悪を名乗りし者 (モモンガ隊長)
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プロローグ
1話 ケアノス・オーレウス


ONE PIECEの二次創作です。
まだまだ稚拙な文章とは思いますが、良ければ一読下さい。


 ある世界に、その世界自体から拒絶された青年がいた。

 

 青年は幼くして拳法を学び、功夫を修め、武術を習熟し、やがて気功へと至ったのである。体格に恵まれなかったが特異な体質であった青年にとって、氣の道は奥が深く、探究に値する分野であったと言えるだろう。10代半ばにして氣を極めつつあった青年を、世間は『天才』と称して囃し立てた。

 

 しかし、青年はある日を境に歪んでしまった。そして「氣の深淵をこの目で見て、自由を謳歌したい」と言い残し、表社会から姿を消したのである。

 

 それからの青年は裏社会で暗躍し続けた。これまで修得した武芸の全てを殺人という行為に使用したのである。なぜそうなったかは青年のみぞ知るところではあるが、青年は狂ったように殺し続けた。それは快楽であり、自己の成長の為でもあった。殺して、殺して、殺し続けた結果、世間は青年を『天災』と呼ぶようになる。

 

 そんな青年をその世界は許容しなかった。それどころか強制的に排除してしまったのである。

 

 

 不可解な力に押し出された先は、ひとつなぎの大秘宝“ワンピース”が眠る架空世界であった。

 

 しかし、青年は知る由もない。

 

 なぜなら青年は気付かぬまま飛ばされたのだから――。

 

 

 

 

 

 

 よく晴れた空に真っ白な雲が泳いでおり、カモメが数羽気持ち良さそうに宙を舞っていた。その真下では、比較的穏やかな波がたたずむ大海原が広がっている。そんな穏やかな波にタプタプと揺られ、流されるままに浮かんでいる一人の青年がいた。

 

 件の青年『ケアノス・オーレウス』その人である。

 

 燦燦と降り注ぐ太陽の光にケアノスは目を覚ました。海面にプカプカと浮かんでおり、たまに来る波が顔を拭っていく。状況を理解しないままケアノスは大声を上げる。

 

「…………しょっぱッ!?」

 

 記念すべき異世界での第一声は、あろうことか海水の感想であった。

 

 ケアノスはしばらく仰向けに浮かんだまま空を眺めていた。そして、おもむろに上体を起こし周囲を確認する。

 

「……どこだァ、此処?」

 

 言葉を発せども返答は無かった。現在分かっているのは海に浮いているという事と、此処に至った記憶がポッカリ無いという事だけである。

 

 辺り一面、海、海、海であった為、ケアノスはカモメが飛んで行く方角に陸地があると信じて泳ぎ始めた。

 

 どれほど泳いだであろうか。あれほど高くに輝いていた太陽はもうじき沈もうとしていた。すると、ケアノスの目指す先に青々と茂った草木が見えて来たのである。

 

「疲れたァ……やっとか」

 

 ケアノスは溜め息を吐き、肩で息をしながら海岸の岩場に上陸したのだった。そして、そのまま手頃な大きなの岩に腰を掛ける。

 

「ふゥ……ベタベタするなァ、熱いシャワーを浴びたいところだけど……」

 

 ケアノスは着ている上着をビタビタさせながら、後ろを振り返った。そこには樹木の生い茂った森が広がっていたのである。

 

「これじゃ期待薄だな……おのれカモメめ、見付けたら目にモノ魅せてくれる!」

 

 カモメは何も悪くないのだが、八つ当たりのターゲットを定めたケアノスは立ち上がって再度森を見る。その後、空を見るがカモメはとっくの昔に見えなくなっていた。ケアノスは着衣のポケットを確認する。

 

「カードもない……電話もない……アレすらない……裸じゃないのが、せめてもの救いかァ」

 

 現在着ているケアノスの服装は、前の世界で仕事着としてきた太極服である。しかし、仕込んでいた暗器もキャッシュカードも無くなっていたのだ。

 

「スられたのかな? ハハハ……全く記憶にないとは、お見事なスリも居たもんだねェ」

 

 ケアノスは他人事のように笑っていた。そしてキリッと表情を改める。

 

「とりあえず……カモメは許さん!」

 

 八つ当たりの項目が更に増えた瞬間であった。すると、ケアノスの腹がグ~っと鳴ったのである。

 

「腹が減っては何とやら……か、とりあえず食料確保だなァ」

 

 そんな事を呟いて森へと歩を進める。この時、ケアノスは自分の周囲に氣を張り巡らせていた。どんな危険な生物が潜んでいるか分かったものではない為、警戒しているのである。氣をある程度まで修めた者であれば、その氣によって周囲の環境を把握出来るのだ。それは目視と同等以上であり、実際に触るよりも正確なのである。達人ともなればより遠くまで、より精密に把握出来るようになるのだ。

 

 日も落ちて薄暗い森の中を躊躇無く進めるのは、この氣の恩恵によるものだった。歩きながらケアノスは愚痴る。

 

「一体全体なんでこうなったんだっけ? ゲテモノよりは肉を喰いたいなァ……ってか、ベタベタして気持ち悪い」

 

 純粋な疑問と純粋な欲望さらには純粋な感想が交錯するケアノスであった。先程から氣によって近くに生物が居るのは分かっていたが、ケアノスは敢えて無視をしている。

 

「チキンがイイけど……まぁ、カモメでもいっか」

 

 あくまでもカモメは仕留める予定のケアノスだったが、発見出来たのはヘビやカエルといった爬虫類と、クモやムカデといった節足動物達であった。願望は儚く消えたのである。

 

 現実逃避から帰還したケアノスはそれらゲテモノを捕獲し、石を敷き詰め、小枝をくべて火を熾した。万能ナイフなど持ち合わせていないケアノスは、力任せに皮を剥いで全て丸焼きの刑に処したのである。味には期待していなかったケアノスだったが、一口かぶり付くと――。

 

「…………クソっ、不味くないじゃないか! 詐欺だ、カモメめェ!!」

 

 空腹という調味料はゲテモノを絶品グルメに換えていた。何だかかんだ文句を言いつつも全て完食したケアノスは、食事中に乾かしておいた太極服を再び纏い、寝床となる大樹によじ登る。太い枝に腰掛て幹に背中を預けると、そのまま寝入ってしまったのだった。

 

 ここがどこで、どうしてこうなったのか、疑問は尽きる事がないハズなのに、ケアノスには気にした様子が見られなかった。それはケアノスの思考や性格に起因している。彼はいつも楽しいかそうでないか、面倒かそうでないかで行動していた。つまり原因を考えるが面倒になった為、それ止めて眠りについたのである。

 

 至極単純だが、実際にできる人間はそうはいない。これはケアノスがまだ『天才』と呼ばれていた頃から変わっていない性質であった。

 

 

 

 翌朝、目の覚めたケアノスは開口一番叫んだのである。

 

「あっ、カモメだ!!」

 

 森の中にそびえ立つ一際高い大樹の更に高みに登ったケアノスは、夜には分からなかった風景を見渡せていた。辿り着いていた陸地はどうやら然程大きくない無人島のようであり、遠目にカモメの群れがハシャいでいるのが見えたのである。

 

「アッハッハ……イイ度胸だな、カモメ共!」

 

 ケアノスはそう叫ぶと、枝から飛び降り、カモメが見えた方向へと走り出した。木々を避け、森を駆け抜けると、カモメがいる更に向こうに船が見えたのである。それを見たケアノスが呟く。

 

「ありゃ、珍しいなァ……今時、髑髏マークの帆なんてないと思ってたけどなァ」

 

 ケアノスが発見したのは海賊船であった。かなり離れているが、ケアノスの目にはハッキリと模様が見えている。

 

「砂時計で髑髏をサンドイッチするなんて……き、嫌いじゃないぞ! なかなかセンスあるじゃないか……ってか、何隻あんだよ!?」

 

 50隻はあろうかという船団を発見したケアノスは嬉々としていた。思い立ったが吉日とばかりに決意を表明するケアノス。

 

「よし、アレに乗っけて貰うか。密航でもイイけどサクッとヤッて旅券奪う方が楽かなァ」

 

 すると、ケアノスがある事に気付き大声を上げる。

 

「うげッ! また濡れるじゃんかァ……もう、カモメめェ!!」

 

 100m程の短い距離であれば水面でも走れるケアノスであるが、此処から船団までの距離はその10倍近くあったのだ。ガックシするケアノスは諦めたように呟く。

 

「仕方ないかァ、船に乗ったらまた乾かそう。あとは……飯だな!」

 

 出来るだけ濡れたくないケアノスは、無意味と知りつつも100mだけ海面をダッシュするのであった。

 

 

 

 

 

 

 




読んで下さり有り難う御座います。
感想やご指摘などお待ちしております。

2014.9.7
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東の海(イーストブルー)の章
2話 初めての邂逅


 海中に進むケアノスは50隻ある船団の最後尾の1隻を目指していた。

 

(クヒヒヒヒ……木造か、ますます気に入ったよ……木だけに、ね)

 

 噛み殺したようにケアノスは笑う。

 

 前の世界では異常と恐れられる程の身体能力を誇ったケアノスは、その驚異的な心肺機能により20分以上の潜水を可能としていた。ケアノスは船団の五百メートル手前から潜水し、船から発見されにくように海中を進んで接近したのである。普通であれば船の速度に追い付くなど不可能であるが、運の良い事に船団はケアノスの居る方向に向かって来たのだった。

 

 ケアノスが船底に張り付き海面に顔を出すと、まるで艦隊のような木造船の集団が目の前に並んでいた。その船団の中央には一際大きな船が禍々しい存在感を放っている。

 

「ガレオンかな? デカイにも程があるよ、アハハハハ……!」

 

 思わず笑ってしまう程の巨大なガレオン船を中心に、周囲にはジーベックなど中型の武装船が顔を揃えており、明らかに戦闘行為を視野に入れた船団である事が想像出来た。

 

「海軍や豪華客船の類いじゃなさそうだ。どう見ても海賊のマークだもんな……今じゃ稀有だよ。クックック……中世じゃあるまいし、どこの物好きだろう?」

 

 未だ別の世界に飛ばされたと思いもしないケアノスは、笑いながら独りごちる。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 この世界は今まさに海賊達が割拠する大海賊時代なのだ。海賊達は皆、偉大な海賊王『ゴールド・ロジャー』が遺したという『ワンピース』を求めた。かつてロジャーが辿った『グランドライン(偉大なる航路)』と呼ばれる世界を一周する航路のどこかに、ワンピースは眠っていると噂されている。グランドラインは世界を横断する大陸『レッドライン』に対して直角な航路であり、ワンピースを手にした者こそが次の海賊王になると言われていた。海賊達は挙ってグランドラインを目指したが、そこは常識の通用しない魔境であった。異常な環境、見た事もないような生物、そして人間離れした超人達が巣食う地獄のような楽園なのである。

 

 ケアノスが目覚めた場所はグランドラインとレッドラインによって四分割された海の一つで、この世界では最弱の海とされる『イーストブルー(東の海)』であった。海賊や冒険者が横行するこの世界では、悪名を轟かし政府に危険と判断された人物に懸賞金が懸けられていた。その懸賞金のアベレージ(平均)が一番低いのがイーストブルーなのだ。

 

 そんなイーストブルーの中で、最大の戦力を有しているのが海賊艦隊『クリーク海賊団』であり、現在ケアノスが密航しようとしている船団である。50隻の船に5千人の兵力を備え、東の海に君臨しているクリーク海賊団を率いるのが艦隊提督『首領(ドン)・クリーク』という人物であった。アベレージ3百万ベリーというイーストブルーにおいて、千七百万ベリーという高額な懸賞金がクリークには懸けられているのだ。

 

 ガレオン船『ドレッドノート・サーベル号』の船長室で葉巻を吹かすクリーク、側には腹心の部下であり戦闘総隊長でもある『ギン』も椅子に座っている。そこに見張り台からの急報を伝える為、伝令役の船員が飛び込んで来た。

 

「首領ッ、南南東の方角にマスカッツ商会の商船を発見しやした! 護衛船は1隻だけですぜ!」

「……ほう」

「マスカッツ商会と言やぁ、ブドウ酒製造の大手っすよ! きっとアレも山ほど樽を積んでますぜ、へへへっ……どうしやす!?」

 

 テンションの上がっている船員に対し、クリークは落ち着いた様子で葉巻を灰皿に押し潰した。ギンも黙ったまま座っており、クリークの返答を待っている。

 

「決まってんだろ。いつも通りに、奪え!」

「えっ!? 相手は護衛船1隻だけっすよ!? 囲んじまった方が早いん――」

 

 反論していた船員が急に黙った。クリークに銃を突き付けられたからである。クリークは船員に対してドスの利いた声を上げる。

 

「誰がお前に意見を求めたよ、あぁん?」

「す、すいやせん!!」

 

 船員は平謝りする。そうしなければ、本当に殺される可能性が高いからである。自分の意に反する者をクリークは次々に殺してきたのだ。そんなクリークが銃を下ろし口を開く。

 

「いつも通りヤレ。足の速いフリゲートで“海軍船”を装って近付き、隙を見て襲うんだ……分かったな!」

「へ、へいッ!」

 

 恐怖心から汗だくになっていた船員は慌てて敬礼し船長室を出て行った。それを見てクリークは呟く。

 

「チッ、つかえねェ奴だ……ギン、戦闘でも使えそうになけりゃ処分しろ」

「相変わらず容赦がねーな、首領」

「ンなモンが必要か?」

「ハハハ……いーや、それでこそアンタだ!」

 

 そのふてぶてしさにギンは大笑いした。クリークのクリークたる所以は、その狡猾さにある。大量の武器や兵器を全身に仕込み、それを軽々と振るう怪力の持ち主であるクリークだが、彼についた渾名は『騙まし討ちのクリーク』であった。勝つ為ならば手段を選ばず、過程を気にも留めず、結果だけを追い求めてきたのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 奇しくもケアノスの乗り込んだ船は移動力の高いフリゲートである。船員の目を盗んで甲板に上がったケアノスは、気配を消して潜んでいた。しばらくすると、船員達が慌ただしく甲板を行き来し始めたのだ。

 

 怪しく思い目を細めるケアノス。

 

「……あれェ、もしかして隠形がバレたのかなァ!?」

 

 ケアノスは少し考えたが、すぐに思考を切り替えた。そして隠れていた階段の下を通りがかった船員を捕まえる。相手の口を塞ぎ、一瞬にして手元に引き寄せたのである。

 

「んんん……!?」

 

 慌てる船員にケアノスは人差し指を口に当てて一言――。

 

「しッ……静かに!」

「んんんんッ!?」

「ああ、もう……聞き分けない奴は、こうだぞ」

 

 それでも声を上げようとする船員に、ケアノスは締め上げている片方の腕を圧し折った。大声を上げようにも口を力づくで塞がれている船員は悶えるしか無かったのである。

 

「クヒヒヒ……どう? 分かってくれたかな?」

「……ンンッン」

「そうそう、もし大声を出そうとしたら……今度は喉だよ、ククク……!」

 

 嬉しそうに笑うケアノスを不気味に感じ、船員は頷く事で了承を示す。それを確認したケアノスはゆっくりと口を塞いでいた手を放した。痛みで冷や汗をかく船員は恐る恐る口を開く。

 

「お……お前は誰だ? なんでココにいやがる!? もしかして……海軍か!?」

 

 そう言うや否や再びケアノスは口を塞ぎ、もう片方の腕も圧し折ったのだ。

 

「んぐぃッ!」

 

 声にならない声を上げる船員。ケアノスは嬉々として語る。

 

「困るなァ、質問するのはボクだよォ。キミは馬鹿みたいにボクも問いに答えてればイイの~、簡単でしょ? ヒッヒッヒ……」

 

 口角を上げて笑うケアノスに、船員はコクコクと頷き返した。

 

「宜しい。では――」

 

 それからケアノスは此処はどの地域なのか、この船団は何でどこに向かっているのか、どうして皆が慌ただしくなったのかを尋ねたのである。すると、想像もしていなかった答えが返ってきたのだった。

 

 ケアノスはキョトンとした顔をしてオウム返しする。

 

「イーストブルー?」

「そ……そうだ」

「クリーク海賊団?」

「そ、そうだって言ってるじゃねーか」

「ふむ……」

 

 首を傾げて考え込むケアノス。そして何かを閃いたかのように声を上げる。

 

「知ってた? ボクね、昨日の夜はヘビを食べたんだよ」

「…………はっ!?」

 

 突然のコトに船員はワケが分からない。だが、ケアノスは淡々と話し続ける。

 

「そうそう、クモも食べたんだァ」

「…………」

「貴重なタンパク源だし……意外と美味しかったんだけどねェ、お腹一杯には程遠かったよ」

「……お、おい、いきなり何言ってやがんだ!?」

 

 うろたえる船員を余所にケアノスは更に話を続けた。

 

「ココに来る途中泳いでて気付いたンだァ……魚なら一杯いたんじゃないかって、クヒヒヒヒ」

「おい……ふ、ふざけてんのか!?」

「でもねェ、ボクは肉が食べたかったんだよ」

「…………」

「魚って肉なのかなァ? そうだとしたら……一食損したじゃないかァ!!」

 

 突如怒りを顕にしたケアノスは、すでにその不気味さに臆していた船員の胸部に氣を捻じ込んだのである。

 

「ぐげェェェっ!」

 

 吐血して倒れる船員。目耳鼻からも出血しているが、一命は取り留めていた。

 

 ケアノスはその事にとても驚いたのである。

 

「うわァ、まだ生きてるんだ? スゴーイ……ここ数年で初めてだよ、ボクの発勁喰らって即死しなかった人って」

 

 拍手をしながら笑顔で話しかけるケアノスだが、船員は死んでこそいないが虫の息であった。

 

「下っ端かと思ってたけど、結構上の人だったのかなァ?」

 

 返ってこない問い掛けを続けるケアノス。

 

「まっ、いっか! もう一人捕まえて聞けば済む話だモンねェ……じゃっ、ごゆっくりィ」

 

 血を垂れ流す船員を階段下の奥へと詰め込んだケアノスは再び気配を殺す。

 

「しっかし可哀相な人だったなァ……妄想に取り付かれちゃってたし、現状も把握出来てないみたいだったモンね。ボクの一撃でマシになればイイけど、クヒャヒャヒャ……!」

 

 愉悦に表情を歪めるケアノスは、新たな情報源を求めて行動を開始するのであった。

 

 

 

 




読んでくれてありがとう。
感想やご意見あればお待ちしています。

2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.4.15
潜水に関して修正を加えました。

2014.9.7
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3話 世界は不思議で満ちている

 数人の船員達を拷問し聞き出した情報を整理していたケアノスは思わず唸る。

 

「うーん……どうなってるんだァ?」

 

 頬をポリポリかくケアノスは首を傾げた。出鱈目ばかりを吐くと決め付けて殺してきたケアノスであったが、三人目を殺した時に漸く船員達が言ってるコトが実は真実なのではと疑うようになったのである。

 

(でもなァ、イーストブルーとかグランドラインなんて地名は聞いた事ないしなァ……それに、ボクの名前を誰も知らない人なんて……)

 

 ケアノスが一番驚いたのは皆が皆、揃って自分のコトを知らなかったという事実にであった。名乗りをあげても誰一人驚いた顔一つ見せなかったのである。それどころか「誰?」という表情をされ、逆に笑わずにはいられなかった。

 

(ボクって結構知名度は高いハズなんだけどなァ……悪い意味で、ククククク……!)

 

 前の世界では、国際連合機関が全世界に指名手配した7大凶悪犯の一人にして、兵器を用いずに最も多く殺人を犯した人物として世界記録にも認定されていたケアノスである。某国の大統領以上の知名度を誇っていたと言って良いだろう。ケアノスの名を聞けば、小さな子供でも泣いて大人しくなる程であった。そんなケアノスの存在を船乗り達が全く知らないのは正しく異常な事態であるにも関わらず、ケアノスはそんな自分が置かれている状況を楽しんでいた。

 

(世界で一番有名な人がゴールド・ロジャーだって? ククッ……全っ然知らないっての!)

 

 ケアノスは四人の男の死体を積み上げ、そこに腰掛けて考え込む。一人目の男は即死せずに、三人目を尋問中に絶命しており、結局は尋問した全員が殺されてしまったのだ。

 

(海賊王って何だよ!? かなりイカす称号じゃないか、クヒヒヒヒ……王つけりゃイイってもんじゃないだろうに)

 

 自分の理解が及ばない状況でありながら、ケアノスは愉悦で口元を歪ませている。

 

(それでもってコイツ等は善良な船乗りじゃなくて、悪い悪い海賊さんってワケねェ)

 

 尻の下の死に絶えている男達をチラッと見てケアノスは微笑む。

 

(クックック……四人共ただの兵卒にしては、異常にタフだったなァ)

 

 そう思い笑うケアノスであったが、彼が何より驚いたのは海賊共のタフネスぶりである。前の世界では氣を練った拳で殴っただけで相手は絶命したものだが、この世界の男はそれだけでは死なず、血を流しながらも話し返すだけの気力を見せていた。それを面白がったケアノスは4人目の海賊には実験的に氣を行使したのだった。体中の穴という穴から出血するまで続けられた発勁で惨たらしく殺されたのである。海賊にとっては災難、あるいは因果応報と呼べるのかもしれない。

 

(有名な海賊団だって言ってたけど……知らねー、この札も見たことない通貨だしな)

 

 海賊から巻き上げたお金を眺めるケアノス。しかし、ベリーという通貨を聞いた事も無いケアノスはこの数枚のお札にどれだけの価値があるのかは分からなかった。

 

 また四人が四人とも同じコトを語り、ケアノスが初めて聞くような単語ばかりが飛び出したのである。痛めつけた上で同じ答えだったという事は、洗脳でもされていない限り真実を話しているのだろうとケアノスは考えた。

 

(とんでもない辺境に来てしまったのは間違いないだろうな。まぁ、帰る家なんて無いし別に構わないけど……お風呂には入りたいなァ)

 

 海水で濡れてしまった衣服を不快に感じており、今の願望は熱いシャワーであった。

 

(とりあえず、この海賊団は今から商船を襲うらしい……フフフ、面白そうだし見学してようか)

 

 考えても分からない事は後回しにして、現状を楽しむ事に決めたケアノスは商船襲撃現場を覗くべく甲板に出たのである。すると、丁度戦闘の真っ最中だったのだ。

 

 

 

 

 商船に次々と乗り込み、サーベルを振り回すクリーク海賊団。護衛団は突然の来襲に虚を突かれて混乱していた。

 

「一人残さず殺せー!」

「クソッタレ、海軍じゃなかったのかよ!? 卑怯な海賊共が!」

「騙される方がバカなんだよ! 死ねや!!」

 

 海軍を装ったクリーク海賊団の不意打ちを受けた護衛船は、一斉砲火により徹底的に攻撃されボロボロになっている。数十人もいた護衛も片手で足りる程の人数まで減らされており、最早は決着は目前であった。

 

「ひぃぃぃ、い、命ばかりはお助けを……!」

 

 マスカッツ商会の商人達も劣勢な状況、クリーク海賊団というネームバリューに完全に萎縮してしまい命乞いを始めている。イーストブルーに生ける者でクリーク海賊団の名前を知らない者は少ない。それだけ東の海では1000万ベリーを超える賞金首は珍しいのだ。

 

 数で勝るクリーク海賊団は護衛船1隻に対し、海軍を装っただけではなく、3倍の兵力を持って強襲したのである。まさに『結果至上主義』という言葉がしっくりと来て、何をしてでも最後に勝てれば良いのだ。

 

 クリーク海賊団は命乞いをする商人を生かしておく気など微塵もない。その姿を見てニヤニヤし、容赦なく蹂躙するのである。と言うのも、過去に「皆殺しにする必要はないのでは?」と進言した部下を、首領(ドン)・クリークが見せしめとして皆の前で撲殺したのだ。それ以来殺らなければ自分が殺られるという恐怖に支配されていた。

 

 

(クゥゥゥ……イイね! ボクの大好きな赤い血が吹き荒れる虐殺……うう、高まるゥ)

 

 一方的な斬殺劇を観賞していたケアノスは興奮状態にあった。

 

(観てて判ったけど、やっぱりボクの知ってる警察や軍隊なんかより全然強いな。有名な海賊団と自負するだけのコトはある……けど、まぁ脅威には感じないけどね)

 

 ケアノスは冷静に戦況と戦力を分析していた。海賊達の身体能力は自分の知る訓練された傭兵や軍人よりも高いものであった。しかしながら自分には遠く及ばず、どんぐりの背比べと判断したのである。

 

 

 商団を皆殺しにした海賊達は商船から荷物を運び始めた。目的であった酒樽を大量に積まれていた事で海賊達が歓喜の声を上げている。護衛船は結局海の藻屑となって沈んでしまい、屍だけとなった商船も物資を全て奪われ海のど真ん中で放置される事となったのだった。

 

 

 ケアノスは気殺による隠形で姿を隠して商船へと乗り移った。常人であればむせ返るような血と死の臭いを芳しく嗅ぐケアノス。辺りには泣きっ面や無念の表情を浮べている死体が転がっている。

 

「クックック……素晴らしい暴力の爪痕だなァ。――これこそ“悪”だ」

 

 銃火器ではなく刃物中心で死に至らしめている点もケアノスは気に入ったのだ。

 

「面白い……ココは実に面白い! ココでなら見れるかもしれないな――深遠が……!」

 

 興奮状態にあるケアノスは気付いていなかった。クリーク海賊団の船団が静かに離れていってるのを――。

 

 商船の船内を散策し、甲板に出た時には遅かった。

 

「あれ……? どこ行った?」

 

 素っ頓狂な声を上げてケアノスは周囲をキョロキョロ見回した。すると、徐々に小さくなっていく船影が遠くの方に確認出来たのである。

 

「…………やっちゃった!」

 

 大声で叫ぶケアノスであるが、時すでに遅し。流石のケアノスでも泳いで追い付ける距離ではなかったのだ。

 

「………………まっ、いっか。むしろタダで船ゲットしたんだし、ラッキーと考えるべきかな、アッハッハッハ!」

 

 行ってしまったものは仕方ないと気持ちを切り替える。暴力の残り香に引き寄せられて商船に移ってしまったのではケアノス自身であるし、移動用の足を入手したと逆に喜ぶのだった。海賊船に残っていても色々と移動出来たであろうが、自由度はない。その点、この商船なら自由にどこへでも向かえるのだ。

 

 

 ケアノスはまず船舵室に入り、あるモノを探していた。そして見つけるや驚きの声を上げる。

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

 それは一枚の海図であった。前の世界での世界地図ならば大まかに頭に入っている。しかし、目の前に置かれている海図は見た事もない場所を描いていた。

 

「地図見りゃ分かるかと思ってたけど……ますます分かんなくなったなァ」

 

 自分の記憶している世界地図のどことも一致しない海図に首を捻る。ケアノスはしばし考え込む。

 

「…………まっ、いっか。ボクが知らないだけじゃなく、ボクを知らないなら好都合だ」

 

 口角を上げて不敵に笑みを浮かべる。

 

「知らないならこれから知ってけばイイだけだし、知られてないなら自由に動けるな」

 

 前の世界ではどこに行くにも隠形なしには出歩けなかったケアノスにとって、久々に自由を謳歌できる機会を得たのである。ケアノスは何も分かっていない今の状況を、シャワーが浴びれない事以外で不満はなかった。

 

 すると、ケアノスはお腹がグゥ~と鳴った。朝から何も食べてないケアノスは氣の使用もあって体がエネルギーを欲しているのだ。

 

「こんな状況じゃお腹も減るよね、クックック……」

 

 死臭が漂う船の上では腹が減るのも当然と言い出すケアノス。到底食欲が湧くとは思えない環境でケアノスは献立を考えている。そしてチラッと周囲の死体に目をやった。

 

「うーん、やっぱ肉がイイんだけど……ここじゃ魚しか手に入らないよね。魚が肉なのかどうか……人類永久の謎だな」

 

 うんうんと頷きながら釣竿になりそうな物を探す。餌はそこら中に落ちているからラッキーと軽い足取りであった。

 

 

 一般人の感性とはズレにズレたケアノスは、前の世界では異常であり異端とされてきた。この世界にはグランドラインや悪魔の実といった常識ハズレの異常が数多く存在する。異常なこの世界においてケアノスの異常は普通へと変わるのだろうか、それとも――。

 

 

 

 

 

 

 




2014.9.7
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4話 泥棒猫

 クリーク海賊団に遭遇してから三ヶ月が経過した。商船を棚ボタで入手したケアノスであったが、現在では船を失くしている。中型とは言えど一人で操船するには技量が足りなかったのだ。ぶつけたり座礁させたりで船底に穴が開いてしまい動けなくなり、そのまま捨てたのである。

 

 船を入手してからまずケアノスが行ったのは、最寄の港町に寄港して情報収集であった。その結果、ケアノスはこの世界が自分の知る世界でない事を再認識したのだ。有り得ないとは思っていたが、可能性の一つとして考えてはいたのである。

 

 この三ヶ月でケアノスは多くを知り、この世界の常識と非常識さを学んだのだった。実際にはまだ見た事がない悪魔の実の能力者を是非一度見たいとケアノスは望んでいる。しかし、グランドラインにはウジャウジャいる能力者達も、最弱の海であるイーストブルーでは稀有な存在であった。ローグタウンという港町に駐屯する海軍の大佐が能力者という噂を得たが、『絶対正義』を掲げる海軍はケアノスにとって嘲笑の対象でしかなかったのだ。

 

 この世界では海に関わる職業に就く人がとても多い。それだけ海の割合が大きく占めるのだ。それに比例して海賊も多く、海軍だけでは対処出来ない部分を賞金を懸けて補っている。ケアノスも当初は賞金稼ぎになる事も考えたのだが、いちいち海軍駐屯所まで賞金首を引き渡しに行くのが面倒で諦めたのである。お金は必要であるが、真っ当に働く自分を想像できないケアノスは、結局犯罪に手を染めるのであった。

 

 船を無くした一ヶ月前、ある泥棒とパートナーシップを構築したのだ。

 その泥棒とはナミという名の女性であった。

 ビジネスライクな付き合いで仕事の時だけ行動を共にし、プライベートな事はお互い干渉しないと言う契約を交わしている。たまたま座礁していた所をナミの小舟に拾って貰い、そのナミにお宝を奪われた海賊団の一味が後を追って来たところ、ケアノスが苦も無く撃退した強さを買ってスカウトされたのだった。

 

 四度目となる仕事終えたばかりの2人は小船の上で言い争いをしていた。

 

「気絶させるだけいいって言ったでしょ! どうして殺したのよ!?」

「おやおや、心外だなァ。ボクは殺してなんかいませんよ?」

「ウソよ! 私ちゃんと見てたんだから……顔中から血を出してたじゃない!」

「ククク……氣を使うんだから、耳や目から血くらい出ますよ。でも死んでませんよ、ナミさんが五月蝿く言うんでギリギリ殺してません。気を遣いますねェ、クックック……!」

 

 うまい事言ったとばかりに笑うケアノスに対して、ナミの怒りは静まってはいない。

 

「だからって、あそこまでする必要はなかったでしょ」

 

 ケアノスと組んでからスプラッターな血肉飛び散るショーを幾度と見せられたのだ。相手がいくら同情の余地がない海賊であっても、自分の精神衛生的に辛いのである。

 

「すみませんねェ、根が小心者なので……逆襲されるかと思うと、怖くて怖くて……夜も眠れません」

「……そうは見えないんだけど」

「そうかなァ? 自分の臆病さが情けないよ、ヒヒヒヒヒ……」

「…………」

 

 ジト目で睨むナミ。

 ケアノスは平然としている。

 

「ハァ……今度から気をつけなさいよね!」

「クックック……了解。今度から氣をつけます」

「……ハァ。――ほら、これが今回のあんたの取り分よ」

 

 何を言っても無駄と悟り溜め息を吐くナミ。そして100万ベリー相当の財宝をケアノスに手渡した。取り分の配分は折半ではなく、調査と盗みの2つをこなすナミが7でケアノスが3となっている。ケアノスはごねる事なくあっさりと了承した為に、8:2と言えば良かったとナミは少し後悔したという。

 

「毎度。それにしても……ナミさんは働き者だねェ。もう結構な額が貯まってるでしょうに、お仕事のペースが変わらないんだから」

「…………」

 

 ナミは沈黙する。

 この1ヶ月で確かにナミは700万ベリー近くを稼いでいた。ケアノスという用心棒を得て無理が利くようになったのも一因である。普通に生活していれば楽に1年は暮せる金額だ。しかし、ナミは週に1度というペースで変わらず盗みを働いている。勿論これには理由があっての事なのだが、ナミはそれをケアノスに話す気はなかった。

 

「アハハハ……もしかして、借金? それならあの守銭奴っぷりも納得だよ」

「うっさいわね! 詮索はしないって約束でしょ!」

「おっ、図星? アハハハハ……な~んて、冗談だよ。冗談!」

 

 ケアノスは大笑いしている。

 前の世界と違い、この世界に来てからのケアノスは笑ってばかりいた。何をするのも楽しいのである。人との会話も、食事も、盗みも、殺しも、何もかもが面白く思えた。それはケアノスの人格にまで影響を及ぼすようになっていた。どこか他人を小馬鹿にしたような口調は盛大に他者から嫌われる要因になっていたのだ。

 

 ナミが事情を話したがらないのは、事情が事情だけにケアノスの身を案じてでもあるが、実はケアノスが信頼に値すると思えない何か不気味なモノを感じていたからである。

 

 それからナミは別れるまで一言も口を利かなかった。別れ際に一言だけ「またいつもの手段で連絡するわ」と言い残し去って行ったのである。ケアノスはナミの小舟が見えなくなるまで見送っていた。

 

(クックック……イイ拾い物をしたよ。まぁ拾って貰ったのはボクの方なんだけど……魚人に連なる大事なパイプだ、もうしばらく大人しくしておくか)

 

 ケアノスはお互い詮索しないという約定を速攻で破っていたのである。約束を交わした日からナミの事を調べ始め、最近になって漸くナミの素性に辿り着いたのだった。詳細までは分かっていないが、どうも魚人海賊団の一員らしいのだ。

 

 ケアノスは狂喜した。

 

 前の世界では存在すらしてなかった半漁人を見れると大そう喜んだのである。自分から言い出すと怪しまれるので、自然な流れで情報を聞き出そうと試行錯誤しているが、ナミのガードは鉄壁で魚人のギョの字も出てこない。後をつけようにも船ではバレてしまうし、ナミの船は小型ゆえに気殺をしても隠れておける場所が無いのだ。痛めつけて無理矢理案内させるという手段もあるが、メリットが少ないので最終手段としてある。

 

(しかし、ナミさんも鬼畜だなァ。殺さずに寸止めで生かせなんて……全身の骨を折って、内臓をボロボロにしても辛うじて死なないという発勁でも編み出すか。クヒヒヒヒ)

 

 海賊相手でも殺しはNGというナミに従って、ケアノスはこれまで不殺生を守ってきた。いかに殺さずして致命傷を与えるかは、相反している命題であり、ケアノスは嬉々として取り組んでいた。前の世界では限界と感じていた身体能力や氣の成長に関して、この世界に来てから久しく感じなかった“伸び”を感じるようになっていたのである。10代後半の今が伸び盛りであるにも関わらず、前の世界ではケアノスの成長を世界が否定していたのだ。

 

 この世界ではその枷から解放されたのである。

 

 寸勁で半殺しにする度にその精度が向上し、練り込む氣の量も総量も増えていってるという実感があった。通常の打撃に関しても日に日に威力が増大しており、水面走行の距離も倍増していたのである。強くなっているという体感があれば、不殺生というストレスもある程度が緩和されていた。むしろ不殺生(殺しの寸止め)の極みに近付こうと、楽しんでいる節もあった。

 

「魚人見れたら次はグランドラインに入ってみるか……あっちには悪魔の実の能力者がウッジャウジャいるって噂だしな。クックック……ああ、楽しみだ」

 

 ケアノスは知らない。

 悪魔の実の能力者がどれだけ化け物なのかを――、どれだけ異質なのかを――。

 ケアノスに恐れは無かった。

 例えどれだけ化け物であっても――、自分の身が危険であっても――。

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.06.14
脱字修正しました。

2014.9.7
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5話 育ち盛り

 ある船上でケアノスは男に跨っていた。

 

「あ……あ……た、助け……て……くれ……」

 

 男はひどく怯えていた。目の前で起こった惨劇を見てしまったからである。

 

「ククククク……残念、惜しくも却下だよォ。お前は餌なんだからボクの糧となって――死ね」

 

 妖しく微笑んだケアノスは、そのまま右手で男の顔面を掴む。

 

「いただきまーす」

「うぅ……あがががぁぁ……ぁぁ……」

 

 途端に男がビクリと反応して呻き声を上げた。バタバタ動き回ろうとする男をケアノスは力で押さえ付ける。ビクッビクッと痙攣したの最後に男は動かなくなった。

 

 ご満悦のケアノスは両手を合わせて呟く。

 

「ふぅ、今日のはイマイチだったなァ。大して強くもなかったし……こんなもんか、ご馳走様でした」

 

 男の体は先程よりも痩せ細り、二度と動けない状態になっていた。ケアノスは満足げにお腹を擦ると、音もなくその場を後にしたのだった。

 

 

 

 イーストブルーでは現在、ある奇妙な事件が連続している。

 

 何もしてこない海賊船の目撃報告が相次いだのだ。逃げようとしても追って来ないばかりか、ある程度接近しても何のアクションも起こさないのである。通報を聞いた海軍が駆けつけて警告するも、海賊船に反応は見られない。警戒しつつ海賊船に乗り込むと、そこで海兵が見たのは集団餓死した海賊達であった。

 

 このように餓死者で溢れた海賊船が漂流しているという目撃例がすでに数件報告されていた。当初は海軍も間抜けな海賊が食料補給も出来ずに飢えて死んだのだと考えていたが、立て続けに発生したことから何かしらの事件性を疑うようになり始める。悪魔の実の能力者が関与している可能性が高いと考えた海軍だが、被害を受けているのが海賊に集中している為、徹底的な調査がされる事はなかった。

 

 この一連の奇怪な事件の犯人はケアノスである。

 

 ケアノスが前の世界で最強となった由縁――それは彼の化勁(かけい)と体質の異常性であった。化勁とは中国武術や太極拳などにおいて相手の攻撃や勁を吸収し、一時的に自分のモノとする技法であり、力の方向性を制御する極意でもある。ケアノスは化勁を極め、さらに自分だけの得意な奥義へと昇華させたのだ。それは相手の氣を吸収し体内で変換することで、永続的に自分のモノにしてしまうのである。

 氣とは万物に宿るエネルギーであり、その恩恵は身体能力や五感の強化にも影響していた。つまり氣の総量が増える事こそが強さへと直結する。

 

 またケアノスは相手から吸収した氣を蓄積し分解し、自身に適合するエネルギーへと作り変える事ができる特異な体質であった。その事に気付いたのは彼がまだ十代前半の頃である。

 十代半ばで人の道を外れ外道を邁進する事になったケアノスは、“狩り”と称して世界中の猛者を捜し求めた。相手の氣を文字通り喰らい尽くす化勁の極意を習得してからのケアノスは、人間を餌と見るようになっていった。化勁を繰り返す内にケアノスの能力と内面はどんどん人間離れしていき、前の世界では無敵を誇ったのである。氣を習い始めてから僅か10年足らずで一つの境地に達したのだった。

 

 ケアノスは未だ十代である。

 圧倒的な強さ故に長らく“狩り”を止めていたが、この世界の人達の基本スペックの高さに感動したケアノスは、まだ見ぬ能力者や魚人との遭遇に備えて“狩り”を再開したのだった。

 

 数度の狩りを経て、ケアノスの氣はこの世界に来た当初の倍近くに増大している。自身の成長ぶりを感じてケアノスは悦に浸った。

 

「ココは餌が豊富で狩り甲斐があるねェ。クヒヒヒ……賞金の懸かってない雑魚でこれだと、賞金首や能力者はどれ程の美味なのかねェ」

 

 小船に帆を張りつつケアノスは不気味な笑みを浮かべていた。つい先程食事を終えたばかりで、その余韻に浸っているのである。

 

「それにしても……ナミさんから連絡が途絶えてもう15日か。こんな事初めてだな……何か、あったのかなァ?」

 

 ナミを思うケアノス、そして心配そうな表情で呟く。

 

「魚人を釣る為のエサなんだから、何かあったらボクが困るんだよねェ。計画を実行しようと思った途端にこれだし……どうしたもんかなァ」

 

 そう、ケアノスにとってナミとは魚人に会う為の単なる通行証なのだ。ナミが風邪をひこうが大怪我をしようが知った事ではないのである。重要なのは魚人へのパスポートで、それを失いたくはないと考えているのだ。

 

「こっちからの接触はNGだけど……仕方ない、何の連絡もして来ないナミさんを心配する優しいボクが探しに行くとしますか。クックック……うまくすれば魚人に会えるかもしれないぞ」

 

 思わず船を操縦する手に力が入る。ケアノスは周囲の氣を警戒しつつ船の速度を速めるのであった。以前小型船よりでかい凶暴な魚に遭遇して以来、海の中の注意も怠らないようにしている。

 

「あんな魚見た事なかったなァ……聞いた話じゃ、海王類ってバカみたいにでかい水棲生物までいるらしいからなァ。大型船でも沈められるってんじゃ、この船なんて丸呑みだろうなァ。アハハハハ……初めて捕食される側の気分が味わえるかもねェ」

 

 それも面白いと笑うケアノス。

 大型船でも丸呑み出来る海王類が本当にいるなどと、今のケアノスには想像だに出来なかった。

 

「それより……魚人を探すか、ナミさんを探すか……うーん……本音は魚人なんだけどなァ」

 

 船に座り込んで腕を組み、首を傾けて悩む。しばらく考えた後、ケアノスは手をポンと叩いた。

 

「よし! まずは“普通”の飯を食おう!」

 

 氣の吸化は済ませたが、通常の食事も取りたくなったのである。盗みや殺生を繰り返してきたターゲットが海賊だったおかげで、ケアノスは海軍からマークされてはいない。誰に何を言われるでもなく、自由に行動出来るのである。

 

 そんなケアノスは海図片手にポツリと呟く。

 

「もう少し南の方に海上レストランってのがあるらしいな……」

 

 情報はあるに越した事はないと、日頃から情報収集はマメに行っていたのだ。氣の鍛錬と情報収集はこの世界での日課となっていた。

 

「この辺じゃそれなりに有名なレストランらしいけど……完全予約制じゃないよな? まぁ行って確かめるか」

 

 ケアノスは海図と睨めっこし進路を確定させた後、一刻も早く到着させる為にオールをこぎ始めた。前の世界では自炊する事が多かったので、ケアノスの料理の腕はまずまずである。この世界に来てからは指名手配でも無くなったので堂々と外食三昧なのだ。保存食は船に積んであるが、盗みのおかげでお金に不自由していないケアノスは心もリッチであった。

 

「でも、携帯電話がないのは不便だよなァ……電伝虫だっけ? あれ1台……1匹? キモいカタツムリに見えるけど、専用のが一つ欲しいよね。初めて見た時は笑ったなァ。解体したら原理分かるかな?」

 

 オールを漕ぎつつ思い出し笑いするケアノスは、電伝虫達が震え上がる事を言い出した。この世界では電話の代役を虫が務めているのである。その種類は多く、中には映像を送受信できる種もいるほどだ。

 

「そもそもナミさんの連絡手段が向こうからの伝書カモメって時点で笑える。プクククク……人語を理解する動物かァ、実に面白い。魚人がいるくらいなんだし、鳥人や獣人だって居ても良さそうだよなァ」

 

 まだ見ぬファンタジーにテンションが上がると、ケアノスのオールを漕ぐ手にもますます力が入る。すると、船はぐんぐん加速していく。吸収したての氣で腕の筋力を強化し、疲れた様子もなく漕ぎ続ける。

 

「あっ、野生の電伝虫捕まえたらタダで連絡手段確保出来るじゃん。……でも、どこに生息してるんだろ? その辺の草むらにいると楽なんだけどなァ……まっ、飯食いつつ考えるとするか」

 

 

 

 一心不乱に漕ぎ続ける事数時間。

 

「ん、あれかな?」

 

 遠くの方に海上レストラン『バラティエ』が見えてきた。ケアノスの五感は優れており、中でも視力は抜群である。更にケアノスは目を細め氣で強化する。

 

「へェ、シャレた形の船だなァ。……って言うか、交戦中?」

 

 目を凝らしたケアノスに見えたのは、魚を模した形の船であった。他にも何隻か停船しているが、何やら様子が変なのである。どう見ても戦闘中としか思えない騒動が起こっているのだ。

 ケアノスは舌なめずりする。

 

「クックック……なんだなんだ? 暴動か? 争い事か? 何でもイイけど面白そうだ!」

 

 ケアノスは好奇の眼差しで見詰めていた。その口角は上がりまくっており、野次馬根性丸出しである。よく見ると海軍や海賊船まであるのだ。

 

「おお! これはもっと近くで見学せねば!」

 

 嬉々となったケアノスの行動は早かった。

 まず後方より静かに接近し、あまり近過ぎない位置に船を停めて、隠形と海面走りを駆使してバラティエに乗り込むのであった。

 

 

 

 




2014.9.7
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6話 海上レストラン vs 海賊艦隊①

 海上レストラン『バラティエ』は今、ある海賊団の襲撃を受けていた。ケアノスはバラティエの甲板に降り立ち、眼下の様子を窺う。

 

「アッハッハッハ! 絶景、絶景ェ!」

 

 喜ぶケアノスに気付いた隣のご老体が声をかける。

 

「おい、てめェは誰だ? いつの間に現れやがった?」

「ん? ボク? ボクは野次う……客です」

「……生憎、交戦中につき臨時休業だ。死にたくなかったら出直しな」

 

(おお、すっごいファンキーな口髭だな……お洒落な爺さんだこと、クックック……ここの料理長かな? 義足だけど氣の充実っぷりは爺さんとは思えんなァ)

 

 ケアノスは口髭を三つ編みにしたご老体を見て感心していた。異様に長いコック帽を被っている事から料理長と予想する。

 

(お腹空いたけど……臨時休業なら仕方ない、……仕方ない?)

 

 ご老体は海上レストラン『バラティエ』のオーナー兼料理長であり、その正体は元海賊であった。コックとしてクック海賊団の船長を務め、悪魔の巣窟とされるグランドラインを1年航海し、無傷で帰還したとされる男である。岩盤を砕き、鋼鉄に足跡を残せる程の脚力を誇り、相手の返り血を浴びて真っ赤に染まった靴から『赫足(あかあし)のゼフ』と呼ばれていた。

 ある事故で自分と同じ夢を見るサンジと出会い、シンボルである片足を失くし、海賊から足を洗ってバラティエを開店したのであった。

 

 

「お構いなく。死ぬ気はありませんし、出直す気もありませんので」

「ふん」

 

 飄々と答えるケアノスにゼフは「忠告はしたぞ」と視線を戦場に戻す。

 

(それにしても、あんなでっかい船が見事に真っ二つとはなァ……あれ? あの海賊旗……どこかで?)

 

 戦場となっていた巨大なガレオン船はボロボロに傷付いた上に、真っ二つに切断されている。

 

(……そっか! 4ヶ月前に見た船のマークだ! ……確か、クリープ海賊団だっけ?)

 

 そう、目の前で戦闘を行っているのはケアノスがこの世界に来て初めて遭遇した海賊団――クリークの一味であった。

 

「ちなみに……どうしてこんな状況になったんでしょうか?」

「……説明するのは面倒だ」

「まぁまぁ、そう言わずに。ボーっと眺めてるだけなら御暇でしょ?」

 

 渋るゼフから強引に事情を聞き出したケアノスは微笑む。

 

(ふむふむ……なるほどねェ、食べ物の逆恨みで海賊をボコろうと……面白いコック達だなァ)

 

 ケアノスは微妙に事情を履き違えていた。

 コック達は海賊の襲撃を受けて応戦しているだけなのだが、ケアノスは血気盛んに海賊狩りを楽しんでいると判断したのである。

 

 凛々と目を輝かせて戦況を見ていると、一際大きな声が響く。

 

「ハァーハッハッハ! てっぺき! よって無敵!!」

 

 体中に丸い盾を装備した男――パールの叫びであった。

 クリーク海賊団の第2部隊隊長であるパールは盾を矛とし、バラティエのコック達を攻撃している。コック達は為す術無くヤラレてしまい、その場に倒れ伏す。

 その中でサンジだけが善戦していた。

 黒いスーツに身を包み、タバコを銜えた金髪にくるりとした眉毛が特徴のコックであり、バラティエの副料理長でもある。ゼフから料理と共に足業を叩き込まれたサンジの実力は、他のコックより頭数個分抜きん出ていた。

 

(へぇ、あの眉毛君もなかなかの実力者だなァ。そんな事より、プククク……『盾男でダテ男』とは、笑える。やるなァ、イブシ銀!)

 

 ケアノスは駄洒落が嫌いではないのだ、むしろ大好物である。

 パールの放った一言に腹を抱えていた。

 ゼフは一瞬だけ冷たい視線をケアノスに送り、すぐにサンジへと戻す。

 

「アハハハハ、イブシ銀のダテ男君は面白いけど……残念、くるくる眉毛君の方が上かなァ」

「ほぅ……分かるのか、小僧?」

「面白さではイブシ銀の圧勝なんだけどねェ、こと戦闘となれば眉毛君でしょう」

「ふん、俺から見たらまだまだチビナスだがな」

 

 ゼフと話していると、戦況に動きがあった。

 首領・クリークの巨大な鉄球によって吹っ飛ばされた『麦わらのルフィ』がパールに激突し、サンジの蹴りと挟撃されたのである。

 その結果、パールが鼻血を流す。

 

「…………血!!」

「パールさん、大丈夫っすよ!」

「ただの鼻血っす! 別に戦いで傷付いたワケじゃないっすよ!」

「気を静めて下さい! パールさん!!」

 

 呆然した表情で呟くパールに対して、周囲の海賊達は慌てたように宥める。しかし、パールは両手に持った盾をガチッガチッと叩き始めた。

 

「身の危険! 身の危険ッ!」

「パ、パールさん、落ち着いて!」

 

 海賊達の呼びかけなど聞こえていないパールは、叫びながらガチッガチッと叩き続ける。

 

「身のキケーンッ!!」

 

 叩き続けた結果、盾からボワッと炎が上がった。

 

「「「火ッ!?」」」

「アハハハハハ! お腹痛い! お腹痛い! イブシ銀最高過ぎッ!!」

 

 コック達が驚く中で、ケアノスだけが大爆笑している。炎に包まれたパールに誰も近寄れず、バラティエのヒレ部分が炎上していく。

 

「熱いッ! ダメだ!」

「海に飛び込め!」

 

 海賊達は二次災害を避けるべく我先にと海に逃げ込む。

 

「クヒヒヒヒ……ファイヤーダンスの使い手でもあったとは恐れ入った! 面白過ぎッ!」

「ヘラヘラ笑ってんじゃねェ! 人の店を火だるまにしやがって」

「まぁまぁ、面白いからイイじゃないですか」

「良いワケねェだろ! このボケナスッ!」

「アッハッハッハ、ドンマイ!」

 

 無神経に笑うケアノスにゼフの怒りボルテージは高まる。少し目を離していた隙にサンジがパールへと攻撃を仕掛けていた。

 

「てめぇ、店を勝手に燃やすんじゃねーよ!」

 

 サンジは宙返りでパールのパンチを回避し、オーバーヘッドキックを叩き込む。パールはそれを間一髪盾でガードした。

 

「ぐッ!」

「な……なんちゅームチャを!」

「火ダルマになりてぇのか!?」

 

 サンジの行動に海賊達は驚愕の声を上げた。その後も攻め続けるサンジはパールのガードをすり抜けてダメージを与えていく。追い詰められたパールは取り乱したように叫ぶ。

 

「お、おのれェ! 危険だ! 危険すぎるッ!!」

 

 パールは懐から何かを取り出した。

 

「火を! ファイヤーパールをもっとくべねばッ!」

 

 パールが両手を広げると、火の玉を飛び出す。それはサンジには向かわず、店の方へと飛んで行った。

 

「うわぁ、店を燃やす気だ!」

「厨房に火が回ったら吹き飛ぶぞ!」

 

 コック達が騒ぎ出す。

 火の玉は真っ直ぐにゼフとケアノスの方へと飛んできた。

 

(おやおや、これはいけませんねェ……ボクがまだ食事を済ませてないのに)

 

 「仕方ないなァ」とケアノスが一歩前に出ようとした瞬間――。

 

「おい小僧、どいてろ」

「へっ? あ~、はいはい。了解でーす」

 

 ゼフの氣の膨らみを感じたケアノスは素直に下がる。

 

「オーナー! 逃げて下さいッ!!」

 

 コック達は微動だにしないゼフを心配して大声を上げた。だが次の瞬間、その場に居た全員が絶句する。義足にも関わらず、回し蹴りの風圧だけで火の玉の炎を消し去ってしまったのである。ただの玉に戻った真珠がコツンと壁に衝突した。

 

「えっ!?」

「なぬっ!?」

 

(マーベラスッ! 大した爺さんだ……ボクと同じ事が出来るなんて……ってか、やっぱりオーナーさんだったのね)

 

「足一本なかろうとも、これくらいなら造作もねェこった」

 

 驚く皆を余所にゼフは何食わぬ顔である。

 

「す……すげェ! オーナー!!」

「蹴りの爆風で炎を消しちまった!!」

 

 コック達は改めて自分達のオーナーに感激する。

 

「神業! “赫足のゼフ”は健在なのか……!?」

「おっさん、すげェ!」

 

 クリーク海賊団の一味は畏怖を覚え、ルフィは感嘆の声を上げた。

 

(赫足のゼフ? このファンキー爺さんの事か……?)

 

 ケアノスはチラリとゼフの足を見る。

 

(うーん、別に赤くないじゃん……もしかして、水虫で素足が真っ赤に腫れてるとか!? プクク……だったら笑えるな、水虫のゼフ! 義足になったのも水虫が悪化してのことか……あらら、ご愁傷様です)

 

 ケアノスはゼフを温かい目で見ていた。

 

「なんだ小僧、その目は?」

「いえ……オーナーさん、今はちゃんと足を洗ってるのかなァって」

「ちっ! てめェも知ってたのか……まぁな、俺は11年前に足を洗った」

 

(……えっ!? 11年前ッ!? この爺さんマジかよ!? そりゃ足も腐るってッ!!)

 

 ケアノスはゼフから二歩程距離を取った。そして自分が風上に居る事に心から安堵する。

 

「こんな時代だ。てめェも(海賊に)なりてェって気持ちがあるのかもしれねェが、半端な想いじゃ――死ぬだけだぞ」

「ハハハ……まさか、(水虫に)なりたいと思うワケありませんよ!」

「ふん、賢明だな」

 

(冗談じゃない! 水虫で死ぬなんか……絶対イヤだっての! この爺さんファンキーな上にクレイジーだなァ。でもまぁ……クックック、死んだら爆笑してやるか!)

 

 ゼフはケアノスの中で『絶対に近寄りたくはないが、面白い不潔な爺さん』と格付けされる。

 

 2人がやりとりしている間も、戦況は刻一刻と変化していた。首領・クリークが痺れを切らし、巨大な鉄球を振りかざしている。

 

「パールの野郎、余計な事ばかりしやがって! 店に火が回る前に……てめェら“ヒレ”ごと沈めてやる!!」

 

 投げつけられた鉄球はサンジとパールに向かっていく。

 

「サンジ、危ねェ!!」

「だめだ。火に囲まれてやがる、逃げ場がねェ!」

 

 コック達が声を上げるが、言葉通りサンジだけでなくパールも炎に囲まれて逃げ場がない。

 

「ちっ!」

「おがぁぁッ!」

 

 サンジの舌打ちとパールの悲鳴が聞こえた。その時、炎を強行突破したルフィがサンジの前に飛び出す。

 

「あぢっ」

「えっ……?」

 

 突然現れたルフィにサンジは驚く。

 

「「雑用ッ!!」」

 

 ルフィは両手を後方に引き延ばす。

 

「ゴムゴムの……!」

 

 照準を鉄球に合わせると、一気に両手を突き出した。

 

「バズーカッ!!」

 

 ドカァァンという音を立てて、ゆうに300kg以上はあろう鉄球を跳ね返したのである。

 

「ッ!?」

 

 首領・クリークは声にならない声を発する。

 

「あーちいっ、あちっあちっ」

 

 ルフィは引火した服の火をバンバン叩いて消す。とんでもない事をしてのけたという思いなど微塵もない。

 

(な……なんじゃ、ありゃ!?)

 

 ケアノスは目の前の摩訶不思議な現象に魅入っていた。

 

「腕が……伸びた……?」

「ふん、あの小僧は悪魔の実の能力者だからな」

 

 ケアノスは呟いただけだったが、ゼフは質問されたと思い律儀に答える。

 

「あれが……悪魔の実、初めて見た……!」

「まぁ、この海じゃ珍しいだろうな」

「ハハ……ハハハ、これはイイ……実に愉快だッ!」

「…………」

 

 いきなりテンションの上がったケアノスに冷たい視線をゼフは送った。

 ゴムゴムの実を食べたルフィはゴム人間であり、『麦わら海賊団』の船長でもある。

 

(ラッキーだ! 飯を食いに来ただけなのに能力者に出会えるなんて……前々から思ってたが、ボクって強運の持ち主かもしれない。フフフ……高まるゥ)

 

 ケアノスはもっと良く見えるようにと前方に移動し、食い入るようにルフィを見詰める。しかし、ルフィの印象を掻き消す程のインパクトがケアノスを待ち受けていた。

 

 ゴムゴムのバズーカで跳ね返した鉄球がガレオン船のマストに直撃し、折れたマストがパールを襲ったのである。バギャンと言う轟音を立ててパールの頭上に落ちてきたマストを喰らい、首が縮むほどのダメージを受けたパールはそのまま気絶してしまった。

 

「「パールさんッ!?」」

「コイツは何なんだよ?」

「バカだなー、コイツ」

「……どいつもコイツも、頼れるのは俺だけか……!」

「アハハハハハハ……最高! イブシ銀やっぱ最高!! クヒヒヒヒ……ピエロっぷりが半端ない、キミは天才だよ! ああ、腹イテぇ!」

 

 笑うケアノスに対して、他の面々は呆れている。

 

「ぬあッ!」

 

 バキッという破砕音と共にゼフの声が響いた。

 

「もうやめてくれ、サンジさん。俺はあんたを殺したくねェ!」

「く……!」

 

 ゼフの義足を圧し折ったクリーク海賊団のギンが、ピストルをゼフに押し付けている。

 

「ギン!」

「ギン、てめェ……!!」

「クックック……イブシ銀、キミはボクのツボだよ」

 

 ルフィとサンジはギンを睨み付けた。ケアノスは未だ気絶したパールを見て笑っている。

 

 グランドラインにおいて世界一の剣豪である『鷹の目のミホーク』一人に海賊艦隊を全滅に追い込まれ、仲間を逃がす為に殿(しんがり)を務めてギンは海軍に捕まっていた。空腹で死にそうな中、海軍の軍艦から逃げ出しサンジに助けて貰ったギンは、命の恩人であるサンジを本心で殺したくなかったのである。船を降りるように脅すギンに対して、サンジは一歩も退かなかった。

 サンジはサンジでゼフに大恩があるのだ。

 

 

(あれ? 水虫の爺さん、いつの間にかピンチじゃん!?)

 

 パールを笑いつくしたケアノスは、漸く戦場の空気が変わっていた事に気付いた。

 

(やっぱりなァ……臭過ぎて我慢し切れずにキレちゃったんだな。分かるよ……11年物の悪臭っちゃ、想像を絶するだろうからねェ)

 

 呑気に分析するケアノス。

 

(でもねェ……風下に行ったアンタも悪いよ。いや……むしろ、アンタが悪い! 爺さんが『水虫のゼフ』と知ってたのに、今更だよなァ……それより――)

 

 不敵な笑みを浮かべたケアノスは一歩、また一歩とギンに近付く。

 

「お、おい、お前は何者だ!?」

「こら! 不用意に近付いてんじゃねーよ!」

 

 ケアノスの行動にコック達が騒ぎ始める。

 

「誰か知らねェが、アンタも近付くんじゃねェ。でねェとコイツの頭を撃ち抜くぞ!」

 

 ギンもケアノスを恫喝し、ピストルをゼフの頭に押し付けた。

 

「誰だ、アイツ……?」

 

 ルフィは腕を組んで首を傾げる。

 

「おい! そこのお前ッ! 勝手に動いてんじゃねーよ!!」

 

 サンジは大声でケアノスに警告するが、その声には多分に怒気が含まれていた。

 しかし、ケアノスはどこ吹く風である。

 

「クックック……聞けませんねェ、だって……ボク空腹だもん」

「「「……はっ?」」」

「いやァ、笑い過ぎちゃって。オーナー、休業中申し訳ありませんが、賄いで構いませんのでササッと作って頂けませんかねェ? 腹ペコなんですよ……アナタも、頭撃ち抜くのはその後ってことで、ねっ?」

 

 にこやかにお願いするケアノス。

 

 辺りを沈黙が支配した。

 いち早く現実に戻って来たサンジの怒声が響く。

 

「て……てんめェ! 巫山戯た事言ってんじゃねーぞッ!!」

「……ボクは真面目ですが? ああ、別にアナタ方の誰かでもイイですよ」

「なっ!?」

「サンジの言う通りだぜ! 状況見て言いやがれ!!」

「一昨日来やがれ!!」

 

 コック達からは非難轟々である。

 しかし、ケアノスは全く気にした様子はない。

 

「やれやれ……コックという職の本分も忘れて、そんなに戦いたいの? クックック……とんだ戦闘狂集団だねェ」

「ハァ?」

 

 サンジは堪忍袋の緒が切れたようで、タバコを噛み千切る。怒りが沸点を越えているコック達は全員がケアノスを睨んでいた。

 

「仕方ない……自分で調達に行きますか」

 

 ケアノスは一向に進展しない現状に飽き飽きして、自ら厨房へと向かう。

 

「待ちな! 勝手な事してんじゃねェよ!」

 

 それはギンの怒声であった。

 

「……なんでしょうか?」

「誰が店に入ってイイって言ったんだよ!」

「はて……誰でしたっけ? ああ、そうそう。ボクの死んだ婆さんがイイって言ってましたよ、クヒヒヒヒ……!」

「……よし、分かった。アンタはもう死んでイイ……おい、殺れ!」

 

 ケアノスの巫山戯た回答にギンは周囲の海賊にケアノス殺害を命じた。

 

「へ、へい。覚悟しやがれ!」

「おら、死ねや!」

 

 2人の海賊が斧と剣を手にケアノスへと襲い掛かった。振りかざす斧と剣がケアノスに直撃すると思われた瞬間、斧と剣もケアノスの体を素通りした。

 

「「「なにッ!?」」」

 

 様子を窺っていたコック達は目を見開いている。

 何が起こったか分かっていないのだ。

 ただルフィとサンジだけにはケアノスの神技が見えていた。

 それだけに、サンジの額には冷や汗が浮かぶ。

 

「クックック……危ないなァ」

「ど、どうなってんだ!?」

「確かに当たったと思ったのに……!」

「すっげー!」

「何者なんだ……アイツは?」

 

 ケアノスが行ったのは軽功術による瞬動である。高めた氣を脚に集中させ、刹那の瞬間だけ移動し、斧を避けた後にまた元の位置に戻ったのだ。2人の海賊はそれぞれ斧と剣を振り抜いた状態で静止していた。

 次の行動に移らない2人にギンが怒鳴る。

 

「さっさと殺らねーか!」

 

 ギンの位置からではケアノスの動きがハッキリとは見えておらず、海賊2人の不手際だと思ったのである。しかし、2人は動かなかった――否、動けなかったのだ。

 

 次の瞬間、2人の海賊は顔面の穴という穴から血飛沫を上げて倒れた。

 突然の出来事に皆が驚愕し、倒れて海賊に視線を送る。

 

「んなッ!?」

「ど……どうなってんだ!?」

 

 驚くギンは不意に背筋に冷たいモノを感じた。

 悪い予感――悪寒である。

 

「お前……邪魔なんだよ、面白くないし」

 

 背後から響いたその声にギンは凍りついた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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7話 海上レストラン vs 海賊艦隊②

 ギンが背後のケアノスに気付いた時にはすでに遅過ぎた。

 

「お前……邪魔なんだよ、面白くないし」

 

 その言葉が耳に届くと同時に、ギンの背中にそっとそえられたケアノスの右手から発勁がギンにぶち込まれたのである。背中に直撃を喰らったギンは血を吐きながら“ヒレ”の甲板へと投げ出された。

 

「へェ、一瞬体を反らすなんて……全くの雑魚じゃなかったんだァ、アハハハハ……ちょっと見直したよ。まっ、一声かけたんだから無反応じゃツマラナイもんねェ」

 

 ギンが吹っ飛び、手に持っていたピストルも飛ばされたのを確認したコック達はゼフの下に駆け寄る。

 いの一番にサンジが叫ぶ。

 

「ジジイッ!」

「「オーナー!」」

 

 ゼフはその場に胡坐をかいて座り込む。そしてサンジに視線を送り、一喝した。

 

「大袈裟に心配してんじゃねェ。このくらいどうって事ないわ、チビナスが!」

「うるせェな! 俺をいつまでもガキ扱いするなっつってんだろが!!」

「まぁまぁ……面白かったんだし、イイじゃん! ねっ!」

「てめェ……ナメてんのか!? あのクソ下っ端が衝撃で引き金引いちまってたらどうするつもりだったんだよ、コラッ!!」

「どうもしませんよ……ただ、ファンキーな爺さんの死体が一つ増えただけでしょ。クックック……!」

「このクソ野郎がッ!!」

 

 サンジが蹴りを放つが、ケアノスは再び軽功術でひらりと避けた。蹴りの風圧にケアノスはピューと口笛と吹く。

 

「イイ蹴りだねェ……だけど、怒りで氣との調和が乱れてるよ。それより……ボクは結果的にオーナーさんを助けたンだよ? 感謝こそされ、蹴りをお見舞いされる謂れはありませんねェ」

 

 さも心外だとケアノスは首を振った。

 サンジの怒りは増すばかりである。

 

「てめェ……!!」

「やめろ、サンジ! そいつの言う事も一理ある!」

 

 再び蹴り掛かろうとするサンジを仲間のコックが体を張って止める。

 3人がかりで何とか押さえつけるが、されでもサンジは「離しやがれ!」と叫び、ジタバタと暴れていた。

 

「クックック……怖い怖い。それはそうと……お礼の言葉は要らないので飯食わせて下さい。さぁ、可及的速やかに! ボクはお腹ペコペコなんです……腹減ったァ! 腹減ったァ!!」

 

 駄々っ子のようにケアノスは足を踏み鳴らした。

 サンジを制止していたコックもこの態度には腹を立てる。

 

「おい、兄ちゃん! あんまし調子に乗ってっと「食わせてやれ」……お、オーナー!?」

「好きなだけ食わせてやれ」

「おお! 流石は出来るオーナーは違いますねェ、話が早くて助かりますよ。もう少し遅ければ……腹ペコでボクが餓死するとこでしたァ。ククククク……!」

「チッ……少し待ってろ」

 

 皮肉るケアノスに腹は立つが、オーナー命令では仕方ないと渋々コックは厨房へと入って行く。

 ケアノスはご満悦であった。サンジや他のコックはそんなケアノスを睨み付けている。

 

 

 その頃、海賊達はギンとパールの介抱をしていた。

 

「ギンさん、しっかりして下さい!」

「ううぅ……あのヤロー、いつの間に後ろに……? おいパール、早く起きろ!」

「イ……イブシ銀……?」

 

 口元の血を拭って起き上がるギン。

 頭を振って正気を取り戻すパール。

 そこへ地鳴りにも似た怒号がゴゴゴゴゴと響く。

 

「てめェら、いつまでのらりくらりやってやがる! モタモタしてっと、てめェらごと海に沈めるぞ! 分かったかッ!!」

 

 首領・クリークの叫びであった。

 

「「「お、おおー!!!」」」

「パール、サンジさんは俺がやる。お前の相手は麦わらだ……それと、あのクソヤローは後で俺が殺す!」

「了解。盛大に攻撃(プレゼント)してやりますよ!」

 

 ギンは懐からトンファーを取り出し、両手に構えた。

 

「サンジさん、アンタは俺達の命の恩人だ……だからこそ、この俺の手で葬ってやる」

「アァ!? 上等こいてろよ、クソ下っ端が!」

「おい、てめェらは手ェ出すなよ!」

「「は、はい!」」

 

 ゼフを人質に取ったギンをサンジは許す気などなかった。さらにケアノスのせいでサンジはイライラの頂点にあり、憂さ晴らしをしなくては爆発しそうなのだ。サンジとギンは一騎打ちをすべく、甲板中央に相対す。他の海賊達はギンに介入を禁じられた為に、遠巻きに様子を窺っていた。

 

 そうこうしていると、コックが料理や食材を持って厨房から戻って来る。

 

「おら、飯だ。好きに食いやがれ!」

「おお、美味そう! では……いただきまーす」

 

 ケアノスは目の前に出されたディナーにがっつく。何も食べずに数時間オールを漕ぎ続けた事もあってカロリーをかなり消費していたのだ。

 

「うまうま。流石は有名店だけの事はあるなァ……イイ仕事してるよ」

 

 幸せそうに食べるケアノス。

 ルフィは食事をするケアノスを少し羨ましそうな目で見ていた。しかし、クリーク海賊団を退ければ一年という雑用期間を免除して貰えるという“約束”があった為、必死に我慢したのである。

 一歩大人の階段を昇った瞬間だった。

 

 一方のパールは余裕の笑みを浮かべている。

 

「ハーッハッハッハ……麦わらァ、キミの相手はこのおれだ。イブシ銀なファイヤーパール・プレゼントに戦慄のレクイエムを奏でるとイイ!」

「何言ってんだ? バカじゃねーのか」

「何をォ、喰らえッ! ファイヤーパール・プレゼント!!」

 

 両手に携えた盾を激しくぶつけて発火させ、パールはルフィへと突撃した。

 

「燃えて死ねェ!!」

「ぬぁぁぁぁああ、ゴムゴムの……!」

 

 ルフィは右足を天高く蹴り上げた。そして、振り上げた足をパールの頭目掛けて激しく振り下ろす。

 

「戦斧(オノ)ッ!!!」

 

 ドガァァンという衝撃音が鳴り響く。パールの脳天に直撃したルフィの踵(かかと)は、そのまま“ヒレ”の甲板をもぶち抜いたのである。

 パールは一瞬で意識を刈り取られた。

 

「「い、一撃で!?」」

 

(おおー、すげェな……ゴム人間。……イブシ銀、キミの事は忘れないよ……多分、南無)

 

 クリーク海賊団から驚きの声が上がり、ケアノスは心の中で合掌していた。

 コック達からは非難の声が上がる。

 

「こら雑用! てめェ、船を壊してんじゃねーよ!」

「てめェが壊しちまったら守る意味ねーだろが!!」

「ナッハッハッハ! 悪ぃ悪ぃ……つい力が入っちまった」

「「「笑い事じゃねー!!」」」

 

(クックック……ツッコミのスキルまで搭載しているコックとは、なかなか有能だなァ。でも……ボクの時はなかったじゃんか)

 

 自分と時には蹴りや悪態しか来なかったのに対して、ルフィの場合は総ツッコミが入るのをケアノスは少し羨ましく感じていた。

 

「あ……悪魔の実の能力者、やはり化け物だな……」

 

 ギンもパールが一撃で沈むとは思っていなかった。ルフィの戦闘力を測り損ねたのである。

 しかし、ギンは決して焦ってはいなかった。例え能力者であっても、自分が最強と信じた首領・クリークに勝てるハズがないと思っているからである。

 

「サンジさん、アンタには傷付くことなくこの船を降りて欲しかったんだが……そうはいかねェようだな」

「あぁ、いかねェな」

「だったら……せめて、おれの手でアンタを殺すことが……おれのケジメだ」

「……ハッ……ありがとうよ。クソくらえ」

 

 そう言いながらサンジは新しいタバコに火をつけた。

 ギンはチラリとルフィを見る。

 

「……アンタもだ、麦わらの人。さっき仲間と一緒にここを離れてりゃ良かったのに」

「ん? 別に! おれはお前らみたいな弱虫には敗けねェから!」

「ッ!」

 

 すると、我慢の限界に達していた海賊達が再び騒ぎ始める。

 

「コ……コ……コイツら、我らが“総隊長”に向かって『クソくらえ』だの『弱虫』だの好き勝手言いやがって!!」

「おれ達ァ東の海最強のクリーク海賊団だぞォッ!!!」

 

(あっ、クリープじゃなくてクリークだったのか……随分マイルドな海賊団だと思ったのになァ、クックック)

 

 いきり立つ海賊達にルフィは一言。

 

「一番人数が多かっただけじゃねェの?」

「「「なっ……!」」」

「あーあー、核心ついちまったよ」

「やっぱりか」

 

 絶句する海賊達に納得顔のルフィだが、コック達は震え上がっていた。

 

「バカ雑用め、何わざわざ怒らせるような事を」

「首領・クリークだぞ……!?」

「……あいつらの強さは本物なんだぞ!」

「クク……!」

 

 唯一ゼフだけが笑っている。

 いや、もう一人――ケアノスも笑っていた。

 

(アッハッハッハッハ……戦争は数とも言うし、人数多いのは立派な戦力だよねェ)

 

 しかし、クリーク海賊団の一味は我慢出来なかった。

 ここぞとばかりに怒りを爆発させる。

 

「「コイツら、やっぱり俺達の手でブッ殺してやるッ!!」」

 

 海に避難していた海賊達が甲板目掛けて駆け寄ってきた。

 しかし、一人の男によって止められる。

 

「ひっこんでろ! てめェら!!」

「ど、首領・クリーク……」

「でも、コイツら……」

「弱ェと言われて取り乱す奴ァ、自分で弱ェと認めてる証拠だ。強ェ弱ェは結果が決めるのさ。おれがいるんだ、ギャーギャー騒ぐんじゃねェよ」

「「「はっ!!」」」

「「首領・クリーク!!」」

 

 結果至上主義であるクリークらしい言葉で、乱れていた海賊達を制した。

 

(お腹一杯になったら眠くなってきたなァ……一番注目してたイブシ銀もリタイアしちゃったし、ゴム人間は伸びるだけだもんなァ)

 

 フワァと欠伸をするケアノス。

 この状況下でも緊張感の欠片もない。

 それはケアノスの性格もあるが、戦闘能力の高さの裏返しでもあった。

 

 戦場では海賊達が刃を収め、一糸乱れずクリークの指示に従っている。

 

「な……なんて統率力だ」

「50船の艦隊の首領とは名ばかりじゃねェってことか」

 

 コック達は首領・クリークのまだ見ぬ実力に恐れおののく。

 そんなクリークがルフィに声をかける。

 

「なぁ小僧。てめェとおれと……どっちが“海賊王”の器だと思う……」

「おれ!」

 

 即答するルフィ。

 逆にコックが焦る始末。

 

「てめェ少しは退けよ!」

「なんで?」

 

 クリークの額に青筋が浮かぶ。

 

「よォし、どいてろ野郎ども」

(ふわぁぁぁぁ…………よし、決めた!)

 

 奇しくもクリークと同じタイミングでケアノスは立ち上がった。

 

(この中でいっか……)

 

 ケアノスは勝手に船室に入り、奥でゴロッと横になったかと思うとスヤスヤと寝入ってしまったのである。外ではサンジとギン、ルフィとクリークの激戦が繰り広げているが、ケアノスは興味を失っていた。時折揺れる船はケアノスにとって揺り篭のようなものなのだ。

 

 サンジとギンは互いに蹴りとトンファーを当て合う打撃戦となり、双方大きなダメージを受けている。ルフィとクリークは、クリークの多彩な武器の数々にルフィが攻めあぐねていた。

 しばらく戦っていたギンであったが、命の恩人であるサンジをやはり殺す事は出来ないと涙ながらにクリークに訴えかけたのである。しかし、クリークはこれを認めず、最終兵器でもある『M・H・5』という毒ガスを使用したのだった。ギンのおかげで辛うじて難を逃れたルフィとサンジであったが、ギンは毒をモロに喰らってしまい激しく吐血する。

 怒れるルフィは自身が傷付くのも省みず、ウーツ鋼に身を包んだクリークを何度も何度も攻撃した結果、ついに鎧をブチ破り勝利を収めたのである。最後に披露した大技『ゴムゴムの大槌』でクリークはバラティエのヒレ甲板に打ち付けられ倒れたのだった。

 

 

 

 勝負を決定付けた衝撃でケアノスが目を覚ます。

 

「んんー、よく寝た」

 

 伸びをして辺りを見回す。

 周囲にあったテーブルの上には食事を終えたばかりと思われる皿やコップが並んでいた。

 

「そっか……海上レストランに来てたんだっけ」

 

 外から何やら喚く声が聞こえた。

 

「あれェ? まだ戦(や)ってるのか? クックック……ホント戦闘マニアばっかりなんだなァ、お盛んなことで」

 

 そう呟き、外に出てみると――丁度戦闘が終結したところだった。

 

 ギンは意識を失ったクリークを担ぎ、小船で旅立とうとしている。

 コック達は敵意をむき出しのまま見送っていた。

 

(どうやらクリープ……じゃない、クリーク海賊団が負けたようだねェ。まぁ氣力から言って妥当な結果だな)

 

 ケアノスは互いの戦闘力を冷静に把握していた。

 ルフィとクリークであれば十中八九ルフィが勝つと確信していたのである。

 

(まぁ、いざとなったら最終決戦兵器『水虫のゼフ』がいたんだしな。プクククク……裸足になって水虫押し付けられりゃ、誰でも逃げ出すわな……なんせ11年物だもん!)

 

 海賊達が山盛りにされた小船が遠ざかって行くのを見て、ケアノスは思う。

 

(一眠りしたらまたお腹減ったなァ……別腹だけど、アイツら――喰うか)

 

 獰猛な笑みを浮かべたケアノスは陰形を使い、甲板へと降り立った。海賊を見送っていたコック達は気付いていない。海面を走り自分の船に乗ると、遠巻きに海賊達を追い始めた。

 

 

 

 

 

 バラティエが小粒にしか見えなくなった位置で漸く小船を捕える。

 ケアノスは疲労と負傷で倒れ込む海賊達に声をかけた。

 

「やぁ!」

「あ、あのヤロー追い掛けてきやがったぜ!」

 

 ケアノスの声を聞いて海賊達が飛び起きた。

 毒で倒れていたギンも重い瞼を上げる。

 

「……てめェ、何しに来やがった?」

 

 口から血を流しながらギンは尋ねた。本心は戦闘行為を避けたいと思っているのだ。

 クリークは意識を失ったままで、大多数の海賊達も負傷している。相手は自分の気付かぬ内に背後を取った未知数の実力を有しており、現状では戦いたくても戦えないのである。

 

「フフフ……決まってるでしょ、食後の――デ・ザ・ァ・ト!」

「ハァ?」

「何言ってんだ、てめェ!」

「俺達と仲良く飯でも食おうってか!?」

 

 海賊達は鼻で笑った。

 しかしケアノスは大声で笑う。

 

「アッハッハッハッハ……一緒に、じゃなくて――一方的に、だよ!」

 

 そう言うや否や、軽功術による瞬動で船に飛び移る。突然目の前に移動してきたケアノスに焦る暇もなく、海賊達はうめき声だけを残して力尽きていく。

 ケアノスの化勁の餌食になっているのだ。

 

「うがぁぁぁぁ……ぁぁ……」

「な……なんだ!? どうなってんだ!?」

「ぐぎゃぁぁぁ……」

「ち……ちからが……」

「ば……化けモンだぁぁ……!」

「クックック……脆い、脆過ぎるなァ。どうしたクリープ海賊団!」

 

 一人、また一人と力尽き海に沈んでいく。ボキッ、ゴキッという音がするのは、ケアノスが丁寧に海賊達の首を一人一人折っているからである。

 ケアノスは嘲笑を浮べて執拗にギンを挑発した。

 

「貴様ッ! いい加減にしやがれ!」

 

 毒に侵された体に鞭打ち、ギンは何とか立ち上がる。何が起こっているか理解出来ないが、ケアノスが何をやってる事は判った。力の入らない手にトンファーを握り、仲間を守る為にケアノスへと立ち向かう。しかし、そんなギンを嘲笑うかのようにケアノスはギンを無視して他の海賊に襲い掛かる。

 

「ぐぁぁ、そ……総隊長……た……たすけ……」

「ヒヒヒ……イイ顔だねェ、ああ――高まるゥ!」

「貴様ッ、おれが相手になるって言ってんだろッ!」

 

 激怒するギンにケアノスのテンションは上がりっ放しである。氣を吸い尽くしては首の骨を折り、海に投げ捨てるという行為を繰り返していた。隠形と瞬動のコラボは一瞬にしてケアノスの姿を見失うのに充分すぎる複合技である。

 

「……やめろ! 頼む、やめてくれッ!!」

 

 どんなに追いかけても目の前から煙のように消えるケアノスに、とうとうギンは追う事を諦め懇願したのである。

 頭を船底に叩き付けてギンは土下座した。

 

「頼む! この通りだッ!!」

 

 しばらくして悲鳴や呻き声が鳴り止んだので、ギンは頭をゆっくり上げる。

 そして絶句した。

 

「ッ!?」

 

 そこにはもう首領・クリークとパールの2人しか残っていなかったのだ。

 他の者は声も出せずに海に沈められたとギンは悟った。

 

「……てめェは、悪魔か」

 

 ギンは凄まじい怨念を込めた視線でケアノスを射抜く。

 

「まさかァ、ボクは只の悪者だよォ。クックック……さぁて、選択のお時間です」

「……選択だと? さっさとおれも殺せよ、覚悟はとっくに出来ている」

「ヤダなァ、アナタは殺しませんよ? 殺すのは……この2人のどっちか。さぁ、どっちを生かして欲しい? ねっ、ねっ、どっち?」

 

 飛び切りの笑顔で問うケアノスに、ギンは憎悪しか感じなくなっていた。

 怒気を強めてギンは答える。

 

「……選べるワケねェだろ、クソヤロー!」

「ウヒヒヒヒ……だったら、2人共殺すねェ!」

 

 気絶しているクリークとパールの首に、ゆっくりとこれ見よがしに手を伸ばすケアノス。

 ギンの顔が更に青褪める。

 

「ま、待ってくれ! 選ぶ、選ぶから……待ってくれ」

「素直にそう言ってよ。焦らすのは好きだけど……焦らされるのは嫌いなんだよねェ、ボク」

「クソったれが…………首領だ、首領を助けてくれ! すまねェ……パール、おれを怨んでくれッ!」

「そうそう、パール。アイツを怨もうねェ、最低な奴なんだからァ。クヒヒヒヒ……ひどい奴だよねェ」

「……地獄に落ちやがれ!」

 

(クックック……心地良い怒気だねェ。死に体で尚、それだけの覇気があれば大したモノだよ。ご褒美あげちゃおっかなァ)

 

 呪詛を吐くギンであったが、ケアノスが手を伸ばしたのはクリークの方であった。

 

「なッ!?」

「あっ、間違えちゃったァ?」

 

 悪びれず嬉々として全力の化勁を炸裂させた事で、クリークは見る見る間に衰弱していく。

 顔から生気が失われていくのを見て、ギンは焦る。

 

「て……てめェ、約束が……ッ!?」

 

 違うじゃねェか、と言おうとした瞬間、ボキッという何かが折れる音がした。

 

「そ……そんな……」

「あらら……死んじゃったァ、ごめんねェ。首領がこの人なんだっけ? てっきりイブシ銀が首領かと思っちゃってさァ、クヒヒヒヒ……!」

 

 ケアノスは笑顔でクリークの首を圧し折ったのである。氣によって強化されたケアノスの握力は岩をも簡単に砕く。この世界に来て化勁を繰り返したケアノスは、前の世界とは比べ物にならない程の力を手にしていた。

 悪魔の実の能力には驚嘆したが、それでも今のケアノスであれば、ルフィに負けるとは思えなかった。梃子摺るだろうが、勝てない相手ではないと冷静に分析していたのだ。

 唯一の懸念点があるとすれば――ゼフの存在である。バラティエから離れて捕食したのも、万が一を考慮してなのだ。数は立派な戦力と思っているケアノスは、一兵卒だからと言って邪険にはしない。皆平等に美味しく頂く主義なのである。

 

 一方、自らが最強と信じ、今後もどこまでもついて行こうと決意した首領・クリークの死を目の当たりにしたギンは茫然自失となっていた。

 

「あれェ、どうしましたァ? さっきまでの覇気が影を潜めちゃいましたねェ? 人間誰しもミスくらいありますよ、お気になさらずに~」

「…………殺せ」

「はい?」

「……殺せっつってんだよ! もう……生きてく意味もねェ」

「おやおや、諦めたらそこで終わっちゃいますよ。ほら、元気出して! ファイト!」

「…………」

 

 ケアノスは無神経に挑発を繰り返した。

 しかし、ギンは無反応のままである。

 

「あらら、ツマンナイなァ」

「…………」

「フフフ……でも、ボクはアナタを殺しませんよ。そう言いましたよねェ」

「なっ……なぜだッ!?」

「クックック……だって、その方が“面白い”から!」

「貴様ッ! 殺してやるッ!!」

 

 負傷と毒で満足に動かない体を奮い起こし、ギンはケアノスにトンファーを叩き付ける。しかし、その威力も速度も格段に落ちており、とても人を殺せるレベルではなかった。

 ケアノスは余裕で避けている。

 

「まぁ、そう心配せずともアナタは死にますよ……ボクが殺さなくても、ね」

「ゴフッ……てめェも、道連れにしてやるよ」

 

 血を吐きながらギンは必死の形相でケアノスに向かう。振れども振れどもトンファーは空を切るばかりである。氣の乱れや症状から察するに毒を受けたと直感したケアノスはギンを喰らおうとは思わなかった。

 

「さてと……飽きたな、うん」

 

 そう言うと、ケアノスは発勁ではなく普通の掌底をギンの腹に打ち込んだ。衝撃で吹き飛ばされたギンは甲板に仰向けに倒れ、またも口から血が溢れる。

 

「く……クソったれ……」

 

 そう言い残し、ギンは意識を手放したのだった。

 

「毒で死ぬか、あるいは失血死か……クックック、どっちが先かなァ。それにしても……いたぶる相手も、ある程度元気じゃないとボクが楽しめないねェ。よし、次からは気をつけよう」

 

 今回の蹂躙劇の反省点を心に刻んだケアノスは、意気揚々と自分の小船に戻って行く。

 

 その後、ギンの姿を見た者はいない。

 その日を境に、クリーク海賊団は消滅したのだった。

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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8話 魚人海賊団・アーロン一味

 ケアノスは満面の笑みを浮かべたまま、船のオールを漕いでいた。彼にとって喜ばしい出来事が2つもあったからである。

 

(クックック……やっぱりボクは強運だ、まさか一人目で当たりを引くなんてね)

 

 その出来事とは、氣に関する事と魚人に関する事であった。

 

 クリーク海賊団はケアノスの化勁によって、この世から消え去ったのである。

 その化勁に関してケアノスに思いがけない誤算が起こっていた。いくら氣を吸収しても、許容限界に達しないのだ。前の世界ではある程度氣を吸収してしまえば、頭打ちになってしまい自身の氣が増加しなくなっていた。

 ところが、この世界では吸えば吸うだけ氣が増大するのである。なぜそうなったかはケアノスにも分からないが、これはまさに嬉しい誤算であった。さらに、氣の性質までが変質しつつある事にケアノスは気付いている。

 その原因はこの世界に存在する覇気に起因しているのだが、ケアノスがその真相を知るのはまだまだ先の事であった。しかし、今のケアノスは恐ろしい程の覇気をその身に纏いつつあったのだ。

 そして、その影響は目にも表れていた。それまでは感じるだけだった氣を、視覚で認識出来るようになってきたのである。変化自体には驚いていたケアノスだったが、彼はその事実を柔軟に受け入れたのであった。

 

(デザートにしては少々濃かったけど、今までの海賊団よりはウマかったなァ)

 

 実際、クリーク海賊団を吸収したケアノスの氣は5割増しに膨れ上がっていた。氣が倍になったら強さも倍になるという単純なものではない。しかし、ケアノス程極めた者であれば氣が増えれば応用の幅が格段に広がり、その強さは3倍にも4倍にもなるのである。

 

(あの爺さんも喰ってみたかったけど……水虫は勘弁だもんな、プククク……!)

 

 過去に類を見ない氣の充足ぶりに、ケアノスの高揚感は尋常ではなかった。ケアノスは快楽殺人鬼ではないが、殺生に嫌悪感など抱かない。他人は自分にとって餌でしかないので当然とも言えよう。ただし、他人を駆逐する事で相手が狼狽し、必死にもがく姿を見るのは楽しみであると言う頭のネジがぶっ飛んだ人間でもある。

 

 人は彼を狂人として扱う。

 そして、それは彼自身も認めているのだった。

 

(ココヤシ村か……そこに、そこに念願の魚人がいるのかァ。ナミさんもいるらしいけど……魚人見れたら用済みだよなァ。喰いでも無さそうだし、放置してもイイんだけど……)

 

 ケアノスは思考の深くへ沈んでいく。

 思い出すのは海上レストラン『バラティエ』に戻った際の歓迎されなさぶりではなく、ある賞金稼ぎから聞いた有益な情報であった。

 ケアノスがバラティエに戻ったのは、ゼフであれば魚人や悪魔の実について、もっと詳しく教えて貰えるのではないかと思ったからである。しかし、コック達はケアノスを空気の如く扱い、オーナー・ゼフに会わせようとはしなかった。

 仕方なく自分で探そうと船を歩き回っていた時に遭遇したのが、ヨサクという名の賞金稼ぎだった。少しヨイショすると、すぐに調子に乗ってくれて色々と話してくれたのである。

 その中に、魚人の海賊である“アーロン”が支配するという『アーロンパーク』という場所が、この東の海には存在しているという情報があったのだ。

 更に驚くべき事に泥棒家業のパートナーであったナミが、そのアーロンパークに居る可能性が極めて高いらしい。 

 ケアノスは自分の都合に良い方向にばかり回るこの世界がさらに好きになったのである。

 

(まぁナミさんの件はおいおいだなァ。まずは魚人を拝んで……拝んで……拝んでからどうしよう……まっ、それもおいおい考えるか)

 

 好奇心に勝てないケアノスは少しでも早くアーロンパークに着きたかったのである。

 だからこそオールを漕ぐ手に氣を込めると、グンッと更なる加速を実現した。

 

「ヒャハハハハー! 30ノット(時速55.56キロメートル)以上出てるな、クルーザーも真っ青だろ!」

 

 小船の先端が海を掻き分け、大量の水飛沫を上げる。

 

 エンジンやモーターのない世界で、普通の人間には到底出せないスピードで進む小船は、トビウオのように海面を跳ねるように進んでいた。異常な速度で進んだ結果、ケアノスはあっという間にアーロンパークを視界に捉えられる距離まで来たのだった。

 

 漕ぐ手を止めて惰性で船を進ませながら、ケアノスは目を凝らす。

 

「へぇ……立派な門構えじゃないかァ、海賊ってこんなに堂々と拠点を築けるモンなのか?」

 

 ケアノスはふと首を傾げた。

 海軍に目を付けられたりしないのだろうかと疑問に思う。

 その疑問は当然であるが、アーロンは海軍第16支部のネズミ大佐に金を握らせて黙認させていたのである。それはアーロンが海軍を恐れたからではなく、あの圧倒的なまでに強大な力によって近隣の村々を自分の支配下に置き、年貢と称して金品を納めさせていたのだった。

 有り余る資金力で腐った海軍の一部を篭絡したのである。

 海賊団としての強さも尋常ではなく、もはや海軍支部では手に負えないレベルであった。

 アーロンに懸けられた賞金も東の海で最高額となる二千万ベリーである。

 しかし、これはネズミ大佐を抱き込んで緩和されている額であり、本来であれば、倍以上の賞金額に跳ね上がっていてもおかしくない程の非道を重ねてきたのだった。

 

 

 

 

「なんじゃ、こりゃ!?」

 

 物見遊山でアーロンパークに進入したケアノスは、中の様子を見て驚愕した。

 

「……なんで、皆倒れてんの……?」

 

 魚人と思わしき一団が集団で倒れていたのである。全員が気絶、あるいは血を流している事から誰かにやられたものと思われた。

 近くにいる魚人を抱き起こし、声をかける。

 

「おい、しっかりしろ! 誰にやられたんだ!?」

「……ロ……ロロノア……ゾ――」

「アハハハハ、面白ェ顔してんなァ。魚人って……めちゃくちゃブサイクじゃんか! アハハハハハハハ!」

「…………」

 

 魚人の顔を見た瞬間、弾けたように笑い始めた。手を叩いて大笑いを始めたケアノスは、最早魚人の心配などしていない。そのまま抱き抱えていた魚人を放してしまい、魚人は地面に後頭部を強打した。

 

「だ……ダメだ……超変な顔! クヒヒヒヒ……や、やばい……お腹がよじれる程面白いッ! ギブギブッ!」

 

 今度は四つん這いになって地面を叩きながら笑っていた。

 

 

 お腹を抱えたまま笑い続ける事、数分――。

 

「こりゃ何だァア!?」

 

 恐ろしく大きな声が響いた。

 

「一体、何が起こったんだ! 同胞達よッ!!」

 

 大声の主はノコギリザメの魚人であり、鋭いノコギリ状の鼻を持った魚人海賊団の船長であるアーロン本人であった。

 

「いやァ、笑った笑った。人間と魚のコラボがここまで悲惨とは思っても見なかったなァ。プククク……!」

 

 地面に転がっていたケアノスはムクッと起き上がり、パンパンと土埃を払う。

 その声を聞いてアーロンがケアノスを睨み付けた。

 

「……てめェか、おれ達の同胞に手ェ出しやがった野郎は!?」

「ん? 誰、アナタ?」

「質問してんのはこっちだろ。さっさと答えねェか!!」

 

(ふーん、新たな魚人か……こいつらの仲間ってとこかな? 比較的マシな顔してるけど……鼻すげェ、プククク……ノコギリ鮫だろうな、横に居るのは……エイか?)

 

 今にも噛み付きそうな形相で睨むアーロンに対して、ケアノスは焦った様子もない。

 

「いえいえ、ボクが来た時にはすでにこんな状況でしたよ」

「……信じると思ってんのか。そもそも誰なんだ、てめェは? ここに何しに来やがった?」

 

 ケアノスは太極服を着ており、海軍には見えなかった。

 しかし、アーロンの鮫肌がピリピリと何を感じているのだ。

 

「何って、見学ですよ。魚人と言う種族を一度この目で見てみたいと思ってましてねェ。いやァ、予想以上に滑稽な顔付に腹筋が千切れるかと思いましたよ。アヒャヒャヒャ……!」

「……てめェ!」

「待ってくれ、アーロンさん。あんたに暴れられると滅茶苦茶になっちまう。ここは俺らに任せてくれ」

「クロオビ……チッ、その代わり確実に殺せッ!」

「分かってるさ。おい、ヤレ」

 

 クロオビが配下の魚人に命令を下す。

 クロオビはアーロン一味の幹部であり、エイの魚人であり、魚人空手の達人でもあった。

 命令を受けた2人の太った魚人がケアノスに近付き、おもむろに頭を掴んだ。

 

「おい、チビスケ! 覚悟は出来てんだろうな!」

「へっへっへ、チビのくせに偉そうにしてんじゃねーぞ!」

「…………チビ? クックック……ボクが、チビ……」

 

 ケアノスは頭におかれた魚人の手を掴むと、一瞬で圧し折った。

 腕を折られて前かがみになった魚人にケアノスは掌底打ちを叩き込む。

 勿論只の掌底ではなく氣をたっぷり込めた発勁である。

 

「ぐァ……!」

「て、てめ……ぐはッ」

 

 いきなりの反撃に臨戦態勢を取ろうとしたもう一人の魚人も腹に発勁を受けて撃沈した。

 

 体格に恵まれなかったケアノスにとって、低身長はコンプレックスであった。

 伸ばす努力をしてきたが、男性の平均身長に比べると、やはり小さいと言えるのだ。

 

「アンコウとフグか? デブはデブらしく……汗掻きながら大人しくアイスでも食ってろよ、デブが……!」

 

 ケアノスは倒れた魚人を踵で踏み抜いた。

 勝負は発勁で決まっていたが、ムカついたのでトドメをさしたのである。

 クロオビとアーロンは目を見開く。

 

「貴様ッ!」

「てめェ!!」

 

 下等だと思っていた人間に為す術なく一瞬で仲間がやられた事に軽い衝撃を受けたのである。

 そんな折、アーロンに声をかける人物がいた。

 

「うぅ……あ……アーロンさん?」

「おい、しっかりしやがれ!」

 

 気絶していた魚人の一人の意識が戻ったのである。

 その魚人の話によると、侵入者として捕えていた男があの『海賊狩りのゾロ』であり、そのゾロが脱走して自分達を倒したと判明した。

 

「何だとッ!?」

 

 アーロンが驚きの声を上げた。

 想像と全く違った回答が出てきたからのである。

 てっきり目の前の男がやったと思っていたのに、犯人は別に居て、しかも海賊狩りだと言う。

 では目の前の男は誰なのかという疑問がますます沸き上がった。

 本人は「見学」などとふざけた事を言っており、到底信用する事はできないのだ。

 アーロンがケアノスを睨んでいると、背後から声をかけられた。

 

「チュッ、捕まえて来たぜ! おれ達が殺すより……アーロンさん、あんたがヒネった方が気が晴れるだろう?」

 

 クロオビと同じくアーロン一味の幹部であり、キスの魚人のチュウである。

 ココヤシ村でアーロンを攻撃した『麦わら海賊団』の一味であるウソップを連行してきたのだった。

 

「チュウか……もうそんな奴じゃ、腹の足しにもならねェぜ」

「だろォ!? じゃ……に……逃がしてくれよ! あんなの挨拶だろ。おれの村じゃああやるんだぜ!? 挨拶は!!」

 

 アーロンの言葉にウソップがじたばたしながら命乞いをする。

 しかし、ウソップを捕えていたチュウの手に力が入った。

 

「チュッ!? ちょっと待て……こりゃ何事だ?」

「そこのチビスケがやりやがったんだ」

「チュッ……あのチビが?」

「チビだが、それなりに使うようだ」

「おい、半魚共! 二度とチビって言うんじゃねェよ……でないと、喰うぞ?」

「ハッ……図に乗ってんじゃねェぞ! 下等な人間がッ!!」

 

 アーロンはギロリと視線に殺意を込める。

 

(なるほど……魚の分際で調子乗ってんなァ、魚が肉かは分からないけど……餌には違いないんだよ。クックック……陸上漁業は初の試みだな。後から来たあの口が出っ張ってるのは、鉄砲魚かな? それより……一緒に来た長っ鼻は何の魚だ!?)

 

 ケアノスはウソップを見て頭を悩ませた。

 これまで全ての魚人が何の種類かを当てるゲームを密かにしてきたケアノスにとって、最大の難関であった。

 色々と考えて答えの出なかったケアノスは、素直に尋ねる事にした。

 

「……そこの長っ鼻君。キミは何の魚人なの?」

「ハァ!? おれは人間だよ! キャプテーン・ウソップ様だ! こんな奴らと一緒にすんじゃねーよ!」

「チュッ、今すぐ死にたいみたいだな」

「わ、わ、悪かった。おれが言い過ぎた……た、助けてくれ!」

 

 チュウにナイフを首に突きつけられたウソップは涙目で慌てて取り繕う。

 

「おやおや、人間でしたか! プクククク……それはそれは、失礼しました」

「人の顔見て、笑ってんじゃねーよ!」

 

 今度はケアノスに怒りを顕にするウソップ。

 一方、アーロンは別の判断を下す。

 

「ふむ……こいつら、仲間ってワケじゃねーのか」

「いや、そうとも限らんぜ。アーロンさん、こうは考えられねェか?」

 

 アーロンの発言に異を唱えたのはクロオビであった。

 

「ナミがあんたの首を取る為に……ゾロやアイツをここに侵入させた、と」

「ナミが?」

「そういやナミの今日の態度はおかしかったぜ……」

「そういえば……水に飛び込んだゾロをあいつは助けた……!」

「裏切りは……あの女の十八番だ」

 

(イイ度胸だねェ、ボクを無視して井戸端会議とは……おやァ?)

 

 魚人達はナミの行動を不審に思う。

 ケアノスは魚人達の行動を不快に思っていたが、ある気配を察知する。

 

「いい加減にして! 勝手な推測で話を進めないで! 何が言いたいの!?」

「ナミ……! 本当に……?」

 

 ナミの登場にウソップは信じられないモノを見たという表情である。

 

(おおー、やっぱりナミさんか。これで役者は揃ったな、クックック……第二幕の幕開けですよ!)

 

「私が一味の者であることは、8年前にこの刺青に誓っている! あんたとの約束の金額ももうすぐ貯まる。今更そんなくだらないマネしないわよ!」

 

 ゾロの独断がナミを窮地に追いやり、困らせていた。しかし、内心では悪態をつきながらも、ナミはこの窮地を乗り越えようしている。

 事実アーロンはナミの言ってる事に嘘はないと思っていた。

 

「あーすまんすまん。疑って悪かった。怒るのも当然だ、8年の付き合いだもんな。おれ達は少し気が立ってたんだ。お前は信じ「やぁ、ナミさん」……何ッ!?」

「えっ!? ど……どうして……!?」

 

 ナミは上手く乗り越えれただろう……ケアノスさえ居なければ。ナミを信じかけていたアーロンや魚人達の心に再び疑惑が浮上した。

 そのナミは驚愕の表情でケアノスを見詰めている。

 

「クックック……つれないですねェ、パートナーじゃないですか」

 

 ケアノスは人の悪い笑みを浮かべていた。

 心底この状況を楽しんでいるのだ。

 

「おいナミ、こりゃ一体どういう事だ?」

 

 アーロンのドスの利いた声が響く。

 

「…………」

 

 ナミは今必死に考えていた。

 理由は分からないが、2ヶ月前に知り合ったケアノスが目の前に居るのだ。

 ここ3週間連絡を取っていなかったのはルフィ達と出会ったのもあるが、ケアノスの不気味さを警戒してでもあった。

 頭をフル回転で働かすナミは、かなり焦っている。

 1億ベリー貯めてココヤシ村をアーロンから解放するという目標まで、あとホンの少しの所まで来ていたのだ。

 

(クヒヒヒヒ……ナミさん、超必死な顔してるなァ。可哀相に……誰が悪いんだろうねェ)

 

 他人事のようにケアノスは笑い続ける。

 そんなケアノスを憎憎しい目で睨み、ナミは重い口を開いた。

 

「……以前に少し泥棒するのを手伝って貰った事があるだけよ。ここに来てるなんて知らなかったわ……ケアノス! あんた何しに来たのよ!?」

 

 ナミは本気で怒っていた。

 せっかくのチャンスをココで台無しにされたくはないのだ。

 だからこそ、切り捨てるならばケアノスだと腹を括ったのである。

 しかし、ケアノスから返って来たのは予想を超える最悪の回答だった。

 

「何しにって……この魚人共が次のターゲットだからに決まってるじゃないですかァ。サクッと潰して財宝頂いちゃいましょうよ。クヒャヒャヒャヒャ……!」

「……ッ!?」

 

 ナミは絶句した。

 ケアノスが何を言っているのかが、しばらく理解出来なかった。

 

「ナミ……てめェ!」

「やはりか……」

 

 アーロンはナミを睨み、クロオビは腕を組んだままむしろ納得していた。

 漸く再起動を果たしたナミはケアノスに向かって叫ぶ。

 

「あ……あんたね、いい加減な事言わないで! 私がいつそんな事頼んだのよ!!」

 

 心からの叫びであり、長年かけて高く積み上げた石段を根元から崩された気分でもあった。

 取り返しのつかない事になろうとしている……聡明なナミにはそれが痛い程分かった。

 ケアノスに対して殺意さえ抱きそうになったのである。

 

「おやおや、ボクは本気だよォ……潰した後はサシミにして喰っちゃいましょうか。ククククク……意外と美味いかもしれないし?」

「ふ、ふざけんじゃないわよ!!」

「……クロオビ、ナミは後だ。あのガキをブチ殺せ」

「お任せを……!」

 

 アーロンの放った一言で、ナミは自分の計画が音を立てて崩れ落ちて行く幻影が見えるようであった。

 たまらずその場に座り込んでしまった。

 ウソップはあまりの展開について行けていない。

 チュウの隣で気付かれないように空気に徹するのであった。

 

「おい、覚悟はいいか?」

 

 クロオビがケアノスに接近し、声をかけた。

 

「はい。不味そうだけど、アナタも頑張って食べる覚悟を決めましたよ! アヒャヒャヒャヒャ!」

「……死ね! 百枚瓦正拳ッ!!」

 

 クロオビはケアノスの懐に潜ると、腰を落として渾身の正拳突きを繰り出す。

 魚人空手の達人であるクロオビの突きは常人であれば数十メートルは吹き飛ばされるであろう威力を秘めていた。

 しかし、拳がケアノスに直撃すると思われた瞬間、クロオビは宙を舞う事になった。

 刹那のタイミングで突き出されたクロオビの腕を掴んだケアノスは、そこを支点にしてクロオビの体を一回転させたのである。

 そのまま回転するクロオビの頭を足で刈り、更に回転スピードを加速させた。

 グルグルと回るクロオビの顔面を反対で手で掴み、遠心力たっぷりの掌底で地面に叩き付けたのである。

 ドガァァァンという轟音と共に、クロオビの顔面が地面に埋没したのだった。

 

「あぐッ……」

 

 その言葉を最後にピクピクと痙攣し、クロオビは動かなくなったのである。

 陥没した地面からは血が溢れ出てきた。

 

「バカな……!?」

「な……何しやがったんだ?」

 

 魚人海賊団の面々だけではなく、ウソップも驚きを隠せないでいた。

 まさか一瞬で決着するとは、誰一人として思っていなかったのだ。

 

 ケアノスが行使したのは柔の拳であり、小柄なケアノスが氣以外に極めている武術の一つが合気道である。

 相手の力に逆らわず、むしろその力を利用して、相手を制する事に重きを置いた武術を、ケアノスは氣の次に気に入っているのだ。

 

「そ……そんな?」

「クロオビさんが……一撃で!?」

「クックック……早めに食べないと、アンモニア臭で喰えなくなっちゃうかもねェ……エイだし」

 

 驚く魚人を余所にケアノスは余裕の表情であった。

 一方、ナミの表情は驚愕の一言である。

 

「う……嘘!? あいつ、ここまで強かったの……!?」

 

 分業制だった為に、ナミはケアノスが実際に戦っている姿をあまり見た事がなかった。

 ケアノスが海賊を片付けている間に、ナミが財宝を盗むのがルーチン作業であった。

 不殺生を約束させて手加減している戦闘シーンならば、一度見た事はあったが、ここまでとは予想だに出来なかったのである。

 

「チュッ、おれが仇を――」

「下がってろ、チュウ。おれがヤル」

「アーロンさん……」

 

 同胞が倒されるのを見て、目が血走っているアーロンがチュウを制止して前に出た。

 

「……おれとてめェの絶望的な違いは何だ」

「クイズですかァ? 簡単過ぎるでしょ……鼻、に決まってるでしょ! プクククク……ボクは絶対そんな鼻イヤだなァ」

「…………」

「あれ? 違いましたか? も……もしや、そんな風体でメスなの!? いやァ、だったらビックリだよ。性別の違いに絶望しちゃうかも、アヒャヒャヒャヒャヒャ……!」

「…………」

「クックック……子供は産卵だよねェ?」

「種族だッ!!」

 

 怒り心頭に発したアーロンが叫びつつ、噛み付き攻撃を仕掛けてきた。

 ケアノスは片足を一歩下げ、半身になる事で躱す。

 そして、そのままアーロンの横顔に掌底打ちを炸裂させた。

 ガキィンという音を鳴らし、アーロンの歯が抜け落ちる。

 口から垂れ落ちる血を拭いながらアーロンは笑う。

 

「シャハハハハハ、無駄だ! おれの歯は何度でも生えてくる! 前よりも更に頑丈な歯になってな!」

「……えっ? もしかして……ボクに言ってるの? スイマセン、あまり聞いてなかったので……もう一度言ってくれます? プククク……」

「チッ、ふざけやがって! この下等種族がッ!!」

「ふぅ……笑えない魚人はタダの魚だよ?」

 

 アーロンは怒りのままにバキンッと歯を抜いては再生し、また歯を抜いたのである。

 そして抜いた歯を両手に持って構えた。

 

「これが天の与えた特性……魚人がどれほど上等な種族か分か――ぐはッ」

「油断大敵……てね」

 

 アーロンがご高説しているまだ途中に、最大限に高めた氣による身体強化でケアノスは瞬動を行い、アーロンの懐へと潜り込んだ。

 そして練り上げた氣を全身から右の掌へと凝縮し、渾身の発勁をブチ当てたのである。

 

「て……てめェ……!」

「残心忘るるべからず……てね」

 

 そういい終わるなり、腰の回転だけで加速させた第二撃を叩き込む。

 その拳は黒く変色していた。

 

「ガハッ」

 

 アーロンの口から大量の出血が見られた。

 そして、グルンと白目をむいたかと思うと、アーロンは地面へと倒れ伏したのだった。

 

「あっ、サメも早く食べないとアンモニア臭くなるんだっけ? では早速、いただきまーす!」

 

 ケアノスは倒れたアーロンに手を乗せると、化勁で貪り始めたのである。

 

「バ……バカな! アーロンさんまでッ!?」

「そ、そんなワケねェ……そんなワケねェだろ!!」

 

 慌てふためく魚人海賊団。

 チュウはウソップを放し、ケアノスへと襲い掛かった。

 アーロンだけでなく、クロオビに比べても少し遅いチュウのパンチでは、ケアノスに当たるはずもなく、その拳は虚しく空を切った。

 目の前から突如消えてしまったケアノスをチュウはキョロキョロと頭を振って探す。

 

「食事の邪魔をするとは……万死に値しますねェ。……死ね」

 

 チュウの背後から恐ろしく冷たい声が聞こえた瞬間、チュウの意識はブラックアウトした。

 チュウは全身から血を噴き出して死んだのである。

 

「ひぃ……」

「化け物だァ……」

 

 魚人達は戦慄した。

 ナミとウソップも青褪め、体の震えを止める事が出来ないでいる。

 

「さァて……漁業の続き、しなくちゃね。今日は大漁だなァ、クヒヒヒヒ……!」

 

 ケアノスは不気味に口角を上げると、次から次へと魚人に襲い掛かった。

 それはまさに蹂躙であり、一方的な虐殺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
サブタイトル追加


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9話 絶望と希望

一人称に挑戦してみました。


<< ナミ >>

 

 信じられない事が起こった……。

 ……8年間の私の苦労を嘲り笑うかのような惨状が目の前に広がっている。

 魚人という人と魚類の融合体であり、水陸において圧倒的な強さを誇り、数あるイーストブルー支部の海軍艦隊ですら全く歯が立たなかったあのアーロン一味を……たった一人で壊滅させてしまった……。

 未だに信じられない気持ちで一杯だけれど……それ以上に複雑な想いがある。

 

 そう、この快挙を成した男を私は知っている。

 アイツの名はケアノス・オーレウス――ルフィ達と出会う前にパートナーを組んでいた男で、何度か一緒に仕事をした事があるわ。

 どうしてアイツが今ココにいて、アーロン達を倒したのかは分からない。

 初めて会った時はアイツの船が難破して小島に座礁していたのを偶然発見しただけ……お金を持ってるようには見えなかったけど、海賊でもないのに見殺しにするのは流石に出来ず助けたのよ。

 その後、私の後を追ってきた海賊達をやっつけた腕前を買って用心棒に雇ったわ……その時は、悪い奴には見えなかったもの。

 でも……二度三度と仕事をこなす内に、アイツの異常性に気付かされたわ。

 最初の仕事で海賊を殺したアイツに、殺しは厳禁だって約束させたら……二度目から嬉々として半殺しを楽しむようになってた。

 辛うじて死んでいない状態を……アイツは嬉しそうに「殺してませんよ」なんて言ってのける――まるで褒めてくれと言わんばかりに……。

 

 頭がおかしくなりそうだった……だから、縁を切る事に決めたのよ!

 私の素性はバレてないハズだったし、それなりの報酬も払ったワケだから、連絡が途絶えれば別の仕事を見つけると思ってた。

 

 アイツの後に出会ったルフィ達は大嫌いな海賊だったけど……とってもイイ奴らだった、他人の為に命を懸ける事の出来る初めて仲間でいたいと思った連中だった。

 今だって私を追いかけてウソップやゾロが来てくれた……きっと、ルフィだってきっと来てるハズ……皆を裏切ったこんな私の為に……。

 迷惑だって思う反面……嬉しく感じる自分がいたのも事実。

 でも……だからこそ、ルフィ達には死んで欲しくなかった。

 いくら悪魔の実の能力者だからって魚人達には敵わないと思ってたから……立場が危うくなるかもしれなかったけど、ゾロだって逃がした。

 ウソップも何とか逃がして皆が私の事を忘れてくれればイイと思ってた……それが一番だって思えたもの。

 あと7百万ベリー貯まれば村は解放されるハズだった……。

 

 でも……そんな時、アイツが現れた。

 見学に来たなんてぬかしただけじゃなく、余計な事までベラベラと話し始めた時は殺してやりたくなった。

 アイツが自業自得で死ぬのは勝手だけど、私の計画まで潰されたんじゃ堪らないと思った矢先……アイツは魚人を倒した。

 凝視していたハズなのに、倒した瞬間がまるで見えなかった。

 ……私の事を一番疑っていた幹部のクロオビが、気付いた時には地面に埋まっていた。

 幹部がやられる姿なんて、この8年間一度も見た事がなかったから……正直目を疑ったわ。

 

 でも……アイツは笑ってた。

 クロオビと時もそうだけど、アーロンと戦っている時も終始アイツは笑っていた。

 理不尽なまでの暴力を以って、アイツはアーロンを潰した……。

 怒りに我を忘れたチュウでされ、瞬く間に倒された……いえ、あれは多分死んでるわね。

 

 ……体の震えが止まらない。

 チュウから解放されたウソップも同じみたいね……足がガクガク震えている……。

 恐怖の対象でしかなかった魚人をいとも容易く屠ってしまったケアノス……本来なら喜ぶべきなんでしょうけど、本能が告げているわ――アイツはとんでもなく危険だって……。

 ココから逃げたいのに……体が恐怖で動いてくれない。

 ……声すら出せない。

 

 アイツは倒したアーロンや他の魚人達に近寄って何かをしているみたいだけど……一体何をやってるの!?

 分からない事が為されていると思うだけで、私の中にある恐怖を更に増大させる……。

 アイツの離れた後の魚人を見ると、少しやせ細ったように見えるけど……気のせいかしら?

 何かをやってるのは確かだけど……見えるのはアイツの背中だけ、死角になってるから手元や表情を確認出来ない。

 ……どうしよう、本能が逃げろと言ってるけど……私のバカ足は震えたままだ。

 

「お……おい、な……何が……どうなってんだ!?」

 

 不意にウソップが話し掛けてきた。

 恐怖からだと思われるけど、声も震えている。

 でも、ウソップに声をかけられた事で私は少し安堵した。

 声すら出せなかった私に比べると、ウソップは大した奴だと思える……悔しいけど。

 

「……ウソップ、あんた動けそう?」

「う、ウソップ様を舐めるなよ……と言いたいとこだが、無理だ。足が竦んじまってる」

 

 いつも強がりなウソップだけど、魚人やケアノスという化け物を立て続けに見て怯えちゃってるわね……まぁ、それも仕方ないか。

 でも、ウソップには言っておかないといけない事があるわ……ゾロにも、生きて会えたら伝えなきゃね。

 

「……ごめんね、ウソップ。こんな事に巻き込んじゃって……」

「べ、別に気にしちゃいねーよ。お、お前以外にうちの航海士はいないって言うルフィとの約束だから仕方なくだ。そ……それに、おれはメリー号を取り戻しに来たついでなんだからな。か、勘違いすんなよ!」

「……うん」

 

 ……涙が出そうだ。

 バカだけど……ウソップもルフィもゾロも本当にイイ奴らだ。

 こんな私を今でも仲間だと思ってくれてるなんて……。

 

「……聞かせろよ。何かワケありなんだろ?」

 

 感極まった私はウソップに事の経緯を全て話した。

 最後になるかもしれないからって言うのもあるけど……誰かに聞いて欲しかったのかもれない。

 ウソップは黙って最後まで聞いてくれた。

 

「なるほどな……お前の境遇は分かった。ノジコからも少し話は聞いてたし、ゾロもワケを聞けば納得すんだろ。ルフィは元々怒ってねェし、おれも気にしてねェよ」

「……ありがとう」

「礼は無事にここを切り抜けてから、だろ?」

「うん、そうね!」

 

 ウソップは諦めてなんかいなかった。

 せっかくアーロンから解放されたんだ……8年頑張ってきたんだ、諦めてやるもんか!

 

 そう決意した時、背筋が凍る声が響いた。

 

「クックック……苦労話は終わりましたかァ? 盗み聞きする気はなかったンだけど……勝手に耳に入ってきちゃってねェ」

「け……ケアノス……」

「うげッ……」

「ぺッ、ペッ……しっかし、魚人のサシミは不味いなァ。ホントに魚か!? って思える程で喰えたモンじゃないよ。氣はまぁまぁだったけど、クヒヒヒヒヒ……!」

 

 ケアノスが口から吐き出た肉塊……それは魚人のソレだった。

 完全に頭がどうかしてる……奇人なんてレベルじゃ語れない程イカレてる。

 ウソップは顔面蒼白だ……たぶん、私もそうだと思う。

 魚人を食う人間なんて聞いた事ない。

 

 やってはいけないと思いつつも、どうしても敵意の目でコイツを見てしまう。

 

「アンタ……何しにココに来たのよ!?」

「あれ? 言ってなかったっけ……見学だって。あとは……そうそう、連絡が途絶えてしまったナミさんを心配したからに決まってるでしょ」

「ウソ言わないでッ!!」

 

 コイツ……どこまでふざければ気が済むのよ!

 

「おやおや、心外だなァ。ボクは大真面目なのに……見学に来て陸上漁業が体験出来るとは思ってなかったけどねェ。クックック……!」

「……どうしてココが分かったのよ?」

「風の噂……かなァ。偶然あるレストランでココの情報を耳にしまして……いやァ、ボクはラッキーでしたよ」

「…………」

 

 レストラン? バラティエね……十分考えられる、迂闊だったわ。

 後悔しても遅い……今は、コイツと必要以上に敵対しない方法を考えなくちゃ……。

 

「さァて、ナミさんのおかげでまた一つ海賊団を殲滅出来ましたし……魚人共のお宝を奪って山分けといきましょうか!」

「ま、待って! ここにある財宝は村の人達から搾り取った分なのよ。だから……村の人達に返してあげて、お願い!」

 

 私は必死にケアノスに頭を下げた。

 ここに貯えられているお金は全て、近隣の村々から徴収した年貢が大部分を占めている。

 村の人達はこの8年間どれだけ貧しい生活を強いられてきたか……。

 アーロンの支配から解放されたからって、すぐに生活が豊かになるワケじゃない。

 ゴザの村はアーロンに破壊されて復興に莫大なお金が必要になるわ。

 ここのお金は何があっても村に返すべきなのよ!

 

「……ナミさん」

「何?」

「プククク……ギャグのセンスに磨きがかかりましたね! アーッハッハッハッハ、素晴らしいジョークだ!!」

「…………は?」

 

 大笑いし始めたケアノスに私は戸惑うばかり……ギャグ? ジョーク? 何よ、それ……。

 

「じょ、冗談で言ってるワケじゃないわ! 私は本気で言ってるのよ!!」

 

 私の真剣なお願いを笑うなんて……信じられない。

 村の人達の苦労を少しでも知れば、笑ってなんかいられないのに……!

 私はケアノスを睨みつける。

 

「クックック……それこそ、ご冗談を」

「ふざけないでッ!」

「おやおや、ふざけているのはナミさんの方でしょ。今まで海賊から散々盗みまくっておいて……ここだけ免除ってのは虫が良すぎるのでは?」

「……事情があるのよ」

「ククク……今まで奪ってきた海賊の宝も、罪無き村や町を襲って得たモノでしょ? ナミさん……その人達に、返してあげてましたっけ?」

「そ……それは……」

 

 ……言い返せない、正論だもの。

 私がやってきた事は海賊専門と言っておきながら、結局は弱者から奪い取った金品を盗んでいただけ……。

 奪われた弱者に還元する事もせず、自分の計画の為に利用してきた。

 都合の良い申し出なのは判っている……でも、退く事は出来ない。

 

「アンタが倒したアーロンには賞金2千万ベリーが懸かっていたわ。それをそっくりアンタにあげるから手をひいてちょうだい」

「……勘違いしてませんか?」

「えっ?」

「ナミさんとの契約はナミさんが奪った財宝を7:3でわけるもの、ボクの仕事内容はナミさんの護衛。賞金首はボク個人で得た収入ですので、当然ノーカウント。ですから、きっちりボクの取り分は頂きますよ。クヒヒヒヒ……!」

 

 くッ……コイツ、頭も切れる……厄介この上ないわ。

 どうする……!?

 どうすれば……契約……契約……あっ、そうだ!

 

「なら……私はココの財宝を奪わないわ。契約ではアンタの取り分は私の奪った財宝の3割よね? 奪った財宝がゼロならアンタの取り分も必然的にゼロになるわ。これは契約不履行じゃないでしょ」

 

 どう? これなら筋が通ってるわよね!

 

「クックック……なるほど、そうですか」

「ええ、だからアンタは懸賞金だけで我慢しな「じゃあボクが奪いますよ」さ……えっ?」

「ナミさんが手を付けないなら……ボクが頂戴しますよ。お金があるに越した事はないからねェ」

「なっ!? 卑怯よッ!」

「アハハハハ……卑怯? どこがァ? 別に契約違反してるワケじゃあるまいし」

 

 クソッ、クソッ……最悪よ!

 ……コイツ、悪魔だわ!

 それならいっそ、私が奪って7割だけでも残した方が……。

 

「分かったわよ……アンタの取り分の3割はきっちり支払うわ。その代わり、今回でアンタとのパートナー契約は解消よ!!」

 

 こんな奴ともう1秒だって一緒に居たくないわ!

 もう二度と会わない手打ち金だと思えば……安いもんよ。

 

「ふむ……では、違約金の支払いもお願いしますね」

「なッ……なんでそうなるのよ!?」

「契約解消の条件はボクの護衛に不手際があった時だったよね? これまでも今回もボクはナミさんに怪我一つさせてませんよ。こんな一方的な解約申請は契約違反以外の何物でもありません。よって、ボクには正当な違約金を請求する権利が生まれると思わない? クックック……不当解雇には断固戦いますよ!」

 

 私とした事が……甘かった。

 お互いが好きな時に契約を解除出来るよう項目を追加しておくべきだったわ……。

 ケアノスは心底意地の悪い笑みを浮かべてる……悔しい。

 

「……いくら、欲しいのよ?」

「そうだなァ……キリ良く、1億でどう? ヒヒヒヒヒ……!」

「なッ!? ふざけるなッ!!」

 

 コイツ……私とウソップの話を聞いてらからワザと……。

 チクショー! チクショー! こんな奴に……こんな奴に……!

 

「おいアンタ! ナミの話聞いてなかったのかよ!? ナミだって村の人達だって困ってるんだぜ、助けてやるのが人情ってモンだろ!!」

 

 ……ウソップ!?

 私が困ってるのを見て、助けに入ってくれたの……?

 

「聞いてましたよ、長っ鼻君。可哀相だなァって思いますけど……でもね、ボクには関係ない事だし」

「おれの名はウソップだ! 可哀相なら助けてやれよ! お前めちゃくちゃ強いんだし、金なんていくらでも稼げるだろ!」

「長っ……ウソップ君、可哀相だからと言っていつも助けていては甘えが生まれます。人間甘えてしまえばお終いだよ? ここは敢えて心を鬼にして、村人に厳しい態度で接しなければならないンだよ。クヒヒヒ……ボクだって辛いンだよねェ」

「そ、そうかもしれねェけどよ……それは時と場合によるだろ!」

「そもそも……パートナーなら助けてあげたいとも思うかもしれませんが、ボクはパートナー契約破棄を言い渡されましたからねェ。クックック……可哀相なのは、むしろボク?」

 

 ウソップの援護もどこ吹く風だ……今すぐ、胸に仕込んだ棍棒(タクト)で思いきり殴りつけてやりたい……!

 そんな時だった、私の耳にザパーンという大きな波の音が聞こえたのは……。

 

「オッス! ……あれ? みんなは……何じゃこりゃぁあ!!」

 

 ハチ!? このタイミングで……?

 ハチは私と同じアーロン一味の幹部でタコの魚人だ……でも、なんてタイミングの悪い……。

 

「おおー、タコだ! すっげェ分かりやすいフォルムしてやがるなァ。アッハッハッハッハ……変な顔!」

 

 ケアノスはバカ笑いしている。

 アイツの言動一つ一つが癇に障る……それでも、私にアイツを倒せるだけの力なんてない。

 アーロンでも全く歯が立たないのに、ハチはおろか、私なんて歯牙にもかけられないだろう……。

 

「なんだ、お前ら? 客か? おっ、ナミ。帰ってたのか、おかえり! それより、こりゃ一体どうしちまったんだ!? アーロンさんまでヤラれちまってるじゃねェか!?」

 

 流石に能天気なハチでも焦るわよね……でも、どう答えるべきかしら……。

 バカ正直に話して、これ以上ケアノスと拗れるのは御免だし……いくら魚人が憎いからってケアノスの殺戮ショーなんて見たくもないわ。

 

「ハチ……実は、刺客に襲われたのよ。そいつはあっちの海に逃げてったわ、早く追いかけて!」

「なにぃ、仲間に手ェ出す奴はこのおれが許さねェ! ナミはアーロンさん達の手当てしておいてくれ。待てェい、刺客!!」

 

 バカ正直なハチは私の言う事を疑いもせず海に飛び込み、居るはずもない刺客を追い駆けて行った。

 

「アッハッハッハッハ……面白ェタコ! いやァ、実に愉快だ!」

 

 愉快なもんか……最悪の気分よ!

 復讐の対象だった魚人を庇う行為がどれだけ……!

 

「さァて、ナミさん。そろそろお宝を……」

「おい、てめェ! いい加減に「いいの!」……ナミ?」

「いいの。今盗ってくるわ……ウソップも、我慢して」

「チッ……わーったよ」

「はいはーい、いってらっしゃい」

 

 ウソップには申し訳ないけど、ここは素直に従ってやり過ごすのが得策だと思う。

 実際の宝よりは少な目にして……残りは見つからないように隠して、後でこっそりと返金しよう。

 

 宝を隠す作業に手間取っていると、外から言い争う声が聞こえてきた。

 嫌な予感のした私はアジトから飛び出して、声のする方を見た。

 

「ルフィ! ゾロ! それに……サンジ君?」

 

 そこに居たのは私を“仲間”だと言ってくれる海賊団の一味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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10話 仲間(クルー)

 アーロンパークのアジト内でお宝の隠匿(いんとく)工作をしていたナミは、外で激しく言い争う声を聞いて飛び出して行った。

 そして、言い争う人物達を見て叫ぶ。

 

「ルフィ! ゾロ! それに……サンジ君?」

「ナミ! 迎えに来たぞォ」

「…………」

「ナミすわぁぁぁん! ご無事で何よりです! このクソヤローに何かされませんでしたか? ……ってか、てめェがなんでココにいやがるんだよ!?」

 

 サンジはケアノスを邪険にしていた。バラティエで会った時から気に喰わないのである。

 親の敵のように睨んでくるサンジにケアノスは失笑する。

 

「クックック……説明するのは面倒なんで、ボクの“元パートナー”であるナミさんに聞いてよ」

「な……な……なんでナミさんが、てめェの元パートナーなんだよッ!?」

「クヒヒヒヒ……昔のかなァ、昔の……ね」

「む……むむむむむむ、昔の女だとォ!? てめェ、やっぱり殺す!!」

 

 顔を真っ赤にして激昂するサンジ。

 

「やめて! サンジ君! ソイツに手を出さないで!」

 

 ナミが強引に割って入りサンジを制止する。

 

「な、ナミさん……やっぱり、そのヤローと……?」

「勘違いしないで。以前仕事で用心棒に雇ったってだけの関係よ……それ以上でも、それ以下でもないわ!」

「な~んだ、そうだったんですか。おれはてっきり……おい、クソヤロー! 誤解を招く言い方するんじゃねーよ!」

 

 サンジの怒りは静まっていないが、冷静なゾロが口を開く。

 

「それで、どういう状況だ? おれが倒した数より多い魚人が倒れてるみてェだが……」

「……ケアノスがやったのよ。アーロンも幹部も全員ね……」

「ケアノス?」

「……コイツのことよ」

 

 ナミはケアノスを指差した。

 

「どうも、初めまして。ケアノス・オーレウスと申します。職業は用心棒でしたが……解雇されたんで、今は一介の賞金稼ぎってとこかなァ」

「おれルフィ。海賊王になる男だ!」

「…………」

「…………」

 

 ケアノスの自己紹介にルフィは返したが、ゾロとサンジは警戒したまま口を開こうとしない。

 ウソップはさり気なくルフィの背後で気配を消していた。

 

「それで……皆さんは、ナミさんのご友人?」

「仲間だ。ナミはうちの航海士なんだ」

「おや? ナミさんはアーロン一味の航海士なのでは?」

「ん? そうなのか?」

「…………」

 

 ナミは一瞬黙り込む。何と答えて良いか躊躇われたからだ。

 苦悶の表情を浮かべるナミを見て、ケアノスはニヤニヤしている。

 

「クックック……沈黙は肯定とみられますよ?」

「そうよ……いえ、そうだったわ」

「だった?」

「…………」

 

 ゾロが疑問の声を上げた。

 麦わらの一味の中で一番冷静なのは重傷を負うゾロだった。

 沈黙するナミに代わって、ある男が声を上げる。

 

「ナミはもうアーロン一味じゃねェよ」

「……ウソップ」

「確かにナミはアーロンの仲間だった……いや、正確には仲間のフリをしてたんだ」

 

 ウソップはナミから聞かされた事情を他の仲間に話し始めた。

 

(……あれェ? ボクもこの話聞かなきゃダメなのかなァ? さっさとお宝貰ってアーロンの換金に行きたいんだけど……)

 

 ウソップの説明中、ケアノスはこれからどうしようかを考えていた。

 

 

 

 

「――てなワケなんだ。だからさ、勝手した事は許してやってくれよ」

「……ごめん、みんな」

「ウシシシ、気にしてねェよ。仲間だろ!」

「そうですよ、ナミさん! これからはこのおれがコックとして愛の戦士としてナミさんをお守りしますから!」

「事情は分かった……が、次はねェぞ。覚えとけ」

「……ありがとう」

 

 皆から許しや励ましを貰い、ナミは涙ぐんだ。

 しかし、その感動な瞬間に水差す人物がいた。

 ケアノスである。

 

「あのゥ、感動的な茶番劇中すみませんが……ボクのお宝を早く頂けますかァ? あと違約金も……早くしないとアーロンからアンモニア臭が漂ってきそうで。クヒヒヒヒ……!」

「くッ……分かってるわよ! ほら、アンタの取り分よ!」

 

 そう言ってナミは宝の入った袋を投げつけた。

 ケアノスは袋の中身を見て、口角を吊り上げる。

 

「クックック……たったの六百万? 桁が一桁違うのでは?」

「……宝は二千万ベリーあったわ。アンタの取り分は3割って決まってるでしょ」

 

 宝が二千万しかなかったと言うのは勿論ナミのついた嘘である。

 これまで計4度ケアノスと仕事をして、最高報酬は三百万であった。

 その感覚からいけば、倍の六百万で納得するだろうと考えたのである。

 しかし、現実は甘くなかった。

 

「いやァ、聞こえちゃった話と随分違いますねェ。村人一人当たりから月に5万ベリー徴収するとして、1村に約50人……それが20村とすると、月々5千万ベリーになりますよ? それを毎月、8年間続けてきたなら……億は下らないよねェ」

 

 ナミは青褪め、冷や汗が止まらなかった。

 小賢しい手段を取ってしまったせいで、結局自滅に進んでいる気がしたのである。

 ケアノスの一言一言が処刑判決のように聞こえていた。

 

「少なく見積もってもボクの取り分は3千万ベリーのはずですねェ。まさかとは思いますが……ボクを騙す気でしたかァ?」

「…………」

 

 ナミは答えない……否、答えれなかったのだ。

 何と答えて良いかを思考し、その答えが未だ出ないからである。

 

「六百万ありゃいいんじゃねェのか? 村の人が困ってんだろ? だったら返してやろうぜ」

 

 契約などは理解していないルフィが感じたままを発言した。

 

「クックック……そうはいきませんよ、約束は約束でしょ。約束も守れないような人間はクズでしょ、クヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

 自分の事は棚上げで笑うケアノス。

 

「おいクソヤロー! ナミさんが2千万だっつってんだから、2千万なんだよ! 違約金も無しだ! 男が小さい事でグダグダ言ってんじゃねェよ!」

 

 サンジはナミを護るように前へ出て、煙草に火を付けた。

 

「この場合、男や女は関係ないよ。約束は守ってナンボでしょ? むしろアナタの方が女尊男卑な考えを押し付けようとする矮小(わいしょう)な男に思えますがねェ」

「なんだと、このヤロー!」

「それに……本当に2千万ベリーしかなかったのであれば、ボクが建物内を探しても構いませんよねェ? 本当に何もなければこの六百万とアーロンの懸賞金を差し上げます。ただし……万が一、他にお宝が出てきた場合は……分かってますね?」

「…………」

「クックック……沈黙は嘘をついたと認めているようなモノですよ? その場合は、違約金を倍の2億払って貰いましょうかねェ」

 

 顔面蒼白のナミに向かって、さも楽しそうにケアノスは語る。

 

「な……ナミさん?」

「ナミ……」

「…………」

 

 サンジとルフィが声をかけても、ナミは無言のままである。

 しばらくの沈黙があった後、ナミは胸から棍棒を取り出し構えた。

 

「私が集めた1億ならアンタにあげるわ! でも……でも、ここにあるお金には手をつけないで! これは村の人達にどうしても必要なモノなのよ!」

 

 ナミは慟哭した。

 悲痛な叫びである。

 サンジだけでなくウソップも胸を痛めた程だ。

 

「その棒でどうすの? ボクを叩きのめす気? アーロンの支配から解放してあげた……この、ボクを?」

「…………」

「正当な要求をしただけにも関わらず、騙されそうになってるこのボクを?」

「…………」

「不当解雇を訴えただけの哀れなこのボクを……その棒で、殴りつけるのォ?」

「…………」

 

 棍棒を持つナミの手が震えている。

 ケアノスの放つ言葉の一つ一つが刃となって、ナミの良心を傷付けていた。

 

「クソヤロー、レディを罵るのは止めやがれ! おれが相手になってやるよ!」

「クックック……意味が分からないねェ。どうしてアナタが相手になるんだよ?」

「レディの敵はおれの敵だ! それに……お前は初めて見た時からいけ好かねェんだよ!!」

「……おや、キミ達も?」

「み……みんな……」

 

 いつの間にかナミを取り囲むのようにして、サンジ、ルフィ、ゾロ、ウソップがそれぞれに武器を構えて立っていた。

 

「ナミはおれ達の仲間だ!困ってたら助けるさ!」

「お、おれは勇敢なる海の戦士だからな!」

「……仲間が泣いている、斬る理由は他にいらねェ!」

「クソヤロー、バラティエでの決着付けてやるよ!」

 

 仲間を護る為に皆覇気が充実していた。

 ケアノスは敏感にそれを悟り、溜め息を吐く。

 

「ふぅ……穏便に話だけで済ませようと思ってたのに、野蛮な人達だなァ。クックック……嫌いじゃないけど、本当にイイの?」

 

 ケアノスの言いたい事をナミは瞬時に悟った。それでも退くワケにはいかなかった。

 アーロンから解放されただけでイイじゃないかと思う自分と、ここで退くと今後の人生において大事な場面での決断はいつも退いてしまう情けない自分を想像してしまったからである。

 仲間が窮地に陥っても退いてしまうなんて出来ない。周りの仲間達は今、自分の為に立ち上がってくれているのが嬉しかった。

 だからこそ、意地でも退けない状態になっていたのだ。

 

「……覚悟は出来たわ。みんな……私に力を貸して!」

「「「「おう!」」」」

「みんな気をつけて、コイツの強さは次元が違うわ。絶対に一人で戦わないで……お願い!」

 

 ナミの真剣な懇願に、仲間は無言で了承した。

 ゾロとウソップが散開し、ケアノスの背後に回る。

 

「くらえ、必殺“鉛星”!」

 

 先制攻撃はウソップのパチンコであった。

 撃ち放たれた鉛玉をケアノスは首を傾けるだけで避けてしまう。

 

「ふむ、狙いは悪くない」

「余所見してんじゃねーよ、首肉(コリエ)シュート!」

 

 サンジの横蹴りが炸裂する。

 ケアノスは腕に氣を集中させてガードした。

 

「ゴムゴムの……ピストルッ!!」

 

 一瞬硬直した隙を逃さずにルフィがゴムで腕を伸ばしたパンチを繰り出す。

 

「おっと……」

 

 上半身を大きく反らす事で何とか回避するが、次はゾロの剣が待っていた。

 

「一刀流……獅子歌歌(ししソンソン)!」

 

 高速の居合い抜きを繰り出すゾロ。

 

「ほう、居合いか……」

「なにっ!?」

 

 先程まで状態を崩していたハズのケアノスが一瞬で消え去り、居合いを放ったゾロの背後に移動していた。

 慌てて刀を振りゾロはケアノスから距離を取る。

 

「いつの間に……?」

「は、はぇぇえ」

 

 氣を極め、瞬動を極めたケアノスの移動術は今や“縮地”の域に到達していた。

 その昔、仙人が用いたという長距離を一瞬で移動する移動術である。

 常人をはるかに超えた移動速度は視界に残像すら残さなかった。

 

「“火薬星”!!」

 

 死角から放ったにも関わらず、またもウソップの攻撃は最小限の移動でかわされた。

 

(技の名前って……叫ばなきゃいけないのかなァ? 奇襲したいなら黙って撃てばいいのに……)

 

「こんのォー!!」

 

 ナミも棍棒を力一杯に振りかざす。

 それに合わせてサンジとゾロが両サイドからフォローに入る。

 

「ククククク……!」

 

 ニタリと笑うケアノスは、練り上げた氣を体中に留めた。

 バシッ、ガキンッ、ドガァという衝突音が響く。

 

「えっ!?」

「なにっ!?」

「バカなッ!」

 

 ケアノスは避けもせずに全ての攻撃を受け止めたのである。

 氣の応用術である硬気功を使用したのだった。

 驚く3人に掌底を叩き込む吹き飛ばす。

 

「ゴムゴムの……ガトリング!!」

 

 多数のジャブを繰り出してきたルフィにケアノスは冷静にパンチを見極め、一つのパンチに合わせてカウンターを放つ。

 地面へと叩き付けるが、ルフィは平然として立ち上がる。

 

「へへへ、効かないね。ゴムだから!」

「ほう……打撃の類いは効果無しか、ならば」

 

 ケアノスは右手の人差し指を一本立てた。

 そして、その指をクイクイと動かして挑発する。

 

「来い、この指一本で倒してやる」

「やれるもんなら……やってみろ! ゴムゴムの……」

 

 ルフィは腕を後方に伸ばし、照準をケアノスに合わせている。

 

「ピストルッ!!」

 

 ゴムの力で加速された拳がケアノスを襲う。

 ケアノスは静かに氣を集中させていた――人差し指に、である。

 打ち出されたルフィの腕を紙一重で躱すと、伸びた腕に人差し指を突き差した。

 

「一点集中……貫砕破!」

「うぎゃぁぁ」

 

 ルフィが腕を押さえて苦悶の表情をする。

 腕から出血しているようだった。

 

「ど、どうなったんだ?」

「あいつの体はゴムなんだぞ!?」

 

 ウソップとゾロが驚きの声を上げた。

 

「クックック……所詮はゴム、“刺す”“切る”“断つ”の攻撃に耐性はないもんねェ。さァて、遊びはここまでだよ」

「……遊びだと?」

「飽きてきたんでナミさん以外には死んで貰いましょう。どうせ海賊だもん、覚悟はイイよねェ?」

「へっ、面白ェ……やってみろよ!」

「イッテェ……けど、お前なんかにやられるもんか!」

 

 サンジは売り言葉に買い言葉で返し、ルフィも健在っぷりをアピールする。

 ゾロとウソップは黙ってケアノスの背後を取る事に専念していた。

 

「どうせ殺すなら私も殺しなさいよ!」

 

 棍棒を構えるナミが吠えた。

 

「クヒヒヒヒ……だって、それじゃ面白くないでしょ? 皆さんが死んだ後で、アナタがどうするかが見物なのにィ。自害するも好し、仲間を忘れて生きるも好し。クヒャヒャヒャヒャヒャ……!」

「アンタ……絶対オカシイわよ、最低な奴ね!」

「……狂ってやがる」

「完璧イカレてるぜ……」

「クックック……じゃ、準備OK?」

 

 そう言った瞬間、この日初となるケアノスの殺気が解放されたのである。

 その禍々しさに全員が一歩後方へと下がらざるを得なかった。

 肌にベットリと纏わりつくようで、それでいてビリビリとした刺激を感じる覇気にウソップとナミは呼吸するのも苦しくなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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11話 新たな決意

また一人称です。


<< ナミ >>

 

「ん……んん……ここ……は?」

 

 目を開けると知らない部屋の中に寝ていた。

 起き上がろうとすると、腹部に鈍い痛みを感じて起き上がれない。

 

 そっか、アイツにやられたダメージが内臓に残ってるんだ……って、ちょっと待って! アイツは!? ルフィやゾロ、ウソップにサンジ君はどうなったの!?

 ……ま、まさか……本当に殺されちゃったんじゃ……!?

 

 最悪の想像が頭をよぎり、私は全身に冷や汗をかいた。

 言いようのない寒気に襲われた体が自然と震えている。

 そんな私の耳に穏やかな低音が聞こえた。

 

「おや、目が覚めよったか」

 

 私は声のする方に目を向ける。

 

「……ドクター?」

 

 そこに居たのはココヤシ村の医者であるドクター・ナコーだった。

 

 ドクターがいるって事は……ココは診療所かしら?

 誰が運んでくれたのかしら……それよりも!

 

「みんなは!? 私の他に“仲間”が4人いたのよ!」

 

 私は焦っていた。

 みんなの安否が気になって冷静さを欠いていたと思う。

 周囲も見えずにドクターを問い詰めた。

 

「心配するでない。無事じゃよ……お前さんの横に寝ておる」

 

 そう言われて初めて首だけを動かして周囲の様子を確認した。

 窓の外はすでに日が落ちて薄暗く、夜を迎えたのだと分かる。

 私の左隣にはルフィがその向こうにはサンジ君、右隣にはゾロが寝台に寝かされていた。

 私は心の底から安堵した。

 

「……良かった……本当に、良かった……」

 

 みんなが生きててくれた事が嬉しくて、涙が零れた。

 でもそこで私は気付いた……一人足りない事に……。

 そう、ウソップが居ないのだ。

 

「ドクター! ウソップは!? 鼻の長い男の子は一緒じゃなかったの!?」

「うむ……それがじゃな……」

 

 心臓の鼓動が早まるのが分かった。

 ま……まさか、ウソップだけ助からなかったの!?

 う、嘘よね……だって、ウソップは私の話を真剣に聞いてくれて……みんなに事情を説明してくれた。

 ケアノスと3人きりになった時も、どれだけウソップの存在に勇気付けられたか……。

 

「ウソップはどこ!?」

 

 ドクターの返答が待ちきれずに、私は再度尋ねる。

 ウソップにもしもの事があったら……私の責任だわ、お願い……無事でいて!

 神にすがる思いでドクターを見つめる。

 

「実はのぅ……「よォ、起きたのか」……彼はそこじゃ」

 

 ドクターの話を遮るようにして、扉から入って来たウソップは飄々としていた。

 

「なかなか目ェ覚まさないから心配したんだぜ。ほらミカンの差し入れだ」

 

 そう言ってウソップは机の上にミカンを置いた。

 たぶんベルメールさんのミカン畑で採れたものだと思う……けど、それよりも……。

 

「うん、うめェな! このミカン!」

 

 当たり前よ! ベルメールさんのミカンを舐めないでよね!

 ……って、そうじゃない!

 これだけ人を心配させておいて、呑気にミカンを頬張っているウソップを見ると、あれだけ心配していた自分がバカらしく思えてきた。

 

「ん? どうした? 食わないのか? 食わないなら貰うぞ、うめェからな」

 

 ウソップは私のミカンに手を伸ばしてくる。

 どうしてかは分からないけど、私は叫んでいた。

 

「バカッ!!」

「な、なんだよ……怒るなよ、お前が食べようとしないから――」

「そんなんじゃないわよ!」

「じゃ……じゃあ、何なんだよ……怖ェな、女のヒステリックってやつか?」

 

 ……バカ!

 やっぱりウソップはバカだ!

 大バカ野郎だ……けど、ケアノスよりは百万倍マシだ。

 コイツらはみんなバカだけど……暖かい気持ちにさせてくれる、私の仲間だ……。

 ……はっ、そうだ! ケアノスはどうなったの!?

 

「ウソップ、ケアノスは!? あの後どうなったの!?」

「あー、落ち着けって。最初から話してやるから、なっ」

 

 私は鈍く痛む腹部を押さえながら、上半身だけを起こした。

 ドクターは私が目を覚ました事をノジコや村の人達に伝えに部屋を出てしまった。

 ウソップはイスに座って、ベルメールさんのミカンで喉を潤している。

 

「それで……早く聞かせてちょうだい!」

「分かった、分かったって。話すのはいいけど、その前に……お前、どこまで覚えてる?」

 

 どこまで……?

 戦闘になったのは覚えてる……みんなで一斉にかかったけど、全く歯が立たなかった。

 しばらく戦って、それから……それから……。

 

「私だけは生かしておくと宣言したケアノスから殺気を感じて……そこからの記憶がないわ」

 

 思い出しただけでも忌々しい……。

 サディストのように私を精神的に追い詰めて楽しんでたわ。

 

「そうか……実は、おれもアイツの殺気にやられて気を失ったんだ」

「えっ?」

「おれの場合はすぐに目が覚めたんだけどな。お前の場合はダメージが深かった分、回復に時間がかかったんだろうってドクターが言ってたよ」

「……そう」

 

 ダメージか……意識すると、また腹部が痛み出した……この痛みは絶対に忘れない!

 

「おれ達が気絶した後も、ルフィ達の戦いは続いたんだとさ……ただし、防戦一方でズタボロにやられちまって……この容態だよ」

 

 ウソップは悔しそうに歯噛みしていた。

 覚悟を決めて戦ったはずなのに、最後の最後で役に立てなかったのは悔しいよね……私も同じ気持ちよ。

 ベッドの左右に目を向けると、包帯や絆創膏で手当てされている仲間の姿が見えた。

 みんな……私の為に頑張ってくれたんだ……。

 

「おれが目を覚ましたのは、ルフィが殺されそうになってた時だ」

「ルフィが!?」

「アイツ……ゴム人間のルフィを普通に殴ってたんだよ」

「……ルフィに打撃は通用しないわよね?」

「それがよ……見る見る内に血だるまにされちまったんだよ! ゴム人間のはずのルフィがだぞ!」

 

 ウソップは声を荒げた。

 理解の及ばない恐怖を私も感じていた。

 

「……化け物ね」

「ああ、アイツはまさに化けモンだよ。今のおれ達の手に負える相手じゃなかった……」

 

 そうよね……あそこまでの化け物だと分かっていたら、小島で助けるんじゃなかったわ。

 でも、アーロンの支配から解放されたのはアイツのおかげ……本来ならいくら感謝しても足りないはずなのに……素直にそうさせてくれない“何か”をアイツは持っている。

 アイツも感謝なんか絶対望んでない……むしろ、私達がもがき苦しむのを嘲り笑いたいのよ。

 

「それで……ルフィはどうやって助かったの?」

「殺さそうになった丁度その時、騒ぎを聞きつけてココヤシ村の駐在さんとお前の姉ちゃんがやって来たんだよ」

「ゲンさんとノジコが?」

「ああ……それによ、運が良いのか悪いのか海軍まで出張ってきてな」

「海軍が!?」

 

 海軍が出て来て、どうして私達が拘束されてないのかしら……?

 怪我人だから後回しにされたとか……それはないか。

 

「駐在さん達の計らいでな、おれ達はアーロン一味をやっつけた英雄ってワケよ。駆け出しでまだ名も売れてない海賊団だからな……おれ達の素性もバレずに済んだ。第77支部プリンプリン准将っつったかな、なかなか話の分かる人でよ。ゴザの復興支援に来たらしいが、アーロンを野放しには出来ないっていきなり砲撃してきた時は焦ったぜ」

「私達が……英雄?」

「皮肉なもんだけどな、話を丸く収めるにはそれしか無かったんだ。ルフィ達が気を失ってたのも幸いしたぜ。余計な事を言われなくて済んだからな」

「……宝は、アーロンの宝はどうなったの?」

 

 私が隠した宝……隠したと言っても、真剣に探せばすぐに見つかってしまうはず……あの時はとにかく時間がなかったから……。

 

「それも上手くいったぜ。不甲斐無かった海軍のせめてもの償いってんで、接収せずに村に返金されたんだよ。村の人達は大そう喜んでたぜ……それと、8年間苦労をかけたってお前に感謝してたぜ」

「えっ?」

「みんな知ってたんだと。お前がアーロン一味に入った理由、1億ベリーで村を買い取るってこともだ」

「そんな……どうして……?」

「お前の言動を不審に思った村人が姉ちゃんを問い質したんだってさ。自分達は事情を知ってるって知っちまえば、今度はお前が逃げ出したくなった時の重荷になるってんで、知らん振りを続けてきたらしい」

 

 ……知らなかった。

 嫌われてると思ってた……みんなが助かる為なら、嫌われてもいいと思ってきた……。

 でも……でも、本当はみんなと笑い合いたかった。

 昔みたいにバカな事やって怒られたりしたかったんだ……。

 

 気付いたら、涙が止め処なく溢れていた。

 

 ずっと一人で戦ってると思ってた……でも、違った。

 一人ぼっちじゃなかった……村のみんなも、私の為に戦い続けてくれてたんだ。

 悲しくても……もう泣かないって決めたのに、嬉しくても涙は出るんだね。

 

「みんな、お前が目を覚ますのを今か今かって待ってたぜ。邪魔だからってドクターが全員追い出してたがな」

「ふふふ……私も早くみんなに会いたい」

「……でな、アイツの事なんだけどよ」

「あっ、そうよ! ケアノスはどうなったの!? 宝を村人に返したって事はアイツは手をつけなかったの?」

「アイツは最初に渡した六百万ベリー以外は持ってかなかったよ。そのままアーロンを換金する為に海軍の船に乗って行っちまった」

「……そう」

 

 あれだけお金に固執してたのに……随分あっさり退いたのね。

 それとも……何か裏があるのかしら……?

 

「アイツからの伝言がある。『今回は貸しときます。いずれ回収に伺うので……精々、ご精進を』だとよ。どうすんだ、ルフィ?」

 

 えっ? ……ルフィ?

 

「おれ達は……まだまだ弱ェな」

「ルフィ! 意識が戻ったのね!」

「二度と負けねェつもりだったんだがな……」

「ゾロ!」

「あのクソヤロー、次会ったらミンチにしてやる」

「サンジ君!」

 

 いつの間にか3人共目を覚ましていた。

 

 良かった……みんな無事で、本当に良かった!

 

 ルフィは上半身を起こし、右の拳を強く握り締めている。

 

「おれは……おれは、仲間を守れない船長にはなりたくねェ! アイツにはゴムの特性も効かなかった……まるで、じいちゃんと戦ってるみてェだった……おれはもっと、もっと強くなんなきゃいけねェんだ!!」

 

 ルフィは決意を新たにしていた。

 

「おれもだ。鷹の目に負けて、アイツに負けて……三度目はねェ! もう誰にも負けたくねェ!!」

「あのクソヤローだけは、このおれが潰す! レディを泣かせた奴は許しちゃおけねェ!!」

「と、当然、勇敢なる海の戦士たるキャプテン・ウソップもまだまだ強くなるぞ。パチンコ改造して、おれだけの必殺技を身につけてやるんだ!!」

「みんな……ありがとう。私も負けないように頑張って強くなる!!」

 

 5人になって初めての結団式が終わった頃、診療所の扉が勢い良く開けられた。

 

「「ナミ!」」

「「「ナっちゃん!」」」

「……ノジコ、ゲンさん、村のみんな……」

「良かった、目を覚まさないかと心配したわよ」

「ノジコ……ごめんね」

「アーロンの支配からは解放された……8年間、よう我慢したの」

「……ゲンさん、みんな……ありがとう」

 

 色々あったけど……みんなの笑顔を見れたら、8年の苦労が報われた気がした。

 ケアノスとのイザコザはまだ解決してないけど……この仲間となら乗り越えて行けそうな気がしてる。

 不思議と力が湧いて来るようだわ……。

 

 みんなで強くなろう!

 アンタには絶対負けないわよ!

 次に後悔するのはアンタの方よ――ケアノス・オーレウス!!

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

<< ケアノス >>

 

 いやァ、失敗、失敗。

 ナミさん以外は喰っちゃう予定だったけど……予期せぬ邪魔が入ったからねェ。

 海軍の介入は想定外だったよ……おまけに、ナミさんの姉と風車の駐在さん、それにウソップ君の連携は秀逸だったねェ。

 ボクを麦わらの一味と偽り英雄に抱き込むとは……真実を話そうとすれば、海賊や泥棒と疑われてしまいますし……下手な嘘は墓穴を掘りそうだったからねェ。

 あの場でナミさんを敵に回すと、風車さんや姉上が擁護してボクに敵対しかねない状況だったし……。

 

 まぁ、武力行使で強引に押し通る事も出来たけど……そうなると、海軍だけでなく村人まで皆殺しにしないといけないからねェ……ちょっと面倒。

 今はまだ指名手配されたくないし、もうしばらく自由を謳歌したいもん。

 

 クックック……それより、支部の海軍将校は笑わせてくれるねェ。

 まさか准将が魚人海賊団の幹部連中より弱そうとは、プクククク……勇ましく乗り込んで来てたけど、戦ったら確実に負けてたよ?

 そう考えると、魚人はまぁまぁ強かったって事なのかなァ……?

 吃驚する程強いとは感じなかったけどなァ……それだけ、ボクが強くなったという事か?

 

 それはそうと……確か、プリンプリン准将だったっけ?

 プクク……変な名前、恥ずかしくないんだろうか?

 でもまぁ、その准将はイイ物をくれたねェ……記録指針(ログポース)って言ったかな、グランドラインに行くと伝えたらアーロン討伐の褒美に1個プレゼントしてくれた。

 勿論、賞金の2千万ベリーも頂いたよ。

 なんでもログポースが無いとグランドラインじゃ、まともに航海出来ないらしい。

 

 最低限の航海術や調理スキルならボクにも有るけど……出来れば、専門家が欲しいところだよねェ。

 お金もあるし、一人か二人雇うかねェ……?

 でも東の海じゃ、グランドラインに畏怖の念を感じてる人が多そうだから……まともな人材が見つかる保証はないしなァ。

 それならいっそ、グランドラインに入ってから探した方が効率的か?

 

 う~ん…………とりあえず、お腹空いたので『バラティエ』にでも行きますか!

 後の事は飯食ってから考えよう。

 魚人肉は予想外に不味かったからねェ、クヒヒヒヒ……!

 

 

 

 




2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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12話 自称・天才科学者?

クロスオーバーのキャラクターが登場します。
名前は少しだけ変えてますので悪しからず。


 海上レストラン『バラティエ』は今日も繁盛していた。

 コック達は慌ただしく働き、壊れた船の修復も順調に進んでいる。

 クリーク海賊団との戦いの爪痕は随分薄まってきていた。

 

 新たな客を捻り鉢巻をした板前風のコックであるパティが迎え出る。

 ウェイターが全員逃げ出してしまった為、コックが代理で交替制の当番で務めているのだ。

 手をもみもみしながら、パティは飛びきりのスマイルで客を迎えるが、客の顔を見て一変する。

 

「いらっしゃいませ、イカ野……て、てめェ! また来やがったのかッ!」

「クックック……この店の虜になりましてねェ、お金は払ってるんだし……上客でしょ?」

「毎日、毎日、朝から晩まで居座りやがって……今日で五日目じゃねェか!」

「えっ!? そんなになるっけ?」

「ふざけやがって……クソヤロー、空いてる席に勝手に座りやがれ!」

 

 パティはメニュー表をケアノスに投げつけると、踵を返し厨房へと消えていった。

 客に対する態度ではないが、バラティエでは珍しくない光景でもある。

 ケアノスも気にした様子はなく、キョロキョロと空いている席を探す。

 

(いやァ、もう五日もココに滞在してたのか……バラティエ恐るべし! うま過ぎるんだよなァ、すっかり餌付けされちゃってたよ……元々何しようと思ってたんだっけ? まぁ、飯食ってから考えよっと)

 

 一つだけ空いていた席にケアノスは腰を下ろし、メニュー表を眺める。

 この五日間でほとんどの料理をコンプリートしている為、何を食べようか少し迷っていた。

 すると、水を持ってきたコックが尋ねてくる。

 

「おい、注文は決まったのかよ?」

 

 今度出てきたのは丸いサングラスをかけたカルネというコックだった。

 パティとはチンピラ時代からの相棒であり、コック仲間からは『極道コンビ』と呼ばれている強面の男である。

 ケアノスはメニュー表から顔を出すと、ニンマリして口を開いた。

 

「今日は料理長オススメの極上フルコースをお願いします。お腹減ってるので2人前ずつ超特急で宜しく」

「……チッ、まいどあり」

 

 パティ同様カルネも不機嫌さを隠そうともせずに、ケアノスを接客していた。

 ケアノス自体は「うまい、うまい」と大量の料理を注文してくれる有り難い客なのだが、クリークの一件が緒を引いており、コック達は殺気立っている。

 しかも、売り言葉に買い言葉でケアノスも言い返す為、ますます火に油を注ぐ結果となっていたのだった。

 料理を褒める時「流石オーナー・ゼフの店」と語るケアノスは、少しの粗相があった時も「ククク……流石、オーナー・ゼフの店」と嘲笑するのである。

 自分達が責められるならまだしも、尊敬するオーナーが笑われるのはコック達にとって我慢ならないのだった。

 ケアノスはそういうコック達の心の機微を敏感に察知し、ピンポイントで攻め立てていた。

 毎回もう二度と来るなと帰しても、次の日には朝から現れて夜まで居座るケアノスに、コック達は心底ウンザリしているのだ。

 海賊よりも性質の悪い客というのが、ケアノスであった。

 

 そんな事情を知ってか知らずか、ケアノスはフフーンと鼻歌交じりに料理を待つ。

 

(相変わらず繁盛してるみたいだなァ……今日もほぼ満席だし、一昨日はまた海賊の襲撃があったけど……コック達だけで撃退してたのは大したもんだよ。ボクも少し手伝ってお宝だけ頂戴したのはバレてるのかなァ? ゼフは気付いてるかもねェ。クヒヒヒヒ……毎日何かしらの騒動があるのは、飽きなくてイイねェ)

 

 ケアノスが思い出し笑いをしていると、仏頂面のパティが料理を運んできた。

 

「おらよ。サッサと食ってとっとと帰りやがれ!」

 

 乱暴にテーブルに料理を載せると、捨て台詞を残して戻って行く。

 まるで1秒でも長くココにはいたくないと表しているかのようである。

 

「おおー、今日も美味そうだ! いただきまーす!」

 

 手を合わせて料理への感謝を示すと、ケアノスはオードブルから口に運び始めた。

 

「うまい、ウマイ! あのコック顔は残念で性格も悪くて人相も悪いけど……腕はイイみたいだねェ、顔は残念だけど」

 

 テーブルに並べられた料理を次から次へと胃袋に詰め込むケアノス。

 その食べっぷりは一部の客はから感心の声が上がる程である。

 

「チッ……相変わらず大した食いっぷりだぜ。そこだけは評価してやるよ」

 

 今度はカルネが肉料理を運んで来た。

 ケアノスはナイフとフォークを器用に使って、ヒレ肉を口へと運ぶ。

 

「ココの料理がボクにそうさせるんだよォ、クックック……!」

「言ってろ」

「あっ、スープとサラダおかわりお願いします。それと……この肉料理バカうまなんで、あと3人前追加で!」

「……とんでもねェ胃袋してやがるな」

 

 カルネは呆れながらオーダーを受け取り、厨房に戻って行く。

 そのカルネと入れ替わりにパティがやって来た。

 手に料理は持っておらず、面倒臭さが前面に押し出された顔をしている。

 

「なんでおれがウェイター当番の日に限って……おい、クソヤロー。新しく客が来たんだが、満席でどこも席が空いてねェ。黙って相席を承諾しやがれ!」

 

 人にモノを頼む態度には見えないが、パティは踏ん反り返っている。

 ケアノスは頬張っていた肉を胃に流し込む。

 

「ボクは構いませんよ。盛況でイイよねェ」

「ふん」

 

 ケアノスが了承したのを確認したパティは入り口へと移動した。

 そして、待っていた客に応対する。

 

「ヘボイモお待たせしました。相席となりますが、ご容赦下さい。こちらへどうぞ、イカ野郎!」

「ああ、ウチは構へんで~」

 

 若い女性の声が響いた。

 その声はケアノスの耳にも届く。

 

(……おやァ、この方言どこかで……?)

 

 ケアノスは以前いた世界の島国で聞いた事のある方言を思い出す。

 関西弁の少女はパティに案内されて、ケアノスのテーブルまでやって来た。

 

「邪魔するで」

「クックック……構いませんよ。ボクも女性と一緒の方が食事を楽しめるから」

「さよか。ほな遠慮のぅ」

 

 ケアノスは改めて少女を見る。

 紫色の髪の毛を二箇所で結い、髑髏のリボンでとめており、首にはゴーグルがかけられていた。

 はちきれんばかりの巨乳は黄色と黒の縞模様のブラで覆われているだけである。

 腰には分厚いベルトが巻いてあり、その下には極ミニのホットパンツを穿いていた。

 露出度だけで言えば、ナミに匹敵するだろう。

 

「うげッ……こ、こないに高いんか……!?」

 

 カエルが踏み潰されたような悲鳴を上げる少女。

 少女は暗い表情で海鮮サラダだけを頼んでいた。

 

(少食……と言うワケでもなさそうだ。クックック……視線をビンビン感じますよ)

 

 ケアノスが感じた通り、少女はケアノスが食べている肉料理を凝視している。

 肉が焼き切れるのではないかと思わんばかりの集中っぷりである。

 口内に溢れる唾液に我慢出来なくなり、堪らず少女は口を開いた。

 

「な……なぁ、兄さん。その肉……うまいんか?」

「バカうま。ボクが今まで食べてきた肉は何だったんだ!? って、思える程の激ヤバな美味さだよ!」

「そ……そないに美味いんか!? うぅ……ジャンク屋で無駄遣いせんかったら良かった……」

「うめェ~、うますぎィ! クヒヒヒヒ……!」

 

 少女はギュルルルと鳴るお腹を懸命に押さえている。

 

(クックック……これは面白い、どれどれ)

 

 ケアノスのフォークが上下すると、少女の視線も上下していた。

 ケアノスが調子に乗って肉を突き刺したフォークを縦横無尽に動かすと、少女の目もそれに釣られてキョロキョロと動き、まるでカメレオンのようであった。

 

(アハハハハハ……。完全にお肉をロックオンかァ、おちょくり甲斐があるねェ)

 

 お肉を追従するレーダーのように反応する少女の目であったが、ケアノスの口にそのお肉が放り込まれると一気に落胆の表情に変わる。

 

「プクククク……良かったら、食べますかァ?」

「……えっ? エエのんか!?」

「構いませんよ。面白いモノが見れたので……」

「おおきに! ほな、お言葉に甘えて貰とくわ!」

 

 そう言うや、少女はケアノスから皿ごと奪い取って貪り始めた。

 

(おお、全く遠慮が無いとは……嫌いじゃないよ。クックック……)

「……うまッ! うま過ぎるやないか!」

 

 高らかに叫び、モグモグと肉を平らげていく。

 

(クヒヒヒヒ……イイ食べっぷりだねェ、周囲を気にせず一心不乱に肉に挑むとは……実に痛快。いやァ、可愛らしいねェ……実に可愛らしい、まるで――豚みたいだ)

 

 ケアノスの食べっぷりに感心していた周りの客は、今度は少女のあまりにガッツク姿に少し引いている。

 そこにカルネが海鮮サラダとケアノスの魚料理を運んで来た。

 

「なんだ、嬢ちゃんにも分けてやったのか? てめェにそんな甲斐性があるとはな……」

「心外だねェ、こう見えてもボクはフェミニストなの。ああ、肉料理をあと2人前お願いします。食べれるよねェ?」

 

 ケアノスに声をかけられ、キョトンとする少女。

 しかし、何が言いたいのかを理解すると慌て出す。

 

「……そ、そない仰山ご馳走になってもエエんか? ウチら初対面やで?」

「構いませんよ。お金には不自由してませんから、クックック……」

「兄さん、太っ腹やなァ! ほな遠慮のうご馳走になったるで!」

「……というワケなので、宜しくお願いします」

「あいよ。肉料理2人前オーダー入りやす」

 

 すでに肉料理を食べ終えた少女は、自分で頼んだ海鮮サラダにパクついていた。

 ケアノスはそれを面白そうに見ながら、魚料理を口にしている。

 食べ終えた女性は水で口をゆすぐと、ケアノスを直視した。

 

「自己紹介がまだやったな。ウチの名前はマオっちゅうねん。東の海で一番の天才発明家にして孤高の船大工なんや!」

「ほほぅ、それはそれは……ボクはケアノス・オーレウス。用心棒や賞金稼ぎを生業にしてます」

「兄さん、ウチと変わらん程小柄やのに賞金稼ぎとは大したモンやなァ。ツレはおらへんのけ?」

「以前はおりましたが……今は一人、かなァ」

「さよか。ウチも今は一人で旅しとってな……各地のジャンク屋巡ったりして、眠っとるお宝探ししとるんよ。いづれはこの手で最高の船を造ったるねん……ほんで、その船で世界一周するんがウチの夢やねん!」

 

 マオは握り拳を突き上げて宣言した。

 

「それはそれは……とても素晴らしい夢だねェ。ところで……一人で旅をされていると言う事は、航海術や医療スキルなんかも持ってるの?」

「フッフッフ……ウチを誰や思とるんや。当然持っとるで! ウチみたいな天才美少女に出来ひん事なんぞあれへんのや! ……料理以外は、な」

 

 胸を張るマオだったが、最後にボソッと弱点を晒す。

 

(クックック……やはりボクは強運だ、いや……もはや強運で済ませて良いレベルじゃないかもしれないなァ)

 

 探していた人材が向こうから飛び込んで来る幸運に、ケアノスは笑みを浮かべる。

 しかし、すぐさま表情を改めて真面目に話す。

 

「ところで、マオさんはグランドラインに興味はありますかァ?」

「やめやめ……今更他人行儀やし、マオでエエよ。ウチも好きに呼ばせて貰うさかい。グランドラインやろ? そら興味あれへん言うたら嘘になるけど、今のウチには縁の無い場所やで」

「おや、どうしてでしょう?」

「グランドライン言うたら魔境の海や。いくら天才で美少女なウチでも、一人ではよう行けんわ」

 

 追加された肉料理を食べながら、マオはそうこぼした。

 それを聞いたケアノスの口元はニタリと歪む。

 

「ほう……では、一人でなければ行ってみたいと?」

「そら充分な戦力と備えが整えてあったら、すぐにでも行ってみたいで……とくに、ウォーターセブンちゅうとこに!」

「クックック……なら、ボクと組まない?」

 

 ケアノスからの突然の提案にマオは警戒心を強めた。

 

「アンタと? な……なんで急にそないな話……はっ! ウチの体が目当てとちゃうやろな!?」

 

 サッと巨乳を隠すマオ。

 ケアノスは無言。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……うん、堪忍や。ウチが悪かったさかい、話続けて。あと……そないな目で見んといて」

 

 嘲笑を帯びたケアノスの冷たい視線に耐え切れず、マオが折れる。

 ケアノスは何事もなかったかのように説明を続けた。

 

「ボクも最低限の航海術や調理スキルは持っているンだけど、船のメンテナンスはサッパリでね……戦闘に関しては少し自信があるから、どうかなァ?」

「……即答は出来ひんな。アンタの腕見たワケやないし、判断材料が少な過ぎるで」

「仰る通り。では……少しの間、一緒に航海して様子を見ると言うのはどう? そこでお互いの力量を確認して、最終的なジャッジを下すのは……?」

「…………」

 

 マオは目を瞑って考え込んでいる。

 

(少し性急過ぎたかなァ……突然舞い込んだ吉報に、少し浮かれていたのかも。ククク……ボクもまだまだ)

 

 しばらくして、考え終えたマオは目を開いた。

 

「よっしゃ! ええやろ、その案に乗ったるわ! こんだけ飯ご馳走になった恩もあるしな!」

「クックック……そうと決まれば、乾杯しましょう」

 

 ケアノスはマオのグラスにも赤ワインを注ぐ。

 

(ナミさんと物別れになって、航海士をどうしようかと思ってた矢先に……渡りに船とはよく言ったモノだ。クヒヒヒヒ……マオはナミさん以上の拾い物かもしれませんよ)

 

 マオがグラスを持ち上げると、ケアノスもそれに呼応する。

 

「ほな、2人の船出に……乾杯!」

「クックック……乾杯」

 

 チンッと杯を交わすと、2人は一気にワインを飲み干した。

 

 

 

 

 

 食事を終え、ケアノスが会計を済ませる。

 マオはそのあまりの金額に目を見開いていた。

 ケアノスはそんなマオの表情の変化を見て笑う。

 

「プクククク……どうしました? そんな驚いた顔して」

「どないしたも、こないしたも……あないに高いもんなんか!?」

「最高の食材で、一流のコックが作ってるからねェ。妥当な金額だと思うよ」

「そ、そんなモンやろか……ホンマに奢ってもろて良かったんか?」

「クックック……ご心配なく、資金はさっきの百倍以上残ってますから」

「ひゃ!? そらそら……人は見かけによらんモンやな」

 

 呆気に取られるマオを余所に、ケアノスは船の外を見て嬉々となる。

 

「本当に……本当に、ボクは強運だ。クヒヒヒヒ……絶好のカモがやってきた」

「ん? なんや? どこ見……げっ、海賊やんけッ!?」

 

 ケアノスの視線の先を辿ったマオが悲鳴を上げた。

 

「賞金首がいるかは分からないけど、潰してお宝を頂くとしましょう!」

「はっ? ウチら2人でかッ!? そらナンボ何でも無謀ちゃうか?」

「いえいえ、ヤルのはボク一人で十分。コンビを組む相棒の実力を見せるイイ機会だし、ククククク!」

「ほ、ホンマに一人でやるんかいな?」

「はい、マオはそこで観戦しててね……イイですよねェ、オーナー・ゼフ?」

「へ? 誰?」

 

 ケアノスがバラティエ2階のテラスに向かって声をかける。

 マオが視線を移すと、そこにはファンキーな口髭を生やしたゼフの姿があった。

 

「ふん、好きにしろ……ただし、この船に被害出しやがったら承知しねェぞ!」

「クックック……了解」

「な、なんや……あの、けったいな爺さんは?」

「フフフ、このレストランのオーナーだよ。では……行ってきます」

「あ、ああ……気ィつけてな」

 

 ケアノスは笑いながら片手を上げて軽快に歩を進める。

 マオはまだ心配そうに眺めていた。

 

「ホンマに大丈夫なんやろか……?」

「嬢ちゃん、あの小僧の知り合いか?」

「知り合いっちゅうか……今日初めて会うた、これからコンビ組むかもしれへん関係や」

「そうか……心配するこたァねェよ、あの小僧が“この海”の海賊に遅れを取る事は有り得ねェ」

 

 そう語るゼフの目付きはいつになく真剣であった。

 

 

 

 

 

 




2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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13話 雇用形態は契約

<< マオ >>

 

 うーん……ウチが生きてきた17年って、何やったんやろ?

 村やとウチの事を神童や天才や言うて、持て囃されてきたんやけど……あの兄さんに比べたら恥ずかしいで。

 ……って言うか、あれってホンマに人間の動きなんか!?

 こんだけ離れて見とるのに、移動する瞬間が全然見えへんて……。

 

 ケアノスは信じられへんスピードで海賊を屠っていきよる。

 瞬間的にパッと現れては、また消えて……ほんで、また現れて……海賊は幽霊でも相手にしとるよるに翻弄されとるやんか。

 ウチかて村では大人にも負けへん位に腕っ節には自信があったんやけどなぁ……凹むで。

 

 2階甲板デッキに目ェ向けたら、バラティエのオーナーっちゅうオッサンが興味深げにケアノスの戦闘を眺めとった。

 ウチは気になっとった事を聞いてみた。

 

「なぁ、オッサン。あの兄さん……ケアノスは、一体何モンなんや?」

 

 確信があったワケやない、せやけど……オッサンは何か知っとる気ィがしたんや。

 オッサンは戦闘中のケアノスから視線を外す事のう口を開いた。

 

「……嬢ちゃん、覇気って知ってるか?」

「覇気? 知っとるで。確か……積極的な意気込みとか強い意志っちゅうやっちゃろ」

「いや、そうじゃねェ。全ての者に潜在し……しかし、選ばれた者にしか覚醒しねェ……その力を覇気と呼ぶ。ただの気合じゃねェ、技によっては攻防力を大幅に増大し、相手の心理や気配を読み取る事も可能だ。小僧は恐らく、その“覇気使い”だろうよ。海軍本部でも上のモンしか使えねぇ特別な力だ」

 

 初めて聞いた……海軍でも上のモンだけしか使えん力!?

 そないな力があったっちゅうだけでも驚きやのに、パートナー候補の兄さんはその使い手かいな。

 

「その覇気っちゅうんが使えたら、ウチもあない速う動けるんか?」

「……さぁな」

「さぁ……て、オッサンが覇気使いや言い出したんやろが!」

「覇気を使ってるのは間違いねェ。ただ……移動法に関してはさっぱりだな。最初は六式かとも思ったが、どうも違うようだしな」

「六式って何や?」

「…………」

 

 だんまりかいッ!

 

 オッサンはもうこれ以上話す事はないってな感じでウチをシカトしとる。

 しゃーないからウチもケアノスが襲っとる海賊船に視線を戻した。

 

「……ウソやんッ!?」

 

 白い煙の立ち上る海賊船からケアノスが悠然と歩いてきよるんが見えた。

 

 オッサンと話ししとったほんの少しの間に、全滅させてもたんか!?

 早けりゃエエっちゅうモンやないで……って、化けモンかいな!

 ……それとも、グランドラインっちゅうんはあの兄さん位化けモンでないと乗り切れん程の海なんか?

 

 ウチの背中に冷たいモンが流れるんを感じる。

 ケアノスは笑みを浮かべたまま、ウチのおるとこまでやってきた。

 その手には小さい風呂敷包みが握られとる。

 

「ふぅ……」

 

 ケアノスはウチの目の前まで来て、軽い溜息を吐きよった。

 

「ど、どないしたん? 疲れたんか?」

 

 

 苦戦した様子はなかったけど、あないに動き回ったらそら疲れるわな……。

 

 

「いや、疲れてはないよ。ただ……思ってたよりも小物だったみたいで、少なかったんだよねェ」

「……は?」

「これ」

 

 ケアノスはウチに風呂敷包みを差し出した。

 ウチは恐る恐る受け取って中身を覗いて見る。

 

「お宝やん!」

「時化た海賊団だよねェ。絶対100万ベリーもないよ、それ」

「い、いつの間に回収したんや!?」

「いつって……海賊倒した後だけど?」

「……早いにも程があるやろ」

 

 何でもかんでも早けりゃエエっちゅうモンやないで!

 ……セッカチな男は嫌われるて相場が決まっとるんや。

 

 ウチはお宝に視線を移す。

 

 100万ベリーもない言うてたけど……1日で、いや、数分でこの稼ぎやとボロ儲けとちゃうんか!?

 うーん……この兄さん、金銭感覚は大丈夫なんやろか?

 ウチが財布の紐を管理した方がエエんとちゃうやろか?

 意外と太っ腹やと思てたけど、感覚がズレとるだけかもしれへんしな……。

 これはやっぱりウチが何とかせんと……うん、それがエエ気ィがしてきた。

 資産数千万ベリーて聞いたけど、ウチがしっかり管理して……んっ、数千万ベリー!?

 そんなけあったら、欲しかったあの船の材料が買い放題やんか!

 しかも高騰しとるレアメタル買えたら、ウチの武器かてチューンアップ出来るやん!!

 ほんでもって、ほんでもって……。

 

 

「オーナー、あの海賊どうします? クックック……なんなら、沈めますかァ?」

 

 ウチが楽しい楽しい妄想に浸っとると、ケアノスはオーナーのオッサンに声をかけよった。

 

「んな事したら海が汚れるだろ。海軍にしょっ引かせらぁ、まだ息はあんだろ?」

「エエ、辛うじて……虫の息だけど」

「……十分だ」

 

 オーナーのオッサンはそれだけ言い残して船室に戻って行く。

 

「……オ、……マオ」

「……へっ? な、なんや?」

 

 ボーっとしてたらケアノスがウチを呼んどるのに気付いた。

 焦って返事したせいで声が変に上ずってもうた。

 

「海軍が来る前に、あの船から目ぼしい部材を頂戴しておこう」

「えっ、そんな泥棒みたいな真似してエエんか?」

「クックック、勿論。相手は海賊なんだよ、遠慮は要りません」

「せ、せやけど……」

「ああ、それと……“それ”はマオで好きに使ってイイよ。ひとまずの契約金ってことで」

 

 ケアノスは風呂敷を指差して微笑みよる。

 ウチは言われた事を理解するんに数秒かかってもた。

 

「……エエんかッ!?」

 

 理解出来た瞬間、ウチは大声を上げとった。

 ケアノスはニコリしとる。

 

「勿論だよォ。クックック……優秀な技術者には、潤沢な開発費と環境を提供したいと思ってるからねェ」

「おお、おおきに! 気張って開発するさかい期待しとってや!」

 

 エエ奴や。ウチはこの出逢いに感謝するで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。


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14話 行き過ぎた改修

 海上レストラン『バラティエ』には来店した船舶がいくつも横付けされている。その中に小さいながらも一際異彩を放っている船が1隻あった。天才ベガパンクすら超える頭脳を持つ美少女と自称するマオが一から造った小型船である。

 だからこそ、ただの小型船ではない。

 なんと推進器として船尾に水車型の外輪を搭載したパドル船なのだ。帆船が圧倒的な割合を占めるこの世界において、その姿は異彩を放っている。

 発想や技術力が突出したマオであったが、残念ながら現状の外輪を回転させる動力機関は未だ風力と人力によるものであった。

 

 

「ウッシッシッシ、出来た……出来たで、完成や! 美しい……完璧な設計や、あとは現物をイジリ倒したるだけや!」

 

 マオはガッツポーズで高笑いしていた。

 ケアノスは船内に散らかっている発明品と思われる品々を興味深く見ている。

 徹夜明けのマオは特にテンションが高い。

 

「おっ、兄さん来とったんかいな。どや、ウチの芸術作品は!?」

「クックック……なかなかユニークだねェ」

「それよりも、これ見たってんか! 今さっき描き上げたばっかの設計図や、自信作やで。美し過ぎると思わんか?」

 

 マオはバッサバッサと音を立てて図面をケアノスに見せ付けようと前面に押し出す。

 

「ほう、大したモンだ。マオが天才というのも納得だねェ、機能美に関しては文句なしと言えるよ」

「せやろ、せやろ!」

「ただ……この造形美、必要ないでしょ?」

「はぁ!? 何言うてんねん! このディテールがあってこそ、船の美しさがMAXになるんやんか!」

「……ひょっとして、船の改造費に何千万も使える……なんて、思ってないよねェ? ボクが必要だと思う分には出資を惜しまないけど、それ以外はマオ持ちだからね」

「えっ!? な、なんでや!? そ、そんなアホな話……き、聞いてないで!?」

 

 先ほどとは一転し、マオは狼狽し始めた。

 

「クックック……だから、たった今お話ししたンだよォ」

「そんなぁ……あぁ……ウチの……計画が……」

 

 両手両膝をついて哀愁を漂わせるマオを見て笑っていたケアノスは、マオの描いた図面に目をやる。

 

(それにしても……かなり愉快な設計だねェ、船首についてるこれは……ドリル? なぜドリル? 刺さりに行きたいのかなァ、ククククク)

 

 ケアノスは首を傾げた。

 

(パドル船にも驚かされたけど、この改造プランでは更に上を行くスクリュープロペラを二基搭載予定か……素晴らしい。推進力は大幅にアップするだろうけど……惜しむらくは、動力か。蒸気機関はまだ存在してないのかなァ? それとなくボクからマオに提案してみようか)

 

 机の上に置かれたペンと取り、設計図に追記していく。

 

(この装飾品は不要だな……これも、これも不要。それにしても……クックック、マオは最新鋭の戦艦に豪華客船まで融合させたいのかな? うーん……後者の必要性が判らない、とりあえず……これも要らない)

 

 ケアノスは要不要を冷静に判断していく。

 必要と思われる改造費をケチるつもりはない。

 しかし、過剰に投資するつもりも毛頭ないのだ。

 未だ項垂れているマオを他所に、ケアノスは図面に修正のペンを走らせる。

 

「うん、こんなモノでしょう。マオ、確認お願い出来ますかァ?」

「…………」

「おーい、起きてますかァ?」

「……ん? ああ、分かっ……なんや、これッ!?」

 

 修正された図面を見たマオが絶叫した。

 

「あれもこれも修正されとるやないか! っちゅうか、船首の螺旋衝角だけは要るやろ! これがないとウチの船っちゅう感じがせーへんやん!」

「ふむ、じゃぁ……マオの自腹、と言う事でイイよねェ?」

「うっ……そ、そないな金あるワケないやん……」

「じゃ、不要。また資金に余裕が出来たら取り付ければイイじゃない」

「……うう、しゃーないか…………分かったわ。スポンサーは兄さんやしな」

 

 納得いかない表情で了承を示すマオに、ケアノスは苦笑する。

 

「結構。改修作業が完了するまでにはどれくらいかかりそう?」

「うーん……ウチの作った隠しドッグに運んでからすぐに着手したとして、最短でも2ヶ月っちゅうとこやな。なんせウチ一人の作業になるさかい、どないしても時間はかかるで」

「なるほどね……それじゃあ、仕方ないねェ」

 

 確かに一人では捗るものも捗らないだろうとケアノスも納得した。

 

 

 そもそもの発端はバラティエのオーナーにして、グランドラインの経験者であるゼフの一言からこの改造計画は始まった。

 ゼフはケアノスの所有している小型ボートを見るなり「そんな船じゃ、グランドラインに入るなり沈没しちまうぞ」と鼻で笑われたのである。

 ケアノス自身も独自に調査を行っているものの、経験者の意見は何よりも参考になると考えた。

 だからこそ、新たな中型船舶以上の船をどこかで入手するか、あるいは手持ちの小型船の耐久性などを向上させる改造を施すかを思案し、結果として後者を選択したのだ。

 さらに自分の船よりはマオの船の方が大きく、マオ自身も愛着があると言う事でマオの船を改造するに至ったのである。

 

 壊滅させた海賊団の船から奪えるだけ奪った大量の物資や部材を目の前にして、マオの血は騒いでいた。

 船室に篭って一夜で改造計画の図面を描き上げたのである。

 人間は興味のある事や趣味などには、つい時間を忘れてしまい、異様な集中力を発揮したりする。

 彼女の発明癖などはその最たる例だろう。

 食事も取らず、睡眠も取らずに、何日も没頭した過去を持つ。

 

 マオは何かを閃いたようで、ポンと手を打つ。

 

「せや、兄さんが手伝うてくれへんやろか?」

「……ボクが? 昨日話した役割分担の――」

「それはそれ、これはこれや。それに……力仕事も多いよってに、手伝うてくれた方が作業も早う終わるで?」

 

 マオの言う事にも一理あり、ケアノスは顎に手を当て考える。

 

「……ふむ、確かに。ボクはグランドラインと悪魔の実の情報収集と……あと、別腹を満たす狩りでもしてようと思ってたンだけど……ふぅむ」

「ん? なんて?」

「いやいや、何でもないよォ。ボクもお手伝いします」

「ホンマか!? よっしゃ! ほんなら、さっさと村に帰って作業開始や!」

「クックック……その前に、食料を補充しよう。腹が減っては作業も捗らないからねェ」

 

 

 こうしてグランドライン進出を目的としたマオの船の改造計画は着々と進められた。

 途中、諦め切れないマオが何度もケアノスにドリルや装飾品の話を持ち出したが、言いくるめられる日々が続く。

 モチベーションの低下で一時期作業の進捗が遅れたが、一悶着やケアノスの助力もあって当初の予定よりは長引いたが何とか完成に至ったのだった。

 当初の設計とは大きく異なり、かなりアレンジを加えられて生まれ変わった小型パドル船改め小型スクリュー船は『ブラック・フェルム号』と名付けられた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方その頃、原作の主役『麦わらの一味』は本来であればグランドライン入りを果たしているはずであった。

 しかし、彼らは未だイーストブルーに留まっていた。

 ケアノスに手も足も出ず敗北したルフィ達は自分達の弱さを痛感し、今一度自分自身を見つめ直す事にしたのである。

 彼らはある村を拠点にして東の海で航海の経験値を積んでいた。

 

 

 

 村の道場でゾロは座禅を組み、目を閉じて精神を研ぎ澄ましている。

 そんなゾロを優しく見守る人物がいた。

 

「以前に比べて遥かに荒ぶる殺気を内に秘めれるようになりましたね、ゾロ」

「……先生」

 

 声をかけられたゾロはゆっくり目を開け、その人物を師範と呼んだ。

 

「過去の敗北がキミの中で確実な糧となっている証ですよ」

「…………」

 

 ゾロは無言。

 

 ここはゾロの故郷シモツキ村にあるコウシロウが師範を務める『一心道場』である。

 アーロンパークでの一件の後、仲間で話し合って決めた拠点がここだった。

 魚人海賊団はケアノスが潰してしまった為、ココヤシ村に残るのは気が引けたのだ。

 勇んで出てきた手前フーシャ村やシロップ村に戻るのも憚られた。

 バラティエはレストランなので論外である。

 

 そこで迷子からもう長い期間帰郷していなかったゾロの生まれ育った村が候補となったのだ。

 

 ゾロが帰郷し、久しぶりに対面したコウシロウに放った第一声は再開を懐かしむものではなかった。

 一言「おれは……おれ達は、弱い。おれ達は……強く、なりてェんだ」であった。

 その言葉を聴いたコウシロウは喜んだ。

 今は亡き娘のくいなに一度も勝てず、一心不乱に鬼気として鍛錬に励んでいた昔に比べ、精神面で大きな成長を感じたからである。

 そして何よりもコウシロウを驚かせたのは、一匹狼で行動していた彼に自分の事と同様に、否、それ以上に考えさせられる仲間が出来ていた事だった。

 守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力こそ“最強の剣”だと思っている師範だからこそ、ゾロがそれを欲している現状を嬉しく思う。

 

 コウシロウは麦わらの一味を歓迎し、技ではなく『心』の修行を課した。

 この修行は一味全員に課されたが、皆苦戦している。

 そんな中で、ゾロだけは何かを掴みつつあった。

 

「私がキミに教えてあげられる剣技は全て教えてあります。キミに斬れないモノがあるとすれば……その答えは、力ではなく心に求めるべきしょう」

「心に……?」

「覚えてるかい? この世には何も斬らない事ができる剣士がいるって話を」

「…………」

 

 ゾロは無言のまま頷く。

 

「私はね、ゾロ。キミにそんな剣士になって欲しいと思っているし……キミなら、なれると信じているんだよ」

「……何一つ、斬らない剣……」

 

 ゾロは静かに立ち上がり、和道一文字を腰に構えた。

 そしてコウシロウの用意した半紙を投げ上げる。

 

 ヒラヒラと舞い落ちる半紙に、ゾロは和道一文字を一閃した。

 

 バサッと床に落ちた半紙は、刃が直撃したにも関わらず斬れていない。

 コウシロウはニコリと微笑む。

 

「こいつの……息遣いが、聞こえた」

 

 剣豪ロロノア・ゾロ成長の瞬間であった。

 

 ゾロは鷹の目ミホークに2刀を折られてから剣を新調していない。

 それはゾロ自身が勝敗を決定付けたのが剣の優劣ではないと思っているからである。

 現にナイフような小刀で全ての剣撃をいなされたのは圧倒的な力量差に他ならない。

 

 ゾロは己の成長を実感するまでは新たに剣を調達する気などなかった。

 二度の敗北を乗り越えてゾロは一つ剣の高みを登ったのである。

 他の仲間も自分達の短所を直すよりも、長所を伸ばすように修行に励んだ。

 

 

 

 ルフィ達はシモツキ村を拠点とした航海をしばらく続けて確信した事があった。

 金棒のアルビダ、道化のバギー、百計のクロ、ダマし討ちのクリークといった東の海の猛者達を次々に退けてきた麦わら一味にとって、もはや東の海では物足りなさを感じるのだ。

 自分達の自信を圧し折った世界一の剣豪と異世界の狂人は別格だったのだと痛感した。

 心の修行がひと段落したのを機に、麦わら一味は再びグランドライン進出を決めたのである。

 

 奇しくもそれは、ケアノス達の出立とほぼ同時期であった。

 

 

 

 

 

 




2013.11.20
船の改造期間に関して整合を図るために、一部記述を変更しました。

2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
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15話 始まりと終わりの町

 ――ローグタウン

 イーストブルーに存在する港町の一つであり、海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ、そして死んだ町として有名である。グランドラインの入り口として知られるリヴァース・マウンテンに近い為、以前は夢見る海賊達が大勢屯していた。

 しかし、ある日を境にこの町から海賊達は一掃された。最弱の海とはいえど数の多さに手を焼いていた支部を見かねた海軍本部より怪物が派遣されたのである。

 怪物の名はスモーカー。『白猟』の異名を持ち、その階級は大佐。そして何より特筆すべきは、自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』の能力者と言うことだろう。つまりスモーカーは煙人間なのである。悪魔の実でも最強種と恐れられるロギアを宿すスモーカーはとてつもなく強い。イーストブルーに派遣されて以来、苦戦はおろか掠り傷一つつけられた事がないのである。

 たちまち『白猟』の名は広域に轟き、ローグタウンで海賊行為を行う者は激減した。怖いもの知らずや無知な海賊が稀に暴れる事もあったが、その全てを鎮圧し捕獲して見せたのである。これまでに取り逃がした海賊の数は脅威の0人であった。

 

 

 しかし、この記録はつい先日破られてしまったのである。

 

 

 ケアノスは焼け落ちた処刑台を眺めていた。情報収集の片手間で観光している際、印象的に目に留まったのだ。

 

(ここが海賊時代の始まった場所……クククッ、何の感慨も湧かないねェ。歴史を紐解けば処刑された王は少なくない。ましてや海賊共の王ならば尚更、むしろ余生を面白おかしく謳歌したと言われた方がボク的には興味を惹かれたんだけどなァ。死んで種を蒔いたってか……ご立派な事で、自分の目で見れない未来に何の意味があるんだろう。あるいはそうせざるを得ない事情でもあったか……まっ、ボクには関係ないけど)

 

 内心とは裏腹に処刑台をジッと見詰めるケアノスの目は興味深げであった。眺め始めてからすでに数十分が経過している。通行人が目の前を行き来するが、ケアノスは微動だにしない。

 

(各方面に探りは入れているものの、海賊王に関する情報は徹底して隠匿されてるよなァ。やっぱり政府や軍の中枢に潜り込まないと無理なのかもねェ。当面は面倒だからパスだな。それより何よりまずはグランドラインだ! 世界政府も海軍本部もグランドラインにあるらしいし、その辺考えるのは入ってからでしょ。クックック、楽しみだなァ)

 

 

 ニヤリと口角を上げるケアノス。処刑台を眺めてニヤニヤする変質者にしか見えず、通行人は避けて通るようになった。指差す子供には母親が「見てはいけません」と注意を促す程である。

 

「……壊れた死刑台がそないにおもろいんか?」

 

 皆が避けようとするケアノスに声をかけたのはマオであった。両手に巨大な荷袋を下げ、ケアノスの顔を覗き込むようにしている。

 

「それが……思ってたよりも面白くないんだよォ。笑ってやろうと思ってたのに、笑えない。何か損した気分にならない? だから敢えて笑ってやろうかと」

「……さよか。まぁ、ケアノスが変わっとるんは今に始まった事やないしな」

「フフフッ、それより買い物は終わったの?」

 

 ケアノスはマオの持つ荷物を確認して問うた。女性の買い物は空恐ろしいと経験がモノを言うのだ。

 

「最低限の物資は揃えたで」

「最低限、ねェ」

 

 ケアノスはもう一度マオの持っている巨大な荷袋を見る。

 

「グランドラインは魔の海なんやで。平和なイーストブルーとは次元がちゃうねん。何ぞあってからやと遅いし、食料と水は多いに越した事無いんや。二ヶ月以下の備蓄なんぞ話になるかいな。船が破損する事かて十分考えられるんや、物資が足りんで海に沈みたないやろ」

「……なるほど」

 

 無駄遣いを注意されると危惧したマオは早口で畳み掛けた。ケアノスにも的を射た正論のように聞こえただろう。荷袋から突き出した複数の螺旋のようなモノさえ見えなければ――。

 ケアノスは冷めた視線で無言のプレッシャーをかけていた。それに耐え兼ねたマオは話題を急転換させる。

 

「そ、そや。アンタの方こそ収穫あったんやろな?」

「ふぅ。まぁ一応は……この騒ぎの原因は“麦わらの一味”みたいだね」

「麦わら? 聞いた事あれへんな……アンタは何か知っとるん?」

「聞いた事はあったよォ。最近になって手配書も出たようで船長の首は“二千万”ベリーだとか」

「に、二千万!? イーストブルー最高額やないか。そない言うたら、アーロンっちゅう魚人海賊団の頭目が同じ二千万で最高やったんよ。グランドラインから来た化け物で海軍も手が出せへんっちゅう噂やってんけどな、なんでも三ヶ月程前に捕まってもたそうや。ごっつい賞金稼ぎがおったもんやで、ここ二年で有名になってきた『海賊狩り』やろか? なぁ、何ぞ知っとる?」

「……さァ、聞いた事はあるけど……詳しくは何も」

 

 ケアノスはあっさりと嘘をついた。マオからの情報は引き出せるだけ引き出すが、自分から与えるのは必要最低限に留めるつもりなのである。一方のマオも落胆した様子はない。

 

「さよか。まぁウチらには関係ないもんな」

「クククッ、そうだねェ。ああ、それと……この荒れようは町を取り締まっていた海軍本部の大佐が、独断で麦わらを追う為に隊を引き連れて町を出た事に起因しているようだね」

「はぁ? 何やそれ? 軍人のくせに職場放棄かいな?」

「それほどの“脅威”を麦わらに感じたのかもねェ」

「二千万やしな……有り得へん話やないで。軍人の勘が働いたんかもしれへんな」

 

 荷袋を地面に置き、腕を組んで「うーむ」と唸るマオ。そんなマオとは対照的にケアノスは笑っている。

 

(以前見た麦わらの実力であれば、それほどの脅威を感じたとは思えない。感じたとすれば……驚異的な"天運"の方か。クックック、あそこであの男を殺しきれなかった事、後悔する日が来るかもしれないなァ)

 

 そんな事は有り得ないと知りつつも、つい期待する自分がいる事に気付いて失笑するケアノスであった。

 

「将来を嘱望される優秀な軍人で、ロギア系の能力者でもあったみたいだよォ。上からも下からも信頼されていたんでしょうねェ……妄信的なまでに、クヒヒヒヒ。信じ切り、頼り切っていたせいで今ツケを払う破目になってるのかなァ。従順な番犬だと思っていた相手が牙を隠した虎や狼だっただけの話」

「ほんなら何か? この町の荒れようは軍が招いた自業自得っちゅうんか?」

「それ以外の何物でもないでしょ。これまでは臭い者に蓋をした平穏だったんだよォ。よほど重厚で強固な蓋だったんだろうねェ、完璧に臭いを遮断してきた。でも、どんなに小さく取るに足らない存在でも、元を絶たない限り汚物は発酵し続けるんだよォ。蓋が無くなれば異臭が溢れるのは当然だと思わない? クフフフ」

 

 おどけたように尋ねるケアノス。眉間にシワを寄せて考えるマオ。

 

「せやったら、やっぱり勝手に飛び出した大佐が悪いんとちゃうん?」

「ククッ、順番をつけるなら一番は大佐だろうねェ。責任ある立場にも関わらず、十分な備えもせずに独断専行で管轄地区を放棄した事は愚かの極みだよ。こうなる事は想定外、あるいはどうにかなると思っていたのならば楽観的で甘い判断と言え同じく愚かの極みだろうねェ。また、虎に首輪も鎖も付けず放し飼いにした上官や、指揮官不在でここまで統率が乱れる部下も似たり寄ったりだけど」

「えらい辛口やんか。部下の方は割食うただけやし情状があってもえんちゃうん?」

「確かに、部下には同情するよ。ただ……被害を受けているのは、町の住民たる弱者なんだよねェ。『絶対正義』を掲げる海軍は時に守る事より倒す事を優先させる、そういう事なのかなァ」

「……」

 

 マオは押し黙った。ケアノスの言う事も一理あると思ったからだ。海軍の行動理念は正義の行使であり、それは弱者を守るよりも巨悪を叩く事で証明されてきた。その最たる例が『海賊王の処刑』である。海軍唯一の誤算は海賊王が死の間際に解放した『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』の存在であった。

 ケアノスは沈黙するマオを見て微笑む。

 

「フフフッ、マオが気に病んでどうするの? 海軍は愚かだけど、クズじゃないよォ。異臭に悩まされるのも一時的なもの、間もなく新たな蓋が届けられるって」

「せやかて、根本的な解決にはならんねやろ?」

「うん。それこそ国や世界の在り方を見直さない限り無理だろうねェ」

「それって革命――」

「いいじゃない! 海軍は海軍。彼らは彼ら。ボクらはボクらなんだからァ。マオと言えど神じゃないんだし、あれもこれも何とかしようってのは無謀だよォ。それに……雑魚な海賊じゃ儲からないもん」

 

 重く暗くなっていた空気を「ハハハ」と笑い飛ばすケアノス。毒気を抜かれたマオはため息を吐く。

 

「ハァ……せやな。アンタの言う通りや。いくら“天才”で“美少女”のウチでも出来へん事はあるからな……まっ、出来る事の方が圧倒的に多いんやけどな。ウッシッシッシ!」

「ククク、だよねェ。じゃ、ここは海軍さんにお任せして、ボクらはグランドラインを目指しましょう!」

「おっしゃ! ほんなら予定通りウチらはリヴァース・マウンテンに殴り込みや! 行くで、ケアノス!」

 

 豪快に笑って走り出すマオ。向かう先はブラック・フェルム号である。

 

「流石、としか言いようがないねェ。クハハハハハッ!」

 

 ケアノスも高らかに笑い、マオが置き去りにした巨大な荷袋を持ち上げて後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 




2013.11.21
主人公の口調を少し変えました。

2014.9.7
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16話 不思議山

主人公の口調を軽い方で統一しました。
違和感があるかもしれませんが、ご容赦下さい。


 偉大なる航路(グランドライン)の入り口は『山』にあり、『海』に入る為には一度その『山』を登らなければならない。荒唐無稽な話に聞こえるが、これがケアノスの導き出した推論である。

 船の改造が完了するまでの間、ケアノスは何もしていなかったワケではない。己の常識が通用しない世界に放り込まれ、何よりも優先したのは情報収集だった。この非常識な世界の常識を学ぶ為、さらにこの世界の常識すら通用しないグランドラインに関する情報を得る為、ケアノスは独自に調査を続けていたのだ。その成果として得た答えは、暴論に近いものであった。

 

 ――事実は小説よりも奇なり。

 世の中には知られていないだけで、不思議な事など山ほどある。人が想像できるという事は、それは実現できるという可能性を秘めているのだ。有り得ないと思える事でも可能性はゼロではない。

 

 『導きの灯』と呼ばれるローグタウンの灯台は、グランドラインの入り口を指し示すと言われている。しかし、その先が山だとは普通思わないだろう。ケアノスとて最初からその可能性を考慮していたわけではなかった。この世界で生まれ育ったマオとて例外ではない。

 灯台の光が指す方角を書き込み、マオは海図と睨めっこしていた。光が示す先にあるもの、それは何度確認してもリヴァース・マウンテンなのだ。

 しばらく呻き続けたマオは、何かを閃いたようでポンと手を打つ。

 

「むははは……読めた! 見切ったで! この超絶美形な大天才のマオ様にかかれば、世界の謎もお茶の子さいさいや! ナッハッハッハッハッ!」

「おやおや、唐突にどうしたのさ?」

「ニシシシ、謎は全て解けたで。“海流”や! 四つの海のどでかい海流がみなあの山に向こうとるとしたら、それぞれの海流は運河に沿って山を駆け登るんや。ほんで四つの海流は頂上でぶつかってグランドラインに流れ出るっちゅうカラクリやな。どやッ!」

 

 自信満々に胸を張って言い切ったマオ。自慢の巨乳が上下に揺れている。

 ケアノスは一瞬呆気に取られた。

 

「どうって……クククッ、なるほど。いや、素晴らしいよ、マオ。海図と灯台のヒントだけでそこに辿り着くとは、まさに天才!」

「ナーッハッハッハッハ、せやろせやろ!」

「ひと月前に渡したボクの報告書は全く読んでなかったンだねェ。結構苦労してまとめた情報だったンだけど……いやはや、素晴らしい推理力だよ。フフフ、感服しました」

「ヌフフフフ、そない褒めんといてェや。ちょこっと海図見たら分かってしもただけや。全然大した事あれへんで、ウチにしたら」

 

 笑えば笑うほど、マオの胸は激しく上下した。

 

(ククク、耳にフィルター機能でも付いてるのかなァ? 船の改造を原案に戻した時だって、理由もろくに聞かず狂喜乱舞しただけだったっけ……“アレ”のせいで完成が延びたってのに、水を得た魚みたいだったよなァ)

 

 ケアノスは視線を船首に向けて苦笑する。

 

(まっ、これだけ派手に改造しまくったのに、延びた期間が一ヶ月ちょいってのは恐ろしく短いよなァ。フフフッ、マッドサイエンティストとは本当に恐ろしいもンだねェ)

 

 当初、船の改造期間は二ヶ月の予定であった。しかし、実際には着手してから三ヶ月以上の時間がかかったのである。

 マオの手際が悪かったからではない。むしろマオはその分野に関して超のつく天才であった。常人の数倍はあろうかという恐ろしい程の作業速度で改造は捗っていたのである。マオが納期を二ヶ月と設定したのは、神経質なまでに細部の造形美に拘る悪癖のせいなのだ。それさえなければ改造は一ヶ月足らずで終わっていたかもしれない。それでも納期には余裕を持って終わるはずであった。

 期間が延びた最大の理由はケアノスが改造方針を二転三転させた事に起因している。

 最初のコンセプトでは耐久性を重視して装甲と推進力を強化するはずであった。それはケアノスが嵐と斬撃によって大破したクリーク艦隊のガレオン船を見ていたからに他ならない。

 

 しかし、コンセプトは大幅に修正された。

 

 調べれば調べるほどグランドラインがいかに異常な環境かを理解したケアノスは、予算度外視で汎用性を追求したのである。マオ発案の雛形設計を一部復活させ、更に複数の機関や機能を搭載させたのだった。

 普通の船大工ではたとえ何年かかっても成し得ないであろう無茶な設計を、たった四ヶ月足らずで完成させたマオは天才と呼ぶのが生温いほどの鬼才と言えよう。そのマオをして異才と言わしめたのが、ケアノスの資金調達力であった。二千万ベリーを上限としていた当初の予算を大幅に上回り、最終的にかかった費用は億を超える。たった二ヶ月でケアノスは一億近い資金を用意してみせたのだ。

 マオはそれとなく自首を勧めた。絶対に良からぬ事で手にした金だと思ったからである。しかし、何日経ってもニュースで騒がれるような事はなかった。驚きを隠せないマオであったが、手のひらを返してケアノスを称賛し、湯水の如く資金を使って趣味に没頭したのである。その結果生まれたのが、驚異の可能性を秘めた汎用型スクリュー船『ブラック・フェルム号』だった。

 

(イイ出来だよなァ。クククッ、マオの言う造形美はよく分かんないけど……ん?)

 

 船首を眺めて微笑んでいたケアノスがある事に気付く。それは、マオがまだ喋り続けているという事にである。

 

「ほんでな、カームベルトっちゅうんは大型海王類の棲み処なんよ。超危険海域で普通に航海するんは自殺行為やで。まぁ、ウチのブラック・フェルムちゃんやったら…カームベルトなんぞ、なんぼのもんじゃ焼きなんやけどな。ウッシッシッシッシ」

 

 マオは得意げに自身が創り上げた芸術品をアピールしている。ケアノスが聞いているかいないかなどお構いなしであった。

 

「あと自由に航海できるんは海軍の軍艦やな。あれは海楼石積んどるさかい、魚でも気付きよらんっちゅう話や」

「ああ、あの固形化した海と称される噂の鉱石ね。悪魔の実の能力さえも封じるらしいけど……本当なら、欲しいねェ」

 

 適当に相槌を打つだけだったケアノスが、海楼石というワードには強く反応を示した。

 

「手に入るんやったらウチかて欲しいで。フェルムちゃんがより一層パワーアップするさかいな。せやけど無理やねん」

「無理? どうして?」

「一般市場に出るような代物ちゃうねん。産地かてとある海域に存在するっちゅう噂だけで、真相は政府ぐるみで隠蔽しとるんや。軍が独占する為にな」

 

 眉間にシワを寄せてマオは力説する。

 

「闇市場にも滅多に出回らん希少品やさかい、法外な額で取引されとるで。闇ブローカーに発注しても年単位で待たなあかんし、手数料が半端やないんよ。純度の低い粗悪品もあるよってな」

「純度に比例して硬度が変化するせいで、加工が難しいンだっけ?」

「そうなんよ。ううぅ……血が騒ぐお宝やのに、切ないわ」

 

 身悶えするマオを見て、ケアノスは内心で呟く。

 

(……マッドだ、ククク)

 

 ほくそ笑むケアノスは思い付いた事を口にする。

 

「あっ、イイ方法があるよ。持ってる人から譲って貰うってのは、どう?」

「はぁ? 希少価値の高いお宝をタダでくれるような奇特な奴おるわけないやろ! どこの物好きが譲ってくれるっちゅうねん! そもそも誰が持っとるかも分からんのやで!」

「何言ってんのさ。マオが言ってたでしょ、『絶対正義』な人達なら持ってるって。クヒヒヒ」

 

 マオは思わず目を見開く。

 

「あ、アホか! 海軍なんか絶対譲ってくれるワケないわ!」

「こう見えても交渉事は得意中の得意なンだよォ。なんせ師父直伝だからねェ。それに……断られても、奪えばイイだけでしょ?」

「しょ、正気で言うてるんか!? そないな事したらウチらが賞金首になってまうで。それ以前に軍艦言うたら将校クラスが乗っとるんやで。か、勝てるわけないやん」

「クックック……勿論、冗談だよォ」

 

 ケアノスは不敵な笑みを浮かべている。マオは慌てふためいていた。

 

「び、ビックリさせんといてや。一瞬本気かと思て焦ったわ」

「フフフ、だよねェ。ボクも本気だと思ったモン」

「へっ? ……ま、まぁええわ。それより兄さん、お師匠さんがおったんやな。どんな人なん?」

「ボクの原点にして頂点に君臨する人、かなァ。師父に育てられて、師父から全てを学んだからねェ。世界で唯一人ボクの尊敬する人さ。ある意味、ボクがボクである全てだよ」

 

 ケアノスの顔を見てマオは呆けてしまう。こんなに楽しそうで子供らしい純粋な笑顔のまま話すケアノスを見るのは初めてなのだ。いつも斜に構えて大人ぶっているのも、師匠への憧れからかもしれないと思ったマオはケアノスが少しだけ可愛らしく思えた。

 

「フフ、そうなんや。今はどこで何しとるん?」

「……ある日突然居なくなって、もう七年会ってないよ。どこで何してるんだか……?」

「あっ、堪忍やで。知らんかったさかい」

「気にしなくていいよ。師父には師父の人生があるんだし、生きてればその内会えるさ」

 

 少し寂しげに語るケアノス。

 

(もし師父がずっと居てくれたら、ボクの人生も違ってたのかなァ? 有名になれば会えると思ったけど、沢山人を殺せば師父の方から逢いに来てくれると思ってたけど…………ダメだった。きっと、まだまだ殺し足りないって事なンだろうなァ。もっともっと頑張って殺さなきゃ、高み目指して)

 

 物思いに耽るケアノスを励まそうとマオはアレコレ話題を振った。健気に気遣うマオとは対照的に、ケアノスはとてつもなく不穏な事を考えていたのである。

 

 マオは知らない――ケアノスの師がどれほど危険な人物なのかを。

 マオは知らない――ケアノスの師がかつて『世界最狂の奇人』と呼ばれていた事を。

 マオは知らない――師を尊敬する弟子もまた狂人である事を。

 

 

 

 そうこうしていると、前方に巨大な岩肌が見えてきた。世界を二分している赤い土の大陸(レッドライン)である。そびえ立つリヴァース・マウンテンは雲を貫いており、海面からでは山頂を確認できない程高い。

 テンションの上がったマオは操舵室から甲板に飛び出して叫ぶ。

 

「うほー、めちゃんこでかいやん! てっぺん見えへんで!」

 

 マオは必死に目を凝らすが、やはり肉眼で山頂は見えない。しかし、運河の入り口は見えてきた。

 

「うほほ、ホンマに海が山登っとるわ! ……て、あれ? 何か吸い込まれとるで? 兄さん、吸い込まれとるで!?」

「クックック、ちゃんと見てるよ。それより早く操舵室に戻って下さい。“アレ”使うから」

「おっ、ついにお披露目の時が来たんやな! 任しとき!」

 

 再び操舵室に戻ったマオは装置をいじり始めた。ケアノスは舵を取ってタイミングを計っている。

 

「今です。『船首大型回転衝角』始動!」

「ラジャー。『ドリルちゃんⅡ号』始動! 気張っていこかーッ!」

 

 掛け声と共にマオは機械を操作した。すると、船首に取り付けられた巨大なドリルが甲高い音を奏でて回り始める。

 

「バラティエのオーナーが言ってたもんね、グランドラインに入る前に半分消えるって。納得の景観だよねェ、ククククク」

「あれは“冬島”やさかい、岩壁にぶつかりでもしたら引き摺り込まれて海の藻屑やで。やっぱりウチのドリルちゃんがあって良かったやろ!」

「仰る通り。言葉もないよ……あっ、衝撃に備えてね」

 

 運河の入り口から少しだけズレていたブラック・フェルム号は岩壁に激突した。しかし、轟音を鳴らして岩を砕き、更には運河に設置されていた巨大な囲いまでも破壊してしまう。強固なドリルと装甲を備えたブラック・フェルム号に損傷はない。

 

「あっちゃぁ……やってもたな、後から来る船の邪魔になるで」

 

 巨大な囲いは片方の支柱が壊れて傾いてしまっていた。ガレオンなどの大型船はまず通れないだろう。

 

「済んだ事は仕方ないでしょ。まっ、ボクらは助かったンだし結果オーライ?」

「……それも、そやな。ドリルちゃんの威力が圧倒的やったっちゅう証拠やしな、ぬっはっはっはっは!」

「フフフ、歴史を作っちゃいましたねェ」

「いや~、正面から堂々と入るんは気持ちええな~。なんて言うんやろ、この解放感? ああ~、こうなったら叫んでまおかな~?」

「叫んじゃえ! 叫んじゃえ!」

 

 山を駆け上る運河は勢い良くブラック・フェルム号を頂上へと押し上げた。マオは機械を操作してドリルの回転を止めるが、顔は満足そのものであった。山頂を越えると、船は更に加速されて突き進む。

 

「おっしゃー! とうとうグランドライン突入や! 待っとれよ、ウォーターセブン! 首洗っとけや、ベガパンク! ウチこそ世界一の発明家になったるでーッ!!」

「ハッハッハッハ」

 

 マオの熱い決意表明を聞いてケアノスも笑みがこぼれた。

 下り始めると不思議な音が聞こえてくる。音はブォォォォと鳴り響く。

 

「なんや? 風かいな?」

「……前方に見えるのは、山?」

「ンなアホな。双子岬の先は海だけのはずやで」

「ふむ」

 

 ケアノスは目を凝らすが、巨大な黒い影は山にしか見えない。しかし、近付くにつれて徐々に輪郭がハッキリしてきた。風の音もメロディーを奏でているようにさえ聞こえてくる。

 

「や、山とちゃう! あれはクジラや! アホほどでっかいクジラやで!」

 

 あまりの巨体にマオは取り乱す。

 一方のケアノスは鼻唄交じりで舵を握っていた。船は真っ直ぐクジラへと進んでいる。このままでは激突必至であった。

 

「ふふふーん、あのクジラ楽しそうですねェ。まるで歌ってるみたいだと思わない?」

「え? あ、ああ、そない言うたら歌とるようにも聞こえるな。ははは、ホンマえらい楽しそうや」

「クククッ、でしょ?」

「ウッシッシッシ、流石グランドラインやで。兄さん、そろそろ取り舵せなあかんよ~」

 

 ケアノスに釣られてマオにも笑顔が戻る。山を登る運河の興奮さめやらぬまま、歌を奏でる超巨大なクジラと遭遇し、二人のテンションは最高潮に達しようとしていた。ケアノスは舵を切ろうともせず、意気揚々とマオを呼ぶ。

 

「では、マオ!」

「あいよ!」

「船首大型回転衝角、再始動! 目標、前方超巨大クジラ!」

「あいあいさー! ドリルちゃ~ん、ご指名やで~…………ええっ!? なんでや!?」

 

 機械を操作しようとしていたマオの首がぐるりと回り、驚愕の眼差しでケアノスを見詰めた。

 

「クククッ、ドリルちゃんの威力を証明しましょう!」

 

 そこには狂気に満ちた目で笑うケアノスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 




活動報告にも挙げていますが、旧話での主人公の口調にも修正をかけました。
ご承知置き下さい。

2014.9.7
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偉大なる航路(グランドライン)突入の章
17話 でかければイイというものではない


下ネタ警報発令中。苦手な方は避難下さい。


 偉大なる航路(グランドライン)を『魔の海』と呼ぶ者がいる。

 地形・海流・天候・季節だけでなく、棲息する生物までもが常軌を逸した海域であり、入航する者は早い段階でその洗礼を受けた。無知なる者は入航すら出来ず、情報を軽んじる者は滞在を許されない。博識なる者でさえ夢を阻まれ、心を蝕まれた。

 挫折し夢破れた多くの者は命を落としている。しかし、運良く生き残った者もいた。その者達は口を揃えてこう言った――「あの海は魔境だ」と。

 

 

 新参の入航者であるケアノスとマオも早々に洗礼を受ける事となった。入航を目前にして巨大な障害が現れたのである。世界一大きい種とされる『アイランドクジラ』が、文字通り『壁』となって立ちはだかった。海面から垂直に飛び出た半身は山を彷彿とさせる程大きい。ブオオオオと鳴く声は、まるで衝突までのカウントダウンであった。

 巨大クジラと運河の幅には僅かな隙間があり、マオは取り舵を切るよう促す。しかし、ケアノスはそれを無視し凶行に走っていた。

 

「ねェ、マオの太くて立派な『ドリルちゃん』のスイッチ……早く、入・れ・てェ」

「ぬふふふ、兄さんも案外欲しがりやの~」

「早く早くゥ……ほら、黒くて分厚い肉壁がもう待ち切れなくて潮噴いちゃうよォ。クヒヒヒヒ」

「なんやなんや、もうビチョビチョに濡れ――て、何言わすねんッ!」

 

 生まれ持った感性が災いし、ついケアノスの悪ノリに便乗してしまうマオ。無意識の内に反射レベルで反応しているのだ。

 

「あれ? もしかして萎えちゃったの? おっ立たないフニャドリじゃ、役に立たないよォ。別に腹も立たないけど、ヒャハハハハ!」

「アホ、ウチのドリルちゃんはいつでもビンビンじゃ! 太うて大きいだけやと思いなや! 自慢すべきはデカさやない、硬さや! ええか兄さん、ドリルもアソコも肝心なんは硬さ――言うとる場合かッ!」

「アーッハッハッハッハ、長めのノリツッコミだったねェ。キラリと光るモノを感じたよォ。マオもボクに感じちゃったァ?」

 

 ケアノスは爆笑しながらパチパチと拍手を送っていた。

 マオは恥ずかしさからか怒りからか、顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

「う、ううう五月蝿いわ! ええから早よ取り舵切りィや! ぶつかってまうで!?」

「え? そのつもりなンだけど?」

「……ウソやろ!? 冗談とちゃうの!? なんでや!?」

 

 困惑するマオにトコトコ近寄ったケアノスは、ゆっくりとマオの顔に手を伸ばす。触れるか触れないかの距離まで接近したケアノスは真顔で語る。

 

「勿論、そこにクジラがいるからさ――てのは冗談だよォ、エイ!」

「ああっ、何すんねん!?」

 

 ケアノスの手はマオをスルーして操作パネルのスイッチを押した。船首大型回転衝角が水しぶきを上げて高速回転を始める。慌てて止めようとするマオであったが、その手はケアノスによって阻まれた。

 

「ダメダメ。船を守る為なんだからァ」

「それやったら避けた方がええやん。ギリギリ通れそうな幅やで」

「かもしれないねェ。でも、それはクジラが動かなければの話でしょ。挟まれでもしたら、どうするのさ?」

「そ、それは……あの……その」

 

 ケアノスが指摘する可能性を考えると、マオの声は自然と小さくなっていく。

 

「マオはよく知ってるでしょ。この船って縦方向には無類の強度を発揮するけど、横方向からの衝撃にはそこまでじゃないよねェ? あれだけの巨体の圧力に押し潰されて無事で済むと思う? 下手に舵を切るよりも、この船の特性を最大限に活かして直進した方が被害は少ないと思わない?」

「……」

「フフッ、ボクはブラック・フェルムのポテンシャルを信じてるよォ。マオの造った船だもん。さァさァ時間もないし、船の形体を『潜水モード』に切り替えよう」

「……こ、殺す気なんか?」

 

 操舵室内でアレコレ動き始めたケアノスをマオは止めない。ただ、恐る恐る尋ねるだけであった。ケアノスはニヤリとして答える。

 

「まさかァ、あの巨体だし蚊に刺される程度でしょ? まっ、死んじゃう可能性はゼロじゃないけどねェ。だって……本当は蚊って怖いンだよォ、クヒヒヒヒ」

「どっちやねん!?」

「じゃあ逆に聞くけどさァ、あのクジラってボクらを殺す気満々だと思う?」

「へ?」

「あれだけの巨躯、存在自体がすでに凶器だよォ。蟻ンコを気遣って生きてる人間がいると思う? 弱者はいつも理不尽に蹂躙されるのさ……強者にその気があろうとなかろうとね。だったら弱者だけが強者に気を遣うなんてナンセンスじゃない? ヒャハハハ」

 

 ケアノスの笑みはさらに歪み、狂気を孕んでいく。マオは背中が寒くなってきた。

 

「それに弱者が強者を喰らうって愉快じゃない? 余裕に満ちた強者の表情が凍り付く瞬間って、堪らなく興奮しちゃうよォ。まっ、これは師父の受け売りなんだけどねェ」

「えっ? お師匠さんって……もしかして、そっち系の人なん!?」

「マオ、そろそろ何かに摑まった方がイイよォ」

「へ? えっ!? ちょ――ウギャッ!」

 

 ケアノスの忠告は少し遅かった。視線を前方に移した瞬間、マオの体を衝撃が襲う。ブラック・フェルム号と巨大クジラが衝突したのだ。激しい揺れに立っていられず、マオは床に腰を打ちつけてしまう。

 ケアノスは嬉々とした表情で舵を握っている。巨大クジラの楽しそうな鳴き声は一変し、痛みに苦しむ悲鳴となっていた。ブオオォォ、ブオオォォと泣きじゃくる。

 

「ヒャハハハハハ! イイ声で鳴きますねェ。くぅぅ、高まるゥ」

「イタタタタ……痣になったらどないしてくれるねん」

 

 腰を押さえて立ち上がったマオは、痛む箇所を擦りながらブツブツ文句を言う。ブラック・フェルム号のドリルは巨大クジラの皮膚を貫き、厚い脂肪と筋肉を抉りながら進んで行く。

 

「押し潰されてたら痣じゃ済まないよォ? って事で、結果オーライ?」

「……それも、そやな。ドリルちゃんの威力が圧倒的――なんぞ言うと思たか! ダァホ!」

「あれェ、天丼は嫌いだったァ? 面白いのに、ククク」

「そーいう問題やないねん。結局ドリルちゃん使うんやったら、運河の側壁ぶち抜いた方が良かったんとちゃう? スクリューつこたら可能やろ?」

「おー、そんな方法もあったんだねェ。全く思い浮かばなかったよォ、流石はマオ! 超今さらだけど、ナイスアイデア! 次回はそうしよっかァ」

 

 悪びれた様子もなくケアノスはマオを称賛した。

 

「こないな状況がそう何度もあるかいな!」

 

 マオは「ハァ」とため息を吐く。

ライトで照らしていてもクジラの体内は真っ暗であった。しかも、かなり暴れているようで揺れが激しい。しばらく進むと、その視界は突然明るく開けてくる。抜け出た先には無数の残骸が転がっており、それは船や生物の骨であった。人のそれも少なくない。ブラック・フェルム号はそのまま海面に浮上した。

 二人はモードを切り替えて甲板に出る。

 

「おや、アイツは……!」

「あれ? もう外? 意外と小さかったんか? いや、そんなワケあらへん」

 

 外には空が広がっており、雲が浮かびカモメが飛んでいた。海面は激しく荒れており、波打っている。まるで世界全体が揺れているようであった。

 

「見て、あのカモメ……飛んでるけど動いてないよォ」

「あっ、ホンマや! 同じ場所で止まってるやん! よう気付いたな?」

「ククク、カモメとはちょっとした“縁”があるンだよォ……いや、“怨”かなァ」

「そ、そうなんや」

 

 危険な匂いを嗅ぎ取ったマオは適当な相槌を打つ。

 丁度その時、どこからか男性の声が聞こえてきた。その声はとても焦っているようだ。

 

「一体どうしたと言うのだ!? 小僧のおかげで頭をぶつけるのは止めたはずなのに!?」

 

 ポツンと浮かぶ島に建てられた一件の家。その中から飛び出してきた老齢の男性が叫んでいる。その老人の頭部は異彩を放っていた。

 

「なんや、あのフラワーなじいさんは?」

「ククク、グランドラインの不思議生物に決まってるよォ。魚人がいるんだし、花人だって……ねェ?」

「……私は普通の人間だ。お前らこそ何者だ? どうやってココに入った?」

「どうって……ぶち破って?」

 

 首を傾げて疑問系で答えるケアノスだが、その指は船首のドリルを指していた。花のような頭をした老人はそれを見て驚愕する。

 

「な、なんだその船は!? 破っただと……くっ、それでか。待っておれよ、ラブーン」

 

 そう言うと、老人は海へと飛び込んだ。

 

「なんなんや? あの花じいさん」

「残念ながら、花人じゃないみたいだねェ。悪魔の実の能力者でもなさそうだし……あーあ、ガッカリだよォ」

「ガッカリて……せやけど、ココはまだ外とちゃうみたいやな。フェルムちゃんの装甲が鉄で助かったわ」

「だねェ。おそらくまだクジラの体内、位置的に胃酸の海ってとこかなァ」

 

 ケアノスは周囲を見渡し、匂いを嗅ぎ、現状の環境を分析する。マオも同じ見解のようで納得していた。

 

「とりあえず、あの島に上陸して花のじいさん帰って来るんを待っとこか」

「異議なし。おなか減ったし、ご厚意に甘えて食事でもご馳走になってようよォ」

「こらこら、誰の厚意やて? やっとる事は泥棒やんか」

「そうなの? 厚かましく他人の家で勝手に食事する事をそう言うって学んだよォ、クククッ」

 

 一人は笑顔で、もう一人は呆れ顔のままブラック・フェルム号を着岸させる。結局、マオの反対にあってケアノス達はローグタウンで購入した食糧を食べて待つ事になった。

 正論を説いていたマオであったが、今は勝手に拝借したビーチチェアに寝そべっている。食後の一服というやつだ。その間にケアノスは家の中を物色していた。しかし、物を盗もうというワケではない。純粋な好奇心として見学しているのである。

 

 マオが寝入って涎を垂らし始めた頃、件の老人は戻って来た。グーグー眠るマオは素通りし、ケアノスに近付く。

 

「まだいたのか、小僧」

「勝手にお邪魔した手前、挨拶もしないで出てくのも失礼かなァって」

「フン。礼儀を気にするようには……見えんがな」

 

 老人の視線はマオに向けられていた。淑女にあるまじき体勢で尻を掻いて寝ている。

 

「フフッ、お茶目でしょ? 彼女はマオ。ボクはケアノス。愉快な科学者とその護衛ってところかなァ。グランドラインに入ろうとしたら…………ぶち破ったンだよォ。それで、アナタは?」

「おい小僧、今色々と省いたな? まぁいい。私の名はクロッカス。双子岬で灯台守をやっている」

「このクジラは、アナタが飼ってるの?」

「いや、そういうわけではない」

 

 クロッカスの返答にケアノスは聞こえないように舌打する。

 

(ちぇっ、残念。損害賠償の請求は無理かァ。一見隙だらけだけど……食えないじじいだ。オーナー・ゼフと言い、この世界のじじいはやたらとファンキーだな。ククククク、ちょっと仕掛けてみよっかなァ)

 

 ケアノスは値踏みするようにクロッカスを見ていた。クロッカスもそれに気付いているが、気にした様子はない。

 

「野良ってワケでもないでしょ? じゃなきゃわざわざ鎮痛剤打ったり、止血処置なんてしないもんねェ」

「どうしてそれを!?」

「あっ、当たってたの? 適当に言ったンだけど、ビンゴだったァ?」

 

 口元を歪めるケアノスに対し、クロッカスは一呼吸おく。

 

「……確かに野良ではない。だがペットでもない。このクジラの名はラブーン、私の“友”だよ」

「ほォ、友ですかァ。それはまたどういった経緯で?」

「小僧、今回は不幸な事故だった。しかし、正当防衛と言えどラブーンを傷付けたのも事実。そんなお前らに軽々しく語ると思うか?」

 

 クロッカスは険しい表情で問う。真剣みを帯びた視線がバチバチと交差し、互いの気迫で肌が粟立つ。ケアノスは納得したように答える。

 

「そっかァ。じゃあ仕方――」

「私はラブーンと出会ったのは五十年前――」

「ない……あっ、語るんだ? クヒヒヒヒ」

「私がいつもの様に灯台守をしていると、気のいい海賊どもが――」

 

 クロッカスが昔話を始めた瞬間、彼の頭部に衝撃が走った。

 怒号と共にスパーンという音が響く。

 

「語るんかーいッ!!」

 

 いつの間にか目を覚ましていたマオのツッコミが炸裂したのだ。クロッカスは目を白黒させ、ケアノスさえ驚いている。

 

「おやおや」

「くっ……何をする、小娘?」

「はっ!? ウチは一体何を!?」

「クックック、無意識とは……天賦を感じさせるなァ」

 

 感心したように笑うケアノスに対して、マオは慌てふためいていた。

 

「や、やってもた……花のじいさん、堪忍やで。最近兄さんにツッコミまくってたさかい、つい癖で」

「いやーん、マオってば大胆。ツッコミまくってたなんて、何で? 何で突いてたの? 黒光りする立派なアレかなァ? クヒャヒャヒャヒャ、じじいが羨望の眼差しで見てたよォ」

「おどれはちょっと黙っとれ! 話がややこしなるねん!」

「でももう高齢だし、立たなくなってても不思議じゃ――」

「このドアホーッ!!」

 

 マオはケアノスの胸倉を掴んで張り手をかます。

 

「アホか? アホなんか? アンタはアホの子なんか? 火に油注いでどないすんねん!」

 

 何度も何度も張り手をお見舞いするマオ。クロッカスは唖然としていた。

 

「花のじいさん、すまんかったな。ウチどうかしてたわ。この兄さんもいつもはもうちょいマシなんやけど、今日はずっと変やねん。迷惑かけてもたし、ウチらはこの辺でお暇するわ」

「え? まだ話を聞き終わって――」

「うっさい! 話もカカシもあれへんのじゃ!」

 

 ケアノスの首根っこを掴み上げて、マオは強引に引き摺る。

 

「横暴だァ。ボクが何したって言うのさ」

「ウチも悪かったけど……やっぱりアンタのが悪い! 説教はココ出てからや! ほな、花のじいさん! 縁があったらまたいつか!」

 

 サッと手を振り、そそくさと船に乗り込むマオ。ケアノスも抵抗する素振りを見せるが、本気で抗っているわけではない。

 

「待て」

 

 黙っていたクロッカスがここに来て制止をかけた。

 マオはギクリと怯む。

 

「うっ……やっぱり怒っとるんか?」

「出口はあっちだ。門は私が開けてやる」

「おー、じいさん男前やん! ウチは全然タイプちゃうけど、世の中の女はほっとかんで!」

「……」

「クククッ、イイとこ持ってくなァ」

 

 その後、クロッカスは無言でブラック・フェルム号を見送った。

 再び島へと戻って漸く一息つく。

 

「やれやれ、嵐のような小僧共だったな」

 

 どっこいしょと腰を下ろすクロッカスであったが、異変に気付きバッと立ち上がる。その表情はとても険しい。

 

「本当にやってくれる……あの小娘、フフッ」

 

 クロッカスの視線の先には、マオの唾液でビチョビチョになったビーチチェアがあった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 巨大クジラから脱出して数時間、ケアノスとマオは海上で言い争っていた。

 

「そんなん聞いてへんで?」

「えーっ、報告書渡したでしょ。確か……ムチムチプリン准将からログポースを貰ったって。グランドラインはコンパスじゃなくてコッチ使うンだよォ。しかもログためないと意味ないのに!」

「ほんならまた戻らんとアカンの!?」

「せェかーい!」

 

 得意満面のケアノスを見てマオはイラッとする。ツッコミという拳骨を食らわそうと構えた時、突如ケアノスが騒ぎ出した。

 

「ねェねェ、あれって海軍だよねェ? 軍艦じゃない? あれって軍艦じゃない?」

「チッ、どれや?」

「あれだよォ、あれ」

 

 振り上げた拳をグッと下ろし、マオはケアノスを押しのけて双眼鏡を覗く。

 

「……ホンマやな。なんでこんな入り口近郊に来とるんや?」

「ちょっと接近してみよっかァ」

「えー、なんでわざわざ? それより早よ戻ろうや」

「まっ、イイじゃん。何か目新しい情報が聞けるかもよォ? ベガパンク、とか」

「う~ん……ちょっとだけやで」

 

 欲望には素直なマオであった。

 

(クックック、やっぱりボクは強運だ。海楼石、ゲットだぜ!)

 

 内心でガッツポーズし、ケアノスは針路を海軍へと修正する。

 

 

 

 一方、軍艦上でも海兵の一人がブラック・フェルム号を捉えていた。その海兵は駆け足で船長の下に走り、敬礼して声を上げる。

 

「報告します。右舷前方より不審な船が一隻、本艦に接近中。海賊旗は掲げていませんが、鉄甲で完全武装しているようで、あんな船は見た事がありません。如何しましょう?」

「どれ、わしが確かめちゃる。お前は持ち場に戻っちょれ」

「はっ! 了解しました! サカズキ大将!」

 

 

 

 




2014.9.7
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18話 海軍本部大将・赤犬①

 海軍と接触したケアノスとマオは手厚い歓迎を受けていた。ブラック・フェルム号の甲板に出た二人は笑顔で両手を上げている。

 

「アハ、アハハ……兄さん、これなんなん?」

「クククッ、さァ?」

 

 マオの笑顔は盛大に引きつっていた。それもそのはず、軍艦の上からは無数の銃口がマオ達に向けられていたのである。

 

 現在のブラック・フェルム号は船首ドリル部分を装甲で隠していた。ドリルむき出しのままで軍艦に接近する愚をケアノスは回避したのである。それでも黒鉄の装甲で覆われ、換装可能な二基のスクリューと外輪(パドル)を搭載した鉄甲船は異彩を放っていた。

 海軍はブラック・フェルム号に停船を求め、船員を外に出させ素性を確認し、現在は本部経由で身元照会を行っている。これは船舶があまりにも怪しい造型だった事と、イーストブルーから来た事が起因していた。そもそもこの海域に大将が率いる軍艦が来ていた目的こそ、つい先日ローグタウンに現れ近隣の海でも目撃された『世界最悪の犯罪者』を捕縛あるいは抹殺する事であった。

 

 そんな事情を知る由もないケアノス達は全て正直に話していた。無論話したのはケアノスではない。「こんな船見た事ないぞ」という海兵の驚きに気分を良くしたマオが、ペラペラと話してしまったのである。マオの口からイーストブルーという言葉が出た瞬間、海兵達は一斉に銃を構えたのだった。

その後、三人の海兵がブラック・フェルム号に乗り移り、船内に誰も居ないかを調べている。軍艦では通信兵が電伝虫で海軍本部と連絡を取り合っていた。本部からの情報をメモする通信兵の顔色がみるみる変わっていく。そしてメモを片手に慌てて通信室を飛び出した。

 

「た、大将閣下、た、大変です! あ、あの青年、じ、実はッ!」

「アホゥ、まず落ち着かんかィ!」

「あっ、し、失礼しました」

 

 サカズキに一喝された通信兵は平静さを取り戻し、背筋を伸ばして敬礼を返した。そして、やや緊張した表情のまま報告を再開したのである。

 

「結論から申しますと、少女の言っていた事は本当です。確かにケアノスという青年はイーストブルーで賞金稼ぎをやっていました。活動自体はここ半年程ですが、当時イーストブルーで最高額の賞金首であった『ノコギリのアーロン』をはじめ、『だまし討ちのクリーク』といった一千万超えの大物達を仕留めています」

「ほぅ、あがぁな小僧が噂のルーキーじゃゆうんか」

「はい。捕らえた賞金首は半年足らずで五十を超えており、イーストブルーで活動していた海賊達は彼によって一掃されました。最弱の海とは言え……いえ、最弱の海だからこそ“逆に”異常と言えます」

 

 通信兵は息を呑んだ。自分言っていて信じられないという感覚に陥っている。

 

 

 ケアノスの名はイーストブルーにおける海軍支部では非常に有名であり、本部でも勢いのある新人として注目され始めていた。特に支部の戦力では持て余していた魚人海賊団と海賊艦隊の二強を潰した功績は大きく評価されている。海に沈めたはずのクリークの遺体は、クリークが高額の賞金首と分かるや否やケアノスがサルベージしたのだった。

 ケアノスが半年で稼いだ賞金の総額は二億一千万ベリー。しかし、通信兵が驚いたのはその金額でもケアノスの強さでもない。グランドラインであれば個体で億を超す賞金首が数多く存在し、アーロン程度の海賊など何人いようと秒殺してしまう怪物がゴロゴロいる。

 悪党に懸けられる賞金は個体の戦闘力によってのみ決定するわけではない。その個体が所属する集団にも影響され、軍や政府によって世界に及ぼす危険度が多分に加味されている。また、捕縛の困難さも金額を吊り上げる大きな一因となっていた。時にソレは戦闘力よりも重要視され、ソレだけで賞金を懸けられる者も少なくなかった。

 海賊の多くは拠点を持たない。点在する賞金首を発見するのは容易でなく、運良く発見出来たとしても海軍を見るや逃亡する者は珍しくないのである。特に狡猾な小悪党は戦闘力に劣る反面、危機回避能力に長けていた。大物の賞金首であれば知名度も高いが、小物となれば顔を知られていない者も多い。最弱の海においては大物よりもむしろ小物の方が厄介な存在であった。そんな厄介者を容易く殲滅して魅せたケアノスの海軍での評判は悪くない。しかし、その海軍よりも更に高い評価を付ける組織があった。それは――。

 

 

 通信兵の報告は続く。サカズキは腕組みをしたまま黙って聞いていた。

 

「注目すべきは彼のどんな賞金首でも発見し捕らえ得る稀有な能力でしょう。一度支部の者が海軍への入隊を勧めましたが、その時は『やる事がある』と断られています」

「この状況でも笑うちょるんか。ふてぶてしい小僧じゃのう」

「は?」

 

 サカズキがボソッと呟く。軍艦の上から見下ろすその目は、まるで値踏みするかのようであった。突然の事に戸惑っていた通信兵も漸くその意味に気付く。

 

「……あ、ああ。こちらに撃つ気がないと高を括っているのでは?」

「アレはそがぁなタマじゃないわィ。何しろ“サイファーポール”までアレを欲しがっちょるくらいじゃけェのォ」

「さ、サイファーポール!? 世界政府直下の諜報機関も彼を……ッ!?」

 

 通信兵は驚愕し、思わずケアノスを見た。サカズキも目を細めている。その視線にいち早く気付いていたケアノスは不敵に見上げた。視線が交錯し、互いの目を覗き込む。ケアノスの表情は変わらず、サカズキの眉間には一層シワがよった。

 

「舐めたガキじゃ、腹に一物ありそうな態度を隠そうともせん」

 

 険しい表情に変わったサカズキに、通信兵は恐る恐る声をかける。

 

「じ、実は、彼に関してある疑惑がありまして……例の賞金首にもなっていない海賊団が次々と変死体で発見された事件、あれにも関与していると見られています。事件の犠牲者となっているのが海賊ばかりなので、世間では大きく騒がれていません」

「……」

「当初は疫病なども疑われましたが、死因は急激な衰弱による餓死でした。これが事故ではなく事件とされたのは、漁師の目撃証言と死体の胃に未消化の食べ物が残っていた為です。事件の発端は今から約半年前、彼が賞金稼ぎを始めた時期と一致します。さらに彼が捕らえた賞金首の中にも同様の死に方をしていた者が居たらしく、一連の事件は彼の手によるものかと」

「……」

「本部では彼が何かしらの悪魔の実を食べた能力者と考えているようですが、確証は何もありません。賞金目当てか、あるいは個人的な恨みを抱いてか、いずれにしても海賊ばかりを狙っている事は確かです」

 

 詳細を説明する通信兵であったが、サカズキは険しい表情のままケアノスを見続けていた。聞いているのか否かの判断に迷う通信兵は、聞いていると信じて話を続ける。

 

「か、彼よりも前に同じく『海賊狩り』で名を売った凄腕の剣士がいた為に、軍は彼を別の異名で呼んでいます。その名は――」

「フン、賞金稼ぎの呼び名なんぞに興味はありゃァせん」

「し、失礼しました!」

 

 良かれと思って続けていた説明を切り捨てられ萎縮する通信兵であった。

 

「小僧はもうええわい。娘の方はどうならァ?」

「はっ。少女の名はマオ、科学者を自称しています。船も彼女が造り上げたようで、通商の認可は下りていました。ただ、船の形状が届出と大きく異なっていまして……本人は壊れたから直しただけと言っておりますが」

「科学者ゆうんはこれじゃから困るわィ。安易に技術をさらす事がどれほど悪を惹きつける行為か理解しちょらん。あるいはワザと誇示しちょるとしたら……危険じゃのぅ、あの娘」

「た、確かに」

 

 サカズキの言葉に同意して頷く通信兵。

 

「悪の食指が動く前に、消しちょいた方がええかもしれんのう」

「はっ!? いや、警告を促すだけで良いのでは!?」

「なんじゃァ?」

「い、いえ……何でもありません、閣下」

 

 海軍大将の言葉に驚き反論を試みた通信兵であったが、一睨みで沈黙してしまう。サカズキはその視線をマオに向ける。マオは背中に悪寒が走りブルッと身震いしていた。

 大将という地位にありながら、サカズキの発言や行動は非常に苛烈であった。情け容赦ない制裁は海賊だけでなく、時には正しくないと判断した海兵に下される。そして、その矛先はまだ罪を犯していない一般人にまで及んだ。悪に繋がる可能性があると見るや躊躇わずに処断してきた。その行き過ぎた思想は海軍内でも賛否が別れており、サカズキに畏怖の念を抱く海兵は多い。通信兵もその中の一人であり、沈痛な表情でマオを見詰めている。

 

 

 一方、マオも戸惑っていた。正直にありのままを答えただけで銃を向けられ、更には船内まで捜索されている現状を理解出来ないのである。ふと隣に目をやるとケアノスが不敵な笑みを浮かべ軍艦を見上げていた。

 

「なんや? あの派手なオッサンが気になるんか? ウゲッ、目合うてもた!」

「あの人、きっと艦長だよォ」

「えっ、なんで判るん!?」

「だってェ、偉そうにコート羽織ってるし、年食ってて偉そうだし、何より偉そうじゃん!」

「根拠うっす! 薄過ぎるで、兄さん! ぼったくりの喫茶店でももうちょい濃いコーヒー出しよるわ!」

 

 クセでツッコミを入れてしまうマオ。すると、海兵達の照準は一斉にマオに向けられた。慌てて手を上げ直し、マオは必死に敵意がないと弁明する。

 

「クックック、懲りないねェ」

「笑てないで助けてェや。ホンマに撃たれたらどないするねん!」

「どうするって……避ける?」

「避けれるか! ウチは兄さんと違うて身体能力だけは並なんやで!」

「じゃァ……耐える?」

「耐えれるか! 銃で撃たれたら普通の人間は死ぬもんや!」 

 

 ケアノスは至って真面目に答えていた。その事実が余計にマオを腹立たせるのである。結局はケアノスに「まぁまぁ」と諌められ、話題は再びサカズキに戻った。

 

「ワインレッドのスーツに薔薇の花って……べ、別に大した事ないじゃん」

「ふふーん、渋ゥて凄みのある顔しとる割りには洒落とると思うで。センスのない誰かさんと違てな」

 

 マオは意趣返しも含めて意味有り気な視線を送る。ケアノスは前の世界では太極服オンリーであった。この世界の洋服店でも同じ物を数着仕立てさせており、毎日同じ服を着ているのだ。

 

「そう? あっ、もしかしてマオはああいうのがタイプ? プククッ、意外とお似合いだよォ」

「アホか! なんでそうなるねん!」

「クックック、冗談だってェ。でも、服装は洒落てるけど……強さはシャレにならないかも」

「海軍本部の将校なんやし、あの顔やで! 強いに決まってるやん!」

「うーん……どうしよっかなァ、海楼石」

「はぁ!? 本気で――――に、兄さん!?」

 

 突然マオの表情が一変する。明らかに動揺していた。

 

「ん? どうしたのォ?」

「き、気付いてへんのけ!?」

「……何に?」

「兄さん、アンタ汗だくやで。顔色も良うないし、体調悪いんとちゃうか!?」

「汗? ボクが……汗?」

 

 自覚した瞬間、ケアノスの体は鉛のように重くなる。足は根が生えたように動かず、心臓の鼓動が早まっている事に気付く。

 心配したマオがケアノスに近寄ろうとすると、それを遮るように重厚な低音が響く。

 

「勝手に動くな、娘。わしから質問じゃ。よう考えて答えんと、われの命はないゆぅて思え」

 

 サカズキのドスの聞いた声であった。




2014.9.7
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19話 海軍本部大将・赤犬②

 サカズキから出された質問は問いというレベルを超えた究極の選択であった。相手が海軍本部の将校である為、最初こそ丁寧な言葉遣いを心掛けていたマオも、今では怒りのボルテージが高まり口調も荒い。

 

「ンなもん選べるか! 無茶苦茶や!」

「何がじゃァ?」

「そない理不尽な二択を強要されたら堪らんわ!」

「お前みたいな馬の骨の科学者に最高の環境与えちゃるゆぅのに、どこが不満ならァ?」

「その人を見下した態度も気に入らんのじゃ!」

 

 嫌悪感を露にするマオにサカズキは少し眉を顰めた。それを見てしまった海兵達に緊張が走る。

 

「ええ度胸しちょるのぅ。命が惜しゅうないゆぅんか?」

「あ、アホ! 命は惜しいに決まっとる! せやのぅて、ウチは選択肢がオカシイ言うとるねん!」

「軍に協力するんは民間人の義務じゃァ」

 

 マオの反論は激しさを増し、口調はどんどん荒々しくなっていく。それを聞いている海兵達は気が気でない。サカズキの事を少しでも知っていれば、マオの対応も変わっていただろう。しかし、現状は最悪の方向へと傾きつつあった。

 

「それはええねん。問題はなんで協力断っただけで、投獄か死か選ばなアカンのや!? しかもウチのフェルムちゃんまで没収!? 横暴極まりないで!」

「その船が危険なんは誰の目にも明らかじゃァ。そがァな船を一民間人に持たせらりゃァせんわィ」

「せやかて、どこにでもあるしょっぱい船でこの物騒なグランドラインを渡れるかいな! っちゅうか、選択肢の一個が死って何やねん!? 死って!? 意味分からんわ、呆けとるんか!」

 

 溢れ出る感情をぶるけるマオ。海兵達は戦々恐々としていた。サカズキは眉間のシワを一層深くさせてマオを睨む。

 

「正しく使われん科学なんぞ害悪でしかありゃァせん! 軍に協力出来んゆぅんならァ、そがァなモンは存在せんでええわィ。当然じゃろぅ」

「ぐ、軍に使わせへんだけで、ウチの科学を“悪”言うんか!?」

「あァ? 何当たり前の事ゆぅちょる?」

「なっ!?」

 

 平然と言い切るサカズキにマオは愕然とした。鈍器で頭部を殴られたように強い衝撃を受け、しばしの間言葉を失い立ち尽くす。

 呆然とする状態から回復したマオは、掠れる声でサカズキを罵倒した。

 

「あ、頭沸いとるんちゃうか……オッサン、ホンマに海軍の偉いさんなんか!? やっとる事言うたら、チンピラまがいの恐喝やんけッ!」

 

 マオの暴言を聞いた海兵は騒然となる。とくにブラック・フェルム号に乗り移っていた海兵は慌てに慌てていた。大将サカズキの性格は非情かつ苛烈であり、悪を討つ為であれば平気で部下や民間人を犠牲にするのである。つまり、自分達ごとブラック・フェルム号を沈める可能性は低くない。そんな危うい状況下で、マオの発言は火に油を注ぐようなものであった。

 

 ここまでの展開に焦っていた海兵の一人が声を荒げる。

 

「お、おいキミ! 口のきき方には気を付けたまえ! 総督は我が海軍本部が誇る世界三大勢力の一角、あの大将『赤犬』で在られるぞ! 不敬な物」

「誰が勝手に喋ってもええゆぅたんじゃァ?」

「言いは――ッ!? も、ももも申し訳ありませんッ!!」

「た、大将!? あのオッサンが!?」

 

 マオに注意を促していた海兵は震え上がった。サカズキを怒らせて無事だった者はいない。手にする銃の照準も定まらない程に、海兵はガタガタと怯えている。これにはマオも驚きを隠せない。

 しかし、サカズキは何事も無かった様に再度マオに通告した。

 

「わしが悪ゆぅたら悪なんじゃ。死にとうなかったら素直に協力せんかい」

「べ、別に協力せェへんとは言うてないやんか。それに海軍の研究開発機関言うたら、Dr.ベガパンクかておるんやろ? 会うてみたいんは山々なんやけどな……この船はもう、ウチだけのモンやないねん。せやから兄さんともよう相談して決めるさかい、返事はまた後日改めてっちゅう事で」

 

 マオは笑顔で回答の先延ばしを宣言したが、サカズキの眼光は一際鋭くなる。

 

「わしは“今”どうするかを、“お前”に聞いちょるんじゃァ。今すぐ軍に協力するんか、今ここで死ぬんか。おどれの意思で決断せんかい!」

「なっ……ちょ、ちょっとくらい譲歩してくれてもええやんけ! そもそも悪党に利用される程、ウチはマヌケちゃうで! 前提が間違ぅとるんじゃ!」

 

 憤りを抑えきれないマオは意義を唱えるが、サカズキが己の判断を疑う事などない。

 

「阿呆ゥ! そもそもゆぅんじゃったら、その船自体が違法じゃろ。許可の下りたモンと違うちょる時点で、船の接収は決定事項じゃけんのぅ」

「うげっ……ちょ、ちょこっと改造しただけやん。ふ、船の規格かて……ま、前とそんなに変わってへんで。ほ、ほんのちょっとやし……ご、誤差や! 誤差ッ!!」

 

 動揺するマオは目をキョロキョロさせた。後ろめたいという気持ちはあったのだが、最終的には開き直ってしまう。ちなみに船の規格は以前と176%違っており、完全に別物と言って良いレベルであった。その事をよく理解しているマオは必死で場を取り繕う。

 

「お、男がそんな小さい事気にしたらあかんで!」

「「「……」」」

「う、器のでかい男って……す、素敵やん! そ、そう思わへん? 思うやろ!? なっ!? なっ!」

「「「……」」」

「う、うわぁ~ん…………兄さぁ~ん! 怖い顔したオッサンらがウチを苛めるゥ。船がのうなったら兄さんかて困るやろ?」

「……」

 

 圧倒的な分の悪さを痛感したマオは、ケアノスに援護を求めた。しかし、ケアノスは何も応えない。

 

「ちょっと兄さ――ッ!? せ、船医や! 船医呼んだって!」

 

 反応のないケアノスの様子を窺ったマオは絶句した。そして、すぐさま海軍に船医を要求する。ケアノスの容体は先ほどよりも悪化しており、全身から汗が噴き出していた。また顔は赤く染まり、いつもの覇気も感じられない。マオは尚も叫ぶ。

 

「この兄さん、さっきから具合が良ぅないねん。軍艦やったら船医の一人や二人おるんやろ!? はよ呼んだってェや!」

「「「……」」」

 

 海兵の目にもケアノスの体調は悪そうに映った。しかし、誰も船医を呼ぼうとはしない。指揮官のサカズキが許可していないからである。海軍において上官の命令と規律の遵守は不文律なのだ。

 

「無駄だよ、マオ」

「だ、大丈夫なんか!?」

「クックック、ボクとしたことが初手で差し違えていたとは」

「初手?」

 

 ケアノスは納得した様子で笑うが、マオには意味が分からない。見るからに具合の悪そうなケアノスがニタリと笑う姿は不気味であった。海兵の多くも薄気味悪く思ったが、サカズキの手前表情には出さずに静観を続ける。

 

「この船は見せるべきじゃなかったし、マオが(科学者を)名乗ったのも悪手だったねェ。ヒュー、ヒュー」

「握手? そんなんウチしてへんで?」

「ゼーゼー、まぁ一番の誤算はあの人がいたって事なんだけど」

「ゴチャゴチャよう喋るガキ共じゃのぅ。そがァに消されたいんか?」

「クククッ、よく言うよ。いや、流石と言うべきかなァ。ゴホッゴホッ」

 

 サカズキの睨みにも笑みで応えるケアノス。しかし、内心穏やかではない。

 

(ヤ、ヤバイな……目は霞むし、呼気が乱れて氣も上手く練れない。頭痛のせいで思考も鈍いし、体温も異常に高い……くそっ、どうなってるんだ!? こんな特異な症状は見た事も聞いた事もないぞ……ボクは、死ぬのか!?)

 

 ケアノスの焦りは伝染し、マオも顔中に不安を貼り付けていた。

 

(まさかとは思うけど、これって能力者による攻撃? くっ、侮った! 恐るべし悪魔の実……このボクが全く気付けなかったなんて)

 

 ケアノスの呼吸は浅く、時折異音を上げる。マオは不安で潰されそうになっていた。ケアノスの弱り具合もそうであるが、海軍大将の威圧と場の雰囲気は想像以上に重い。

 

「な、なぁ。ホンマに診てもろた方がええんとちゃうか?」

「フフッ、無理だよ。だって、これは攻撃だもん」

「こ、攻撃? 攻撃て何や!?」

「えっ、知らないの!? 攻撃っていうのは進んで敵を攻める事だよ。ケホッケホッ」

「アホ、意味くらい知っとるわ!」

 

 マオの不安は怒りによって霧散した。いつも通りには程遠いが、ケアノスの人を食った言動はマオにとってカンフル剤と成り得る。思考が億劫になってきたケアノスにとっても、マオの怒号は見ていて愉快であった。

 

「クックック、無論海軍からの攻撃でしょ」

「なんやてっ!?」

「最初からボクらを逃す気なんてないんだよ。マオは拘束されて監禁状態で開発を強いられるだろうねェ。一生飼い殺しさ」

「……」

 

 マオは否定の言葉を出せない。これまでのサカズキを見ていれば、十分有り得る話に思えた。

 

「ボクを攻撃してるのは相当手練の能力者だね。頭はガンガンするし、喉もイガイガするし、関節はズキズキするし、鼻水も出てきたし、悪寒はするし、熱っぽいし、何より全身だるくて重いだよ。もしかしたらボクはあまり永くないかも。恐ろしい……なんて凶悪な能力なんだ、絶対ダルダルの実だよね?」

「へっ? ダルダル!? い、いや、能力者っちゅうか……それってタダの風――きゃっ」

 

 話していた途中でマオは悲鳴を上げる。突如ケアノスに頭を摑まれ、甲板に押さえ付けられたのだ。

 

「あらら、年の割には意外と短気だなァ」

「最後通告じゃァ。さっさと答えんかィ」

 

 サカズキの隣には銃を構えた海兵が立っており、その銃口からは煙が上がっていた。マオの悲鳴と同時に鳴り響いた銃声、その弾道はマオの肩口があった場所を通過している。

 

「う、う、ううう撃ちよった! ホ、ホンマに撃ちよったで!?」

「そりゃあ撃つでしょ、あの人だもん。タイムオーバーって事かなァ、どうする? どっちにしてもマオの自由は殺されるよ。ゲホッゲホッ、運が良ければ軟禁くらいで済むかもね」

「お、お茶目な冗談やのぅて、ホンマに殺す気やったんか。あのオッサン完璧狂っとるやんけ!」

 

 本当に発砲されるという事実はマオに大きな衝撃を与えていた。口では何と言おうと本気で殺そうとはしないだろうと思っていたからだ。そんなマオの淡い期待は呆気なく砕かれ、絶望の影がゆっくりと忍び寄る。

 

「あの人だからねェ……でも、狂ってるワケじゃない。“悪”を根絶やしに“正義”を執行するという意味では、あの人は海軍で一番正しい存在さ」

「ほ、ほんなら兄さんもウチの科学を悪言うんか!?」

「まさか、科学自体に善悪はないよ。それを決めるのは人の意だからね。だからこそ環境や見方によっては、どんな崇高な科学でも悪に成り得るのさ。ケホケホッ」

「そ、そないな事言い出したらキリ無いで」

「フフフ、だろうねェ……で、どうするの?」

 

 ケアノスは他人事のように呟く。マオはここに来てサカズキの盲目的な信念に恐怖し始めた。

 

「ウ、ウチは……飼い殺しにされんのは嫌やけど、拒否できる雰囲気とちゃうやん? 断ったら殺されるんやろ?」

「十中八九」

「ほんなら大人しゅう協力した方が――なんぞ言うわけないやろ! このボケッ!! ウチは強要されんのがいっちゃん嫌いなんじゃ! 協力して欲しかったら土下座して頼まんかいッ!! 海軍大将!? ナンボのもんじゃ!!」

 

 マオの信念はマオ自身が思っていた以上に強い。恐怖に屈する事無く、マオは海軍に吠えた。

 

「アッハッハッハッハ、大したモンだ! ゴホゴホっ」

「ほうか。われの意思は分かったけェ」

 

 手を叩いて喜ぶケアノスであったが、その反面余裕は少ない。なぜなら氣は一向に練れず、頭痛は酷さを増し、視界はぼやけ始めていたからだ。そんな状態でもケアノスは笑みを浮かべて目を凝らす。最大限の集中力でサカズキを警戒していた。

 一方のサカズキは興味を失くしたマオに対して射殺を実行する。右手をサッと上げるや、ブラック・フェルム号の三人の海兵が一斉に動き出す。

 

(さてと、このままじゃマオが殺される……のはイイとして、船が接収されたらボクも困る。とは言っても体調は最悪だし、状況も圧倒的に不利かァ。ほとんど詰んでるようなモンだし、ん?)

 

「始末せェ」

「「「はっ」」」

「へ!?」

 

 サカズキの合図に従って海兵は銃を撃つ。マオは耳を疑い、思考は停止し、ギュッと目を閉じた。三発の銃声が響く。

 

「「「ぐッ」」」

 

 くぐもった声が漏れ、バシャンと海面が飛沫を上げる。

 

「な、なんや?」

 

 マオが目を開くと、三人の海兵は消えていた。代わりにケアノスが目の前にいる。

 

「は、速い!」

「いつ動いたんだ?」

「み、見えなかったぞ!?」

 

 海兵達はケアノスの素早い動きにどよめく。マオも目をパチクリさせている。サカズキだけは冷静にケアノスを見詰め、身を焦がす程の殺気を浴びせた。

 

「おどれも消されたいんか、小僧?」

「あちゃぁぁ、考えてる途中だったからつい……あれ? 体が反応した? どうしてだ? うーん……ゴホゴホッ、まっいっか。ねぇ、投降させるから射殺は勘弁してよ?」

「そがァに反抗的な娘は生かしちょけんじゃろぅ」

「だろうね。マオ、どうする? このままじゃ殺されちゃうよ?」

「……」

 

 ケアノスが尋ねてもマオは無言。先程の出来事とサカズキの殺気で脳内はパニック状態である。

 

「マオ?」

「……ど」

「ど?」

「どないしよッ!? 死ぬんは嫌や! 超天才美少女のウチが死ぬっちゅうんは、世界にとって大いなる損失やで!」

 

 全力で慌てふためくマオにケアノスは一瞬ポカンとし、次の瞬間――。

 

「アハハハハハハハ、ゲホゲホッ……ハハハハハハハハ!」

「わ、笑い事ちゃうで! な、何とかしてェや! 頼れんのは兄さんしかおらんのや!」

「クックック、ノープランであれだけの啖呵を切ったんだ?」

「う、うっさいわ! 意地や、意地! ウチの科学を安ぅ見よってからに……こっちは命賭けとるんじゃ!」

「フフッ、それでこそマオ。じゃあコード『ハゲ豚』発動ね」

 

 マオは足を震わせながらも精一杯の虚勢を張っていた。ケアノスはそれを見て微笑んだ。

 

 次の瞬間、サカズキの右腕がボコボコと音を立て肥大化していく。とてつもない質量と熱量を有した赤黒いそれは、巨大なマグマの塊であった。大将サカズキこそ『マグマグの実』ロギア系悪魔の実を食べたマグマ人間であり、海軍最高戦力の一柱であり、徹底した正義を貫く最強の益荒男である。

 

 ケアノスの表情が一瞬で驚愕に歪む。サカズキの右腕が放つ脅威を感じ取ったのだ。

 

「大人しゅう死んどかんかィ」

「お、おいおい……反則だろ!? くっ、マオ! 急いで潜水モードに換装だ! 時間はボクが稼ぐ」

 

 言い終わるや否や、ケアノスは軍艦に飛び移った。大半の海兵にはケアノスが突然消えたようにしか見えない。サカズキだけはその動きを目で追う。

 

「馬奈奈就ー斗!」

 

 軍艦上に姿を現したケアノスは一人の海兵をサカズキ目掛けて蹴り飛ばした。

 

「ぐわッ」

 

 うめき声と共に弧を描いて飛ばされた海兵はサカズキに激突――せずにすり抜ける。

 

「うぎゃぁぁぁぁぁ! あ、熱い! や、焼け死ぬゥ!」

 

 マグマの体を貫通した海兵は、一瞬で肌と服が焼け焦げ甲板を転がり回った。数名の海兵が慌てて駆け寄る。サカズキは一切気にした様子はなく、ケアノスを睨み付けた。ケアノスは不思議そうに尋ねる。

 

「へぇ、悪魔の能力ってオートで発動するの? オン・オフじゃないの?」

「……」

「おっ、大発見! 悪魔の能力って――マジかッ!?」

「大噴火ッ!!」

 

 時間を稼ごうと話しかけていたケアノスは驚嘆した。サカズキの放った巨大なマグマの拳が轟音を立ててブラック・フェルム号に衝突する。黒煙と水蒸気がモクモクと立ち上り、ブラック・フェルム号は海底に沈んでいく。

 

「ちッ……少しは人の話は聞けっての、この“バカ犬”! ゲホッゲホ」

「な、なんて事を!?」

「絶対殺されるぞ!?」

 

 ざわつく海兵とは異なり、サカズキの両腕は再びボコボコと熱を帯び始めた。ケアノスの表情が初めて曇る。

 

(中途半端な挑発じゃ小揺るぎもしないか。くそッ……船は無事なのか!? あとマオ)

 

 戦闘行動に移った途端、海兵達は機敏になった。銃を構えてケアノスを包囲する者、ブラック・フェルム号の沈没を油断無く見届ける者、負傷した兵を運ぶ者、その動きに無駄はない。

 

「これでお前も終いじゃのぅ。海賊だけ相手しちょればええもんを、身の程を弁えんからじゃァ」

「身の程ねェ、犬畜生の分際で随分と人語が上手いじゃんか。バカ犬はバカ犬らしくキャンキャン鳴いてろよ。ゴホゴホっ」

「死にそうな面しちょって、よォ吠えるわィ。まぁ、雑魚にはそれくらいしか出来んけんのぅ」

「ゼーゼー……言ってくれるねェ。それじゃ、吠える以外にも足掻いてみようか!」

 

 肩で息をするケアノスは意を決した顔付きでサカズキへと突撃した。

 

 その後の展開は一方的であった。

 目にも映らぬ素早さで攻撃を繰り出すケアノスとその場を動こうとしないサカズキ。傍目にはケアノスが圧倒的に攻勢であったが、ダメージを負うのもケアノスだけである。手足は重度の火傷で焼け焦げており、動きは徐々に精彩を欠いていく。

 ブラック・フェルム号が完全に沈没するのを見届けた海兵達はケアノス包囲に加わるも、誰一人として声も手も出せないでいた。サカズキという巨象に立ち向かうケアノスはまるで羽虫である。しかし、その羽虫は海兵の目を奪う程華麗に舞っていた。その舞いは海兵達から時間の感覚を奪い去る。短いようで長く、長いようで短い時間が経過した。

 

(頭痛はどんどん酷くなるし、思い通りに体は動かないし。悪魔の実がここまで厄介とは、ゴムなんかと全然違うじゃないか! 海に落とそうにも捉えられないし、触れるだけで大火傷って。やっぱり氣しかないか……ただ、この状態でどこまで練れ――しまっ!?)

 

 少し鈍ったケアノスの動きをサカズキは逃さない。複数のマグマの拳がケアノスを襲った。必死に回避するケアノスであったが、避けきれずに被弾してしまう。1発だけとは言え、威力は計り知れない。ガードした左腕は火傷と呼ぶのが生温い程にどす黒く炭化していた。

 甲板に倒れ臥すケアノスは口から血を流し、サカズキは冷徹な瞳のまま止めを刺そうと近付く。

 

「雑魚の割にはよォ粘ったのぅ」

「カヒュー、コヒュー」

「フン、もう吠えれもせんか」

「ヒュー、ヒュー」

 

 呼吸をするのがやっとに見えるケアノスに対しても、サカズキは微塵も油断していない。それはケアノスの瞳が未だギラついていたからである。

 海兵の息を呑む音が聞こえるほど静まり返る中、サカズキはゆっくり拳を上げた。それを睨み付けながら、ケアノスはずっと呼吸を整えている。

 

「じゃあの」

 

 手向けの言葉を言い放ち拳を振り下ろすサカズキ。全てを焼き尽くす程の熱量を帯びた拳が眼前に迫っても、ケアノスは臆すどころか笑みを浮かべていた。サカズキの拳はケアノスを貫き、甲板すら焼き破る。少なくとも海兵の目にはそう見えたのだった。

 

「おい、バカ犬。ステイルメイトって知ってるか?」

「「「な!?」」」

「……」

 

 貫かれたように見えたのは残像であり、ケアノス本人は一瞬でサカズキの頭上に移動していた。逆向けの体勢でケアノスは足を振り抜く。

 

「王婆屁怒就ー斗! うぎゃぁぁ」

「ぐォ」

「「さ、サカズキ大将!?」」

 

 氣を纏ったケアノスの右足はサカズキの実体を確実に捉えた。しかし、代償として右足も炭化してしまう。一方、吹き飛んだサカズキは壁をぶち破り船室に飛び込む。大将がやられて騒然となりかける海兵であったが、何事も無かったかのようにサカズキは船室から出て来た。ケアノスは左足だけで甲板に着地する。

 

「覇気まで使えるたァ意外じゃったわィ。それでもこれで終いじゃ」

 

 無表情のサカズキだが、その言葉には多分に怒気を孕んでいた。それもそのはず、サカズキは鼻を潰され血を流している。ケアノスは満身創痍でありながら、満足げに微笑む。

 

「クックック、それはボクの台詞だよ。これでチェックさ――狂気乱武ッ!!」

 

 ボソリと呟いたケアノスは全ての氣を集約した右の掌底を軍艦に叩き込んだ。その瞬間、甲板は裂け、衝撃は波となって船中を伝わる。

 

「こん糞ガキャァ、狙いは船じゃったんか!」

 

 軍艦には大きな亀裂が走り、大破一歩手前と言う損傷を負っていた。ケアノスは吐血して膝をつく。

 

「ゴフっ……蹴り一発分、無駄遣いしちゃった……から……なァ」

「まァだ息しちょるんか。雑魚のくせに渋とさだけは一人前じゃのォ」

 

 サカズキは自らの手でケアノスの息の根を止める為に部下の発砲を止めていた。割れて裂けた甲板を闊歩するサカズキの姿は、ケアノスの死へのカウントダウンを意味する。途切れそうになる意識を繋ぎとめてケアノスは目を凝らす。

 

(まいった……頭が働かないってのは致命傷だな。先手どころか後手でもミスるなんて、ボクらしさが全然出せないや。最初から大将なんか相手せずに“とんずら”するか、軍艦狙えば良かったんだよなァ。もう頭と関節だけじゃなくて全身痛いや……ボク、死ぬのか。まさか師父以外に負けるなんて……負け? いや、負けてない。ボクはまだ死んでない。死なない限り、ボクに負けはない!)

 

 ぼやける視界でもサカズキの接近はハッキリと判った。

 

「手間取らせてくれたのぅ。一思いに心臓貫いて終いにしちゃる」

 

 もはやケアノスに攻撃を回避するだけの体力も残っていない。諦めていない眼光はギラギラと猛っているが、状況を打開する策は何一つ浮かばなかった。

 

(くそ! クソ! 糞! くそッ! クソっ! 糞ッ!)

 

 歯噛みするケアノスに無情の一撃が炸裂しようとした瞬間、轟音と共に軍艦が激しく揺れる。

 

「何事じゃァ!?」

「せ、船底に何かがぶつかったようです!」

 

 上半身を乗り出して確認する海兵が大声で報告した。そして表情が驚愕に変わる。

 

「ぶ、ぶつかった何かは船底を貫き船内へと侵入! こ、このままでは本艦が――」

 

 最後まで言い終える事無く海兵は海へと投げ出された。竜骨を貫かれケアノスの発勁によるダメージに耐え切れなくなった船体が真っ二つに圧し折れたのである。

 

「ぐっ……どうなっちょる!?」

「ヒャハハハハ、残念だったなキング! 最後に勝つのはお前じゃない、うちのクイーンだよ!!」

 

 そう言い残しケアノスも海へと落下して行った。

 

 

 

 

 




2014.9.7
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20話 詐称・天才医学者?

 深い海の底は太陽の光すら届かない闇の世界が広がっている。真っ暗な水中では物が見え辛く、生物は独自の進化を遂げた。あるモノは視覚を失い、振動によってのみ物を判別する鋭敏な聴覚を得る。またあるモノは視覚を最大限に活用すべく、自らが光を放つ能力を有した。生物は環境に応じて進化し、生存していくのである。そして、それはケアノスとて例外ではない。

 

 

 ブォォォォという動物の鳴き声でケアノスは長い眠りから目覚めた。ぼやける視界に瞬きを繰り返すと、体の異変に気付く。

 

(あれ? 首から下の感覚がない?)

 

 ケアノスは慌てる事なく感覚を研ぎ澄ませる。

 

(うーん……視覚と聴覚、それに嗅覚は問題なしか。忌々しかった頭痛は治まってるけど、熱は高いままか。あと疲労感というか倦怠感が半端ないなァ)

 

 周囲を確認すると、ケアノスはベッドに寝かされ点滴を受けていた。全身を覆っている包帯は血で赤黒い。部屋の中には医療器具や薬品が所狭しと置かれ、本棚には医学書が並んでおり、一見すると診療所のように見える。

 

(どこだろ? 牢獄には見えないし、拷問室って感じでもない……海軍に捕まったワケじゃないのかな?)

 

 ケアノスはここに至った経緯を推測するが、情報が少な過ぎて答えは出ない。火傷の回復を少しでも助けようと内功を練った瞬間、ケアノスの全身を抉るような激痛が襲う。

 

「ぐっ……」

 

 常人であれば意識を保てない程の痛みであった。気を失えば痛みを感じずに済んだであろうが、ケアノスの強靭な精神力はそれを許さない。己の強さが徒となり、ケアノスは痛みに悶えた。歯を食いしばり必死に耐える。

ケアノスが究極のマゾヒストであれば、この状況でも笑えただろう。しかし、ケアノスはそうではない。もし笑える時が来たとすれば、それは痛みに屈して発狂した時であろうか。

 笑えないジョークだと思いながらケアノスが我慢を続けていると、カチャと音を立てて部屋の扉が開く。

 

「むっ、気が付い……まさか、鎮痛剤の効果が切れたのか!? バ、バカな! ラブーン用に特別調合した強力な代物だぞ!?」

 

 部屋に入るなり目を見開いて驚く人物をケアノスは知っていた。双子岬の灯台守・クロッカスである。正体が判ると、居場所に関しては想像に難くない。安堵したケアノスは少しだけ笑みを漏らす。

 

「フフッ、ボクは人間だよォ」

 

 痛みに顔を歪めつつも、ケアノスは不敵な笑みを浮かべた。薬の準備をしながら、クロッカスは呆れ顔で溜息を吐く。

 

「人間用では効果が無かった為、仕方なく代用したのだ。まさかこんな短時間で切れるとは……小僧、お前本当に人間か?」

「アハハハ、ひどいなァ……イタタッ」

「少々危険だがやむを得ん、もう一本打つしかないな」

「ところでさァ、聞いてもイイ?」

「……なんだ?」

 

 クロッカスはケアノスに注射を打ちながら聞き返した。

 

「なんでボクは生きてるの?」

「……運が良かったのだろう」

「運ねェ……まっ、悪運は強いけど。で、どういった経緯でボクはここに?」

「……五日前、ラブーンがお前の船を咥えて来た」

「あのクジラが? へェ、ボクは船に乗ってたんだァ」

 

 クロッカスの話を聞いて、ケアノスは記憶を紐解く。しかし、船に乗り込んだ覚えはない。

 

「そうだ。お前達は船の中で倒れていた」

「達? あっ、マオか! そう言えば、マオは無事? 怪我はない?」

「実はな――」

 

 ケアノスはマオの存在を完全に失念していた。それほど今のケアノスには余裕がない。

 

「ウチ、マオちゃん。今アンタの後ろにいるの」

「……」

「……ピンピンしておるよ」

 

 マオが現れた。ベッド後方から顔を出したマオは構って欲しそうにしている。

 

「ウチ、マオちゃん。今アンタの目の前にいるの」

「クックック、わぉ! それなんてオカルト人形?」

「いや~心配したで。兄さん全然目ェ覚まさへんから、このまま死んでまうんちゃうか思たわ」

「アッハッハッハ、何を言うかと思えば」

「ニッシッシッシ、堪忍や「同感だよォ」で――へっ?」

 

 マオは目を丸くしてキョトンとし、クロッカスは険しい表情のまま処置を続けていた。血の滲む包帯には肉がへばり付き、交換の際に激しい痛みを伴う。鎮痛剤が効いていなければ、ケアノスでも声を上げていたかもしれない。

 

「マオはどうしてボクが生きてると思う?」

「な、何言うてんねん!?」

「あの頭痛、あの発熱、あの悪寒……あれで死ぬと思ってたんだけどなァ」

「は? は、ははは、兄さん大袈裟やで。あれはただの風邪やて」

「……」

 

 マオは笑い飛ばすが、ケアノスはクロッカスを凝視していた。クロッカスは険しい表情のまま、沈黙を破ってボソリと呟く。

 

「小僧の言っている事は間違っておらん」

「なっ!?」

「小僧を蝕んでいた病は、海風疹だ」

「はぁ!? 海風疹言うたら、赤ん坊の病気やろ? 大人がかかるなんぞ聞いた事ないし、そんなんで死ぬワケないやん!」

 

 マオはクロッカスに噛み付かん勢いで吠えた。

 

「いや、記録に残ってないだけだ。海風疹は海水や潮風に生息するウィルスが原因で、普通は生後一年以内に必ず発病すると言われている。死に至る事はなく、さらに一度かかれば二度とかからん。しかし、極稀に成人してから初めて発症するケースがあり……その場合、生き延びた者はおらん」

「な、なんやて……っ!?」

「とある冬島のそれも雪山の奥地で一生を送るという部族の若者達が、村の掟を破って海に出た結果、一年後に海風疹を発症して全員死亡したと聞く。想像を絶する頭痛と高熱で見る見る衰弱してな、手の施しようが無かったそうだ。若者達は海風疹の存在すら知らなかった。暮らしていた村でかかる者はいなかったからな、知らなくても当然だろう。医学界を震撼させる事実であったが、この症例が研究される事はなかった」

「な、なんでや!?」

 

 マオはゴクリと息をのんだ。海風疹はこの世界での常識であり、誰もが知っており、そして、誰もがかかっている病気だと思っていた。覚えてはいないが、マオ自身も赤ん坊の頃にかかっており、海が支配するこの世界では海で生活する為の言わば通過儀礼である。

 

(ボクがこの世界に来てもうすぐ一年かァ……確かに辻褄は合うねェ)

 

 クロッカスはマオに視線を移す。

 

「山奥で暮らす少数部族の為だけに研究費を出す資産家や医療機関などあると思うか? 彼らとてビジネスだ。儲けの無い話に投資などするまい」

「せやったら、なんで兄さんは助かったん!?」

「……」

 

 マオの当然の問いかけに、クロッカスは押し黙った。ケアノスが尋ねた際もクロッカスははぐらかしている。

 

「ククク、当ててみようか? 理由は二つ。一つはこの火傷の“おかげ”でしょ。全身をくまなく熱処理されたからねェ、ウィルスもきっと」

「ははーん、高温殺菌っちゅうワケやな。結果オーライやんか! ほんで、もう一つは?」

「フフフッ、実はそうでもないんだけど……まっ、いっかァ。クロッカスさんの言ってる事はね、多分全部真実だと思うよ。でも、全てを語っているワケじゃない」

「……」

「……ん? どういうこっちゃ!?」

 

 マオは首を傾げた。クロッカスは黙々と包帯を交換している。皮膚が焼け落ち、肉がむき出しになっている箇所をマオは直視出来ない。ケアノスの話に集中し視界に入れない努力をしていた。

 

「むかーしむかし、ある所に若くして秀才と呼ばれた医師がいましたとさ」

「なんで昔話!?」

「その医師は人一倍情に厚く、怪我や病で苦しむ人々を根絶する為に努力を惜しまなかったんだって」

「うん、せやからなんで昔話なん?」

「数々の功績が認められて、医師は晴れて王国お抱えの医師団に選出されました。これでより多くの人々を救えるって医師は大喜びしたんだけど、現実は違っていた。患者の大半は誰でも治せるような軽症を大袈裟に騒ぎ立てる貴族や富豪ばかりだったんだ」

「無視か……ふん、ええわええわ。黙って聞けばええんやろ!」

 

 色々とツッコミたかったマオだが、会話のキャッチボールがならず口を尖らせて拗ねる。ケアノスはクスリと笑って話を続けた。

 

「簡単な治療に不釣合いな額の報酬を貰い懐は暖かくなっても、医師の心は冷える一方だった。自分のやりたかったのはこういう事じゃない。自問自答の日々が続き、理想とかけ離れた現実に悩み、不毛な月日を経て医師は決意した。地位を捨て、名誉を捨て、国を捨て、一人の医師として人生を歩むとね」

「……」

「医師は漁船や商船に便乗して村や街を転々とし、行く先々で貧困に苦しむ人々を無償で診療した。貯蓄がなくなれば、また上流階級を相手にしてお金を無心する。その繰り返しで当然生活は苦しくなったけど、医師の心は少しずつ楽になっていった」

「うん、間違ってへん。その医師は何も間違うてへんよ」

 

 いつの間には相槌を打つマオ。クロッカスも作業をしながら耳は傾けていた。

 

「そんな生活が長年続いたある日、一隻の船が漂流しているのを偶然発見したんだ。その船には若い男が二人と、一人の女が乗っていた。女はとても美しく、雪のように白い肌をしていたんだ。医師はとても驚いたよ。でも、それは女の美しさにじゃない。その女の顔を知っていたからだよ」

「へぇ、そんな偶然もあるんやな」

「女は辺境の村で出会った族長の娘で、縄張り争いの激化で負傷した戦士の治療をキッカケに親しくなった。女が医師に抱いた好意はやがて恋に変わって、焦がれるあまり村を出て追って来たんだよ。若い男は彼女の従者なんだけど、海や船には縁のない生活をしてたから難破して漂流しちゃったのさ。医師は帰るように説得したんだけど、女は聞く耳を持たない。逆に医師が折れるハメに……」

「ナッハッハッハ、女は強いんや!」

 

 マオは自分の事のように胸を張って笑う。クロッカスの表情は変わらず厳しい。

 

「やがて二人は結婚を考えるまでの関係に進展してね、楽になっていた医師の心はさらに満たされたんだ。この生活が一生続いて欲しいと思うくらいにね……でも、運命は残酷だった。女が村を出て一年が経とうかと言う頃、従者の一人が倒れたんだ。何の前触れもなく突然ね」

「それって……」

「後に続くようにして、もう一人の従者も倒れた。二人は高熱と頭痛にうなされて、見る見る衰弱していった。医師は懸命に治療したけど、原因は分からず症状も回復しない。そして発症してから三日後、二人の従者は死んでしまった。女は悲しみに暮れ、医師は原因解明の為に従者達を解剖した。そして見つけたんだ、海風疹ウィルスをね」

 

 マオはゴクリと息をのんだ。どうしてケアノスがそんな事を知っているのかを考える余裕すらなく、話に魅了されていた。

 

「女に尋ねて医師は愕然とした。海風疹という病気自体を知らないと言う。雪山に住まう部族は元来病気に強い体質だと聞いた医師の脳裏には、一つの仮説が浮かんだ。強い免疫機能が構築されている人体に、初めて海風疹ウィルスが感染した場合、症状が重篤化し死に至るというものだよ。その可能性に気付いた瞬間、医師の背筋は凍り付き、眩暈すら覚えた」

「……」

「最愛の女を守るために、医師は彼女の村に針路を取った。戻りたくないと言う女の言葉より、医師は女の命を優先した。だけど、皮肉な事に女も海風疹を発症してしまったんだ。医師はあらゆる手段を尽くしたけど、女は弱る一方だった。出来る事と言えば、麻酔で痛みを和らげる事くらい」

「そ、それで……どないなったん?」

 

 マオは興味津々で続きを促す。クロッカスも作業を終え、椅子に腰かけ静かに聞いていた。

 

「従者同様、三日後に亡くなったよ。医師は己の無力さを痛烈に恨んだ。満たれていた心を引き裂かれるのは、一体どのような心境だったのか。でもね、医師は悲しみを刻み込んで研究を続けた。医師が何を思っていたのか、病床の最期に女に何か言われたのか、それは彼にしか分からない。そして、医師はこの症例を“三日死疹”として論文にまとめ、十数年ぶりに医学会で発表した。ところが、理事達はろくな検討もせず医師に対して嘲笑の渦を巻き起こしたのさ。誰一人として見た事も聞いた事もない事例だったからね、法螺話だと決め付けてバカにした。秀才に対するやっかみもあったかもね。論文は破棄され記録にも残されず、医師はその日を境に医学界を去った」

「……」

「やり切れん話やで……ん? ちゅうか、なんでそんな話を?」

「お目にかかれて光栄だよ。貴方が医学に絶望せず研究を続けていた“おかげ”で、ボクは助かった……だろ? 改めて礼を言う、Dr.クロッカス」

「えっ? えっ!? ええーっ!?」

 

 表情を変えないクロッカスとは対照的に、マオはあんぐりと口を開けていた。

 

「この分野の第一人者たる貴方の治療であれば、ボクが生きてるのも納得だよねェ」

「し、知らんかった……ちょっと医療の心得があるだけで、クジラしか友達がおらん可哀想な花のじいさんやとばっかり」

「……」

「クックック、残酷な本音が洩れちゃってるよォ」

「とりあえず、花のじいさんは凄腕の医者っちゅう事やな。いや~、頼っといて今更やけど実は心配しとったんや。これで一安心やで」

 

 クロッカスに向かってマオは安堵の笑みを浮かべる。それを見たクロッカスは沈黙を破った。

 

「娘よ、何か誤解があるようだが」

「謙遜せんでもええて。これからはじいさんの事、敬意を込めてドクターて呼ばせて貰うで」

「それは構わんが……お前達、いつもこうなのか?」

「ふぇ?」

 

 クロッカスの言ってる意味が分からず、マオは素っ頓狂な声を上げた。そして、ケアノスの顔は悦に浸る。

 

「あー、マオ。さっきの話だけどさァ、真実なのとそうじゃないの……どっちが面白いと思う? クヒヒヒ」

「……」

 

 悪びれた様子もなく笑うケアノスに、マオは青筋を立てて低音で唸る。

 

「ケ~ア~ノ~ス~ッ!」

「イヒ、凄くない? この部屋にある蔵書とクロッカスさんに聞いた話を繋ぎ合せて、瞬時に考えたんだよォ。あれ、もしかして信じちゃった? ねェねェ、信じちゃったァ?」

「このドアホーっ! なに思わせぶりな話を長々としとるねん!」

「えっ? だって、その方が面白「もうええ!」ククク」

「心配して損したわ! ウチかてフェルムちゃんの修理があるんや、怪我人は黙って寝とり!」

 

 そう言ってマオはズカズカと歩き、部屋を出て行ってしまう。ケアノスは満面の笑みを浮かべている。

 

「……良かったのか?」

「ええ、マオをからかうのは数少ないボクの趣味だからねェ。こればっかりはやめられないよォ」

「あまりいい趣味とは言えんな」

「フフフ、なぜかよく言われるよ。ところでさァ、ボクってあと何日くらい生きれるの?」

「……」

 

 ケアノスは射抜くような視線をクロッカスに向けた。クロッカスは怯まずに見つめ返す。

 

「確かに超高温の熱でウィルスの数は激減したと思う。だけど死滅したとは思えない。心臓と首から上だけは意識して守ってたからね……それに、ボクの免疫機能が邪魔して海風疹の抗体は体内で作れない。つまり再発の可能性が非常に高い……そうでしょ、Dr.クロッカス」

「……なぜそう思う?」

「クックック、職業上医学は不可欠でねェ。つまり、遅かれ早かれボクは海風疹で死ぬ……いや、その前に火傷の“せい”で死ぬよね」

 

 クロッカスは思わず目を見開く。

 

「気付いていたか」

「言ったでしょ、医学も嗜んでるって。全身の七割が重度熱傷、炭化してる箇所は皮膚移植でも再生不可能。それに火傷が熱を持っているせいで、細胞が水分を渇望している気分だよ。本当は話すのも億劫なくらい怠いもん」

「……悪趣味と言ったが、あれは娘を気遣って事だったようだな」

「ククク、何のことやら」

「ふん。お前の言う通り、このままではお前は死ぬ」

 

 クロッカスは鎮痛な表情でケアノスを見た。ケアノスの眉がピクリと動く。

 

「フフッ、想定内だよォ」

「しかしな、原因は海風疹でも火傷でもない」

「ワォ、その答えは想定外だな。それじゃあ名医に尋ねよう、ボクが死に至る原因は何かな?」

「……自殺だ」

「は?」

 

 さすがのケアノスも目を丸くした。

 

「その倦怠感は脱水症状と栄養失調から来ている。お前の体は餓死寸前と言っても可笑しくない」

「そりゃあ……五日も食べてないからね」

 

 当然だろうと呟くケアノスに、クロッカスは首を振る。

 

「いや、必要最低限の水分と栄養は点滴で補充していた。にも関わらず、今のお前は餓死しかけている。なぜだか判るか?」

「謎解きは嫌いじゃないよォ。ふむ、補充していたのに足りてないって事は……それ以上に消費されてるって事でしょ。消費してるって事は、ボクの体が生きる為に何かしてるってワケだ?」

「ああ。お前の体は超高温の環境に適応しようと変化を始めている。しかしな、生物が環境に適応するには世代を超え、進化という過程を経て初めて成すもの。一世代での進化など人間では有り得ぬ。だから聞いたのだ、お前は本当に人間か、と。」

「クックック、人間以外何に見えるのかなァ?」

「急激な変化……いや、進化はお前の体に過剰な負担を掛けている。必要とするエネルギーも尋常ではない。そのせいで点滴が追い付かんばかりか、お前はお前自身に食い殺されようとしている」

 

 クロッカスは知り得る事実を戦々恐々として話した。ケアノスは目を閉じて思案する。

 

(なるほどねェ、だから自殺か。それにしても進化とは大袈裟な。まぁ……心当たりは、あるけど)

 

 ケアノスが黙り込んでしまった為、再びクロッカスが真面目な表情で口を開く。

 

「それよりももっと重大な問題がある」

 

 目を開きケアノスはクロッカスを見た。

 

「もっと重大? 自分に喰われるよりも? ほほぅ、それは興味深い」

「うむ。実はな……もう点滴のストックがない」

「……は?」

「今投与しているコレが最後だ」

「……つまり?」

「うむ。このままでは明日には死んでおるだろう」

 

 表情は鎮痛ながらも、サラッと言い切ったクロッカス。あまりの事にケアノスは笑いがこみ上げてくる。

 

「アーッハッハッハ、一大事じゃん! どうすんのさ!?」

「最寄りの島まで調達に行くしかあるまい。お前も気付いた事だしな」

「いやいや、切れる前に行こうよ」

「先ほどは元気そうに見えたかもしれんがな、小娘も昨日までは深刻な状態だった」

「あれ? 怪我は無かったんじゃ?」

 

 ケアノスは小首を傾げた。

 

「うむ、身体的外傷はない。しかし、目覚めてからずっと部屋の隅で膝を抱え『やってもた……どえらい事やってもた』とユラユラ揺れていた。たまにお前の様子を見には来ていたが、また部屋に戻ってユラユラの繰り返し……何かの心的外傷(トラウマ)だと思うが、とても留守には出来なかったのだ。お前の意識が戻って本当に良かった。お前にとっても、小娘にとってもな」

「むぅ、流石は安定のマオ品質。期待を裏切らないなァ」

「よく分からんが、私はすぐ支度をして出掛けて来る。ラブーンに協力して貰うが、半日は帰れんぞ。その間に症状が悪化したら……」

「言ったでしょ、医学の心得があるって。マオに頼んで“それなり”の処置をして貰うから」

「……そうか」

 

 それだけ言ってクロッカスは立ち上がった。ケアノスは表情を改め、目を細める。

 

「マオが患ってたって事は、何も事情は聞いてないんだよねェ? どうして助けてくれるの?」

「……小娘に泣いて困っていた、事情なら助かった後に聞いてやる」

「ワォ、かっくぅイイ」

「ふん」

 

 クロッカスが部屋から出て行くのを確認し、ケアノスは溜息を吐く。

 

「ふぅ、まいったなァ」

 

 ケアノスは目を閉じ、体から力を抜く。

 

(じじい、超ロリコンじゃんか。クックック、マオご愁傷様ァ)

 

 ケアノスは近い将来を想像して口元に笑みを浮かべた。

 

(生き延びる手段はある……けど、師父の教えだけは破れない。『受けた恩は倍返し、受けたアダは十倍返し』、なんだかんだで爺さんは命の恩人だもんねェ。流石に喰えないよ……ハァ、ボクの悪運もここまでかァ)

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 海軍本部はグランドライン前半の海『マリンフォード』という三日月型の島に設置されている。その本部の一室に壮年の男性が三人揃っていた。一人は部屋の主であり、全海兵の頂点に立つ元帥『仏のセンゴク』である。アフロヘアに口ひげ、黒縁のメガネが特徴的な男であった。もう一人はセンゴクの同期であり、『海軍の英雄』と呼ばれる中将『ゲンコツのガープ』である。短い白髪で老齢の割には筋骨隆々であり、海軍の英雄とさえ呼ばれていた。そして、もう一人は――。

 

「電伝虫で一報を聞いた時は正直耳を疑ったぞ。お前ともあろう者が軍艦を沈められたとはな、赤犬」

「ぶわっはっはっは、油断して寝ておったんじゃろ。ざまぁないの!」

「黙っとれ、ガープ! 赤犬をお前と一緒にするな!」

「油断しちょったんは事実じゃけェの。反論のしようがないわィ」

「ほれ見ろ、やっぱり昼寝しておったんじゃ」

「うるさいぞ! 寝てたとは言っておらん!」

 

 顔を真っ赤にさせて激昂するセンゴクに対し、ガープは大笑いして煎餅をバリボリ齧る。

 

「センゴクさん、ステイルメイトとは何ならァ?」

「ステイルメイト? 確かチェスの手で引き分けを意味するはずだが」

「チェスの手……引き分け」

「ぶわっはっはっは、将棋バカのお前では知らんのも無理はない」

「将棋すらせんお前が言うな!」

 

 茶をすするガープを怒鳴りつけるが反省の色はない。センゴクは諦めて話を続けた。

 

「ステイルメイトはただ引き分けではない。圧倒的不利な窮地から強引に動けない状態に持ち込み、引き分けにする手だ」

「……つくづく舐めた小僧じゃのぅ」

「お前に手傷を負わせたと言う例の賞金稼ぎか? 能力者の上に覇気使いだったとはな、そのまま賞金稼ぎで居てくれれば良かったものを」

「……ところで、センゴクさん。捜索の方はどうなっちょるんじゃ?」

 

 サカズキは腕を組み、眉間にシワを寄せて尋ねる。

 

「遺体があがったという報告はまだ入ってない。あの辺りは天候も海流も変わりやすい為、流されたとすれば、魚人でも捜索は不可能だろう」

「……」

「致命傷は与えたと聞いたが、お前程の男がどうしてそこまで拘る? お前に手傷を負わせ軍艦を沈めた程の猛者だからか?」

 

 センゴクはサカズキを覗き込むようにして問うた。

 

「……目を見たんじゃ」

「目?」

「恐ろしく危険な目をしちょった。海に落ちる瞬間でさえ嬉々とし、恐怖は微塵も浮かべちょらんかった。それに――」

「それに?」

「いや、何でもないわィ。ワシはもう任務に戻るけェの」

 

 サカズキは何かを言おうとして止めた。センゴクもガープもそれに対して何も言わない。サカズキが出て行った事でガープがもらす。

 

「サカズキの奴、相変わらずの堅物じゃな」

「赤犬の正義は潔癖と言っても過言ではない。黄猿や青雉のような柔軟性は期待出来んだろう」

「ぶわっはっはっは、ワシとは正反対じゃの」

「お前は少し気にしろ!」

 

 センゴクの怒号を耳にしつつ、サカズキは本部の廊下を歩いていた。

 

(小僧が海に落ちたんは部下が目撃しとる。能力者ならまず助からんじゃろうし、あの深手じゃ逃げ延びたとしても長くは持たん……はずなんじゃが)

 

 サカズキは嫌な予感が消えず、足を止めた。そして、ズキズキと痛む鼻を押さえる。ケアノスに蹴られパックリと割れた傷跡が横一文字に残っていた。

 

「まぁええわィ。生きちょったら今度こそ心臓ぶち抜いて息の根止めちゃるけん」

 

 誰に言うでもなく呟き、サカズキは再び歩を進めたのだった。

 




2014.9.7
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21話 偶然という名の必然

 双子岬にあるクロッカスの診療室では、ケアノスのくぐもった声が響く。

 

「つぅ……かは……クソっ、痛くて……眠れねェ。あの糞じじい、まだ帰って来ないのかよ……嫌な感じだな……トラブルの臭いがする」

 

 鎮痛剤の効果が切れて数時間、ケアノスは痛みと戦っていた。火傷によって高い熱を持つ肌は、にじみ出る脂汗もすぐさま蒸発させる。夕方までには戻ると言っていたクロッカスは、日が沈んでも帰って来ない。普通ならば何かあったのかと心配するところだが、ケアノスの状態は普通ではない。

 

(よし、決めた! やっぱりじじいは喰おう。師父の教えは大事だけど、死んじゃったら意味ないよねェ……うん、そうしよう!)

 

 ケアノスの脳内でクロッカスは命の『恩人』から時間も守れない『老害』という認識に変換された。苦痛に顔を歪めたまま、虎視眈々と悪知恵を働かせる。

 

(どうせ老い先短いんだし、若いボクの糧となれるなら……ドクターもきっと喜んでくれるよね。問題は……マオ、だな。じいさんが死ねばギャーギャー騒ぐよなぁ……うーん、いっそマオも――くっ、痛ェ)

 

 時間が経つ毎に痛みは増していく。思考すら阻害する苦痛はケアノスの精神衛生を蝕む。

 

(くそっ、じじいが戻るまでは痛覚を遮断しておくか!? ……いや、ダメだ。そうすると内功が練れずに細胞は壊死していく……くそっ、くそっ じじいを喰う前に死ねるかっての!)

 

 あちらを立てれば、こちらが立たず。大いなるジレンマを抱え、ケアノスは歯噛みした。気功のおかげで細胞は辛うじて現状を保っている。しかし、そのせいで神経節は鋭敏になり、火傷の苦痛は数倍に跳ね上がった。

 

(くっそ……マゾって人種には、コレでも悦に浸れる猛者がいるのか!? 常軌を逸しているな……ハハッ、理解は出来ないけど羨ましいねェ)

 

 気を紛らわそうと馬鹿馬鹿しい事を考えるが、痛みは容赦なく襲ってくる。一分一秒がとてつもなく長く思えた。

 

 気が遠くなる程待ちぼうけ、そして耐え忍んだ時間は突然終わりを告げる。ケアノスの耳に待望の足音が届いたのだ。

安堵の溜息を漏らすが――

 

(ふぅ、やっと帰って来たか……あれ? 二、三、四……四人!? あれ!?)

 

 耳を澄ますと、複数の足音が聞こえる。徐々に近付いて来る気配は四人分あった。

 

(じじいに来客か……でなければ、予期せぬ訪問者ってとこか。まさか、海軍じゃないよね?  困ったなァ……どっちにしても、じじいは喰い辛くなっちゃったよ)

 

 足音は部屋の前までやってきて止まった。ケアノスは警戒心を高め、痛みをおして氣を練り上げる。

 張り詰めた空気の中、ノックもなしに扉は開かれた。開かれたと言うよりは、蹴破られたと言う方が正確である。扉は大きな音を立てて開き、体格の良い屈強そうな男が入って来た。男は刃渡り1メートル強のサーベルを手にしており、ケアノスを見るや笑みを浮かべる。

 

「リンクス船長、ここにも一人寝てますぜ。おまけにこっちは怪我人のようで、色々と手間が省けたってもんでさ」

 

 男は部屋の外にいる船長に向かって話しかけた。船長と呼ばれた男・リンクスも部屋に足を踏み入れる。

 

「コイツが女の言ってた“悪魔”のように強い護衛か?」

「ンなワケないっすよ。あの女のデマに決まってますぜ。そもそもたった一人で海軍大将と軍艦を海に沈められるような怪物なんか……伝説の海賊“白ひげ”くらいでさ。こんなひ弱そうなガキ、いくらなんでも……」

「……確かに、な」

 

 リンクスはケアノスの状態を一目見て、大した脅威ではないと判断した。

 

「このガキ、どうします?」

「放っておけ……ただし、妙な動きをしたら殺せ」

「へい。おいガキ、死にたくなけりゃ動くんじゃねーぞ」

「……」

 

 男はケアノスにサーベルを突き付けて凄んで見せた。ケアノスは顔色を変えず黙っている。男達はどう見ても海賊であった。リンクスの後には二人のクルーが控えており、サーベルを手にしている。

 

「エンデュミオンはソイツを見張ってろ。他の奴は金目の物がないか徹底的に探せ」

「へい」

「合点です」

「わっかりました」

 

 リンクスの指示でクルーは室内を物色し始めた。薬品や医療器具には興味がないようで、乱雑に払い除ける。床に落ちた薬瓶が割れ、中身が漏れ出た。

 

「おい、気をつけやがれ! 吸うだけで意識を失うモンだってあんだぞ!」

「「す、すいやせん」」

 

 リンクスが怒鳴りつけると、クルーは震え上がった。乱暴で雑だった動きはどこへやら、借りてきた猫のような大人しい所作へと一転する。それだけでこの海賊団における船長が持つ権威の高さが窺えた。

 一方、ケアノスはと言うと

 

(え……え……エンデュミオンだとッ!?)

 

 驚きに目を見開いていた。マジマジとエンデュミオンを見詰めるケアノス。他方のエンデュミオンもケアノスを見て笑みを浮かべる。

 

「随分とまぁ痛々しい恰好じゃねーか。何があったよ?」

「……」

「どうした? 怖くて声も出ねーか? 怖いならママでも呼んだらどうだ? ひゃはははは」

「……」

「ちっ、シカトしてんじゃねーぞ!」

 

 無視されたと思ったエンデュミオンは腹を立て、ケアノスが寝ているベッドを思い切り蹴った。ベッドが倒れ、そのままケアノスも転がる。体を打ち付けて包帯に新たな血が滲む。

 

「ぐぁっ……」

「おっと、わりーわりー。つい足が滑ったんだよ」

 

 エンデュミオンはニヤニヤしてケアノスを見下ろした。ケアノスには屈辱より何より先に激痛が走る。

 

(痛ェェ……くそ、くそっ、許さん、許さんぞ。雑魚キャラのくせに『エンデュミオン』なんて……ボクよりカッコイイ名前じゃないか! ゴリマッチョでむさ苦しい髭面のくせに生意気だぞォ! 許せん……絶対に許せん!)

 

 ケアノスは嫉妬の怒りに震えた。下半身と左腕が動かせない為、右腕だけで仰向けに体勢を戻すのは一苦労であった。エンデュミオンはその様子を見て溜飲を下げる。

 

「ひゃはは、大丈夫かよ? ビビッちまって震えてんじゃねーの?」

「……」

「おっと、今度は手が滑った」

 

 エンデュミオンは根っから弱い者イジメが大好きな男であった。サーベルを落としそうな芝居をしてケアノスを斬り付ける。包帯が切断されて焼け焦げた肉がむき出しになった。

 

「うげっ……気持ちわりー、お前のせいで当分ステーキは食いたくないぜ」

「……」

「つぅか、どうすりゃこんな怪我すんだよ!? 風呂でも沸かし過ぎたか? ひゃははは」

「……」

「ちっ……黙ってねーで、何とか言えよ!」

 

 エンデュミオンの表情から笑みが消え、額には青筋が浮かぶ。嬲られながらも、ケアノスは内心で嘲り笑っていた。

 

(よく吠えるゴリオだなァ……雑魚キャラの上に“かませ”だなんて、名前が泣いてるよォ。エンデュミオンなんて分不相応な名前を持った報いだ、甘んじて受けるがイイ)

 

 エンデュミオンの気は長くない。物言わぬケアノスに痺れを切らし、同時に別の糸も切れた。

 

「だんまりかよ……たく、ムカつく野郎だぜ。船長、コイツやっちゃってイイっすか?」

 

 然程高くない沸点をあっさり超えたエンデュミオンはリンクスに尋ねた。クルーは「またか」という呆れ顔、リンクスは少し悩む仕草を見せるが――

 

「……好きにしろ。女さえ生きてればソイツに用はない」

「だってよ? 聞こえたか? もう命乞いしても無駄だぜ」

 

 用無しと判断したリンクスは処分をエンデュミオンに一任した。望んだ回答を得たエンデュミオンの顔は醜悪に歪む。同時にケアノスも内心ほくそ笑む。

 

(いやァ、悪運の強さは師父譲りなのかなァ? まさか“餌”の方からノコノコやって来るなんてねェ……くくくっ、手間が省けたのはこっちの方なんだよォ)

 

 エンデュミオンはサーベルを口元に当て舌なめずりをして見せた。

 

(そうだ……来い、もっと近づいて来い。あと数歩がお前に残された寿命だよォ。一歩一歩、噛みしめるように歩くとイイ)

 

 しかし、ここに来てケアノスの表情が一瞬にして凍り付く。

 

(……ん? ん? えっ……う、嘘だろォォ!?)

 

 エンデュミオンはサーベルを腰に差すと、背中からマスケット銃を取り出したのだ。

 

(おいおい、銃なんか出してんじゃねェよ! 剣の流れだったじゃん! サーベルで斬り刻む的な空気醸し出してよね!? 無駄に肥大したその筋肉は飾りかよ!? マジ空気読めよ、ゴリデュミオン! 糞ザコ! 名前負け! ブサイク! アホーッ!)

 

 ケアノスは思い付く限りの罵詈雑言を浴びせた。しかし、如何せん内心での叫びでは当のエンデュミオンには届かない。

 

「へっへっへ、覚悟はいいか?」

 

 銃口をケアノスに向け、エンデュミオンは笑顔で問う。

 

(バカ! タコ! デク! ウンコたれ! エンガチョ! エンガチョォォン!)

 

 ケアノスの心の罵倒は未だ続いていた。エンデュミオンはまた無視された思い、銃の照準を定める。

 

「ちっ、面白味のねェ……ムカつく野郎だぜ、とっとと死ねや」

 

 そのまま引き金にかけた指を引く。

 

(糞マッチョ! ホモ野郎! そもそもマッチョの奴にはゲイが多いって聞――ん!?)

 

 銃声に反応するが時すでに遅く、凶弾はケアノスの左胸を容赦なく抉った。鮮血で包帯が紅く染まっていく。

 

「けっ……最期までだんまりかよ。本当にムカつく野郎だったぜ」

 

 エンデュミオンはペッと唾を吐き、踵を返した。物言わぬ死体となったケアノスには目もくれない。そのせいでエンデュミオンは気付けなかった。心臓を打ち貫かれた割には出血が少ないという事実に――そして

 

「終わったか? なら、お前もこっちを手伝え」

「へい」

 

 船長のリンクスも気にしていない。考えもしなかったのだ――まさか、死体が動き出すなどとは。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方、町へ買い物に出掛けたクロッカスも予期せぬ事態に困惑していた。医薬品の調達が終わればすぐにでも戻る予定が、未だ帰れていない理由は至極簡単である。医薬品の調達が終わっていないからだ。双子岬からほど近い町々では海軍による厳戒体制が敷かれていた。

病院や薬局は特に海兵が常駐し、来訪者の身元を厳しく検閲している。クロッカスとて清廉潔白な医師ではない。現在は灯台守として静かに暮らしているが、彼は二十年以上前許されざる大罪を犯した。そのせいで海軍とは敵対関係にあると言っても過言ではない。

 検閲を避けるべく町から町へ移動するが、海軍の包囲網は厚く、クロッカスは困り果てていた。ラブーンのおかげで移動時間は大幅に短縮出来ているが、それでもすっかり日が暮れてしまったのである。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。夜となり辺りが暗くなった事で、海軍の目を欺き暗躍する者が現れたのだ。その者はクロッカスに薬の提供する旨を持ち掛ける。怪しく思うもクロッカスに他の手段は思い付かない。

案内されるままに町外れへと行くと、そこには竜の意匠をこらした船が接岸していた。船上ではフードを被った怪しい風貌の男が立っており、興味深くこちらを窺っている。

 フードの男はクロッカスに近付きフードを下げた。顕わになった顔を見てクロッカスは目を見開く。

 

「お、お前は……ッ!?」

 

 男の顔には刺青が刻んであった。しかし、クロッカスが驚いたのはその点ではない。

 

「お目にかかれて光栄だ、Dr.クロッカス――あの海賊王が頼った伝説の船医」

「フン、よく言う。今や君はロジャーに匹敵する超有名人、まさかこんな所で会おうとはな――革命家・ドラゴンよ」

 

 刺青の男は『世界最悪の犯罪者』と全世界で騒がれている革命軍総司令官であった。思わぬ人物と対峙して驚くクロッカスに対して、ドラゴンら革命軍は最大限の礼節を尽くす。答えられる範囲での質問には全て回答し、町の現状を説明し薬品を渡した。

 顎に手を当てるクロッカスの表情は渋い。

 

「あの赤犬を、か?」

「ああ、元々は我ら革命軍の情報を得てココで網を張っていたようなのだが……」

「とんだとばっちりを食ったと言うワケか」

「報告では彼らの方から海軍に接触したとある」

「ふむ、賞金稼ぎであれば海軍は敵でないと思ったか……しかし、相手があの赤犬とは不運だったな」

 

 クロッカスは分けて貰った薬品を一つ一つ確認しながらドラゴンと話していた。ドラゴンは昔を懐かしむように笑みを浮かべる。

 

「フフッ、大将と殺し合って海へ沈む……か、果たしてこれは偶然か、それとも必然なのか……運命とは、皮肉なものだ」

「なに?」

「いや、何でもない。それより物資は足りそうか?」

「ああ、十分だ……が、少々解せんな。お前程の男が、なぜここまでする? 小僧らに対して負い目を感じている、という理由だけでは納得し兼ねるぞ」

「……」

 

 ドラゴンは黙った。クロッカスは目を細める。推し量るように視線が交錯した。しばしの沈黙が続き、クロッカスは踵を返す。

 

「……止めておこう。詮索は野暮であったな。薬、感謝するぞ」

 

 去ろうとするクロッカスの耳にドラゴンの呟きが届く。

 

「――だ」

「む?」

「――の子だ。――――ではない。そして、奴は生きている」

「なっ、なんだとッ!?」

「世界は……いや、政府は畏れているのだ。我らの答えと――奴の存在を」

 

 海風がビュービューと吹き付ける中、ドラゴンの口からボソリと語られた内容はあまりに衝撃的であり、とても世界に公表出来るものではなかった。

 風雲急を告げるグランドライン、クロッカスは亡き旧友を思い出す。受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢、これらは止める事が出来ない。人々が『自由』の答えを求める限り、それらは決して止まる事はない。海賊王ゴールド・ロジャーが遺した言葉は真理であり、この大海賊時代の到来を予期した宣言でもあった。

 

 ドラゴンと別れたクロッカスは驚きと懐かしさを胸に秘め、ラブーンと共に双子岬を目指す。海賊団の襲撃を受けているとは知る由もない。ただケアノスの身を案じて帰路を急ぐのであった。

 

 




2014.9.7
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22話 異形の悪

 真夜中の双子岬は打ち寄せる波と吹き抜ける風の音色が海のハーモニーを奏でる。時折刻まれるスクリームが途絶えた頃、ラブーンが牽引するクロッカスの船が岬へと戻って来た。

 

「ご苦労だったな、ラブーン」

 

 クロッカスが労いの言葉をかけると、ラブーンはブォォォォと一鳴きして海底に潜って行く。不気味な静けさと停泊中の海賊船を見て、クロッカスの緊張感がいやが上にも高まる。

 

「無事でいろよ……小僧、小娘」

 

 一抹の不安を胸にクロッカスは小屋へと急ぐ。小屋に飛び込んだクロッカスは、むせ返る雰囲気に思わず腕で鼻を塞いだ。

 

「むっ、これは……」

 

 小屋の中は錆びた鉄の匂いで充満し、床はおろか壁や天井まで赤く染まっている。そこかしこに散らばる肉塊は人間だった頃の面影を残す。さらに家具や壁に刀傷や銃痕などの激しい戦闘の名残があった。

 クロッカスは警戒しつつ周囲を窺う。奥の診療室から気配を感じて静かに接近する。診療室と言えばケアノスが寝ている部屋であり、クロッカスは小さく汗をかいた。入口からゆっくりと部屋を覗き込むと――。

 

「こ、小僧!?」

 

 クロッカスは我が目を疑った。中には血塗れのケアノスがいて、周囲には無数の死体が横たわっている。

 

「……糞遅ェよ、Dr.クソッカス。な~んちゃって、おかえりィ」

「ど、どうなっている? 何を……ッ!?」

「ん? これ? 海賊っすよ、海賊」

 

 そう言ってケアノスは微笑む。しかし、その様子は常軌を逸していた。ケアノスは床に腰を下ろし、指先で器用に塊を回す。その塊は首から上だけとなったエンデュミオンであった。

 

「このゴリオが偉そうに『ぼくエンデュミオン』なんて人間様の言葉を話すからさァ、ちょっと説教してやったンだよォ、フフフ」

 

 エンデュミオンの脳天に人差し指を立て、頬をペチペチ叩いて回転を加速させていく。滴り落ちていた血があたりに飛び散った。

 

「ああ、連帯責任って事で海賊団ごとゴチになっちゃいましたァ。22人しかいなかったけど、それなりには満たされたよォ。だってェ、腹ペコだったしィ、貧血だったしィ、男の子の日だったしィ……エヘヘ」

「どうして動ける? 死んでも可笑しくない大怪我なんだぞ!?」

「えっ、スルー? ツッコめよ! 空気読もうぜ、クソッカスさんよォ。せっかく体張ったってのに、その辺に転がってる船長が不憫だろ? なんつったっけ……えっと、なんとかクス……なんとかクス……シャンクスだっけ?」

「なに、シャンクスだとッ!?」

 

 クロッカスは目を見開き、慌てて死体の顔を確認する。

 

「あっ、違った……リンクスだ! ゴリオも『リンクス船長ォォォォ』って呼んでたしね、アハハハハ」

 

 エンデュミオンの口をパクパクと動かし腹話術の真似事をして見せるケアノス。正気の人間が取る行動ではない。

 

「小僧、あたま……いや、体は大丈夫か?」

 

 クロッカスは怪訝そうにケアノスを見た。昨日までは確かに瀕死の状態であり、それはクロッカス自身が確認している。目の前の現実は信じられない状況に他ならない。

 

「う~ん……大丈夫と言えば大丈夫だけど、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないよォ。実際危なかったもん。マジ死にかけたしィ、ガチ殺されかけたしィ、クソじじいは帰って来ないしィ……どんだけェって感じだよォ」

「帰りが遅くなった事は謝る。すまなかったな、言い訳するつもりはない……実は、海軍が街を封鎖していてな「言い訳してるやーん!」むっ」

「フフフ、どう? マオ風ツッコミは?」

「そう言えば小娘は無事なのか!?」

「えっ、マオ? マオはねェ……えーっと、それよりボクのツッコミはどうだったァ? ねェねェ、ボクのツッコミ良かったでしょ?」

 

 ケアノスにとってマオの安否よりもツッコミの評価こそが重要となっていた。クロッカスは呆れるが、そこは彼も大人である。

 

「……悪くなかったぞ。それで、小娘は?」

「フフフ、船室で寝てるよォ。ちょっと殴られてタンコブ出来てるけど、今のボクよりは全然元気さ」

「そうか……とりあえず、“それ”を置け。遅くなってしまったが、治療を再開しよう」

「ホント遅かったねェ……でも、全然ムカつかなかったし、イライラもしなかったし、使えねェジジイはマジ老害だなァとか微塵も思ってなかったから気にしないでイイよォ」

「……思っていたのだな?」

「うげっ、バレた!? ククク、まぁイイや」

 

 ケタケタ笑うケアノスに近寄り、傷の具合を診たクロッカスは驚愕した。奇行ばかりに目を奪われていたが、瀕死の大怪我だったケアノスの傷が癒えてきていたのである。

 

(バカなッ!? 有り得ん! 裂傷や擦過傷はともかく、あの火傷が一日やそこらで治るワケがない。特に炭化した腕は切断するしかないと思っていたが……どうなっている!?)

 

 直接患部に触れて診察を続けるクロッカスの表情はどんどん険しくなっていく。

 

(この銃創はまだ新しいな……しかも、心臓を撃たれているのにほとんど出血しておらん。何かでコーティングしているのか? しかし一番不可解なのは、やはり火傷だな。例え治癒したとしても痕は残るはずだ……なのに)

 

 ケアノスの胸には銃痕はあっても火傷痕は見当たらない。

 

(流石に炭化していた箇所はその名残があるな。完治はしていない……が、確実に良くなっている。いや、良くなると言うよりは――)

「フフフ、医学的好奇心は尽きませんかァ?」

 

 ケアノスはクロッカスの内心を見透かしたように笑っていた。

 

「……ああ、恐るべき回復力だ。実に興味深い」

「だろうねェ。ボクも驚いてるよォ」

「何があった?」

「フフフ、知りたい? 知りたいィ?」

 

 血塗れの顔をグイグイ近付けるケアノス。クロッカスは顔を背けるも、好奇心には勝てない。

 

「……ああ」

「実は鎮痛剤が切れて苦しんでいたら海賊が襲って来てねェ…………治った」

「肝心な所を端折るでないわ!」

「アッハッハッハッハ、ちゃんとツッコめるじゃんかァ。流石はDr.クロッカス! いいでしょう。ドクターは命の恩人だし、少しだけヒントをあげるよォ」

「ヒント?」

 

 クロッカスは怪訝そうにケアノスに睨む。クロッカスが答えを求めている事は一目瞭然であった。そしてケアノスは天邪鬼なのだ。

 

「生物には細胞分裂限界がある事は知ってる?」

「知っている。ヒトの場合、56回が限界だ」

「正解。じゃあ、ボクの分裂限界も56回だと思う?」

「当たりま……ま、まさか……ッ!? いや、有り得ん! そんな事……そんな事が……可能なのか!? 確かに辻褄は合う。お前の回復力は治癒と呼ぶよりも“再生”と言った方が適当だ。だが……有り得るのか!?」

 

 顎に手を当ててクロッカスは思考の海に沈む。

 

(小僧が普通でない事は理解している。あの赤犬を相手にした胆力と戦闘力、ラブーンよりも高い耐性力。これだけでも十分過ぎる程異常と言える……が、今の話が真実なら小僧は本当に人間なのか!? 解せんのは海風疹の症状まで治っている事だ。こればかりは……)

「ククク、どうして免疫の作れないボクがって考えてる?」

 

 またも見透かしたような問いにクロッカスは心臓を掴まれている思いがした。

 

「……ああ」

「フフッ、持ってないモノや足りないモノはさァ――他人から奪えばイイんだよォ!」

 

 その瞬間、禍々しい気が空間を支配した。ケアノスは狂気を浮かべて笑う。クロッカスの背筋は冷たくなり、額に汗が浮かぶ。

 

「な~んちゃって! 今の話が真実なのとそうじゃないの……どっちが面白いかなァ? アハハハハッ!」

「……」

 

 マオにしたのと同じやり取りをしてケアノスは笑っているが、クロッカスに笑みはない。しかし、それは怒っているからではなかった。

 

(……ロジャーよ、もしかしたら私はとんでもない怪物を助けてしまったのかもしれんぞ)

 

 クロッカスの顔に笑みはなく、複雑な感情が浮かぶ中で焦燥と畏怖の念が色濃い。ケアノスの言っている事が正しかろうとそうでなかろうと関係なかった。どっちであろうとクロッカスには肯定も否定もしようがないのだ。彼にはケアノスの現状が理解出来ない。末期癌で余命数日と宣告された患者が一日で根治したのと同じで、奇跡としか言いようがないのだ。

その後ケアノスが事実を語る事も、クロッカスが真相を追及する事もなかった。追及に意味はないと悟ったからだ。死体の片付けと小屋の掃除は夜が明けても終わらず、疲労困憊の二人は一度仮眠を取る事にした。

 眠りに付く者がいれば、目覚める者もいる。ここに来て気絶していたマオが意識を取り戻し、小屋の惨劇と突然復活したケアノスを目の当たりにし、彼女は鬼の追及を始めたのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 グランドライン最後の海『新世界』は怪物の温床である。そこにはあの海賊王ゴールド・ロジャーと覇を争い、現在も時代の頂点に君臨し続ける世界最強の海賊がいた。エドワード・ニューゲート、通称『白ひげ』である。70を超える老齢ながら未だ現役であり、伝説や逸話は枚挙に遑がない。『世界を滅ぼす力』とまで称される悪魔の実の能力者であり、覇王色の覇気と超人的な膂力を併せ持つ怪力無双でもある。

 白ひげ海賊団は1600名の船員と16人の部隊長で構成されており、傘下には43もの精強な海賊団を従え、総合的な兵力は5万に及ぶ。白ひげは仲間から「オヤジ」と呼ばれ、白ひげもまた仲間を「息子」と呼んでいる。仲間を家族として大切に想う白ひげは、仲間の死を許さない。これは世界中に知れた事実であり、それゆえ『仲間殺し』は一味最大唯一のタブーであった。

 そのタブーがつい先日破られた。2番隊に所属していたマーシャル・D・ティーチがあろうことか4番隊隊長サッチを殺して逃げたのである。しかし、烈火のごとく怒ると思われた白ひげが仲間に出した指示は意外にも『静観』であった。

特例として追手を出さないと決めたのである。これに対して激昂したのが2番隊隊長エース・D・ポートガスである。彼はこの一件に関して誰よりも強く、そして重く責任を感じていた。だからこそ彼は仲間の制止を振り切り、白ひげの忠告も無視し、ティーチの後を追ったのだった。

 

 

一方のタブーを犯したティーチはと言うと、脱兎のごとく逃げている最中である。

 

「多少計画は狂っちまったが、まぁ結果オーライだ! あと追手が出る前になるべく遠くまで逃げねぇとな。流石にオヤジや隊長達を一度に相手しちゃ殺されるぜ、ゼハハハハッ!」

 

 隙っ歯が目立つ口を大きく開けて豪快に笑うティーチ。ビール腹を揺らしながら勝利の美酒に酔う。白ひげの海賊船から逃げる際に強奪した小船には、食糧と酒が山のように積まれている。彼は自ら『黒ひげ』を名乗り、密かにコンタクトを図っていたラフィット達と合流する為にグランドラインを逆走していた。

 

「長いこと世話になったな、オヤジ。すぐは会いたくねぇが、また次に会える日を楽しみにしてるぜ。それまでは達者でいてくれ、ゼハハハハ!」

 

 ティーチは空に向かって酒樽をかかげ、決別を示す献杯をした。

 

「近い将来、俺はアンタを超えるぜ! プランは練りに練って完璧だ! とびきり強力でイカレたクルーを集めて最強の海賊団を作ってやる! 見てろよ、白ひげ! 海賊王になるのは――この俺だッ!!!」

 

 どす黒い巨大な闇を展開したティーチは自信満々に叫ぶ。その姿は異様であり、悪魔と呼ぶに相応しい。

そしてこの宣言通り黒ひげは凄まじい勢いで台頭していくになる。ただし、それは計画通りではない。

 

 



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23話 岐路

 尋問には様々な手法がある。威圧や恫喝といった相手を威嚇して脅す手段もあれば、相手を誘導して自分の得たい答えを引き出す手段も珍しくない。今回マオが用いた手段は『泣き落とし』であった。しかし、マオの泣き落としは一般的なものとは少し異なり、ひたすら自分が泣くのである。それは『駄々をこねる』ではないかと指摘する人もいるが、マオは決して認めようとしない。

 ケアノスも当初はマオを煙に巻く予定であったが、今はブラック・フェルム号に軟禁されている。船室は取調室と化し、マオの執拗な尋問が続いていた。苦虫を噛み潰したような顔のマオに対して、ケアノスの顔には疲労の色が見え隠れしている。

 

(しつけェ……今日のマオ、マジ鬼だよォ。くそッ、どうしてボクがこんな目に……)

 

ケアノスがウンザリするのも無理はない。なぜならこの状態がもう何時間も続いているのだ。この尋問を終わらせるには、マオを納得させるしかない。マオは全てを知りたがった。

 

「せやから『ヒトゲノム』やら『テロメア』て何やの? 聞いた事ないで!」

「だァかァらァ、ヒトの持ってる遺伝子情報と染色体の先っちょだって何度も言ってンじゃん!」

「せェやァかァらァ……それがサッパリ解らん言うとるやろッ!!」

「ヒトの細胞ってね、分裂する度にテロメアがどんどん短くなるの! 短くなるとそれ以上分裂できなくなって細胞は老化するの! でもボクはそれを……まぁそれだけじゃないけど他人から奪えるの! 文字通り“喰らう”事でね。つまりボクの細胞は何度でも再生……いや、新生するってワケさ! 以上、解った?」

「……」

 

 マオは首をひねったまま黙り込む。そのまま数分が経過した。

 

「マオってさァ……バカ?」

「はあぁぁぁぁッ!? なんでやッ!? ウチ今めっちゃ考えてたやん!! 理解しようと頑張ってたやんッ!!!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶマオの大声がケアノスの耳をつんざく。ビリビリと振動する鼓膜の回復を待ち、ケアノスは深く溜息をついた。

 

「はァ……だいたいさァ、どうしてボクの秘密をマオが理解出来るまで説明しなきゃならないンだよォ?」

「な、なんでて……ウチと兄さんは運命共同体やろ? ほんならウチかて知る権利くらいあるで!」

「だったらさァ、いい加減理解してよォ」

「ごじゃ言うたらアカンで、兄さん。それがホンマやったら、兄さんは不老不死っちゅう事になってまうやんか。なんぼなんでもそら「そうだよォ」ない……へっ!?」

 

 マオの動きがピタリと止まる。ケアノスを見詰めたまま、思考も一瞬停止したのだ。

 

「正確には“条件付き”で、だけどねェ。頭や心臓を潰されれば勿論死ぬしィ、他人を喰わないと年も取るよォ」

「……」

「でも喰い続けたら多分死なないしィ、若さも保てちゃうかも……テヘっ」

 

 ケアノスは舌をペロッと出し、お道化て見せる。マオは小刻みに震え出す。

 

「に……兄さん……?」

「ん? もしかして憧れちゃう?」

「おのれ吸血鬼やったンか! ウチが美少女やから狙っとるんやな!? しもたァ! まんまと騙されたで!!」

「……はいィ?」

 

 ガバッと立ち上がって一歩下がり、マオは腕をクロスして見せる。

 

「ど、どやッ!? 十字架やで! 怖いやろ!? どや、どやッ!?」

「……」

 

 交差した両腕を突き出して牽制するマオ。予想外の展開にケアノスは動揺した。

 

「う、ウチの血は絶対飲ませへんで! なんぼ仲間や言うても、吸血鬼にされんのは嫌や!」

「……」

「せ、せや! ウチの好物は餃子なんや! ウチの体にはニンニク臭が染みついとるで!」

 

 必死に自分を守ろうとするマオは恥も外聞もかなぐり捨てて喚く。その様子を直視していたケアノスはとうとう限界を迎えた。

 

「……プッ……ク……クク……ククク……アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

「へ?」

「アハハハハ、本物だ! 本物のバカがいる! ボクの目の前に真正のバカがいるよォ! クハハハハッ!!」

 

 腹を抱えて爆笑するケアノスを見て、マオの顔は赤く染まっていく。

 

「な、なんや!?」

「ククク、吸血鬼かァ。面白い着眼点だね、言い得て妙だ」

「わ、笑うトコちゃうで!」

「フフフ、ごめんよォ。でも安心して、マオを同族にはしないから……てか、出来ないしィ」

 

 ケアノスは笑いをかみ殺すが、全然殺し切れていなかった。そのせいでマオはまだ疑心を払拭できない。

 

「ほ、ホンマやろな!? 油断さしといて、後ろからガブッとか、シャレにならんで」

「アハハハハ……てかさァ、マオも知ってるでしょ? ボクは餃子も食べるし太陽だって平気だよォ」

「…………あっ!」

 

 誤解に気付いたマオは脱力し、そのまま床にへたり込んだ。ホッと胸をなで下ろすマオであったが、背後から伸びて来る影が――。

 

「どうした、小娘?」

「ぎゃぁぁぁぁあッ! あ、なんや……は、花のおっさんかいな!? お、驚かせんといてェや……し、心臓停まるかと思たで!」

「フン。昼飯を持ってきてやった……要らんのか?」

「い、いります! 要りますとも! 毎度おおきに! 感謝しとるで、花のおっさん!」

 

 影の正体はクロッカスであった。安堵したり絶叫したり歓喜したりと忙しいマオである。素早い変わり身で立ち上がると、クロッカスを船内に招き入れた。

 

「昨日までは兄さんの怪我が心配で心配で飯もよう喉通らんかったさかいなァ。今日からはたっぷり食うで、ニシシシシ」

「ほぅ、余った小僧の分も自分に寄越せと言っておったのは誰だったかな?」

「あ、あ、それは言わん約束やん!」

「……した覚えはないが?」

「うぅ、それはその……色々やなぁ……」

 

 ばつが悪くなり声も小さくなるマオ。食膳を机に置いたクロッカスは笑って出て行く。船内に気まずい空気が漂う。

 

(天才って人種は情緒不安定で思い込みが激しく、イタいけど可哀想に見えずに愉快な人が多い? マオは面白いから嫌いじゃないけど、今日はちょっとしつこかったなァ。この先もこうだと面倒だしィ……そうだ、マオは虐げられてこそ伸びる子だよね? 窮地になればなる程輝く……はず? ならボクは彼女の背中を軽く押して、精神的圧迫と恐怖のどん底に導いてあげなきゃね。うん、彼女の為だもん)

 

 マオは女性特有のデリケートな心情で悶えている。一方のケアノスは乙女心を歯牙にもかけず、むしろ失礼極まりない事を考えていた。

しょぼくれたマオは食事になかなか手を付けない。見兼ねたケアノスは優しく声をかける。

 

「ほらほら、早く食べないと冷めちゃうよォ? ボクなら全然気にしてないから」

「……ほ、ホンマに?」

「うん。だから一緒に食べようよォ?」

「お、おおきに!」

 

 ケアノスの微笑みに釣られてマオも破顔した。席につくと目の前に料理をグイグイかきこむ。しかし次の瞬間、マオの手はピタリと止まる。

 

「そうそう、ボクの秘密を誰かに話したら二度と“食事”が出来なくなるよォ。この意味判るよねェ? ボクは吸血鬼じゃない……だって、吸血鬼もボクにとっては只の“餌”だもん。エヘヘッ!」

「……」

「判ったァ?」

「……は、はひ」

 

 無垢な笑顔を浮かべるケアノスとは対照的に、マオの顔は盛大に引きつっていた。その後食べた料理の味をマオは覚えていないと言う。

 

 

 午後になるとマオは船の修繕作業に戻り、ケアノスはクロッカスの診療室を訪ねた。回復してきているとは言え、炭化していた火傷箇所は完治に至っていない。

 

「何を見ている?」

 

 包帯を新たに巻き直し点滴を受けるケアノスにクロッカスが尋ねた。ケアノスの手には数枚の紙が握られている。

 

「手配書だよォ、昔のね」

「しかし、お前は海軍と揉めたばかりだろう。賞金稼ぎを続けるのは難しいぞ?」

「げげっ、やっぱそうなの!? 予想通りじゃん!」

「それならどうして手配書を――こ、これは!?」

 

 ケアノスは見ていた手配書をクロッカスに手渡した。それを見たクロッカスは驚きを隠せず、手配者をめくりながら賞金首を読み上げていく。

 

「サー・クロコダイル、バーソロミュー・くま、ゲッコー・モリア、ジンベエ、ボア・ハンコック、ドンキホーテ・ドフラミンゴ……小僧、何を企んでいる?」

「フフフ、なかなか豪華でしょ?」

「王下七武海は海軍本部・四皇と並ぶ世界三大勢力の一角だぞ。そもそも政府によって指名手配を取り下げられた海賊達だ」

「知ってるよォ」

 

 不敵な態度のケアノスにクロッカスは眉をひそめる。表情からは何を考えているか読み取れない。

 

「王下七武海ってさァ、欠員が出たら六武海になるンじゃなくて補充して七武海に戻すらしいねェ」

「まさか……七武海の一席を狙うつもりではなかろうな!? 気は確かか、小僧!?」

「だったらどうするゥ?」

「やめておけ。彼らの強さはそこいらの海賊とは一線を画すぞ。よしんば倒せたとしてもだ、後任にお前が選ばれる保証はない」

 

 クロッカスの意見は一般論として至極真っ当であった。王下七武海の選考基準は他の海賊への抑止力となり得る『強さ』と『知名度』に重きがおかれる。ケアノスの世間での認知度は極めて低く、選出される可能性はゼロに等しい――それがクロッカスの主張であった。

 

「フフフ、そうかもねェ」

「……小僧、革命軍という反政府組織を知っているか?」

「革命軍? ああ、聞いた事はあるよォ。世界各地でクーデター起こしてる有名な連中でしょ。それがどうかしたの?」

「その革命軍のトップが、お前達に会いたいそうだ。海軍に楯突いた以上、賞金首にされるのは免れんだろう。ならばいっそのこと革命軍に身を隠すのも一つの道だとは思わんか? 特に……あの小娘にとっては、な」

 

 クロッカスの言葉はとても感慨深い。マオを気遣っている事はケアノスにも容易に理解でき、改めて彼に感心していた。

 

(流石はDr.クロッカス……マジ惚れちゃってるねェ、このロリコン! 50歳の年の差も愛があればってかァ? 敢えて否定はしないけど、応援もしないよォ。だいたい隠れてどうするのさ!? 逆でしょ! マオが進むのは地獄へ続くイバラ道、この先彼女は世界中から脚光と殺意を浴びて生きて逝くのさ! 大丈夫、背中はボクが押してあげるから。クヒヒヒヒ……ッ!)

 

 内心ほくそ笑むケアノスは強引に話題を変える。

 

「同じ王下七武海でも元の懸賞金額にかなり差があると思わない?」

「……」

 

 あからさまな態度を隠そうともしないケアノスをクロッカスは訝しむ。

 

「2億3億ばかりが目に付く中で8千万っていう二人は異彩を放ってると思わない? 決して安い額じゃないけど、億超えの賞金首は他にもゴロゴロいるワケじゃん」

「……」

「恐らくサー・クロコダイルは相当な切れ者だろうね。政府と上手く交渉したンじゃないかなァ……で、海賊女帝は少ない戦績で大きな評価を得たみたい」

「……何が言いたい?」

「『強さ』と『知名度』以外にも重要なファクターはあるって事さァ。特に……政府にとっての、ね」

 

 ケアノスはクロッカスを真似た。クロッカスの表情は硬い。

 

「革命軍、それも面白そうだけどボクならプランBを推すねェ」

「……プランB?」

「フフフ、聞きたい? 聞きたいィ?」

「……」

「王下七武海のイスを盗りに行く――“マオ”がね!」

 

 その時ブラック・フェルム号のマオは得も言われぬ悪寒を感じていた。

 

 



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24話 選択の余地

「撃て! 撃ち殺せ! 絶対に逃がすなよ!」

 

 海賊の怒声が響き、マスケット銃による発砲が繰り返された。しかし、海中を自在に動く影には一発も当たらない。

 

「くそっ、なんてスピードだ!? 奴は魚人だったのか!?」

 

 甲板で騒ぐ海賊の周囲には、すでに意識のない仲間の海賊達が転がっている。海中を泳ぐその影は更に勢いを増して水上へと飛び出す。

 

「なっ!?」

 

 まさかそのまま甲板に飛び乗ってこようとは思ってもいなかった海賊は驚きの声を上げた。それでも即銃口を向けて引き金を引く。

 

「バカが! ここはもう水中じゃねェんだぞ!」

 

 その距離わずか2メートルという位置から銃弾が撃ち出された。海賊は当然の如く当たると思っている。しかし、次の瞬間――。

 

「バカはお前だよォ」

 

 背後から声が聞こえた。振り返る暇もなく首筋に耐え難い痛みが走り、そこで海賊の意識は途絶えた。

 

「ここ(陸上)でのボクが水中より遅いワケないじゃん」

 

 そう話すのはケアノスである。彼は倒した海賊に手を当て化勁を始めた。

 

(コイツらでとりあえず目標の人数達成かな? あとは……)

 

「もう終わったんかいな!? 強いンは知っとったけど、泳ぎかてアホほど速いやん」

「重役出勤じゃんか、マオ。でもまぁ、確かにボクも驚いてるよォ」

「兄さん、親戚に魚人でもおるンとちゃうか? ニッシッシッシ」

「それは分からないけど……魚人なら喰った事あるよォ」

「……そっ、そうなんや……あは……あはは」

 

 顔を青くして笑うマオ。完全に苦笑いである。

 

「それからかなァ。30分以上潜っても平気になったし、何より潜泳速度が格段に速くなったのは」

「へェ、捕食(ソウルイーター)てホンマ凄いンやね。せやけどなんで今は吸収(エナジードレイン)しかせェへんの? ちゅうかウチ、兄さんが捕食しとる姿いっぺんも見た事ないで? 想像するんもおぞましいけどな……」

 

 吸収とはケアノスが今現在行っている化勁を差す。他人の氣を喰らって体内で己の氣へと変換する技法で、達人と呼ばれる者でも扱えるのは極わずかであった。

 一方の捕食とは、文字通り他人の血肉を喰らう事を指している。特異な体質であるケアノスのみが体現可能な秘法であり、他人が持つスペックを奪う事が出来るのだ。この事実を知る人物はマオを含めて5人といない。

 

「……そうだっけ?」

 

 ワザとらしくとぼけるケアノス。その間も氣を吸われ続ける海賊は肌から潤いが消え、徐々に干乾びていく。捕食と吸収は素晴らしい特殊能力だが『万能』ではない。

 

「捕食した方が強うなんねやろ? ほんならした方がええんちゃん? 若さも保てるし……あっ、別にして見せてくれ言うとるんとちゃうで! 誤解せんといてや! なんでなんかなぁって、ちょっと疑問に思ただけやし」

「……ある理由があってね、捕食は好きじゃない」

「ま、まぁなんぼ海賊や言うても、そんな仕打ちは殺生やしな……せやけど、なんで?」

「フフフ、聞きたい? 聞きたい?」

「うわぁ、面倒く……いやいや、聞きたい。ウチめっちゃ聴きたいわ」

 

 あからさまに嫌な表情を浮かべたマオだが、好奇心が勝って慌てて取り繕う。

 

「よろしい。では教えてあげよう。実はね――不味いの」

「へ?」

「ヒトの生肉とか生血って糞不味くて最悪だよォ。マジ豚の餌以下って感じでさァ、吐き気が半端ないの」

「そ、そうなんや……」

「煮たり焼いたりして調理すれば少しはマシになるのかもしれないけどさァ、それだと只の食事になって奪えるモノも奪えないンだよねェ」

 

 ケアノスがこれまでに捕食した回数は、前の世界を合わせても片手で足りてしまう。非常に少ない回数である。しかし、道徳心の欠片もないケアノスが本当に味だけを理由にカニバリズムを拒むだろうか。答えは『否』である。

 半永久的に能力が向上し、且つ不老不死を為すチートを味が嫌いという理由だけで使わないワケがない。本当の理由はもっと別の深い所にあった。

 

(……捕食は諸刃の剣だ、良くも悪くもボクを変える。メリットだけ見ると乱用したくなるよねェ……でも、奪うのは相手のスペックだけじゃない。その人格の一部まで取り込んでしまう。ボクは今のままのボクでいたい。師匠との繋がりが残っている……今のままで……)

 

「そこまで都合良ぅ出来てへんちゅう事か。ほな吸収はどうなん? 味とかすんの?」

 

 捕食についてはマオが納得してしまった為、ケアノスがそれ以上話す事はなかった。

 

「最高だよォ!」

「そ、そうなん!?」

 

 先ほどまでとは打って変わり、とびきりの笑顔でケアノスは親指を立てた。

 

「美味しいとかじゃなくて、漲るゥゥゥって感じかなァ。とにかく滅茶苦茶気持ちイイよォ!」

「へェ、そんなに……なん? へェ……そうなんや、へェ」

 

 恍惚の表情で語るケアノスにマオの頬も赤くなる。

 

「ただ捕食と違って化勁による吸収は時間的な制約と許容量の限界があるからねェ」

「……どゆこと?」

「絶対量を超える氣をストックしておくにも有効期限があるって事さ」

「ふーん、そうゆうモンなんや」

「フフフ、そういうモノさ」

 

 気持ちが良いという部分以外は受け流すマオであった。そして改めて海賊に目を向ける。

 

「せやけど勿体無いな、正味の話。コイツかて賞金首やろ? 何やかんやでこれまで1億ベリーくらい損しとるで」

「仕方ないじゃん。換金には行けないンだし」

「ウチらは生きてるンがバレたら指名手配確実やし、花のじいさんなんか元海賊王のクルーやってんもんな。はァ……大金が目の前に転がっとるに、くそぅ……ウチのフェルムちゃんかて、ホンマは設備の揃ったドッグで修理したりたいんやけどな」

 

 ケアノスの傷が癒えて早一ヵ月、二人は未だクロッカスの世話になっていた。グランドラインのスタート地点である此処にいれば、何をしなくてもルーキー海賊団がやって来る。それを狩ってケアノス達は生計を立て、機を待っていた。

 

「もう少し我慢してね。航海は出来るようになったンだし、そろそろ計画を進めるよォ」

「うっ……あ、あれホンマなんか!? 本気で七武海狙うつもりなんか!?」

「勿論だよォ。その為に準備してきたンじゃないかァ。たっぷりと氣を蓄えて、ね」

「せ、せやけど七武海やで!? なんぼ兄さんが強い言うたかて、一人やと勝てんで!?」

 

 マオは心配そうにケアノスを気遣う。

 

「誰が一人でやると? むしろ表立って動くのはそっちだし、七武海になるのはマオだよォ」

「………………はあ!?」

 

 ケアノスは計画の全貌をマオに明かしてはいなかった。仰天したマオはケアノスに食って掛かる。

 

「な、何やそれ!? き、聞いてへん! そんなんウチ全然聞いてへんで!」

「あれ? 言ってなかったっけ? じゃあ今から説明するねェ、まずターゲットだけど――」

「ちょ、ちょちょちょちょちょう待ちィや!」

「……何?」

「い…………嫌やァァァァァァァァ! ウ、ウチ絶対やらへんで! に、兄さんがやるもんやとばかり思っとったから協力してたんや!」

 

 マオは耳を塞いで子供のようにジタバタと抵抗して見せた。しかし、如何せん相手が悪い。

 

「本当にいいの? ボクは七武海にならなくても生きていけるけど……マオはどうだろう?」

「うっ……」

「それとも一生日陰に隠れて過ごすの? 賞金稼ぎに怯える日々って、退屈はしないだろうねェ。ククククク」

「ううぅ……」

 

 ケアノスは師父譲りの弁舌でマオの退路を塞いでいく。革命軍の話は無かった事になっている。

 

「海軍の方も大変だよォ? 赤犬が来たら殺されるかもね。でも自首も考えものだ。だって監獄の中じゃ女性の尊厳なんて保障されてないから」

「……」

「そこでプランBの提案だ。マオが七武海を狙う計画だけど、汚れ仕事は全部ボクがやる。マオは目立って世間と政府の注目を集めてくれればイイ。七武海はオイシイよォ。恩赦を受けて好きな研究し放題だし……何より、ベガパンクにも会えるかもね」

「…………何やて?」

 

 最後の一言を聞いて、マオの目の色が変わる。その先はとんとん拍子で話が進み、マオはケアノスの狗と化す。

 

「プランBは了承したる! せやけど、誰が相手でもウチは戦へんからな! ビ、ビビっとるワケとちゃうで! 役割分担や、役割分担!」

「フフフ、そうだね」

「ほんで、誰狙うん?」

「僕らが狙うのは最初から決まってるよォ。て言うか、そこしかないじゃん」

 

 マオは首を傾げた。七武海の席は七つある。多少の優劣はあっても、弱い者などいない。だからこそ想像もしていなかった。そんな馬鹿馬鹿しい理由で標的を決めていたなんて――。

 

「僕らの狙いは七武海の紅一点、海賊女帝ボア・ハンコック! だって女性枠は一つしかないから!」

「…………」

 

 マオは絶句した。ツッコミすら入れられない程ガックリきた。万全だと言うプランを聞くのが怖くなり、不安がぶり返す。そんなマオの気持ちを知ってか知らでか、ケアノスは最大級の賛辞を送った。

 

「大丈夫だよ、マオ! 胸だけは負けてない!」

 

 とてもイイ笑顔であった。

 

 

 

 




2014.9.12
最後までお読み下さりありがとうございました。
しばらく足踏みしてましたが、次回から物語は加速します。
ご意見ご感想などありましたら、宜しくお願い致します。


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空島の章
25話 空高く


 積帝雲(せきていうん)――そう呼ばれし雲がある。

 何千何万年もの間変わる事なく浮遊し続ける"雲の化石"とも呼ばれる。空高く積み上げても気流を生まず雨に変わる事のない雲だという説が有力視された。この雲が現れると日の光さえも遮断され、地上は真昼でも夜に変わる。

 

 

 ブラック・フェルム号の上空に巨大な雲がのしかかり、辺りは暗闇に包まれた。

 

「ねェねェ、あれ見てよ」

 

 甲板に出ていたケアノスは操舵室のマオを呼ぶ。空を見上げるマオは驚きを隠せない。

 

「ど、どないなっとるんや!?」

「プププッ、笑えるでしょ。あのオランウータンみたいな顔したロン毛」

 

 ケアノスはすぐ近くを航行中の船を見ていた。その船には確かにオランウータンを彷彿とさせる男が乗っている。

 

「んなモンどうでもエエわ! 空や、空! 今は空見んかい!」

「あっ、もう一人は超猿顔じゃん! アッハッハッハッハ」

 

 腹を抱えて笑うケアノスを見て、マオの額に青筋が浮かぶ。乱暴に顎を掴み、強引にケアノスの顔を上向けさせた。

 

「……空見ィ、言うとるやろ!」

「フフフ、分かってるって。積乱雲にしてはずい分厚いよねェ」

「グランドライン特有のモンやろか?」

 

 イーストブルーでは見た事がないと言うマオ。

 

「雲も凄いけどさァ、ボクにはもっと気になる事が――」

「そやから猿はもうエエて」

「猿じゃなくて下だよォ。なんか海が荒れてきてない?」

 

 そう言われてマオは初めて船の揺れが大きくなっている事を認識した。

 ブラック・フェルム号は文字通りステンレス製の鋼鉄で補強されており、重心が安定していて荒波にも強い。そのせいで気付くのが少し遅れたのである。

 

「ホンマや……急に波が高なってきた」

「何か起こるのかもしれないよォ」

「なんで分かるん?」

「……慌てて逃げてるもん、あの猿面達」

 

 ケアノスは先ほどの船を指差す。船はどんどん小さくなっていく。空と同じくマオの表情も曇る。

 

「ヤ、ヤバいんとちゃうか!?」

「かもねェ」

 

 他人事のように返してくるケアノスを他所に、マオは一人操舵室に戻ってアレコレ操作し始めた。

 

「潜水モードに移行や、バラストタンクへの注水を開始。全速力でこの海域を抜けるで!」

「わお、流石は船長。素早い判断力と決断力に脱帽ですゥ」

「うっさいわ! はよこっち来な閉め出すで!」

 

 クスクス笑うケアノスが操舵室に入ると、ブラック・フェルム号は海中へと沈んで行く。完全に水に浸かると、マオはスクリューを起動させた。プロペラが回り始めて船速が上がる。激しい海流のぶつかり合いで持っていかれそうになる舵をマオは必死に押さえた。

 

 

 双子岬を離れてからケアノスはマオを「船長」を呼んでいる。ブラック・フェルム号は元々マオの所有物ではあったが、改造費は全てケアノスが出資している為に現在の所有者は明確にされていない。それでもケアノスがマオを船長と呼ぶのには理由があった。

 マオを七武海の一席に座らせるには、彼女がケアノスの上に立つ人物であると政府や世間に知らしめる必要がある。一番分かりやすいのがこの方法、親分と子分になる事だった。マオを船長として『螺旋の海賊団』を名乗り、目に入る海賊団は手当たり次第に半殺しの刑である。確実に息の根を止めるのは敵船長だけであり、末端の構成員は殺さない。

 また、彼らが狙うのは海賊のみである。民間船や商船を襲わないのはマオのポリシーであり、海賊を皆殺しにしないのはケアノスの思惑であった。

 

 

 荒れ狂う海と格闘する事約1時間。

 ブラック・フェルム号はバラスト水を排出し、新鮮な空気を取り込む。

 

「……」

「……」

 

 素晴らしい景色にも関わらずマオに対するケアノスの視線は痛い程であった。

 

「あは……あはははは、真っ白な世界やね」

「そりゃあ、雲の中だからねェ」

「あははは、そらえらい所に来てもたな……あははは」

 

 笑って誤魔化そうとするが、マオの冷や汗は止まらない。

 

「誰だっけ? ボクの忠告も聞かずに『ウチのフェルムちゃんなら大丈夫や!』って突っ込んだの?」

「……あはは」

 

 荒れ狂う海は"突き上げる海流"(ノックアップストリーム)を生み出し、海面より飛び出した海流はやがて雲の中域にまで達した。マオは「あの海流を突っ切る」と宣言し、スクリューを全開にして飛び込み、逆に海流に飲まれて雲の上まで押し上げられてしまったのである。

 九蛇の住まうアマゾン・リリーへ急ぎ行きたいケアノスにとって、これは道草以外の何物でもない。

 

「ツッコミ入れたかったの? 海流に? それとも雲に?」

「うう……か、堪忍やぁ」

 

 小さくなったマオを放置し、ケアノスは周囲を探る。

 

(これだけ空気が薄いって事は、かなりの標高だろうなァ。ボクは低酸素に慣れてるけど、マオには優しくない環境かもねェ。さて、どうやって地上に戻ればいいのやら……おやァ?)

 

 さらに目を凝らすと遠くに海賊船が見えた。

 しかし次の瞬間、海賊船は炎と煙に包まれて空の藻屑(もくず)と消えていく。

 

「ここにも人がいるんだ……こっちに来てるし」

「へ?」

 

 状況を理解していないマオは首を傾げる。

 

「あの乗り物は何だろう?」

 

 ケアノスが睨む方向に目を向けると、鬼のような仮面を付けた人らしきものが雲の上を走っていた。手には重火器と盾を装備しており、友好の使者には見えない。

 

「げげっ、アンタ誰や!? 何の用や!?」

 

 それは雲から飛び上がると、明らかな殺意を向けた。

 

「排除する……」

 

 男の声である。

 たった一言だけ発し、男は襲って来た。

 

「くそっ、やる気かいな!?」

 

 マオは槍を構えて臨戦態勢に入る。

 空中で重火器を構える男のは目を大きくした。さっきまでマオの横にいたはずのケアノスがいない。視界に捉えていたにも関わらず、忽然と姿を消したのである。

 そして、男は背筋を寒くした。

 

「何するって?」

 

 なんと背後からケアノスの声が聞こえたのだ。

 

「ッ!?」

 

 動きどころか気配すら感じさせぬケアノスに男は慌てた。

 乱暴に盾を振り回して強引に距離を取る。

 

(背後を取られるのってスピードで負けた気がして精神的にくるよねェ。自分が嫌がる事を人にやりなさいっていう師匠の教えは守らなきゃ)

 

 男が振るう盾はケアノスに掠りもしない。

 ケアノスは常に男の死角へと移動する。

 

(んな仮面、視界が狭まって邪魔なだけだろうに……羽まで付けて、オシャレのつもりかなァ?)

 

 男は左右に首を振ってケアノスを探した。しかし、動きそのものが速過ぎて目では追えない。当たらなくても男は盾を振り回し続けた。

 

 

 男の名はワイパー。この空島に住まうシャンディアの戦士であり、大戦士と崇められるカルガラの子孫でもある。非常に好戦的で過激な性格の為、人は彼を『戦鬼(せんき)』とも呼ぶ。

 その戦鬼は仮面で隠れているが、怒りの形相であった。

 

(くそっ、後ろ取ってるのになぜ攻撃してこない!? 俺を舐めてるのか!?)

 

 そうなのだ。ケアノスはワイパーの背後に回りつつも、その実一度も攻撃を行っていない。

 

(これほどの屈辱は……エネル以来だ……絶対に殺すッ!)

 

 ワイパーの殺意が格段に増し、それに伴い反応速度も上がる。

 そして徐々にではあるが、確実にケアノスの動きを追えるようになってきた。やみくもに振り回していた武器も、ケアノスの動きを予測したものに変わっていく。先回りしたかのように放たれるバズーカにケアノスは感嘆の声を上げた。

 

「へェ、大したモンだ。まだ速くなるんだねェ、"君も"」

「なに!?」

 

 先回りした攻撃であった。

 ケアノスの動きを予測し、今度こそ当たるはずの攻撃であった。

 しかし、そこにいたはずのケアノスの姿はまた忽然と消えている。途端に背中がうすら寒くなり、咄嗟に盾を向けた。

 すると、とてつもない衝撃がワイパーを襲う。盾は粉々に砕け散り、自身も船に叩き付けられた。

 

「ぐはぁっ」

 

 口から血が溢れる。衝撃で内臓を痛めたのだ。

 

(くっ……全身がバラバラになりそうだ……排撃貝(リジェクトダイヤル)も使わずにどうやった!? 青海人にもこんな化け物がいるなんて……)

 

 排撃貝とは与えた衝撃を吸収し、その威力を10倍以上にして放出するという貝殻である。ワイパー自身も隠し玉として持っているが、ケアノスは明らかに無手であった。向けられた掌には何も握られていない。

 ケアノスの底知れぬ実力に舌を巻くも、ワイパーは頭の切り換えが速かった。

 

(どうやったかなんて今はどうでもいい。また同じ技を使ってきやがったら、こっちが10倍にして返してやるだけだ)

 

 ワイパーはゆっくりと懐の排撃貝に手を伸ばす。

 しかし、切り換えが速いのはワイパーだけではない。

 

「動くな」

 

 今度こそワイパーの背筋は凍り付いた。

 ワイパーは油断なくケアノスを見ていた。悟られぬように細心の注意を払って行動していた。それにも関わらず、ケアノスは今彼の背後にいる。

 

(バカな!? 奴ならまだあそこに…………ざ、残像だとッ!?)

 

 ワイパーが見ていたケアノスは蜃気楼のように消えてしまった。

 

「まだ何か企んでそうだけど、止めといた方がいいよォ。これで"チェック"だ」

 

 懐に伸ばそうとしていたワイパーの左手を引っ張り出す。

 そして涼しい顔をしたまま、躊躇なくワイパーの左手首をへし折ったのである。

 

「がぁ……っ!?」

「あっ、痛かったァ? 解るよォ、ボクにも経験あるからねェ。でもさァ、急に襲って来たワケくらい聞かせてくれるかなァ?」

 

 額に大粒の汗が浮かぶワイパー。仮面のおかげでケアノスに苦悶の表情を見られずに済んでいるのは不幸中の幸いだろう。

 

(くそっ! もっと早く排撃貝を使っていれば……青海人だと思い、油断した俺がバカだった)

 

 ケアノスはワイパーの折れた左腕を後ろ手にして拘束する。

 ワイパーの負けが確定したわけではないが、状況は極めて不利であった。

 その状況を確認して、安堵の表情でマオが復活する。

 

「お、終わりか? ウ、ウチの出番はなしやな?」

「フフッ、この程度の相手に……船長が出るまでもないでしょ」

 

 何気ない二人の掛け合いを聞いたワイパーは戦慄を覚えた。

 

(……この男は強い。恐らく四神官以上……下手したらエネル級だ。それが二人もだと!? 何者なんだ、こいつらは!? くっ、どうにか――)

 

 驚異的な戦闘力を前に自身の不覚を悟ったワイパーではあったが、彼はまだ諦めていない。勝ったと油断している者にとっては、今この瞬間が一番危ういのである。

 

 そして、機は訪れる。

 

「ウ~ム、吾輩の出番もなしである」

 

 上空より突如響いた声に反応して、マオとケアノスの意識はそちらを向く。その一瞬をワイパーは逃さなかった。轟音と共にバズーカ砲が火を噴く。

 

「ケアノス!?」

「むむっ!?」

 

 立ち上った煙でケアノスの安否は定かではない。

 しばらくすると、甲板を伝って血が流れて来た。

 

「こ、これって……?」

 

 一抹の不安にかられ、マオの足は自然と血の流れて来る方向に向かう。

 

「ケホケホッ……ごめん。まんまと逃げられちゃった」

 

 煙の中にはケアノスが立っていて、怪我を負った様子はない。ダメージと言えば、服が汚れたくらいであった。そして甲板には肘から先だけとなったワイパーの左腕が転がっている。

 

「じ、自分の腕ごと撃ちよったんか!?」

「殺気は感じなかったから、ボクを狙ったんじゃないと思うけどね」

「逃げる為だけにやったっちゅうんか!?」

「たぶん……ね。ところで騎士(サー)は何者?」

 

 空を見上げて問う。

 甲冑を着込み鳥に乗った老兵はゆっくりと降りて来た。

 

「吾輩"空の騎士"である。おぬしら青海人か?」

「……正解だよォ、クヒヒ」

「言うとる場合か! 青海人って何やの?」

 

 ズビシッとマオのチョップが炸裂する。

 空の騎士に話を聞くと、雲下に住む人達の総称だと言う。「やっぱり正解じゃん」と呟くケアノスにもう一発チョップをお見舞いしたマオは「此処がどこなのか」「あれは何者だったのか」矢継ぎ早に尋ねた。

 苦笑する空の騎士であったが、質問には律儀に答えてくれる。騎士の話によると、此処は高度7000mの「白海」と呼ばれる層であり、ワイパーはゲリラの一味との事だった。

 

「ゲリラか。物騒な連中もおるんやな。ほんでおっさんがフリーの傭兵なんや」

「うむ、そうなのである。しかし……ビジネスの話をしたかったのだが、おぬしの強さには驚かされたぞ」

「……」

 

 空の騎士はケアノスを褒めたが、ケアノスに反応はない。ただ一点を見つめて――。

 

「ピエー! ピエーッ!!」

「むっ、どうしたのだ? ピエールよ」

 

 ピエールと呼ばれた水玉模様の鳥は怯えた様子で鳴く。それはまるで何かを警戒するかのようであった。

 

「むむ、まさか……おぬし、(よこしま)な考えを持っておるのではあるまいな!?」

 

 空の騎士は訝しむ目でケアノスを見た。

 

「邪だなんて心外だなァ。ボクはただ……あの鳥は焼いたら上手いのか「ピエエェェェ!!」なって」

「お、落ち着くのだ。ピエールは吾輩の相棒である。焼き鳥になど断じてさせぬぞ!」

「アッハッハッハッハ、冗談だよォ……半分ね」

「ピエエェェェエエ! ピエエエエェェェエッ!!」

 

 半ば錯乱状態に陥ったピエールを空の騎士がなだめるも、なかなか落ち着かない。

 

「このままでは話が出来んな。すまぬが一旦帰らせて貰うぞ」

「あっ、ちょい待って。おっさんの名前教えといてェや。ウチはマオ、こっちがケアノスや」

「我が名は空の騎士ガン・フォール! そして相棒ピエール!!」

「ピエエエエエ!! ピエエエエェェェエ!!」

 

 ピエールは激しく翼をバタつかせた。

 カッコ良く名乗りを上げたのに、ピエールが全てを台無しにしてしまう。

 

「さ、さよか……」

「……言い忘れたが、我が相棒ピエールは鳥にして"ウマウマの実"の「ピエエー!!」能力――ピエール!? まだ最後まで言い終わっておら「ピエェェエエ!!」ぬ――ピエールッッ!?」

 

 ピエールは翼の生えた馬――ペガサスに変身して飛び立っていく。

 

「ま、まぁ何や……世の中には変わった生物がおるっちゅう事やな」

 

 マオは少し空の騎士に同情した。

 

「あの鳥ってさァ……ぶっちゃけ、めっちゃキモいよねェ」

「……」

 

 何も反論出来ないマオは、ピエールにも少しだけ同情するのだった。




最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


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26話 裁きという名のとばっちり

 空島には特殊な貝が存在する。

 それは"ダイアル"と呼ばれ、空島に住まう人々の生活を根底から支えている。

 

 

 マオは複数の貝殻を手にし、目を爛々と輝かせた。

 

「宝や……お宝や、お宝の山やで。なんやココは!? ウチは宝島に上陸したんか!?」

「あっ、いや、空島ですいません」

「まさに夢の国やな!」

「……神の国で、すいません」

 

 ペコペコ謝るこの男の名はパガヤ。空島で生活する住人の一人であり、貝船のエンジニアでもある。天使のようなコスプレに奇天烈な髪形をしているが、決して変態と言うわけではない。神の国"スカイピア"では標準的なスタイルなのだ。

 パガヤを変態と決め付けたマオは彼の言い分も聞かずに罵声を浴びせた。その行為は娘のコニスが仲裁に入るまで続けられ、平謝りの末に今に至る。

 (ダイアル)はマオの科学者としての好奇心を大いに刺激した。

 

「ウチも噂には聞いてたけど、実物見るんは初めてやで。ちょっと分解してええか?」

「えっ!? そ、それはちょっと……」

「ほな、こっちは? こっちやったらええか?」

「いや、そっちも困るんですが……すいません」

 

 生活必需品である貝を手当たり次第に分解しようとするマオにパガヤは冷や汗で対応する。まだ短い付き合いであるが、マオの傍若無人ぶりは散々目にしていた。

 

「ウチのフェルムちゃんにこれ付けたら、いざと言う時に使えるやろ」

「なるほど……舩先に取り付ければ、普段受ける圧力を蓄えて逆噴射に利用出来ますね」

「せやねん。急停止と後進は悩みの種やったけど……一気に解決してまうで、ホンマええモン(もろ)たわ。ニッシッシッシッシッシ!」

「いえ、あげたワケでは……」

 

 マオの耳はとても都合良く出来ている。パガヤの訴えがマオに届く事はない。

 

「熱貝はウチの螺旋槍のパワーアップに使えそうやな。あとケアノスが映像貝と音貝も欲しい言うてたし、後で買いに行こか」

「貝だけに……ですか、すいません。いや、本当に……あの、槍を遠ざけて下さい。あっ、今ちょっと刺さって……すいません、ホントすいません」

 

 

 

 マオ達がじゃれる一方、ケアノスはスカイピア入口に程近いエンジェルビーチでくつろいでいた。

 

「へそ、ケアノスさん。新鮮なコナッシュをお持ちしました」

 

 コニスはかぼちゃのような木の実を差し出す。ちなみに「へそ」とはスカイピアの挨拶である。

 

「ああ、どうも。お構いなく」

 

 そう言いつつもコナッシュを受け取りストローに口を付けるケアノス。服装や状況こそリゾート感が溢れているが、内情はバカンス気分とは程遠い。

 

(どうやらココは世界政府や海軍の監視はいないみたいだ。代わりに"(ゴッド)"ってのがいるんだっけ? 自称神かァ…………フフフ、痛いよねェ。苛烈で暴力的な手段によって住民を弾圧する、いわゆる恐怖政治ってヤツか。まともな統治でも反発者はいるってのに、そりゃゲリラも生まれるよねェ)

 

 コナッシュを一飲み、芳醇な甘さがケアノスの喉を癒す。

 

「そう言えば……あのキツネはどうしたの?」

「スーですか? それが珍しく人見知りしているようでして」

 

 スーとはコニスの飼っている雲ギツネであり、普段は人見知りもなく人懐っこい性格をしている。

 

「ふーん、人見知りなんだ。てっきりボクを怖がってるのかと思ったよォ、酷く怯えてたしィ」

「そ、そんな事は…………ないと思いますよ」

「フフフ、信じるよォ」

 

 冷や汗をかくコニスに冷徹な笑みを浮かべるケアノス。

 

(動物ってのは正直だねェ。本能でボクとの関わり合いを避けてる感じだよォ。動物愛好家のボクとしては(いささ)かショックだなァ。ボクは動物を愛でるのも食べるのも大好きなのに……)

 

 会話が途絶えた事でコニスは家の方に戻って行く。ビーチは和やかな空気に包まれていて平和そのものである。

 

(それにしても暇だなァ。マオはずっとココに居てもイイなんて言うけど、退屈は苦痛だよォ。確かにココなら海軍も追って来ないし、この国の法律に従ってる内は見かけ平穏なんだろうけどさ……それのどこが面白いの!? やっぱりマオが楽しそうにしてる顔よりも、困ってる顔を見たいってのが人情じゃん! 誰しもが思う事じゃん!!)

 

 バキッという音と共にコナッシュの果汁が零れた。興奮の余りコナッシュを砕いてしまったのだ。ケアノスは手が濡れてしまったとコナッシュを投げ捨てる。ケアノスは知らない、コナッシュの外皮が鉄の硬度を持つと言う事実を。そして、後で回収に来たコニスが砕けたコナッシュを見て驚愕した事は言うまでもない。

 

(……落ち着こう。想定外の状況だけど、プランの修正自体は可能だ。ココで問題を起こせば必然的に出て行くしかなくなる。問題はどうやってその問題を起こすか、だねェ。やっぱり入国料は払うべきじゃなかったなァ……今更だけど)

 

 ケアノス達は『天国の門』と呼ばれるスカイピアの入り口を通る際、監視官に入国料として一人10万ベリーを支払っていた。決して安い金額ではなかったが、マオの下した船長命令である。ゲリラの襲撃直後という事もあり、マオはいつもより冷静であった。余計なトラブルは御免だとしたこの判断は、結果としてマオ自身を助けた事になる。しかし、ケアノスにはそれが面白くなかった。

 

 

 

 ケアノスとマオに共通する特徴に、悪運の強さと運の悪さが挙げられる。どうにかして災いの火の粉が降りかからないかと思案に耽って数日、起こるべくしてそれは起こった。

 

「不法入国者だ! 不法入国者が出たぞーッ!!」

「ビーチの方に逃げたらしいぞ! あっちには近付くな!!」

「ま、拙い! "裁き"が来るぞ!!」

 

 住人達は恐慌して逃げ出す。街中がパニックに陥り、皆家の中や物陰へと避難していく。街をぶらついていたケアノスは人々の流れに逆らってビーチに向かう。

 

 次の瞬間、巨大な雷が落ちた。

 

 不法入国者は浮雲ごと巨雷に貫かれ、黒焦げに焼かれて落下する。落雷での絶命は免れても、この高さから落ちては助からない。そして、落雷の余波はブラック・フェルム号にも及ぶ。鋼鉄の船は導電性が高く、雷の影響を受けやすい。当然その対策はされている――はずであった。

 

「あれれ……どゆこと?」

「父上ーッ!?」

 

 コニスの悲痛な声が響く。マオとパガヤはブラック・フェルム号に乗っていた。そのブラック・フェルム号がもくもくと黒煙を上げている。コニスは最悪の事態を想像した。しかし、船は未だ帯電しており近付こうにも近付けない。

 

「父上! 父上ーッ!!」

 

 大声で父を呼ぶも返事はない。ガックリと膝をつくコニス。

 ケアノスも首を傾げている。

 

「おかしいなァ。耐電素材の層で護られてるはずなのに……あっ! 赤犬にやられて応急処置しかしてない箇所があるんだっけ」

 

 ポンと手を打つ。

 

「喉に刺さった小骨が抜けたようなスッキリ感だねェ。さて……コニス、水貝を持ってきてよ。鎮火しないとマオ達が出て来れないからさァ」

「えっ? 生きて……!?」

「もち。雷対策だけは何重にもやってるから大丈夫だよォ……多分、ね」

「す、すぐ取って来ます!」

 

 そう言ってコニスは駆け出した。ケアノスに手伝うという意志はない。

 

 

 水貝による消火活動で黒煙が消えると、ハッチが開いてマオとパガヤが出て来た。

 

「アハハハハハハ、見事なアフロだねェ。とても似合ってるよォ、マオ船長」

 

 ケアノスは腹を抱えて笑う。

 マオとパガヤは顔が煤け、髪は爆発している。

 

「父上、無事で何よりです!」

「コニスさん……心配させてすいません」

「こらケアノス! ウチの事も心配せんかい!」

 

 親子の抱擁を横目にマオは怒りに奮えた。ケアノスの反応もそうであるが、一番の原因は船の損傷である。赤犬に受けたダメージが回復し切らぬ内に、再び大ダメージを受けたのだ。羅針盤や計器は狂い、衝撃吸収材も焼けてしまった。

 

「ツイてへん……なんでウチばっかり……雲の上まで来て落雷て……最悪や」

「フフフ、知ってる? さっきの雷、人災らしいよォ」

「は? 何言うてるん!?」

 

 マオはワケが解っていない。パガヤとコニスは意味を理解しているので、顔が青褪めている。

 

「"(ゴッド)・エネル"って言う自称神様の仕業らしいよォ。ここじゃ珍しくないみたいだねェ」

「ホ、ホンマなんか?」

 

 マオはコニスに尋ねた。ケアノスの強さは認めていても、彼の人間性は微塵も信用していないのである。コニスは恐る恐る頷く。

 

「は、はい。あの雷は神・エネルが下される"天の裁き"です」

「その話、詳しゅう聞かせてんか」

「……ひぃ」

「はい、すいません。生きててすいません」

 

 マオの威圧にコニスは怯え、釣られてパガヤも謝る。

 

 

 コニスとパガヤによると、エネルが神の座を簒奪したのは六年前という話だった。スカイピアのはるか南東に位置する空島から集団を率いてやって来たエネルは、圧倒的な武力を持って神隊とシャンディアに大打撃を与えて神の島に君臨したと言う。

 それからは入国者の多くが犯罪者に仕立てられ、彼らを裁きの地に誘導する事が国民の義務とされた。国民には罪の意識を植え付け、神隊は空を飛ぶ方舟建造の為に酷使されている。方舟を作る目的は判っておらず、その方舟もエネルの能力なしには動かせないと言う。

 

 マオはエネルに強い敵愾心を抱く一方、空を飛ぶという方舟の存在には大いなる興味を持った。しかし、憤りは治まらない。

 

「ほんならウチは神の裁きとやらのとばっちり食うた言うんか?」

「はい……お気の毒だとは思いますが、無事で本当に良かった」

「無事やない! ウチのフェルムちゃんがご臨終や!」

「えっ!? フェルムちゃん!? お亡くなりになったのですかッ!?」

 

 マオの言うフェルムちゃんがペットだと思い込むコニスは取り乱し、慌ててパガヤがフォローを入れる。コニスは目を白黒させ、ケアノスはその様子を黙って眺めた。

 

(ツイてる。火の粉が勝手に向こうから降って来るなんて……ククク、これでマオは動く)

 

 わずかに口角を上げてほくそ笑むケアノス。

 

「なぁ、兄さん。とんでもない事言うてええか?」

 

(ほらね)

 

 ケアノスは笑みをかみ殺す。

 

「どうぞォ」

 

 そして努めて平静に応えた。

 

何人(なんぴと)たりともウチのフェルムちゃんを傷付ける奴は許さへん。例えそれが神様でも、や」

「だろうねェ」

手伝(てつど)うてくれるか?」

「船長が動けば"螺旋"も動く、当然でしょ」

 

 マオとケアノスはアイコンタクトで微笑む。しかし、異を唱える者もいた。

 

「ダ、ダメですよ! 殺されちゃいますって! 青海人の方はここでは運動能力が落ちるので」

 

 コニスは声を大にする。

 

「心配してくれんのは嬉しいんやけど、泣き寝入りする気はないねん。やられたらやり返す。相手が誰やろうと関係あれへん……それが螺旋の海賊団や! それにや、この兄さんの強さは異常なんやで。ゲリラかて返り討ちにしたさかい。さっ、兄さんも何か言うたり!」

「神? 何それ? 美味しいのォ?」

「カッカッカッカッカ、神様まで食うてまう気かいな」

「フフフ、それは面白そうだねェ」

 

 先ほどの雷を見て尚笑う二人に呆然とするコニス。正気の沙汰とは思えないのだ。

 

「それじゃあ一足先に敵情視察してくるから、船長は戦闘の準備宜しくねェ。多分神は雷属性の能力者だろうから、それなりの対策が必要だよォ」

「ええけど、一人で大丈夫なんか?」

「うん。一人の方が動き易いし、暗殺は得意分野だからねェ」

 

 不穏な単語にコニスの顔が曇る。

 

「せやけど神兵の中には女性もおるらしいで?」

「ボクの師匠が言ってたんだァ。性別や年齢それに皮膚の色なんかで人を差別するなって」

「ええ師匠やんか」

「うん。だからボクは女子供お年寄りでも容赦なくぶっ殺すよォ」

「…………さ、さよか」

 

 すっかり慣れてしまったマオとは対照的に、コニスの顔は青褪め今にも倒れそうだった。

 

 マオは強引にパガヤとニコスを家で休ませ、ケアノスに耳打ちする。

 

「コニスの前ではカッコつけてあない言うたけど、今回の目的は打倒"神"やない。得体の知れん神様なんぞ最悪無視してもええで。いくら兄さんでも勝てる保証はないやろ」

「じゃあ何するの?」

「ニッシッシッシ、決まってるやん! 方舟や! 空飛ぶっちゅう船にはアンタも興味津々やろ?」

「えっ……うーん……まぁ……ねぇ……」

 

 ケアノスは一切興味がなかった。むしろロギア系能力者と思われるエネル本人に関心を持っている。

 

「方舟を奪う。それが無理やったら破壊するんが今回の報復や。目には目を、歯には歯を、船には船やで!」

「倒しちゃった方が早くない? 船盗んだら怒って追って来るよォ?」

「アホ! それこそコード『ハゲ豚』やろ! 地上の海まで降りれたらウチらの勝ちや! 何人おるかも分からんのに全員は相手出来んやろ」

「……ああ、なるほどォ。そうだねェ。うん、そうしよう! あっはっはっはっは!」

 

 ケアノスは大いに笑った。

 

(ククク、理想的だねェ。ボクらが逃げた後で空島の住人がどうなるか微塵も考えちゃいない……最高だよォ、マオ。キミはそんな"些細"な事なんて気にしなくてイイ。海賊を名乗った瞬間からボクらは"悪"だ。暴力を正当化しようとする正義なんて糞喰らえさ。弱者救済? それこそ自然の摂理に反してるじゃないか……所詮この世は、弱肉強食だからねェ)

 

 

 



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