GMという職業が負けるはずがない (高橋くるる)
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トライアル編
プロローグ


トライアル編は初の書き物の為、読みにくいところやイメージしにくいところもあると思います。

シルク編は掛け合い部分を意識して書いていくつもりです。
その次は本音と建て前と描写部分を意識して書いていけたらと思います。



「ねぇねぇ。聞いた~?」

「なんかさ~、最近ジュンヤがさ~―――」

 

賑やかな大阪。

すれ違う女子高生達の恋話だろうか。

違うのはここが東京ではなく大阪だということ。

やる気もなく疲れた身体を引きずりながら会社へ出勤する。

 

なぜやる気が無いのかというと、2週間程前に東京の上司から異動を命じられたのだ。

 

「山田君、君来週から大阪に出張ね。いつ帰ってこれるかわからないから。」

「何か大阪で問題ですか?」

「行けばわかるさ。」

 

目の前にいたハゲた恰幅のいいおっさん、もとい上司はそれだけ言うと不気味なものを見るような視線を一瞬だけ投げかけ、二度と私と目を合わせようとはしなかった。

 

(なんだこのハゲ!感じ悪いな~。)

 

頭の中で文句を吐き捨てる。

 

この文句を考えている人物は某ゲーム開発会社に勤めている。山田守。一平社員だ。

この会社、全国に支社は一応ある。が、本来異動というのは少ない。

なぜならゲームである以上、インフラの普及もありデータのやりとりなだけであって異動は必要ないのだ。

 

30代半ばになって東京から大阪へと異動を命じられた事により、

月島のもんじゃ焼きが食べれなくなる不満を抱えつつも、会社の意向に沿って大阪へと出張となった。

 

大阪への異動はとてもスムーズだった。

主にゲームのプログラマー(PG)や運営、ゲームマスター(GM)としてのプレイヤーの対応がメインだ。

稀にSE的なネットワーク構築も行ったりしている。

自身でもわかっているがPGやGMなど代わりの効く人間は山ほどいる。

しかし今回の異動は異例ずくめだ。

聞くところ会社側が大阪での住居の手配、必要な家具の手配、手当て等全てを行ってくれた。

そんな代わりの効くポジションの人間である一平社員にここまで手厚くしてくれるのかと少し感動を覚えたのは確かだ。

それと共に何が大阪であるのかと少し不安が大きくなっていく。

できれば変な重圧などかけないでもらいたい。

 

(一体なにが大阪であったんだろうか?あれか?巨人ファンの社長の前で阪神がんばれって言ったのがまずかったのか?)

 

阪神だろうと巨人だろうと野球を知らないからこその軽い冗談だったのに……

まっ、いっか。

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

会社に出社すると、既に出勤している人達へと挨拶をしてから自分のデスクへと向かった。

みんな真面目に仕事をしている。というわけではなく、自分のパソコンにツールソフトなどを使いなんとか動画という物を観ながら作業している人物だったり、

ただのネットサーフィンだろとツッコミたくなるようなサイトを見ている人物なども勿論居たりする。

 

そんな同僚達を横目にしながら自席に着席して、持っていた鞄をデスクの足元に置く。

 

意識の切り替えも終わり、作業を開始しようとすると右隣のデスクから声がかかった。

 

「なぁなぁ、だーやま君さ~。大阪には慣れた?」

 

自分の愛称なのだろう。

そんなあだ名をつけられたことに最初は嫌悪感を抱いたが、今では普通に感じている。

慣れとは怖い物だと自分でも思う。

 

そんなあだ名で呼ぶ方へ顔だけを向ける。

声を掛けてきたのは10歳程年が離れているであろう花輪という女性だった。

特に可愛いわけでもなく、綺麗でもない。勿論不細工でもない。服も普通。ボディラインも至って普通。

ただ、醤油。一言で表すならそれが的確だ。

いたって普通すぎて記憶には一生残らないだろうなという事だけはわかっていた。

 

(花輪じゃなくてお前はハニワだな。)

 

そんな言葉が頭によぎる。

ハニワの中に土偶が混ざっていたらすぐにわかるし、ハニワの中にお人形さんが混ざっていてもすぐにわかる。

しかし、ハニワフェチには見分けがつくんだろうが……ハニワの中にちょっとだけ変わったハニワが居ても一般人には見分ける事などできないだろう。

そんなハニワである花輪に対し、特段興味も無いので適当に流そうかとも考えるが、仕事で一緒にやってく以上は邪険にはできないため仕方なしに相手をする事にした。

 

「いえ、全然慣れないですよハニワさん。それに仕事が終われば家に居るだけなので街も知らないですしね。」

「ハニワ?」

「え、いや~すいません。噛んじゃいました。あははは。」

「へ~。そうなんや~。あかんよ~。もっと楽しまな。てかさ、だーやま君さ、大阪に呼ばれた理由わかる?」

「アホか!お前何言うとんねん!黙って仕事やれ!」

 

いきなり横やりで入ってきた男の声は酷く焦った口調で花輪に注意を促した。

何をそんなに焦っているのだろうかと違和感を覚える。

別に花輪を取ろうとは思わないし、欲しいというなら熨斗を付けてプレゼントしようではないか。

 

しかし言葉の内容から考慮して、自身として大阪へと異動を命じられる理由は特段思い浮かばなかった。

思い浮かぶと言えば社長の前でライバルチームの応援の真似事をしただけしかない。

 

「はいはい。ごめ~んね。そんなんやから彼女もできひんねん。」

 

注意された通り、花輪は憎まれ口を叩いてから仕事へと向き直った。

お前は彼氏がいるんかい!っと関西人風にツッコもうとしたが、今の時代セクハラに分類されるリスクの方が高いので黙っておくことにしたのは賢い選択だろう。

 

多少気になる話題を振られて放置されてしまった感もあるが、仕事の時間に喋って勤怠評価をつまらない事で下げるわけにもいかない。

 

本来が適当な性格な為、雑になる事も多いが流石に異動したばかり。

人間もわかってもらえてない状況で自分を出しすぎるのは只のバカだ。

今はまだ異動したばかりで真面目にやる方が得策だろう。

そう思って予定リストを参照した後、一呼吸置いて自身の仕事にとりかかった。

 

(今日は確か定時までは俺が作ったVRMMORPGのバージョンアップ用のアイテム作成か、んで、定時以降はGM担当か。)

 

チーン―――

 

デスクに定時となった事を伝えるベルが鳴らされ室内に反響した。

 

「おつかれさま~。」

 

響き渡ったベルの音と共に続々と室内がざわめき立つ。

周囲では帰る準備を始める同僚達。

羨ましいと思いながらも、隣のデスクで仕事をしていた女性も例に漏れず、区切りがついたのか帰る支度を始めているようだった。

 

「ん?どうしたん?ウチが帰るん寂しいん?」

 

いいえ。そんな事は一切ございません。

むしろ帰るならさっさと帰ってください。お願いします。

こちらはまだまだ仕事があるんです。

こんな事を口頭で伝えたなら間違いなく今後の仕事に影響が出る為に言葉を飲み込む。

 

しかしいつの間に、羨ましくて視線でも飛ばしていたのか声を掛けられ彼女を見ていた事にやっと気付いた。

別に可愛いからみていたとかではない。いや、本当に醤油を見るならぱっちりネコ目のソースが好みですと自己弁護する。

 

「いえ、すいません。疲れてボーっとしてました。」

「つまらん男やね~だーやま君。そこは可愛いんで見とれてましたって言うんが正解ちゃう?」

「すみません。」

「あはは。冗談やって。今からこのまま明日までGMやるんやろ?」

「そうですけど、それが何か?」

 

疲れが溜まっていたのは事実だ。

慣れない土地で常に微妙なストレスが降りかかり、かと言って解消するような趣味も持ち合わせていない。

そんな中、朝から定時、定時から夜通しの仕事などを考えると、肉体的にはどうもなくとも精神的には正直くるのが人間だろう。

それに疲れている為か、彼女の質問の意図が読み取れなかった。

 

「何かってほどやないけど、最近出るらしいからアレが………朝言ってたの覚えてる?」

「朝って僕が大阪に呼ばれた理由ですか?」

「そうそう。気をつけたほうがいいで~。それが関係してるかも―――ってまぁ冗談やけどね。それじゃ帰んね。また明日。」

「お疲れ様です。」

 

(ふん。幽霊とか非科学的で全然興味がない。

というかわざわざそんな事で異動させてたら会社が組織として成り立たないしな。)

 

質問の意図を読み取ろうとしていた事自体がバカだったと多少後悔する。

幽霊などというものは信じていない。

死んだ肉体から出る青い炎を見て昔の人間は怖がったようだが、青い炎の正体は人体の腐敗ガスが燃えているだけという事を科学が証明した。

心霊写真でもそうだ。

同じフィルムを使い、同じ場所で多重に撮影すれば可能となる。

今ではパソコンの合成ソフトであるフォトショップなどで簡単に合成も可能だ。

例えどのような説明がつかない現象であっても、いつかは科学が証明するだろうとさえ考えている。

それに知らなくても、居ても居なくても人生に影響はないだろう。

 

一応彼女にはまだ仕事とプライベートは分けているため、表情は変えずに適当に挨拶をした。

そんな社交辞令を済ませると、鼻歌を歌いながらウキウキになって帰って行く花輪の後ろ姿を見送る。

 

定時となりかなり人が減った社内で午後から予定されている仕事へと気持ちを再度切り替える。

VRヘッドギアコントローラーを装着しGM作業を開始だ。

 

ヘッドギアという名前があるように頭に装着するコントローラーで、自身を中心に360度の風景を確認できるようになっている。

勿論外界の音とは切り離され、ゲームをすれば、奥行きのある深いクリアな音響を楽しめるコントローラーだ。

 

『クリエイトワールド』

自身である自分が根幹のゲームプログラムを作成し、それを持って会社へと面接を受けた思い出のある商品だ。

面接を受けた際に『ユーザーが全ての世界を作るか。おもしろそうだ』という理由で面接官が上に直接掛け合ってくれて、それが理由で採用され、GMという形で対応している。

 

ゲーム内容としては一応シナリオが存在してレベルを上げて最終ボスであるエニグマを倒すというMMOと呼ばれるジャンルの普通のゲームだ。

 

一般人はプレイヤーという形で自分の分身となるキャラクターを作成し、ゲーム世界で仲間と協力して楽しむ内容である。

そのゲームの根底として、ソロでも遊べるようになっていたりする部分もあれば、パーティプレイで協力しないと進めない難易度設定も施されていた。

 

ただ、ゲーム自体はシナリオクリアを強制しているものではない。

その特色として冒険者としてやギルドに所属、クランに所属などという事をしなくても、課金して魔法のエフェクトデータとパラメータ設定さえ作成すれば魔法を自作できたりもする。

勿論外部データとして課金した上で拡張子を合わせ、サーバーに承認させればそのエフェクトは自作でも全員に反映されるのだ。

 

それ以外にも冒険しなくとも商人になって街を作ったり、城を作ったり、家具を作成できたりもする。

 

勿論職人という形で他のプレイヤーに武器やアイテム等を作成して提供して遊ぶという事もできる。

 

完全にサーバーだけ金に糸目を付けずに確保すれば、プレイヤー達自身がゲームを発展させていくという内容である。

 

一応メインシナリオがある理由は、用意していないとプレイヤーが何をするのかよくわからないゲームとなり、一般人に受け入れられない。

そうなると結果として顧客となりえる人達を放してしまうのだ。

 

なので運営側が用意した基本の魔法や基本の武具、アイテム等は無課金でも利用できるようになっていた。

勿論無課金でも頭を使って頑張れば適度に課金したプレイヤー程度ならなぎ倒せる仕様にもしてある。

 

課金=最強

最強=時間をかける

 

こうなる構図は基本的に自身が嫌いな為だ。

 

だからこそ

 

最強=頭を使う

 

この構図を持ってきた。

勿論会社の上はマネタイズである売上が必須なため、ある程度の課金は並以上の強さを手に入れるようにはできている。

 

 

(さて、GM対応はと………なし。んじゃトラブル対応はと―――)

 

ヘッドギアコントローラである管理端末を操作してリストを開くと、解決済みのものから未解決のものまで一覧が表示された。

解決済みに対しては問題がないだろう。

 

【トラブル一覧リスト】【対応中】【未解決】【解決済み】

 

しかし、東京に居た頃には存在しなかったはずの、見た事もないタブが目の前に追加表示されていた。

それを確認するために一旦手を止め考える。

 

【原因不明】

 

(これは一体なんだ?なんで原因不明の物が未解決にリスト入りしていないんだ?)

 

普通ならば対応した後、原因が特定できなければ未解決リストの中に入れられるはずだった。

原因が特定できない理由などを補足した上で記載するのが常識だ。それがなぜこの端末には表示され分類されているんだという疑問が浮かぶ。

対応できるシステムエンジニアなりプログラマーなりグラフィッカーに対して要因別に仕事を振り分けて対応していくはずだった。

 

ヘッドギアコントローラーを操作して【原因不明】タブを開く。

 

・ライアットというNPCプレイヤーが暴言を吐きながら粘着PKしています。対応をお願いします。

・グレゴリオ聖歌隊の効果が一部にて仕様外の効果をもたらしています。

・最近ゲームのSEや音声以外に女性の声が紛れ込んでいる気がします。

・スキル、覇王の威圧にて特定条件下で本来単体効果のスキルがPT全体効果になっています。

・現在夜中の2時ですが、ザブルの平原にて女性の泣き声だけが聞こえます。対象が居ないのでバグでしょうか?

・始まりの街トライアルにて本来その場所に居ないNPCが居ます。

・墳墓の主クエストにて主を倒すとたまに黒い影が横切ります。

・曜日イベントクエスト、ミッドガルドの街、魔王軍の襲来にて一部NPCが本来の動きとは別の意思を持ったような動きをしている

・聖母の涙クエストにて慈愛の結晶を届けるとVRコントローラーの画面が赤く染まり進めません。

 

 

ここまで見て先程彼女が幽霊と話していた事が納得できた。本来存在しないタブを追加して、中身が設定していない挙動を取っている為、女性特有のオカルト話でもしようとしていたのだろう。

 

(一時期確かにネットの世界に意思や遺志が残り彷徨っているという都市伝説があったっけか。)

 

子供の頃に聞いたであろう、うろ覚えな幽霊という都市伝説の中の一つを思い返しながらも、頭を横に振りすぐに否定した。

考える余地も無い。なぜならばこれはプログラム。

こんなつまらない内容ならば未解決リストに突っ込めば済む話だ。

プログラムは命令しない限り絶対に動かない。

これは電気のONとOFFのスイッチの流し方によって、そうあれと命令しているだけだからだ。

この根底が崩れたらネット社会の現代は崩壊してしまう。

 

(ここはプログラムの消去や上書き、ロールバックで対応すればすぐに直るだろう。他に支障が出ないという前提ならば。)

 

そのままどのような対応をしたのか気になる為、タブを切り替えて確認してみる。

 

【原因不明バグへの試みた対応】

・全ての共通事項プログラム→消去や上書き、ロールバックできず、またサーバーをダウンさせようとするも受け付けず

・サブルの平原にて声の確認は取れたが録音すると録音媒体には音声記録が残らず

・魔王軍の襲来にてNPCを確認、対応しようとするも逃走、追跡するもログは見つからず

・聖母の涙にての赤い画面でフリーズ→フリーズはしておらずログを確認すると以下を抽出

 

 

「う~ん。どうやって対応するか悩むな。一通りやりたい事は試してるっぽいし。

そもそも物理的なサーバーダウンができないってのはどういう事だ?」

 

考えている事が自然と無意識の言葉によって発せられた。

言い終えると共に自分の発言に気付き、独り言が年を取ると多くなるなと思いながらも、そのまま一呼吸置いて不満の言葉を繋いだ。

 

「あのハゲ!俺を嫌がらせで飛ばしたのか?」

 

こんなもの、既に対応して無理でしたという内容と同義な内容だろう。

苛立ちが先行したが、声に出した事によっていくらか精神的に落ち着いた。

それによって出来た精神的余裕が怒っても仕方ないかという形で気持ちを動かし、他の解決策を模索する。

 

「まぁSE的にとると考えられるのはサーバーが不正アクセス、またはウィルスにて乗っ取られている。以外考えつかないんだよな~。

最悪は電源じゃなく電力を停止すれば冗長化してるだろうから対応できるだろうに。とりあえずは休憩という名のサボりでもするか。」

 

左腕に着けている時計を確認すると時間は夜21時。対応策を考えていたら結構な時間になっていた。

誰も居なくなったオフィスで独り言に近い事を呟きながらコーヒーを買いにヘッドギアコントローラーを外して自席を離れる。

 

 

 

―――時間が無い。早く―――

 

山田がオフィスを離れた後、ヘッドギアコントローラーに文字は浮かび、そして操作端末は静かにシャットダウンした。

 

 

 

 コーヒーを購入して(サボりを終えた)自席に戻ると端末がシャットダウンしている事に気付いた。

 

(ん?俺シャットダウンしたっけか?スリープモードならわかるけど、こんな凡ミスしないはずなんだが。コンセントの接触でも悪かったのか?)

 

いつもならこんな事態は起こさないが、ぶっ通しで仕事となると注意散漫となって基本的なミスを起こす可能性もあった為、一通り電源周りの確認を取る。

 

これでもかと言うくらい充分な確認を取った後、ヘッドギアコントローラーを装着してから念のためデータの確認を取る事にした。

 

一覧を確認するもデータ欠損は無し。

もし欠損でも出しているようならバックアップサーバーから元データ取り出しで始末書物のため、そちらの方が余計に恐しかった。

個人で管理している分には問題はないが、事業としてプレイヤーであるお客様からお金をいただいている以上、賠償などというシャレにならない事態だけは避けたいからだ。

 

再度タブから問題点を表示させて、どうしようか悩んでいるとGM宛に連絡が来た。

それも一通や二通じゃなく同時に、しかも大量に。

 

 

【バグイベント発生、対応お願いします】FOX

【ゲーム内で敵の攻撃を受けた人が倒れたまま動きません。】 ちびまる

【敵キャラから攻撃を受けた痛い】 魂のSOUL

【ログアウトできません。なぜですか?】 ぴのまる

【コントローラーが見つからない、自分の身体を触れません。】 俺の名を言って見ろ@

【緊急事態発生、始まりの街トライアルにて魔王軍急襲、至急援軍求む】 クリエイト王に俺はなる

【助けて!ゲームなのにゲームじゃない!】 くまくま

【高レベルプレイヤーを呼んで!】 出戻りマン

【人が死ぬ!助けて!】 らぶマシーン

 

次々と届くGM宛への連絡に目が追い付かない。

 

【いつログアウトできるんだ!】 無骨な髭

【あれから何年経過してるんですか……】 将来はニート

【これは届いているのだろうか】 天空の騎士ロザリオ

【運営は俺達を見捨てたのか。】 ゲームでも引きこもり

【頼むから連絡をくれ】 裸の暴様

【もう、諦めた……】 まどか@ガチ勢

 

スクロールしているわけでもないのに途切れる事なく文字群は下へ下へと流れていく。

あまりにも大量連絡の為、どれから手をつけていいのかわからない。

 

(何が起こっている?イタズラにしては変だ。しかし……)

 

冷静に考える。

この支社にこれだけの連絡が入っているという事は各支社のGM達にも同様に連絡が入っているのだろう。

そう考えて上司に連絡を取ろうとし、装着しているヘッドギアを外そうとした瞬間、目の前の景色が真っ暗となった。

 



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1

「起きてください!起きて!ねぇ!お願い起きてってば!」

 

悲痛な叫びに似たような女の子の声によって目が覚めた。

辺り一帯には、怒声や怒号、金属音のぶつかる音が鳴り響いている。

 

「ここは?トライアルの広場?―――」

 

朦朧とする意識の中、うるさいと思いながらも、うつ伏せに倒れていたであろう自分の身体を引き起こし立ち上がる。

まだふらふらするものの立ち上がった自分に対して、疑問に答えるでもなく女の子は聞いてきた。

 

「あなたに回復魔法ヒールを使ったの。まだ戦える?」

 

まだ戦える?なんだそれ?疑問に思いながらも、あまりの喧騒に意識がハッキリしつつあった。

 

煩い環境の中で耳を塞ぎたい気持ちもあったが、人の話を耳を塞いで聞くなど失礼にも程があるため耳に意識を集中させる。

 

意識はハッキリしても、状況を把握できず混乱する状態の中、何をと聞く前に女の子がまくしたててきた。

 

「問題ある?職業は何?前衛?後衛?」

「え?」

「話している時間はないの!」

「一応全部できますが。」

「前衛と後衛どっちが得意?単体?範囲?」

「いや、だから全部できます。」

「装備は貧相だけど大丈夫のようね。ならお願い。今押されてるの、あなたの範囲でも単体でもいいから敵を攻撃して!私は他の負傷者の元に戻るから。」

「ちょっと!」

 

彼女は言いたい事だけ言うと、こちらを残し去っていった。

好き勝手言って去っていった女の子に対して呆れながら、そのまま周囲を見渡てみる。

辺りを見渡すとトライアルの街中でモンスターとプレイヤー達が戦っているのが目に入ってきた。

 

(確か俺、上司に連絡しようとしてヘッドギアを外そうとしたんだっけか。何でゲームしているんだ?

というかヘッドギアは?画面は表示されてるのにヘッドギアが取れない―――)

 

「あぶないっ!」

 

考え込んでいたらこっちに向かって魔法使い風の女の子が声を上げた。

 

「あ~、大丈夫です。心配いりません。お気遣いありがとうございます。」

(あ~、もうマジ面倒くせぇ~。)

 

戦っている人達が居る広場で、場違いな笑顔をもって答えていると頭を後ろから殴られた。

というよりは殴られた方を見ると、大型のイノシシの顔を持った二足歩行のオークというモンスターが、頭に切りかかりバスタードソードを振り下ろしたのだ。

 

鉄でできた大きな大剣が二度三度と、風を割くように頭に振り下ろされる。

その一生懸命に大剣を振るだけの健気な攻撃を見ていると、餅つきしたいんですかあんたはとツッコミたくなった。

 

とりあえず無視して、魔法使い風の女の子に目を向ける。

少女の表情は青い顔をしているような表情だったが、無事と知るとすぐに自分が対峙しているモンスターに向き直った。

多分まだゲームにあまり慣れていないのだろう、標準的なプレイヤーよりは腕は立ちそうだが、魔王軍相手では些か心もとないように見える。

それは右手で杖を構える姿勢やモンスターとの対峙の仕方に遠目からでもわかるくらい、一抹の不安が混じっていた。

しかし、今はそんなことはどうでもいい。仕事が優先だ。

 

とりあえずガンガン殴りつけるオークの効果音によって、非常に耳が痛い。

というかかなり煩いため、左腕のコンソールにてステータスがMAXかを確認して大きく一呼吸する。

 

名前 ゲームマスター

職業 GM

LV 256

HP 99999/99999

MP 99999/99999

攻撃力 99999

防御力 99999

魔法攻撃力 99999

魔法防御力 99999

魔法耐性 99999

素早さ 99999

運 99999

 

所持金額999,999,999

 

「ちょっとお前さっきからガンガンガンガンうるさいんだよ!死ね!」

 

ステータスは問題なくMAX値を示していたのを確認した後、装備が無い為素手のまま右手に力を込めてオークの顔面を真正面からボクサーよろしく殴り飛ばした。

 

顔面を綺麗に撃ち抜かれたオークは、身の丈2mにも届こうという巨体を、まるでサッカーボールが蹴られた時の速度のように、ボウリングのピンが球に当たり纏めて吹き飛ばされるようにしながら他のモンスターを巻き込みながら綺麗に飛んでいった。

 

これは装備を何も身に着けて居ない時に出るただのパンチだ。

しかしやはりというか、プレイヤーとして遊ぶのと、GMとして対処するのでは威力が桁外れに違う。

只のパンチをプレイヤーとして打ったなら、相手が各上の場合そのままダメージも通りづらく、殴り返してくる。同じ強さ程度でも仰け反り程度であった。

それがびっくりするぐらい綺麗に飛んだという事は、相当なレベル差なり能力差が存在する事になる。

これは基本ステータスがGMとして存在してMAXだからできる行為なのだ。

 

「おお~。いい感じに飛んだな~。絶対嫌いな上司とか思い浮かべて殴った奴、他のGMにも居そうだよなコレ。」

 

手で日差しを隠しながらオークを見て呑気に呟く。

先程まで脳内に直に響く効果音は消え、幾分気持ちもすっきりして満足だ。

 

すると、ある視線に気付いた。

視線に気付いてその顔を向けると、隣で剣を構えていた前衛であろう何の職業かわからない男が、こちらを見てバカ面のままポカンと口を開いていた。

 

少しやりすぎたかと焦ったが、まぁ会社にバレても適当な理由をつけて纏めればいいいかという感じで思考を切り替える。

 

GMというのは、相手からの攻撃は防御力が最高値に設定+無効化されるためどれだけモンスターからヘイトを集めようとも本来関係ない。

 

説明するとGMというのは特殊で、ゲームを支配する人間。

つまり運営側であるため、プレイヤー及びNPC全てからの攻撃を一切受け付けない基本設定がなされている。

 

基本的な操作はヘッドギアから画面を見て脳から出る微弱な電流をヘッドギアに内蔵されているセンサーが感知してゲーム内キャラクターの左腕に装着しているコンソールから操作できるようになっていた。

それに音声コントローラーも導入しており、他社に追随を許さないくらいの音声認識精度も持っている。

 

またGMとしてこちらからの攻撃は腕に着けたコンソールにてプログラムを用いて調節可能なため、攻撃対象を一方的火力によって倒す事も可能だ。

 

ゲームマスターVSプレイヤー達ならばイベント用に出力を変更し、悪質ユーザーの確保時には能力MAXで打ち倒し、拳闘場でゲームマスターVSプレイヤーのタイマン戦闘ならばステータス同等としてプレイスキルのみで戦うなどだ。

 

一応毎回の調節が面倒なので、ある程度のテンプレは用意されている。

それに左腕に装着しているこのコンソール。

これはプレイヤーもコンソールを所持している事を意味するが、GMとプレイヤーの違いはできる事に制限があるかないかの違いだけだ。

機能的には2010年代に人気を博したなんとかクラフトとかいうゲームに近いのだろう。全く知らないが。

 

GMの主な役目としてはプレイヤー同士のトラブル解決や、不正を利用した悪質なユーザーの確保、ゲームのシナリオトラブル

イベント進行などを目的として運営が定めている。

 

その為外見もいたってシンプル。

初期アバターに村人の服や、鉄の全身甲冑。さらにはモンスターなど多岐に渡る。

なぜこのような外見なのかというと、目立つとプレイヤーが集まってくるため毎回他のプレイヤーにはわからないようにしているのだ。

 

とりあえず今の自分の姿が気になり調べたい。

近場に井戸があり桶が倒れてできたであろう水溜まりによって自身の姿を確認した。

今はチュートリアルを終えたばかりのような新米冒険者が装備する茶色統一の皮の服、皮のパンツを身に着け、髪はミディアムのホストですかという感じの茶髪であり、10代後半であろう若い男の子のアバターになっている事が理解できた。

いつこのアバターに決めたのか思い出せない。

なぜここにいるのかも思い出そうとしても思い出せない。

しかし後ででもいいやという、本来の雑で面倒くさがりの性格がここに来て出た。

 

「さて、ヘッドギアが取れないのもあるが、トライアルに何で魔王軍がいるのか調べないとな~。

その前にどんな状況なのか確認からか。後でログは調べるとして……」

 

とりあえずという事で、隣に居た男に声をかけようと思い近付くと、男は雷のような白い光に左側から撃ち抜かれ、遥か右後方の土壁に吹き飛ばされ激突。

そのまま動かなくなった。

 

「あ~可哀想に。倒されたか。多分ステータスペナルティが解けるまで蘇生しても戻ってこないなあれは。」

 

このゲーム。一度モンスターに倒されると蘇生魔法やホームポイントで復活しても5分は本来の能力値まで戻らない設定だった。

そんな理由もあり、倒されたプレイヤーを無視して先程あぶないと叫んだ少女へと歩み寄る。

 

「すいません。リリアさん。ここってクリエイトワールドの世界、トライアルの街中ですよね?今どういう状況ですか?」

 

二足歩行系モンスターの物理攻撃や精霊モンスターの雷撃を食らいながら質問を続ける。耳が慣れてきた為、効果音やエフェクトの振動などは無視していた。

客観的に見ると完全なナメプと言われる状態だろう。

 

それに相手の名前がわかったのは腕のコンソールに表示されているためだ。

しかし、名前は理解できるが状況が理解できない為にプレイヤーに状況を教えてもらう。

サポートや対応をするにしても情報無しでは無駄に終わる事が多いからこそ話しかける。

 

魔法使い風の女、リリアは答えてくれた。

 

「うっさい!」

「は?」

 

頭に響く高く細い声はモンスターの攻撃効果音よりうるさい。それにあまりの言葉使いに聞き間違いかと思い素の状態で声が出てしまった。

 

リリアという少女は10代後半くらいの小柄で細身な女の子の外見設定のようだ。

腰まで伸びたストレートの青い髪に青い目、黒のマント着用し黒の三角帽子を被り、青い服、黒のブーツを着たどこにでもいるような外見の魔法使い。

ただし、顔だけは可愛い。胸は無いが。

そっちの属性の人にはたまらない外見であろうことは見て取れた。

 

「いや、状況がわからなくて、少し皆さんにお話しを伺いたいと思いまして。」

「こっちの状況も考えて!今はそれどころじゃないの!フレアバースト!」

 

リリアは炎魔法によって対峙していたヘドロスライムを焼き払いながら答える。

何故か相当真剣な顔でモンスターと対峙して、まるでゲームは遊びじゃないのよ!とでも感じ取れる言い方だった。

 

本気でプレイしてくれるのは製作者として嬉しい反面、ちょっと落ち着いてくださいという気持ちが浮かび上がる。

 

「状況がわからないため何もできないので教えていただけると幸いなのですが。それにトライアルの街に魔王軍はイベントに設定されてないはずなんですが。」

「何わけわかんない事言ってんのよ!今はあいつらを倒さなきゃいけないの!」

 

気が狂ったようにリリアは肩で息をしながら叫ぶ。

 

(うわ~、ヒステリー恐ぇ~。)

 

昔付き合っていた彼女が怒った時を思い出して多少身震いする。

確かにプレイヤーからすると敵が強くて手が抜けないのだろう。

しかし、手が抜けなくとも障害の方が後々にゲーム全体へと影響が波及する場合もあるため、妥協案をGMとして提案する事を決める。

状況の把握が必要な為だ。

 

「ではここの魔王軍が居なくなれば皆さんからお話しは聞けますか?」

「いくらでも答えてやるわよ!高レベルプレイヤーと言われてた人達ももう居ない、助かるとはもう思ってないけどね。」

 

力強かった声が語尾にかけて心なしか諦めにも似たように弱々しいものになっていた。

プレイヤーの言葉を一々全部受け取っていてはGMという仕事はできない。

後半部分は後ででも問題ないため聞き流した。

 

「ん~、このイベント自体がバグっぽいし、サーバーに負荷を掛けてるだろうから、とりあえずグラフィック負荷を無くすだけでも違うだろう。

何か問題があっても未解決も多かったぽいし、最悪未解決リストに突っ込めばいっか。」

 

流石俺!手の抜き方は心得てます!

そんな自分に満足しながら、ヘッドギアコントローラーが取れなくても操作は可能かどうか少し試してみる。

 

「ファイヤーボールの魔法は――」

 

魔法使いが修得できる魔法を使用する事に決めた。

無造作に右手をモンスターに突き出す前に、ファイヤーボールをコンソールの画面経由で操作してみる。

突き出した腕の前に空気が円を描き収縮するエフェクトが発生する。

紅く熱い質量を持った塊が生成され、対象のオーク系モンスターに向かって勢いよく飛んでいく。

ファイアーボールを受けたモンスターはゴバンッ!という重い衝撃音と同時に肉体を炭化させブスブスと肉から空気が抜けるような音を上げながら黒ずみとなって前のめりに崩れ落ちたのが見えた。

 

「無詠唱!?」

 

リリアというプレイヤーは何を驚いているのか。

魔法というのは基本的に無詠唱だろう。

ロールプレイをしているならば別だろうが、普通の一般人なら黙ってボタンをポチっとクリックなりタッチをするだけだ。

気にするだけ無駄なのでリリアを無視して続ける。

 

「うっし。久しぶりだけど、操作は変わらないぽいな。ならスキルは――」

 

手近なスケルトンを対象として武器が無い為、盗賊スキルと武闘家スキルを試す。

今度は音声入力システムで操作を試してみる事にした。簡単に言えばスマートフォンのフリック入力に近いものだ。

盗賊スキル、「バックステップ!」で相手との一定距離を取り、「ハイジャンプ!」にてスケルトンを飛び越え後ろに回り込む。

そのまま武闘家の「回し蹴り!」スキルを発動。

片足を残し身体を捻り頭蓋骨部分に回し蹴りを叩き込んだ。

パァン!と野球のグローブにボールが収まるような気持ちの良い音が弾ける。

蹴りをそのまま振り抜くとスケルトンの頭蓋骨は砕かれパラパラと辺りに飛び散った。

頭部を失ったスケルトンは操り人形の糸が切れたように音を立ててその場に地面に崩れ落ちた。

 

一通り操作してみた結果、どちらも操作方法的には問題なさそうだったのでスケルトンが倒れた先に居たリリアに伝える。

 

(ん~、おもいっきり中二病っぽいが会社には誰もいないし、まぁ操作も完璧だな。)

 

「わかりました。ではとりあえずモンスターの殲滅をしますね。」

「何を?」

 

視線をスケルトンからリリアへと移した時に、彼女は唖然とした表情を浮かべて言葉を発したが、全てを言い終える前に行動に移す。

まずは回復魔法と騎士系ヘイト集めスキルを発動する。

 

「ヒーリングサンクチュアリ。からの~天界の微笑み。」

先程回し蹴りを放つ前に負傷者がいたのを確認していたので、エリアの中に居る対象と認識した者達への回復魔法を使い敵のヘイトを奪う。

 

対象と認識したプレイヤー達は緑色の光のカーテンに四方を囲まれ傷が癒されていくだろう。

しかしそれではヘイトの固定にはまだ弱い為、少しの間だけエリア一帯にいたヘイトを丸ごと請け負える天界の微笑みにて自身に集中させる。

 

天界の微笑みを向けられた周囲に居たモンスター達は、一斉に発動者である俺を睨みつけ進行方向を変更する。

この効果は常に不快と憎悪に苛まれて、発動者を倒すまで効果を与えられるためだ。

しかし自身はと言うと、モンスターの威嚇など鼻にもかけずに淡々とマイペースに進める。

 

「えっと、あ、居た!」

 

この敵の中でHPも高い肉段戦闘系に特化したゴーレム。ウォーロックゴーレムへと目標を定めた。

堅い鉱石でできた身体を持つ、二足歩行の人型石造りのモンスターだ。

 

ついでにリリアを抱きかかえて一緒に連れてく事を決め、敵陣ど真ん中に一気に駆けだす。

抱きかかえた瞬間にリリアは何か喚いていたが興味が無い。

幼女アバター程度にやいのやいのトキメキなんぞ正常な人間ではありえないだろう。

 

なぜリリアを捕まえたかと言うと、目的は更にヘイトを固定するために特大ダメージを叩き出せる敵が必要なのだ。

目の前に立ちはだかるオークやエレメントモンスターたちを、お姫様抱っこしているリリアに攻撃が当たらないように、若干動きづらいながらも左右に躱し、少し奥に居たウォーロックゴーレムの前に立ちリリアをおろす。

武闘家スキルを叩き込むための行動だった。

 

「ちょっと!何でわたしまで連れてきたのよ!」

「ん~、話を聞くためですね。それに、多分私と居た方が倒されずに安全ですよ?

死んでしまったら嫌でしょう?」

 

何か言い返そうとしたリリアだが、死という言葉を聞いて口を大人しく噤んでくれた。

 

「よいしょ~!天乱衝撃掌!」

 

未解決リストに載せればいいやという安直な発想からか、口調が多少雑になるが気にしない。

 

人は処理できると考えれば行動が豪快、もとい雑になるのだ。これは誰でもそうだろう。

縛られてガチガチに疲れるより、自由に伸び伸びとする方が本来の力を発揮できるのだ。

 

ただ、今しがた繰り出した天乱衝撃掌。

相手にゼロ距離で右掌を添え、右足から左足に重心を移動させる。

そのまま左足で地面を蹴り腰の回転から右肩へと力を伝え、全体重を乗せた右手威力を相手の内部に振動のみを叩き込むスキルだ。

 

天乱衝撃掌を受けたウォーロックゴーレムは動く事もせず人間でいうところの心臓部分から肉体の崩壊が始まり徐々に砂へと還っていった。

見てわかるように砂へと返ったという事はゴーレムのHPが無くなったのだろう。

 

「さて、続いては~範囲攻撃魔法。エクスプロージョン!」

 

くるりと後方へと身を返し、自分の指定した場所を中心に敵味方関係無しに周囲10m程の爆発を起こす攻撃魔法を準備する。

 

モンスター達に囲まれており、周りにプレイヤー達は居ない事を確認した上での使用だ。巻き込んで倒しましたじゃ、絶対にクレームとして上がってくるだろうと考えての計算だ。

 

右手を前に突き出し、そのまま上へと手を持ち上げる。自身の周囲の地面に現れる赤い魔法陣。

徐々に熱を持ち、やがて熱風を巻き上げながら、範囲内の空気を圧縮して轟音と共に一気に解放する。

圧縮から解放された空気は、風船が弾けるような勢いと熱を持ってモンスター達に一気に襲い掛かった。

豪快な爆発に巻き込まれたモンスター達は、武器を手から離し、苦しみの悲鳴を上げつつ肉の焦げる臭いを漂わせながらその場に次々と倒れ込んでいった。

 

「これでヘイトの固定は多分できただろう。つか、ぞろぞろと色んなところから集まってきてるな。後はこのエリア一帯を吹き飛ばすには―――

ん?臭い?そういえばファイヤーボールやエクスプロージョンも少し熱かったな。」

 

少し考えて気になる事を後回しにし、手を振りながら街に響き渡る声で叫んだ。

 

「すいませ~ん。極大魔法使いますが画面が暗転しても問題ありませんのでご協力お願いします~。」

 

伝える事だけ伝えて詠唱に入る

世界の終わりは世界の始まり

光りあるところに闇ありて

闇あるところに光あり

破壊あるところに創造ありて

創造あるところに破壊あり

我の力、自身で喰らいて全てを始まりへと還さん

万物に等しく滅びを与えたもう

 

唯一の中二病的な詠唱魔法だ。

音声認識システムが他社より優れているために、上が無理やり宣伝とするために作れといった、とても痛い仕様である。

ただ、詠唱させる事には意味がある。

無詠唱でも唱えれるが、詠唱入りだと威力の上昇を行うのだ。

それはこの音声システムが他社より優れているからこそできる利点であろう。

 

詠唱に入り両手を胸元で合わせる。

各職業の設定されているリキャストタイムが一番長いスキル兼魔法の中の一つだ。

一番長いというように、極めればほぼその職業の最強攻撃方法であったり、最強防御だったりとする。

 

詠唱が完了すると一気に自分の居る広場全体の地面を、まるで蛇が地面を這うような形で高速に拡大していく黒い魔法陣が展開されていく。

モンスター、プレイヤーを区別なく魔法陣の中に捉える。

徐々に魔力が掌の中に集まるのを感じ取ると、合わさっている掌をゆっくり放していく。

掌を放すと同時に黒かった魔法陣が徐々に光輝き、その光は天まで届こうかといういくつもの光柱となって空へと昇る。

相変わらず眩しいだけのエフェクトに気分が落ちるが、離された掌の間には野球ボール大の魔法陣より輝度の高い、白く輝く凝縮された魔力塊が浮いていた。

その呪文を隣で聞いていたリリアが叫ぶ。

 

「それ、もう何十年も昔にあった魔法じゃない!何であんたがそんなもの唱えるのよ!」

 

さっきからうるさいリリアの質問を無視して、モンスターがもっと集まるのを黙って待つ。

周りにいるモンスターに殴られたり魔法攻撃を浴びせられているが、プレイヤー達と違う。

攻撃は無効化される為に詠唱中断はされない。

何故待つのかというと、すぐに発動してもいいが、面倒くさいので一撃で仕留めたかった。それにGMでこの魔法を使うのは初めてだった為、少し楽しみというのもあり、辺りを見渡し機会を伺っているだけにすぎないのだ。

ちなみにリリアにはGM直々に防御魔法をかけてあるので問題はないだろう。

 

 

(そろそろか―――)

 

色々なところに散っていたであろうモンスターたちが、屋根を越え、空を飛び、こちらの居る広場へと次々に集まってくる。

うじゃうじゃと並のプレイヤーならこんなヘイトを集めるなど自殺行為に等しい行動でも、ダメージを受けないからこそできる無茶苦茶な戦法に乾いた笑いが出そうになった。

 

タイミングを見極め、ホールドをかけていた魔法の最終ワードであるトリガーを引く。

 

「極大魔法発動!原始の炎!」

 

両手の間にある球体が周囲の色と音を奪う。直後白黒になり無音となった。

そのほんの数秒の間に魔法陣の領域内にいる者達へ、宇宙が誕生したと言われる1000兆度を超える温度を持った超爆発がモンスターたちを飲み込む。

一応プレイヤー達を魔法陣には捉えているが、対象にせずモンスターのみに設定されている魔法だ。だからこそ安心して使用できる。

こんなビックバン並の設定をプレイヤー達も飲み込む指定にすればまとめて倒れてしまう。

 

どこぞの若いグラフィッカーとプログラマーが「一撃必殺ってやっぱこんなんじゃね?」「いやいや、天災クラスもありっしょ。」「宇宙爆誕的な?」「じゃ、合わせてみたら?」とブレインストーミングという好き勝手言える会議でワイワイやってたのを思い出した。

 

完全中二病的な画面暗転と無音とか言う設定を入れたため、色んなエリアでこの魔法を使用されると負荷が高くなりラグが発生。

回線落ちやフリーズを伴う為プレイヤー達は使用ができなくしていた。

 

一応変わりの魔法を設定したのだが、リキャストタイムを考えても割の良いその時期の最強魔法として設定されていた為、この対応に運営に対する批判は本当に酷かったと記憶している。

 

原始の炎の効果が消えると、爆発に飲み込まれたモンスター達は生物、無機物、精霊、不死、全て関係無しに瞬時に蒸発し、後に残ったのは影響を受けない建造物と戦闘に参加していたプレイヤー達だけだった。

 

ここまで来たら後はやる事と言えば一つだ。

そう、証拠隠滅!もとい、不具合調整の状況把握!

そうと決まれば後ろにいたリリアに振り返り声を掛ける。

 

「一応これでこのエリア一帯に居た魔王軍は居なくなりました。リリアさん。これで説明してもらっていいですか?」

 

 

リリアは下を向いて黙っている。

顔は帽子に隠れて見えないが、よく見ると肩が震えているように見えた。

 

「どうかしましたか?」

 

なぜかリリアは答えない。

 

「あの~、一応魔王軍は倒したんですけど~―――」

「った………やった………」

 

声が小さくて詳しく聞き取れない。

 

ぐすっ………

 

鼻のすする音が聞こえた。

 

「………がとう」

「え?」

「ふぇ~ん………ありがとう~………」

「な!え!ちょっと!」

 

鼻を垂らして泣いているリリアはそのまま抱き着いてきた。想定外の出来事に腰が引けてしまう。

それに無いはずの胸が当たってる感触がしてどうしたら良いか悩んでいると、広場で戦っていた者達から歓声が上がった。

 

(ん?感触?このゲームに感触なんてあったか?)

 



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2

魔王軍を退けた後は周りがうるさすぎる為、泣いているリリアを連れてどこか落ち着いて話せる所はないかと聞いてみた。

すると家に来てくれたらいいと言われたのでリリアの家に向かう事となったのだ。

 

道中に色々聞けばよかったのだろうが、いくらアバターと言っても未だに鼻を赤くした少女に質問責めするほどドSではない。

実際悲しいしぐさということは何かしら中身も落ち込んでいる可能性があるからだ。

 

それにもしまた泣かれたら、単純に30半ばのオッサンが10代の女の子を泣かせているという構図が出来上がり、いくらアバターであっても常識的思考から変態扱いされかねないからである。

あくまで外見は10代の男の子となっているが、中身はおっさんだからこそその構図だけは遠慮したい。

もし自分がそんな風景を見かけたら、事案か援助交際しか頭に浮かばないであろう事はわかりきっているからだ。

 

街道をしばらく歩くと、聞いていた外観のリリアの家が見えてきた。

家の前では遠くからでも見て取れる狼狽した女性の姿が目に入る。

 

「あの人は?」

「私のお母さん。」

 

(私のお母さんって……家族ごっこプレイですか?やばい……これは非常に痛い子に話しかてしまったようだ……)

 

 

後悔をよそに、リリアの母親と言われる人物はリリアの姿を確認すると駆け出して向かってくる。

少し警戒して身構えたが、GMである以上攻撃が来ても問題ない事を思い出し警戒を解いた。

駆け寄ってきた母親らしき女性はこちらに挨拶もなく右隣に居るリリアへと駆け寄り、傍から見てもわかるぐらい強く抱きしめていた。

 

「大丈夫?いつもより激しい戦闘音が聞こえてきて、心配で心配で。」

「大丈夫よお母さん。この人が私と街を守ってくれたの。」

 

その言葉を聞いたリリアの母親らしき人物はスッと立ち上がり、こちらに向かって深いお辞儀をした。

 

「この街を、いえ、娘を守ってくれてありがとうございます。私はリリアの母親のリリスと申します。」

 

リリアと同じ青色の髪に青色の瞳、肩で揃えられた綺麗な髪に整った美人寄りの温和な顔立ち。リリアと違い胸も大きい!

先程まで痛い子などと思っていた考えはリリスのアバターを見るとどうでもよくなった。

 

「リリスさん綺麗ですね!良いアバターしてます!」

 

後でログも消せばロールバックで対応するからこそセクハラまがいの言葉を平気で投げかける。

 

右手を突き出し、親指を立てグッドのポーズを取った。

可愛いものは可愛い、綺麗なものは綺麗、不細工なものは不細工、それに嘘偽りはないので心のままに正直に答えた。

 

こんなGM、バレたら絶対怒られるどころではないな。

我ながらそう思うぞ。

 

「ふふ。アバターとはわかりませんがお世辞がうまいですね。ささ、長話もなんですし中へどうぞ。」

 

社交辞令と受け取られたのだろう。少しがっかりしたが、こんな女性が同僚なら喜んで仕事に精を出す。

しかしうまい事できてるなこのアバター。まるで外見が人間みたいじゃないか。

 

(なんで理想と現実は違うんだぁ!俺の隣のハニワと変わってくれ~!)

 

などとアホな事を考えながら花輪とリリスを脳内で比較してしまい余計にテンションが下がってしまった。

 

一人落ち込んでいると、リリスが背中を向け家の中に入る為に歩き出した。と同時に右わき腹辺りから衝撃が走る。

視線をリリアに動かすとさっきまで泣いていたのに今度はふくれっ面になって左拳を握り込んで突き出していた。

これが友達同士でプレイしている場合なら、ダメージ受けただろうが!お返しじゃ!とやり返して最後にはこうなる。よろしい、ならば戦争だ。と。

ただ、今はなんで君は俺にパンチをしているのでしょうかというツッコミたい言葉を飲み込んで、別の言葉に置き換えた。

 

「どうかされましたか?」

「ふん!」

 

ムッとした表情でそれだけ言い残すとリリアはリリスに続いて先に家の中に入っていった。

 

(なんだ?俺あの子になんか言ったか?)

 

 

 家の入り口を跨ぐと土と木の良い香りがした。

壁には綺麗な本棚がいくつか置いてあり、棚の中にはビッシリと書籍が並んでいる。

部屋の真ん中にはしっかりした木材から作り出したであろう一枚張りのテーブルが置かれ、木製のイスが4脚ある。

所々壁には手で修復したであろう穴埋めが見られた質素な住居である。

 

リリスからイスへと案内され腰を下ろし感謝の言葉を述べる。

リリアは目の前にあるイスへと腰を下ろし、丁度対面で向き合う状態となった。

着席して深呼吸した後、何から聞こうかと思案する。

その間、顔を赤くしたリリアがチラチラと視線をこちらに投げては目が合うとすぐに別の場所に泳がすような行動を繰り返していた。

そんな不審者と呼べるようなリリアを眺めながら、ある程度纏めて一つずつ質問をすることにする。

 

「それではリリアさん。質問です。その前に自己紹介から。

私はゲームマスター。このゲームを運営、管理する立場にある人間です。」

 

名前を呼ばれたリリアはビクっと身体を震わせた後、身体を硬直させながら「あー、えー」などという意味不明な言語を発している。

理解していない事を悟ってしまい、頭が痛くないのに痛いような錯覚を起こしながら幼稚園児でもわかるように言葉を言い換えて再度伝えることにした。

 

「難しい事を言ってしまい申し訳ありません。要するに、『この世界で私は何でもできる人』と思っていただければ問題ありません。

プレイヤーからですと通称GMと申します。」

「わかったわ。」

 

いや、わかったわの返事が早すぎるだろ。

絶対こいつわかってねぇだろ。

速攻でツッコみたい衝動に駆られたが、とりあえずは会話を進める事を優先する。

 

「何故この街に魔王軍が来ているのかわかりますか?」

「わからない。」

 

質問を問いかけるとリリアは、急に肩を落とし俯き答えた。

 

お~、即答ですかこの女!まぁ俺もわからないから原因がわかれば程度だったし。

いいですけどね!

 

頭の中で悪態をとるが、言葉は丁寧にしたまま次の質問を投げかける。

 

「わかりました。では次の質問。何故高レベルプレイヤーはもう居ないと言ったのですか?このゲームはそれなりにプレイヤー人口は居たはずです。」

 

そうだ。配信サービス末期ならわかるが、成熟期を迎えるであろう全盛の時期ではそれなりに稼働ユーザーは居たと記憶している。

 

「居たわ。私がまだ幼かった頃、近所のお爺さんやお婆さん、私のお爺ちゃんやお婆ちゃんが高レベルプレイヤーだって事は知ってた。」

「居たわって事は引退、つまり辞めたという事ですか?」

「普通に寿命で亡くなったの。」

 

リリアは淡々とした口調で質問に答えてくれた。

しかしながらどうも会話が噛み合わない節がある。この食い違いは何だと言う疑問もあるが、話していると別にふざけている感じでもない。

それくらいはある程度生きてきた中で見極めれる自信がある。

そのため、リリアの理解力が乏しいのか自身の問いかけ方に問題があるのか、悩んでいると声が割り込んできた。

 

「それについては私が話しましょう。」

「お母さん。」

 

飲み物を持ってくる為に二人から離れていたリリスは、水を持って二人が座るテーブルへと帰ってきた。

そのまま二人の前にグラスを置いてリリアの隣に座り、口を開くタイミングを待ってるようだ。

質問の途中で入ってきたが、理由がわかれば対応方法も変わるので回答にそのまま協力してもらうことにした。

 

「まずGMさん。あなたが本当にGMなのかどうか確認させていただけませんでしょうか?」

 

リリスが質問してきた。会社に問い合わせれば普通にわかる事だが、リリスの言葉や眼差しが真剣だったので応える。

 

「どのように証明すれば良いのでしょうか?」

「左腕にあるコンソールを起動させてみてください。今では扱えるプレイヤーと呼ばれる人がもう残っていません。それだけで大丈夫です。」

 

言われた通りリリスから視線をコンソールに移動させ、右手で左手に装着しているコンソールを起動させる。

ついでに証明の補足としてコードを入力して操作を完了した。

入力されたコードは『幸福の羽根飾り』生成だ。

テーブルに座ったまま両手を中空へと広げる。

両手の中心から青白いエフェクトを纏った水晶体が現れ炭酸ジュースを彷彿とさせる音を立てながら形状を変化させていく。

 

本来は生成するためには生成コードと生成用専用アイテムが必要だが、GMは全てのアイテムを無制限に使用できるようになっていた。

これはGMがイベント等で新規ユーザーに対してデモンストレーションを行ったり、プレゼントをできるように設定されているからだ。

もしプレゼント企画の時に運営が個数制限を持っておりプレゼントできませんなどの状況に陥ると会社の信用が揺らいでしまうためである。

 

数秒するとエフェクトが終了し、水晶体は消える。

それとは入れ替わりに幸福の羽根飾りが現れ、両手の中間で浮かぶようにしてクルクルと回っていた。

それを右手に取り優しくテーブルに置いた。

 

「ありがとうございます……」

「言われた通りにしただけですが、GMの証明と何が関係あるのですか?」

「すみません………全てご説明します。」

 

しっかりとした口調でリリスは言葉を紡ぎ出した。

何かがおかしいとずっと違和感を感じていたが、ここでこのまま聞いていいのかという不安が浮かぶ。

どう見てもリリスもリリアもふざけている手合いではないのだ。

 

しかし、そう思っても仕事を放り出すためにもいかない為に話を促す。

 

「私達はプレイヤーと言われる人達の子供であり、リリアは孫にあたります。

私が父や母から聞いたのは、私が生まれる前、まだゲームと呼ばれていた時代のことです。その時代にはプレイヤー達は多く居たそうです。」

「すみません。リリスさん。

そういった冗談は些か今の場には不適切ではないでしょうか?」

 

想像すらしていなかった言葉が飛び出しリリスの言葉を遮ってしまう。

 

「いいえ。不適切ではありません。

これから述べる内容は全て事実となります。

これは私が幼い頃に見た物、経験した物、父や母達の言葉となります。」

 

流石にどうしたものかと言葉を考えるが、リリスは毅然とした口調で言葉を述べた。

 

「続きをよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。そうですね。お願いします。」

 

とりあえず聞くだけならば問題ないだろう。

その中からヒントになるものを探せばいいだけだ。

全てを鵜呑みにするつもりはないのだから。

 

「まず初めに意思を持ったモンスターやNPCという者達が現れ、それらをバグと呼んでいました。

プレイヤー達である父や母はよくある事として、それでもまだゲームだと思っていたようです。

意思を持った強いモンスターを倒す楽しみ、NPCと遊ぶプレイヤー達。

そしてそれに対応できなかった運営はバグと呼ばれたモノを抱えながらゲームを続けたらしいです。」

 

確かにバグを修正せずに配信を続けるなどバカげていると思われるが、会社の利益を考えるとゲームの緊急メンテナンスなど、利益を減らす要因になっても増やす要因にはなりえなかった。

そのため会議を行い、裏でパッチをあてる事によって、騙し騙し運営している感はどこの会社も否めない。

 

少し間をあけてリリスがここからが本題ですと言わんばかりに再度口を開こうとする。

流石に常識からぶっ飛んでいる為、いや、理解したくないという気持ちが正直なとこだろう。

右の掌をリリスに向けて少し待ってくれというジェスチャーをしながら一旦会話を遮った。

 

「ちょっとお伺いしたいのですが、意思を持ったとありますがこれはゲームの世界。

私も同様にログアウトができません。しかしながら子供や孫なんてバーチャルリアリティーの世界ではNPCを作る事はできても、意思をもったNPCを作る事なんてできません!」

 

語尾にかけて声を荒げてしまった自分を情けなく思いつつも、否定したい気持ちが強く出ていた。

自分は幽霊など信じない、プログラムは所詮プログラムであって電流のスイッチでしかないのだ。

それにどこの世界に仮想世界が現実ですと言われて信じる事ができるだろう。

そこである事を思いついた。試してみればわかるのではないか。

 

「そうだ。リリスさんとリリアさんのアカウントIDを調べればわかるはずです。少しお待ちください。」

 

自然と早口となった。

リリスとリリアには有無を言わせずそのまま待たせ、左腕のコンソールを再度起動する。

GM権限を使ってデータベースへとアクセスし、現在のポイントとキャラクター名を順番に入力する。

少し待つ。レスポンスが悪く遅い。

本来ならすぐにDBへとアクセスされ、検索が引っかかりコンソールに表示されるはずだ。

その待機時間が余計に不安を煽る。

しばらく待つと反応が返ってきた。

期待していた答えとは真逆の認めたくない結果を引き連れて。

 

【ERROR OR-00953】

 

このエラーコード、検索が無効とされている状態の時に表示されるものだ。

全身から一気に冷や汗が噴き出す感覚に襲わる。これは何かの間違いだ。

 

ゲームそのものを破壊するウィルスならばキャラクターの作成など不要だろう。

しかしゲームをプレイするというのは、キャラクターを作成するという過程を絶対的に踏む。

どれだけ不正を行おうともキャラクターを作成するという段階でアカウントIDとキャラクター名は紐付けされるためだ。

アカウントのすり替え自体はハッキング、解析すれば可能だろう。

しかし、アカウントIDその物を消去する事は出来ない。アカウントの消去は例えキャラクターを削除したところで数年は運営のデータベース上で管理・保存される仕組みだ。

逆に言えば、プレイヤー達が作成したNPCなどはアカウントが存在しない。

しかしNPCは決められた定型文しか受け答えができない。

それはプログラムで命令しているのが原因だからだ。

 

これは何かのバグだ。プログラムは命令した事しか動作しないが、途中で配列変換をした、またはDB上のメモリの領域限界まで使用した為に処理タスクに支障をきたした。

しかし、DB上のメモリなどそもそも殆ど使用されない。

処理タスクの上限など超える事はありえないのだ。

ならば提供している運用サーバー上のメモリが原因か?

こちらならば負荷が掛かるのは当たり前だ。

それならばどうだ、目の前にいるのは自分の意志で話している。

ならばNPCという線は薄いはずだ。だとすればプレイヤーとして考えるのが妥当だろう。

 

「失礼ですがリリスさん。宜しければ左手にコンソールが無いか確認させていただけませんでしょうか。」

 

そう。プレイヤーは皆コンソールを持っている。

そのコンソールはアバターに合わせて色合いや装飾を同化させるために、消す事は出来たとしても肌を露わにしてしまえば隠す事はできない。

それは最初のアバターの基礎として装備されているからだ。

 

言われたリリスは黙って言われた通りに左腕の袖をまくり上げ、その腕に何も無い事を証明した。

 

それを見て一瞬だけ思考が飛ぶ。

すぐにそんな事はないはずだと頭の冷静な部分が言う。

しかし、現実として目の前にはゲームの仕様上ではありえない状態を突き付けられたのだ。

 

それでも認めるわけにはいかない。

色々考えるが、一つだけ確定的な出来事が存在していた事を思い出す。

 

ヘッドギアが………取れない?

 

これだけはどんな知識でも説明をごまかせる理由が見つからなかった。

この出来事を理解してしまうと一つ、また一つとハマらなかったパズルのピースが、説明を理解しようとする度に揃いだす感覚に捕らわれる。

モンスターの焦げる臭い、魔法の熱、リリアの胸の感触、家に入る時のリリアのパンチ。

それ以上にごまかそうとしている自分に気付き変な笑いさえ起きそうだった。

 

目の前にいるリリスとリリアが心配そうにこちらを見ているが、今はそんな事はどうでもいい。思考をフル回転させる。

プレイヤーとなら会話できるのは当たり前だ。自我があるからだ。いくらでも会話しよう。

それが、データベースに登録のない個体、NPCでもない個体と会話をしている?

いくらなんでもこの時代で人口AIなんか実装できる代物ではなかった。

不正キャラクターの可能性も洗いなおそうと考えたが、頭によぎった原因不明リストを思い返してしまい否定することもできない。

そもそも不正キャラクターであろうとNPCならば受け答えは定型、プレイヤーならばIDに紐づけされるという事実がある。

こうなれば思考は堂々巡りにしかならない。

おかしな部分が自分では見つけられないのだ。

 

焦るこちらを無視してリリスは続きを説明してもいいかと聞いてくる。

纏まらない思考のまま適当に促すしかない。

 

「そして運命の日がやってきます。ゲームの最終ボスであった魔王エニグマに自我が目覚めました。

ここに来て初めてプレイヤー達は危機を感じたようです。

今までは弱かった敵、これが自我を持った所で多少強くなる程度でした。

しかし、今回はゲームの中でも最強と言われる部類であるモンスターが自我を持ちました。

ならばどうなるか。

プレイヤー達は討伐の為に寄り合い、協力して行動を起こしました。

しかし、相手は意志を持った強敵。

討伐に向かった人達は誰一人と帰ってくる事はなかったようです。

流石にプレイヤー達はこれを危惧し、GMや運営という場所に連絡するも連絡が取れなくなっていたようです。

更に状況は悪化、エニグマが自我を持ったモンスター達を従え一斉に各地を襲い出しました。

勿論エニグマがいくらモンスターを従えようと、父や母、高レベルプレイヤー達は最初の内は問題が無いようでした。

しかし、いざ戦闘が始まると今度は魔王軍の攻撃はプレイヤー達に痛みを与え、倒れたプレイヤー達が生き返らないという事態が起こりました。

そこから戦線は崩れたようですが何とか各地で撃退したようです。

生き残ったプレイヤー達は次の行動を起こします。

ログアウトというものです。

しかしながら、ログアウトという物を実行しようとしたようですが、誰もが当時できなかったようです。

最初こそ今のGM様みたいに何かの間違いだと言う人々も大勢いました。

しかし、どのようにしてもログアウトというものが出来ず、次第に人々の心は疲弊していきました。

やがてログアウトができない。

その現実を受け入れた高レベルプレイヤー達の大半は戦う事をやめました。

中には死ねば帰れると信じて自ら死を選ぶ人達も多く出たようです。」

 

 

何もかもが頭に入っているようで半分入ってこない。

むしろなぜこんな事を最後まで聞いているのだろう。

夢物語も大概な内容だと自分でも思う。

それに普通ならばリバイバルソウルやリザレクションという魔法で蘇生は可能である。

なぜそれが適用されない。

アイテムにも似たような物は用意されているはずだ。

これも考え方を変えればリザレクションという名前だけ残して効果をプログラム上から削除すれば納得はできる。

同じようにログアウトの機能は存在していても選択肢を消してしまえば選択することが出来なくなる。

しかし、個体の増殖や子供を産める個体となると限られてくる。

ワームウィルスには自己増殖や他のプログラムを侵食し、削除しようとすると逃げるウィルスも存在する。

痛みを伴うという事から無意識下のVR技術を利用したサブリミナル洗脳?

ヘッドギアからの漏電事故?

答えは一考にでない。そこで考える事をやめた。

答えが不明という答えに辿り着いたからだ。

 

俺はみんなにゲームを楽しんでもらいたかっただけなのに何故こうなった―――

 

「それからは魔王軍の優勢です。向こうはモンスター。

こちらは一度死んでしまえば蘇生ができない。

それに私の父や母、人間の高レベルプレイヤーは既にいません。

当たり前ですよね。人間には寿命があるんですから。

今ではこの街を含め、少ししか人間の生きる場所は残されていないのです。

これが、父や母が言っていた話と今居る私達の現状です。」

 

リリスは必要な事は全て言ったという感じで何もそこからは言葉を発さなかった。

 

極大魔法を使った時のリリアの反応も理解した。

これはプレイヤー達がいなくなった後の世界なんだと。

なぜ楽しまず必死に戦っているのかも理解した。前居た世界と同じだ。命を失えば死ぬ。ただそれが現実だからこそ必死に戦っていた。

 

どれだけ否定しようともログアウトもできず、ヘッドギアも取れない。

ならば事実として受け入れるしかないのだろう。

それと同時に不満も沸き上がる。

ゲーム製作者の一人として純粋に楽しんでもらうためにこのゲームを作っていた。

それが人を不幸にしているという内容。とてもじゃないが受け入れられなかった。

頭をガシガシと両手で掻きむしる。

どうにもならないイラ立ちがその行動を起こしてしまう。

たかが中年平社員がなんでこんな事をやらされる?

原因は未解決リストに既にあったじゃないか!と怒鳴りそうになった。

戻れるなら今すぐサーバーの電力を落としてUPS電源も破壊するだろう。

それくらい危険なゲームなのだ。

その上でふと言葉が漏れた。

 

 

「帰りたい―――っ!?」

 

 

言葉を言い終える前に起こった出来事だった。

一瞬何をされたのか理解できず考えが追い付かない。

冷たい液体が顔から頬を伝い床にかけてこぼれ落ちる。

目の前には空になったグラスの口をこちらに向け、泣きそうな顔になりながらこちらを睨んでいるリリアの姿が目に入ってきた。

そこでようやく気付く。水をぶっかけられたということを。

 

「どれだけの人があんたと同じように生きていたと思う?

どれだけの人があんたと同じ願いを胸に秘めてたと思う?

あんたはヘタレね。一瞬でもあんたをカッコいいと思った私がバカだったわ。

それだけの力を持ちながら戦う事もせず帰りたいなんて。」

「リリア!やめなさい!」

 

自分より幼い子に正論を突き付けられた。

帰りたい。その一言で我慢できなくなったのであろう。

母親から注意されたリリア。こちらも限界に達したのかその目には涙を溜めていた。

そのまま彼女は席を立ち、服の袖で涙を拭いながら家を飛び出していった。

リリアが家を飛び出した後、室内は沈黙の間へと変わった。

そんな中でもリリスは顔を拭ける布を手渡してくれた。

 

しばらくの沈黙の後、リリスは俯きながら話し出した。

 

「ごめんなさい。帰る場所があるGM様にあの子には納得できない感情でもあったのでしょう。」

 

何も返答することができなかった。

考えも纏まらない今の状況、今の自分の顔を周りから見られるたら死んだ魚のような目をしているのだと思える。

 

「あの子の父親は魔王軍との戦闘で幼い頃亡くなっているんです。」

「………」

 

「GM様にとっては未だゲームかもしれません。

しかし残されていたプレイヤー、私やあの子にとってこの世界は現実で、帰る場所などはどこにも無いのです。」

「………」

 

空気は重く沈黙が続く。

いくら時間が経過したかわからないが、視線だけを動かし窓を見ると日は傾き西日が射しこんでいた。

 

「この街ももう時間の問題だと思います。あの子も理解してるはずです。

しかし本来あの子だけならこの街を出ても生きていけるくらいの強さを持ち合わせています。

それが私達住人の事を考えて離れようとせず戦ってくれています。」

 

その言葉がどうにもならない気持ちと苛立ちに火をつけた。

 

「は!だから俺にも戦えってか?

仕事だと思ってたのに、いきなりわけのわからない世界に飛ばされて帰れません?ふざけんなっつうんだよ!」

 

半ばヤケクソになりながら不満の言葉をそのまま投げつける。

そんな言葉を聞いてもリリスは態度が変わらない。それがまた余計心に突き刺さる。

別にリリスが悪いんじゃない。頭では理解しているしデータベース上で問題があったことは会社も把握していたようだ。

要するに会社が全て悪い。この一言で済む内容だ。

ここでリリスから怨み文句の一つでもあればいくらか怒りのままに言いたい事も言えただろう。

 

しかし、何も言わないからこそ重い現実を突き付けられる。

どれだけ適当な人間でもいきなり事故に巻き込まれたらすぐには落ち着いて考えられないはずだ。

 

「街を救ってくださいというつもりもありません。

ただ、今の私達の状況をお伝えしたかった――」

 

リリスと話していると急に外から轟音と振動が周囲に響きわたり会話が中断される。

 

「何が?」

「全員武器を持て!魔王軍だ!非戦闘員は家の中へ戻せ!」

「広場へ向かえ!リリアが抑えている!手の空いてる奴は来い!」

 

自分で聞いてもやる気の無い自身の声。

同時に辺り一帯から男達の声が響きわたる。

 

外からは激しい剣戟の交戦音が空気の振動に乗って聞こえてくる。

怒号に悲鳴も同様に聞こえてくる。

中には幼い子供の助けてという声も入っていた。

現実なんだろうがまるで他人事だ。

人は意欲が削がれると、こうもどうでもよくなるんだと感心さえできる。

 

そこでふと気になった。

 

「リリス。あんたの父と母の名前は?」

「父はクリスマン。母はリリーナです。」

 

リリスは慌てる素振りもなく答えてくれた。むしろ半ば諦めと言う感じだろうか。

本当なら娘の心配をしてもいいだろう状況だろう。

 

コンソールにリリスの父母であるクリスマンとリリーナという名前を入力し、データベースへとアクセスする。

こちらはすぐに反応があった。

そもそも何でデータベースにアクセスできるのかわからない。

わからないがそんな事はどうでもいい。

何ができて何ができないのか、何が現実で何が仮想なのか、今では自身でも不明だ。

ただ、今は目の前の事実として反応は返ってきた。

 

映し出された文字列。リリスの父母だという個人情報がコンソールに羅列される。

その事実が目を背けようとしていた心を深く抉る。

 

「本当にプレイヤーとして存在していたんだな………ならこの人達は……」

「もう居ません。」

「……申し訳ない。」

「それは私に言うべき言葉ではありません。」

「………」

 

殆ど独り言に近いであろう呟きだった。

それに返すようにしてリリスが言葉を重ねる。

 

申し訳ない。それはこの世界に生きたであろう人達へと向けた本心からくる言葉だ。

しかしそれを否定するようにしてはっきりとした言葉で拒絶された。

伊達に30は過ぎてない。頭では理解しているのだ。

謝るべきはリリスの父母である人達だと。ただ、その人達は既に亡くなっている。

行き場のない罪悪感が全身を覆う。

 

それなら今の自分はどうするべきか。そして今後どうあるべきかを。

駄々をこねて何とかなるならいくらでも駄々をこねよう。

自身が作ったゲームに閉じ込められ亡くなっていった人達を想ったところで本人達の気持ちなど想像もできない。

もし自分が同じ立場なら、気が狂うどころの話ではないだろう。

その中で過去に居たプレイヤー達は家庭を築き、子を成し、家族として生きていた。

 

そのプレイヤー達の子供は【今】この世界で生きている。

そして死ぬとわかっている少女が戦っている。

自身にはそんな覚悟など持てないだろう。

これが平和な世界で生きた人間と、常に死と隣り合わせに生きている人間の覚悟の違いだと。

子供が戦って、原因を作ったであろういい歳したおっさんが八つ当たりなんてダサいにも限度がある。

それに自分はGMだ。プレイヤーとは違う。

原因もどこかにあるはずだと自分に言い聞かせる。

 

大きく一呼吸する。

 

「やれるだけるやる。それがせめてもの償い……か。」

 



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そこからの行動は早かった。

手をこまねいていても解決しないなら、情報が必要だ。

情報が必要ならば行動が必要だ。

しかし中途半端な行動はかえって時間が掛かる。

それならば目立って自分が広告塔になる必要がある。

目的から逆算して行動を決めてイスから立ち上がる。

 

とりあえず使えそうな装備とアイテムが必要だ。

気持ちを切り替えコンソールからアイテムバックを指定して、中のリストから装備を選択する。

身体の周りに白いエフェクトが発生し茶色系の皮服や皮パンツから指定した装備に換装された。

ここら辺はゲームのままだった。

今のところ基本操作には問題が無いというのが自身の認識である。

 

魔王軍襲来イベント、それならば必然的に敵の数が多いマルチ戦闘になるのはわかっている。

 

「リリス。この幸福の羽根飾りを身に着けていろ。多少なりとも運と回避と素早さが上がる。あとこれを。」

「何をしようと?」

 

無造作にテーブルに置いていた『幸福の羽根飾り』をリリスの手元に向かって投げた。慌てて受け取ったリリスが疑問と不安が入り混じった表情でこちらを見ている。

 

「何をと言ったな。そうだな……ちょっと魔王軍と運動会だな。」

 

ゲームのままだというならば戦闘に関しては問題ないだろう。

自身はGMだ。加齢という部分では不明だが、それ以外に関しては自身で設定しない限りは死という概念が無い。

 

急いでアイテムバッグからオートキュアドリンクを指定して取り出す。

アイテムバッグの口から吐き出された瓶状のアイテムは手の中に納まった。

それをリリスへと羽根飾り同様に投げる。

続いてコンソールに生成コードを入力する。

誰でも装備ができる天使の羽衣を作成した後、同じように渡して身に着けるように指示する。

 

「もし敵と遭遇したらそれを飲んで逃げろ。効果は3分。一撃で死なない限りはダメージを受けても自身のHPを回復し続けるアイテムだ。

そしてこの羽衣を身に着けて待ってろ。そして敵と遭遇しない限りはここを動くなよ。

リフレクトアーマー、マジックリフレクト、ボディアジュバンド、インビジブル。」

 

一気にリリスへと補助魔法をかける。

次々とエフェクトが発生してリリスの身体を包み込む。

リフレクトアーマーで物理防御を上げ、マジックリフレクトで魔法反射、ボディアジュバンドで身体免疫能力を上昇させ、その上でインビジブルで姿を消した。

 

「GM様。娘をお願いします………」

 

目に見えないがやはり娘が心配なのだろう。こちらを許す事ができないだろうが、それでも人の親。声が震えていた。

 

「ああ。大丈夫。絶対に守る。それに俺の責任でもあるんだ。気にするな。」

 

そうリリスに言い残し家を出た。

 

 

 

 

家の戸口を出ると不思議と頭の中はスッキリしていた。

罪悪感から目を背けているのか、気が逸れているからか。

どちらかは不明だが戦闘を決めた事によって無駄な思考が一切合切なくなったからだ。

しかし、頭はスッキリしても口角が歪んでいるのが自身でもわかる。

周囲には既にこと切れている痛いのようなものがいくつも目に入る。

おそらくその遺体から流れ出る血の臭いだろう。

風に乗って辺り一面その臭いが立ち込めていたのだ。

 

「このむせかえるような臭い、結構キツイな。」

 

一瞬吐きそうになるが、気合いを入れなおし空中移動魔法であるライトウィング(光の翼)を唱える。

背中から光の翼が生えたのを確認する。

まるで天使を彷彿させるような気品のある大きな光の翼が柔らかく羽ばたくと、自身の意思に沿って両足は地面からゆっくりと離れていく。

ある程度の高さまで昇り、街中を見渡すと広場だけではなくあちらこちらで戦闘をしているのが視覚からの情報によって受け取れた。

 

リリアは確か広場に居ると言っていたな、広場の方角は―――

 

「ゲギャー!!」

 

広場を探していると自身の後方。

そちらから威嚇するような人間ではない叫びが聞こえた。

振り返るとそこには蝙蝠みたいな翼を生やし、鬼みたいな顔をした全身裸のような赤い肉体の悪魔がこちらに襲い掛かろうと高速で移動しているのが目に入った。

 

「デビルクリムゾンか。邪魔だな。ターンアンデット―――」

 

何も考えずに適当な魔法を放った。不浄な魂を持つ者を一撃で浄化する僧侶の攻撃魔法だ。

デビルクリムゾンの上空に魔法陣が展開され、白い光りの膜が悪魔を包み込む。

悪魔はチラリと自身の身体に目をやるが、何をされたのか理解できていないようだった。

ダメージを受けてないと認識したのか、そのまま更に速度を上げる。

下品なニヤけ顔をこちらと向け速度を上げて迫るが、既に勝負にはならない勝負は終わっていた。

魔法を受けたデビルクリムゾンはこちらの身体に触れる前に灰となり、身体に触れる頃には完全に原型を残さない状態となって散り去った。

デビルクリムゾンを処理した後、気を取り直し再度広場の方角を確認する。

 

「多分あそこか。」

 

リリアの家に歩いて移動してきた方角を思い出し探していたが、大きな空白地帯を見つけた。

多分そこが記憶にある広場だろうという事で一気にトップスピードまで加速して飛翔する。

直線軌道という最短距離で移動した為、ものの数秒程で広場上空へ到着した。

 

下を眺めてリリアを探していると、広場に一瞬閃光が走るのが視界の端に映った。

それを見て推測するからにライティング魔法、光属性魔法で相手の視覚を閃光によって奪う魔法だろう。

 

その魔法を放った主を見るとそこにはリリアが居た。

四足歩行のライオンの顔を持ち鷹のような翼を生やしたマンティコアと対峙している。

マンティコアには効果が無かったようで少し押され気味な状態だった。

状況からして危険と判断し、急いで上空からライトニングゲージを放つ。

リリアと対峙していたマンティコアを取り囲むよう6面に魔法陣が展開され、雷属性の檻が現れる。

檻に触れると雷撃によってダメージを受ける檻だ。

これによりマンティコアは動きを封じられ何もできなくなった。

しかしこれだけでは終わらない。

徐々に檻は小さく収縮していく。余裕のあった広さは徐々にスペースを奪われ、スペースを奪われた事によってマンティコアの翼が檻に触れる。

雷撃のダメージを全身に受けマンティコアは苦痛の咆哮を上がるがそれでも収縮は止まらない。

なんせプレイヤー仕様ではない。GMによってその出力を最大まで高められているのだ。

そのまま小さくなり続け、レーザーが肉を焼き切るのと同様にマンティコアの体をサイコロ状に切り裂いて消えた。

後に残ったのはバラバラになったマンティコアの残骸と肉の焦げた臭いだ。

そこからは速度を落としてゆっくりとリリアの前に着地してから魔法を解除する。

 

「間に合ってよかった。大丈夫か?」

 

頭の装備を外して、自分の連れに挨拶するように右手を上げ問いかけると、兜を外したことによってリリアもこちらを認識したようだ。

 

「何しにきたのよ!このヘタレ!邪魔になるから帰って!」

 

待っていたのは出会って間もないが相変わらずの口の悪さだ。しかしそれを聞いて安心した。

それに不機嫌そうだがもう泣いていないようだ。

 

リリアの装備は土埃やモンスターの血で汚れ、顔にも煤のようなものが付着しているようだが、怪我を負ってるような雰囲気でもない。

 

「あ~、なんというか………その、すまんな。」

 

頭を右手でぽりぽりと掻きながら謝る。

こんな少女に正論を真正面からぶつけられたのだ。

正直どんな顔をして話せばいいのか、バツが悪い。

 

「は?」

「いや、帰りたいとか言ったろ?自分の事だけしか考えなくて悪かった。」

「え………あ、謝るならちゃんとしたらどう!何のためにここに来たのよ!」

 

それはリリアなりの気の使い方なのだろう。

 

「そうだな。そうする。だからもう安心していい。俺は俺にできる事をする。と言っても守る事しかできないけどな。」

「ま、守ってくれなくても大丈夫よ!私も戦うんだから!邪魔はしないでよね!」

「そっか。やっぱりリリアも戦うか。ならリリアを全力で守ろう。それしか俺にはできないからな。」

「う~………あんたと話してると調子が狂う。」

 

戦闘中という状態でいきなり謝罪の言葉を投げかけられたリリアは、戸惑ったように言葉を詰まらせていた。

しかし、正論をぶつけられ自然と笑みが漏れているのが自分でも理解できた。

それにこの負けん気、これもリリアらしさの一つなんだろう。

最後にはリリアは魔法使いである杖を握り込み、肩を小さくして帽子で顔を隠した。

 

「その装備は?」

「ああ~。これか?俺が次のバージョンアップでランク上位のプレイヤーに賞としてプレゼント実装する予定だった装備の一つさ。って言ってもわからないか。」

 

それを聞いたリリアがゆっくりと顔を上げる。

その顔は微妙に嬉しそうな表情をしているような感じが含まれていたのが見て取れた。

 

質問に答えながらもやはり派手だったかと自分で身体のあちこちを見てみた。

この装備は幾分尖った性能を持った物だ。

魔法耐性を現行最強まで引き上げ、魔法防御力と物理防御力は無課金でも簡単に手に入るような並程度より少し下の性能を持たせている。

何も考えずにプレイヤーが装備したならば正直弱い装備だ。

それに攻撃を無効化する自身にとってもあまり意味が無い。

ただ、特筆すべきは敵のヘイトを集める為に施された仕組みだろう。

攻撃を受ければ受ける程敵のヘイトを集めるのだ。

ヘイトの数値こそ表のステータス等には表示されないが、パーティで前衛だけを極めようとして他の装飾品で装備を補えば、他に二つとない前衛タンクとして極める事が可能だ。

そしてそれは目立つ事だけを考慮した赤いマント付きの白銀フルプレート(全身甲冑)だった。

その姿は傍から見ても騎士その物だと自身でも認識できる。

 

「わかった。なら許して―――あぶないっ!」

 

リリアと話していると視界が紅く遮られた。

視界を戻す為に歩き出そうと右足を前に出すが、何かが引っかかりそのまま躓いて倒れてしまった。

 

「GM!」

 

リリアの悲壮な叫びが周囲に響く。

 

「グラビティハンマー!」

 

低く怒りを込め、憎しみを発散させるように雄々しくリリアは叫んだ。

地面に倒れこんだ自身の首から上だけを動かしリリアを見ると、キッと睨みつけるような視線をアンデットリッチに向け、杖を掲げて魔法を放っていた。

 

杖の先端からは魔力が射出され、リッチの上空にて小さく空間が歪む。

それとほぼ同時にリッチに向かって一気に空間の歪みが広がる。

赤い光から察するに炎系であろう魔法をこちらにぶつけたアンデットリッチは、リリアの重力を操る攻撃魔法によって避ける間もなく広場の地面へと叩き潰された。

 

「GM!GM!大丈夫!?」

 

リリアが心配そうに地面に膝を付く。目からは涙がこぼれ落ちそうになっていた。

流石に悪いと思ったので空気を壊さないように注意しながら立ち上がる。

 

そう言えばダメージは無効化されているという事を伝えてなかったな。

何か酷く誤解させてしまったようだ。

 

「ああ。問題ない。傷は一切負ってないさ。少し躓いてこけただけだ。しかし、GMを連呼されると違和感があるな。後で名前でも考えよう。」

 

それを聞いたリリアはその場に力が抜けたようにへたり込んでしまった。

ゆっくりとリリアの前に腰を落とし跪く。

装備が装備なので、まるでナイトがお姫様に傅くような光景だろう。

 

「ははは。まるで騎士と御姫様だな。とりあえずリリア。

これを飲んでちょっと後ろに下がってろ。魔法使い系の職業が前衛に出てくると危険だ。」

「これは………?」

 

惚けているリリアの手を取り、透明な瓶を握らせる。

細部まで細工が施された瓶は一級品の工芸品のような美しさを持っており、瓶の中には青く透き通る液体が入っていた。

 

「エリクサーだ。」

「これが………エリクサー?」

「見た事ないのか?」

「話しには聞いた事があったけど、見た事がないわ。」

 

エリクサーも持たずに通常モンスターより強く設定されている魔王軍と戦闘していたという事実に驚くが、確かに高レベル帯エリアじゃないと手に入らないものだ。

高レベルプレイヤーじゃないと生成もできないのは確かだった。

 

しかしまぁ、一体この子はどれくらい強いのだろうか。

装備である程度誤魔化す事は可能だが、どう見ても身に着けて居るものはお世辞にも強い装備ではない。

という事はリリアが努力して手に入れた力なのだろう。

強くなるという事はそれなりの戦いを経験しないと強くはなれない。

それは魔法に強いアンデットリッチを魔法の一撃で屠った事からも容易に理解できる。

 

「そうか。これは魔力をフル回復させるアイテムだ。それと、本当に色々とすまんな………」

 

こんな無茶をして人々が戦っていたのを考えると後悔の念しか浮かばない。

しかし今は違う、ここには自分が居る。

全ての人は救えなくても、手の届く範囲の人は助けてみせよう。

リリアの肩をポンっと優しく叩き背にして立ち上がり、モンスターの一群へと振り返る。

左腰に下げている剣の柄を握り、コンソールにチラリと視線を向ける。

広場に降り立つまでの間に攻撃ステータスをいくらか調整して通常攻撃の場合、雑魚以外は一撃で倒さないように設定を切り替えた。

そして久しぶりに『クリエイトワールド』に対して本気を出す姿勢を取る。

管理者からプレイヤーとして遊んでいた頃のように。

 

「さて、こっからはおっさんの本気。無双の時間ですな。お前ら無事に帰れると思うなよ。」

 

そう言って左腰に装備している鞘から只のロングソードを引き抜き、抜いた返しで右下に向けてそのままロングソードを振り下ろす。

空気が切り裂かれ、数瞬遅れて風切り音が鳴る。

マップ兵器とも揶揄される極悪魔法や色々な職業が持つ固有スキルの使用も考えたが、モンスターを纏めて倒してしまうと意思を持ったモンスターの見分けがつかないため必要な情報を得られない可能性もあるからだ。

そのリスクを軽減するため肉弾戦をメインにして戦う事を決めたのだ。

 

視界には前方で2mはあろうバトルアックスを装備している、牛の顔と人間の身体を持ち合わせた二足歩行のモンスター。タウロスに向かって駆けだした。

タウロスは、頭から流血しながらも必死に木の剣を握り構えている若い男に向かって、今にもバトルアックスを振り下ろそうとしていた。

 

間に合うか?いや、間に合わせる!

 

走りながら左手にロングソードを持ち替え、補助魔法を撃つため右手をタウロスに向かって伸ばす。

 

「シャドウロック!」

 

相手の影を利用して拘束する魔法。

これをタウロスに放った。

タウロスの影が一瞬にして主である本体に絡み付いて身体を拘束する。

間一髪、振り下ろされたバトルアックスは男に当たる前にその動きを封じられ硬直する。

そのまま右手にロングソードを持ち替えタウロスの裏に滑り込むように回り込み、右腰目掛けてロングソードの刀身を走らせる。

右腰から入った刃はそのまま左肩にかけて下から上へと振り抜くように切り裂いた。

 

「ブモーッ!!」

 

どんな感情を込めた叫びか理解はできないが、タウロスの背中からは赤い鮮血が撒き散らされる。

振り抜いたロングソードの柄をそのまま放し、空中で左手にスイッチする。

右半身から左半身に重心が移動するのを感じ取り、そのまま叩きつけるように左手に握ったロングソードでタウロスの頭頂部目掛けて振り下ろした。

刃先がタウロスの頭頂部に当たるとそのまま力を込め股下まで一気に振り抜く。

骨が刀身に当たる感触が伝わり、肉を斬る感覚がロングソードから手に伝わってくる。

 

タウロスは身体の正中線から分断され、左右二つに開いてゆっくり裂ける。

その裂けた隙間からチラリと視線を男に向ける。

怪我を負っているが男の無事を確認できた。

確認したと同時にタウロスは完全に肉体を半分に分断され地面に倒れる。

そのまま手近にいた子供の姿をした双子モンスター、まるでミロのヴィーナスの石像のような肌の色をしたリトルジェミニに向かって駆ける。

見た目は子供の姿で愛くるしいが、可愛らしい外見に騙され寄ってきた餌である人間をスタン属性の範囲攻撃放ち、麻痺属性の攻撃で動けなくした後に、相手を生きたまま捕食するという設定のモンスターだった。

 

まるで魚のアンコウと昆虫の蜂を足したような攻撃方法、ゲームのままなら問題ない設定だが現実となると相当エグイ攻撃となる。

そのため他の前衛達の事を考えると先に処理するのが妥当と判断してヘイトを奪いにかかる。

 

リトルジェミニへと向かいながら忍者スキル、分身の術を発動させた。いくら無効化されるとわかっていても捕食を考えると生理的に嫌悪感を抱くからだ。その為自分の分身を作り出し、食わせる事にした。

 

「ちょっとお前、アレに食われてこい。」

 

走りながら作られたもう一体の分身体である自分は、音声認識システムによりコクリと頷き、リトルジェミニに向かって正面から立ち向かう囮となった。

本体である自身は分身体の後ろに回り込む。

リトルジェミニの前で分身体が剣を構え立ち止まったと同時、ハイジャンプして後ろに回り込んだ。

 

「キャキャ!」

 

双子は両手を突き出しスタン属性の範囲攻撃を分身体に繰り出した。

地面に黒い領域が広がり、その中から黒光りするサソリの尻尾のような形をしたものが現れ、背高く伸びる。勿論の事、分身体は剣を構えたまま動かない。

動けよと思うが命令以外は受け付けないのは変わりないのかと諦めた。

サソリの尻尾のような黒光りしたものは、鋭い針のようなもので分身体の首筋に向かって一気に突き刺そうと襲い掛かる。

しかしリトルジェミニの攻撃は分身体にはあと少し届かなかった。

 

「キェェェェ~!」

 

耳に突き刺さるような甲高い叫び声と同時に黒い領域は消滅した。

本体である自身が相手の後ろに回り込んだと同時に、騎士スキルを使って物理攻撃属性で斬撃性能を上げたスラッシュをリトルジェミニに叩きこんだ。

ロングソードを振り抜かれた双子の二体で一体扱いのモンスターは、腰から上下二つに分断され光の粒となって消えた。

 

さすがに無効化が無い能力が劣る分身でも食われるのはやっぱり可哀想だしな。

 

「敵からヘイトを取ってない奴!下がれる奴は下がってろ!俺がやる!」

 

そのまま先頭の邪魔になるのを防ぐ為に、広場全体に轟くように叫んだ。

一瞬声が聞こえたであろう人達からどよめきの空気が流れる。

それはそうだ。街の戦える人間が総出で当たっているモンスター達に対して、どこの誰かもわからない人間が一人で戦うなど、ただのキチガイに思われても仕方がない発言だった。

しかし徐々にヘイトを取っていないであろう人達が下がりだす。

先程極大魔法を放った時、殲滅したのを見ていたであろう前衛職の一部達だ。

 

「みんな!彼に任せろ!動ける人間は動けない人間を支えて前線から下がれ!」

 

ありがたかった。正直な感想だ。

これが下がってくれない場合は色々と他の手間がかかる方法を用意しないといけなかったのだ。

何でもできるといっても、一人では限界がある。

攻められるのは問題が無くとも、守りきるのには手数が少ない。

それに全滅させるだけなら最初からステータスはMAXで対処していた。

下がり出した前衛達と入れ替わるように、そのままモンスター達が固まっている場所まで走り、モンスター群の前で地面にロングソードを突き刺す。柄を持ったまま騎士スキルを発動させる。

 

「パワーインパクト!」

 

対象に直接的ダメージを与えるものではなく、対象範囲と一定の距離をもたせるためのスキルだ。

地面が白く光り出す。白く光った領域が風を巻き上げながらロングソードから前方に向かって半円系に徐々に拡大する。

修練度によって拡大する範囲に差違があるが、スキルの修練度自体はMAX値まで振り分けられているGMキャラにとっては限界は射程8m程だ。

限界まで伸びた白い領域は、領域内にいる肉体という質量を持ったモンスター群に対して風の衝撃波となって襲い掛かり、モンスター達は次々に弾き飛ばされる。

あるモンスターは壁に激突し、あるモンスターは他のモンスターにぶつかりそのまま後方に纏めて吹き飛ばされた。

領域内に居た肉体を持たない精霊(エレメント)系モンスターのみその場にたゆたっていた。

 

「おい!ちょっとエレメント系を相手してろ!」

 

ロングソードを地面から無造作に引き抜きながら、剣を構えたまま動かなくなっていた分身体に命令を出し、動き出したのを確認した。

命令には忠実な奴だと思う。

意識をすぐに切り替え、パワーインパクトより後ろ側に居たヘイトを受けている後衛達が対峙しているモンスターへと足を向ける。

 

「疾風迅雷!」

 

武闘家スキルを発動する。対象相手との距離を瞬時にして詰めるスキルだ。

全身に雷を身に纏い、後方に居た回復職であろう修道服に身を包んだ少女が目に入る。

それに襲い掛かろうというタウロスとの間に一気に割り込んだ。

 

「そんな攻撃、目の前でやらせるわけねぇだろ。」

 

振り下ろしたタウロスの攻撃をロングソードを横にして構え、刀身で受ける。

タウロスのバトルアックスとロングソードがぶつかり、赤い火花を散らせ金属音が響く。

上から力任せに叩きつけられたバトルアックスにより、がくんと膝が曲がり衝撃が走る。衝撃を受けた事から本来のプレイヤーならば防御という形でダメージがあったのだろう。

しかし、今の自身には関係が無い。

そのまま膝をバネにして反動を利用して弾き返した。

弾かれてバランスを崩したタウロスに向かって右手に持った剣で心臓めがけて突き刺す。

 

「ふんっ!そのまま死ね!」

 

苦悶の声を上げたタウロスから剣を引き抜き、そのまま踵を返し左足を軸に据え身体を回転させる。

回転した際に発生した遠心力を利用し、左首から右首に向かって刃先を一気に滑らせる。

まるでスイカを真横から日本刀で斬る居合い切りのように、目を白黒させたままタウロスは首と胴体が引き離され、その命の終わりを迎えた。

 

「あの………ありがとうございます。」

 

背中に居たリリアより少し幼いであろう修道服の少女はお礼を述べてきた。

 

「ああ。お礼なんかいいさ。そんな事よりいけるか?」

 

少女に怪我が無いかと心配で振り返り問いかける。

 

「私は大丈夫………です。でもクロスが………私を庇って………でも、私の回復魔法じゃ治せなくて………だから、せめて最後まで傍に………」

 

視線を動かすと、目からポロポロと涙を流している少女の横には、少女と同世代であろうボロボロになったアーチャー装備の少年がうつ伏せに横たわっていた。

タウロスにやられたであろうその怪我は、致命傷と呼ぶには十分すぎる痛々しいものだった。

肌が見えている部分はいたる所に打撲のような痣があり、見えて居ない場所を含めると相当なものだろう。

右肩から先が身体から離ており、左足は本来あるべき方向とは逆の方向へと向いていた。

呼吸も既に弱々しく意識が混濁しているようだ。

 

「そっか。君の大切な人かい?」

 

自分には少女の気持ちがわからないからこそ、少女の心を傷付けないように優しく声を掛ける。

 

「………はい。家族を失ってから今までずっと一人だった私を支えてくれた人です。」

「っ!!」

 

少女は間をおきながらもしっかりと答えた。まだ高校生に上がらないであろう外見でだ。

そして、ここでも自分の犯した罪を突き付けられる。少女の何気ない一言。

自分を責めているわけではないのはわかっている。

わかっているからこそ何とも言えない気持ちになるのだ。

既にここがゲームか現実かなどは考えていない。

日本ならばまだ学校に通い、勉強や部活や遊びに全力で青春を謳歌しているであろう世代の少年少女だ。

そんな子達までもが戦場で戦っている。

 

「少しいいかい?」

 

そう言って少女を少し横に移動させ、倒れ込んだ少年の横にしゃがみ片膝を付く。

 

「凄いな。俺は死なないとわかっているから戦える………。命を懸けているようで懸けていない。

半分は自分の問題を片付けるような物が理由だ。30半ばのおっさんが笑えるだろ?

それで他人の命を巻き込んだんだ。

君は死んでもこの子を守ろうとしたんだよな?

前衛職でもない、盾職でもない。それでも必死に。俺なんかとは違って立派だ。

そんな立派な人間が死んでいいはずがない。それに子供は未来を創るものだ。大人はそれを見守るものだ。だから……君をまだ死なせない。」

 

そう言ってスッと少年に右手を差し伸べる。

 

「フェアリーサークル。」

 

少年の全身を薄い緑色の光りの空間が包み込む。光りに包まれた少年の身体からは流れ出ていた血は止まり、左足は元の方向へと戻され、みるみると全身の痣傷は癒されていく。

最後に身体から離れていた腕は消えあるべき場所へと戻る。

 

「ん………、んん~。ミリー!?大丈夫!?怪我はない!?」

 

少年は混濁した意識をハッキリさせたのかすぐに身体を起こそうとした。

 

「クロス!」

 

ミリーという少女は身体を起こそうとした少年に抱き着いた。それを見て少女に告げる。

 

「もう大丈夫。ただ、肉体の怪我は治せても精神的なものがあるかもしれない。彼を連れて安全な場所まで下がってるといい。」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

少女は泣きながら何度も何度も感謝の言葉を述べて少年を連れて下がっていった。

それを見て思う。感謝されるような事じゃないのだと。

 

同じような状況にある他の後衛を探すため、辺りを見渡す。

 

「みなさ~ん。想定外の事が起きたようですので今回はここまでです。引き上げますわよ。」

 

色気の含まれた場違いな女の声が戦場に響き渡った。

その声が聞こえた方向に顔を動かす。

地上からではない。その声は上空からだ。

見上げると空には女型モンスターが他のモンスター達に指示を出していた。

指示を受けたモンスター達は自分達が来た方角へこちらを威嚇しながら帰っていく。

 

「あれは………サキュバス?しかしカラーが………なんで?」

 

目に映っていたのは通常モンスターのサキュバスではなく、プレイヤーが最初に種族として選び、カスタマイズでしか作れないサキュバスだった。

 

このゲーム、本来プレイを始める段階で

種族、職業を選び、その上でアバターのカラーを決める。

人間を選べば次に職業として、戦士、魔法使い、武闘家、クリスチャンなどを選び、その後に上級職である精霊魔導士、召喚士、僧侶、騎士、暗黒騎士、忍者などを選択できるようになっていた。

もしここで種族としてアンデットやスライム、ヴァンパイア、ドラゴン、妖精、エルフ、ドワーフなどを選べば、その種族としてアバターを作成し、上級モンスターとしてレベルアップする仕組みだった。

 

そこでリリスの言葉を思い出す。

 

「今では扱える人がプレイヤーと呼ばれる人ですらもう残っていません。」

「それに私の父や母、人間の高レベルプレイヤーは既にいません。当たり前ですよね。人間には寿命があるんですから。」

 

もしかして………

 

引き上げるモンスター達を眺めながら考え込んだ。

 



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4

二度目の魔王軍の襲撃は先程終わった。

広場には負傷者達がまだいくらか残されていたが、負傷者達には既に回復魔法を施せるであろう職業やアイテムを渡している人達が見えたので、リリアを探す事を優先する。

広場の中心へと向かって歩くと、別れた場所から少し離れた場所でリリアは仰向けになって倒れていた。いや、見た感じ安心したように杖を隣に置いて大の字に横になっていた。リリアに向かって近づく。

 

「はしたないな。公衆の面前で女の子が股を開いて横になるなんて。」

 

声をかけられたリリアはビクっと身体を驚かせたような反応を示した。

 

「ははは。おつかれさん。バテたか?」

「う……うるさいわね!あんたには関係ないでしょ。」

 

顔を赤くしたリリアがつっけんどんな言い方をする。

 

「関係ないことないぞ。どんな出会い方をしたにしろ、出会った以上子供の心配をするのは当たり前だ。」

 

そう言いながらリリアの隣に腰を下ろす。

 

「なっ!子供扱いはやめてくれる?こう見えてもこのリリア・クリスマン。もう17歳よ!」

 

しかし、その言葉を聞いたリリアは入れ違いにバッと勢いよく立ち上がって目の前に移動する。

右手を外に向け左手を胸元に添えて胸を張って堂々と答える。

ドヤ!といわんばかりのリリアの姿。

小柄で小さな身長の彼女には少しおかしくてプッと小さな笑いが出てしまう。

 

「ほら。まだ17歳じゃないか。それに大人と言っても……小さいだろ。色々。」

 

リリアはドヤ状態で固まったままぷるぷると震え出す。

そしてこめかみに青筋を立てながら目元をぴくぴくさせ顔を近付けてきた。

 

「まだ?小さい?色々?何が?」

 

リリアは可愛い引き攣った笑顔とは裏腹に、威圧を効かせているような低い声を腹の底から絞り出した。

それが更に可愛らしく、少しからかってみたい衝動に駆られる。

 

「ほら、まだ体の線も細いし身長も小さい。それに胸が小――」

 

悪びれもせずからかうように答えたが、全部を発言する前に景色が暗転する。

 

「死ねっ!」

 

それは一瞬の出来事だった。

リリアは全てを言い終える前に握り込んでいただろう右手を顔面に叩き込んできた。

いや、叩き込んだとは言えない、腰を入れたナイスなパンチは小さな身体から打ち出されたというにはあまりにも鈍く重い音を伴いながら顔面にめり込んでいたとさえ思う。

 

「おおう。てめぇ可愛い顔していい右持ってんじゃねぇか。おじさんちょっとびっくりしただろうが。」

「うるさい!てかなんでさっきから自分は子供じゃありませんみたいな言い方なのよ。見た目殆ど私と変わらないじゃない。

それにその口調!家に居た時と全然違うじゃない。」

「ん?そうか。リリアには俺が何歳に見えるんだ?」

 

軽口を返しながら、痛くないのに痛いような錯覚がする鼻をさすりながらリリアに聞く。

別に自分の年齢なんて何歳でもいいからだ。

 

「何歳って。勿論私と同じくらいに見えるわ。」

「んじゃその年齢でいいや。リリアが何歳か決めてくれたら――いや!言います言います!きちんと説明します!」

 

リリアは適当な返しをされ、もう一度殴ってやろうか。という感じで拳を握り込み、目を光らせながら背中から黒いオーラを放っていた。

効果音があるとすればゴゴゴゴゴという感じであろう。

それはまるで力の覚醒を抑え込んでいるような、獣が狩りを行う時に出す鋭い殺意だった。

流石に二発目は痛くないといっても勘弁してほしかったのでざっくり説明でもしようと考える。

 

「ん~、どこから説明したものか。

とりあえず俺、GMにとって肉体は入れ物なんだ。

あ~、疑問は持たなくていいぞ。言葉の意味そのままに取ってくれたらいい。

で、俺がこちらに来た時はその入れ物を選ぶ選ばないじゃなくこの外見に決められていた。しかし、中身である実際の俺、ようするに前に居た世界では30歳半ばのいい歳したおじさん。これが正解だな。

口調に関しては今となっては綺麗にする必要が無くなった。かな。」

 

あまり難しく説明してもわからないだろうと思い、簡単にして説明を終える。

説明を終えるとリリアはキョトンとした感じでこちらを見ていた。

さっきまでの殺そうとしていたような殺意は初めからなかったように。

 

流石に外見と年齢のギャップに距離を取るだろうと考える。

普通の常識ならそうだ。しかしリリアの発した言葉は予想外だった。

 

「ん~、要するにグーラムの中にキーロが入ってる感じ?それにそっちの口調の方が話やすくていいわよ。」

「そうか?後、グーラムとかが何かよくわからないが、リリアは何で俺と普通に話しているんだ?年齢と外見の差に驚いたり気持ち悪いとか思わないのか?」

「え?そりゃ驚くわよ。でも流石に気持ち悪いとかは思わないわ。何でよ?」

「いや、だって普通なら親と子として存在してもおかしくない年齢差なんだぞ?」

 

そうだ。30半ばならば17や18で娘を持てば実際にありえる話だった。それなのにリリアはそれがどうかしたのと言わんばかりに平然としている。

逆に自分が気にしすぎなのかさえ思えた。

 

「確かに親子としても存在するわ。でも、普通にそれくらいの年の差ならこの街じゃ結婚してる人も多いわよ。」

 

そう言って一呼吸置いた後、リリアは周りから見てもわかるくらいボンっと一気に顔を紅潮させた。

 

「ってあんたは私に何を言わせるのよ!」

 

リリアは再度握り込んだ右拳を有無も言わさず顔面にめりこませてきた。

 

「いって~……どっちにしても殴るんじゃないか。」

「あ、ごめん……」

 

実際は痛くないのに条件反射的に鼻を手で抑え言葉が漏れた。リリアはやりすぎたという感じでシュンと凹んでいる。

 

「ああ。すまんすまん。痛いとは言ってもリリアにならいくら殴られても大丈夫さ。軽い冗談だ。」

 

その言葉でいくらか空気が和む感じがし、リリアが口を開く。

 

「それならさ、中身はおじさんでも外見が私と同じくらいならいっそ私と同じ年にしたらいいじゃない。」

「え゛……?」

 

あっけらかんと、いかにもそれが当たり前のようにリリアは言い切った。

予想の斜め上な発言に聞き間違いかと思い変な声をあげてしまう。

 

「だってさっき、私が何歳か決めてくれたらって言ったでしょ。」

「確かに言ったけど……」

「それにGMが倒れて立ち上がった時に名前でも考えようって言ってたの覚えてる?

どうせなら名前も今ここで私が決めていいわよね。」

 

瞳をキラキラさせているリリアの顔を見ると諦める事にした。

こうなった女の子は人生の経験上、

例外なく、絶対に、完全に、完璧に、自分のやりたいことをやりたいようにするからだ。

 

ああ……最悪だ……やっぱり声をかける人間を間違えた……

 

そんな後悔をよそに、リリアはGMってゲームマスターって言うのよね?どこで言葉を区切るの?どんなとこに居たの?などその他にも色々と機関銃のように質問を浴びせかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田こと俺はとても疲れていた。肉体的疲れかと言うとそうではない。

こちらの世界に来てからは肉体に疲労というものは感じていない。

少ししか経過していないが、おそらくこれはGMの設定がゲーム上としてそのまま反映されているからだろう。

ではなぜ疲れているのかと言うと、精神的に疲れた。という表現が適切だろう。

あれから質問責めを受け、流そうとすると機嫌が悪くなる17歳の少女、リリアを相手にしていたからだ。

その上、名前を決めるという事でゲームマスターの単語を区切ってそのままマスターという名前にされそうになったり、断ると昔飼っていたというペットのキータという名前を付けられそうになったりと、そういう意味で精神的に疲れたという事だ。

最終的に、前の世界では名前はなんだったの?と聞かれたので、山田守という本名を教えていた。

そしてなんやかんやの経過を得て、なんとか普通に本名のマモルという名前に落ち着いた。

 

それから名前(マモル)と年齢(17歳)を決めたリリアは満足気な表情を浮かべ帰ろうとしたため、日もほぼ沈みかけているので家に送ろうと一緒に立ち上がる。

 

しかしその前にやるべき事があった。リリアを待たせると両手の装備をコンソールで外して素手となる。

そのままコンソールで次の操作を行う。右手の指は軽快に動いて生成コードを入力する。

生成用水晶体が形状を変化させ『ただの布切れ』が出来上がった。

何の変哲もない正真正銘のただの布切れである。

それと共にアイテムバッグから『インフィニット・ウォーター』を取り出す。

取り出したインフィニット・ウォーターは魔法の瓶に入っており、注いでも注いでも中身が無くならない不思議な水だ。

それを布切れに注ぎ染み込ませる。

リリアはその布切れを何に使うのか不思議そうに見つめていた。

インフィニット・ウォーターをアイテムバッグの中にしまい、水を染み込ませた布を右手に持つ。

そこで多少意地悪な顔を浮かべてリリアの顔を覗き込んだ。

 

「ふふん。覚悟しろよガキんちょ~。」

「うぇ!えぇ!」

 

この行動に対して嫌な予感を感じ取ったのだろう。

顔を真っ赤にしながら言葉にならない言葉を発して逃げようとしたリリアだったが、その行動を無視して空いた左手を使い彼女の右手を掴む。

そのままこちらに多少強引に引き寄せ、煤で汚れていた顔を右手の布で拭い去る。

すると一気に大人しくなったリリア。

まぁその分手がかからなくて済むのは確かだ。

そのまま確認のためにリリアの右頬に左手を添えようとすると、帽子を深くかぶって恥ずかしそうに拒否感を示した。

 

まぁ見た感じ一通り汚れは取れているだろうしな。

 

「よし。これでいいな。」

 

一通りリリアの顔を綺麗にすると布切れをアイテムバッグにしまう。

気付くとリリアは固まっていた。

 

「ん?どうした?痛かったか?痛かったらすまんな。

こっちにきて加減ができなくなってるのかもしれん。

ただ、可愛い顔が汚れているとかわいそうだろ?」

 

まるで親が娘の心配をするような扱いだったが、リリアの耳には入ってなさそうだった。

しばらく固まったままのリリアを何とか正気に戻し、落ち着いたのを確認した後に一緒に並んで帰路につく。

 

「マモルはこれからどうするの?」

 

道中心配してくれての一言だろう。しかし特に気にしていなかった。

帰れなくても死ぬ事はない。

最初は混乱したが、街中の宿でも使えばいいだろうし、最悪街の外でコンソールに入っているデータで家でも作れば問題ないと思っている。

 

「あ~、どうせ死ぬ事はないし適当にするさ。それにこうなった原因も探してみたいしな。とりあえずは街の復興が先だろうが。」

「そう……」

 

暗くなりつつあった街を、歩きながら街中を眺めていた。

既に負傷者達はどこかに連れていかれたのだろう。外には人が減りつつある。

気になったのは街にある広場を区切る外壁や、家の屋根等、目に入るのは何故こうなったのか不明な程ボロくなっていた事だ。

ただ、意図的なものではなく、戦闘の際に受けた破壊痕でもないものだった。いうなれば風化が進んだという具合だ。

 

「なぁリリア。何でこんなに外壁とかボロいんだ?本来このような設定はしてなかったはずなんだが。」

 

一応マッピングデータとして、あえてボロくしている地域等はあったが、ここは始まりの街で新規プレイヤーを歓迎するエリアでもあった。

そのため、運営が用意していたトライアルの街自体は綺麗なテクスチャを使用していた。

これをプレイヤーがコンソールで街を作ろうとしたならば理解できるが、この街自体にはプレイヤーは手入れをできなくしていたのだ。

それにプレイヤーの作成した街ならば破壊が可能だったので違和感は無いだろう。

 

「言ってる意味がよくわからないんだけど、物には寿命があるじゃない。そんなの当たり前よ。直したくても私達じゃ直せないし……」

 

どこか寂しそうな雰囲気を出したリリアの横顔が気になった。

確かに物に寿命があるというのはわかる。しかしこの世界はデータだった。それに変な現象が存在していた。

 

「そうか。例えばこれ。ファイヤーボール!」

 

おもむろに視界に入った無人の家に向かって攻撃魔法を放った。

戦闘中にも気になっていた事象だ。モンスターを壁に直撃させた際にも外壁が壊れるような事はなかった。

それに家に直撃した魔法は豪快な音を響かせるが、煙が拡散すると無人の家は壊れるどころか、魔法を放つ前と同じ状態だった。

 

「ほら。なんで魔法で壊れないのに、物には寿命があるんだ?」

「そんなの知らないわ。こんな世界を作ったいじわるな神様にでも聞いたら?」

 

その言葉がグサリと心に刺さる。リリアに悪気があったわけではないのだろう。

別にこちらを責めているような雰囲気でもない。

しかし、この世界の根本を作った本人にとっては、リリアの何気ない一言がとても重い一言だった。

 

「そうだな。神様ならきっとこう答えるさ。今まで気付かなくてすまないってさ。」

 

歩く二人の間に沈黙が続く。しばらくして空気を換えるべくリリアに話しかけた。

 

「リリア。もう一つ質問なんだが、知ってたらでいいんだけど、魔王軍ってどこから来ているのか知っているか?

何で攻めてきているとかじゃなくて、どこから来るのかって事。」

「一応お爺ちゃんに聞いた話だから詳しくは知らないけどいいの?」

「ああ。問題ない。」

 

リリアは思い出すような仕草をして、クリスマンから聞いたであろう記憶の糸を遡っているようだった。

やがて考えが纏まったのか口を開く。

 

「隣街にシルクって街があるの。シルクが魔王軍に占領された後、そこに大きな黒い穴を作ったみたい。そこから魔王軍は出入りしてるって聞いたわ。」

 

シルクという街はトライアルの隣にある絹の名産地である。

高レベル帯になってもこの絹を用いて装備を生成したりする物も多かった為、どちらの街も活気があった。

それに初心者エリアな為にモンスターも弱く、トライアルとシルクの間にはシルクロードと呼ばれる道もあり、自動ポップするモンスターに感知されにくいルートもある。

しかし歩いていくとどれだけ時間がかかるかわからない。

一応常に走り続けるモーションで移動するのが、ゲームだった頃のオールクリエイトのデフォルトな移動方法な為、走って移動すると約20分程で到着できる距離という事は覚えている。

しかし現在はリリアと歩いているため、走るという事が今の世界ではデフォルトではない事は確かだった。

 

「そっか。ならその穴を塞いだら魔王軍はここにはすぐ来れなくなるのか?」

「それはわからないわ。」

「なら、穴を塞がずに穴に向かって片っ端から魔法をぶっ放せば繋がった先はどうなるんだろうな?」

「ねぇマモル。もしかしてそれ実行しようとしてない?」

 

察しがいいリリアは心配そうな表情をして核心を突いてきた。

 

「え?なにか変か?とりあえず試してみようと思ってるのは間違いないぞ。うまくいけばこの街を守れるだろ?それに失敗してもモンスターは減るだろ?」

「何考えてんのよ!そんな事したらあんたが死ぬかもしれないじゃない!」

 

やはりという感じだろう。リリアは真剣な顔でそんな事はしないでくれという感じに詰め寄ってきた。

 

「あ~、大丈夫大丈夫。俺死なないから。それに気になる事があるし。」

 

リリアの心配もわかるが死なないとわかってる上での行動だ。何の不安もない。

逆に何でこのような状況になったのかを知る可能性の一つでもある。

それに元がプログラムならばとりあえず現地での現象を確認してテストしてみる価値はあった。

それにリリアの祖父母であるクリスマンとリリーナを参照した際にデータアクセスはできていた。

コンソールからデータベースにアクセスできていたならば、プログラムの上書きも可能かもしれない。

サーバーを起動中にプログラムの上書き反映など上手くいく保障はないが、一応GM権限を使用すればコンソール経由でプログラムの上書き等も可能だったからだ。

それに気になる事というのは先程の指示を出していたサキュバスだ。

もし魔王軍がそこから来ているなら近くに居る可能性もあった。

勝手に連絡や情報が入ってくるシステムが喪失された今、自分で調べていくしかない状況となったのだ。

そのため穴を塞ぐどうこうより一つ一つ自分の目で確認して要因を探し出し、原因を潰していく方法という地味な作業をとるしかないのだ。

 

そんなやりとりをしているうちに気が付くとリリアの家に到着した。

 

「んじゃ、とりあえず俺はここまでだな。じゃあな。」

 

あとはリリアだけでも大丈夫だろう。そう思い別れようと踵を返し歩き出す。

歩き出すと何かに引っかかる感触がした。

その何かの感触がする方に視線をやると、リリアが赤いマントの端を左手の指でチョンとつまみながら帽子で顔を隠していた。

それは恥じらう純情乙女がするようなとても可愛い行為であって、決して男の顔面にパンチを放つような野獣少女がするような行為ではない。

だからこそそれを見ながら思った。

 

どうした?何か言いたい事でもあるのか?そう思いながら問いかける。

 

「もしかして寂しいとか?ってそんなわけないか。ははは。どうしたんだ?」

 

リリアは大きく息を吸い込むような仕草を見せぎゅっとマントを掴みなおす。

 

「あ……あんたは言ったわよね。私を守るって……」

 

二人の間に肌を優しく撫でる気持ちの良い一陣の風が吹き抜ける。

確かに言った。そして一応魔王軍は撃退して守った。言うなれば街も一緒に守った。

それがどうかしたのかと思い考えなおしていたら、リリアは声を大にして言う。

 

「何で帰るのよ!このバカ!あんたは口だけの男なの?」

 

耳がキーンとなる程の大声で放たれたその言葉に、周りの家の人が窓や家戸を開けて野次馬よろしく覗いていた。

リリアからすると死地に向かうようにとれたのだろうか。

それとも今生の別れになると思ったのだろうか。

それはリリアではない自身にはわからない。

 

するとリリアの家の扉も開かれ、家の中からはリリスも飛び出してきた。

どうやらリリスも無事だったようだ。

 

「リリア!」

「お母さん。」

「リリスも無事だったんだな。良かったなリリア。」

 

ごまかすようにその場を濁す。しかし、左手はしっかりマントを握ったままだった。

リリスが無事だった事で、これでリリアも安心できるだろうと考え左手を放してもらおうかと思案するが、こんな状態でも放さなかったリリアを見ると仕方ないなと割り切る。

 

「リリア。わかったよ。とりあえず逃げないからマントは放そうか。」

「本当に?」

 

不安そうにこちらを見ているリリアに対して、子供に優しく言い聞かせるように伝える。

 

「ああ。約束する。」

 

リリアはそれを聞いてゆっくりとマントを握っていた手を放した。

 

「ありがとう。さて、今からどうしたものか。」

 

リリアに逃げないからとは言ったものの、女の子と女性、二人の家にズカズカ上がり込むのは男としては多少抵抗はある。

これが彼女ならば遠慮はしないだろうが。

それを察したのかどうかわからないがリリアは提案してきた。

 

「とりあえずご飯でも食べながら考えればいいじゃない。お母さんの料理は美味しいのよ。」

 

嬉しそうにくったくのない笑顔を浮かべるリリアを見て何故か悪くはないな笑みがこぼれた。

 

「それじゃあ少し甘えようか。」

 

 



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5

「おはよう。」

「あら。おはようございますマモルさん。リリアはまだ寝ていますが、今朝食を作っているので少し待ってくださいね。」

「何か寝る場所まで用意してもらった上に申し訳ないな。」

 

リリスに感謝の言葉を述べ、そのままイスに着席する。

先日の装備は全て外している。さすがに素っ裸に近い何も装備していない状況ではまずいため、代わりにヤンキー漫画とコラボしたPvPイベント

『拳闘祭』で配布した装備、黒のデニムパンツと肌に密着する黒のロングTシャツを着ている。

 

まだ少し眠気が残るが、こちらの世界にきてわかった事がいくつかあった。

ゲームの世界が現実になったという事についてだが、眠気もその一つであり、先日リリスが作った何とかのスープという物にも味があり、満腹感もあった。

本来データの集合体である食事に対して、この味覚を与えるという現象は今の技術では説明がつかない。

神経に直接繋ぎ、電子部品を掛け合わせて感触を伝える医療や、脳に電気信号を流して技術をコピーする技術は2010年代半ばにある程度完成していたが、

ゲーム単体で完結するものに対してこのようなものが介在するのはありえなかった。

その為これらの状態を考慮するとやはり現実という認識なのだろう。

 

しかし、普段から適当な自分にとって、二日目だというのに今ではあまり気にしていない。

何故なら、海外にも住んでいた経験があると、仕事の事は気になるが、住む場所が変わったというだけである。

 

最初こそ混乱して気が動転したが、覚悟を決めモンスターと戦ってみてわかったのは、GM設定が反映されている自分にとってはむしろ元居た世界より何でもありになっていた。

そう考えると自然と気が抜ける。

 

「いえいえ。気になさらなくて結構ですよ。それにあんなに元気なリリアを見たのは久しぶりですし、私も嬉しくなりました。」

 

リリアはそう言って背中を向けながら料理を続ける。

先日は結局リリアの半ば強引な行動によってリリスの夕食をご馳走になり、そのまま行く当てもないという事で旦那さんが使用していたという部屋に泊まらせてもらっていた。

 

そこで何かリリスにお礼ができないかと考える。

何かをしてもらったらお礼を返すのが人としては当たり前の行動だろう。

 

「なぁリリス。何かお礼をさせてくれないか?

このままじゃ何というか、してもらってばかりじゃ悪いし。」

 

手持ち無沙汰な為、適当にコンソールを弄りながらリリスに声をかける。

 

「そうですね。それならそこの窓の上にある穴を塞がないといけないので何か街で適当に合いそうな物を道具屋で買ってきてくれませんか?」

 

言われて部屋にあった窓の方向へ歩き出す。

窓付近まで近づきよく見ると、確かに小さな穴が開いていた。

大人の指でいうと3本程入りそうな小さな穴である。

それ以外にもいたるところに小さなひび割れがあったり布のような物で目張りしている場所があったりする。

それを見て、開いていたコンソールをもう一度操作して目的の物を探し出した。

 

「リリス。これ、俺が直していいか?というか問題なければでいいんだが、この建物自体を丸ごと新品のように修復していいか?」

 

本来街のマップデータがあり、大きなオブジェクトとして存在する建造物なら、GM権限を使用して作り変える事が理論上可能だった。

ハロウィンやクリスマスなどの時期になると、イベント用にメンテナンスを挟み、街を丸ごと装飾する事もある。

実際の所はバックアップデータを別の端末に入れて、そこで街の建物のグラフィックデータを配置するだけというものだ。

その出来上がった街に対して、メンテナンス時に期間中だけアクセス先を変更するというのを行う。

これをバージョンアップや実装などと言って人を集める宣伝にしていた。

なので、元データさえあれば問題がなかった。その為コンソールにてデータベースから元データを引っ張りだして確認していたのだ。

 

しかし、流石に新品と取り換えるという言葉は言わなかった。

新品のようにと言葉を選んだのは、新品にするのは簡単でも物には思い出というものが詰まっているからだ。

ある人にはゴミのようなものでも、別の人によってはとても大切な場合がある。

それを知っているからこそ言葉を遠まわしに発言した。

 

「そんな事できるんですか?」

 

リリスは料理の手を止めこちらに向き直る。

 

「多分だけど、できるな。」

「そうでしたね。GM様でしたもんね。父や母にできなかった事もできるんですよね。

それじゃあお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

気にかかる言い方をしたリリスは納得したように了承した。

 

「なぁリリス。俺の事、いやGMや運営についてどう思っている?」

 

気になっていた。いや、聞かないといけないと思っていた。

自分達のせいでこの世界で亡くなった人達やその家族が、運営やGMに対してどのような感情を持っていたのか。そしてその子供達に自分が何をしてあげられるのかを。

 

「そうですね。正直恨んでます。私は父や母が帰りたいと言って泣いていたのを覚えています。

小さい頃から運営やGMについて色々と聞いていた私は、両親が悲しんでいる姿を見て許せませんでした。」

 

何も言えなかった。むしろそれが自然な考えだろうとさえ思っている。

 

「それに母が亡くなる時に泣きながら私に言いました。

こんな世界にお前達を残して逝く私達を許してくれと。胸が締め付けられる思いでした。

父や母が居たという世界は平和だったと聞いています。

しかし私達には平和というものがどんなものかわかりません。

私も魔王軍との戦闘で友人を失いもしました。私達は常に敵に怯え、必要な物もろくに揃わないこの世界で生きるしかなかった。

父や母が必死に戦っている時に、運営やGMという人たちは平和な世界に居たと思うとやはり許せません。」

「………」

 

しばしの間、お互いの無言が続いた。

 

「あ!いけない!料理が!」

 

火にかけていた料理が沸騰したのか中の水分が勢いよく溢れ出たのが目に入った。

会話に集中していた為に料理の事を忘れていたのだろう。

リリスは沸騰する鍋に水のようなものを入れようとして取っ手に服を引っかけた。

引っ掛かった勢いで鍋は中身を撒き散らしながらリリスの右足に向かって襲い掛かる。

 

「リリス!――」

「熱っ――」

「少し見せてみろ。」

「大丈夫です。」

「大丈夫じゃない!沸騰したものを被ったんだぞ!」

 

急いでリリスの元へ駆け寄る。

リリスを座らせて、腰を下ろし右足の様子を見る。

ふくらはぎ部分が赤く腫れあがりやけどになっているのが見てとれた。

 

「リカバリーナース――」

 

リリスの右足に向かって小さく魔法を唱える。状態異常を回復する魔法だ。

魔法を唱えると小さなナース姿の妖精が1体現れ、うんしょ!うんしょ!と言いながらリリスのやけどしている足を治療する。

 

「これでやけどは大丈夫だ。回復魔法はいるか?」

「大丈夫です。ありがとうございます。」

「そうか。」

 

再度訪れる沈黙。どんな言葉を出せばいいか迷った。迷ったが口に出した。

 

「許してくれとは言えない。今からじゃ遅すぎるかもしれない。それでも今を知った限り、俺にできることはやっていこうと思う。」

 

それを聞いたリリスは何も言わなかった。

 

「とりあえず一度着替えてくるといい。」

 

そう言ってリリスをお姫様抱っこをしようとすると眠そうな女の子の声が聞こえてきた。

 

「ふぁ~あ。おはよ~。お母さんごはんは~?」

 

声がする方へ顔を動かす。

過去にコラボイベント『くまさんのお願い』で配布した事があった寝間着であろう可愛いクマがあしらわれた青いパジャマ姿のリリアがそこにいた。

髪の毛に寝癖が付いた眠そうな顔をしたリリアが伸びをしながら固まったように動かない。するとリリアは身体を震わせ始め黒いオーラを纏う。

 

「あんたは……」

やっぱり、これは嫌な予感が……

 

ギラっという殺意を持った目をしてリリアはこちらに向かって走り出した。

 

「ちょっと待てリリア!誤解だ!これにはワケが――」

「あんたは人の親に何やってんのよ!この変態!」

「って、ええ~!?」

 

説明する暇もなかった。いや、説明する暇があっても聞いてもらう前に同じ結果になっていただろうと予想する。

リリアはこちらに向かって顔面に思いっきり飛び蹴りを打ち込んできた。顔面に蹴りを受けた俺はそのまま勢いよく壁にぶっとばされた。

 

 

 

第6話 シャルル 山田vsリリア

 

 

その後、リリスの協力もありリリアに必死に説明して、なんとか誤解を解いた。

誤解を解いてからもしばらくは不機嫌だったリリアと一緒に、朝食が無くなってしまったので、出来合い料理を買いに家を出る事になった。

自身は『拳闘祭』そのままの装備でリリアは先日の装備に着替えた。

家を出ると外はいい天気だった。

空は晴れ渡り、雲一つ無く、気持ちの良い朝の風が頬を撫でる。

相変わらず街の景色はボロいままだったが、これらも後で希望する人達が居たら直せばいいかと考えていた。

 

そんな街をリリアに連れられ、一緒に並んで歩く。

いくつかの通りを抜けると露店朝市をやっている通りに出た。

 

トライアル名物の別名プレイヤーバザーストリートだった。

今では居なくなったプレイヤー達が、寝る時間や仕事に出勤する際、ログアウトせずに自分の不要な物を値段設定して放置販売する場所となっていたと記憶している。

その為、初心者であっても高レベルプレイヤーの不要になったステータス値の良い装備やアイテムを安く買える場所であった。

逆にインターネットサイトのwikiなどで調べず何でもかんでも購入していると、初心者からガメようとするボッタクリ商品と呼ばれるような物を間違って購入してしまう恐ろしい危険スポットでもあった。

 

 

その名残だろう。朝市という名の通り、露店が並ぶ通路は多くの人で賑わっており、カゴのようなものを手にした婦人が多くいた。

通りには露店を出している男主人の活気の良い声が響き、台車に乗せた商品を一生懸命運ぶ商人なども目に入る。

色々な武具から素材、料理や材料などの露店がひしめき合って立ち並び、まるで小さなお祭り状態だった。

 

「てかさ、お前は杖持つ必要あんの?別に外に出るわけじゃなしに。」

「別にいいじゃない。備えあれば憂いなしよ。」

「何の備えだよ。俺の顔面を杖を突き刺す備えですか?そうですか。」

 

リリアに向かって一歩距離を取り空手のポーズを取る。

 

「よし!いつでもいいぞ!かかってこい!」

「あれはあんたが悪いんだからね。人を誤解させるような事してたんだから。」

「はいはい。俺が悪ぅござんした。今後は注意します。」

「てか、あんたの身に付けている物は一体なんなのよ?それ服なの?見た事ないんだけど?それもプレゼントがどうのこうのとかいうやつ?」

 

リリアの質問に対して構えをやめて、動きやすいアピールで軽くフットワークとアクロバットな動きを見せてみる。

 

「まっ、そんな感じだ。それにこれならほら、身体のラインも綺麗だし動きやすいしな。さすが若い身体だけあって腹筋とかもいい感じだろ?触ってみるか?」

「バ、バカじゃないの!?」

「なっ!バカって結構酷いぞ!俺は動きやすさを重視した結果だ。それに一日鎧だと窮屈すぎるだろうが。」

「もっと普通の服の方がいいんじゃないの?目立つわよそれ。」

「リリアは俺と一緒に居るのは嫌か?」

「嫌……じゃないけど……」

「ならこれでいいさ。」

 

赤面しながら悪口を言ってくるリリアが面白くてもう少し見て居たかったが、確かに言う通りであった。

自分が根本を作ったから理解していると言っても、周りは中世ですか?というような格好ばかりである。

プレイヤーが居たならばもう少しイベント等で配布した装備とかの人間も居ていいのだ。

その中で黒のデニムに黒のピチピチロングTシャツはいかんせん人の注目を浴びていた。

10代ならばオシャレに気を使う。浮くのに赤面しよう。しかし、30代になれば服などデート以外どうでもよくなってくる。

結論。別にリリアが嫌がってないなら問題が無いという事にした。

 

そんな他愛もない会話のやりとりをしているとリリアが途中急に立ち止まった。

まるで自由なお転婆娘なのかとツッコミたくなる。

ただ、一応保護者的気持ちでどうしたのか気になり、リリアが立ち止まった視線の先に目を向ける。

リリアの前にあったのは、綺麗に並べられた豪華な装飾の商品だった。

ゴールドで出来上がったイヤリングに黒い真珠のような物を付けている物。魔力を込められたプラチナネックレスでトップが太陽の形をしている物など、女性職用の能力向上アクセサリー露店のようだ。

 

「あ~、リリアちゃん。おはよう。今日はどうしたんだい?」

「おはようシェーラさん。今日は可愛いのがあるな~って思ってね。」

「マケとくよー。どれか一つどうだい?」

「私のお小遣いじゃ無理よ。シェーラさんも知ってるくせにー。」

 

商店の主であろう、片目を紫色の髪で覆うようなポンパドールスタイルのアップヘアーで、褐色の肌。胸の谷間を強調した、アラジンのような世界観を身に纏った女主人がリリアと相対していた。

そんな女主人がリリアに声をかけ、元気よくリリアが挨拶を返しお喋りを始める。

 

ふ~ん。リリアもやっぱり女の子なんだな。

そんな考えが自然と浮かぶ。

 

「どした~リリア?」

 

デニムのポケットに手を突っ込みながらリリアに声をかける。

 

「へぇ~。リリアちゃん。彼氏でもできたのかい?」

 

こちらを一瞥するとニヤリ口元を歪め、シェーラと呼ばれていた女店主がリリアに向かって笑いかける。

 

「ちょ!ちょっと変な事言わないでよシェーラさん!こんな奴が彼氏なわけないでしょ!」

 

それを聞いたリリアは身振り手振りワタワタしながら全身を使って全力で否定した。

 

「お前、そんなに全力で否定したら俺が泣きたくなるだろうが。」

「リリアちゃんは初々しいねー。」

「う~……」

 

なんて言ったらいいのか混乱しているのだろう。

リリアは俺とシェーラの口撃に、下を向き目をくるくる回しながらう~う~呻っている。

それが少し可愛く想えて軽い笑いが出た。

 

「まっ、いいけどさ。一体何を見てるんだ?」

「ん?あれよ。」

 

そう言って身を乗り出すようにしてリリアはその品を指で示す。

 

ん?あれは……確か俺が始めて一からデザインした指輪だな。

 

リリアが指で示したのは、思い出したくない忘れていた過去を思い出させる。

このゲームを作ったのとは別で、グラフィッカーがインフルエンザで休みまくり、

実装日が迫った事で上司にムチャ振りされ、本来の分野ではない仕事として初めてデザインを任された指輪装備だったのだ。

 

「へ~。懐かしいな。」

「ねぇねぇ!あの指輪可愛いでしょ?」

 

リリアは可愛いと目をキラキラさせていたが、自身はそうはいかなかった。

それを見て感じたのは、

神様、俺が昔の自分に会いに行けるなら、どうぞ若かった自分のケツを蹴り上げさせてくださいと。

それは微妙に丸く無い楕円の形をした指輪に、乗っている青いブルートパーズを意識した宝石。

色に統一感が無く配色バランスも大きく崩れていた。

その為、実装初日にネットで散々ダサいやら、センス無さ過ぎ、これで給料貰えるなんていいですね、などと叩かれていた。

 

「ふ~ん。君これを知ってるの?」

「色々あってね。」

 

シェーラという女主人には適当に相槌を打つことにした。

一々理由を説明する意味もないし、理解してもらっても面倒だったからだ。

 

「なんだ?リリアあれが欲しいのか?ってもガサツなお前には似合わなさそうだけどな。」

 

わざと話題を逸らす為にリリアをからかう。そのまま身の危険を感じサッとガードする。リリアならこのタイミングだと一発程度殴ると思っていたからだ。

しかし何も無い。

軽く冗談のつもりで言ったのに、リリアは予想に反して何もしなかった。

無言のまま背を向け、スタスタと歩き露店から離れて行く。

そんな肩透かしを受け、やってしまったと後悔するが、リリアのその表情は今居る場所からでは窺い知る事はできなかった。

 

「君、乙女心がわかってないね~。」

「ははは。ですね。シェーラさん。その『ウンディーネの欠片』をください。できればギフト用で。」

「なんだ。よくわかってるんじゃないかい。商品のお代、15万エイトだけでいいよ。後はおまけさ。」

「ありがとう。」

 

相場と呼ばれる物よりかなり安い金額を提示され、コンソールを操作して言われた代金を取り出して支払った。

GMである以上この世界のお金など無限に持ち合わせているのだ。

 

シェーラから商品を受け取りアイテムボックスの中へとしまい、そのまま挨拶をしてお店を後にする。

 

ここからは考える。何が最適かと。

こうなると女の子の心というのはお金や商品の問題じゃ無くなるのだ。

 

「ふ~、とりあえずは探しながら考えるか。」

 

自責の念に駆られた独り言は辺りの喧騒に掻き消された。

 

シェーラの店を後にして、料理を買う予定だった店を探しながらリリアも一緒に探す。

それらしい人物を見掛けて声を掛けたりもした。

新手のナンパかと言われたりもしたが、しかしそれは人違いであり、道中リリアを見つける事はできなかった。

なんとか料理を購入してリリスの居る自宅へと戻ったが、自宅にもまだ戻ってなかったようだ。

 

リリアの帰りを待つ間、落ち着かない気持ちを紛らわせる為、リリスに提案していた家の修復をする事にした。

今から始めてもいいかという問いに、わかりましたとリリスが了承したため、一緒に外に出て家から少し離れているように指示する。

 

家を修復する為にコンソールを起動させGUIモードに切り替える。

GUIとはグラフィカルユーザーインターフェイスと言う物で、ドスやコマンドプロンプトと呼ばれる文字でタイプする操作方法とは違い、画面をタッチして直感で操作できるようにした状態の事をさすものである。

モードを切り替えるが、未解決リストがあった部分を思い出してしまい、上手くいくか多少不安だった。

しかし、何もしない訳にはいかない為、まずは必要な外壁データを取り出す。

何も無かった空中へ、リリスの家の外壁と同じ形状の物が出現した。

それを見てXYZ軸のポイント設定を行い、拡大縮小をテストしてみる。

指が操るコンソールの操作に従い、空中に壁は曲がり拡大縮小を繰り返す。

 

「よし、問題無いな。」

 

確認を終えた外壁データを、一度キャンセルして処分する。

気がつくと、辺りには人だかりができていた。

小さな子供が母親に抱かれながら、「ママー、あれ何ー?」という声や、若い青年が「スゲー!」などという声を上げていた。

 

確かに人だかりは仕方ないか。こんな事を出来る人間など今は居ないというのだから。

 

気にせず作業を続ける。このままデータを使う事も可能だが、まずは操作の確認であって、設置という物では無かったからだ。

 

次にコンソールからリリスの家の座標ポイントを設定してドラッグ(掴む行為)ができるかどうかの確認を行う。

ガコっという音と共に、外壁を掴んだ反応がコンソールに返ってきた。次にリリスの家の外壁をドラッグし、スライドさせてみる。

操作する指の動きに従い、外壁は地面から浮きがり、パズルのピースが外れたように上下左右に飛び回る。

そのまま次の対になる操作として、空中でドロップ(掴んだ対象を離す行為)する。

指を離した外壁は空中でピタリと静止した。

 

「この操作も問題なし、と。んじゃ次は」

 

再度外壁をコンソールでタッチして外壁を削除する。

問題なく操作通りに外壁が削除された跡は、家の中が丸見えとなった状態となった。

男なら問題無いだろうが、女2人で住む家である事を考えると注目を集めている今の状態は感心できない為、さっさと次の工程に移る事にする。

削除した外壁跡地に、新しい外壁を座標ポイントを確認しながら設置を行う。

特にバグらしき問題も無く設置ができた。

屋根を削除して新しい屋根を設置。外壁を設置して家戸を設置。

それを繰り返し10分程で問題無くデータの上書き修復は終わり、自身が知っている本来の綺麗な建物へと入れ替わる。リリスは途中驚きの声を上げていた。

これらの操作はプレイヤー達も本来このように運営が許可している地域では設置が可能なものだったことから、言動から察するに多分外には出た事がないのだろう。

 

しかし、修復が終わってもリリアは帰って来る気配は無かった。

 

 

 

 

 

 

【リリア視点】

マモルを置いて一人歩き出し、早足で幾つかの路地を曲がった。

人通りの少ない裏通路へと回り込み距離を取るためだ。

今はあいつの顔は見たくない。一人になりたかった。ただこれだけの理由だ。

杖を腰に当て、後手のまま両手で握りながら下を向いて歩いている。

それは見るだけでスネている子供とわかる仕草だ。

今の自分の気持ちが、何もしたくないと思える程沈んでいるのを理解していた。

しかし何故ここまで沈んでいるのかは自分ではよくわからなかった。

これが他の男ならここまで沈んだ気持ちになる事はないだろう。

だが、あいつに言われたら何故か凹む。そんな感じだ。

 

ガサツって、そんな事言われなくても自分でもわかってるわよ!

 

石造りになった街道を歩きながら一人ふてくされる。

 

「女らしくなくて悪かったわね!このバカー!」

 

鬱憤を晴らすように、周りを気にせず大声を上げる。

 

「リリアさん?」

 

風に乗って聞こえてきたその声。立ち止まってから振り返る。

そこには金髪のボブカット、全身を頭以外白の全身甲冑に身を包んでいる、優しい雰囲気を持った人懐っこい緑の瞳をした幼い顔立ちの男の子が居た。

 

「あ~!やっぱりリリアさんだ~!」

「茶々丸くん。」

 

茶々丸は、女の子みたいな声で、女の子がするような可愛らしい笑顔をこちらに向ける。

というよりは女の子に生まれていれば間違いなくモテていたであろうという声と笑顔だ。それを見て余計にガサツと言われたのを実感してしまう。

 

茶々丸は同様にプレイヤーの血を引く人間だ。

それも相当有名だった人物の孫にあたるらしい。

らしいというのは、リリアも茶々丸も子供ではなく孫にあたる為、実際に戦う祖父母の雄姿を見た事は無かった。

ただ、この世界で数人しか持っていないと言われた称号を持ち、その証拠である鎧を身に着けている。

祖父から父へ、父から孫である茶々丸へと引き継がれている白い甲冑の『白虎』で身を固めていた。

また祖父が作成した『真装・無名』というロングソードに似た剣を左腰に身に付けている。

 

「どうしたんです~?そんな大声を出して。

それにリリアさんがこんな時間に外にいるなんて。」

 

顔が赤くなるのがわかった。まさか自分の知り合いが近くに居るとは思ってなかったからだ。知っていたらむしろ声などあげなかった。

 

「えっと、ちょっと朝ご飯がなくなっちゃってさ。それで買い出しにね。」

 

ごまかすように口早に答えた。

 

「へぇ~。そうなんですか~。意外にリリアさんって今はそんなに食べるんですね。」

 

その言葉がグサっと胸に刺さる。悪気はないのが声のトーンでわかる。

これがあのバカなら多分イラっとくるのは間違いないだろうが。

 

「あの、ちょっと茶々丸くん?何か誤解してない?」

「え?ひっ――」

 

必至に笑顔を繕おうとするが、自分でも口元がピクピクしているのがわかった。

それが余程変な顔だったのだろう。茶々丸は少し腰が引けていた。

 

「わ、わかりました。だからその右手をしまってくれませんか?」

「ったく、なんでアイツのせいで私がこんな誤解受けなくちゃなんないのよ。」

 

こんな状況になってしまった事を、悪態をつきながら一人ぶつくさ文句を言いながらも右手を収める。

 

「アイツ?」

 

それが聞こえたのであろう茶々丸は首を傾げながら疑問を投げかけてきた。

何か変な事を言ったのかと思ったが、確かにアイツだけじゃわからない。

コイツ、ドイツ、アイツで伝わるならそれは超能力者であった。

なぜならそれは全て固有名称ではないからだ。

 

「そう。昨日街を守ってくれたアイツ。」

 

そこで私も守ってくれたと言わなかった。

言ってもよかったが、なんとなく言葉にするのは恥ずかしかったためだ。

 

「ああ~、昨日のあの人ですか!」

 

茶々丸は誰の事かわかったのだろう。それはそうだ、全身甲冑を着ているように、茶々丸は騎士として前線に立っていたからだ。

どこかでマモルの戦い方を見ていたのであろう。というよりはパワーインパクトにしても原始の炎にしても、同じ前線にいる人は間近で見た分余計に印象が凄いのだろう。

 

 

私だってあの圧倒的な力には当然驚いた。

まずはオークに頭を剣で斬られても無事。むしろ怪我さえ無かった。

兜をかけているならまだわかる。

それが、頭には何の防御も無し。そんな怪力で有名なオーク。

人間より大きな身体から繰り出される刀剣で叩かれて無事など、どの世界にそんな人間が居るんだという我ながら目を疑う光景だった。

しかもその後は人を巻き込んでの敵陣ど真ん中での大立ち回り。

一度目は一人で魔王軍を全滅させており、人間と比べる方がおかしいとさえ思った。

一応マモル本人から死なないとは聞いているが、あんなめちゃくちゃな立ち回りなど、GMという何でもできる人と聞いても流石にそこまで子供ではない。

自分の中の経験と知識を総動員して行きついた結果、とてつもない防御魔法でも使っていると思っている。

 

「全く、どうやったらあんなむちゃくちゃな戦い方ができるのよ。」

「本当ですね。あの人凄かったです。昔の魔法を使ったり、色々なスキルを使ったりして魔王軍の方が押されてましたよね。

一体どこから来た人なんでしょう。今まであんな人はこの街に居ませんでしたし。でも、あの人がどうしたんです?」

 

確かに茶々丸はマモルがどこからどうやって来たのかを知らない。

それに二回目の戦闘の後どうなったのか勿論知るはずもなかった。

 

「アイツが私の家で大切な朝ごはんを崩壊に導いた張本人なのよ。そのせいで茶々丸君には大食い女子と誤解されるし、本当散々ね。やっぱり帰ったらもう一発殴っておこう。」

「そうなんですか~って、えええええ!?」

 

右手にグッと力を込めて拳を作っている前で、茶々丸は驚きの声を上げた。

 

「リリアさん、あの人を知ってるんですか!?」

 

茶々丸は今にもこちらを押し倒さんばかりにグイっと身を寄せ肩をガックンガックン前後に揺らす。

 

「ちょ!ちょっと落ち着いて!」

 

首がもげるかと思いながら、何とか茶々丸の手を引き離してなだめた。

流石に見た目は女らしくても中身は男の子。その力で揺すられると頭がクラクラした。

 

「ご、ごめんなさい。」

「そこまで凹まなくていいわよ。」

「ありがとうございます。」

「知ってるというか成り行きで昨日は私の家に泊まったの。」

「は?……えええええ!?リリアさんって奥手に見えて意外と大胆なんですね。僕、今まで知りませんでした。」

 

またも大声で驚いた茶々丸に何を誤解しているんだろうと不思議に思ったが、自分の言っている内容をよく考えてみると自然と顔が熱くなった。

 

「え!?ちょっ!誤解!誤解なの!私は決してそんなつもりじゃないんだから!」

「ふふふ。誤解ですね。わかりました。そういう事にしておきましょう。」

 

必至で説得しようにも、わかりましたという感じで納得している茶々丸には既に何を言っても無駄だった。

何がそういう事なの?と思ったが自分の撒いた種だ。

諦めて話題を無理やり戻すことにした。

 

もう!なんでこうなるわけよ!

 

「で、今日の朝色々あってご飯が無くなったって事。」

「そうなんですね。でも凄いな~。あんな凄い人と知り合いなんて。」

「あんな乙女心も理解できないバカと一緒なんて今の気分は最悪よ。そりゃーちょっとは強くて頼りになって、かっこいいなとか思ったりもしないんだけど……」

「あはは。それ、完全に乙女してますね。でも僕はやっぱりあの強さに惹かれます。どんな訓練をすればああなれるのか。その秘密を知りたいです。」

 

このように茶々丸が言うには理由があった。

 

茶々丸と私には可愛い幼馴染がいた。

いつも明るく誰にでも優しかったピピンという女の子だ。

よく一緒に遊んだ記憶がある。

ある日ピピンと茶々丸の三人で一緒に遊んでいると、魔王軍襲来の知らせが街に入った。

迎撃態勢が整うまでに手間取り、住居区域まで一気に魔王軍の侵入を許してしまったのだ。

住民は一気に混乱に襲われ、幼かった三人を無視して我先に避難しようとしていた。

茶々丸は騎士の家系であったため、リリアとピピンに一緒に逃げようと言ってくれた。僕が二人を守ると。

幼いながらも身体を張って二人の避難をさせようとした茶々丸だったが、まだ幼い三人の子供であったため、その体力は大人のそれにはとても及ばない。

すぐに疲れ果ててしまい、三人の動きが遅くなったところで一番後ろをついてきていたピピンが追ってきた槍を持ったオークによって背中からその槍で射抜かれたのだ。

茶々丸はパニックに陥りモンスターに立ち向かおうとしたが、そこでやってきた騎士に止められてしまった。

結局オークは騎士たちによって倒されたが、ピピンは既に手遅れな程の致命傷を受けていた。

ピピンは息を引き取る寸前まで二人に心配かけまいと必死に心配しないでと言っていたのを覚えている。

 

「気持ちだけじゃ人は守れない。だから僕は正式に騎士となったんです。ねぇリリアさん。僕は強くなりたい。お願いします。あの人を紹介してもらえませんか?」

「私より強いのにまだ強くなりたいなんて見習わなきゃね。」

 

先程までの幼い顔立ちではなく、凛とした表情の一人の男として、騎士としての頼みだった。

そんな顔を向けられては断るに断れない。それに自分が戦場に立つようになった根本的な理由もピピンだった。だから痛いほどその気持ちはわかる。

 

「わかったわ。とりあえず帰って聞いてみる。明日のお昼過ぎに私の家に来て。あのバカ説得しとくから。」

「ありがとうございます――」

 

茶々丸が言い終えると共に、急に肺に蓋をされたような感じに襲われ息が出来なくなった。

呼吸ができなくなった事により、何が起こったのかパニックを起こしかけながらも必死に耐える。

 

な、なにが起きたの?……

 

目の前の茶々丸も何が起こったのか理解できていない顔をこちらに向けていた。

徐々に茶々丸の目線が高くなっていく。

息を吐く事ができても吸う事が出来なくなり、無意識に膝をついていた。

 

「離れてくれて助かりましたわ。お嬢さん。いえ、リリアさん?かしら。」

 

声は路地にかかっていた小さな橋の下の影から聞こえてきた。

その中からこちらに向かって歩く影が伸びる。

 

「お……お前は……」

 

薄れゆく意識の中で吐き出す息に合わせて声を出す。

恐らくこの喋り方からすると何かを行ったのは影の主だろう。

 

「リリアさん!逃げて!魔王軍です!」

「あら、加減しましたのに、それだけで虫の息ですの?」

 

茶々丸は無名を鞘から抜き、魔王軍のモンスターに構えた。

その行為を全く意に介さずに、人を見下したようにして呆れている。

 

「お前は、昨日の喋るサキュバス……」

 

 

ピンクの髪をした背中から翼が生えたサキュバス。

おっとりとした目をしながら妖艶な雰囲気を身に纏っている。

スタイルの良いその体は同じ女性でも見惚れてしまう程綺麗だが、元が夢魔な為だろう。

足の先端から太ももまでと、手首から上腕にかけて黒い紋章のような服みたいな物で肌を隠しており、黒くきわどい生地のような物で乳房と股間を隠している。

頭からは角のような物が二本生え、腰から生えているであろう尻尾のようなものが左右に揺れていた。

 

「リリアさん!早く!」

「いやよ。私も戦う。それに喋るって事は普通のモンスターより圧倒的に強いのはあんたも知っているでしょ?一人じゃ無理よ。」

 

急かすように言った茶々丸の説得も無視して、唇を噛んで意識を保った。

しかし、苦痛は残っているが何をされたのか全くわからなかった。

 

「わざわざワタクシが二度もこの街に出向いたんですのよ。

少しは相手になってもらわないとワタクシに失礼じゃなくて?」

「私になにをした!」

「ワタクシの話を流して質問とは、これだからお子様は嫌いですわ。

でも、いいでしょう。教えて差し上げます。ワタクシの相方、とでも言うのでしょうか。サリス。出ていらして。」

 

名前らしきものを呼ばれた後、男の魔法使いみたいなものが出てきた。

鼻筋の通った整った顔を持つ男。

恐らくモンスターだろう。

肌は緑色で頭には鉄上の尖がった三角帽子を被り、全身には鉄でできているであろう紫を基調としたローブのような物を纏っていた。

右手には同じく紫色を基調とした錫杖を持っており、腰には輪のような幾何学模様のバニラ色の魔法陣が漂っている。

 

「お前は、マジックマスター!?なんでこんなところに!?」

 

その声を上げたのは茶々丸だった。相当焦っているような口調だ。

心当たりが無い自分からするとマジックマスターがどの程度の脅威なのか不明だ。

 

「よく知っていますわね?あ~、その鎧、わかりましたわ。白夜さんの関係者ですのね。」

「貴様!なぜお爺様の名前を知っている!」

「なぜって?それは知ってて当たり前ですわ。白夜さんはとても強かったですもの。あの方を忘れろという方が無理なお話しですわ。

そうそう、先程の質問ですが、サリスがリリアさんの腹にストーンバレットを打ち込んだだけですのよ?そんな事もわかりませんでしたの?」

 

まるでやる気はあるの?といわんばかりな雑な態度が見て取れた。

言い返したい気持ちもあったが、実際に何をされたのかわからなかった。

わからないという事は、それだけ実力差があるという事を意味する。

ストーンバレットなど、初級も初級。誰でも使えるような簡単な攻撃魔法だ。その攻撃をされたと言われても視認できなかった事から、相当な熟練者であると推測できた。

 

「あいつはなに?」

 

緊張した表情の額に汗を浮かべている茶々丸に、男型モンスターの事を聞いた。

自分としては恐らく名前と外見から察して魔法を主体としたモンスターだという事しか理解できない。

 

「あのマジックマスターは、お爺様達が生きている時に見せてもらったモンスター図鑑に記載されていたものです。

数日に1体だけこの世界に出現するモンスター、通称ノートリアスモンスター。巷ではNMと言います。

それ以外は省きますが、要はお爺様達でも一人では決して倒せないモンスターです。

しかもあれは、その中でも色々な魔法に長けており、苦戦を強いられる討伐しにくいモンスターと聞いています。」

「その通りですわ。解説ご苦労様。

一応言っておきますが、ワタクシでもサリスを倒す事はできませんの。

ストーンバレット程度で瀕死のあなた方が勝てると思いまして?」

「化け物が二体。

無理です!リリアさん!お爺様が無理だった物を僕たちがどうこうしようなんて。

僕が時間を稼ぎます!あの人を呼んで来てください!じゃないと街が無くなる!」

 

茶々丸は青い顔をしていた。冗談で言っている感じは一切ない。

しかし、はいそうですかと茶々丸を見捨てて黙って引き下がるわけにはいかない。

そんな理由で逃げていたら、何のために戦っているのか戦う理由を否定してしまう。

自分だって弱い人を守りたい、守れなかったからこそ守れるようになるために努力した。

無茶かもしれない。むしろ無謀と言われるだろう。それでも今戦わないでいつ戦う。

必死に自信を鼓舞して覚悟を決め、杖を構え戦闘準備に入った。

 

「本当に、なぜこのような隙だらけの人間にあのような強い人間が一緒に居るのでしょう?不思議で仕方ありませんわ。

サリス。説明した通りでお願いしますわね。」

「了解シタ。」

 

ノイズの入った声に違和感を受けるが、それよりも衝撃な事実を目の当たりにした。マジックマスターは命令に従いゆっくりと前に出てくる。

 

「両方とも……喋るのね……」

 

頬に汗が流れるのを感じた。熱いからではない。

むしろ寒気だろうか、身体が震えているのがわかる。

喋るモンスターなど1体討伐するだけでかなりの犠牲者が出るのだ。

それが2体など冗談であってほしい。そんな危機的というよりは絶望的な状況になったからだ。

1体ならばチャンスもあったかもしれない。

しかし、2体とも喋るなど、自身が生きてきた中で経験した事が無かった。

 

「安心シロ――」

 

サリスが言い終える前に茶々丸が無名を使い、頭から振り下ろすように斬りかかった。

耳障りの悪い金属音がぶつかる音が響く。

しかし打ち込まれた剣は錫杖を使ってこともなげに片手で防がれていた。

 

「クソ!リリアさん。僕達じゃ無理なんです!気持ちだけじゃできない事もある!お願いします!早く行ってくだ――」

 

防いだ刃をこともなげに上へと垂直に弾き返し、茶々丸のガラ空きになった腹にサリスは錫杖の先端で突いた。ただ突いた。

それだけで茶々丸はノーバウンドで後方の壁へと吹き飛ばされ激突する。

どんな冗談なんだと自身の目を疑う。

モンスターと言っても相手は魔法を主体とするような外見だ。

それがただ突いただけで騎士である茶々丸を吹き飛ばした。

そこにはどれだけの地力の差があるというのだろうか。

せめて一体なら二人がかりで倒せるかもという考えがあったが、淡い期待を正面から打ち砕いてくれた現実に思考が数瞬空白となる。

 

路地の出口にあった壁に衝突したことによって他の人間達も気付いたのだろう。

女性特有の甲高い悲鳴が上がった。

その声で意識を引き戻された。

 

「茶々丸くん!!」

 

吹き飛ばされた茶々丸からサリスへと視線を戻す。

何もしなければやられるだけ。それならば少しでも攻撃をするべきだろう。

幸いまだ相手はこちらへと近付こうとしているだけで、魔法を放つような素振りは見えない。

それなら――

 

「これでも食らえ!フレアランス!!」

 

杖を突き出し魔法を唱えた。

杖の前には路地の幅を埋めるようにして円形でオレンジ色の陣が一瞬で展開される。

それが徐々に熱を持ち赤く染まっていく。

やがて幾何学模様が描かれた円の中心から勢いよく槍状の炎がサリスへと向かって射出された。

 

「フンッ。ストーンウォール。」

 

まるで児戯だと言わんばかりの態度でサリスは錫杖を地面へと軽く叩くようにして魔法で応戦してきた。

地面に浮かび上がる黄土色の魔法陣。

それはこちらと同じように一瞬で展開され路地を塞ぐようにして土の壁がこちらとサリスの間に立ち塞がった。

その壁に勢いよく放ったフレアランスが衝突する。

濛々と煙を上がる路地。その煙が舞う中で次の魔法を唱える。

次の魔法を唱える理由など、先程の魔法の打ち合いでどうなるかなどすぐに予測できたからだ。

相手は茶々丸ですら簡単にあしらう化け物なのだ。

それなら防がれていると考えるのが妥当だろう。

 

あいつらはまだそこにいるはず――

 

「グラビティハンマー!!」

 

追い打ちをかけるように空に向かって杖先を掲げ魔法名を唱える。

空からは空間が歪み、まるで煙に蓋をするようにして一気に圧し潰す。

周囲には軽い地鳴りが魔法の影響で響いた。

見えない場所からの攻撃だ。

いくら相手が強いと言ってもこれで多少なりともダメージはあるだろう。。

 

「ナルホド。多少ハ頭ヲ使ッテイルヨウダ。タダノ雑魚ナラ今ノデヤラレテイダダロウ。」

「嘘でしょ……全く効いてないの?」

「満足シタカ?ナラ手間ヲ取ラセルナ。」

 

多少なりともダメージが入ると思っていた攻撃に対して、その声は何事も無かったように発せられた。

どうしたらいい?どうするべき?

 

「リリアさん。ごめんなさい。さっきの紹介の話は無しですね。

僕は先にピピンの所に行ってます。リリアさんはもっと後から来てくださいね。」

 

そう言った後、茶々丸は口から咳をするように赤い血を噴き出した。

白い鎧を赤く染め、苦しそうな息遣いをしながら剣を松葉杖のようにして立ち上がる。

先程までの元気な姿とは違い、見てわかるくらい今の茶々丸は満身創痍だ。

 

「何言ってるのよ!――」

「いいから行ってください!」

「でも――」

 

こちらの言葉は茶々丸の鬼気迫る言葉によってねじ伏せられた。

 

「あいつの魔法を使う隙を消して攻撃に専念しても、多分今の僕で耐えれるのは残り数発が限界なんです。

それに加減されています。自分の身体だからわかるんです。

だからお願いします。あの人と一緒に街のみんなを救ってください。僕にできなかった事を!!」

 

そう言って茶々丸はこちらを突き飛ばしてサリス目掛けて走りだした。

 

「茶々丸くん!!」

「これでも食らえ化け物!ハウリングソード!スマッシュ!」

 

茶々丸は騎士スキルであるハウリングソードの共鳴振動で剣の攻撃力を強化して、スラッシュの上位版であるスマッシュを右から叩き込もうとする。

しかしサリスは防ぐ事も面倒だと言わんばかりに一歩後ろに下がっていとも簡単に刀身を避ける。

攻撃対象を失った刀身は宙を切るだけで終わろうとする。

しかし、茶々丸は意地でも魔法は使わせないという気迫で、サリスが一歩下がったところに一歩踏み込み、そのまま左手で剣を胸元目掛けて突く。

しかしこれも空を突くだけだった。

サリスは茶々丸が突き出している左手側へと身体を滑らせ手の甲を左手で掴んだ。

次の瞬間、右手に持っている錫杖を振り上げ茶々丸の肘の関節部分へと振り下ろす。

 

ゴキン――

 

限界を超え、何かが水の中で弾けるような音がした。

 

「ぐぁああああ!!!」

 

茶々丸が耳をつんざくような苦痛の叫び声を上げる。

そこには耳と目を覆いたくなる出来事が目の前で展開されていた。

左腕の肘から先は、向いてはいけないであろう方向へと向いていた。

しかしそれならばまだ幸せだっただろう。

その肘の部分にサリスが何度も何度も左腕を掴みながら執拗に、右手の錫杖を叩きつけていた。

繰り返される殴打音、やがて徐々にミチミチと肉が潰れるような音に変わっていき、錫杖には茶々丸の血が付着して赤く染まる。

やがてブチっという音と共に肘から先と茶々丸の身体は二つに分かれた。

二つに分かれた身体は傷口から大量に赤い血を垂れ流す。

まるで一筋の水がとめどなく流れるような状態になっていた。

サリスは興味無さそうに千切った腕を投げ捨て、そのまま茶々丸の本体である千切れた部位をしばらく殴り続けた。

しばらくたつと目的を終えたのだろうか、サリスは茶々丸への攻撃をそれ以上行おうとはしなかった。

 

黙って見ている事しかできなかった。

突き飛ばされたが、戻って助けないといけないと思った。

しかし、頭で思っていても、現実を突き付けられ、他人ならばまだマシかもしれないが、友達が拷問のような攻撃を受けているのを目の当たりにすると身体が動かなかった。

恐怖で足はすくみ、腰から下の感覚は思うように動かない。

まるで腰から下だけが別の生き物のようになっている感じがして、突き飛ばされた状態で完全に動けなくなった。

強くなったと思っていた。強くなろうとしていた。茶々丸は自分より強い。

どう見ても自分より強い茶々丸を、一方的に家畜を料理しているような光景は、戦う理由?戦闘準備?無茶と無謀は違う?そんな気持ちなど簡単に吹き飛ばしてくれた。

 

「サリス。ご苦労様。ではそちらのリリアさんをお願いしますわ。」

「一応死ナナイヨウニ手加減ハシテイル。出血ガ遅くナルヨウニ、肉ヲ潰シテ栓ヲシタ。」

「相変わらず下品ですわね。まぁいいですわ。」

 

サリスが表情も変えず、こちらにゆっくり近づいてくる。それが余計に身体を動けなくする。

 

「あ……いや……助けて……」

 

無意識に出た声を無視するように、突き飛ばされた状態で座り込んでいた自分の胸ぐらにサリスの手が伸びる。

力を入れようにも声すらまともに出ない。

 

「や……めろ……化け……物……」

 

弱々しい茶々丸の声を無視して、何事もなかったかのように胸ぐらを掴まれ引っ張られる。

その行為が身に着けている服と肌が擦れて痛い。

 

「さて、そこの殿方。申し訳ありませんが、そのまま先日リリアさんと一緒にいた人間を呼んで来てくれませんでしょうか?」

「知ら……ない……」

「それじゃあ困りましたわね。あのお嬢さんの死体でも広場に投げ捨てれば嫌でも出てきますわね。」

「待ってくれ……僕は……直接知らないだけだ……これ以上友達を殺さないでくれ……」

「だって知らないと言われましたら、こちらから仕掛けるしかありませんし。」

「何とかする……だから少し……少しでいいから時間をくれ……」

「仕方ありませんわね。ではお昼まで街の入り口で待っています。お昼を越えたらこの女の死体を広場に届けますわ。」

「わかった……」

 

茶々丸とのやりとりに何も考える事ができずに、ただサリスに引きずられ連れていかれる。

 

 



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6

ん~、帰ってこないな。どうしたものかね~

 

リリスの家の改修も終わり、落ち着かない気持ちを抑え込みながらテーブルに肘を立て考えていた。

最初は誰かと仲良くなる気持ちは持ち合わせていなかったので、通信用アイテムである『コールイヤホン』をリリアに渡していなかったのだ。

プレイヤーとGMの関係ならば、プレイヤー名さえわかれば名は重複しない為、検索して違う場所に居るプレイヤーにも直接語りかける事ができた。

しかし、プレイヤーではないリリアに試してみたが繋がらない。

もしかして用事なのかと思い時間をズラして直通コールを試してみたが、それでも繋がらなかった。

念のため、リリスにも家の中に居てもらい、外からリリスに対して直通コールしてみたが、同じく反応が無かった。

多分これは何かしらの原因があるのだろうと考えたが、特段原因不明ばかりで特定する事はほぼ不可能な為に諦めた。

 

よし!帰ってきたらイヤホンを渡しておこう。これならいつでも連絡できるしな。

 

自分に原因があるだけに、取り繕うように頭の中で考える。

 

「それにしても本当に遅いですね。あの子は何をしているんでしょう。いつもならすぐに帰ってくるのですが。」

「あ、ああ。多分俺が気遣いできずに傷つけてしまったかもしれないんだ。

少し探してくるよ。」

 

対面に腰かけているリリスの心配する言葉に対して、いたたまれない気持ちになる。

買ってきた料理は手をつけられずに皿の上に盛られたまま湯気を立てていた。それに手を付けようなどという気持ちは一切起きない。

イスから立ち上がり、その場を後にしてリリアを探す為に街へと出た。

朝一をやっていた路地まで足を伸ばし、手をポケットに突っ込みながらどこにいるのだろうと目を細め周囲を見渡して探すが、人込みの流れの中でやはりリリアを見つけられない。

色々な場所を動きまわり探そうとするがここに来て更に問題に突き当たった。

 

確かここは、街としてのマップは存在していたがエリア外だったよな。

 

本来ゲームだった頃は入れない路地だった。

それが今はその指定エリア外にまで出れるようになっていた。

その現実に対して頭が痛くなる。

確認の為にマップをコンソールから操作して開くが、やはり自身の存在位置を示す点滅はエリア外で点滅していた。

路地の行きつく先はどうなっているのかも気になるが、それとは別に困った事がある。

大まかな街の作りは記憶しているが、細部は会社が管理し出してから、何度かバージョンアップにより他のプログラマー達によって手入れがされていた為、ただでさえ記憶があやふやだ。

そこに来てエリア外にまで行動可能となると完全にお手上げ状態となる。右手をポケットから抜いて頭を掻きながら、これならば最低限自分も手入れがされた工程だけでも、きちんと目を通しておけば良かったと悔やんだ。

 

そこから更に幾度か小さな路地を曲がると、視界の先にシェーラの後ろ姿が目に入った。

自身の黒デニムに黒シャツ同様、彼女は他の人間達と違い、怪しいアラジンの世界観を身に付けている服を来ている。

その為遠目からでも一目でそれとわかる外見をしていた。

彼女はどこかに向かおうとしているのだろう。自分と進む方向へと同じ進路をとっているため、普通に歩いていては距離は縮まらない。それを考え大きく息を吸い込む。

 

「シェーラさーん!」

 

シェーラに聞こえるように少し声を大きくして声をかけた。

シェーラは気付いたのだろう、足を止め、まるで何かを探している道に迷った子供のように、顔を左右に振り向けながら声の主を探している素振りをみせる。

もう一度大きく息を吸い込んで、ここですと言わんばかりに手を振りながらもう一度シェーラの名を呼んだ。

二度目で気付いたのであろう、左右に動かしていた顔は、こちらを正面に据え固定され、シェーラと目が合った。

どうしたの?という表情のシェーラに人込みを避けながら小走りで近付く。

 

「君は確か、リリアちゃんの彼氏候補君?」

「違います!リリアの連れ!」

 

思い出すようにシェーラの口から出た言葉は突拍子もない言葉だった。

膝から力が抜けそうになってしまったが踏ん張って立て直す。

 

「あら、そうなのかい?年頃の男の子と二人で居るなんて珍しいし、てっきりリリアちゃんの事が好きなのかと、リリアちゃんもまんざらではなさそうだったし――」

「あー、まぁ色々あって。それに俺は彼氏候補じゃなく名前はマモル。覚えておいてください。てか、そういう事じゃなくてリリア見なかった?」

 

本当にそう思ってるような口ぶりで話すシェーラに、いつ、なぜ彼氏候補になっているのか問い質したかった。

別に悪い気はしないが自分の理想の彼女は胸が大きく優しい女性が良い。

しかし問題はそんな事では無く今は人探しの最中だ。

呑気なシェーラの言葉を遮って用件だけ聞く。

 

「あー、あれから見てないよ。リリアちゃんがどうかしたのかい?」

「いや、あれからあいつを探しても見つからないんだよ。それで――」

「ははーん。リリアちゃんを怒らせた事が気になって探してるんだね?青春だねー若者。」

 

腰に手を当て顔を近付けてきたシェーラに対してドキっとした。

目のやり場に困りおもわずこめかみに汗が流れる感じがする。

図星の部分もあったが、それよりも綺麗な女性の顔を近付けられれば誰でもドキっとするだろう。それだけではない。

胸の谷間を強調された服によって否が応にも目がいってしまう。

これは男だと仕方がない。

意識しないようにすればするほど動きがぎこちなくなってしまうのが性だ。

 

「いや、まぁ探しているのは間違い無いけど……てかちょっとそれどうにかしてくれ。」

 

今にも背中から倒れそうになりながら、目を逸らしつつ腰を仰け反らせて伝えた。

本当は肩を押してその胸どうにかしてくれ、目のやり場に困ると言いたかったが、ほぼ初対面の成人しているであろう女性に対して、元居た世界の常識が身についている自分がそれを実行するのは社会通念上セクハラな為難しい。

その為左手の人差し指でそれを示した。

 

「それ?へぇー。こんなオバさんの胸を君は気になるのかい?嬉しいねー。なんなら直接揉んでみるかい?」

 

シェーラは指で示したものに対してゆっくり視線を辿り、気付いてから意地悪な笑顔を向けてくる。

その上でからかうように両腕で更に胸を挟みこんで強調した。

 

「うん。ちょっと恥じらいってものを知ろうかシェーラさん。」

 

シェーラのからかったような言葉に冷静になり、もうどうでもいいやという感じでシェーラの両肩を掴み押し戻そうとする。

 

「キャー!!」

 

その瞬間、遠くで女の悲鳴のようなものが耳に届いた。

遊んでいる時に出るような悲鳴ではない。

カップルがイチャついてる時に出すような猫撫で声のような悲鳴ではない。

勿論ビックリした時に出すような悲鳴でもなかった。

その声には恐怖の色を明確に内包している悲鳴だった。

 

「何かあったのか?」

 

シェーラの両肩を掴んだ状態の真剣な顔で、聞こえた方角に視線を向ける。

 

「さぁ、でもただごとじゃなさそうな悲鳴だね。行ってみるかい?」

「勿論。」

 

シェーラに視線を戻すと、彼女の顔からも冗談を言っている表情は消えていた。

付いてこなくても一人で行くという感じの言い方に、リリアの捜索は一度打ち切り悲鳴の聞こえた場所へ向かう事を決める。

 

 

二人で悲鳴の方角から逃げてくる人混みの隙間を縫いながら走った。

自分の事しか考えてない人達とすれ違いに肩がぶつかり、舌打ちをして睨みつけたくなる気分になるが、今はそんな無駄な事をしている暇は無いため気持ちを抑えて走る。

しかし、思ったよりも向かってくる人の波に押され、思うように進めずに時間を要してしまった。

既に現地に到着した時には、血の跡だけが血溜まりを作り、少し離れたところに白いガントレットを装備した人間の左腕部分。肘から先だけが落ちているのが目に入った。

 

「間に合わなかったようだね。」

 

後方から声を掛けてきたシェーラに振り向かず、しゃがみ込んだまま血溜まりを見ていた。

するとシェーラは隣まで来て同様にしゃがみ込んできた。

目を向けると多少肩で息をして、服から露わになった肌の部分には汗をかいているのが目に入る。

 

「これは思ったより酷い状態だと思う。それに出血した状態で動いたんだろう。血の道ができてる。このままじゃ危険だ。被害者か加害者か不明だけど確認が必要だな。」

「動揺しないんだね君は。」

「ははは。これ系には慣れてるから。シェーラさんは苦手なら来なくていい。」

「年下を置いて無視できると思うかい?ついてくよ。」

「わかった。ただ、危険と判断したら嫌でも離れてもらうけどな。」

 

グロ映画と呼ばれるものが好きで朝から晩までよく見ていたこともあり、グロ系には結構慣れている。

その為これが実物だとしても特に動揺はしなかった。

食べる為に生きている家畜を殺すのは可哀想だと感じても、サイコパス映画でサイコパスが人間を殺すのは何とも思わない。

感じたのはこんなものか程度のものだ。

 

それにシェーラを危険に晒すつもりはない。むしろ付いてこられると足手まといだった。

彼女がどのような強さなのかも知らないし、そもそも名前以外は何ができるのかも知らない。不確定要素が多すぎる為だ。

 

もし彼女がただの露店商なら戦闘能力は一般人と同等。

例え戦えるとしても、相手が何なのかも不明。

運に任せれるのは遊びだけであって、真剣な場所での運は出来る限り切り捨てたかった。

しかしどうこう言って長引かせるよりは早く移動したいのが本音だ。

これが被害者なら命の危険がある。逆に加害者なら周りにこのような事をする別の危険のあるものと判断できる。

死体が無い事から、自分で移動したか連れ去られた。

色々と頭の中で考えるが、結局この疑問を解決するには血の主であるものを探し出さないといけない。

 

二人は歩き出し血の道を辿る。血が垂れている場所を確認しながら。

しかし徐々に嫌な予感がして胸が騒ぐ。

何故ならば血の道がリリスの家の方角へと向かっていたからだ。

追跡しながら緊張が高まる。

一人ならば不安はないだろう。そもそも無敵に近いとさえ思っている。

しかし、一緒にいるシェーラの事を考えていると嫌でも神経がすり減らされる。

やはり連れてこない方がよかったかとさえ思えた。

それにリリスが居る場所へと血の跡は続いている。

問題が重なりその為に警戒度を数段階引き上げた。

 

「少し急ぐぞ。」

「え?ちょっと!」

 

シェーラに言うだけ言って走り始めた。

今はシェーラやリリスよりもこの血の主が何者かというのを最優先で確かめる必要がある。

色々考えた結果、リリスとシェーラ、他の住人達を考えると根本を対処する方が確実だったからだ。

走っていた視界の先に、やがてリリスの家が視界に入る。

 

あれは?白虎?プレイヤーはいないはずだが?

 

「リリス!!何があった!!」

 

視界にリリスの姿を捉えた。

それと同時に、誰だか知らない白虎を身に着けた人物が力無くリリスの身体にもたれかかっていた。

傍目からでは襲われている感じはしない。

しかし、なぜリリスにもたれかかっているのかも理由がわからない。

それによく見るとその男の左腕から先が無かった。

 

「おいお前!今すぐリリスから離れろ!一度きりの警告だ!!」

 

走りながら警告を発した。人は見た目によらない。

外見は子供でも凶悪事件を起こす人間もいるからだ。

それに自分は警察官ではない。適切な対処方など知る由もなかった。

しかし、警告を発したのに男は反応が鈍い。薬物中毒者かと思えるような反応だった。

危険だ。そう判断して一撃で頭を吹き飛ばして仕留める決意のもと、走りながら攻撃力を限界まで引き上げた。

下半身に力を込め地面を蹴る。蹴った勢いでそのまま飛び上がり、リリスに当たらないように後ろから男の側頭部に向かって本気の蹴りを打ち込む。

 

「待ってください!」

 

その声は予想外にも、白虎を着た人物を受け止めているリリスが上げたものだった。

リリスの声に静止され、空中で無理やり蹴りをしまい込んだ。それのせいか勢いを殺しきれずに、バランスを崩して受け身が取れない状態で地面に落下。

そのまま転がるようにして、あちこちに身体をぶつけながらしばらくして止まった。

 

「一体どういう事だリリス。」

 

身体に付いた付着物を手ではたき落としながらリリスに問い掛ける。

問い掛けている最中に息を切らしたシェーラもやってきた。

 

「全く。レディーを置いて先に行くなんて君は失礼な男だね。それに一体これはどういう事だい?」

 

同様にシェーラも状況が把握できずに同じ質問を口に出す。

 

「それが、丁度家を出た時に茶々丸くんを見つけて。それから意識を失ったんです。」

「知り合いか?」

「はい。」

「ならとりあえず治療が先だ。話は後からでも――」

「待って……ください。僕は、大丈夫ですから、話を……リリアさんを………」

「とりあえず座って動くな。すぐに治療する。――フェアリーサークル」

 

茶々丸に対して回復魔法を施すためにとりあえずその場で座らせる。

リリアという単語が出た為に話の内容が気になり先を急かしたい気持ちもあったが、見るからに瀕死の状態である無害だという人間を無視する程、自身は鬼畜ではない。

 

「これで問題ないだろう。」

 

フェアリーサークルにより茶々丸の肉体的傷は治った。

しかし、傷は治ったが見るからに精神的に動揺しているような状態だ。

 

「一体何があった?リリアがどうかしたのか?」

 

動揺している人間には堂々と促すのがいいだろう。

急かすような事はせず、安心して話せるようにするのが人生経験で得た教訓だ。

しかし、相当に悩むような事なのか、見るからにどう言えばいいのか口を開こうとしては噤み、言葉を発そうとしては考え込み悩むという素振りを見せた。

 

「いいさ。言いたい事があるなら言ったらいい。」

 

その言葉に後押しされたのか、茶々丸はゆっくりと口を開いた。

 

「リリアさんが……魔王軍に攫われました。トライアルの入り口で待っている。

そして昼までにあなたを呼んで来いと。来なければとリリアさんの死体を広場に投げ捨てると。」

「ふむ。それで?」

 

至って平静を装い相槌を打つが、内心は気が動転しそうだった。

少し離れただけでこのような状況になるとは思ってもみなかったのだ。

ここでも平和ボケしていたのだと痛感する。

そうだ、先日であっても二回も襲撃を受けている。

それに自我を持ったNPCが居るならば自身の判断で行動をする可能性だって十分にありえるのだ。

自我というのは人間と同じ、考えて行動を可能にする。

ならば先日の戦いでもし報復を考える輩が居たとしても何ら不思議ではない。

自身は最強であったとしても、周囲はそうではないのだ。

特にリリアなどこの街では強い部類だとしても、傍から見て自身が記憶している上位プレイヤー達と比較すると実力差は目に見えている。

相手がどんな輩かなど不明だが、正攻法で攻めてこずに人質など取られては自身にとっては手足を縛られたも同然だ。

むしろそれだけ考えるだけの知恵が回る奴らが相手ということだ。

 

「只の錫杖で突かれただけでわかりました。

だから、僕は命を捨てるつもりで敵に挑んだんです……リリアさんを、彼女だけでも守るために。

でも、それを嘲笑うかのように僕の全力は躱され、一方的にやられ腕は千切られました。

身体は動かず、助けてという彼女に僕は何もできなかった。黙って連れていかれるのを見ているしかできなかったんです。友達を助けるためにあなたを売るような事までして……」

 

ギリっと歯噛みして、まるで自分自身を責めているような、悲痛な表情を浮かべながら茶々丸が言った。

 

「わかった。」

 

それ以上は何も言わずに立ち上がり三人に背を向ける。

 

「僕を、責めないんですか?」

「あ~。やる事はやったんだろ?

それにな、後悔してると思うなら今自分にできる事をしたらいいんじゃねぇ~の?」

 

精一杯冷静さを装いながら自分に言い聞かせるように茶々丸に答えた。

こいつがどんな顔をしているのか今の状態では確認できない。

それに今は確認するつもりもなかった。

こいつはやれる事をやった。

責めるべきは茶々丸ではないだろう。

今度は自分にできる事をするまでだ。

 

「どこいくんだい?まさか一人で行く気じゃないだろうね。」

「あ~。大丈夫大丈夫。」

 

シェーラが気付いたように声をかけてきたが、感情を抑え込むように適当に背を向けたまま返事をした。

 

「リリアちゃんは私にとっても大事な友達なんだ。私もいくよ。」

「あ~。言葉が悪くてすまんシェーラ。今は余裕がないんだ。邪魔しないでくれ。」

 

シェーラの言葉を明確に拒否する。本来はありがたい申し出だ。

しかし今は自分に余裕が無いのがわかっている。

だから誰に何を言われても考えが変わらないだろうというのも理解していた。

 

「待ってください。一人はマジックマスター。サリスというモンスターです。

もう一人は先日のサキュバスです。両方とも喋ります。

恐らく自我を持つタイプのモンスターです。

いくらあなたが強くてもノートリアスモンスターであるマジックマスターがいる以上一人は危険です!」

「ああ。別に問題はないな。それなら二人とも適当に街でも守ってくれたらいいさ。」

 

茶々丸が心配したように声をかけてくるが、素っ気ない返事で流した。

これが普通の日本なら基本的には問題が無いだろう。

しかしここは人の命を奪うモンスターが蔓延る世界。

それを失念し、冗談という一言で傷付けたであろう事実と、自分が離れた事によってリリアに危険が及んだという事実に怒りと後悔が生まれる。

 

「とりあえず俺行くわ。」

 

その言葉を最後に街の入り口へと歩き出す。

 



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7

身体の向きを変えサリスに向かって歩く。拳には自然と力が入り、ミシミシと自分で音が聞こえる。

横からはリリアが魔法を放つが、防ぐ事はしない。

直撃を受けても尚歩みは止めない。

 

「シャドウセイバー――」

 

前方ではサリスが闇魔法のシャドウセイバーを放つ。

漆黒の剣が幾重にも重なりサリスの前に出現し、それが風を切り裂くように連続で襲い掛かってくる。

勿論避ける事など最初からせずに歩き続ける。

 

「邪魔だ――」

 

只その一言だけ言うと、身体に直撃する寸前に全ての剣に合わせて左腕を振る。

振った腕はシャドウセイバーに触れ、全ての鋭利な刃を持つ剣が左腕に刺さっていた。

しかし切断は勿論、出血さえもなかった。

 

「おかしい。おかしいですわ!

ワタクシ達プレイヤーでも一人ではサリスに勝てませんのよ!

それを避ける事もしない、怪我もしないなんてどういう事ですの!?」

 

後ろでサキュバスは見て驚嘆の声を上げていた。

行動がプレイヤーからでさえも逸脱していると感じての発言だろう。

 

「視界が遮られるのが面倒だからな。」

 

一々説明をする義理もないので適当に流した。

身体に触れれば魔法の判定は入るため、それを利用して全ての剣を言葉通り腕だけで処理した。というだけである。

本来はダメージ判定と、視界を奪う異常状態を与える効果を持つが、今の自分にとっては関係がない。

しかしサリスの表情はそれがどうしたという感じだ。こいつもまた自信があるのだろう。

それを見てこちらも悠々と歩く。左腕の剣は判定が終わると腕から消えた。

 

「サモン・ナイトメア――」

 

サリスは黒い魔法陣を身体の正面に展開する。

魔法陣は液体が垂れるようにして崩壊し、地面の上で黒い水溜まりのような物に変化した。

その水溜まりは徐々に人のような形状となり、やがて全身黒に統一された蝙蝠の翼のようなものを持つ人型少女の姿を取る。

 

「召喚魔法か、目障りだな。」

「イケ。殺シテコイ。」

 

機械じみた声の命令と同時に、ナイトメアと呼ばれる召喚された眷属はこちらへと向かって、翼を羽ばたかせて直進軌道で突進してくる。

そのままナイトメアは右手を振りかぶりこちらの肉体に対して胸元に鋭利な爪を突き立てた。

ナイトメアの後ろで不敵な笑みを浮かべる表情のサリスが目に入る。

一々優越感に浸らないと我慢できないのか。NPCとは自己顕示欲の塊なのだろうか。

しかしこいつ等は自分が誰か知らない。

それがどうしたという感じで、爪を突き刺したナイトメアをそのまま抱きしめるように両手で包み込む。

ギリギリとナイトメアを締め上げ一定の力を込めたところでナイトメアは形状を維持できなくなり弾け飛んだ。

 

「手品は終わりか?こないなら俺からいくぞ。」

 

予想外だったのだろう。身の危険を感じたのかサリスは後ずさる。

近づくと同様に一歩。また一歩と。

 

「そうだよな。ナイトメアは普通だとお前の切り札の一つだったよな。

基本的にお前よりこの世界の人間は皆弱い。

プレイヤー達でさえ一人ではお前には敵わない。

だから力任せに己の力を振るえば全てカタがつく。

お前はNPCだそうだが、戦略も戦術も理解していないクソのような攻撃をしていれば勝手に対峙した人間は死んでいくわな。

どうした?逃げてもいいんだぞ?逃げ切れるつもりならな。――」

「リリアちゃん!離れてな!」

 

突然の来訪者にサリスと共に視線を声へと向ける。

声の先には、シェーラと茶々丸が記憶にある騎士団や冒険者であろう人間達を引き連れ現れた。

 

「クソが!シェーラ!茶々丸離れろ!リリアは今操られている!」

「なんだって!?」

 

想定していなかった事態になり怒声をシェーラ達に向ける。

 

「リリア、街ノ人間ヲ殺セ。」

「嫌!みんな逃げて!」

 

その声を聞いたサリスは醜い笑いをこちらに向けた後、身体の向きを変え行動を始めた。

そのまま杖を掲げ魔法を唱える。

リリアはリリアで街の人間に攻撃魔法を放つ準備を始める。

 

「魔法使いは防御魔法を張れ!騎士は盾を使え!他の人間はすぐに治療できるように準備しろ!何があっても絶対にリリアを人殺しにさせるな!――」

「メテオレイン」

「エクスプロージョン」

 

シェーラ達に伝えると、一人と一体の魔法は唱えられた。

サリスの発動までに数秒要するその魔法は、宇宙からいくつもの隕石を雨のように降らせ、着地点を爆撃する範囲型魔法だった。

唱えた魔法は、あろう事かこちらではなく、魔法をシェーラ達に向けているリリアだった。この範囲ならば例えリリアが正気であっても逃げる事は不可能だ。

リリアの魔法が発動したと同時にリリアを仕留める算段だろう。多くの人間と一人の少女、どちらを守るのを優先するか一瞬の戸惑いが判断を鈍らせた。

 

「しまった!」

 

その言葉と共にリリアの魔法が完成し大きな熱の爆発が街の人間を襲った。

それを見てすぐにリリアにマジックリフレクトを唱える。

マジックリフレクトの発動に合わせ間髪入れずサリスが唱えたメテオレインがリリアを襲う。

二つの魔法が炸裂した後には、巻き上げられた土が周辺の視界を奪って、敵であるサリスですら行動が止まっていたようだ。

 

「リリア!大丈夫か!?」

 

姿が見えないリリアに対して心配となり声をかけた。

 

「私は大丈夫……でも……街の人達が……」

「っ……」

 

リリアの力の抜けた言葉に何も言えない。

わかってはいた。リリアは悪くない。

しかし、街の人間にいくら準備しろと言ったところでいきなり統率が取れるわけがない。

それに統率が取れてたとしてもそこそこ威力を持った魔法であるエクスプロージョンを防ぎきれない人間は出てくるだろう。

リリアは自分が殺したときっと責める。予想するべきだった。シェーラや茶々丸も同様にリリアを救いたい気持ちには変わりなかった事に。

 

「痛てててて。何とか間に合ったようだね。」

 

その声は場違いな程マイペースなシェーラの声だった。

 

「リリアさん。マモルさん。こちらは大丈夫です。シェーラさんがみなさんを守ってくれました。」

「と言っても大事な商品が一つ壊れちまったけどね。リリアちゃん強すぎだね。まいったよ。」

「みんな!」

 

シェーラと茶々丸はシェーラの何かしらのアイテムによって周辺を守り切ったようだ。その声を聞いたリリアは安堵の声音に戻っていた。しかし安心してはいられない。

 

生者に恨みを持つ者よ 死者の世界の魂よ

我が力を以て今こそ機会を与えよう

有象無象のゴミ共よ 貴様らの力 今こそ我に示せ

 

この詠唱は!?ヤバイ!

 

「シェーラ!茶々丸!リリアは今自分の意思で動く事ができない!それにマジックリフレクトでサリスの攻撃を跳ね返したが、あの程度であいつは死なない!」

「ならどうするってんだい!」

「助けたい気持ちは理解できるが、サリスの戦闘に参加はするな。

俺がやる。信じろ。だからお前らは全力で防御を固めろ!リリアと雑魚共を頼む。」

「わかったよ。そのクソ野郎に後悔させてやりな。」

「わかりました。あなたに任せます。だからこちらも信じて任せてください。どうぞご武運を。」

 

土煙が徐々に晴れ、辺りに視界が戻る頃にはサリスの魔法は完成していた。

現れたのは巨大な鉄でできたような高さ5m程で横5m程の四角い扉がサリスの前にあった。

ゆっくりと扉が開き、中からアンデット属であるモンスターの群れが少しずつ湧き出していた。

早く処理しないと時間がかかれば掛かる程強いモンスターが出てくるのだ。

プレイヤーが苦戦する一つの理由でもある。

本来は第二形態にてこの魔法は使用される。

強力になった本体、そこに戦力を裂いてしまうとアンデットの波によって押し切られ、

逆にアンデット達を相手にしていると本体から強力な魔法が放たれるのが仕様だ。

しかし相手は今はまだ第一形態。

その状態での発動など一切考慮していなかったのだ。

 

しかしこうなっては仕方がない。

一緒にプレイしていたフレンドなど、頼れるPTメンバーなど今の自分には居ない。

ならばやるべき事は本体を仕留めるしかないのだ。

 

術者であるサリスへと攻撃を定めて駆け出し、その身体に高速の両手により打撃を叩き込む。

メキメキと鉄で出来た鎧の上から打ち込んだ攻撃は、鎧をひしゃげながら原型を潰していく。

一発打てば野球ボウル大の大きさの凹みができ、二発撃てばべコリと大きく穴を開ける。

しかし、何かがおかしかった。手応えがあまりにも無い。

ステータス自体はMAXにしていないのだ。本来なら反撃してきてもおかしくないのだ。

 

「クソ!やられた!どこだ!」

 

トドメの一撃を入れてドサリと前のめりになった死体を踏みつけながら周囲を探す。

街の入り口ではシェーラや茶々丸達がリリアやモンスター達と戦っているが、見つけられない。サキュバスは相変わらず大人しくしていたので関係ないだろう。

 

「身代わりがあるって事はまだ近くだ。」

 

独り言のように吐き捨て、目を凝らす。この死体は忍者の分身の術同様、本体の能力の劣化版ゴーレムだ。

土煙が舞っている時にでも発動させていたのだろう。

リリア達が心配で気付くのが遅れてしまった自分のミスだ。

すると目を凝らしているとゴーレムのすぐそばに緑色の液体が空中からポタポタと一滴一滴落ちていた。

 

はは。リリアの負けん気に感謝すべきだな。じゃなければこれは流石にわからなかった。

 

空中から落ちていた緑色の液体がある方へと意識を向ける。

 

「インビジブル」

サリス同様にその場で姿を消す。

これで向こうからこちらの位置は不明だろう。

そして本来こちらからも相手の位置は不明だ。

 

ゆっくりとサリスが居るであろう場所へと近付く。

やがて血の滴る近くまで近寄り両手で抱え込むように抱きしめた。

するとしっかりとそこには感触があった。

姿は消しても質量は消えない。

 

「ははは。やっと捕まえた。」

「ナゼッ!?」

「お前がナメてる人間の力だよ。――共振」

 

逃げようともがくサリスに対して武闘家スキルの『共振』を使う。

密着した相手の肉体内部にある水分に対して振動を仕掛け、肉体の内部から破壊するスキルの一つだった。

既に二人の姿はお互いが触れた事によって周囲から見ても目視できるようになっている。

サリスは、口や鼻、目という見える穴から緑色の血が霧状に噴き出した。

見えていない部分の耳からも同じように出血しているだろう。

 

「人型であったのが災いしたな。お前がスケルトンなら水分は無く効果が無かっただろうがな。

人型である以上中身の70%は水分だ。その水に対して振動を起こし正常な機能を奪った。

どうだ?理論上だと頭の中身まで激痛だろ?

元居た世界でも相当にエグイ攻撃方法の一つなんだよこれは。」

 

「ガッ!クッソ!ラッ――ライティング!」

「ちっ。クソが……」

 

至近距離でライティングを使われた。

持続効果を受け付けないが、単純に瞬間的な人間の生理機能で目を瞑ってしまう。

ダメージや異常という効果はなくても、サリスが意図していたかは不明だが生理機能を突かれるというのは予想外だった。

目を手で覆うために一度サリスを放してしまったのだ。

ライティングの眩しさはすぐに消え、視界にサリスを捉える。

サリスはこちらと距離を取り魔法を唱えようとしていた。

 

「クソガァァァァ!!――メテオレイン!!」

 

ここまで追い込まれるとは想定していなかったのか、それは苦肉の策だろう。

街の人間を狙ったメテオレインだ。

巻き込まれれば一撃で命を落とすのは明白だった。

今からあなた達は死にますと宣告されるようなものだ。

ただし、それは直撃すればの話である。

 

「ミラーウォール。」

 

サリスの魔法が発動しきる前に、街の人間達に向かって左手を引き上げるようにして、魔法を腕で撫でるように唱える。

リリアは先程のリフレクトの効果がまだ残っているだろう。

透明な魔法を跳ね返す鏡の壁が街の人間達を全方位で囲った。

単体のマジックリフレクトより範囲型の為に効果は落ちるが、それでもこの程度ならGMのステータスで放てば問題が無かった。

 

サリスによって放たれた多量の隕石は敵味方を関係なく爆撃する。

エフェクト設定によって発生する物だろう、爆音を響かせ地面は深く抉れた。

煙が晴れ視認が可能となったものを見て、リリアを含む街の人間達は動揺の声をあげる。同じようにサリスも動揺しているようだった。

ミラーウォールに囲まれた人間達は、死人はおろか、けが人さえいない。

しかしモンスターの群れは一気に激減していた。

 

「ナニヲシタ。」

「今の魔法は俺が防いだ。簡単なことだろ?」

 

サリスはそんなバカなという表情をしている。

 

「なぁ。お前さ、お前は確かに強いんだよ。普通はな。

でもな、お前は【今】誰を相手にしてるかわかってるのか?」

「ナラコレハドウダ――」

 

話しを無視して何かをしようとしたサリス。その瞬間にサリスの左肘から先が宙を舞った。勢いよく飛んだ左腕は数回転してボトリと地面に落ちる。

 

「お前ら言ったよな、人間風情がって。人間の強さを教えてやる。

それは茶々丸へプレゼントしたお返しだ。感謝して受け取れ。」

「チッ――」

 

舌打ちのような物をしてサリスはこちらに背を向け走り出した。

 

「はは。お前を逃がすはずは無いだろ!

プレゼントのお返しは3倍返しが社会じゃ常識だ。知らないのか?――氷斬波(ひょうざんは)」

 

右腕をサリスに向かって地面に垂直になるよう全力で振った。

武闘家スキルの闘気に属性を乗せて射出する攻撃するスキルだ。

サリスは地面を走る氷属性の氷の刃によって、背中から杖を持っていた右腕と左腕の肩口から切り飛ばされ倒れ込む。

先程サリスの肘から先を切り飛ばしたのもこのスキルだ。

 

「どうだ?3倍返しは。もっと喜べよクソ野郎。

それにこんな程度でお前を許すはずがないだろ。

身体の傷は治ってもリリアの心に与えた傷は治らないんだよ。」

 

腕が無くなったせいで、上手く立ち上がれずに地面でモゾモゾした後、再びサリスは立ち上がった。

それでも背を向け逃走しようとしたサリスに対し、一気に詰め寄り背後から腰に向かって飛び蹴りを入れる。

無防備な状態で直撃を受けたサリスは、そのまま蹴り飛ばされ1m程前方に飛ばされる。

 

「リリアはな、人間を守る為にお前らと戦ってたんだ。

わかるか?戦って死ぬなら俺も理解できるさ。弱肉強食だ。

許す許さないは置いといて俺も一定の理解は示そう。

彼女だって覚悟を持って戦場に立ってるだろうしな。」

 

懸命に立ち上がろうとするサリスに歩み寄りながら、説明するように話しかける。

 

「ただ、その守る為の力を利用され、本来守ろうとした人間に強制的に力を向けさせられたんだ。

大切なものを守ろうとして身に着けた力を、自分の意志じゃなく抗えない強引な力によってな。」

 

こちらを向いて立ち上がったサリスの顔面に、全力の拳を叩き込んで浮いた顔をそのまま地面に後頭部から叩きつける。

同時に何かが爆発したような衝撃と共に風によって土煙が舞う。

 

「さぁ、どうした?早く逃げろよ。

それとも好きなだけ魔法を撃ち込ませてやろうか?

リリアと違って身体の自由が効くだろ?意志を持ってるんだろ?」

「ギギギ!」

 

そのまま兜のような帽子を掴み上げサリスを強制的に立たせて手を離す。

フラフラになったサリスは、ノイズのような声を出し体当たりでもしようという感じで前傾姿勢を取るが、それに対し間合いに入ったと同時に、下あごから天に向けて右足のつま先で思い切り蹴り上げる。

鈍い音と共に仰け反ったサリスに、一歩踏み出し隙だらけになった腹に対して回し蹴りを放つ。

サリスは腰の力を入れた蹴りをまともに腹に受け、そのまま身体を後ろへと押し込まれながらたたらを踏み、口から緑色のドロリとしたものを吐いた。

 

「どうだ?苦しいか?でもな、トドメを刺すにはまだちょっと早いんだ。もう少し付き合えよ。――フェアリーサークル」

 

そう言って少し距離が開いたサリスに体力回復の魔法をかける。切り飛ばされた両腕は元に戻り、身体に受けていた傷はすぐに癒された。

 

「なぁ、少しでも子供の心に傷を付ける重さを理解できたか?

自分の力では絶対に敵わない、圧倒的暴力によって蹂躙される側の持つ恐怖という感情を理解したか?」

「殺シテヤル」

 

サリスは体力を回復され、戸惑ったような素振りを見せた後、こちら睨んでそう言った。

サリスが何かしようと身構える。逃げる事を諦めたのかどうかなど、さして興味もなかった。

逃げても殺すし向かってきても殺す。過程は違えど結果は同じだったからだ。

 

腕が戻った事により杖を手にしたサリスは、魔法を唱えるため杖をこちらに向けようとする。しかし対象として補足される前に力強く地面を蹴り懐に飛び込んで両手で顔を掴む。そのまま左足で地面を蹴り上げ右膝を折りたたみ、顔面に向かって飛び膝蹴りをおもいっきり打ち込んだ。

サリスは左手で鼻を抑えて再度数歩たたらを踏む。

地面には指の隙間から、鼻を潰されたことで緑色の血のようなものが滴り落ちる。

鼻を潰されたサリスは整った顔の面影など一撃で無くなっていた。

 

「そうか。わかったのか。それをお前はまだ子供のリリアにしたんだ。」

 

聞いているのか聞いていないのか、理解しているのか理解してないのか、そんなもの今の自分とってはどうでもよかった。

それでも独り言のように話しかけ、コンソールを弄りながら攻撃力を上昇させる。

 

「ギギャ!」

「そうかそうか。俺にはお前の気持ちは理解できないな。それにな、一つ言いたいんだが……」

 

よくわからない叫び声を上げたサリスに対して、適当に相槌を打ちながら大きく息を吸った。

 

「お前が本当に理解できるわけないよなぁー!

お前は人間じゃなんだからさぁー。

お前はモンスターでリリアは人間なんだ。お互い理解できるわけがないよなー。」

 

殺意を込めた言葉を吐き捨て、怒りのままに思いっきり踏み込んだ。

その大雑把な踏み込みに対してサリスがピクっと反応する。

迎撃しようとしたのか勢いよく杖を横に薙ぐ。

しかしその攻撃は虚しく空を切るだけだった。

本気を出したGMにこの世界の誰が敵うというのだろうか。

ただでさえ素人が持って最強のステータスだ、それに本来プレイしていた頃の職業スキルとは違う、単純な腕の差というプレイヤースキルを持っている。

そのためサリスが攻撃する瞬間を見逃さなかった。

サリスの攻撃に合わせるように身体をしゃがませ、両手を地面に着きながら一回転するように右足で足払いをかける。

足元を掬われたサリスは空中に横一文字となる。

そのまま足払いから連撃を入れる。払った足を元に戻し、立ち上がりながら残った遠心力を利用する。

左足を使い、空中で水平になっているサリスの腹に向かって真上に全力で蹴り上げる。

パンチングマシンを殴った時のような音を響かせ、サリスの身体はくの字を描きながら空に打ち上げられた。

緑色の吐瀉物を撒き散らしながらサリスは苦悶の表情を浮かべている。

 

「残念だけどな、お前と良い勝負をしてやるつもりはないんだ。俺が今からするのは一方的な暴力で、ただの報復だ。」

 

見上げながら落下してくるサリスを見て言った。

落ちてくるサリスはこちらの攻撃を予測して、杖と腕で防御を固める。

気にする素振りも見せずに、落下しながら防御姿勢を取るサリス目掛けてパンチを打つ構えを取る。

サリスが肩の高さに到達したと同時に、真横からサンドバッグをフックで殴りつけるように、単純な膂力によって放ったパンチを防御の上から打ち込む。

攻撃力を上昇させたパンチを受けたサリスは、落下から地面に到達する前に真横に殴り飛ばされた。

数メートル横に飛ばされ地面に落ちたサリスは、防御姿勢のまま横滑りしてやがて止まる。

 

息も絶え絶えというサリスは立ち上がり、ニヤリとこちらにゲスい笑った顔を向ける。

何か考えがあるのだろう。

両手を天に掲げると同時に自身の周囲に展開された幾何学模様の魔法陣が点滅する。

 

「ここにきて自爆魔法か。

だけどな、言っただろ?殺すって。それは自殺とは違う。

自分で死に方を選べると思ってるのか?」

 

コンソールを操作してアイテムリストから『石ころ』を選択する。

アイテムボックスから石ころが吐き出され、それを右手でキャッチする。

 

「なぁ、これ何だと思う?」

 

手に持った拳大の石ころを、お手玉のように上に投げながら問いかける。

サリスはそれでも勝ち誇った顔をしていた。

 

「自我を持ったお前に石ころを本気で使う人間なんて俺が初めてだろうな。

これはな、こうやって使うんだよっ!」

 

その石ころを距離が離れたサリスに投げた。ただ全力で投げた。

しかしそれで充分だった。尋常じゃない速度を伴った石はサリスの顔に直撃する。

石ころの投擲によって1~10の変動ダメージを与えるもので、速度は関係なかった。

サリスも特にダメージを受けていないようだ。

ただし、少しであるがダメージを受けた事により魔法の詠唱は中断される。

サリスは詠唱を中断されたことで睨み付けてきた。

それを無視して走り出し徐々に加速する。

サリスは錫杖をこちら向けようとするが、間に合わないと判断したのだろう。

防御姿勢を取ろうとした。だがその迷いは決定的なミスだ。

腹にガードをする前に鳩尾を撃ち抜くようにして右手でパンチを放つ。

そのパンチは攻撃力を上げた事、膂力だけじゃない腰の捻りを加えた重みの追加という本気の拳だ。

その攻撃はサリスの腹をいとも容易く鉄のローブごと貫いた。

 

「グ……グゴッ……クソガッ」

 

貫いた右手を抜く為に左手でサリスの胸を突き飛ばす。

 

「俺の事を殺すと言ったな。それは間違ってるぞ。ここで初めて理解できたか?

俺がお前を殺すんだ。」

 

突き飛ばされた事により倒れ込んだサリスの顔を、右手で掴み上げながら教える。

ミチミチと肉が千切れそうな音を立てているサリスの顔をそのままリンゴを潰すようにして握り潰す。

顔を握り潰されたサリスは果汁が弾けるように中身を撒き散らしながらピクピク身体を痙攣させ、やがて動かなり光の粒となって消え去った。

 



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8 トライアル編 終話

ちょっと次のお話の数話目くらいからは、
掛け合い部分を意識した書き方になると思います。
現在では掛け合い部分よりも、自分視点の体言止めばかりになっており
少し自分でもどうかな~という部分がありますので

書く際に全ての部分で視点を動かして書いてみる予定です。


サリスを倒した事によってシェーラ達への不安要素であった、冥界への扉は消えた。

またそれに伴いサリスの魔力によって存在していたモンスター達も術者の消滅により纏めて消え去った。

 

残されたのは辺りには肩で呼吸している人々とサキュバスだけが残っている。

人々の金属装備類の軋む音などが伝わり、それ以外言葉を発する人間は居ない。

街の人々はこれからどうするのかという感じで、こちらを様子見しているような眼差しを向けてきていた。

 

周囲の確認を行い、ゆっくりとリリアに向き直った。

自身にとっては脅威となる対象は居ない。

それに何かあったとしても、サキュバスだけなら先程の戦闘で実力自体はたいした事はないだろうという判断の元、いくらでも対処できるからだ。

 

魔法をかけられていたリリアも例外なく魔力から解放され、複雑な表情でこちらを見ていた。

恐らく先程まで自身の意志とは別と理解して、どうすればいいのか迷っているのだろう。

ただ、まだサキュバスが居る為シェーラ達は警戒を解いていない。

サリスは消えたが緊張した空気はまだ残っているのだ。

それでもいくらかの緊迫感は取れているように感じた。

サキュバスを無視してリリアへと足を向ける。

歩みを進めるが誰も動かず、変わらずに言葉もない。

やがてリリアの前で立ち止まった。

 

「あの……その……」

 

リリアは精一杯言葉を選ぼうとして、どうしたらいいのかわからないような素振りで目を逸らす。

それを見て黙って背中に手を回し右手で頭を胸の中に寄せ子供を包み込むように優しく抱きしめる。

 

「恐かったな。よく耐えた。もう大丈夫だ。」

 

元が小柄なのに、さらに小さくなったように感じた。

リリアは腕の中で震えだし、やがて大きく泣きじゃくった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「気にするな。みんなわかってる。だから今は好きなだけ泣くといいさ。」

 

リリアを抱きしめる姿を見てシェーラ達はいくらか安心したような視線をこちらに向けていた。

しかしまだ終わりではない。

 

「おい、サキュバス。」

「な!なんですの?」

 

リリアが腕の中で少し震えたのが感じ取れた。

それは恐怖か不安か。当人ではない為に自身ではわからない。

 

「大丈夫だリリア。安心しろ。お前に手は出させないさ。」

 

優しい声で落ち着かせる。

リリアを解放した事で自身もいくらか気持ちが落ち着いた為、背を向けたままサキュバスに声をかけた。

背を向けたままなのでわからなかったが、次は自分の番と思ったのか声には恐怖の感情を抱いているのが色濃く反映されていた。

 

「お前はなんでこんなクソみたいな事をしている?」

「……」

「ここまで実力差を見せ付けられて言わないとはバカなのかお前は。」

「そ、それは……」

「理由があるんだな。」

「……」

 

問いかけに対して返事はなかった。

少し考えれば誰でもわかる。ならば答えは二つだ。その問い掛けに対して言いたくない、又は言えない事となる。

そして命が掛かっている明確な実力差を前に口ごもるという事は消去法的に言いたくないではなく、聞いてほしいが聞かれたらまずい内容と推測できる。

社会人になれば自ずと手に入る腹の探り合いの一つだ。

それならばと質問の内容を変更する。

 

「それはお前にはどうにもできない事か?」

「っ……できませんわ。プレイヤーならばあなたも知っていますでしょ。」

 

何かを言いかけたような息遣いから、言葉を選び直したような答え方をしてきた。

『プレイヤーならばあなたも知っている』という部分が腑に落ちなかったが、今は余計な詮索はしない。

今のような状況でこちらが知らない事がバレた場合、嘘を言われる可能性がある。

もし嘘を言われたとしたら、何が真実で何が嘘かの判断ができなくなるのだ。

相手のいいように誘導され、それを真実と吹き込まれては少しの判断ミスで致命的な結果を招く恐れもあった。だからこそ質問はしない。

 

 

「名前は。」

「シャルル……」

「どこかに住んでいるのか?」

「シルクに……。」

 

怒りで忘れていたがコンソールを使えば名前の確認はできる。

しかしあえて口で質問したのは今はリリアが泣いてくっついている以上、余計な動きで不安を与えたくはなかった。その為に口頭で確認した。

 

「そうか……ならとりあえず今日は帰れ。」

「ダメです!マモルさん!今なら倒せるはずです!生かして帰すのは危険です!」

「そうだよ。もし帰ってまた軍勢を連れて攻めてきたら街に被害が出るんだよ。

次は上手くいくとは限らないんだ。」

 

しかしシャルルというサキュバスからの返事は無く、代わりに茶々丸とシェーラが意気込み、一歩前に出て声をあげた。

いつでも仕掛けれる準備をしているその姿に、他の騎士団や冒険者達も構える。

 

「大丈夫だ。今まで俺の考えが甘かった。今後攻めてきた場合は常に皆殺しをかける。

手加減はしない。一匹たりとも生かして帰さない。

なんなら魔王直々全ての仲間を連れてくるといい。その方がかえって手間がかからず纏めて殺せる。」

 

「いくらマモルさんが強いと言ってもそんな事は不可能です!」

 

茶々丸達を宥めようとするが、やはりというか反感を買う。

一体どうすればいいのか。

 

「茶々丸。信じてもらえないかもしれないが、それができるから言っているんだ。

街にも俺が防御を張る。

それにそこまでこのサキュバスはバカじゃないはずだ。そうだろ?シャルル。」

 

何とか信用してもらうためにGMという事は口にしないが、できる事として事実を口にする。

 

「そうですわね。例え全力で挑んでもサリスを倒される以上ワタクシでは敵いません。

しかし、ワタクシが来なくてもあなたのその力を知らない別の者が来ると思いますの。」

 

「だそうだ。ここは俺に免じて従ってほしい。悪いようにはしない。」

 

「僕はモンスターの事は信用できません。」

 

「ならモンスターの事は信用しなくてもいい。一度でいいから今の俺を信用してほしい。」

 

「しかし……」

 

シャルルは下種と言ってもプレイヤーだ。

ならいくらか話は下手な街の人間よりは通じるだろう。

しかし尚も茶々丸は食い下がる。

 

「申し訳ありませんが、あなたは一体何者ですの?

職業変更ならばまだわかりますわ。

それがサリスの魔法が効かず、先日は騎士と忍者と魔法、今は武闘家と魔法。

こんなデタラメで複合的なものを使う職業なんて聞いた事がありませんの。」

 

シャルルは攻撃されないと安堵したのか、茶々丸との間に割って入って来た。

声に少し余裕ができているようだ。

そしてプレイヤーならば誰もが思っているであろう当たり前の疑問を投げかけてきた。

確かにこんなふざけた能力など一般プレイヤーからするとありえないだろう。

GMだからできる能力だ。

自分が同じプレイヤーのアカウントでプレイしていたならば、もっと別の戦い方をする。しかし、かと言って正直にGMだと言うのもリスクだ。

 

「そうだな。チートというデータ改造で遊んでいたら巻き込まれて今に至る。

それに人間のプレイヤーはもう居ないんだろ。

データを弄ったせいで俺には寿命という概念が当てはまらないんだろう。

だからこそこうして今の姿のままここに居る。」

 

リリスから聞いていた話や、プレイヤーとしてありえる話を複合的に考えて答える。

 

「それならば納得ですわ。

でも、それなら何故あの時に一緒に戦ってくれなかったんですの?」

「あの時はデータを正常に戻せなくて自身でまともに動くことが出来なかったんだ。そこから何とかコンソールを操作してこの力を持ったままデータを修復して動けるようにしたと思えばいい。」

 

あの時という言葉が引っかかるがわからない物に答えようもない。

何があったんだと本心は聞きたかったが、プレイヤーは人間同様に外見はモンスターでも中身は人間だ。

茶々丸達はモンスターとして扱っているようだが、自分からするとどちらも守る対象には変わりない。

下手に刺激してシャルルを殺されても困るのだ。

それならば無駄に今は話をするべきではない。

 

「それならばサリスを倒した事も納得できましたわ。

でも……あなたがあの時居てくれたら状況が変わってたと思うとやりきれませんわ。」

「そうか。とりあえず今日は帰ってくれ。

それと、お前らを許したつもりは無い。帰って仲間に伝えろ。

『今度はこちらの番だ。近い内にシルクへ必ず挨拶しに行く。』

リリア達の受けた借りは俺が返すとな。」

「もし――」

「いいから行け。」

 

何かを言いかけたシャルルの言葉を、重く威圧を効かせた言葉で遮った。

背後から翼が羽ばたく音が聞こえ、徐々に遠くなっていく事だけが感じ取れた。

 

「とりあえず終わったな。」

「でも本当に帰してよかったのかい?それに何かを言いかけてたようじゃないか。」

「ああ。茶々丸には悪いことした。

ただ、正直言って問題はないな。言っただろ?

今度はこちらの番だと。シルクを叩き潰す。その時にでも聞けばいい。」

「本当に出来るんでしょうか?」

「心配するな。こう見えて腕には自信がある。」

 

シェーラの言う通り、聞きたい事はまだまだ多かった。

それに茶々丸の心配もわかる。

しかし、能力的な不利は街の人間やプレイヤーと比べて、個人にとっては一切ない。

口では皆殺しと言ったが、次から攻めてくるなら喋れるスピーカー要因以外は全力で潰す予定だった。

皆殺しにしてしまうとサキュバスのように原因を探る為に何度か来るリスクがあるからだ。

圧倒的な力でねじ伏せ、勝てないと認識させれば命を捨てに来るバカは減るだろう。

それに必要な情報は足を運んで、現地で聞き出してしまえば良かった。

完全な力任せな方法であったが、今できる事はこれだけだと思っている。

もし良案が出て来れば採用して変更していけばいいだけの話だろう。

 

「まぁあれだけの魔法を使うモンスターを、一方的に倒したマー君が言うんだ。マー君がそう言うなら信じるしかないね。」

「マ、マー君?」

「マモルだからマー君、愛称としてはいいんじゃないかい?」

「いや、まぁ、構わないけど、なんか子供みたいな呼び方だな。」

「あはは。おかしな事を言うんだね。マー君も子供だろ。まぁその内慣れるだろうさ。」

「はぁ、、、17歳というのは疲れるな。」

「ほら。子供じゃないか。お姉さんの呼び名に決定だね!」

「はいはい。お任せしますよ。」

 

人が真剣に考えている時にシェーラは左手を腰に当て、自らの顔の横で右手の人様指をピンと立てながら満足したような笑顔を見せていた。

まるでリリアに行った事を同じようにやられるとは何だろうか、このデジャヴ感は……

それに、なんでこう緊張感を直ぐに途切れさすかねー。

この人はあれだ、間違いなく学生の頃にクラスで一人は居た、可愛いけど手がつけられないタイプの自由な女の子だと直感的に感じた。

まともに相手にすると疲れる為、完全に合わせる事を決める。

 

「あの、マモルさん。」

「どうした?茶々丸。」

 

自分の中の完全に電源がオフになった時に茶々丸が真剣な表情で話しかけてきた。

オフになっているのにまた真剣な話題になると精神的に疲れるんですがそれは。

少しは空気を読んでください茶々丸さん。

 

「今の僕の強さ。弱いままじゃ誰も守れません。

だからお願いします。僕を強くしてください。」

 

君はあれだね。それ今必要かな?

ねぇ見て。今リリアちゃん泣いてるんですが。

 

おもいっきり口に出したかったが、純粋な気持ちに水を差す事も躊躇われたので言葉を飲み込み、少し考えてみる。

 

「そうだな。シルクを叩く時に街を空ける。

その時に万が一の可能性があるかもしれないな。

どれくらい出来るかわからないけど、やれるだけやってみよう。

それに確認したい事もある。」

「ありがとうございます!」

「まぁ、持ちつ持たれつでいいんじゃないか?気にするな。」

 

感謝の言葉と共に深く頭を下げる茶々丸にいくらか自分の中で好感度が上がった。

確かに空気は読めないが、礼儀正しさを持ち合わせている少年だ。

だからこそ気にするなという言葉が出た。

 

「それじゃあ私達は帰るとするかね。」

「え、でも――」

「君は真面目か!いいから帰るよ。

みんなも撤収!はいはい!帰ってさっさと残りの仕事をする!

それじゃ、リリアちゃんは任せたよ。二人でゆっくり帰りな。」

「なっ!?――」

両手をパンパン叩き騎士団や冒険者達に促して、茶々丸の肩を掴み引っ張っていく変な気を利かせたシェーラ。

別にそういうつもりじゃなかったが、今更どうこう言う気も起きなかった。

それにシェーラも茶々丸に同じような感覚なようで、それが大学時代を思い出して少し楽しくて真面目に返すのもつまらないと思った。

 

まぁ、いっか。

 

今は大事が無かった事に素直に喜んでおこう。

 

しばらくは撤収の為ガチャガチャしていたが、やがて全員が居なくなりリリアと二人となった。

 

「どうだ?落ち着いたか?」

「うん。」

 

腕の中のリリアへと声をかけると、まだ鼻声であったが落ち着いたようだった。

もう大丈夫かとリリアから手を放してみたが、それでもまだ顔を上げなかった。

黒のシャツが涙で水分を含んでいたのを身体で感じたが、別に時間はある。

特段急がせる事も無かった。

 

「ありがとう……そしてごめん。」

「俺に感謝する必要も謝ってもらうような事もないさ。」

 

リリアの言葉に対して返すと、拒絶したと思ったのだろうか、シャツを更に引っ張り、グッと顔を深く隠したようだ。

元は自分がリリアを傷付け、一人にさせた事が間違いだった。

だからこそリリアはそんなに自分を責める事はないと思っていた。

 

「言ったろ?今回の事はリリアが悪いわけじゃない。」

「……」

 

リリアの三角帽子が顔を隠しすぎて落ちそうになっていた状態だったので、それを取って左手で持ちながら右手で頭を撫で謝った。

 

「顔をあげれるか?」

 

リリアは子供のように顔を埋めながら左右に振る。

 

「泣いているのを見られるのは嫌か?」

 

リリアは黙って顔を上下に振る。

 

「はは。大丈夫だ。リリアはリリアだろ?

それ以上でもそれ以下でもない。少し見せてみろ。」

 

そう言ってリリアの肩を右手で添え、ゆっくりと胸元から放す。

リリアはシャツを掴みながら顔を放すも、こちらを見ずにスンと鼻をすするような仕草を見せた。

そのまま腰を少し曲げ、リリアの顔を覗き込む。

 

「少しだけいいか?」

 

リリアの返事は無かったが、ぐしゃぐしゃになっていた顔を、布とインフィニット・ウォーターを使って優しく拭く。

一緒に朝市に出かけた時とはまるで別人かと思えるくらい、リリアは元気がなかった。

らしくないリリアを見て何か元気づけるものはないかと考えていると思いだした。

 

「あ、そうだ。リリア、ほら。」

 

軽快に指を動かしてコンソールを操作する。

アイテムボックスが空中に現れ、ポンっと目的の品を吐き出した。

吐き出したのは、シェーラの店で買ったプレゼント。

ウンディーネの欠片が入っている小さなピンクのリボンで締められた白いギフトボックスだ。

多少なりとも元気が出ればいいという気持ちだ。

 

「……これは?」

 

シャツから手を放し、受け取ったギフトボックスを不思議そうに見つめている。

 

「ん~、とりあえず開けてみるといいさ。」

 

そう言ってリリアを促す。

リリアはおもむろに右手でリボンを引っ張る。

リボンがほどかれた小さな箱はリリアの手を離れふわりと手を離れ空中に浮かぶ。

こういうところはゲームのままだ。

中からは白い光が四方八方に漏れ出し、それと同時に四方向に箱が開きながら数秒して光の筋が消える。

光の後から現れたそれを見てリリアは驚いた表情をしていた。

 

「あの時はリリアを傷つけて悪かったな。」

 

頭を右手でぽりぽりと掻く。

今自分がどんな顔をしているのかよくわからなかった。

こういうのは基本的に苦手だからだ。

 

「これを私に?」

「ああ。もし気にいらないなら捨てたらいいさ。」

「ううん。ありがとう。」

 

そう言ってリリアはここにきて初めて嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

その笑顔を見て恥ずかしながら多少なりとも異性を意識してしまい赤面してしまう。

 

「それじゃ、リリスのとこに帰るか。」

 

流石に慣れない事はするもんじゃないと思いながら、踵を返し一人さっさと歩き出した。

今のこの顔を見られては恥ずかしい。

しかし、後ろに気配がしなかったので少し歩いてから振り返って確認すると、リリアは腰に着けていた巾着袋に大事そうに仕舞っていた。

それを見て何となく自分も嬉しくなる。

 

「お~い。いくぞ~。」

「うん!」

 

そんな悪くない気持ちを感じながら、リリアは声に反応して元気一杯の声を出し小走りで追いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

マモルは気付いていない。一人で前を歩いている。

今自分が握っているのは指輪と一緒に入っていたギフトカードだった。

そこに書かれていたのは何の事もない普通の一言

 

『ごめんな。』

 

恐らく自筆であろう只これだけであった。

ただ、これだけの事でで自身にとっては指輪より嬉しいプレゼントとなった。

指輪とその紙を腰に下げていた巾着袋に大事にしまいこみ、高鳴る胸を抑えながらマモルの横に並んで一緒に歩き出す。

 




これにてトライアル編は終わりです。
次回からシルク編に入りますが、仕事の関係上で相当期間が空きます。
というより、ここからはシルクは手入れしないと残念すぎる内容となっていたので
公開できないレベルなのです。
改めて公開しますので、今しばらくお待ちください。

あと、他にも色々書きたいのがあるんじゃあ!!
でも一つずつ確実にしていくしかないですよね。
頑張ります。


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シルク編
プロローグ


「――だそうです。」

 

周りには林がある街の端の家。

陽当たりが悪いレンガを重ね合わせたような石造りの薄暗いジメジメとしたリビング。

窓は閉じられ家具などは何もない。

代わりに辺りには食べ散らかしたであろう元が何なのかさえわからない腐敗した肉が散乱していた。

その腐臭に鼻が歪みそうになる気持ちを抑え報告を終える。

 

 

報告を受けた目の前に立つ大柄の影。

その大柄な影が手に持っていた物体は見た目からは想像もつかない速さで振り抜かれた。風を巻き込みながら迫るそれは、取手部分には包帯のように生地が巻き付けられていた。恐らく手が滑らかないようにする為であろう。

その取手部分の長さは約1メートル程。

先端にはこの世界では一番堅いと言われるアダマンタイト鉱石で出来ている塊が左右対称に取り付けられている。

塊の大きさ的には縦横20センチメートル程の面を持ち、取手から左右対称に伸びた長さは片方30センチメートル程。

その面とは別に先端には鋭利な槍状の40センチメートル程の刃が取り付けられていた。

ハンマーともランスとも呼べる三又の獲物をその持ち主は片手で扱う。

腕を使い防ぎたい。若しくは飛んで逃げたい。

そんな気持ちに駆られるが、これは防いではいけないものだと頭では理解している。

 

その面が風の壁を打ち崩すように左腕ごと左脇腹に打ち込まれた。

苦痛を瞬時に通り越して意識が刈り取られそうになる。

殴り付けられると同時に、自分の意思で飛ぶのとは別に、身体が宙に舞いそのままなす術なく地面にうつ伏せに打ち付けられた。

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

わかってはいた。わかってはいたのだ。

しかし流石にこれはキツイ。

痛みを我慢するが、腹の底から熱い物が込み上げてくる。

堪えようとするも、どうにもならずに限界を超えてやがて口から赤い血が噴出した。

 

「お前な。大事な戦力を一つ潰してな、そんなつまらない土産話とか何考えてんだ?

テメェの失敗で全員に危険が及ぶだろうが!」

 

声の主はかなり激昂しているようだ。

それはそうだろう。自分の失敗で全員の命の危機を招いたのだから。

自分が逆の立場ならどうだ。同じようにするしかないだろう。

他に方法があれば目の前の主もそちらを選択しているのは理解できる。

だからこそこれを受け入れるしかないのだ。

 

トロールは顔に青筋を立てながら手に持った武器を大きく振りかぶる。

 

自動回復能力をパッシブスキルとして保有しており、魔法耐性は弱いが体力・防御力・物理攻撃力が高い。

自分と同じプレイヤーであり、魔法耐性を上昇させる為に肩から腰に金糸を用いた生地で作製されているまるで原始人が着るような衣服を装備している。

全体像で言うと並の成人男性二人分くらいの横幅を持った2m程の二足歩行モンスターだ。

見た目はただのトロールだが、その装備とレベルによって普通のトロールとは比べ物にならない強さを持っていた。

普通のトロールが猫なら、このトロールはライオンといったところだろう。

このトロールに対し、能力を使用しての駆け引き戦ならば勝てるかもしれないが、単純な肉弾戦ならとても太刀打ちできるものではない。

 

今から起こる出来事がどういう事か理解できるためどうしても恐怖で身体が震えてしまう。

散々見て来た光景なのだ。

 

「お前の責任だ!わかってんだろうな!」

 

アンダーグラウンドの日本ではない。

勿論映画やアニメなんかでもない。わかっている。そう自分に言い聞かせる。

 

失敗すれば『死』。

これまでもそうだったし、これからも変わらない。

今の自分が居る世界での常識。

そうしなければ今まで生き残ってこれなかったのも事実だ。

誰かを生かす為に誰かが死ぬ。

こんな最悪な世界ではただ生きる事さえ困難な日常。

自分が生きてこれたのも、今まで誰かがその都度責任を一人で請け負ってきたからだ。

 

トロールは言い終えると同時に大雑把に大きく振り下ろした武器をこちらの背中に叩きつけてきた。

 

「ガァっ!」

 

出した事がない声が口から自然と出る。

TVなどの演技の声なんかではない。出そうと思って出る声じゃない、自身でさえ聞いた事がない声。

人が圧死するときに出す声というのはこういうものなのだろう。

普段聞いている自分の声とは全く異質な物だと初めて理解した。

 

地面と武器に挟まれ、背中から骨が砕けるような音が鳴る。

自分の身体から出ているとは思えない何かが砕ける音が聞こえてきて、心が折れてしまいそうになり意識が遠のいていく。

 

「やめてよ!」

 

その声を聞き、遠のきかけた意識が直ぐに我に返る。

声は少年という感じが適切だろう。まだ変声期にも入ってない声だ。

部屋の扉が勢いよく開かれたと思うと、トロールを両手で突き飛ばしこちらとトロールの間で手を広げて立ち塞がった。

 

「来ちゃ……ダメ!大……丈夫、だから!」

 

声に出そうとするが口をパクパクさせているだけで空気が出ていないのか自分の声が耳に届かない。

恐らく相手にも聞こえていないのか、気付いていないような感じで相対している。

いや、恐らく気付いていても同じ状況には変わらない。

 

「痛ってーな。」

「姉ちゃんは僕が守る!」

(ダメ!アラン君!下がりなさい!)

 

必死に声を出そうとしたが、それでも一切声が出ない。

力を込めようと大きく空気を吸いもうとすると、空気を吸い込むどころか、更に吐血してしまい血溜まりを作る。

これは先程の攻撃によって骨だけでなく体内のどこかが傷ついてしまったのだろう。

 

「残念。姉ちゃんは喋れないようだ。

それにな、坊主、こっちはこっちで命がかかってんだ。ガキが感情だけで邪魔してんじゃねぇぞ!!」

「姉ちゃん一人だけで行かせたお前らも悪いだろ!」

「おいクソガキ。もっぺん言ってみろや。

テメェも知ってんだろ。

俺らが遊んでるように見えてんのか?

理由次第じゃ許さねぇぞ!

こっちはこっちで他の奴らも必死にお前ら含めて死なないように命かけてんだ。」

「っ……」

「それに今回はこのままだとマジでやべぇんだ。

このアマだけじゃなく俺ら含めてお前も全員殺される。

NMを失っただけのケジメが必要なんだよ!」

「なら僕が行く!だからこれ以上姉ちゃんをいじめるな!――」

 

正直アランの言う言葉は嬉しい。

でもそれではダメなのだ。

ここで誰かが責任を取らなければまた人が死ぬ。

もうこれ以上大切な人が死ぬのは見たくないのだ。

 

二人が言い合いをしていると、急にトロールの顔色が青ざめたように見えた。

その表情を見て嫌な予感がする。

待てという感じで間に入った上半身が人間下半身が馬のケンタウロスであるアランに対して手を伸ばし、白い歯を見せて歯噛みして黙り込んだ。

 

「ちっ、来やがった。いいかガキ。テメェだけじゃねぇ。

俺にだって守りたい奴らはいるんだ。

それは本当ならお前の姉ちゃんも含めて全員だ。

ただな、誰かがケジメをつけなきゃ全員が死ぬ。だから理解しろ。」

 

目の前のトロールは諭すようにしてアランに言った。

一体何がくるというのだろうか。

いや、自分は知っている。嫌な予感というのはソレの事だ。

察知はできないが、おそらくソレが来たのだろう。

直接は知らないものだったが、管理される立場となってから目の前のトロールの家に来ていたのは何度か見ていたのは覚えている。

恐らくソレを察知したトロールは、何を考えているのかコンソールに対して太い指を使って急いで操作しているのが見て取れた。

 

少しすると操作を終えたのだろう。

アイテムボックスが現れ、中から小さな小瓶を取り出した。

その取り出した簡素な瓶を見ながら大きな身体とは裏腹に悲しそうな表情をしているのが見える。

一体そんな小瓶を取り出して今更何をしようというのか。

そんな物が今更役に立つとは思えない。

 

「今の状況じゃまともな材料もねぇ。

こんな簡単に作れるポーションさえ買う事はおろか、必要な物は手に入りにくい。

これが管理された側の環境だとはな。

ったくよ。この一つが俺の手持ちの最後のポーションとは笑わせてくれる。

おいガキ。そこをどけ。」

「嫌だ!」

「時間がねぇ!男なら何を守るか間違うな!さっさとそこをどけ!」

 

そう言うとトロールは武器を手から離してアランの腹を殴り付けた。

加減をしていたようだったが、両手を広げていたアランはトロールの一撃をまともに腹に受けて4本の足を折り曲げて地面に膝から崩れてうずくまる。

手間をかけさせやがってという感じだろう。

邪魔者は消したというようにトロールはこちらへと近付いてきた。

 

「おう、クソアマ。

これを飲め。今からじゃどうせ間に合わねぇ。

それにそのガキじゃ子供過ぎて話にもなりゃしねぇ。

だからテメェに頼む事にした。

いいか、これは今までしてきた上からのクソみたいな命令じゃなく、俺個人の最後の頼みだ。

俺の首持ってテメェがここに居る全員守れ!いいな!」

 

トロールは手に持ったポーションの瓶の口をこちらの頭を左手で持ち上げながら口へと右手を使って強引に押し込んできた。

吐血で全部は飲めなかったが、多少飲めた事によりいくらかは体力が回復したようだ。

しかし既に何十年も経過してレベルがMAXまで上昇している体力には焼け石に水のようなもの。

トロールの攻撃によって何も痛みを感じなくなっていた。

それが中途半端に回復された事によって、無痛状態から激痛を感じ取れる感覚程度しか回復していない。

 

感覚が多少戻る事によってわかった事があった。

トロールの瓶を持った右手が微妙に震えていたのだ。

その事から理解できた。

 

(ああ、結局はこの人もワタクシたちと同じなという事ですのね。)

 

「飲めただろ。さっさと俺の首を斬り落としやがれ。

パッシブスキルの自動回復で首が切断されても回復しようとして生きてる。

それを持ってアイツの前で確実に殺せ。それでもどうなるかわからんがな。」

 

トロールは腕を組んで部屋の中央に座った。

言われた通り動こうとするが、やはり体力の回復量が少なく思うように中々動けない。

立ち上がるので精一杯だった。

しばらく休めば何とかなるが、今は苦痛が全身に襲いかかり気を抜くとすぐにでも意識が飛びそうなのだ。

 

「ちっ、ダメか。おい!アラン!何でもいい!テメェが俺の首を刎ねろ!」

 

こちらが無理と悟ったのか、首から上を動かしてアランに向け指示を飛ばす。

指示を受けたアランも何とか立ち上がったものの足元がおぼつかないように見えた。

 

「この根性無しがっ!これじゃあもう間に合わねぇ。こうなったらやるしかねぇか。

おいアラン!姉ちゃん助けたきゃ俺と一緒に死ぬ覚悟を決めろや。

おい、シャルル!テメェはそこの窓から飛んで裏から出て他の奴らを連れてシルクから出ろ!

アランの事はすまねぇが諦めてくれ――」

 

その瞬間。

最後まで言葉を発せなかったトロールは、開いた状態の扉の方向から白い一筋の閃光に貫かれた。

 

「ぐっ!」

「ゲン太!」

 

アランがトロールの名を呼ぶ。

ゲン太は閃光によって左胸を貫かれており、左手で傷口を抑えながら右膝を地面についた。

 

「来たぞアラン!テメェが姉ちゃんを守ろうとしたんだ。

姉ちゃん殺されないようにビッと気合いれろや!」

 

ゲン太は扉の先を睨みつけるように見ていた。

 

「親方っ!」

「大丈夫すか!?」

 

家の門番をしていたゲン太直属の部下達二体が部屋の中になだれ込んできた。

身体が全身紫色で鳥類のような嘴の尖った顔と足を持ち、背中には鷹のような翼を生やした両手は人間で金色の腕輪を装着した悪魔。

顔には二本の角を持ち、背中には翼、尻には尖った尻尾、人間の手足を持って地面を這うように歩く赤い身体。

プレイヤーであるガーゴイルとレッサーデーモンだ。

ゲン太を心配しての事であろう。

混乱しているようだったが、心配の声を先に上げる。

 

「テメェらも家族を守る為に俺と一緒に死ね!」

「親方がそう言うならついていきますぜ。

なんせここまで面倒見てくれたんだ。逃げる方がおかしいってもんです。」

「そうっすよ。一人で居た俺を拾ってくれたんだ。最後まで一緒っすよ。」

 

ワタクシも戦いますわ。

そう口に出そうとするが相変わらず喉からは空気が漏れる音しか出てないのだろう。

何も出来ない自分が歯がゆい。

 

傷口あたりからから白い煙をあげていたゲン太。

胸から手を放すと傷が塞がっており、先程地面に叩きつけた武器を手に取った。

それに続き部下の二体は任せてくださいという感じでゲン太に笑顔を向けていた。

自分は結局立ち上がったものの、それが精一杯で声も出せずにやり取りを見ているしか出来なかった。

それでも目は動かせる。5体全員の視線は閃光が飛んできた扉に注がれる。

 

「全く。女性をいたぶりポーションを飲ませる。

何の拷問ですかそれは?

やるなら確実に一撃で仕留めるのがスマートですよ。」

 

そこにはたまに見ていたソレが居た。

光が放たれた場所から確認できた姿は、流暢な言葉を放す人間。

いや、灰色のフード付き全身ローブを着たモンスターだった。

成人未満の人間と同じくらいの身長に細身の体系。

フードからは常に眼を瞑って口元がヘラヘラしている顔が見え、金色の長い髪の毛が胸元まで伸びており、ウェーブ状のロングヘアーという事は理解できる。

その背中からはどのようになっているかわからない状態で、純白の羽根が2枚ローブを包み込むように生やしている天使の人型モンスターだった。

 

「テメェェェェェ!!!!」

「待ちやがれ!」

 

現れたモンスターは、他のモンスターの首から上だけを左手に4つ持っていた。

それは全て見覚えのある者達の顔だ。

それを見たレッサーデーモンが、ゲン太の言う事も聞かずに一気に怒声をあげながら天使に単騎で向かっていく。

恐らく彼もその首が理解したのだろう。

 

「本当不思議ですよね。

元から居たモンスターは殺すと何かしらアクションを起こしたあとに消滅するのに、プレイヤーの肉体は消滅しない。

ただし見た目ではあまり見分けがつかない。

あ、ちょっとうるさいんで黙ってくれます?」

 

言葉が終わると共に、襲い掛かったレッサーデーモンの身体が縦半分に分断された。

しばらくは動いていたが、やがて動きは痙攣へと変わり、痙攣から停止して昆虫が死ぬ間際と同じようにして息を引き取った。

その場に居た誰もが息を呑む。

天使はいつ抜いたのかわからない剣を右手に持ち、レッサーデーモンの真っ二つにしたのだ。

あのプレイヤーよりも動きは上だったとわかるその速度に対して諦めのような気持ちが込み上げてくる。

それでも諦めるわけにはいかない。勝てるとも思っていない。

でも、ここで折れたらみんなと今まで耐えてきた意味がなくなる。

 

「おい!ニヤけ野郎!テメェその首はどうしたんだ。」

 

回答次第ではすぐにでも襲い掛かりそうなゲン太が、声を荒げて問いかけた。

彼にしてみれば目の前で長い時間一緒だった家族を殺されたのだ。

荒げるなという方が無理な話だ。

 

「言いましたよね?

元のモンスターは消滅。プレイヤーは消滅しない。

面倒くさいのでシルクに居たモンスター全部殺しちゃいました。

でも勘違いしないでくださいね。

あなたと違って全部一撃で殺しましたから。

この頭は手応えがあった人達のものです。

戦利品ってやつですかね。

まぁ、言っても元のモンスターよりちょっとマシ程度でしたけど。」

 

その無邪気な物言いに背筋が寒くなった。

こいつは敵も味方も関係無しに殺した。

面倒くさいからという理由でこの街にいる仲間を全員殺した。

聞き間違いかと理解するのに少し時間がかかった。

それはそうだ。あまりにもその気軽な言い方が現実味を消していたのだ。

しかしここがどこかという事をすぐに思い出し、理解したと同時に徐々に恨みが湧きあがる。

ゲン太からすれば家族だろう。

自分にとっては仲間や友達だ。

そして街にはまだ生きているプレイヤーの仲間や友達が居た。

それを殺してきたとこの男は言ったのだ。

 

ゲン太がコミュニティを作ることで、管理されるようになっても何とか生きてきた。

いつかは帰れると信じて下げたくない頭を下げた。

自分達が生きる為という言い訳を付け、胸糞悪くなるような命令さえ皆が遂行していた。

それをただの面倒くさいというだけで仲間や友達が殺された。

悔しくて涙が出る。悔しいではすまない。怒りで頭がどうにかなりそうだ。

しかし頭の冷静な部分ではわかっている。ゲン太がなぜこうまでして今までみんなを守ってきたか。

どうやったところでNPCの中にはサリス同様に勝てないモンスター達が居る。

目の前にいる少年もまたサリスと同様なのだ。

 

「おい、アラン。」

「な、なに?」

「相変わらずまともな口も聞けないガキだなテメェは。まぁいい。これが最後だ。」

 

ゲン太の最後という言葉。恐らくゲン太は死ぬ気だ。

 

「お前の姉ちゃんは戦えない。

だから今から逃がす。少しでも俺達で時間を稼ぐぞ。」

「わ、わかった。」

 

ゲン太に言われアランは声が震えていた。

元が臆病な為に本来はこのような戦闘行為すら嫌いでモンスター達の武具を作って売る商人だったのだ。

そんな優しいアランが自分を逃がそうと、自身を盾にしてゲン太と共に武器である弓を構える。

 

「ダ……メ……わ、わたくしも……」

「シャルル。男が大事なもん守ろうって覚悟を決めたんだ。

水を差すんじゃねぇ。

それに守る奴らももういなくなっちまったみてぇだしな。

俺らはもうお前を守ってやれねぇ。

なら余計な事は考えずテメェは逃げろ。

こんなクソみたいな世界でサリスに正面切って勝ったプレイヤーが居るなら、地べたに頭こすりつけてでもそいつに謝って守ってもらえ。

それがろくでもねぇ親として言える最後の言葉だ。」

 

(お願い!待って!わたくしも戦いますわ!)

 

必死に絞り出した一言。それ以上は言葉にすらできない。

ただ、言葉にできなくとも頭で考え、必死に手を伸ばした。

しかし、伸ばしたその手をゲン太が掴んできた。

 

「バンプアップ!」

 

トロールが持つ身体能力強化スキルを使い、そのままリビングの窓に向かって引っ張られる。

抵抗などできようもないその圧倒的な力に、ただただ身体が連れていかれる。

 

「殴って悪かったな。」

(嫌……わたくしもみんなと……一緒に……)

 

自身にたけ聞こえるような声量でゲン太は言ってきた。

引っ張られる状態。その中でその声には多分に謝罪の気持ちが含まれていた。

 

やがて窓に近付くと勢いよく開いて力任せに思いっきり投げられ外に放り出される。

その勢いが止まらず、身体が林の木々の枝にぶつかり肌に小さな傷をつける。

体の傷などどうでもいい。これから起こる事を考えると後悔しか残らない。

あのプレイヤーがサリスに言っていた言葉をこんな所で思い出した。

 

「終わりましたか?安心してください。どっちにしろ探し出して後ですぐに送ってあげますよ。」

「元気でやれよ!シャルル!」

「姉ちゃん!今までありがとう!」

「姐さん!幸せになってくだせぇよ!みんな願ってますから!」

 

 

三体の声と一体の声が離れていく家の中から聞こえてきた。

一体はわざと待っていたのだろう。

どうでもいいという感じの話し方だった。

他の三体は清々しささえ含んでいるような言葉だった。

 

(お願い。誰でもいい、あの人達を助けてください)

 

そんな希望に縋るも既に涙で視界が滲み、徐々にその景色は歪んでいく。

頭では理解しているのだ。

この世界での希望など既にどこにもないのだと。

あるとすればあのプレイヤーだけだろう。

 

ある程度離れた頃に家の方角から白い光りに包まれた。

 



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