生と死の狭間から幻想入り (nica)
しおりを挟む

第0話:嘘の結果、そして…

やってしまった……
ISもハイスクールも書いている途中なのに、もう一作品投稿するとか……
しかも、主人公はまたもや稟君。
なんだ、この稟メインの作品達は…
どんだけ稟が好きやねん。
まぁ、初のPCゲーがSHUFFLE!だったから仕方ないか!
SHUFFLE!は今でも好きなゲームだし。

ちなみにこの作品、pixivでも投稿しています。pixivでは停滞していますが、ここで投稿したら少しはモチベーション上がるかな?と期待して投稿してみました。
どの作品集もしっかり更新できるよう頑張っていきますが、仕事が忙しくて中々更新できないこともあるので、そこはご了承いただけると助かります。


ただ、生きていてほしかった……

 

 

これ以上、喪いたくなかった……

 

 

彼女に、笑顔でいてほしかった……

 

 

例えその笑顔が、二度と自分に向けられないのだとしても……

 

 

それが自己満足だと、彼女を…彼女の周りを苦しめる事になると分かっていても……

 

 

自分にはもう、彼女しかいなかったから……

彼女に生きていてほしかったから……

だから、あんな嘘を吐いてしまった……

 

 

 

 

もしかしたら、他に方法があったのかもしれない。

ただ、時を待てばよかったのかもしれない。

もっと設備のいい病院に行けばよかったのかもしれない。

だけど……

子供である自分には……

そこまで考えられる程の知恵はなく……

あんな幼稚で、愚かしい嘘しか思い浮かばなかった……

 

 

結果ーー

 

 

「ねぇ…もう一度教えて?」

住宅街にある小さな公園。

暗雲が立ち込め、激しい雨が降り頻る中。其処には、傘も持たずに佇む小さな人影が二つあった。

「お母さんを殺したの……りんくんなの?」

人影の一つは少女。本来ならば可憐で愛らしい笑顔が浮かんでいるその顔には、ただ虚ろな表情が浮かんでいるのみ。

どこか虚ろな瞳で目の前の少年を見つめ、少年の胸元にある両の手はか細く震えていた。

少女に相対する少年は、苦痛を我慢するかの如く、口を真一文字に細め、何かに耐えるかのように、どこか哀しげな表情で少女を見つめ、

「……うん。…ボクが、殺したんだ………」

全てを壊してしまうその一言を口にしてしまった。

瞬間。少女の眼が見開き、彼女は俯く。少年の胸元にある両手はその揺れを増し、彼女の気持ちを如実に表しているかのようで。

「そう……なんだ……」

少女の口から発せられた声は、ひどく揺れていた。

「りんくんなんか……」

少年に向けて発せられるであろう罵倒の言葉に備え、少年は悲しみを堪えた表情を悟られぬように顔を微かに歪める。

「りんなんか……死んじゃえばいいんだっ!!」

言葉の(ナイフ)が少年の胸に突き刺さると同時、腹部に鈍痛が走った。

「ぅ………ぅぁ……ぅぅ………」

少女の瞳から涙が溢れ、少年を突き飛ばして少女は公園の入り口へと走っていく。

突き飛ばされた少年の腹部には小さな包丁が刺さっており、少なくない血液が流れている。地面に倒れこんだ少年は、言葉の刃に刺されたショックと、腹部に走る鈍痛に苦悶の表情を浮かべ、空を仰ぎ見る。

「……ごめ、ん…」

しかし。少年の口から漏れる声は痛みに呻くものではなく、謝罪の言葉で。

「……ごめん、…かえ……で……」

激しくなりつつある雨と出血の二重苦に耐えつつも、謝罪の言葉を発しながら少年の意識は闇に呑まれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

ー同時刻ー

ー幻想郷ー

 

 

 

 

此処は、幻想郷と呼ばれる場所。

【外の世界】で忘れられた存在や、『幻想になった』存在が集まるとされる場所。

失われし存在達にとっての《最後の楽園》。

そんな場所の、実在するかは定かではないが、存在すると言われている【マヨヒガ】という場所に、二人の女性がいた。

一人は八雲紫。妖怪の賢者。スキマ妖怪と呼ばれている存在。幻想郷に存在する妖怪達の中でも最古参の存在であり、この幻想郷を創った張本人であり、最強の妖怪と目されている存在である。

そしてもう一人は、美しい金毛の九尾を持つ妖獣ー八雲藍。妖獣の中でも最高峰に君臨する九尾の狐。最強の妖獣にして、八雲紫に仕える式。

「それで、結界に異常はないのかしら?」

「はい、今のところはですが」

手に持った扇子で口元を覆い隠し、表情を読ませぬよう問いかけてくる己が主に対し、頭を垂れて答える。

「ですが解りません」

「何が、かしら」

「結界に異常がない事がです」

分かっていて聞いているのでしょう?と、内心で溜息を吐きつつ藍は言葉を続ける。

「確かに、紫様が意図して外来人を幻想郷へと呼び寄せている事は多々ありました。しかし、予期せぬ幻想入りの方が多い事は火を見るより明らか。だと言うのに、結界には異常がでていないのです」

そこまで言って藍は顔を上げ、主の顔を窺う。

紫は依然として扇子で口元を隠している。尤も、表情を読めたとしても、この主の真意を見抜く事は永年仕えている藍をしても到底無理ではあるのだが。

「数多の予期せぬ幻想入り。いくら忘れ去られた存在(モノ)が幻想入りするとは言っても、無限には受け止められない筈。どこかで限界が訪れ、結界に異常が表れる。絶対に壊れない物等は存在しえない。それは、この結界にも言える事でしょう」

「そうね。壊れない物なんて存在しえない。どれだけ優れた者が造った物とて、形ある存在は何れ朽ち果てるのが世の定め。それは、この結界にも言える事」

鈴の鳴るような声で言い、紫は立ち上がる。

「しかし、未だに壊れていないという事は限界には達していないという事。それ位、言われずとも解るでしょう?」

「数えるのもバカらしい程の幻想入りがあって尚ですか?俄には信じられませんが…」

「信じられずともそれが現実。貴女もその眼で確かめたのでしょう?結界に異常はないという答を。限界が訪れていないから、結界に異常は出ていない。単純な答でしょう」

「むぅ…納得いかないのですが」

「納得いかずとも、それが厳然とした答よ」

渋い表情で首を傾げる式に苦笑しながら答える紫。

そのまま紫は歩を進め、後で頭を束悩ます式を放置して【マヨヒガ】から見渡せる景色を眺める。

彼女の眼に映るのは、自らが愛している幻想郷の姿。その姿はただただ美しい。それ以外に、この世界を表現出来る言葉もないだろう。寧ろ、余計な表現はこの世界を穢す事にもなりかねない。

「ねぇ、藍……っ!?」

藍に何かを言おうとした矢先、紫は弾かれたように顔を上空に向ける。空には何もない。雲がゆっくりと流れているだけだ。

しかし、紫は確かに感じた。

幻想入りが起きる度に感じ続けていた、この世界に異物が侵入してくる感覚を。

「紫様」

後ろで、藍も紫とモノを感じたのだろう。

その声には鋭さがあり、表情も険しくなっている。

「結界に…」

「そうね。これは、一雨降りそうよ……」

紫と藍の視線の先。

今まで美しい青空だった其処には、いつしか暗雲が立ち込めていて…

紫の言葉を待っていたわけでもないだろうが、やがて雨が降りだし、幻想郷に降り注ぎはじめた。

それは、これから何かが起こる予兆であるかのようで…

紫と藍は、険しい表情のまま空を見ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話:宵闇

こっちはpixivでも投稿してあるから、何話分かは書き留めあるけど、ISやハイスクールの方と違って筆が進まない……
何故だろう。


 ―幻想郷―

 ―迷いの竹林

 

 

 

 

 雨が降っている。

 激しく降っている訳ではないが、かといって小雨と言うわけでもなく。

 周りが静かなこの竹林では、たいした降雨量でもない雨でも周辺の音を掻き消すには十分すぎた。

 そんな竹林の中を一人の少女が歩いていた。

 肩までで揃えられた金髪に赤色の瞳。華奢な身体を闇色の服で纏った少女。

 彼女の名はルーミア。人喰い妖怪で、宵闇の妖怪とも呼ばれている存在である。

 彼女は普段、自身の能力で作った闇に身を纏って行動することが多いため、滅多に姿を目撃されることが少ない。そんな彼女が生身で、何かに導かれるかのように竹林を突き進んでいく。

「奥の方から、何か……」

 妖怪の中でも、特に人喰い妖怪が好むある匂いに惹かれながらルーミアは歩く。

 人だろうが妖怪だろうが、生ある全ての生物を迷わす迷いの竹林を、匂いを頼りに進んでいく。

 その歩みに迷いはなく、速度も次第に速くなっていく……

 

 

 

 

 どれだけの時間を歩き続けたのか。

 次第に激しくなる雨に打たれ続け身体はずぶ濡れ。闇色の服が身体にぴったりひっつき、徐々にだが体温を奪っていく。

 それでも、途中で引き返すことなく歩き続けた結果。

 彼女はついに匂いの元まで辿り着いた。

 匂いの元となっていたのは一人の少年だった。

 うつ伏せで倒れ付している少年の腹部には包丁が刺さっており、血が止まることを忘れたかのように流れ続けている。その流れ続けている新鮮な血が、人喰い妖怪であるルーミアを此処まで導いた正体。

 少年の身体は動かず、血の海に沈んでいる。

 正直、これだけ血が流れていては生きてはいないだろう。

 生きたまま生肉(にんげん)を食べれないのは少々残念ではあるが、死んで間もなければそこまで不味くはないだろう。

 ルーミアは内心そう思いつつ、少年へと歩を進める。

 一歩一歩。

 徐々に少年との距離が縮まり、あと一歩で少年に手が届く距離に達した時。

 少年の手が微かに震えた。

 そのことにルーミアは一瞬眼を丸くし、少年の身体を見据える。

 そして―

 

 

 

 

 意識が、浮上する。

 今まで闇に沈んでいた意識が浮上し、それと同時に五感も取り戻していく。

 雨の音が聞こえる。ひどい土砂降りという訳ではないが雨足が弱い訳でもなく。今世界を支配しているのは、雨音だけで。

 始めに役割を取り戻した五感は聴覚だった。そして間を置かずして次に取り戻したのは触覚。

 身体が異様に冷たい。どれだけの時間雨に打たれれば、人の身体はここまで冷たくなるというのかと言いたくなる位冷たい。だが、身体のある一部が熱いというのは何の矛盾か。

 少年の微かに開いた瞳が見たのは、赤黒く染まった液体だった。そこから視線を熱い場所に向けると、腹部に銀色の刃が刺さっており、そこから紅い液体が流れていた。

 紅い液体は止まるという事を知らないのか、今尚少年の腹部から流れ続けている。このまま止まらなければ、少年は確実に命を落とすだろう。否、未だ死なず意識を取り戻したことが不思議である。

 少年は己の身体から流れた血液の海に沈んでいるのだから。

 

 

 何故、自分は倒れているのだろう。

 どうして、身体の感覚がなく腹部以外はこんなにも冷たいのだろうか。

 雨の音以外何も聞こえない。

 とっても眠い。

 楓はどうしているのか。

 このまま寝てしまおうか。

 思考が纏らない。考えることすら億通だ。

 ぼんやりとした意識のまま、少年の微かに開いた瞳が閉じかけようとした時。

「ねぇ…」

 雨以外の音が彼の耳を打った。

 微かに開いた瞳を何とかしてもっと開こうとし、重い頭を声が聞こえた方向に向けると。

 一人の少女がいた。

 自分と同じか、もしくは少し年上だろうか。

 肩までで揃えられた綺麗な金色の髪に、人にあらざる紅の瞳。整った目鼻立ちは可愛らしく、幼い体躯は闇色の服に包まれている。

 そんな、可愛らしい少女が自分を見下ろしていた…

 

 

 

 

「ねぇ…」

 少年の瞳が微かに開いた時。

 ルーミアは思わず声を発していた。

 自分でもどうして声を発したかは判らない。美味しそうな人間(ごはん)を見つけたのだから、声なんか出さずにそのまま食べてしまえば良かったのだ。

 しかし何故だろうか。

 人間に声をかけるなんて。

 ルーミアの声が聞こえたのか、少年の瞳は徐々に開かれ顔をこちらに向けてくる。

 血を大量に失ったのと、この雨に打たれ続けていた結果だろう。少年の顔色は蒼白を通り越して、上手く言葉に表せられない色になっていた。

「貴方は、食べてもいい人間?」

 だが、そんなことを気にするでもなく。

 ルーミアの口は勝手に開かれ言葉を発する。

 何故?

 何故死に掛けの人間に言葉をかけているのか…

 今から死に、自身の養分となる存在に声をかけても無意味だと言うのに。

 そんな自分に疑問を抱きながらも、さらにルーミアの口が開こうとした瞬間。

「…………ぉ腹、空い……て、るの……?」

 少年の口から、そんな言葉が漏れた。

 その言葉に、ルーミアは眼を丸くして少年を見つめる。

 未だかつて、このような言葉を口にした人間がいただろうか。まして、死に掛けの人間がである。

 初めての出来事にルーミアが口を噤んでいると、少年の口が更に言葉を紡ぐ。

「……食、べられ、るの、は……怖ぃ、けど……ち……な、ら、飲んで、も……いぃ、よ……」

 本日何度目の驚きであろうか。

 あろうことか人間が、それも死に掛けの人間がこんな言葉を言うのは……

 人間に限った話ではないが、生ある存在は何よりも生きる事を望む。例外は無論あるが、大多数の存在はそうだ。いくら死に掛けていようが、寧ろ死に掛けているからこそ生きる事を強く望む。

 なのに、この少年はあろうことか血なら飲んでもいいと言った。この出血量で血を飲まれれば、いくら屈強な者とて無事ではすまないだろう。ましてや、年端もいかぬ少年ならば尚更の事だ。

 こんな人間、見たことも聞いたこともない。

 今まで食べてきた肉塊(しょくりょう)は、無様に命乞いをしたり生き永らえようと必死になって逃げていたのに……

 その、どの人間とも違う。

 なんなのだろうか…

 この人間は一体…

 そんなルーミアの思考とは裏腹に、自然と身体が動き出した。

「…………」

 少年の口から意味のある言葉は最早紡がれない。もう限界なのだろう。少年の眼が徐々に閉じようとしている。

 よくぞここまで持ち堪えたものだ。屈強な人間とて既に事切れていてもおかしくないというのに。

 ルーミアは少年の前に屈み、地に伏している少年の腕を取る。年相応のか細い腕。少し力を籠めれば容易く折れてしまいそうだ。その腕は流れ出ていた血によって紅に染まっている。

 とても綺麗で、美味しそうな紅色だ。

 今まで食べてきた人間とは違うように見える。どれほど美味しいのだろうか?

 少年のか細い腕にゆっくり顔を近付け、魔性の香りを放つ血をそっと舐める。

 瞬間。

「――!!」

 身体に電流が走ったかのような感覚を覚える。

 今まで数え切れないほど人間は食べてきた。

 味がイマイチなのが多かったが、とても美味しいのもいたのは事実だ。病み付きになる、とは言わないまでももう一度食べてみたいと思える肉塊もいた。

 だがこの少年の血は、今までの肉塊とは全然違って…

 脳が蕩けてしまいそうなほどに甘く、一度飲んでしまったら飲むことを止められない程に美味な味で。今まで食べてきた肉塊は一体何だったのかという程に、その味は筆舌に尽くし難い。雨に打たれ続け、新鮮味を欠いてる血だと言うのにだ。

 血でこれならば、その柔らかな肉を食べたらどれ程の感動を味わえる?

 極上も極上、想像することも困難な味に違いない。脳が掻き乱され、身体が悶え、その肉なしではお腹が満たされなくなるかもしれない。

 無意識の内に舌なめずりをし、思わず手に力が篭る。

「……っ」

 少女の姿をしているとは言え、彼女は妖怪。人間とは違い力は強い。その力で腕を握られ、少年の口から微かに呻き声が上がる。

 「―っ!?」

 彼女は慌てて力を緩める。

 少年の腕が捥げていない事にほっとしたのも束の間。彼女はここにきて漸く気付いた。無数の妖怪達がこちらに近付いてきている事に。距離はそう遠くない。

 恐らくは、自分と同じく少年の血の香りに惹かれて此処を目指しているのだろう。知能も低く、本能に忠実な低級妖怪達がほとんどだが、いかんせん数が多い。

 妖怪達が此処に辿り着けば、少年の血は勿論の事だが身体も貪り喰われてしまうだろう。

 この少年が低級妖怪達に喰われてしまう事を考えると。

「…それだけは、駄目」

 この少年の血は、私のモノだ。

 血だけじゃない。その美味しそうな肉も私だけのモノだ。知能もない低級妖怪如きに、この少年を渡してなるものか。他の妖怪(だれ)であろうと、この少年は渡さない。絶対に喰われて(わたして)なるものか。

 彼女は少年から一歩下がり、薄暗い竹林を見据える。すると、そのタイミングを見計らっていたかのように一匹、また一匹と、妖怪達が姿を現す。

 夥しい数だ。これだけの数の妖怪がよくもまぁ此処まで集まってきたものだ。これ程の数の妖怪が群れて行動すれば、博霊の巫女が黙っていないだろうに。

 ルーミアは内心苦笑し、周囲の妖怪たちを威嚇するよう睨みつける。いくら知能のない低級妖怪と言えどこの数だ。個々の力では彼女が上だろうが、油断すれば少年を奪われてしまう。

 彼女は神経を研ぎ澄まし、先手を打てるよう全身に力を入れる。妖怪達はそんな彼女を気にするでもなく、ただ愚直に少年へと向かってくる。今尚漂う、魔性の香りに惹かれて。

 周辺は薄暗く、竹林によってまともな視覚は確保できない。加えて感じ取れるだけでも尋常ならざる妖怪の数。前後左右、あらゆる方向からの妖怪の出現に警戒して、ルーミアは弾幕を放つ。前方から押し寄せてくる妖怪はこれを避けもせずに直撃する。

 人と妖怪、妖怪と妖怪同士が対等に闘う為の弾幕ではなく、只敵を排除するための弾幕をだ。だが妖怪達は、そんな事お構いなしに直進してくる。

 そんな無防備な妖怪達の進軍にルーミアは一瞬驚くが、弾幕を潜り抜けてきた妖怪達を、何処からともなく取り出した漆黒の剣で屠る。屠る屠る屠る屠ルホフるほフルほフるほふるホふルほふるほふるほふるほふるホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフル屠る屠る―

 ただひたすらに。

 近寄ってくる妖怪共を屠る。

 奪われぬように―

 喰われぬように―

 攫われ(ぬすまれ)ぬように―

 淡々と、屠り続ける―

 

 

 左手で弾幕を放ちつつ、自分の身の丈以上の漆黒の剣を右手に妖怪達を屠る作業をどれ位繰り返したのだろうか。五分、十分、もしかしたら一時間?同じ作業の永遠の繰り返しにより、時間の感覚が最早判らない。

 飽きもせず、再び少年を奪おうとする雑魚妖怪を右手に持つ剣で両断する。断末魔の声を発する間もなく、妖怪は消滅する。それを無表情に見つめ、更に進軍してくる妖怪共に牽制の弾幕を放つ。妖怪共が牽制されたのを確認すると同時に、ルーミアが少年の方へ視線を送ると―

「………え?」

 いつの間に来たのだろうか。

 前方から押し寄せてくる妖怪達よりも少ないが、数十匹の妖怪達が少年の近くまで迫っていた。

 ルーミアは油断していたつもりは一切ない。略奪者(てき)はほとんどが前方から押し寄せてきているが、どこから現れてもおかしくないこの竹林において周囲の警戒を怠るはずがない。確かに、数が減るどころか増加し続ける妖怪達の姿から焦燥感は募っていた。だからと言って、数十匹分の妖気を見逃すほど集中力は欠けていなかった。欠けていなかったはずなのに……

 非常なる現実にルーミアの思考に僅かな空白が生まれてしまう。その一瞬の戸惑いを、油断を、知性がない筈の低級妖怪達は見逃さなかった。

 今まで愚直に直進してくるだけの妖怪達の動きに変化が訪れた。ほとんどの妖怪達が少年の下に直進するのは変わらないが、何十匹かの妖怪達がルーミアを囲むように接近する。

 ルーミアの戸惑いは一瞬だったが、その一瞬の戸惑いは低級妖怪達に味方した。少年の近くに出現した妖怪達に弾幕を放つと同時、自身に迫り来る妖怪へと振り返る刹那。彼女は身体のバランスを崩してしまう。慌ててバランスを整えようとするが時既に遅く、群がってきた妖怪達に押し倒されてしまう。

「きゃっ!?」

 彼女の手から漆黒の剣が宙に舞い、刹那に消え去る。覆いかぶさる妖怪共を払いのけようにも今の体制ではまともに力が揮えず。弾幕を放とうにも妖怪共に押し潰されていては放てぬ。そして極め付けに、気付かずとも蓄積されていた緊張感と疲労によって彼女の力は減衰している。先程まで無双していた少女は何処へやら、今此処にいるのは非力な妖怪が一人。

 それでもあの少年だけは(うば)われたくなくて…

 圧し掛かる重圧に顔を歪め、少年の方へと視線をやれば―

 彼女を出し抜いた妖怪共が、少年へと群がっている。

 ある妖怪は、地に流れる血を啜り。ある妖怪は、少年の腹部に直接口をつけ血を啜る。ある妖怪は、少年の腕に噛り付く。ある妖怪は、腹部から血を啜る妖怪を押し退け腹部に喰らいつこうとしている。ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪はある妖怪は、ある妖怪は―

少年の命を、喰ら(うば)おうとしている……

「……ぁ、……」

 ルーミアの口から、呆けた声が漏れる。

 自身が独占しようとしていたご馳走(しょうねん)が、誰にも飲ませたくなかった血が、まだ舐めてもいない身体(おにく)が、根こそぎ略奪者達に奪われてゆく。

 このままでは、あのご馳走は消える。低級妖怪達に貪り食われてなくなってしまう。魂までもが貪り食われ、その味を再び味わうことなく消え去ってしまう…

 彼女は震える腕を少年へと向けるが、その行為を嘲笑うかのように、知能が低い妖怪達は薄い笑みを浮かる。

 そして――

 一匹の妖怪が、少年の腸に、噛り付く……

「あ…あぁ………ああああああぁぁぁぁぁ…」

 それを見たルーミアの眼は見開かれ。口からは、絶望の声が上がる。

 奪われたくなかった存在が奪われる。自身よりも劣る、低級妖怪如きに。たかが物量差に物を言わせることしかできない、本能に忠実なだけの小物達に…

 許せない。許せない…許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ…

 

 

 断じて、赦すことはデキナイ。

 ルーミアの思考は闇に呑まれかけようとし、意識を保つことが困難となろうとしていた。

 そして。

 彼女の世界は、闇に包まれた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

タイトルが浮かばん……
タイトルが浮かんだら編集しておこう。



 ―数十分後―

 ―迷いの竹林

 

 

 

 

 雨が降り注ぎ、不気味なまでに静寂に包まれた迷いの竹林に二人の女性が何の前触れもなく現れた。

 妖怪の賢者―八雲紫と、その従者たる八雲藍である。

 彼女達は何者かが幻想郷に侵入(はい)ってきた当初。すぐさま動くことはなかったのだが、暫くした後に莫大な妖気と濃密な闇の気配を感じ、急遽紫のスキマで迷いの竹林に急行したのである。強力な力を持つ妖怪が多くいる幻想郷ではあるが、一個人の妖気と無数の妖怪が集まって感じられた妖気を間違えることはありえない。

 そして、力の弱い妖怪達が八雲紫を動かす自体を作るほどの状況を生み出すことなど断じてありえないのだ。そんな事態が生じてしまえば、幻想郷の均衡(バランス)崩壊する(くずれる)ことになりかねない。

 だと言うのにだ。

 現に、彼女は此処に来た。

「紫様」

 険しい表情で行動を促してくる己が従者に頷く。

「えぇ、先に進みましょう。嫌な臭いがするわ」

 そう言い放ち、何の迷いもなく紫は歩を進める。周囲への警戒は怠らず、されど、集中しすぎて視野が狭まらないように。藍は紫との距離を若干おき、主に追随する。何が起きてもすぐさま対処できるように。

 嫌な匂いの元へと近付くにつれ、濃密な妖気を感じるようになってきた。だがそれと同時。嗅ぎ慣れた異臭の匂いも混じっていて。

 紫の顔が徐々に険しくなる。

「…これは、遅かったかしら」

 感じる妖気と異臭に、自然紫の速度は上がる。藍もまた、立ち込める妖気と香りたつ異臭に表情を顰め、主の後へと続き。

 少しだけ歩を進めていると、開けた場所に辿り着いた。そこで彼女達が見た光景は。

 

 

 

 

 死屍累々。屍山血河と評するのが相応しいものだった。

 濃密な妖気を放っていた筈の存在たちだったものは、どれもが無残な姿になっていた。四肢が引き裂かれた者。頭と胴が別々になった者。頭が切り裂かれ、胴体には空洞ができている者。胴体は微塵になり、頭は素手で割られた者。胸を穿たれ、絶望の表情で死に絶えている者。眼球を抉られ、四肢を喰い散らかされ、原型を留めていない者。全ての妖怪達が描写に筆舌しがたい死に方をしている。

 一体、何をどうすればここまで惨い終わり方を迎えられるのだろうか?どこまで残忍な性格をしていれば、ここまでの惨劇を生み出すことが出来ると言うのか……

 藍はおろか紫までもが、唖然としてこの光景に呑まれてしまっている。

 そして、この惨劇を生み出したであろう張本人は、身の丈以上もある漆黒の剣を右手にぶら下げ、屍達の山に佇んでいた。

「これは、一体…」

 嘗て大国を震撼せしめた九尾から呆然とした言葉が漏れる。

 力ある妖怪ならば、このような惨劇を生み出すことは造作もない事かもしれない。紫や藍を始めとして、力ある妖怪はこの幻想郷に数多く存在する。しかし、そういった者達は無駄な行為をしようとしない。このような残虐非道な行いをしない。無論そういう存在が全くいないとは言えないが…

 まして、この惨劇を生み出したであろう張本人が幼い少女であるならば、尚更に信じられない光景であろう。尤も、見かけ=年齢という図式は妖怪には当て嵌まらないのではあるが。

 だがしかしだ。いくら力のある妖怪でも、幾十、幾百もの物量差を物ともせずに事を為すが可能なのだろうか?どれだけ質が良くとも、疲れを知らぬ数の暴力に耐え切り、立ち上がっていられるものだろうか?

 あまりにもな光景に我を失っている二体の妖怪に、屍の山に立っていたルーミアが振り返る。手に持つ剣からは今尚紅い液体が流れており、服も所々が破れているが満身創痍には程遠い状態である。

 その姿に藍は恐怖する。自身よりも遥かに力が劣る妖怪に、恐怖を覚える。この惨劇を生み出した張本人に見つめられ、身体が震えてしまう。

 その事を気取られないよう、藍はルーミアを見つめ返す。背後にいる主との距離を測りつつ、思考を巡らせながら。

 だが、そんな藍の内心を気にするでもなく、ルーミアは自身に闇を纏わせる。藍と紫の表情が緊張と強張ると共に、彼女の身体は黒い球体に覆われその姿が視認できなくなる。

 藍と紫は瞬時に身体に妖力を纏わせ迎撃態勢を執るが、あろうことかルーミアは彼女達に襲い掛かるでもなく後退していく。

 意外な展開に藍と紫は虚を突かれるが、黒い球体が竹林の奥へと消えかかる寸前に藍が漸く言葉を発するも、

「…!?ま、待て、宵闇っ!」

 あまりにも遅すぎた。

 藍が宙に伸ばした手を嘲る様に、ルーミアは八雲二人の前から姿を消した。

 ルーミアの妖気の後を辿ることは出来なくもないが、闇と同化したルーミアの妖気を辿ることは、如何な八雲と言えど至難の業。ましてや、彼女を追うことに出遅れたのならば尚更の事である。

 それでも、ルーミアを放置できないと判断した藍はすぐさま彼女を追おうと脚に妖力(ちから)を溜め、

「待ちなさい藍!」

 主の鋭い声に思わずその妖力を霧散させてしまう。

「紫様?」

 何故自分を止めるのか?

 この惨劇を生み出したルーミアを追わせてくれないのか?

 そんな疑問符を浮かべたまま、藍は己が主に向き直る。

「彼女を追うのは後でいいわ。それよりも今は」

 そう言った主の腕の中には、いつの間にか一人の少年が抱き抱えられていた。主が見知らぬ人間を抱いていることに驚くが、それよりも驚くべきは―

「?…これは!?」

 少年の状態である。

 腹部からの大量の出血により、少年の顔は血の気がなく真っ青。処か、少年の身体には抉られている箇所が多々見受けられる。恐らくは、目の前で山になっている妖怪共に肉体を喰われたのだろう。

 出血量だけでも尋常ではないのに、あまつさえ妖怪に肉体を貪られているのだ。未成熟な身体で、この状態で生きていられる筈がない。強靭な肉体を持つ人間でさえ。この状態で生きていられはしないだろう。もしこれで生きているのなら、人間ではない。

 誰がどう見ても死に体だ。助けられる術なぞありはしない―この竹林の何処かにある、永遠亭の薬師に頼めば可能性はあるかもしれないが。

 そんな事は誰の眼にも明らかだと言うのに、主は少年を抱いている。鋭い目付きで自身を見つめて。

「彼女の事は、今は置いておきなさい。それよりも優先すべきことがある筈よ」

「ですが、紫様…」

 少年を助けると暗に促してくる主に、藍は言葉を返す。

「誰がどう見てもこの少年は最早手遅れです。ましてこの少年は外来人。我々妖怪が助ける道理などない筈」

 妖怪は闇に生きる存在。いくら幻想郷で人と妖怪が共存しているとは言えど、妖怪が人を助けることなぞ有り得ない。まして、外来人であれば尚更だ。

 それが解らない主ではないだろうに。

「まだ、手遅れではないわ。微かにですが、この少年には息があります」

「…………は?」

 普段の紫らしかぬ行動に戸惑っていた藍は、思わず呆けた声を出してしまった。主の言葉の意味が理解できず、藍は呆然とした表情で紫の顔を見る。次いで、主に抱かれている少年を凝視する。

 神経を研ぎ澄まし、妖力で聴力を強化すると、ほんの僅かだが少年の口から呼吸音が聞こえてきた。とてもか細く、今にも消え去りそうなほどに弱いが、確かに少年は息をしていた。

 そんな少年を、藍は信じられない表情で見つめた。

「誰がどう見ても、普通であればこの少年は手遅れでしょう。いくら息があったとて、この状態では手の施しようがない。ですが幸い、此処は迷いの竹林。えい……月の賢者であれば、この少年を救うことが適うかもしれません」

「……確かに、八意殿ならば救えるかもしれません。しかし、」

「貴女が言いたいことは解っています。ですが、今はその問答をする時間さえ惜しい。永遠亭にスキマを繋げ早急にこの少年を運ばねばなりません」

 従者の言葉を遮り、紫はスキマ生み出してその中に入って行く。言葉の通り、藍と問答する気はないようだ。

主の真意が読めぬ藍は渋面を作るが、これ以上言葉を重ねても無意味であると悟り主の後を追う。

「…解りました、今は急ぎ永遠亭へ向かうとしましょう。しかし紫様。スキマを繋げたとはいえ、永遠亭の内部にまで入れるのですか?あの屋敷には八意殿が造った結界が張ってありますが」

「その点に関しては何も心配ありません。いざと言う時の為に月の賢者とは既に交渉してあります」

「……然様ですか」

 いつの間にそんな交渉をしていたのかと思わないでもない藍ではあるが、その事に関して今は言及しない。何故なら、そう言った時の紫の頬が若干緩んでいたからだ。

 この時の紫にその経緯を問い質せば、十中八九長話になるだろう事は明白。歩みは止めたりはしないだろうが、この少年を月の賢者に渡した後、何時間にも渡って月の賢者との交渉話を話続けるだろう。そうなるであろう事は容易に理解できる。それは何故か?この身で既に、嫌というほど体験した事があるからだ。

 色々と疑問は尽きないが、今直ぐにでも解決しなければならない訳でもない。寧ろ、主の長話に付き合うつもりは毛頭ない。それだけは是非とも御免こうむりたい。

 主に遅れぬよう続き、様々な思考を展開させながら藍は今後の事を考える。

(八意殿にこの少年を渡し、奇跡的に助かったとして紫様はどうなさるおつもりなのだろうか?直ぐにでも少年を元の世界へ帰すのか、そのまま永遠亭に世話を任せるのだろうか?それとも……。こういう時にこの方の真意を測れないのが悔やまれる。紫様の考えが解れば今後の展開にも対策は立てられるのだが)

 主の真意を測れぬ事に内心で舌打ちをし、藍は考え続ける。

 八雲紫の式となり、永い刻を彼女と共に在り続けたが、未だ彼女の思考は理解できない。何を考えているのか、その片鱗さえも理解することができない。

 少しは、式である自分に考えの片鱗ぐらい見せてほしいものだ。

 自分は八雲紫の忠実な式なのだから、もっと信頼してくれてもいいと思う。そして願わくば、何も知らないままの自分を振り回すのは勘弁してほしい……してほしいのだが、それはきっと、永遠に叶わない望みなのだろう。それだけは断言できる。その事に関してだけは理解できる。だって、相手はあの八雲紫なのだから。

(……うん、考えるのはよそう。これ以上考えても虚しくなるだけだろうし。どうせ私はしがない式に過ぎないのだ。紫様に振り回されるだけの人生(?)しか送れないのだ)

 どうやら彼女は思考を放棄したようだ。彼女の顔は笑みの形を作ってはいるが、眼は笑っておらず涙がうっすらと浮かんでいる。何とも哀しい状態だ。ここはそっとしておくのが優しさというものなのだろう、きっと……

 そしてそんな従者の状態に気付いているのかいないのか、彼女の主は藍を無視してどんどんスキマの奥へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―紫達がルーミアと接触する少し前―

 ―永遠亭

 

 

 

 

 迷いの竹林の深奥に、人目を憚るかの様にその建物は在った。何人もの侵入を拒むかのように存在するその建物の名は、永遠亭。月の姫と、その従者である月の賢者が隠れ住む屋敷である。

 そんな永遠亭の一室に一人の女性がいた。

 長い三つ編み状の銀髪に、青と赤から成るツートンカラーの服を纏ったこの女性の名は―八意永琳。此処永遠亭の主の従者にして、月の賢者、月の頭脳と謳われし人物である。

 彼女は今読書中であるらしく、机の上には読み終わった本が山となっている。机の左端には六法全書並みの分厚い本が何十冊と山となっており、右端にも読まれていない分厚い本の山がまだまだ多くあった。

 彼女の眼と手は目まぐるしく動き、本の項は二秒毎に捲られている。そんな速度では内容はおろか文字さえも認識できまい。だが、それを成し遂げてしまうのが彼女という存在であった。常人どころか超人でさえ不可能であろう神業を披露し、次々と項を読み進めるのだった。

「………ん、少し休憩するかしら」

 また一冊読み終えた永琳はそう言うと、目頭を軽く揉みながら本を置いた。そして、長時間動かさなかった身体を解すかのように両腕を伸ばす。そしてふと、窓の外を見ると、

「あら、いつの間に雨が降っていたのかしら?」

 気がつけば雨が降っていた。

 確か自分が本を読み始めた当初は、雨は降っていなかった筈なのだが。どうやら時間間隔が判らなくなるほどに読書に集中していたらしい。そんな自分に内心苦笑し、彼女は外を見続ける。

 雨は最初弱めに降っていたが、若干雨足が強くなったように感じた。感覚的にそう感じただけなので、ひょっとしたら雨足は変わっていないのかもしれない。

 しかし。

「……少し、嫌な感じね」

 永琳が少し顔を顰めて呟くと同時、

「永琳、いるかしら?」

 扉越しに、儚くも凛とした声が聞こえてきた。

 その声に永琳が振り返ると、そのタイミングを狙ったかのように一人の少女が部屋に入ってきた。

 腰まである長い黒髪に、麗しい目鼻立ち。町を歩けば十人中十人の男が振り返るであろう美しき少女の名は、蓬莱山輝夜。此処永遠亭の主にして八意永琳の主である月の姫だ。

 彼女と永琳は、元々空に浮かぶ月に住んでいた存在であるが、今は訳あってこの幻想郷で暮らしている。彼女達が幻想郷にいる理由を知りたいのであれば、偉大なるgoog○e先生に尋ねるか原作をやるといいだろう。

 閑話休題(それはさておき)

「どうしたの輝夜?貴方が此処に来るなんて珍しいじゃないの」

 そんな永琳の問いに輝夜は苦笑を漏らす。永琳の言葉が正確に的を射ているからだ。余程の事でもない限り、輝夜はこの診療室(へや)に来ることはない。態々好き好んで、私事(プライベート)で薬臭い部屋に来る物好きはごく少数だろう。それなのに、彼女はこの部屋へ来た。

「ん、ちょっと嫌な感じがしてね。何となく永琳の所に来たって言ったら、貴女は笑うかしら?」

「まさか。私が貴女を笑うことなんてないわ」

「そう、それなら良かった」

 輝夜はそう言って溜息を吐き、永琳の傍へ歩み寄る。

 永琳はそんな彼女を横目に、思考を展開する。彼女が嫌な感じを覚えたように、輝夜もまた感じたようだ。自分のそれと同じとは限らないが、嫌な感じを。

 永琳の脳裏に、様々な憶測が浮かんでは消えていく。起こりえるだろう事。有り得ざる事。考えても詮無き事ではあるが、どうしても考えてしまう。彼女はそういった性格なのだ。

「また難しそうな本ばかり読んでいたのね、永琳ったら」

 本を何冊か手に取って読んでいた輝夜だが、内容が難しい以前に文字さえも読めない為に机に戻しながらそう呟く。

 そんな輝夜に苦笑を零し、永琳は椅子から立ち上がり輝夜と向き合う。今あれこれと考えても、無駄だろうと思い直して。

「別に難しくもなんともないわよ?後学の為に、貴女も何冊か読んでみる?」

 永琳のその言葉に、輝夜は明らかに嫌そうな顔をする。そんな彼女の反応に、困ったものだと言わんばかりに苦笑を浮かべる永琳。

 輝夜は勉学というモノが嫌いなのだ。

 過去、永琳を除く何人もの家庭教師役が輝夜に勉強や作法等を教えようとしたが、彼女はあの手この手で勉学等を退けていた。そして無理にでも教え続けようとすれば、彼女に脅されて泣く泣く諦めざるをえなかった。そんな彼女にまともに授業を行なえていた者は永琳を除いていなかったのだ。

 そんなことを思い出して苦笑する永琳を見て、輝夜もまた苦笑を浮かべる。彼女の師が苦笑している理由を察して。

 何とも言えない微妙な空気が診療室に漂い始める。

 がしかし、そんな空気をぶち壊すかのようにドタバタと喧しい音が外の方から聞こえてきた。その音のほうへ顔を向ける二人。

「あらあら。随分と慌しいわね、イナバったら」

「まったく……いつ如何なる時でも慌てるなと教えているのに」

「躾がなってないんじゃないの、永琳先生?」

「やれやれ。もっと厳しくしないと駄目なのかしら……」

 そんな軽口を叩きあいながら、彼女達は騒音を生み出している主が来るのを待つ。この永遠亭内で、ドタバトと走り回るのは一人しかいないが故に彼女達はのんびりとしていられるのだ。

 騒音が聞こえ始めて数分。騒音が部屋の前まで来ると同時に診療室の部屋が勢いよく開けられる。

「し、師匠!!大変です!一大事ですううううう!!!??!」

 そう言って入ってきたのは一匹の妖怪兎。名を鈴仙・優曇華院・イナバ。永琳と輝夜と同じく元月の住人である。

「騒々しいわようどんげ。姫様の御前ではしたない」

 あまりの騒々しさに顔を顰めつつ、鈴仙に苦言を呈す永琳。その言葉に鈴仙の動きはピタリと止まり、永琳の横に立っている輝夜の姿に視線が固定される。

「な、なななななななな何故姫様がこの部屋に!?」

「あら、この屋敷は私の物なのだから私が何処にいようと自由でしょ?それなのにイナバったら、私が此処にいるのはおかしいとでも言うのかしら?」

「そ、そんな、めめ、めめめめめ滅相もありません!?」

 声を若干低くしながらそう言う輝夜に、鈴仙の顔は青褪める。輝夜から発せられる雰囲気に気圧されながら、少しずつ身体が震え始める鈴仙に対し、内心でやりすぎたかしらと苦笑する輝夜だが、

「って、それどころじゃなくて大変なんです師匠!」

 再度慌て始める鈴仙に怪訝そうな顔を向ける永琳と輝夜。普段から慌てやすい彼女ではあるが、ここまで騒々しいのは稀だ。そう感じ取った二人は顔を見合わせて頷き、永琳が問いかける。

「何が大変なの?順を追って話なさい」

「じじ、実は、あのスキマ妖怪が!あの胡散臭いスキマ妖怪が永遠亭に!!」

 鈴仙から発せられたスキマ妖怪という単語。その言葉を聞いた二人の顔は鋭くなる。それと同時。永遠亭に張ってある結界が、微かに揺らいでいる事が感じられ…

 永琳と輝夜は弾かれたように診療室から出て行った。二人の行動の意味が理解できなかった鈴仙は一瞬呆然とし、我に帰ると直ぐに二人を追い始める。

「…っ!?ちょ、まま、待ってくださいよ!師匠、姫様!」

 

 

 

 

 一方スキマを通って永遠亭まで来た紫達は、永遠亭内部に侵入し正面入り口の通路を歩いていた。途中、人化している妖怪兎とそうでない妖怪兎達が警戒しまくって彼女達を威嚇していたが、紫は歯牙にもかけず進んでいく。そんな紫と兎達を見比べ、なんだかなぁと思う藍。進入したこちらに非があるのだから、問答無用で弾幕を叩き込まれても仕方ないのだが、ここの兎達はそこまで愚かではないようだ。せめて代表者をとっ捕まえて、事情くらい話せばいいのにと思わないでもないのだが、今の紫はそこまで気が回らないらしい。

 そんな主に、内心何度目になるか分からない溜息を吐きつつ藍も続く。確かに紫が急ぐ理由も解る。

 藍は紫に抱き抱えられている少年を見て眼を細める。本当に生きているのが不思議な状態であるが、少年は微かに息をしている。生きているのなら、月の賢者たる八意永琳に任せれば助かる見込みはある。その事を妖怪兎達に説明する時間は確かに惜しいものだが。

(一体、この少年の何が紫様にそうさせているのか……。確かに宵闇がこの少年を食べていなかった、どことか他の妖怪達から守っていた事には疑問が残るが……紫様自ら少年を助ける道理はないというのに)

 そんな事を考えていた為か。いつの間にか紫が歩みを止めていた事に藍は気付かなかった。故に。

「わぷっ!?」

 紫の背中にぶつかるのは自明の理。涙目になった藍は鼻頭を抑えながら、いきなり立ち止まった紫に訴えかける。

「いきなり止まらないで下さいよ、紫様~」

 しかし、そんな藍の声が聞こえていないのか。紫は藍の言葉に返すでもなく前を凝視している。紫のそんな態度に訝しげな表情を浮かべ、再度声をかけようとする藍だが、遅まきながら彼女も気付くことになる。強力な力を持つ者の気配が二つと、それには劣るがそこそこの力を秘めた気配を持つ物が一つ近付いてくるのを。

 藍の表情は自然と鋭くなり、万が一の出来事が起こってもいいように自然と力を溜める。いくら交渉をしているとは言え、最悪の事態は想定して然るべきだ。そして、最悪の事態を想定して動くのが従者たる自分の務め。

「こんな時間にお客とは驚きだけど、それがまさか八雲なんて意外にも程があるわね」

 そうして身構えていると、凛とした声が響いてきた。声の方に顔を向ければ、近付いてくる姿が三つ。一つは、この永遠亭の主にして声の主―蓬莱山輝夜。そして、その従者にして今回の目的人物である八意永琳。最後の一人は狂気を操る力を秘めた月の兎―鈴仙・優曇華院・イナバ。

 三人共に、表情は厳しい。警戒心を最大に、こちらの些細な動きを見逃すまいと構えている。それも当然か。自分達の領域(テリトリー)に侵入者が来れば誰もがそうする。いつ弾幕が放たれてもおかしくない状況下で、紫は一歩前に踏み出す。

 藍が止める間もなく輝夜達の前に歩み出た紫はそっと一礼し、

「いきなりの非礼申し訳ありません。ですが、火急を要する故に無礼を承知で参りました」

 普段の紫を知る者からは想像もできぬその対応に、輝夜達は眼を丸くする。あの八雲紫が、こんなしおらしい態度を取る真意が測れないのだ。輝夜達は顔を見合わせるが、そんな彼女達を気にとめず紫は言葉を続ける。

「月の賢者たる八意永琳に、救って貰いたい命があるのです」

 そう言って彼女は、腕に抱いている少年を輝夜達に見せる。そして少年の惨状を見た彼女達は、表情を強張らせる。

 今まで多くの患者達を診てきた永遠亭であるが、ここまで酷い状態の患者を大人以外で見たことはない。いや、見たことはあるが、その時の状態はそのどれもが手遅れで……

 一体どうすれば、子供がここまでの重症を負うというのか。どのような事が起きれば、この様な状態で生きていられるのか。あまりの出来事に言葉を失う彼女達。

「辛うじてではありますが、彼にはまだ息があります。助かる見込みは僅かしかありませんが、どうか…」

 頭を下げて少年を託してくる紫。

大妖怪が、あのスキマ妖怪が一人の人間を助けようとする珍事を前にして呆気に取られる輝夜と鈴仙だが、永琳の行動は早かった。

「うどんげ、急いで手術の準備をしなさい!輝夜はこの少年の時を止めて!」

「は、はははははははい!?」

 永琳の声に当てられ、鈴仙は脱兎の如く来た道を急いで戻り、輝夜は表情を引き締め永遠の能力を使う。実に今更ではあるが、これ以上の出血を見逃すのは拙い。最早気休めにしかならないのかもしれないが、能力を使わないよりかはマシになるだろう。

 輝夜が能力を発動したのを見た永琳は、紫から少年を受け取り先程まで自分がいた診療室へと急ぐ。この少年を助けるならば、最早時間はあまり残されていない。寧ろ、生きている事事態が不思議なのだから。

「この少年、確かに預かったわ。生きてさえいるのならば、必ず救ってみせましょう」

 紫の返事を聞かず、永琳はその場を後にする。輝夜は一度、紫と永琳を見比べるが直ぐに永琳の後を追うことにした。少年を助けるならば、輝夜の能力も必要になるからだ。

「後は任せたわよ、永琳」

 去り行く背中に、紫はそっと小さな声で呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。