孤物語 (星乃椿)
しおりを挟む

001

ハーメルン初投稿になります。
至らない点も沢山ありますが、どうぞお付き合いください。


高校一年から高校二年の狭間である春休み、俺は『彼女』に出会った。

『彼女』の名はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

非常に長ったらしい、外国人であってもいないであろう名前なのだが、彼女は外国”人”ではない。

怪異。

化物。

人外者。

彼女はかの有名な吸血鬼だった。

人の血を吸う鬼。夜の王。ヴァンパイア。

フランケンシュタインや狼男と並び、古来より『ドラキュラ』や『カーミラ』など数々の物語で恐れられる不死身の化物。

俺はそんな恐ろしい化物と出会ってしまった。

それも鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

怪異の王にして最強の怪異に。

現代において妖怪、もとい怪異、それも吸血鬼に出会ったなどと誰かに言えば鼻で笑われるだろうし、誰も信じてはくれないだろう。

面白い都市伝説やら、夏の夜を面白おかしく彩る怪談の一つとして片づけられるに決まっている。

俺とて『彼女』に出会っていなければ中二病だと笑っていたに違いない。

まぁ、そもそもそんな話する相手すらいないのだが。

話を戻そう。

そんな吸血鬼と衝撃的で壊滅的な出会いを果たした俺達は悲劇的な別れをした。

地獄を見たといってもいい。

そんな地獄の春休みは、もちろん地獄と言うくらいであるから、幸か不幸かで言えば不幸と言わざるを得ない。しかし、春休みすべてが不幸というわけではなかった。むしろ、幸福だったと胸を張って言えるだろう。

『彼女』、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと出会ったからこそ今の俺があるのだから。

今でも俺以外の人間が彼女と出会っていたらどうなっていたかと考えることがある。

けれど、結論はいつも同じで、俺以外の誰かが彼女と出会ったとしても同じ目に遭っていたなんてことは決してならなかったと、そう考えている。

別に奢っているわけじゃない。

俺が俺であるからこその悲劇で、俺だからこその喜劇なのだ。

俺だからこそ彼女と出会い、彼女もまた彼女だからこそ俺と出会ったのだろう。

そうある運命だったとさえ言える。

偶然ではなく必然と。そう断言できる。

別にロマンチストを気取るつもりはない。

ただ、会うべくして出会ったというだけなのだから。

ぼっちとぼっちが偶然出会って、ふたりぼっちになっただけの話。

春休みから俺達は、文字通り一心同体で一蓮托生のふたりぼっちになった。

これは孤独を恐れる小心者のぼっちが出会い、傷を舐め合い、そして死んだ。

ただそれだけの物語なんだと、そう思っている。

では、語ろうとしよう。

小心者の物語を。

終わりのない物語を。




1000字以上じゃないと投稿できないのかったのか・・・
修正したらなんともくどい分になってしまって申し訳ない限りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

002

使い方慣れない・・・
とりあえず、連続投稿させていただきます。
キスショット登場まで会話もなく、少々くどい展開が続くと思いますがどうぞお付き合いください。


 両親が警察官だと聞けば相手はどう感じるだろうか?

 いきなり何言ってんだ。とっとと話進めろっていうのはなしの方向で。

 

 疚しいことがない限りは、「立派なご両親」だとか、「厳格な家庭」だとか、「立派な教育をしているに違いない」などと考えるだろうと思う。

 けれど、警察官だからと言って必ずしも彼らが模範的な人間だとは限らない。

 

 彼らも人間なのだ。

 日常的に欲に溺れ、時には犯罪を犯し、自らの感情に素直な一人の人間なのである。

 ニュースなどを見ればそのことが分かると思うのだが、どうも一般的には先ほど述べた「立派な人間」だという認識を持たれることだろう。

 

 まぁそれが正しいのだが。

 そこらへんを屯っているヤンキーなどの反骨精神に満ちた愚か者でもない限りは、「警察=不真面目」のような図式が無条件で成り立つようなことがあってはならない。

 もし仮にそのような図式が成り立ってしまっては今日の日本は世紀末になってしまう。

 

 だが、俺は警察官が人間だということをを小さいころから身に染みて知っていた。

 彼らは小町を偏愛するあまり、俺に対する関心は希薄な両親だった。

別にそれを非難するつもりはない。目つきが悪く不愛想な男の子と、天真爛漫な笑顔を振りまく女の子だったら後者を優遇するに決まっていよう。少なくとも俺だったらそうする。だが世間的に見てはどうなのだろう。これは立派なネグレクトであり、育児放棄だ。

 

 けれど、彼らには警察官という仮面があり、それが世間に露呈することなんてことはありえないだろう。

 

 何せ、小町に対しては立派な両親(親バカ)であるから、兄である俺にも同じようなものだろうと勝手に解釈する。もし俺に対して冷たくしているのが露見しようとも、「年頃の男の子は気難しい」やら「反抗期なのだろう」という解釈に落ち着くだろう。

 故に、彼らの「模範的な人間であるから、模範的で立派な親なのだろう。」というレッテルが剥がれることはない。

 

 なぜこんな益体もない話を長々としたのかといえば、警察官の息子である俺はそんなレッテルが大嫌いだった、と話したかったからだ。

 

 小学生の頃いじめに遭っていた俺は、両親が警察官なんてことは言うわけにはいかなかった。

 

 理由は簡単。もしそんなことが知られれば、「親の力を借りるダサい奴」って言われると思ったからだ。

 まぁ言ったところで、両親が介入することなんてことは100万が1にもありえないのだが。

 

 ともかく、小学生の頃の俺は、そんな安っぽいプライドのために、ガンジーよろしく無抵抗に徹したのだった。

 だが、そんな抵抗も虚しく中学に上がる前には周囲にバレてしまった。

 

 多くの人は心当たりがあるのではないだろうか?小学生の頃、「両親の職業はなんですか」って発表をした覚えはないか?

 そのせいで、両親が警察官ってバレた俺は、直接的な虐めから、陰湿なものへと変化していった。(「報復を怖がるならわざわざ手を出すなよ」というツッコミはなしだ。虐めというものはそう簡単に止められるものではないのだ。)

 

 おかげで友達0。

 そんな無様な生活を送るうちに、いつしか俺は友情、愛情、心情、そして感情、その“情”がモノの様に見えてきていた。まるでショーケースに入った宝石のように。

 理解はできる。けれど、わからない。

 

 求めてはいる。けれど、必要だとは思わない。

 なんとも中学生らしい悩みを持っていたと言わざるを得ない。

 

 そんな中でも中学の奴がいない高校に進学するという悪足掻きを試みたものの、そんな打算も打ち砕かれた。

 

 入学式に浮かれて早く家を出た俺は、車に轢かれそうな犬を助けて事故に遭うというなんとも間抜けな理由で入学ボッチが確定したのだ。

 しかも、対人能力を全く養ってこなかった俺は、当然自分から話しかけることなどできず、友達ができないまま高校1年が終わってしまったのだった。

 

 長々と話しておいてなんだが、俺が言いたいのは「友達ができなくて絶望した!!」ってことだ。

 

 ぼっちであっても苦はない。けれど最近生きてる意味が分からなくなってきたのだ。

 自殺志願者ってわけじゃあない。

 

 けれど、生きていても意味はないと思う。

 誰とも分かち合えない自分だけの世界。

 そんな中に生きていても意味はないだろう?

 楽して生きたいとも思うが働かねば生きていけない。

 そのためにはそれなりに成果を残さねばならない。

 成果を出そうと誰も見ていない。

 これから先もだらだらと自分の為に自分を酷使し続ける。

 

 なんて。要するに不安定なのだ。今の俺は。

 

 そんな中で俺は彼女と出会った。

 血も凍るほど美しい鬼に。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

003

ここ1週間ほどPCに触れることができない環境にいたため執筆が遅れてしまいました。申し訳ありません。
UA、感想、評価、お気に入り、本当にありがとうございます。
とても励みになります。
これからも読んでいただければ幸いです。



 出鼻を挫かれた高校1年生も終わり、これといって宿題が出されるわけでもない、学生にとって最高で至福な期間である春休みに突入した。

 

 高校という新天地に不安を抱く中学生でもなく、大学受験のために受験モードへと移る時期でもないため自堕落な毎日が続くある日。

 ゲームにもなんとなく飽きてしまい、かといって読書しようにも部屋にあるものは全て読破していたため、珍しく書店へ赴こうとしていた。

 

 引籠りではない。断じて。ただ外に出る必要性がないだけなのだ。

 誰に対してかわからない言い訳をしたのは妹に驚かれたからかもしれない。

 

 「お出掛け!? お昼ご飯と晩ご飯のときにしか部屋から出てこないごみいちゃんがお出掛け!? 明日は雪!?」

 「おおげさすぎんだろ」

 

 なに? 俺が外に出ると雪降るの? もしかして俺の斬魄刀は氷雪系なのかもしれない。ちなみに俺は氷輪丸より袖白雪派だ。倒した敵の数多いし。

 それにしてもなぜ氷系統の能力って全然敵を仕留められないんだろうな。オサレポイント高いからですか。そうですか。

 

 「それはそうとして、本当にどうしたのお兄ちゃん。具合でも悪いの?」

 「いや、ただ本でも買いに行こうと思っただけだから。そんな心配する事でもないから」

 

 部屋から出ただけでなぜこんなに心配されるのだろうか。地味に傷ついた俺がいる。心配されたこと自体は悪くはないのだが、いかんせん内容が小さすぎる。

 

 「ふーん。じゃあコンビニでプリン買ってきて! おいしいやつ!」

 「はいはい」

 

 コンビニで売ってるプリンなんてどれも同じ味じゃないだろうか。

 というか、さりげなく妹にパシられるあたり、比企谷家のヒエラルキーが垣間見える気がする。別に買ってくるのはやぶさかではないが。

 

 「あっそうだ。お兄ちゃん」

 「なんだよ。まだ何か買うものあんのか?」

 「いや、別に。そうじゃなくてさ、知ってる? 最近この街に吸血鬼が出るんだってー」

 「はぁ? 吸血鬼ぃ?」

 

 なんとも間抜けな返しだが、仕方ないだろう。なんの脈絡もなく突然わけのわからない都市伝説を聞かされればこうもなるというもの。

 

 「そうそう。なんでもね、金髪でめちゃくちゃキレイな女の吸血鬼なんだってー」

 「普通吸血鬼ってダンディなんじゃねーの? ドラキュラ的な」

 「それが違うのですよ! なんと美人な吸血鬼さんなのです! 友達の友達が見たんだってさ」

 

 友達の友達はもはや他人ではなかろうか。というか、なんでパッと見で吸血鬼だってわかったんだよ。血でも吸われたのか?

 

 「で。なんで今それ話したの?」

 「久々にお兄ちゃんと世間話がしたかったのです。あっ、今の小町的にポイント高い!」

 「最後のがなければな。・・・で、本当は?」

 「久々に外に出るお兄ちゃんを怖がらせたかったのです!」

 

 てへっ、と舌を出す我が妹。ちくしょうかわいいから許す。

 

 「でも、本当に気を付けてね。吸血鬼さんはともかくまた事故に遭ったら嫌だもん」

 「はいはい」

 「もー心配してるにその返事はポイント低いよ?」

 

 その言葉で八幡的にはポイントは爆上げされてることは口が裂けても言うまい。

 

 「んじゃ、行ってくる」

 「いってらっしゃーい!」

 

 これが俺の人間として最後の会話だった。

 

 書店で面白そうな本を購入し、小町のために焼きプリンを購入した後、購入した書物を紐解くことに心を躍らせながら帰り道についていた。

 

 その道はまさに異常の一言に尽きていた。

 

 国道ではないにしろそれなりに広い道にもかかわらず通行人は一人もおらず、5m間隔で設置されている街灯がほとんど明かりを灯していなかった。ほとんどというより、1本を除いてすべてが消えていた。

 

 それだけでも異常だというのに、それ以上に異常なことがあった。

 

 「うぬ」

 

 唯一点灯している街灯の真下に『彼女』がいた。

 

 「おい。そこのうぬじゃ。儂を助けさせてやろう」

 

 美しい金髪に、整った顔立ち、そして冷たい目。

 場に合わない格調高い真っ赤なドレス・・・は、引き千切れ、破れに破れ、ボロボロの布切れになっていた。

 そんな見るに堪えない格好とは裏腹に、尊大に続けて言った。

 

 「おい。聞こえんのか・・・。儂を助けさせてやると、そう言うておるのじゃ」

 

 『彼女』は俺を睨みつけている。

 ただでさえ人の、特に女性の視線が苦手なのに、『彼女』の鋭く冷たい視線に俺は底知れぬ恐怖を覚えた。

 

 足が動かないほどの恐怖。

 別に視線に怯えて動けなかったというわけではない。『彼女』は疲労困憊なのが目に見えている。なにせアスファルトの地面に座り込んでいるのだから。

 

 ぼろぼろの服を身に纏った女性が睨んできたからと言って恐怖で動けなくなるほど男を捨ててはいない。

むしろ憐れむだろう。恐怖を覚えるとすれば、自分もその犯罪に巻き込まれないか、あるいは犯人の残虐性にだろう。

 

 ではなぜ『彼女』の視線に恐怖を覚えたのか。

 

 答えは簡単だ。彼女の視線には到底理解できない、今まで向けられたことのないくらい強い”何か”が込められていたから。

 

 一応注釈をしておくが、決して善意に満ちた視線ではない。かといって悪意に満ちていたわけでもない。

 まるで虫けらを見るような、そんな視線。

 

 その理解のできない視線に俺は恐怖したのだ。

 

 もし、『彼女』が手を出して来たら俺は死んでいたのではないかとすら考えた。もちろん出せたらの話だ。

 

 『彼女』には出すべき手がなかった。

 

 手は右肘あたりから、左腕は肩の付け根から。

 しかも手だけはない。

 右脚は膝のあたりから、左脚は太ももの付け根から。

 切り落とされていた(・・・・・・・・・)

 

 もしかしたら犯人が近くにいるかもしれないとも考えたが、もし近くに居たら今頃『彼女』も俺も殺されていることだろう。

 

 得体の知れない存在に出会い呆然としてしまったが、やるべきことを思い出す。

 スマホを取り出し3桁のダイヤルを入力していく。

 

 「待ってろ!!今救急車を呼ぶから!」

 「きゅーきゅーしゃ?そんなものはいらんわ」

 

 瀕死な状態にありながら、それでも意識を失わず、焦りも見せず、ただ冷淡に、強い口調で、古臭い口調で、『彼女』は語りかけて来た。

 

 「じゃから・・・・、うぬの血を寄越せ」

 

 ダイヤルを打つ指が、止まった。

 

 

 

 ―――金髪でめちゃくちゃキレイな女の吸血鬼なんだって―――




当初は小町との会話がありませんでした。
最近俺ガイルのssなどを読んでいないため少し苦戦しました 笑
なんだかキャラが違う気がしますが、こういうものだと割り切っていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

004

今回少し長いかもしれないです。
会話が多いと地の文が減ってしまっていけませんね。
そして、ハーメルンの適正文字数がわかりません・・・


 最初はただ「なにいってんだコイツ」と思った。けれど、おかげで冷静になれた。

 

 異常すぎる。

 

 こんな場所に、こんな千葉の片隅に、ボロボロの高級なドレスを纏った外国人が四肢切断されているにも関わらず、余裕綽々としているなんて異常なんてもんじゃない。映画やアニメだってそうそうあるシチュエーションではない。

 もうわけわかんねーし。

 

 その異常を踏まえた上で『彼女』に視線を戻す。

 さながらホラー映画のワンシーンのようではあったが、妙な違和感があった。

 

 「影が・・・ない・・・?」

 

 在るべきものが、ない。 

 無くてはならないものが、ない。

 

 「あるわけがなかろう。」

 

 けれど、『彼女』は、さも当然のように答える。

 まるで俺が常識知らずのように語る。

 

 「吸血鬼なのだから当然じゃろう?」

 「吸・・・血・・・鬼・・・?」

 

 またも混乱してきて三点リーダの乱用である。

 むしろこの状況で混乱しないやつがいたらそいつはきっと大物だ。俺が保証する。

 混乱を通り越し、一周回っても混乱している俺を余所に『彼女』は続ける。

 

 「我が名は、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼じゃ」

 

 ボロボロの衣服と。

 四肢を失った状態で。

 それでも尚、高飛車に構えて、言った。

 開いた唇の隙間から鋭い二本の牙が見える。

 

 「うぬの血を、我が肉として呑み込んでやろう。感謝するがよい。じゃから、うぬの血を寄越せ」

 

 言われてやっと気づく。

 さっきの視線は食糧(・・)を見る目だったんだ。

 

 言葉の節々に感じられる傲慢さはもっともなことだった。

 キスショットにとって、吸血鬼にとって、俺達人間はただの餌でしかない。

 

 まだこれが現実だとは思えない。

 存在しないはずの吸血鬼がいて。 

 不死身のはずの吸血鬼が死にかけていて。

 その吸血鬼に餌になれと言われている。

 これが現実だと受け入れられる奴はどうかしている。

 

 けれど、本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。

 彼女は、間違いなく俺を殺すことができる。

 その恐怖が俺を支配していた。

 

 「ど・・・どうしたのじゃ。この儂を助けられるのじゃぞ。こんな栄誉が、他にあると思うのか。うぬはなにもすることはない。ただ儂にその首を差し出せばよいのじゃ」

 

 思い通りにならない焦りからか、不安が見て取れる。

 きっとそのせいだろう。こんなバカな質問をしてしまったのは。同情を覚えてしまったのは。

 

 「え、えっと、血を吸うってどれくらい吸うんだ?」

 「ぬし一人分でも吸えば急場は凌げる」

 

 ・・・一人分?

 ああ、なんだ一人分か。

 あれ?一人分?

 一食分じゃなくて一人分?

 そもそも吸血鬼の一食分なんてわかんねーけど。

 

 「えっと・・・それって俺死ぬの?」

 

 もうわけがわからなすぎてフランクに問いかけてしまった。

 

 「当たり前じゃろう?」

 

 さも当然のように言われた。

 

 「わかったら早く血を寄越さんか。早くせい。なにをとろとろしておるのじゃ。この鈍間が」

 「・・・・・・・・・・」

 

 もう何も言うまい。彼女が人外だということはわかった。よくわからないが化物だってことは分かった。

 

 だから―――逃げよう。

 

 寝て起きたらこれは夢の中の話だったとして片付くのだから。

 逃げれるはずだ。

 いくら人外だとはいえ、四肢がない状態で追いかけられるはずがない。

 

 けれど、震えた脚は思うように動かずじりじりと後ろに下がる事しかできない。まるで金縛りにあったかのように体が言うことを聞かない。

 この現実を否定するためにも、今すぐ走り出したかった。

 

 「う・・・嘘じゃろう?」

 

 意を決して背を向けた途端。彼女の声が弱弱しいものになった。

 

 ダメだ。振り返るな。演技に決まってる。

 妖怪が同情を引いて人間を殺すなんてよくあるじゃねぇか。

 

 「助けて・・・くれんのか?」

 

 振り返ってしまった。

 

 そしてすぐにそれを後悔した。

 

 『彼女』の目からは既に強者としての視線は消え失せ、ただ、ただただ弱弱しい目をしていた。本当に死んでしまうのだろうと目に見えてわかる。

 

 なのにどうしてなのだろうか。

 

 ドレスはボロボロ。

 腕も脚も無残に千切れ。

 人間を食料として見る化物は無様な姿を晒していた。 

 

 なのに、俺は。

 

 彼女を美しいと思った。

 

 これほど心が惹かれる存在があるとは思えないほどに。

 

 気付けばただ茫然と立ち尽くし、ただただ彼女に魅入っていた。

 それほどまでに彼女は美しかった。

 

 「嫌だよお・・・」

 

 先ほどまでの傲慢さは微塵にも感じられない。

 まるで子供のように泣き崩れていた。

 金色の瞳から赤い涙を零しながら。

 

 「嫌だ、嫌だ、嫌だよお・・・死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくないよお!助けて、助けて、助けて!お願いします、お願いします!助けてくれたらなんでも言うこと聞くから!!」

 

 臆面もなく、我を失って、ただ泣き喚く。

 傲慢なことに俺は彼女を哀れだと感じた。

 

 「死ぬのはやだ!死ぬのはやだ!消えたくない!消えたくない!やだよお!誰か、誰か、誰かあ!」

 

 子供の癇癪のようなそれは哀れで聞いていられなかった。

 

 「うわあああああああああん」

 

 泣く声が聞いていられなかった。

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 

 ついに、彼女の言葉は懇願のそれから謝罪のそれへと変わっていてしまった。

 

 何に謝っているのかわからない。

 誰に謝っているのかもわからない。

 とてもじゃないが見ていられなかった。

 誰とも知れぬ誰かに謝り続ける彼女の心情はもはやわからない。

 分かりたいとも思わない。

 

 けれど、彼女はそんなことしてはならない存在だ。

 血も凍るほど美しく、傲慢な彼女は、こんな無様に死んでいってはならない。

 そう思えた。

 

 恐怖がなかったといえば嘘になる。

 未練がなかったといえば嘘になる。

 けれど、未来に希望を抱くこともなく、過去に苛まれ、ただのうのうと生きているだけの俺よりも、生きたいと望む彼女が生きた方がいいのではないか。

 

 そう思ったら、いつの間にか彼女の頭を撫でていた。

 子供をあやすかのように優しく。いや、妹を撫でるようにか。

 

 とても綺麗な髪だった。

 いつまでも撫でていたいと思えるような、綺麗な金髪だった。

 

 大声で泣いていた彼女はいつの間にか落ち着いていた。

 いまだしゃくりあげてはいたが。

 

 「なぁ。首を出せばいいだけなんだよな?」

 「い、いいの?」

 

 彼女の瞳には驚きが見て取れる。

 もちろん、良いか悪いかで言ったら悪いに決まってる。

 所詮こんなのは自己犠牲を装ったただの自殺行為なのだから。

 

 「別に生きてても意味ねぇ・・・しな・・・」

 

 今度は俺が泣いてしまった。 

 思い出すのは辛かった過去だけ。

 誰からも必要とされず、誰からも存在を認めてもらえない。

 誰とも友好的な関係を築けず、誰とも恋仲にもなれない。

 

 「もう楽になりたい」

 

 そう吐き出して、彼女の前に首を差し出す。

 

 ごめん小町。

 こんなダメ兄貴で。

 ごめん父さん母さん。

 こんなダメ息子で。 

 

 「俺なんかよりお前が生きてた方がよっぽどいい」

 

 食糧風情がなにを偉そうに、と見下してるかもしれない。憐れんでるかもしれない。

 でもそんなのはいつも通りだ。日常だ。

 

 それが比企谷八幡という男の16年とちょっとの人生全てなのだから。

 

 「だから俺の血を全部やる」

 

 我ながら気取った台詞だと思う。

 

 誰かが聞いてたら罵倒してくるかもしれない。もしかしたらこの吸血鬼ですら。

 けれど。

 

 「・・・あ」

 

 彼女から。

 

 生まれて初めて誰かに感謝をされた。

 

 「ありがとう・・・」

 

 首筋に鋭い痛みが走る。

 そんな痛みを感じないくらい幸せに死ねたと思う。

 最後の最後に誰かに感謝されるってこんなにも幸せなんだって知れたから。

 

 さようなら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

005

投稿が遅れて申し訳ありません。
晴れて4月より社会人になったわけなのですが、平日は仕事、不定休である休みは手続きやら勉強やらに追われてPCをいじれませんでした。話自体はできていたのですが・・・
遅れた割に内容0ですが読んでいただければ幸いです。


 唐突に意識が回復した。

 さっきまでのやりとりが夢だったかのように。

 

 「ぐわああああああああああああ!!!!!」

 

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずか死ぬ!!

 いや、死んだんだっけ?

 そんなことはどうでもいい!

 ばーか!ばーか!ぶわぁーか!ヴァーカ!!

 なに恰好つけてんの!?なにナチュラルに頭撫でてんの!?

 

 うわぁ・・・

 

 もし生きてたら確実に黒歴史入りしてただろう。いや、生きていなくとも『意識』というものがある時点で黒歴史確定だ。死んでるなら意識もなくなれや。本当切実に。

 

 ・・・でここはどこだ?

 廃墟なんだけど。それも教室の。

 なんなの?死後の世界まで教室でぼっちなの?まぁ周りがいる中ぼっちになってるよりいいけどさ。

 

 死後が教室とかどんだけ未練がましいのだろう。我ながら自分の女々しさに呆れるばかりである。

 それにしてもあまりにも現実的である。閻魔様は写実主義なのだろうか。普通死後の世界は天国地獄問わず幻想的なのではないだろうか。

まさかさっきまでのやりとりは全部夢で、眠らされて拉致られたか何かだろうか?

 

 「う~ん・・・うるさいのう・・・」

 「・・・・・・」

 

 幼女が眠っていた。

 俺の腕を枕にして幼女が眠っていた。

 それも金髪の超かわいい幼女が。

 

 「・・・・・・」

 

 もしかして俺は勘違いしていたのではないのだろうか。

 あれは今まですべて夢で、俺が誘拐されたのではなく、俺が誘拐したのだろうか。

 俺って幼女を誘拐して腕枕するくらい欲求不満だったのか・・・

 そうじゃない。

 俺ロリコンじゃないよ?

 本当だって。ハチマンウソツカナイ。

 確かにこの幼女めちゃくちゃかわいいが、誘拐なんてリスクの高い真似をするわけがない。(リスク云々以前にまず俺はロリコンではない。)

 

 ともかく、この幼女を起こさないことには何もわからない。

 もし、万が一、億が一、兆が一俺が犯人だったら責任取ろう。

 この子が16歳になったら結婚して養ってもらおう。この容姿ならトップモデルも夢ではないだろう。あれ?俺勝ち組?考えが負け組ですね。すみませんでした。

 

 「おい。起きろ」

 「あと五分・・・」

 「いいから今起きなさい」

 「・・・あと気分」

 「うるせえ!今起きろ!」

 

 結局、寝返りを打つばかりで、幼女を起こすことはできなかった。

 本当にあと気分寝るつもりらしい。

 随分と能天気だな・・・

 まぁ子供だし仕方ないといえば仕方ないのだろう。

 

 ともかく、俺とこの子しかいないこの状況では、俺がしっかりしなくてはなるまい。

 誘拐されたにせよ、誘拐したにせよ、この現場を把握しないことには何にもできない。

 場所と他に人がいるかくらいは確認しておこう。

 それにしても。

 なんでこんなはっきり見えるんだ(・・・・・・・・・)?

 暗いっていうのは分かる。

 けれど、これは暗さに慣れたというにははっきり見えすぎる(・・・・・・・・・)

 まぁでも、見えないよりはいい。きっと、本当に死んでるからに違いない。死後の世界のせいなのか、俺が幽霊になっているのかは知らないが。

 

 まずは場所を確認せねばなるまい。

 いつもの癖でポケットからスマホを取り出し、地図アプリで現在位置を確認すべく電源をつける。

 その瞬間に指が止まった。

            [3/28 PM04:32]

 俺が買い物に行ったのは3月26日の夕方。つまりは約2日間眠りっぱなしだったというわけだ。書店のレシートを見てみても、購入した日付は3月26日。少なくとも金髪の吸血鬼に出会うまでは無事だったというわけだ。

 

 これはどういうことなのだろう。迷った時の癖でスマホを使ってしまったが、死後の世界は現世の電波を受信できるのだろうか。仮にそうだとするとあまりにハイテクすぎやしないか。

 

 だが、これが現実で死後の世界でも何でもないとすると2日間も眠り続けたということになる。それにしては不自然なのだ。空腹感はないし、2日もアスファルトの上で眠り続けたにも関わらず体が痛くない。むしろ今までで一番調子がいいくらいなのだ。

 

 金髪幼女と拉致された可能性を考えてみよう。金髪幼女はまだ可能性はあるが、俺みたいな一介の平平凡凡な高校生を拉致するメリットはない。財布に金はあるし、拉致という線は低い。そもそも俺を誘拐する目的が分からない。両親は確かに警察官だが、ドラマみたいに敏腕刑事で犯人から逆恨みされるなんてこともない。

 

 ぼっちだからどこかで恨みを買ったなんてことは・・・あるかもしれないけど、2日も眠らされるような恨みは買った覚えはない。

 

 そこで俺はある真実に辿り着いた。

 

 そうか・・・俺が拉致ったのか・・・・・・。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

006

こんにちは。
評価が赤く色づいていてびっくり。
皆さん評価、UA、お気に入り、感想ありがとうございます。とても励みになります。


 “犯罪者並びに幼児愛好者”というこの世の終わりのような真実に辿り着いた俺は、予期せず発覚してしまった自分の暗黒面に打ちひしがれていた。

 うわぁ・・・ないわー。

 いくらかわいくても、少女を誘拐した上、金髪の吸血鬼美女を格好つけて救ったと記憶を捏造し、あろうことか、2日間も寝てて記憶ないとか・・・

 もったいな・・・じゃなくて、何してんの俺。なんか、もう本当に死んでてたら良かったんじゃねぇかな・・・

 

 というかさ。

 

 2日間も家に帰ってないのに、着信5件、メール10件、全部小町ってなに?仕事しろよ警察官。

 そして小町ありがとう。ただ、「帰りにプリン買ってきて」は八幡的にポイント超低いよ。2日間帰ってこない兄にかける言葉じゃないよ。なんかもう、いろいろショックだった。

 ダウンしてる最中に蹴り入れられてる感じ。いや、包丁でメッタメタにされるに等しい。

 もう俺いない方がいいんじゃね?もう責任取ってこの子と結婚するよ。え?ダメ?はい。

 

 とまぁ、そんなどうでもいいことはさておき。メールやら着信が届いているということはいよいよ死後の世界でなく現実である線が濃くなってきたということである。

 これが現実であるのならGPSも正確に作動するということになる。地図アプリに表示された現在地は思ったよりも近所だった。あくまでも思ったよりもではあるが。

 

 総武高校より南西へ約3.5kmの学習塾跡。

 

 ただ、どうにもおかしい。俺はこんな場所を知らなかった。知らない場所に連れてくるなんて不可能だろうに。

 それに、書店の帰り道からここまで金髪の少女を連れていくにはあまりに遠すぎる。こんな距離を金髪少女を連れて移動するともなれば車が必要だろう。でなければ今頃両親と面談しているところだ。

 

 なんだかどんどん訳が分からなくなっていってる。現実である線が濃くなっているにも関わらず、暗い廃墟の中がまるで昼間(・・)に来たようにはっきりと見えている。

 ともかく、一旦帰ろう。霊体なら小町達は反応しないはずだし、まずはそこら辺をはっきりさせたほうがいい。

 

 それにしても、いくら真っ暗闇の廃墟とはいえ、こうもはっきり見えると案外怖くないものだな。

 

 なんて。

 暢気に・・・というか、開き直っていた俺は気づきもしなかった。

 

 ほとんど沈んでいる太陽が、あまりにも眩しすぎるということに。

 

 そして、すぐに思い知ることになる。

 自分の体の異変に。

 

 外へと出た瞬間に、俺の身体が、全身が、燃え上がった。

 

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 痛いなんてもんじゃない。

 

 髪が、皮膚が、肉が、骨が、全て燃え上がる。

 凄まじい勢いで燃焼していく。

 血液が沸騰し、気化し、皮膚を引き裂いていく。

 身体中の水分という水分が身体から喪失していく。

 もはや声も出ない。声にならない悲鳴を上げ、地面をのた打ち回る。

 

 「たわけ!!」

 

 建物の方から幼い声が聞こえてくる。

 眼球の水分が飛んでしまって、よく見えない。

 朧げに見えた金色の少女はまたも怒鳴る。

 

 「さっさとこっちに戻ってくるんじゃ!」

 

 そんなことを言われてももはや身体が動かない。のた打ち回ることもできず、ただ地面に平伏することしかできない。

 

 それを見て取ったのだろう。

 金髪少女は、意を決したように、俺の元へ駆けだして来た。

 

 途端。

 

 少女の身体も燃え上がる。

 しかし、そんなことを構わずに俺を引き摺って行く。火達摩になりながら。

 ずるずる、ずるずると。

 年相応の力で引き摺って行く。燃えながら俺を引き摺るのは大したものだが、やはり、日陰へと運ぶにはかなりの時間を要した。

 

 日陰に入った瞬間。

 

 炎が消えた。

 俺の身体からも少女の身体からも。

 それどころか。

 火傷はおろか、衣服に焦げすらついていない。

 まるで幻覚だったかのように。

 残ったのは苦痛のみ。

 

 「全く」

 

 あまりの出来事に放心していると、金髪幼女が呆れたように口を開く。

 

 「いきなり太陽の下に出る馬鹿がどこにおるのじゃ。ちょっと目を離している隙に、勝手な真似をしおって・・・。自殺志願者か。うぬは。並みの吸血鬼なら一瞬で蒸発しておったぞ」

 「・・・・・・は?」

 

 吸血鬼?誰が?俺が?

 

 「さっきのような生き地獄を味わいたくなかったら、日のある内は二度と外に出るでないぞ。まぁ不死身の吸血鬼を生きておると定義すればじゃがのう・・・」

 「は?ちょ、え?」

 

 吸血鬼?じゃあ、やはりアレは夢でも妄想なんかじゃなくて―――

 

 「お前、もしかして―――」

 

 いや、そんなわけがない。彼女は確かに金髪で、冷たい眼をしていたが、こんな幼くはなかったはずだ。少なくても20代後半くらいのはず。こんな8歳児くらいの女の子じゃなかったはずだ。一体何がどうなって・・・

 

 「うむ」

 

 彼女は頷いた。高飛車な態度で、胸を張り。

 

 「いかにも、儂がキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードじゃ。ハートアンダーブレードと呼ぶがよい」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

007

お気に入りとUAがすごいことになってた。本当ありがとうございます。
これから物語動かしていけるよう精進します。
気が向いたので一筆。とっても短いけど。そして仕事疲れた。


 少女は告げた。凄惨な笑みを浮かべて。幼児に似つかわしくない立派な牙を見せつけて。

 自分こそがあの死にぞこないの吸血鬼だと。自分こそがキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだと。

 

 「ちょ、ちょっとまて!! お前は大人だったろ!? なんで子供みたいになってんだよ!?」

 

 アポトキシン4869でも飲んだの? それともなんだ。俺の血液ってそんな危ない効力でもあるってのか。俺献血行けないじゃん。行きたくないけど。

 

 「子供っぽくて悪かったのう」

 「いや、そこじゃねーよ」

 

 そこじゃない。というか、子供っぽくてじゃなくて子供そのものだろうが。

 

 「お前手足失ってたじゃねーか。なんで生えてるんだ。それに赤いドレスを着た大人の金髪美女だっただろ。なんでそんな小さくなって・・・」

 「質問するなら一つ一つ簡単にせい。・・・まぁ、うぬの混乱もわからなくはないがな。まぁ聞け。あの時、儂は確かにうぬの血を絞りつくした。だがの――」

 

 牙を見せつけ、少女は笑う。揶揄う様に。

 

 「それでも全然足りなかったのじゃ。じゃからそれ相応の姿になっておる。儂とてこの姿は本意ではない。死なぬだけマシじゃがな。とは言え、最低限の不死身しか保てぬし、吸血鬼としての能力のほとんどが制限されておる。・・・不便極まりないのう」

 

 それでも。

 死なぬだけマシじゃがな、と彼女は繰り返した。

 

 「死にたくない」

 そう泣き叫ぶ彼女が脳裏を過る。

 正直実感はわかない。大人の女性を救ったつもりが女児になってるんだ。実感など沸こうはずもない。

 

 けれど、一つだけ確かな真実がある。

 俺は彼女を、一つの命を救えたんだ。生まれて初めて誰かを救えた。

 そう思った瞬間、俺は思わず彼女を抱きしめていた。

 

 腕の中で喚く彼女が、わずかに感じる体温が、指を通るあの時と変わらない金糸のような髪が、ひどく安心する。俺の選択は無駄じゃなかった。こんな俺でも誰かの役に立てたという事実が嬉しかった。いつの間にか涙が頬を伝っていた。

 

 「吸血鬼パンチ!!」

 「ぶえっ!!」

 

 見事なアッパースイングは俺の脳髄を揺らし、間抜けな声をあげて俺の身体は地面に崩れ落ちた。

 

 「従僕の分際で主に抱き着くとは・・・躾のなっとらん犬か。うぬは。・・・まぁ、その涙と忠誠心に免じて特別に、仕方なく、仕方なーく許してやろう。・・・なんじゃその嬉しそうな顔は? このような幼児の身体に踏まれて嬉しがるなど、うぬは底なしの変態か?」

 

 感極まった末に8歳児に抱擁をし、あろうことかワンパンKOされた挙句、罵声を浴びせられながら頭を踏まれることに安堵を覚える高校生の姿がそこにはあった。というか俺だった。いや、覚えたのは安堵であって快楽じゃないからね? いや、本当。

 

 「つーか、さっきから従僕だの、忠誠心だのなんなんだよ。いつから俺はお前の下僕になったんだ?」

 「なんじゃ? なにも知らんのか?」

 「ああ、何も知らん」

 「まったく、無知な従僕を持つと苦労するのう・・・。まずはそうじゃなぁ・・・うぬは一度死んで、吸血鬼として生き返った。それはよいな?」

 「いやよくねーよ」

 

 一度死んで、“吸血鬼として”生き返った? そんな与太話、信じられるわけが・・・

 

 「信じられんか?」

 

 彼女の言葉が胸に突き刺さる。否定することができない。

 

 「暗闇でもよく見えるじゃろう? いや、暗闇のほうがよく見えるはずじゃ。先ほど殴られてもすぐ回復したじゃろう? そして、なにより太陽にその身を焼かれたじゃろう?」

 「・・・」

 

 思い当たる節がある。どころか、節だらけ。見るも無残な節だらけ。

 そういえば彼女は―――『並みの吸血鬼なら一瞬で蒸発しておったぞ』―――すでに俺が吸血鬼であることを告げていた。

 彼女の姿に気を取られてすっかり頭から抜けていた。

 

 「・・・俺は吸血鬼になったんだな」

 「ようやく理解できたようじゃな。光栄に思うが良いぞ。この儂の眷属になれたのじゃからな。眷属を作るのは400年ぶりの二回目じゃったが・・・うむ。流石儂じゃ。太陽に焼かれてからの回復力を見た感じでは成功した様じゃな」

 

 眷属。

 即ち、俺はこいつの一族であり、親族であり、従者だと。彼女はそう言った。今の俺は吸血鬼で、人外で、化物で、人間ではない。

 彼女は“比企谷八幡”という一人の人間の命と引き換えに生きながらえた。“比企谷八幡”という人間は彼女により二度目の生を与えられた。

 今の俺の家族はこいつだけ。こいつと俺のふたりぼっち。

 

 「ともかく、従僕よ」

 

 少女は笑った。凄惨に笑った。初めて出会ったあの時のように。

 

 「ようこそ、夜の世界へ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

008

まさかの日間ランキング22位、お気に入り450超え。
驚愕。期待に添えることができてるのかびびりつつ深夜にこっそり投稿。
相も変わらず話が進んでいない。次こそは・・・次こそは・・・


 比企谷八幡の、16年と数カ月の人生は、2日前にあっけなく、なんの前振りも前触れもなく幕を閉じた。

 はずだった。

 俺はこうして生きている(・・・・・)。ただし、吸血鬼(・・・)として。なので、さきほどの言葉は訂正すべきなのだろう。

比企谷八幡という人間(・・)の、16年と数カ月の人生は、2日前にあっけなく、なんの前振りも前触れもなく幕を閉じた。そして、生き返った。と。

 2日前か、それとも目覚めた今日か、どちらかが比企谷八幡という吸血鬼の誕生日ということになる。ハッピーバースデー俺。今まで誰にも祝ってもらえたことないけど。

 

 「なぁ、あー、き、キスショット」

 「待て。儂のことはハートアンダーブレードと呼べと言ったじゃろうが」

 

 なんでだろうな。外国人ってだけでファーストネームを呼ぶのに思ったよりも抵抗がない。挙動不審? 呼べただけマシだろ。まぁ、見た目が子供だから名前で呼べたんだけどね。おい。ロリコンじゃないっていってるだろ。

そもそも、ハートアンダーブレードじゃ呼ぶには一々長すぎる。かといってアセロラオリオンはなんかカクテルみたいだし。マスター、アセロラオリオンをそちらのお嬢さんに。ほら違和感ない。キャラに違和感ありましたね。すみませんでした。マスター、MAX COFFEEロックで。

 

「言ってねぇよ。あと長いから却下。言いやすいからキスショットでいいだろ。ダメなのか?」

 

 彼女は何かを思案し、そして口を開いた。

 

 「・・・いや。まあ、そうじゃな。うぬがそれでよいなら、かまわん」

 

 そう言った彼女は酷く見た目に釣り合わない表情をしていた。過去に思いを馳せるような、悔いるような、そんな大人びた表情をしていた。

 彼女にとって“キスショット”という名はそんなにも特別なのだろうか。なんとなく罪悪感が募る。

 

 「その、悪かったな気安く呼んで」

 「別に構わんと言っておろうが。・・・“唯一”の眷属なのじゃからそれくらいは許してろう。」

 「・・・“唯一の眷属”、ねぇ」

 

 なぜ彼女は“唯一”という言葉を強調したのだろうか。何か引っかかる。そういえば少し前に何か言っていたような・・・

 

 ―――眷属を創るのは400年ぶりの二回目じゃったが・・・―――

 

 そうだ。彼女は眷属を創るは“2回目”だと言った。そして、俺のことを“唯一の眷属”と呼んだ。それはつまり、以前の眷属は死に絶え、こいつは400年もの間独りぼっちだった。

 

 「うぬの考えておる通りじゃよ」

 

 俺の考えなどお見通しとばかりに彼女は鼻で笑う。

 

 「あやつは死んだ。太陽に身を焼かれてな。うぬが同じにように焼かれたときは肝を冷やしたわ。また同じことを繰り返したのかと、な」

 「同じこと?」

 

 顔を曇らせながら話す彼女に聞くのは少し憚られたが、思わず聞かずにはいられなかった。初めての眷属の話なのだから当然だ。それに、尊大な物言いしかしてこなかった彼女を凹ませることが心底気になったのだ。

 

 「・・・のう。うぬは吸血鬼になったことを後悔しておるか?」

 「なんだよいきなり? 藪から棒に」

 「いいから答えよ」

 

 今までの強気な視線でない、いつの日か見たことのある視線。そう。あの時の、謝罪を繰り返したときの瞳にそっくりだった。

 

 「正直わかんねぇ。まだなったばっかりだしな」

 「そうじゃな・・・。じゃが、きっと後悔することになるじゃろうな」

 「・・・なんねぇよ」

 「え?」

 

 なんだか気恥ずかしくなって顔を背けてしまったが、この気持ちだけは本心だと思っている。

 

 「たしかに太陽に焼かれるとかクソ痛かったし、二度とごめんだ。でも別にどうってことねぇんだよ。ほら、ぼっちは外に出る用事なんてねぇし」

 

 引きこもりとかいうんじゃねぇよ。PCの検索履歴に『息子 引き籠り』って残ってたのは相談されたからに違いない。

 

 「くはっ」

 

 幼女に引きこもりだと笑われる男子高校生の姿がそこにはあった。俺ではないと信じたい。ちょっと八幡泣きそう。

 

 「うぬは本当に面白いのう。気が変わったわ。少し予定を変えるかのう・・・」

 「あ? 予定?」

 「こっちの話じゃ。で、何か聞きたいことがあったのではないのか?」

 

 すっかり忘れていた。何を聞こうと思っていたか思いない。なんてことはないが、少々重い話をしたばかりに切り出すにはなんとなく憚られるだけなのだ。ばかばかしくて。年齢を聞きたかっただけなのにこんな話をするなど誰が思うだろうか。

 沈黙に耐え切れず、結局年齢とは別のどうでもいい質問を投げかけてしまった。

 

 「俺はお前の従僕なんだよな? 何をすればいいんだ? 執事の真似事でもすりゃいいのか?」

 

 こんな廃墟で執事なんてどこぞのあくまで執事しか務まらない気がするが。

 

 「それもまぁ面白ろそうじゃが・・・」

 

 またも言いかけて口を噤む。

 

 「その前に我が従僕よ」

 「なんだよ」

 「従僕の何たるかを教えてやる前にやっておかねばならんことがあるのじゃ」

 「あ?」

 「うぬが儂の従僕であるという、服従の証を改めて(・・・)儂に見せてみよ」

 「・・・は?」

 

 服従の証? なにそれ? 3回回ってワンって言えばいいの? つーか、改めて? 一回でもそんなこと口にしてないし、跪いた記憶もワンって言った記憶もないぞ。

 

 「何をしておる? 早くせんか」

 

 業を煮やしたのか癇癪を起し始める少女。こうしてれば本当、年相応って感じなんだけどな。

 

 「ふ、服従の証を、み、見せてみよ・・・」

 

 ついには泣き出しそうになる吸血鬼幼女。え?何百年も生きてるんじゃないの?

 というか威厳全くないんだけどこの主様。さっきまでの大人っぽい雰囲気はどこに行ったの? シリアスは少ししか持たないの? シリアルなの?

 

 かわいすぎて思わずオートで発動したお兄ちゃんスキルで頭を撫でてしまう。

 うわー、この髪の毛すっげぇふわっふわのさらっさらだ。おいそこロリコンとかいうな。違うって言ってんだろ。

 

 「ふん。苦しゅうない。じゃが、その程度でいい気になる出ないぞ。もっと敬意をこめて撫でんか」

 

 いつの間にか少女の機嫌も戻っていた。というか、つけあがってた。年齢見た目通りなんじゃないのだろうか。いや、年齢が見た目通りだと困る。主に俺の立場が。

 そして結局わかないことがある。

 

 「・・・んで、結局服従の証ってなにすればいいの?」

 

 幼女(数百歳)がマジ泣きした。

 

 




今回の話はキスショットと初代・怪異殺しの関係を仄めかしていただきました。
たぶんですけど、阿良々木君が焼かれたとき相当不安だったと思うんですよね。だからこその原作ですし。
なので、今回はそこら辺を深くなく、かといって浅くないように書かせていただきました。
本当はもっとわかりづらくしたいのですが、原作のように後の作品で伏線回収とかできないのでわりとわかりやすく書いた・・・つもり。
後半?無理やりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

009

お気に入りが500突破してた・・・。本当にありがとうございます。
そして話進めなくてごめんなさい。
本当はエピソード達まで話進めたかったけどキリが悪くなるので繋ぎ回になっちゃいました。本当にごめんなさい。
今回もとっても短いです。

そして補足なのですが、当分は型月要素は登場しません。早く型月要素ぶち込みてぇ・・・。

120連してもアンリマユが出ませんでした。フレポ0。


 実年齢はBBAとはいえ、吸血鬼とはいえ、人外とはいえ、あどけない幼女の姿で泣かれてしまうと罪悪感が半端ない。

 とにかく撫でた。膝にのせて。腕を回しながら。

 変態じゃねーよ。お兄ちゃんスキルだって言ってんだろ。そんなスキルがあるか知らんが、ともかくやらしい気持ちは微塵にもない。ただあやしているだけなのだ。

 

 撫でているうちにすっかり気分が良くなったのか、鼻歌をするくらい上機嫌になっている。機嫌をよくした彼女によれば、吸血鬼にとっては、頭を撫でる行為が服従の証なのだそうだ。

 普通逆なんじゃねーかな。とも思ったが、仮に主君がゴリゴリマッチョのおっさんだったら、確かに服従してでもない限りできない行為だと考え付いた。絵面的にも生理的にも精神的にもソレはきつい。

 

 まぁ、でも撫でるのが服従の証なら一生従僕でいいんだけどな。Mではないことをここに強く明記しておく。気持ち的には兄の心境なのだ。

 

 「うぬが物分かりの良い従僕で良かったぞ。まあ、よき主にはよき従僕がつくものじゃな」

 

 さりげなく自分を褒めちぎる我が主様だった。なんとなくおままごとやってる気分になってくる。幼稚園で一度やったときは“そこら辺歩いてる人”だったけど。一人だけ。

 

 「ところで従僕よ」

 

 彼女の真剣な声で現実へと帰ってきた。先ほどまでの暢気さは何処へ。見た目通りに、人外らしく、風見鶏のように安定しない。それが見ていて楽しいと感じるはなぜだろうか。もしや、これが父性というものなのだろうか。そういえば、キスショットに“父親”という存在はいるのだろうか。

 

 「おい、聞いておるのか?」

 「聞いてる聞いてる」

 「まぁよい。儂はうぬには命を助けられた。無様を晒す儂をうぬは救ってくれた。じゃから儂は特別にうぬの無礼な態度も許すし、特別にキスショットと呼ぶことを許してやった」

 

 じゃが。と彼女は続ける。

 

 「じゃからといって調子に乗るなよ、従僕。本来、従僕たるうぬが儂に奉仕するのは当たり前のことなのじゃからな? うぬは儂が頭を撫でろと言えば、いつでもどこでも、忠実に撫でねばならないのじゃ」

 

 そういってご主人様は胸を張る。シリアスかと思ったらやっぱりシリアルだった。本当にこの齢にして父性に目覚めそうで怖い。

 

 「うわ。なんじゃその気味の悪い笑いは。久方ぶりに悪寒が走ったぞ。大体、何がおかしいのじゃ。確かに、この身体は見かけだけで中身はスカスカじゃ。じゃが、500年生きておる儂と、生まれたてのうぬとでは吸血鬼としての格が違うのだぞ。格がの。というか、言ったそばから見下しておらんか?」

 「・・・別に、見下してるわけじゃねぇよ」

 

 それと、気味悪いは余計だ。突っ込んでないけど内心傷付いてるんだからな。というか、人外にまで悪寒走らせる俺の笑顔ってなに? ヴァンパイアハンターにでも転職すっかな。あ、専業主夫やるから無理だわ。

 

 「というか、500年も生きてんのかよ」

 「正確には598歳と11カ月じゃがな」

 「100年単位でサバ読むな!!」

 

 それもう600歳だろうが。というか、500年生きてるとかBBAとか合法とかってレベルじゃないだろ。これが本当のロリBBAってやつか。改めてこの子が、いや彼女が人外なのだと実感する。そして、その眷属たる俺も等しくバケモノなのだろう。・・・600年以上も生きるの?

 

 これ以上考えると深みに嵌りそうなので、とりあえず頭を撫でながら話を戻す。

 

 「で。大分話が逸れたが、俺はお前にどうやって奉仕すりゃいいんだ? まさか頭撫でるだけじゃねーんだろ?」

 

 むしろそれだけであってほしい。が、そんなわけがない。ありえない。「不便この上ない」と愚痴を零していたのだから。

 つまり。

 

 「察しが良いのう。流石は儂の従僕じゃ。褒めてつかわすぞ」

 

 彼女は凄惨な笑みを浮かべて命じた。

 彼女の。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの身体を、奪われた四肢を集めて来いと。彼女の力を取り戻せと。

 そう命じたのだった。

 




投稿して上下する評価。ニーズに応えられているのだろうか。否。本当に書きたいシーンに行けない・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

010

話を進めると言ったな。あれは嘘だ。
・・・すみません。更新頻度あげるから許してください。


 ドラマツルギー。

 エピソード。

 ギロチンカッター。

 

 それが、キスショットから身体の部品を奪った三人の名前らしい。

 

 ドラマツルギーが右脚を。

 エピソードが左脚を。 

 ギロチンカッターが両腕を。

 

 それぞれ奪っていったらしい。

 

 身体の一部を“奪っていく”という表現がなんとも猟奇的で、身体の一部を“取り返して来い”という表現もまるで身体が機械のようで現実味がない。そもそも自分の状況が現実離れしているのだが。

 

 

 一応、3人のそれぞれの特徴を聞きはしたものの、正直会いに行きたいとは思わない。俺はキスショットの眷属。即ち、キスショットの子供であり、分身であり、模造品である。キスショットがやられた相手に叶う道理がない。

 

 当然だが、俺は今まで殺し合いなんてしたことがない。せいぜい喧嘩程度だ。小学生の時にジャイアンポジションのやつらのサンドバックにされただけだが。喧嘩じゃない? 無抵抗という名の抵抗をしていたので喧嘩だ。誰が何と言おうと喧嘩だ。

 

 「な、なぁ、俺戦うのとか無理なんだけど・・・」

 「はぁ?」

 

 なにこの幼女。超怖い。そんなドス利かせた声出さないで。そんな睨まないで。土下座しそう。

 

 「いや、だってよ、自慢じゃないが戦い方なんて知らないし・・・。というか、運動すらしてこなかった身でどうやって戦えばいいんだよ? 銃でもあんのか?」

 「戯け。それはうぬが人間の頃の話じゃろうが。だいたい、鉄砲玉如きであやつらが死ぬわけなかろう。無論。儂もうぬもな」

 「はぁ!?」

 

 なんなの? 銃で死なないってどんな細胞してんの? というか、案の定俺もかよ。傭兵になろうかな。やっぱ怖いから無理。銀の弾丸撃ち込まれちゃう。

そんな俺の驚愕に少女は呆れながら続ける。

 

 「今のうぬはこの儂の眷属(・・・・・・)じゃぞ? この怪異殺しの」 

 「怪異・・・殺し・・・?」

 「そうじゃ。吸血鬼としては最高ランクな上、怪異の王じゃぞ。すごいじゃろ」

 

 自慢げにいってるところ申し訳ないが、どこがすごいのかまったく理解できない。キスショット自身が怪異なのだから、同族殺し。つまり、人間に例えれば殺人鬼ということなのだろうか。うわ。そう考えるとただのサイコパスじゃんこの幼女。

 

 「・・・なぁ。そうなると、怪異の王たるお前を追い込んだあいつらって相当強いんじゃないのか?」

 「そんなわけなかろう。ただ儂が油断してただけじゃ。本来ならいくら3人がかりでも儂を倒すことなんて到底不可能じゃぞ」

 「それでも、不意打ちとはいえ、怪異の王で、しかも万全の状態のお前から手足を奪っていくくらいの力量はあるんだろ? 間違っても吸血鬼に成りたての俺がやり合って勝てるとは思わないんだが」

 

 いくら最強ランクとは言え、自分の力もわからないような、まさに生まれたての俺じゃどうやったて勝てるとは思えない。血の吸い方すら知らないくらいの吸血鬼なんだぞ。吸いたいとも思わないが。

 大体、いきなり実戦で3対1って無理ゲーすぎるだろう。ただでさえ人生ハードモードなのに、吸血鬼に成った途端ベリーハードですか。そうですか。コンティニューはどこですか。あ、コンティニューしてこれでしたね。忘れてました。

 

 「仕方ないのう。不出来な従僕のために儂がとっておきの策を与えてやろうではないか」

 「おお!!」

 「ふふん。よく聞くがよい。一人一人戦えばよいのじゃ!! どうじゃ? 儂の完璧な策は?」

 

 自信満々にいうことが各個撃破かよ。どうやって分割すんだよ。闇討ちか? 俺は気配遮断スキルなんて持ってねぇよ。

 

 「なんじゃその不遜な態度は。どこから見ても完璧じゃろうが」

 「どうやって3人をバラバラにすんだよ」

 「あ」

 

 俺の主様はどうにも頭が弱いらしい。もしかしたら見た目が幼くなると同時に知能が低下してしまったのかもしれない。そうであってほしい。

 

 「仮にも一度は3人と戦ってるんだから戦略とかないのかよ」

 「あるぞ。殴って終わりじゃ」

 「お前はどこの世紀末に生きてんだ」

 

 頭が弱いというよりただの脳筋だった。

 

 「もういい。俺が言いたいのはな、いくら能力が優れていたとしても、経験が圧倒的に足りなすぎるってことなんだよ」

 「そ、それくらい知っておったわ。儂を甘く見る出ない」

 

 そんな彼女を横目に俺は一つため息を吐いた。これ以上話していても恐らく進展はしないだろう。

 

 「キスショット。一旦帰るからここにいてくれ」

 「お? なんじゃ、さっそく行くのか? さすがは我が従僕じゃ」

 

 うんうんと頷いている彼女には悪いがそういうわけではない。

 

 「家に帰って必要なもん取ってくるだけだ」

 「なんじゃ、がっかりさせるでない。そんなもの創ってしまえばよかろう」

 「作ってしまえばって・・・無理に決まってんだろ」

 

 スマホの充電器なんて構造知らないし、お金は作ったら犯罪だ。余談だが、お札をコピー機で印刷しようとすると家の両親が駆けてくるから注意が必要である。

 

 「物質創造スキルを使えばよかろうが。儂はこんな身体じゃから使えんが、うぬの状態なら使えるはずじゃろう?」

 さも当たり前のように告げられたが、物質創造スキルってなんだよ。錬金術師じゃねぇんだよ。

 

 「その物質創造スキルってどうやるんだ?」

 「説明してなかったかのう。そうじゃなぁ。創りたい物を思い浮かべて創るだけじゃ。ぐわーとな」

 

 言われたとおりにぐわーとしてみたり、手を合わせて地面に叩きつけたりしてみたが何も生み出すことができなかった。もしかして彼女は心理の扉を見たのかもしれない。

 

 結局、主に忠誠の証をした後、一人夜の街へと繰り出したのだった。 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

011

皆さまGWはいかがお過ごしでしょうか。職場で唯一GWに休みがなかった・・・。いじめかな? 今日休みだろ? いいえ、勉強会でした。
まさかのお気に入り800超え。ありがとうございます。
なんと日間ランキング3位に入りました。重ね重ねありがとうございます。浮かれてたらすぐに圏外になりましたが。
そしてやっとhi-liteを咥えたあの男が登場。


 一人夜の街へと繰り出した俺は吸血鬼としての身体を堪能していた。まず最初に実感したのは五感の鋭さ。廃墟では暗さを暗さと感じない程度だった視力だが、数km先まで見ることができる。それだけではない。ピントの調節能、動体視力が段違いだ。元々視力が悪いわけではなかったが感動を禁じ得ない。視力でここまで言えば他の五感がどれほど強力になっているのか想像がつくのではないだろうか。

 

 そして身体能力。これは凄まじいの一言に尽きる。ひきこ・・・いや、自宅警備に勤しんでいる身では到底できそうにないアクロバティックな動きから人間離れした脚力。改めて自身の化物さに感嘆する。

 

 これだけの身体能力を得た俺は調子に乗っていたと言わざるを得ない。映画やアニメのような動きを実際にできるとなれば誰だってそっちに気が向いてしまっても仕方ないだろう。何せこれだけの全能感。キスショットがあれだけ傲慢な性格であることも頷ける。

 

 調子に乗って見逃してしまった。見誤ってしまった。失念していた。

 

 「痛ぇ!!」

 

 俺の跳躍は見えない壁にぶつかったかのように弾かれ見事に挫かれた。地面に叩きつけられた俺は自身の置かれている状況を思い出した。

 

 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが狙われていることを。俺がキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの唯一の眷属であることを。自分が退治されるべき化物であることを。一人ずつ退治に来る保証なんてないことを。

 

 まさに誂えたような三叉道で件の三人と対峙していた。

 

 まずは正面右側。ドラマツルギー。キスショットから右脚を奪い取った男。2mを裕に超え、伸び放題に伸びた髪をカチューシャでかきあげた、筋肉隆々の巨漢。

 そんな大男が、厳しい表情で、口を真一文字に閉じたまま、波打つ大剣を二本ぶら提げて、睨みつけてくる。

 

 そして正面左側。エピソード。キスショットから左脚を奪った男。ギロチンカッターとは対照的が細いが、しかし、幼い顔に似合わない、人を殺せそうな三白眼の男。

 白ランを着たその男は、巨大な、およそ自分の3倍の大きさはあるであろう巨大な銀の十字架を片手で肩に背負って薄笑いを浮かべている。

 

 そして。

 

 後ろ。ギロチンカッター。雰囲気も風貌もいかにも穏やかな神父のような男。キスショットから両腕を奪った男。

そして、俺が最も危険だと感じた男。なにせ、こいつは武器もなにも持っていないにも関わらず、他の二人の倍キスショットの部品を奪っている。それだけではない。吸血鬼としての直観なのか、それとも今までの経験からか、こいつは一番ヤバイ(・・・)

 その男が、警戒心を感じさせない顔つきで、手には何も持たないままで、自然な歩調で近づいてくる。

 

 ドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター。

 キスショットを追いつめた三人が、俺を中心に集まっていた。

 

 俺に逃げ場はない。否、逃げることができない。なぜか身体が動かない。何かに縛られたように手足が動かないのだ。

 まさに、袋の鼠だった。いや、罠にはまった獣か。

 

 「あー?んだよ。超ウケる」

 

 と。最初に口を開いたのはエピソードだった。俺の黒歴史のどこかで聞いたことがあるような、乱雑な口調。ホストのような見た目同様軽薄な口調だった。

 

 「ハートアンダーブレードじゃねーじゃねーか。誰だコイツ?」

 「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」

 

 エピソードの問いに、ドラマツルギーが厳格で、いかにもいかめしい口調で答える。外国語だろうか? 生憎、俺には何を言っているのか全く分からない。つーか、なんで日本語の質問に外国語で返すんだよ。日本語理解できてんなら日本語話してください。お願いします。

 

 「いけませんよ、ドラマツルギーさん。現地の仕事では現地の言葉で。基本ですよ」

 

 ギロチンカッターがそこを指摘してくれた。別に俺の為ってわけじゃないだろうけど、ありがたい。

 

 「まあでも、確かにあなたの言う通りでしょうね。恐らくは、いえ、間違いなく、この少年はハートアンダーブレードさんの眷属でしょう」

 「マジかよ・・・」

 

 不機嫌そうにエピソードが呟く。

 

 「あの吸血鬼は眷属を作らない主義なんじゃねーのかよ」

 「昔、一人だけ造ったとお聞きしていますがね」

 「●●●・・・、大方、私達に追い詰められ、やむを得ず、部下を作ったのだろう」

 

 俺を挟んで3人の会話が続く。あれ?なんか既視感が・・・。思い出そうとすると鼻先が痛くなってきたからやめよう。

 というか、こいつら俺の存在を認識していない。あくまで退治対象として見なしている。まるで人里に現れた熊のような扱い。

 

 この状況どうすればいい。話し合っている今が逃げ出すチャンスであるのは確かだ。さっき体感した吸血鬼としての身体能力であれば逃げるのは恐らく容易い。だが、身体を動かすことができないとなってはそれは不可能だ。

 だからといって、交渉できるとも思えない。なにせ彼らは俺を人間どころか生き物とすら思っていないだろうから。

 

 どうにかやり過ごす算段も思い浮かばぬうちに、3人の意見は俺を退治することに纏まっていく。それどころか、俺を誰が退治するかということで盛り上がってやがる。

 これは本当にまずい。

 

 「お、おい!! ふざけんじゃねぇぞ!! 俺が何したってんだ!! なんで殺されなきゃなんねぇんだよ!!」

 

 焦りからの叫びだった。確かに俺はもう人間じゃない。けれど、さっきまでそこらへんにいる高校生だったんだ。いきなり殺されそうになって、はい、そうですか。なんて、まして、かかってこい。なんて言えるわけがない。

 けれどそんな言葉は、意味を持たなかった。

 

 「ならば、いつも通りのやり方だ」

 

 と、ドラマツルギーは言う。

 

 「オッケ。早いもの勝ちってことだな」

 

 と、エピソードが言う。

 

 「いいでしょう。平等なる競争は互いのスキルアップに繋がりますからね」

 

 と、ギロチンカッターも言った。

 

 そして、三人は同時に俺へと飛び掛かってきた。

 

 いくら動体視力が良いところで、いくら身体能力が優れていたところで、逃げ場のないこの状況でそんなものなんの役に立つ?

 

 恐怖。

 

 人生初の戦いは、競技なんて正々堂々としたものでも、喧嘩なんて生易しいものでもなく、化物として退治されることだった。それも3対1の袋小路で。

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 

 未だかつてないほどの恐怖が俺の身体を支配していた。

 

 「キスショ――――」

 

 俺が恐怖のあまりにしたことといえば、目を固く閉じ、情けなく幼い主人の助けを乞おうと名前を叫ぶことだけだった。

 

 だが、いつまで経っても、三人の攻撃が俺にされることはなかった。あまりの情けなさに呆れてしまったのだろうか?それとも情けをかけてくれたのだろうか。

 いや、そんなことはありえない。

 

 あいつらは俺を化物として見ていた。人間だなんて、それどころか、家畜とすら見ていなかった。

 

 だしたら何故?

 恐る恐る顔を起こす。

 

 「・・・はっはー」

 

 と。場に似つかわしくない、そんなお気楽な笑い声が聞こえてきた。

 

 「こんな住宅街のど真ん中でさあ・・・結解も張らずに剣振り回して十字架叩きつけて物騒なこと言って、本当に、きみ達は元気良いなあ―」

 

 ドラマツルギーの大剣を二本、右手の人差し指と中指、薬指と小指で、それぞれ白羽取りにし。エピソードの巨大な十字架を、右足の裏で何ということもなさそうに受け止めて。ギロチンカッターの俊敏な動きを、左手を突き出して、触れることなく制したのは―――

 

 通りすがりのおっさんだった。・・・こいつの方が化物じゃねぇか。

 そんな化物染みたおっさんは、左脚一本で立ったまま続ける。

 

 「――何かいいことでもあったのかい?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

012

今回はいつもよりちょっと長いです。
というか、あんまり納得はしてないです。書き方がくどくて申し訳ない限りです。なんかいろいろ矛盾がありそうだ・・・
そろそろシリアスな展開になっていくので読み直したほうがいい気がしてきた。


 通りすがりのおっさんが邪魔に入った途端、三人は示し合わせたかのかの如く、あっさりと撤退していった。字面だけ見るとなんとも拍子抜けのようだが、実際は不気味で気が抜けることなどなかった。

 

 忍野メメ。

 サイケデリックなアロハ服を着た、通りすがりのおっさんは、そう名乗った。“メメ”なんてそうはいない名前といい、アロハ服にぼさぼさの髪という浮浪者のような風貌といい、胡散臭い話し方といい、先ほど見せたバケモノ染みた身体能力といい、怪しいなんてもんじゃない。もはやこいつがあの三人の親玉と言われても素直に信じてしまうくらいに。

 

 もしかして、こいつは俺を油断させて殺すつもりなんじゃないのだろうか。

 命を助けれたこと自体には素直に感謝しているが、しかし、それが演技だという可能性も否定できない。むしろ、俺に取り入ってキスショットに辿り着こうとしていると考えるのが妥当なところだろう。

 

 何より、軽薄そうな見た目とは裏腹に人の裏を読もうとするあの目が気に入らない。

 

 「・・・忍野さん、助かりました」

 

 とりあえず、礼は言っておく。目的が何であれ、流石に礼くらいは言っておく。そこらへんはしっかりした男なのだ。「ありがとう」は言えないけれど。そんな爽やかじゃないです。

 

 「礼なんていいよ。きみが一人で勝手に助かっただけだよ」

 

 なんだこいつ。爽やかなセリフなのに全然爽やかじゃない。キザなセリフなのに野暮ったい。

 

 「そういえば君の名前を聞いていなかったね。僕だけ名乗るなんて不公平じゃない?」

 「きもちわる」

 「ひどいなぁ。ただ名前を聞いただけじゃないか。最近の若者は名前すら教えちゃくれないのかい?」

 

 見知らぬおっさんに名前を名乗る若者は滅多にいないと思う。というか、なにが悲しくておっさんにナンパまがいのセリフをいただかなくてはならないのか。

 だが、おっさんに“助けられた”という現状況下においては俺に拒否権はない。あの3人に介入して俺を助けた時点でこいつは俺の正体を知っている可能性が高い。“助ける”という行動は“自分に不利益にならないようにする防衛行動”であるからだ。つまり、こいつにとって俺は“利用価値がある”、もしくは“知り合い”と考えるのが妥当だろう。

 

 まず俺の利用価値について考えてみる。

 まず思いついたのは、このおっさんがあの3人と敵対関係にあるということ。俺に恩を売っておくことで戦力を増やそうとした。が、この可能性は低い。なぜなら俺は無残にも、無様にも、成す術もなくやられかけていた。この可能性が考えられるのは少年漫画の主人公だけである。

 次に考えたのは、吸血鬼としての力を手に入れるということ。正直これが一番あり得ると思っている。なにせこれだけの身体能力を得られるのだから。・・・あれ? このおっさん既に化け物染みてるから必要なくね?

 結論、俺に利用価値はない。なにそれ悲しい。

 

 そして、このおっさんが俺の知り合いであるか。答えは否。

 俺のデータベースにこんな浮浪者のようなおっさんは登録されていない。登録されてる人なんて両親と家族程度だが。

 可能性として考えられるのは、キスショットの知り合いであること。

 

 「キスショット」

 

 こいつがキスショットと何かしらの関係があるならば名前を聞いて多少は変化があると思っての言動である。見え見えのカマかけだがそこは勘弁してほしい。対人スキル0の俺に悟られずに聞きたいことを聞き出す高等技術は使えない。

 そんなど真ん中ストレートのボールは見事に功をなしたらしい。忍野は怪訝な目をしたかと思うと、すぐに表情を戻して言った。

 

 「それは君のご主人様の名前だろ? 君の名前を教えておくれよ」

 

 予想的中。こいつはどういうわけか俺と彼女の関係を知っている。俺の現状を知っている。

それと俺のような純日本人が“キスショット”というあり得ない名前を名乗ったことにはノータッチでお願いしたい。反応がなかったら新たな黒歴史の1ページに加えられることなのだから。最近俺の黒歴史刻まれすぎじゃない?

 

 「はは。そう警戒するなよ。何かいいことでもあったのかい?」

 

 いよいよ本名を名乗らざるを得ない雰囲気になってしまった。というよりしてしまった。

 正直こいつは信用できない。本名を名乗ったからって害があるわけではないが、できるだけ情報を教えたくはなかった。故に俺が取った行動といえば

 

 「引谷八幡」

 

 間違えて呼ばれていた苗字を使って中途半端な偽名を名乗ることだった。

 

 「引谷? 随分と珍しい苗字だね。それにしても引谷八幡かぁ・・・随分と面白い名前だね。八幡神(やはたのかみ)からとったのかな。吸血鬼が神様の名前なんて面白い偶然があったものだよね。流石はハートアンダーブレードの眷属ってところかな。はっはー。しっかし、あの連中は見境なかったよねえ。並みの神経してりゃ、結界も張らずにこんなところでことを起こそうとはしないもんだけど」

 「随分と博学なんだな」

 

 こんな軽薄そうな男が八幡神を知っているということもそうだが、それ以上に聞き捨てならないことを言った。

 偶然。吸血鬼が神様と同じ名前であることをこいつはそう言った。それと、「流石はハートアンダーブレードの眷属」だとも。

 つまりそれは、こいつは彼女を、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードをよく知っているということだ。

 

 「そう警戒するなよ、引谷くん。そんなに目を腐らなせなくてもいいのにさ。まるでどこかの詐欺師みたいだぜ。何かいいことでもあったのかい?」

 「うっせぇ。目は元々だ」

 

 こいつは読心術でもできるのだろうか。というか、いいことあったら目が腐るのかよ。

 

 忍野はアロハ服のポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。火をつける素振りは一切ない。ただタバコをを咥えているだけ。

果たして、嗜好品としての煙草の正しい楽しみ方であっているのであろうか。煙草なんて触ったことすらないけれど、火をつけないとただの紙で巻いた枯葉なのではないのだろうか。

 そんな俺の疑問を余所に忍野は続ける。

 

 「まあ、とりあえず帰ろうぜ、引谷くん」

 「は? 帰る?」

 

 どこに帰るというのだろうか。実はこいつただのホモなんじゃねーの? え、男と同棲とかごめん被るんだが。腐ったラブコメは他所でどうぞ。

 

 「はっはー、そんな意味じゃないよ。流石の僕も男と同衾なんかしたくなんかないさ。あの学習塾廃墟にだよ」

 「ああ、そっちか・・・って、なんで知ってんだよ!?」

 

 あそこはついさっきまでキスショットといた場所で、さっきまで俺がいたことは彼女しか知らないはずだ。もしかして、キスショットはやられてしまったのだろうか?

 

 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それに、知っているのも当然だ。何せ、あの子にあの場所を教えたのは僕なんだからね」

 

 俺の思考を読んだ上に、さも当然の如く言い切った。おかげで大きな疑問が解消された。

 

 「じゃあ、俺を運んだのもお前か? ずっと不思議に思ってたんだよ。キスショットのあの体で俺のこと運ぶなんて無理だと思ってたからな」

 「さあ、どうだろうねえ。義を見てせざるは勇なりってね。あの子が随分と困っていたようだから手を貸してあげただけさ。それよりもさ。君は彼女のことをキスショットって呼ぶんだね」

 「・・・ダメなのか?」

 「いや、別に構わないさ。なにせ君はあの子の眷属なんだからね。ただ、彼女・・・ハートアンダーブレードは伝説の吸血鬼だからね。怪異殺し。いや、怪異の王、キングなんだぜ。いやクイーンかな。だからキスショットなんて呼べるやつなんてそういないだけなのさ」

 「あれ本当だったんだ・・・」

 

 幼女のような容姿のせいかもしれないが、“怪異の王”だなんてただの誇張かと思っていた。だがそうでもなかったらしい。本当の本当に王様、いやお姫様らしい。

 

 「それじゃあ、そろそろ行こうか。まだ3月だからね。アロハシャツだと割と寒いんだよね」

 「その前に何点か確信させてくれ」

 「なんだい?」

 「お前は俺とキスショットを退治に来たわけじゃないんだな?」

 

 口で確認しても意味がないとも思う。だが、これだけが現状確認できる唯一の手段でもある。

 あいつの眷属としてみすみす敵を連れていくわけにはいかないのだ。

 

 「もちろん違うよ。証拠はないけどね」

 「・・・わかった。それともう一つだけ。お前は一体何者なんだ?」

 「僕かい? あるときは謎の風来坊、あるときは謎の旅人、あるときは謎の放浪者、あるときは謎の吟遊詩人、あるときは謎の高等遊民」

 「は?」

 

 全くわけわからん。文面通りに受け取るとただのホームレスってことになる。あれ? キスショットもホームレスじゃん。そうなるとしばらく俺もホームレスなの?

 

 「あるときは女声の最低音域」

 「それはアルト」

 「あるときはある、ないときはない」

 「なぞなぞかよ」

 

 ねんてね、と。はぐらかすように肩をすくめて言った。

 

 「僕は、ただの通りすがりのおっさんだよ」

 「そんなわけがあるか」

 

 結局、話が一歩も進んでなかった。

 

 「で、本当は何なんだ? 話が進まねぇからちゃんと答えろ」

 「はっはー、せっかちだなあ引谷くんは。何かいいことでもあったのかい?」

 「うっせえ、いろいろと大変なんだよ」

 

 いつになく多い文字数を読む読者とか、進まなくて悩む作者とか。そういうメタい話を抜きにしても疲れるのだ。こいつと話すのが。

 そんな願いが通じたのか知らないが、忍野はまたも飄々としたまま、けれど、今度こそちゃんと答えた。

 

 「しょうがないなあ。僕は怪異のオーソリティだよ。つまり僕は妖怪全般の専門家ってところさ。安心していいよ。僕は別に吸血鬼退治の専門家ってわけじゃあない」

 

 専門家。プロフェッショナル。オーソリティ。ジェネラリスト。

 どうやら、俺を襲ってきたさっきの3人は吸血鬼専門にしているらしい。さしずめヴァンパイアハンターっていったところか。

 

 「怪異全般ってことは吸血鬼も入ってるんじゃないのか?」

 「はっはー、きみはよく話を聞いているね。これも気にしなくていいよ。僕はあの三人と違って、退治するのはあんまり得意じゃないんだ」

 「得意じゃないって・・・専門家なんだろ?」

 

 少なくともあの3人の攻撃を簡単に封じることができている時点で、能力的には十分退治できそうなものだが。

 

 「もう少し有体に言えと、好きじゃないんだよね」

 「じゃあ、何ができるんだ? まさか、知識があるだけってわけじゃないんだろ」

 「もちろん、そんなわけじゃないよ。僕の専門はバランスを取る事さ」

 

 続きは帰ってからにしようか。寒いからね。と。

 そう言って、笑いながら忍野は歩き始めた。整理のつかない情報を必死にまとめながらとりあえずついていくことにした。

 




ちなみに「引谷」という苗字は100世帯もいないらしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

013

社畜の才能があることに気付く。働きたくないのに。最近は休みの使い方がわかないです。
前回の投稿は申し訳ありませんでした。当然お気に入りが減ってしまいましたが、それも致し方ありませんね。
低クオリティにも関わらず読んでいただいている皆様には感謝以外の言葉が思い浮かびません。ありがとうございます。
一応、012を編集しましたが、微修正しかしておりませんので気が向いた時にでも読んでいただければ幸いです。


 若干警戒レベルを引き下げつつも一挙一動に気を張り巡らせながら忍野と一緒に学習塾跡へと帰る。

 

 ぼっちにとって二人きりというのは身一つでサバイバルするようなものなのだが、考えてみれば今リアルに身一つでサバイバルの最中なので、そこまで苦にならなかった。というのは嘘で、忍野が相変わらず飄々と適当な話を振ってくるので気まずくならなかっただけなのだ。このとき心中で忍野に感謝したのだが、考えてみれば忍野と二人っきりなのはこいつのせいなのですぐに撤回した。

 

 「おお! 帰ったか!」

 

 なにこの子。超カワイイ。とりあえず忠誠の証を施しておく。忠臣に下心はない。いいな?

 というか、その笑顔やめてくれない? 出かけておいて当初の目的を成し遂げられずに、挙句、見知らぬおっさんを連れてきただけなんだから。

 

 「悪い。道中であの3人に襲われて必要なもん取ってこれなかったわ」

 「なんじゃ。何を取ってくるのか楽しみにいておったのにのう」

 「そんな大層なもんじゃないからね?」

 

 スマホの充電器とお金くらいだから。できれば寝袋とかも欲しいところだが、生憎ソロキャンプをするほどのプロボッチには至っていない。

 

 「で? あの3人と戦ったからには1人くらい倒しておろうな?」

 「いや、無理だから」

 「なにぃ?」

 「ごめんなさい!」

 

 この幼女超怖い。反射的に謝るくらい怖い。後ろで忍野が笑ってやがるし。覚えてろよ。

 

 「まったく・・・。儂の眷属ならあの程度どうにかせんか」

 「いや、3対1じゃ無理だから1対1にしようって話してたんじゃねぇかよ・・・」

 「ふん。1匹も3匹も変わらんじゃろうが。言っておろう? 殴って終わりじゃと」

 

 コイツ本当に見た目は幼女、頭脳は世紀末覇者だな。そもそも、出かける前に話したことほとんど忘れてるだろ。

 というか、本当に取り戻す気あんのかこの吸血鬼。自分の身体のことなんだからもっとちゃんと考えてほしいものである。

 

 そんな俺達を見ていた忍野が口を開く。

 

 「それなら僕が間に立ってあげようか?」

 「間に立つ?仲介するってことか? そんなことできるのかよ」

 

 とても人の話聞くようには思えないんだけど。そもそも、あいつらは俺のことを畜生程度にしか思っていない。そんなやつの条件など誰が聞くだろうか。

 

 「僕の専門はバランスを取ることだからね。中立の立場で交渉する、いわば、あちらとこちらの橋渡しをする交渉人なのさ」

 「交渉人・・・? てことは、何で交渉するんだ? まさか俺達がノーリスクでってわけにはいかないんだろ?」

 

 交渉というからには条件を提示しなくてはならない。もとより動けるのは俺しかいないため、あちら側には1対1という条件はメリットも何もない。むしろデメリットでしかない。

 故に、この条件を吞ませるためにはそれ相応の条件を提示しなくてはならない。

 

 「もちろんノーリスクとはいかないよ。で、どうするんだい?」

 

 もちろん、可能であるならお願いしたい。だがそうするにあたって大きな疑問を抱かざるを得ない。

 

 「お前はなんでこんなことに首を突っ込むんだ? お前にとってメリットないだろ」

 

 俺らに恩を売るっていうなら一応筋は通るが、それだったらやつらからキスショットの四肢を取り戻したほうが手っ取り早い。恐らく、こいつにはそれだけの力があるはずだ。

 あの3人に協力して俺らを嵌めるという考えもあるにはあるが、1対1にするメリットは皆無だ。闇討ちするという可能性も考えられるが、それだったら今ここで俺達を殺せばいいだけの話だ。

 

 「いっただろ。バランスを取ることが僕の仕事だって。このままだと些かバランスが悪いからね。これじゃあいじめみたいなもんだ」

 「バランス? なんのバランスを取るっていうんだよ」

 「そこらへんは今はまだ秘密ってことで」

 

 結局こいつの思惑はわからないままだが、少なくとも行動理由はわかった。“バランスを取る”ということが何なのかは分からず終いだっただ、少なくともビジネスライクであるなら信用足るものと判断した。

 

 「わかった。詳しくは聞かないことにする。で、お前は俺達の味方ってことでいいんだな?」

 「違うって。味方でもないし、敵でもない」

 

 中立だよ、と忍野は続ける。

 

 「間に立つって言っただろ? つまり中に立つってことだ。そこから先は君達次第さ。僕がするのは場を整えることだけ。実際に働くのは君達だ。僕は原因にも結果にも関与しない。精々、経緯を調整するだけさ」

 「・・・・・・わかったよ」

 

 飄々と場を仕切っていく忍野に俺とキスショットは多少なりとも困惑はしたが、この場における意見は全員が一致していた。

 

 「いいよな? キスショット?」

 「構わん。そこの小僧のスキルは確かに本物のようじゃしな。従僕がそれでよいのなら儂は口出しつもりはない」

 「話は纏まったかい? それで。どうする?」

 

 わかっているうえで意地の悪そうな笑みを浮かべる忍野に若干の苛立ちを覚えたが、なんとか飲み込み告げた。

 

 「頼む」

 「まいどあり~」

 

 ・・・。まいどあり?

 

 「はっはー。当然、僕も仕事だからタダってわけにはいかないよ。うーん。じゃあ、200万くらいでどうだい?」

 「詐欺師かテメェは!!」

 

 本買いにいったら命と一緒に200万の借金背負うとかどんな人生だ。というか、高校生に詐欺まがいの商法とるなよ。

 

 「そう目を腐らせるなよ。悪いことしてる気分になっちゃうだろ。もちろん、子供の君に催促したりしないさ。それくらい要求しないと、それはそれでバランスが悪いからね」

 

 200万。

 額としては随分と大きい。けれど、あの3人と真っ向からやり合って生き残れるとは到底思えないので命を200万で買ったと考えることにした。

 

 それにキスショットは500年生きてるって言ったし、俺が500年生きれると仮定すればそれほど大きい借金ではない。ような気がする。いや、俺働かないから無理だわ。

 

「安心していいよ。僕はできないことは口に出さない主義なんだ」

 

 なんだろう。なんとなく失敗するフラグに思えてくる。

 

 「具体的なプランを聞かせてもらおうかの。交渉と言っても、容易ではあるまい。そう易々とあの3人を説得できるとは思えぬ」

 「そこは企業秘密さ」

 

 忍野の飄々とした態度が気に障ったのか少しむっとするキスショットは少し苛立ったように再度問い直す。

 

 「では条件くらいは聞かせてもらおうかの。それくらいは考えておろう?」

 「まだ考えてないよ」

 

 キスショットも俺も拍子抜けしたのは否めない。けれど、余裕を感じ、どことなく頼もしい感じがする。あくまでも感じがするなのだが。

 

 「僕にできることは、頭を下げてお願いするだけさ。誠意を込めてね。話せばわかりそうな連中だったからさ」

 「馬鹿をいうなよ。それができたなら俺は襲われちゃいねぇよ」

 

 問答無用だったわ。悪即斬って感じ。

 

 「当たり前だろ。きみは今ハートアンダーブレードの眷属なんだぜ? 退治対象の君の言葉に耳を傾けてちゃ彼らはプロ失格だ」

 「・・・そうだな」

 

 忍野は人間で、俺は化物。そこには明確な壁がある。そこに一抹の寂しさを感じたのは否めないことだった。

 

 「まずはあの3人をバラかすのが先だろうね。一人一人を相手にすれば問題ないってのが、ハートアンダーブレード、君の読みなんだろう? なら、それを実現させようじゃないか」

 

 当然、と忍野は続けた。

 

 「さっきも言ったけれどノーリスクとはいかない。君達にはある程度のリスクを冒してもらうようになるけれど、そこはどうか呑み込んでくれ」

 「端からそのつもりじゃ。覚悟は決めておる。儂は勿論、従僕もの」

 「いや待て」

 

 なんで俺の覚悟まで勝手に決められてんの? なんでそんなキメ顔なの? いや、まぁある程度のリスクぐらいは考えてはいたけれど。それでも覚悟までは決めてないんだけど。

 

 「なんじゃ、決まっておらんのか。早く決めんか。儂が格好悪いじゃろうが」

 「あーはいはい。決まりました主サマー」

 「うむ。それでよい」

 

 ない胸を張る主人に忠誠を誓う。

 こいつのためなら。そう思えるのはこいつに血を吸われたからなのだろうか。柄にもなくやる気に満ちている自分に苦笑してしまったが、たまにはこんなのも悪くない。

 そう思えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

014

こんにちは。4年前に患ったインフルぶりの高熱に寝込んでる星乃椿です。
投稿が遅れて申し訳ありません。PCの調子が良くなかったり、仕事が忙しかったりで執筆できませんでした。
八幡らしさが出せてないことにもどかしさ感じる14話。



 忍野の計らいでドラマツルギー、エピソード、ギロチンカッター、それぞれとの一騎打ちの場が設けられることとなった。どうやって交渉したのかは結局わからず終いだったが。本当に何者なんだあのおっさん。

 

 聞けば、本当に俺を引き摺りながら路頭に迷っていたキスショットにこの学習塾跡を教えたらしい。

 

 この街に住んでいる人間ですら知らないようなところをなぜ住民ですらない人間が知っているのかという疑問を投げかけたところ、本人曰く、長いこと放浪生活してるからね。寝床を探すのは得意なのさ。とのことだ。本当かどうかは知らないが。

 

 忍野が信頼たる人物かどうかは正直まだわからない。俺達にしてくれた施しだって見方を変えれば罠にも思えてくる。相手の信頼を得てから金品を巻き上げる詐欺の常套手段と同じだ。実際に金を巻き上げられてるし。

 実際、キスショットが力を失っているこの状況下で、あの3人から生き延びるにはこのおっさんに頼る、言い方を変えるならばこのおっさんを利用するしか道はない。

 

 ともかく、忍野のおかげで外に出ても襲撃されなくなったため、漸くわが家へと帰ってこれた。

 時刻は夜2時を廻った頃。丑の刻。怪異の力が最も強くなる時刻である。実際、感覚が研ぎ澄まされた感覚がある。

 なぜこんな時間に帰ったのかといえば、昼は活動できないし、事実上家出状態で両親がいる時間に帰宅しようものなら説教を受けて余計な時間をとれてしまう。そうなると必然的に小町も両親も起きていない深夜になってしまうのだ。

 

 自宅だというのに物音を立てないように気を遣い、できるだけ帰宅したという痕跡を残さないように自室へと足を運ぶ。途中カマクラに出会ってしまったが一目散に逃げられてしまった。なんか悲しい。

 

 そんなちっぽけな悲しみを背負ったまま自室に入ると、違和感があることに気付く。俺の楽園(ベッド)が膨らんでいるのだ。

 

 ・・・あれれ?? なんで小町ちゃんが俺のベッドで寝てるの?? もしかして俺の存在抹消されちゃった? 俺が帰ってこないことをいいことにあのクソ親父。血吸ってやろうか。

 

 などと吸血鬼としての使命感を覚えつつ音を立てないよう引き出しを物色する。照明を点けなくともはっきり見えるというのは本当に便利なのだが、まだ慣れていないのか若干気持ちが悪い。いくら身体が、五感が化物と成り果てても、まだまだ人間の感覚なのだろう。

  

 「ぅんん・・・おにいちゃん・・・?」

 

 物音をできるだけ抑えていたといえど、ある程度の音は出てしまう。いるよね、寝てるときやけに感覚が研ぎ澄まされてて少しの物音とかで起きちゃったり、誰かと同じ空間だと寝れない人。どうやら我が妹は俺に似て敏感な性格らしく起きてしまったらしい。

 

 つーか、なにその甘え声。すっげぇかわいいんだけど。あれ? あれあれ? 小町ってこんなかわいかったっけ? マイエンジェルだから仕方ないね。

 

 「おにいちゃん、そこにいるの?」

 

 自惚れでも自意識過剰でもなくともわかるくらい寂しさの滲んだその声に胸が締め付けられるようだった。思わず返事をするところだったが、答えるわけにはいかない。

 俺はもう人間として死んだ存在で、生きることから逃げた化物。本来ならばこの家に帰ってきてはいけなかった。

 

 これ以上ここにいるとまずい。一度捨てた日常に、決して楽しいと思えなかった日常に戻りたいと思えてしまう。

 

 相変わらず弱いままの俺はすぐに立ち去ろうとした。

けれど。

 けれど、俺のベッドに丸まりながらすすり泣く小町を置いて逃げ出すなんてことはできなかった。

 

 「・・・ああ」

 

 返事をするや否や小町に抱き着かれた。それがなんだか無性に嬉しく、また恥ずかしくもあり、また申し訳なかった。

 返事をしてしまったのは失態と言わざるを得ない。兄としても、吸血鬼としても。

 それでも。

 死んでても、人外でも、化物でも、俺は比企谷小町のたった一人の兄貴なんだと、当たり前のことを実感せずにはいられなかった。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 またも三点リーダの乱用で申し訳ないのだが、如何せん喋ることがない。この時ほど自分の対人スキルのなさを心底恨んだことはないと思う。というか、妹に抱き着かれたらどう反応するのがベストなのだろうか。泣きじゃくってる小町に冗談とか言えないし。

 小町に抱き着かれて早20分が経った頃。

 

 「・・・小町になんにも言わないでどこに行ってたのかなごみいちゃん」

 「おい。ごみいちゃんっていうなごみいちゃんって」

 「だまれ」

 「はい」

 

 いつの間にか正座でお説教タイムになっていた。あれれ~? さっきまで感動の再開じゃなかったっけ? どうしてこうなった。さっきまで天使だったのに閻魔様に見えるよ。やっぱりここ死後の世界でしょ。

 

 「で? ごみいちゃんは今までどこに行ってたのかな?」

 「あっえっと、じ、自分探しの旅に・・・」

 「あ?」

 「ごめんなさい!!」

 

 恐怖のあまり実の妹に対して躊躇なく土下座をし、涙目で自分の部屋の床に額を擦り付ける情けない兄の姿がそこにはあった。ていうか俺だった。

 というか、「あ」に濁点だったよ。女の子が出していい声じゃないからね。

 

 「で、本当の理由は?」

 

 どうしたものだろうか。まさか「本買いに出かけたら死にかけの伝説の吸血鬼助けちゃって、俺死んじゃったんだよねー。そしたら伝説の吸血鬼の眷属になっちゃって、助けた吸血鬼の手足を取り戻すためにヴァンパイアハンターとバトらないといけなくなったったんだー」なんて、言えるわけない。

 

 「・・・自分探しの旅だ」

 

 自分つーか、主人の身体探しだけど。まぁ、“吸血鬼(じぶん)”探しで間違いないと思うけど。

 

 「ふーん・・・。まぁそういうことにしておこうかな」

 「お兄ちゃんの言いうことくらい信じてくれてもよくない?」

 「無断で家出するようなごみいちゃんに対する信頼なんてありません」

 

 小町の俺に対する信頼度が急降下してる。元々ないに等しかったが。

 

 「まぁいいや。今日はもう寝ようよ。どうせまた出ていくんだろうけどさ、別に明日に出てもいいんでしょ?」

 「え、いや」

 「今日だけと・く・べ・つに一緒に寝てあげるよごみいちゃん!! 別に寂しかったわけじゃないんだからね! 家出してたごみいちゃんがコマチニウム不足してるだろうから仕方なくなんだからね!! あっ今の小町的にポイント高い!!」

 「お前なんでツンデレキャラになってんだよ。なんだよコマチニウムって」

 

 なんだよ。かわいいなちくしょう。やっぱり俺の妹前よりかわいくなってるよ。八幡的にポイント爆上げだよ。コマチニウムがなんだかわからないが、補給したくなってきたよ。

 

 「悪いけど今から出て行く」

 「・・・もしかして悪いことしてるの? 変なクスリとか?」

 「・・・いいや」

 「絶対帰ってくるんだよね?」

 「・・・ああ」

 

 きっと。きっと、俺が小町と会うのはこれが最後だろう。でないときっと後悔してしまうから。

 

 「帰ってきたらちゃんと話聞かせてね」

 「ああ」

 「ちゃんと、帰ってきてね」

 「約束する」

 「まだプリン食べてないんだから」

 「安心しろ。とびっきり美味いの買ってきてやる」 

 

 最後くらい欺瞞に頼ってもいいだろう?

 さよなら小町。

 小町を人撫でして明るくなり始めた街へと繰り出した。俺を待つ彼女の元へ帰るために。

 




本当はもっと丁寧に書く予定だったけど話進めたいからいろいろばっさりカットしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

015

こんにちは。体調も大分回復しました。
Zero Grand order終わってしまいましたね。今回のイベント中々美味しかった・・・


 3月31日。

 エイプリルフールの前日で、嘘が“許される”というよりは、嘘が“遊び”となる日の前日である。友達の多いリア充共は如何に周りの人を騙そうかと頭を働かせていることだろう。

 だが、考えても見てほしい。人が人を騙すのは日常茶飯事であることを誰もが身に染みてわかっているはずだ。『嘘も方便』。空気を読むことに長けていると言われている日本人にとっては最も似つかわしい諺だろう。にも関わらずだ。何故その美徳を捨て去って、わざわざ場が白けるような嘘を吐くことをするのだろうか。エイプリルフールなら虐めにならないと思ってんじゃねーぞ。いや、虐められてないからね? ただ告白されたものを取り消されただけだから。思い出に動画撮られてただけだから。我が人生に虐めは存在しません。

 

 とまぁ、こんな具合に現実逃避した思考をしているには理由がある。

 

 あろうことか、今夜はドラマツルギーとの決闘の日なのである。

 

 しかもだ。なんと決戦当日になってキスショットがドラマツルギーについて説明し始めたのだ。

 

 「わかっておるじゃろうが、ドラマツルギーは吸血鬼じゃ。決して血を吸われるでないぞ」

 「はぁ?」

 

 なぜこんなにも重大なことを隠しているのか。女児を、主人を、吸血鬼幼女を本気でぶっ叩こうかと思った俺は正しいと思う。

 

 「なんじゃその惚け面は? あんな巨体がただの人間なわけなかろう? それともうぬはあんな体躯をした人間を見たことがあるのかの? ろっぴゃ・・・500年生きとる儂でもあんな体躯の人間は、寡聞にして知らんぞ?」

 「・・・まぁ、言われてみれば確かに」

 

 2メートルを超える身長はスポーツ界、特に白人や黒人には多くいることだろう。筋骨隆々な体形も白人、黒人を中心に沢山いる。

 だが、ドラマツルギーの体形というのはそういう次元ではないのだ。アニメや漫画に出てくるような、およそ人間ではあり得ない、人間離れした体躯をいていた。浮世離れしてるといってもいい。

 

 思い返してみれば、大人版キスショットもこの世のものとは思えないくらい美しかった。もしかすると吸血鬼って身体を思い通りにすることができるのかもしれない。もしくは、洗練するとか。事実、吸血鬼化してから俺の身体も劇的な変化を遂げているのだから。

 だらしない体というわけではなかったが、運動すらしてこなかった俺のおなか周りが何と見事に腹筋割れているのだ。それも男の憧れのエイトパック。結果にコミットする吸血鬼化。何にコミットするのかわからないが。そうだ。幼女にコミットしよう。

 

 「それで? なんで血を吸われちゃだめなんだ?」

 

 もう吸血鬼になっているわけだし、血など吸われたところで血液が減るくらいだろうに。その血液すら即時に再生するのだが。

 

 「吸血鬼が吸血鬼に血を吸われるということは、存在そのものを吸われるということじゃからな。まぁ、吸血鬼がというよりは怪異のすべてがじゃがな」

 「・・・存在そのものが吸われる?」

 「そうじゃ。肉片一つ残さずこの世から消え去るのじゃよ。綺麗さっぱりとな」

 「なんだよ。まるで見たことがあるような口ぶりじゃねぇか」

 「忘れたのか? 儂は“怪異殺し”。どれだけの怪異の血を吸うてきたと思うとるのじゃ? 勿論、吸血鬼の血もの」

 

 幼女は凄惨に笑う。自慢げに己が牙を見せつけながら。あどけない表情のはずなのに、どこか妖艶で、自分の何倍も生きている吸血鬼であることを実感する。

 自分も舌で牙を撫でてみたが、核爆弾が自分の口内に取り付けられた気分になるだけだった。

 

 というか、本当にどうしよう。あんな筋骨隆々の大男にヘッドロックなんてされたらどうやったって逃げられないし、その間に血を吸われたらお陀仏って無理ゲーじゃねぇか。無理ゲーっていうかクソゲーだけど。誰かスターか1UPキノコくれ。

 

 「くはっ。そう心配そうにするな従僕よ。吸血鬼としてのランクはうぬの方が何段階も上じゃ。血を吸われたとてそう簡単に消えやせんわ。それに、あやつはそんな戦い方はしないとは思うからの。まぁ、一応注意くらいはしておくことじゃな」

 

 こいつのドラマツルギーに対する信頼度の高さはなんなのだろう。ライバルなの? 一緒に鍛え抜いた仲なの? ドラマツルギーはベジータポジションなの? 駄目だよ。初期のベジータは「汚ねぇ花火だ」とか平気でやるんだから。

 

 結局、キスショットの新情報で余裕のない心がさらに圧迫され、戦々恐々としたまま決戦の舞台へと足を運ぶ。

 

 決闘の舞台。これがまた足を重くしている要因でもあった。場所は馴染みがありつつも、そう長くはいたいとは思えない場所。

 

 つまり、千葉市立総武高校の校庭へと足を運んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

016

今日仕事が休みで、筆もまぁまぁのノリだったので2話連続投稿。
というより、1話分が短かったから連続投稿します。


 総武高校は千葉県有数の進学校であり、そのためか予算も多く使えるため校舎がわりと大きい。力を入れているのは校舎だけではなく、運動場にも力をいれている。たいして運動部に力を入れているわけでもないのにグランドがいくつかあり、一つ一つがわりと大きかったりする。人家も隣接しているわけではないので、決闘をするにはうってつけだった。

 

 個人的には廃墟とかの方が隠れられるし、罠を仕掛けることもできるのでありがたいのだが、拓けていて、それでいて人目に付きにくい、それでもって俺が少しでも落ち着いてできるなじみ深い場所でということで忍野がここにしたらしい。

 

 決戦場所の第二グラウンド。人家から最も離れている代わりに、校舎に最も近いこのグラウンドの中央には筋骨隆々の男が―――ドラマツルギーが胡坐をかいていた。

 どうやって声をかければいいのだろう。校庭の中心で座禅を組んでいる筋肉隆々のヴァンパイアハンターの吸血鬼にどうやって話しかければいいのか誰か教えてほしい。

 

 「●●●。・・・ああ、現地の言葉で、だな。」

 

 ドラマツルギーは厳めしい口調とは裏腹に、どこか優しさを孕んだ声で話しかけてきた。

 立ち上がった彼の両の手にはあの夜の波打つ大剣―――フランベルジェが握られていなかった。

 

 「勘違いするな、同胞よ。私が、あの軽薄そうなあの男の言に従ってここに来たのは、何もお前を退治するためではないのだ」

 「はぁ? でも、お前あの二人―――エピソードとギロチンカッターと一緒になって斬りかかってきたじゃねぇかよ。何を今更―――」

 「だから、勘違いするなと言っている」

 

 反論を許さない厳めしい言葉は続く。

 

 「私がここに来たのはお前を我らの仲間として迎え入れるためだ。まさか、あの二人の前でお前を勧誘するわけにもいくまい。鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、ハートアンダーブレードの眷属という稀有な存在は殺すには惜しい」

 「仲間・・・?」

 「そうだ。私と同じように―――吸血鬼狩りに身を窶すつもりはないか?」

 

 それは初めての誘いだった。正直、少し嬉しく思ってしまったのは否定できない。

 

 「・・・仮に俺がその誘いに乗ったとして、キスショットの右足は返してもらえんのか?」

 

 ここでこいつの話に乗って、右足を返してもらうのが一番リスクが少ない。あの二人に襲われる危険性も減り、追われるだけの生活を送る必要もなくなる。何より、勝てるかわからない戦いに身を窶さなくてもキスショットの右足が手に入るというならばそれが一番いい。

 

 「・・・あの女をキスショットと呼ぶその度胸は大したものだが、それは違う。むしろハートアンダーブレードを殺すのがお前の初めての仕事だ」

 「・・・っ」

 

 キスショットを殺す? 俺が? そんなことできるわけないだろう。あいつは俺に生きたいと縋った。俺はあいつのために生を捧げた。そして、あいつは俺に生を与えてくれた。そんなあいつを殺すことなど、できるはずもない。

 

 「なぜ躊躇う? お前はあの女に血を吸われて吸血鬼となったはずだ。復讐したいとは思わんのか?」

 「・・・思わねぇよ」

 

 復讐なんてとんでもない。むしろあいつの復讐のためにお前らと戦うまである。

 

 「なぜだ? お前は主人からの支配も弱かろう? 復讐するなら手を貸そう。お前だけで心もとないのであれば私と我が同胞53名が手助けしようとも」

 「支配力が弱いかどうかなんて知らねぇよ。ただ俺はあいつに忠誠の証を示すのが好きなだけだ。間違ってもお前の頭なんか撫でたくない」

 

 あいつの金糸のような髪を撫でらなくなるなんて嫌だ。もっと撫でていたい。

 

 「大体、53名もお仲間がいるならいいだろ? こちとら長年ぼっちやってるからな。なじめる気がしねぇよ」

 「そうか。惜しいな。実に惜しい。お前ならすぐにNo.1になれたものを」

 「生憎、エリート思考は持ち合わせてないんで」

 

 だいたい、No.1ってトップでしょ? 嫌だよそんなん。吸血鬼としても、人間としても、実戦経験でも、人生経験でも間違いなく最下位の俺がトップ? 間違いなく後ろから刺されるわ。すぐ再生するけど。

 

 「そんなもの私も持ち合わせてなどいない」

 「えっ、トップだったの? ごめんなさい」

 

 機嫌を損ねてはまずいとこれから戦うであろう敵に本気で平謝りする情けない男はどこにいる。ここですねすみませんでした。だってこんな巨漢が不機嫌オーラ出してみろよ。漏らすぞ。

 

 「ではそろそろ始めるとしよう―――哀れなる少年よ。ハートアンダーブレードの眷属よ。あまり時間をかけるわけにもいかないのだろう?」

 「・・・そうだな。そのまえに一つだけ確認させてくれ」

 「いいだろう。相互の認識に齟齬があっては困るからな」

 

 忍野がした交渉。その確認。

 

 「俺が勝ったらキスショットの右脚を返してもらう」

 「私が勝てば、ハートアンダーブレードの居場所を教えてもらおう」

 

 認識に齟齬はない。

 では、始めよう。吸血鬼同士の戦いを。

 

 




そういえば、ここでひとつだけ。
阿良々木さんと違って、別に今作でのヒッキーは人間に戻りたいだなんて思っていないんです。
だから、小町と話してその感情が湧いたとしてもただ諦めて辛くなるだけ。
なので小町との会話を短くさせていただきました。そこら辺を暗に織り交ぜたつもりではあったのですが、力が及ばなく、伝わらなくて申し訳ない限りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

017

初めて戦闘シーンを書きました。期待に添えられているかわかりませんが。。
そして、今日無事誕生日を迎えることができました。記念にFGOに課金したらタマモキャットが出ました。もちろん自費です。プレゼントなんてもらったことないや・・・


 ドラマツルギーはいつかの波打つ大剣を使わずに肉弾戦を仕掛けてきた。やはり剣というものは視覚的な恐怖があるので、こちらとしては非常にありがたいのだが、これは完全に予想外である。

 

 ドラマツルギーのパンチはかの霊長類最強の男も真っ青なものであった。風を切る音が耳元を掠め、空気が揺れる。

 格闘家でも見切れないような、喰らえば一発でK.O.されてしまうようなパンチを紙一重に避けることができているのは、一重に吸血鬼化による運動性能の向上による。こう言ってしまうとなんだかひょいひょい避けている武道の達人のように思えてくるがそんなことはなく、無我夢中であちらこちらに走り、時にはモンハンの緊急回避よろしくダイブしていただけなのだ。

 

 「どうした! 逃げ回ることしかできんのか! ハートアンダーブレードの眷属よ!」

 「はぁっ、はぁっ、うる、せぇ、な! 舌噛め!」

 

 唯一の反論が舌噛めってなんと小物らしいことだろう。というか、吸血鬼なんだから舌噛んだところですぐ再生しちゃうだろ。

 

 そこで一つ閃いた。自分の血吞めばパワーアップできるんじゃね? と。よくあるではないか。血を吸って一時的にパワーアップ的な。無限ループで自己強化できるとか最強じゃねぇか。

 

 「・・・なにを一人で悶えている?」

 「あ、いや、ちょっと、舌噛んだだけです」

 

 結論から言ってただ痛いだけだった。噛んだところですぐに再生し、血など吞めず終わってしまったのだ。傷は治っても、痛覚という感覚は残留するため少し痛い。そして、ドラマツルギーの呆れた目線がすごく痛い。

 

 「どうする? 今からでも同胞にならんか? お前の動きは中々筋がいい。・・・No.2くらいにはなれるだろう」

 

 しかも、さっきまでNo.1だったのがNo.2に降格していた。なんだか泣きそう。

 

 「お断りだっての。むしろ、こんな小物いらねぇだろ」

 「いいや。この状況下で軽口を叩けるほど肝の据わった男はそうはいまい」

 「そうかよ」

 

 今度は俺から仕掛けた。某国家錬金術師のように手を叩き、手にフランベルジェと鉄球を創造する。

 

 この決戦に備えて俺がしてきたことといえば、まさにこの“創造スキル”を使いこなすことだった。以前キスショットが言っていた「創りたい物を思い浮かべて創るだけじゃ。ぐわーとな」というのは実に的を得ていて、創りたい物を想像することで具現化することができる。錬金術師のように物質の構成を理解する必要もなく、錬成陣も等価交換も必要ない。賢者の石よろしく無から有を創り出せる、正に“創造”。

 しかし、あくまで“創造”。性能や強度は本物に劣るし、世界の修復力を受けるため永遠に存在させることはできない。

 

 だが、いくら早く動こうが、力があろうが、素人同然の俺では剣を掠らせることすら叶わないだろう。

 そこで、俺はフランベルジェを創造したのだ。自分の武器を使われると多少なりとも動揺を誘えると考えたためである。まぁ、実物の剣なんてフランベルジェしか見たことがなく、想像しやすかっただけというのもあるのだが。

実際、フランベルジェを見たドラマツルギーには動揺が見て取れた。その隙に鉄球を力任せに投擲し、避けたところに剣を振り下ろす。

 

 「ほう! 創造スキルまで使いこなすか! だが、まだ甘い!」

 

 いつの間にかドラマツルギーの両手にはフランベルジェが握られており、俺の一閃はいとも簡単に受け止められていた。

 むしろ、二刀を持っているドラマツルギーの方が優勢となり、俺の剣を受け止めている方ではないもう一刀で左腕を切り落とされてしまった。

 

 「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 血が噴水のように吹き出し、グラウンドの土が血で染め上げられる。だが、それも一瞬の出来事で、痛みで目を閉じているうちに左腕は生えており、まき散らされた血液も蒸発して消えていた。服までは再生しないので左袖だけがない不細工な格好になってしまったが。

 

 再生速度に感動している間もなく、ドラマツルギーの剣が迫ってくる。なんとか切断だけは避けて距離を取り、地面に手を叩きつけ地面を隆起させドラマツルギーの腹部を貫く。

 

 「面白い使い方をする。益々殺すには惜しい人材だ」

 「はっ、知ってるか。全は一、一は全ってな」

 

 恰好つけて見たが、ハガレンごっこをしてるみたいでなんとなく気恥ずかしい。だが、漢のロマンなので目を瞑っていてほしい。

 

 「そうか。だが、その程度では私を倒すことなどできんぞ」

 

 土如きではドラマツルギーの鋼のような身体を貫くことはできなかった。だがそんなことは織り込み済みだ。

 

 何度も何度も手を叩き、地面から槍を伸ばしたり、投擲したりと小賢しい攻撃を繰り返す。巨体とは思えない身のこなしで避けられるが、そんなことはどうでもいい。

 

 「何度やっても同じだ。そう何度も――」

 

 瞬間。風に流された巨大な布がドラマツルギーを包む。視界と動きさえ封じてしまえば初心者の剣筋でも当てることなど意図も容易い。

 

 そう。俺が何度も手を叩いたのは手を叩かなければ創造スキルが使えないと思わせるため。土で攻撃していたのは砂埃を巻き上げ視界を悪くするため。

 総武高は潮風により風向きが変わる。より強い風吹く瞬間を見計らって巨大な布を手を叩かずに創造。あとは風が運んでくれる。

 別に風向きを読めるとかではない。ここ1年間、一人ベストプレイスで昼飯を食べていればなんとなくわかるようになっただけなのだ。え、昼飯なんて一人で食べるものだろ? ご飯を食べてるときは喋っちゃいけないって教わっただろ。

 

「ぐっ・・・」

 左腕を切り落とされたドラマツルギーは初めて表情を崩し、続けて振るわれた俺の剣をバックステップで避ける。

 

 「なんだこれは!?」

 「今頃気付いたのかよ!」

 

 そう。本命はこれ。

 土で作った槍の中に鋼鉄を混ぜ、ドラマツルギーの背後に檻擬きを仕掛けておいたのだ。

 戦いに備えて何度も何度もシミュレーションした結果がこれしか思い浮かばなかったのだ。

 追い打ちをかけようとフランベルジェを振り上げたところでドラマツルギーは剣を捨て、地面に手をつけていた。というか、土下座をしていた。え、俺悪役みたいだからやめてくれない?

 

 「・・・なんのつもりだ?」

 

 まだ決着はついていない。油断を誘うつもりなのだろうか。

 

 「見ての通り降参だ。日本ではこうするのだろう?」

 「いつの時代の日本だ」

 

 外国人特有の間違った日本文化に笑いが込み上げそうになるも、何とか堪え剣を握り直す。

 

 「待て。降参だと言っているだろう」

 「証拠はあるのか?」

 

 ドラマツルギーは俺に切断された(・・・・・)左腕を差し出し、険しい表情で告げた。

 

 「この腕では戦いようがない。自力で負けていようが、経験では勝てるものだと思っていたのだがな・・・。力だけでなく、策を弄することにも長けていては私に勝ち目などない」

 「それは過大評価だろ。つーか、その左腕だって簡単に再生するじゃねぇか」

 

 さっき俺が切り落とされたときなんていつ再生したかもわからないくらい早かった。

 

 「勘違いしているようだな。お前達のように一瞬で再生できる吸血鬼などそうはいない。まあ、それでも私は再生力の低い部類なのだが――それでも、お前は珍しい部類の吸血鬼なのだぞ。言ったであろう。あのハートアンダーブレードの眷属だとな。私なぞとは格が違うのだ」

 「・・・そうだったのか」

 

 吸血鬼って不老不死のイメージがあるし、これが普通なんだとばっかり思っていた。

 

 ――自力で負けていようが、経験では勝てるものだと思っていたのだがな――

 

 どうにかこうにか一閃浴びせられた程度の実力では、こんな筋肉隆々の化物よりも優れているという実感は全く湧かない。むしろ、服のボロボロさから言えば何度殺されかけたことだろう。

 

 「降参、と言ったからにはキスショットの右足は返してもらえるんだろうな?」

 「約束は守る。すぐにでもあの軽薄な男に渡しておこう」

 「わかった」

 「では、示談成立だ」

 

 そう言うと、彼の姿が次第に霞始め、夜へと溶けていく。

 

 「ハートアンダーブレードの眷属よ」

 「なんだよ。また勧誘か?」

 

 姿が消え、何もないところから響く声に不気味さを覚えつつ答える。

 

 「誘いたいのは山々だが、それは止そう。何せ負けてしまったからな。最後に警告をしようと思ってな」

「警告?」

 「ああ。残りの二人は私と違って本気で殺しに来るだろう。油断はしないことだ」

 

 四天王の中でも私は最弱ってやつだろうか? これで最弱だったら心折れるわ。引きこもりたい。

 

 「それともう一つ。元人間としての忠告だ。――引き返すなら今だ。人間に戻りたいのであれば」

 「別にこのままで構わねぇよ。便利だしな」

 「・・・そうか」

 

 それっきり厳めしい男の声は聞こえなくなった。

 

 とりあえず、俺の学園異能バトルの第一回戦は終わりを迎えたらしい。

 

 「お兄ちゃん・・・?」

 

 どうやら一息は吐けそうにないらしいが。

 




本当は捻くれた戦闘シーンを書きたかったのですが、「捻くれたってなんだよ。つーか初戦闘にそんなん無理じゃね?」ってことでこんな結果になりました。
結構余裕そうな戦闘に思えるかもしれませんが、実際ボロボロで一歩間違ったらやられてるレベルだと考えて下さい。
あと、今更ですが、この作品は空いた時間にさっと読めることを目指してるため読者の皆様に自己補完していただくシーンが多々あります。ぜひ、妄想を重ねつつ、一緒に楽しんでいただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

018

いつの間にかお気に入りが1000突破してました。本当にありがとうございます。それと、いつの間にか赤ゲージが橙色になってしまいましたが、これからもぼちぼちとがんばりますのでお付き合いください。
今回は、小町とのやり取りメインです。


 なぜ小町がこんなところにいるのだろう。

 

 暢気にもそんなことを考えてしまった俺は、小町が近づいてくるにつれ焦りと恐怖でパニックになっていっていた。

 当然であろう。あんな化物同士の戦いを、殺し合いを誰かに見られるなんて思ってもいなかったし、見られないようお互いに配慮した取り決めだったのだから。しかも目撃者が実の妹と来た。

 

 正直、赤の他人であればどうせ会うこともないだろうと高を括って全速力で逃げ出せばよかった。総武高生であったとしても、元々影の薄いから見られたところで問題などなかった。

 

 だが、目撃者が小町となると話は別だ。

 小町はいくら俺が自分の殻に閉じ籠ろうとも、いくら拒絶の言葉を投げかけようとも手をさし伸ばしてくれた。一度たりとも捻くれた兄貴を見限ろうとはしなかった最も大事な人間だ。

 

 嫌われる―――

 

 慣れて感じなくなっていた恐怖を久しぶりに俺の脳内を犯していた。

 

 頭頂部が痺れ、毛穴という毛穴が開き冷汗が止まらない。小町が踏みしめる土の音を聞く度に視界が揺れ動く。

 

 「お兄ちゃん・・・だよね?」

 

 ああ、なんで今日に限って月が明るいんだよ。新月か曇りならばれることもなかったのに。

 吸血鬼が月を恨むなんてなんて滑稽な話なのだろう。

 

 「やっぱりお兄ちゃんだ。よかった。よかったよぉ・・・」

 「は? え? ちょ!?」

 

 俺がテンパっている間に小町は見たこともないくらいの大泣きをし、あろうことか抱擁をしてきた。

 え、ここって普通怖がって逃げるところじゃないの?

 一周まわって冷静になれたので、必死に頭を撫でて号泣する妹もあやす。間違っても抱き返していないからな。妹は攻略対象に入っていない。

 

 「で、なんでお前はこんな時間にこんなところにいるんだ? 悪い奴に捕まったらどうするんだ。お前は親父達に俺を捕まえてほしいのかよ」

 

 小一時間ほど経って漸く落ち着きを取り戻した小町はなんだか照れくさそうにしながらここに来た経緯を話しだした。

 

 「小町のことを心配してくれるのはポイント高いけど、そのシスコンっぷりは少し引くよ。っていうか、お兄ちゃん! 噂になってるんだからね!」

 「何がだよ」

 「前に金髪の美人な吸血鬼さんの話したでしょ? それがいつの間にか目の腐った男が吸血鬼って噂になっててさ。ちょうどお兄ちゃん家出してたし、もしかしたらって思ってお兄ちゃんの通ってる学校に探しに来たの!! あっ、今の小町的にポイント高い!!」

 「いや、ちょっと待て。ポイントは高くてもいいからちょっと待て」

 

 いつの間に噂変わったの? なんで“目の腐った男”で真っ先に俺を連想したのん? なんで俺の行き先が学校なのん?

 

 「だってお兄ちゃんヘソクリ持っていってなかったし、ぼっちだから友達家にもいけないじゃん。お兄ちゃんのことだから『学費払ってるんだから生活くらいさせろ』って学校に住んでるんじゃないかなって」

 「おいこら」

 

 流石にそこまで図々しくないし、非常識でもないわ。あ、でも電気も困らないし、きれいだからいいかも。というか、なんで俺のへそくりの場所知ってるの? 我が妹は俺のことをなんだとおもっているのだろうか。

 

 というか。

 

 「なぁ、小町。おまえ俺のこと―――」

 「怖くないよ」

 

 俺が聞くよりも早くはっきりと、だが優しく答えられた。

 

 「正直、遠いし、早いし、薄暗いしで何してるのかよくわかんなかったよ。でも、お兄ちゃんが腕生やしたり、筋肉もりもりの人を斬ったのは見えた。怖かったし、意味が分かんないかったよ。正直、お兄ちゃんだって信じたくなくて、それが確認したくてこんな近くまで来たんだ。でもね、お兄ちゃんが『嫌われたくない』って顔してたんだ。だから安心したの。ああ、やっぱりシスコン捻くれお兄ちゃんだって。だから―――全然怖くないよ。・・・・・・あっ! 今の小町的にポイント高くない!?」

 

 最後の最後にぶち壊すのが小町らしい。いや、しんみりしないように気を遣ったのか。小町は俺と違って気遣いができるからな。もう小町ルートに入っていいんじゃねぇの?

 

 「本当にポイント高いよ。・・・ありがとな」

 

 今度は俺から小町を抱きしめた。

 

 「およ? ど、ど、どどうしたのお兄ちゃん!? まさかの小町ルート!? 小町ルートなの!? ダメだよ! 一回メインヒロイン攻略してからじゃないと入れない隠しルートなんだから! いや、でも千葉の兄妹なら妹ルートからが正しいのかな・・・」

 「お前、俺のゲーム勝手にやってただろ」

 

 どうしよう。少し見ない間に我が妹は千葉の妹としての自覚を持ってしまったらしい。これ以上ポンコツ化してしまうと貰い手がいなくなってしまう。いや、誰にもやるつもりないから別にいいか。というか、腕の中でこんな赤面しながら慌てられると本当に小町ルート入りそうだから抱きしめんのやめよう。警察官の息子が親近愛とか洒落にならねぇ。

 

 少し物足りなさそうな表情をしている気がするが、あえて突っ込まず状況を打ち明けることにした。気がしているだけだ。いいな。

 

 「小町、これからお前に全部話す。信じるかどうかお前次第だ」

 

 噂になっていた金髪の吸血鬼にであったこと、その吸血鬼が死にかけていたこと、その吸血鬼に命を捧げて一度死んだこと、その吸血鬼の眷属としてまた生き返ったこと、その金髪の吸血鬼の力を取り戻すためにヴァンパイアハンターと戦わなければいけなくなってしまったこと、今は学習塾跡でその吸血鬼と一緒に寝泊まりしていることを、懇切丁寧に説明した。

 

 「ふーん。本当にいたんだ金髪の吸血鬼さん。ねぇねぇお兄ちゃん! 小町もその吸血鬼さんに会ってみたいなぁ」

 「だめだ!」

 

 あざとく上目遣いをしてもだめなものはだめなのだ。幼女を腕枕しながら寝泊まりしてるとかばれたら本当に小町に嫌われる。それだけは回避しなくてはならない。

 

 「・・・勝手に自殺しちゃうようなごみいちゃんは小町的にポイント低いんだけどなぁー。あーあー、小町の好きだったおにいちゃんはもういなくなっちゃったんだなー。残念だなー」

 「わかったからそのうざい口調やめろ。それと勝手にいなくしないで」

 

 小町の好きなお兄ちゃんはここにいるから。まだ健在だから。

 

 「会ってもいいけど明日な。さすがに今日はもう疲れた」

 「しょうがないなぁ。明日まで待ってあげるのであります!」

 「うぜぇ・・・。おら、送っていくから帰るぞ」

 「じゃあ、おんぶお願いしまーす! 小町はもう足が疲れてしまったのです」

 明らかにまだまだ歩けそうなものだが、流石に家まで徒歩で歩かせるには距離があるので素直におんぶをして小町を家まで送ることにした。「ほら早く!」などと急かされたので、吸血鬼の身体能力をフルに使ったアクロバティック送迎をしたら途中で泣かれたが。ざまぁみろ。

 

 「・・・。おい。いい加減泣き止めよ。親父に殺されちゃうだろ」

 「・・・さっきみたいに抱きしめてくれたら泣きやむ」

 

 どうやら小町ルートが着々と進められているらしい。

 




最近、俺ガイル本編の方を書きたくて仕方ない。
はよ雪ノ下と由比ヶ浜出したい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

019

遅くなって申し訳ありません。早く仕事を覚えるべくサビ残の毎日を送っていたら疲れ果てて執筆できませんでした・・・。
話の構想自体はできていたのに執筆できないもやもや感がとても気持ち悪い毎日でした。
忍野が出てくると会話が多くなる不思議。
違和感があったら申し訳ありません。
・・・酒吞童子に魅了されて初めてソシャゲに課金したら見事に爆死しました。3万円が・・・。悠木碧ボイスが・・・。



 小町を家に送り届けた後はもうライオンから逃げる獲物の如く全速力で学習塾跡へと逃げ帰った。

 逃げ帰ったというのは何も、小町から逃げたとかではなく、文字通り逃げて帰ったのだ。

 そう。ドラマツルギーとの戦った後ずるずると小町と話し込んでいたために夜が明けつつあったのだ。

 

 学習塾跡の廊下には大きなボストンバックを持った忍野が火の点いていない煙草を咥えながら待っていた。

 

 「遅いよ引谷くん。遅すぎて危うくこの右足をとっとと吸血鬼ちゃんに渡しちまうところだったぜ」

 「いや、別にお前が渡しても良かったんだが」

 「いいや、この右足を取り戻したのは君だからね。あの子の眷属たる君が渡さないとさ」

 

 この軽薄そうな男は案外義理堅いのかもしれない。実はヤの付く家系なのだろうか。

 

 「ん? なんだい? その意外そうな顔は」

 「いや、見た目と違って案外義理堅いんだなって」

 「はっはー。人を見た目で判断しちゃいけないってご両親に教わらなかったのかい? 僕ほど義理堅くて誠心誠意真心込めた行動をする奴は中々いないんだぜ?」

 「知ってるか? そう自称する奴に碌な奴はいないって。・・・まぁ、今回のことは、その、ありがとうございました」

 「急に改まっちゃって気色悪いなぁ。なにかいいことでもあったのかい?」

 「・・・まぁ、いいことはあったよ」

 「へぇ・・・」

 

 「気色悪い」という忍野の軽口は、自分でも重々承知なうえに、言われ慣れているが、普段なら少しは思うところがあっただろう。だが、今はそんな言葉を歯牙にもかけないほど気分が良かった。これが勝利の美酒というやつなのだろうか。

 

 気分のいい俺は珍しく饒舌で、先ほどまでの出来事を忍野に喋っていた。

 

 「ふーん。引谷君の妹ちゃんにしては随分と活発で明るい子なんだね。でも、どうしてかわいいかわいい妹ちゃんをこんな危険なところに連れてこようと思ったんだい?」

 「少なくとも目撃者をそのままにしておくよりは安全だろ?」

 

 お願いされたってのもあるが、小町の安全を確保するためが一番の理由だ。忍野はここに認識阻害の結界を張ったと言っていた。

 キスショットの安全が確保されている以上、野放しにしておくよりも手元に置いた方が数段安全であるというのが俺の考えだ。

 

 「ま、確かに家に置いておくよりは安全だろうね。判断としちゃ間違っちゃいなよ。ただね、あの子が“鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼”ってことを忘れていないかい?」

 「それってどういう―――」

 「ま、それはいずれわかるよ」

 

 そういって忍野は右脚入りのボストンバックを投げ渡した。普段、自分の身の一部であるからあまり実感はないが脚一本というのは割と重い。

 

 「お、おい! もっと丁寧に扱えよ!」

 「ごめんごめん。つい恰好つけたくなっちゃってね。それより、早く行ってあげなよ。ご主人様が眠い目擦りながら君の帰りを心待ちにしてるからさ」

 

 忍野に小言の一つでも言ってやりたいが、金髪幼女が待っているのであれば仕方がない。ご主人に右脚入りバストンバックという猟奇的で犯罪的な勝利の供物を献上せねばなるまい。

 

 キスショットのいる教室を開けると、彼女は体育座りをしつつ、こっくりこっくりと舟を漕いでは目を擦りながら待っていた。それが見た目通り子供のようで微笑ましい。社畜の父親の気持ちが今ならわからなくもない。働く気はないが。

 

 「帰ったぞ」

 

 彼女はやっと俺が帰ってきたことに気が付いたのか、ビクッと肩を跳ね上がらせ、こちらを睨む。恐らく、待たせたことに腹を立てているのだろう。

 だが、俺の持っているバッグを見るなり満面の笑みを浮かべた。

 

 「遅い!」

 「悪いな」

「まぁよい。その手荷物を見る限り勝ったのであろう? ようやった。儂の言った通り1対1なら簡単じゃったろう?」

 「いや、全然簡単じゃなかったわ。めちゃくちゃ怖かった」

 「なんじゃ情けないのう・・・。ちゅーか、なんじゃそのボロボロの布切れは。せっかく物質創造スキル使えるようになったのじゃから主に会う時くらい綺麗な格好をせんか」

 

 言われてみればその通りである。せっかく物質創造スキルを使えるようになったのだからこんなボロ布を着ている意味もない。血は蒸発するように消えてしまうが、土が至る所についていて正直小汚い。

 自分の恰好を確認しているうちに、キスショットは待ちきれないとばかりに俺の手からバックをひったくり中身を確認していた。

 バックの中には成人女性の右脚がまるでホルマリンに漬けて保存しているかのように綺麗な状態で保存されていた。

 

 「ふむ。確かにこれは儂の右脚じゃな」

 「で? 右足を取り戻したのはいいけど、どうやって力を取り戻すんだ?」

 

 幼児姿をしているから右足はすでについている状態であり、その右脚を接合することなど無理だ。そもそも、幼児姿と大人姿では足の太さがまったく異なる。

 

 「儂ら吸血鬼が力を得るとなれば、喰うことに決まってるじゃろうが。なにを言っとる?」

 「喰らう?」

 

血でも吸うのだろうかと考えていた矢先、彼女は自らの右脚に喰らいついた。がぶりと。

 肉を千切り、骨をがりがりと噛み砕く。そして、それを上等な肉でも食べるかのように美味しそうに嚥下していた。

 

 「何を惚けておる? 戯けが。とっとと出て行かぬか。レディの食事を見るなどマナー違反じゃぞ」

 「あ、ああ」

 

 足元が崩されたような感覚に襲われたまま教室を出るととてつもない嫌悪感に襲われた。冷汗が止まらず、その場に蹲って吐いてしまうほど。 

 

 「だから言っただろ。彼女は“鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼”だって」

 

 忍野は「言わんこっちゃない」といったような表情をしながら告げた。

 

 「君は確かに自身を吸血鬼として自覚するのがとてつもなく早い。相手が吸血鬼とはいえ、いきなり人間の姿をしたモノに斬りかかれるほど冷酷になることができる。まるで人間であることの方が間違ってたと思えるほどの順応性だよ。でもね引谷君。君は怪異、いや化物を何かを全く理解しちゃいない」  

 「化物・・・」

 「そ。化物。彼女は人間じゃない」

 「だからって・・・」

 

 なぜ吸血鬼だからといって化物と呼ばれなくてはならない。

 

 「それは吸血鬼は人が創ったモノだからだよ」

 「人が創った・・・?」

 「怪異っていうのはね、人間の認識通りに存在するのさ。人間の定めた空想通りの在り方を定義付けられる。吸血鬼として生まれた彼女は人間の考える“化物”でなくてはならない。化物性を有さなくてはならない。人を恐怖させなくてはならない」

 「・・・じゃあ、その化物性ってのはなんなんだ? 俺はお前のいう“化物”なんだろ?」

 

 そうあるように定義付けられているのであれば俺もその“化物性”とやらを有していなければおかしい。そしてそれはきっと本能染みたもので、無意識に行っているはずなのだ。

 それが、少し、怖い。

 

 「安心しなよ。その恐怖感を持っているならまだ君は人間だよ。化物は化物であることに恐怖しない。化物が化物たる定義は三つ。一つ、化物は言葉を喋ってはならない。二つ、化物は人間を喰らわなくてはならない。そして三つ。怪物は、不死身でなければ意味がない。三つ目は君も経験してるよね?」

 「あ、ああ。けど、別に人間を喰らいたいなんて欲なんてないぞ? それどころか血を吸いたいとすら思わない」

 「それは君が成りたての吸血鬼だからさ。お腹が空いてくれば吸血鬼衝動に駆られる。それに、誰も人間を“食う”なんて言っちゃいないだろ?」

 

 忍野は煙草を咥えニヤリと笑う。相変わらず火を点けずに。

 

 「“喰う”ってことは“他者の領分を侵す”って意味があるのさ。それは即ち“傷つける”ということに他ならない。思い当たることはないかい?」

 

 そうだ。俺はドラマツルギーを斬りつけることになんの嫌悪感も恐怖感も抱くことはなかった。両親が警察官である俺は道徳観だけはしっかりしていたし、中でも“人を傷つける”という行為だけは徹底的にいけない事だと教え込まれていた。

 そのせいか、殺人衝動や破壊衝動など虐められていても起こることはなかった。それはいけない事(・・・・・)だから。精々、テストで点を取るだとかそんな些細なお返しくらいしかしてこなかった。

 なのにどうして俺はなんの躊躇もなしにドラマツルギーを、同族に斬りかかれたのだろうか。

 

 「そう。君は二つ目の定義に片足を突っ込んでるんだよ」

 

 相手は吸血鬼だけどね、と笑いながら言った。

 

 「じゃあ、一つ目はどうなんだよ。あいつは、キスショットはちゃんと言葉を喋ってるだろ?」

 「いいや喋っていない。喋るっていうことは意志疎通ができるってことだろ? そりゃ君はあの子の眷属だから普通に会話できるだろうさ。だけどあの子は人間の言葉なんて聞いちゃくれないよ」

 

 そういえば。キスショットと初めて出会った時、あいつは俺のことを餌だと認識していた。自分が生きるための贄だとそう認識されていたのだ。

 正しく彼女は、キスショット・アセロラオリオンハート・アンダーブレードは化物だった。

 




そういえば、「なぜ小町をキスショットに会せるのか」という感想をいただいたのですがこれには理由があります。
まず第一に、八幡がキスショットの化物性を理解していない。
そして、この話でも言及しましたが安全の保障とメンタルケア。
殺人現場に居合わせた人間を、それも年端もいかぬ少女を放置ってそれこそ残酷な仕打ちですよね。
私は仕事柄人の臓器や血液は見慣れていますが、手術という医療行為でさえ失神する人はいますし、トラウマになって医療職を諦める学生さんだっていらっしゃいます。
殺人現場ともなれば尚更のことでしょう。
ですから、最愛の妹ともなれば手元に置いて守りたいと思うのが”人間らしさ”だと私は思います。
思い上がりだろうと、余計なお世話だろうと、それが正義だと思えばたとえ立場を悪くしようとも実行するのが人間味だと考えております。
私たちは物語を知っているからそう思えるだけだと、そう私は考えております。

あっ、転生物は別ですよ? 普通に好きです。
ただ、この作品は転生物ではないので、『キスショットは化物だから小町を会わせるのは危険だ。だからこうしよう』みたいに登場人物が未来を予測して最善だけを選んでいくのは面白くないなという意味です。

長々と偉そうなこと言ってすみません。調子乗ってすみません。
こんな作品でもよければ今後とも読んでいただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

020

皆さまこんばんは。覚えておいででしょうか?
まずは遅くなってしまって大変遅くなってしまって申し訳ありません。仕事に押しつぶされ、PCを開く気力すらありませんでした。さらに、今回の話はほとんど閑話に近いにも関わらず難産極まりなくて・・・。省いたら省いたで(個人的に)腑に落ちない話だったので省くわけにもいかず。しかも無駄に長い。
そんな話ですが読んでいただければ幸いです。



 自らの右脚を取り戻したキスショットはしばらくはしゃいだ後、堪えていた眠気が戻ってきたのか、はたまたただ単にはしゃぎ疲れたのか、その両方かはわからないがすぐに眠ってしまった。

 

 おかっぱ頭だった髪は腰まで伸び、身長は10歳児ほどまで成長していた。それでもまだ童女であり、犯罪性がよりリアルになったような感じである。もう少し成長したら思わず告白して即刻足蹴りされそうである。いや別にMじゃないから。むしろ泣かせるから。

 

 眠っている様はまさに絵画のように可憐で、安らかな寝顔はまさに純真無垢な天使の様である。きっとこんな娘がいたら猫かわいがりするだろう。

 

 けれど、先ほど見た、見てしまった惨状が脳裏に焼き付いて離れない。自らの右脚に喰らいつく様はまるで獣のそれで到底受け入れられるものではない。

 

 だが、それは彼女にとってみればきっと「ふん。人間の物差しで測る出ないわ」と一蹴されてしまう“人間”の常識なのだ。人間は糧であるという吸血鬼にとっては当たり前の常識。それがとてつもなく怖かった。

 

 いずれ俺も人の血を吸い、人を喰らう鬼になってしまうのだろうか。小町や両親のことすらただ食料としてしか見ることができなくなってしまうのだろうか。

 そう考えてしまうと太陽が出ている時分に寝るという行為が吸血鬼化を進ませてしまう要因に思えてしまって怖くて眠れない。

隙間から差し込む太陽の光が実に憎く思えるのは吸血鬼に染まってきたということなのだろうか。

 

 まるで子供のようだと自嘲してしまう。

 堂々巡りした思考を断ち切りたくて、自分が吸血鬼なのか試したくなって俺は昼間(よる)の街へと繰り出した。

 

 

 千葉有数のショッピングモール。春休みということもあって中高生で溢れかえっている。

 正直、一人でこんなところにいると、浮いているような気がしていてとても居心地が悪い。ぼっちはこんなところ無縁なのだ。だってショッピングモールって大体若い女性、もしくはカップル向けの店の集まりなんだもの。

 

 なぜ居心地の悪いショッピングモールに来たのかといえば、日光を遮断するために創造スキルで作ったフードの深いコートを着ていたら不審者に思われて通報されかけた為にショッピングモールへと逃げ込んだのだ。防犯意識が高くて結構なことである。

 流石にまた通報されたくないはないので、フードを脱いでも問題のないショッピングモールへと逃げ込んだ次第だ。

 

 それはそれとして。

 なぜか視線を感じるのだ。

 最初はあいつらか忍野あたりが見張りにでも来たのかとも思ったのだが、特に敵意を感じるわけではないし、そもそも彼らなら俺如きに監視を悟らせるほど無能ではないだろう。

 

 ベンチに座り、スマホをいじっているふりをしながらあたりを観察すると視線の主はすぐに見つけることができた。

 

 意外なことに視線の主はダッフルコートに身を包み、ピンクブラウンに染め上げたショートヘアをお団子にアレンジした如何にも女子女子した若い女だった。

 その女子には面識はないが、一緒にいる奴らのうち二人は知っている。

 

 葉山隼人。1年にしてサッカー部のエースを務め、成績は学年トップクラス。さらにモデル並みの顔立ちに、さりげないおしゃれ(金髪がさりげないかはさておき)。誰にでも優しいと女子を熱狂させているまさに少女漫画から出てきたかのような完璧イケメンである。

 もう一人は金髪ドリル。名前までは知らないが、葉山にお近づきになりたい女子共からは『番犬』の異名で恐れられている女王的な存在の女子。

 あとはその取り巻き達。

 校内で見たような気がする顔が多いので、恐らくあのビッチっぽい女子もうちの学校の生徒なのだろう。

 

 だが、おかしい。俺はあんな女子知らないし、どこかで話したなんてことはないはずだ。中学の頃ならいざ知れず、高校では(まだ)女子から不評を買った覚えはない。

 

 なのになぜあんなにもチラチラとこちらを窺うような視線を送ってくるのだろう。

 いくつかの可能性を考えてある結論に辿り着く。

 

 見られていた?

 

 それならあの視線も合点が行く。だが、そうだとしてどうする? 仮にあの光景を人に話したとしても信じられるわけがないく、学校の怪談程度にしか思われないだろう。

 だが、動画を撮られていたら?

 

 今日日の女子というのは実に下らない日常を写真に残す習慣がある。いや、習慣というよりは習性だろうか。その例に漏れず、あの女子が反射的にあの戦いをレンズに収めていたのならどうだろう?

 あの女子が天才的なCGデザイナーであれば話は別だが、うちの学校は生憎そんな専門的なことは教えていないし、美術やPCに力を入れてすらいないのでそれはあり得ない。

 それを信じる信じないはこの際置いておくとしても、少なくともあの女子の周り、いや、学校全体から注目を浴びるようになってしまう。

 

 俺の優雅なぼっちライフは閉ざされるわけだ。

 それだけは絶対に阻止しなくてはならない。なんとしても視線の理由を確かめねばなるまい。

 

 ・・・どうすればいいのだろうか。

 生憎、見知らぬ女子に「やあ、君僕のこと見てたよね?」なんて行けるほどコミュ力高くないし、そもそもそんなキャラじゃない。かといって、ここで気付かないフリをしているわけにもいかない。

 万事休すである。

 

 そんな俺の焦りを加速させるかのように葉山グループは笑いながら歩を進めていく。

 少し歩いたところで、男子グループと女子グループで別れて買い物をするようである。なぜ一緒にきたのだろう。

 

 「でさーって結衣聞いてんの?」

 「き、聞いてるよ! あの、えーと、」

 「聞いてないじゃん。まぁいいけどさ。てか結衣さっきからなんか変じゃね?」

 「え、そ、そう?」

 「なんかチラチラどっか見てんじゃん。何々? もしかして好きなヤツでもいた?」

 

 人込みに紛れて斜め後ろから付けているとこんないかにも女子らしい会話が聞こえてくる。

 おい。顔を赤くすんな。誤解しちゃうだろ。まぁ、そんなわけないんですけどね。

 

 「ち、違うよ! 服! あの服かわいいなって思って買おうか迷ってたの!」

 「ふーん。まぁそーゆことにしとく。てか、結衣。指さしてんのそれブラなんだけど。何あーしに対する当てつけ?」

 

 たしかに結衣と呼ばれている女子のソレは厚手のコートの上からでもわかるくらい、というか、むしろ隠そうとしてるのがかえって強調しているようにも見えるくらい大きい。それほどのモノを持っている人物が明らかにサイズの小さい下着を指さしていては嫌がらせ以外の何物でもない。

 だが、かの女王と件の女子は仲が良いらしく、あーしさんがいじり、それを慌てて訂正しようとするいかにも青春の1ページを築き上げていた。

 

 なんだか尾行しているのが馬鹿馬鹿しいというか、虚しくなってきたところであーしさんはどこかに消え、例の女子だけが取り残されていた。見事なご都合主義である。

 

 「すみません。あの、これ・・・」

 「は、はい! って、ヒッキーか。あ! これあたしの! ありがとう! いつ落としたのかなー」

 

 渡したのは会話をしている最中に見えた適当な小物。勿論、話しかけるきっかけを作るために用意した贋作である。仮に不審がられようとも「あ、人違いでしたか」で終わる話だし、「いらない」と断られてもいつぞやの消しゴム事件を思い出すだけだ。なんら問題はない。

 というよりだ。

 

 「そのヒッキーってのはなんだ。俺のこと知ってんのか?」

 「え? えーと、あ、ほら! あたし隣のクラスじゃん!」

 「いや、知らないけど」

 「ひどっ!」

 

 なに? 隣のクラスじゃ俺はヒッキーって呼ばれてるの? なんの接点もないのに引きこもり認定されてるの? というか、隣のクラスの奴まで覚えてるのが普通なの? 同じクラスの奴すら知らないんだけど。

 

 「ね、ねぇヒッキーは誰とここにきてるの?」

 

 少しおどおどとした調子で聞いてくる彼女には少し怖がっているようにも思えた。さしずめ、あの戦いの相手、もしくはその共犯者が近くにいるのではないかと恐怖しているのだろう。それにしては堂々としている気もするが。

 

 「いや一人」

 「・・・さみしくない?」

 

 やめろ。その憐れむような眼をするな。

 その後は、彼女が一方的に質問をして、俺が返して、彼女が微妙な表情をするといったやり取りが数回行われるという不毛なやり取りが行われていた。

 

 ふと、気付く。彼女から恐怖の感情が消えていることに。彼女を一人のクラスメイトとして見れていることに。

 

 「え!? なんで笑うの!? あたしなんかおかしいこと言った!?」

 「よくうちの学校に入れたなって思っただけだ」

 

 もー!と起こる彼女。そういえば、初対面の女子に引かれずに会話したのなんて初めてかもしれない(キスショットは女子以前に人外なのでノーカン)。人と分け隔てなく話せるというのはきっと彼女の美徳なのだろう。

 

 「なぁ知ってるか? 近頃ここら辺に吸血鬼が出るらしいぞ」

 

 突拍子もないが、高校生の会話なんてこんなものだろう。というか、こいつとの会話はこれで十分な気がする。

 

 「知ってるよー。すっごい美人な吸血鬼と目の腐った吸血鬼が駆け落ちしたって話でしょ?」

 「そんなの知らない」

 

 いつから俺とキスショットの関係は駆け落ちなんていうラブロマンスのような美しい物語になったのだろう。 

 

 「あ! そういえば、その吸血鬼の男の方は高校生くらいの見た目なんだって!」

 「・・・俺がその吸血鬼だって言ったらどうする?」

 

 その質問に目を丸くさせ、途端に彼女は笑いだす。

 

 「確かにヒッキーは目腐ってるし、暗いとこ好きそうだけどありえないよ。だって吸血鬼がこんな時間にこんなところにいるとかありえないじゃん。ヒッキー意外と面白いんだねー」

 

 常識に当てはめればそうかもしれない。だが、怪異というものは日常にあふれているからこそ怪異なのだ。でなけば一般人が怪異を認識することなどないのだから。

 

 「あっやば! 優美子から電話きてたし! ごめんねヒッキー! クラス一緒だといいね!」

 

 そう言って彼女は携帯電話を耳に押し当て人込みへ紛れていった。

 

 堂々巡りした思考はものの見事に面識のない元隣のクラスメイトに断ち切られた。

 少しだけ。ほんの少しだけこんな日常も悪くない。

 ああ、夕日が眩しい。

 




ガハマさんはいかにも”普通のJK”って感じなので会話が楽です。ただ、難しく考えさせないというのが逆に難しいのですが。
今回の話は至る所に八幡の人間らしさと葛藤をちりばめさせていただきました。そこら辺を読者の皆様に想像していただいて自己保管していただけば幸いです。
それと、仕事の都合上これからも更新が遅れるかもしれません。本当に申し訳ありません。

傷物語ⅡのPV公開されましたね! キスショットのデザインが想像通り過ぎて嬉しい。逆にドラマツルギーはもっと化物感というか、厳めしい感じというか、傭兵みたいな感じを出してほしかった・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

021

皆さまこんにちは。久しぶりにランキングに乗れました。思わず二度してしまいました。
これも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
今回は非常に短いです。ですが、割と濃いつもり(例の如く脳内補完お願いします)。やっと書きたいところの入り口までこれた。


 「で? 話ってなんじゃ?」

 

 初めての青春を味わってから二晩、いや二朝経ったあの日。俺は大事な話があるからと何時もとは違う教室にキスショットを連れだしていた。

 「なんじゃ? 愛の告白かの? 生憎儂はそう簡単に靡くような安い女ではないぞ?」などとからかってくるキスショットが正直鬱陶しいと思う俺は悪くないはずだ。

 

 「・・・キスショット。お前は人間をどう思う?」

 「なんじゃ藪から棒に。人間なんぞただの食料(エサ)じゃ。決まっておろう?」

 

 わかりきっていた答え。あの街灯の下ですでに身を持って知っていたことだった。身に余って思い知っていたことだ。

 だけど、だからこそ一つ。わからないことがあった。

 

 「じゃあ、お前にとって俺はなんだ?」

 「儂の眷属じゃ。それ以下でもそれ以上でもない」

 

 そう俺はキスショットの眷属。でもそれは現在の話だろう。そしてこれからも。何百年もずっとそれは変わらない。

 

 「じゃあ、なんで、なんで俺を眷属にした?」

 「じゃから言ったでおろうが。儂の気まぐれじゃと。さっきから一体何なのじゃ? 今日のうぬはどこかおかしいぞ。気でも触れたか?」

 

 たしかに今の俺はおかしいだろう。らしくもなく自暴自棄になって、らしくもなく偽善者を気取って、らしくもなく命を散らして、らしくもなく幼女に従って、らしくもなく何の見返りもない仕事をして、らしくもなく青春を味わって、そしてらしくもなく―――

 

 「お前は気まぐれで食料(エサ)の、家畜の命を助けるってのか?」

 「人間じゃってそうするじゃろう? 儂だってそこまで鬼ではない」

 

 吸血鬼じゃがな。と続ける彼女は狼狽える様に乾いた笑みを浮かべる。

 唇から覗く牙がやけに小さい。

 

 「じゃあ、今の俺はなんなんだよ」

 「だからさっき言ったでじゃろうが。うぬは儂の眷属じゃと」

 「だから。なんで食料が急に眷属に、同等の存在になるんだよ。おかしいだろ。それも600年のうち1度しか眷属を造らなかったお前が、だ。それともなにか? 俺はお前のペットかなにかなのか?」

 「違う!」

 

 俺の予想に反して、彼女は感情を顕わにして否定する。

 

 「なにが違う? 人間と吸血鬼ってだけで見た目はなんら変わらない。違うのは化物染みた能力の有無があるだけだろ。なのにお前は数日前の俺は食料で、今の俺は眷属だって言い張る。その理由が気まぐれ? ふざけんなよ」

 

 捨てる様に吐いたその言葉を彼女がどんな風に捉え、どんなことを思ったのかは知らない。

 ただ彼女は俯きながらアスファルトを見つめていた。

 どれくらい時間が経ったのかはわからない。

 漸く見ることができた彼女の目には寂寞と赤くて朱くて紅い雫が浮かんでいた。

 

 「うぬは・・・人間に戻りたいのか? また儂は失敗したのか?」

 

 その言葉が胸を締め付ける。胸が熱く、心臓が張り裂けそうになる。けれど、それでも止めることはない。

 

 「正直、戻りたいか戻りたくないかで言えば微妙だ。この身体は便利だし、働く必要も、余計な(しがらみ)もない」

 「じゃったら!!」

 「でも、心が人間のままなんだよ」

 

 遂に教室の床に朱ができる。

 

 「俺には人間は人間にしか見えないし、食べたいとも思えない」

 「なぜじゃ? うぬは人間が嫌いではなかったのか?」

 「好きじゃない。だけど食料には見えない」

 「いずれ見れるようになる」

 「そうかもな。でもそれはきっと大事な人間が死んでからだ」

 「それは誰じゃ」

 「妹」

 「ならば」

 「却下だ」

 

 俺と違って小町はいずれ死ぬ。それは変えようのない事実で、それを捻じ曲げるには小町を吸血鬼に、俺の眷属にする以外に方法はない。

 けれど、そんなことを小町は望まないだろうし、俺も望んじゃいない。

 小町には小町の人生があって、それを捻じ曲げることなど家族ですら許されることではないのだ。

 

 「・・・なぜ妹子にそこまで拘る?」

 「家族だからだ。たった一人の妹だからだ」

 「家族・・・」

 

 それっきりキスショットは黙り込んでしまった。

 もしかしたらキスショットにも兄妹がいたのかもしれない。もしくは遠い昔に造ったたった一人の眷属に思いを馳せているのかもしれない。

 やがて彼女は肩を震わせて泣き始めた。

 こんな状況というか、本心を吐露することにすら慣れていない口下手な俺がとった行動は彼女の少し成長した小さな身体を抱きしめることだけだった。

 そして、優しく頭を撫でた。

 

 「いって」

 

 彼女は泣きじゃくりながら俺の身体に喰らいつく。吸血鬼としてのスキルであるエナジードレインを使わず、がぶりと。

 歯形がつくとか、血が出るとかそんな生易しいものじゃなくてそれはもうがぶりと肉を喰らう様に。

 噛み千切られて喰らっては再生してまた噛み千切られての繰り返し。

 正直めちゃくちゃ痛くてめちゃくちゃ泣きそうである。

 けれど、それを我慢して片腕でひたすらに撫でた。

 

 しばらく不毛、というにはあまりに過激で意味のありすぎる行動を続けること数分、いや十数分か。

 彼女は漸く口を開いた。

 

 「なぜ忠誠を誓う?」

 「お前のたった一人の眷属だから」

 「・・・」

 

 彼女はそれっきり何も言葉を発せずに教室の隅で体育座りをして塞ぎ込んでしまった。

 

 「キスショット。今夜の戦いが終わったら妹に、小町に会ってやってくれ。そしたらまた続きを話そうぜ。まだ言いたい事は言えてねぇんだ」

 

 彼女の小さな背中が少し揺れた。

 それだけで十分だ。

 

らしくもなく誰かのために身体を張って、らしくもなく本気で人を想った俺は学園異能バトルのために学習塾跡を後にした。

 校庭へ向かう道中、なんだか死亡フラグを建ててしまった気がして少し気落ちしたのは言うまでもないことだった。

 




最近、八幡の口調があやふやになってきている気がする。これも全部怪異のせい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

022

どうもお久しぶりです。
覚えておいででしょうか。
しばらく更新をせずに申し訳ありませんでした。
そして、その中でも温かい感想を寄せてくれた皆様に深い感謝を。
この度、晴れてブラック企業を退社することができました。
皆様もブラック企業にはご注意を。
久しぶりということもあり、おかしな所が見受けられるとは思いますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
長くなりましたが、どうぞお楽しみください。


「ははっ。超ウケる」

 

 登場して早々にどことなく黒歴史を彷彿させるセリフを言う男の名はエピソード。

 ヴァンパイアハンターにしてハーフヴァンパイア。

ハーフ。つまり半分は人間の血を通わせている半吸血鬼である。

それだけ聞くと正真正銘の吸血鬼であったドラマツルギーに劣ってしまうように思えるが、そんなことは断じてない。

吸血鬼としての力を半分失う代わりに吸血鬼としての弱点を全て克服した、弱点らしい弱点のない怪異(バケモノ)なのである。

実際、彼はドラマツルギーと同様に霧に姿を変えて登場したし、肩には吸血鬼が苦手とする巨大な十字架を携えていた。

そんな彼は持ち前の三白眼で俺の全身を隈なく一瞥した後で更に口を開く。

 

 「お前みたいな根暗そうなガキにドラマツルギーの旦那がやられるなんてよぉ・・・。本当に笑うしかねぇよな。どんだけ油断してたんだって話だっつーの。俺ァ吸血鬼が、吸血鬼退治してる奴らも含めて大嫌いだけど、それでもドラマツルギーの旦那だけは評価してたってのによ」

 「・・・」

 

 どうにも俺の評価は赤点らしい。真っ赤も真っ赤。落第まっしぐら。すみません。補習はありますか。死んでも受けたくないけど。

 ついでドラマツルギーも道連れにしてしまったらしい。というか、ドラマツルギーだけは別ってなんなの? ツンデレなの? キマシタワー建設中なの? 工事は別のところで行ってください。ごめんなさいその目怖いのでやめてください死んでしまいます。

 

 「で、ガキ。俺はどうすりゃいいんだ?」

 「・・・は? どうするって戦いに来たんじゃねーのかよ」

 「ああそうだよ。だけど何で勝負すりゃいいのかって聞いてんだ。別にバトらなくてもいいんだぜ?」

 「マジか」

 「マジだ」

 

 ドラマツルギーは去り際に格好良く忠告していたが、蓋を明けてみればどうだろうか。

 目の前の三白眼の男は、確かに戦いに来たのだろう。だが、やる気が微塵にも感じれない。

 これはチャンスなのではないだろうか。

 正直、戦うのは怖い。

 だから、そのまま逃げれるのならそれにこしたことはないし、それでキスショットの足が、力が戻るというのなら万々歳ではないか。

 

 「ははっ。超ウケる。なにマジになって考えてんだよ。まぁ、確かに、俺個人としちゃあ一々暴力沙汰にしなくても決着をつけてもいいんだけどよ。スポンサー様がお前は確実に殺すように言われちまっててな。恨むならハートアンダーブレードに眷属にされちまったことを恨むんだな」

 

 そういってエピソードは十字架を投げつけてくる。

 やり投げのように流れるようなフォームで投げつけられたそれは、金属という重さを感じさせることなく、ありえない速度で迫ってくる。

 てっきり血腥い戦いを避けられるかと思っていた矢先の不意打ち、しかも、人外地味た攻撃に反応が遅れ片腕を持って行かれる。

 

 「なんだよ。平和ボケしたガキかと思ってたのに、意外とイイ反応するじゃねーか。ははっ。超ウケる」

 「全然ウケねぇんだよ!」

 

 本当に全然ウケない。

 なんで喧嘩すらしたことない、どころか運動すらもともにしてこなかった人間がいきなりこんな化物相手に殺し合いを演じなければならないのか。

 でも、まあ。

 あんな格好つけてここに挑んできた手前、そんなことを一々言っていては格好がつかないだろう。

 痛いほど格好つけてここにいる。

 なら、帰る時も痛いほど格好つけて帰ろう。

 ご主人様(キスショット)が笑ってくれるくらい格好つけて、お前の眷属であることを誇ろう。

 そう決意を固め、右手に槍を創造する。

 そして、吸血鬼らしく血のような黒黒とした朱槍をエピソードに投げつける。

 フォームもめちゃくちゃな素人の投擲は、我ながらありえない速度で武器を失ったエピソードの元へと駆けていく。

 エピソードを貫くと思われたそれは、唐突に現れた霧を霧散させ、校庭のグランドにクレーターを作るという、運動部の皆様に申し訳ない結果を生み出すだけに終わってしまった。

 

 「霧・・・?」

 

 化物同士の殺し合い初心者の俺は失念していた。いや、油断していたと言っていいだろう。

 だって、ドラマツルギーは戦いの最中に体を霧に変えることなどしなかったのだから。

 体を何かに変えることは化物であってもかなりの集中力を使う。だから、ドラマツルギーのように戦闘に集中できるよう四肢のみを変身させたりと、局所的な変身しか行わない。

 できるできないではなく、化物同士の殺し合いの最中に、相手から意識を割いたその瞬間に殺されてしまうから。

 だが、目の前のヴァンパイアハーフはどうだろう。

 先ほど投げた槍は速度的に見て、反射的に何かを行わなければ致命傷を負う場面で、よりにもよって体を霧へ変化させたのだ。

 それはつまり、少なくとも”変化”という吸血鬼のスキルに関しては、ドラマツルギーや吸血鬼初心者の俺よりも練度が高いということだ。

 そうこう考えているうちに霧は俺の近くで形作っていく。

 そして、エピソードは流れるように俺を組み伏せ、巨大な十字架を俺の背中に押し当てた。

 

 「ははっ。超ウケる。たかがあの程度当たらなかっただけでどんだけショック受けてんだよ。ナめてんのか?」

 

 エピソードの三白眼が俺を射抜く。

 そこには油断も驕りもなく、ただ淡々と仕事をこなす狩人のようであった。

 考えろ。

 こいつを倒すにはどうすればいい。

 今俺にあるのは創造スキルを除けば、吸血鬼としての基本特性・エナジードレインと、他の吸血鬼を凌駕する再生力、そして化物染みた身体能力だ。

 霧になる以上、ドラマツルギーにしたような檻の創造じゃ逃げられる。

 霧になる以上、噛むこともできないからエナジードレインは発動できない。

 となるとまずは霧を封じなければならない。

 

 「なんかいろいろ考えてるようなツラしてるけどよぉ。俺がなんかさせるとも思ってんのか? ははっ。超ウケる。とりあえず、死んどけよ」

 

 巨大な十字架が俺の心臓を貫いた。

 次に四肢を弾き飛ばされる。

 心臓を潰されたからだろうか。それとも、吸血鬼の天敵で潰されたからだろうか。再生速度が普段よりもひどく遅い。

 ああ、キスショットもこんな感じだったのだろうか。

 たしかに、死にたくないな。

 ぐちゃぐちゃと血と肉が混ざり合って飛び散る音が耳に響く。

 あんなに格好つけたのに勝負にすらならずに俺は負けるのか。

 柄にもなくやる気なんて出したからいけなかったのだろうか。

 どうやら俺の化物譚はここまでのようだ。

 

 ーーーごめん。キスショット。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

023

今回は非常に短いです。
というか、これ長くしたら読むのも書くのもしんどいと思うの。
本番は次回。たぶん、皆さん勘が鋭いからわかってた気がする。


 落ちていくーー

 

 重力に引かれることもなく、風が肌を撫でることもない。無重力の空間でただふわふわとしながら、落下していく感覚だけがそこにあった。

 正しくは沈んでいく、といった方が良いのだろうか。

 比企谷八幡というちっぽけなヒト型の何かが、(くら)く、(くら)く、(くら)くて(くら)い、(くら)い底へと沈んでいく。

 

 ここはどこだろうか。

 俺は確かに死んだはずである。

 何度も何度も巨大な十字架に潰され、指一本動かすこともできず、無様に死を繰り返し、殺された。

 そして、気付けばこの空間にいた。いや、まぁ、「死んでる」って言ってるのに「気がつけば」って表現はどうかとは思うが、そうとしか言えないのだからしょうがない。決して俺の語彙力がないわけではない。

 底が見えず、壁も見えない。もしかすると光という概念すらないのかもしれない。空気という概念がないのか音すらない。

 だというのに、自分という概念は嫌というほどはっきり感じられる。

 例えるならそう、某錬金術士の真理の扉のあるあの空間だ。

 まぁ、扉があるわけでもないし、真っ黒な人型が目の前で話しかけてくれるわけでもなく、真っ白な空間でもない。どちらかというと混沌としている。

 青と赤と言った様々な色の光の流れが混ざり合い、黒に近い様相を見せている。

 

 そしてそれが誰かの人生であるということはすぐに理解出来た。

 古今東西の老若男女問わず、様々な人間の様々な成功、様々な失敗、様々な幸福、様々な不幸、様々な生い立ち、そして様々な死。

 それらが渦のようにせめぎ合っていた。

 そしてそれらが落ちれば落ちるほど、死の経験が多くなっていく。これではまるで、人生というドラマ見せられているというよりは、人がどのようにして死ぬかという死の博物館を歩いているようであった。

 そしていつしか”死”という概念だけが残っていた。

 

 ああ、そうか。

 ここは人間の終着点。

 すべての人間が早かれ遅かれ向かうべき到達点。

 死者しか到達しえない世界。生者では観測できない世界。

 天国でも地獄でもない。

 『  』だ。

 

 けれどそこに辿り着いたとして、俺自身に何があるわけでもなかった。

 この意識が途絶えるわけでも、何かが見えるわけでも、ラノベのように転生するわけでも何でもない。ましてや、『  』に君臨する神様になったわけでもない。

 ただ人の死を観測していくだけ。

 そんな退屈な時間がどのくらい経っただろうか。

 

 『  』から体が浮かんでいく。

 ああ、やっぱり俺はここにいるのは間違っていたのだろう。

 ーーーだって、まだ俺は死ねていないのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

024

遅くなってすみません。
10連でアキレウスとケイローンが来ました。
ギルぶりの勝利だ・・・


 ーーー痛い。

 体の痛みではない。そんなものはとっくに再生している。

 いや、まぁ、いまだにエピソードに押さえつけられてるし、心臓はともかく、四肢はまだ再生の途中だから痛いといえば痛いのだが、それはそれ。その痛みが感じないくらいの痛みということだ。

 痛むのは脳。まるでそれを拒むかのような嫌悪感。本能的にそれを見てはいけない。いや、見えてはいけないものだと脳が警笛を鳴らしているのだろう。

 なんせそれはーーー

 赤い線、黒い線、青い線、緑の線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線、線ーーーー

 

 視界のありとあらゆる、隅々までが線に覆い尽くされていた。

 眼を閉じてもそれは変わらない。

 そこに線が、”死”があると明確に、痛々しく鮮烈に認識してしまう。

 

 

 「ははっ。超ウケる。お前マジで化けモンだな。何回殺せば死ぬんだよ。まっ、こんだけやっても死なねぇってんなら封印してスポンサー様に売っぱらうだけだけどな。殺すってのが依頼だが、あいつらならどうせ喜んで研究材料にした挙句、(バラ)してくれんだろ」

 「そ、の、スポンサーさ、まってのは、ド変態の、集まり、かよっ・・・」

 「まだ喋る余裕あんのかよ・・・。マジモンの化物だなオマエ。ま、知ってたけどよ。仮にもハートアンダーブレードの眷属だしな。つっても、再生速度はさっきまでとは比べ物にもなんねぇし、死にかけには違いねぇだろ。せいぜい最後の会話を楽しんでろや」

 

 この会話のどこに楽しさがあるのだろうか。少し話しかけられただけでも嬉しくなっちゃうぼっち初心者の頃の俺でもこれは楽しめないと思う。というか、楽しめるやついんの?

 それはともかく、再生速度が遅くなっているのは本気でマズイ。ドラマツルギーと戦っていた時は傷口の断面を見る頃には再生していたものが、今は血が滴り落ちてから治り始めている。

 心臓はすでに再生しているにも関わらず、再生速度が潰された時と変わらない。むしろ、焦りのせいか遅く感じてしまう。

 これが『  』に辿り着いたからなのか、それとも吸血鬼の弱点である十字架のせいなのか、それで心臓を潰されたからなのかは定かではないが、この再生速度では今までのような化物染みた身体任せの特攻はできない。

 まぁ、そもそも何もできずにやられたんですけどね。

 

 「んじゃま、とっとと終わらせてやるよ。恨むんならテメェを吸血鬼にしたあの化物(オンナ)を恨むんだな。んじゃぁ始めるぜ。

−−−As the heavens are higher than the earth,so are my ways higher than your ways and my thoughts than your thoughts−−−」

 

 エピソードは巨大な十字架を前へ掲げ、言葉を紡いでいく。まるで何かに祈るように。

 

 「−−−As the rain and the snow come down from heaven, and do not return to it without watering the earth and making it bud and flourish, so that it yields seed for the sower and bread for the eater−−−」

 

 エピソードの言葉に反応して光りだした十字架に呆気を取られていると、急に伸びてきた鎖に四肢を絡めとられる。

 

 「−−−It will not return to me empty, but will accomplish what I desire and achieve the purpose for which I sent it−−−」

 

 鎖から抜けだそうとしても自然と身体から力が抜けていき、まるで咎人のように十字架に磔にされる。

 

 「−−−the mountains and hills will burst into song before you, and all the trees of the field will clap their hands−−」

 

 エピソードが言葉を紡ぐ度、鎖はより強く締め付けてくる。

 

 「−−−Instead of the thornbush will grow the juniper,and instead of briers the myrtle will grow. This will be for the Lord’s renown, for an everlasting sign, that will endure forever−−−」

 

 「ーーー”Isaias(イザイアス)”」

 

 エピソードが呪文のようなものを言い終わった頃には俺は成すすべもなく、無気力に、無様に十字架に磔られていた。

 

 「ははっ。超ウケる。この俺が聖句を口にするなんてな。コイツは怪異を縛るための封印術でよぉ。本当はハートアンダーブレードに使うためのとっておきだったんだぜ? ま、今回は同業者(ヴァンパイアハンター)ん中にマジの聖職者がいたから使うのを控えてたんだけどよ。アイツの前で使ったら俺まで退治されかねねぇからな。わざわざスポンサー様に教えてもらって、許可取んの超大変だったんだぜ? 十字架(コイツ)にも仕掛けしてもらったりして金も飛んだしな。まぁ、それもチャラになるくらいのギャラは要求するけどよ」

 

 俺を捕えたからかエピソードは饒舌に喋り始める。こっちはいきなり中二ファンタジーなことされて混乱してるというのに。能力バトルしてる時点で俺も中二な気はするが。

 というかなに? 聖職者ってこんなことできんの? 戦争になったら全員聖職者で固めればいいじゃん。ザオリクもできんだろきっと。え? 死ぬ前にザキ撃って終わり? お前ら悪魔かよ。僧侶最低だな。

 

 とまぁ、現実逃避もそこそこにして、現実を見よう。

 奴曰く、”怪異を縛る封印術”とやらのせいで吸血鬼としての力が一切使えない。人外染みた怪力で拘束を破ることも、身体を千切って抜け出すことも出来やしない。

 完全な詰みーーーと奴は思ってるだろう。

 俺自身そう思う。が、しかし。

 さっきまで痛んでいた脳が訴えかける。

 

 ーーー「線を切れ」、と。

 

 鎖に見える紫の線ーーーではなく、十字架に見える赤い線を指先で切った。

 十字架は不格好な鉄の棒と化し、鎖は最初から存在しなかったかのように消え失せていった。

 おかげで地面に頭から落ちた。だって仕方ないじゃん。さっきまで力入らなかったんだから。

 

 「は? てめぇなんで・・・」

 

 唖然としているエピソードに全力で近づき腹を蹴り飛ばす。

 エピソードは苦悶の表情を浮かべながら、ただでさえ鋭い目を怒りに滲ませていた。

 

 「テメエ・・・一体何をした!? ありゃあ怪異を完全に封じるモンだ! 指一本動かせるワケがねぇんだよ!」

 「さぁ? アンタが似非聖職者だからじゃねーの?」

 

 実際、指くらいは動かすことができたから俺の予想も的を得ているのかもしれない。

 まぁ、あの”線”を切らなきゃ終わってたけど。

 

 「ははっ。全っ然ウケねぇ。こうなりゃてめぇが死ぬまで殺し尽くしてやるよ」

 

 そう言ってエピソードは霧に姿を変える。

 恐らくヒット&アウェイで地道にこちらの命を削っていく算段なのだろう。

 だが、俺には見えている。霧の中に蠢いている線が。

 なら、それを切るだけだ。

 霧へ駆け出し、手を伸ばすが、霧に入った途端に切り刻まれる。

 

 「ははっ。何をするつもりか知らねぇけどよ! その程度かすりもしねぇんだよ!」

 

 線を切ろうにも手ではリーチが足りないし、線に触れる前に霧が流動して線の位置が変わってしまう。どうしよう。

 

 「ははっ。超ウケる。やっぱり死にかけか。全然再生してねぇじゃねぇか」

 

 そうなのだ。

 さっき切られた傷がまったく再生しない。それどころか、武器を創造しようにも創造スキルが使えない。

 本当にどうしような、コレ。と、悩んでいるとあるモノが眼についた。

 霧のせいで活躍することが叶わなかった朱槍。

 それを手に取り、全身全霊で投げた。

 

 「はっ。んなもん今更ーーー」

 

 槍先が線を捕えると同時に霧が人型へ収束していく。

 左腕の欠けた人型に。

 エピソードは苦悶の表情を浮かべ、のたうち回っている。

 

 「なんで・・・。その槍じゃ俺を捕らえられるはずねぇのに・・・」

 「知らねぇよ。線を切っただけだし」

 

 いや、本当に腕で良かった。もし首とか胴体と真っ二つだったらトラウマ背負うわ。中学の時のトラウマなんてかわいくみえるレベルの。

 

 「線・・・。そうかてめぇあの魔眼をもってやがったのかよ。くそっ。事前に知ってりゃこんな仕事乗らなかったのによぉ。降参だ」

 「・・・は?」

 「だから、てめえの勝ちだって言ってんだよ。左脚はあのアロハ野郎に渡す」

 

 さっきまで殺意に満ちてたのになんでコイツはこんなにあっさりと降伏宣言しているのだろうか。

 殺し合いが始まる前もバトらなくてもいいとか言ってたし、また罠のつもりだろうか。

 

 「んだよそのツラは。もう戦う気もねぇし、勝てるとも思ってねぇよ。それともなんだ? この国にあるDOGEZAってのすりゃいいのか? ははっ。超イヤだ」

 

 エピソードは超嫌々と地面に頭を下げる。余程嫌なのかひどく不格好だ。

 初めて知った。

 嫌々と土下座されるとすげぇぶん殴りたくなるけど、ぶん殴ったらこっちの負けになりそうな気分になるんだな。

 なんだ、土下座って最強だったんだな。次から絡まれたら嫌々土下座しようかな。

 つーか、ドラマツルギーも土下座してたし、吸血鬼って日本人をなんだと思ってるの?

 

 と、そんなわけで。

 学園異能バトル第二回戦目は色々失って、よくわからない力とキスショットの左脚を得て幕を下ろした。

 




段々と八幡のキャラが迷走してきた。
あと「ーーー」が多くてすみません。
なんか美しくないなぁと思ってたら投稿遅れてしまいました。
ちなみにエピソードの詠唱はイザヤ書55章9節〜13節を引用しました。
格好良く和訳しようと思ったけどエピソードが難しい日本語使ってたら違和感あったのでやめました。別に詠唱が思いつかなかったからじゃないんだからね。本当だからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

025

遅くなってすみません。
今回いつもより多い上にテンポ感悪いです。
でも説明回が書いてて一番楽しい。
けど会話が多くなって地の文の無理矢理感・・・


  「やあ、引谷くん。無事で何より。今回は随分苦戦したじゃあないか」

 

 死闘を終えて、疲労困憊、満身創痍、残息奄奄の俺を出迎えたのは胡散臭いアロハのおっさんだった。

 別に期待してはいないが、やっぱりここはキスショットが出迎えてくれるのがせめてもの労いというものではないだろうか。

 

 「なんだい? せっかく勝ったんだ。胸を張りなよ」

 

 ニヤけ面で言っているあたり分かっていて言っているんだろう。

 その火の着いていない咥えタバコが余計腹ただしい。今度こっそり唐辛子でも入れてやろうか。そして火をつけてやろう。少しはこっちの苦労を味わえ。

 

 「胸を張るほどの戦いなんてしてねぇだろ。たまたま勝てただけだ」

 「たまたま・・・ね。まあいいや。ともあれ勝ちは勝ちだ。さ、あの子が首を長くして待ちくたびれてる。早く左脚(こいつ)を届けてあげるといい」

 

 そういって忍野はバッグを投げ渡す。だから丁寧に扱えって。結構重いんだぞこれ。

 

 「なに突っ立ってるのさ。もう怪我は治っているんだろう?」

 「・・・忍野。後で聞きたいことがある」 

 「はっはー。君から誘ってくるなんてどんな風の吹き回しだい? 何か良いことでもあったのかな? ま、聞きたいことがあるのは僕も同じだけれど。それじゃあ、後で教えてあげるよ。このままじゃあ色々とバランスが悪いからね」

 

 やはり、忍野はわかっているのだろう。

 勝ったというのにどこか重い足取りで彼女の元へと向かう。きっと重いのは体のせいでも、右手に持っているもののせいでもない。わかっているのだ。気づいてしまったのだ。あのとき俺がーーー。

 

 「帰ったか。まったく。服くらい創ってから来いと前にもーーーお主、本当に我が従僕か?」

 

 そう。俺は恐らく吸血鬼性をなくしてしまっている。

 キスショットは無言でバッグを引っ手繰ると、以前と同じく化物のように喰らい始めた。

 あの時より獣のように、激しく自らの左脚を喰らいつく。

 血飛沫が舞い、肉が飛び散り、骨が砕け散る。

 まるで見せつけるように。縄張りを主張するように。

 居た堪れなくなった俺は忍野の元へと向かう。

 

 「で、話ってなんだい? エピソードのことかい? あの子のことについてかい? それとも・・・君が吸血鬼でなくなってることかい?」

 

 血が冷えていくのがわかる。

 ああ、またこの感覚か。

 何度この喪失感を味わえば良いのだろうか。

 薄々感づいていたとはいえ、改めて専門家から告げられるというのは結構な衝撃があった。

 医師に余命宣告を告げられるのってこういう気分なのだろうか。

 

 「察しのいい君のことだ。もう気がついているんだろう? 君がもう吸血鬼じゃないってことはさ」

 

 超人的な身体能力も残っている。再生能力も残っている。けれど、決定的に致命的に絶望的に以前と異なっているのだ。

 

 「でもね、君は人間に戻っているわけでもない。証拠と言っちゃあなんだけど、あの子は君を認識できたんだろう? ただの人間はあの子には認識すらしてもらえないさ。今の君は吸血鬼でもなければ人間でもない。いわば人間もどきの吸血鬼もどきってところさ」

 「人間もどきの吸血鬼もどき・・・。それってつまりヴァンパイアハーフってことか?」

 「いいや違う。前に僕が言った化物の定義を覚えているかい?」

 「化物は言葉を喋ってはいけない云々ってやつか?」

 

 忘れるわけがない。自身がその化物に身を窶していくことに恐怖を覚えたのだから。

 一つ、化物は言葉を喋ってはならない。

 二つ、化物は人間を喰らわなくてはならない。

 そして三つ。怪物は、不死身でなければ意味がない。

 

 「そう。彼ら(ヴァンパイアハーフ)は人間としての側面も社会性も持っているから『言葉を喋ってはならない』っていう定義には反してしまっている。けれど、その他は個人差はあるけれど持ち合わせているんだよ。半分ほど吸血鬼性を持っている彼らは大なり小なり吸血衝動を持ち合わせているし、時間はかかってしまうけれどどんな傷も再生していく。化物としての側面も持ち合わせた正真正銘の怪異だ。けれど、君のそれは少し毛色が違う。化物の定義には当てはまらないのさ」

 「化物の定義に当てはまらないなら人間なんじゃないのか?」

 

 そう。化物でないなら、人間であるはずなのだ。

 人間の反対は怪異であり、怪異の反対は人間だ。

 

 「わかってるんだろ? 君は確かに吸血鬼ではなくなった。けれど、そんなただの人間じゃあエピソードを倒すことなんて到底出来やしないってさ」

 「・・・何事も例外はあるだろ」

 「そうさ。何事にも例外はある。怪異を倒せるのは、同じ怪異だけ。その例外が僕ら専門家さ。怪異性を失っても尚、怪異を倒す人間なんていやしない。調べるまでもないとは思ったんだけど、一応、調べさせてもらったんだけどさ、君はそういった血筋でもないし、善良なご両親に育てられたなんの教育もなされていないただの子供だ。そうだよね? 比企谷八幡君?」

 

 咄嗟に言った適当な偽名とはいえ、バレるのって結構恥ずかしいんだけど。

 ぶっちゃけ、この件が終わったらこのおっさんと会うことはないと思って適当につけた名前だから、

呼ばれても反応できないこともあったし、察しの良い忍野のことだ、すぐに偽名だと分かっていたんだろう。

 

 「はっはー。安心しなよ。別に君の本名を知ったところでご両親にお金を請求するわけでも、妹ちゃんを拐うわけでもないからさ。ま、そういう警戒心は良いことだと思うよ。もし僕が詐欺師だったら大変なことになってたよ」

 「そりゃどうも。で、話を戻すけど、俺は人間もどきの吸血鬼もどきなんだろ? ならその例外に当てはまってもいいんじゃないのか?」

 「いいや。謂わば吸血鬼もどきの君が、正真正銘の吸血鬼であるエピソードに勝てる見込みはないに等しいんだよ。そこにはどんな例外もあり得ないんだ」

  

 あり得ない。つまり、俺がエピソードを倒したのは紛れということなのだろうか。

 いや、そもそもーーー

 

 「そもそもなんで俺の吸血鬼性が失われたんだ? そんな簡単に無くなるもんじゃないんだろ?」

 「そう。問題はそこなんだよ。本来、吸血鬼性を抑えることはできても、吸血鬼性だけを取り除くなんてできるはずがないんだ。それに、真祖の血を引く吸血鬼の眷属である君の吸血鬼性は抑えることすら不可能だ。そもそも、ハーフヴァンパイアやあんな十字架程度じゃ君を退治することなんて出来やしないんだよ。ーーー逆に聞かせてもらおうかな。君は一体何が見えているんだい?」

 

 忍野は今まで通りニヤけ面ではあったが、煙草を咥えてはいなかった。

 俺は全てを説明した。

 エピソードに殺され、『  』へ行ったこと。

 『  』から戻ってきたら吸血鬼性が弱まっていたこと。

 そして、死の線が見えるようになったこと。

 正直、『  』やら、死の線やら説明に困ることが多かったが、大体は伝えることができただろう。

 話終わった後、忍野は考え込むように天井を見上げている。

 

 「比企谷くん。今もその線が見えているのかい?」

 「あ、ああ。つーかどうしたんだよ急に黙りこんで。逆に不安になるんだけど」

 「ごめんごめん。じゃあ、その机の線を切ってもらってもいいかい?」

 

 あまりに突拍子もない事だったせいで流石の忍野も半信半疑なのだろうか。

 切らないと話が進みそうにないので、近くにあった机の天板を殺す。

 机の天板だけが綺麗に割れ、木材が金属を叩く音が二人には無駄に広い教室に響き渡る。

 なんだろう。机を壊すってすんごい罪悪感あるんだけど。

 忍野は割れた天板の断面を興味深そうに検分すると、笑って煙草を口にする。

 

 「やっぱりね。これで納得がいったよ。君が吸血鬼性を失ったのも、エピソードを倒すことができたのも」

 「一人で納得すんなよ。当事者が置いてけぼりなんだけど」

 

 まぁ最初から置いてけぼりなんだけど。

 なに? 疾さが足りない? そうですか。すみません。

 

 「はっはー。これから説明するさ。まず、君のその眼について話そうか。それはね、”直死の魔眼”って言ってね、魔眼の中でも異能の中の異能、希少品の中の希少品だよ」

 

 ーーー”直死の魔眼”

 忍野曰く、万物の死の要因を読み取り、”死の線”という干渉可能な現象として視認する能力らしい。

 未来視の魔眼の究極系であり、停止の魔眼の最上級。

 要するに、万物の寿命を”死の線”として視認し、その”死の線”を切り捨てることで来たるべき寿命を短縮する。

 直死とはよく言ったものである。

 

 「けれどね、本来”直死の魔眼”は”浄眼”が変質したものって言われてるんだ。その”浄眼”なんだけれど、これは血統に依存するものでね、君はそれを持ちあわせちゃいない」

 

 ま、君の死んだ眼を見れば明らかだけれど。

 なんて忍野は笑って言うが、そうするとまた意味がわからなくなる。

 ”浄眼”とかいう意味のわからないものを持っていないのに、それが変質したものをもつ俺。

 なにこれ? 設定無理やり過ぎない?大丈夫?

 

 「謂わば君のそれは直死の魔眼の亜種さ。これは僕の推測だけれど、君の魔眼(それ)は恐らく吸血鬼に成っている最中に吸血鬼として死んでしまった」

 「ちょっと待て。吸血鬼に成っている最中って言ったか? ってことは今までも人間もどきの吸血鬼もどきだったってことか?」

 「ちょっとちがうかな。身体や特性としては怪異のそれだった。けれど、脳髄だけがまだ人間から吸血鬼へ変異する途中だったんだ。もし君が脳髄も吸血鬼になっていたなら君は僕のことも妹ちゃんのことも個人として認識することができずに、餌として血を吸っていただろうね」

 

 マジかよ。

 このおっさんはなんでこういう大事なことを最初に言ってくれないのだろうか。

 もし聞いてたら小町に会うことなんて絶対にしなかったのに。

 というか、小町を認識できなくなったら千葉の兄として、この胡散臭いアロハのおっさんを殺してから太陽に焼かれて死ななければならないところだった。

 

 「じゃあ、話を続けようか。君はエピソードに心臓を潰された。いくらあの子の眷属とはいえ心臓を潰されれば吸血鬼としての力は十分に発揮することはできなくなる(・・・・・・)。それだけだ。その程度で死ねるほど君に流れる吸血鬼の血はヤワじゃない。けれど、君の脳髄だけは別だった。君の脳髄は血流が途絶えて死んでしまった」

 「じゃあ、なんだ、あの時俺は植物状態になってたってことか?」

 「いいや、植物状態ってのは脳幹は生きてるだろ? 君のそれは本当に死んでいた。だから、根源に辿り着いてしまった。けれど、君の中に流れる強すぎる吸血鬼の血は君が根源に至ってからも生きていた(・・・・・)んだ。心臓を再生した後で脳幹を再生し、君を根源から引っ張りだした」

 

 要するに意識は完全に死んで、死後の世界とやらに向かっていったが、身体が元気すぎて意識を引っ張りだされたと。

 なるほどわからん。

 「というか忍野。その説明だと、吸血鬼性は残っていることにならないか? 」

 

 『  』に行ったことで吸血鬼性が失われたのであれば、脳幹は再生などしない。

 この仮説には矛盾が生じているのだ。

 

 「いや、根源に辿り着いた時点で君の中の吸血鬼性は完全に消滅したんだ。根源から戻るための代償なのか、それとも別の理由かはそれは僕も根源については詳しくないからわからないけれど、その時に吸血鬼性を失ったのは確かさ」

 

 こじつけのような気がしなくもないが、現に吸血鬼性を失っているのは確かだ。

 専門家がそういうのだからそうなのだろう。

 セカンドオピニオンも期待できないのだから。

 

 「でも、吸血鬼性を失ってるのになんで人間もどきなんだよ? 今の説明なら俺は人間に戻るんじゃないのか?」

 「言っただろ。吸血鬼の血がそうしたってさ。吸血鬼性は死んでしまったけれど、君の中に流れる血は人間ではなくあの子の血なんだよ」

 

 つまり、俺はまた彼女(キスショット)に蘇らせてもらったらしい。

 三度も死んで蘇るってそれはそれで人間ではない気がする。

 

 「だから、君が人間もどきの吸血鬼もどきっていうのはそういうことさ。身体は人間だけれど、流れるその血は吸血鬼のものだ。といっても、だいたい120日もすれば君は以前のなんの変哲もない正真正銘の人間に戻ることができるよ」

 

 人間に戻れるーーー

 それは夜の世界(キスショット)を忘れ、太陽の下を歩くということだ。

 誰にも必要とされない、暗い世界に戻るということだ。

 それでもーーー

 

 「君はどうするんだい?」

 

 またあの子に吸血鬼にしてもらうか。

 それともこのまま人間に戻るか。

 それは君が決めることだよ。

 

 忍野の言葉が重い。

 言葉とはこんなにも重いものなのか。

 言葉に質量があるだなんて、知りたくもなかった。




本当はもっと説明したかったし、他の説明もしたかったんですけどやめました。
独自解釈ですけど、この作品においては”人間もどきの吸血鬼もどき”ってこの方がしっくりきたんですよね。
身体は人間。だけど血が吸血鬼だから超人染みてるっていう。
ちなみに120日がタイムリミットなのは赤血球の寿命が120日だからです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

026

本当に遅くなってごめんなさい。
皆さん感想ありがとうございます。
こんな亀更新なのに読んでいる人がいてくださるのがとても嬉しいです。
相変わらず短いですけど、最新話です。
どうぞ。


忍野からこの身体のこと聴いた後、どうにもキスショットに会う気が起こらなかった。

 いや、違う。

 会いたくないのだ。

 会うのが怖い。

 だって、俺とキスショットの関係性は完全に絶たれてしまったのだから。

 俺は人間で、彼女は吸血鬼。

 貸しも借りも無ければ、血の繋がりもない。

 友人でも無く、眷属でも無く、ましてや恋人などという甘いものでもない。

 もはや赤の他人、例えるなら少し話したことのあるクラスメイトくらいの関係性でしかない。

 俺に流れる彼女の血には限りがあって、夏が来る頃には彼女との繋がりは消え失せる。

 俺は餌で、彼女は捕食者。

 きっと今の俺を彼女は認めない(・・・・)

 それは弱肉強食が如き関係性のことではなく、文字通り認めない。認識しない。

 それは彼女が記憶力に乏しいとか、薄情とか、そういう問題ではない。

 

 −−怪異は、人間を個として認識しない−−

 

 餌なのだから当然だ。種が違うのだから当然だ。

 けれど、俺は何も餌になることを恐れているのではない。

 彼女と過ごしたこの短い月日が偽物になってしまう(認識されなくなる)ことが怖いのだ。

 俺は彼女の命を救ったけれど、彼女も俺の命を救っている。

 それは決して薄っぺらい関係などではないはずだ。

 そこに嘘はなかったはずだ。

 確かに、映画のような出来事は数え切れないくらいあったけれど、しかし人外である彼女には、500年も生きている彼女には、きっとこんな出来事は些細な出来事だろう。

 俺はここで彼女の元から離れ、人間としての日常に身を窶すのが正解だ。

 なのに、俺は迷っている。

 柄にもなく人(吸血鬼だけど)を助け、恥ずかしげもなく感情を吐き出して自殺して、そして、何故か彼女と一緒にいたいと思ってしまっている。

 怖いのに、やりたくないのに、化物達と殺し合いをしてまで彼女に尽くそうとするくらい一緒にいたいと思ってしまっている。

 俺は一体どうしたいのだろう。

 

 「お兄ちゃんって馬鹿なの?」

 

 一人じゃ荷が重いし、こんなことを相談できる唯一の人間(忍野は論外)に簡単に相談したらアホを見る目で見られた件について。

 

 「いや、馬鹿ってなんだよ。自慢じゃないが、こんな経験してる奴たぶんいないぞ」

 

 そう言うと、小町は深いため息を吐いて呆れたように首を振る。

 可愛いけど腹立つなこの妹。可愛いけど。

 

 「お兄ちゃんキスショットさんのこと好きなんでしょ?」

 「いや、なんでそうなるの?」

 

 このスイーツ脳は遂にここまで堕ちてしまったか。お兄ちゃん悲しい。

 

 「だって一緒にいたいんでしょ」

 「あんまストレートに聞かないでくれる? なんか恥ずかしいんだけど」

 「そういうのいいから。真面目に聞いてんの」

 

 吐き捨てるように切り捨てられた。本当にお兄ちゃん悲しい。

 いつものゴミを見る様な目ではなく、多分、今まで見たこともないくらい真剣な面持ちをしているので誤魔化しはできないだろう。

 

 「ま、まぁ、一緒にいたいとは思ってるよ」

 「なら好きってことでしょ」

 「いや、だからなんでそうなる」

 「だって、一緒にいたいって思えて、その人のためにめちゃくちゃ尽くして、その人に嫌われたくなくて、でも好きじゃないって意味わかんないもん。本当に好きでもなんでもない人にそんなこと思わないよ」

 

 確かに道理は通っていた。

 尽くすだけなら眷属だからで通っていた。

 嫌われることに慣れてはいるけれど、尽くした相手に嫌われたくないというのは当然だろう。

 けれど、『一緒にいたい』という感情だけを誤魔化すことだけはできなかった。

 ああ、そうだ。

 認めてしまえばその通りだった。

 

 俺はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードのことを好いている。

 

 いつからかは知らない。

 もしかしたら一目惚れかもしれない。

 眷属として過ごしているうちかもしれない(ロリコンみたいでこれだけは認めたくないが)。

 中学時代(黒歴史)の様な、思い上がった末に勘違いした偽物の感情なんかじゃない。

 らしくもなく俺は−−

 

 「俺は恋しちゃったのか」

 「うん。恋しちゃったんだよ」

 

 俺の口から「恋しちゃった」とか、我ながら気持ち悪いのだが、そうかこれが恋か。

 

 「だからねお兄ちゃん。キスショットさんに会うべきだよ」

 「・・・認識されなくてもか?」

 「うん。それでも会って伝えるべきだよ。お兄ちゃんの本音(想い)

 

 この感情を理解したところで彼女に会う恐怖がなくなったわけではない。

 むしろ、恐怖に羞恥心も上乗せになった分さらに会いに行きにくい。

 けれど、会うべきなのだろう。

 いや、自分の気持ちを知ってしまった今は会いたいという感情すら芽生えている。

 彼女と“本物”になりたいのであれば、傷ついてでも会って、この気持ちを伝えてこいと小町は言った。

 妹にここまで言われてヘタレてしまったら、小町(唯一の本物)すら失ってしまうだろう。

 それは千葉の兄として死んででも阻止しなければならない。

 

 「あ、でも」と小町は思い立った様に、少し恥ずかしげに続ける。

 

 「お兄ちゃんがまた吸血鬼になっちゃっても、ウチ(ここ)には戻ってきてほしいな。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

  いつもなら「その言葉がなければな」なんて返すところだが、本当にポイントが高かったので言わない。

 だからかわりにこう言おう。

 

 「次はキスショットを連れてきてやるよ。絶対にな。だから、待っててくれ。あ、今の八幡的にポイント高い」

 

 柔らかく、ふわふわとした撫で心地のキスショットとは違う、少し硬く、サラサラとした撫で心地。

 二人同時に楽しめたらどんなに幸せだろうか。

 そんな気持ちの悪い下心を察してか、小町は嬉しそうに、けれど目だけは塵を見る様な眼差しという器用な表情をしていた。

 きっと、ごみいちゃんキモいとか思ってるのだろう。

 

 「いってらっしゃい」

 「ああ、いってくる」

 

 重くなったはずの足がこんなにも軽い。

 それでも急く体を押さえつけ、青臭くも伝える言葉を考えて彼女の元へと歩いて行く。

 いつの間にか辿り着いた彼女のいる教室。

 今度は緊張して動かせない腕を必死に動かし、その扉を開く。

 

 「キスショット。話をしよう」

 




久しぶりに描いたら八幡のキャラ忘れた
だけど、中学時代に折本に告白してる様子とかを踏まえると原作前の八幡は結構青臭いはず。
というか、青臭くした。

次回の更新ですが、多分また遅れます。
毎日夜勤はしんどいぜ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。