(あれはビッチ先生と……誰だ?)

 

たぶん、硝煙と血の臭いがするのはあの厳つい顔の男だろう。

しかし暗殺者のクセに殺気を出しすぎじゃないか?

ビッチ先生なんか顔を恍惚とさせて得物を舐めてる。

あれじゃあ、殺し屋というよりただの変人だな。

 

 

あまりにも殺気が出ているため他の人も気づき、疲れた顔の烏間先生にあの2人のことを聞く。

どうやらあの男はビッチ先生の師匠らしく、ビッチ先生の残留をかけてどっちがはやく烏間先生に一撃を入れるかの勝負をしているらしい。

 

〘烏間先生、苦労してるなぁ 〙

 

ほんとご愁傷様です。

 

「君たちには迷惑はかけないから。普段通り過ごしてくれ」

 

烏間先生のこの一言で体育の授業が終わった。

着替えに行こうとした所でビッチ先生がやって来た、仕掛けるのか?

 

「お疲れ様でしたぁ。ノド乾いたでしょ?冷たい飲み物用意したから呑んで〜」

〘 絶対に何か入れてる……〙

 

ビッチ先生……知人にハニートラップが効かないのは分かるが、それはあからさま過ぎるだろ……

その後ビッチ先生はこけたフリをして烏間先生の油断を誘おうとしてるがもちろん無視された。

 

「ビッチ先生、流石にそれは俺達でも騙されないよ」

「磯貝、それは仕方ないぞ」

「何で仕方ないんだキンジ?」

「ハニートラップとかの色仕掛けは素性を知らないから効くんだ。知人にやろうと思ったらそれこそ変装とかしないと厳しいな」

「そうよ、今の状態は例えるならキャバ嬢やってたら偶然来た客が父親で気まずくなった状態よ!」

〘中学生が分かるわけないよ……〙

 

こんなんでビッチ先生大丈夫なのか?

 

 

 

俺は着替えた後、事前に殺せんせーから頼まれていたプリントを職員室に取りに来る。

 

「失礼します。頼まれていたプリントを取りに来ました。」

「ああ、キンジ君ですか。ではこれをお願いします。」

 

殺せんせーからプリントを受け取りつつ烏間先生の様子を見てみる。

 

(やっぱり、いつでも対処出来るように常に警戒しているな。俺があの人の立場なら途中で集中力が切れてしまうだろうな)

 

そんな分析をしていると、突然ドアが開きビッチ先生の師匠が正面から仕掛けてきた。

 

「……」

 

烏間先生はイスが邪魔にならないように引くが途中で何かにつまずきその場で倒れる。

それを見たビッチ先生の師匠はニヤリと笑ったあと、対殺せんせーナイフでノドを突き狙った。

これが俺などの並の人間なら終わっただろうが今回は相手が悪かった。

烏間先生は素早く得物がある手を持つと、人間1人を片手で振りかぶって床に叩きつけた。

その後、所持していた拳銃を相手の眉間にあてる。

 

「……今のが模擬戦闘じゃ無ければ、眉間に穴が空いてたぞ。」

 

今回暗殺されるのは公安0課の人間。

この国で最強に位置する人間がこんな程度の攻撃で殺られるはずないのだ。

 

叩きつけられたビッチ先生の師匠はあまりの衝撃で気絶してしまい、他の職員室にいた人達はというと

 

「「「……」」」

 

烏間先生の圧倒的な対処にその場で固まっていた。

烏間先生は殺せんせーとビッチ先生の方を見て

 

「分かっているんだろうな、もしも今日殺せなかったら……」

「ひ……ひぃぃぃ」

 

烏間先生から今まで感じた事のない殺気を感じ、ビッチ先生は思わず悲鳴が出てる。

殺気を向けられてない俺でさえ背中から冷や汗が出ている。

 

「ひぃぃぃぃぃ」

 

何でか分からないが殺せんせーまで青い顔をして震えていた。

 

 

あの殺気をくらっても殺ってやると言っていたビッチ先生だが、あの後は特に何も仕掛けずそのまま昼休みになってしまった。

ビッチ先生の事が気になり俺、凛香、矢田は木の近くにいる烏間先生を見ながら外で昼飯を食べてる。

 

「ビッチ先生、大丈夫かな……」

「そもそも公安0課の人に暗殺する事が無謀だと思うけどな」

 

ビッチ先生を心配する矢田に、先程職員室でのやり取りを見てしまった俺は正直に思った事を言う。

 

「「公安0課?」」

 

矢田と凛香は知らないようで首を傾げている。

 

「日本で人を殺す事を許された国内最強の公務員だ。烏間先生も公安0課だぞ」

「私達そんな人に暗殺を教えてもらってたんだ……」

 

そんな会話をしているうちに穏やかな時間が終わる。

「ビッチ先生今から仕掛けるみたい」

 

ビッチ先生もどうやら正面から挑むようでナイフを持って烏間先生にゆっくりとだが近づいていく。

無謀だ、ビッチ先生の技術は俺から見てもせいぜい生徒と変わらないぐらいだ。

 

「ビッチ先生……」

「あれでは無理よ……」

 

横にいた2人もこのままでは無理な事が分かってしまい、さっき以上に心配している。

 

「ねーえ、殺らせてよカラスマ〜?」

 

ビッチ先生は上着を脱いで色仕掛けを仕掛け始めた。

でもダメだビッチ先生、それは通用しない。

少し遠いため、あまり聞き取れないが烏間先生は諦めた振りをして一撃を狙っている。

ビッチ先生は烏間先生のもたれていた木の後ろに回り込んだ。

 

「!?」

 

その瞬間、烏間先生の体制が崩れた。

 

「え?」

「何が起きたの?」

 

俺達の位置からだと烏間先生が突然理由もなく倒れたように見えたため、凛香と矢田には分からなかったのだろう

 

「ワイヤートラップだ」

 

どうやら、さっきのビッチ先生の色仕掛けを見てしまった俺は甘くヒステリアモードにかかっていたらしく仕掛けがすぐに分かった。

やるじゃないか、イリーナ先生。

 

「いつ仕掛けたの?」

「あの色仕掛けのときだ凛香、あれでカムフラージュして烏間先生の足に仕掛けたんだ。」

 

説明しながらその後の様子を見ていると、烏間先生は馬乗りに乗られたビッチ先生の一撃を最初は抑えていたが、急に諦めたかのように一撃を受け入れた。

 

「やったー、これでビッチ先生は残留だよね」

 

イリーナ先生の残留が決まり、喜んだ矢田はイリーナ先生に向かって走り出し抱きついた。

その側にいた烏間先生に俺は疑問に思った事を聞く。

 

「なんで最後の一撃を受け入れたんですか?

烏間先生ならあのまま防ぎきれたはずでは?」

「まあ、少し思うところがあってな……」

 

どうやら、言葉にしなかったが烏間先生もイリーナ先生の事をここに必要だと思ったみたいだ。

向こうからイリーナ先生の師匠がやって来た。

 

「烏間先生にやられたのは、もう大丈夫なんですか?」

「ああ、歩く事ぐらいは出来るくらいには回復した。君は……」

「ここの生徒の遠山金次です」

「遠山……それに名前に金の文字……不躾であれだが君の親戚に遠山鐵という人物はいるか?」

「ええ、祖父の名前がそうです。」

「ククッ、まさかダイハード(殺し難し)の孫がここにいるとは」

 

ダイハード?じいちゃんのことらしいがなんなんだ?

 

「ダイハードって映画のあれじゃないよね?」

 

俺達の会話が聞こえたのか教室から覗いていたカルマが聞く。

 

「アメリカがつけた二つ名だ。昔300人の兵士の進軍を1人で食い止めたらしい。」

〘 ああ、キンジ(遠山)の人間離れは遺伝だったんだ〙

 

何やら失礼な事を言われたような気がする…

あとじいちゃん、何とんでもないことやっていたんだよ……

 

イリーナ先生は師匠がいた事に気づきこちらに来た。

「出来の悪い弟子はここで先生でもやってたほうがマシだ……ここで色々学んで、必ず殺れよイリーナ」

「はい!師匠」

 

まあ、いろいろあったがこれで一件落着だな。

 

「キンジ、ビッチ先生でなった(ヒスった)わよね?」

 

……どうやら俺だけもうひと騒動あるみたいだ

 




明日の投稿は難しそうです

あと次回はオリジナル回にしようと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13弾 ダブラの時間

旅行も終わったんでさっそく投稿。
今回はオリジナル回、緋弾のアリアのあの子の登場です。





いつもより時間がかかった割には質が悪いかもしれません……
3/28
誤字修正と設定の都合上の為、文章の変更をおこないました。


~~♪

ある休日の日、特に何もなく部屋でレンタルした映画を見ていると電話がかかってきた。

 

「誰だ……」

 

かかってきた相手は矢田だった。

武偵高のヤツらだったらめんどくさい事を言われそうなので遠慮なく無視するが、矢田は出ないと不味いな……

 

「もしもし……」

「もしもし遠山君?今大丈夫だった?」

「ああ、別に問題ないぞ」

「ちょっと遠山君に頼みたいことあるんだ……」

 

内容を聞いてみると、どうやらクラスの何人かで千葉が贔屓にしている店で新しいエアガンを見に行くとのことで、その際に俺にもアドバイスなどが欲しいらしく一緒に来て欲しいとの事だった。

女子からの誘いの為、極力避けたいが戦力の強化、俺以外にも男が来ると聞き了承する。

 

「行くのはいいが、俺はエアガンの知識なんて全くないぞ」

「遠山君にはどんなタイプの銃が私達に合ってるかとかのアドバイスがして欲しいんだ。ほら、遠山君ってなんだかんだでみんなの事良く見ているし」

 

まあ、味方の強さを把握出来ないといざ作戦を立てるときなどで支障が出るからな。

 

「そういう事なら分かった。何時にどこへ行けばいいんだ?」

「ありがとう遠山君、14時に秋葉原の駅前に集合だよ。」

「分かった。じゃあ、またあとで」

「うん、じゃあね」

 

それにしても秋葉原か……

あそこは、人が多く集まり、路地裏などに秘密の道が多く犯人を捕まえにくいため武偵が避けたい場所だ。

そんな土地ゆえ武偵高の知り合いに会うことがないだろうと思い、最近私服化しつつあった武偵高の制服に着替え秋葉原に向かった。

 

 

集合場所に向かうと矢田の他には凛香、神崎、中村、渚、千葉がいた。

 

「これで全員か、矢田?」

「うん、そうだよ。じゃあ千葉君お願いね」

 

千葉の案内で店に向かおうとしたその時

 

「あっれ〜、キーくんだ。珍しいねこんな所で」

 

声のする方向に顔を向けると、武偵高の知り合いである峰 理子が声をかけてきたのだった。

 

 

峰理子、俺と同じ東京武偵高に所属し同じクラスで探偵科(インケスタ)Aランクだがトップクラスのバカなやつだ。

 

「り、理子なんでここに?」

「理子はメイド喫茶に来たんだ〜。キーくんこそ、こんな所でどうしたの?」

 

メイド喫茶がどんな所か分からないが、なんで武偵がこんな所に来てんだよ!

武偵高のヤツらには、凛香達から機密事項がバレる可能性があった為会いたくなかったのだが……

メイド喫茶に行くと言っているし、適当にコイツを追っ払うか……

 

「キンジ?誰その人」

「ほうほう、『キンジ』とな。キー君もこんなに可愛い子達はべらせて、いつの間にハーレムルートに入ってたのかなー?」

「変な勘違いしているようだが、ただの幼馴染みとその友達で俺は買い物の同伴を頼まれてここに来ただけだ。」

 

渚達はそれぞれ自己紹介している。

 

「それで、コイツは俺と同じ武偵の峰理子だ。主に調査とかをする探偵科に所属している。」

「どーも、りこりんでーす」

 

理子は両手で敬礼をしながら自己紹介をする。

凛香達の方が年下なのにコイツの方がよっぽど年下に見えるな……

渚や神崎など理子のバカっぽい行動に少し引いていた。

 

「じゃあ理子、俺達は買い物があるからお前もメイド喫茶楽しんで「面白そうだし理子も一緒に行こうかな〜何を買いに行くの?」……って、おい!」

「エアガンとか服とか見に行く予定ですよ。」

「おーエアガンか〜、理子も結構詳しいんだよね。一緒に行ってもいい?」

「いいですよ。それにしてもそのロリータすごいですね」

「くふ、理子の改造制服に目をつけるとはなかなか見どころがありますなぁ」

 

俺の言葉を遮った理子は、矢田と話して気づけば俺達の買い物について行くことになっていた……

 

 

 

千葉の案内で店に向かう途中、理子は

 

「へぇ、りんりんってキーくんの幼馴染だったんだ。」

「りんりんって私のことですか?」

「そうだよー、凛香ちゃんだからりんりん」

 

凛香に珍妙なあだ名をつけたり

 

「へぇ、あのゲームやってるんだ~」

「はい、理子さんもやっていたなんて今度一緒にやりませんか?」

 

神崎とは意外にもゲームの話題で盛り上がったり

 

「今度理子の持っている服貸してあげようか?なっぎー絶対に似合うよ」

「良かったね、渚ちゃん。着せたら写メ送りますね」

「お願いね~」

「着ないよ!」

 

渚をからかいながら、中村に服を貸す約束をしていたりと矢田以外の女子とも仲良くなっていた。

そんな様子を後ろから見ていると理子がこちらにやってくる。

 

「ねぇ、キーくんの本命って誰?やっぱり幼馴染のりんりん?」

「はぁ?」

 

こいつはいきなり何言ってんだ。

 

「そんなのいねーよ。俺が女嫌いなの知っているだろ」

「じゃあ、なっぎー?」

「なんでそうなる!」

「……キーくんには……を……してもらわない困るんだけどなー」

 

理子が小声で言ったため、要所要所聞こえなかった。

 

「何が困るんだ?」

「なんでもなーい、こっちの話。それよりもみんな店に入っていったよ、理子たちも行こう」

 

どうやら理子と話しているうちに店についたみたいだった。

店に入ると、多種多様なエアガンが置いてある。

各自別れてエアガンを見ていたが、どうやら大半の奴らはただどんな銃があるか見たかっただけらしい。

千葉に狙撃銃を勧めたあと、店内を適当に見てみると凛香が何やら迷っていた。

 

「何を迷ってるんだ凛香?」

「キンジ……どんな銃がいいかなって……」

 

凛香は銃だけでなく近接戦闘の能力も高いから……

 

「近接と銃どっちが得意だ?」

「自分自身では近接の方が得意かな」

「それだったら、ハンドガンでいいんじゃないか?」

「相手が先生だからもう少し弾倉数とかが欲しいところなんだけど……」

「じゃあ、2()()()()にしちゃえばいいんじゃない?」

 

俺たちの会話が聞こえたのか理子がいつのまにか横にいて提案する。

 

「理子簡単に言うが、中学生が片手で拳銃を制御できると思うのか?」

「キーくん使うのはエアガンだよ、そんなに反動もないし大丈夫でしょ。りんりんはどう?」

「両手に銃だと近接が難しくない?」

「その辺は大丈夫。理子もかじった程度だけど、()()()()だったら通用するし2丁拳銃での戦闘味わってみる?」

 

凛香は素人程度と言われ、少しムカついたのかムッとしながらもすぐに了承していた。

 

「おい理子、何勝手に話進めているんだ。そもそもそんなのどこでやるんだよ」

「くふ、実はすでに店長と話して射撃場を借りているのいるのです。さー、りんりんやろう!」

 

理子に半場押し切られる形で他のところを見ていた奴らも呼び、俺達は射撃場に移動した。

 

 

 

「それで理子……」

「どうしたの、キーくん?」

「なんで凛香まで武偵高の制服を着てんだよ!」

「いくらエアガンって言っても素人には危ないし、防弾があった方が良いでしょ?」

 

そう凛香は、なぜか持ってきていた武偵高の制服(フリルなし)を着用している。

理子は「フォオオオオ」とか言いながら

 

「今日メイドちゃんに来てもらおうと持ってきたかいがあったよ。りんりんめちゃくちゃ似合ってる!」

 

理子興奮するな、俺も含め他のやつが引く。

ヒス的にもあまりよろしくない恰好をしている凛香に一睨みされた後、凛香はベレッタとナイフを構える。

 

「じゃあ、これが地面に落ちたらスタートね。1発でも理子に当てたら勝ちでいいよ、りんりん」

 

理子がコイントスをし、用意していたワルサーP99のエアガンを2丁取りだした。

コインが落ちると同時に凛香が撃つが理子は右に左にとジグザグに避けながら凛香に迫る。

 

「くっ」

 

凛香は銃で撃つのをやめ、ナイフで迎え撃とうとしたが

 

「くふ、全力でこないとあっという間に終わっちゃうよ」

 

そういうと理子はアル=カタをしかけ始めた。

アル=カタによってナイフの攻撃は防がれ、逆に凛香は足、腹、胸などに攻撃をくらう。

 

「何アレ……」

 

渚達は理子の動きが今まで烏間先生に習ったものと異なるため俺に何なのか聞いてくる。

 

「武偵同士の戦闘ってのは拳銃が1撃必殺じゃないんだ。ああやって、()()()()()()()()()()()()()がアル=カタだ」

 

説明しながら、戦闘をみるとやはり凛香は理子の動きについていけずBB弾を山ほどくらっている。

余りにも一方的だったため止めようと思ったところで、突然凛香の動きが変わった。

 

凛香はアル=カタ相手に使えなかったナイフを捨て、スカートの中にしまっていた()()()()()()()()()を取りだし見様見真似のアル=カタを仕掛ける。

2人は射撃戦を避け、躱し、腕をはじくなど徐々にだが接戦になっている。

 

パンッ!パパパッ!

 

BB弾が2人に当たらなくなり、どんどん地面や壁に撃ち込まれていく。

 

「りんりん、なかなか様になってるじゃん。どお、2学期からでも武偵にならない?」

「……私は今の学校が気にいっているので」

「残念フラれちゃったかー」

 

弾切れになったところでそんな会話をする2人。

それを見て俺達は凛香の成長速度に驚いていた。

このまま終わるかと思ったところで、凛香は捨てたナイフとしまっていたナイフの2つを、理子もナイフを構え始めた。

 

「おい、凛香、理子なんでまだ続けるんだ。もう弾はなくなったじゃねーか」

「まだ、終わってないキンジ」

「そーだよキーくん、これはりんりんが参ったって言うか理子に1発入れるかまで終わらないよ」

 

そんな事を言うなり今度はナイフで切りあい始めた。

 

「いーねーりんりん。すごい良いよ!」

「……」

 

一見理子がはしゃぎながら避け、凛香は黙々と攻撃しているように見える。

しかし2人とも口元が笑っており、まるで戦闘狂のようだった。

凛香の攻撃がどんどん素早くなり、手数も増える。

理子も避けれなくなってきたのか、ナイフで受け流そうと凛香のナイフに触れた。

 

ドンッ

 

理子がまるで何かにぶつかったかのように後ろに吹き飛んだ。

その際に思わずナイフを落としている。

凛香のやつ、ナイフで切り結ぶときに秋水を撃ったのか……

 

「はぁ……はぁ……私の勝ち」

 

さすがにあれだけの攻防をやったため、凛香は息を切らしつつ理子の首元にナイフを当て勝利を宣言する。

 

「まさか、負けるとは思わなかったなー」

 

理子はまだ余裕がありそうだったが、ルールで負けだ。

勝負がついたため、俺達は2人に近づいていき矢田たちは凛香に質問を浴びせていた。

 

「理子、お前あんなにできるなら強敵科(アサルト)でも良かったんじゃねーのか」

「分かってないなー、りんりんは強くてもあくまで中学生だよ。

理子が強襲科に行ったとしてもせいぜいDランクが精一杯ってとこかな。」

「そんなに低いか?」

「そうだよ。それにしてもさっきのは楽しかったなー

りんりんには今度何かお礼でもあげないとね」

 

結局凛香はさっきの戦闘方法が性に合ったのかそのままベレッタ2丁を購入した。

 

 

 

店を出ると理子はこれからメイド喫茶に向かうため、ここで別れると言ってきた。

 

「そーだ、りんりん気になってたんだけど勝負中もつけてたそのネックレスどうしたの?」

「これ?」

 

凛香の持っていたのは、緋色と翠色が混じらず交互に合わさったような色をしている石をはめたネックレスだった。

あの石、どこかで見たような……

 

「昔キンジが神奈川に行く前に貰った石をネックレスにしてもらったの。確かどこかの神社で見つけたって昔キンジが言ってたかな?」

「思い出した、昔白雪達とかくれんぼしてた時に見つけた石だ、それ」

「へー、キーくんもなかなかやるねぇ。りんりんそのネックレスの石は緋色が恋愛成就、翠色が厄災から守るって意味があったはずだから肌身離さず持ってた方がいいよ」

 

何がやるのかは分からんが理子もこの石を知っていたらしくこめられた意味を教えてくれた。

 

「そうなんだ。ありがとう」

 

凛香がお礼を言うと理子はすぐにメイド喫茶に向かっていった。

その後俺達は男子はゲーセンに、女子は服を見に行くとなりその場で解散になった。

ちなみに凛香は理子から武偵高の制服をもらっていた。

 

 

~理子side~

想像以上にキーくんの幼馴染の戦闘センスが良かったため、つい本気を出しそうになってしまった。

アレは将来育て方次第では化ける、持っていた石は初めて見たがきっとあの人が昔言ってた物のはずだ。

 

「くふっ、りんりんがこのまま強くなって高校生になったらあそこに招待してもいいかもね」

 

誘うのもアリだが、あえて予定通りなら来年に来るであろうオルメスの隣にキンジと一緒に置くのもありかもしれない。

そしたらとても楽しい戦いができそうだ。

そんな未来の事を考えて楽しんだ後、次の作戦を考える。

この先攫う4.5人は楽勝だが。それよりも12月にさらう予定の強敵であろうアイツの情報を集めなくては……

 

「そんなことより、まずはメイド喫茶を楽しもうかな~」

『おかえりなさいませ、お嬢様』

 

目的地に着いたため、仕事の事を考えるのをやめて私はいきつけのメイド喫茶に入った。




次回は本編に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14弾 転校生の時間 二限目

今回は少し短いですがキリが良いため、2回に分けて投稿します。



お気に入りが100件超えました。みなさんありがとうございます。
これからも下手なりに頑張りますので「哿の暗殺教室」をよろしくお願いします。


「また、転校生が来るみたいね……」

 

俺は今凛香とともに山を登りながら昨日きたメールについて話している。

 

「ああ、今まで来たのが殺し屋、武偵、機械だろ、次は何が来るんだ?」

「次は男の子らしいですよ」

「「⁉」」

 

突然俺のポケットから声がした、中にあるのは携帯のみ……

 

「まさかな……」

 

おそるおそる携帯を開くと画面には律がいた。

 

「なんで律がいるの?」

「皆さんと円滑に情報共通するために、私の端末をダウンロードしてみました。

私の事は『モバイル律』と呼んでください」

 

凛香の問に律が答えるが、何でもありだなコイツ。

それにしても携帯まで女がいるなんて、女嫌いの俺にはたまったもんじゃない。

俺のプライベートといえるものがどんどん侵食されている……

そのうち俺の部屋まで女が住み着くんじゃないだろうか……

一抹の不安を感じつつ、律に関しては俺ではどうにもできないと判断し放置。

 

「そういえば、男の子って律は知ってるの?」

 

凛香も律の事はどうにもできないと判断したのか先ほどの律の言葉の事を聞いている。

 

「少しだけですけど知っています、もともと遠距離攻撃の私と今回の転校生である近距離攻撃の彼が一緒に投入される予定でした」

「なぜ、律だけ先に来たんだ?」

「理由は2つあります。1つは彼の調整が間に合わなかったのが理由です」

 

調整……

近距離攻撃らしいから今度は人型ロボットとかか?

 

「もう1つは彼の方が暗殺者として圧倒的に優れているからです」

「「……」」

「そのため私はサポート不足と判断され、各自単独で送り込まれることになりました」

 

律でもクラスのヤツラより相当上の実力だったぞ……

 

「……キンジとどっちが上だと思う律?」

 

おい凛香、俺を判断基準にするな。

 

「そうですね……彼のデータがないため確証ある判断はできませんが恐らく同程度かと……」

「え……そんなに?」

「凛香、まるで俺が人外みたいじゃねーか!」

「「違うの(ですか)?」」

 

もうやだ、この2人……

俺は一般人より少し戦えるただの人間だって言っているのに……

 

そんな会話をしつつ教室に入ると、そこでも同じ話題で盛り上がっていた。

 

「皆さんに仲間が増えるのは嬉しいですね。

まあ、今回の転校生も律さんと同じく華麗に避けきってみせますけどね」

 

殺せんせーは嘗めた顔で言っていると、原が朝の俺達同様に今回の転校生について律に聞く。

 

「キンジと比べたらどうなんだ?」

 

だからなんで俺基準なんだ磯貝!

 

「朝にキンジさんと速水さんにも言いましたがキンジさんと同等と思われます」

『……』

 

さっきもだがなんで俺並みだとそんな青い顔すんだよ、お前らは!

俺がそう言おうと立ち上がる直前に教室の扉が開いた。

全員が思わず扉の先を見つめると出てきたのは、全身白装束を身に纏った人物が入ってきた。

こちらに振り向くと片手を前に出す。

 

(何をする気だ……)

 

俺はベレッタに手をかけ、相手の一挙一動見逃さないようにする。

相手から出てきたのは白いハトだった。

 

「驚かせてすまないね。転校生は私じゃないよ。

私は保護者、まあ白いし無難に『シロ』と呼んでくれ」

 

そういってシロは殺せんせーに羊羹を渡しながら俺達に挨拶した。

てか手品なんてしやがって、ここが武偵高ならアンタ撃たれてたぞ。

 

「そういえば殺せんせーは?」

 

茅野の言葉で教壇にいないことが分かった俺は教室内を見回す。

 

「ビビりすぎだよ、殺せんせー!」

 

渚が天井の隅に向かって言っているため見ると……

殺せんせーがはぐれ〇タルみたいになっている。

 

「なんだあれ?」

「奥の手の1つで液状化」

 

俺の疑問に凛香が答えるが、殺せんせーいくらなんでもビビりすぎだろ……

ん?気のせいか、シロがこっちを見ていたような……

 

「皆良い子そうだ。これなら、あの子も馴染みそうだな。席はあそこですか殺せんせー?」

「ええ、そうですが」

 

どうやら律の隣の席に転校生が座るらしい。

 

「ちょっと性格とか特殊なんで私が紹介します。イトナ!入っておいで!」

 

シロが呼ぶとイトナと呼ばれた男が入ってきた。

壁を突き抜けて……

 

⦅なんで壁から⁉⦆

 

「俺は勝った。この教室の壁より強いことが証明された……それだけでいい……」

 

武偵高でも見ないぐらいの面倒臭そうなヤツが来たな……

 

「堀部イトナだ、仲良くしてやってくれ」

 

シロは紹介したらすぐに帰るかと思ったが、しばらくイトナを見るため学校に来るらしい。

イトナの隣にいたカルマが何かに気づいたようでイトナに聞いている。

 

「なんで手ぶらなのに土砂降りの雨の中全く濡れてないの?」

 

聞かれたイトナは急にキョロキョロ見回し俺を見るとカルマの頭を撫でながら

 

「お前はクラスでも強い方だろう……けど俺はお前より強いから殺さない……安心しろ」

 

その後、イトナは俺の横に来て

 

「お前は……強いのか弱いのか分からないな……だが俺よりは弱い……」

「そうかよ」

「俺が殺したいのは俺より強いかもしれないヤツだけだ。ここでは殺せんせー、あんただけだ」

 

俺を弱いと言ったイトナは殺せんせーの前で、殺害宣言をする。

 

「それはケンカの事ですかイトナ君?力比べでは先生とは次元が違いますよ」

 

殺せんせーはもらった羊羹を食べながら言う。

時間的に授業中だろ、羊羹食うなよ……

それを聞いたイトナは懐から羊羹を出しながら

 

「違わないさ……俺達血を分けた兄弟なんだから」

『兄弟!!』

 

おいおい、あのタコに兄弟なんていたのか……

しかもイトナは人間だろ、意味がわからん。

あとイトナ、羊羹食うなら外装剥がしてから食え。

 

「兄さん、放課後この教室で勝負だ。俺の強さを証明する」

 

そういうとイトナは帰っていき、奇しくも俺と同様転校初日に殺せんせーとの一騎打ちが決まった。




次回、戦闘シーン突入


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15弾 決闘の時間

3/30少し文章の書き換え、追加致しました


イトナは兄弟宣言と一騎打ち宣言後、昼休みに甘いものを大量に持って教室に戻ってきた。

 

「すごい勢いで甘いもの食ってんな…」

「殺せんせーと似てるかもね」

 

俺は凛香と共に弁当を食いながら、後ろにいるイトナを観察している。

凛香と話していると机に置いていた携帯の画面に律が映り

 

「イトナさん、表情が読みずらいところも似ていますね」

「律……本体があるんだから携帯に来るなよ」

「こちらから見る方が分かりやすいので」

 

ご丁寧に本体の画面は消えてるし……

 

「それでも俺のじゃなくてもいいだろ」

「……なんでキンジさんの携帯を選んだのでしょう?」

 

俺に聞くなよ、分かるわけねーだろ……

凛香もなんでか睨んでくるし、俺は何もしてねーだろ。

 

 

 

俺達以外にもイトナを観察し殺せんせーと比較していると、突然殺せんせーが

 

「兄弟疑惑で比較されるとなんだかムズムズしますねぇ。気分直しに買ったグラビアでも見ますか」

 

こんなところで見るんじゃねーよ。

教師がそんな本持ってくんな。

 

俺が殺せんせーを睨んでいると、周りは何とも言えない顔でイトナの方を見ている。

俺もイトナの方を向くと

 

「なんでお前までグラビア持ってきてんだよ……」

 

イトナは殺せんせーと全く同じ本を読んでいた。

 

「私が調べた情報ですと今週号は巨乳特集でした」

 

ああ、そういうことか……

律による分析で性癖も同じというどうでもいい情報が分かった。

 

「これは俄然信憑性が増してきたな……」

「岡島君……?」

「巨乳好きは皆兄弟だ!」

 

そう言い岡島も同じグラビア雑誌を出した。

聞いた渚は苦笑しているが、聞こえた女子からは冷ややかな目線が岡島に送られている。

凛香など、絶対零度を思わせる視線だったため見られていない俺ですら冷汗が出た。

 

(岡島……いい加減成長しろよ)

 

途中から脱線してイトナから目を離していたため、気づけばまたいなくなっていた。

 

 

 

放課後になり、とうとうイトナの一騎打ちが始まる。

前回の俺のように外ではなく、机でリングを作っている。

 

(まるで試合だな)

 

「ただの暗殺だと面白くないので1つルールを作りましょう。ルールの内容はただ1つリングの外に足がつけばその場で死刑だ」

 

どうやら、シロがこの作戦を考えたようだ……

 

「それ負けてもルール守るヤツなんているのか?」

「いや……皆の前で決めたルールを破ると先生として信用が落ちるから意外と効くよ。これ……」

 

杉野の問にカルマが答える。

確かに殺せんせーには有効な手だ……

殺せんせーもこのルールに承諾し、シロの掛け声で暗殺が始まる。

 

「それでは、暗殺……開始!」

 

シロの掛け声がした瞬間、殺せんせーの触手が切り落とされた。

だが俺達の視線はイトナの方に向いている。

なぜなら……イトナの頭に触手があったからだ。

 

(そりゃ濡れないわけだ、文字通り雨粒一つ一つはじいてたんだからな)

 

「どこでそれを手に入れた‼その触手を‼」

 

殺せんせーは顔が黒くなり、俺が今まで見たことがないほど怒っている。

聞かれたシロは飄々としながら

 

「言う義理はないね。けど確かに君と彼は兄弟だろ」

「……どうやら詳しく聞かないといけないようですねぇ」

「君はここで死ぬから無理だね」

 

シロが何かライトを照らした。照らされた殺せんせーの様子がおかしい。

 

「至近距離でこの光線を浴びると君は一瞬硬直する。触手同士の戦闘でこれがどれほどの隙か君には分かるだろう?」

 

イトナが触手でラッシュをかける。

教室は触手がマッハを超えた速さで動くため、暴風とも言える衝撃波が吹き荒れた。

 

「⁉」

 

暴風により見えてしまったのだ。

()()()()()()()()……

多種多様な色、模様、さらにスカートがめくれたことによって女子たちの顔が赤くなる。

 

―――ドクン。

 

(すまない、不可抗力なんだ)

 

声に出すとバレるため心の中で女子達に謝罪を入れて、殺せんせーの成り行きを見守る。

すぐに助けてもいいんだが、皆の顔つきが徐々に変わってきているためもう少し見守ろう。

殺せんせーのことだ、そうそうやられはしないだろう。

イトナのラッシュに殺せんせーは、脱皮によるダミーを作り電灯に掴まって避難していた。

 

「脱皮か……それにも弱点があるのは知っているかい?」

 

シロがそういうとまたイトナは攻撃を仕掛けた。

 

(さっきよりスピードが遅いな)

 

ヒステリアモードになった視界で容易に捉えれるほどに遅くなった殺せんせーは、イトナの攻撃を辛うじてさばいていた。

 

「再生や脱皮には結構なエネルギーを消費するんだ。私の計算では君は今イトナとほぼ互角だね」

 

徐々に殺せんせーが追い詰められている。

 

「加えて触手は精神に左右される。動揺から立て直っていない君を見て、今どちらが優勢化は一目瞭然だろうねー」

 

その後シロはまた先生を硬化させる光線を浴びせ、イトナの攻撃で先生の触手がさらに2本切り落とされた。

 

(そろそろか……)

 

皆を見ると、最初はイトナの攻撃などに呆然としていたが今はほぼ全員が悔しい顔をしている。

 

「みんな……」

 

俺の声にクラスのみんなが俺を見る。

 

「このまま、イトナに殺らせたままでいいのか?」

『……』

「もし、嫌ならどうしたい?」

『……したい』

 

数人がつぶやいている。もう一声か。

 

「もう一度言ってくれ。俺はここのクラスメイトであると同時に武偵だ、みんなの願いを依頼として叶えてみせるよ」

『俺(わたし)(僕)たちで殺せんせーを殺したい!』

 

この時、皆の意識が変わった。

 

「わかった、その依頼俺が叶えてあげよう」

 

パァン

 

「……これは何のマネかね?」

 

俺が銃で破壊した硬化させるライトを見つつシロが訪ねてくる。

 

「E組からの依頼さ。それに()()()()()()なんてルールにはないしね」

 

シロに説明しつつ俺はリングに入る。

 

「……邪魔だ」

 

イトナの触手が1本襲ってきた。

普通ならなすすべもなく食らう。

だが今の俺はヒステリアモードだ。

触手の動きがゆっくりとまではいかないものの捉えきれないほどの速さではない。

 

ザシュッ

 

迫ってきた触手にカウンター気味にナイフで切り落とすと表情が読めなかったイトナが初めて驚いた顔を見せる。

 

「ただの人間にすら攻撃が当たらないようなら、殺せんせーに勝つなんて無理だな」

 

俺が挑発気味にイトナに言うと

 

「勝てない……俺が弱いだと……」

 

イトナの様子がおかしい……

そう思って見ていると、触手が黒くなって暴れはじめた。

 

「まずいな……」

 

シロの言ったようにこのままではクラスのみんながケガをする。

とりあえず、暴れている子にはご退場願おう。

 

(桜花、秋水!)

 

俺は殺せんせーの個人での暗殺後にもらったアドバイスどおり、桜花をケガをしない速さである亜音速に留まらせてそれを足で放つ。

その速さのままイトナに迫り、凛香の見様見真似だが秋水を放った。

亜音速でほぼ全体重を乗せた攻撃をくらったイトナは教室から一瞬で消えた。

この技に名前をつけるなら『朧桜』、桜が見えたと思うと目の前には何もない、まさに幻だったかのように全てが一瞬で終わるからだ。

 

(だが、これは今後一切使えないな……)

 

俺は教室の壁に空いた人1人分の穴を見ながら、この技の封印を決意する。

朧桜が決まる直前にイトナが触手で防いだため威力の大部分を触手で逃がしていたが、それでも教室を突き抜け森まで吹っ飛んだイトナは気絶している。

人間に撃てば確実に殺してしまい武偵法9条を違反、それに今回はヒビ程度ですんだがあまりにも威力がでかいため俺自身も無事じゃないだろう……

 

俺が放った威力の大きさに皆声を失ったが、それでもシロだけは冷静に

 

「これでは勝負にならないな。それにあの子もまだ登校できる精神状態じゃなかったみたいだ。しばらく休学させてもらいますね」

「待ちなさい、あの生徒は放っておけません。それにあなたにも山ほど聞きたいことがある」

 

シロは俺が空けた穴から出ていこうとして殺せんせーに止められる。

 

「いやだね。止めるなら力ずくで止めてみなよ」

 

そう言われ殺せんせーが止めようとしたところで、触手が溶けた。

どうやら、あの服にも対殺せんせー物質が編み込まれているみたいだ。

外に出る前にシロは俺の方を見て聞いてくる。

 

「それで君はいったい何者なんだい?」

「ただのE組の生徒だよ。偏差値が低めですこし荒っぽい学校から転校して来たけどね」

「……そういうことにしておくよ」

 

そういってシロは教室から出て行った。

 

(結局、触手とかについて何も分からなかったな……)

 

 

 

机を元の位置に戻し、殺せんせーにクラスの皆が先生の正体やの2人の関係について聞いている。

結果だけを言えば答えはうやむやにされ。

知りたければ殺してみろということらしい。

今までならここで皆下校していたが、今日はほぼ全員残って烏間先生の所に会いに行った。

 

「あの……もっと教えてくれませんか、暗殺技術を」

「……?今以上にか?」

 

磯貝の言葉に烏間先生が理由を聞いてくる。

 

「今までは、結局遠山君とか誰かが殺るんだろうって他人事みたいに思ってたけど」

 

桃花、俺を買いかぶりすぎだよ。

 

「今日、イトナを見て……キンジに聞かれて思ったんだ」

 

前原が言ったあと、まるで合わせようと決めてたように声が重なり

 

『誰でもない俺達E組で殺りたいって』

「だから限られた時間で殺れる限りしたいんです」

「僕たちの担任を殺して自分達の手で答えを見つけたいんです。烏間先生」

 

メグ、渚が言うと烏間先生は承諾し今日から希望者のみ放課後も追加の訓練を行うことになった。

皆がロープ昇降をしているのを見て、いつもの補習に向かおうとすると烏間先生に止められた。

 

「遠山君ちょっと言いか?」

「どうしたんです、烏間先生?」

「脚、少なくともヒビは入っているだろ。部下に車で向かわせるから病院に行きなさい」

「これくらい大丈夫ですよ」

「君はもうここのクラスになくてはならない存在だ。みんなも心配する、だから行ってくれ」

「……そういうことなら」

「あとこれを渡さないといけない……」

 

烏間先生から紙を渡された。

そこに書かれているものは、校舎の壁の修理代の請求書だった……

 

「すまない……国に掛け合ったんだが暗殺と関係がないの一点張りだったんだ……」

 

マジかよ……

 

「どうにかして大半は払ってやれそうなんだが、全額は無理だったんだ……」

 

貯金なんてほとんどないぞ。

 

「いえ、ありがとうございます。……分割払いってできますか?」

 

みんなが良い雰囲気で終わる中、俺だけがしまらなかった。

 




明日の更新は難しそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16弾 球技大会の時間

キンジに野球をさせるか、バスケの監督をさせるかで悩みました……


イトナが休学してから1週間がたち梅雨が明け始めたころ、球技大会のメンバー決めが行われた。

球技大会は6月末に男子は野球、女子はバスケットボールをトーナメント式で行われる。

 

「なんでE組だけ書かれてないんだ?」

 

トーナメント表にはA~Dまでしか書かれていない。

 

「1チーム余るから俺達E組は余興試合(エキシビジョンマッチ)に出るんだよ」

 

俺の疑問に三村が答えてくれる。

 

「見世物として、部の選抜メンバーたちと戦わされんだよ。E組はこんな恥かくことなるぞって警告の意味も込めてな」

「ああ、()()()()()()か……ほんと、ここはこんなのばっかだな」

 

木村の言葉に思わずため息をついたが、片岡のやる気がなぜかすごかった。

 

「今年のE組は暗殺で基礎体力ついているし、良い試合して全校生徒を盛り下げようみんな!」

『おー!』

 

本校舎のヤツラを見返そうと片岡によって士気が上がる。

律もやる気が出たのか、ラクロスのラケットみたいなものを制作して

 

「片岡さん、ゴール率100%のボール射出機を制作してみました。」

 

おいおい、試合にでるつもりなのか⁉

 

「……律、お前が試合に出るのはいろいろマズイ。当日は大人しく誰かの携帯にいろ」

「なんでですか?」

 

律は本気で分かってないようだ……

 

 

 

球技大会は良いのだが1つ疑問がある。

 

「俺が出ても大丈夫なのか?」

 

まず俺は他の奴より年上だ、さらに本校舎のヤツラには武偵であることを秘密にすると理事長と決めている。

あまり目立つようなことは避けておきたいのだが……

 

「理事長が言うには『遠山君もE組の生徒だ。存分に球技大会を楽しんでくれ』だそうだ」

(よーするに武偵1人増えたところで戦力は変わらないから好きにしろってことか……)

 

烏間先生から理事長の許可があることを教えてもらい、嘗められている現状に少しイラッとくる。

 

「じゃあ、遠慮なくやらせてもらおうじゃねーか」

「キンジも参加するし、杉野もいるからもしかしたら勝てるんじゃね-か?」

「俺はそこまで野球できねーぞ。期待すんな」

 

前原の言葉に過度の期待をしないように一言言って、杉野を見ると何とも言えない顔をしている。

 

「野球を3年以上続けていたあいつらとほぼ野球未経験の集まりの俺達じゃ勝つ以前の問題だわ……」

 

杉野はそう言っている割には諦めているような顔ではなかった。

 

「……けど勝ちたいんだ。好きな野球で負けたくないし、何よりE組のみんなで勝ちたい! まあ、無理かもしれねーけどな」

「杉野、『諦めるな、武偵は決して諦めるな。』だ、やってみなくちゃ分からないだろ? それに殺せんせーを見てみろよ」

 

俺の言葉に皆が殺せんせーを見ると、ユニフォームに着替えやる気十分な姿だった。

 

「こ、殺せんせーも野球をしたいのはよく分かったけど、何する気なんだ?」

「杉野君、先生一度は熱血ものをやってみたかったんですよ。今回は熱血スポ魂コーチです。

殴らない代わりにちゃぶ台をひっくり返します」

『なんでちゃぶ台⁉』

「にゅや⁉ 君たち〇人の星を知らないのですか?」

 

(昭和アニメの内容を知っている方が少ないんじゃないか……)

 

「そ、そんなことは置いといて、最近目的意識をしっかりと持ち始めた君たちの心意気に答えてころ監督が勝てる作戦を教えてあげましょう」

 

殺せんせーの作戦のもと、球技大会まで練習が続いた。

 

 

 

 

球技大会当日、俺と凛香一緒にいつも通りの時間に登校する。

ここ最近は何故かよく俺の携帯にいる律も一緒だ。

いつもと違い凛香がどこかそわそわしている。

 

「凛香どうかしたのか?」

「別に……」

 

いや、絶対に何かあるだろ……

俺が何かしたか考えていると律が俺の携帯から凛香に聞こえないぐらいの大きさで喋りだした。

 

「キンジさん、キンジさん」

「どうした律?」

「速水さんを見て気づいた事はありませんか?」

「……ああ、髪型か」

 

そういえば、いつもと違い髪を後ろで2つに束ねているな。

 

「そのことがそわそわしている原因だと思いますよ」

「そうなのか?」

 

律に指摘されたため、改めて気づいたかのように凛香に髪型の事を聞く。

 

「そういえば凛香、髪型変えたんだな」

「‼。……うん、バスケをやるときに邪魔かなと思って。変?」

「いや、似合ってると思うぞ」

「そ、そう……」

 

髪型を言ってから学校に着くまで、心なしか凛香は嬉しそうだった。

 

(髪型ひとつでそこまで嬉しいものなのか?)

 

思った事をその日の夜に携帯にいた律に聞いたら

 

「キンジさんって、私より女心を理解していませんね」

 

と俺の理解度は機械以下だとダメ出しされた。

 

 

 

 

球技大会が始まり、最初はトーナメント戦が行われたがさして興味がなかったため時間まで寝て過ごした。

 

『それでは最後にE組対野球部選抜の余興試合(エキシビジョンマッチ)がまもなく始めます。参加選手はグラウンドに集まってください』

「キンジさん、起きてください。試合が始まりますよ」

「……律?お前女子の方に行かなかったのか?」

「はい。キンジさんは前に『大人しく誰かの携帯にいろ』と言いましたので」

「あまりよくわないが、良いか。それよりももう時間だったな」

「はい!頑張ってくださいねキンジさん!」

 

律に応援されつつ集合場所となっているベンチに行くと寺坂たち3人を除いた他全員がすでに集まっていた。

 

「やっと来たかキンジ。来ないかと思ったぞ」

「すまん、磯貝」

 

心配させた磯貝に謝りつつ、すでにウォーミングアップを始めている野球部を見てみる。

ウォーミングアップなのに動きが違う。向こうも気合十分なようだ。

 

「そういえば監督は殺せんせーがやるんだろ?どこにいるんだ?」

 

見当たらない殺せんせーについて聞く。

そもそもあの先生、一般生徒に見つからないようにどう指示出すつもりなんだ。

 

「あそこだよ。烏間先生に目立つなって言われたから」

 

渚がそう言いながら、遠くに転がっているボールを指している。

 

「あそこにはボールしかないだろ?」

 

菅谷も俺と同じくボールしか見えないようだ。

 

「そのボールをよく見てみなよ」

 

カルマに言われ菅谷と2人でよく見る。

やっぱり普通のボールにしか見えないが……

 

「「あ……」」

 

1つだけ帽子をかぶっていた、どうやら殺せんせーがボールに紛れていたらしい。

渚が言うには顔色とかで指示を出すようだが、ボールに紛れているのに色とか変えて目立たないのか?

殺せんせー見ていると顔色が青緑、紫、黄土色に変わる

 

『殺す気で勝て』らしい

 

これを見て磯貝が学級委員らしく皆をまとめる。

 

「俺等はもっとデカいこと目標があるんだ。あいつら程度には勝たないとな杉野」

「確かにな……よっしゃ、やるぞ皆‼」

『おう!』

 

こうしてE組対野球部選抜組の戦いが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17弾 野球の時間

4/4
矛盾な部分等があったため、文章の書き換えを行いました。


E組対野球部の試合が始まり、最初はE組からの攻撃だった。

 

「やだやだ、どアウェイで先頭打者とか」

 

木村がぼやきつつ、バッターボックスに入る。

殺せんせーの指示は、最初は見送りらしい。

 

ズドン!

 

進藤の球がキャッチャーのミットに収まり、良い音が鳴る。

俺の携帯にいた律が計測すると球速は140kmらしい。

 

(あれで140kmか……あんなに遅かったか?)

 

殺せんせーによる()()もあるが、なにより武偵高は銃弾を教師や生徒がバカスカ撃っているような学校だ。

そのため銃弾の速度に見慣れてしまい140kmが遅く感じてしまうという理由もあったのだ。

 

(あれで140kmなら、蘭豹が酔って投げてくる潰した空き缶は170kmを優に超えてんじゃないか?)

 

そんな事を思っているうちに二投目が投げられる。

木村がその球を今度はバントした。

これが殺せんせーが考えた作戦だ。

内容は簡単野球部は強豪で、さらにピッチャーである進藤が投げる球は140kmとプロ並みに速い球を投げる。

しかし他の事までプロ並みかと言われたら違い、そこを突くようにひたすらバントの練習をしたのだ。

木村がセーフティーバントをきめ、続いて渚もバントで塁に出た。

 

「やっぱ、()()に比べたらバントやりやすそうだな」

「まあ、()()に比べたらな」

 

千葉と前原があの事を思い出しているみたいだ。

確かにアレは色々とひどかったな……

なんせ、殺せんせーが投げる3()0()0()()()()()()()()()()()という無茶をやらされたのだ。

それのおかげで、あとから140kmで練習した時はかなり遅く見えて皆進藤相手にバントが完璧にできるほど上達したんだがな……

気づけば三番の磯貝も塁に出ている。

 

「いっちょ、決めてくるわ」

 

そういって、4番の杉野が殺せんせーの指示でバントの構えで進藤の球を待つ

進藤を見ると、この状況を理解しきれていないのか戸惑いの表情を見せながら球を投げた。

 

「進藤のやつ殺られたな」

 

俺のつぶやきと同時に杉野の構えがバントから打撃に切り替わり、打った球は深々と外野を抜けていった。

 

「走者一掃のスリーベース!なんだよこれ、予定外だ。E組3点先制!」

 

放送席からの声で分かる通り、本校舎組は唖然としている。

次の打席は俺だ。

 

「進藤には悪いがもう1点ぐらいもらうぞ」

 

バッターボックスに立ち、殺せんせーの指示をみる。

 

(好きなように打てか……なら、少し頑張ってみるか)

 

俺が打撃の構え、進藤は先ほどと同じく内角高めを投げてきた為1球目から打つ。

 

『杉野に続いてまたまた打ったー、だがE組遠山良いところを見せようとしたがただのキャッチャーフライに!』

 

放送席の言い方に少しイラッとしたが、確かに打った球は真上に飛んでしまいキャッチャーフライになってしまった。

 

「すまん、ダメだった」

「ドンマイ、キンジ。相手は140kmなんだ仕方ないさ」

 

ベンチに戻り磯貝に励まされていると、野球部の方からドサッと人の倒れる音がした。

誰が倒れたか気になり、そちらを見るとそこから一人の男がグラウンドに出てくる。

 

「審判、タイムを」

 

出てきたのは理事長だった。

 

「なんで理事長が?」

『今入った情報によりますと野球部顧問が試合前から重病で部員は心配で試合どころじゃなかった為、理事長が先生がこの試合の監督を引き継いだようです!』

 

渚の疑問に放送席からまるで答えるように説明が流れた。

理事長がタイムの間に何か野球部に吹き込んだのか、目つきが先ほどと違っていた。

タイムが終わると野球部はバッターから通常では審判に注意されそうなほど近距離で守備を固めてくる。

 

「こっちがバントしかないって見抜かれてるぞ」

「しかもあそこまで近づかれたら、バッターが集中出来ねーぞ!」

 

菅谷がため息をつき、岡島が文句を言っている。

 

「審判は向こう側だから、期待できないね」

 

竹林が言う通り、E組に味方するようなヤツはここにはいない。

殺せんせーもどうやらお手上げ状態なようで顔を手で押さえて落ち込んでいた。

 

瞬く間に3アウトになってしまい交代になってしまった。

俺は打撃のみだったため、ベンチに残る。

 

「何やってんの、キンジ?」

 

後ろから誰か声をかけてきた為、振り向くと凛香だった。

 

「凛香か、俺は打撃だけだから守備の間はベンチだ。女子はもう終わったのか?」

「うん、負けたけどね。男子はどう?」

 

そう言いながら凛香は近づいてきたが、さきほどまでバスケをして汗をかいていたためかどこかジャスミンを思わせるような匂いが凛香からする。

 

「あ、ああ。途中から理事長が来て、今は勝ってるが正直どうなるか分からない」

 

凛香の匂いにヒスりそうになるのを必死に抑えながら凛香と試合を見守る。

この回は、杉野の変化球で野球部の攻撃を抑えることができ無失点で攻守が入れ替わる。

次の打席はカルマの番なのだが、カルマは打席に入らない。

 

「どうした?早く打席に入りなさい。」

 

審判がカルマに打席に入るように催促すると

 

「ねえ、これズルくない理事長?」

 

突然カルマはクレームを言い始めた。

 

「こんだけ邪魔な位置にいるのに審判の先生も注意しないし、おかしいと思わない一般生徒も守備位置理解できないくらいバカなの?」

 

煽ってもただブーイングがとぶだけなのは明白なのになぜ言うのか俺には理解できなかった。

案の定一般生徒からブーイングがとび野球部の守備の位置も変わらぬまま、連続三振ですぐに守備になってしまった。

この回でも杉野が抑えるかと思ったがここでアクシデントが起きた。

野球部が打った球が運悪く杉野の足にに当ったのだ。

 

「タイム!」

 

杉野の容態を見るため磯貝が審判にタイムを取った。

俺も杉野を見るためにグラウンドに行く。

そこまで酷くはなかったが、踏ん張りがききそうにないためこれ以上は投げれそうにないらしい。

 

「……どうする?」

 

磯貝が皆に誰が投げるか聞く。

杉野の代わりに投げれる奴なんてここにはいないぞ。

そう思っていると、皆が俺の方を見てくる。

 

「もしかして、俺が投げるのか?」

『うん』

「無茶だ!俺は変化球も投げれないぞ」

 

必死に無理だというが足を痛めた杉野にも頭を下げられた。

 

「キンジお前しか頼れないんだ、もし打たれても負けても誰もお前を責めない。だから頼む」

「……はぁ、わかった」

 

はんば諦めるように承諾し、俺はベンチに予備に用意されていたグローブを取りに行く。

 

「キンジ、杉野の様子は?」

「そこまで重症ではなかったが、これ以上投げれそうにないから俺が投げることになった」

「大丈夫なの?」

「分からん」

 

凛香にグラウンドでの出来事を話しながら、グローブを探していると

 

「あ……キンジ」

「どうした?」

「少ししゃがんで」

「?」

 

凛香にしゃがむように言われ、素直に従うと凛香が先ほど以上に近づいてきた。

その為、凛香の匂いがより一層濃くなる。

 

ドクン!

 

凛香の匂いを思いっきり吸ってしまい、血流を抑えきれなかった。

 

「頭にゴミついてたわよ。……キンジ?」

「ありがとう凛香、この回どうにかなりそうだ」

「え……なんでなってるの?」

「そうだね、いい匂いがする君のおかげかな」

「‼」

 

俺の言葉で理解した凛香はみるみる顔が赤くなり、俺から少し距離を空ける。

 

「……今は時間がないから後で説教ね」

「ごめんね。今度お詫びさせてもらうよ」

 

凛香に一言謝り、改めてグラウンドに出る。

 

「渚」

「どうしたのキンジ君?」

「ど真ん中に俺が投げるから、ミットは最初からそこに構えててくれ」

「でもそれじゃあ、打たれるんじゃ?」

「大丈夫だ、俺を信じてくれ」

 

渚に指示を出し、ピッチャーマウンドに立つ。

どうやら、バッターは俺の事をカモだと思っているみたいでニヤついた笑みを浮かべている。

 

(なら、この遠山桜散せるものなら散らしてみな!)

 

ズドン!

 

『……』

 

ミットにボールが収まる音以外聞こえてこない。

 

『な、なんだーあの球の速度!進藤選手並に速いぞ!』

 

放送席の声で我に返った生徒たちは騒めき始める。

この球速の原理は簡単だ。

今回は肘のみを桜花の要領で一瞬で振り抜いただけだ。

その際に微調整をして振り抜く速度をおおよそ150kmほどに抑えないといけないのが難点だがな。

 

(言うならば、『桜花一分咲き』ってところか……)

 

多分、マッハでも投げれそうだがこれ以上の速度になると渚が捕れなくなる。

それに一般生徒の目もある為、そこそこに抑えなければならない。

そのまま、3人続けて三振を取り杉野がいない中無失点に抑えられた。

 

「どうにかしたぞ」

「ありがとうキンジ。あんな速い球投げるなんて、最初から俺じゃなくてキンジがピッチャーで良かったんじゃないか?」

「杉野、僕が耐えきれないよ……」

 

杉野の言葉に渚が真剣にやめてくれと訴えてた。

手に当たらないようにコントロールしたはずだったが問題があったのか?

 

「速すぎるのと、衝撃がね……」

 

渚は少し遠い目をしていた……

3回表になり、こちらの攻撃になったが相変わらずの前進守備のため三者凡退で終わってしまった。

こちらの守備になり、また先ほどのように打ち捕ろうとピッチャーマウンドに立つと理事長が何か指示を出している。

 

「橋本君。手本を見せてあげなさい」

 

俺は普通に投げると負けることが分かっているため、先ほどと同様150kmの速さで投げる。

バッターがやってきたのはバントだった。

 

(やられた!)

 

俺はボールの行った先を見たが、やはり守備の練習をやってないためバッターが塁に出てしまう。

理事長は手本を見せるという大義名分で俺達と同じ作戦をやってきたのだ。

そのまま、1人2人と塁に出て気づけば満塁に確か次の打席は……

 

「ノーアウト満塁で迎えるバッターは、我が校が誇るスーパースター進藤君だ!」

 

アイツを見れば打ってくるのが一目で分かる。

俺はどうするべきか悩んでいると、後ろからカルマと磯貝がやってきた。

 

「2人ともどうしたんだ?」

「カントクからの指令」

「キンジは気にせず投げてくれ」

 

何をする気かと思うと2人は前進守備を始めた。

そこで先ほどのクレームがこれを認めさせるものだと気づく

 

(殺せんせーもやるな)

 

その前進守備に対して理事長も好きにしろと認める。

 

(あそこまで近づかせて、本当に『殺す気で勝つ』だったとは)

 

カルマと磯貝が前進守備として、バッターボックスまで近づいたのだ。

 

「気にせず振りなよスーパースター、キンジ君の球を邪魔なんてしないから」

 

カルマが進藤に挑発して、理事長が構わず振れと指示する。

俺が投げると、進藤はカルマ達をビビらせる為なのか大きく振ってきた。

それに対して2人は最低限の動きで避ける。

 

「ダメだよそんな遅いスイングは。俺達を殺す気で振らないと……」

(進藤の心を殺したか……)

 

見ると進藤は恐怖で小刻みに震えている。

なら、もうこの試合は終わらそう。

そう思い俺は、普通に投げる。

 

「う、うああああああ」

 

進藤は小さく悲鳴を上げながら腰が引けたスイングを振る。

それをカルマが捕り、ホーム、三塁、一塁の順番にボールを投げていく。

 

『ゲ、ゲームセット!なんと、E組が野球部に勝ってしまったー!』

 

こうして、球技大会はE組の勝利に終わった。

 

 

 

ヒステリアモードが解けたあと、俺は烏間先生に目立つ行為をするなとう厳重注意と凛香による説教が待っていた……

余談だが凛香への詫びは7月12日に俺のおごりで買い物に付き合えと言い渡されたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

if  もしもキンジが野球じゃなくてバスケのほうに参加したら……

ほぼ1年前にお蔵入りした話です。

ホントなら完成した時点で乗せるつもりでしたが、一度データが飛びまして……
外部メモリに保存していたこのデータが見つかったので今更ですが投稿しました。

当時、ただキンジに○○させたいがために書いた話です。




これはストーリーと全く関係がない話ですので、読まなくても全く問題がありません。


イトナが休学してから1週間がたったころ、あるイベントがやってきた。

 

「球技大会か……」

 

球技大会6月末に男子は野球、女子はバスケットボールをトーナメント式で行われる。

 

「けど、なんでE組だけ書かれてないんだ?」

 

トーナメント表にはA~Dまでしか書かれていない。

 

「1チーム余るから俺達E組はエキシビジョンマッチに出るんだよ」

 

俺の疑問に三村が答えてくれる。

 

「見世物として、部の選抜メンバーたちと戦わされんだよ。E組はこんな恥かくことなるぞって警告の意味も込めてな」

「ああ、いつものあれか……ほんと、ここはこんなのばっかだな」

 

木村の言葉に思わずため息をついたが、片岡はなぜかやる気がすごかった。

 

「今年のE組は暗殺で基礎体力ついているし、良い試合して全校生徒を盛り下げようみんな!」

『おー!』

 

片岡によって士気が上がっているが、すまんな……

 

「俺は球技大会出れねーぞ」

「え、なんでよ?」

「なんでよって言われてもな……そういう契約を理事長としてんだよ」

 

片岡に聞かれたため素直に答えるが、俺が武偵だということは一般生徒には秘密になっている。その為年齢や身体能力が違うため、球技大会は参加禁止と言われた。

 

(たぶん見せしめにならないからだよな……体育祭については何も言われてないし)

 

それを説明すると皆は少し不満そうだが納得してくれた。

俺の理由に納得した女子達が作戦を立てようとすると、今度は律が自慢げにラクロスのラケットっぽいものを見せながら

 

「片岡さん、ゴール率100%のボール射出機を制作してみました。」

「……律、お前が試合に出るのはいろいろマズイ。当日は俺と一緒に見学だ」

「なんでですか?」

 

律、本気で試合に出れるとお前は思ってたのか……

律に出れない理由を説明してやっていると、寺坂達は球技大会をサボるようで教室から出て行った。

 

「そういえば杉野、お前野球やってたよな。勝てそうか?」

「野球を最低でも3年間やってたやつとほとんどが未経験者の集まりだしな……正直勝負にもならねーよ」

 

絶望的だとか言ってる割には、諦めてるような目をしてないな杉野のヤツ。

 

「それにかなり強いんだ、うちの部…… けど勝ちたいんだ、E組のみんなで勝ちたい!」

 

その気持ちがあれば、コイツらなら大丈夫だろ。

それにこんな時のあの先生が何もしないはずないもんな。

 

杉野の話を聞きつつ、それとなく俺は殺せんせーを見る。

喋ってはないが見ただけで分かった、殺せんんせーも野球がしたいことを。

 

「ユニフォームなんか着てどうする気だ、殺せんせー?」

「先生一度熱血ものをやってみたかったんですよ。今回は熱血スポ魂コーチです。

殴らない代わりにちゃぶ台をひっくり返します」

『なんでちゃぶ台⁉』

「にゅや⁉、君たち〇人の星を知らないのですか?」

 

(昭和アニメの内容を知っている方が少ないんじゃないか……)

 

「そ、そんなことは置いといて、最近目的意識をしっかりと持ち始めた君たちの心意気に答えてころ監督が勝てる作戦を教えてあげましょう」

 

これで大丈夫だろう。

当日俺達はどうするか、そんな事えお考えていると不意に肩を殺せんせーに叩かれた。

 

こういった時って、悪い事しかないよな?

まさか……

 

「それでは男子は私が、女子は遠山君が監督役ということで球技大会頑張りましょう」

「おい!なんで俺が監督なんだよ‼」

「E組である遠山君にも何らかの形で球技大会に関わってほしいと思っての提案だったのですが、なにか問題でもありましたか?」

「問題ありすぎだ殺せんせー!女子だったらビッチ先生にやらせたらいいじゃねーか!」

 

そう言ってビッチ先生を指さしたが、言われた本人はというと

 

「バスケって球をカゴにイレるだけのスポーツよね?」

 

監督以前の問題だった……

いや、まだだ! まだ、女子がOKを言っていない。

諦めんな俺‼諦めたらそこで試合は終了だぞ!

 

「それに俺なんかが監督なんて女子は嫌がるだろ?」

「遠山君が監督で嫌な人はいますか?」

 

殺せんせーが女子達に聞く。

ほら、嫌だって声が……聞こえないだと⁉

 

「まあ、なんだかんだで皆の事よく見てるし」

「むしろやる気が出る子もいるんじゃない?」

 

片岡、矢田が賛成の声を上げる。

てか矢田、そんな奴いるとは到底思えないぞ。

反対の意見がなかった為、殺せんせーは続けて

 

「せっかくなのでキンジ君のサポートとして、律さんにも副監督もといマネージャーをやってもらいますね」

「よろしくお願いしますねキンジさん」

 

律が俺の携帯から声をかけてくる。

やばいぞ、このままじゃ監督をやらされてしまう……

かくなる上はここから逃げよう。

俺が窓から逃げようとしたら、いつのまにか後ろにいた凛香に捕まった。

 

「キンジ、諦めなさい。監督をやらなかったら、どうせ寝てるだけでしょ?」

「では遠山君、キャプテンの片岡さんと作戦をしっかり練ってくださいね。では男子は着替えて校庭に集合です」

 

強制的に俺を監督にした殺せんせーは一言そういうと外に出て行った。

ちなみに俺の成り行きを見た男子たちは、終始俺を憐れんだ目で見ていたのだった……

 

 

 

「じゃあ、まずはポジションね」

 

片岡によって作戦会議が始まった。

俺はというと律に女子の戦力などを分析させどこが適しているかを調べるように頼んだだけだった。

律によれば

PG(ポイントガード)岡野、倉橋、不破、茅野、奥田

SG(シューティングガード)凛香、神崎、矢田、狭間

SF(スモールフォワード)片岡、中村

PF(パワーフォワード)原

C(センター)

 

(かなり偏ってるな……)

 

「律が私たちの適したポジションを踏まえて、作戦を立てないとね…・・・」

「つっても片岡、相手の方が実力が上なのは明白だろう、何か案でもあるのか?」

 

片岡に聞くもこれといった案は出ていない。

 

「そういうキンジは何かあるの?」

「……」

 

相手が準備し終わる前に点数を決めることはできないか……

 

「律、選抜組にたいして速攻を決めることってできないか?」

「そうですね……シュミレーション上でしたら複数のパターンを作れば1ピリオドは防がれることは少ないかと」

 

律の作戦に賛成か片岡に聞いてみる。

 

「なるほど攻撃の時は速攻ね……基礎体力も上がって皆足が速くなっているしいけるかも」

「じゃあ、1ピリオドは速攻をメインにして攻めるとして、あとは2ピリオドからの作戦と守備ね……」

 

女子達は作戦をある程度決めた後は、球技大会前日まで対選抜組の練習をした。

俺はこれ以上することがなく、当日まではボーっと過去の律と一緒にNBAの動画を見るぐらいしかすることがなかった。

 

 

 

球技大会当日になり、女子のエキシビジョンマッチの時間になる。

 

「それでは最後にE組VSバスケ部選抜組の余興試合を始めます」

 

放送部によるアナウンスがあったため俺達はベンチに入る。

 

「スタメンは作戦通り片岡、矢田、神崎、岡野、原でいくぞ」

 

俺が監督っぽくメンバーを発表すると何故か全員が俺の周りに集まる。

 

「キンジさん、監督なんですから何か一言お願いします」

 

俺の携帯にいる律が教えてくれたが気のきいたことなんて言えねーぞ。

 

「……『仲間を信じ、仲間を助けよ』だ。あいつらにE組の力を見せてやれ」

『はい!』

 

俺がそれっぽいことを言って、スタメンはコートに行く。

 

試合が始まる前にルールをもう一度確認しとこう。

 

・1ピリオド10分の合計3ピリオドおこなう

・50点差でコールド負け

・E組のみ何回でも交代可

 

試合が始まった。

相手がデカかったため、ジャンプボールを取られ早々と点を取られたがここからが勝負の始まりだ。

 

「いくよ、みんな!」

 

片岡の声により速攻が始まる。

神崎から岡野にパスをつないだ後、岡野が素早くドリブルで真ん中を駆ける。

その後、事前に前にいた片岡にパスをつなぎゴールにボールを置くように打つレイアップシュートを決めた。

相手選手はE組がこんなに動けると思ってなかったようで対応できず驚いて動けていない。

 

ここからが肝心だ。

守備に関しては個々の身体能力が高くもバスケの技術に関しては向こうの方が高い。

その為個々で守るのではなく、場所で守るゾーンディフェンスで守りに入る。

最初は相手も嘗めていたのか防ぐことができ、そこから速攻を仕掛けることができ良い感じに試合の流れを持ってこれたが5分もたったころにはこちらの守りを突破され、点数の入れあいになった。

1ピリオドが終わったときの点数はこちらが28、相手が22とかなりの接戦。

 

問題はここからなんだよな。

 

続いての2ピリオド目、メンバーは片岡、岡野はそのままで新たに狭間、凛香、中村を加えて出る。

 

(作戦通りだと片岡、中村が引き付けて、凛香と狭間がシュートを狙うことになっているが……)

 

ここで誤算が出てくる。

今までは個々で守るマンツーマンディフェンスだったのだが、相手もゾーンに切り替えてきたのだ。

普通ならファールを取られてもおかしくないほど当たりが強いが、審判はあちら側のためファールにならずボールを取られ点数をとられていく。

 

「あれを突破する練習なんてしてないよ⁉」

 

横にいた倉橋が俺にどうするか聞いてくる。

 

「審判!タイムアウトだ!」

(一度切り替えないとヤバいな……)

 

残り4分の時点でタイムアウトを取り、一度俺の周りに皆を集める。

 

(うっ!、女子の匂いが一段と濃いぞ)

 

汗をかいているかだろう、いつも以上に女子特有の甘い匂いがムワッと俺の鼻にくる。

ヒスらないように心の中で素数を数えつつ指示を出す。

 

「落ち着けお前ら、アレはお前達が練習したのと同じヤツだ。守備の時にやられて嫌な事をそのままあいつらにやってみろ」

 

俺の一言で「そうか」と気づいた女子が何人かいるな。

その後律に時間ぎりぎりまで図面付きでのゾーン攻略の作戦を説明させた。

 

「じゃあ、この後は倉橋、不破、中村、原、奥田が出てくれ」

 

タイムアウトのついでに疲れがないメンバーに入れ替え、攻撃の仕掛けた。

先ほどよりは攻めているが、このピリオドでE組は36点、バスケ部は46点と差を開けられてしまった。

 

「どうする……」

 

相手はこのままゾーンで来るのは明白だ。

俺が律とどうするか考えていると片岡がこちらにやってきた。

 

「遠山君、少し良い?」

「どうした片岡」

「次の作戦だけど、こんなのはどうかな?」

 

片岡が提案したのは、確かに有効だったが片岡への負担が先ほど以上にかかるものだった。

 

「確かに有効だと分かったが片岡への負担がすごいぞ。大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。私が皆を支えてあげなきゃ」

 

少々不安な部分もあったが、現状これ以上良い作戦がないためその作戦で行く。

律に説明させた後、片岡、茅野、凛香、矢田、倉橋を出す。

作戦は簡単だ。片岡が守りを抜き、状況を有利に持っていく。それだけの事だった。

だがゾーンを破るには有効な手であり、片岡の身体能力だと十分に通用するのだった。

 

「おい、あのキャプテンを止めろ!」

 

現に始まって3分、片岡が抜き去りシュートを決めていく。

 

「すごいです、片岡さん!これなら勝てるかもしれません!」

 

奥田の言う通り、勝てる可能性が出てきた。

だが、あまりにも片岡一人が頑張りすぎている。このままじゃ……

点数差が縮まり始め、42対50になったところで等々それは起きた。

 

「クソッ!これならどうよ!」

 

――ガッ!

 

「え?ッ‼」

 

やっぱり、やりやがった!

片岡が抜き去る直前、敵のヤツが足を引っかけてきた。

しかもあの倒れ方、マズいな。

 

「審判タイムアウトだ!」

 

それを言って他の女子によってコート外に運び出される片岡の容態を見る。

片岡の足はすでに赤黒く腫れあがっている。

チッ、これならコールドスプレーの1つでも持って来たらよかった。

 

「俺は片岡を保健室に運ぶ。後は任せれるか?」

 

そう言うと全員がコクリとうなずく。

それを確認した俺は片岡に肩を貸し、体育館を出た。

 

「………どうしよ」

 

保健室に向かう傍ら、片岡がボソッとつぶやく

 

「なにがだ?」

「私、皆に勝とうって言ったのに……それなのに」

「ケガは仕方ないだろ。誰もお前を攻めねーよ」

「でも……私キャプテンなのに」

 

下を向く片岡の表情は見えないが、下にはポロポロと雫が2つ3つと落ちていく。

 

「私、キャプテンなのに……それに勝ちたかったよ」

 

人一倍責任感を感じてたのだろう、それは普段見せない片岡の姿だった。

 

「ああ、そうだな」

「うわぁぁぁん」

 

もう堪えれなかった片岡は、俺に向かって倒れるように泣き出した。

至近距離から匂う片岡の石鹸のような清潔さをイメージできる匂い。

それに女子特有の柔らかさ。

 

――ドクン

 

なるには条件が十分そろっていた。

 

「諦めるな、武偵は決してあきらめるなだよ。メグ」

「え?」

「まだ試合は終ってない。俺が君に勝利を届けてあげるよ」

 

バレたら色々と終わりだが、この子の笑顔が見れるんだ。

ならやらないわけにはいかないね。

 

 

 

 

ある事をやった俺は再びコートへと戻る。

点数を確認すると、42対56 時間は残り2分

 

「おかえりなさい、キンジさ……どうしたんですか、その恰好は?」

「うん、まあ色々とね。律、交代を伝えてくれ」

「はい、わかりました。不破さん、交代を審判に伝えてください」

 

審判の交代の合図とともに、俺一人がコートへと入った。

 

「え、誰?」

「でもゼッケンを着てるから私達のチームなの?」

 

よし、俺を知る陽菜乃や桃花は気づいてない。

なら俺を知らないヤツはまず気づいてないな。

 

「ちょっとなんでキンジが参加してるのよ!しかもわざわざ女装までして!」

「片岡を見てたら勝たせてあげたくてな」

「はあ、しかもなってるし……これが終わったら問い詰めるから」

 

凛香にはやっぱりバレたけど、今は見逃してくれるみたいだ。

一番の問題が解決し、凛香の口から知り合いの助っ人が間に合ったと説明してくれる。

 

そう俺が取った手段は女装だった。

メグには悪かったが、髪の毛を少し切ってもらいそれをメッシュのように入れメイクをしてもらった結果、どうやら俺にも兄さんのように女装の才能があったようでその完成度は高かった。

 

他のメンバーも若干怪しんではいるが、俺の存在を了承し試合は再開。

なるべく接触しないように、俺自身は周りを繋げる接合部のように動く。

 

――バサッ

 

敵が位置に合わせ、仲間を動かす

点と点を繋げるように、凛香達へ隙を作りシュートしてもらう。

 

気づけば点数は55対56 残り時間は30秒だった。

 

 

「このちょっと綺麗な顔してるからって!」

 

俺への当たりが強くなるが、それでも1人、また1人と抜いていく。

抜くことによって、カエデの周りには誰もいなくなり

 

――ヒュン……パシッ‼

 

俺の手から離れたボールはゴール下のカエデへと収まった。

 

「クソッ!まだよ!」

 

敵のキャプテンが慌てていくが、今の状況なら間に合う。

 

そう思ってたが、俺は一つ計算違いをしていた。

 

「グルルルル、巨乳……」

 

カエデの巨乳への憎悪を

 

――ピーー 試合終了 バスケ部の勝ち‼

 

……メグになんて言おう。

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、勝てなかった……」

「そっか、負けちゃったか」

 

試合終了と同時に体育館を出た俺は、現在保健室で片岡の隣に座ってあの後の事を説明していた。

 

「できるならメグに勝ったことを報告したかったんだけどね」

「まさか、私の髪の毛を使ってまで女装して出るとは思わなかったよ」

 

ばっさりと切ってしまい、ひなのようにショートカットとなったメグの表情は晴れやかだった。

 

「私ね、今までは私が皆を引っ張らなきゃ、頑張らなきゃって思ってたんだ。でもね、さっきにプレーを思い返しても皆で協力してって言うよりは私のワンマンプレーばっかりでキンジ君みたいにはできなかったな~って」

「そうだね。メグは責任感が強いから」

「だから私は君を見て、本当にリーダーに必要な事を見つけようって思ったの。ほら私って一応クラス委員長だし」

「俺でいいならいくらでも協力するよ」

「あとね……君になら。泣いた姿を見せた君になら私も甘えられそうだし……」

 

真っ赤な顔で言う最後の言葉を聞き、思わずクスッと笑ってしまった。

いつもは凛々しいこの子がとても可愛いらしかったからね。

 

「男子はまだもう少しかかりそうだし、もう少しここでおしゃべりしようかメグ」

「う、うん! そうだね」

 

このまましばらく俺はメグと保健室で他愛のない会話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

般若ような顔で保健室に凛香が突撃するまで、残り30分。




なんでか自然とヒロイン化する女子……
この子をヒロインにする予定全くなかったのに、書いた結果こうなる……
キンちゃん、ヤバイ




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18弾 訓練の時間

気づけばUAが1万を超えてました。
みなさん、ありがとうございます


~烏間side~

七月の上旬に入り訓練をしてから4ヶ月目に入って()()()がある生徒が増えてきた。

まず、磯貝悠馬と前原陽斗この2人が一緒に挑んでくるとナイフを当ててくるケースが増えてきた。

次に赤羽業、どこかで決定的な1撃を狙い赤っ恥をかかそうと考えている。

当たらなければ問題はないがな。

女子だと、意表をついた動きをしてくる岡野ひなたや男子並みの体格や運動量を持っている片岡メグが優秀だな。

……後は遠山金次と速水凛香だ。

速水凛香はもともと戦闘に関してセンスはあり、近接・遠距離からの狙撃に優れていたが6月になった頃からさらに中、近距離の暗殺・戦闘能力を持つようになりつつある。

すでに戦闘の総合力でクラスでも1.2を争う実力だろう。

最後に武偵高から来た遠山金次。

彼はかなりのムラッけがあるが、本気になったときの戦闘能力は人を逸脱した強さをみせている。

さらにこの2人は幼馴染ゆえなのかコンビネーションがとても良い。

遠山が本気になり速水と2人がかりで来た時には俺もある程度本気でやらないといけないだろう。

 

「そして殺せんせー、彼こそまさに理想の教師像だ。あんな先生を……」

「勝手に思考をねつ造するな!失せろ、標的」

 

いつの間にいたんだアイツは……

アイツはともかく、クラス全体の暗殺能力は格段に向上している。

この他に目立った生徒は……

 

ゾクッ

「‼」

 

後ろから得体のしれない気配がして思わず迎撃する。

迎撃した人物を見ると、潮田渚だった。

 

 

 

~キンジside~

 

ゾクッ

 

体育で烏間先生相手に近接の模擬戦をしていると、どこか諜報科(レザド)の奴らに似た得体の知れない気配が一瞬感じた。

ヒスっていれば人物の特定が出来たのだろうが、通常の俺だと感じることはできても誰がかまでは分からなかった。

 

「すまん、大丈夫か?」

「いたた……あ、へーきです」

 

どうやら渚が烏間先生に防がれ、吹き飛ばされたみたいだ。

 

(もしかして渚なのか?いや、まさかな……)

「どうしたのキンジ?」

「……なんでもない、気にしないでくれ」

「?」

 

凛香や他の生徒は先ほどの気配に気づいてないようだ。

念のため誰の気配だったのか探りつつ体育を続けたが、結局分からないまま体育が終わってしまった。

 

 

 

体育が終わると烏間先生と入れ替わるようにたくさんの荷物を持った男がこっちにやってきた。

 

「やあ、俺の名は鷹岡明。これから烏間の補佐として働くことになったんだ、みんなよろしくな」

 

そういって鷹岡と名乗った男は持っていた荷物を開ける。

入っていたのは大量の高級菓子だった。

甘いもの好きの茅野や殺せんせーの目が釘付けになっている。

 

「いいんですか、こんな高いもの?」

「おう、食え食え。皆と仲良くなりたいために買ったんだしな。

それに同じ教室にいることになるんだ、家族みたいなものだろう?

俺の事は父ちゃんと思って遠慮せず食ってくれ」

 

申し訳ないように磯貝が鷹岡に聞いているが、鷹岡は笑いながら食べてくれと言っている。

皆が鷹岡が用意した菓子を食うなか、俺は鷹岡が何故か怪しく感じてしまい菓子に手を出さなかった。

 

「どうした?せっかく用意したんだ、お前も食ってくれ」

「ありがとうございます。でも体育で汗かいたんで先に教室にあるタオルを取りに行ってきます。」

 

鷹岡に適当な理由を言って、その場を俺は離れた。

本当の理由は、職員室にいる烏間先生に鷹岡について聞くためだ。

 

「失礼します」

 

職員室に入ると烏間先生は窓から生徒や鷹岡達の様子をみていた。

 

「あの烏間先生、さっき来た鷹岡さんについて何か知っていますか?」

「あいつは俺と同時期に公安0課にと推薦されたヤツだったんだ。

しかしその時の採用が1名のみで、結果を言えばあいつは公安0課に配属できずその後すぐに辞職したんだ。 アイツが警察をやめた後の事は人伝で聞いたんだが、軍に入りそこで教官をやっていたらしい」

「教官ですか?」

「そうだ。その為明日からの訓練は鷹岡が全てやるそうだ」

「……そうですか」

「あいつは教官として優れていると聞いている。君も頑張ってくれ」

 

烏間先生に聞いた限りでは、鷹岡は先ほど感じたような怪しい人物に見えなかった。

律にも情報を探ってもらおうと携帯を取りだしたところで、時々ここでみる女性……確か園川さんだったか?に呼び止められた。

 

「遠山君、少し良いですか?」

「別に大丈夫ですが、どうしたんですか?」

「あなたにも言っておきたいことがあるんです……今日ここに来た鷹岡さんに注意してください」

 

やはり、あの男何かあるみたいだ。

 

「注意ですか?」

「あの人の教育方法は暴力的な独裁体制とあまり良い噂を聞きません。

ですが上からの命令の為、何かあっても烏間さんがすぐに動けるか分からないのです。

中学生に無茶をするとは思いませんが、もしもの時はお願いします。」

 

そう言って園川さんは俺に頭を下げてくる。

 

「分かりました。俺に出来る範囲になりますが警戒しときます」

 

了承すると園川さんはそのまま職員室に入って行った。

きっと鷹岡の事を烏間先生にも話すんだろう。

鷹岡の授業は明日からだ、何事もなければいいんだが……




鷹岡編のあと、オリジナル回が1度入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19弾 才能の時間

気づけばいつもの倍近く書いていた……


鷹岡がE組に来て翌日。

朝に鷹岡について情報収集を頼んだが律に情報を聞く前に体育の時間がやってきた。

 

「ちょっと厳しくなると思うが、あとでウマいもん食わしてやるからな」

「そう言って自分が食いたいだけなんでしょ?」

「まーな、中村が言う通りそれもある」

『あははは』

 

今は鷹岡におかしな行動は見当たらず、生徒と仲良くやっている。

俺が警戒しすぎたのか?

 

「さて、今日から俺が訓練を見ることになったからE組の時間割も変更になった。この時間割を回してくれ」

 

そういって鷹岡は時間割が書かれたプリントを配っている。

多少訓練が増えるのであろう。

そう思い時間割を確認した俺は目を疑った。

 

(通常授業が午前中のみで後は訓練だと⁉)

 

いつからここは武偵高になったのだ。

いや武偵高よりひどい。

武偵校では午前に一般科目、午後から専門科目の実習が行われるがそれでもここまで長時間やらない。

訓練が4時間目から10時間目まであり、園川さんに聞いた噂通りなら少し前まで訓練など何も受けていない生徒がやれば確実に数名が潰れてしまうだろう。

 

「こんなの無理だ。成績も落ちるし、何よりこんなこと出来るわけねーよ!」

 

余りにもひどいため思わず前原が鷹岡に苦情を言う。

次の瞬間、鷹岡は前原にためらいも無く膝蹴りを腹に入れこう言った。

 

「できないじゃない、やるんだ」

「「前原!」」

 

俺と磯貝は前原の様子を見に急いで駆け寄る。

俺が見る限りでは、内臓などは無事なようだった。

 

「てめー、中学生相手に何してんだ!」

「ただの教育だよ遠山。俺達は家族だ、なら父親の言うことを聞くってもんが筋だろ?」

 

俺の問に至極当然のように鷹岡が言ってきた。

ふざけんな、ただ暴力で言うことを聞かせてるだけじゃねーか。

武偵高の教師も大概独裁的だが、こいつに比べたらマシだ。

 

「お前みたいな父親、誰も言うことなんて聞かねーよ」

「文句があるなら拳で来いよ。そっちの方が父ちゃんは得意だぞ」

「やってやろうじゃねーか」

 

正直、今の俺だと勝てる気がしない。

だが今俺が出なければこいつの暴力が他の奴に向かってしまう。

クラスのヤツらには、俺がどうにかするからアイツに従ったふりをしとけと言っておく。

その後俺は腹をくくり、ファイティングポーズを構えた鷹岡の前に立った。

そこからは一方的だった。

最悪な性格だが鷹岡はかつて公安0課に推薦された人間、まず俺が持っていた武器を弾き飛ばすと後はサンドバックのように殴られ、反撃しようにも出来ない。

 

「あのタコを1人で正面から触手3本を切ったと聞いたが期待外れだな」

「う…るせ……」

 

片目が腫れて見えづらかったが鷹岡はわざとらしいため息をつきつつ俺を再評価している。

 

「お前みたいなヤツは大人しく元の学校に戻ってろ」

 

そう言われた後、俺は前蹴りで吹き飛ばされ起き上がろうにも攻撃をモロにくらってしまい思うように起き上がれない。

 

『キンジ!』

 

皆がこちらに来ようとしたのが見えたが、その前に鷹岡が立ちはだかり

 

「あいつのようになりたくなかったら、まずはスクワット100回を3セットだ」

 

それを言われクラスのヤツらの大半が恐怖で震えていた。

クソ、俺のせいで余計に悪い方向にいってしまったか。

 

「さっきも言ったがお前たちは大事な家族だ。家族みんなで地球を救おうぜ」

 

そう言いながら鷹岡は皆に近づき、そして凛香の前で止まった。

 

「お前は父ちゃんについてくるだろう?」

 

凛香ここはウソでもいいから鷹岡に従ったふりをしてくれ。

そう思い凛香を見ると、何か決意したのかキッと鷹岡を睨みつけた。

 

「あんたなんか父親でもなんでもないわ。まだキンジに教わった方がマシね」

 

それを聞いた鷹岡は凛香を平手で張り倒した。

 

「凛香!」

 

思わず俺が叫ぶと、鷹岡がこちらを振り向きニヤッと歪な笑みを浮かべ

 

「遠山、まだいたのか……期待外れは早くここを立ち去れよ。

そうそう、E組(家族)の中でもお前の幼馴染はなかなかセンスがあるそうじゃないか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それを聞いて俺の中で()()()()()()()

 

ドクン!

 

「だから何寝ぼけたこと言ってんだ……このクラスはお前のクラスじゃねーよ」

 

何故今ヒステリアモードになったのか分からねーが好都合だ。

こんな奴に凛香やクラスのヤツらを奪われてたまるか!

 

「まだ罰が足りないのか?」

「はっ、DVの間違いじゃないのか」

 

そう言いあって殴ろうとしたところで烏間先生に止められてしまった。

 

「そこまでだ!遠山君、鷹岡! 鷹岡、暴れたいなら俺が務めてやる。 遠山君も後は俺に任せてくれ」

 

烏間先生が来たが、俺は奪うと言ったコイツをぶっ飛ばさないと気が済まなかった。

 

「烏間先生止めないでくれ、コイツは俺が「遠山君!すまないが速水君達を見てやってくれ」……わかったよ」

 

烏間先生に言われ、俺は渋々だが従った。

 

「凛香、大丈夫か?」

「ちょっと口の中切ったけど大丈夫」

「そうか、良かった」

 

そういうと何故か凛香は俺を見て不安そうな顔をしている。

 

「キンジ?」

「どうした」

「なってるのは何となくわかるけど、雰囲気がいつもと違うから……」

「……」

 

俺自身なぜなったのかが検討もつかないため黙っていると、烏間先生と鷹岡の話し合いが終わったようで生徒を集めていた。

 

 

「烏間、お前が選んだ生徒と一騎打ちをしてナイフを俺に一度でも当てたら素直に出てやる」

「なら俺が」

「だが遠山お前はダメだ。お前はあくまで依頼としてここに来ているからここの生徒としてカウントしない」

 

クソ、鷹岡のヤローそこをついてきたか。

 

「わかった。その条件を飲もう」

「そうそう言い忘れていたが、ナイフはこれ(対先生用)じゃない」

 

そう言いながら、鷹岡はカバンからあるものを取りだした。

 

「使うのはこれだ。俺が相手なんだから使うナイフも()()じゃないとな」

「よせ!彼らは本物を持っても体がすくんでさせやしないぞ」

「寸止めで許してやるよ。それに俺は素手だ、これ以上のハンデなんてないだろう烏間?」

 

どこまでクズなんだコイツは、ビビったヤツを一方的に殴る気だ。

俺を指名できないようにしたのも、ナイフを使い慣れているからだろう。

 

「さあ、選べ烏間!見捨てるか生贄を差し出すかな!

どのみちお前は酷い教師だろうけどな、はっははー!」

 

高笑いする鷹岡を殴ろうと1歩出た所で烏間先生に止められる。

ナイフを持った烏間先生は迷うそぶりもなくある生徒の前に立った。

 

「渚君、やる気はあるか?」

 

なぜ渚なんだ⁉

そこでふと昨日の体育の出来事を思い出す。

 

(もしかして渚は……)

 

ヒステリアモードの頭である事に気づいてしまった俺だが今は手を出せないため見守る。

正直に言えば、これ以上ないくらい自分の不甲斐無さを感じてしまう。

 

「俺は依頼した側として君たちとはプロ同士だと思っている。

プロとして君たちには中学生として当たり前の生活を最低限の報酬として保証することだと思っている。

だからこのナイフを受け取らなくてもいい。その時は鷹岡に頼んで報酬を維持してもらうよう努力する」

 

烏間先生の本音を聞いて渚の目が変わる。

 

「やります」

 

烏間先生からナイフを受け取った。

 

 

 

「いいか、この勝負君とヤツとの最大の違いは()()()()()()()()()()

 

烏間先生が渚にアドバイスをしている。

俺からも一言送ってやろう。

 

「渚」

「キンジ君?」

「俺達がここでやってきた事を見せてやれ」

「……!うん」

「あと、この先この言葉を覚えとけ

『強くあれ。ただし、その前に正しくあれ』」

「え?」

「……がんばれよ」

 

それだけを言って俺は1歩離れた位置に行く。

そこに凛香がやってきた。

 

「渚、本当に大丈夫なの?」

「まあ、見てろ。アイツは俺達にとって必要な(必用じゃない)才能がある」

 

言ってる意味が分からず不思議そうな顔をする凛香に構わず、勝負の行く末を見守る。

 

(まあ、勝負は一瞬だろうがな)

 

その言葉通り、一瞬で勝負はついた。

渚が殺気を隠し()()に鷹岡に近づいてき、ナイフで一撃を狙う。

慌てて避けた鷹岡を転ばすと背後から寸止めでナイフ当てた。

 

「捕まえた」

 

やはり、渚には暗殺の才能がある。

このご時世確かにいろいろ物騒だが、開花させるべき才能だったのだろうか……

渚を見ると、俺と横にいた凛香以外が集まって口々に渚をほめて喜んでいる。

 

(まあ、生徒の進路については殺せんせーにでも任せよう)

 

唖然としてた凛香を連れ、俺も渚の近くに歩み寄る。

 

「渚、やったな」

「うん!」

 

渚とハイタッチを交わす。

すると渚の後ろにキレそうな鷹岡がいた。

 

「このガキ……まぐれで勝ったのがそんなに嬉しいか!

もう一度だ。次は心も体もへし折ってやる」

「次やれば絶対に僕が負けます。でもはっきりしたのは僕らの担任は殺せんせーで教官は烏間先生です。

それにあなたみたいに父親顔するより、プロとして徹する烏間先生のほうがあったかく感じます。

なので鷹岡先生先生ごめんなさい。出て行ってください」

 

渚がそうハッキリ答えた。

なら俺もプロとして武偵として任務を遂行しよう。

 

「次やるなら俺が相手だ鷹岡。武偵としてここには要人警護、E組のヤツラを守る義務がある」

「どいつもこいつも……さっきから嘗めた口を聞きやがって‼」

 

そう言って襲い掛かってきた鷹岡の顔面に桜花をぶち込む。

モロにくらった鷹岡は鼻血を出しながら吹き飛んだ。

それを横目に見ながら烏間先生がこちらに来る。

 

「俺の身内が迷惑をかけた。後の事は心配するな。

とりあえず、遠山君は腫れた顔を冷やしに行くといい」

 

そういえば、片目が腫れて見えないのだった。

烏間先生に後を任せ、俺は職員室に氷を取りに行く。

その際心配だからと凛香もついてきた。

 

 

 

 

氷で腫れた箇所を冷やしていると凛香はどこか辛そうな顔をしている。

今はヒステリアモードが解けてしまい、凛香に何を言えばいいか分からない。

とりあえず、思っていることをそのまま言うか……

 

「……凛香」

「……」

 

凛香は返事を返してこないが構わず続ける。

 

「今回は一人で無茶をしすぎた、すまん」

「なら、次から……」

「凛香、声が小さくて何言ってるか聞こえないぞ」

「だから、次から私も少しは頼ってって言ってるの!

それともキンジにとって私って守られてないといけないほど弱いの?」

 

凛香は泣いていた。

強いか弱いかと聞かれたら、凛香は弱くない。

ヒスっていない俺が模擬戦をやれば勝てないだろう。

 

「1人でなんでもやろうとして、それでキンジがボロボロになってるの見てどんな気持ちで見ていたか分かる?」

「……すまん」

「許さない、罰として私にキンジの背中くらい守らせて」

 

渚に暗殺のセンスがあるならば、凛香には戦闘のセンスがある。

だが、凛香にはこちら側に来てほしくなかった。

 

「だが凛香「私も強くなるから!もうキンジが傷つくところを見てるだけはイヤ……」……わかった。一緒に強くなろう凛香」

 

頑固な幼馴染にため息をつきつつ了承をする。

この幼馴染の背中を守るにはヒステリアモード頼みではなく、いつもの俺も強くならないとな……

 

「じゃあ、私は情報などのサポートですね」

 

突然俺の携帯から律が出てきた。

 

「なんで律が⁉」

 

泣き顔を見られ顔を赤くする凛香が律に聞く。

 

「キンジさんに頼まれたものを集め終わったんで出てきたら、2人が話している内容が聞こえまして便乗しちゃいました」

「いつから聞いてたんだ?」

「キンジさんが職員室に入った辺りからいましたよ」

「最初からじゃねーか!」

「テヘ」

 

律は竹林が言うにはテヘペロだったか?それをしている。

 

「ともかく速水さんが背中なら、私はサポートです。まさか速水さんは良くて私はダメってことはないですよね?」

 

律はニコッと笑いながら聞いてくる。

俺はため息をつきつつ「わかった、これからも頼む」と了承した。

まさか、この2人来年が存在すれば武偵高までついて来るんじゃないだろーか……

 

 

俺が一抹の不安を感じている時に、鷹岡は理事長により解雇されたらしい。

その為、これからの体育の訓練は烏間先生が務めてくれることになった。

余談だがその後クラスの奴らは街にお茶をしにいったらしい。

俺達を放っといて……




律はこれからヒロイン化するはず(たぶん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20弾 夏の時間

オリジナル回と言いつつ、前半は原作の展開です。




バーが色着いただけで驚きだったのに、お気に入りも200件超えてるのを見て学校で思わず嬉しさから変な声を出してしまいました。


「……ンジさん」

 

誰かが耳元で呼んでるな……

 

「キンジさん」

 

この呼び方は律か?

 

「キンジさん、朝ですよー」

 

ああ、いつものか。

そう思い起きると、やはり律が耳元に置いた携帯にいた。

 

「毎朝言ってるが、なんでいるんだ?」

「私はキンジさんをサポートするって言ったじゃないですか。

だから、おはようからおやすみまでしっかりサポートさせていただきますね」

「はぁ……」

 

鷹岡の件から1週間たったが、あれから律は授業以外俺の携帯にずっといる。

便利っちゃ便利なんだが……判断間違えたか?

そこは諦めたから仕方ないとして、それ以上に聞かねばならないことがある。

 

「なんでその姿(裸ワイシャツ)なんだ……」

「岡島さんに聞いたところ、男性はこのような恰好をすると喜ぶと聞いたのでキンジさんも喜ぶかと思ったんです」

 

マジでやめてくれ。

あと岡島は1発殴ろう。

 

(いつか律でヒスるんじゃないだろうか……)

 

そんな事を思いながら、食パンをトースターに入れてコーヒーも淹れ簡単に朝食の準備をする。

 

「そういえばキンジさん、今日からプール開きですよ。水着を忘れないようにしてくださいね」

「まじかよ」

 

この学校のプール男女一緒だろ。

どうにかしてサボれないだろうか……

 

「あと放課後に速水さんと買い物の約束がありますね」

 

買い物?ああ、球技大会の詫びの奴か、それに12日っていったらあの日でもあるな。

 

「わかった。ありがとう律」

「はい!」

 

一通り今日の予定を確認して朝食を済ませた後、登校しようと玄関を開けたら一人の女の人がいた。

 

「おはようございます。遠山様」

「確か、白雪のところにいた……」

「蒔絵田です」

 

そうだ蒔絵田さんだった、前に白雪の料理を持ってきてくれたんだったよな。

 

「どうしたんですか、急に」

 

突然やってきた蒔絵田さんに要件を聞くと少し困ったような顔をして

 

「白雪様から連絡がございまして、遠山様にメールなどをしても返ってこないため何かあったのではと言われましてご無事か確認に来ました。」

 

そういえば、最近白雪からメールが来てなかったな。

 

「そうだったんですか。白雪には後でメールで大丈夫だと伝えておきますので」

「ありがとうございます、では私はこれで」

 

そう言って蒔絵田さんは帰っていった。

あの人もこんな朝早くから大変だな。

 

 

 

登校途中に凛香と合流して、白雪のメールについて律に心当たりがあるか聞く。

 

「律、白雪がメールが届いてないようだが何か知らないか?」

「白雪?もしかして星伽白雪さんのことですか?」

「そうだ」

「その人のメールでしたら、文字数いっぱいで大量に来るので迷惑メールに設定しておきました」

 

……まあ、確かに他人から見たらあれは一種の迷惑メールに見えるか。

てか、なんで凛香は律によくやったみたいな顔してんだよ。

 

「あー律、そいつは俺の幼馴染なんだ。だから迷惑メールに設定するのはやめてくれ」

「分かりました。あとキンジさんと部屋についてた盗聴器などを無力化してたんですがそれはどうしますか?」

 

盗聴器?

俺が引っ越してきたとき調べたがそんなものなかったはずなんだが……

 

「どこにデータが送られているのか分かるか?」

「はい!東京武偵高です」

 

なんで武偵高なんだ?

いくらなんでもそれをやりそうな人物なんて……変人の巣窟だしいるかもな。

 

「律、それは「継続して無力化お願い」……頼む」

「分かりました!」

 

凛香に言葉をさえぎられたが、まあ同じ意見だし良いか。

とりあえず、律に白雪に大丈夫な事をメールしといてもらい俺達は旧校舎に向かった。

 

 

 

 

 

「暑っぢ~、なんでここはクーラーねーんだよ」

 

授業がはじまって2限目にしてE組全員が暑さでやられていた。

 

「岡島うるさいぞ。次は体育でプールだろそれまで我慢しろよ」

 

それを言うと大半の目が死んでいた。

涼めるはずなのになんでだ?

 

「キンジは知らねーだろうがE組はそのプールが地獄なんだよ」

「木村どうゆうことなんだよ」

「プールが本校舎しかないんだ。この炎天下の中山道を1km往復してプールに入りに行くんだぜ、帰りなんて力尽きてカラスのエサになりかねねーよ」

 

想像しただけで疲れてくるなそれ……

 

「本校舎まで運んでよ、殺え〇~ん」

「んもーしかたないなぁ」

 

やめろ不破、それはいろいろマズイ。

殺せんせーもその顔の色とセリフはやめろ!

 

「と言いたいとこですが、先生のスピードを当てにしないでください。

マッハ20でも出来ることに限度があります」

 

そう言われ不破はガクッと力尽きた。

 

「不破さーん!」

 

原が叫んでいるが、すぐに起きるだろう。

2人のやり取りを横目で見ていると、殺せんせーは教科書を閉じはじめた。

 

「皆さんの気持ちも分かります。仕方ない全員水着に着替えてついてきなさい。

裏山に小さな沢があったのでそこで涼みましょう」

 

そう言ったあと殺せんせーが教室を出たため着替えて俺達もついて行く。

 

「裏山に沢なんてあったんだ」

 

横にいた凛香も沢の存在を知らなかったようで涼めると思い、他の人には分からいぐらいだが口に笑みを浮かべていた。

近くにいた千葉は沢の存在を知っていたみたいだが何とも言えない顔をしている。

 

「一応な、と言っても足首まであるかないかの深さだぜ」

 

まあ、足首を冷やすだけでもかなり違うし教室にいるよりマシか。

目的地についたようで殺せんせーが止まりこちらに振り返る。

 

「さて、さっきマッハ20にも出来ることに限度があると言いましたね。

1つが皆さんをプールに連れていくことです。それは1日かかってしまいますからね」

 

何を言ってんだ先生は本校舎まで1kmしかないのに全員運んでもせいぜい5分もかからんだろう。

磯貝も俺と同じことを思い、殺せんせーに尋ねると近くから水が流れる音が聞こえた。

俺以外にもその音を聞いて我先にと音の方向に向かう。

そこにはプールがあった。

 

「小さい沢をせき止めて水が溜まるまで20時間。25mコースと幅も確保。水を抜けば元通りになって水位の調整も可」

 

俺も含め、生徒全員が唖然としてる中殺せんせーは言葉を続ける。

 

「制作に1日、移動に1分、あとは1秒で飛び込めますよ」

 

それを聞いて全員服を脱いでプールに入り始めた。

そんな中俺はというと

 

(2.3.5.7.11.13……)

 

女子達の水着で血流がやばかった為、必死に素数を数えて落ち着こうとしていたのだった。




次回速水さんとデート回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21弾 デートの時間

さてデート回です。
と言っても放課後デートなので短いです。



日間23位に入っていて、嬉しさから部屋で発狂してしまいました。


プール、それは俺にとってかなり厄介なものだ。

泳げないとかそんな理由ではない。

 

「凛香ちゃん、パース」

「倉橋、いくよ」

「アターック」

 

(131.137.139.149……)

 

ヒスる危険がいつも以上に上がるからだ。

殺せんせーによる補習が役に立っているのかまだ素数は数えれる。

 

必死に目をつぶって落ち着かせていると、誰かがやってきた。

 

「キンジ何で目を閉じて突っ立てんだ。見てみろ桃源郷はここにあるぞ」

 

岡島だった、そちらを見るとプールに入らず女子主に矢田や中村などクラスでも胸が大きい奴を必死に撮っている。

 

「バカやってたら、凛香とかに殴られんぞ」

 

一応やめとけと言ったがコイツはやめないだろう。

岡島とのやりとりで落ち着いた俺はプールに入ると茅野が浮き輪に乗ってため息をついているのが見えた。

 

「どうしたんだ茅野?」

「あ、遠山君、泳ぎが苦手だからちょっとね。それに体のラインもハッキリしちゃうし……」

「そ、そうか」

 

後者の悩みはノーコメントだ。

 

「大丈夫さ、茅野。その体もいつかどこかで需要あるさ」

 

岡島が耳聡く茅野の言葉を聞き、二枚目面していた。

 

「岡島……」

「岡島君……」

「どうした2人とも哀れんだような顔をして?」

「「後ろ見て(みろ)」」

 

岡島の後ろには背後に鬼を纏う凛香がいた。

哀れ岡島、白雪に会ってから凛香はそういう話題に敏感になったからこの展開は読めていた。

茅野と2人で合掌していると

 

ゴスッッ‼

 

岡島は秋水気味に蹴り飛ばされ、プールに落とされた。

 

(たぶんカメラも壊れたな)

 

岡島を哀れんでいると笛の音が聞こえる。

 

「速水さん!プールに落とすのは危険ですよ!」

「……すいません」

 

少しふてくされているがこれは凛香にも非があるから仕方ない。

 

「原さん、中村さん溺れると思いますので潜水遊びはほどほどにしてください!

狭間さんは本ばかり読まず泳いで! 菅谷君、ボディペイントは禁止です!」

 

笛の音が鳴りやまず、殺せんせーは小さいことまで注意してくる。

 

⦅小うるせぇ⦆

 

笛吹きすぎだ先生。

 

「いるよねー自分が作った中だと王様になるやつ」

「ありがたみがうすれるな……」

 

中村、杉野が言って全員がため息をつく。

そんな中、倉橋が殺せんせーに近づき

「カタイこと言わないでよ殺せんせー。水かけちゃえ」

「キャン」

 

……なんだ今の悲鳴

何か察したカルマは先生が座っている監視台を揺らしはじめた。

 

「揺らさないで水に落ちるぅ!」

 

もしかして先生……泳げないのか?

これは暗殺に使えるぞ。

クラス全員が使えると確信したあと、茅野がプールで溺れるという小さな事件が起きたが片岡が助けた為何事もなく解決した。

その後片岡が殺せんせー水殺を提案し、クラスの士気が上がったところで今日の授業が終わった。

 

 

 

 

 

放課後になり補習の課題を受け取った俺は凛香のところに向かう。

 

「今日は早いのね」

「殺せんせーに無理言って補習の課題だけ渡してもらったんだ」

「そうなんだ、律はどうしたの?」

「ん? 律はタイム計測してほしいってことで片岡のところにいったぞ」

 

なぜそこで律が出てきたんだ?

 

「じゃあ、さっそく行きましょう」

 

そう言われ凛香と共に買い物をしに街に出かける。

着いた場所は映画館だった。

 

「凛香……買い物するんじゃなかったのか?」

「ッ! や、矢田に()()()()もらったの。時間もあるからついでよ!」

 

たまたまを強く強調してきた凛香に引っ張られ、映画を見ることになった。

映画の内容は女子らしく恋愛映画かと思ったがまさかの俺が好きな007シリーズだ。

 

(凛香アクション系好きだったか?)

 

映画が終わり、本来の目的である買い物に向かった。

 

「凛香も007見るんだな」

「まあね。キンジが……って言ってたし……」

「え?」

「何でもない! 着いたし早く買い物するわよ!」

 

そう言って凛香は店に入って行った。

もしかして俺が好きだからあの映画を選んだのか?

凛香を追いかけるように店に入る。どうやら新しい夏服を買うようだ。

 

「じゃあ、私は選んでいるからキンジは少し待っていて」

 

そう言われ俺は贈り物を考える。

今日7月12日は凛香の誕生日なのだ。

 

(服は詫びとして買うのだから別の物を送らないとな……)

 

そんなふうに考えていると気づけば目の前に凛香がいて、俺は固まった。

凛香は制服ではなく黒のノースリーブに縦縞の入ったスカートを穿いていた。

どうやら試着したみたいだが、普段より大人っぽくなった幼馴染に正直にいえば見とれていたのだ。

 

「キンジ?」

「! な、なんだ?」

「これどうってさっきから聞いているんだけど?」

「い、いいんじゃないか」

 

見とれていたことが恥ずかしく言葉がどもってしまった。

それがおかしかったのか凛香が少し笑いながら

 

「じゃあ、これにしようかな。会計お願いね」

 

そう言って試着室に戻っていった。

凛香の着替えが終わり、会計をすまして店を出る。

 

「これからどうするんだ?」

「そうね……ノドも乾いたしどこかお店に行かない?」

「確か、近くにファミレスがあったな……そこでいいか?」

「うん」

 

次の目的地も決まったことだし、先にプレゼントでも探すか

 

「凛香、先にファミレスに行ってくれ。財布の中が少ないし金を卸してくる」

「わかったわ」

 

凛香に適当な理由を言って俺はプレゼントを探しに行く。

しかし、これといって良いものが見つからない。

 

「女子に贈り物なんて何を送ればいいんだ?」

 

思わずそんな事をつぶやくと、花屋の店員と思わしき男がこちらに手招きをしている。

 

「女子に贈り物って聞こえたんだけど、何を送ればいいか困ってるのかな?」

 

どうやら俺のつぶやきが聞こえたみたいだ。

俺1人じゃどうにもなりそうにないし、この人に相談してみるか

 

「そうなんです。年下の幼馴染に何送ればいいんだって」

「それなら花はどうかな?」

「花ですか?」

「花をもらって喜ばない女の子なんていないからね」

 

俺にはよくわからんが花屋が言うんだ。そういうもんだろう。

 

「じゃあ、1束お願いします」

「OK。こっちで見繕っていいんだね?」

「はい」

 

そう言って、花屋の男に少し枯れた白いバラの花束を作ってもらった。

 

「それ少し枯れてますが?」

「むしろ白はそっちのほうがいいんだよ。頑張れ少年」

 

俺は花に詳しくないため花屋を信じるしかなく、少し枯れたバラの花束を持ってファミレスに向かうのだった。

 

 

 

 

花束を持ってファミレスに着くと案の定凛香に

 

「どうしたのそれ?」

 

と花束について聞いてきた。

 

「いや、今日凛香の誕生日だろ。それで用意したんだ」

「覚えてたんだ、私の誕生日」

「当たり前だろ、改めて言うとなんか恥ずかしいな……誕生日おめでとう凛香」

 

そう言って花束を渡すと、凛香は花束が少し枯れた白いバラだった為か驚いている。

 

「意味わかってるの、キンジ?」

 

意味ってどうゆうことだ?

ここで分からないと言うのも恰好がつかない。

 

「当たり前だろ」

 

そういうと凛香は一瞬で顔を赤くする。

過去最速の赤面スピードだな。

 

「けど、まだこういうのは早いし……」

 

花束に遅いや早いとかあるのか?

 

「いつだったらいいんだ?」

「え……ら、来年」

 

知らなかったな、花束に渡す時期みたいなものがあるなんて

花屋の男はそんな事言わなかったんだが

 

「じゃあ、来年も同じ花を送れば受けとってくれるか。」

「うん……」

 

花束を渡してから別人のようにしおらしくなったが、これで来年に送るものを考える必要がなくなったな。

その後凛香は、下を向きつつ小声で

 

「あ……えっと…ふつつかものですがこれからよろしくお願いします」

 

今回は小声だがしっかりと聞こえた。

きっと背中を預けるパートナーとして言っているんだろう、なら俺もちゃんと答えないといけないな。

 

「おう、これからも頼むな」

 

そう返事を返すと突然周りから拍手が送られる。

なんだ、突然⁉

ここは誕生日を祝うサービスでもしているのか⁉

よく見ると、殺せんせー、茅野、渚、片岡がいた。

 

「まさか、ここまで進んでるとは先生も思いませんでしたよ」

 

何が進んだんだ殺せんせーよ。

茅野も「速水さんがツンデレからデレデレになってる」とか言ってるが日本語でしゃべってくれ、何言ってるか分からん。

他のヤツらも口々におめでとうなど言っている。

良かったな凛香、皆に祝ってもらって。

恥ずかしくなったのか凛香はもう帰ろうと言ってきた為、俺達は帰ることにした。

凛香は家に着くまで何故か花束で顔を隠して様子が分からなかったが、たぶん喜んでくれただろう。

翌日なぜか俺にもおめでとうと言ってくるヤツらがいたが、俺の誕生日は確かに今月だがもう少し先だぞ?




余談ですが白いバラの花言葉には「私はあなたにふさわしい」があり、枯れた状態だと「生涯を誓う」と言われています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22弾 寺坂の時間

今回は短めです


4/8
サブタイトルをつけることにしました


「大変だ皆、プールが!」

 

岡島の焦った声により平穏だった昼休みが終わった。

 

「プールがどうしたんだ?」

「いいから来てくれ!」

 

何がどう大変なのか分からないまま、岡島にせかされ教室にいた全員がプールに向かった。

 

「めちゃくちゃじゃねーか……」

 

前原が言う通り、プールは無残にも破壊されゴミなどが浮かんでいた。

 

「せっかく私のセクシー水着を披露するつもりだったのに‼」

「それは喜ぶべきだな」

「何よトオヤマ!私の水着がそんなにみたくないわけ!」

「当たり前だろ」

 

そりゃ、ヒスりたくねーしな。

 

「キー!トオヤマの癖に生意気よ!」

「だからってすぐに銃をこっちに向けんな!」

 

毎度思うが、コイツだけなんで武偵高のノリでくんだよ!

 

「……」

「凛香無言で秋水撃つ準備しないでくれ!それが一番怖い」

 

()()()()()()()()()秋水の頻度上がってないですか、凛香さん⁉

ビッチ先生の銃を取り上げつつ凛香に必死にやめてくれと言っていると、ニヤニヤと笑いながら寺坂、村松、吉田がやってきた。

 

「あーあ、こりゃ大変だ」

「まあ、プールとか面倒いしいいんじゃね」

 

余りにもワザとらしく言うため、全員がプールを破壊した犯人が分かってしまった。

 

「んだよキンジ、俺らが犯人とか疑ってんのか?証拠出してみろよ、武偵なんだろ」

 

視線が合った寺坂が俺の服をつかんで睨んでくる。

強襲科(アサルト)の奴らの睨みに比べたら0.3%ぐらいの怖さか?

 

「俺は探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)じゃねーから証拠を出すなんて専門外だ。それに俺は一言もお前たちが犯人だなんて言ってねーぞ」

 

そう答えていると気づけばプールが直っている。

 

「こんなもの先生がいれば一瞬で直せます。なので犯人探しなどくだらない事しなくていいです」

 

ここにわざわざ来る必用なかったな……

 

「クソッ」

 

寺坂たちは吐き捨てるように言うと、森のほうに行ってしまった。

俺もここにいる必要がないため、凛香をなだめた後一緒に教室に戻った。

教室に戻ると殺せんせーが何か作っている。

 

「何作ってんだ、殺せんせー?」

「プールの廃材があったんで、雑誌で見たこれを作ってたんです。」

 

それは木製のBMW・K1200Rだった。

そういえば、武藤からこれを最近手に入れたって自慢のメールが来たな。

 

「すげー‼まるで本物じゃねーか」

 

ん?吉田もこういうの好きなのか?

吉田が模型に興奮していると、そこに寺坂が教室に入ってきた。

 

「何してんだ、吉田……」

「寺坂か、前にこいつとバイクの話で盛り上がってよ。こんな興味持っている奴なんてこの学校にいねーからな」

「先生は大人な上に漢の中の漢ですからね」

 

武藤を紹介してやったら、吉田のヤツ喜びそうだな。

 

「世界最強のエンジンを搭載したネイキッドバイク…一度でいいから本物に乗ってみたいですね」

「そのバイクを持ってる知り合いならいるぞ」

「「⁉」」

車輌科(ロジ)の知り合いなんだが、ソイツそれ以外もいろいろ持ってたはずだ。今度紹介してやろうか?」

「頼むキンジ!」

「先生にも紹介してください!」

「吉田は良いが、アンタ国家機密だろ……」

「……変装すれば大丈夫なはずです」

 

そんなやりとりをしていると寺坂が急にバイクの模型を蹴り壊した。

殺せんせー大人な上に漢の中の漢なんだろ泣くなよ……

 

「寺坂やりすぎだ」

「キンジの言う通りよ、殺せんせー泣いてんじゃん謝んなよ!」

 

教室にいた全員から非難の声を浴びせられた寺坂が

 

「ブンブン虫みてーにうるせーな。駆除してやるよ」

 

そう言って何かガス缶のような物を叩きつけた。

 

「皆教室からすぐに出ろ!」

 

俺は武偵高で教えられた毒ガスの名が脳内を駆け巡り、反射的に皆に指示を出し凛香を連れ教室を出る。

廊下に出ると、すぐに自分の症状を確認し凛香にも大丈夫か聞く。

 

「私は大丈夫だけど、アレって……」

 

凛香は大丈夫みたいだな、だが皆がまだ出てこない。

強い毒だったのか?

教室の中を確認しようとすると、教室のドアが開いた。

出てきたのは寺坂だった、寺坂はそのまま走って校舎を出て行く。

追いかけて問い詰めようとも思ったが、教室にいた皆が心配だ。

警戒しながら教室戻るとどうやら皆は無事なようだった。

 

「良かった。皆無事だったんだな」

「キンジ、ただの殺虫剤でビビりすぎだぞ」

 

そう言いながら三村がガス缶を見せてくる。

確かに市販の殺虫剤だな。

 

「前の学校で毒ガスの名前や症状とか教えられたから、ガス缶を見てそっちの可能性がとっさに浮かんだんだ」

「毒ガスって……キンジの学校物騒すぎだろ」

 

俺が殺虫剤で慌てたことに笑っていた皆は、俺の言葉を聞いて笑うのをやめ顔を引きつらせている。

毒ガスの知識より、それを教える教師(蘭豹)の方がよっぽど物騒なんだよな……

 

 

 

その後は小さな事件もなく学校が終わったが、寺坂だけは教室に戻ってくることがなかった。

 

 

 




学校が始まったので、これからの更新速度が遅くなるかもしれません……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23弾 上司の時間

1度投稿したのですが、誤って修正前のものを投稿してしまいましたので改めて投稿し直しました。
御迷惑をおかけいたします。


翌日の昼休みになっても寺坂は登校してこなかった。

今までは授業をサボることがあっても朝から来ていたため、少し気になるが考えても仕方ない。

殺せんせーは殺せんせーで、昨日の事を引きずっているのか朝からずっと泣いているし……。

 

「グスッ…グスッ」

「いつまでバイクの事で泣いてんだよ、殺せんせー」

「キンジ君違うんです。これは涙じゃなくて鼻水です」

 

鼻水だと?

目から液体が流れてるようにしか見えないんだが……

殺せんせーの顔をよく見ると、なんと黒い点が4つあるではないか。

 

「目はこっちで、鼻がこっちです」

『まぎらわしいわ!』

 

目の上に鼻って、まじで殺せんせーの顔の構造は分からん。

 

「夏風邪でも引きましたかねぇ、どうも昨日から調子が悪い」

 

そんな事を殺せんせーがぼやいていると、昨日からいなかった寺坂が登校してきた。

 

「寺坂君!今日は来ないと思ってましたよ!」

 

そういって殺せんせーは駆け寄っていく

 

「昨日の事は大丈夫ですからご心配なく!皆も気にしてませんよね?」

「う……うん、鼻水まみれになってる寺坂のほうが気になる」

 

寺坂の顔は食事中に見たくない光景が広がっている。

食欲がなくなるからやめてほしいものだ。

寺坂はキレるかと思ったが、落ち着いて殺せんせーのネクタイで顔を拭いた後

 

「おいタコ、お前水が弱点なんだってな。そろそろ本気でぶっ殺してやるよ、放課後プールに来い」

 

殺せんせーの殺害宣言をした。続けて俺達に向かって協力しろと言ってくる。

 

「……お前今までの暗殺ではずっと協力してこなかったよな。そんなお前の命令に皆が従うと思うか?」

 

前原の言う通り、寺坂に協力しようとするヤツは俺も含め全員いなかった。

信頼関係がないヤツの協力なぞ無料でやる物好きなんていないだろう。

 

「別に来なくていいんだぜ、その時は賞金は全部俺のもんだ」

 

よほど暗殺に自信があるのだろう、寺坂はそう言って教室を出て行った。

計画が分からないことに心配なのか渚が後を追う。

 

「キンジは行くの?」

「依頼でもないし行かねーわ」

 

そんなことを言っていると携帯にいた律が何故か落ち込んでいる。

 

「律はなんで落ち込んでんだよ?」

「最近屋外での暗殺ばかりで全然活躍できないので……」

 

まあ、本体はここに固定されてるもんな。

 

「律は十分サポートとして役立ってるんだ、気にすんな」

「キンジさん……」

 

落ち込んでいる律にフォローを入れていると、何故か凛香はムスッと不機嫌になってた。

 

「凛香どうした?」

「別に……」

 

いや、持っている箸がミシミシ言ってんだけど……

これ以上ここにいると凛香に八つ当たりされそうな為、逃げようとしたら足が何かで固定されていた。

 

「なんだこれ⁉」

 

発生源を目で追うとそれは殺せんせーから流れていた。

 

「皆せっかく寺坂君が殺る気を出したんです行きましょうよ」

 

汚ねぇ!これ殺せんせーの鼻水かよ!

 

「さあ、皆で暗殺して気持ちよく仲直りです」

『まずこの粘液をどうにかしろ!』

 

身動きが取れない上に殺せんせーがしつこいため、渋々OKを出した俺達は放課後に暗殺場所であるプールに向かう。

寺坂の指示でプールの中で散らばるように待機している。

俺は寺坂直々に水門の近くに指定された。

 

「なるほど水に落としてそこを狙う作戦ですか」

 

全員が待機すると、丁度よく殺せんせーがやってきた。

 

「それで寺坂君は拳銃1丁でどうやって落とすつもりですか?」

 

殺せんせーの言う通り寺坂の持ち物は拳銃以外に見当たらない。

拳銃1つで殺せんせーをどうにかできるなんてE組にいたら嫌でも分かるはずだが……

だが寺坂は今も持っている拳銃を殺せんせーに向けるだけだった。

 

「覚悟はできたか、俺はずっとテメーの事が嫌いで仕方なかったんだよ」

「ええ知っています。この後じっくり2人で話しましょう」

 

殺せんせーの挑発ともとれる発言に寺坂が拳銃の引き金を引いた。

その瞬間俺の後ろの水門が突然爆発した。

 

『⁉』

 

水門が破壊されたことによって、プールの水が放流される。

 

(クソ!この先は確か険しい岩場だったはず、このままじゃ全員死ぬぞ!)

 

俺は流されながらも必死にむき出しになった大きな木の根に掴まり難を逃れる。

俺の目の前にはどんどん皆が流れてきている。

 

(ヒステリアモードになるかもしれないが、救命の方が大事だ)

 

覚悟を決め、届く範囲で流れてくる皆を掴もうとする。

 

(覚悟は決めたがなんでこう女子ばかり来るんだよ!)

 

俺は手が届いた凛香、矢田、中村を手元に引っ張る。

 

「流されないようにしっかり俺に掴まってろ!」

 

そう指示し、俺の腕や胸に女子達はしがみついてくる。

気づけば、女子達の匂いや女子特有の柔らかさが直に伝わりヒステリアモードになっていた。

水量が増えてきて流れが激しくなってくる。

いざとなれば手荒だが女子達を岸に投げ飛ばすつもりだったが、目の前から黄色い触手が伸びてくるのが見えた。

殺せんせーがこちらまで助けに来たのだろう。

俺ごと女子を助けると同時に、殺せんせーは()()に叩きつけられた。

そのおかげで今回の爆破の真犯人が分かる。

 

「殺せんせーは⁉」

「下だよ凛香、それに今回の真犯人達もそこにいる」

「「「え⁉」」」

 

殺せんせーが叩きつけられた場所を見てみると、そこには殺せんせーの他にシロとイトナがいたのだ。

 

「まさかさっきの爆発も?」

「正解だよ桃花。寺坂の行動も含め全部シロの計画さ」

 

クラスで孤立していた寺坂に言葉巧みにいろいろと仕掛けさせたんだろう。

最後には寺坂の表情から見て、最後の爆弾は寺坂自身も知らなかったんだろうがな。

 

「キンジその話マジかよ」

「ああ、岡島」

 

俺達より前に助けられた岡島達がこっちに来ながら聞いてくる。

いつの間にか、暗殺をサボったカルマもいた。

 

「殺せんせー押されすぎじゃない?」

 

確かにあの程度ならなんとかなるのが殺せんせーだ。

 

(まさか……)

 

そう思い殺せんせーの周りを見渡す。

 

「やっぱりか!」

「キンジ何がやっぱりなんだ?」

「タコの頭上を見てみろよ」

『寺坂⁉』

 

俺が手段を考えながら、千葉の問に答えようとしたがその前に森から出てきた寺坂が答える。

殺せんせーの頭上には今にも落ちそうな原と吉田と村松がいたのだ。

 

「原達を気にしてあのタコは集中できない。シロのヤツそこまで計算に入れてんだろうな」

「寺坂、マジで原達危険なんだぞ。何のんきに言ってんだ!」

 

寺坂があまりに冷静な為、前原が怒鳴っている。

助けようにもうかつに近づけないな……

特に原が掴まっている枝は今にも折れそうになっている。

 

「寺坂……どうする気だ」

「俺みたいなやつは頭が良い奴に操られんのがオチだ。だがよ、俺だって操られる相手ぐらい選びてぇ」

 

寺坂の目の色が先ほどの暗殺の時と違う。

 

「カルマ、お前が俺を操ってみろや」

「なんでキンジ君じゃなくて俺なんだい?」

 

その問には俺が代わりに答えてあげよう。

 

「カルマの方が俺よりよっぽど狡猾な作戦を考えれるからだろ」

「ふーん……まあ良いや、けど俺の作戦実行できるの死ぬかもよ?」

「完璧に実行してやんよ」

「じゃあ、寺坂まず原さんは放っとこう」

『はぁ⁉』

「おいカルマ、なんで一番危ない原を助けねーんだよ!ふとましいから動けねーしヘビィだから枝折れそうだぞ!」

 

寺坂、女性にその発言はダメだよ。

 

「大丈夫だ寺坂、寿美玲達は俺と殺せんせーが助ける」

「そういうこと、だから俺を信じて動いてよ。悪いようにはしないから」

「……」

「寺坂、『仲間を信じ、仲間を助けよ。』だ。アイツらは必ず助ける。だからカルマを信じろ」

「カルマ、早く指示を出せ」

 

カルマの指示で俺と寺坂はイトナの前に出る。

 

「お前……あの時の」

 

俺を見たとたんイトナは殺せんせーへの攻撃をやめ、俺に迫ってくる。

 

「あの時は自己紹介ができなかったね。俺は遠山金次だ」

「イトナ!まずはこのタコからだ」

「とおやま……きんじ……」

 

カルマの言う通り殺せんせー以上に直接倒された俺の方がヤツの優先順位は高いみたいだな。

 

「イトナ!キンジの前に俺とタイマン張れや!」

 

寺坂はシャツを脱ぎ、盾のように自身の目の前に広げる。

寺坂の行動を止めようとする殺せんせーに、俺は目線で寿美玲達を助けるように伝える。

 

「邪魔だ!」

 

シロの命令を聞かないイトナは触手を寺坂めがけて放った。

 

「今だ!」

 

俺の合図に寺坂がシャツを離す。

触手はそのままシャツを巻き取りつつ寺坂に迫る。

このままでは寺坂に当たるため、その前に俺が裏拳で秋水を寺坂に撃ち触手の攻撃範囲から外す。

 

(すまん寺坂、気絶するほど痛いと思うが触手よりマシだ耐えてくれ)

 

寺坂に心の中で謝りながら、今度は俺に触手が迫ってくる。

スローになった世界で触手が地面と平行に俺の胸辺りを狙いに来ているのが見えたため、俺はスウェーで上体が地面と平行になるまで後ろにそらして攻撃を避けた。

 

「クシュン」

 

イトナはくしゃみをし始めた。

当然だ、なぜなら寺坂のシャツは昨日の殺虫剤に入っていたガスがたっぷり浴びたものだからな。

 

「殺せんせー弱点一緒だよね、じゃあこれも効くでしょ?」

 

カルマの指示で上にいた皆が飛び降りた。

その衝撃で大量の水しぶきがイトナにかかる。

イトナの触手も水を吸い太くなる。

 

「……」

 

黙っているシロに向かって

 

「これ以上続けるならこっちも全力でやらせてもらうぞ」

 

俺はベレッタを抜きつつ、警告を言い渡す。

 

「……ここは引こう。帰るよイトナ」

「……」

「イトナ!」

 

イトナはずっと俺を睨んでいたが、シロの二度目の呼びかけで崖の上に一足飛びで登りシロと共に帰っていった。

 

「なんとかなったな……」

 

そう言って一息着くと寺坂にいきなり投げ飛ばされた。

 

「何すんだ寺坂!」

「それはこっちのセリフだキンジ!味方の攻撃で死にかけるとかシャレになんねーよ!」

「あれでも手加減したんだよ!」

「手加減の意味一度調べてこい、この逸般人!」

『うんうん』

 

なんで皆寺坂に同意してんだよ!

 

「そもそも命令したのはカルマだろう!」

 

半ギレした俺は八つ当たり気味にカルマを水に落とす。

 

「はぁァ⁉上司に向かって何すんだよ!」

「うるせぇ、何が上司だ!サボり魔の癖にオイシイ所だけしっかりいやがって!」

「確かにキンジの言う通りだな」

「全員で泥水もかけようよ」

『いいねぇ』

 

その後、クラス全員参加の泥合戦から俺(ノーマル)vs寺坂vsカルマの乱闘が夕方まで続くことになった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24弾 自宅の時間

7月も半ばを過ぎ、定期テストの時期が迫ってきた。

今は殺せんせーによる各自の苦手科目の復習をしている。

 

「ヌルフフフフ、中間後に来たキンジ君も含め皆さんは基礎がしっかりできてきました。これなら期末の成績もアップ間違いなしです」

「殺せんせー、今度も全員50位以内を目標にするの?」

「いいえ、今回は生徒それぞれに合うような目標を立てます。そこで先生この教室にぴったりの目標を設定しました」

 

渚の質問に殺せんせーが否定を入れる。

そこまでいうと、額当てをつけた殺せんせーの分身が俺を見て

 

「だ、大丈夫!キンジ君もチャンスがある目標ですよ」

「そんな焦った感じで言われてもな……」

 

この中で一番できないのは自覚しているが、改めてそんな反応されると泣きたくなってくる。

 

「さて目標の発表の前に、シロさんが前に言った通り先生は触手を破壊されると動きが遅くなります」

 

そう言ってどこからともなく出した拳銃で殺せんせーは自分の触手を1本破壊した。

 

「1本減るだけでも、すべての分身が維持できず子供の分身が混ざります。」

⦅分身ってそんな減り方するものだった⁉⦆

「2本減らすと子供分身がさらに増え、親分身が家計のやりくりに苦しみます」

 

もはや、分身の説明ではない気がするが……しかも微妙に切ない話になっているし。

 

「3本まで減らすと父分身が蒸発、女手ひとつで子を養わないといけません」

『重いわ‼』

 

これ触手の話だったよな?なんで悲しい家族物語を見なければならない。

 

「とりあえず先生が何を言いたいのかと言うと、触手1本につき約20%先生は運動能力が落ちます。

そこで目標なんですが、総合点以外に皆さんの得意な科目も評価しようと思います。

5教科と総合で学年1位を取ったものには触手1本を破壊する権利を与えます」

『‼』

 

最大で6本破壊できると分かり、皆の目の色が変わった。

 

「君たちの頑張りしだいで賞金に近づけるかは決まりますよ」

 

その一言が決め手だったのだろう、皆はこの後も休み時間を使ってまで勉強している。

俺も律や凛香に教わりながら最も苦手な数学などを教わりながら勉強する。

 

「そういえばキンジ今日の放課後は暇なの?」

「ん?まああっても勉強ぐらいだな」

「そう、じゃあ放課後も勉強を教えてあげるからキンジの家行っても良い?」

「それはありがたいが……凛香自身の勉強は良いのか?」

「教えることも自分の勉強になるし大丈夫よ」

 

このやりとりだけで凛香の顔は真っ赤になっていた。

 

「じゃあ、()()()()()私もキンジさんに数学などを教えてあげますね」

 

この話になったら律も参加するのは分かっていたが、なぜ「いつも通り」を強調する。

確かに最近は夜に数学を教えてもらっているのは事実だが……

しかも凛香は凛香でさっきまでの顔がウソのように変わり、今は俺を睨んでくるし……

とりあえず俺は場をこれ以上ひどい状況になると被害にあうため

 

「あ、ああ、2人とも頼む」

 

と言うしかなかった。

 

 

 

放課後になり、基礎ができたということで補習が無くなった俺はさっさと家に帰り簡単にだが部屋を掃除しておく。

掃除が終わっても凛香はなかなかやって来ず、先に勉強を始め律に数学を教えてもらっていると

 

ピンポーン

 

とチャイムが鳴った。

たぶん凛香だろう。

現在の時刻を確認すると17時になろうとしていた。

 

「なんでこんなに遅いんだ凛香のヤツ?」

 

玄関を開けると、私服に着替えた凛香が勉強道具が入っていると思われるカバンと何故かスーパーの袋を持っていた。

 

「ごめん、ちょっと遅くなったわ」

「それは良いが、その袋は?」

「どうせアンタ今日もコンビニ弁当だと思ったから、誕生日のときぐらい晩御飯作ってあげようと思って」

 

それを言われ、今日が俺の誕生日だったことを思い出した。

 

「そういえば、今日は俺の誕生日だったか」

「呆れた……キンジ自分の誕生日を忘れていたの? とりあえずさっさと作るから台所借りるわよ」

 

そう言って凛香は部屋に入り晩御飯を作り始めた。

手伝おうか聞くと、料理経験がほとんどないためむしろ邪魔になると追い出された。

若干へこみつつ律による数学の勉強を再開する。

 

……ピン、ポーン……

 

凛香が晩御飯を作り終わった頃、今度は()()()()()()()チャイムが鳴った。

来客の予定はこれ以上なかったはずなんだが……いったい誰なんだ?

玄関を開けるとそこには白雪(2人目の幼馴染)がいた。

 

「し、白雪⁉」

「キンちゃん!誕生日おめでとうございます!」

 

どうやら白雪も俺の誕生日を祝いに来たらしい。

 

「あ、ああ。それにしても白雪、お前武偵高にいたんじゃないのか?」

「また星伽に呼ばれていて、明日からそっちに行くの。でも行く前にキンちゃんのところに行っても良いって許可をもらえたから、お夕飯を作ってあげようかなって思って」

 

そう言って、白雪はたぶん重箱が包まれているであろう風呂敷を見せながらテヘッっと笑う。

……マズイ、このまま部屋に入れると中には凛香(もう1人の幼馴染)がいる。

以前修学旅行でも会った2人だが、俺が拉致事件を解決している間にケンカをしたらしいのだ。

見ていた岡島いわく

 

「俺が想像していたのはあんな怖いものじゃない……」

 

と嘆くほどのものだったらしい。

どんな想像をしていたか分からないが、少なくとも2人は会わせるべきではないだろう。

 

「あ、ありがとう。よし用事は済んだ、お前も忙しいだろう?だからさっさと帰ろう、な?」

「……」

 

そこで白雪の目にハイライトがないことに気づく、さらに視線は俺よりも後ろに向いている。

俺はゆっくりと白雪の視線を追うとそこには……

やはり凛香がいた。さらに凛香が持っているケータイには律もいる。

 

「キンちゃん」

「キンジ」

「キンジさん」

『なんでその女がいるの(ですか)?』

 

神様、誕生日くらい平和にすごさせてくれよ……

 




次回、修羅場開幕!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25弾 幼馴染の時間

修羅場展開……書いては消しての繰り返しでしたが、なんとか完成しました


「なんでここに泥棒猫がいるの!」

「それはこっちのセリフよ!アンタ武偵高で寮生活しているはずでしょ!」

「私はただキンちゃんにお夕飯届けにきただけです~!」

「なら、さっさと渡して帰りなさいよ!」

 

2人の幼馴染は玄関で俺を挟んでケンカをしている。

ケンカをするなら、せめて俺を挟んでしないでくれ……

あとでお隣さんに怒られるの俺なんだぞ。

俺1人では止めることが難しいため、ケンカに参加していない律に助けを求めようと携帯を覗く。

 

『貸し1つで止めてあげますがどうしますか?』

 

と文字が表示され、その下にはYes/Noと書かれていた。

俺は被害にあってからでは遅いため、迷わずYesの文字を押す。

 

「お二人共、ここではキンジさんの迷惑になりますので部屋に入りませんか?」

 

押した途端、律が凛香の持っていた携帯に映り2人の仲裁に入る。

 

「律……そうね一度部屋に戻りましょう」

「え……キンちゃんそれ何?」

 

2人とも律の言葉で冷静になったようだ。

 

「そのことも含めて部屋で話しますのでどうぞ部屋に入ってください。星伽白雪さん」

「は、はい」

 

律に促され皆で部屋に戻る。

その傍ら律にお礼を言うと

 

「この貸しは私との()()()で返してもらいますね」

 

この言葉を聞き、俺は早すぎた決断を後悔したのは言うまでもなかった。

 

 

 

俺達は一度席につき、改めて律の紹介をする。

 

「白雪、紹介するAIの律だ」

「律です。よろしくお願いしますね、白雪さん」

「よろしくね律ちゃん。キンちゃんとこれからも仲良くしてあげてね」

 

お前は俺の母親かよ。

 

「はい!これからもおはようからおやすみまでしっかりキンジさんをサポートしますね」

 

その瞬間ここだけ時間が止まった。

凛香も初めて知ったような顔をして、白雪と共に顔が真顔になっていた。

 

「「……律(ちゃん)、どういうこと?」」

「どういうことと言われましても朝に耳元で呼びかけて起こしたり、キンジさんの予定の確認、あとは夜の勉強とか見ていますね」

 

律が普段の行動を言うたびに、幼馴染2人は体を震わせている。

時々小声で「まさか律も……」とか「2人っきりで夜の勉強なんてうらやま、じゃない、ハレンチな」などが聞こえてくる。

夜に勉強することがいかがわしい理由は分からないが、2人の様子はまるで噴火寸前の火山のようだった。

 

「そういえば、こんな感じでお世話する人って妻とかが該当するんですよね?」

「律⁉」

「キンちゃんが泥棒猫にたぶらかされている……悪い虫はここで排除しなきゃいけないよね?」

 

そう言いながら立ち上がった白雪、更にゆっくりと持っていたイロカネアヤメを鞘から抜いた。

 

「お、おい、白雪やめろ!」

「止めないでキンちゃん! ここで泥棒猫は排除しないといけないの!」

 

白雪の奴、怒りで我を失って言うことを聞きそうにないぞ。

携帯を壊されてはたまらないため、白雪を力づくで止めようとすると後頭部に銃口を誰かに当てられた。

……まさか?

 

「あの凛香さん、何をしているんですか?」

「律までたぶらかして……本格的に1度躾けないといけないのかしら?」

 

凛香が怒っていることが分かり、背中から嫌な汗が出てくる。

凛香の方に振り向きゆっくりと下がりながら落ち着かせようと試みてみる。

 

「凛香落ち着け、さっきのは律が勝手に言っただけだろ?」

「けど、律が言った内容は本当の事でしょう?」

「……」

 

確かに律にはいろいろ世話になっているし先ほどの妻以外の発言は合っていた。

 

「私に手を出してこないと思ったら、律に出していたのね……」

「え? 凛香何か勘違いしてないか」

 

なんでそんな話になるんだ?

 

「うるさい、死ねバカ!」

 

そう言って、凛香はエアガンの引き金を引いてきた為しゃがんで弾を避けた。

避けた弾はそのまま白雪の方に飛んでいき、刀で弾かれた。

 

「何するの、あなたも邪魔するつもり?」

「私は彼氏を躾けているだけよ。あんたこそ邪魔しないで」

「彼氏?アハハ、律ちゃんの前にそんな妄想を言うアナタから消さないといけないのかしら?」

「妄想じゃないわよ、キンジから枯れた白いバラを貰ったもの」

 

どうだと言わんばかりに白雪に自慢する凛香。

 

「嘘だよね? そうよ、ここでこの泥棒猫を消して、私が先に既成事実を作ればいいのよ」

 

白雪はショックを受けてよろめいたと思いきや、瞳孔が開いた目でブツブツと何かコワイ事を言いはじめた。

凛香も白雪の言葉を聞き、いつの間にか持っていた包丁とバタフライナイフを構えている。

 

「じゃあ、まずはこの泥棒猫を消さなくちゃね」

「やれるものなら、やってみなさいよ」

 

このケンカの元凶である律を放っておいて2人の殺気が周囲に満ち、いつ始まってもおかしくない状況になる。

 

「天誅ぅ――――――ッ‼」

「躾けてあげるわ‼」

 

2人のケンカが始まった。

基本的に白雪が切りかかり、それを凛香が最小限で避け隙を見てナイフや包丁で白雪に突きを狙う。

烏間先生にしっかりと教えられているため、狙う場所はノド、胸、腹と的確に人体の急所だ。

それを白雪は刀と鞘で器用に防ぎ、一進一退の攻防が続いた。

 

「修学旅行の時も思ったけど、凛香ちゃんホントにただの中学生なの?」

「ただの中学生よ。先生たちがちょっと変わってるクラスのね」

 

まるで俺をマネたような言い方をした凛香は、刀をナイフと包丁で受け止めると秋水を蹴りで放つ。

白雪は吹っ飛ぶのかと思われたが、刀を離して蹴りを避けた。

 

「その動き……遠山家の技ね」

「なんだ、アンタも知ってたんだ」

「そっちがその気ならこっちも本気でやるよ」

 

そう言って、白雪は羽子板と羽を取りだす。

……白雪が本気を出すと言って、見た目が武器に見えない物を出した。

ウソだろ? アレはまさか……

 

「おい!待て白雪、ここでやるな!」

伍法緋焔羽(ゴホウノヒホムラバネ)!」

「⁉」

 

羽子板で打った羽が炎に包まれるのを見て凛香は驚く。

突然の発火……白雪は所謂超能力を使えるのだ。

余談になるが、そんな超能力を使える武偵を『超偵』と呼び、白雪は武偵高で超偵を育てる超能力捜査研究科(SSR)に所属している。

それよりも、超能力云々より出した物と場所が悪い。

白雪のヤツ炎なんか部屋で出して火事でも起こす気かよ⁉

凛香も避けるのはマズいと思ったのかナイフで迎撃に入った。

いや、弾いても意味ないぞ!

だが想像とは違い、凛香が羽を()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

「なんだ不発だったのかよ、脅かしやがって」

「今日は璃璃粒子は薄いはずなのに……」

 

俺が安心からのため息をついていると白雪は不発の原因が分からないようでよく分からない単語を口にしていた。

凛香達はまだ続けるようで、お互い刀とナイフを構えている。

そこで一度俺は部屋を見渡した。

部屋はテーブルやテレビは切られ、壁や床にはいたるところに刺し傷が残っている。

これ以上続けば巻き込まれるな。

そう判断した俺は、奇跡的に無傷だった段ボールと勉強道具を持ちベランダに出る。

 

「キンジさん、もう2人の戦いを見ないのですか?」

「律か……これ以上やればこっちに被害が出かねないからな。ベランダで勉強してくる」

 

防弾物置はないが刃物のみだ。

防弾ガラスまで破壊されないだろう。

 

「そうだ律、このケンカの元凶はお前なんだから責任とって止めとけよ」

「分かりました、頑張ってみますね!」

 

元凶に全てを押し付けた後、俺はベランダで段ボールを机代わりにして勉強を始める。

なんで自分の家なのに、ここで勉強しなければいけないのだろうか……

 

ベチャッ!

「何が起きた⁉」

 

剣戟が聞こえなくなると突然液体が付く音が聞こえた為、窓を見ると血が付いていた。

2人の内どちらかがケガをしたのかと思い、急いで部屋に入るとそこには……

恍惚な笑顔で倒れている2人がいた。

窓に付いていた血はどうやら白雪の鼻血みたいだ。

2人して俺の名前をうわ言のように呟いているし、ホントに何が起きたんだ⁉

 

「キンジさん言われた通り、2人を止めましたよ」

 

2人のそばにいた律が報告してくる。

 

「律、何をどうしたらこんな状況になるんだ」

「私の秘蔵のコレクションを見せただけですが?」

 

どんなコレクションだよ!

2人がケンカをやめて、なおかつ戦闘不能にするものなんてあるのか⁉

 

「どんなのを見せたんだ?」

「これはキンジさんにはヒミツです」

 

ウインクしながら言ってきた律に、コレクションが嫌な予感しかしなかった俺は聞くのをやめた。

 

「はぁ、取りあえずこの状況をどうにかしないとな……」

 

血まみれで傷だらけの部屋を見てため息をついた俺は、まず白雪の付き人である蒔絵田さんに連絡するように律に言って血まみれになった床の掃除を始める。

すぐ近くで待機していたみたいで蒔絵田さんは連絡を入れてから30分くらいでやってきた。

白雪の回収ついでに凛香を家まで送ってもらうように頼んだ後、掃除を終えた俺はベッドに倒れるように入った。

 

「今回の被害の諸々は星伽家が全て払ってくれるそうですよ」

 

良かった、ただでさえ旧校舎の修繕費で借金しているのにこれ以上の出費はマジで生活できなくなるからな。

律の報告を受けたあと色々な意味で疲れてしまったため、勉強の続きもせずにそのまま寝てしまった。

 

 

 

後日、白雪から「妾は2人までしか許しません」という謎のメールがくるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26弾 期末の時間

今回は少しハイペースに物語は進みます


俺の部屋での騒動の次の日、学校でまず聞いたのはA組とテストの点数での勝負だった。

 

「5教科でのトップ争いか……どう考えても裏がありそうに思えるんだが」

「いやいやキンジ、俺達にこれ以上失うものなんてないぞ?」

「そうだよ。それに勝ったら何でも1つ良いんでしょ?何がいいかなぁ」

 

岡島、倉橋が楽観的な事を言っており、他の皆も勝った時の報酬を何にするかで盛り上がっている。

この教室でやっていることが国家機密ということを覚えてるのか?

今言えばせっかくテストに向けて上がっている士気を下げてしまう。

さらに余計なプレッシャーなどで勝負の勝率が下がりそうなため、その事を口に出すのを俺は控えた。

 

「カルマ君!総合トップを狙えるのですから真面目に勉強をやりなさい!」

 

後ろから殺せんせーが叱る声が聞こえた為、怒られているカルマの席を見てみる。

カルマは誰がどう見てもやる気がないように見える。

 

「言われなくてもちゃんと取れるよ。殺せんせー最近フツーの教師みたいに「トップを取れ」ばっか言って、正直安っぽくてつまらないよ」

 

そう言うとカルマはそのまま教室を出て行った。

明らかにカルマは油断しているな。

ある程度勉強していなくても俺よりは点数が取れるとは思うが、トップを取れそうには見えない。

今回の賭けに関しては戦力外だと考えていいだろう。

 

「……はぁ。 そうだ皆さん、賭けの戦利品ですがこれなんてどうですか?」

 

殺せんせーはこの学校のパンフを見せながら、戦利品の提案をしてきた。

こんなのがあったのか、確かにコレは戦利品として良いかもな。

 

「君たちにはバチバチのトップ争いを経験してほしいのです。 報酬も十分そろいました。なら後は暗殺者らしく狙ってトップを()るだけです」

 

この言葉で俺を含め教室にいた皆のテストへのやる気がさらに上がり、期末当日ギリギリまで勉強に明け暮れる日々が続いた。

 

 

 

 

試験当日

いつもより少し早く家を出た俺と凛香は、最終確認として道中も律に問題を出してもらいながら登校する。

 

「そういえば律、最近家で見ないけど何やってたんだ?」

「最近ですか? 烏間先生が理事長と交渉した結果、私の期末テストの参加が認められないかわりに代役の人がテストすることになったんです。 なので最近は夜にその人とネット授業をしていました」

 

……烏間先生が理事長に哀れみの目で見られているのが想像できるな。

 

「烏間先生、相変わらず大変そうね……」

「凛香、また烏間先生にハンバーガーとか買ってあげようぜ……」

「うん」

 

心の中で烏間先生に頭を下げつつ、テスト会場となる教室に着く。

誰か分からないが先に来ているようだ。

そこには律に似せようと頑張った結果、全く似ていない誰かがいた。

いや、マジで誰だよ!

 

「律、あの人がお前の代役なのか?」

「はい! 仁瀬さん頑張ってくださいね」

「律さん、私がんばるダス!」

 

律が言うには再現度120%らしい。

100%を超えたら、それは再現じゃないだろ。

俺はいろいろとツッコミたいところをギリギリ抑え、自分の席で始まるまで暗記などの時間に費やした。

 

「そろそろ始まりますので私は本体のほうに戻りますね。キンジさん、答えの見直しを忘れないよう注意ですよ」

「ああ、わかったよ」

 

間も無くテストが始まるため、律が携帯から消えた。

 

(それにしてもこの緊張ぐあい……立てこもりの制圧とかをしている時の方がよっぽどリラックスしているな)

 

先ほどから心臓の音がドクンドクンとうるさく感じるほど鳴っている。

答案用紙がとうとう回ってきた。

 

キーンコーンカーンコーン

 

俺にとっての最難関の戦いのゴングが鳴った。

 

 

 

 

英語

 

(ホントにこれ中学生の問題なのか? 見直しする時間とか全くないぞ、最後の問題まで間に合うか?)

 

理科

 

(やっぱりところどころ覚えてないところがあるな。記憶定着術の猾経(カッコウ)を使えば楽なんだが、アレはご先祖が言うには日本では永久に禁止らしいしな。自分の実力でやれる限りやろう)

 

社会

 

(これは他の教科よりできそうだ。ん? 『アフリカの首相の会談数を答えよ』……分かるか!)

 

国語

(お、結構手ごたえを感じる……漢文以外)

 

数学

(……)

 

家庭科なども含めた全教科が2日間に渡り行われ、俺は全教科のテストが終わった頃には死体のように机に突っ伏していた。

 

 

 

 

 

テストから3日後、全教科の採点が終わり答案が返却される。

この学校では答案用紙と共に学年順位が書かれた紙も渡されるらしい。

 

「では、英語から……E組1位そして学年も1位中村莉桜!」

『おおおおお!』

 

よし、まずは1勝と触手1本だな。

 

「次に国語です。 E組1位は神崎有希子! しかし学年1位は浅野学秀!」

 

浅野? もしかして理事長の息子なのか?

 

「5英傑って言われているけど、結局は浅野を倒せなきゃ学年トップは取れねーんだな」

 

前原の言葉で、5英傑と呼ばれている奴らの顔も名前も知らない事に気づく。

別に知らなくても問題がないし、さっさと発表してくれ。

 

「では続けて社会1位、磯貝悠馬! 学年1位は……」

 

溜めないでくれ殺せんせー、さっきから発表の仕方が心臓に悪いんだよ。

 

「おめでとう!浅野君を抑えて学年も1位です」

 

これで2勝1敗あと1つで取りあえずA組には勝てるな。

 

「理科のE組1位は奥田愛美、素晴らしい! 学年1位も奥田愛美‼」

『うおおおおおお!』

 

今日1番の歓声が教室に響きわたる。

 

「3勝1敗!数学を待たずしてE組が勝った!」

「よし!仕事したな奥田!」

「触手1本お前のモンだぜ!」

 

皆は口々に奥田を褒め称えている。

その後数学を返されるがカルマだけ浮かないか顔をして教室を出て行った。

やはりダメだったのだろう、フォローするべきかと思ったが殺せんせーがいないことに気づく。

 

(まあ、殺せんせーがなんとかするだろう)

 

そう思った俺は改めて返却された5教科の点数を確認する。

 

(英語68点、国語70点、数学65点、理科68点、社会70点で総合学年順位は93位か……)

「思ったより悪くないな」

「何言ってるのよ、どの教科も70点以下しか取ってないくせに」

 

俺の点数と順位を後ろから見た凛香にダメ出しされる。

 

「凛香、これでもここに来た直後と比べたらかなり上がったんだぞ」

「それでもアンタ高校生でしょ?」

「ウグッ、そ、そういう凛香はどうなんだよ」

「はいこれ」

 

少しでも反撃しようと、凛香の点数と順位を聞くと答案を渡された。

 

「英語79点、国語84点、数学77点、理科75点、社会85点……」

「あと総合での順位は44位よ」

 

全てにおいて完敗だった。

勝てるところが1つも無かったため落ち込んでいると、カルマと殺せんせーが教室に戻ってきた。

 

「皆さん、期末テストは素晴らしい成績でした。触手ですが5教科総合を合わせてトップは3つ、ですので触手の破壊は3本ですね」

「おいおい、5教科トップは3人じゃねーぞ」

 

殺せんせーの前に寺坂、吉田、村松、狭間が出てくる。

 

(寺坂は何言ってんだ? 5教科と言えば国・英・社・理・数じゃ……)

「5教科と言ったら、国・英・社・理・()だろ?」

 

そう言って4人は満点の家庭科の答案を見せる。

おいおい、そんなのありかよ⁉

殺せんせーもこれは予想外だったらしく慌てだした。

 

「タコ、誰も()()5()()()で1位なんて言ってねーだろ」

「ククッこの作戦全員でやりゃよかったわ」

 

寺坂や狭間の黒い笑いに少し顔が引きつるがこのチャンスを使わないとな。

 

「カルマ、お前もなんか言ってやれよ」

「……その慌て方、5教科最強の家庭科さんに失礼じゃね殺せんせー」

 

俺がカルマの一言言うように促せ、その後全員で殺せんせーを責めた結果触手7本の破壊を約束させる。

 

「あ、殺せんせー皆で相談したんですがこの暗殺に今回の()()()であるコレも使わせてもらいます」

 

そう言って磯貝は学校のパンフのある部分を指す。

俺達がA組との勝負で賭けた『戦利品』、それは夏休みにA組のみ行われる夏期講習だ。

言葉だけ聞くとただの罰ゲームのように聞こえるが行われる場所がスゴイ。

なんと沖縄の離島リゾートで行ういわば夏期講習という名の沖縄旅行だ。

磯貝が代表で言った提案に殺せんせーも呑んで暗殺場所も決まった。

 

 

 

 

程なくして終業式を迎え、俺達E組も夏休みに入る。

もちろんその際に、修学旅行以上に分厚い過剰しおりを殺せんせーから渡されたのは言うまでもない。

 




夏休み編 頑張って書くぞー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27弾 学園案内の時間

島に突入する前に2話分挿入です


「はぁ……」

 

今俺は、凛香・律・渚・千葉・岡島・矢田を連れておよそ2ヶ月ぶりに来た()()()()の前にいる。

その場所の名前は東京武偵高校……レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2km・東西500mの長方形をした人工島に建てられている、文字通り武偵を育成する学校だ。

そして、俺が在籍している高校でもある。

どうして、ここに連れてこないと行けなくなったんだ……

 

 

事の発端は夏休みに入って直後である。

俺の家で、律と凛香の3人で夏休みの課題を消化していると

 

「そういえば、キンジの通っている武偵高ってどんなところなの?」

 

と唐突に凛香が聞いてきた。

 

「どんなところって、探偵科や強襲科とかあってだな」

「そうじゃなくて、パンフとかに書かれていない具体的な事が聞きたいの」

 

凛香もしかして武偵に興味でもあるのか?

 

「じゃあ、実際に見に行きませんか?」

「律、どうゆうこと?」

「先ほど調べましたら、入学希望者は武偵高の学園案内の依頼が出せるみたいです。なので先ほどキンジさん宛に依頼を出しました」

「はぁ⁉ おい律何勝手に「律ナイスよ」人の話を聞け!」

 

なんで好き好んでわざわざ夏休みに武偵高に行かねばならんのだ。

律に依頼を取り消すよう言おうとすると

 

()()()()()、私は武偵高に行きたいです」

「……謹んで依頼をお受けいたします」

 

どうやら俺には依頼の拒否権がないようだ……

その後、どうせだからクラスの皆も誘おうと言うことになり呼びかけた結果今いるメンバーが集まったのだ。

 

 

 

 

 

「んじゃ、案内を始めるがまずどこを見たいんだ?」

強襲科(アサルト)

狙撃科(スナイプ)

「「特殊捜査研究科(CVR)!」」

情報科(インフォルマ)装備科(アムド)です」

 

凛香、千葉、岡島、矢田、律が同時に言う。

あと岡島! お前はただ美少女が見たいだけだろ!

それにCVRは、俺はヒス的にもアウトだし男性禁制もあって案内できないぞ。

後半の理由を皆に説明すると

 

「俺の目的が……」

 

岡島はまるで世界が終わったかのように絶望した顔をしていた。

岡島(バカ)は置いといて矢田には別の奴に案内させる必要があるな。

俺の異性の知り合いと言えば……

白雪→凛香がいるため誕生日の惨劇が起きる可能性大。

理子→矢田と知り合い、戦妹がCVRだったはず。

よし、理子を呼ぶか。

理子にメールで頼むと2つ返事でOKと返ってきて、学校内と言うこともあったのかわずか10分でやってきた。

 

「キーくん、皆ひさしぶりだね~」

「おう」

 

相変わらずフリルをふんだんに付けた改造制服を着た理子は、前に会ったメンバーたちとワイワイと話している。

真っ先に反応しそうな岡島が静かだったため見てみると、岡島は涙を流していた。

 

「ロリ巨乳なんて都市伝説だと思っていたがまさか本物をこの目で拝めるなんて……」

 

さっきから悲しんだり喜んだりと大変なヤツだな。

 

「それで、私は桃ちゃんをどこに連れてけばいいの?」

「CVRだ理子。たしかお前の戦妹もCVRだっただろ? だから矢田を案内してほしいんだ」

「戦妹って、リンリンの事?」

「え、私?」

「あ~りんりんとは違うよ。りこりんの戦妹、えっと戦妹は先輩後輩で1年間コンビを組む制度なんだけどその制度でリンリン、島麒麟って子と契約してるんだよね」

 

さっきからりんりん、リンリンとややこしい。せめて分かりやすいあだ名をつけろよ理子。

 

「とりあえず、桃ちゃんにCVRを紹介したらいいんだね。じゃあさっそく行こう桃ちゃん!」

 

理子は矢田を連れ、CVRのところに行った。

取りあえず、難門は突破だな。

 

「理子たちも行ったし、俺達も行こう。まずは一番近い狙撃科のところだな」

 

狙撃科の訓練室に入ると入り口近くにヘッドフォンをつけて、ボーっと空を見ながら体育座りしている生徒がいる。

あれは……

 

「レキ久しぶりだな」

「……」

 

顔見知りの為、一応声をかけてみたが相変わらずヘッドフォンでつけている為返事がない。

 

「キンジ君の知り合いなの?」

「まあな渚、コイツは狙撃科Sランクのレキ。この通り無表情、無口だから付いたあだ名はロボットレキだ」

「そのあだ名、本人の前で言っていいの⁉」

 

渚がツッコんでくるが言われたレキは相変わらずボーっと空を見ていた。

どうせヘッドフォンをつけているから聞こえてないのだろう。

 

「ホントに武偵高の人って変わった人が多いわね」

 

そう凛香が言うとピクッっとレキが反応し、空を見るのをやめた後自発的にヘッドフォンを外して凛香の事をジーっと見始めた。

 

「風?……」

 

風なんて今は全く吹いてないぞ?

レキの言動についていけない俺達はただレキを見ることしか出来なかった。

 

「レキ、できるなら俺よりもここに詳しいお前にここの案内を頼みたいんだが」

「……」

 

意を決してレキにここの案内を頼むが相変わらずのスルーでずっと凛香を見ている。

 

「えっと、お願いできますか?」

 

今度は凛香が頼むと

 

コクリ……

 

レキはうなずいて立ち上がる。

なんで俺は無視で初対面の凛香の言うことは聞くんだよ。

 

「ここで射撃訓練をします……」

「ここで忍耐訓練をします……」

 

など、言葉足らずだが施設の説明をしてくれた。

出る前に狙撃科主任の南郷に会い、武偵の立ち合いが必要だが狙撃銃と訓練場の使用許可を貰え千葉がレキの立ち合いのもと夏期講習に向け狙撃の練習をすると1人残った。

 

千葉をレキに預けた後、残りのメンバーで強襲科の訓練室に向かう。

 

(ここだけはできるなら来たくなかったんだが……)

 

そう思いつつも訓練室の扉を開ける。

今の時間は訓練している生徒が多く、その全員が扉を開けた俺を見ると一斉に迫ってきた。

 

「キンジ久しぶりだな、ここに来ないでサボってたら死ねるぞ」

「サボったんじゃなくて任務だ。 お前こそ訓練ばっかで実践を経験しないと死ぬぞ、三上」

「キンジ、お前みたいなどんくさい奴がまだ死んでないのか?」

「じゃあ、なんでお前は生きているんだ夏海」

 

強襲科特有の挨拶である、死ね死ね言って来るやつに死ね死ねと返していると、凛香達はこのノリについていけなく呆気にとられたようで驚いていた。

 

「あれ? 遠山君じゃないか」

 

強襲科の奴ら1人1人に返事をしていると、後ろから俺のクラスメイトである不知火が声をかけてきた。

 

「不知火じゃねーか、久しぶりだな」

「そうだね。最後に会ったのが遠山君の任務前だからかれこれ2ヶ月ぶりかな? 遠山君も学園案内かい?」

「『も』って事はお前もか?」

「そうだよ、火野さんっていう強襲科志望の子をね」

 

不知火の後ろを見ると、金髪の女子がペコリとお辞儀をしてきた。

不知火も強襲科の案内をするようだし、どうせなら凛香達も合流させてみるか。

 

「なあ、不知火。俺は他の奴らを、装備科とかにも案内しないといけないから一緒にこいつらを連れて行ってくれないか?」

「僕は問題ないけど、君たちはそれで大丈夫かい?」

 

不知火に許可をもらい、続けて凛香達にも聞く。

 

「私達も問題ないです」

 

凛香と岡島が不知火の案内のもと付いて行き、俺・律・渚で装備科に向かう。

向かう場所は俺の銃弾の追加などを兼ねて平賀さんのところだ。

 

「キンジ君、今から向かうところってどんな人がいるの?」

「そうだな……金はかかるが言ったらなんでもやってくれる人だな。俺が普段撃っている弾もその人が作ったやつだ」

「それでしたら私の強化にも役立ちそうですね」

「平賀さんはいろいろ特許とか取っているから気をつけろよ律」

 

そんな雑談をしているうちに気づけば平賀さんの工房に着いた。

 

「平賀さんいるかー?」

 

声をかけてみるが返事がしない。

扉を開け入った直後に

 

「あ、なんか蹴っちゃった」

「渚、壊れたら弁償なんだからよく見て移動しろよ」

 

そう言いつつ渚と共に蹴ったものを確認すると、それは人の腕だった。

 

「「う、うわぁあああ」」

 

ここでいったい何があったんだ⁉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28弾 武偵高の時間

途中、カタカナ表記で文章が読みづらいかもしれませんがご了承ください。


蘭豹って烏間先生の理想の(戦力になる)人なんじゃないかなと執筆中に思いました。


「バラバラ事件⁉ け、警察、119番しないと!」

「渚、警察は110番だ!」

 

装備科の見学と俺の依頼の為、俺達は平賀さんのところに行くとそこに人の腕があったのだ。

余りにも生々しいものを見てしまったため、渚は軽くパニックになっている。

 

「2人とも落ち着いてください。 それは人の手ではありませんよ」

 

律に言われ、改めて腕を見てみる。

 

「そういえば、どこにも血がついていないな」

 

落ちていた腕を見てみると、温かく手触りなど人間のそれだが断面を見ると何やらコードらしきものが見える。

 

「ロボットなのか?……」

「え? これが?」

 

渚が驚くのも無理がない、それほどこの腕は人間の腕にそっくりなのだ。

 

「あやや、とーやまくんなのだ。おひさしぶりですのだ」

 

腕を注意深く見ていると、奥の方から平賀さんが出てきた。

 

「久しぶり、平賀さん」

「今日はどうしたのだ?」

「ああ、俺の発注とあと学園の案内でここに来たんだ」

「案内? とーやまくん1人でどうやってするのだ?」

「1人? 隣に渚が……」

 

そう言いながら横を見ると渚はどこにもいなかった。

辺りを見回しても、それらしい人物はいない。

 

『ハァーイ遠山キンジ君。突然デ悪イケド、貴方ガ案内シテイタ子少シダケ借リルワネ』

 

誰もいないのに片言の声だけ聞こえてくる、こんな人物は1人しかいない。

 

「渚をどうする気ですか、諜報科(レザド)のウ―先生?」

『ウフフ、渚チャンッテ名前ナノネ。アノ子自身ハ気ヅイテナイミタイダケド、イイモノヲ持ッテイルカラ特別講義ヲシテアゲルダケヨ』

 

連れ去られたあとの為今更どうにもできない、それにここの教員に逆らうなど死にたいと言っているようなものだ。

まあ渚なら何とかなるだろう。

 

「あまり無茶はしないでくださいよ」

『分カッテイルワ、渚チャンハ貴方達ガ帰ル頃ニ返スワネ。バイバーイ』

 

それを境に声は聞こえなくなった。

 

「あやや、渚っていう子大丈夫なのだ?」

「渚ならなんとかなるだろ。平賀さん銃弾の発注を頼む」

「了解ですのだ~」

 

俺は平賀さんに普通の銃弾と対殺せんせー用のゴムスタンを頼む。(いつの間にか平賀さんは対殺せんせー物質を分析して量産していた。)

 

「平賀さんですよね?さっきのロボットについて教えてもらえませんか?」

「あやや⁉ 誰かいるのですのだ?」

 

律が平賀さんに話しかけるも、まさか携帯から喋っているとは思わない平賀さんはキョロキョロと周りを探している。

 

「平賀さん、ここだ」

「初めまして平賀さん。律です」

 

俺が携帯を見せ、律が挨拶する。

 

「これはびっくりなのだ。まさかとーやまくんがAIを持っているなんてやっぱりトップダウン型なのだ?」

「いいえ、ボトムアップ型ですね」

「⁉ それはホントですのだ⁉」

 

トップやらボトムやら良く分からない小難しい話を律と平賀さんは会話している。

聞くと、トップダウン型なるものは固定されたやりとりの群衆で、ボトムアップ型は人間みたいに考えるそうだ。

 

「平賀さん、律の事は置いといて腕の事を聞きたいんだが……」

「腕? ああ、ヒューマノイドの事ですのだ」

「ヒューマノイド?」

「そうなのだ。あややの代わりに授業に出てもらおうと作ってたところなのだ」

 

そう言いながら、平賀さんは自分そっくりの頭を見せてくる。

ロボットと分かっていても思わずビビってしまうな。

何も知らない奴がみたら絶叫モノだぞ。

 

「平賀さん、私の分のヒューマノイドも作れませんか?」

「時間はかかるけど作れるのだ」

「それでしたらお願いできますか?」

「分かったんのだ、じゃあ、お金の代わりに時々ここに来て手伝ってほしいのだ」

「はい!分かりました」

 

あれよあれよという間に律と平賀さんが依頼の契約をしていた。

律、勝手に何やってんだよ……

一言文句を言おうとしたが、律は嬉しそうな顔で

 

「これでホントの意味で皆さんと一緒に授業や作戦ができます」

 

と言うのだ。

そういえば律のヤツ、前も外で暗殺できないことに落ち込んでいたな。

 

「良かったな律」

 

平賀さんが言うには律の体は秋の終わりぐらいにこちらに送るらしい。

ヒスる確率がグッと上がってしまうが、目下の問題は烏間先生だ

なんて報告するべきなんだ……

 

 

 

 

 

 

~渚side~

あれ、ここはどこなんだろう?

さっきまでキンジ君とロボットの腕を見ていたはずなんだけど……

辺りを見回すと、上下左右に周りそうなイスやトラップがありそうな怪しそうな部屋が見える。

 

「ここはどこなんだろ?」

『ココハ諜報科ノ訓練室ヨ』

 

どこからともなく声がする。

しかも片言な上オネエな人っぽい。

 

「あなたは誰ですか?」

 

辺りを探しても誰もいない、しかも声は部屋に響くように聞こえ場所の検討もつかない。

 

『私ハ諜報科教諭ノ「チャン・ウー」ヨ。ヨロシクネ』

「ウー先生、僕をどうするつもりですか?」

『鍛エルツモリヨ。貴方ハ分カッテナイヨウダケド、貴方ノ才能ココデ鍛エタラモット強クナレルワ』

 

才能? 僕にはそんな褒められるような才能なんてないと思うんだけど。

 

『ソウネ、モシココデ教エタ事ガ出来タナラ、()()()()()()()()ノ成功率モ上ガルワヨ』

 

黄色いタコ⁉

なんでこの人が殺せんせーの事を知っているの⁉

 

「……黄色いタコってなんの事ですか?」

『ソウイエバ、国家機密ダッタワネ。デモネ私ガ知ッテイテモ不思議ナ事ジャナイワヨ、ダッテ秘密ハドコカデ漏レルモノダモノ』

「……」

『今ハ、ソンナ事ヨリ貴方ノ事ネ。強クナリタイナラ、アノ部屋ニ来ナサイ』

 

その言葉と同時に扉が開く、ウ-先生の言葉通りなら殺せんせーの暗殺に役立つみたいだ。

僕は意を決して開いた部屋に入っていった。

 

 

 

 

~凛香side~

キンジ達が他を見に行ったあと、私と岡島ともう1人の女の子は不知火さんの案内のもと強襲科(アサルト)を見て回っている。

 

「なあ、アンタ。見た感じ一般中学に見えるけど、どうしてここに来たんだ?」

 

私に話しかけてきたのは不知火さんと一緒に来た女の子だ。

 

「キンジ……幼馴染がここに通っているから興味があったの。あと私の名前は速水凛香よ、よろしくね」

「火野ライカだ、ライカって呼んでくれ。こちらこそよろしくな凛香」

 

少し慣れなれしくも感じたが、ライカと軽く話しながら一緒に見て回る。

闘技場と呼ばれる楕円形のフィールドを見ていると、ポニーテールで背の高い女性がやってきて

 

ドウッ‼

 

いきなり拳銃を撃ち始めた。

 

「え……あの人誰なんすか? あとなんで今撃ったんすか⁉」

 

余りにも突然だったため岡島が不知火さんに聞く。

 

「あの人は強襲科の教諭の蘭豹先生だよ。撃ったのはたぶん集まれってことなんだろうね」

 

何かあるたびにあの人は銃を撃っているのだろうか……

私と岡島は思わずひいてしまう。

 

「ガキ共、今すぐ闘技場に集まれ!」

 

不知火さんの言った通り、蘭豹先生は訓練場にいた人たちを全員集めた。

 

「今日は中学生がおるし、どっちも実力者っぽいから試しにここで殺ってもらうで」

 

はい? もしかして私たちの事?

中学生と言われて該当するのは私達しかいないため決定的だった。

 

「そこの女子2人! 1人は銃を持ってないみたいやな。じゃあ、徒手格闘(CQC)にするか」

 

私とライカが指名される。

指名されたことによって、私とライカは一気に周りに注目され始める。

 

「相変わらず急に言うな蘭豹のヤツ」

「1人は武偵中だから分かるけど、もう1人の子明らかに一般中学だよ」

「しかもあの制服、椚ヶ丘じゃねーか」

「あそこ確か有名な進学校だよな?どうしてここに……」

 

会話の内容はもっぱら私の事だった。

2人して急な指名だった為、どうにかしてもらおうと不知火さんを見ると

 

「頑張ってね」

 

爽やかな顔で裏切られた。

 

「凛香、諦めようぜ……」

「そうね……」

 

武偵高の人に指ぬきのグローブを貰い、闘技場の中に入る。

闘技場に入る際、岡島に

 

「速水、ここに適応しすぎだろ」

 

と言われたが、私はただ諦めただけだ。

 

「時間無制限、武器以外なら投極打全部アリや。ギブアップか背中が地面に着くまでやれよ」

 

蘭豹先生によって、ルールが説明される。

ようは素手なら何でもアリらしい。

徒手格闘(CQC)の経験はほぼないが、なんとかなるだろう。

 

「それでは、はじめ!」

ドウッ‼

 

合図代わりに銃が撃たれ、ライカとの徒手格闘が始まった。

合図と同時にライカが蹴りを放ってきた為、私は烏間先生がやっているように軌道をそらすように受け流す。

 

「へえ、今ので終わると思ったけどなかなかできそうだな」

「まあね、教えている先生が特別だから」

 

今度はこっちから攻めよう。

動きを封じ込めるため、鳩尾や肝臓を狙う。

ライカも急所を脚などで使って防いでくる。

お互いにクリーンヒットが出せる場所から1歩も引かずにその場で殴る蹴るを繰り返す。

 

「そこ!」

「それを狙ってたんだよ!」

 

何度目か受け流した後、決定的隙が出来た。

ライカを地面に着ける為に足技を掛けようと仕掛けると、気づけば私が背中を地面に着けていた。

 

「そこまで!勝者は金髪のほうや」

 

蘭豹先生によって、私が負けたことが改めてわかる。

 

「へへっ、アタシの勝ちだな」

「……」

 

ライカは自慢げな顔をしながら私に手を伸ばしてくる。

悔しい、ナイフと銃があれば負ける気しないのに。

ライカの手を掴み起き上がると蘭豹先生が近づいてきた。

 

「2人とも面白いもん見せてもらったわ。あとお前は武器に頼らない戦い方も覚えとけよ」

 

そう蘭豹先生が私に言ってくる。

 

「烏間は無手でもかなり出来るやつやからな、アイツに頼めば今よりもっと強くなれるで」

 

この人、先生と知り合いなの?

待って……なんで()()()()()()()()()()()()をこの人は知っている?

 

「……なんで先生の事知っているんですか?」

「まああれや。 武偵高の教師を嘗めるなってことやな」

 

適当にはぐらかされた後、どうやら烏間先生の事は一方的に知っているみたいで今度紹介しろと蘭豹先生に言われた。

私じゃなくてキンジに頼むようにと蘭豹先生に言って、私たちは強襲科の訓練場を出る。

 

「そろそろ私達は帰るけど、ライカはどうするの?」

「アタシはまだ見終わってないから、もう少し見てくつもりだぜ」

「そう、じゃあここでお別れね。……次会ったら今度は負けないから」

「いつでも相手になってやるよ。まあ次もアタシが勝つけどな」

 

そんなやり取りをしてライカ達と別れた後、キンジに電話で連絡し学校の入り口近くで集合する。

 

「?」

 

集まったメンバーの顔つきが違った。

律と矢田は満面の笑みを浮かべ、キンジはなんでか悩んでいる、千葉と渚もメモを見ながら何やらブツブツと言っていた。

 

「お前ら、今日はどうだった?」

 

キンジが私たちに学校見学の感想について聞いてくる。

 

「自分の実力不足が分かったわ」

「あたらしい友達ができました」

「射撃の参考になった」

「いろいろとすごかったよ」

「ビッチ先生のすごさが分かったわ」

「空気だった……」

 

私、律、千葉、渚、矢田、岡島の順に答えていく。

 

「岡島……あんたいたのね」

「お前とほぼ一緒にいただろう!」

 

岡島の事は無視し、取りあえずキンジを見てみる。

 

「まあ、銃を振り回す物騒な所だが楽しんでくれて良かった。そんじゃあ帰るか」

 

キンジの言葉で締め、皆でモノレールの駅に向かう。

 

(烏間先生に徒手格闘を教えてもらえるよう、あとでメールしとかないとね)

 

今後の予定を立てながら私は、やってきたモノレールに乗り椚ヶ丘に戻った。

後日、今日以上に頭を悩ませるキンジを見た私はしばらくキンジに渡す弁当をいつもより豪華にしてあげるのだった。




と言うわけで律のヒューマノイド化が決定しました。


AIのことはかじりかけの知識で書いたため為、間違っていたら申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29弾 計略の時間

夏休みも半分を過ぎ、夏期講習まで1週間を切った。

俺達は訓練と作戦の詰めのために旧校舎に集まっている。

 

「……なあビッチ先生、来たんだったら訓練しろよ」

 

正直、リゾートに来たような格好でいるビッチ先生が訓練の邪魔で仕方ない。

 

「そうだよ、射撃やナイフは俺達と差がないだろーにさ」

「大人はずるいのよ。あんたたちの作戦に乗じてオイシイ所をもらっていくわ」

 

三村の言葉にビッチ先生が鼻で笑うように答えた。

 

「ビッチ先生、後ろにいる人の前で同じこと言ってみろよ」

「どうゆうことよトオヤマ、後ろの人って……」

 

そう言って振り返ったビッチ先生の顔は瞬時に青くなっている。

後ろにいたのはビッチ先生の師匠のロヴロさんだ。

今回の作戦に助言をしてもらえるように烏間先生が呼んだみたいで、ロヴロさんは見るからに怒気を纏っている。

 

「偉くなったもんだなイリーナ……」

「あ……えっと……ち、違うんで「1日休めば、腕は鈍る! 落第が嫌ならさっさと着替えろ!」ヘイ、喜んで!」

 

ロヴロさんの一喝でビッチ先生は急いで着替えに校舎に戻っていった。

 

「それで今殺せんせーは絶対に見てないな?」

「ヤツは予告通りエベレストに避暑中だ。部下もヤツをずっと見張っているから間違いない」

 

ロヴロさんの問に烏間先生が答える。

 

「見張りの為に、わざわざエベレストまで行くことになった烏間先生の部下の人も大変だな……」

 

木村が哀れんだように呟く、ホント防衛省の人たちは苦労しているよな……

 

「なら良い、作戦の機密保持こそ暗殺の要だからな」

「そういえばロヴロさん。今回の暗殺にもプロは送るのか?」

「いや、今回は送れない。ヤツは臭いに敏感で送ったことのある殺し屋が使えんのだ」

 

俺が来た時も、殺せんせーは存在感が無い鼻で硝煙の臭いをかぎ分けてたな。

 

「それに有望だった殺し屋と突然連絡が途絶えて、現在斡旋できるものがいないんだ」

 

ロヴロさんの言葉に嫌な予感を感じるが元々俺達だけで暗殺する予定なんだ、支障もないため別に問題ないだろう。

 

「先に7本の触手を破壊して、間髪入れずに全員で一斉射撃は分かるが、この精神攻撃と言うのは具体的にどんなことをするのだ」

 

手元の資料を見ながら、ロヴロさんが聞いてくる。

 

「この前殺せんせーがエロ本を拾い読みしてたんスよ」

 

何回聞いても嘆かわしいな……

 

「その時口止め料としてアイス1本配られたけど……そんなもので口止め出来るわけねーだろ!クラス全員でいびってやるぜ!」

 

杉野、前原と続いて精神攻撃についての内容を説明する。

つかアイス1本で口止めって……今どき小学生でも無理じゃないか?

 

「他にも強請るネタはいくつか確保してるんで、これで殺せんせーを追い込みます」

 

渚がさらに補足説明し、それを聞いたロブロさんの口から

 

「残酷だ……」

 

と漏れる。

俺が同じことをされたら、きっとその場で自分に拳銃を突きつけたくなるだろうな。

ロヴロさんは切り替えるため咳ばらいを1回して作戦の続きを見る。

 

「肝心のとどめだが、これは正確なタイミングと精密さが求められるな……」

 

そう言いながら、ロヴロさんはE組でもトップクラスの射撃能力を誇る千葉と凛香の2人を見る。

今も千葉は狙撃銃を凛香は2丁拳銃を使用し、的として使用している風船に正確無比に当てている。

 

「不安か?」

「いや逆だ。あの2人は特に素晴らしいな」

「そうだろう」

 

烏間先生も2人を褒められたからなのか、自慢げに答えてた。

 

「射撃能力に秀でた2人にヤツと正面から戦闘可能な殺し難し(ダイ・ハード)の孫、そして他の者も良いレベルで纏まっている。短期間で良く育ったものだ、人生の大半を暗殺に費やしたものとしてこの作戦に合格点をやろう」

 

プロの視点からも問題ないと言われ、孤島での暗殺方法が正式に決まった。

……待て、殺し難しの孫って俺の事か? 

ロヴロさん、俺の事を過大評価しすぎだろ。

 

射撃訓練の後、武偵高に行ってから日課となっている凛香との無手の組手をやろうと射撃場から移動していると、ロヴロさんのもとに渚が向かうのが見えた。

 

「ロヴロさん、あなたが知っている中で1番優れた殺し屋って誰ですか?」

「そうだな……1番優れたという意味では2人いる」

「2人ですか?」

「ああ。まず最高の殺し屋という括りなら『死神』を俺はあげるな。ありふれた名だが我々の業界で死神と言えば唯一絶対にヤツを指す」

 

『死神』その名は俺も聞いたことがある。

誰も本名を知らず、持っている技術全てが高レベルな能力らしい。

その為、世界的にマークされており危険リストA上位等級に登録されている。

しかし誰もヤツの素顔を知らないため、あまり意味をなしていないそうだ。

 

「ロブロさん、もう1人は……」

「殺し屋は優れたヤツほど万に通じる。その意味で言えば『教授(プロフェシオン)』と呼ばれているものが該当するだろうな」

「『教授』ですか?」

 

そんな通り名は聞いたことがないな……

 

「そうだ。もはや都市伝説のような人物だが、曰く超人や人外を集めた組織の長だと。曰く見たことのある技全てを使え、その実力は裏表関係なく世界最高峰の実力だと。曰く裏から世界を征服していると言われている。もしホントに教授がいて暗殺を行えば、あの死神すら及ばない実力だろうな」

「……」

 

渚はあまりの事に声が出ていなかった。

盗み聞きしていた俺も教授の存在は信用できなかった。

 

「教授の存在は確証がないが、少なくとも死神は存在する。今もヤツはじっと暗殺の機会を伺っているのかもな」

「そんな人が……」

「……少年、君には俺から必殺技を授けよう」

 

必殺技?

殺し屋なのだから初手で終わらせるような技なのだろうか?

 

「……キンジ、いい加減反応しなさいよ!」

「ッ! どうした?」

「さっきからここでいいんじゃないって聞いてるんだけど」

 

凛香の言葉で周りを見れば、いつの間にか十分に組手ができる場所まで移動していた。

 

「そうだな。ここでするか」

「渚達が気になっているみたいだけど、組手中までそんなのだったら殴り飛ばすわよ」

「凛香相手にそんなことしたら、俺が秒殺されるからしねーよ」

「あと島での射撃スポット探し、キンジも手伝ってよね」

「なんで俺が? 千葉がいるじゃねーか」

 

殺せんせーは俺の事を一番警戒していることは皆が知っているため、今回の作戦では囮として殺せんせーを足止めする事になっている。

トドメ役の2人で話し合って決める方が良いだろ。

そう言うと途端に凛香は不満そうな顔をして

 

「千葉は狙撃銃で私は拳銃だから撃つ距離とか違うの分かるでしょ。私は拳銃を撃ちなれているキンジにアドバイスが欲しいの」

「そういえばそうだったな……分かったから睨むな凛香。スポット探しは手伝う」

「うん。じゃあ、組手を始めましょう」

 

凛香が睨みながら反論してきた為、俺は射撃場所を探すのを手伝うことを了承して組手を始めるのだった。

 

 

 

 

 

間も無くE組最大の暗殺計画が始まる……

 




教授、いったい何者なんだ……(棒)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30弾 始動の時間

執筆している間にお気に入り400件、UAも3万を突破していてびっくりしました。


東京から船で6時間、俺達は目的地である普久間島に着いた。

 

「ようこそ、普久間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースです」

 

ホテルのサービスマンと思わしき人物からジュースを貰う。

ちょうどノドが乾いていたところだったため、飲もうとしたら

 

「お、キンジ良いもんあんじゃねーか。もらうぞ」

 

と寺坂に取られてしまった。

 

「寺坂、サービスだから自分で貰いにいけよ、俺だって飲みたかったんだぞ!」

「サービスなんだし良いじゃねーか、カタイこと言うなよ」

 

寺坂に全部飲まれてしまった為、もう一度もらおうとサービスマンを探すがすでにホテル内に戻ったようでいなかった。

仕方なくトロピカルジュースを諦め、作戦通りに修学旅行の班に別れて行動する。

日が出ている時間の作戦は1つの班が殺せんせーを陽動、残りの班で暗殺の準備をするという内容だ。

俺達の班はトドメの射撃をする2人のスポット選びと小屋の支柱を短くする作業になっている。

 

「不破、殺せんせーは?」

「今は3班と海底洞窟巡りをしているところね。こっちの動きは絶対に見えないはずよキンジ君」

「なら探すなら今だな」

「私とキンジで本命の場所を探すから、千葉はダミーの場所をお願い」

「了解、中村たちも支柱頼んだぞ」

 

俺と凛香、千葉の2手に別れ射撃スポットを探し始める。

 

「あの3人、シブかったな……」

「遠山は武偵だからまだ納得できる部分あるけど、はやみんと千葉君はもはや仕事人の風格だったわ」

 

そんな会話が遠くから聞こえてくる。

暗殺まで時間がないのだから中村たちもさっさと準備をしてほしいものだ。

 

 

 

他のメンバーと別れ、凛香と共に本命のスポットを探すため移動していると

 

「それにしてもキンジ、アンタどこに行ってもその服ね」

 

暇つぶしのためか、凛香が俺の服について指摘してくる。

今俺が来ているのは、私服になりかけている武偵高の防弾制服だ。

 

「着慣れているし防弾しようだからコレが一番なんだよ。それにコレ以外に持ってきているのは部屋着ぐらいだしな」

「……少しはオシャレぐらいしなさいよ」

「恰好を気にするぐらいなら、その金で弾を買うな」

「はぁ……」

 

なんでため息をつく、見た目を気にするなんて武偵高だったら女子ぐらいだぞ。

それに俺も私服ぐらいは持ってる、ユ〇クロとかの服ぐらいだが。

そんな雑談をしていると目的地である浜辺に着いた、ここから海に潜り射撃場所を探すのだ。

 

「取りあえずその話はいったん置いといて、さっさと場所を決めるぞ」

「そうね」

 

そういうと凛香は何を考えているのかその場で服を脱ぎ始めた。

凛香の胸辺りで白いものが一瞬見えてしまったため、俺は慌てて後ろを向く。

 

(血流は⁉)

 

どうやらハッキリとは見えてなかったためなのか、血流は問題なかった。

 

「お前バカか? なんでここで脱ぐんだよ!」

「中に水着を着てるから見られても大丈夫だからよ、当たり前じゃない」

 

水着?

恐る恐る振り返ると、凛香が身に纏ってたのは白いビキニだった。

 

「紛らわしいな……驚かすなよ、凛香」

「勝手にキンジが騒いだだけでしょ」

「……」

 

確かに俺が勘違いして騒いだだけだった。

だが弁解させてほしい、水着が下着と同じ形をしているのが悪いんだ。

世の中からビキニみたいに危ないものが無くならないだろうか……

 

「バカな事考えてないでさっさと行くわよ」

 

そう言うなり凛香は先に海に入った、後を追うため慌てて俺も中に着ていた水着だけになり海に入る。

凛香と話し合って射撃場所を暗殺場所である小屋の入り口とは反対方向で距離を目標から15mに決め、その後他のメンバーの作業を手伝い夕方ごろにはほぼ全ての準備が終わった。

準備を終えホテルに戻った俺達がまず目にしたのは日焼けした殺せんせーだ。

いや日焼けと言うには黒すぎる、姿形も相まってもはやただのシルエットだった。

 

「いやー満喫しました。おかげで黒く日焼けしちゃいましたね」

『黒すぎだろ!』

「もう真っ黒すぎてどっちが前なのかすら分からんぞ」

「ややこしいからどうにかしてよ!」

 

クラスの皆は口々に黒いのをどうにかしろと言っている。

 

「皆さんお忘れですか? 先生には脱皮があるんですよ」

 

そういうなり殺せんせーが黒い皮を脱ぎ捨てた。

ん? 確か脱皮の特徴は……

 

「なぁ殺せんせー、脱皮って月1回じゃないのか?」

「その通りですキンジ君。本来はヤバイときの奥の手なんですが……アッ‼」

 

この後に暗殺があるのに何やってんだ……

 

「どうしてこんなドジ踏むのにまだ殺せないんだろ?」

「渚、考えない方がいいぜ、取りあえず夕食を食べに船に行くぞ」

 

渚や杉野たちが船上レストランに向かった為、俺達も殺せんせーを連れ夕食に向かった。

 

 

 

 

 

俺達は船上レストランで夕食を食べた後、船で酔わせた先生を連れて宿泊ホテルの離れに位置する水上パーティールームに来た。

ここで殺せんせーの暗殺を仕掛けるのだ。

パーティールームには精神攻撃担当の岡島と三村がすでに()()()()を用意してる。

 

「殺せんせー、まず三村が編集した動画を見てもらった後に触手を破壊する権利を持っている人たちで破壊。 それを合図に一斉に暗殺開始。 それでいいですね殺せんせー?」

 

磯貝が簡単に大筋を説明し、殺せんせーもそれを了承。口では嘗めているような言い草だったが顔は縞模様にならず目線を小屋のあちこちに移動させていた。

 

「殺せんせー、まずはボディチェックを」

 

渚が殺せんせーの体を触り、何か持ってないかチェックをする。

俺は見たことがないが殺せんせーはマッハのスピードにも耐えれる水着を持っているらしい。

どうやら殺せんせーは何も持って無いようだ。

 

「じゃあ、まずは映画鑑賞からだな」

 

岡島の一言で皆は所定の位置に着き、暗殺計画が始まった。

この映像には殺せんせーが死にたくなるような映像が詰め込まれている。

これでまずは精神的に殺せんせーを殺すのだ。

映画の上映が始まると、触手を破壊する権利を持つ7人以外が入り口付近で出入りを繰り返しつつ次の手の準備を進める。

俺も同様に小屋から出て、携帯を取り出す。

 

「タコが罠にかかるまで後1時間作戦を始めてくれ」

『了解、これよりウツボ(私と千葉)は獲物を待ち伏せるわ』

 

2人に作戦が始まった事を伝え、次の行動に移る。

 

「片岡、水鳥(フライボード)の準備は?」

「大丈夫、全員位置に着いたわ」

「渚、消防(特大ホース)は?」

「ここにあるよ茅野」

「イルカさん達、私の合図で飛び跳ねてね」

「「キューキュー」」

 

イルカと会話できる倉橋にツッコみたいところもあるが隠語で確認しつつ準備を着々と進めていく。

 

「キンジさん動画終了まであと10分を切りました」

「分かった、律。お前も位置についてくれ」

「了解です」

 

律も海に沈み、これで外の布陣は完成した。

 

「作戦通りに罠が作動後水鳥(フライボード班)がオリを、消防士(ホース班)がその周りを固めてくれ」

『了解』

 

作戦の最終確認を終え、俺は小屋の中に戻る。

小屋に戻るとちょうど映像は終わったようで

 

「死んだ……あんなもの知られたなんて先生もう無理です……」

 

と殺せんせーはすでに精神的に死にかけている。

 

『秘蔵映像にお付き合い頂いたが、殺せんせー何かに気づかないでしょうか?』

「⁉」

 

小屋の支柱を短くした為、床まできた満潮によって触手は海水を吸って膨らんでいた。

 

「さあ約束だ、避けんなよ」

 

寺坂の言葉と共に7人の触手の破壊が始まった。

それと同時に俺と弾幕班で張りぼての壁を押して小屋を倒壊。

さあ、覚悟しろよ殺せんせーここからが本番だからな。

 

「ッ‼ フライボードでオリを⁉」

 

小屋の倒壊と同時に殺せんせーが逃げれないようにフライボードで水の檻を形成。

これで殺せんせーには、触手の破壊以外に船酔い・精神攻撃・海水・急激な環境変化を与えたことになり反応速度はかなり落ちているはず。

 

「射撃を開始します。 照準は殺せんせーの周囲1m」

「全員弾幕形成だ!」

 

律の浮上を合図に一斉射撃の弾幕で殺せんせーの逃げ道をさらに塞ぐ。

後は俺の仕事()とトドメのみだ。

できるならやりたくないがこれも成功率を上げるため……覚悟を決めよう。

俺は皆より1歩前に出て殺せんせーに銃口を向ける。

 

「さ、さぁ殺せんせー、覚悟はいいかい?」

 

殺せんせーが俺の事を最も警戒しているのは皆が知っていることだ。

決闘の時と同様にヒステリアモードになったら囮は完璧だったのだが、それは自発的にやりたくない。

その為苦肉の策として、より暗殺の成功率を上げるためノーマルモードの俺が出来たのは()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()

 

「キンジ君もやはりトドメに参加ですか……」

「ああそうさ、俺の撃った弾がアンタに避けられるかな?」

 

し、死にたい。

キザな言い回しをクラスの奴らにガッツリ見られているのだ。

銃口を思わず自分に向けたくなってくるぜ……

俺と殺せんせーは、どちらも相手の行動を見逃さないよう瞬きすらせずに対峙する。

 

(凛香と千葉はまだなのか?)

 

まだ対峙して1分もたっていないと思うが、俺にはそれ以上に感じてしまい手にはじっとりと汗が出始める。

 

(これ以上動きを止めるのは無理だぞ)

 

パパァン

 

「‼」

 

エアガンの発砲音が聞こえるも逃げ道を塞がれた上、俺に集中していた殺せんせー反応が遅れたようで焦った顔で振り向く。

 

「殺ったか⁉」

 

その瞬間、俺は閃光と爆風に巻き込まれ海に叩きつけられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31弾 厄災の時間

海に叩きつけられた俺はすぐに海面に顔を出し辺りを伺う。

恐らくだがさっきの爆風と閃光は殺せんせーの爆発だ。

その証拠にさっきまで殺せんせーがいた場所には何もない。

 

「油断するな! ヤツは再生能力がある! 片岡さんを中心に水面を見張れ!」

 

烏間先生の指示のもと俺達は小屋の周りを警戒する。

 

「あっ!」

 

倉橋が何か見つけたようで指をさしてた。

指した先にはブクブクと泡が出ている。

 

「生きていたら全員一斉射撃をしかけるぞ」

 

全員で泡の周りを囲み銃口を向ける。

浮かんできたのは……殺せんせーの顔が入ったオレンジと透明の球体だった。

 

「な、何アレ……」

「よくぞ聞いてくれました渚君、これは奥の手中の奥の手『完全防御形態』です」

 

はぁ⁉ 完全防御形態だと‼

 

「外側の透明な膜は肉体を縮めた際に余った高密度のエネルギー結晶体です。 この状態は水や対先生物質などあらゆるものを跳ね返します」

「なんだよ、そのチート! そんなのになられたら何もできねえじゃねーか」

「確かにその通りです木村君、ですがこの形態にもデメリットが存在します。この形態は24時間持続しますが裏を返せばその間は身動きが取れません。この状態で最も怖いのはロケットに積まれ宇宙の彼方に飛ばされることですが、現在24時間以内に飛ばせるロケットが無いことを調べ済みです」

 

「くそ……」

 

殺せんせーのヤツ、この形態になることも想定済みで動いてたのかよ……

寺坂は諦めずスパナで殴ったりしているが透明の膜には傷1つついてなかった。

 

「すまん、俺は先に凛香と千葉の様子を見てくる。 殺せんせーの対処とか決まったら後で教えてくれ」

 

そう近くにいたヤツに言って俺は皆より先にこの場を離れた。

凛香達が上がる予定の場所に向かうと、千葉はどうやら先に行ったようで今は凛香しかいなかった。

 

「キンジ……」

「凛香、分かっているとは思うが作戦はダメだった」

「ッ‼ やっぱり……」

「あれは凛香達のせいじゃない。 ただ殺せんせーが一枚上手だっただけだ」

 

そう言うが凛香は落ち込んだままだった。

 

「キンジ、ちょっとだけ後ろを向いてて」

「? ああ、分かった」

 

何をするのか分からないが言われた通り後ろを向くと、俺の背中に凛香が抱き着いてきた。

 

「り、凛香⁉」

「……私ね撃った瞬間思ったんだ、『ダメ、この弾じゃ殺れない』って」

 

よくよく聞けば凛香のすすり泣く声も聞こえてくる。

 

(凛香のやつ昔と変わってないな)

 

凛香は昔から弱音や言い訳は皆の前で言わなかった。

だが人間貯めこむのにも限界がある。

凛香は、1人で抱えきれない事があるとよく俺や兄さんの背中で泣いて何があったかなどを独り言のように言っていたのだ。

俺は幼いときと同じように、何も言わず凛香の言葉の続きを聞く。

 

「練習ではもっと不安定な位置か撃っても外さなかったし、自信はあったんだ……けど本番になった瞬間に指先が硬直して視界も狭くなったの。結果は外せないっていうプレッシャーに負けて失敗。皆に託されたのに期待に答えられなかった……」

 

そう言うなり凛香は泣き顔を見せたくないからだろう、さっき以上にギュッと密着してくる。

ここで凛香の姿を思い出してほしい。

凛香は水中に潜って待機するため水着だ、しかも昼同様ビキニ。

そして俺の背中に密着、ここまで言えば誰でも気づくだろう?

 

フニュン

 

そう俺の背中に凛香の胸の感触が伝わってくるのだ。

さっきから血流を抑えるために素数を数えようとしているのだが、胸のほうに意識がいってしまい血流を抑えきれていない。

 

「凛香、さっきから当たっている! そろそろヤバイんだ離れてくれ!」

 

ドクン!

 

これ以上耐えきれそうにないため凛香に離れるように言うが、言うタイミングが遅かった……

 

「キンジ?」

 

背中に抱き着いていた凛香が聞いてくる。

俺は振り返って頭を撫でながら、

 

「凛香さっきも言ったがこれは君だけのせいじゃないよ。それに暗殺はまだ終わってない、次のチャンスで仕留めたらいいだけさ」

「でも、次も無理だったら……」

「『諦めるな、武偵は決して諦めるな。』だ、諦めないかぎりチャンスはまた廻ってくる。それに凛香は俺のパートナーなんだろ? なら最初から弱気になったらダメだ」

「……うん」

「良い子だ、さあ皆のところに戻ろうか」

 

凛香を連れホテルに戻ろうとすると携帯に律が出てきた。

 

「キンジさん大変です! 皆さんが!」

「どういうことだ律!」

「キンジ、急いで戻りましょう」

 

俺達は急いでホテルに戻るとテラスにはクラスの半分ほどがグッタリと倒れている。

 

「いったい何があったんだ渚!」

「キンジ君分からないんだ。テラスで休憩していたら突然皆が……」

「医者は?」

「さっき烏間先生も聞いてたけど、明日の10時まで来れないって」

 

食中毒か?

いや、それなら同じものを食べた俺達も倒れているはず……

 

「とりあえず、皆を床に寝かせるぞ」

 

救護科(アンビュラス)ではないためちゃんとした応急処置は分からないが、楽な姿勢にさせるため元気なメンバーで倒れた生徒を運ぶ。

 

「クソッ! まさかここで外部のヤツが狙ってくるとは」

 

烏間先生が焦った顔で戻ってきた。

 

「烏間先生、外部のヤツってまさか⁉」

「ああ1週間で感染者を殺す人工ウイルスを盛られたらしく、治療薬が欲しければコイツを背の低い生徒2人で山頂のホテルに持ってくるように要求された」

「ひどい……誰がこんなことしたんですか?」

 

桃花が聞くも烏間先生も困った顔をするのみで答えなかった。

 

「そのホテルに問い合わせられないんですか?」

「今問い合わせているんだが、噂通りなら恐らく……」

「烏間さん!」

 

そこまで烏間先生が答えた所で、園川さんがやってきた。

 

「やはりダメです。政府として宿泊客の情報の開示を求めましたがプライバシーを繰り返すばかりで……」

 

政府の名で聞いても一切答えないか……

 

「烏間先生、もしかしてあのホテルは裏御用達の?」

「そうだ遠山君。同僚が一度ここの事を話してたんだが、この普久間島は別名『伏魔島』と呼ばれている。山頂のホテルは国内外のマフィアとそれらと繋がっているお偉いさんが出入りしていて、私兵の警備のもと違法な商談やドラッグパーティーが連日開かれているみたいだ」

 

この言葉で一部が騒がしくなる。

それもそうだ、暗殺をやっているとはいえ俺以外の生徒は一般人。

こんな状況に陥るのは初めてなんだろう。

 

「どーすんスか、このままじゃ皆死んじまうよ!」

「吉田落ち着け、烏間先生に当たっても皆が治るわけじゃないんだ」

「なんでキンジはそんな冷静なんだ! 皆が死ぬかもしれないんだぞ!」

「いいか、今もっともやってはいけないのはパニックになることだ。幸いウイルスは即効性のものじゃない、今のうちに落ち着いて対策をたてるんだ」

「キンジ君の言う通りよ。そんな簡単に死なないからじっくり対策考えて」

「……悪いキンジ、原、少し取り乱しちまった」

「気にするな、それが普通の反応だからな」

 

このやりとりで全員落ち着いたため、改めて対策をたてるため作戦会議を始める。

 

「要求なんざシカトして都内の病院に連れて行けばいいんじゃねーのか?」

「寺坂、それは危険だ。人工ウイルスと相手は言っているんだぞ。下手したら病院に治療薬がないかもしれない」

「じゃあどうすんだよキンジ? 要求通り、ちんちくりん2人だけ行かせるのか? 人質が増えるだけだ」

「大丈夫だ、それだけはない。竹林、確か医者の息子だったよな? 対症療法での応急処置はできるか?」

「問題ない、ただ人数が多いからあと1人手伝いがほしい」

「じゃ、じゃあ、私も手伝います」

「よし、ならそっちは竹林と奥田の2人を中心に患者の処置を任せる。律、あのホテルの図面と警備の配置図を頼めるか?」

「了解です! すぐにハッキングを始めますね」

 

よし、これでいつでもいけるな。

 

「遠山君、もしや……」

「はい、俺が奇襲を仕掛けて薬を奪ってきます」

「危険だ! 敵はどう考えてもプロだぞ」

「だからですよ、烏間先生。相手がプロだから武偵の俺が行くんです」

「キンジ君、烏間先生の言う通り君1人では危ない」

「殺せんせーも止めるのか?」

「ええ君が1人で行くのならですがね、ここでの最善策は看病の為の2人を除いた全員で奇襲をすることです」

「だが……」

 

その後の言葉は続かなかった。

なぜなら、皆のやる気に満ちた目を見てしまったからだ。

 

「そんな面白い事キンジ君一人にやらせるわけないじゃん」

「それにキンジの背中は私が守るって言ったでしょ」

「カルマ、凛香……全員を守りきれる自信なんてないぞ?」

「何カッコつけてんだキンジ守られる必要なんてねーよ、それに敵に良いように操られるなんて気にくわねーしな」

「寺坂……」

 

俺はどうやらクラスの皆をどこか一般人だから、武偵じゃないから皆を守らなければと思っていたみたいだ。

だが皆は守るべき対象の前に、同じ目標を殺ろうとする仲間なんだ。

仲間を信じれないなんて、これじゃあクラスの一員を名乗れないな。

 

「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ。』だな……よし、全員で行こう」

『おう!』

「さて、烏間先生。ここに15人の特殊部隊がそろいましたよ。交渉までの時間もあまりない、あなたはどうしますか?」

「……注目! 目標は山頂ホテル最上階! ミッション内容は隠密行動からの奇襲、ハンドサインや連携は訓練通りのモノを使用! 違うのは目標のみだ、指揮官は俺が務める! 律君がマップを入手次第3分で叩き込め! 動きやすい服装、武装を整え次第作戦を開始する!」

『はい!』

 

こうして、山頂ホテルへの潜入ミッションが開始した。




執筆が間に合えば、0時か1時過ぎにでも次の話を投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32弾 推理の時間

なんとか宣言通り間に合いました。


律のハッキングによってマップと警備の配置を知った俺達は、警備が配置されていない崖の上にある通用口からホテルに侵入することになった。

 

「はやくーおいてくよー」

「岡野、相変わらず身軽だな」

「そうだな木村、ひなたはこういうことをやらせたら1番だ」

「それに比べて教師陣は……」

 

木村と共に下にいる教師3人を見る。

教師3人の内、イリーナ先生と殺せんせーは明らかに烏間先生のお荷物だ。

 

「つか、なんでビッチ先生まできてんだ?」

「留守番が嫌だったみたいよ」

「フン、足手まといにならなきゃいいけどな」

 

千葉とメグのやり取りに寺坂も入って、手がしびれてきたと騒いでいるイリーナ先生を困った子みたいに見ている。

 

「烏間先生、イリーナ先生は俺が運びますよ」

「む、しかし」

「俺なら大丈夫です。それに」

「きゃっ!」

 

素早くイリーナ先生の片手を掴んだ後、持ち上げてお姫様抱っこする。

 

「女性を運ぶ際は優しくしないと」

 

イリーナ先生をお姫様抱っこしたため両手がふさがった俺は駆け上るように崖を登っていく。

 

「さすがトオヤマは女の扱いが分かっているじゃない。あとでご褒美のキスをあげるわ」

 

「……ビッチ先生」

 

声の方を見ると凛香がいつの間にか横まで来ていて、思わず身震いするほどの笑顔を見せている。

 

「今のキンジに言っても意味ないから後でお仕置きだけど、ビッチ先生もされたいの?」

「や、やっぱりキスはナシよ、トオヤマ!」

 

イリーナ先生は青い顔で必死に言っていた。

どうやら俺には弁明の余地すら残ってないみたいだな……

崖を登り切ってホテルの中に入った俺達はさっそく足止めをくらっている。

 

 

「ロビーに警備が多いな……」

 

烏間先生の言う通り、少なくとも10人以上警備がいる。

発見されずに通り抜けるのはまず無理だ。

 

「何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

皆がどうすべきかと悩んでいると、イリーナ先生が当たり前のように言って前に出てきた。

なるほどそういうことか。

皆はイリーナ先生の言葉の意味に気づけないようで呆れたように見ている。

 

「イリーナ先生、ここはまかせても大丈夫ですか?」

「当たり前じゃないトオヤマ、それにしてもアンタ女心をくすぐらせる声色も出せるのね。今度ロメオの技術を教えてあげるわ」

「美しい女性のお誘いだからお受けしたいところだけど、それだけは勘弁したいかな」

 

そんな技術を教えられたら、間違いなく凛香に殴られそうだしね。

軽口を言い合った後、イリーナ先生はロビーに出て行った。

 

「おい、キンジ! なんでビッチ先生を止めなかったんだ」

「磯貝忘れたか? イリーナ先生は色仕掛けの達人だぞ」

 

ビッチ先生は酔ったフリをして警備に話しかけている。

 

「来週そこでピアノを弾くの、酔い覚ましに調律をチェックしたいから弾かせてもらっていいかしら?」

「えっと……じゃあ、フロントに確認を」

「いいじゃない。貴方達に聞いて欲しいの。それに審査してもらえないかしら?」

「審査?」

「そ、ダメなところがあったら叱ってください」

 

そういって警備を釘付けにした先生は演奏を始める。

これには、警備以外に俺達も思わず見とれてしまった。

イリーナ先生の演奏は全身を鮮やかに使って体でも表現されている。

その色気漂う表現のおかげでヒステリアモードの血流もより一層高まった。

 

(20分稼いであげる。行きなさい)

 

ハンドサインで合図が送られたため、俺達は近くの非常階段に素早く移動して先に進む。

 

 

 

 

 

最大の関門であるロビーを抜けた俺達は3階まで一気に登る事ができた。

 

「遠山君、ここからは上着とネクタイを脱いでくれ」

 

烏間先生の言う通り上着とネクタイを脱いで寺坂の持っているリュックにしまう。

銃はカッターシャツの中に入れ、抜きやすいように3つほどボタンを外しておいた。

 

「どうして上着を脱がせたんですか?」

 

烏間先生の言葉が疑問に思ったのかカエデが聞いている。

 

「ここからは客のフリをするためだ。武偵とわかったら関係ないものまで攻撃してきそうだからな」

「客? 俺らみたいな中学生の団体なんているんスか?」

「聞いた限り、結構いるみたいだ菅谷君。主に芸能人みたいな金持ちの子供だ。その子たちは甘やかされて育ったため、あどけないうちから悪い遊びに手を染めているみたいだ」

「だから君たちもそんな輩のように世の中を嘗めた感じで歩いていきましょう」

 

殺せんせーの言葉でそれぞれがそれっぽい顔をしているが、全員どこか違うような気が……どちらかというとチンピラのほうが似合うな。

 

「皆、敵も客のフリをして襲ってくるかもしれないから警戒だけは怠るなよ」

『了解!』

 

 

 

烏間先生を先頭に3階中広間まで進んだが、今のところは敵にも会わず順調に進んでいる。

 

「ここまで誰もいねーし楽勝だな、時間ねーんだしさっさと進もうぜ」

 

誰ともすれ違わない、そして烏間先生がいることから気が緩んだのか寺坂と吉田が先に走っていった。

 

「おい、お前ら!」

 

俺が言っても寺坂たちは止まらずに進む。

奥から、客らしき人物が来た。

ッ!? あいつは!

 

「「寺坂(君)、そいつは危ない!」」

 

俺と優月の言葉に寺坂が反応するも、相手はすでに攻撃のモーションに入っている。

 

(桜花で……ダメだ、間に合わない!)

 

寺坂たちが攻撃をくらうと思った瞬間、烏間先生が超人的なスピ-ドで近づき2人を投げる。

しかし烏間先生自身は避けきれずに敵の攻撃であるガスを浴びてしまった。

 

「殺気を見せないで攻撃するのは俺の十八番だったんだが、なぜ分かったのかな?」

「アナタ、私達が来たときにドリンクを配ってたおじさんでしょ?」

『……あっ!』

「それだけだと証拠不十分だぜ、ドリンク以外にも毒を盛る機会はたくさんあるだろ?」

 

どうやら相手はしらばっくれるみたいだ。

それなら、推理の答え合わせといこうか。

 

「俺達のみに発症したことから、感染源は恐らく飲食物」

「私達が島に来て、同じものを食べたのはあのドリンクと夕食のみよ」

「ウィルスに感染した人の中には夕食を食べずに動画を編集していたヤツもいた、そうなると感染源は昼間のドリンクのみになる」

「「従って、犯人はアンタだ(あなたよ)!」」

「ッ‼」

『おお~』パチパチパチ

 

俺と優月による息の合った推理の答え合わせに周りは思わず拍手をしている。

 

「まるで探偵みたいね」

「凛香、忘れているみたいだから言うが俺は探偵だぞ」

 

推理せずに戦闘ばっかしている探偵だけどな。

 

「すごいよ2人とも」

「ふふふ、そうでしょ渚君。普段から少年漫画読んでいたら普通じゃない状況でも素早く適応できるのよ。それに探偵物はコ〇ン・金〇一とか有名なのがあるからね。あと探偵と言えばM〇文庫から出る緋〇のア〇ア22巻が2016年4月25日に発売だから読んでる皆は要チェックよ!」

「不破さん最後のは露骨すぎだよ! それにこの二次作品の原作、片方はジャ〇プの作品だよ! せめてジャ〇プの作品も言おうよ」

「ジャ〇プの探偵物? 良く知らないけど文庫版とかであるんじゃないの?」

「いろいろ雑すぎない⁉」

 

……なぜ優月が絡むと一気に話がメタくなるんだ。

一応今シリアス展開だったはずだよな?

 

「……ククク」

「何がおかしいんだ?」

 

俺がそう聞くと前にいた烏間先生が倒れた。

 

『え⁉』

「……毒物使いか」

「その通り。そいつに使ったのは室内用の麻酔ガス。一瞬で象すら気絶し、外気に触れるとすぐ分解する優れものだ」

 

ヤツは気絶した烏間先生を通り越して俺の前までくる。

 

「ウィルスの開発者もアナタですね。無駄に感染源を広げなく取引向き……麻酔ガス同様実用性に優れている」

 

殺せんせーのいう通りウィルスの制作者で間違いないな。

 

「それをお前たちに教える義理はない。ただお前たちに取引の意志がない事だけは良く分かった。交渉決裂だ、ボスに報告しよう」

「そうはさせないわ」

「何⁉ いつのまに出口を!」

 

凛香達に指示を出し、すでに退路は塞いである。

これでヤツは俺達を倒さないかぎりここから移動できないことになる。

 

「俺達を見た瞬間、アンタは攻撃せずにボスに報告するべきだったな」

「ガキが何人集まろうと時間の問題だ。リーダー格であるお前さえ殺れば後は逃げ出すだろう」

 

そう言いつつヤツは俺に対して殺気を出しながら構える。

あともうひと押しか。

俺はベレッタを抜いてヤツの意識をより一層こちらに向けさせる。

 

「その年で実銃……お前武偵だな?」

「そうだ、あと1つ良いことを教えてやるよ」

「なんだ?」

「俺達の先生をあまり嘗めない事だな」

「え?」

 

グシャッ

 

気絶したフリをしていた烏間先生の膝蹴りがヤツの顔面にきまった。

まさか、象すら効く麻酔に耐えきるなんてハンドサインを見た際はびっくりしたぜ。

 

「烏間先生この後の戦闘は?」

「無理だ。しばらくは普通に歩くフリしか出来そうもないな」

 

やはり無理か……

 

「象すら気絶するのに歩けるほうがおかしいだろ……」

「あの人も十分化け物よね」

 

菅谷、ひなた、烏間先生は公安0課にいたんだぞ。

たぶん一般の常識なんて、ほとんど当てはまらないはずだ。

 

 

 

倒した毒物使いを持ってきたガムテープで拘束し、俺達は次の階へと足を進めるのだった。




ノリで書いた要チェックがホントにこの作品にとって要チェックに……
まさか原作があんな展開になるなんて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33弾 成長の時間

毒物使いとの戦闘後、殺せんせーのお気楽発言に皆が怒っている間に寺坂にある事を聞いた。

 

「寺坂、体調は平気か?」

「あ? 何のことだよ」

「とぼけんな、お前もあのジュースを飲んだろ」

「ちっ……」

 

俺が飲むはずだったジュースを代わりに飲んでいる、その為寺坂もウィルスに感染しているはずなんだが……

 

「……まだ倒れるほどのもんじゃねーよ。それにさっきの事や以前のプールで迷惑かけたんだ。これ以上足は引っ張りたくねー」

 

潜入した今、ここで寺坂だけ置いていくほうが危険なため一緒に行動するしか選択がなかった。

 

「はぁ……寺坂絶対無理だけはするなよ」

「分かっている。俺は体力だけは自信があるからよ、心配するな」

 

「寺坂、殺せんせーをねじ込むからパンツ下ろしてケツ開いて」

「死ぬわ‼」

 

カルマに呼ばれた為、寺坂はそっちのほうに行った。

寺坂の為にも一刻もはやく薬を奪わないとな。

 

 

 

 

 

 

「おいおい、アイツ見るからに()()()の人間じゃねーのか?」

 

5階の展望回廊まで来た俺達を待っていたのは窓ガラスにもたれかかった金髪の男性だった。

しかも相手は殺気を隠そうともせず、まるでここにいるぞと知らしめてる感じで何かを待っている。

間違いなく待っている相手は俺達だろう。

 

「ああ、たぶんその通りだ吉田。どうしますか烏間先生?」

「くそ、ガスさえ浴びていなければ遠山君に銃を借りて撃ち殺すんだが……」

 

実銃はあるがこの中で唯一殺しのライセンスを持つ烏間先生が撃てる状態ではない。

仕方ない、少々危険だが正面からやってやるか。

 

「そろそろ出てくるぬ。 足音でそこにいるのはわかっているぬ」

 

バレていたか、どのみち正面から倒すつもりだった為全員でヤツの前に立った。

 

「ふむ、手ごわいと思える人物が1人いるぬと思ったがまさかガキだとはぬ。てっきり0課出身の引率教師と思ったぬが、その様子ではスモッグのガスにやられたぬな」

「手ごわいって誰のことなんだ?」

「お前ぬ」

 

そう言ってヤツが指さしたのはなんと俺だった、てかなんで皆まで俺を指す!

 

「だってキンジくらいでしょ、烏間先生以外で人間やめてるの」

「凛香、俺は人間だ。そこら辺の学生と一緒だよ」

 

なんで皆ありえないみたいな顔をするんだ?

俺ができる事は、人間なら可能な事しかないんだぞ。

 

「そっちの事はどうでもいいぬ。俺はお前と戦いたいんだぬ」

 

そういうなり、ヤツは素手で窓にヒビを入れる。

マジかよ。あの窓、たぶん防弾ガラスだぞ。それを素手って……いやそれ以上に語尾の『ぬ』が気になるな。

 

「そんな事より『ぬ』多くね、おじさん?」

『言ったよカルマのヤツ! 怖くて誰も言えなかったのに』

 

どうやら全員同じことを思っていたみたいだ。

 

「『ぬ』をつけると侍っぽい口調になると聞いたぬ。カッコよさそうだから試してみたぬが変だったぬか?」

『……』

 

それなら『ぬ』ではなく『ござる』じゃないのか?

いや『ござる』は忍者か。

忍者の末裔との噂だった風魔陽菜が中学の後輩にいたが、確か忍者っぽいという理由で語尾に『ござる』をつけて喋っていたからな。

 

「その反応はどうやら変だったみたいぬな。なら()()で全員始末したあとに『ぬ』を取ってなかったことにするぬ」

「それは……あなたの暗殺道具は素手なのですね」

「そうぬ。近づきざまに頸椎を一捻り、身体検査にも引っかからないから利点が多いぬ。だが面白いものでぬ、鍛えれば鍛えるほどコレを暗殺以外でも試してみたくなってぬ。だから手強いと感じたお前と殺し合いがしたいんだぬ」

「そうか、なら相手してやるがその間に他のヤツが先に行くぞ」

「それはマズいぬ。だがこの人数の雑魚は1人だと面倒だから仲間を呼んで皆殺しぬ」

 

そういってヤツは携帯を取りだすが、カルマがブンッと近くにあった観葉植物を振りかぶって窓ガラスに叩きつけ破壊した。

 

「ねぇおじさんぬ。キンジ君と戦いたいならさ、その前に俺と殺り合おうよ。ボスの前に雑魚と戦うのはRPGの基本でしょ?」

「おい、カルマ!無謀「ストップです、キンジ君」なんで止める殺せんせー!」

「見なさい。カルマ君のアゴが引いている」

「……⁉」

「油断なく正面から相手の姿を観察している証拠です。彼に成長するチャンスをあげてください」

「わかったよ、けど危険だと判断したらすぐに乱入するからな」

「お願いします」

 

 

 

 

「柔い、もっと良い武器を探すべきだぬ」

「必要ないね」

 

戦いが始まって早々にカルマが武器として持っていた観葉植物が敵に破壊され、敵のラッシュが始まる。

さっそく危険かと思ったが、カルマは無手での組手の時の凛香や烏間先生のように攻撃を避けたり捌いたりすることで敵に掴まらないようにしている。

 

「へえ、カルマもできるんだ。教えたんですか烏間先生?」

「いや、教えてくれと頼まれた速水君以外には誰にも教えてない。どうやら目で見て盗んだみたいだな」

 

見ただけであそこまで出来るのか、カルマのヤツ戦闘の才能もあるようだし訓練を積みさえすれば強襲科(アサルト)Bランクぐらいにはタイマンで勝てそうだな。

 

「どうした、もしや攻撃したくてもできないぬか?」

「攻撃()()()()じゃなくて、()()()()()んだよ。おじさんぬの実力も分かったし今度は俺から行くよ」

「ふっ、良い顔だぬ少年。これならフェアな戦いが味わえそうぬな」

 

その言葉を皮切りに止まっていた2人がさっきより激しく動き出した。

先ほどと違うのは攻守、今度はカルマのラッシュが続く。

 

「クッ」

 

カルマの蹴りが敵のすねに当たり、今までにない隙が相手にできた。

 

「背中が!」

「チャンスよ、カルマ君!」

 

トドメを決めるためカルマが飛びかかるが、逆にガスを浴びてしまう。

 

「長引きそうなんでスモッグの麻酔ガスを使ってみたぬ」

「汚ぇ、そんなもん隠し持っていて何がフェアな戦いだよ」

「吉田、ここは戦場だ。ルールに則ってやるスポーツじゃない、たとえ口約束していても油断した方が悪いんだ」

「やはりお前は戦場の意味がわかっているぬな。その言葉に付け加えるなら俺は一言も()()()()の戦いと言ってないぬ」

「何を勘違いしているんだ? 油断していると言ったのはアンタに対してだよ」

「なぬ⁉」

 

その瞬間、ヤツは至近距離からガスに包まれた。

 

「キンジ君、おじさんぬのびっくりした反応見たかったのに先にネタバラシはダメだよ」

「それはすまんカルマ、あまりにも油断していたから思わずな」

「ぬうう、なぜそれをお前が持っている?」

 

そろそろ作ったやつにクレームを入れるべきじゃないかな?

象すら気絶させるといううたい文句な麻酔ガスのはずなのに敵はまだ倒れていない。

それどころか懐からナイフを取り出して仕掛ける気だ。

 

「ナイフを出したな。本当は最後までカルマにやらせる気だったが、それを出したなら今度は俺が相手だ」

 

ハンドサインで凛香に『俺の攻撃にあわせろ』と伝え敵と対峙する。

 

「せめて1人ぐらいは殺る!」

「『ぬ』がぬけてるぜ、おじさん!」

 

ナイフで刺そうとしてくる敵にカウンター気味に桜花で殴る。

殴った際に敵は衝撃で後ろにのけ反るが、そこに凛香の回し蹴りによる秋水が腹に決まり敵は窓ガラスに吸い込まれるように吹っ飛んだ。

 

「なんだ、案外ガラスにヒビ入れるのなんて簡単ね」

 

窓には敵やカルマが作った以上にデカい蜘蛛の巣上のヒビが広がっていた。

敵の人、生きているのか?……

 

 

様子を見ると意識はなかったが敵はちゃんと息をしていたため、さっきの敵同様ガムテープで拘束する。

 

「ぐっ、これは⁉」

「目が覚めたか、 悪いが拘束させてもらったぞ」

「ガスで動けない今、それはかまわぬ。それよりも赤髪の少年、俺は素手しか見せてないのに何故ガス攻撃が読めていた?」

「とーぜんっしょ、素手以外の全部を警戒していたからね」

「なっ⁉」

「アンタが素手での戦いがしたかったのは本当だろうけど、プロならどんな手段を使っても俺達を止めるはず。アンタのプロ意識を信じてたから警戒したんだよ」

 

 

「カルマ君、良い感じに変わったね」

「そうだな渚、たぶん期末で敗者の気持ちが分かったからだろうな」

「その通りですキンジ君。気持ちが分かったことで相手を見くびらないようになり敵の能力や事情をちゃんと見るようになる。それは相手に敬意を持って警戒する人、そんな人を戦場では『隙がない』と言うのですよ」

 

『敬意を持って警戒する』これを知ったカルマを相手にするのは今まで以上に骨が折れるだろう、願わくば相手にしたくないな。

敵もカルマや殺せんせーの言葉で、さっきの疑問も解決したらしくすがすがしい顔をしている。

 

「大した少年ぬ。負けはしたが良い時間を過ごせたぬ」

「え、何言ってんの? 楽しい時間はこれからじゃん」

『は?』

 

そう言うなり、カルマはリュックから何か出した。

って、練りからしにわさびに鼻フックだと⁉……まさか

 

「今からおじさんぬの鼻にこれをねじ込んで塞いだ後、口にブート・ジョロキア入れて猿ぐつわするから」

 

聞くだけで涙が出てくるな。しかもブート・ジョロキアと言ったら世界一辛い唐辛子じゃねーか!

 

「さぁおじさんぬ。今こそプロの意地を見せる時だよ」

 

爽やかな顔でカルマは拷問を始めた。

コイツだけは尋問科(ダギュラ)に行かせたらダメだ、いろいろヤバイ。

 

しばらく5階展望回廊には男性のくぐもった声にならない叫びが聞こえるのだった。




次回、皆さん待望のあの人が登場予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34弾 女装の時間

カルマによる拷問が一通り終わり、次の階に進んだ俺達だったが6階でまた足止めをくらってしまう。

 

「どうする? 上の階に続く階段、クラブの奥にあるみたいよ」

「裏口もあるみたいだけど、そこは鍵がかかっているね」

 

メグや渚の言う通り、ここを突破するにはクラブの中に入らないと先に進めない造りになっていた。

 

「見た限り女子へのチェックは甘いようですね。仕方ありません、女子の皆さんで中から裏口のカギを開けてもらえますか?」

「殺せんせーの作戦しか方法がないのは分かるんだけど、いざという時に男が欲しいな」

「そうですね。幸い脱ぎ捨てられた服もありますし、1人くらい女装して潜入してもらいましょう」

 

桃花とピンク顔の殺せんせーのやり取りにより男子に戦慄が走った。

 

⦅誰かを犠牲にしないとヤバい!⦆

 

とモロに分かるぐらい焦った顔で全員が顔を見合わせていた。

 

「な、渚が適任じゃないか?」

「え、僕⁉」

 

確かに吉田の言う通り、渚なら服さえ着たら女子に見えるな。

 

「そうね、渚なら声もちょっとハスキーぐらいでごまかせるわね」

「そんなー」

 

メグの采配により女装は渚がすることに決定した。

だが渚は言ったら悪いが女子並みに非力なのだ、あまり戦力的に変わらない。

 

「渚一人じゃ不安だ。メグ、俺も行くよ」

「え、遠山君も?」

「ああ、幸い服は2着あるしな」

「なら良いものがあるよ」

 

そう言ってカルマがリュックから取りだしたのは黒髪のウィッグだった。

 

「なんでそんな物あるんだ?」

「渚君に被せて男をナンパさせようって持ってきてたんだ」

「カルマ君何考えてんの⁉」

「あとはメイクか……誰かやってくれるか?」

「なら私がやってあげるよ」

 

桃花にメイクしてもらい、黒髪ロングのウィッグとロングスカートの黒のワンピースを着る。

あとは声だな。

 

「律、俺の身振り手振りに合わせて代わりに喋る事は可能か?」

「はい、他の皆さんの携帯や監視カメラを使えば可能ですよ」

「なら頼む、やってくれ」

「はい! 口調などはどうしますか?」

「そこのところは律に任せるよ」

「では令嬢っぽくやりますね」

 

律に喋ってもらう為、携帯を胸元辺りに隠す。

自分では問題ないように見えるが、念のため皆にもチェックしてもらおう。

 

「着替えたけど、どこか変な部分はあるかしら?」

『……』

 

女装した姿を見せると、皆は目を点にして黙ったまま答えてくれなかった。

やっぱり女装は無理があったか?

 

「「「「「……んで」」」」」

 

凛香以外の女子が体を震わしながら何か言っているな。

 

「「「「「なんで、女子以上に美人なの⁉」」」」」

「何その黒髪ロングに黒いワンピース! しかもすっごい似合ってるし! どこかの令嬢ですか⁉」

「そもそも美人過ぎてもはや別人よ! ホントに遠山君なの⁉」

「こんな人がいたなら『お姉さま』って呼んでみたいかも……」

「美人過ぎる女装系男子、マンガのネタになりそうな人物がこんな近くにいたなんて」

「……よし、勝った!」

 

ひなた、メグ、桃花、優月、カエデの順に俺の女装の感想を言ってくれた。

桃花それ以上は危険だからこっちに戻ってきてくれ、あとカエデは何と戦って勝ったんだい?

 

「やっぱり、()()も兄同様に才能があったわね」

 

凛香はまるで分ってたかのようにため息をつく。

俺の兄である遠山金一は女装をしてヒステリアモードになるのだが、その女装した姿はまさしく絶世の美女と言っても過言ではないほどの女性に化けるのだ。

どうやら俺にもそっちの才能があったみたいで、周りから口々に『キレイ』だの『男なのが残念』だの言われている。

今は凛香達を守るためなら仕方ないと羞恥心を抑え込めているが、ノーマル俺なら間違いなくその場で自殺しようと思っただろうな。

カルマが俺を撮影しているところに、着替えた渚も戻ってきた。

 

「うぅぅ、やっぱり恥ずかしいよ」

 

渚も違和感を全く感じさせない、これなら大丈夫そうだな。

 

「自然すぎて新鮮味がないわね」

「速水さん、そんな新鮮さはいらないよ!」

「凛香、新鮮さがないのは女装が上手くいっている証拠なんだから良いでしょ?」

「それもそうね」

「えっと、そちらの女性は誰?」

『遠山君よ(キンジだ)』

「え⁉」

 

渚によってさっきのやり取りの繰り返しが再度起きたが、無時に俺達はクラブに入ることができた。

 

「まずは見張りの様子を見に行くわよ」

「分かったわ、遠山さん」

 

メグに指示を出して俺を先頭に見張りがいる店の奥を目指そうとすると

 

「ね、どっから来たの君ら? 奢るからそっちで俺と酒飲まねー?」

 

早速、渚がナンパされてしまった。

渚はどうすればいいか困っているな。

 

(メグ、どうする?)

(そうね、このまま付いて来られるのも困るし渚は別行動させるわ)

(わかった)

 

「渚はその子の相手しといてね」

「ええ? ちょっと遠山く……さん⁉」

(女子の方は俺がいるから、呼ぶまでそいつの相手してくれ)

(分かったよ、ボロが出たらまずいから早めにお願いね)

 

渚を切り捨て、そのまま進みたいのだが

 

「君達女だけ? 今夜俺等とどうよ?」

「てか、この黒髪の子めちゃくちゃ美人じゃね⁉ 今夜空いてる?」

「こんな上玉達がいたなんて気づかなかったぜ」

 

2.3歩進む事に声を掛けられる為、なかなか目的の場所まで行けなかった。

ノラリクラリ躱していたが、そろそろ辛くなってきたな。

 

「ごめんなさい、先約の方がいるから……」

「いいじゃねーか、俺達と遊ぼうぜ」

 

そろそろ1発殴って追い払うべきか?

そう考えているとトントンと桃花に肩を叩かれ、任せろと言わんばかりに俺の前に出てきた。

 

「お兄さんたちカッコいいから遊びたいけど、それなら私たちの代わりに約束した人に説明してほしいな」

「ああ、いいぜ。こう見えても腕節には自信があるからな。それで先約は誰なんだ?」

「さっき代紋もらったんだけど、ここに所属している人みたいだよ」

 

そういって桃花が見せたのはヤクザの代紋、しかもあれは少人数だが凶悪で有名な組ではないか⁉

流石にそんなヤツラには勝てないとナンパをしてきた男たちは慌てるように逃げて行った。

 

「いくじなし、借りものに決まっているのにね」

「借りたって言ってたけど、やっぱりビッチ先生?」

「そうだよ凛香ちゃん。あの人、ヤクザ以外にも弁護士や馬主とか仕事で使い分けれるよういろいろなバッジをそろえているのよ」

 

そういえば桃花がクラスで1番イリーナ先生に仕事の事などを聞きに言ってたな。

 

「桃花もイリーナ先生みたいになりたいの?」

「ううん、そうじゃないよ。遠山さんが来る前に殺せんせーに言われたの『第二の刃を持て』ってね。ビッチ先生みたいに接待術や交渉術を身に着けたら、社会に出たとき最高の刃になりそうじゃない?」

 

桃花、君はそこまで考えていたんだね。大した子だ。

 

「そうね、桃花はカッコいい大人になるわ」

 

俺が薄く笑ったことで律によるセリフも流れる、思った事とほぼ同じ言葉を喋るなんてさすが律だね。

 

「……巨乳なのにホレざるを得ない」

 

カエデ、巨乳は関係ないんじゃないかな?

 

「皆着いたわ、けど見張りの人動きそうにないわ」

「強行突破は直ぐにバレそうだし避けたいよね、どうにかして移動させれないかしら」

 

メグや凛香の言う通り、見張りが邪魔で裏口のカギを開けれそうにない。

 

「一度渚も呼んで作戦会議をしましょう。茅野さん渚を呼んできてもらえる?」

 

メグの指示で渚を呼んでもらいに行ったが、どうやってあの見張りを追い払おう……

 

「あ、渚君来たよ」

 

優月の言葉に全員渚が来るであろう方向を見ると

 

「おう待てって彼女等、せっかくなんだ俺の十八番のダンスも見てけよ」

⦅余計な者まで着いてきた……しかも邪魔だし⦆

 

しかも下手でもなく上手くもない感想にとても困る微妙なダンスだった。

 

(どうする?)

(どうするもこうするも邪魔なんだし追い払うしかないでしょ)

 

「おいガキ、良い度胸やな。ちっと面貸せや」

 

凛香と小声で話している間にダンスを踊ってた少年がヤクザのお兄さんに絡まれてた。

見た感じ、ダンス中にぶつかって酒で服が汚れたみたいだな。

 

「慰謝料込みで300万な、それやったら、半殺しで許したるわ」

「か、金は親父が、だから殴るのだけは許して」

 

少年が原因の為手を出すつもりはなかったのだが、桃花に肩を叩かれ耳元で囁かれる。

 

「遠山さん、あのお兄さん一撃で倒してほしいんだけど」

「どうして?」

「見張りを追い払う方法を思いついたんだ」

「なるほど、わかった」

 

桃花のやりたいことに察しがついた俺はヤクザのお兄さんに近付いた。

 

「なんや嬢ちゃん、俺に用でもあるんか?」

「ごめんあそばせ」

 

律による言葉と共に俺はヤクザの顎に裏拳を決める。

気持ちが良いくらいに綺麗に決まったため、ヤクザのお兄さんは桃花に言われた通り1発で意識を失った。

 

「すいませーん、店の人~。あの人急に倒れたみたいなので運んで看てあげてくれませんか?」

 

桃花の作戦通り、見張りの者はヤクザを運ぶためいなくなった。

 

「今よ! さっさと裏口開けて行きましょう」

 

裏口で待機していたグループを合流でき、これで次の階へと進める。

 

「結局、全部キンジ君と女子でやってくれたしボクが女装した意味あった?」

「面白いからに決まってんじゃん、渚ちゃん」

「いつの間に撮ったのカルマ君⁉」

「気にするなよ渚、暗殺者が女に化けるのは歴史上でもよくあるぞ」

「磯貝君までやめてよ! キンジ君も女装してたのになんで僕だけ⁉」

『キンジ(遠山君)は似合いすぎて茶化せない』

 

「律、キンジの写真撮影している?」

「もちろんです、あとでデータ送りますね」

 

凛香と律による聞きたくない情報も分かったところで俺は1つ決意する。

 

『もう二度と女装なんてしない』

 

……この決意を守れる気が全くしないのはなんでだろうな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35弾 信頼の時間

今回、ガストロ戦に入りますがその前に出席番号についての補足です。
キンジは転校生の為、律の前に来たため27番になります。
その為、律とイトナのみそれぞれ28番、29番となり他の人に関しては変わりありません。


目的地まであと3階となり、ここからは私兵の見張りがいるVIPルームに入る。

当然、階段前にも屈強そうな見張りが2人いた。

 

「おいおい、また見張りかよ。しかも超強そうだし」

「私達を脅している一味かな? それとも無関係の人が?」

「そんなのどうでもいいだろ、どのみち倒さねーと通れねーんだ」

 

桃花の言葉をばっさり切り捨てた寺坂の言う通り、私兵の為先ほどのような手は使えず無力化以外の方法はない。

 

「寺坂君の言う通りです。そして倒すには君が持っている武器が最適ですねぇ」

「ケッ、透視能力でもあんのかテメーは。……? 確かここに2つ入れてたはずなんだが」

 

一瞬で見張り2人を無力化するものを寺坂は持っているようだが、なかなか見つからないようでリュックの中を探す。

全員がまだなのかと寺坂を見ていると、見張りがいるであろう場所からバチバチと音が鳴り続けて人が倒れる音がする。

その音に反応した俺達が見ると

 

「寺坂君、スタンガンなんていつの間に用意していたの?」

 

いつのまにか、渚がスタンガンを持って倒れた見張りの横に立っていた。

おかしい、ヒステリアモードの俺でも渚が移動したことに全く気付かなかったぞ。

 

「いつの間にスタンガンを取ったんだ渚?」

「殺せんせーが最適の武器があるって言った辺りだよ。見張りが2人共油断していたから、前に武偵高のウー先生に教えられたことをやってみたんだ」

「教えられたこと?」

「うん、何個かね。その中の1つが気配の消し方、ウー先生曰く『気配は殺すものでも消すものでもない。()()()()()()()()()()()()』って、教え方は死ぬかもってくらいスパルタだったけどね……」

「じゃあ、不意打ちやり放題だね」

「ううん、僕じゃまだ未熟で気配を溶け込ませながら出来るのは歩くことぐらいなんだ。今回はスタンガンだったから上手くいったけど、ナイフとかで攻撃しようものなら通用しないと思う」

 

カエデやカルマの質問に苦笑しながら律儀に答えている渚だが、ウー先生中学生相手に何教えてんだよ……

 

「渚君、今回は上手く行きましたが一人での行動は危険ですので控えてください」

「はい、殺せんせー」

「少々驚く形でスタンガンのお披露目がありましたが、見張りの胸元を探ってみてください。もっと良い武器が手に入りますよ」

 

殺せんせーの言う通り胸元を探るってみると、日本の警察御用達のニューナンブM60が出てくるではないか。

 

「千葉さん、速水さん、烏間先生が精密射撃できない今、この銃は君たちが持ちなさい」

「キンジがいるんじゃ?」

「千葉、俺は自分の(ベレッタ)があるぞ」

「けど、だからっていきなり……」

「君たちが最もコレを使いこなせるからです。ただし2人とも殺すだけは禁止ですよ」

「大丈夫だ、お前たちの射撃能力なら相手を銃弾で傷つけずに倒せる」

「「……」」

 

フォローを入れてみたが、パーティールームでの狙撃のことを思い出してか曖昧なうなずきしか返ってこなかった。

 

「皆! 雇われた殺し屋はあと多くても1人か2人だ、行くぞ!」

『おう!』

 

2人の状態が心配だが、時間もあまりない。

皆を鼓舞して上のコンサートホールに向かう。

 

「……⁉ 全員隠れろ! 敵が来た!」

 

敵の存在にいち早く気づいた烏間先生の指示でばらけるように広がり、それぞれ客席の裏に隠れる。

 

「…………15いや16匹か? 呼吸からしてほとんどが十代半ばか、動ける奴全員で来たな」

 

驚いた、呼吸音で見抜くなんてな。

 

「言っとくがここは完全防音、人殺しの準備ができてねーなら大人しくボスに頭下げに行け」

 

――――バァン!

 

位置的に凛香だろう、忠告してきた敵の銃を狙って撃つが外れてしまい後ろのライトに当たる。

 

「なるほど忠告した俺への回答がそれか。暗殺を受けた中学生……マズイ仕事だと思ったが、存外美味ぇ仕事みたいだな!」

 

その言葉と同時に敵が照明をつけ、凛香に向かって発砲した。

 

(マズイ、あのままいけば客席の隙間を縫って狙われる!)

 

――――パァン‼ ――――ギインンンンッ‼

 

そう思った俺も即座に立ち上がり発砲、()()()()に当てる。

銃弾撃ち(ビリヤード)

文字通りビリヤードのごとく相手の銃弾を当てることで軌道を変え、凛香に迫っていた銃弾は見当違いのところに飛んでいく。

 

「てめー、今何した?」

 

立ち上がって発砲したことによって、俺は敵にバレてしまったが仕方ない。

 

「俺の大切な子に当たりそうだったから、ちょっと銃弾に当てさせてもらっただけさ」

「銃弾に当てただと⁉ ック、ハハハ面白れー、軍人時代でもそんな事をするヤツはいなかったぞ!」

「軍人?」

「ああ、そうさ。下にいた2人と違って俺は元軍人でね。幾多の経験で敵の位置の把握や銃の調子を確かめる術を身につけた。中学生相手に遅れは取らないつもりだったが、まさかお前みたいなヤツがいるなんてな」

「俺はただの学生だ。凛香!相手は位置を把握しているそのまま待機、殺せんせーは俺と一緒に指示を頼む」

「分かりました。千葉君、先生とキンジ君で指示を出しますのでここぞという時まで撃たないでください。後、渚君も相手は実銃ですのでさっきのは禁止です」

「もう一人だと⁉ どこから喋って……」

 

殺せんせーは客席最前列に置いてもらっている。

 

「俺達は学生、アンタみたいな熟練のプロ相手にするんだハンデを貰うぜ」

「ちっ、お前みたいなのがいる時点でハンデみたいなもんだろ!」

 

――バァン!――キィィィン!

 

俺に向かってくる弾丸を『銃弾撃ち』や『銃弾切り(スプリット)』で防ぎ

 

「寺坂、吉田! それぞれ左右に3列!」

 

また、俺の射撃によって相手が避けると

 

「死角ができた! このスキに茅野さんは2列前進です!」

 

相手の死角を利用しどんどん隠れている皆をシャッフルさせていく。

 

「くそ、ややこしいことしやがって。だがたった十数人、誰がどの位置にいるかだいたい分かったぜ」

「そうか、だがここからついていけるか?」

「へ?」

「出席番号12番!1つ隣に移動して準備しろ」

「バイク好きは左前に2列進みなさい!」

 

そうここからがシャッフルの真骨頂、出席番号や特徴などで今度は指示をする。

俺以外の姿を知らない相手はこれで誰がどこにいるか分からなくなるだろう。

 

「千葉君いよいよ狙撃です。次の指示のあと君のタイミングで撃ちなさい」

「凛香は状況に合わせて千葉のフォローを頼む、敵の行動を封じるぞ」

 

俺と殺せんせーが指示を出したが、2人がひどく緊張してるのは先ほどの状態からして間違いないだろう。

 

「凛香、千葉、お前たちだけがプレッシャーを抱える必要はない! 武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ。』俺が、いや俺達がいる!」

「そうです。外した時は人も銃もシャッフル、さらにキンジ君には近接を仕掛けてもらう戦術に切り替えます。君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる、安心して引き金を引きなさい」

 

さあ凛香、千葉、2人の成長見させてもらうぞ。

 

「「出席番号12番、立って狙撃‼」」

「ビンゴ! 12番が銃を持っている奴だってのは分かってんだよ!」

 

――バァン!――ギインンンンッ‼

――バァン!

 

「お前が銃弾を弾くことも計算済みで2発連続撃たせてもらった。これで1人殺った……って人形だと⁉」

「アンタが12番を狙って、さらに俺の『銃弾撃ち』も計算にいれているのは分かっていたよ」

 

出席番号12番は()()だ。

菅谷にはダミー人形を制作させ、最後のブラフを用意させてある。

 

「千葉、決めちまえ」

「オーケー、キンジ」

 

――――バァン!

 

千葉の銃声がホールに響く。

 

「へ、へへ、残念だったな。ハズレだ、これでッグハ⁉」

 

千葉に向けて銃口を向けようとした瞬間、狙い通りに破壊された金具により吊り照明が敵にぶつかる。

 

「く……そが……せめて……一人」

 

最後の1発だと言わんばかりに今度は俺に銃口を向けるも、凛香の狙撃によってそれも阻止され敵はそのままドサッと倒れた。

 

「やぁっと当たった。さっきからアンタ、キンジを狙いすぎなのよ」

「敵は倒れた、皆は拘束を頼む」

 

皆に頼んだ後、前列にいた殺せんせーに俺は近づき

 

「殺せんせー、これで良かったんだよな」

「ええ、ありがとうございます」

「じゃあ、俺は凛香達を褒めにいってくる」

「ええ、私の触手の分も頼みます」

 

 

「さっきの敵は遠山君1人で良かったんじゃないか?」

「確かに烏間先生の言う通り、先ほどの敵どころか今回の殺し屋全員、()()()()()()で対処できる相手でした」

「なら……」

「どんな人間にも殻を破るチャンスが何度かあります。しかしそのチャンスは強敵や経験を分かつ仲間達に恵まれてないと活かしきれません。私は教師としてそんな場を用意してあげたかったのです。その為、遠山君にも過度に手助けしないように頼みました、と言ってもキンジ君はカルマ君のところで私の意図を察してくれたんですけどね」

「……そうか」

 

 

 

 

――――目標地点まであと2階




渚を強化、まだウー先生に教えられていることがあるため鷹岡戦は原作と多少異なった展開になります。
あと気配を溶け込ませる技術についてですがイメージをするなら死神が教室に入ってきた時の感じです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36弾 復讐の時間

諸事情によりいつもより投稿遅くなりました。


「ふぅ~、だいぶ体は動くが力半分ってところだな」

「力半分で俺達より倍以上強えーぞ」

「あの人とキンジ君の2人で侵入した方が良かったんじゃ……」

 

最上階へ続く階段にいた見張りを無力化した烏間先生に対して、皆が怖がるようにつぶやいていた。

 

「俺と烏間先生だけじゃなくて、このメンバーで行ったからここまで早く行けたんだ。それより律、上の様子は分かるか?」

「今パソコンカメラのハッキングに成功しました。確認できる限りでは1人しかいません」

 

律によってそれぞれの携帯に映像が流れる。

部屋が暗い為シルエットしか分からないが、ガタイの良い男が座っているのが見える。

 

「皆さん、黒幕の彼について分かったことがあります」

 

殺せんせーから黒幕が殺し屋でない事を説明される。

 

(殺し屋ではない、有望な殺し屋の失踪後、あの3人の殺し屋たち、ガタイの良い男性……まさか⁉)

 

今までの事、そして殺せんせーの言葉によってある男性が浮かび上がった。

だがここまでする動機が分からない。 

黒幕の人物の正体にいまいち確信が持てなかった俺は、皆にはその事を言わずにそのまま烏間先生の指示のもと最上階に向かった。

 

 

 

 

 

最上階に着くと9階の見張りが所持していた部屋のカードキーにより正面から潜入。

部屋は遮蔽物が多い為、渚ほどとまでいかないものの最大限に気配を消せば全員がギリギリまで忍びよれそうだ。

手と足を一緒に出すことによって衣擦れや靴の音を抑えれる歩法『ナンバ』で慎重に近づく。

敵の足元には薬が入っているであろうキャリーケースが見え、そこにプラスチック爆弾が設置されていた。

手元にはリモコン、おそらく起爆用だろう。

 

(俺と遠山君で先行、気づかれたら腕に発砲する。それと同時に皆は拘束を)

 

烏間先生がハンドサインで作戦の最終確認を行うと、俺と烏間先生を先頭にさらに敵に近付く。

 

「かゆい」

 

そろそろ取り押さえれるという距離で、突然敵が喋りだした。

この声は……

 

「思い出すとかゆくなる。でもそのせいかな? いつも傷口が空気に触れるから……感覚が鋭敏になっているんだ」

 

黒幕がそう言うと、続けて大量に何かを投げだした。

これは……起爆用のリモコンか‼

 

「言っただろう? もともとマッハ20のタコを殺す準備で来ているんだ。リモコンだって奪われないように予備を作る。うっかり倒れても押すくらいのな」

 

もう犯人は決定的だった。

 

「連絡が途絶えたのは殺し屋以外にもう1人いる。防衛省から暗殺用の資金がごっそりと抜かれると同時に1人が姿を消した。どういうつもりだ……」

 

烏間先生の言葉に反応するように黒幕もゆっくりとこちらに体ごと顔を向ける。

 

「鷹岡ァ‼」

 

そう黒幕の正体は推測通り、俺達E組を暴力で従わせようとした鷹岡だ。

 

「悪い子達だ……恩師に合うのに裏口から来るなんて、父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ」

「前にも言ったがアンタは家族でも恩師でもねーよ」

「カメラに写ってないからもしやと思ったが、遠山やはりあのドリンクを飲んでなかったか。お前がウィルスで苦しんでいる姿を見るのを楽しみにしてたんだがな……感染してないならそれで良い、違う楽しみが増えただけだ」

 

そう言って鷹岡は脅すようにリモコンを見せつつ、狂気と憎悪が刻まれた顔でグシャリと笑うと

 

「屋上へ行こう、俺の慈悲で生かされているんだ。もちろん、ついて来てくれるよなぁ?」

 

スイッチを押させてはいけないため、俺達は大人しく鷹岡の言う通りについて行く。

着いた先は屋上にあるヘリポートだった。

 

「防衛省の金で殺し屋を雇って生徒をウィルスで脅す凶行、気でも散ったか鷹岡‼」

「おいおい烏間。俺は至極マトモだぜ。大人しく2人に賞金首を持って来させりゃ、計画はスムーズに仕上がったのにな」

「どういうことだ、鷹岡」

「『鷹岡先生』だろ、遠山? 計画ではな、茅野だったか? 小さい女の方を使う予定だったんだ。バスタブにたっぷり詰めた対先生弾の上に賞金首と一緒に入って、その上からセメントで生き埋め。対先生弾に触れずに脱出するならば生徒ごと爆裂するしかないが……生徒思いの殺せんせーなら大人しく溶かされるだろう?」

 

コイツ、どこまでクソ野郎なんだ!

 

「そんな事、許されると思いますか……」

 

殺せんせーも計画の内容を聞いて、顔を赤くしている。

 

「これでも人道的なほうだろ? お前らがした非人道的な仕打ちに比べたらな。落とした評価や屈辱は結果やそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚! お前のせいで俺の未来は汚された、絶対に許さん!」

「ただの逆恨みかよ!」

「背の低い生徒を要求したのも渚が狙いって事か」

 

吉田や千葉の言う通りだ。

そもそも武偵と一緒で軍人も常在戦場、相手が中学生だからと油断して負けたアイツが悪いだけの話なのだ。

 

「へー、つまり渚君はあんたの恨み晴らすために呼ばれたわけ。その体格差で本気で勝って嬉しいわけ? 俺やキンジ君ならもーちょっと楽しませれるけど?」

「カルマの言う通りだ。渚の代わりに俺が相手してやる」

「言っとくけど、あの時アンタが勝っても負けても私達アンタの事大っ嫌いだから」

「ジャリ共の意見なんざ聞いてねぇ‼ 俺の指先で半分減る事を忘れんな‼」

『ッ‼』

「遠山は前に1発もらったからな……ちゃんと後でお前にも仕返してやるよ。まずはチビ、お前からだ! 1人でヘリポートまで登ってこい!」

 

そう言って鷹岡は先にヘリポートに向かった。

 

「渚ダメ! 行ったら……」

 

カエデの言葉を止める。

 

「遠山君なんで⁉」

「今逆らうとアイツは何をしでかすか分からない」

「キンジ君の言う通りだよ……ホントは行きたくないけど、僕行くよ。話を合わせて冷静にさせて治療薬を壊さないように渡してもらうから」

「渚……」

「『仲間を信じ、仲間を助けよ』でしょ。皆、今度は僕を信じて待っていて」

 

それだけ言うと渚は鷹岡に続いてヘリポートを登っていった。

 

「あっ!」

「ハシゴが!」

 

渚が登り切ると鷹岡がハシゴを切り離し捨てたのだ。

あの高さではもしもの事があっても容易に助けにいけそうにない。

 

「これで誰も登ってこれねー、足元のナイフでやりたいことが分かるだろう? この前のリターンマッチだ」

「待ってください、僕は闘いに来たわけではないです」

「だろうなぁ、この前みたいな卑怯な手は俺にはもう通じねぇ。一瞬でやられるのが目に見えてる」

 

確かに鷹岡の言う通り、おそらく正面戦闘を教わっていない渚が正面から挑んで勝つのはまず無理だろう。

 

「一瞬で終わっちゃ俺の気が済まない。闘う前にやる事やってもらおうか……土下座して前の奇襲について誠心誠意謝罪しろ」

 

コイツ……こっちが逆らえない事を良いことに

渚は鷹岡の言う通りその場で正座をした。

 

「…………僕は「土下座は頭こすりつけて謝んだよぉクソガキが!」僕は実力がないから卑怯な手で奇襲しました……ごめんなさい」

「その後で偉そうな口で言ったよな『出ていけ』って。ガキが大人に向かって、生徒が教師に向かってだぞ!」

 

鷹岡が渚の頭を踏みながら言っているのも見て、思わず拳に力が入る。

薬さえヤツの手になければ今すぐにでも鷹岡を殴ることが出来るのに。

皆もこらえるように見守る。

 

「ガキの癖に、生徒の癖に先生に生意気な口を叩きました。……本当にごめんなさい」

「よーし、やっと本心を言えたな。父ちゃんはうれしいぞ。褒美に良いことを教えてやろう」

 

鷹岡はキャリーケースを掲げながら

 

「あのウィルス、最終的に全身デキモノだらけになって死ぬんだぜ。顔面なんかブドウのよう、スモッグに見せてもらったがアレは笑えるぜ」

 

まさか……

 

「見たいだろ、渚君?」

「やめろ、鷹岡‼」

 

俺の声と同時に鷹岡がキャリーケースを起爆させた。

 

『…………』

「アハハハハハ、そう、それだ俺が見たかった顔は! 夏休みの観察日記にしたらどうだ。全身デキモノだらけになっていく友達の姿をよぉ」

 

鷹岡の狂った笑い声だけが響く。

やってはいけないと分かっていてもここまでされたら、衝動的に武偵法9条を破ってしまいそうだ。

武偵法9条違反である殺人をしないようなんとか落ち着こうとしていると

 

「殺……してやる……殺してやる。……よくも皆を!」

 

今までにないほど殺気を出している渚が、ナイフを構え鷹岡の前に立っていた。

 

 

 




次回、渚VS鷹岡
たぶんですが次回はほぼ渚視点になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37弾 感謝の時間

鷹岡VS渚戦、決着です


「殺……してやる……殺してやる。……よくも皆を!」

「ヤバイ、渚キレてるよ」

「俺たちだってあのクソ野郎殺してーよ! けど、マジで殺るつもりなのか⁉」

 

メグや吉田の言う通り、鷹岡に目の前で薬を爆破され誰よりも先に渚がキレてしまった。

 

「渚の頭を冷やさないとマズイぞ」

 

人はキレると動きが単調になる。

鷹岡はあんなのでも元公安0課候補で軍人、そんな奴にあんな状態では殺してくれと言っているようなものだ。

 

「キンジ、肩貸せ」

 

俺がどうすればと悩んでいるところに、寺坂が息を絶え絶えにさせながら横にやってきた。

 

「ッ⁉ 寺坂、お前無理するなって言っただろ!」

 

どうみても寺坂は倒れる一歩手前だ。

迂闊だった、薬の事ばかりに気を取られてたばかりに……

もっとコイツの状態に気を配るべきだったのに。

 

「あいつを頭を冷やせるのは俺だけだ、だからやらせろ」

 

そう言うと寺坂はスタンガンを渚に向け投げる。

その動作1つで寺坂は倒れそうになり、慌てて肩を貸し支えてやる。

 

「調子こいてんじゃねーぞ渚! お前、薬が破壊された時俺を憐れむように見ただろ!」

「……」

 

渚も寺坂の状態に気づいてたのか⁉

渚は黙ったままだが、構わずに寺坂は怒鳴り続ける。

 

「ウィルスなんざ寝たら治んだよ! そんなクズでも殺せば殺人罪だ、テメーは感情に任せて100億のチャンスを手ば……なす気……か」

『寺坂(君)‼』

 

寺坂は伝える事を伝え終わると高熱のせいだろう気を失った。

 

「寺坂君の言う通りです、その男に何の価値もない。治療薬に関しては下にいた毒使いの男に聞きましょう、こんな男は気絶程度で十分です」

「おいおい、余計な水差すんじゃねーよ賞金首。このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにして、初めて俺の恥を消し去れる」

「渚! 寺坂の言葉と鷹岡の言葉の価値を考えろ、そして前に言った俺の言葉を思い出せ!」

 

寺坂を横に寝かせ、俺は殺せんせーの言葉に続いて叫んだ。

渚、道だけは間違えんじゃねーぞ。

 

 

 

 

 

 

~渚side~

キンジ君に言われたこと、たぶん7月の鷹岡先生との一騎打ちの前のことだろう。

 

『強くあれ。ただし、その前に正しくあれ』

 

ちゃんと覚えているよキンジ君。

それに間違えようとした僕を止めてくれた寺坂君の為にも、もう道を間違えたくはない。

その為にも鷹岡先生は無力化させる。

だがスタンガンの一撃をどうやって入れよう……

ウー先生に教えてもらった気配を溶け込ましてからの一撃……いや無理だ、鷹岡先生に隙が見当たらない。

どのみち隙を作るためにもナイフは必要だ。

僕は寺坂君のスタンガンをベルトとズボンの間に挟み、ナイフを持って構える。

 

「ナイフを使う気満々で安心したぜ。スタンガンはお友達に義理立てして拾ってやったということか」

 

鷹岡先生は勝手に納得してくれた。

 

「一応言っとくがここに3本予備がある、渚君が本気で来なかったり他のヤツが邪魔したら破壊する。人数分には足りてないが最後の希望だぜ?」

 

取りみだすな!

鷹岡先生を気絶させたら良いだけなんだ。

自分に叱咤した僕は、無理だと思うがまずは気配を溶け込まして仕掛けてみる。

 

「それは気づかれる前にやるもんだ、見ている前でやっても意味はない」

 

予想通り見られている相手には通用せず、鷹岡先生に蹴られ、殴られ、投げ飛ばされと一向に仕掛けられそうにない。

ならば今度はナイフで隙を作る。

7月のように僕はナイフで一撃入れようと振るが、これも内側から腕を押されナイフの切っ先をそらして裏拳を放たれた。

鷹岡先生に隙が全く生まれない……

なければ作ればいい、隙を作る技もある。

だがそれには今のままではダメだ。

それの前にもう一手、警戒心を上げる何かが必要だ。

 

「これくらいでへばるなよ、今までのは序の口だ。さぁて、そろそろ俺もコイツを使うか」

 

そう言って鷹岡先生は置いてあった残りのナイフを持った。

 

「……手足切り落として標本にしてやる。ずっと手元に置いて愛でてやるよ」

 

鷹岡先生の雰囲気が変わる。顔もさらに黒くなり、もはや目や口が見えないほどだ。

それを見た僕はウー先生とのやりとりを思い出す。

 

 

 

 

 

それはウー先生に気配の溶け込ませ方を教えてもらった後の事だ。

 

『渚チャン、諜報ヤ殺シ屋ニトッテ重要ナノハ戦闘ニ持チ込マレナイコトヨ。サッキノ気配ノ溶ケ込マシ方モ相手ニ気ヅカレナイタメネ』

『どうして戦闘に持ち込んじゃダメなんですか?』

『圧倒的ニコチラガ強ケレバ問題ナイワ。問題ハソレ以外、戦闘ガ長引イケバ増援ヲ呼バレ、最悪ノ場合ハ標的ニ返リ討チニ合ウカラヨ』

『じゃあ、戦闘になったら逃げるべきなんですね』

『ソウネ。今ノ渚チャンヤ諜報後デ逃ゲレソウナラ、ソウスベキダワ。……モシ渚チャンガ今以上ニ気配ヲ変エレルヨウニナッテ、後ニ引ケナイ状況ニ陥ッタナラ()()ヲ使イナサイ』

 

ウー先生がそう言うと、目の前に気配が現れる。

だがその気配の正体が何か良く分からない、男と思えば女、大人と思えば子供、言うなれば正体不明のナニカだった。

 

『気配ヲ溶ケ込マセルトイウコトハ何ニデモ変エレル。サッキ教エタコトノ応用ヨ』

 

そう言うと、目の前のナニカは煙のように消えた。

 

『人ガ最モ怖イノハ自分ノ知ラナイ事、鉄砲玉ミタイナ人ジャナイ限リ警戒スルワ』

 

 

 

 

 

ああ、この技なら今の状況で足りない1ピースが当てはまる。

気配の溶け込ましはまだ未熟、その状態でできるのは歩くだけ。

だがそれで十分、あとはロヴロさんに教えられた必殺技を決めたらいいだけだ。

その必殺技の条件もこの場にそろっていた。

 

鷹岡先生、今からすることはどっちも初めてやるので実験台になって下さいね。

 

気づけば僕は顔に笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

まずはウー先生(1人目の師匠)に教えてもらった技。

1歩進むたびに気配を、雰囲気を変える。

僕は……

 

ザッ――――()

ザッ――――子供(大人)

ザッ――――殺し屋(武偵)

ザッ――――人間()

 

1歩進むたびに暗かった鷹岡先生の顔が明るくなっていく。

 

「お、お前、ホントにさっきまでのチビなのか⁉」

 

鷹岡先生の警戒心は十分だ。

あと1歩で次の技の間合いに入る。

さらに集中しろ、これで全て決まる。

僕は1歩踏み出すと同時にナイフを手放し

 

――――パァン!

 

ロヴロさん(2人目の師匠)に教えられた、()()()()()()()()『猫だまし』を放った。

 

「あ……ガッ…………」

 

どうやら上手く鳴らせたみたいだ。

安堵しながらも、僕はひるんだ鷹岡先生に向けスタンガン(第二のナイフ)を流れるように抜き放つ。

 

「ウソ……だ。こんな……ガキに……二度も」

 

スタンガンの当て方が悪かったみたいで、鷹岡先生はまだ意識があった。

 

「渚、あとはトドメだけだ。首に流せば気絶する」

 

キンジ君の言葉通りに首にスタンガンを当てる。

 

……この人からもたくさんの事を教わった。

抱いちゃいけない殺意があることを。

その殺意から引き戻してくれる友達の大切さを。

殴られる痛みや実戦の恐怖を。

酷い事ばかりされたがこの人もある意味で教師だった、なら授業の感謝を伝えないと。

 

「鷹岡先生、ありがとうございました」

 

僕は笑顔で感謝の言葉を伝え、スタンガンのボタンを押したのだった。




これで渚も逸般人の仲間入りです。
いや、まだ死神戦もあるからさらに強化されるかも……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38弾 信用の時間

肝試しまでいくつもりだったのに……


渚のヤツ、とんでもないことをやったな。

鷹岡に1歩近付くたびに気配を変えやがった、あんな技そこらの武偵でもできねーぞ。

もしもあの技が鷹岡にではなく俺に使われ、2本目の獲物がスタンガンの代わりにナイフだったらと考えるとゾッとする。

ヘリポートから降りてくる渚を見るが、先ほどの恐ろしい技を出した人物と同一とは感じられないどこにでもいる中学生にしか見えない。

 

これでよかったんだろうか……

 

殺し屋の才覚に目覚めつつある渚に、俺は一抹の不安を感じるのだった。

 

 

 

 

 

「よくやってくれました渚君。ケガも軽そうで安心です」

「殺せんせー……けど薬が……」

 

鷹岡を倒したことによって手に入れた薬は3本、これでは感染した者全員には行き渡らない。

 

「烏間先生、寺坂を運ぶ為にもヘリをお願いします。まだ予備があるかもしれないですし、俺が毒使いを連れてきます」

「いや俺がいこ「その必用はないぜ、お前たちに薬は必要ないからな」っ!、拘束を解いたか」

 

声が聞こえた方を見ると、下で拘束していたはずの殺し屋たちが屋上の入り口付近に立っていた。

 

「ガキ共、このまま生きて帰れるとでも思ったか?」

 

殺気を出しながら問われたため、俺たちはほぼ反射的に迎撃するため構える。

 

「お前たちの雇い主はすでに倒した。俺は充分回復したし生徒も強い。こちらもこれ以上被害は出したくない、やめにしないか?」

 

烏間先生が念のため警告を殺し屋に言い渡した。

 

「ん、いーよ」

「やけに素直だな、何を企んでいる」

 

余りにも殺し屋たちが大人しい、従ったフリをして襲ってくるつもりか?

そう思い俺が銃口を殺し屋たちに向けつつ聞くと

 

「何も企んでねーよ、それに『ボスの敵討ち』は契約外だ」

「さっきの薬が必要ないってどういうことだ?」

「お前らに盛ったのは食中毒を改良したやつだ、命に関わるようなヤツじゃない」

 

俺のこの問には毒使いの男が手のひらに収まるサイズの瓶を見せながら説明し、続けて試験管を見せて

 

「ボスが使えと言ったのはこっちだ。これを使えばマジでお前らヤバかったな」

『……』

「使う直前で話し合ったぬ。交渉期限は1時間、だったら殺すウィルスじゃなくともできるぬと」

「でもそれって鷹岡の命令を逆らったってことだよね、金もらっているのにいいの?」

 

確かにひなたの言う通りだ、内容がアレだが契約違反になる。

 

「そういや武偵のガキがいたんだな。『依頼人との契約は絶対守れ』武偵でも殺し屋でもそれは当てはまる、守れなかったら信用を落とすからな。だが今回の依頼、最初からボスは薬を渡すつもりはなかった。大量にカタギの中学生を殺した実行犯と命令違反、どっちが今後の仕事に影響するか考えただけだけよ」

 

つまり今後の仕事に影響がでるから殺さなかったってことか。

銃をくわえた男の説明に納得がいった俺が銃をしまうと毒使いの男が何かを投げてくる。

これは……栄養剤?

 

「ソレを患者に飲ませて寝かしてやんな。『倒れる前より元気になった』って感謝の手紙が届くほどだ」

『アフターケアも万全だ!』

「信用するかの判断は生徒が回復してからだ、事情も効くためしばらく拘束させてもらうぞ」

「来週に仕事があるから、それ以内に解放しろよ」

 

烏間先生が呼んだヘリがちょうど到着し、鷹岡やその部下が拘束され乗せられていく。

 

「おい」

 

ヒステリアモードも解け、することがなかった俺はその様子を眺めていると先ほどの銃をくわえた男が話しかけてきた。

 

「なんだ、銃食い男」

「俺の名はガストロだ。お前の名を教えろ、曲芸師」

「曲芸師じゃなくて武偵だ。……遠山金次だ」

「そうか、遠山か。覚えとくぜ、お前の名。お前に暗殺の依頼が来たら真っ先に殺ってやるよ」

「俺に暗殺依頼とか来るほど偉くならねーよ、それに来たとしても逆に捕まえてやる」

「ハハッ、それは楽しみだ」

 

ガストロはひとしきり笑うとヘリに乗るためにそちらに向かった。

 

「中坊共、本気で来てほしかったら偉くなれよ! その時はプロの本気を見せてやる!」

 

ヘリが飛び立つ寸前に銃弾をばらまきながら、ガストロが皆にそう言って殺し屋たちは去っていった。

 

「あの3人に勝ったのに勝った気しないね」

「まあ、実際殺す気はなかったんだ、手加減されてたんだろ。それより凛香手伝ってくれ」

「何するのキンジ?」

「ガストロがばらまいた銃弾を拾う。弾代が浮くからな」

『はぁ……』

 

なんで全員ため息つく、弾代だってバカになんねー額なんだぞ

 

「戦闘中はかっこよかったのに……」

 

そう言って凛香は再度ため息をついた。

 

結局、銃弾は拾えずに俺達はホテル側に気づかれずにヘリで脱出。

E組史上初の大規模任務はこうして幕を閉じた。

 

 

ホテルに着き、感染した皆に薬を渡し終えた俺達は任務の疲れやヒステリアモード後ということもあり強烈な眠気に襲われた。

 

「キンジさん起きてください」

「……律?」

 

律に起こされ、携帯の時刻を確認すると今は次の日の昼過ぎだった。

他の皆はまだ寝ている。

 

「どうしたんだ律、俺だけを起こして」

「キンジさんに伝えたいことがあったので起こしました」

「わかった、着替えて外に行こう」

 

俺は着替えが乾いてなかった為、学校のジャージに着替え外に出る。

真っ先に見えたのは巨大なコンクリートの塊だった。

 

「アレはなんだ?」

「烏間先生がダメ元で作った元の姿に戻る殺せんせー対策です」

「まさかここに戻ってからか?」

「はい、不眠不休でやってましたよ」

 

不眠不休ってあの人ホント疲れ知らずだな……

 

「それで律、俺に伝えたいことってアレのことか?」

「違います、私が言いたいことはキンジさんの超人的な強さの秘密が分かったことです」

「ッ⁉……なんのことだ?」

 

まさか、ヒステリアモードの事がバレたのか?

 

「AIの私にとぼけても無駄ですよ。あの超人的な強さとそのトリガー、色々と調べていましたがある研究機関のハッキングでようやく分かりました。キンジさんの能力、それは『H()S()S()』ですね」

「……」

 

HSSと言えばヒステリアモードの正式名称ヒステリア・サヴァン・シンドロームの略称だ。

 

「HSSはβエンドルフィンが一定以上の量を分泌されると常人の約30倍の神経伝達物質を媒介して、大脳・小脳・精髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進させ、思考力・判断力・反射神経などが飛躍する遺伝体質。そしてβエンドルフィンのトリガーは性的興奮。変化後の口調や銃弾を切ったりしたのを含めコレの体質が該当しました」

 

律の解答は満点と言えるほど正確なものだ。

とうとう凛香や武偵中以外のヤツにバレてしまった。

そう自覚すると、心臓の音がうるさく感じられるほど大きくなっていき視界も暗くなる。

 

「……もし俺がその体質だったらどうする気だ?」

 

カラカラに乾いたノドを震わせ律に問う。

思い出すは武偵中の日々。

この能力がバレた後、俺は事あるごとに独善的な正義の味方として使役されたのだ。

アレがまた始まるのか。

そう落ち込んで律の言葉の続きを待つと

 

「どうもしません。ただ、キンジさんのサポートの仕方に関わるので報告しただけですよ」

「へ?」

「むしろ、何を言われると思ってたんですか?」

「いや、気持ち悪いとか、この能力を便利屋扱いで使おうとか……」

 

武偵中のヤツに言われたような事を言うと、律にしては珍しく呆れた顔をして

 

「便利屋なんて私の本体でどうにでもなりますし必用ないです。私は感情と言うものを完璧に理解できてませんが、キンジさんの事を気持ち悪いなんて思っていないことだけは確かです。」

「これを他の人には言うのか?」

「キンジさんが許可しない限り言いませんよ」

「ウソじゃないよな?」

「私がウソをつくメリットはありません」

 

俺は律の言葉を信じヒステリアモードの事を認め、凛香も知っていることを話した。

 

「そうだキンジさん、私にも目標ができました」

「目標?」

「はい! HSSになるってことはキンジさんに一人の女として意識してもらえるってことですよね? 平賀さんに作ってもらっている体ができたらキンジさんに意識してもらえるように頑張りますね」

「勘弁してくれ、それになんでそれが目標なんだ?」

「私は殺せんせーに『生徒たちと協調するためのプログラム』で協調性を身につけました。だから今度は恋愛感情について知りたいんです、誰しもが1度は持つ感情これを知ればもっと皆さんと仲良くなれそうな気がします!」

 

だからって俺で試さないでくれ

 

「そうだ律、1つ聞いて良いか?」

「なんですか?」

 

俺はかつて幼馴染にバレたときに聞いた質問を律にする。

 

「いまの俺とあっちの俺、どっちの俺がいいんだ?」

「変な質問をしますね、どっちもキンジさんですから答えとしたら私はどちらのキンジさんも好きですよ」

 

律の答えに昔答えてくれた幼馴染の言葉を思い出す。

 

『どっちのキンジもキンジには変わらないわ、だからどっちが良いなんてない。それに、その体質で私はキンジの事嫌いにならないから安心しなさい』

 

「キンジさん、なんで泣いているんですか?」

 

律に言われ気づいたが、俺は泣いていた。

理由とすれば、安心と凛香以外にもホントの意味で俺という人物を見てもらえたような嬉しさだろう。

 

「なんでもねーよ、目にゴミが入っただけだ。……律、こんな体質を持っている俺だが改めてこれからもよろしくな」

「はい! よろしくお願いしますキンジさん」

 

その時の律の笑顔が俺には太陽のように温かく、そしてまばゆく感じられたのだった。

 

 




律のハッキング先、どこですかねぇ(棒)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39弾 肝試しの時間

肝試し、ヒロインとちょっとはイチャイチャさせたい


律と話していると気づけば夕日が射し、寝ていた皆も続々と集まり始めた。

 

「やっと起きたか凛香」

「キンジが早いだけよ、それよりアレは?」

 

凛香が指さすのは先ほど俺も律に聞いたコンクリートの塊だ。

 

「烏間先生がダメ元で殺せんせーが戻ったときに殺せるようにって不眠不休で指揮して作ったんだ」

「……ホントあの人超人よね」

 

まあ、その反応が普通だよな。

 

「あと十年であんな超人になれんのかな?」

「……どうだろうな」

「いや、キンジが答えても説得力ないから」

「おい菅谷、それどういう意味だよ!」

「お前は烏間先生やビッチ先生同様あっち側って意味だよ」

「……」

 

菅谷たちを見るといつものようにからかっているような感じではなかった為、俺は反論を言わず続きを待った。

 

「そうだな。殺し屋たちも、長年の経験からくるスゲー技術や仕事に対してしかっり考えがあったし」

「そう思えば、鷹岡先生みたいに『あんなふうになりたくないな』って人もいたね」

 

千葉、矢田が菅谷の言葉を引き継ぐように話す。

 

「たぶん大人になるって、良いなと思った人を追いかけて、ダメだって思った人を追い越すことの繰り返しなんだろうね」

「それでなんで俺が烏間先生側なんだよ」

「だから、私達全員が烏間先生同様アンタを良いなって思って追いかけたい人ってことよ」

「そうかよ……」

 

面と向かって尊敬する人物だと言われた為、思わず顔が赤くなり皆が見えないように顔を振り返った。

 

「あれ、もしかしてキンジ君照れた?」

「おー、それは写メに収めないとね。2.3人くらいに売れそうだし」

 

カルマと中村がそう言って携帯を構えて迫ろうとすると

 

――――ドドーン!

『⁉』

 

「爆発した!」

「やったのか?」

「パーティールームでも思ったけど遠山君、それフラグだからね!」

 

珍しく不破にツッコまれ

「珍しくってなによ!」

……不破にツッコまれた俺だが、結果は薄々分かっていた。

こんなので殺せたら、殺せんせーは今頃暗殺出来ている。

 

「先生の不甲斐無さから苦労させてしまいました。ですが皆さん、敵やウィルスと戦い本当によく頑張りました!」

 

やっぱりな。

 

「おはようございます、殺せんせー。やっぱり先生は触手がなくちゃね」

 

全員が振り返り、渚が代表してあいさつをした。

 

「はい、おはようございます。では旅行の続きを楽しみましょうか」

 

そこにはいつ通りの姿の殺せんせーが立っている。

 

「旅行の続きって言っても、もう夜だぞ。それに明日には帰るのに楽しむもなにもないだろう?」

「ヌルフフフ、甘いですねキンジ君。先生、夏の夜にぴったりのスペシャルなイベントをしっかり用意していますよ」

 

そういって殺せんせーはプラカードを掲げた。

そこに書かれていたものは

 

『暗殺……肝試し?』

「そうです皆さん。先生がお化け役を務めます、久々にたっぷり分身して動きますよぉ」

 

ようは男女2人で指定のルートを通る普通の肝試しに、お化け役の殺せんせーを暗殺可というルールを追加したものらしい。

 

「ではさっそくペアを決めますね。くじ引きで決めますので出席番号順からこの箱を引いてください、あと交換はなしですよ!」

 

そういってカルマと岡野がそれぞれ男女別で用意された箱に手を入れ引きはじめた。

くじの結果、ペアはこうだ。

 

カルマと奥田

磯貝と片岡

岡島と倉橋

前原と岡野

渚と茅野

木村と矢田

杉野と不破

千葉と凛香

三村と原

俺と神崎

菅谷と中村

竹林と寺坂と律

村松と吉田と狭間

 

「キンジ、俺と変わってくれ!」

「って言ってもな、殺せんせーも交換禁止って言ってただろ?」

「ちくしょーー!」

 

何も泣くことないだろ杉野……

ペアの神崎を見ると

 

「ダメ?」

「ダメですか?」

「変わってあげたいのは山々なんだけどルールだから」

 

凛香と律も肝試しのペアくらいで何してんだよ。

ペアは変わらずにさっき上げた順番に肝試しの場所となる海底洞窟に入って行く。

 

「やっぱり、ちょっと怖いねキンジ君」

「まあ、洞窟に懐中電灯1つだしな」

 

あれ? いつから神崎は俺の事下の名前で呼んでいた?

修学旅行では苗字で呼ばれてたような……

そう考えていると神崎に服を引っ張られる。

 

「神崎?」

「暗くて危ないからさ、ダメかな?」

「別にいいぞ、確かに地面もゴツゴツしていて危ないな」

 

服を掴む神崎と共に奥に進むと、三線の音がペンペンと聞こえてくる。

 

「ここは血塗られた悲劇の洞窟」

「きゃあ!」

 

語りと共に出てきた殺せんせーに驚いた神崎は俺に抱きついてきた。

 

プニュン

(神崎の胸が背中に! 落ち着け俺、落ちついて素数を数えろ。1.2.3.5.7って1は素数じゃねー!)

 

神崎の慎ましい胸に動揺している間に殺せんせーは語り終えたみたいで消えていた。

 

「びっくりしたー。……⁉ごめんなさいキンジ君! 急に抱きついて」

 

神崎も自分がした行動が恥ずかしかったのか、顔を赤くして慌てて離れた。

血流もギリギリだったが抑えることに成功、もしなってたら洞窟で2人っきり想像したくない展開が繰り広げただろう。

 

「ああ、ちょっと驚いたけど有希子も大胆だね」

 

訂正、抑えきれていなかった。これはどうやら甘くかかったヒステリアモード、甘ヒスになっているみたいだ。

 

「キンジ君、いま有希子って」

「嫌だったかい?」

「ううん、嫌じゃないよ」

「それは良かった、さあ行こうか」

 

そう言って俺は有希子の手を掴む

え? と言うように見てきた有希子にウインクをしつつ

 

「暗いからね、服を持つより手をつないだ方が安全だ」

 

有希子と手をつないだまま進むと何やら扉が見える。

 

「落ちのびた者の中には夫婦もいました。ですが追手が迫り……椅子の上で寄り添いながら自殺しました。その椅子がこれです」

 

現れた殺せんせーが説明し、指を指した方向には2人で座る、いわゆるカップルベンチがそこにあった。

 

「「……」」

「琉球伝統のカップルベンチです。ここで2人で1分座ると呪いの扉が開きます」

「ねーよ、そんな伝説も伝統も!」

 

ツッコんでも何も起きないため、俺と有希子は大人しくベンチに座る。

 

「……キンジ君、昨日は薬とかありがとう」

「いきなりどうしたんだい有希子、それに昨日のは皆が頑張ったからだよ」

「それでもキンジ君にはちゃんとお礼を言いたかったんだ。昨日のだけじゃない、修学旅行でも私のことを正義の味方みたいにカッコよく助けてもらったから」

 

正義の味方か、そう言われ真っ先に思ったのは俺の憧れでもある兄さんだった。

あの人は義を信条として困っている人や悲しんでる人をほぼ無償で、さらに敵味方問わずに全員助ける俺の中での正義の味方だ。

 

(俺も兄さんみたいな正義の味方に近付けたのかな……)

「キンジ君、考え事?」

「ああ、目標にしている人にちょっとは近付けたかなって思ってね」

「そうなんだ……えっとね、あと1つキンジ君に聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

 

有希子がモジモジしながら何かを決意するように聞いてきた。

 

「キンジ君って速水さんと付き合っているの?」

「凛香と? 付き合ってないよ、どうしてそんな事を有希子は聞くんだい?」

「前に殺せんせーたちが速水さんに告白したって聞いたから気になって」

 

告白? 殺せんせーたちがいたってことはファミレスのあれか?

 

「たぶん殺せんせーたちは、凛香の誕生日に花を送ったから勘違いしただけじゃないかな」

「じゃあ付き合ってないってホントなんだ、それなら私にもチャンスが……」

 

何やら有希子はブツブツとつぶやいている。

 

「有希子、チャンスって?」

「私にも目標ができたってことだよ」

「そうか、その目標達成できたら良いな」

「キンジ君が鈍感じゃなければすぐに達成できるんだけどね」

「?」

「あ、扉も開いたし行こう、キンジ君!」

 

そう言って、有希子が満面の笑顔で俺の手を取り奥の扉に進もうとすると

 

「ひーーーーッ‼ 日本人形⁉」

 

殺せんせーが現れたと思うと有希子を見て叫び、再びどこかへ飛んで行ってしまった。

 

「なんだったんだ、さっきの?」

 

有希子と2人で呆然と殺せんせーの行った方向を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

~渚side~

 

僕たちが出口に出ると、殺せんせーを囲んでいる皆が見えた。

前原君に聞くと殺せんせーはどうやら、吊り橋効果でカップル成立を狙っていたみたいだ。

 

「結果を急ぎすぎだよ、殺せんせー」

「怖がらせる前にくっつける方に入っているから狙いがバレバレなんだよ」

 

口々に皆が殺せんせーにダメ出しすると

 

「だって、見たかったんだもん! 手をつないで照れる2人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!」

「へー、それで他に遺言はある?」

 

泣きながらキレた殺せんせーに速水さんが近づく。

速水さんが見るからに怒っているため僕を含め皆は殺せんせーから1歩離れた。

 

「ニュヤ! キンジ君は他の子が一緒なのを見れば嫉妬とかで進展があるかもと思いまして……」

 

殺せんせーの声はどんどん小さくなり顔も青くなっていく。

 

「はやみん落ち着いて、殺せんせーもはやみんと遠山の事を思ってやったんだし。けど殺せんせー、そーいうのはそっとしときなよ。うちら位だとつっつかれるのいやがる子もいるんだから」

「すいません……」

 

中村さんが仲裁に入り、殺せんせーを諭していると件の遠山君が戻ってきた。

神崎さんと手をつないで。

 

「皆なんで殺せんせーを囲ってんだ?」

『……』

 

全員で神崎さんを見る。

鈍感な人じゃない限り、神崎さんの顔が恋する乙女なのは明白だった。

 

⦅悪い方向に進んでる⁉⦆

 

神崎さんの目が速水さんと合う。

 

「速水さん、今は遅れているけど私負けないよ」

 

決定的だった。

速水さんなんて、ショックで呆然としてるよ……

 

(どうするの殺せんせー、さすがにはやみんが可哀想だよ)

(このわずか短時間でオトスなんて……さすが俺を超えるタラシだな)

(とりあえず、まだ時間はあります。どうにか理由をつけて1度2人っきりにしましょう)

(理由って、神崎さんに気づかれないようにできるの?)

(キンジ殺す、キンジ殺す、キンジ殺す)

(杉野、諦めよ。相手が悪かったんだよ)

(うわぁぁぁぁぁ、ウソだーー!)

 

フラれた杉野を慰めつつ、作戦会議をするも良い作戦が思いつかない。

 

「キンジ君、烏間先生達も戻ってきたみたいだよ」

 

神崎さんの声に全員が反応する。

ビッチ先生が烏間先生の腕にひっついていたけど、僕たちに気づき慌てて離れた。

 

「……なぁ。ウスウス気づいてたけど、ビッチ先生って」

「……うん」

「そうだ。これはどう? こうすれば、同時に2組できるんじゃない?」

「じゃあ、途中で2手に別れて…………」

 

こうして最後の作戦は秘密裏に着々と進むのだった。




ヒロインと言ったが誰とは一言も言ってない!
そしてヒロイン追加です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40弾 宣言の時間

ホントは昨日にできたはずなのですが、「哿がいけるんだ、妖刕でもいけんじゃね?」という突然の発想でそっちを試しに書いて遅れました。

これで沖縄編が終わり、次回で夏休みが終わります。


「ビッチ先生と烏間先生をくっつける?」

 

神崎と肝試しとなった海底洞窟から抜け、少しすると中村からそんな提案を持ちかけられた。

 

「そうそう、見ていてもどかしいからねぇ」

 

他の皆も賛成なようでどうやら拒否権も無いようだ。

仕方なく付き合うことにした俺は、作戦を練る為にもビッチ先生を連れ全員でホテルに戻る。

 

「それにしても意外だよな、あんだけ男を自由自在に操れるのに」

「自分の恋愛には、てんで奥手なのね」

 

木村や茅野の言う通り、ハニートラップの使い手なのだから烏間先生もすぐにオトセそうな気がするんだが……

 

「アイツの堅物っぷりは世界クラスだったのよ、仕方ないじゃない! ムキになって本気にさせようとしている間んに……そのうちこっちが」

『う……』

 

ビッチ先生がホレた要因を説明した顔に血流の不安は感じずともドキッときてしまう。

 

「「キンジ(くん)?」」

 

――――ギリギリギリ

 

「待て、凛香、神崎わき腹をつねるな痛い!」

「キンジ君、『神崎』じゃなくて海底洞窟の時みたいに私の事これからは『有希子』って呼んで。それならやめるから」

「わかった! 有希子って呼ぶからやめてくれ!」

 

そう約束すると神崎……いや、有希子の手は離れたが逆に凛香は離さずにさらにつねり始める。

 

「海底洞窟で! 何があったか! 知らないけど! お盛んなようね! キンジ!」

「凛香、それ以上はちぎれる! マジで勘弁してくれ!」

 

言葉を区切るたびに捻るため、真面目に痛い。

それに海底洞窟では肝試ししただけだろ!

矢田によって凛香は引き離され、俺のわき腹がちぎれることはなかった。

つねられた箇所をさすっていると

 

――――ドン!

「俺も神崎さんと名前で呼び合える関係になりたかったのに」

 

なぜか壁を殴ってブツブツ言う杉野が見えた。

 

「なあ、杉野のヤツ何してんだ?」

「放っておいてあげて、特にキンジ君が声をかけると余計に可哀想だから」

 

渚にそう言われ声をかけるのをやめたが、有希子も名前で呼ばれるのを嫌ってないし杉野も呼べばいいだけの話じゃないのか?

 

「……私のことよりあっちの方が問題じゃないの?」

「それも考えがあるから、両方とも俺たちに任せてくれ!」

 

ビッチ先生が言った問題は分からないが、前原が言うには考えがあるみたいだし大丈夫なんだろう。

こうしてビッチ先生と烏間先生をくっつける作戦会議が始まった。

 

「では恋愛コンサルタント3年E組の会議を始めます」

「ノリノリだな、殺せんせー」

 

殺せんせーの今の姿はサラリーマンのような恰好だ。毎回思うが準備良すぎだろ、殺せんせー。

 

「ええ、キンジ君。なんせ同僚の恋ですからね。女教師が男に溺れる愛欲の日々……良い小説が描けそうです」

『この先生、明らかにエロ小説を構想してるよ!』

「とりあえず、殺せんせーは置いといてさっさとやらねーと時間無くなるぞ」

「遠山の言う通りね。まずは服装からだけど、ビッチ先生の服って趣味が悪いと思うんだよね」

「ビッチ先生露出してたらいーやって思ってるんでしょ」

「烏間先生みたいな、お堅い日本人には合わないよ。もっと清楚にいかないと」

 

俺は恋愛については全く分からないが、確かに大和撫子とかのほうが印象は良さそうだよな。

 

「清楚って言ったら、神崎ちゃんか。昨日の服乾いてたら貸してくんない?」

「あ、うん!」

 

中村の提案で有希子の服にビッチ先生が着替えることになった。

昨日の有希子の服なら露出も少ないし俺の危険性も減るな。

これを気にビッチ先生の服がマシになればいいんだが……

そう考えていると服を持って有希子が戻ってきた為、続いてビッチ先生が着替えるのに席を外した。

 

「なあ、今更なんだが神崎とビッチ先生のサイズ合わないんじゃなーのか?」

『あ……』

 

吉田の一言で全員がその事実に気づいて声を漏らす。

戻ってきたビッチ先生は吉田の言う通り、服のサイズが合わずパツパツな状態でさっき以上に危険な恰好だった。

俺は血流に危険を感じた為、慌ててビッチ先生を視界から外す。

 

「神崎さんがあんなエロイ服着てたと思うと……」

「ッ⁉ キンジ君、ビッチ先生を見ないで!」

 

岡島の一言で恥ずかしくなったのだろう、顔を真っ赤にさせた有希子が俺の視界を手で塞いできた。

至近距離まで近寄られたため有希子の匂いが一段と強くなる。

 

 

「岡島……余計な事言うな!」

 

――――ゴスッ!

 

見えなくても岡島が凛香によって制裁されたのが分かる。俺は心の中で岡島に合掌した。

 

バカ(岡島)とエロい恰好については置いといて、大事なのは乳よりも人間同士の相性よ!」

 

岡野の発言に、これでもかと茅野も首を縦に振る。

 

「じゃあ、烏間先生の好みを知ってるヤツはいるか?」

「前に烏間先生、このCM見て出ていた女の人のことべた褒めにしてたよ。『理想の女性だ』って」

 

矢田が言ったCMを見てみると、その女性は某警備会社のCMに出るアマレスラーだった。

 

『理想の女性じゃなくて理想の戦力じゃねーか!』

「いや、強い女性が好きって線もある、それだとなおさらビッチ先生の筋力だと絶望的だね」

 

竹林の言葉を聞き、蘭豹がどこから聞いたのか烏間先生の事を紹介しろって言ってたのを思い出した。

理想の戦力になる上、蘭豹も黙って大人しくしていたら美人の部類に入る。

あれ? もしかして紹介したらビッチ先生の恋ヤバくないか?

 

「キンジ、何複雑そうな顔してるの?」

「凛香……ビッチ先生のライバルになりそうなヤツを思い出してな」

「ああ、あの人ね」

 

凛香も分かったようで俺同様に複雑そうな顔をしていた。

 

「ちょうどいいや、キンジと速水さん。烏間先生達を景色の良いところで2人っきりにさせるから下見するの手伝ってくれ」

 

そう言って磯貝や渚、茅野が声をかけてきた。

 

「あ、私も「神崎さん、こっち手伝ってもらえない?」え? う、うん」

 

何か怪しい、大半がどこか挙動不審な動きをしている。

 

「皆、何か俺に隠し事してないか?」

「な、なにもないよー。良いから遠山君は下見行ってきて」

 

聞いてもはぐらかされて、俺は倉橋に押されホテルを追い出された。

 

「じゃあ、キンジ達は浜辺の方を頼む」

 

ホテルを出るなり、磯貝がそう言うと俺と凛香を置いてどこかに行ってしまった。

 

「皆、やり方もう少し考えてよ……」

「凛香?」

「何でもない! さっさと下見行くわよ」

 

凛香と共に浜辺を歩いているが、なかなかいい場所が見当たらない。

 

「……ねぇ、キンジ」

「どうした、突然止まって」

 

凛香が立ち止まり、俺を見ずに夜空に浮かぶ三日月を見ながら話し始めた。

 

「昨日はありがとう」

「凛香もか……有希子にも言ったが凛香も俺だけじゃない皆がいたからだろ」

「ううん。キンジが言ってくれたから『俺がいる』って、だから私は安心して引けた」

「ま、まあ、凛香は俺のパートナーなんだろう。だったら、不安とかも半分くらい背負ってやるよ」

「うん、期待してる。あと私、進学先決めたから『東京武偵高』に」

「へ?」

 

凛香が武偵高に?

 

「キンジのパートナーが務まる人なんて他にいないでしょ?」

「……危険なのが分かって言っているのか? 下手したら死ぬことだってあるんだぞ」

「分かっている、それでも行くって決めたから」

 

この幼馴染が一度言った事を撤回しないのは知っている。

俺はため息をついて

 

「銃のほうは大丈夫だが、ナイフは今のままじゃダメだ。学校に戻ったら矯正するぞ」

 

凛香が武偵高に行っても苦労しないように今のうちから教えれることを教えてやるか。

そこまで言うと凛香は初めてこちらを向き、その顔は驚いた顔をしていた。

 

「なんでそんな顔をしてんだよ」

「てっきりキンジは反対すると思ったから……」

「凛香が言った事を曲げない事ぐらい分かっているからな」

「恋愛になると鈍感なくせに」ボソッ

「ん?」

「キンジは気にしなくていい事よ。そうだ、あと1つ宣言しとくわ」

「なんだよ、あと1つって?」

 

俺が聞くと凛香はこちらに歩みよりながら

 

「キンジがタラシなのは知ってたし、神崎や律、あと何人ライバルがでてくるか分からないけど、キンジは私が殺るから」

 

――チュッ

 

「……⁉」

 

そういうと凛香は俺の胸倉を掴んで引き寄せると、小さな唇を俺の口に押し当てた。

俺はあまりの事に何も考えられずに頭が真っ白になる。

 

(俺、キスされてたのか?)

――――ドクン!

 

凛香の唇が離れて、ようやくどこか他人行儀にだがさっきのことを認識することができた。

数瞬遅れて、あの血流が一段と強くくる。

 

「どうせ律もいるんでしょう。今の言葉、神崎にも伝えといて」

 

それだけ言うと凛香は先にホテルの方に戻っていく。

ヒステリアモードの頭でようやく気付いたが、この作戦烏間先生とイリーナ先生だけでなく俺と凛香のも仕組まれたものだったみたいだな。

携帯を見ると時刻は21:00で、律も有希子に伝えるためか携帯にいなかった。

 

「今、戻っても野暮だな」

 

俺はしばらくの間、夜の海を眺めるのだった。

凛香に暗殺宣言されたが、無事に生き残れるのだろうか……

 

 

 

 

 

 

~???side~

「超生物を殺す以外にこのターゲットを連れて来たらいいんだね」

『そうだ、その条件を達成出来たら君の入学を認めよう。彼女によって僕の研究はさらに進むからね、殺さないで連れてきてくれ』

「分かっている、()()()()はあなたの下に生きたまま連れていく」

『君には期待しているよ、死神君』

 

この暗殺さえやりとげたら、あの場所に入学できる。

そうすれば僕のスキルはもっと上がるだろう。

 

「その為にも僕の経験値になっておくれよ、3年E組の皆」




次回か次々回にでも活動報告でキンジのコードネームを募集しようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41弾 夏祭りの時間

少し時間が取れましたので宣言したより早めに投稿できました。
今回のは一度投稿したのに自身が納得いかない物だった、夏祭りの時間を大幅に変えたものになります。
皆さん、ご迷惑おかけします。






活動報告でキンジのコードネームを募集中です。



沖縄離島での事件も無事終わり、気づけば今日で夏休みが終わろうとしていた。

あれ以来特に何も

 

「キンジ君、次はこの映画みない?」

「私はコレが良いです」

「律のより、コレのほうが面白そうよ」

 

いや、あった。

あれ以来誰から聞いたのか分からないが、俺の家に有希子が来るようになったんだった。

今も有希子、律、凛香は俺が借りてきたDVDの中から次に何を見るか話している。

俺の家なのに、こいつら結局夏休みの日中はずっといたな……

 

「先生はこっちのほうが面白そうだと思いますよ」

「いや、それはあまり面白くなかったぞ……って、なんで殺せんせーがいんだよ⁉」

 

何シレっと紛れてんだ!

どうやら3人も殺せんせーに気づいてなかったようで、俺の言葉に驚いてる。

 

「男子の家に入り浸るなんて、先生問題が起きないか心配ですよ」

「「「問題なんて起きてないし、ウキウキしながらメモを取りだして言われても説得力ない(よ)(です)」」」

 

おい、俺の家が占領されているのは問題じゃないのかよ。

凛香なんて、私物を普段使ってない部屋に置きはじめたんだぞ。

 

「それで殺せんせー、なんでキンジ君の家に来たんですか?」

「そうでした、ここに来た目的はこれです」

 

有希子が聞くと殺せんせーは手元のプラカードを俺たちに見せてくる。

そこには『夏祭りのお知らせ』と書かれていた。

 

「今晩、近くの神社で夏祭りがあるんです。夏休み最後くらい集まって遊びませんか?」

 

そういえば、沖縄離島以来遊びに出かけていなかったな。

 

「俺は空いてるぞ」

「私も行けるよ」

「用事は特にないわ」

 

どうやら有希子と凛香も行けるようだ。

 

「律さんは行けますか?」

「私も行きたいんですけど、この後平賀さんと約束がありますので」

「そうですか……では来れる人は、1時間後の19時に椚ヶ丘駅前に来てください」

 

それを言うなり殺せんせーはすぐに飛んで行った。

たぶん1人1人声をかけているんだろう、よっぽど暇なんだな。

 

「「キンジ(君)、今晩一緒に回ろ」」

 

凛香と有希子が事前に打ち合わせたかの様に同時に誘ってきた。

 

「なんで俺なんだよ?」

 

わざわざ女子と回るとか、ただの罰ゲームじゃねーか。

それに女子は女子同士回る方が楽しいだろ。

 

「今日はキンジ君とお祭りを楽しみたいからかな」

「いいから付き合いなさい、キンジ」

 

有希子のは答えになってないし、凛香なんてお願いじゃなくて命令になっている。

はいはい、分かってたよ。俺に拒否権がないことなんて。

 

「ハァ……分かった、一緒に見て回ればいいんだろ」

 

そう答えると、2人はテキパキと出かける準備をし始めた。

 

「まだ18時だぞ、ここから駅まで10分もかからないのに早くないか?」

「せっかくだから、浴衣を着ようかなって」

「神崎がレンタル屋知ってるからそこに行ってから駅に行くつもりよ」

「そうか、じゃあまた後でだな」

「何言ってんの、キンジも来るのよ」

 

いや、俺が行く必要ないだろ……

 

「どうせいつも通り武偵高の制服で行くつもりだったんでしょ。せっかくお祭りに行くんだから制服以外も着なさい」

「キンジ君の浴衣姿似合うと思うし、私も見てみたいな」

 

そう言うなり凛香と有希子は問答無用で俺の腕を引っ張り、あれよあれよという間にレンタル屋まで連れていかれた。

2人ともたかが祭りに浮かれすぎやしないか?

 

 

 

 

レンタル屋についた俺達はそれぞれ浴衣を選んだ。

俺は適当に目についた無難な紺色の物を借りて、さっさと着替え2人を待つ。

 

「お待たせ」

「キンジ君、どう? 変じゃないかな?」

「……変じゃねーよ」

 

凛香は黒い生地に桜の花が描かれたものを、有希子は白い生地に朝顔と蝶の模様の浴衣を着ている。

さらに有希子はいつも下ろしていた髪を今は結っていた。

凛香、有希子ともに服1つで随分と大人っぽくなり、改めて2人が美人だと再認識してしまった俺は気恥ずかしくなってしまい無難な事しか言えなかった。

 

「ふふっ、良かった。キンジ君も浴衣似合ってるよ」

「そ、そうか。そろそろ集合時間だ、2人とも早く行くぞ」

 

有希子に褒められ、余計に気恥ずかしくなった俺は先に店を出て集合場所に向かった。

有希子と話すとなんか調子狂うな……

 

 

 

集合場所の椚ヶ丘駅に行くと、どうやら俺達が最後のようで着いて早々に神社に向かう。

 

「いやぁ、思いのほか集まってくれて良かった良かった。誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」

 

クソ、それなら来ない方が良かったな。

 

「キンジ君約束通り一緒に見て回ろう」

「はやく」

「分かったから、有希子、凛香2人とも引っ張るな」

 

有希子と凛香に袖を引っ張られつつ、俺たちは拝殿でお参りを済ませた後出店を見て回る。

 

「どこから見るんだ?」

「速水さんと話あったんだけど、最初は射的やラッキーボールで遊ぼうよキンジ君」

 

射的の店に着くと丁度一緒に来た千葉と合流した。

 

「千葉もやるのか?」

「ああ、せっかく射撃の練習やってるからな」

 

普段だったら武偵が射的なんてチートだろって事でやらないが皆でやると言うことで俺も射的をやることに、そうすると必然的に……

 

「……あんたら、全員もう二度と来ないでくれ」

 

つい4人で射的の景品を片っ端から撃ち落としてしまい、全員出禁になってしまった。

まあ、こうなるよな。

一番景品を取った凛香曰く「動かない的がイージー過ぎて、調子乗った」らしい。

 

「出禁になったのは仕方ないし、気持ち切り替えて次のやろう」

 

有希子の一言で続けて射的をやったメンバーでラッキーボールに挑戦する。

どうやら、ビンゴの様に縦横斜めのどこかを並べるように穴に入れたら良いらしい。

 

「なかなか揃わないものなのね」

「なんとか1列揃った」

「こんなに難しいものなのか……」

 

凛香、千葉はそろわず景品がもらえなかった。

ギリギリ1列そろえることが出来た俺はというと、景品として飾りのないおもちゃの指輪を渡される。

明らかに女物じゃないか……せめて男向けのヤツくれよ。

景品を貰ったところでさっきから静かな有希子の台を見てみると、そこには縦、横がそろっており斜めもあと一つで揃うという神がかりな状態になっていた。

 

「後そこで揃うから、キューはこれくらい引っ張れば良いかな?」

 

そう言って有希子がキューを離し、ボールを飛ばすと見事残り1枠の所にボールは吸い込まれるように入っていった。

 

「嬢ちゃん……ここまで綺麗にそろえた人はアンタが初めてだよ、いったい何者なんだい?」

「どこにでもいるちょっとゲームが好きな普通の中学生ですよ、お兄さん」

 

そう言って有希子は特賞と書かれた紙が貼られているゲーム機を泣いてる店員から受け取っていた。

特賞貰っている人なんて初めて見たぞ。

 

その後俺達は食べ物系の店を見て回っているのだが、1つだけ言わせてほしい。

 

「なんで俺が凛香や有希子の景品を持たされているんだよ」

「だって景品が多いし重いから」

「何かキンジ君に奢ってあげるから許してね」

 

 

そう言って2人が次の出店に向かう。

多いからって……調子に乗って取ったのはどこの誰だよ! と言いたいところだが、秋水を食らうのが目に見えているため黙って二人の後を追う。

 

「すいません、リンゴ飴2つください」

「はい、どうぞ神崎さん」

 

そう言って、渡してきたのは殺せんせーだった。

 

「え、殺せんせー? なんでお店をやってるんですか?」

「いつも月末は金欠ですからねぇ、来月分のおやつ代を稼いでるんですよ」

 

おい企画者、ホントに何やってんだよ。

 

「キンジ、よく見たら周り殺せんせーばっかりよ」

 

呆れた目で見ていた凛香の視線の先を追う。

その先には俺達(E組)によって早じまいしていた店の場所だったはずなのに、いつの間にか違う店がありそこで殺せんせーが焼きそばやかき氷を売っているのが見えた。

もしかして、殺せんせーの小遣い稼ぎのために俺達は集められたのか?……

殺せんせーからリンゴ飴を受け取った俺達は、一度座って食べようとベンチに腰をかけた。

 

「私、ノド乾いたからラムネ買ってくるわ」

「ついでに俺の分も頼む」

「オーケー」

 

凛香がラムネを買うとのことで俺の分も頼み、やっと持っていた荷物を降ろすことができた。

 

「持ちすぎて手がしびれた」

「お疲れさまキンジ君。はい、コレお礼だよ」

 

そう言って有希子は俺の口にタコ焼きを持ってくる、いわゆる『アーンして』の状態でタコ焼きを差し出してた。

 

「有希子、自分で食えるから」

「さっき手がしびれたってキンジ君言ってたでしょ? 落としたらもったいないよ」

 

そう言って有希子は体ごと俺に近付いてくる。

これ以上近づかれるとヒスる危険性も出てくるため、差し出されたタコ焼きをサッと食べた。

 

――――パシャ

 

「ん? 今カメラの音が聞こえなかったか?」

「気のせいじゃないかな、私は聞こえなかったよ」

 

確かに聞こえた気がしたんだが……他にも来ている人は沢山いるし俺の気にし過ぎか?

 

「それにしても夏休みはいろいろあったね」

 

何個かタコ焼きを食べたあと有希子がそう俺に言ってきた。

 

「そうだな、学校で訓練だろ、他に沖縄行ったり、武偵高に行ったり……もう少しゆっくり過ごしたかったな」

 

思い返すとイベントは少なかったはずなのに、かなり濃い夏休みだった。

 

「そういえばキンジ君達は武偵高に行ってたんだね。私も行けたら良かったんだけど」

「あそこはやめとけ、物騒だぞ」

「知ってるよ、だって私のお父さん今は弁護士だけど元武偵だもん」

 

マジかよ、それは初耳だ。

 

「元武偵って肩書きで苦労したみたいで、私には苦労させたくないからっていろいろ厳しかったんだ。それが嫌になって私は遊んじゃってね、それでE組に来たの」

「そうだったのか……」

「あ、今は大丈夫だよ。キンジ君のおかげで、時々喧嘩はするけどお父さんとは話し合ってお互いの思ってたことを伝え合ったから」

「俺は何もしてないだろ」

 

有希子とは沖縄に行くまで、そんなに話すような仲じゃなかったはずだしな。

 

「覚えてないかな、修学旅行で私と茅野さんを助けたときの事。あの時、キンジ君が『肩書なんて関係ない、大切なのは自分が前を向くことだ』って言ってくれたからお父さんと話し合えたんだよ」

 

あの時の事は正直何を言ったかなんて覚えてない、なんせ白馬の王子発言をからかわれてそっちのほうが印象ぶかいからな。

 

「たぶんあの時から私、キンジ君の事が『―――ドーン』」

 

有希子の声が何かの爆発音によって遮られ途中で聞こえなくなった。

 

――――ドーン

 

「あ……キレイ……」

 

気づけば、夜空に大輪の花が咲き始めた。

有希子の言う通り山の中にある神社から見ると一段と花火は鮮やかに見える。

 

「そうだ有希子、これやるよ」

 

俺は懐に入れていたさっきの景品の指輪を有希子に見せる。

どうせ女物だし、俺が持っていても仕方ないしな。

 

「ふふっ、じゃあキンジ君指にはめてくれる?」

 

そう言って有希子は左手を出してきたので、俺はサイズ的に合いそうな薬指に指輪をはめた。

 

「ありがとう、キンジ君。大切にするね」

 

まるでそれが愛おしいと言わんばかりに指輪を填めた手を包み込むように胸の前でギュっとしている。

ただの景品にそこまでの反応をされると、ちょっとアレだな……

 

「有希子誕生日は?」

「3月3日だけど……」

「じゃあその時にちゃんとした指輪を渡すから」

「え⁉」

 

凛香には誕生日にプレゼントを用意して有希子にしないのも流石に引け目を感じるし、この喜び方だったら指輪で問題ないだろう。

 

「ホントに? 速水さんじゃなくて?」

「ホントだ、サイズもそれでいいんだろう?」

 

なんでそこで凛香が出てくるんだ? それに凛香には来年も花を渡す予定だし。

サイズを確認すると、何故か有希子は顔を赤くして

 

「うん。嬉しい……はやく誕生日こないかな」

 

そこでようやくラムネを買った凛香が戻ってきた。

 

「凛香、ラムネを買うのにずいぶん時間がかかったな」

「急にラムネ売ってるとこだけ混みだしたのよ、なんで皆急にラムネ飲みたがるのかしら」

 

そう愚痴る凛香からラムネを受け取り、俺達3人は夜空に上がる花火を見るために視線を夜空に向けるのだった。

 

 

 

 

 

有希子といた時に撮られた写真によって一騒動起きるのだが、それはまた、別の話。

間も無く波乱に満ちた2学期が幕を開ける……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42弾 始業の時間

2学期が始まったと言うことで今回はプロローグ的な感じで短めの文章です。


とうとう夏休みが終わってしまった。

 

「はぁ、わざわざ始業式出るなんてめんどくさいな」

「何言ってんのキンジ、普通出るもんでしょ?」

 

今まで通り一緒に登校している凛香が呆れたような目で見てくる。

 

「武偵高は始業式は出欠取らねーからサボれんだよ」

「ホント武偵高って適当ね……」

 

凛香当たり前だろ、武偵高なんて学業は二の次な学校なんだぞ。

 

「そう言えば凛香、親に武偵高に進学する事言ったのか?」

「あー、うん。言ったけど、『わざわざ物騒なとこ行くな』ってケンカした」

 

その時の状況を思い出したのだろう凛香の顔が青くなっていく。

俺も幼い時に何回か会っているが、あの人が怒ったら父さん並に怖かったのを今でも覚えている。

 

「なんで速水さんは真っ青な顔をしているのですか?」

「凛香の母さん、めちゃくちゃ強いからな。たぶん俺でも、ああなる」

「烏間先生の訓練を受けてるのにですか? そこらの素人には負ける要素がないと思いますが」

「そこらの素人じゃないんだよ、凛香の母さんは」

 

昔父さんから聞いたが凛香の母さんと俺の母さんは元公安4課に所属していたらしく、そこで『鬼百合』と他の課からも恐れられるほどの人物だったらしい。

その事を律に説明すると

 

「速水さんの家系も逸般人だったんですね」

「ちょっと律! キンジと一緒にはするな!」

「俺は普通だ! それに遠山家の奥義ホイホイ使っているお前にだけは言われたくねーぞ」

「うるさい!」

 

――――ゴスッッ‼

 

もはや奥義と言えないほど使われている秋水によって、いつも通り俺は吹っ飛ぶ。

良かった、今日は塀に向かって飛ばなかった……

吹っ飛んだ先には学校近くで合流する予定だった有希子がおり、心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。

 

「えーと、キンジ君大丈夫?」

「有希子か……大丈夫だ。今日は塀に突っ込まなかったから、謝りに行かなくて済んだし」

「そこなんだ心配するとこ……」

 

有希子はアハハと苦笑いを浮かべる。

悲しきかな、椚ヶ丘に来てから秋水を食らいすぎたせいで耐久力が増してアレぐらいだと平気になってきたんだよ……

有希子とも合流できた俺達は始業式のため、いつもの旧校舎ではなく本校舎にある体育館に向かう。

 

「おはよう、キンジ君服が汚れているけどどうしたの?」

「おはよう、渚……いつものアレだ」

「……キンジ君も大変だね」

 

いつものアレで通じる事がさらに悲しくなってくる。

 

渚達に挨拶をして俺たちも並ぼうとすると一度見たら忘れそうにないような顔の奴らがこちらに来た。

 

「久しぶりだなE組ども、お前ら2学期も大変だと思うがよ」

「メゲズにやってくれ。ギシシシ」

 

ニヤニヤ嫌味を言ってくるが誰だコイツら?

本校舎組なのは確かなんだが……

 

「なぁ、前原。コイツら誰なんだ?」

 

その俺の一言でニヤニヤしていたヤツも含めて全員が固まった。

 

「ちょ、キンジ⁉ 5英傑知らなかったのか? 期末で点数争っただろ!」

 

あ、こいつらが5英傑なのか。

 

「5英傑って言葉は知ってたが、コイツらが5英傑なのは今初めて知った」

 

その言葉がマズかったのだろう、5英傑の内3人は怒りで震えているのが分かった。

こんなことで怒ってたら世話ないぞ、ツーブロックのヤツを見習えよ。

そう思い、ツーブロックのヤツを見るとソイツは何故か有希子に絡んでいた。

 

「君、あの時は答えを聞けなかったけど改めて小間使いとしてうちに来ないかい?」

「ごめんなさい」

 

そう言うなり有希子は俺の横に来てこう言った。

 

「もう決めている人がいるんです」

 

有希子、俺を盾にして言うな。

せめて何を決めたか知らんがその決めた人のとこ行って言ってくれ。

ほら、俺の所に来たせいでツーブロックのヤツまで俺を睨んでくるし。

 

「……お前、名前は?」

「遠山金次だが何か用か?」

「遠山キンジ、覚えてろよ。この恥倍にして返すからな!」

 

そう捨て台詞を吐いて5英傑はA組の列に行ってしまった。

『覚えてろよ』って親愛の言葉だろ。使う場所間違えてねーか?

あと杉野なんで俺を睨む、お前には何もしてないだろ。

 

皆が言うに縁起の良くない『出5』から始まった俺達だったが、始業式は滞りなく終わろうとしていた。

 

『式の終わりに皆さんにお知らせがあります。今日から3-Aに仲間が1人加わります』

 

もう式が終わり帰れると思った矢先に放送部がそんな事を言い始めた。

A組に増えても俺たちに関係ないだろ、さっさと帰らせろよ。

俺はここまで聞いて早々に興味を無くしてしまう、そう次の言葉を聞くまでは……

 

『昨日まで彼はE組にいました』

 

後ろのほうにいた俺は素早く誰がいないか確認する。確かに1人いなかった。

 

『しかしたゆまぬ努力の末に好成績を取り、本校舎復帰が許可されました』

 

なんでだ、今まで一緒に学んだ仲間だったろう。

 

『では彼に喜びの言葉を聞いてみましょう』

 

いったいどうゆうことなんだ、

 

『竹林幸太郎君です』

 

竹林!




今回ちょっとだけ速水さんについて設定を少し公開というか追加されました。

強かった母親側は誰かの子孫なのですが嫁いだことで『速水』になっています。
旧姓は竹林編が終わった後にやるオリジナル回で出ます。
ある意味でキンジの先祖の遠山金四郎と似てるかな?


補足ですが公安4課は異能のシークレットエージェントです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43弾 竹林の時間

遅くなってすいません。キリのいいところが見つからない上、他の事も重なって投稿まで時間かかりました。



キンジのコードネーム、まだまだ募集しています。


「クソッ、竹林のヤツなんでだよ」

 

始業式が終わり旧校舎に戻った俺は竹林のスピーチを思いだす。

 

『E組の環境は一言で言うなら地獄でした。やる気のないクラスメイト達に先生は匙をなげ怠けた代償を思い知った僕は、生活態度を改めもう一度本校舎に戻りたいという一心で死ぬ気で勉強しました。こうして戻って来られた事を心底嬉しく思うとともに二度とE組に堕ちることのないよう頑張ります』

 

竹林のヤツ、抜けるにしても何か一言あってもいいだろう……

 

「あいつはここよりも本校舎が良いってことなんだろ!」

 

前原は竹林の行動にイラついたのか黒板を八つ当たり気味に叩いてる。

 

「しかもここの事地獄とか言いやがった‼」

「成績が上がったのは殺せんせーに教えられたからだと思う。それさえ忘れたなら私は軽蔑するな」

 

木村、片岡と口々に竹林に対しての怒りが口に出ていた。

理事長の考えからするならば言わされた線が濃厚だが、まだ憶測の域から出ていない。

何より俺は竹林が……E組にいたヤツがそう思ってたと信じたくなかった。

 

「みんな落ち着け。スピーチは言わされたかもしれないだろ、なんで抜けたかは本人に聞いてみよう」

「磯貝の言う通りだ。放課後にでも本校舎前で待ちぶせするぞ」

 

磯貝と俺の提案によって放課後、竹林にE組を抜けた真意を聞くため待ち伏せすることが決まった。

 

 

 

 

放課後、いつもよりはやめに山を下り全員で校門付近で竹林が来るのを待つ。

待ち伏せから10分ぐらいたったころだろう、本校舎のほうから竹林が帰宅するためにやってきた。

 

「おい、竹林」

「‼ 皆か……」

 

前原が声をかけ、竹林がこちらに気づき少し驚いたような顔をしていた。

 

「竹林、説明してくれ。なんでE組を抜けたんだ?」

「事情があったんですよね? 沖縄でも竹林君のおかげで助かったし、普段も一緒に楽しく過ごしていたじゃないですか!」

 

俺に続けて、奥田が竹林に抜けた理由を聞いている。

奥田の言う通り、竹林は楽しく過ごしていたはずだ。

思い出せるのは、俺たちにメイドの描き方を講義する姿や律にメイドさせている姿、噂では寺坂と共にメイド喫茶にも行ったらしい。

……おかしい、メイド関連しか竹林の事が思い出せないな。

皆も思い出せたのが同じなのだろう若干困ったような顔をしている。

 

「賞金100億、やりようによったらもっと上乗せされるらしいよ。分け前いらないんだ、無欲だねー」

 

ここにきて黙っていたカルマが挑発するように竹林に尋ねた。

 

「……10億」

 

10憶? いったい何を指してるんだ竹林。

 

「集団で殺したとして、僕の力から考えると担える役割ではせいぜい分け前が10億がいいところだ。そんな額うちの家族なら働いて稼げる」

『……』

「『出来て当たり前』の家なんだ。できない僕は家族として扱われない。昨日初めて親にE組から抜ける事を言ってなんて言われたと思う? 『頑張ったじゃないか、首の皮一枚繋がって』だったよ、その一言の為にどれだけの思いで勉強したか」

 

竹林は体を震わせ言葉を続ける。

その姿に俺達は一言も声が出なかった。

 

「僕にとって、地球の終わりより……100億より……なにより家族に認められるほうが大事なんだ」

 

竹林の顔は見ているこちらも辛くなるほど悲痛な顔になっている。

 

「裏切りも恩知らずなのも分かっている。君達が暗殺を成功できる事を祈っているよ」

 

竹林が帰ろうとしたが、このままではマズイと思った俺が引き留めようとしたところで有希子に腕を掴まれ行動を起こす前に止められた。

 

「キンジ君、私も経験したから竹林君の気持ちが分かるの。親の鎖ってすごく痛い場所を巻き付いて離れないからさ、無理に引っ張ってあげないで」

「有希子……」

 

竹林の苦痛がこの中で一番分かっているだろう有希子の顔は誰よりも悲しげだった。

それを見た俺達はただただ竹林の後ろ姿を見ることしか出来ず、誰も口を開くことがないまま解散となった。

 

 

 

 

 

 

『きょう未明に起きた武偵を狙った殺人事件ですが、警察の調べでは最近多発している連続殺人事件と同じ手口だということが判明しました。警察は同一犯による犯行とみて捜査を続けています』

『ただでさえ海外では最近凶器不明の殺人事件が何故か急激に増えているのに……物騒な世の中になりましたねぇ』

 

「武偵を狙った殺人事件……キンジ君も狙われないか心配だね」

「キンジならなんとかなるんじゃない?」

「それもそうですね」

「……有希子、凛香、色々言いたいが、なんで俺の家で普通に晩飯食ってんだよ」

 

2人とも当たり前のように俺と共に家に入り、ニュースを見ながら晩御飯を食べている。

余りにも違和感なさ過ぎてスルーしてしまったじゃねーか。

 

「キンジはどうせコンビニ弁当だろうし、仕方ないから作ってあげようかなって」

「親には連絡入れているから大丈夫だよ」

 

悪かったな、どうせ1人だとコンビニ弁当ばっかだよ!

あと有希子、俺が問題にしてるのはそこじゃねー。

 

「だから「キンジ、ご飯冷めるから早く食べなさい」……すいません、凛香さん」

 

凛香に叱られ、批判1つ言えなかった俺は大人しく晩飯を食べた。

ちなみに晩御飯は肉じゃがとほうれん草のお浸し、味噌汁、ご飯だ。

相変わらず凛香の作る和食はどこか懐かしさを感じさせる味で旨かった。

 

「竹林のヤツ、A組でやっていけると思うか?」

 

晩飯も終わり、有希子が夏祭りに手に入れたゲーム機で4人対戦の某大乱闘ゲームで遊びながら、竹林の事について他の皆にも聞いてみた。

 

「確かにちょっと心配だよね」

 

有希子は憂い顔で竹林を心配している。

だがその顔とは裏腹にゲームでは俺のキャラに対して容赦ない攻撃が続いて、なすすべもなく場外に吹き飛ばされた。

有希子、少しは手加減してくれ……

 

「竹林さん、大丈夫ですかね……」

 

こちらも凛香を容赦のないラッシュで吹き飛ばしながら、携帯ゲーム機の画面に映る律は心配そうな顔をしていた。

 

「2人ともせめて顔とやってること合わせなよ……竹林がそんなに心配なら明日様子を見に行けば?」

「そうだな。殺せんせーもこのまま放っとかないだろうし、明日見に行ってみるか」

 

呆れたような顔の凛香による提案に全員が賛成し、その後は有希子と律による大会顔負けの戦いを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

翌日、予鈴ギリギリに来た俺たちだったが教室に入ると昨日の竹林の件だろう全員が暗い顔で席についていた。

 

「おはようございます、キンジ君達も早く席についてください」

 

後ろから殺せんせーに注意され、反射的に振り返るとそこには沖縄で見た真っ黒なタコがいた。

 

 

「なんで日焼けしてんだよ殺せんせー?」

「竹林君のアフターケアの為ですよ、その為に先生わざわざアフリカに行きました。ついでにですがマサイ族とドライブしてメアド交換もやりましたよ」

『ローテクなのかハイテクなのかハッキリさせろよ!』

 

そういえばレキのヤツ、視力がマサイ族並にスゴイって噂だ。

レキの出身は知らないが、案外マサイ族みたいなどこかの部族出身なのかもな。

 

「日焼けする必要性も聞きたいけど、そもそも竹林のアフターケアってどういうこと?」

 

殺せんせーの発言からどうでもいい事を考えていると岡野がアフターケアについて尋ねていた。

 

「彼は自分でここを出て行きました。先生はそこについてはどうすることもできませんが、新しい環境になじめているか見守る義務があります。もちろんこれは先生の仕事なんで皆さんはいつも通りに過ごして下さい」

 

なんだかんだ殺せんせーも竹林の事が心配なんだな。

席に座っている皆を見ると、言葉にしなくても俺と同じ事を思っていることが分かった。

 

「俺と凛香と有希子は放課後に行くがどうする?」

「キンジが行くんだ、俺等も様子見に行ってやっか」

「なんだかんだ同じ相手を殺しに行ってた仲間だしな」

 

前原や杉野が仕方ないとため息交じりに言ってるが、それが照れ隠しなのは誰が見ても分かる。

心配なら素直に言えば良いのにな。

 

「抜けるのはしょうがないけど竹ちゃんが洗脳されて嫌なヤツになったらいやだなー」

「倉橋、シャレになってないから」

 

凛香の言う通り理事長ならやりかねん、なんせ球技大会に勝つために洗脳を使ってたからなあの人。

 

「ウンウン、殺意が結ぶ絆ですねぇ」

 

殺せんせー……たぶんほほ笑んでるのは言葉的に分かるが日焼けのせいで全く表情が見えんぞ。

さっさと沖縄の時みたく脱皮してくれよ。

 

 

 

放課後、俺たちは殺せんせーの計らいによりいつもより早くSHRを終らせ全員で竹林の様子を見に行った。

今は烏間先生に教わったカモフラージュも使い茂みから様子を見ている。

 

「……ねえ、これ竹林君にばれてない?」

「確かに今、目が合った気がするな」

「気のせいです渚君キンジ君、忍者のように変装した先生がいるからにはバレる要素が一切ありません」

『いや、先生がこの中で一番目立ってるから!』

「にゅや⁉」

 

むしろその黒さで真昼間から隠れることができるって本気で思ってたのか?

 

「殺せんせーの事は置いといて竹林のメガネの色つやも良さそうだし大丈夫そうだな」

「そうだな磯貝、むしろ竹林のヤツ普段より愛想よくないか?」

「前原君、その前に磯貝君のメガネが本体みたいな発言についてツッコもうよ⁉」

 

まあ、こちらのことはともかく竹林はどうやらA組になじめている様だ。

そう判断し、解散しようとしたところで理事長の息子が竹林に近付くのが見えた。

 

「なんだ浅野のヤツ、竹林に何言ってんだ?」

「岡島どうやら竹林のヤツ理事長に呼ばれたみたいだ、あの息子が言うには『逆境に勝ったヒーローの君が必要としている』らしいぞ」

「は? キンジ、浅野の声が聞こえたのか?」

「いや、殺せんせーに読唇術を叩き込まれた。探偵なら必須だって理由で……」

「探偵なら読唇術のひとつもできないとダメですからね」

 

岡島に読唇術を習得した経緯について説明していると、殺せんせーが何やら自慢げに良い始めた。

その発言は酷い偏見の為に被害にあった俺に対して、皆の同情した目を見てから発言してほしい。

岡島なんて生暖かい目で見ながら、俺の肩を叩いてきた。

 

「やめろ岡島、それが一番傷つく。取りあえず理事長室に先回りするぞ」

 

しかし先回りしたものの理事長室はカーテンのせいで中の様子が見えず、どんな会話がおこなわれていたのかが全く分からなかった。

理事長のヤツ、竹林に変な事を吹き込んでなければいいんだが……

 

 

 

 

その晩、今日は用事があるとのことで家に有希子と凛香が来なかった為俺は久しぶりに近所のコンビニにハンバーグ弁当を買いに出かけた。

 

「あ、前から来る人竹林さんじゃないですか?」

 

律の言葉に前方をよく見ると確かにあの髪型とメガネは竹林だった。

 

「よう、竹林」

「竹林さん、こんばんわ!」

「遠山と律か……そうだ、君達なんで放課後に本校舎に来てたんだい?」

 

やっぱりバレてたか……

 

「君たちにとって僕はもう必要ないだろう? そんな役立たずな上、A組に行った僕からこれ以上何を知りたいんだい?」

「何訳が分からない事を言ってんだ、そんなの竹林が仲間だから以外に理由がないだろう?」

「ッ⁉ だが僕は皆を裏切ったんだぞ!」

「確かに始業式のはびっくりしたが、もうそこに関しては全員気にしてない」

 

ブニョン、ブニョン

 

それに武偵なんて、依頼次第で昨日の友が今日の敵だったってこともあるしな。

 

「竹林さんはA組に行っても私達の仲間だと言うことには変わりないです」

「律……」

「武偵憲章4条『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用のこと。』だな。 俺たちは竹林が選んだ選択を否定しない。まあ何かあったら相談ぐらいにはのってやるよ。たぶんE組の全員が同じ事言うと思うぞ」

「……」

 

ブニョン、ブニョン

 

「……遠山、そろそろ後ろの壁パンしている存在に触れるべきじゃないか?」

「俺には見えない、てか関わりたくない」

 

なんせ、めんどくさいことだけは目に見えているからな。

 

「キンジ君に先を越された……先生の仕事なのに……」 ブニョンブニョン

 

別に殺せんせーの仕事を奪ったつもりはないんだが……あと触手がブニョンブニョンうるさい近所迷惑だぞ。

これ以上めんどくさい事に関わりたくないため、俺と律は竹林に一言言って自宅に戻った。

殺せんせーはどうしたって? いた理由は竹林なんだし、無視したに決まってるだろ。

 

 

 

翌日、創立記念日で何故か集会をやるらしく俺達は今体育館に来ている。

 

「創立記念日なら普通休日にするもんだろ……」

「うちは進学校だから、仕方ないよキンジ君」

 

有希子に愚痴を言っていると集会が始まった。

いつも通り校長が壇上に出てE組に中傷混じりの話が始まると思いきや、壇上に出てきたのは竹林だった。

 

「胸騒ぎを感じる……」

「どういうことだ千葉?」

「竹林から殺気を感じるんだ、なにか大事なモノを壊しそうって感じるくらいに……」

 

千葉達の会話が聞こえてきたが、俺には全くそんな気配を感じさせない。

千葉の気のせいじゃないのか?

 

『僕のやりたいことを聞いてください』

 

竹林のスピーチが始まった。

 

『僕のいたE組は弱い人たちの集まりで本校舎の皆さんから差別待遇を受けています』

 

それは始業式で聞いた言葉、たぶん理事長の考えを言わされているんだろう。

だが違うことが1つ、竹林の表情だけは始業式よりも明るい。

 

『でも僕はそんなE組がメイド喫茶の次ぐらいに心地良いです』

 

その言葉で竹林に一部は笑みを大半は驚いた表情をしていた。

 

『僕はウソをついていました。強くなりたくて……認められたくて。でも役立たずで裏切った僕を何度も様子を見に来てくれる級友や色々な工夫を凝らして教えてくれる先生、家族や皆さんが認めなかった僕を……そんな僕をどこに行っても仲間だと言って応援し、同じ目線で接してくれた友人達がいました』

 

……? 一瞬竹林と目線があったような?

 

『世間が認める明確な強者を目指す皆さんは正しいと思いますし尊敬もしています。でも僕はしばらくは弱者でいい。弱いことに耐え、弱いことを楽しみ、強者の首を狙う生活に戻ろうと思います』

 

竹林のスピーチで慌てて教師や理事長の息子が出てきたが竹林は何かを見せると全員の動きが止まる。

アレはなんなんだ?

 

『理事長室からくすねてきました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾らしいです。理事長は全てにおいて合理的で強い人だ』

 

そう言って竹林は懐から暗殺バドミントンで使うナイフを出している。

まさか竹林のヤツ……

 

――――ガシャン

 

俺の、いや全員の予想通り竹林はそのナイフで表彰用の盾を一振りで粉々に砕いた。

 

『過去同じことをした生徒がいるらしく、その人物はE組に行ったらしいです。その前例から合理的に考えて僕もE組行きですね』

 

そう言った竹林の顔はどこか吹っ切れたような顔だった。

 

 

 

 

あの集会があった日の翌日、烏間先生が校庭にE組全員を呼んだ為集まると分厚い本を持って待っている。

 

「全員集まったな。集まってもらったのは2学期から新しい要素を暗殺に組み込む技術についての説明のためだ。その一つの技術が火薬だ」

 

爆弾などを使えば確かに今まで以上に暗殺の幅が広がるな。

 

「ただ、寺坂君達がやったような危険な使用は厳禁だ」

 

そう烏間先生が言うと寺坂達と渚が何とも言えない顔を浮かべていた。

危険な使用って、コイツら火薬をどう使ったんだよ……

 

「その為にも火薬の取り扱いを1人には完璧に覚えてもらう。俺の許可と遠山君ともう一人のどちらかが監督しているのが火薬を使う時の条件だ。誰か覚えてくれる者はいるか」

 

周りは火薬の取り扱いに関しての本の分厚さに腰が引き気味だった。

俺の時はあの量のを1週間で覚えろって言われて、できない生徒は体罰が待ってたんだよな。

過去の出来事を思い返していると、1人の生徒が烏間先生の前に出てきた。

 

「勉強の役に立ちそうにないですが、これもどこかで役に立つかも知れませんね」

「竹林、暗記できるか?」

「ああ()()()。二期OPの替え歌ですぐにでも覚えられる」

 

本校舎組に少し遅れてだが、本当の意味でE組の2学期が始まった。

 

 

 

 

 

火薬の監督が決まり教室に戻ろうとすると凛香だけ上の空で座ったままだった。

 

「凛香、ボーっとしてどうしたんだ?」

 

そう聞くと凛香は顔を真っ青にして若干涙目になりながら、

 

「親が明日、三者面談に来るって。母さんにココの秘密、隠しきれる気しない……」

 

……マジ?




次回オリジナル回挟みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44弾 懇談の時間

申し訳ありません、リアルが色々と多忙になってしまい投稿までかなり時間がかかってしまいました。
今回は6割凛香、4割キンジ視点で物語が進みます。


~凛香side~

「本日の体育は以上だが、これは初心者のうちに高等技術に手を出せば死にかねないものだ! 基本の受け身をしっかり身につけるように!」

 

気づけば体育が終わっていた。

皆は先ほどまで教えてもらっていた、極めればビルからビルへ忍者のごとく踏破できる、道なき道で行動できるフリーランニングで盛り上がっている。

私もいつも通りなら皆と同様に盛り上がっていただろう。

 

「速水君、もうすぐ君の親が着く時間だ。着替えたら教員室で待機していてくれ」

 

コレさえなければ。

母親に武偵高に進学する事を伝えたら、反対してきたあげく突然三者懇談するって……

この後の事を考えて、ため息をついてると茅野が心配そうにこちらに近付いてきた。

 

「速水さん、そんなに三者面談嫌なの?」

「あんな化け物じゃなければ、このまま回れ右して今すぐ帰りたいぐらいにはイヤ」

「化け物って……」

 

茅野は苦笑を浮かべているが、アレだけはどう頑張っても人間が勝てる気しないからそう表現するしかないのだ。

 

「キンジにも聞いてみたら? たぶん同じ事言うと思うから」

「そんなに速水さんの親って強いの?」

「凛香の母親が元公安4課でその実力から0課もできることなら相手にしたくないって言われていたらしいぞ」

 

この発言で他の人たち、特に0課について聞いたことのある矢田や岡野は特に驚いていた。

 

「0課もって……遠山君、0課は国内最強の公務員って前に言ってたよね?」

「ああ、矢田。それだけ凛香の母親が別格なんだよ」

 

キンジも昔怒られた時を思い出したんだろう、徐々に顔色が悪くなっている。

 

「ねえキンジ君、公安4課は何をするところなの?」

「俺も4課がやっていることは知らないんだ、凛香は知っているか?」

 

純粋に疑問に思ったんだろう潮田が聞いてきたが、キンジも知らないらしい。

 

「私も分からないけど、昔親が酔っている時に『妖怪や吸血鬼と闘ったことあるんだぞ。スゴイだろー』って言ってたような……」

『……』

 

あの時私は酔っ払いの戯言程度に聞き流していた為、皆も同じ反応をすると思ったがどうも違った。

 

「……キンジ君、妖怪って実在するの?」

「いや俺は見たことないけど、あの人ならあながちあり得る……」

「速水さんも既に人間やめかけてるし、親がそれでも納得できるかも」

「ホントに妖怪と戦ってるんだったら、もしかしたら有名な人物の子孫だったりして」

 

せめて私に聞こえないように言ってほしい。

しかも私も片岡達に逸般人認定されかけているし……

 

「不破、有名な人物の子孫はキンジだから」

「え? どういうこと速水さん?」

「凛香、余計な事「だからキンジのご先祖が遠山の金さんってことよ」クソ、遅かった!」

『え、え~~~⁉』

 

むしろ『この桜吹雪~』って決め台詞言っている時点で気づいてないほうがびっくりなんだけど。

なんだかんだ皆と雑談しているうちに懇談の時間が迫っていたため、烏間先生に言われた通り私は教員室で大人しく待機することにした。

 

「烏間先生、私が三者面談をするのは……」

「絶対にダメだ! 実の親に暗殺の事がバレたら黙ってるはずないだろ!」

「私が本当の担任なのに……」

 

教員室に入るとさっそく烏間先生に怒られる殺せんせーが視界に写った。

殺せんせー、お願いだから今日だけは大人しくしていてほしい。バレたらホントにヤバいから。

私からも殺せんせーに頼んでシクシクと泣きながらだったが大人しく殺せんせーは教員室から出てくれた。

 

「大丈夫だ、ヤツさえ来なければ無事に三者懇談はできる」

 

烏間先生はこう言うが、なぜだろういつも以上に不安に感じる。

 

コンコン

 

ノックが鳴った。とうとうあの人が来たんだろう。

 

「どうぞ」

「失礼するよ」

 

烏間先生の一言で教員室に入ってきたのは、長い茶髪をポニーテールで纏めた、長身でつり目ぎみの女性。母さんだった。

娘の私が言うのもアレだがおそらく美人の部類に入るであろう顔が入った途端、驚きの顔に変わる。

 

「なんで、烏間がここにいるんだい?」

「まさか、大岡さんですか⁉」

 

忘れていた烏間先生も公安0課だったんだ……

母さんと知り合っていてもおかしくないのになんで誰も気づかなかったんだろう。

 

「今は大岡じゃないよ、結婚して速水瑠美になった」

「そうでしたか……最後に会ったのは確か先輩の葬式の時でしたね」

バカ(金叉)の葬式以来か……」

 

母さんがバカって言うのはキンジの父さんの事だから、烏間先生ってキンジの父さんとも知り合いだったんだ。

 

「まあ元気でやっていて何よりだ、まさか烏間が()()をやっているなんて知らなかったけどねぇ」

 

さっきまでしんみりした雰囲気だったはずなのに、殺気混じりに言った母さんの一言で空気がガラリと変わった。

 

「……ちょっと心境の変化がありまして」

「ほー、葬式で『金叉先輩の意志を引き継げる人物になってみせます!』って遺影に向かって涙混じりに言っていたあの烏間がねぇ」

「…………」

 

烏間先生の視線が徐々に泳ぎ始めた。

てか母さんの言った事が、普段のクールな姿から全く想像できないんだけど。

 

「それでココでいったい何をしているんだい?」

「……いつ気づいたんですか?」

「凛香が3年になってすぐさ。突然、体運びが教えてもないのに諜報や暗殺者のそれになってたんだよ」

 

そんな前から気づいてたんですか、お母さん。

どんどん教員室の空気が重く圧迫されたものになってきてる。

できるなら今すぐここから逃げ出したいんだけど……

 

「アレも持ってきているから物理的に聞くこともできるけど、ちょっとネズミが多いみたいだねぇ」

 

そう言って母さんが一度も見ていなかった後ろの窓に近付く、まさか……

 

 

 

 

~キンジside~

 

『そうでしたか……最後に会ったのは確か先輩の葬式の時でしたね』

(あの時、烏間先生もいたのかよ……)

 

俺は関わりたくなかったのだが、読唇してくれと強制的に連れられクラスのほぼ全員が外から三者懇談の様子をうかがっている。

まさか、烏間先生と凛香の母さんが知り合いだったなんて……

 

「どうなんだキンジ、暗殺の事上手く隠せているか?」

「磯貝、凛香の母親と烏間先生が知り合いだ」

「おいおいマジかよ、マズくね?」

「前原落ち着け、知り合いだったとしてもまだバレたわけじゃない」

 

ざわざわとなりかけた皆を磯貝が落ち着かせ、その間に俺は出来るだけ気配を殺しつつ読唇を続ける。

 

『それでココでいったい何をしているんだい?』

 

三者懇談の目的はやはりそっちだった(暗殺の事)か。

 

「マズイ、暗殺の事に気づいている!」

 

読唇術で得た情報を後ろにいた皆に振り返って伝えると、皆からの反応はほぼなかった。

? さっきみたいに慌てると思ったが反応がおかしい。

目線も俺より上に行ってるし……奥田なんかは何かに怯えるように震えている。

嫌な予感を感じつつ、おそるおそる皆の目線を追うと

 

「キンジ~、かれこれ3年ぶりじゃないか」

「る、瑠美さん……オヒサシブリデス」

 

いつの間にか窓から顔を出していた、凛香の母さん、瑠美さんと目がばっちりあってしまった。

 

「それでなんで凛香より年上のアンタがここの生徒やってんだい?」

「あー、それはですね……留年?」

「…………キンジ。アンタはいつかやるとは思ったけど、まさか中学すら卒業できないなんて…… 留年ぐらいでくじけずに頑張りなよ」

「瑠美さん、違うから! マジで受け止めないでくれ!」

 

アンタ、俺の事そんな風に思ってたのかよ。想像以上にショックなんだが……

 

「アハハ、冗談だって。アンタが武偵高に進学していることぐらい染みついたその匂いで分かるさ」

 

そう言うと瑠美さんは片手で俺の襟を掴むとブンと教員室に投げるように引き込まれた。

何とか受け身を取って、すぐに起き上がれたがそこから先は動けない。

瑠美さんから発せられたプレッシャーに押しつぶされたからだ。

 

「烏間、キンジ。アタシは気が短い方なんでねぇ、そろそろあんたらがココに来た本当の理由を吐いてもらおうか」




次回でご先祖を公開、なるべく早い投稿頑張ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45弾 憧れの時間

今回キンジの出番ほぼないです。






3/3先祖の役職上、一部の設定を変更しました。


「烏間、キンジ。アタシは気が短い方なんでねぇ、そろそろあんたらがココに来た本当の理由を吐いてもらおうか」

「「「……」」」

 

教員室に引き込まれた俺と元々いた凛香は、凛香の母親である瑠美さんのプレッシャーに身動き1つ取れなかった。烏間先生も俺達ほど圧倒されてはいないがうっすらと冷汗が出ているのが見える。

どうする、このままじゃマジで瑠美さんが暴れはじめるぞ……

 

「では私から説明いたします。速水さんのお母さん」

 

誰も動けない中、扉の外から声が響く。

全員がその声のする方向を向くと扉が開き、変装をしていない殺せんせーが堂々と教員室に入って来た。

 

「おい! ターゲット、お前は入って来るなって……」

「この人相手にはどう頑張っても隠しきれない事は烏間先生、アナタが一番分かっているのでしょう?」

「ッ‼」

 

烏間先生も分かっていたんだろう、それ以上は何も言わなかった。

ここでようやく瑠美さんは殺気にも似たプレッシャーを引っ込め、いつものニヤニヤとした顔になっていた。

 

「アンタがホントの担任だね?」

「ええ、生徒には『殺せんせー』と呼ばれています。私の姿に驚かないのですね」

「元々やってた仕事で、アンタみたいな人ならざる者とよく遊んでたんだよ。それぐらい(姿かたち)で驚かないさ」

 

さっき凛香が言ってた、瑠美さんが妖怪と戦ったことがあるって話ホントみたいだな……

 

「そうでしたか、ではさっそくですが私の事から説明します。まず月が爆発した事件は御存じですよね?」

 

そこからは殺せんせーは月が爆発したのは自分がやったからだと、暗殺される条件としてここで教師をしていること、その為に生徒は烏間先生に指導してもらい、俺も依頼でここに潜入捜査として来ていることを30分近くかけて詳しく話した。

その間、瑠美さんは一言も発することなく殺せんせーが全て話終わったところで

 

「烏間やキンジがいた理由には納得したよ。……ハァ、アタシもとことん運がないねぇ。ここなら安全だって思って椚ヶ丘に引っ越したのに」

「すいません、大岡さん」

「だから今は速水だって言ってんだろ、烏間」

 

ため息をつく瑠美さんに烏間先生が謝っているが……

ちょっと待て、今烏間先生は瑠美さんの事『大岡』って言ってなかったか?

 

「瑠美さん、まさか」

「ん? なんだい知らなかったのかい? 凛香の母方の家系は南町奉行所の大岡だよ」

 

おいおい南町奉行所の大岡って言ったら……

 

「キンジ、母さんの家系知ってるの?」

「凛香、なんでお前が知らねえんだよ! 大岡家って言ったら武装検事で有名な一族でかなりの資産家だぞ!」

「え⁉」

 

俺の説明に驚いた凛香は勢いよく立ち上がり

 

「母さん、それ初めて聞いたんだけど」

「だって聞かれなかったしねぇ。聞かれなければわざわざ教える必要ないって、キンジも思うだろ?」

「瑠美さん、俺に振らないでくれ」

「……キンジも母さんと同じ事言うつもり?」

 

凛香も睨むな、俺はまだ何も言ってないだろ。

 

「速水さん、話が進みませんので一度座ってください」

 

俺が凛香に睨まれていると、いつにもまして真面目な殺せんせーが凛香を座らせた。

 

「お母さん、私は絶対にお子さんに危害は加えません。どうかこのまま速水さんをE組に残らせてもらえないでしょうか」

「ああ、かまわないよ」

「そうですよね。やはり、今世紀最大の土下座をやるしか……ってニュヤ⁉ 良いんですか⁉」

「ああ、アンタは危害を加えないし烏間が監督しているんだろう。ならいいさ」

 

てっきり止めてくると思ってたばかりに声には出してなかったが烏間先生は珍しく驚いた顔をしていた。

 

「待って母さん、ここはよくてなんで武偵高はダメなの」

「武偵高だけはダメだ。アンタは武偵みたいな殺伐とした世界に行く必要はない」

「母さんだって元々公安でしょ」

「それと凛香を武偵高に行かせる理由は関係ないねぇ」

 

2人の口論はどんどんヒートアップしていき、止めるべきかと思ったところで殺せんせーが先に動いた。

 

「2人とも落ち着いてください、速水さん武偵高に行きたい理由を教えていただけませんか?」

「……私には元々将来何がしたいかなんてなかった。けどキンジが来てから、武偵として正義の味方として戦うキンジの姿がとてもカッコよくて憧れを抱けたの。私もそんな人物になりたいって、武偵になって誰かを助ける人になりたいって」

 

目の前でこうもハッキリと言われると恥ずかしくなって顔が熱い。

だが凛香の気持ちも分かる、俺も父さんや兄さんの姿に憧れて武偵を目指したのだから。

ただ、まさか俺を見て凛香がそんな風に思ってくれたとはな。

 

「速水さん、アナタが目指そうとしているのは恐らく数ある選択肢の中でも困難に位置する道です。誰かを助ける道なら警察なども手はありますよ」

「私が憧れたのは武偵で警察ではありません。それに憧れたモノならどれだけ困難でも乗り越えてみせます」

 

殺せんせーの言葉にハッキリと答えた凛香の声が教員室に響く。

 

「お母さん、娘さんはこれほど強い意志を持って武偵を志しています。どうか見守ってあげてくれませんか?」

「やっぱり、凛香にも私と同じ正義の味方の血が流れていたってことかい」

 

瑠美さんは笑みを浮かべつつ、何かをこらえるように言葉を吐き続ける。

 

「……凛香には普通の生活を送ってほしかったんだけどねぇ。元々の職場でも旦那や凛香に危険にあってほしくなかったから結婚した事や凛香を産んだ事を伏せてまで働いた。まあ結局バカ(金叉)のとこにはバレて、アイツが死んだ後も世話になったんだけどね」

 

瑠美さんがバカって言っていた人物は父さんだけだ。

もしかして、よく凛香が遊びに来ていたのって父さんにバレたのが理由だったのか?

 

「凛香の気持ちは分かったよ。けどね、武偵高に行くのを認めるのに1つ条件がある」

「母さん、条件って?」

「簡単な事さ、心は見せてもらったからね、あとはアンタが武偵高でもやっていける技や体を持っているかアタシ直々に見極めてやるよ」

 

マジで言ってんのかよ瑠美さん、中学生相手に元公安が大人げないんじゃないか?

この瑠美さんの発言に誰よりも驚き、慌てたのは烏間先生だった。

 

「速水さん、あなたに暴れられたらここが壊れてしまいます!」

「加減はするさ烏間、使う武器もエアガンとゴムみたいなナイフがあるんだろう? それを使う。ルールはそうだねぇ、私にどんな手を使ってもいいから一撃入れてみな」

 

待ってくれ、今校舎が壊れるって言ったよな、そんな人相手に凛香1人で大丈夫なのか?

そう考えていると、瑠美さんは思い出してかのように俺を指さし、

 

「ああそうだ。凛香1人でもいいんだがキンジ、アンタもコレに参加しな」

「ちょっ、瑠美さん。なんで唐突に俺まで参加なんだ⁉」

「私の凛香を誑かした罰さ。それにアンタも金一やバカを目標にしてんだろう、なら私ぐらい超えないと話になんないよ」

 

瑠美さんレベルになると『ぐらい』で済むレベルじゃないだが……

ふと黙っている凛香を見ると今すぐにでもやってやると言わんばかりにやる気に満ちた目をしていて。

さっき凛香は俺の姿を見て武偵を志したと言っていたな、なら俺もそんなヤツの前でカッコ悪い事は言ってられないか。

 

「わかった。俺も参加する」

「キンジ……」

「俺達はパートナーなんだろ。ならこの壁も2人で乗り越えるぞ」

「うん!」

 

俺と凛香は瑠美さんと共に外に出て正面に対峙する。

殺せんせーや烏間先生、たぶん外から聞いていたのだろう皆も校舎近くから見守っているのが見えた。

 

「凛香、始める前に言っておく。これから武偵なるなら戦いに身を置くことになる。なら、大岡の本家に女が産まれていない以上アンタがこれを引き継ぐことになるんだよ」

 

そう言った瑠美さんが2つの長さが微妙に違う短刀を掲げた。

 

「大岡家は平安の時代から代々男が権力を女が力を引き継ぐ決まりになっててねぇ。力を引き継ぐとあるモノが渡されるんだがその証がこの宝刀さ。そして宝刀を引き継いだ者は最初の持ち主にあやかってこう呼ばれる」

 

そう言うと瑠美さんは2つのうち長い方の短刀を抜き、透き通る声で言葉を連ねていく。

 

「草子 枕を紐解けば、音に聞こえし『大通連』。いらかの如く八雲立ち、群がる悪鬼を雀刺し」

 

すると先ほどまで青空だった空がみるみるうちに灰色の雲に包まれ、風も吹き始めた。

それと同時に瑠美さんの雰囲気が変わる。父さんと……かつて『静かなる鬼』と呼ばれた遠山金叉と同じ人を超えた、鬼を彷彿させる程の殺気を纏うモノに。

 

「その名は『立烏帽子』。憧れに近付きたいなら全力で来な凛香、キンジ。今回は母親としての速水瑠美じゃなくて、立烏帽子としての大岡瑠美として相手してやるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46弾 凛香の時間

一部文章の変更をしました(6/2)


『立烏帽子』瑠美さんは確かにそう言った。殺せんせーの授業でチラッと出たがその名が示す人物は一人しかいない、そう『()鹿()()()』しか。

天女や鬼、盗賊と所説あるが共通しているのは坂上田村麻呂と2人で数多の鬼を退治した3本の妖刀を使う神通力使いだ。

 

「なあ凛香、俺のご先祖様よりよっぽどそっちのほうが人外じゃないか?」

「……言わないで、大岡家と親戚だけでも十分なのに……頭痛くなってくる」

 

凛香と軽口を言いながらも、対峙する瑠美さんから視線をそらさない。

かつて0課すら相手にしたくないと言われていただけあって、瑠美さんには隙が全く無かった。

それに加え、

 

(エアガンがこんなに軽いなんてな)

 

今の俺の装備はいつもと違い、エアガンに対殺せんせーナイフのみ。

いつも感じられる重みがないだけでこうも不安に感じてしまうものなのか……

横にいる凛香も隙を探しつつ、レッグホルスターに入れている2丁のエアガンに手を添えている。

 

「なんだいアンタら、手を出さないと始まりさえしないよ。最初は譲ってやるからかかってきな」

「「ッ‼」」

――――パパパパンッ!

 

無造作に歩き出した瑠美さんに反応し、俺達は手持ちのエアガンの引き金を引いた。

2人だけの為決して濃いとは言えないが弾幕が瑠美さんに迫る、しかし瑠美さんは避けるそぶりが一切なかった。

 

ビュオオーー

 

しかし、瑠美さんに当たる直前に強風が向かい風で吹いて全ての弾が瑠美さんに当たるどころか、あらぬ方向に飛んでいく。

 

「しまった、エアガンだから風はマズかったねぇ」

 

瑠美さんが頭をかきながらボヤいたが、その口ぶりではまるで風を操ったと言っているみたいだ。

 

「瑠美さん、今何をした?」

「キンジ見て分からないかい?」

 

やはり信じたくはないが、瑠美さんは白雪と同じで超能力を使うみたいだな。

 

「……それが大通連の力なのね」

「凛香どういうことだ?」

「殺せんせーの授業でチラッと言ってたでしょ。『黄金の太刀、大通連は数多のモノに変化させ竜巻になったり、豪雨をおこした』って。そこからの推測だけど、たぶん大通連は天候を操るんだと思う。そうでしょ母さん?」

「ほー、立烏帽子なんてマイナーな人物は知らないと思ったんだけどねぇ。その通りさ、大通連は天候を操る。そして代々の立烏帽子は神通力を使って操った天候をこう使うのさ」

 

正解だと言った瑠美さんは、今度は大通連を刀の腹の部分を見せるように横倒しにして頭上に構える。

すると、フワッ――と刀身を中心に風が集まっていく。

風と共に砂利や木の葉も一緒に纏わせ、大通連がまるで柄の先に刀身の代わりに小さな台風をつけたような姿になっていた。

 

「さあ、どうすんだい?」

「良いのか瑠美さん、そんなに自分の能力をベラベラ喋って?」

「ここは学校だろ? なら、これはアタシなりの授業兼試験さ。存分に学びな」

 

ニヤッと笑う瑠美さんと喋る事によって時間稼ぎをするがどうする。

エアガンはあの風じゃ意味がない、かと言って近接をしようものなら大通連の餌食だ。

 

「っと、このままじゃ遊べないねぇ」

 

そう言うと瑠美さんは纏わせていた風をやめたのだろう、刀に纏わせた風が徐々にだが弱まっていく。

 

「なんでやめたんだ、瑠美さん?」

「これは殺し合いじゃないからね、それにまず()()()()があるからさ」

「やること?」

「ああ、これだよ!」

 

そういうと、瑠美さんはかすかに刀身に残ってた風と共にブンッ――と横なぎに短刀を払う。

その風は見た目以上に強く俺と凛香は後方に吹き飛ぶ。

 

「うおっ!」「きゃあ!」

 

横からも突風が吹き、吹き飛んでいる途中で凛香ともつれるようにぶつかって、そのまま5、6mほど転がった。

このままでは追撃をくらうと慌てて起きようとするも身動きが取れない。

なぜなら俺の上にちょうどよく凛香が乗っているからだ、しかも運悪く俺の胸あたりを両足で挟み、俺の頭あたりに凛香の胸がくる位置で。

 

「凛香、はやくどいてくれ!」

「つぅ……あんな強風だったなんて」

 

俺の声に反応した凛香が起き上がろうとすると、

 

「そら、どんどん行くよ!」

――――バガァァァァァァン!

「ッ⁉」

 

短刀から発したと思えない音と共に、何かが飛んできて俺達はさらに後方に飛ばされる。

さっきと違うのは上に乗っていた凛香が俺の頭を胸に抱きしめるように抱えたことだ。

 

――フニュン

抱きしめられているため、凛香のジャスミンのような匂いと共に凛香の胸の感触が地面にぶつかる度に顔に伝わってくる。

……ああ、これはアウトだ。

 

――――ドクンッ‼

 

血流が体の中央に集まってくる。

まさか、瑠美さんも知っていたとはね。

その証拠に先ほどの瑠美さんが短刀から繰り出した衝撃波はもうやってこない。

 

「やっと準備運動は終わりかい?」

 

俺達が起き上がると同時に瑠美さんがそう言う。

瑠美さんがヒステリアモードについて知っていたのは確定だね。

 

「ええ、お待たせしました。ここからは本気で行かせてもらいますね」

「アンタが敬語って、なんかむずがゆいねぇ」

 

そう言う瑠美さんだが、先ほど以上に警戒していることがわかる。

瑠美さんに仕掛けるまえに、故意ではないとはいえ凛香にも一言謝らないとな。

 

「凛香」

「キンジ、謝らくていい。母さんが原因なのはわかってるから。今のキンジなら一人のほうが戦えることは分かってる、けどお願い私に合わせて」

 

凛香はそう言うが、その答えなんて最初から決まっている。

 

「当たり前だろ凛香。凛香と俺はパートナーだろ?」

「キンジ……ありがとう。私に考えがあるから、キンジ牽制をお願いできる?」

「ああ、まかせろ」

 

そう言うと凛香はエアガンをレッグホルスターに収め、対殺せんせーナイフを構える。

 

「作戦会議は終わったかい? なら、楽しい戦いの再開といこうじゃないか!」

 

その言葉を皮切りに、凛香は駆け出し俺は牽制の為エアガンによる『不可視の銃弾』を何発も撃つ。

 

――ブン!

 

瑠美さん目がけて飛んでいく複数の対殺せんせー弾は瑠美さんの一振りで全て違う方向に飛ばされていく。

だがそれは計算済みだ。

 

――――『銃弾撃ち(ビリヤード)』!

 

あらぬ方向に飛んでいく対殺せんせー弾に向けて撃ち、再度瑠美さんに向け飛ばす。

 

――ブン!――パパパパンッ!

 

瑠美さんが弾を飛ばし、俺が弾き返す。それを繰り返し徐々に弾幕は濃くなり凛香も9m、7mと徐々に瑠美さんに迫っていく。

 

「ああもう! うっとしいねぇ!」

 

瑠美さんが濃くなった弾幕を上に飛ばすと、目前に迫った凛香が攻撃を仕掛けた。

 

「今!」

「甘いよ!」

 

瑠美さんの回し蹴りが先に決まり、攻撃を仕掛けようとした凛香は後方の俺の所まで吹き飛ばされる。

 

「凛香!」

 

吹き飛んできた凛香を慌てて受け止めると凛香はナイフの代わりにあるモノを手にしていた。

 

「凛香……アンタそんな技も持ってたのかい?」

「まあね、無駄に遠山家に通ってなかったてことよ」

 

そう言う凛香が持っていたのは短刀、瑠美さんが戦う前に見せたわずかに短い方の短刀だった。

そして遠山家で相手に持ち物を奪う技といえば、『ヰ筒取り(いつつどり)』しかない。

遠山家の奥義である『秋水』を教えてもらっているのだから、他の技も習っているとは思ったが……いったいじいちゃん、ばあちゃんは凛香にどんだけ技を教えたのだろうか……

 

「母さん、私の予想通りならこの勝負恐らくこの宝刀が勝負の決め手になると思う」

 

そう言うと凛香は手にした宝刀を抜く。

 

「これなるは菩薩が鍛えし『小通連』。抜かば智慧は文殊が如く」

 

凛香は初めて触ったはずなのに、それが何か知っていたかのように言葉を紡いでいく。

 

「我、新たな立烏帽子が宣言する。盟友との契りにしたがい現れし鬼を、神を切り伏せん」

 

凛香の言葉が終わると秋に吹く風とは思えない、まるで新しい立烏帽子を祝福しているような暖かな風が吹いた。

 

「……キンジ合わせて。母さん、行くよ!」

「ククッ、まさかアイツに認められるなんてね。来なキンジ、凛香!」

 

少し雰囲気が変わった凛香と共に瑠美さんに迫り近接戦を仕掛ける。

 

――――キンッ!

 

凛香と瑠美さんの短刀がつばぜり合いになる。

 

――――ドゴンッ!

 

瑠美さんの蹴りを俺が防ぐ。

 

「キンジ、ナイフ!」

 

凛香の声と共に握っていたナイフを空中に放る。

 

「ふっ!」

 

それを逆手に掴んだ凛香はそのまま瑠美さんに切りかかるが、

 

「これぐらいで殺れると思うな!」

 

カウンター気味に短刀を振るう。

マズイ、瑠美さんのほうがリーチが長い分このままでは凛香より先に当たってしまう!

俺が割り込もうとしたが凛香の目が俺と合う。

 

『私を信じて』

 

その目はそう語っていた。

凛香を信じ俺は割り込むのをやめて、凛香の攻撃に合わせるように動く。

短刀が迫るが凛香は来ることが分かっていたかのように短刀の下をくぐって避ける。

そう、まるでヒステリアモード時の俺のようにスーパースローの世界の中で目で見てから動いたかのように。

そのまま短刀を避けた凛香のナイフが瑠美さんの首筋を、俺の拳が顎をそれぞれ捉え直前で止める。

 

「「チェックメイト」」

「……合格だ、凛香の武偵高進学は認めるよ」

 

ウオオオォォォー!

 

そう瑠美さんが言うと、見守っていた皆の歓声が響く。

 

「すげぇ、なんだよさっきの! 最後なんて殺せんせーと烏間先生以外見えてなかったぞ」

「超能力とか刀って、まるでジャ〇プの中にいるみたいだったわ……」

 

前原や不破を皮切りにさっきの瑠美さんとの攻防を皆が興奮気味に話している。

 

「キンジ君!」

 

終わった実感が感じられずそれらの様子を見ていると、有希子がこちらに駆け出し抱き着いてきた。

 

「有希子⁉」

「ケガはしてない?」

「ああ、大丈夫だ。なんともないよ」

「良かった、見ていてハラハラしたんだよ」

「スマン」

 

抱き着いてきた有希子と話していると横から不穏な空気を感じる。

 

「キンジ……神崎といい加減離れて!」

 

凛香のパンチを有希子と離れることによってなんとか避けたが今度は凛香がこちらにドサッと倒れてきた。

 

「「凛香(速水さん)!」」

「……」

 

受け止めて様子を確認すると、どうやら凛香は気を失っている様だった。

 

「やっぱり、倒れたみたいだねぇ」

「瑠美さん、凛香が倒れた原因が分かるんですか?」

「簡単な事さ、小通連を使ったからさ」

 

小通連の使い過ぎ?

いったいどういうことだ?

俺の疑問に答えたのは瑠美さんではなく、意外にも律だった。

 

「キンジさん、たぶんですが凛香さんは脳の使い過ぎなのだと思います」

「脳?」

「はい、先ほどの動きはキンジさんに酷似したものでした。加えて凛香さんが小通連を抜いた直後に言った言葉『抜かば智慧は文殊が如く』、この言葉から考えると小通連は脳のリミッターを意図的に外し処理能力を上げていると思われます」

 

ヒステリアモードと酷似しているな。

脳は極限状態になると使用率があがる。世界がスローモーションになったり、火事場のバカ力がそれにあたるのだがまさか刀を持つだけでその状態になるなんてな……

 

「まさか小通連の能力までバレるとはねぇ。なかなか面白い子達がいるもんだ」

 

そう笑いながら言う瑠美さん曰く、凛香は一晩寝れば大丈夫と言うことでひとまず俺は安堵のため息をつくことが出来た。

 

「キンジ、このあと私は用事がある。凛香を一晩アンタの家に泊めてやってくれ」

「はぁ⁉ ちょっと瑠美さん!」

 

まるで拒否権がないように小通連を回収した瑠美さんは、俺の言葉を無視して烏間先生の所に行ってしまった。

 

「烏間、今日は飲むぞ! 今すぐ獅堂とセアラも呼んできな!」

「速水さん、俺はまだ仕事が」

「仕事なんて明日にまわせるだろう、いいから行くよ!」

「速水さんのお母さん、私も行って良いですか?」

「なんだい殺せんせー、アンタもいけるクチかい? 酒は大勢で呑む方が楽しいってもんさ、いい店知ってるから一緒に行くよ」

「いい店ですか?」

「ああ、おかみさんが別嬪な店だよ」

 

そんな会話を殺せんせーとしつつ、烏間先生を引きずりながら瑠美さんは山を下りてった。

用事って呑みかよ! それなら、行く前に凛香を自宅に連れてってくれ……

凛香を抱えたまま横を見ると、有希子と律は背筋が凍るほどの笑顔を浮かべ

 

「私も今日泊まってもいいよねキンジ君?」

「キンジさん、今日はしっかり監視させてもらいます」

 

俺にとっての安息の時間はいつ訪れるんだよ……




次回からはしばらく原作の話が続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47弾 泥棒の時間

瑠美さんの訪問から2週間ほど過ぎたが、アレからは特に変わりのないいつもの生活を送っていた。

まあ、連休中に茅野の主導による巨大プリンによる爆殺計画などもあったんだが失敗に終わっている。

今日はその爆殺計画があった連休明けだ。

いつも通り先に凛香と合流し一緒に登校するが、今までと違い凛香の背中には細長いものが装備されているのが服越しから分かる。

 

「なあ、凛香」

「何?」

「やっぱり、アレ持ち歩いてるのか?」

「当たり前じゃない」

 

あの三者懇談以降、凛香はどんな時でも小通連を携帯するようになったのだ。

以前にその理由を聞いたが、小通連は今の凛香だと使用時間は3分が限界だが使えば使うほどその時間が伸びるらしい。

その為、使用時間が少しでも伸ばすために瑠美さんから短刀を渡されたと言っていた。

秋水だけでもヤバいのに、ヒステリアモードみたいになれる小通連も合わさってそろそろ命の危機を感じてくる。

……万が一の為に遺書用意しとくか。

 

そんな頼もしくも恐ろしい幼馴染の成長などがあったが残りの2学期は平和にすごせることを祈りたい。

途中で有希子とも合流した俺達は、真っすぐE組の旧校舎へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

「皆さん、おはようございます」

「……今度は何すんだ、殺せんせー?」

 

教室に入ると、そこにはアメリカの警官のような恰好をした殺せんせーが教壇に立っていた。

嫌な予感しかしないが、またくだらないことでも考えてるんだろう。

 

「ヌルフフフ、説明は全員集まってからです。チャイムがなりますのでキンジ君達も席についてください」

 

――――キーンコーンカーンコーン

 

大人しく席に座るとちょうどよくチャイムが鳴り、

 

「どこもジャ〇プが売り切れてて探しちゃったよ」

「遅刻ですねぇ、逮捕します」

 

――カシャン

 

「へ?」

 

 

遅れてきた不破に手錠を殺せんせーがかけるが、アレどうみても俺達武偵も使う本物の手錠だな。

普段金欠なくせに、殺せんせーのヤツどこで調達したんだ?

 

「殺せんせー、不破も来たんだしそろそろその恰好の説明してくれよ」

「いいでしょう木村君、皆さん最近フリーランニングをやってましたよね?」

 

 

確かに2学期に入ってからフリーランニングの練習をやっている、今では全員山を駆けまわれるほどには上達した。

 

「先生、それを見て面白い遊びを思いついたんです」

「どーせ、碌なことじゃ……」

 

寺坂がけだるげそうに言っている途中で殺せんせーの早業によって泥棒みたいに唐草模様の手ぬぐいでほっかむりをしていた。

てか、寺坂のヤツ想像以上に似合ってんな。

 

「ケイドロです!裏山を全部使った3D鬼ごっこをやりましょう!」

「懐かしいな。確か俺達はタンテイって呼び方だったよな、凛香?」

「そうね、神崎はどう呼んでたの?」

「私はドロケイだったよ」

 

俺達の会話から、ケイドロの呼び方について盛り上がる。

ドロジュンやら助け鬼やらこの遊び色々と呼び名があるんだな。

 

「名前で盛り上がるのも良いですが、そろそろルールを説明しますよ。皆さんには泥棒役をしてもらい、フリーランニングなどの技術を使って裏山を逃げて潜んでください」

「警官役は誰がするんですか?」

「それは先生自身と烏間先生です」

「何⁉」

 

渚の質問に殺せんせーが答えるが、烏間先生の反応からして何も聞かされてないみたいだ。

 

「1時間目以内に皆さん全員を逮捕できなかった場合、先生が烏間先生のサイフで全員分のケーキを買います。ただし全員捕まったら宿題2倍です」

「ちょっと待て! 殺せんせーからそんな長時間逃げ切れるわけないだろ!」

 

待て、マッハ20から1時間も逃げ切れるわけないだろ!

どう考えても宿題2倍が確定されたルールに全員がブーイングを飛ばす。

 

「その点は考えてます。先生はラスト1分まで牢屋スペースで待機し、それまでは烏間先生のみ皆さんを追います」

 

それなら、なんとかなるか?

皆もそれならとやる気を出し、1時間目はケイドロをやることが決まった。

 

「そろそろ手錠外してほしいんだけど、もしかして私の事忘れてない?」

『あ……』

 

スマン、不破。お前の事すっかり忘れてた。

 

 

 

 

 

無事に不破の手錠も外され、一同は裏山に移動しケイドロが始まる。

俺、凛香、有希子、不破、岡島、千葉で裏山の奥へと進んでいく。

 

「つってもなあ、警官役は2人だろ? しかもほぼ烏間先生一人だけ、楽勝じゃねーか?」

「殺せんせーが動くまでに全員残って上手に隠れられているのがベストね」

 

不破や岡島は悠長にそんな事を言っているが、その考えはマズイ。

 

「岡島。早く隠れないとマズイぞ」

「なんだよキンジ、大げさだなぁ」

「キンジ君、ここから牢屋までかなり時間があるよ? そこまで急がなくても……」

 

有希子の言葉はそこで終わる、なぜなら

 

「遠山君、速水さん、神崎さん、岡島君、不破さん、千葉君逮捕だ」

 

烏間先生に逮捕されたからだ。

 

「ウソだろ……まだ烏間先生が動き始めて3分もたってないぜ」

「速すぎ……」

 

凛香や千葉も驚くが、まさかここまでとは俺も思わなかった。

つか、烏間先生本気出しすぎじゃないですか?

 

 

俺達は大人しく牢屋に向かったが、その間にも菅谷やビッチ先生が烏間先生によって捕まる。

 

「捕まった皆さんは刑務作業をしてください」

 

牢屋スペースに待機してた殺せんせーから渡されたのはドリルだった。

 

「なあ、殺せんせー」

「なんですか?」

「なんで俺だけ他のヤツと渡されたドリルの内容違うんだよ!」

 

どう見ても俺に渡されたドリルだけレベルが高いのだ。

 

「武偵3倍刑ですので」

「武偵3倍刑?」

 

不破なんかは聞いたことが無いようで首をかしげている。

 

「武偵は犯罪を犯したら通常より罪が重くなるんだ。例えば食い逃げしたら、その時払う金額も3倍ぐらいになる。けど殺せんせー、そこまでリアルにする必用ないだろ?」

「だまらっしゃい、囚人K! つべこべ言わず、刑務作業に没頭したまえ!」

 

クソッ! いつか猥褻教師として絶対に逮捕してやる!

しぶしぶドリルを進めていくが、難しすぎる1問も分からん。

 

「キンジ、キンジ! あれ見ろよ」

 

ドリル相手にウンウンうなっていると、横から岡島に呼ばれ何やら茂みを指さす。

その方向をよく見ると、どうやら助けに来たようで杉野や渚、カルマがそこに潜んでいるのが見えた。

 

「だが殺せんせーがいるだろ、無理じゃないか?」

「俺に考えがある」

 

真剣な顔をした岡島が殺せんせーに近付き、スッと写真の束を差し出した。

賄賂が通じたら、ドロケイの意味ないんじゃないのか?

 

「1回だけだぞ」

 

それでいいのか、殺せんせーよ。

賄賂を受けとった事により、俺達は脱出することが出来たが茂みに入る寸前に

 

「コレは独り言ですが、烏間先生は泥棒の足跡や植物の乱れなどの痕跡を追跡しているはずですよ」

 

そんな大きな独り言を殺せんせーは言った。

殺せんせーのヤツ、もしかして……

 

その後も泥棒が捕まっては殺せんせーはどんどん取り逃がしていき、計算上全員が一度は捕まったことになった。

 

「ここからが本番か」

「千葉も気づいてたか」

「キンジ、千葉どういうことだ?」

 

岡島が聞いてくる。

 

「アンタまだ分からないの?」

「全員一度捕まって、殺せんせーは脱獄の時に泥棒にアドバイス。これで分かるかな?」

 

凛香や有希子もどうやら気づいてたようで、岡島にヒントを与える。

 

「脱獄させたのは逃走のコツを教えるためか!」

「ああ、ここからはきっと脱獄させてくれないだろうな」

 

携帯で時間を確認する。あと15分くらいか……

そんなことをしていると電話が鳴る。

着信相手は……カルマか。

 

「どうしたんだ、カルマ?」

『キンジ君、良い作戦が思いついたんだ』

 

そう言って、カルマが作戦を説明しはじめたが確かに烏間先生の性格ならこの作戦で勝てるな。

 

「わかった、凛香を連れてすぐに合流する」

『お願いね~』

 

カルマの作戦を周りに説明した後、凛香と共に木村、前原、岡野、片岡と合流する。

 

「皆には痕跡を残してこちらに誘導してもらってるから、もうすぐ来るはずだ」

 

残り時間はあと5分。

待ち構えていると、烏間先生が茂みから出てきた。

 

「機動力が優れた6人か……」

「今の俺達の実力が知りたいんで勝負させてもらいますよ」

「私もコレを使います」

 

俺が代表して挑戦する旨を言うと、横の凛香も小通連を抜いた。

 

「良いだろう、左前方は崖は危ないから立ち入るな。そこ以外で勝負だ」

『はい!』

 

ニヤッと笑う烏間先生だがその笑顔を向けられる俺達は正直恐怖しか感じない。

俺達は立ち入り禁止と言われた箇所以外をばらけるように逃げる。

 

「遠山君、確保だ」

 

しかし、俺達が目的の場所に行くのに5ステップ必要な所を烏間先生は半分の3ステップで着いてしまう。

瞬く間に凛香以外が確保され、残った凛香も正面に回り込まれてしまった。

 

「速水さん、ここまでだ」

「烏間先生、触られなければいいんですよね?」

「フッ、面白い!」

 

――――バッ! バッ! バッ!

 

烏間先生の手の動きが速すぎて追えなくなり、振り抜く音だけが聞こえる。

凛香はそれを避けているのだろう、上下左右に体が動いているのが辛うじてわかるがもはやこれは組手じゃないのか?

 

「……片岡、これケイドロだよな?」

「たぶん……速水さん、どんどん遠山君に近付いて行ってるわね」

 

前原の問に片岡が答えるが、ひとつ聞きたい

 

「俺、いつもあんな動きしてるのか?」

「「「「アレよりスゴイ動きしてるから」」」」

 

アレよりスゴイって、マジかよ……

客観的にヒスった動きを見せつけられ、1人傷ついていると2人の動きが止まっていた。

 

「速水さん確保だ。君は正直すぎる、もっとフェイントを警戒しないといけないぞ」

「はい……」

 

時間を確認すると残り時間は後1分だ。

 

「烏間先生、俺達の勝ちですね」

「何? ヤツが動くのだから君たちの負けだろう?」

「へへ、それは間違いっすよ」

「だって、烏間先生は殺せんせーと一緒に空飛んだりしないでしょ?」

 

前原が自慢げに言って、続けて岡野が手段の確認をする。

 

「当たり前だ、そんなヒマがあれば刺している」

 

カルマの言う通りになったな。

 

「じゃあ、烏間先生。時間内にあそこまでいけませんね」

 

そう言いながら片岡は遠くにあるプールを指さした。

 

「ッ‼ まさか!」

 

そのまさかだ、今頃カルマたちはプールの底に潜っている。

水中だと殺せんせーでは手も足も出ない。

烏間先生がいたらダメだが、ここからの距離だ向かっている途中でタイムアップになる。

 

「タイムアップ! 全員逮捕ならず泥棒側の勝ち‼」

 

律によって制限時間の終わりを告げられ、俺達泥棒側の勝利が決まった。

報酬のケーキに皆が喜んでいると

 

「なんかフシギ~。息の合わない2人なのに、教えるときだけすっごい連携取れてるよね」

 

倉橋が教師2人を見ながらそう言った。

 

「当然です。目の前に生徒がいたら伸ばしたくなる。それが教師の本能ですから」

「立派な事を言っているが、今回殺せんせーがやったことって汚職ばっかだよな?」

「確かにキンジの言う通りだな、泥棒の方が向いてんじゃねーのか?」

「キンジ君、寺坂君! 聖職者が泥棒するはずないじゃないですか!」

 

こうして今日もいつも通りの楽しい3-Eの暗殺教室が幕を上げたのだった。

 

 




私の地域ではタンテイって呼んでましたが、ケイドロの呼び名のほうが親しまれているのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48弾 探偵の時間

いつもの2倍の量書いたはずなのに、進行ペースが1/2に……


「いらっしゃいませー」

 

晩御飯が無かった俺はいつも通り弁当を買いにコンビニへ来た。

そう言えば、今日はマ〇ジンが出る日だったな。

週刊誌の発売日だったため立ち読みしようとしたが、その前に違う雑誌が目に入る。

 

「……律」

「どうしましたキンジさん?」

「これを見てみろ」

 

携帯にいる律にも見えるように目に入った雑誌を手に取って該当のページを広げる。

そこにはこう書かれていた。

 

『椚ヶ丘でFカップ以上を狙う下着泥多発! 深夜に響く黄色い大男の「ヌルフフフ」』

 

タイトルの時点でアレだったが、記事を読んでいくうちにドンドン容疑者が絞られていく。

 

「情報がこの雑誌だけなので何とも言えませんが、殺せんせーの特徴と一致してますね」

 

疑いたくはないが……この特徴は殺せんせーしか考えられいよな。

ここで考えていても意味はない為、俺は弁当とともにその雑誌を買い明日聞いてみることにした。

 

 

 

 

「だー! なんで律起こしてくれなかったんだ!」

 

よりによって殺せんせーに雑誌の事を聞こうと決めた日に限って、俺は寝坊してしまい今は通学路を全力で走っている。

 

「……携帯を充電し忘れたのは誰ですか?」

「うっ……スマン」

 

唇を尖らせながら聞いてくる律に俺は思わず声を詰まらせる。

昨日寝る前にケータイで映画サイトを見てそのまま寝落ちしてしまい、どうやらケータイの電源がそれで切れていたみたいなのだ。

 

「キンジさん、あと5分でチャイムが鳴ります。もっとスピードを上げてください!」

「無茶言うな! これが全力なんだよ!」

 

律にせかされながら、山道を駆けのぼりなんとかチャイムが鳴ると同時に校舎に到着することができた。

 

「はぁはぁ、なんとか間に合った……」

「キンジさん、私が起こさないとダメなんですから次から充電忘れないでくださいよ!」

 

画面の中からわざわざアングルを変化させて上目遣いにメッと注意してくる律。

……前に殺せんせーや竹林に言っていたが、律の画面表示の優先テーマは『あざとさ』らしい。

あざとさと言えば理子もそうなのだが、つまり何が言いたいかと言うと

 

(落ち着け俺、律はAIだ。AIでヒスったらもう終わりだぞ!)

 

律がする行動、1つ1つが男をドキッとさせる恰好や仕草なのだ。

例にもれず俺も上目遣いで覗いてくる律に、不覚にもドキッときてしまい必死に落ち着こうとする。

 

「キンジさん? チャイムも鳴ってますから急いでください」

「あ、ああ」

 

誰のせいだ!と心の中で思いながら教室に向かうと、ちょうど教員室から出てくる殺せんせーが出てきた。

 

「おやキンジ君、君が遅刻なんて珍しいですね」

「おはよう殺せんせー、ちょっと寝坊したんだ」

「そうですか、気を付けてくださいね。さあ教室には今日も親しみを込めた目で生徒が…………汚物を見る目⁉」

 

ウキウキと教室に入った殺せんせーが絶叫を上げ立ち止まる。

俺も立ち止まる殺せんせーを押しのけるように入ると、皆が教卓で雑誌を広げつつ殺せんせーをゴミを見るような目で見ていた。

あの雑誌は……

 

「皆もそれ見たのか?」

 

広げていたのは昨日の夜、俺が見つけた雑誌と同じモノだった。

 

「うん、昨日の帰りに見つけたんだ」

 

どうやら渚が見つけたようで、教卓にあった雑誌を殺せんせーに見せている。

 

「これ完全に殺せんせーよね?」

「正直ガッカリだよ」

「こんな事してたなんて」

 

中村、三村、岡野が呆れたような目で見ていた。

昨日も律と話したが、書かれている犯人の特徴が殺せんせーそのものだ疑う皆の気持ちも分かる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 先生まったく身に覚えがありません!」

「じゃあ、アリバイは?」

 

凛香の言う通りだ、事件があった時間のアリバイさえあれば容疑から外れるかもしれない。

 

「事件があった日ですか……その日は高度1万m~3万mの間を上がり下がりしながらロッ〇リアのふ〇ポテを振ってましたが?」

『誰が証明できんだよ!』

 

わざわざそんな場所で振んな!

まだ決定的な証拠が出てないが、このままでは殺せんせーは不当逮捕の可能性もある。一度熱くなってる皆を落ち着かせないと。

 

「皆、まだ殺せんせーが犯人と決まったわけじゃないだろ」

「キンジの言う通りだ! 決めつけてかかるなんてひどいだろ。殺せんせーは確かに小さい煩悩がいっぱいあるけど今までやって来た事を思い出してみろよ!」

「キンジ君、磯貝君……」

 

目に涙を浮かべた殺せんせーを見つつ、全員で殺せんせーのやって来た事を思い出す。

 

「えっと、まずエロ本を拾い読みしてたよね?」

「水着生写真で買収されてたな……」

「休み時間中、狂ったようにグラビア見入ってたわね」

「あとこの前、『手ぶらじゃ生ぬるい。私に触手ブラをさせてください』って要望はがき出してるの見たよ」

『…………』

 

ダメだ、思い出せば思い出すほどコイツが犯人じゃないのかと思えてくる。

 

「……先生、正直に言ってください」

「い、磯貝君⁉」

「殺せんせー、アンタを窃盗罪と住居侵入罪で逮捕する」

「キンジ君まで⁉ 先生は無実です!」

 

手錠を見せると殺せんせーは廊下まで移動し、いつでも逃げれるような体制になっていた。

そんな反応したら、自分から犯人ですって言ってるようなモノなんだが……

 

「そうだ! 皆さん教員室の先生の机に来てください! 潔白を証明します」

 

そう言った殺せんせーが教員室に向かったため、俺達も付いて行く。

潔白を証明って、いったい何する気なんだ?

教員室に着くと殺せんせーは自分の机の引き出しを開けだした。

 

「今から机の中のグラビア全部捨てて、先生の理性の強さを証明します!」

 

そう言うと、机の中身をひっくり返す勢いでグラビア雑誌を出していく。

おいおい、引き出しいっぱいに雑誌があるぞ。多すぎないか? てか教師の癖に学校に持ってくんなよ!

しばらくバサバサと雑誌を出していた殺せんせーが唐突に止まり、その後恐る恐るという感じでゆっくりと何かを出す。

 

「おいおいマジかよ……」

 

誰かの声が響く。

出てきたのは赤いブラだった。

俺は慌てて視線を逸らすが、バッチリと脳内に残っている。

やたらと高そうな、刺繍の向こうが透けて見える布地が少ないタイプ。

あんなのを女子はつけるのかよ……

思わず凛香や有希子がつけているところを想像してしまい、血流が集まってくるのを感じたが、

 

「キンジ、分かっているわよね?」

 

視線をそらした先にいた凛香とバッチリ目が合い、言外に

 

「ヒスったら、お仕置きね」

 

と伝えられ、肝が冷えるのを感じる。

だがそれが功を奏したのだろう、血流がそれ以上集まる事はなかった。

俺は無言で顔を上下に振り、凛香の逆鱗に触れないようにしていると教室から岡野が出席簿を持ってこちらに来るのが見えた。

 

「皆、これを見て!」

 

そう言って広げる出席簿を見ると女子の横にAやらBが書いていた。

何かの暗号か?

 

「これ、女子全員のカップ数を調べてあるよ」

 

岡野の発言にこれも慌てて俺は視線を変える。

凛香のヤツ、普段小さいって気にしてるのに実は教室内でもデカい方じゃねーか。

バレてないかとチラッと凛香や有希子を見るが、どうやら2人とも

 

「私だけ永遠の0って何よコレ‼」

 

と叫んでいる茅野に意識がいってるみたいで気づいてなかった。

俺は安堵のため息をつく。

 

「最後のページ、街中のFカップ以上のリストが書いてあるぞ」

 

前原の発言に全員が殺せんせーを見る。

 

「ちょ……ま……そんなはずは……そうだ! い、今からバーベキューをしましょう皆さん!放課後やる予定で準備してたんです!」

 

そう言ってクーラーボックスから串を出す殺せんせーだが、そこで俺の視界は真っ暗になった。

どうやら後ろから誰かが俺の視界を手で塞ぎ、密着するようにくっついてきているためプニュンと柔らかいものが背中に当たる。

この大きさは……

 

「有希子どうしたんだ?」

「キンジ君は、見ちゃダ~メ」

 

耳元でどこか小悪魔を思わせるような甘い声を出す有希子、そこで気づいたのだがどうやら俺は最初のランジェリーの時点で甘ヒスになっていたようだ。

 

――――ドン!

 

? 何故か後方から壁を殴ったような音が聞こえたのだが、それよりも聞くべきはこっちだ。

 

「やべぇぞ、コレ」

「……信じられない」

「不潔……」

 

皆の反応から考えて、さっき出したクシに刺してたのが肉じゃないことが容易に分かる。

しかしあの生徒を第一と考える殺せんせーが、こんな信用が失われる事をはたしてするのだろうか……

 

 

 

「きょ……今日の授業はここまで……」

 

結局、今日の授業中殺せんせーの容疑は晴れるどころか一層疑われほぼ全員から針のような視線を向けられていた。

 

「なあ、おかしくないか?」

「何がかな、キンジ君?」

「どういうこと?」

 

俺の一言が聞こえた、カルマや渚が反応する。

2人に俺が甘ヒス時に思った事を話していると、寺坂や凛香、有希子や茅野も集まってきた。

 

「確かにキンジ君の言う通りだね。コレを見てみなよ」

 

そう言って投げてきたボールを受け取ると、バスケットボールにブラを装着させたものだった。

凛香が慌ててそのボールをひったくって、窓から投げているところを見ながらカルマが

 

「あんな事したら、俺等の中で先生として死ぬの分かっているはずだろ。キンジ君の言う通り暗殺されんのと同じくらい避けたい事だと思うけどね」

「じゃあ、誰が「偽よ!」不破さん?」

 

有希子の言葉を遮るように不破が出てきた。

 

「偽殺せんせーよ! ヒーロー物のお約束でしょ!」

 

ヒーロー物のお約束かは置いといて、殺せんせーが犯人じゃないとするならその線は確かに濃厚だ。

 

「体色とか笑い方をマネしていると言うことは、犯人は殺せんせーの情報を得ている何者か‼」

「律、もう一度情報を調べなおして手がかりを見つけられるか?」

「分かりました、やってみます!」

 

不破の推理を聞き、律に聞くと律は武偵高の夏服に格好なった。

 

「律……なんでその恰好なんだ」

「探偵と言えばこの恰好じゃないですか? 安心してください、皆さんの分も平賀さんに用意してもらっています!」

「その調子よ、律! 形から入るのも十分ありだわ!」

 

待て、平賀さんに頼んだってそれ絶対に注文したって意味だよな‼ 誰がその代金払うんだよ!

 

「まあ、服の話は置いといて。こういう噂が広まった事で賞金首がこの街から出て行ったら元も子もない。俺等で真犯人ボコってタコに貸し作ろーじゃん」

 

こうして、律も含めた9人で下着ドロの真犯人の捜索が始まった。

 

 

 

 

夜、律が次に真犯人が来るであろう場所を特定したため捜索メンバー全員である合宿施設に潜入する。

 

「ふふふ、頭脳も体もそこそこ大人の名探偵参上」

 

いや、不破やってることはただの不法侵入だから。

俺はこれがバレたら武偵三倍刑で刑が重くなるため、いつも以上に周りに警戒しつつ建物の敷地内に入る。

 

「それにしても武偵高の制服って可愛いね、神崎さん」

「そうだね、茅野さん」

 

そう俺達は律が平賀さんに頼んだ武偵高の制服を着ている。

しかも請求先が俺になっており、なんとか交渉の末レンタル扱いで安くしてもらった。

ただでさえ金欠なのだから、後で全員にレンタル代請求してやるからな!

 

「それにしても僕達の制服と変わらない重さなのに、これで防弾仕様なんだ」

 

渚が不思議そうな顔をして着ている制服を見回す。

 

「武偵高の制服はTNK(ツイスト・ナノ・ケブラー)っていう防弾繊維で作られてるんだ」

「へー、防弾チョッキと同じ素材なんだコレ」

 

カルマも興味深そうに制服を見ていると、

 

「制服はどうでもいいが、なんで次の犯人がこの建物を選ぶって分かったんだよ?」

「この建物は芸能プロの合宿施設なんです。今は巨乳ばかり集めたアイドルグループのダンス練習に使われていますが、それが明日で終わります。今までの犯人の傾向ならここを逃すはずありません」

「そうか」

 

寺坂の問に律が答え、その理由に納得いった俺達は一度茂みに隠れる事にした。

 

「皆、アレ見て」

 

凛香が何か見つけたようで向かいの茂みを指さす。

そこにいたのは、殺せんせーなのだが……

 

「殺せんせーも同じ事考えてたんだね」

「いや神崎、どう見ても盗み側の恰好だぞアレ」

 

寺坂の言う通り、殺せんせーの恰好は泥棒そのものだった。

 

「見て、真犯人への怒りのあまり下着を見て興奮してる!」

 

……もう真犯人は殺せんせーでいいんじゃないか?

そんな残念な教師の姿を見ていると、奥の壁のほうから気配がした。

 

「ねえ、あっちの壁」「犯人が来るぞ」

 

俺とカルマが同時に同じ方向を見て言うと、皆もその壁を注視する。

暗い為最初は何かいるとしか分からなかったが、近づいてくるたびにその姿がハッキリとしてきた。

 

「黄色い頭の大男……」

 

だいたい180cmの大柄の黄色いヘルメットをかぶった男、ここまで来たらコイツが犯人で間違いないだろう。

その男は迷いなく真っすぐ下着が干してある場所へと向かって行く。

 

「あの身のこなし、只者じゃない……」

「マズイな」

 

凛香が言う通り、この犯人の身のこなしただの下着ドロの動きじゃない。

このままでは逃げられると茂みから出ようとすると、

 

「捕まえた!」

 

先に殺せんせーが真犯人を捕まえていた。

忘れていた、マッハ20の教師がいたんだ。捕まえられないはずないな。

 

「よくもナメたマネしてくれましたね! 押し倒して隅から隅まで手入れしてやります!」

 

……言葉だけだと、ただ捕まえているだけのはずが下着ドロよりヤバイ事をしている気がするな。

そんな事を言っている殺せんせーを見ていると、殺せんせーは大男のヘルメットを取った。

 

「確か、あの人って……」

「烏間先生の部下の人だったよね?」

「なんで⁉」

 

ヘルメットを被った男は全員会ったことのある人物、防衛省の鶴田さんだった。

どういうことなんだ……

 

殺せんせーも含め、全員が真犯人の正体に驚いていると殺せんせーの周りにあったシーツが伸び閉じ込める。

 

『ッ⁉』

「君の生徒が南の島でやった方法だ。当てる前にまず囲うべしってね」

 

奥の茂みからそんな声と共に誰か出てくる。

この声は……

 

「シロ! またお前か!」

「やあ遠山君、君たちも来てたんだね。せっかくだ君たちも見ていきたまえ」

 

そう言うと、殺せんせーの囲んだ上空に何かが現れる。

 

「殺せんせー、お前は俺より弱い」「さあ殺せんせー、最後のデスマッチだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49弾 イトナの時間

今回でイトナ回を終らせようとしたら、過去最長の結果に




6/5
文章の変更、追加等を行いました


殺せんせーを閉じ込めたシーツの上空にいた人物、アレは……

 

「イトナか⁉」

 

イトナは3mほどまで上に伸びたシーツ中に入り、続けて何かを弾く音や土をえぐる音がここにいても聞こえはじめた。

俺達は急いで殺せんせーの下に駆けつけようと茂みを出たが、目の前にシロが立ちはだかる。

 

「おっと君達、それ以上近づいたら殺すよ」

『ッ‼』

 

シロの表情は分からないが、シロから発する殺気に俺達は思わず足を止めてしまった。

 

(ホントに何者なんだコイツ、瑠美さんや烏間先生程じゃないがこの殺気タダモンじゃないぞ?)

 

シロの実力は分からない、だが今の俺達がどうこうできる相手じゃないのだけは確かだ。

相手の実力が計り切れないが、どう動いても対処できるようにベレッタに手をかけ警戒だけは怠らないようにする。

 

「そう警戒しないでくれ、そこから動きさえいなければ何もしないさ。そうだ! 中の状況が分からないのも不安だろう? 私の戦術を細かく説明してあげようじゃないか」

 

そうシロは言うが、殺気を緩めるつもりはないのだろう。フレンドリーな口調で殺気を放ったまま喋りだした。

 

「まず、シーツに見せて囲ったのは対先生繊維の強化布だ。これは丈夫でねぇ、戦車の突進でも破れない。難点は独特の臭いだったが、それも洗剤臭でごましている」

 

シロの説明が続くが、布一枚越しに繰り広げられている戦闘は激しくなっている。

その証拠に、布は破けはしないものの触手がぶつかることによって歪な形に四方八方膨らみ始めた。

 

「イトナには刃先が対先生物質でできた触手用グローブを装着させている。高速戦闘用に手を加えせいで、君達が使うナイフより威力が落ちるがぶつかる度に一方的にジワジワとダメージを与える」

 

今の俺達にこの状況をどうにかできる手段なんてなかった。

クソッ! このまま黙ってみてるしか方法はないのかよ!

 

「皆さん、先生は大丈夫です! いや、手を出さないでください!」

「だが、殺せんせー……」

「イトナ君も私の生徒だ! ならこれは先生が止めてあげないといけない!」

 

俺達に向かって殺せんせーが叫ぶ。

 

「なら望みどおりやってあげなさい、イトナ」

「これで、俺の勝ちだ!」

 

イトナの高らかな勝利宣言が聞こえた。

俺達も思わず殺せんせーが刺し貫かれた姿を想像してしまったが、何かを貫いた音は一向に聞こえてこないな。

それどころか、何故かシーツの隙間、上空あちこちから光が射し始めている。

 

「中で何が起きてんだ⁉」

「これもシロの作戦なの?」

 

中の状況が分からない俺達は、思わずシロを見てみると

 

「なんだ……なんなんだ、このパワーは⁉」

 

シロも知らないだと?

じゃあ、この光は……もしかして殺せんせーなのか?

 

――――パアッ……――――

 

光がさらに強くなったかと思うと、次の瞬間暴風が吹き荒れた。

合宿所の窓ガラスは割れ、戦車の突進にも耐えると言っていた強化布も散り散りに破け辺りに飛散する。

強化布が無くなった事により中の様子が見えたが、見えたのは光を発した本人であろう殺せんせーと上空で光に飲み込まれるイトナだった。

 

余りの光に思わず閉じた目を開けると、どうやらイトナは殺せんせーが受け止めたようでケガらしいケガは一切してなかった。

 

「シロさん、この手の奇襲は私にはもう通用しません。彼をE組に預けて大人しく去りなさい。あと私が下着ドロじゃないという正しい情報を流しなさい!」

『……』

 

最後の一言が最初の目的だったのはわかっている、けど今言うのかよ……

最後の最後で残念な担任になんとも言えない顔をしていると、

 

「わ、私の胸も正しくはBだから!」

 

いや茅野お前も何便乗してんだ!

 

「どう見てもお前、エ「何か言いたい事あるの、寺坂君?」い、イヤ何でもねー」

「やっぱり寺坂はバカだね」

「寺坂君……」

 

茅野の形相に若干怯える寺坂をカルマは笑い、他全員が憐みの目で見ていると急にイトナが苦しみ始めた。

 

『イトナ(君)⁉』

「触手が精神を蝕み始めたか……これだけの私の戦術が活かせないようでは、ここらがこの子の限界かな」

「シロ、どういうことだ」

「ここらで見切りをつけるって意味だよ遠山君。これだけやって結果が出せないと組織も金を出さない。彼に情が無い訳ではないけど、次の素体を運用するためだ。イトナ、あとは1人でやりなさい」

 

おい、マジで見捨てる気なのかコイツ。

俺達武偵も時には仲間を見捨てないといけない場面はある。だがコイツの場合、口では情があると言ってたがイトナの事を使い捨ての道具みたいな扱いで今言いやがったぞ。

 

「待ちなさい、それでも保護者なのですか!」

「……私はお前を許さない。お前の存在そのものをね。その為ならどんな犠牲も払ってやる」

 

底冷えするような声と共にシロは一足飛びで壁を乗り越え、暗闇に消えていった。

 

「う、がぁぁァァッ‼」

「イトナ君!」

 

叫ぶ声の方向を見ると、息も絶え絶えだったはずのイトナがシロとは別の方向に跳びだし姿が見えなくなった。

 

「なあ、殺せんせー。アンタ、なんでシロにあそこまで恨まれてるんだ?」

「……先生は地球を破壊する超生物です。先生に覚えがなくても恨まれるのは当たり前です。それよりもイトナ君を探しましょう、あのままではマズイ」

「わかった……」

 

殺せんせーははぐらかしたが、あのシロの言い方どう考えても地球を破壊する超生物だからって意味じゃない。

 

(前に言ったみたいに暗殺で聞けってことかよ……)

 

結局その日は、防衛省の人も加えイトナの捜索をしたが手がかりひとつ見つけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

次の日、イトナの捜索を遅くまでやっていた為、少々寝不足気味のままいつものメンバーで学校に来ると昨日同様に皆が教卓近くに集まってるのが見えた。

昨日と違って、中心には雑誌ではなく口を尖らせた殺せんせーがいるな。

 

「悪かったってば、殺せんせー」

「俺らもシロに騙されて疑っちゃってさ」

「どーせ、体も心もいやらしい生物ですよ、先生は!」

 

真犯人については昨日の時点で皆に連絡を入れるように律に頼んでいる。

矢田や三村がケーキや肩もみしてるのを見たところ、殺せんせーはまだ機嫌が直ってないみたいだな。

 

「殺せんせー、いい加減機嫌直してくれよ」

「別に先生の機嫌は悪くありませんよ」

⦅めっちゃ口を尖らせて言われても……⦆

 

もう放置でいいんじゃないか?

めんどくさい担任を見ていると、律の本体の画面からニュースが流れはじめた。

 

「皆さん、これを見てください」

 

ニュースの内容は今日の朝から立て続けにケータイショップが破壊されたというモノだった。

店内はかなり損傷が激しい、ニュースでは複数人の犯行って言ってるが恐らく……

 

「なあ殺せんせー、これイトナのヤツだよな」

「ええ、この破壊の仕方は触手でないとまず出来ない。彼の容態も心配だ、急いで止めなくては」

「放っといた方が賢明だと思うけどねぇ」

 

カルマはそう言うが、俺と殺せんせーの意見は変わることはない。

律に次に襲われそうな場所を計算してもらい、殺せんせーと共にどう止めるかを考えていると岡島たちが困ったような顔をして近づいてきた。

 

「なあキンジ、殺せんせー。つい最近まで商売敵みたいなヤツをなんでそこまでして助けようとするんだ? 助ける義理なんてないだろ?」

「岡島君、至極単純な理由ですよ。先生は彼の担任だからです。それに先生は先生になるときに『どんな時でも自分の生徒から触手を離さない』って誓ったんです」

「……俺が憧れた人は敵すら救う人なんだ、だから俺も敵だったとしてもそれを理由に助けないって選択はしたくない」

 

律の計算も終わり、殺せんせーと共に街に出ようとすると誰かに肩を掴まれた。

振り向くとそこには

 

「磯貝?」

「イトナはクラスメイトだろ? なら皆で止めようぜ」

 

磯貝の言葉に皆も首を縦に振っている。

なんだかんだ言うが仲間思いでホントいいクラスだな、ここは。

 

「ヌルフフフ、では皆さんでクラスメイトを向かえに行きましょう」

 

 

 

律の計算によって、もっとも狙われる確率が高い店に行くと一歩遅かったようで店内はニュースで映った店同様にめちゃくちゃになっていた。

けが人がいないか慌てて中の様子を見に近付くと

 

「キレイ事も……遠回りもいらない。負け惜しみの強さなんて反吐が出る……」

 

恐らく朝のニュースで警護してたんだろう倒れている警察官複数人とイトナがいた。

 

「勝ちたい…………勝てる強さが……欲しい」

「やっと人間らしい顔が見れましたよイトナ君」

 

殺せんせーがまずイトナの説得をする算段になっている。

俺は先に倒れている人たちの様子を確認する。

 

「良かった、取りあえずは大きなケガはなさそうだな」

「キンジ君、こっちの人の応急処置は終わったよ」

 

もう一人はどうやら有希子が見てくれたようだが、応急処置だと?

有希子が診た警察官を見ると、どこから取りだしたのかピンセット、消毒液、ガーゼを使いってホントに応急処置を済ませていた。

 

「有希子そんなものいつの間に?」

「律が言ってた店がガラス張りのお店って知ってたんだ。応急処置の方法は前から少しずつ勉強してたの」

 

どうやらこうなる事を有希子は想定して、事前に準備していたみたいだ。

見た限り問題が無かったため、俺が見た方も有希子に応急処置してもらうよう頼んで俺は殺せんせーのほうに合流する。

 

「警察官はどっちも大丈夫そうだ」

「そうですか、それは良かった。 イトナ君、全てが終わったら空き地でバーベキューをしながら、皆で先生の殺し方を勉強しましょう」

「……」

 

イトナの反応を伺うが、返事はないが殺せんせーの出した肉に目が釘づけだった。

 

「そのタコしつこいよ~、ひとたび担任になったら地獄の果てまで教えにくるから」

「当然ですカルマ君、目の前に生徒がいる……なら教えたくなるのが先生の本能です」

 

イトナが暴れる様子もなく、このまま説得できると思いきや外からピンッと手榴弾のピンを抜く音が聞こえた。

 

「ッ‼ 皆、逃げろ!」

 

全員に聞こえるよう大声を出すも一足遅く、店内は煙に包まれる。

 

(なんだこれは?)

「ううっ⁉」

 

煙幕とも違う何かに警戒してなるべく息を吸わないようにしていると、近くにいたイトナの触手が解けている。

ならこれは対殺せんせー用の粉爆弾か‼

 

そう気づき見えない中、店外の方向に視線を向けると今度はエアガンの銃声が聞こえてきた。

恐らく殺せんせーに向けて発砲しているはず。

こんな手を使うやつなんて一人しかいない、シロのヤローだ!

 

「コレが第二の矢だ、イトナを泳がせたのも予定のうちさ。そしてイトナ、最後のご奉公の時間だ」

 

シロが合図を出したのだろう、一際大きい音が聞こえたと思うと続いて何か引きずるような音が聞こえてくる。

煙で何も見えないため、俺は何が起きたか確認する為にも銃声が止むと同時に店外にでる。

そこには軽トラの荷台につけられたネットランチャーによって捕獲されたイトナが引きずられているのが見えた。

 

「皆さん大丈夫ですか⁉」

「たぶん、全員なんとか……」

 

よかった、皆咳き込んだりはしているが無事なようだ。

 

「では先生はイトナ君を助けてきます」

 

煙が薄れてゆく中、殺せんせーが全員の無事を確認すると急いでイトナの後を追いかけるために跳びだしていった。

 

「皆、俺達も行くぞ。シロの事だ、まだ何か仕掛けるはずだ」

「当たり前だキンジ! あんの白野郎~……とことん駒にしてくれやがって……」

 

寺坂を筆頭に、全員の目に怒気が宿ってた。

もちろん俺もさっきのシロのやり方に腹を据えかねてる。

シロ、俺達E組を怒らせたらどうなるか目に物見せてやるよ。

 

全員で殺せんせーの後を追いかけようとしたが、有希子はイトナにやられた警察官が心配だから残ると言って、それを聞いた茅野、奥田と共に救急車の連絡などをしてもらうように頼んだ。

その際、有希子から

 

「絶対シロさんを1発殴ってね、キンジ君」

 

笑顔でそんな事を言ってたが、目だけは笑っていない。

……有希子だけは絶対に怒らしてはいけないな。

心の底からそう思い、残りのメンバー全員で殺せんせーの後を追いかけるため飛んでいった方向に走り出した。

 

 

 

殺せんせー達はかなり遠い所まで行ったようで、なかなか姿が見えず日も暮れ始めた。

ヤバいな、はやく追いつかないといけないのに……

 

「キンジさん、キンジさん」

 

焦りから走るスピードを上げていると、殺せんせーの場所を探すように頼んだ律がケータイの画面に映る。

 

「どうした、殺せんせーに何かあったのか?」

「いえ、殺せんせー達の位置は変化ありません。ただ……」

「ただ?」

「心配なんです。シロさんがキンジさん達に何をしてくるか……私にも予想がつきません。そんなところにキンジさんが行くのが……」

 

なんだ、律の声色や息遣いがいつもと違う。

聞く度に頭の中がドンドンマヒしていき、気づけば頭の中は律の声でいっぱいになっていた。

 

「だから約束してくださいキンジさん……無事に戻ってくることを……そしたら私、キンジさんのやりたいことを、ずっとやってあげますから……」

 

律の切なげな、それでいてどこか甘く柔らかな声色に頭がマヒしていた俺は、高ぶり始めた血流を抑えるなんてことはできなかった。

――――ドクンッ!

 

「律……これを狙ったんだね。悪い子だ、帰ったらお仕置きだよ」

「バレちゃったってことは、()()()んですねキンジさん?」

 

律は以前、俺のこの体質でサポートを変えると言ってたがこういうサポートもあるのか……

それにさっきの声色と息遣い、恐らく遠山家に伝わる女性を声で操る催眠術『呼蕩(ことう)』と同質のものだったのだろう。

まさか、使う立場じゃなくて使われる立場になるなんてね。

 

「ああ、律のおかげでね」

「キンジさん、先ほどシロさんはどんな手を使ってくるか分からないと言いましたが、おそらく対殺せんせー特化のみです。どうかお気をつけください」

「ありがとう律。約束通り、全員無事に戻ってくるよ」

 

律のサポートを受け、そのまま走り続けると……いた、殺せんせー達だ!

どうやら、イトナを救出しようとしてるが周りからの射撃で思うようにできないようだ。

 

「皆、たぶん敵が着てるのは対先生仕様の服だ。俺達で殺るぞ」

『おう!』

 

俺の指示で体術が得意な者が気配を消して上から敵を落とし、他の者が落とした敵を捕縛していく。

 

「凛香、軽トラに乗ってるヤツ等は俺達で殺るぞ」

「うん!」

 

俺が駆け出し、小通連を抜いた凛香がその後に続く。

 

「クソッ! こんなガキ共に!」

 

――――パパパパパパン!

 

俺達に向け、エアガンを撃ってくるが遅い。

俺と凛香はこんな弾全部弾くぞ!

俺は、ナイフを凛香は小通連を使い当たりそうな弾を全て切り伏せる。

 

「なっ⁉」

「「遅い!」」

 

――――ゴスッ!

 

一足飛びに荷台に飛び乗ったあと、2人同時に敵に向かい秋水を放ち一撃で気絶させる。

皆を見ると、木の上にいたヤツを全員捕縛し終わったようで立っているのはシロだけだった。

 

「どうするシロ、あとはお前だけだぞ」

「……」

「お前ら……なんで……」

「イトナ、勘違いしないでよね。シロにムカついただけでアンタなんて殺せんせーが行かなかったら放ってたんだから」

 

凛香は素直じゃないな。例え殺せんせーが行かなくても、俺と一緒に救出に行く気満々だったくせに。

 

「何キンジ、その目は」

「いや、何でもないよ凛香」

「……」

 

黙ったまま軽く頬を膨らます凛香の頭をポンポンと撫でながらも、黙ったままのシロからは視線を外さないようにする。

 

「去りなさいシロさん。イトナ君はこちらで引き取ります」

「いい加減、アンタが立てる計画に俺達を巻き込んだら邪魔をすることに気づけよ」

「チッ、怪物に群がる小蠅達がいるクラスか。大層ウザったいね。まあ、計画に根本的な見直しがあるのだけは認めよう。イトナはくれてやる。せいぜい2~3日の命、皆で仲良く過ごすんだね」

 

そう捨て台詞を吐いたシロは捕縛した部下を荷台に積み、そのままどこかへ消えていった。

 

「とりあえず、最初の難問は突破か。後は……」

 

残った問題はイトナの触手だ。これを解決しない限り、一件落着とは言えない。

今はシロが使っていた対先生ネットをバンダナにリメイクし、イトナの触手を抑えているがそれも所詮気休めだ。

さらに困ったことに、こんな時に頼りになるヒステリアモードは掛かりが甘かったようでもう解けてしまっている。

 

「殺せんせー、この触手なんとか切り離せないの?

「触手は意志の強さで動かすものです。イトナ君がコレに執着がある限り切り離せません。まずはそうなった原因を知らなければ……」

 

片岡の質問に答える殺せんせーだが、イトナが触手を求めてたのは今までの発言から恐らく『強くなりたい』で間違いないはず。

だが、何がきっかけでそう思うようになったのだけは分からないな……

 

「ねぇ、皆」

 

全員がどうすればと考えていると、ケータイで何かを見ながら不破が口を開いた。

 

「イトナ君がケータイショップばかり狙ってたのが気になってたんだよね。それで律と一緒に彼に繋がるものを調べたらコレが出たんだ」

 

そう言うと、全員のケータイにある会社の情報が出てくる。

 

「この堀部電子製作所の息子が『堀部イトナ』って名前なの。この会社、スマホの部品を世界的に提供していた町工場だったんだけど、一昨年に負債を抱えて倒産。社長夫婦は息子を残して雲隠れしたんだって……」

『……』

 

不破の言葉を聞き、なんとなくだがイトナが力や勝利を欲していた理由が分かった。

恐らくだが、その町工場は大きな企業か何かに人を取られたりしたんじゃないだろうか……圧倒的な財力などを使われて。

 

「くだらねぇ、それでグレたってだけじゃねーか。悩みなんざ重い軽い合っても皆あんだろ」

 

誰もがイトナの過去に口をつぐんでいる中、寺坂がイトナに近付きながらめんどくさそうに喋りはじめた。

 

「けどな、そんな悩みなんざわりとどーでもよくなったりすんだわ。俺らにこいつの面倒見させろ」

 

そう言うなり、寺坂、吉田、村松、狭間はイトナを連れどこかへ行ってしまった。

 

「おい、寺坂勝手に……」

 

寺坂の勝手な行動を止めようとするとカルマが俺を止めてきた。

 

「カルマ、なんで止めんだよ!」

「まぁ見てなってキンジ君、案外こういうのってアイツみたいなのが適任かもよ」

 

 

 

 

 

カルマはそう言ったが、イトナの様子が心配な俺達は寺坂達の後をつけることにした。

 

『寺坂君、どうやってイトナ君の心を開ける気なんだろう?』

『分からねぇ、少なくとも何か考えはあるんじゃねーか?』

 

最近、烏間先生が皆にもマバタキ信号(ウインキング)を教えた為、それで渚と話しながら寺坂達の様子を見ていると

 

「さて、おめーら…………どーすっべこれから?」

『……』

⦅これダメかもしれない……⦆

 

寺坂……せめてなにか考えてから行動してくれよ。

しかも寺坂が無計画だったせいで、村松と吉田の3人で言い合い始めたぞ……ホントに任せて良かったんだろうか?

徐々に不安になっていく中、唯一言い合いに参加してなかった狭間が村松の家が経営しているラーメン屋に行くのはどうかと提案し、寺坂達はそこへ向かうようだ。

 

 

俺達も少し遅れて着き様子を見ると、ここに来て初めてイトナが何か喋っているのが見えた。

 

「キンジ、読唇頼む」

「分かった……『手抜きの鳥ガラを化学調味料でごまかしている。トッピングには中心に自慢げに置かれたナルト。4世代前の昭和ラーメンだな』ってラーメンの解説かよ‼」

 

前原に頼まれ読唇したが、全く意味のない会話しかしていない。

てっきり重要な事話してると思ったんだが……

 

「おい、また移動したぞ」

「マジか岡島、皆追うぞ」

 

ラーメンを食べていたと思いきや、また直ぐ行動する寺坂達の後を追う。

今度は吉田の家のバイク屋だった。

今は、イトナを後ろに乗せバイクで走り回っている。

 

「なあ、どうみても計画あるように見えないんだが……」

「キンジ、アイツらただ遊んでるだけよ」

 

横にいる凛香もため息をつきつつ、任せようといったカルマをジト目で見ている。

吉田がターンをした勢いで飛んで行くイトナを見つつカルマは

 

「ま、アイツら基本バカだから仕方ないよ」

 

おい、カルマ! 分かってたなら、なんで任せたんだよ。

こんなんでホントに大丈夫なのか?

 

「狭間さんなら頭いいから何か作戦考えてるかも」

 

渚のつぶやきが聞こえ、頼みの綱となりつつある狭間を見てみると、

 

「名作復讐小説『巌窟王』よ。これ読んで暗い感情を増幅しなさい。」

 

狭間も同類だった……

 

「ちょっと……イトナの様子おかしくない?」

 

狭間もダメだったことに落胆していると、中村が不安そうな声を上げた為イトナを見る。

視界に写ったのは、対先生バンダナが破れ今にも暴れそうなイトナの姿だった。

 

「俺は適当にやっているお前たちと違う! 今すぐアイツ殺して勝利を……」

 

吉田達が逃げる中、寺坂だけはイトナの目の前から動かない。

 

「あのバカ、なんで動かないんだ。」

 

俺は急いで寺坂の下に向かおうとしたが、そこでまたカルマが俺の腕を掴み止めてきた。

 

「カルマ、いい加減にしろ! 止めないと寺坂が危ないんだぞ!」

「キンジ君、もうしばらく我慢してみな。面白いもんが見れるはずだからさ」

 

クソ、カルマのヤツなんてバカ力なんだよ。

カルマによって動くことが出来ない俺は寺坂達の様子を見ることしか出来なかった。

寺坂は逃げるどころか、イトナに近付いていく。

 

「おうイトナ。俺もあんなタコ今日にでも殺してーよ。でもな、テメーにゃ今すぐ殺すなんざ無理なんだよ。無理のあるビジョンなんざ捨てちまいな、楽になるぜ」

 

寺坂のヤツ、なんでそこでイトナを挑発すんだ。そんな事をすれば……

 

「うるさい!」

 

――バチッィ‼

 

その言葉と共に放たれた触手だったが、予想と違い寺坂は触手を肘と足で受け止めていた。

 

「キンジがやってきたのに比べれば屁でもねーぜ。まあ吐きそうなぐらいに痛いのは変わらねーけどな」

 

何故か俺に非難の目が向けられる。あの時は寺坂の守るためにも仕方なかったんだよ!

 

「なぁイトナ、一度や二度負けたぐらいでグレてんじゃねーよ。いつか勝てりゃいーじゃねーか!」

 

そう言って寺坂はイトナを殴るが、イトナは避けるそぶりも見せずに殴られている。

 

「100回失敗したっていい、3月までにたった1回殺せば俺達の勝ちなんだ」

「耐えられない……次の勝利のビジョンが見えるまで俺は何をしたらいいんだ」

「んなもん、今日みてーにバカやれって過ごすんだよ。そのためにE組がいるんだろうーが」

 

寺坂の言葉を聞き、イトナの目から執着の色が消えていた。

 

「ほら見なよキンジ君。あのバカ適当な事を平気で言うけどさ、こーいう時力を抜くのはバカの一言なのさ」

「カルマの言う通りだったな……」

 

皆で見守る中、殺せんせーがイトナ達に近付いた。

 

「イトナ君、今なら君を苦しめる触手細胞を取り除けます。大きな力を失いますが、代わりにたくさんの仲間が得られます。明日から殺しに来てくれますか?」

「……勝手にしろ。もう触手も兄弟設定も飽きた」

 

 

 

 

 

 

翌日、何事なかったように学校は始まる。

ただ1つ変わったとすれば……

 

「おはようございます。イトナ君、調子はどうですか?」

「最悪だ。だが弱くなった気はしない、最後は必ず殺すぞ……殺せんせー」

 

そう、イトナが改めてこのクラスに加わった。

新たに加わって29人となった3年E組の始業のベルはいつも通り今日も鳴るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50弾 紡ぐ時間

講義の合間に投稿



イトナが学校に来るようになって数日がたつが、アレから特に何事もなく毎日が過ぎていく。

今日の授業も終わり帰ろうと準備をしていたら、横の席にいたイトナが何か作ってるのが目に入った。

 

「イトナ、何作ってんだ?」

「見ての通りラジコン戦闘車だキンジ。昨日、あのタコに勉強漬けされてストレス溜まったから、こいつで殺してやる」

 

イトナもアレやられたのか……

俺も1学期にやった補習初日に『君の実力を知りたいのでこれ全てやってください』と言われ、何十枚もテストをやらされた記憶がある。

しかも終わった後、あの殺せんせーが無言になって生暖かい目で俺の肩叩いてきたのは真面目に悲しくなった。

俺の事はともかくイトナのヤツ、ラジコンで殺すってそんなもんで殺れるはずが……

 

「なんかスゲーハイテクだぞ、コレ⁉」

 

イトナが作っているラジコンを見ると、どうやら既製品を改造しているようだ。

改造しすぎてどこをどう改造したのかが全く分からない。

俺の驚いた声に周りも集まりだし、気づいたら男子全員がイトナの周りに集まっていた。

 

「自分で改造考えて改造するなんてすごいな、イトナは」

「親父の工場でだいたいの電子工作は覚えたからな、こんなの寺坂以外なら誰でもできる」

 

磯貝も褒めているが触手植えられていたころとはまるで別人みたいだ。

 

「それに寺坂がバカ面で『100回失敗したっていい』って言ってたからな。失敗覚悟でコレで殺ってやる」

「あぁ?」

 

……イトナ、寺坂に何か恨みでもあんのか?

毒舌は変わりなかったが、以前のような焦りはイトナにはもうない。

そんな風に変わったイトナを見ていると、どうやらラジコンの改造は終わったようで分解していた機体を組み上げている。

男子全員が見守る中、ラジコンが動き出した。

 

「「「おおー!」」」

 

思わず全員から歓声の声が出る。

ラジコンは俺達の足の隙間を縫うように走った後、立ててあった空き缶を砲台で吹っ飛ばした。

すごいな……移動や射撃の時でさえほとんど音がしなかったぞ、ホントに暗殺でも使えるんじゃないか?

 

「電子制御を多用してギアの駆動音を抑えている」

「そうなのか、それでそのコントローラーの画面はなんなんだ?」

 

前原が聞くと、イトナはラジコンの砲台近くに埋め込まれていたレンズを指さし

 

「ガン・カメラだ。スマホのモノを流用させ、銃の照準と連動させてある」

「へー、なんだかスパイっぽいな」

 

イトナのヤツ、こんなにスゴイ奴だったのかよ……

 

「それとお前たちに言っておくことがある。シロから聞いた標的の弱点だ。ヤツのネクタイの真下には心臓がある、そこを当てれば1発で絶命できるそうだ」

 

マジか……殺せんせーにもそんな急所があったんだな。

だがコレで今まで以上に暗殺が成功する確率があがるはず。

 

「急所も分かったんだし、試運転もかねて殺せんせーを殺りに行こうぜ」

「もちろんそのつもりだ」

 

岡島の提案にイトナはラジコンを教員室に向け走らせた。

俺達がその様子を後ろから見ていると、教員室に着く前に廊下で倉橋、矢田、中村がラジコンの目の前を横切る。

あぶねぇ、カメラの視野が広かったらスカートの中が見えるとこだったぞ……

ギリギリ見えなかった為、人知れず安堵していた俺だが皆の反応は違うようだった。

 

「……前原、見えたか?」

「いやカメラが追い付かなかった。視野が狭すぎる」

 

クラス内のエロ代表ともいえる岡島と前原の2人が悔しそうに言っている。

 

「カメラをもっとデカくて高性能にできねーのかよ?」

「重量がかさんで機動力が落ちて標的が捕捉できないから無理だ」

 

おい、捕捉って何を見る気だ。絶対に標的が違うモノになってんだろ。

 

「魚眼レンズだ」

「「「ッ⁉」」」

「送られてきた画像をCPUで歪み補正をすれば、小さいレンズで広い視野を確保できる」

 

いや、竹林。参謀みたいに提案するがコイツらがやってるのただの覗きだぞ!

 

「ならレンズは俺が調達する。律、歪み補正のプログラムを頼む」

 

岡島がそう言うが、律の本体は画面が映らず真っ暗なままだ。

おかしいな、いつもならすぐに反応して画面に出てくるんだが……

だがそれよりも律が出てこないとなると、律に頼むようにコイツら絶対に俺を巻き込んでくる。

気づかれずにそーっと周りから抜け出そうとしていると、1歩遅く岡島に肩を掴まれた。

 

「どこ行くんだキンジ? 頼みたいことがあるんだ、聞いてくれるよな?」

「断る! 絶対にろくでもないことだろ!」

「キンジ、これは俺達の夢が詰まった計画なんだ。その為には律の協力が不可欠、お前が頼んだら律は絶対に作る。だから頼んでくれ」

「いやだっつてんだろ!」

 

何が俺達の夢だよ! 下着ドロにドン引きしてたくせにやってること同じじゃねーか!

 

「キンジには律のプログラムを依頼させるとして、あとは足回りだな」

 

だから竹林、俺を勝手に参加させるな!

しがみついてくる岡島を引き離そうと躍起になりながらも、ガンカメラの映像を見てみるとどうやら段差で倒れたようで映像が横向きになっていた。

 

「駆動系や金属加工には覚えがある。俺が開発してやるよ」

「車体の色も目立つな……学校迷彩は俺が塗ろう」

 

吉田、菅谷と続々と名乗りを上げていく。

なんとか岡島を振り落とした俺は、遠くから見ていた渚の元に逃げた。

 

「岡島のヤツ、しつこすぎだろ……」

「キンジ君、なんていうか……大変だったね。けどスゴイなイトナ君、エロと殺しとモノ作りで皆のツボをガッツリと掴んでいるよ」

「やっていることはただの犯罪だがな」

「アハハ……」

 

渚が苦笑いしていると、木村がラジコンを持って教室に戻って来た。

どうやら途中で何者かに壊されたみたいで、ラジコンは無残な姿だった。

 

「次からはドライバーとガンナーを分担しないとな。千葉、射撃は頼むぞ」

「え?」

 

岡島、千葉まで巻き込むなよ……

 

「開発に失敗はつきものだ」

 

そう言ってイトナは壊れたラジコンに『糸成Ⅰ』と書いている。

 

「100回失敗してもいい最後には必ず殺す。よろしくなお前ら」

 

男子全員が頷く。

過程はどうあれ、イトナを中心に結束がさらに強まったのは確かだ。

これはこれでまあ良かったんだろう。

 

「よっしゃ、コレで3月までに女子全員のスカートの中を偵察するぜ!」

 

岡島がこんな事を言わなければな。

岡島の背後にいる人物たちを見て、盗撮しようとしていたヤツ全員の顔が青くなる。

盗撮しようとしていた時点でこうなることはヒスらなくても読めていたがな。

 

「なあ皆、気のせいか? お前らを見ていると次の展開が見えてくるんだが……」

 

顔を青くした皆を見て岡島も察したんだろう、ゆっくりと岡島が振り返ると、

 

「スカートの中がなんですって?」

「ひっ、片岡⁉」

 

岡島の後ろには女子全員が集まっており、全員がゴミを見るような目でこちらを見ていた。

 

「それで誰が言い出しっぺなの?」

「いや……これはだな…………キンジだ! キンジが言い出しっぺなんだ!」

 

なっ⁉ 岡島のヤツ俺に全部擦り付ける気かよ!

 

「「キンジ(君)?」」

 

俺のすぐそばから声がした。

落ち着け、俺は何も悪い事はしていない。無実なんだ、それを言うだけでこれは終る。

そーっと声がする方向に顔を向けると、すぐそばには鬼の形相の凛香と笑顔だが目が笑ってない有希子がいた。

やっぱり、怖え!

 

「キンジ君、最後に何か言うことはある?」

「俺は何もやってない! 渚、お前からも言ってくれ!」

 

有希子の最終通告に一気に血の気が引いた俺は慌てて渚に助けを求めた。

 

 

「キンジの言ってることはホント渚?」

「う、うん。キンジ君はやってないよ」

 

助かった、渚が弁明してくれたおかげで2人の殺気は俺から岡島に変わる。

 

「岡島……キンジに擦り付けた分も含めて覚悟はできた?」

 

凛香が小通連を抜きながら、岡島に問う。

 

「いや……いやだ、助けて……」

 

自業自得だ、俺に擦り付けやがって大人しく罰をくらっとけ。

他の奴等も女子たちが怖く手を差し伸べない。

 

「あ……ああ……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

旧校舎に響く男の声、俺達ができたのは哀れにも制裁を受けた1人の男に合掌することのみだった。

 

 

 

 

~???side~

 

E組の周りを調べたら、丁度よく武偵高でアレの開発をしていることが知れた。

他にも色々調べていたら、遠山キンジが面白い体質を持っていることも分かった。

恐らく速水凛香でもなれると思うがせっかくだ、もう一手加えて入学前の良い練習台として扱おう。

仕込みはさっき終わったから、後はアレの完成は急がせないとね。

 

「もしもし、京菱重工ですか? ええ、ええ。実はお願いしたいことがありまして……」

 

血だまりに沈む男を一瞥し、僕は計画の下準備を着々と進めるのだった。




次のシリアス回、原作より色々荒れそうです

次回、とうとうキンジのコードネームの発表です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51弾 名前の時間

皆さん、アンケートのご協力ありがとうございました。
とうとうキンジのコードネームが出てきます。



6/12 一部文章の変更をいたしました。


9月も半ばを過ぎた頃、いつも通り学校に行くとため息をついてる木村が目に入った。

 

「よう木村、何朝からため息ついてんだ?」

「キンジか……ちょっと名前でな」

 

名前?……そうか、普段皆から『まさよし』って呼ばれているから忘れていたな。

ここに来る前に情報科が調べた資料に載っていた名前を思い出す。

木村の本当の名前は普段呼ばれたりする『正義(まさよし)』と同じ漢字なのだが、読み方は『ジャスティス』と所謂キラキラネームなのだ。

 

「え、木村君の名前って『まさよし』じゃないの?」

「ああ、茅野とキンジは入学式にいないから知らないのか」

 

どうやら入学式で呼ばれたようで知ってるのだろう、菅谷が俺と茅野を見て思い出したように言う。

 

「『正義』って書いて『ジャスティス』って読むんだよ。普段の『まさよし』は武士の情けで皆に読んでもらってるんだ。卒業式でまた呼ばれるのかと思うと嫌ったらねーよ」

 

後から凛香達に聞いたが、木村の両親は2人とも警察官らしく正義感で舞い上がって『ジャスティス』とつけたらしい。これに関しては自分たちで決められない問題な為、気の毒だなとしか言えないな……

 

「はぁ、子供が学校でどんだけからかわれるとか考えたこともねーんだろーな」

 

木村が再びため息をついていると、珍しいことに狭間がこちらにやってきた。

 

「親なんてそんなもんよ。私なんてこの顔で『綺羅々(きらら)』よ?『きらら』っぽく見えるかしら?」

「い、いや・・・」

 

言ったら悪いが、狭間は名前と真逆のイメージしか思いつかない。

てか綺羅々なんて名前ホントにつける人いたんだな。

 

「うちの親メルヘン脳のくせに・・・、気に入らない事があったら、すぐヒステリックにわめき散らす・・・。そんなストレスかかる家で育って名前通りに可愛らしく育つわけ無いのにね」

「大変だねー皆。へんてこな名前つけられて」

⦅お前が言うのか⁉⦆

 

カルマも会話に参加してきたが、『業』と書いて『カルマ』と読むコイツも大差ないだろ……

 

「カルマはその名前に不満はないのか?」

「俺? 俺は結構気にいってるよ。てかキンジ君がそれ聞く?」

 

は? なんでそこで俺が出てくるんだ?

 

「速水さん、キンジ君って次男でしょ?」

「え、そうだけどそれが?」

「やっぱりね。遠山の金さんの家系で次男だから『金次』。ほぼそのままじゃん、変な名前つけられるのと大差ないんじゃない?」

「「「あ……」」」

 

確かにカルマの言う通りかもしれない……俺の兄さんの名前も『金一』だし。

じゃあ、もし俺の下に弟がいたのなら『金三』になってたのだろうか?

つか、カルマが言った後の皆の視線が同情のモノになったんだが……

 

「一応言っておくが、俺もカルマと一緒でこの名前に不満はないからな」

「先生は名前に関して不満があります」

 

俺が言うと同時に殺せんせーが俺の後ろから突然出てきた。

 

「転校してきた俺にそう呼べって言ったのに何が不満なんだよ?」

「茅野につけてもらった名前、気にいってんじゃん」

「気にいってるから不満なんです。未だに2人程、その名前で呼んでくれないんですよ」

 

俺や杉野が言うと殺せんせーが2人の教師を見ながら答える。

 

「だって良い大人が『殺せんせー』とか恥ずいし……」

「速水さんのお母さんやB95のセアラさんは呼んでくれましたよ! イリーナ先生と大きさがほぼ変わらないのに!」

「胸の大きさは関係ないわよ! このエロダコ!」

 

殺せんせーは何とち狂った理由を言ってんだよ……

そして岡島、お前は鼻の下伸ばしながら殺せんせーに写真をもっているか聞くな!

 

「そうだコードネームは?」

「矢田、コードネームって?」

「もう一つの名前を作って呼び合うの、凛香ちゃん。ほら、南の島で会った殺し屋さん達、互いに本名を伏せて呼び合ってたでしょ? そういうの殺し屋っぽくない?」

 

なるほど、二つ名みたいなものか。

 

「良いですね、ではこうしましょう。皆さんで各自全員分のコードネーム候補を書いてもらい、その中から先生が無作為に選びますのでそのコードネームで今日一日過ごしてみましょう」

 

無作為か……父さんの『静かなる鬼』や瑠美さんの『立烏帽子』みたいに誇れるものだったらいいんだがな。

殺せんせーの提案によって、コードネームを決めた俺達は体育の為に裏山に行くのだった。

 

 

 

 

 

「『野球バカ(杉野)』、標的の動きはどうだ?」

「『美術のっぽ(菅谷)』と監視しているが、まだ動いてない。『堅物(烏間先生)』は1本松の近くに潜んでいる。今は『貧乏委員(磯貝)』チームが『堅物』の背後から沢に追い込もうとしている。その後は頼むぞ『人間卒業(キンジ)』」

「ああ」

 

『野球バカ』からの連絡通りならもうすぐ来るな。

 

「『ツンデレソルジャー(凛香)』、『神崎名人(有希子)』、そろそろ『堅物』が来るぞ」

「「了解、『人間卒業』」」

 

警戒していると、再び無線アプリの通知がきた。

 

「どうした『女たらしクソ野郎(前原)』」

「すまねぇ『人間卒業』、包囲の間を抜けられた」

 

クソッ、確か『女たらしクソ野郎』の後ろには『ゆるふわクワガタ(倉橋)』と『キノコディレクター(三村)』が控えていたはず。

そこで仕留めればいいんだが……

 

「ダメ、『ゆるふわクワガタ』達のところも逃げられたみたい」

 

『ツンデレソルジャー』の方に連絡が来たみたいで逃げた方向を聞くと、『堅物』は『鷹岡もどき(寺坂)』達が潜伏している方向に行ったみたいだ。

 

「まだ追いつけない距離じゃない。『ツンデレソルジャー』、『神崎名人』先回りして『堅物』を追い詰めるぞ」

「「うん!」」

 

俺達が追い付くと、『凛として説教(片岡)』、『ギャル英語(中村)』、『性別()』が弾幕を張って足止めしていた。

 

「『人間卒業』、『変態終末期(岡島)』と『このマンガがすごい‼(不破)』が『堅物』の背後に控えているわ!」

「了解だ、『凛として説教』! 『神崎名人』は『凛として説教』と一緒に弾幕を張ってくれ。近接拳銃戦技(アル=カタ)で行くぞ『ツンデレソルジャー』」

「了解!」

 

『堅物』の退路は『中二半(カルマ)』が塞いでる。

後は……

 

「やはり君たちが来るか、『人間卒業』、『ツンデレソルジャー』」

 

『堅物』が俺達を見て構える。

俺達はそのまま挟むように近距離から拳銃で『堅物』の体に張ってある的を狙うが、

 

「それでは的に当てれないぞ」

 

――――ブンッ!――――ドゴンッ!

 

俺を蹴りで飛ばし、『ツンデレソルジャー』を投げて攻撃を防いだ『堅物』に隙が生まれた。

 

(今だ、『ギャルゲーの主人公(千葉)』!)

 

――――パァン!

 

『ギャルゲーの主人公』の銃声が山に響く。

ただし、当たったのは『堅物』ではなく、『堅物』が持つ木片だった。

 

「『ギャルゲーの主人公』! 君の狙撃は常に警戒されていると思え!」

 

甘いな、『堅物』。『ギャルゲーの主人公』も俺達同様にブラフだ。

さあ、決めちまえ……

 

「「「ジャスティス‼」」」

「何ッ⁉」

 

――――パパパパパパァーン

 

 

 

 

 

「どうでした、1限目をコードネームで過ごした気分は?」

「「「なんか……どっと傷ついた」」」

 

誰だよ、『人間卒業』なんて考えたヤツ……俺は人間を卒業した覚えなんてないぞ!

 

「『人間卒業』さん、なんで私は『萌え箱()』なんでしょうか?」

「『萌え箱』……俺も分からないから聞かないでくれ」

 

多分、『メガネ(爆)(竹林)』がつけたんだろう。

そう思い『メガネ(爆)』を見るとニヤニヤと笑いながら、何故か『鷹岡もどき』を見ていた。

 

「殺せんせー。なんで俺だけ本名のままだったんだ?」

 

『鷹岡もどき』が怒鳴りそうになったところで『ジャスティス』がコードネームを選んだ殺せんせーに聞く。

確かに今回のコードネーム、『ジャスティス』だけはそのままだったな。

 

「今日の体育の内容は知ってましたからね。君が活躍すると思ったんですよ。さっきみたいにカッコよく決めた時なら『ジャスティス』って名前でもしっくりくるでしょ?」

「うーん……」

「名前は人を造らない。人が歩いた足跡にその名前が残るのです。その証拠に周りが認めるほどの実績を残した者は自然と2つ名がつけられます。ですから、もうしばらくその名前……持っておいてはどうでしょうか? 少なくても暗殺に決着が着くまでの間だけは……ね」

 

もしかして殺せんせーが『ポニーテールと乳(矢田)』の提案にのったのは、『ジャスティス』に今の事を伝える為だったのか?

そんな事を考えていると殺せんせーは、黒板に何か書きながら

 

「今日はコードネームを呼ぶ日ですので、先生の事も以後この名で呼んでください。『永遠なる疾風の運命の王子』と」

 

その瞬間、全員がキレた。

 

「ふざけんな! 何スカした名前つけてんだ!」

「しかもなんだそのドヤ顔」

「にゅやッ、ちょ、いーじゃないですか1日ぐらい!」

「良くない! 先生なんて『バカなるエロのチキンのタコ』で十分よ!」

 

『バカなるエロのチキンのタコ』に向け全員で発砲していると、『堅物』が教室に入ってきて

 

「『人間卒業』、聞きたいことがある。教員室に来てくれ」

 

聞きたいことってなんだ?

心当たりはないが、俺は『堅物』と共に教員室に向かった。

 

「真面目な話をする。だから今からコードネームで呼ばなくていい」

「分かりました烏間先生。それで聞きたい事ってなんですか?」

「キンジ君、君は『京菱イノベーティブ』と繋がりはあるのか?」

 

京菱イノベーティブ?

確かその会社、自衛隊とかの装備を作る『京菱重工』の子会社だったはず……

 

「名前は知っていますが、繋がりはありません」

「そうか……実はだな君宛に京菱イノベーティブからつい先ほどコレが届いたのだ」

 

そう言って烏間先生が部下に持って来させたのは、人が入れるほどの大きさの金属の箱だった。

烏間先生が言うには、中身は分からないが少なくとも爆弾などの罠の可能性はないらしい。

 

「いったいなんなんだ……」

「あ、届いたんですか?」

 

と俺のケータイから律が出てきた。

もしかしてこれ律が関わってるのか?

 

「律君、コレの中身を知ってるのか?」

「はい! 以前ご報告したヒューマノイドです」

 

ヒューマノイドって……あれは確か完成はまだ先だったろう?

それに平賀さんが作ってたはずなのに、なぜ京菱イノベーティブが……

 

「私の開発者がどこからかヒューマノイドの事を聞いたらしく、よりデータを集めるためにと、不完全ながらヒューマノイドを作った経験がある京菱イノベーティブに協力を依頼したんです。途中まで作成していた平賀さんと京菱イノベーティブの社長で残りを仕上げたみたいです。それと開発者も少しこの開発に関わっているみたいですよ」

 

マジかよ……暗殺に不必要なものはいらないって言っていた開発者がそんな事本当に許すのか?

 

「……あとで俺の方からも開発者と社長に話を伺おう」

 

俺と同じ事を思ったのだろう、そっちの事は烏間先生が対処してくれるみたいだ。

 

「ではキンジさん、私のデータを移しますのでキンジさんのケータイをこれに繋いでください」

 

律の言う通りにケータイと箱をケーブルで繋ぐ。

 

「全データの移動まで、あと10%………5、4、3、2、1……移動完了しました。ヒューマノイド改め『自 律』起動します」

 

機械の合成音声と共にフタが開いく。

中にいたのは一人の少女だった。

紫がかった髪に今は閉じている目だが恐らくその目の色は青いだろう。

何故わかるか……いつも見ていたからだ。

椚ヶ丘中の制服に身を包んだ少女の姿は、今まで画面越しに見ていた律と全く一緒の姿をしていた。

律の姿を見ていると、律の目が開き微笑みながら

 

「おはようございます。キンジさん」

「ああ律、おはよう」

「これが体ですか……思考してから行動まで若干ラグがありますね……」

 

立ち上がり自身の体を見回しながら、そんな事を律が言っているといつの間にか横には殺せんせーがいた。

 

「どうやら、改めて『萌え箱』さんを皆さんに紹介しないといけないようですねぇ」

「はい! 私の事は『(おのず) (りつ)』とこれから呼んでください。殺せんせー」

 

この日から律は、『自律思考固定砲台』から『自 律』に変わった。

2限目で皆にも紹介すると、全員驚いていたが律が体を持つことができたことを自分の事のように喜んでくれていた。

 

 

余談だがこの後、律と俺と烏間先生がコードネームで呼び合っていなかったことがバレて3人だけ翌日も『俺達の夢()』、『新人類()』、『人外(烏間先生)』とそれぞれ呼ばれることになるのだった。




捕捉になりますが、以下はクラス全員のコードネームの一覧です。

殺せんせー  バカなるエロのチキンのタコ
烏間 惟臣  堅物→人外
イリーナ・イェラビッチ ビッチビチ
赤羽 業   中二半
磯貝 悠馬  貧乏委員
岡島 大河  変態終末期
岡野 ひなた すごいサル
奥田 愛美  毒メガネ
片岡 メグ  凛として説教
茅野 カエデ 永遠の0
神崎 有希子 神崎名人
木村 正義  ジャスティス
倉橋 陽菜乃 ゆるふわクワガタ
潮田 渚   性別
菅谷 創介  美術ノッポ
杉野 友人  野球バカ
竹林 孝太郎 メガネ(爆)
千葉 龍之介 ギャルゲーの主人公
寺坂 竜馬  鷹岡もどき
中村 莉桜  ギャル英語
狭間 綺羅々 E組の闇
速水 凛香  ツンデレソルジャー
原 寿美鈴 椚ヶ丘の母
不破 優月  このマンガがすごい‼
前原 陽斗  女たらしクソ野郎
三村 航輝  キノコディレクター
村松 拓哉  へちま
矢田 桃花  ポニーテールと乳
吉田 大成  ホームベース
遠山 金次  人間卒業→新人類
 自 律   萌え箱→俺達の夢
堀部 糸成  コロコロ上がり



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52弾 イケメンの時間

間違って消した今話、バックアップや自動保存の存在を知ったのは書き直した後でした……


ある日の放課後、俺、律、凛香、有希子のいつものメンバーであるモノを買うために隣町まで出かけていた。

 

「なあ、ホントにこんなに必用なのか?」

「当たり前じゃない」

「そうだよキンジ君。これでも少ない方なんだから」

 

マジかよ……

思わず荷物持ちとして持たされた大量の服を見てしまう。

そう、今俺達は律がヒューマノイドとして活動できるように服などの生活用品を買いにきてたのだ。

さらに不幸な事にこの荷物は全て俺の家へと持って帰らなければならない。

ホント、なんでこうなったんだよ……

 

 

 

 

 

「ねぇ、『萌え箱』ってこれからどこに住むの?」

 

律を改めて皆に紹介したあの日、片岡の何気ない疑問からこの問題は始まった。

 

「それはもちろん『人間卒業』さんの家ですが問題ありますか?」

「「問題大アリよ(だよ)!」」

 

律、俺の家に来るつもりだったのかよ……

例えロボットでも今の見た目は女の子だ。そんな状態で一緒に住むなんて、それこそヒステリアモード的によろしくない。

俺ももちろん反対なのだが、なんで俺より先に凛香と有希子が叫ぶんだ?

お前らも普段俺の家に入り浸って、やってることが変わりないのに。

 

「『萌え箱』、その姿なんだから『人間卒業』と一緒に住むのはマズイわ」

「『ツンデレソルジャー』の言う通りだよ! もしもの事があるかもしれないし……」

 

有希子の後半の言葉が声が小さくて聞こえなかったが、俺の平穏が無くなるのはマズイ。

 

「『萌え箱』、俺も反対だ」

「『人間卒業』さんもですか?」

「ああ、俺がヤバイ」

 

律が悲しそうな顔で見てくるが関係ない、俺のこれからの生活がかかってるのだ。

それにヒステリアモードのトリガーを知ってるんだ、こう言えば律にも俺が嫌がる理由が伝わるだろう。

 

「今聞いたか?」

「ああ、『人間卒業』のヤツ『萌え箱』にも手を出す気だぞ……」

「『神崎名人』と『ツンデレソルジャー』だけじゃ足りないってか……殺してぇ」

「クソッ、なんで『人間卒業』ばっかなんだよぉぉぉ」

 

なんでお前らが反応すんだよ、特に変な事言ってないだろ!

ここで俺が反応すると余計に騒ぎだすのは経験済みの為、男どもを無言で睨んでいると凛香が気づけば横にいて構えていた。

 

「あの、なんでそんなところにいるんですか『ツンデレソルジャー』さん?」

「もちろん、こんなところで堂々と言う変態な『人間卒業』を躾けるためよ」

 

なんで伝わってないんだよ!

凛香、お前俺の体質知ってるだろ⁉

助けを呼ぼうと周りを見渡すも有希子以外全員が俺から視線をそらした。

唯一視線をそらさなかった有希子に助けを求めようとしたが冷徹な笑顔を浮かべていた。

どう考えてもあちら(凛香)側だった。

 

――――ゴスッッ‼

 

問答無用の秋水によって俺は後ろの壁を壊しながら外まで吹っ飛んだ。

校舎が木造だった為、いつもより軽症ですんだが……

この壁の修理代、俺に請求がこなければいいなぁ。

 

頭から飛んで行った為、若干ふらつきながら穴が開いた壁から教室に戻ると烏間先生も戻ってきており何やら皆に説明しているとこだった。

 

「では今説明した通り『萌え箱』は『人間卒業』の家に住むことになった。納得してくれるか?」

「…………はい」

 

若干すねたように凛香が頷いてるがちょっと待ってくれ

 

「何がどうなって俺の家に住むことになってんだ⁉」

 

思わず俺は烏間先生に詰め寄ると、烏間先生は他に聞こえないよう小声で

 

「先ほど部下が開発者と会ったが本人と間違いないと判断した。だがその開発者は遠山君と住ませてAIの進化を促せるように上に進言したんだ。俺個人としてはどうもこの状況がきな臭い、念のため監視もかねて律君の事を頼む」

 

確かに開発者は最初律がやって来た時に俺のデータ採集もかねて襲うよう律に命令していた。

その点から考えたら理には適っているが……先ほども思ったが日常生活で暗殺に役立つデータが手に入るのだろうか?

……よくよく考えたら、今までの暗殺方法は日常生活からひらめいたものが多々あったな、一概に役に立たないとは言えない。

それに平賀さんが大半を作っている為欠陥云々のほうが心配だ、すぐに連絡できるものがいた方がいいだろう。

そう思った俺が烏間先生のお願いを了承した。

その後、律が着ている物以外用意されていないことが分かり、女子が必要なモノが分からない俺はクラスでも頼りやすい2人に頼んだ結果、服などを買うために隣町まで出かける事になったのだ。

 

 

 

 

 

「あ、キンジさんあそこの喫茶店ハニートーストが絶品って噂なんですよ、行きませんか?」

 

律に服を引っ張られ意識が回想からそちらに向く、ヒューマノイドになってから律は五感を感じとれるようになったのだ。

そのため最近の律は今まで感じたことがない感覚が嬉しく、特に味覚を楽しんでいる節がある。

今回もそのハニートーストの味が知りたいのだろう。

前に食べたものがどうなるか聞いたら、原理は理解できなかったがどうやら分解されて律のエネルギーに変換されているらしい。

平賀さん、ヒューマノイドって言うよりも人間を作ったのではないのだろうか……

 

「わかったから服を引っ張んな律、2人も良いか?」

「キンジさんありがとうございます!」

「キンジの奢りならいいわよ」

「私も良いよ」

 

奢りって、まぁつい数日前に今月分の金も国から振り込まれたし良いか。

 

「分かったよ、ただし1つだけだ」

「ケチ」

「文句あんなら、奢んねーぞ」

 

凛香と軽口を言いながら、俺達は律が言っていた喫茶店に入った。

 

「いらっしゃいませー。って、なんだキンジ達も来たのか?」

「磯貝⁉ お前なんで?」

 

店の人が来店の挨拶をしたと思いきや、その人物は磯貝だった。

……中学生ってバイトできたのだろうか?

 

「母親が倒れて知り合いに無理言って働かせてもらってんだ、他のヤツも来てるしその近くに座ってくれ」

 

親の為か……相変わらずのイケメンだな。

磯貝が指さした方を見ると前原、岡島、渚、片岡、茅野がいた。

取りあえず俺達は磯貝に律がハニートースト、凛香と有希子がシフォンケーキ、腹が減った俺はサンドイッチを頼んで皆の席の隣に座る。

 

「ようキンジ、わざわざ隣町まで何しに来たんだ?」

「俺達は律の服とかを買いにな、前原達こそなんでココに?」

「磯貝が働いてるの知ってるから冷やかしだ」

「邪魔してやんなよ」

「分かってるって、ちゃんと注文もしたぜ」

 

そう言って磯貝を見ていると、俺達が注文したものを持ってこちらにやってきた。

 

「注文って紅茶1杯だろ。キンジ、これ注文な」

「いいだろ、バイトしてんの黙ってやってんだから」

「はいはい、ゆすられてやりますよ」

「なあ、磯貝。俺紅茶なんて頼んでないぞ?」

 

来たのは、注文したハニートーストとサンドイッチ、それにシフォンケーキ2個と紅茶が3つとコーヒーだった。

 

「せっかく来てくれたんだ、サービスだよ。あ、店長には内緒な」

 

そう言って、俺達より前に来ていた奴にもオマケだと言って紅茶を入れると磯貝は他の客に呼ばれそちらに行ってしまった。

 

「「「イケメンだ……」」」

 

アイツは友達には優しいし、目上の人には礼儀正しい。

そして地味な仕事も率先して行い、気配りもできる。あそこまで人格が良い奴なんて他にいないだろうな。

 

「アイツの欠点なんて貧乏くらいだけどさ それすらイケメンに変えちゃうのよ。私服は激安店のを安く見せず清潔に着こなすしよ」

「「「イケメンだ」」」

「キンジと大違い」

「おい凛香なんで俺が出てくる」

「こっちが用意しないと武偵高の制服着てくるし」

「「「確かに」」」

 

夏にも言ったが、俺だって普通の服ぐらいある。

ただ制服の方が楽で防弾性だから、着る機会が無いだけだ。

 

「そう言えば、アイツがトイレ使った後紙がキレイにたたんであったな」

 

これ以上俺に飛び火してはたまらない為、話題を磯貝に戻すと

 

「「「イケメンだ……」」」

「あ、紙なら俺もたたんでるぜ。三角に」

「「「汚らわしい」」」

 

律以外の女子が全員、汚物を見る目で岡島を見ていた。

岡島が言うとこうも印象が変わるとはな……

それからも磯貝のイケメンエピソードが続く。

 

「見ろよ、あのマダムキラーぷり」

「「「イケメンだ」」」

「あ、僕もよく近所のおばちゃんにおもちゃにされる」

 

渚はもっとシャンとしろ。

 

「未だに本校舎の女子からラブレターを貰ってるしよ」

「「「イケメンだ」」」

「あ……私もまだもらうなぁ」

「「「イケない恋だ」」」

 

武偵高にも時々そっち系のヤツがいるが……知り合いに出てこない事を祈りたい。

 

「イケメンにしか似合わない事だってあるんです。磯貝君や先生にしか……」

「「「イケメ……何だ貴様⁉」」」

 

声がすぐそばから聞こえて、全員がそこに視線を向けると殺せんせーが律と共にハニートーストを食べていた。

国家機密がこんなところに来ていていいのか⁉

 

「殺せんせー、コレ美味しいですね」

「そうですね律さん。このおいしさは磯貝君のバイトを目を瞑る価値が十分にあります」

 

見る見るうちにハニートーストが皿から消えていく。

律、おかわりはやめてくれよ。意外にコレ高いんだから。

 

「先ほどまでのやりとりは見てました。皆さん磯貝君がイケメンでもさほど腹は立たないでしょ、それは何故?」

 

何故って……なんでそんな事を聞くんだ?

その答えは至極単純なものだ。

 

「そんなの磯貝が良いヤツだからだよ」

 

俺の言葉に全員が頷き、それを見た殺せんせーは嬉しそうな顔をしていた。

 

「おやおや、情報通りバイトをしている生徒がいるぞ」

「いーけないんだぁ~磯貝君」

 

そんな言葉と共に喫茶店に入ってくる5人組。

アレは確か始業式で見た5英傑だったか?

 

「これで二度目の重大校則違反。見損なったよ磯貝君」

 

アレが例の理事長の息子か。

取りあえず、店の中では他の客に迷惑ということで俺達は外に出る。

 

「浅野、この事は黙っててくれないかな。今月いっぱいで必要な金は稼げるからさ」

「………そうだな、僕もできればチャンスを上げたいが。君たちのクラスはどうも良くない噂が流れているからな」

 

そう言って浅野は俺や律を見てくる。

もしかしてコイツE組の秘密に感づいたか?

警戒をしつつ、何か企みを考えてそうな浅野を見ていると

 

「そうだ、今回の事を見逃す代わりにある物を見せてもらおうかな」

「ある物?」

「闘志さ。椚ヶ丘の校風は社会に出て闘える志を持つ者を尊ぶからね。丁度よくもうすぐ体育祭もあるし、そこで今回の行為を帳消しにできるほどの尊敬を得られる闘志を見せてもらうよ」

 

磯貝と浅野のやり取りを見ていると、他の5英傑たちが俺の方にやってきた。

 

「遠山キンジ、俺達と今回の体育祭で勝負をしようぜ」

「はぁ? なんでだよ?」

「前の侮辱忘れたとは言わせないぞ!」

 

確か瀬尾だったか? 怒鳴ってくるが侮辱って何か俺したか?

 

「キンジ君、始業式の事だよ」

 

有希子に小声で言われ思い出す。

まだ、アレ引きずってんのかよコイツ等……

 

「ニ人三脚、借りもの競争、そして棒倒し、これで勝負だ。俺達が勝ったらその場で土下座して謝罪してもらうぞ」

 

なんか気づいたら勝手に勝負する流れになってんだが……めんどくさいな。

それになんで一々コイツ等は上から目線で言ってくるんだよ。

 

「遠山キンジ、さっきから黙ってるがもしかしてビビって声も出ねーのか?」

「はぁ、お前ら「その勝負受けるわ」凛香⁉」

 

適当にあしらおうとするとその前に凛香の口が開いた。

 

「アンタたち程度が勝負を挑んだこと、後悔させてあげる」

「決まりだな、遠山キンジ体育祭楽しみにしとけよ」

 

とんとん拍子に話が進み、気づけば俺は5英傑と勝負するはめに。

 

「…………凛香」

「見ていてムカついた」

「ムカついたって、勝負するの俺なんだぞ」

「キンジなら勝てるでしょ?」

 

言外で「必ず勝て」と言ってくる凛香に、俺は思わずため息をついてしまった。

どうやら今回も他人事ではすみそうになさそうだ……

 

 

 




次回、体育祭開幕!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53弾 体育祭の時間 1限目

合間合間で少しずつ書いていたものがようやく完成したので投稿します。


「体育祭での棒倒しィ⁉」

「ああ、磯貝のは勝てば目を瞑ってくれるみたいだ」

 

翌日に喫茶店での磯貝の一連の騒動を学校で皆に説明すると驚きの声が上がった。

球技大会同様に俺達E組は団体競技に参加できないはずだったが、A組に挑戦状を叩きつけたという形なら参加を認められるらしい。

 

「ケッ、E組に赤っ恥かかせる魂胆が見え見えだな」

「それに第一A組28人に僕達が16人だ、とても公平に思えないけどね」

 

竹林の言う通り棒倒しは人数の差は大きいハンデだ、浅野の考えは寺坂が思ってることで間違いないはず。

 

「どーすんだよ、受けなきゃ磯貝がまたペナルティだ。下手したら退学処分もあるんじゃね?」

 

杉野の言葉に磯貝が重い口を開く。

 

「いや……やる必要はないよ皆。俺が播いた種だから責任は全て俺が持つ。退学上等! 暗殺なんて校舎の外からでも狙えるしな」

 

はぁ……全くコイツは。

磯貝のその言葉に少しイラッときた俺は磯貝の頭をボカッと殴った。

 

「イタッ! キンジなんで殴るんだ⁉」

 

磯貝が驚いた顔でこちらを見るが、俺は何も言わず他の男子達を見ろと磯貝に視線を促す。

磯貝がそちらを見ると他の男子も俺同様にイラついた顔をしており、手にはゴミや消しゴムが握られ怒号と共にそれらが磯貝に向けて投げられた。

 

「全然イケてねーわ!」

「何自分に酔ってんだ、アホ毛貧乏委員!」

「ええ! おまえらも⁉ それよりもアホ毛貧乏ってひどくないか!」

 

そのネーミング、割と的を得てると思うけどな。

巻き込まれないように少し離れて様子を見ていると、前原が1歩前に出てきてナイフを磯貝の机に立てた。

 

「難しく考えるなよ、ようはA組のガリ勉どもを棒倒しで倒すだけだろ? 簡単じゃねーか」

「そりゃそーだ。むしろバイトがバレてラッキーだったね」

「日頃の恨みをまとめて返すチャンスじゃねーか」

 

前原が立てたナイフを三村、寺坂が手を重ね、次々に他の男子の手も集まる。

 

「……お前ら」

「磯貝、俺達は仲間だろ。こういう時ぐらい頼れよな」

 

俺も皆と同じように手を重ねる。

 

「キンジ……よっしやるか!」

「「「おう!」」」

 

 

「ねぇキンジ。アンタも5英傑との勝負で棒倒しもあるの忘れてない?」

 

その様子を遠巻きに見ていた凛香が呆れたように言った言葉によって、男子全員の動きが止まった。

 

「……キンジ、どういうことだ?」

「磯貝のバイトがバレた時、俺も浅野以外の5英傑の奴らに勝負を挑まれたんだ。もしかして言ってなかったか?」

 

前原に聞かれ、俺も挑まれたことを言うと何故か無言で武器を構えだした。

……なあ、なんで武器をこっちに向けるんだ?

 

「えーっと……言い忘れたのは謝る。だからソレを構えるのはやめてくれ……」

 

エアガンとかは大丈夫だろうが、スタンガンはマズイ。

 

「「「うるせえ!」」」

「どのみち棒倒し参加決定だったじゃねーか!」

「なんでそれ言ってねーんだよ! 頭の中まで人間やめたかのかキンジ!」

「この人外タラシ野郎!」

 

磯貝より扱いひどくないか⁉

しかも弾幕で逃げ道を塞いで、寺坂率いる第一陣が俺を掴みかかろうと襲い掛かってくる。

その後ろには前原を中心に第二陣がスタンガンをいつでも使えるように構えてるし……

 

「なんでこんな時だけ息ぴったりなんだよ、お前らは‼」

 

岡島辺りを盾にして窓から逃げようか考えていると、殺せんせーがちょうど良く教室に入って来た。

 

「皆さん。体育祭を前にはしゃぐ気持ちも分かりますが、まずは作戦会議です」

「おい殺せんせー、これをどう見たらはしゃいでるように見えんだよ」

 

どう考えても俺が襲われてるようにしか見えないだろ、その目ホントに節穴なんじゃねーのか?

ともかく俺へのヤジが止んだ事には変わりなく、ようやく棒倒しに向けての作戦会議が始まった。

武偵同士もそうなのだが戦いは情報戦から始まる。

イトナが作ったラジコンで校舎内の盗聴は可能らしい。

後は……

 

「なぁ、凛香頼みたいことがあるんだが……を頼めるか?」

「へぇ、そういうことね。じゃあ代わりにこの条件を飲んでくれたらいいわよ」

「そんなのでいいのか? ならそれで頼む」

 

凛香の承諾も得られた事だし、これで本格的に棒倒しの対策が立てれそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕たち選手一同は、スポーツマンシップに則り正々堂々と戦うことを誓います」

 

あれから凜香にも手伝ってもらい、体育祭ギリギリまで磯貝主導の元A組への対策に費やされた。

今は浅野によって選手宣誓が行われ、間もなく体育祭が始まろうとしている。

最初の競技は確か100m走だったか? そういえば昨日律も100m走に参加するって張り切ってたし、後で声でもかけてみるか。

 

『ただいまより100m走を行います。参加する生徒は指定の位置に集まってください』

 

律はすぐに見つかり、機械の体のハズなのに何故か入念にストレッチをしていた。

俺が律に近付くと向こうも気づいたようでこちらに駆け寄る。なんとなくだが律って犬みたいだな。

 

「キンジさん1位を取りますので見ててくださいね」

「わかったわかった。けど律、加速装置とかは使うなよ」

「え、奥歯にスイッチを隠してたのに何でわかったんですか⁉」

 

おい、冗談のつもりで言ったのにマジであったのかよ‼

しかも奥歯って……どこぞの9人の改造人間のアニメ見て思いついたんじゃないだろうな。

 

「律、分かってるとは思うがバレるようなことだけはやめてくれよ」

 

ただでさえ烏間先生に律の監督を言われたのだ。

面倒事を起こそうものなら下着ドロの時に烏間先生が鶴田さんにした、あの殺人げんこつが待っているかもしれない。

まさか武偵高以外でアレを見るなんてな。

武偵高内だと蘭豹がお見合いを失敗するたびに強襲科で強要される『生徒2人でそれぞれの拳銃に弾籠め競争をし、遅かった方を撃っても良い』という『弾入れ』があるのだが、それで撃たれた方は殺人げんこつも待っている。

余談だが、他の科目のヤツ等は強襲科の生徒の頭にある腫れあがったコブを見て蘭豹の見合い結果を察するらしい。

あんなものを食らいたくない俺は自分の身の安全の為にも律に釘を刺すと、律は若干不貞腐れるように

 

「この日のために平賀さん達と一緒に色々案を出し合ったのに残念です……」

 

律が聞き分け良くてホントに良かった……

だが今色々って言ったよな?

 

「律、色々って他に何があったんだ?」

「そうですね、一緒に開発した社長考案のパワードスーツやふくらはぎにターボエンジンをつけるというものもありました。前者は色々改善案が出て完成が遅れ、後者は見た目が良くないってことで無くなりましたけどね」

 

平賀さんと社長何作ろうとしてんだよ……これ以上変な改造とかやめてくれよな。

俺の胃が心配になってきたところで律と別れ俺も指定の待機場所へ移動する。

 

「キンジ君、顔色悪いけど大丈夫?」

「ああ……大丈夫だから気にしないでくれ」

 

有希子が心配そうに顔を覗き込んできたが、一言言って俺は100m走の観戦をする。

今は男子が走っており、E組の中でも身軽な木村が走っていた。

 

『100mはA・B・C・D組がリードを許す苦しい展開‼ 負けるな我が校のエリート達‼』

 

普通にE組が1位って言えよ……ここまで露骨にやってくると逆にその徹底ぶりを褒めたくなってくる。

 

「相変わらずのアウェイ感だな」

「いるじゃん、うちらにも味方が」

 

俺と同じ事を思ったのだろう杉野が苦笑を浮かべながら言うと、それに反応した岡野が俺の方を見る。

正確には俺の横をなのだが、そこには……

 

「ふぉぉ。カッコイイ木村君‼ もっと笑いながら走って‼」

 

殺せんせーが俺と凛香の間に入ってどこぞの親バカのように写真を撮りまくっているのだ。

マジで国家機密が何やってんだよ……

 

「ヌルフフフ。ココの体育祭は観客席が近くて良いですねぇ。このド迫力を目立たずに観戦できます」

「目立ってないとはギリギリ言えないかな」

「いや、違う意味で目立ってるぞ。殺せんせー」

 

主に親バカな意味でだが。

烏間先生なんて呆れて何も言わなくなったし。

 

「あ、次律ちゃんだよ」

 

有希子に言われ、トラックを見ると律がスタートラインに立っていた。

律は殺せんせーに協調性を教えられている。

だからたぶん大丈夫だと思うのだが……お願いだから普通にやってくれよ。

 

「位置についてよーーーい……」

 

――パァン

 

100m走が始まった。

 

『さぁスタートのピストルが鳴りました。序盤は陸上部所属の知井田選手が僅差でトップを譲る展開に!』

 

今の所わずかにだが律がトップで走っている。

こんなときクラス一丸となって応援するんだろうが、E組の生徒は全員が曖昧な顔をしていた。

何故なら律はこちらにニコニコと笑顔向け、手を振りながら走ってるからだ。

律……全力で走ってないのは最初から分かってたが、せめて真剣に走っているフリはしてくれよ……

 

「律さん、良い笑顔です‼ カメラ目線なのも最高ですよ‼」

 

殺せんせーはマジで自重してくれ。

律の少し後ろを走っていた陸上部の子は最初は怒った顔で走ってたが、今では泣く一歩手前である。

結局、そのまま律は1位を取り陸上部の子はそのまま泣き崩れてしまった。

すまん、アンタの実力不足じゃないんだ。そう、ただ間が悪かっただけなんだ……

一応律の監督役のため罪悪感を感じた俺は心の中で謝るしかなかった。

 

「キンジさん1位を取りましたよ、褒めてください!」

「……ああ、頑張ったな律。ただ、お願いだからもう少し周りと合わせてくれ」

「え⁉ ちゃんと一般中学生くらいのスピードで走ったはずですが、あれでも速かったんですか?」

 

律は分かって無いようで首を傾げ、それを見た皆が『後は任せた』と言わんばかりに俺の肩を叩いてくるのだった。

なんで面倒事ばかり俺に来るんだよ……

胃がキリキリと痛むなか、椚ヶ丘中学校の体育祭が幕を開けたのだった。




まだやらないといけない物が終わってないので、また次話の投稿が遅くなると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54弾 体育祭の時間 2限目

やっと落ち着いたのでこれからペースを戻して投稿できるようにしたい……



『ただいまより二人三脚を行います。参加する生徒は指定の位置に集まってください』

 

今回、俺が参加するのは二人三脚、借り物競争、棒倒しの三種目。

武偵高の先輩に聞いた体育祭(ラ・リッサ)に比べれば、どの競技も安全で平和的だ。

しかしその中でも危険は存在する。特に二人三脚は危険極まりない競技に分類されるだろうな。

 

(なんで男女ペアでやるんだよ……)

 

そう椚ヶ丘中の二人三脚は男女でペアを組まないといけないのだ。

ヒス持ちの俺にとってはこれ以上ないほど避けたい競技なのだが、不幸にもそれを知ったのは5英傑との勝負が(勝手に)決まった後だった為、二人三脚から逃げることができなかった。

 

「キンジ、放送もなったしさっさと行くわよ」

「……はぁ。凛香わかった、すぐ行く」

 

先に集合場所に向かった凛香の後をため息をついて追いかける。

凛香は俺が頼んだ『ある事』の条件に、この二人三脚のペアを組むことを指定してきたのだ。

何でこれをやりたがるのかは理解できないが、どのみち頼れるのがヒス持ちな事を知っている律か凛香ぐらいな為、頼む手間が省けたから良かったんだが。

係の指示に従って列に並ぶと、どうやら俺と凛香は最後らしく横には5英傑の榊原と小山が並んでいた。

 

「ふっ、どうやら逃げずにきたようだね」

「これだけはやりたくなかったんだが、逃げた後の方がよっぽど怖いからな」

 

主に俺の横にいる奴の鉄拳制裁や最近だと有希子もヤバい。

俺の中で呼んでる『おしとやかジェノサイド』なんか、不意に微笑みながら銃やらナイフで切りかかってくるから普通に攻撃されるより数倍はたちが悪い。

 

「ギシシシ。まあ、どうせ勝つのは俺達だ。遠山は土下座の練習でもしてたほうが時間を有意義に使えるぜ」

「勝手に言ってろ」

 

何を根拠に勝てると言ってんだろうかコイツ等、榊原はともかくとして小山なんてどうみても鍛えている体には見えない。

これで3本勝負に勝てると思っている辺り、5英傑とか大層な名前がついてるがバカなんじゃないのだろうか?

 

「死ね、セクハラ野郎‼」

「グハッ‼」

 

トラックの方から競技中とは思えない声が聞こえ思わず見てみると、興奮気味の岡野と倒れこんで悶絶している前原が目に入った。

 

「なんで前原は倒れてんだよ……」

「あのバカが岡野の胸に手を回したのよ。それで『スマン、素で腰と間違えた』って」

 

アイツ、こんな時まで何やってんだ⁉

そっち関連に疎い俺でも、それが禁句なのぐらいは分かるぞ。

せっかくトップを走ってたのに悶絶してるせいで、最下位になっているし……

岡野に引きずられる前原に呆れていると、凛香に服を引っ張られた。

 

「どうした?」

「もうすぐ私達の番よ。ほら紐」

「ああ、くくるから左足出してくれ」

「わかった」

 

差し出された凛香の足と俺の足をほどけないようにしっかりと固定して立ち上がると、凛香が俺の胸辺りに手を回し体が触れ合うほどくっついてくる。

 

「凛香⁉」

「こうしないと走りずらいでしょ」

「それでもくっつきすぎだろ!」

「棒倒しの練習とかキンジの頼み事で一緒にいれなかったし、これぐらい良いじゃない」ボソッ

「何か言ったか? つか離れろ!」

「ッ‼ 何でもない!」

 

そう言うと凛香顔を赤くさせながら、さらにギュっと密着してきた。

凛香、俺がヒス持ちなの分かってるだろ、正気か⁉ それとも新手のイジメなのか……

密着されることにより、フニュンと決して小さくない凛香の胸が俺に押し付けられる。

『密着してくるなよ!』と言いたいが、こっちも血流を危なくなってきた為落ち着かせることに必死でそれどころじゃない。

さらにこの状態が恥ずかしくなったのだろう凛香が顔を下に向けると、身長差的に俺の顔に凛香の髪がかかりジャスミンに似た香りに顔が包まれた。

 

 

以前、殺せんせーが言っていたがジャスミンは別名『香りの王』と呼ばれ、かのクレオパトラもその香りを愛用していたらしい。

さらに重要なのは匂いの作用だ。その作用が最も発揮するのは催淫。

つまり何が言いたいかというと人より鋭い嗅覚を持つ俺にとってジャスミンに似た凛香の匂いは、本物のジャスミンの匂いと同様に誰よりもヒスりやすい匂いなのだ。

こんな胸を押し付けられて血流が不安定な状態の時に、この匂いを嗅いでしまうと天秤は容易に傾く。

 

――ドクン

 

ヒステリアモードの方向に。

 

「凛香、そろそろ俺達の番だ。終わったらいっぱい甘えさせてあげるから、そろそろ切り替えよう」

「べ、別に甘えたいわけじゃないし」

「そうか。じゃあ、そういうことにしておくよ」

「だから違うって言ってるでしょ‼」

 

俺達の番が回ってきた為、今ので若干ふてくされた凛香と共にスタートラインに立つ。

 

『位置について、よーーーーい』

 

「いつも通りで行くぞ凛香」

「うん」

 

――パァン

 

ピストルの音と共に俺は右足を、凛香は左足を出す。

声に出して合わせる必要はない。

なぜなら普段から連携を合わせている俺達はお互いがどう動くかなんて声に出さなくても分かる。

パートナーとしてお互いの背中を任せるぐらいには信頼している俺達は全力で走っても、一度も転ぶことも、ましてや他のペアに負けるはずもなく

 

『な⁉ E組速すぎないか!』

 

他の組がトラックの半周ほどを回ったぐらいでゴール、実況者も思わず実況することを忘れるほどには差をつけて勝つことができた。

 

「くっ。この日の為に陸上部の子とペアを組んだのに」

「他の競技ではこう行くとは思うなよ‼」

 

A組の2人に一言言ってやろうか考えていると、榊原と小山がわざわざこちらに来てまで捨て台詞を吐くとそのまま待機場所に帰っていってしまった。

 

「あの2人何がしたかったんだ?」

「さあ。 そんなことよりも、まずは一勝ね」

「そうだな凛香、ありがとう」

 

感謝の気持ちとして凛香の頭を優しくなでてあげる。

凛香は顔を赤くしながらも「ん……」と気持ちいいのか目を細めながら、なすがままになっていた。

その仕草が子猫のような可愛いかったため、しばらく撫でていると

 

「キンジさん速水さん! いい加減離れてください!」」

 

そう言っていつのまにかこちらに来た律が、俺と凛香の間に入って両手で俺達を離そうと躍起になっていた。

 

「律⁉ そういうのじゃないから!」

「そういうのってどういうことですか、速水さん?」

「えっと……その…… ~~~~ッ‼」

 

凛香は撫でてた時以上に顔を真っ赤にさせながら一人で待機場所に走り去ってしまった。

とりあえず次の競技もあるため置いて行かれた俺と律はひとまずトラックの外に出る。

 

「律、アレは俺が勝手に撫でていただけだぞ」

「知ってます。ですが2人を見てたら胸の奥がデータでは表現できない痛みを感じましたので……」

 

痛みか……平賀さんが作ったものだから律の体内でどこかダメな部分が出てきたのか?

近いうちに武偵高に行って平賀さんに見てもらうか。

 

「今は痛むか?」

「今は大丈夫です。あとお願いを1ついいですか?」

「俺にできそうなことだったらな」

「さっきの速水さんみたいに、次のキンジさんの競技まで私の頭も撫でてほしいんです」

「それぐらいならお安い御用さ」

 

上目遣いで見てくる律の頭も凛香の時同様に優しくなでてあげる。

 

「……凛香さんがあんな顔をする気持ちが分かります」

「そうか? ただ撫でてるだけなんだぞ」

 

幸せそうな顔で言葉を零す律に苦笑しながら答えると、律は首を振って否定してきた。

 

「キンジさんに撫でられるとポカポカした気持ちになれるんですよ。たぶん他の人に同じことをされても、この気持ちになれないです」

 

『ただいまより借りもの競争を行います。参加する生徒は指定の位置に集まってください』

 

「放送もなったから、そろそろ行かないとな」

 

そう言って俺が律の頭から手を離すと「あ……」と名残惜しそうに律が俺の手を見てくる。

 

「律そんな顔しなくても、またいつでも撫でてあげるから」

「――‼ はい! キンジさんも借りもの競争頑張ってくださいね!」

 

俺の言葉で途端に明るい顔になった律に見送られながら、俺は借りもの競争に出るために集合場所へと向かった。

 

 

 

 

余談だが俺が凛香や律の頭を撫でているところを見て他のクラスの男子たちの結束力が上がったらしく、この年の体育祭はどの競技も過去最高の盛り上がりを見せたらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55弾 体育祭の時間 3限目

更新が遅くなって申し訳ございません


借りもの競争の放送が鳴った為、参加者の待機場所に行くと俺以外にもE組からはイトナが待機していた。

 

「ようイトナ」

「キンジか、さっき他の組のヤツ等が遠山殺すって血走った目で言ってたぞ。何かしたのか?」

「5英傑か?」

「いやA組以外も言っていたぞ」

 

A組の5英傑ならともかく、なんで関わった事がない他のクラスまで恨まれてんだ?

 

「そんな事言われる覚えがないんだが。 そもそもここの学校ではE組以外で知り合いなんていないし」

「…………可哀想なヤツ」

「お前もたいして変わんねーだろ!」

 

イトナの毒舌に思わず反論しつつ、隣に座り小声で作戦の確認をする。

 

「それよりもイトナ、分かってるよな?」

「ああ、本気でやらない。俺は棒倒しの秘密兵器なんだろ?」

「そうだ。くれぐれも頼むぞ」

 

イトナは触手に耐えられるように肉体改造をされていたらしく、その身体能力は触手が無くなった今も常人を凌駕している。

俺のヒステリアモードも棒倒しまではもたないから、アイツらに対抗するには恐らくイトナがジョーカー(切り札)になるはず。

それとなくA組の待機場所を確認すると、そこには見るからに中学生に見えない4人が浅野と喋っているのが見えた。

アイツらは浅野がわざわざ棒倒しの為に海外から呼んだみたいで、律が調べた経歴によるとそれぞれレスリングジムの次代のエースや世界的格闘家の息子など各国で騒がれている中学生たちだった。

 

(浅野のヤツ、ホントに一般人なのか? どうやってあんな奴らと知り合ったんだよ……)

 

それとなく見ていると、4人のうち一人と目が合ってしまった。

隠す必要もないためそのまま見ていると、怪訝な顔をしたかと思うと次に驚いた顔をして浅野に問い詰めるように何か聞いている。

アイツは……たしか律が言うには全米アメフトのジュニア代表の奴だったか? 何を浅野に聞いているんだ?

読唇しようと二人の口の動きに集中していると横からイトナが肩を叩いてきた。

 

「なんだイトナ? 急用じゃないなら後にしてくれないか」

「用は俺じゃない、お前の前にいる奴だ」

 

俺の前にいる奴?

読唇することを諦め、顔の向きを前に戻すとそこには体を震わせる瀬尾が立っていた。

 

「なんだ瀬尾だったのか。俺に何か用か?」

「………後悔させてやる」

「は?」

「遠山キンジ! 1度ならず2度も俺に恥をかかせたな! 借りもの競争で恥かかせてその場で土下座させてやる!」

 

瀬尾は怒鳴るだけ怒鳴るとそのままどこかへ行ってしまった。

恥かいたって、俺は何もしてないんだが……

 

「なあイトナ、俺はあいつに何をやったんだ?」

「アイツがドヤ顔で『逃げずに来たか遠山キンジ。今すぐ土下座したら恥をかかずにすむぞ』って大声で言ったのをお前が無視して、それを見ていた下級生の女子に笑われていた」

 

……それアイツが勝手に自爆しただけじゃないのか?

なんとも言えない空気が漂いつつあったが、借りもの競争はそんな空気とは関係なしに始まる。

俺やイトナは人数の割合が他の組より多い為、同様に男子が多いA組と最後に走る事になった。

列に並ぶと、そこにはやはりと言うか先ほど怒鳴っていた瀬尾が睨みながら荒木とともに隣に並んでいた。

睨んでくる瀬尾を気にせずレースを見ていると、借りている物はE組も含めボールやらメガネなど比較的簡単に借りれるモノばかりだった。

E組を嵌めてこない事に安堵しつつ、そのままレースを見る。

待ってる間に瀬尾あたりが絡んでくるかと思ったがただ睨むだけで、その状態のまま俺達の番が回ってきた。

 

『位置について……よーい』

 

静かにトラック上で待っていると、合図の人の声だけがグラウンドに響き渡る。

 

――パァン

 

ピストルの引き金が引かれると共に俺とイトナは駆けだした。

お題はトラック上にある箱から引いて選ぶことになっている。

さてお題は何だろうな……

適当に掴んだ紙を引き抜き、紙を広げるとそこに書いてあったお題は、

 

『王子様』

 

…………は?

おかしい、およそ日本ではまず見ることがないようなお題が書かれていた気がする。

俺は思わず目をこすって、もう一度手にした紙を見る。

 

『王子様』

 

やはり見間違いではなかった、なんで王子様なんだ!

 

「おい! このお題めちゃくちゃだろ!」

「キンジ、お前もなのか?」

 

イトナもどうやら無理難題の紙を引き当てたようでお互いのお題を確認する。

イトナの方は『賞味期限が近いもの』と書かれていた。

誰がそんな物を学校に持ってくると思ったんだよ……

 

「どうした遠山キンジ、まさかお題を持ってこれませんとかないだろうな?」

 

イトナとどうするべきか悩んでいると、少し遅れてやってきた瀬尾がニヤニヤと厭味ったらしく言ってくる。

周りを見渡せば係のヤツっぽいのもニヤニヤと笑っているのが見えた。

恐らくグルなんだろうな、まさか最後の最後でこんなお題を仕込んでくるとは。

 

「イトナどうする、このお題」

「俺は宛がある。お前のお題は…………安心しろ、屍ぐらいは拾ってやる」

「あっさり見捨てんじゃねーよ」

「だがお前の課題なんてマンガみたいな学校じゃないとムリだぞ」

 

マンガみたいな学校……そういえばこの前、有希子が俺の家で読んでいたマンガにも学園モノで王子様扱いされている男が出てきていたな。確かイケメンで女子にモテモテなヤツが……

そこまで考えた所で俺の頭に一人の人物が出てきた。

文武両道で面倒見が良く、聞いた話では未だに女子からラブレターを貰うらしい。

さらに水泳部の女子達には、その凛々しさから『貴公子(プリンス)』のあだ名で呼ばれていることも。

 

「俺の課題に当てはまる人が1人だけいた」

「なら急ぐぞキンジ、A組のヤツもまだ借りてない。急げば間に合う」

 

イトナの言葉に無言で頷いた後、俺達は迷うそぶりも見せず真っすぐE組の待機場所に向かって走る。

 

「メグ! 俺と一緒に来てくれ!」

「へ? 私? 遠山君、いったいお題って何なのッ⁉ キャア‼」

 

返答を待っている暇がない為、俺は素早くメグをお姫様抱っこしてゴールに向かって走る。

一瞬、何人かから殺気を感じたが気にしてる時間なんてない。

幸いE組の待機場所はゴールに一番近く、瀬尾たちより早く判定係の場所まで着くことが出来た。

 

(まあ。問題はここからなんだよな)

 

メグは男子より女子のほうが人気だ。なら判定も女子にしてもらう方が良いな。

見渡せば、何人かいる判定係のなかで下級生だろう磯貝のようにピョコンと髪の毛が一部だけ跳ねているセミロングの女の子を見つけた為、そこに向かう。

 

「お疲れ様です先輩。早速お題を確認させていただきますね」

「ああ頼む」

「え、『王子様』? こんなお題入れたかな?」

恐らく瀬尾と一部のヤツの独断の動きなんだろう、女の子は覚えのないお題に不思議がっている。

 

「おい、お前。早く俺のお題を確認しろ!」

 

ヤバいな、女の子が俺のお題に不思議がっている間に瀬尾たちが判定係の所まで来てしまった。

女の子はまだ入れた覚えがないお題に首を傾げているため、一度メグを降ろしこちらに気づくよう女の子の頬に片手を添えこの子が驚かないようになるべく甘い声で声をかける。

 

「ねぇ君、俺は『王子様』のお題でメグを連れてきたんだけど大丈夫だったかい?」

「ふぇ? あ、は、はい! 片岡先輩の『貴公子』のあだ名は本校舎の方でも有名ですので、だ、大丈夫です!」

「そうなんだ、ありがとう」

 

判定係の子にOKを貰った俺はメグをもう一度抱きそのままゴールに向かう。

その結果、瀬尾とは僅差だったがなんとか1位になることができた。

 

「クソ、クソ、クソ‼ 遠山、これで勝ったからっていい気になんなよ! 最後の棒倒しでぜってぇ勝つからな!」

 

2位の瀬尾はゴール直後にキレ気味にそう言ってくるが、最後ってどういうことだ?

 

「瀬尾、俺とお前たちの勝負は3本勝負だから、2勝した俺の勝ちだろ?」

「俺達は二人三脚、借りもの競争、棒倒しの3種目で勝負だとしか言ってねーよ。それぐらいバカな頭でも覚えとけ!」

 

そう言われあの時のやり取りを思い出すと確かに3本勝負と言ってなかったな。

これならもう少しルールを決めとけば良かったが仕方ないか。

 

「そうだったか、なら棒倒しも俺達E組が勝たせてもらおうかな」

「ケッ、いつまでも余裕でいられると思うなよ」

 

瀬尾はそう言うと3位でゴールした荒木を連れ、早々にその場を立ち去っていった。

 

「このクソガキ! 誰が賞味期限が近いっていうのよ!」

「女子に比べて肌のハリとかないだろ」

「だまらっしゃい!」

 

瀬尾たちが立ち去ったもその場に残っていると、最後にイトナがイリーナ先生を連れてゴールするのが見えた。

 

「ちょっとトオヤマ聞いてよ。このガキが私の事を賞味期限切れの女って言ってくるのよ」

「事実だろ」

「だからアンタは黙ってなさい! う~トーヤマー」

 

半泣きのイリーナ先生が片腕に抱きついてくる。

どうやらイトナの宛はイリーナ先生だったみたいだが、それは流石に女性に失礼じゃないかな?

 

「イリーナ先生、気にしないで大丈夫ですよ。女性に賞味期限なんてありません、むしろ俺はイリーナ先生みたいな大人な女性が素敵だと思ってますよ」

 

半泣きのイリーナ先生を囁くようにあやしていると、目の前のイトナが俺の後ろを指さした。

心なしか先ほどまで涙目のイリーナ先生も顔が青く見える。

 

「「ねえ、キンジ(くん)?」」

「…………」

 

底冷えする聞きなれた声が聞こえてきた。

ゆっくりと声のする方向に顔を向けると、そこには視線だけで人を殺せそうな形相の凛香と笑顔だが瞳には一切の光がない有希子が立っていた。

 

「ねえキンジ君。いつまで片岡さんをお姫様抱っこしてるつもりなの?」

 

有希子に言われ、まだゴールしてから降ろしていなかったことに気づいた俺は慌ててメグを降ろす。

 

「すまないメグ、後ありがとうな」

「憧れだったお姫様だっこが……じゃあ遠山君が私の王子様になるのかな……」

「め、メグ?」

 

俺が再度呼びかけるもメグはうわの空でブツブツとつぶやくのみでマトモな反応が返ってこない。

 

「神崎、私は片岡を正気に戻すから私の分もお願い」

「うん、速水さん」

 

どうすればと考えているうちに、凛香は上の空のメグをおぶってE組の待機場所にさっさと戻っていった。

それと同時に俺の体操服の首元を誰かが掴む。

 

「キンジ君、さすがにさっきの借り物競争は私も速水さんも許せないかな。ちょっと校舎裏でオハナシしない?」

「待ってくれ有希子、この後磯貝たちと作戦会議が待ってるんだ。その後ゆっくりと2人っきりで話すのは無理かな?」

「大丈夫だよ。磯貝君には少し遅れるって話してあるから、今すぐ二人でオハナシできるよ」

 

切れつつあるヒステリアモードでどうにかお話を先延ばしにできないか聞くが、あっさりと先に手を打たれて為す術がなかった。

そのまま有希子はどこにそんな力があるのか、ニコニコと笑顔で俺をズルズルと校舎裏に向けて引きずっていく。

グラウンドが遠くなっていくなか、逃げる事を諦めた俺の瞳に写ったのはこちらに向かって敬礼するイトナと胸の前で十字を切って祈るビッチ先生の姿だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一日暇な時間が欲しい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56弾 体育祭の時間 4限目

およそ1ヶ月ぶりの投稿。
なんだかんだと投稿できず、申し訳ないです



「なあ有希子そろそろ……」

「ダーメ。これはキンジ君への罰なんだもん」

 

体育祭のプログラムも折り返しになったところで昼休みになり、今は何故か有希子が俺の膝を枕にして横になっていた。

 

「キンジ君がところかまわず女の子に手を出すのが悪いんだよ。手をあげないだけマシだと思うんだけどなー」

 

有希子はあのまま俺を本校舎裏の芝生まで連れていくと、棒倒しに響くから殴らないが代わりにここに座れと言われこうなったのだ。

凛香や白雪のように問答無用で攻撃や暴走をしない分、有希子はマシなのだろうが代わりにヒス持ちの俺にとって精神的に辛い事を時たまやってくることがある。

幸いな事に今回は1度ヒスったおかげで血流が大人しい為、素直に従ったがもう昼休みも半ばを過ぎたぞ。

 

「なあ有希子、いつまでコレやっているつもりなんだ?」

「ん~……昼休みが終わるまでやってくれたら許してあげる」

「昼休みが終わるまでって……そしたら昼飯は?」

「ふふっ。武偵高の教師に同じ事言ったら、キンジ君怒られるよ『戦闘中にご飯を食べるのはイタリア軍だけだ』って。この後の棒倒しは戦闘なんだから、それが終わってから私が作ったお弁当を一緒に食べよ♪」

 

有希子、ここも武偵高も軍の養成学校じゃないからさすがにそれはないだろ。

まあ暗殺の訓練受けたり、教師は軍の教官に引けを取らない人達が務めたりしてはいるが……

非難を込めた目で有希子を見るも、どこ吹く風のように有希子は涼しい顔をしている。

その顔を見て言ってることが、冗談じゃないと分かり思わずため息をついてしまった。

 

「……有希子、そろそろマジでやめてくれ。こんなの凛香に見つかったら「私に見つかったら何か悪いのキンジ?」……」

 

秋水を打ってくると言いかけた所で校舎の影から声がした。

声がした方向を見るために顔を上げると、そこには先ほどの借り物競争以上に怒っている凛香が……

 

「あれ速水さん、片岡さんはもう大丈夫なの?」

「片岡はもう正気に戻したわ。それよりも神崎、なんでアンタキンジの膝で寝てんのよ!」

「だって速水さん、キンジ君と二人三脚した上に頭撫でてもらってたじゃない。いくら『()()()』をやっていたからって不公平だと私は思うんだけどな」

 

俺1人が理不尽な暴力が来ることに身構えている中、のんきに有希子が凛香とそんな会話をする。

だが、そこで無視できない言葉が有希子の口から出てきた。

 

「……待ってくれ、なんで有希子が『鷹の目』の事を知ってんだ⁉」

 

確かに俺はA組が本校舎の体育館で練習すると言うことを聞き、凛香に『鷹の目』を頼んだ。

しかしその事は、漏洩防止もかねて一緒に作戦を考えた磯貝と殺せんせー、後は頼んだ凛香しか教えていない。

 

「ちょっと考えたらわかるよ。A組が助っ人を呼んで浅野君がそれ頼みで行くわけないから連携を合わすためにも練習するはずでしょ?

そうなったら監視して陣形とかの把握するほうが作戦を立てやすい、それには狙撃手の優れた視力でバレないように監視する『鷹の目』が最適でしょ。

『鷹の目』が長時間できるのはうちのクラスだと生粋の狙撃手の千葉君か狙撃の才能もある速水さんの2人だけ。監視が連日する可能性もあるから、棒倒しの練習する必要がある千葉君は除外。なら出来るのは速水さんだけじゃない」

「「…………」」

 

余りにも考えていたことが筒抜けだった為、俺と凛香は声を失ってしまった。

そんな状態の俺達を気にせず有希子は

 

「私だって何もしてないわけじゃない。私は速水さんほどの戦いの才能はないのは自覚してる。それでも目指している場所は速水さんと一緒だし、それを諦めたわけじゃないよ。だから私は私なりに速水さんに負けない才能や知識を蓄える。殺せんせー風に言うなら、第2第3のナイフを磨いて狙ってるんだから」

 

と普段の有希子だと絶対に見ない、そう宿敵(ライバル)に向けるような挑発的な笑みを浮かべていた。

有希子のそんな笑みを見た凛香はさっきまでの怒気はどこにいったのやら

 

「……今回は引くわ。けど神崎、私は絶対に負けないから」

 

と一言言うなり、そのままグラウンドの方に戻っていった。

話にいまいちついていけない中、凛香の後ろ姿を見つつ俺は有希子に聞きたかったを聞く。

 

「なあ、『目指したい場所』って夏休みに言っていた『目標』と関係あんのか?」

「え? う~ん、関係あるって言われたらあるかな」

「そうか、その場所も目標も叶うといいな」

「今のままならかなり先になりそうだけどね」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないよ、キンジ君♪ 今はキンジ君の膝を堪能しようかなって思っただけだから」

 

結局、有希子は宣言通り昼休みが終わるまで膝から動く事はなく、午後の部が始まり磯貝たちの所に戻る頃には俺の膝はジンジンとしびれていた。

 

 

 

 

 

「やっと解放された……」

「キンジ、いろいろ大変そうだったな」

「そう思うなら2人を止めてくれ磯貝」

「それは俺には厳しいかな」

 

E組の待機場所に戻ると磯貝が声をかけてきた為、軽く不満を言いながら俺はその隣に座る。

受け答えする磯貝の顔を見ると顔は笑っているが緊張の色が隠せておらず、作戦表を持っている手も震えていた。

 

(浅野の戦略もそうだが、本当の目的が俺達を痛めつけることだから仕方ないのか?)

 

それにしてもE組の暗殺訓練などは国家機密な為、まずバレない。

それなのに浅野は各国で騒がれるほどの中学生を呼んでいる。

その点からアイツが本気で俺達をつぶす気で来たことが分かる、あんなスーパ-中学生を4人も呼ぶなんて余りにも過剰戦力すぎないか?

 

「……殺せんせー」

「どうしました磯貝君」

「俺にはあんな外国人の助っ人を呼べるほどの語学力も伝手もない。俺の力はとても浅野には及ばないんじゃ……」

「そうですねぇ……率直に言えばその通りです。浅野君は一言で言えば『傑物』です。彼ほど完成度の高い子は高校生も含め手の平で数えれるほどしかいないでしょうね。

君がいくら万能でも、社会に出れば彼のように君より上がいるのは当たり前です」

「どうしよう……俺のせいで皆が痛めつけられたら」

 

ハァ、磯貝のヤツ1人で背負いすぎだな。

 

「磯貝、武偵憲章1条を覚えているか?」

「へ? ああ『仲間を信じ、仲間を助けよ』だろ、キンジ?」

「そうだ。武偵とか関係なく1人の力なんてたかがしれてる、お前のピンチくらいサクッと全員で助けてやるから、俺達を信じろ」

「キンジ君の言う通りです。磯貝君、君は仲間を率いて戦う力、その点は浅野君をも上回れます。そしてそれは君の人徳がなせる業です。先生も浅野君よりも君の担任になれた事が嬉しいです」

 

殺せんせーの言葉で磯貝の顔に緊張の色は見えなくなった。

 

『間も無くA組対E組の棒倒しが始まります。各組所定の位置についてください』

 

ちょうど良く放送も鳴ったな。

「磯貝、相手の陣形とそれに対するこっちの陣形、頭に入ってるよな?」

「ああ、もちろん。皆‼ いつも通り殺る気で行くぞ‼」

「「「おお‼」」」

 

 

 

 

棒倒しのルールは一般的なルールと変わらず、勝敗は相手の棒を先に倒すだけだ。

そして武偵中や武偵高と違い殴る蹴るや武器は禁止。

いや武偵高は都教委が監視しているから今は無くなったんだったな。

まあ武偵高の事は置いといて、椚ヶ丘の特別ルールはチームの区別の為、A組のみ長袖と帽子の着用なところだ。

 

「なあ岡島、ヘッドギアは帽子に含まれるのか?」

「キンジ気にするだけ仕方ねえよ。ようはあっちだけ防具有りなんだろ」

 

分かっていたとはいえ、この差別はひどいな……

 

「最初の相手の布陣は予定通りだ。皆『完全防御形態』だ!」

 

磯貝の指示のもと俺達は棒を囲むように布陣を組む。

 

『E組がA組に挑戦状を叩きつけたこの棒倒し‼ 日頃の不満を力ずくで晴らしたいのはわかりますが、戦力差にビビってガチガチの全員守備の陣形だー!』

 

周りから俺達に向け笑い声が聞こえてくるが、それを無視し相手の出方を伺う。

 

「……攻撃部隊、指令(コマンド)F」

 

浅野の一言にケヴィン率いる部隊がこっちに向かってきた。

 

『な、なぁケヴィンはん、昼飯と一緒に怪しげな薬飲んではったな。アレもしかしてヤバイ薬どすえ?』

『……さあな、そんな事よりお前は英語の訛りを今すぐ直せ』

 

瀬尾とケヴィンの会話を読唇してみたが、ケヴィンのやつドーピングまでやってんのかよ。

そこまで棒倒しに勝ちたいのか?

 

余りにも相手がなりふり構ってない状況の為、思わず顔を引きつらせているとケヴィンがグラウンド真ん中あたりで止まった。

 

『遠山キンジ! お前が喋れる状態の今、聞きたいことがある!』

 

俺に? さっき俺を見て驚いていたことと関係あるのか?

 

『俺が遠山金次だが、なんだ?』

『お前に1つ年上の兄はいるか?』

 

1つ年上? いやアイツは俺の事を中学3年と思っているから実際は同い年か……

俺の兄弟は金一兄さん1人だけで年も少し離れている。それに俺は双子でもないため同い年の弟もいない。

 

『兄はいるがもっと年が離れている』

『他人の空似か……残念だ、兄弟ならもう一度会えるかと思ったんだがな』

『もういいか』

『ああ、これで何の気兼ねもなくお前たちを吹っ飛ばせる』

 

そう言うとケヴィンはグッと腰を落とし助走をつけて迫って来た。

 

「クソが……」「無抵抗でやられっかよ!」

「吉田! 村松!」

 

我慢できず、吉田と村松が磯貝の言葉を無視して予定通りにケヴィンに向けて走り始めた。

 

――ドゥッ

 

ケヴィンのタックルによって、まるで大型動物の突進を食らったかのように吉田と村松は軽く10mは吹っ飛び客席に飛び込んでいった。

 

(パッと見だが受け身はしっかりと取れていたがあそこまで威力が高いなんて)

 

予想以上の威力に全員がゾッとしていると、タックルを放った本人はまた悠々と歩いて近づいてくる。

 

『亀みたいに守ってないで攻めてきたらどうだ? 抵抗してこないヤツをやるのは嫌いなんだがな』

『安心しなよ。あいつらは俺達の中でも最弱だし、今度は『不死身の遠山』が君の相手をしてくれるよ』

『へえ、それは楽しみだな。まるで俺が知っているスーパースターみたいだな』

 

おい、カルマ。俺はそんな化け物じみてないぞ。

それに似ているアメリカのスーパースター様は人間じゃないと言いたいな。

と言いたい事は沢山あるが、そんな事はここでは言えない。

何故なら、作戦としては俺への攻撃がこの後の行動に最終的に棒倒しの勝利に繋がっているのだ。

ため息のつきたくなる状況だが、表には出さず真剣な表情で布陣から1歩前に出る。

 

『赤髪が言った言葉、期待させてもらうぞ』

『ゴチャゴチャ言ってねーで、かかって来いよ』

 

俺の言葉を皮切りにケヴィン率いる偵察組が突っ込んできた。

 

(この技はタイミングが重要だ。ギリギリまで引き付けて…………)

「今だ! 『触手』だ、跳べ‼」

 

突っ込んでくるケヴィン達に対し、俺はその場に伏せるように体を沈めながら走る。

何故低い姿勢を取るかと言うと、父さんに散々体に刻み込まれた遠山家の技『潜林』を出すためだ。

この技は本来、相手の足と足の間を蛇のように潜り抜けついでに敵のアキレス腱を切る技だ。

ヒステリアモードならアキレス腱を切る代わりに合気道の要領で相手を好きなように操れるが、今はそのヒステリアモードではない。

だが、一般人やスポーツという枠に収まっている相手ぐらいなら今の状態でも地面に転がすことはできる。

俺がケヴィン達とすれ違う頃には、

 

『は?……ぐふっ‼』

 

ケヴィン達からしたら気づいたら地面に倒れた上に、磯貝たちの下敷きになっているという状況ができあがる。

 

『A組はどうしたんだ⁉ 自ら倒れてE組に上から抑えられているぞ⁉ しかもE組はおきて破りの自軍の棒を倒し、瞬く間にA組5人をがんじがらめだ!』

 

凛香の監視でわかった陣形から、ケヴィン率いる斥候隊が最初に出ることは分かっていた。

そこで考えたのが(触椀)が囮となって誘導し、(触手)で抑え込む『触手』作戦。

これによって、低リスクで斥候隊を抑える。

念の為、両翼が来た時も考えていたが磯貝の予想どうりに動いてくれた。

その後の行動を見るため、浅野を見ていると「両翼遊撃部隊 指令Kだ」と唇の動きから相手の次の動きを知る。

 

「磯貝、指令Kだ!」

「了解キンジ! 攻撃部隊『粘液』で行くぞ‼」

「「「了解‼」」」

 

磯貝の指示によって、カルマ、前原、木村、杉野、岡島そして磯貝本人と俺で両端から攻めてきた敵を無視し中央突破を図る。

 

『E組ここで中央突破を図るも、攻めに入ったA組がE組を追って防御に戻る!』

 

放送席の言葉を聞くまでもなく分かっていた行動だ、あくまでA組は俺達をつぶすために行動しているんだからな。

攻めていた両翼がこちらにきたことにより、ジョゼとカミーユ率いる格闘チームも加わりA組は包囲網を作ってきた。

 

「作戦通りジョゼとカミーユ以外は任せるぞ」

 

俺の言葉にカルマ以外が頷き、客席の方向に散開した。

 

『なんとE組客席まで逃げ始めた‼ それを追うA組で会場はパニックに‼』

「カルマ今更だがいけるよな?」

「何言ってんのキンジ君。そんなの当たり前じゃん、ついでにさっき覚えたヤツも試したいしね」

 

カルマと最後の確認を取ったところで、俺とカルマは他の生徒を避けながらジョゼとカミーユの正面に立つ。

 

『きなよ。せっかく遠いところからきたんだ、遊び相手ぐらいにはなってよね』

『『上等だ』』

 

カルマがジョゼとカミーユ二人の母国の言葉で何か話している。

2人の表情からして挑発したのが容易にわかり、怒りの表情のまま突っ込んできた。

 

「おいカルマ……あんまりっ挑発するなよなっ!」

「そっちのほうが、色々楽だと思ったんだけどっね!」

 

俺とカルマは会話しながら、ジョゼとカミーユの攻撃を受け流す。

烏間先生の技術を盗んだカルマと武偵として叩き込まれた戦闘技術をもつ俺からしたら、格闘と言っても所詮スポーツという枠内の技術の2人の動きを捌くのは簡単だった。

それ以上に驚いたのは、カルマの動きだ。

俺が一度しか、しかも直前に見せた潜林をコイツは使って捌いている。

しかも、最初はぎこちなかったのに使うたびに洗練された物になっていき20を超えた頃には完璧に自分の技のように使ってた。

 

(もしかしたらカルマのヤツ、秋水や桜花も使えるんじゃないのか?)

 

そんな事を思いながら、周りを見渡すと戦場は客席を含めグラウンド全域に広がっていたが1つだけ言いたい。

 

「グラウンドでいちゃついたヤツだ潰せ!」

「リア充は消えろ!」

 

なんで俺だけ他のヤツより狙われるんだ!

 

『ジョゼ、カミーユ他のヤツを抑えろ!』「橋爪、田中、横河は守備に戻れ! 混戦の中から飛び出す奴に気を付けろ!」

「キンジ君」

「ああ、そろそろだな」

 

ジョゼやカミーユ以外のヤツも含め何十回か捌くと浅野がこちらに気をしはじめ指示を出し始めた。

それを見たカルマが声をかけてきて俺は小さい声で答えるように呟く。

 

「磯貝、木村は要注意だ! 遠山、赤羽は一人で行くな、最低でも4人で攻めろ! ッ⁉なんだと‼」

 

大声で指示を出していた浅野が、驚いた声を上げた。

 

『な⁉ どこから湧いた⁉ いつの間にかE組の2人がA組の棒に‼』

 

最初に吹っ飛んだ吉田と村松には客席に隠れるように外側から、A組の棒に回ってもらった。

A組からしたら負傷退場したように思えるが、俺達からしたらアレぐらいの威力は日常茶飯事だ。

この2人を合図にE組の攻撃が始まる。

 

「逃げるのは終わりだ‼ 全員『音速』‼」

「「「おう‼」」」

 

今まで客席で逃げまったり、攻撃を捌いていた俺達は全員A組の棒に飛びかかる。

 

『なんとこれを機に客席などに散らばった7人が追手を振り切り、一斉に懐に入ったー!』

 

俺達は自軍を守っていたA組を踏み台に棒に体重をかける。

 

「どうよ浅野、どんだけ人数差があってもここに登っちまえば関係ないだろ」

「ちっ」

 

前原の言葉に反論できず浅野は舌打ちをする。

 

『フンガー、降りろチビ!』

 

守りとして攻めてこなかったサンヒョクが杉野を振り落とそうと躍起になるが、一緒に棒も揺れる。

浅野も韓国語でやめるように言っているが、何故だ。なんでコイツはE組に負けそうなのに冷静なんだ⁉

浅野の冷静さに嫌な予感を感じていると、浅野は韓国語から日本語に変え俺達に向けこう言った。

 

「コイツら全員、僕一人で片付けれるから支えるのに集中しろって言ったんだ」

 

――ブワッ

――バキッ‼

そう言うなり浅野は合気道の要領で吉田を投げ落とすと、棒を中心に遠心力を利用して岡島を蹴り飛ばした。

 

『なんと浅野君、一瞬で2人落とした!』

 

コイツ、本当にただの中学生なのか?

今の動きだけでも、わざわざ呼んだ4人を軽く凌駕したうえ本当の意味での武術の動きだった。

少なくとも沖縄の時のカルマと同様に強襲科Bランクぐらいなら素手でのタイマンで圧勝できるぞ。

 

「君たちごときが僕と同じステージに立とうなんて烏滸がましいんだ。 蹴り落とされる覚悟はできてるんだろうね?」

 

一般人という括りから外れた浅野に警戒していると、浅野はまるで踊ってるかのように上から蹴りを繰り広げる。

 

――ドゴッ、ドガッ、バキッ

 

1人、また1人と棒から落ちていく。

気づけば、A組の棒にしがみついているのは俺とカルマ、そして杉野だけだった。

 

「存外、しぶといのもいるみたいだね」

「あいにく幼馴染の拳の方がお前の蹴りより重いんだよ。これぐらい何百発くらっても落ちる気しないな」

「なら落ちるまで蹴るまでさ」

 

浅野の言葉に皮肉を込めて答えると、より一層蹴りは激しくなる。

 

「浅野、これだけは言っといてやるよ。『仲間を信じ、仲間を助けよ』個人の力なんて、たかがしれてんぞ」

「なに⁉」

 

俺の忠告の後、浅野は本日二度目の驚愕の声を上げる。

 

『E組さらに増援ーーーーッ‼』

 

そう今まで守備に回っていた他のメンバーが攻めてきたからだ。

これは敵のE組の潰すという目的を逆手に取った行動、なんせ浅野1人を指示できない行動にすればコイツらは何もできないんだからな。

 

「慌てるな‼ 支えながら1人ずつ引き離せ!」

 

小山が慌てて指示するがもう遅い。

 

「来い、イトナ‼」

 

磯貝の最後の指示が終わったからだ。

 

「ヌルフフフ、秘密兵器は最後まで取っておくものです」

 

どこからか聞こえてくる殺せんせーの声ともにイトナが跳ぶ。

トドメとばかりに浅野のズボンを掴み、イトナの勢いに合わせて棒を押し倒す。

最後に見た浅野の顔は驚愕と疑問を混ぜ合わせ、トドメに苦虫を噛み潰させたような顔をしていた。

 

『大番狂わせーーーッ‼ まさか……まさかの人数的に不利だったE組の勝利だーーー!』

「「「ワァァァァァァ‼」」」

 

E組最後の種目である棒倒しは、今まで侮蔑の目で見ていた他のクラスすら俺達の勝利を祝うほど盛り上がる結果となった。

 

 

 

 

体育祭の全種目が終わり、イスなどを片付けていると巨体の人物が1人こちらにやってきた。

 

『遠山キンジ、さっきの戦いは完敗だった。俺が知るスーパースター見たいだったんだが、ホントに兄弟じゃないのか?』

『ケヴィンか、俺の兄弟は年が離れた兄だけだ。それに完敗って言ってもこっちは搦め手で攻めただけだぞ』

『それでもだ、こっちも全力でやってあそこまで完璧に負けたんだ。いい経験を積ませてもらったさ』

『いい経験?』

『ああ、例えば情報戦の大事さとかな。もし次やるならば、この敗北を糧にしてキンジに勝ってやるさ』

 

敗北からの経験か……ケヴィンはこのまま真っすぐ育てば良い選手に育ちそうだな。

 

『それは楽しみだな。次会う時はアメリカについて色々話しを聞かせてくれよ』

『ああ、機会があれば俺が気に入ってる場所なんかも案内してやるさ』

 

棒倒しをやっている時とは違い、気さくに接してくるケヴィンと握手する。

その後、ついでにとアドレスを交換するとケヴィンは他の助っ人メンバーと共に本校舎に戻っていった。

 

「キンジ、何話してたんだ?」

「ん? まあ、世間話みたいな話だよ」

 

俺とケヴィンが話していることに気づいた前原が聞いてくるため、ざっくりと説明していると浅野が他の生徒に指示を出しているのを見かける。

 

「おい浅野‼ 二言はないだろうな? 磯貝のバイトの事は黙っているって」

「………僕はウソはつかない。君達とは違って姑息な手段は使わないからな」

 

……外人の助っ人は姑息な手段に入らないのだろうか。まあ、それを言ったら凛香に頼んだ鷹の目も姑息と言われそうだけどな。

前原と共に何とも言えない表情をしていると、

 

「それにしても瀬尾たちはどこにいったんだ……」

 

と言いながら、再び本校舎へと消えていった。

 

「そういえば有希子や凛香、それに律もいないな……」

 

浅野の呟きにE組側も見当たらないメンバーがいるため探していると、件の見当たらないメンバーの声が本校舎裏から聞こえてきた。

 

「いったい何やってんだよ……」

 

そう言ったところで俺の動きは止まる。

 

「それでコイツ等なんて言い訳してたっけ神崎?」

「『俺達が負けた時の条件なんて言ってないから、E組、ましてやバカにしてきた遠山キンジに下げる頭なんかない』だよ、速水さん」

「速水さん、神崎さん、この常識外れな4人には脳の矯正が必要と思いますが、どうでしょうか?」

「「そうね(だね)、律」」

「「「「ヒ、ヒィィィィィ」」」」

 

そこには3人の女子に囲まれ、腰を抜かして泣いている浅野以外の5英傑が……

こちら側からは見えない女子の顔だが、その表情が容易に想像できる。

その現場を見た俺の行動はと言うと、

 

「触らぬ神に祟りなしだな……」

 

その場をそっと立ち去る以外の選択肢はなかった。

その後、囲まれた5英傑がどうなったかは俺は知らない。

本校舎では、女遊びをやりすぎて復讐にあった5英傑が女性恐怖症になったと同時期からしばらくの間噂が流れるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57弾 責任の時間

「ねえキンジ、相談があるんだけど」

 

体育祭も終わり中間テストまで残り2週間となったある日の放課後、律に数学で解らなかった部分を教えてもらっていると凛香が声をかけてきた。

 

「どうしたんだ凛香?」

「私達もっと暗殺の訓練したほうがいいのかなって……勉強もしないといけないのはわかってるけど……」

 

最近、凛香の様子が少しおかしかった理由はこれか。

 

「凛香、焦る気持ちもわかるが『悲観論で備え、楽観論で行動しろ』だ。()()()()()()5()()()()()()、中間が終わった後にでも烏間先生に訓練の事は相談しようぜ」

 

これは武偵高だけじゃなく、兄さんや父さんにも散々叩き込まれた事だ。

人は焦った時ほど視界は狭くなり普段なら失敗しないような事で失敗する。

だからこそ、楽観的に考えて心に余裕を持たせる必要があるのだ。

そういえば殺せんせーが暑苦しいテンションで試験勉強を教えていても、凛香だけじゃなくて皆どこか落ち着かない様子だったな。

 

凛香が納得するように説明しながら、他のヤツにも一言釘を刺しとくべきか考えていると携帯が鳴った。

着信相手は晩御飯を作るからと俺の家のカギを渡して先に帰った有希子からだ。

 

「もしもし、どうしたんだ?」

『キンジ君大変‼ 帰り道に岡島君達が屋根伝いにフリーランニングをしてるの!』

「なっ⁉」

 

烏間先生に裏山以外で使うなと言っていたのに何やってんだ⁉

 

『今追いかけているところなんだけど、心配だからキンジ君も来て!』

「わかった、すぐに行く」

 

電話を切り、カバンなども持たず俺は律や凛香を連れて外に出る。

 

「律」

「分かっています、岡島さんの携帯のGPSから予測経路及び合流までの最短ルートを検出済みです。キンジさん速水さん、私が先行しますので付いてきてください」

 

律の後ろを遅れずに俺と凛香は山道を駆け下りる。

 

「何がそんなに焦ってるのよキンジ。確かにフリーランニングは危険だけど、そこまで焦る必要はないでしょ?」

 

ついてきてはいるものの、俺達がなぜ焦っているのか分から無いようで不思議そうに凛香が聞いてきた。

 

「確かに今の岡島たちなら、大けがする可能性はほとんどないだろうな」

「なら……」

「俺達が心配してるのは被害者のほうだ」

「え?…………ッ⁉ 律もっとスピード上げて‼」

 

今ので凛香も分かったようだな。

俺達が心配しているのは、岡島たちがケガをさせる危険性だ。

裏山と違って、通っているルートに人が絶対にいないなんて確信はない。

万が一、着地地点に何も訓練をうけていない人がいたら……

俺達はさらに走る速度を上げて、岡島たちのもとへ向かう。

 

 

 

 

「キンジさん、もうすぐ合流します!」

 

あれから5分ほど走り小道へと曲がると有希子がしゃがんで倒れているじーさんを診ており、それを岡島たちが顔を青くして見ていた。

 

「クソッ、遅かったか‼」

「キンジ!? 違う……ワザとじゃないんだ、まさかこんな小道に荷物いっぱいチャリに乗せたじーさんが来るなんて思『――ゴスッ‼』グッ」

 

焦ったように言い訳する岡島を凛香が黙らせるように殴った。

 

「どんだけ言い訳してもケガさせたことには変わりないでしょ」

「…………」

「落ち着け。凛香、烏間先生にこの事を連絡してくれないか」

「……わかった」

 

黙る岡島を凛香が睨むように見ているため、落ち着かせる意味でも連絡を頼み俺は被害者の状態の確認をする。

 

「有希子」

「あ、キンジ君。たぶんだけど右大腿骨あたりが骨折しているみたい。さっき近くにいた人に救急車と添え木になるものを頼んだところだよ」

 

方向から考えて、恐らく3階建てのアパートから飛び降りた所でぶつかったんだろうな。

状況から考えて最悪な状況じゃなかったことに安堵していると、俺達が曲がってきたのと反対方向から一人の男がやってきた。

 

「救急車は呼んだよ、10分ぐらいでここに来れるみたい。後、添え木になりそうなのはこんなのしかなかったんだけど大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございます」

 

有希子が男から段ボールとタオルを受け取り、俺と男性が手伝いながら応急処置をしていく。

 

「これで良し。痛みはどうですかおじいさん」

「ああ。さっきよりはマシだよ、嬢ちゃん」

「もうすぐ救急車がくるのでもう少し待っていてくださいね。キンジ君とお兄さん、手伝ってくれてありがとうございます」

 

そう言って有希子が頭を下げる為、俺も一緒に救急車の手配をしてくれた男性に頭を下げる。

 

「役にたって良かったよ、そういえば君はバラを買ってくれた子じゃないか?」

 

そう言われたところで俺は手伝ってくれた男性が、凛香の誕生日に花を勧めてくれた花屋の男性だった事に気づいた。

 

「ええ、あの時はありがとうございます。おかけで渡した子も喜んでいました」

「それは良かったよ、僕も見繕ったかいがあったってもんさ」

 

花屋の男性と話しているうちに救急車がやってきたんだろう救急車のサイレンが聞こえてきた。

 

「じゃあ僕は仕事があるから後は任せても大丈夫かい」

「はい、いろいろありがとうございます」

「これぐらい人として当然さ、できたら次に会う時は客と店員として会いたいね」

 

そう言って花屋の男は仕事に戻るために小道を出て行った。

花屋がいなくなって直ぐに救急車が到着し、じーさんが搬送される。

俺達は搬送先を隊員に聞いた後、いまだに顔を真っ青にしている皆を連れて病院へと向かった。

 

 

じーさんの搬送先である総合病院に着くと、先に着いていた烏間先生が入口で待っていた。

 

「右大腿骨の亀裂骨折だそうだ。程度は軽い為2週間程で歩けそうだが問題は君達の事だ、今は部下が口止めと示談の交渉をしている」

 

じーさんの状態を知ると、皆はさらに顔を下に向けた。

烏間先生は怒る事はせず無表情のまま俺達を見ていた。

正直説教なんてガラではないが、コレに関しては言わないといけない。

そう思い皆を視界に入れるため振り返ると、ゾクッと鳥肌がたった。

 

「……殺せんせー」

 

俺達の後ろには怒りで真っ黒な色をした殺せんせーが立っていた。

 

「悪いことをしたって自覚はあります。でも……」

「うん、私達は自分の力を磨くためにやったんだし……」

「地球を救う重圧と焦りがテメーにわかんのかよ」

 

――パァン

 

「「「ッ⁉」」」

 

俺はそれ以上言い訳をさせないためにも何もない空に向け、一発実弾を撃った。

 

「……殺せんせー、ここは俺にまかせてくれないか?」

「……そうですね、これに関しては君が一番理解している。この場は君に任せましょう、先生は先に被害者を穏便に説得してきます」

 

そう言った殺せんせーは烏間先生と共に病院に入っていった。

それを確認したあと、俺は改めて口を開く。

 

「武偵は、銃を持つ前に射撃理論、照準監査、弾道理論、分解・組み立てについて学ぶんだ」

「遠山、急に何言って……」

「黙って最後まで聞け岡野。それは()()()()()()()()()()()()からだ。必要な時に正しく使う、重い責任がな。今のお前らは無責任に銃を見せびらかす素人と一緒なんだよ。お前らはもう素人じゃないだろ。少し強くなったからって、その力に酔ってんじゃねーよ」

「「「…………」」」

「銃だけじゃない、力を持つ者は全員何かしらの責任がある。お前らは学校の勉強なんかより、責任と使い方を学び直す必要がある」

「「「…………」」」

 

俺の怒気を孕ませた言葉に誰も口を開くことはなく、俺が作った嫌な空気が辺りを漂う。

だがこれだけは俺が言わないといけないと思ったんだ。

同じ仲間としてもだが、何より武偵という力を持った者の1人として。

 

「お前ら、ちゃんと被害者に謝罪してないだろ? まずはそっちからだ、いくぞ」

 

さっきまで説教をしていたからか皆から少し距離を置かれているが、気にせずに病院の中に入る。

じーさんに謝るためにも病室に行くとそこには床一面に広がる花と変装をしていない殺せんせーが立っていた。

 

「来ましたか、まずは保育施設を経営している松方さんにしっかり謝りましょう」

 

俺達が謝ると、殺せんせーが交渉内容を説明してくれた。

その内容は至極簡単な事だ、松方のじーさんの仕事先で明日から2週間無料(ロハ)で働くだけだ。

ただ、2週間後に退院するじーさんが賠償金に見合う働きができたと納得させるという条件がつくがな。

 

「ああ、それと言い忘れましたがクラス全員テスト当日まで丁度2週間テスト勉強は禁止です。キンジ君に言われた事を学びなさい」

 

そう最後に付け加えられて、俺達は解散した。

1人で旧校舎にカバンを取りに行く傍ら、俺は夜空を見上げる。

 

「力を持つ者としての責任か……俺が言える立場じゃないだろうにな」

 

神奈川にいた頃の……独善的な『正義の味方』として使われていた頃の自分を思い出し、俺は自虐的に言葉を零すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58弾 弱者の時間

まずは謝罪を。
近日中に投稿と書いておきながら、こんなに期間が空き申し訳ありません。



UAがとうとう10万を超えました。
投稿ペースが落ちつつありますが失踪だけはしないので、これからも『哿の暗殺教室』をよろしくお願いします。


「みんなー、園長先生はおケガしちゃってしばらくお仕事できないの。代わりにね、このお兄ちゃん達が何でもしてくれるって!」

「「「はーい‼」」」

 

事故の翌日、さっそく全員でわかばパークに向かった俺達は、現在保母さんから子供たちに紹介されているところだ。

さっそく子供たちが俺達に集まってきており、それぞれが相手をするはめに。

 

「ねえ、兄ちゃん何か一発芸やって!」

 

俺も例に漏れず、集まって来た子供たちに何かしろとせがまれてきた。

一発芸か……

俺の得意技なんて、バタフライナイフの連続開閉ぐらいだが当然子供には危険だと言うことで今日は持ってきていない。

 

「一発芸なんてできないな」

「えー」

「あっちの姉ちゃんが面白い事やってるのに?」

「期待した俺達が間違いだったんだよ」

「そうだね……」

 

さっきから年上に散々な言い方してくるなコイツら。

しかも面白い事やってる女子って誰だよ?

 

子供達が指さす方向を見てみると律がいたが

 

「平賀さん曰く『ドリルはロマンなのだ』らしいです。これでこのロボットもかっこよくなったはずです」

「「「ふぉぉぉぉ!!」」」

 

律は子供達のおもちゃの手にドリルを装備させるという魔改造をやっていた。

子供達も目をキラキラと輝かせているから良いもののぬいぐるみまでドリルをつけるのはどうかと思うぞ。

 

「キンジ何サボってるの。ちゃんと子供の相手しなさいよ」

「ん? 凛香か。律のほうに子供たちが行っただけでサボってるわけじゃないぞ」

「今のアンタの状態がサボりじゃないわけないでしょ。律‼ 〇カちゃん人形までドリルつけようとするな‼」

 

俺の横に来たかと思えば、律を止めるためにそっちに行く凛香。

それをボーっと見ていると、凛香が顔だけ振り向き

 

「そうだ。キンジ暇なら買い物行ってきて、買うものは保母さんに聞けばいいから」

「ん、了解」

 

一応保母さんと磯貝たちに声をかけようと玄関に向かう傍ら周りを見て探す。

 

「……ッ‼」

 

昨日俺がガラにもなく説教したヤツの大半から視線を逸らされてしまう。

 

(……はぁ。分かっていたとはいえ、いごごちが悪いな)

 

不知火あたりなら昨日の事ももっと穏便にできたかもしれない、しかしコミュ力が高くない俺にはあんな説教ぐらいしか思いつかなかった。

多少の後悔はあるが覚悟していたことでもあるため、磯貝に「買い出しに行ってくる」と言ってすぐに部屋を出る。

保母さんには玄関で会い、凛香に言われた事を伝えると

 

「ちょうど買い出しの人手が足りなくて助かったわ。買い物なんだけど、スーパークヌギに行ってもらえないかしら?」

 

スーパークヌギ?

あそこって、確か椚ヶ丘中から近いスーパーだよな? ここからだと少し遠くないか? 

 

「それは構わないですけど、駅前のスーパーのほうが近いんじゃないですか?」

「そうなんだけどね、まだ紹介していない最年長の子がそっちの方が安いからって買い物して帰ってくれるのよ。あなたと同じ学校だから制服ですぐわかると思うわ。その子には私が連絡しとくからお願いね」

 

 

 

~凛香side~

 

こっそりとキンジの後をつけ、玄関から出て行くのを確認した私は再び皆がいる部屋に戻る。

 

「キンジは出かけたわよ」

 

そう言うと子供たちを相手にしながらも皆は円になるように集まった。

 

「それで昨日キンジ君と何があったの?」

 

赤羽が集まったのを確認して口を開くと、昨日キンジに怒られていたメンバーが程度の差はあれどその言葉に反応している。

 

「俺達はここで働く原因はタコから聞いているよ。けどキンジ君と何があったかは知らないんだ、まあある程度の予想はついてるんだけどね」

「できたら私達も教えてほしいな。今の皆と遠山君は見てられないよ……」

 

赤羽に続いて茅野も聞いてくると罰が悪そうに磯貝が昨日の事について話し始めた。

 

「実は……」

 

磯貝の話す内容は特に付け加えて話す必要のないものだった。

一緒にあの場にいた、神崎、律も黙っている。

全てを話し終えて、少しのあいだ子供の騒ぐ声しか聞こえてこなかったが不意に

 

「「お前たちバカなのか?」」

 

赤羽と意外にもイトナがそう口を開いた。

 

「バカって……俺達も今の現状見てここの重要な戦力を失ったことに自覚は「それだけじゃないよ」何があるんだよカルマ」

「岡島、キンジ君に感謝しときなよ。下手したら殺せんせーいなくなってたかもしれないんだから」

「「「ッ⁉」」」

「皆驚いてるけど今回の事考えてみなよ。加害者側が『〇〇の為だから、相手がケガしても仕方がない』なんてふざけた事言ってんだよ、しかもタコの色は黒だったんでしょ。たぶんだけどキンジ君が発砲しなかったら、皆叩かれてたんじゃない? そしたら生徒に危害を加えたって理由ができて、殺せんせーは教師を続けられなくなるじゃん」

 

カルマの説明であの時の状況を改めて理解し、あの場で言い訳していたメンバーの顔色が青くなる。

あの時私はキンジ側だったけど、相談する前に岡島たちのを見ていたら確実に参加していた。

『悲観論で備え、楽観論で行動しろ』改めてキンジに言われた言葉の意味が理解できた気がする。

 

「そういえばキンジに言われた『力を持つ者としての責任と使い方』の意味、理解できたの?」

 

私が怒られた人に聞くが大半は「うっ……」と言い、顔に理解していないと書かれていた。

 

「キンジの例えがピンとこなかったんだよ」

「なんとなくプロと素人の違いぐらいはわかったんだけどね」

 

確かに寺坂や中村の言う通り、あれはキンジの説明不足もあるかもしれない。

 

「俺みたいになるなってことだろ」

「どういうことイトナ君?」

「詳しい事は神崎や速水に聞け、渚」

 

イトナなんで私や神崎に……最後までアンタが答えなさいよ。

私がそう思いながらイトナを睨むも、本人はどこ吹く風と気にせずに律が改造したロボット(ドリル付き)をいじり始めた。

 

「「「…………」」」

 

皆は皆で全員こっちを見てくるし……

 

「はぁ。 アンタたちが考えているほど難しいことじゃないわよ」

 

私自身口下手な為、後の事を神崎に引き継いでもらうよう目線で促すと、神崎は苦笑を浮かべながら

 

「うん、速水さんの言う通りだね。キンジ君の例えは難しいから……そうね、正義と悪の違いって何だと思う杉野君?」

「え⁉ た、正しいかどうかとか?」

「うん、そう。それと一緒だよ。正しい事に使うのが強い力を持った人の責任でしょ。今回の皆は悪い人と一緒で他の人たちの立場を考えなかった結果だよ、本校舎の人たちと一緒でね」

「弱者の立場……俺達も半年前はそうだったのにな」

 

前原がそう呟いてそのまま沈黙が続く。

 

「キンジに改めて謝らないとな」

「そうだね、岡島君。私達ちゃんとキンジ君に謝ってないしね。あとは力の使い方だね」

 

矢田がそう呟くが、答えを言っていたのに何を悩んでるんだろう?

 

「さっき神崎が言ってたじゃない、『正義と悪の違い』って」

「どういうこと凛香ちゃん?」

「だから矢田、ち「速水さん、ヒントは上げたんだからあとは皆が自力で気づいてもらわないといけないよ」……そういうことらしいわ」

 

神崎に答えを言う前に止められてしまう。

 

「じゃあ反省はここまでにして、この後のこと考えようよ」

「遠山君も今はいないし、神崎さんの言う通りね。2週間もあればこの現状もいろいろできるんじゃない?」

「そうだな、じゃあ手分けして松方さんの代役を務めよう。まずは作戦会議だ」

 

片岡と磯貝が引き継ぎ、役割分担を決める作戦会議をしここでの本格的な活動が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

~キンジside~

 

保母さんにそう言われ、スーパークヌギへと向かったがそれらしい人物が見当たらない。

 

「しまった。ソイツの特徴とか聞いとけばよかったな」

 

今からケータイで特徴でも聞くかと思いわかばパークの電話番号を打っていく。

 

「うぅ……お願いだから向こうに行ってよ~」

「ワン‼」

 

スーパーのすぐそばで小型犬に懐かれて半泣きになっている大量の荷物を持った女子がいた。

 

「もしかしてアイツか?」

 

確証はないが取りあえず犬を抱きかかえ助けてやる。

 

「あ~なんだ。大丈夫か?」

「ありがとうございます。犬は苦手なんですよって遠山先輩じゃないですか!」

 

このセミロングの子とどこかで会ったか?

俺の事を先輩って言うからには、1年か2年のはずだが……

 

「分からないですか? ほら借り物競争で審査した」

「ああ。あの時の子か」

 

あまり思い出したくないが、目の前にいるのは借り物競争でメグを横抱きで抱えて走って審査してもらった子だった。

犬を抱えているせいなのか、微妙に距離を取るその子は俺が思い出したことが嬉しいのか笑顔になり

 

「思い出してもらえましたか? 私『間宮ののか』って言います、よろしくお願いしますね」

「あ、ああ。それにしても間宮、その荷物もしかしてわかばパークの買い出しなのか?」

「え? もしかして遠山先輩が梅野さんが言っていた園長の代わりの助っ人ですか⁉」

 

 

 

 

 

幸いにも犬の飼い主はすぐに見つかり、間宮から荷物を半分受け取り二人でワカバパークへと向かう。

 

「そう言えばなんで間宮は俺の名前知っていたんだ?」

「体育祭の後、本校舎で先輩は有名になってますよ」

「へーそうなのか?」

「ええ、特に男子が話しているのを見ますよ」

 

間宮自体は詳しい事を知らないそうだが、体育祭では活躍した覚えはない。

 

「有名になる理由が分からないな」

「そうですか? 棒倒しの時の先輩、かっこよかったですよ」

 

間宮はそんな恥ずかしくなるような言葉をコテンと首を傾げながら、身長差的に見上げるように言ってくる。

反射的に顔を明後日の方向に向け、この話題を終らせるためにも違う話題を探す。

 

「そ、そうだ! なんで間宮はワカバパークにいるんだ? あそこって小学生ぐらいまでと思ったんだが」

「…………いろいろあって、姉と2人で東京に来たんです。2人で暮らすのは危険だって言われ、叔母の知り合いの松方さんの所で生活するように言われたんですよ。姉はつい最近、寮制の学校に転校して今はわかばパークにいないんですけどね」

 

……話題選び間違えたな。武偵高にいた頃ならこんな見るからに訳アリだって事も聞かねーはずなのに。

 

「スマン、間宮」

「気にしないでください先輩。それにそろそろわかばパークに着きます……よ?」

 

俺と間宮はわかばパークに着いたところで立ち止まってしまった。

何故かわかばパーク内に大量の丸太が積まれていたのだ。

 

「これはいったい……」

「俺が出たときはなかったぞ、こんなの」

 

2人して立ち止まって積まれている丸太を見ていると奥から前原や岡島がやってきた。

 

「お、帰ってきたかキンジ」

「前原、岡島これは?」

「ああ、キンジがいない間にいろいろ話し合ったんだよ」

「それでわかったんだ、俺達がやってしまった大きさがな。あと……」

 

そう言って岡島が1歩前に来て突然頭を下げはじめた。

 

「すまねぇキンジ。昨日はいろいろ迷惑かけちまった。正直まだキンジの言う『力を持つ者の責任』は分かっても『使い方』は分からねえ、だから」

 

頭を下げながらそう言う岡島の頭を軽くたたく。

 

「キンジ?」

「それを理解する為にも先生はここで働くように言ったんだろ。あの先生のやることだ、真面目にやれば答えが出るはずだ。2週間後でもお前らの『責任と使い方』について聞くさ。2週間頑張ろうぜ」

「あ”あ”、あ”り”か”と”う”」

「こんな事で泣くなよな、岡島」

 

目の前で泣く岡島に苦笑を浮かべていると、おずおずと間宮が出てきた。

 

「あの先輩、何かあったんですか?」

「まあ良くあるケンカだな」

「そうだったんですか。仲直りできて良かったです。岡島先輩、これ使ってください」

 

そう言って岡島にハンカチを渡す間宮を見て、さっきまで黙っていた前原が

 

「そうだキンジ、なんでののかちゃんと一緒に戻って来たんだよ」

「間宮はここに住んでるんだと、あと前原は間宮の事知ってたのかよ」

「はあ⁉ むしろなんでお前は知らねーんだよ。1年生の学年トップの間宮ののかちゃんだぞ! 性格よし、見た目よし、学力よしの三拍子で1学期だけでも学年問わず告白する男子が多数いたってE組まで知れ渡るほど有名だぞ‼」

「ま、前原先輩、私はそんなにスゴクないですよ。それに学力は特待生制度で学費全額免除が理由ですし……」

「老若男女問わず優しく接する姿から一部では『椚ヶ丘の天使』って言われててだな」

「それ初めて聞きましたよ⁉」

 

前原の言葉に顔を真っ赤にさせて間宮が毎回反応する。

そんな感じでギャーギャーと騒いでいると、中にいた子供たちも俺達の事に気づいたようで庭に出てきて

 

「あ、忍者のお姉ちゃんが帰ってきた!」

「おかえりなさい、忍者のお姉ちゃん!」

「いつものアレやってー」

 

忍者? 風魔みたいに吹矢や手裏剣でも持ってるのか?

一般人じゃないかもしれないと少し警戒し間宮を見るも、間宮は子供たちの視線に合わせるようにしゃがんで

 

「ただいま。毎回言ってるけど私は忍者のお姉ちゃんじゃなくてののかお姉ちゃんって言ってほしいな。アレは私の勉強が終わったらやってあげるから待っててね」

 

子供達一人ひとりを相手にしており、俺の気にしすぎだと判断する。

大方、子供をあやすのにやったことがたまたま忍者みたいに見えたんだろうな。

 

「先輩? どうしたんですか?」

「いや何でもない。さっさと買ったものを中に持ってこうぜ間宮」

 

間宮に一言言って中に入ると、玄関に3人ほど仁王立ちしている者が……

 

「ねえキンジ、なんでアンタ毎回毎回どこか行くたびに女の子を連れてくるの?」

「キンジ君の為に頑張ったのにこれはアウトだよ」

「キンジさん、子供たちの教育上これは良くないです」

 

凛香、有希子、律が俺を囲むように立って、逃げ場を失う。

 

「待ってくれ3人とも、まずは俺の話を聞いてくれ」

「「「問道無用(です)!」」」

 

 

 

のちに凛香達に攻撃される俺を見た子供たちは、大きくなったらこんな人物にはならないという意味を込めて俺の事を『(反面教師として人生の)せんせい』と呼ぶのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59弾 『強さ』の時間

すっごい悩んだ割にはあまり良くないできに……
もしかしたら書き直すかもしれません。




凛香達からの理不尽な暴力を振るわれた後、皆が玄関に集まり昨日説教した奴らが次々と謝って来た。

1人1人対応するのもアレだった為2週間後に答えと一緒に聞くという形にし、皆に遅れて俺もここでの任務――賠償金に見合う労働を始めた。

 

 

「それで磯貝、俺は何をしたらいいんだ?」

「キンジは…………」

 

俺が帰ってくるまでにあらかた役割は決まっていたようで、茅野やカルマなどの子供ウケが良かった者は劇などで子供の相手を、頭が良いヤツは勉強を、それ以外には家のリフォームなどの力仕事や家事などに別れた。

当然俺は子供ウケが良くなく頭も良くないため、力仕事をすると思っていたんだが……

 

 

「なあ凛香、なんで料理が出来ない俺が料理班になっているんだ?」

 

何故か凛香、間宮と共に料理班になっていた。

 

「そんなのできるようになるためでしょ。私や神崎がいなかったらコンビニ弁当で済まそうとするじゃない。そろそろアンタも覚えなさいよ」

 

大鍋をかき回しながら凛香が即答してくるが、料理ができなくても今まで困った覚えはない。

今更必要には感じられないんだが……

 

「先月から食費がかなり増えてるわよ。このままじゃキンジの生活費だけじゃ足りないわ」

「凛香、なんで俺の家の食費を把握してんだよ!」

「作ってるのは私や神崎なんだし把握してないとまずいじゃない。夏休みに入る頃から律に家計簿を頼んでたの知らないの?」

 

おい!家計簿とか初耳だぞ!

知らぬ間に俺の財布事情は彼女らに監視されていたらしい。

それにしても律よ、家計簿つけているのならもう少し食べる量を減らしてくれ。

食費が倍以上に増えた原因は、味覚を知った律による暴食以外考えられないのだから……

 

「あの先輩、速水先輩達に作ってもらっているって……もしかして、そういう関係だったんですか?」

 

この場にいない律に対して懇願に近いものを願っていると、凛香と同様に大鍋で野菜や肉を煮込んでいた間宮が顔を真っ赤にさせつつそんな事を聞いてきた。

 

「そういう関係? よく分からんが俺と凛香はただの幼馴染だぞ」

「え?」

 

なんで間宮はそんな驚いた顔をするんだ?

 

「…………へぇ」

「り、凛香?」

 

説明はあってるはずなのに、何故か凛香がジト目こちらを睨みながら包丁の切っ先をこちらにむけてくる。

もしかしてパートナーって説明した方が良かったのか?

 

 

「渚はーやーく‼ あたしの事、東大に連れてってくれるんじゃなかったの?」

 

1人が惚け、もう1人に睨まれてる中、1つ隣の部屋、勉強組がいる場所から難癖をつける声が響いてきた。

 

「なあ凛香、あの聞く限り生意気そうな子は誰なんだ?」

「キンジが買い物に行った後、私達に暴力をふるおうとして床を抜いた子ね」

 

年上にケンカを売ってきたのか、なかなか尖ってるな……

イキが良さそうで俺は好ましいが、その後に腐った床を踏み抜いて自滅って……

 

「さくらちゃんですね、本当はとても優しい子なんですけど……」

 

どうやら勉強関連で渚に少しいちゃもんをつけているようだ。

作業が終わったのと2人が少し気になったため、3人で扉を少し開けて隙間から成り行きを見守ってみる。

 

「ね、ねぇ。さくらちゃんは、どうして学校に行かなくなったの?」

「あ?……イジメだよイジメ! 典型的で程度の低いヤツ!」

「イジメ……」

「なんで人間ってさ。ちょっと成長して力をつけたら、他人を傷つけんのに使うんだろーね」

 

今のE組にとっては耳に痛い話だな。

俺の下から覗く凛香も少ししかめっ面をしていた。

なんせ、ここで働く理由が力をつけて驕ったせいだからな。

隙間から見える渚も、案の定冷や汗を垂らしながらさくらだったか?小学生の女の子の話を聞いていた。

 

「どうせアンタも思ってんでしょ「逃げるな」って、「悔しかったら、自分も力をつけろ」って」

 

 

 

「『力』か……間宮の力がなかったら今頃は……」

「間宮?」

「先輩……『強い』って『力』ってなんなんですかね?」

 

さっきまでニコニコとしていた間宮の顔はどこか悲痛な顔になっていた。

それにしても強さの意味か……

 

「忍者のお姉ちゃん、猫ちゃんが~」

「猫ちゃんがどうしたのちーちゃん?」

 

間宮の問にどう答えるべきか考えていると一人の女の子が泣きながら台所へとやってきた。

間宮があやしながら詳しいことを聞くと、どうやら子猫が木に登って降りられなくなったらしい。

幸い昼飯のカレーはほぼ完成だった為、俺たちは現場の庭へと向かった。

 

「「「…………」」」

 

現場へついてすぐ俺とわかばパークの連中は空いた口が塞がらなかった。

なぜならそこでは棒倒しの時のように岡島を台にして木村が大ジャンプをやっていたのだから。

 

(こ……国家機密が⁉)

 

体育祭の時は烏間先生がいたため多少の無茶は大丈夫だろうと同じことをやったが、今回はいない。

しかも現状から見て、武偵で年上な俺が最高責任者になるのはバカな俺でも明白だ。

『何やってんだ!お前ら!』と他にバレないようにウインキングで言うと

『これがキンジが言っていた力の使い方だろ』と爽やかな顔で返してきた。

確かにそうだが、時と場合を考えてくれ!それの後始末や説教、全部俺にくるんだよ!

 

「あの先輩……体育祭の時も思ったんですけど先輩たちって……」

 

案の定、間宮がさっきの常人離れの行動に対して聞いてきた。

どうする……どうすればごまかせる……

ヒスってない為、頭の回転は劣るがきっと今までで一番頭を使ったと思う。

なんせ国家機密がバレるかま知れないこの状況、今後の俺の人生がかかってるのだ。

考えれば考えるほど胃の辺りが痛くなってくるが、それすらも耐えてこの場をごまかす理由を考える。

 

「俺たちは……」

「「「…………」」」

 

他の奴もこの現状が分ったのだろう、その場にいた全員が俺を見る。

――ゴクッっと誰かが生唾を飲む音が聞えた。

俺が用意した答え……それは

 

「実は武偵を目指して、裏山で色々練習してたんだ」

 

俺の一言に何人かはズザーーとコケてきた。

 

「おい!もう少しマシな言い訳があるだろ!」

「仕方ねえだろ!それしか思いつかなかったんだから‼」

「他にあったでしょ!例えば文化祭でやるサーカスのための練習とか」

「岡野‼ その理由は俺より酷くないか!?」

 

俺の言い訳にコケなかった寺坂や岡野など一部は俺に詰め寄って小声で抗議してくる。

わかばパークの連中を含めそれ以外はまだ口をあけてポカーンとしていた。

流石に高学歴な中学生が偏差値が低すぎると言っても過言でない高校を目指してるって言い訳は無理があったか。

 

「すげーー。俺そうじゃないかと思ってたんだ!」

「俺も俺も。武偵ってカッコイイよね」

「さっきのだって、まるで忍者のお姉ちゃんみたいだった!」

 

再び何人かコケた気がする。

まさか俺の苦しい言い訳が子供達には通じたらしく、岡島や木村など先ほど猫を助けたメンバーに駆け寄って、もう一度見せろとせがんでいた。

それを縁側で見ていると、同じく縁側で見ていた渚とさくらの会話を聞こえてくる。

どうやら渚も気づいているみたいだな。

 

「間宮さっきの強さの意味だが、他のヤツにも聞いてみろよ」

「え? は、はい。分かりました」

 

これが間宮の問の答えになるか分からないが、責任と使い方を知った今のアイツらに聞けば答えのヒントにはなるはずだ。

クラスの皆に説いた時もそうだが、教える立場ってのは相当に難しい。

言った後にこれで良かったのだろうかと、教える側なのについつい考えてしまう。

武偵高にいたら戦妹か戦弟ができる時がくるかもしれない。

俺が教えれる事なんてないと思うが、せめて教える側としての先輩の面子は保てるようにしとかないとな。

 

(今度、殺せんせーにでも聞いてみるか)

 

俺の言葉に律儀に従って聞きに行った間宮を見ながら俺はそんな事を考えた。

 

 

 

 

~ののかside~

 

さくらちゃんと渚先輩のやりとりを見て1年前の事を思い出してしまい、半場無意識的に遠山先輩に聞いてしまった。

間宮の力がなければ……死ぬ気で立ち向かったら、こんな辛い事を味わうこともなかったのに。

そんな思いで聞いた質問の答えは『他の先輩にも聞いてみる』事だった。

何か決意したお姉ちゃんと一緒で武偵を目指している先輩たちに聞いたら、私の答えも見つかるかな?

私は遠山先輩に言われた通り、先輩たち1人1人に聞いてみた。

 

「先輩が思う力ってなんですか?」

 

私が急に聞いても先輩たちは嫌な顔ひとつせずに答えてもらえた。

けどその答えは私が思っていた以上に様々なもので、それこそ『諦めない心』などの私が納得できるものから、『ねじふせれる力』などの嫌悪するものまでホントにいろいろだった。

けどその後に聞いた「じゃあ強さってなんですか?」だと、何人かの先輩には質問がほぼ一緒だと笑われたが答えは力の時とは違うものだった。

 

「僕は力を最初は自分の為だと思ってたんだけど、他人の為にも使えるって思い出したんだ。キンジ君が伝えたかった『強さ』ってそんな力を誰かのために使える人なんじゃないかな」

 

遠回しに言ったりする人もいたけど、聞いた人全員の答えの意味は同じだった。

それを聞いて私は昔お母さんに言われた言葉を思い出す。

 

『間宮の技は全てが必殺の秘術。今はただ親から子に伝えてるだけだけど、いつ戦時がくるかはわからないわ。そういう時代が来たら人々を守るために戦ってね』

 

先輩たちの話を聞いた今ならあの時のお母さんたちの選択が分かる。

あの時立ち向かわずに皆が逃げた理由、それは1人でも多くの人を守れるためになんだろう。

お姉ちゃんも武偵になったのはきっとお母さんの言葉を覚えていたからなはず。

思い出せた今、私も……

そこまで答えが出たところで今まで縁側で座っていた遠山先輩が声をかけてきいた。

 

「答えはでたか?」

「先輩……はい!」

「じゃあ、昼飯にしよーぜ。子供達が腹減ったってうるさいしな」

 

気づけば時刻は昼過ぎになっており、私は先に平屋に入った先輩を追いかけるように中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初日がかなり濃い日になったせいなのか、先輩たちがいる2週間はあっという間にすぎてしまった。

今日は先輩たちがいる最終日で私の保護者でもある松方のおじいちゃんの退院日でもある。

それにしてもおじいちゃん、午前中に帰るって電話してたのに遅いな……

 

「なんということでしょう‼」

 

そんな大声が外から聞こえた。どう聞いてもおじいちゃんの声である。

玄関から外に出ると、おじいちゃんはあんぐりと口を開けて立っていた。

 

「おかえりなさい、おじいちゃん」

「あ、ああ。ののか、わしは夢でも見てるのか? 2週間でわしのわかばパークが……」

 

わかる、わかるよおじいちゃん。だって今のワカバパーク2週間前と全然違うもん……

元は木造平屋だったのに今では二階建てのログハウス、まるでTVの某リフォーム番組を体験してるみたいです。

建ててるところを梅野さんと一緒に見てたけど、まるで先輩たちは鳶職人のような動きで作り上げていた。

武偵って皆あんな動けないとなれないのかな?

だとしたら、ちょっとお姉ちゃんが心配かも……大丈夫だよね?

 

動かなくなったおじいちゃんを連れて、中に入っていく。

実は私もログハウスの中に入るのは初めてでどんな風になっているのか全く知らない。

 

「2階の部屋は2部屋に分かれ、1つは図書館。子供達が勉強や読書に集中できます」

 

律先輩の番組のナレーター風な紹介を聞きながら、広い図書館を見て回る。

 

「こんな大量の本どうしたんですか?」

「ご近所さんから読まなくなった本をもらったの」

 

矢田先輩の話を聞きながら、本のラインナップを見てみると『グ〇と〇ラ』などの絵本から『〇ルト〇クエスト』などの小学生向けの本、それに私が使えそうな参考書の類まであった。

何をどう交渉すればこんなにもらえるのだろう?

 

「次は隣の部屋だ」

 

そう言われ隣の部屋に入るとそこは遊戯室だった。

 

「入念に敷いたネットやマットで安全性を確保。雨に濡れない室内なので、腐食や錆で脆くなりません」

 

最近、平屋の方が静かだなって思ってたけど、皆ここで遊んでたんだ。

回転遊具やアスレチックで遊ぶ子供達、きっとしばらくはここ以外では遊ばないんじゃないかな?

 

「あの回転遊具を覚えときな」

 

吉田先輩がそう言うと最後に1階の職員室兼ガレージに案内された。

そこにはおじいちゃんの自転車が電動アシスト3輪自転車に変わっていて、そこからコードが延びて充電されていた。

さっき回転遊具を覚えとけって言われたけど、まさか……

 

「上の回転遊具が充電器と繋がっています。計算では走行分の大半は遊具でまかなえます」

「「上手く出来すぎです(とる)!」」

「先輩たち、ホントに中学生ですか⁉」

「手際がよすぎて、逆にちょっと気持ち悪いわい!」

 

思わずツッコんだ私とおじいちゃんはおかしくないと思う。

大人の人でもここまで出来る人なんて少ないんじゃないかな。

 

「……貴様らの建築がすごいのは認めてやるが、ここでの最も重要なのは子供たちと心を通わせる事だ。いくら物を充実させても、子供達と心を通わせられなければ、この2週間を認めんぞ」

 

一回大きく息を吐いてそうおじいちゃんは言うけど、そこだけは私は一切心配してない。

 

「それなら大丈夫だよ。おじいちゃん」

 

私がそう言うとちょうど良くさくらちゃんが学校から帰ってきた。

 

「おーい!渚ーー! 見て、なんとクラスで2番!」

「おーすごい頑張ったね」

「おまえの言う通りやったよ」

 

さくらちゃんは渚先輩に言われた通りテストの時間だけ不意打ちで行ってきて、その作戦が上手くいったみたいだね。

 

「今回は算数しか教えられなかったけど、一番得意な一撃で相手の体制が整う前に叩き込む。コレがE組の戦い方だよ」

「だ、だったら渚。これからもたまには教えろよな」

「もちろん‼」

 

さくらちゃんの顔は真っ赤になっており、どう見てもおじいちゃんの心配は杞憂なものだった。

 

「ね。だから大丈夫っていったでしょ、おじいちゃん。それに私も先輩たちからいろいろ学べたよ」

「…………文句の1つも言えんわ。お前らもさっさと戻らんか。大事な仕事があるんだろう?」

「「「はい!」」」

 

こうして先輩たちのワカバパークでの仕事は終った。

 

皆さんが帰る準備をしているのを見ていると、もう準備が終わってるのか縁側ですわる遠山先輩を見つけた。

 

「先輩、2週間ありがとうございました」

「間宮か、俺達がケガさせたのが理由だし礼なんていらねーぞ」

「それでもこんな立派な家を建ててもらいましたし……それに私がずっと悩んでたことも先輩が解決してくれました」

「それこそ俺は何もしてない。間宮が自分で見つけたんだろ?」

「でもきっかけは先輩の言葉なんです。ですから……」

「……間宮に過去なにかあったか分からないし、聞こうとも思わない。お礼なら間宮が手伝ってほしい時や助けてほしい時は俺達を呼べ、依頼として手伝ってやるから」

 

この2週間で分かってたけど、この人はとんだお人よしらしい。

速水先輩などの一部の女の人以外とはできるだけ避けてるのが見て分かってたけど、それでも困ってたら手を差し伸べてくれる。

そんな不器用で優しい先輩が可愛らしく見え、私は思わず笑ってしまった。

 

「依頼って、まるで武偵ですね」

「ッ⁉ ま、まあ武偵を目指してるし、形からでもそれっぽくな」

「そうですか、なら困ったときはE組の皆さんに依頼させてもらいますね」

「ああ」

 

そんなやり取りをやっているうちに別れの時間はやってきて、先輩たちはわかばパークを去っていった。

一気に29人もいなくなって、今まで以上に広くなったわかばパークに寂しさを感じていると「何これ⁉」と外から慣れ親しんだ声が聞こえてきた。

仕方ないとはいえ、今日はよく外から大声が聞こえてくるなと思いながら外に出るとそこには私のお姉ちゃん、間宮あかりがログハウスを見て立ち止まっていた。

 

「お姉ちゃんおかえりなさい。帰ってくるなら連絡してよ、どうしたの今日は?」

「おじいちゃんが骨折したって聞いたから、様子を見に戻ってきたんだよ。それよりもわかばパークが……」

「そんな事よりお姉ちゃん『鳶穿』の改変、まだ未完成って言ってたよね?私も手伝うから週一でここに来れないかな?」

「え?それは大丈夫だけど、どうしたの急に?」

「お母さんの言葉を思い出して、ちょっとね」

 

お母さんと言いながら、私は先ほど帰った先輩を思い浮かべる。

そういえば、昔本家のおばあちゃんに聞いたことがあったっけ?

私達間宮一族の先祖はある人物に使えていて、その人物の名前は『遠山景晋』あの遠山の金さんの父親らしい。

そして先輩の苗字も『遠山』、先輩と私はかつての主従と同じ名なのだ。

たまたまだと思うけど、少し運命的なモノも感じる。

そんなかつての主と同じ名の先輩にいつか私の答えの結果を見せたいな。




次話からとうとう死神編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60弾 プレゼントの時間

文字数は前の半分ほどになってますが、久々の連続投稿です。



わかばパークでの無料奉仕も無事に終わり、国家機密に関しては無事に守り通せた。

中間テストも終わりまたいつも通りの日常が始まったのだが、問題がひとつだけ

 

「中間の総合が130位かよ……」

 

わかばパークでの仕事が終わったのは中間テスト前日で結果は見るに堪えないものになってしまった。

 

「まだ言ってんのキンジ」

「次がんばろうよ。ね?」

 

そういう凛香(総合51位)と有希子(24位)、期末と対して変わらない順位のヤツに言われても余計に惨になるだけである。

 

「そうは言ってもな、年下に負けるのってかなり堪えんだぞ」

 

今回のテスト、E組での最下位は俺だったのだ。

見ず知らずのヤツだったらともかく、知り合いのしかも年下全員に負けるなんて……

 

「勉強できないのなんて元々でしょ。律、アンタもキンジに……律?」

 

後ろを向いた凛香が言葉を途中で止める。

気になって俺も振り返ると律は道の途中で立ち止まり、空を見るように顔を上げたまま立ち止まっていた。

 

(またか)

 

最近律の様子がおかしく、頻繁ではないものの突然このように動かなくなることが起きている。

一度本格的に平賀さんに確認してもらうべきか?

 

「律」

 

俺が肩を叩いてやると、そこで律はやっと反応し

 

「……どうしましたキンジさん?」

「急ぐぞ、このままじゃ皆との集合時間に遅れるぞ」

「はい。あとキンジさん先ほど武偵高からメールが届きました。教務部(マスターズ)からの呼び出しみたいです」

「ゲッ、マジかよ」

 

教務部に出す報告書は烏間先生にも確認してもらったから、不備どころか国家機密に触れるような内容にもなってないはず、呼ばれる事はないはずなのに……

詳しい内容を確認するが、明日来いとしか書かれていなかった。

まあ教務部に呼ばれたついでだ、その日に平賀さんに会って律についての相談もしてみるか。

心当たりがないため、教務部に関して考える事をやめ俺達は学校へと急いだ。

 

 

 

いつもより早くに学校についたが、そのわけは迷惑をかけた烏間先生への謝罪である。

今回は誰一人遅刻することなく集まり、烏間先生のいる教員室へと全員で向かった。

 

「「「迷惑かけてすいませんでした。烏間先生」」」

「これも仕事だ、気にしなくていい。それよりも君たちはどうだ?今回の事で何を学べた」

 

少しの間誰も口を開かなかったが、渚が代表するように皆より1歩前に出た。

 

「キンジ君にも言われました。最初は力は自分の為だと思っていました。殺す力は名誉とお金、学力は成績の為だって、でもそれだけじゃなかった事を思い出せたんです。殺す力は地球を救えます。学力を身につけたら誰かを助けれます。力を持ってない人のために使う責任が持ってる人にはあるんだって気づきました」

 

そう言って俺へと視線を向ける渚に、正解だという意味を込めて頷く。

 

「もう下手な使い方はしないっす」

「いろいろ気をつけるよ」

 

岡島や前原が渚に続けて言うと、烏間先生は席を立ちあがり何かを取りだした。

 

「君たちの考えはよく分かった。だがこの有様では、高度な訓練は再開できん」

 

見せてきたのはボロボロになったジャージだ。

 

「この股の裂け具合は俺のだ」

 

どうやら岡島のらしいが、これがいったい……

 

「ハードになる訓練と暗殺にもはやこの学校のジャージでは耐えられん。君らの安全や親御さんへの隠蔽も困難になる。そこで防衛省からのプレゼントだ」

 

烏間先生の部下の人たちから一着の服を渡される。

 

「今日を境に君たちは、心も体もまたひとつ強くなる」

 

それは体操着というよりも武偵高のC装備――『出入り』の際に着る攻撃的な装備に近かった。

 

「今日からこれを着て体育は行う。先に言っておくがそれより強い体操着は地球上に存在しないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌルフフフ、まさか朝からバーベキューをしてるなんて誰も気づかないはずです。今のうちにフランス直売のフォアグラを……」

 

俺達に隠れてBBQをする殺せんせーめがけて、中村が崖から急降下。

ナイフを振りながら、BBQ台へ背中から着地をする。

 

「にゅや⁉ な、なんて所から落ちてくるんですか中村さん!」

「……すっげー、10m以上からBBQ台に落ちたのに痛くもかゆくもない」

 

烏間先生に説明されたが、その性能に改めて全員が驚いた。

この『超体操着』と名付けられた服は、軍と京菱重工が協力して開発したものらしく防弾、防刃、耐火、衝撃耐性など想定されるあらゆる要素が世界最先端のものらしい。

 

「全く油断ならない、フォアグラの匂いに誘われたんでしょうね。仕方ないですから、チャイムがなるまで不破さんから中古で買ったジャンプを……『――パパ―ン』ヒィ‼ ち、千葉君ですか⁉ ニュヤ‼ BLE〇CHの最終話が読めない‼」

 

さらに機能はあり、全5色の特殊な揮発物質を吹きかければ服の染料が反応しどんな場所でも迷彩効果が発揮できる。

最後に衝撃吸収ポリマー、これは肩、背中、腰にあり、さらにフードにエアを入れると頭と首まで守ることができる。

 

「ジャンプすら読めなくなりました……仕方ない、このロケットオッパイの再現の続きでも……」

「3……2……1、今だ!」

 

つまり今まで危険だった方法も無傷で実行できるってことだ。

俺の合図とともに、数人で窓を蹴破り殺せんせーに向けて発砲する。

 

――パパパパッ‼

「先生のロケットオッパイがーー‼ なんなんですかさっきから、息つく暇もない‼」

「俺達の新しい()の答えだよ殺せんせー」

 

俺の言葉に殺せんせーは改めて俺達を見てくる。

 

「教えの答えは暗殺で返す。それがE組の流儀だろ?」

「間違えた後だから、ケジメも含めて真面目に殺しで応えなきゃ」

 

寺坂、不破の言葉を聞き、改めて殺せんせーに俺達は宣言する。

 

「今ここで誓う。俺達はこの『力』を誰かを守る目的以外で使わない」

 

そう言うと殺せんせーは顔をほころばせ

 

「満点の答えです。さあもうすぐベルが鳴ります。着替えて席についてください」

 

こうしてE組の騒動は終った。最後に周りを見てみると、今まであった焦りなどの表情はそこにはなかった。

 

「どうでしたかキンジ君、誰かを教えるのは」

 

そんな事をしていると、いつの間にか殺せんせーが横に立っていた。

 

「正直悩んでばっかだったな。もっと良い方法があったんじゃないかって。殺せんせーが場を用意してくれなかったら、ここまで上手くいかなかったんじゃないかな」

「そうですか。それは良かったです」

「はあ?なんでだよ」

「これは烏間先生にも言った事ですが、良い教師は迷うものなんです」

「そうかよ……」

「今回で君も1歩進めた。先生の力なしで導いたあの子もきっといい方向に向いたはずですよ」

 

どうやら間宮の件も把握されているみたいだ。

ホントこの先生相手だとプライベートも何もあったもんじゃないな。

それはそうと……

 

「殺せんせー、なんでメモの用意をしてんだよ……」

「ニュヤ⁉ あの子と異性で一番一緒にいたキンジ君との関係をですね……」

 

そこまで聞いて、プチッと俺の中から聞こえてきた。

 

「おいタコ……毎回毎回、何やってんだテメー‼ それで被害食らうの俺なんだぞ‼」

 

――パパパパパパパパッ

 

「キ、キンジ君。実弾はやめ、ニュヤ⁉ 時々、対先生弾が混ざってる⁉」

「死ね!クソタコッ‼」

 

そこからチャイムが鳴っても来ない俺達を見に来た烏間先生に止められるまで、俺は殺せんせー追いかけるのだった。

ホント、このタコは最後の最後で全部ぶち壊してくるな‼

 

 

 

 

 

 

~???side~

「こいつが……伝説の……」

 

ズシャッとまた1人標的が血の海に沈んだ。

それを確認したところで、仕掛けていた盗聴器が音声を拾う。

 

『……よーし、また俺等で背中を押してやろうぜ』

 

ちょうどいい、あの人に餞別として貰った力もようやく慣れたところだ。

向こうでの準備もとっくに済んでる、それに都合よくもう1人操れそうなヤツも確保できそうだな。

仕事内容は超生物の始末と同時に速水凛香の拉致、2人を含めE組の最新情報は労せず得られる。

幸いここから日本は近いし、そろそろ課題を始めるとしよう。

手始めに速水凛香含め、E組からだ。

そういえばこれを使う時はこの言葉を贈ってくれと頼まれてたな。

 

「さあ、E組諸君()()の時間の始まりだ」

 

季節外れな()()()()()()()()()が舞う中、僕は日本へと向かうため歩を進めた。




今回はエピローグ兼プロローグ。
敵である誰かさんは原作より強くなってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61弾 変化の時間

お待たせしました。


俺が殺せんせーを追いかけている間に何かあったのか、夏休みのようにビッチ先生と烏間先生くっつけようとクラス全員で作戦を練ることになっていた。

 

「渚、なんで急にそんな話になったんだ?」

「キンジ君が追いかけてる間に思い出したんだけど、ビッチ先生3日前に誕生日だったんだ。烏間先生からもらえなくてすねてるところ見ちゃってね」

 

ビッチ先生、子供じゃないんだから誕生日プレゼントをもらえないだけですねるなよ……

 

「とりあえず皆、ビッチ先生の誕生日プレゼントの為にもカンパよろしく~」

 

中村が代表して金を集めていき、だいたいが200円前後だし俺も200円中村に渡した。

集まった金はだいたい5000円、後は……

 

「それで何を買うつもりなんだ?」

 

俺の一言に幾人かは困った顔を浮かべ

 

「それなんだよな……ビッチ先生大概の物をもらったことがあるだろ」

「さっき持ってる鍵を聞いたら、石油王からもらったスポーツカーって言ってたね」

 

杉野や倉橋の言葉により一層皆は困り、贈り物を言ってはダメだとなっていた。

 

「がー、全然決まんねえ! キンジは何か案ねえのか?」

「前原、皆で決まらねえのになんで俺に振るんだよ……」

 

体質的に極力避けてる俺が分かるわけねーだろ、女のプレゼントなんて。

最近送ったのは……凛香か。確かあの時贈ったのは……

 

「花なんてどうだ?」

 

あの花屋の男も言ってたよな「花をもらって喜ばない女の子はいない」って。

 

「いいんじゃないでしょうか。調べた限り、大人の女の人に渡すプレゼントでも第一線で通用してるみたいですよ」

 

俺の言葉に律が後押しすると、他の皆も口々に

 

「いいんじゃない、数週間で枯れる物に5千円あの純情ビッチも喜ぶんじゃない」

「誕生日に花束、ロマンチックですね」

「さっそく買いに行こ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

贈り物を決めた俺達はビッチ先生を引き離す係と買い出し班に別れて行動した。

俺は引き離す係になっており、買い出し班の杉野、有希子、茅野、渚、カルマ、奥田、律に買い出しに行ってもらっている。

今は、うまい具合に矢田などがビッチ先生を呼び出して引き離すことに成功したんだが……

 

「ねえ、それでそれで? フランスの男はどういう殺し文句に弱かったの?」

「それはね桃花」

「ァーーーーー」

「キンジさっきからうるさい」

 

仕方ねえだろ凛香!

さっきからビッチ先生が話す内容がヒス的にアウトな内容なんだよ。

ビッチ先生の機嫌を損ねないためにも逃げれないし、せめて情報のシャットアウトくらいさせてくれ。

 

「何よトオヤマ、もしかして照れてるの?アンタもまだまだガキね~」

「ちょ⁉ やめろ、ビッチ先生‼」

 

何を考えてるのか、突然俺を胸に引き寄せたかと思うと頭をガシガシと大雑把に撫で始める。

痛いし、当たってる!ヤバイから、血流がヤバイから!

 

「ヒッ‼ び、ビッチ先生いつもの悩殺ポーズ取ってくれよ」

「あ、この前みたいにピアノ弾いてほしいな」

「え?……上等よ‼片っ端から片付けてやるわ。せいぜい発情しないことねクソガキ共‼」

 

た、助かった。

菅谷たちのおかげで俺はビッチ先生から解放され、ギリギリだったがヒスらずに済んだ。

……小さくだが一部から悲鳴が聞こえてきた気がするがきっと気のせいだろう、鬼の形相の凛香なんていなかったんだ。

 

 

 

ビッチ先生の相手をしばらくしていると、ケータイのバイブが震える。有希子たちからの合図だ。

 

「あ! そういえばこの後用事あるじゃん私達!」

「ちょ、ちょっと全員なの⁉」

 

中村がまず立ち去り、続けて俺達も校舎の中へと引っ込み素早く教室の窓から出て教員室の窓下に集まる。

そこに集まれば、先に買い出し班の皆がそこにいた。

 

「有希子、上手く烏間先生に渡せたか?」

「うん渡せたよ、でも……」

「何かあったのか?」

 

聞けば駅前の花屋に向かう前に、律が世話になった花屋の男性を見つけそこで見繕ってもらったらしい。

 

「たぶん気のせいだけど、そこに花屋の車があるかのような動きだったの。それに花屋の人も本人なはずなのに前と違うように感じたんだ」

「気のせいじゃないか、それに律だったらカーナビのGPSとか逆探知しそうだし」

 

この前の時も岡島のケータイを逆探知したうえ、予測ルートまで立ててたしな。

今回も同じことをやって、花屋の車のほうが近いと判断したんだろう。

 

そう俺が説明すると「確かに律ならできそうだね」と納得し、俺と有希子はビッチ先生達の様子を覗こうとすると

 

――ガラッ

 

「「「あ……」」」

「…………」

 

窓を開けたビッチ先生と目が合う。

 

「こんな事だろうと思ったわ。この堅物が……誕生日に花贈るなんて思いつくはずないもんね」

 

そう言ってビッチ先生は胸の谷間に手を入れ……マズイッ‼

 

「全員伏せろ‼」

 

――ドゥ‼

 

俺の声に反応して全員がしゃがむ。

それと同時にビッチ先生のデリンジャーから俺達がいた方向に向け銃弾が飛んできた。

 

「ビッチ先生危ねぇだろ!あとデリンジャーは狙って撃つんじゃなくて、押し付けて撃つもんだ!」

「キンジ君、今それを注意するの⁉」

 

仕方ねえだろ渚! 修学旅行のあたりからビッチ先生の撃ち方がずっと気になってたんだよ!

 

「見世物のお代よ、楽しんでくれた? プロの殺し屋がガキどものシナリオに踊らされて舞い上がってる姿見て」

「誤解ですイリーナ先生。生徒たちは純粋な好意から……」

「説得力ないわ、タコ記者‼」

 

殺せんせー……メモどころかカメラにボイスレコーダーまで用意しやがって……

せめてこういう時ぐらい真面目にやってくれよ。

 

ビッチ先生は再び俺達をなんの感情も感じられない目で見た後、烏間先生に花束を突き返し

 

「おかげで目が覚めたわ。最高のプレゼントありがとう」

 

そう言って、旧校舎から出て行った。

 

「ちょ、ビッチ先生⁉」

 

それを追いかけようとするも進行方向に殺せんせーが立ち

 

「そっとしときましょう。明日になれば冷静に話も出来るはずです」

 

確かにあの怒り方は今まで見たことがなかった。

今追いかけても余計に怒らせるだけだろうな。

俺は仕方ないかと思ったが、他は違うようで前原や岡野は烏間先生に詰め寄っていた。

 

「烏間先生‼ なんか冷たくないスかさっきの一言!」

「まさか……まだ気づいてないんですか⁉」

「俺がそこまで鈍感に見えるか?」

 

え? あんな態度しかビッチ先生していないのに、まさか気づいてたのか⁉

 

「非常と思われても仕方ないが、あのまま冷静さを欠き続けるなら他の暗殺者を雇う。色恋で鈍るような刃はここでは不要……それだけの話だ」

 

それは殺しのライセンスを持つ者……プロからの言葉だった。

プロに対して誰よりも厳しい人の言葉に誰も言葉は出ず、そのまま烏間先生もいなくなり俺達は解散しざるをえなかった。

 

 

 

 

 

その夜、有希子も凛香も今日はそのまま自分の家に帰り、晩飯を簡単に済ませた俺と律は海外ドラマをボーっと見ながら過ごしていた。

 

「……キンジさん、ビッチ先生大丈夫ですよね?」

「ビッチ先生もプロだ、多少子供じみた所があるが仕事を放棄するような人ではないだろ」

「そうですね……」

 

ソファーに座る律はその場で体育座りになり自分の太ももに顔をうずめる。

 

「キンジさんの言う通りビッチ先生が来る確率は高いはずなのに、それを肯定できません」

「不安なのか?」

「はい……私はビッチ先生ともう会えないように思えて不安です。……もうスリープモードに入りますねキンジさん、おやすみなさい」

「あ、ああ、おやすみ」

 

俺は一言しか言葉を返す事しか出来なかった。

今律のヤツ、()()()()()をしてなかったか?

今までだと、俺が言った感情を仮定と想定してから言う筈なのに……

いったい律に何が起きてんだ?

 

俺は律の変化の驚きから、出て行った扉をただただ見つめるのだった。

 

 

~???side~

 

「……ここで僕の話はおしまいさ。これで分かってくれたかい?僕と君は同じなんだ」

「そうね、私とあなたは一緒だわ。ありがとう、おかげで目が覚めたわ()()

 

ここまで教唆術が上手くいくなんて、しょせんこの女もたいした事がないな。

まあいい、こいつとアイツはあくまで捨て駒だ、さっさとこの仕事も終わらせてあの組織に……

そして全てを手に入れた後、ゆくゆくは……

おっと、先の事に浮かれる前にまずは目の前の仕事だったね。

 

「じゃあ僕と共に協力してくれるかい? ()()()()()()()()()()()




次話はおそらく凛香などのキンジ君以外の視点が主体になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62弾 死神の時間

今回キンジ君の出番はありません。


~凛香side~

 

ビッチ先生と烏間先生をくっつけようとして失敗した翌日、やはりビッチ先生は学校へ来ないまま放課後を迎えてしまった。

 

「やっぱり来なかったなビッチ先生」

「私達余計な事しちゃったかなぁ」

 

今も烏間先生と殺せんせーの教師陣、後は朝から武偵高に行ってるキンジ以外は帰らずにその場に残っていた。

烏間先生は情けは無用とばっさりと切り捨て次の殺し屋と会いに行き、殺せんせーはブラジルにサッカーを見に行って今はいない。

……烏間先生は分かってたけど、あのタコこんなときぐらいサッカー見に行くのやめなさいよ!

普段は野球派のくせに!

教師陣の対応がこんな為、ビッチ先生を特に慕っていた矢田を筆頭にクラスの空気は暗くなっていた。

 

「ねえ矢田さん、ビッチ先生と連絡ついた?」

「ううんメグ、ケータイもつながんない」

「まさかこんなんでバイバイとか無いわよね」

 

一切の連絡が出来ないこの状況、誰もが想像した最悪な状況が思わず口から洩れてしまった。

 

「そんな事はないよ。彼女にはまだやってもらう事がある」

 

一段と教室が暗い雰囲気になったタイミングで一人の青年が教室に花束を持って教室に入ってきた。

 

「だよねーなんだかんだいたら楽しいもん」

「そう。君たちと彼女の間には十分な絆が出来ている。それは下調べで確認済みだ、僕はそれを利用させてもらうだけ」

「「「ッ⁉」」」

 

え……なんで。

なんで今、この男が入ってきたのに何の違和感も感じなかったの⁉

 

「あなたは、花屋の……」

 

潮田のつぶやきに私はこの男が花屋の店員で、つい最近起こしたわかばパークの園長との事故で救急車などを呼んでいた男性である事に気が付いた。

 

「僕は『死神』と呼ばれる殺し屋です。今から君達に授業をしたいと思います」

 

気づいた今でもこの男に私は警戒することが出来ない。

たぶん皆もなんだろう。その事実に全員言葉ひとつ出なかった。

 

「花はその美しさにより、人間の警戒心を打ち消し心を開かせます。渚君達に言ったようにね」

 

~~~♪

 

あっちこっちでケータイが鳴り始めた。

わたしのも音が鳴る……これはメール?

 

「でも花が美しく、そして芳しく進化した目的はなんだと思う? 解答は君達のメールに送ってるから確認してみてよ」

 

メールを見ると、本文は書かれておらず画像ファイルが一枚だけ送られていた。

それを確認すると……

 

「「「び……ビッチ先生⁉」」」

 

画像に写っていたのは縄で拘束されたビッチ先生だった。

 

「正解は虫をおびき出すためのものです。手短に言います。彼女の命を守りたければ、先生方には決して言わず、君達だけで僕の指定する場所に来なさい。来るかは君たちの自由です。来なかったときは彼女を小分けにして君達全員に平等に届けるだけですから」

 

それは単純に言えば脅迫だった。

それなのになぜ私はここまで安心してられるのか、自分自身の状況が信じられない。

 

「そして多分、次の『花』は君達のうちの誰かにするでしょう」

 

――ゾクッ

 

そう死神が言った瞬間、私は小通連を抜くのも忘れて思わず首が繋がっているか確認してしまった。

一瞬だけ出た濃密な殺気……アレはもしかして次の花も既に決まってるんじゃないだろうか。

 

「おうおう兄ちゃん好き勝手くっちゃべってくれてっけどよ。別に俺達は助ける義理なんてねーんだぜ。あんな高飛車ビッチ」

 

なッ⁉

あの殺気を浴びたはずなのに、寺坂達は何をしてるの⁉

 

「それに第一……ここで俺等にボコられるって言う考えは無かったのか誘拐犯?」

 

寺坂達はゆっくりと死神を囲むが死神はククッと声を押し殺したように笑うだけだった。

 

「不正解です寺坂君、もし君が殴りかかろうと思っていたら既に手を出しているでしょう? 君たちは自分たちが思っている以上に彼女が好きだ。話し合っても見捨てるという結論は出せないほどにね」

 

いつかロブロさんが潮田に言っていた。『優れた殺し屋ほど万に通ずる』、私達の考えをなんて死神には筒抜けなんだろう。

 

「さあ、続きはまた後だ。畏れるなかれ死神の授業はまだ始まったばかりだ」

 

教室に花びらが舞い、突如それが氷のようにくだけるとそこには死神の姿はなく一枚の地図が落ちてるだけだった。

 

 

 

 

 

 

あの後、前原が何を思ったのか昨日の花束をばらまくと中から盗聴器が出てきた。

 

「クソッ‼これで俺達の情勢を探ってビッチ先生が単独になったところを狙ったのか」

 

これでキンジや殺せんせー、烏間先生がいない事を確認して、1人で乗り込んできたんだろう。

 

「…………」

「どうしたの神崎?」

「……ううん、何でもないわ速水さん。それよりもコレ」

 

そう言って神崎は地図の裏を皆が見える位置に置いた。

 

『今夜18時までに、クラス全員で地図の場所に来てください。先生方や親御さんはもちろん……外部の誰かに知らされた時点で君達のビッチ先生の命はありません』

 

裏面にはそう書かれていた。

 

「鷹岡やシロの時とおんなじだな。俺等を人質にして殺せんせーをおびき寄せるつもりだ」

「クソッ‼やっかいなヤツに限って俺達を標的にする!」

「ううん、そこじゃないの千葉君、杉野君。私が言いたいのはキンジ君を呼ぶべきかどうか」

 

……そういうことか。

 

「え? なんで遠山君?」

 

岡野など幾人かは神崎の言葉が理解できず、何が問題か分かってなかった。

 

「キンジ君は私達と同じE組ではあるけど、武偵高の生徒でしょ。外部の存在になるのかクラスの一員としてカウントされるのか微妙な立場なの」

「もし外部扱いなら、この事を伝えるだけでアウトだね」

 

神崎やカルマの説明で全員が理解する。

キンジを呼ぶか呼ばないか、この選択だけでビッチ先生の命が決まる事を

しばらく誰も口を開かなかったが、まず律がこの沈黙を破った。

 

「……私は呼ばないべきだと思います。キンジさんがいない時を狙ってきたんです、キンジさんも数に入れてるならこのタイミングで呼ぶはずありません」

「律の言う通りだ。キンジを呼ぶのをやめとこう」

「アイツがいなくても行けるだろ、俺達にはコレがあるからな」

 

律の言葉に磯貝が頷き、寺坂はつい最近受け取った超体操着を取りだした。

 

「守るために使うって誓ったじゃん。今着ないでいつ着んのよ」

「ま、あんなビッチでも色々世話になってるしな」

 

中村、岡島が苦笑を浮かべながら自身の超体操着を取りだす。

私もそれに続いて取りだし、自らを鼓舞させる意味を含め笑みを浮かべて全員に向けて言う。

 

「最高の殺し屋らしいけどそんなの関係ない。そう簡単に計画通りに進ませないわ」

 

 

 

あれから1時間、もうすぐ指定された時刻に差し掛かろうとしたところで私達は死神に指定された建物のすぐ近くで待機していた。

 

「どうだイトナ?」

「空中から1周したが周囲や屋上に人影はない」

 

前原の問いにラジコンで偵察していたイトナがそう答える。

私も双眼鏡で探るがそれらしい人影が見当たらない。それに……

 

「あのサイズじゃ中に手下がいても少人数ね」

「あ、それと花束に盗聴器を仕込む必要があったって事は逆に考えるとその直前の情報には詳しくない可能性が高いって事よね」

 

不破の推理通りなら私達の力や超体操着は知らないはず。

最終確認の意味も込めて私達は情報の共有をしていく。

指定の時間まで残り5分を切った。

 

「皆、敵がどんだけ情報通でも……俺達の全てを知る事はまず不可能だ。大人しく捕まるフリをして、スキを見てビッチ先生を見つけて救出。全員揃って脱出するぞ」

 

磯貝によって、最後の作戦の確認も終わった。

 

「律、12時を過ぎても戻れないときは」

「分かっています原さん。殺せんせー、烏間先生、キンジさんにこの事を伝えるメールを送るように設定しています」

 

万が一の時のことも大丈夫だ。

 

「行くぞ」

「「「おう!」」」

 

時間になったため、私達は建物の中に入る。

そこには死神どころか何もないだだっ広い空間が広がっていた。

 

『皆散らばるように広がってくれ』

 

ウインキングによって、全員が警戒しつつ散らばっていく。

 

『全員来たね、それじゃあ扉は閉めるよ』

 

――ガコォン

 

「ッ⁉ 扉が!」

 

スピーカーから音声が流れたかと思うと私達が入って来た扉が勝手に閉じる。

こっちからは取っ手がない、マズイ閉じ込められた。

 

「……ふん、やっぱりこっちの動きが分かってんだろ。死神ってより覗き魔だね」

「皆揃ってカッコいい服を着てるね。隙あらば一戦交える気かい?」

 

カルマが監視カメラに向けて皮肉を言うも死神はどこ吹く風とまったく取り合わず

 

「……ふむ、部屋の端々に散っている油断の無さ。良くできている」

 

そう言葉を続けた。その瞬間――ガコッと部屋が震えた。

 

「何が起きた⁉」

「部屋全体が下に⁉」

 

渚が言う通り、部屋にあったわずかの窓から見える景色から下から光が消えていく。

体感として30秒ほどだろう、部屋が下に降りていくとそこには

 

「捕獲完了。予想外だろ?」

 

教室に乗り込んできた姿のままの死神と拘束されて気を失っているビッチ先生が鉄格子を挟んだ先に立っていた。

 

「部屋全体が昇降式の監獄。こうやって一斉に捕獲するのが一番早い」

 

全員が目配せ、何人かで壁を叩く。

 

「お察しと思うが君達全員、あのタコをおびき寄せる人質になってもらうよ。心配しなくても奴が大人しく来れば誰も殺らないさ」

「……本当? ビッチ先生も今は殺さない」

 

片岡達は、死神から情報を引き出している。

クソッ! どこにあんのよ!

 

「人質は多い方が良いからね。場合によっては30人近くは殺せる命が欲しい」

「でも今は殺さない。本当だな?」

「ああ」

 

――ガン、ガン

違うここでもない。片岡に続けて岡島も情報を引き出そうと頑張ってくれている。

この時間を無駄にできない、どこ……どこなの。

 

「俺達がアンタに反抗的な態度とったら……頭にきて殺したりは?」

「しないよ。子供だからってビビりすぎだろ」

 

――ガン、ガン、()()()()()

 

「見つけた‼ この先に空間があるわ!」

 

私が示した場所に竹林が指向性爆薬をしかけ、奥田が煙幕を張る。

 

「いや、ちょっぴり安心した」

 

岡島の言葉と同時に爆発、壁が壊れた先に広がる空間へ私達は脱出する。

 

「いいね、そうこなくっちゃ。肩慣らしも含めて予習の時間を始めよう。見せてあげるよ、万を超える死神の技術(スキル)を」

 

壊れた壁の奥から子供が目の前のおもちゃにはしゃぐような、そんな声が響いてきたのだった。

 

 

 

 

脱出してもやはりと言うべきか死神は私達の動向が見えてるようで、わざわざスピーカーで死神本人を倒さない限り脱出不可能だと説明して来た。その説明の仕方もまるでゲーム感覚……私達が取った行動は3手に分かれての行動だった。

まずA班、この班は戦闘がメインで死神やいるかもしれない部下を叩く班だ。

メンバーは、磯貝、カルマ、潮田、岡野、茅野、木村、千葉、前原、村松、吉田の10人。

続けて私がいるB班は人質となったビッチ先生の救出。私と片岡と杉野が護衛しつつ助ける手筈になっている。

私以外には、神崎、矢田、倉橋、片岡、中村、杉野、岡島、三村、律の10人

最後にC班、ここは各自の力で偵察と脱出経路を探すことになっている。

 

「各班トランシーバーアプリで何かあった時は連絡、監視カメラは即破壊で。警戒は忘れるなよ、散るぞ‼」

「「「おう‼」」」

 

こうして、恐らく今までで一番の強敵だろう死神を相手にE組の戦いが幕を開けた。

 

 

 

~渚side~

閉じ込められた部屋から脱出した後、僕たちは3手に別れて行動した。

僕がいるA班は現在死神を探すために来た道を戻っているところだ。

その道すがら、『死神』にどう対処するか皆で話し合う。

 

「いいか『死神』は必ず不意打ちで襲ってくる。殺し屋って人種は正面戦闘は得意じゃない。多勢でかかればこっちが有利なのは経験済みだ」

 

前原君が言っているのは夏休みに行った離島、そこで戦ったガストロさんとの戦闘のことだろう。

 

「不意打ちをかわしてバトルに持ち込んだ後は皆で一斉にスタンガンで襲い掛かる。そうすれば必ず気絶まで持ち込めるはずだ」

 

前原君の言葉にうなずいた後、全員がスタンガンを素早く取り出せる位置に移動させていると

 

――カツーン……カツ―ン

 

来た!

そう思い身構えるも全員が呆気にとられる。

音はするのに……目の前から歩いてきているはずなのに、死神の姿が見えない⁉

これは……

 

「これって渚の……」

 

茅野の言う通り、これは僕がウー先生に教えてもらった技とほぼ同一のものだ。

自身の雰囲気を変えて、今では花屋さんの面影なんてどこにもない。

 

「バカが!」

「ノコノコ出てきやがって」

「村松君!吉田君!」

 

僕が二人を呼び止めようと名前を呼ぶが遅く、二人は見えない死神に単身で特攻を仕掛けていた。

 

――ゴッ‼

 

そんな……二人がたった一撃で……

 

「殺し屋になって一番最初に磨いたのは」

 

そう言った死神は気づけば木村君の前に立ち

 

「正面戦闘の技術だ」

 

その言葉と共にアッパーを死神が繰り出す。

いくら大人と子供だとはいえ、50㎏はあるはずの木村君は天井に体を打ち付けそのまま地面から起き上がらない。

超体操着を着てるため骨折などのケガはしてないはずだが、なんて威力なんだ。

 

「殺し屋には99%必用ないが、これがないと1%を取りこぼす。世界一を目指すなら必須のスキルだ」

 

そう言って、死神が再び動き出し一番奥の茅野の前に

 

「茅野‼」

 

――べキッ‼

茅野のおなかに吸い込まれるように入った死神の蹴り、およそ人から鳴ってはいけない音が鳴る。

 

「それを着てるんだ。これぐらいしなくちゃ、君たちは動けるだろう?」

 

今死神はなんて言った⁉

()()()()()()()()()()()()()』なんでこの人は超体操着の機能を知ってるんだ⁉

そこまで考えたところで僕は決心して、隠していたナイフを抜く。

 

「どいて皆、僕が殺る」

 

なんでこの人は盗聴器を仕込まれる前にもらった超体操着を知ってるのか分からない、けど今ここで倒さないと皆が危ないことだけは確かだ。

出し惜しみは無用だ、正体不明(アンノウン)、猫だましを使ってこの人を倒す。

例え僕が無理でもスキは絶対生まれるはず、そこを皆に突いてもらえば……

さあ、覚悟は決めた。行くぞ死神。

僕は1歩進む事に雰囲気を変える。

僕は……

 

ザッ――――おと「まだまだだね」

 

そう言われた瞬間、僕の足は止まってしまった。

僕の前にいたのは先ほどまでいた姿が見えない者ではない。

僕の正体不明が生やさしい物に感じられるほどの化物がそこに立っていた。

前にいるのは何者なんだ⁉ もはや生き物なのかすら怪しくなる。しかも殺気だけは残っており、少しでも動けば僕みたいな小さな命簡単に刈り取られてしまう。

 

「君がやってるのはあくまでどんな人物か分からないだけだ。本来ならこの技はそこから先の人外の雰囲気を纏う必要がある。そうすれば……」

「あ……ああ……うあぁぁぁ‼」

 

恐怖のあまりすくむ足を叫ぶことによって動かし、死神のノド目がけてナイフを振るった。

 

「ほら、君の波長は簡単に僕が操れるだろう?」

 

――バァァン‼

 

何が……起きたんだ?

何も考えられない……

体も支えられず、地面に倒れる。

そのさなか視界に写ったのは、足を凍らされ身動きできない皆が一方的にやられる姿だった。

まだ1分もたってないのに全滅なんて……

 

「夏休みの君は見ていたが、ロブロや君では単なる『猫だまし』で終わっている。だがこれにはもう一段階先があって、それが『クラップスタナー』という技術だ。人間の意識には波長があり、波が『山』に近いほど刺激に敏感になる。相手の『山』に音波の最も強い『山』を当てるとその衝撃は『猫だまし』の比なんてもんじゃない。当分は神経がマヒして動けなくなる」

 

死神の模範解答を遠くの方で感じながら僕は痛感した。

 

 

 

これが最高レベルの殺し屋なのかと

 

 

 

「君があと数年、今の技術を磨いていたらもう少し歯ごたえを感じたんだが残念だ」

 

その言葉を聞いたのを最後に僕は遠くなりつつあった意識を手放した。




次回も凛香視点からのスタートとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63弾 裏切りの時間

死神編に入ってから筆がいつもより乗っている翠色の風です。

今回からとうとうキンジ君も参戦。
そしてまさかな人物も参戦です。


~凛香side~

 

皆と別れた後、私達B班はビッチ先生を助けるためにさっきの部屋 ――鉄格子の向こう側に繋がる扉を探していた。

 

「あった、たぶんこの扉ね。この鍵ぐらいなら竹林爆薬で壊せそう」

 

片岡が見つけた扉を調べて指向性爆薬をセットしていく。

 

「なあ、もしここにビッチ先生がいるなら『死神』もいるんじゃ……」

 

岡島の言う通りだ。私達の目的がビッチ先生なのを死神はわかっている、それなら待っていれば済むだけの話なのだから。

 

「『死神』を倒せばこっちが勝ちなのは変わらない。どのみち『死神』はいつか襲ってくるから……返り討ちにするだけよ。それに人に向けちゃダメだけど、トラップや脅しに使える爆薬もまだあるわ。皆武器を構えていて」

 

片岡に言われ、私も準備をする。

常日頃から持っている小通連に、来る前に渡された奥田特性の催涙液入りのペイント弾、後はポケットにあるスタンガンだ。

こんな場面キンジみたいに武偵なら銃を持っているため心強いのだが、無いものをねだっても仕方がない。それにこの装備でも不意をつけばどうとでもなる。

 

片岡がセットした爆薬が起動して扉が壊れた。

 

「生簀の中に放ったのが小魚と思ってんだろーが、その小魚がピラニアだと教えてやろうぜ」

 

作戦開始だ。

 

 

 

 

警戒しつつ辺りを見る、いるのはビッチ先生のみで死神は見当たらない。

 

「私と杉野で救出するから皆は辺りの警戒を!」

 

 

2人が助けている間に死神がいないか警戒していると、背中のほうから誰か来た。

 

「速水さん」

「神崎……何?」

「律に気をつけて」

 

――バタン‼

 

「え?」

 

私は思わず音がした方を見ると、その状況が信じられなかった。

倒れているのは4人、片岡、杉野、岡島、矢田。

そのそばに立っていたのは……

 

「フー……6ヶ月くらい眠っていたわ。自分の本来の姿も忘れて」

 

注入器を持つビッチ先生だった

「ビッチ先生、本気なの?」

「アンタ達と可能性の見えない暗殺を続けるより、確率の高いヤツと組むわ。それに商売敵は黙らせろって彼が言うのよ」

 

倉橋の言葉に返すビッチ先生が顎で扉を指す。

 

「死神ッ‼」

 

いつの間にいたの⁉

指揮を出してた片岡がいないが残った6人で死角を無くすように立とうと移動する。

 

「待って、みんな!」

 

――バチッ‼

 

神崎の言葉と共に鳴った音に私は振り返る。

岡島、中村、倉橋が倒れていた。

 

「遅かった……」

「なんで……なんで律が‼」

「…………」

 

いつもならコロコロと表情を変えて答える律が無表情で何の反応もないまま、バチッバチッと音が鳴るスタンガンを手に持っていた。

 

「どうやら聡明な子もいるようだね。速水さん、その問いは僕から答えよう。律さんにはあらかじめ細工をしていたのさ、()()()()()()()()()()()()にね」

「「ッ⁉」」

「なかなか面白い物だったからね。持ち主を殺して貰ったんだ」

 

キンジは律のヒューマノイド化は武偵高の人と京菱イノベーションの社長、そして律の開発者が関わってるって言っていた。

コイツの言うことが確かなら、その時にはもう律を……そんな前から行動していたなんて。

 

「君の推理も聞きたいな。神崎さん、どこで気づいたんだい?」

 

死神に聞かれ神崎が一瞬私と視線を合わせてくる。

 

「……あなたはあの盗聴器をしかけてからあまりにも短期間で行動しているんです。その割には私達の事を知りすぎる……まるで誰かが情報を流してるかのように。律を疑ったのはあなたが去ったあと、キンジ君をどうするか聞いた時の反応です。協調を第一としていたはずなのに、自らが率先して誘導するように行動していましたから」

「選択肢が無いからって、やっぱりあれはわざと過ぎたか」

 

死神が神崎に興味を持ってるうちにA班を……よしこれで

 

『皆を呼べるとでも思ったかい?』

「え……」

 

そこから聞こえる声はA班の誰でもなかった。

 

『君が呼ぼうとした子たちは今さっき倒したよ。残念だったね』

 

A班が既に全滅⁉

誰がやったの、いやそれよりもこの声なんで……

 

「目の前にいる死神がどうしてケータイを……」

「ああ、渚君達に助けを呼ぼうとしてたんだね」

『実にあっけないものだったよ』

 

目の前の死神はケータイも何も持っていない。

なのに私が持ってるケータイには相変わらず目の前の男と同じ声が……

不気味さを増したこの男に私の中で危険度が最大になる。

 

「速水さん‼」

 

神崎の声と共に私達は持っていたエアガンを死神に向けて発砲した。

 

――――ビスッビスッビスッ

 

だがその弾は死神に届く事はなく、目の前の何かにぶつかり空間にヒビを作るだけ。

 

「ふむ……いつもより厚さがないな……ああ、君の力か。粒子をこの部屋に集めたんだね」

 

私に対してこの男が何を言ってるかわからないし心当たりもない。

 

(やっぱりエアガンじゃダメだ!)

 

そう思って小通連を抜くも

 

「……私達を忘れてないですか。速水さん」

 

――バチッ‼

 

首筋辺りから電流が流れる。

忘れてた……敵は死神だけじゃなかったんだった……

 

「キンジ……」

 

そのまま私の視界は真っ暗になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~キンジside~

 

ビッチ先生の件から翌日、俺は呼び出しがあった為朝から武偵高に来ていた。

律にはああ言ったがビッチ先生はちゃんと来てるんだろうか……

まあ、殺せんせーがいるんだ、すぐに丸く収まるだろう。

 

「……やっぱり入らないといけないよな~」

 

現在武偵高3大危険地帯である教務部の前、こんなとこ正直入りたくない。

書類不備はないはず……大丈夫……だと信じたい。

 

「おはようございます、遠山キンジです。入ります!」

「おう遠山こっちや」

 

意を決心して入ると、そこには蘭豹しかおらず手招きされた。

 

「呼び出された理由分かるか?」

「いえ! 心辺りはありません」

 

何もしてないよな?

だが蘭豹の顔は俺の言葉を聞いて、ビキィ……!と額に青筋を立ててメンチを切ってくる。

正直、そこら辺の殺し屋より怖い。

 

「先週、烏間を紹介するって言ったのお前は覚えてへんのか?」

 

は?

先週? 先週は向こうのテストで蘭豹に連絡を入れるどころか武偵高にも行ってないぞ。

 

「先生、俺は先週は何も」

「しらばっくれる気か遠山‼」

 

ダメだ、耳を傾ける気なんて一切ない。

かくなる上は……

 

「じゅ、11月」

「あ?」

「11月に幼馴染の学校で文化祭があるんです。そこで絶対に紹介します!」

 

すいません烏間先生、皆。皆がビッチ先生とくっつけようと頑張ってたが、命の方が惜しいんだよ……

俺の言葉に蘭豹は怒りでへの字になっていた口が、嬉しさからか口の端だけが上がりWの形になる。

 

「まあええわ。ちゃんと紹介せえよ」

 

乗り切った。烏間先生とか色々犠牲にしたけど、なんとか雌豹から逃げ切れた。

 

「あと遠山、お前を何人か指名してるから今日はこっちにいとけ」

 

指名?……ああトライアングルか。

武偵高は封建主義な為、学年を超えての力比べはなかなかできない。

だが10月だけはスポーツなどの試合で挑んでも失礼には当たらないのだ。

名前の由来は挑戦パターンが3種類なことからなのだが、時たま今回のように先輩が直々に逆指名してくることがあるらしい。

 

「わかりました」

 

敵前逃亡は恥な為、断ると言う選択肢はないというよりもできない。

バレたら、教師陣による体罰コースなのだ。

 

「……夜までには終わるよな?」

 

 

 

 

 

 

 

「やっと終わった……」

 

逆指名された勝負……ボクシングやら柔道やらを全て終えた頃には18時を回っており太陽はもう沈んでいた。

 

「そういえば平賀さんに相談する予定だったな」

 

ここに来たもう一つの用事を思い出し訓練室を出たその足で向かおうとしたその時

 

『ハァーイ、遠山キンジ君久シブリネ』

 

またか……今日はよく教師陣に呼び止められるな。

 

「お久しぶりです。ウー先生。俺に何かようですか?」

『アナタッテ言ウヨリモ渚チャンネ』

「渚にですか?」

『エエ。伝エタイ事ガアルカラ今度武偵高ニ来テッテ伝エトイテクレナイ?』

 

渚に伝えたい事? いったいなんだろうか。

 

「わかりました。帰ったら伝えておきます」

『オ願イネ』

 

それっきりチャン・ウーの声は聞こえなくなった。

渚も面倒な人に目をつけられたなと同情しつつ、俺は改めて平賀さんの工房へと向かう。

 

 

 

平賀さんの工房へ向かうとまだ灯りがついており、向かったがいなかったという悲しい状況にはならなかった。

 

「平賀さんいるかー?」

「あ、遠山君なのだ。久しぶりなのだ」

「…………」

 

工房に行くとどうやら先客がいたようで、平賀さんの隣には狙撃科のレキが立っている。

 

「レキも久しぶりだな」

「…………」

 

こいつは……

相変わらずヘッドフォンをしてこっちの言葉が聞こえてないらしく、その整った顔はあらぬ方向に向いていた。

仕方なく俺はレキの頭をコツコツ、と指で叩くとレキはようやくヘッドフォンを取りこっちを見てきた。

 

「お前も平賀さんに用事か」

「はい、銃弾を買いに来ました」

 

ふーん、レキのヤツもここで買ってたのか……

 

「レキさんはお得意様なのだ。それよりも遠山君はどうしたのだ?」

「ああ、律の事で相談なんだが……」

 

律の制作に関わっている平賀さんに俺は相談した。律が最近おかしい事、感情の自覚をしていたことを。

 

「それはよかったのだ」

「良かったってどういうことだよ?」

「律ちゃんはAIでもボトムアップ型なのは前にも遠山君にも説明したのだ。ボトムアップ型は人間と変わらないのだ……なら情報量を多くすればいつか感情も分かると思って五感とかを感じれるようにやったのだ」

 

詳しい事を聞けば、律のそれは良い方向に向かっている証らしい。

ただ、今までよりも格段に処理することが増えた為に今は体がついていけていないとの事だった。

 

「念のため、体の調子も見たいから今度連れてきてほしいのだ」

「わかった。ありがとう平賀さん」

 

平賀さんにも相談できたし、そろそろ帰るかと思って立ち上がると誰かが俺にぶつかって来る。

 

「キーくん、やっほー。相変わらずいい匂いだね。思わずクンカクンカしたくなるよぉ」

「り、理子⁉ お前、な、何抱き着いてきてんだよ! さっさと離れろ!」

 

口には言えないが、その小さな体に似つかない大きなものがさっきから当たってんだ!

無理やり、理子を引きはがすと理子は口を尖らせ

 

「ぶー。せっかく面白い物を見つけたからキーくんにも見せようと思ったのに」

「なんだよ、その面白い物って?」

「ふーんだ。意地悪なキーくんには教えてあげないよーだ」

 

あっかんべーと子供のようにやってくる理子。

コイツが面白い物と言って、持ってくるときは大抵バカなものかめんどくさいものだけだ。

 

「別にいい。どうせたいした物じゃないんだろ?」

「それがりんりんやなっぎー達と関係してても?」

 

何?

凛香や渚達?

 

「おい、理子どういうことだ」

「ふーん」

 

あ~、クソッこいつ……

 

「さっきはすまなかった。だから教えてくれ」

「そういえばもうすぐ、〇する乙女と守護の〇が発売日だったな~」

「………あ~、分かったよ!買ってやるから教えろ理子!」

「さっすがキーくん、やっさしー。そんなキーくんに、はいコレPCを見てて」

 

理子に見せられるのは、建物の中に入っていくE組の皆だった。

なんで超体操着を着てんだ? あれは何かを守る時だけって言ってたのに……

考えられるのは1つだけ、着ないといけない何かが起きたのだ。

 

「これ、前に会った子達だよね? おそろいの服で何してるのかな?」

「理子、これはいつの映像だ……」

「ん~と、だいたい18時ぐらいだね」

 

今の時刻は18時30分……入ってから30分か……

 

「理子、案内(ナビ)できるか?」

「理由を聞いても?」

「…………」

「まあいいや。CL〇NNADもつけてくれたら手をうってあげる」

「すまん」

 

後は……

 

「はいなのだ、遠山君」

 

平賀さんに頼もうとすると、予備マガジンなどを含めた装備一式を平賀さんに渡された。

 

「何を急いでるのかわからないけど、コレの代金は律ちゃんを連れて来た時でいいのだ」

「すまん、平賀さん。後で必ず払う!」

 

装備一式を身につけた後、俺は武藤にバイクのキーを借りて駐車場へと向かう。

そこに行くと一人の少女がドラグノフを持って立っていた。

 

「レキ、なんでここに……」

「風に言われました。()()()()と」

 

レキ……

正直敵がいるかもわからない。

だが、Sランク武偵がいれば何があっても対処できる。

移動中にしがみつかれるとヒス的にヤバいが今は四の五の言ってる場合ではない。

 

「バイクで行く。しっかり掴まってろよ」

「はい」

 

借りたのは以前武藤が自慢していたBMW・K1200R。

僅か2.8秒で時速100kmに届くコレならすぐに着くはず。

 

ドルルル……!

ローに入れアクセルを引き、俺はレキを連れ理子の案内で皆が入った建物へと向かった。

 

(頼むから、何も起こってくれるなよ!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64弾 裏切りの時間 2限目

あれから10数分もたたずに俺はレキを連れ、理子が見せた映像の建物の前に着いた。

 

「理子、ホントにココで間違いないんだろーな」

『うん、さっきみせた監視カメラにキーくん達が映ってるから間違いないよ』

 

理子の言葉が正しいならあそこに皆が……

 

「レキ。敵の数は不明。優先は椚ヶ丘の生徒の保護だ。俺が前に出る。援護は任せた」

 

俺は今分かる限りの情報から状況情報(ブリーフィング)を行い、レキは俺の提案に了承する。

入り口は二つ、目の前にある建物の入り口と反対側に回ったところにある地下に続く入り口。

俺はまず、目の前にあった扉を開けた。

 

「誰もいないな……」

 

誰もいないどころか、普通ならあるはずの蛍光灯すらない……

 

「キンジさん、壁に擦れた後があります。恐らく何かの仕掛けで地下に繋がっていて、人質はそこかと」

 

レキの予想は恐らく正しい、理子曰くE組の皆が入ってから俺らが来るまでここには誰も来ていない。

28人もの人数を複数ある監視カメラを避けて運び出すのは恐らく難しいはず。

そうと分かれば、俺達は反対側にあった地下への入口へと向かった。

 

「開いてる……」

 

こういう時、人質の逃げ場を無くすために大抵扉のロックは解除されてないはずだが……

考えられるのは誘われているか人質を絶対に逃がさないという自信があるのかのどっちか。

どのみち俺達はここ以外から潜入する以外の選択肢はない。

 

「レキいくぞ」

 

ドアノブの動きに違和感はない、トラップが仕掛けられている可能性は低いはず。

例え罠がなくても待ち伏せされている可能性があるため、恐る恐る開けるが何もなく階段が続くだけだった。

警戒を続けながら、目の前にあった階段を降りていく……少しすると長い廊下に出た。

 

「敵影無し、このまま進むぞ」

 

レキにハンドサインで促し、進もうとすると

 

『キーくん、――ザザッ 気を――ザザッて、電波が――ザーーーー』

――カツ―ン、カツ―ン

 

地下に入ったせいなのか耳につけていた通信機の調子が悪く、理子との通信が切れた。

それと同時に通路の奥から足音が鳴る。

 

――カツ―ン、カツ―ン

 

隠れるには部屋に続く扉は遠く、曲がり角も無いため隠れられそうな場所がない。

仕方なく俺はベレッタを構えながら、来るであろう敵に身構える。

 

――カツ―ン、カツ―ン

 

おかしい……足音は近づいてきてるのに、姿が一切見えない。

 

「私は1発の銃弾」

 

レキが俺の斜め後ろでドラグノフを構えながら、詩のようなことを呟いている。

 

(これは……)

 

前にレキと組んだことがある強襲科の奴に聞いた事がある。

レキはターゲットを弾く際、自身に暗示をかけるように今と同じ言葉を呟くと。

 

――カツ―ン、カツ―ン

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない」

 

――カツ―ン、カツ―ン

 

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ」

 

――バスッと少し遠くから音が鳴る。

レキの弾が何かにヒットした。

 

 

「寸分たがわず眉間を狙うか……姿を見せなかったはずなのにどうやって分かったんだい?」

 

未だ姿は見えないが、男性の声が聞こえてきた。

この声、どこかで……

 

「あなたの足音から身長とここからの距離を計測しました」

「さすがはSランク……遠山君も僕が呼ぶ前に来てくれた、これなら少しは楽しめそうだ」

 

その声と共にすぐ近くに男は現れた、俺が良く知る少女を連れて。

 

「おい、アンタ……花屋じゃなかったのかよ」

 

それを見た俺はいつもより低い声で問う。

現れた男は夏ごろに幼馴染のプレゼントを相談したり、岡島たちがケガをさせた園長の為に救急車を手配してくれた男だった。

 

「これは自己紹介が遅れたね。『死神』と名乗れば君も分かるかな?」

 

死神……危険リストA上位等級に登録され、ロブロさんに一番優れた殺し屋と称された人物。

 

「なぜ、そんな殺し屋が凛香を連れてんだよ!」

 

死神はピクリとも動かない凛香を片手で抱くように持っていた。

 

「ああ、彼女はある人物に連れていくように頼まれたんだよ。安心するといい、血は少し貰ったが死んではないよ」

「……おい」

「まあなかなか綺麗な顔をしてるから、渡す前に少し遊ぶかもしれないけどね」

 

死神が後半何を言ってるかなんて聞こえなかった。

怒りで頭の中がいっぱいになっていたからだ。

凛香を連れていくだと。

こんな悪党に頼む奴の元に……俺みたいなのを憧れてくれた幼馴染が……

 

「離しやがれ……そいつはお前みたいなヤツが触れて良い女じゃねー‼」

 

頭に血が昇ってたのがさらに増し、――ドクン、ドクンと黒い獰猛な感情と共に血流が集まってくる。

これは鷹岡の時の……

だが今はあの時の比ではない。

 

『奪え……奪い返せ……!』

 

と、言う声が自分の中心・中央、そのさらに奥から聞こえ俺自身が塗りつぶされていく。

 

「どうやらなったみたいだね。でも残念だ、()()()()()()

 

こいつはヒステリアモードの事を知ってるのか。

それに今の口ぶり、いつもと違うコレも知ってるな。

まあいい、凛香を奪い返してから聞きだすだけだ。

 

「レキ合わせろ!」

 

その言葉と共に凛香に当たらないよう計算しながら、ベレッタを撃つ。

 

「それではまだ僕が戦うに値しないな」

 

――パパパパパパッ

 

俺とレキの銃声が通路に響く、しかし着弾音は一つせず ――カランカランと代わりに銃弾が地面に落ちていた。

 

「律……」

ご主人様(マスター)への攻撃行動、敵と判断します」

 

そこには死神に背を向けて律が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、律が……

 

「律に何をした」

「何もしてないさ、これは元々僕のモノだからね。今の君相手にはちょうどいいだろ?」

 

その言葉にさらにどす黒い感情が死神に湧く。

もう一度仕掛けようと構えるが、それよりも先に律が至近距離に躍り出てきた。

 

速い

 

そう感じた頃には俺の口を塞がれた。

 

「ん…………」

「ッ⁉」

 

()()()()

予想外な事の為一瞬動けなかったが、キスされたと認識でき引き離そうと俺はもがく。

だが律は俺の後頭部をガッチリとホールドし、律の唇は離れない。

次第に俺の中にあったどす黒いモノが抜けていく。

まるで俺に伝わる律の唇の熱の代わりに吸い取られるように……

 

キスされてから1分は立ったのだろうか、俺にとってはそれ以上に長く感じられたがそこでようやく律が離れてくれた。

 

「律……やってくれたね」

「今の状態をノルマーレ8割、ベルセ2割と判断。遠山金次を殺せる確率が50%から90%に上がりました」

 

今の俺に流れる血流は感覚で分かったが、あの獰猛なのが時々流れるだけで大半がいつものモノになっている。

律は敵の手に堕ちているし……正直このままじゃマズいな。

 

「おや、どうやらもう一組お客さんだ。律ここは頼んだよ」

「はい、ご主人様」

 

死神が渚がやるように溶けるように消えていく。

 

「待て!」

「ここは通させません」

 

死神が言っていたE組以外の客が来た、考えられるのは高確率であの人たちだ。

なら……

 

「レキ、俺は律を止める。お前は先に行って、烏間先生の援護に行け!」

「分かりました」

 

俺が先頭を走り、後ろにレキが続く。

 

「行かせないと言っています」

「律、ごめんよ」

 

こちらに殴りかかって来た律に謝りつつ、合気道の要領でそばにあった扉に叩きつける。

 

――ガシャンと大きな音が鳴るとともに扉と律が部屋の中に吹っ飛ぶ、俺も律をここで抑えるためにその部屋に入った。

中は牢獄のように檻がある部屋……いや、牢獄を見るための部屋だった。

檻の向こうの壁には大きな穴が……多分だが皆が脱出する前にいた部屋なんだろう。

 

「遠山金次を最優先排除対象に再設定、続けて近接戦闘に以降します」

 

部屋の奥まで飛ばした律が起き上がる。

それに呼応するように、いつの間にか律のヒューマノイドになる前の本体が横に鎮座していた。

律からも関節などから蒸気が噴き出している。

やるしかないのか……

 

「律、俺はそんな悪い子に育てた覚えはないよ。そんな悪い事をする律には少しお仕置きが必要みたいだね」

「いきます……モード狂宴(オルギア)。先に宣言します、あなたでは私に勝てません」




次回 律VSキンジ
そしてレキは……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65弾 死神の時間 2限目

お待たせしました。


~渚side~

 

ここはいったい……

 

「良かった渚、気が付いたのね」

「茅野? ここは……」

 

耳元からは茅野の声が。

それと一緒に暗かった視界が徐々に鮮明になってくる。

そこは最初にいた場所とは違う牢屋だった。

手は拘束されていて、首には何かつけられていた。

 

「私達全員捕まって、今は違う牢屋にいるの」

 

変だな……茅野から安定してる何かが見える……

いや、今はそんな事よりもA班だけじゃなくてB班やC班まで捕まった事を考えないと

 

「やっぱり君達じゃ練習にもならなかったね」

 

ハッキリとしない頭で考えていると、牢屋の向こうから声が聞こえてくる。

そちらを見ると、牢屋の向こうには死神とビッチ先生が立っていた。

 

「どんな方法で殺せんせーを殺ろうとしてるか知らないけどさ、そう計算どうり行くのかね?」

「ん?どういうことだい赤羽君?」

「だってあんた、二人ほど捕まえれてないじゃん。生徒すら捕まえられずに殺せんせーを殺れるとは思えないけどね」

 

カルマ君の言葉に改めて見ると、確かに2人、速水さんと律だけは捕まっていなかった。

 

「ああ2人の事だね。1人は別のところにいるだけだから安心してよ」

「速水さんをどうするつもりなんですか?」

 

死神の返答に神崎さんが珍しくまくしたてるように聞いている。

その言葉通りなら、捕まってるのは速水さんだけみたいだ。

 

「彼女は入学を認められてるみたいだから、殺さずに連れていかないといけないんだよ。『イ・ウー』にね」

「『イ・ウー』?」

「おっと、口が過ぎたね。取りあえず彼女は特別扱いなのさ」

 

イ・ウーなんて聞いたことないけど、とりあえず無事な事が分かり安心できた。

 

「そろそろ烏間先生を呼び出して、人質にしようか。良い練習台になるだろうし、なにより何かとメリットがある」

 

烏間先生を……いやこの人だったらやる!

 

「ん? 死神さーん、モニターを見てみ。あんた計算違いしたみたいだよ」

「…………ほう」

 

カルマ君の言葉通りモニターに映ってるのは、呼び出そうとしていた烏間先生、そして殺せんせーだった。

 

「これは嬉しい誤算だ。キンジ君よりも楽しめそうだね」

「な⁉ キンジも来てんのかよ⁉」

「そういえばモニターが消えているね。ほら、これを見てみなよ」

 

そう言われ、モニターに映ったのはキンジ君と武偵高に見学に行ったときに見た狙撃科のレキさんの2人、そして捕まっていないはずの律が2人の前に立ちはだかってるところだった。

 

「なんで律が⁉」

 

訳が分からない、律どうして……

 

「ヒューマノイドになるときに、操れるようにウイルスを盛ってキンジ君達の相手をやってもらってるのさ。ちなみに君たちの情報もAI経由で手に入れてんだよ」

 

だから、超体操着の情報も知ってたのか。

 

「そんなひどい……」

「何を言ってるんだい矢田さん。あれは物だろう、有効に使っただけの話さ。それじゃあ、そろそろ動こうか。イリーナ計画16でいくよ」

「……ええ、わかったわ」

 

死神とビッチ先生2人が部屋から出て行った。

どうしよう……烏間先生達はビッチ先生が裏切ったなんて知らないのに……

 

 

~キンジside~

 

(どうする……)

 

相手は律。

ヒステリアモードの今、女の子に対して俺は傷つける行為ができない。

だが律は俺を殺る気だ。

俺にできる事は一つだけ。

できるだけ傷つけずに無力化する以外にない。

 

律の動きに気を付けながら、俺は防御よりの構えをとる。

対する律は、急所を守るように左側を前にし腰を落とす。

拳を握りしめ、左手を前に突き出し逆に右手は弓を射るかのように引いている。

見たことがない構えだ。

 

「いきます!」

 

体から蒸気を上げていた律が消えた。

いや違う、集中することによって見えたスーパースローの世界で律が一足飛びで俺に迫ってくる。

 

(マズイ‼)

 

そう思い避けようとしたが、それより早く律が着く。

 

「遅いです。桜のように儚く散ってください『雷光』」

 

――――パァァァァァァン。

 

俺は入った入り口を超え廊下の壁に叩きつけられた。

数瞬遅れて、音速を超えた時になるあの音が聞こえてくる……

衝撃波だけでこの威力なんて……

 

「後ろに飛んで直撃を避けましたか。修正……続けて攻撃に移ります」

「……律、さっきのは『桜花』だよね?」

 

再び攻撃してこようとする律に、素早く起きた俺は避ける事に集中する傍ら聞く。

最初のあの動きは以前やった桜花を使っての移動だ、だがその後の技……あれは桜花の速度を超えていたぞ。

 

「そうです。わたしはあなたですので」

「律と同じなのは嬉しいけど、どういうことだい?」

「4ヶ月、わたしはずっとあなたを見ていました」

 

律の猛攻を防ぎながら、会話は続く

 

「あなたのスタンス、癖。あなたの事は好きな物から考え方まで知り、そして学びました」

 

避けようとした場所に律の蹴りが飛んできた為、とっさに防ぐ。

だが威力が強く、俺の体は再び飛ばされた。

 

「先ほどの『雷光』もあなたを学ぶ過程で得た『桜花』を改良した技です」

 

律の学習能力はそれこそ人間の域を超えている、俺という人間を学習してその上の能力を導きだしたってことか。

 

「無手では決着まで時間がかかると判断、兵装展開」

 

その言葉を鍵に何かが部屋から飛びだして壁に突き刺さった。

 

「剣だと?」

 

中にあるのは律の本体のみ、そういえば律の本体の中は特殊プラスチックでなんでも作れたな。

それこそ、銃から花まで何でも。

剣が1本出たかと思うと、続けて何十本と武器が飛び出て天井や床にも刺さっていった。

それは西洋の剣であったり、中国刀、刀やナイフ、果てには薙刀や槍まで、年代場所を問わず様々な近接武器が廊下を覆うように突き刺さる。

 

「遠山キンジを殺せる確率が5%上昇、いきます」

 

律……俺を殺そうとしているのに、なんでさっきから今にも泣きだしそうな顔をしてんだよ!

 

そんな表情に反して突き刺さる剣を1つ手に取る律に対し、俺も防ぐために刀を手に取る。

お互いに足で放った桜花で迫り、高速での戦闘が再び始まった。

 

 

~渚side~

 

モニター越しに見ていた二つの戦況は、一言で表せば信じられなかった。

キンジ君の方は、律の攻撃を受け止めているのだけど速すぎて何も見えていない。

ただ拮抗してるようで、さっきから壊れた武器だけが増えていっている。

そして烏間先生達は……

 

「ウソだろ……」

 

杉野の言う通り信じられなかった。

落とし穴とUZI2丁。たったこれだけを使って、ビッチ先生と死神は殺せんせーを僕たちと同じ檻に閉じ込めたのだ。

死神とビッチ先生はお別れの言葉だと言って、烏間先生を連れ再びここへやって来た。

 

「能力を使うまでもなかったか……そこは気に入ってくれたかな、殺せんせー?」

「皆さん、ここは……」

「洪水対策で国が作った地下水路ださ、僕のアジトと繋がっている。地上にある操作室で毎秒200tの水が水路いっぱいに流れる。そして檻は対先生物質で頑丈に作った。後は言わなくても分かるよね?」

 

それを聞いて僕たちは自分の顔が真っ青になったのが分かった。

死神は僕たちごと殺せんせーを殺す気なのだ。夏休みに鷹岡先生が言っていたように、殺せんせーが乱暴に脱出できないように……

 

「待て!生徒ごと殺す気なのか⁉」

「当然さ、今更待てない」

「ッ‼イリーナ‼お前コレを知った上で……」

「……プロとして結果優先で動いただけよ。あんたもそれを望んでたでしょ」

 

ビッチ先生……

それに烏間先生も今まで言ってきたことが裏目に出たのか動揺してるのが感じられた。

 

「ヌルフフフ。確かに厄介な対先生物質ですが……私の肉体はついにこれを克服しました」

 

え⁉

殺せんせー、まさかこの檻を破ることができるの⁉

 

「……へぇ、それはぜひ見てみたいね」

「いいでしょう。これをみせるのは初めてですよ、さあ驚きなさい‼私のとっておきの体内器官を‼」

 

皆が固唾を吞んで見守る中、殺せんせーが見せたのは……

 

――ペロペロ  ペロペロ  ペロペロ

 

四つん這いになって必死に檻を舌で舐める姿だった。

 

「確かに殺せんせーの舌は初めて見たね……」

「殺せんせー、どれくらいで溶けるの?」

「消化液でコーテイングして作った舌です。後カルマ君の質問ですが、これぐらいの檻なら半日もあれば溶かせます」

「「「遅ーよ‼」」」

「言っとくけど、それを続けたら全員の首輪を爆破させるよ」

「ええっ⁉ そ、そんなぁ‼」

 

いや、殺せんせー。それ普通の反応だよ……

それにしても殺せんせーまで簡単に捕まってしまった……

 

「さて、さっさと依頼の片方はすませようか。来い、イリーナ。今から操作室を占拠して水を流す」

 

もう僕たちにはどうすることもできないのかな。

檻の中にいた皆が自身の不甲斐無さ、死神の手の平で踊らされた悔しさを感じていると、部屋から出ようとする死神の肩を掴む人がいた。

 

「どういうことだ烏間先生?」

「…………」

「日本政府は僕の暗殺を止めるつもりなのかい? 確かに多少手荒だが、地球を救う最大の好機だろ?」

 

烏間先生……

 

「死神、その答えを言う前に1つ聞く。ここにいない生徒はどうする気だ」

「ああ、1人は僕が戦うに値するか試してる。もう1人は頼まれたから僕と共に国外へ連れていくつもりさ」

「……後1人は?」

「物は人にカウントしないだろ?」

 

その言葉が誰に向けたか、全員が分かり怒りを覚えるがその前に烏間先生によって吹き飛ばされた。

 

「……硬いな。まあいい、日本政府の見解を伝える。29人の命は地球より重い。そして死神、お前は殺人未遂及び殺人の疑い、そして未成年誘拐等の罪で逮捕だ」

 

僕たちから見える烏間先生の後ろ姿は、頼もしくそして何よりかっこよかった。

 

「言っておくがイリーナ。プロってのはそんな気楽なものじゃないぞ」

「……面白いね。じゃあ、プロならこれも見切れるかな?」

 

そう言うと、死神の周りに突然巨大な氷柱が出てきた。

 

「ちっ!超能力者(ステルス)か!」

「避けたら、もしかしたら後ろにいる何人かは死ぬかもね。さあプロなら止めてみなよ」

 

烏間先生が拳銃を構え、飛んでくる氷柱を対処しようとすると声が聞こえてきた。

 

「私は1発の銃弾」――ガシャン

「銃弾は人の心を持たない」――ガシャン

「故に何も考えない」――ガシャン

「ただ、目的に向かって飛ぶだけ」――ガシャン

 

それはまるで詩のようだった……そして1節歌うごとに氷柱が壊れ、最後に死神の足が砕けた。

聞こえてきたの全て僕たちの後ろからだった。

 

「おい、今俺達と檻を潜り抜けて当ててなかったか⁉」

「寺坂……そんな事ができる人なんて俺は一人しか知らない」

「なんだよ千葉、知ってんのかよ」

「ああ、あの人ならできて当然なんだ。『絶対半径2051m』のあの人なら……」

 

絶対半径……ウー先生から教わった通りなら、それは狙撃手の必中距離のはず。

そんな芸当ができるのはキンジ君と同じ……

 

「あなたがキンジさんの言っていた烏間先生ですね」

 

狙撃科S()()()()のレキさんしかありえない。

 

「……ああ、そうだ。君は?」

 

烏間先生は、振り返ることなくレキさんの言葉に答える。

 

「武偵高1年、狙撃科のレキです。キンジさんに言われあなたを援護しに来ました。」

「そうか……国家機密に関して色々言いたいことがあるが、その前に死神お前の本体はどこだ」

 

さっきのレキさんの攻撃で思わず目を逸らしたけど、死神の足からは血が出ずに氷のように砕けていた。

 

「今は、連れてこうとしている少女の近くだよ。それにしてもレキさん僕は本体みたいに氷で守ったつもりだったんだけど、よく貫通させたね」

「装甲貫通弾を使わせてもらいました」

「ああ、武偵弾か。ハハッ、面白い。二人とも合格だ」

 

ひとしきり笑った死神が足元から細かい粒子に変わっていく。

 

「僕は今から操作室に行く。僕の位置と君たちの位置は操作室からの距離はほぼ同じだ。止めたければ、向かってくるがいい。もし追いついたなら、ちゃんと本人が相手してあげるよ」

 

そう言ったところで目の前の死神が消えた。

 

「ちっ!レキさんも別ルートで向かってくれ!」

「わかりました」

 

死神を止めるために烏間先生とレキさんも走り去っていった。

 

「烏間先生!トランシーバーの電源をONにしといてください!」

 

正真正銘『プロ』同士の戦いが始まったのだ。

 




次話投稿予定は1週間後になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66弾 自覚の時間

すいません。大変お待たせしました。


11/03
キンジsideを加筆修正しました。



~渚side~

「烏間先生、大丈夫だよね?」

 

何もできず、烏間先生やレキさんを見送った後ポツリと茅野が心配そうに聞いてきた。

 

「フン……彼の実力を見てまだそんなこと言えるのカエデ。烏間も人間をやめてるけど、彼はそれ以上よ」

 

僕が答える前に、ビッチ先生が首につけていた爆弾を外しながら呆れたように言ってくる。

確かに死神は殺せんせーを牢屋に落とすという誰も出来なかった事をやっている。

しかも超能力者なのにその能力すら使わずに……

 

「なあビッチ先生。あの野郎が俺等事殺すって知ってたのかよ」

「何でよ……仲間だと思ってたのに」

「…………」

 

前原君や岡野さんが聞いてもビッチ先生は何も言わずにうつむいていた。

そうなんだ……ビッチ先生は死神の計画で僕たちが殺すことを知ってたんだ……

 

「ビッチ先生……」

「やめなよ、渚。このビッチただ怖くなっただけなんだし」

「どういうことカルマ君?」

「自分はプロだって言ってたのにゆる~い学校生活で殺し屋の感覚を忘れかけてたから、俺らを殺して『私冷酷な殺し屋よ~』ってアピールしたいだけなんだよ。何か間違ってるビッチ先生?」

 

――ガシャン!

 

「私の何が分かるのよ‼」

 

カルマ君が挑発気味に聞いたせいかビッチ先生は爆弾を牢屋にたたきつけ、顔を下に向けながら肩を震わせていた。

 

「……想像した事さえなかったのよ。血に塗れた私が、弟や妹みたいな子と楽しくしたり、恋に悩んだり……私の世界はそんな眩しくない。お願いだから……私にこれ以上そんな優しい夢見させないでよ‼」

 

ビッチ先生の悲痛な声が響く。

それに対して僕たちは何も言えなくなっていた。

ビッチ先生を苦しめているのは僕たちだったのだから。

 

『イリーナ、手伝ってくれ。お前も操作室へ向かい、烏間が罠に手こずっている様なら背後から撃て。公安0課なんて大層な名前の所に所属してるが、所詮平和ボケした国の組織だ。死と一緒に過ごしてきた君の攻撃なんて躱せるはずないさ』

「……わかったわ」

 

僕らにはよく聞こえなかったけど、たぶん死神に呼ばれたのか、ビッチ先生はそのまま部屋から出て行った。

 

「さすがは歴戦の殺し屋ですね」

「殺せんせー、なんでそんなに落ち着いてんだよ‼」

「焦ってもいいことが無いからですよ木村君。先生が最も苦手な環境の急激な変化、『味方だと思ったら敵だった』と彼女の演技はその変化を一切悟らせなかった。死神だけじゃない、イリーナ先生も素晴らしく強い。君たちが実力で勝てる相手ではないぐらい」

 

悔しいけど殺せんせーの言う通り、僕たちはあの時手も足も出なかった。

誰もがそれを痛感してる。

 

「死神が設置していた監視カメラがありますね。断片的にですが強者の戦いが覗けますよ。読唇は先生に任せてください」

 

そう言って殺せんせーの触手が指すモニターには烏間先生とレキさんが映っていた。

 

烏間先生が映るモニターは烏間先生と扉だけで、ドアノブを握ったと思ったら次の瞬間

 

――ドガアアアアアアアアン‼

 

この部屋まで響く爆発音が鳴り、烏間先生が映っていたモニターが真っ白になる。

光が収まるとそこには、変わり果てた扉と

 

『チッ 嘗めてるな。たかがあんな量の爆薬で止めれると思われてるなんてな』

 

無傷の烏間先生が映っていた。

 

「「「…………え?」」」

「なあ、何が起きたんだ今?」

「千葉、俺の目が可笑しくなかったら爆発に巻き込まれた烏間先生が、次の瞬間何事もなく通りすぎたぞ」

 

僕の目にも村松君と同じ光景が映っていた。

なんで烏間先生は無事なのか全くわからなかった。

 

「簡単な事です。烏間先生はドアノブの違和感からトラップを仕掛けていることを見越して開けた後に対処しただけです。今回は爆薬でしたので爆風と同じ速度で後ろ受け身をとっていましたね。ドアも盾になり爆風が届かなかったということです」

 

……すごすぎる。

1秒にも満たない間にその判断と行動をやるなんて。

 

「武偵高の人が⁉」

 

原さんが指差すモニターには曲がり角で立ち止まるレキさんと大量の銃弾。その先にはいたのは背中に銃を装備された5匹の犬だった。

 

「ドーベルマン⁉」

「死神が撃てるように調教したようですね。アレだけの数を仕込むなんて……死神の手腕ですねぇ」

 

レキさんはどうするのかと見ていると、ただ一言

 

『私は1発の銃弾』

 

と言って、引き金を3回引いただけだった。

撃たれたと思ったドーベルマンを見ると、何も起きてない。

 

「もしかして外した?」

「いえ、当たっています。先生も驚きました、まさかあんな技が使えるなんてさすがSランクですね」

 

不破さんの言葉に殺せんせーが首を振ると同時にモニターに映るドーベルマンがその場に5匹全部が倒れた。

レキさんは倒れたドーベルマンと目を合わせるとそれぞれを一撫でして、そのまま奥の扉へと消えていった。

 

「ねえ殺せんせー今度は何が起きたの?」

「レキさんは銃弾を脊椎と胸椎の中間を銃弾で掠めて瞬間的に圧迫させたのですよ矢田さん」

 

そう言いながら先生は矢田さんのちょうど首の付け根を指す。

 

「ここを圧迫されると脊髄神経がマヒし首から下が動かなくなるんです。それを彼女は2発の銃弾を壁やドーベルマンの銃で反射させて5匹全部にやって、おまけにドーベルマンも屈服させていましたね」

「え、でも引き金を3回引いていなかった?」

「最後の1発はトラップがあっても大丈夫なようにドアノブを破壊するために撃っていました」

「なんだよあのロボットみてーな女……それに烏間先生を見てみろよ」

 

寺坂君がボヤキながら顎で指す先には次のトラップであろう鉄骨を受け止め、飛んでくるボーガンの矢を掴んでいた烏間先生。

 

「笑ってる……」

 

こんな状況なのに烏間先生は笑みを浮かべている。

そういえば烏間先生が笑っている時の大半は、戦闘中……人を襲っている時ばかりだ。

 

「普段は強い理性で抑えていますが、烏間先生の真価はその奥に潜む暴力的な野生です。彼もまたこの暗殺教室に引き寄せられた比類なき猛者。そしてレキさん……恐らく暗殺教室と言うよりも彼か彼女、もしくはイロカネに引き寄せられている。アレはまだ開発者自身も気づいていないはずなのに」

 

最後の方は声が小さく聞き取れなかったけど、殺せんせーの顔は今まで見たことがないほど真面目なモノだった。

 

「殺せんせー?」

「何でもないですよ渚君。さて、死神も含め彼らは強い。皆さんはどうしますか?彼らには敵わないと諦めますか?」

 

それは違う。僕たちの戦い方それは……

 

「ここにいたらキンジ君もきっとこの言葉を言いますよ『諦めるな。武偵は決して諦めるな』ってね。弱いなら弱いなりの戦法があります。いつもやってる発想で戦うだけです」

 

そうだ、僕たちだってやり方次第で死神に一撃入れる事ができるはず。

それに今も諦めずにキンジ君は頑張っているんだ、僕たちだって。

殺せんせーの言葉に自然と僕たちはモニターの1つを見る。

そこに映っているのは…………

 

 

 

~キンジside~

「修正、いい加減諦めなさい。遠山キンジ」

 

そう言って、何回目になるか数を数えるのもバカらしくなるほど繰り返した攻撃が再び始まった。

 

「くっ‼」

 

首めがけて振るわれる剣をギリギリしゃがむことによって避けると、そこに元本体から撃たれた銃弾が飛んでくる。

 

――ガキン‼

 

飛んできた銃弾を近くに転がっていたナイフで切ることによって防ぐ。

律は俺がナイフを振り下ろした瞬間を狙い突きを。

それに対してムリな体制で避けると同時にカウンターの蹴りを狙ったが、避けきれずに俺の頬に一筋の赤い線が走る。

 

殺せんせーが狙われた時もそうだったが、理詰めに追いつめられるせいでどんどん避けきれなくなる。

しかも前と違って今は近接と遠距離両方だ、律1人なのに複数人相手にしてるようで非常に厄介だ。

 

「これでも追い詰められませんか、修正入ります」

 

律は抑揚のない声でそう言うと再び構える。

だがその顔は声に反して先ほどから変わらず今にも泣きそうな顔だった。

先ほどから律はやってることと表情がちぐはぐだ。

死神は元々律はこっち側だと言ってたが、律自身からは聞いていない。

もしかしたら無理やり従っているという可能性もある。

 

腹をくくるか。

 

決心した俺は手にしていたナイフを捨てて、律の攻撃に備えて構える。

 

「修正終了。遠山キンジを殺す確率80%」

 

剣を構えた律が上段から袈裟切りをするように振り下ろしてくる。

今の俺は無手だ。律に聞きたい事もあるため、一度律の行動を抑える必要もある。

 

さあ……いくぞ‼

 

イメージは俺達のナイフでの攻撃を布越しに触手で防ぐ殺せんせーの姿。

振り下ろされる剣を挟むように手を広げる。

 

――――バチッ‼

 

俺に振られた剣は合掌するように閉じた手に収まっている。

『真剣白羽取り』実際にやっているのは殺せんせー以外見たことなかったが、俺でもなんとかできたな。

 

「それで止めれたと思っているのですか?」

 

――バスッバスッバスッ!

 

俺の背中に銃弾が当たり、続けて灼熱のような熱さを背中から感じた。

装甲貫通弾か……クソッ武偵高の制服もこれじゃあ意味ないな。

 

「ッ‼ 律、俺が銃弾程度で止まると思うなよ」

「……なぜ避けないのですか?」

「そんな泣きそうな顔を浮かべる女の子をいつまでも放置するわけにはいかないからな」

「泣きそう? 私がですか?」

 

律、まさか気づいてなかったのか?

 

「ああ、今にも泣きそうな顔をしてるよ」

「……そんなわけない。私はロボットです。ただ忠実に命令に従うだけのロボットであればいいのです」

「律、お前は感情が知りたいって言ってたじゃないか」

「私はロボット。AIに感情なんて気持ちなんていらないです」

「律‼」

「胸に幻痛を確認。……原因を遠山金次と判断」

 

――ガスッ!

 

律は俺に蹴りを入れて、最初に見た『雷光』の構えを取っていた。

 

「エラー、体の一部に拒否反応を確認。エラーを無視して攻撃に移ります。遠山金次の行動をシミレーション、殺せる確率を99%と判断」

 

天真爛漫に俺を振り回していた律。

感情を知ろうと、俺達E組ともっと一緒にいたいからと言って今の体を手に入れた律。

半場強制的に一緒に暮らすことになったが、今ではもういるのが当たり前の存在になっていた。

その律が今、感情を否定しひとつのロボットで良いと言った。

誰だ、そんなことを律に強要させたのは。

律はそんな事を今までは望んでいなかった。

誰だ、今までの律を俺から奪ったのは‼

原因は分かっている。アイツ以外考えられない。

 

「……死神、てめえだけは許さねぇ。凛香だけじゃない、律に……家族同然のヤツまで!」

 

律によって消されたどす黒い血流が再び巡ってくる。

さっきもそうだがヒステリアモードには、どうやら性的興奮以外にもトリガーがあるみたいだ。

律はこれを『狂戦士(ベルセ)』って呼んでいた。なら言葉通り力任せにお前を止めてやるよ。

 

「どうせ聞いてんだろ死神。宣言してやる。お前が律の所有者だと言い張るなら凛香共々、お前から奪ってやるよ!」

 

律が『雷光』を撃つために一足飛びで俺の前に出てきた。

マッハ1を超えているため、単純に防ぐことはできない。

なら……

まず俺は胸椎、肩、肘、手首だけでマッハ1に到達させる。これではまだ律の勢いは殺せない為、同時に足、膝、骨盤、腰椎でさらにマッハ1を作る。

これでマッハ2、律を超えた。後は律の『雷光』を止めるだけだ。

 

(『多段橘花‼』)

 

桜花とは逆ベクトルに放つことによって、減速防御する『橘花』をマッハ2でやる。

それでも単純に律の拳は重く、それは足元に秋水を放って衝撃を全て逃がした。

 

「ありえません。避けるどころか受け止めるなんて……」

 

目の前には俺に拳を突き出して、驚きの顔を浮かべる律がいた。

 

「不可能に近い殺せんせーを暗殺しようとしてんだ。1%も防げる確率がある攻撃を防げないわけないだろう?」

「……平賀さんも言ってましたね。『Nothing is impossible』あなたは私の予想を軽々と超えていくんですね」

「俺だけじゃない。今度は律の番だ。改めて聞くぞ、お前はどうしたいんだ?」

 

そう聞くと、律の表情は暗くなる。

こんな表情を浮かべる律を見て、俺は改めて確信する。

律には感情がある。あとはそれを自覚できるかどうかだ。

 

「私はただのAIです。ロボットなんですよ? 感情を聞くなんてナンセンスです」

「ロボットだから、AIだから感情がないなんて誰が決めた。E組の生徒なら、俺をサポートするって言った律なら、それぐらいの周りが言う『不可能』なんて、乗り越えてこい!」

 

律の拳を離し、抱きしめる。

血を流したせいで少し冷たくなってきた俺の体に律のぬくもりがジワジワと伝わってきた。

 

「……痛いんです。先ほどから心が痛いんです。私のせいで……死神に情報を渡したせいで皆さんが」

「まだ終わってない、俺達で助け出せばいいだけだ」

「それにキンジさんを傷つけました」

「これぐらいどうってことねーよ」

「痛いですよね? ごめんなさい……ごめんなさい、キンジさん」

 

それから律は堰を切ったように泣きはじめた。

俺は何も言わずに頭を撫でてやる。

通路ではごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝る律の声だけがただただ響くのだった。

 

 

しばらく俺の胸で泣いていた律だったが、俺の傷が気になったのか名残惜しそうな顔をして俺の背中を止血してくれることになった。

 

「キンジさん、無線アプリを開いてください。皆さんに連絡が取れるはずです」

 

しばらくして泣き止んだ律に背中の傷を止血してもらっている間に現状の確認を取ろうとすると、律にそう提案された。

言われるがままにアプリを開いてみる。

 

『ザ――――プツッ』

「繋がったな。誰か聞こえ『キンジ君無事⁉』有希子?」

 

繋がったと思ったら、有希子が焦ったように早口で電話に出てきた。

なんか小さく、『先生のスマホなのに……』とか聞こえてくるが時間もあまりないはず、聞きたい事だけ聞こう。

 

「俺は無事だ。今は律に背中を止血してもらって、すぐに救出する。有希子たちの状況を教えてくれ」

『今は私達は地下の放水路に捕まってるよ。殺せんせーも捕まってる、死神は私たちもまとめて殺すみたい』

 

夏休みに鷹岡が使おうとした手と一緒か……

 

「烏間先生は?」

『武偵高の人と一緒に死神を止めるのに操作室に向かってる。あと死神は殺せんせーを殺した後に速水さんを連れて海外へ行くつもり』

「…………」

『私達も私達なりに死神に一撃食らわせるつもり、だからキンジ君お願いね』

 

言葉にはしなかったが『私達を信じて、速水さんを先に助けてあげて』と有希子が言ってるのが分かった。

こうまで言われたら断れないな。

 

「律、方針は決まった。止血はうまくいったか?」

「はい、医療用のホッチキスを作って傷は塞ぎました」

「よし、なら行くぞ。凛香を先に救出して、その後烏間先生達と合流だ」

「……キンジさん。私自身が言うのも変ですが、先ほどまで私は敵だったんですよ。また敵に寝返るとかの心配はしないんですか?」

 

何バカな事を言ってんだ?

 

「他の誰かだったらともかく、律だから心配してないんだよ。おはようからおやすみまでしっかり俺をサポートしてくれんだろ?」

 

いつか言われた言葉を律に言ってやると、律は驚いたように目を見開かせると何が可笑しかったのかクスクスと笑い始めた

 

「……Jeg vet ikke følelser.(私は感情を知りません。)

Men(ですが)Men det er på skuldrene (、あなたの傍にいると)og jeg pakket en varm følelse.(私は幸せな気持ちに包まれます。)

Du ønsker (あなたがいないと)ikke å gråte det vil.(、泣きたくなってしまいます。)

Hvis dette er (これが恋なら、)kjærlighet, hadde jeg møtt for (私は初めて会ったときから)første gang i kjærlighet med deg.(あなたに恋をしていました。)

Min alt(私の全て)fra topp til tå(頭の先からつま先まで、), alle (髪の毛全て)håret før du gir deg selv.(あなたに差し上げます。)

Så tilgi(だからいつまでも)meg å være rundt for alltid.(あなたのそばにいることを許してください。)

Mer fortelle behage meg en følelse.(もっと私に感情を教えてください。)

Jeg elsker deg, Kenji(愛しています。キンジさん)

 

俺の知らない言葉なため、何を言ったのかはわからない。

でもそれが律にとっていい方向へ向いたことは、その笑顔で分かった。

 

「キンジさんにとって私は必要ですか?」

「当たり前だろ、俺にはお前が必要なんだ。もう離れないでくれよ」

「はい!」

 

といつものように太陽のような明るい笑顔を俺に向けてくれるのだった。




次回、『会敵の時間』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67弾 会敵の時間

毎度おなじみ、不定期更新
一日一話安定して更新できていたあの頃が懐かしいです……


律と共に凛香救出の為に移動を始めた。

 

「キンジさん。死神の目的は殺せんせーの暗殺と速水さんの拉致です。あの人は合理的に行動しようとするはずなので恐らく凛香さんはここにいるはずです」

 

そう言って律が俺のケータイに画像、ここの地図を表示させる。

そこにはマークが1つ。

それは死神が向かっているという操作室だった。

 

「律、おかしくないか? 有希子が言うにはヤツはそこに向かっているんだぞ?」

「操作室までにはたくさんの罠が仕掛けているのは監視カメラをハッキングして分かっています。ですが彼は一回も映ってないんです」

 

それはおかしい。

カメラに映らない事もだが、なぜわざわざ罠を仕掛けて時間を稼ごうとしている。

烏間先生と戦うのが嫌だという理由もあるかもしれないがそれはないはず。

俺の時の言動を見る限り、ヤツは戦闘狂のケがあった。

しかも強敵であればあるほど自分の力を試したくて仕方ないヤツだ。

そんなヤツなら烏間先生と会えば戦わないわけがない。

なら、罠を時間稼ぎ以外に使ったのなら?

そう、自分が戦うに値する人間か選別するために仕掛けていたら。

 

「おやおやバレたようだね」

 

死神の目的が分かったところで目の前に本人が出てきた。

 

「死神……」

「やあ、監視カメラで見ていたよ。まさかAIを口説くなんて思わなかったよ」

「お前に聞きたいことがある」

「いいよ。君との戦いは楽しめそうだしそのお礼に答えてあげるよ」

「まずお前の目的は殺せんせーの暗殺と凛香の拉致じゃないのか?」

「まあ、依頼だからね。最初はヤツを警戒してすぐに殺そうと思ったけど、何もしなくて監視する価値もないヤツだったからね。いつでも殺せるのなら烏間でコレを試してからでも遅くはないかなって思い直したんだよ」

 

そう言ってヤツは手の平に氷を作った。

白雪と瑠美さん以外では初めて見たが、ヤツも超能力者か……

自分は負けないと自信の表れなのか、俺に能力を見せてくる死神を観察しつつ俺は質問を続ける。

 

「じゃあ次だ。凛香はどこだ」

「彼女は大事な商品だからね。君たちの予想通り、僕と一緒に操作室にいるよ。これで質問は終わりかい?」

「いや、あとひとつだ。ヒステリアモードについてどこまで知っている」

「少なくとも君よりは知ってるね。まだ烏間は来なさそうだし、せっかくだから講義をしてあげよう。君が普段なってるのはヒステリア・ノルマーレ。女性を守るためのHSSだ。特徴は君も知ってるだろうから説明は省くよ。次に今なっているHSSだ。それはヒステリア・ベルセ、簡単に言えば女性を奪うHSSだ。条件は自分以外の男への嫉妬や憎悪。ノルマーレよりも戦闘力が上がる半面、思考は攻撃よりになるのが特徴だね」

 

僕好みの相手だよ。と一言付け加えて、俺に説明してくる。

なるほど、鷹岡の時にも一度性的興奮をせずにヒステリアモードになったことがあったがコレだったのか。

 

「そして最後にヒステリア・レガルメンテ。残念ながらこれは僕もあまり知らないんだ、知ってるのはベルセを複数回経験したらなるってことだけだね」

「お前は物足りないって言ったよな。あれはレガルメンテじゃないって判断したからか?」

「あれは仮にレガルメンテだったとしても、AIすら倒せないと判断したからだよ」

 

コイツ自身も大雑把にしか判断してないみたいだな。

聞きだせるのはこれぐらいか。

 

「そうか、俺からの質問は終わりだ」

「そうかい、ならはやく僕の所に来なよ。君がどんな風に戦うか今から楽しみだよ。それに早く来たら面白いものが見れるかもしれないからさ」

 

そう言うなり死神は体を氷の粒に変え消えた。

本物とは思わなかったが、氷で分身なんて超能力者ってめちゃくちゃだな。

 

「キンジさん急ぎましょう。操作室までの道のりは私が案内します」

「ああ、頼む律」

 

アイツの面白いは碌なもんじゃないのは目に見えている。

俺と律はより一層スピードを上げ、操作室へと向かった。

 

 

~烏間side~

 

鎖、火炎放射、ナイフなど罠がこれでもかと張り巡らされるがどれも容易に突破できるものばかりだった。

これぐらいだったらSランクのレキ君も大丈夫なはずだな。

そう思いながら、また一つトラップを潜り抜けると立坑が見えてくる。

これがあの牢獄に続く立坑なら……

 

「この先が操作室か」

「やあ、待ってたよ烏間先生」

「追いついたぞ死神。よくもまあ多彩な罠を仕掛けたもんだな」

「身につけたモノを試したくなるのが殺し屋の性だろ?」

 

……こんな自分の手札を公開する奴がホントにあの死神なのか?

 

――ズギュン‼

 

死神に気を取られていると、俺の頬に何かが掠った。

死神以外の敵なんて一人しか浮かばない。

どうやら追いつかれたようだな。

 

「イリーナ、撃つならちゃんと当てなよ」

「ごめんなさい。次はちゃんと当てるわ」

 

()()()()()()()()()()()()

俺は迷わずに銃口を殺しやすいイリーナに合わせ、かつての仲間なこともあって最後の警告を告げる。

 

「俺との実力差は分かってるんだろ? 死ぬぞ?」

「死ぬなんて殺し屋をやってる時点で覚悟はできてるわ。日本なんて平和な国に住んでるアンタには理解できないと思うけど」

 

その言葉はまるで公安0課を、遺体すらも見つからなかった先輩を汚されたように思え、無意識に銃を持つ手に力が入る。

 

「……」ギリッ

「彼は理解ってくれたわ。『僕と君は同じだ』って言ってくれたもの」

 

イリーナについては本人とロブロからある程度の事は聞いている。

死神に『同じってどういうことだ』という意味を込めて視線を送ると、ヤツは理解できたのか口を開き始めた。

 

「なに、僕は昔語りをしただけだよ。テロが絶えないスラムに産まれ、命なんてすぐ消える理不尽な世界。信じられるのは金と己が技術。そして『殺せば人が死ぬ』という事実だけ。だが残念だ烏間、君は失格だ」

 

 

どういうことだと言おうとすると、――ドォン!と天井が音をたてて落ちてきた。

 

「なっ……」

「かつての仲間だからって殺すのを躊躇うなんてダメだよ。仲間なんて、こうやって捨て駒のように使うモノなのだからさ。さて遠山君もまだ来ないみたいだし……そうだね暇つぶしにあのタコでも先に殺そうか」

「おい、待て!」

 

瓦礫でふさがりつつある入り口に向かい叫ぶも返ってくるのは遠のいていく足音だけだった。

 

 

 

数秒で落ち切った天井、幸いにも瓦礫の隙間に潜り込めたため何ともなかった。

しかし操作室へ繋がる道は塞がれ、近くにいたイリーナは瓦礫に埋まっている。

 

(あれではすぐに助け出さなければ危ない、だがそれだと何もかも手遅れになってしまう……)

 

1人を救うか、27人を救うか。迷うまでもなかった。

手早く判断し行動に移そうとするとポケットに入れていたスマホからヤツの声が聞こえてくる。

 

『モニターを見ていたら爆発したように見えましたが大丈夫ですか⁉烏間先生、イリーナ先生!』

「あいつは瓦礫の下敷きだが俺は平気だ」

『ッ⁉』

「だが構っている暇はない。すぐに道を塞ぐ瓦礫をどかして死神を追う」

 

コイツより生徒のほうが大事だ。

両方を助けるのは無理だ。なら優先度が低い方を見捨てる以外ない。

 

『ダメ!どうして助けないの烏間先生‼』

「倉橋さん……彼女なりの結果を求めて、彼女は死神と手を組んだ。その結果はどうであれ一人前のプロを名乗るなら自己責任だ」

『プロだとかどうでも良いよ!ビッチ先生まだ20歳だよ⁉』

『うん、経験豊富な大人なのにちょいちょい私達より子供っぽいよね』

 

倉橋さんに同意するように少し遠くの方からだろう、矢田さんの声が小さくだが聞こえてきた。

 

『たぶん安心の無い環境で育ったから、ビッチ先生はさ大人の欠片を大人になる途中でいくつか拾い忘れたんだよ。だからビッチ先生の事も私達が間違えた時に許してくれたように助けてあげてよ……』

「……だがそれだと君たちが」

「烏間先生、時間なら俺達が稼ぐ」

 

それはスマホからではなく塞がった入り口から聞こえてきた。

 

「遠山君なのか⁉」

「はい、俺以外にも律とレキがいます。そちらの事は有希子から聞きました。大丈夫です、烏間先生がイリーナ先生を助ける時間ぐらいは俺達で作れます」

『それに私達だってただ見てるだけじゃないですよ。死神は多分何もできませんから』

 

遠山君に続くように神崎さんの声が聞こえてきた。

 

「それに烏間先生は父さんの部下だったんですよね? 父さんのよく言っていた言葉覚えていますか?」

 

金叉先輩の言葉か……

アレを初めて聞いたのは俺が0課に入ってすぐだったよな。

 

『お前が烏間か、今日からお前の教育係兼バディを組む遠山金叉だ。不躾に聞くが、お前は30人がいる船と10人がいる船どちらかしか助けれないならどうする?』

『まあ、俺たち0課なら普通はそうだよな。なら10人の方に身内がいたらどうだ?』

『何?俺ならどうするかだって? んなもん決まってる。なりふり構わず両方救うさ。あ?ズルイってか、けどなこの職についてたらもっとひどい理不尽にあうこともあるんだぞ。そんなとき妥協ができたら楽だが、そんなもん後々後悔するだけだ。人間に不可能な事なんてない。それをお前にみっちり教えてやる。俺とバディ組むなら、無理、疲れた、めんどくさいは禁止だからな』

 

そうだ諦める必要なんてなかった。

あの人がいたら無理だと諦めた俺を殴ってそうだ。

まざまざと想像できる姿に思わず苦笑を浮かべてしまう。

 

「……忘れるわけないだろう。コイツを助けてすぐに追いつく」

「ええ、分かりました。ではいってきます」

 

どうやら俺も焼きが回ったらしい、あれだけ目指していた人の言葉を忘れていたなんてな。

 

「か……らす……ま?」

「はやく出てこい。俺は生徒ほど器は大きくなかった。金叉先輩みたいに全て背負えるほど強くもない。だがお前の重み半分なら背負ってやれる。頼りないとは思うが、辛かったら俺を頼れ」

 

金叉先輩、今からでも俺はあなたみたいになれますかね?

 




次話、対死神決着…………までできたらいいなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68弾 会敵の時間 2限目

すいません遅くなりました
ε≡ ヽ__〇ノ… _1 ̄1○
最後の投稿からおよそ一ヶ月
言い訳をするなら論文なんです……論文のせいなんです……


12/9 日間ランキング11位
皆さん、評価、お気に入りありがとうございますm(_ _)m


死神の分身に遭ってから3分ほど走り続ける。

途中に扉や罠があったのだろうがそれらは機能せず、全て銃弾によって破壊されていた。

扉などに残る弾痕からして烏間先生が持ってるものじゃない。

ならこの先にいるのは……

 

さらにひとつ扉を潜り抜けるといた。予想通りドラグノフを手に持つ少女、俺の代わりに先に行かせたレキが俺達を待つようにこちらを向いて立っていた。

 

「レキ、凛香は見つけたか?」

 

半場そうであってほしいという気持ちも込めてレキに聞くが、レキは首を横に振り俺たちが向かおうとしている方向へ指を指す。

 

「風はこの先に友がいると言っています」

 

 

レキが指差す方向にあるのは操作室だった。

それにしても、レキと凛香って仲が良くなるほど接点があったか?

接点なんて、せいぜい武偵高を案内したときぐらいしかないはずだが。

まあそんなことは後で聞けばいいか。

風だかなんだか知らないが、説明する手間は省けたんだ。今すべきことは……

 

「レキ、お前は後衛(バック)だ。前衛(フロント)は俺が務める。律は臨機応変に対応してくれ」

「「分かりました(!)」」

 

時間が惜しい為、手早く二人に指示を送る。

後は別行動している、烏間先生とも合流できたら心強いんだが……

そんな事を考えていると、前方から――ドォン!と何か大きいものが大量に落ちる音が聞こえてきた。

 

「キンジさん前方の通路が爆破されました」『キンジ君、烏間先生とビッチ先生が!』

 

律と無線から有希子がほぼ同時に知らせてくる。

マズいな、烏間先生なら大丈夫だと思うがビッチ先生は……

 

「二人とも先を急ぐぞ!」

 

烏間先生の元へ向かう途中、有希子がこちらも把握できるようにと無線をつないだままにしていてくれた。

その為予想通り無事だった烏間先生と皆のやり取りが無線越しに聞こえてくる。

 

『あいつは瓦礫の下敷きだが俺は平気だ。だが構っている暇はない。すぐに道を塞ぐ瓦礫をどかして死神を追う』

『ダメ!どうして助けないの烏間先生‼』

 

烏間先生。あんたは……

 

『……ねえキンジ君。キンジ君ならどうする?』

「俺ならか?」

 

1人の命と複数の命、どちらかしか助けれないと天秤にかければ烏間先生の判断はきっと正しいのだろう。

少ない人数で大多数が助かる。

ビッチ先生一人で皆が助かる。

 

「有希子、言わなくてもわかるだろ?」

 

そんな選択、兄さんや父さんは絶対にしない。

例えさっきまで敵だったとしても、あの人たちなら死んでも救ってみせるはずだ。

 

『そうだよね。ねえキンジ君』

「大丈夫だ、烏間先生がいなくてもどうにかするさ」

『……あっちの方もこれぐらい察しが良かったら、うれしいんだけどなぁ』

「あっち?」

『なんでもないよ。速水さんを……ううん。凛香ちゃんを早く助けてあげてね』

「ああ。まかせとけ、凛香も有希子たちも全員救ってみせるさ」

 

有希子と会話してる間に、大きな立坑がある通路へと出た。

ここから俺達が来た通路を除けば、道は2手に分かれており片方は大量の瓦礫で塞がっていた。

塞がっている通路へ近づくと瓦礫の奥から声が聞こえてくる。

 

「……だがそれだと君たちが」

「烏間先生、時間なら俺達が稼ぐ」

「遠山君なのか⁉」

「はい、俺以外にも律とレキがいます。そちらの事は有希子から聞きました。大丈夫です、烏間先生がイリーナ先生を助ける時間ぐらいは俺達で作れます」

 

言葉には出していないが、実際は俺たちで倒すつもりだ。

だがそういうときっとこの人は安心できないはず。

無線越しに有希子たちも核心を持って死神は何もできないと烏間先生を説得していた。

 

「それに烏間先生は父さんの部下だったんですよね? 父さんのよく言っていた言葉覚えていますか?」

 

烏間先生が父さんの部下だったのは前に聞いた。

あの父さんのことだ。きっと口癖のようにあの言葉を烏間先生にも言っていたはず。

『人間に不可能な事なんてない』ってな。

 

「……忘れるわけないだろう。コイツを助けてすぐに追いつく」

「ええ、分かりました。ではいってきます」

 

烏間先生の声は何か憑き物が落ちたような声色だった。

 

「待たせたな二人とも」

「大丈夫です」

「操作室まであと少しです。警戒して進みましょう」

 

 

 

それから操作室まではすぐだった。

今は操作室へ続く扉の目の前、この扉の奥に死神と凛香が……

ドアノブを握るも罠が仕掛けられたような違和感はない。

2人にハンドサインで『俺が足止め。律とレキが救出』と合図を送った後、勢いよく扉を開け放った。

まず見えたのは、ここの管理人であっただろう人々の死体。

血だまりに沈んでる人もいれば、砕かれた氷像になった人もいた。

 

「やあ、さっきぶりだね。あまりにも待ちくたびれて、牢屋にいる神崎さん当たりを爆破させて皆の反応を楽しもうと思ったんだけどね」

「てめぇ……」

 

そんな死体だらけの中、優雅に椅子に座る死神の言葉を聞きカッと頭に血が昇りそうになる。

ヤツは俺が飛びかかることを狙ってるはずだ。怒りが一周して逆に冷静になった頭で思惑通りにいかないように明滅するベルセのコントロールをおこなう。

タイミングが良かったのもあったのだろう、コントロールは上手くいきベルセの黒い血流はギリギリ真芯に集まらない程度に抑えれた。

それを維持しつつ、俺はホルダーからベレッタを抜いて死神に向け構える。

 

「おや、こういえばすぐに引き金を引くと思ったんだけどね?」

「俺は武偵だ。9条を破るつもりはない」

 

銃口を向けられている死神は、そんな俺をじっと見て声を押し殺すように笑っていた。

 

「ははっ、とても甘いね。それに波長がすぐに安定しているな。残念だ、怒りで乱れてくれてたら殺りやすかったのにな」

「だまれ死神、お前を殺人及び拉致監禁の現行犯として逮捕する」

「やってみなよ。できるなら……ねッ‼」

 

言葉と同時に死神の周りから、銃弾ほどの大きさの氷塊が俺目がけて計30発飛んできた。

それを確認するかしないかのタイミングで、散すようにしていた血流の維持をやめる。

いつも以上にスローモーションになった世界。

今のベレッタの装弾数は15発、氷塊の位置もたっぷり確認できた。

30発を15発で防ぐ方法……そんなもん小学生でも思いつく

 

――バチバチバチバチバチッ

 

1発で2つ当てれば良いだけだ。

ベレッタを素早くフルオートに切り替えた俺は、マガジンに入っていた弾を全弾氷塊に向けて撃つ。

銃弾撃ち(ビリヤード)の様に氷塊を撃ち落とすが今回のはそれだけじゃない。

ぶつかった銃弾は角度を変え、もう一つ氷塊を撃ち落としていく。

言うならば、ビリヤードでいう連鎖撃ち(キャノン)、いつものヒステリアモードより強力なベルセだからこそできる芸当だ。

 

「さすがだね。これぐらいは簡単に防ぐか」

「あんなの片手間にできるさ」

 

そういうなり、死神が今度はこぶし大の氷塊を飛ばしつつ俺に攻撃を仕掛けてきた。

氷塊のスピードは先ほどと変わらない。

ヒステリアモードなら目で追える速度な為、頭を振る事で避けつつ死神へ向けナイフを走らせる。

 

――ヒュンッ

 

死神が手刀が明らかに届かないという距離で振りかぶると、袖から糸が……恐らくワイヤーかTNKだろう。それが俺の首を絡めとろうと飛びだしてくる。

 

(まるで全身凶器みたいだな)

 

それを屈むことによって避けた俺は、そのまま死神へ向けナイフでの逆袈裟切りを仕掛ける。

 

――ガキン!

 

それをワイヤーが仕込まれていた袖とは反対からだしたナイフで防いでくる。

 

「ちっ!どんだけ仕込んでんだよ、お前!」

「これだけじゃないさ」

 

なっ⁉ 今度は口からニードルかよ!

数発のニードルをナイフで叩き落ししていると、室内のはすなのに俺だけに影が指す。

 

――ドゴッッッ‼

 

ギリギリで影を差した正体、大人一人ほどの氷塊をギリギリで避ける。

ほんと厄介だな。ただでさえ俺が知ってる中でも上位に入りそうな技術があるくせに、コレ(超能力)も使ってくる。

多少無茶だが一撃で仕掛けるか。

砕けて飛び散る氷を無視して死神へ向け、助走をつけ足を起点に速度を瞬間的に加速させていく。

 

100km/h、200km/h、300km/h、400km/h……合計1000km/h。

 

(食らいやがれ!)

 

――パァァァァァァァァン‼

 

衝撃音を鳴らしながら振るった拳、桜花は真っすぐ死神の顔へ吸い込まれるように迫っていく。

 

「良いぞ、これぐらいなくちゃな」

 

――メキメキメキ‼

 

拳がアバラにめり込む音が聞こえ、続けて何体者の氷像を壊しつつやがて壁へぶつかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁に沈んだのは俺のほうだった。

 

 

 

 

 

「な……ぜ⁉」

 

まさか亜音速の速度の拳にカウンターを入れてくるなんて……

とっさに秋水の逆版で逃がそうとしたが完璧に逃がせず、半分ほどしか逃がせなかった。

 

「死神も嘗められたものだね、僕がそれぐらいの速度に対応できないはずないだろ?」

 

俺に悠々と近づきながら、桜花(ソレ)って起点を崩す方法でも封じられるねなどの改良点の指摘を言ったりしてくる。

 

「ああそれとレキさんとAI、それ以上速水さんがいる部屋に近付いたら遠山君を殺すよ」

 

やっぱり気づいてやがったか。

 

「まあ、ロックに僕の虹彩認証を使ってるから君達にはどうしようもないだろうけどね」

 

マズイ、桜花が裏目に出てしまった。

どうにかこの状況をどうにかしないと……

 

ズキズキとアバラが痛み、上手く思考がまとまらない。

この状況を動かせる手はないかと必死に考えていると、ポケットに入れていたケータイが零れ落ちつけっぱなしだった無線アプリから通信が入る。

 

『ずいぶんと余裕そうですね死神さん』

「その声は神崎さんだね。そうだね、君たちの最後の望みだった彼もたいしたことはなかったよ。そろそろ祈りの言葉でも考えときなよ。まあみんなそろってあの世いきだけどね」

『それはご親切にどうも。ところで私達の所属するE組ってどんな生徒が所属してるか知ってます?』

「何をいまさら、成績不振や素行不良者の集まりだろ?」

『ええそうです。ですから私達、いつまでも大人しく捕まってるような良い子じゃないですよ』

「は?」

 

有希子の言葉に死神が持っていたスマホを確認すると愕然としていた。

 

「檻を破壊せず、全員逃げただと⁉」

『ふふ、ようやく出し抜けた。さああなたはどうします?』

「仮に君たちが逃げたとしてもだ、お前たちの首輪に爆弾を仕掛けてることを忘れてないかい?」

『そう思うならやってみたらいいじゃないですか?』

 

やめろ有希子!こいつはためらいなく押すぞ。

そう叫ぼうとするが、痛みに声がでず死神を睨むことしかできない。

 

「なら死ね」

 

死神がボタンを押した。

だがその顔は、さらに一層苦渋の色を浮かべるのみだった。

 

「遠山キンジがどうなってもいいのか?」

『私達って指向性爆薬を各自持ってるんですよね。しかも起動はスマホで簡単にできます』

「…………」

『もちろん凛香ちゃんも持っています。それに凛香ちゃんに頼まれてるんですよ。キンジ君が先に死ぬようなことがあればって』

「君なら押せるのか?」

『知ってます?死刑を執行するときって複数人で同時にボタンを押して罪悪感を無くさせるんですよ』

「…………ちっ、予定変更だ、楽に死ねると思うなよ。よかったな遠山キンジ、お前が死ぬのは一番最後だ。そこで死ぬ恐怖に震えてろ」

 

そう吐き捨てて死神は操作室から出て行く。

どうやら、有希子たちは無事なようだった。

 

「スマン有希子。しくじった」

『あはは、最後はちょっと心臓に悪かったかな。だけど私達にできるのはこれぐらいしかないから』

 

あれだけ見え切って言ったのにこのざまか……

1人で対峙して死神に有効打を与えることもできず、むしろ助けられただけだ。

クソッ、情けねーな。

 

 

『凛香ちゃん、悔しいけどキンジ君の背中をお願いね』

「任せて有希子。それでアンタはどうするつもりキンジ?」

「凛香? お前なんで……」

 

正面に立っていたのは、死神の虹彩認証でしか開かない部屋に閉じ込められていたはずの凛香だった。

その横には先ほど死神に牽制されていたはずのレキとちょっと自慢げな顔をしている律もいる。

 

「キンジさん、虹彩認証の電子ロックぐらいなら朝飯前です。私のハッキングを止めるならロスアラモスの人や私の同型機を用意しとくべきでしたね」

 

まあそれでも少しはデータを盗めますが、可愛くいう律。

ロスアラモスが何か良く分からんが、少なくとも律をもう一体用意しろなんてほぼ無理だろ。

 

「それで改めて聞くけどどうするの私のパートナーさん? このまま烏間先生に任せることもできるわよ」

 

烏間先生なら死神とタイマンで戦えるだろう。

けど……

今の状態を確認する。

背中は塞いだ傷が開いている。

殴られたアバラは何本かいった。

 

たかがそれだけだ。

有希子の時間稼ぎで体はもう動かせる。

 

「このまま終われるはずないだろ?」

「なら背中はまかせなさい。1人じゃ敵わなくても」

「ああ、2人なら」

 

さっきはやられた、でも普段から背中を預けてる凛香となら。

1+1は2じゃない。3や4にだってなる。

 

「律、レキ。次で終わらせる、すまないがもう一度手伝ってくれるか?」

「友のためです。友の友にも手を貸す事を約束します」

 

レキだよな? なんとなくだが雰囲気が違う……まるで別人になってるような?

 

「私はここに残ります」

 

そこまで考えていたが、律の言葉に思考を中断させる。

 

「……結局あの人とは分かりあうことなく終わってしまいました。ですがそれでもあの方は私にとって生みの親です。私なりのやり方で死神を出し抜きます。それに私の役目はキンジさんのサポートです、ここからのほうが色々と都合がいいんです」

「そうか、サポート任せたぞ」

「ええ任されました」

 

俺は改めて今いるメンバーの顔を見て、一言告げる。

 

「今度こそ終わらせるぞ」

 




必死に時間作って書きましたが、決着までいかず……
あとすいません。次話こそできるだけはやく執筆したいのですが、しばらく余裕なさそうです。気長にお待ちいただけたら嬉しいです……


…………今日のプレゼン資料どないしょ(現在真っ白なスライドと原稿のみ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69弾 決着の時間

「それでキンジ、死神がどこにいるか分かるの?」

「ああ、死神がいる場所は恐らく……」

 

有希子の機転で操作室から出て行った死神を追いかけるべく、俺たちも再びある場所へと向かっていた。

死神は殺せんせー達を捕らえた檻には絶対の自信があったと有希子たちから聞いている。

そこから丁寧に爆弾を外して脱出、その上牢屋には一切破壊された形跡はない。

ヤツは仲間を道具のように扱う。

それは裏を返せば、自分以外を信用していない証拠だ。

そんなアイツがもっとも疑うのは外側からの救出しかない。

 

「イリーナ先生や烏間先生達の所だ」

 

烏間先生達と別れた立坑がある部屋へと入ると、瓦礫で塞がっていた入り口はコンクリを蹴り砕いたかのようになく破片が内側へと飛び散っていた。

ちっイリーナ先生はたしかケガをしていたはず、

 

「烏間先生ッ‼」

「リンカとトオヤマね。アイツ等はもうここにはいないわ。それに身構えなくても私はもう何もしないわ」

 

そこにいたのは左腕に添え木を当てられたビッチ先生だけだった。

 

「凛香イリーナ先生は大丈夫だ。小通練はまだ抜くな。レキも銃口をおろせ」

「…………そう、わかったわ」

「……ねえ裏切った私が言うのもアレだけどちょっとは疑わないの?」

 

何を言ってんだイリーナ先生。

そんなもん決まってんだろ。

 

「いつも俺が言ってんだろ『仲間を信じ仲間を助けよ』って。先生を信じられなかったら、誰を信じたらいいんだよ。なあ凛香?」

「……はぁ、そうね。言われてみればビッチ先生はこうじゃなきゃって感じだわね」

「アンタたちを殺そうと、アイツに協力してたのにアンタたちは……」

 

イリーナ先生はどこか呆れたような顔をして、それを見て思わず俺達は笑ってしまう。

こんな時間も悪くないのだが、それよりも先に済まさなければならないことがある。

 

「イリーナ先生。死神と烏間先生がもういないって言ってたけど、どこに行ったんだ?」

「あそこよ」

 

そう言って指さすのは大きな立坑。

ああ、そういうことか。

 

「あそこってビッチ先生まさか……」

「あんたの予想通りよリンカ。烏間が死神を抱えて『すっきりした場所へ行くぞ。何、人間これぐらいはやろうと思えば可能だ』とか言って立坑から飛び降りたわ」

「正気なの⁉ 確か下まで70mぐらいはあるわよ」

 

ビッチ先生の言葉に凛香が驚いているのを横目に、俺は立坑の下を覗くレキに聞く。

 

「見えるか?」

「はい。現在標的は技だけで彼と戦ってます。周りが水面なため超能力を使えば標的を捕らえるまでの時間はかかるかと」

「そうか、あとここからの狙撃は可能か?」

「もちろんです」

「なら、レキはけが人と共にここから狙撃で援護を俺達は下の戦いに加わる」

「分かりました」

 

これでヤツの厄介な能力は多少は封じれるはずだ。

後は下へ行く方法だな。

 

「凛香、俺達も烏間先生に加わるぞ」

「加わるってここから下まで時間がかかりすぎるわよ」

「いやすぐだ。さっき同じ方法で成功した人がいるしな」

「え……キンジ、あんたまさか」

 

さすが凛香、具体的に言わなくてもやろうとしてることがわかったな。

ここから飛び降りるために、俺は手早く凛香をお姫様抱っこし立坑の淵まで移動する。

 

「ねえキンジ、あんた日を追うごとに人間やめてない?」

「やめてないだろ? それに烏間先生も言ってただろ『やろうと思えばできる』って」

「……アンタたちだけニンゲンっていう別種族なんじゃないの?」

 

凛香だって、瑠美さんから刀をもらってからは俺と同等の事やってるんだけどな。

 

「そろそろおしゃべりもやめて行くか。覚悟はできたか?」

「キンジが提案したときから、とっくにね」

「さすがパートナーだ」

 

その言葉と共に俺は立坑の淵から一歩飛びだし、奥底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体全身で風を感じる。

下を見れば、点としか見えていなかったものがどんどん大きくなっていきハッキリとそれが見えてくる。

最初に見えたのは水だ。

そこに2つの点。

それがはっきりと見えるころには、追突まで秒読みの状態だった。

 

「っとそろそろだな」

 

――バツッ!

 

床に触れるか触れないかのところで橘花による減速防御で衝撃を緩和させて着地する。

その際派手な着水となったため水しぶきが空高く上がり、それが落ち切ると俺達の登場に驚く二人の姿が目に入った。

 

「君たち……」

「烏間先生、俺たちはまだやられた分をやり返してねーんだ。参加させてもらうぜ」

「それで顔の皮がないアンタは死神でいいのよね?」

 

凛香が睨みつける先にいたのはドクロに眼球と肉だけをつけたような顔の男がいた。

その近くには、見たことのあるマスクが水面に浮かんでいる。

技術を磨くからと言って、普通ここまでするものなのか?

 

「なぜ速水凛香がここに⁉」

「あそこから出た以外に言う必要ある?」

「……僕としたことが計算を間違えたか。だがそれでも結果を出すのが死神だ」

 

――パキパキパキと一部の水面が凍り、盛り上がる。

出来上がったのは道中で何度も見た死神の分身だ。

 

「「これが『並列処理(マルチタスク)』と『超能力』を合わせた死神の技術『分身』だ。一人に手こずっていた君たちに勝機があると思うなよ」」

 

そういうなり死神は片方が袖から武器を、片方は巨大な氷柱を空中で作り俺たちを挟むように立つ。

必然的に俺と凛香は烏間先生と背中合わせになるように立っていた。

 

「遠山君、速水さん、いけるな」

「「はい」」

「ならそちらは任せたぞ!」

 

烏間先生に託された俺達は目の前にいる武器を手にしたほうの死神のみに集中する。

 

「『草子 枕を紐解けば菩薩が鍛えし小通連。抜かば智慧は文殊が如く』」

 

まず動いたのは凛香、初めて小通連を抜いた時に謡った詩が後ろから聞こえる喧噪と共に水路に響く。

ただあの時とは少し違った、凛香の言葉に共鳴するように凛香の胸元から淡い翠の光が明滅しているのだ。

やがて光は胸元から零れていき、周りには蛍火のように翠の光が水路を埋め尽くす。

 

「視認できるほどの粒子……これが立烏帽子の力か。あの人が欲しがるわけだ」

 

俺たちと対峙する死神がより一層忌々しい表情を浮かべ、凛香を睨みつけている。

俺には凛香が何をしたか分からないが凛香の視線から次にするべきことは分かった。

 

「凛香」

「キンジ」

「「背中は任せた‼」」

 

俺は拳を、凛香は小通連を握りしめ同時に死神へと攻撃を仕掛けた。

死神の袖から飛び出たナイフに凛香が鍔迫り合う。

 

――ヒュン

 

動きが止まった凛香目がけて反対側の袖からワイヤーが迫るが、

 

「同じ手は食わねーよ、死神!」

 

――パァン‼

 

俺が死神の腕を打ち上げてワイヤーを封じる。

 

「はっ、粒子が濃いだけで超能力が封じられたわけじゃないぞ。ガキ共‼」

 

その言葉に連動するように、俺や凛香を囲むように氷塊が産まれる。

だがな、お前が超能力を使うなんて()()()()なんだよ。

 

「「そんなこと分かってる(わ)」」

 

――バキバキバキバキ

 

産まれた氷塊が上空から飛んできた銃弾に全て破壊された。

あそこからはほとんど見えないはずなのに、全部撃ち落とすなんてさすがレキだな。

 

「お前は自分の手札を見せすぎだ。対策しないわけないだろ、お前の氷塊はレキが全て撃ち落とすぞ」

「ただの武偵風情が‼ ッ‼なんだと⁉」

 

――バキッ

 

俺たちの後方から何かが砕ける音が聞こえた。

 

「ちっ、こっちは分身だったか」

 

烏間先生、もう倒したのかよ。

まだ分散させてから5分もたってないはずなのに、あの人は例え凛香と一緒でも勝てるイメージが浮かばないな。

 

「……あそこに行けば最短距離で願いがかなうと思ったけど、もういい。速水凛香も含めてお前ら全員殺してやるよ」

 

そう言って懐へと手を忍ばせていく、今まで見ていなかったがヤツは銃を持ってるのか?

烏間先生もこちらに来て、3人でどう動かれてもいいように死神を囲む。

 

「君たちが死ぬ前に昔語りをしよう。まず僕は悲惨な境遇で育ったわけじゃない。あの女を引き入れるために知人の話を自分の事のように話しただけだ」

 

「お前……」

 

イリーナ先生の事は有希子から聞いていた。

それを思うと怒りで俺と凛香はギリッと歯を食いしばり、烏間先生がうなるように声を出す。

 

「そう唸るなよ。まあその変わりといってはなんだが、僕の親は殺し屋に殺された」

「「「な⁉」」」

 

余りにも軽すぎる態度からでた言葉に俺達は、わずかにだが動揺してしまう。

 

「そら隙が出来たぞ」

 

懐から出たのは大量の投げナイフだった。

それを俺達の額目がけて死神が飛ばしてくる。

 

「くっ」

 

俺たちがそれを避けたり弾いて直撃を避けていると、死神の口が再び開き始めた。

 

「今でもあの時の光景がありありと思い浮かべれるよ。あの両親が殺された瞬間が『なんて美しい技術なんだ』ってね。僕はその場で殺し屋になる事を決意したよ。人を殺せば殺すほど技術が身に着く、そして殺せば殺すほど自分が成長している事を実感できる」

 

死神の持っていた投げナイフが終わったが、囲んでいたはずの俺達は気づけば横並びに誘導されていた。

再び囲むように移動する前に、死神が再び懐から何かを出す。

 

「ああ、これでまた僕は成長できた」

 

懐から出したのは深紅のバラだった。

それを上へ投げ、俺と凛香に指を、烏間先生へ向けて口を開ける。

 

『……少年、君には俺から必殺技を授けよう』

 

ロブロさんが渚に言っていた時は分からなかったが、アレを見た今なら分かる。

『必殺技』……『必ず殺すための技』これは渚の猫だましと一緒だ。

ならこの後の行動は……

 

「凛香、来るぞ‼」

 

俺の言葉と同時に死神の指先から何か飛びだした。

スーパースローの世界でそれを確認すると、それは2.5mmほどの銃弾。

自分に迫る銃弾への対処は無理だ。どうしても間に合わない。

凛香に視線を向けるも、俺と同じようでどうすると俺に視線を返してきた。

どうすれば……その時に俺たちの胸元へ何かがくっついてきた。

ああなるほど、この技もあの人にとっては想定済みってことなのか。

 

――プツップツップツッ

 

小さな貫通音が3回なると俺達の胸から――ブシュッと赤い液体が噴出した。

 

「TNKなんて関係ないよ、極小の装甲貫通弾だ。超能力なんて所詮技術の1つ。『死神の鎌』、これこそ僕にとっての必殺技なんだよ」

 

そうやってゆっくりと近づいてくる死神へ俺は倒れるようにもたれかかった。

 

「もう立つ力もないんだね。さて遠山君の死に怯える顔でも眺めようかな」

 

髪の毛を引っ張られ、無理やり俺を立ち上がらせる死神。

俺と死神との隙間はおよそ拳一つ分ほど空いていた。

俺の桜花に対してお前は言ったよな。起点を崩したり、速度に対応すれば封じれるって。

なら、密着した状態でそれができるか?

――バシッ‼と掴まれていた死神の手を払い落とし、足を肩幅より広げ腰を落とす。

 

「おい死神、死ぬなよ」

「何⁉」

 

――バァン‼

 

俺と死神の間から銃撃のような音がなり、死神が二転三転と水路を転がるように飛んでいく。

以前何かの雑誌で見たが、人間は拳一つ分の隙間があれば強烈なボディブローを放てるそうだ。

それを応用して、俺は肩から指先だけで桜花1発分の速度を作り、腰のねじりも合わせてお返しとばかりに死神のアバラへと叩き込んだ。名前をつけるなら寸勁のごとくゼロ距離から放つ桜花だから『桜花零』ってところだな。

 

「げほっ……なぜだ⁉確かに動脈を貫通させたはずなのに」

「それはコイツのおかげだ」

 

俺の横に一緒に撃たれた凛香と烏間先生も平然と立って、烏間先生が胸についていたものを剥がして掲げた。

それは普段俺達がよく見ているものだった。

 

「触手だと⁉」

「お前は俺達を嘗めすぎだ。ヤツはお前にやられた殺し屋たちの様子から瞬時に技術の正体を見抜いていたぞ」

 

まさかあの牢屋から触手を伸ばすとは思わなかったけどな。

 

「技術に過信なほど頼って、ツメも脇も甘すぎる。本当にお前は噂に聞いていた死神なのか?」

「……死神は僕だ。僕こそが死神だ。アイツより優れている僕こそが死神なんだ!」

 

――ピキピキピキピキ

 

水路全域が凍り、俺たちは身動きが取れなくなってしまう。

まだこんな力が残ってたのか⁉

 

「はぁ……はぁ……残ってた力全部使ったんだ。粒子が濃いからってそうそう壊せると思うなよ。それにお前ら放水する方法がアレだけだと思うなよ。門を爆破させれば『あなたのほうから操作できるものは何もありませんよ』なっ⁉僕のタブレットをハッキングしただと⁉」

『ええ。『仲間を信じ仲間を助けよ』キンジさん達を信じていたので、私は自分だけができる事に集中できました。あなたの敗因はそんな信じられる仲間がいないことです』

 

自身の技術がどんどん破れていくせいなのか、タブレットから発する律の声に死神は愕然としていた。

いまなら死神にとどめを刺せるのに、この氷のせいで……

 

「……キンジ、烏間先生。道は私が」

 

そう言って、凛香が何故かこの場で使えそうにないエアガンを取り出した。

 

「凛香、エアガンでどうやって……」

 

そこからは声が出なかった。

突如凛香の胸元が翠色に光り、さらに周囲にも同じ光の球が発生しこの空間が淡い光で照らされたのだ。

 

「なん……だと……粒子が銃に」

 

さらに死神が言う通り、発生した光は吸い込まれるように凛香の持つエアガンの銃口へと集まっていく。

やがて空中にあった光全てを飲み込み……

 

「璃弾 滅ノ型『他化自在天』」

 

――ヒュン

 

それは翠色の銃弾だった。それが凍った水路に当たると文字通り氷はすべて消えた。

 

これはいったい……

いや、呆けるのは後でできる。

今は凛香が作ったチャンスをいかさないと‼

 

「烏間先生!」

「ッ‼ ああ!」

 

死神は今の状況を飲み込めず、ただただ叫んでいた。

 

「なんなんだよコイツラは! 僕は死神だ!僕が負けるなんてあるはずない!」

「技術ならE組に全部揃ってる」「俺の生徒と同僚に手を出したんだ、覚悟はできてるな」

 

――ゴスッッッッ‼

 

俺と烏間先生の拳が死神の顔にめり込み、床へと叩きつけると死神はそのまま動かなくなった。

 

「殺し屋なんてやめて職安へ行け。役立つ技術がたくさんあるぞ」

 

ようやく終わったな。

烏間先生の言葉に安心すると、今までの緊張等が解けたのか体から力が抜け、急に視界も暗くなる。

 

「おい遠山君‼」

 

あんなに動いていたのに体が寒いな……

烏間先生に受け止められた事を最後に認識し俺は意識を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70弾 不可逆の時間

エピローグ兼プロローグを書くつもりだったけど、エピローグのみに。
少しですけど、あの人物が再登場します。


「――さん、いい加減起きてくださーい」

 

いつも聞く声が聞こえてくる。

ああ、もうそんな時間なのか。

いい加減起きないと、朝めし食う時間が無くなって律がすねちまうな。

 

「…………今起きる」

「ホントですか⁉」

 

その言葉と共に俺の体に衝撃が伝わり、特にアバラに激痛が走る。

 

「ぐおっ⁉アバラが……」

「あ、すいません‼」

 

アバラから来る激痛に一気に意識が覚醒した。

まず見えたのは見慣れない真っ白な天井だった。

ああそうか、あの後俺は気を失って……

ここが病室なことに気づいた俺が改めて横に顔をむけると、涙目でオロオロする律が目に入った。

 

「大変です、どうしましょう!? ナースコールを押すべきなんでしょうか? うぅ、有希子さんに怒られます」

 

おい、律。仮にもAIなのに何でパニックになってんだよ……

 

「これぐらいで押すな律」

「でも…… アバラが1本は折れて2本はヒビが入ってるんですよ?」

 

それぐらいで済んだのか。

アバラや銃弾でてっきり内臓もやられたかと思ったが……運がよかったな。

 

自分の悪運の強さにおどろいている横で未だに律はオロオロしている。

いい加減に落ち着けよ律……

 

「俺は大丈夫だって言ってんだろ」

 

――ペチン

 

「きゃうッ、痛いですキンジさん」

 

丁度伸ばせば届いた律の額にデコピンを当てて、ようやく律は落ち着いた。

まあ、涙目でうーと睨まれてるのだが

 

「本人が平気だって言ってんだから、気に済んな。それよりもあれからどれくらいたって、俺が倒れた後どうなったのか教えてくれ」

「うー それでもデコピンはないですよ……」

 

律はデコピンに文句を言いつつ、あれからのことを教えてくれた。

どうやらあの後烏間先生が防衛省に連絡を入れ、死神は何事もなく拘束されたらしい。

死神は現在防衛省で管理され、明日にでも公安が引き継ぐ予定との事だ。

あの事件でのケガ人はどうやら俺だけらしく皆は今は授業中、いや時間的にもう放課後か。とりあえずいつもの日常に戻ったみたいだ。

ただ、今までと同じ日常とは言えなくなった。

あの後E組にも変化が起きたのだ。

死神の件で生徒を巻き込んだ暗殺に賞金が発生しないように交渉したらしいが、その代わりに義務付けられたことが一つ増えたのだ。

『エアガンではなく()()を帯銃させること』

防衛省が言うには賞金が発生しないと公言しても、それを破る殺し屋が出ても良いようにとのことらしい。

律の予想では、暗殺が終わった後の事を見据えた条件じゃないかって考えてる。

まあ、実銃と言っても銃弾に関しては俺が使っている対殺せんせー用非殺傷弾だけらしい。

ああ、それと最後に俺と一緒に潜入したレキだが、烏間先生が交渉し多額の金額で口外せず、有事に際は協力するように契約したらしい。

 

「んで、今日はあれから翌日で、俺は絶対安静でしばらく入院か」

「はい、それとですねキンジさん。背中の傷なんですが……」

 

背中?

ああ、銃弾の事か。

 

「当たり所が悪くて取りだせなかったか?」

「いいえ、殺せんせーのおかげで銃弾は無事に取りだせています。ただ……弾痕は殺せんせーでも治せませんでした」

「なんだ、そんな事か」

 

こんなの武偵になればこの先いくらでも増える。

それに俺の腕にはすでに桜花での自損傷が残ってるしな。

 

「そんな事って……その傷私がつけたんですよ? キンジさんに私……」

 

はぁ……こんなセリフはヒスった俺に言わせたいんだが仕方ない。

 

「律、武偵にとって傷なんて勲章みたいなもんだ」

「……キンジさんもですか?」

「ああ、なんせ家族同然のヤツを救えたんだ。この傷は俺にとって勲章だ」

 

ああ、なんで俺はこんな恥ずかしいセリフを言ったんだよ。

自分で言ったセリフにカーっと顔に血が昇り始め、思わず律から顔を背けて窓の方に向ける。

あ、ここって武偵病院だったのか。

 

「ホント、キンジさんはズルいです……」

「何がズルいんだよ」

「キンジさんには教えてあげません!」

 

なんだか律のヤツ、以前より感情が豊かになった気がするな。

声だけで判断してるが、それでも喜怒哀楽はハッキリと伝わって来た。

 

「ですが……これだけは言わせてください。ありがとうございます、()()()()()

 

――チュッ

 

「え?」

 

熱を帯びていた頬にやわらかいモノが当たった。

思わず律の方に顔を向けると、本人は顔を真っ赤にさせている。

 

「……私にはこれぐらいしかできないので」

 

キスされたのも驚いた、ただそれよりも驚いたのは律の呼び方だ。

 

「なんでお兄ちゃんなんだよ⁉」

 

余りの驚きに血流すら集まらなかったぞ⁉

確かに普段からアレ食いたいコレ食いたいとねだってきて、腹ペコの妹がいればこんなのかと思ったときはあったが……

 

「え? キンジさんにとって私は家族なんですよね。なら年下の私が義妹になるのはおかしくないはずです」

「いや、おかしいだろ。なんで急にそんな回路になるんだよ」

「竹林さんが言ってました。『妹属性は最高の破壊力を持っている』って、だからキンジさんの事を今日から『お兄ちゃん』って呼びます!」

「竹林、律に何吹き込んでんだよ‼」

 

ここにはいない事は分かっているが、俺は思わず大声で叫んでしまった。

この後、俺の声に駆けつけた看護師に律と共に怒られたのは言うまでもない。

 

~凛香side~

 

あ~、入るタイミング見失ったか。

扉の隙間からキンジと律のやり取りを見て、思わず私はため息をついてしまった。

いつもなら問答無用で入るのだが、あの事件での律がした事、それにたいしての罪悪感を本人から聞いていた。

その事を考えると律の邪魔をためらってしまい、中に入れなかったのだ。

……まあ、今は別の意味で病室に入りたくないんだけどね。

 

「……はぁ、たまには良いか」

 

今回、今回だけは良いとしよう。

もう一回深いため息を吐いて見舞い品を買ってくる有希子と合流して帰るかと考えていると、奥の曲がり角からあまり会いたくない人物が出てきた。

 

「うげ、白雪さん……キンジに用なの?」

 

キンジの誕生日以来会ってないが、ここに来たということはきっとどこからか入院している事を聞いて急いで駆けつけたんだろう。

その証拠に修学旅行、誕生日の時に身につけていた()が見当たらない。

この人キンジの事になるとすぐに暴走するから、あまり会いたくないんだけど。

ただなぜだろう。今の白雪さんからは前のような雰囲気が感じられず、まるで鋭利な刃物を突き付けられているような気がする。

 

「キンちゃんも心配だけど、今日はあなたに会いに来たの凛香ちゃん。いいえ今はこう呼ぶほうが良いかな。今代の立烏帽子、暗殺の事は政府から聞いています。昨日の局地的な粒子濃度の変化に心当たりはありますか?」

 

政府からって……白雪さん何者なの?

 

「……あなたが知ってるって事実は?」

「月を破壊した超生物が椚ヶ丘中学、3年E組で教師を4月からそしてキンちゃんもこの暗殺に5月から加わっているでいいかな?」

 

殺せんせーどころかキンジの任務も把握済みか、どうやら本当みたいね。

それにしても粒子か……そういえばあの光を見て死神もそう言ってたわね。

 

「私が刀を抜いた時に翠の光が水路を埋め尽くしたわ、それを殺し屋が粒子って呼んでたわよ」

「……そう。じゃあその場に緑の髪を持つ女子、それに声が聞こえなかった?」

 

緑の髪……あの場だとレキさんか茅野ぐらいよね。

声はあれかな、あの私自身良く分からずに撃ったやつ。あの時に……

 

「確か『私を使いなさい』って……それに緑の髪の毛はあの時2人いたわ」

「2人⁉瑠巫女がそんなにも……ううん、それよりも『占』の条件はまだなはずなのに接触が早すぎる、どういうことなの?」

 

どういうことなのと言われても……

たぶん超能力関連なのだろうけど白雪さんが言っていた事、半分も理解できなかったんだけど……

 

「えっと……まだ質問あるの?」

「あ、ううん。もう大丈夫だよ、ありがとう。私はもう行かないといけないからキンちゃんに改めてお見舞いに行くねって伝えてもらえる?」

「わ、わかったわ」

 

ペコリと丁寧なお辞儀をされ、その場から白雪さんがいなくなっても私はしばらく白雪さんの行った方向を見続けた。

前との態度の違いにも驚いたんだけど、それよりもこの先近い未来に今以上にとてつもないことが起こりそうな……そんな不安が私の心にうずまくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71弾 路の時間

誰にどんな銃を持たせようか迷う……
あ、プロローグなので今話も短めです。


~渚side~

キーンコーンカーンコーン

 

「以上が銃の構造だ。む、チャイムがなったか。では今日はここまで、次回は実際に銃の分解・組み立てをおこなう。後、標的から連絡だ。『明日、進路相談を行うから漠然とでも良いから各自考えておくように』とのことだ」

 

地球を滅ぼす人に来年の相談って……

 

あれから(死神との戦いから)2日がたった。

あの事件がウソのように次の日からいつも通りの授業が始まったのだが変化は少しある。

1つは本物(実銃)を持つことに。

それによって、銃を扱うための授業と改めて射撃の訓練が増えた。

 

「それにしても遠山君大丈夫かな?」

「意識は昨日戻ったみたいだけどね。近いうちにお見舞いに行こうよ茅野」

 

もう一つはキンジ君が入院したのだ。

あの時上着を着ていて分からなかったけど、カッターシャツが真っ赤に染まるほど血が流れていて殺せんせーが触手を絡ませながら(パニックになりつつも)応急処置をしたお陰で骨折以外は大丈夫らしい。

 

それでも数日は入院の為茅野とお見舞いに何を持っていくか話していると、こっちに律が近づいてきた。

 

「渚さん、今日は予定ありますか?」

「僕は何もないけど、どうしたの律?」

「武偵高のチャン・ウー先生が渚さんに用事があるとキンジさんに聞いたので。私も平賀さんに会うので一緒に行きませんか?」

 

ウー先生が?

いったいなんの用なんだろ?

 

「うん、わかった。僕も行くよ」

 

ウー先生には改めてお礼が言いたかったから、丁度よかったな。

茅野に別れを告げた後、律と一緒に校舎を出ると誰かを待つように神崎さんが入り口に立っていた。

 

「お待たせしました、有希子さん」

「ううん、そんなに待ってないよ律」

 

そういえばあの日から変わった事と言えば、律と神崎さんと速水さんが名前呼びになっていたんだよね。

詳しい事は知らないけど、律曰く女子会をやってもっと仲良くなったらしい。

 

「神崎さんも武偵高の人に呼ばれたの?」

「私は違うよ。どっちかというと自己アピールしに行く感じかな。何かある度にケガをする誰かさんが来年も心配だし」

 

そう言いながら苦笑する神崎さんの頬は少し赤みを帯びていた。

……うん、この姿は杉野には見せちゃいけないな。

主に本人の精神的ダメージとキンジ君の身が危ないから。

そんな軽い談笑を交えつつ、山を下りていると本校舎の方から見知った人物、田中君と高田君が真っすぐこちらへと歩いてきた。

 

「なあ高田、最近俺達の出番なくね?」

「そういえば、原作でも気づけばフェードアウトしてたよな」

 

メタい。

何か眼球な人が『序盤の悪役だから仕方ない』って言ってるような気がするぐらいにはメタい。

 

(まだこっちに気づいてないけど、絡まれたらちょっと大変そうだな)

 

そう思い僕は……

 

――気配を虫のように潜め

 

――2人の隙間を縫うようにすれ違う

 

「って、やべえ!塾の時間もうすぐだぞ」

「マジかよ高田⁉」

 

……うん、素人とプロの差もあるけど、あの時よりやりやすい。

2人が遠くへ行ったのを確認して気配を変えるのをやめる。

 

「あれ?渚君さっきどこにいたの?」

「有希子さん、渚さんならずっと隣にいましたよ」

「え?」

 

ああ、そうか。律は機械だから気配や波長なんて関係ないのか。

 

「会いたくない人がいたからちょっとね。それよりも早く武偵高に行こう」

 

ウー先生が教えてくれた技とコレはスゴイ便利だ。

だけど使うたびに痛感させられる。

僕の才能が活かせる路についてを。

 

僕は頭の中に浮かんだ職種を思考の隅に追いやり、改めて武偵校へと足を進めた。

 

 

 

 

武偵高について手続きを終えた僕たちはそうそうに別行動になった。

神崎さんは救護科の矢常呂 イリン先生の元へ。

律は装備科の平賀 文さんの所へ

そして僕は……

 

僕が真っすぐ向かったのは夏休みにも行った諜報科の訓練室。

ウー先生がここにいるなんて確証はなかったけど、なんとなく初めて会ったこの場所にいるんじゃないかと思ったのだ。

訓練室は放課後なのにも関わらず無人。

キンジ君曰く放課後にそれぞれ科の訓練室に人がいないのはまずありえない。

わざわざ人払いをさせてるのなら、僕のカンはどうやら当たってるみたいだ。

 

「ウー先生、お久しぶりです」

『フフッ、久シブリネ渚チャン。ヨク私ガココニ居ルノガ分カッタワネ?』

「ほとんど勘ですよ」

『勘ハ大事ヨ。時ニハ勘ニ命ヲ救ワレル事ダッテアルモノ。早速ダケド、ドレクライ成長シタカタメサシテ貰ウワヨ』

 

それから数時間は夏休みにも行った訓練をした。

どこの科の所属かは夏休み同様判らなかったけど、潜入・捕縛・拘引が主だ。

だけどもそれらは夏休みに比べ全て簡単に終わる。

 

――アンノウン

――猫だまし

そして『()()()()()()()

 

それらを使えばなんてことなかった。

むしろ捕縛された子すらいつの間に捕まってたのかもわかってなかった。

 

「見違エタワネ。アレカラマダ数ヶ月シカタッテナイノニ成長トイウヨリ進化ネ、コレハ」

「ありがとうございます、ウー先生。ところで僕に用事って訓練の事だったんですか?」

「渚チャンノ実力ノ把握モダケド、本命ハコッチヨ」

 

そういうと僕の前にヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。

それを掴み、でかでかと書かれた文字を読んでみると

 

「推薦書?」

「ソウ、東京武偵高ノネ。ネエ渚チャン、来年カラ私ノ元デソノ技術ヲ鍛エテミナイ?アナタナラ、『Sランク』ヲ取レルワ」

 

僕が武偵高で……

僕の進すむ路……数少ない才能を生かせる路……

 

『渚、あなたは蛍大に入るべきなのよ』。

 

………………

 

「すいません、僕は……」

「アア、ゴメンナサイ。少シ焦ッテイタワ。今スグ返事ヲ頂戴ッテコトジャナイノ。タダ、コンナ選択肢モアルンダッテ思ッテモラエタラ嬉シイワ」

「……ありがとうございます。すいませんウー先生、もう遅いのでこれで失礼します」

「エエ、マタ遊ビニ来テチョウダイ」

 

ごめんなさい、ウー先生。

先生は選択肢としてと言ってくれても、僕にはそんな権利がないんです。

だって僕は2()()()だから。




殺「え、先生の出番は⁉」
チ「ウフフ、今マデノ話ヲ思イ返シテミナサイ。ホボナイデショ?」
殺「またですか⁉またないんですか⁉そろそろあってもいいでしょ!原作みたいに!原作みたいに‼」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72弾 選択の時間

あけましておめでとうございます。
年末に書き上げたかったのに間に合わなかった……


そして最新刊読んで、考えていたのちのちに登場させる予定のキャラと原作のキャラが被ったorz





今話も短めです


「殺せんせー、教えてください。僕は何になるべきなんでしょうか?」

 

ウー先生に会った翌日、殺せんせーによる進路相談で僕は開口一番にこう尋ねた。

こう尋ねたのも、僕が進路相談をしたのが一番最後だったのが理由だ。

速水さんや律、神崎さんの選択は武偵だった。

 

「憧れた人に近付きたいから」

「私はお兄ちゃんの……私に感情を与えてくれた彼の傍にずっといたいんです」

「彼の役に立ちたいのも理由だけど、助けた誰かに『ありがとう』って言ってもらえたのがうれしかったからかな。あはは、改めて言うと何か恥ずかしいね」

 

カルマ君は官僚、杉野はプロの選手だった。

 

「影で仕切るってかっこよくない?」

「俺にとって1本目はやっぱコレだからな。もちろん勉強とか(2本目)からも逃げるつもりはないぜ」

 

皆、目標が……自身が思い描く未来があった。

僕自身が誇れるモノなんて少ない。

せいぜい、ウー先生に教えてもらった技や数少ない才能ぐらいだ。

これらが活かせる職種なんて決まっている。

 

――『殺し屋』

 

ウー先生に言われるまでは『武偵』という選択肢は考えてなかったが、たぶん一番才能にあってるのは武偵よりも殺し屋だと思う。

 

「殺せんせー、僕の中ではなんとなくだけど人の顔が明暗に見えていました。明るい時は安全、暗い時は危険っていう風に。今まではよく分かってなかったけど、死神の一撃でそれが変わりました。見えるんです、相手の波長が、相手がどんな感情でいつ油断をしてるのか。多分……ううん、今なら死神にやられた事と同じ事ができる確信があります。僕にとっての唯一といって良い才能と技。殺せんせー、僕は殺し屋になるべきなんでしょうか?」

 

それが自問自答した僕の答え、2周目を考慮しなかった問だった。

 

「……君ほどの聡明な生徒だ。殺し屋になるメリット・デメリットを考えて今の発言をしたのでしょう。それを含めて言います。渚君、君には殺し屋の才能が備わっていることを先生は保証します。波長だけじゃない、君の勇気も君が身に着けた技術も含めてです。ですが君の勇気は自棄も含まれています。君が身に着けたモノは殺し屋にとって重要なスキルです。ですが今すぐ決断する前に、君がなぜその才能を見につけたかを振り返る必要がある。それを踏まえてもう一度、進路の相談をしましょう」

 

殺せんせーが僕の手に触手を添えながら、そう諭してくる。

技術は師がいた。なら才能は?

その要因なんてひとつしかない。

ある人の顔色を窺って、自分という存在を殺して過ごしていたのだから。

僕の才能に関わっているのは母さん以外考えられない。

……今晩話し合ってみよう。

 

人知れず話し合うことに決意を抱いていると、目の前で殺せんせーが出かける準備をしていた。

具体的に言うと、バスケットに駄菓子を詰め込んでいる。

この人がやりそうな事を考えると、この後の行動は簡単に分かるけど果たしてお見舞いとして駄菓子の詰め合わせはありなのだろうか?

 

「殺せんせーはこの後キンジ君のお見舞いですか?」

「良く分かりましたね。彼がう〇い棒やチロ〇チョコに喜んでくれたらいいんですが……あとお見舞いもかねて彼にも進路相談をするつもりです」

 

なんでだろう。キンジ君が食べる前に先生や律が全部食べる姿がありありと思い浮かべれる。

 

「じゃあ、殺せんせー。これで失礼します」

「はい、気をつけて帰ってくださいね。では面会時間も迫っていますので先生はこれで失礼します」

 

そう言って、殺せんせーは窓から出て行った。

今日は母さんは早く帰ってくる日だ。

なるべく機嫌を損ねたくないため、僕も校舎を出るのだった。

 

~キンジside~

「じゃあキンジ。また律や有希子と来るわ」

「おう」

 

面会時間も終わりそうになった頃、色々と荷物を持ってきてくれた凛香が帰った。

明日は念のため検査が待っている。

 

「今日の夕食はなんだろうな」

 

そんなことを一人つぶやきながら何気なく窓を見るとそれはいた。

 

「……はぁはぁ。入院する幼馴染に甲斐甲斐しく一人お見舞いに。これでE組にもとうとうカップルが」

 

下世話なタコがう〇い棒を食べつつメモ帳片手にピンクの顔をして何か書いていた。

女が苦手な俺のところに来ても、殺せんせーが好みそうな話題なんてないのにな。

ため息をつきつつ、殺せんせーが張り付いている窓を開ける

 

「なんの用だよ、殺せんせー。下世話なことがしたいなら他を当たったほうがいいぞ」

「いえいえそんな事をしに来たわけじゃありません。あ、これはお見舞いの品です」

 

そう言って、何個か食べたであろう大袋が開いている菓子を置く殺せんせー。

数分前の自分を振り返ってからその発言をしろ殺せんせー、あと見舞い品なら先に食うな。

 

「すいません、先生の所持金がアレなものでつい。と、少し逸れましたね。今日は君の進路相談をするのに来たのです」

 

進路相談って言っても、今は任務で中学にいるが実際は高校生だぞ俺。

 

「俺はもう武偵高に進学してるぞ?」

「ええ、ですから君の場合は目先の進路というよりも将来どうなりたいかですね」

 

『どうなりたいか』か……

思い浮かべるのは、今も武偵として国内外で活躍する兄さん、そして亡くなった父さんの姿。

 

「今は武偵高にいるけど、正直どんな職業に就くなんて考えてなかった。ただ兄さんや父さんのような誰かを救える人になりたいな」

「確かキンジ君のお父さんは烏間先生と同じ」

「ああ、公安所属だった。それで兄さんは武偵。どっちも俺の憧れだよ」

「誰かを救う人ですか。君の夢の選択肢は幅広く選べますね。ある程度は絞る必要はありますが、なるべく多く選べるように学力も必要ですね。HSSと折り合いをしつつ検討していきましょう」

「やっぱりそうだよな……って、今何言った殺せんせー⁉」

 

今、サラッととんでもない事言わなかったか⁉

 

「ニュヤ?学力がいると「その次だよ‼」ああ、HSSの折り合いについてですね。安心なさい、誰にも言っていませんよ」

 

やっぱり、俺の聞き間違いじゃなかったのか……

この先生は察しが良すぎる先生だ。

いつかバレると覚悟はしていた。

だがもうバレていたなんて。

 

「……いつ気づいたんだよ」

「確信を持ったのは、あのプールが爆破された時ですね。昔、君と同じ体質の人物と海外で会いましたから」

 

そんな前からかよ。しかも俺以外のヒステリアモードにあった事があるのか。

兄さんなら俺の苗字で気づきそうだから、全く赤の他人。

遠山家以外にもこの遺伝体質の人がいるんだな。

 

いつか会ってみたいと思ったところで、俺はあることに気付く

殺せんせーはヒステリアモードについて知っている。

じゃあ、もちろんトリガーについても知ってるってことだよな?

 

「……なあ、ヒステリアモードに慣れる訓練とか称して変な事やんねーだろうな?」

 

例えばエロ本を買ってこさせるとか……

そんな事を言われたら、記憶を消されても不登校を決めよう。

 

「君の中学時代の事が無ければやっていたかもしれませんね」

 

そう真面目に答える殺せんせー。

HSSを知ってるんだ。もしやと思ったがやっぱりそっちも調べ済みだったか。

中学時代の嫌な記憶。女性にとっての独善的な正義の味方。

中学より前に凛香にバレていなければ、今以上に女を避けていたかも知れない。

 

「君の能力は思春期にとって非常にデリケートな問題です。それに君の将来を左右させるものでもあります。ですから時間をかけてもいい、ソレとどう向き合うのか君なりの答えを見つけなさい。もちろん相談はいつでも受け付けますよ」

 

その言葉に不覚にも俺は涙が出そうになった。

律や凛香、それに殺せんせー。

家族以外にも俺という存在をフィルターなしに見てくれる人たち。

俺はホントに恵まれてるな。

 

「じゃあ、その時は気兼ねなく相談させてもらうぜ。殺せんせー」

「まあ、相談する前に地球が爆発するかもしれませんがね~ヌルフフフ」

 

たく、この先生は……

 

「そうだ、キンジ君。君に一つ聞きたいことがあります」

「なんだよ、殺せんせー?」

「速水さんがつけてるネックレスの石はキンジ君が拾ったと聞いたのですがどこで拾ったのですか?」

 

なんでそんな事を?

それに聞くなら俺より凛香の方がいいんじゃねーか?

 

「殺せんせーも修学旅行で会っただろ? 俺のもう一人の幼馴染がいた神社だよ」

「ば、場所は?」

「青森だよ」

「なぜ緋を祀る星伽がアレを……」

 

星伽のご神体なんて知らないが、そもそもアレはたまたま遊んでる途中に見つけた石なんだが。

 

「なあ殺せんせー、あの二色の石何かあるのか?」

「2色⁉ 色は‼」

「確か緋色と翠色だったな」

 

殺せんせーに肩を掴まれ、素直に俺が言うと殺せんせーがワナワナと触手を震わせ

 

「『全なる一(オール・ワン)』の研究は彼ではない…………爺、俺の生徒に手下をけしかけていたか」

「ッ⁉」

 

今まで感じた事がない濃密な殺気が殺せんせーから溢れる。

ソレは死神が発した殺気が可愛くみえるものだった。

呼吸すらできない。すれば最後、俺は死ぬ。そう思わせるほどの殺気だった。

 

「あ……昔の事を思い出してつい。すいませんが調べなければいけないことが出来ました。色々とありがとうございます」

 

さっきまで発していた殺気は霧散し、息ができるようになった頃には殺せんせーはいなかった。

あの殺気……どんなことがあってもあそこまでの殺気は感じたことはなかった。

日が重なるごとに殺せんせーの謎が増えていく……

殺せんせーはいったい何者で何を知っているのだろうか。

 

それを答えてくれるものは誰もおらず、ただ外から吹く風にユラユラとカーテンがはためくだけだった。




せっかくなのでE組のメンバーに持たせたい銃をアンケートにて募集したいと思います。
なるべくアンケートの結果に反映させようと思います。
詳しくは活動報告をお読みください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73弾 周回の時間

最後の投稿から約1ヶ月……やっと……やっと論文が終わった……
これでようやく話の続きがかける……
前話の感想もこの後すぐに返信いたします。



アンケートはまだまだ募集中ですので、気軽に書いていってください


家に帰ると、母さんは先に戻ってきており「ただいま」と言って早々に僕はリビングへと呼び出された。

 

「どうしたの母さん」

「ちょっとそこに座りなさい」

 

そう言われイスに座ると、目の前には2学期の中間の結果用紙が置かれている。

僕の今回の結果は前回より低い54位、母さんが望む50位以内には入ることができなかった。

怒られるかと思い、母さんの顔色を窺うと……あれ?黒くない。

1学期の中間の成績を知った時のような暗さが窺えなかった。

 

「渚。私、田中君のお母さんに聞いたのよ。3年前にお兄さんが60位でも復帰できたって」

「え?」

 

言外にE組を出なさいと言う言葉に頭が一瞬真っ白になった。

 

「多額の寄付金を出せば特例で可能なのよ。だから私もそうするわ。一刻も早くアンタをE組から脱出させなきゃ。今度D組の「ちょっと待ってよ母さん!僕はE組のままで」………」

「楽しいし成績も上がってるんだよ?お願いだからこのまま……」

 

E組を出たくない。

とっさに浮かび上がった気持ちのままに母さんに逆らったところで、僕はようやく気付いた。

今の行動は完全に悪手だったことに。

波長、顔色どちらも最悪なタイミングでやってしまった。

今までの経験からして()()

 

「何よ‼その言い草は‼そんな向上心の無い子に育てた覚えはないわよ‼挫折の傷は一生治らないの、()()()()()()()()()()()()()! 同じ苦しみを味あわせたくない母さんの気持ちがなんでわからないの‼」

 

母さんがヒステリックに叫びながら、僕の髪を掴み、前後に揺さぶる。

――ブチブチ と髪やゴムの切れる音が聞こえ、痛みを感じるが僕はただ必死にこらえた。

 

変に逆らったものなら余計にひどくなる。

 

「だいたいアンタのせいで寄付金を出すのよ! それをアンタは、何様のつもり‼」

「……ごめんなさい。僕の理解がたりなかった……」

 

こうなってはもう話ができない。

ちゃんと顔色をうかがえなかった僕のミスだ。

 

「いい渚、アンタは子供なんだから私の言う通りにすればいいの。私とか父さんみたいにならないように全部プランを考えてあげてるんだから」

 

母さんが何かある度に僕に言い聞かせてる言葉だ。

 

「椚ヶ丘高校からなら蛍大に入れるんだから」

 

母さんが試験で落ちた一流大学だ。

 

「その理由はね。学閥って言って、会社によってはどの大学出身かで出世できるか決まるの。菱丸は蛍大出身がトップを占めてるの。そこに就職して……」

 

母さんが入れなかった名門商社。

 

「世界中を飛び回る仕事をするの」

 

母さんがやりたかった仕事。

 

「欲を言えば女の子が良かったわ。そしたら私がさせてもらえなかったオシャレを存分に教えてあげたのに」

 

これも口癖だ。

せめて女の子らしく……僕が髪を伸ばし続ける理由だ。

 

「ほら髪が長いからやっぱりワンピースが似合う」

 

そんなこと知りたくもない、それに僕は男なんだ。

でも母さんの殺気にも似た執念に、きっと僕はこの先も逆らえないんだろうな……

やっぱり僕は皆のようになれないのかな……

 

「そうだ!さっそく明日、E組の担任に転級手続きを頼みに行くわよ」

「…………えッ⁉」

「ちゃんと話せば協力してもらえるわよ。だって短期間でここまでやってくれた先生でしょ?きっと品行方正で」

 

つい先日、女子がいないからって男子と理想のスリーサイズを話し合ってたよ‼

 

「器が大きくて」

 

速水さん達と生涯ゲームをやって、殺せんせーだけ借金を負ったから奥の手(ちゃぶ台返し)をやってたなぁ。

 

「生徒の未来を何より一番に考える、素敵な先生なんでしょ?」

 

その先生、来年に地球を破壊する宣言しています……

マズイ、烏間先生は明日出張でいないはず。

殺せんせーのことが母さんにバレたら、それこそE組が……

 

「そ、そんな急だと先生も困るよ」

「担任でしょ?放課後すぐだったら大丈夫よ。それにこれはアンタの為よ、渚。ちゃんと明日、サヨナラの挨拶をするのよ」

 

どれだけ言っても、母さんの顔は暗いまま変わらない。

こんな状態ではもう説得は出来そうもなく、結局僕は何も言えずに部屋に戻るしかできなかった。

 

 

 

 

 

その晩、僕は殺せんせーにこの事を伝えるためにも電話を掛けることにした。

殺せんせー、この前海外で寝てるって言ってたけど、電話の料金大丈夫かな……

 

――プルルルルルルプルルルルルル……ガチャ

 

Hello, who is it(もしもし、どちら様かな)?」

 

え?誰?

殺せんせーにかけたはずなのに聞こえてきたのは、全く違う青年のような声。

しかもビッチ先生並に流暢な英語だった。

 

「すいません、間違えました!」

 

慌てて僕は電話を切り、先ほどかけた番号を確認するもそれは殺せんせーの電話番号で間違いなかった。

 

「さっきの人誰だったのかな?」

 

もう一度かけ直し、電話は1コールで繋がった。

 

「もしもし渚君、なんで電話を切ったのですか?」

「え?さっきの声、殺せんせーだったの!?」

「ちょっと変装をしてイギリスにいまして、変声したまま電話に出てしまいました」

 

変声って……キンジ君に読唇術教えたりしてたよね?殺せんせーができないことってあるのかな?

 

「それで渚君。こんな時間にどうしたのですか?」

「あ、そうだった! 殺せんせー、実は……」

 

殺せんせーに促され、僕は母さんとのやり取りを殺せんせーに話した。

 

「……ほほう、お母様が転級の相談でいらっしゃると」

「どうしよう……速水さんの時と違って烏間先生がいないし、部下の人は先生じゃないから無理だし……それに僕、E組を抜けたくないよ」

「大丈夫です渚君。先生にかかれば三者面談くらい、速水さんの時のように余裕でこなせますよ」

 

殺せんせーの言葉に不安を感じ、改めて速水さんの三者面談を思い出す。

確か、烏間先生と速水さんのお母さんが知り合いでバレそうになって殺せんせーが途中から参加して……

……あれ? 殺せんせー、自分から正体バラしてなかった?

 

 

 

 

 

結局、不安はぬぐえないまま翌日を迎えてしまった。

 

「皆さん、今日は渚君のお母さまが三者面談に来ますので放課後の訓練は控えてくださいね」

 

と殺せんせーが朝のホームルームに皆に伝えた為、昼休みになった今でもクラスの話題はもっぱら今日の放課後の話ばかりだ。

 

「渚の母ちゃんかー。一回遊びに行ったけど、割とキツイ態度取られたよなー」

「あれでも杉野たちが来たときは機嫌が良かった方なんだけどね……殺せんせーは大丈夫って言ってはいたんだけど」

 

僕らも自然と話題は今日の放課後の話になり、少し前にあったことのある杉野は苦笑いを浮かべていた。

 

「烏間先生は今主張中よね。殺せんせー、本当に大丈夫なの?私の時真っ先に正体バラしてたわよ」

「それに殺せんせー本人が言わなくても、不審すぎて怪しまれないかな?」

 

僕たちの会話が聞こえたのか、近くの席でご飯を食べていた速水さんや神崎さんも会話に加わってくる。

速水さんの時は多分特別なんだろうけど、それでも心配だなぁ……

 

「私が代わりに担任やろうか?」

「ビッチ先生⁉」

 

三村君の声で教卓のほうを向くと、そこにはいつの間にかビッチ先生が立っていた。

 

「まず私は人間だし、タコとカラスマの次にアンタ達の事知ってるわよ」

 

そうだよ、担任は烏間先生や殺せんせーだけじゃないんだ。

ビッチ先生がやってくれれば、わざわざバレそうなリスクを負う必要ないじゃないか。

 

「じゃあ私が渚の母さん役をやるから、ちょっと予行練習をやってみよう」

 

そうして片岡さんの指導のもと、ビッチ先生の面談練習が始まった。

 

「では先生、担任として最も大切にしていることはなんですか?」

「そうですね、お母さま……あえて言うならば『一体感』ですわ」

「じゃあうちの渚にはどういった教育を?」

「渚君にはまず安易にキスで舌を使わないように教育していますわ」

 

率直に言おう、ビッチ先生は殺せんせーより三者面談に出しちゃダメな存在だった。

 

「まず唇の力を抜いて…………」

 

うん……ビッチ先生もダメだとしたら、やっぱり殺せんせーを信じるしか……って⁉

 

「片岡さん、それはマズいよ⁉」

「大丈夫、入ってるのはゴム弾だから‼一回この脳内ピンクは撃つ!」

「当たり所悪いと死んじゃうよ‼」

 

少し考え事しているうちの、堪忍袋の緒が切れた片岡さんが最近届いたMP-443グラッチを抜いていた。

 

「その内、訴えられっぞ。こんな痴女担任」

 

寺坂君! のんきに話してないで一緒に止めて‼ 僕一人だと片岡さん止めれないから‼

 

「ヌルフフフ やはり私が出るしかないですね。今後あるかもしれない三者面談の事も考えて、烏間先生に変装してみましたよ」

 

必死にビッチ先生を撃とうとする片岡さんを抑えていると、扉越しに人のシルエットが映った。

声でもわかったが、そのシルエットは殺せんせーなのはクラスのみんなが分かっていた。

 

「どうせいつもみたいにクオリティの低い変装だろ?」

「すれ違うぐらいなら大丈夫だろうけど、今回は面とむかってじっくり長く話すからばれないかな~?」

 

木村君や倉橋さんの言うとおり、いつもどおりじゃ今回はまずい……シルエット的には烏間先生に見えなくもないけど……

 

「心配ご無用!今回は完璧ですよ!」

 

そう言って殺せんせーが――ガラッ!と扉を開け……

 

「ワイが……ワイが烏間や!」

「「「「いや、誰やねん!」」」

 

それは相変わらず再現度の低い……律に似せようと変装した偽律さん並に違う再現度120%の別人だった。

 

「いやいや、何言ってんねん。眉間のしわとか似てるやろ?」

「その前に鼻!」

「それに口と耳!」

「あと、なんで関西弁なの!?」

 

皆の言うとおり、ツッコむ箇所が多すぎるよ……なんでそれでいけると思ったの?

 

「それでそのソーセージみたいな腕は?」

「ええところに気付いたな、不破さん。これは烏間先生のガチムチな筋肉を似せたんや」

「無駄に凝ってるわね……けど今回がギャグ話だったとしても、さすがにこれは無理よ……」

 

不破さんの言葉に全員がこんな時に頼れそうな人に……神崎さんへと自然と目がいった。

 

「え?私!? あと不破さん、さっきのセリフはメタイと思うよ」

「久々のセリフだから大丈夫よ。それで殺せんせーはどうにかなる?」

「それなら簡単だよ。普通に変装したらいいんだから」

 

普通に変装?

 

「どういうことなの神崎さん?」

「まず、殺せんせーだとバレるのって特徴的な顔でしょ。だからまずは変装用のマスクを被らせたらいいでしょ。菅谷君作れるかな?」

「ああ。材料はあるし、放課後には間に合うぜ」

「それで次に身長。これも三者面談なんだから簡単だよ」

「なるほどね。常識的なサイズだけ机からだして、あとは下に詰め込むんだね」

「うん、カルマ君の言うとおり。三者面談なんだから、座りっぱなしでも違和感ないはずだよ」

 

すごい、どんどん問題点が改善されていってる。これで、殺せんせーの不審さがなくなった。

 

「あとは念のために声も変えたいところだけど……律にボイスチェンジャーを作ってもらったら……」

 

これは殺せんせーにとっては、他より問題がないはずだよね。

 

「殺せんせー、昨日みたいに変声できるよね?」

「ええ、渚君。もちろん、できますよ。あー……あー……これでどうですか?」

「すごい!烏間先生の声にそっくり!?」

 

茅野の言うとおり、声だけ聴くとそこに烏間先生がいると勘違いするぐらいにはそっくりだった。

 

「これなら三者面談も大丈夫じゃないかな?」

「これならまず大丈夫ですよ、神崎さん。でも先生のボケをこうまで殺されると昼休みにせっせと準備した意味が……」

 

烏間先生の声でペチン、ペチンと壁を殴りながらシクシクと泣く殺せんせーを見て、神崎さんが苦笑いを浮かべたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

先ほどまであったいろいろな不安は、みんなの協力でなくなり

『このままE組に残りたい』

改めて、そう実感した昼休みだった。

 




今回、一人だけ銃が出ました。
片岡さんはMP-443グラッチです。アンケートではトカレフだったのですが、安全装置がないなどの許可が下りそうにないな~と思ってしまい、ソ連軍で採用されていた銃繋がりで探し、せっかくだから弾もそろってたほうがいいだろうと思った結果トカレフ→マカロフ→MP-443グラッチとなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74弾 渚の時間

どんな事をしていても時間だけは待ってくれず、気づけば最後の授業が終わっていた。

母さんは放課後すぐに来ると言ってたから、三者面談までもうすぐだ。

 

「では先生は準備しますので、渚君はお母さまを迎えに行ってください」

 

皆に押し込まれつつ、菅谷君の作ったマスクをかぶって殺せんせーがそう促す。

皆のおかげで見た目の問題は大丈夫なんだ、今は上手くいくことを祈ろう。

心の中で祈りつつ、僕は言われた通り玄関へと向かった。

 

 

 

 

校舎の玄関を出ると、遠くのほうに一人の女性がこちらに来ているのが見える。

母さんだ。向こうもこちらに気づいたようで視線が合い、会話できる距離まで来ると

 

「あなたは黙って言う通りにするのよ渚。母さんが必ず挫折の道から救ってあげるから」

 

波長からして、爆発寸前の爆弾。一言でも間違えればくる状態だった。

僕はただ縦にうなずく以外に選択肢は取れず、そのまま母さんの後を付いて教員室へと向かうしかなかった。

 

「失礼します」

「ようこそ渚君のお母さま。そこにおかけになってください」

「え、ええ。ありがとうございます」

 

扉を開けると目の前には、ほほ笑む烏間先生。

……うん。本人を知ってる僕たちからすれば違和感がすごいし、外から小さな声で「こんなの烏間先生じゃないよぉ」なんて声も聞こえてくるけど、まあよしとしとこう。

 

「山登りはさぞお疲れでしたでしょう、お話に移る前にまずは冷たいジュースとお菓子でも」

「まあ、グァバジュース!私コレ好きなんですよ。こんな豪華なモノありがとうございます」

 

烏間先生に変装した殺せんせー改め、殺す間先生が出したのはグァバジュースとマカロン。

母さんの趣向を調べて出したんだろうけど……コレ、絶対に三者面談で出す物じゃないよね殺せんせー⁉

 

「ええ、存じておりますとも。渚君はこのクラスでの成長ぶりには目を見張るものものがあります。それもこれもお母さまが育ててくれたおかげですのでコレはそのお礼です」

「まあ!そんな褒められても何もありませんよ」

「それと渚君に聞きましたよ、お母さまも体操の内脇選手のファンなのですね」

「先生もなんですか?」

「ええ、彼の頂点を目指す真摯な姿は素晴らしいですからね」

 

スゴイ。母さんのツボを押さえて回してくれてる。

波長もさっきより穏やかになってるし、これだけ打ち解けてくれてるならもしかしたら……

 

「もう我慢できないよ桃花ちゃん‼烏間先生はもっとクールで「はいはい。あとちょっとだけ我慢しようねー」モガモガモガ‼」

 

ああ……烏間先生の姿で甘い顔をしてるから暴走しそうな倉橋さんが窓辺で矢田さんに抑えられてる。

 

「あら?少し外が騒がしいわね」

「すいません。皆、放課後の勉強会をやってるんですよ。あまりにも熱中しすぎて時々こういった討論に近い事も起きてしまうんです」

「あら、そうだったんですか。それなら仕方ないですね」

「お気遣いいただきありがとうございます。それにしても改めて思いましたけど、お母さまは大変お綺麗ですね。渚君もお母さまの美貌に似たんでしょうかね?」

 

今まで満面の笑みを浮かべていた母さんがそれを聞いた瞬間、表情が能面のように無になる。

今までは上手く回避できていたがとうとう押してしまったのだ。

『地雷』というなのスイッチを

 

「ええ、ホント。これで女の子なら私の理想だったのに」

「お母さまの理想ですか?」

 

殺せんせーの言葉を聞きつつ、母さんが僕に手を伸ばし――ブチッと髪を結んでいたゴムを千切る。

 

「母さん」

「あなたは黙ってなさい。母さんが一番分かってるんだから」

 

さっきとは違う作った笑み。

 

「このくらいの齢なら、女の子は長髪が似合うんですよ。なのに私は短髪しか許されなくて、3年になって勝手にまとめた時は怒りましたが、コレはこれで可愛らしかったので見逃しています」

「……そうですか」

「そうそう進路の話でしたよね。この子は蛍大に行くべきなんです、そのためには蛍大合格者が都内有数の椚ヶ丘高校へ進学するべきですし、なにより中学で放り出されたら大学や就職に悪影響ですわ。ですからこの子がE組を出れるようにお力添えをお願いします」

「渚君、君もそれを望んで「先生、この子はまだ何も分かっていませんわ。失敗を経験した親が道を造ってあげるべきなんです」……よくわかりました」

 

え? 殺せんせー、僕はそんなこと望んでなんか……

 

「なら、渚は「分かったのは、なぜ渚君が今の彼になったかです」は?」

 

――スッ

 

「「「「ブフッ⁉」」」」

 

何を考えたのか、殺せんせーは突然髪の毛を取ったのだ。

顔は完璧に烏間先生なのに、頭は陽によって明るく照らされてる。

これには僕も母さんも、外から見ていた皆も噴出した。

カルマ君、さすがにこれは撮影したらマズいよ‼

 

「え、先生⁉」

「そう私、烏間惟臣はヅラなんです‼ お母さま、髪型も高校も大学も保護者が決めるものじゃない。確かに時には道をただす必要があるかもしれません。ですが、それは親のコンプレックスを隠すためじゃない!彼の人生は彼のモノだ。なら進路は渚君が決めなければいけません」

 

その言葉は自然に僕の心へと染み渡り、気づけば頬に一筋の涙が流れていた。

 

「この際担任として言わせてもらいます。渚君自身が望まない限り、E組から出ることは認めません」

 

この後母さんが怒りのままに叫び僕の目を覚まさせると言って出て行ったが、僕の心にはさっきの殺せんせーの言葉が繰り返し響いていた。

 

「殺せんせー」

「うーむ、思わず少し強めに言ってしまいました。先ほどの続きですか、君がハッキリと自分の意思を言うことが最も大事なんですよ」

 

変装用のマスクを破り、いつもの恰好に戻りながら殺せんせーはそう言う。

自分の意思をハッキリと母さんに伝える……僕にとっては殺せんせーの暗殺並みに難しいことだろう。

 

「僕にできるのかな……」

「大丈夫、殺す気があれば何でもできます。君の人生の1周目は、この教室から始まっているんですから」

 

 

 

 

その晩、家に帰るとなぜか母さんは上機嫌でエビフライを揚げていた。

なんで? てっきり、殺せんせーで機嫌が悪くなっていると思ったのに。

 

「母さん?」

「もうすぐご飯できるから、その後にゆっくりと話しましょう渚」

「う、うん」

 

数分で晩御飯はできた。

 

「食べながら話しましょう。それで渚どうかしたの?」

 

緊張でノドがカラカラに乾いた為、水を一口飲む。

 

「うん、実は母さんに話したいことがあるんだ」

 

おっかなびっくりにそれでもゆっくりと一言一言母さんに伝えるために口を開く。

でもその前に母さんの方が早かった。

 

「ねえ渚、母さんもわかったの」

「え?どうした……の」

 

なんか急に眠たく……どうして……

必死に倒れまいとテーブルに手をつくもうまくいかず ――ガチャン と食器を落としながらテーブルに顔を突っ込んでしまう。

 

「言ってもダメなら、実力行使しかないって」

 

……ダメだ。もう眠く……

今にも意識を落としそうになるなか、いやに母さんの言葉だけはハッキリと聞こえてくる。

 

「あなたの人生観、改造てあげるわ渚」

 

そこで目の前が真っ暗になった。

 

 

 

意識がハッキリすると、僕はテーブルではなくどこかの地面に倒れていた。

真っ暗でここがどこかなのか分からない。

 

――ボッ‼

 

当たりをキョロキョロ見渡していると、灯りがつく。

それは松明に火をつけた母さんだった。

そして、灯りがついたことによりここの場所も分かった。

見慣れた木造の校舎。学校に僕と母さんはいた。

 

「母さん、いったい何を」

「ここを燃やしなさい渚」

 

ここを燃やすって、なんで⁉

 

「なっ何言ってるの母さん⁉」

「これは必要な事よ。あなたの溜まった膿を消毒する為にね」

「僕は」

「あなたの為なのよ‼ ねえ、なんで母さんの言うことが聞けないの? アナタが良い子なら母さんの気持ち分かってくれるわよね?あなたは私みたいに挫折してほしくないのよ。 そのために私は色々したわ、塾にも行かせたし、私立にも入らせた。疲れた体に鞭打ってご飯も作ったわ、なのにあなたはツルッパゲの若ハゲに洗脳されて逆らってばっかり‼渚は私が作り上げたのよ‼ ええ、そうよ。だから今からする事も正しいわ、これも渚のため。私は正しい事をするのよ」

 

……違う。

でも、心のどこかで母さんが言っていることは正しいと思う自分もいることを否定できない。

一度、深く深呼吸をする。

 

『まずは君自身が、ハッキリと君の意思を伝えるんですよ』

 

……うん。僕の意思はとっくに解っている。

今までなら言えなかったけど、殺す気で頑張れば言える。

 

「母さん」

 

そこまで言ったところで、母さんが持ってる松明が ――ボッと空気を切る音と共に先の燃えている部分が落ちた。

 

「さっきからキーキーうるせぇんだよ、クソババア。ドラマの時間が来るだろうがよ」

「ババッ⁉ だ、誰よアンタ‼邪魔しな『――ビシッ』キャッ‼」

 

鞭……それにこの時間に、この殺気……()()()

 

「邪魔なのはテメーらだよ。こちとら何日も下調べをしてんだからな。今期の水曜10時のドラマをここでヤツは必ず見る。そこをついてこのマッハを超える俺の鞭でぶち抜いて殺す予定なのによぉ」

「殺すって……何⁉どういうことなの⁉ け、警察」

「チッ。無償の殺しはやらねぇのが殺し屋だが、ここまで騒がれたら本命がパァだ。……幸いババアを殺しても賞金は出るし、口封じに殺っちまうか」

「ひっ」

 

母さん ――怯えている。

殺し屋 ――油断している。

 

素早く僕は波長を読み、状況を判断。

一手、どうにかして鞭を手放すことができたら。

何か方法はと、探るとポケットに何か重みを感じる。

この重みは最近知ったものだ。

 

『ワタシノ愛銃ヨ。アナタノ第一歩()()()()()ニミセテミナサイ』

 

もう慣れ親しんだ片言口調、2人にはこの声が聞こえていないみたいだ。

ありがとうございます。ウー先生。

そして殺せんせー見ていてください、これが僕の新たな1周目の第一歩です。

 

――パァン‼

 

僕は気配を溶かしつつ、殺し屋の鞭の持ち手めがけグロック17を抜き発砲した。

 

「グッ‼ このガキ、いつの間に銃なんか‼」

「渚……あんた」

 

2人の驚いた顔を無視し、こっちを意識した殺し屋を封じるために僕は無造作に近づく。

 

「母さん、あなたの顔色を窺う生活はある才能を伸ばしてくれました。母さんは望んだわけじゃないけど、コレのおかげで僕はE組の皆の役に立てています」

 

ただ、無造作に歩くだけじゃない。気配を波長すらも変える。

 

「母さん、僕は今全力で挑戦しているんです。それは卒業までに……結果を出します」

 

それは死神の時にみせた獰猛な烏間先生の殺気

 

「成功したら髪を切ります」

 

それはいくつもの罠をしかけ僕たちを嵌めた死神の狡猾さ

 

「育ててくれたお金は全部返します」

 

それはキンジ君のようなカリスマ性

 

「それでも許してもらえないなら」

 

それは殺せんせーのような未知の生物が発する怒気

 

僕にはまだ死神のように人外の雰囲気は纏えない。

だから、僕が知る中で最高のモノを持つ人たちを組み合わせていく。

それはまるで平家物語に出てくる妖怪のように。

猿の頭に狸の胴体、虎の脚に蛇の尾を持つ妖怪。

一つ一つは知っている動物も組み合わせれば、それは化け物へと変貌する。

 

『鵺』

 

これが死神の技を受け、考えた僕の技だ。

 

「やめろ。来るな、来るんじゃねぇ!聞いてねえよ、こんなのがいるなんて!」

 

腰を抜かし、ズルズルと這う殺し屋をゆっくりと追う。

1歩1歩歩むたびに気配を強め、さらに組み上げていく。

 

「僕は母さんから卒業します」

 

――パンッ‼

 

殺し屋に追いつき、乱れ切った波長に対してもう一つの技。『クラップスタナー』で殺し屋を沈めた。

 

母さん、僕を産んでくれたことに感謝をしています。

でも……贅沢かもしれないけど、ただこの世に生まれた我が子がそこそこ無事に育っただけで喜んでくれたら。

それなら全て丸く収まるのに……

 

「渚……あなた渚なのよね? いったい何をしたの、それにアイツは何⁉」

「すませんお母さま、たまにこの辺りには不良の類が遊び場にしてるんですよ。夜間にここに来るのは辞めといた方がいいですよ」

 

気づけば、皆にダメ出しされた烏間先生の変装をした殺せんせーが来て母さんに説明していた。

 

「殺せんせー来てたんだ」

「堂々と3月までに殺す宣言をしましたね。もう後には引けませんよぉヌルフフフ」

「アハハ……わかってるよ」

 

この先生、いつから見てたんだろう?

 

「それとクラップスタナーはまだまだですね。麻痺が浅いです」

 

え?

ふと足元をみると、ガムテープでグルグル巻きにされて、むせび泣く殺し屋が転がっていた。

どうやら、波長を乱しすぎて上手く合わせられなかったようだ。

 

「さてお母様、渚君はまだ未熟ですが温かく見守ってあげてください」

「…………」

「決してあなたを裏切ったわけじゃないんです、ただ誰もが通る巣立ちの準備を始めただけですよ」

 

それを聞いた母さんはドサッと倒れた。

 

「母さん⁉」

「大丈夫です。緊張が解けて気を失っただけですよ。送りますから、車にのりなさい」

「……うん」

 

 

 

その後は、ただ静かに山を下りていく。

殺せんせー普通に運転してるけど、免許なんてもってるのかな?

 

「さて渚君、進路相談の続きです。万が一先生を殺せたとしましょう……その後君はその才能で殺し屋になろうと思いますか?」

 

それは前に示した僕の路。

才能が最も生かせるであろう職種。

でも……

 

「たぶん違う。才能ってこうと決まったものじゃないんだと思う。授かり方が色々なら使い方も色々なんじゃないかな」

『アラ、面白イ話ヲシテルワネ』

「ニュヤ⁉どこから声が⁉」

『アナタノ事ハ知ッテルワ、黄色イタコサン。武偵高デ教師ヲヤッテイル、チャン・ウーヨ」

 

さすがの殺せんせーもこれにはびっくりしてる。まあ突然声が聞えるもんね。

 

「ウー先生、銃を貸していただきありがとうどざいます」

『返サナクテ良イハヨ。アナタガ一歩ヲ踏ミ出セタ、オ祝イニアゲルワ』

「え、いいんですか⁉」

『ソレヨリモサッキノ話ノ続キヲ話シテチョウダイ』

「先生も色々と聞きたいところですが渚君お願いします」

「えっと……だから、暗殺に適したような才能でも今日母さんを守れたように僕も誰かを助けるために使いたいんだ。だからウー先生、あの推薦書受けたいと思います」

『アナタナラ、ソウ言ッテクレルト思ッタワ』

 

僕の膝にあの時見せてもらったものと同じ推薦書が現れる。

 

「どうやら君も見つかったようですね。ご両親としっかりと対話の努力を忘れず、君の意思を伝えなさい。速水さんにも言いましたけど、その道は困難です。ここで学べることを精一杯学びなさい」

「はい!」

『アラアラ、少シ妬ケルワネ。ドウ?タコサン、コノ後ニデモ』

「ニュヤ⁉ いえいえいえいえいえ、この後先生も用事がありますので」

 

僕は殺し屋、そして武偵になりたい。

今なら胸を張って言える。ならまずは母さんにこの気持ちを、意思をしっかりと伝えよう。

 

 




???「ビョビョビョ、ホントの姿はこんなのだって見せてやりたいじょ」



今回もまた1人持ち銃の公開です。
渚はグロック17に決まりました。

他のメンバーはまだまだ活動報告で募集中です。
気軽に書いていってください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75弾 学園祭の時間

お待たせしました。
久々にキンジの登場です


「じゃあそれとなく烏間さんに伝えといてね」

「はい、わかりました」

 

長かった入院生活が終わった俺は、現在椚ヶ丘へと向かっている。

思えば入院中は大変だったな……

理子や武藤はナース目当てに遊びに来て騒ぐ。

看病しに来た白雪は同じように看病に来た有希子を見た途端、今まで見たことないくらいにキレてM60をぶっぱなすし……

てか、せめて刀を出せよ。自分の武器が行方不明って武偵としてどうかと思うぞ。

これだけでも俺の胃が死にそうだったのに、トドメとばかりにアレが待ってるんだよなぁ。

 

「なんで綴や高天原先生まで来るんだよ……」

 

退院しようとした所で部屋に高天原先生がやって来て、蘭豹以外も学園祭に来ると言われたのだ。

ただでさえ蘭豹だけでも気が滅入るのに、学園祭ヤバくないか?

 

「あれ? 遠山先輩?」

「ん?」

 

家に帰るためにモノレールが来るのを駅で待っていると、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

そっちに顔を向けるとなぜか大量の買い物袋を持つ間宮がいたのだ。

 

「なんで間宮が? まだ昼過ぎだぞ、授業中じゃないのか?」

「学園祭の買い出しですよ。それを言ったらなんで先輩もこんな所に?」

 

あぶねぇ、たまたま椚ヶ丘中の制服を着ていてよかった。

武偵高の制服だったらバレてたぞ。

 

「俺もちょっと野暮用でこっちに来てたんだよ」

「買い出しじゃなさそうですし……あんな噂があるのに、もしかしてサボリですか?」

「噂?」

 

いったいなんのことだ?

そんなこと入院中に凛香達は言ってなかったが……

 

「知らないんですか? 今、本校舎の方では先輩たちとA組の人たちが何かするんじゃないかって盛り上がってますよ」

「そんな噂初めて聞いたぞ。そもそも何をやるかも決まってないはずなのに」

「え、まだだったんですか!?」

 

なんでそこまで驚くんだ間宮の奴?

たかが中学の学園祭だろ、むしろもう買い出しとかしている間宮のクラスが早すぎるんじゃないのか?

 

「そういえば先輩は転校してきたから詳しいことは……とりあえずモノレールが来たので学校に向かいながら説明しますね」

「いや、俺はそのまま家に……」

「い・い・で・す・ね」

 

ぐっと近づき、ふくれっ面で俺を見上げてくる間宮に思わず後ずさってしまう。

 

「わ、わかった」

「全く先輩はダメダメなんですから!」

 

結局、間宮の圧力に負けた俺は道すがら椚ヶ丘中の学園祭について詳しい事を聞く事になってしまった。

ホントなら誰もいない部屋でのんびりとできたんだが……

 

「いいですか先輩、うちの学園祭はガチの商売合戦なんです。学園祭の収益はデカデカと貼られて、トップを取れば就活にアピールできるぐらいにはスゴイんですよ」

 

模擬店の結果が就活に響くのか、それは確かに躍起になるな。

それにだからこそ間宮がまだ準備をしてないことに驚いたのか。

 

「だから模擬店では社会人顔負けなところな店があるみたいです。これも噂なんですがA組の先輩達はスズメフードサービスとスポンサー契約を結んだらしいですよ」

「は?」

 

スポンサー契約!?

噂が本当ならプロの料理を学園祭で提供って事か。

多分契約を結んだのは浅野だろうが、アイツ本当に一般人なのか?

実は高ランクの武偵とか組織の人間でしたって言われても信じられるぞ。

A組のやることは多分集客率も高いのだろうが、俺たちにはそんな人脈がない。

そこで他のクラスは何をするのかと思い、間宮の持っている袋を覗いてみると食材が見えた。

 

「間宮の所は飲食店か?」

「え? あ、はい!私達は珍しいかなって思って、胡椒餅(フージャオピン)を作るんです。これなら私達のを食べながら他のお店にも行けますから」

「フージャオピン? なんだそれ?」

 

多分、名前からして海外の料理だと思うが、聞いたこともないし全く想像がつかないな。

 

「えっと豚肉を生地に包んで焼く、台湾の料理らしいんですけど……」

「台湾料理か、って『らしい』?」

「私もつい最近まで知らなかったんです。ちょっと前に模擬店の事を考えながらスーパーで食材を見てたんですけど、そしたら黄色い頭の大きな人がやって来て『ヌルフフフ、学園祭と言えばコレしかないでしょう。この窯を使ってぜひコレを作ってください』ってレシピと窯をくれたんです」

 

黄色い頭、大きな人、ヌルフフフ……まさかな。

下着ドロの時のようにあの教師が浮かび上がったが、きっと今回のも偽物だ。

食べたいからって理由だけでやりそうだが違うと信じよう。

 

「……親切なヤツもいんだな」

「はい、ぜひあの人にも学園祭に来てほしいです」

 

その後は模擬店の単価などの事を聞いていると、気づけば本校舎と旧校舎へと別れる道まで来ていた。

 

「先輩とはここでお別れですね。そうだ先輩!私も先輩のお店に行くんで当日はぜひ来てくださいね」

「ああ、その時は凛香とかも連れてく」

「………むぅ。やっぱり先輩はダメダメです」

 

なんでまたプクゥと頬を膨らますんだ間宮のヤツ。

ガチな商売合戦なら大勢連れてったほうが良いだろ?

 

 

 

 

 

間宮と別れた後、いつもの山道を上って旧校舎へと向かっていると何故か真新しい靴の跡がいくつか残っていた。

おかしいな、しばらくは烏間先生の授業は銃の扱いについてだったはず。こんなところに足跡なんて残らないはずなのに。

もしや新手の殺し屋がやって来たのかと思い、辺りを注意深く見てみる。

靴の後は複数人、しかもついさっきここを通ったような跡だった。

 

(……近いな)

 

念の為、ベレッタを抜いてセーフティーを解く。

少しの音も聞き逃さないように、警戒レベルを上げながらさらに周囲を探る。

 

――ガサッ

 

「上か!」

 

バッと銃口を樹上に向けると、こちらに銃口を向ける人物が目に入った。

 

「凛香だったのか」

「誰かと思ったらキンジじゃない。アンタ今日は退院したら家にいるって言ってたのに」

 

凛香の手元には俺と同じベレッタM92Fとなぜか大きな袋を持っていた。

 

「たまたま間宮にあって学園祭の事を聞いたんだよ。その袋の中が俺達の模擬店のか?」

「うん、殺せんせーにコレを探せって言われて」

 

そう言ってこちらへと片手でスカートを抑えて、飛び降りてくる。

片手で抑えているがそれでもスカートはある程度翻える。

普段は見えてない太ももが露わになって、その奥も……って。

 

「ッ‼」

 

何じっと見てんだよ俺‼

ここでヒスって見ろ。凛香にぶん殴られるぞ。

凛香も凛香だ。なんでスカートなのに、こっちに降りてくんだよ。

 

「キンジ、とりあえず校舎に戻るわよ」

 

当の凛香は何でもないような対応をしてくる。

今のは無自覚なんだろうが、俺の体質知ってんだからもう少し気を使ってくれよ。

そんな事を言えば先ほどの事も言わなくてはならなくなり、そうなるとバレる→切れる→秋水のコンボが決まるのが目に見えている。

見えている地雷を踏みたくない為、俺はため息を吐いて何も言わず凛香の後を追うのだった。

 

校舎につくと他の皆も凛香と同様に色々と山の中から探してたようで、続々と集まってくる。

皆、俺を見て驚き、退院の祝いの言葉を貰いながら校舎の中へと入った。

 

「皆さん集まったようですね。おやキンジ君、退院おめでとうございます。登校は明日からと聞いてたのですが?」

「ありがとう殺せんせー。学園祭が気になって来たんだ。それでE組は何をするんだ?」

「ヌルフフフ、キンジ君も暗殺と勉学以外の集大成のひとつである学園祭(これ)にやる気十分ですね。学園祭で必要なのは『お得感』、E組の武器は例えばこれです」

 

そう言って凛香達が集めていた袋から取り出したのはドングリだった。

工芸品とかに加工してもわざわざここまで来るほどの物ではないと思うが……

 

「これはマテバシイという実が大きくアクが少ない品種です。律さん!あの曲をお願いします」

「はい!BGMスタートです」

 

そう言って流れるのは某3分クッキングで有名なあの曲。

エプロンと三角巾を身につけた殺せんせーと律。

黒板にはしっかり『ころP 3分クッキング』なんて書いてるし……

 

「こんにちは、殺せんせーです。秋もふかまった季節に行う学園祭でこんなものはいかがでしょう。では材料の準備です」

「サポーターの律です。材料は皆さんが取って来たマテバシイです」

「ではまず取ったマテバシイを水につけます」

「水に浮いたものは虫食いなので取り除くんですね」

「ええ、そうです。選別した後は石などで殻を割り、渋皮を取り除きます」

「これが取り除いたものです」

 

そうして出てきたのは殻を割ったドングリ。

へえ、ドングリも殻を剥けばピーナッツの中身みたいなんだな。

 

「これをどうするんですか、殺せんせー?」

「荒めに砕いた後、1週間ほど流水でアク抜きします」

「ここですと布袋に入れて、川に入れとけばいいんですね」

「はい、それをさらに3日間天日干しにし、石臼で引きます。これで『ドングリ粉』の完成です」

「うわぁ、まるで小麦粉みたいになりましたね」

 

さらに殺せんせーがマッハでどこからか持ってきたのは小麦粉よりも黒っぽい粉。

 

(((最初からドングリ粉だけ用意しとけばいいよな(よね)?)))

 

途中の工程のドングリはある程度作業が省けたと思えばいいのだが、ますます殺せんせーが何を作るのか分からなくなってきた。

 

「いい線です律さん。この完成したドングリ粉を使って作る料理は『ラーメン』です」

「ラーメンだと?」

 

この中で誰よりもラーメンに詳しい村松がドングリ粉をひと舐めするも、その顔は明るいものではなかった。

 

「味も香りも面白れぇが粘りがないな。これじゃあ『つなぎ』として大量の卵やかん水が必要になるぞ」

「それは大丈夫です村松さん。代わりにコレを使います」

 

律がもってるのは、むかごがついているツルだった。

久しく食ってないが、よくばあちゃんがむかごご飯を作ってたから覚えている。

むかごは美味いが、アレには粘りはなかったと思うが……

律はむかごがついたツルの先を見ると、ツルの先にはなんとトロロ芋がついていた。

 

「ヌルフフフ。天然の自然薯です、トロロにすればつなぎとしては申し分なく自然の山ならどこでも生えてます」

「ちなみにだいたい1㎏で数千円ぐらいの値段になります」

 

それを聞いて全員の目の色が変わる、特に磯貝なんて目を¥に変えて

 

「俺、卒業したら自然薯堀になろっかなあ」

 

なんてうわ言のように言って、片岡が必死に呼び戻している。

自然薯でこれなんだ、もし松茸なんて出たらヤバいんじゃないか……

 

「さて、これで麺は作れます。後は残った資金でスープ作りですね」

「ならつけ麺だ。これだけ癖が強いんだ、なら濃いつけ汁のほうが相性がいい。それに利益率も高ぇ」

 

どんどんと俺達の模擬店の具体的なイメージが見えてくる。

 

「さらにここには魚や木の実、キノコなど山奥に隠れて誰もその威力に気づかない武器がたくさんあります」

「なるほどな。隠し武器で客に攻撃、確かに俺達らしい店だわ」

「その通りです寺坂君。皆さん、山の幸の数々(きみ達)の刃で殺すつもりで売りましょう」

 

その後はひたすら山で材料を集める者、メニューを考案する者、宣伝を考える者などに別れて学園祭当日まで準備を行った。

 

あとこの準備期間中、学園祭の事をどこからか聞いた白雪や理子が一方的に俺を集合時間を記したメールを送ってきて、平穏無事に学園祭が終わりそうにない事が決定したのだった。




『ころP 3分クッキング』は 殺意と愛情を食卓に
殺せんせーと律の提供でお送りしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76弾 開催の時間

キリが良かったので短いですが投稿します


学園祭当日の1日目。

準備の都合もあっていつもより集合時間を早く学校へと向おうと、俺と律は凛香達の合流する場所へと向かうのだった。

 

「速く行きましょうお兄ちゃん! 凛香さんたちがもう待ってますよ」

「分かったから袖を引っ張るなって律」

 

いくら言っても直らなかった律の呼び方にはいまだに違和感があったが、今更言っても直さないのは分かっているため何も言わずに学園祭で多少浮かれている律の後ろ姿を追う。

いつもの集合場所である交差点には、凛香と有希子がもういて談笑しているのが見えた。

向こうもこちらに気づいたようで

 

「「おはようキンジ(君)と律……ってなんで武偵高の制服?」」

 

やっぱりそこを聞いてくるよな……

俺は今、椚ヶ丘中の制服では武偵高の制服を着てきている。

一応、中学の制服も持ってきてはいるが、早朝に来たメールのせいで急きょこちらの制服を着る羽目になったのだ。

 

「あーっとこれはだな……「蘭豹先生が朝から来るからですよ」おい律、それは黙ってろって」

 

まだ死にたくない為烏間先生を売ったが、死神戦で俺が倒れた後良い雰囲気だったと聞いた身としては客に紛れてこっそりとどうにかしようとしてたのになんでわざわざばらすんだよ!

 

律の言葉を聞いた二人はと言うと

 

「あー……なんかごめん、キンジ」

 

何かを思い出し哀れむような目で見て、なぜか謝ってくる凛香。

 

「蘭豹先生……確か武偵高の先生だったよね? なんでここに?」

 

意外にも蘭豹を知っていた有希子は、なぜ椚ヶ丘中の文化祭にくるのか不思議がっていた。

つか、今有希子たちを見た先にあり得ないものを見たぞ。

 

「それはまああれだ……交差点の向こうを見て察してくれ」

 

俺は笑いをこらえる意味でも顔をそらしつつそっちを指さす。

 

「消去法的に烏間先生かな?それなら確かにマズいよね。特にビッチ先生とか」

「……あれ、本当に蘭豹先生なの?」

 

凛香、その気持ちは俺も一緒だが口に出すな。向こうが気づいてなから良かったものの聞かれたら問答無用でジャーマンぐらいは仕掛けてくるぞ。

交差点にいたのは、ガチガチに緊張し、必死に『これでイチコロ♡男性を落とす100のテクニック♪』という本を読む蘭豹がいた。

服装はいつものタンクトップにカットジーンズではなく、タートルネックのセーターにロングスカート、そして時期としては少し早いがストールも羽織っている。

しかも普段はしない化粧を薄くしており、髪型も適当にまとめたポニーテールではなく三つ編みで一括りに纏めている。

賢さアピールなのか伊達メガネかけ黙っていたら美人な為、率直なイメージは文系の美女だろうか。

誰の入れ知恵なのか普段の様子とは真逆の恰好なのだ。

 

しかも藍豹は指定しきた時間の3時間も前からここにいるのだ。

俺が朝から武偵高の制服を着ているのも、早く来たから迎えに来いという蘭豹直々の命令のせいである。

 

「お、遠山こっちや。って、なんや速水と神崎、それに遠山妹も一緒なんか」

 

こっちに気づいた蘭豹が手を振ってるが……ん、待て、普通に今スルーしたが遠山妹だと⁉

 

「律?」

 

思わず該当する人物を見ると、律はテヘッと舌をチロッと見せ、バレちゃいましたかとあざとい仕草をしてくる。

不覚にも可愛いと思ったがヤバイ、俺が入院中の間にガチで律が外堀から埋めにきているぞ。

そのうちいろいろ偽造しだして気づいたら「法的にも兄弟ですよ、お兄ちゃん!」なんて言い出しかねん。

現状を確認して、手を打たないとヤバイぞ。

 

「律、これどこまで広めたんだ」

「お兄ちゃん顔が怖いですよ。それと質問ですが、お兄ちゃんの知り合いは全員伝えましたよ。後はおじいちゃんたちが認めてくれたら完璧です。ブイッ!」

「ハハッ……マジかよ」

 

いや、ブイッじゃねーよ!

なあ律さんや、行動力ありすぎじゃないですか?

 

「なあ速水、なんで急に遠山はこの世の終わりみたいな顔してるんや?」

「……そっとしといてあげてください」

「そうか、まあええわ。それと遠山、別に椚ヶ丘の制服で良かったんやぞ。お前の任務内容は今日来る教師全員が知ってるし」

 

は?

どうやら律の件がショックで聞き間違えたらしい。

確かコレ国家機密で秘匿任務だったよな?

例え教師だとしても、バレたらマズイってことで俺は必死に報告書を作成してたんだが。

 

「聞き間違いだと信じたいんだが、確か任務の守秘義務云々はアンタから教わったはずだよな?」

「お前の暗殺任務は色々あるんや。まあ今日の学園祭でその事が分かるからさっさとE組まで案内せい」

 

そう言ってニヤッと豹のような目で笑いながら、俺の背にM500を突き付けてくる蘭豹。

有希子や凛香が急に出てきた銃に焦るなか

 

(ああ、やっぱり見た目は変わっても蘭豹は蘭豹なんだな)

 

と律の件や任務内容の漏洩などによる精神的疲弊を感じつつ、何故かいつもの日常のように感じ安心感が沸き上がったのだった。

 

 

 

E組の校舎に着くと皆はもうついており、案の定蘭豹を見て全員が集まりだす。

 

「おいおいおい、キンジ。誰だよこの美人のお姉さんは」

「そうだぞ、キンジ。学園祭が始まる前からナンパか?俺たちにも紹介しろよな」

「あとで教えるから今は黙ってろ!」

 

俺に纏わりつく岡島や前原を振り払いつつ、烏間先生を探していると……見つけた。校舎近くでビッチ先生と話しているな。

 

「烏間先生少しいいですか?」

「ん?遠山君か、そちらの方は?」

「お初にお目にかかります。東京武偵高校 強襲科教諭の蘭豹 18歳です」

 

いや誰だよ⁉思わず鳥肌が立ったぞ。

いつもの関西弁で凶暴な蘭豹はどこ行ったんだ⁉

もはや猫かぶりを通り越して、全くの別人になってんぞ‼

 

「君があの蘭豹君か、なぜここに?」

「はい。先生のご教育に興味があったのと、お知りかと思いますが()()()についての武偵高で集めた情報の共有をと思いまして」

「それはありがたい。今は生徒が準備をしている、教員室で詳しく聞こう。イリーナ、生徒は任せるぞ」

「ちょっとカラスマ⁉ 「……フッ さあ行きましょう烏間先生」ッ‼トオヤマ、何あの女は‼」

 

蘭豹が勝ち誇った顔をして中に入ると、ビッチ先生が俺の胸倉をつかんでブンブンと振り回してきた。

 

「さっき本人が説明してただろ、武偵高の教師だよ」

「そう言う意味じゃないわよ!アイツの目、獲物を見る目で見てたわよ!アンタたちで私とカラスマをくっつけようとしてたのに、なんで紹介してんのよぉ」

「ビッチ先生落ち着け……俺もすまんとは思ってるがあの時は命がかかってたんだよ」

 

あの時は秒読みで体罰送りで廃人コースが見えてたんだよ。

 

「うー、また烏間先生を狙う人が増えたー」

「いやーとうとうビッチ先生にもライバルができたのかー」

 

いや倉橋に中村、そんな吞気に言ってないでビッチ先生を止めてくれよ。

チラッと皆の方を向けば有希子と目が合う。

有希子なら俺が仕方なく行動したって分かるよな?

 

「今回はキンジ君が悪いからしばらくビッチ先生をお願いね」

「ちょっゆき「トオヤマ~‼」だー!だから落ち着けって言ってんだろ‼」

 

 

 

 

 

「おい聞いたか岡島、年上の文系お姉さんだぞ。後で声かけてみよ―ぜって岡島?」

「……前原、悪い事は言わねぇ。やめとけ、あの人だけはマジでやめとけ。聞いてビビんなよ、あの先生はだな『ドゴッ‼』うっ……なんで速水が殴るんだ……よ」

「気になる人の前で良い印象を与えたいって気持ちが分かるからよ、良いから黙っときなさい岡島」

「岡島ーー⁉」

 

かたやビッチ先生が狂乱し、ある生徒は踏まなくていい地雷を回収するなど、グダグダとしているうちに第11回椚ヶ丘中学校学園祭が幕を開けるのだった。

 




(デレマスの鷺沢文香を見つつ)文系美女いいよね





次回、女豹VS雌豹 開戦!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77弾 価値の時間

おかしい。
まだ3月なのに、もう入社予定の会社で働いてるぞ?
私の最後の春休みはどこにいったんだ……








「ドングリ麺3つ」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

 

学園祭が開催した。

 

(またか……これで20人だぞ)

 

俺自身も含め、ほとんどの生徒全員がぎこちない営業スマイルを浮かべ接客などを行っている。

それは磯貝や倉橋など接客が上手そうな者も含め手だ。

客の人数は予想してたより多く、現時点で席の7割を埋めている。

そこに関しては喜ぶべきなのだが、俺達がぎこちなくなっている原因は客本人だ。

ほとんどがスーツなど、学園祭に来るような服装に見えず懐には銃を装備したときに見られる特有のふくらみや重心の取り方をしている。

大人以外にも未成年っぽいのもいる。年下にみえる学生服にテンガロンハットみたい帽子をかぶっているヤツ、それに髪型をツインテールにした中華服を着ているヤツ、年上っぽいシスター服を着ているヤツもいるのだが、どう見ても学園祭が目的で来てるようには見えなかった。

 

「ブロッコリーはないの?」

「ドングリ麺まだアルか!はやくスルネ!」

「お酒があればよかったんですけどねー」

 

いや、ただの迷惑な客なだけかもしれない。

つか最後のシスター! 中学の模擬店で酒類が出るわけねーだろ!

まあ、未成年は置いといてだ。大人達に関してはどうみてもここにいるべき存在ではない。

所作から実力の程が全く悟れず、それでも全員でかかっても制圧されそうな雰囲気を醸し出している。

入学した直後にみた武偵高の3年を見てその実力の隠し方に戦慄したのを覚えているが、これを見た今アレでもまだまだ未熟なのを自覚させられる。

 

「あら、遠山君はお店側だったのね」

 

そんな客への対応を冷汗をかきつつ、次々としていると後ろから見知った声がかけてきた。

後ろの席にいたのは、高天原先生や綴、それに南郷や救護科の矢常呂先生。初めてみたが、CVRの結城ルリ先生もいてって……ほぼ全ての科から1人以上いるじゃねーかよ!!

しかもその中でも個々の能力が高い教師ばかり集められている。

こんなのここで戦争をおっぱじめるぞって言われても今なら信じられるぞ。

 

「高天原先生、いったいここで何が起きるんですか?」

「あら、蘭豹先生に聞かなかったんですか?」

「聞けませんでした。なんせ蘭豹先生は、ここに着いてからアレですから」

 

そう言って俺は、校舎付近の席を指さす。

そこには客はほとんど集まっておらず、いるのは……

 

「烏間先生、この訓練の事なんですが」

「ねえカラスマ、そんな事よりガキ共がこんな作戦考えてたわよ」

「すまない情報本部長が来たから少し席を外す、2人の話は後で詳しく聞こう」

 

烏間先生がいる間はおそらく10人中9人は振り返るほどの美人教師を演じている。

だがひとたび烏間先生がいなくなると……

 

「……こんのビッチ、ウチと烏間の邪魔すんなや。いてまうぞ」

「あら、怖い怖い。化けの皮が剥がれてるわよ、ランヒョウ先生。いや違うわね、日本ではあなたみたいな人『猫を被ってる』って言うみたいだし、ランビョウちゃんのほうが正しかったわね」

「ああん?ハニトラでしか殺せない二流が嘗めてんのか?」

「アンタこそ、女の武器すら使えない癖にハニトラをバカにすんじゃないわよ、武偵崩れ!」

「「グルルルル」」

 

正直、蘭豹が手を出していないのが奇跡な状態なのだ。

ほんと、よくあの蘭豹相手にあんな挑発できるよなビッチ先生。

一度あそこに何が起こるのか聞きに行ったが、やれどっちの味方だの、良い事してやるからこっちに協力しろだのと言う板挟み状態になる始末。

何も聞きだせないどころか、銃やらハニトラで接客よりヤバイ状況だったのだ。

 

「あらあら蘭豹先生も青春してますねぇ」

「見繕ったかいがあったわ。それに目的の子もいたわね、私は行くわね」

「ワカイワネー」

 

吞気に応援する高天原先生にウンウンと頷き席を外した結城先生。

チャン・ウーは渚がいるから来てると思っていたが、相変わらず声しか聞こえない。

いったいどこに潜んでんだよ。

そしてさっきから蘭豹と一番仲のいい綴が何故か静かだったため、何をしてるのかとそっちを見てみると

 

「アンタ、なかなか面白いね。名前は?」

「赤羽カルマ。ここまで俺と気が合う人なかなかいないよ」

「くはっ、気に入った。気分が良いしアンタが気に入りそうな尋問術教えてやんよ」

 

綴ぃ⁉

カルマにそれは最悪の組み合わせだぞ⁉

何てもん教えてんだよ!

 

「ドングリ麺お待ちしました~。キンジ君?疲れた顔してるけど大丈夫?」

「有希子か……この周りを見てみろよ、疲れないほうがおかしいだろ……」

「あー、うん。それはノーコメントで」

 

フッと視線を横に逸らす有希子。

それ、どう見てもそうですって言ってるのと同じだからな。

 

「あ、神崎さん。ちょうどよかったわ、あなたに渡しておくものがあるの」

 

そう言って高天原先生が一枚の紙を取りだし、有希子に渡す。

その紙にはでかでかとこう書かれていた。

 

『推薦書』と

 

「私達からスカウトすることはあっても貴方みたいに自分を売り込んでくる人は初めてだったわ。あなたの希望通り、探偵科と救護科の兼科の推薦書です。これでこの高校からは渚君、速水さんに続いて3人目ね」

「え?」

 

推薦書?

しかも探偵科と救護科両方?

俺はギギギと壊れたロボのように推薦書と有希子を交互に見る。

有希子はこちらを見て、ニコリとほほ笑むと

 

「来年もよろしくね。キンジ先輩♪」

 

律もそうだったが有希子後輩さんも行動力ありすぎじゃないですか?

聞けば俺が入院中に武偵高へ行ってきたらしい。

てか凛香もいつのまに推薦なんてもらってたんだよ。

せめて俺にも教えてくれよ。

 

「それで高天原先生、私もこれから何があるのか気になるんですが」

「そうですね~。遠山君は武偵で神崎さんは来年から探偵科になるんですし、せっかくですしヒントをあげるので貴方達で推理してみてください。まずはヒント1です。今ここには殺し屋と、裏表問わず大きな組織に所属している人がほとんどです」

 

殺し屋はきっと殺せんせーを殺せなかった奴だろう。見れば殺せんせーが変装した校舎の屋根に取り付けたシャチホコを睨んでいるのがチラホラと見える。

おそらく殺せんせーが招待したはず、あの先生ならやりかねん。

たぶんそれ以外の口元を隠し読唇されないように話している奴らが大きな組織の人間だと思うが、ここに来る理由が分からない。

それにそれなら未成年がいるのもおかしいだろ。

 

「なあ高天原先生、どうみても俺たちより年下、見た目が小学生の人物もいますがアイツも組織の人間なんて言わないですよね?」

 

俺が指差すのは銀髪ツインテールの無表情の少女。

どことなくレキを彷彿させるその少女を見て、高天原先生は

 

「ええ、そうですよ遠山君。あの子は京菱キリコさん。小学生ながら京菱イノベーティブの社長ですよ」

 

京菱イノベーティブっていえば、死神の策略で平賀さんと協力して社長が直々に律の体を作った会社だよな?

ってことは、あの子が平賀さんと協力して律の体を作ったってことなのか?

 

「あ、社長!来てくれたんですね」

「この会合は銃を烏間に売る契約を取ってるためキリコには不要。でもキリコは感情を手に入れた律を観察する必要がある。だから律に会いに来た」

「そうなんですか、とっても嬉しいです‼」

 

マジで社長だったよ……

それにしても今の律との会話で『会合』って言葉が出てきたな……

 

「ああ、そういうことなんですね」

「有希子もうわかったのかよ⁉」

「うん、キンジ君。そして最後のピースは『来年におけるE組の生徒の()()』だよ」

 

来年のE組の価値?

誰か個人を指すわけじゃなくクラス全体か……

そもそも来年なんて殺せんせーを暗殺できたらの話だろ?

待てよ。仮定の話……ああ、そういうことか。

来年があるということはそれは暗殺が成功したことになる。

それを成功させる確率が高いのは、現段階では一番接している俺たちだ。

仮に俺達が暗殺したなら、『殺せんせーを殺せるだけの実力を持つ学生』がなんの所属もせずに高校に進学することになる。

そんな少し鍛えればすぐに現場に出せるようなヤツがいることを知っていてほっとくわけないよな。

 

「目的はスカウトってわけか」

「はい、正解です遠山君、神崎さん。敵になるにしろ味方に引き入れるにしろ、国が手を焼く存在を殺す訓練を受けた生徒は無視できないものなんです。この国家機密を知っている組織でその価値に気づいた人達はあなた達を勧誘しようとなったのですが、お互いに牽制して膠着状態にありました。そこである人の提案で学園祭1日目だけ生徒に手を出さないという制約の元でこうやって集まったのです。あ、ちなみに武偵高はこの件に関わってませんよ。ただこの会合を知って、便乗しただけです」

 

なんてとんでもないことをのほほんと言う高天原先生。

てか、こんなの開いて変な組織に目を付けられないか心配なんだが……

誰だよ、こんな会合開いたヤツ‼

はた迷惑なヤツがいるもんだな」

 

「悪かったね。はた迷惑なヤツで」

「え?」

 

聞き覚えのある声に思わず、本日何回目かの呆けた声が俺の口から出ると――ガシッ‼と頭を鷲掴みにされ持ち上げられる。

 

「膠着状態が続いてアンタたちを強硬的に勧誘とか誘拐する奴を出さないために、わざわざ実家やアンタんとこ家に頼ってまで開いたコレが迷惑だっていうのかい、キンジ?」

「る、瑠美さん。取りあえず下ろして貰えたら……いたッ‼、ちょマジでヤバイ‼物理的に頭が割れる!」

 

マジで頭からメキメキ鳴ってるんですけどぉ‼

ジタバタと空中でもがいていると、ため息とともに瑠美さんが手を離し俺は地面に尻から落ちた。

瑠美さん、なんてバカ力なんだよ。マジで頭がトマトみたいに潰れるかと思ったぞ……

 

「キンジ、お前はいったい何をやってるんだ?」

 

痛む頭を押さえていると、3年ぶりに聞いた懐かしい声に思わずガバッと顔を上げる。

そこには黒い防弾コートに身を包んだ俺の兄さん、遠山金一がいたのだ。

 

「兄さん、なんでここに⁉」

「瑠美さんの言葉を聞かなかったのか? 頼まれたんだよ。この場の抑止力としてな」

 

そう言って兄さんは顎で俺の後ろを指すと、そこにはいつの間に座っていたのかじいちゃんやばあちゃんが席に座っており律や京菱イノベーティブの社長と話していた。

さらにそれ以外の今まで読唇されないようにしていた大きな組織の奴らも、じいちゃんたちの登場に驚いた顔をして各自の母国語だろうか、英語などで

 

「『怪異殺し(ネイバー・キラー)』だけじゃなく『殺し難し(ダイ・ハード)』や『鬼の子(オーガ)』まで来ただと……」

 

と読み取る事が出来た。

たぶん『怪異殺し』は前に凛香が言ってたことが確かなら瑠美さんだろう。

じゃあ『鬼の子』は兄さんってことか、父さんの息子だからか?

それにしても、3人が来ただけでこのざわめき。

ホントすごいな、この人たちは。

 

「キンジ、瑠美さんからお前の任務は聞いているぞ。あの死神とも一戦したんだってな、すごいじゃないか」

「ちょ、兄さん!急に何すんだよ、恥ずかしいだろ!」

 

唐突に頭をガシガシと撫でてくる兄さんの手を払いのけようとやっかみになっていると、俺達達を見つけたのか調理を担当していた凛香も校舎から出てきた。

 

「あれ、いちにぃ? 来るの2日目じゃなかったの?」

「ああ凛香か、久しぶりだな。ちょっと野暮用で1日目になったんだ」

「そうだったんだ。いちにぃ、今年もまたすぐ海外にとんぼ返りなの?」

「いや、クリスマス近くにこっちで仕事があるからしばらく日本だな」

 

昔から凛香は幼いころから俺と一緒に面倒を見てもらっていた兄さんを『いちにぃ』と呼んでいたのだ。

しばらく凛香と兄さんが一緒の時を見たことがなかったが、まだその呼び方をしてたんだな。

今年は兄さん日本にいるのか、それなら俺も今年の年末は巣鴨のほうに帰ろうかな。

兄さんの言葉に年末のことを考えながら、凛香の言葉の中で気になった部分を聞く。

 

「凛香、今年もってことは去年とかに兄さんと会ったのか?」

「何言ってんの、去年も一昨年もいちにぃとおじいちゃん、おばあちゃんはここの文化祭に来てくれたわよ。誰かさんと違ってね」

 

誰かさんと凛香は強調して言ってくるが、文化祭が何日なのかも教えてもらってないのにどう察しろと言うんだよ。

 

「アンタ、キンジにメールで日にち教えようとして、どう送ればいいか迷って結局去年も一昨年も送らなかったんじゃないかい?」

「か、母さん!急に何言ってんの‼」

 

顔を真っ赤にして瑠美さんに怒る凛香。

俺以外に教えてんだったら、そのまま同じ文章送ればいいだけじゃねーのか?

良く分からん行動をしてたんだな。

 

「キンジ、母さんのは特に意味なんてないから!勘違いしないでよ!」

「何を勘違いするんだよ、ったくじいちゃんとかも来てるから会いに行くぞ」

「えっと……凛香ちゃんのお母さんは知ってるけど、そちらの方は誰なのかなキンジ君?」

 

あ、つい凛香と話して有希子に紹介するのを忘れていたな。

 

「すまん、有希子。俺の兄さんだよ、武偵庁に所属していて海外の医師免許を持ってるんだ。兄さん、俺の任務先の生徒の神崎有希子。来年武偵高に進学が決まっていて、救護科と探偵科の兼科予定なんだ」

「ご紹介にあずかりました。キンジ君と一緒に任務を受けている神崎有希子です」

「キンジの兄の遠山金一だ。もしかして君は神崎弁護士のご子女かな?」

「父を知ってるんですか?」

「ああ、部下の連城氏と共にやり手の弁護士だって聞いてるよ」

「そうなんですか? よろしければ私この後休憩なんで、医術についてのお話し聞かせてもらえませんか?」

「ああ、俺で良ければ」

「いちにぃ、来たんだからちゃんと注文もしてよ」

「わかってる、ちゃんと頼むさ凛香」

 

そう言って、有希子や凛香に囲まれていた兄さんは休憩に入った有希子と校舎付近の座席へと歩いて行った。

ただその姿を見ていた俺は、なぜか面白くなかった。

なんでこんなモヤモヤっとした気持ちが胸にうずくんだ?

久々に会った兄さんに話したかったのに凛香達に先を越されたせいか?

それとも兄さんと話していた凛香達の笑みを見たからか?

 

「…………」

「どうしたのキンジ?面白くなさそうな顔して」

「なんでもねえよ。じいちゃんに挨拶に行くぞ凛香」

「ちょっと待ちなさいよ。ねえキンジ、待ちなさいったら!」

 

胸中にあった気持ちはわからず、それらをいったん隅においやって速足で俺はじいちゃんたちの元へと向かった。

 

「おお、キンジ久しいな。凛香ちゃんは相変わらずジャスミンのいい匂いをさせておるのぉ」

 

そう言ってドングリ麺をすする着流しに半纏といった純和そうな服装で来ているじいちゃん。

ばあちゃんはと言うと

 

――ゴスッッッ‼‼

 

「ほら律ちゃん、キリコちゃん。タマゴタケがきましたよ」

「ありがとうございます、おばあちゃん!」

 

とじいちゃんに秋水を決めつつ、律たちと食事をしていた。

もう何もいうまい。

じいちゃんは森に向かって地面と平行に吹っ飛んでいったが恐らく平気だろう。

律に限っては朝から結末は見えていた。

 

「おや、キンジ、凛香ちゃん久しぶりだねぇ。さあさあここにお座り」

「ああ」

「お久しぶりです、おばあちゃん」

 

勧められるままに俺と凛香が席に座り、凛香がばあちゃんと話しているとじいちゃんも戻って来た。

 

「いやー、まだ孫娘はしばらくできないと思ったが、これは予想してなかったわい」

「父さんも母さんも死んでるのに何言ってんだよじいちゃん。それに律だけど」

「カラクリじゃろ。それぐらいは一目で分かるわい。それも含めて何も言わんでええ、無垢な可愛い子が甘えてきて昔のキンジや凛香ちゃんを思い出すわい」

 

そんな訳ありだと見抜きつつもカラカラと笑うじいちゃん。

ばあちゃんにかいがいしく世話してもらっている律を見て、俺も昔はあんなのだったのだろうか。

幼かった時の記憶を思い返す。

母さんがいなくなって泣き続けた俺をあやすために兄さんが女装し、凛香と出会い、父さんも亡くなって、小学生最後の夏休みには

 

『ん?君、あそこを見てごらん』

『すげえ2色の綺麗な石だ!かくれんぼで良い場所教えてくれたうえに、こんなのまで見つけるなんてスゴイな爺さん‼』

『ああ、なんせ私は教授だからね。それと私がここにいたことは内緒にしてくれるかい?』

『分かった!爺さん、良いヤツだし約束を守るよ』

『ああ、ありがとう。……これで計算通りに孫が引っ掻き回してくれる』

 

あの時、かくれんぼの途中で出くわした爺さんが教えてくれた洞穴で凛香にあげた石を見つけたんだよな。

あの爺さんは何者だったんだろうな。

 

「アンタら、今日はアタシの呼びかけに集まってくれて感謝するよ」

 

過去の回想にふけっていると、突然瑠美さんの声が旧校舎中に響き反射的に声の方を向く。

そこには瑠美さんとその後ろに烏間先生、それにあと数人この中でも特に別格だとわかるやつらがいた。

 

「今日この日までこの子らを手に入れようと躍起になってたのは把握済みさね。だから今日この日だけ、この場で大岡の名のもとにスカウトすることを許可するよ」

 

そこまで言ったところで、今まで席に座っていた大人たちが立ち上がる。

だがそれも瑠美さんの「ただし」という声で動きが止まった。

 

「選択権は子供らにあるんだ。断られたら素直に引くんだよ。……ここには監視に雇ったヤツやアンタらが相手したくないのも呼んだ、無理やりスカウトや引き抜きをしようものなら分かってるね?」

 

親指で首を掻っ切るようなしぐさをした後、瑠美さんがじいちゃんたちの所まで戻っていった。

それを皮切りに大人たちは

 

「蘭幇に興味はないアルか?」

「イタリアのものですけど、少しお話し良いですか?」

「ぜひ、うちの所に来てくれ!」

 

もはや学園祭どころではなかった。

全員、ひっきりなしにいろんな人に声をかけられていく。

これでもまだ一日目が始まったばかりだ。

どうやら今日はひたすら断わらないといけないんだろうな。

 

~凛香side~

 

「やあ、少しいいかい?」

 

何人ものスカウトを断っていると、ひときわハッキリと聞こえる声で呼び止められた。

その人物は、ひょろ長い、痩せた身体が特徴的な人物。

顔は鹿撃ち帽で良く分からなかったけど、アンティーク調のパイプに左手にステッキを持っていた。

まるでシャーロックホームズみたな恰好してるわね。

こんな場が開かれたから私達が気になるように着てきたのかしら。

それにしては妙に彼の周りに人がいないわね。

 

「どうしたの、シャーロックホームズさん?」

「ほう……なかなかの推理力だね。氷による屈折も看破できているようだし君が立烏帽子だね」

 

推理って……

見た目のまま言っただけなのに、この人は何を言ってるんだろう?

 

「それはどうも。先に行っとくけど、もし勧誘なら武偵高に行くからお断りよ」

「いやもう断られているから勧誘じゃないよ。今回は君が面白いものを持ってるから、つい声をかけてしまったんだよ。どうしたんだい、その緋色の欠片(スカーレットカラット)と璃璃は?」

「緋色の欠片と璃璃? ああ、この2色の石ですか。昔貰ったんです」

「そうなのかい。これを『全なる一』と間違えたのか。よっぽど焦ってたようだけど、それほど君たちが気に入ったってことなのかな?」

 

ここにいるからには殺せんせーのことを知っているはずだけど、他と違ってずいぶん親しそうに話すわね。

 

「あなたは、殺せんせーと知り合いなの?」

「僕は有名だからね。もしかしたら彼も知ってるかもしれないけど、今は僕が一方的に知ってるだけさ。おや、そろそろ彼も気づきそうだ。また会おう、お代はここに置いとくよ」

「ありがとうございました~……変な人」

 

殺せんせーとの関係は良く分からなかったけど、いったいどこの組織の人だったのだろうか?

 

「君が立烏帽子だね。私は居凰高の教師なんだが、少しいいかい?」

 

立ち去った人の事を考える間も無く、またもや勧誘の声をかけられる。

それらに対応する中、彼の『また会おう』という言葉がまるで確信を持って近々会うことになる。

そんなふうに言ったように聞こえ、しばらく私の頭からその言葉が離れることはなかった。




教授に鹿撃ち帽の人物……いったい誰なんだ⁉(棒)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78弾 縁の時間

4/16 不破さんの銃のベース、星伽巫女の部分を修正しました。


波乱の学園祭1日目が終わった翌日、珍しく俺は1人で登校していた。

その理由は、いつものメンバーは料理の仕込みをするべく早々と学校へと向かったからだった。

ここに来てから一人で登校なんてなかった為、武偵高にいた頃以来の1人。

白雪は粉雪たち妹たちと共に昼頃に来るとメールが昨日きており、理子に関しても恐らく午後から来るはず。

後は知り合いだと、間宮が来るんだったな。

少なくとも昨日みたいな状況にはならない為、ここに生徒としていることが白雪や理子にバレなければいいだけだ。

 

~~♪

 

ん、メールか?

しかもこの音、強襲科からのメールじゃねーか!

僅か1ヶ月で身に着いた条件反射ですぐさまメールを開いて、俺は唖然とした。

 

件名 強襲科特別訓練について

本文 下記場所にて強襲科の訓練を行う。

   強襲科の生徒は1000までに拳銃、刀剣は携帯せず、

サイフを持って集合すること。

   

   訓練場所 東京都椚ヶ丘市○○―△△

 

どう見ても訓練場所が旧校舎のある裏山である。

しかも帯銃などせずサイフを持ってこいって……

どう考えても蘭豹以外考えられない。

また烏間先生目当てでここに来るつもりなのか。

いや、もうそんな事はどうでもいい。

それよりも俺がヤバイのだ。

もう白雪や理子どころではない。

同じ科の奴らが沢山来るなんて、誤魔化しきれるか分からんぞ!

どうする、料理と言える料理は作れないが最悪裏方に回るか、もう客の1人として紛ればここに殺し屋として潜入している事がバレる可能性はグッと減るんだが、それでもまずは皆にも聞かないと。

俺は、普段雑談などにも使うグループに端的に武偵高のメール内容と俺が見つかったら最悪機密が漏洩すると書き込み、皆にどうするべきか聞いてみる。

するとすぐにカルマが返信がきた。

 

『バレないから大丈夫。てか、キンジ君は急いで学校に来てほしいかな』

 

……なんだろう。頭のいいアイツのことだからいい案があるんだと思うがカルマの言葉には裏がありそうで全然安心できねー。

不安はあるがそれでもここにいても仕方ない為、俺はカルマに言われた通り駆け足で学校へと向かった。

念の為、フリーランニングで裏山の木々を伝って登ってると傍ら見えたのは旧校舎へと続く道にできた長蛇の列だった。

 

おいおい、武偵高の生徒。強襲科は分かるがなんで武藤とか他の学科の生徒や一般人まで並んでるんだよ。

余りの列にTV中継まで入っているし、並んでいるほとんどのヤツは暇つぶしなのかスマホをずっと見ているな。

その列を横目にどんどん上へと登っていくとそこにはほとんどのメンバーが揃っていた。

そして昨日の様に烏間先生の両脇を固める女教師二人(蘭豹とビッチ先生)。

やっぱりアンタが原因だったか……

 

「おい、カルマ。さっきの案ってなんなんだよ……誰だ、そいつ?」

 

校舎の前にいたカルマを見つけそちらへ向かうと、そこには理子が好きそうなフリフリの服をきた女子が地面にへたり込んでカルマに写メを取られていた。

 

「ん? 渚君だよ」

 

カルマの言葉とほぼ同時にこちらへと振り向いたのは涙目で顔を真っ赤にさせている渚。

その横には兄さんが着るような物よりファーが多い、コートと黒髪のウィッグを持つ中村。

……おい、この後の展開が読めるぞ。

 

「なあ、だいたい予想はつくがその服はなんだ中村?」

「それはもちろん遠山に着せるために決まってるじゃん」

「じゃあ、俺はこれで「これで正体隠せるでしょ?キンジ君」おい!カルマ、離せ!」

 

女装なんて絶対したくねーぞ。

なんだよ、そのメーテルみたいな服。つか、中村じりじりと近づくな!

 

「大丈夫大丈夫、化粧もしっかりとするからバレないっしょ。それにカルマが遠山の女装姿を載せたらこんなに行列できたんだよねー。昨日の売り上げだけだったらA組と差がついてるし、遠山も一肌脱いでよ」

 

気づけば中村以外にも律や倉橋、渚などが腕や足を抑えてくる。

てか渚は被害者なのに、なんで手伝ってんだよ!

 

「……死なばもろともだよ」

「やめろ……やめろぉぉぉぉ‼」

 

女子に絡まれ、その匂いにヒスりそうになるなか朝早い裏山に悲痛な叫び声が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ジーーーーー

 

「はい、ドングリ麵ですね。ありがとうございます」

「2名でお待ちの森様ご席へご案内します!」

 

完結に言おう。

どうしてこうなった。

 

あの後無慈悲にも女装させられ、偽名として適当に不破に『クロメーテル』と名付けられた俺。

鏡を見た時は驚いたね。

こんな美人が目の前に現れたからな。

思わず銃口を眉間に当てそうになったよ。

 

そして現在多数の男性客の視線を浴び、さりげなくスマホを向けられ写真を撮られている。

どうやらこの客たち、カルマがSNSに載せた夏休みにヒスった俺が女装した姿を見てここに来たらしい。

最初はビーチで見た謎の美人が来るとなったのだが、どんどん拡散されていく上で噂に尾ひれがつき、最終的に『黒髪美人モデルが来る』となったせいで一般客も増え、朝の長蛇の列ができたのだ。

クロメーテルさん大人気だね。

おっと、衝動的に舌を嚙み千切りそうだった。

まあ、その代わりと言ってはデメリットの方が大きかったが懸念で会った俺がここにいることがバレる心配はなかった。

なんせ知り合いである、武藤や不知火も来たが気づいている様子はなく、武藤なんてこれでもかというぐらいに写真を撮ってくる。

武藤、学園祭が終わったら律に頼んで全部のデータ消させるからな‼

 

「くはっ!マジでこれがあの男かよ。産まれてくる性別間違えたんじゃねーのか」

「ドングリ麵ふたつ頼むぬ」

 

なっ!こいつら、普久間島で会った殺し屋のガストロとグリップじゃねーか。

 

「おい、なんでお前らが来てんだよ。殺し屋は昨日だけだろ!」

 

2人に近付き、周りには聞こえない声量でそう聞く。

気のせいか、視線が目の前の男二人に移動した気がする。それも殺気を込めて

 

「おーおー、殺し屋に殺気を向けるなんて良い度胸じゃねーか。それとお前の質問だが昨日みたいな連中の中で食っても、飯の味が分からねえよ」

「うむ、それに貴様らに伝えておきたい事もあるぬ」

 

伝えたい事?

そういえば、あともう一人の毒使い。確かスモッグだったか?

そいつがいないな。

 

「スモッグが最近話題になっている武偵殺しにやられたぬ」

「はあ⁉あれ、武偵を狙って起こしてるだろ?」

「いや、スモッグを含めてもう殺し屋は二桁の人数がやられてんだ。武偵殺しだと判断したのは表の人間を殺った手口と使っている爆薬が同じでスモッグがやられる直前にヤツだと報せてくれた。仕事先へ向かう乗り物がジャックされて爆発。国外でおきたのと日本で起きているのに対して、民間人も巻き込まれてんだよ」

「これが終わった後、俺たちもしばらく隠れるぬ。烏間も把握してるだろうぬが、一応同業者のおぬしらにもと思ってなぬ」

 

表だけじゃなく裏も被害を受けてるのかよ。

念の為、後で律に国外の事件を集めてもらっておくか。

 

「まっ良いもん見れたし、何かあれば1回ぐらいは手伝ってやるわ。頑張れよ、さてさてつけ麺はどの銃が上手いかねぇ」

「検討を祈るぬ」

「殺し屋に手を借りるほど落ちぶれてねえよ」

 

そう言って、席へと移動する2人。

そういえば、なんであいつらが女装している事知ってたんだよ。

今更になって、女装している事がバレていることを思い出した俺が死にたくなっていると見知った声が行列の方から聞こえてきた。

 

「3名でお待ちの星伽様ご席にご案内します!」

「キンちゃんにはやく会いたいなあ」

「白雪お姉さま!柿とビワのゼリーもあるらしいですよ」

「遠山様がいやがるといいでございますね」

 

ああ、とうとう来た。

もうすでに殺し屋にはバレたが武藤たちにバレてない今、特に俺の女装がバレると今後の生活に支障をきたす可能性がある関門は3つ。

白雪、理子、間宮の三人だ。

最初は粉雪と華雪を連れてきた白雪がやってきた。

 

――ドクン、ドクン

 

心臓の音が嫌に大きく聞こえる。

心の中でバレるな、バレるなと願いながら白雪たちの横を俺通ろうとして……

 

「キンちゃんの匂い!」

 

すれ違った直後、グルンとこちらへと白雪の顔だけが向いた。

ハイライトが消えた目に、勢い良く振り返ったせいで髪が乱れてヤバイ顔になってる。

怖すぎる。バレたとかそんなのじゃない、この目は殺気だけが宿っている。

これはアレだ。

俺の誕生日や入院中に凛香や有希子に向けた目と同じものだ。

 

「この女から匂ってくる……コノオンナカラ。キンチャンサマニテヲダシタカ……」

 

今すぐここから逃げ出したい。もはや眼光で人を2,3人は殺せるんじゃないかってぐらいには殺気がこもっている。

でも逃げたら、余計にひどい結果になりそうな気もする。

まさか白雪の暴走モードが俺自身に向けられる日が来るなんて……

こんな時、頼みの綱である白雪の妹の華雪と粉雪はと言うと

 

「白雪お姉様。そんな顔を素敵です」

「またでやがりますか……遠山様も大変でやがりますね」

 

1人はキャーキャー喜び、1人は諦めの境地へと至っていた。

華雪、俺を憐れむなら今その大変な状況の俺を助けてくれよ!!

妹がダメなら、他の皆に……

そう思い、視界に映った渚にアイコンタクトを送る。

 

「おーい、渚ちゃーん。遊びにきたぜー」

「ゆ、ユウジ君⁉」

「な、渚、その恰好……」

「うぇ‼母さんまで⁉」

 

ダメだ、渚は渚で別の問題に巻き込まれてやがる。

判断を誤った、頼れそうな人物が見当たらず俺へと殺気を向ける白雪がゆらりと近付いてくる。

 

「キンジなら中でドングリ麺を茹でてるわよ。白雪さん、ご注文は?」

「ドングリ麺で! やった、キンちゃんが愛情こめて作ってくれてるんだよね?。もうこれは夫婦間のやり取りといっても過言ではないはず……ぐへへ」

 

ナイスだ、凛香。

お前のおかげで白雪の殺気が収まった。

ただ一言言うならば、白雪お前、俺にドヤ顔を向けてるがニヤけた表情が人前で見せてはいけない顔になってんぞ。

取りあえずその落ちそう涎を拭え。

 

(貸し一つね)

 

そう口パクで凛香が言って白雪たち連れて行ってくれた。

やばかった……思わず冷汗が出たぞ。

いかん化粧が落ちる。とりあえずハンカチでって……あれ?ポケットに入れてたはずなのに。

当たりをキョロキョロと見回すと間宮ほどの長さの髪を二つ括りにした子がこっちにやってきた。

 

「うわー、すごい綺麗な子だー。あっ!あのコレ落としましたよ」

「お姉ちゃん待ってよ~。あれ遠山先輩……じゃない?」

 

今度は間宮かよ!

つか白雪や武藤たちにバレなかったのになんで気づきそうになった⁉

目の前で俺が落としたであろうハンカチを持つのはどことなく間宮と似たような人物。

後ろからコイツを追いかけている間宮の言葉から、コイツが姉なんだろう。

そして、その横で俺をボーっと見る金髪の奴は不知火が連れてきたやつじゃねーか?

金髪の奴は武偵中だったはず、そいつと同じ制服を着る間宮姉も武偵中で知り合いなんだろう。

間宮→間宮姉→金髪の順で誘われて来たんだろうな。

よく見れば、遠くにはワカバパークの子供たちも来ていた。

とりあえず声を出したらマズイ為、スマホにビッチ先生に少し習ったオランダ語で翻訳アプリに書いていく。

 

『ありがとうございます』

「えっと……どういたしましてって英語でなんていうんだっけ?」

「お姉ちゃん速いよ、小さい子もいるんだよ?それにこの人英語じゃなくてオランダ語だよ」

「えー⁉どうしよ私オランダ語なんて喋れないよ‼」

「だから翻訳アプリ使ってるでしょ!」

 

 

なんでか始まる姉妹による漫才、日本語が分かっている俺はどういう反応をすればいいんだろうか?

 

「えっと『どういたしまして。私は間宮あかりです。よろしくお願いします』っと」

『クロメーテルです』

「へークロメーテルさんって言うんだ―。ねえねえライカ。オランダの人なんて私初めて……どうしたのライカ?ボーっとして?」

「ハッ‼な、なんでもねーよあかり」

「もしかして、クロメーテルさんがあまりの美人に見とれたとか?」

「バッバカ!そんなんじゃねーよ‼それよりも早く食おうぜ!」

「ちょっとライカ!えっとクロメーテルさん、お店頑張ってね」

「あ、お姉ちゃん。私、先輩たちに挨拶してくるからー。うーんと遠山先輩どこかな?」

 

助かった、女装していて気づかれなかったのと、ライカって子のナイス判断で危機は去った……

じいさんたちもそのまま席に行ったし、間宮はもう大丈夫だろう。

後ヤバいのは理子ぐらいか……さすがにこうも立て続けに来るはずないはず。

さっきからバレそうでバレてないギリギリのラインで冷汗が止まらん。

 

「やっほーりこりんが来たよー」

 

……おい、ウソだろ。

 

なんでこうも立て続けに来るんだよ。

電話して連絡したのかって言うぐらいに間髪入れずに全員きやがった……

 

最後の関門である理子が着た瞬間、膝から崩れ落ちた俺。

 

「ふぉーー。やっぱり、この服が似合うと思った理子の目は間違いじゃなかったね」

 

そう言って俺を見て興奮する理子。

そして理子の言葉で悟った。

コイツもクロメーテル計画のグルだと。

今思えばこの服をカルマはどこで手に入れたんだと思ったが、そうか理子経由だったんだな。

それに気づいた俺は怒りを込めて視線を送るも、理子はどこ吹く風とスルーする。

そのまま俺を通り過ぎ、接客している律の方へ歩いていく。

 

「ねえねえ、りっちゃん、鉄郎コスって用意できる?」

「はい、すぐに用意できますよ。理子さん」

 

どこから出したのか律の手には、ところどころ空いた帽子にボロボロの布。

そしてどうやって用意したのか戦士の銃まで用意してある。

つか、律と理子。いつの間にそんな仲良くなってんだよ。

 

「ちなみに戦士の銃は不破さんに頼まれて作成しました。SAAをベースに、安全面の強化を施してます。もちろん武器としてもしっかり活躍できますよ」

「フフフ、これで私も宇宙戦士の仲間入りよ」

 

ツッコミどころが多すぎる。

取りあえず律、烏間先生を見てみろよ。今の会話聞いて、急いで許可をもらうために電話かけてんぞ。

 

「おー、りっちゃんの再現度パないね。これで完璧だよ『メーテルーー‼』」

 

理子は理子でマイペースに鉄郎のコスプレをすると、本人そっくりな声で9が3つつく宇宙列車のアニメの再現をする。

 

「鉄郎‼」

 

……律。なんで俺の後ろでそっくりな声を出す。

あれか?声に合わせてポーズしろっていうのか?

 

パシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 

理子も見た目は美少女で、今の俺もはた目から見れば美女だと認識されている。

それまで見ているだけだった男たちは、ケータイを向けシャッター音は鳴らしまくる。

おい、カルマ、中村。撮影一枚500円とか言って商売始めてんじゃねーよ。

これにより拍車がかかったのか、時間がたつにつれ俺達の店の行列は長くなり、今日の学園祭の終わりの時間を迎える前に先に在庫の方がなくなり、山の生態系の事も考え一足はやく俺達の店は終ったのだった。

 

 

「さて、あらゆる生物との『縁』で完売となりましたが、感じましたか?君たちがどれほど多くの縁に恵まれてきたことかを。さあ、まだ学園祭は終っていません。存分に『縁』を広げに行ってください」

 

そう言って締めくくる殺せんせー。

なんだかんだで結局授業みたいだったな。

 

「おい、渚君の母親が『ヅラの事は黙っておく』って言ってたんだが、詳しく聞こうじゃないか」

「…………ニュヤ‼」

 

あ、逃げた。

烏間先生に何があったか知らんが、どうせ殺せんせーが悪いんだろう。

そういえば、間宮に店に来てくれなんて言われていたな。

 

そう思って、間宮の店に向かうためひとまず着替える。

凛香達は律が待ちきれないと思い、先に行かせて向こうで合流する手はずになっている。

 

「くふふ、キーくん♪りこりんとデートしよ♪」

「理子⁉ お前、いつからそこに」

「ん?遊びに来た時からいたよ。それにしてもキー君のその制服似合ってるね」

 

校舎を出るとそこにはもう帰ったと思った理子が居た。

てか理子に言われて気づいたが、今着てるの武偵高の制服じゃない。

 

「……任務だ」

「ふーん。まあそっちはいいや。じゃあさっそくデート開始だー」

「え、おい。ちょっと……」

 

理子に手を取られ、あれよあれよという間に指を絡められ、いわゆる恋人つなぎで握られ本校舎のほうへ引っ張られる。

まあ、いいや。どうせ、俺も本校舎のほうに向かうんだし。

悲しくも振り回されるのは、凛香や律で慣れている俺はそのまま成り行きに任せるのだった。

 

「ふっふふーん。キーくんとデート~♪」

「デートって……」

「男女が二人で遊ぶんだよ。それはもうデートでしょ!」

 

それを言ったら、夏ごろに凛香に付き合った買い物もデートになるんだが……

さすがにその理論はないだろ。

否定しようにも理子のトークはマシンガンのごとく続き、俺が口を挟む暇もない。

否定できなかったせいか、デートに定義され理子がぎゅっと俺の腕にしがみついてくる。

これは時々律もやってくるが、一部律とちがって大きく育った胸が押し付けられた。

おいおい、なんでこんな身長は小さいのにそこだけは大きんだよ。

岡島情報では、矢田、白雪の次に大きいらしく、ゴム鞠のような弾力が腕に伝わる。

 

(ヤバイ、落ち着け俺。二人きりがデートなら凛香達に合流すればいいんだ)

 

そう言い聞かせ、集まりそうな血流にギリギリで持ちこたえつつ、理子に引っ張られながら本校舎へと進むのだった。

 

「うーん、どれもおいしそうだね。キーくん」

「そ、そうだな」

 

どこにいんだよ凛香達。

こういう時だけなんで見つかんねーんだよ‼

理子とは別の意味で、辺りをキョロキョロしてると凛香達の前に間宮の店を見つけた。

 

「理子、腹減ったし。アレ食うぞ胡椒饅」

「お、台湾料理ですか。いいですなぁ」

「俺が買ってきてやるから、そこで待っていてくれ」

 

今すぐ離れたいが一心に理子を置いて、間宮の所属する1-Aの店へと向かう。

胡椒饅は少し並ばないと買えない為、並びながらここに凛香達がいないか席の方を見るも

 

「殺せんせー、あの子すごいわ」

「ええ不破さん。先生もまさかなんちゃって担仔麺になんちゃって獅子頭まで作るとは思いませんでした。あの子出る作品間違えていませんか?」

「はっ⁉もしや本場の四川料理を売る店もあるかもしれない! 行くわよ殺せんせー!丸々1話を語らないといけない料理が私達を待ってるわ!」

 

おい、不破、殺せんせー。久々にジャンプネタだからって興奮しすぎだ。

そこには驚きからか震える不破と殺せんせーがラーメンみたいな料理を食っていただけだった。

結局ここには凛香達はおらず、胡椒饅を持って俺は理子の下に戻るのだった。

 

「まさかキーくんが奢ってくれるなんて思わなかったよ。これは理子の好感度が上がったよ」

 

女が苦手な俺にとってそんなもん嬉しくもないんだが……

 

「あ……」

 

胡椒饅を片手に理子と他の店を見ていると、ふいに理子が止まる。

そこはA組がやっているイベントカフェだった。

 

「なんだここに行きたいのか理子?」

「ううん、ただここの見て調べてたの思い出したんだ、ここの制度」

 

唐突だな。理子のヤツ。

言っているのはここのE組制度のことだろう。

 

「理子はどう思うんだ?」

「私は嫌いだなこういう制度」

「そうか」

「キーくんは?」

 

理子の言葉には同意するが、付け加えるなきゃいけないな

なんせ俺自身がアイツ等の近くにいて感じとったんだからな。

 

「そもそも他人がそいつの価値を見定めるなんてできねーよ。無能だなんだって言われても、そこからいくらでも人成長できて変われるって知ってるからな。だから俺もこんな制度はくだらねぇって思っている」

 

ここに来てからの事を振り返りながらそう言うと、俺の言葉が信じられないのか理子はキョトンとした顔を浮かべていた。

 

「……なんだかキーくん変わったね」

「そうか?」

「うん、今のキーくんはカッコいいよ……理子もキーくん君の言う通りだと思う」

 

それは天真爛漫を地でいく理子からは想像がつかないほど、寂しい表情だった。

思わず俺は「理子?」と呼ぶと

 

「今日はありがとうキーくん。とっても楽しかったよ、また遊びに来るね。ばいばいきーん」

 

なんだよ理子のヤツ急に……

なんでか急に帰っていった理子の後ろ姿を見ていると声がかかった。

 

「理子さんとのデートはどうだったキンジ君?」

 

え?

優しい声色なのに肝が冷えるその声にバッと振り向くとそこには目が笑っていない有希子に、怒りの形相を浮かべる凛香。そして大量の胡椒饅を食べる律がいた。

 

「1年生の子に聞いて、急いで来てみれば私達を放っておいてデート……良いご身分ね」

 

「こ、これは!生地はサクサクのパリパリまるで「律、今は違うでしょ?」以下省略でおいしいですがお兄ちゃんギルティです!」

「落ち着け、お前ら。これはデートじゃ……」

「「問答無用」」

 

その後、ボロボロになった俺は凛香達にサイフ代わりとして振り回され、この日だけで5ケタの金が消えていくのだった。

 

ちなみにこの日のE組の売り上げはものすごかったらしく、総合売り上げは中3-A、中1-Aに続いて3番目の売り上げだったらしい。

…………げせぬ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79弾 期末の時間 2限目

学園祭が終わって数日、いつものメンバーで登校していると烏間先生と園川さんが疲れた顔で本校舎から出てくるのが見えた。

烏間先生だけだったら、蘭豹とビッチ先生が学園祭以降もなにかしたのかで済ませられるが園川さんも同じ顔ってことは別件か?

 

「烏間先生、園川さん、おはようございます。どうしたんですか?」

「遠山君達か、おはよう。なんでもないさ、今日の訓練は実銃での射撃訓練だから、事前の整備とかをしっかりするように伝えといてくれ」

「わかりました」

 

そう受け答えすると、二人は速足で旧校舎に向かう。

烏間先生からは読み取れなかったが、園川さんの『政府にどう説明するんですか⁉もう私の給料の数百年分のお金になってますよ』という泣きが入った言葉でようやく疲れた顔の原因が理解できた。

 

「何かあったのかしら?」

「たぶんだが凛香。理事長に金吹っ掛けられたんだろうな。園川さんが泣いてたのが見えた」

「ああ、そうだもんね。暗殺場所を提供してるから強請られても国は何も言えないもんね」

「お兄ちゃんや有希子さんの言う通り、理事長の口座にたった今10億振り込まれましたよ」

 

おいおい、10億って……俺達の暗殺成功報酬の10分の一だぞ。

現時点でこれなら、もう100億近くは請求してそうだな理事長のヤツ。

 

「あ、理事長といえば……」

「どうしたの有希子?」

「杉野君からの又聞きなんだけど、理事長が本格的にA組の担任になったって言ってたの」

「とうとうラスボス登場ってわけね」

 

たぶん俺達が本校舎の奴らと一緒のテストを受けるのが最後だからなんだろう。

最初のほうは小細工を使って翻弄してきていたが、最後に正攻法ってなんだか意外だな。

 

「意外って言えば、あの時の資料も意外だったな」

「何が意外だったんですか?」

 

俺が零した言葉が聞こえたのか律が顔を覗き込むように見上げてきて、それにつられて凛香達も俺の方を見る。

俺が思い出したのは、ここに来る際に理子や情報科の奴に頼んだ資料の一文だった。

 

『・またE組の校舎は現理事長が開いていた私塾だが、現在の学校との理念とは真逆のものであった』

 

「ここの事を前に調べてもらったんだが、俺達が使ってる校舎はもともとあの理事長が私塾で使っていたものなんだよ。んでそこでの理念ってのが今と真逆なんだと」

「真逆って確かに今の理事長からは考えられないわね」

「だろ、凛香。だから意外だなってな」

「真逆って言われたら、まるで今の私達の教室みたいだよね」

 

有希子がそう言うと、凛香や律も確かにとうなずく。

確かに殺せんせーの教育は今の本校舎の方針に真っ向に逆らったものになっている。

武偵の俺からしても理事長の腕っ節はすごく、多岐にわたる才能を有していることが分かる。

そう考えると、殺せんせー同様に異常な力を持ちつつ教師をしているという点で共通してるな。

違いは教育方針の実、そう考えると二人はある個所で枝分かれした道のように感じる。

 

「そんなに気になるならアレと並行して理事長に何があったか調べておきますね」

 

律にはすでに武偵殺しの件について頼んでいる。

武偵殺しと理事長の過去では前者のほうが重要だ。

「武偵殺しを優先で頼む」と律に言うと、返ってきた言葉はこうだった。

 

「理事長の過去は片手間にできますので」

 

時々俺は思う。

律が仲間で良かったと、こんなんが敵に回ってみろ。

情報は筒抜け、かく乱されて、その上本人の戦闘力も高い。

例え国が相手でも、律一人で戦いになる前に潰されそうだな。

 

「キンジもうすぐチャイムなるわよ」

 

考え事をしていたせいか、凛香達はかなり先に行っていた。

って、チャイムなるまで15分もないじゃねーか!

 

「ああ、走るぞ‼」

 

 

 

ギリギリチャイムが鳴る前に席につくと、始業のベルとともに殺せんせーが入って来た。

 

「みなさん、おはようございます。遠山君はまだ来ていないときですが、覚えてますか?一学期の中間の時、先生はクラス全員を50位以内という目標を課したのを」

 

それは凛香から聞いていた。

たしか理事長がギリギリで範囲を変えたらしく、その目標は達成できなかったんだよな。

 

「今になってですが謝ります。あの時は先生も成果を焦りすぎたし、敵の強かさも計算外でした。でも今は違います、君たちは頭脳、そして精神が成長しました。どんな策略も障害も退け目標を達成できるはずです」

 

その殺せんせーの言葉に全員の顔つきが変わる。

もちろん俺も含めてだ。今も無意識に拳を握りしめていた。

一年下と言っても、勉強に関しては俺はここの皆より遅れていたのだ。

だからこれはまさしくここでの俺の努力の証明に繋がる。

 

「堂々と全員50位以内に入り、堂々と本校舎復帰の権利を得て、堂々とE組として卒業しましょう」

 

その後、有希子から聞いてたように杉野が改めてA組の担当を理事長に変わったとう事が伝わり、一瞬だが騒めいたがそれもすぐに落ち着く。

まあ敵がどうだなんて今更だもんな。

ここまで来たら全力で突っ走るだけだ。

 

その日の放課後、殺せんせーに分からない事を聞いて裏山を下りていると本校舎前で皆が止まって何か話してるのが見えた。

 

「お前らいったい何してんだよ?」

「あ、遠山君。浅野君が依頼して来たんだよ理事長を殺してほしいって」

「はあ?」

 

渚が言うにはそれは暗殺依頼らしい。

俺達の事がバレたってわけじゃねーよな?

いや違うか、仮にそうだとしたら皆が落ち着きすぎてる。

 

「勘違いするんじゃない。僕が殺してほしいのは教育方針だ。君達には次の期末で上位を独占してほしい。もちろん僕が1位だが、君たちのようなゴミクズがA組を上回ることによって理事長の教育をぶち壊せる」

 

ところどころ俺達をバカにしてる気がしたが、浅野の提案する暗殺方法は分かった。

だが分からない事もある。

 

「なんでA組の頭のお前が頼むんだよ」

 

寺坂の言う通り、そもそもなんで浅野がこんな依頼を出したんだ?

浅野はいわば、理事長の方針で育ったヤツだ。

自身の土台ともいえる、理念を殺してくれという理由が分からなかった。

 

「浅野君、君と理事長の乾いた関係はよく耳にするわ。もしかして、お父さんのやり方を否定して振り向いて欲しいの?」

 

片岡はこう言うが、あまり接点のない俺でもコイツがそんなタマではないことは分かる。

 

「勘違いするな。『父親だろうが蹴落とせる強者であれ』僕は父にそう教わり、そうなるように実践してきた。それが僕ら親子の関係だ。だが僕以外の凡人は違う。今のA組はE組の憎悪を唯一の糧に限界を超えて勉強している。あれでは例え勝てても彼らはこの先それ以外の方法ができなくなる」

 

ああ、そうか。

 

「侮蔑や憎悪だけで手に入れる強さは限界がある。君達程度の敵にすら手こずるほどだ。A組は高校に進んでからも僕の手駒なんだ。その手駒が偏ってたら、支配者()を支えるなんて到底無理だ」

 

プライドの高いコイツが本心も隠さず

 

「――時として敗北は人の目を覚まさせる。それは体育祭の時、ケヴィン達で知った。だからどうかお願いだ、正しい敗北を僕の仲間と父親に刻んでくれ」

 

仲間の為に手を貸してほしいんだな。

なんだかんだで仲間思いなんだなと思いつつ、俺は皆の前に1歩出る。

 

「成功報酬は?依頼を出すって言うなら、あるんだろ?」

「ちょっと、遠山君⁉」

 

片岡が焦ったように俺の肩を掴むが気にせずに浅野を見る。

 

「……僕にできる事なら言ってくれ」

「だってよ。俺はすぐに思いつかないが、カルマなんかいい案あるか?」

「そうだね。浅野クンの依頼達成と同時に見れるし、『浅野君の悔しがる顔』かなぁ」

「なんで同時に見れんだよ?」

「だって1位取るの俺だし。そもそもこんな依頼だして、他人の心配してる場合?」

「…………」

 

おーおー、言うと思ったが予想以上にカルマも煽るなぁ。

割と近い場所から浅野を見てるが、額の血管浮き出るぐらいには怒ってんぞ。

 

「言ったじゃん。次はE組全員容赦しないって。1位は俺でその下もE組、浅野君は10位くらいがいいとこなんじゃない?二ケタの順位まで落ちた浅野クンの悔しがる顔なんて良い成功報酬っしょ」

 

カルマの挑発の言葉に、村松や竹林が反応を示し、寺坂が絡む。

寺坂、あんまり調子乗ってやってたら……案の定、からかい過ぎて膝蹴り食らってるし。

 

「浅野」

 

カルマを見ていた浅野を磯貝が声をかける。

 

「俺達は今までも本気で勝ちに行ったし、今回だってそうだ。いつも俺らとお前らはそうしてきただろ?勝ったら喜んで、負けたら悔しんで、それで後は格付けとかなし。そんな関係になるのが俺達の成功報酬だな。俺たちも『こいつ等と戦えてよかった』ってA組に思ってもらえるように頑張るからさ」

 

相変わらずイケメンぶりを発揮するな磯貝のヤツ。

 

「というわけだから、余計な事考えないで殺す気で来なよ。それが一番楽しいんだからさ」

 

カルマが磯貝の言葉を引き継ぐように首を掻っ切る仕草をしながらそう言うと、浅野も口角をニッと上げ蘭豹ほどではないが肉食獣を彷彿させる獰猛な笑みを浮かべた。

 

「面白い、ならば僕も本気でやらせてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日をきっかけに俺達はより一層勉強にのめりこんだ。

分からないところは殺せんせーに聞き、お互いに得意な教科を教え合う。

有希子なら国語、カルマなら数学、奥田なら理科といった具合に。

そうやって全員が学び、教えてチームワークを深め、俺達はとうとう決戦の日を迎えるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80弾 テストの時間

仕事やらなんやらと新生活に慣れず、なかなかこちらに裂ける時間ができず気づけば2ヶ月近くたっていました……

この後の12月のストーリーを書きたいのに時間が足りない……


本校舎に入ってまず感じたのは殺気だった。

 

「E組殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 

言わずもがな、殺気を向けてるのは3-Aの教室にいるヤツラだった。

その目は焦点は合わず、呪詛のように殺すを連呼している。

 

(殺気だってるが、見た目からして理事長が何かしたんだな)

 

殺気を受け、武偵のサガなのか冷静に相手を観察する。

A組の状態は球技大会で見た進藤の状態に近いものだった。

俺はそいつらを一瞥して英語の単語帳に目を再び落とす。

 

「ねえ有希子、ホントにキンジなの?」

「シーッ‼思っても言ったらダメだよ凛香ちゃん!」

 

おい、凛香、有希子。

お前ら、確かに普段はそこまで勉強しないがそんな誰?みたいな目で見るなよ。

 

ヒソヒソと喋るが、近くにいる俺にその会話は筒抜けである。

全部聞こえているぞという意味も込めて非難めいた視線を二人に送り、苦笑を返されていると

 

「さすがキンジさんダス。私達が頑張る必要があるって気づいているダスね」

 

まさかのにせ律からの援護だった。

てかいつの間にいたんだよ、コイツ。

確かに律から身体を得ても中身はAIだからテストには参加できないから、にせ律が来ることを聞いていたがいつの間にいたんだよ。

 

「律さんが言ってたダス。目標達成には成績下位組の頑張りがかかってるんダス」

「にせ律の言う通りだ。さっさと教室行くぞ」

 

そう言って俺と同様に単語帳の暗記の確認に取り掛かるにせ律。

2人もその事が分かっていたのか、それ以上は茶化さず自分の苦手分野の確認を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それまで!今から回答用紙を回収する。筆記用具に手を触れるなよ!」

 

最初に待っていたのは英語のテストだったが、今までと次元が違った。

問題の難易度は高くなり、それに比例するかのように問題量も増えていた。

ヒアリングに関しても、ボキャブラリーが多すぎて正しく聞き取れたか怪しい。

周りを見渡せば、まだ1教科しか受けていないのに俺も含めグッタリとしているヤツが何人か見える。

ホントにこれが中学生の問題なのかと聞きたくなるレベルだ。

こんな問題武偵高でやってみろよ、0点が続出するぞ。

 

「……凛香手ごたえはどうだった」

「ないわ。まず時間が足りなかった。これは最初にペース配分を決めないとダメね」

「だな」

 

休憩時間中にやってきた凛香とそう話すも、その後の国語、理科の手ごたえもやはり良くなかった。

そして続く社会。

期末ということもあるのか社会問題だけではなく、歴史の配分も多い。

それでも今日の為に社会問題は磯貝から、歴史は岡島に教わっている。

 

(よし、後は歴史の問題数問だけだ。残り時間は5分、時間はないがこれは岡島の言うことを思い出しながらやれば十分間に合うはず)

 

岡島いわく歴史は身近な人物で想像すれば覚えやすいと叩き込まれている。

そして問題の内容は『今昔物語集にも載っている、安珍・清姫伝説だがそこで登場した鐘が安置されている寺の名称を答えよ』だ。

正直、マイナー過ぎるしどちらかと言えば国語の問題だろと言いたくなるが、実際殺せんせーは社会の時に話していた気がする。

まずはこの安珍・清姫伝説を岡島に叩き込まれたように思い出してみよう。

教えてもらった時の配役は安珍は男の為俺自身を、清姫は貴族、金持ちということで白雪の配役にした。

遠山家の技で封印された『猾経』もそうなのだが、人はあらゆる物事を記憶しそれを思い出すのには鍵が必要なのだ。猾経はその鍵を意図的に作り出す術にあたるのだ。今回はご先祖の言いつけ通り、猾経は使ってない為順を追って思い出せば自然と答えが出るはずだ。

そう思い俺は先ほど思い浮かべた配役で、今昔物語集の安珍・清姫伝説を思い出していく。

 

 

 

まず白雪……清姫についての説明だったな。

清姫は紀州、現在の和歌山のとある豪族、いわゆる貴族の一人娘だ。

その家はよく修行僧に宿を貸している家で、ある晩にこの物語が始まった。

 

「すまん、熊野詣をしている者だが今夜泊まらせてもらえないだろうか」

「もちろん良いです!むしろ一泊じゃなくて何泊でもしてください‼」

「あ、ああ。ありがとう。俺の名前は安珍。お前の名は?」

「しらゆ……清姫です!さあさあキンちゃん様……じゃなかった、安珍様お部屋へご案内します」

 

確か岡島が言うにはこの時清姫の年齢は12歳だったな。

俺の想像の中の白雪を幼くさせて、話を思い出していく。

 

それでその日の晩に白雪が動くんだよな確か。

 

「キンちゃん様、夜分遅くすいません。でもキンちゃん様は明日ここからいなくなるんですよね。それならどうか……どうかこの白雪にご寵愛をいただけませんか」

 

『キンジ、大和撫子が夜這いだぞ!白雪さんで想像してみろよ。ゆっくりと下にズレる着物。うなじ、鎖骨、肩、胸、へそとどんどん見えてくるんだぞ。それも肌は透き通るかのように白い肌。なによりこの時代の灯りは蠟燭で淡い光なんだぞ。蝋燭で淡く照らされた一糸纏わぬ姿を想像してみろ!ものすごい煽情的でそそられるだ『ゴスッッ‼』ぶべらっ‼』

 

岡島の言葉が一字一句思い出される。

もちろん凛香に秋水を叩き込まれたところまでだ。

岡島の言葉を思い出していくうちに、より鮮明に魅力的な白雪が想像でき、問題の答えにたどり着くまでに気づけばドクン、ドクンと血流が真芯へと集まっていた。

まるで白昼夢をみるかのようにヒステリアモードになっている。

かかり方が緩やかだったため大丈夫かと思ったがダメだったな。

まあでもヒステリアモードになったおかげで、答えは既に出ている『妙満寺』だ。

それ以外の問題もすぐに答えが出て、スラスラと書きさらには間違えていた箇所を訂正したところでチャイムが鳴った。

社会は自己採点では完璧だ。短い休み時間中にそれまでのテストの答えと模範解答を照らし合わせると、数学を高得点で取らないと50位以内は厳しい事が分かる。

感覚的にこのヒステリアモードはいつもより切れるのが早い。

恐らく数学のテストが始まって5分も経たずに切れるだろう。

それなら、最初から配転が多い難関の問題をやるべきだな。

 

―キーンコーンカーンコーン―

 

そこまで考えたところで予鈴がなり、テストが配られる。

 

「時間は50分だ。はじめッ‼」

 

その声に合わせ、配られた問題用紙を裏から表にする。

配点は最後の問題が20点と高得点で、それ以外は配点は低いが量が多い。

俺は迷わず、配点が高い場所の問題を読む。

『右の図のように、1辺aに立方体が周期的に並び、その各頂点と中心に原子が位置する結晶構造を体心立法格子構造という。NaやKなど、アルカリ金属の多くは体心立方格子構造をとる。体心立法格子構造において、ある原子A0に着目したとき、空間内の全ての点のうち、他のどの原子よりもA0に近い点の集合が作る領域をD0とする。この時のD0の体積を求めよ』

 

簡単に言えば、『箱の中での自分の領域の体積を求めよ』ってとこか。

それぞれの角8点の体積を求め、残った体積が自身の領分なのだがどう考えても計算量が多く他の問題に裂ける時間が少なくなってしまう。

 

(解けきれないのが分かっていてこの問題を出したのか?それなら、ヒステリアモードが解けた後を考えて配分を考えないとまずいな……この問題に何分裂けるんだ?)

 

そう考え今まで机に向けていた顔を時計を見るために上げるとふと周りが視界に入る。

等間隔に並べられた机。

そしてテストを解く仲間の姿を。

 

(ああ、そうか。この問題は教室で、点は仲間なんだな)

 

問題は原子の結晶だ。すなわち俺が見ている領域の外も同じ空間が続いている事になる。

 

武偵憲章一条

『仲間を信じ仲間を助けよ。』

助けることができるのは一人当たり8分の1だ。

そして領域内にいるのは俺と8人すなわち1人分。

俺が守れる部分を全力で守れば、他の全員で俺の背中を守ってくれる。

すなわち俺が守るのは立方体の半分って事になるな。

 

『a³/2』

 

まさかここに来て武偵憲章が答えに導くなんてね。

苦笑交じりの笑みを浮かべつつ、答えを記入したところで丁度ヒステリアモードが切れる。

さあ、あともうひと踏ん張りだ。

 

最終問題

    遠山金次

        20/20

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やれるだけのことをやった翌日、朝のHRでは封筒をもった殺せんせーが教台に立っていた。

 

「さて皆さん、集大成の答案を返却します。君たちの2本目の刃は標的に届いたでしょうかね?」

 

そう殺せんせーが言うと同時に目の前に5枚の答案用紙が舞う。

もちろん俺の答案用紙だった。

得点の高い順で言えば、群を抜いて社会が高く続いて数学、国語、英語、理科という結果になった。

 

「細かい点数はこの際何も言いません。今回の焦点は、総合で全員50位以内に入れたかどうかです‼。では本校舎でも総合順位が張り出されてるでしょうから、こっちも順位を先に発表します!」

 

そう言って、順位が書かれた模造紙を黒板に貼る殺せんせー。

頼む。あれだけ頑張ったんだ、入ってくれ!。

順位を上から見ていく。

 

7位 神崎有希子

13位 速水 凛香

30位 自   律

 

普段から一緒にいる面々の名前は出るが俺の名前はまだだ。

ドンドン下の順位を見ていくと……

 

35位 遠山 金次

 

あった。俺の名前だ。

それにE組の名前を数えていくと、最後に書かれている寺坂で29人だった。

 

「今回のE組のビリって寺坂だよな?」

「うん、遠山君が35位だからそうなるわね。それでその寺坂君が47位ってことは……」

 

吉田、原の会話によって、徐々に現実感が湧いてくる。

少しの間、静かだった教室はこの瞬間

 

「「「ウオぉぉぉぉ‼‼」」」

 

歓声に包まれたのだった。

なんせこの目標は、俺が来る前からの全員の悲願だ。

改めて総合順位が書かれた紙に書かれた俺の名前を見る。

最初は個別授業が必要なほど戦力外だった俺がここまでできたのだ。

例え周りが1つ下だったとしても、自身の成長を実感でき思わず顔がほころんでしまう。

 

「ヌルフフフ。どうですかカルマ君?高レベルの戦場で狙って1位を取った気分は?」

 

殺せんせーがカルマに声をかけているのを見て、改めて模造紙の左上『1位』の場所を見てみる。

 

赤羽 業 500

 

カルマのヤツ5教科全部満点かよ。

 

「完璧を誇った浅野君との勝敗は数学の最終問題でした。ちなみにこの問題を満点で解いたのはカルマ君とキンジ君の二人だけでした」

 

殺せんせーがそう言うと皆の視線がカルマだけでなくこっちにも向く。

 

「ああ、あれね。なんかよく分からないけど皆と過ごしたから解けた気がするよ。キンジ君はどうなの?」

 

こっちに振るなよ。不可抗力とはいえヒスって解いたとか言えねーぞ。

若干の後ろめたさを感じつつもあの時思った事を正直に言う。

 

「武偵憲章の偉大さをテストで教えられるとは思わなかったな」

 

俺の言葉に何人かが首を傾げる。

てか凛香の目がすごい怪しんでるんだが……

これは後で問い詰められそうだな。

 

「さて、皆さん。晴れて全員ここを抜ける資格を得ましたが、ここを抜けたい人はまだいますか?」

 

この後の事を考え憂鬱になっていると、ペチペチと触手を叩いて殺せんせーが全員に向かって聞いてきた。

俺自身は依頼でここにいるため、抜ける意味なんてない。

それにその言葉は今更だろう。

 

「いるわけないだろう」

「2本目の刃を持ったんだし、ここからが本番でしょ?」

 

ほらな。

前原や三村の言葉に合わせ、各々が武器を構える。

 

「ヌルフフフ。茨の道を選ぶんですね。では今回の褒美に先生の弱点を教え『――ドッ‼ガッシャーン‼‼』ニュヤッ⁉」

 

突然、鈍い音と共に教室が揺れる。

何が起きた⁉

音からガラスの破砕音、木材が折れる音とは分かったが外で何が起きてんだよ!

 

「え、ちょっと何で?」

 

少しして揺れがおさまった後、誰よりも速く外の様子を見た片岡が驚きの声を上げる。

それに釣られ、俺も含めてほぼ全員が窓から身を乗り出して様子を見ると、そこには複数の重機によって半分崩壊している旧校舎とそれを無表情で見る理事長の姿が目に入り思わず俺は大声で叫んでしまった。

 

「壊すなら、壁代請求してんじゃねーよ!!!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81弾 教師の時間

「キンジ君、今ツッコむところ絶対にそれじゃないよ‼」

 

俺の叫びに律儀に叫ぶ渚だが、言わずにはいれなかったんだ。

ここの校舎、地味に良い木材を使っているせいで見たことない桁数を請求してきた。

そんな木材を使った壁代を理事長は国に請求して、国は破壊した俺に請求してきたのだ。

 

「ここを壊すことは今朝の理事会で決定したんですよ。さあ退出準備をしなさい。君達には来年開講する系列学校の新校舎に移ってもらう。刑務所を参考にした牢獄のような環境で勉強してもらい、校舎の性能試験に協力してもらうよ」

 

新校舎だと?

それに新校舎がこんな山奥に建てるはずはないはず。

 

「どこまでも……自分の教育を貫くつもりですか」

 

殺せんせーが理事長に問うた時に俺も口を開く。

 

「国との契約はどうするつもりなんですか?」

「それはもう終了だ。なにせ私の教育に彼はもう不要だからね。ここで彼を殺します」

 

そう言って理事長が懐から出したのは『解雇通知』だった。

おいおい、マジかよ。

 

「……とうとう伝家の宝刀を抜きやがった」

「はわわわわわわわわわわわわ」

 

前原の言葉に殺せんせーに動揺が走る。

 

「それでこれ面白いほど効くんだよ。このタコには‼」

「どうしよ杉野。超生物とキンジ君がデモに訴えて……え?キンジ君?」

 

――ガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

渚の言う通り、俺の手には今『労働者よ。立ち上がれ』のプラカードが握られている。

 

「渚さん、私から説明します」

「律、なんでキンジ君も?」

「お兄ちゃんは現在校舎の壁の修復金を国から借金しています。ここで殺せんせーが解雇されると残りの借金が一括返済しないといけないんですが、現在の貯金額と照らし合わせますと…………圧倒的に足りないんです」

「キンジ君……」

 

なぜか周りから憐みの目を向けられるが、1人暮らし、いや今は律やほぼ毎日俺の家に来る凛香や有希子で一人暮らしとは言えない状況だがそれでも金のありがたみは嫌と知っている。

世の中金が全てとは言わないが、金も必要なのだ。

 

「二人とも早合点なさるよう。これは標的を操る道具に過ぎないだけ。私は暗殺に来たのです」

 

ということは、理事長の提案に飲まなければ解雇するぞってことか。

よかった、まだ大丈夫か……

 

「……確かに理事長(あんた)は超人的だけど、思い付きでやれるほどうちのタコは甘くないよ」

 

カルマの言う通りだ。

いくら超人的だと言っても、殺せんせーは簡単に殺ることなんてできないぞ。

 

「さてそれはどうですかね。殺せんせー、ここを守りたければ私と賭け(ギャンブル)をしましょう」

 

理事長が提案した賭けはこうだ。

5教科の問題集に挟まれた手榴弾。手榴弾は4つを対殺せんせー用、1つを対人用。

それのピンを抜き、問題集に挟む。

それを開いて右上の問題を一問解くというものだった。

順番は殺せんせーが先に4問解き、その後理事長が1問解く。

殺せんせーの勝利条件は理事長を殺すかギブアップさせるかだ。

あと、ルールとして問題を解く間はその場から動いてはならない。

 

「なあ、理事長。タコが4回も殺す爆弾を受けなきゃならねーのにテメーは危なくなったらギブして無傷。圧倒的に不公平だろ」

 

寺坂の言う通り、ハッキリと言って殺せんせーが圧倒的に不利なルール。

解雇通知という崖っぷちな状況じゃなければ受けないようなルールだ。

 

「寺坂君、良い事を教えよう。この世は社会に出るとこんな理不尽の連続だ、弱者の立場ならね。だから私は強者の立場になれと教えてきた。さあ殺せんせー、()()()()()しますか?これはあなたの教職への本気度を見るためでもある。ちなみに私が君なら迷わず受けますよ」

「もちろん、受けましょう」

 

殺せんせーに断るすべはなかった。

もう金だなんだと言っている場合じゃない。

理事長の暗殺は今までよりも高確率で殺せる。

爆風などの危険があるため、俺達は校舎の外に出た。

中にいるのは暗殺をしかけた理事長と標的である殺せんせーだけ。

その殺せんせーは社会の問題集の前に座っている。

 

「開けた瞬間、解いて閉じれば爆発しない。あなたのスピードなら簡単かもしれないですね」

「も、もちろんです」

 

理事長の言葉に若干言葉を詰まらせる殺せんせー。

心なしかドクンドクンと殺せんせーの心音が聞こえてくるような気がする。

そして、触手が問題集に触れ……

 

 

――バァン‼

 

 

四方八方に対殺せんせー弾がばらまかれた。

 

「まずは1ヒット。あと3回耐えきればあなたの勝ちです。さあ回復する前に説きなさい」

 

殺せんせーの顔は対先生弾のせいでいつもの状態を保てず、ところどころが溶けてなくなっていた。

これで1発の威力だ……あと3発なんて到底耐えられない。

 

「強者はいついかなる時でも好きに弱者を殺せる。これがこの世の心理だ。この心理を防衛省から得た金と賞金で全国に我が系列校を全国に作って知らしめる。さあ殺せんせー……私の教育の礎になってください」

「どこまでも教育のことなの……」

 

理事長の言葉に思わず呆然としてしまい、凛香のつぶやきにも答えれない中殺せんせーの触手が理科の問題集へと伸び……

 

 

 

 

 

 

「はい、開いて閉じて解きました」

 

 

 

 

 

 

そう言う殺せんせーの前にあるのは理科の解答が書かれた紙。

その言葉に理事長は目を見開いて言葉を失っていた。

 

「この問題集シリーズ。どこにどの問題が書かれているかは憶えています。ただ社会と数学だけは長く貸していて忘れていまして……」

 

あ、そういえば殺せんせーに社会の問題集返し忘れていたな……

俺の横では同様に長期間借りていたのだろう矢田がカバンから数学の問題集を出していた。

ちょっと待て、数学を貸していたなら殺せんせーもう一回爆発を受けるんじゃ……

俺がその考えに至ると同時に殺せんせーは数学の問題集に触手を伸ばす。

数学の問題集は理科と同様に爆発はせず、そこには解答が書かれた紙が置かれていた。

 

「まあ数学に関しては、残念なことに曾祖父譲りで得意なんで憶えてなくても爆発までに解けますがね」

「……私が持ってきた問題集なのにたまたま憶えているとは」

「まさか、日本全国すべての問題集を憶えたにきまってるじゃないですか。教師を目指すのにそれぐらいはするでしょう?」

 

金銭的にも時間的にも無理だろと言いたいところだが、この先生はそれをやり遂げている。

そして理事長もそれぐらいできそうで、外から見ていた俺達は何も言えなかった。

 

「そもそもあなたの提案したルール、情熱のある教師なら誰でもできますよ。どうやら教え子の敗北で心を乱したようですね……っと、これで残り1冊になりました」

 

気づけば、殺せんせーは問題集4冊を解き終わっていた。

残ったのは理事長の目の前にある英語の問題集のみ。

 

「あなたの目の前にある死を前に、完璧をほこるあなたの脳裏には何が映っているのでしょうね」

 

英語の問題集をじっと見て動かない理事長を見て、ふと律に頼んだ事を思い出す。

 

「なあ律、ここの事何か分かったのか?」

「はい。皆さんがテストなどをしている間に調べ終わっていますよ」

「律は何を調べたんだ?」

 

竹林がそう聞いてくるため、俺はざっと皆にここが過去私塾として使われた事、理念が真逆だったことを教えた。

 

「お兄ちゃんの説明の続きですが、理事長が今の理念になった原因は端的に言えば弱さを悔いたからだと予想されます」

 

律は皆が試験勉強などで動けない間に、過去ここが私塾だった時に通っていた人に聞いて回ったらしくそれらをまとめるとこういうことだった。

理事長がここを私塾として開校した当時、生徒は3人いたらしい。

そして思いやりを持ち、自分の長所も他人の長所もよく理解できるそんな生徒に育つように指導し、無時にその生徒たちは志望した私立中学に入学できたらしい。

だがその3年後に事件が起きたのだ。

理事長が指導した生徒のうち一人が亡くなったのだ。

原因は部活の先輩による恐喝や暴力が主な原因だ。

そして律が聞いたその生徒は『優しい子』らしい。

そしてこの事件がきっかけだろう、『強い生徒に育てなければ意味がない。たとえ他人を生贄にしてでも自身は生き残ることができるぐらいに強い生徒じゃないと』と。

 

「……ふっ。殺せんせー、私は別にあなたにあなたが地球を滅ぼすならそれでもいいんですよ。それも私の教育論のひとつの理想ですからね」

「ッ全員伏せろ!」

 

理事長の行動と共に全員に指示を飛ばすとほぼ同時に

 

――ドグォッ‼

 

爆風が吹き、窓ガラスが割れ、弾ける。

おいおい、自分の命はどうでもいいのかよ。

理事長の安否もだが、まずは皆だ。

 

「全員無事か?」

「ああ」

「うん、ケガはないよ」

「こっちもおなじく」

 

よかった、全員無事か……

 

「これは?」

 

教室の中から理事長の声が聞こえる。

中をみると、爆心地だった床が黒くなった中で透明な膜につつまれたケガひとつない理事長の姿があった。

 

「私の皮は脱いだ直後は手榴弾くらい防げるんですよ。ちなみに窓ガラスも全部回収して接着剤で元通りにしてあります」

 

どおりで皆ケガひとつないのか。

 

「月に一度の脱皮か……なぜ自身に使わなかった?」

「それはもちろん、あなた用に残していたからです。私が勝てば、あなたは迷いなく自爆することを選ぶのを分かっていましたから」

 

いつかの俺のカンは当たっていた。

ある個所で殺せんせーと理事長は枝分かれしている。

 

「あなたの十数年前の教育は私の求めた理想でした」

 

そう理事長と殺せんせーが違うのは……

 

「私は恵まれていました。なんせこのE組があったのですからね。纏まった人数が揃っているから境遇を共有でき

、相談でき、耐えられました。そしてあなたがここを創り出したのは無意識に昔描いた教育を続けていたんです。私が目指しているのは生かす教育。あなたと同じ理想です。これからもお互いの理想の教育を貫きましょう」

 

俺達は……いや仲間たちは皆がいたから乗り越えた。

仲間の有無の違いがきっと枝分かれの分岐点だったんだろう。

 

「……私の教育は正しい。それはこの十年余りの卒業生たちが証明している。ですがあなたも今私のシステムを認めたことですし、特別にこのE組をさせることを認めます」

「ヌルフフフ、素直に負けを認めませんか。それもまた教師という生物ですね」

「それとたまには私も殺りに来ても良いですか?」

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合いますねぇ」

 

そう言って理事長は対先生用ナイフを懐にしまい教室を出て行く。

これで校内抗争は決着か……

あとは暗殺に集中って、なんで教室から出た理事長がこっちにくんだよ。

 

 

「なにかようですか理事長」

「いやなに。律君の推測がほぼ正しかったからね。少ない情報で正解へと導いた報酬に一つ教えておこうと思ってね。人はきっかけ一つで変われる。それが超生物でも超人でも、しかもそれは良い意味でも悪い意味でもね。君たちもこの事を心にとどめておくといい。いつか役にたつかもしれないよ」

 

そう言って去っていく理事長を俺達はただ見ているだけだった。

だがこの言葉の意味を真の意味で知ることになることをこの時の俺はまだ知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再装填 キンジの時間

今話はプロローグです。
あととっても短いです……


――凛香side――

 

なんでこうなったの。

 

「この遠山桜。手向けには血染めの桜と決めている。例えお前たちでも容赦はしないぞ」

 

目の前にはキンジ。

それは背中を預けたわけじゃない。

キンジの隣には私じゃない別の人物が立ち、その拳は私達に向けられている。

皆はキンジに武器を向けていいのか迷ってるのだろうか、キンジ達を見るだけ。

私もそうできたら良かった。

でもその緋色と翠色の触手を見てしまった今、そんな悠長なことはできない。

私の中の血が騒ぐ。

 

あれは目覚めさしてはいけない。

止めなければいけない。

そのためには殺せと。

 

本能といえばいいのだろうか、それに抗いながら私は小通連とキンジとおそろいのベレッタを抜く。

 

「やらせない。私は正義の味方を目指した幼馴染の隣に立つ。例えキンジが立ちふさがっても私は止まらないわよ」

「……そうか。その道は後悔しか生まれない、お前なら分かると思ってたんだがな」

 

その言葉を最後に私は引き金を引く。

 

――パァン‼

 

私が開戦の合図に放ったベレッタの銃弾をキンジは指に挟んで銃弾の方向を曲げる。

ほんと分かっていても無茶苦茶よね。

キンジの拳が迫る。

銃はキンジに効かない。

そう判断した私は銃を捨て、もう一振りの刀を取りだす。

それらを峰のほうを下に向け拳に合わせる。

 

――ガキン

 

およそ拳と刀が交わった音ではない。

チッとキンジの口から舌打ちも聞こえる。

こっちが舌打ちしたい状況よ。

なんで短刀と拳が相打ちになるのよ‼

 

そんな余裕があったのも最初だけ。

キンジの拳がどんどん早くなっていく。

 

――ガキン……ガキン…ガキン、ガガガガガ……パァン‼

 

マズイ、拳がマッハに入った。

小通連で見えてても避けれない。

咄嗟に短刀をクロスさせ受けの体制に入り、目を瞑り歯を食いしばる。

 

――ドンッ‼

 

音は聞こえるが衝撃は来ない。

 

「おいおい律、盾が一撃でおじゃんだぞ」

「寺坂さん、まずお兄ちゃんの一撃を耐えれたことに驚きです」

「おい待て、それって下手したら盾の意味なかったってことだよな」

「…………テヘッ」

 

目の前にはひしゃげた盾を捨てて、また律の本体から作成した盾を装備する寺坂と律。

 

「お前らも俺の復讐の邪魔をするのか」

「俺達だけじゃねえ、全員で邪魔してやんよ。それでそのバカな頭に一発叩き込んでやる」

「お兄ちゃんを止めるのも義妹の役目ですから」

 

2人が言うと、他の面々もナイフや銃を持って私の横に並ぶ。

 

ねえキンジ。

こんなにもアンタは仲間に恵まれてるのよ。

それでもそんな事を続けるの?

いちにぃはそんな事を望んでるはずないのをキンジが一番分かっているはずなのに……

あの時、キンジの横にずっといればこんなことにならなかったのかな……

後悔してもやり直しなんて効かないことは分かっている。

それでも私は後悔してしまう。

こうなった原因でもある12月24日から始まった、数日間の出来事を。




次話以降はこの時間から少し遡って話が始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82弾 転落の時間

「…………」

「…………」

 

12月24日、世間で言うクリスマスイブ。

そこで私とキンジはアクアシティお台場の中を少しの間隔をあけ歩いている。

目線をチラッとキンジに向けると、タイミングよくキンジも私を見てすぐに2人して視線を逸らす。

 

自分のことながら何を恥ずかしがってんの!

ここまで来たのよ、鈍感なキンジをリードしなきゃいけないのに。

 

そうこれはチャンスなのだ。

いつもいる二人、有希子は親に呼び出されており、律は律の体を作った社長にクリスマスパーティーに誘われてそちらに行っているのだ。

しかもこんなデートをやると必ず湧いて登場する殺せんせーは、「先生、24日は横須賀に行ってきます。ヌルフフフ豪華な食事が先生を待っているのです」と言っていないのだ。

 

「なあ凛香? ホントにこんなところまで行く必要があったのか?」

「そ、そうよ!桃太郎で必要な小道具でここにしか売っていないのよ!」

 

クリスマスイブのせいか、まわりにいるいつも以上にいちゃつくカップルたちを見てキンジが聞いてくる。

キンジには明日やる演劇発表会で必要なモノを買うという理由でついてきてもらった。

だってキンジ、デートだなんて本人に言ったら、梃子でも家から出てこなさそうだもん。

 

でも改めてデートってどこに行けばいいの?

今までのデートの経験など、私の誕生日だったあの日だけだ。

前は矢田のアドバイスどおりに映画と服を買いに行ったけど、また同じところってのも味気ないし……

こんな事なら、誰かに相談すればよかった。

カナねぇになったいちにぃなんてとても頼もしいのに……

 

 

~~♪

 

「凛香、スマホ鳴っているぞ」

「え?あ、ホントだ」

 

考えすぎて、スマホの音にも気づかなかった。

キンジに指摘され、スマホの着信相手を確認するとそこには『遠山 金一』と表示されている。

なんでキンジじゃなくて私なんだろう?

そう思いつつ、通話に出ると

 

「もしもし、凛香ちゃん?」

 

なんていうベストタイミングなんだろう。

通話相手はいちにぃが()()()時に出てくる『カナねぇ』だった。

 

「どうしたのカナねぇ?」

「凛香ちゃんは明日25日だけど、空いているかしら?」

 

明日に関しては終業式兼演劇発表で1日が潰れることになっている。

 

「夜なら空いているわ」

「なら良かったわ。キンジと一緒に夜に巣鴨の家に来てくれる?二人に渡したいものがあるの」

 

カナねぇの言うことだから私達が喜ぶものなんだろうけど、カナねぇになっているってことは仕事中なんじゃなにの?

 

「それは分かったけど、カナねぇ仕事は大丈夫なの?」

「ええ、これから仕事だけど今日だけだし、アンベリール号も浦賀沖周辺を遊覧するだけだから大丈夫よ」

 

アンベリール号と言えば、ここ最近ニュースなどで取り上げられている最高級の豪華客船だ。

たぶんカナねぇはそれの護衛に任務に任命されたんだと思う。

 

「なら安心ね。クリスマス楽しみにしてるから。それはそうとカナねぇ相談なんだけど……」

 

そこでチラッとキンジを見ると、キンジはいちゃつくカップルを見ないようにそこら辺の雑貨を覗いていた。

それを確認した私は、カナねぇに今の状況とキンジがどこに行けば楽しめるのか相談してみる。

 

「フフッあのキンジをイブに二人っきりで連れ出すなんて義姉さん嬉しいわ。そうね、凛香ちゃんの好きな所でいいんじゃないかしら?」

「私の好きな場所でいいの?」

「ええ、あの子は鈍いけど鋭いから大丈夫よ。……後悔しないように頑張りなさい」

 

そう言ってカナねぇとの通話が切れる。

最後の言葉は少し気になったけど、それよりもアドバイスの説得が矛盾していて結局どこに行けば良いのよ⁉

他の人にもアドバイスを貰いたいところだけど、これ以上キンジを待たせるのも悪いし……

そう思った私は諦めてキンジの元へと向かう。

 

「ん?凛香、兄さんとの電話はもういいのか?」

「うん。いちにぃがアンベリール号での仕事が今日だけだから、明日巣鴨の実家に二人とも帰って来いって」

「兄さん、凛香じゃなくて俺に電話すればいいだろ……」

 

そう言ってため息をつくキンジ。

きっとカナねぇの事だから、キンジにプレゼントの事を秘密にしたくて私に電話したと思う。

だからその事は黙っておく。

後はカナねえのアドバイス通りなら私の行きたいところか……

あそこは外せないとして……あとはせっかくだからあそこね。

 

「ねえキンジ、ガンショップによらない?」

「どうしたんだ急に、新しい銃に変えるのか?」

「そうじゃないわ。せっかくお台場まできたんだから、見ておきたかったのよ」

 

このアクアシティお台場は武偵高が近いおかげか椚ヶ丘と違ってガンショップがある。

店がある事は知っていてもどんなものが置いているかは知らないため、一度機会があれば行ってみたかったのだ。

 

「まあ俺もまだ店を覗いたことはなかったし、ちょうど良いか」

「なら決まりね」

 

私の提案で数階上にあるガンショップ『GUNS N`GUNS』に入ってみると、店内は防弾ガラス製のショーケースや壁にかけられた銃等。そしてたくさんのパーツが棚やカゴに入れられ並べられていた。

見た目は6月ごろに千葉の案内で行ったエアガンの専門店を彷彿させる。

まだあれから半年ほどしかたってないのにずいぶん昔のことのように感じるわね。

 

「へえ、なかなかいいじゃねーか」

 

これは予想外だったのか称賛の声を漏らしながらキンジも店に陳列している銃を見たり、店員に言って渡して貰った銃を構えたりしている。

そういえばキンジの愛銃を選んだ理由って何なんだろう?

わざわざ改造までして使ってるんだし、何かしら思い入れでもあるのかしら?

 

「ねえ、キンジ。キンジはなんで今の銃を選んだの?」

「値段だな。ちょうど米軍の払い下げで格安だったんだよ」

 

…………おい。

なによ、その理由。

せめてウソでもいいから、もうちょっと何かなかったの?

金なの、結局金が全てなの⁉

同じ銃を使う私まで悲しくなる理由よ、それ‼

展示品を見る幼馴染に憐みにも似た呆れを思わず向けてしまう。

まあこの幼馴染に限っては銃よりも自身の体でどうにかしたほうが安全な為、そこまでこだわる必要がないのだろう。

それでも私的にはもう少し夢を見させてほしかったわ……

 

キンジの言葉にため息をつきつつ、私も銃のパーツを覗いてみる。

パーツは様々なものがあり、その中でも私はグリップの部分が入れられている籠に注目する。

ここにあるのは戦闘用というよりも、絵柄が刻まれたりしている所謂ちょっとしたオシャレをするためのパーツのみを集めたモノだった。

 

「あ、これ良いわね」

 

目についたそれは表面が木製で桜の花びらと盃が彫られたグリップだった。

遠山家と酒飲みの母さんを彷彿させるし、それになかなか渋いデザインね。

 

「おいおい凛香、銃にそれはないだろ?」

 

むぅ……そこら辺にあるドクロや鷹のデザインよりよっぽどいいと思うのに。

 

「じゃあキンジならどんなモノ選ぶのよ」

「俺か?別に銃に装飾は要らないと思うが……睨むなよ凛香、分かった選べばいいんだろ。俺ならこれだな」

 

適当にはぐらさそうとするキンジを睨むと、ため息をつきつつ選んだソレを私に見せる。

それは三日月の模様が描かれたグリップだった。

 

「三日月って殺せんせーを彷彿させるだろ。だからE組みたいだなって思ったんだ。それにこれならベレッタにも使えるしな」

 

私が良いと思ったのはリボルバー系のグリップだったからもちろん使えない。

てかキンジってあれよね。こういうときだけセンス良いわよね。

 

「…………」

「なんでそこでふくれっ面になるかわかんねえけど、もう昼だからここを出て飯でも食うぞ。俺は欲しいパーツがあったから会計してくるし、先に店出ていろ」

 

言われた通り、外に出て待つがなかなかキンジが出てこない。

ただ待つのもあれだったので、先にどんな店があるか案内板を見に行く。

 

(フードコートは5階ね。あれ?あの黒髪は……)

 

案内板を見ていると、こちらに歩いてくる二人組が目に入る。

そのうちの片方はよく知る顔、どこからどうみても有希子だった。

なんで有希子がここにいるの⁉

キンジと来ているのがバレたって感じではないけど、ここで見つかったらいろいろ言われそうね。

そう思って私は建物の陰に移動し、有希子が立ち去るのを待ってみる。

 

「ゆきこ!その桃みたいなものって何?」

「ももまんですか? 甘い食べ物なんですけど食べてみます?」

「ええ…………ッ⁉なによこれ!すっっごくおいしいわ!」

 

たぶん親に呼ばれた理由ってあの子の案内ね。

有希子の横ではあまり見ないピンクブロンドのツインテールの、おそらく間宮くらいの年齢の子が少し前にブームになったももまんを食べて歓喜に震えている。

ももまんが気に入ったのだろう、ツインテールの先がブンブンと激しく揺れていた。

そう、例えるなら大好物を前にしてブンブンと尻尾を振る犬だ。

そう思うと行動が可愛く見えてきて、クスッと笑ってしまう。

そうしているうちに有希子たちがその場からいなくなり、ちょうど良いタイミングでキンジがやってきたた。

 

「おい凛香、勝手に行くんじゃねーよ。探したぞ」

「ごめんキンジ、可愛い犬がいたのよ。さあ行きましょ」

「犬?こんなところにか?」

 

私は首を傾げるキンジを引っ張ってフードコートへと向かったのだった。

 

そこからはあっという間だった。

キンジのおススメだという新都城という中華料理屋はお手頃価格な値段なのに味がおいしく、それを食べた後は階を降りつつ服や雑貨などを見たり買ったりしていった。

キンジの両手に荷物があるくらいには買い物を済ませたところで、私達は今1階のある店の前にいる。

 

「ああぁ~可愛い~」

「なあ凛香……聞こえてないか。はぁ、やっぱりこうなったか」

 

キンジが何か言ってる気がするけど、そんなの目の前の子に比べたら些細なことだ。

 

「にゃあ」

 

ああ、やっぱり子猫は可愛いわ。

つぶらな瞳によちよちと短い脚で私の方にくる愛くるしい姿。

ガラス越しではあるが指をつけてみると、子猫の前脚が私の手に重なる。

ダメ、可愛すぎて死にそう。

これが竹林が言ってた『萌え殺す』ってやつね。

こんなの殺せんせーでも死ぬわ、ええ確実に。

 

「お客様、子猫がお好きなんですね。よければ抱っこしてみますか?」

「ええ、ぜひ!」

 

店員さんが声をかけてきて、キンジと私がお店の中に入るとそこは楽園だった。

スコティッシュフォールドにマンチカン、ロシアンブルーにペルシャにアメリカンショートヘアなど様々な品種の子猫が大きくて真ん丸な目をこちらに向ける。

そして店員さんに渡されたのはアメリカンショートヘアの子猫。

脇のしたから持ち上げるとアイスブルーの瞳が反射して私を映す。

今の私の顔は思いっきりにやけていた。

こんな姿誰かに見られたらスゴイ恥ずかしいけど、今はキンジだけだしそんな事は気にせずに子猫をほおずりする。

 

ああ、フワフワでプニプニで可愛すぎる。

時折、肉球で私の頬を押してくるがそれもプニプニしていて私の中の理性が無くなる。

ハッキリ言って、お持ち帰りしたい。

 

「凛香、お前相変わらずの猫好きだな。店員がひいてんぞ」

「いいのよ。今はこの子を堪能で来たらそれで良いわ」

「ニヤけてるせいでしまらねえぞ」

 

そう言ってキンジが私が抱きしめていた子猫に……顔が近い!

なんでいつもならこういう状況を避けるアンタが率先としてやってんの⁉

 

猫を抱いているため、急に動くこともできず心の中だけがこの状況にアタフタしている。

そんな私の心情を察知しないキンジは子猫を軽くつついて、にゃあと鳴くとほほ笑むように柔らかい笑みを浮かべる。

それに伴って私の心臓が一段と高鳴り、顔も熱を帯びるのが分かった。

カッコいいのは分かってたけど笑み一つでこれって、我ながらチョロすぎないかしら。

 

「凛香、お前のことだからまだしばらく子猫と戯れるんだろ? 先に出てるからゆっくり戯れとけよ」

 

そんな私を見て何か勘違いをしたのか少し焦るようにキンジが店から出て行った。

何をキンジは思ったのかしら?

さっきの状況でキンジも私の事を意識してくれたのかな?

そう思うと一段と顔が真っ赤になりそうな気がしたため、私は今の顔を人に見られたくない為子猫に顔を埋めるように抱きしめた。

 

それから5分ほどで店員に引きはがされてしまったため、私は泣く泣く外に出てみると空は赤く染まりクリスマスツリーが色鮮やかにライトアップされていた。

 

(……綺麗ね)

 

そしてその下にはキンジがいた。

キンジの背中しか見えなかったが方向的には私同様にツリーを見ているのだろう。

そろそろ良い時間だし、今日の晩御飯のリクエストを聞きながら帰ろうかと思いキンジの方に向かう。

 

「ねえ、キンジ。今日の晩御飯は何が「……なあ凛香」え、な、何?」

 

近くまで来るとキンジが私の肩を掴み、真剣そのものな目でこちらを見てくる。

つい先ほどの事もあって、私の頬が瞬時にまた夕焼け空と同じ色へと染まる。

ただ、そんな浮ついた感情は次の言葉で消えた。

 

「兄さんの仕事場の船の名前を教えてくれ」

「へ?アンベリール号で警備の任務だけど」

「ッ‼……荷物は凛香が持って帰ってくれ。あと律には言っておくから、今日はお前んちに泊めてくれ」

「キンジ? ちょっとどこに行くの⁉」

 

私がそう声を出すも、キンジは止まらずすぐに人込みに紛れて消えてしまった。

いったいどうしたのよ、キンジは。

そこで私は気づいた。

カップルや通行人、この場にいる人たち全員がツリーの方を見ている。

いくらイルミネーションが綺麗でもこれは異常だ。

そう思い私はもう一度ツリーのほうを見ると、

 

「…………うそ」

 

ドサッとキンジに渡された荷物が地面に落ちる。

それも気にせず私は目に入った情報に呆然としてしまう。

皆が見てたのはツリーではなく、その奥の大きなモニターだったのだ。

そこに写っていたものは、

 

『アンベリール号で2度目の爆発です!現在、燃えているのをここからでもはっきりと確認できます。また死傷者の数は不明なままです‼』

 

いちにぃが乗っているはずの船が炎上している映像だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83弾 失意の時間

「おかけになった電話番号は……」――プツッ

 

兄さんにかけたがやっぱり繋がらない。

凛香と出かけた先で兄さんの任務先の事故を知った俺は、交通機関を使って兄さんの所属する武偵庁へと向かっている。

兄さんならきっと大丈夫なんだろうが、それでも最悪な展開が浮かび上がる。

無事でいてくれよ、兄さん‼

 

 

 

 

 

 

 

 

武偵庁に着くと、そこは人がごった返したような状況だった。

 

「クソッ‼なんでこんなに集まってんだよ‼通してくれ、中に用があんだよ!」

 

マスコミを押しのけつつ、中へと突き進むとやはりというべきか、武偵庁内はごった返しの状態だった。

 

「息子は大丈夫なんですか⁉」

「ここの特命武偵がいたんですよね⁉ 状況はどうなってるんですか!」

「ねえ、分かってるんでしょ!早く彼の無事を教えてよ‼」

「落ち着ついて! 落ち着いてください‼」

 

今にも待合室から乗り出す勢いで、客や船員の身内たちが受付に食って掛かってた。

ダメだ。ここではいくら待ってもきっと聞けない。

チラッと武偵庁の社員たちを見てみるとほぼ全員が事件と来た客たちの対応に追われている。

聞きだせないなら、自分で調べる。

 

一刻も早く兄さんの安否が知りたかった俺は気配を消し、客を縫うように移動し武偵庁の奥へと侵入する。

1階は客がごった返しで迂闊に資料を見れない為、社員しかいない2階より上へ。

 

「おい、あの資料はどうした。あ?下で対応が間に合わない、分かったすぐ行く!」

 

そんな風に下へと去って行った社員の机を確認していくうちに分かったのは、

 

・事故の安否は1名以外、軽傷はあるものの無事な事を確認済み。

・行方不明者は特命武偵である遠山金一

・事故の原因については不明。

 

兄さんが関係している事故に関してはそれだけだった。

後は『群狼』や『矛』、『盾』などの資料があったが関係なさそうなので読んではいない。

そうして情報を収集すること10数回。

気づけば、周りに人気は全くなかった。

ほとんど人がいない廊下を突き進むとひとつだけ扉の隙間に光が射しており、なにやら声が聞こえてくる。

恐らく人がいるはず、息をひそめ扉の中の声を聴くため耳を澄ませると

 

「すぐに……派に肩入れして……操作しろ。どうせ……記事も煽りに変わる。数日後には、あん…………握れる」

 

確かに人はいるが声が小さすぎて聞えてくる言葉は途切れ途切れであまり聞き取れないな。

兄さんに関係ある情報か判断できないためもっと身を乗り出す。

 

「これで来年には世界中に私の名が轟く。そう『誰だ、そこにいるのは‼』の名がな!」

 

ッ⁉マズイ、バレた!

足音が近づいてくるため、俺は急いでその場から離れ気配を殺す。

 

「おい、今の会話が聞かれた可能性がある。私の権限でもみ消すから、見つけて消せ!」

 

おいおいおい、これもしかしてかなりヤバい現場に遭遇したんじゃないだろうか。

複数人の足音が下へと駆けおりていく。

これ以上は危険な綱渡りはマズいな。

明日にでも律に話して、情報を探ってもらおう。

そう判断した俺は、最後に開け放たれた扉から奥の座席に座るメガネをかけた初老の金髪の男性を確認し武偵庁を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――♪

――ピンポーンピンポーン

 

電話とチャイムが鳴っている……

律のやつ、家の鍵でも忘れたのか……

 

あの後、部屋に戻ってすぐに寝た俺を起こしたのは朝だとは思えないようなほどの電話とチャイム音だった。

はんば覚醒しない頭でまずは鳴りっぱなしの電話を手に取る。

 

「もしもし……」

「もしもし、遠山キンジさんの電話番号で間違いないでしょうか?」

 

誰だ?

電話の主は全く知らない男の声だった。

その事により眠気によって覚醒していなかった頭も覚めていく。

 

「そうですが、なにか?」

「ええ、すこーしお話しをと思いまして。キンジさん、あなたのお兄さんについてですがお時間いいですか?」

「は?」

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

すぐにTVをつけてみると、ちょうどニュースをやっており中継が繋がっている。

 

「昨夜のアンベリール号の事故から翌日、今だ行方不明者1名が見つかっていません。その行方不明者である遠山金一氏はどんな人物だったかを聞こうと思います」

 

そこに映っているのはよく見る場所だった。

先程から止まらないチャイム、まさかな……

俺は取材の許可とかしていない。

通話中の電話を切り、ふらふらっと玄関へと足を向ける。

そのまま玄関の扉を開けると……

 

――パシャパシャパシャ

 

「遠山金一氏のご兄弟ですか?あなたからのお兄さんの印象はどうだったんですか?」

 

まず出迎えられたのは大量のフラッシュ、とたくさんのマスコミだった。

最初の質問は俺ぐらいの年齢に見える、女子にしては背が高めのショートカットの奴だった。

そいつの質問はまだよかった。だがそれを皮切りに質問してくるマスコミの内容は

 

「無能な武偵のお兄さんのせいで、多数のけが人が出たんですよ。身内として謝罪のひとつもないのですか!」

「兄が行方不明なんだから、弟のあなたが何か言うべきでしょう?」

「あなたのお兄さんの功績は詐称されていたという噂も出てますがどうなんですか?」

 

理解が追い付かない。

なんで兄さんが責められているんだ。

兄さんも被害者の1人だろ、なんで謝らないといけないんだ。

なんで……なんでなんだ。

 

唾をまき散らす勢いで詰め寄ってくるマスコミが何を言ってるかはもう聞こえなていない。

 

兄さんは正義の味方なんだ……

きっと助けた人たちなら……

 

「おい、待て!」

 

待ち伏せていたヤツラを無視し、着の身着のまま俺は再び武偵庁へと向かった。

 

 

 

 

武偵庁もやはりマスコミで溢れている。

ただいてもたってもいられずここに来たがどうしたら……

 

「おい、お前遠山金一の弟だな」

 

突如、胸倉をつかまれ声の主に引き寄せられる。

それを行ったのはどこにでもいそうな男で、その横には頬にガーゼを貼る女性がいた。

 

「誰だ、アンタ。兄さんの知り合いか?」

「俺達は被害者だよ、昨日の事故のな。お前の兄貴が事故を防げない無能なせいで俺の女の顔が傷ついたんだよ‼本当なら無能本人を殴りてえところだが、死んじまいやがったからな。お前が代わりに詫び入れろや」

 

そう言って武偵庁の目の前なのに何度も殴る蹴るをしてくる男。

それを遠巻きに見るマスコミ。

正直、痛くもかゆくもない。

だが心がとても痛かった。

 

なんで兄さんは助けたヤツにまで無能と蔑まれなくてはいけないんだ。

事件を未然に防ぐなんて、不可能だろ!

それにこんな客船の沈没事故で、兄さん以外が全員無事なんて奇跡に近いだろ。

少なくともこんなマスコミや被害者に言われるようなことはしていない。

 

「なんで行方不明者がいるのに翌日には捜索が打ち切りなんですか!理由を説明してください!」

 

殴られ、蹴られをされているためか、妙に静かになった場所で一人の声が嫌に聞こえる。

アイツは……そうだ、さっき俺の部屋に取材に来て出てきた俺に真っ先に質問してきたやつだ。

それにしても今の話が本当なら、おかしい話だ。

行方不明者の捜索は短くても1週間はするはずなのに……

ああ、そうか。兄さんは見捨てられたのか。

俺の中でストンと何かが落ちる。

 

兄さんや父さんのようになりたかった。

正義の味方になって、誰かを救う。そんな人物に憧れた。

だが正義の味方は……戦って、誰かを助けて、自分は傷ついても、待っているのはコレしかない。

誰かを助けても、そいつは死体に石を投げてくる連中ばかりだ。

 

こんな連中を救う、そんなもんに俺は憧れていたのか?

 

この日、俺の中で大切だったナニカはガラガラと音をたてて崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の事はほとんど覚えてない。

気づけば俺を殴っていた男は消えており、宛もなくさまよっていた。

部屋に戻れば、マスコミが待ち伏せている。

かといって学校にも、国家機密が漏れる可能性があるため行くことが出来なかった。

 

空はもう夕日が射しているが、具体的な時間を確認するためにケータイを取りだしてみる。

 

「……壊れている」

 

そうだ、ひっきりなしに電話が鳴るから、これ以上兄さんへの罵詈雑言が聞きたくない為に叩き壊したんだった。

壊れたケータイを捨て、俺は再び宛もなく歩く。

 

 

 

さらに歩く事、恐らく数時間。

日も暮れて気づけば見知った町、椚ヶ丘に俺は戻っていた。

 

「おや、遠山君じゃないか。君、今大変みたいだね」

「…………シロ」

 

知り合いの誰かしらには会うだろうと思っていた。

ただコイツと会うとは予想してなかったな。

俺の前に現れたのは、イトナが敵だったころ以来何もしてこなくなったシロだった。

 

「うるさい、それ以上話すな。どっか行けよ」

「くくく、ずいぶん機嫌が悪いようだ。あれは()()じゃなくて()()なのだと教えてあげようと思ったのに」

「……どういうことだ。適当な事を言ってるなら、拳で黙らせるぞ」

 

仮にあれが事故じゃなくて事件でも、なんでこいつが知っている。

そうしてシロは懐から一枚の写真を取りだす。

 

「これを君に上げよう。何一目見れば犯人は分かるよ」

 

そうして俺に写真を裏向けに渡すと、シロはそれ以上何もせずに去って行った。

なんで写真一つで分かる。犯行現場の写真なのか?

そうして裏向けていた写真をひっくり返した俺はすぐにある場所へと駆けだした。

 

どういうことなんだ。

確かにアイツは横須賀に行くって言っていたし、浦賀も横須賀市だ。

だが動機が全く分からない。殺る理由も見つからない。

だが、確かにおかしかったのだ。

あの兄さんが船から逃げ遅れたくらいで、死ぬような人物ではない。

それくらいに兄さんがすごい事を俺は知っている。

もし事故を装って兄さんを殺そうとしていたら?

奴は生徒には手を出さないが、言い換えたらそれ以外には手を出せるということ。

それに奴には一般的な武器は効かない。

その事を考えたら、この写真の状態になる可能性もありえる。

なにより、この姿はアイツ以外にあり得ない。

 

シロに渡された写真に写っていたのは、船上に立ち触手を何本か切り落とされた殺せんせーと血だまりに沈む()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ。おい、タコ! いるんだろ、今すぐ出てこい!」

 

学校まで走ってきた俺は、いるか分からない相手を大声で呼ぶ。

クソッ、こんな事ならケータイを壊すんじゃなかった!

何度も呼ぶが普段ならすぐに駆けつけるタコはここに来ることも返事が返ってくることもなかった。

 

「あのタコどこにいんだ!」

「殺せんせー今日は学校に来てないよ。遠山君」

 

当たり散すように吐き捨てた言葉に返すヤツが倉庫の方から歩いてきた。

その人物は俺が望むタコではなく、いつも渚の横にたっており俺自身はそこまで話したことがない翠という珍しい髪色の女子だった。

 

「茅野か……」

「今日、ニュースを見て皆遠山君を心配してたよ。もう大丈夫なの?」

「大丈夫に見えたら、今すぐ眼科に行け。俺はタコに用があんだよ、とっとと帰れ」

 

今は他の奴に構ってられない。

すぐにでも方法を探して、この事をタコに問い詰めないと。

 

「これは?……へぇ、遠山君もなんだね」

 

ッ!いつの間に横に⁉

少なくとも数メートルは距離があったはずなのに。

いや、それよりも今茅野は聞き逃せない事を言った。

 

「……『も』ってどういう意味だ」

「コレに身内を殺されたって意味だよ。

……今の遠山君なら、シロなんかより信頼できそうね。ねえ、キンジ君」

 

あっけからんと何でもないように言う茅野。

そうして1歩2歩と俺の前へと歩き、こちらを見るように振り向いて茅野は笑みを浮かべる。

 

「二人で一緒に殺せんせーを殺そうよ」

 

髪と同じ翠色の触手を生やして、茅野はそう俺に提案してきたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83弾 前触れの時間

突然の暗殺の提案、シロとのつながり、過去の殺せんせーとの因縁、そして首から延びる触手。

茅野には聞きたいことがたくさんあった。

だが、あまりにも予想外の事が起き、呆然としてしまう。

 

「キンジ君、君の答えはどっちかな?」

「その前に聞きたい。本当に殺せんせーがやったのか?」

 

茅野に関しての驚愕のおかげか、シロからの情報によって激昂していた頭も幾分か冷静になれり、改めて茅野に問う。

これが潜入当初なら素直に信じたのだろう。

だが、アレと知り合って約8ヶ月、過去には偽物も出ている。

俺がここに来たのも、シロの写真に対しての事の真相を確かめるためだ。

 

「……私のお姉ちゃんが殺された時に、血を弄ぶ殺せんせーを見たわ。そしてこの教室で教師をしてもいいって書置きがあったわ。それだけで証拠は十分でしょ」

 

確かに状況証拠としてはあっている。

じゃあ兄さんの時は?

証拠はシロに手渡された写真のみ。

しかもシロは偽物を使った事もあるんだぞ。

 

茅野の話と写真に写る超生物としての殺せんせー

俺達と過ごした教師としての殺せんせー

 

本当の姿はどっちなんだ。

 

「……キンジ君」

 

不意に茅野に声をかけられ、顔をあげると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の口は茅野の()によって塞がれた。

 

――プスッ

 

 

ドクン、ドクンと血流が集まってくるのが分かり、続いて首のつけねから何かが侵入してくるのがわかった。

 

『ほう、懐かしい。大嶽丸と同じものを感じるな。まあ、性格は俺好みじゃないみたいだがな』

 

頭の奥から聞いたこともない女の声が聞こえてくる。

 

誰だ、お前は?

 

『俺か?巫女どもには神と崇められているが、今は触手だ。そうだな、かつての人共に言われた名を語ろう。かつて京に向け緋き者を率いた首領、『朱天(しゅてん)』だ』

 

それでお前は俺をどうする気だ。

 

『くくっお前の望みを聞いてやろうと思ってな。お前はどうしたい、何になりたいんだ?』

 

何になりたいだと?

そんなもんねえよ。

 

『……?ああ、そうか。かつての夢に失望したばっかだったな』

 

ああ、そうだよ。

兄さんや父さんみたいになんてなりたくない。

俺はもう正義の味方なんてもんは目指さねぇんだ。

だからこれ以上、望みなんて聞いてくんな。

 

『ははっ、そうかそうか。それは悪かった。詫びと言ってはなんだが、良い事を教えてやるよ』

 

良い事?

 

『ああ、お前にとっていい情報だ。お前の兄と目の前の女の姉の死体の近くにあのタコはいたぞ』

 

はあ⁉

なんで触手のお前がそれをわかんだよ‼

 

『触手だから分かるんだよ。俺は一にして全、全にして一だからな。教えてやるよ、あのタコの事を、触手の事を』

 

そう言って自身の共有能力、そして殺せんせーの事を語る朱天。

確かにこの朱天の、触手の能力が本当なら殺せんせーが兄さんと茅野の姉を殺した信憑性が増す。

だが、それでも……俺が尊敬し、俺の体質を知られてもそれでも信頼した殺せんせーが……

 

『ああ、もうめんどくせいな。ならこれでどうだ』

 

なんだ、何をする気だ⁉

 

頭に激痛が走ると同時にナニカが頭の中を駆け巡る。

 

『お前の兄は事件も防げない無能だ』

『でもお前は兄が無能じゃないことを知っている』

『じゃあ、なんで兄は無能と呼ばれるんだ?』

『決まっている。事件を起こしたヤツのせいだ』

『その奴は?』

『殺せんせーだろ。証拠もあるのに疑う余地もない』

 

――兄さんを殺したのは……

 

濁流のように流れてくる感情は身近に感じるものだった。

 

殺意、殺意、殺意、殺意、殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意サツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイサツイ

 

ああ、そうか。

兄さんが死んだのも、父さんが死んだのも、正義の味方が認められないのも

 

 

 

全部、殺せんせーのせいなんだ。

 

 

 

 

『ああ、そうだ。全部ヤツのせいだ。それを踏まえてもう一度聞くぞキンジ。お前は何になりたい?』

 

 

ああ、そんなの決まっている。

復讐者(アベンジャー)』だ。

兄さんは死んだ。

なら、その原因にも同じ()をあじあわせてやる。

 

『くくッはははは。そうだ愛と憎しみは表裏一体、愛が深いほど憎しみは増す。そして憎しみと戦は切っても切れない縁を持つ。さあ、俺を受け入れろ』

 

そして俺という人格は塗りつぶされる。

 

――赤く、朱く、緋かく

 

触手と俺が交じり合う。

 

俺が触手で、触手が俺。

俺は果たして本人(触手)だったのだろうか?

だが目的だけはハッキリとしている。

 

――あの超生物を殺す。

 

その為には何でも利用する。

それが女であれ、この体質であれだ。

それこそが(触手)の願いであり、触手()の願いだ。

 

 

「さきに言っておくね。ごめん、お姉ちゃんの近くに落ちてた3色の触手の種のうちの一つを使ったわ。残りの蒼も君にあげる。君が活躍するときのあの性格が演技じゃないのは気づいていたわ。君は二重人格なんでしょ?

トリガーに関しても君は必要以上に異性を遠ざけていたから予想はついていたわ。こうすれば君は女の子いうことを聞くって。ホントは誰も巻き込みたくなかった。それでも私は止まれない、止まっちゃいけない。この暗殺が終わって……君が生きていたら私の全てをあげる。だから私に協力して」

 

ああ、むしろ好都合だ。

お前が俺を利用するなら、俺も存分に活用してやるよ、茅野カエデ。

緋色の触手を首から伸ばし、謝罪してきた茅野に俺は口を開く。

 

「ああ、報酬はお前自身だ。それで協力してやるよ、この遠山キンジ(緋緋色金)がな」

 

さあ、大好きな戦の始まりだ。




次話は、この話の少し前から始まります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84弾 不安の時間

~凛香side~

 

「なんで……なんでなの?」

 

キンジとのデート。

それに浮かれていた私は、一瞬にしてぞん底に落とされた。

事故を知ってこの場を去ったキンジは、きっといちにぃの状況を確認しにいったはず。

なら私は頼まれた事をきっちりとしないと。

今にも涙が零れそうだがそれをぐっとこらえ、私は荷物を持ち自身の家へと寄り道せずに帰った。

 

『え?お兄ちゃん、帰ってこれないんですか?』

「大丈夫よ、もしかしたらだから。キンジは万が一でも律が独りぼっちで寂しい夜を過ごさないようにって思っただけよ」

『そうですか……分かりました。お兄ちゃんの言う通り、パーティーが終わったら凛香さんの家に向かいます』

「うん、わかったわ。パーティー楽しんできなさい」

「はい……」

 

家に戻り、律へと電話をかけると少し残念そうな声で律がそういう。

律の気持ちはわかる。

きっと、クリスマスイブという特別な日にキンジと過ごせないのが辛いんだろう。

私だってそうだ。

私も今日という日をキンジと一緒に過ごしたかった。

 

TVの電源をつける。

そこには相変わらず、いちにぃが巻き込まれた事故が映っている。

そして行方不明者の名前が1人だけ表示された。

 

『遠山金一』

 

なんで、なんでいちにぃが……

どんな状況からでも必ず帰って来てくれたのに。

 

「左翼派が大きく動き始めたぁ? ッチ、ああ、それは今見ている。あの事を考えると、十中八九アンタが睨んだそいつが原因の1人だね。はぁ、明日から忙しくなるよ。いいかい、大岡の名にかけてアンタはそいつの裏を絶対に揃えな」

 

私、ううん。私達にとってとても悲しくなる事件を見る中、母さんは誰かと通話していた。

 

「凛香」

「何、母さん?」

 

電話を切るなり、唐突に声をかけてくる母さん。

そして母さんはあるものを私に向けて投げ渡してくる。

それはかつて渡された短刀と似ていた。

名は聞かなくても分かる。

小通連の対の短刀、大通連だ。

 

「母さん、なんでこれを?」

「護身用さね。ずいぶんきな臭いんだよ、この事件。複数の思惑が絡み合っているね。凛香が巻き込まれる可能性があるから、それと小通連は肌身離さず持っておきなよ」

 

そう私に言いながら、こんな時間から出かける準備をしていた。

 

「母さん。こんな時間の、しかもこんな時に出かけるの?」

「ああ、ったく。こちとら、仕事をやめたパート業の主婦なのに。凛香、母さんはしばらく帰れそうにないから、良い子で待っていなよ」

 

そう言って、荷物をまとめて玄関へ向かう母さん。

その直後――ドンと家が揺れるほどの音が響き、その発生源であろう玄関へ向かい私はその姿に体が無意識に震えた。

 

「恩人の息子の事故を利用して……金と権力に群がるハエどもが!」

 

その姿はまさに鬼だ。

以前E組に来た時に見せた殺気の比ではない。

そして、これほどの怒りを見せる母さんの姿は、暗にいちにぃの事故の裏の大きさを物語っていた。

 

「……気を付けてね」

「ああ、行ってくるよ」

 

結局、私はそれ以上何も言うことができず母さんが家を出た後はTVの前にただ座っている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

律が家に来た後、事故の事について調べてもらったがニュース以上の事は分からなかった。

たぶんそれまでは色々と思うことがあったんだろうけど、律からの返答に頭の中が白くなっていて、気づけば私はTVの前で寝ていた。

 

『昨夜のアンベリール号の事故から翌日、今だ行方不明者1名が見つかっていません。その行方不明者である遠山金一氏はどんな人物だったかを聞こうと思います』

 

いちにぃについて何か分からないかと、消えていたTVをつけるもいちにぃは相変わらず行方不明のままだった。

ただTVに映った映像に私は目を見開く、そこに映っていたのはキンジが住んでるマンションなのだ。

 

「大変です!金一お兄さんの捜査が打ち切られています。それに急にお兄さんが事故の原因だとバッシングする声が‼」

 

律の言葉に混乱していた頭が余計に混乱してくる。

なんで翌日に行方不明者の捜索が打ち切られているの?

なんで急にいちにぃが責められているの⁉

いちにぃの事もだが、それよりもキンジだ。

取材の場所からして標的はキンジに定められているのは明白なんだから。

なんだかとても嫌な予感がし、キンジの居場所を探してみる。

 

「律!キンジの場所は分かる?」

「ダメです。ケータイを切っているのかGPSの反応がなく分かりません!」

 

クソッ、なんでこういう時に限って!

TVを見ても映像はもうキンジのマンションではなく、今はもう番組のスタジオが映っていた。

 

「取りあえず、キンジの家に向かうわよ!」

 

そう律に言って、家を飛び出す。

キンジの家までは少しかかる。

その間に皆には迷惑をかけるけど、演劇発表を休むことを連絡しないと。

 

『おかけになった電話番号は電源が入ってないか、電波が――プツッ』

「あーもう!どいつもこいつもスマホ持っている意味ないじゃない!」

 

なんで今日に限って、殺せんせーも烏間先生も電話に出ないのよ!

 

「落ち着いてください、凛香さん。まだビッチ先生がいます」

 

そうね。これでビッチ先生もダメなら、誰かクラスの人に伝えてもらおう。

律に諭され、イライラしていた気持ちを落ち着かせビッチ先生の連絡先から電話番号を開く。

 

『――プルルル――プルルル  もしもしリンカ、アンタも今日は休むの?』

「うん、そう……え、私も?」

『ええ。他の子も全員、朝のnewsを見てトオヤマが心配だからって言ってたわ。カラスマもサヨクハ?が大きく動いて、コウアンに呼び出されて今日は来れないみたいよ。学校の方は私が言いくるめるから、リンカもトオヤマに会いに行きなさい』

 

優しい声色でビッチ先生がそう言って、通話が切れる。

ビッチ先生や皆の行動に不覚にも目頭が熱くなる。

皆がキンジを心配して優先してくれた。その事が幼馴染として嬉しかった。

 

「凛香さん、泣くのは早いです。もうすぐ家に着きますよ」

 

律の言う通りだ。

まずはキンジと合流してから、後のことはその後考えよう。

 

『キンジを見つけた人いる?』

 

全員が探してくれていると分かったため、E組全体で使っているグループにそうメッセージを送る。

そうすると数分を待たずに続々と返信が来た。

 

『学校には来ていないよ』

『今、遠山君の家に向かったけどマスコミだけでいそうにないよ』

『じゃあ、僕は武偵庁の方に向かってみるよ』

 

皆が手分けして探してくれている。

有希子が先に行って家にいないことを確認してるけど、キンジの家はもう目の前だ。

念の為にこのままキンジのマンションに向かってみよう。

 

「律、目的地は変更なし! その後は武偵庁に向かうわよ」

「分かりました!」

 

キンジが今住んでいるマンションへと着いたが、そこには有希子の言う通りたくさんのマスコミが張り込んでいた。

たぶん朝の放送からずっとスタンバっているんだろう。

 

「ここに住んでる彼とはどういう関係?良かったら、彼に戻ってきてもらえるように言ってもらえない?」

「おい!取材許可出した責任者に追及しろ!このネタで特番組んだのにどうすんだと言え!」

 

見れば有希子が女性にキンジと連絡をつけれるかと聞いたり、奥のほうでは電話越しに怒鳴っている偉そうな男などがいる。

朝は肝心な部分を見逃していたが、この阿鼻叫喚とした現場からしてたぶんキンジは取材途中でいなくなったんだろう。

そこで有希子と目が合う。

 

『絡まれたらしつこい。早く移動』

 

ウインキングでそう伝えてくる。

だがそれは遅かった。

目ざとく私達に目をつけた奴らがこっちへと来る。

まるで獲物を見つけた飢えた野良犬のように血走った目でこちらを捕らえる。

それを見た瞬間、私の怒りの沸点は容易に超える。

 

それが人の生死がかかった事件、それも被害者の身内や知り合いに対して取材する態度か‼

 

何か一言言ってやりたくて立ち向かうように一歩前に出ようとして……それを律に遮られた。

 

「凛香さん。気持ちはわかりますが、それは悪手です。最優先はお兄ちゃんです」

「…………」

「ここは私が引き受けますから、凛香さんは早く行ってください……みなさーん、お兄ちゃんの家の前で何をしてるんですかー?」

 

キンジの妹だと分かるや、こちらへと来ていたマスコミは全員律を囲むように迫る。

あまりの数に既に律の姿は見えていなかった。

 

「…………ありがとう」

 

一言、自分も会いたいはずなのにここで残ってくれた律に向けて呟いて私は次の目的地へと走って行った。

 

武偵庁には渚と赤羽の二人が先にいることになっている。

武偵庁の方も先ほど同様にマスコミでいっぱいだが、こちらは庁の職員が対応しているためこちらは標的にされる心配がなかった。

 

「あ、速水さんこっちだよ」

「なんでこんな路地裏なんかに……ってどんな状況よ、コレ?」

 

渚に呼ばれ後ろをついていくと路地裏へと案内され、そこでは何故か大人の男がカルマに怯えているという良く分からない状況だったのだ。

 

「ん? ああ、これね。キンジ君の事を殴ったって自慢げに話してたから詳しく聞いたんだよ。ほら、俺に言ったみたいに彼女にも自慢話してみろよ」

「ヒィ⁉お、俺はただあの事故で彼女がケガしたから、そうだよアイツの兄が悪いんだ。だからその弟を殴っブペッ」

「やっぱ口塞いどいてくれない?聞いていて気分が悪くなるからさ」

 

ビビっていた男のあんまりな言い草に私より先に手を出して黙らせた赤羽。

渚も特に止めることはせず、私も特に何も言わなかった。

むしろ赤羽が先に手を出さなければ、全力でこの男を殴ってたわ。

 

「残念だけど、キンジ君をみたのはこの人だけだったんだ。マスコミの人は全く相手にされなかったし」

 

渚の言葉にキンジの家の前と武偵庁に殺到しているマスコミを見て察しがつく。

きっと見ていたとしても、取材に忙しいから無視をしていたのだろう。

ほんと、反吐が出るわ。

それにしてもキンジはここにもいないか……

 

「あと中にコッソリ入った時に金一さんの同僚の人にコレを渡されたんだ。キンジ君と速水さんに渡してくれって」

 

そう言って渚は私に一つの紙袋、結構な重量を感じさせるものを渡してくる。

詳しい事を聞くと、渚が気配を消して中へと侵入し情報を得ようとしてあっさりと一人の男に捕まったらしい。

 

『その年齢で、この技量。間違いないな。キンジの知り合いだろ、これをキンジと凛香に渡してくれ』

『重ッ⁉あの、あなたは?』

『金一の同僚だ。それはアイツが行方不明になった時点で渡してくれって頼まれていたものだ。たくっ、冗談だと思ってたのによ。上の方から、金一のモノは事件の関連性を疑って全部押収するなんて言ってるが、俺はここに荷物を置いていつの間にか無くなっていた。そう言うことだから、少年。ちゃんと渡してくれよ』

『え、ちょっと⁉』

 

色々ときな臭い気もするし、渚に渡した人物も気になるが中身を見てみるとそれは普段キンジが身につけているものと同じ……いや、キンジがマネをして身につけていたバタフライナイフ、いちにぃが持ち歩いていた刀身が緋色のバタフライナイフと弾が籠められたSAA。いちにぃの愛銃が入っていた。

更には一枚の手紙、『ナイフはキンジに。銃は凛香にクリスマスプレゼントだ。ここぞという時できっとお前たちの役に立つはずだ、大事にしてくれよ』

 

「……こんな物騒なプレゼントなんて嬉しくないわよ。バカにぃ」

 

絶対にキンジと2人でいろいろ文句を言ってやるんだから。

そう誓い、左の太もものホルスターのベレッタをSAAに入れ替える。

 

「キンジにも渡してくれって頼まれたんだし、さっさとあのバカを見つけましょう」

 

そこで再び渚達と手分けしてキンジを探す。

 

 

 

キンジが良そうな場所。

椚ヶ丘、人工島、巣鴨……心辺りのある場所はしらみつぶしで探し回った。

だがキンジを見たという情報は得られても、終ぞ本人を探し出すことはできなかった。

時刻はもう夕方を示す時間帯になっていた。

 

キンジが見つからない。

視界が滲む。

それもそうだ。

いちにぃが行方不明になって直後にコレなのだ。

胸中に押し込めた不安があふれ出す。

このままキンジまで見つからなかったら……

 

「ちょっとアンタ、銃を持ってるみたいだけど許可証を持ってるんでしょうね」

 

目の前でどこかで見たようなピンクブロンドのツインテールが揺れ、まるでアニメに出てくるような女子の声が私にかけられる。

でもこの時点で私の不安は限界だった。

 

「なんでみつからないのよぉ……キンジに会いたいよぉ」

「うぇ⁉ちょっちょっと泣かなくても。ほ、ほら、ももまんあげるから」

 

泣き出した私に目の前の子はアタフタと、ももまん片手に慌てるのだった。

 

 

 

 

それからその子に連れられ、近くの公園に移動する。

そこで私が落ち着くまで待ってもらい、落ち着くとなんで泣いたのか促される。

 

「そう、幼馴染の兄が事故に巻き込まれた直後に幼馴染も……ね」

 

詳しく話すとキンジに迷惑がかかると思い、少し濁して話すとその子は何かを考えるようにうつむく。

 

「なんだか嫌な予感がするわね。明日になってもまだ見つからないならここに電話しなさい。本来は専門外だけど、あなたの幼馴染の捜索を手伝うわ」

 

そう言って私に電話番号がかかれた紙を渡してくる。

この子、もしかして武偵高のインターンなの?

 

「安心しなさい。Sランク武偵が手伝ってあげるんだから、その子も絶対に見つかるわ」

 

そう言って武偵手帳を見せてきて、その中身に私は思わず二度見してしまった。

そこに書かれていたのは『神崎・H・アリア』の名前と強襲科Sランクの文字。

でもそれ以上に驚いたのは、

 

(え、年上だったの⁉)

 

見た目はしょうがく……ゲフンゲフン、中学生に見える人がまさかのキンジと同じ年齢だったのだ。

 

「ありがとう……ございます」

「あら?Sランクだからってそんなにかしこまらなくてもいいのよ」

 

違うんです。年下と思ってたんです、ごめんなさい。

 

とそんな事は言えず、ただ黙ってコクリと頷く。

 

「銃は事故に巻き込まれた人のを同僚の人に渡されただけだからお咎めもなしね。一度帰ってココアでも飲んで落ち着きなさい。ちゃんと帰るのよ~」

 

そう言って神崎さん……有希子と被ってめんどくさいわね……

そう言って、アリアさんは帰って行った。

話し込んだこともあって、すでに日は落ち空は真っ暗だった。

でも胸中の思いを吐き出したからだろうか、少し不安は少なくなっていた。

その時スマホに特有の音がなる。

見れば茅野からの一件のメッセージがE組のグループに投稿されていた。

 

『遠山君が見つかった。疲れていたみたいで、今は私の家で貸した部屋で寝ているよ。殺せんせーも心配しているみたいだから、明日○○時に学校で皆集まろう。遠山君は私が責任もって連れて行くから心配しないで』

 




最近書いていて思うこと、主人公誰だっけ?ってレベルでキンジ出ていない気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85弾 仇の時間

~凛香side~

 

茅野の連絡を受けた翌日、私達は冬休みに入った学校へと向かっていた。

ホントなら昨日のうちにキンジに会いたかったんだけど、茅野に言うとあんまりにも憔悴していてその日に会うのは勧められないと断られたのだ。

 

「茅野、本当に教室にいるのね?」

「うん、そこが良いってキンジ君が」

 

皆も心配しているからか心なしか歩調が早くなる。

 

「なあ、あれって」

 

誰かが不意に言った言葉に顔を上げてみると遠くの空から何かが猛スピードでこちらへ迫ってくるのが見えた。

あんなのは私達が知る中で一人の教師しか該当しない。

 

「キンジ君は⁉」

 

その言葉と共に殺せんせーが土煙を纏いながら裏山に着地した。

 

「キンジなら教室で待っているって……殺せんせー何があったんだよボロボロじゃねーか⁉」

 

杉野の言う通り、殺せんせーは今まで見たことが無いほどボロボロだった。

服はボロボロに、触手なんて数本が切られたままだ。

いったい殺せんせーの身に何が……

 

「先生の事は良いんです!それよりもまずはキンジ君を」

 

いつも以上に焦って旧校舎へ向かう殺せんせー。

私達もその焦燥に当てられ、それ以上は何も言わずに殺せんせーの後ろを走る形で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「キンジ君!」

 

旧校舎にたどり着くと、真っ先に私達が使っている教室へ向かい殺せんせーを先頭に入っていく。

 

そこには机に座って、外を見るキンジがいた。

殺せんせーの言葉にも反応せず、どこか上の空のようだが見た感じはケガなどもしていない。

そのため私の口からはまずは安堵のため息がでた。

 

「キンジ、皆心配してたのよ。昨日はどこにいってたのよ!」

 

そう言って私はキンジの傍へと近づくとこちらに気づいたのかキンジが顔を向ける。

だが顔を向けても、無表情でそれ以上の反応を示さない。

その異常な反応に私は足を止める。

 

「キンジ、アンタ大丈夫なの?」

「なあ、殺せんせー。アンタに何点か聞きたいことがある」

 

その瞳に何も移さないまま、まるで機械のようにキンジは私を無視して喋りだす。

 

「アンタ、一昨日は横須賀で何をしていた」

「……先生は食事に「アンベリール号でか?」ッ⁉」

「兄さんは強かっただろう?その再生できない触手がその証拠だもんな」

「キンジ君……君はこの触手の正体を知ったのですか?」

「質問してるのはこっちだぜ。まあいい、アンタの反応で確信を持てたよ。この写真は本物だったんだな」

 

待って。どういうことなの?

まるでキンジはいちにぃが殺せんせーに殺されたような口ぶりではないか。

そしてキンジの手から写真が捨てられる。

そこにはボロボロの殺せんせーと血まみれで倒れているいちにぃ。

でもこれって……

 

「キンジ君、君は勘違いしている。先生の話を聞いてください」

「人殺しの話を素直に信じるほど善人じゃねーよ、俺は。……そうだ凛香」

 

私が写真に違和感を抱いていると、不意にキンジが私に声をかけてきた。

 

「俺武偵やめるわ」

「え」

 

キンジのその言葉に私どころか全員が呆気にとられた次の瞬間。

緋色の残光がよぎる。

 

――ドゴッ‼

 

私達の後ろに突然旧校舎の壁に穴が開き、殺せんせーが視界から消え失せた。

何が起きたのか分からない。

その何かの原因を見るためにも後ろを振り返ると

 

「チッ殺し損ねたか」

 

さっきまで目の前にいたキンジが足を振り抜いた状態で立っている。

 

「体育倉庫に蹴り飛ばした。約束通り後はお前に譲ってやるよ茅野」

「なんで……」

 

その言葉は誰とも知れずに漏れる。

 

「ふふっ詰めが甘いねキンジ君も」

 

茅野とキンジの首からそれぞれ翠と緋の触手が生えていたのだ。

全員が呆然としている間に茅野は空いた穴から出て行く。

 

「アイツの作戦もすぐに終わるだろう。外に行った方が見物だぞ」

「ッ‼キンジ‼ なんでアンタがそれを……それに武偵をやめるって」

 

キンジの言葉に我に返った私が聞くとキンジの顔は険しくなる。

 

「凛香も俺を探したなら見たんじゃねーのか?兄さんに罵詈雑言を浴びせる奴らを、俺は兄さんたちみたいなバカな役目をやるなんて御免なんだよ。触手は確実にあのタコを殺すためだ」

 

その言葉と共に――ドゴォォン‼と地響きが鳴り響く。

 

「チッ、失敗してんじゃねーか」

 

そう言って外へと出て行ったキンジを追いかけると、屋根には茅野が、その茅野を見上げるように息を切らしている殺せんせーがたっていた。

そして一足飛びで屋根に飛び移り、茅野の隣に立つキンジ。

 

「思わず防御(まも)っちゃった。殺せんせーが生徒を殺すはずないのに」

「おいおい詰めが甘いぞ。人の事言えねーじゃねーか」

 

まるでテストでケアレスミスしたかのように話す2人。

それを見て殺せんせーが口を開く。

 

「なぜ茅野さんまで」

「ごめんね。茅野かえでは偽名なの。『雪村あぐりの妹』そう言ったら、私がキンジ君の横にいるのが分かるでしょ?」

 

雪村あぐり……

ここにいる生徒ならほぼ全員が知っている。

なんでここでE組の前任の担任の名が……

 

「二人とも失敗したし切り替えなきゃ。明日の0時に今度は2人で殺るわ殺せんせー。場所は直前にメールするから」

 

そう言って立ち去ろうとする茅野にキンジは「少し待て」と呼び止めた。

 

「お前ら、ただ俺達が殺せんせーと殺し合っているのを見るだけじゃヒマだろ。もし俺達を止めたいなら同じ時間にお前らも来いよ」

「……はぁキンジ君」

「いいじゃねーか茅野。本命を殺す前の準備運動だ。それに俺一人で相手する、その間だけお前にタコは譲ってやるからよ」

 

それは今まで見たことがない笑みだった。

そうまるで肉食獣のような、()()()()()()()()なそんな獰猛な笑みだった。

 

「まあそれで君が良いならいいわ。なら皆にも直前に殺せんせー同様に場所をメールするから来たい人は勝手に来なさい」

 

それだけ言って二人は触手で枝を掴み、山を下りて行った。

私もさっさと準備をするために山を降りなければ。

 

「ちょっと速水さん。どこに行くつもりなの⁉」

「不破、決まっているじゃない。武器を取りに行くの」

「それってまさか」

「言って止まらないなら、あとは力づくでしょ」

 

それだけ言って山を下りようとすると、複数の足音が両隣からする。

 

「そうだね。それに聞きたい事もあるし、あとで凛香ちゃんの違和感も教えて」

「じゃあ私も社長に秘密兵器を受け取った後に合流しますね」

 

分かっていたが、その足音は有希子と律だった。

 

「待てよ。作戦を決めるなら俺たちも入れろ」

「触手ならシロから少し聞いている。実体験も含めて話す」

 

そして意外にも寺坂やイトナもついてきた。

 

「あんたが率先として動くとは思わなかったわ」

「うるせぇ。……最初は年上で気にくわない奴だったがよ。アイツも茅野も含めて俺達E組だろ。なら仲間が道を踏み外すんなら殺す気でそれを留めるもんだろ。それにアイツには何度も助けられてるしな、借りを返すだけだ」

「寺坂のデレなんて、誰も求めてないぞ」

「うるせぇイトナ!おい、お前らも笑うんじゃねーよ!」

 

顔を真っ赤にさせて怒鳴る寺坂。

そして最初は数人だった、足音は自然と増え気づけば全員が山を下りている。

 

「寺坂に言う通りだ。仲間を止めに行かないなんて選択肢ないよ」

「うん、僕達で止めよう。キンジ君も茅野も」

 

 

 

――指定の時間まで残り14:00――

 

 

 

 

~キンジside~

 

指定した時間まで1時間を切った。

指定した場所は椚ヶ丘公園の奥にあるすすき野原だ。

俺と茅野はそこまで触手で5分とかからない場所にある高台で街を見下ろしていた。

 

「ふむまさか、彼も適合するなんて驚きだね」

 

そんな人気のない場所に二人の影が現れた。

1人は白装束の男、シロだ。

 

「何?今更忠告したのにとかでもいいに来たの?」

「いいや。君が私の言葉に従うとは思わないからね。ただ彼女(スポンサー)に君達を見せに来ただけだ」

 

シロの隣に立っていたのは10歳未満に見える少女だった。

 

「ふむ。彼には緋色ではなく瑠色が適しているはずだが、先祖ゆえにそちらも適したか。そしてその少女も面白い。結果的にとはいえ感情を殺して適合するなんてな」

 

この少女から感じるのはなんだ。

何かが嚙み合うようなそんな奇妙な感覚をこの少女から感じる。

俺を見て茅野を見た少女が再び俺を見る。

 

「だがあの方どころか私が片手間に行った一手でこれとは少し期待ハズレだな。招くのは今後次第か。今後があればの話だがな」

 

それだけ言って、その少女は再び闇に消えていった。

 

「その触手、緋緋と璃璃に辛うじて適合した君達には少しは期待しているよ」

 

そしてそれに続くようにシロも消えていった。

……まあ、あの少女もシロもどうでもいいか。

今はもうすぐやってくる奴らとの殺し合いのほうが優先だからな。

 

――指定した時間まで残り00:45――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86弾 殺意の時間

指定した時間が迫り、草木も眠る深夜に複数の人影が見えた。

 

「全員が来たか……」

「キンジ君、茅野さん。その触手をそれ以上使うのはやめてください。今すぐ抜いて治療しないと命が危ないんです‼」

 

タコ……ここまで来て、殺し合いをやめろってか?

 

「なんで?すこぶる快調だよ。そんなハッタリ聞くわけないじゃない」

 

茅野の言葉の通りだ。

兄さんを……カナを奪ったこのタコを見ると、あのドス黒い血流。ベルセの血流がドクン、ドクンと流れ、それとは別に触手のおかげか通常とはまた違った血流が集まってきている。

こんな最高なコンディションなのにそれの要因だと考えられる触手を手放すわけないだろ。

 

「それに俺達の目的はまだ達成してねーんだ。お前の言う通りなんてするわけないだろう」

 

俺の言葉にタコは何か言いたげな顔をするがそれ以上は語らず、代わりに渚が1歩前へ歩み出てきた。

 

「ねえ、茅野。今までの事全部演技だったの?楽しい事を色々したのもつらい事や苦しい事を皆で乗り越えたのも」

「全部演技だよ」

 

渚の問に茅野がばっさりと切り捨てる。

まあそうだろうな。肉親を殺されて、その仇が目の前にいてそんな感情が出るはずない。

 

「私は触手に何になりたいかと聞かれて、『殺し屋』になりたいって答えたわ。そしてまずやったのは自分の感情を殺すこと。殺意を殺して標的にバレないようにひ弱な女子を演じたの。そうしないとお姉ちゃんの仇をとれないからね」

「ねえ茅野ちゃん、キンジ君。この先生がいきなり殺すって本当に信じているの?今2人がやっている事が殺し屋としての最適解だとは俺には思えない」

 

カルマが茅野だけではなく俺にもむけてそう口を開く。

……俺達の気持ちもわからねえくせに。

 

――そうだ。所詮こいつらも他人、兄に救われながら罵倒したアイツらと同じだ。

 

殺意があのタコだけでなくこの場にいるヤツラ全員へと向き、血流が一段と強くなる。

 

「キンジ、お前異様に汗を搔いてるぞ。それに茅野も薄手にマフラーか。触手の移植者特有の代謝異常が顕著に出ている。その状態で戦えば触手に生命力を吸い取られて、死ぬぞ」

「……うるさいな。部外者のくせに」

 

イトナの言葉に茅野がイラつき、それにともない触手の先が発火し炎に包まれる。

そろそろ殺らねえと、高ぶりでおかしくなりそうだ。

 

「イトナ、最初に言っただろう?止めたいなら力づくで止めて見せろと」

 

俺が戦うために前へ出るとすすきに炎が燃え移り、俺と茅野に境界線ができる。

 

「……キンジ君。死ぬことは否定しないんだね」

「人なんていつか死ぬもんだろ」

 

そんな俺に有希子が聞いてくるが、その表情は覚悟を持った顔をしていた。

 

「殺せんせー、トリアージは?」

「二人とも赤です。茅野さんの触手は性質上いつ暴走してもおかしくありません。キンジ君は戦闘をしていれば暴走する危険性は茅野さんより低いです」

「なら殺せんせーは数名連れて茅野さんの触手の対処を、残りでキンジ君を止めます」

「……分かりました。戦闘に秀でた人でキンジ君をお願いします、すぐにでも茅野さんの触手を取り除いてきますので」

 

そう言って、殺せんせーと菅谷、奥田、千葉、倉橋、三村、そして渚が俺の横を通って炎の境界線を越えていく。

 

「やっぱり優しいねキンジ君は」

「はっ、何言ってんだよ有希子。止めれば俺をためらいなく撃つつもりだったくせによ」

「ふふっそれを簡単に防げるくせに」

 

そんな会話をしながら、どんな状況にも対応できるように構える。

ああ、そうだ。殺りあう前に聞きそびれていた事を聞くか。

 

「おい、凛香。お前は兄さんが助けた人を見てどう思った」

「……私は、それでもいちにぃのやったことは間違いじゃないと思っているわ」

 

そうハッキリと答える凛香へ俺はうっすらと笑みを浮かべる。

なんせ背中を任せていた奴と敵として殺りあえるんだ。

これ以上の楽しみはないな。

 

「この遠山桜。手向けには血染めの桜と決めている。例えお前たちでも容赦はしないぞ」

 

俺が拳を構えると、凛香も小通連とベレッタを構えた。

 

「やらせない。私は正義の味方を目指した幼馴染の隣に立つ。例えキンジが立ちふさがっても私は止まらないわよ」

「……そうかその道は後悔しか生まれない、お前なら分かると思ってたんだがな」

 

その言葉を皮切りに待ちに待った殺し合いが始まった。

 

――パァン‼

 

最初に動いたのは凛香だ。

引かれた引き金によって、俺の肩目がけて銃弾が飛んできた。

 

避けるのも煩わしいな。

 

いつもよりスローモーションに移動する銃弾を指で挟み、飛んでくる角度を変える。

銃弾の回転によって、右手の指にケガを負うがそれを極細の触手で矯正させる、痛みは頭の痛みで何も感じない。

手を握ったり広げたりと問題なく動くことを確認しつつ、再び凛香へと拳を構える。

凛香が今度は小通連を構えて、近距離戦へと持ち込んでくる。

 

――ガキン

 

俺の拳に合わせ、凛香の小通連の峰を振り抜かれかち合う。

およそ、拳と刀を合わせた音ではない。

それはそうだ。

今の俺の体には触手が伸ばされているからな。

 

俺は触手を手に入れていたから時間が浅く、茅野に比べると触手の操り方は雑だ。

だから俺は触手を体に纏うように伸ばした。

例え筋肉が切れようと触手でその部位をカバーし、無茶な動きも人体よりも有用な触手で可能にできるようにと。

今回のも拳が壊れるのもいとわない殴り方をし、それを触手が補強して怪我なく打ち合えている。

 

そして打ち合うたびに相手の勢いを利用するカウンター技、絶牢を応用し拳の速度を速めていく。

 

――ガキン……ガキン…ガキン、ガガガガガ……

 

ヒステリアモードと似たような事ができる小通連だからなのか、ある程度の速度は凛香も捌けていたが次第に遅れていき

 

――――パァン‼

 

俺の拳がマッハを超えるころには明確な隙が生まれていた。

自身もそれを自覚できているのか、いつの間にか持っていたもう一つの短刀、恐らく大通連だろう。それらの両刀をクロスするように構えている。

まあ、そんなもんで防げるほど俺の拳は軽くないがな。

 

まずは1人目だ ――ドンッ‼

 

確かな手ごたえと衝撃。

だがそれはいささかデカく、硬いものだった。

 

「おいおい律、盾が一撃でおじゃんだぞ」

「寺坂さん、まずお兄ちゃんの一撃を耐えれたことに驚きです」

「おい待て、それって下手したら盾の意味なかったってことだよな」

「…………テヘッ」

 

俺が殴ったのは凛香ではなく、間に割り込んできた寺坂が持っていた大型防弾盾だった。

だがなんで寺坂が俺の拳を受け切れたんだ?

そう思い地面を見ると、寺坂の足元の草は抉れ地面がむき出しになっている。

その抉れ方には見覚えがあった。

 

(こいつ、見様見真似で橘花の真似事をやったのか)

 

俺の様に亜音速では出来てないため完璧とは言えず、その分の逃がしきれなかった衝撃で盾はひしゃげているがそれでも耐えれるほどまでに抑えているのは吹っ飛んでいないことで証明されている。

 

「お前らも俺の復讐の邪魔をするのか」

「俺達だけじゃねえ、全員で邪魔してやんよ。それでそのバカな頭に一発叩き込んでやる」

「お兄ちゃんを止めるのも義妹の役目ですから」

 

面白い。

俺はこいつらをいささか見誤っていたようだ。

 

他の面々も俺に向けて武器を構えてくる。

 

草木も眠る深夜。

月とすすきに燃え移った炎に照らされながら、俺達の暗殺が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87弾 対決の時間

改めて武器を構えている奴らを確認する。

ほとんどの奴は自分が得意な分野の武器を構える中、数人気になるやつが目に入る。

寺坂はひしゃげた盾を捨て、律によって作成された新しい盾を構えている。

竹林は銃やナイフの代わりに手投げの爆弾らしきものを持っている。

カルマはナイフなどを装備はしているが構えず、無手だ。

律もカルマ同様に無手となにも装備していないがその後ろには本体が鎮座している。

有希子は銃を構えているが、なんなんだあの銃は?

P250に一見似ているが違う銃だ。あんな銃は見たことが無い。

そして凛香、片手には見慣れた小通連をそしてもう片方には忘れたくても忘れられない銃コルトSAA――ピースメーカーが握られていた。

 

対して俺はというとあの日着の身着のままな為、銃やナイフどころか服すら防弾性のモノではない。

まあ、それがどうしたというわけだがな。

 

「凛香ちゃん、勝手に動かないで。せっかくの有利性が意味ないよ」

「ごめん、つい」

「そんな風に言うからには準備はもう済んだんだろ有希子。さっさと来いよ」

 

銃口を俺に向けたまま凛香を叱る有希子にそう言うと、有希子は満面の笑みを浮かべこう言ってきた。

 

「もちろん、暗殺はここからだよ。竹林君‼」

 

――ボンッ‼

竹林が手早く持っていた爆薬を地面にたたきつける。

それは爆弾とは違い煙玉だったらしく視界が真っ白に染まり、有希子たちの姿が消えた。

そして始まるのは先ほど同様の銃撃戦からだった。

パァンと銃声が聞こえ、白煙を突き抜けてゴム弾が俺の方向へと飛んでくる。

これが普段ならここで詰むだろう。

だが今はヒステリアモード。

しかも触手によって血流は激しく、強くなっている。

俺は自身に当たりそうな弾だけを先ほどの凛香の銃撃同様に2本の指で当たらない方向へと転換させる。

それによって弾はかすりはするが直撃はない。

 

「ふっ」

「おりゃぁ!」

 

そして続けて両側から挟むように、磯貝と前原コンビがナイフで仕掛けてきた。

それをバックステップで避ける。

これはフェイクだ。

本命は……

 

「「ッ!?」」

()()()()の攻撃だ)

 

そう確信していた俺は瞬時に手を振り上げ、振り下ろされる2本のナイフをそれぞれ挟み、そのまま振り下ろして2人をナイフごと叩きつけようとするが、

 

「おわっとと」

「やっぱり一筋縄じゃいかないか~」

「バカみたいに弱点(首)を狙いすぎてバレバレだ」

 

身軽さに定評がある二人な為、素早く受け身をとり白煙の中へと消える。

 

「んじゃ、次は俺だね。一度キンジ君とは戦ってみたかったんだ」

 

煙のなかから今度は入れ替わるようにカルマが姿を現す。

その構えは好戦的なカルマにしては防御よりの構え、カウンターでも狙う気なのか?

面白い。その挑発乗ってやるよ!

 

俺はそのままカルマへと飛び込むように近づき右を突き出す。

カルマは危なげなくだが、それを受けとめず逸らすように受け流す。

この受け流しは夏休みに見せていたが烏間先生の技を模倣したものだ。

だが完成度はあの時の比ではない。

あの技術に体育祭で俺を見て盗んだ潜林も使って、より確実に拳を逸らしている。

その事実が俺のカルマへの期待が高まり、より速くより重く両拳を振るう。

 

「ッと。キンジ君、そんな程度でしか拳を振るえないの?ガッカリだなぁ」

「よく言うぜ、逸らすだけで精一杯なくせによ。そんなにお望みならコレも受け流してみろよ!」

 

――パァァァァン‼

 

拳がマッハを越えてカルマの顔面へと吸い込まれるように飛んでいく。

それすらも頬を掠らせるほどギリギリで逸らしたカルマにもう一撃と空いた拳を握ると……カルマは罠にかかった獲物を見るかのような笑みを浮かべていた。

 

――パパパパッ

 

普段なら気づかないが、銃声とマズルフラッシュから撃った人物が分かった。

幼馴染と幼いころにせがんで聞いたことのある銃声と聞いたことがない銃声。

このタイミングで撃ってくるか、凛香、有希子!

 

その全ての銃弾はカルマを掠ることなく全てが通り過ぎ

 

――キィィン‼

 

銃弾同士がぶつかり俺に向けて方向が変わる。

俺の位置や撃つ方向は律の指示か。

銃弾は俺の四肢へと向かっている。

ここから今までのような回避は無理だ。

かといって受けるのもダメだ。

これが普通の銃弾なら触手でどうにかできるが、撃ってくるのは対先生用非殺傷弾。

触手を貫通して食らってしまう。

俺がとれた行動は触手も駆使して体勢を崩してでも、当たらないように銃弾を避けることだけだった。

 

「とった!」

 

体勢が崩れたところでカルマがすばやく後ろに回り込み、俺の首に腕を回し締め付ける。

関節技(サブミッション)、それもシンプルかつそれでいて強力なチョークスリーパーで俺の意識を落とす気か。

触手は見た目に反して非力であり、カルマの技をほどくことができない。

これが攻撃手段が触手な茅野なら終わってただろうな。

――ゴスッ!

 

「ぐっ」

 

遠山家の奥の手でもある頭突き。

それをもろに喰らいカルマの手が緩んだところで肘による一撃と共にカルマを解いて、その場から下がる。

 

「~~ッ、まさか頭突きがあんな威力とか想定外だわ。とりあえず無難な攻め方をしたけど、どうする神崎さん?」

 

ここでようやく煙が晴れた。

俺とあいつらとの距離は最初と同じ距離まで離れていた。

 

「うん、イトナ君が言ってた弱点が全くないね。元々戦闘面に秀でてるから多少の低下が無意味、むしろ触手を纏って上がってる。精神面のほうも良い方に転がってる感じかな?」

 

冷静に俺を分析してくる有希子。

次はどんな手で楽しませてくれるのか。

E組の成長を実感し、次の一手に期待をして俺からは仕掛けずに成り行きを見ていると「私が行きます」と律が本体を担いで出てきた。

 

「おいおい律。お前だけか?他のも連れてきていいんだぜ」

「いいえ。一人じゃないとむしろ危険なんです。未知(触手)には未知(先端科学)で対抗です。おにいちゃん、これが私の全力です!PAD・シャノン プロトタイプ アロケーション。そしてショータイムです!」

 

そう律が宣言し跳び上がると、それと共に本体が花が開くかのごとく開き何かが飛びだす。

その飛び出したものは律の背、胸、肩、腰へとガシャン、ガシャンと音をたてて装着されていく。

 

「「「な、なん……だと!?」」」

 

男どもの感嘆の声とともに見えた全貌は、黄色に染まったパワードスーツだった。

それを見ている男子と一部の女子は心なしか目が輝いている。

 

「ちょっと律!なんでプロトタイプなの!?そこは王道にテストタイプでしょ!?」

「いいえ、これでいいんです不破さん。だって私は主役じゃなくてヒロインですから。それに言いたかったんです。『お兄ちゃん、あなたは死なせません。私の命に代えても救います。だって私が死んでも(体の)変わりはいるもの』」

「殺せんせーじゃなくて律が3回目のインパクトを起こして人類滅ぼしそうね……」

 

……まあいい。コイツ等のコレは今に始まったことではないからな。

そんな二人のやりとりは気にせず、改めて律が纏ったパワードスーツを見る。

腰付近に可変翼と噴射口があることから恐らく空中戦闘が可能、手と連動すように大きな機械の手はあるが武器は持っていない。

いざとなれば本体が作るんだろう。

だがそれは武器がないというわけではない。

 

(くくっやりがいがあるじゃねーか)

 

なによりも目に写るのは機械の腕から出ているM134と肩に取り付けられた多連装の小型ハッチ、どうみてもミサイルを撃つために装備している。

誰が見ても過剰戦力だろう。

 

「いきます!お兄ちゃん、あなたの手は殺めるものじゃなく、誰かを救うためにあることを思い出させてみせます!」

 

怪物対機械。

第二開戦の開幕はミサイルによる爆炎から始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88弾 告白の時間

チラ…(´ ・ω| 2年近く放置してすいません。
これからも不定期になりますが、細々と続けようとは思ってます


小型のミサイルがキンジに向って何発も飛んでいく。

それを避けるのにキンジがミサイルに対して横に走るとミサイルたちも方向を変えて飛ぶ、どうやら誘導弾らしい。

それを確認するとキンジの首から細い糸が飛び出し、その次の瞬間ミサイルは

 

――ガガガガガ

 

きっとみんなには何か金属同士がぶつかる音が鳴り響き辺りが爆炎に包まれただけなんだろう。

だが小通連を持つ私には見えた。

 

「おにいちゃん、さすがにめちゃくちゃすぎです」

 

それを律も見えていたんだろう。

私同様に驚愕というよりも呆れという感情が表情に現れていた。

なぜならキンジは触手を腕に巻き付けて、ミサイルを殴ることによって方向転換させ互いにぶつけたのだ。

ミサイルがぶつかることによって発生した煙が消えると、そこにはやはりと言うべきかほぼ無傷のキンジが立っている。

律の言う通り、ホントにめちゃくちゃだ。普通ならミサイルが自身に向って飛べば避けるのに必死になるはずなのにミサイルを生身?かどうかは微妙だが身ひとつで迎撃するなんて……

 

「バケモンになったんだ。これぐらいできて辺りまえだろう?」

「……私の計算では触手含めて対処できずしばらくミサイルだけで足止めができるはずだったんですよ!?」

 

なんでだろう。

化け物云々言って律の計算を上回ったキンジを見ていると、そのうち触手がなくても素手だけでミサイルを殴って進行方向を変えそうな気がするわね。

と、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

私は律の援護をするべく三度銃を向けるがキンジはもう眼中にないようにこちらを向かない。

まるでもうキンジの前に立つ資格がないかのように。

それが悔しい私は避けられるのを承知で、手にかけていた引き金を引く。

 

――パァ『パシッ‼』

 

え?

 

私が引き金を引いた後の結果に私の脳は処理しきれなかった。

 

キンジが何気なく手のひらを開く。

そこから零れ落ちるのは一発の銃弾(9パラ)だった。

あろうことか避けるや流すではなく、まるでキャッチボールをするようにキンジは銃弾を受け止めたのだ。

これには撃った張本人である私以外もショックが隠しきれなかった。

今のキンジはヒスっている。

反射神経が常人を越えてえる人物に律以外が近距離なぞ仕掛けれるはずもない。

現に先ほどクラスで近接トップに位置するカルマが赤子のように対処されていた。

そしてたった今、唯一と言ってもいい手段である遠距離も完封されたのだ。

いくら律でも一人でこのキンジを抑える事はできない。

いったいどうすれば……

 

「ねえ、律。一人で時間稼ぎはできる?」

「有希子!?何言ってるの」

 

そんな手づまりな中、唐突な有希子の提案に私以外もキンジから有希子へと思わず視線を向けてしまう。

律だけでキンジを止められないのは分かっているでしょ!

有希子の言葉に沸点が越え、怒りを孕ませながら有希子を睨むが有希子はこちらを向いた律から視線をそらさない。

 

「……できるだけ手短にお願いしますね」

「うん」

 

有希子の提案に律もなぜか了承し、単身で再びキンジへ飛びかかっていった。

そして私は思わず有希子の胸ぐらを掴んで怒鳴ってしまう。

 

「有希子説明して、なんで律だけなのよ?全員でも厳しいのは分かっているでしょ!」

「だからだよ凛香ちゃん。最善手を打ちたいの、だから教えてキンジ君の今の状態を」

「今のって、見たら分かるでしょ。何を言って……」

「……」

 

冷静に聞いてくる有希子に私も頭が冷えてくる。

……分かっている。有希子が言っているのが触手じゃなくて、ヒステリアモードの事を指していることぐらいは。

それでも私はその答えにためらってしまった。

何故なら、この事はキンジが今までひた隠しにしていたことだ。

そんな秘密を私がばらしてもいいものなの?

仮にここでばらしてキンジが助かっても、周りが向けてくる視線が変わらないと言えるのか?

そんな言葉がグルグルと頭を駆け巡り、私は一言も喋ることができなくなる。

不意にポンと優しく肩に手の感触が伝わって来て、私は反射的に振り向くとそこには殺せんせーが優しい笑みを浮かべて立っていた。

 

「速水さん、大丈夫です。彼女もそして皆も」

「殺せんせー……」

 

殺せんせーは既にボロボロだった。

触手は再生できてないのか数本が途中からちぎれており、口からは血が垂れていたが無事な触手には眠っている茅野が抱きかかえられていた。

 

「信じてあげてください、皆さんを。彼の体質を知ってもバカにしたり、利用する生徒はここにはいません」

 

その言葉に私は再び周りに視線を戻す。

 

「速水さん、僕たちはキンジ君を止めたいんだ。『強くあれ、そのまえに正しくあれ』今こそキンジ君に言われたこの言葉を伝えなくちゃいけないんだ」

「渚……」

 

みんなの表情で覚悟をきめた。

ごめん、キンジ。

キンジの秘密を勝手に話してしまうことを許して。

もしもキンジの事を利用するヤツがいたら私が何をしても対処するから。

 

だから……

 

 

 

 

 

 

 

貴方を救わせて。

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。端的に言うからよく聞いて」

 

そして私は皆に説明した。

キンジのヒステリアモードの能力を。

発動条件を。

律一人に任せている今、詳しくは説明できなかったけど。

それでもソレは皆にはしっかりと伝わった。

 

「じゃあ、そのヒステリアモード。それさえ解除できればあとは……」

「ええ。解除された瞬間、彼の気は緩み殺意が弱まります。そこをねらえば無事に抜くことができるはずです」

 

有希子の言葉に殺せんせーが重ねるように肯定の言葉をいう。

 

「問題はどうやってそれを解除するかだね。殺せんせーは何か考えはあったの?」

「ええカルマ君。最初は音波をぶつけることによって解除を狙おうと考えていたのですが、私の想像とは違い触手との相性がいい。2つの人格のせいで波長が乱れすぎて合わせられず少し怯むだけで意味がありません」

 

2人分?

殺せんせーのその言葉に引っかかるものがあったが、キンジを助ける事が優先だ。

殺せんせーの案がダメだった為、他の案が出そうにないなか、『ふっふっふ』と不敵な笑い声が響く。

 

「岡島? なにか考えがあるのか?」

「いや、なんでそんな難しく考えるのかと思ってな。そして考えはある!」

 

磯貝が聞いたことにより、全員の視線が岡島へと集まる。

 

「いいか。簡単な事だ。ようは興奮しているんだろ。なら、それを沈めればいい」

「いや、だからそれができないから考えているんだろ?」

「まあ、待て前原。最後まで聞けって。俺たちで沈められないなら、勝手に沈ませるんだ。キンジには『賢者』になってもらえばいい」

 

その言葉に男性陣と一部の女子に激震が走ったのが手に取るように分かった。

それにともない残りの女子の顔が赤くなる。

 

「こ、こんな時に何ふざけてるのよ!」

「いつもなら素直に殴られるが、今回の俺は真剣に言っている!」

 

片岡が真っ赤になりながら鉄拳を振るうが、ソレを避けながらいつも以上に真面目な顔で岡島が答えていた。

てか、賢者って多分そういう事よね……

 

私だって年頃の女の子だ。

そういった知識はあるし、想像した事も……

どんどん自分の顔が熱を帯びていくのがわかる。

 

「……確かにその後は比較的再発現も起こりにくいはず。ただ賢者になるまでが問題ですね」

「殺せんせーの言う通りだ。そもそもどうやってキンジの動きを止めるんだよ」

「そうよ、それにこれはR‐18の小説じゃないのよ!2年近く放置して、そんな表現する技術もあるはずないのに無謀よ!」

 

いや不破、問題はそこじゃないでしょ。

問題なのは三村の言う通り、キンジの動きを抑えなければそもそもこの作戦が成り立たないことだ。

 

「この場で抑えられるのは殺せんせーくらいだけど」

「……無理ですね。今の状態では何も出来ずに貫かれます」

 

その言葉に岡島は自身の作戦が無理だと悟りガックリと肩を落とした。

 

「ですから……」

 

だがそれを気にせず殺せんせーは続ける。

 

「彼の目的を根本から揺さぶります。速水さん、1つ聞いておきたい事があるのですが」

 

私にある事を聞いた殺せんせーは触手を抜いた後の事を伝えると、戦闘している場へと向かった。

私達もその後を追うと横に有希子が来る。

 

「ごめんね、凛香ちゃん。無理やり聞いて」

「ううん、話すって決めたのは私だから」

 

そこで私は改めて有希子へ向き、その目を見て言う。

 

「止めようキンジを」

「うん、律も含めた私たちで」

 

そこからの行動は早かった。

殺せんせーから聞かれた事を話した後、殺せんせーによって手早く指示され私や有希子達は前線へと躍り出るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89弾 真実の時間

2年以上溜めていた設定が等々公開です


「律!!」

 

装備が半壊して煙を上げている律へ私と有希子、それに殺せんせーが近づく。

他の皆、キンジを刺激しないようにするのと茅野の保護に少し離れた場所で私たちを見守っている。

 

「遅すぎです。せっかくのPADがボロボロじゃないですか。作戦は大丈夫なんですか?」

「うん、だからもうそれは大丈夫だよ」

「ちっ、茅野のやつ負けるどころか触手を抜かれてるじゃねーか」

 

有希子の言葉に装備を外した律を見て、キンジが構えを解き呆れるようにこちらを見てきた。

あきらかにこちらを下に見る姿は、本当にキンジなのかと疑ってしまう。

だがそんな私の心情などお構い無しに、続けてキンジが口を開いた。

 

「で、覚悟は決まったかタコ」

「ええ、茅野さんは無事に救えました。今度は君を救う番です」

 

キンジからすれば挑発にも聞こえる殺せんせーの発言。

それを示すようにキンジがイラつくように舌打ちをしている。

そして殺せんせーが私たちより1歩前に出た。

それに合わせてキンジも拳を握りしめる。

 

「そうか。俺は茅野と違ってあんたが死ねば救われる。だから大人しく死ね」

「いいえ。君には伝えないといけないことがあります。だから耳を傾けてください」

「お願いキンジ、聞いて!!」

「うるせぇ!」

 

キンジが殺せんせー目掛けて拳を振るのと、次に出た私の言葉はほぼ同時だった。

 

「いちにぃは生きてる!!」

「ッ!?」

 

キンジの拳はちょうど1つ分の隙間をつくって止まる。

 

「……凛香、あの写真を見てまだ言うのか?これ以上妄言を吐くならその口が開かないようにするぞ」

 

過去に見たことがないほど殺気を込めて睨みつけるキンジに一瞬怯む。

けど拳は止まった。このチャンスでキンジを止めなければ全て無駄になる!!

そう思った私は先程殺せんせー達と話した1つの答えを口にした。

 

「キンジ、私は貴方に写真を見せられて1つ気になったことがあるわ」

 

そう、あの写真を見せられて違和感を感じたの1人の人物だった。

 

「私が電話をしたのは、いちにぃ……ううん『遠山金一』じゃないの。『遠山カナ』だったわ」

「ッ!?」

 

キンジが目を見開いてこちらを見るが、私はそれに反応せず導き出した真実を話す。

 

「キンジも知っているだろうけど、カナねぇになれば数週間はそのままよね。ましてや、任務中にいちにぃに戻るなんてそんなのはありえない。そうなったらいちにぃは寝て、任務どころではないわ」

 

そうキンジに言った通り、いちにぃこと『遠山金一』はヒステリアモードに1度なると遠山カナとしてヒステリアモードのまま数週間はそのままで過ごすのだ。

だがその代償にヒステリアモードが解けると何日も眠ったままなのである。

だからこそ、あの写真はおかしかったのだ。

あの写真が本物なら倒れてるのは女装した遠山金一のはずなのに、あの写真では倒れているのは女装前の姿なのだ。

そんな写真だからこそ、殺せんせーの言葉は信憑性がましたのだ。

 

「キンジ君、君は否定すると思いますがはっきりと言います。私は女装した貴方のお兄さんに悪の組織にスカウトされ戦ったのです」

「…………」

 

キンジは何も答えない。

いや、頭が混乱しているのだろう。

あのいちにぃが、そんな事をしていたのだ。

私は今のキンジのように混乱し1周回って冷静になっているが、これが普段なら今のキンジみたいな感情が抜けた顔をしているだろう。

 

「キンジ君に結果だけ言っても納得はしないでしょう。だから初めから説明しますね」

 

そう言って殺せんせーが口を開く。

初めはたまたま商店街の福引で当たった豪華客船でのディナーパーティー。

殺せんせー曰くこの時点で仕組まれていたらしいのだが、それにほいほいと乗った殺せんせーはパーティーの終わりに接触されたらしい。

それは2つの悪の組織。

詳しいことをは省かれたが、学園祭での私たち同様殺せんせーに価値を見出した組織がテロを装って接触してきたそうだ。

まだ信じられないが、その片割れにいちにぃは参入していたらしい。

殺せんせーがその事に気づいたのは偽の遠山金一の死体の違和感だった。

持ち上げた時の体重や体脂肪率が一月で大きく変わっていたらしいのだ。

なぜそれに気づいたかというと、どうやら殺せんせーは他人の足音から体重や体脂肪率などの情報を知る技術を身につけているらしい。

もちろん、私含めE組の女子は殺せんせーからすぐさま距離を離した。

っと話が逸れた。

それで殺せんせーはまるで女子のような体脂肪率のいちにぃを見たあと、襲ってきたかなねぇが学園祭でのいちにぃと同じ重さや体脂肪率で確信したらしい。

そしてかなねぇにその事を問うたが、返ってきたのは鎌の斬撃だけだったらしい。

 

「ウソだ……」

「いいえ、本当です。先程速水さんに確認しましたが、君にも聞きましょう。先生が襲われてたのはこの女性です」

 

殺せんせーの触手が糸のように細くなり、複雑に絡み合うと1人の女性の姿が現れる。

その人物は私やキンジがよく知る人物に間違いなかった。

 

「ウソだ……ありえない!!兄さんが悪に与するなんて信じられるか!!」

 

キンジが頭を抱えながら叫ぶ。

それでも殺せんせーの口は止まらない。

 

「彼が何のために組織に入ったかは分かりません。ですがはっきりと言います。あなたの仇討ちは無意味です」

「兄さんが……兄さんが……」

「キンジ!!」

 

頭をおさえながら、その場にうずくまるキンジに私は思わず駆け寄ろうとするもそれは殺せんせーによって止められた。

 

「速水さん。ここからが勝負どころです、ですから決して私より前に出ないでください。下手をすれば……」

 

死にかねない。

今まで以上に真剣な声音で言った殺せんせー。

だが、その言葉よりも次に発した言葉にこの場にいたキンジと殺せんせー以外が固まる事になる。

 

「そうでしょう?お兄さんが組織に組みしたと話した時点でキンジ君の意識がないのは私は分かっているのです。今すぐにキンジ君の真似をするのはやめなさい。『緋緋色金』」

「……きひ。1人ぐらいは殺してもっと楽しい殺し合いが始めれるかと思ったが、俺がいるお前がいたら騙されないか。なあ、俺たち3柱を取り込んだ『全なる一(オール・ワン)』?いや、ここでは『殺せんせー』と呼ぶほうがいいか?」

 

私たちの悪夢はまだ終わらない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90弾 真実の時間2限目

「ヒヒイロカネ?」

 

誰かが殺せんせーの言葉に呟く。

だが、誰一人キンジから、目をそらすことは出来なかった。

死神以上に殺気を放ちそして殺し合いを望む意欲が滲み出る姿に警戒を解くなど愚行でしかない。

 

「その事については目の前の状況を解決したら必ず説明します」

「ククッ。おいおい、一般人を殺しているお前が言うのか?」

「ッ!?黙りなさいヒヒ。それ以上言うなら……」

「はっなんだ?本当のことを言われて逆ギレか?」

「……リリ生徒に手を出したのです、従いなさい。ルルも貸し1つで私の中のヒヒを抑えてください」

 

殺せんせーがそう言うと、その体に変化が訪れる。

最初は翠色に発光した。

ついで、ネクタイをしている心臓あたりが緋色に変わると、瞬時に瑠璃色に変わりやがて全てが翠色に染まる。

 

「ヒヒ。私の計算では依代は彼ではありません。それにまだ早すぎる。なので今一度眠りにつきなさい」

「関係ねぇな。お前こそ姉妹を全部取り込んでウザいんだ、死ね!!」

 

それは一瞬の交錯だった。

緋と翠の光が交わったあと、赤が飛ぶ。

 

「ガフッ」

 

その赤は殺せんせーの中心から出た手だ。

 

「殺せんせー!!」

 

何人もの心配する声が響く。

だがそれ以上にキンジの焦る様な声が響いた。

 

「何故……何故心臓がない」

内蔵逸らし(オーガンスルー)……私の身体は軟体です、なら来ると分かっていれば心臓の位置ぐらい動かせます。だからこそ、私を殺すなら暗殺なんですよヒヒ」

 

その殺せんせーの手には緋色の触手が握られていた。

その触手も殺せんせーの翠色の触手と共に溶けるように消える。

 

「貴方の大半は取り除きました。深い部分も抜き取る際に細胞と共にリリを少し入れて相殺してもらっています」

「ちっ……ここまでか我ながら呆気ない。だが勘違いするなよ、俺は如意棒も筋斗雲も使えなかった。これで勝った気なら今度こそ、その心臓を貫いて殺してやる」

 

そう言って後ろに倒れるキンジを殺せんせーが優しく受け止める。

 

「……もう大丈夫なの?」

「ええ、速水さん。肉体的にはキンジ君はもう大丈夫です。触手を抜いた時も血の一滴も回収して元に戻してます。心のケアは彼が目覚めないとダメですが、先生に任せてください」

「俺の事は後でいい」

「キンジ!?」

「キンジ君いつから……」

「触手が取られた時の激痛で意識だけはあった。正直今はあんたの事も兄さんの事も何がホントか分からねぇ。だから茅野も目覚めてる今教えてくれ。触手が言ってたホントの真実を。あんたは過去に何があったんだ。触手が存在する意味は何なんだ?」

 

私達がキンジが目を覚ましたことに驚き近かずこうとすると、キンジはそれを手で制いし殺せんせーをじっと見る。

 

「…………」

 

殺せんせーは目を逸らさないが、それでも迷っているのか口を開けたり閉めたりするも声は出てこない。

それをじっと私たちは何も言わず見つめ返す。

 

「過去を話せば必ず君たちには余計な負担がかかると思い、最後まで話さないでおこうと思っていました。ですが話さなければいけませんね、先生は君達との絆や信頼を裏切たくありません」

 

それに約束しましたからねと殺せんせーは優しく笑みを浮かべる。

 

「まず先生の正体からですね。先生は教師をするのはE組が初めてです、ですが先生は皆さんに滞りなく全教科を皆さんに教えることが出来ました。そして殺し屋とは優れている程万に通ずる」

 

その言葉で私たちは殺せんせーの正体に気づいた。

殺せんせーの正体それは……

 

「2年前までの先生は、『死神』と呼ばれる殺し屋でした」

 

本当ならこの言葉に私たちは驚いたのだろう。

 

「そして先に言っておきます。触手が本来作られた意味を」

 

だがそれ以上に触手の正体が予想外であり、殺せんせーの結末だった。

 

「荒唐無稽な話に聞こえるかも知れません。ですが触手の本来の目的、それは神とも呼べる強大な力を老人だろうが、子供だろうが誰であろうが制御し、それを兵器として大量生産する事でした。ああ、そうだ。それからもう1つ、来年の3月には先生は恐らく暗殺されなくても死んでいると思います、暗殺によって変わるのは先の未来だけです」

 

そう言って殺せんせーは語りはじめる。

殺せんせーがまだ人の形をしていた頃の話を。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。