GOD EATER ~The Broker~ (魔狼の盾)
しおりを挟む

アーク計画編
mission0 遭遇


リザレクションストーリークリア記念に書いてみました。最初は原作沿いで進めていきます。


2071年極東、とある教会

 

 白い異形の怪物が集団で巨大なトラのような生物を補食している。

そこに別のトラのような生物が近づき、飛び掛かる。

 異形の生物『アラガミ』による補食行動が行われていた。

 アラガミも弱肉強食、自然の摂理に乗っ取りトラのような生物は白い異形の怪物を補食する。

 それを物影に隠れて眺める3つの人影があった。

 3人共身の丈を超える大きさの武器と赤い腕輪を付けていた。

 暫く眺めていると、食事に気を取られ油断していると判断したのか一斉に飛び出した。

 

  『ガアァァァァァァ!!!』

 

 トラ似のアラガミが吠えた

 

 

 -10分後-

 

 トラ似のアラガミは倒れ、絶命していた。それを赤いチェーンソーのような武器を持った男、リンドウが武器を構えると武器から顎が生えてきた。

 そしてそのまま死体を喰わせた。

 

リンドウ「…おっと、レアモノだな。」

 

サクヤ 「戦果は上々…ってところかしら?」

 

 黒髪を切り揃えた女性、サクヤがリンドウに話かける。

 

リンドウ「またサカキのおっさんがはしゃぎそうだ。」

 

サクヤ 「あとは人手が増えてくれると助かるんだけど。さ、帰りましょ!おなかすいちゃった。」

 

 そう言うと3人共帰還ポイントまで歩き出す。

 

サクヤ 「あ、今日の配給って何だったかしら?」

 

リンドウ「あー…この間の食糧会議で言ってたなぁ…確か…新種のトウモロコシだ。」

 

サクヤ「えー、またあのでかいトウモロコシ?あれ食べにくいんだよね…」

 

リンドウ「このこ時世だ、食えるだけでありがたいと思えよ。」

 

 先程まで命掛けの戦いをしてきたとは思えない雰囲気の会話をしていた。

 歩みを止め、サクヤはフードを被った褐色の肌をした少年に話しかける。

 

サクヤ「あ、そうだ!ねぇソーマ、何かと交換しない?」

 

 ソーマと呼ばれた、先程まで会話に参加しなかった少年が口開く。

 

ソーマ「…断る。」

 

リンドウ「おーい何してんだ?置いてくぞー!」

 

 少し離れた場所からリンドウが帰るように促す。

 この命掛けの戦いが「神機使い」通称『ゴッドイーター』の日常なのだ。

 

 -フェンリル極東支部、通称「アナグラ」とある一室-

 

リンドウ「ふぃ〜…今日のお仕事はこれで終わりっと。」

 

 先程の任務の報告書を書き終えたリンドウが呟きながら冷蔵庫に向かう。

 

リンドウ「さてと仕事終わりにビールでも…ってありゃ?」

 

 冷蔵庫を開けるとそこには目当てのビールは無く、野菜やおつまみが残っているだけだった。

 

リンドウ「あぁ~…しまった…そういや昨日ので最後だったな。サクヤのも…全部飲んだなぁ…」

 

 頭を掻きながら愚痴る。

 

リンドウ「…しゃぁない…居住区に買いに行くか。」

 

 -外部居住区-

 

 ビールを買うついでにタバコの補充もできたリンドウは意気揚々とアナグラを目指して歩いていた。

 

リンドウ「さて、買うものも買ったし帰るか。」

 

 そう思いながら歩いているとビュン!!!と、なにかを抱えながら走る子どもが路地から飛び出してきた。

 

リンドウ「うお!?、なんだあ?」

 

 驚きつつも子どもの走り去った方向を見つめるリンドウ。すると...

 

???「待ちやがれクソガキィィィィィ!!!」

 

 少し痩せた中年の男が怒鳴りながら子どもを追いかけている。…がどうあっても追い付ける速さではなかった。

 

中年の男 「ハァ…ハァ…クソッ!!!!」

 

 男は思わず舌打ちをする。

 

リンドウ「おいオッサン!一体何があった?」

 

中年の男「あぁ?…チッ!神機使いかよ…」

 

 男は敵意を隠すことなくリンドウに向ける。

 

中年の男 (まぁいい上手く利用してやる...)

 

 男は心の内で悪巧みをして、リンドウに事情を説明する。

 

中年の男「万引きだよ!6年ほど前から毎日来やがる!あんたらがいつまでたっても対処しないから俺たちが迷惑してるんだよ!」

 

リンドウ(…随分と嫌われてんなぁ…)

 

中年の男「おいあんた!神機使いの運動神経ならあいつを捕まえられるだろ!あいつを捕まえて連れて来てくれよ!」

 

リンドウ「…やれやれ、今日はもう仕事は無いと思ったのにな…オーケーわかった。荷物預かっててくれよ!」

 

中年の男(へへ…こいつを売ればそこそこ金になるな…ちょろいもんだぜ…)

 

 荷物を男に預けると子どもの走って行った方にリンドウは走り出した。

 

リンドウ「勝手に持ってったら承知しねえぞ!」

 

 男に釘を指すのも忘れなかった。

 

リンドウ(さて…今から追い付けるかね?)

 

 子どもが走り去ってから時間がたっていたため、リンドウのが疑問に思うのも無理はなかった。しかし…

 

リンドウ(ん?人だかり?…まさか…)

 

 リンドウはすぐに察した。そしてその人だかりの中心にはリンドウの予測道りさっきの子どもがいたのだが。

 子どもを捕まえようと多数の男たちが向かっていくが全て返り討ちにあい、最後の一人も倒されたところにリンドウが到着した。

 

リンドウ「あー君!ちょっと待ちなさい。」

 

 なるべく警戒させないように声かけると子どもは振り向いた。

 

子ども「…」

 

 リンドウ(15、6くらいか?男…か?体格的に…それにしても…)

 

 リンドウはその子どもを見てあるものに目が行った。

 

リンドウ(随分とボロボロな服だなぁ…いやあれ服か?)

 

 リンドウが少年の身なりを気にしている間に少年はそのまま無言で建物の壁を蹴りながら屋上へ逃げた。

 

リンドウ「なっ!?マジかよ!?ゴッドイーター並みの運動能力じゃねぇか!」

 

 言いながらリンドウは同じ方法で屋上に上り、逃げる少年を追う。そしてついに少年がとある建物の屋上で止まった。

 

リンドウ「やっとおとなしくなったか…おい少年!盗った物を返し…な…」

 

 リンドウは言葉を失った。何故なら少年は地面に食糧を投げ出し、まるで獣の様に盗んだ食糧を喰いあさっていたからだ。

 

リンドウ(人間が…こんな喰いかたすんのかよ…これじゃぁまるで…)

 

 リンドウが呆気にとられていると少年はリンドウに気付いた。

 

少年「………」

 

 少年は無言で威圧するがリンドウは怯むどころか決意を決めためで少年を見た。

 

リンドウ「あー…大丈夫だ。お前の飯に手を出すつもりはない。ちょいと交渉しようと思ってな。どうだ?お前さん…」

 

 リンドウは手を差し伸べてこう言った

 

リンドウ「ゴッドイーターにならないか?」

 

To be continued

 




いかがでしょうか?こんな感じに妄想を垂れ流す小説となってます。一応主人公の身体能力が高いのは理由があります。それはこの先明かして行こうと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission1 適合試験

ここから本格的に無印編に入ります。
今回は適合試験のお話です。


-極東支部 とある一室-

 

 室内には金髪の紳士が一人、座っている。

 

  『bbbbb』

 

 突然室内にコール音が鳴り響く

 

女性の声「支部長。照合中のデータベースから新型神機の適合候補者がみつかりました。」

 

金髪の紳士「そうか、名前は?」

 

そう言うと支部長と呼ばれた金髪の紳士、ヨハネス・フォン・シックザールはキーボードを操作する

 

ヨハネス「ふむ… 『神裂ユウキ』か…1時間後に適合試験を受けてもらうとしよう。通達よろしく頼む。」

 

女性の声「了解しました。」

 

 通信を終了し、適合試験の準備をはじめる

 

 『bbbbb』

 

 再びコール音が鳴り響く

 

???「やあ、ヨハン。ついに新型神機の適合候補者が見つかったんだって?」

 

ヨハネス「ペイラー。もうそっちにも通達が来たのか。さすがヒバリ君は優秀だな。」

 

 声の主はヨハネスのことを愛称で呼ぶあたりずいぶん親しい仲であるようだ。

 

ペイラー「そうだね。そうそう、リンドウ君が保護した彼だけど、どうにも戸籍データが6年前から更新されてないみたいなんだ。本当にそんなデータがアテになるのかと気になってね。」

 

ヨハネス「もっともな質問だが、彼のデータは保護されたときに取り直した。その結果、6年前から更新されてない『神裂ユウキ』と判明しただけだ。データ上は問題ない。」

 

ペイラー「そうかい。それならな安心だ。私としても新型のデータは是非とも欲しいところだからね。」

 

ヨハネス「そうか。もう聞いていると思うが1時間後に彼の試験だ。その前の『藤木コウタ』君の適合試験にも顔を出してくれ。君のことだ、『新型』の適合試験にしか興味が無いのだろう?」

 

 新型神機に適合できる人間は極東では希少であるため、研究者であるペイラーは興味津々なのである。

 

ペイラー「わかったよ。じゃあまた後で。」

 

 -1時間後、訓練室-

 

 訓練室にはフェンリルの制服に身を包み、無表情のまま佇んでいる茶髪の少年と、部屋の上に取り付けられた窓から見下ろす3人の男女がいる。

 

ヨハネス「長く待たせてすまない。ようこそ…人類最後の砦『フェンリル』へ。今から対アラガミ討伐部隊、『ゴッドイーター』としての適性試験を始める。少しリラックスしたまえ。その方がいい結果が出やすい。心の準備ができたら中央のケースの前に立ってくれ。」

 

 世間一般で知られている適合試験はパッチテスト程度の簡単なものとされている。しかし、この状況ではパッチテスト程度のもの思えない。実際これから行われる試験は命の危険があるものであり、失敗すれば化け物に姿を変える可能性さえある。そのため、適合に失敗したときのために戦闘が行える訓練室で適合試験が行われる。

 因みに適合試験の内容に食い違いがあるのは無用な恐怖心を煽らないためである。フェンリルの庇護下にある人間は適合している神機が発見されたら強制的に神機使いにならなければならない。しかし、適合試験の段階で命の危険があると知れば、試験を受けたくない、あるいは逃げ出す者もいるだろう。

 アラガミ出現により世界の総人口はアラガミ出現前の約1/100にまで減少している。そんな状況下で新たな戦力になる者を逃がしたくないためだ。

 

???「......」

 

そのことを知ってか知らずか、相変わらず少年は無口、無表情のままである。実際、前に試験を受けた藤木コウタは試験内容に動揺していた。

 

???「......」

 

 心の準備ができたのか少年はケースの前までやって来た。そこには剣から銃のようなものが生えており、横は盾の様なものでガッチリ固められている珍妙な武器が鎮座していた。

 その武器『神機』の柄を掴む。一瞬間をおいてケースの上部が降りてきた。

 

???「...!!」

 

 突如襲いかかる激痛、怖い、気持ち悪い、何かが内側から侵食してくる。形容しがたい感覚が襲ってくる。しかし、

 

ヨハネス「驚いたな。試験中でも身動ぎもせずに無表情のままとは。」

 

ペイラー「でも脳波を見る限り痛みを感じているみたいだし、恐怖心もあるみたいだよ。あ、終わったみたいだね。」

 

 適合試験が終わり、ケース上部がひらく。そこには赤い腕輪が付いた自分の右腕があった。おもむろに神機を持ち上げる。すると神機のコアから触手が延びて腕輪と接続される。特に拒絶反応もなく接続された。

 

ヨハネス「おめでとう。神裂ユウキ君。君がこの支部初の『新型』ゴッドイーターだ。」

 

 見上げたユウキと見下ろすヨハネスの視線が重なる。

 

ヨハネス「これで適性試験は終了だ。この後は適合後のメディカルチェックが予定されている。始まるまで、後ろの扉の先にある部屋で待機してくれたまえ。体調が悪くなった場合は、すぐに申し出るように。」

 

 特に気分が悪いと言った事は無いのでそのまま部屋を出る。すると、ヨハネスが少し声量を落としてユウキに声をかける。

 

ヨハネス「君には期待しているよ。」

 

 さあ、狩りの始まりだ。

 

To be continued




今回は、無印編の始まりである適合試験のお話でした。一応オリキャラ、オリ用語などの解説もここでしていきます。


神裂ユウキ
 新型神機の適合者。過去に受けた精神的ショックにより無口、無表情になってしまった。希少な新型に適合したため、上層部から期待される一方で、他の神機使いから嫉妬、嫌悪されることが多い。


主人公は男の娘という設定としております。少しネタバレするとこの容姿のため、事件に巻き込まれます。
以上でオリキャラの紹介を終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission2 極東支部

今回はメディカルチェックのお話です。


 -極東支部 エントランス-

 そこにはミッションの発注、神機の整備、強化等のための各種手続き、それぞれの目的のため、多くの神機使いが集まる。

 適合試験が終わり、扉の先はエントランスとなっており、案の定多くの神機使いで賑わっていた。

 先ほど支部長から待っていろと言われたが、エントランスのどこで待っていればいいのか聞いていない。とりあえず黄色いニット帽を被った少年の隣が空いているのでそこに座る。

 

ニット帽の少年「ねぇ…ガム食べる?」

 

 不意に声をかけられる。こちらの返事を待つ前にポケットを漁っている。

 

ニット帽の少年「あ、切れてた。今食べてるのが最後だったみたい。ごめんごめん。」

 

ユウキ「...」

 

 会話が途切れる。少年は退屈なのか足をブラブラさせている。

 

ニット帽の少年「あんたも適合者なの?その落ち着いた感じから俺より少し年上っぽいけど…ま、一瞬とはいえ俺の方が先輩ってことで!よろしく!」

 

ユウキ「…」

 

 無言のままであるがうなずく

 

ニット帽の少年「あ、自己紹介がまだだったね。俺は『藤木コウタ』って言うんだ。よろしく!」

 

 ユウキが返事をする前に白いスーツに身を包んだ女性がヒールの音を響かせて近づいてくる。

 

白スーツの女性「立て。」

 

コウタ「え?」

 

白スーツの女性「立てと言っている!立たんか!」

 

 有無を言わせない強い口調で命令する。あまりの迫力に思わず立ち上がる。

 

白スーツの女性「これから予定が詰まっている。簡潔に済ますぞ。」

 

 どうやらこれからの予定を伝えに来たようだ。

 

白スーツの女性「私の名前は『雨宮ツバキ』。お前たちの教練担当者だ。この後の予定はメディカルチェックを済ませた後、基礎体力の強化、各種兵装等の扱いのカリキュラムをこなしてもらう。今までは守られる側だったかもしれんが、これからは守る側だ。つまらないことで死にたくなければ、私の命令にはすべて『YES』で答えろ。いいな?」

 

 言っていることはもっともだが、まるで独裁者のような物言いに思わず怯んでしまった。

 

ツバキ「わかったら返事をしろ!」

 

コウタ「はい!」

 

ユウキ「...」

 

 勢いよく返事をするコウタに対し、ユウキは相も変わらず無言だった。

 

ツバキ「早速メディカルチェックについてだ。まずは神裂、お前だ。」

 

 ツバキがこちらに目を向け指示を伝える。その様子からは返事をしなかったことは特に気にしていないようだった。

 

ツバキ「ペイラー・サカキ博士の部屋に一五〇〇までに行くように。まだ時間があるうちに、この施設を見回っておけ。今日からお前たちが世話になる、フェンリル極東支部、通称『アナグラ』だ。メンバーに挨拶のひとつでもしておくように。」

 

 そう言われるとユウキはアナグラ内を見回り始めた。

 

コウタ「あの...雨宮さん...」

 

ツバキ「ツバキでいい。アナグラ内に私の弟もいてな、ややこしくなるから名前でよんでくれ。で、何が聞きたい?」

 

 コウタは先ほどからずっと気になっている娘とをツバキに質問する。

 

コウタ「あの、俺の同期なんですけど、何であんなしゃべらないんですか?」

 

ツバキ「そうだな、同期ということもある...お前にも話しておこう。恐らくだが、あいつ、神裂ユウキと言うのだが、過去に精神的ショックを受けて言語と表情を失ったのだろう。こんな時代だ、みんな傷の一つや二つ抱えて生きている。」

 

 あそこまで自分の殻に閉じ籠るのは珍しいがな、と付け足す。

 

ツバキ「一応、言葉を理解できるし、文字も書ける。相槌でコミュニケーションはとれるようだ。同期のよしみだ、気にかけてやってくれ。」

 

 先ほどとは変わって、柔和な雰囲気で話している。

 

コウタ「わかりました。」

 

ツバキ「頼むぞ。」

 

 コウタがユウキの友達になろうと決心した瞬間だった。

 

 -一方、エントランス-

 

 コウタと別れたユウキはカウンターの女性に話しかけられた。

 

ヒバリ「はじめまして。新しい神機使いの方ですね?私はミッション発注の管理をする、竹田ヒバリと申します。」

 

 丁寧な口調で話終えた後にお辞儀をしてきた。こちらもお辞儀で返す。

 

ヒバリ「えっと...新人研修を終えなければ出撃を許可できませんので、メディカルチェックを終えてから来てくださいね!」

 

 そう言われるとユウキはアナグラを見回りに行った。

 

ヒバリ(本当に無口な方ですね...表情も全く変わっていませんでしたし...)

 

 先ほどの会話を苦笑いしながら思い出していた。エントランス内をキョロキョロと見ていると銀髪の少女に話しかけられた。

 

銀髪の少女「あ、新型の人だね、はじめまして。君のことツバキさんから聞いてるよ。あたしは楠リッカ、よろしくね。神機整備に関しては最善を尽くすよ。君が現場で困らないようにね。」

 

 すると何か思い出したように話を続けた。

 

リッカ「あ...サカキ博士のとこでメディカルチェックか...すぐそこの扉からラボラトリにいって奥の部屋だよ。まあ、今度暇なときにでメシでも食おうよ。じゃあね。」

 

 ユウキは会話が終わったと判断するとそのままエレベーターに乗り込んだ。

 

リッカ(う~ん...ツバキさんから聞いてたけど、ほんとに反応が無いなぁ...聞いてるのか聞いてないのかわかんないや)

 

 頭を掻きながらエレベータの方を見ていたリッカだった。因みに、ヒバリとリッカの他にも退役した神機使い『百田ゲン』とフェンリル職員ではないが裕福そうな少女、『エリナ』と出会った。

 ゲンからは神機使いは人々に疎まれることもあるが、そんな人たちも守っていると言っていた。エリナは父親と来たがはぐれたため好きに見て回っているとのことだった。

 エレベータに乗ったはいいが、まだメディカルチェックまで時間がある。先ほど言われた通り、アナグラ内を見て回る。まずは新人区画で降りる。すると帽子を被り、黄緑のジャケットを羽織った少年がいた。

 

帽子の少年「ちっ、しけた報酬だぜ…配給品の質も落ちてるし最悪だ...」

 

 報酬の内容が気に入らなかったのか、ブツブツと文句を言っている。こちらに気づいたのか帽子の少年『小川シュン』が話しかけてきた。

 

シュン「あ?何だお前?初めて見る顔だな...ああ、そう言えば新入りが来るとか言ってたな。神機使いは待遇がいいとはいえ、命かけて、こんなショボい報酬じゃわりに合わないぜ…ま、お前も死なない程度にがんばれよ。命あっての物種だからな。」

 

 会話が終わり、辺りに人がいないと判断して、そのままエレベーターに乗り込んだ。

 

シュン「あ!おい!なんだぁ?あいつ!せっかくアドバイスしてやろうと思ったのに!しかもなにもしゃべらねーし、無表情だし、気色わりーな。新型だからチョーシ乗りやがって!」

 

 シュンは怒りを露にして独り言をいっていた。まあ彼が怒るのも無理はないが。

 

 次にベテラン区画、役員区画で降りたが誰もいなかったので、見て回るだけとなった。

 まだ約束の時間には若干早いがラボラトリに行くことにした。ラボラトリで降りるとピンク色の髪をした女性『台場カノン』がいた。こちらに気づいて話しかけて来た。

 

カノン「あ...はじめまして...あ!もしかして新人の方ですか?!2人新しい方が来るって言ってたっけ...じゃあ、今からメディカルチェックですね!廊下のつきあたり、サカキ博士のラボですよ。博士ってちょっと変わってますけどとても優しいい方なんです。大丈夫ですよ!」

 

 なにやらテンション高めで話続けている。その後、カノンが簡単にラボラトリ内を案内し、最後に病室に案内された。

 

カノン「ここが病室です。病室もいくつかあるんですが、ここが一番小さいですが利用しやすい病室なんです。怪我したときはまずここに来るといいですよ。」

 

 ここに来てカノンが突然申し訳なさそうな口調になる。

 

カノン「ごめんなさい。私このあと防衛任務があるので、案内できるのはここまでなんです。」

 

 言い終わるともう一度ごめんなさいと言った。それに対してユウキは首を横に振る。カノンはそれじゃあと言い残しエレベーターに乗った。

 この先利用する可能性が一番高い病室であるため、一度見ていこうと思い、扉を開ける。そこにはツナギの下にビキニ、さらに白衣を纏っている珍妙な格好をした女性がいた。

 

白衣の女性「おや?見ない顔だね。さては噂の新人君かな?はじめまして、ルミコだよ。よろしく。」

 

 こちらも頭を下げて挨拶する。

 

ルミコ「ほんとに無口だね。まあその内に話せるようになったらお話しようよ。人と話をするのが好きなんだ。あ、だからって気負いする必要は無いから。自分のペースでゆっくりなれていけばいいよ。」

 

 先のカノンと同じで、テンション高めで話続けている。

 

  『bbbbb』

 

 不意に端末からコール音がなった。

ルミコ「っと...ごめんよ、呼び出しがかかっちゃった。お話はしたいけど、あまりここを利用することが無いことを祈ってるよ。」

 

 そう言い残してルミコは病室を出ていった。

 そろそろメディカルチェックの時間になるため、サカキ博士のラボに向かった。ラボにはいるとヨハネスとペイラーがすでに室内にいた。ペイラーは端末を操作しており、ヨハネスはそれを見ている。

 

ペイラー「ふむ...予想より726秒も早い。よく来たね。『新型』君。私は『ペイラー・サカキ』アラガミ技術開発の統括責任者だ。以後、君とはよく顔を合わせることになると思うけど、よろしく頼むよ。」

 

 そう言いながらもキーボードを操作する手は止まらない。

 

ペイラー「さて、と...見ての通り、まだ準備中なんだ。ヨハン、先に君の用件を済ませたらどうだい?」

 

 話を振られるもヨハネスは呆れたような様子でペイラーに叱責する。

 

ヨハネス「サカキ博士...そろそろ公私のけじめを覚えていただきたい。」

 

 先程の呆れた様子もなく、凛々しい表情で此方に顔を向ける。ON・OFFの切り替えが得意な人なのだろうか。

 

ヨハネス「適合テストではご苦労だった。私は『ヨハネス・フォン・シックザール』。この地域のフェンリル支部を統括している。改めて適合おめでとう。君には期待しているよ。」

 

ペイラー「彼も元技術屋なんだよ。ヨハンも『新型』のメディカルチェックに興味あるんだよね?」

 

ヨハネス「あなたがいるから、技術屋を廃業することにしたんだ...自覚したまえ。」

 

ペイラー「ホントに廃業しちゃったのかい?」

 

ヨハネス「...さて、ここからが本題だ。我々フェンリルの目標を改めて説明しよう。君の直接の任務は、ここ極東一帯のアラガミの撃退と素材の回収だが、それらは全てここ前線基地の維持と、来るべき『エイジス計画』を成就するための資源となる。」

 

ペイラー「この数値はっ!!!」

 

 突然ペイラーが声をあげたため、ペイラーに視線を移してしまった。

 

ヨハネス「エイジス計画とは...簡単に言うと、この極東支部沖合い、旧日本海溝付近に、アラガミの脅威から完全に守られた『楽園』を作るという計画だ...」

 

ペイラー「ほほぅ」

 

ヨハネス「この計画が完遂されれば、少なくとも人類は、当面の間絶滅の危機を遠ざけることができるはず...」

 

ペイラー「すごい!これが新型か!」

 

ヨハネス「ペイラー...説明の邪魔だ...」

 

 声色に怒気が込められている。三度も説明の邪魔をされたからだろう、視線からも怒りを感じた。

 

ペイラー「ああゴメンゴメン。予想以上の数値を叩き出したからね。ついはしゃいでしまったよ。」

 

 怒気を孕んでいたヨハネスに対して、軽い謝罪で済ませたペイラーだった。

 

ヨハネス「ともあれ、人類の未来のためだ。尽力してくれ。じゃあ、私は失礼するよ。ペイラー、あとはよろしく。終わったらデータを送っておいてくれ。」

 

 そう言ってと部屋からヨハネスは出ていった。ペイラーは片手を挙げて返事をする。支部長という立場の相手にここまでフランクに接することからもやはり親しい仲のようだ。

 

ペイラー「よし準備完了だ。そこのベッドに横になって。少しすると眠くなると思うが、心配しなくていいよ。次に目が覚めるときは自分の部屋だ。戦士のつかの間の休息という奴だね。予定では10800秒だ。ゆっくりおやすみ。」

 

 そして次第に眠気が襲ってきてそのまま眠ってしまった。

 

---夜---

 

ヨハネス「彼らのデータを見せてもらったよ、ペイラー。2人とも期待できそうだ。」

 

ペイラー「そうだね。コウタ君はあのツバキ君の神機を引き継いでいる。さらに適合率も76%と申し分ない。経験を積めばきっと凄腕のゴッドイーターになるね。」

 

ヨハネス「そうだな。神裂君も大いに期待できる数値だ。」

 

ペイラー「神裂君は適合率が異常なほど高いね。ソーマの92%に次いで90%だ。今まで適合率では2番手だったカノン君の88%を越えている。さらにリンドウ君の82%を大きく越えている。これは大きな戦力になるだろうね。」

 

ヨハネス「なんにしても有効に運用したいものだな。それでは失礼するよ。」

 

 そう言ってヨハネスは通信を切った。

 

To be continued

 




今回は、メディカルチェック前後のお話でした。ツバキさんは何だかんだ言ってリンドウさんと似ているイメージだったのでこんな感じになりました。適合率とルミコ先生の性格等に関しては完全に自分の独自解釈です。以下ルミコ先生の設定です。

ルミコ
漫画版GODEATER-スパイラルフェイト-に登場した医療班に所属する女性。話好きな性格もあり、気さくで明るく話しやすい人物。ツナギの下にビキニという珍妙な格好をしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission3 訓練

今回は訓練と言う名の説明回です。ツバキさんしかいないです。


 ユウキはサカキ博士のラボでメディカルチェックを受けた後、自室で目を覚ました。ベッドの近くの時計を見てみると日付が1日進んでいたが、特に不調もなのいのでそのまま部屋を出てエントランスに向かう。

 エントランスに着くとこちらを見てヒソヒソと話し声が聞こえる。

 

神機使い1「あいつが例の新型か?なんか暗いやつだな。」

 

神機使い2「あれ?新型の方って女の子だったんだ...男って聞いてたけど...」

 

神機使い3「男で合ってるよ。でも気味悪いよね...無表情だしなんか怖いな...」

 

神機使い4「ケッ!どうせ自分は新型だから偉いとか思ってんだろ!」

 

 ユウキは特に気にする様子もなく下へ降りていく。受付でツバキとヒバリが話している。

 

ツバキ「ん?神裂かちょうどいい。これから訓練を始めるぞ。体調に問題ないか?」

 

 ユウキは頷き肯定する。

 

ツバキ「そうか、ならミッション受注後、神機を持って訓練室に来るように。ヒバリ、ミッションの受注方法の説明とミッション開始までの流れを説明してやってくれ。」

 

ヒバリ「わかりました。」

 

 ツバキが去っていくのを見届けてヒバリがこっちを見て説明を始める。

 

ヒバリ「えっと、メディカルチェックお疲れさまでした!改めまして...ミッション発注の管理をする、竹田ヒバリと申します。さっそくですが、今後の任務の流れについてご説明しますね。まずここでミッションを受注します。その後、事前情報をもとに、支部内に各所に設置されている『ターミナル』で兵装の変更や補充を行います。そして上階の出撃ゲートから神機保管庫で神機を受け取り、作戦地域まで向かいます。」

 

 説明が一段落ついたところで、ヒバリがなにかを思い出したように話を続ける。

 

ヒバリ「あ、一ついい忘れていました。緊急時の討伐、防衛任務は手続きなしで現場に向かうこともあります。その時は館内放送で指示いたしますので、放送の指示に従ってください。」

 

 しかし、ユウキからのリアクションがないため、ヒバリは分かっているのか不安になる。

 

ヒバリ「...えーと...わかりましたか?」

 

 わかったのでユウキは頷いた。

 

ヒバリ「ああ、よかった!いろいろと至らぬ点もあるかと思いますが...今後ともよろしくお願いいたします!」

 

 ヒバリが説明と挨拶終えて今回のミッションの説明を始める。

 

ヒバリ「それでは、今日は神機の扱いについての訓練です。神機を持って訓練室まてお願いします。」

 

 それだけ聞くとユウキはそのまま格納庫に向かった。自分の神機を受け取り、訓練室に入った。

ツバキ「来たか。さっそく神機の扱い方を覚えてもらうぞ。」

 

 適合試験のときにヨハネスがいた場所からツバキが見下ろしているのが見える。視線が合うとツバキが新型神機の説明を始める。

 

ツバキ「まずお前の神機だが他の者が使う神機とは違い、変形機構が内蔵されている。簡単に言うと接近戦用の剣形態(ブレードフォーム)、種類によって得意な間合いが変化する銃形態(ガンフォーム)を切り換えて戦うことができる。さらにこの二つ以外にもアラガミを直接捕食させる捕食形態(プレデターフォーム)がある。この捕食形態と装甲の展開は剣形態の場合のみ行うことができるので注意するように。」

 

 現在は剣が大きく、銃が小さくなっている。恐らくこれが剣形態なのだろう。

 

ツバキ「さて、次に神機の扱い方だが、右腕を見てみろ。腕輪と神機が触手で繋がれているだろう?」

 

 そう言われて右腕を見てみると確かに適合試験の時のようにコアから触手が伸びて、腕輪と繋がっている。

 

ツバキ「その触手と腕輪が接続されることで、腕輪を介してお前と神機が繋がっている。その間神機はお前の手足も同然だ。試しに装甲を展開してみろ。やり易い方法は人によって違うから、どんな方法がいいとは言えないが、基本動作はオート化してある。まずは展開しろと念じてみろ。」

 

 念じてみるとガシャンと言う音と共に神機の両側面にあった盾が前面で合わさり、一つの大きな盾になった。

 

ツバキ「よし、うまくいったな。どの動作についても言えることだが、あくまで今のは初歩的な動作の仕方だ。自分の動作方法を見つければその方法に変更することができる。そうすることで変形や展開が早くなることがある。その動作に慣れてくると一瞬で動作が可能になることもある。色々試してみるといい。ただ...効率が悪いと逆に遅くなることもあるから気を付けるように。」

 

 先も言ったが、神機は腕輪で繋がっている間は手足も同然である。故に腕や指を動かすように、神機も自分の体を動かす感覚で操作させることができる。そのため、動作になれると一瞬で動かせてしまう。

 

ツバキ「さて、長々と話し込んでしまったが、次は銃形態に変形してもらう。要領は展開の時と同じだ。変形しろと念じろ。」

 

 神機を持ち上げて変形を指示する。すると刀身と銃身が回転して銃身が上になる。そして砲身が延び、逆に刀身は切っ先が真ん中辺りまで縮み、小さくなっている。

 

ツバキ「上出来だ。ここで銃形態について説明しておく。銃形態の攻撃は神機内に貯蔵されたオラクル細胞を射出している。よって神機内のオラクル細胞が無くなれば銃身による攻撃はできなくなる。このオラクルは剣形態で攻撃することで回復する。覚えておけ。よし、剣形態戻しておけ。」

 

 そう言われて剣形態に戻すように指示する。変形前の刀身が大きく、銃身が小さい状態に戻った。

 

ツバキ「次は神機の各パーツについてだ。今お前が装備しているのはロングブレード、ブラスト、シールドだ。それぞれ剣、銃、盾の役割がある。」

 

 どうやら神機は様々なパーツに変更できるようだ。

 

ツバキ「まず銃身のブラストだ。連射性能が低い代わりに破壊力に優れた銃身となっている。そしてブラスト独自の機能としてオラクルリザーブというものがある。これで弾丸となるオラクルを別のタンクに保存することができる。」

 

 説明している間に銃形態に変形しておく。あえて手間をかけることで変形に慣れさせると言うツバキの思惑もあり、説明の間に何度か変形を挟んでいる

 

ツバキ「よし、ためしに撃ってみろ。」

 

 今までと同じように撃つと念じてみると、銃身が火を吹いた。

 

ツバキ「次だ、剣形態のロングブレード。全体的にバランスが取れた武器で総合力に優れている。特徴として、変形なしで銃身を使うことができるインパルスエッジと言う機能がある。これは剣形態のまま銃身を使うことができる。」

 

 剣形態に変形し、銃を打つときと同じように念じてみると、銃身の先から爆発が起こった。ユウキはしっかり構えていなかったため腕を振り回してしまった。

 

ツバキ「次は装甲についてだ。バックラー、シールド、タワーシールドの3種類ある。今装備しているシールドは展開速度、ダメージカット共にバランスのとれている装甲だ。展開速度が早くなる代わりにダメージカットが小さいものがバックラー。展開速度が遅い代わりに完全にダメージカットができるものがタワーシールドだ。」

 

 今装備しているのはシールドと言っていたはず。バランスの取れた装甲と言うことらしい。

 

ツバキ「最後は捕食形態だ。これは単純だ。神機に顎を生やして捕食させればいい。捕食に成功すると神機のオラクル細胞が活性化し、お前の体も強化されるバースト状態となる。さらに、捕食したアラガミから強力なバレットを精製する。このバレットは他の神機使いに受け渡すことでその相手をバーストすることもできる。これは新型のお前だけができることだ。戦場ではチャンスがあれば積極的に捕食するんだ。また、倒したアラガミを捕食することで素材やコアの回収ができる。倒したら忘れずに捕食するんだぞ。」

 

 そう言われて今まで通り捕食口を生やせと指示すると禍々しい顎が映えてきた。噛み砕くイメージをすると即座に口を閉じた。今は捕食相手がいないので、閉じられた顎は空を切るだけだった。

 

ツバキ「さて...今から実際に動いてもらう。ホログラムでアラガミを出現させる。自由に動いて倒してみろ。」

 

 そう言うと目の前に白い怪物『オウガテイル』のホログラムが現れた。オウガテイルが吠えるとこちらに向かってくる。ユウキも敵に向かって走り、すれ違い様に切り付ける。切られたことでオウガテイルは怯み、体勢を崩す。そこで銃身に切り替え、放射弾を放つ。勢いに押されてオウガテイルはそのまま吹き飛んで倒れた。倒れた敵を捕食形態に移行して喰らう。すると力が溢れてくるような感覚になる。立ち上がってきたオウガテイルを力任せに神機を振るうと真っ二つ切り捨てて壁まで吹き飛ばした。

 

ツバキ「ふむ...なかなかいい動きだった。神機のパーツは付け替えることができる。そうだな...休憩をかねて10分後にまた戻ってくるように。整備などはこちらからスタッフには伝えておく。」

 

 -10分後-

 

ツバキ「次の組み合わせはショートブレード、アサルト、バックラーだ。ショートは軽さと手数が特徴だ。軽い故に移動の妨げになることもないぞ。その代わりに一撃の重さはない。連続攻撃で攻めるならこの刀身が適している。アサルトは中距離で力を発揮する。ショート同様一撃が軽いが連続攻撃が可能だ。」

 

 軽く神機を降ったり、弾丸を撃ったりして感触を確かめる。

 

ツバキ「慣らしは終わったか?ホログラムを出すぞ。」

 

 再びオウガテイルが現れる。後ろに跳んで銃を構える。アサルトの特徴である、連射でオウガテイルを攻撃していく。しかし、特に怯む様子もなくこちらに突っ込んでくるので、剣形態に変形して、横に跳ぶ。そのまま連続で切り付ける。しかし、切り付けることに夢中になって反撃を許してしまった。バックラーで咄嗟にガードしたが衝撃を吸収しきれずに後ろに押し戻される。ガードを解き、向かってくるオウガテイルに突きをお見舞いすると、ようやくオウガテイルは倒れた。

 

ツバキ「次はバスターブレード、スナイパー、タワーシールドだ。バスターはショートと真逆の特性がある。一撃の重さに重点を置いた武器だ。また、オラクルで刃を形成し、巨大な刀身として破壊力のある一撃を放つことができるチャージクラッシュが特徴だ。バスターはその重さゆえにどうしても回避が疎かになりがちだ。そこで装甲の展開を最優先するようにしてあるため、タワーシールドと相性がいい。」

 

 軽く降ってみるがそれなりに重たく、どうしても重厚感のある振りになる。装甲を使うことに適しているらしいので、振りながら展開してみると、攻撃動作よりも先に展開することができた。ただし反応が早いだけでタワーシールドの展開そのものは他の装甲に比べて遅かった。

 

ツバキ「次は、スナイパーだ。その名の通り遠距離で真価を発揮する銃身で貫通力のあるバレットが得意だ。この銃身の特徴は、アラガミから注意を反らす偽装フェロモンを散布するステルスフィールドを使えることだ。これで気付かれずに相手を撃ち抜くことができる。」

 

 銃形態に変形し、試し撃ちをする。弾速は相当早く、細い銃弾になっている。また、ステルスフィールドを使ってみたが、敵がいないため、効果を実感できなかった。

 

ツバキ「準備はいいか?ホログラムを出すぞ。」

 

 もう見慣れたオウガテイルが出現する。しかし今回はこちらを探すようにキョロキョロしている。その隙に一発撃ち込み、剣形態に戻して空中から神機を振り下ろす。着地と同時にチャージクラッシュを打ち込むために構える。オウガテイルが起き上がった瞬間にチャージが完了したので一気に振り下ろす。するとオウガテイルは真ん中で二つに割れ、その周りはミンチになっていた。見た目に恥じない威力である。

 

ツバキ「よし。これで現在極東支部で運用されている神機パーツは一通り使用したことになるのだが...」

 

 何やら言いにくそうに言葉を濁している。

 

ツバキ「実は欧州で使用されている『ポール型神機』と言うものがあるんだが....極東製の人工コアとの相性が悪い。お前の神機でどうにか稼働できると言った具合なのだが...どうだ?使ってみるか?」

 

 折角なので使ってみようと思い、首を縦に振る。

 

ツバキ「よし、なら準備に入る。」

 一度神機を預け、整備が終わり戻ってきた神機はいつもと違い、持ち手が長くなっていた。これがポール型神機なのだろうか?

 説明を求めるように上を見てみる。ツバキの他にリッカもいた。恐らくデータを取りに来たのだろう。

 

ツバキ「ポール型神機には3種類ある。一撃の威力とブーストによるスピードが特徴のブーストハンマー。突きと薙ぎ払いを得意とし、特殊機構により一時的に攻撃力を上昇させることができるチャージスピア。リーチを変化させ、広範囲を薙ぎ払うヴァリアントサイズの3種類だ。どれも後付けステーを取り付けて持ち手を延長している。特殊な変形機構をしているため、様々な後付けユニットを使用している。極東支部では生産できないため、あまり壊さないでくれよ?それと先ほど使わなかった銃身にショットガンと言う銃身がある。これも一度使ってみるといい。」

 

 説明が終わるとオウガテイルが出現する。戦闘中にブーストハンマーの詳しい説明が入る。

 

ツバキ「先ほども言ったが、ブーストハンマーはブースターで加速を付け、攻撃力を上げたり、移動速度を上げることができる。」

 

 何度か叩き付けた後、後退してブーストをかける。そのままハンマーを水平に構えると、ブースターの勢いで高速でオウガテイルまで前進する。そしてブースターを吹かしたままハンマーで殴り付ける。しっかり踏ん張らないと体ごと持っていかれそうになるため、腰を落として何度も殴る。

 そうしているうちにオウガテイルは倒れた。即座に次が来る。今度は銃形態で迎え撃つ。

 

ツバキ「銃身のショットガンは散弾銃であるため近距離で叩き込むと強力だが、射程ギリギリだと威力が落ちるぞ。」

 

 説明を聞く前に撃ち込んでしまったため、射程ギリギリで当ててしまった。あまり効いている様子もないので、言われた通り接近して撃ち込んでみる。するとオウガテイルが怯んだので、そのまま連射して倒した。思ったより連射できる銃身だった。

 

ツバキ「チャージスピアはチャージグライドと呼ばれる一時的にオラクルを活性化させ、攻撃力を上昇させる突進攻撃ができる。この効果は敵を攻撃し、オラクル細胞を取り込むことで持続させることができる。」

 

 今度は槍となった神機を受け取り、出現したオウガテイルを突き刺し、バックフリップで後退する。そして、チャージグライドを発動する。チャージが完了すると刀身が二つに割れる。チャージしたオラクルを解放すると刀身の根元からオラクルを放出し、オウガテイルを貫いた。ユウキはそのまま体を持っていかれたが、壁に激突する前に何とか踏み留まった。

 

ツバキ「これで最後だ。ヴァリアントサイズは神機フレームと呼ばれる機構を使っている。これは簡単に言うと後付けの神機だ。捕食口を改造した咬刃と呼ばれる刃でリーチを伸ばすことができる。」

 

 最後は鎌の神機だ。広範囲の薙ぎ払いが出来るためか、今度は3体現れた。ユウキは一番近いオウガテイルにステップで近づき、数回切り付ける。当然他の2体はこちらに向かって来る。一端後退し、鎌の咬刃を大きく伸ばして3体まとめて切り付けた。1体は倒せたがまだ2体残っていたので、そのまま上から神機を振り下ろし、遠くにいるオウガテイルを突き刺した。そして伸ばした咬刃を引き戻すのを利用して、残るもう1体を巻き込み、真っ二つにした。

 

ツバキ「最初にも言ったが、ポール型神機はギリギリで運用できるようなものだ。実戦での使用はあまり薦めることはできないが、こちらが使いやすいのであれば実戦で使うことも視野にいれておくといい。」

 

 最初にも言っていたことだかギリギリ運用可能な状態であるため、戦場で機能不全や暴走を引き起こす可能性がある。そのため出来るだけ使いたくないのがツバキの思惑であった。

 

ツバキ「よし。これで本訓練は終わりだ。使いやすい組み合わせを今のうちに見つけておくように。それと、今後の予定なのだが...」

 

 ツバキはまた言いにくそうに言葉を濁している。

 

ツバキ「本来ならもっと訓練を積んでから実戦に出したいのだが...上層部が早く実戦に出してデータを取らせろ言うものでな...すまないが明日から実戦に出てもらう。この後は続けられるのなら訓練を続けてほしいのだが...」

 

 まともな訓練を積む前に実戦に出ることになってしまった。

 

To be continued




今回は戦闘と見せかけた訓練回です。主に神機の説明でした。自分のイメージでは神機の扱い方はアニメのような機械仕掛けな感じてはなく、手足を動かす様な感覚で扱う物だと思っています。なのでこの二次創作では神機は感覚で使うものとしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission4 悪鬼の尾

今回からは実戦に入ります。ついにあの人が本格的に物語に登場します。


 ツバキが去った後、丸一日訓練して使いやすい神機の組み合わせを探した。その結果、ロング、シールド、スナイパーで運用することにした。次点でヴァリアントサイズも使いやすかったが、ポール型神機はおすすめできないとツバキが言っていたので候補から外した。

 この組み合わせの理由は、単純に使いやすい、クロスレンジでは剣形態、ミドル、ロングレンジに適した銃形態とオールレンジに対応出来ること、そして基本的に全物理属性に特化して攻撃できること。この三つである。

 訓練も終わり、次の日になるとエントランスに向かう。確か今日から早速実戦に向かうはず。ヒバリに聞いてみると、上官と一緒に行くことになっているため、神機の準備をして待機するようにとのことだった。

 少し待っていると、見たことのある顔が目に入る。そう、ユウキを神機使いにスカウトした張本人だった。こちらに気付いたのか近づいてくる。

 

ヒバリ「あ、リンドウさん。支部長が見かけたら顔を見せに来いと言ってましたよ?」

 

リンドウ「オーケー、見かけなかったことにしといてくれ。」

 

 ...それでいいのか?なんだか初めて会ったときとはまるで別人のような雰囲気だ。そうしているうちにリンドウがこっちに来た。

 

リンドウ「よう新入り。無事にゴッドイーターになれたみたいだな。俺は『雨宮リンドウ』形式上お前の上官にあたる...が、まあ面倒くさい話は省略する。とりあえず、とっとと背中を預けられるぐらいに育ってくれ。な?」

 

サクヤ「あ、もしかしてこの間言ってた新人さん?」

 

 気がつくとサクヤが話しかけてきた。

 

リンドウ「あー、今厳しい規律を叩き込んでるんだから...向こうに行ってなさいサクヤ君。」

 

サクヤ「了解です上官殿。」

 

 ...厳しい規律?そんなもの叩き込まれた覚えがない...そういえばサクヤはリンドウのことを上官と言っていたことから、リンドウはサクヤの上官でもあるらしい。上官に対して軽口を言える辺り彼らも支部長と博士のような関係だろうか?そんなこと考えているとサクヤが手を振り、去っていった。

 

リンドウ「とまあ、そうゆうワケで...だ...さっそくお前には実戦に出てもらうんだが、今回の任務には俺も行する。」

 

 一度視線をはずして時間を確認する。

 

リンドウ「...っと、時間だ。出発するぞ。」

 

 -贖罪の街-

 

リンドウ「ここも随分荒れちまったなぁ...」

 

 待機ポイントから街の様子をみていたリンドウがこちらを見る。

 

リンドウ「おい新入り。実地演習を始めるぞ。命令は3つ。」

 

 そう言って命令の内容を説明する。

 

リンドウ「死ぬな。」

 

 人差し指を立てる。

 

リンドウ「死にそうになったら逃げろ。」

 

 続いて中指を立てる。

 

リンドウ「そんで、隠れろ。」

 

 さらに薬指を立てる。

 

リンドウ「運がよければ不意をついて...ぶっ殺せ!」

 

 拳を握りながら親指を立てる。...これでは4つになるはず...

 

リンドウ「あ?これじゃ4つか?」

 

 やっぱりそうだった。

 

リンドウ「ま、とにかく生き延びろ。それさえ守ればあとは万事どうにでもなる。」

 

 正直意外ではあった。容赦するなとか、徹底的に叩き潰せとか、自分が死んでも敵を殺せとか、そんな命令を出すのかと思ったが、実際に出された命令は真逆の内容だった。『敵を倒すのは二の次にしてとにかく生き延びろ』そんな風に言ってるように聞こえた。

 

リンドウ「さーて、始めるか。」

 

 そう言ってリンドウは待機ポイントから飛び降りる。それに続いてユウキも飛び降りた。

 

リンドウ「あくまで俺はサポートだ。お前がヤバくなったら手を出すが...それまでは自分で戦え。いいな?」

 

 移動しながら作戦を伝える。作戦内容を聞きユウキは頷く。

 そう、実戦とはいえあくまで実地『演習』なのだ。新人が自分の力でやらなければならない。そうでなければ、実戦に出ることなど到底できない。ましてろくな訓練も積んでいないまま戦場に出るため、ここで実力を付けないとあっという間にあの世行きなんて事になりかねない。

 そうしていると崩れた教会の入り口付近にターゲットであるオウガテイルを見つけた。オウガテイルはまだこちらに気づいていない。奇襲をかけるため、銃形態に変形してステルスフィールドを展開する。そのままオウガテイルを横切り、近くの小屋の影から狙い撃つ。ステルスフィールドが解除され、オウガテイルにも気づかれた。剣形態に変形して空中から切り付けて攻撃する。訓練の時と違い、怯む様子もない。一端離れて構え直す。オウガテイルがこちらに向かってくるので軸をずらして切り込む。ここでようやく怯んだのでインパルスエッジを打ち込むとオウガテイルが倒れた。そこで神機に捕食させる。バーストして神機を力任せに振るとオウガテイルを大きく引き裂き、吹き飛ばした。そのまま他の建物に激突した。その隙を突くためステップを使い一瞬で近づき、一撃入れる。そしてオウガテイルが絶命した。コアと素材の回収のため捕食する。これで任務は終了した。しかしリンドウは違和感を覚えた。

 

リンドウ(ん~...ゴッドイーター並みの運動能力を持ってたからてっきりトンデモ身体能力になると思ってたんだが...なんでだ?)

 

 リンドウの思惑ではゴッドイーターを凌駕する身体能力を手に入れると思っていたが、実際には普通のゴッドイーターと大して変わらなかった。ただバースト時の能力向上は他のゴッドイーターより上だった。どう言うことか考えているとユウキが戻ってきた。

 

リンドウ「おう!お疲れ。訓練と比べるとタフだったろ?実戦なんてそんなもんさ。油断しないようにな。」

 

 ユウキは頷いて返事をする。

 

リンドウ「よし。今日のミッションはこれで終了だ。帰投するぞ。」

 

 そう言って待機ポイントに戻るリンドウに着いて行った。

 

 -極東支部-

 

 極東支部に戻った後、ヒバリから報酬を口座に振り込んだという報告と一緒にペイラーのラボで新人向けの講義があると聞いたので、リンドウと別れてラボに向かう。ラボに着いたらもうコウタが来ていた。

 

ペイラー「来たね。」

 

 どうやらユウキが来るのを待っていたようだ。ユウキが座るとペイラーが咳払いをして講義が始まる。

 

ペイラー「さて、いきなりだけど...君はアラガミってどんな存在だと思う?」

 

 質問の意図がわからずユウキは首をかしげる。

 

ペイラー「『人類の天敵』『絶対の捕食者』『世界を破壊するもの』...まぁ、こんな所かな?これらは認識としては間違っていない。むしろ、目の前にある事象を素直に捉えられていると言えるだろうね。じゃあ、なぜ、どうやってアラガミは現れたのか?って考えたことあるかい?」

 

 そこまで話すとペイラーは室内を彷徨きながら講義を続ける。

 

ペイラー「君たちも知っての通りアラガミはある日突然現れて爆発的に増殖した。そう、まるで進化の過程をすっ飛ばしたようにね。」

 

コウタ「ふぁぁぁ...」

 

 講義がつまらないのだろうかコウタはあくびをしてこちらに話しかける。

 

コウタ「なあなあ...この講義必要?アラガミの存在意義なんて知る意味あんのかな?」

 

ペイラー「そうかね?」

 

コウタ「うげっ!!!」

 

 一端離れたはずのペイラーがいつの間にかコウタの横にたっており、コウタの頭を小突きながら講義を再開する。

 

ペイラー「アラガミには脳がない、心臓も、脊髄すらありはしない。私たち人間は頭や胸を吹き飛ばせば死んじゃうけど、アラガミはそんなことでは倒れない。アラガミは考え、捕食を行う一個の単細胞生物、『オラクル細胞』の集まり...そう、アラガミは群体であってそれ自体が数万、数十万の生物の集まりなのさ。そしてその強固でしなやかな細胞結合は既存の通常兵器では全く破壊できないんだ。じゃあ君たちは、アラガミとどう戦えばいいんだろうね?」

 

コウタ「えーと、それは...神機でとにかく斬ったり撃ったり...」

 

 突然振られたため、つまりながらもコウタが答える。

 

ペイラー「そう、結論から言えば同じオラクル細胞が埋め込まれた生体武器『神機』を使って、アラガミのオラクル細胞結合を断ち切るしかない。だがそれによって霧散した細胞群もやがては再集合して、新たな個体を形成するだろう。彼らの行動を司る指令細胞群...『コア』を摘出するのが最善だけど、これがなかなか困難な作業なんだ。神機をもってしても、我々には決定打がない。いつの間にか人々は、この絶対の存在をここ極東地域に伝わる八百万の神に喩えて『アラガミ』と呼ぶようになったのさ。さて、今日の講義はここまでとしよう。アラガミについては、ターミナルにあるノルンのデータベースを参照しておくこと。いいね?」

 

 講義が終わったため、部屋に戻ろうと思いエレベータに向かうが...

 

コウタ「ユウキ!」

 

 コウタに止められた。

 

コウタ「この後時間ある?暇ならちょっと早いけど晩飯に行こうぜ!」

 

 どうやら夕飯に誘われているようだ。コウタに言われるままついていくといつの間にか食堂に着いていた。コウタはコーンスープとかき揚げ丼の食券を買った。

 

コウタ「食堂の飯もウマいんけど...ちょっと高いよなぁ...まだ訓練しかしてない俺にはちょっと辛いな...ユウキは何にした...の...?」

 

 そこにはコーンスープ(大盛り)の食券3枚にジャイアント焼きトウモロコシの食券2枚を買ったユウキがいた。

 

コウタ「こ、これが実戦に出た奴とそうでない奴の違いなのか...」

 

 がっくりとうなだれるコウタを放置して食券をカウンターに出しに行く。

 注文した料理を受け取り、テーブルに着く。気がついたら復活したコウタも前に座っていた。

 

コウタ「なぁ、実戦にでるってどんな感じだった?やっぱり怖いとかってあった?」

 

 コウタはどうやら実戦の空気というか雰囲気が気になるようだ。下手をすると死ぬかもしれないため、当然と言えば当然だが。ユウキは紙ナプキンに文字を書いて上官と一緒だったから特に怖いとかはなかったことなどを話した。そうやって話ながらスープ3杯とトウモロコシ1本を食べきり、残りの1本も半分まで食べた所で、不意に声をかけられる。

 

神機使い1「おやおや噂の新型様じゃないですかぁ。入隊早々こんなに腹一杯に食事するなんていいご身分ですねぇ」

 

 いかにも嫌味たっぷりな話方で話しかけられた。

 

コウタ「なにあんた。嫌味言いに来ただけなら早くどっか行きなよ。もう十分だろ?」

 

 コウタの口調も強くなる。

 

神機使い2「いやなに、噂の新型がどんな奴か気になったもんでな。チョイと見にきただけさ。それじゃあな。」

 

 振り返るついでに皿に置いておいたトウモロコシをはたき落とす。そしてもう一人がまだ残っている部分を踏みつけて去っていく。

 

コウタ「テメェ!!!」

 

 コウタは踏みつける瞬間、二人がニヤつきながら踏んでいくのをみていた。新型ということで特別扱いされているのを妬んでのことだろう。しかし、コウタは新型だから厚待遇なんてことは無く、むしろ訓練を積まずに実戦に出されるような状態だと聞いている。何よりユウキがちゃんと実戦に出て稼いだ金で購入したものだと知っていた。コウタ自身、ユウキが不当な手段で金を手に入れている訳ではないと知っていたため、尚更許せなかった。しかし...

 

神機使い1 「あ?」

 

コウタ「ユウキ?」

 

 ユウキは立ち上がると踏まれて飛び散ったトウモロコシをすべて集め、席に着くと食べ始めた。

 

コウタ「なっ!おいやめろよ!腹壊すぞ!」

 

 コウタが止めるがユウキはトウモロコシを完食した。食べ終わる頃には神機使い達は気色悪いと言いながら去っていった。そして再び紙ナプキンに文字を書き始めた。

 

『今日は誘ってくれてありがとう。誰かと夕飯食べるのって楽しいね』

 

コウタ「あ、ああ...俺で良かったらまた一緒に食べようぜ。」

 

『ありがとう。また誘ってね。』

 

 その書き置きを残すとユウキは自室に戻って行った。表情は相変わらず無表情のままだった。

 

 -極東支部帰投後-

 

時は遡り、極東支部にリンドウとユウキが帰投し、二人が別れた後。リンドウがカウンターでミッション終了の手続きをして、ヒバリから報告用の書類を受け取る。その後エレベータに乗って支部長室に向かおうとしていた。そこにツバキも一緒にエレベータに乗り込んだ。

 

リンドウ「おや、姉上も支部長室に?」

 

ツバキ「リンドウ...ここで姉上と呼ぶなと何度言えばわかる。」

 

リンドウ「はは、失礼しました。」

 

ツバキ「全く...で、どうだ?神裂の様子は?」

 

 ツバキはずっと気になっていたことをリンドウに聞いてみた。

 

リンドウ「訓練を積んでないんで、戦術に粗があるのは仕方ないんですが...それを無視できるほどの動きのよさはありますね。ただ...」

 

 リンドウが珍しく言いづらそうにしている。

 

ツバキ「ただ...なんだ?」

 

リンドウ「俺の予想ではもっとこう…トンデモゴッドイーター?になると思たんですよ。けど、運動能力にあまり変化が見られないんですよね、バースト時の能力上昇は異常なほど高いんですけど...」

 

ツバキ「気にはなるが、調べる余裕はないだろう。上層部は早くデータを寄越せとの一点張りだ。支部長の反対も押しきられてしまったしな。」

 

リンドウ「ん~...どうすっかなぁ...」

 

 頭を掻いているリンドウにツバキが話しかける。

 

ツバキ「リンドウ、あいつのこと...気にかけてやってくれ。上の都合で死なせたくはない。」

 

リンドウ「了解しました。上官殿」

 

 会話が終わるとちょうどエレベータが支部長室のフロアに到着した。

 

To be continued




 今回は初ミッションということで、リンドウさんに登場していただきました。戦闘描写が難しい...オウガテイルでどうやって上手いこと書けばいいのか...
 主人公の初期の扱いですが原作でも新型というだけで色々言われてたりしてたのでこんな感じで周囲からのイジメ的なことも結構されてきたと思います。コウタのキャラが崩壊しているような気がします。こんなキャラだったっけ?
 そして主人公の設定考えてたらぼくがかんがえたさいきょうのじんきつかい状態になってしまった...どうしよう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission5 死の恐怖

ついにあの男が登場です。そしてタイトルは某ハ○ヲとは関係ありません。


 ツバキが訓練状況の報告を終えて支部長室から出てくると、リンドウがエレベータ前のベンチに座っていた。

 

ツバキ「リンドウ…もう部屋に戻っていると思ったが…何か用か?」

 

リンドウ「あ~…用と言うか…最近チョイと考えてることがあるんですよ…」

 

 そう言うとリンドウは自分が考えていたことを話始める。

 

リンドウ「このままアラガミを倒すだけで良いのかって思って…」

 

 ツバキはリンドウの発言を聞き、表情を険しくする。

 

リンドウ「アラガミを倒すことで驚異を遠ざけることはできても、新入りみたいな境遇の人の助けにはならないって実感したんですよ…」

 

ツバキ「言いたいことは分かるが…こんな現状では自分のことだけで精一杯なのが現実だ。それに…そのような人を救いたいと思うのは結構だが、足りないものが多すぎる。そんな資源も資金もない。お前はもちろん、フェンリルにもな…」

 

 ツバキが言うことももっともである。地表の世界はアラガミに支配され、あらゆる物資が不足している。そんな中、安全も確保できない地域で人々が生きていくことは至難の技である。要するに、安全に暮らせる場所を確保するための資源と資金をフェンリルでも用意できない状態なのだ。

 リンドウもツバキもその事については理解してるつもりだが、やはり納得はできないようだった。気まずい空気の中、2人はエレベータに乗り込んだ。

 

 -翌日-

 

 起床すると通信端末にエントランスに来るようにとリンドウから連絡があった。指示に従い、エントランスまで行くことにした。

 エントランスに来たはいいがリンドウの姿が見当たらない。仕方ないから出撃ゲート前のソファで座って待っていることにした。すると銀髪に眼帯をつけた細身の女性が隣に来た。彼女『ジーナ・ディキンソン』は許可を得て隣に座ると、話しかけてきた。

 

ジーナ「そう言えば貴方、リンドウさんと出たんだってね?運がいいわね。」

 

 なんのことかよくわからず、ユウキは首をかしげる。

 

ジーナ「ここでは、リンドウさん程生き延びるのがうまい人はいないわ。多分、くっついてれば死ぬことはないでしょ…」

 

ここで一旦話を区切る。

 

ジーナ「そうね、まだ来たばかりだし分からない事が沢山あるでしょう?何かあったらいつでも聞きに来なさい。」

 

コウタ「おはよー…」

 

 エントランスに来たコウタがテンション低めに挨拶してきた。ジーナも挨拶を返していた。

 

コウタ「訓練がキツくってさ…体力には自信あったのに…」

 

 体力自慢だったらしいがゴッドイーターになってからは通用しなくなって落ち込んでいた。

 

コウタ「あ!でもツバキさんに『周りをよく見ている分、連携に大きな期待ができる。』って言われたんだ。すぐに実戦に出て追い抜いてやるからな!」

 

 そうしているとリンドウがエントランスに来た。こちらに気づいて話しかけてきた。

 

リンドウ「お、もう来てたのか。どうだ?少しはここの生活に慣れたか?」

 

 こんな短期間で慣れる訳もなく、ユウキは首を横に振る。

 

リンドウ「ははは!そりゃそんなすぐには慣れないか。なら、今日はお前と親睦を深めるために飯にでも…と言いたいところだが…ま、例によってお仕事の話だ。」

 

 そう言うとリンドウはユウキを連れて下へ降りていった。降りながら任務の説明を始める。

 

リンドウ「今度の任務では、遠距離専門の神機使い『橘サクヤ』に同行してもらう。準備ができたら、ヒバリのところで俺が発注したミッションを受けてくれ。いいな?」

 

 任務内容を理解したので、ユウキは頷く。

 

リンドウ「あぁ、それとな…サクヤは俺の腐れ縁なんだ...まぁ、気のいいやつだから怖がらないでやってくれ、よろしく頼む。」

 

 説明が終わるとユウキはヒバリにミッションの発注をしてもらおうと思ったが、黒髪に赤いジャケットを着た男『大森タツミ』がヒバリと話を続けている。

 

タツミ「今日も無事帰ってこれたよヒバリちゃん!だからデートしない?」

 

 こちらに気づいたヒバリが無理矢理話を終わらせてこちらに話しかける。

 

ヒバリ「タツミさん、他の人の迷惑になりますのでこの話は終わりです。お待たせしました。ミッションの受注ですよね?」

 

 そこまで言われてようやくタツミがこちらに気がついた。

 

タツミ「おっと、もしや期待の新人か!ちょっと先輩らしところも見せとくか!もう知ってると思うけど、ミッションを受けるときは、このカウンターで申請するんだ。無事にミッションを達成した後は清算されて、口座に報酬が振り込まれる。ま、ほどほどに頑張れよ!これからよろしくな!」

 

ヒバリ「リンドウさんからの依頼で、サクヤさんとの合同ミッションが追加されています!サクヤさんはとても綺麗で優しい人で、きっとすぐに仲良くなれますよ!」

 

 まあ確かに美人だった。まあミッションにそんなことは関係ない。ミッションを受注するとそのまま現地に向かった。

 

 -嘆きの平原-

 

 巨大な竜巻を中心に、地面が大きくえぐり取られている平原についた。竜巻の影響か、周囲一帯は分厚い雲が広がっている。少し離れた所にビルの残骸が残っている辺り、旧時代ではビル街だったのだろうか。待機ポイントにはすでにサクヤがいて、こちらに気づいて話かけてきた。

 

サクヤ「昨日の新人君ね?確か神裂ユウキ…だったかしら。私は『橘サクヤ』って言うの。よろしくね。」

 

 自己紹介が終わるとユウキが力んでいると感じ、肩を叩き、おどけた雰囲気を出して落ち着かせる。

 

サクヤ「もしかして緊張してる?肩の力抜かないと、いざと言うとき体が動かないわよ。」

 

 ユウキは理解したという意思表示のため、頷いた。

 

  『グオオオオォォォ...』

 

 突如付近にアラガミの咆哮が響く。するとサクヤのおどけた雰囲気が消えて、真剣な表情になった。

 

サクヤ「さっそくブリーフィングを始めるわよ。」

 

 そう言うと作戦内容を伝える。

 

サクヤ「今回の任務は君が前線で陽動、私が後方からバックアップします。遠距離型の神機使いとペアを組む場合、これが基本戦術だからよく覚えておいて。くれぐれも先行しすぎないように。後方支援の射程内で行動すること。OK?」

 

 ユウキは了承の意味で頷く。

 

サクヤ「うん!素直でよろしい。頼りにしてるわ。さあ、始めるわよ。」

 

 そう言ってユウキとサクヤは待機ポイントから飛び降りた。平原の中心は竜巻と共に大きく反り立っている。そのため、左右どちらかから迂回しなければならない。ターゲットとなっている2体コクーンメイデンを探すため、左から迂回する。すると運よく1体目を見つける。

 コクーンメイデンがこちらに気づいて、オラクル弾を一度真上に飛ばし、一度停止した後、こちらに向かって飛んでくる。それを避けてステップで近づいてすれ違いながら切る。するとサクヤが通信機を使って話しかけてくる。

 

サクヤ「こいつが今回のターゲット、コクーンメイデンよ。実物を見るのは初めてかしら?コクーンメイデンは移動しないけど、こちらを正確に狙う射撃攻撃をしてくるわ。そして接近すると、体内にある針を伸ばして攻撃してくから気をつけて。」

 

 言い終わる頃にはサクヤはユウキと軸をずらした後方からコクーンメイデンを撃ち抜いていた。そのため、1体目はあっさりと倒した。捕食して、素材とコアを回収すると、2体目を探し始める。

 近くにいたため、さっきと同様にすれ違いながら切りつける。するとコクーンメイデンの上半身が伸びた。サクヤはこれが攻撃の予備動作と知っていた。

 

サクヤ「下がって!!!」

 

 サクヤは叫ぶが、コクーンメイデンはすでに攻撃体制に入り、針を伸ばしてきた。当たる。サクヤはそう思ったが、ユウキは攻撃を見てからステップで後ろに下がり、避けたのだ。

 

サクヤ「なっ!!!」

 

 サクヤは率直に新人とは思えない、と思った。一応サクヤも攻撃の瞬間は見える。しかし、それに体がついていけるかと言われれば答えはNOだ。見えても体が反応できないのだ。しかしユウキは反応できる。これは高い反射神経についていける体を持っていることになる。身体能力が高いのがその理由なのか?そんなことを考えているとコクーンメイデンを上下に切り分けられていた。

 これで任務は終わり。そう思っていたが...

 

  『ガアアアァァアア!!!』

 

 突如獣の咆哮が響く。そう虎に似たアラガミ『ヴァジュラ』が現れた。新人に倒せる相手ではない。サクヤは撤退を指示しようとするが、その前にユウキがヴァジュラに斬りかかる。当然ヴァジュラもこちらに気づく。

 

サクヤ「ああもう!帰ったらお説教よ!」

 

 ヴァジュラは切り裂く様に前足を振り上げる。ユウキは横に跳んで避ける。避け際に、前足の付け根を切る。効いた様子もなく、そのまま飛びかかってくる。跳んで来るヴァジュラの下をステップで潜り、無防備になった尻尾に斬りかかる。今度は相当効いたのか、大きく仰け反った。

 サクヤがその隙を見逃すはずもなく、ヴァジュラの腹に撃ち込む。しかし、このままではサクヤがヴァジュラに狙われる可能性がある。そこでユウキは後ろ足を斬りながらヴァジュラの眼前に出るが、ヴァジュラが飛びかかるため構える。するとサクヤが前足を撃ち抜いて、風穴を開けた。ヴァジュラはたまらず倒れる。その隙に捕食してバーストする。直ぐに銃形態に変形して、手に入れたアラガミバレット3発全てサクヤに受け渡し弾として射つ。するとリンクバーストが発動し、サクヤがバースト状態になる。しかも通常のバーストと違い、限界を越えたバースト、リンクバーストLv3となる。

 

サクヤ「すごい…!これがバースト状態?!」

 

 倒れたヴァジュラの顔面を斬りつける。すると、いつものように吹き飛ばすとはいかないがヴァジュラを動かした。このとき、ヴァジュラも体制を立て直した。ユウキは飛び上がり、神機を突き刺そうとするが、ヴァジュラの周囲に電流が走る。ユウキは電撃に直撃し倒れる。痺れているのか動けないでいる。ヴァジュラがユウキを喰らおうと口を開けて近づいてくる。しかし...

 

  『ダァン!!!』

 

 スナイパーのものとは思えない大きな炸裂音が鳴り響く。その瞬間、雷球がヴァジュラの体を貫き、巨大な風穴を開けて倒した。ユウキは体の痺れがとれず動けないままであったため、サクヤはユウキを抱えて待機ポイントに戻っていった。

 

 -極東支部、病室-

 

 目を覚ますとユウキは病室で寝かされていた。起き上がると枕元に書き置きがあることに気づいた。

 

  『俺の部屋に来るように リンドウ』

 

 とだけ書かれていた。読み終わるとちょうどルミコが入ってきた。

 

ルミコ「あ、もう動けるんだ。特に異常もなかったし、好きに動いていいよ。」

 

 動いていいようなのでそのままリンドウの部屋に向かう。部屋に着くとリンドウとサクヤがいた。

 

リンドウ「おう、来たか。そう言えば、俺の部屋に来るのは初めてだな。どうだ調子は?」

 

 リンドウの問いに対してユウキは特に反応はなかった。

 

リンドウ「元気が無いみたいだが大丈夫か?体調管理も立派な仕事だぞ。具合が悪いならちゃんとメシ食ってしっかり寝とけよ。」

 

 こちらに気を使っているのか命令無視の事には触れない。するとサクヤが口を開く。

 

サクヤ「お疲れさま!さっきのミッション、初めてにしてはなかなかいい連携で動き易かったわ!」

 

 予想外にもサクヤはユウキとの連携がよかったと誉めていた。が、

 

サクヤ「…って言いたいところだけどね、油断は禁物よ。成熟していなかったとはいえ、新人の貴方がヴァジュラを相手にするのがどれだけ危険かわかったでしょ?命令を聞く前に突っ込んだのも減点よ。以後こんなことの無いようにね。」

 

 厳しい口調でしかりつける。

 

サクヤ「それに、銃と剣…両方使えるって事がどういう事か考えてみて。旧型には出来ない事を、貴方はしなくちゃいけないの。それだけでも大変なのにあんまり無茶すると体が持たないわよ?」

 

 確かに、剣と銃を使えると言うことはそれだけ臨機応変に対応しなければならないということだ。ユウキは表情に出さないが反省した。

 

サクヤ「…なんてね!大丈夫!何かあったら助けてあげるわ。一人前の神機使いになるまで、しっかりサポートするからね!」

 

 さっきとは売って変わっておどけた口調になった。そのまま次のミッションのことを聞いてエントランスに向かう。エレベータを降りると金髪の青年『カレル・シュナイダー』とシュンが話している。そのまま横を通ろうとすると、話しかけられた。

 

カレル「ほぅ…噂してるそばから現れたか、新型さんよ。それも特殊能力ってヤツか?見た目はただのガキだが…ま、せいぜい頑張って稼ぎな。」

 

シュン「そうそう、逃げ回るのはネズミの美徳ってな…男の価値は撃破数と報酬だぜ!」

 

 嫌みのつもりだろうか?味方を全員生かして返すよう頑張っている男だって十分にカッコいいと思うが。ユウキはこの話に無意識にリンドウを重ねていた。

 

シュン「あ!そういえばお前んとこの隊長みたいだな。これは、失敬失敬!」

 

 リンドウに対しての陰口だったようだ。その事を理解した瞬間、表情こそ変わらなかったが明確に殺意を覚えた。殴りかかろうと拳を握ると不意に手を捕まれ、下の階につれていかれた。手を引いていたのはコウタだった。

 

コウタ「…くそっ!あいつら、人のことバカにしやがって…」

 

 どうやらコウタもあの2人になにか言われたようだ。

 

コウタ「あそこの2人、絶対新人イジメするタイプだぜ!あーあ…あんなのと一緒にミッションに行きたくないなぁ。」

 

 全くだと同意する。しかし、怒りを抑えリンドウに言われたミッションを受注するため、ヒバリのもとに向かう。…案の定タツミがいた。タツミを押し退けヒバリにミッションの申請をするが…

 

タツミ「だぁー!今ヒバリちゃんとイイ所なんだから邪魔するな!」

 

 …厄介なことになった…

 

 -鉄塔の森-

 

 鉄塔の森に着くと、赤いベストを全開にして、全身に刺繍をいれた派手な男が近づいてくる。

 

エリック「ああ、君が例の新人君かい?噂は聞いてるよ。僕はエリック、『エリック・デア=フォーゲルヴァイデ』。君も精々僕を見習って、人類のため華麗に戦ってくれたまえよ?」

 

 挨拶をしていると後ろのフードを被った青年が何やら構えている。すると

 

ソーマ「エリック!上だ!」

 

エリック「ん?」

 

 青年が叫ぶとユウキは後ろに跳ぶが、エリックはその場から動かず上を見た。するとオウガテイルがエリックに飛びかかってきた。

 

エリック「う、うあああああぁぁぁ!!!」

 

 オウガテイルがエリックに馬乗りになる。

 

  『グチャッ!!!!!』

 

 嫌な音と共にエリックの頭が食いちぎられた。あまりの突然の死にユウキの頭が真っ白になった。

 

ソーマ「ボサッとするな!」

 

 ソーマがオウガテイルを切り裂き、吹き飛ばす。そこには頭を食いちぎられたエリックだったものがいた。

 

ソーマ「ようこそ…クソッタレな職場へ…」

 

 ソーマがなにかを言っているが頭に入ってこない。ただエリックのだったものから目をそらすことができない。

 

ソーマ「俺の名は『ソーマ』…別に覚える必要は無い。言っとくが、ここでは人が死ぬなんて当たり前の事だ。」

 

 ソーマが神機を突きつける。ここでようやく目線だけソーマに移すことができた。

 

ソーマ「お前はどんな覚悟を持って『ここ』に来た?」

 

 …覚悟?なんだそれは?まさしくユウキの心情を表すとそんな感じだった。ただ適合していたから流れで神機使いになった。そんな自分になんの覚悟があるというのだ。そんなことを考えていた。すると微かにソーマが笑ったように見えた。…なぜ笑える?

 

ソーマ「なんてな…時間だ。行くぞルーキー…とにかく死にたくなければ、俺にはなるべく関わらないようにするんだな…」

 

 しかし、ソーマが背を向けると直ぐにオウガテイルとコクーンメイデンが沸いてきた。アラガミを見た瞬間、ユウキにどす黒い感情が沸いてきた。

 

ユウキ(次に死ぬのは俺なのか?あんな風に頭を食われて腕も足も、ナニもかも喰われて、なくなる…?オレがシヌ?…嫌だ、オレはシにたくナイ。まだイキていたい。死ぬのが…怖い)

 

 ここでようやく自分がどんな仕事をしているか理解した。神機を持ったからと言って、死なないわけではない。戦場と言うものを表面的にしか理解していなかったのだと思い知らされた。そして同時に、黒い『何か』が沸き上がるような感覚になる。。

 

ユウキ(そうだ…コロされるなら…その前に殺してシまエばイイ…!!)

 

 するとソーマが攻撃しているのとは別のオウガテイルを斬りつけ、怯ませる。その隙に蹴り飛ばし、オウガテイルを遠ざける。そして高台にいるコクーンメイデンを攻撃するため、高台を蹴り上がり、そのまま脳天から真っ二つに切り捨てた。そして、銃形態に変形し別の高台のコクーンメイデンをひたすら撃ち抜いた。オラクルを使いきる頃にはコクーンメイデンを倒していた。下を見るとソーマがオウガテイルを2体とも倒しており、任務が終了していた。ふと足元を見るとオウガテイルを蹴った方の靴底がなくなっていた。恐らく捕食されたのだろう。そんなことを考えているとヒバリから通信が入った。

 

ヒバリ『…これにて任務完了です。すみません…私が気を付けてればこんなことには…』

 

ソーマ「…フン」

 

 暗い声色で話すヒバリ、ソーマも若干の苛立ちを見せていた。しかし、ユウキはいつも通り無表情だった。

 

To be continued




今回は試験的にミッション2つ分を詰め込んで見ました。その結果字数が多くなって若干雑になったような気がします。(じゃあやるなよ)そして強敵相手に敗北、目の前の死に恐怖を覚える主人公。これが彼のトラウマであり、行動理念になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission6 人形

今回は原作にないオリジナルの話です。主人公のあだ名が決まります。


 任務を終えてエントランスに戻ると、何人もの神機使いが敵意を持った目でこちらを見る。もっともその目線の先は主にソーマに向いていたが。エリックの遺体は先に回収されていたことから、エリックの死は既に支部内に伝わっているらしい。そんな中、敵意を向けずに話しかけてきた男性がいた。短い銀髪にガッチリとしたガタイの『ブレンダン・バーデル』だ。

 

ブレンダン「また1人逝ってしまったな...自信過剰な奴だったが、生き残れば腕の立つ神機使いになれただろうに…明日は我が身だ、お互い気を付けようぜ。」

 

ソーマ「…俺には関係ない。弱い奴から死ぬ…それだけだ。」

 

 これには流石にブレンダンも表情を厳しくする。ソーマはそのまま部屋に戻ったのでユウキも部屋に向かう。

 

神機使い1「ソーマの奴、仲間が死んだってのにあの態度か…」

 

神機使い2「新型も新型で何にも感じてないみたいだし…まるで『人形』みたいなヤツだな。」

 

 自室に戻る途中、新人区画のエレベータ前のベンチにコウタが座っていた。ユウキに気付くと話しかけてきた。

 

コウタ「お疲れ…聞いたよ…同行してた人が亡くなったって…その…どうしようもない事だってたくさんあると思うんだ…だから…気にするな、て言っても無理だろうけど…でも、生きて帰ってこれたんだし、これからそんな人達を減らしていけるように頑張ればいいと思うんだ!だから、あんまり気を落とすなよ!!」

 

 マシンガントークの様に話してくる。こちらを励まそうとしているらしい。

 

コウタ「あ、そうだ…リンドウさんも気にかけてたみたいだから、一度顔出しといた方がいいよ!」

 

 思い出したようにリンドウが気にかけていることを伝えた。さっそく行ってみるとリンドウが部屋に入れてくれた。

 

リンドウ「…仲間が、目の前で死ぬのは初めて…か…そういや、お前とゆっくり話したことは無かったな。話すってのは得意じゃないんだが…そうだな、ちょっとソーマのことを話しとくか。」

 

 そう言うとソーマについて話してくれた。

 

リンドウ「ソーマはこの極東支部でも、トップクラスの実力を持つ神機使いだ。厳しい言動でよく誤解されるんだが…まあ、何にしてもやっぱりガキだな。ただ…」

 

 そこで一度区切る頃にはどこか優しい表情になっていた。

 

リンドウ「俺はアイツほど優しい奴はそういないと思ってる。アイツは目の前で誰かが死ぬことを一番恐れている。だからずっと…他人を遠ざけて、仲間の輪から外れてる。それでも、近寄ってくる奴はいる。それがエリックだった。」

 

 いつの間にかエリックの話になっていた。今度は死んだ仲間の話が辛いのだろうか、悲しそうな表情をしている。

 

リンドウ「エリックは純粋に強いソーマに憧れていたらしい。ただ、フェンリルの傘下にある企業の社長息子で、まあ所謂ボンボンだ。甘ったれたところもあったが…妹の為に戦場に出られる奴だった。神機使いになると、多かれ少なかれその重責と戦わなきゃいけない…あいつはあいつなりに、精一杯ふんばってたな…」

 

 家族のために戦ったのだろうか...思えばユウキには戦う理由がない。流されてゴッドイーターになっただけ。ソーマにも言われたが、戦う覚悟を持てないでいる。そんなことを考えているとリンドウがよし!っと大きな声を出した。

 

リンドウ「そういうわけで…お前がアイツの仲間になってずっと死なないことを命令しとくとするかな!だから…アイツをあんまり責めてやるな。いいな?」

 

 ユウキは頷き、話が終わったと思い帰ろうとするとリンドウに止められた。

 

リンドウ「ああそれと…お前の同期、大事にしろよ。アイツは本当にいいヤツだぞ。あんなにまっすぐな奴はそうはいない。気の合う仲間は、本当にかけがえのない宝だ。大事にしろよ?」

 

 身近にいる人間が簡単に死んでいく時代だ。楽しい時間を過ごせる友人、気の許せる仲間が明日にはいなくなるかもしれないのだ。そんな仲間を失わないように、自分も生きて帰れるように強くならないといけない。そんなことを考えるようになった。

 

リンドウ「コウタもお前も、技術はまだまだ未熟だが…まあ、しばらく生き延びてりゃいい線行きそうだ。期待してるから…とにかく死ぬなよ。いいな?」

 

 最後に警告と言うか、懇願するような言い方をされた。ユウキ自身、死の恐怖を自覚した以上、死ぬつもりはない。リンドウのとにかく死ぬなという発言に頷いて、部屋から出ていった。

 

 -翌日-

 

 特にやることもないので訓練でもやろうかとエントランスに向かう。エレベータから降りると、昨日のソーマに向けられたものとほぼ同じような敵意を込めた視線を向けられた。気にせずに階段を降りて下階に行こうとすると不意に足を掛けられそうになったが、持ち前の反射神経で避けてそのまま普通に階段を降りて行った。

 

神機使い1「…チッ!『人形』の癖に…」

 

 小声でそんなことを言われた。人形とは何のことだろうか?考えても答えは出なかったので、訓練の申請をしようとヒバリのもとに行く。…が

 

『緊急連絡!エリアN16にて小型アラガミが多数侵入!防衛班は直ちに迎撃せよ!繰り返す!エリアN16にて小型アラガミが多数侵入!防衛班は直ちに迎撃せよ!』

 

突如サイレンと館内放送が鳴り響く。その後直ぐにタツミが現れた。

 

タツミ「ヒバリちゃん!状況は⁉」

 

ヒバリ「待って下さい!もうすぐ...出ました!侵入したのは全て小型のアラガミですが、数が多いです!30…いえ!40!」

 

タツミ「第二部隊だけじゃキツいな…今すぐ出られるメンバーは?」

 

ヒバリ「第二部隊は全員出られます。シュンさんとカレルさんは神機のフルメンテナンスの最終チェック中、ジーナさんは第五部隊と合同でエイジスの防衛任務中!あとは…神裂さんです!ちょうど訓練に行くところだったので、神機も直ぐに使用可能です!」

 

タツミ「よし!神裂!一緒に来てくれ!」

 

 ユウキは頷き、第二部隊と防衛任務に参加する意志を示した。

 

タツミ「第二部隊と神裂で出る!ヒバリちゃん!オペレートよろしく!」

 

 そう言うとタツミは神機を受け取って作戦地域に向かう。既にカノンとブレンダンが準備を済ませていた。

 

カノン「準備OKです!」

 

ブレンダン「いつでも行けるぞ!」

 

 ユウキも神機を受け取り、タツミの後について走る。するとタツミが声をかけてきた。

 

タツミ「そう言えば防衛任務は初めてだな!今のうちに簡単に説明しとくぞ。防衛任務の目的は守りきれば勝ち!これを絶対忘れるなよ!アラガミを倒すのは手段であって目的じゃない。この事をよく理解しといてくれ。」

 

ブレンダン「いざとなれば俺たちがサポートするから心配するな。」

 

カノン「そうですよ!何かあれば助けに行きます!」

 

 そんなことを言っている間に作戦地域が見えてきた。すでに警報から10分ほど経っている。現場は混乱してパニックになっていた。オウガテイル、コクーンメイデン、さらに卵のような姿で宙に浮くザイゴートがいる。オウガテイルが民間人に襲いかかるのが見えた。ユウキは一度前に大きく跳んで踏み込んだ後、ステップで一気にアラガミの群れに突っ込んだ。

 

タツミ「あ!ちょっ!先行し過ぎるな!くそ!カノン!ブレンダン!2人で民間人の避難と退路の確保!俺は神裂の援護に行く!」

 

 タツミが忠告するが既に遅く、ユウキは民間人に襲いかかるオウガテイルを横から真っ二つにして銃形態に変形、3発のレーザーをコクーンメイデンに撃ち込む。再び剣形態に戻し、他の民間人に襲いかかるオウガテイルの元に向かう。しかし、無情にもオウガテイルは民間人を捕食しようと飛び掛かる。間に合わない。そう思ったが…

 

タツミ「斬!!」

 

 掛け声と共にタツミが斬りかかる。1撃目の奇襲で隙を作り、2撃目で気を引き、3撃目から本命の攻撃。鮮やかにここまでの流れを作った。オウガテイルはこの3撃で撃破し、アラガミの群れに突っ込んだ。一回で2、3回攻撃すると即、別のターゲットに移る。これを繰り返すことでタツミはほぼ全てのアラガミの注意を引いている。

 しかしこの戦い方では致命傷を与えることは難しい。なぜこんな戦い方をするのか?その目的は民間人が避難するための時間稼ぎであり、別に無理に倒す必要はない。しかし、地上だけでなく空中にも意識を割くのは少し辛いようだ。ユウキは銃形態に変形し、タツミの後ろで風船の様に膨れたザイゴートを撃つ。すると、レーザーが貫通して中からガスが漏れてきた。怯んだのでそのまま倒れるまで撃ち込んだ。

 

タツミ「サンキュー!助かった。」

 

 ちょうどオラクルが切れたので、剣形態に変形して空中にいるザイゴートを倒していく。しかし空中戦を続けていくと隙となる着地を狙われる。着地の瞬間、正面のオウガテイルが尾から針を飛ばし、攻撃してくる。それを時計回りに体を回転させて避けるが、左腕に当たってしまった。更に頭上には大きく膨れたザイゴートがいる。紫の煙を下に向かって吐き出したので、咄嗟にバックフリップで回避した。が、頭を下にしたのが間違いだった。煙を少し吸ってしまった。

 

ユウキ(…!?)

 

 少しふらつく。どうやら毒ガスだったようだ。だが動けない程ではない。捕食しようと大口を開けるザイゴートをインパルスエッジで倒し、オウガテイルを斬る。しかし毒が回ってるせいか力が思うように入らない。その上ふらついて体勢を崩した。その隙にオウガテイルが近づいてくる。

 

ブレンダン「であぁ!」

 

 目の前のオウガテイルが二つに割れた。チャージクラッシュでオウガテイルを倒したのだ。

 

カノン「お待たせしました。民間人の避難、完了しました!」

 

タツミ「よし!殲滅するぞ!」

 

 この時点で40いたアラガミは大半が倒されていた。タツミとユウキの防衛線で倒したアラガミが17体、防衛線を越えたアラガミが6体、残り17体を4人で倒すことになる。

 タツミとブレンダンが先行し、ユウキとカノンがそれに続く。空中を飛ぶザイゴートはもう見当たらない。残りのオウガテイルを倒し、最後にコクーンメイデン9体を倒そうとユウキは神機を振る。

 

  『ズドン!!!』

 

 突如後ろから吹き飛ばされた。

 

カノン「…射線上に立つなって…私言わなかったっけ…?」

 

 …言われてない。今までのおとなしそうな雰囲気から一変し、魔王のような威圧感を放っていた。…すごい豹変ぶりである。

 

カノン「あはは!このままじゃあなた!穴だらけだよぉ?」

 

 さらにもう一体倒し、それでもなお撃ち続けている。…なんだかアラガミが哀れに思えたユウキだった。そして、タツミ、ブレンダンが2体づつ、カノンが3体、ユウキが1体倒したところで、最後の一体を倒そうと走る。…が

 

子供「がんばれごっどーいーたー!アラガミなんかやっつけちゃえ!」

 

 子供が作戦地域に戻ってきたのだ。しかもその子の近くで倒れていたオウガテイルが起き上がってきた。

 

  『間に合わない。』

 

 子供の方に走ったがそう思った。そんな中カノンがコクーンメイデンを倒そうと走る。ふとコクーンメイデンとオウガテイルの位置がほぼ直線上にいることに気づいた。

 そして、一度コクーンメイデンに向かって走る。カノンとほぼ同時に到着したユウキは最初にアラガミの群れに突っ込んだ様に、前に大きく跳んで踏み込み、コクーンメイデンの横に跳んだ。すると…

 

カノン「死ねぇ!」

 

 カノンが爆発を起こし、コクーンメイデンとユウキを吹き飛ばした。その爆発に合わせて前に跳ぶ。

 

ユウキ(まだ足りない。)

 

 今まさにオウガテイルが子供に飛びかかろうとしている。そこでインパルスエッジを後ろで爆発させて更に加速する。そしてオウガテイルが踏み込む寸前で、神機を突き刺して倒すことに成功する。

 

カノン「大丈夫ですか?ケガしてませんか?」

 

 カノンが子供に駆け寄る。魔王の様な雰囲気は消えていつものカノンであった。二重人格なんだろうか?

 

タツミ「お疲れ!防衛任務はこれで終了だ。」

 

 そう言うとタツミは通信機で任務終了の連絡を入れる。なぜかデートという単語がやたら聞こえてくるが、あとは医療班や回収班に任せよう。

 

ブレンダン「お疲れ。最後の誤射の利用、良かったぞ。咄嗟の判断が自分を含む周りの生死を分けることもある。あの判断はいいと思う。」

 

 ブレンダンが誉めた矢先、カノンが大声を挙げる。

 

カノン「ああ!神裂さん左腕!ケガしてるじゃないですか!」

 

 そう言われてオウガテイルの針でケガをしていたのを思い出した。左腕には決して小さいわけではないが大きくもない穴が空いていた。

 

カノン「治療します。見せてください。大丈夫ですよ!私衛生兵ですから!あと…誤射してごめんなさい。」

 

 そう言って左腕を治療し始めた。ちなみに建物の損壊での怪我人はいたが死者はいなかったらしい。以前極東支部から盗み出された挑発フェロモンが近くに保管されていたためらしい。盗んだ本人は偽装フェロモンを盗んだつもりだったとのことだ。

 

 -極東支部-

 

 その後、防衛戦も終わり、極東支部に戻ると第二部隊と食事に誘われた。食堂に入るとユウキに敵意を向けて『人形が来た』等と小声で言う者たちが大勢いた。タツミたちには聞こえていないようなので気にすることなく食事にする。カノンが作ったブラストクッキーをデザートに食べて、食堂から出てた。

 その後、ホログラムを使った模擬戦を睡眠を挟んで夜から翌日の昼まで行った。昼からは第三部隊とエイジスの防衛任務がある。なぜ自分を誘ったのかジーナに聞いたところ、一緒に行ったことがなかったからだそうだ。

 エイジスの防衛と言っても実際にエイジスに行くわけではない。エイジスに通じる港の防衛戦である。第三部隊と合流すると、シュンが人形と任務に行く気はないと言っていたがジーナはそれを無視して任務に向かった。ちなみにカレルは邪魔しなければお荷物がいても問題ないとの事だった。

 -愚者の空母-

 

 旧時代に橋を壊して座礁した半壊状態の戦艦で戦闘を行う作戦領域だ。もちろん海がすぐ横にあるので、近くにエイジスに物資を送るための港がある。ここを攻撃されないように、この空母に誘きだして殲滅するのが今回の任務である。

 ユウキは小型アラガミの掃討を任されたので、ジーナとザイゴート、オウガテイルを倒していく。最後のオウガテイルを斬り倒し、残りのザイゴートは2体となった。1体はすぐ後ろで大口を開けている。そこでユウキは神機を逆手に持ち変えて後ろのザイゴートを突き刺す。そしてもう1体のザイゴートに投げ飛ばす。ジーナから見て2体が重なった瞬間に撃ち抜いた。こちら側の役割は終了したので、シュン、カレルの応援に行く。黄色い鎧を纏った猿のような中型アラガミ『コンゴウ』がこちらを背にしている。更にあと1体ザイゴートがいた。カレルはザイゴートの相手をしている。シュンはコンゴウに殴られそうになっていたので、後ろから背中を振り下ろして思い切り斬りつけた。そのまま腕をバネにして上に跳び、ザイゴートの上から突き刺した。これで任務は終わりのはず...だったのだが

 

シュン「てめぇ何しやがる!俺の獲物だぞ!お前のせいで討伐数がお前より下になったじゃねえか!」

 

カレル「全くだ。お陰で報酬が下がる。どうしてくれる?」

 

 どうやら獲物を横取りされたのが気に入らないらしい。

 

ジーナ「助けてもらっといてそれはないんじゃない?あのままだとあなた達、死んでたわよ?」

 

 ジーナが助け船を出したがそれも気に入らないのかシュンは舌打ち、カレルはこちらを睨みながら帰投していった。

 帰投後、ジーナに夕飯に誘われたので、食堂に行く。いつものように紙ナプキンで会話する。ジーナ曰く、2人はまだまだ子供で手がかかるとか、スナイパーの良さ、戦場での命の交流の素晴らしさを語られた。そんな中、もうお開きにしようと考えていると、食堂から出ていく少女がユウキに小声で呟いた。

 

「早く死んでよ…人形」

 

 ジーナにも聞こえ、なんのことだと思ったがユウキを見て納得した。無口、無表情、無感情(と思われている)な彼のことだと思た。

 

ジーナ(イジメ…ね)

 

 そうジーナは考え、ユウキと食堂を出る。ユウキは自室、ジーナはベテラン区画のある部屋に向かう。

 

ジーナ「リンドウさん、話があるの。来てくれるかしら?」

 

 そしてリンドウとジーナはエレベーターホールに来た。

 

リンドウ「で?何のようだ?もしや愛の告白ってやつか?」

 

ジーナ「残念だけどそんな話じゃないわ。新型君のことよ」

 

 『チーン』

 

 突如エレベーターが開く。そこには任務帰りのサクヤがいた。

 

サクヤ「あら、お邪魔だったかしら?」

 

 ややニヤついた表情で2人を見る。

 

ジーナ「サクヤさん…ちょうどいいわ…あなたも聞いてほしいの。」

 

 リンドウがノッて来ない。大事な話と悟り、サクヤは表情を引き締める。

 

ジーナ「新型のあの子、イジメられてるわよ。」

 

 リンドウもサクヤも多少そういう輩が出てくるだろうとは思っていた。が、その様子だと多少どころではない様だ。

 

ジーナ「あの子、何て呼ばれているか知ってるかしら?『人形』ですって。部屋の前も荒らされてたわ。」

 

 エレベーターが新人区間で開いた時、ジーナにも部屋の前が見えたのだ。だが、当の本人は特に気にした様子もなかった。

 入ってきて数日でここまでとは…リンドウとサクヤは驚愕した。

 

ジーナ「あの子を引き入れたのはリンドウさんでしょ?あなたが責任を取るべきじゃないかしら?」

 

 それだけ言うとジーナは去っていた。

 

サクヤ「リンドウ…」

 

リンドウ「あぁ…わかってる…できるだけあいつの近くにいるが…俺が側にいられない時は気にかけてやってくれ。」

 

 頭を掻きながら『姉上に相談してみるか…』と呟いた。

 

To be continued




今回は防衛班がメインでした。実際民間人や拠点を守るという制限がついた戦闘で成果を出せる防衛班って結構ハイスペックな人達なんだなと書いてて思いました。ひょっとしたらリンドウさんやソーマより凄いのかも。とか思ってます。
 そして主人公のあだ名は人形に決まりました。元々嫌われててエリックの件で無反応だとこんな扱いになっても仕方ないかと思います。そして気付いてしまった。女性陣が全員敵対してない。これはいけない...どうしよう...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission7 変化

今回はコンゴウ討伐戦です。深夜のテンションって怖いですね。最後の方にホモネタのような何かがあるので注意です。


 あの後、リンドウ、サクヤのどちらかが共に行動したため、直接的な被害はなかった。人形呼ばわりされたままであったり、どこからかソーマが『死神』であると聞いたり、訓練に出たり、実戦に出たりした1ヶ月だった。

 その間にコウタは実戦に出て2週間が経ち、経験を積み始めたようだ。周りからも後隙のカバーやトラップの扱いが上手い等、サポート面で高く評価されているようだ。

 対してユウキは実戦で経験を積み、時間の空いた時は訓練をしていたため、神機の扱いが大きく向上して、変形を含めた各機能の動作時間が短縮された。その為、新型らしい遊撃に適した動きが出来るようになった。但しケガによる出血も多くなり、1ヶ月経たずに偏食因子を投与している。

 余談ではあるがゴッドイーターは腕輪を介して定期的に静脈注射することで偏食因子を投与してる。偏食因子が血中に直接投与されることで、細胞が栄養を摂取するように偏食因子を取り込み、人体細胞をオラクル細胞に適応させるのだ。つまり、失血、吸収によって血中の偏食因子が少なくなると腕輪がそれを感知して偏食因子を投与するのだ。

 ユウキは昨日のうちに偏食因子を投与し、今日の任務へ向かう。ここ最近は小型アラガミであれば多数で来ても対応できるようになってきたので、今回から中型のコンゴウ討伐に参加することになった。とはいえ1人で出るには危険なのでサポートが得意なコウタと組んで出ることになっている。エントランスに行くと先にコウタが来ていた。

 

コウタ「あ!来た来た!お互い無事で何よりだね!命あってのこの商売だからねぇ。俺に何かあると、母さんも妹も路頭に迷っちゃうから、気を付けないとな…」

 

 深刻な顔つきになる。自分にもしものことがあったら家族がどうなるか理解しているからだろう。それだけ家族が大切であり、それ故に心配になるのだろう。リンドウさんが言っていたように真っ直ぐな人だ。そしてユウキはそんなコウタが少し羨ましかった。

 

コウタ「あ!そうだ!サクヤさんって知ってる…よね?もしかして仲いい?あの人ってなんかいいよね、美人だし、感じもいいし、強いしさ。戦うお姉さんって感じでさ…たまんないよなぁ!?」

 

 サクヤの話になると突如ニヤけてだらしない顔になる。先ほどのちょっとカッコいい雰囲気は何処へいったのやら。欲に忠実な奴だ。別の意味でも真っ直ぐな人だった。

 

コウタ「よおおし、なんかテンション上がってきたぁあ!今回の任務、どっちが多くアラガミを倒すか勝負だ!勝ってサクヤさんにいいところ見せてやるぜ!」

 

 討伐数での勝負を挑まれた。まあ、別に構わないのでとりあえず頷いておいた。そのまま2人で神機を受け取り、作戦地域に向かった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 大きい寺がそのまま作戦地域となっているため、庭のような場所もあり、本堂もある。また、貴重な骨董品が見つかったり、日本家屋があったりするので外部居住区に入れない人がたまに住んでいたりする。更に言えば雨宮姉弟とサクヤもこの辺りに住んでいたらしい。

 

ヒバリ『作戦地域内にオウガテイルが3体浸入しました!先にそちらの討伐をお願いします!』

 

 突如ヒバリ任務の更新が伝えられる。

 

コウタ「えっ!でもコンゴウは?」

 

ヒバリ『コンゴウは作戦地域付近に居ますが、今すぐにやって来る気配はありません。今のうちにオウガテイルを討伐して下さい。』

 

 要約すると、紛れ込んできたオウガテイルを先に討伐し、未だ現れないコンゴウとの戦闘で邪魔されないようにする作戦に変更されたのだ。2人の実力と実績を考えるとその方が賢明だろう。

 作戦の変更を了承したのでユウキは待機ポイントから飛び降りる。コウタもそれに続いて飛び降りる。ヒバリのオペレートで廃寺を右回りに索敵する。中心部に続く階段を登りきると、オウガテイルがいた。階段を登りきってすぐだったので相手にも気付かれた。

 ユウキは左側、コウタは右側に跳んで挟み撃ちにする。この時、左側にもう1体オウガテイルが見えたので、装甲が展開できない旧型の銃身神機を使うコウタが挟み撃ちになるのは避けたかった。他にも全体を見る余裕があるコウタに、左側からオウガテイルが来る場合に教えてもらう目的もある。

 左からユウキが切り込む。が、いつものように力が入らず怯む様子がない。オウガテイルが姿勢を低くして尻尾を振る体制を作る。怯むという予想が外れたため、ユウキに一瞬の隙ができる。

 

コウタ「当たれぇ!!」

 

 コウタの神機が機関銃の様に火を吹く。オウガテイルは攻撃する瞬間にカウンターを食らったので完全に不意を突かれて体制を崩した。ユウキもインパルスエッジでオウガテイルを爆破する。ここで倒れたオウガテイルを捕食しようと構える。

 

コウタ「ヤバい!もう1体来たよ!」

 

 コウタの言った通りさっきまで左の離れたところにいたオウガテイルがこちらに向かってきている。さすがにこんな近くでドンパチやっていると気づかれてしまう。ユウキに近づかない様にコウタが牽制する。その間にユウキはオウガテイルを捕食し、バーストする。そして、オウガテイルを突き刺したまま上に跳ぶ。コウタに向かっていくオウガテイルの真上に来ると、突き刺したオウガテイルをもう一方に投げつけた。上から重量物が落下してきたような状態になるため、下敷きになったオウガテイルが立ち上がるには時間がかかる。その間、コウタは撃ち続けて、ユウキは反対方向から一回斬りつけ、その後切り上げながら変形する。跳んだ先は当然フリーになっているので、コウタに受け渡し弾を渡す。

 

コウタ「よっしゃああぁぁ!!!」

 

 力が溢れる感覚に興奮しているのだろうか?いつもより大きな声で吼える。先ほどよりも早い間隔で銃を吹かしている。なんとユウキが着地する頃には倒してしまった。

 そのまま索敵に行くつもりが、更に上階から降りてきたオウガテイルがコウタの後ろをとる。ユウキがスナイパーで撃ち抜くとコウタも気づいたので、剣形態に変形して一気に近づく。

 

コウタ(そういえばバースト状態って時間が経つと切れるんだったな...よし!使ってみるか!)

 

 コウタはツバキからの講義でリンクバーストについてある程度聞いていた

 

コウタ「ユウキ!一旦離れて!」

 

 そう言われて斬ったあとに離れる。コウタが受け渡し弾を装填し、発射しようと構える。すると砲身が膨らみ、爆音とともに大きな針が飛んでいく。針はオウガテイルに当たってミンチにした。コウタはここまで威力があると思っておらず、発射と同時に後ろに吹き飛んだ。

 これで3体のオウガテイルを倒した。いつでもコンゴウを相手にできる。

 

ヒバリ『討伐目標、コンゴウが接近中!浸入予測地点は中庭です!気を付けて下さい。』

 

  『グオオォォォ…』

 

 コンゴウの咆哮が聞こえる。中庭の中心部まで戻ると、既にコンゴウがいた。ユウキもコウタも既にバースト状態は解除されている。先の戦闘で消費したオラクルも補給できているので、任務開始時の状態での戦闘になる。

 

コウタ「ゴリラみたいなカッコしやがって!俺の神機で蜂の巣にしてやる!」

 

 こちらに気付いてコンゴウが吠える。ユウキは一気に近づき神機を振る。対してコウタは左に回り込みながら撃つ。神機の切っ先がコンゴウを斬る。しかし、ギィン!と鉄でも打ってるような音が出た。どうやら腕でガードされたらしい。以前戦った時はそんなに硬くなかったはず。違和感を感じているとコンゴウが腕を振り上げた。意識が逸れたため、回避が間に合わないと判断して装甲を展開する。コンゴウが装甲を殴り付け、その衝撃でユウキは吹き飛び、壁に叩きつけられる。その隙にコンゴウはコウタに狙いを定めて走ってくる。

 

コウタ「グレネード使うよ!」

 

 ユウキが目を開けている可能性があるので、念のため合図を出す。バァン!という炸裂音と共に辺りが眩しくなる。コンゴウは目が眩み、蹲っている。その隙にコウタが撃つ。ここでユウキも復帰し、斬りつける。が、やはりあまり効いているようには見えない。そこで、バーストするために顎を生やして喰わせた。

 鬱陶しいのかコンゴウは体をコマのように回転させて殴りかかってきた。それを後ろに跳んで避ける。...が

 

コウタ「マジかよ?!」

 

回転したままユウキを追ってくる。ユウキはそのまま何度も後ろへ跳び、コウタはひたすら撃ち続けるが、遂に弾切れを起こした。

 因みにオラクルを自給できない旧型の銃身神機使いはオラクルを貯蔵してある薬莢をいくつか装填してある。これは旧型刀身神機、新型神機にも搭載されており、最後の薬莢も尽きると彼らから薬莢を受けとることもできる。

 ようやく回転が止まり、隙ができる。ちょうどコンゴウがユウキの方を向いているので、顔面にインパルスエッジを叩き込む。爆破の勢いで大きく仰け反った。顔面爆破はさすがに効いたようだ。

 

コウタ「やりぃ!」

 

 コウタも思わずガッツポーズとる。しかし

  

  『グオオオォォォオオ!!!』

 

 コンゴウが怒りで活性化し、その怒りをアピールするようにドラミングする。今度はコウタに向かって、体を丸めて前転しながら体当たりしてくる。それを避けながらもコウタは撃ち続ける。ユウキには後ろを見せることになったので、そのまま尻尾を斬る。

 

  『ガアアァァ!!!』

 

 今までと違い、異様に痛がっている。よくみると尻尾があの一撃でボロボロに砕けている。コウタもその事に気付いて、一旦後ろに大きく下がる。

 

コウタ「トラップ設置したよ!誘き寄せて!」

 

 そう言われてコウタの方を見ると、黄色い光が見えた。攻撃を一旦やめてその光の方へ走る。案の定コンゴウが追走してくる。コンゴウがその光に触れると、痺れたように痙攣しだした。先ほどバーストが解除されたのでもう一度バーストする。その後コウタはひたすら撃ち、ユウキは顔面にインパルスエッジを連射する。すると顔面に大きな傷ができた。ここでコンゴウが動けるようになる。ユウキは止めの一撃と言わんばかりに全力で顔面を叩き斬る。その勢いで後ろに飛んだ。コンゴウは動かない。これで任務は終わり、コウタが近寄ってくる。

 因みにユウキの通信機はコンゴウに吹き飛ばされたとき壊れ、コウタの通信機は受け渡し弾を撃ち、吹き飛んだときの衝撃でかなり不調になっている。ヒバリに任務完了の報告ができないが、通信がいつまでも来ないと、さすがに様子を見に来るだろう。

 

コウタ「お疲れ!強敵だったけどなんとか倒せたね!」

 

 そんな事を言いながらユウキが先に帰投ポイントに向かう。コウタがこの後飯にしない?と聞いてきたのでコウタの方を見る。

 すると、倒したと思っていたコンゴウが立ち上がっていた。 さらにコウタを喰おうと大口を開けている。

 ユウキの目が大きく見開きあのときの光景がフラッシュバックする。エリックが頭を喰いちぎられた場面がコウタにすり変わる。人形と呼ばれている自分に友人と呼べる存在はコウタしかいない。そんな友人がいなくなる。そこまで考えたとき、リンドウの言葉を思い出す。

『気の合う仲間は、本当にかけがえのない宝だ。大事にしろよ?』

 コウタは大切な友達だ。失いたくない。それを奪うのか?ふざけるな。お前らには...何も奪わせない!

 もう何も考えずにコンゴウに突っ込む。銃形態に変形する暇はない。神機を剣形態のまま突き出すが届かない。

 

ユウキ(なんでもいい!届け!)

 

 すると神機から一瞬で顎が生えてきた。

 

ユウキ「伏せろ!コウタあああぁぁ!」

 

 突き出した顎からジェット噴射のようにオラクルを吹き出し、高速でコンゴウに突っ込む。コウタはなんとか頭を抱えてしゃがみこんでそれを避け、ユウキはコンゴウの胴体に喰らい付く。その勢いでコンゴウは後ろに倒れる。そのまま胴体に乗り神機に胴体を喰いちぎらせた。そのときコアも捕食したようで、コンゴウの活動も完全に停止した。

 コウタもユウキも突然のことで唖然とする。暫くして、ようやくコウタが口を開く。

 

コウタ「あ…えっと…大丈夫?」

 

ユウキ「ん…大…丈…夫…」

 

 ふと神機を見てみると、いつもの捕食口ではなく、刺々しく、後ろに延びた砲塔のような角が生えていた。

 何が起きているのか混乱していると、突然手を掴まれ、ブンブンと上下に振られた。

 

コウタ「お、お前!喋れるようになったのか?!てか声低っ!もっと女の子のような声だと思ってた!え?てか声低い!」

 

 テンション上がりっぱなしで一方的に話しかける。ユウキは困惑してあ、とかう、とか言っている。そして気になっていたことをコウタに聞いてみた。

 

ユウキ「あ…怪我…し…てな…い?」

 

 まだ上手く話せないのか、たどたどしく聞いてきた。

 

コウタ「うん!大丈夫!なんともないよ。」

 

 コウタはいつもの調子で答えた。その様子から本当になんとも無いのだろう。それを確認すると

 

ユウキ「よ…かっ…た」

 

 安心したのか、ぎこちなく笑った。

 

コウタ「うっ!!」

 

 コウタが若干赤くなり、ユウキから顔を背ける。

 

コウタ(いやいや落ち着け!藤木コウタ15歳!ユウキは男だぞ!顔は確かに女の子みたいで綺麗だけど!それでも男だ!俺はホモじゃない!俺が好きなのは女の子!!俺はノーマルだ!!!ホモじゃない!!!!)

 

 落ち着いたのかコウタはユウキに向き直る。ユウキは小首を傾げてぎこちない表情でキョトンとしている。

 

ユウキ「ど…した…の?」

 

コウタ「なんでもない。」

 

 そんなやり取りをしていると不意にコウタの通信機からノイズが聞こえた。

 

ヒバリ『ザザ!…き……えますか?…ウキさ…コウタ……』

 

コウタ「はい!こちらコウタ!ノイズがひどいけど聞こえます。」

 

ヒバリ『状況………おねが…し…す。』

 

コウタ「状況は…コンゴウの討伐に成功。コアも回収しました。」

 

ヒバリ『…ア反応……かくに…しま…た。帰投……下さい。』

 

 なんとか重要なところは聞こえたので帰投準備に入る。

 

コウタ「お疲れ!帰ろうぜ!」

 

ユウキ「…ん」

 

 こうしてコンゴウの討伐任務は終了した。

 

ユウキ(結局あれは何だったんだろう…帰ったらツバキさんとリッカさんに聞いてみよう。)

 

 最後に発現した捕食形態について考えていた。神機のことはツバキかリッカに聞いてみるのが一番早くて確実だろうと考えながらコウタの後に着いて帰投した。

 

To be continued




今回は初の中型、コンゴウ戦でした。初めてコンゴウのミッションをやった時はどうにかこうにか尻尾を切ろうと必死になってたことを思い出しました。
 そしてコウタごめんよ。君をホモキャラみたいにしてしまった。今回のはあくまでネタなのでそんな路線に行く予定はありませんのであしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission8 休息

今回はプレデタースタイルのちょっとした説明回で、短めとなっております。


 コンゴウを討伐し、ユウキとコウタは極東支部に帰投帰投した。神機を保管庫に預けるために、コウタが作業中のリッカに話しかける。

 

コウタ「ただいまリッカさん!神機の整備お願いします。」

 

リッカ「あ!お帰り!無事帰ってきたね。神裂君もお帰り。」

 

ユウキ「た…だい…ま…」

 

 リッカが間をおいてへ?と間抜けな声をあげた。そしてユウキの手を取り、作業をほったらかしてエントランスに走った。行き先はヒバリがいるカウンターだ。

 

リッカ「ヒ、ヒバリィィィィィ!!!」

 

ヒバリ「きゃぁ!ど、どうしたんですかリッカさん!」

 

リッカ「か、神裂君が…しゃべったの!!」

 

ヒバリ「へ?」

 

 やはり間抜けな声が出る。普通に考えればそんなことで?と思うだろう。だが今しゃべったと言われたのは入隊してから1ヶ月、一切声を発することが無かった少年なのだ。本当なのか?ヒバリは疑いの視線をユウキに向ける。

 

ユウキ「ただい…ま…」

 

 表情はぎこちないが微笑んでいる。

 

ヒバリ「ほ、ほんとに話せるようになったんですね!」

 

 まるで自分の事のように喜んでいる。そんな雰囲気をぶち壊すようで悪いがユウキも本題に入る。…が

 

ヒバリ「あ…すいません。はしゃいじゃって…榊博士がラボに来るように言ってました。」

 

 ここでコウタも追い付く。講義でもあるのだろう。先にコウタとラボに行くことにした。

 

ユウキ「あ…リッカ…さん…あと…で聞きたい…事…あります…」

 

リッカ「オッケ!整備室にいると思うから、用事が終わったらおいでよ。」

 

 こうして2人はラボに向かった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ラボに来るとペイラーとヨハネスがいた。こちらに気付いて話しかける。

 

ヨハネス「ああ、君たちか。初の中型種討伐任務、ご苦労だった。」

 

 ヨハネスは少し考え込んだあと話を続ける。

 

ヨハネス「本当は支部長室で報告しようと思っていたのだが…時間がない。この場で報告させてもらう。」

 

 そう言うとヨハネスは2人に向き合う。

 

ヨハネス「おめでとう。今日の任務完了をもって、2人共昇格だ。」

 

コウタ「マ、マジっすか!?」

 

ヨハネス「本当だ。神裂君は上等兵、藤木君は偵察兵だ。2人共、一層の活躍を期待するよ。」

 

コウタ「はい!」

 

ユウキ「わ…かり…ました…」

 

 ヨハネス、ペイラー驚いた顔をしている。

 

ヨハネス「どうやら、話せるようになったようだね。君にとって良い変化になるだろう。それでは失礼するよ。」

 

 そう言ってヨハネスは出ていった。ユウキとコウタはそのまま席に着き、ペイラーによる講義が始まる。

 

ペイラー「君たちはアーコロジーと言う言葉を知っているかい?アーコロジーとは、『それ単体で生産、消費活動が自己完結している建物』を指す言葉でね。」

 

 そこでモニターの映像が切り替わる。極東支部が写し出されている。

 

ペイラー「実はアナグラを中心としたフェンリル支部は、一種のアーコロジーだと言えるんだ。これって極端な話、ある支部を除いた全てのフェンリル組織が滅んでも、残った支部は単独で生産、消費活動を行い、今まで通り生き残ることが可能ってことなんだよ。」

 

 コウタが眠そうに目を細めている。そして再びモニターが切り替わり、アナグラ内の施設の説明用の画像が写し出される。

 

ペイラー「アナグラは地下に向かって食糧や神機、各種物資の生産プラントがあり、外周部には対アラガミ装甲壁や、君たち優秀な神機使いをはじめとした、強固な防衛能力もある。それがフェンリルの支部であり、人類を守るために最適化されたアーコロジーなんだよ。

 

 コウタが眠気と戦いながら欠伸をする。

 

ペイラー「ただ、そこにも問題はあって、それは収納可能な人口に限りがある事なんだ。」

 

 そこでコウタが真剣な目付きになる。しかしペイラーの説明を聞いているうち不安そうな表情になる。

 

ペイラー「君たちも知っている通り、この極東支部の周囲には広大な外部居住区が形成されている。しかし彼ら全てを収容するだけの規模は、まだこの支部にもない。外周部に対アラガミ装甲壁を張り巡らせることが、今できる最大限の対処策なんだ。」

 

コウタ「...本当にそれで大丈夫なのかな?現に、アラガミは頻繁に外部居住区にしてる筈じゃ...」

 

ペイラー「だからそのためにゴッドイーターの防衛班も配備されている...いやすまない...コウタ君のご家族は外部居住区にいるんだったね...軽率な物言いを許してくれ...」

 

 先ほどまでユウキとコウタに向き合っていたペイラーが横を向く。当然、視線も逸れる。装甲が突破されれば、防衛班がいても外部居住区に住んでいる家族が危険にさらされるのだ。不安になるのは当然の事だ。ペイラーはその事を失念していたのだ。

 

コウタ「いえ…俺はただ…」

 

ユウキ「コウ…タ…」

 

ペイラー「本当はアナグラを地下に向けて拡大して内部居住区を増やす計画もあったんだけどね…」

 

コウタ「でもその計画をより安全で完璧にしたのがエイジス計画なんだよね!」

 

 コウタが先ほどとは違い、弾んだ口調になる。エイジス計画に大きな期待を持っている事は容易に想像できる。

 

ペイラー「そうだね。現状、極東支部の地下プラントの多くの資源リソースはエイジス建設に割り当てられている。その話はまた今度にしようか。」

 

 ここで講義が終了した。少し遅くなったが2人で昼食に向かう。食堂についた後も、コンゴウ戦の時の事が忘れられないのか、色々話してくる。

 

コウタ「いや、あの時の俺とユウキの連携!息ピッタリだったよな?ってか最強コンビだろ!こりゃあ、家帰ってノゾミに自慢できるぜ。地球の平和は俺が守る!ってさぁ!」

 

 ノゾミとは先ほど言っていたコウタの家族の事だろう。その後も家族の事やコウタが好きなアニメ『バガラリー』の話をした。...どちらもよくわからないので、ユウキには全くついていけなかった。

 

 -エントランス-

 

 その後、リッカとの約束のため整備室に向かう途中でエントランスで何やら騒ぎになっている事に気がつく。

 

エリナ「ねぇ!エリックはもう会ってくれないの!?どうして!?今度来たら、お洋服買ってくれるって約束したのにっ!エリナにお洋服くれるのがイヤになったの!?」

 

 エリナがヒバリに問い詰めている。しかし、裕福そうな紳士がそれを嗜め、そのまま去っていく。

 

裕福そうな紳士「あのバカ息子が…先に逝きおって…」

 

 帰り際にそう呟いているように聞こえた。

 

ユウキ「ヒ…バリ…さん?何…が?」

 

ヒバリ「あ…神裂さん…今のは…エリックさんのご家族です。エリックさんの訃報を聞いて来たんです。届いた後、エリナさんがショックで体調を崩してしまって…今も…受け入れられないようで…その…何て声をかけたら良いか…」

 

 体調を崩したせいですぐに来られなかったのだろう。そう考えているとソーマが遠目にこちらを見ていることに気がついた。

 

ユウキ「ソー…マ…さん…は…どうし…たら…よか…ったと思う…?」

 

ソーマ「馴れ馴れしいガキだ前にも言ったが、ここでは人が死ぬなんて日常茶飯事だ。早く慣れろ…それしかねえだろ…」

 

 ソーマは俯き、目を逸らして言うと去っていった。ユウキはこのとき失言だったと後悔したと同時に、ソーマが噂で聞いたような死神ではない。何となくだがそんな気がした。

 その後、リッカのもとに行くため、整備室に向かった。ちょうどリッカはユウキの神機の整備をしていた。

 

ユウキ「リッカ…さん?」

 

リッカ「あ、神裂君!聞きたいことってなに?」

 

 そう言うとリッカはユウキと向き合う。

 

ユウキ「この間…の任務で…見たこ…とない…捕…食…形態…が一…瞬で発現…し…たんです。でも…その後…発現…しなく…なり…ました。」

 

リッカ「え?それってどんなやつだった?見た目とか、扱い方の特徴とか詳しく教えて。」

 

 実はリッカにはその現象の正体は予測はできていた。そのため、その現象が発現することはあり得ないと知っていたので、その確証を掴もうとしていた。

 

ユウキ「捕食…口の…形状が…い…つもと…違い…ました。後ろ…に…砲塔…のよう…な…角…が…生え…て、オラ…クルを…ジェ…ット噴射…のよう…に吹き出…して、高…速…で…移動…で…きま…した。」

 

 ここまで聞いてリッカは確信した。やはり本来あり得ない事が起きていた。

 

リッカ「…それはプレデタースタイル『シュトルム』が発現したんだよ。でも本来それはあり得ない。新兵が使う神機はその機能が封印されているからね。」

 

 ここまで言われてようやく理解した。ユウキは本来解けない封印を解いてしまったのだ。それによって起こる自分や神機の不調を気にしている。

 

リッカ「神機や神裂君に対する不都合は無いはずだよ。プレデタースタイルは神機に元々搭載されている機能だから。なんで封印されているのかはツバキさんに聞いた方がいいかな?私から教えられることはこのくらいかな?」

 

 そう言うとリッカは作業に戻り、ユウキはツバキを探しにいった。

 

 -エントランス-

 

 エントランスに行ってみると、運良くツバキに会えた。リンドウとサクヤも一緒にいた。

 

ツバキ「ん?神裂か...どうした?」

 

ユウキ「聞…きたい…ことが…ありま…す…」

 

 ユウキしゃべったことに3人とも驚く。

 

サクヤ「ユウキ…あなた、話せるようになったのね!」

 

リンドウ「表情も豊かになってるな。良い傾向だ。」

 

ツバキ「ふっ…で何が聞きたい?」

 

ユウキ「プレ…デター…スタイ…ル…に…ついて…です…」

 

 この単語を聞いたことで、再び3人が驚いた。そのままユウキはコンゴウ戦の時にプレデタースタイルの封印が解けた事を話した。

 

ユウキ「どう…し…て…封…印されて…いたん…ですか?」

 

 ユウキはツバキにずっと気になっていた事を聞いてみた。

 

ツバキ「ああ…簡単に言うと新人に不相応の力を与えないためだ。」

 

 ユウキは頭に疑問符を浮かべる。

 

リンドウ「なら、お前がゴッドイーターになった直後にアラガミどもを一撃で薙ぎ払える力を持っていたらどうする?」

 

ユウキ「使い…ます…」

 

 生き抜くためにも力があれば使う。ユウキにとって至極当然の答えだった。

 

ツバキ「正確には力を得る手助けをする力なんだが…始めから強大な力を持っていると、それを自分の力と錯覚する。それが過信に繋がり、隙を作る。だから新人の神機はあえて機能を制限している。」

 

リンドウ「ま、経験や実力にそぐわない力は危険って事だ。実戦で生き残ってりゃ神機のリミッターも少しずつ解除されていくさ。」

 

サクヤ「神機も始めはリミッターが設定されてなかったんだけど、プレデタースタイルが確立してから、増長する神機使いが増えてちゃって。結果的に戦死者が増えちゃったの。」

 

ツバキ「まあ、そう言うことだ。今回の解放はかなり異例だったが、実力が認められればプレデタースタイルも解放されるだろう。」

 

 そう言うとツバキは去っていった。するとサクヤが目の前に現れた。

 

サクヤ「ふふ!表情が少し出てきたからかしら?雰囲気が明るくなったわね!」

 

ユウキ「そう…ですか?」

 

サクヤ「ええ!かわいい顔してるんだからもっと笑わないともったいないわよ?ほら、にぃーって。」

 

 そう言ってサクヤはユウキの口角を人差し指で上げていく。しばらくの間サクヤにおもちゃにされた。

 

To be continued




本小説ではプレデタースタイルの大半が初めから搭載されており、リミッターが設定されている設定にしました。
 そして、自論ですが、経験に裏打ちされない力は宝の持ち腐れだと思ってます。例えば、ハサミで鉄を切ろうとしているような感じでしょうか?(よくわからん)力の使い時がわからないままその力を持っている事になると思います。
 プレデタースタイルが封印されている理由をゴッドイーターの世界観で説明するなら

 バースト状態つえーw→プレデタースタイルで簡単に喰えるw→ちょっと無茶な捕食も行けるw→あ、調子に乗って死ぬ

 はい、自分がこんな感じです。自分は実機ではバースト無しではろくに戦えないんですよね(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission9 不穏

今回はかなり詰め込みました。これで進行が早くなるはず…


 ユウキが話せるようになって1週間が経った。その間主にコウタ、サクヤ、カノンにおもちゃにされた。だか、その甲斐あって表情はまだ硬いままではあるが、たどたどしい話し方だったユウキの口調が普通に話が出来るようになった。しかし、周囲からは『人形が人の真似事を始めた』という程度にしか認識されていない。

 そんな中、ユウキはリンドウとサクヤの任務に同行することになり、エントランスに向かっていた。エントランスには共用のテレビを見ているサクヤがいた。

 

アナウンサー『次のニュースです。本日未明、外部居住区生活者を中心とした団体による、フェンリルに対する講義集会が、世界各地の支部前にて行われました。フェンリルに対して、主に食料供給の増加と防衛の強化、雇用枠の増大を訴えたもので、参加者は2時間ほどデモ行進をしたのち大きな混乱もなく解散したも模様です。』

 

 ユウキがサクヤを探して下階に降りてきた。ちょうど目についたのでサクヤが声をかける。

 

サクヤ「あ!ユウキ、こっちよ。」

 

ユウキ「お待たせしました。」

 

サクヤ「そんなに気にしなくていいわよ。リンドウもまだ来てないし。それより、聞いたわよ?期待以上に活躍してるそうじゃない。でも、あまり頑張り過ぎないでね…神機使いは…すごい人ほど…早死にするから」

 

 サクヤはどこか不安そうな表情になる。するとサクヤのすぐ後ろからリンドウの声が聞こえてきた。

 

リンドウ「ってことは、俺はまだまだってことか…」

 

サクヤ「相変わらず重役出勤ね。」

 

リンドウ「ま、重役だからな…さーて、今日も楽しいお仕事だ。今回の任務は俺達3人で動く。俺が陽動でサクヤがバックアップだ。」

 

サクヤ「了解。」

 

ユウキ「あの...俺はどうしたら?」

 

リンドウ「お前は遊撃だ。新型らしく状況に応じて動いてくれ。」

 

ユウキ「分かりました。」

 

 ここでリンドウの端末からコール音がなる。端末の画面を見るとリンドウの表情が一瞬険しくなった。

 

サクヤ「…他に何かある?」

 

 その空気を感じ取ったのか不安そうな口調になっていた。

 

リンドウ「ん?まあ、死ぬなってことで。」

 

 対するリンドウはいつもの通りのおどけた雰囲気に変わっていた。

 

サクヤ「いつも通りの命令承りました。上官殿。」

 

 サクヤもそれにつられたのかおどけた口調になっていた。

 

 -鉄塔の森-

 

 かつての工場地帯の一角を作戦地域にしている。廃工場であるにも関わらず、自動生産が解除されてないのか未だに廃液が垂れ流されている。待機ポイントに着くとそのまま降下し、作戦を開始する。

 

リンドウ「今回のターゲットはグボロ・グボロだ。こいつはどちらかと言うと動きが鈍い方だが、気を付けろよ?油断して正面にいるとバクッと行かれちまうぞ?」

 

ユウキ「分かりました。」

 

 そう言うと工場を周り、待機ポイントの反対に位置する場所でオウガテイルと一緒に捕食していた。この状況では乱戦は免れない。仕方ないので、銃形態に変形して中距離まで近づく。サクヤは遠距離、リンドウは近距離で隠れて待機している。

 

サクヤ『作戦…開始!!』

 

 サクヤの合図で攻撃が始まる。ユウキはグボロ、サクヤはオウガテイルを射ち抜き、注意を引く。もちろん向かってくる間も射ち続ける。

 

ユウキ「くっ!思ったより速い!」

 

 鈍いと聞いていたが、移動は思ったより速い。少し後ろに下がりながら砲塔付近を射ち続ける。

 グボロ・グボロがオウガテイルを少し離してこちらに来る。するとオウガテイルが突然ズタズタに引き裂かれて倒れた。リンドウの奇襲が成功したのだ。そのまま一気に近づいて後ろからグボロ・グボロの尾を切りつけ、一撃でボロボロにしてしまった。

 そして一瞬離れて再び切り込む。どうやらリンドウを真っ先に狙ったようでグボロ・グボロはリンドウにばかり攻撃している。

 しかし、その攻撃は一切当たることはなく、リンドウは常に素早く動き回って攻撃を避けて、隙を見つけては攻撃する。基本的なパターンではあるがその動きがあまりに速く、一撃が重いものだった。ロングブレードでありながらショートブレードのような速さとバスターブレードのような重さがあった。

 

ユウキ「すごい…」

 

サクヤ「何してるの!早く動いて!」

 

 サクヤの叱責を受けてハッとする。その間までサクヤはユウキが射ち続けていた砲塔を正確に撃ち抜いていた。

 ユウキは剣形態に変形して横ヒレを切りつける。するとグボロ・グボロがこちらを向いたので、ユウキは飛び上がり、体を回転して砲塔を切りつけた。同時に腕をバネにしてグボロ・グボロの上から後ろに跳び、背ビレを切りつけた。その攻撃で砲塔が砕けた。

 

リンドウ「お~…やるなぁ。こりゃぁ俺も負けてられないな。」

 

 元々の身体能力の高さがあっても1月ちょっとでここまで動けることにリンドウは素直に感心した。同時に少し動きを速くした。

 そしてリンドウの横ヒレへの連撃、ユウキの尾ヒレへの攻撃、サクヤの背ビレへの射ち込み。これらの攻撃を受け続けて、グボロ・グボロも大して動くこともできずにあっさりと倒してしまった。

 任務終了の報告をして3人で待機ポイントに向かう。

 

リンドウ「どうだ?少しはお勉強になったか?」

 

ユウキ「はい。なかなか理想的な動きはしてくれませんね…」

 

リンドウ「ハハッまあな。ぶっちゃけ、アラガミとの戦闘は習うより慣れろだ。ノルンや座学で学んだ事が無駄とは言わないが、その通りに動く事なんてごく稀だ。参考や判断基準程度にするのがいいだろう。あとは...」

 

サクヤ「死なない程度に頑張る…とかかしら?」

 

リンドウ「そうそれ!まあ生きてりゃあ今倒せなくてもいつか倒せる。今は死なないようにすることだけ考えろ。いいな?」

 

ユウキ「分かりました。」

 

 そう言って3人は帰投した。

 

 その後数日が経ち、主に小型アラガミの掃討任務に出ていた。そんなある日、ソーマと任務に出てエントランスに帰ってくると、シュンが機嫌が良さそうに話しかけてきた。

 

シュン「よう人形、ちょっとした噂話があるんだ。聞いてけよ。」

 

ユウキ「噂…ですか?」

 

シュン「この間死んだエリックはよ、若手としては腕は悪くなかったんだよ。それが、こうもアッサリ死ぬのはおかしい。エリックの死には裏があるって話だ…」

 

ユウキ「裏?」

 

シュン「ああ。アナグラの中に裏切り者とも言える『死神』がいる…下手なアラガミよりよっぽど危険だぜ?そいつとチームを組んだ奴はみんな死んでいくんだからな!その『死神』の名前はよ…ソーマってんだ…あいつといるとアラガミが寄ってくる。一緒にいるヤツはすぐ死んじまうな。でもよ、あいつはなぜか生きてるんだ。バースト時間もやたら長いしよ。な?人間とは思えないだろ…『死神』なんだよ。」

 

 なにかと思えば今さらになってそんなこと言い出した。ハッキリ言ってくだらないと思った。何より、今までのソーマを見ていて言動はキツいが噂で聞く死神のような人物像では無いと何となくだが思っていた。

 

ユウキ「くだらない…」

 

シュン「あぁ!?」

 

ユウキ「ソーマさんが死なないのは単純に強いから。バースト時間が長いのは神機の調整でどうにでもできる。アラガミが寄ってくる体質の人もいると聞いたことがあります。それに、神機使いをやっていればいつ、誰が死んでもおかしくないはず。あなたが同行した人の中にも亡くなった人がいるでしょう?」

 

シュン「ああ!?何が言いてぇんだよ!」

 

ユウキ「あなた達だってその死神になる可能性が多いにある。それに…」

 

 一旦言うのを止めようかと思ったが、ソーマの誤解を解く切っ掛けになればと思い話を続けた。

 

ユウキ「あなたは…いえ、あなた達はエリックさんが死んだその場にいなかったから好き放題言っているようですけど、ソーマさんは真っ先に助けようとしてましたよ。一番に近くにいた俺がボサッとしてたせいでエリックさんが亡くなったんです。エリックさんを死なせたのは俺です。」

 

シュン「ああそうかよ!けど、あいつと任務に行くと死ぬ確率が上がるのは事実だろうが!あいつが死神なのは変わりねえよ!」

 

ユウキ「でもその言い分が通るなら、死神は目の前にもいますよ…俺もアラガミを引き寄せる体質らしいので。」

 

 それは事実であった。初陣のオウガテイル、成熟しないヴァジュラ、コウタと行ったコンゴウ。それらのアラガミはほとんどユウキを狙っていたし、ヴァジュラに至っては突然乱入して来たのだ。

 さらに、過去の忌まわしい記憶を思い出したのか、その目には一切の光がなく、無表情だったときよりも感情を感じられない表情になっていた。

 

シュン「チッ!気味ワリーやつ!」

 

 そう言うとシュンは去っていた。

 

ユウキ(失敗かな…)

 

 ソーマは皆が思っているような人じゃない。その事を伝えたかったのに、どこかで冷静さを欠いて口論になってしまった。軽率だったと反省しながらエレベーターに向かう途中でタツミが話しかけてきた。

 

タツミ「災難だったな。シュンは口が悪いところがあるから…まあ許してやってくれ。」

 

ユウキ「分かりました。」

 

タツミ「そういや話は変わるけど、ゴッドイーターになる前は何してた?」

 

ユウキ「…」

 

 ユウキはゴッドイーターになる前の、人間とは思えない生活を思い出していた。この事は話したく無いため、どう返そうかと考えているとタツミが気を利かせて話を進めた。

 

タツミ「あ、いや…無理して答えなくていいんだぜ。話したくないことなら聞く気はないからさ。まぁなんにしてもだ、今は同じアラガミと戦う仲間だ!仲良くやろうぜ!」

 

ユウキ「そうですね。こちらもタツミさんからいろんな事を学ばせていただきますので、今後とも仲良くしていただけると嬉しいです。」

 

タツミ「ああ。そういってくれると嬉しいぜ。」

 

ブレンダン「そう言えば神機の強化はしているか?」

 

ユウキ「あ、してないですね…そろそろ強化できるようになってるかもしれませんね…確認してみます。それでは失礼します。」

 

タツミ「そこまで固くならなくていいぞ?もっと砕けた感じで接してくれ。」

 

ユウキ「はい。」

 

 そう言ってユウキはリッカのもとに向かった。

 

ユウキ「リッカさん。」

 

リッカ「あ、神裂くん。どうしたの?」

 

 リッカが神機の整備をしながらユウキの話を聞く。

 

ユウキ「神機の強化をしたいんですけど...どうしたらいいんですか?」

 

リッカ「それなら強化も製作もカタログ内の武装なら、ターミナルで申請しておいてくれれば調整込みでやっておくよ。」

 

 そこまで言うとリッカは作業を中断して整備室内のターミナルを起動する。ターミナル内の装備関係の申請のやり方を説明する。

 

リッカ「基本的にカタログにあるものは規格化されているからすぐにできるよ。けど、規格内の神機で使用者の力を発揮しきれなくなったりすると特注になるから、そのときは一度技術班の人に声をかけてね。打ち合わせするから。」

 

ユウキ「わかりました。」

 

リッカ「今回はそのまま強化するよ。どれにする?」

 

 そういうとユウキはカタログを一通り見た。

 

ユウキ「じゃあ…刀身と銃身はそのまま強化、装甲は汎用シールドでお願いします。」

 

 ユウキはブレード、ファルコン改、汎用シールドに変更するように申請した。

 

リッカ「オッケー。後はやっておくから明日には使えるようになっているはずだよ。あと、別に敬語じゃなくてもいいよ。」

 

ユウキ「わかりま…わかった。」

 

リッカ「あはは…まあ無理しない程度でいいからさ。それじゃあ作業に入ろうかな。」

 

 そう言うとリッカは気合いをいれて作業に取りかかった。ユウキは邪魔になりそうなので整備室を出た。

 翌日、神機の強化が終了して訓練で軽く試運転してから任務に向かう。今日の任務はサクヤ、ソーマ、コウタと一緒にコンゴウ討伐に向かう。

 

 -贖罪の街-

 

 待機ポイントで任務の確認や神機の状態等の任務開始直前の最終チェックが行われている。そこに神機を携えたリンドウが現れる。

 

リンドウ「あー本日も仕事日和だ。全員無事生きて帰ってくるように。以上!」

 

コウタ「え?!それだけ?」

 

サクヤ「いちいちツッコんでると、持たないわよ?」

 

ソーマ「くだらん…」

 

ユウキ「…」

 

リンドウ「1人を除いて、心が1つになってるようで何よりだ。」

 

 全員がユウキを見る。居たたまれなくなりユウキは落ち込んだような表情になった。

 

ユウキ「…すいません…」

 

リンドウ「ハハッ…冗談だ。そんなに真に受けるな。」

 

ユウキ「か、からかわないで下さい!」

 

リンドウ「悪い悪い。さて、第一部隊では初の4人での任務だが…まあ、いつも通り、死ぬなってことで。」

 

コウタ「4人?リンドウさんは来ないんスか?」

 

リンドウ「悪いな、俺はお忍びのデートに誘われてるんでな。今から働くのはお前らだけ『ピピピ』...っと」

 

 リンドウが端末を見る。気のせいかここ最近リンドウの端末への連絡が多い気がする。

 

リンドウ「早く来ないとすねて帰っちまうとさ…ったくせっかちなやつだ。」

 

 そう言ってリンドウは端末をしまい、命令の再確認をする。

 

リンドウ「俺はそろそろ行く。命令はいつも通り。死ぬな、必ず生きて戻れ、だ。」

 

ソーマ「自分で出した命令だ…精々アンタも守るんだな…」

 

サクヤ「リンドウもあんまり遅くならないよいに…ね」

 

 サクヤの心配そうな声と、ソーマの遠回しな死ぬなという言葉を聞いて、リンドウは背を向けて歩き始めた。

 

サクヤ「さっ行きましょ!」

 

 サクヤの号令を合図に4人は待機ポイントから飛び降りた。

リンドウ(地雷だったか…)

 

 リンドウは先の会話を思い出していた。他のメンバーは気付いていないようだったが、ユウキが落ち込んだ時、一瞬だったが顔面蒼白になるほど怯えたようだった。そうなった状況、ユウキの反応を考えてリンドウはある結論に至った。

 

リンドウ(アイツのトラウマは拒絶、あるいは孤独か…いやアイツと会った時の状況を考えればそれはすぐに分かるか…)

 

 そこまで考えてリンドウは思考を止めた。これは本人が話してくれるまで待つべきだと思った。

 待機ポイントから飛び降りたはいいが目標との接触できなかったため、散開して索敵する。ユウキが西の広場についたところで、ビルに空いた穴からコンゴウが出てきた。

 

ユウキ「ターゲットと接触!交戦します。」

 

サクヤ『了解!こっちは小型種と接触したわ。倒したらすぐに向かうわ。』

 

ソーマ『こちらも同様だ。』

 

コウタ『オッケー!こっちも小型を倒したらすぐ行くよ。』

 

 コンゴウは既にこちらに向かっている。ユウキはすれ違い様に斬り、さらに振り向いて斬りながら後ろに跳ぶ。するとコンゴウの腹が一瞬膨れて、明後日の方向に向かって構えた。すると足元から風が吹いてきた。

 

ユウキ(ヤバイか?)

 

 そう考えると一度コンゴウか離れる。するとユウキのいた場所で、空気が爆発した。

 

ユウキ(なるほど…あのときは見れなかったけど…コンゴウは空気の流れを操れるのか...厄介だな。)

 

 ユウキは空気の流れを操る事よりも空気を使った、見えない攻撃があることが厄介だと考えていた。しかし、その空気を使った攻撃には予備動作があることも先の攻撃で把握しているので避けること事態は難しくないと判断した。

 コンゴウが殴りかかって来るので、装甲を展開して受け止める。そのままコマの様に回り近づいてきたので、上に跳んで縦回転して斬る。ユウキが振り返るとコンゴウと向き合う様になったのでインパルスエッジで顔面爆破する。

 しかし、コンゴウは顔面に傷を作りながらも腹を膨らませて空気砲を射つ準備をしている。

 ユウキは先の攻撃と同じだと思い、後ろに跳ぶ。しかし…

 

ユウキ「ガッ!」

 

 避けたと思ったが、胸部に強い衝撃が来る。どうやらさっきのは下から来る攻撃ではなく、背中のパイプから3方向に飛ばす攻撃方法だったようだ。ユウキは吹き飛んで転がった。

 コンゴウが殴りかかって来たが、立ち上がるのに時間がかかるので避けられない。殴られるのを覚悟するとコンゴウが吹き飛んだ。どうやらソーマの一撃で隙を作ったようだ。ユウキがその間に立ち上がり体勢を建て直す。

 ソーマが右から斬り、ユウキが左から斬る。コンゴウの胴体に大きな亀裂が入るが、それを気にせず体を回転させる。ユウキもソーマも後ろに跳んで当たることはなかった。しかし、コンゴウがソーマの方を向いて殴りかかる。どちらも着地の瞬間だったので隙がある状態だ。ソーマが装甲を展開し、ガードの体勢を作る。

 

  『パァン! 』

 

 細い弾丸がコンゴウの胴体に命中して貫いた。その余波で背中のパイプが破壊された。

 

サクヤ「おまたせ!」

 

 サクヤによる狙い澄ました一撃だった。その一撃でコンゴウが怒りで活性化する。

 

コウタ「グレネード使うよ!」

 

 コウタの合図で目を閉じる。コンゴウは強烈な光で目が眩む。すると全員が一斉に攻撃する。ユウキ、ソーマで斬り、サクヤが遠距離で射ち続けて、コウタが近づきながら射つ。しばらくしてコンゴウが視力が回復したのか体勢を建て直す。

 

コウタ「動くなよ!」

 

 コウタがコンゴウの足元にホールドトラップを設置した。当然、既にトラップの有効範囲内にいるのでコンゴウは再び動けなくなる。

 

ソーマ「一気に決める。離れろ。」

 

 そう言うとソーマは構えてチャージクラッシュの準備をする。ユウキは軸をずらしてインパルスエッジを連射する。サクヤ、コウタも攻撃を緩めない。

 

ソーマ「くたばれぇ!」

 

 コンゴウはソーマの一撃で二つに別れてミンチになった。幸いにもコアを避けて攻撃したようで、そのままコアを回収して任務は終了した。

 

 -エントランス-

 

 エントランスに戻ると既にリンドウが戻っており、共用のソファーで寛いでいた。

 

サクヤ「先に帰ってたのね。お疲れ様。」

 

リンドウ「ああ、どうにか早めに切り上げられた。そっちはどうだった?」

 

ソーマ「ご命令に従って、いつも通りだ。」

 

サクヤ「そうね、命令通り全員無事よ。任務の方も特に問題は無かったわ」

 

コウタ「いやーリンドウさんにも俺達4人の見事な連携を見せたかったよ!」

 

 コウタがややオーバーな身振りと表現でリンドウに報告する。…その言い方だとコウタが中心に活躍したような言い方になるのだが…

 

ソーマ「…お前そんなに役に立ってたか?」

 

コウタ「な!?」

 

 案の定ソーマからツッコミが入り、コウタはガックリ項垂れる。

 

リンドウ「おおそうか。それならこっちももう少しデートの回数を増やしても良さそうだな。」

 

コウタ「まず俺に女の子紹介するのが先じゃないッスかね?」

 

 復活したコウタが出会いを求めてリンドウに言い寄る。前にもこんな事があった気がする。どうにもコウタは切り替えが早い。

 

リンドウ「…お前の手には負えないと思うぞ?」

 

 何やら含みのある言い方をしたリンドウ。その後、突然館内放送が入った。

 

『業務連絡。本日、第七部隊がウロヴォロスのコアの剥離に成功。技術部員は第五開発室に集合してください。繰り返します、ウロヴォロスのコアの剥離に成功。技術部員は第五開発室に集合してください。』

 

 この放送を聞いて、リッカを始めとした技術班のスタッフが召集される。

 

神機使い1「ウロヴォロス!!どこのチームが仕止めたんだ?」

 

神機使い2「しかもコア剥離成功かよ…ボーナスすげえんだろうな。」

 

神機使い3「おい、おごってもらおうぜ。」

 

神機使い4「やめなさいよ…みっともない…」

 

 支部内がざわめいている中、リンドウは特に興味が無さそうだった。

 

ユウキ(もしかして…リンドウさんが?)

 

 支部内でこれ程のビッグニュースになっているのに興味がない様子から、もしかしたら当事者なのではないかと予想した。が、答えは出ないのでそこで考えるのを止めた。

 

コウタ「ウロヴォロス…ってなに?強いの?」

 

 コウタの疑問の通り、そもそもウロヴォロスとは何なのかをユウキとコウタは知らない。コウタはソーマに聞いてみた。

 

ソーマ「ターミナルを調べりゃ分かる。自分で調べろ。」

 

 しかし、返ってきた返事は自分で調べろとの事をだった。確かに自分で調べることで身に付く力もある。そう言ったことを促しているようにも感じた。

 

サクヤ「そうね…私達4人じゃ、まだ無理じゃないかな…」

 

コウタ「マジでぇぇぇ!?このメンツでも?」

 

ソーマ「1人2人は死人が出るだろ。」

 

ユウキ「…死ぬ…か…」

 

 ユウキはこの1人2人に自分が含まれていると感じ取った。実際この4人の実力を考えると真っ先に死ぬのは恐らくユウキかコウタだろう。気が付いたらユウキの拳が固く握られていた。

 

リンドウ「ま、生き延びてればその内倒せるさ…今は死なない事だけを考えろ。」

 

ソーマ「その台詞、いい加減聞き飽きたぜ。」

 

 お決まりの台詞を言うリンドウに対して、ソーマはウンザリしたような口調で答えた。

 

リンドウ「…ああ、特にお前には何度でも言っとくわ。ほっとくと1人で死にに行っちまうようなヤツにはな。」

 

ソーマ「チッ…黙れ…」

 

リンドウ「へいへい。さ、俺は次のデートに備えて精のつくものでも食ってくるかな。」

 

 そう言うとリンドウはエントランスから出ていった。しかし、その場の空気はどこか重く、ビッグニュースを素直に喜べない空気だった。

 そしていつの間にかソーマがいなくなっていてた。部屋に戻ったのかと思い3人はそれぞれの部屋に戻った。

 

 -贖罪の街-

 

 そこには神機を携えたソーマがいた。リンドウに会った後皆に気付かれる事なくここに戻ってきていたのだ。周囲にアラガミが居ないか確認しつつ進んでいるので、構えを解かないまま移動している。

 教会の入り口付近に来ると、人が教会に入っていくように見えた。

 

ソーマ「人影…か?」

 

 周囲を警戒しながら教会に入っていく。中心まできて辺りを見回すが人影は見当たらない。

 

ソーマ「気のせいか…」

 

 教会に入れば侵入ルートは限定されるので構えを解いて通信を入れる。

 

ソーマ「こちらソーマ。特務目標との接触はなし…索敵を続ける。」

 

 そして白い影がソーマの後ろ姿を見つめていることに気づかずに教会を出て行った。

 

To be continued




 今回で第一部の土台となる部分を詰め込みました。結果として至るところにフラグが散りばめられています。
 そして物語が大きく進むことになる変わりに文量が多くなってしまいました。もう少し文量が少ない方が読みやすいとは思うのですがどうにも減らせなかったです。
 次の話で遂にあの娘を出す予定です。(はよ出したい)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission10 転機

漸くあの娘が出てきます。ここから物語が動きだします。


 ソーマが居なくなり、サクヤ、ユウキ、コウタは部屋に部屋に戻った。しかしユウキは部屋に戻ると先の戦闘で軽い怪我をしていたのを思い出して病室に向かった。

 軽い怪我だったので適当に薬を塗っておけばいいと考え、一番小さい病室に向かう。病室についたら既にリンドウが来ており、薬を漁っていた。

 

リンドウ「っと…何だお前か…どうした?」

 

ユウキ「ちょっと薬を貰いに…」

 

リンドウ「ん…いい傾向だ、少しぐらい神経質で臆病なヤツの方が、生き残りやすいからな…あー…それから俺とここで会ったことは他のヤツには言わないでくれよ…いいな?」

 

 そう言いながらもお互い薬を漁る手を止めない。一瞬リンドウが何故こんなことを言うのか理解できなかったが、何となくその理由を察した。

 

ユウキ「サクヤさんに心配かけないようにですか?」

 

リンドウ「んー…そういうことにしといてくれ。」

 

ユウキ「あの…リンドウさん。」

 

 ユウキはずっと気になっていることを聞いてみることにした。

 

ユウキ「ウロヴォロスを倒したのは、リンドウさんですか?」

 

リンドウ「ん?そうだが…それがどうかしたのか?」

 

ユウキ「いえ、何となくそんな気がして聞いてみただけです。」

 

リンドウ「そうか。」

 

 正直意外だった。もっとごまかすと思っていたがあっさり認めた。実際ウロヴォロスを仕留めたのはリンドウであると気づいている人は大勢いる。リンドウ自身もそれに気づいているので、下手に誤魔化す必要もないと考えている。そのため、本当の事を言ったのである。そして、2人して自分の怪我の治療を始めた。

 そして翌日、任務に行くメンバーが集まるまでエントランスのソファーで待っていることにする。そこには既にジーナがいた。

 

ユウキ「ジーナさん。ここいいですか?」

 

ジーナ「ええ。いいわよ。」

 

 そう言うとユウキはジーナと向き合う様に座った。任務内容の確認をしていると、不意にジーナが声をかけてきた。

 

ジーナ「ねえ、あなたは手柄とか、強さのランクに興味あるかしら?」

 

ユウキ「…どういうことですか?」

 

ジーナ「誰が強いとか、誰の手柄とか…そういうのに興味があるかってこと。」

 

ユウキ「ないですね。というより、それどころじゃないって言うのが本音ですけど。」

 

ジーナ「そう…私もどうでもいいわ。仕事中は、この世に私と標的だけ…2人きりの世界に没頭するから、楽しいんじゃない。」

 

ユウキ「あはは…でも死ぬのは怖いですからね。あまり無理なことはしたくないですね。そういえば何でそんなことを?」

 

ジーナ「ウチの男共は強さやら手柄の話ばかりだからつまらなくてね。ほら今日もあそこで言ってるわ。」

 

 そう言うとジーナは下階を見る。それにつられてユウキも下階を見ると、シュンとカレルが話ていた。

 

シュン「『第7部隊』ね…チッ、どうせウロヴォロスをやったのはリンドウさんだろ…支部長の野郎、でかい任務は全部リンドウさんかソーマに回して、俺にはショボい任務しか回さねぇし…」

 

カレル「どうだか。お前口は達者でも大した実力も無いだろ…ウロヴォロスどころか、コンゴウにだって苦戦するじゃねぇか…この前だって、音消しながら近づいて、アラガミをヴェノムにして…せこいというか、卑怯というか…」

 

シュン「あ?何だよ!何か文句でもあんのか!?」

 

 はっきりいってシュンの実力を考えてもウロヴォロスの討伐なんて自殺志願者の考えとしか言えない。戦い方はともかく、ユウキはシュンの言い分に呆れることしかできなかった。カレルの言った通り、以前シュンのコンゴウ討伐を見ていたが動きを見切れていないため、しょっちゅう攻撃を受けていた。あんな戦い方ではいずれ死ぬだろう。

 そう考えていると任務に行くメンバーが揃ったので作戦地域に向かうことにした。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 小型種の討伐のために神機使い3人とユウキで任務に当たる。今回はユウキがチームリーダーとなっている。本堂前でオウガテイル、コクーンメイデンを倒して、帰投しようとするとアラガミの叫び声が聞こえる。

 

ヒバリ『コンゴウが近くにいるようです。待機ポイント付近に現れたので排除してください。』

 

ユウキ「わかりました。これよりコンゴウの討伐向かいます。皆さんは西側から索敵、俺は東側から向かいます。」

 

神機使い1,2,3「「「了解」」」

 

 そして下階に降りる階段からコンゴウが見える。指示を出そうと通信を入れようとすると

 

  『ドン!』

 

 ユウキの背中から強い衝撃が加わる。当然階段から落ちる。しかし、うまく左手をバネにして一度跳び、綺麗に着地する。

 コンゴウのすぐ後ろに着地したため、コンゴウにも気づかれる。コンゴウが振り向くと顔面を3度斬り、4度目の攻撃で捕食形態を一瞬で発現させて捕食する。攻撃の中に捕食を織り混ぜる『コンボ捕食』と呼ばれるテクニックだ。捕食に成功し、バーストする。

 そんなユウキの戦闘を見ている3人の人影がいる。

 

神機使い1「なあ、なんだってこんなことをしたんだ?」

 

神機使い2「あいつ、アラガミを引き寄せるんだとよ。だから試してやろうと思ってな。」

 

神機使い3「うわwえげつなw完全にイジメじゃんwww」

 

神機使い2「何言ってんだよ。死神の人形なんて死んだ方がいいに決まってんだろ。」

 

  『グオオオ!』

 

 そう言っているともう1体コンゴウが乱入してきた。聴覚が優れているコンゴウは当然戦闘中のユウキのもとに向かう。乱戦になり、周囲に意識を向けながらもコンゴウの攻撃を避けて、隙を見つけて攻撃する。

 1体のコンゴウが腕を振り上げて殴りかかる。それを横に跳んで回避したが、別のコンゴウが着地の隙を狙い殴りかかってきた。それをバックフリップしながら無理矢理体を捻って回避する。ユウキの右腕が最下点に来たところで、体の回転を利用してコンゴウの腕を切り落とすことに成功する。

 腕を切り落とされたコンゴウが空気砲を撃つ体勢に入ったので、後ろに下がる。空気砲ははずれたが、下がった先でもう1体のコンゴウが殴りかかってくる。軽くジャンプして足を上げ、神機を後ろに回して装甲を展開する。空中に浮いているところを殴られるので勢いよく前に飛ぶ。その勢いを利用して、前方のコンゴウの顔面から神機を突き立てる。

 そして腰を落としてしっかり踏ん張りながら突き刺したコンゴウを後ろのコンゴウに投げつけて隙を作る。あとはインパルスエッジを連射してコンゴウ2体を倒した。

 ちなみにユウキを突き落とし、傍観していた3人はユウキの強さに唖然としていた。

 

 -エントランス-

 

 エントランスにつくとツバキがユウキに同行した3人に後で来るようにと言われた。どうやら突き落とした事がバレていたようで、3人は真っ青になっていた。ユウキは特になんとも思っていなかったので、別にいいと言ったが、仲間を死なせるようなことをしたヤツには説教が必要だと言って聞かなかった。

 しかたないので報告用の書類を受けとるためにヒバリのもとに向かうと連絡事項があるとのことだった。

 

ヒバリ「あ!先程リンドウさんが探してましたよ?リンドウさんは多分、お部屋にいらっしゃると思います!」

 

ユウキ「?はい。わかりました。」

 

 そう言われてユウキはリンドウの部屋に向かう。

 

ユウキ(なんだろう?)

 

 何かやらかした覚えもないので、特に呼び出される理由もないはず。色々考えたが、結局分からないままリンドウの部屋に着いた。

 

リンドウ「おっ来たか…ちょっと頼み事があってな…」

 

ユウキ「頼み事…ですか?」

 

リンドウ「ああ.…明日、新しい神機使いが配属されることになる。お前と同じ新型の適合者だ。」

 

ユウキ「…?…はい…」

 

 新型が新しく配属になる。それがリンドウの言う頼み事にどう繋がるのかイマイチ理解できない。まさか仲良くしてやってくれとでも言うのだろうか?しかし、リンドウがわざわざ呼び出してまで言うとは考えにくい。そこまで考えるとリンドウが話を続ける。

 

リンドウ「根拠は特に無いんだが…支部長は

何か目的があってこの極東支部に新型神機使いを集めてる気がするんだよな…」

 

ユウキ「目的?」

 

リンドウ「ああ。そこで頼みと言うか相談なんだが…もし支部長がそのことに関して何か言ってたら、俺にも教えてくれないか?」

 

ユウキ「構いませんけど…支部長に直接聞くのはダメなんですか?」

 

リンドウ「まぁそうなんだが…どうもあの人は苦手でなぁ…」

 

ユウキ「あはは…わかりました。何かあったら伝えます。」

 

 ちょっと子どもっぽい理由に苦笑いをしつつ、リンドウの頼み事を引き受ける。

 

リンドウ「ああ。別に強制する気は無いし、気が向いたらで構わない。機密事項ならむしろ言わなくていい。ちゃんと礼もするから、な?よろしく頼む。」

 

ユウキ「はい。あ、お礼は配給チケット1枚でどうでしょう?」

 

リンドウ「したたかだなぁ…」

 

ユウキ「リンドウさんから学んだことですよ。サクヤさんによくやってるでしょう?」

 

リンドウ「そんなとこを学ばなくてもいいっての。」

 

 というのも、説教のことで後回しにしていたが、エントランスにいたサクヤとコウタの会話に混ざったところ、リンドウに呼ばれているのだがコウタが話を止めないため、呼び出しに遅れるとのことだった。その時、当人達の取り決めで遅刻の罰として配給チケットを1枚渡すことになっていると聞いたのだ。

 状況は違うが、ユウキも同じようなことを思い付いたので、何となくやってみたのだ。

 

リンドウ「とにかく、明日任務前に一度、第一部隊に召集がかかるだろうから、遅れるなよ?」

 

ユウキ「わかりました。」

 

 そして、ユウキはリンドウの部屋を出ていった。

 

 翌日、遅れないように召集がかかるよりも前にエントランスに行くと、いかにも落ち込んでますと言わんばかりのオーラを出しているカノンがいた。

 

ユウキ「あの…どうしたんですか?」

 

カノン「あ…神裂さん。実は重包囲からの撤退戦を、ソーマさんに助けてもらったんです。それで、クッキー焼いて、お礼に行ったんですが…『そんな暇があるなら、訓練しろ』って追い返されちゃいました…」

 

 カノンは戦闘中、豹変することもあるが、何よりものすごく誤射するのだ。その誤射率は全支部でもNo.1を記録するほどなのだ。

 …それは訓練しろと言われても仕方ない。

 

ユウキ「もしかして誤射のことですか?それは訓練が先だと思うのですが…」

 

カノン「…そうですよね…」

 

 思ったことをストレートに言ってしまい、尚更カノンを落ち込ませてしまった。ユウキが慌ててフォーローをいれる。

 

ユウキ「あ!でも、時間があるときでよければ訓練のお手伝いとかしますから、そんなに落ち込まないでください!」

 

カノン「え!いいんですか!?誤射のこともあって、誰も訓練に付き合ってくれないので、すごく助かります。ありがとうございます。」

 

 そう言うとカノンは余程嬉しいのか、いい笑顔で礼を言った。その笑顔に見とれてユウキは少しだけ赤くなった。

 

カノン「あ…じゃあ早速なんですけど、ホーミングする弾ってどうやって作るんでしょう?この前バレットエディターで作ってみたんですけど、私が撃つと、何をやっても曲がらないんです…訓練すれば曲がるようになるんでしょうか?」

 

ユウキ「バレットを作る?そんなことができるんですか?」

 

 今までにそんな話を聞いたことがなかったので、全く知らない話だった。

 

カノン「バレットエディットと言って、バレットの軌道や組み合わせを自由に決めることができるんです。ただルールもたくさんあって、私も把握できてないんですよね…」

 

 そんな話をしているうちにカノンが任務に出ていった。1人で共用ソファーで待っているとソーマが現れた。珍しくソーマから話しかけてきた。

 

ソーマ「…おい神裂、お前任務中に誰か…人の気配を感じたことないか?」

 

ユウキ「…いいえ。ないですけど?」

 

 恐らく神機使い以外の気配ということだろうが、質問の意図がはっきりとは分からないので、取り敢えずそのままの意味で返事をする。

 

ソーマ「そうか…わかった、忘れてくれ。邪魔したな。」

 

ユウキ「そう…ですか。」

 

 釈然としないまま会話が終わった。終わった後に、ソーマは『ちっ…余計な仕事が増えそうだな…調査隊に依頼しとくか…』と呟いた。そしてソファーに座るとヘッドホンで音楽を聞き始めた。

 次に現れたのは意外にもコウタだった。ユウキを見つけると、テンション高めに話しかけてくる。

 

コウタ「なぁなぁ!ウロヴォロスって知ってる?」

 

ユウキ「ううん、知らない。」

 

コウタ「平原の覇者!超大型アラガミ!山のように巨大な体と、無数の触手と眼を持つ怪物!...詳しいだろ?こないだのコア剥離で気になってさ『ノルン』で調べたんだぜ!」

 

 コウタがどや顔になって自慢げに話す。若干イラッと来た。

 そうしていると、放送で第一部隊に召集がかかり、サクヤとリンドウが現れた。そこから5分程経った時、下階から話し声が聞こえてきた。

 

神機使い4「聞いた?新型がまた配属されるって。」

 

神機使い5「あ、それ初耳だよ。ここにきて新型ラッシュだね。」

 

神機使い4「ロシア支部から支部長が連れてきたらしいよ…あ、噂をすれば…」

 

 出撃ゲートが開いてツバキが現れた。もう一人、赤いキャスケットにウェーブのかかった銀髪の美少女が後ろに続いて入ってきた。右腕には赤い腕輪を付けている。恐らく彼女が噂の新型神機使いだろう。

 

ツバキ「紹介するぞ。今日からお前たちの仲間になる、新型の適合者だ。」

 

アリサ「はじめまして。『アリサ・イリーニチナ・アミエーラ』と申します。本日一二○○付けでロシア支部からこちらの支部に配属になりました。よろしくお願いします。」

 

 アリサは定型文のような自己紹介をした。先程はツバキの影に隠れてよく見えなかったが、よく整った顔立ちをしている。さらに露出度が高く、自慢のスタイルを見せつけるような格好だった。

 どうでもいいがその格好は恥ずかしくないのだろうか?

 

コウタ「女の子ならいつでも大歓迎だよ!」

 

ユウキ(コウタ…その話の振り方は印象最悪になりかねないよ。下手したらセクハラと言われてもおかしくない…)

 

アリサ「よくそんな浮わついた考えで…ここまで生き長らえてきましたね…」

 

コウタ「…へ?」

 

 案の定、アリサは汚物でも見るような目でコウタを見て、辛辣な言葉をかける。コウタも呆気に取られて空返事を返した。

 

ツバキ「彼女は実践経験は少ないが、演習で抜群の成績を残している。追い抜かれぬよう精進するんだな。」

 

 ツバキの目が若干つり上がる。自分がかつて使っていた神機をコウタが使っているのだ。多少贔屓目に見てしまうのだろう。ただ、コウタはそんなことを考える余裕もなく、ツバキとアリサ放つ空気に押されないようにするので精一杯であった。

 

コウタ「り、了解です。」

 

ツバキ「アリサは以後、リンドウと共に行動するように。いいな?」

 

アリサ「了解しました。」

 

ツバキ「リンドウ、資料等の引き継ぎをするので私と来るように。その他のものは持ち場に戻れ。以上だ。」

 

 ここでリンドウとツバキが一緒にエレベーターに入っていった。ユウキはそれを見届けると、コウタが話しているアリサの方を見る。

 

コウタ「あ、アリサちゃん…だったよね?ロシアから来たって言ってたけど、あそこってすげぇ寒いって本当になの?あ!でも最近、異常気象で温度が高くなってきたったとか言ってたっけ…」

 

 なんとかイメージアップを図る+仲良くなろうとしているのだろう、延々とコウタが話を続けている。対してアリサはつまらなさそうに毛先を弄っている。そんな中、アリサがため息をつきながらコウタの話を遮った。

 

アリサ「そんなことより、この支部の新型神機使いは…あなたですか?」

 

 アリサはソーマを見て質問する。

 

ソーマ「違う。」

 

 ソーマの返答に若干表情が変化する。次にいかにも嫌そうな顔をしてコウタの方に向く。

 

アリサ「まさか…あなたなんですか?」

 

サクヤ「違うわ。この支部初の新型は彼よ。」

 

 サクヤはユウキの肩に手を置く。アリサはなんだか呆れたような表情になって大きくため息をついた。

 

アリサ「ここの情報発信者はいい加減ですね、男性だと聞いていたのですが…女性だったなんて。職務怠慢もいいところですね。」

 

 やはりユウキが女顔であるため、最初から新型の候補から外れていたようだ。

 

ユウキ「えっと…はじめまして。神裂ユウキです。これでも男です。」

 

 ユウキも定型文(?)で挨拶をする。するとアリサはユウキを上から下へと品定めするように見てきた。

 

アリサ「ふ~ん。あなたがこの支部の新型ですか。まあ、強さに見た目は関係ありませんし、こんな女男でも新型を使えるなら有意義に使ってほしいですね。精々新型の名を汚さないようにしてくださいね。」

 

 先の自分は男だと言う発言とユウキの声で男と判断したのだろう。

 

ユウキ「あはは、中々手厳しいですね。まあこれからよろしくお願いします。」

 

サクヤ「さ、話題は尽きないけどこの後は任務があるんだから、話はまた後でね。」

 

 そして第一部隊は出撃ゲートを潜った。

 

 -エレベーター内-

 

 少し時間を遡り、リンドウとツバキがエレベーターに乗った直後、2人がアリサについて話している。

 

リンドウ「期待の新人ですねぇ…レア物の新型が二つも揃ってる支部なんてここくらいじゃないですか?」

 

ツバキ「ああ、そうだな。だが本部の意向で、今後は新型の適合者発掘が優先されていくらしい。ただ…彼女の場合、適合はしているものの、若干精神が不安定なようでな…定期的に主治医によるメンタルケアのプログラムを組まれているようだ…まあとにかく注意を払ってやってくれ。」

 

リンドウ「了解です。姉上!」

 

ツバキ「リンドウ!二度とここで姉上と呼ぶな。いいな!」

 

 リンドウはばつが悪そうに頭を掻いた。

 

To be continued




 ついにアリサの登場です。最後の方ちょっとだけですが...
 どうにかもっと簡潔に書けるようになりたいですね。
 自分が初めてアリサが来たときのコウタの台詞を聞いたときはセクハラになるんじゃないかと思ったのですがそう思う人って他にもいるんですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission11 共生

ここからプレデタースタイルが解禁されていきます。もう少し増えたらスタイリッシュな戦闘になる...はずです。


 アリサの紹介が終わり、サクヤ、ソーマ、ユウキ、コウタは神機保管庫で神機を受けとる。最後にユウキが神機を受けとると、リッカから声をかけられる。

 

リッカ「神裂くん、ちょっといい?」

 

ユウキ「どうしたのリッカ?」

 

リッカ「実はプレデタースタイルが解放したからその報告にね。今回解放されたのは、空中で浮きながら捕食できる『レイヴン』…これで空中戦もやり易くなるはずだよ。」

 

ユウキ「うん。わかった。ありがとう。」

 

 お礼を言って保管庫から出ていく。その先には既に3人が準備を済ませて待機していた。

 

サクヤ「準備できた?」

 

ユウキ「はい。」

 

ソーマ「さっさと乗れ。行くぞ。」

 

コウタ「…」

 

 任務に行くメンバー全員がヘリに乗り込む。さっきから黙ったままのコウタがなんだか気になるのでユウキは声をかけてみた。

 

ユウキ「コウタ?どうかした?」

 

 依然として少し俯いていて、表情が読めない。するとコウタがぼそりと呟いた。

 

コウタ「…見た?」

 

ユウキ「え?何を?」

 

 主語がないので何の事か分からず聞き返す。コウタが少しずつ声を大きくしながら返事をする。

 

コウタ「…ってか、見たよな、もちろん!超かわいいじゃん!ロシアだぜ!ロシア!北の大地の恵みって感じ!やっべ、モチベーション上がってきたぁ!ユウキもそう思うだろ!?」

 

 アリサを見てテンションが上がってたのを今まで押さえていたようだ。いつも以上に興奮して、ユウキにアリサを見た感想を聞いてきている。

 

ユウキ「う、うん。そうだね。確かにかわいい…と言うよりは美人だったね。」

 

 確かにスタイルもよく、容姿も整っていた。つり上がり気味の目にサファイアのような青い瞳で、銀髪を際立たせる透き通るような白い肌をギリギリまで露出していた。異性の魅力に疎いユウキから見ても魅力的な女性だった。

 ちなみにコウタの話を聞いてサクヤは苦笑いをして、ソーマは引いてた。

 

 -煉獄の地下街-

 

 旧時代では地下鉄として使われていた場所である。ここではアラガミが地下に向かって捕食を進めたため、溶岩が溢れ出ている。その溶岩が地下鉄の一部を飲み込んでいるので、とても暑い。要するに灼熱地獄である。

 そんな場所での任務は翼手を持つ中型アラガミ、『シユウ』の討伐である。4人は待機ポイントから飛び降り、索敵を開始する。不意にサクヤがソーマに話かける。

 

サクヤ「ソーマ、わかっていると思うけど…」

 

ソーマ「ああ…俺たちはあくまでサポートだ。リンドウの代わr」

 

コウタ「あっちい…溶けそうだぁ…」

 

 コウタが2人の会話を遮る。ソーマはそのまま黙ってしまい、反応を示したのはサクヤだけだった。

 

サクヤ「そうね、私たちは体内の偏食因子の恩恵のお陰で耐性があるけど、一般人には耐えられないでしょうね。」

 

コウタ「うへぇ…この体に感謝だね。」

 

 そんな話をしていると明らかに地下鉄には無いはずの空洞が空いている。その先には右側に溶岩が溢れており、円形の地形があった。その奥に何かがいた。

 

ユウキ「…あいつか?」

 

 ユウキが呟き、全員が視線の先を見る。そこには、人間と同じ骨格をして、先端に手がついている特徴的な翼を背中から生やしたアラガミがいた。ただし、大きさは人間の2、3倍はある。

 

ユウキ(人型骨格か…得策とは言えないが、捕食に気をとられている今ならいけるか?)

 

 そう考えてユウキは銃形態に変形する。

 

ユウキ「サクヤさん。提案があります。」

 

サクヤ「何?」

 

 ユウキはサクヤにある提案をする。

 -数分後-

 

 シユウは相変わらず捕食に気をとられて、近くにはコクーンメイデンがいる。ユウキは集中してシユウの頭に狙いを定める。

 

  『パァン!』

 

 シユウの頭を撃ち抜いて、結合崩壊を起こす。シユウが気づいてユウキを挑発するように手招きをする。しかし、ユウキは逃げる。そのためシユウはユウキを追いかける。

 

ユウキ(移動は思ったより速くないな...これならいけるか?)

 

 ユウキは剣形態に戻して後ろに走る。その先は本来であれば地下鉄のプラットホームに当たる場所。当然下に降りることになる。階段で追い付かれるようなことは避けたいので、ユウキは階段の一番上から下の階まで飛び降りた。

 

ユウキ(よし、もうすぐ…そのまま来い!)

 

 シユウが階段まで来ると、シユウは何故か一度後ろに飛ぶ。するとシユウは滑空しながら高速で突っ込んできた。

 

ユウキ(!!!)

 

 ユウキは咄嗟に横に跳んで避ける。そのまま地下鉄内に入り、地下鉄を走る。シユウはユウキを追走する。

 

  『パァン! 』

 

 後ろからサクヤの一撃がシユウを撃ち抜いた。だがシユウはユウキを追い続ける。そのまま進むと壁の切れ目見える。その切れ目の手前に来るとコウタが飛び出す。

 

コウタ「行くよ!」

 

 その合図でスタングレネードが炸裂する。シユウは目が眩み動きが止まる。その隙にソーマがコウタが隠れていた場所から飛び出し、チャージクラッシュを叩き込む。その一撃でシユウの下半身が結合崩壊を起こす。そのまま全員で畳み掛ける。

 

  『グオオォォオ!!!』

 

 遂にシユウが怒りで活性化した。そして一旦腰を落とした。

 

コウタ「トラップ設置するよ。」

 

 コウタはチャンスと思い、コンゴウの時と同じようにシユウに近づいてトラップを設置しようとする。

 

サクヤ「ダメよ!近づかないで!」

 

 その瞬間、シユウは回転してコウタを殴り飛ばした。当たりどころが悪かったのか、気絶してぐったりとしている。サクヤがコウタの救助に向かう。

 その隙を狙わせないようにソーマが正面から斬り込む。しかし、シユウは後ろに跳んで避け、突進してきた。ソーマもユウキもそれを避ける。

 しかし、シユウとは距離が開いてしまった。それを好機とみたのか、両手からオラクル弾を連続で飛ばしてくる。その最後に両手分のオラクルを合わせた大きなオラクル弾を放ってきた。

 それらを掻い潜り、ソーマとユウキはシユウの元にたどり着く。ソーマ地上で横凪ぎに神機を振るい、ユウキは空中で翼手や頭を切る。2回斬りつけ、3度目に鳥のクチバシのような捕食形態を発現させ、バーストする。そう、リッカから聞いていたレイヴンを使ったのだ。

 

ユウキ(…もしかして…)

 

 バーストした瞬間、ユウキは何かを感じ取り、再び先の動作を繰り返す。

 

ユウキ(やっぱり!)

 

 そう、ユウキは延々と空中で攻撃し続けていたのだ。その間もソーマの攻撃が止むことはなく、翼手を結合崩壊させてシユウは絶命した。

 余談であるが、神機もアラガミであるため、一応ザイゴートのように浮かぶことはできる。しかし、飛ぶ方面への進化はほとんどされていない上、人間と武装の重量を抱えているので、短時間しか浮くことができない。だが、レイヴンはバーストしたときの能力の上昇を浮遊に回すことで、浮遊時間を引き伸ばすことができるのだ。ユウキはバースト時に体が軽くなったような感覚をいち早く察知して、実行したのだ。

 ちなみに、バースト時の能力上昇を利用して2段ジャンプもできたりする。それでも空中戦は不利なので、実際にやる人は少ないが。

 こうしてシユウ討伐戦は終了した。

 

 -ラボラトリ-

 

 気絶したコウタが特に大きな怪我もなく意識を取り戻し、ルミコ先生からも異常無しと診断されたので、帰投した後ペイラーによる講義のため、コウタと一緒にラボラトリに向かった。そこには既にアリサが来ていた。ユウキとコウタが席に着くと講義が始まる。

 しかし、コウタは講義が始まると任務の疲れが出たのかすぐに寝てしまった。

 

ペイラー「前にも言った通り、アラガミを構成しているオラクル細胞は何でも食べる。動物や植物のような生物に限らず、鉱物やプラスチックのような合成樹脂...挙句には、通常の生物には危険な核廃棄物だって食べてしまう。建造物や大地だって…ほら、この通りだ。」

 

 ここでモニターにビルや地面に大きな穴が空いた画像が映し出される。その画像のビルは穴だらけに食い荒らされ、不気味な造形になっていたり、地面は巨大な穴が多数空いているため、所々崖のようになっていたり、地面が陥没して底が見えなくなっている。

 

ペイラー「結果、『食べ残し』である従来の環境は減少の一途を辿っている。この辺りには、春に桜を、秋には紅葉を見に行くなんて習慣もあったんだけど...今となっては望むべくもないね。」

 

ユウキ「…綺麗だな…」

 

 春の話で桜が映り、秋では紅い紅葉が映っている。ユウキとアリサは素直に綺麗だと思った。しかし、今は講義中であるためその画像はすぐにアラガミの特性を纏めたスライドに切り替えられた。

 ついでにペイラーはコウタを横目に見る。

 

ペイラー「その一方で、アラガミは食べたものの性質を取り込む事がある。最近では『光合成』を行うアラガミすら発見されているんだよ。窒素79%、酸素21%…世界中の植物が20年前の3割弱まで減ってしまった今でも、地球の大気は保たれている。これがアラガミの『光合成』のお陰だとは実に皮肉な話だと思わないかね?」

 

 話ながらもコウタに少しずつ近づいていく。コウタの横まで来ると頭をグーで軽く小突く。

 ここまでの講義内容によると、アラガミのお陰で、人間は荒廃した地球で生きているとの事だった。人間は生きていくためにアラガミと戦っているにもかかわらず、人間が生きていく環境をアラガミが保っている。確かに皮肉以外の何物でもない。

 

コウタ「…ぅぅ~ん…かぁちゃん…もう食べれないよ…」

 

ユウキ「あはは…ベタな寝言だなぁ…」

 

アリサ「…ホント、自覚が足りない人ですね。」

 

 目付きを鋭くしてアリサなりのコウタへの評価を下す。どうやらアリサのコウタへの評価は右肩下がりのようだ。

 

ペイラー「君たち、『ノヴァの終末捕食』って言葉...聞いたことあるかい?」

 

ユウキ「…終末捕食?」

 

 次はアリサの前までペイラーが歩き、ユウキは聞いたことの無い言葉に疑問を持つ。気のせいかコウタがピクリと動いたのような気がした。

 

アリサ「ええ、アラガミ同士が喰い合いを続けた先に…地球全体を飲み込むほどに成長した存在、『ノヴァ』が引き起すとされる『人類の終末』…ですか。」

 

 やはり少し前から起きていたのだろう、ゆっくりと顔を上げてペイラーを見る。

 

ペイラー「その通り、誰が言い始めたのかも知らない。単なる風説に過ぎないとも言われているけどね。」

 

コウタ「エイジス計画が完成すれば、それからも守れるんだろ?」

 

 やはりコウタはエイジス計画によって、どんなアラガミからの攻撃も防ぐことができると考えているようだ。

 

ユウキ(…本当にそんなことができるのか?)

 

 しかし、ユウキはそうとは思えなかった。地球を飲み込むほどのアラガミの捕食に小さな人工島が耐えられるとは思えなかった。また、仮にエイジスが終末捕食に耐えられたとしても、その他の土地や資源を失い生きていけるとも思えない。

 そんなことを考えているとペイラーか講義を続けたので、ユウキは思考の海から現実に帰ってきた。

 

ペイラー「…犬という動物を知っているかな?」

 

コウタ「…え?」

 

ペイラー「もう大分数は少なくなってしまったが、今も稀に外部居住区などで見かける事があるはずだ。犬は賢く...言葉こそ話せないが、我々人間とコミュニケーションをとることができる。犬のような性質を引き継いだアラガミがいれば、あるいは共生できるのかもしれないね。」

 

アリサ「共生?」

 

 アリサの表情が険しくなる。

 

ペイラー「コミュニケーションという観点で見れば、もちろん犬に限った話ではない。昔はサーカスと呼ばれる見世物小屋で猛獣を繰る、猛獣使いすらいたのだからね。」

 

アリサ「アラガミと仲良くなんて…できるわけ無いじゃない…!」

 

 アリサは視線を誰もいない方に反らしながら呟いた。その表情には年不相応な憎しみが現れており、声にははっきりとした拒絶の意志が込められていた。

 

 -食堂-

 

 講義が終わった後、アリサはそそくさと何処かに行き、コウタは撮り溜めたバガラリーを見るために自室に戻った。ユウキも一緒に見ないかと誘われたが、腹が減っていたので今回は断り、食堂に来た。

 そこにはアリサが既に来ており、その周囲は空席となっていた。新型と言うだけで嫉妬や嫌悪され、さらにあの刺々しい性格だ。確かに彼女と一緒に居ようと言う人は少ないだろう。

 

ユウキ「ここ、いいですか?」

 

 ユウキは注文した料理を受け取り、アリサの向かい側に座ろうと許可を貰う。

 

アリサ「…お好きにどうぞ。」

 

 アリサは若干驚いたようだったがすぐに表情を引き締めて許可を出した。そのまま2人はしばらく無言で食事をしていたが、不意にアリサが話しかけてきた。

 

アリサ「神裂さん…あなたはコウタって人と仲がいいんですか?」

 

ユウキ「え?…はい、そうですけど?」

 

アリサ「あの人、全然神機使いとしての自覚がないみたいですよね?その辺の所、よく言い聞かせておいてください。同じミッションに出撃したら足を引っ張られんるじゃないかと不安です。」

 

ユウキ「あはは…随分と辛口なコメントですね...でもコウタが足を引っ張るってことは無いと思いますよ?同行した任務ではサポートが上手いって話をよく聞くので。」

 

アリサ「どうでしょうか…あまり信用できませんね。」

 

 再び無言になり、食事が終わるまで2人の間に会話はなかった。

 

To be continued




 今回で正式にプレデタースタイルが解禁されました。もうすぐスタイリッシュな戦闘描写を書きたいのですが上手く書けるか心配です。
 そして、アラガミとの共生の話が出ました。この話は本編では忘れ去られたような扱いになっていますので、絶対に書きたいと思っていました。(まあ、共生が成立したらシリーズが終わってしまいますが...)
 無印をプレイしていたときは何とも思わなかったのですがエイジス計画と終末捕食ってなんだか矛盾している気がするんですよね。
 最後に、主人公の提案した作戦ですが

1 追い付かれる可能性があるので装甲が使える新型の銃身でシユウの注意を引く

2 シユウを孤立させ、物陰に隠れているサクヤが後ろから攻撃

3 コウタがスタングレネードで動きを止める。

4 その隙にソーマのチャージクラッシュで大ダメージ

5 あとはコウタに何度か動きを止めてもらいタコ殴り
 となっています。
 得策ではないと言ったのは奇襲による大ダメージを狙い、骨格的に小さい頭を狙う必要があったことと、旧型銃身神機使いに単独で動いてもらうためです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission12 共闘

今回はアリサとの共闘回です。リンドウさんもっと強くても良かったかな...?


 アリサとの遅い昼食を終えて、訓練ついでにポール型神機のデータ取りを行うためにエントランスへ向かう。

 

???「嘘つき!!そんなことあるはずないもん!!!」

 

 突如、下階から幼い少女特有の高い声が響く。何事かと思って降りてみると、エリナがいた。複数の神機使いと話している。口論になる前に止めた方が良いと判断し、ユウキはエリナに話しかける。

 

ユウキ「こんにちは。エリナちゃん。今日はお父さんと一緒じゃないんだね。何かあったの?」

 

 ユウキが話しかけた途端、神機使い達はそそくさと去っていった。大方、面倒事を押し付けようとしているのだろう。受付にいるヒバリもどう対応したらいいか分からず、動けないでいる。

 

エリナ「…ひとりでここに来ちゃいけないって、パパに言われてるの。」

 

 悪いことをしているという自覚があるのか、その声は控え目な大きさだった。しかし、その後は自分のやっている事は間違っていないと言わんばかりに、大きな声で自分の主張を伝える。

 

エリナ「でもね、みんな嘘つくの、エリックが…死んだ…って!」

 

 どうやらエリックに会いに来たようだ。しかしエリックはもういない。真実を伝えるか、誤魔化すか...悩みはしたが結局真実を話すことにした。

 

ユウキ「エリックは…もういない…」

 

エリナ「ほら!また嘘言ってる!やっぱり私が確かめなきゃ…!ねぇ基地の中に入れてよ!」

 

 案の定否定してきた。

 

ユウキ「エリックは…死んだよ…俺の目の前で…俺が一番近くに居たのに、ボサッとしていたせいでエリックは死んだ…俺が…エリックを…死なせた。」

 

エリナ「嘘つき!!エリックは死んでない!!お洋服買ってくれるって言ってたんだから!!!」

 

 言いにくそうに自分が死なせたという真実を伝える。しかし、エリナはエリックの死を受け入れられず、大きな声で駄々をこねる様に否定する。

 

???「エリナ!!!!」

 

 エリナを呼ぶ声が響く。エリナの父親が息を切らしてエントランスに来た。

 

裕福そうな紳士「探したぞエリナ。一人でここに来てはいけないと言った筈だ。何故ここにいる?」

 

エリナ「だって…皆エリックが死んだって嘘つくから!!」

 

 エリナの言い分に大きくた溜め息をつき、話を続ける。

 

裕福そうな紳士「とにかく、私は少し彼女達にお話しがあるから、お前はここから出て待ってなさい。」

 

エリナ「でも!!」

 

裕福そうな紳士「待ってなさい!!!!」

 

 紳士が怒鳴り声をあげ、エリナを叱責する。

 

エリナ「…お父様の馬鹿!!!!大っ嫌い!!!!」

 

 エリナ泣きながらエントランスを走り去っていった。

 

裕福そうな紳士「申し訳ない。娘がご迷惑をお掛けしました。その上貴女にあんな暴言を…」

 

 頭を下げ、エリナが騒ぎを起こした事を謝る。

 

ユウキ「いえ…俺が近くに居たのに助けられなかったせいでエリックさんは亡くなったんです。責められても仕方ありません。謝って済む事ではありませんが…本当に…申し訳ありません…」

 

 ユウキも頭を下げて謝る。エリックを死なせた。その罪悪感から紳士の言葉を素直に受け入れることができない。

 

裕福そうな紳士「謝らないでください。あの馬鹿息子も…こうなる事は覚悟していたはずです。貴方が気にやむことではありません。」

 

ユウキ「ですが…」

 

 だからと言って助けなかった自分に非がないわけではない。どうしてもそんな風に考えてしまう。

 

裕福そうな紳士「でしたら…どうかエリックが生きていたということを忘れないでください。きっと…それで、あの馬鹿息子も報われるでしょう。それでは失礼。お騒がせして申し訳ない。」

 

 そう言うとヒバリにも謝罪し、紳士はエントランスの出口に向かう。出る直前に一度ユウキの方を見る。

 

裕福そうな紳士「…エリナに真実を伝えくれてありがとう。」

 

ユウキ「…え?」

 

 何故感謝されたのか分からず、間抜けな声で聞き返す。

 

裕福そうな紳士「否定したい真実は伝える側も受け止める側も勇気がいる。自覚があったかはわかりませんが、真実を伝えると言う形で貴方はエリックの死に向き合ってくれました。エリナもきっと、いつかその事に気付いてくれるでしょう。」

 

 それだけ言うと紳士はエントランスを出ていった。

 

ユウキ「…ヒバリさん…訓練の申請…お願いします。」

 

 ヒバリに訓練の申請をして、暗い雰囲気のまま訓練室に行く。今回はあまりいいデータが取れなかった。

 

 -翌日-

 

 結局、暗い雰囲気のまま翌日を迎えた。今日は任務に行くので、どうにか気持ちを切り換える。精神に参っている時に任務に行くと、自分は勿論、周りも危険に晒す事になる。

 任務に行く準備のためにエントランスに向かい、ターミナルを操作する。ふと先日のバレットエディットの事を思い出し、自分でバレットを作り、シミュレーターで使ってみるが、無効なバレットで使えないと画面に表示された。

 銃身神機使いに聞くのが一番だろうと考え、ツバキ、サクヤ、ジーナのうちの誰かを探す。運よくジーナがソファでコーヒーを飲みながら任務の資料を読んでいた。

 

ユウキ「ジーナさん。バレットエディットについて教えていただけませんか?」

 

ジーナ「ちょっと待ってて...もうすぐ終わるから。」

 

 そう言うとジーナは資料に何か書き始める。言った通りすぐに終わった。

 

ジーナ「何が知りたいの?」

 

ユウキ「シミュレーターで無効になるんです。何でか分からなくて...」

 

 ジーナはユウキが試しに作ってみたバレットを見てみる。

 ユウキが作ったバレットは初段が2方向に別れ、その後一ヶ所を2方向から撃ち抜くというものだった。ジーナはすぐに原因がわかった。

 

ジーナ「まず、バレットエディットのルールについては知ってるかしら?」

 

ユウキ「…い、いいえ…」

 

 ふむ...と一度考え込む。考えが纏まったのかジーナが説明を始める。

 

ジーナ「バレットエディットのルールは3つあるわ。まあその内1つはそんなに気にしなくていいわ。」

 

ユウキ「要するにまず気を付けるルールは2つですか。」

 

ジーナ「そうね。まずは子接続可能と子接続不可ね。バレットの最小単位であるモジュールによって決まるの。簡単に言うと弾丸一発がモジュールひとつ分って事になるわね。」

 

ユウキ「じゃあバレットエディットではこのモジュールの組み合わせを考える事になるんですか?」

 

ジーナ「そうなるわね。さらに言うとモジュールの内容を決める因子として、弾種を決めるセルや発射条件、角度があるけど、まあこれを見ている限り、理解しているみたいだし、ここは飛ばしましょう。」

 

 初弾から角度をいじってバレット製作をしていたのでここは問題ないとジーナは判断し、次の説明に移る。

 

ジーナ「話を戻すわ。子接続可能と子接続不は正確に言うとセル…つまり弾種を決めた段階で決まるわ。これは接続できるか表示されるから、ここで迷うことはないと思う。」

 

 そう言ってジーナはターミナルを操作し、ユウキが作ったバレットを少しいじった。

 

ジーナ「そうね…例えばこの爆破セル。子接続不可になっているでしょう?でも貴方が今まで作っていたものには表示がなかった。だからすぐわかるわ。」

 

ユウキ「な、なるほど…(ち、近い…)」

 

 確かに、爆破セルには小さく子接続不可の文字が表示されていた。しかし、ジーナの顔がすぐ横にあったので、ユウキは動揺しまくっていて、説明を聞くどころではなかった。

 

ジーナ「…顔が赤いけど…大丈夫?」

 

ユウキ「だ、大丈夫です…」

 

 実際はあまり大丈夫ではなかったが、どうにか受け答えをする。ジーナは『そう…』とだけ返して説明を再開する。

 

ジーナ「次は交差消滅ね。これは二つ以上の弾丸が衝突したときに起こる現象よ。これは衝突したオラクルが互いに喰いあって起こるわ。だから交差する高さをずらすか、通るタイミングを変えないといけないわ。」

 

 ジーナは交差の説明に自分の指で×印を作りながら説明する。

 

ジーナ「貴方が作ったバレットは初弾で交差していたから無効になっていたのよ。」

 

 発射と同時に二股に別れるように角度を調整していたので、発射の瞬間に交差消滅していたようだ。

 

ジーナ「最後はルールというよりは注意かしら?一応、初期の神機をベースにどれだけのオラクルを使うか表示されるわ。これがあまり大きくなりすぎないようにね。もし、モジュールの移動が目的なら、攻撃や当たり判定のない装飾弾丸と言うものがあるわ。オラクルの使用量が減るから、活用してみたらどうかしら?」

 

 そう言うとジーナはターミナルから離れた。そして1つ思い出したように付け加えて説明する。

 

ジーナ「あ、そう…ひとつ言い忘れてたわ。セルの大きさ、スケールでもオラクルの使用量が変わるから、燃費が悪いならスケールを小さくして威力を抑えることも考えるといいわ。それじゃあね。」

 

ユウキ「ありがとうございます。」

 

 ジーナは下階に降りていった。ユウキはターミナルに向かい、教わったルールを思い出しながらバレットを作ってみる。

 

ユウキ(最初は単純なやつで練習しようかな…)

 

 こうしてユウキは同行者であるアリサが来るまでバレットをいじっていたのだった。

 

 -贖罪の街-

 

 待機ポイントでアリサとユウキが待っていると、少し遅れて神機を携えたリンドウが、待機ポイントに現れた。

 

リンドウ「お…今日は新型2人とお仕事だな。足を引っ張らないよう気を付けるんで、よろしく頼むわ。」

 

 ベテランの神機使いの癖にどの口が言うか、とユウキは思い苦笑する。

 

アリサ「旧型は、旧型なりの仕事をしていただければいいと思います。」

 

ユウキ「アリサ…!」

 

 さすがにこの発言は言い過ぎではないか?旧型は新型に敵わないのだから邪魔はするな。そう言っているようなものだ。自分に向けられた言葉ではないがなんだか苛ついた。

 

リンドウ「はっは、まぁ精々期待に沿えるように頑張ってみるさ。」

 

 格下だから邪魔だと言われたにも関わらず、笑って流せる辺りやっぱりリンドウは大人だなとユウキは思った。

 リンドウは話ながらアリサに近づき、彼女の肩を叩く。

 

アリサ「きゃあ!!」

 

 肩を叩かれた瞬間、アリサは悲鳴を上げて飛び退いた。嫌がっても手で叩く程度だと思っていたが、まさか飛び退いてまで嫌がるとは思ってなく、リンドウとユウキは面食らってしまった。

 

リンドウ「あーあ…随分と嫌われたもんだなー。」

 

ユウキ「だ…大丈夫?」

 

アリサ「あ…す…すみません!何でもありません、大丈夫です。」

 

 大丈夫というが、体が震えていて表情から血の気が引いている。大丈夫には見えない。

 

リンドウ「フッ…冗談だ。んー…そうだなあ…よしアリサ。」

 

 リンドウはアリサを見るとひとつの命令兼アドバイスをする。

 

リンドウ「混乱しちまったときはな、空を見るんだ。そんで動物に似た雲を見つけてみろ。落ち着くぞ。それまでここを動くな。これは命令だ。その後でこっちに合流してくれ。いいな。」

 

アリサ「な、なんで私がそんなこと…」

 

 アラガミを倒しに来たのに、そう言いたそうな表情と口調で納得できないという様子で反論する。

 

リンドウ「いいから探せ。な?」

 

 が、口調こそ穏やかだが何故か逆らえない空気を出して命令する。アリサも渋々命令に従う。

 

リンドウ「よし、先に行くぞ。」

 

ユウキ「あ…はい。」

 

 そう言うとリンドウとユウキは待機ポイントから飛び降りた。少し離れたところでユウキはふと振り向いてアリサを見た。命令に従い、空を見上げて動物に似た雲を探しているのだろう。嫌々ながらもきちんと探している辺り、根は真面目で素直な子なのだろう。

 そんなことを考えていると、リンドウが話しかけてきた。

 

リンドウ「あいつのことなんだがな…どうも色々訳ありらしい。」

 

ユウキ「訳あり…ですか…?」

 

リンドウ「まあこんなご時世、みんないろんな悲劇を背負ってるちゃあ、背負ってるんだが…」

 

 世界中で1日に10万人以上が捕食されていく世界で、悲劇を背負っていない人間の方が稀だ。現にユウキ自身も過去にとある悲劇と呼べるような体験している。そのため、リンドウの言いたいことは何となくわかった。

 

リンドウ「同じ新型のよしみだ。あの子の力になってやれ。いいな?」

 

 リンドウはユウキの肩に手を置く。

 

ユウキ「はい。そのつもりですよ。」

 

  『グオオォォ…』

 

 不意にアラガミの雄叫びが聞こえる。今回は先日も戦ったシユウを2体討伐する任務だ。事前に作戦は聞いており、ユウキ、アリサのペアとリンドウに別れてそれぞれが1体ずつ仕留める作戦だ。確かにその方が効率がいいし、戦力的にも上手くバラけている。リンドウも中型種なら自分がいなくても大丈夫と判断した上で立てた作戦となっている。

 

リンドウ「うっし!じゃあ行くか!」

 

ユウキ「はい!」

 

 ユウキが作戦地域西側の奥、リンドウが北側にそれぞれシユウを誘い込み、戦闘を開始する。

 

 -ユウキside-

 

 ユウキは西の広場を南によりながら横切る。ビルの残骸の間を走り抜け、小さめな建物が並ぶ旧オフィス街か住宅地跡のような場所に出る。そこには小さな広場のような場所になっている。さらにその先も道が続いているが、捕食と地盤沈下によって途中で道が無くなっている。左手にはビルが建っているので、右に曲がるしかない。

 

  『グオォォオ』

 

 曲がった先でシユウと鉢合わせになった。これはまずい。そう思ったが、シユウは余裕を見せつけるように、挑発的に手招きをしている。今ユウキがいる場所は狭い通路になっているので、挑発している隙に、一旦下がってさっきの広場まで戻る。当然シユウが追走してくる。

 広場に戻り、シユウを迎え撃つ。シユウが建物の影から飛び出してくるタイミングに合わせてユウキも飛び出して足を斬りつける。

 

ユウキ(クッ!硬い!)

 

 前回の戦闘の前にシユウの下半身が硬い外郭に覆われていて、破壊力のある攻撃でないと通りにくいとツバキから聞いていたが、ここまで通りにくいとは思っていなかった。

 大したダメージも無さそうに、シユウは素早く姿勢を落としながら、上段から下段へ半円を描くような手刀を放つ。それを縄跳びの要領で小さくジャンプして翼手を斬り、その衝撃を利用して後ろに下がる。シユウから見て右側の翼手に切り傷ができる。

 ユウキとシユウの間に少し距離が開く。そこでシユウがオラクル弾を両方の翼手から打ち出してくる。それを横に躱す。

 

ユウキ(チッ!)

 

 しかし、オラクル弾は少し軌道を変えてユウキを追尾してくる。それを反射的にステップで跳び、さらに距離を取る。シユウはまだ攻撃が当たると考えているのかオラクル弾を射っている。その隙に銃形態に変形し、シユウに狙いを定める。しかしシユウは両翼手を合わせて大きなオラクル弾を放ってきた。大きなオラクル弾は先のものより高い追尾性能を持っており、このままでは直撃する。

 ユウキは驚きはしたが、大きくジャンプする。すると、オラクル弾はユウキの下を通りすぎた。どうやら、オラクル弾は水平方向への追尾性能はあるが、垂直方向への追尾能力は無いらしい。

 

ユウキ「!!」

 

 しかし、オラクル弾は地面に着弾すると爆発して上にいたユウキを爆風で吹き飛ばした。

 爆風で前方に飛ばされ、シユウに近づく。体勢を崩しながらも頭を下にした状態でシユウに狙いを定める。

 

  『パン!』

 

 軽い炸裂音と共にシユウに弾丸を射つ。シユウに着弾しても大したダメージにならないはずだった。しかし、弾丸が着弾した瞬間、ボン!!という爆発音が響いた。そう、着弾点が爆発したのだ。ユウキは任務前のバレット編集で、敵に着弾すると爆発するバレットを作っていたのだ。

 発射の衝撃で少し上へ跳ぶ。少し跳んだお陰でユウキはシユウをギリギリ飛び越え、後ろを取る。そのまま着地し、振り向きながらシユウと距離を取るように跳び、再び銃を射つ。先と同様、着弾した瞬間に爆発が起こる。この攻撃でシユウの足と胴体にヒビが入る。

 ユウキはシユウが振り向く前に剣形態に変形して、斬り込みなが近づき、もう一度斬り、その後に斬りながら離脱した。するとシユウが限界まで翼手を伸ばしてユウキに向ける。

 

ユウキ「ガッ!」

 

 突如ユウキに衝撃が入る。どうやらシユウの翼手はオラクル弾だけでなく、衝撃を放つことができるようだ。その衝撃でシユウが後ろに下がる。

 ユウキはビルの壁に叩き付けられた。衝撃で視界や思考にノイズが走ったような状態になる。そこへシユウが一歩踏み出して翼手を広げて近づいてくる。動けないユウキに左右の掌を合わせて叩きつけようとする。

 

  『ズガガガ!!』

 

 とシユウの横から銃弾が飛んできた。シユウも驚き、体勢を崩した。弾丸が飛んできた先を見ると、ガトリング砲を構えたアリサがいた。

 

アリサ「何してるですか!動けないなら邪魔です!早く消えてください!」

 

 辛辣な言葉が飛んできたが、助けてはくれたようだ。アリサはガトリング砲を射ちながら少しずつ近づき、射ち尽くす頃に剣形態に戻して斬り込む。ユウキも体勢を立て直し、一旦離れて銃形態で援護する。シユウの頭は貫通力の高いバレットで大きなダメージを与える事ができる。しかし、アリサとシユウが動き回っている状況ではそんな小さな的を撃ち抜く事は至難の技である。

 アリサはシユウの翼手を重点的に攻撃している。シユウが手刀で攻撃すために腕を振り上げる。このタイミングでアリサは前に出て、振り上げた腕の下を潜りつつ、斬り上げる。先のユウキの斬撃での傷がさらに深くなった。

 シユウはステップで一旦後ろに下がりながらアリサの方を向き、アリサが体勢を立て直す前に滑空して突進してくる。それをスライディングの要領で下を潜り、すれ違うタイミングで先とは反対の翼手を斬る。

 シユウが起き上がる時に一瞬止まり、さらにアリサも離れている。この隙にユウキは胴体に爆破レーザーを撃ち込む。

 

アリサ「何やってるんですか!?あのタイミングなら頭を撃ち抜く事ができたはずです!もっと効率のいい攻撃をしてください!」

 

ユウキ「なかなか無茶言ってくれますね。」

 

 ユウキは悪態をつきながらも剣形態に変形して横凪ぎに斬りかかる。それとは反対方向からアリサも斬りかかる。それを振り払うようにシユウは回転して攻撃する。ユウキとアリサはそれぞれが離れる方向に飛んで避ける。ちょうどシユウの左右に位置する場所にいる。そこから再び同時に斬りかかる。

 

アリサ「はあぁ!!」

 

ユウキ「ぜあ!!」

 

 アリサが先に斬り、ユウキがその後に斬りつける。X字状にシユウの胴体に傷がつく。

 

ユウキ(…強いな…)

 

 ユウキはここまでのアリサの動きを見て単純にそう結論付けた。その動きはアラガミの動きを研究し尽くし、戦術理論に当てはめて最大効果を発揮するように洗練されている。演習で抜群の成績を残してきたと言うのも頷ける。

 そんなことを考えていると、怒りで活性化したシユウが地面を両翼手で叩きつけ、衝撃で周囲の地面が揺れる。アリサは大きめに後ろに下がり、ユウキは少し下がることでそれを回避した。

 叩きつけてから立ち上がるまでの隙に、ユウキは捕食形態で捕食する。そしてアリサは回避後に即座に反撃に出る。

 シユウはカウンターを狙い、手刀を振り下ろす。アリサは脇の下に潜り込み、上へ斬撃を放つ。シユウから見て右の翼手が切り落とされる。

 しかし、シユウはそのまま一旦アリサの後ろにスライドするように移動し、後ろへローリングソバットを放つ。『当たる』そう思い、ユウキはアリサを突き飛ばして回避させる。だがこれでユウキにローリングソバットが決まる。

 

ユウキ「ガハッ!!」

 

 シユウの足の爪でユウキの腹から胸にかけて切り傷ができ、そのまま蹴り飛ばされて倒れた。

 

アリサ「余計な事しないでください!もう戦えないなら後退してください!」

 

 アリサの声が聞こえるがそれどころではなかった。自分の胸元から血が出て痛い。『死ぬかもしれない』その事を考えた瞬間、エリックが死んだときの事を思い出した。

 

ユウキ「いッたイなァ!」

 

 ユウキはシユウを睨み付ける。その表情はいつものように女々しい顔つきではなく、鋭い目付きで獲物を殺すことだけを考える獣の様な顔だった。

 

アリサ(…雰囲気が変わった?)

 

 アリサもその変化に気がついて思わず動きが止まってしまった。その隙をシユウが見逃すはずもなく。残った翼手でアリサを切り裂こうと、翼手を振り下ろす。

 

アリサ(!!しまった!!)

 

 アリサは気が逸れてシユウの動きを見逃した。自分の死を悟り、思わず眼を瞑る。しかし一向に痛みは襲ってこない。眼を開けるとユウキが神機の柄を翼手のオラクル発射口に突き刺して止めていた。

 そのまま神機を押し込んで翼手を少し押し返し、ユウキも柄を突き刺したまま跳び上がる。するとユウキは突き刺した柄を中心に回転して、シユウの顔の側面にローリングソバットを決める。シユウは蹴り飛ばされて壁に激突した。

 

アリサ「なっ!!」

 

 アリサは信じられないものを見たような気分だった。近代兵器が一切通用しないアラガミが人間の蹴りで吹っ飛んだのだ。

 そんな事を考えているとシユウが立ち上がり、滑空して突っ込んできた。翼手を片方失い、バランスがとりにくそうだがそれでもなんとか滑空している。ユウキは体の右側を下にしてシユウの頭上にくるようにジャンプする。

 

ユウキ「ゼあァあ!!」

 

 両手で神機をしっかり握り、下から掬い上げるように斬る。

 

  『ブシャァ!』

 

 シユウから噴水の様に血が吹き出し、頭が二つに割れ、胸元辺りまで斬れて吹き飛んだ。ここでアリサも我に帰り、前に出る。

 シユウも壁に叩き付けられて怯みつつも立ち上がる。この隙にユウキも一瞬で近づく。

 

アリサ「はあああ!!」

 

ユウキ「シねエェ!!」

 

 アリサは残った翼手と頭を、ユウキは上半身と下半身を切り離した。さすがにアラガミと言えど胴体だけでは何もできない。ユウキはコアを捕食してこちら側の作戦は終了した。

 

 -リンドウside-

 

 時はリンドウとユウキが別れたところまで遡る。シユウを探して西の広場を北に進み、教会の影から覗きこむ。ちょうどシユウがこちらに向かってくる。リンドウは迷わずに飛び出し、シユウの頭を目掛けて跳んだ。まさに電光石火のような動きでシユウの頭をはね飛ばし、そのままシユウの後ろを取る。

 しかしシユウもやられてばかりではない。体を回転して周囲を凪ぎ払う。だがリンドウはさらに後ろへ跳び、距離を取る。それを好機としたシユウは滑空してくる。

 対してリンドウは右足を大きく前に出し、姿勢をかなり低くした。結果、滑空してくるシユウの下を潜る事になった。リンドウはシユウの下を潜った瞬間下から斬り上げる。通常、シユウの胴体は斬撃が効きにくい。大したダメージにはならないはずだった。

 

  『ギュイイィィン!』

 

 シユウの下を潜る瞬間、リンドウの神機『ブラッドサージ』の鋸刃がチェーンソーの様に回転し、そのままシユウを斬り上げる。

 ブチブチ!と無理矢理引きちぎるような音を立ててシユウの上半身と下半身を切断した。

 ユウキ側の2人は未だにシユウと戦っているにも関わらず、リンドウは文字通りシユウを瞬殺したのだった。

 動けないシユウのコアを回収してリンドウはユウキとアリサの様子を見に行った。

 

リンドウ「お!アリサが合流したのか…神裂のやつ、随分キツいこと言われてんなぁ…」

 

 リンドウが来たのはアリサが合流して、ユウキが『邪魔だから消えろ』と言われた辺りだった。

 ユウキが銃形態に変形して頭を狙うが、アリサとシユウが動き回るため狙いをつけられず、アリサは翼手への攻撃することに躍起になっているのか、ユウキのサポートの事など考えていない。

 

リンドウ(うーん…連携が取れてないなぁ。アリサはスタンドプレイ状態だし、神裂がそれについていけてない…)

 

 リンドウは2人の共闘をスタンドプレイと評価した。ユウキは共闘で銃形態をあまり使わないので、ユウキが銃を使って合わせるよりも、アリサがユウキに合わせて動く、あるいはどちらも剣形態で連携を取る方がいいだろう。

 そんな中、ユウキが剣形態に変形してアリサと共にシユウを圧していく。アリサとユウキがシユウをX字の傷をつけた。

 

リンドウ(…剣形態ならまずまずの連携だな。まだお互いの長所を生かしきれていないが…)

 

 先よりも評価は高いがまだ改善の余地があるとしている。

 

リンドウ(神裂は高い反射神経と身体能力、そしてバースト時の能力上昇率…アリサはアラガミを研究し尽くされた立ち回りと最大効果を発揮できる戦術理論…だが…)

 

 一見うまく役割が別れているようだが、それの担う者が逆なのだ。リンドウの分析した長所を生かすにはユウキが前線で接近戦、アリサが後衛で作戦指揮というのがセオリーなはずである。

 そんな事を考えているとユウキがシユウの攻撃を受け、雰囲気が変わった事に気がついた。

 

リンドウ(!!あの表情は…!)

 

 リンドウはユウキの目付きが鋭くなった表情に見覚えがあった。初めてリンドウとユウキが会った時の表情だ。

 一瞬リンドウも怯んだがすぐに我に還り、戦いの行く末を見守る。そうしているとシユウが2つに別れて倒れた。

 

リンドウ(終わったか。さて、そろそろ行くか。)

 

 そしてリンドウはユウキとアリサに合流した。さっきの戦闘でのユウキの傷が気になるので見せるように言う。その頃にはいつもの雰囲気に戻っていた。

 

リンドウ「出血は止まっているな。これならルミコ先生に観てもらえばすぐによくなるだろう。」

 

 ユウキが傷を観て貰っている中、アリサが先に待機ポイントに向かって歩き出す。

 

リンドウ「アリサ!お前を助けて怪我したんだ。何か言うことがあるだろ?」

 

アリサ「それは神裂さんが勝手にやったことです。それに、私はそんなこと頼んでませんし、私一人でどうにかできました。」

 

リンドウ「そんな言い方は無いんじゃないか?」

 

ユウキ「リンドウさん…もういいですから…」

 

 喧嘩になりそうな雰囲気だったので思わず止めてしまった。しかし、アリサはさらに挑発的な発言をする。

 

アリサ「知りません。元々他人をアテにはしていませんし、一人でも戦えるように戦術を組んであるので問題ありません。」

 

 何やらアリサはムキになって言い返し、再び待機ポイントに向かって歩き出す。リンドウは頭を掻き、ユウキは苦笑いをしながら続いて待機ポイントに歩き出す。

 

To be continued




 今回はアリサとの絡みがメインとなっております。...初期アリサってこんな感じだったかなぁ?何だかただの嫌な奴みたいになった気がします。
 そして、戦闘以外でエリックパパとエリナとも絡ませてみました。エリックが死んでからの2人の関係の変化があまり語られてないので、自分なりの解釈で書いてみました。
 エリックパパは息子の死を受け入れ、エリナは受け入れられないでいるところを表現したつもりです。
 リンドウさんは無双ゲーみたくバッサバッサと斬り倒せますが、今までは演習がてら任務に行くため、手を抜いていただけです。
 あと、主人公は初です。プロローグでの生活を考えると当然と言えば当然ですが。
 指で×印作るジーナさんを想像したらなんか可愛かった。
 文字数は...もういいや


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission13 夢現

 今回はゴッドイーターの世界観の非情さと、主人公の決意の話です。


ルミコ「随分無茶したみたいだね...はい、おしまい!」

 

ユウキ「ありがとうございます。」

 

 帰投後、リンドウの命令で、病室で傷の治療をしてもらった。出血も止まり、傷が塞がり始めていたので、消毒と塗り薬を塗り、ガーゼと包帯で傷口を塞ぐ程度のもので済んだ。

 治療が済んだので病室を出ようとすると不意にルミコに呼び止められた。

 

ルミコ「何度も言うけど、あまりここに来ることがないようにね。」

 

ユウキ「…はい…」

 

 ユウキは目を逸らして返事をした。実際、この1ヵ月で何度かこうして傷の治療をしてもらっていた。これ以上何か言われる前にそそくさと病室を出た。

 

 -1週間後-

 

 ユウキが徹夜明けの任務を終えて帰ってくると、タツミが不機嫌そうにソファで何杯ものコーヒーを飲んでいた。

 

ユウキ「た、ただいま戻りました…何かあったんですか?」

 

タツミ「…あんたか。」

 

 いかにも機嫌がわるいですと言わんばかりの声色で返事をした。

 

タツミ「さっきの防衛任務でちょっとな…まあ、新入りのお嬢さんが優秀なのは分かった…でもよ…防衛任務は市民の安全が最優先なんだぜ?避難民をビビらすなって話だよ、パニクったら収集つかないだろ。掃討戦とは作戦の自由度が違うってことをご理解いただけないかねぇ」

 

ユウキ「まあ、パニックになたら避難させにくいですからね…」

 

タツミ「そうなんだよ!なのにあのお嬢さん避難中の民間人の目の前に発砲したんだぜ!民間人のことなんてお構いなしさ!」

 

 そんなタツミの愚痴を聞いた後、昼食に誘ったがもう済ませたとのことだったので、1人で食堂に向かう。

 食堂でジャイアント焼きトウモロコシ3本、大豆肉の肉丼、そしてプリンを注文する。やはりと言うか案の定と言うか、アリサの周りは人がいない。

 

ユウキ「ここ、いいですか?」

 

アリサ「…お好きにどうぞ。」

 

 前にもこんなやり取りをしたような気がする。アリサの許可を貰い、アリサの向かい側に座る。ユウキはずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

ユウキ「アリサさん…防衛任務で民間人の近くで発砲したって聞いたんですけど、本当ですか?」

 

 アリサはため息をついて話始めた。

 

アリサ「その話ですか…極東支部の防衛班にはウンザリさせられますね。特に防衛班長さん…戦術より人々の気持ち…ですか?そんなことでアラガミを撃退できるとでも?話になりませんよ…」

 

ユウキ「でも、防衛任務の目的は拠点の防衛と市民の安全確保のはずです。避難民がパニックになったらその目的を果たす事も難しくなるはずです。」

 

アリサ「それも結局アラガミを全て倒せば済むことです。脅威を排除すれば安全も確保できます。」

 

ユウキ「パニックになると戦いにくくなりますよ?」

 

アリサ「関係ありません。邪魔なら脅して近づかせないようにするだけです。」

 

ユウキ「そ、そうですか…」

 

 さらっと出てきた恐ろしい発言に、ユウキは顔を引きつらせながら答えた。先に来ていたアリサは食事を済ませて出ていった。この後は講義があるので早めに食べ終え、ペイラーのラボに向かった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ラボに着くと、先に出ていったアリサは勿論、コウタもいた。...机を枕にして完全に寝ていたが...

 ユウキが席に着くと、そんなことお構いなしと言わんばかりにペイラーは講義を始める。

 

ペイラー「アラガミ…オラクル細胞は発見された時、まだアメーバ状のものだった。それからミミズ状のアラガミが発見され、半年後には獣型のアラガミが発見された。」

 

 講義に合わせてスライドが変わっていく。最初は微生物の様な画像が映り、次に細長い微生物にも見える画像、最後に映し出されたスライドはオウガテイルの画像だった。

 

ペイラー「そして1年経つ頃には、1つの大陸がアラガミによって滅ぼされたんだ。彼らが食べたものの形質を取り込み、進化するとしても、異常なスピードだと思わないかね?」

 

 確かにその通りだった。例外はあるが、通常生物の進化には膨大な時間が必要になる。それをたった1年で人類を滅ぼしかねない強大な存在になり、多様な進化を遂げたのだ。普通に考えるとあり得ない事だった。

 ちらりとコウタの方を見てペイラーは講義を続ける。

 

ペイラー「…そう、正確には彼らは進化などしていないんだ。事実、オラクル細胞の遺伝子配列は変化していない…そう、一つとしてね。」

 

ユウキ「え…うん?」

 

アリサ「そんなはずはありませんよ!現にやつらは形態変化してるじゃないですか?」

 

 これだけ多様な進化を遂げているにも関わらず、遺伝子配列は変化していないと言う。どういう事か理解が追い付いていないユウキに対して、アリサは即座に反論した。

 

ペイラー「彼ら…アラガミもね、今の君と同じなんだよ。」

 

 アリサの表情が険しくなる。恐らく『アラガミと同じ』と言われた事が癇に障ったのだろう。しかし、ペイラーはその事に気がつかずに講義を進める。

 

ペイラー「食べたものの形質を取り込む言うのは、知識を得る、ということ。そう、ただ知識を得て賢くなっているだけなんだ。」

 

 コウタの横に移動して空虚を見つめてながらも講義を続ける。

 

ペイラー「どういう骨格をしていれば、早く動くことができるのか?空を飛ぶためにはどうすればいいのか?それこそスポンジが水を吸い込むように情報を取り込んで、わずか20年の間に、彼らは非常に高度な形態を得るまでに至ったんだ。」

 

 研究者の性なのだろうか、アラガミの進化の過程について語るペイラーは生き生きとしていて、珍しく声を大きくして、興奮したかのように語っている。

 

コウタ「うぅ~ん…」

 

 一度講義を止めて、落ち着いたのかコウタの頭をグーで軽く殴り、講義を再開する。

 

ペイラー「アラガミがコウタ君位勉強嫌いだったらよかったんだがね。」

 

 ペイラーはユウキとアリサの方を見て講義を再開する。

 

ペイラー「そう、彼らの勉強熱心さには舌を巻かされるばかりでね。なんと、ミサイルを発射するアラガミが目撃された噂まである。これが確かなら、彼らは人間の作った道具さえも取り込んだという事になる。実に興味深いと思わない?」

 

 そして再び少し上を見上げて、空虚を見つめてある可能性を語り始める。

 

ペイラー「それほどまでに複雑な情報を取り込めるのなら、まるで『人間』というアラガミが現れるのも遠い日じゃないのかもしれないね。」

 

アリサ「…人間という、アラガミ…?」

 

 ペイラーの意味深な発言を最後に講義は終了した。コウタを起こして、ユウキとアリサは任務に向かう準備をする。

 格納庫に行くとリンドウとサクヤが既に準備を終えており、2人は何時でも出撃できる状態だった。 

 車の用意のためサクヤは先に行ったため、残ったリンドウがユウキとアリサに話しかける。

 

リンドウ「ようお二人さん!講義はどうだった?」

 

アリサ「特に変わった事はありませんでした。」

 

 そう言ってアリサはそそくさと任務の準備に向かった。

 

リンドウ「どうにもアリサに嫌われているらしいな。」

 

ユウキ「リンドウさんが触れた時からあんな感じですよね。やっぱりいきなり触ったのがマズかったんじゃないですか?下手すればセクハラですよ?」

 

リンドウ「あぁ…やっぱそうかぁ?」

 

 そんなことを話ながら準備を終えて、バギーに乗り込み作戦地域に向かった。

 

 -贖罪の街-

 

 一度に20体と大量発生した小型種の殲滅のため、リンドウ、サクヤ、アリサ、ユウキは散開して各5体をノルマに戦闘を行っている。その全てがオウガテイルとコクーンメイデンであった。

 ユウキの周囲にはオウガテイル4体、コクーンメイデン1体と、丁度ノルマである5体が集まっていた。乱戦になるのは必至である。

 先ずは固定砲台となるコクーンメイデンを狙う。あまり時間をかけたくないので、一気に近づいて横凪ぎに切り捨てる。上手く真っ二つにして、バックフリップで後ろに下がる。途中でオウガテイルの真上を通り、掬い上げる様に斬り、縦に切り裂いた。

 着地を狙って左のオウガテイルが針を飛ばし、後ろと右のオウガテイルは突っ込んでくる。針を後ろ跳んで回避しながら神機使いを逆手に持ち直す。そして後ろを見ながら、オウガテイルの首元に突き刺し、迫ってくる右のオウガテイルへ投げつける。

 直撃して動けなくなった隙に、左のオウガテイルにステップで近づいて斬りかかるが、特徴的な尻尾を振り回して攻撃してきた。それを一瞬、後ろに下がってやり過ごし、空振りした所で再び近づいて斬る。漸く立ち上がった残り2体のオウガテイルも、一瞬で近づかれて斬り倒された。

 ベテランであるリンドウ、サクヤはどちらも数秒で片付け、アリサも然程時間をかけずに終わらせて、任務を終了した。

 任務終了後、4人はバギーに乗り込み極東支部に帰投する。かつての繁華街として栄えた場所も、ビジネスの中心だったビル街も、今は他の場所と等しく荒野か砂漠と化している。

 そんな場所をサクヤの運転で帰投していると、ユウキはふと周囲が気になった。

 

ユウキ「…?」

 

 ユウキが何かの気配を感じて身を乗り出し、目を細めてバギーの前方を見る。

 

アリサ「何ですか?」

 

 アリサにはまだ何も見えていないのか、ユウキの行動が不可解だった。

 

ユウキ「サクヤさん…あれって…」

 

 ここまで来てようやく前方に何がいるのか確認できた。4人のキャラバンだった。まだ20代前半の青年が手を振っている。その青年よりも10程年上であろう壮年の男、細身の女性、さらには10歳程度の少女までいた。

 

サクヤ「リンドウ…」

 

リンドウ「ここで見捨てるのも寝覚めが悪いしな…まあ、可能性は0じゃない…」

 

 『ダメだったら最悪な結果になるがな…』とリンドウとサクヤは同じことを考えていた。

 そして、そのキャラバンをバギーに乗せて極東支部に向かう。キャラバンの目的地も極東支部のようだ。

 

青年「助かりました。まさか、極東支部の神機使いの方に拾っていただけるなんて。」

 

 青年の話にユウキとサクヤが受け答えする。どうやら、最初はもっとたくさんの仲間がいたようだが、数日で大半をアラガミに殺されたらしい。

 しかし、サクヤは話すときは笑顔を向けたり、表情の変化があったが、ユウキ以外の空気はどこか重いものになっていた。

 

少女「…」

 

 そんな中、少女がユウキの方をじっと見ている。

 

ユウキ「?…なに?」

 

少女「お姉さん達はゴッドイーターなんだよね?」

 

ユウキ「うん。そうだよ。…あと、お兄さんね。」

 

 念のため釘を指しておく。

 

少女「じゃあアラガミをやっつけてきたの?」

 

ユウキ「まあね。」

 

少女「へぇ~すごいね!」

 

 少女の目がキラキラと輝いている。アラガミと言う一般人には傷さえつけることのできない怪物を倒せる存在が目の前いるのだ。妬まれる一方で幼子からはヒーローの様に写ることもよくある。この子の眼差しもその類いのものだろう。

 そんな話をしていると外部居住区の装甲壁に着いた。

 

サクヤ「民間人用のゲートはあちらになります。私たちが案内できるのはここまでです。ここらは自己の判断で動いてください。」

 

青年「ありがとうございます。助かりました。」

 

少女「バイバイ!お兄ちゃん!」

 

 そう言ってキャラバンの人達は大きなゲートを潜った。すぐ横にはフェンリル職員用のやや小さめのゲートがあるので、神機使い組はそこからゲートを潜る。

 バギーから降りて、極東支部に続く地下道に入る手続きをしている途中、少し離れた所で大きな声が聞こえてきた。

 

青年「そんな!命がけでここまで来たのに!そんのあんまりだ!」

 

 先のキャラバンにいた青年だった。何やらフェンリルの職員と揉めているようだ。

 

職員「そう言われましても!」

 

青年「もう一度チェックしてくれ!そうすれば誰か一人くらい…」

 

 青年が食い下がる。しかし、ユウキには何故かそんなことになっているのか分からなかった。先程のチェックし直すと言うのが関係しているのだろうか?

 

職員「申し訳ありませんが規則です。あなた方の移住は認められません。退去しなのいなら…」

 

 言い終わる前に職員が銃を構える。当然、防衛手段を持たないキャラバンの人たちは怯えながら後退りする。

 

ユウキ「やめろ!」

 

サクヤ「ユウキ!」

 

 サクヤが止めようと叫ぶが、そんなことは知らんと有刺鉄線を軽々と飛び越える。サクヤも続こうとしたが、リンドウに止められ、代わりにリンドウが飛び越えた。

 ユウキが銃の砲身を掴み、力ずくで下ろさせる。

 

ユウキ「何でこんなことするんですか!?民間人を撃ち殺す気ですか?」

 

 ずっと疑問に思っていた。この人達を助けるために極東支部に連れてきた筈なのに、何故門前払いされなければいけないのか。しかし、ユウキは外部居住区に入居するための条件を知らなかった。それ故に、現実がいかに非情であるかをこの後に思い知ることになる。

 

職員「彼らは入居条件の簡易適正試験を通らなかったんです。フェンリルの規則により、新たに外部から入居を希望する場合、フェンリル職員、または偏食因子の適正がある者とその親族以外の入居は認められません。」

 

 偏食因子への適正がない。つまりアラガミと戦える可能性さえないと言うこと。フェンリルはそんな人間は支援する必要はないとして切り捨てる規則を作っていたのだ。そうなれば、適正の無い者は外部居住区の外で、アラガミにただ怯え、飢えに苦しみながら外で生きなければならなかった。

 そんな事が許されるはずがない。彼らが諦める前に答えを出せ!ユウキはそう考えて必死に思考する。

 

ユウキ(外部居住区に入居できる条件は何だった?あの職員の言ったことを思い出せ!)

 

 『フェンリル職員、または偏食因子の適正がある者とその親族以外の入居は認められない』

 

 確かこう言っていたはずだ。彼らはフェンリル職員でも適合候補者でもない。残る可能性はそれらの『親族』であること。ならばこの場で書類上俺の親族にすると宣言すればもしかしたら通るかも知れない。いや、最悪個人で面倒を見るとすれば、そこまでフェンリルも介入してこないはず。

 

ユウキ「な、なら俺が面倒を見まs」

 

リンドウ「新入り!」

 

 個人で面倒を見る。そう伝える筈だったのに、リンドウに止められる。怨めしげにリンドウを見る。しかし、リンドウは冷めた目でユウキを見る。

 

リンドウ「借金返して、生きていく金を残すのが精一杯のお前に…何ができる?」

 

 そしてユウキはハッとする。今の自分にはそんな余裕はない事を思い出した。かつて生きるために窃盗を繰り返した分の借金を返済している最中なのだ。資金的にも余裕はなく、自分が食べていく分と装備品に使用する代金がギリギリで残っている程度なのだ。

 リンドウの一言で現実を突き付けられた。

 

リンドウ「このご時世だ…優しさで人は生きていけねぇんだ…」

 

 とどめとなる一言だった。優しさで人は救えないという現実を突き付けられ、ユウキの目から僅かな可能性の光が消えた。

 

青年「…行こう…」

 

壮年「行くってどこへ!?」

 

女性「ここ以外に安全な場所なんて…」

 

青年「探すしか無いだろう…色々…お世話になりました。」

 

 それだけ言うとキャラバンはゲートを潜り、外へ出る。全員目に光がなく、表情には絶望が色濃く表れていた。

 しかし、ゲートが閉まるその間際に見えてしまった。先程まで皆と同じ表情をしていた少女だが、こちらを見て、悲痛な表情で泣き叫んでいた。

 

ユウキ「まtt」

 

 『待って』そう言って手を伸ばした。しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなく、少女の手を掴む筈だった手はゲートによって阻まれた。

 ユウキはその届かなかった手を強く握り、殴った所がひしゃげる程の力でゲートを殴る。表情には絶望、悔しさ、後悔といった様々な感情が混ざりあっていた。

 

ユウキ「何で…こんな…あの人達が何をしたって言うんだよ…」

 

リンドウ「人一人が生きていく食料や物資、さらには土地が無い状態だ。その少ない物資を、戦える人間の為に使うか、戦えない人間の為に使うか…どちらかを選ぶとしたら、お前ならどうする?」

 

 資金も資源も土地もない。そんな状況を作り、今もなお人類を脅かすアラガミに対抗できる人間を生かすために資源を使うのが普通だ。戦えない人間に与える資源がないのだ。

 ユウキもその事は理解している。だが認めることができないうえに、ひとつの疑問が浮かんだ。

 

ユウキ「…なら何で!…リンドウさんはあの時、俺を神機使いにしたんですか…」

 

 リンドウとユウキが初めて会ったときはまだ適正が発覚していなかった。リンドウの言い分であれば、ユウキは間違いなく『戦えない人間』だったのだ。なのにあの時のリンドウはユウキに手を差し伸べたのだ。

 

リンドウ「…直感だな。お前なら最強クラスのゴッドイーターになれる。そう思ったから引き入れた。」

 

 あの運動能力を見て、『最強クラスのゴッドイーターになると思った』と言うことが引き入れた理由のひとつではある。他にも理由はあるがほとんどが私情であった。

 いつの間にかしゃべらなくなり、俯いていたユウキが不意にしゃべった。

 

ユウキ「…リンドウさん。」

 

リンドウ「…何だ?」

 

 ここにきて、ユウキにひとつの可能性が思い付く。

 

ユウキ「あなたの言う通り…最強の神機使いになれば…俺の要求はフェンリルに通りますか…?」

 

 そう、フェンリルにとって必要不可欠な神機使いになり、自分の要望を通すと言うものだった。先のようなキャラバンの人たちを連れてきて、『彼らを保護しなければ二度と神機を握らない。』といった脅しをかける事だった。確実ではなく、現実味もないやり方ではあるが、今思い付く中では一番可能性があるやり方だった。

 幸いにもリンドウはユウキに最強クラスの神機使いになる可能性が大いにあるといっていた。

 

リンドウ「ハッキリ言うと…分からん。俺の要求は稀に通るかどうかって感じだ。」

 

 要求と言っても、ビールを一本多くするとか、品質を上げたものにすると言った小さなものである。そんな大それた要求が通るとはリンドウは思っていない。

 ユウキの言い分からすると、恐らく全ての難民を救おうとするだろう。そうするとフェンリルがどうなるか、フェンリルがユウキに何をするかを理解していた。

 だがリンドウはそれを伝えるか悩んだ。自分の無力さを思い知ったところに追い討ちをかけるように、最後の希望を奪うと立ち直れないかもしれない。そう思うとこの事を伝えることができなかった。

 さらに、エイジス計画の進行状況は完成形の1%にも満たない状況であるため、完成にはまだ何十年とかかるとされていることも伝えられない要因であった。

 

ユウキ「可能性は…あるんですよね…」

 

リンドウ「可能性だがな…」

 

そこまで聞くとユウキは鋭い眼光でリンドウを射貫いた。

 

ユウキ「なら…俺はあなたを…リンドウさんを超える。あなたの言う…最強のゴッドイーターになって…こんな世界…変えてやる!」

 

 しかし、ユウキはその思想がどれだけ我儘で、自身や周りを危険に追い込むか気付いていなかった。

 

To be continued




 今回は夢(理想)と現(現実)についてでした。後先考えずに誰彼助けようとする理想を追う主人公と、助けられる人間に限りがあると現実を突き付けるリンドウの対比が表現できたら幸いです。
 ゴッドイーターの世界観ってゴッドイーター以外には地獄より酷い世界なんじゃないかと書いてて思いました。アニメではそんな現実の非情さを描写していました。この描写はかなり印象に残っていたので、このような場面を書いてみたいと思っていました。
 このような現実を突き付けられ、それを
変える為に強くなる。そんな決意をしましたが、その方向性が間違っている事に主人公はまだ気付いていません。この決意がどの様に変わっていくか、はたまた変わらないのか、どう成長していくのか今から楽しみにしながら考えてます。
 ちなみに、主人公はゴッドイーターになるまで窃盗を続けていましたが、お咎めなしなんてことはなく、借金として返済する事を民間人に約束させて、リンドウはユウキをゴッドイーターに引き込みました。
 今回の話でとある矛盾があります。これに気が付くと主人公の経歴が予想できるかもしれません。難民達を必死に助けようとする所でも予想がつくかも知れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission14 蒼穹の月

今回の話はGEのプレイしたことがある人にはタイトルで予想できるかと思います。


 -リンドウの部屋-

 

 難民達を追い返す所を目撃してから約1週間が経った。リンドウが部屋のソファでたばこを吸っていると、サクヤが入ってきた。

 

リンドウ「神裂…どうだった?」

 

サクヤ「相変わらず…ってところかしら。今日もアナグラに居る間の大半は訓練室に籠っていたわ。ここ1週間ずっとね。」

 

 難民達を助けられなかったあの日から、ユウキは強くなるために任務以外でも訓練室に長時間籠って実戦と模擬戦を繰り返していた。

 しかし、端から見ても確実にオーバーワークであるため、いつか体に不調が出るのではないかと心配していた。

 

リンドウ「やっぱり止めるべきだったかなぁ…」

 

サクヤ「どうかしら…何の目的も無しに、ひたすら命懸けの戦場に居るよりは良いと思うけど…」

 

リンドウ「そう…かもな…」

 

 そう言ってリンドウは空虚を見つめ出した。何か考え事をしているようだった。

 

サクヤ「…リンドウ?」

 

リンドウ「あ、いや…あいつ…何で無茶な事言ってまで、必死に難民を助けようとしたのかと思ってな。」

 

サクヤ「そうね、あの子も自分の事情を忘れる程に必死だったものね。」

 

リンドウ(…いやあいつの過去から察するにそんな風に考えてもおかしくないか…)

 

 ひょんな事から、リンドウはユウキの過去を知る事になったのだが、はっきり言って人の生き方ではなく、知ったときは胸糞悪いとさえ思った。

 再び空虚を見つめ、暫くすると『…あ』何か思い出したような声をあげた。

 

リンドウ「そういやサクヤにはまだ話してなかったな。」

 

 そう語るリンドウの雰囲気はいつものように、飄々とした掴み所のないものではなく、真剣そのものだった。

 

リンドウ「あいつと…神裂と初めて会ったときの事だ。」

 

サクヤ「ええ。あなたが居住区で保護したって事しか知らないわ。」

 

 リンドウはごく一部の人間にしかユウキと会ったときの話をしていない。人らしい生活を送ることができなかった上、精神的な問題で喋る事が出来なかったのだ。過去に何かあったことは容易に想像がつく。恐らく過去を知られるのはユウキにとって良くない事だと考えて、本人が話せるようになるまで待った方が良いと判断したのだ。

 

リンドウ「初めて会ったとき…あいつは人の生活なんて送ってなかった。服かも分からないただの布切れを巻いて、食い物は地面に投げ出して手を使わないで食ってた…まるで獣かアラガミだった。」

 

サクヤ「…そう…」

 

 短く返事をすると、サクヤの表情も暗くなった。何かあったことは想像できたが、そこまで酷い生活だったとは思っていなかった。

 

リンドウ「まぁ、あんな悲惨な生活を送ってたからこそ、ほっとけなかったのかもな…良くも悪くも優しすぎるんだろうな…色々抱え込みそうだし、気にかけてやってくれ。」

 

サクヤ「…了解です。上官殿。」

 

 『よし!』と言ってリンドウは立ち上がり、訓練室に向い歩いていった。

 

 -訓練室-

 

リンドウ「よう!」

 

 リンドウが訓練室に来ると、調度中型種のホログラムを倒した後だった。声をかけてユウキの隣りに来た。

 

ユウキ「リンドウさん…何ですか?」

 

 対して、ユウキは休憩に入った直後だったので、疲れから少し愛想のない返事になっていた。別に機嫌が悪いわけでも、リンドウを嫌っているわけでもない。

 

リンドウ「いや、様子を見に来ただけだ。」

 

 『そうですか』とだけ返して、リンドウから視線を外す。

 

ユウキ「リンドウさん…」

 

リンドウ「ん?」

 

 不意にユウキがリンドウに話しかける。

 

ユウキ「俺は…強くなれてますか?」

 

 リンドウは『やっぱり聞くよな』と思った。予想できた質問だったので、迷うことなく返事をする。

 

リンドウ「ああ…間違いなく強く『は』なってる。」

 

 実際、実物より脆いとは言え、訓練で中型種3体を同時に相手にできる実力、近接武器を冷却ブレードにして神機を強化、さらにプレデタースタイル『シュトルム』の開放。

 1週間でこれだけできれば十分に成長しているので、リンドウは素直に伝えることにしたのだ。

 だが、ユウキはそれでも浮かない顔をしている。難民達を助けられなかった事を未だに引き摺っているのだろう。仕方の無いことだから、ユウキが抱え込む必要はないのだが、割り切る事ができずに抱え込むタイプだとリンドウは感じた。

 

リンドウ「自分にできること、できないことをしっかり考えてみな。その結果、助けられない人達もいるだろうけど、そこまで気にしてたらキリがないし、お前自身が持たない。だからそこまで気に病む事はないんだぞ?」

 

 ユウキからの反応はない。分かっていても納得できていないのだろう。リンドウはガシガシと頭を掻いて話を続ける。

 

リンドウ「シンプルに生きるってのは難しいな。生きていると色んなものをごちゃごちゃと抱えちまう…ま、ここでぼやいても仕方ないけどな…」

 

ユウキ「そう...ですね...」

 

 遠回しに一人で抱え込むなと伝えたのだが、話が遠回りし過ぎていたため、ユウキは分かったような、分かってないような状態になっていた。

 

リンドウ「よし!ここで1つ頼れる上官からのアドバイスだ。」

 

 話題を変える為、リンドウは先の訓練で感じた改善すべき点を伝える。

 

リンドウ「訓練して実力をつけるのは結構だが、無理のない程度にしとけ。疲労ってのはバカにできないぞ?無理な訓練のせいで、現場で体が動かないであの世行き…なんて事もありえる。」

 

ユウキ「…分かりました。でも、少しでも早く強くなりたいので…ちょっと無理する程度にしておきます。」

 

リンドウ「そうか。あぁそれとな…いつ、何が起こってもおかしくない仕事だ。常に準備は万全にしておけよ?」

 

ユウキ「はい。」

 

 そう言ってリンドウは訓練室を出ていった。ユウキは暫くその場で先程言われた事を考えていた。自分に何ができて何ができないのか。今できる事と言えば戦う事をぐらいしかない。それが結果的に先日の様な難民を助ける事にならない。それは過去の自分の体験からも分かってはいる。

 だからと言って見捨てていいわけでもない。リンドウの言い分は助けられなくても気にするなと言っているようにユウキは感じた。それは間違っているような気がするが、その事を全て抱えると自身が持たないと言うのも理解している。

 結局、どうすればいいか考えてが纏まらないままでいた。

 

ヒバリ『第一部隊所属の橘サクヤさん、ソーマ・シックザールさん、神裂ユウキさん、藤木コウタさん。至急、エントランス、ミッションカウンターまでお越しください。繰り返します。…』

 

 突如ヒバリに呼び出された。恐らくミッションの指令だろう。考えるのを中断してエントランスに向かう。

 エントランスに着いたらサクヤとソーマが既に到着しており、コウタも5分と掛からずに到着した。

 

ヒバリ「先程、『ヴァジュラ』の反応を捕捉しました!外部居住区に侵攻するルートを辿っています。その前に目標の排除をお願い致します!」

 

 4人とも即座に任務を了承し、バギーに乗って作戦地域に向かった。

 -贖罪の街-

 

 居住区への侵攻を防ぐため、第一部隊は贖罪の街に来ていた。ヴァジュラを西の広場で発見し、ソーマとユウキは気配を殺しなが背後に回る。暫くするとヴァジュラは教会の裏手に移動し、そこで別のアラガミの死体を見つけて捕食し始めた。

 その間にコウタとサクヤは教会の影から狙いを定める。ソーマ、ユウキは捕食形態を展開する。捕食形態を展開したのを確認すると、サクヤがヴァジュラの尻尾を狙い射つ。コウタはワンテンポ遅らせて発砲する。

 着弾したのを確認すると、ソーマとユウキはヴァジュラを捕食する。その間にコウタは前に出て、ヴァジュラを射ち陽動する。サクヤはさらに下がって安全圏からヴァジュラを射ち抜く。

 ソーマは左後ろ足、ユウキは左前足を狙い神機を振るが、ヴァジュラは右に跳んで回避した。そのままサクヤを一番遠くにいるサクヤを狙い走り出す。

 

コウタ「うえぇ!?」

 

 向かってくるヴァジュラの顔面を射ち続けたが、怯む事なくサクヤがいる方に走る。タックルするような勢いで走るヴァジュラを、コウタは横に転がることで回避する。さらにそれをソーマとユウキが追いかける。2人共バースト状態であるため、いつもより速く追走する。

 

ユウキ「コウタ!早く!」

 

コウタ「ちょ!無茶言うなよ!」

 

 よく忘れてしまうが、コウタは旧型『銃身』神機使いなのだ。自身ではバーストできない。そのため、バーストするには新型の支援が必要なのだ。

 

ユウキ「だったら…渡すよ!」

 

 ユウキはヴァジュラの方へ跳びつつ後ろを向く。その間に銃形態に変形して、コウタをリンクバーストさせる。

 

コウタ「おっしゃあ!」

 

 いつも以上に神機を吹かしながらユウキと一緒にヴァジュラへと走る。コウタの攻撃はヴァジュラの後ろ足に命中している。

 しかし、ヴァジュラは止まる様子はなくサクヤに向かう。

 

サクヤ「貫け!」

 

 サクヤが集中してヴァジュラの右目を射ち抜く。大きなダメージが入ってヴァジュラが仰け反る。その瞬間にソーマが一度踏み込んでヴァジュラに一気に近づく。仰け反った影響で頭が上に向いている隙に、ソーマの黒いノコギリ状バスターブレード『イーブルワン』がヴァジュラの顔面に叩き込まれる。

 

ユウキ「ソーマさん!サクヤさん!」

 

 サクヤとソーマをリンクバーストする。ソーマは先のバーストも加算されてリンクバーストLV2となる。

 

サクヤ「いくわよ!」

 

ソーマ「くたばれ!」

 

 サクヤがアラガミバレットを射ち、マントを破壊する。その直後、ソーマが神機を横に振るう。再び顔面に当たり、ヴァジュラが吹き飛ぶ。

 教会の影からユウキとコウタが飛び出す。ヴァジュラがこちらに飛んできたのでユウキが迎え撃つ。

 

ユウキ「なっ!!」

 

コウタ「うそぉ!」

 

 ヴァジュラが空中で体勢を建て直し、ユウキの攻撃を躱し、教会の壁を後ろ足で蹴り、斜め向かいのビルを蹴って広場に着地した。着地の隙にサクヤがヴァジュラの足を狙い射つが効いた様子はない。

 ヴァジュラは前面に雷球を展開して前方に広範囲に攻撃する。連続で飛んでくる雷球をサクヤとソーマは難なく躱し、ユウキは躱しつつヴァジュラに突っ込む。コウタは避ける事で精一杯なようだ。

 雷球を掻い潜りヴァジュラに迫る。ユウキがヴァジュラの眼前に来ると、ヴァジュラが前足を降り下ろす。それをバック宙で躱して向き合ったときに顔面を斬る。直後、ヴァジュラがタックルしてきたので横に跳んで避ける。

 

ユウキ「逃がすか!」

 

 ユウキがステップで近づき、さらにプレデタースタイル『シュトルム』で一気に近づき尻尾を捕食する。

 仰け反った隙に再びソーマが顔面を叩き斬る。その衝撃でヴァジュラが地面に叩きつけれらる。さらにユウキが下から腹を切り裂く。冷却ブレードでの切り口が凍りつき、振り抜いた勢いでヴァジュラを上に飛ばす。そこにサクヤとコウタがひたすら射ち込み、ソーマが背中を力任せに斬りつけ、地面に叩き落とす。落とした瞬間にユウキが全力で神機を振る。以前は浮かして動かすことしかできなかったヴァジュラを吹き飛ばして2、3回バウンドさせた。

 立ち上がったヴァジュラが雷球を連射してきたので、ソーマとユウキはかそれを掻い潜る。

 

ソーマ「終わりだ…くたばれぇ!」

 

ユウキ「ぜあああぁぁ!」

 

 ユウキが左前足、ソーマが頭と右前足を斬る。

 

  『ガアァァ…』

 

 2人の豪腕がヴァジュラをビルの壁まで吹き飛ばした。そしてヴァジュラは断末魔をあげて倒れていった。

 コアを回収して、他に驚異となるアラガミがいないことを確認するために周囲を索敵を始めた。

 

 -???-

 

 リンドウとアリサは、強力なコア反応を示すアラガミが現れたとの情報が入ったので調査しに来たのだ。珍しく、反応をキャッチしてから然程時間をかけずに来られた。しかし、目標が作戦領域にいる筈なのに発見できずにいた。

 

リンドウ「これは、いよいよキナ臭くなってきたな。」

 

  『ガアァ…』

 

 どこからかアラガミの鳴き声が聞こえる。

 

アリサ「…っ!!」

 

 その鳴き声を聞いた瞬間、黒い顔、誰かの手、狭い空間といった、何かのイメージが一瞬アリサの脳裏を過る。

 

リンドウ「どうした?」

 

 アリサの動きが突然止まったので、不審に思いリンドウが声をかける。気のせいかアリサの神機の銃口がリンドウに向いていた。

 

アリサ「い、いえ…問題ありません。側面、後方共にクリアです。」

 

 なんとか答えるが、リンドウは結局不信感を拭えないまま任務を再開する。

 

リンドウ「そうか…進むぞ。」

 

 そう言って、周囲を警戒しながら周囲を捜索していく。

 

 -数分後-

 

 サクヤ、ソーマ、ユウキ、コウタの4人はヴァジュラ討伐後、安全確保の為、教会付近を捜索していた。

 すると、教会の影からリンドウとアリサが現れた。

 

ソーマ「…なに?!」

 

リンドウ「お前ら?」

 

コウタ「リ、リンドウさん?!アリサ!」

 

ユウキ「な、何で…」

 

アリサ「何故貴方たちがここに…?」

 

サクヤ「どうして同一区画に2つのチームが…どう言うこと?」

 

 特例を除き、本来ならば1つの作戦区画に2つ以上のチームは配備されないのが原則となっている。これは作戦領域の指令や指示、命令の混乱を防ぐためである。

 今回は救助の要請などはしていないため、同一区画に2チームが配備されることは無いはずだった。これだけで事態の異常性が伺える。

 

リンドウ「考えるのは後だ。先に俺達の任務を終わらせてさっさと帰るぞ。俺とアリサで中を確認する。お前たちは外の警戒。いいな。」

 

 しかし、リンドウは今考えるのを一旦中断させる。任務を終わらせてからであればいくらでも考える時間がある。そのため、任務を終わらせる事を優先した。

 リンドウの指示に従い、サクヤのチームは教会の入口を固めて、リンドウのチームは教会内部の捜索を開始した。

 教会の中心に着き、変わった様子が無いことを確認して、引き返そうとしたとき、ステンドグラスがあったと思われる所に開いた穴から、一体のアラガミが現れた。

 恐ろしい女性の様な顔で、背中には青いマントが生えており、ヴァジュラと同じ骨格をしていた。今までに見たことが無い新種のアラガミのようだ。

 

リンドウ「アリサ!!後方支援を頼む!」

 

 新種は口が裂け、顎が外れた様に大きく口を開けてを吠える。その瞬間、アリサの脳裏に、黒い大きな顔が2人の男女を見ており、その男女は逃げ惑うイメージが映し出される。

 

アリサ(パパ…!?ママ…!?やめて…食べないで…)

 

 新種がリンドウを切り裂こうと、前足を降り下ろす。それを後ろに跳んで躱す。直後、リンドウが一歩踏み込んで顔面を斬る。

 しかし、いつまで経ってもアリサからの援護が無いことに気が付く。

 

リンドウ「アリサぁ!どうしたぁ!?」

 

 アリサはリンドウの声にも反応を見せず、後ろに下がり続ける。

 

???『そうだ!戦え!打ち勝て!』

 

 何処かで聞いたような凛々しい声に鼓舞されて、神機使いになった時の事を思い出す。

 

???『こう唱えて引き金を引くんだ…один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…』

 

 アリサにとって知っている筈の声の主が肩に手を置き、諭すようなゆっくりとした口調でアリサに話しているイメージが脳裏に過る。

 

アリサ「один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…」

 

 アリサの目から光が消えた。

 

???『そうだよ…そう唱えるだけで、君は強い子になれるんだ。』

 

 先程のイメージの続きが再生される。声の主も先と変わらない口調でアリサに語りかける。

 

アリサ「один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…」

 

 強くなれる。その言葉を信じて疑わない様にひたすら呟く。その度にアリサの目は虚ろになっていく。

 

???『こいつらが君たちの敵…アラガミだよ…!』

 

 様々なアラガミの画像をモニターで見ている。次の画像が映し出されると、そこにはリンドウの姿が映し出された。

 『こいつが敵』そう思い、リンドウに照準を合わせた瞬間、とあるリンドウとのやり取りを思い出す。

 

リンドウ『混乱しちまった時は、空を見るんだ。』

 

アリサ「いやぁ!やめてぇ!」

 

 ハッとしてリンドウから照準を外す。しかし、その銃口は上を向き、デタラメに撃ちまくり、天井で爆発した。その衝撃で天井が崩れ、教会の唯一の出入口が塞がれてしまった。

 突如鳴り響いた爆発音に気がついて、事態の把握の為にサクヤとユウキが教会の入口に来た。

 

サクヤ「あなた!!…いったい何を!!」

 

 2人が駆けつけた頃には、出入口が塞がれていた。結果、未知の新種と一緒にリンドウを閉じ込めたのだ。サクヤの困惑してアリサを問い詰める様な反応は当然のものだった。

 

アリサ「違う…違うの…パパ…ママ…私、そんなつもりじゃ…」

 

ユウキ「なんだか様子がおかしいですよ。会話になってない。」

 

サクヤ「くっ!」

 

 サクヤは神機を構え、瓦礫に向かって撃ち込むが、貫通力に優れたスナイパーでは、瓦礫の山を破壊する威力はない。これでは瓦礫を取り除いて救助に向かう事もできない。

 

ユウキ「サクヤさん!下がって!」

 

 そう言われてサクヤが下がる。今度はユウキがインパルスエッジを発射して瓦礫を吹き飛ばす。…が

 

ユウキ「うわっ!」

 

サクヤ「くっ!!」

 

 局所的に瓦礫の破壊が起こったので、瓦礫が崩れて危うく3人が巻き込まれるところだった。

 

ユウキ「ダメだ!インパルスエッジじゃ破壊する範囲が狭すぎる!もっと広い範囲を破壊出来る攻撃…そうだ!ソーマさん!!」

 

 局所的な破壊ではなく、広範囲に及ぶ破壊力を持つチャージクラッシュなら或いは…と考えたが、ソーマから更に厳しい状況を告げられる。

 

ソーマ「悪いが無理だ…新種に囲まれてやがる…!」

 

 リンドウが対峙している新種が教会の外にも現れていた。入口を囲む様に4体がこちらを向いている。

 

コウタ「うぁ!」

 

 新種がコウタに体当たりをして、教会に押し込む。侵入してきた新種がサクヤとユウキの方を向いている。

 

ソーマ「早くしろ!完全に包囲されるぞ!」

 

 ソーマが入口を陣取っていた新種を切り裂き、退路を開く準備をする。さらに、侵入してきた新種をサクヤが撃ち抜き、ユウキが首筋を突き刺して投げ飛ばし、教会から排除する。

 

リンドウ「サクヤ!!アリサを連れてアナグラに戻れ!これは命令だ!!」

 

サクヤ「でもっ!」

 

 リンドウから自分を置いて生きて帰れと命令されるが、サクヤは納得できないように食い下がる。

 

リンドウ「聞こえないのか!!!アリサを連れて早くアナグラに戻れ!サクヤ!全員を統率!ソーマ退路を開け!」

 

 リンドウが怒鳴りながら命令を出す。余程余裕が無いのだろう。

 

アリサ「パパ…ママ…そんな…つもりじゃ…」

 

ユウキ「アリサ!しっかり!」

 

サクヤ「リンドウも…早く!!」

 

 ユウキが戻ってきて、アリサを背負ったのを確認す。するとサクヤがリンドウに早く戻るように促す。

 

リンドウ「わりぃな、こいつがなかなか帰してくれなくてな。ちょっと帰るのが遅くなる。配給ビール、とっといてくれよ。」

 

サクヤ「ダメよ!私も残って戦うわ!」

 

リンドウ「サクヤ…これは命令だ!!!全員必ず生きて帰れ!!!」

 

サクヤ「いやあぁぁぁ!!!!」

 

コウタ「行こう!サクヤさん!このままじゃ全員共倒れだよ!!」

 

 コウタがサクヤの腕を掴み、撤退しようとするがサクヤが暴れてその場に残ろうとしている。

 

サクヤ「嫌よ!リンドウゥゥゥ!!」

 

 子供が駄々をこねる様に我が儘を言う。

 

ユウキ「チィッ!」

 

 ユウキがサクヤの首筋に手刀を入れて気絶させた。

 

コウタ「お、おい!ユウキ!」

 

ユウキ「こうするしかねぇだろ!リンドウさんがこんなところでくたばるわけない!そう信じて応援と救助班を呼びに行くぞ!」

 

 実際、暴走状態だったサクヤを止めて、命令通り全員で生きて帰るにはこうするのが手っ取り早かった。

 

コウタ「なら、サクヤさんは俺が…」

 

 『俺が連れていく』と言う筈だったが、ユウキに遮られた。

 

ユウキ「装甲を展開できないお前が真っ先に下がらないでどうする!!さっさとバギーの準備をしろ!!」

 

 言われてコウタは教会から飛び出し、一目散にバギーへ走る。続いてユウキも、二人を抱えて教会から出る。ソーマが退路を開いたお陰で、新種の4体は教会の入口から離れていた。

 

ユウキ「ソーマさん!」

 

 呼ばれてソーマはユウキの方を見る。アリサとサクヤを抱えて待機ポイントに向かって走っていた。

 その様子を見てすぐに察しが付いた。ソーマも待機ポイントに向かって走る。そのままユウキを追い抜いて、前に突き出ていた鉄骨を足場にして待機ポイントまで跳び移る。

 

ソーマ「神裂!!」

 

 ソーマが手を伸ばす。反射的に反応してサクヤを投げた。上手くソーマが受けとめ、バギーに乗り込む。その間にコウタがバギーのエンジンをかけ、後はユウキがアリサを連れて待機ポイントまで駆け上がってくれば逃走できる。…はずだっだ

 ユウキが駆け上がるのとほぼ同時に、新種が教会の壁を蹴り上がって来たのだ。

 

ユウキ「出せ!コウタ!!」

 

 一瞬迷ったが言われた通りバギーを走らせる。そのバギーを追いかけながらユウキと新種が走る。

 

ソーマ「速すぎだ藤木!神裂が追い付けねぇぞ!」

 

コウタ「つってもこれ以上遅くしたら新種にも追い付かれるよ!」

 

ユウキ「チッ!だったら…!」

 

 そう言うと、ユウキは幅跳びの要領で一度踏み込み、前に跳ぶ。一応はバギーとの差は少し縮まった。

 しかし、バギーにはまだ届かない。新種も飛びかかり、ユウキとアリサに迫ろうとしていた。

 

  『ボッ!』

 

 突如ユウキが加速した。プレデタースタイル『シュトルム』を使い、バギーまで加速したのだ。どうにかバギーに乗り込み、新種は飛びかかりが失敗したため、少し遅れて再び追走する。

 

ユウキ「コウタ!グレネードは!?」

 

コウタ「ポーチに入ってる!」

 

 ソーマにアリサを預け、コウタのポーチを漁ってスタングレネードを取り出し、バギー後方に向かう。

 

ユウキ「大人しくしてろ!」

 

 新種にスタングレネードを投げつける。閃光が辺りを包み、新種は目を眩ませ、動きが止まる。その隙にバキーは極東支部に向けて全速力で走っていた。

 

 -撤退直後-

 

リンドウ「行ったか…」

 

 ユウキ達が待機ポイントから撤退した直後、周囲から戦闘音が聞こえなくなったので、リンドウはうまく逃げ延びたと判断した。倒した新種の亡骸の横で座り込み、壁に凭れながらたばこを吹かしている。教会の出入口は塞がれているので、救助が来るまで待っていなければならない。

 しかし、そこに黒い顔のヴァジュラが教会に侵入してきた。

 

リンドウ「はぁ…ちょっとくらい休憩させてくれよ…体が持たないぜ…」

 

 リンドウはたばこを吸い、煙を吐く。吐き終わると残ったたばこを投げ捨てて立ち上がる。神機を担ぎ、黒く邪悪な顔のヴァジュラに向かって歩いていった。

 

To be continued




 リンドウさん( ノД`)…初プレイ時の時は取り乱すのは仕方ないと思ってましたが、全員を統率する立場であることを考えると、この時のサクヤさんの暴走具合ってかなりヤバイですよね。ここから本格的に物語が加速し始めます。第一部隊の面々の変化にも注目です。
 ...共闘ってなんだかすごく書きにくいです...(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission15 霞む希望

リンドウさん捜索回です。これを機に周囲の人間関係も変わり始めます。主に悪い方にですが...そしてフェンリルの本質についても少しだけ触れます。


 第一部隊がリンドウを残し、命からがら帰還すると、即座に救出部隊の編成が始まった。現場状況の把握と伝達のため、第一部隊もこの救助部隊に編成されている。

 そのため、第一部隊のメンバーは神機の簡易整備と補給を受けた後、再度出撃することになっている。その途中でサクヤが目を覚まし、他のメンバーと一緒に再出撃の準備をする。

 しかし、アリサは未だに目を覚まさないため、ユウキが病室に運んだ。その後でサクヤに睨まれながら準備に参加した。

 

 -贖罪の街-

 

 リンドウの救助のため、救助部隊を引き連れて再び贖罪の街に戻ってきた。

 救助部隊が活動できるように、作戦領域内にアラガミがいないことを確認しに行く。先の新種は見当たらないがシユウを一体発見した。

 すると、ソーマがストレス解消と言わんばかりの全力攻撃で、シユウの頭に神機を降り下ろして、一瞬のうちに真っ二つにしてしまった。

 シユウを排除し、教会の瓦礫を撤去する。そこにはリンドウのものと思われる帯状に広がった血の痕があった。他には戦闘の余波で荒れている以外は何もなかった。

 

ソーマ「あのバカ…自分の命令も守れないのか…クソッ…!」

 

コウタ「だ、大丈夫だよ…リンドウさんの事だし、ビールの配給日に帰ってくるって…」

 

サクヤ「リンドウ…」

 

ユウキ「…」

 

 悔しそうに表情を歪める者、生存を微かに信じる者、生死が分からず悲痛な表情をする者、何も言わず暗くなる者と反応は様々だった。

 

サクヤ「何で…何であの時撤退したの!全員であの新種を倒せばリンドウの救出だってできたじゃない!!!」

 

ユウキ「…」

 

 サクヤがユウキに詰め寄るがユウキは黙ったままだ。普段の冷静な彼女であれば、あの状況では撤退するしかないと考えるが、リンドウの生死がかかった状態では冷静な判断ができないでいた。

 

コウタ「サクヤさん落ち着いて!ユウキにそんなこと言ったってどうにもならないよ!」

 

 コウタに諭されてサクヤは一応落ち着いた。

 

サクヤ「っ!…そうね…ごめんなさい…先…戻るわ…」

 

 そう言ってサクヤは待機ポイントに戻って行った。その後、周囲を捜索してもリンドウは見つからなかったため、一緒に来ていた捜索隊に引き継いで第一部隊と救助部隊は引き上げた。

 

 -救助部隊出動直後-

 

 時は救助部隊が出動した直後に遡る。エントランスでは第二部隊とツバキが何やら騒いでいた。

 

ブレンダン「教官!俺たちもリンドウさんの捜索に向かわせて下さい!」

 

 ブレンダンが第二部隊をリンドウの捜索に加えるよう交渉している。

 

ツバキ「何度も言わせるな。正規の捜索隊が動いている。報告を待て。」

 

 この手の話は散々してきたのだろう。ウンザリしたような口調に若干の苛立ちが込められている。

 

タツミ「しかし!人数が増えれば捜索範囲が拡大出来ます!」

 

 しかし、ここで引き下がる訳にはかないと、捜索に加わった際のメリットを提示する。

 

ツバキ「くどい…」

 

 ツバキの声色に込められた苛立ちが強くなる。

 

カノン「リンドウさんには何度も危ない所を助けてもらったんです!だから今度は私たちが…」

 

 何としても捜索に参加したいが為に食い下がる。それだけの大恩があるのだろう。

 

ツバキ「くどいと言っている!!」

 

 だが、その意思を足蹴にするようなツバキの怒鳴り声がエントランスに響く。あまりの迫力に3人は思わず萎縮する。

 

ヒバリ「…ツバキさん、支部長がお呼びです…」

 

 ヒバリも自分が怒鳴られた訳でもないのに、怯えながら要件を伝える。

 

ツバキ「わかった。しばらく頼む。」

 

ヒバリ「…了解しました。」

 

 ツバキはいつもの凛とした口調に戻して、支部長室に向かった。

 

「「「…」」」

 

 第二部隊の3人は完全に意気消沈していた。何故弟が行方不明になったのに冷静でいられるのか?何故真っ先に駆けつけないのか?自分が行けないなら捜索隊の人数を増やすよう直談判しないのか?落ち込みつつもそんな事を考えていた。

 

ゲン「おいテメェら…あいつの目の前で何人死んだか…教えてやろうか?」

 

 不意にゲンが話しかける。

 

カノン「あ…」

 

 カノンは何か気付いた様に小さく声をあげた。ツバキはゴッドイーターの中では珍しい、『退役した』神機使いなのだ。当然、現役時代には多くの仲間の死を見てきた。その中には大切な人も居たかもしれない。

 そう言った状況では、皆に動揺が伝染病の様に伝わり、指令や情報に混乱が起きやすくなる。この時、勝手に出撃して捜索に行ったりすると、どうなるかは簡単に想像できる。最悪な二次被害、三次被害を引き起こす。だからこそ正規の部隊に捜索を任せ、それ以外の者はそれぞれの役目を果たすべきなのだ。

 現役時代にはよく体験していたため、緊急時に勝手な行動を取ることがいかに自分や周りを危険に晒すかを身をもって実感していたのだ。

 

ゲン「ましてや血を分けた弟だ。飛び出したいのはあいつの方だろうに...」

 

 ツバキは役員区画に着いた。が、支部長室には行かずに自室前に向かって歩いていた。実は支部長からの呼び出しは、ツバキを一人にするためにヒバリがついた嘘だったのだ。実際、ヒバリが要件を伝えた時にはコール音が鳴っていない事にはツバキは気付いていたので、その厚意に甘えることにしたのだ。

 ヒバリのフォローのお陰でツバキは一人になり、周囲に人が居ないことを気配で察知する。

 

  『ガン!!!』

 

 弟助けにも行けない自分に苛立ち、情けなくなり思わず壁を殴る。そして力なく項垂れ、現役時代感じた自分の無力さを再び思い知ったのだった。

 統率者としての責任もあり、飛び出したくても飛び出すわけにはいかなかった。

 

 -エントランス-

 

 救助任務を終えてエントランスに着くと、サクヤはフラフラとした足取りで自室に向かい、ソーマはツバキを交えて、状況の報告をしに支部長室に向かった。

 ユウキとコウタだけがエントランスに残っていた。

 

ユウキ「第一部隊…リンドウさんがいないと…機能しないね…」

 

コウタ「うん…ごめん…俺も先に戻るよ…」

 

 そしてコウタも部屋に戻って行った。取り合えずヒバリに報告しようと下階に降りる。そこには、リンドウの帰還を待っていた者達がいた。

 

ゲン「おう…どうだった?」

 

 捜索隊が戻って来ない事から察しはついていたが、もしかしたらと言う淡い希望を持って聞いてみた。

 しかし、ユウキは顔を横に振った。

 

ゲン「そうか…信じられん事だが…」

 

カノン「いつだって…リンドウさんみたいな、優しくて強い人が犠牲になっていくんですね…あの…捜索任務、もし無理じゃなかったら同行させてくれませんか?」

 

 先程ツバキに捜索は正規の部隊に任せろと念を押されたが、それでも諦めきれないでいる。なので、捜索任務に選抜されるであろう人物に声をかけ、連れていって貰う事にしたのだ。

 

カノン「私、こんなですけど…リンドウさんに助けられたままで、何も恩返しできてないんです。まだ、ひとつも…」

 

ユウキ「わかりました。選抜されたら、その時は声をかけます。」

 

 そう言ってヒバリに任務終了の報告をする。カウンターのすぐ横にはリッカもいる。リッカもリンドウが、帰ってくると信じてここに来ていた。

 

リッカ「その様子じゃ…見つからなかったみたいだね…」

 

ユウキ「…うん。」

 

リッカ「こんな時に言うのも何だけど…捜索隊には…あんまり期待しない方がいいよ。あの人達の主な任務は…神機の捜索だから…」

 

ユウキ(人命より神機優先か…らしいと言えばらしいか…)

 

 難民達の件でもそうだったが、フェンリルは人命を軽視する傾向が強いようだ。戦える人間に物資を優先するのは理解できるが、その戦える人間に対しても冷たいと思い、ユウキは半ばフェンリルを見限っている節がある。

 そんなことを考えながらヒバリに報告をした。

 

ユウキ「あ、アリサって…どうなったかわかりますか?」

 

ヒバリ「アリサさんは…まだ面会謝絶らしいです…面会できるようになったら、ご連絡しますね…」

 

ユウキ「お願いします…」

 

 任務中に様子がおかしくなったアリサが気になるので聞いてみたのたが、面会すら出来ないとの事だった。

 

ユウキ「あの…1ついいですか?」

 

ヒバリ「はい。何でしょうか?」

 

ユウキ「アリサと面会出来るようになっても、暫くはサクヤさんには伝えないで下さい。今のあの人は何をするか分かりませんので…」

 

 救助任務で落ち着いたような事を言っていたが、未だ感情的で暴走している状態なのは容易に想像できる。下手をすればアリサに危害を加える可能性があるので、暫くはサクヤとアリサを会わせない方がいいと考えたのだ。

 

 -病室前-

 

 面会謝絶と言われたが、アリサの容態が気にかかるので、どんな様子かだけでも教えてもらおうと、ユウキは病室の前まで来た。

 すると、耳を澄ませるまでもなく話声や叫び声が聞こえる。

 

アリサ「見ないで...もうほっといてよ...!来ないで!!」

 

 やはりアリサの声だった。普段の強気な雰囲気を思わせる声ではなく、ヒステリックに大声をあげ、叫んでいる。

 

アリサ「私なんか…私なんかぁ!!」

 

ツバキ「鎮静剤を!クッションは交換しておけ!」

 

 ツバキも一緒にいるようだ。正直、ユウキはツバキのメンタルの強さには驚いた。自分の弟をほぼ直接的に行方不明にした張本人にも関わらず、こうして面倒を見ているのだ。

 

アリサ「あぁ…ゴメンナサイ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…」

 

 アリサは錯乱し、ひたすら謝り続けている。任務中の時よりも酷くなっているように感じる。

 

アリサ「パパ…ママ…私違う!違うの!!」

 

ツバキ「私だ…ツバキだ...わかるか?アリサ。」

 

 ツバキの口調は子供を諭す様にゆっくりと、刺の無いように気を付けながら語りかけている。

 しかし、任務の時も感じたがどうにも周囲とアリサの間で会話が噛み合っていないように感じる。先の謝罪も、一見リンドウやその関係者に向けられているように思えるが、次にアリサから出てくることは両親の事ばかりだった。

 

アリサ「そんな!そんなつもりじゃなかったの!!!違うの!!私じゃない!!私のせいじゃない!!!」

 

ツバキ「くっ!!」

 

 アリサが暴れているのだろうか、ツバキが小さくうめき声をあげる。

 

アリサ「ほっといてよ!!私のなんか!!ほっといてよくれれば良かったのに!!!!」

 

 『ほっといてくれれば良かったのに』その言葉を聞いた瞬間、無意識に病室の扉を開けようとスイッチに手を伸ばす。

 

???「あぁ、君か。」

 

ユウキ「!?」

 

 突然ユウキに対して声をかける人物が現れた。面会謝絶の張り紙も張られていたこともあり、かなり焦ってスイッチから手を引いてしまった。

 

???「今は会わない方が良いだろうな。薬が切れるとあの調子だ。日を改めた方がいいぞ。」

 

ユウキ(誰だ?…この人)

 

 ユウキに声をかけたのは見覚えのない太った男だった。

 

大車「あぁ、面と向かって話すのは始めてだったな。私は大車ダイゴだ。アリサの主治医をしている。」

 

ユウキ「…始めまして、神裂ユウキです。」

 

 ハッキリ言って、ユウキにはこの男が医者には見えなかった。ユウキが聞いたことのある医者はというのは、職業柄という事もあり清潔感のある白衣やシャツを纏っているものだと思っていた。

 だが、この男はヨレヨレでシワくちゃのシャツを着てボサボサの長髪に黄色いバンダナを巻いている。そして剃る気が無いように無造作に髭を生やしている。さらには喫煙スペースではない廊下で歩きたばこをしている。

 汚いオッサンに白衣を着せただけといった感じだった。医者と言われても説得力が無い。

 

アリサ「イヤアァァァ…」

 

 鎮静剤を打たれたのだろうか。アリサの悲鳴が聞こえてきて、そのあとは静かになった。

 

大車「彼女だって今の様子は見られたくないだろうからな。」

 

ユウキ「そうですね…出直してきます。」

 

 そう言ってユウキは自室に戻って行った。

 

To be continued




 さて、最後に大人気の大車先生が出てきました。大車討伐ミッション、楽しみですね。
 初プレイ時にも思ったのですが、リンドウがいなくなった後の第一部隊ってまとまりの無さが目立つ気がします。下手をすれば全部隊の中で一番酷いかもしれません。暫くはそんな第一部隊となっています。
 下書きの段階ではサクヤが主人公に八つ当たりしたときに
「ヒスってンじャネぇよクソアマ...」
とか言わせて大喧嘩させたり名探偵ソーマにリンドウ生存説を熱く語らせようかとも思ったのですが、どちらもそんなキャラじゃないと思いやめました。
 ツバキさんの探しに行きたくても行けない葛藤やリンドウさんが行方不明となる原因を作ったアリサの面倒を見る(仕事だからかもしれないですが...)辺りから滲み出るツバキさんの優しさを表現できていたら良いのですが...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission16 感応現象

最初にグロ描写があります。苦手な方は飛ばして読んで下さい。


 第一部隊の目の前には先日発見された新種がいた。そしてその足元には右腕と頭を喰い千切られたリンドウが横たわっている。

 

サクヤ「リン…ドウ…?」

 

コウタ「そんな…」

 

 2人ともリンドウの生存を強く願っていたこともあり、絶望に叩き落とされた様な表情になっている。

 

ソーマ「クソが!」

 

 ソーマが新種に突っ込んでいくが、新種はそれを躱し、コウタに向かって走る。

 

コウタ「…え?」

 

  『ブシャア!!』

 

 一瞬のうちに距離を詰め、ユウキの隣にいるコウタの頭を喰い千切った。体から頭が離れたことで、血が噴水の様に噴き出して、ユウキの上から降りかかってきた。

 

ユウキ「…あ…?」

 

 ユウキの頭が真っ白になる。コウタが死んだことを理解できずに固まっている。

 

サクヤ「くっ!!」

 

 サクヤが銃を射ち、応戦するも新種はダメージを受けることなくサクヤにタックルする。勢いで仰向けに倒れたところを、動かないように前足でサクヤを押さえつける。

 

サクヤ「い…いや!やめt」

 

  『グチャ!!』

 

 動けないサクヤの腹を喰い千切り、臓物をぶちまけながら上半身と下半身が分かれた。

 

ユウキ「う…ぁ…?」

 

 新種は最後にソーマを狙う。向かってくる新種をイーブルワンで切り裂く。しかし、新種の前足での切り裂きに押し負けてしまう。

 

  『ゴリ!ズシャ!!』

 

 骨さえも切り裂きながら、ソーマに3本の傷を作りながら引き裂き、血が飛び散る。

 

ユウキ(次は…俺だ…)

 

 しかし、足が縫い付けられたように動けなくなっている。『殺される』そう思ったがどこからか声が聞こえてくる。

 

アリサ「いやぁ…来ないでぇ…」

 

 アリサが座り込んでいる。今度は足が動く。神機を握り直し、アリサの元に行く。はずだったが、何時の間にか新種がアリサのすぐ後ろに新種がいる。

 

  『ブチ!!』

 

 助ける間もなく、アリサがの上半身が喰い千切られる。ユウキが呆然としていると、何時の間にか眼前に新種がいた。

 

ユウキ「あ…」

 

 『ブチ!』『グチャ!』『ゴリ!』と、嫌な音をたてながら、新種がユウキの右腕を喰い千切る。勢いよく喰い千切ったため、ユウキが仰向けに倒れる。

 

ユウキ「があああアあアアアアあああアあアアアアあアアあ!!!」

 

 痛みから叫び声をあげ、のたうち回っていると下半身を喰われた。

 

ユウキ「ぎゃああああああああアアアあああアあアアアアあアアあアあアアアアあアアあ!!!!!」

 

 下半身を食われ、ズル!という音と共に胃や腸が飛び出る。

 

ユウキ(いっそ…殺してくれ…)

 

 痛みから開放されたくて殺してくれと懇願する。新種の恐ろしい顔が眼前に来る。痛みに耐えながらもどこか冷静に『頭を喰われて終わりか』と考えていた。

 

ユウキ「びゃああああああああアアアあアアアあああアあアアアアあアアあ!!!!!」

 

 しかし、頭を喰うのかと思いきや左の耳と肩を喰われ、早く殺せと願う。そうしていると新種がユウキの頭を喰う体制になる。

 その瞬間、確かに死を望んだ筈なのに、喰われる直前に『死ぬのが怖い』と思った。

 だが、そんなことを思っていても逃げる事すら叶わず、ユウキも喰われて死んでしまった。

 

ユウキ「ぅ…ぁ…」

 

 そんな悪夢を見たせいで、ユウキは深夜に目が覚めた。

 

 -自室-

 

 悪夢を見てからというもの、眠る事ができずにいた。その間にあることを考えていた。

 

ユウキ(…俺は…このままで良いのか…?)

 

 ユウキは自分の現在の実力と今後について悩んでいた。仮にリンドウが生きているなら、現場の状況からも手負いであると考えられる。さらに、救助が必要なリンドウが自分で現場から居なくなるとは考えにくい。ならば、手負いのまま新種に追い回されている可能性が高いと考えた。

 そんな状況で捜索隊がリンドウを発見し、自分が救助に選抜されたとしたら、その時に新種を倒してリンドウを助けられるか?

 答えはNoだ。リンドウを手負いにするような敵に今のユウキが勝てるとは思えない。その時にソーマが出るのなら倒せるかも知れないが、その他の神機使いでは恐らく死ぬだろう。逆にリンドウの邪魔になる可能性の方が高い。

 ならただ落ち込んで捜索隊の報告を待つよりは、救助の時にリンドウを助けられるように強くなる方がいいのではないか?時間が無いため確実ではない。だがただ待っているよりは、リンドウを助ける事に繋がるのでないか?ユウキはそう考えた。

 どちらにしてもこのまま神機使いをやっていくとこのような事が何度も起こるだろう。その度に仲間を失うなんて嫌だ。何よりも自分の死が怖い。弱いままでは奪われ続けるだけだ。

 そこまで考えると、もう体は動き出していた。いつも着ているコバルトのフェンリルの制服に着替えて訓練室に行く。深夜帯なのでエントランスにも人は居ない。そのまま神機を持って訓練室に向かった。

 

 -翌日-

 

 朝になり、深夜に使用許可を得ずに訓練室を使用したことで、ツバキからこっぴどく怒られた。

 

ツバキ「全く…訓練中に何かあったらどうする気だ。今後はこのようなことのないように!」

 

ユウキ「はい…すいません…」

 

 ツバキからの叱責が終わると、ユウキが本来ツバキとしたかった話をする。

 

ユウキ「ツバキさん、お願いがあります。」

 

ツバキ「…なんだ?」

 

ユウキ「時間がある時でいいので...俺を強くしてください。」

 

ツバキ「…」

 

 ツバキは一瞬黙った。何故このタイミングでそんなことを頼むのか?気になって聞いたところ、ただ捜索隊の報告を待つよりは強くなって救助で足を引っ張らないようにする方がリンドウ救助に繋がるとの事だった。

 

ユウキ「お願いします!!」

 

 そう言ってユウキは頭を下げて頼み込む。

 

ツバキ「あまり時間はとれないぞ?それでもいいのなら観てやろう。」

 

ユウキ「ありがとうございます!!」

 

 ユウキは礼を言いながら、もう一度頭を下げる。ツバキはどうするか迷ったが了承することにした。

 そのまま訓練の申請のため、ヒバリのもとに向かう。

 

ユウキ「ヒバリさん、お願いがあります。」

 

ヒバリ「はい?なんでしょう?」

 

ユウキ「俺がアナグラにいる間、訓練室を使いたいのですが…」

 

ヒバリ「はい。時間帯はどうしましょう?」

 

 訓練の時間は普通は長くて3時間程度なので、いつ頃、どのくらいの時間使用するのか聞いてきた。しかし、ユウキが伝えた時間帯は普通ではなかった。

 

ユウキ「アナグラにいる間ずっとです。」

 

ヒバリ「え?!ほ、本気ですか?」

 

 ヒバリもこの答えには驚いた。極東支部にいる間はずっと訓練すると言っているのだ。

 訓練室はいくつかあるため、どこか1つは空いているので、丸一日訓練することが出来ない訳ではない。だがどう考えても無茶苦茶だった。

 

ユウキ「本気ですよ…少しでも早く強くならないと行けないので…」

 

 ヒバリもしぶしぶ納得してくれた。ただし、1人の都合で何時までも訓練室を占拠するわけにもいかないので、他に利用者がいる場合はその人を優先すること、使用時間の限界は深夜に0時までとすること、この2つが許可を出すことの条件だった。

 

ユウキ「ありがとうございます。あ、アリサに面会ってできますか?」

 

ヒバリ「えっと…先生がいる時なら面会可能になったみたいですね…まだ回復の兆しが見えないらしいですが…」

 

ユウキ「わかりました。ヒバリさんが心配していたことも伝えておきますね。」

 

 そう言ってユウキは病室に向かった。

 

 -病室-

 

 アリサが病衣に身を包み、ベッドで眠っていた。

 

アリサ「すぅ…すぅ…」

 

ユウキ「アリサ…大丈夫…?」

 

大車「話しても無駄だよ。効果の高い鎮静薬が届いたのでね、当分意識は戻らないはずだ。」

 

ユウキ「…アリサ…」

 

 ユウキは心配して思わずアリサの手を握る。

 

ユウキ「!!?!」

 

 一瞬だったがユウキの知らない景色が脳内で再生される。逃げ惑う男女、こちらを見る黒い顔、画面に映るリンドウの姿、それらの再生が終わるとアリサの瞼がピクリと動いた。

 

アリサ「あれ…ここは…私…どうして…」

 

 アリサがボンヤリしながらも目を覚ましてユウキを見る。

 

大車「い、意識が回復しただと?!…まさか…し、失礼する!」

 

ユウキ「え?」

 

 あからさまに動揺して病室を出ていく。こういう場合、突然目覚めた患者に異常が無いか調べるのではないだろうか?

 そんなことを考えているとボンヤリとした口調でアリサが話しかけてきた。

 

アリサ「今…あな…た…の…」

 

 そこまで言うとアリサは再び眠ってしまった。

 

ユウキ(…何だっなんだ…?今のは…)

 

 知らないイメージを脳内に直接刷り込まれた様な感覚になり、まるで実際に体験したようだった。

 ユウキは先の感覚に疑問を持ちながら無意識にアリサに触れた自分の手を見つめていた。

 -病室前の廊下-

 

大車「はい。ええまさか意識を取り戻すとは…」

 

 大車は廊下に出て、誰かに電話を入れる。余程予想外だったのだろう。動揺して早口になる。

 

大車「詳しくは分かりませんが…ええ例の…」

 

 ハッキリとした理由は分かってないようだが、アリサが目覚めた原因について、ある程度の目星はついているようだ。

 

大車「はい、新型の小僧と『感応現象』が起きたのではないかと…はい、どうしましょう…隔離しますか?」

 

 この会話からも、アリサが意識を取り戻したというのは大車と連絡先の相手には余程都合が悪いらしい。

 

大車「そうですか…では暫くはこのまま…はい、では私はこれで。」

 

 その言葉を最後に大車は通話を切った。

 

To be continued




今回は短めで少し読みやすくなったのではないかと思います。その代わり物語は進んでいませんが...
 今回初めて本格的なグロ描写を書いてみたのですがなかなか難しいですね。できるだけ生々しく書きたかったのですが...文書で書くとなるとさらに難しく感じます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission17 強化

 物語を進めたいのに横道にそれてしまう...ただでさえ遅いのに( ;´・ω・`)
 そんなこんなで今回は本格的な訓練回です。


 -エントランス-

 

 アリサの見舞いの後、エントランスに戻り、特訓のためにツバキを探す。が、今は忙しく、ユウキの面倒を観る余裕はないようだ。

 ならば実践経験が豊富そうな人物に声をかける。

 

ユウキ「ゲンさん。少し時間ありますか?」

 

ゲン「なんだ?坊主?」

 

 普段ユウキからゲンに話しかける事が少ないので少し驚いたが、いつも通りの雰囲気で受け答えする。

 

ユウキ「俺を…鍛えてください。」

 

 ゲンは驚いた様な表情をしていたが、この要望には本来適切な人物がいるので、一応その事を話しておく。

 

ゲン「それなら旧型神機よりも古い神機を使っていた俺よりも、ツバキの方が適任だろう?」

 

ユウキ「ツバキさんは忙しいみたいで…それに立ち回りや戦術についてはゲンさんの方が詳しいと思ったので。」

 

 ユウキは『お願いします』と言い、頭を下げて頼む。

 

ゲン「まあ、わかった…俺でいいなら付き合おう。」

 

ユウキ「ありがとうございます!えっと…早速なんですが…今からでもいいですか?」

 

 『今から』と言うことだが、ゲンにも少し準備があるので、ユウキを先に訓練室に行かせる事にした。

 

ゲン「先に行って準備しておけ。俺もすぐに向かう。」

 

ユウキ「はい!」

 

 こうしてユウキの特訓が始まった。

 

 -訓練室-

 

 訓練室にて、フィールドマップを再現したホログラムマップが投影され、より実戦的な訓練を行っている。

 ちなみにユウキは神機の扱い方と、何もない場所での戦闘訓練のために訓練室を利用していたので、今までにフィールド再現機能を使った事がなかった。コウタは訓練期間が長かったため、この機能を使った訓練もした事がある。

 現在、贖罪の街のホログラムマップにて、ヴァジュラ2体を相手にしている。ヴァジュラの素早い動きに翻弄され、何度も攻撃を受けながらも何とか戦っている。

 今は大穴の空いたビル内で戦闘している。このビルは西の広場と、そこから迂回して裏手にある小道と繋がっている。現在この2方向から挟まれている。西の広場側のヴァジュラが電撃を撃つために構えるが、血を吹き出して倒れ込む。どうやら瀕死のようだ。先にこのヴァジュラを倒すため、シュトルムで一気に近づいて捕食、バーストする。

 このとき、ヴァジュラが立ち上がろうとしたので、神機を上段に構えて一気に降り下ろし、顔面を2つに別けて倒した。

 直ぐに次のヴァジュラに標的を移す。…が、

 

ゲン「バカ野郎!!自分で退路を絶つ奴があるか!!どんな状況下でも常に退路を意識して戦え!!」

 

ユウキ「!!はい!!」

 

 倒したヴァジュラが、広場に続く大穴を塞ぐ様に倒れている。これでは折角動きやすく、退路も多い広場に出て戦う事ができない。敵を倒すことしか考えず、先の展開を読めていない証拠だ。特に乱戦では動きやすい場所と退路の確保が重要になるため、尚更先の展開を読むということが必要になる。

 そんな調子で1日目の深夜0時まで特訓が続いた。

 

 -翌日、午前-

 

 午前中はツバキの予定が空いているので、訓練を見てもらう。現在グボロ・グボロ2体とヴァジュラ1体と戦闘している。ヴァジュラがユウキに飛び掛かり、グボロ・グボロが水球を射ってきた。

 3方向からの同時に攻撃を、跳んでいるヴァジュラの下をステップで潜り抜け、シュトルムで真後ろに加速する。進行方向とは真逆に急反転したため、体に若干の痛みがあったが、それでもヴァジュラの捕食し、バーストする。

 そこから体を回転させてヴァジュラを斬る。しかし、ヴァジュラもその事を察知したのか、ユウキから距離を取る方向に走る。だが、走り出しが僅かに遅く、後ろの左足を切り落とされた。

 

ユウキ(一本か…だがこれで足を封じた!)

 

 すると1体のグボロ・グボロが突撃してくる。それを右に跳んで躱すが、残ったグボロ・グボロが先読みしたように移動先の上空から酸の雨を降らせる。ユウキは再び真後ろに跳んで回避する。

 回避後、突撃してきたグボロ・グボロに一瞬で近づき顔面を斬る。しかし、切れ目は入ったが、あまり効いている様子はない。

 

ユウキ(チッ…ならさっきのアラガミバレットで!)

 

 下から上に切り上げながら銃形態に変形してグボロ・グボロの上に跳ぶ。対して2体のグボロ・グボロは、上を見上げながら水球を発射する体勢に入る。

 水球を発射される前に、顔面を斬ったグボロ・グボロに雷球を発射する。雷球はグボロ・グボロを貫通して風穴を開けた。

 もう一方のグボロ・グボロはその隙に水球を発射する。しかし、雷球を射った時の反動でユウキは後ろに飛んでいたので、当たることはなかった。

 着地して、剣形態に変形しようとするが、足元が光る。いつかのコンゴウの時のように地面からの攻撃と判断し、後ろに跳んで回避する。すると、さっきまでユウキがいた場所には電撃が発生した。どうやら、ろくに動けないヴァジュラのせめてもの抵抗と言ったところか。

 しかし、回避直後の隙を狙い、グボロ・グボロが突っ込んできた。それを右に躱し、先程阻止された剣形態への変形を試みるが、グボロ・グボロが左右に大きく体を振って暴れだした。

 

ユウキ「グッ!!」

 

 辛うじて避けるが、意識をグボロ・グボロに持っていかれたため、ユウキの足元が光っていることに気がつかなかった。

 バリバリ!と雷音を響かせてユウキに電撃が直撃した。

 

ツバキ「変形までが遅い!本来スナイパーは遠距離武器だ。さらに銃形態では装甲の展開もできん!近距離でのスナイパーの運用は迅速に行え!!」

 

ユウキ「ぐ…はい!」

 

 電撃を食らいながらも即座に体勢を建て直して、ようやく剣形態に変形する。動けないからといって残しておくと、乱戦になり厄介だと言うことがわかったので、先にヴァジュラを仕留める。

 シュトルムで一気に近づき、力任せに神機を振ってヴァジュラを倒す。そして、走ってくるグボロ・グボロに雷球を発射し、全てのアラガミを仕留めた。

 

ツバキ「始めて神機を使ったときにも言ったが、神機はお前の手足も同然だ。変形を含めた各種動作はお前次第でいくらでも短縮できる。今後の課題は動作時間のさらなる短縮と回避等の動きながら操作することだ。いいな。」

 

ユウキ「はい。」

 

ツバキ「よし。続けるぞ!」

 

 こうしてツバキが居る午前中の特訓が進んでいった。

 

 -午後-

 

 昼食を済ませて、特訓の前にアリサの様子を見に行く。しかし、面会謝絶な上、少し前に眠ってしまったらしく、話すことはできなかった。ちなみにルミコ曰く、薬物による睡眠ではなく自然な睡眠だったとの事だ。午前中は錯乱もなく、眠そうだったが意識はしっかりしていたらしい。

 取り合えず錯乱や暴走から暴れたという話は無いようだ。アリサの現状に安心して午後の特訓に向かう。

 訓練室に着くと既にゲンが来ていた。神機の準備を済ませて訓練室に入る。

 

ゲン「今回坊主にやってもらうのは環境の利用だ。」

 

ユウキ「環境の利用…ですか?」

 

 『環境の利用』と言う聞きなれない言葉に疑問を持つ。直ぐにゲンが説明に入る。

 

ゲン「環境の利用ってのは、例えば地形、天候、明暗…さらには自分の癖や敵の特性...こう言ったものを利用して自分が有利な状況を作り出すことだ。」

 

ユウキ「その場にあるものを利用して、敵を追い詰めるって事ですか?」

 

ゲン「そうだ。まさに利用できるものは全て利用しろってことだ。」

 

 『利用できるものは全て利用する』戦場で生き残るには当たり前の事ではあるが、実際の戦場でそこまで考える余裕は、今までのユウキにはなかった。今ならそれができるだろうか?

 そんなことを考えていると、いつの間にか鉄塔の森のホログラムマップが展開されていた。

 ゲンがここでの立ち回りについてアドバイスをする。

 

ゲン「このマップでは高低差とそれによる遮蔽物が多くなっている。こんな場所ではスナイパー特にが有利だ。」

 

  『ガアァァァ…』

 

 アラガミの鳴き声が聞こえる。このフィールドのどこかに出現したようだ。

 

ゲン「スナイパーは敵に見つからない位置から奇襲できるメリットがある!射ったら即座に移動して別の狙撃ポイントに向かえ!決してアラガミに見つかるな!」

 

ユウキ「はい!」

 

ユウキ(と言うことは作戦地域のマップと狙撃ポイントを覚えておかないといけないな…)

 

 フィールドの中心にある塔に向かい移動する。フィールドの奥にはヴァジュラが捕食していた。

 ステルスフィールドを展開して奥に通じる小道に出る。小道の終わりにある柱の影に隠れて尻尾を狙い射つ。直撃して尻尾が砕け、ヴァジュラが仰け反る。その間に後退し、中心の塔から離れる。

 塔から出た所で再びステルスフィールドを展開する。そこからフィールドの東側に移動し、広い高台に登る。途中ヴァジュラが横切ったが、ステルスフィールドのお陰で見つかることは無かった。高台の上から通りすぎたヴァジュラを狙う。今度は爆破レーザーをセットして胴体を射つ。その直後、スタングレネードをヴァジュラに向かって投げつけながら後ろに下がる。すると着弾してヴァジュラの注意がこちらに向く。しかし、その頃には念のため後ろに下がったことで、ヴァジュラからは見えない位置に居る。そのため、発見はされることはない。さらに、振り向くと本命のスタングレネードがヴァジュラの顔面に迫っている。

 バン!という炸裂音と共に、閃光が辺りを包み、ヴァジュラの鳴き声が響く。この閃光は下がった位置からでも見えるので、光が収まった瞬間にヴァジュラが見える位置に移動し、爆破レーザーを射ち込む。

 ヴァジュラの視力が回復したと思われる頃合いに後ろに下がり、高台から中央の塔の横にある柱に飛び移る。ここは普段、アラガミが移動する獣道となっているので、ここを通らないことを祈る。

 ヴァジュラがそのま獣道の下を走り抜ける。その直後、ユウキは獣道から飛び降りて尻尾を切り落とす。大きなダメージが入り、ヴァジュラが仰け反る。その隙にコンボ捕食『弐式』で即座に捕食、バーストする。最後にヴァジュラがユウキの方に振り向くが、バーストした全力の一撃でヴァジュラの顔面を2つに割った。その余波でコアも破壊して、第1戦は終了した。

 ステルスフィールドと高低差、物影さらには獣道も利用してどうにか見つかることなく訓練を終えて、続けて第2戦を開始する。

 

 -2日後-

 

 ゲンとの特訓が終わり、翌日には捜索任務に出る。

 ちなみにいつかの約束の事もあり、カノンを始め、第二部隊を捜索隊に加えて任務に行った。

 その後はツバキもゲンもユウキの面倒が観れないため、自分で乱戦を想定した訓練をした。今回はうまい立ち回りができずにボコボコにされた。

 さらにその翌日、短いが午前も午後も時間があるので、ツバキに前日に行った乱戦を想定した訓練を観てもらう。

 訓練の内容はヴァジュラ3体の同時討伐となっている。マップは贖罪の街、待機ポイントからのスタートになる。

 しばらくして、西の広場にてヴァジュラ2体との乱戦になる。ゲンとの訓練で、動きやすい場所で戦闘している。

 だが、戦闘中に前後をヴァジュラに挟まれた。眼前のヴァジュラが前足を降り下ろす。ユウキは即座に反応し、降り下ろしてきた方向に逆らうように神機を振り抜きながら後ろに跳ぶ。

 すると後方のヴァジュラが噛みついてきたので、バック宙で真上に跳ぶ。体の正面が下になったところで、ヴァジュラの頭上からインパルスエッジを叩き込む。爆発のダメージでヴァジュラの頭が砕け、さらにその衝撃でユウキはヴァジュラの後ろまで移動した。

 一度距離を取るために、ステップで後退する。それと同時にスタングレネードを準備する。あとはヴァジュラ2体がこちらを向けば、グレネードを叩きつけて捕食し、総攻撃をかける予定だった。

 後退した先にビル内部に通じる大穴があり、そこから3体目のヴァジュラが飛び出してきた。

 

ユウキ「ガァッ!」

 

 まともにタックルを受けて大きく吹き飛ばされて3回バウンドして転がっていった。

 

ツバキ「何をしている!視覚だけに頼るな!聴覚、嗅覚、触覚…動きながらもあらゆる感覚を研ぎ澄ませて敵の位置や行動を察知しろ!」

 

 ツバキから叱責が飛んでくる。感覚を研ぎ澄ませて周囲を探る。動く必要がなく、集中できる状況であれば不可能ではないが、戦闘中、さらには乱戦の最中となると、他に意識を割いてしまうため中々難しい。

 

ユウキ(くそ…壁の向こうにいたのか…!)

 

 内心悪態をつきながら、転がりつつも体勢を建て直し、なんとかスムーズに立ち上がる。倒れる事がなかったので即座にグレネードを叩きつけて破裂させる。3体のヴァジュラがユウキに向かっていたので3体とも目を眩ませる。

 動きが止まりその隙にチャージ捕食でバーストする。捕食したヴァジュラに全力で神機を振るい、足と胴体を切り離す。動けなくなったヴァジュラをすれ違い様にコアごと切り裂き、次のヴァジュラまで一瞬で近づく。砕けた頭を狙い、神機を水平に振り、今度は胴体を真っ二つにする。最後のヴァジュラにも一瞬で近づき、上から下へと神機を振り下ろし、一撃で倒した。

 訓練が終了し、次の訓練に入る前にツバキの言っていたことで気になっていることを聞いてみる。

 

ユウキ「ツバキさん。あらゆる感覚を使って敵の動きや居場所を察知するって…実際にできるんですか?」

 

ツバキ「信じられないか?いいだろう、見せてやる。そこで待っていろ。」

 

 そう言うとツバキは管制室から出て行き、数分後に、ホログラムマップ内にやって来た。手にはハンドガンが握られている。

 ユウキの横を通りすぎ、少し前に出た所で手頃な石ころを拾い、ユウキに投げ渡す。

 

ツバキ「そいつ好きな所に落とせ。落ちた瞬間に射ち抜いてやる。射たれたくなければ自分の近くには落とさないことだな。」

 

 そう言ってツバキはユウキに背を向けて離れて行った。ある程度離れると目隠しをして、右手に銃を握る。

 半信半疑だったが、取り合えず投げる場所を考える。特に理由は無いがツバキの右後ろに5m程離れた場所に投げた。

 石ころは放物線を描き、地面に向かって落ちていく。

 

  『カツン!』

 

 石ころが地面に当たった瞬間、ツバキが動く。

 

  『バン!!』

 

 短い発砲音がなる。石ころが地面に当たったのと同時だった。しかもツバキは振り返る事もなく、右手を後ろに伸ばして正確に石ころを射ち抜いた。

 まるで後ろにも目があるのではないかと思わせる動きだった。

 

ツバキ「感覚を研ぎ澄ませばこのような事もできる。これを実戦の動きの中でやるんだ。」

 

ユウキ(…俺にできるのか…?)

 

 先の人間離れした技を見て呆然としていた。そろそろツバキが人間を辞めているのではないかと思い始めていた。

 

ツバキ「とは言え、私も1年以上のブランクがあるからな…もう実戦の動きをしながらは無理だろうな…」

 

ユウキ(現役時代はもっとすごかったのか…?)

 

 『やっぱり人間離れしてる…』と考えているとツバキの表情が険しくなる。

 

ツバキ「なにか失礼な事を考えていないか?」

 

ユウキ「い、いえ!そんなことはありません!」

 

 両手と首をブンブンと振って否定する。...その行動が答えを言っているようなものだが。

 

ツバキ「ふぅ…まあいい。私が上に戻ったら再開するぞ。今のように視覚以外の感覚を使って見えない角度の敵を倒してみろ。」

 

 そう言ってツバキは上に戻り、ユウキの特訓が再開された。

 

 -翌日-

 

 贖罪の街のホログラムマップにて、ヴァジュラ2体の討伐訓練を行っている。現在、西の広場で1体に見つかり戦闘中である。

 ちなみに他のヴァジュラにはまだ見つかっていない。

 

ユウキ(そう言えばここって高低差や遮蔽物が少ないな…地形の利用は難しいか…?)

 

 以前であればそんなことを考える余裕さえ無かったが、何度も乱戦の特訓をし、戦闘中も先の展開を読むように努めたため、今では何か利用できるものはないか考える程度ならできるようになった。

 そうして試行錯誤していくうちに、利用できそうなものを思い付く。

 

ユウキ(いや、狭い空間ならヴァジュラの機動力を殺せるはず。なら…)

 

 思い立ったら即行動。戦場では迷っている時間はない。その一瞬の判断が生死を別けることさえあるのだから尚更だ。

 

ユウキ(っと!その前に…)

 

 西の広場から大穴を通り、ビルの内部に入るつもりだったが、入った先に別のヴァジュラが居ると乱戦になる。まだ他のヴァジュラに見つかっていないので、各個撃破を狙いたい。

 そこで、ビルの方面から足音等の物音がしないことを確認する。今回はそこような音を聞き取れなかったので、ビルの内部に走る。人間にとってはそれなりに広い空間でも、大型アラガミにとってはかなり動きを制限される空間となっている。

 ヴァジュラがタックルしてきたので、それを横に跳んで回避する。狭い空間で勢いよくタックルしたため、止まりきれずに壁に激突した。その隙に捕食しようと、一気に近づく。しかし、ヴァジュラが帯電したことに気がついて即後ろに跳ぶ。

 動きにくくても行動の切り替えは早いままのようだ。次の行動で隙ができるか瞬時に判断して動く必要がある。

 帰り際に、ビルの奥の壊れた壁のさらに奥にある小道がふと目に入る。

 

ユウキ(あ、そうだ!)

 

 何か思い付いたらしく、最後のヴァジュラを探しに教会の中に行くが、その間にバースト状態が解除された。

 運良く教会内でヴァジュラを発見した。ヴァジュラはこちらを探しているように見えるが、未だユウキを発見できずにいた。今のうちに先程思い付いた作戦のためにヴァジュラを誘き出す方法を考える。

 

ユウキ(ヴァジュラは視覚で敵を捕捉していた…なら直接攻撃して誘き出すか。)

 

 ヴァジュラは特別聴覚が優れている訳でも、気配を察知する能力に長けている訳でもない。ならば、奇襲で先制攻撃を仕掛けて大ダメージを狙いつつ、注意をこちらに向けるのが得策と考えた。

 銃身に変形し、ヴァジュラを射つ。こちらに気付いたので、最初に戦った場所に戻る。途中広場でヴァジュラに追い付かれたが、振り向きつつ、顔面に全力攻撃を叩き込み、無理矢理距離を取る。追い回されてから、離れ過ぎないように注意して、ビル内部に侵入する。

 そしてビルの奥にある小道に向かう。そこは大型アラガミが通るとことができる程度の幅となっている。ヴァジュラが向かってきているのを確認して、ホールドトラップを設置する。

 ヴァジュラは細い小道を通り、ユウキに飛び掛かる。が、そこにはホールドトラップが仕掛けてある。ヴァジュラはそのトラップを踏み、動けなくなる。そこを捕食し、バーストした腕力でヴァジュラを切り捨てた。

 その後、休憩に入った。ゲンが下まで降りてきてユウキに缶ジュースを渡した。

 

ゲン「ほれ。」

 

ユウキ「あ、ありがとうございます。」

 

 ユウキはジュースを受け取り、一息つく。その時、ふと先の訓練の評価が気になり聞いてみた。

 

ユウキ「ゲンさん。最後の細道に敵を誘ってトラップに嵌めるのはどうでしたか?結構良い作戦だったと思うのですが...」

 

ゲン「敵が空を飛ばない、近距離攻撃をメインに使うのならば有効だな。空を飛ぶ、遠距離攻撃メインなら、まずトラップに近づく必要がない。」

 

 『なるほど、確かにその通りだ』とユウキも納得する。トラップの起動には敵がトラップを踏む必要があるため、飛行しているのならそもそも踏むことはない。

 さらに、小道での戦闘は逃げ場が無くなるため、退路の確認と確保か必要となる。今回は小道の先が西の広場に繋がっているため、退路はあるが、そこから侵入さられたら逃げ道かなくなり挟み撃ちになる。

 『ヴァジュラがもう1体小道に侵入したら』そう考えるとゾッとする。そうならないように敵の数や位置関係を把握しておく必要がある。

 その事を踏まえた上で、訓練を再開する。

 

 -翌日-

 

 ツバキの指導の下、前日と同様に贖罪の街でヴァジュラ2体との戦闘をしてる。そして、教会入り口でヴァジュラ1体と戦闘中である。

 ユウキは高台に登り、銃形態で攻撃する。対してヴァジュラは雷球を飛ばしたり、地面から電撃を射つことで対抗している。が、動き回るヴァジュラに狙いをつけるというのは中々難しく、結局有効打を与える事なくオラクルを射ち尽くしてしまった。

 ヴァジュラがユウキの方を向いた瞬間、剣形態に変形しながら高台から飛び降りて顔面に一撃入れる。するとヴァジュラが噛みついてきたので、後ろに下がる。それと同時にスタングレネードのを握った所であることに気がつく。

 

ユウキ(!いるな…)

 

 『ズシン…ズシン…』と重厚感のある足音が近くで聞こえる。今ここでグレネードを破裂させると恐らく気づかれるだろう。実戦なら安全をとって離れるところだろうが、これは訓練だ。出来ることと出来ないことを試すのも訓練であるはずだ。そこまでを一瞬で考えて、グレネードを叩きつける。ヴァジュラの目が眩み、動きが止まる。

 『ズシン!ズシン!』と足音が早くなる。気付かれたのは間違いないないだろう。そう考えながら神機で一撃入れ、コンボ捕食を成功させる。今回試したかったのは自身の聴覚での策敵範囲と、捕食を開始してから倒すまでの時間だった。前者はグレネードが破裂してからユウキの前に現れる時間でおおよその距離は特定できる。後者はバーストした時に敵を倒すまでの時間を知ることで、複数体討伐時の判断基準にするデータを取るためだ。ただし、敵によっては固いものもいるだろうから過信はできない。

 捕食が成功したことでバーストし、即座に神機を振って倒す。捕食を開始してから倒すまでに約5秒かかった。『まだ遅い』とは思うが、もう一体が迫っているため、今は深く考えない。

 教会の陰から出てきたヴァジュラを銃身で射ち抜き、標的がこちらに気づいて振り向く前に接近しつつ剣形態に変化して、ヴァジュラを真っ二つに切り捨てた。その間約1秒弱。ギリギリ変形が間に合ったと言ったところだ。

 ホログラムが解除されてツバキから通信が入る。

 

ツバキ「ふむ、聴覚での索敵は妥協点と言ったところか。まだ他の感覚を使うのは難しいようだな。」

 

ユウキ(あれでも妥協点か…)

 

 ユウキはそんなことを考えながら項垂れてた。すると今ツバキが使っている通信機とは別の端末からコール音が聞こえる。

 

ツバキ「すまないが予定が入った。私はこれで失礼する。」

 

 そう言ってツバキは管制室から出ていった。と思ったが、すぐに戻り再び通信を入れる。

 

ツバキ「今日最後のアドバイスだ。お前の最大の特長は神機との適合率だ。その適合率で神機の能力を引き出せば、普段からバースト状態のように一撃でアラガミを倒せるだろう。自分と神機が一体になる感覚を早く掴むことだ。」

 

 それだけ言うと今度こそツバキは管制室から出ていった。

 

To be continued




 今回は訓練回リターンでした。戦術や戦い方など自分の独自解釈がかなり入ってるので、『普通こんなことしねぇよ』みたいな事を書いているかも知れません。
 一応最初だけは書いたのですが、主人公は飯や休憩の度にアリサの様子を見に行っていますが、全て面会謝絶で会えないでいます。
 ここら辺で一気に強くならないと後々色々と困る展開が多くなってくるですよね。なので、無理矢理ですが主人公の修行回を挟むことにしました。
 ...正直自分で書いてて主人公がピエロと言うか物語に振り回されているように見えてくるのですが読者様からはどう映っているのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission18 悪夢

フェンリルの非情な決定と、ついに明らかになるアリサの過去。様々な人間の思惑が動き出す。


 ユウキが特訓を開始してから8日が経った。今日は第一部隊でリンドウの捜索を行う。そのブリーフィングのため、アリサ以外の第一部隊のメンバーは出撃ゲート前に集まっていた。

 しばらく待っているとツバキが来た。いつも持っているボードには厚めの紙束が挟まれている。第一部隊が集まっているのを確認すると今回の任務のブリーフィングが始まる。

 

ツバキ「本日の任務を当該地域のアラガミ一掃に変更する。」

 

 突然任務内容の変更を言い渡された。これはフェンリル、強いて言うなら極東支部側に何かイレギュラーがあったという事なのだろう。

 その後もいつもと変わらぬ調子でツバキが話を続ける。

 

ツバキ「なお検査中だったアリサだが、戦闘に参加できる状態ではないため、入院することになった。しばらくは前線を離れる事になるだろう。」

 

 アリサは錯乱してから約1週間、ほとんど面会謝絶だったのだ。そうなっても不思議はない。

 

ツバキ「最後に…本日をもって神機、及びその適合者であるリンドウは消息不明、除隊として扱われる事となった。以上だ。」

 

 本日をもって除隊扱い。それは今日中にリンドウを見つけなければ今後、基本的に組織側は探す意思を見せないと言うことだ。恐らくこの任務がラストチャンスとなる。そのため、周囲のアラガミを一掃して一気に捜索範囲を拡大し、最後の大捜索を行うのだ。

 が、その決定に異を唱える者がいた。

 

サクヤ「ど、どう言うことですか?!腕輪も神機も…まだ見つかってないのに!」

 

 サクヤだった。リンドウが行方不明になり、真っ先に取り乱した事からも、サクヤにとって大切な人だという事が容易に想像できる。だからこそ、早すぎる捜索の打ち切りの決定について納得ができないのだ。

 しかし、ツバキが返した言葉は無慈悲なものだった。

 

ツバキ「上層部の決定だ。それに、腕輪のビーコン、生体信号共に消失した事が確認された。未確認アラガミの活動が活発化している状況で生きているかも分からない人間を探す余裕は無い!」

 

 『信じられない』と言った表情でサクヤはツバキを見る。しかし、それを無視してヒールの音を響かせてエントランスを出た。ソーマもその事を了承したと言った雰囲気を出し、無言のままエレベーターに乗り込んだ。

 ユウキとコウタは、この決定を受け入れられないでいる一方で、これが最後の捜索になると焦りを感じていた。

 するとサクヤが取り乱した様子でユウキとコウタに迫る。

 

サクヤ「こんなに早く捜索が打ち切られるなんてこんなのどう考えてもおかしいわ!!襲われた敵も場所も明らかなのに!なんで捜索されないの!!!」

 

 いつもの冷静で頼れるお姉さんと言った雰囲気は欠片も感じられなく、ヒステリックに叫んでいる。

 だが、極東支部で1、2を争う戦力であるリンドウが行方不明になった事に対してこの早すぎる捜索の打ち切り、何か怪しさを感じるが正直ユウキやコウタにその事を言われてもどうしようもない。

 言いたいことを言って少し落ち着いたのかハッとした表情になる。

 

サクヤ「あ…ごめん…2人に当たっても仕方ないよね…少し頭を冷やしてくる…任務までには戻ってくるから…!」

 

 口元を手で押さえて目尻に涙を浮かべ、涙声になってエレベーターに向かって小走りで去って行った。

 

コウタ「サクヤさん…相当参ってるみたいだね…」

 

ユウキ「…うん…」

 

 あの様子を見れば一目瞭然と言ったところか。明らかに精神的な動揺は他の極東支部の面々よりも大きいことは明白だ。

 

コウタ「ユウキを含めて、皆よくやったと思うよ。」

 

ユウキ「どうだろう…俺がやったことは…正しかったのかな…?」

 

コウタ「分からない。でもあそこで撤退したから、俺たちこうして生きているんだし、リンドウさんの捜索隊も早い段階で結成できたんだと思う。」

 

 コウタの言っていることは事実であるが、それが正しい選択だったのかは誰にも分からない。あのままソーマとユウキの役目を入れ換えて、ソーマに瓦礫を破壊してもらうなど、リンドウを助ける方法が何かあったのではないか?どうしてもそう考えてしまう。

 しかし、実際にはユウキコウタは新種に対しては無力とも言えるので、リンドウはソーマに退路を開くように指示したのだ。

 

コウタ「あの時のアリサ…急にどうしたんだよ…」

 

ユウキ「急に様子がおかしくなったし…分からないことだらけだ…」

 

 その事を聞いて、アリサが錯乱した原因とも言えるものを見たような気がした事を思い出した。恐らくアリサの過去に繋がるものだと感じたので、今は黙っておく事にした。

 

コウタ「そっか…あ、アリサの事なんだけど…同じ新型ってこともあるし、ユウキが傍に居た方がいいと思う。」

 

ユウキ「…そんなものかな?」

 

コウタ「今までアリサがユウキ以外とちゃんと話してるところ見たこと無いし…多少心を開いてると思うんだ。」

 

 極東支部の面々と言い合いや口喧嘩、反発はしていたがきちんと会話をしていたのはユウキに対してだけだった。無意識に新型という親近感があったのかユウキとは会話になっていた。

 

コウタ「俺、サクヤさんの様子見てくるよ!」

 

ユウキ「うん、お願い。」

 

 そう言ってコウタはエレベーターに向かって走って行ったので、その後にユウキは病室に向かうことにした。

 -ベテラン区画-

 

 任務内容の変更があったため、出撃までの準備時間が与えられた。が、第一部隊はいつも任務内容が変更される可能性も含めて準備していたので、特にやる事もない。そのため、各々好きなように過ごしている。

 ソーマはベテラン区画のエレベーターホールで缶ジュースを飲んでいた。するとどこからか話し声が聞こえてきた。

 

神機使い1「おい...聞いたか?リンドウさんのこと…」

 

神機使い2「ああ…またソーマのチームから殉職者か…今度はリンドウさんとか…洒落になんねえぞ…」

 

神機使い1「おいバカ…!聞こえるぞ…!」

 

 どうやらソーマがいる事に気づいて言っているようだ。

 

神機使い2「知らねーよ。それにあの自称死神の人形野郎もいたしな…リンドウさんが不憫だよ…」

 

ソーマ「…クソッ…!」

 

  『ミシッ』

 

 気がつかないうちに缶を握る手に力が入る。『自分といると皆死ぬ』、『また守れなかった』と自責や後悔といった感情が渦巻いている。

 するとエレベーターが開いて中からコウタが出てきた。

 

コウタ「あ、ソーマ。サクヤさん部屋にいる?」

 

ソーマ「…知らん。」

 

コウタ「そっか…任務までには戻れよ。」

 

ソーマ「…余計なお世話だ。さっさと行け。」

 

 短い会話をしてソーマとコウタは別れた。

 

コウタ(可能性があるとしたら…ツバキさんのところか支部長のところかな?)

 

 サクヤが自室に居ないとすると、ツバキのところに今回の事で異議を唱えに行ったか、支部長のところに直談判しに行った可能性が高いだろう。そう考えて再びエレベーターに乗って役員区画に向かう。

 役員区画に着いたらサクヤとツバキの話し声が聞こえた。

 

サクヤ「こんなのおかしいですよ!」

 

ツバキ「何度も言わせるな。上層部の決定である以上、私にそんなことを言ってもどうしようもない!それが分からない訳でもないだろう?」

 

 話すというより、サクヤが一方的に捲し立てているように見える。

 

サクヤ「ツバキさんはこのままでいいんですか!?リンドウがこんな訳の分からない対応のせいで居なくなるなんて!!」

 

 一瞬ツバキの眉がピクリと動いた。どうやら今の発言で怒りに触れたのか、『いいわけがない』という押さえていた感情が暴走しだしたのかは分からないが、少なくともツバキの地雷には触れたようだ。

 しかし、今のサクヤにそんなことに気づく余裕もなく、このままでは無自覚に煽るような事を言いかねない。エレベーターから降りたコウタが慌てて2人の仲裁に入る。

 

コウタ「サクヤさん!上層部の決定ならツバキさんに言ってもしょうがないよ!少し落ち着いて!」

 

サクヤ「邪魔しないで!!コウタ!」

 

ツバキ「藤木、すまないが後を頼む。」

 

コウタ「は、はい!」

 

 そう言ってツバキは支部長室に入っていった。

 

サクヤ「何で…邪魔したの…!?」

 

 サクヤが恨めしげにコウタを睨む。それに気圧されながらもコウタが反論する。

 

コウタ「確かにこのフェンリルの対応はおかしいですけど…でもそれって、最悪の可能性ですけど、リンドウさんはフェンリル側に不利益な存在だから消されたって可能性もある訳じゃないですか!?」

 

 そう言われてようやく我に返る。思えばリンドウはいつも危険なことをするときは誰にも言わなかった。周囲を危険から守るため、本当に危険な時は1人で動いていた。リンドウの性格を考えると、不意にフェンリルに不利益な情報を知ったとしても、周りに被害が出ないようそれを隠すだろう。そんな中『偶然』ミッションで行方がわからなくなれば、それをいいことに捜索を早期打ち切り何て事もやりかねない。

 最悪、フェンリルという組織を相手にしなければならなくなる。その事実がサクヤを現実に引き戻した。

 

サクヤ「…ごめん…少し…1人にして…」

 

 そう言うとサクヤは自室に戻っていった。

 

 -病室-

 

 ユウキはアリサの様子を見に病室に来ていた。面会謝絶のはずだが、ルミコが病室に入れてくれたのだ。ルミコ曰く、あの大車という男は相当怪しいらしい。薬学に関しての知識や技術は確かにすごいのだが、その好評価を様々な要因がぶち壊しているのだ。

 まず、見た目が医者ではないとのことだ。ルミコも医療班らしからぬ格好をしているが、それでも清潔感には気を使っている。だが大車は髭を剃らず、ボサボサの長髪をそのまま束ねて汚いバンダナを巻いている。纏っている白衣も、ヨレヨレで少し汚れたままとなっている。『これで清潔感があるだなんて言うやつがいたらどんなやつか見てみたい』とルミコは言っていた。

 次に病室内でたばこを吸うということだ。医者として、非喫煙者の健康を害するような事は御法度であるはず。しかし、あの男はそんな事お構い無しと言った様子だったとのことだ。

 最後に、女性社員をいやらしい目で見ているとのことだ。ルミコとしてはこのセクハラが一番反発する理由らしい。そんなことを聞きながらユウキはアリサのお見舞いをする。ルミコは気を利かせて別室に移動してくれた。ちなみに大車が来たときには事前に教えてくれるそうだ。

 そんなやり取りがあり、今病室にはユウキとアリサの2人だけとなっている。ルミコのサポートの代償とまでは言わないが、愚痴を聞いた事で少し忘れていた不思議な感覚の事を思い出す。

 

ユウキ(そう言えば…アリサの手を握ったらあの現象が起こったんだよな…)

 

 先日アリサの手に触れたときボンヤリとだが、自分の知らない景色や感情が流れてきた。恐らくアリサの過去に直結するものか、或いは過去そのものだろうとユウキは結論付けた。これを利用すれば何故アリサが暴走したのか分かるかも知れない。

 しかし、アリサが過去を知られたくない人間だった場合、彼女を傷つける事になる。だが、過去を知る事で彼女の助けになれる可能性が大きく高まる事も事実だ。

 

ユウキ(アリサ…ごめん!!)

 

 結局過去を知る事を選んだ。過去を知られたくないタイプだったら後から殴られでも蹴られでもしようと覚悟を決める。なにより、『ほっといて』と言う言葉を聞いた瞬間から、アリサの事を無視できなくなっていた。

 意を決してアリサの手を握る。すると狙い通り、何かの映像が脳内で再生される。どうやら誰かの一人称視点のようだ。狭い場所の中にいて、隙間から前を覗いている。するとどこからか女性の声が聞こえてきた。

 

女性の声「もういいかい?」

 

少女の声「まあだだよ!」

 

 女性の声が聞こえたと思ったら、今度は自分から幼い少女特有の高い声が出た様な感覚になる。それと同時に『早く来ないかな?』と少し楽しみながら隠れている事が手に取るように分かる。

 

男性の声「もういいかい?」

 

少女の声「まあだだよ!」

 

 今度は男性の声が聞こえてきた。恐らく父親だろう。『パパの声だ!』と心の中で思っている事が分かるからだ。

 

女性の声「もういいかい?」

 

少女の声「もういいよ!」

 

 暫く隙間から様子を見ていると、一組の男女が見えてきた。綺麗に身なりを整えた男性と、アリサをそのまま大人にしたような女性だった。

 『パパとママだ!』と両親を見つけた事を嬉しく思いつつも息を殺して気配を消す。2人がこちらに気付いたのか真っ直向かってくる。『見つかったかな?』と思い、飛び出す準備をする。

 すると、突然両親は明後日の方向を向き、何故か慌てている様子だった。『何だろう?』と思っていると、突如視界が黒い獣に覆われた。

 

  『グチャ!!ベキッ!!ガリ!!』

 

 形容しがたい音が聞こえ、少女は何が起こったのか察しがついた。それと同時に絶望し、思考が止まる。

 

少女の声(パパ…!?ママ…!?やめて…食べないで…)

 

 恐怖で体が固まる。呼吸さえ忘れた様な感覚になる。嫌な音が響く中、両親に手を出さないでと願うが黒い獣は追い打ちをかけるように再び嫌な音をたててもう1人を喰らう。

 

  『ゴキ!!ブチッ!!ズリュッ!!』

 

 まだ満足しないのか、更なる獲物を求める様に黒い獣は辺りを見回す。すると、隙間から黒い顔と目があった。

 

少女の声(いやあぁぁぁ!!やめてぇぇぇ!!)

 

 衝撃的な光景を目にして思わず叫びそうになったが、恐怖や両親を目の前で喰われたショックから言葉を発する事も、その場から動く事も出来ずにただ心の中で叫ぶ事しか出来なかった。

 その後、景色が白く染まり、暫くすると別の風景が見えてきた。極東支部の訓練室と同じ風景のようだったが、間取や傷の着き方が違った。恐らく別の支部だろう。

 そして目の前には見たことのある紅い神機が横たわっていた。アリサが使っている『アヴェンジャー』だ。ここまで来れば今まで見てきたのがアリサの過去だと確信できる。

 そんな事を考えていると、とこかで聞いた事がある声が響く。

 

紳士の声「幼い君は、さぞかし己の無力さを呪っただろう。」

 

 両親を殺された時の事を思い出した。強い恨みと憎しみを胸に宿して神機を握る。

 

アリサ「ぐっ!!!あぐ…くぅ…!」

 

 適合試験で受けた形容しがたい痛みを受け、アリサ呻く。

 

紳士の声「その苦しみに打ち勝てば、親の仇を討つための力を得る事が出来るのだ!」

 

アリサ「う…!!!!ぎっ!!!!あぅ…!」

 

紳士の声「そうだ!戦え!打ち勝て!」

 

アリサ「ああああああああぁぁぁ…」

 

 絶叫と共に再び景色が白くなる。今度は白いカーテンや壁紙が張られているのが見える。恐らく病室だろう。そこでモニターを見てあらゆるアラガミのデータを閲覧している。時折モニターを鏡にしてアリサが映り込む。今とそう大差の無い容姿をしている。割と最近の記憶だろう。

 すると、今度は最近聞いたような男の声が聞こえる。

 

男の声「コイツらが…君たちの敵…アラガミだよ。」

 

アリサ「あら…がみ…?」

 

 酷く眠たい。そんな状態でアラガミの事を教えてもロクに覚えられるとは思えない。男はゆっくりと諭すような口調だったことからも、何をしているか大体察しがつくが、今は何もできないので眠気を堪えて先を見る。

 

男の声「そうだよ…こわぁいこわぁい、アラガミだ。そして最後にコイツが君のパパとママを食べちゃった…アラガミだ…」

 

 モニターにリンドウの姿が映り、アリサの視線が揺れる。この男はリンドウをアラガミとしてアリサに教えていたのだ。いや、これでは教えていると言うより刷り込みや洗脳の類いだ。恐らくこの男がリンドウを殺すように仕向けたのだろう。

 

アリサ「パパ…ママ…」

 

 嘘の情報を刷り込まれ、両親を殺したアラガミを完全にリンドウだと思い込む。すると男は語りかけながらアリサの肩を叩く。

 

男の声「でも…もう君は戦えるだろう?なに、簡単な事さ…コイツに向かって引き金を引けばいいんだ。」

 

アリサ「ひきがねを…ひく…」

 

 この『アラガミ』に向かって引き金を引く。そして殺す。アリサの心が決まる。

 

男の声「そうだよ…こう唱えて引き金を引くんだ…один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…」

 

アリサ「…один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…」

 

男の声「そうだよ…そう唱えるだけで、君は強い子になれるんだ。」

 

アリサ「…один(アジン)два(ドゥヴァ)три(トゥリー)…」

 

 視界が白く染まる。次に見えたのは病衣を纏ったアリサとその手を握る自分の手だった。どうやら先の現象が終わり、現実に戻ってきたようだ。

 するとアリサが目を覚まして起き上がった。

 

アリサ「何…今の?今、頭の中にあなたの気持ちや過去が流れ込んできて…まさか、あなたにも?」

 

ユウキ「うん。勝手に見て…ごめんなさい。」

 

 ユウキが頭を下げて謝る。真摯な態度で謝罪しているのは、先の現象で感情を共有していたので分かっている。

 

ユウキ「えっと…俺の過去を見たって言ってたけど、どんなのだった?」

 

アリサ「神機使いになる少し前の記憶でした。神裂さんは?」

 

ユウキ「…アリサが神機使いになるきっかけ…ですかね…」

 

 アリサの目が少し大きく見開く、その後に悲しいような、寂しいような、陰りのある表情になり、その時の事を語り始めた。

 

アリサ「あの日のこと、ずっと忘れてた筈だった。パパとママとかくれんぼで遊んでもらうために、近くの建物の中に隠れてたんです。もういいかい?まあだだよ…って…そしたら突然、悲鳴や叫び声が聞こえてきて…」

 

 ユウキは口を挟まずにひたすら聞きに徹していた。

 

アリサ「早く出ていけば良かったのに…私、怖くて動けなくて…パパとママが私を探しに来たけど…唸り声が聞こえて、目の前で…パパとママが!」

 

 目の前で両親をアラガミに喰われれば、幼子は恐怖で動けなくなるのは当然だろう。この状況で出ていけば今度はアリサ自身が喰われかねない。

 

アリサ「私がもっと早く気がついて逃げていれば…2人も…私のせいで…!」

 

ユウキ「それは…アリサのせいじゃないと思う。」

 

 戦場に出る訓練を受け、感覚が鋭くなったゴッドイーターなら察知できなくは無いのだろうが、遊びに来た幼子が視覚以外でアラガミを予め察知しろだなんて無理だとユウキは思った。

 

アリサ「だから、私が新型神機使いの候補者だって聞かされた時は、これでパパとママの仇を討てる、て思ったんです。そう…2人を殺した『あの』アラガミを…!」

 

 そこまで言うと、アリサの脳内でリンドウと黒い顔のアラガミが交錯する。相当強力な暗示なのか、未だにリンドウを仇のアラガミだと思ってしまっているようだ。錯乱し始め、泣きながら頭を抱えてガタガタと震え始めた。

 

ユウキ「アリサ!」

 

 思わず立ち上がったが、どうしたらいいか分からずオロオロと狼狽える。ふと小さい頃に泣いていたとき、抱きしめて落ち着かせてくれた人がいた事を思い出した。

 それと同じようにアリサの手を握りながら抱きしめた。

 

アリサ「…ごめんなさい…自分でも分からないの…」

 

 結局何が真実で、どいつが仇なのかアリサ自身にも分からなくなってしまい、どうしたから言いか分からなくなった。

 

ユウキ(そう言えば…昔泣いているときこうやって抱きしめてくれてたな…)

 

 ユウキはもう二度と会うことの無いであろう人を思い浮かべ、まだ幼い頃の事を思い出していた。

 泣いているアリサをそのまま抱きしめ、落ち着くまで暫く待った。10分もした頃に落ち着いたのかアリサの方から離れていった。

 

アリサ「ありがとう。この前もこうして手を握ってくれてたのって、あなただったんですね。温かい気持ちが流れ込んで来るの、分かったから。」

 

ユウキ「どういたしまして。少しは落ちました?」

 

アリサ「はい。」

 

 顔色も良くなり、受け答えもハッキリするようになっていた。すると、ユウキは真剣な表情でアリサと向き合う。

 

ユウキ「えっと…アリサ、今の君にはキツい事を言いますけど…大事な話だから、最後まで聞いてください。」

 

アリサ「…はい。」

 

 安心した表情から一変し、不安や怯えを見せる表情になった。それでも逃げないと言う意思を感じる目線でユウキを見る。

 

ユウキ「アリサは、リンドウさんにやってはいけない事をしたんだと思います。だからその事に対して責任を取るなり、きちんと謝罪するなりして、誠意を見せないといけないと思うんです。」

 

 そこまで話すと何か分かりやすく伝えられないかと考える。すると、今の自分がまさにそれだと思い、ユウキは自分の事を例にして話を続ける。

 

ユウキ「俺の過去は見たんですよね?」

 

アリサ「はい…その…本人の前で言うのはどうかと思うのですが…人の生活とは思えませんでした…」

 

ユウキ「あ、いや、そっちじゃなくて、生きるために盗みを働いていた事なんですが…」

 

アリサ「え?あ!ごめんなさい!」

 

 ユウキ自身も人間の生活ではないと分かってはいたが、こうして直接言われると凹む。しかし、今は落ち込んでいる暇はなく、どうにか話しを続ける。

 

ユウキ「その…俺は今、リンドウさんの提案で盗んだ物の代金を返しているんですけど…受動的に動いたせいか、なかなか信用してくれないんですよね。」

 

 『あはは』と溜め息混じりにユウキは笑った。

 

ユウキ「だから、アリサが責任を取るときは誰かに言われたからじゃなくて、自分で考えて、自分で動かないとアリサの誠意は伝わらないし、信頼を取り戻す事はできないと思います。」

 

アリサ「そう…ですね…」

 

 自分で決めて行動しなければそこに本人の意思は無い。ただやらされているだけの謝罪には誠意など感じられるはずもない。と言うのがユウキの考えだった。

 アリサも納得してくれたのか、同意する。

 

ユウキ「誰かに相談してもいいし、助けが必要なら手を借りてもいい。でも、最後はアリサ自身で決断して動かないとといけないと思うんです。」

 

 今度はアリサが黙って話を聞く。

 

ユウキ「助けが必要なら手を貸します。辛くて泣きたくなったら泣けるようにするから…だから大丈夫、アリサは1人じゃない。少なくとも俺がいる。」

 

 アリサの目に涙が浮かぶ。『こんな自分にも傍に居てくれる人がいる』そう思うと嬉しくなって思わず泣いてしまった。もうそんな人は居ないと思っていたので、尚更だった。

 

ヒバリ『第一部隊所属の神裂ユウキさん。至急、出撃ゲートまでお越しください。繰り返します。第一部隊の神裂ユウキさん。至急、出撃ゲートまでお越しください。』

 

ユウキ「それじゃあ、もう行きますね。今はゆっくり休んでください。」

 

 ちょうど話が終わったところでユウキに対して呼び出しがかかったので、アリサから手を離して病室から出る。

 『あ…』と名残惜しそうな声をあげてアリサがユウキを呼び止める。

 

アリサ「帰って…来ますよね?」

 

ユウキ「もちろん。何かあれば助けるって、約束しましたからね!」

 

 そう言ってユウキは病室を出て、エレベーターに乗り込んだ。

 -エレベーター内-

 

 ユウキは出撃ゲートに向かうため、エレベーターに1人で乗っている。

 

ユウキ(間違いない。あの声は…大車の声だ…)

 

 アリサは暗示をかけられている最中、ずっとモニターを見ていたため、直接大車の顔は見ていない。が、記憶の中の声はこの1週間、アリサに会いに行く度に面会謝絶だといい続けた大車の声と一致していたため、大車が暗示をかけた張本人だと断定した。

 

ユウキ(待ってろ…必ず…貴様を追い詰める!)

 

 エレベーターの扉が開く。そこにいたのは怒りを宿した獣の眼をしたユウキだった。

 

To be continued




 今回はアリサの過去回です。原作だと問答無用にアリサは悪くないみたいな雰囲気になっていたように感じましたが、『それは如何なものかと』と言うのが自分の考えです。
 時と場合によりますが、『自分の意思で起こしたものではない事には責任が無い』なんて事は無いと思います。自分が何かやらかした時に自分から謝るなり、責任を取るなりできるような人になりたいです。
 そう言う事が出来るようになって人は子供から大人になっていくのではないかと思います。(それだけできれば大人と言うわけでもありませんが...)
 アリサもここでキツい現実を受け止め、謝罪や責任を取り、前に進むような話を今後書いていきたいです。
 話は変わりますが、本小説での感応現象は相手の五感や思考等を本人として追体験する事になります。そのため、視覚は常に一人称視点になり、その時受けた痛みや感覚、思考も体験できます。なので下手をすると大車の洗脳にかかる可能性もあります。(まあこれは両親を黒いアラガミに殺された事が前提になるため、主人公にはききませんが)
 あとはリアルタイムでの感覚、思考の共有も可能です。
 コウタって時々とんでもなく頭が回るイメージがあるんですがどうでしょう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission19 捜索

今回はアリサがトラウマを語り、サクヤが真実に一歩近づきます。


ユウキ「遅くなってすいません。」

 

 エレベーターから降りてきたユウキを見て全員が驚いた。なぜならユウキはいつものおとなしそうな少女にしか見えない表情ではなく、女々しさを感じられない鋭い目付きで相手を威圧するような表情だった。

 そんなユウキの変化に驚きつつも第一部隊は第四部隊、第五部隊、第六部隊と共に任務に向かう。場所はリンドウが行方不明となった贖罪の街だ。

 出撃前に保管庫でリッカに呼び止められる。

 

リッカ「あ、神裂くん!プレデタースタイルの解放間に合った…よ…?」

 

 ユウキの様子を見てリッカは人違いかと思った。それほどまでに今のユウキの表情は別人に見えるのだ。

 

ユウキ「急な頼みだったのに…ありがとうございます。」

 

 実は訓練での急速なレベルアップもあり、ツバキが直々にプレデタースタイルの解放を上層部に進言したのだ。その許可が出たのが昨日だったので、リッカに急ピッチで作業をしてもらったのだ。

 しかし、感謝の言葉を述べている筈のユウキの口調はどこか淡々としていて感情をあまり感じられなかった。

 

リッカ「ホントに…神裂くん…だよね?」

 

 だが、リッカとしてはそんな事よりも、目の前に居るのは本当に神裂ユウキなのかが気になった。

 

ユウキ「当たり前ですよ。どうしたの?」

 

リッカ「いや、凄く恐い顔してたから…」

 

 今のユウキは今まで見たことのないような表情をしている。それほどにまでの豹変ぶりなのだ。

 

ユウキ「これが最後のチャンスなんだ…こんな顔になるに決まってる。」

 

リッカ「そう…だね。リンドウさん、見つかるといいね。」

 

ユウキ「うん。」

 

 今回の任務がリンドウ捜索のラストチャンスとなる。焦りが顔に出るのは仕方のない事だ。もっとも表情が変化した理由は焦りだけではないが。この焦りからやる気が空回りしないことを祈り、リッカに返事をした。

 

リッカ「よ、よし!じゃあ今回解放したプレデタースタイルの説明しとくよ!」

 

ユウキ「お願いします。」

 

 時間が無いので無理矢理話題を変え、解放したプレデタースタイルの説明を始める。

 

リッカ「今回解放したのは『ゼクスホルン』と『穿顎』の2種類だよ。ゼクスホルンはシュトルムと逆に捕食してから後ろに跳ぶんだ。穿顎は空中からオラクルを噴射することで急速に滑空して捕食するよ。」

 

ユウキ「分かった。ありがとう。」

 

 ざっくりとした説明を聞いて礼を言う。あとは実戦で試してみるしかない。

 

リッカ「いきなり実践で使うことになるからあまり過信しないでね。」

 

 どんな風に使うのかを体験していないため、実戦で思わぬ事故にならないよう気を付けて使わなければならない。さらに、まだ展開すらしていないので、最悪動作不良を起こすことをリッカは心配していた。

 リッカがそんな心配をしているとは気が付かずに『いってきます』と返してユウキは贖罪の街に向かった。

 

 -贖罪の街-

 

 リンドウ捜索の下準備とも言える、広域殲滅作戦か開始された。第一部隊は贖罪の街、第四部隊は街周辺の北から南西側、第五部隊はその反対側、第六部隊は待機ポイントを含む南側となっている。

 現在確認できるはのはシユウ2体とコンゴウ1体の計3体だ。ソーマは独断で最西の廃墟ビル内部でシユウ1体を相手にする。

 ユウキとサクヤとコウタは教会の入り口がある東側でシユウを相手にする。現在コンゴウは確認できない。こちらに気付いて乱戦になる前にけりをつけたい。

 待機ポイントから降り、サクヤが教会の角からシユウの頭部を狙い、着弾すると同時に結合崩壊を起こしてよろめいた。その隙にユウキが一気に接近してシュトルムを展開し、さらに加速する。一瞬の間に距離を詰めて捕食、バーストする。

 続いてコウタが神機を乱射しながらある程度近づき、サクヤとは反対側の角まで移動する。弾丸を受けながらもシユウは姿勢を低くして構える。それに対してユウキは一瞬で別の捕食口を展開する。今度は砲身が後ろから包み込む様に生えた捕食口、新しく解放されたプレデタースタイル『ゼクスホルン』を早速使用する。

 シユウの胴体に食い付き、砲身からオラクルを噴出してユウキを後ろに下がらせる。食い付いてから下がることで、喰うと言うより喰い千切ると言った感じだった。

 ユウキが下がると同時にシユウが回転して周囲を凪ぎ払う。その間もサクヤとコウタの追撃は終わらない。シユウの胴体が砕け、翼手に穴が空く。頭に来たのか怒りで活性化して、至るところにオラクル弾をバラ蒔いてる。

 それを掻い潜りながらサクヤとコウタは反撃して、ユウキはシユウに近づいていく。神機が届く間合いまで近づく。銃撃で脆くなったシユウの胴体を切り捨てようと構える。しかし、オラクル弾を射ちわるとユウキに向かって手刀を放つ。それを避けるが、壁を後ろにしてしまった。

 

コウタ「ユウキ!やべぇぞ!!」

 

 コウタが叫ぶも、ユウキは動かない。そんなユウキの首を狙い、反対の翼手で手刀を突き出す。

 それを体半分ずらして回避し、手刀が壁に突き刺さる。シユウは動けなくなり、格好の的となる。

 

ユウキ「!!」

 

 止めのために神機を振る直前で短い間隔で足音が聞こえる。未だ姿を見せないコンゴウが戦闘音を聞いて近づいているのがわかる。

 

ユウキ「コウタ!!後ろからコンゴウが来る!下がって!」

 

 それだけ言うとシユウの胴体を斬り、真っ二つにした。その後、スタングレネードを準備して教会の影から飛び出す。コンゴウを目視すると同時にスタングレネードを投げつける。目が眩んで動きが止まる。その隙に全員が飛び出して総攻撃を仕掛ける。視力が回復するまでにコンゴウの全身が切り傷と弾痕がついてボロボロになる。

 動けるようになったコンゴウがコマのように回転してユウキを攻撃する。それを後ろに跳び、回避する。最後に回転の勢いをつけた右フックを放つ。それをジャンプして躱して、捕食口を展開する。するとあらゆる角が尖って、空気抵抗が小さそうな捕食口が展開される。その捕食口の後ろの刺からオラクルを噴出し、勢いよく滑空しコンゴウを捕食する。着地後、振り向きながらバーストした一撃でコンゴウを斬り倒す。これで街中のアラガミは一掃された。

 

ヒバリ『そ、そんなどこから!?』

 

ユウキ「何かあったんですか?」

 

ヒバリ『す、すいません!!突如作戦領域内に5体の大型アラガミが現れました!!この反応は...ボルグ・カムランとクアドリガが各2体、それからヴァジュラです!!ボルグ・カムランとクアドリガ各1体がそちらに向かい、残りはソーマさんの方に向かっています!間もなく街に侵入します!気をつけてください!!』

 

 そう言うとすぐに建物の隙間から、盾を持ち、鎧を着たサソリの様な大型アラガミが現れる。

 

  『キシェァアアア!!!』

 

 不気味な雄叫びをあげてユウキ達に迫る。まずは挨拶と言わんばかりに飛びかかってくる。体が大きい分、何時もよりも長い距離を跳べるように力一杯に横に跳ぶ。

 サクヤが盾の間に見える顔面を撃ち抜き、コウタが胴体に連射するが、あまり効いている様子はない。そんな中、ユウキが跳んだ先を盾で殴る。咄嗟に装甲を展開して防ぐが、勢いを殺しきれずに吹っ飛び、土煙が舞う。

 

コウタ「ユウキ!!」

 

サクヤ「大丈夫!?しっかり!」

 

 コウタとサクヤが心配して声をかけるが返事がない。だが、ボルグ・カムランはそのままユウキがいた方向を向き、尻尾についている針を構えて、突き刺す。

 それと同時に土煙が晴れるとユウキが針を避けているのが確認できた。ユウキの無事を確認してからコウタがポーチを漁り、サクヤは再びボルグ・カムランを撃ち抜く。

 先程突き刺した針を即座に抜いて再び刺し、それを避ける。これを続けるうちにコウタがユウキを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

コウタ「ユウキ!!こっちだ!!」

 

 横目でコウタの方を向くと教会の入り口前にホールドトラップが設置してあった。ユウキはその方向に走る。ボルグ・カムランが追走してくるとトラップに引っ掛かる。

 

コウタ「チャーンスターイム!!」

 

 コウタがひたすら連射し、サクヤが盾の隙間のさらに奥にある口を撃ち抜いて、ユウキがインパルスエッジで盾を破壊する。全員が『このまま行ける』と思ったが、インパルスエッジを射っているユウキが異変に気付く。後ろから『ゴォォォ』となにかが勢い良く燃える様な音が聞こえる。

 後ろを向くとミサイルが飛んできていた。

 

ユウキ「!!」

 

 咄嗟に横に跳んで回避する。ミサイルが飛んできた方向を見るとキャタピラでできた足を持ち、赤い重厚な装甲を持った戦車の様なアラガミ『クアドリガ』だった。

 

 この間にボルグ・カムランが動けるようになり、乱戦になるのは避けられない。クアドリガがミサイルポッドからミサイルが周囲にバラ蒔かれる。ミサイルがサクヤ、ユウキ、コウタをそれぞれ追尾する。サクヤとコウタは当たる直前に横に飛んで回避して、コウタはクアドリガ、サクヤはボルグ・カムランに反撃する。

 だが、ユウキはクアドリガの一番近くにいたせいか、ユウキには大量のミサイルが向かってきていた。しかし、ユウキは冷静にクアドリガから離れることでミサイルを誘導する。向かう先は盾を構えて突撃してくるボルグ・カムランだ。胴体の下の空間をスライディングで潜り抜ける。その結果、ミサイルはボルグ・カムランに当たって爆発する。

 爆発の勢いでボルグ・カムランは仰け反りながらもユウキの方を向こうとする。その間に大きくジャンプする。盾を踏み台にしてクアドリガの方に跳び、顔の横についている排熱機関を切り落とす。そのまま穿顎で捕食してバーストする。すると、着地してすぐにクアドリガの胸部装甲が開いて巨大なトマホークが発射される。

 

ユウキ(装甲が開いた!もしかして!)

 

 装甲の内部は肉の固まりの中にミサイルが埋まっているようになっている。頑丈な装甲の中に直接攻撃できるチャンスだ。接近して勝負をかける事を即決し、発射されたトマホークを潜り抜けて回避しつつ装甲内部を斬る。予想通り攻撃がかなり簡単に通る。しかし、すぐに装甲が閉じて連続での攻撃は防がれた。

 装甲を閉じると、追撃から逃れるためか、巨体であるにも関わらず飛び上がり、ミサイルをバラ蒔きながら落下して周囲に大きな衝撃を与える。

 それを吹っ飛ばされながらも避けたはいいが、今度は眼前にボルグ・カムランがいる。

 

コウタ「ユウキ!!」

 

サクヤ「くっ!まずいわ!」

 

 ボルグ・カムランの尾についた針がユウキを捉え、針が眼前に迫る。その瞬間死を悟る。

 

ユウキ(死ぬ…?嫌だ…!こんなところで…死ニタくなイ!!)

 

 その瞬間、目にも止まらぬ速さで横に跳ぶ。標的を失った針が地面に突き刺さる。手が捕食されるのも気にせず、その突き刺さった針を掴み、クアドリガに投げ飛ばす。

 

サクヤ「なっ!!!」

 

コウタ「うっそぉ!!!」

 

 人間よりも何倍もの大きさと重量のアラガミを片手で投げ飛ばしたのだから、当然驚く。しかし、そんなことでアラガミは待ってくれない。立ち上がったボルグ・カムランとクアドリガがユウキに突撃してくる。

 対して、ユウキは捕食形態を展開し、バーストして倒すつもりだ。丁度2体の間には少し隙間があるため、そこで捕食すれば一気に2体とも倒せる。そう考えてチャージ捕食を展開する。

 だが、展開されたのはいつもの捕食口ではなく、巨大で左右と上に3つに割れた捕食口が生えてきた。ボルグ・カムランとクアドリガが共に突進してくる。それを捕食口で受け止め、左右から食い付き、上にから押さえ付ける。だが2体同時に捕食するには、動きだしから勢いがつくまでの時間が短すぎる。威力不足のまま2体を拘束する程度となった。

 

ユウキ「ア"ア"ア"あ"あ"ア"ア"あ"あ"ァァ!!!!」

 

 吼えながら拘束した状態でボルグ・カムランとクアドリガを持ち上げて壁際まで押し込む。完全に息の根を止めるために捕食口に力を籠める。

 

ユウキ「シネええエェぇェぇぇエ!!!!!!」

 

 さらに捕食口に力が入り、『ベキッ!』『バキッ!』と固いものを砕くような音が聞こえてくる。そのままミシミシと言う音をたてて、まるで万力で潰される様に2体のアラガミが形を変え始める。

 

  『グチャァッ!!』

 

 2体のアラガミが上下に別れたと同時にコアの捕食、回収に成功する。上半分を失ったアラガミの血が噴水の様に勢いよく飛び出す。そのすぐ近くに居たユウキは血を浴びて真っ赤に染まった。

 ずっと崩さなかった威圧的な表情で血を浴びたせいか、コウタ達にはユウキが悪魔や悪鬼のように見えた。

 ユウキは目元だけ血を拭い、まだ近くで戦闘が行われているであろう南側を睨む。

 

コウタ「お…おい?」

 

ユウキ「まだ終わってない…まずは南側へ加勢しに行きます。」

 

コウタ「お、おう!そうだな!!行こう、サクヤさん!」

 

サクヤ「え、ええ。早く終わらせてリンドウを探しましょう。」

 

 その後、合流したソーマと一緒に南側に向かい、アラガミを殲滅した。その後、各部隊に加勢して捜索範囲内のアラガミは一掃された。

 

 -エントランス-

 

 掃討戦が終わり、捜索任務に切り替わる。そのタイミングで第一部隊は一度撤退して、補給を受ける。ついでに4時間ほどの休憩が与えられ、各部隊がローテーションを組んで捜索をする。

 エントランスに着き次第、ソーマとサクヤは部屋に戻った。エントランスにいるツバキはイラつきが感じ取れるような口調でオペレートしている。この空気に耐えきれなくなってコウタが愚痴る。

 

コウタ「ツバキさんは怒ってるし、こんな時にソーマはいないしアリサは寝込んでて、サクヤさんは出てこない…なんなんだよ!俺だって泣きたいよ!でも…そんな事したら…認めちゃうことになるじゃんか!そんなの絶対ヤだからな!」

 

ユウキ「そうだよね。リンドウさんがこんな事でやられるはずがない。絶対に…生きてる!」

 

 リンドウの帰還を信じている2人の会話を聞いてタツミがユウキたちに話しかける。

 

タツミ「後は俺たちに任せて今はゆっくり体を休めな!リンドウさんは俺たちが見つけるからよ!」

 

 だが若干顔がひきつっていたのが気になる。が、ユウキにはすぐに理由がわかった。

 

ユウキ「ごめんコウタ。ちょっと先に行くね。」

 

 そう言ってユウキはエレベーターに乗り込んだ。忘れてたが今のユウキは血塗れなのだ。先にシャワーを浴びてから病室に向かう。どうにかして大車がアリサを洗脳し、リンドウを死に追いやった証拠を掴みたい。

 大車を犯人と考えるきっかけになった感応現象では、証拠としてはあまりにも不十分だ。『手を繋いでアリサと記憶を共有した』と言っても誰も信じないだろうし、いくらでも言い逃れ出来る。仮にアリサが証言しても口裏を合わせているだけだと思われるだろう。

 なので、まずは大車と接点を作り、身近なところに何か証拠となるものはないかを探す事にした。

 証拠探しの段取りを考えているといつの間にか病室に着いた。兎に角、大車に接触してからの事は後で考える事にして、端末のボイスレコーダ機能を起動させて病室に入る。

 病室には眠っているアリサが居るだけだった。起こすのは気が引けたので、部屋を一通り見回して大車がいない事を確認すると病室を出ていった。

 その後も大車が居そうな場所を探してみたが、全て空振りだった。

 

ユウキ(大車…何処に居ったんだ?)

 

 結局見つけられなかったので、入れ違いになった可能性も考えてもう一度病室に戻ってきた。ここで見つからなければ今日は出直して訓練に行くことにした。

 

ルミコ「やぁ。アリサのお見舞いかい?」

 

 病室に居たのはルミコだった。こんな状況でも何やら機嫌が良さそうだ。だが、探している大車はまだ居ないらしい。

 

ユウキ「何だか機嫌が良さそうですね。」

 

ルミコ「こんな状況じゃあ不謹慎だけどね。でも、あのセクハラ野郎が所用でロシアに一時帰国することになったからね。多少は機嫌もよくなるさ!」

 

ユウキ「え、そうなんですか。」

 

 この時、ユウキは内心焦り、この先どうやって証拠探しをするか悩んだ。接触を図ろうとしたとたんに大車はロシアに逃げた。あまりにもタイミングが良すぎるが、本人が居ないのであればどうしようもない。

 まだアリサは眠っているのでそっとしておいた方が良いだろうと思い、再出撃の時間まで訓練を行う事にした。

 

 -同時刻、役員区画-

 

 サクヤが部屋で少し気持ちを落ち着けてから、支部長への報告を終えてエレベーターに向かうと、そこにはオペレートを終えたツバキが居た。

 サクヤはツバキの横に立つとずっと考えていた事を話始める。

 

サクヤ「私…やっぱり捜索の打ち切りだなんて…納得できません。」

 

ツバキ「またその話か…上層部の決定だ。覆る事はない。」

 

 出撃前にコウタが止めた時もサクヤとこの話をしていた。実は他の神機使いともこの事について話していたため、ツバキとしてはもう聞きたくない話題だった。

 

サクヤ「腕輪どころか、神機だって見つかってないのに…神機使いが任務中に行方不明になった場合、神機が回収されるまで捜索されるのが通例じゃないてすか!」

 

 一方的に捲し立てるサクヤに対して、ツバキはどこか冷静だった。

 

ツバキ「…もうあいつが姿を消してから1週間以上経つんだな。生存の確率は限りなく0に近い。ましてや深手を負っていては…」

 

 補給も無いまま外で戦い続ける事は事実上不可能と言えるため、1週間以上戻ってこない事から、生存の確率はグッと下がる。さらに現場からはリンドウのものと思われる血痕。生きていても手負いなのは間違いない。そんな状況で助けを呼ばないと言うのが何を意味するのかは多くの人は察しがついていた。

 

サクヤ「でも…ツバキさん…」

 

ツバキ「…」

 

 未だに食い下がるサクヤに無言でツバキは返す。ここでエレベーターが来たのでツバキが乗り込む。

 サクヤがツバキを止めようとするが、この時ツバキの目が赤く充血しているのに気がついた。ようやくサクヤもツバキが必死に辛いのを圧し殺していると理解した。

 

ツバキ「う…うぅ…リンドウゥ…」

 

 リンドウの死を受け入れた結果、周りより冷静に見えていただけだった。実際には今すぐにでも探しに行きたいのを押さえ、エレベーターの隅で座り込み一人静かに涙を流していた。

 結局、リンドウが見つかる事はなく、後に正式にK.I .A認定された。

 

 -数日後-

 

 リンドウの捜索の打ち切りが決まり、いつものアラガミを倒す日常が戻ってきた。今は中型種の討伐任務に行く為のブリーフィングをしている。

 

ツバキ「よし。以上でブリーフィングを終わる。準備が出来次第始めてくれ。それとサクヤ、お前は少し残れ。」

 

 ツバキはいつも通りの調子で任務内容を伝える。最後にサクヤだけ残るように伝え、ユウキを下がらせる。今この場にはツバキとサクヤしか居ない。

 

サクヤ「あの…まだなにか?」

 

ツバキ「サクヤお前は暫く休暇を取れ。これは上官命令だ。」

 

サクヤ「そんな…私は!」

 

 『大丈夫です!』と続けるつもりが、ツバキに遮られた。

 

ツバキ「サクヤ…最近鏡を見たか?」

 

サクヤ「は?」

 

 『何が言いたいんだ?』とでも言いたげなポカンと表情でサクヤは返事をするが、ツバキは気にした様子もなく話を続ける。

 

ツバキ「…ほとんど寝てないんだろう?」

 

 ツバキの言う通り、サクヤの目の下にはうっすらとだが隈が出来ていた。

 

ツバキ「お前がアイツを想う気持ちは、姉として嬉しく想う。だが、上官としては別だ。コンディションの整えられない者は死を呼び込む…分かるな?」

 

サクヤ「…はい…軽率でした。」

 

 本調子を出せない者は戦場で周りの人間の足を引っ張る。仲間を見捨てられるような精神の持ち主ならばそのような人がいても問題無いが、ツバキとサクヤの知る限り、少なくとも今出撃できる第一部隊のメンバーにそんな人間は居ない。尚更調子の悪い人間を出撃させる訳にはいかなかった。

 

ツバキ「最後に忠告だ。お前はもう少し割りを頼ることを覚えろ…いいな?」

 

サクヤ「…善処します…」

 

 その返事は必ずやるという意味ではないが、とりあえずツバキはサクヤを返した。

 その後、ユウキと第三部隊で中型種討伐に向かった。

 

 -サクヤの部屋-

 

 ユウキたちが任務に向かっているのと同時刻、サクヤは自室のベッドに座り込んでいた。正直休めと言われても、体を動かしでもしてないと余計な事ばかり考えて余計気が滅入ってしまう。

 そうしているとリンドウがひょっこりと帰ってくるのではないかと思え、リンドウの事を思い出す。

 

リンドウ『おーいサクヤ。いるか?』

 

 突然扉が開いてリンドウが部屋に入ってくる。

 

サクヤ『もうさんざん言ってるけど…せめてノックぐらいしてから入ってきてよ!』

 

 どうやら合図無しに入ってくる事は日常茶飯事なようだ。リンドウはその事に対して軽い謝罪をする。

 

リンドウ『あーわりぃわりぃ。』

 

 そう言うとリンドウはドカッと言う音が聞こえる程勢い良くソファに座り、その間にサクヤは冷蔵庫に向かって歩いて行った。

 

サクヤ『どうせ私の分の配給ビール目当てなんでしょ?いっつもすぐ飲んじゃうから…』

 

 サクヤは愚痴りながら冷蔵庫を開けてビールを取り出す。対してリンドウはケラケラと笑いながら返事をする。

 

リンドウ『いいじゃんか、お前飲まないんだし。何なら新種のジャイアントトウモロコシと交換するか?』

 

サクヤ『いーやーよー!』

 

 サクヤ曰く、相当食べにくいのでハッキリ言って貰っても嬉しく無い。そんなものと交換するくらいならそのままビールを渡すか違う物と交換するように要求する。

 そんな過去のリンドウとのやり取りを思い出し、もうこんな日常は返ってこないと思うと酷く憂鬱になる。

 そんな現実を忘れたくて、リンドウが飲んでいたように冷蔵庫のビールを手に取る。すると、ビールの底から何が落ちた。

 

サクヤ「何…これ?」

 

 どうやらデータディスクのようだ。が、当然部屋の主であるサクヤはこんなことをした覚えがない。

 となると、あとはこの部屋に入った事のある人間の仕業となるが、思い当たる節がない。そう考えながらディスクを拾う。

 

サクヤ(何で配給ビールの底にこんなものが?)

 

 サクヤの知る限り、部屋に来てビールに興味を示す人間はリンドウしか居ない。ならこれはリンドウの仕業だろうかと考えた瞬間、リンドウの『配給ビールをとっておいてくれよ』という言葉を思い出す。

 これはリンドウからのメッセージではないかと思い、直ぐにターミナルで閲覧する。

 

サクヤ(リンドウの腕輪認証がかかってる…?)

 

 しかし、ロックがかかっているため、閲覧出来なかった。直接の手掛かりが封じられたとなると、その鍵であるリンドウの腕輪が必要になる。

 今となってはその腕輪を探す事さえ難しくなっている。こうなると自分で調べていくしかない。

 

サクヤ(そうよ…あの日は不自然なまでにイレギュラーが続いてた…指令情報の食い違い…アリサの様子もおかしくって…)

 

 リンドウの事件の時、おかしな事が何度も続いた。同一区画に複数のチームが配備されていた上、アリサが何故か錯乱し、結果リンドウが孤立した。そんな時に大量の新種と遭遇。いくらなんでも出来すぎていて、違和感が残る。

 当時の事を調べようと、サクヤはミッションの履歴を調べる。

 

サクヤ「あ!」

 

 しかし、調べていくうちに思いがけない事実にたどり着く。

 

サクヤ(あの日のミッション履歴が消されている?)

 

 都合良く履歴が残っていない。こうなるとコウタが言っていたリンドウが『フェンリル側に消された』と言う可能性が高まった。

 

サクヤ(どう言うことなの?リンドウ…)

 

 少なくともこの事にアリサが関わっている事は明白だ。そう考えると、サクヤは真相を聞くためにアリサが居る病室に向かった。

 

 -病室-

 

 ユウキは任務が終わると、アリサの様子お見舞いに行った。面会謝絶と言い続けた大車が居ないため、今回はすんなりと病室に入れた。

 

アリサ「あ、神裂さん。」

 

 どうやらアリサは起きていたようだ。見たところ顔色は良く見える。

 

ルミコ「おや?今日も来たんだね。感心感心!」

 

 病室にはアリサの世話のため、ルミコもいた。

 

ユウキ「こんにちは。ルミコ先生。アリサの様子は変わりありませんか?」

 

ルミコ「そう言うのは本人に聞くものだよ。さて、後は若いお2人さんで仲良くするといいさ。」

 

 そう言うとルミコは病室から出ていった。そんな冷やかしに対して、ユウキはキョトンとして、アリサの顔は少し赤くなっていた。

 

ユウキ「えっと…具合はどうですか?特に変わった事はないみたいですが?」

 

アリサ「はい。今日は朝から調子がいいんです。」

 

ユウキ「よかった。」

 

 ここ最近の快方具合に一安心する。その後はアリサとファッションについての話をした。初めて世間話をしたとき、トラウマを刺激しないように、アラガミについての話や過去の話を避けようと思い、何か当たり障りの無い話題が無いか考えた結果、趣味の話になったのだ。

 実際、『服など着られればいい』と言う程度の認識のユウキには新しい発見が沢山あって、なかなか面白かった。

 そうやって話をしているとは不意に病室の扉が開いた。ルミコが戻ってきたのかと思い、そちらを向くと意外にもサクヤが入ってきた。

 サクヤが入って来たのをみると、ユウキの表情が険しくなる。

 

アリサ「サ、サクヤさん…」

 

 サクヤにとってリンドウがどんな存在かはアリサも理解しているつもりだ。大切な人を奪った張本人に会いに来るなど、報復意外に思い付かなかった。それ故に、アリサの表情が一気に怯えたものになる

 

アリサ「な、何k」

 

ユウキ「何の用ですか?」

 

 アリサの言葉を遮り、彼女を隠す様に前に出てサクヤを見据える。

 

サクヤ「大丈夫。アリサを責めに来た訳じゃないわ。」

 

 サクヤは穏やかな口調で答えた。確かに攻撃的な雰囲気は感じない。サクヤが手を上げないと信じてユウキはアリサと話せるように少し下がった。

 『ありがとう』と言うと、サクヤはアリサと向き合い話を始める。

 

サクヤ「リンドウは貴女の事を『根は真面目で素直な子』だって言ってたわ。だから、尚更貴女のやった事に納得出来ないの。」

 

 アリサの根底にある人柄をリンドウから聞いていたため、今回のような騒動を起こすとは思えなかった。だからこそ、アリサのやった事に違和感があり、それこそが真相への手掛かりになると考えていた。

 

サクヤ「あの時の貴女は様子がおかしかったって事も気になるの。お願い。貴女に何があったのか…教えて欲しいの。」

 

 真剣な目でサクヤがまっすぐアリサを見る。対してアリサは『助けて』と言いたげな目線をユウキに送る。

 

ユウキ「アリサ。ここで逃げちゃいけませんよ?大丈夫、俺が傍にいるから。」

 

 そう言われて、怯えながらもサクヤを見る。

 

アリサ「私が…定期的にメンタルケアを受けている事は…ご存知ですか?」

 

サクヤ「ええ、ツバキさんとリンドウから聞いてるわ。」

 

 『詳しい事は聞いてないけどね』とサクヤは最後に付け足した。

 

アリサ「私が両親をアラガミに殺された後、私は精神的に不安定になってしまい、入院生活をしていました。」

 

 意を決してアリサはメンタルケアを受けている原因となった両親の死を語り始める。サクヤ、ユウキは話を遮ることなく、聞きに徹している。

 

アリサ「そんな生活が何年か続いて、私が新型神機の適合候補者だと分かったんです。その後、フェンリル所属の病院に移送されました。そこで神機使いになるまでに、アラガミの事や戦い方の勉強をしました。」

 

サクヤ「そうだったの…ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまったかしら。」

 

 アリサが粗方語り終えると、サクヤも何があったのか察しがついた。だが、両親の死がトラウマを与えたとしても、それがリンドウを死に至らしめる事にどう繋がるのか分からない。

 兎に角続きを聞いて手掛かりを掴みたい。

 

アリサ「いえ、フェンリルの病院で主治医をしてくれた先生もいい人だったので、あまり苦痛だとは思いませんでした。極東支部にも、一緒に赴任してきてくれました。」

 

 ここでユウキがサクヤにアイコンタクトを送る。サクヤもそれを察してこの主治医が何かしたと気が付いた。

 

サクヤ「主治医?どんな人かしら?」

 

 どうにかして主治医に何をされたのか知りたい。少し踏み込んでその主治医の事を質問をしてみた。

 

アリサ「医療班の大車先生です。ご存知ないですか?」

 

サクヤ「ええ、会ったことはないわ。ごめんなさい。続けてもらえるかしら?」

 

 名前は分かった。ここから調べあげることができれば手掛かりが得られそうだ。そう思っているとアリサが話を続ける。

 

アリサ「神機の適合候補者だと分かった時、大車先生に戦わせて欲しいって頼み込んで、薬でどうにか症状を抑ることで戦場に出られるようにしてくれたんです。」

 

 そうまでしないとて戦えない状態だったようだ。それでも戦場に出たのは余程アラガミが憎かったのだろう。目の前で両親を殺されればそうなるのも不思議ではない。

 

アリサ「なのに!あの時『何故か』リンドウさんが仇だと思い込んでしまって!」

 

 そこまで話すとアリサは頭を抱えて震えだした。

 

サクヤ「混乱させてごめんなさい。後…頼んでもいいかしら?」

 

ユウキ「わかりました。」

 

 そう言うとサクヤは部屋を出ていった。

 

アリサ「こ、これで…よかった…ですよね?」

 

ユウキ「うん。よく頑張りました。」

 

 トラウマを語るには当時の事を鮮明に思い出す必要がある。アリサにとってそれは何より辛い事であり、二度と思い出したくない事だった。それを人殺しに利用され、真相を知りたいと言う者が現れた。真実に繋がるトラウマを語ると言う形で、アリサは責任を果たしたのだ。

 だが、一つサクヤに伝えてないことがある。正確にはアリサ自身も分かってない事だ。それを伝えにサクヤを探しに向かう。

 

ユウキ「ごめんなさい、アリサ。サクヤさんに少しだけ話があります。すぐに戻るから待っててください。」

 

 そう言い残してユウキはサクヤの部屋に向かった。

 

 -サクヤの部屋-

 

ユウキ「サクヤさん、居ますか?」

 

サクヤ「ユウキ?入って。」

 

 サクヤから入室の許可を貰い、部屋に入った。かなり綺麗に整理された部屋でゴミひとつ落ちていない。リンドウの部屋もそれなりに整理されていたが、ビールの空き缶が机に放置されていたりした事を思い出した。

 

サクヤ「何かしら?」

 

 そこでユウキは自分が『体験した』アリサの過去を話した。一緒に遊んでた両親が喰われたこと、強い恨みと憎しみを胸に神機使いになったこと、そして大車に洗脳された事、感応現象で知った事を洗いざらい話した。

 

サクヤ「そう…不思議ね…触れあうだけで気持ちが通じ合うなんて。その能力で大車って人がアリサを洗脳したって分かったのね。」

 

ユウキ「はい。」

 

サクヤ「教えてくれてありがとう。それにしても、このタイミングで帰国だなんて、あまりにも都合が良すぎるわね。」

 

ユウキ「ええ、逃走のタイミングも偶然にしては出来すぎてます。」

 

 恐らく始めからアリサが目覚めなければ一緒にロシアに逃げ、そこで始末する予定だったのだろう。

 しかし、ユウキがアリサを目覚めさせ、急遽探りを入れられる前に逃げた。といった所だろうか。

 2人が同じ事を考えていると、不意にサクヤがなったこと話しかけてきた。

 

サクヤ「ねぇ、アリサの事頼んでもいいかしら?貴方の事は信頼してるみたいだし…今はあの子の傍に居てあげて。」

 

ユウキ「そのつもりです。」

 

 最初から『放っておく』気はない。迷うことなく返事をする。

 

サクヤ「大車の事はこっちで調べてみるわ。何か分かったら、ちゃんと連絡するから。」

 

ユウキ「お願いします。」

 

 ユウキとしても大車の事を調べる宛がないため、この申し出はとてもありがたいと思った。

 会話が終わり、ユウキはサクヤの部屋を出ようとすると、サクヤに呼び止められた。

 

サクヤ「その、ユウキには辛く当たっちゃったわね…ごめんなさい。」

 

ユウキ「いえ。気にしてませんよ。」

 

 本心からの言葉を返してユウキは今度こそ部屋を出ていった。

 

To be continued




 今回でアリサの口からトラウマを語り、それがきっかけでサクヤが真実に一歩近づきました。
 自分なりの解釈ですが、トラウマと言うのは語ることさえ出来ないようなものだと思ってます。そんなトラウマを語ると言うのはとてつもなく辛い事だと思いますが、どうにか乗り越えられる様な話を今後展開していきたいです。
 最近戦闘面でご都合主義がひどくなってる気がする。かといって一撃でも食らえばあの世行きだし...どうしよう(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission20 守る力を

ついにアリサ復帰です。自分の犯した過ちを認めて、一歩前進する回となっております。


 -エントランス-

 

 リンドウの捜索が打ち切られて1週間が経った。打ちきり当時は生きていると信じていた者達もリンドウが死んだと受け入れ始めていた。そんな中で、リンドウが居なくなる前のアラガミを倒し続ける日常が戻ってきた。

 現在、エントランスには訓練を中断して、その間に神機の簡易整備をしてもらっているユウキが休憩がてら缶ジュースを片手に出撃ゲート前で佇んでいる。するとコウタが話しかけてきた。

 

コウタ「今日も訓練?」

 

ユウキ「うん。」

 

コウタ「あんまり無理するなよ?俺から見たってかなりのオーバーワークだし…いつか体壊さないか心配だよ…」

 

 ユウキの訓練漬けの生活はもう日常化している。それは一部の人間には知られており、支部内にいるときは訓練室に行けば会えると言われる程だ。

 

ユウキ「分かってる。ちょっと無理する程度だから…大丈夫だよ。」

 

 口ではそう言っているが、実際はかなりの焦りや不安から、『ちょっと』無理する程度では無くなってきている。リンドウの様なベテランの神機使いでも死ぬときは死ぬのだ。そう思うと、次は自分の番になるのではないかと怖くてたまらない。

 そんな事を考えていると、エレベーターの扉が開いてアリサが出てきた。

 

ユウキ「アリサ。」

 

 ユウキの声を聞いて一瞬嬉しそうな顔をしたが、コウタが横に居る事に気が付くと、俯いて視線を合わせないようにした。他人の視線が酷く恐ろしく感じてまともに目を合わせる事が出来ない。そのままユウキとコウタの前まで着て、報告すべき事を報告する。

 

アリサ「…本日付で、原隊復帰となりました。また、よろしくお願いします。」

 

 アリサが暗い表情のままで報告する。

 

コウタ「本当?実戦にはもう出られるの?」

 

アリサ「…いえ…まだ…です…」

 

コウタ「…そっか…」

 

 会話が途切れて沈んだ空気の中、突如大きな声で話し声が聞こえてきた。

 

神機使い1「おい聞いたか?この間入ってきた新型の女…やっと復帰したらしいぜ。」

 

神機使い2「ああ、リンドウさんを新種のヴァジュラと一緒に閉じ込めて見殺しにした奴だろ。」

 

神機使い1「ところが、あんなに威張り散らしてたくせに、精神不安定で結局戦えなくなったんだとよ。」

 

神機使い2「あっははは!!なんだ!口ばっかりじゃねえか!」

 

 アリサに聞こえるように心無い罵声を飛ばしてくる。アリサ自身こうなって当然だと思っていたが、実際に目の前で言われるとかなり辛い。正直今すぐにでも逃げ出したかった。

 

アリサ「あなたも…笑えばいいじゃないですか…」

 

 泣きそうな顔になってコウタに自分を笑えと言ってきた。いっそのこと盛大に笑われば気も楽になれる。そう思っての発言だった。

 

コウタ「俺たちは笑ったりしないよ。な?ユウキ!」

 

ユウキ「うん。特別面白い話じゃなかったしね。」

 

コウタ「いや、その答えは何かズレてるだろ…」

 

アリサ「…」

 

 何とかアリサを元気付けようと一切持ち合わせていない笑いのセンスでどうにか引っ張り出したボケも、コウタの呆れが籠ったツッコミで真面目に返された。

 依然アリサは暗いままで、口を閉じている。

 

コウタ「あーえっと…それより、リンドウさんがやられた新種のヴァジュラ!」

 

 コウタがその場の空気に耐えきれなくなって話を振るが、その話題はアリサにとって、その後どうなったか知りたい話題であると同時に触れられたくない話題だった。

 

アリサ「!」

 

ユウキ「!!待ってコウタ!!」

 

 アリサは顔を上げるも、どこか複雑な感情が見え隠れしている表情になり、ユウキはアリサのトラウマを刺激するのではないかと思い、止めようとするが制止も虚しく、コウタは何か焦りながら話を続ける。

 

コウタ「ここ最近欧州でも目撃報告があったみたいだね。ここに来て新種との遭遇例が増えているのは何かの兆しなのかもしれないねー!なんて…」

 

 狼狽えながら話を続けているが、どこか空回りしているように感じる。その空気を感じ取ったのか、唐突にユウキの方を見て、肩を叩いた後両手を合わせる。とても鮮やかな流れだった。

 

コウタ「スマン。後は頼んだ…」

 

ユウキ「え!?ちょっ!!」

 

 この気まずい空気のまま置いて行かないで欲しかったが、そんなユウキの思いとは裏腹にコウタは去っていった。

 呆然としてるとアリサが話しかけてきた。

 

アリサ「あの…お願いがあるんです…」

 

 どこか言いにくそうにアリサが言葉を一旦区切る。

 

アリサ「えっと…その…私に、もう一度ちゃんと、戦い方を教えてくれませんか?今度こそ…本当に…本物の自分の意思で、大切な人を守りたいんです!」

 

 そう言うアリサは強い意思が宿った目をユウキに向ける。『大切な人を守る』と言っていたが、言葉で言うほど簡単な事じゃない。リンドウの一件でそれはユウキやアリサを含め、皆嫌と言うほど分かっただろう。なによりアリサは自分の心の弱さを利用され、奪う側に立った事を後悔していた。

 しかし、このまま何も出来ない、何もしないままでは変わる事は出来ない。自分の手の届く人を失って後悔しないように、それが何処かで償いに繋がると信じて戦い方を教えてくれとユウキに頭を下げて頼み込む。

 

ユウキ「分かりました。俺で良ければ、教えられる事…全部教えます。」

 

 そんなアリサの心情を察したのか、微笑みながら了承する。

 

アリサ「あ、ありがとうございます!」

 

 パッと顔を上げてお礼を言う。断られると思っていたのか、安堵した表情をしていた。その後何やら言いづらそうに会話を続ける。

 

アリサ「あ!お願いしておいてこんな事を言うのも失礼かも知れませんが…少しだけ時間を貰えませんか?その…やっておきたい事があるんです。」

 

ユウキ「分かりました。先に行って準備しますね。」

 

 そしてアリサはエレベーターに乗って何処かへ行った。ユウキはアリサとの任務に行くため、出撃ゲートに向かう…前に手に持った空き缶を捨てようとエントランス下階に空き缶を投げた。

 

神機使い1「いてっ!!」

 

神機使い2「っつ!!」

 

 投げた空き缶は先程アリサに罵声を浴びせた2人の神機使いの頭に当たってからベンチ横のゴミ箱に入った。

 

神機使い1「何しや…がる…」

 

神機使い2「やりやがったなこの人…形…」

 

 息巻いて反撃しようとしたが、ユウキの顔を見た瞬間に大人しくなった。彼らを見るユウキの目はいつかのように威圧的な目だった。下から見上げているため目元まで影が掛かり、暗がりの中ユウキの茶色の目がだけが不気味にギラついていた。『次は無い』と視線が物語っていた。

 視線だけで2人を威圧した後、興味が失せたように振り返って出撃ゲートを潜った。

 

 -役員区画-

 

 アリサは役員区画である人物を探していた。一通り探してみて見付からなかったので、出直そうとエレベーターまで戻ると、既にエレベーターは下まで行ってしまったようなので、戻ってくるの待っていた。

 しばらく待っているとエレベーターが戻ってきた。扉が開くとそこには探していたツバキが現れた。

 

ツバキ「アリサ…お前がここに来るにはまだ早いぞ?何かあったか?」

 

 ツバキはいつもの口調で、役員区画に居る理由を訪ねてきた。扉が開いたらまさか探していた人物が居るとは思っておらず、面食らってしまったが、ツバキがエレベーターから降りると、キャスケットを脱いで勢いよく頭を下げた。

 

アリサ「ごめんなさい!!」

 

ツバキ「!?」

 

 いきなり頭を下げてまで謝られたため、今度はツバキが驚く事になった。だが、謝る理由に思い当たる節があったので、平静を保ってアリサの話を聞く。

 

アリサ「今回の…リンドウさんの件は、私の…私自身の心の弱さが引き起こしたものです。」

 

 頭を下げたまま今回の事件が起こるきっかけとなった、アリサの過去を語り始める。

 

アリサ「両親の死がトラウマになって、その事を忘れるためにメンタルケアを受けて、本当にあのときの恐怖を忘れてしまいました。」

 

 語り続けるアリサに対してツバキは聞きに徹する。

 

アリサ「でも…あの日、あの新種を見たとたんに、その事を思い出して…怖くなって、その後何故かリンドウさんが両親を殺したアラガミだと思い込んでしまったんです。そして…リンドウさんに…銃を…」

 

 少しずつ声が弱々しくなっていく。こうして話していくうちに自分が何をしたのかハッキリと認識していき、罪悪感に押し潰されそうになっていく。

 

アリサ「謝って済む事じゃないことは…分かっています。でも、何も感じてないと思われるのも…嫌なんです。」

 

 『謝って済む事ではない』そう言いながら、自分は取り返しのつかない事をしたのだと実感した。

 

アリサ「自己満足にしかならない事は承知しています。それでも…最低限…謝らせて下さい。」

 

 最後まで語り終わって沈黙が流れる。しばらくすると今度はツバキが口を開く。

 

ツバキ「…顔を上げろ。アリサ。」

 

 先と変わらぬ口調でアリサに語りかける。言われた通りに顔を上げる。どんな罵声が飛んで来るのかと思い怖かったが、思っていた以上に落ち着いた様子で内心驚いた。

 すると、今度はツバキが話を始める。

 

ツバキ「確かにお前のやっている事は自己満足に過ぎない。お前は謝ってスッキリするかも知れないが、それでリンドウが帰ってくる訳でもない。」

 

 正直、被害者の遺族からしたら謝られても困るというのが本音だった。謝ってもリンドウは帰ってこない。ツバキの言う通り、被害者側の人間が謝罪を望んでいなければ、謝罪はあくまで加害者側の自己満足にしかならないのだ。

 だが、アリサの謝罪したいと言う意思を突っぱねる訳でもなく、さらに話を続ける。

 

ツバキ「だがあれだけの事を仕出かしておきながら、謝罪もしないような奴だったら…私はお前を見下げていた。お前がリンドウにやったことを受け止めて、忘れないでいてくれれば…私はそれでいい。」

 

 遠回しに許してやると言っていた。ツバキもリンドウも、遠回しに伝えたいことを伝える辺り、やはり姉弟といったところか。

 アリサもその言葉の意味するところを察して、不謹慎かもしれないが少し嬉しくなる。

 

アリサ「ツバキさん…」

 

ツバキ「さぁ!神裂を待たせているのだろう?早く行ってやれ。」

 

アリサ「はい。」

 

 返事をするとアリサはエレベーター乗ってユウキの元に向かった。

 

 -嘆きの平原-

 

 アリサの特訓のために、ユウキとアリサは嘆きの平原まで実地演習に来ていた。今回の討伐対象はシユウ1体となっている。未だシユウは現れない。そのため、待機ポイントで標的が現れるまで待っている。

 静かにして待っていると、不意にアリサが話しかけて来た。

 

アリサ「すいません。こんなことに付き合わせて…」

 

ユウキ「構いませんよ。手を貸すって約束しましたからね。」

 

 ユウキが微笑みながら答えると、それに釣られてアリサも軽く微笑み返す。だが、一瞬間を置いて俯いてしまった。

 

アリサ「もう後悔したくない…自分の手で、自分の意思で戦えるようになりたいんです…」

 

 アリサが改めて決意を固める。

 

  『グオオォォォ…』

 

 アラガミの鳴き声が聞こえてくる。その後すぐにシユウが現れた。すると、アリサの呼吸が荒くなった。

 

アリサ「はぁ…はぁ…う!…あぁ…」

 

 アリサから血の気が引いて、再び錯乱しそうになる。

 

アリサ(パパ…ママ…やだ…怖い…怖いよ…!)

 

 両親が殺された事を思い出し、また誰か身近な人が目の前で死ぬかもしれない。或いは自分が殺されるかも知れない。そんな場面を想像してしまい、恐怖で体が言うことを聞かない。

 

ユウキ「アリサ!」

 

 ユウキはアリサの名前を叫び、アリサの肩を掴み、ユウキの方を見るようにする。

 

ユウキ「落ち着け!落ち着いて深呼吸して!」

 

 言われた通りに深呼吸する。そうしていると、少しずつ呼吸が整ってきて、大分落ち着いて来た。

 

ユウキ「大丈夫!アリサが戦えるようになるまでは俺がアリサを守るから…だから、絶対に2人で生きて帰るぞ!」

 

アリサ「は、はい。もう…大丈夫です。」

 

 大丈夫と聞いたらので、ユウキはアリサから手を離す。すると、不意にアリサが話しかける。

 

アリサ「強い…ですね。」

 

ユウキ「え?」

 

 アリサが何を言いたいのか分からずに聞き返す。

 

アリサ「これから命懸けの戦いをするのに…こんな風に他人を気遣える。そんな事が出来る貴方はやっぱり強い心の持ち主なんですね。」

 

ユウキ「…そうでもないですよ。俺はただ…自分が死ぬのも誰かが死ぬのも嫌なだけなんです。本当は俺も、自分が死ぬかもって思うと怖くてたまらないんです。戦わずに済むなら…戦いたくない。でも、この世界で戦わなければ…待ってるのは…死だ。」

 

 この世界での戦えない者の末路は想像するに容易い。アラガミに対抗できる手段を持たないため、ひたすら蹂躙されるだけだ。そんな世界で生き残るには戦う力が必要だ。ならば、その力を持っているなら生きるために戦う意外に選択肢はないのだ。

 

ユウキ「戦わなければ生き残れないなら、どんな奴とだって戦う…全力で死に抗ってやる…」

 

 このとき、アリサはユウキの表情が険しくなったのを見て、彼の生きる事への執着、その鱗片を垣間見た。

 

ユウキ「よし!早速今の俺が教えられることの1つを教えます!」

 

 先の雰囲気からガラッと変わっていつも通りの口調と表情になっていた。

 

ユウキ「第一部隊の命令は3つ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そして隠れろ。運がよければ不意をついて…ぶっ殺せ!」

 

アリサ「その命令は…」

 

ユウキ「うん。リンドウさんが最初に出した命令だよ。あ、でもこれじゃあ4つですね…」

 

 リンドウが初めてユウキと任務に行ったときに出した命令を、今度はユウキからアリサに出す。生きて帰る。それを守らせるための命令だ。

 

ユウキ「今回の任務では生き残る事さえ考えてくれればいい。あとは実戦の空気を思い出しながら動いてみて。」

 

アリサ「は、はい!」

 

ユウキ「よし!行こう!」

 

 ユウキが待機ポイントから飛び降りてシユウに向かって走り出し、アリサもそれに続く。

 それに気が付いたシユウがいきなり滑空して距離を詰めてきた。

 

ユウキ「チィ!」

 

アリサ「キャア!」

 

 突っ込んでくるシユウをそれぞれ横に跳んで回避する。ユウキは綺麗に受け身を取ってすぐに迎撃に向かう。だが、アリサは受け身を取れずに倒れ込む。

 シユウは受け身を取れなかったアリサに狙いをつける様に姿勢を落として構える。

 

アリサ(い、いや…来ないで!)

 

 アラガミを前にして恐怖で動けなくなる。

 

ユウキ「させるか!」

 

 迎撃体制を取っていたユウキがシユウの首を撥ね飛ばす。その勢いでアリサとシユウの間に割り込む。不意を突かれたシユウに隙が出来る。その隙を利用して、ユウキはシユウの胴体を蹴り飛ばし、アリサと距離を離す。その間にアリサは地面を這いずりながらシユウから離れる。

 アリサが離れた事を確認すると、ユウキは蹴り飛ばしたシユウに向かって走る。その間に体勢を建て直したシユウが摺り足でユウキに近づいて上段から半円を描く軌道の手刀を放つ。それをジャンプで躱すが、即座にシユウが突っ張りの要領でユウキに攻撃する。

 

ユウキ「グッ!」

 

 装甲を展開して防ぐが、間髪入れずにシユウの掌から衝撃が放たれる。

 

ユウキ「ガァ!」

 

 衝撃でユウキが吹き飛ばされて、竜巻の傍にある壁に叩きつけられる。このままではユウキが危ないと感じ、銃形態で援護しようとするも、リンドウを撃とうとした事が頭を過り撃てないでいた。

 叩きつけられた隙をついてシユウがオラクル弾を放つ。それをジャンプで躱しつつ後ろを向く。竜巻の傍にある壁は反り立つような形状をしているため、振り向いた瞬間に一気に壁をかけ上がる。

 そして壁の中腹ほど来ると、シユウの真上に跳んで、上から爆破レーザーを撃ち込む。それに被弾しながらもシユウは上空のユウキにオラクル弾を放つ。それを剣形態に変形し、装甲を展開して防ぐ。衝撃で少し上に飛ばされたが、同じ方法でもう一度攻撃出来る。そう思ったが、なぜかシユウとの距離が離れていく一方だった。

 

ユウキ「うわああぁぁ…」

 

 どうやら上に飛ばされた衝撃で竜巻に巻き込まれたらしい。必死にインパルスエッジを連射して竜巻から逃れようとする。

 その隙に、シユウはアリサに目をつけ、アリサに向かって滑空していく。

 

アリサ「ひっ!!」

 

 迫り来るシユウを目の前に小さく悲鳴を上げる。

 

アリサ(殺される!!)

 

 もうお仕舞いだと思い、思わず目を瞑る。

 

  『パァン!!』

 

 シユウの真上から銃声が聞こえてきた。その瞬間シユウの背中から爆発が起こり、地面に叩きつけられる。

 

ユウキ「間に合ええええぇ!」

 

 ユウキが空中からプレデタースタイル穿顎で急降下する。が、距離がありすぎて捕食前に穿顎が解除されてしまう。すると、神機を後ろに突き出してインパルスエッジを放つ。爆破の勢いでさらに加速し、その後神機をシユウに向かって突きつける。

 

ユウキ「らあああぁ!!」

 

 そのまま隕石のような勢いでシユウの上から神機を突き刺す。ちょうどコアを破壊したらしく、シユウは活動を完全に停止した。

 倒したことを確認すると、安心したのかアリサはその場に座り込んでしまった。

 

アリサ「すいません…結局何も出来ませんでした。」

 

ユウキ「いや、こっちこそごめん。アリサを1人にしてしまいましたね。」

 

アリサ「次は、ちゃんとサポート出来るようにします。」

 

ユウキ「うん。でも…あまり自分を追い込まないようにね?」

 

アリサ「はい。」

 

 ここでユウキがアリサに手を差し出す。少し戸惑ったが、アリサは素直にその手を取り、立たせてもらった。

 『ありがとうございます』と礼を言い、待機ポイントに向かって移動する。その間にここ最近で気になったことをユウキに聞いてみた。

 

アリサ「あ、少し気になったんですけど、時々口調が変わるのって、もしかして素が出ているんですか?」

 

ユウキ「はい。敬語は…まあ癖みたいなものですかね。」

 

アリサ「あの…私の前では素の口調で話してくれませんか?」

 

ユウキ「え?」

 

 どう言うことかわからずポカンとする。なんとも間抜けな表情をしていた。

 

アリサ「私の勝手な都合ですけど…素の口調だと、頼りがいがあって…落ち着くんです。」

 

 要するに安心出来ると言うことかだろうか?余計なトラブルにならないように今まで敬語で話してきたが、その話し方では頼りないのだろうか。

 だが、今のアリサには安心できる場所が必要だ。今はユウキしか居ないかも知れないが、そこからアリサの居場所が広がり、頼れる人が沢山居れば大車の治療の時のように依存する事も無いだろう。

 そんな事を考えていると、突然アリサが慌てたように話を続ける。

 

アリサ「ご、ごめんなさい!勝手な事を言って!さっきのは忘れてください!」

 

 断る理由がないので、忘れろと言われたが、アリサの希望通り素の口調で話す事にした。

 

ユウキ「いや。素の口調が良いなら、アリサの前ではこの話し方に変える。すぐに変えられるかは分からないけど…」

 

アリサ「ありがとうございます。こんな我儘まで聞いて貰って…」

 

ユウキ「気にするな。『仲間』…だろ?」

 

 こうして2人は極東支部に帰還した。

 -エントランス-

 

 2人がエントランスに戻ると、珍しく人が殆ど居なかった。それを確認すると、アリサは『やるべきことが残っている』と言って、帰投後にエレベーターに乗って何処かへ行ってしまった。

 そんな様子を影から見ていたコウタが、ユウキに話しかける。

 

コウタ「な、なぁ…アリサのやつ怒ってなかった?怒らせるつもりなかったんだけど…」

 

ユウキ「うん。特に怒ってなかったよ。」

 

コウタ「そっか…リンドウさんがやられた話はマズかったなぁ…」

 

 出撃前の会話で地雷を踏み抜いた事を気にしていたようだ。本人には到底聞くことは出来ないので、こうしてユウキに聞いてきたのだ。

 

ユウキ「俺としてはあの空気の中で置いていかれた事を謝ってほしいんだけどな?」

 

 ユウキがジト目でコウタを睨む。

 

コウタ「わ、わりい!あの空気に耐えきれなかったんだよ!」

 

 コウタが土下座しそうな勢いで謝ってきた。だが、実はユウキ自身気にしていなかったので、その様子をいたずらが成功したと言った感じででケラケラと笑いながらコウタをからかった。

 気が済むまで笑った後、その日は訓練室に籠ることにした。

 

 -翌日-

 

 どうやら、アリサが『やるべきこと』は大方終ったようだ。ユウキと別れた後、ツバキに謝ったように、サクヤやソーマ等のリンドウと親しい者達から始まり、支部内ほぼ全ての者に謝罪して回ったのだ。大半の者はアリサを罵ったが、中には変化を認めてくれた者もいた。

 まだまだこれから大変だろうが、今のアリサなら乗り越えられると思い、ユウキは一安心した。

 そんな中で次の実地演習に向けて、アリサとユウキはエントランスでブリーフィングを行っていた。

 

アリサ「今回の相手はコンゴウとグボロ・グボロですね。2体とも電撃による攻撃が有効です。」

 

ユウキ「うん。でも雷属性の装備を持ってないんだよな。」

 

アリサ「なら…銃撃戦になりそうですね。」

 

ユウキ「う~ん、やっぱりそうなるか…ただ、2人とも後衛ってのもな…」

 

 本来後衛は前衛の陽動があってこそ動けるものである。特に神機の銃形態では防衛行動は回避しかない。こうなると、前衛が攻撃を誘導しなければ後衛がバックアップに集中出来ず危険だ。

 

ユウキ「よし、俺が前衛でアリサが後方からバックアップ…これで行こう。」

 

 アリサの現在の状況を考えると前衛に出すよりも、後衛でバックアップ兼戦術の指示をして貰う方が良いと考えたのだ。

 配置を決めて、作戦内容が決まったが、出撃まで少し時間がある。今回の任務では雷属性の装備があればかなり有利に進めることが出来る。が、持っていない事がここで響いてくるとは思わなかった。

 

ユウキ(そろそろ属性のバリエーションを増やした方が良いか?)

 

 そこまで考えて、ふと装備で疑問に思った事をアリサに聞いてみた。

 

ユウキ「属性で思い出したんだけど、大半の神機使いは装備の強化はしても変更ってあまりやらないよな?」

 

アリサ「そうですね…装備を1つに絞るメリットとして、神機との適合率が上がりやすくなるなる事と、強化されていくスピードが段違いに早いからですね。むしろ、神裂さんみたいに装備のバリエーションを増やす人の方が珍しいですよ。」

 

ユウキ「なるほど。装備があれば臨機応変に戦えるけど、多くの装備を使う分、神機との適合率が上がりにくいのか。」

 

 通常、神機は装備される武器や装甲によってベースとなる性能が決まる。それは神機のコア、通称『アーティフィシャルCNS』が装備の特性を学習し、性能やギミックを引き出すからだ。いくつも利用すればその分学習する量が増えるので、強化のスピードが遅くなる。また、1つの装備に絞ることで、神機側が多少使用者に合わせてくれるのだ。

 

ユウキ「色々教えるって言ったけど、逆に俺が教わってばっかりだな。」

 

アリサ「そうでもないですよ?実戦のなかで様々なものを利用していて色んな発見がありましたよ。」

 

 『そっか。よかった』と呟き安堵する。実際、戦闘にならなければ教えることが出来な上、きちんと教えられているのか不安ではあった。

 そんな中、ふと時間を確認すると、出撃の時間が迫っていた。

 

ユウキ「そろそろか…よし、行くか」

 

アリサ「はい!」

 

 -嘆きの平原-

 

 現在、作戦領域内でコンゴウと戦闘している。最初にたてた作戦の通り、ユウキが前衛で、アリサが後衛を担当して戦闘している。

 コンゴウがユウキに殴りかかって来たので、それを後退して回避する。その隙をアリサが狙う。

 

アリサ(…大丈夫…やれる!)

 

 アリサが意を決して銃弾を放つ。コンゴウが苦手な雷属性の銃弾の雨がコンゴウを襲う。堪らず、コンゴウが前に飛ぶ。

 しかし、その先には神機を逆手に構えて、下から切り上げようと待ち構えているユウキがいる。そのまま抵抗も出来ずに、切り裂かれて、コンゴウは真っ二つになった。

 なんとかコアの位置を避けていたため、損傷させることなく回収し、グボロ・グボロの捜索を始める。

 3分も捜索していると、グボロ・グボロが現れた。アリサが銃弾を放って奇襲を仕掛ける。不意を突かれてグボロ・グボロが動きが止まる。

 その隙にユウキが近づいて、シュトルムを展開する。一気に距離を詰めて捕食する。その間、誤射しないよう射線をユウキからずらすように移動して撃ち続ける。

 鬱陶しく感じたのか、グボロ・グボロはじたばたと暴れ始めた。ユウキは少し後ろに下がりつつジャンプして躱す。遠距離攻撃をしているアリサには当然意味がない。ユウキが跳んでいる間に、グボロ・グボロの砲身がユウキの方を向く。その瞬間、神機を振り下ろし、砲身を捉える。そのまま捉えた場所を軸にして飛び上がる。

 即座に後ろに穿顎を展開しつつスタングレネードを準備する。背ビレを喰らい、そのまますれ違い様にスタングレネードを投げつける。

 嘆きの平原は常に厚い雨雲が掛かっているため、とても暗い。そんな状況で突然の閃光で、いつも以上に視力の回復が遅くなる。その隙にラストスパートをかけるようにアリサが神機を吹かし、ユウキが滅多切りにする。

 

ユウキ「おらぁ!」

 

 ユウキの気合いが入った一撃でグボロ・グボロは上下に別れて倒された。任務が終了し、2人は撤退した。

 -3日後-

 

 その後もアリサと中型、小型種の討伐任務に向かい、少し感覚が戻って来たようだ。今日はアリサが復帰してから初の大型種の討伐任務となる。現在、その任務のブリーフィングをエントランスで行っていた。

 

アリサ「ボルグ・カムランが相手ですね。やはりセオリー通り氷属性か雷属性で攻めるべきでしょうか?」

 

ユウキ「その方が良いでしょう。俺も交戦経験は1回しかないし、下手に奇抜な事をしないで、堅実に行った方が良いと思う。」

 

 実際、以前戦ったときはまぐれで生き残ったようなものだったため、不安はぬぐいきれなかった。しかも、このボルグ・カムランは2人にとって相性最悪とも言える相手だった。

 

アリサ「なら、今回の問題点は敵の硬さですね。」

 

ユウキ「だね。斬撃も銃弾もなかなか通らない。今回はアリサも前線に出る可能性も視野にいれないとな。アリサ、行けそう?」

 

 アリサの精神状態を考えると、前線に出すのは危険だと思ったが、今回の相手は長期戦になると考えられるので、恐らくアリサの神機のオラクルが持たないだろう。

 

アリサ「…はい。やります。」

 

 アリサが強い目でユウキを見てハッキリと答える。できる、できないではなくやると言ってきた。ここはアリサを信じて、前線に出す作戦を考えるべきだろう。

 アリサを前線に出す事を前提にした作戦に組み直す必要がある。するとアリサがやや自嘲ぎみな表情をして話しかける。

 

アリサ「こうやって考えてみると、私の教えてもらった戦術は本当にアラガミを倒すことしか考えていないんですね。現地の情報や時間帯によってもこちらの動きやすさが変わってくる事を考えると、戦術を組むと言うのは難しいですね。」

 

 アリサの教わってきた戦術はあくまでアラガミを倒す事に特化している。そのため、防衛や偵察では真価を発揮しないのだ。それでも以前のアリサはアラガミを倒せば全て丸く収まるとして、どんな任務でもアラガミを倒す事を最優先としていたのだ。

 

ユウキ「俺の感覚だけど、アリサの教わった戦術は何も障害がない状態で真正面からアラガミを叩き潰す事に特化していたんだと思う。任務内容によってはそれが危険な場合もあるから…そこは使い分けが必要だな。」

 

アリサ「そうですよね…任務中には不測の事態が起こりえるものですからね。」

 

ユウキ「そうだね。でも、俺やタツミさんも思っていることだけど、その歳でそこまで突き詰めた戦術が身に付いている事はすごい事だと思う。」

 

アリサ「あ、ありがとうございます…」

 

 素直に褒められてアリサの顔が赤くなる。

 

ユウキ「そろそろ時間だ。行こう。」

 

 ふと時計を見ると出撃の時間が迫っている。戦術を練っていないため、不安はある。スタングレネードとホールドトラップを持てるだけ持って任務に向かう。

 

アリサ「はい!」

 

 そして2人は出撃ゲートを潜った。

 

 -愚者の空母-

 

 待機ポイントに着くと、遠目でボルグ・カムランを発見した。どうやら食事に夢中なようだ。

 

ユウキ「よし、俺が最初に前線に出て陽動するから、アリサは高低差を利用して隠れながら遠距離攻撃…オラクルが尽きたら俺と交代するって事で。」

 

アリサ「はい。」

 

 結局現地についてもまともな作戦が思い付かなかったため、簡単にお互いの立ち回りを決めるだけとなった。

 実際、こんな状態では不安しかないが、来てしまった以上アイテムを駆使して倒しすかない。

 ユウキがボルグ・カムランのすぐ近くまで接近して、チャージ捕食を展開する。今回は大捜索後に正式に解放された『ミズチ』ではなく、いつもの『壱式』を使用している。今回は広範囲を捕食する必要がないことと、ボルグ・カムランの堅さを考慮しての事だった。

 壱式で足の関節を狙って捕食する。これでユウキはバーストしたが、ボルグ・カムランも気がついて襲ってくる。だが、今はアリサの支援が届く範囲で戦いたい。一旦後退して、橋と船が接触している辺りまで戻る。

 

ユウキ「アリサァ!」

 

アリサ「行きます!」

 

 アリサが神機を吹かし、総攻撃を仕掛ける。だが、前面に盾を構えられてまともにダメージが入らない。

 

ユウキ「構うな!撃ち続けろ!」

 

 効いていないにも拘らずそれでも撃てと指示を出す。アリサは何か策があると信じて撃ち続ける。ユウキは依然盾を構え続けるボルグ・カムランの盾を蹴り上がり、盾の真上に跳ぶ。

 

ユウキ「吹っ飛べ!!」

 

 神機を構えてインパルスエッジを発射する。すると盾が砕けて、結合崩壊を起こす。爆破の勢いで回転しながらボルグ・カムランの方へ跳ぶ。胴体の上まで来ると、回転の勢いを利用して斬りつける。

 

  『キィン!』

 

ユウキ(くっ!硬ってぇ!)

 

 無慈悲にも金属音が響く。斬った場所も申し訳程度に傷がついているだけだった。だが、破壊力のある一撃なら攻撃が通りそうだと分かった。

 

  『キシェアアア!!!』

 

 不気味な奇声をあげてボルグ・カムランが活性化する。ボルグ・カムランはユウキの方を向いて突然頭を下げ始めた。何をしているのかと考えた瞬間、頭から大きな針を飛ばしてきた。

 

ユウキ「!!」

 

 驚きこそしたが、ある程度規則的に飛んできているため、どうにか掻い潜りながらも近づいていく。ボルグ・カムランの眼前まで来ると、切り上げつつ変形させて、アラガミバレットを放つ。先程ボルグ・カムランが放った針と同じものを撃ったが、ボルグ・カムランの頭に当たって突き刺さるだけだった。やはり相当堅いらしい。

 対してユウキが撃った衝撃で後ろに飛んだ。それと同時にスタングレネードを投げつける。ちょうどボルグ・カムランが盾を構えるが僅かに遅く、スタングレネードが盾の内側に吸い込まれて爆発した。

 

ユウキ「アリサ!」

 

アリサ「はい!」

 

 この隙にユウキとボルグ・カムランの後ろで撃ち続けていたアリサが交代する。目が眩んで動けないボルグ・カムランをアリサがチャージ捕食でバーストする。

 ちょうど動けるようになったボルグ・カムランがアリサを狙って尻尾の針で突き刺す。だがそれを横に跳んで綺麗に躱して、ボルグ・カムランに接近する。

 ユウキはそれをサポートするため、ボルグ・カムランの後ろに爆破レーザーを打ち込むと、その衝撃でボルグ・カムランが怯む。

 その隙をついてアリサはボルグ・カムランの懐に入り込み、ボルグ・カムランの頭を斬るが、金属音がするだけで薄く傷がつくだけだった。

 

アリサ「くっ!!神裂さん!交代してください!リンクバーストします!」

 

 ユウキがアリサの方に走り、アリサはユウキに向かって走る。それをボルグ・カムランが追走する。

 ユウキがアリサとすれ違い様にホールドトラップを仕掛け、一度ユウキも下がる。すると、ボルグ・カムランがトラップに掛かる。

 アリサからの受け渡し弾を受け取り、リンクバーストLV3が発動する。いつも以上に力が湧いてくるのが分かる。

 

  『ブチッ』

 

 ユウキの中で何かが千切れる様な音がした。

 

ユウキ「あああぁぁぁ!!!」

 

 ボルグ・カムランの盾の隙間を縫ってユウキが全力の一撃を振るう。

 

  『ブシァ!!』

 

 今まで斬撃が効かなかったにも拘らず、たったの一撃でボルグ・カムランの巨体が血を吹き出して切り捨てたられた。

 

  『ズガアァン!!』

 

 ボルグ・カムランが斬り倒された瞬間に、その後ろから何かを破壊する音が聞こえてきた。少し待っていると、砂埃が晴れて状況の確認が出来るようになる。そこにはボルグ・カムランと同じ切られ方をした廃墟があった。あまりの威力の高さに2人とも唖然としていた。

 

アリサ「あ、お、終わり…ですよね?」

 

ユウキ「あ、ああ。終わりだな…」

 

 我を忘れていたが、どうにか落ち着いて任務が終了したことを確認し、コアを回収した。

 

アリサ「あの、神裂さん。」

 

 不意にアリサが話しかける。

 

ユウキ「なに?」

 

アリサ「あの、神裂さんの事、下の名前で…ユウキって呼んでも良いですか?」

 

 ここまで復帰の手伝いをして貰って、苗字呼びと言うのはなんだか素っ気ない気がした。それ以外にも親しくなりたいと思っての提案だった。

 

ユウキ「ああ。いいよ。」

 

アリサ「ありがとう…『ユウキ』。」

 

 許可も出たので早速名前で呼んでみた。

 

アリサ(あ、あれ…?)

 

 だが、アリサには何か違和感があった。それを誤魔化す様に先に待機ポイントに向かって移動する。

 

アリサ「さ、さあ!任務も終わった事ですし、帰還しましょう。」

 

ユウキ「ああ。」

 

 ユウキがその後ろに続いて移動する。

 

アリサ(なんでだろう…名前で呼んだだけなのに…すごく恥ずかしい…)

 

 待機ポイントに戻る間、アリサの顔は真っ赤になっていた。

 

 -極東支部-

 

 極東支部に着くとアリサがユウキを呼び止めた。

 

アリサ「あの…これまで私の都合に付き合ってくれて本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが、受け取ってほしいものがあるんです。ついてきてくれますか?」

 

 そう言われてついていく。目的地は整備室のようだ。神機の整備をしているのだから、当然リッカがいる。

 アリサは整備室に着くと真っ先にリッカに話しかける。

 

アリサ「リッカさん。うまくいきましたか?」

 

リッカ「うん。我ながら良い出来だよ!」

 

アリサ「渡したいものと言うのはこれなんです。」

 

 そう言うとアリサとリッカが下がり、あるものが目に止まる。その先にはアリサが使っている装甲と色違いの蒼い装甲が鎮座していた。

 

アリサ「『ティアストーン』…受け取って貰えませんか?」

 

 鮮やかな蒼い色をした装甲はティアストーンと言うらしい。

 

アリサ「ティアストーンは元々私がロシア支部にいた時に使ってたんです。ただ、ロシアを出る直前に色々あって壊れてしまって…でもティアストーンにはたくさん守ってもらいましたから、名残惜しくて修理してもらっていたんです。ユウキに是非、使ってもらいたいんです!…使っていただけますか?」

 

ユウキ「…」

 

 どうやら思い出の品らしい。しかし、それを聞かされている本人は、半分ほど聞き流してしまっていた。

 その沈黙を受け取りの拒否だと思い、アリサの表情が一気に暗くなる。

 

アリサ「やっぱり…私のお古なんて…嫌ですよね…」

 

ユウキ「あ!いや…綺麗だったからつい見とれてて…本当に貰って良いのか?」

 

 聞き流していたが、思い入れのある物だとは分かっている。そんな物を貰うと言うのはどうにも抵抗がある。確認のため貰って良いのか尋ねる。

 

アリサ「はい!是非使ってください!」

 

ユウキ「ありがとう。リッカ!」

 

リッカ「オッケー!早速装備を変更するよ!」

 

 翌日、ユウキの神機には蒼い装甲が取り付けられていた。

 

To be continued

 




 アリサの復帰についてですが、原作ではツバキさんに謝罪している描写が無かった筈なので、自分なりに書いてみました。
 罪を認めてトラウマを克服する事で成長するところが描けていたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission21 克服

今回はアリサの正式な実戦復帰回です。



 -エントランス-

 

 アリサが原隊復帰してから1週間がたった。この1週間、ツバキの手伝いをしながら訓練をしたり、誰かと一緒に任務に行って手伝いをする等して、少しずつアリサの変化を認める者が増えてきた。

 そんな中、書類を抱えたアリサとツバキ、それからソーマ以外の第一部隊が出撃ゲート前でこれから行う任務の説明を受けている。

 

ツバキ「贖罪の街付近にて、外部居住区への侵攻ルートをたどるヴァジュラが1体確認された。比較的時間はあるが、3時間後には作戦領域に侵入する。ここで仕止めて居住区への侵入を防ぐのが今回の任務だ。何か質問はあるか?」

 

 『質問はあるか』と言う問にユウキが軽く手を挙げて発言する。

 

ユウキ「えっと、質問と言うより提案なんですが…今回の任務にアリサを参加させてはいかがでしょうか?」

 

コウタ「そうだね!ちょっと前からちゃんと謝りに行ったり、色んな人の任務を手伝ったりして、頑張ってるんだし…そろそろ正式に実戦に復帰しても大丈夫だと思います。」

 

 ユウキの提案にコウタも同意する。コウタもまた、変わろうと努力するアリサを見ていたので、アリサの変化を認めていた。

 

ユウキ「もっとも…こちらも強制する気はありません。あくまでアリサの気持ち次第ですが…」

 

 だが、今回の相手はアリサが錯乱する引き金となったアラガミと容姿が似ている。そこから再び錯乱する可能性も捨て切れない。ここはアリサ自身の問題になるので本人が決めなければならないが、まだ無理だと感じた場合の逃げ道としてアリサの気持ちを尊重するとしたのだ。

 

ツバキ「そうか…サクヤ、お前はどうだ?」

 

サクヤ「…異論はありません。今の彼女なら、大丈夫だと思います。」

 

 若干の不安はあったが、サクヤもアリサが自分の過去と向き合い、変わったと認めて、出撃しても問題ないと判断した。

 

ツバキ「だが、今回のターゲットは『アレ』と同型の固体だ。行けるか?」

 

 だが、今回アリサが任務に参加するにあたって最大の懸念が、トラウマを呼び起こしたアラガミと同型であることだ。他の個体であれば問題ないのだが、同型となると少し心配になる。最後の確認として、ツバキがアリサ本人に選ばせる。

 

アリサ「行きます…自分の弱さを克服するためにも…行かせてください!」

 

 アリサは強い意思を示して承諾する。もう止める必要もないだろう。ツバキはそう考えてアリサを参加メンバーに加える。

 

ツバキ「よろしい。だが、くれぐれも無理はするなよ?」

 

アリサ「はい!」

 

 一応心配ではあるので、メンタルに異常を感じたらすぐに戻るように言い付ける。アリサの参加が決まり、作戦の説明も一通り終わったところで、コウタが声をかける。

 

コウタ「俺が居るから大丈夫!ここで頑張って『汚名挽回』しようぜ!」

 

ユウキ「…『汚名返上』だよ?」

 

 アリサが同行する事になり、コウタの口調が弾んだものになる。仲間が周りに認められると実感して、喜んでいるのだろう。

 …一応コウタが間違えた四字熟語に対してツッコミを入れておく。

 

アリサ「そうですね…ここで成果を出して、少しでも信頼を取り戻さないと…」

 

サクヤ「気持ちは分かるけど、あんまり気負いすぎないでね?」

 

アリサ「はい。」

 

 少し気楽に行くくらいが今のアリサには丁度いいのだろうが、どこか緊張したような雰囲気を出していた。それを感じ取ったサクヤがアリサにフォローを入れる。

 

ツバキ「2時間後に出発する。それまでに準備をしておくように。」

 

サクヤ「さ、準備に取り掛かりましょ!」

 

 サクヤの声がかかると同時に各々準備を始める。

 -贖罪の街-

 

 第一部隊は出撃準備を終えて、作戦領域に到着した。今回の任務ではユウキが前衛でアリサが遊撃、サクヤとコウタで後衛を担当するという段取りになっている。

 ユウキが先行して周囲を策敵し、最後尾のアリサが後ろ、真ん中のコウタ、サクヤの2人が左右の警戒をしている。

 が、一通り見回ってみたが標的が見つからない。

 

ユウキ「見当たりませんね…」

 

サクヤ「まだ作戦領域に来てないのかしら…?」

 

 この会話を聞いていたのか、ヒバリから通信が入る。

 

ヒバリ『反応が疎らで確証はありませんが…最後に反応があった地点から推測すると、恐らく作戦領域内には居ると思われます。』

 

 最後に反応があった地点は作戦領域のすぐ近くだった。今まで反応があった地点を結ぶと、蛇行しながらも外部居住区に向かっていた。この事からも、作戦領域に侵入してから外部居住区に向かうと考えるのが妥当だと考えられた。

 

ユウキ「どうしましょう…散開しますか?」

 

 そう言って教会の入り口に向かうため、外側を曲がろうとしたら、突然ユウキが立ち止まり、静止をかける。

 

ユウキ「…居る。角の向こう。」

 

サクヤ「本当に?」

 

ユウキ「足音が聞こえるんです。」

 

 普通であれば疑われるところだが、ユウキは一度戦闘中に向かって来るコンゴウの足音を聞いて、コウタを逃がした実績がある。少なくとも聴覚による策敵はこの中で最も優れていると思われる。

 

サクヤ「分かったわ。アリサ、私と来て。裏側から挟み撃ちにするわ。」

 

アリサ「はい。」

 

 アリサの返事を合図に2人は反対側に向かって走っていった。こうして話している間もヴァジュラはこちらに向かって移動していたのだ。可能な限り早く前に出てヴァジュラを引き付ける必要がある。

 

ユウキ「コウタ、俺が合図したら攻撃開始…グレネードの用意もしといて。」

 

コウタ「りょーかい!」

 

 手短に指示を伝える。その指示に対するコウタの返事を聞くと同時に、教会の影から飛び出す。

 

  『ガアァァァ!!』

 

 教会の入り口近くにいたヴァジュラが、吠えながら突っ込んでくる。飛び出した勢いでヴァジュラを横切って、それを躱す。

 そのまま教会の入り口とは反対側にある大きなビルに延びる一本道を走る。それをヴァジュラが追走する。

 

ユウキ「コウタぁ!」

 

コウタ「待ってましたぁ!」

 

 コウタは声をあげると同時に飛び出して、神機を吹かす。この時、ヴァジュラはユウキを追っていたので、コウタに後ろを見せている状態だ。

 そのがら空きになっている後ろ側を銃弾の雨がヴァジュラを襲う。後ろから足を撃ち抜かれてヴァジュラが怯む。その間にユウキが接近してヴァジュラの顔面を斬る。

 その衝撃でヴァジュラを動かして、後ろを向かせる。振り向かせた先には、スタングレネードを構えたコウタがいる。

 

コウタ「動くなよ!」

 

 コウタがグレネードを叩きつけ、辺りが閃光に包まれた。光で目が眩んだヴァジュラの動きが止まる。

 

ユウキ「喰い潰せ!」

 

 シュトルムを展開して距離を詰めて捕食する。が、ヴァジュラが帯電しているのが、辺りにバチバチと放電する音が聞こえる。

 

ユウキ「まだまだぁ!」

 

 しかし、そんな事は知らぬと言わんばかりに、再び捕食口を展開して捕食する。今度はゼクスホルンを展開して、捕食後に後ろに下がる。

 下がった瞬間にヴァジュラの周辺に電撃が走る。

 

ユウキ「コウタ!場所を変えるぞ!」

 

コウタ「オッケー!」

 

 今のままでは、視界が回復したらコウタが狙われる。その前にユウキがヴァジュラの眼前に出て、コウタが後方に下がらせる。

 その後、すぐにヴァジュラの視力が回復してコウタに噛みつく…筈だったが、眼前にいたのはユウキだった。しかし、コウタの代わりに前に出てすぐだったため、体勢を整える事ができなかった。

 

ユウキ「クソッ!」

 

 避けるのもカウンターも間に合わないと判断して、装甲を展開して防ぐ。が、バックラーに分類されるティアストーンでは衝撃を受けきれずに、後ろに飛ばされる。

 その後、即座に体勢を立て直す。

 

ユウキ(速い…バックラーってこんなに展開が速かったのか?)

 

 体勢を整えながら装甲を展開した時の事を考えていた。想像していたよりも展開スピードが速く、0.5秒もかかっていなかった事に驚いた。

 

ユウキ(いや…恐らくアリサが使っていたときの調整のお陰か…)

 

 そう結論付けて、戦闘に意識を戻す。後ろに下がったユウキをヴァジュラが追撃するために飛びかかる。それを下から神機を振り上げて、カウンターを決める。その衝撃でヴァジュラを上に飛ばす。

 しかし、ヴァジュラは飛ばされながらも雷球を四方八方に飛ばす。

 

ユウキ「チィッ!!」

 

コウタ「うわっ!」

 

 ユウキとコウタがどうにか避ける。が、雷球が地面に当たると衝撃で辺りに土煙が舞う。2人の動きが止まっている間にヴァジュラが着地する。

 ユウキもコウタも視界が悪くなり、動きが悪くなる。ユウキに関しては、聴覚での策敵のお陰で、ヴァジュラの位置は分かるが、誰を狙っているのか、どんな攻撃をしてくるのかは分からない。

 

サクヤ「貫け!!」

 

 焦りが見え始めたところで突如サクヤの声が聞こえてきた。サクヤの神機『ステラスウォーム』から一筋のレーザーがヴァジュラの顔面を横から貫く。そのまま貫通して、ユウキ付近の土煙が晴れる。

 

アリサ「あ、当たって!!」

 

 アリサも銃形態『レイジングロア』が火を吹く。それに続いてユウキがヴァジュラを斬りつける。

 しかし、ヴァジュラがマントで受け止める体制で防御する。サクヤのレーザーもマントによる防御であまり効いてないようだ。

 

アリサ「くっ!なら!!」

 

 アリサが別のバレットを装填し、再び乱射する。すると、着弾と同時に爆発を起こした。爆発でマントが砕けて結合崩壊を起こす。

 アリサの攻撃でヴァジュラが怒り、活性化する。その鬱憤を晴らすようにアリサに狙いを定める。ヴァジュラが飛び掛かるが、アリサは恐怖から動きが鈍る。

 

コウタ「やらせるかよ!!」

 

 跳んでいるヴァジュラに爆破弾が当たり、軌道が逸れる。着地に失敗して倒れ込む。

 

サクヤ「ユウキ!今よ!」

 

 ユウキが一気にヴァジュラに近づいて、横凪ぎに神機を振る。が、ヴァジュラがその骨格と巨体からは想像も出来ないほど綺麗なバックフリップで回避する。

 しかし、跳んでいるヴァジュラを腹から首にかけて下から斬る。うまく捉えて綺麗な切り傷をつけ、コアがむき出しになった。

 空中で怯んだため、着地に失敗して倒れる。しかし、コアの摘出はまだできていない。ヴァジュラが立ち上がり、ユウキ達に背を向け始める。

 止めのチャンスとして、ユウキが接近して神機を振るが、それを回避してヴァジュラは逃走に成功する。

 

コウタ「逃げるよ!追いかけなきゃ!」

 

サクヤ「散開して捜索するわ!皆…気を付けて!」

 

ユウキ「了解!」

 

コウタ「了解!」

 

 ユウキとコウタが勢い良く返事をすると、ユウキとサクヤが北側から回り込み、コウタが南側から回り込む。

 

アリサ(私も…行かなきゃ…!)

 

 そう思ったと同時にコウタと同じ方に走っていった。

 

サクヤ「ユウキ!私は先に教会を探すわ。貴方は裏から回り込んで!」

 

ユウキ「はい!」

 

 そう言うとサクヤは真っ直ぐに教会の中へ入り、ユウキは教会の外側を回り込むように移動する。

 

コウタ「俺は先に奥を調べるから、アリサは広場から探して!」

 

アリサ「はい。」

 

 南側から回り込んだコウタとアリサも二手に別れて捜索する。アリサが教会の側面に沿って北側へ移動する。

 一旦先が行き止まりになっている教会の入り口に入って、姿を隠しながら辺りを見渡す。

 

アリサ(居た!)

 

 広場の北端に、壁になるように建てられたビルの大穴からヴァジュラが見えた。

 だが、傷のせいなのかあまり派手に動くことは出来ないらしい。ビルの中でぐったりと座り込んでいる。

 もう一度辺りを見渡し、仲間が居るか確認する。

 

アリサ(まだ…誰も居ない…)

 

 しかし、現在広場には誰も居ない。援護は期待出来ないだろう

 

アリサ「パパ…ママ…」

 

 両親の顔を思い浮かべて、戦う覚悟を決める。

 

アリサ(お願い…私に…戦う勇気を…)

 

 『ここで逃げたらきっと一生逃げ続ける。』そう思うと逃げるわけにはいかなかった。なんとか自分を奮い立たせ、物陰から飛び出してヴァジュラに銃口を向ける。

 ヴァジュラもアリサが視界に入ったのかゆっくりと立ち上がる。そして、構えると同時にアリサと目が合う。

 

アリサ(!!)

 

 この瞬間、両親の死を連想した。錯乱こそしなかったが、恐怖で動けなくなってしまった。

 すると、教会の影から誰かが現れた。

 

ユウキ「アリサ!」

 

アリサ(ユウキ!)

 

 現れたのはユウキだった。ヴァジュラにまだ気が付いていないのか『そっちには居なかったのか?』と聞きながらアリサに向かって軽く走ってくる。

 すると、ヴァジュラがユウキに気付いて飛びかかろうと構える。

 

アリサ(!!まずい!)

 

 だが、ヴァジュラを撃とうにもユウキが射線にいる。このまま撃てばユウキにも当たる。どうすればいいかを考える間もなくヴァジュラが動く。

 

  『ガアァァァ!!』

 

 咆哮と共にヴァジュラが飛びかかる。

 

ユウキ「っ!!」

 

 さすがにユウキも気が付くが、気が緩んでいたのか反応が遅れる。振り向いて避けるよりも先にヴァジュラの攻撃で死ぬ。

 『仲間が死ぬ。』一瞬のうちにそこまで理解すると、もう無意識に体は動いていた。

 

アリサ「避けてぇぇぇ!」

 

ユウキ「!!」

 

 アリサが叫びながらガトリングを連射する。射線上のユウキは視界の端に弾丸を確認する。それを咄嗟に横に跳んで回避して受け身をとる。

 弾丸はヴァジュラに着弾すると爆発して、コアを破壊した。

 

アリサ「はっ!はっ!はぁ…」

 

 ヴァジュラを倒して安心したのか、アリサはその場に座り込んで放心していた。

 その後すぐに、爆発を聞き付けてサクヤとコウタが現れた。サクヤは現場の状況を見て察したのか、アリサに歩み寄る。

 

サクヤ「アリサ…良くやったわ…」

 

アリサ「こ、ごわがっだ…また…人を撃ってじまうんじゃないがっで…だいせづな仲間を…私のせいで失うって…」

 

 アリサは涙声になり、目尻に涙を溜めながらサクヤを見る。そんなアリサの様子を見て、サクヤはアリサを抱きしめて宥める。

 

サクヤ「大丈夫…貴女は誰も撃ってないわ…貴女がユウキを守ったのよ。」

 

アリサ「う…うぁ…ああぁぁぁ…」

 

 緊張の糸が切れたのか、恐怖から解放されたからか、ついにアリサは本格的に泣き出してしまった。

 そんな中、ユウキは泣いているアリサを放心しながら眺めているとコウタが小声で話しかけてきた。

 

コウタ「危機一髪だったね。」

 

ユウキ「うん。アリサのお陰で助かったよ。」

 

 まだアリサは泣いている。暫くは泣き止む様子はなさそうだ。

 

ユウキ「さて、邪魔な野郎2人は退散して影で見守るとしようか。」

 

コウタ「そーだね!」

 

 そう言うとユウキとコウタは待機ポイント直前の教会の角に隠れて、アリサとサクヤが戻って来るのを待つことにした。

 

To be continued




 ようやくアリサが正式に実戦へ復帰となります。もっとアリサを活躍させた方が良かったですかね…
 正直錯乱するほどのトラウマを克服するのってやっぱり簡単な事じゃないんでしょうけどそんな経験無いので上手く書けないorz
 そして、定番の汚名返上ネタを無理矢理詰め込んだ結果、シリアスな雰囲気がぶち壊しになったような気がします…
 ちょっと気になったのですが、台本形式よりも小説形式の方が読みやすかったりするのでしょうか?
 アドバイス等頂けると助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission22 方針

今回はほのぼの(?)回です。主にコウタとタツミ兄さんが暴走します。


 -エントランス-

 

 アリサが泣くだけ泣いてスッキリした後、第一部隊は極東支部に帰還した。なお、アリサは泣き顔を見られたと言って終始落ち込んでいた。

 神機を預けて、エントランスに戻ると、ようやく安心したのかアリサは大きく息を吐く。

 

「アリサ?」

 

「あ、いえ…帰って来たんだなって実感したら…ちょっと気が抜けて…」

 

 ちょっとしたことで戦場から帰ってこなくなる。つい最近支部の全員が実感したことだ。こうして帰ってこられることがとても貴重な事のように感じた。

 

「そうだね…まあ、何にしてもアリサのお陰で助かったよ。ありがとう。」

 

「本当ですよ!最後はどうなることかと思いましたよ!最後の最後で油断するなんて…しっかりしてください!」

 

「あ、ああ…ごめん…」

 

 最後のヴァジュラに気づかなかった時の事だろう。何故か逆らえない威圧感を放ちながらアリサが怒る。ユウキはその剣幕に思わずたじろぐ。一頻り怒った後、落ち着いたのか今度は柔和な表情になる。

 

「でも、貴方にはとても感謝してます。本当にありがとうございます。」

 

「どういたしまして。あとサクヤさんやコウタにもお礼しないとね。」

 

「そうですね。任務ではサクヤさんとコウタにもフォローしてもらいましたからね…」

 

 何故か少しずつアリサの声が小さくなる。

 

「どうしたの?」

 

「大した事じゃないんですけど…コウタにもフォローされたのがなんかちょっと悔しくて…」

 

 気になって聞いてみたが、ただ負けた気がして悔しいだけだった。

 

「くっ!!フフフ…」

 

「なっ!わ、笑わないでください!」

 

 ユウキが突然声を殺して笑いだして、アリサが羞恥をごまかすように怒りだす。

 

「ああ…ごめんごめん…ただ、アリサが笑ったり泣いたり怒ったりしてるのを見たら、やっぱり普通の女の子なんだなって思っただけだよ。」

 

「…今まで私の事を何だと思ってたんですか?」

 

 ジト目でアリサがユウキを睨む。するとユウキはしばらく考え込んでから答えた。

 

「うーん…アラガミ絶対殺すマン?」

 

「…ドン引きです…」

 

 恐らく本気で引いたのだろう。アリサの声が低くなり、怒ったことは容易に想像ができる。

 

「ははっ!悪い悪い。」

 

 ユウキとアリサが談笑していると不意にコウタが話しかけてくる。

 

「ユウキ!アリサの復帰祝いに皆で飯食おうぜ!」

 

「今行く!」

 

 そう言うと、ユウキはアリサの方を向く。

 

「行こう。アリサ。」

 

「はい。」

 

 アリサから返事が返ってきて、2人は並んで食堂に入っていった。

 

 -翌日-

 

 翌朝、緊急性の高い任務は発注されていないので、ユウキは訓練室に籠る事にした。

 変形時間をどうやって短縮するか、ツバキが以前言っていた神機と一体になる感覚とは何なのか、今日の訓練でそれらをものにするにはどんな訓練が良いのか等を考える。

 エントランスでエレベーターを降りて、神機を受け取る為に出撃ゲートに向かう。すると、カノンがゲートと向き合う形で佇んでいるのが目についた。時々開閉スイッチに手を伸ばしては引っ込めているあたり、出撃を躊躇しているようだった。

 

「おはようございます。何かあったんですか?」

 

「あ…お、おはようございます…えっと…」

 

 ユウキが声をかけたが、カノンは何やら言いにくそうにしている。少し待っていると、内容が纏まったのか話を始める。

 

「最近のアリサさん…凄く頑張ってるじゃないですか。それで、私も頑張らなきゃって思ってたんですけど…その…勢いで『クアドリガ』の討伐任務を単独で受けてしまって…」

 

「それは無謀だと思うんですが…」

 

 カノンは旧型銃身神機使いだ。銃型神機では装甲を展開出来ない、弾丸となるオラクル細胞の自給が出来ないなど、単身で出撃するには大きな問題がいくつかある。特にオラクル細胞の補給手段が無いと言うのは致命的で、細胞を撃ち尽くすと攻撃手段が無くなり、ひたすら逃げ回るしかなくなる。そのため、旧型銃身神機使いの単独での出撃は、とてもリスクが高い。

 だが、本来ならヒバリがこんな無茶を許可するとは思えない。一体なぜこんな無茶が通ったのか考えていると、カノンが話を続けたので、そちらに意識を戻す。

 

「はい…ヒバリさんにも勢いで大丈夫って言ってしまったので、なんだかキャンセルしにくくて…しかも、誤射が酷いせいで誰もついてきてくれなくて…」

 

 どうやら任務の許可は勢いで押し通して得たようだ。だが出撃直前に近接型神機使いがいないことの危険性に気付いて尻すぼみしたといったところか。さらに普段も誤射の事もあって、一緒に行ってくれる人が居ないことも出撃を躊躇させた原因だろうとユウキは考えた。

 

(まぁ…そうだろうな…あれ痛いし…)

 

 が、それも致し方ない所があることも事実だ。ユウキも以前、誤射で吹き飛ばされたがやっぱり痛い。アラガミに意識を割いている状況で、味方が背中を撃ち抜こうとしているのだ。実質敵が増えるだけとも言える。

 そんなことを任務に行く度にされたのでは、肉体的にも精神的にもよろしくないので、皆がカノンと任務に行く事を渋るのも無理はない。

 

(でも放っておくのも寝覚めが悪いし…まぁ、どうにか避ければいいか。)

 

 だが、1人で行くのが危険だと分かっていて行かせるのは、なんだかかわいそうにも思える。さらに、それがきっかけで『死んだ』となったら止めなかった事を後から後悔するだろう。そう思い、カノンの任務についていくことにした。

 

「俺で良ければ同行しましょうか?」

 

「い、良いんですか!?」

 

 さっきまで沈んでいたカノンがバッと勢い良く顔をあげる。その表情には驚きと期待が込められていた。

 

「俺から言い出したんですから、気にしないでください。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 今度は逆に勢い良く頭を下げて礼を言う。

 

「ヒバリさんには俺から伝えておきます。先に行ってください。」

 

 そう言うと、ユウキはヒバリに参加メンバーの追加を伝え、カノンは出撃ゲートを潜り、準備を始めた。

 -鎮魂の廃寺-

 

 クアドリガを討伐するためにユウキとカノンは廃寺にやって来た。ユウキはターミナルでクアドリガの情報を事前に仕入れていた。どうやら聴覚に優れており、破砕攻撃が通るようだ。今回はカノンの攻撃と、インパルスエッジが通るので、この2つを中心に戦うことになるだろう。

 

「あの、足を引っ張らないように頑張りますので…よろしくお願いします。」

 

「ええ。油断しないようにいきましょう。」

 

 そんな会話をしながらクアドリガを探して本殿に向かう。すると本殿前で聴覚を使いこちらを探しているのか、その場に佇んでいるクアドリガがいた。

 

「カノンさん。俺の合図で来てください。」

 

「わ、わかりました!」

 

 カノンに前線に出るタイミングをユウキに譲渡するように念押しして物陰から飛び出す。前回の任務では排熱機関に攻撃が通ったので、そこを狙って一気に近づく。

 だが、ユウキが真横まで来たと言うのに、クアドリガは動かない。最終的にはジャンプして穿顎を展開したところで、ようやく気がついた。

 

  『ウオオオォォォン!!』

 

 ユウキに気が付いて、クアドリガが叫び声をあげる。しかし、その頃には既に遅く穿顎で一気に近づいて排熱機関を捕食する。それを追ってクアドリガがユウキの方を見て、カノンには後ろを向ける。

 

「カノンさん!」

 

 ユウキが合図を出し、カノンが飛び出す。

 

「そらぁ!!」

 

 カノンの恐ろしい掛け声と共に神機が火を吹いて、クアドリガの後ろ足が爆発する。

 

(よし!この配置なら当たらないはず!)

 

 ユウキとカノンはクアドリガを挟むような配置になっている。これなら誤射される心配は無いと考え、この配置を維持しながら戦うようにする。

 まずはクアドリガの真上に跳んでインパルスエッジでミサイルポッドを破壊する。爆破の衝撃で回転しながら、反対側のミサイルポッドもインパルスエッジを使って破壊し、さらにはその衝撃で上に飛ぶ。

 そのまま空中で銃形態に変形して、クアドリガの背中に爆破レーザーを打ち込む。その衝撃でクアドリガが怯む。

 

  『ドゴン!』

 

 突然、目の前に銃弾が落ちてきたと思ったら、爆発してユウキを吹き飛ばした。

 

「ぐえぇ!」

 

 着地に失敗して、腹から地面に落ちて、潰れたカエルのような声を出す。

 

「射線上に立つなって…言わなかったっけ?」

 

 いつの間にかカノンが魔王モードになって威圧する。その後、わざわざクアドリガの前に移動して、前面装甲を爆破し始めた。

 

(まずい!)

 

 本来ならユウキが最前衛に出るのは、クアドリガの前で陽動を続けて、カノンから注意を反らす目的があった。しかし、カノンが最前衛に出た今となってはそれも出来なくなった。

 だが、それでもカノンを陽動も無しに前衛に出し続けるのは危険なため、ユウキがカノンの前に出て、前足の関節を狙って斬る。

 

(くそっ!!こいつも硬い!!)

 

 ボルグ・カムランの時のように斬りつけても金属音がするだけで効いている様子はない。仕方ないので、そのままクアドリガの前に出てインパルスエッジを前面装甲に撃ち込む。するとクアドリガの装甲にヒビが入る。

 

  『ドカン!!』

 

 『行ける』と思った瞬間、爆破音と共に再びユウキが吹き飛ぶ。上手いことクアドリガの足の間を抜けて飛んでいった。

 

「邪魔ぁ!!」

 

 罵声を言いながらもクアドリガを撃ち続ける。すると前面装甲に結合崩壊が起こる。

 

「あはは!!無様だねぇ!!」

 

 カノンが楽しそうに嗤っている。なんだかアラガミより怖い気がしてきた。だが、それに腹を立てたように、クアドリガが活性化する。突然、クアドリガが黒煙を吹きはじめて、周囲の温度が上がったような気がした。

 すると、クアドリガが放熱をはじめて、周囲を燃やし始める。

 

「きゃあああ!」

 

 ユウキはカノンに吹き飛ばされた衝撃で偶然にも回避したが、クアドリガの前で攻撃し続けていたカノンはもろに攻撃を受けた。

 攻撃を受けつつもカノンは体勢を立て直し、ユウキも迎撃体勢をとる。だが…

 

  『ガゴン』

 

 カノンの神機から弾が出る代わりに鈍い音がする。

 

「こんなときに弾切れ何て…クソッ!」

 

 そんな事を言っている間に、クアドリガからカノンを狙ってトマホークが発射される。トマホークがカノンに当たって爆発する。

 

「きゃあああ!」

 

 カノンが頭を抱えてうずくまる。だが、トマホークに当たったのであればそんなことをしている余裕はないはず。カノン本人も痛みがないことに疑問を持ち、トマホークが飛んできた方を見るとその理由がわかった。

 ユウキが装甲を展開して、トマホークを防いでいたのだ。衝撃を吸収しきれずに、後ろに少し下がりつつも、即座にシュトルムを展開して装甲が開いている間に突撃する。

 

「うおおおおお!!」

 

 ユウキが吠えながら、最大速度でクアドリガに突っ込む。前面装甲が閉じ始めているが、それを無視して突っ込んで捕食する。なんとか装甲が閉じきる前に喰い付き、再びシュトルムを展開してクアドリガを貫通する勢いでジェットを吹かす。

 すると、クアドリガの弱い部分から体を貫通して、コアを捕食してクアドリガは活動を停止した。

 任務が終了し、カノンが話しかけてきた。

 

「あ、あの、誤射の件は本当にごめんなさい。…強い相手と戦えば何かが掴めると思ったんですけど…難しいですね…」

 

「そ、そうですね…闇雲に戦うじゃなくて、何が悪いのか考えて動かないといけませんね。」

 

 何度も誤射を受けて疲れた表情をしたユウキに対して、カノンは任務での誤射の謝罪と反省をしているようだ。…カノンは意外とタフなようだ。

 

「私も早く何か掴まないと…今日は本当にありがとうございました。」

 

「いいえ。気にしないでください。」

 

 そう言いながら帰投すると、『そうだ!!』とカノンが大きな声を出した。

 

「今度お礼にたくさんお菓子を作ってきますね!」

 

「それは楽しみですね!その時はありがたく受けとります。」

 

 こうして2人は帰投していった。

 

 -神機保管庫-

 

 任務を終えて2人は極東支部に帰還した。神機を預けて2人で昼食にするつもりだったが、リッカがユウキを呼び止めた。

 

「えっと…俺の神機に何かあった?」

 

 何か神機に不具合でもあったのかと恐る恐るリッカに訪ねてみる。

 

「ああ、そんなんじゃないよ。プレデタースタイル『昇瀑』の解放が許可されたからその報告。あとは神機の使い勝手とか調子の確認だね。」

 

 使用状態の確認だったようだ。技術者から見て不具合が出たという話ではないみたいなので、一安心しながら今まで使ってきた感覚を思い出して、言葉にする。

 

「うーん…特に違和感とかは無いかな。でも、最近は硬いアラガミとも交戦するようになってきたから、威力不足って感じかな?」

 

「なら、やっぱり神機を強化するのが一番良んじゃないかと思います。」

 

 カノンが火力の底上げを提案する。実際、ここ最近神機の火力不足だと感じたが、それはあくまでも普段の状態での話だ。バーストするとその火力不足が嘘のようにアラガミを薙ぎ倒していく事が出来る。この状態を常に引き出せるように神機の使い方も一度見直した方が良いかもしれない。

 火力を上げると、それが扱い方が向上した結果なのか、装備の強化のお陰なのかが判別しにくい。そのため、今までは強化をあまりやらなかった。

 だが、それでいざ強敵と対峙したとき、火力不足で手も足も出ないようでは話にならない。そう考えて神機の強化をすることにした。

 

「だね。それとも新しい装備を作る?今気になってる装備とかあるなら簡単に説明するけど?」

 

「刀身は氷刀に強化で。あとは…銃身はガストラフェテスってのが気になってるかな?カタログ上は貫通系の威力が高くなっていて、他はからっきしみたいだったけど…」

 

 予め刀身の強化先は決めていたので、そのまま強化してもらう。だが、今作れる銃身はどれもあまり差異が感じられなかった。どうしようか悩んでいたところ、針が鎧を纏ったような銃身を見つけ、スペックを確認すると貫通の攻撃力がずば抜けて高いものだった。それにするか迷っていたので、リッカに聞いてみる事にしたのだ。

 

「ガストラフェテスはかなりピーキーな銃身パーツだね。カタログ通り爆破や属性攻撃の補正は皆無だから、貫通属性に特化した銃身だね。一応爆破モジュールも使えるけど…威力は0に等しいよ。」

 

「破砕バレットが使えないのか…」

 

 そう言うとユウキは険しい表情になる。今まで爆破レーザーを何度か使ってきていたのでここで破砕系の攻撃手段が失われるのは厳しいものがある。

 

「それでも爆風だとかで吹き飛ばす事は出来るからね。アラガミにミサイルを撃ち込むような感覚かな?」

 

 リッカの例えを聞いて納得する。威力は無いが、吹き飛ばす事は出来るらしい。これならダメージは与えられないが、怯ませる事は出来そうだ。

 

「でも、神裂さんの神機構成なら破砕はインパルスエッジがあるので問題無いと思いますけど。」

 

 カノンの発言を聞いて、リッカは何か思い出したような表情になり、ユウキは『何を言ってるんだ?』と言いたげな表情になる。

 

「確かに…インパルスエッジは刀身の機能で、銃身は発射口として使ってるだけだしね。」

 

 リッカの説明を聞いて、ユウキもどういうことか察しがついた。いつだったかツバキから、インパルスエッジは剣形態のまま銃身を使うことが出来ると言っていた。

 だが、その説明には多少の語弊がある。正確には刀身に搭載されたインパルスエッジ用のモジュールを『刀身』の機能で発射する。それを銃身を使って放出しているだけなのだ。これが結果的に剣形態のまま銃を使っているように見えるのだ。

 カノンがそれを理解した上で話をしたのかは定かではないが…

 

「銃身の機能を使ってないから破砕攻撃は可能…と言うことか。これなら神機構成のコンセプトは崩れてない。」

 

 ユウキは少し考える素振りを見せて、リッカの方を向く。

 

「リッカ。ガストラフェテスの制作、頼んでいいかな?」

 

「オッケー!任せてよ!じゃあ早速…」

 

 リッカが作業台に向かうと…

 

  『キュゥゥ~…』

 

 可愛らしい音の腹の虫が鳴る。ユウキがカノンの方を見るが、カノンは首を横に振る。ユウキ本人も腹の虫が鳴ったような感覚はなかった。

 ユウキとカノンがリッカの方を見ると、後ろからでも分かる程に耳まで真っ赤になっていた。

 

「リッカさん!良ければお昼ご一緒しませんか?」

 

「…うん。」

 

 どうやら作業に集中しすぎて、ずっと食事を摂っていなかったようだ。リッカは真っ赤にしたまま振り向いて、一緒に食事にする事にした。

 

「あ、昇瀑の説明をしてなかったね。お昼食べながら説明しちゃうね。」

 

 当初の予定にリッカを加えて、3人で食堂に向かった。

 

 -食堂-

 

 昼時を少し過ぎたせいか、食堂の中にはあまり人がいない。リッカはカレー、カノンはきつねうどん、ユウキは大豆肉の肉丼大盛り3杯、ジャイアント焼きとうもろこし5本、プリンを注文して席につく。

 

「前も思いましたけど、たくさん食べますね。やっぱり男の子なんですね!」

 

「うん…すごい量だね。その細い体のどこに入るんだろ…」

 

「どこって…そりゃあ腹のなかでしょ?」

 

 ユウキの食事量を見て、カノンとリッカがそれぞれ感想を言う。だがそれに対するユウキの答えは少しずれたものだった。

 

「まあお陰で配給の食料は1週間位で無くなっちゃうけどね…」

 

 食堂では、配給の食料を予め渡しておくことで、その食料を使って料理を作ってくれるのだ。多少料金はかかるが、料理ができない、する時間が無い人にとってありがたいシステムではある。

 

「さて、食べながらで悪いけど、解放の許可が出た昇瀑の説明をするね。」

 

 話が一区切りついた所で、リッカがプレデタースタイル『昇瀑』の説明を始める。

 

「昇瀑は鎌のような形をしてるよ。下から切り上げるように捕食することを想定して設計されているから、普通に展開すると上向きに鎌が延びるように展開されるから、向きに注意してね。」

 

「うん。わかった。」

 

 どちらにしてもこの後は訓練室に籠る予定だ。そのときに確認すればいいだろうと、ユウキは考えた。

 すると今度はカノンが話を振ってきた。

 

「前のミッションでも見ましたけど、プレデタースタイルってたくさんあるんですね。可愛い捕食形態があるといいなぁ…」

 

 カノンは可愛いプレデタースタイルを想像して、少しニヤケ顔になる。自分は捕食形態を展開できないので、想像して楽しんでいるのだろう。

 

 -エントランス-

 

 昼食を済ませて訓練室の使用状況の確認のため、ヒバリの元に向かう。階段を降りたところで、カウンターから離れた所でタツミとコウタが話ているのが見え、カウンターにはアリサとヒバリが一緒にいるのが見える。

 

「やっぱりアナグラで一番彼女にしたい娘って言えばヒバリちゃんだろ!」

 

 『あ!でも付き合おうとか思うなよ!ヒバリちゃんは俺のだからな!』とコウタを牽制する。それに対してコウタは難しい顔をして、タツミに反論する。

 

「でも、サクヤさんのお姉さん的な感じも良いし、アリサのちょっと生意気な感じも悪くない…ツバキさんの大人の魅力も捨てがたいんだよなぁ…」

 

「いいや!ヒバリちゃんが一番だね!誰がなんと言おうとヒバリちゃんが一番可愛い!!」

 

 コウタの意見に対してタツミが猛反発した。そんな2人をアリサとヒバリは冷ややかな目で見ている

 

「タツミさん!お願いですからそんな話をここでしないでください!!」

 

「…ドン引きです…」

 

 ヒバリが羞恥で顔を真っ赤にして怒り、アリサはいつだったかコウタに向けた時と同じような目で2人を見ている。

 

「何してるの?」

 

 ユウキがアリサに話しかけると、アリサとヒバリが振り向いた。

 

「アナグラで一番彼女にしたい娘は誰かって話みたいですけど…正直、こんな人の集まる場所でするような話じゃないと思うんですけど…」

 

 すると、タツミがユウキに気が付く。ユウキがアリサに返事を間もなく、ユウキをタツミとコウタの話に引き込む。

 

「なあ!神裂もヒバリちゃんが一番だと思うだろ!?」

 

「ファッ?!?!!」

 

 ユウキはその話題に引き込まれるとは思っていなかったので、素っ頓狂な

声をあげる。

 

「じゃあ、質問を変えようか。ユウキはどんな娘がタイプ?アナグラ内で彼女作るとしたら誰がいいとかでもいいけど?」

 

 コウタの質問を聞いた途端、ユウキは漫画のように目をぐるぐる回して、顔が真っ赤になった。この手の話には免疫が無いようだ。

 ユウキに話題を振った瞬間、アリサがピクリと反応した。

 

「えっと…そんな事言われても、今まで考えた事が無かったから…よく分かんないかな?」

 

 どうにかして逃げようと、無難な答えを言ってその場を乗り切る。…筈だったのだが…

 

「そんな曖昧な答えで逃げようったってそうはいかないよ!」

 

 そう言うとコウタはユウキに詰め寄り、逃げられないような雰囲気を作り出す。

 

(ユウキの好きなタイプ…どんな人なんでしょうか…)

 

 アリサはそんな事を考えながらユウキをガン見していた。

 

「う…えっと…り、料理が出来る人…かな?」

 

「なるほど、家庭的な人がタイプか…ヒバリちゃんも候補に入ってるじゃねえか!神裂!ヒバリちゃんに手を出すなよ!!」

 

 ユウキの好みを聞いたタツミが騒ぎだし、コウタは『家庭的な人か…いいよな!』等1人で色々と語っており、ヒバリは何やら同情の目線をユウキに送り、アリサは何やら考え込んでいる。ちなみにユウキは真っ赤になって俯いている。

 

「も、もういいでしょう!ヒバリさん!訓練室の使用許可お願いします!!」

 

 ユウキが大きな声で用件を伝えると、逃げるように訓練室に向かった。

 

(料理ですか…やったことないけど…レシピ通りにやれば大丈夫でしょう…)

 

 ここまで考えると、何でこんな事を考えるのか疑問に思い始める。

 

(いや、ユウキがどんな娘がタイプでもそれは本人の自由であって、私が気にする事ではないはず…)

 

 そう考えていると、タツミとコウタが今度は家庭的な人の候補をあげ始めている。

 それを見てアリサとヒバリは再び冷ややかな目線を送り始めていた。

 

 -サクヤの部屋-

 

 現在、時計は夜の8時を指している。サクヤはこの日、ずっとターミナルを操作していた。その傍らにはリンドウのものと思われるデータディスクが置かれている。

 

「はぁ…」

 

 結局、一日使って様々な方法を試したが、ロックを開けることはできなかった。これからどうするか考えていると…

 

  『ビー!』

 

 突然、呼び鈴がなる。誰が来たのか確認のため、サクヤは返事をする。

 

「はい。誰ですか?」

 

『夜分にすいません。私です。アリサです。』

 

 スピーカー越しにアリサの声が聞こえる。

 

「アリサか…そんなとこじゃなんだし、入って。」

 

『失礼します。』

 

 そう言うと、サクヤの部屋の扉が開いて、アリサが入ってくる。サクヤがコーヒーを入れて、ソファーに座る。

 

「調子はどう?」

 

「お陰さまで、もう大丈夫です。」

 

「そっか…よかった。」

 

 しばらく沈黙が続き、再びサクヤが話始める。

 

「やっぱり、貴女は強いわね。」

 

「そんなこと…ユウキや皆さんのお陰です。」

 

「ユウキやコウタたちの前でもそれくらい素直ならいいんだけど。」

 

「それは…なんだか恥ずかしいです…」

 

 そう言うとアリサは少し赤面する。照れや、変なプライドから素直に礼を言うのが照れ臭く思うのだろう。特にコウタはライバル的な存在であるため、特に言いにくい。

 

「それにしても、『ユウキ』と皆のお陰なのね?」

 

「私の復帰できたのは、ユウキの存在が大きいですから…」

 

「そっか…本当なら私が一番しっかりしないといけなかったのに、最近あんなだったから…ユウキが貴女の事、色々面倒見てくれたから本当に助けられたわ…」

 

 サクヤの煽りに対して、特に表情を変えることなく受け答えする。これを見て『たぶん無自覚に気になってるんだろうな』とサクヤは考えた。

 ついでなので明日アリサに話そうと思っていた事を話すことにした。

 

「それはそうと、貴女に伝えておくことがあるわ。貴女と一緒に赴任してきた主治医、大車なんだけど…その…何をされたか聞いたかしら?」

 

「はい…両親の死を利用して…洗脳されたと聞いています…自覚は、ありませんでしたけど…」

 

 アリサは復帰の少し前に、ユウキから感応現象で何でリンドウを撃ったのかを聞いていた。自身にはそんな自覚がなかったので、ショックを受けていたが、それは自身の心の弱さのせいだと自分を攻めた。それと同時に、現実を受け止めて、変わらなければならないと思って行動に移したのだ。

 その結果、まだ多くはないが、アリサの変化を認めて、味方してくれる者も増えてきたのだ。

 

「その大車の足取りを追っていくと、所用でロシア支部に一時的に移動した後、極東支部に戻る途中にアラガミに襲われて戦死したって記録しか残ってなかったの。」

 

「そんな!!」

 

 アリサが声を大きくして反応する。ようやく手がかりを掴めると思ったのに、その手がかりを持つ人物が都合良く死んだのでは釈然としないのは当然だ。

 

「残念だけど…やっぱり腑に落ちないわよね…」

 

 サクヤの言葉を最後に、沈黙が流れる。

 

「サクヤさん…私にも手伝わせてくれませんか?」

 

 だが、まだ手がかりを掴める可能性は0ではない。思わぬところから手がかりが出てくるかもしれないので、その手伝いをしたいとアリサが言ってきた。

 

「リンドウさんの一件は、私のせいで引き起こされたものです。何か償いがしたいんです。」

 

「ううん…これ以上貴女に償ってもらうことは無いわ…今回の一件にはきっと何か裏がある。たぶん、この事を追っていくのは危険だと思うの。」

 

 サクヤの本心としては危険なことなので、あまり関わらせたくなかった。だが、当事者なのになにも分からないまま事態が収束したのでは、納得しないだろう。

 

「でも、貴女自身に関わることだものね。」

 

 そう言うと、サクヤはディスクを取り出す。危険な事には関わらせたくないが、リンドウの遺したディスクを開く手伝いをしてもらうことにした。これならば危険な事に関わる直前で引き返させる事が出来るし、最悪何かの容疑をかけられる事もないはずだ。

 

「実はね、リンドウの置き手紙があるんだけど、開けられなくて困ってるの。これが最後の手がかり…そして、これを開くにはリンドウの腕輪が必要なの。協力してくれる?」

 

「はい!」

 

 今後の方針が決まり、一息入れるためにコーヒーを飲む。

 

「それにしても、死んだ後もこんなに振り回されるなんてね…」

 

「|оре не море, выпьешь до дна.《ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー》」

 

 突如アリサがロシア語で何かを言ったが、サクヤにはわからないので、何を言っているのか理解できなかった。

 

「それは?」

 

「悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる…ロシアの古くからある諺です。」

 

「ありがとね…アリサ。」

 

「いえ、気にしないでください。」

 

 そのあと、何故か2人して笑いだしてしまった。確証は無いが、真実に近づける。そんな気がしたため、どこか緊張の糸が切れてホッとしたのだろう。

 

「あ、そうだ。ユウキにも大車の事を伝えてくれるかしら?私に大車の事を教えてくれたのはあの子なの。」

 

「わかりました。」

 

 そうして、2人はしばらくの間談笑した。

 

 -同時刻、支部長室-

 

 アリサがサクヤの部屋を訪れた頃、支部長室で大きめのモニターを見ているヨハネスがいた。画面には小さく区切られた窓のなかに人の顔が写っている。しかも、その顔が動いている事から、所謂ビデオチャットだと考えられる。

 

「さて、今回召集をかけたのは他でもありません。極東支部、保守局第一部隊の前部隊長…雨宮リンドウ君の戦死により、空白となったリーダーの席…そこに座るべき者が決まったので、その報告をさせていただきます。」

 

 各部隊の部隊長は、ごく稀にではあるが、支部長会議への参加や本部や他支部に遠征に行くこともある。そのため、部隊長が決まると、本部と他支部の長に報告をする義務がある。

 現在はその報告会が行われている。

 

『と言っても、リンドウ君に代わる人物がいるとすればサクヤ君かソーマ君ぐらいではないのかね?』

 

 小太りの男、ドイツ支部の支部長はこの2人が次期リーダーになると踏んでいたので、2人の名前を出した。

 だが、その予想は大きく裏切られる事になる。

 

「いいえ…私が次期リーダーとして推すのは…彼です。」

 

 そう言うと画面に少女にしか見えない少年の顔と名前が写し出される。

 

『正気ですか?ヨハネス支部長…彼はまだ入隊して数ヵ月程度のはず。こんな素人にリーダーが勤まるとは思えませんが…』

 

 金髪の厳しそうな雰囲気の女性、フランス支部の支部長が疑問を口にする。その発言を聞いた途端、各支部の支部長がざわめきだす。『何を考えているんだ』、『馬鹿げている』という批判の声が上がる。

 だが、本部長『代理』は興味無さげに反応を示さない。

 

「その経緯についても説明しましょう。まず、先の2人がリーダーから候補から除外された理由ですが、ソーマは単純に協調性が皆無であること。そして、サクヤ君はリンドウ君を失ったことで、指揮官としてあるまじき判断を下したから…と言ったところでしょうか。」

 

『ではこの少年にはそれが出来ると?』

 

 ガタイの良い黒髪の男、ロシア支部の支部長は皆が気になっている質問をする。

 

「ええ。彼は部隊が全滅しかけた状況で、冷静な判断を下し、部隊員を生還させた実績があります。さらには、戦線に出られなくなったアリサ君を介抱、復帰させることで、第一部隊を再起させました。」

 

『しかし…実力が伴っていないのではついてくる者もいないのでは?』

 

 北京支部の支部長がもっともな意見を言う。これには他の支部長も同意見だった。

 

「なるほど…では、これを見ていただきましょう。」

 

 そう言うと、とある映像が再生される。そこには大型アラガミを投げ飛ばしたり、2体のアラガミを捕食形態で持ち上げた後、万力で潰すように圧殺している等戦闘中の映像が流れている。

 

『こ、これは!!』

 

『本当に人間なのかこいつは!?』

 

 再び各支部の支部長たちがざわめきだす。

 

「どうですか?まだ彼にはリーダーの素養が無いと思いますか?」

 

『『『…』』』

 

 支部長たちの反論がなくなる。それを合意と見たヨハネスが話を続ける。

 

「では、明日正式に辞令を出しましょう。彼が…『神裂ユウキ』が新しいリーダーです。」

 

To be continued




 長い…書き始めた時はここまで長くなる予定ではなかったのに…
 今回は戦闘はあくまでおまけで、支部内の人たちの絡みがメインのほのぼの回(?)です。
 この頃のアリサは主人公が気になるけどその感情が何なのかを理解していない娘ってイメージで書いてます。
 そして原作でも若干の謎な采配の主人公がリーダーになった経緯も書いてみました。ちょっと支部長が主人公マンセーし過ぎているかも…
 アリサの言ってた諺って結構有名なものらしいですね。調べてみると、他にも色々な諺があって驚きました。
 台本形式から小説形式に変えましたが、見にくい、誰の台詞かわからないなど、台本形式に戻した方が良いという場合は教えていただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission23 辞令

リーダー就任回です。正直新人がリーダーになるとリンドウさんを殺してその座を奪ったと思われても仕方ないとおもうので、ちょっとだけ周囲から辛辣な反応をされてます。


 -エントランス-

 

 現在、時計は朝の7時半を指している。エントランスには総勢30人程の全ての神機使いが集合している。

 これ程までに集まりが良い理由は、召集をかけたのがツバキ本人であることが挙げられる。厳格な教官として、多くの神機使いに恐れられているツバキの召集に応じないのであれば、あとでどんなお仕置きが待っているか想像もしたくない。

 既に第一部隊を含めた神機使いの大半が集まっており、未だ来ていないのは数人といったところだ。

 珍しくかなり早く集合したコウタが、退屈しのぎに隣に居るアリサに話を振る。

 

「神機使い全員に召集がかけられるなんて、珍しいよね…何か聞いてる?」

 

「いえ、何も…サクヤさんはどうですか?」

 

「1つ思い当たる節はあるけど…こんなに早く決まるとは思えないし…」

 

 アリサの問いにサクヤが意味深な返事をする。その答えから、普通であれば時間のかかるような事らしいが、ユウキ、アリサ、コウタの3人には予想が付かなかった。

 そのため、ユウキがその思い当たる節について聞いてみた。

 

「ちなみにその思い当たる節ってなんですか?」

 

「それは…」

 

「静粛に!!」

 

 サクヤが答える前に、ツバキの声が響く。どうやら話に気をとられてツバキがエレベーターから降りてきた事に気付かなかったようだ。

 ツバキの声がかかると神機使い達は皆一斉に話を止めて、静かになった。

 

「本日、全神機使いに集まってもらったのは、重要な通達があるためだ。」

 

 ツバキの一言で辺りがざわめきだす。それほどまでの重要な通達とは何なのかを各々考察して隣の人と話したり、独り言として呟いている。

 

「静粛にと言った筈だ。」

 

 ツバキの声が少し低くなっていて、その様子に気が付いた神機使い達が静まり返る。ツバキは全員が静かになった事を確認すると、再び話を始める。

 

「今朝、執行部から正式な辞令が降りた…神裂ユウキ!!」

 

「は、はい!」

 

 ユウキは呼ばれるとは思っていなかったので、驚いて上擦った声で返事をする。

 『問題行動をした覚えは無いのだが、実際には何かやらかしてのかも知れない。』そんなことを考えながら、公開処刑でもされるのかとビクビクしながら続きが話されるのを待つ。

 

「本日の任務の完了をもって…貴官を、フェンリル極東支部保守局第一部隊の隊長に任命する。」

 

「…ぇ?」

 

 そんな思いとは裏腹に、ツバキが衝撃の事実を伝える。隊長に任命された本人は何があったのか理解が追い付いていないように、小さく声を漏らすだけだった。

 

「す、すげぇ…出世じゃん!!大出世じゃん!!」

 

 ユウキの昇進を聞いてコウタが騒ぎだす。他の神機使いもそれぞれ言いたいことがあったが、ツバキの叱責を恐れているのか、今はなにも言わないようにしている。

 

「藤木コウタ!静粛にと言っただろう…?」

 

「あ、はい。すいません。」

 

 ツバキの声に威圧感が込められている。その威圧感に圧されてコウタが即座に謝り、おとなしくなる。

 

「あ、あの…ツバk」

 

「でも、普通部隊長にはサブリーダーのサクヤさんがなるものでしょう!?こいつはまだ入って数ヶ月程度で…」

 

 ユウキが弱々しいが反論しようとすると、他の神機使いの声に遮られる。大半の神機使いが思っていることをその人が代弁する。

 

「ほう…ではお前は、我々に人を見る目が無いと?」

 

 今度はツバキが神機使いの言葉を遮る。その声には今までよりも強い怒気が込められており、その場に居る者全員が萎縮した。

 

「そ、そう言うわけでは…」

 

「神裂はリンドウの一件でリンドウの命令を遵守し、部隊員を生還さた実績がある。さらにはアリサの復帰に大きく貢献し、第一部隊を立て直した。」

 

 怒気を込めたままツバキはユウキがリーダーに選抜された理由を話始める。

 

「その後も強くなる事を目的に、私を含め、多くの者に自ら頭を下げて師事を仰いだ。結果、ここ1月で異常とも言えるほどの早さで実力を付けた。お前たちが気落ちしている間に次に繋がる行動を執ったことが評価された。それだけのことだ。」

 

 緊急時にも冷静に現状を分析し、部隊がとるべき行動を指示した事、アリサを支えて、部隊を再建した事、次に繋がるように強くなった事を簡単に説明した。その説明が終わる頃には辺りは静寂に包まれていた。

 その静寂を状況を理解したと捉えて、一旦報告会を締める。

 

「第一部隊はこのあと別件で通達があるので残るように!では、解散!」

 

 第一部隊を残してあとの神機使いはそれぞれの持ち場に戻る。皆去っていく者の大半が口々に『あり得ない』や『何か不正があったに決まってる』とこぼしていた。

 そうしているうちにエントランスに残った神機使いは第一部隊のメンバーだけになった。

 第一部隊全員が居ることを確認して、ツバキが用件を話す。

 

「先程も言ったが、神裂…この任務が終了したら、お前がリーダーだ。よろしく頼むぞ。」

 

「ホントスゲーよな!こう言うの何て言うんだっけ…下克上!?」

 

 コウタは未だ興奮冷めやらぬ様子で、ユウキに話しかける。だが、話しかけられた本人は、表にこそ出していないがその事を気にする余裕さえ無いほどに動揺していた。

 

「…それ…裏切りですよ?」

 

「え?」

 

 いつもならコウタの間違えた日本語の使い方にツッコミを入れるのはユウキなのだが、今回はアリサが訂正する。

 

「改めて、よろしくお願いします。まさに適任だと思います。」

 

 アリサは祝辞を述べ、ふとサクヤの方を見る。すると、何やら難しい顔をして考え込んでいる事に気がついた。

 

(入隊して数ヶ月の新人がリーダーに…まさか、この子が?)

 

 サクヤはユウキが権力欲しさに、リンドウを死に追いやったのではないかと考え始めた。

 実際、サクヤを含め、大勢の神機使いがこの考えにたどり着いていた。リーダーのポスト欲しさにアリサを利用してリンドウを抹殺、その座を奪ったと疑われていた。

 ユウキにそんな疑いをかけているとも知らずに、アリサがサクヤに声をかける。

 

「サクヤさん?どうしたんですか?」

 

「え?ああ…何でもないわ。リーダーか…ずいぶん頼もしくなっちゃったわね。君になら背中を預けられるよ。これからも、よろしくね。」

 

(バカね…この子がそんな事をするわけないじゃない…)

 

 一度は疑ったが、今までアリサの復帰やアリサの誤解を解くなど、部隊の立て直しに力を尽くしていたことを思い出し、その疑惑を払拭する。

 

「早とちりするな。正式に任命されるのは今回の任務完了後だ。」

 

 皆がもう既にリーダーになったとして話を進めるので、ツバキがリーダー就任の条件を再確認させる。

 すると、今まで黙ったままだったユウキがボソリと呟く。

 

「…ツバキさん…辞退って…出来ますか?」

 

「「ユウキ!?」」

 

 アリサとコウタはユウキの言った事が信じられず大きな声で反応する。すると、ユウキは弱々しく続きを話す。

 

「正直…自信がないんです…リンドウさんの時のような事がまた起きたら…その時、皆の命を預かる覚悟が持てないんです…」

 

 ユウキの言うように部隊員の命を預かる事に尻込みをするのも仕方ないとも言える。今まで誰かに命を預ける側であった筈にのに、なんの前触れもなく命を預かる側になったのだ。自分の判断のせいで人が死ぬかも知れない…普通に考えると責任の方が大きすぎるのだ。

 

「残念だが、リーダー就任の件は執行部からの正式な辞令だ。辞退することは出来ないぞ。」

 

「…ですよね…」

 

 しかし、ユウキの問いに対し、ツバキが返した答えはユウキが望むものとは真逆の答えだった。

 だが、ユウキ自身も『正式な辞令』と言うことで、断る事はムリなのだろうと心のどこかで諦めていた。

 

「…確かにリーダーともなれば相応の権限を与えられるが、同等の重く大きな義務も負う事になる。神機使いとしての職分だけではない…部隊員全員を無事に生還させるという義務だ。それを重圧に感じて逃げ出したくなるのも分からなくもない。」

 

「…」

 

 ツバキはリーダーとしての権利と責任について語るが、ユウキは相変わらず俯き、黙ったままだった。

 そんなユウキを見かね、小さく溜め息を漏らしながらツバキは話を続ける。

 

「誰にでも任せられる訳ではない。我々がそんないい加減な考えでお前を選んだと思うか?」

 

「…いいえ」

 

 その答えはユウキの本心から来るものだった。元々ツバキは厳格な人物と言う印象が強い事もあり、テキトーな人選でリーダーを選出したとは思えなかった。

 

「それに…お前は何のために頭を下げてまで強くなろうとした?」

 

(!!)

 

 その時、忘れていた大事な事を思い出し、衝撃を受けたような感覚になる。

 

(そうだ…俺は、仲間を失いたくない…仲間と必ず生きて帰るために…強くなろうとしたんだ…)

 

 頭を下げてまで強くなろうとした理由を思い出し、ゆっくりと顔をあげる。その表情に決意が見られるようになる。

 

「そうですね…もう…何も…誰も失いたくない…そのために強くなったんだ…」

 

 そう言うユウキの目には強い意思が宿っていた。その様子を見たツバキは少し安心したように小さく溜め息をついて、今回の任務の概要を説明する。

 

「今回のターゲットは大型種『サリエル』だ。こいつはザイゴートと同様、普段から空中に浮いている。銃型神機使いは前線に出る者のサポートだけではなく、自身も攻撃の要であると自覚するように。それと、剣型神機使いは空中戦になる。敵の動きが怪しく感じたら装甲を展開するか、プレデタースタイルで前線から離脱する事も考えておくように。それから神裂とソーマには支部長から出頭命令が出ている。ソーマはこのあと、神裂は任務終了後に支部長室に向かうように。それと、最後に…」

 

 ツバキはサリエルの特徴と大まかな対策と、ユウキとソーマへの通達を伝える。最後は少し声と表情を柔らかくして話を続ける。

 

「死ぬなよ。全員生きて帰れ。これは命令だ。」

 

 リンドウと同じ命令を出す。全員もう居なくなったリンドウを思い出し、少し沈んでしまった。

 

「さあ!何をボサッとしている!持ち場に戻れ!」

 

 こうしてリーダー就任を賭けた任務が始まった。

 

 -鉄塔の森-

 

 第一部隊はターゲットのサリエル討伐のため、鉄塔の森に来た。標的を探して徘徊していると、コウタが話しかけてきた。

 

「よくよく考えてみれば数ヵ月でリーダーになるって凄い事だよな!!」

 

「そうですよね。私もユウキになら安心してついていけます。」

 

「そうね。この短期間に部隊長に昇進だなんて初めてじゃないかしら?」

 

 コウタの後にアリサ、サクヤの順で話しかける。だが、ユウキはそれを聞いている余裕はなく、サリエルを探すことに躍起になっていた。

 すると、フィールドの奥にサリエルではないが、ザイゴートが3体が固まっているのを確認した。

 

「ザイゴートが3体か…俺が全滅させます。皆はオラクルの節約のため、サリエルが現れるまで待機だ。」

 

「え!?何言ってんだよ!」

 

 そう言うとコウタの制止も聞かずにユウキが飛び出す。銃形態に変形して、ザイゴートを狙う。

 

  『バンバン!』

 

 ザイゴート2体を早撃ちで撃ち抜く。ガストラフェテスの高い貫通力で、1体のコアを貫通して倒した。もう1体も、コアにこそ当たらなかったが、貫通した傷口から、コアが見えるようになった。

 

  『キュルルル!』

 

 残りのザイゴートを倒す前に、ターゲットが現れた。その姿は青みがかった緑の体で、蝶と女性を合わせたような鮮やかな見た目をしたアラガミだった。額には細く縦に割れた瞳孔の黄金の目が特徴的だった。一言で言うなら、『美しい』と言う感想を持つものがほとんどだろう。

 

「全員サリエルへ!アリサは前衛!コウタ、サクヤさんは後衛でサポート!」

 

 本来なら、傷をつけたザイゴートを接近しながら剣形態に変形して倒した後に、最後の1体を倒し、サリエルの捜索を再開するはずだった。

 だが、途中でサリエルが乱入してきたので、当初の予定を変更して、待機していた3人にサリエルをしばらく引き付けてもらう事にした。

 

「「「了解!」」」

 

 サクヤ、コウタ、アリサの返事を聞いて、ユウキはザイゴートを倒す事に意識を戻す。

 指示を出している隙に、傷を負ったザイゴートが左側から喰おうと接近してきた。それを右に移動して、離れながら体を回転させて斬り捨てる。

 すると、もう1体感に背を向けるようになった。がら空きになった背中に喰いつこうとザイゴートが口を開ける。それを神機の向きを変え、そのまま回転して最後のザイゴートを突き刺す。

 全てのザイゴートを倒して、ユウキもサリエルに標的を移す。そこには少し離れたところで、サリエルに銃弾を撃ち続けるコウタとサクヤ、空中戦をしかけ、サリエルの胴体を斬るアリサがいた。

 だが、サリエルの額の目に光が集まり、レーザーを放ってきた。そのレーザーはアリサを目掛けて飛んでいく。

 

(まずいっ!!)

 

 アリサはそう感じて、咄嗟に装甲を展開する。レーザーを装甲で防御する。だが、衝撃を吸収しきれずに体勢を崩す。それでも綺麗に受け身をとって、着地する。

 

「「アリサ!!」」

 

 コウタとサクヤがアリサに危険が迫っていることを知らせる。アリサが着地すると同時に、再び額の目に光が集まり、今度は周辺に拡散するレーザーを放ってきた。

 着地の隙を狙われていたため、アリサには避けることができない。防御する時間は僅ながらあるが、このときはその事を考える余裕はなかった。

 

「させるかあああぁぁぁ!」

 

 ユウキがシュトルムを展開してアリサを抱えて離脱する。

 

「アリサは後衛に!サクヤさんは最後衛、コウタは俺とアリサの間に!」

 

 そう指示するとユウキは即座にサリエルに向かって走る。それを迎撃するように角度をつけながら追尾してくるレーザーを放つ。その間後衛には攻撃が届かなくなったのでサクヤは頭、コウタが胴体、アリサが足を狙う。ユウキがサリエルの足元にまで来ると、プレデタースタイル『昇瀑』を展開し、跳び上がりつつ捕食する。

 それを確認して、コウタが射線をずらして射ち続ける。跳び上がったユウキは空中で体の外側に神機を振り、胴体を斬る。強化して作った氷刀が硬いはずの胴体を斬り、血を吹き出しながら傷を作る。

 そのまま、左足で若干上から蹴りを入れる。このとき、力を加減してサリエルが怯む程度の力で蹴る。その衝撃で一瞬だけユウキが浮く。さらに怯んだ隙にレイヴンを展開し、捕食する。その時にも蹴りを入れて無理矢理怯ませる。

 レイヴンの効果で再び浮く。その後、神機で斬り、蹴りを入れて浮き、レイヴンでもう一度浮く。これを繰り返し、サリエルは延々と怯み続けて空中戦を仕掛ける。結果、サリエルの胴体は傷だらけになり、スカートを破壊する。

 

  『キュラアア!』

 

 サリエルが怒りで活性化し、額の目が発光する。コウタが援護のために爆破弾を撃つが、鈍い音が響くだけだった。

 

「やべえ!オラクルが完全に切れた!」

 

 オラクルが切れて攻撃手段がなくなったようだ。こうなるともうコウタには攻撃手段がなくなる。

 

「待ってろ!」

 

 ユウキがそう言うと、サリエルの頭に踵落としを入れ、その衝撃でさらに上に跳び上がる。体を回転させてサリエルの頭を斬りつけ、結合崩壊を起こす。

 そのあとサリエルが優雅に回転すると光の柱が現れた。ユウキはその直前にコウタの方に捕食口を展開して穿顎でコウタの方に飛ぶ。

 

  『ガコン!』

 

 ユウキの神機からオラクルが充填された大きな薬莢が排出された。それをコウタに投げて渡す。

 

「サンキュー!!」

 

 コウタが神機に薬莢を装填する。その隙にサリエルが近づき大きく手を広げるて振り下ろす。

 それを見た途端ユウキはコウタを抱えて後ろに下がる。その瞬間、紫の煙がサリエルの周辺に舞い上がる。恐らくザイゴートと同じ、毒煙だろう。

 

「サクヤさん!頭を!!」

 

「任せて!」

 

 そう言うとサクヤはサリエルの額の目を撃ち抜き、サリエルが後ろに仰け反る。その間にユウキは近くの壁に向かい走る。

 

「アリサ!コウタ!足を爆破!」

 

「はい!!」

 

「りょーかい!!」

 

 ユウキの指示に従い、アリサとコウタは足の下から爆破弾を撃ち込む。その衝撃でサリエルが飛びながらも仰向けになる。

 その間に壁を蹴って高く跳んだユウキが神機を上段に構えて、サリエルと向かい合うようになる。

 

「くたばれぇぇ!」

 

 ユウキの渾身の一撃がサリエルを両断した。ただ、サリエルも反射的に避けよう落としたので、偶然にもコアの破壊はされることはなかった。

 その後コアを回収し、第一部隊は全員帰投した。

 -エントランス-

 

 極東支部に戻って来ると、帰ってきた安心感からか、ユウキは小さくため息をつく。

 そんなユウキの様子を察したのかはわからないが、コウタが話しかける。

 

「これで正式にリーダー就任だね!おめでとう!」

 

「あ、ああ…」

 

 その会話を聞いてアリサとサクヤも会話に参加する。

 

「本当におめでとうございます!これからも迷惑をかけてしまうかもしれませんが…よろしくお願いします。」

 

「そうね…どんなリーダーになるか、楽しみだわ!」

 

「ありがとうございます…」

 

 めでたい話題ではあるはずなのだが、ユウキはどこか緊張しているのか、表情が固くなっている。

 すると、コウタが何か思い付いたように『あ!』と声をあげる。

 

「どうせなら就任祝いにパーティーやろうぜ!」

 

「いいですね!」

 

 『つってもみんなで遊んだりするだけだけど』とコウタが付け足す。そんな話をしていると、ソーマが下階から現れた。

 

「ソーマ!ユウキのリーダー就任のパーティーやるんだけど、来るだろ?」

 

「誰がリーダーでも俺には関係ない…ただ、リーダーの資質があるとすれば、それは死なないことだ。精々死なないように頑張るんだな…」

 

 そう言うとソーマはエレベーターに乗ってしまった。

 

「なんだよ!あの言い方!来れないなら来れないでそう言えばいいのに!」

 

 コウタが怒っていると、サクヤが申し訳無さそうに話かける。

 

「あ、ごめんコウタ…私もちょっと用事があって…お詫びと言ってはなんだけど食材とかレシピ本渡すから。準備ができたら渡しに行くね。」

 

 そう言うとサクヤもエレベーターに乗っていった。

 

「あ!支部長から出頭命令が出てるんだった!ちょっと行って来る!」

 

「おう!エントランスで待ってるから!」

 

「待ってますね!」

 

 コウタとアリサの声を聞きながらユウキはエレベーターに乗り込んだ。

 

 -支部長室-

 

 現在、支部長室ではヨハネスがユウキのリーダー就任に関係書類を読んで判を押している。あと数枚の書類に判を押せば、全ての書類の処理が終わると言うタイミングで呼び鈴が鳴り、スピーカー越しに待っている人の声が聞こえてきた。

 

『支部長。神裂ユウキ、出頭致しました。』

 

「ああ、入ってくれ。」

 

 その後すぐに、『失礼しましす。』と言ってユウキが入ってきた。ヨハネスも書類の処理を中断してユウキと話が出来るようにする。

 

「まずは、祝辞を述べさせてもらおう。リーダー就任、おめでとう。それに伴い、階級も曽長に昇進することになった。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨハネスが定型文のような祝辞を述べ、ユウキはそれに対して礼を言う。すると、背凭れに寄りかかっていたヨハネスが前屈みになり、机に肘をついて両手を組んで口元を隠して話を続ける。

 

「もう気付いているかもしれないが、今回の任務は、君のリーダー就任の最終試験とも言えるものだった。だがその任務も、私の予想通り、滞りなく完遂してくれたようだ。」

 

 ヨハネスは嬉々とした表情を見せ、再び話を続ける。

 

「さて…今回足を運んでもらったのは他でもない。リーダーの権限と、義務について話しておこうと思ってね。」

 

 ヨハネスが本題に入り、リーダーの職務について説明を始める。

 

「まずは権限の強化だ。君にはリーダー専用の個室が与えられる。前リーダー…リンドウ君が使っていた部屋だ。その際、ターミナルにアクセスして、使用者権限を更新しておくように。今まで閲覧が許可されていなかった資料が確認出来るようになっているはずだ。」

 

「分かりました。」

 

 今回の任務でリーダーに就任することが確定したため、それ相応の権利が与えられる。権限の強化自体は、任務終了が確認された時点でされているので、ターミナルで申請さえすれば権限が更新されるのだ。

 

「情報の開示、共有することを我々が決断した。この意味をよく理解しておいてくれ。云わばこれは…我々フェンリルからの信頼の証…願わくば、裏切らないで欲しいものだ。」

 

「わ、分かりました。」

 

 睨む…と言うほどではないが、ヨハネスは目を細めてユウキを見る。要するに裏切るなと釘を刺している。その雰囲気にユウキは若干圧されていた。

 だが、その口ぶりからはまるで過去に裏切られた事があるような言い方だった。

 

(もしかして…その裏切り者がリンドウさん?)

 

 ユウキは過去に裏切った人物がリンドウではないかと考えた。そうなると、リンドウ抹殺に支部長が関わっている事になるが、確証がない上に、ただの憶測でしかない。

 ヨハネスが次の話を始めたので、考えることを止めて意識を戻す。

 

「次は義務の方の話だが、君には通常の任務の他に、リンドウ君が遂行していた特務を引き継いでもらう。」

 

 そこまで話すと、ヨハネスは顎に手を添えて考える様な仕草を見せる。

 

「支部長?」

 

「いや、すまない。今後、細かい指示は追って伝える。今日は君も疲れただろう…今はゆっくり休んでくれ。」

 

 そう言うとヨハネスは姿勢を崩し、背凭れに寄りかかる。

 

「ご苦労だった。これからもよろしく頼むよ。」

 

「はい。それでは失礼します。」

 

 そう言ってユウキは支部長室を出ていった。

 

To be continued




 今回はリーダー就任のお話です。突然お前が新しいリーダーだって言われて動揺しない人っていないと思ったので、本小説では一度リーダーになるのを断ろうとする会話を捩じ込んでみました。これで会話の流れとかがおかしくなっていなければいいのですが…
 原作をやってる時にこの話題が出てからサクヤさんの様子がおかしくなりだすので主人公がリンドウさん抹殺に加担していると疑われてるんじゃないかとずっと思っていました。正直、入って数ヵ月の新人がそんな待遇を受けるとそんな疑いをかけられてもおかしくはないと思います。
 GEの人数に関しては独自の解釈です。第一、第二、第三部隊で11人は確定、あとは第四から第六で各隊4、5人+αと言った感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission24 祝宴

日常回です。戦闘はありません。


 支部長からリーダーの権利と義務についての話が終わり、部屋から出る。この後、コウタがユウキのリーダー就任を祝って、小さいながらパーティーをやろうと言っていた。

 エントランスで待ち合わせをしているので、エレベーターが来るまで待つ。

 

  『チーン』

 

 エレベーターが到着した音がして扉が開くと、そこにはツバキが居た。いつもと違い大きめの紙袋を持っている。

 ユウキが紙袋に気を取られていると、ツバキが穏やかな雰囲気で話しかけてくきた。

 

「神裂か。無事任務を完遂したようだな。リーダー就任、おめでとう。」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 ツバキの祝辞に対して、ユウキはどこかぎこちなく礼を言う。その様子を察したのか、ツバキは穏やかな口調のまま世間話を始める。

 

「調子はどうだ?」

 

「あ、えっと…」

 

「いや、やっぱり言わなくてもいい。その表情を見れば分かる。」

 

 そう言うとツバキはユウキの頬に手を添えて、優しく撫で始めた。

 

「リーダーになりたてだった頃のリンドウと同じ…テンパった顔付きだ。」

 

 リンドウが生きていた頃の事を思い出して懐かしくなり、ユウキと重ねているのだろうか。ツバキの表情はまるで愛しい我が子に向ける様なものだった。いや、この場合は愛しい弟になるのだろうか?

 そのままユウキの頬を撫でながら話を続ける。

 

「そうだな…先ずは肩の力を抜くことだな。」

 

 ユウキはツバキの話に聞き入っていたせいか、撫でられている自覚もなく、黙っていつもと変わらぬ様子で聞いている。

 

「お前1人で全てをこなす必要はない。仲間を使い…自分を使え…それが信頼を生む。」

 

「仲間を使い…自分を使う…」

 

 印象に残った言葉を復唱する。ツバキが言ったこの一言にはリーダーに必要なものの全てが込められている。ユウキにはそう感じて、頭の中でその意味を吟味していく。

 

「そうだ。お前ならいいリーダーになれる。私はそう確信している。これからもよろしく頼むぞ!」

 

「はい…!」

 

 ツバキの激励を受けて、ユウキの緊張の糸が切れたのか、少し周りを見る余裕が生まれた。そして今自分がどういう状況なのか理解して、顔を真っ赤に染めた。

 

「あ、あの…ツバキさん…もう、大丈夫ですから…その、手を…」

 

 未だ頬に手を添えられたままだった事に気が付いて、一気に動揺する。

 

「フッ…ハハハッ!随分と可愛らしい反応をするんだな。」

 

「からかわないでください。」

 

 そう言いつつもユウキは未だに真っ赤にして、むくれている。そんなやり取りの中で、ユウキは何だかんだツバキとリンドウはやはり姉弟だと感じた。

 

「フフッ…すまない。まあ、今日はゆっくり休め。身の回りの環境が大きく変化すると、精神的な疲労が溜まりやすくなる。少しリフレッシュした方がいいぞ。」

 

「はい。」

 

 そう言うとユウキはエレベーターに乗り込もうとするが、ツバキに呼び止められた。

 

「危うく忘れるところだった。これは私からの昇進祝いだ受けとれ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そう言ってツバキは紙袋を渡す。それを受け取り、ユウキはエレベーターに乗り込んだ。

 

(何時か自分で気付くかもしれないが、やはり言えんな…)

 

 そう思いながら踵を返し、支部長室に向かう。

 

(リーダーに選抜された最後の理由が、ある意味冷酷な人間だからなどと…)

 

 リーダーである以上、隊員の命を預かり、全員生還される義務がある。万が一その義務が果たせないとなった場合、その他の者を生かす為に誰かを犠牲にする判断を下さなければいけなくなる。ツバキもリンドウも、そうやって任務中に助けられない命を犠牲にし、それを背負って生きてきたのだ。リンドウの一件で、ユウキもその片鱗を見せていた。

 

 -エントランス-

 

 ユウキは昇進祝いを持ったまま、エントランスに降りた。そこには数冊の本を抱えたアリサと保冷バッグを持ったコウタがいた。

 

「あ、もう終わったの?何か祝いの一言とか言われた?」

 

「うん。あとはリンドウさんが使ってた部屋に移る事になったって言ってた。」

 

「引っ越し…ですか。」

 

 そう言いながら3人はエレベーターに乗り込み、新人区画に向かう。

 

「先にそっち終わらせた方が良い?手伝おうか?」

 

「いや、俺の荷物は少ないし、すぐに終わるから大丈夫だよ。」

 

 コウタの申し出は有難いが、ユウキの私物など着替えと配給品のお菓子しかない。精々段ボール1箱程度で終わるので今回は断った。そうしていると、ユウキの自室前に着いた。

 

「そっか。ならこっちはこっちで先に準備してるよ。」

 

「そうですね。ユウキ!早く来てくださいね!」

 

 テンション高めでアリサが言うと、それぞれの自室に入っていった。ユウキも、荷物を持って元リンドウの部屋に向かった。

 コウタ、アリサと別れてから10分後には引っ越しが完了した。ユウキは『我ながら私物が少ないな』等と考えながら新人区画に向かう。エレベーターが止まり、降りたところで大きな話し声が聞こえてきた。

 

「なんですかあの部屋は!ドン引きです!!」

 

「アリサの部屋だってそう変わらないだろ!!」

 

 話し声と言うより喧嘩のようだ。それぞれカバンやら袋を手にしながらお互いに言いたいことを言い合っている。

 この喧騒に介入するべきか悩んでいると、アリサがユウキに気付いて話しかけてきた。

 

「ユウキ!聞いてください!コウタったら部屋が汚いのに自分の部屋でパーティーをするって言うんですよ!!」

 

「アリサの部屋だって汚いだろ!!未だに荷物の整理してないし、服とか脱ぎ散らかしてるし!」

 

「大きなごみ袋をそのままにしてある部屋よりはマシです!!」

 

 要するにどっちの部屋も汚い事には変わりないらしい。どうやって宥めようかと考えていると、コウタがある提案をする。

 

「よーし!ならユウキにどっちの部屋がマシか見てもらおうぜ!」

 

「臨むところです!私の部屋の方が絶対にマシです!」

 

 アリサとコウタはどちらの部屋がマシかと言う、よく分からない勝負を始めた。アリサはコウタにライバル意識のようなものを持っているせいか、負けたくないと思っていた。コウタもコウタで自分の部屋と変わらないのに、自分の部屋の方が汚いと言われてカチンと来たようだった。

 

(なんか変なことに巻き込まれたなぁ…)

 

 苦笑いしながら、そんなことを考えていた。すると、コウタの部屋の扉が開き、その全貌が明らかになる。部屋の中にはお菓子のゴミや空き缶が転がっている。さらには生ゴミだろうか?大きなごみ袋が3つ置かれている。…若干ごみ袋から臭う。

 

「あ…うん…ここがコウタの汚部屋なんだ…」

 

「ほら!ユウキだってドン引いてますよ!」

 

 アリサはユウキの反応を見てここぞとばかりに口撃する。だがさっきのコウタとの会話から、アリサの部屋もそんなに変わらないらしいが…

 

「つ、次!アリサの部屋だ!」

 

 そう言って3人はアリサの部屋に向かう。そこに広がっていたのは、コウタの部屋とあまり変わらない部屋だった。ゴミの代わりに服が脱ぎ散らかしてある。さらにはロシアから来たときの荷物が段ボールに入ったまま、整理されずに散乱していた。ゆっくり落ち着くことも出来そうにない…こんな感じにアリサの部屋も汚部屋になっていた。

 

「正直どっちも変わらないと思う…」

 

 ユウキの一言にアリサとコウタはあからさまに沈んでいた。正直、この部屋でパーティーをやるのは無理があるので、ユウキがある提案をする。

 

「…俺の部屋でやろうか?」

 

「「…はい…」」

 

 アリサもコウタも納得し、ベテラン区画に向かった。

 

 -自室-

 

 素敵な汚部屋を見た後、アリサはトランプとお菓子、それからサクヤから受け取ったレシピ本を、コウタはUN○、ボードゲーム、バガラリーの動画データ、サクヤから譲ってもらった食材を持って、たばこ臭いままのユウキの部屋に来た。

 …が、ユウキの部屋に入ると、アリサとコウタはあるものを見て固まった。

 

「なあ…ユウキ…まさか荷物ってこれだけ?」

 

「うん。」

 

 コウタの問いにユウキは即答した。その表情は、『何かおかしなことを言っただろうか?』とでも言いたげな表情でコウタを見る。

 

「あ、ありえません…普段どんな生活をしているんですか…?」

 

 そう思うのも無理もない。引っ越しの荷物と思わしきものは、ベッドの上に置かれている大きめの段ボールと大きい紙袋のみだった。

 段ボールも、封をする必要がなかったからか半開きになっていて、中からいつも着ているコバルトのフェンリルの制服一式と配給のお菓子が覗いている。

 だが、荷物の中に娯楽品の類いが見つからない。これではオフの日にやることが無いはず。アリサは疑問に思い、ユウキに聞いてみた。

 

「えっと、任務か訓練に行ってる。部屋には殆ど居ないね。」

 

「てか、アリサ知らなかったの?」

 

「は、はい…全く知りませんでした…」

 

 ユウキが訓練漬けの日々を送っている事に驚いたアリサだったが、ここ最近のユウキの成長の早さを目の当たりにして、どこか納得していた。少なくとも才能やセンスだけでここまで早く強くなれるものではないとアリサ自身もよくわかっていた。

 

「まあ、そんなことより遊ぼ!なにやる?」

 

 そう言ってユウキはソファに座り、トランプを広げ始めた。

 

 -1時間後-

 

『くそ…ここまでか…』

 

 ライフルを抱えた少年『ジョニー』は敵モンスター囲まれ、片膝をついている。万事休す。そう思った瞬間、銃声が聞こえてきた。すると、ジョニーの周囲にいたモンスター達は次々と倒れていく。

 銃声のした方を見ると、先に行ったイサムがリボルバーを構えていた。

 

『な、なんで…?』

 

『へ!相棒を置いて1人で先に行けるかよ!それに、俺が叶えたい願いにはお前がいないと意味がないんだよ!』

 

 方舟はたどり着いた者の願いを1つだけ叶える。だが、その願いよりも仲間の方が大事だと思い、イサムは戻ってきたのだ。

 

『よし!さっさと片付けて方舟を追うぞ!』

 

『ああ…!』

 

 こうして、残った敵を一掃するため、イサムとジョニーは敵陣に突っ込んでいった。

 コウタがお勧めするバガラリー256話を流しながらユウキ、コウタ、アリサはトランプで遊んでいる。

 

「な、なんで…」

 

 トランプを握りしめながらコウタはワナワナと震えていた。

 

「なんで俺ばっかり負けるんだよおおぉぉぉお!!」

 

 負けが確定すると、コウタは悔しさのあまり後ろに倒れながらトランプを上にばら蒔いた。最初は定番のババ抜き、その後はポーカー、大富豪と色々なゲームをやったが、全てコウタが負けていた。

 

「うーん…なんかコウタって分かりやすいんだよね。」

 

「まあ、全部顔に出ていますからね。」

 

 トランプに限らず、ゲームは運任せのものもあれば、読み合いや騙し合い等の駆け引きが必要になるものもある。だが、コウタは自分にとって都合の良い手札や展開になると表情に現れるので、ユウキとアリサは簡単に手の内を知ることが出来たのだ。

 

「よ、よし!次だ!次は人生ゲームだ!」

 

 -2時間後-

 

「うわ!事故った!!」

 

「これでコウタは10万没収だね。」

 

 コウタの止まったマスの指示に従い、10万を徴収する。これでコウタの手持ちは1万を下回った。

 

「ぢぐじょう"…さっきから借金ばっかだ…」

 

「…とことん運が無いですね…」

 

 アリサが同情したような視線を送る。その視線が心に刺さったのか、コウタは半泣きになった。

 

「まあ…ドンマイ…」

 

 ユウキもまた、同情するような視線を送りながらエールを送る。だが、やる気の無い励ましでコウタは完全に意気消沈していた。

 

「あ、ユウキ、ジュース貰って良いですか?」

 

「うん。良いよ。」

 

 アリサはユウキの許可を得て、ジュースを貰いに冷蔵庫を開ける。一方でユウキの番になり、進むマスを決めるためルーレットを回す。

 

「5か。行き先は…あ、俺結婚するんだ。」

 

「はあ?!?!誰とですか?!!」

 

 突然アリサが大きな声を挙げ、ユウキとコウタが驚いてアリサの方を見る。

 

「え、な、何?どうかした?」

 

「ア、アリサ…?」

 

 ユウキとコウタが戸惑いながらアリサに何かあったのか訪ねる。

 

「あ…い、いえ…何でもないです。すいません…」

 

 アリサもすぐにゲームの話だと理解して、落ち着きを見せた。その後、アリサは何故かモヤモヤした感覚を覚えたまま席に戻り、ゲームに参加した。

 その後もゲームは続き、最終的にアリサがトップ、ユウキが2位、コウタが借金を背負って最下位となった。

 

「くっそー!!もう一回だ!!」

 

 自棄になったコウタは再戦を申し込む。再びコウタにとって(借金)地獄の人生ゲームが始まった。

 …この回でもコウタは借金で最下位となった。

 

 -1時間後-

 

 一通り持ってきたゲームを楽しんだ後、腹が減ったので夕飯にすることになった。折角サクヤが食材とレシピ本を渡してくれたので、自分達で作ってみようとなった。…のだが『キッチンは女の城です!夕飯は私が作ります!』と言ってユウキとコウタを追い出した。

 そのため、2人は休日のお父さんの様に晩ごはんが出るまでテレビ(バガラリー)を見ながら待っている。………後ろから聞こえてくる不穏な音に怯えながら。

 

「ねぇ…料理の時ってこんな音したっけ?」

 

「………俺の記憶ではこんな音はしない…」

 

 ユウキの問いにコウタがもっともな返事をする。コウタは怯えて待っているが、ユウキはただ疑問に思い気になっていると言った感じだった。コウタは気になるから見ようとするユウキを抑え、必死に見ないようにして現実逃避をしている。

 それもそのはず。何故なら…

 

  『ボキ!』『ベキ!』『バキ!』

 

 何かを砕く様な音…

 

  『ダン!』『バン!』『ガン!』

 

 何かを叩きつける様な音…

 

  『バーン!!』

 

 止めに何かが爆発する様な音が響く。それらの音が響く度にアリサから悲鳴が聞こえてくる。

 

「俺…生きて帰ってこられるかな…?」

 

 最初は女子の手料理と言うことでウキウキしながら待っていたコウタだが、今は顔を青くしながら料理が出来るのを待っている。

 しばらくしたら音が聞こえなくなり、料理も終盤に差し掛かったことが伺える。

 

「で…出来ました…」

 

 そう言われてユウキとコウタは振り向いた。そこには目を逸らしながら黒い物体達を持ったアリサがいた。器に盛り付けられている辺りこれが夕飯なのだろう。

 

「あの…アリサ…これは…?」

 

「ブ、ブリヌイとビーフストロガノフと…ボルシチ…です…」

 

 少しずつアリサの声が小さくなっていく。自分でもとんでもない失敗作だと分かっているようだ。

 

「ア…ウン…ソーナンダ…」

 

 想像を絶する光景を目の当たりにしてコウタが棒読みで返事をする。だが、眼前に黒い何かと黒い炭と黒い液体が広がっていて、それを夕飯として出されればそれも仕方ないのかも知れない。

 ちなみにユウキは黒い物体達をじっと見つめているだけだった。

 

(本音を言うとすごく逃げたい…!けどこのまま逃げたらこの殺戮料理をユウキ1人に押し付ける事になる!それは男として…いや!親友としてどうよ!辛いことも苦しいことも共に乗り越えるのが親友じゃないのか!?覚悟を決めろ!藤木コウタ16歳!)

 

 思考から結論に至るまで約1秒、コウタがアリサの料理内容を聞いてからそれを食べる決意をするまでの時間である。だが、ユウキがそんなことを知る訳もなく、能天気な事を言い出した。

 ちなみに、コウタは先々週誕生日だったが、リンドウやアリサの一件でそれどころではなかった。

 

「ずいぶんと黒いね…まあいいや。いただきます。」

 

 ユウキが手を合わせてこれから食べる命に感謝し、フォークを手に取る。

 

「まて!ユウキ!俺が先に逝く!」

 

「え、そう?じゃあ、先にどうぞ。」

 

 コウタは一世一代の決意のもとユウキを止める。自分が先に食べ、ユウキにはどうにか安全に食べる方法を見つけてもらう、いっそのこと食べないという選択が出来るようにするためである。

 だが、コウタのこの行動は茶番にしか見えない上に、この光景をみたアリサはマジ泣きする寸前になっていて、ユウキは何がどうなっているのか状況を把握できていない。

 そんな中、コウタが黒い物体を見つめ、意を決してフォークを掴む。

 

「南無三!!」

 

 妙な掛け声と共に口に運ぶ。すると、コウタの目が大きく見開かれる。

 

「!!?!??!?!?!!?」

 

 声にならない叫びを挙げたと思ったら一瞬で気絶して倒れた。もはや味覚を感じる暇もなかった。

 

「…とりあえずコウタを寝かせて来る…」

 

「…はい…」

 

 アリサの料理の破壊力に驚きながらもユウキはコウタをベッドに運ぶ。その後、アリサの料理を食べようとフォークを手にするが、アリサに止められた。

 

「あの…こんなの…食べなくてもいいですから…捨てましょう…お腹壊すといけませんから…」

 

 目に涙を浮かべてユウキを止める。が、

 

「アリサが作ってくれたんだ。全部食べる。」

 

 ユウキはそう言って黒い物体を食べ始めた。ガリガリと音をたてて味のしない外側を砕いていく。そしてその中からは悪臭を放つネバネバした粘度の高い液体が出てきた。その後突然苦味が出たと思ったら辛くなり、さらにはくどいくらいに甘くなったりした。

 しかし、それでもユウキは苦しそうにするわけでもなく食べ続けている。最終的にはコウタの分も全て食べてしまった。

 

「あ、あの…お腹…大丈夫ですか?」

 

「腹は大丈夫。でもまあ…美味しくはなかったよ。」

 

 ユウキの胃腸の心配をしていたアリサだったが、ユウキの正直すぎる一言で完全に止めをさされた。泣きそうな顔をして俯き必死に涙を堪えていた。

 

「でもアリサの料理…すごく嬉しかったよ。ごちそうさま!」

 

 ユウキは綺麗な笑顔でアリサに礼を言う。今度は嬉しくて泣きそうになる。

 

「うっ!!!」

 

 突然ベッドの方から呻き声が聞こえた。今ベッドにはコウタがいるはず。そちらを向くと案の定コウタが腹を抱えて踞っていた。

 

「ユ、ユウキ…ベテラン区画のトイレってどこ…?…腹が…ヤバイ…!」

 

「新人区画と同じところにあるよ。」

 

 ユウキから共用トイレの場所を聞き出すと、コウタはさっきまで何かを堪えて弱々しい声を出していたとは思えないほどの勢いでトイレに駆け込んだ。

 ユウキは『生きてるならとりあえず大丈夫かな?』と思い、片付けをしようとアリサの方を向く。が、そこにはアリサはいなかった。

 どこに行ったのかと部屋を見渡すと、ベッドの上でどんよりとした空気を出し、壁の方を見ながら部屋の隅で体育座りをしていた。

 

「えっと…アリサ?」

 

「いえ…自分の…女子力の低さに…ドン引きしてる…だけです…」

 

 生気の抜けたような声で返事をして、陰気な雰囲気を増長させる。ユウキの一言で上がったテンションも、コウタの行動で自分がとんでもない料理を作った事を思い出し、料理のできない女と言うレッテルを貼られたと落ち込んでいた。

 

「まあ、料理始めたばかりの頃ってこんなものだと思うよ?俺に至っては料理なんてしたこと無いし、もっと酷いのが出来るかも!れ、練習したらまた作って欲しいな~。」

 

「そう…ですね…はぁ…こんなことなら…ママのお手伝いしておけばよかったなぁ…」

 

 どうやらユウキのフォローも虚しく、しばらくは再起不能らしい。収集がつかなくなったリーダー就任パーティーをお開きにして、ユウキは食事に使った食器の他に、アリサが破壊したキッチンや調理器具の後片付けを始めた。

 

To be continued




 今回はリーダー就任と言うことパーティー回でした。
 ツバキさんの言っていた冷酷な人間と言うのは、見捨てる決断が出来る事以外にも、誰かに何かあったとき、隊長は無理矢理にでも各々の役割をやらせる事で、二次災害を防がなければなりません。例えそれが家族や大切な人であってもそれは変わりません。ツバキさんがリンドウさんの一件で周囲に冷たい態度をとった理由がこれですね。
 それが結果的に冷酷な人間と思われる要因でもあります。
 バガラリーの内容については設定以外は独自の解釈です。子供達やコウタが好きそうな内容ならこんな感じかな?と思いました。
 最後にアリサの飯テロ(マジなテロ)に持っていかれたような気が…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission25 化物

ようやくソーマが絡み始めた…ここまで長かった…


 就任パーティー後に食器と破壊された調理器具を片付け、アリサを部屋に送った。その時、腹の調子が少し良くなったコウタが、自力で部屋に戻ったのを見かけた。その後、医務室で胃薬をもらってコウタに渡しておいた。

 そして翌日の朝になり、任務に行くために着替えようと、制服を積めた段ボールを漁りに行く。その時、横に置いておいた紙袋が目に付いた。

 

(そう言えばパーティーで忘れてたな…中身はなんだろう?)

 

 ツバキからの昇進祝いと言うことで渡された紙袋の中身を見る。そこにはフェンリルのエンブレムが背中に入った黒いシックなスーツジャケットと左の太股部分にベルトが付いた黒いスラックスがそれぞれ3着入っていた。さらには足首の上辺りからベルトが3本並んで付いている黒いブーツも3足入っていた。隊長への昇進祝いと言うことは、ユウキ専用の隊長服のようなものだろう。

 

(ありがとうございます…ツバキさん。)

 

 ツバキに感謝しつつ、渡された隊長服に袖を通す。どれも細めにデザインされており、実際に少し体を動かしてみたが、動きにくさなどは特に感じなかった。

 どちらかと言うとユウキ自身細身であるため、太すぎず細すぎない、体本来のラインを際立たせるデザインとなっていた。

 そんな真新しい制服を纏ってエントランスに向かった。

 

 -エントランス-

 

 何か急を要する任務が無いか確認するため、ユウキはヒバリの元に向かう。

 

「おはようございます。あ、服が新しくなってますね!」

 

「はい!ツバキさんから昇進祝いに貰ったんです!」

 

 そう言うとユウキは両腕を広げて、『似合いますか?』とヒバリに聞いてみた。

 女顔と言うこともあり、その仕草が女子にしか見えなかったヒバリは、ユウキにバレないように『ふふッ』と微笑み、ユウキを見た感想を述べる。

 

「はい。よく似合ってますよ。ちょっと落ち着いて大人な感じに見えますね。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そんな話をしていると、館内放送が極東支部内に流れる。

 

『第一部隊各員に通達します。エントランスに集合してください。繰り返します。第一部隊各員はエントランスに集合してください。』

 

 その放送を聞いたユウキは出撃ゲートの前に向かい、他のメンバーが揃うのを待っていた。

 すると、第一部隊よりも先にカノンがエレベーターから降りて来た。

 

「おはようございます。カノンさん。」

 

「おはようございます。あ!神裂さんが着てる服って、もしかして新しい隊長服ですか?」

 

「そうですよ。昇進祝いで貰ったんです。」

 

 そう言うと、ヒバリの時と同じように両腕を軽く広げた。

 

「なんだか雰囲気が変わりましたね。大人っぽいです。」

 

 そうやって話をしているうちに、タツミとブレンダンがエレベーターから降りて来た。

 

「よう、おはよーさん!これからはお互い隊長同士だな。最初のうちは隊長職ってなんぞや?ってなると思うから、分からない事があったら聞いてくれよな!」

 

「ありがとうございます。その時は遠慮なく質問させて貰いますね!」

 

「これから大変だろうが、俺に出来ることがあれば力になろう。遠慮なく使ってくれ。」

 

「はい!頼りにしています!」

 

 それだけ言うと、タツミはブレンダンとカノンを連れて、外部居住区周辺の警戒任務に出だ。

 その後、5分も経たずに再びエレベーターが降りてきて、その中からサクヤとアリサが現れた。

 

「あら、ユウキ。おはよう。」

 

「おはようございます。」

 

 サクヤとアリサがユウキに気付いて、それぞれ挨拶をする。そして、ユウキもその挨拶に対して返事をする。

 しかし、まだ第一部隊のメンバーは揃っていない。その間に世間話に興じる事にした。

 

「その服…ひょっとして隊長用の?」

 

「はい。ツバキさんからです。」

 

「へぇ…よく似合ってるわ。」

 

 サクヤが素直な感想を述べ、その後『ね?アリサ?』とアリサにも話を振る。

 

「そうですね。スーツタイプの制服なので、大人っぽく見えますね。」

 

 そんな話をしているとツバキがエレベーターから降りてきた。

 

「おはよう。」

 

 第一部隊が『おはようございます。』と返事をする。その後すぐに、ユウキが隊長服の礼を言う。

 

「ツバキさん、隊長服ありがとうございます。結構好評でした!」

 

「そうか。それはよかった。…やはり私の見立て通りだったな。最初は青にしようかと思ったが、お前には黒の方がしっくりくる。」

 

 一度話を区切ると、思い出したようにツバキが話を続ける。

 

「ああそれと…その服は防壁の技術を応用して、偏食因子を織り込んである。既存のアラガミであれば殴る蹴るをしても捕食されることはないだろう。その服を作ったリッカにも感謝しておくんだな。」

 

「は、はい。」

 

 何やらとんでもないものを貰った気がして、ユウキは今さらになって本当にもらってよかったのか心配になった。

 だが、そんな心配を余所に、ツバキは表情を引き締めて本題に入る…が…

 

「さて、あとは…あとはコウタだけか。」

 

 ツバキはやや呆れながらため息を付いた。その後、ユウキが呼びに行こうとエレベーターに向かって移動していると、不意にエレベーターの扉が開いた。

 

「だあぁぁぁすんません!!寝坊しましたぁ!!」

 

 中からコウタが慌てながら出てきた。衣服もボタンが閉まりきっていなかったり、愛用のニット帽が崩れていたりと相当慌てていたらしい。ちなみに、ユウキは集まりに戻った時に、コウタの社会の窓が全開になっていたのでこっそり教えてあげた。

 

「さて、揃ったな。では今回の任務の内容を説明するぞ。」

 

「ソーマさんは?」

 

 放送では第一部隊に召集がかかっていたはず…だがソーマが来ないまま話を進めたのでは不都合があるのではないかとユウキは懸念していた。

 

「ソーマは既に別任務で出ている。今回の任務の事は既に通信で伝えてある。」

 

 どうやら早くに任務に出たようだ。ソーマにとっては任務が追加される事になるが、その辺りも任務内容を伝えると同時に話をつけていたようだ。

 

「廃寺付近に中型種が2体…シユウとグボロ・グボロが現れた。珍しく群れを形成しているためか、現在作戦領域付近で足踏みをしている状態だ。比較的余裕はあるが、ここまでの進行ルートから恐らく居住区に向かうだろう。最低限、中型2体は排除するように。」

 

「「「「了解。」」」」

 

 全員の返事を聞くとツバキはアリサの方を向いて別の指示を出す。

 

「アリサは偵察班と動いてもらう。討伐任務終了後に周辺の警戒任務だ。」

 

「了解しました。」

 

「よし。では各員任務に迎え。」

 

 そして各々任務に向けて準備を始めた。

 

 -神機保管庫-

 

 いつものように神機の受け取りのため保管庫に向かうと、珍しくリッカが作業場に居なかった。

 隊長服の礼を言おうと思ったが、居ないのでは仕方がない。神機のロックを解除して持って行こうとすると、保管庫に隣接する倉庫の扉が開く音がした。

 

「あ!神裂くん。遅くなったけどリーダー就任おめでとう!」

 

 ユウキが後ろを振り向くと、工具箱を持ったリッカが居た。出撃前に隊長服の礼を言わなければ、と思っていたので今のうちに礼を言うことにした。

 

「ありがとう。この隊長服、リッカが作ってくれたんだって?」

 

「うん。ツバキさん直々の依頼でね。どう?動きにくくない?」

 

「大丈夫!軽く動いてみたけど、違和感とかは無かったよ。」

 

 『そう言えば、なんで俺の服のサイズ知ってるんだろう?』と思ったがリッカが楽しそうに次の話を始めたので、その疑問を頭の片隅に追いやった。

 

「そっか、よかった。私も新しい事に挑戦できていい経験になったよ。」

 

「っと…そろそろ行かなきゃ。隊長服、ありがとう。」

 

「どういたしまして。あ!最後にひとつ言っとくことがあったんだ!」

 

 神機を受け取り、保管庫を出るところで再びリッカに呼び止められる。

 

「プレデタースタイル『太刀牙』と『鮫牙』の開放許可が出たって報告をね。ただ、許可が出ただけで、まだ開放はできていないから使うことはできないからね。帰ってきたら説明するよ。」

 

「わかった。じゃあ、行ってきます。」

 

「うん。いってらっしゃい。」

 

 どうやら許可は出たが開放はまだされていないとのことだ。詳細な使い方を聞いてないので、恐らくは間違って使おうとはしないだろう。

 そんな話をして、ユウキはリッカに見送られて出撃した。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 現在、廃寺の待機ポイントにて、ユウキ、サクヤ、コウタが別行動中のソーマが到着するのを待っている。その間に、ユウキはふと思い出したようにコウタに話しかける。

 

「あ、作戦区域に来てから聞くのもなんだけど…腹は大丈夫?」

 

「おう!薬も飲んだし大丈夫!!」

 

 先日のパーティーでアリサの料理を口にしてから、体調を崩したコウタだったが、事情を話してルミコから貰った胃薬が効いたようだ。

 たが、昨日のパーティーの内容を知らないサクヤは顔を引きつらせながら何があったのか聞いてみた。

 

「…薬を飲まなきゃいけないようなパーティーって…貴方達何してたの…?」

 

「ちょっとアリサが飯テロ(物理)を起こして…」

 

 ユウキの返事を聞き、サクヤは『ああ、そう言うことか…』と思いながら、何があったか察して生暖かい目でユウキとコウタを見たた。

 すると、今度はコウタが思い出したように話をする。

 

「あ、飯テロで思い出したけど、最近の配給品…明らかに質が落ちてるよね?贅沢言ってらんないのは分かるけどさ…もうちょいどうにかなんないかなぁ…?」

 

(なんで飯テロでその話に行きつくのかしら…?)

 

 話の繋がりに疑問には思ったが、配給の質が落ちたせいで味も悪くなった事が、アリサの料理が不味かった事と繋がったのだろうか?とサクヤは考えていた。

 

「ほら、プリンとかもろに体に悪そうな感じじゃん?砂糖が溶けきってないのかわかんないけどさ、やたらでっかい塊が出てきたりするんだよね。」

 

「そう?あの砂糖の塊の甘さ結構好きけど…」

 

「…ユウキ、貴方いつか糖尿病になるわよ?」

 

 どうやらユウキは甘党らしい。砂糖の塊の味を好きだといっている辺り、かなりのものだろう。だが、砂糖の塊を食べると血糖値が上がり、糖尿病になる可能性が高まる。サクヤはその心配をしていた。

 

「そうだ!昨日は人があまり集まらなかったし、リーダー就任祝い第二弾やらない?サクヤさんしばらく予定ある?」

 

「ええ、いつでも良いわ。」

 

 期待通りの返事が来て、コウタはガッツポーズをした。すると、他の任務で別行動をしていたソーマが待機ポイントに合流した。

 ソーマが来たことに気付いたコウタがすぐに話しかける。

 

「あ、ソーマ!今度ユウキのリーダー就任祝い第二弾に皆で飯食わない?空いてる時間ある?」

 

「…断る。俺には関係ない…」

 

 だがソーマの返事は素っ気ないものだった。しかし、ソーマはこう言った集まりには来ないイメージなので、予想通りと言えば予想通りではあるが…しかし、それでもコウタはソーマを誘う。

 

「え~…そう言わずにさぁ…」

 

「馴れ合いならお友達同士で勝手にやれ…」

 

「ソーマ。言い過ぎよ。」

 

 サクヤは辛辣な言葉を言ったソーマを嗜める。だが、ソーマは『ふん…』と鼻を鳴らし、出撃命令が出る前に待機ポイントから飛び降りる。

 

「ちょっと強いからってエリート気取りかよ!!だからお前はボッチなんだよバーカ!!」

 

「コウタ…抑えて…」

 

 ユウキが宥める事でコウタも渋々落ち着いた様子を見せる。だが、それでも怒りは収まらないのか、ソーマに対して陰口を言う。

 

「ん…でもなんだよあいつ!前もそうだったけど、断るにしてももうちょい言葉を選んでほしいっての!」

 

 ユウキの端末から任務開始を知らせる電子音が鳴る。

 

「コウタ、任務開始時刻だ。気持ちを切り替えて。」

 

 そう言うと、ユウキの雰囲気が変わり険しい表情になって、そのまま今回の任務内容を確認する。

 

「最終確認です。今回の任務はグボロとシユウの討伐…余裕があれば小型種も殲滅します。よし…任務開始!」

 

 そしてユウキ、サクヤ、コウタは待機ポイントから飛び降りる。そして廃寺内を左に回り探索する。

 突き当たりの階段を登ろうとすると、小型種のオウガテイルが居たので、壁に隠れて一旦待機する。

 だが普通のオウガテイルは白いはず。そこに居たオウガテイルは暗く、濃い青色の体をしていた。

 

「サクヤさん。あの青いオウガテイルって…」

 

「あれは『堕天種』ね。」

 

「堕天種?」

 

 ユウキの質問に対して、サクヤは『堕天種』という初めて聞く単語で返す。この聞き慣れない言葉を聞いてコウタが聞き返す。

 

「ええ。アラガミ生物学上は同じアラガミだけど、生息地の環境や別方向に進化したものね。あのオウガテイルは寒冷地に適応しているから、氷属性の攻撃をしてくるわ。」

 

「あ!もしかして炎属性が弱点だったり?」

 

「そうよ。炎属性のバレットを装備しておくといいわ。」

 

 どうやら堕天種というのは、アラガミが発生した環境に適応して長所、短所が最初に発見された個体と変わった個体の事らしい。

 

(そのあたりの勉強もしていかないとな…)

 

 リーダーになった以上、基礎的な知識である堕天種の事も知らないと言うのはあまりに情け無さすぎる。

 そんな事を考えていると、『ザク…ザク…』と足で雪を踏み潰している音が聞こえてくる。

 

(!!…居る!…計3体か?)

 

 聴覚でオウガテイルの位置を探る。だが、聴覚だけではザイゴートのような浮遊しているアラガミは察知できない。そこで、サクヤがユウキとコウタの背後を守り、ユウキとコウタでオウガテイルを排除する作戦をサクヤとコウタに伝えて作戦を開始する。

 まずコウタが階段から飛び出し、スタングレネードを準備して、その後すぐにユウキがチャージ捕食『ミズチ』を展開できるように準備する。

 しかし、コウタがスタングレネードを破裂させる前に、オウガテイル堕天種が尻尾を振り、針を飛ばしてくる。

 

「うわっ!!」

 

「ちっ!!」

 

 反撃の早さに驚きはしたが、ユウキもコウタも危なげなく躱す。標的を失った針は地面に刺さる。

 

(なにっ!!)

 

 針が刺さった場所を見ると、凍りついていた。これが寒冷地に適応したオウガテイルの特徴なのだろう。

 そんな事を考えていると、コウタがスタングレネードを破裂させる。オウガテイルの動きが止まり、その隙にユウキがミズチを展開する。だが、その後ろにはグレネードの爆破音を聞き付けたザイゴートがいた。

 

「サクヤさん!」

 

「任せて!」

 

 サクヤの神機から放たれたレーザーがザイゴートの特徴的な目を貫き、そのままコアを破壊した。後ろの安全が確保された事で、気兼ねなくミズチを捕食体勢に移行する。

 

「喰い尽くせ!!」

 

 巨大な捕食口のミズチが3体のオウガテイル堕天種を纏めて喰い殺した。堕天種と言っても、もう大型種と渡り合えるようになったユウキやコウタにとって、小型種など敵ではなかったのだ。

 小型種を一掃した後、ソーマを探しに本殿へ向かう。途中の階段を登った辺りで戦闘音が聞こえてきた。

 本殿前の広場でソーマがグボロ・グボロと戦っていた。既にグボロ・グボロはボロボロで、虫の息となっていた。

 

  『グオオォォオ!!』

 

 さっきまで居なかったシユウがソーマの背後を取る。

 

「ソーマさん!」

 

 ユウキがシユウに向かって一気に走り、シユウを蹴り飛ばす。ソーマを引き裂こうと翼手を広げていたシユウは不意を突かれて盛大に吹っ飛んだ。

 その隙にソーマがグボロ・グボロに止めの一撃を入れて叩き潰す。その間にユウキがシユウの右翼手を一瞬のうちに切り落とす。その痛みでシユウの動きが一瞬止まる。

 

「くたばれ!」

 

 いつの間にかシユウの眼前に来ていたソーマがシユウを上下に切り分けた。

 

「ぜああぁ!!」

 

 切り分けた上半身がユウキに向かって飛んでくる。その上半身を咆哮と共にコアごと切り裂いた。

 その後、周囲の警戒のため各自が作戦領域内を巡回した。集合の時間になって、ユウキとコウタとサクヤは集まったが、ソーマがいつまで経っても戻って来なかった。

 

「遅いね…ソーマさん…」

 

「そうね。ソーマがやられる何て事はないだろうけど…」

 

 ソーマの実力は全員良く知っている。向かってくるアラガミを1撃、2撃で倒せるほどの強さ…それはついさっきも見たので、ソーマが倒されたとは考えにくい。

 

「俺とコウタで探しにいきます。サクヤさんは回収班が来たときの状況説明をお願いします。」

 

「わかったわ。」

 

 サクヤが待機を了承すると、ユウキとコウタは待機ポイントから飛び降りてソーマを探しに行った。

 その頃、ソーマは何かの気配を感じて本殿に入る。

 

「…誰だ?姿を見せろ!」

 

 辺りを見回すが、気配の主と思われる者は見当たらない。

 

「居るのは分かってるんだ!!」

 

 以前街で感じた気配と同じものをより強く感じる。少なくとも近くにはいるはずだ。そう考えてソーマはもう一度周囲の気配を探る。

 すると、後ろから気配か近づいてくる。後ろを取られたと思い、即反転して横凪ぎに神機を振る。

 

「っ!!」

 

  『ギィン!!』

 

 ユウキとコウタ目掛けて攻撃されたが、ユウキが咄嗟に前に出て金属音を鳴らしながら刃の部分で受け止める。一瞬でも力を抜けばそのまま引き裂かれそうな程の力で攻撃されたので、ユウキは内心物凄く焦っていた。

 

「うわっ!!待て!!俺だって!!!!」

 

 ユウキが攻撃を受け止めてから、やや遅れて反応したコウタは、驚きのあまり腰が引けながらも神機を前に出してガード(?)していた。

 

「チッ…何しに来た?」

 

 ソーマは神機を降ろし、いかにも不機嫌な様子で用件を聞く。

 

「何しに来たじゃないよ!集合時間になっても来ないから探しに来たんだよ!」

 

「知ったことか。俺は俺でやらせてもらう。」

 

 ここだけ聞けばただ気に入らないから反発しているだけのようにも見える。しかし、この発言はユウキをリーダーとして、共に戦える人間だと認めていない、あるいは今の第一部隊では共に戦えるとは思えないため反発しているとも捉えられる。

 だが、ユウキはその可能性に行きつく事ができずに、そのままの意味で捉えて反論する。

 

「今は部隊で動いてるんだから我が儘言わないで下さい。それに、俺たちは同じ部隊の仲間でしょう?」

 

「ふん…少し小突かれたらくたばっちまうような…おちおち背中も預けられない仲間なんざ必要ない。」

 

 ソーマの刺しかない発言を聞いてコウタも我慢の限界が来たのか、声を荒げ喧嘩腰な口調になる。

 

「ああそうかよ!確かにあんたは強いよ!!『特別』なヤツだよ!!!お高く止まりやがって…もう勝手にしろ!!俺は帰るからな!!」

 

「コウタ!!」

 

 ユウキの制止も聞かずにコウタは待機ポイントに帰る。その結果、ソーマとユウキがその場に取り残される事になった。

 

「ソーマさん…最後のはi」

 

 『言い過ぎ』と言うつもりだったが、ソーマの意味深な言葉で遮られた。

 

「お前も…俺みたいな『化け物』に関わるな…」

 

「…え?」

 

 それだけ言うとソーマは待機ポイントに帰っていた。

 

(化け物って…何の話だ?)

 

 1人取り残されたユウキはソーマの言葉の意味を考えたが、結局理解できなかった。だが、自らを『化け物』と言った時のソーマの寂しいような、悲しそうな表情がずっと頭から離れなかった。 

 そしてユウキは、今まで白い影がそのやり取りを見ていた事に気付かずに帰投した。

 

To be continued




はい。と言うわけで(どう言うわけだ?)ようやくソーマが話に加わり始めました。ここまで長かった…このあとは原作でも彼が中心になって進んで行くので、仲間との衝突は避けられないでしょう。そのあたりの話を1話か2話程入れたいですね。
 それはそうと、ソーマが前線に出るとイージーモードになってしまうので戦闘が薄くなる…もういっそ大量のアラガミを相手に無双するスタイルにしようか悩みます…
 隊長服のイメージは、リーパースーツとクリムゾンサタンです。背中にフェンリルのエンブレムが入っている以外は大体同じです。
 リアルではGWに入ってそれぞれ楽しんでいるかと思いますが、体を壊さないように気を付けてくださいね。…リア充になりたいorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission26 批判

ようやくできた…今回はリーダー就任に対する批判の回です。


 -エントランス-

 

 アリサを除いた第一部隊が任務を終えて極東支部に帰ってきた。だが、ソーマとコウタ帰ってくると即自室に戻ってしまった。

 その原因は、任務終了後にソーマの棘しかない物言いにコウタがキレたというやり取りがあったためだ。そのせいもあって帰投中のヘリの中は最悪な雰囲気となっていた。

 

「はぁ…」

 

 そんな状況を悲観して、ユウキは思わずため息を着いた。

 

「どうかしたの?」

 

 そんな様子に気づいたサクヤがユウキを気にかけて話しかける。サクヤはソーマの態度に慣れているからだろうか、先程の空気をあまり気にした様子はなかった。

 

「…あ、いや何でもないですよ。ちょっと気疲れしただけです。」

 

 サクヤが心配してくれたが、何でもないと言ったように振る舞ってごまかした。その後、『任務終了の報告してきます。』と言って、逃げるようにその場から逃げるように離れて、ヒバリに口頭で報告をした後に報告書を受け取って自室に向かった。

 

(リーダー…か…こんな状況でやっていけるのか…?)

 

 自室で報告書を書きながらそんな事を考えていた。リーダーになったは良いが、肝心のリーダーとしての職分は中途半端どころか全くと言っていいほどこなせていなかった。

 ユウキ自身、自分の現状を客観的に見てもリーダーとしては役不足であることは明白だと感じていた。

 さらには先の任務中でのソーマの度重なる命令無視の理由も、少し時間が経って冷静に考えることができた。リンドウがリーダーだった頃は、態度こそ今と変わらなかったが、任務中に命令違反をすることはなかった。リンドウを恐れていたのか、或いは実力を認めていたためだと考えられる。ユウキはこの場合は後者だろうと考えて自分が周囲にリーダーとして認められていないと考える方が自然だと感じたためだ。

 

(仲間を使い、自分を使う…か…)

 

 リーダー就任直後にツバキから送られた言葉を思い出す。その言葉は、自分に出来る事は精一杯やって、それ以上の事は仲間と共に事に当たるという意味なのだろう。そうしていくうちに仲間との間に信頼が生まれ、何時か強固な絆になる。ユウキはそう考えたが…

 

(今の俺はそれ以前だ…仲間を使うにも使い方を分かってない。)

 

 ユウキ自身の実力と第一部隊の現状を考えると、チームとしての纏まりや評価は最悪とも言える。なぜなら、ソーマと他の隊員との間の不仲、ユウキがリーダーの座を奪ったとされる疑惑、そこから来るユウキをリーダーと認められない者達からの不信感等、問題は山積みだった。

 不信感とリーダーとしての認知は、時間がかかるだろうが、今後実力を示すことで解決できるだろう。そうなると、部隊としての当面の問題は、ソーマと部隊員の間の仲を改善することになると考えた。

 だが、こうなると自分はどう動いたらいいのか分からない、というのがユウキの本音だった。今までは相手側から話しかけてもらったり、輪にいれてもらっていたため、能動的に誰かと仲良くした経験はほとんどなかったのだ。

 

(リンドウさんと同じようにやった方がうまく皆をまとめられるのかな…?)

 

 少なくともリンドウがリーダーだった頃は、ソーマが問題を起こしつつも、周囲も協力してくれていた事もあり部隊としてうまく回っていた。何もやり方が分からないのなら、前リーダーのリンドウと同じように部隊としてを運用すると良いのかと考えた。

 

(いや、あの部隊運用はリンドウさんだからこそうまくいっていたんだ。俺がやっても反感を買うだけだろう…それに、リンドウさんと同じじゃ…アイツは殺せない…俺がリンドウさんを越えて、その視点でチームの運用をしなければ…みんな殺される…!)

 

 そう、リンドウのやり方は、周囲が彼の実力や人柄を認めていたからこそ上手くいっていたのだ。大多数から、実力も人柄も認められていないユウキが同じ運用をしても周囲からは受け入れてもらうことなどできないだろう。

 しかも、仮にユウキがリンドウと同等の実力をつけ、周囲にそれが認められたとしても、リンドウと同じ運用ではあの一件のように、自分を含め、皆の命を危険に晒すことになる。皆と生き残る、周囲にリーダーとして認めさせる、どちらを最終目標とするにしても、リンドウを越えるということは最低ラインであるように感じた。

 

(なら…やることは決まってる…!)

 

 丁度報告書を書き終えて、ヒバリに提出しに行く。その目は力強いが、どこか冷たさを感じる目だった。

 

 -神機保管庫-

 

 神機を受け取りに行くために、保管庫に入る。保管庫に入ると、ユウキの神

機を調整しているリッカがいた。神機の調整に集中しているためか、ユウキが来ていることに気がついていない。

 

「リッカ?」

 

「あ、神裂くん。もう神機使うの?」

 

 調整を続けながらリッカが聞く。

 

「うん。あ、ひょっとしてまだ調整が終わらない?」

 

 現在進行形で調整中であるため、まだ時間がかかるのは明白だ。

 

「あとちょっとだね。なんなら調整の間にプレデタースタイルの説明しちゃおうか?」

 

「お願い。」

 

 調整も大詰めとなり、最終調整をしながら解放されたプレデタースタイルの説明をする。

 

「おっけ!なら『太刀牙』からね。太刀牙はチャージ捕食のように展開に時間がかかるから注意してね。その分、威力や手に入るアラガミバレットの数、捕食した際のバースト時間は大きくなっているよ。あと他のプレデタースタイルと違って広範囲を捕食することを目的にしているから、大きさもそれなりに大きいね。」

 

「なるほど…ほぼチャージ捕食と同じって事か。」

 

 どうやら太刀牙は展開に時間がそれに恥じない威力と攻撃範囲を持っているようだ。

 リッカはそのまま調整を続けて説明する。

 

「まあ、若干違うけどそう思ってもらって良いかな?じゃあ『鮫牙』の説明に入るね。鮫牙はシュトルムに似て前方に突撃して捕食するよ。形は平べったくて喰い千切る事に特化してるよ。相手の下を潜って捕食すると良いかもね。」

 

「分かった。」

 

 鮫牙はシュトルムと同じように突撃しながら捕食するようだ。相手の下を潜るかどうかで使い分けると良いようだ。結果的にアラガミを喰い千切り、突き抜ける事が出来るようだ。

 

「…よし。調整完了!起動試験の後に訓練室に持っていくから、先に行ってていいよ。」

 

「ああ。お願い。」

 

 そう言うとユウキは保管庫を出て訓練室に向かった。その途中にある訓練室に通じる廊下に2人の人物がいる。シュンとカレルだ。

 ユウキには気がついているようだが、動く様子はない。その間を抜けて通りすぎようとする。

 

  『ガン!!』

 

 ユウキが横切ろうとした瞬間、その行く手を阻むようにシュンが足で壁を蹴る。

 

「よう!人形…いや、卑怯者って言った方が良いか?」

 

「…何の事ですか?」

 

 人形とはさんざん言われてきたので認知しているが、卑怯者と言われるようなことをした覚えはない。ユウキは何の事か疑問に思いつつも、いつもより低い声で返事をする。

 

「今回の件はお前の実力が認められた訳じゃない。偶然リーダーの席が空いただけだ。よく覚えておくんだな。」

 

「そうだぜ!でなきゃお前みたいな素人がリーダーに選ばれるわけねぇんだからよ!」

 

「…」

 

 シュンとカレルの会話に対してユウキは無言で返した。わざわざ嫌味を言うために、こうやって空いている時間を消費してまでユウキを待ち伏せしているのかと思うと、呆れて何かを言う気にもならない。と言うのがユウキの心情だった。

 さらには、早く訓練に行きたいにも関わらず、こうやって足止めをされていることもあり、この瞬間もユウキはものすごくイラついていた。

 

「とにかく、リーダーになったからって全員が着いてくると思うなって事だ。」

 

 そんなユウキの様子を察することも無く、カレルは話を続ける

 

「まあ、俺には関係ないがな。報酬が良さそうな任務があったら呼べよ。何時もより稼がせてやるよ。」

 

 要するに、『お前の都合はいいから、金回りの良い任務には呼べ。』という事だろう。ユウキにとって、そっちの都合こそどうでも良いものだったので、ここでもさらにイラついていた。

 

「そーゆー事だ!ま、新型の女みたいなろくでもない女を利用してリンドウさんを殺した様な奴だ。誰からも信用なんてされねえだろうがな!」

 

 シュンは誰にも信用されずに苦労するところを想像したのか、ゲラゲラとユウキを小バカにするように笑い出す。すると…

 

  『バゴンッ!!』

 

 突如ユウキの左腕が鋼鉄の壁を突き破った。

 

「…うるせぇんだよ…黙ってろゴミ共…」

 

 まるで地獄の底から響いてきたような低い声を出し、普段の女顔からは想像できないようなおぞましい表情を2人に向ける。その瞬間、カレルは心臓を掴まれたような感覚を覚え、本能的に危険を察知した。だが、シュンはそうは思っていないらしく、ユウキの物言いに腹をたてて噛みついてきた。

 

「あぁ?!生意気なんだよ!後輩の癖に!」

 

「…あ"?テメェの耳は飾りか?黙ってろってのが聞こえなかったか…?」

 

 ユウキの口調がいつものような丁寧なものではなく、乱暴で、非常に攻撃的な口調に変わった事にシュンもようやく気づいた。さらに、視線だけで人を殺せそうな程の濃い殺気を宿した目を見たことで、シュンも押し黙る。

 

「俺が気に入らないなら好きに言えばいいさ…実力もこれから示して認めさせる…だが…」

 

 ここでユウキは一旦言葉を区切る。そして、さっきよりも濃くなった殺気を放ち次の言葉を紡ぐ。

 

「過去の過ちを認め、必死に変わろうとしているアリサを罵るのなら…貴様達から潰すぞ…!」

 

 それはまるで死刑宣告とも言える様な迫力だった。どうやらユウキ自身を罵った事よりも、自分を出汁にアリサを罵った事に対して怒りを覚えたようだ。そのあまりの迫力にシュンもカレルも黙ってしまった。

 2人からの反応が無くなったところで、ユウキが大きくため息をついて話を続ける。

 

「もういいか?いい加減邪魔だ…その汚い足を退けろ…」

 

 そう言うと、ユウキはシュンの足を掴んで後ろに投げ飛ばした。

 

「がっ!!」

 

 シュンは勢いよく投げ飛ばされて背中から叩きつけられた。だが、カレルはその場から動くことができず、ユウキが訓練室に入っていく事を止めることができなかった。

 

 -アリサの部屋-

 

 ユウキ達の1時間後に任務が終了し、自室で報告書を書き終えたアリサがふと任務の内容と自分の帰還を報告していなかった事を思い出した。

 

(あ、そう言えば、ユウキに任務の事を伝えていませんでしたね…)

 

 特に何かあった訳ではないが、上官が参加した任務の後に行われた警戒任務だったので、報告した方が良いと考えたためだ。

 

(訓練室に居るんでしょうか?)

 

 先日、ユウキが訓練漬けの生活を送っていると知ったので、訓練室にいると思い、報告書の提出ついでにヒバリに聞いてみることにした。

 エントランスにつくと、アリサの予想通り、ヒバリがカウンターにいた。早速報告書の提出ついでにユウキの居場所を聞いてみた。

 

「ヒバリさん。ユウキは訓練ですか?」

 

「はい。今は…第2訓練室ですね。訓練中なので管制室に向かってください。」

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

 そう言ってアリサはエントランスから出ていった。向かう先は第2訓練室の管制室だ。

 

 -管制室-

 

 アリサが管制室に入ると、すでにツバキがいた。何時ものように堂々と仁王立ち(?)しているのかと思いきや、右手を訓練ホログラムの制御パネルに置いていた。

 

「…ツバキさん?」

 

「アリサか、神裂に何か用か?」

 

「はい。ユウキに伝えたい事…が…」

 

 そのとき、アリサの視界の端にユウキが訓練している様子がチラリと目に映った。しかし、そのチラリと映った光景だけでも訓練としては異常だった事はすぐに理解できた。

 

「な、何ですかこれ!!こんなのただのリンチじゃないですか!!今すぐ止めてください!!」

 

 ユウキは現在、大型種はもちろんの事、中型、小型種に囲まれている。軽く見ても10体はいる。そんな状況下で、常に攻撃され続けて、それをいなし、反撃する。そしてアラガミが倒されれば即座に補充される。これを規定の数のアラガミを倒すまでやり続けいるのだ。

 

「…あいつが自分から望んだことだ。自分がリンドウを越えねば皆を失うと言ってな…」

 

「そんな…」

 

 かく言うツバキも本来はこんなことをさせるつもりはなかったのだが、ユウキが最短最速で実力をつけるため、どうしてもこのやり方以外ではダメだと言って聞かなかったため、最後にはツバキが折れたのだ。

 その証拠に、ツバキの手は緊急停止ボタンの上に置かれている。万が一の事態になった場合、即座に行動に移せるように待機しているのだ。

 アリサが心配しつつもユウキの訓練を見守る。

 

(チッ!!展開が遅い!使いどころを見極める必要がある!)

 

 アラガミの真ん中で太刀牙を展開するが、聞いていた通り展開に時間がかかる。ここだと思った瞬間にはもう遅く、敵は次の行動に移してしまう。そのため、敵の動きを先読みして使うか、完全に動きを止めてから使う必要があるようだ。

 今回は敵の攻撃を避けつつ、どうにか展開する事に成功する。すると、顎が大きく外れた様な捕食口が展開された。さらに体ごと回転することで、自身の周囲のアラガミを一斉に喰い尽くしてバーストする。

 その瞬間、次のアラガミが出現する。今度は一番近くに現れたヴァジュラに対して鮫牙を展開する。

 すると、神機が勝手に下に下がり、咄嗟に股下をスライディングの要領で潜り抜けて捕食した。

 

(勝手に地面スレスレのところを行くのか…図体のデカイヤツにしか使えない!)

 

 今回解放されたプレデタースタイルは使いどころを間違えなければ強力な武器となるが、それ故に、使う場面を選ぶのだ。どちらかと言うと汎用性を重視しているユウキでは少し扱いづらいものとなっている。

 そんなことを考えながら、切り上げ変形でザイゴートを両断する。そのまま空中でシユウの頭を撃ち抜き、着地の間に剣形態に変形する。だが、変形の隙を狙ったかのように、先程捕食したヴァジュラが突進してくる。剣形態に変形しきる前に攻撃されたため、横に跳んで回避するしかなかった。

 そして変形が終わると、ユウキの方に振り向いたヴァジュラを下から真っ二つに切り裂いた。

 

「神裂!!変型が遅いぞ!!いつまで同じ所で躓いている!!」

 

(クソッ!変型に時間をかけすぎだ!未だに1秒も切れないようじゃ…!)

 

 特訓を始めた当初から課題とされていたが、未だ変形には2秒足らずの時間がかかっていた。以前からの課題である変形時間を1秒切るという目標を達成するには程遠いものとなっている。ちなみに初めの頃は変形に3秒程度の時間がかかっていた。

 

「これで何度目だ!!いい加減学習しろ!!神機はお前の手足だ!変型の時間などいくらでも短縮できると言っているだろう!」

 

(神機は己の手足…分かっているけど!)

 

 どうやってこの壁を越えるか、敵の攻撃をいなして反撃しつつも考える。そんな中、ユウキは神機は手足と同じという言葉が頭に引っ掛かっていた。

 

(手足…なら…もしかして変型の手順も変えられる…?)

 

 手足とは本人の自由に動かせるものだ。動かす距離や力の入れ具合、そして動かす手順も本人の意思で好きなように変えることができる。神機が手足に等しいと言うのなら、変形方法さえも自由に変えることができるのではないだろうかとユウキは考えた。

 

(よく見ろ…デフォルトの変型手順の無駄を探せ…そこを1つずつ潰していけば…!)

 

 そう考えながら、敵の攻撃を避けつつも神機の変形の様子を観察する。

 

(まず装甲が開く…そして銃身と刀身が開く…そして両方延びた後に回転…刀身と銃身が入れ替わったったら収納、最後に装甲が回転してもとに戻る…)

 

 攻撃を避ける事よりも神機の変形を理解するする方に集中する。その甲斐あってか、神機の変形にある特徴があることが分かった。

 

(そうか…全ての動作が完了した事を確認してから次の動作に移っている。しかも、1度の動作で1つの動きしか出来ない…これじゃあ無駄だらけだ!)

 

 デフォルトの変形では、安全かつ確実に変形させるため、1つの動作の完了を待ってから次の動作に移っていた。

 

(装甲の開きは最小限に…その後刀身と銃身を最小限に開きながら回転…同時に装甲も回転、そして装甲を戻す…)

 

 ユウキは攻撃を避けながら、思い付いた方法全てを1度の変形で試し、変形時間が短縮できるような変形方法を模索していく。それこそ手足の指を動かすように、考えられるだけの方法で変形手順を変更していく。

 

(これで…どうだ!)

 

 飛び上がりながらザイゴートを切り裂いて、刀を納刀する要領で銃身に変形しつつ構え、そのまま後ろにいるシユウの頭を撃ち抜いた。

 この動きを可能にしたのも変型スピードが1秒にまで縮まった事が大きい。これによって、さっきよりもより鮮やかに敵を倒せるようになった。

 

「動きが…変わった?」

 

「変型スピードが速くなった…ようやく掴んだようだな。」

 

 そのまま着地して一気にシユウに近づく。その後、頭部を失ったシユウの真上に跳ぶ。そして破壊した頭部の上から銃身で攻撃して、内部を直接攻撃してコアを破壊する。

 

(そうだ…こんなところで立ち止まれない!)

 

 神機を振りながら変型してコンゴウを上下に切り捨てる。

 

(生きる…生きてやる…絶対に…生き延びてやる!!)

 

 そのままコンゴウを踏み台にして前に跳び、ヴァジュラを切り捨てる。

 

「ああああああ!!!!」

 

 ユウキは雄叫びをあげながら辺りのアラガミを切り捨て続けた。

 

 -5日後-

 

 あの後、いつもなら訓練は深夜の0時までだったが、この日は誰も監督者が居ないにも関わらず0時を過ぎても訓練を続けていた。

 リーダーに就任してからは0時を過ぎて訓練する事が当たり前になってきていた。だが、その甲斐あってか、リーダーに就任後も相変わらず戦闘能力は伸び続けている。

 最近では仲間の特徴を掴むため、任務中でも部隊員の動きを意識して、理解しようとしている。その結果、なんとか部隊と言えるような運用が出来るようになってきていた。

 そんなユウキの活躍を認める者も、1人2人程度だが増えてきたため、上からの評価も少しずつ上がってきていた。

 そんなある日、ユウキはヴァジュラとコンゴウの討伐任務を終えると、支部長から呼び出しがかかった。何の話か分からないが、任務が終わるとすぐに支部長室に向かい、ヨハネスと話をする。

 

「最近の君の活躍は、目を見張るものがある。この短い期間にチームを束ねるほどの存在になるとは…新型の面目躍如と言ったところか。」

 

「…いえ、今の私では部隊を纏める事さえままならない状態ですよ。」

 

 ヨハネスはここ最近のユウキを含む、第一部隊の急激な成長ぶりを見てご満悦なようだ。だが、実際には部隊員個人の能力が上がっただけで、未だにチームとして機能させるのが精一杯と言った状態だった。

 

「ふっ…謙遜する必要はない。私の見立てでは、リンドウ君にもう二歩及ばないと言ったところだと思っている。」

 

 ヨハネスは詳しい現場事情は分からないが、ここ最近の第一部隊の仕事の成果を見て、素直な感想を述べた。

 

「さて…知っているかもしれないが、もうすぐエイジス計画の第一段階が最終段階に入ろうとしている。」

 

 ヨハネスが目を細め、いつも以上に真剣な雰囲気で話を続ける。

 

「エイジス計画の第一段階…この段階で先行して極東に住む人々をエイジスに収納し、最終的には全人類を収納する。」

 

「まずは極東の人たちを収納しつつ労働力とし、その後全人類を収容する規模に拡大する…と言ったところでしょうか。」

 

「概ねその通りだ。こうして人類をアラガミから守るための方舟…その基礎となる部分が、もうじき完成するのだ。実に喜ばしいことだ。」

 

 真剣だが、その声にはどこか弾んでいる様に感じた。人類をアラガミの脅威から守る理想郷『エイジス』を作り上げる。その使命に心血を注ぎ続けた結果がもうすぐ花開くのだと思うと、喜びから口調が弾むのも仕方ない事だろう。

 

「もう少し…もう少しだけ君たちの力を貸してくれ。」

 

  『ビー!!』

 

 ユウキの返事を待つよりも早く、部屋のコール音が鳴る。ヨハネスはデスクの端末を操作して、誰からの呼び出しか確認する。

 

「すまない、来客のようだ。何にしても、今後の君たちの活躍に期待しているよ。話は以上だ。下がりたまえ。」

 

 そう言われると『失礼しました。』と言って支部長室を出ていった。すると部屋を出た先にはペイラーが支部長室に向かって歩いてた。どうやら来客と言うのは彼の事らしい。

 ユウキが支部長室から出てきた事に気が付いてペイラーが話しかけてきた。

 

「やあ、邪魔しちゃったかな?」

 

「いえ、別にそんなことないですよ。」

 

 ユウキは声をかけられたので軽く世間話をする。

 

「君は好奇心旺盛な子かな?」

 

「え?」

 

 すれ違い様にペイラーが何の脈絡もない言葉を投げてきたため、ユウキは困惑したが、当の本人は既に支部長室に入ってしまったのでそのまま訓練室に向かおうと踵を返す。

 

  『ガリッ』

 

 さっきのは何だったのかと思いながら歩き出すと、何か踏んだようだ。足元を見るとデータディスクが落ちていた。手に取って踏んだ事による損傷が無いことを確認すると、ふとペイラーの言葉を思い出す。

 

(まさか…見ろってこと?)

 

 さっきの言葉の後に落としたデータディスク、偶然にしては出来すぎているように思え、まるで好奇心に負けて中身を見るのを期待しているようだった。 

 ただし、見るのならあくまで自らの意思で見ろと言うことだろう。見た後の事は責任を取れないと言った意味に聞こえた。

 そんなことを考えながらユウキは拾ったディスクを眺めながら一旦自室に戻っていった。

 

「やあ、君だったのか…ペイラー。」

 

「ヨハン。あの子も飼い犬にする気かい?」

 

「なんのことかな?」

 

 ペイラーが支部長室に入って口を開いた瞬間から剣呑な空気が流れた。親友同士の会話とは思えない、腹の探り合いが始まった。

 

「それより、お願いしていた例の件だが、その後報告を受けていないが?」

 

「ああ、『特異点』のことかい?残念ながらまだ手掛かりはない。」

 

「そうか。あれは計画の要だ。引き続き頼む。」

 

 どうやらヨハネスは『特異点』と呼ばれるものを探しているようだが、捜索は難航しているらしい。それを表すように、声には僅かに苛立ちが込められていた。

 

「君は君で探させているようじゃないか…そっちはどうなんだい?」

 

「やはり、ソーマ1人ではままならないと言ったところだ。」

 

 ペイラーの捜索だけでは足りないと判断したのか、あるいは最短最速で手に入れる必要があるのか、自分でも探しているらしい。

 

「それであの子も、手駒に引き込もうと考えたわけかい?」

 

「少しは言い方を考えて欲しいな、博士。君はいつも通り、『観察』に徹してくれればいい。」

 

 どうやらソーマだけでは人手不足らしく、ユウキを引き込むことで人手を補うつもりだったようだ。

 だが、その事に対するペイラーのコメントが刺のある口調だったため、ヨハネスの口調も刺のあるものに変わっていた。

 

「ああ…私にとって森羅万象は観察の対象さ。だからこそ、興味深い観察対象を無駄にして欲しくないだけさ。」

 

「ご忠告ありがとう。『スターゲイザー』…これからも『我々』の成す事を見守ってくれたまえ。」

 

 親友のはずが、最後のヨハネスの一言はどこか他人行儀で仲が良いようには見えないものだった。

 ペイラーも最後の言葉には返事をすることなく、踵を返して部屋を出ていった。

 

「さて、君はどちらについてくれるかな?…『新米リーダー君』…」

 

 ペイラーは支部長室を出た後に、意味深な独り言を呟いた。

 

To be continued




前回はリーダー就任に関して肯定的な部分を書きましたが、今回は否定的な部分を書いてみました。素人がいきなりリーダーになるなんて普通は批判の対象になると思いますが、これでもまだ軽い方です。
 原作でも支部長と博士の腹の探り合いのシーンは結構印象に残ってました。GEシリーズももうこんな腹の探り合いは無いんだろうな…
 そして、主人公のおっかない一面をちょっとだけ見せてみました。あれですよ、大人しい人ほど怒らせるとヤバイってやつです。シュン、カレル、すまん…
 良くも悪くも彼らは人間らしい人間だと思っているので、思っている事は素直に言わせるつもりです。
 あ、本編中には書いてないですが、壁に穴を開けた事で主人公はツバキさんにメチャクチャ怒られてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission27 惨劇

ここからはしばらくソーマ回が続きます。GEでのキーパーソンなのでできるだけ詳しく独自解釈を入れながら説明できたらいいな。


 サカキとヨハネスが支部長室で話をしている頃、ユウキは自室に戻ってサカキが落としたデータディスクを眺めていた。

 正直、持ってきたはいいが本当に観ていいのもか悩んでいた。恐らくサカキは観ることを望んでいるのだろうが、サカキの口振りからは何か重大なデータが入っているようにもとれる。こうなると迂闊に観ていいのか少し考えてしまうが…

 

(…ええい!見ちゃえ!)

 

 考える事に飽きたのか、半ば自棄になってディスクを挿入する。ターミナルを操作して中身を確認すると、中には動画ファイルが1つ入っているだけのようだ。

 意を決して動画ファイルを選択すると、画面内に動画用のウインドウが画面に開く。すると映像が流れて、スピーカーから音声が再生される。

 一瞬のノイズが入った後、映像が鮮明に映し出された。その映像に映っているのは、メガネをかけて褐色の肌をした長い黒髪の女性と手術衣を纏い、マスクをして顔の大半を隠した初老の男性、さらに手術台の上にはオウガテイルが横たわっている。

 何かの研究か実験だろうか、グチャグチャと嫌な音を起てながら特殊な処理を施したメスで、男性が時間をかけながらオウガテイルの背中を切っていく。

 

『う、うあああぁぁぁ!』

 

 突然オウガテイルの背中から黒い煙か液体の様なものが飛び出した瞬間、男性が悲鳴を挙げて倒れた。すると少しずつ男性が喰われていき、肉片となっていく。

 

『麻酔効いていないの?!』

 

『おい!こっち手伝え!』

 

 今なら神機を使って解体したり、偏食因子を使った道具で身を守ったり作業をすることが出来る。しかしこの映像では、オラクル細胞への防御手段を取っているようには見えない。その結果、解剖中にオラクル細胞に触れて喰われる事故が起こった。

 また、アラガミはオラクル細胞の群体であり、あらゆる物を捕食する。その為、麻酔などの薬品も効果が無いのだが、その事も今始めて知ったようにも思えた。

 そこから、ユウキはまだアラガミの生態が解明されていない頃の出来事なのだろうと予測した。そんなことを考えていると、突如映像が横向きになる。その後、誰かが倒れた男に向かって走っていった。

 カメラが倒れた事に全く気付いてないようで、相当慌てていたのだろう。カメラが倒れて少しすると、壊れたのか急に画面が乱れて映像が途切れた。

 少し待ってみると、先程の女性と今よりも若く見えるヨハネス、ペイラーの3人が資料とコーヒーを傍らに何やら真剣な表情で資料を読んでいる。一瞬の間を置いた後、女性が話を切り出した。

 

『やはり資料を読む限りでは、成人への偏食因子を組み込むのは難しいわね…』

 

『投与しても、アポトーシスが誘導されづらいようだね。これでは人体細胞の変質に歯止めが効かなくなる。やはり胎児段階で投与して、遺伝子を変異させるのが一番確実なんじゃないかな?少なくともラットでは成功している。』

 

『これではせっかくペイラーが設計した生体兵器も使えない…マーナガルム計画もそろそろ人体での臨床試験が必要な段階だろう。』

 

 偏食因子の投与に関する会議らしい。今では適合さえしていれば偏食因子を投与することは難しくない。さらにコンピューターで適合者を選別しているため、適合試験に失敗すること自体が少ない。

 だが、こうやって今とは違う投与方法について3人がそれぞれ意見を出していると言うことは、何か特別な偏食因子の話なのだろうか。ユウキはそう考えながら画面を見続けている。

 

『原理が分からないものを、分からないまま使うアプローチ全てを否定する訳じゃないけど、P73偏食因子の研究は始まったばかり…倫理的にもまだ行うべきではないと思うがね…』

 

(…P73偏食因子?)

 

 ユウキは始めて聞いた単語に疑問を持った。ゴッドイーターに投与される偏食因子はP53偏食因子であるはず。

 ならば話に出てきたP73偏食因子とは一体何なのか?ゴッドイーターとはまた違う存在でも作り出すつもりだったのか?その計画の総称が『マーナガルム計画』なのだろうか?

 疑問は尽きることがないが、映像はその間も先に進んでいるので、一旦映像に意識を戻す。

 

『1日10万人以上捕食されている状況で、そんな悠長なことを言ってられないだろう!』

 

『…なら、君がペッテンコーファーのように自分で試すと言うのかい?』

 

『ああ!それが合理的であれば試すさ!』

 

 ペイラーの煽りに対してヨハネスが声を荒げて反論する。今のヨハネスと比べると熱血漢…とはまた違うが、どこか感情的になりやすい印象を受けた。 

 

『ヨハネス…私の…私たちの子供に投与しましょう。』

 

『…本気か?いくら君の発案だからと言って、私たちの子供を…』

 

『誰かが渡らなければならない橋よ…それなら、私たちが…』

 

『し、しかし…』

 

 ヨハネスとの子供…つまりこの女性はヨハネスの妻と言うことになるが、胎児段階での実験を、他の誰かに押し付けるくらいなら、自分達で実験をやろうと言い出したのだ。

 一番確実と言われている胎児段階での投与でも大きなリスクがあることは分かりきっている。自らの子にそんな危険なリスクを負わせたくないヨハネスは決断を渋っている。

 そんなヨハネスの返事よりも先にペイラー割って入る。

 

『合理的だけど、賛成しかねるね…』

 

『生まれてくる子供たちに…滅びゆく世界を見せるつもりはないわ。』

 

 新しい世代の子供たちが希望を持って生きていけるように、アラガミに対抗策を早期に確立させるための決断だった。その言葉を聞いた瞬間、ヨハネスの妻とペイラーは2人揃ってヨハネスを見る。後は彼の決断だけだ。

 

『私は…支持しよう。』

 

 先程の言葉を受けて、しばらく考えた後にヨハネスが妻の案に賛成する。

 

『両親共に賛同か…説得の余地は無さそうだね…』

 

 ペイラーがそう言った後、一瞬の沈黙が流れて再びペイラーが口を開く。

 

『ならば私は降ろさせてもらう。君達とは方法論が違いすぎる。』

 

 言葉を発した瞬間、いつもと違う重苦しい雰囲気を発して声も低くなり、明らかに怒っている。恐らく倫理的な問題で納得していないのだろう。

 

『サカキ…』

 

『私はどこまでもスターゲイザー…星の観察者なんだ。君たちの重大な選択に介入するつもりはないよ。私は私のやり方で、偏食因子の研究を続ける。またどこかで交わる事もあるだろう。』

 

 そういうとサカキは立ち上がって2人を見て最後の挨拶をする。

 

『それでは失礼。』

 

 雰囲気や声の調子はいつものものに戻っていた。サカキの挨拶を最後に再び映像にノイズが入り、しばらくするとまた別の映像に切り替わった。

 今度はヨハネスの妻が1人で映っている。今までの映像とは違い、白衣ではなく病衣を纏いベッドに座っている。そして最も目を引いたのが大きく膨らんだ彼女の腹部だった。

 ホームビデオのようなものだろうかと考えていると、画面に居ないはずのヨハネスの声が聞こえてきた。

 

『気分はどうだ?』

 

『うん。体調も良いし特に問題ないわ。サカキから返事は来た?』

 

 ペイラーにももうすぐ子供が産まれると報告はしたようだが、返事が遅いせいか不安そうな表情をしていた。

 

『安産のお守りが送られてきたが…音信不通のままだ…』

 

『そう…私たちが計画を強行したこと、まだ怒ってるのかしら…』

 

『今は考えるな…体に障るぞ。』

 

 未だ明確に解明されていないが、妊婦のストレスによって早産や流産のリスクが高まると言われている。さらには胎児にも身体的、精神的疾患が表れる事がある。ヨハネスはこの事を危惧して、妻には可能な限り負のストレスを与えないように努めてきていた。

 

『…そうね。そのお守りは貴方が持っていて頂戴。』

 

『ん?…そうか、分かった。』

 

 そう言うと彼女は微笑みながら愛おしそうに腹を撫でる。

 

『いよいよ明日ね…早く産まれてきてね、ソーマ。』

 

(ソーマって…まさか!?)

 

 ヨハネスの手の届くところに居て、尚且つソーマと呼ばれる男を1人知っている。気になるがとにかく続きを見ることに意識を戻す。

 

『ソーマ?確かインド神話の…もしかして子供の名前か?』

 

『ええ。ごめんなさい。勝手に決めちゃったわ。』

 

『いや、人々に生きる活力と長寿を与える神酒の名…この時代に希望を与える者にふさわしい素敵な名前だと思うよ。』

 

 ヨハネスの言葉を聞いて妻が微笑む。自分たけ名前を決めてしまったが、ヨハネスが気に入ってくれたようで安堵したのだろう。

 

『フフッ…ありがとう。明日はよろしくね。』

 

『ああ。』

 

 一瞬画面が縦に揺れた。恐らくヨハネスがうなずいたのだろう。どうやら予定日はこの映像を撮った次の日のようだ。ヨハネスの妻の幸せそうな表情を最後に、再び映像が乱れて別の映像に切り替わった。

 今度はヨハネス1人のようだ。一瞬近くの端末から手を引くところが見えたので、自分で遠隔操作しているのだろう。

 だが、さっきまでのヨハネスとは雰囲気が違い、今のヨハネスと同じ冷静沈着でどこか冷めた雰囲気だった。

 

『やあ、ペイラー久しぶりだね。君も知っての通り、あの忌まわしい事故でマーナガルム計画は事実上凍結された。あの事故で生き残ったのは、産まれながらに偏食因子を持ったソーマと、君からもらった安産のお守りを持った私だけだった。』

 

(じゃあ…奥さんは…)

 

 ヨハネスのことだ、事は正確に伝えるだろう。そうなると、生き残った人間を報告するとき、ヨハネスの妻の事を言わなかったのはその事故で亡くなったと言うことだろう。

 一体何があったのか、どんな事故だったのかは分からないが、とにかく悲惨なものだった事は容易に想像できる。

 

『君が作ったお守りの技術が、今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になるとは…科学者として、君には敵わないと痛感したよ…恐らく君は、こうなることを予見していたのだろう?』

 

(なるほど…この事故が原因で技術屋を辞めたのか…)

 

 ユウキはメディカルチェックの時にあった、ペイラーとヨハネスの会話を思い出した。かつてはヨハネスも技術屋として活躍していたが、彼の関わった『マーナガルム計画』は失敗し、多くの者を失った。

 対するペイラーは人類を守る対アラガミ装甲壁を作り出し、さらには事故を予見してお守りを作ってヨハネスを守ったのだ。

 隣に居ると思った友人が、自分では手の届かない高みにいるのだと思い知った瞬間、自らの技術力に自信を失い第一線から退いたのだろう。

 だが、事故を予見していながら止めに来なかった事を普通なら怒るのだろうが、画面に映るヨハネスにはそんな様子はなかった。恐らくペイラーの傍観者『スターゲイザー』としてのスタンスを理解しているからだろう。

 

『フッ…安心してくれ。君を責めるためにこのメールを送ったのではない。私は近々、フェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び君の力を貸してほしい。報酬は研究に必要な十分な費用と、神機使い…ゴッドイーターにまつわる全ての開発統括だ。そうだ、君にまだ息子を紹介していなかった。まあ、そう言うわけで、近々挨拶に行くよ…それでは失礼。』

 

 映像が乱れて次の映像に切り替わる。今度は動画ではなく、ポップなタッチで描かれたサカキとオウガテイルが左右にそれぞれ描かれていて、画面の中心には文字がかかれている。

 

『このディスクを拾われた方は、ペイラー・榊の研究室まで届けてください。…まさか中身は見てないよね?』

 

(…これ、最後に書いたら意味無いんじゃ…?)

 

 本当に見られたくないのならこのような注意書は最初に書いておくものだろう。それをわざわざ最後に書いている辺り、見せることを目的としているようにも思える。

 

(博士って…時々何がしたいのか分からない事があるからなぁ…)

 

 結局、途中までシリアスだったのに最後の最後でなんとも締まらない映像を見終わって、ディスクをターミナルから取り出す。

 ユウキはそのままディスクをペイラーに返しにいくためにラボラトリに向かった…が、時計は既に午後7時を回っており、夕飯もまだ摂ってない。こんな時間に行くのは少々不躾かと思い、ディスクを返すのは明日にして食堂に向かう事にした。

 色々と気になることはあったが、まずは夕飯を済ませる。その後はいつも通りに日付が変わった後も訓練室に籠っていた。

 

 -ラボラトリ-

 

 ユウキが訓練室に籠っている頃、ヨハネスは深夜にも関わらずペイラーに呼び出されてラボラトリにいる。仕事が残っていた事もあり、夜遅くに呼び出されたら普通は怒るだろう。

 たが、ヨハネスはそんな素振りを見せることなく、いつもと変わらぬ様子でペイラーに用件をたずねる。

 

「やあ、ペイラー。こんな時間に私を呼び出すなんて一体何の用かな?」

 

「…最後の確認だ。考え直す気はないのかい?」

 

 ペイラーはいつもと比べて低くなった声でヨハネスに何かを確認する。その様子は真剣そのものだった。

 『考え直す』…つまりは何かやってはならない事を企んでいると言うことになる。だが、エイジス計画の基盤となる極東に住む民間人の全員収用すると言う目標が達成されるところで何か不祥事を起こすと、周囲は反発し、エイジス計画に支障が出るのは確実だろう。

 ヨハネスがその可能性を考えていないとは思えない。何をするつもりか分からないが、エイジス計画を推奨することを考えれば考え直すべきだ。

 

「計画は最終の段階に入りつつある。今さら止める事など出来ない。」

 

 それでもヨハネスは止まる気は無いらしい。ペイラーの問いにヨハネスはいつもと変わらぬ口調で答えた。

 

「そうか…なら君にいい知らせだ!」

 

 その言葉を聞いて、ペイラーの様子が変わっていつもと同じ調子になる。

 

「民間人からの情報なんだけど、旧イングランド地域で非常に強力なコア反応を示すアラガミが現れたらしいんだ。」

 

「特異点か?!」

 

 ヨハネスがあからさまに話に食い付く。確かに計画の要となる特異点かも知れないアラガミのコアが見つかったとなればヨハネスとしては食い付かない訳にはいかなかった。

 また、ペイラーもペイラーでこの情報がヨハネスの計画を加速させると分かっていても、それを止めることなく、彼からの依頼をこなす。どんな結末を迎えるか見届けるつもりなのだろう。あくまで傍観者と言う立場を崩すつもりは無いようだ。

 

「さあ、そこまでは分からないよ。実際に調べた訳じゃないからね。しかもあそこは本部の直轄地域…私でもなかなか手が出せなくてね。」

 

 ペイラーも実際に見たわけではなく、民間からの情報しかないのでフェンリルの情報網にも正確な情報もない。空振りする可能性があるが、万が一と言うこともある。少々悩んだ後に決断を下した。

 

「…分かった。しばらくの間ヨーロッパに飛ぶ。留守を預かってもらえるかな?」

 

「了解。まあ私はいつも通り、自分の研究を続けさせてもらうけどね。」

 

「仮にも支部を預かるのだから、皆の面倒も多少は見てほしいのだがな。」

 

 ヨハネスが呆れたようにペイラーに苦言を呈する。支部長不在の間、仮にも支部のトップとなるのだから、最低限でいいのでそれなりの事をして欲しいというのがヨハネスの本音だった。

 

「それはヨハンの仕事じゃないかな?私が任されたのはあくまでゴッドイーターの開発統括だからね。」

 

「…まあいい。ともかく当分の間、支部の事は任せる。」

 

「ああ。気を付けてね。」

 

 部屋を出ていくヨハネスを手を振りながらペイラーが見送る。

 

「行ったようだね…研究の障害が少なくなって助かるよ…」

 

 ペイラーの黒い笑みを浮かべて、誰も居なくなった部屋で意味深な言葉を呟いた。

 

To be continued

 




 今回はあまり原作と変わらないものになってしまいました。…大丈夫かなこれ?
 神機の起源やソーマの名前の由来はアニメから引っ張ってきました。素敵な理由だったので絶対この話に入れたいと思ってました。
 博士が最後まで黒かったのは気のせいですかね?
 次回以降、しばらくはソーマ関係や神機関係の話が続く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission28 神酒

ソーマの過去とオラクル細胞の可能性について博士が語ってくれる回です。かなり独自解釈が入っているので注意です。


『いよいよ明日ね…早く産まれてきてね、ソーマ。』

 

(…誰だ?)

 

『ソーマ?確かインド神話の…もしかして子供の名前か?』

 

(…分からない…)

 

『ええ。ごめんなさい。勝手に決めちゃったわ。』

 

『いや、人々に生きる活力と長寿を与える神酒の名…この時代に希望を与える者にふさわしい素敵な名前だと思うよ。』

 

『フフッ…ありがとう。明日はよろしくね。』

 

『ああ。』

 

(温かい…)

 

『貴方は…この世界に…福音をもたらすの…お願い…どうか世界を、皆を…守って…あげ…て…』

 

『お前は全てのアラガミを滅ぼすために産まれたのだ…いいか、あれらを殲滅しろ!』

 

(勝手に期待するな…)

 

『基礎代謝が普通の子供と比べて異常なまでに高いですね。』

 

(知らない…)

 

『あの子、8針も縫う様な怪我をしても、次の日には傷が完全に塞がってるのよ…人間じゃないわ…』

 

(聞きたくない…)

 

『聴力も無駄に良いから聞こえるわよ?後でばれたらドクターになに言われるか…』

 

(何で俺なんだ…)

 

『あいつと分隊組んで生き残った奴っているの?』

 

(止めろ…)

 

『今度はリンドウさんとか…洒落になんねえぞ…』

 

(止めろ…!)

 

『ねえねえ!ドクターから聞いたんだけど、あなたのお母さんって、あなたのせいで…』

 

「うるせえ!!」

 

「きゃあ!!」

 

 ずっと動かなかったソーマが突然顔を上げて怒鳴る。一番近くにいたアリサが驚いて身構えた。

 だが、怒鳴ったソーマ本人も何やら驚いているようだった。

 

(ゆ、夢…か…)

 

 現在朝8時、鎮魂の廃寺の待機ポイントでユウキ、ソーマ、コウタ、アリサの4人が任務開始時刻を待っている状態だった。そこでいつの間にかソーマは眠ってしまったようだ。さっき見た嫌なものは夢だったと直ぐに理解して、小さく溜め息をついた。

 

「び、びっくりさせないでください…」

 

「大丈夫ですか?魘されてたみたいですけど…」

 

「…ああ…」

 

 大丈夫だったので、そのように返事をする。実際、このような夢は何度も見ているので、気分は優れないが体調等は問題無かった。

 すると…

 

「お!何かやけに素直だな。」

 

「…うるせえ。」

 

「うん。いつも通りだ。大丈夫でしょ!」

 

 素直に大丈夫と言ったのが余程珍しかったのか、コウタが茶化す。それが不快に思ったのか、いつもと同じようにぶっきらぼうに返事をする。

 その様子を見たコウタが、いつもと同じように見えたので大丈夫だと判断した。

 

「ユウキ、そろそろ任務開始時刻だろ?行こうぜ。」

 

「え…あ、ああ。」

 

 コウタに出撃を促されたが、ユウキは空返事で返す。その後にコウタが待機ポイントから飛び降り、後からアリサが飛び降りた。

 そのあともしばらくソーマは座り込んだままだった。気のせいか表情が険しい気がする。

 

「ソーマさん…本当に大丈夫ですか?顔色が良くないですよ…?」

 

「お節介なら止めろ…鬱陶しい。」

 

 そう言うとソーマはユウキを残して待機ポイントから飛び降りた。ユウキも少し間を置いて飛び降り、任務を開始する。

 今回の任務はボルグ・カムランとコンゴウ堕天種の2体のコアを『必ず』回収する事だ。もうすぐエイジス計画の第一段階が完了すると言うことで、追い込みをかけたいのだろう。

 ちなみに、コンゴウ堕天種については事前にターミナルで情報を仕入れて来ている。

 動きに変化は無いが、空気砲等の攻撃が雪玉になっているようだ。その特徴から、相手は氷属性であり弱点は火属性になる。

 今朝仕入れた情報を整理しながら移動していると、いつの間にか仲間達がユウキの後ろに居て、廃寺の中庭辺りに来ていた。…何故か今日はソーマが大人しい。

 既に廃寺中央にある寺塔の辺りでコンゴウが捕食している。すると、上階の建物の隙間からボルグ・カムランが現れた。

 

  『キシェアアア!!』

 

 ボルグ・カムランが奇声をあげると、コンゴウも戦闘体制に入る。すると、それに釣られて3体の青い色をしたザイゴート堕天種も集まってきた。

 アラガミ同士の戦闘を少し離れたところで見ている。大型種と言うこともあってか、ボルグ・カムランが他のアラガミを蹂躙している。

 

「任務はサイズ問わずにコアを回収する事だけど…どうする?」

 

 今回の任務はコアの回収を確実に行う事だ。このまま同士打ちを待っていたのでは、最悪コアが破壊される可能性が高い。

 

「俺が真ん中でスタングレネードを使い小型を一掃して1度引きます。その後はコンゴウを引き付けるのでアリサとコウタはここで交替、ボルグ・カムランは俺とソーマさんで処理します。」

 

 作戦を伝えると有無を言う暇を与えずにユウキは物陰から飛び出して、アラガミの群れに突っ込む。全てのアラガミがユウキに気が付いて狙いを定める。右前方からザイゴートの雪玉にも見える白い砲撃が飛んで来る。それを左に避けると別のザイゴートが正面から突っ込んでくる。スライディングで突進を避けるが、今度は左からボルグ・カムランが尻尾の針で刺してきた。ユウキは無理矢理両足でブレーキをかけて、バク宙で回避するが、攻撃した辺りに土煙が舞う。そのまま走って土煙を抜けると、正面からコンゴウが殴りかかってきた。それをジャンプして躱し、コンゴウの顔面を蹴って後ろ向きに下がる。どうやら土煙を抜ける間に行き過ぎてしまったようだ。

 全てのアラガミがユウキを囲むように自身を配置する。

 

「ここだ!!」

 

 スタングレネードを叩きつけ、辺りが閃光に包まれる。その瞬間、プレデタースタイル『太刀牙』を展開して周囲のアラガミをまとめて捕食する。この一撃で全てのザイゴートは胴体を真っ二つに喰い千切られて、コアを失い絶命した。

 その後はボルグ・カムランのすぐ傍にホールドトラップを設置してステルスフィールドを展開して上階に逃げる。

 

  『グオオオ!!』

 

 その途中でコンゴウの鳴き声が聞こえ、その後少し遅れてボルグ・カムランの鳴き声が短く聞こえた。恐らく視力が回復し、ボルグ・カムランはホールドトラップに掛かったのだろう。

 すると、ユウキは銃身を上に構える。

 

  『パンッ!!』

 

 コンゴウが自慢の聴覚を生かして、短い炸裂音を聞きつける。ユウキの狙い通り、コンゴウは上階に上がってきた。

 壁をよじ登り、建物の隙間からコンゴウが現れて飛び降りてきた。だが、その顔面は針による攻撃で穴が空いていたので、その穴に狙撃弾を放つ。着地に弱点となった部分を攻撃されそのまま地面に叩きつけられた。

 ここで、銃声を合図にコウタとアリサが『良いタイミング』でユウキの元に来た。

 

「アリサ!!コウタ!!後は任せる!!」

 

「オッケー!!」

 

「任せてください!!」

 

 コウタとアリサがそれぞれ返事をすると、ユウキは一旦下がる。だが、コンゴウはユウキに狙いを絞っているのか、追走してくる。

 

「スタングレネード使うよ!!」

 

 コウタがスタングレネードを使い、コンゴウの視力を奪う。その間にユウキは建物を蹴り上がり、さっきコンゴウが使った獣道から下階に飛び降りる。

 降りる最中にボルグ・カムランとソーマを発見する。さすがはソーマと言ったところか、既にボルグ・カムランは盾や足が結合崩壊を起こしてボロボロになっていた。

 しかし、ボルグ・カムランもただやられているつもりはないらしい。尻尾の針でソーマを刺し殺そうと構えをとる。気のせいか若干ソーマの反応が遅い気がする。

 『不味い!』と感じたユウキは、重力に引かれながらもプレデタースタイル『穿顎』で急降下して横から尻尾を喰い千切る。すると、攻撃を受けた事でボルグ・カムランが体勢を崩して怯む。

 

「ソーマさん!!」

 

 ユウキの合図よりも早くチャージクラッシュの構えをとる。ボルグ・カムランが起き上がる瞬間に合わせて渾身の一撃を叩き込む。

 起き上がったと思ったら再び地面に叩きつけられ、その衝撃でボルグ・カムランの動きが止まる。ソーマがその隙を見逃すはずもなく、ボルグ・カムランの真上に跳ぶ。すると、神機を真下に構えて捕食口を展開する。

 パッと見ではいつも使うような壱式や二式との差異は感じられない。ユウキがそんな事を考えていると、突如ソーマが急降下した。

 

  『ズガアアアアン!!!』

 

 破砕音と共にチャージクラッシュで背中が砕けたボルグ・カムランの上から捕食する。その時、まるで上から重量物が落ちてきたような勢いで捕食したため、ボルグ・カムランの背中から腹にかけて、大穴が空いていた。

 この時、コアも同時に捕食した事でボルグ・カムランは活動を完全に停止した。

 その後、上階から戦闘音が聞こえてくるのでユウキとソーマが加勢に向かう。上階に上がる階段を登りきるとそこにはコウタがいた。

 

「コウタ!状況は!?」

 

「大丈夫!もうちょいで終わるよ!」

 

 返事を聞くと、リロードしているコウタを尻目にユウキも戦況を分析する。現在、アリサが前線、コウタが後衛でボロボロになったコンゴウ堕天種と戦闘中。コウタは神機をリロードのため一旦離脱し、アリサは新雪のせいか若干動きにくそうにしながら攻撃を躱して反撃する。対してコンゴウは足場を選ばない足腰を持っている。攻撃が当たるのは時間の問題だろう。

 一瞬でそこまで分析すると、ユウキは銃形態に変形する。自分の神機では氷属性のコンゴウ堕天種に攻撃しても通りにくい。そしてアリサは攻撃が通る火属性の神機を持っている。ならば現状で最短最速でコンゴウを倒す方法は1つだ。

 

「アリサ!」

 

 呼ばれた方向を横目で見ると、ユウキの神機が銃形態に変形していて銃口がアリサの方を向いている。

 

「お願いします!!」

 

 その光景を見た瞬間、ユウキが何をしたいのか理解した。

 

「やれ!アリサ!」

 

 ユウキが受け渡し弾をアリサに渡し、リンクバーストさせる。その後も続けざまに2発の受け渡し弾を渡して、最終的にリンクバーストLv3にまでひきあげた。アリサ自身にも、バーストした時よりもさらに強い力が溢れてくるような感覚を覚えた。

 

「はあああああ!!!!」

 

 その感覚に任せて力の限り神機を降り下ろす。すると、コンゴウが勢いよく2つに別れて左右に吹き飛んだ。

 何とかコアを破壊せずに両断する事が出来た。動けなくなったコンゴウのコアをアリサに回収してもらい、今回の任務は終了した。

 

 -エントランス-

 

 極東支部に戻り、任務終終了の報告をしようと下階に降りると、見覚えのある人物がヒバリと話している。

 

「あ…こんにちは。エドワードさん。」

 

「やあ、君か。随分と久しぶりに会った気がするよ。」

 

 エリックとエリナの父親、エドワード・デア=フォーゲルヴァイデだった。その表情は穏やかに笑っていたのだが、どこか陰りを感じたような気がした。

 

「そうですね。最後会ったのが多分一月程前だったと思います。そう言えば今日はどんな用件でアナグラに?」

 

 エドワードはエリックの一件以降、極東支部に来なくなった。だが、今日になって突然やって来た。その事が気になって支部に来た理由を聞いてみた。

 

「支部長に会いに来たのだが…出張らしいね。」

 

「え?!そうなんですか?」

 

 ユウキが驚いていると、ヒバリが現在の状況を教えてくれた。

 

「はい。今日の早朝から出てますね。」

 

「そう言えば、リンドウ君の後任を任されたんだったね。おめでとう。彼の事は残念だったが、君の頑張りに期待しているよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ある程度ここ最近支部内でなにがあったのかはエドワードも把握しているようだ。リンドウの死とユウキのリーダー就任の件について少しだけ触れた。

 

「ああそれと…エリナ、この間の事ちゃんと謝りなさい。」

 

 ふとエドワードが、右下に視線を落とす。そこにはエドワードの足にしがみつき、ユウキから隠れているエリナがいた。

 

「あの…その…この間は…嘘つきって言って…ごめんなさい。」

 

「いいよ。気にしてないから。」

 

 エリナは謝るときは視線を合わせなかったが、それでもしっかりと謝罪の意思を伝えた。最後に会ったときは、喧嘩のような別れ方をしたので、どこか気まずかったのだろう。

 ユウキもエリックの事については何か言われると覚悟していたので、事態は重く受け止めているが、罵声を浴びせられた事についてはあまり気にしていなかった。

 

「…ちょっと来て!」

 

 エリナは突然ユウキの手を掴むと、エドワードから離れた場所に移動する。するとエリナは『チョイチョイ』と手招きをして、ユウキにしゃがむように合図する。

 何事かと思い、とりあえずユウキは指示に従い、エリナと同じくらいの目線になるようにしゃがみこむ。

 

「あのね、何だかエリックがいなくなっちゃってから…お父様もずっと元気ないみたいなの。」

 

「そっか…やっぱり悲しいんだね…」

 

 やはりエドワードの表情に陰りがあったのは見間違いではなかったようだ。エリックの死を受け入れる事は出来ても、未だに吹っ切れてはいないと言う事だろう。

 

「…うん…だからね、私大きくなったらゴッドイーターになるの!お父様みたいに悲しむ人が居ない世界を作るの!」

 

 直接は言わなかったが、要約すると全てのアラガミを殺すと言う事なのだろう。エリックを失い、エドワードの生気を奪ったアラガミを、エリナが憎んでいないとは思えない。

 だが、復讐によってどんな悲劇が起こるのか、極東支部で最近あったばかりだ。復讐に囚われては、それ以外が目に入らなくなる傾向がある。

 アラガミを殺す。その意思の根元が復讐心だけでない事を祈っていると、上目遣いでエリナがユウキを見てきた。

 

「その時はあなたも手伝ってね?…約束よ?」

 

 そう言うとエリナは『極東では約束する時、小指を繋ぐんでしょ?』と聞きながら小指を立ててユウキの方に向けてきた。

 

「あ!お父様には内緒だよ?今度空いてる時にゴッドイーターになるために必要な事を教えて欲しいの!いいよね?」

 

 エリナもエドワードがどのような状況か分かっているようだ。彼にとって、我が子を失う悲しみはもう味わいたくないだろう。そうなると、エドワードはどんな手段を使ってでもエリナを止めにくる事は容易に想像できる。

 どうにも不安は拭えないが、ユウキはエリナとの約束を承諾し、小指を繋いだ。

 

「分かった。今度教材になりそうなもの用意しておくよ。」

 

「ありがとう。…あ、お父様が呼んでる。またね。」

 

 下からエドワードがエリナを呼ぶ声が聞こえる。そのままエリナは振り替える事なく父親の元に向かった。

 ユウキも昨日拾ったディスクを返しに行くためにラボラトリに向かった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ようやく本来やってしまいたかった用事を済ませる事ができると思いながら、ユウキはラボラトリに向かっている。

 思えばただディスクを返しに行くだけなのに随分と時間がかかったような気がする。夜に拾ったため、次の日に返しに行こうと思えば朝から任務に出る事になり返すタイミングを何度か逃していた。

 ペイラーの許可を得てラボラトリに入ると、キーボードを操作していた手を止めて、ユウキのところまで来た。

 

「このディスク、博士のですよね?」

 

「ああ、ごめんごめん。君が拾ってくれたのか。中には何て事のない、若き日の思い出が入っているだけさ。もちろん中身は見てないよね?」

 

「…ぶっちゃけ中身を見ないと博士の所に返しに行けないですよね?」

 

 『ペイラー・榊まで届けて下さい。』と言うメッセージを映像の最後に出したのでは最後まで見なければ落とし主が分からない。

 本当に見られたくないなら最初に書いておいて欲しいな…と思いながらペイラーにディスクを返す。

 

「おや、見たのかい?悪い子だね。」

 

「そう仕向けたのは博士じゃないですか…まあ、見ると決めたのは自分の意思ですけどね。」

 

 『悪い子』と言われてユウキは若干むくれる。

 

「なるほど。で?どう思ったかな?」

 

「どう…って言われても…ああ、支部長とソーマさんが親子って事には驚きましたね。」

 

「ほう…で?」

 

 ペイラーが知りたいのはその先…あの映像を見てどう思ったかだった。しかし、まだかまだかと待っていても、ユウキから返事が来ることはなかった。

 

「…?」

 

「…?」

 

「「…??」」

 

 ユウキが『何の事だ?』と言いたげな表情で首を傾げる。それに対してペイラーがなんで何も言わないのか分からず首を傾げる。

 結局2人共この沈黙は何なのか理解出来ずにさらに首を傾げる。

 

「えっと…他に何か感じなかったかい?例えば…ソーマの出生とか。」

 

 ペイラーがあのディスクを見るように仕向けた目的は、ソーマの生い立ちを見せてどう思うかを聞き出すことだった。ちなみに前リーダーのリンドウも、その前のリーダーのツバキもこのディスクを見たことがある。

 

「?いえ、特に何とも…」

 

「そうかい。じゃあ何で何とも思わなかったか分かるかい?」

 

「う~ん…上手く言葉に出来ないんですけど…ソーマは特殊な環境で産まれたみたいですけど…だから何だよ、って感じですかね。俺はソーマさんが人間じゃないなんて思ってないし、死神とも思ってないです。同じ部隊の仲間で憧れる程の強さを持った先輩ですよ。」

 

 それはディスクを見る前から変わらなかった。真っ先に助けに入ったり、命令を無視してでも自ら最前線に立ったりと自分以外に危険が向かないようにしているようにも見える。

 だが、その行動はソーマの一線を画した強さがあっての事だろう。リーダーとして守られてばかりでは情けない。そんなソーマよりも強くなっていつか共に戦えるようになるのが当面の目標だ。

 

(この子なら…話しても大丈夫だろう。)

 

 ペイラーはかつてリンドウにディスクを見せたときも、このような反応だったな…と昔の事を思い出した。そこからソーマの生い立ちの詳細を話しても大丈夫だと感じ、事の詳細を話す事にした。

 ちなみにツバキはディスクを見た後、ペイラーに『分かっていて放置するとは何事だ!』と説教された。それによってヨハネスとペイラーの信用が若干落ちた。

 

「ディスクを見たのなら、マーナガルム計画の事は知っているね。」

 

「はい。ただ、映像を見ただけではアラガミの捕食に強い人間を作り出すって程度しか分からなかったですけど。」

 

「概ねその通りだね。」

 

 そこまで話すと、ペイラーは移動してソファに座る。ユウキにも座るように指示して隣に座らせる。

 すると、ペイラーの雰囲気が変わって重苦しい空気が流れる。

 

「マーナガルム計画…お世辞にもエレガントとは言えない計画だった。」

 

 雰囲気が変わってから一瞬の間をおいてペイラーが『マーナガルム計画』の詳細を語り始める。

 

「オラクル細胞が発見された当時、私とヨハンと、ソーマの母親…アイーシャの3人は、とある研究所で共に働いていたんだ。『無限の可能性を秘めた』細胞…オラクル細胞の研究をね。」

 

 発見当初は無限の可能性を秘めた細胞として研究されていたようだ。今からしたら想像もつかない扱いだな…とユウキは感じた。今では人類に絶望を与える細胞といった印象が合っているだろう。

 

「もう何度も話しているけど、オラクル細胞はあらゆるものを捕食して学習する…するとどうなるかな?」

 

「捕食したものの性質や特性を取り込む…」

 

「その通り。例えばヴァジュラ…奴の体内には発電器官があるのは知ってると思う。発電機そのものを捕食したからか分からないけど、細胞そのものが自身で帯電や放電をすることができるように進化したんだ。」

 

 つまり、電気の正体である電荷でも捕食したのだろうか、オラクル細胞が電気の特性を再現しているのだ。

 

「戦闘に置いても、ヴァジュラの電撃を装甲で防ぐことができるのは、帯電と放電を繰り返す細胞を防御しているからなんだ。」

 

 先も言ったが、ヴァジュラの電気はオラクル細胞が再現している。そのため、ヴァジュラの電撃はオラクル細胞を防御することで防ぐ事ができるのだ。

 しかし、その電気を再現したオラクル細胞も、コアによって制御されている。そのため、一度電撃で放出されたオラクル細胞はコアの制御下から離れ、霧散してしまうのだ。

 ちなみに、神機の属性攻撃もこの方法で行われている。

 

「もちろん、基本的な電気の特性である電位差が大きい方から小さい方に流れるという現象を再現できるし、さらにはそれに逆らう事も可能なんだ。」

 

 既に知られている物理現象に従う事はもちろんの事、それに逆らう事も可能だと言うのなら、今まで不可能だった物理現象を引き起こす事が出来ると言うことだ。

 

「もし、この研究が上手くいけば、旧時代で問題になっていたエネルギーの枯渇問題が解消され、我々人類はそれこそ無限のエネルギーを得ることが可能だったんだ。」

 

「それはまたスケールの大きな話ですね。」

 

 結論から言うと、電気を始めとした、熱や化学、光等のエネルギーを再現して、延々とエネルギーを取り出す事が理論上可能なのだ。この研究が完成すれば、あらゆるエネルギーの代替品、特にいつ枯渇するか分からない化石燃料に代わる燃料となり得る可能性があった。

 ただし、現在でもそれらはコアの制御下で再現できるもので、固定化の方法は未だに確立していない。

 

「そうだね。ただ、研究は順調と呼べるものではなくてね…時間が経つにつれて、オラクル細胞が暴走する頻度が高くなったんだ。」

 

 ペイラーが過去の研究で何があったのか語り始める。恐らく、オラクル細胞の捕食して学習するという特性を見つけ、それを制御する方法や規則性を探して、あらゆる物を捕食させたのだろう。

 しかし、オラクル細胞の学習スピードが予測を遥かに越えていたため、暴走事故が起こりやすくなったと考えられる。

 

「しかしある日、辺り一帯を喰い尽くしたにも関わらず、隣り合う細胞同士は喰い合いをしないことにヨハンが気がついてね。それは何故かと研究した結果、P73偏食因子の発見に繋がったんだ。」

 

 触れた物全てを捕食するのなら、地球を貫通するまで捕食する事になる。最悪、そこまで捕食するのに時間がかかると言う事で無理矢理納得することはできる。しかし、それでも隣り合う細胞同士が一切喰い合いをしないのはおかしいと調べた結果、偏食因子を発見したようだ。

 

「だがそのあとすぐに小型のアラガミが発生し出してね、1日に軽く10万単位の人間が毎日のように捕食された。」

 

「だから、アラガミに捕食されない人間のモデルケースがいち早く必要だったと?」

 

 これでユウキも合点がいった。何故研究が始まったばかりのP73偏食因子を人体に投与するという、倫理的に問題のある実験をヨハネスとアイーシャが即決したのか。

 映像を見た時の印象よりも、遥かに切迫した状態だったようだ。それ故に2人は何よりもアラガミの捕食への対策が必要だと考えたのだろう。

 

「オラクル細胞から直接採取されたP73偏食因子…これを人体に投与出来れば、人々をアラガミの捕食から救う事ができると考えた訳だ。」

 

 『まあ、その実験からインスピレーションを得て、傍らで神機の設計をしてたんだけどね。』と最後に付け足した。

 『…急ぎの研究中に何やってんだよアンタ…』とユウキは心の中でツッコミを入れる。

 

「だが、1つ問題があった。P73偏食因子は、ゴッドイーターに投与されているP53偏食因子のように血中へ直接投与する事は出来ないんだ。人体細胞をオラクル細胞に変異させる働きが強すぎてね…結果、アラガミ化してしまうんだ。」

 

「でも、それで何で胎児段階に投与すれば安全なんですか?」

 

 恐らく誰しも疑問に思うことだろう。P73偏食因子は人体細胞をオラクル細胞に変化させる作用が強すぎると言うならば、投与する事自体が危険だ。それは胎児であっても変わらないはず。

 

「P73偏食因子の最大の問題点は、『アポトーシス』…つまり細胞が自己消滅しにくくなる事なんだ。だが、胎児段階の細胞分裂と自己消滅はとても盛んに行われていてね、その間に偏食因子を投与すれば、アラガミ化する前に自己消滅させられる。後は投与した影響で遺伝子変異した『人間の細胞』が細胞分裂を繰り返す事になる。」

 

「それで、母親に偏食因子を投与したんですか?」

 

「可能な限り、母体に偏食因子を滞留させないようにはしたらしいがね。しかし、問題はそこじゃなかった。」

 

「え?」

 

 そう言うとペイラーは顔を伏せて表情が見えなくなった。そこからはまるで機械のように抑揚のない、感情を感じられない話し方になった。

 一応補足すると、投与したからと言って直ぐにアラガミ化するわけではなく、遺伝子が変異する前に体内から無くなれば何の変化も現れなくなるのだ。

 

「遺伝子が変異してP73偏食因子に適応すると、よりアラガミに近い人体細胞に変異する。つまり、オラクル細胞と同じように、偏食因子を自ら生成するようになるんだ。そうすると、胎内で母親と繋がっているため、今度は胎児から母親に偏食因子が流れてしまう…結果、アイーシャはソーマを産んだ後に亡くなってしまったんだ。」

 

 胎児と母親は臍帯…所謂ヘソの緒で『物理的に』繋がっている。勿論母親から胎児への栄養素や酸素を送ったり、胎児から老廃物を母親に送ったりするので、血も行き来している。恐らく胎児が生成した偏食因子が血流に乗って母親へ流れたのだろう。

 

「それがきっかけでヨハンとソーマの関係が拗れてね…ヨハンはそれからアイーシャの死を無駄にしないために、今の神機が実用化されるまでの間、ヨハンは幼少期からソーマに虐待に近い戦闘訓練をさせてたんだ…」

 

 愛する妻を我が子に殺されたとなれば、その我が子を純粋に愛する事は難しくなるだろう。さらにはクソが付くほどに真面目なヨハネスの事だ、妻の死を無駄にしないようにその遺志を受け継ぐ事は容易に想像できる。それが結果的に過激な戦闘訓練になったのだろう。

 

「ソーマもソーマで、母親が死んだのは自分のせいだと攻め続けている。今ではアイーシャが望んだような…友に囲まれながら下らない事で喧嘩して、辛いことがあったら泣いて、バカな事をして笑うような人生を送らせる事も難しくなってしまった…」

 

 確かに、ソーマの現状を考えれば感情を自由に表に出して生きる…そんな生活とは無縁な、他人との間に壁を作り、孤独で荒んだ生活を送っている。

 

「だが、こうなると分かっていながら私は止めなかった…いかに自分が愚かな事をしたか…こうなってから思い知ったよ。私も…彼に恨まれても仕方がない人間だ…」

 

 そう言うとペイラーは机に両肘を突いて、机と向き合うまでに視線を落とした。その声には後悔や自責の念が込められているように感じる。

 

「だから…と言うのは少し変かも知れないが、ソーマと仲良くしてやってくれないか?」

 

「そのつもりですよ。鬱陶しいくらいに関わりまくって、ソーマさんと仲良くなってみせますよ。」

 

 ペイラーの細すぎる糸目のせいか分からないが、相変わらず表情からは何も読み取れない。しかし、その声には何処か懇願するような雰囲気が込められていた。

 リーダーとしても、1人の人間としても、ソーマと仲良くなる事を拒むつもりはない。アイーシャの遺志を知った事でその想いは強くなった。

 

「そうか…なら君にお願いがあるんだ。」

 

 先の答えに安心したのか、ペイラーはいつもの調子でユウキに『頼み事』をする。

 …さっきまでの雰囲気は演技だったのかと疑いたくなる程の切り替えの早さだ。ユウキが唖然としていると、ペイラーは『頼み事』の内容を話していく。

 

「出張中の支部長に頼まれてる仕事なんだけど、とあるアラガミのコアを入手してほしいんだ。」

 

 支部長がわざわざ探させる程の物と言うことは、何か特殊なコアなのだろうか?とにかく続きを聞いて詳細を聞かなければ状況を把握できない。ユウキは疑問を頭の片隅に追いやって聞きに徹する。

 

「実はソーマには前から同じ任務を手伝ってもらっていてね。彼と協力して欲しいんだ。」

 

 恐らくこのような任務を通じてソーマとの仲を深めろ…と言うことだろう。

 

「ただそのアラガミの外見や特徴は分かってない。該当するコア反応が確認されたら特務と言う形で発注するよ。」

 

「分かりました。」

 

 リーダーに就任したときにも言われた『特務』のおおざっぱな説明を聞き、特務内容を了承する。

 

「特務は通常任務に偽装してある。任務をこなした後に特務を始めてくれ。あ、この事は私からヨハンに伝えておくから、報告とかは気にしなくていいよ。」

 

 通常の任務に偽装してあると言うことは、極東支部、あるいは本部に知られると不味い事なのだろう。何だか悪い事をしているようで、本当に手伝っていいのかと内心疑問に思っていた。

 しかし、ソーマとの仲を深めるチャンスである事には変わりない。ならばその機会を利用させてもらおう。

 そんな事を考えながら、特務を了承して部屋から出ようとするユウキを、ペイラーが呼び止める。

 

「ヨハンの事なんだが、あまり悪く思わないでくれ。当時はソーマを恨んでいたのかも知れない。しかし、時間が経てば気持ちの整理がつけられる人間なんだ。」

 

 一応、ヨハネスに対して誤解しないように彼の事を弁護する。ユウキも足を止めてそれを聞いている。

 

「今までが今までだっただけに、どう接したら良いのか分からず、ズルズルと今の関係を続けているだけだと思うんだ。」

 

 謝りたい、仲良くしたいと思いながらも、ヨハネスはそれをどうやって表に出せば良いのか分からないのだろう。何となくソーマにもそんなところがある気がする。変なところで似ている親子だとユウキは思った。

 

「…親子そろって不器用ですね。」

 

「そうだね。何にしてもよろしく頼むよ?」

 

 それだけ言うと、今度こそユウキはペイラーの部屋から出ていった。

 

To be continued




 今回はソーマの秘密とオラクル細胞の可能性についての話でした。
 支部長とソーマの関係が拗れた原因を自分なりに解釈した結果、アイーシャの死と虐待に近い訓練ではないかと思いした。
 愛する妻を我が子に(結果だけ見れば)殺され訳ですから、恨みやら憎しみを多少持つのは仕方ないかと…ソーマも幼少期は唯一の肉親である父が望むから必死になっていたが、成長するにつれて辛い仕打ちをしてくる父を恨みつつも自我が芽生え、『これっておかしくないか?』と思い反発していると言うイメージで書きました。
 そんな状況になると分かりつつも、あくまで傍観者を決め込んだ博士も、支部長とソーマの現状を見て後悔した事を話つつも、親友である支部長の事を悪く言えないため最後にフォローを入る…博士は自分にも責任があるため、誰か特定の人物を悪く言う事はしない気がします。
 そしてマーナガルム計画とオラクル細胞の設定を考えるのに凄く時間がかかりました。生物は専門ではないのでネットなんかで調べてもさっぱりでしたorz
 オラクル細胞の食べなものの性質を取り込むと言うのを過大解釈して、使い方次第でエネルギーを無限に取り出せると言うものにしました。たぶんトンデモ細胞なオラクル細胞の事だからこのくらい出来るのではないでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission29 白い少女

序盤のキーパーソン全員がようやく登場です。おかしな、こんなにかかる予定じゃなかったのに…


 -マーナガルム計画-

 

  〈機密事項〉

 

 フェンリルの雛形となる生化学企業の傘下となる『オラクル細胞総合研究所』で行われていた研究の1つ。

 オラクル細胞から直接採取されたP73偏食因子を人体に組み込む事で、アラガミの捕食に強い人間を人工的に作り出す計画の総称である。捕食に強い人間を量産し、人類滅亡を回避することを目的とした計画だった。

 しかし、P73偏食因子を人体に組み込むうえで大きな問題があった。それは人体細胞をオラクル細胞に変異させる働きが強すぎると言う事だ。さらには、P73偏食因子自体のアポトーシスが誘導されずらく、そのまま体内に残り続けてしまうので、よりアラガミ化してしまう危険性が高いとされている。

 それを防ぐ為に、細胞分裂と自己消滅が盛んに行われる胎児期に、母体を通じて投与するという方法がとられた。胎児期の短いサイクルで行われる細胞の自己消滅によって、アラガミ化する前に細胞そのものが消滅すると考えられるためだ。

 その被験体に名乗りを上げたのが、当時妊娠が発覚したオラクル細胞総合研究所所長の『アイーシャ・ゴージュ』だった。彼女の子供である、ソーマ・シックザールに遺伝子変異を起こし、捕食に強い人間を作り出そうとしていた。

 しかし、オラクル細胞の暴走事故により、研究主任であるヨハネス・フォン・シックザールとその息子、ソーマ・シックザールの両名以外の総勢20人のスタッフが死亡した。

 この暴走事故で研究所は閉鎖、計画は永久凍結された。

 

 -P73偏食因子-

 

  〈機密事項〉

 

 ヨハネス・フォン・シックザールによって発見された、オラクル細胞に捕食の対象と思わせないための物質である。

 オラクル細胞から直接採取されたものである。その特徴として、人体細胞の遺伝子構造を変異させる働きが強い事と、アポトーシスが誘導されにくい事が挙げられる。これらの特徴から、人体に直接投与することは出来ない。(遺伝子変異が起こる前に消滅させられれば投与は可能である。)

 現在、P73偏食因子の投与が成功したと報告を受けているのは、マーナガルム計画被験体のソーマ・シックザールのみである。

 なお、P73偏食因子と言うのはオラクル細胞から直接採取された偏食因子の総称で、取り出した個体によって同じP73偏食因子でも、偏食の傾向が違う事が判明した。

 

 -P53偏食因子-

 

 ゴッドイーターに投与される、人工的に培養されたオラクル細胞への捕食に対抗するための物質である。彼らにとって命綱とも言える存在である。P53アームドインプラント、通称腕輪から静脈注射される。血中に投与することで、栄養素と同じように人体細胞に吸収される事で、オラクル細胞への耐性を得ることが出来る。

 比較的に低強度であり、自壊するまでのサイクルが短い事から、投与する量を間違えなければアラガミ化する危険性はほぼ皆無とされている。

 なお、P53偏食因子と言うのは、人工培養された偏食因子の総称で、培養環境等の要因で同じP53偏食因子でも偏食の傾向が違うとされている。

 あくまで偏食因子の投与は捕食への耐性であり、超人的な身体能力や高い回復力はオラクル細胞に近づいた事による副次的なものである。

 

 -ソーマ・シックザール-

 

  〈機密事項〉

 

 マーナガルム計画の生き残り。人類初の偏食因子を持って生まれた人間であり、ゴッドイーターのモデルでもある。

 生後間もない頃に、ペイラー榊から送られてきたレポートを元に、彼の遺伝子構造を解析し、人体への直接投与を可能にしたものがP53偏食因子である。(なお、このレポートの内容から彼はどのように遺伝子構造が変化するのか、ある程度予測していたようだ。そのため、P53偏食因子の生成には1月もかからなかった。)

 骨髄での造血の過程で自らP73偏食因子を生成し、血中に流している。これを栄養素と同じように体の各細胞が取り込み、オラクル細胞の捕食に適応している。

 よりオラクル細胞に近い体細胞のため、従来のゴッドイーターと比べて非常に高い身体能力と回復力を持っている。

 2071年4月現在、存命。

 

 -アイーシャ・ゴージュ-

 

  〈機密事項〉

 

 オラクル細胞総合研究所所長で、マーナガルム計画の立案者。当時P73偏食因子を人体への投与実験の際、自身と自らの子であるソーマ・シックザールを被験体とする。

 投与した当時は特に不調は無かったようだが、胎内にいたソーマ・シックザールが生成したP73偏食因子を取り込んでしまい、水面下でアラガミ化していたと考えられる。

 そのため、出産の際の傷や出血の修復のために細胞が活性化して、オラクル細胞の暴走事故に繋がったと考えられる。

 享年26歳

 

 午前3時を過ぎた頃、訓練を終えたユウキはターミナルでマーナガルム計画の事を調べるために過去のレポートを見ていた。

 リーダーになり、権限が強化された事もあって、本来閲覧に規制が掛かっている機密事項も閲覧出来るようになっていた。

 いくつかのレポートを読んできたが、マーナガルム計画の資料は全て規制対象となっていて、リーダー権限無しでは閲覧する事が出来なかった。やはり人道的に問題があったせいなのだろう。あるいは事故を起こした事自体がフェンリルの信用等に影響して、今後の支配体制に支障が出る事を恐れたからだと考えられる。

 しかし、マーナガルム計画の資料には、ペイラーとの話で聞いた事よりも踏み込んだ内容が書かれていたが、それ以上の情報は得られなかった。

 そんなこんなで午前4時になる前に就寝して、夢の世界へと旅だったのだが…

 

  『ピリリリリリ!』

 

「…ぁい…もしもし…?」

 

「やあ、おはよう。」

 

「…おはようございます…」

 

 早朝5時、ユウキは突然の電話に叩き起こされた。電話を取るとそこからはいつもと変わらぬ調子で話す、ペイラーからの朝の挨拶が聞こえてきた。

 『…何でそんなに元気なんだ…?』と思いながらも眠そうな声で挨拶を返す。

 

「早朝から悪いんだけど、特務を頼みたいんだ。」

 

「…特務…ですか…?」

 

 特務と言う単語を聞くと、寝ぼけながらも着替えを始める。しかし、眠気が勝っているのか、内容がろくに頭に入ってこない。

 

「旧市街地に特務対象の反応が近づいていてね。辺りのアラガミを一掃して欲しいんだ。」

 

「…はい…」

 

 とりあえず旧市街地に行けば良いと言う事だけ理解して返事をする。あとは眠気のせいもあって聞き流してしまった。

 

「前にも言ったけど、この任務はソーマと一緒にやってもらうよ。彼にはもう伝えてあるから、急いで準備してね。あ、君たちが任務に向かった事はヒバリ君には伝えておくよ。」

 

「…分かりました…」

 

 ユウキの返事を最後に通話は切れた。着替えを終えて、このあとの動きを軽く考えるが、頭が半分寝ているせいで思考が纏まらない。

 

(えっと…着替えたし…歯磨いて…一回寝て…腹減ったからエナジーゼリー買って…そのあと寝て…ソーマさんと会った後車で寝て…現地で寝る…)

 

 睡魔に負けて、結局思考は寝ることばかり考えるようになった。そのあと、どうにか出撃まで漕ぎ着けたが、バギーに乗った瞬間に寝てしまった。

 そのため、現在はソーマの運転で作戦地域に向かう。ユウキは途中で起きては寝てを繰り返していた。

 

「おい…てめぇそんなんで戦えんのか…?」

 

「…ん~…向こう着くまでには…起き…ます…」

 

 ユウキは出撃前に自販機で買ったエナジーゼリーを寝ながら飲む。もう既に意識は半分夢の中に旅立っているのか、目は開いてない。

 

「チッ!こんなんで大丈夫なのかよ…おい、足を引っ張るなよ?」

 

「…うぁい…」

 

 ソーマの苛立ちを感じながらも眠そうな声で返事をした。

 

 -贖罪の街-

 

 作戦領域に着く頃には無理矢理だがユウキも目を覚まし、任務に集中出来るようになった。

 出撃前に神機の最終調整をしていると通信機から声が聞こえてきた。

 

『やあ、聞こえるかな?』

 

「博士!?」

 

 声の主はペイラーだった。いつもなら任務のオペレートはヒバリの筈なのに今回はそのヒバリがオペレートする気配はない。

 

『まあ、早朝でなおかつ特務だからね。今回は私がオペレートするよ。』

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 今までにペイラーがオペレートしたと言う話しは聞いていない。謂わば素人である。ユウキが心配するのも無理はない。

 

『そうは言ってもこの時間じゃオペレート出来る人も居ないからね。』

 

 ペイラーの言うことももっともだった。そもそも緊急時以外にこんな早朝から任務を行う事自体が、ゴッドイーターにとてつもない負担を強いるため、普通はやらないのだ。

 

『さて、それじゃあ仕事をしようかな。今捕捉しているのは、西側にヴァジュラ、東側にボルグ・カムランの2体だね。東西に別れているから各個撃破も可能だろうね。』

 

「だそうだ。足を引っ張るなよ?」

 

 ソーマが珍しく、率先して単独行動をしないなと考えていた。ソーマの実力と、標的の配置を考えると、2手に別れる方がいいだろうと考えた。

 

「ソーマさんは東側でボルグ・カムランをお願いします。俺は西側でヴァジュラを相手にします。」

 

 そう言うとユウキは待機ポイントから飛び降りて西側に走る。対してソーマは東側に走り、2手に別れた。

 その後、ユウキは西側の小部屋でヴァジュラを発見した。どうやら食事中らしい。こちらに気づいている様子はない。後ろに回ってチャージ捕食壱式を展開する。ただし、その顎の向きを横に向けて構えて後ろ足を確実に喰い千切るようにした。

 ヴァジュラがこちらに気付いてない事もあり、あっさりと後ろ足を喰いちぎった。

 身動きが取れなくなったヴァジュラが最後の抵抗にデタラメに雷球を発車する。気のせいか雷球の発生や反応が鈍い気がする。

 いつもより遅い攻撃にユウキが当たるはずもなく、一旦下がった後、確実に避けながらヴァジュラとの距離を縮める。

 そして雷球をうち終わった後、神機を横に振ってコアが剥き出しになるようにヴァジュラが上下に切り裂かれた。

 コアを回収した後、急いで東側に走る。一番奥の建物に入ると、ソーマがつまらなさそうに佇んでいた。しかも既に戦闘が終わっていて手足をもがれ尻尾も切り落とされたボルグ・カムランもいた。

 ソーマがこちらに気が付くと、待機ポイントに帰りながらユウキに話しかける。

 

「さっさとコアを回収しろ。お前が回収した方が都合が良い。」

 

 そう言われてユウキはボルグ・カムランのコアを回収して、2人は極東支部に帰還した。

 

 -エントランス-

 

 極東支部に戻ると既にゴッドイーターを始めとしたフェンリル職員が仕事を始めていて、エントランスは活気づいていた。

 そんな様子を気にすることなく、ユウキは真っ先にミッションカウンターにいるであろうヒバリの元に向かう。

 

「ただいま戻りました。殲滅任務、無事に終了です。コアも2体分回収しました。」

 

「はい。お疲れさまです。コアの回収…確認しました。ミッション成功です。報告書の提出を忘れないで下さいね。」

 

 そう言ってヒバリはユウキに報告書を手渡す。この様子から察するに上手く通常任務に偽装できているのだろう。

 ユウキは白紙の報告書を受け取り、『報告は通常任務の方を書けばいいのかな?』と考えながら返事をする。

 

「ええ。分かってますよ。」

 

「ああそうだ!博士がお話があるのでラボまで来て欲しいそうです。」

 

「そうですか…分かりました。ありがとうございます。」

 

 恐らく今終わらせた特務の事だろう。やはり報告書等のような記録として残す訳にはいかないため、口頭での報告のために呼び出したと言ったところか。

 ペイラーが呼んでいると教えてくれた事に礼を言って、そのままペイラーが居るであろうラボラトリに向かった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ペイラーの呼び出しで、ユウキはラボラトリに来た。入室の許可を得て扉を開けると、その目の前にペイラーが立っていた。

 

「いやあ、毎度毎度呼び出してすまないね。」

 

「あの…博士…近いです…物理的に。」

 

 事実上、扉を開けた所で通せんぼしている状態では必然的に彼らの距離は近くなってくる。さらにペイラーが前屈みになって話しているため、ユウキは大きく後ろに反り返りながら、元に戻ってくれと頼む。

 

「ああ、ごめんごめん。」

 

 そう言うとペイラー前屈みを止めて普通の姿勢になった。これでユウキも普通の姿勢に戻ることが出来る。

 その後、ペイラーはユウキを部屋に入れ、用件を話していく。

 

「今回呼んだのは、例の特務に関係する事でね。」

 

「そう言う事ですか。今回は何を?」

 

 どうやらユウキの読みとは少しずれていたようだ。先の特務の事ではなく、次の行動についての呼び出しだった。

 

「今回は特に変わった事はしないよ。今度は特務対象が旧寺院付近に現れたんだ。そこで該当地域のアラガミを殲滅して欲しいんだ。」

 

「通常任務…って事になるんですか?」

 

「そう。だからサクヤくんとアリサくん…それからコウタくんも連れていって欲しいんだ。」

 

「分かりました。」

 

 今回の任務はあくまで通常の任務として発注されるらしい。そのため、フルメンバーでの出撃が可能だが、何故特務絡みの任務なのにソーマをメンバーに入れなかったのか、何故通常任務なのかと、いくつか疑問には思った事はある。だが、恐らく聞いたところではぐらかされると思い、結局ユウキは任務を了承してその話題を打ち切ろうとした。

 正直なところ、早朝から任務に出たため少し30分程度で良いので休みたいと思っていたのだ。

 

「じゃあ、早速お願いできるかな?」

 

「え?…今からですか?」

 

 ペイラーからの残酷な言葉を聞いたとたんに、ユウキの顔がひきつり、全身から冷や汗を流し始めた。

 

「もちろん!今こうしている間にも、作戦地域に近づいているんだからね。」

 

「…はい…分かりました…」

 

 『こんなのを社畜って言うのかな…?』と考えながら、淡い期待が砕け散った事を再認識した。

 そして、ユウキは肩を落としながらペイラーの部屋を出ていった。

 

「さて…そろそろお出迎えの準備をしなくちゃね…」

 

 何を、誰を迎えるのか分からないが、ユウキが部屋を出ていった後にペイラーの独り言を呟いた。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 ペイラーの部屋を出た後、ソーマを除いた第一部隊のメンバーとヘリで旧寺院に向かっていた。その間も、ユウキは寝ては起きてを繰り返していた。

 

「あの、大丈夫ですか?疲れているようなら、任務が終わった後はもう休んだ方が…」

 

「うん、大丈夫…」

 

 ユウキが珍しく、移動中に居眠りをしている事に気がついてアリサが話しかけてきたが、ユウキは何でもないとごまかした。

 

「でも、毎日遅くまで訓練してるんだろ?もうそろそろ一度休んだ方がいいって。」

 

 だが、コウタにもわかるほどに疲れたような様子だった。コウタも休めと言ったが、その瞬間に視界が白く染まった。

 その場にいた全員が一瞬何が起こったのか分からなかったが、直後に自分達が落下している事を理解した。

 状況を理解すると、全員が自分の神機を掴みに行く。その途中でヴァジュラが上を見上げているのを確認した。恐らくヘリを堕としたのはこいつの電撃だろう。ヘリの操縦士もパラシュートで作戦領域外に逃げた事を確認すると、中庭部にコウタと共に落下し、戦闘体制をとる。

 近くにはアリサとサクヤは居ない。別の場所に落下したのだろう。2人ならこんな事では死ぬことはない。そう信じてユウキとコウタは目の前のヴァジュラを倒す事に集中する。

 

  『ガアアアア!!』

 

 ヴァジュラが吠える間にユウキがシュトルムで一気に接近する。捕食口がヴァジュラの喉元に喰い付いて引きちぎり、ユウキはバースト状態になる。コウタも負けじと神機を吹かして足を狙う。片方の前足をだけを狙い機動力を削いでいく作戦のようだ。

 ヴァジュラもただやられているつもりもなく、周囲に電撃を張り、ユウキが回避せざるを得ない状況を作り出す。

 

「俺も居るってことを忘れんなよ!」

 

 ヴァジュラを挑発した後にコウタの神機が銃弾を放つ。その銃弾がヴァジュラの前足に着弾すると、爆発が起こって結合崩壊を起こした。

 その衝撃でヴァジュラが蹲っていると、ユウキが攻撃体制に入る。

 

「はあ!!」

 

 掛け声と同時にユウキは神機を横凪ぎに振る。その衝撃でヴァジュラが吹き飛ぶ。その最中にヴァジュラが体制を建て直して、雷球をユウキに向かって放つ。それを危なげなく躱し、反撃の体制をとる。

 

「ユウキ!止めだ!」

 

 ヴァジュラが着地の瞬間、コウタが再び神機を吹かす。その弾丸が着弾すると、ヴァジュラの動きが止まった。まるで、ホールドトラップに掛かったかのように痙攣しだした。

 

「ぜああああ!!」

 

 全力の一撃で、ヴァジュラを両断して、切り捨てた。幸いにもコアが残っていたので、捕食してコアを回収した。

 

「よし!コウタ!アリサとサクヤさんを探しに行くぞ!」

 

「おう!」

 

 ユウキが指示を出し、コウタが了承するとアリサとサクヤを捜索する。しかし、ユウキとコウタの目の前に突如何かが現れた。

 

  『グオオオ!』

 

 その正体はボロボロのシユウだった。恐らくアリサかサクヤ、あるいはその2人によるものだろう。

 

「ユウキ!止めを!」

 

 視界の端にアリサとサクヤが映る。サクヤの声を聞いて神機を握り直してシユウに突っ込む。シユウが手刀を真っ直ぐにユウキに向かって突き出す。それを姿勢を落として躱し、下から切り上げてシユウの翼手を切り捨てる。

 その瞬間にシユウが怯み、隙ができた。その隙を見逃す事はなく、振り上げた神機をそのまま振り下ろし、その胴体を両断して動かなくなった。

 シユウを倒し、ユウキがコアの回収のために捕食口を展開する。その間、周囲の警戒のためサクヤ、コウタ、アリサが周りを囲む。

 捕食口を展開し、今まさに喰らおうとする瞬間に不意に聞き覚えのある声が待ったをかけた。

 

「すまないが、ちょっと待ってくれるかな?」

 

「「博士!?」」

 

「な、何で博士がここに!?」

 

「ソーマさんも…一体何が…」

 

 声の主はペイラーだった。ここまで単身で来られるはずもなく、護衛としてソーマも連れてきたようだ。

 

「詳しい話は後だ。とりあえず、そのアラガミはそのままにしておいて、こっちに来て欲しいんだ。」

 

 恐らくここに居るのが第一部隊でなくても、何故ペイラーとソーマがここに居るのだろうかと疑問を持つだろう。しかし、それらの疑問に聞く耳を持たずに、倒したシユウを放置するようにだけ伝えて第一部隊にその場を退くように促した。

 シユウが見える位置で隠れながら待機している。しばらくすると、ペイラーが懐中時計を確認し、シユウから離れてから5分程経ったことを確認する。

 しかし、そろそろシユウが回復し、動き始める頃合いでもある。事実、先の戦闘での傷も癒え始めている。

 一度倒したと言ってもコアの摘出は済んでいない。そのため、このまま放置しているとシユウが復活してしまう。

 皆がそんな心配をしつつも、ペイラーが何をしたいのか理解出来ずに待機していると、不意にペイラーが声を発する。

 

「おぉ!来たよ!!」

 

 嬉々とした声色で何かが現れた事を皆に伝える。その何かはシユウを捕食している。そこを確保するため、第一部隊が全員飛び出す。

 物音で第一部隊が近づいた事に気が付くと、現れた何かは捕食を中断してこちらを向いた。

 そこには血塗れの手足で布切れを巻いていて、肌も髪も色が抜けたような真っ白い少女がいた。

 人(?)がアラガミを喰う。衝撃的な光景を目の当たりにして第一部隊が固まっていると、少女が話しかけてきた。

 

「オナカ…スイ…タ…」

 

 一旦言葉を区切ると、少女は口元の血を拭い、再び言葉を発する。

 

「ヨ?」

 

「ひぃ!」

 

 血塗れの少女を見て、コウタが思わず短く悲鳴を上げる。恐怖心から神機の銃口を少女に向ける。しかし、少女はその意味を理解出来ていないのか、向けられた銃口をただ見つめていた。

 少女を除き、全員が警戒心を緩めない状況で、剣呑な雰囲気を放っている。だが、その雰囲気を壊すようにペイラーが話始める。

 

「いやぁ御苦労様!!ようやく姿を現してくれたね。ソーマも、ここまで護衛してくれてありがとう。お陰でこの場に居合わせる事が出来たよ。」

 

「礼などいい。どういう事か説明しろ。」

 

 この場に居る誰もが状況の説明を求めるだろう。恐らくペイラーの目的はこの少女に会うことだと言うのは理解出来る。だが、この少女に会う目的は何なのか?少女に何をどうするのか?何をさせるのか?少女に一体何を求めているのか説明が欲しいところだ。

 ソーマの要求もあり、ペイラーは説明を始める。

 

「いやなに、彼女がなかなか姿を見せてくれないものだからね、この辺り一帯の『餌』を根絶やしにしてみたのさ。どんな偏食家でも、空腹には耐えられないだろう?」

 

「チッ…悪知恵だけは一流だな…」

 

 要するに食料を無くし、飢えさせて餌に釣られたところで捕獲すると言う事だった。

 ここ最近、廃寺での殲滅任務が多かったのはこの為だった。さらには確実にここで餌に食い付かせるため、旧市街地に移動させないように早朝から殲滅任務を行ったのだ。

 

「…悪趣味ですよ…博士…」

 

 その内容を聞いたとたん、ユウキの目付きが変わった。軽蔑や嫌悪を宿した目でペイラーを見ていた。

 

(…ユウキ?)

 

 アリサがその様子に気が付いた。ユウキがゴッドイーターになる前の記憶は感応現象で体験したが、そのときは盗みを働いて食料を確保していたのでそこまで強い飢えを感じた覚えは無かった。

 何故そこまで嫌悪するのかは分からなかったが、コウタが誰もが思うであろう疑問をペイラーに投げ掛けたのでアリサは意識をペイラー達の会話に戻す。

 

「えーっと…博士、こ、この子は?」

 

「そうだね、立ち話も何だから私のラボで話そうか。」

 

 すると、ペイラーは何の迷いもなく、少女に近付いて話しかける。

 

「ずっとお預けにしてすまなかったね。それを食べたら君も来てくれるかな?」

 

「イタダキマス!」

 

 少女も迷いなく頷いて、着いていく意思表示をする。その後、何故か少女はソーマを見つめて動かなくなった。

 

「あぁ?」

 

「イタダキ…マシタ?」

 

 良くわからない言葉を最後に、少女は食事に戻った。

 

To be continued




 序盤の最重要キャラの白い少女の登場です。この小説を書き始めたころは20話位で出てくると思ったのにな…
 この調子じゃオリジナルに入るまでにいつまでかかるやら…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission30 神か人か

ペイラー「さて…人が神となるか…神が人となるか…競争の始まりだ…」
少女との出逢いが物語を加速させる…!


 -ラボラトリ-

 

「「「えええええええ?!」」」

 

 ペイラーのラボ内でサクヤ、コウタ、アリサが部屋の隅まで後退りしながら絶叫する。

 

「は、博士!い、今なんて?!」

 

 サクヤは動揺を隠しきる事が出来ずに、慌てた様子でどうにか話す。そんなサクヤとは対照的に、ペイラーはあっけからんとした様子で、ある事実を第一部隊に告げる。

 

「ああ、何度でも言うよ。この娘はアラガミだよ。」

 

「ちょ!あ、あぶっ!」

 

「は?!ええ?!?」

 

 肌こそは色素を失ったように白いが、パッと見ただけでは人間に見える少女が、実はアラガミだったと言うのだ。しかもそのアラガミと同じ部屋の中にいるので、非常に危険な状態であることには変わらない。

 アラガミを喰っていたところを見ていたので、全員がアラガミを喰える特異体質な少女だと思っていたが、よりにもよってアラガミそのものだとは思いもよらず、彼らは混乱してしまったのだ。

 しかし、ソーマとユウキはあまり動揺を見せず、大きな反応は無かった。ユウキに至ってはアラガミの少女を興味深そうに眺めた挙げ句、にらめっこまで始めている。

 

「まあ落ち着きたまえ。この子が君たちを捕食することはないよ。」

 

「そうなんですか?」

 

 ユウキはにらめっこを一旦止めてペイラーの方を見る。すると少女もそれに釣られてペイラーを見た。

 

「前にも話したけど、全てのアラガミには『偏食』と言われる特性があるのは知ってるよね。」

 

「アラガミが個体独自に持っている捕食の傾向…神機の制御にも関わってくる性質の事ですね。」

 

「そうだね。君たち神機使いにとっては常識だろうね。」

 

 良く勘違いされやすいが、神機もまたアラガミなのだ。ゴッドイーターが神機を扱う事ができるのも、この偏食と言う性質のお陰と言える。

 万が一普通の人間が神機に触れた場合、非捕食対象だと認識させなければ神機に触れた瞬間喰い殺されてしまう。

 確かにゴッドイーターとして、基礎中の基礎と言える性質なので、常識と言われれば常識だろう。

 だが、この説明をした瞬間、コウタが何やら冷や汗をダラダラと流し始めた。

 

「…知ってた?」

 

「当たり前だ。」

 

 コウタがソーマに聞いてみたが、常識だと即答された。そもそもベテランであるソーマがこの事を知らないなんて事はありえないのだ。コウタは聞く相手を間違えていたようだ。

 そんなやり取りを尻目に、ペイラーは何故少女が人を喰わないのかを説明し始める。

 

「このアラガミの偏食は、より高次のアラガミに対して向けられているようなんだ。つまり、我々は既に食物の範疇に入っていないのだよ。」

 

 簡単に言えば強いアラガミや特殊なアラガミを好んで捕食すると言うのだ。仮にアラガミの捕食が純粋に学習の為だと言うのなら、彼女は人間の特徴である高い知能は既に手にしている。そのため、今更人間ごときを捕食しても得られるものが何も無いのだ。

 

「よく誤解されるんだけど、アラガミは他の生物の特徴を持って発生するのではない。あれは捕食を通じて凄まじいスピードで学習し、様々な情報を取り入れて適応する…それが驚くべき早さで進化しているように見えるだけなんだ。結果として、ごく短期間に多種多様の可能性が凝縮される…それがアラガミと呼ばれる存在だ。」

 

「つまり、この子は…」

 

「うむ。これは我々と同じ…『取り合えずの進化の袋小路』に迷い込んだ者…人に近しい進化をたどったアラガミだよ。」

 

「人間に近い…アラガミだと…!?」

 

「そう、先程少し調べてみたのだが…頭部神経節に相当する部分が、まるで人間の脳のように働いているみたいでね。学習能力もすこぶる高いとみえる…実に興味深いね。」

 

 流石にソーマも驚きを隠せないようだ。珍しく僅に目を見開いて、驚いた表情になる。

 

「せんせー!」

 

「はい、コウタくん。」

 

 まるで授業の時の様に、コウタが手を挙げてペイラーに質問をする。と言うより完全に教師と生徒である。

 

「大体の事は分かった…て言うかよく分かんなかったけど…こいつのゴハンー!とかイタダキマス!って何なんですかね?」

 

「ゴハーン!」

 

「こいつが言うとシャレになんねぇよ…」

 

 コウタが質問すると、恐らく『ゴハン』と言う言葉に反応したのだろう。少女は楽しそうに笑いながら復唱する。

 が、コウタは自分が喰われると思ったのか、一気に部屋の隅まで後退した。

 

「うーん…きっとお腹が空いたと言う意思表示なんだろうね。さっきも言ったけど、アラガミの偏食の偏食と言う性質を持っている。その基本傾向として、自身と近い形質のものは食べないんだ。」

 

 ペイラーがここで一旦話を区切ると、突然黒い笑みを浮かべて話を続ける。

 

「ただ、さっきみたいに本当にお腹が空いたら、不味かろうと何だろうとガブリッ!…だろうね。」

 

 これを聞いた瞬間、サクヤ、コウタ、アリサは後退りした。流石にユウキもビビって若干体と表情が固くなった。

 

「まあそれは例外さ。アラガミと言う名は彼らの俗称だけど、実際にいくつもの個体が我々人間がイメージする『神々』の意匠を取り込んでいる事例が各地で報告されているんだ。何故、どのようにして彼らは『神』を語るに至ったのか…実に興味深いじゃないか。そんな中、完全に『人』の形をしたその子は、さらに貴重なケースのひとつなのさ。」

 

 ペイラーが嬉々としてアラガミについて語る。その話を聞く限りでは、アラガミは神を模倣したような存在だと言えるだろう。だが、そんな中で『完全な人型』のアラガミが現れたと言う事はまるで人間も神になり得る存在だと暗示しているようにも思える。

 

「おっと話が逸れちゃったね。勉強会はこのくらいにしておこうか。…最後にこれは私と君たち第一部隊だけの秘密にしておいて欲しい…いいね?」

 

「しかし…教官と支部長には報告しなければ…」

 

 ペイラーの頼みに対してサクヤは上に報告すべきだと反論する。しかし、それを聞いた瞬間、ペイラーが冷めたような雰囲気でサクヤを威圧する。

 

「サクヤ君…君は天下に名だたる人類の守護者…ゴッドイーターが、その全線基地内に秘密裏にアラガミをつれこんだと…そう報告するつもりかい?」

 

「そ、それは…しかし、一体何のためにこんな事を?」

 

 サクヤは誰もが思うであろう質問をする。何故ペイラーは支部内にアラガミを連れ込むと言う、危険極まりない行為に出たのか。下手をすれば支部そのものが内部から崩され、外部居住区にも被害が出るだろう。

 そうなれば自身の進退はおろか、命の危険さえあるのだ。正気の沙汰とは思えない。

 だが、ペイラーはそんな事は知らんと言わんばかりに、興奮した様子でアラガミを連れ込んだ目的を話す。その時の体勢は以前ユウキしたように、ペイラーが前屈みになり、相手が体を反らせて避けると言った体勢だった。

 

「言っただろう?これは貴重なケースのサンプルなんだ!あくまで観察者としての、私の研究対象さ!それに、この部屋は他の区画と通信インフラやセキュリティは独立させてある。外に漏れる心配はないさ。」

 

 そこまで言うと、ペイラーの糸目が若干開いて、サクヤに耳打ちする。

 

「君だって今個人的にやっている活動に、余計な詮索は入れられたくないだろう?」

 

 その瞬間、サクヤの目が大きく見開かれる。ペイラーは姿勢を元に元に戻して話を続けるが、サクヤは驚いて話の内容を聞き逃していた。

 

「仮にこの事を報告した場合、私はもちろん、君たちの身の安全も保証されなくなる。下手をすればその場で反逆者として処刑されるだろうね。」

 

 先程のサクヤの行動は組織に所属する人間としては正しいのだろう。だが、自身や周囲の人間を守ると言う意味では正しい行為とは言えないだろう。

 基地内に敵を招き入れる事と同じであると言えるため、スパイとして捕らえられ、反逆者として処分されるのは明らかである。その事を改めて再確認させた上で話を続ける。

 

「そう!我々は既に共犯なんだ。覚えておいて欲しいね。まあ、そう言うわけで、彼女とも仲良くしてやって欲しい。ソーマ…君も頼むよ?」

 

「イタダキマス!」

 

 ここまでの会話を思い返すと『イタダキマス』と『ゴハン』しか発言していない。恐らくこの言葉しか知らないのだろう。知っている言葉だけでどうにかコミュニケーションを取ろうとしているのだろう。

 

(何で博士があの事を…?気付いてる…?いやそんなはずは…)

 

 そんな会話の中、サクヤは先程ペイラーに耳打ちされた言葉を思い出していた。しかし、実際には手がかりが何も見つからないので動こうにも動けないでいる。この状況では何もしていないのと同じことなので、ペイラーが気付くはずがないと思っていたのだ。

 カマをかけただと言う可能性もあるが、何にしても自身の行動を言い当てた事は事実だ。その事に驚いていたが、突然の叫びに現実に引き戻された。

 

「ふざけるな!!どんなに上手く人間の真似事をしようが…化け物は化け物だ…」

 

 ソーマが怒鳴ると辺りが静まり返った。その表情は怒りに染まり嫌悪を隠すことなく表してる。

 そのままソーマは苛立ちを隠すことなくペイラーの部屋を出ていった。

 

 -翌日-

 

 ソーマが部屋を出ていった後、一度状況の整理が必要だろうと言うことで、ペイラーは集会を解散し、各自自由行動となった。

 その時間を利用して、ユウキも自分なりに状況を整理した。恐らく、昨日ペイラーが言ったようにゴッドイーターが支部内にアラガミを連れ込んだなどと知られれば、首謀者であるペイラーはもちろんの事、それを手伝ってしまった第一部隊にもそれ相応の処分が下るだろう。

 仮にヨハネスやツバキに報告しようとしても、ペイラーがこちらの弱味を握ってあの手この手で報告を阻止するだろう。

 他にも懸念するべき重要な要素がある事と、ヨハネスが居ないこともあり、今回の件はペイラーに従った方が懸命だとユウキは考えた。

 そんな中、コウタから任務の誘いがあったのでエントランスに向かう。既にコウタは手続きを済ませようで、出撃ゲート前のソファで考え込んでいた。

 

「あ!ユウキ!」

 

「おはよう。コウタ。」

 

 2人は朝の挨拶をするが、コウタはどこか暗い表情をしていた。

 

「なあ、手続きしたらさ、少し話があるんだ。」

 

「?…分かった。ちょっと待ってて。」

 

 そう言うとユウキはカウンターで受付を済ませてコウタの元に戻ってきた。

 

「お待たせ。話って?」

 

 ユウキが戻ってきたのを確認すると、コウタは辺りを見渡して人が居ないことを確認した後、小声で話しかけてきた。

 

「いやさ、俺たちがアラガミを連れ込んだのってやっぱり不味いんじゃないかって思ってさ…博士も言ってたけど、俺ら反逆者になっちゃう訳じゃん?」

 

 コウタの心配ももっともだった。反逆者として捕まれば、相応の処分が下されるのは間違いないだろう。処分の内容がゴッドイーターとしての身分を剥奪されればまだマシな方だろう。最悪殺されるか、人としての尊厳を奪われるような生活を強いられる可能性がある。

 だが、コウタは自分のやっている事が反逆行為だと理解しているからこそ、良心に従うべきかを悩んでいるのだ。

 そんなコウタの悩みの答えとして、ユウキは自分なりの考えを話すが、その表情からは何も感じられなかった。

 

「これはあくまで俺の考えって事で聞いて欲しいんだけど…この事をバカ正直に報告するのは不味いと思う…守るべき家族がいるコウタは特にね。」

 

「どういう事だよ?」

 

「知らなかったとはいえ、俺たちがアラガミを連れ込んだ事は事実だ。コウタも言ったように、その事を報告したら反逆者として処分される。」

 

 それは当然の事だろう。敵対する存在…知性のある人間と本能で生きるアラガミの違いはあれど、敵対勢力を招き入れ、どうぞ好きなだけ視察してくださいと言っているようなものだ。最悪フェンリルを内部から破壊しかねない。

 

「そうなったら、コウタの家族も反逆者の一族として迫害を受ける…その結果、人としての最低限の生活も送ることができなくなる…誰もが毎日を生きることが難しいこの世界じゃ、身体的、立場的に弱い人間は同じ人間から非道な扱いを受ける…そうなる可能性が高い。」

 

 人一人が生きていくのが難しい世界では同じ人間同士でも奪い合わなければ生き抜いていけない。食料を始めとしたあらゆる物資が足りない状況ではそれも必然と言える。

 自らが生きる事に必死なあまり、奪う事が出来る弱者を探すのだ。その弱者を見つけると非情なまでに搾取をしてでも欲求を満たそうとする。その欲求には物的欲求はもちろん生理的欲求も含まれる。

 もし、今回の件を報告した事でコウタの家族が迫害を受け、その弱味を生理的欲求を満たす事に利用されたら、コウタの家族は人としての尊厳さえ失うだろう。直接は言わなかったがユウキはそう言っているのだ。

 これを聞いた瞬間、コウタも察しがついたようで表情を強張らせる。

 

「でも…そうなる事は多分無いと思う。研究の事はよく分からないけど、多分博士の研究にあのアラガミが必要だったってだけだと思うんだ。」

 

 今までに発見されることのなかった高度な知性を持つアラガミが現れたとなれば、生粋の研究者であるペイラーがそれを見逃すとは思えない。研究対象として傍に置いておけば、昼夜問わずに研究出来るメリットがある。

 さらにはその研究が今後必要不可欠なものだとしたら、寧ろ積極的に捕獲するだろう。

 

「それに…あの人は、アラガミの恐ろしさをよく知ってる。だから、その事に対する対策を何もしていないとは思えないんだ。」

 

 ペイラー自身、過去にマーナガルム計画によって友人を失っている。アラガミの危険性は十二分に理解しているはずだ。だからこそ、万が一連れてきたアラガミが暴走した場合の事を考えていないと言うことはないとユウキは考えている。

 会話の最後に『でもこれじゃあ博士頼みだし…リーダーとしては無責任かな?』とコウタに聞いてみたが、俯いていたため、その表情から何かを察する事は出来なかった。

 

「いや…報告すれば、母さんやノゾミが危険な目に合う可能性があるのは分かった。報告しないことで家族を守れるなら…それで構わないさ。」

 

 コウタが俯いたまま自らの決意を語る。家族を守るためならどんなことでもやってみせる彼の覚悟の現れだろう。

 

「確かにユウキの言う通り、博士が研究対象としてアラガミを必要としているだけかも知れないし、アラガミに襲われるってなったとしても、その対策をしてないなんて考えられないしね!」

 

 そう語るコウタの表情は何処か吹っ切れたような表情をしていた。

 

「うっし!うだうだ考えるなんて俺らしくねえ!なるようになれだ!」

 

 コウタは元気よく立ち上がり、出撃ゲートに向かって歩き出す。

 

「そろそろ出撃の時間だ!行こうぜ!」

 

「うん!」

 

 いつものコウタに戻った事に安心して、ユウキも出撃ゲートに向かった。

 

 -神機保管庫-

 

「あ、神裂くん。『疾風』と『獄爪』の解放終わったよ。」

 

 いつものように神機の受け取りに行くと、リッカからプレデタースタイルが解放されたと言う知らせを受けた。

 

「ありがとう。早速実践で使ってみるよ。」

 

「あ、なら簡単に説明するね。疾風はとにかく展開から収納までが速いんだ。ただ、捕食形態の成熟しきる前に捕食するから、バーストできる時間も短いしアラガミバレットも得られないから気をつけてね。」

 

 リッカの説明によると、展開と収納は速いが、その分得られる能力には期待出来ないとの事だった。

 

「それだけ聞くとメリットが無い気がするんだけど?」

 

「うーん…こいつの特徴は隙の少なさだからね。通常、捕食口は展開したら収納するまで神機の装備は使えないんだけど、疾風は展開した後は捕食口を霧散させて収納動作自体をなくすことも出来るんだ。」

 

「なるほど。後隙をなくすような感じか…ならとりあえずの繋ぎか、手数で稼がないと。」

 

 目的はあくまで隙の無い捕食と言う事らしい。確かに隙が無くてリターンが大きいのならば他のプレデタースタイルなど必要無いだろう。

 

「だね。じゃあ次。獄爪はかなりトリッキーだよ。捕食口と先端に付いている爪で相手を捕らえた後、棒高跳びみたいな要領で飛び上がるよ。その後はそのまま相手の上空を跳んで、最上端を少し越えたら展開を解除して反対側に着地するよ。」

 

「なるほど。その棒高跳びみたいな動作は勝手にやってくれるの?」

 

「うん。捕食口が捕食したって感知したらあとは勝手に飛び上がるよ。振り落とされ無いように注意して。それじゃあ…気をつけてね?」

 

 獄爪は捕食の際に、敵を飛び越えて反対側に着地するように神機が動くものらしい。使い方を聞いている限りでは捕食しながらの回避にも使えそうだ。

 

「分かった。ありがとう。行ってきます。」

 

 プレデタースタイルの説明を聞いてユウキは保管庫を出た。

 

 -煉獄の地下街-

 

 作戦地域に着くと、各自出撃前の最終チェックをしていたが、それももうすぐ終わりと言うところでコウタをチラリと見ると、まるで何かに祈るように両手を組んでいた。

 

「コウタ?何してるの?」

 

 ユウキが話しかけるとコウタは祈りを止めた。

 

「ん?ああ、願掛け…になるのかな?こいつに『今日も無事に帰ってこられますように』ってね。」

 

 そう言いながら手に握っていた物をユウキに見せた。どうやらコウタをモデルにした手作りの人形のようだ。

 

「これ、コウタの人形?よく特徴を捉えてるね。」

 

 赤いストライプの入った黄色のニット帽や特徴的な外に跳ねた赤みがかった茶髪を上手く再現しており、目の部分は茶色いボタンを縫い付けてあった。

 一目でコウタがモデルと言うのが分かる位にコウタの特徴と言える物を再現していた。

 

「だろ?!これ妹が作った御守りなんだよ!可愛い奴だろ?」

 

 そのままコウタは一人で妹のノゾミについて語りだした。やれノゾミは可愛いやら良い嫁になるやらやっぱり嫁にはやらんなどと一人で騒いでいて、ユウキは完全に話について行けなくなっていた。

 すると、急にコウタは神妙な顔つきになった。

 

「…昔は皆こんな感じでバカな話して笑ったり、ちょっとした事で喧嘩したり…嫌なことや悲しい事があったら泣いたりさ…皆…命のやり取りなんてしないで生きていたのに…こんな悲惨な世界になるなんて…誰も想像してなかっただろうな…」

 

「コウタ…?」

 

 何故急にそんな話をするのか疑問に思い、思わずコウタに聞き返した。

 

「あ!いやさ、出撃前にユウキが言ってた事をふと思い出してさ。誰もが毎日を生きる事が難しい世界だなんて…そう思うと…今ってヒデェ世の中だよな…」

 

「…うん。」

 

 『何でこんな事に』きっと誰もがそう思うだろう。平和なはずの日常がアラガミが現れただけで人類滅亡の危機に追いやられるなどと誰が想像しただろうか。きっと誰も考えられなかっただろう。

 しかし、そんな誰もが予想できなかった悲惨な世界になってしまった。だからこそ、早くこんな誰もが命がけの世界を終わらせたいと改めて2人は決意する。

 

「でも、エイジスが完成すれば…命のやり取りなんて無い…皆が笑って生きていける世界が戻ってくるんだろ…?早く完成させなきゃな。」

 

「そう…だね…」

 

 エイジスが完成すれば平和な世界が帰ってくる。そう信じてコウタはエイジス完成に力を尽くしているが、ユウキは未だにエイジス計画を信じきれないでいた。

 だが、他に具体的な解決策も無い以上、今はエイジス計画に頼るしかない。

 

「よっし!そうとなりゃあ頑張ってアラガミ退治と行きますか!!あんまり時間をかけると教官に怒られちまう!」

 

「うん。行こう!!」

 

 任務開始時刻になってユウキとコウタは待機ポイントから飛び降りる。

 

しばらく探索していると、壁の裂け目から呻き声が聞こえてきた。

 裂け目を進んでいくと、円形の地形になっている場所に出て、右側の溶岩の吹き溜まりの中を悠然と泳ぐアラガミがいた。ターゲットの『グボロ・グボロ堕天種』だ。通常のグボロ・グボロと違い、赤い体をしており、水球の代わりに火の玉を発射してくるとノルンには書いてあった。

 さらには原種と同様に強酸を打ち出してくるようだが、砲塔付近の筋肉が原種よりも発達してるため、広範囲に強酸を降らせてくるなど、中々厄介な相手のようだ。

 

「コウタ…俺がアイツを溶岩の無いところまで誘導する。その後は一気に決める。」

 

「了解!!」

 

 そう言うとコウタはプラットホームに向かう階段に身を潜めた。とにもかくにも戦うなら溶岩から引きずり出さなければ話にならない。

 そこで、遠距離からグボロ・グボロを撃ち抜き、気を引いて溶岩の無い場所で戦おうとしているのだ。

 ユウキはコウタが居なくなったのを確認すると銃形態に変形して、溶岩の海を泳いでるグボロ・グボロ堕天種を狙う。

 

  『パンッ』

 

 短い発砲音と同時に狙撃弾がグボロ・グボロの背ビレを撃ち抜き、結合崩壊を起こした。突然の奇襲を受け、さらには結合崩壊までさせられたグボロ・グボロは怒り、ユウキを喰い殺そうと猛然とダッシュしてくる。

 グボロ・グボロが『餌』に食い付いた事を確認して、ユウキは後退する。壁の裂け目を抜けて左に曲がる。向かう先はかつて地下鉄のショッピングモールだった場所だ。

 直線的な場所なので、本来なら射撃を得意とするアラガミを相手にするには不利な地形ではある。だが、それでも溶岩の中に逃げられるよりは良いと判断して比較的溶岩の少ない場所を選んだのだ。

 

「今だ!!」

 

「食らえ!!」

 

 グボロ・グボロが釣れた事を確認すると、ユウキの合図と共にコウタが飛び出す。結合崩壊を起こした背ビレを爆破弾で攻撃していく。

 その間にユウキは急反転してグボロ・グボロを斬る。氷属性が弱点の堕天種には氷刀での一太刀はかなり効いたようだ。一撃でグボロ・グボロの顎から下を切り落とした。

 だが、グボロ・グボロも抵抗の意思を示すようにじたばたと暴れ始めた。その際、コウタは狙いを胴体に変えて神機を吹かし、ユウキは切りながら後ろに跳ぶ。

 するとコウタの爆破弾で胴体にヒビが入り、ユウキの斬撃で尾ヒレは切り落とされた。

 止めのため、ユウキはバーストしようと疾風を展開する。だが展開の瞬間、火球の発射態勢を取ったグボロ・グボロがユウキの方を向く。

 このままだと火だるまにされる。しかし、もう捕食口の展開は始まっており、解除することは出来ない。恐らく回避は間に合わない。ならば、捕食完了後にガードするしかない。

 反射的に考えた頃には捕食を終え、グボロ・グボロの砲塔から火が漏れ始めている。もう一か八か装甲を展開する。

 

  『バアァン!!』

 

 その瞬間、暴炎がユウキを包んだ。

 

「ユウキ!!」

 

 ユウキの安否を気遣い、コウタが叫ぶ。だがその瞬間、暴炎からユウキが横に飛び出す。装甲の展開が間に合ったのか、無傷で現れた。

 すると、ユウキは横から鮫牙を展開する。平べったい捕食口のお陰で、展開して移動した瞬間、空気抵抗を受けて下に落ちる。それを利用して砲塔を喰いちぎり、そのままグボロ・グボロを横切る。その時のダメージでグボロ・グボロが怯んでいる隙に片足を軸にして体を回転させ、グボロ・グボロの上半分を斬り飛ばした。

 

「よ、よかった…どうなったかと思ったぜ…」

 

「ごめんごめん!正直装甲の展開が間に合うとは俺も思ってなかったよ。」

 

 疾風の特徴である、隙の無い捕食により、捕食した瞬間には捕食口を霧散させて装甲が展開できるようにしていたのだ。

 もっともこれはユウキ本人が意図した事ではなく、無意識に行ったことであるが、疾風の特徴を行かした使い方だったと言えるだろう。

 

「うっし!前みたいに捕食し忘れてお陀仏なんて事の無いように、しっかり捕食して帰ろうぜ!」

 

 コウタがそう言った瞬間、ユウキの顔が険しくなり、コウタに向かって突っ込んできた。

 

「ぐえっ!!」

 

 思わず首を掴んでしまいコウタが奇声をあげるが、ユウキにはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 何故ならさっきまでユウキがいた場所に、ヴァジュラが飛びかかって来ており、倒したグボロ・グボロのコアを捕食していたからだ。

 

  『ガアアアァ!!』

 

 ヴァジュラは満足しなかったのか、次はお前たちだと言いたげに吠える。コウタはリロードのために一旦下がり、ユウキはプレデタースタイル獄爪を展開しようとする。

 だが、そんな暇は与えないと言わんばかりにヴァジュラは雷球を飛ばしてくる。それをジャンプで躱して獄爪を展開すると、ミズチのように3つに割れ、その先に爪が付いている捕食口がヴァジュラの顔面に喰い付く。

 すると喰い付いたところを支点にして、捕食口がヴァジュラの上を弧を描きながらユウキを移動させるながら、最上端でヴァジュラの顔面を喰い千切る。その後、ユウキはヴァジュラの後ろに着地して再びバーストする。

 ヴァジュラが顔を半分失ったことで、コウタが視界に入らなかったのか、迷いなくユウキを追撃する。だが、ユウキの方を向いた瞬間にはユウキも迎撃態勢を整えており、全力の一撃をもってヴァジュラを切り裂いた。

 その結果、ヴァジュラは足と腹をを失い無様にもそこで倒れているしか出来なくなった。そんなヴァジュラに止めを刺すため、ユウキが捕食口を展開してコアを剥離した。

 コアの回収を確認したら、丁神機のリロードを終えたコウタが近付いて話しかけてきた。

 

「お、お疲れ…俺、最後何かする暇さえ無かったな…」

 

「そんなに早かったかな?」

 

「いや、ここ最近ヴァジュラ相手でもあっさりと倒しちゃうじゃん!寧ろヴァジュラが相手だといつもより強くなったように見えるんだけど…」

 

 実際、戦闘はコウタのリロード中に終わってしまった。個人差はあれど、薬莢の排出から再装填まで約5秒かかる。さらに神機のリロードには射撃用のオラクルをタンクに移す時間が一瞬あるので、実質リロードから発射可能になるまで約6秒程ある。この6秒の間にヴァジュラを倒してしまったのだ。

 普通は驚くが、ユウキ自身ヴァジュラと同型のアラガミを倒す事を前提として訓練に励んでいたのだ。今更ヴァジュラの動きを捉えられないなんて事は無いのだ。

 『俺もユウキみたいな訓練すれば強くなれるか?いや、でもあれは無理だよな…』とコウタは1人でぶつぶつと言いながら帰投準備に入る。

 そんなコウタを追いかけながらユウキも帰投準備に入った。

 

To be continued




後書き
 はい。そんなわけで第一部隊は反逆者になってしまいました。アラガミとは知らずに少女を連れ込んだ弱味を握られ、ペイラー無茶なお願いとかもされるようになりました。主人公の胃に穴が空くのも時間の問題…か?
 そしてソーマの『どんなに人間の真似をしても化け物は化け物』と言うのは自分にも言い聞かせているように思えましたね。
 自分はアラガミを引き寄せるから周りとは違う、故に人の輪に入ることは出来ないと諦める一方で、それを諦めきれないジレンマがあって思わず怒鳴ったのではないかと思っています。
 後天的にとは言え、自らの内側にアラガミを植え付けられたソーマとアラガミでありながら人の姿をした少女にシンパシーを感じつつも、自分はアラガミではなく人間でありたいと言う渇望を見透かされたように感じて怒ったのだと考えました。
 この渇望が後にある事件(?)を引き起こす予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission31 シオ

今回は誰もが躓くであろうあのミッションです。


 -ラボラトリ-

 

 任務が終わり、ユウキとコウタは極東支部に帰還した。その後、ヒバリからペイラーが第一部隊を呼んでいると知らせを受け、ラボラトリに向かう。

 ラボラトリに着くとサクヤとアリサが既に来ており、少女の相手をしていたが、ペイラーは部屋に居なかった。

 

「あ、アリサ、サクヤさん。もう来てたんですね。」

 

「ユウキ!おかえりなさい。あとついでにコウタも。」

 

「あれ?何か俺の扱い悪くね?」

 

 ユウキがサクヤとアリサに声をかけると、アリサが返事をして、コウタが自分の扱いに疑問を持つ。

 そうしていると、ペイラーが部屋に戻って来た。

 

「おや、ソーマ以外はもう集まっていたようだね。」

 

「「「「博士!」」」」

 

 部屋に入ると、ペイラーは少女の傍に行き、第一部隊を集めた用件を話始める。

 

「今日集まってもらったのは他でも無い。この子の名前を考えて欲しくてね。」

 

「名前…ですか?」

 

「そう。名前が無いと色々不便だろう?だが、私はどうにもこの手の名付けは苦手でね。代わりに素敵な名前を頼むよ。」

 

「たのむよ。」

 

 それを聞いた瞬間にコウタは得意気な顔になり『ふっ…』と小さく笑った。

 

「俺…ネーミングセンスには自信があるんだよね。」

 

「…嫌な予感しかしないんですけど…」

 

 アリサの不安を余所に、相変わらず得意気な態度のまま、立った状態で『考える人』のようなポーズを取る。

 

「ん~そうだなぁ…例えば…」

 

 コウタが一瞬溜め、その後自信満々にドヤ顔で考えた名前を発表する。

 

「ノラミとか。」

 

 辺りが静まり返る。だが、その静寂をアリサが破る。

 

「…ドン引きです…」

 

「なんだよ!!じゃあ何かいい名前言ってみろよ!!」

 

「な、なんで私がそんなことを…」

 

 自信満々で言った名前を否定されたのが余程腹が立ったのか、アリサを捲し立てる。その剣幕に押されたのだろうか、アリサも少し焦っているようだ。

 

「とか言っちゃって、本当は自分のセンスを晒すのが怖いんだろ!」

 

「そんなわけないでしょ!そ、そうだユウキはどんな名前が良いと思いますか?」

 

「あ!こら逃げんな!」

 

 コウタの挑発を受けて、アリサはユウキに話題を振る。どうやらコウタの剣幕に押されたと言うより、いい名前が思い付かない、または本当に自分のセンスに自信が無いのだろう。

 そんなアリサの心情など知る由もなくユウキは少女の名前を考える。

 

「ん~白いから…『シロ』とか『ハク』とかは?」

 

「え~安直過ぎない?絶対ノラミが良いって!」

 

「いや、それは無いです。」

 

 あーでもないこーでもないとユウキとコウタが話し合い、アリサがツッコミを入れる。

 

(なんかユウキもコウタも動物に名前を付ける感覚ね…)

 

 ユウキとコウタが付ける名前はどれも人(彼女はアラガミだが)に付ける名前としてはあまり相応しくないような名前だった。強いて言うなら『ポチ』や『タマ』と言ったニュアンスだった。

 このままではまともな名前が出ないのではないかと思い、サクヤもいい名前がないか思案する。

 

「ならアリサはどんな名前が良いと思うわけ?」

 

「う"っ!!え、えぇ~っと…そ、そうですねぇ~」

 

 アリサが目を泳がせて誤魔化すように話して時間を稼ぐ。

 

「シオ!!」

 

 突然少女が声をあげる。

 

「そ、それ!丁度同じ名前を考えていました!」

 

「嘘つけ!!え~やっぱりノラミでしょ!」

 

 少女の名前と判断したアリサは慌てて食い付き、難を逃れようとする。しかし、コウタは納得いかない様子で追求する。

 だがすぐに興味がなくなったのか、相変わらずの『ノラミ』推しである。

 

「それ、貴女の名前?」

 

「そうだよ~。」

 

 サクヤの問いに対して自らを『シオ』と名乗った少女は肯定の意思を示す。

 

「どうやら、ここに居ない『彼』が先に名付け親になったようだね。」

 

「ここに居ない『彼』って…な、なあ、やっぱノラミの方が良くない?」

 

 ペイラーの言う彼は今ここに居ない男性の事だろう。それが誰なのか全員すぐに察しがついて、コウタが慌てたようにノラミに改名する事を勧める。

 

「ヤダ。」

 

 しかし、少女は無慈悲な言葉でバッサリと切り捨てた。

 

「…んだよチキショー!!」

 

 元々コウタは件の彼とは折り合いが悪く、負けたくないと言う気持ちもあって、最後は対抗心からノラミを勧めたが、結果は惨敗であった。

 コウタが泣きながら壁を叩き、ユウキがそれを慰めると言う異様な光景が出来上がった。

 

「なら、この子の名前は『シオ』で決まりね。」

 

「そうですね。よろしくね、シオちゃん。」

 

「よろしく、なー!」

 

 そんな野郎2人を尻目に女子3人が親睦を深める。そんな中、シオがある疑問を投げ掛ける。

 

「みんなの、なまえは…なんだー?」

 

 その問いに全員が一瞬キョトンとしたが、まだシオに対して自己紹介をしていなかった事を思い出し、サクヤから自己紹介を始める。

 

「そう言えばまだ名前を教えてなかったわね。私は橘サクヤよ。よろしくね。」

 

「さくやー!」

 

 名前を覚え、シオが元気に復唱する。

 

「私の名前はアリサって言います。」

 

「あーりさ!」

 

 次はアリサを見て、名前を覚える。

 

「俺はコウタ!よろしくな!」

 

「こうた!」

 

 両手をバンザイの要領で挙げながらコウタの名前を呼ぶ。

 

「俺は神裂ユウキ。よろしく。」

 

「ん~…ゆ、ゆ…き…ゆう!」

 

 最後にユウキを難しい顔で見て唸り、ユウキの名前を半分縮めて『ユウ』と呼んだ。

 

「あれ…ユウキだよ。」

 

「ゆう!!」

 

 にっこりと笑いながらユウキの事を『ユウ』と呼ぶ。どうやらシオにとってユウキをユウと呼ぶのは確定した事のようだ。

 その様子を見ていたサクヤが『フフッ』と小さく笑いユウキに話しかける。

 

「シオには言いにくいのかも知れないわね。」

 

「いいじゃん!渾名みたいなもんだろ。」

 

「なら、シオちゃんに合わせて今度からユウって呼びましょうか?」

 

 そんな会話をしながらシオを中心にワイワイと雑談している。自分だけ名前を覚えられなかったとユウキは内心落ち込みながらその光景を眺めていた。

 

(まあ、いっか…)

 

 皆の名前を呼びながら愛らしく笑うシオを見ていると、そんな些細な事がどうでもよくなり、結局名前の件は訂正しなかった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 翌朝、ユウキ、コウタ、アリサは、ヒバリからの出動要請でヘリを使って旧寺院エリア上空に来ていた。話によると、コンゴウ4体が群れを作って外部居住区に向かって進軍していると言うのだ。

 しかも他の個体よりも知能が高いのか、連携して大型種さえ倒しているらしい。このままでは、大型種が襲って来た時よりも大きな被害が出る可能性がある。その為、早急にコンゴウの群れを無力化しなければならない。

 そんな中、ヘリの中で任務の最終確認が行われている。

 

「最終確認です。今回はコンゴウ4体の討伐…これらの個体は他の個体よりも知能が高い可能性があるので、連携攻撃に気を付けてください。現在、餌場を探しているのか散り散りになっています。この隙に各個撃破を狙うため、ヘリは着地せずに、俺たちが上空から飛び降ります。何かあったら乱戦覚悟で信号弾を使うように。」

 

 ユウキが今回の任務での動きを簡潔に説明し、1度コウタを見る。

 

「それからコウタ…装甲が無い以上、自身の身の安全を第一に考えて。アイテムは出し惜しみしないように。」

 

「オッケー!」

 

 今回の任務では一時的にではあるが、旧型銃身神機使いであるコウタがあらゆる支援を受けられなくなるのだ。その事を認識させ、無理の無い範囲で戦闘を行うように念押しする。

 

「何か質問は?」

 

「大丈夫!任せてよ!」

 

「はい。問題ありません。」

 

 2人とも問題無いと言い、任務の準備が完了する。

 

「よし、行くぞ!!」

 

「「了解!」」

 

 ユウキの掛け声と同時に3人がヘリから飛び降りる。ユウキは中庭、コウタとアリサは本殿付近に着地して作戦が開始される。

 ユウキは空中で銃形態に変形し、中庭で食事をしているコンゴウの頭に狙撃弾を放つ。狙撃弾はコンゴウの頭を撃ち抜いて結合崩壊を起こす。そのまま追撃するため、剣形態に変形して神機を下に向けて降下する。しかし、コンゴウもユウキを視認してそれを避ける。この一撃で仕留めるつもりだったが、コンゴウの右腕を切り落とすにとどまった。

 それでも、腕を切り落とした時のダメージで隙ができる。着地後、ユウキはすぐにコンゴウの前に踏み込んで、神機で切り捨てる構えを取る。

 

「ちっ!!」

 

 だが、神機がそのまま振られることはなく、ユウキはコンゴウから距離を取る。その瞬間、ユウキの後ろから別のコンゴウが現れ、そのコンゴウによる攻撃でユウキの足元で空気が爆発した。さらには上階から足音が近づいてくる。

 すると、このタイミングでインカムを使ってコウタから通信が入る。

 

『わりいユウ!コンゴウがそっちに行った。こっちのことなんて見向きもしなかった!』

 

『ごめんなさい!私もです!ユウ、すぐにそっちに向かいます!気を付けてください!』

 

 アリサからも通信が入り、現状の報告を受ける。どうやら全てのコンゴウがユウキに向かっているようだ。

 

(いや、好都合だな…4体まとめて一気に倒す!)

 

 知らせを受けて戦闘体勢を取る。右腕を失ったコンゴウが殴りかかってきたので、ユウキは後ろに跳んでそれを躱す。だが、それを追撃するかのように後ろのコンゴウが車輪のように体を丸めて転がって来た。

 いつもより速い突進攻撃に驚きながらもユウキは何とか躱す。標的を失い、勢い余ったコンゴウがユウキに殴りかかったコンゴウに激突する。

 だがこれでもまだ反撃することはなく、ユウキは後ろに跳ぶ。その瞬間、ユウキが居たところで空気が爆発したら、ユウキは即座に横に跳ぶ。その瞬間、ユウキの居たところに空気砲が直撃した。

 

  『『グオオオ!!』』

 

 2体のコンゴウが雄叫びを挙げながら上階から飛び降りてきた。元々ユウキが戦っていた2体も体勢を立て直してユウキを取り囲む。

 

「「ユウ!!」」

 

 コウタとアリサも少し遅れて上階から降りてきた。だが、その声を聞いた瞬間に、まるで見せしめに殺してやろうと言わんばかりに、全てのコンゴウがユウキに殴りかかる。

 しかし、それをジャンプで躱し、飛び上がりながら体を回転させ、右足で正面のコンゴウの頭を蹴り飛ばし、左から向かって来るコンゴウは左手で殴り倒し、後ろのコンゴウは神機で突き刺し、コアを破壊する。

 その後、後ろから飛びかかってくるコンゴウは体をさらに回転させて足を回して踵で蹴る。

 着地した瞬間に左手で殴ったコンゴウに向かって神機を振ると、コンゴウを真っ二つにして活動を停止した。これで残ったのはコンゴウは蹴り飛ばした2体となった。

 残ったコンゴウが右と後ろから殴りかかる。ユウキは神機を上から後ろに回したまま後ろに跳んで距離を詰める。コンゴウとの距離を限界まで詰めると、インパルスエッジで顔面を破壊して、その勢いを利用して加速した一撃で、コアごとコンゴウを下から真っ二つに切り裂いた。

 最後に勢いのついた一撃を腕の力だけで右にずらし、コンゴウを左肩から右下がりに切り捨てた事で、最後のコンゴウも活動を停止した。

 結局、ユウキ1人で4体のコンゴウを同時に相手をして倒してしまった。

 

「す、すげぇ…」

 

「はい…訓練で見たときよりも凄く見えます…」

 

 鬼気迫る様子で戦うところを見た2人が各々の感想を漏らす。特にアリサは

訓練でユウキが10体、20体を同時に相手をしているところを見ているので、恐らくは大丈夫だと思っていたが、こうもあっさりと群れてきたアラガミを倒したことに驚きを隠せなかった。

 最終的に4体中2体のコアを回収して、今回の任務は終了した。

 

 -ラボラトリ-

 

 極東支部に戻ると、報告の類は全てユウキが引き受け、コウタとアリサはラボラトリでシオの相手をしていた。

 

「おっす!」

 

「オッス!」

 

 シオが片手を元気よく挙げながらコウタに挨拶する。コウタもそれに応えるように同じ挨拶をする。

 だが、そんなのは挨拶とは認めないと言わんばかりにアリサが冷ややかな目でコウタを見る。

 

「何ですか、その下品な挨拶…そんなのシオちゃんに教えないでください。」

 

「ええ~良いじゃんよ~。」

 

「じゃんよ~。」

 

 コウタの後にシオが続いて話す。恐らく、このような合間でも言葉を発する事で、早く言葉を覚えようとしているのだろう。

 

「シオちゃん、コウタの真似しちゃダメだよ?バカになっちゃうよ?」

 

「ひ、ひでぇ…」

 

 コウタがあからさまに落ち込みながらもアリサに物申すが、それを無視してアリサはシオに話しかける。

 

「シオちゃん。こんにちは。」

 

「ん~…こんにちは!!」

 

 シオがアリサに続き復唱する。

 

「そうですよ。朝の挨拶はおはようございます。お昼に会ったらこんにちは。夜はこんばんはって挨拶をするんですよ。」

 

 アリサがシオに挨拶の仕方を教える。時間帯によって言うべき言葉が変わる事もきちんと伝える。

 

「今は…お昼だから、こんにちは、だな!」

 

「うん。よくできました。偉い偉い。」

 

「えへへ~」

 

 アリサに頭を撫でられてシオは嬉しそうに目を細めて笑う。暫くアリサがシオを撫でていると扉が開き、ユウキがラボラトリに入ってきた。

 

「あ、ユウ!報告はもう終わったの?」

 

「うん。報告書も提出してきた。」

 

「すいません。結局ユウ1人に報告を押し付けるような事になってしまいましたね。」

 

「別に良いさ、そんなこと。どちらにしてもリーダーって立場もあるし、俺から報告した方が色々と都合が良いんだ。」

 

 真っ先に気が付いたコウタが話しかけ、その後アリサが話しかける。今回の任務終了の報告はリーダーと言う立場もあり、全てユウキが引き受けていた。コウタが報告の終了を確認したため、この後は心置き無くシオの相手が出来るようになった。

 そんなユウキとコウタの会話を聞き付けて、シオがユウキの前まで歩いてきて話しかける。

 

「ゆう!こんにちは!」

 

「こんにちは。また新しい言葉を覚えたの?」

 

 少なくとも今までは『こんにちは』などと挨拶はしてこなかった。しかも時間帯で挨拶が変わることも分かっているようなので、誰かが教えたのだろうとユウキは考えた。

 

「うん!あのな、ありさがな、えらいって!えらいっていいことだよな!」

 

「もちろん良いことさ。にしてもシオは本当に覚えるのが早いなあ。」

 

「えへへ~。シオ、おぼえるの、たのし~!」

 

 アリサの時のように、ユウキが頭を撫でるとシオは嬉しそうに笑う。やはり何かを覚えて誉められるのが嬉しいのだろう。その場に居る全員が、シオは誉められると伸びるタイプだと思った。

 

「結構色んな言葉覚えてきましたね。」

 

「そうだね。君たちがこうして話し相手になってくれていると言うのも大きいけど、やはり彼女の飲み込みの早さは凄まじいね。」

 

 シオを見たコウタがペイラーに何気なく感想を言う。それを聞いたペイラーが、シオの学習能力について自分なりの考察を話していく。

 

「高い知能をもちながら、喰うか喰われるかの世界で生き抜いてきたんだ。飢えているだと思うよ、コミュニケーションと言うやつにね。」

 

 確かにシオは異様にコミュニケーションを取ろうとしている。単純に楽しいからと言うのもあるだろうが、今まではコミュニケーションを取れる程の知能を持ちながらも、話す事が出来る相手が現れず、ひたすら喰われぬように生き抜いてきたのだ。さらには人間と同様、感情も持っているためずっと他者と関わりたいと言う欲求が満たされなかったためだろう。

 そんな事を考えているとユウキの視界にシオがアップで映る。

 

「ゆう!おえかきしよ!」

 

 そう言うとシオはユウキの手を取り、ラボラトリの奥にある小部屋に向かった。それに続き、アリサとコウタも小部屋に入っていった。ちなみにその光景を見ていたアリサの目は若干鋭くなっていた。

 ペイラーが好きに使っていいと言ってシオに譲った部屋だが、中には凄まじい光景が広がっていた。壁一面の落書きや散乱した備品はまだ部屋が汚いで済む程度だ。

 だが、シオの部屋に備え付けられていたベッドの角や冷蔵庫の一部が、まるでケーキにでもかぶりついたように無くなっていた。恐らく空腹に耐えかねたか、あるいは興味の一貫からか捕食したようだ。

 そんな光景に驚いていると、シオがユウキにクレヨンを渡してきた。

 

「ゆう、どのいろにする?」

 

 そう言われてユウキは何気なく黒を取る。

 

「さて、何を描こうかな?」

 

「そうだな~じゃあ…はかせ!!」

 

 2人で壁一面に落書きをしていく。シオの絵は幼子がただ楽しさだけを追求した無邪気な絵だった。ユウキもそのレベルに合わせたのか、幼子が書いたような絵を描いていた。

 

(あ、結構楽しい…)

 

 思っていたよりも楽しくなってきたのか、ユウキはシオと一緒になって鼻唄を歌いながらも夢中になって落書きしていく。

 そんな中、何かに気がついて突然落書きを中断する。

 

「シオ…スゴいことに気が付いた…」

 

「んん~?なんだぁ?」

 

 ユウキにつられてシオも落書きを一時中断する。

 

「大体のものは…丸で描ける!絵の基本は丸だ!」

 

「おお!?すごいぞぉ!きほんはまるだな!」

 

 その後は『きほんはまる~♪』と歌いながらユウキとシオは落書きを繰り返した。

 そんなユウキの様子を見て、コウタも落書きに加わろうとクレヨンを探す。3人を少し呆れながらもアリサは優しく見守っていた。

 

To be continued




後書き
 今回は本編にキャラエピ(任務終了後にあるやつ)を捩じ込んでみました。シオのエピソードはほっこりするようなものばかりで、見たときは癒されましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission32 違い

シオとソーマのそれぞれの孤独がぶつかります。もう少しテンポよく書きたい。
シオによるセクハラもあるので注意です。


 -ラボラトリ-

 

 シオが極東支部に来てから3日が過ぎた。第一部隊が言葉以外にも色々な事を教えていると言うこともあり、シオはあっという間に日常会話に支障が出ない程度の知識と言葉を覚えた。

 そんな中、ユウキ、コウタ、アリサの3人がペイラーに呼ばれてラボラトリに来ていた。

 本来なら、第一部隊全員に召集がかかったが、サクヤとソーマは任務が入ったため、この場にはいない。ユウキがペイラーと話をしている後ろで、アリサとコウタがシオに言葉を教えているが、シオはどこか上の空と言った感じだった。

 だが、シオがアリサの前まで移動すると、突然胸を鷲掴みアリサから官能的な声が漏れる。

 

「ひゃあ!?ちょっ!?シオちゃ…!ん…ぁあ!」

 

「プニプニ…」

 

 顔を真っ赤にして悶えるその姿は、男子であれば体の一部が元気になりそうな光景だった。コウタは間近でその光景をガン見していた。

 触りたいだけ触って気が済んだのか、シオはアリサから手を離し、アリサは自分の胸を隠すように腕を組んでコウタを睨んだ。そして、シオは次にコウタの所に来た。

 

「な、何だ?」

 

 コウタはアリサの気迫に押されて、シオが目の前に来ていることに気がつかなかった。

 そのままシオはコウタの胸に手を伸ばすが、当然を掴む所など無く、ただ強い力でつねられているだけとなった。

 

「あだだだだだ!!」

 

「カチカチ…うーん…」

 

 痛みから悲鳴を挙げるコウタを、アリサは缶コーヒーを飲んで気分を落ち着かせながら見ていた。そしてシオも好きなだけ触った後、また難しい声で唸った。

 その後は新しいターゲットを見つけてユウキの背後に迫る。だがユウキはその事に気がつかずに、ペイラーと話をしていた。

 

「実はシオの食料となるコアが、そろそろ半分を切りそうなんだ。どうにかしてコアの確保数を上げたいんだが…何か良い手は無いかと思ってね。」

 

「うーん…任務の数を増やすのが手っ取り早いですけど…皆への負担が大きなりすぎるんですよねぇぇえ?!」

 

 シオが突然ユウキに抱き付いてきた事に驚き、ユウキはすっとんきょうな声を挙げる。

 

「うーん…」

 

 だが、抱き付いた本人は難しい声を出して、考え込んでいるようだった。

 

  『メギョ!!!』

 

 突然後ろから何かを潰すような音が聞こえてきた。恐る恐る後ろを見ると、缶コーヒーの入れ物であるスチール缶を握り潰し、目を大きく開けつつも無表情でユウキを見ているアリサがいた。

 

「おお?アリサ、力持ちだな。」

 

「え?あ、あのアリサ…さん?」

 

「な、何でそんなに怒ってるの?」

 

 ユウキとコウタはその光景に恐れをなして顔が引きつり、シオは何故か喜びながらアリサに話しかける。

 

「へ?!あ!!い、いや何でもないです!!ええ、何でもないんです。」

 

 話しかけられた事で、アリサは慌てて我に返り何でもないと誤魔化すが、明らかに動揺していて、誤魔化しきれていなかった。

 だが、ユウキもコウタも誤魔化すのなら、あまり触れない方が良いと思い、敢えて追求はしなかった。

 そして、ユウキはシオに手を離すように頼むと、シオはユウキから離れて再び唸りだす。

 

「で、シオはどうしたの?」

 

「うーん。おっかしいなぁ…皆の中で、ユウは特に変…どっちでもあって、どっちでもない。」

 

「へ、変って…」

 

 ユウキはがっくりと肩を落として落ち込む。そんな様子を見て、ペイラーはある仮説を立て、それがほぼ事実に近いものだと自分なりに確信を得た。

 

「ふむ。どうやら人の個体差が気になりだしたようだね。」

 

「個体差…ですか?」

 

「そう。人種、性格、性別、体格や造形と言った、個人による違いに興味を持ち始めたようだね。実に興味深い。」

 

 今までは『人間』と言う括りでユウキ達を見ていたが、同じ人間でもそれぞれ違うところがあると気がついて、それを不思議に思っているようだ。

 

「シオちゃんも、見た目は女の子なんですけどね。」

 

「アラガミは通常、無性生殖に近い繁殖形態を取っているけど、新種のヴァシュラのような例もある。性別と言う概念の理解も時間の問題だろうね。」

 

「って事はあれか?ユウの顔立ちは女の子なのに体は男だからおかしいって事?」

 

 男女による違いに気がついたからこそ、女顔で男の体をしているユウキが変だと言っているのだとコウタは解釈した。

 

「そ、そんなに…女っぽい?」

 

「うん。普通に美少女に見えるよ。」

 

「あ…うん…そっか…」

 

 コウタのストレートな感想を聞いて、ユウキはどんよりとした空気を出して、あからさまに落ち込んでいた。

 

「え?!え?!!?そんなに落ち込む?!」

 

「…他人が気にしている事を平然と言うなんて、最低ですね。」

 

 ここまで気にしているとは思っておらず、コウタは慌ててフォローしようと思ったが、先にアリサがコウタに止めを刺し、一瞬のうちに野郎2人が再起不能になった。

 

「うーん。1度に2人沈んだか。」

 

 シオがユウキとコウタの頭をペシペシと叩く。そんな様子をペイラーは遠目に眺めながらポツリと呟いた。

 

 -数日後-

 

 シオが来てから1週間が経った。この間に、シオの食料用のコア集めのため、第一部隊は大型種が複数いる状態での討伐任務に向かう事が多くなった。さらには、第一部隊を2つの部隊に分けて、コアの捕獲数を上げようと試みた。

 そのため、ここ最近はユウキ、アリサ、コウタの3人とサクヤ、ソーマの2人で任務に行くことが多かった。

 そんなある日、ユウキはヴァシュラとサリエルを倒した後、ペイラーに呼ばれて、即座にラボラトリに来た。

 そこには、何時ものようにシオが居た。先に来ていたソーマはソファに座っていて、ペイラーは何やら端末の画面とにらめっこしていた。

 ユウキはどのような用件で呼ばれたのか分からなかったので、ソーマなら何か知っているのではないかとソーマを見る。自分を見た意図を察すると、ソーマは不機嫌そうに話した。

 

「俺も今来たところだ。用件なら呼び出した本人に直接聞け。」

 

 そう言われて、ユウキは画面を見ているペイラーに話しかける。

 

「あの、博士?」

 

「うん?ああ、来たね!いやあご苦労様!君たちのお掛けで、シオの知識、知能は成人のそれとほぼ同等にまで成長したよ。」

 

「したよー。ありがとね。ありがとう!」

 

 そう言うと、シオはユウキとソーマに向かってダランと頭を下げた。

 

「口調は相変わらずだけどね。さて、今回呼び出したのは、かなり深刻な問題が発生したからなんだ。」

 

「深刻な問題って…もしかして…」

 

 ペイラーの言う深刻な問題…つい最近話した事もあって、今思い付くものと言えば1つしかない。

 

「そう…シオの食料の確保だ。今までは君たちに集めてもらっていたコアを与えていたんだけど、つい先日それも尽きてしまってね。君たちにはシオをデートに連れていって欲しいんだ。フルコースのディナーを頼むよ?」

 

「頼むよ。」

 

 ペイラーに続いて、シオも頼むと言ってくる。

 

「ふざけるな。何で俺がそんな」

 

「わかりました。」

 

「おい!」

 

 ソーマが断るよりも先にユウキが任務を了承すると、ソーマが少し怒りながら反論する。

 

「リーダー命令です…ソーマさんも来てください。」

 

 ユウキとしてはそろそろ無理矢理にでも仲間との接点を作って、ソーマと仲を深めた方が良いのではないかと考えていた。シオと言う大きな秘密を第一部隊全員が共有する上で、不信感と言うものは第一部隊を崩壊させるのに十分過ぎるものだからだ。

 現状、ソーマだけが皆と仲を深めていないので、万が一秘密が漏れたとしたら、真っ先にソーマが疑われるだろう。それを避けるために、ユウキは少々強引ではあるが仲間と行動を共にし、仲を深めるきっかけを作ろうと考えていたのだ。

 

「リーダー権限を使われちゃあ逆らえないね?ソーマ?」

 

「チッ!バカ野郎が…」

 

 そんなユウキの心情を知ってか知らずか、その心配を鬱陶しく思いながらソーマは小さく悪態を吐いた。

 

「それじゃあ決まりだね。任務は私の方で発注しておこう。それじゃあ2人とも、よろしく頼むよ。」

 

「ありがとう!あ!ねえ博士…」

 

「ん?」

 

「デートってなに?」

 

 ペイラーとシオの会話を聞いて、ユウキは『まずそこからか…』と内心ツッコミを入れた。確かに第一部隊にはその単語を教えられる人間など恐らく居ないだろう。

 コウタは教えそうだが、テキトーな事を言ってもすぐにボロが出ると分かっていて、敢えて教えなかったのかもしれない。

 

「楽しいことだよ。」

 

「楽しいこと…いただきますだな!」

 

 シオにとっては楽しいこと=食事なのだろう。あまりに純真無垢であるためよく忘れがちだが、こう言うふとした言動でやはり彼女はアラガミなのだと実感する事がある。

 ともかく、リーダー権限でソーマを強制的に任務に出し、シオと共に任務に向かう事にした。

 

 -愚者の空母-

 

 ユウキとソーマ、それから任務の予定が無かったコウタを連れて任務を受けた。シオはペイラーが用意していた『秘密の抜け道』を使って後から合流し、計4人で帯電能力を持ったシユウの堕天種討伐に向かう。

 作戦領域に着くと、シユウ堕天種の他にも黄色を基調としたザイゴート堕天種、それからオウガテイルもそれぞれ5体程確認出来た。

 シオはデートと言う食事会の会場に来てからソワソワして落ち着きが無くなった。

 

「ゴ・ハ・ン!ゴ・ハ・ン!」

 

「わぁかったから!ちょっと落ち着けって!見つかっちまうだろ!ユウとソーマからも何か言ってくれよ!」

 

「知らん…好きにしろ。」

 

 コウタがシオに落ち着くように言うが、シオにはまだ自制心と言うものが無いのか、一向に落ち着く様子はない。

 

「おお!ご馳走発見!いただきまーす!」

 

「あ!シオ!!一人じゃ危ない!全く…急ぎましょう!ソーマさん!コウタ!」

 

 獲物を見つけると目を輝かせて一目散に走り出す。ユウキが危ないと警告するも、耳に入っていないようだった。

 しかし、シオが高い知能を持ち、喰うか喰われるかの世界を生き延びてきたと言うのが何を意味するのか、彼女がただ守られるだけの存在でない事に、少なくともユウキは気付いていなかった。

 

「よーし!!沢山食べるぞぉ!!」

 

 その声を聞き付けて、ザイゴート堕天種とオウガテイルがシオに向かって動き出す。

 だが、シオはそれを無視してシユウ堕天種に向かって走る。ザイゴート堕天種のガス攻撃やオウガテイルの針を飛ばす攻撃も難なく躱し、シユウ堕天種にたどり着く。

 すると、シユウ堕天種は腰を落として両手を合わせ、掌で大きめの雷球を作り、シオに向かって投げつけた。

 

「おお?!」

 

 それを避けようと、シオは今まで走ってきた道のりをバックステップで戻る。その隙を突いてオウガテイルが喰い付こうと口を開ける。

 

  『バァン!!』

 

 突然、オウガテイルが爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

 

「シオ!!大丈夫?!」

 

「うん!ありがとな~!」

 

 ユウキの方を見て礼を言うと、シオは何かを思い付いたような表情になる。

 

「あ!そうだ!」

 

 そう言うと、突然シオの右手がウネウネと動きだし、形を変えていく。一瞬の間を置くと、シオの右手がナイフの様な形に変形した。よく見ると、峰の部分には細い砲身の様なものがついている。

 

「うそ!!」

 

「マジかよ!」

 

 ユウキとコウタが驚きの声を上げる。さらには流石のソーマも声には出さなかったが、驚いた様子だった。

 人と同じ姿をしているため、よく忘れてしまうが、シオはオラクル細胞の群体であるアラガミなのだ。

 恐らく右手の細胞結合を1度絶ち切る、あるいは弱める事で固定化した形を変えられる状態にして、形が決まってから再び結合の強度を上げて固定化しているのだとソーマは考えた。だが、ユウキとコウタはそんな事を考えている余裕は無かった。

 

「いっくぞ~!」

 

 シオが掛け声と同時にアラガミの群れに突撃する。標的はもちろんシユウ堕天種。その間に他のアラガミが居ようともお構い無しだ。

 

 右から喰い付いてくるオウガテイルを体を回転させながら切り捨て、右手が反対に来たところでザイゴートを撃ち抜き、体が後ろに向くと下から別のザイゴートを切りながらもシユウ堕天種に近づく。

 まだ後ろから小型アラガミの気配がするので、体を逆回転させて真後ろのオウガテイルを切ってその勢いで右にいる別のオウガテイルを切り倒す。

 そして、ついに標的にたどり着くと目にも止まらぬ早さでシユウ堕天種を切り刻んでいく。その結果、片腕を失い、体には無数の深い切り傷、足の付け根も辛うじて繋がっていると言った具合にボロボロにされていた。

 だが、シユウ堕天種も反撃に手刀を突き出すが、シオが後ろに下がってあっさりと躱された。だが、その回避先を読んでいたかのようにザイゴート堕天種が口を開けて迫ってきたが、コウタの放った弾丸の雨で体の脆い部分に攻撃されてあっけなく倒された。

 周囲の状況が見えていないのか、それでもシオはシユウ堕天種に飛びかかる。その途中、ザイゴート堕天種がガスを噴出しようと膨らんでいたが、ソーマが後ろ神機を振り下ろし、バラバラにしてしまった。

 

「全員小型種を掃討!そのあとシオに合流!」

 

 ユウキの指示で全員が残った小型種の殲滅に移る。自由奔放に戦うシオを無理矢理指示通りに動かすよりも、シオには自分の標的に集中させるため、自分達がサポートに回った方が動きやすいと判断したためだ。

 ユウキ達が小型種と戦闘している間、シオは再びシユウ堕天種に突っ込む。シユウも反撃しようとするが、先のシオの猛攻ですでに虫の息となっていて、まともに動くことも難しくなっていた。なんとか手刀を突き出すが、辛うじて繋がっていた足が砕けて、体勢を大きく崩す事になった。

 

「いただきます!」

 

 シオの声と同時にシオの右手から、天使の羽で出来たような捕食口が生える。そして神機使いと同様に体内のオラクル細胞を活性化してバースト状態になる。

 

「つよいぞぉ!!」

 

 そう言うと、今まで十分速かった攻撃がさらに速くなり、シオはその言葉通り強くなったのだ。片腕、片足を失っているシユウ堕天種にこの攻撃を避ける手段はなく、ただされるがままに切り刻まれていく。残っていた腕と足も切り落とされ、常に組まれている人間と同じような腕も失い、頭は半分切り落とされてしまった。

 

「おーわり!」

 

 その言葉通り、シユウ堕天種は周辺に体のパーツをばら蒔いて、胴体だけになって倒された。そのあと、ユウキ達も合流したが、その光景を見ると、愛らしい少女に見えてもやはりアラガミなのだなと実感した。

 

 ユウキ達が唖然としていると、突然シオが両手を合わせて声を発する。それで3人は現実に引き戻された。

 

「それじゃあ…いただきます!!」

 

 そう言ってシオは獲物であるシユウ堕天種にかぶり付こうと手を伸ばすが、その直前に何かを思い出した様に小さく声を出した。

 

「あ、そうだ!ソーマ!一緒に食べよ!」

 

「おいおい!俺たち人間はアラガミは食べないよ。」

 

 コウタが当たり前の答えを返す。そのやり取りを聞いていたソーマが、バツが悪そうに目を逸らす。

 

「えー?でもソーマのアラガミは食べたいって言っているよ?」

 

「え?」

 

 しかし、シオが放った言葉はそんな当たり前を否定するものだった。もしかしたらソーマの神機の事を言ったのかも知れなかったが、コウタはそんなところまで気を回す事が出来なかった。

 

「ふざけるな!!テメェのような…バケモノと一緒にすんじゃねぇ!!」

 

「え?!ソーマ?!」

 

 今まで以上に怒りを露にして、自分とシオは違うと怒鳴る。するとソーマは踵を返した。

 

「もう2度と、俺には関わるな…!」

 

 ポツリと小さいが、全員に聞こえる様に呟いた後、待機ポイントに向かって1人で帰って行ったが、シオが少し離れて後を追う。

 

「シオ…ずっと一人だったよ…だから、ソーマを見つけたとき嬉しかった。皆と仲良くなれて、嬉しかった。えーっと、だから、だから…」

 

 シオに話しかけられて、ソーマは一旦足を止める。その間にシオが必死に覚えたばかりの言葉を使って自分の想いを伝えようとするが、ソーマはそれを無視して再び待機ポイントに向かって歩き出した。

 

「お、おいソーマ!!話くらい最後まで聞いてやれよ…!」

 

「いや…今は、1人にした方が良いと思うよ…」

 

「…何か知ってるって顔だな?」

 

 コウタがユウキを見ながら問い詰める。その目は『話せ』と言っていた。

 

「分かった…俺の知る限りの事を話すよ。ただ…あまり気分の良いものじゃないよ…それでも聞く?」

 

「…うん。」

 

 そう言うとユウキは一旦シオを見る。

 

「分かった…シオ!ご飯食べて待ってて。」

 

 シオに食事をさせて、ユウキはソーマの出生について話し始めた。ソーマがゴッドイーターのモデルとなる実験を施されて生まれた事、それでよりアラガミに近い存在となってしまった事、その結果生まれた際に母親であるアイーシャが死んだ事、知ってる事を洗いざらい話した。

 

「なるほど。難しい事は分かんないけど、要するにソーマがゴッドイーターや神機の技術のオリジナルって事だよね。」

 

「うん。その上アラガミから直接採取された偏食因子を持っているから、自分をよりアラガミに近い存在だと思っているんだと思う。」

 

「それをコンプレックスに思って他人と距離を置いていたのか…しかも、自分が産まれた事で母親を死なせてしまったって気に病んで…ったく、一人でそんなもん背負って…カッコつけてんじゃねえよ…」

 

 そう言いながらコウタは待機ポイントの方を見る。その表情には悲しそうで、悔しいそうな表情をしていた。そして、ユウキもコウタと同じ表情で待機ポイントを見ていた。

 結局シオが食事を終えるまで、この気まずい空気が収まる事は無かった。

 

To be continued




後書き
 今回は無印編の目玉(だと思う)のシオによるセクハラとソーマの葛藤の話でした。
 何だかんだと言ってシオとソーマの境遇って似ていると思うんですよね。どちらも回りに理解者が居なくて孤独であったり、アラガミ人間と人間アラガミだったり。
 それを思うと出会うべくして出会ったのかないとも思います。
 次回はGEvsGEを書く予定です。上手く書けるかな?
 あ、シオが小型種を切り刻んでいく様子はアニメ東京喰種の什造がアオギリの樹アジトに突撃するシーンを参考にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission33 話せバカ

ターミナル「解せぬ。」


 -極東支部-

 

 結局、任務終了後、ソーマは独断で帰投してユウキ達が帰った頃にはもうエントランスには居なかった。ユウキは秘密の抜け道を使ってシオが帰って来られるように、しばらく出入り口を警戒しているとシオが帰って来た。

 そのままペイラーの元に帰して、この日はシオの相手を少しした後、ソーマの様子を見に部屋に行ったが、居留守を使われて部屋から出てくる事はなかった。仕方ないので、その後は寝るまで訓練をした。

 翌朝、特に緊急の任務も無いので、ユウキは1日訓練に使おうと思っているのだが、ソーマの一件がどうにも気になっていた。何となくだが、このまま放置するのは不味い気がしていた。

 そのため、先にソーマと話だけでも出来ないかと考えながらエントランスに降りると、都合よくソーマがソファに座っていた。近くにはアリサとコウタを始めとした神機使いもいるが、ソーマがいかにもイラついてますと言った空気を出していたので、近寄れないでいた。

 

「おはようございます。ソーマさん。」

 

 だが、ユウキはそんなことを気にする様子もなく話しかける。端から見れば無神経な奴だと思われかねないが、今のソーマをほっとくのは一番不味いような気がしていたため、そこまできを回す余裕はなかった。

 

「…何の用だ…?」

 

 ユウキの挨拶に対して、ソーマはドスの効いた低い声で威圧する。さすがにユウキも怯んだが、めげずにソーマに話しかける。

 

「いや…昨日の事…大丈夫かなって思って…」

 

 このときユウキは、ストレート過ぎる聞き方だったと内心後悔してた。案の定、ソーマはさらにイラついた様子でユウキの問いに答える。

 

「テメェに関係ねえだろ…他人の事情も知らないで首を突っ込むな…!」

 

「…何も知らないってことは無いですよ…昔あった計画の事は博士から教えてもらいました。だから、相談とか愚痴?聞くだけでも出来ないかと思ったんですけど…」

 

 ユウキなりにソーマを元気付けようと出来ることはいかと考えた結果、相談に乗って相手を理解することから始めるのが一番良いのではないかと考えた。だが、ソーマの返事は別の方向からユウキを悪い意味で刺激した。

 

「なら知ってるだろ…俺は人とアラガミの忌み子だ。俺は…産まれてきてはいけなかったんだ。」

 

 実際、ソーマは後天的にアラガミを埋め込まれた事を気にしており、その事で自身が産まれたときも、その後も多くの人の命を奪う原因となった事を気に病んでいた。そして、それが自分が生きている限り続くのかと思うと自分が産まれてきたのは間違いなんじゃないかと考えていた。

 普通ならそのように考えるだろうが、ユウキは違った。『産まれてきてはいけなかった。』その言葉を聞いた瞬間、様々な思いが同時に頭の中を巡っていた。

 

(何だよそれ…沢山の人から…支部長やアイーシャさんから産まれて来る事を望まれて…辛くても、希望として産まれておいて…産まれてこなければ良かったって…アイーシャさん達の想いはどうなる…?…ナンカ…)

 

  『ムカツク』

 

「はぁ…アホくさ…」

 

 突然、ユウキの雰囲気が変わり、口調も荒っぽいものに変わった。

 

「何?そうやって自分一人だけが不幸みたいな事言ってさ…聞いててウザいんだけど?」

 

「うるせえ…何も知らないくせに…!」

 

 ユウキが無表情でソーマに暴言を吐くと、ソーマが苛立ちを含んだ声でポツリと言い返す。

 

「ああ、知らねえよ。お前が話さないんだから分かる分けねぇだろ。だがな、これだけは言っとく…」

 

 ユウキは一旦言葉を区切り、完全に戦闘体勢になった獣の目でソーマを睨み直す。

 

「何かを背負ってんのはお前だけじゃねえ…サクヤさんもアリサもコウタも…そいつらだけじゃない。この世界で生きてる人間は皆何かしら背負ってんだよ。そんな中お前は自分の不幸に甘えてよ…悲劇の主人公でも気取ってるわけ?」

 

 それを聞いた瞬間、ソーマの中で何かがキレた。『何なんだよ。こっちの気も知らないで、他人の事情に土足で入ってくるんじゃねぇ…!』そう思うと同時にもう体が動いていた。

 敵を前にしたような鋭い目付きでユウキを睨みながら拳を振り下ろす。

 

  『バキィ!!』

 

 拳が頬に当たる音と同時にユウキが殴られて吹き飛び、後ろにあったターミナルの根本に頭から激突する。その衝撃ボルト固定されていたターミナルが倒れて、辺りの配線が引き千切られた。さらに、それに引きずられて上から配線用のパーツや鉄筋が落ちてきて、辺りに埃が舞う。

 

「ソ、ソーマ!?やり過ぎです!!」

 

 アリサの叫びもどうやらソーマには聞こえていないようだ。視線を一切逸らす事なく、ユウキが吹き飛んだ方を見ていた。

 周りの神機使い達も『ソーマが暴れ出したぞ!』と叫びながら避難している。

 

「うるせえんだよ!!テメェに…俺の何が分かるってんだよ!!」

 

 ユウキを殴ったソーマが肩で荒い息をしながら怒鳴る。構えを解こうとした瞬間、舞い上がった埃の中からユウキが飛び出した。

 

「分かるかよ!!俺はお前じゃないし読心術が出来る訳でもエスパーでもねぇ!!話してくんなきゃ分からねぇんだよ!!」

 

 今度はユウキが怒鳴りながら殴りかかる。その拳はソーマの顔面を捉え、ソーマは後ろに飛んで行き、背中からエレベーターに叩きつけられた。その衝撃でエレベーターの扉が吹き飛び破壊された。

 

「ユウも落ち着け!!辺り一帯ぶっ壊す気かよ!?」

 

 これまたコウタの声など聞こえていない様子だった。任務でキレた時の様な獣の目でソーマを睨む。

 ソーマも意地になって再びユウキに急接近する。そしてユウキの頬に右フックを決め、ユウキは腰を少し落とすような形で体勢を崩した。

 

「ガッ!!」

 

「分からないならもう俺に関わるな!!いい加減鬱陶しいんだよ!!!」

 

 ソーマが殴りながら叫ぶ。だが、ユウキの目はそれでもソーマを睨む。ソーマが右フックを放った事でがら空きになった右腕と胴体の間を狙い、ユウキは右下に体勢を崩しながらソーマの顔面に左でストレートを放つ。

 だが、ソーマは反射的に右フックの勢いを殺さずに、右に体を流したが、ユウキの左ストレートがソーマの顎を捉えた。

 

「そうやって話しかければうるせえの一点張り!近寄れば関わるなって突っぱねる!そんな奴の何を分かれってってんだよ!」

 

「ゲハッ!!」

 

 殴られた衝撃でソーマが上に浮き上がる。だがソーマは浮き上がりながら即座に反撃に出る。

 ソーマは自分の腰の高さにユウキの頭が来ると、回し蹴りを放つ。それをユウキは左腕で防御し、右手を足に添える。

 

「おらぁ!!」

 

「チィ!」

 

 ユウキがソーマの攻撃を防御した後、右手で足を掴んで右側にあるテーブルとソファーに向かって投げ飛ばす。

 

「ガハッ!」

 

 ソーマとテーブルセットが激突してセットを破壊した。しかし、飛ばされながらも体勢を整えて、ユウキに向かって飛び出す。

 

「俺の過去は知ってんだろ!あんなの誰かに話しても理解されるわけねぇだろ!!」

 

 そう叫びながらソーマがユウキの腹に蹴りを入れる。

 

「ッ!!」

 

 激痛に声にならない叫びを挙げて出撃ゲートに直撃する。さすがに外に直結するゲートと言うだけあって頑丈だったらしく、とてつもない速さで激突したにも関わらず、ゲートはひしゃげただけで済んだ。

 が、この一撃でユウキは完全にキレたのか、おぞましい顔をソーマに向けながら立ち上がると、すぐ横に設置されているターミナルのフェンスを素手で引きちぎり、それをソーマに向かって投げた。

 

「キャア!!」

 

「アリサ!俺たちも降りよう!ここにいると巻き添え食らうぞ!」

 

 ソーマが右手で投げたフェンスを弾くと、下階に降りる階段付近に突き刺さった。その場に居ると自分達にも被害が出ると察したコウタがアリサと共に下階に避難した。

 その一方で、フェンスを投げた直後、ユウキはソーマに向かって走り出す。

 

「知って欲しいなら話せよ!理解されたいなら関われよ!それもしない癖に『俺の何を知っている』だと?!ふざけんな!!話そうとも関わろうともしねぇで理解してもらおうなんて虫の良いこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 叫ぶと同時に飛び上がりながら右足を一度限界まで左に伸ばして、右に向かって裏回し蹴りを叩き込む。フェンスを弾くために右手を外に振った状態では対処しきれず、ソーマは左手を自身の顔とユウキの足の間になんとか滑り込ませてガードする。

 しかし、勢いまでは殺しきれずに別のターミナルに飛ばされる。それを空中で無理矢理体を捻り、体がターミナルに対して垂直になるようにして、着地の要領で体勢を整える。

 だが、衝撃まで吸収できずに、再びターミナルを破壊した。それでもソーマは気にせずにユウキに向かって殴りかかる。

 

「なら理解なんてしなくて良いんだよ!ほっとけば良いだろ!!」

 

 ソーマが猛スピードでユウキに突っ込み、腹目掛けて殴る。ユウキはそれを左手で受け止めつつ、右足でソーマの腹を蹴り上げる。

 

「仲間だからほっとけねえんだよ!!ほっとけと言われてほっとけたら端っからテメェに関わろうとしねえよ!!」

 

 蹴り上げられて宙を舞ったソーマが天井を蹴って、真下に居るユウキに向かって心の内を叫びながら急降下する。

 

「それが鬱陶しいってんだよ!!死神の俺と関わった奴は死ぬ!!なら俺なんて居ない方が良いだろうが!!」

 

 ユウキは急降下と同時に殴りかかるソーマの拳を後ろに跳んで躱す。標的を失った拳がエントランスの鉄板床を捲れ上がらせて破壊する。

 

「テメェが死神?!ハッ!!笑わせんな!!」

 

 ソーマの拳を躱したユウキが反撃に出る。全体重を乗せた拳を叩き込むため、軽く飛び上がりながら拳を握りソーマに向かう。

 

「テメェなんざそこいらに居る中二病を卒業出来ねぇガキと変わらねぇだろ!!」

 

 その瞬間、ソーマの動きが一瞬止まった。しかし、ユウキは止まる事無くソーマに殴りかかる。

 だが、ソーマも即座に反応して、拳を握り迎撃体勢を取る。

 

「いい加減他人の話を聞けや分からず屋があぁぁああ!!」

 

「ウザってえんだよお節介野郎おぉぉぉお!!」

 

 2人の拳が互いを殴る体勢になる。拳が交錯して同時に顔面を捉える

 

「止めんかあぁぁぁあ!!」

 

 …事はなかった。先にツバキの鉄拳がユウキとソーマの後頭部を捉えて、2人は盛大に床に叩きつけられた。

 その後、ソーマは頭を押さえて痛みに耐えながら踞り、ユウキは後頭部を押さえて悶絶しながらのたうち回っていた。

 

「貴様ら…アナグラの設備を破壊してまで喧嘩して…どう言うつもりだ…?」

 

 2人が大人しくなった事を確認すると、ソーマがどうにか動けるようになって、ツバキを睨みながら噛みついた。

 

「ツ、ツバキ…テメェ…!」

 

「…直れ。」

 

「…え?」

 

「そこに直れと言った…何度も同じ事を言わせるな…」

 

 死刑宣告されたような迫力に、ユウキとソーマは鉄板の上であるにも関わらず大人しくその場に正座した。

 

「さて、お前達…何故正座させられているか分かっているんだろうな…?」

 

「だってソーマが…!」

 

  『バゴン!!』

 

「誰が言い訳しろと言った?」

 

 ユウキがソーマを指さして反論した瞬間、ツバキから拳骨が飛んできた。その拳骨がユウキの頭部を捉えて、大きなタンコブを作る。そして、頭を殴られたショックでユウキは正座したまま上半身だけ前に倒れ、なんとも情けない格好で気絶した。

 

「起こせ…」

 

「…え?」

 

「起こせ。」

 

「は、はい…」

 

 ハッキリ言ってアラガミよりも遥かに怖い。そんなツバキの気迫に押されてソーマでさえも思わず敬語になって、ユウキを起こす。

 揺すっても叩いても目を覚まさなかったユウキをどうにか叩き起こして、ツバキからの地獄の説教タイムが始まった。

 

 -3時間後-

 

「さて、これからお前達への罰を言い渡す。」

 

 説教の最後に罰の内容が言い渡される。懲罰房に入れられるか報告書ならばまだ良い方だ。だが、これだけ設備を破壊しておいて、そんな軽い処分で済むとは思えない。ユウキはどんな恐ろしい罰が待っているのかと顔を真っ青にしながら考えるていと、意外な罰が下された。

 

「ここを片付けろ。完璧に元に戻すまで作業を止める事は許さん。いいな?」

 

 それだけ言うと、喧嘩のせいで扉が吹き飛んだエレベーターに乗り込んで上階に向かった。

 本来なら、ツバキも彼らを懲罰房に1週間はぶちこみたいところだ。だが、新種、未確認種のアラガミの活動が頻繁に報告されている現状を考えると、極東支部の最強戦力である2人が両方とも任務に出られなと言うのは非常に不味い。そのため、ツバキは2人に施設の復旧を命じたのだ。

 ツバキが居なくなった事を確認すると、ユウキとソーマはそれぞれ片づけを始めた。だが、これが下手に懲罰房に入るよりも辛い罰だとはこのときの2人は思いもしなかった。

 

「あの…手伝いましょうか?」

 

「あ…うん、助かるよ。」

 

「じゃあ…俺、こっちやるな。」

 

 下階に避難していたアリサとコウタも片づけに加わり、本格的に作業が開始された。

 アリサとコウタは破棄される部品の片づけ、ユウキとソーマはリッカに教わった方法で新しいターミナルの設置工事をしている。

 

「ん…」

 

「なんだ?」

 

 ユウキの手には片面に沢山のピンが立っていて、反対側には小さな穴が沢山空いているコネクタのような部品握られていた。

 

「そっちの部品。」

 

「…」

 

 短い会話を交わして、無言で作業に戻る。そんな中、ユウキが再びソーマに話しかける。

 

「さっき言いそびれたから…今言っとく。」

 

 ソーマは何も返事を返さないため、ユウキは1人で話を続ける。

 

「確かにあんたが産まれた事で…失われた未来も、亡くなった命もあった事は事実だ。」

 

「…」

 

 相変わらずソーマから返事は無い。だが、その表情少し険しくなっていた。

 

「けど同時に…産まれた事で救われた命ってのも…数えきれない程に沢山ある。その事にも目を向けて欲しい。」

 

「それでも…死んだ奴は居る。」

 

「うん。でも、もしその事に負い目を感じてるなら…やっぱり、生き続けるべきだと思う。あんたは、あの事故で亡くなった人達にとって希望その物だ。その想いを…アイーシャさんの願いを忘れちゃいけないんだって俺は思うんだ。」

 

 ユウキはマーナガルム計画の一部始終の動画で、アイーシャを始めとした研究者達の人類を救いたいと言う一心で、計画を進めた事も知っている。

 確かにやり方には問題があったのかもしれないが、その想いは決して間違ったものでは無いはずだ。ならその想いを託されて産まれたソーマには、嫌でもいつかその想いに向き合わなければならないとユウキは言っている。

 

「それから、母親の事とか自分の体の事とか…色々気にしているようだけど、アイーシャさんは、支部長と一緒に自分の子供が産まれてくるの凄く楽しみにしてて…とても幸せそうだった。そんなアイーシャさんの想いを…切り捨てないで欲しい。」

 

「…」

 

 そう言いながらユウキはソーマが産まれる前日の映像を思い出していた。支部長とアイーシャのソーマに幸せを願いながらソーマが産まれるのを楽しみしていた。

 今の支部長は分からないが、アイーシャから親心を向けられていたのは間違いない。大切に想われて産まれたのにそれを想いを知らずに切り捨てるのは悲しいことだとユウキは思った。

 

「少なくともあんたは…望まれてこの世界に産まれて来たって事は…確信を持って言える。」

 

「…」

 

 再びソーマが無言になり、ユウキは話ながら作業を続ける。

 

「俺はあんたが産まれて来て、生きていて、嬉しいって思ってる。」

 

「…それで?」

 

「え?あー…だから…上手く言えないけど、この先、何があっても…絶対死なずにここに帰ってきて欲しい。」

 

 ここで『それで?』と返されるとは思っていなかったので、しどろもどろになりながらも話を続ける。

 

「ソーマが居なくなると…悲しいからさ。」

 

 それを聞いたソーマは動きが止まる。しばらくするとまた作業を再開すると今度はソーマから話を振る。

 

「…1つ聞かせろ。」

 

「うん?」

 

「あれだけ何度も俺には関わるなと言ったのに…何でそこまでして俺に関わろうとする。」

 

 ソーマにとってそれは純粋な疑問だった。あれだけ自分には関わるなと言って上に喧嘩腰で接したにも関わらず、ユウキは自分を含めて周囲と仲良くさせようとしてきた(全て空回りしていたが)事が不思議でならなかった。

 

「…俺はソーマの事、友達で、仲間だと思ってる。だからほっとく事なんて出来なかったし、するつもりもなかった。それにさ…」

 

 一瞬の間を開けて、再び話始める。

 

「…ほっとかれるのって…結構…辛いから…」

 

 そう語るユウキの表情には陰りが差し、何処か泣き出しそうな表情をしていた。それを見たソーマ、アリサ、コウタはユウキが過去に何かあったのだろうと察した。

 

「…そうか…」

 

 それだけ言うとソーマは作業に戻る。それに釣られてユウキもまた作業に集中する。すると、徐にソーマが口を開いた。

 

「…俺に関わるんなら、せめて背中を預けられる位には強くなってからにしろよ。」

 

「言ったな?すぐにソーマを追い抜くくらいに強くなって見せるから!」

 

「まあ、精々頑張りな…ユウキ…」

 

 そう言ったソーマの口角は少しだけ上がっていた。

 

To be continued




後書き
 今回の話はGEvsGEと銘打ったただの喧嘩でした。まあ…男の子だし、殴り合えば良いと思うの。
 これでソーマには溜め込んでる物を色々吐き出してスッキリしてもらえる筈。ただアナグラの設備破壊しまくったのはやり過ぎだったでしょうか?
 それにしてもシリアスな事を書いているとシリアルにしたくなるのは何故だろうか?
 主人公の理解云々についてはブーメランな気がするのは気のせいでしょうかね…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission34 仲間

キャラ崩壊注意


 -ラボラトリ-

 

 ユウキとソーマの喧嘩から1日が過ぎた昼前、第一部隊のメンバーはペイラーからの招集があり、ユウキとソーマ以外はラボラトリに来ていた。

 シオと談笑しながら待っていると、ラボラトリの扉が開いた。

 

「おはようございます…」

 

「…」

 

 一応挨拶をして部屋に入るユウキと無言のまま部屋に入ったソーマだったが、明らかにいつもと様子が違う。

 

「あ!おはよぅ?!?!…ございます…」

 

「うお?!ひでえ顔!」

 

「だ、大丈夫?」

 

 ユウキは明らかに疲れ果てた様な顔をしており、ソーマはユウキ程ではないが、それでも疲れが見える表情をしていた。

 

「うん…なんとか…完徹して動き回るのがこんなにきついとは思わなかった。」

 

「…」

 

 アリサ達が手伝ってくれた事もあって、片付けは夕方頃には終わったが、他にもターミナルの設置や破壊した扉の交換等の作業が残っていた。

 流石に夜まで付き合わせるのは忍びなかったので、ここでアリサとコウタを部屋に帰して、残りはユウキとソーマで作業をしたのだが、2人とも板金加工等の工業知識が無かったため、作業が難航した。

 結局、全ての作業が終了したのはペイラーからの呼び出しが着た少し後だった。

 今まで夜通しの任務に出たことはあったが、それでも休む時間はあった。だが、今回は休む事なく慣れない作業や工事をしたのだ。体も頭も疲れ果てるのは無理もないだろう。

 そんな彼らの様子を見た後、ペイラーが話を始める。

 

「急に全員呼び出してすまない。実は、私ではどうしようもない問題が発生してしまってね。」

 

「博士でもどうしようもない問題なのに…俺たちに一体何が出来るんですか?」

 

 恐らく誰もが疑問に思うであろう事をユウキが聞く。極東支部で研究絡みの事でペイラーの右に出る者は居ないだろう。

 そんな彼が研究に行き詰まってユウキ達を呼んだとしても、ペイラーの手助けが出来るとは思えない。

 だが、ペイラーから返ってきた言葉は、意外なものだった。

 

「いや、やること自体は簡単だ。彼女に…服を着せてくれないか?」

 

「え…服…ですか?」

 

 依頼の内容を聞いたサクヤが拍子抜けしたような声で内容を確認する。

 

「そう。様々なアプローチを試みたのだが、どれも失敗に終わってね。」

 

「きちきちちくちくヤダー!」

 

「と言うことらしい。是非とも女性の力を借りたくてね。」

 

 確かに、見た目が女の子であるシオに着替えをさせるとなると、同じ女性でなければ抵抗があるだろう。親と幼い子供でもなければ、男が女を着替えさせるなど、ただの犯罪になりかねない。

 

「なら俺は関係無いだろ…後は任せる。」

 

「うーん、俺も出来る事無さそうだね。今バガラリーが良い所なんだ。後任せるよ。」

 

 ソーマとコウタは事が事だけに、出来る事は無いと判断して各自室に戻っていった。

 

「まったく!薄情な男共ね…」

 

「で、でも!この状況じゃあそうなるのも無理はないと思いますよ?」

 

 そそくさと部屋を出ていく2人をサクヤが批判したので、即座にフォローを入れる。

 実際2人が出ていってすぐにサクヤが批判しなければ、ユウキも出ていくつもりだったので、何だか気まずくなって思わずフォローを入れたのだった。

 

「何言ってるのよ。着た後の感想とか聞かないといけないじゃない!まあその辺はユウが居るからいっか。ともかく、ちょっと着せてみますね。シオー!ちょっと来てー。」

 

「なーにー?」

 

 また嫌な服を着せられるとも知らずにシオはサクヤに着いていく。

 

「博士、奥の部屋借りますね。アリサ。手伝ってくれる?」

 

「あ、はい!」

 

 やはり、アリサが助っ人として呼ばれた。やんちゃなシオに着替えをさせるのは1人では骨が折れそうだ。同じ女性であるアリサに声がかかるのも当然と言えるだろう。

 

「それにしても…シオや君たちは非常に興味深い。」

 

「え?」

 

「その柔軟さと多様性が予測出来ない未来を作り出すのかも知れないね。」

 

「シオとの事ですか?正直アラガミだって教えなければ気が付かないような『バァン!!』…気がするんですけどね。」

 

 要するに人間と大差無いので、友人と接する様な接し方になるのは普通だろうと言いたがったのだが、突如鳴り響いた破壊音によってユウキとペイラーの話は中断された。

 すると、シオの部屋の扉が開き、煙と埃を撒き散らした部屋からサクヤとアリサが咳き込みながら出てきた。

 

「あの…シオちゃんが…」

 

「壁を壊して…外に…」

 

「…本当に、予測出来ない…」

 

 驚きのあまり、ペイラーの特徴とも言える開いているのか分からない程に細い糸目が限界まで開いた(それでもかなり細かったが…)。

 

「皆!お願いだ!なるべく早くシオを連れて帰ってくれ!」

 

「分かりました!すぐに出ます!」

 

 シオの事が外に漏れると言うことは確実に避けたい。シオが逃走した時の破壊音は、ペイラーが無茶な実験をしたと言うので無理矢理通せなくもないが、シオの目撃証言が出てきたらもうどうしようもない。そうなる前にシオを連れ戻す必用がある。

 

「いや、まずはシオの反応をキャッチするのが先だ。反応を確認次第、任務に偽装して発注するよ。捜索はさっき逃げたソーマとコウタくんを使うと良い。サクヤくんとアリサくん。シオの反応を探すのを手伝ってくれるかな?」

 

「はい。」

 

「分かりました。」

 

 ペイラーの部屋には通常任務で使う索敵装置や通信装置と言ったオペレートツールとは別の物が設置してある。今までにもこれを使ってシオを探したり、ユウキとソーマの特務のオペレートをしていたのだ。

 ペイラーはサクヤとアリサを連れて、シオの部屋と反対側の扉に入っていった。

 ちなみに、サクヤはゴッドイーターになる前は2年程オペレーターをしていた。その経験をこの場で生かすことが出来ると考え、ペイラーはサクヤを即座に指名したのだ。

 ユウキも準備をしようとラボラトリを出ようとすると、再び扉から出てきたペイラーに呼び止められた。

 

「あ!そうだ!ユウキくん。」

 

「はい?」

 

 ペイラーの手には茶色の小さい瓶が2本握られていた。

 

「これを飲んで行きなさい。私が作った元気になれるお薬だ。ソーマの分もあるからね。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ユウキはそれを受け取ると、そのままラボラトリを出る。

 

「ユウ!」 

 

 が、再び呼び止められた。声の主はアリサだった。

 

「気を付けて下さいね。」

 

「うん。行ってきます!」

 

 そう言ってユウキは今度こそラボラトリを出ていった。

 

 -エントランス-

 

 シオの反応は意外と直ぐにキャッチ出来た。即座に任務内容を偽装して通常任務で発注され、ユウキはソーマ、コウタを同行メンバーに加えて出撃準備に入る。

 予想に反してコウタが呼び出した直後にエントランスに着た。任務内容を伝えてコウタは準備に入った。

 その後少し後にソーマが降りてきた。任務の内容を告げ、お互い準備に入ろうとすると、ユウキが思い出したような声をあげる。

 

「あ、そうだ!ソーマ、これ。」

 

 そう言って取り出したのは、ペイラーから渡された瓶だった。

 

「なんだ?」

 

「元気になる薬だって博士が言ってた。」

 

 それを聞いた瞬間、一瞬ソーマの顔が険しくなった。

 

「俺はいい。お前が飲め。」

 

 ソーマはユウキから顔を背けて、ペイラーからの差し入れを断る。

 

「もう飲んだよ?」

 

「多く飲めばより強い効果が得られる。どちらかが全力で戦えた方が効率もよくなるだろう。」

 

「そんなものかな?じゃあいただきます。」

 

 本来薬とは、適量を服用することで最大の効果を発揮するものだが、ユウキはソーマの言った事を疑いもせずに信じてあっさりと自分が飲むことにした。

 任務の説明も終わり、その場を去ろうとするソーマを何かを思い出したようにユウキが再び呼び止める。

 

「あ、そうだ!ソーマ!今更だけど名前の事、ありがと。凄くいい名前だと思うよ。」

 

 以前シオに名前を付けた事に対して礼を言う。すると、ソーマは1度はユウキの方に向いたが、直ぐにまた顔を背けてしまった。

 

「…別に、不便だから仮で付けた名前だ。それをあいつが勝手に気に入っただけだろ。」

 

(…素直じゃないなあ。)

 

「…なにニヤニヤしてんだ。気色悪い。先に準備してるぞ。」

 

 今度こそソーマは準備のため、エレベーターに乗り込んで、1度は自室に戻り、ユウキが1人エントランスに残った。

 

「…よし!ファイト一発!」

 

 妙な掛け声と共に腰に手を当て勢い良く瓶の中の液体を飲んでいく。

 

「グッ!ケホッ!ケホッ!」

 

 勢い良く飲んだせいで噎せてしまった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 任務はコンゴウ堕天種2体の討伐…を装ったシオの捜索である。一応ターゲットとして指定されているので、討伐はするが最優先はシオの捜索である。

 

「おーい!シオー!どこだー?美味しいご飯用意するからー!帰ってこいよー!」

 

 この際、コンゴウに見つかっても良いと言った具合にコウタが大きな声でシオを呼ぶ。

 

「ダメだなあ、出てこない…てか、なんかユウそわそわしてない?」

 

  『キシェアァァアア!!』

 

「お前じゃねえ!」

 

 コウタの呼び出しに応えたはのは探しているシオではなく、燃えるような赤い体のボルグ・カムラン堕天種だった。思わぬ客人の返事にコウタがツッコミを入れる。

 しかし、ターゲットとして指定されているコンゴウ堕天種が見つからず、予想外の敵が現れた…この状況から考えられる答えは1つ。ソーマはいち早くその答えにたどり着いた。

 

「チッ!ターゲットはこいつに喰われたか?先に仕留めるぞ!」

 

「フフフ…」

 

 突然、ソーマとコウタの後ろから不気味な笑い声が聞こえてきた。

 

「?…ユウ」

 

 現在、最後尾はユウキだ。声の主をユウキだと判断して、コウタは後ろを見る。だが、後ろを見た頃にはユウキは既にボルグ・カムランの方に飛び出していた。

 

「ヒャッハーーー!!」

 

「え"?!?!」

 

 奇声をあげながらボルグ・カムラン堕天種に攻撃するユウキを見てコウタは思わず固まった。

 

「まあ、こんなことだろうと思ったぜ…」

 

「え?え?!」

 

 そんな中、ソーマは1人冷静だった。何が起こるのか予想出来ていた様にも見える。

 そんなソーマと反対に、コウタは状況を飲み込めずにあたふたしていた。

 

「榊のオッサンが作った薬なんて妙なモンばかりだ。あいつに飲ませて正解だったな。」

 

「え~…ソーマ思ったより小っさい…」

 

 ソーマの思いの外、小さい嫌がらせにコウタも呆れる。ちなみにソーマはペイラーの薬の代りにユ〇ケルを飲んでいた。

 

「ふん…殴られた借りを返しただけだ。」

 

 そう言うソーマはいつもの様に仏頂面だった。だが、内心小さなイタズラが成功して少し気分が良かった事に、ソーマ自身も気が付いていなかった。

 

 その頃、ユウキはボルグ・カムラン堕天種に単身突撃していた。迎撃のために、ボルグ・カムラン堕天種が尻尾の針でユウキを突き刺す。

 

「遅い遅い!」

 

 ユウキがハイな状態のまま上に跳んで、突き刺した針の上に飛び乗ろうとする。

 

「ッ!!」

 

 突然針の刺さった場所から爆発が起こり、ユウキは目的の場所から少し飛ばされてしまった。そのため、針の上ではなく普通に地面に着地した。

 

「ヒィイイハァアア!」

 

 やはりユウキは奇声をあげて敵に突っ込む。突き刺さって抜けなくなった針の上を走り、尻尾の上に跳ぶ。尻尾を切り落とそうと神機を上段に構える。

 すると、ボルグ・カムラン堕天種が尻尾を引き抜き、そのまま振り上げた。その結果、尻尾の上を跳んでいたユウキに直撃した。

 地面に叩きつけられた動きが止まったユウキに追撃を決めようとボルグ・カムラン堕天種が腰を落として構える。すると、ボルグ・カムラン堕天種がその巨体からは想像できない様な速さで回転して、尻尾を振り回す。

 

  『ガアァン!!』

 

 まるで金属の塊に叩きつけた様な音を出してボルグ・カムラン堕天種の回転が止まった。

 

「暴れるな。危ねえだろ。」

 

 ソーマが装甲を展開してボルグ・カムラン堕天種を止めると、今度はコウタが飛び出した。

 

「ナイス!ソーマ!」

 

 ソーマがボルグ・カムラン堕天種を止めたことでコウタは後ろを取ることになった。そこにコウタは神機を吹かして氷属性の無数の爆破弾を打ち込む。

 その衝撃でボルグ・カムラン堕天種が怯む。その隙にソーマも止めた尻尾を切り落とそうと神機を構える。だが、今度は逆に回転してソーマたちの方を向くと、盾を構えてながら針を前面に出して突撃してきた。

 

「アッハハハハハ!!死ねやゴルァ!!」

 

 恐ろしい事を言いながら笑い、ユウキがボルグ・カムラン堕天種に迫る。動きを止め、尻尾を叩きつけて迎撃する。

 しかし、ユウキはそれでも止まる事はなく、寧ろ大きく飛び上がり、尻尾の針に向かってジャンプした。

 上から叩きつける様に向かってくる針を体の向きを正面から横にする事で躱すと、インパルスエッジで針を攻撃する。すると、針にヒビが入り、歪な形に変形した。さらにその勢いで体を回転させて針を叩き折った。

 

「ヒャハハハハ!!脆いなあ!」

 

 そのまま上に跳びながら銃形態に変形して爆破レーザーを上から打ち込む。銃身ガストラフェテスの特性上、爆破攻撃に威力はないが、衝撃で怯ませることはできる。

 

「後ろに下がって射ち続けろ!」

 

 怯んでいる間にソーマはチャージクラッシュの構えを取り力を溜める。ユウキが針を叩き折っている最中も爆破弾を射ち続けたコウタは、ソーマの指示で少し後ろに下がり、再び爆破弾を連射する。

 

「今だソーマ!」

 

 爆破弾を射ち続けた結果、ボルグ・カムラン堕天種の盾が結合崩壊を起こして、無惨にも砕け散った。

 そして、準備が終わったソーマがチャージクラッシュを放つ。

 

「止めだ!くたばれ!」

 

 巨大なオラクル刃がボルグ・カムラン堕天種を襲う。だが、ボルグ・カムラン堕天種は折れた針で突き刺して反撃する。

 ほぼ同時にお互いの攻撃が始まる。大剣の様に振ることで攻撃する武器は、どうしてもレイピアの様な直線的に攻撃する武器よりも移動距離が長くなってしまい、その間に攻撃を受けてしまう。

 使っている武器こそ違うが、今の状況はまさしくそれだ。その大きさから縦にしか振れないソーマに、ボルグ・カムラン堕天種の直線的な攻撃が決まろうとしていた。

 先端が折れていて突き刺すことはできないだろうが、それでもその大きさから叩き潰す事はできそうだ。

 

「ソーマ!」

 

 どうあってもボルグ・カムラン堕天種の攻撃が先に当たる。コウタはそう思い、思わず声を上げ、針に向かって爆破弾を放とうとするが、先の攻撃で弾となるオラクルを使いきり、リロードしている最中だった。

 コウタはソーマがやられると思い思わず目を逸らした。

 

  『ブシャア!』

 

 血飛沫が跳ぶ音と共にボルグ・カムラン堕天種の尻尾がコウタの横に飛んできた。

 

「だから遅えって言っただろうがぁ!」

 

 ボルグ・カムラン堕天種の後ろから、ユウキが尻尾を切り落としたようだ。その結果、ソーマを止めるものがなくなり、チャージクラッシュがボルグ・カムラン堕天種に直撃し、ボルグ・カムラン堕天種のコアを避けてグチャグチャのミンチにした。

 

「ふーどうなるかと思ったよ!」

 

「ユウキが後ろに居ることは分かってただろ?何を焦っていたんだ?」

 

 そんな会話をしてる内に、ユウキがコアの回収をして、シオの捜索が始まった。

 今のユウキを1人にすると何をするか分からないと言うので、コウタがハイなままのユウキを連れて捜索を始める。

 ソーマは1人で本殿まで捜索に来て、不意に声を出す。

 

「おい。居るんだろ?」

 

「居ないよ~。」

 

 ソーマが気配を感じて声をかけると、シオは自ら居ないと答えてしまった。

 

「…居ねぇんなら返事するな。遊びは終わりだ。帰るぞ。」

 

「ちくちくヤダー。」

 

「…ワガママ言ってると置いていくぞ。」

 

 少し呆れつつも、シオを諭す様に話しかける。そんなソーマの声を聞いて、シオが本殿の仏像からひょっこりと顔だけ出す。

 

「ねえ…ソーマ。もう怒ってない?」

 

「…別にお前が気にすることじゃねえ。」

 

 シオがソーマを怒らせた事がきっかけでユウキと喧嘩して溜め込んだものを吐き出し、少し吹っ切れたと思っていた。そしてユウキから帰ってきても良いと言われて少し気が楽になった事もあり、今となっては大して怒っていなかった。

 

「でも…あのとき、ソーマ怒ってた。シオ、ソーマにヤなことしたんだな。」

 

「…」

 

 だが、シオはソーマの事をアラガミと言って怒らせた事を今までも気にしている様だった。

 

「シオも、きちきちちくちく、ヤダもんな。シオ、偉くなかったな。」

 

「なら…もうやらない事だな。」

 

「うん。もうしない。」

 

 まるで子供の様に純真無垢に返事をする。そんな様子を見てソーマは少し羨ましく思った。

 

「…俺もお前みたいに、自分の事も他人の事も…何も考えずに生きられたら…楽になれるんだろうな。」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと呟いたのだが、シオには聞こえたようで、ある疑問をソーマにぶつける。

 

「…ねえ、ソーマ。」

 

「あぁ?」

 

「自分って…ウマイのか?」

 

 このときのソーマはまるではとが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。そして少しずつ表情が崩れてきた。

 

「フッ…ククッ…ハハハ…たまには自分で考えやがれ。まあ、俺もお前も…自分がどっちなのかも分からない出来損ないって事だな。」

 

「うん!シオとソーマ、一緒!」

 

「だから一緒にするな!前にも言っただろ!」

 

「一緒に自分探しだな!」

 

 そう言うシオは右腕を軽く上げ、力こぶを作る様にガッツポーズを取る。

 

「何処でそんな青臭い言葉を覚えてきた?」

 

 ソーマが呆れていると何処か遠くでコウタの声が聞こえてきた。

 

「おーい!シオー!どこだー?」

 

「ヒャッハァァア!シオォォオ!出てこねえと喰っちまうぞォォオ!」

 

「ユウうるせえぇぇぇえ!!」

 

 シオを探すコウタとユウキの声が聞こえる。シオはいつの間にか仏像から離れて、ソーマの隣に来ていた。

 

「考えてもみろ。あいつらも予防接種程度とは言え、自ら進んで体ん中にオラクル細胞を取り込んでるんだ。俺以上に救われない奴らさ。」

 

「うん。シオ、分かるよ。ソーマもアリサもコウタもサクヤも…ちょっと変だけどユウも、皆同じ仲間だって!」

 

 その言葉を聞いてソーマは通信端末を取り出し、まともに話が出来そうなコウタに連絡を取る。

 

「シオを見つけた。合流する。」

 

 シオが通信端末を新しい玩具を見つけた様な目で見ている。

 

「おお?何だそれ?」

 

「コラ!離せ!バカ野郎!これはオモチャじゃねえ!」

 

 シオが端末を触ろうと手を伸ばし、ソーマがそれを牽制する。端から見れば仲の良い男女がじゃれている様にしか見えない。

 そんな様子をユウキとコウタに見られて、第一部隊内で2人がデキてると噂が立つなど、このときの2人は想像もしなかった。

 

To be continued




後書き
 夜通しの仕事ってきついですよね。ユ〇ケルをがぶ飲みしてどうにか頑張ってたを思い出します(白目)。
 シオとソーマが仲直りして少しずつ第一部隊の雰囲気も変わろうとしている所を書けていたら良いのですが…
 感想、アドバイスも是非送って頂けたらうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission35 シオの唄

今回は主人公の宿命とも言えるお使いと言う名のパシリ回です。


 第一部隊の野郎共は無事シオを見つけ、全員で極東支部に戻ってきた。帰る途中のバギーで、ユウキが飲んだ薬の効果が切れ、ハイになった時の自分を思い出した恥ずかしさから、赤面して悶えていたと言ったハプニングはあったが全員無事に帰還した。

 神機を預けてシオの迎えに行こうと思ったが、リッカから何処か恨めしげな声で話しかけられた。

 

「…ねえ。」

 

「なに?」

 

 返事をしつつもソーマとコウタに『先に行って』とアイコンタクトを送り、2人はユウキを残してシオの迎えに行った。

 リッカの方に意識を戻すと、ジト目でこっちを睨んでいた。

 

「なーんか最近第一部隊の皆と榊博士でさ、何か楽しそうな事してない?」

 

「い、いや!そんな事ないけど?」

 

 ユウキは目を逸らしてダラダラと冷や汗を流して答える。その様はもう答えを言っている様なものだったが、当の本人は上手く誤魔化しているつもりでいた。

 

「ふーん…ならいいんだけど。たださっき博士から近々頼みたい事があるって言われてるんだけど、頼み事されてるのに私は仲間に入れてくれないんだなぁって思ってさ。」

 

「そ…それは…」

 

 そう言われると教えたくなるが、シオの事を話すのはかなり危険だ。リッカも反逆へ加担したとして処罰されかねない。

 だが、仲間外れにされたとむくれるリッカを見ていると何だか申し訳なく思ってしまうのも事実だ。

 割と本気でどうしようか困っていると、リッカが突然笑顔+ウインクで雰囲気がガラリと変わる。

 

「…なーんてね!そんな本気で困った顔しないでよ!博士のワガママに振り回されてるなら言ってね?力になれると思うから。」

 

「う、うん…ありがとう…?」

 

 リッカの変化にユウキは困惑して、咄嗟に出てきた言葉で返事をしたため、変な会話になってしまった。

 リッカの方もユウキがヘタクソな嘘をついてまで誤魔化そうとしているのを見て、余程知られると不味い事なのだろうとリッカも察して、これ以上は踏み込んで来なかった。

 その後、2、3言葉を交わしてその場を去った。

 

 -ラボラトリ-

 

「あれ?コウタにソーマ…もう帰るの?」

 

 ユウキがラボラトリに向かうためエレベーターから降りると、コウタとソーマが居た。

 

「うん。シオの部屋で何かするみたいだけど、俺とソーマは入るなって言って追い出されてさ。でも何故かユウはオッケーなんだって。いいなぁ!羨ましいなぁ!女の子ばっかりの所に行けてさぁ!」

 

「え、えっと…」

 

 コウタが恨めしげな視線を送る。ユウキはどうやってやり過ごすか考えつかず、苦笑いするだけだった。

 

(た、助けて…!)

 

 ユウキは無意識に目線でソーマに助けを求める。

 

「どうやら意地でもシオに服を着せるらしい。嫌がってるなら無理に着せるもんでもないと思うがな…おい、行くぞ。」

 

「あ!ちょ!待ってソーマ!まだユウとの話は終わってないんだぞおぉ…」

 

 ソーマがコウタの首根っこを掴んでズルズルと引きずってエレベーターに乗り込む。無情にもコウタの叫び声がえの扉で遮られた。

 

「やあ、来たね。早速なんだけど、シオの服は特別製にしようと思うんだ。普通の服はチクチクして嫌みたいだからね。」

 

 ラボラトリに入ると、シオの服について今後の方針を聞かされた。それを聞いた後、チラリと横目でサクヤとアリサが話しているのが見えた。2人の影で見えにくいが、シオも帰って来ている事も確認できた。

 何気なしに2人の会話を聞いていると『シオ、やんちゃだし…動きやすさ重視の方が良いかしら?』や『シオちゃんに似合う服…どんなデザインにしようか迷いますね!ふふっ!自分の服を考えるよりも楽しいです!』と言っているように聞こえた。

 ユウキはペイラーの方に意識を戻すと、話の続きをする。

 

「まあ、それは分かりましたけど…俺必要ですか?」

 

「いやいや。君にもできる事はあるよ?服の材料にアラガミ素材を使えば問題を解決出来るんだ。それはそうとシオの服はやっぱり可愛いのがいいよね?」

 

「…そうですね?」

 

「うんうん。そうだよね!」

 

 何の突然話題が切り替えられて、不自然な感じがしたため、ユウキは釈然としない様子で返事をする。

 そして、ペイラーは相変わらず糸目のままだが、間違いなくにこやかに笑っている。確かさっきペイラーは『アラガミ素材』を使うと言っていたが…

 

「…まさか…」

 

「材料、よろしく頼むよ?」

 

 ペイラーがニッコリと微笑みながら素材を要求してくる。もう何を言ってもムダだと思い、ユウキはため息をつきながら要求を飲む。

 

「はあ…分かりました。何が必要なんですか?」

 

「『女神羽衣』…サリエルから採取できる素材だね。もしかしてもう持ってたりするかな?」

 

 『持っているのか?』と聞かれても、どんな素材を保管したかなど覚えてはいない。1度確認する必要がある。

 

「ちょっと確認してみないとなんとも…あればそのまま持ってきます。」

 

「じゃ、よろしく頼むよ。」

 

 そう言うと、ユウキは一旦ラボラトリを出ていった。

 

 -神機保管庫-

 

 ペイラーの依頼でユウキは女神羽衣なる素材を持っているか、自室のターミナルで調べた。すると、いくつか回収していたようで、保管されていたようだった。

 素材受け取りのために神機保管庫に行くと、リッカが缶ジュース片手に何かの資料を読んでいた。

 

「リッカ。今いいかな?」

 

「ん?やあ!さっきぶりだね。」

 

 リッカは缶と資料をデスクに置いてユウキの方を向くが、ユウキはあるものに目が行っていた。

 

(冷やしカレードリンク…?)

 

 初めて見た缶ジュース(?)に興味を持ってしばらく眺めていると、リッカから話しかけてきた。

 

「これ、気になる?」

 

「え?あ!いや!何でもないよ。」

 

 物欲しそうに見ていたと思われたと考え、ユウキは慌てて否定した。

 

「飲んでみなよ!結構美味しいよ。」

 

「そう…なの?じゃあいただきます。」

 

 ユウキはリッカから缶を受け取り、冷やしカレードリンクなるものを飲んでみる。

 

(あれ?これって…間接キスさせちゃった?)

 

 リッカの頬に赤みが差したが、ユウキはそのまま冷やしカレードリンクを飲んでいた。その味は…

 

「カレーだね。」

 

「そ、そうだね!カレーだね!」

 

「?」

 

 ユウキは特に気にした様子もなく、飲んだ感想を言う。リッカは『気にしすぎかな?』と考えて、残りもユウキに渡した。

 

「あ!それで、何か用事でもあった?」

 

 思い出したように、リッカがユウキに用件を聞く。

 

「あ!そうだ!博士の研究に使うから女神羽衣を引き出したいんだ。あと神機の強化もしたいな。」

 

「オッケー!全部そのまま強化で良いのかな?」

 

「うん。それから、火刀の制作もお願いしたいんだけど…大丈夫?」

 

「了解!任せてよ!その代わり今日1日神機は使えなくなると思うよ?」

 

「分かった。」

 

 ユウキは神機の強化と新しい武装の制作をリッカに頼む。さっきの任務で倒したボルグ・カムラン堕天種の素材で新しく火属性の刀『火刀』が作れるようになったが、制作と強化を同時に頼むと、それなりの時間が必要になる。

 そのため、リッカは念のために神機が使えなくなる可能性がある事をユウキに伝えつつ、女神羽衣を引き出すため、ターミナルを操作する。

 

「…あのさ。」

 

「ん?」

 

「さっき、何の資料読んでたの?」

 

 特に理由はないが、ユウキは神機保管庫に来たときに読んでいた資料が何なのか気になったので聞いてみた。

 

「神機の新しい制御装置の設計図!ここまで漕ぎ着けるのに苦労したよ!」

 

 どうやら神機関係の資料らしい。機械図面や回路図を簡単に見せてくれた。それよりも、リッカは『ここまで漕ぎ着けた』と言っていた事にユウキは驚いていた。

 

「え?!まさかリッカが開発してるの?!」

 

「もちろん!どんなものかは出来てからのお楽しみ!…さて!」

 

 ユウキが神機の新しい制御システムの開発者がリッカだと言う事に驚いていると、素材保管庫の扉が開き、中から白いカーゴが出てきた。

 

「はい!女神羽衣だよ!分かってると思うけど、オラクル細胞の塊だから気を付けて運んでね?」

 

「ありがとう。新しい制御装置、楽しみにしているから。」

 

「期待して待ってて!近い内に試作品も作り始めるからさ!」

 

 そうしてカーゴを受け取って、ユウキはラボラトリに戻っていった。

 

 -ラボラトリ-

 

 リッカから女神羽衣を受け取ったユウキがラボラトリに戻ってきた。

 

「博士。『女神羽衣』持ってきましたよ。」

 

「いやあご苦労様!隣の部屋に置いといてくれるかな?」

 

 そう言われてユウキはカーゴを実験室に運ぶと、もう自分に出来る事は無いだろうと思い、ラボラトリを出ようとする。

 

「それじゃあ、俺はこれで…」

 

「おや?何を言ってるんだい?男子からの意見と言うのも必要だろう?しばらくはここに居て欲しいんだがね。」

 

「あ、はい。」

 

 案の定止められた。取り合えずソファ座って服のデザインについて、あーでもないこーでもないと議論しているサクヤとアリサを眺めていると、ふと思い出した事があった。

 

(まあ、今日は神機使えないって言ってたし…別にいいか…)

 

 そんな事を考えながらソファに座ってボーッとしていた。

 

(そう言えば…こんな風にゆっくりしたのは随分と久しぶりな気がする…)

 

 今まで何かと訓練か任務に行ってばかりだったので、こんな風に何もやることが無い(本当はあるが)と言った状況自体がフェンリル入隊以来だったような気がする。

 そのまましばらくは何をする訳でもなく、何もしない時間を過ごしていた。

 

「…ウ!ユ…!か………ます…!お…てく……い」

 

 聞き慣れたような声が聞こえる。だが、何を言ってるのかよく聞き取れない…いや理解できないと言った方が良いだろう。

 そんな中、自分の視界が真っ暗になっている事に気が付くと、ゆっくりと目を開くとそこにはアリサが居た。

 腰に手を当て、微妙に怒ってますと言った雰囲気を出していた。

 

「ユウ!起きてください!」

 

「…アリサ?」

 

「もう!こんな所で寝たら風邪引きますよ?」

 

 自分の状況とアリサの言葉で漸く眠っていたと理解した。徹夜で慣れない作業をしてその後は薬でハイになり、効果が切れて一気に疲れが出てきたのだろう。

 ユウキは寝ている間に横になった体を起こして状況の整理をする。

 

「…寝てたのか…今、何時?」

 

「夜の10時を少し過ぎた位です。」

 

 シオを連れ帰ったときには昼過ぎを回っていたはず。そこから1、2時間程雑用をしていたので、恐らく3時間は寝ていたのだろうと考えていると、サクヤがこちらの様子に気が付いて話しかけてきた。

 

「あ!起きたのね。ちゃんとベッドで寝ないと疲れも取れないわよ?もう部屋に戻って寝ちゃいなさい。」

 

 サクヤがまるで母親の様な口調でユウキを叱る。この状況を見ると本当にただの躾にしか見えないから困るとユウキは思っていた。

 『そうですね。』と答えたユウキがラボラトリを出ようと準備をしているとアリサが思い出した様に話しかけてきた。

 

「そうだ!リッカさんから聞いたんですけど…シオちゃんの服、明日には出来るみたいですよ。」

 

「…え?早くない?てかそれじゃあリッカは徹夜になるんじゃ…」

 

 確か昼過ぎに神機の整備を頼んだはず。それで今日1日使えないかもと言っていたのに、追加注文のシオの服も明日には仕上がると言っていたらしい。

 神機の整備と装備の制作は他の技術班のメンバーに任せれば、多少手は空くだろうが今までにないアラガミ用の服がそんなに簡単に出来るとは思えない。

 しかし、ユウキの疑問を余所に、ペイラーは笑いながらそんな心配は必要無いと言ってきた。

 

「それは心配ないよ。リッカ君は相当な技術バカだからね。この変な注文も意気揚々とこなしてくれるさ。」

 

「いや、女の子に徹夜で作業させる事が問題だと思うんですけど…」

 

 ペイラー曰く、リッカは技術的な事が好きなので、遅くまで仕事をすることになっても大丈夫だと言うが、ユウキは遅くまで仕事をさせる事自体が問題だと言っている。

 

「たぶんそれも大丈夫じゃないかしら?少し前に様子を見に行ったんだけど、目を輝かせながら新しい事が出来るって喜んでたわ。」

 

 『無理はしないでと釘は刺しといたけどね。』とサクヤが苦笑いしながら近況を伝えた。

 

「まあ、本人が良いなら良いのかな?」

 

 結局、本人が喜んでたやっているのなら良いのだろうと結論付けて、多少腑に落ちないが取り合えずは納得した。

 

「じゃあ…俺もう寝ます。おやすみなさい。」

 

「「「おやすみなさい。」」」

 

 3人の声が重なったのを聞きながら、ユウキは自室に向かった。

 

 -翌日-

 

 いつもよりも遅い時間に起きたユウキが神機の様子を確認するために神機保管庫に向かう。そこにはユウキの神機の前で最終チェックをしているリッカの姿があった。

 その傍らには女神羽衣を運んだときの白いカーゴがあった。

 

「おはようリッカ。神機…どうかな?」

 

「あ、おはよ!神機は調整も込みでバッチリだよ!」

 

 そう言うと、2人はユウキの神機に目を向ける。そこには何時もの様に青白い刀身がついた神機ではなく、赤い刀身の神機がついた神機が鎮座していた。強化を頼んでいた他のパーツも傷や痛みが無くなり、綺麗になっていた。

 

「ありがとう。手間かけさせちゃったね。」

 

「どういたしまして。それから…博士から服の制作を頼まれたんだけど…誰が着るの?」

 

 リッカが言っているのは恐らくシオの服の事だろう。ペイラーからの直々の依頼のはずだが、シオの事を聞いているのかは分からない。ならば下手な事を言って巻き込まないほうが良いと思い、ユウキはシオの事を誤魔化すことにした。

 

「えっと…お、俺が着るんだ!博士の研究でアラガミ素材でできた服を人間が来たらどうなるか実験なんだよ!」

 

「ふーん…」

 

 リッカが疑いの目でユウキを見る。咄嗟についた嘘があまりにも下手くそ過ぎて、何かを隠しているというのが完全にばれてしまった。

 するとリッカがユウキの目の前に手を持って来てデコピンをした。

 

「あだ!」

 

「…嘘つき。」

 

「え?!な、何の事かな?」

 

 図星を突かれ、ユウキはあからさまに動揺した。だが、リッカはそれを気にすることなく衝撃的な事実を告げる。

 

「この服を着るのはアラガミなんでしょ?博士から大体の事情は聞いたよ。これで私も共犯だからさ。もう隠し事は無しだよ?」

 

 『じゃあ俺の心配は必要なかったのか…』と思いながら、結果的に騙そうとしたことを申し訳なく思い、謝る事にした。

 

「うん…ごめん。嘘ついて。」

 

「気にしてないよ。私も逆の立場なら嘘ついたかもしれなし。さ、それ持って皆のところに行きなよ。待ってるだろうからね。」

 

「ありがとう。」

 

 礼を言ってユウキはカーゴを押しながらラボラトリに向かった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ユウキがシオの服を受け取って第一部隊をラボラトリに召集かけた。が、どうやら発案者のペイラーは部屋にはいないようだったが、構わずにシオに服を着せることにした。

 サクヤがシオを連れてシオの部屋に入っていった。しばらく待っていると、シオとサクヤが出てきた。

 

「お待たせ。」

 

 部屋から出てきたシオは以前の様なボロ切れを巻いた格好ではなく、白を基調にしつつ緑のフリルをあしらった袖の無いツーピースのドレス、同じ素材のホットパンツを着用している。

 

「わあ!かわいいじゃないですか!」

 

「うん!もうどこから見ても普通の女の子だよ。」

 

 その姿は愛らしいどこかの令嬢の様にも見えた。アリサとユウキが各々感想を言う。それに続いてサクヤとコウタが感想を言う。

 

「そうね。この子の正体がアラガミだなんて言っても誰も信じないんじゃないかしら?」

 

 

「おお!いいじゃんいいじゃん!かわいいじゃん!なあソーマ?」

 

 コウタが興奮したような様子でソーマに話を振ると、予想外な答えが帰ってきた。

 

「…ああ。」

 

「おお…予想外の反応!」

 

 気恥ずかしさから目を背ける様に目線を移す。

 

「へへへ…なんか…気分いい…」

 

 すると、ここまで褒められたシオが気分が良さそうに歌を歌い始める。その声はアラガミのものとは思えないほどに澄んだ綺麗な声だった。

 

「綺麗な声…」

 

「すごいじゃないシオ!」

 

 ついこの間言葉を覚えたと思ったら、すぐに歌を覚えて披露した事に、全員驚きを隠せないでいる。さらにはその歌声が恐ろしく綺麗な歌声だった事にも全員が驚いた。

 

「お!おお!これ、偉かったか?」

 

「あ、ああ!すごいことだよシオ!」

 

 ユウキはシオの急成長ぶりに驚きつつもシオを誉める。

 

「シオ…あなた何時の間に歌を覚えたの?」

 

「ん?ソーマと聞いたんだよ。」

 

「なにぃ!?」

 

「あらぁ?あらあらあらぁ~?」

 

「ふぅん…そうなんですかぁ?やっぱりあの噂は本当だったんですねぇ?」

 

 その場に居た全員がニヤニヤさせながらソーマを見た。

 

「何の事だ?」

 

「シオちゃんとソーマがいい感じになってるって噂ですよ。」

 

 それを聞いた瞬間、ソーマが険しい表情になる。

 

「…おい。その噂の出所は誰だ?」

 

「そこの逃げようとしている男2人よ。」

 

「…ほう。」

 

 そう言いながらソーマはラボラトリから出ていこうとしている2人の首根っこをつかんで部屋に引き込む。

 

「…あ、あのソーマさん?」

 

「いやちょっとした出来心だって。だからその固く握った拳は下げてくれると嬉しいかなぁって…」

 

「…問答無用だ。」

 

 無慈悲にもソーマの鉄拳が男2人の意識を刈り取って行った。

 

To be continued




後書き
 今回は主人公の宿命とも言えるパシリ回でした。
 原作ではこの辺りからソーマも丸くなり、シオを含め、周囲との関係が改善されていきます。
 ただ、この小説ではそれと同時に弄られキャラになっていく様な気がするのは気のせいでしょうか?
 それから、このシリーズのUAが5000を越えました!素人丸出しであまり文章力も成長してないような小説ですが、引き続き暇潰し程度に呼んで頂けると幸いです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission36 円環の竜

今回は特務回です。ここまで順調に強くなってきた主人公、ユウキですが…


 ソーマに意識を刈り取られたユウキとコウタが復活した後、ユウキは支部長直々に呼び出しを受けた。シオと戯れる第一部隊を置いて支部長室に入ると、何時の間にか出張から帰ってきたヨハネスがデスクに座っていた。

 

「やあ、ご苦労様。」

 

「お久しぶりです。支部長。」

 

 出張のため支部長とは1週間程会っていなかったため、ユウキは少し畏まってあいさつをする。

 

「暫く留守にしていたが、出張中も君の活躍はよく耳にしていたよ。どうやら期待通り…いや、期待以上の活躍をしてくれているようだね。極東支部の支部長として私も鼻が高いよ。もしかしたら、君はリンドウ君を越える逸材なのかも知れない。」

 

「いえ…まだリンドウさんの足元にも及びませんよ。」

 

 出張中もユウキ達の話は聞いていたようだ。ヨハネスはその事について高い評価をしているが、ユウキ自身は自分の評価はそれ程高くないと自嘲気味に笑いながら言葉を返す。

 

「フッ…以前も言ったが、そう謙遜する必要はない。もう少し自分の実力を信じた方がいいと思うがね。なぜなら今回呼び出した理由は…相応の実力が無いと任せられない案件なのだからね。」

 

 実力が必要な案件…さらには支部長であるヨハネスから呼び出されるような事と言えば思い当たる事は1つしかない。

 

「もしかして…」

 

「そう。今からリーダーとして特務についてもらう。」

 

 そう言うとヨハネスは肘を突いて話を続ける。

 

「特務の内容は様々だが、いずれに置いても1つの原則が設けられている。」

 

 ヨハネスは一度目を伏せ、鋭くなった目でユウキを見る。

 

「『特務は全て支部長である私が直轄で管理する。』と言う原則だ。当然、任務中に得られた物品も例外ではない。」

 

 要するに任務で得たものは全て渡せと言うことなのだろう。しかし、任務とはフェンリルを運営する上で、利益を得るようにしなければならない。これでは、ヨハネスだけが得をすることになる。そんなことをすれば本部を含め、周囲が黙ってはいないだろうとユウキは考えていた。

 だが、そんな心配を余所にヨハネスは特務の説明を続けていく。

 

「全て特務は最高機密の任務だ。その性質上、チームではなく単独でこなしてもらう事になる。君ならば、例え困難な任務でも単独でこなせる…私がそう判断したものと思ってくれ。」

 

 言わばフェンリルの利益となるオラクル資源や旧時代の遺物を着服しているのだ。こんな事を公に出来るはずもない。

 

「では、今回の特務の話だ。」

 

 そう言ってヨハネスは端末を操作して、ある画面を映し出し、ユウキに見せた。

 

「…!!まさかこいつは!!」

 

 そこには山のような巨体に複数の触手、頭にはギラリと不気味に光る複眼を持つアラガミが映されていた。

 

「そう。討伐対象は超大型アラガミ『ウロヴォロス』…このアラガミのコアと素材の回収が今回の特務だ。」

 

「…」

 

 ユウキは思わず息を飲んだ。かつてリンドウが成し遂げた偉業…極東支部初となるウロヴォロスの単体討伐の事を思い出していた。

 『ついにこの時が来た。』そう思いつつも不安と恐怖がユウキの心を支配していた。この巨大すぎる敵をどうやって倒すのか、その方法が思い付かなかった。

 

「本来ならソーマを同行させようと思っていたのたが、別の任務に向かう事になってね…悪いが今回は単独で出てもらう。」

 

「…分かりました。」

 

 ソーマが同行出来なくなったことに、ユウキは大きな焦りを感じていた。他の任務が入ったのであれば、同行出来ないのは仕方がない事だと分かっているが、どうしても腑に落ちないでいた。

 

「今回は近くに大型アラガミの反応もある。これをターゲットに任務を遂行する…と言う通常任務に偽装してある。」

 

「なら…出発はいつもと同じでいいんですか?」

 

 ペイラーからの特務の時にも経験しているので、その辺りは問題ない筈だが念のため確認する。

 

(あれ?確か特務を受けた事は支部長に伝えておくって博士が言ってたような…)

 

「その通り。回収については専用の通信機を渡しておく。これで帰投前に私に直接連絡を入れてくれればいい。後はこちらで対処しよう。」

 

「!…了解しました。」

 

 この説明を聞く限り、特務で利益を得るのはヨハネスだけのようだ。その事に対する答えの考察と、過去のペイラーの発言を思い返していた事もあって、返事に少しの間が空いてしまった。

 それをヨハネスは見逃さなかった。

 

「…随分と懐疑的な目だね。」

 

「え?いえ!!そんなことはありません!!」

 

 叱られるのではないかと思い、ユウキは慌てて否定する。

 

「いや…前リーダー、リンドウ君もこの話をしたときは同じような目をしていたよ。」

 

 ヨハネスが姿勢を崩しながら話を続ける。

 

「そうだな…なぜ特務が極秘で行われるのか、少し説明しておこう。その理由はエイジス計画だ。」

 

「え?エイジス計画…ですか?」

 

 機密性の高い特務を行う理由がエイジス計画とは予想していなかったので、思わず聞き返した。エイジス計画自体は公になっている計画なので、本来ならこんなコソコソと横領の様な真似をする必要はないはずだ。

 

「そう。通常、我々フェンリル各支部で入手した物品の一部は、本部に輸送され、さらにその一部が本部のものとなり、残りは資源の少ない支部に譲渡される。」

 

「…と言う事は、事実上本部に接収されている事になるんですよね。」

 

 任務が『発注』され、戦果が『記録』として残っているのは、本部による接収する理由付けを確実なものとするためだったのだ。

 もっとも輸送中にアラガミの襲撃を受けて資源が本部まで届かないと言うこともよくあるので、確実に接収出来る訳でもない。

 

「その通りだ。だが、それではエイジス計画の進捗に大きな影響が出る…それゆえに、本部には秘密裏に行われる任務…それが特務だ。納得して貰えたかな?」

 

「…ええ。」

 

 一見筋は通っている様に思えたので、ユウキは取り合えず返事をする。

 

「何にしても、非常に危険な事をやらせてしまう事には変わりない。その見返りに、入手困難な物品と高額な報酬を用意しよう。」

 

 ここまでの話では、横領の片棒を担がされているにも関わらず、得をするのはヨハネスのみだった。普通に考えればこんな条件では特務を受けるどころか最悪密告される可能性もある。

 そこで、実行犯とも言えるゴッドイーターには破格の報酬を与えて、互いに利益を得られる関係を続ける仕組みを構築し、特務の事を黙っていてもらおうと言うのだ。

 

「これが成功すれば、エイジス計画が大きく前進する事になる。その事も忘れないでくれ。」

 

「はい。」

 

「そうだ。今のうちに渡しておこう。」

 

 ヨハネスは立ち上がり、デスクの引き出しからインカムと錠剤が入ったケースを取り出して、ユウキに手渡した。

 

「この錠剤は?」

 

「榊博士と医療班が共同で開発した新薬…『回復錠』だ。」

 

「回復錠?」

 

 初めて聞いた名前だったので、ユウキは説明を求める様に聞き返す。

 

「これを飲むと個人差はあれど、細胞が活性化して血管や臓器を優勢して傷の修復をする薬品だ。効果の事を考えると塞傷薬と言った方が良いかもしれないが、今回の特務で万が一の事があったら使ってくれ。」

 

「分かりました。」

 

 要するに細胞分裂を促進させて、傷を早く治すものらしい。これがあれば多少大きな傷を負っても戦闘を続けられると言うことだ。逃げるにも傷のせいで動けない、と言った場合にも有効だあるようにも思える。

 ユウキがそんな事を考えていると、ヨハネスが話の締めに入ったので意識をそちらに戻す。

 

「困難な任務を私個人から発注する…これは更なる信頼の証とも言える。君には期待している。頑張ってくれ。」

 

「はい。」

 

 返事をしてユウキは支部長室から出る。すると、すぐ近くに腕を組ながら壁に背中を預けているソーマが居た。

 

「ソーマ…」

 

「とうとうお前も呼ばれたか…これだけは言っておく、アイツは信用するな。」

 

 何となくソーマの雰囲気が少し前と同じ、誰も寄せ付けない鋭いナイフのようなものに戻っているように感じた。

 しかし、それよりもソーマが実父であるヨハネスの事を悪く言うことが何だか悲しく思えた。

 

「ソーマの…父親だろ?」

 

 それを聞いたソーマがユウキに背中を向けて歩き出す。

 

「…アイツを親父だと思った事は1度もない。」

 

 一言だけ言ってソーマはエレベーターに乗り込んだ。

 

 -嘆きの平原-

 

 ユウキはウロヴォロスが居る平原に来ていた。作戦区域中央には常に竜巻発生している。竜巻せいなのか、雨も休むことなく降り続けている。

 そのため雨音も止まることがない。得意の聴覚での索敵は少し難しくなっている。

 

(…居る…)

 

 竜巻を囲む様に捲れ上がり、山にも見える高さまで隆起した地面で向こう側が見えない。聴覚で索敵するまでもなく、気配や感覚でその存在を感じる。

 待機ポイントから飛び降りて、銃形態に変形してステルスフィールドを展開する。隆起した地面を右回りに進んでいくと、そこには無数の触手が絡まり合って出来た前足と不気味な複眼、小振りな山とも言える体が視界に入った。

 

「…でっか…」

 

 思わず声に出して感想を言ってしまった。声に反応して、ウロヴォロスは声の主を探すように複眼をユウキの方に向ける。

 

「やるしか…ないか!」

 

 強化したガストラフェテス改から狙撃弾が放たれ、ウロヴォロスの複眼に命中する。それと同時にステルスフィールドが解除され、互いに視界の正面に入る事になった。

 

  『ヴオオォォォォ!!』

 

 ウロヴォロスが不気味な声で吠え、ユウキが正面から突っ込む。

 

「先手必勝!」

 

 ユウキが鮫牙を展開して、ウロヴォロスの足元に潜り込んで後ろ足を捕食してバーストする。

 その勢いでウロヴォロスを通りすぎて後ろを取る。そのまま反転してインパルスエッジを打ち込むが、ウロヴォロスの後ろを守る甲殻には傷ひとつ付いていなかった。

 

(なんて硬さだ…後ろからは攻撃できないな…)

 

  『ヴォオオォォオォォオ!!』

 

 ウロヴォロスが雄叫びをあげると、前足を前方に伸ばして、その巨体からは想像もつかないほどの早さで回転して周辺を凪ぎ払う。

 

「ぐあっ‼」

 

 咄嗟に装甲を展開するが、バックラーであるティアストーンでは衝撃を吸収しきれず、ユウキは大きく後ろに吹き飛ばされる。

 その間に、ウロヴォロスはユウキと向き合うように向きを変える。ユウキも装甲を収納、迎撃体勢を整えてウロヴォロスに向かって走る。すると、ウロヴォロスが右の前足を地面に突き刺した。

 

「っ!!」

 

 すると、極太の針の様なものに変形したウロヴォロスの足がユウキの足元から生えてきた。もし、迎撃体勢を整えた後、即座に走り出さなかったら、今ごろ串刺しになっていただろう。

 そんな状況にゾッとしつつ、ユウキはウロヴォロスの眼前でスタングレネードを叩きつける。辺りが閃光に包まれて、ウロヴォロスの視覚が失われる。

 

「はっ!!」

 

 短い気合いと共にウロヴォロスの前足を切り裂く。あっさりと斬れてダメージは通る様だが、相手があまりにでかすぎる。そのため、深く傷をいれても、人間で言うところのかすり傷程度にしかならない。

 

(ちっ!!前足が太すぎる。大したダメージにならないか…なら、もっと細い、薄い場所…後ろ足だ!)

 

 前足を斬るも、連続で同じ場所を斬らねば効果が薄いと感じて、標的を後ろ足に変える。

 

「ぜあ!」

 

 再び短い気合いと共に後ろ足を斬る。今度は足の太さの半分程の深さの傷を作る。『行ける!』と思った瞬間、突然ウロヴォロスが上体を起こす。何か嫌な予感がして、ユウキはウロヴォロスから離れる。

 しかし、その行動が仇となった。ウロヴォロスはあちこちに光弾をばらまいて、辺りを無差別に攻撃し始めた。

 

「グッ!!マジかよ!!」

 

 バーストが解除されながらも辺り一帯に降り注ぐ光弾を辛うじて前後左右に跳んで避ける。最後の一撃はユウキの頭上に降ってきた。それを装甲を展開して上に構えることで、ウロヴォロスの攻撃を防ぎきる。

 ユウキが装甲を収納して反撃しようとすると、突然、ウロヴォロスの複眼から強烈な光が放たれる。

 

「あああ?!め、目が…!!」

 

 強い光で目が眩み、視界を失う。ユウキはどこに何があるのか分からなくなり、オロオロと狼狽える。

 その隙にウロヴォロスの角が光だす。

 

「があああああ!!」

 

 突然肌が焼かれる様な痛みを覚えて、叫び声をあげる。その痛みの正体ウロヴォロスの放った極太のレーザーだった。そのレーザーが当たると同時にユウキは吹き飛ばされる。

 レーザーに焼かれてからどうにか立ち上がる。何やらドスドスと大きな音が聞こえる。その正体を知るために、見えなくなった目を開くと、どうにか辺りを見渡せるようになっていた。

 

「…え?」

 

 視力が回復すると同時にユウキの視界に入ったのは、極限までアップになったウロヴォロスの複眼だった。ユウキの視力が失われている隙にウロヴォロスが近づいてきていたのだ。

 

「!!」

 

 次の瞬間、言葉に言い表せない程の衝撃がユウキを襲った。山の様な巨体のウロヴォロスが体当たりしてきたのだ。そのままウロヴォロスは前進して、ユウキを壁との間に挟み込んだ。

 それと同時に鳩尾の下辺りで、体の内側から強い衝撃が走った様な感覚を覚える。

 

「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"!!」

 

 激痛が走り思わず悲鳴を挙げる。だが、叫び声を挙げている最中にゴボゴボと汚い音が喉の辺りで鳴る。

 

「ごぶぅえぇぇえ!」

 

 ビチャビチャと音を立てながら血を吐き出し、痛みで正常に働いていない思考を無理矢理働かし、ウロヴォロスを見る。

 すると、ウロヴォロスがユウキを押し潰そうと上体を起こし始めていた。

 

「!!」

 

 『殺される!』そう思った瞬間にはもう逃げようとしていた。痛みのせいでのたうち回りたいが、それでも動かない体を動かしてひたすら逃げる。

 少しずつ倒れ込むウロヴォロスを見つつ、血を吐きながらも全力で走り抜ける。完全に倒れる少し前にウロヴォロスの体の陰から出てギリギリで避ける。

 しかし、今度はウロヴォロスが倒れ込んだ時の衝撃で地面が揺れ、上手く走ることが出来なくなった。そこに間髪入れずに風圧でユウキを吹き飛ばす。

 3回バウンドした後、ゴロゴロと転がりながらウロヴォロスから離される。神機を持ったまま転がったせいで全身に深い裂傷がいくつも出来て、辺りに血が流れる。

 

「はっ!!はっ!!…ぐっ!」

 

 どうにかして短い呼吸が出来るようになったところで倒れたままポーチを漁る。出撃前にヨハネスから渡された回復錠を探し出して、口の中に放り込み、ガリッと言う音を立てながら噛み砕く。

 すると、薬が作用したのかすぐに痛みと吐血は収まり、全身の傷も塞がり始めた事で戦闘を再開出来るようになった。

 動けるようになると、ユウキは獣の目でウロヴォロスを睨む。

 

「ヤりやがったナクソ野郎…!!」

 

 悪態をつきながら神機を握り直して立ち上がる。

 

「ぶッ殺す!!!!」

 

 殺意を込めた一言を放つと同時にウロヴォロスに飛びかかる。対するウロヴォロスは横凪ぎに前足を振って迎撃する。

 ユウキはその前足に神機を突き刺して触手に張り付いた。ウロヴォロスは張り付いたユウキを振り落とそうと神機が刺さった触手を振り回す。

 しかし、ユウキは触手に足を着けて、神機で触手を切り裂きながら昇っていく。そしてウロヴォロスの肩まで昇ると神機を振り抜く。

 神機を振り抜いた後に、今まで見たことの無い鎌にもクチバシにも見える細長い捕食口を展開する。

 

「喰い潰セぇ!!」

 

 展開した捕食口でウロヴォロスの肩を喰い千切る。すると、いつもなら捕食口が収納されるのだが、今回は収納されずに追撃する。

 

  『グチャッ!グチャグチャッ!!』

 

 一度捕食した後、一瞬の内に2連続で捕食する。

 

「オラァア!!」

 

 ユウキがバーストして、咆哮と共に限界以上の力を込めた一撃を捕食した場所に叩き込む。

 力んだせいで全身の傷口が再び開いて全身から血が吹き出る。それでも限界以上の一撃で攻撃した事で、ウロヴォロスの右前足が切り落とされる。

 片足を失い、ウロヴォロスは巨体を支える事が出来なくなって倒れ始める。完全に倒れる前にユウキはウロヴォロスから離れるが、その際にバーストが解除される。落下の途中で銃形態に変形して、ウロヴォロスの頭を撃ち抜いた。

 ウロヴォロスが倒れた時の風圧で吹き飛ばされないように、ユウキは神機を地面に突き刺してしっかりとその場に踏み留まる。

 

「チィ!!」

 

 その隙に、ウロヴォロスが左の前足を地面に突き刺して、下からユウキを串刺しにしようとする。それを後ろに跳んで回避する。

 

「サッさト…」

 

 2回目の下からの串刺しを回避して神機を突き刺す。

 

「クタばれェ!!」

 

 3回目の串刺しを回避すると同時に、負傷覚悟で触手を左手で殴り、破壊する。

 すると、ウロヴォロスの角が光だして、極太のレーザーを放つ。

 

「クソが!!」

 

 さっきのレーザーと違い、辺りを凪ぎ払う軌道のレーザーを放つ。それを上に跳んで回避すると、インパルスエッジで空中で跳ねる。その行く先はウロヴォロスの頭の真上。そこで神機をしっかりと握る。

 

「フっ飛べエぇァア!!」

 

 咆哮と共にユウキが神機を振る。すると、ウロヴォロスの頭を切り落として吹き飛んだ。

 

「喰イ潰セェェェエ!!」

 

 着地と同時にチャージ捕食『ミズチ』を展開してウロヴォロスを飲み込むような形で喰い付く。

 

「グギっ!…ぎイ!」

 

 が、巨大なウロヴォロスを喰い千切るには力が足りない。それでも喰い千切るため全力を越える力を込めて喰い付く。

 

「あああァァアあァアア!!」

 

 ユウキが吼えながらさらに力を込める。すると、少しずつ捕食口がウロヴォロスにミズチの顎が食い込み始める。

 

  『ブシャアァァアアァア!!』

 

 半分程食い込むと、一気にウロヴォロスを喰い千切る。その際、コアも一緒に捕食して回収した。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 肩で息をしていると、突然ユウキの体から力が抜ける。そのまま力尽きて手足を放り出して、仰向けになるように倒れた。

 倒れた状態のまま、ヨハネスから受け取ったインカムに手を当て、スイッチを入れる。すると、ノイズが一瞬入って誰かと繋がった。

 

『ご苦労だった。資材回収の準備は出来ている。何時でも帰投してくれ。』

 

 ノイズ混じりにヨハネスの声が聞こえてくる。孤独な戦場の中で、他人の声を聞いた事でようやく戦いが終わったと実感を得ることが出来た。

 

「…了解しました…」

 

 静かに返事をして、インカムから手を離す。そのまま手をだらんと投げ出し雨が降り続く空を見上げていた。

 

「まだまだ…遠いな…」

 

 何時か越えると誓った背中が、未だに手の届かない高みにあると思い知らされ、理想とする強さには程遠いと実感する。

 そんな悔しさを胸に、ユウキは意識を手離した。

 

To be continued




後書き
 遂にウロヴォロスとの初戦闘です。実機だと肩書きは立派なのですが、実際に戦ってみるとさほど大きくもないし、苦戦もしないかったので、拍子抜けした事を思い出しました。
 ゲームだから仕方ないとは言え、あんな大きさの敵に体当たりされたら衝撃で体の内側がどうなるか…
 ウロヴォロスにはレーザーよりもその巨体を生かして戦ってもらいました。
 しかしまあ、主人公がぼろ雑巾みたいにされて漸く勝てたのに、リンドウさんは軽い怪我で済んで帰ってきたあたり、リンドウさんの強さってやっぱり化物クラスだったんですね…
 回復薬はバースト時程では無いですが、細胞を活性化させ、細胞分裂を促して血管や臓器を優先して、致命傷となる傷を塞ぐ薬と言う設定にしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission37 氷の女王

ようやくプリティヴィ・マータ戦です。さらに新たな敵も現れ無印編も終盤に向けて動き出しそうです。


 -嘆きの平原-

 

(あれ…?)

 

 何故自分が平原で仰向けになって倒れているのか、疑問に思ったままユウキは目を覚ました。

 

(…寝てた?いや…気絶してたのか…)

 

 暫くその場でボーッとしていたら、ウロヴォロスの討伐任務を終えた後、力尽きて倒れた事を思い出した。

 端末を確認すると、どうやらあれから1分も経っていないようだ。数秒、あるいは数十秒と短い時間の間だけ気絶していたようだ。

 その後、ゆっくりと立ち上がる。しかし、自らの体の異変を感じていた。

 

(何か…フラフラするし…寒い…)

 

 フラフラとした足取りで待機ポイントに向かっていく。

 

(取り合えず…帰るか…)

 

 どうにかバギーに乗り込み、ユウキは極東支部に向かった。

 

 -極東支部-

 

 途中、ユウキは何度か気を失いそうになりながらも、極東支部に帰還した。そのまま神機保管庫に向かうと、作業中と思われるリッカが居た。

 

「…ただいま戻りました。」

 

「あ!おかぇえ?!どうしたの?!顔真っ青だよ?!」

 

 端末の画面を真っ暗にしたまま自分の顔を確認すると、確かにユウキの顔には血の気がなく、ひどく青い顔になっていた。リッカに言われて漸く気がついた。

 

「…え?いや、ちょっと冷えただけだよ?」

 

 ウロヴォロス討伐の特務で怪我をしたと言えるはずもなく、顔色が悪い理由を任務地が大雨だった事にした。

 

「早く医務室行かなきゃ!!」

 

「いや…でも…」

 

「つべこべ言わない!うわ!?冷た!!やっぱり何か不味いって!!」

 

 そう言ってリッカいつまでも口答えするユウキをの手を取る。その際、ユウキの手から生気を感じない程に冷たくなっていたので驚きつつも、無理矢理にでも医務室に連れていく。

 

「あ…!ちょっと…!」

 

 口では抵抗しているようだが、もうユウキには抵抗する体力は残されていなかった。ゴッドイーターと比べて非力な筈のリッカの手を振りほどく事も出来ず、そのまま手を繋いでエントランスを通り、医務室に向かって行った。

 

「あれ?ユウにリッカさんだ。あ"!!良いなぁ!手ぇ繋いでる!」

 

「っ!!」

 

 当然エントランスに居た者には見られていた。その中にはコウタとアリサも居た。コウタは異性と手を繋いでると羨ましがり、アリサはユウキをリッカを睨んでいた。

 

 -医務室-

 

 ユウキはリッカに連れられて医務室に行くと、ルミコによって様々な検査を受けさせられた。

 一通りの検査が終わると、ルミコは怒っている様な、呆れた様な表情でユウキに話しかけた。

 

「ひとつ質問…何してきたの?」

 

「え?ふ、普通にヴァジュラの討伐任務ですけど?」

 

 やはり特務の事を話す訳にはいかない。記録上での任務の事を話して、誤魔化す事にした。

 すると、大きなため息をつきながら今度こそ呆れた様子で話を続けた。

 

「…結論から言うと、ハッキリ言って君の体で有り得ないことが起きてるんだよ。」

 

「あ、あの…ルミコ先生?一体何があったんですか?」

 

 リッカが恐る恐るユウキの体に起こっている事を訪ねる。すると、ルミコは何枚ものレントゲン写真を取り出して2人に見せた。

 気のせいか腹の辺りに白く写し出された部分が異様な形で写っていた。

 

「…胃を始めとした消化器官、膵臓、肝臓、腹部辺りの臓器ほぼ全て…内臓破裂した形跡があるんだよ。」

 

「なぁ!?そんなの死んじゃうじゃないですか?!」

 

 消化器官を含めた腹部周辺の臓器全損。普通に考えればまず出血多量のショックで死ぬだろう。

 驚きの声を挙げるリッカと言葉を失う程に驚くユウキを尻目に、ルミコは淡々と話を続ける。

 

「うん。普通は死ぬ。でも神裂君は生きてる。多分、強い衝撃でこんな事態になったんだと思う…その経緯を教えてもらえる?」

 

 強い衝撃と言えば、ウロヴォロスの体当たりが真っ先に思い当たるが、特務の内容は話せない。記録上ヴァジュラと戦闘したことになっているので、それを利用して誤魔化す事にした。

 

「ゆ、油断してヴァジュラのタックルを真正面から受けました…それで、回復薬って新薬を使って傷を治しました。」

 

「…それでもこれは有り得ないよ?言ったでしょ?『内臓破裂した形跡がある』って。もうほとんど治ってるんだよ。」

 

「そ、そんなこと有り得るんですか?」

 

 漸くユウキが声を出した思ったら、情けない声で自分の症状につい聞き返した。

 

「さっき有り得ないって言ったよね?まあ、何にしても今日は入院だよ。輸血と点滴で事足りるとは思うけど…今日は絶対安静ね。」

 

 そう言うと、ルミコはリッカと協力してユウキをベッドに押し込んで、点滴と輸血用のチューブをユウキの腕に刺した。

 

 -エントランス-

 

 エントランスには様々な目的で人ざ集まる。任務の発注をする者、談笑する者、任務の後処理をする者も居る。そんな中、コウタは偵察任務の後の報告書を初めて書くので、書き方をアリサから教わっていた。

 だが、ユウキとリッカが手を繋いでる所を見てからと言うもの、アリサの機嫌は最悪なまでに悪かった。

 

「な、なあ…」

 

「…何ですか?」

 

 コウタの呼び掛けに対して、アリサは威嚇するような目で答える。

 

「いや、そんなに気になるなら様子見に行ったら?ユウも顔色が悪く見えて何か様子がおかしかったし。」

 

 コウタの言う通り、ユウキとリッカを見て以降、エレベーターの扉をチラチラと見て気にしていた。

 正直コウタとしてはさっきの事を気にして、変なところで八つ当たりされても堪らないので、もう様子を見に行けと提案したのだ。

 

「…そ、そうですね!全くもう!ここ最近でユウは強くなって頼れるリーダーになってきましたけど、何処か抜けてる所がありますからね!私がしっかり見ておかないと!」

 

 口では仕方がないと言っているが、アリサは何処か嬉々とした雰囲気を出していた。コウタの報告書をさっさと書き終わらせて、コウタを巻き込んでユウキを探しに行った。

 

 -医務室-

 

 あちこちとユウキを探し回ったが、顔色が悪いと言うならば、医務室しか行き先は無いだろうと、探している途中でアリサが気がつき、2人は医務室に向かった。

 

「わあ?!」

 

「きゃあ?!」

 

 アリサが医務室の扉を開けようとしたら、扉が勝手に開いて、中に居たリッカとアリサは驚いた。

 

「アリサか…ビックリした。」

 

「す、すいません。あ!ユウはこっちに居ますか?」

 

 驚いて本来の目的を忘れかけていたが、アリサは医務室にユウキが居るはずだと思ったので、リッカにユウキの居場所を聞いてみた。

 

「居るよ。じゃあ神裂君!お大事に!」

 

「うん。ありがとう。」

 

 そう言うとリッカは軽く手を振って医務室を出て行き、代わりにアリサとコウタが医務室に入ってきた。

 

「アリサにコウタ…どうしたの?」

 

 正直、ユウキはアリサやコウタに医務室に行くところを見られていたと思っていなかったので、何故医務室に来たのか分からなかった。

 だが、ベッドで横になっているユウキの顔色を見たとたんにコウタが騒ぎだした。

 

「うお?!大丈「どうしたんですか?!真っ青ですよ?!」」

 

 心配するコウタを押し退けて、アリサがユウキの元に駆け寄る。

 

「うん…任務で油断して…でも、リッカやルミコ先生も面倒見てくれたから、もう大丈夫。」

 

「そういや、少し前からリッカさんとよく一緒に居るよね。この間も何か呼び止められてたし。」

 

 押し退けられたコウタがユウキに話しかけ、アリサはいつでもユウキが水を飲める様に横にあったコップに水を注ぐ。

 しかし、コウタとユウキの話を聞いた途端にアリサの表情が険しくなる。

 

「ふーん…そうですか…美人二人を侍らせて両手に花だった訳ですか…それは良かったですね!!!!」

 

 『ガン!!』とコップを勢いよく叩きつけてユウキに渡す。何故突然怒ったのか男2人は理解が出来ずに慌てる。

 

「え?ちょっとアリサ!」

 

「こうして無事生きてる事は確認できたんですから問題ないでしょう?精々ルミコ先生に手厚く介護してもらえば良いじゃないですか!!」

 

 アリサは怒っている事を隠そうともせずにユウキに刺のある言葉をかける。結局そのままアリサは医務室を出ていって、部屋にはユウキとコウタだけになった。

 その後、医務室を出ていったアリサはエレベーターを待ちながら、あることを考えていた。

 

(何で…?ユウが他の娘と居る所を想像すると…イライラする…!)

 

 アリサ自身、その感情が何なのかぼんやりと理解しているが、そう思う根幹とも言える感情にはまだ気がついてはいなかった。

 

「怒らせたちゃったな…」

 

「何だ?アリサのやつ。」

 

 医務室に取り残されたユウキとコウタはアリサが何故怒ったのか理解できずに悩んでいた。

 

 -1時間後-

 

 コウタとユウキが談笑をしていると、医務室の扉を開けてツバキが入ってきた。

 

「神裂、居るか?」

 

「ツバキ…さん?」

 

「藤木。すまないが…」

 

 ツバキがコウタに話しかける。だが、いつものようにハッキリとした物言いではなく、歯切れが悪いものだった。

 

「あ、分かりました。ユウ!早く体治せよ!」

 

「うん。今日はありがとう。アリサにもお礼言っといて貰えるかな?」

 

「おう!任せとけ!」

 

 ツバキの様子から何かを察して、コウタは医務室を出ていった。すると、ツバキから手厳しい一言が飛んできた。

 

「手酷くやられたようだな。」

 

「…」

 

 ツバキの一言で自分が未だに弱いということを思い知らされ、思わず黙りを決め込んでしまった。

 

「落ち込んでいるところに悪いが、動揺しないようお前には事前に知らせておく事がある。」

 

「?…はい?」

 

 一体何の話かと思い、間抜けな声で返事をしてしまった。

 

「つい先程、前リーダーの腕輪反応を確認した。」

 

「!!!」

 

 思わず表情が強張る。少なくともリンドウの仇を討つ機会がもうすぐ来るのだ。

 

「近くに何体かの大型の反応が入り乱れていたため、確実とは言えないが、一応反応はロックした。お前が回復次第、正式な任務として第一部隊で討伐に向かってもらう。」

 

「分かりました。」

 

 かつてリンドウを倒した敵に自分達がどこまで通用するか分からないが、こうなったらやれるだけの事をやるしかない。そのために、早く回復して前線に復帰できるようにしなければならない。

 そう考えていると、不意にツバキが話を続ける。

 

「念のため言っておくが、リーダーとしてお前の役割は何だ?」

 

「部隊の統率。部隊員の作戦行動中の管理です。」

 

「そうだ。部隊員が感情的に行動しないように、お前がしっかりと手綱を握っておけ。」

 

 『感情的にならないように手綱を握る』言うだけなら簡単だが、今の第一部隊にはリンドウに限りなく近い者と、暗殺に荷担してしまった当事者がいる。

 この2人は敵わない敵だとしても深追いする可能性もある。しっかりと2人の感情を押さえられるようにしなければいけない。

 

「はい。」

 

「よし。万全の状態で任務に向かえる様に、今は休んでおけ。」

 

 そう言うと、ツバキは踵を返して病室を出ていった。

 

 -翌日-

 

 ユウキが回復して、顔色もすっかり元に戻ったところで、第一部隊に召集がかかった。現在、エントランスではユウキ、サクヤ、アリサ、コウタが任務の説明を受けている。

 ちなみにソーマは別任務で既に極東支部を出ている。しばらく待っているとツバキが厚めの資料を持って現れた。

 

「全員揃ったな。今回のターゲットは『プリティヴィ・マータ』通称、氷の女王…ヴァジュラ神属の第二種接触禁忌種だ。」

 

 そう言うと、ツバキは手元の資料をペラペラと捲りながらターゲットであるプリティヴィ・マータについて説明していく。

 

「何年も前にユーラシアで発見されたという報告を受けてから、暫くは目撃報告が無かったが、ここ最近で急激に目撃情報が増えたようだ。」

 

 ツバキは淡々と説明を続ける。

 

「目撃情報と過去の記録から、氷を扱う攻撃をしてくるようだ。火属性による攻撃が有効だろう。」

 

 氷の女王と言う異名は伊達ではないらしい。自身もまた、氷を扱う攻撃をするのだから、必然的に氷属性には強いだろう。

 ならば、氷属性の敵には火属性が有効…昔から良く言われている事だ。

 

「これらの情報と現状の戦力を鑑みて、倒せない敵ではないと判断した。そして最後に…」

 

 資料から目を離して、第一部隊をいつも以上に鋭い眼光で見る。

 

「今回のターゲットから、リンドウの腕輪と思われる反応をキャッチした。」

 

「「「!!!!」」」

 

 ユウキを除く、出撃メンバーが全員驚いた。いきなりリンドウを倒した敵を相手にする事になったのだから、動揺もするだろう。

 

「仇などと言う雑念を持ち込むな。あくまでいつも通り、冷静に対処しろ。」

 

「「はい!」」

 

 動揺する第一部隊に釘を刺す様に、雑念を捨てろとツバキが言う。それを了解し、返事をするユウキとコウタだったが、サクヤとアリサはそうではなかった。

 

「リンドウ…やっと…やっと…!」

 

「…サクヤさん!」

 

 思わずサクヤは小声で心の内を漏らす。それに釣られてアリサも小声でサクヤに話しかける。

 しかし、聴覚で策敵出来る程に鋭くなったユウキの耳にはしっかり届いていた。

 

「サクヤさん、アリサ…分かっていると思いますけど、あくまで感情的な行動はしないようにお願いします。」

 

「!!…わかってます!!」

 

(アリサ…?)

 

 アリサはイラついた様にユウキに対して言い返す。サクヤも何故突然怒ったのか理解できずに、どうしたら良いか分からないでいた。

 そうしているうちに、出撃の時間になり、第一部隊は旧寺院に向かった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 ユウキは神機の刀身パーツを火刀に変更して、サクヤ、アリサ、コウタと共にヘリで鎮魂の廃寺に来た。現在、待機ポイントでターゲットの動きを確認するため、ヒバリからのオペレートを待っている。

 

「ヒバリさん、状況は?」

 

『現在、ターゲットのプリティヴィ・マータは本殿付近に居るようです。』

 

 どうやら作戦領域内にはいるようだ。ターゲットの位置と自軍の戦力を分析して、作戦を考える。

 

「…了解。サクヤさん俺と一緒に西側へ回ります。アリサとコウタは東側から本殿へ。」

 

「「「了解。」」」

 

 ユウキの指示にサクヤ、アリサ、コウタは素直に従う。それぞれのペアに別れて作戦を開始する。

 

(…っ!!)

 

 待機ポイントから飛び降りるユウキとサクヤを見てアリサは2人を後ろから睨む。 しかし、ユウキとサクヤはその視線に気が付かないまま西側のルートを回って本殿に向かう。

 その後しばらくしてアリサとコウタのペアも東側を回って本殿に向かった。

 

「…いた。」

 

 最上階に通じる階段の影から本殿の方を見ると、何かを探すようにプリティヴィ・マータがキョロキョロと視線を移している。

 

「どうするの?」

 

「アリサとコウタが来てから突撃して、左右から同時に挟み撃ちにします。」

 

 サクヤは今後の動きを確認する。ユウキが作戦を考えていると、いつの間にかアリサとコウタが反対側の階段から現れた。どうやら2人もユウキからの指示待ちのようだ。今ならターゲットのプリティヴィ・マータも完全に油断している。

 

「よし…行くぞ!!」

 

 ユウキの合図で全員が飛び出す。一斉に多方向から敵が飛び出した事で、『誰を優先して倒すべきか』と言うことを考えてしまい、プリティヴィ・マータの反応が遅れる。

 

「先手はもらった!!」

 

 その隙にコウタがスタングレネードを投げつけて、動きを止める。

 

  『ガアァァァア!!』

 

 しかし、折角のスタングレネードもプリティヴィ・マータには大した効果は無いようだ。怯みこそはしたが、即座にコウタに目線を向けて迎撃の体勢を取る。

 

「えぇ?!マジかよ!!」

 

 スタングレネードが効かない事に驚き、コウタは動きが鈍る。だが、アリサは気にする事なくプリティヴィ・マータに突っ込む。

 

「やっと見つけた…こいつだけは!!」

 

「アリサ!落ち着け!あくまでも冷静に!状況を分析しろ!」

 

「分かってます!!」

 

 イラついた様子でユウキに答える。その間もプリティヴィ・マータはコウタの方に走る。つまり、一緒に来たアリサの方にも走ってきている。

 すると、アリサはポケットからホールドトラップを取り出して自分の足元に設置した。そして、コウタと共に後ろに後退する。

 後は2人を追って来たプリティヴィ・マータがホールドトラップに掛かり、動きが止まる。

 

「今がチャンスよ!ユウ!」

 

「今だ!!総攻撃!!」

 

 サクヤの後押しもあり、ユウキは総攻撃を指示する。

 

「チャンスターイム!」

 

「貫け!!」

 

 全員が命令を承諾し、サクヤは狙撃弾で攻撃が通る所を探し、コウタは爆破弾による高火力な破砕攻撃、ユウキとアリサはチャージ捕食『壱式』を展開する。

 

「食い潰せ!!」

 

「頂きました!」

 

 ユウキとアリサがバーストする。そしてお互いに銃形態に変形して、リンクバーストするはずだった。

 しかし、バーストした時点でプリティヴィ・マータがホールドから逃れて、自由になってしまった。

 

  『ガアァァァア!!』

 

 自由になった途端、プリティヴィ・マータは吠えながら姿勢を落として構えの体勢を取った。

 

「アリサ!離れろ!」

 

 アリサも何かを察したのか、ユウキとほぼ同時に後ろに跳ぶ。その瞬間、プリティヴィ・マータの周囲に青白い粉が舞い上がった。恐らく、自身から発した冷風で空気中の水分を凍らせたのだろう。生身であれを受けたら氷付けにされただろう。

 結局、回避に専念したため、銃形態にも出来ずリンクバーストも出来なかった。

 冷気での攻撃が終わると、プリティヴィ・マータはユウキに向かって飛びかかる。それを後ろに下がって回避しつつ、顔面に斬撃を決める。その間に、いつの間にかプリティヴィ・マータの真横まで移動したサクヤが、敵の胴体を撃ち抜いた。

 すると、随分と呆気なく胴体が崩れて、結合崩壊した。

 

  『ガアアァァア!!』

 

「サクヤさん!!前に出すぎです!!下がって!!」

 

 プリティヴィ・マータが吠えると同時に活性化する。すると、冷気を纏いながら真横にいるサクヤに飛びかかる。

 

「くっ!!」

 

 近すぎたせいでかなりギリギリで突進を避ける。その後は向きを変えてユウキに向かって飛んできた。

 それをバックステップで一旦後ろに下がり、その後プリティヴィ・マータの上を弧を描く様に飛び上がりつつ、銃形態に変形する。

 

「当たれ!」

 

 最上点で銃口を下に向けて結合崩壊を起こした胴体に狙撃弾を撃ち込む。ダメージは入っているようだが、特に怯んだりはせず、そのまま後ろに飛んだユウキに狙いを定める。

 そして、ヴァジュラと同じ様に前面へ鋭く尖った氷堺を展開する。

 

「ヴァジュラと同じなら怖くないね!!」

 

 コウタの声に合わせて、アリサも前面に出て爆破弾を撃ち込む。ヴァジュラが雷球を展開するように、プリティヴィ・マータも動きを止めながら氷堺を展開している。

 発射後に余程奇妙な軌道にでもならなければ、いつもと同じ感覚で避けられるとコウタは考えていた。実際、出撃したメンバーも同じ考えを持っていたため、この間は絶好のチャンスとして、一気に攻撃を仕掛けていた。

 

「ここで決める!手を緩めるな!」

 

 そう言ってユウキは真正面から剣形態に変形して突っ込み、アリサとコウタはユウキと軸をずらした正面の位置から砲撃、サクヤは後方から胴体を撃ち抜き続けた。

 

「!!」

 

 しかし、総攻撃で敵が怯む事もなく、氷堺が飛んできた。ユウキは咄嗟にジャンプで躱し、それを合図にアリサとコウタもジャンプで回避する。

 

「いい加減…沈んで!!」

 

 回避後、空中で放ったアリサの爆破弾がプリティヴィ・マータの顔面を捉える。すると、大きな爆発を起こしてプリティヴィ・マータの顔が結合崩壊を起こし、大きく仰け反った。

 

「くたばれ!!」

 

 咄嗟に上から降り下ろすつもりで構え始めていた神機を、急遽逆手に持ち変えて、神機を振り上げる。

 プリティヴィ・マータの顎を捉えて、吹き飛ばしながら結合崩壊した顔に大きな裂傷を作った。

 しかし、プリティヴィ・マータは空中で体勢を立て直し、尻尾から氷堺を連続で飛ばす。

 

「ぐぅっ!!」

 

 未だ空中にいるユウキに、この攻撃を防ぐのは至難の技だ。取り敢えず装甲を展開して最初の4発の氷堺を防御するが、空中では踏ん張りも効くはずもなく体勢を崩しながら防御に撤する。

 その途中、プリティヴィ・マータはサクヤの方に飛ぶように調整して着地した。そのせいでサクヤは回避に気を取られて、ユウキの援護が出来なかった。

 まともな着地が出来ずに、ユウキは腕だけで残りの氷堺を受ける。5、6発目の氷堺は受けられたが、7、8発目で受けきれずに腕を降り上げて、神機を離してしまう。

 

「させない!!」

 

 サクヤが不安定な体勢のまま狙撃弾を放ち、9発目を破壊する。しかし、最後の10発目は確実にユウキの体を貫く軌道に乗っている。このままではユウキが串刺しになる。

 

「おらぁ!!」

 

 気合いの入った声と共に左足を外から回して、氷堺に足の裏を叩きつけて無理矢理軌道を変える。

 その直後、プリティヴィ・マータがユウキ飛びかかる体勢を取る。対してユウキは右手で地面を殴って神機を回収するために飛び上がる。

 

「させるかよ!!」

 

 コウタがほんの少しでも隙ができるならと思いプリティヴィ・マータにスタングレネードを投げつけた。

 

  『バァアン!!』

 

 スタングレネードが爆発した瞬間、プリティヴィ・マータがぐったりと倒れた。

 

「なんか分かんねえけどダウンした!今だ!!ユウ!!」

 

 コウタの声を聞くと同時に空中に放り出してしまった神機を掴む。

 

「決めてください!ユウ!!」

 

 アリサが受け渡し弾3発をユウキに射つ。これでユウキはリンクバーストLv3になる。

 ユウキはリンクバーストLv3となったインパルス・エッジで一気にプリティヴィ・マータとの距離を詰める。

 

「ああぁあぁああ!!」

 

 咆哮と共にプリティヴィ・マータに斬りかかる。ダウンから回復することが出来ないプリティヴィ・マータは成す術もなく、真っ二つに切り裂かれた。

 そのまま、コアを回収するために捕食形態を展開して捕食する。そして、リンドウの遺品が無いか確認するため、跡形もなく喰い尽くした。

 

「無かったね…」

 

「うん。こいつじゃ無かったのか?」

 

 遺品が見つからないとコウタがぼやくと、思わずユウキも苦虫を潰した様な表情になる。

 サクヤとアリサは喜んで良いのか、落ち込めば良いのか分からず、複雑な表情をしていた。

 

「でも、あのときの新種はあと4体位は居る。そいつらを一体ずつ確実に潰せば…!!!!」

 

 突然、驚いた様にユウキが明後日の方向を見る。

 

「どうかしま…!!」

 

  『ガアアァァァ…』

 

 アリサがユウキに何があったのか聞いている最中に、獣が雄叫びの様な声が遠くから聞こえてきた。

 もう作戦領域内に何かが居るのは間違いない。全員が雄叫びが聞こえた方に走る。行き着いた先は廃寺の東側中腹、最上階に続く階段があるところだ。そこにある聳え立つ崖の上には、ヴァジュラの様な骨格に髭をたっぷり生やした黒く、邪悪な顔のアラガミがいた。

 

  『グルルル…』

 

 アラガミは低い声で唸り、ユウキ達を威嚇しているようだ。第一部隊も構えを解くことなくアラガミを見据える。

 

(あいつ…何処かで…?)

 

 そんな中、ユウキは警戒しつつも、黒いアラガミを何処かで見た様な気がして、記憶の中から探していた。

 

(そうだ…!確かアリサの記憶を見た時の黒い顔…!)

 

 以前アリサとの感応現象で隙間から見えた黒い顔と同じ顔だった事を思い出す。言わばアリサの人生を狂わせた張本人であり、全ての元凶とも言える相手だった。

 すると、興味が失せたのかアラガミは向きを変えて、そのまま去っていた。

 

「逃げた…?いや、見逃してくれた…のか?」

 

「何にしても、あいつを倒さないとダメって事ね…待ってなさい…!」

 

 サクヤだけではなく、その場に居た全員が思った事だった。確証がある訳ではない。だが、あの黒いアラガミがリンドウを倒したのだと直感で理解した。

 新たな敵の存在を目の当たりにし、一度緩んだ気を再び引き締めながら、第一部隊は帰投した。

 

To be continued




後書き
 ついにプリティヴィ・マータの討伐しました。原作でこの辺りのムービーを見ている時には、サクヤとアリサが焦って何かやらかすのではないかと思ってヒヤヒヤしてました。
 今回の戦闘ではアリサやサクヤ、コウタを動かして見たつもりですが、上手く動いていたでしょうか?
 髭ヴァジュラも登場していよいよ無印編も最後に向けて動き出しました。ユウ君が死に目を見る日も近そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission38 守る決意

髭戦前のワンクッションです。コウタの決意を垣間見る回です。


 -エントランス-

 

 プリティヴィ・マータを倒した翌日、ユウキは珍しく早く起きたコウタと共にエントランスに来ていた。現在、緊急の任務はないので、比較的時間に余裕のある任務の中からある任務を探していた。

 すると、ユウキとコウタの後ろから聞き慣れた男の声がした。

 

「よお!お疲れさん!」

 

「「お疲れさまです。」」

 

 声の主はタツミだった。隣にはブレンダンも居る。タツミから声をかけられたので、適当な返事をする。

 

「戦果の件は残念だったな…いや、死亡が確定した訳ではないから喜べば良いのだろうか?」

 

 恐らくリンドウの遺品が見付からなかった事を言っているのだろう。ブレンダンも言っていた通り、ユウキを含めた第一部隊を始め、全ての極東支部の神機使いが喜んで良いのか、落ち込めば良いのか分からない複雑な心境だった。

 

「…正直複雑な感じです。ブレンダンさんも言ってたように、喜んで良いのか悪いのか…」

 

「そ、それはそうと!もう任務に行くのか?昨日デカイ任務が終わったところだろ?」

 

 暗くなった空気に耐えきれず、タツミが強引に話題を変える。禁忌種であるプリティヴィ・マータを倒したと言う快挙を成し遂げたにも関わらず、第一部隊は即新しい任務を受けようとしている。

 普通なら1つの区切りとして、一息入れるだろう。しかし、2人は休む事なく次の任務に出ようとしている。タツミはこの事に疑問を持ったため、話題を変えるついでに聞いてみたのだった。

 

「ヤバそうな奴に会ったんです。少しでも早く…強くならないと…」

 

「あ!この新種のクアドリガとかどう?戦い方とか確立されてないだろうし、新種戦の練習には調度いいんじゃない?」

 

 そう言いながら、ユウキは黒いアラガミの事を思い出していた。どんな動きをするのか、どんな攻撃方法なのかも分からない。少し不安を覚えたため、本命の戦いに備えようと言うのだ。

 そんなユウキを尻目に、コウタがクアドリガ堕天種の討伐依頼書を見せてきた。今回の目的は新種戦との戦い方の練習だ。即興での戦術の組み立て、部隊運用の練習をしようと言うのだ。

 

「うん。そうだね。これなら…」

 

  『ビー!!ビー!!』

 

 『練習に調度いい。』と言おうとしたら、突如けたたましい警報音が極東支部内に鳴り響く。

 

『緊急連絡!外部居住区に大型及び中型アラガミが侵入!!防衛班は直ちに出撃してください!!繰り返します!!外部居住区にアラガミが侵入!!防衛班は直ちに出撃してください!!』

 

「襲撃だって?!」

 

「コウタ!!出撃は中止だ!防衛任務に加わるぞ!」

 

「おう!!」

 

 どうやら外部居住区にアラガミが侵入したようだ。ユウキとコウタは即座に防衛任務に参加出来るよう任務のキャンセルをするが、それはタツミによって遮られた。

 

「悪いが今回は留守番だ!居住区の人々を守るのは俺たち防衛班の仕事だ。」

 

「ああ。それにこの程度なら俺たちでどうにか出来るだろう。」

 

 このような状況の任務は防衛班の十八番だ。況してやタツミもブレンダンもベテランの域に達した神機使いだ。この2人に比べれば、防衛任務についてはまだ素人に毛が生えたレベルのユウキやコウタでも戦力にはなるだろうが、無理に参加する必要も無いのだ。

 

「…分かった。気を付けて!」

 

「任せときな!ヒバリちゃん!状況が分かったら連絡を入れてくれ!!」

 

「はい!!」

 

 タツミがヒバリにオペレートを依頼すると、ブレンダンと共に出撃ゲートに向かって走り出す。それと同時にヒバリは手元の端末を操作して状況を整理する。

 その時、コウタの表情から不安が見え隠れしていた。

 

「ここ最近、防壁を突破される事が多いって話…本当なのかな?」

 

「はい。第一部隊はその時は大抵任務に出ているので、あまり実感が無いかも知れませんが…」

 

 コウタの疑問にヒバリが端末を操作しながら答える。すると、今度はユウキが疑問に思った事を聞いてみる。

 

「でも、何だってそんな頻繁に突破されるんだろう?」

 

「最近になって、新たな堕天種や新種が頻繁に出現するようになったからですね。このような新種に対しては、今防壁に使用している偏食因子では対応出来ないんです。」

 

「じゃあ、防壁に使っている偏食因子がアラガミの変化に着いていけなくなったって事?」

 

 以前講義でも言っていたように、対アラガミ装甲壁には偏食因子が埋め込まれていて、それによってアラガミの捕食対象から除外しているのだ。

 しかし、新種は新しい偏食傾向を持っている事が多い。ここ最近で新種の出現が多くなっているのならば、既存の偏食因子では対応出来ないのも無理はない。

 

「はい。新種から偏食因子が採取出来れば、防壁も更新出来るんですが…」

 

「あるじゃん…俺達に出来ること!ユウ!!」

 

「うん!ヒバリさん!!さっきのクアドリガの任務、受理します!」

 

「え?!あ!!はい!!」

 

 やはりヒバリは端末の操作を止める事なくユウキとコウタの話に受け答えをする。しかし、襲撃の情報整理に気を取られて反応が遅れたが、大事な部分はしっかりと聞いてきた。

 その結果、襲撃の情報整理をしながら討伐任務の受注処理を同時にやると言う、神業をやってのけたのはまた別の話である。

 

 -愚者の空母-

 

 慌ただしく出撃要請を済ませた後、バギーに乗り込み作戦領域に向かった。待機ポイントに着くと、その場から水色の大きな何かが見えていた。

 

「なあ、ユウ…もしかしてあの青いのが?」

 

 そう言われてユウキは目を細めて遠くを見る。

 

「…うん、間違いない。アイツだ。」

 

 そこに居たのは、確かに体の色が水色のクアドリガ堕天種だった。他にも赤いオウガテイルの様なアラガミと黄色いコクーンメイデンが数体も見える。

 

「コウタ、空母に着いたら敵の動きを止めつつ速攻で小型種の掃討。その後でクアドリガを狩る。」

 

「へへ、了解!!」

 

 ユウキが作戦内容をざっくりと説明して、コウタが了承する。

 

「よし、いくぞ!!」

 

 ユウキとコウタが待機ポイントから飛び降りて、空母に向かって走る。空母に着くと、ヴァジュラに似た骨格の赤いオウガテイル『ヴァジュラテイル』と黄色い体のコクーンメイデン堕天種、さらにはクアドリガ堕天種が一斉にこちらを向く。

 

「コウタ!グレネードだ!」

 

 その言葉を合図にして、コウタが敵陣の真ん中でスタングレネードを地面に叩きつける。

 

「動くなよ!!」

 

 スタングレネードが地面に叩きつけられた瞬間、辺りが閃光に包まれる。アラガミ達は視覚を失い、狼狽える。

 

「よし!殲滅するぞ!!」

 

 ユウキとコウタが左右に散り、ユウキは2体のヴァジュラテイル、コウタは2体のコクーンメイデン堕天種に向かって飛び出す。

 ユウキはヴァジュラテイルを斬る。しかし、攻撃は通るが火属性の火刀では少し効きが悪いようだ。

 すると、視覚を失いつつもヴァジュラテイルは尻尾を振り回して、辺りに火球をばら蒔く。

 それを躱してインパルス・エッジで攻撃してきたヴァジュラテイルをもう一体の方にぶつける。勢いよくぶつかった事で、2体は縺れるように倒れ込む。そこに間髪入れずにシュトルムで距離を詰めて、2体をまとめて捕食する。そのとき、コアを同時に捕食して、ヴァジュラテイルは機能を停止した。

 対してコウタも、でたらめに雷球を飛ばしてくるコクーンメイデン堕天種の攻撃を避け、多少のムラはあるがコアのある胴体を撃ち抜いていく。そして、ダメージが積み重なり、2体とも胴体のオラクル結合が弱まり、ボロボロと崩れ始めていた。

 

 『ウオォォォオン!!』

 

 しかし、コクーンメイデンを倒しきる前に、クアドリガ堕天種が動けるようになる。

 

「コウタ!5秒だけクアドリガの注意を引いてくれ!」

 

「任せろ!」

 

 コウタの返事を聞くと、ユウキはコクーンメイデン堕天種に走り、コウタはクアドリガ堕天種に爆破弾を放つ。

 

「そら!こっちだ!お前の相手は俺だ!」

 

 コウタはクアドリガ堕天種の顔面に爆破弾を打ち込んで、注意を引く。その隙にユウキは疾風で脆くなった胴体周辺ごとコアを捕食する。

 その瞬間、捕食口を霧散させてステップで近づいて、残りのコクーンメイデンに向かってシュトルムで一瞬のうちに距離を詰めて捕食する。

 これでコアごと捕食して、コクーンメイデン堕天種を2体とも倒した。その後、ユウキは即クアドリガ堕天種にターゲットを移す。

 

「おまたせ!コウタ、後衛に回って!」

 

「おう!」

 

 そのままコウタは後ろへ下がるついでにリロードして、ユウキはクアドリガ堕天種に向かって走る。

 それを迎え撃つようにクアドリガ堕天種もユウキに向かって突進してくる。

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちををしながらユウキは横に跳びつつ銃形態に変形して、受け身をとりながらクアドリガ堕天種の頭部を撃ち抜き、それに合わせてコウタも爆破弾を前面装甲に撃ち込み続ける。

 しかし、クアドリガ堕天種もやられてばかりではなかった。ミサイルポッドからユウキとコウタに向かって、大量のミサイルをばら蒔く。

 

「クソッ!!」

 

「うわっ!危ねえ!」

 

 『ウオォォォオン!!』

 

 ユウキとコウタは上から降ってくるミサイルを前後左右に跳んで避ける。すると、標的を失ったミサイルは地面に着弾して水色の爆炎が巻き起こる。

 

(なるほど…冷凍ミサイル…と言ったところか?液体窒素でも仕込んでいたのか?)

 

 ミサイルの着弾地点は辺りは水色の爆炎のせいか、薄く凍りついていた。凍らせるような何かを仕込んでいたのだろうと考えていると、突然クアドリガ堕天種から雄叫びが聞こえてきた。その瞬間、クアドリガ堕天種は上空に大きくジャンプし、ミサイルを発射した。そのミサイルはすべてユウキに向かっている。

 

「ユウ!」

 

「大丈夫!」

 

 そう言うと、ユウキはミサイルの方に向かって走り出す。コウタも空中にいるクアドリガ堕天種の前後装甲を破壊しようと、爆破弾を撃ち続ける。

 ユウキはその間もミサイルに向かって走り、ミサイルが当たる直前に姿勢を可能な限り低くしてミサイルの下を飛び込むように潜る。

 その後は、左手をバネのように使い、クアドリガ堕天種に向かって斬りかかる。空中にいれば、着地した際の衝撃を受けなくて済む。そう思っての行動だった。

 

「うわあああ!!」

 

(しまっ…!!)

 

 しかし、ユウキの予想は大きく外れる。着地した際に発生するのは着地の衝撃や風圧だけではなかった。クアドリガ堕天種を中心に、十字になるように氷の柱が地面から生えてきたのだ。

 ユウキは攻撃しようと振り上げた神機を咄嗟に下に下げて装甲を展開する。どうにか防ぐことは出来たものの、何度も空中で防御したため、着地の際に体勢を崩してしまった。

 コウタは衝撃を避けきれずに体勢を崩し、氷の柱が倒れたコウタの背中に直撃した。幸い尖った部分がコウタに突き刺さる事はなかったが、コウタ体は空中に投げ出され、地面に激突するように落ちていった。

 すると、クアドリガ堕天種はコウタに向かって突進し始めた。

 

「待てよテメェ!!」

 

 ユウキが銃形で後ろ足を撃ちながら追いかけるが、クアドリガ堕天種はかなりの速さで走っている。ユウキが追い付くことなく、クアドリガ堕天種はコウタを射程圏内に捉えた。

 

「コウタァ!」

 

「藤木コウタ…ただいま苦戦しております…」

 

 軽口を言いながらもコウタは立ち上がる。神機は離してはおらず、銃口はしっかりとクアドリガ堕天種に向いていた。

 すると、銃口から火花が出たと思ったら、突然クアドリガ堕天種の前面装甲と顔面が爆破されて怯み、前面装甲は結合崩壊を起こした。

 

「…なんてね!ユウ!チェンジだ!」

 

 その言葉をきっかけに、ユウキは剣形態に変形してクアドリガ堕天種に突っ込み、逆にコウタはクアドリガ堕天種から離れるように走る。

 どうやら、コウタはバレットエディットで前面と斜め上に時間差で爆破弾を撃つ弾を作っていたようだ。

 そのままユウキとコウタが入れ替わると、クアドリガ堕天種が向きを変え、ユウキに向かってトマホークを撃ってきた。

 

「やらせるかよ!」

 

 コウタはユウキと軸をずらして、トマホークを撃ち抜く。すると、水色の爆炎を撒き散らした。ユウキはその中を突っ切る。

 その後もコウタは爆破弾で援護しようとしたが、オラクルが尽きてリロードする事になった。

 爆発してから少し時間が経った後だったせいか、ユウキの服が所々霜がついていた。しかし、そんなことを気にせず開いている前面装甲に向かって走る。クアドリガ堕天種も弱点を攻撃されないように、急いで装甲を閉じる。

 

  『ギ、ギギィィィイイ…』

 

 不快な音を出しながら、前面装甲がゆっくりと閉じていく。どうやらコウタが引き起こした結合崩壊のせいで装甲が変形し、動きが悪いらしい。

 その隙に新たに解放されたプレデタースタイル『翔鷹』を展開する。

 

「頂き!」

 

 翔瀑にも似た、鎌のような形のプレデタースタイルを展開して、前面装甲の付け根を喰い千切りながら、飛び上がり捕食してバーストする。その際、威力増強のためか、後ろから空気を吹き出すパワーアシストがあったため、やや前進しつつ飛び上がった。

 最終的に攻撃したいのは装甲を喰い千切られて弱点を隠すことが出来なくなったクアドリガ堕天種の内部だ。ユウキはインパルス・エッジで頭部を爆破しつつ、再びクアドリガ堕天種の前に着地する。

 すると、頭部爆破の影響なのかクアドリガ堕天種はダウンしていた。その隙に、もう1つ新たに解放されたプレデタースタイル『メビウス』を展開する。

 これはウロヴォロス戦で無理矢理解放した鎌にも見えるクチバシの様な形をしたプレデタースタイルだ。本来捕食口は展開した後、強制的に神機に再び収納される。しかし、このメビウスは展開した後も、使用者の意思でしばらく展開し続ける事が可能なのだ。これにより、1度の展開中に連続で複数回捕食する事ができる。

 プリティヴィ・マータ戦後に解放されていた、この2つの新しいプレデタースタイルの詳細を、ユウキはあらかじめリッカに聞いていた。その能力でクアドリガ堕天種に止めを刺そうと言うのだ。

 メビウスを展開し、クアドリガ堕天種の内部を捕食する。

 

  『グチャッ!!グチャッ!!グチャッ!!』

 

 何度も神機を振り、確実にクアドリガ堕天種の内部を抉っていく。すると、すこし奥に、青白く輝く球体が見えた。恐らくこれがこいつのコアだろう。

 

「そのコア…頂くよ!」

 

 その一言と共に神機を振り下ろし、クアドリガ堕天種のコアを回収した。

 

 -極東支部-

 

 ユウキとコウタは任務を終えて、新たな偏食因子を技術部に引き渡し、少し休んでいると、防衛任務からタツミとブレンダンが帰ってきた。

 

「あ!お帰り!」

 

「よう!ただいま!」

 

 2人が帰ってきたのを観てコウタが声をかけると、何時もの調子でタツミが応える。

 

「防衛任務…どうなりましたか?」

 

「どうにか撃退出来たんだが…数人犠牲になっちまった…」

 

「2人が持ち帰った偏食因子を使って、強化しつつ修理するそうだ。これでこんな事はしばらく起こらないはずたが…」

 

 どうやら任務自体は成功したようだが、何人か守りきる事が出来なかったらしい。タツミもブレンダンも暗い表情で戦果を報告する。

 

「そっか…ごめん。あんまり力になれなかったみたいで…」

 

「気にするな…と言っても無理かもしれないが…家屋が集中しているE26での任務だったんでな…どうしても犠牲者が出るリスクは高くなってしまう…」

 

「え…E26?!クソ!!」

 

 コウタの表情が焦りや恐怖が入り交じった、余裕の無いものに変わると、何処かに向かって走り出した。

 

 

「コ、コウタ?」

 

「そうか…E26にはあいつの実家が…」

 

 最初は何が起こったのか理解出来なかったが、ブレンダンの言葉を聞いてユウキも察しがついた。

 家族の安否を確認しに行ったのだろう。

 

「そう言うことですか…ちょっと様子見てきます。」

 

「ああ。頼むよ。」

 

 そう言ってユウキはタツミが達と別れて、戦果を記した書類を保管してある倉庫に向かった。

 

 -コウタの部屋-

 

 ユウキは防衛任務での戦死者リストを見に行ったのかと思ったが、どうやらそこにはコウタの姿はなかったようだ。近くにいた清掃員のおばちゃんに聞いたところ、外部居住区との通信区画でそれらしい人を見たとの事だった。

 急いで向かったが、区画内のフェンリル職員によると、ユウキと入れ違いになったらしい。

 そのあと、とりあえずコウタの部屋に立ち寄ってみると、部屋の鍵が空いていた。ノックをすると、コウタが入っていいと言うので部屋に入った。

 

「コウタ?」

 

 コウタはソファーに座っていたが、俯いていたため表情は分からなかった。しかし、ユウキが部屋に入ってきた事を察知すると、顔を上げた。

 

「母さんたち、無事だったよ。」

 

「そっか。よかった。」

 

「エイジス計画、早く完成させてもらわないとな…」

 

 どうやらコウタの家族は無事だったようだ。その事を伝えたコウタは安堵した様な表情になっていた。

 だが、すぐにまたコウタは俯いてしまった。

 

「守れるならどんなことだってやってやるさ…!」

 

 コウタがポツリと呟いた。その言葉からはコウタの強い決意を感じた。

 

「コウタ…隊長命令だ。お前が安心出来るまで家族の元に戻れ。」

 

 ユウキが予想外な事を言った。確かにコウタの『家族を守る』と言う決意はとてつもなく硬い。しかし、その強い決意は同時にコウタの精神を追い詰めるものでもあった。

 ユウキはコウタの様子を見て、その事を感じ取った上での命令だった。

 

「なっ!!冗談だろ?!あのアラガミと戦うかもしれないこんな時に!!」

 

「今度の敵は、一瞬でも気が散ると…死ぬぞ。」

 

 ユウキの命令に納得いかないとコウタが抗議の声を上げる。しかし、ユウキの言う通り、あの黒いアラガミは強い。実際に戦った訳ではないが、黒いアラガミとの戦闘は気を抜いたら死ぬ。雰囲気だけでその事が分かる。

 

「家族の事が気がかりで気が散るなら、ハッキリ言って来ない方がいい…死ににいくようなものだ。」

 

「そんな事…!!」

 

 『そんな事はない』と言うつもりだったが、ユウキによってその先の言葉は阻まれた。

 

「…切羽詰まったような表情をしているぞ。」

 

 そう言われてコウタは部屋の鏡を見て、自分の表情を見てみる。すると、確かに表情は強張ったており、余裕の無い顔をしたコウタが映っていた。

 

「…そうだね。ごめん…」

 

 自分の表情を見て、自分がどんな状態か察したようだ。

 

「1日と言わず、安心出来るまで3日でも5日でも休むといいさ。気持ちが落ち着いてから帰ってきなよ。」

 

「…分かった。少し休んで、頭冷やして来るよ。」

 

 コウタはそのまま扉に向かって歩き出す。

 

「その間にあいつを倒していても怒らないでよ?」

 

「わかってるよ!…じゃあ、あとはよろしく。」

 

「うん。行ってらっしゃい。」

 

 そう言ってコウタは部屋を出て行き、ユウキもそれに釣られて部屋を出て行った。

 

To be continued




後書き
 今回でコウタが家族の様子を見に行くため、一時戦線離脱です。
 コウタの家族を大切にする姿勢は素敵なものだと思います。しかし、今にして思えばその責任感故にこの辺りから既に少しずつ追い詰められているようにも見えました。この辺りの描写も独自設定で掘り下げられたら良いのですが…
 なんだか戦闘描写に『これじゃない感』と言いますか…なんか違う気がしているのですが、読者視点として、今の戦闘描写は面白いのでしょうか…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission39 帝王

ついに来ましたピター討伐!!戦闘曲はもちろんNo Way Backで!!軽いグロ描写の最初と最後に※を付けますので、苦手な方は飛ばして下さい。


 -エントランス-

 

 E26が襲撃を受けた翌日、ツバキからの召集を受けてコウタ以外の第一部隊はエントランスに集合していた。

 そんな中、コウタがいつまで経っても来ない事に、アリサは若干イラついていた。

 

「もうすぐ集合時間なのに…コウタはどこ行ったんでしょうか?」

 

「あっ!コウタはしばらく実家に戻る事になったよ。」

 

 『ごめん…連絡し忘れた。』と謝罪を最後に付け足して、ユウキはコウタがここに居ない理由を説明する。

 しかし、理由の説明をしてもアリサは何処か釈然としない様子で、信じられないと言いたげな表情をしていた。

 

「あの黒いアラガミと戦うかも知れないこの時にですか?」

 

「俺が無理矢理実家に帰したんだよ。昨日の襲撃…コウタの実家の辺りで起こったらしくて…家族が気がかりで集中出来ないくらいなら、家族の顔を見て安心してから戻って来るように言っといたんだ。」

 

「まあ、そう言う事なら…」

 

 コウタの家族が危険な目に遭い、生存確認が通信区画での連絡のみでは心配になるのも無理はない。もしかしたら酷い怪我をしていても、それを隠して連絡を取った可能性もある。

 その事が気がかりで戦いに集中出来ないとなると、ハッキリ言って部隊の足を引っ張る事になるだろう。

 ならば、家族が無事である事を実際に見て安心してから任務に加わる方が本人を含めた部隊員の生存率アップに繋がると考え、ユウキはコウタを強引に実家に帰したのだ。

 アリサもその事を今の説明で理解したので納得してくれた。

 

「全員揃ったな。」

 

 雑談をしていると、エレベーターからツバキが降りてきた。気のせいかボードに挟んである紙が異様に薄い。と言うより1枚しかない。

 しかし、ツバキはユウキがそんな事を気にしているとも知らずに、今回の任務について話していく。

 

「これより第一部隊には、居住区に進行する黒いヴァジュラ神属禁忌種、『ディアウス・ピター』の討伐に当たってもらう。」

 

 ツバキは手元の資料を読まずにターゲットの説明をする。『黒いアラガミ』『ヴァジュラ神属』この2つの言葉を聞いた瞬間、第一部隊に緊張が走る。

 

「それから、このアラガミからリンドウの腕輪反応があった。」

 

「「「「…!」」」」

 

 この情報で全員が確信した。今回の敵はあの黒いアラガミなのだと。リンドウを倒したと言うだけあって、絶対に気を抜くことは出来ない相手になるだろう。

 

「今回の任務は、このアラガミから居住区を守ると同時に、リンドウの腕輪と神機の回収する事だ。」

 

 任務内容の説明を終えると、ツバキは目を細めて威圧的な雰囲気を放つ。

 

「以前のプリティヴィ・マータ討伐戦と同様、任務中は私情を捨てろ。戦うことに集中するように。いいな?」

 

「「「はい…!」」」

 

 ソーマは雰囲気で、ソーマ以外が了承の返事をしたのを聞いてツバキは取り敢えず威圧的な空気を納めた。

 

「よろしい。さて今回の敵なのだが…残念ながらこのアラガミも、過去に1度目撃されてからと言うもの、一切の遭遇例が無い。対策と言える様なものは…恐らく無い。」

 

 ここでようやくボードを見る。しかし、一瞬目を通したと思ったら再びボードを下ろし、それ以降ボードを見ることはなかった。

 

「だが、ヴァジュラ神属は共通して火属性と神属性に弱い。この法則が当てはまるなら、この2つの属性での攻撃が有効だろう。それから…」

 

 ヴァジュラ基本種と禁忌種のプリティヴィ・マータはともに火属性と神属性が弱点であると言う事は既に分かっている。ここからヴァジュラ神属の共通する特性であると仮定する事もできると言うのだ。

 今回の出撃メンバーの中で神属性の近接武器を持っている者は居ない。ならば、自分は火属性を装備していくべきだろうとユウキは考えた。

 

「このアラガミは第二種接触禁忌種とされていたが、リンドウでさえ討ち取れなかったと思われる状況から、先日第一種接触禁忌種に認定された。だが、どんな敵にも必ず隙はある。冷静に戦局を見極めろ。くれぐれも慎重に任務に当たれ!」

 

「「「了解!」」」

 

 禁忌種にも2種類存在する。以前戦ったプリティヴィ・マータの様な第二種接触禁忌種は、基本種や堕天種のアラガミとは比べ物にならない戦闘能力を持っている。その特徴からベテランの神機使いでなければ『戦闘を行う事』自体がタブーとされている。

 対して、第一種接触禁忌種は、第二種接触禁忌種をも遥かに凌駕する力を持っている。そのため新米、ベテランに関係無く『出会う事』さえタブーとされている。

 それ故に、第一種接触禁忌種に認定されたと言うのは、それだけ危険な相手であると言うことだ。さすがツバキも心配している。

 

「それから、今回の任務は腕輪にバイタル解析装置を着けてもらう。それと神裂…技術班から新開発したバレットを預かっている。持っていけ。」

 

「これは?」

 

 そう言ってツバキはユウキにバレットをひとつ手渡した。

 

「サクヤとアリサには既に渡してあるが、榊博士と医療班が開発した回復錠の効果をバレットで使えるようにしたもの…『回復弾』だ。」

 

 『もっともお前は使われる側かも知れないがな。』とツバキは最後に付け足した。確かにユウキは基本的には前衛を担当している。そのため、銃形態に変形して戦う事は、あまりない。必然的に銃形態の使用時間も短くなっているので使う機会も少なくなる。

 しかし、そんな最新の技術を駆使して作った回復弾を持ってしても、今回の相手は死ぬ確率の方が遥かに高い。

 今までとは比べ物にならない程の過酷な死地に部下を送り出さなければいけないと言う複雑な心境の中、思わず心の内を漏らす。

 

「死ぬなよ…必ず『全員』生きて帰ってこい…」

 

 ツバキが全員の目を見る。全員の目から『死ぬ気はない』と言う迷いの無い意思を感じて、取り敢えず安心する。

 

「よし、各自準備に入れ!」

 

 その言葉を最後にツバキは自らの持ち場に戻って行った。

 

 -贖罪の街-

 

 現在、第一部隊はヘリに乗り、旧市街地付近を飛んでいた。すると、ヒバリから通信が入った。

 

 『目標のディアウス・ピターは、現在西の広場にいるようです。油断しているのか、その場から動いていないようです。』

 

 そうしている間に旧市街地の上空に着いた。西の広場の中心には黒い影が見える。間違いなくディアウス・ピターだ。

 ディアウス・ピターはヘリに気が付いて目線を移すが、特に動きがある訳でもなく、ただじっとこちらを見ている。まるで『好きなタイミングで来い。それまで待ってやる。』と言っている様だった。

 

「こっちが来るまで来ない気なのか?何ともまあ紳士的な事で…」

 

 その姿はまるで帝王の余裕を見せ付けている様にも思えた。それをしゃがみ込みながらユウキはヘリから下の状況を確認して感想を漏らす。その後ろにはサクヤとアリサとソーマが立ったまま下の状況を見ている。

 

(こいつを倒せば…リンドウを少しは越えられる…か?」

 

「残念だけどそれは無いよソーマ。」

 

 考えを読まれたと思いソーマは驚いたが、ユウキは『声に出てた。』とあっけからんと答えた。

 

「リンドウさんは独りで、俺たちは複数人…リンドウさんを越えるのはもうちょい先かな。」

 

「やる気を削ぐことを言うんじゃねぇ。だが…そうだな、アイツを越えるまでは死ぬ気はない。」

 

 そう言うソーマの口角は少しつり上がっていた。それを見たユウキの口角も上がっていた。

 しかし、少し視線をずらすと固い表情をしたサクヤが視界に入った。

 

「緊張してますか?」

 

 突然話しかけられてサクヤは驚いた表情をしていた。

 

「…そうね…ちょっとだけ…」

 

「サクヤさん…」

 

 思わずアリサも心配そうな声になる。

 

「リラックスしないと、いざと言う時からだが動きませんよ?」

 

 それを聞いたとたん、サクヤは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になり、次第に表情が崩れてきた。

 

「ふふっ!まさか私が初めてユウに送ったアドバイスを返されるなんてね…」

 

 緊張が切れたのか、サクヤはいつもの雰囲気に戻り少しおどけた様子になったいた。

 

「うん…本当はちょっと怖いの。もしアイツから腕輪が見つかれば、リンドウが死んだって認めなきゃいけない…ダメねぇ、私…このままじゃ全然頼りにならないじゃない…」

 

「そ、そうですよ!もう、しっかりしてください!」

 

 陰りのある表情に変わったサクヤをなんとかいつもの調子に戻そうと檄を飛ばす。

 そんな様子を見ていたユウキが不意に口を開く。

 

「…戦って倒せば、どんなものあっても結果は分かる。俺たちはこいつと戦うしかないんだ。」

 

「そうね…とにかくアイツを倒しましょ。どんな結果になろうと、倒さなければならないのだから…」

 

 そう言うサクヤはいつもの調子を取り戻していた。

 

「行きましょう…ユウ…!」

 

「そうだね…よし!俺が出す命令は4つだ。」

 

 そう言ってユウキは命令を出す度に指を立てていく。

 

「死ぬな。死にしそうになったら逃げろ。そして隠れろ。運が良ければ不意を突いて…」

 

 そこまで言うと、第一部隊はヘリから飛び降りる。

 

「ぶっ殺せぇぇぇえ!!!!」

 

 ユウキが叫ぶと穿顎を展開し、ソーマは捕食口を真下に展開して2人はディアウス・ピターに向かって急降下する。そしてサクヤとアリサはディアウス・ピターを囲む様に銃弾を放ちながら降下する。

 しかし、ディアウス・ピターはバックステップで銃弾が着弾する前に躱す。標的を失ったユウキとソーマは隕石の様な勢いを保ったまま、地面に落ちる。

 

  『ガアァァァン!!!』

 

 轟音と共に辺りに土煙が舞う。それでもディアウス・ピターは余裕を崩さずに、ユウキとソーマが落ちた所を睨んでいる。

 一瞬の間を置いて、ユウキとソーマは土煙から飛び出した。ディアウス・ピターから見てユウキは左側、ソーマは右側から。既に神機を降り下ろす体勢を作っている。

 

「ぜあぁ!!」

 

「おらぁ!!」

 

 2人同時に神機を降り下ろす。しかし、ディアウス・ピターは突然前方にダッシュする。そのせいで間合いが変わり、十分な威力が無いままマントに攻撃する事になった。

 ディアウス・ピターの向かう先は、ユウキ達が攻撃している最中に着地したサクヤとアリサだ。

 

「食らいなさい!」

 

「当たって!」

 

 自分達が標的になったと理解すると、サクヤとアリサは横に跳んで左右からそれぞれ前足を狙い撃つ。

 しかし、それを上に飛び上がり難なく躱すと、ディアウス・ピターは空中で体を捻りって真逆…つまり第一部隊の方を向く。すると、予備動作無しで前方に雷球を飛ばしてきた。

 

「チィッ!!」

 

「クソ!」

 

 ユウキ、ソーマ、サクヤ、アリサはそれぞれ四方八方にそれを避けると、雷球の着弾地点が抉り取られた。これを食らえば感電どころか体に風穴が開くだろう。

 

  『グルルル…』

 

 そんな事を考えている間に着地したディアウス・ピターは低い唸り声をあげながら姿勢を落とし、ついに戦闘体勢を取る。

 

『恐らく今のはほんの挨拶代わりです。皆さん…ご武運を!』

 

 ヒバリからも通信で激励が送られる。仕切り直しとなり、全員が神機を握り直す。

 

「俺とソーマで前衛!サクヤさんは後衛へ!アリサは遊撃!」

 

「「「了解!!」」」

 

 その瞬間、ユウキとソーマが前に飛び出し、サクヤが後ろに跳ぶ。

 

「アリサ!来い!」

 

「はい!」

 

 ユウキの怒鳴り声にも似た指示を聞くと、アリサは剣形態に変形してユウキに続く。それを迎え撃つと言わんばかりに、ディアウス・ピターはバチバチと帯電しながらユウキ達に飛びかかる。

 

「行くわよ!!」

 

 飛び上がったディアウス・ピターの額をサクヤが狙い撃つ。しかし直撃の瞬間、ディアウス・ピターは放電し、サクヤの放った狙撃弾を電撃で焼き払って防いだ。

 だが、防がれたにも関わらず、サクヤはそれを見届けると、まるで『狙い通り』だと言わんばかりに不敵に笑った。

 そう、本来前衛組に飛びかかって電撃で焼き尽くす筈だったのだが、その電撃を攻撃ではなく自身の防御に使ったのだ。それを再び放電するには一瞬のラグがある。こうなってしまえばただの飛びかかり攻撃でしかない。

 前衛の3人であれば、そんな攻撃に当たることはなく、この隙に反撃することができる。

 そして案の定、ただの飛びかかかりになった攻撃を3人は後ろに下がって難なく躱し、前衛3人は捕食の体勢を取った。

 

「喰い尽くせ!」

 

 ユウキの声と同時にソーマは弐式、アリサは壱式での捕食、ユウキはメビウスで連続捕食を狙っている。その隙を援護しようと、サクヤがホールドトラップの効果を弾丸で使えるように開発されたホールド弾を撃つ。

 ユウキとソーマが捕食し、バーストすると同時にホールド弾が着弾する。そしてディアウス・ピターの動きが止まり、その隙にアリサが捕食し、ユウキが再び捕食する。だが、その隙も長くは続かず、一瞬でホールド状態から復帰する。

 ディアウス・ピターが次の行動に移る前にアリサとソーマは一旦離れる。その後、ディアウス・ピターは姿勢を落とすと、辺りに再びバチバチと帯電している音がなる。

 それでもユウキは止めるつもりは無い。ゼクスホルンを展開してディアウス・ピターに喰い付く。そこからわずかに遅れてディアウス・ピターが腰を落として放電の体勢になる。

 そして、放電と同時にゼクスホルンの砲塔からオラクルを吹き出して、ユウキを後ろに移動させる。

 ギリギリで放電を躱すと、ユウキは太刀牙を展開して再度捕食する。そのための隙を確実に作るため、ソーマがユウキに攻撃させないように神機を降り下ろし、アリサが銃形態に変形してソーマと反対方向から銃弾を乱射、そして、サクヤが正面から再び額を撃つ。

 

「なに?!」

 

「そんな!」

 

「うそ?!」

 

 しかし、その攻撃もディアウス・ピターは少し向きや姿勢を変える事で対処した。サクヤの狙撃は姿勢を落としつつ頭を横にずらして、アリサの銃撃は左の前足を少し前に出して左のマントで防御し、バーストしてパワーアップしたソーマの攻撃でさえも、逆に右足を少し引いて体を若干あげてマントで防御して凌ぎきる。

 これだけの状況把握と反射にも近い速度での判断が可能な存在はアラガミの中でもそう多くは無いだろう。間違いなく戦い慣れている。3人がその判断力に驚きの声をあげる。

 

「まだだあぁぁあ!!」

 

 しかし確実に隙は出来た。その間に太刀牙を展開し終えて、ユウキが咆哮と共にディアウス・ピターに喰う。

 だが、それを見るとすぐにディアウス・ピターがバックステップで後ろに跳んだのだが、その捕食攻撃を躱しきる事が出来ずに、右肩を少し喰われた。

 そのお返しと言わんばかりに、サクヤに狙いを定めて大きくジャンプして飛びかかる。

 

「やらせるか!!」

 

 ユウキがそう言うと、翔瀑を展開して下から飛び上がり、ディアウス・ピターに喰いかかる。

 しかし、ディアウス・ピターはそれを空中で無理矢理体を捻って避けるが、避けきる事が出来ずに、右足を少し喰われてしまった。

 今度はユウキに狙いを変えて、ディアウス・ピターは尻尾の先から3つの雷球をユウキに放って反撃する。

 それを装甲を展開して防御すると、ユウキも間髪入れずに穿顎を展開して一気にディアウス・ピターとの距離を詰める。

 対してディアウス・ピターはソーマとアリサがいる方向に向かって走り、その捕食を避けようとするが、尻尾の先を捕食される。

 しかし、ディアウス・ピターは止まることなくソーマとアリサにタックルをかます。それをアリサは横に跳んで横顔に銃弾を撃ち込み、ソーマは敢えて前に出て、ディアウス・ピターの懐に入り込む。

 そして、地面と水平になるように跳び、不安定な体勢のままディアウス・ピターの腹に攻撃する。

 ディアウス・ピターは一瞬体勢を崩すが、着地した後サクヤに向かってタックルをかます。

 それをサクヤは左に避けて、ユウキが攻撃し続けた右足に狙撃弾を撃ち込む事で、ディアウス・ピターの右足に少しヒビが入った。

 

  『グルルル!!』

 

 ディアウス・ピターが唸ると周囲から自らを守る様に何時もと違う赤い電撃を放つ。それと同時に背中のマントが蠢いて、少しずつ刃の様に鋭い一対の翼が生えてきた。

 

  『グルアァァァ!!』

 

 ディアウス・ピターが吠えながら『ジャギン!!』と刃物が擦れる音を立てて構える。

 

「何ですかあれ?!」

 

「翼が生えた?!」

 

 アリサとサクヤが驚いているとディアウス・ピターが一番近くに居るサクヤに翼を横凪ぎに振りながら一瞬の内に距離を詰めて飛びかかる。

 

「くぅっ!!」

 

 それをサクヤはギリギリの所で前に飛び込んで、ディアウス・ピターの下を潜って避ける。そして着地の隙を突いて振り向き様にさっき生えてきた翼の付け根を狙い撃つが、ディアウス・ピターはその銃弾を翼を定位置に戻しつつ切り裂いた。

 

「動きが変わった?活性化したのか!?」

 

『いいえ!オラクル細胞の活性化率は変化していません!あれが本来の姿だと思います!』

 

「取り合えず敵とは認識されたって事か…」

 

 ヒバリからの通信を聞いて、ユウキはボソリと呟いた。そしてヒバリの話が本当なら、この先活性化して更に能力を上げてくる筈だ。

 恐らくディアウス・ピターの活性化は避けられないだろう。ならばそうなった時に対抗出来る様に、今の内から自身等の能力を限界まで引き上げておく必用がある。

 そう考えると、ユウキはソーマと共にディアウス・ピターに向かって走り、アリサとサクヤは後退する。

 そして再び翼を横凪ぎに振りながら飛びかかる。ソーマはそれを大きく上にジャンプして避け、ユウキは翼の下をと地面の隙間を潜って避ける。

 眼前に来たディアウス・ピターの顔面を切り上げながら変形して、銃形態にする。

 そして、後ろでユウキよりも高い位置に居るソーマの右足を左手で掴んで、そのまま振り下ろす。ソーマもそれに合わせて、全力の一撃をディアウス・ピターの背中に叩き込む。

 今まで余裕を崩さなかったディアウス・ピターがついに体勢を崩す。ソーマはそのまま腕をバネにしてその場から離脱する。

 その隙に変形していおいた銃形態で、ソーマに2発の受け渡し弾を撃つ。最初に捕食してバーストした分も含めてリンクバーストLv3となる。

 

「全員バースト状態を維持しろ!!限界まで力を引き出さないとこいつは倒せない!!」

 

 ユウキが何を言いたいのか即座に理解して、アリサもユウキに受け渡し弾を2つ渡してリンクバーストLv3まで引き上げ、逆にユウキはアリサに2つ渡してLv3にする。

 そして、残り1つとなったアリサのアラガミバレットをサクヤに渡してバーストさせる。

 その間に剣形態に変形して、立ち上がり始めたディアウス・ピターに獄爪を展開して背中喰い付いく。それを振り払う様にディアウス・ピターはジタバタと暴れる。

 

「ガァッ!!」

 

 散々暴れ最後はユウキを教会の壁に叩き付けて振り落とした。一瞬思考にノイズが走るが、その間にも銃形態に変形して銃口をサクヤに向けて受け渡し弾を渡してリンクバーストLv2にする。

 しかし、叩きつけられた衝撃でユウキに隙が出来た。そこを狙ってユウキを切り裂きこうと三度目の攻撃を仕掛けるため、翼を一瞬後ろに引く。

 

「させません!!」

 

 ディアウス・ピターが暴れている隙に、神機を剣形態に変形アリサが鮫牙を展開して捕食する。それを感知してディアウス・ピターは後ろに跳ぶが、足先を食われる。そして銃形態してサクヤに受け渡し弾を渡して、サクヤのバーストレベルをLv3に引き上げる。

 そして、その逃げた先にはソーマがチャージクラッシュをいつでも撃てる様に準備していた。しかし、それを見る事もなく察知してディアウス・ピターは前に出て躱す。

 

「逃がさない!」

 

 その瞬間、サクヤの神機から狙撃弾が放たれる。狙撃弾が眼前に飛んできたのを見たディアウス・ピターの動きが止まる。

 

「くたばれえぇぇぇえええ!!」

 

 ソーマの咆哮と共にチャージクラッシュで作り出されたオラクル刃がディアウス・ピターに直撃する。その瞬間、轟音と共にディアウス・ピターが地面に叩きつけられる。

 しかし、体勢を崩しながらも、ソーマを突き刺すように翼を後ろに振る。だが、ソーマも体勢の悪い攻撃を簡単に見切り、後ろに跳んで避ける。

 

「今度こそ!!」

 

 サクヤが再び狙撃弾を放つ。狙う先は標的を失い振り抜いた後の翼の付け根だ。今度こそ付け根に直撃して貫いた。だが、自らの一部に穴が空いたにも関わらず、ディアウス・ピターは特に活性化等はせず、まだまだ余裕だと言った雰囲気を放っていた。

 

「いい加減に沈んで!!」

 

 攻撃を受けてサクヤに気をとられている隙に、アリサが神属性の爆破弾を撃ち込む。今までと違い、攻撃を受けて怯んでいる。

 

「!!っユウ!!ソーマ!!今です!!」

 

 壁に叩きつけられてから起き上がったユウキと一旦後退したソーマが、ディアウス・ピターの前後から斬りかかる。

 それを見てディアウス・ピターはダメージ覚悟でアリサの方に走る。

 

「くっ!!」

 

 咄嗟に横に逃げ、躱す事には成功したが、その後も反撃の隙を与え無いようにディアウス・ピターは赤く染まった雷球を辺りにばら蒔く。

 

「今さらそんなの…!!」

 

「食らうかよ!!」

 

 ユウキとソーマが小さくジャンプして雷球を躱す。そのままディアウス・ピターに全力の一撃を叩き込むため、2人共構える。

 だが、ディアウス・ピターがまるでチャージクラッシュの様に赤いオーラを纏った翼をユウキ達に振り下ろす。

 咄嗟に2人は装甲を展開して防御する。しかしその瞬間、2人には神機を通じて強い衝撃が全身に走る。

 

「があああああ!!」

 

「ぐおああああ!!」

 

 どうやら翼は帯電していたらしい。その翼を防御した瞬間、ユウキとソーマは感電してしまった。

 

「ユウ!!」

 

「ソーマ!!」

 

 思わずアリサとサクヤも声を挙げる。その声を来た途端、翼を撃ち抜かれた事を根に持っているのか、ディアウス・ピターはサクヤを狙って走り出す。

 

「待てよてめぇぇぇえ!!」

 

 ユウキは動きが鈍くなった体を無理矢理動かしてシュトルムを展開する。シュトルムの推力を限界以上に高めて、いつも以上の速さでサクヤの元に突っ込む。

 ディアウス・ピターの迎撃にサクヤ神属性のレーザーを放つが、それでも止まる事はなかった。しかも、それを食らった後、さらに速度を上げてサクヤに飛びかかる。虚を突かれて動きが止まったサクヤを、シュトルムで加速したユウキが抱えて離脱する。

 

「っ!!」

 

 それを見た瞬間、アリサが剣形態に変形してソーマと共に前線に出る。

 

「サクヤさん!今のうちに距離を取って下さい!」

 

 それを聞くと、ユウキはサクヤをその場に置いて前線に復帰する。しかし、ディアウス・ピターはそれを妨害するように、ユウキたちに落雷を落とす。

 

「これでっ!!」

 

 アリサが神機を横凪ぎに振り、ディアウス・ピターの足を狙う。しかし、それを察知したのか、バックフリップで避けながら雷球をアリサに飛ばす。

 アリサはそれをディアウス・ピターの方に避けて、大きく周り込みながらディアウス・ピターの後ろを取るために走る。

 そして空中にいるディアウス・ピターを叩き落とそうと神機を構えてソーマが跳ぶ。だが、翼を一度畳んで内側にソーマとディアウス・ピターの間に滑り込ませて、振り下ろしてきた神機に自身の翼をぶつけて防御する。

 そして、翼の伸びきっていない部分を伸ばして、逆にソーマを地面に叩き落とす。

 だが、今度は着地の瞬間に、サクヤの神機から狙撃弾が放たれ、着地の体勢を崩しながらもそれを避けて着地する。

 その隙を見逃すはずもなく、ユウキが神機を振る。しかし、ディアウス・ピターはそれも後ろに跳んで躱す。

 

「いただきます!!」

 

 しかし、躱した先にはアリサが先回りしていた。それに気が付いて前に走るが既に遅かった。アリサの神機がディアウス・ピターの尻尾を切り落とした。

 

  『グルアアアア!!』

 

『オラクル細胞が活性化します!注意してください!!』

 

 ついに活性化した。ここからが情念場だ。誰もがそう思っていた。全員が神機を握る手に力が入る。

 しかし、ディアウス・ピターはこちらに背を向けて逃亡した。

 

「!!っ逃がさない!!」

 

 そう言ってディアウス・ピターの一番近くにいたアリサは追いかける。

 

「待てアリサ!1人じゃ危険だ!!」

 

 1人で追いかけに行ったアリサを追いかける。すると、ディアウス・ピターは教会の壁に空いた穴から中に入っていくのが見えた。

 全員が揃ってから教会の中に入ると、ディアウス・ピターは待っていたと言いたげに再び翼を構える。

 

  『グルルルアア!!』

 

『高濃度オラクル反応確認!大きいのが来ます!!』

 

 ヒバリの警告通り、ディアウス・ピターが吠えると、室内にも関わらず、第一部隊全員に何度も落雷が落ちてくる。

 

「くそ!!」

 

「このままじゃ…!」

 

 ソーマとユウキは焦りを感じながらも落雷を避けて反撃のチャンスを伺う。すると、いつの間にかディアウス・ピターの後ろに居たアリサが鮫牙を展開して一気に距離を詰める。

 後ろからの攻撃をバックフリップで避け、アリサに雷球で反撃する。

 

「読んでいました!!」

 

 すると、アリサは今までとは逆方向にスライディングしながら銃形態に変形して、ディアウス・ピターの腹に神属性の爆破弾を撃つ。

 ガードの甘い部分に攻撃が通り慢心したのか、アリサに隙が生まれる。スライディングが終わった後、その場から離れるのではなく、攻撃を再開しようとしたのだ。

 だが、空中で回転しながらアリサを突き刺そうとディアウス・ピターが翼を振る。

 

「アリサァァァア!!」

 

 再びシュトルムを展開して、限界を越えた推力でアリサに迫る。『もうダメだ』アリサがそう思った瞬間、鈍い痛みが体に走り、突き飛ばされた。

 

「一体何…が…」

 

 さっきまで自分がいた場所を見て言葉を失った。

 

  ※

 

 

 

 

 なぜならそこにはディアウス・ピターの翼に胸を貫かれて血を流しているユウキが居たからだ。

 

「ぁ…ユ、ユウ…?」

 

 ディアウス・ピターはアリサがショックを受けているのを見るとニヤリと笑い、ユウキを空中に投げ出した。そして動けないユウキの腹を切る。すると、切られた腹から夥しい量の血が吹き出し、辺りを血の海に変えた。

 

「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"…」

 

 腹を切り裂かれてユウキは悲鳴を上げる。そして、腹の中身が見えるようになったことを確認すると、翼で胃を突き刺し、そのまま翼を定位置に勢いよく戻した。

 すると、胃に引きずられて食道や腸も一緒にズルリと引き抜かれた。

 

「ゴパァ!!」

 

 血を吐きながら空中で意識を失ったユウキに止めを刺すため、翼でユウキの腹を突き刺し、ぐったりとしているユウキを、ディアウス・ピターは軽く翼を振って振り落とす。

 ディアウス・ピターに肺を潰され、臓物を引き抜かれたユウキがまるでゴミを捨てる様に捨てられる。

 そして、ディアウス・ピターは翼に刺さったままの臓器をまるで周りに見せつけるように喰い尽くす。

 

                    ※

 

 

 

 『ブチッ!!』

 

「てめえぇぇえええええ!!」

 

 ソーマが激昂してディアウス・ピターに突っ込む。限界を越えたリンクバーストLv3状態で怒りに任せた一撃を叩き込む。

 通常のゴッドイーターを遥かに越えるソーマの身体能力をさらに越えた一撃で辺りが揺れる。

 しかし、その一撃でさえもディアウス・ピターは翼で防御して、ダメージを最小限に抑えた。

 

「ソーマ!!やつを引き付けて!」

 

「分かってる!!」

 

 そう言ってソーマはディアウス・ピターに攻撃する。そして、アリサとサクヤはユウキに駆け寄る。

 

「ユウ!!起きて下さい!!ユウ!!!!」

 

 アリサはユウキを揺すってどうにか意識を取り戻させる。

 

『神裂さんのバイタル!!危険域にまで下がっています!!このままでは!!』

 

「まだよ!!ユウ!!しっかりしなさい!!まだ…こんな所で死ねないでしょ!!」

 

 余りのグロテスクなユウキの状態を見て、正直アリサはとサクヤは目を背けたくなったが、それでもユウキの命を繋ごうと、何か出来る事はないか思考する。今必用なのは体の再生…ならば回復錠で人体の再生するのが一番時間がかからないだろう。

 だが、今のユウキは臓器を引き抜かれていて、回復錠を体内に取り込めない状態だ。ならば、今考えられる方法は1つだ。

 

「下がってアリサ!!ありったけの回復弾を撃ち込むのよ!!」

 

「は、はい!!」

 

 そう言われて、取り乱していたアリサも銃形態に変形して、回復弾を撃ち込む体勢を取る。

 アリサとサクヤがユウキに回復弾を撃ち続ける。すると、撃ち込む度に信じられない速さで臓器と血管が再生していく。

 

  『カチッ!!カチッ!!』

 

 しかし、臓器と血管が完全に再生したところで2人のオラクルが尽きてしまった。

 

『ま、まだです!まだ神裂さんのバイタルは未だ危険域にあります!!』

 

 それでもユウキの命を繋ぐにはまだ足りない。臓器は回復したが、ユウキ自身は未だに生死の境をさ迷っている状態だ。回復しようにも自分で回復錠を噛み砕く事ができない。

 

「回復弾が尽きた!どうすれば…!!っアリサ!?」

 

 サクヤの目にはアリサがポケットを漁っているのが見えた。そして、ポケットから回復錠を取り出して自分の口に放り込む。

 『ガリッ!!』という音を立てて回復錠を噛み砕くと、アリサはユウキの横にしゃがみこむ。

 そしてアリサはユウキの顔に自分の顔を近づける。所謂、アリサは口移しでユウキに回復錠を飲み込ませる。

 

(お願い…!早く…!目を覚まして!)

 

 そう願いながら何度もユウキに回復錠を無理矢理飲み込ませる。しかし、体の傷は塞がっていくが、それでも目を覚ます事はなかった。

 

「ぐあああ!!」

 

「「ソーマ!!」」

 

 ついに最後の回復錠も使いきり、どうしたら良いか必死に考えていると、ソーマの叫び声が聞こえてきた。どうやらディアウス・ピターがソーマを押しきったようだ。

 そのままディアウス・ピターはサクヤとアリサを切り裂こうと2人に向かって走る。オラクルも尽きて、2人には反撃の手段がない。アリサは咄嗟に前に出つつ剣形態に変形して、装甲を展開して防御する。

 だが、それでも防ぎきれる自信はなく、思わず祈るように目を瞑ってしまった。ここで終わるかもしれない。そう思うと怖くて現実を直視する事ができなかった。

 

  『ギィイイン!!』

 

 金属を打ち付ける様な音がした。しかし何時まで経っても衝撃が来ることが無く、恐る恐る目を開ける。

 

「ユ、ユウ!!」

 

「…」

 

 そこには赤い刀を縦に構え、ディアウス・ピターの翼を受け止めているユウキが居た。アリサは嬉々とした様子でユウキの名を呼ぶ。

 だがユウキからの反応はなく、構え方も今までと違い、右手のみで神機を握り異様なまでに低い姿勢で翼を受け止めていた。

 

「ユ、ユウ?」

 

 何時まで立っても返事がないことが気になり、もう一度ユウキの名を呼ぶ。すると、ヒバリから通信が入る。

 

『か、神裂さんの心拍数や血圧、全バイタルが異常値を示しています!!一体何があったんですか?!』

 

「わ、わかりません…私たちも何が何だか…」

 

「…」

 

 翼を受け止めていた火刀を振り下ろす。それを避けようとディアウス・ピターは後ろに跳ぶ。しかし、猛スピードで間髪いれずにユウキは追撃する。片手で神機を振り下ろす。ディアウス・ピターはそれを翼で受け止める。

 ユウキはそのまま腕をバネにして、弾丸の様なスピードで天井まで飛び上がり、勢いを殺すこと無く天井を蹴って着地する。

 

「「「…!!」」」

 

 全員からユウキの顔が見えるようになると、全員が驚いた。今のユウキは左手を床に置き、姿勢を異様に低くして右手で神機を握りながら後ろに軽く持ち上げて構える。そしてその目は瞳孔が完全に縦に割れ、時折見せる『獣の様な』目ではなく、完全に『獣そのもの』と言える目だった。さらにはさっきからの神機の使い方は太刀筋など関係ない、暴力だけで武器を振るう、獣が武器を持った様な荒々しい使い方だった。

 

「グルルルルル…」

 

 ユウキは低い唸り声を上げてディアウス・ピターを威嚇する。全員がユウキの豹変ぶりに驚き呆けていると、ユウキが一瞬の内にディアウス・ピターに近づいて、右手で神機を力任せに振り下ろす。

 ディアウス・ピターはそれを片方の翼で受け止めて、反対の翼でユウキを切る。

 それをさっきと同じように、右手を振った勢いで天井まで飛び上がる。その後、壁、床、天井を蹴って縦横無尽に飛び回りつつ何度も切り裂き、ディアウス・ピターを撹乱する。

 

「ガアァァァア!!」

 

 ユウキの咆哮と共にディアウス・ピターの横から切り込む。しかし、ディアウス・ピターも下から掬い上げるように、翼を振り反撃する。

 それを神機を振りつつ無理矢理体を捻る。しかし避けきる事が出来ず、翼に切られながらも吹き飛ばされる。だが、ディアウス・ピターの胴体にも大きな切り傷ができた。

 翼に吹き飛ばされながらもユウキは空中で体勢を整え、ディアウス・ピターに背中を見せるように着地する。

 そして、背中を丸めて、だらんと両手を垂らしてふらふらと立ち上がる。そして左手を軽く上げ、人差し指に親指に添える。

 

「オ"、お"ナ"…お"ナ"ガ…オ"ナ"ガぁ"ァ"、ズ、ずィ"、ずい"ぃ"ぃ"、ズい"ィ"ィ"い"ぃ"だア"ァ"ぁ"あ"ァ"あ"ァ"あ"…」

 

 ユウキが親指に力を込めつつ、勢いよく体を反らせてディアウス・ピターを見る。

 

 『バキッ!』

 

「ヨ?」

 

 その顔を見た瞬間、全員の背筋が凍った。目は獣のままだが、口元はまるで裂けたのではないかと思うほどにつり上がっていた。

 獣の本能と人の執念が入り混じったアンバランスなその表情は完全に狂気に染まりきっていた。

 その表情にディアウス・ピターでさえも一瞬怯み、その間に上下逆さまになったままディアウス・ピターに飛び込む。

 

「グルアァァァア!!!!」

 

 獣の雄叫びと共に上から下、つまりユウキから見て下から上に向かって神機を振る。

 ディアウス・ピターはそれを右の翼で防御し、左の翼でユウキの首を跳ねようとする。

 しかし、ユウキは一瞬の内に上下を入れ変えて、眼前に迫った刃をまるで白羽取りの様に噛みついて受け止める。

 ならば直接喰い殺すまで。そう考えて、そのままユウキを口元に運ぶが、ユウキの左手に押されてそれを阻まれる。すると、右の翼を両足で挟み、自由になった右手を振りかざす。

 しかし、今まで神機の攻撃を受け止め続けてきたこの翼を壊すことなど普通はできない。もしそれが可能であるとしたら先程サクヤが翼の付け根に開けた風穴を狙うしかない。だが、この体勢ではほとんど真反対にある付け根を狙うことは出来ないだろう。それでもユウキは神機を逆手に持ち変えて、全力で後ろに向かって振り抜く。

 

  『ゴキッ!!ボキッ!!』

 

 鈍い音と共に勢いだけで肩と肘の間接を外し、右腕の稼働範囲を無理矢理広げる。

 

  『ブシャアッ!!』

 

 神機の切っ先が見事に風穴に当たり、右の翼を切り落とす。すると反対側からの抵抗力が無くなりユウキは後ろに、ディアウス・ピターから見て右側に流された。そして翼を左に戻そうとした瞬間、足で挟んだ翼でディアウス・ピターの顎を切り落とした。

 そのまま流された勢いで噛みついていた翼から離れて、足で挟んだ翼を左手に持ち直して着地する。

 

  『ゴキン!!』

 

 外した間接を筋力だけでもとに戻し、翼を握ったまま再び左手を地面に着けて、腰を異常に落として構える。

 

「グルアァァァア!!!!」

 

 再びユウキが吼えてディアウス・ピターに飛び込む。相手も翼に帯電させてユウキを迎え撃つ。

 

「待てユウキ!!」

 

 ここまで呆けていたソーマがこの技を見て我に帰る。あの技は受けるだけでも危険だ。その事は自分も受けたからよく分かっている。ソーマはユウキがこの技を避けることを願ったが、現実はソーマの思い通りにはならなかった。

 

  『ギィイイン!!』

 

 翼と神機がぶつかり合い、金属音がなると同時にユウキは感電する。しかしそれでもユウキは止まることなく、今度は左手に握った翼でディアウス・ピターの頭を切る。

 何度も何度も切る。その度に空気が震え、辺りを揺らす。切られる度にディアウス・ピターは体勢を崩され、まともに動けない。

 するとしびれを切らしたのか、翼でユウキの神機を受け止めたまま、左の前足でユウキを切り裂く。

 すると、ユウキはジャンプしてそれを避けると、上から翼をディアウス・ピターの顔面に向かって突き刺す。

 その衝撃に耐えられなかったのか、翼は先端だけ刺さって砕けてしまった。その刺さった翼を左の拳で殴り、深々をディアウス・ピターの顔面に突き刺した。

 

  『ガアアア…』

 

 ディアウス・ピターは大きく仰け反ると同時に、ユウキを上に投げ飛ばす。

 

「い"だだぎ…」

 

 ユウキが両手で神機を握り、捕食口を下にして弐式を展開する。

 

「ま"あ"あ"あ"あ”あ”あ”ず!!!!」

 

 ディアウス・ピターの背中に喰らい付き、背中を大きく抉り取る。そのままユウキは第一部隊のいる方に飛ばされた。

 

「ソーマ!!俺と来い!!サクヤさんとアリサは援護を!!」

 

 その声を聞いて、呆けていたサクヤとアリサも我に帰る。

 3人共バーストは切れているが、呆けている間にバースト状態のオラクル回復能力であと数発は援護射撃が可能だった。

 ユウキの目もいつの間にか縦ではなく、丸い瞳孔に戻っており、表情からは狂気は感じられなくなっていた。

 ユウキとソーマが走り、ディアウス・ピターが迎撃に向かってくる。

 

「動いちゃダメよ!!」

 

 サクヤが神属性のレーザーを放つ。狙いはここまで狙い続け、ヒビを入れた右足だ。レーザーが当たると、ディアウス・ピターの右足が砕けて前に進みながら倒れ込む。

 しかし、敵もただやられるつもりはないようだ。最後の抵抗に、残った翼でユウキとソーマを纏めて叩き切るために翼を振り下ろす。

 

「させません!!」

 

 アリサが神属性の爆破弾を放ち、振り下ろされた翼を爆風で押し戻す。

 

「大人しくしやがれ!!」

 

 未だ慣性で動いているディアウス・ピターの顔面に神機を振り下ろし、ディアウス・ピターは地面に叩きつけられて動きを止めた。

 

「これで…終わりだ!!」

 

 動きを止めたディアウス・ピターにユウキが全力で神機を振り下ろす。その瞬間、顔面を含め、胴体まで深く切り裂いて、ディアウス・ピターはついに動きを止めた。

 

「や、やりましたね…」

 

「ええ…」

 

 激戦の末、ついにディアウス・ピターは倒れた。しかし、未だコアの摘出は済んでいないため、次にやることは決まっている。

 

「…サクヤさん。」

 

「分かってる。それじゃあ、始めましょう。」

 

 その言葉を聞いて、ユウキとソーマ、アリサが捕食口を展開して、ディアウス・ピターを喰い漁る。

 すると、ユウキがコアを発見してそのまま捕食し、アリサが腹の辺りで何か棒状の物を発見して引き抜く。その少し後に、ソーマが喉元の辺りで赤い人工物の一部が見えて、サクヤがそれを取り出した。

 

「当たり…です。」

 

「こっちも見つけたわ。」

 

 アリサがリンドウの神機『ブラッドサージ』を引き抜き、サクヤが腕輪をディアウス・ピターの喉元から引き剥がす。

 

「これは…間違いなく…あの…人の…!」

 

 そう呟いて腕輪を眺めるサクヤの視界はぐにゃぐにゃにボヤけ始めていた。

 

「リン…ドウ…」

 

「リンドウさん…ごめんなさい…」

 

 リンドウの腕輪と神機がディアウス・ピターから出てきた。この状況から考えられるのはリンドウの死だ。

 その事を理解すると、ついにサクヤとアリサは泣き崩れてしまった。ソーマも表情には出してはいないが、明らかに気落ちしている。

 

(なん…だ?視界ガゆれ…ル…?)

 

 しかし、ユウキはそれどころではなかった。リンドウの死を理解して悲しいのだが、突如として視界がおかしくなった事に激しく動揺していた。いや、もはや思考する事さえも出来ないでいた。

 

「と…とリア…えず…いッたン…あなぐらに、かえリ…ま…」

 

 回らない頭でどうにか言葉を発したが、結局全て言い切る前にユウキは勢いよく、膝から崩れ落ちてうつ伏せに倒れてしまった。

 

「「ユウ!!」」

 

「おい!どうした!」

 

 突然ユウキが倒れて全員狼狽える。

 

「ユウ!どうしたんですか?!しっかり…!!!」

 

 アリサがユウキに駆け寄り、ユウキの体勢をうつ伏せから仰向けに変える。すると、ユウキの瞳孔が完全開いていた。どう考えても危険な状態だ。

 アリサが焦りながらも呼び掛けつつユウキを揺するが、ある事に気が付いて不意に呼び掛けも揺する事も止めてしまった。

 

「………ない…」

 

「アリサ…?」

 

 アリサが周りに聞こえるか聞こえないかの声量でぼそりと呟く。サクヤが聞き返すと、ひどく怯えたような表情をサクヤに向けた。

 

「息…してません…」

 

 全員に衝撃が走る。あまりの出来事にアリサ以外は言葉を失った。

 

「ユ、ユウ…?何の冗談ですか…?もう!たち悪いですよ!」

 

 再びユウキを揺すり、どうにかいつもの調子で話そうとするが、声も手も震えている。

 

「ねぇ…起きて下さい…風邪引きますよ…?」

 

 何度も揺するが、相変わらず瞳孔は開いたままで、息もしていない。少しずつ体温も氷の様に冷たくなっていっていくのを感じてアリサはさらに焦る。

 

「ユウ…起きて下さい!!ユウ!!!!」

 

 ついにアリサは声を荒げて泣き出してしまった。その声を聞いてソーマは我に帰る。

 

「どけ!!!!ヘリに乗せる!!今ならまだ間に合う筈だ!!」

 

 そう言うとソーマは強引にアリサを引き離してユウキを抱える。まだ心肺停止状態から時間は経ってない。ならばヘリに積んであるAED で蘇生出来る可能性は高い。その可能性に賭けてソーマは全速力でヘリに走り、サクヤとアリサもその後に続く。

 結局、勝利の余韻も悲しみにくれる間もなく、第一部隊は尽きかけた命と共に慌ただしく帰投した。

 

To be continued




後書き
 ついに来たぜ!髭ヴァジュラことディアウス・ピター戦!実機でやったときは動きが完全に別物になってて新鮮でした。
 今回は因縁のアラガミと言う事で、接戦になる様に書いてみたらどちらの攻撃もあと一歩で当たらないと言う無駄に長い戦闘になりました。
 戦闘描写も今回は長い事以外は満足出来ました。どうやら私はユウ君がズタボロにされて悲鳴を上げる様を想像すると興奮してしまう変態に覚醒してしまったようです。
 指パキについては、東京喰種(無印)のカネキくんの指パキがカッコ良すぎたので思わず入れてしまいました。
 リンドウさんの神機と腕輪も見つかり、例の『置き手紙』が開けられる様になりました。その置き手紙には何が書かれているのか…私気になります!(スットボケ
 それにしても長い…過去最長ですけど、まあ見せ場だし、いい…よね?
 人命救助はノーカン扱いで良いですよね?(ボソッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission40 復活

ユウ君復活です。出来心でラブコメやらラキスケを入れてみたのですが、出来に関してはあまり自信が無いので期待しないで下さい…


 -贖罪の街-

 

 ユウキの心肺が停止した後、急いでヘリに戻り備え付けてあるAEDを起動する準備をする。

 電極を貼り、心電図を確認するとやはり心臓は止まっている。

 

「離れろ!!起動す…!!」

 

 起動する直前、ソーマは空気が漏れる様な音が聞こえて来た事に気付いた。まさかと思い、再び心電図を取ると微かにだが心臓が再び動き出した事が分かり、脈を取ると確かに心臓が動き出した事が確認出来た。

 

「何てヤローだ…自力で蘇生しやがった…」

 

「信じられない…一体どんな生命力してるのよ…」

 

 蘇生処置もせずに、心肺停止から回復した事にソーマとサクヤは驚きを隠せないでいる。

 その間に、ヘリの離陸準備が終わり、プロペラが回りだした。

 

「おい!早くアナグラに戻ってくれ!!」

 

 しかし、まだ油断できない。ソーマの一言でヘリは離陸し、パイロットは極東支部にヘリを向けた。

 

 -極東支部-

 

 帰投後すぐにユウキを医療班に引き渡すと、即座に集中治療室に連れて行かれた。ソーマ、サクヤ、アリサは治療室前の長椅子に座って、ユウキの治療が終わるのを待っていた。

 すると、ユウキが治療室に連れて行かれてから10分もしないうちにルミコが部屋から出てきた。

 

「ルミコ先生!!」

 

「あ、あの!!ユウは?!」

 

 サクヤとアリサがルミコに詰め寄る。特にアリサがあまりに必死な様子だったので、一瞬怯んだ。

 

「信じられないけど…体の内側も外側も、完全に治ってる。私が手を下すまでもないくらいにね。」

 

 ルミコが言うには、医療班に引き渡された時には既に傷は完治していたらしい。ならば何故ユウキは目覚めないのか?サクヤがその疑問について聞いてみた。

 

「じゃあ…なんでユウは…?」

 

「致死量を超える失血のせいだね…ソフトに言うと貧血。回復錠も回復弾も、細胞分裂は促進するけど、増血作用は無いから…」

 

 要するに回復錠も回復弾も傷を治すだけのものらしい。傷の程度に関わらず出血量が多すぎると、傷が治っても血が足りなくなるとの事だった。

 それを聞いて、再びアリサがルミコに詰め寄る。

 

「ユウは…ユウは助かるんですか?!」

 

「もちろん!もう輸血の処置も済んだし、直に目を覚ますはずだよ。」

 

 ルミコからの吉報を聞いて、全員が安堵する。

 

「よ、よかった…」

 

 ユウキが助かる。それを聞いた途端、アリサの緊張の糸が切れて、その場にへたり込んだ。

 

「病室に連れていくから、後で様子見に行ってあげなよ?」

 

「は、はい!!」

 

 それを聞いて、アリサは病室に急ぐ。その後に続いてソーマも病室に入って行った。

 

「あ、それとサクヤさん。ちょっといい?」

 

「え?ええ…」

 

 サクヤも病室に入ろうと思うと、ルミコに呼び止められる。何の話かわからなかったが、たぶん大事な話だろう。そう考えて、サクヤはルミコに着いていった。

 

 -病室-

 

 ユウキが病室で寝かされてから時間が経ち、夕方になった。ソーマ、サクヤ、アリサがそれを見守っている。すると、病室の扉を勢い良く開けてコウタが入ってきた。

 

「ユウ!!!!」

 

「コ、コウタ?!」

 

「ユ、ユウは?!ユウはどうなったの?!!!」

 

 突然現れたコウタにアリサは驚いたが、体のあちこちに電極を貼り、チューブを刺し、さらには呼吸器まで装着したユウキの姿を見て、コウタはさらに焦りを見せる。

 

「落ち着いて。大丈夫、暫くしたら意識も戻るそうよ。」

 

「そっか…よかったぁ…」

 

 いずれ目を覚ますと聞いて、コウタはホッとして、ユウキの近くまで歩く。しかし、サクヤの表情には少し陰りが差していた。

 

(ただ、下手をしたら…)

 

 『脳に障害が残るかも知れない。』とルミコに言われた事を思い出す。そもそも致死量遥かにを超える出血をしていながらも、こうして生きている以上、酸素や栄養素が足りず、脳をはじめ、身体、臓器に何らかの異常が出ても不思議ではない。

 万が一そうなった場合、サブリーダーであるサクヤが第一部隊リーダーを引き継ぐ事になると考え、ルミコはサクヤにのみこの事を伝えたのだ。

 

「ごめん、俺…皆が大変な時に…家族と笑いながら飯食って…」

 

 サクヤが最悪の状況について考えていると、不意にコウタが謝ってきた。恐らく、ユウキが死にかける様な戦いの中、自分は能天気に食事をしていた事に罪悪感を感じての事だろう。

 

「ユウがそうするように言ったんですから、そんなに気にしなくても…」

 

「けど!」

 

 今回コウタが居なかったのは仕方のない事だと全員思っている。日常の節々から、コウタが家族を大切にしてい事は良く分かる。

 それ故にアリサはコウタにフォローを入れるが、コウタは罪悪感から反論する。

 

「別にコイツは謝罪なんて求めちゃいねぇよ。」

 

「え…?」

 

 不意ソーマが口を開く。その口からは予想外の言葉が飛んできて、コウタはキョトンとした表情になる。

 

「目が覚めた時にお前たちが謝ってもコイツが困るだけだ。そんな言葉より、生きて帰ってきたって実感出来る言葉をかけてやれ。」

 

 ソーマは言いたい事を言い尽くしたのか、病室を出ていった。その後、サクヤも何やら言いにくそうに、アリサに話しかける。

 

「それじゃあ、アリサ。ユウの事お願いできるかしら?今のうちに報告書を書いてくるわ。コウタも復帰の手続きしちゃいなさい。」

 

「あ、はい。」

 

 サクヤの一言でコウタも病室から出ていき、それを見届けるとサクヤはアリサに話しかける。

 

「アリサ。ユウが目を覚ましたら、一緒に私の部屋に来て。」

 

「わかりました。」

 

「じゃあ、あとお願いね。」

 

 そう言ってサクヤは踵を返し、病室の扉を開ける。

 

「そうそう、ユウが寝てるからって襲っちゃだめよ?」

 

 病室を出たと思ったら、顔だけ覗かせてアリサをからかう。すると、アリサは耳まで真っ赤に染めて慌てながら返事をする。

 

「ぅえ?!!?な!何いってるんですか!!!」

 

「ふふふっ!!それじゃ、よろしくね」

 

「サ、サクヤさん!!」

 

 アリサの反論も聞かずに、笑いながらサクヤは病室を出ていった。ひとり取り残されたアリサは依然耳まで真っ赤に染めたまま、眠っているユウキを見ている。

 

(お、襲うって…!意識のない人にそんなこと…!)

 

 サクヤに言われた事の意味を理解し、意識のない人間に関係を迫るなど出来るはずはないと否定する。

 しかし、つい妄想の中で実行してしまう。最初は寄り添ったり、隣で寝ると言った程度だったが、次第に妄想の内容が過激になっていき、1人で盛り上がっていた。

 そんな中、ユウキと一線を越える所を想像するとある事を思い出した。

 

(そ、そういえば…私の初めて…ユウに…!!)

 

 戦場でユウキの命を繋ぐ為に口移しで回復錠を飲ませた事を思い出し、耳どころか首まで真っ赤になった。

 

(い、いえ!ユウとしたのは人命救助の為で!仕方なく!!そう!!仕方なくです!!だからあれはノーカン!!ノーカンです!!)

 

 自覚は無いが役得だとは思いながらも、自分の心に素直になれない複雑な年頃の少女がそこにいた。

 

(ファーストキスはレモンの味って言いますけど…私の場合は血の味でしたね…何と言うか、初めてなのに…ロマンの欠片もなかったですね…)

 

 唇に指を当て、ユウキの唇の感触を思い出す。頬を赤く染め、目を潤ませてユウキを見つめる。その姿は蠱惑的で、男であれば見惚れるような色気を放っていた。

 しかし、それを見せたい相手は意識がない上、思い出せるのは滑った血の感触と血の味だけだった。

 ユウキを助ける為に迷う事など無かったが、血を吐き出した後すぐに回復錠を飲ませたので、当然ユウキの口は血塗れだった。そんな状態で口を着ければ血の味がするのも仕方ないのだが、どうせならファーストキスはもっとムードを大事にしたかったと思う乙女心もあり、複雑な心境だった。

 

(そういえば…あの時のユウは…一体なんだったんでしょうか…?)

 

 血塗れになり倒れた後、獣そのものとなって暴走したユウキの事を思い出していた。あれは何だったのか、何故あんな事になったのか、気になるところはあったが、暴走した本人が倒れた以上、それを知る術は無いとも言える。

 いや、暴走の原因には仮説がある。ユウキは神機と言う名の『アラガミ』との適合率が異常なほどに高い。結果、それだけユウキ自身がアラガミに近い存在とも言える。

 命の危機にユウキの内側のアラガミが表に出た…とも考えられるが、そもそもそんな事があり得るのかと言う疑問もある。

 アリサはそんな事を考えながらも、無意識のうちにユウキの手を握りながら左胸に耳を当てる。

 

 『ドクン…ドクン…』

 

(暖かい…)

 

 蘇生した直後は弱々しかった心音も今は力強く鼓動している。この音を聞くとユウキが生きていると実感出来る。

 

(ユウの心臓が止まった時…すごく怖かった…ピターに殺されそうになった事よりも…ユウを失う事の方が…怖かった…)

 

 ディアウス・ピターに殺されそうになった時も確かに怖かった。しかし、その後、ユウキの心臓が止まった時の恐怖の方が強かった事を思い出す。

 

(でも…ユウは今…こうして生きている…例えあれがなんであっても構わない…今は…ユウが生きていることが何よりも嬉しい…)

 

 アリサはユウキの心音を聞きながら体温を感じる。ユウキの命の温もりを感じて、ひどく安心している。

 

(そっか…ここ最近ユウの事ばかり考えるのは…ユウの事が…)

 

 ユウキが他の女性と一緒に居るとイライラしたり、ユウキの事がやたら気にするのは何故か…アリサはようやく答えを得た。

 

(好きだからなんですね…)

 

 自身が何故ユウキの事が気になるのかやっと分かった。その答えを胸に、そのまま心音を聞きながら、アリサは眠りに落ちた。

 

 -???-

 

 ユウキは右も左も分からない、さらには自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からない真っ暗な空間で目覚めた。

 

(あれ?…ここは…?これは…夢?)

 

 余りに現実味の無い空間だったのでユウキは夢と判断した。

 

(お"ナ"ガ…ズい"ィ"ぃ"だア"ァ"ぁ"ァ"ァ"…)

 

 突然頭の中に響く様な、腹の奥から沸き上がる様な不思議な感覚を覚える声が聞こえてきた。

 

(誰だ?何処に居る?!)

 

(ぐウ"…ぜン”ブ…グウ"…あ"の"ドギみ"だい”に"…バら"い"ッばイ"…)

 

 少なくとも誰かが近くに居るのは間違いない。そう思って辺りを見回すが、誰かが居るようには見えない。

 

(訳の分からないことを…!)

 

(デぎも"…な"がま"モ"…お"マ"エ"も"…ゼン”ぶ…)

 

 すると、暗くて顔は見えないが、目の前に誰かが居るのが分かった。

 

(ぜン”ぶオ"でが…グイ"づグず!!)

 

 ようやく顔が見えた。そこにはおぞましい表情をした、見慣れた顔が目に映る。その顔が映ったのを最後に、ユウキは夢の世界から消えた。

 

 -病室-

 

 ディアウス・ピターとの戦いが終わった次の日、ゆっくりとユウキの目が開く。しかし、その目の瞳孔は完全に縦に割れていた。

 

「スゥ…スゥ…」

 

 ユウキはしばらくそのままじっとしていたが、自分の胸の辺りから寝息が聞こえてきた。視線を移すと、銀髪の少女が自分の手を握りながら胸を枕して、眠っているのが見えた。

 それが誰なのかを理解すると、少しずつ瞳孔が丸に戻る。しかし、依然少し頭はボーッとしている。

 

「…アリサ?」

 

 ユウキが呼び掛けると、アリサは身動ぎしてユウキの方を見る。

 

「…ユウ?」

 

 寝ぼけているのか、若干絞まりの無い顔でユウキを見つめる。しかし、ユウキが目を覚ましたと理解した途端、アリサは顔を真っ赤にして勢い良く飛び起きる。

 

「ご、ごめんなさい!!勝手にユウの上で寝てしまいました!!」

 

「あ…いや、気にしなくていいよ…」

 

 そう言ってユウキもゆっくりと体を起こす。しかし、気恥ずかしさからその顔はトマトの様に真っ赤にして、アリサを直視出来ないでいた。

 

「本当に…生きてるんですよね?」

 

「うん…」

 

 ユウキはアリサの問いに目を見て答える。

 

「…よかった…本当に…よかった…」

 

 ユウキが生きていると確認すると、涙を浮かべて微笑む。

 

「お帰りなさい…ユウ…」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユウキの両目が見開いた。そして、少しずつ微笑みながらアリサに言うべき事を言う。

 

「ただいま…アリサ…」

 

 こうしてユウキは自分が生きて帰ってきたと実感した。しかし、アリサは何処か申し訳なさそうに何かを伝えようとする。

 

「あの…ユウ…私、あのとき…」

 

「待ってアリサ…とりあえず…」

 

 しかし、ユウキはアリサが話すのを止める。

 

 『ギュルルルウウグクウゥゥゥ…』

 

 まるで怪獣の鳴き声の様な腹の虫がなる。

 

「…腹が減った…」

 

 ユウキが腹を空かせていたため、そのまま食堂に向かった。

 

 -食堂-

 

 ユウキとアリサは食堂に来て朝食を摂る。アリサはいつものように軽めの朝食だったが、ユウキはいつもと比べて異常な食事量だった。

 皿、皿、皿、皿、皿、茶碗、茶碗、丼、丼、丼…食べ終わった食器が積み上げられていく。軽く見て10人前はある。それらの食事は全てユウキの腹の中に収まっていく。

 

「…ドン引きです…」

 

 常人を越える食事量にアリサはただただ引いていた。以前から良く食べていたが、今の食事量はその頃と比べると軽く倍はある。

 

「血が無くなったせいか、異様に腹が減っちゃって…」

 

 そう言いながらもまた新しい皿を積み上げる。それを周囲は軽蔑を込めた不快感を隠さない目でユウキを見ていた。

 ユウキもアリサも気がついてはいたが、向こうから手を出してくる訳でもないので、今は取り合えず大人しくしておく。

 

「あ、ユウ。この後、時間ありますか?サクヤさんが呼んでるんです。」

 

「サクヤさんが?分かったよ。」

 

 そう言ってユウキは新しい丼を食べ始めた。

 

 -自室-

 

 アリサは一旦ユウキが目覚めたと報告して、部屋に入れるのか聞きに行ったため、現在ユウキは1人で部屋に戻って来た。

 ユウキが部屋に戻ると部屋の荷物受けに段ボールが届いていた。段ボールを開けると、明細書の様な紙と保冷剤と赤い染みのついた紙に包まれていた何かが入っていた。

 

(何だろ…これ?)

 

 取り合えず明細書を読んでこの荷物が何なのかを確認する。明細書によるとウロヴォロス討伐の特務の報酬のようだ。口座に振り込まれた金額と包みの内容がかかれていた。

 まずは振り込まれた報酬の金額を確認する。

 

「えっと、報酬は…一十百千…ブッ!!」

 

 ユウキはあまりの報酬の高さに吹き出してしまう。

 

(う、嘘だろ!!いつもやってる任務と桁が2つ違うんだけど…!!)

 

 報酬は60万fcとなっていた。普段行く任務にもよるが、報酬は平均すると5000fc前後となっている。それに比べて、特務の報酬は100倍に近い報酬額となっていた。

 ちなみにfc(フェンリルクレジット)とは、フェンリルが発行する世界共通の通貨の単位である。このような独自の通貨を流通させられる事からも、フェンリルの世界への支配力の高さを窺える。

 そして、包みの内容を確認すると、巨大なヒレステーキが入っていた。

 

(に、肉の塊…大豆肉じゃない…本物の牛肉だ…!!)

 

 初めて本物の肉を見て、若干ユウキの手が震えている。

 

(と、取り合えず冷蔵庫に入れとこ…)

 

 なんにしても、このあとはサクヤの部屋に行く必要がある。今は調理する時間も無いので、痛まないように冷蔵庫に入れて保存する。

 その後、ユウキは入院着のまま部屋に戻ったので、着替えを用意して着替え始めた。

 その少し前、アリサはサクヤから、部屋に来ても良いと言われた事をユウキに伝えようと、サクヤの部屋を出たところだった。

 

(恐らくサクヤさんからの話は…リンドウさんからの置き手紙の事のはず。)

 

 アリサはすぐ横にあるユウキの部屋に向かいながらもサクヤから呼び出しがかかった理由を考える。と言うより、考える必要もなくすぐに分かった。

 リンドウの腕輪が見つかったタイミングでの呼び出しならば、腕輪のロックがかかった例の置き手紙以外に考えられない。

 

(早くユウにも…この事を伝えないと!)

 

 しかし、自身が早く知りたいと言う気持ちもあり、ユウキの部屋に入る際、入室の確認をおろそかにしてしてしまった。

 

「ユウ、入りますよ?」

 

 アリサがユウキの部屋の扉を開ける。するとそこには着替え中のユウキがいた。上半身に服は着ておらず、下半身はトランクス一枚でズボンは履いていない。所謂パン一だった。

 

「ごごごごごごめんなさい!!」

 

 アリサは真っ赤になって顔を両手で隠して後ろを向く。

 

(み、見ちゃった…!!ユ、ユウの裸…!!)

 

 しかし、アリサは振り向いて指の隙間からちらりとユウキを見る。

 

(ユ、ユウの体…細いのに結構筋肉質なんですね…)

 

 未だ興奮しているのか、赤くなりながらも食い入る様にユウキの体を見ていた。ユウキの体は無駄なものを削ぎ落とした結果、元々かなりあった筋肉がさらに強調された様な体をしていた。

 そんかユウキの体を観察していくうちにある事に気が付く。

 

(あ…体の傷が…綺麗に無くなってる…)

 

 ディアウス・ピターの翼で腹を斬られたり、胸を貫かれたりして、ズタボロに傷が着いたにも関わらず、その傷は一切残っていなかった。まるでそんな事は無かったかの様に思えて、アリサは急に申し訳なく思った。

 着替えが終わったタイミングでアリサはユウキに話しかける。

 

「ごめんなさい…」

 

「…え?ああ、こっちこそごめん。無神経だったね。」

 

 ユウキは自分が見苦しいものを見せたと思い、その事を謝ったがのだが、アリサが言っていたのはその事ではなかった。

 

「そうじゃなくて…私が油断したせいで、ユウがひどい目に…」

 

「いいよ、そんな事。それでアリサが無事だったんなら、それでいいさ。」

 

「…え?」

 

 アリサはユウキの答えに違和感を感じた。極端な言い方ではあるが、ユウキは自分が死にたくないが為に戦っているとアリサは感じていた。実際、以前ユウキの口から直接死ぬのが怖いと聞いた事がある。

 勿論自分が死ななければ仲間がどうなっても良いと言う意味ではない。アリサはユウキが自分を含め、誰も死なない様に戦っている人だと思っていた。

 しかし、今のユウキの発言は、最悪な捉え方をすると自分の命を勘定に入れてない様にも感じた。

 

「サクヤさんが呼んでるんでしょ?行こう?」

 

 違和感を感じて呆けているアリサを置いてユウキは部屋を出ていった。アリサも違和感を感じたのは気のせいだと考えて、ユウキの後に付いて行った。

 

To be continued




後書き
 ユウキが復活してコウタも復帰、第一部隊が再び揃いましたが…
 復活の際とんでもない量の飯を食べましたが、良くある大食いキャラ見たいに食い散らかす様な感じではなく、普通に綺麗に食べつつ異常な量を食べてます。実際、この世界観で10人前の飯を食うと周りから凄く煙たがられるのは避けられないでしょうね。
 今回は出来心でラブコメ要素を入れてみたのですが…何だろう凄く難しいです。今後書いていけるのか不安になってきました。
 個人的にはアリサはムッツリだと思い、こんな感じに書いてみたのですが…何か違う気もします。
 でもアリサはラキスケ要員、間違いない(真顔
 感想、アドバイスお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission41 アーク計画

明かされる真実、動き出す計画、真実を知り、ゴッドイーター達は何を選ぶのか…


 -サクヤの部屋-

 

 ユウキとアリサは、サクヤの部屋で先日奪還したリンドウの腕輪を使い、開けられない置き手紙を開こうとしていた。既にディスクはターミナルに入っていて、あとは腕輪の認証が通れば中身が見れると言う状態だった。

 

「それじゃあ、始めるわよ…」

 

 そう言ってサクヤは腕輪をターミナルに挿入する。

 

「認証…通ったわ!!」

 

「レポートファイルが1つ、リストファイルが1つ、それにプロジェクトファイルが1つ、後は何かのプログラム実行ファイル…ですか?」

 

 ロックが解除されて、自動的にディスク内のフォルダが開かれる。そこにはいくつかのデータファイルが入っているだけだった。

 

「実行ファイルは何が起こるか分からないから、先にレポートから見ていきましょう。」

 

 サクヤがターミナルを操作してレポートファイルを開く。

 

『エイジス計画を隠れ蓑に『アーク計画』という別の計画が進行している事は疑いようがありません。アーク計画は『真の人類救済のための計画』とされているが、その全容は不明。調査の過程で関連資料と思わしきリストを入手しましたので、添付いたします。』

 

「アーク計画…?2人は聞いた事ある?」

 

「いいえ。」

 

「私も初めて聞きました。レポートによると、リストファイルは関連資料の様ですけど…」

 

 ここに居る3人共、初めて聞いた計画の名前に困惑する。どうやらエイジス計画は『人類救済』を目的としたアーク計画のためのものらしい。その内容を知るべく、関連資料であるリストを開く。

 

「各支部の神機使い、役員、エンジニア、スタッフ…その親族?」

 

「私たちの名前もありますね。」

 

 リストは本部や各支部で役職に分かれていて、非常に綺麗に整理されていて分かりやすかった。そのため、割りと直ぐに見知った名前をいくつか目にする事となった。

 だが、このリストは結局何なのか、どんな目的で使われるのかは分からないままだった。

 

「アーク計画に必要なリストみたいてすけど、どう使われるんでしょうか…」

 

「今考えていても仕方ないわ。プロジェクトファイルを開いてみましょう。」

 

 そう言いながらサクヤは別のファイルを開く。タイトルは『エイジス潜入』となっていた。

 

『アーク計画の全貌を掴むにはエイジス島を直接調査するしかないようだ。先日発見したエイジス島の管理システムのバグを利用し、警備システムを一時的にダウンさせるプログラムを作成した。これを使えばすぐに対策されるはず。チャンスは一度しかない。』

 

 どうやらリンドウはアーク計画の全容を掴むため、エイジス島に潜入しようとしていてたようだ。その事を知ると、サクヤは思わずため息をついた。

 

「なるほど…まったく、リンドウったら私にも黙ってこんな事を…」

 

「サクヤさん…」

 

 少し憂鬱そうな雰囲気を出すサクヤをアリサが心配する。

 

「でも、これで色々と見えてましたね。」

 

「ええ。たぶんリンドウは、このアーク計画の事を知りすぎたせいで殺されたのね…しかもこの支部の誰かに…!」

 

 リンドウが殺された理由には察しがついたユウキだったが、サクヤが返した話を聞いた途端に驚いたような声を上げる。

 

「え?それってどう言う…あ!!」

 

 サクヤの言った事を最初は理解出来なかったが、少し考えてたらあらゆる情報が繋がった。

 人類救済の計画、カムフラージュの為のエイジス計画、そして名簿リスト…これらの情報から、ユウキはとある仮定に行き着いた。

 

「そう、アーク計画にはエイジス島が関わっている。となれば、その計画を進行している極東支部の誰かが、このアーク計画に関わってるって事…でも、これで私が次に何をすべきか、分かったわ。」

 

「リンドウさんの遺志を継ぐんですね!」

 

 アリサからしてみれば至極当然の事を言ったつもりだったが、サクヤの返事は予想外なものだった。

 

「いいえ。この事は忘れましょう?」

 

「な、何を言ってるんですか!」

 

「ならアリサは…フェンリルと言う組織を敵に回す覚悟はあるか?」

 

「…え?」

 

 サクヤとアリサの会話の中で、突然ユウキが割って入る。その目は任務中の様に鋭くなっていた。

 

「俺の予測でしかないけれど、レポートによるとアーク計画は人類救済のための計画と銘打ってる。そして、その関連資料に名簿…計画の意義を素直に捉えるなら、恐らくはこのリストの人間は少なくとも救済される人なんだと思う。そのリストには本部の人間の名もある。そこから本部の人間はこの計画を黙認している可能性もある。たぶんリンドウさんもその事には気が付いていたと思う。」

 

 何を以て救済と言うのかは分からないが、人類救済の計画と名簿リスト、この2つだけでも計画の一部の内容は読み取れる。このリストが本当に最低限救済する人間の名簿であるなら、本部の人間も救済の対象になる。ならばその計画に便乗して、救いを得るのが普通だろう。そう考えて、ユウキは本部の人間は当てにならないと言っているのだ。

 

「ええ。それを調べていくうちにリンドウでさえやられたのよ?私たちじゃ、どうしようもないわ。」

 

「でも可能性ですよね!?なら、他の支部に応援を要請するとか、本部に緊急連絡して確かめるとか!!」

 

 納得がいかないと言う様にアリサは声を荒げて反論する。そんなアリサをサクヤは落ち着かせる様に少しゆっくりと語りかける。

 

「…この部屋や、このターミナルてさえも、そいつの監視下にあるかも知れない…私たちが今こうして計画の内容を知った事に気が付いて、いつ潰しに来るかも分からない。そもそも、確証もない計画の素性、通信インフラも掌握されているこの状況で、勝ち目があると思う?」

 

「そ、それは…でも!」

 

 それでもなお食い下がるアリサだったが、不意にサクヤは暗い表情になる。

 

「ちょっと…1人にして貰えるかな?」

 

 1度に多くの事を知り、少し複雑な心境なのだろう。リンドウの事を思い出し、人類救済のアーク計画の一端を知り、本部がそれに乗っかる可能性を考えた。少し心の整理も必要になるだろうと思い、ユウキはアリサと共に部屋を出ようと促す。

 

「行こう、アリサ」

 

「…分かりました…」

 

 ユウキに促され、渋々アリサも部屋から出ていく。その2人の背中を見送った後、遠目にリンドウ、ツバキ、そしてサクヤが並んで写っている写真を眺める。

 

(流石にこれ以上は…巻き込めないわよね…)

 

 そう心の内で呟きながら、サクヤは再びターミナルを操作し始めた。

 

 -ユウキの部屋-

 

 サクヤの部屋を出た後、ユウキとアリサはすぐ横にあるユウキ部屋に来ていた。アリサはサクヤの反応がおかしいと言って怒り、それとユウキが落ち着かせていた。

 

「あんなにあっさり手を引くなんて…サクヤさんらしくないです!ユウもユウですよ!何も動かないまま諦めるなんて!!」

 

「…いや、動くにしても何の対策も無しに動いたら、どうぞ潰してくださいと言っている様なものさ。計画の内容も、フェンリルを敵にするかもって話も、本当は暴走しそうなサクヤさんを止める為に話すつもりだったんだけど…あんなにあっさり諦めるなんて正直意外だった。」

 

 『アリサの方が暴走しちゃってたから、アリサを止めるのに使う事になったけどね。』と最後に揚げ足をとると、アリサはバツが悪そうな表情になる。

 

「で、でも…!!」

 

『神裂ユウキさん。榊博士がお呼びです。榊博士のラボまでお越しください。神裂ユウキさん、榊博士のラボまでお越しください。』

 

「っと…ごめん。ちょっと行ってくる。」

 

 館内放送でユウキに呼び出しがかかる。ユウキが部屋を出ようとしたので、アリサもそれに続いて部屋を出る。エレベーターでラボラトリに向かうユウキを見送り、1人取り残されたアリサはさっきのユウキとサクヤの態度に違和感を感じていた。

 

(2人共あんな風に諦めるなんて、どう考えても不自然です!こうなったら、私だけでも…!)

 

 何かを決意したような目をしたアリサは、戻ってきたエレベーターに乗り込んだ。

 

 -ラボラトリ-

 

 アリサと別れた後、ユウキは真っ直ぐラボラトリまでやって来た。扉を開けると、ペイラー以外には誰も居なかった。

 すると、ユウキが入ってきたのに気が付いて、さっそく要件を話していく。

 

「やあ、待ってたよ。実はまたシオをデートに連れて行ってほしくてね。出撃メンバーは任せるよ。」

 

「そう言う事ですか。分かりました。」

 

 案の定シオが絡んだ任務だった。呼び出しを受けた時から何となくこうなる気がしていたので、何ら驚くことはなかった。

 しかし、その後ペイラーは何やら不安そうな声色でユウキに語りかける。

 

「ただ、ちょっと気になる事があってね。」

 

「気になる事…ですか?」

 

 思わずユウキも聞き返す。しかし、ペイラーからの答えは何とも頼りないものだった。

 

「どうも昨日辺りから、シオの様子がおかしいんだ。できれば、気にかけてやってくれないか?」

 

「…分かりました。」

 

 結局原因不明、何処が悪いのかも分からない。とにかくシオの様子がおかしいと言う事だけ聞いて、ユウキはシオの様子を気にするようにした。

 その後、ユウキはシオの部屋に入る。そこには端を喰われたベッドに座るシオが居た。たがペイラーが言っていたように、今のシオはいつものように天真爛漫な様子ではなく、どこか気だるげで虚ろな目をしていた。

 

「シオ、ご飯食べに行くよ?」

 

「ん…お腹…空いた?シオ…お腹…空いた…」

 

 その声を聞いた瞬間、ユウキの目付きが鋭くなりつつも虚ろになり、異様な雰囲気を放っていた。

 

「腹…減った…」

 

「じゃあ…いただきます…だな。」

 

「うん…全部…喰う…」

 

 言い切った後、ユウキの異様な雰囲気は無くなり、虚ろな目ではなくいつも通りの目付きになっていた。

 

「じゃあ、行こう。」

 

「だな!」

 

 まるで今までの会話が無かったかのように、ユウキとシオはいつもと変わらない様子で、元気に返事をした。そのままユウキとシオは1度別れて、秘密の抜け道を出た所で落ち合う事になった。

 

 -愚者の空母-

 

『敵はコンゴウ神属の第二種接触禁忌種、ハガンコンゴウ…特異なアラガミを好むシオにとってはご馳走だね。』

 

 ペイラーの説明を聞きつつ、ユウキはあとから来たシオとソーマ、コウタを連れて任務に来ていた。

 サクヤとアリサは、アーク計画を知った事で動揺しているのではないかと思い、気持ちの整理をつけるために呼ばなかったのだ。

 

「ターゲットは禁忌種か…大丈夫かな?」

 

「問題ないだろう。この間大型の禁忌種を狩ってきたところだ。あれよりはましだろ。」

 

 どこか不安そうな表情のコウタをソーマが落ち着かせる。そしてシオは相変わらず落ち着きがない様子でソワソワしている。

 3人の先頭にいるユウキは遠目で、黄金の体で雷神を思わせる羽衣を纏ったハガンコンゴウを見つけた。その瞬間、目付きがより鋭くなり、ハガンコンゴウを睨み付ける。

 

「…任務…開始!!」

 

 待機ポイントから飛び降り、信じられない速さで空母の甲板に走る。

 

「なに!!」

 

「え!!?!はや!!」

 

「おお!!速いなあ!!」

 

 全員が驚いている間にあっという間に甲板のハガンコンゴウの元まで来た。ハガンコンゴウがユウキに気がついた頃には、もう神機を振り上げていた。

 

「…邪魔。」

 

 鋭い目付きのままユウキがぼそりと呟くと目にも止まらぬ速さで面が割れた様なハガンコンゴウの顔面を斬り、一撃で結合崩壊させる。

 それを振り払うように、ハガンコンゴウが体をコマ回しのようにしてユウキを攻撃する。ユウキはそれを後ろに跳んで躱す。

 その隙にハガンコンゴウが構えてユウキに落雷を落とす。その瞬間、ユウキは一瞬でハガンコンゴウの背後まで近づいて片足を切り落とす。その後、再びユウキに落雷が落ちてきたので一旦離れる。

 ハガンコンゴウの落雷はまだ終わっていない。回避先に落雷を落とすと、今度はユウキがハガンコンゴウに接近して腕を切り落とす。

 これを繰り返していくうちにハガンコンゴウは四股を失い、動けなくなる。最後の抵抗に落雷をもう1度落とすが、それもアッサリと躱され、ユウキはハガンコンゴウの背後を取り、羽衣を砕きながら神機をハガンコンゴウの首を突き刺した。

 

「す、すげぇ…」

 

 コウタを始めとした出撃メンバーが唖然としていると、ユウキはシオに向かって、突き刺したハガンコンゴウを投げた。

 

「さ、ご馳走だよシオ!たくさん食べなよ?」

 

「いただきまーす!!」

 

 そう言うユウキの雰囲気はいつも通りのものになっていた。シオは目の前のご馳走に飛び付いて捕食し始める。

 さっきの雰囲気の変化は何だったのか。ソーマとコウタが聞こうとした時、不気味な鳴き声が辺りに響く。

 

  『キシェエアアア!!』

 

 何時の間にかユウキの後ろに黄色い体のボルグ・カムランが現れた。間髪いれずに目の前にいるユウキの頭を串刺しにしようとボルグ・カムラン尻尾を振り上げる。

 

「あ!!」

 

「「ユウ!!」」

 

 ソーマとコウタが心配をするようにユウキの名を呼び、シオも食べるのをやめて思わず声を上げる。

 ボルグ・カムランが針のついた尻尾を降り下ろし、突き刺し攻撃をする。それを再び目付きが鋭くなったユウキが振り替えることなく頭をずらして避けると、体を回転させて尻尾を切り落とす。

 尻尾を切り落としたダメージを受けている隙に、ユウキはそのままボルグ・カムランに急接近する。対してボルグ・カムランは盾を構えて防御する。

 

  『ギイィィイイン!!』

 

 金属音が鳴り、ユウキの神機は止められた。誰もがそう思っていた。この隙にソーマとコウタは前線に加わろうとしていた。

 

  『ブシャァァアア!!』

 

 突然ボルグ・カムランの盾が真っ二つに引き裂かれた。ユウキが力業で盾を切り裂いたのだ。

 強引に開いた盾を突破し、ボルグ・カムランの眼前に飛び出し、神機を両手でしっかりと握る。

 

「…」

 

 次の瞬間、ユウキは全力で下から掬い上げるようにカムランを真っ二つに切り裂いた。

 

「思わぬ収穫だったね。回収しとこ。」

 

 といつもと変わらぬ様子で黄色いボルグ・カムランを捕食していく。シオが食事を終え、ボルグ・カムランの捕食が終わったところで、全員帰投準備に入った。

 

「ん?おい、ユウキ、お前そんな状態の神機を持ち出したのか?」

 

「うお!?なんだこれ?!刀身にヒビ入ってるじゃん!!」

 

 そう言われて慌てて神機を確認すると、確かに火刀の伸縮部を中心にヒビが走っていた。

 

「な、なんだこれ!!来るときんこんなのなかったのに!!」

 

 来るときはついていかった損傷を見て、ユウキが慌てる。が、それもリッカに見てもらえばすぐに分かるだろうと、とりあえずその場は収まった。

 

「あ!エイジス…こっからも見えるんだな…」

 

 待機ポイントに戻る途中、海に浮かぶエイジス島がコウタの目にふと止まった。

 

「コウタ?」

 

「早く完成してもらわないとな…」

 

「そう…だね…」

 

 コウタがエイジス計画に大きな期待を寄せているのは分かっている。だが、エイジス計画の裏でアーク計画と言う計画が進行してる事をついさっき知ったばかりだ。もしかしたら、エイジス計画自体が出任せと言う可能性もあるとユウキは考えている。

 もし、予想が当たっているなら、それを可能にする人物も極東支部内の誰かは目星は何となくだがついている。

 そうなればエイジス計画は空虚の計画となる。その事をコウタに伝えるか迷っていると、不意に崖にシオが立っているのが目についた。

 

「シオ!」

 

「なにやってんだシオ!危ないぞ!」

 

 ユウキとコウタの声を聞いてソーマも異変に気がついた。すぐにソーマも人に合流し、シオに戻ってくるように説得する。

 

「おいシオ!!バカな真似は止せ!!早く戻ってこい!!」

 

「…」

 

 しかし、ソーマの呼び掛けにも答えず、シオはじっとエイジスを見つめている。すると、突然シオの身体に青く輝く模様が浮かび上がった。

 

「「「シオ!!」」

 

 3人ともシオの変化に驚き、シオに呼び掛けるが、もうこちらの声は届いていないようにも思えた。

 

「ヨンデル…イカナキャ…」

 

 シオは迷いなくそのまま崖の方に歩いていく。

 

「待て!!シオ!!」

 

 ソーマの制止もむなしくシオは海に飛び込んだ。

 

 -ラボラトリ-

 

「で、そのままシオは海に消えた…と…」

 

「申し訳ありません…」

 

 ユウキは深々と頭を下げて謝る。

 

「いや、君たちが無事で何よりだ。ともかくシオの居場所が分かったら捜索任務を出すことになると思うから、その時はよろしく頼むよ。」

 

「…はい。」

 

 シオが居なくなった以上、早急に捜索して連れ戻さなければ支部長に見つかってしまう。ペイラーとしてはそれは何としても避けたかった。そのため、急いでシオの反応を探り、捜索任務を出すことをユウキに伝えると、ユウキは部屋を出ていった。

 

(思っていたよりも速い…実にマズイな…)

 

 だれも居なくなった部屋で、ペイラーは1人心の内で焦りを見せていた。

 

 -???-

 

 サクヤは神機を持って、ある場所に来ていた。その道中は大した警備システムも無かったが、少し前から警備システムの数が異様に多くなっていた事が気になっていた。

 

(この辺りはやけに警備が厳重ね…それにしても、視界が悪い)

 

 しばらく歩いていると、暗がりの中に触手に絡まれた『何かを』発見する。

 

(これは…?)

 

  『ビー!!ビー!!』

 

 正体を探ろうとその何かを注視していると、サイレンが鳴り辺りが警報灯で赤く染まる。どうやらリンドウの遺したプログラムの対策を打たれたようだ。

 警備システムが復活し、サクヤに向かってレーザーが飛んでくる。しかし、警報に一瞬気を取られて回避も防御も間に合わない状態になってしまった。

 

「くっ!!」

 

 間に合わないと分かっていながらも、回避しようと両足に力を入れる。しかし、その瞬間眼前に赤が割り込みレーザーを装甲で防いだ。すると、銃形態に変形して、辺りをガトリングで撃って警備システムを破壊していった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ア、アリサ!?」

 

 まさかアリサがここに居るとは思っておらず、サクヤは困惑する。

 

「全く…何だか様子がおかしいと思って尾行してみれば…案の定でしたね。私達を置いてった挙げ句、こんなところでやられたんじゃ、笑い話にもなりませんよ。」

 

 アリサが表面上は怒った様にサクヤを嗜める。すると聞き慣れた紳士的な声が辺りに響く。

 

「ようこそエイジスへ。」

 

 ヨハネスが作業用のゴンドラに乗って現れた。そのままゴンドラはサクヤとアリサから離れた位置に降りてきた。

 

「やはり君たちか…どうかね、思い描いていた楽園と違い、落胆したかな?」

 

「支部長、やっぱり貴方が…!!」

 

 『やはりお前か』と言いたげな視線をヨハネスに向け、サクヤは怒りを隠すことなく、ヨハネスを睨む。と言うのも、サクヤはアーク計画のレポートを見たときから、リンドウ抹殺にヨハネスが関わっていると感づいていた。エイジス計画の裏で大規模なアーク計画を進めるなど、計画の当事者でもなければ至難の技だ。

 そのため、ユウキとアリサを巻き込まないように敢えて諦めたと思わせたのだが、結局アリサは付いて来てしまった。

 だが、そんな怒りも全く届いていないかのようにヨハネスは余裕な表情のままサクヤに語りかける。

 

「まさか、リンドウ君は、ここまで侵入する手筈まで整えていたのかね?いや、それともペイラーの差し金かな?」

 

「はぐらかさないで!!」

 

 『ここまで来たのなら何がなんでも真実を暴いてやる。』と躍起になっていたサクヤは更に語気を強めてヨハネスを問い詰める。

 

「もしリンドウ君の手引きだとしたら、本当に彼は優秀な男だ。実に惜しい人物を亡くした…」

 

「戯れ言を…!!貴方が…そう仕向けさせたクセに!!」

 

 あまりに白々しい態度に、アリサも怒りを覚える。そのままサクヤとアリサは怒りに任せてヨハネスに銃口を向ける。しかしヨハネスは余裕を崩さずに、涼しい顔で2人を見ている。

 

「ああ、その通りだ。どうやら彼には別の飼い主が居たようでね、噛みつかれる前に手を打たせてもらった。」

 

 ヨハネスは誤魔化す事もなくアッサリとリンドウ抹殺を認めた。それがサクヤとアリサの怒りをさらに駆り立てる。

 

「早すぎたのだよ…終末捕食の鍵となる『特異点』が見つかっていないあの段階では、この計画を知られる訳にはいかなかった。」

 

 そこまで話すと、ヨハネスは一瞬何かを考え込む様な仕草をした後、再び2人を見て話を進める。

 

「そうだな…ここまで来たのだ…今さら隠す必要も無いだろう。君たちには、『真実』を教えてあげよう。」

 

「真実?」

 

 何の事だと言いたげにアリサが聞き返すと、ヨハネスはゆっくりとアーク計画の全容について語り始めた。

 

「アーク計画とは、1度人類を宇宙に逃がし、人為的に終末捕食を引き起こし新たな星を創る計画…アラガミによって引き起こされる終末捕食…それにより、この星は完全な破壊と再生を迎える。」

 

 ヨハネスは少しずつ声を大きくして、興奮しようにアーク計画について語り続ける。

 

「完全なる再生だ!!地球上のあらゆる種が完全に滅び、生命の歴史が再び再構築される。その再生した地球に、人類と言う種とその遺産を残す方舟…それがアーク計画だ!!」

 

 要するに地球のリセットとも言える事をやろうとしているのだ。その地球のリセットでは1度生物が完全に滅び、生命が再構築すると言うのだ。

 しかしその地球のリセットで地上の人間が確実に生き残れるとは限らない。そのため、人類を確実に生き残るため1度宇宙に逃がし、新しい星で再び人類が生きられる様にする計画がアーク計画なのだ。

 

「しかし、新しい世界への方舟の席は限られている。新時代を担う者達の限られた席だ。ならば、真に優秀な人間こそが座るべきじゃないかね?」

 

「で、そこに座れるのは、貴方と貴方に選ばれた人間だけってわけてね…」

 

 サクヤはここまで聞くとまるで旧約聖書『創世記』を再現している様にも思えた。洪水は終末捕食、ノアの方舟は宇宙船、そして方舟に乗る者を選別したノアはヨハネス…まさしく自分が神だと言わんばかりの傲慢ぶりだと軽蔑の目を向ける。

 

「他に適役がいるかね?残念だが、今回の件で、君たちはリストから外れてしまった。申し訳ないが、ここで消えて貰おう!!」

 

 サクヤの視線を受けても動じず、ヨハネスは冷静に計画の進行を考える。アーク計画を知られ、未だ特異点を手中に納めていない以上、周囲にバラして回られても面倒だ。生かして返すわけにはいかない。

 そう考えて、ゴンドラにある警備システムの起動スイッチを押す。しかし、何時まで経っても警備システムが起動することはなかった。

 

「あら?セーフガードなら、私が来る途中に全て破壊しましたけど?」

 

 ヨハネスが、警備システムが起動しないことを不思議に思っていると、アリサが得意気な表情で真相を伝える。どうやらさっきの銃撃と道中の警備システムは全て破壊してきたようだ。

 

「ふむ…それは困った…」

 

 そう言うヨハネスの表情には全く困っている様子は感じられない。

 

「ならば仕方がない…君たち2人で殺しあって貰おう。」

 

 そう言いながらヨハネスが横を向く。『何をいっているんだ?』『そんな事するはずがない。』そう思いながらも、サクヤとアリサはヨハネスに釣られて目線を移す。

 そこにはアリサにとって最も会いたくない人物であり、もう死んだと聞かされた人物が居た。

 

「お、大車!!」

 

「あ、貴方…生きて…!!」

 

 サクヤとアリサは驚きを隠せず、動揺する。大車もその事には気がついているようで、更なる動揺を誘うように、ゆっくりと諭すようにアリサに話しかける。

 

「やあ、アリサ…久し振りだね。あのまま眠ってくれれば、何も知らずに新しい世界で、幸せに生きられただろうに。」

 

 語りながらも大車はアリサに近づいていく。

 

「そんなに殺し足りないなら…また手伝ってあげよう…」

 

「くっ!!」

 

 アリサは動揺したままだったが、どうにか銃口を大車に向ける。しかし、その瞬間、大車は『あの言葉』をアリサに聞こえるように、はっきりと発音してく。

 

「один…два…три…」

 

 洗脳の鍵となる言葉を聞いた瞬間、アリサの目が虚ろになる。そして、大車に向いていた銃口をサクヤに向ける。

 

「アリサァァァア!!」

 

 サクヤは無防備にも神機をアリサに向けることなく駆け寄る。

 

(貴女は…こんな暗示になんて負けてない!あのときも、最後までリンドウを撃たなかったもの!!大切なモノを守る力を、貴女は始めから持っていた!!そんなアリサの強さを…私は信じてる!!)

 

 アリサから銃口を向けられているにも関わらず、サクヤは相変わらず無防備なままだ。

 そのままサクヤはアリサに飛びかかるが、ついにアリサの銃口から弾丸が放たれた。

 

「ふあははははは!!!!血迷ったかサクヤ!!」

 

 大声をあげて大車がサクヤを嘲笑う。その様子は抵抗もせずに殺されたサクヤを大いにバカにしているようにも見える。

 しかし、一頻り笑ったあと、ある事が起きていないことに気がついて、今度は大車が驚愕の声を上げる。

 

「な、何?!」

 

「おあいにく様!回復弾よ!!」

 

「し、しまった!!」

 

 回復弾、つまりゴッドイーターにとって攻撃ダメージの入らない、細胞分裂を促進する弾丸だ。怪我をしていないサクヤに使っても何ら意味はないのだ。

 洗脳が効いているのなら、攻撃能力の高い弾丸が装填されているはず。何故思い通りにならなかったのかと大車が考えていると、アリサの目がパチリと開いた。

 

「どうでしたか?私の迫真の演技は?」

 

 今度はアリサが辛うじて銃口を大車に向ける。どうやら洗脳にはかからなかったようだ。だが、最初の一瞬だけは洗脳に掛かってしまい、それを無理矢理自我を保って防いだのだ。

 そのため、アリサは頭が働かず、もう戦える状態じゃない。このまま大車とヨハネスを相手にするのは分が悪い。

 

「さようなら。元主治医さん!!」

 

「支部長、私達は必ず貴方の狂行を止めて見せる!!」

 

 捨て台詞を残すと、サクヤの神機から閃光が放たれ、その光が収まる頃にはサクヤとアリサはその場からいなくなっていた。

 

「ちっ…面倒を増やしてくれる…!」

 

 2人が去ったのを確認すると、静かに怒りを宿した声色で呟いた。

 

To be continued




後書き
 アーク計画の全容が遂に明かされました。次の話ではありますが、この事をユウ君が知ったらどんな選択をするのか、何を選ぶかの葛藤を表現していきたいと思います。
 今回禁忌種やボルグ・カムランの亜種をアッサリ倒した辺りの話も近いうちに明かしていきたいと思います。
 ペルソナ5が楽しいくて筆が進みません!!!!(。∀°)アヒャヒャヒャヒャ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission42 選ぶ理由

アーク計画の真実を知り、ユウ君がどっちを選ぶか迷う話です。


 -ユウキの部屋-

 

『以上が、エイジス計画の裏で進行していたアーク計画の全容よ。』

 

 ペイラーにシオが居なくなったと報告した後、サクヤからターミナルのある個室に集まって欲しいと連絡が入り、ユウキとソーマとコウタはユウキの部屋に来ていた。

 コウタはソファに座り込み、ソーマはターミナルに近い開けた所で壁に背中を預けている。ユウキはターミナルを操作している。

 そこでサクヤとアリサから、完全なる再生を迎えた地球に、再び人類が降り立つと言うアーク計画の真実と、その隠れ蓑であり、架空の計画であるエイジス計画の事が明かされた。

 

「…俺達が任務に出ている間に、随分と無茶してくれましたね。」

 

『今は怒らないで。どうしても、アーク計画の正体を知りたかったの。』

 

 若干怒っているユウキに対して、サクヤは冷静に潜入した理由や経緯を話していく。

 しかし、ユウキはあることに頭を悩ませていて、サクヤの話は殆ど聞いていなかった。

 

「エイジス計画が…嘘…?そんなのって…」

 

 その理由は絶望したかのような表情で項垂れるコウタだった。独りで黙って無茶した事に関しては怒っているが、エイジスに潜入した事自体にはあまり怒ったりはしていない。と言うのもサクヤがアーク計画の事を知った時、あまりにも不自然なまでに関わりを絶たせようとしていたからだ。今にして思えば、周りを巻き込まないようにしていたと考える方が自然だった。

 しかし、タイミングが悪すぎた。コウタがエイジス島を見て決意を新たにしたところで、シオの失踪とエイジス計画が嘘っぱちだったと言う真実…特に後者は、エイジス計画を盲信していたコウタを絶望させるには十分過ぎるものだった。

 

『…そのリストによると、フェンリルのゴッドイーターを含めた職員とその二等親族までの乗船が許可されているわ。』

 

「このまま大人しくしていれば、俺達の戦い続ける日々は終わる…って事ですよね。」

 

『そうね。このまま行けば、貴方達全員新しい世界で戦う事なく生きていけるわ。まあ、私とアリサは今回の件でリストから外されたけどね。』

 

 だが、音声だけで会話しているサクヤ達にはその事は当然伝わらないが、どこか違和感を感じながら、サクヤは置き手紙にあったリストについて説明していく。

 

「どうせ俺は半分はアラガミだ。そんなヤツが次の世代に残れるはずもない…」

 

『それでも支部長は…貴方のお父さんは、貴方を助けるつもりでいるわ。』

 

「知ったことか…」

 

 リストにはソーマの名前も載っているが、自分には次の世代に残る資格は無いと足蹴にする。

 ユウキはそれを見聞きして悲しく思いながらもサクヤ達の今後の動向を聞いてみる。

 

「2人はこれからどうするんですか?」

 

『少なくともアナグラには戻れないかな?お尋ね者になっちゃうでしょうし。』

 

「そうですか…」

 

『何にしても、私達はこの非人道的な計画を認めるつもりはないわ。しばらくは身を隠して、エイジスへの再潜入を試みるつもりよ。』

 

 やはりあくまでアーク計画を止める為に動くようだ。再びエイジスに侵入出来ないか検討するらしい。

 

「分かりました…気を付けて下さい。」

 

『ええ、分かってる。アーク計画に乗るか反るか…貴方達の命にも関わることよ。しっかりと考えて結論を出して。例えそれで敵対することになっても、恨むつもりはないから安心して。』

 

『でも、邪魔するようなら容赦はしませんよ?』

 

『アリサ!!』

 

 この状況下ではアリサの強気な発言も洒落にならない。サクヤがアリサを嗜める。

 

『冗談です。でも、そうならない事を祈ってます。出来るなら、支部長の狂行を止める側について欲しいです。』

 

『それじゃ、もう切るわね。何度も言うようだけど、しっかり考えてから答えを出してね。』

 

 サクヤがそう言った瞬間『プチッ』と言う音を立てて通信が途絶えた。その後、何処か気まずさを感じさせる沈黙が続いたが、不意にコウタが口を開く。

 

「ごめん…俺…アーク計画に乗るよ。」

 

「コウタ…」

 

「…そうか。」

 

 それだけ聞くと、ソーマは背中を壁から離してユウキの部屋を出ていった。

 

「俺は…母さんやノゾミを守る…守れるのなら…どんな事でもやる…どんな選択だってしてやる…!そのために、ゴッドイーターになったんだ…!」

 

「…」

 

 なおもコウタの独白は続く。ユウキは黙ってそれを聞いていた。

 

「計画に乗るってことがどう言うことなのかは分かっている。でも…俺は…」

 

「分かってる。」

 

 1度全部吐き出させた方が言いかと思ったが、これ以上吐き出させると罪悪感から家族を選ぶ事に迷いを覚えそうだったので、少々強引にユウキが会話を断ち切った。

 

「コウタが家族を大切に思っているのは俺も分かってる。だから、そう言う選択をするのは、何となく分かってた。」

 

「…ごめん…」

 

「そう何度も謝らないでよ…」

 

 コウタの戦う理由も覚悟もユウキを始め、第一部隊の面々は十分に理解しているつもりだ。

 家族の生活や命を守るため、自ら生き死にの世界に志願したのだ。並大抵の覚悟ではないはずだ。そんな覚悟をもった決断を非難できるはずもない。

 しばらく黙っていると、コウタがずっと気になっている事をユウキに聞いてきた。

 

「なぁ、ユウは…どうするんだ?」

 

「…分からない…簡単には選べない…」

 

「…そっか…」

 

 しばらく沈黙が流れる。その間、コウタはユウキの『簡単には選べない。』と言う言葉を思い出していた。

 コウタ自身、一瞬悩みはしたが、家族を守るためにアーク計画に乗ることを即決した。その事自体は覚悟を決めた上で、納得して出した結論だ。

 しかしユウキの言葉を聞いて、心の何処かでこの決断は間違いなんじゃないかと迷いを覚えていた。

 

 『神裂ユウキさん。リッカさんがお呼びです。神機保管庫までお越しください。神裂ユウキさん、神機保管庫までお越しください。』

 

 どちらも黙っているとヒバリが館内放送でユウキを呼び出す。それを聞くとユウキはターミナルの終了処理を始めたので、コウタは一足先に部屋を出る。

 

「最後まで家族…守り抜きなよ?」

 

「うん…」

 

 部屋を出る直前、コウタの背中からユウキの声が聞こえてきた。コウタは振り返ることなく、小さな声で答えて部屋を出た。

 

 -神機保管庫-

 

「で?これはどう言うこと?」

 

 神機保管庫に呼び出されたユウキは、保管庫に入るや否やいつぞやの様に鉄板の上で正座させられていた。

 対してリッカは素敵な笑顔を浮かべながら青筋を立て、片口スパナとメガネスパナが合わさったコンビネーションスパナの丸い方に指を引っ掻けてブンブン振り回している。

 

「え…えっと…」

 

 冷や汗をダラダラ流して正座し、完全に萎縮する。そこには第一部隊隊長とは思えない、技術班限定で公開処刑を受けている哀れな子羊状態のユウキが居た。

 もっとも、こうなったリッカは恐ろしい上に止める事は出来ないので、技術班の面々は『見ざる言わざる聞かざる』を貫いて関わらないようにしている。その為、今近くには人が居ない。

 

「この傷のつき方…神機構成の特性や扱い方を無視して力押しで攻撃した結果でしょ?ねえ…どうなの?」

 

「お…仰る通りです…」

 

 相変わらずリッカは素敵な笑顔を向けているが、その背後にはどす黒いオーラを纏っている様にも見える。どう考えても怒っている。恐ろしさからユウキも思わず敬語になる。

 

「どういう状況だったの?」

 

 リッカがため息を着きながらスパナを振り回すのを止め、修理の段取りのために自身の推測が当たっているかを確認する。

 

「金色のボルグ・カムランを攻撃したら盾で防がれて…その後力任せに振り抜いたら、盾を斬る事はできたけど神機がこんなことに…」

 

「…私さ、整備士としてそれなりに経験積んで、神機の傷でどんな戦い方をしたか分かるようになってきたつもり…」

 

 ユウキの報告を聞き、リッカは1度落ち着いて自身の経験則からここまでのユウキの戦い方を独自の解釈で語り始める。

 

「今までの君の戦い方は仲間や自分を守るため必死になってる…そんな状況でも、神機の負担を減らすために、有効打を探りながら戦う…そんな風に感じる傷のつき方だった。」

 

 そこまで意識したかは自分でも定かではないが、有効打を探しながら戦ったのは覚えがある。と言うよりも斬れないモノに無理矢理斬りかかった所で大したダメージを与えられない。自然と弱点を見つけたらそこを重点的に狙うように体が動いていたのだろう。

 

「でも、ディアウス・ピター討伐の辺りからかな?神機の負担を考えない、乱暴で力任せな戦い方になってる…そうしなきゃいけなかったのかも知れないけど、神機だって生きてるんだよ?もう少し労ってやりなよ…」

 

 しかし、リッカはここ最近で有効打を探す事なく強引な戦い方で、今までの戦い方とは違いすぎて違和感を感じると言う。

 実際、それを証明するように火刀は変形の際に可動する伸縮部から反りが強くなっている。

 ユウキ自身はいつもと変わらぬ感覚で神機を扱ったつもりだったが、それが神機にとっては大きい負担だったようだ。

 

「…はい。すいませんでした…」

 

「謝る相手が違うよ。私に謝ったってしょうがないでしょ?」

 

 リッカの骨身に染みる説教を受けてユウキは思わず謝ったが、リッカは謝る相手は他に居ると、その相手への謝罪を促す。

 すると、予想してない人物が仲裁に入る。

 

「まあ、そんなに神裂君を責めないでやってくれ。」

 

「「博士!?」」

 

 ペイラーだった。ユウキとリッカがすっとんきょうな声を上げるが、ペイラーは涼しい顔で神機の方に歩いていく。

 

「神裂君の神機が破損したと聞いてね…もしやと思い様子を見に来たのさ。」

 

 どうやらユウキの神機がこうなった事に心当たりがあるようだが、ユウキは他にも聞きたい事があった。

 

「は、博士…こんな所に居ていいんですか?シオの事は…?」

 

「ああ、その事か…網は張ったよ。後は反応があれば私の携帯端末にも情報が送られるようにしてある。ただ…」

 

 周りに人が居ないのを確認してからシオのことを聞いてみる。すると、打てる手は既に打ったようだが、何やら不味い状況なのか、歯切れが悪かった。

 

「今回の一件でヨハンにもシオの存在がバレてしまっただろう。今頃血眼になってるシオを探しているはずだよ。こうなると現地調査が出来るヨハンが有利だ。後は運次第になるだろうね。見つけたら…わかってるよね?」

 

 ヨハネスもシオを探しているとなれば、普段から様々な手を打って探しているはず。今まではペイラーの部屋に匿っていたから見つからなかったが、今回はヨハネスの張った網にシオ自ら飛び込んだ形になる。

 さらには特務で個人的な現地調査も可能なヨハネスの方が捜索能力が高いと踏んで、ペイラーは自らが不利だとしている。ならばヨハネスの捜索力を利用するまで、とシオを見つけても自分の元に連れ帰って欲しいとユウキに釘を指しておく。

 ユウキが静かにうなずいたのを確認すると、ペイラーはユウキの神機を観察し始めた。

 

「ふむ…神裂君、これは普段斬れない様な硬いモノを力業で斬ったのかな?」

 

「え…はい、そうです…」

 

 ペイラーはユウキの返事を聞くと、顎に手を当て考え込むような仕草をする。

 

「成る程…どうやら私の予想は当たっていたようだね。時に神裂君…君は『火事場の馬鹿力』って言葉を知ってるかな?」

 

「知ってます…けど?」

 

 ユウキは突然の話題の切り替えに着いていけず、吃りながら返事をする。

 

「あくまで私の仮説なんだが…一時的なものか、或いは恒久的なものかは分からないが、君はディアウス・ピターとの戦いで臨死体験をしたはず…その時に脳のリミッターが外れた、あるいは外れやすくなったのではないかと考えている。今回の件は、神機が君の力に耐えられずに破損したんだろう。」

 

「戦闘行為と言う命の危機に、その『火事場の馬鹿力』が発揮されたってことですか?」

 

 リッカがユウキの質問を代弁するように、ペイラーに詳細の確認をする。

 

「結論から言うとその通りだ。だが、気を付けないと…君自身の体が崩壊するよ?」

 

「…っ!!」

 

 それを聞いた瞬間、ユウキとリッカの表情が強張る。

 

「そもそも、何故人間の脳にリミッターがかけられているのか…それは100%の力を引き出し続ければ、その力に耐えられずに骨が折れたり、筋肉が断裂する可能性がある。その結果、2度と回復しないダメージを受ける事もあり得る。」

 

「そんな…」

 

 思った以上に深刻なユウキの状態にリッカは狼狽える。

 

「今のうちに力の加減を覚えないと…2度と動けない体になるかも知れないよ?」

 

 それだけ言うとペイラーは神機保管庫を出ていった。唖然とした様子でユウキとリッカはそれを見送ると、ユウキがボソッっと呟いた。

 

「…加減を覚えなければ…2度と動けないかも知れない…か…」

 

「神裂君…」

 

 ユウキは自分の手を見つめながら考え込み、リッカは心配そうにそれを見ている。

 

「加減を覚えれば…神機をこんな風にしないで済むのかな…?」

 

「うん…それは間違いないと思う。」

 

「ならどっちにしろ…加減を覚えないといけないね…」

 

 力に振り回されれば待っているのは自身の破滅…ならばやることは決まっている。

 ユウキは神機に近づいて手を添え、目を閉じながら額を鈍く橙色に輝くコアの辺りに軽く当てる。

 

「ごめんな…お前をもう一度扱える様になるから…少し…手伝ってくれ…」

 

 まるでユウキの謝罪が届いたかのように、神機のコアが一瞬だけ淡く橙色に輝いた。

 

(あ…)

 

 ユウキは気づいていないようだったが、少し離れた場所から見ていたリッカはこの変化に気づいていた。

 まるで意思の疎通ができているかのような不思議な光景を目の当たりにしてリッカは呆けていた。

 

「リッカ…全ての装備の修理と強化お願いできる?」

 

「あ…うん。任せてよ!」

 

 リッカが呆けているうちに、ユウキが装備の修復と強化を依頼する。どうにか聞き取り、空返事ではあったが了承する。

 

「それから、雷刀の製作も頼んでいい?」

 

「おっけ!1日預かる事になるけど、いいよね?」

 

「うん。頼むよ。」

 

 全装備の強化と修理、さらには新装備の製作とリッカにとっては『少し』ボリュームのある内容だったが、それだけ神機を弄れる時間が増えるからそれはそれで良しとした。

 リッカから1日神機が使えないことを聞き、それを了承するとユウキは踵を返し、神機保管庫を出ていった。

 

(こう言うのだったら…簡単に選べるのに…)

 

 アーク計画での選択とは違い、今回の選択はあっさりと決められた。アーク計画に乗るか反るかも、このくらい簡単に選ぶ事が出来たらと思いながら歩き続けた。

 しかし、ユウキは自身は選べない理由など分かっていた。いや、どちらも選べない理由があるから、未だにどちらも選ぶ事が出来ないままでいた。

 

 -エントランス-

 

 答えの出ない選択を考えながらユウキはエントランスに戻ってきた。するとエレベーターからコウタが大きな荷物を持って出てきた。

 

「なあ、ユウ…」

 

 コウタがユウキに気づいて声をかけるが、その声は覇気がなかった。

 

「なに?」

 

「もし…もし、まだ迷ってるならさ…俺ん家…来ないか?」

 

「え?」

 

 コウタの突然の提案にユウキは戸惑う。何故このタイミングでコウタの家に誘われるのか、そんな事を考えていると、コウタが話を進めていた。

 

「アーク計画に乗るか乗らないか…考える材料になると思うんだ…」

 

「分かった…準備する。」

 

 アーク計画に乗るか、判断の材料になる。その言葉に食い付いてユウキはコウタについていく事を決めた。

 

 -外部者居住区『E26』-

 

 コウタの家に向かう途中、外部居住区の住人に睨まれたり陰口を言われたりしながらも、無事にコウタの家についた。

 

「ただいまー!」

 

「お、お邪魔しまーす…」

 

 コウタはいつものように元気良く帰ってきたと伝え、ユウキは恐る恐る遊びに来たことを伝える。

 実はユウキは今まで誰かの家に上がった事がなく、初めての経験に緊張していた。

 しばらく待っていると、バタバタと走る音が聞こえてきて家の扉が開いた。そこにはコウタと何処と無く似ている10歳前後と思われる少女が現れた。

 少女がユウキを見ると、少しずつ信じられないと言った表情になる。

 

「あ!お兄ちゃんお帰…り…」

 

「よう、ただいま!ノゾミ!!紹介するよ!こいつは…」

 

「お、お母さーーーん!!」

 

 コウタがユウキの事を紹介しようとするが、それよりも早く少女は母親を呼びながら家の中にすごい勢いで戻っていく。

 

「お兄ちゃんが…お兄ちゃんが『彼女』連れてきたあぁぁぁあ!!」

 

「「…彼女?」」

 

 この場にはコウタとユウキしか居ない。お兄ちゃんはコウタの事で間違いないだろう。ならば彼女と言うのは一体誰だ?ここには男しか居ないはず。その状況下でコウタが彼女を連れてきたと勘違いしたと言うことは…

 

(女と間違えられた…)

 

 あからさまに落ち込むユウキをなんとかフォローし、コウタはユウキを家に入れた。

 

 -???-

 

 時は遡り、座礁した空母付近の荒野で携帯端末を使ってユウキ達と連絡を終えたところまで遡る。

 サクヤが通信を切りった所でしゃがんでいるアリサに簡単な報告をしつつ皆がどのような選択をするか考えている。

 

「報告終了ね…皆はどうするかしら?」

 

「たぶんソーマは乗らないでしょうね…支部長に従う気はないでしょうから。」

 

 アリサがソーマのイメージからどちらに付くか考察する。

 

「コウタは乗るかしら…家族を守るためにゴッドイーターになったんだもの…」

 

「そうですね。でも…ユウは迷うと思います。」

 

 コウタがゴッドイーターになったり理由を知っている2人はコウタがアーク計画に乗るだろうと考えた。実際その通りになり、コウタはアーク計画を止める戦力から外れていた。

 しかし、ユウキはどっちを選ぶか2人には全く予想がつかなかった。今まで近くに居たにも関わらず、ユウキが戦う理由が分からなかったからだ。

 アリサは膝を抱えながらユウキの考えを読んでいく。

 

「ユウは…自分も他人も…死ぬことを怖がっています。そうやって何でも1人で抱えてしまう人なんです。だからどっちを選んでもどちらかが死ぬ今回の選択は優しすぎるユウには選べないと思います。」

 

「アリサ…」

 

 それでもユウキの人柄はよくわかっているつもりだ。アリサはユウキの人柄から、最終的にどちらを選ぶにしても、ユウキは選ぶのに時間がかかると考えている。

 ユウキの事をよく理解しているアリサの様子を見てサクヤはニヤニヤしながらアリサを見る。

 

「ユウの事よぉく見てるのね?」

 

「え?!あ!!いや!!その!!?!」

 

「でも、本当に良かったのアリサ?」

 

 アリサが赤くなりながら狼狽えると、サクヤは少し深刻な表情でアリサに気になっていることを聞く。

 

「私はこんな非人道的な計画は認められないわ。でもこっちに付いたらユウと敵対するかも知れないわよ?」

 

「それとこれとは別です。私もアーク計画は間違っていると思います。ユウたちとはアーク計画を止めた後にまた会いに行きます。」

 

 サクヤもアリサもアーク計画の非道さから端から止めるつもりのようだ。アリサもそこに私情である恋愛感情を持ち込む気はないらしい。

 

「そっか…ありがとうアリサ。必ず支部長を止めましょう。」

 

「はい!サクヤさん!」

 

 アリサも立ち上がり、エイジス再潜入に向けて動き出した。

 

To be continued

 




後書き
 アーク計画の内容を聞いてユウ君以外の第一部隊はどっちを選ぶか即決しましたが、ユウ君はどっち付かずな感じで迷っている様子を書いてみました。しばらくは普段の任務をこなしながら悩むユウ君が見れると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission43 空虚

精神攻撃は基本!!


 -コウタの家-

 

「あはは…その、ごめんなさいね、うちの子が変な勘違いしちゃって…」

 

 ユウキを家に上げたは良いが、あからさまに落ち込んでいるユウをコウタの母親が宥めている。

 

「い、いえ…まあ、慣れてますから…」

 

「ほらノゾミ、お兄さんに謝りなさい。」

 

 コウタの母親がノゾミと呼ばれた少女に謝るように促す。しかし、少女は警戒心剥き出しでユウキを見る。

 

「…本当に女の子じゃないの?」

 

「うん。男だよ。」

 

 未だにユウキがコウタの彼女だと思っているのか警戒している。

 

「…ごめんなさい。」

 

「いいよ、もう気にしてないから。」

 

 兄であるコウタを取られたと思って敵意を見せたのだろう。ユウキが男だと分かると、母に叱られた事と申し訳なさから少女は落ち込んだ。

 それを見て雰囲気を変えようと、コウタが『ゴホン』と大きく咳払いし、互いの紹介を始める。

 

「じゃあ改めて…母さん、ノゾミ。こいつは俺と同期の神裂ユウキってんだ!」

 

「初めまして神裂ユウキです。コウタ君にはいつもお世話になっております。」

 

 コウタに紹介を促され、ユウキは軽く頭を下げてコウタの家族に挨拶する。

 

「ふふふ、でもそこまで畏まらなくても良いのよ?私はコウタの母のカエデです。」

 

「ノゾミだよ!」

 

 母親はカエデと言う名で、少女は案の定コウタの妹ノゾミだった。そんな中ふと藤木家3人が同時に視界に入る。

 カエデは柔和な笑みを浮かべ、ノゾミは元気にニコニコ笑っている。何となくシオを連想した。そしてコウタは自慢の家族を紹介できて嬉しいのか、ニッと笑っている。

 

(やっぱり親子3人並ぶと皆何処と無く似ているな…)

 

 3人の外見や造形、それからわずかな時間で感じた内面の印象が3人とも何となく似ているように感じた。

 

「ねえねえユウちゃん!極東支部ってどんな所?ユウちゃんとお兄ちゃんが一緒にお仕事した時の話聞かせて!」

 

「ふふ…俺の美談…たっぷりと聞かせてやってくれ…!」

 

 考え事をしている間にノゾミがユウキに駆け寄り、極東支部での生活の事やコウタの仕事の話が聞きたいようだ。目を輝かせてユウキの話を今か今かと待っている。

 そんなノゾミに良いところを見せようとコウタはイラッとするドヤ顔で自分のカッコよかった所を語って欲しいと言った意味を含ませている。

 

「え?ああ…うーん、そうだなぁ…」

 

 気が付いたらノゾミがすぐ近くに居てユウキは驚いたが、コウタが活躍した所を思い出しながら話始めた。

 

 -2時間後-

 

「へぇ~お兄ちゃんやっぱり凄いんだ!ユウちゃんも凄く強いんだね。」

 

「そうだよ。ノゾミちゃんのお兄ちゃんには何度も助けて貰ったからね。」

 

 ユウキはノゾミにコンゴウ戦でコウタに後隙のカバーをしてもらった事や一芝居売ってクアドリガ堕天種に攻撃するきっかけを作った事など、これまでにコウタと一緒に任務に出て活躍した事を話した。それを聞くたびにノゾミの目は輝きコウタの活躍ぶりを聞けて満足しているようだ。

 

「ユウキ君、夕飯食べてく?」

 

「いや!そこまで迷惑をかける訳には…」

 

 カエデと提案にユウキは迷惑になると思い、両手をブンブン振りながら遠慮する。そもそもユウキはそこまでコウタの家に居るつもりはなかったので手土産も持ってきていなかった。それが尚更厚かましく思えて完全に今回の件は断るつもりでいた。

 

「大丈夫だって!俺がゴッドイーターになってからは実家に食い物入れてるし、その辺は心配しなくていいよ!」

 

「じゃあ…お世話になります。」

 

 このご時世、人一人分の食事を用意するのがどれだけ大変な事かは誰もが分かっている。その為、ユウキが余計な食材を使わせる事になるのが申し訳ないと思っているとコウタは考えて、食材絡みの心配はしなくていいと言ってやや強引にユウキを引き留める。

 ユウキも藤木家3人がニコニコ笑いながら歓迎ムードを出しているのを感じると、どうにも断りづらくなり結局藤木家の世話になることにした。

 

「わーい!ユウちゃんとお泊まり会だー!」

 

「そうね。さて、夕飯の支度しなくちゃね。」

 

「あ、手伝います。」

 

 ユウキは立ち上がり、カエデの手伝いに台所に向かい、夕飯を作り始める。

 

 -夕飯後-

 

 藤木家と談笑しながら夕飯を摂り、その後全員でトランプで遊んだ後、風呂と夕飯の片付けをして、コウタの部屋でユウキはベッド、コウタは床に布団を敷いて寝ようとしていた。

 

「なぁ…」

 

「…うん?」

 

 電気が消えた部屋で、不意にコウタの声が聞こえてきた。

 

「今日…楽しかったか?」

 

「…うん。」

 

「そっか…」

 

 ユウキが楽しかったと素直に答えると、コウタは静かに返事を返す。

 

「…」

 

「…」

 

 2人の間に沈黙が流れる。今回コウタがユウキを誘ったのも、コウタの家族を守りたいと思う気持ちを理解してもらい、考えをまとめさせると言う目的があった。

 せめて親友であるユウキだけでもアーク計画に乗せて助けようと言う打算的な考えもなかった訳ではないので、どこか申し訳なくなり、コウタは黙ってしまった。

 

「家族…か…コウタが守りたいって思えるのも分かる気がする。」

 

「じゃあ!!」

 

 しかし、ユウキの答えはコウタの期待を裏切るものだった。

 

「でも…やっぱり選べない…」

 

 ユウキからは暗さと高低差で見えないが、コウタは沈んだ表情をしていた。

 

「たくさんの人を死なせるのが正しい事だとは思えない。けど、それに逆らったら…今度は俺が確実に死ぬ…」

 

「いや、ユウにとっても大事な事だしゆっくり考えればいいさ…本当に選ばなきゃいけなくなった時に判断の材料にしてくれればいいさ。」

 

 アーク計画での選択は大事な選択になることは分かっている。無理に選ばせても後で後悔するだけだ。コウタもそこは分かっているつもりなので、今は答えを聞かないでおくことにした。

 

「なあ…」

 

「…うん?」

 

 コウタがユウキの事でずっと気になっていた事を聞いてみる。

 

「ユウの家族ってどんな人?」

 

 コウタからしたら大した意味のない、ただ相手を知ろうとするだけの質問のはずだった。しかし、ユウキは悲しげな表情になった。

 

「分からない…」

 

「え?」

 

 正確には語ることができなかった。ユウキには両親の顔が分からなかった。さらに言えば生きているのかさえ分からなかった。

 

「親が今も生きているのか…兄弟がいるのか…なんで俺1人で生きていたのか…家族の事は…何も分からないんだ…」

 

「そっか…ごめん。変なこと聞いた…」

 

「いや、別にいいさ。」

 

 この世界では物心着いた頃にはには両親も兄弟も死んでいたなんて事は別に珍しくない。親がいない、金もない、仕事もできない、さらには頼れる人もいない。そう言った子供が生き抜くには盗みを働くしかない。だからユウキもかつて盗みを働いて生活していた。

 だが、ユウキに文字や言葉を教えてくれた人はいた。しかし、ユウキにとってその人の元に居た生活は知られたくなかったので、コウタには嘘をついて何も覚えていないと伝えた。

 コウタもその事を察したのか、納得して会話を終える。

 

「じゃあ、おやすみ。」

 

「うん。おやすみ。」

 

 就寝の挨拶をして、ユウキとコウタは眠りに着いた。

 

 -夜明け前-

 

 空が白み始めた頃、ベッドで寝ていたユウキがゆっくりと起き上がる。

 

(…もうすぐ夜明けか…)

 

 外を見て夜が明け始めた事を確認すると、不意に喉の乾き覚えた。

 

(…水…)

 

 水を貰おうと、寝ぼけた頭でコウタを踏まないように気を付けながら台所まで歩く。すると、そこには既に誰かがいた。

 

「カエデさん…?」

 

「?…ああ、ごめんなさい。起こしちゃった?」

 

「いえ、ちょっと水を貰いたくて…」

 

 台所にはカエデが居た。ユウキが水を飲みたいと言うと、カエデは台所を半分空けてくれて、水を汲めるようにしてくれた。

 水を飲み終わるとユウキは気になっていた事をカエデに聞いてみた。

 

「あの、いつもこんなに早いんですか?」

 

「今日はちょっと朝ご飯の仕込み。あの子が持ってきたお肉をタレに漬け込んでるのよ。」

 

 そう言ったカエデの手には真空パックの中で焦げ茶色の液体に浸けられた肉が入っていた。

 

「タレに…漬け込む…?」

 

「そうよ。お肉にタレの味が染み込んで美味しくなるのよ。」

 

 そう言ってタレ入りの真空パックを冷蔵庫に入れる。ちなみに果汁がい入っているタレだと、肉が柔らかくなるそうだ。

 冷蔵庫に肉を入れた後、今度はカエデがユウキに質問する。

 

「何か悩んでるのかい?」

 

「な、なんで…そう思ったんですか…?」

 

 カエデの質問にユウキは動揺する。まるで心の中を見透かされたように思えた。

 

「時々恐い顔になってたよ。今起きてきた時もね。」

 

「…」

 

 思わずユウキは黙ってしまった。そんなに分かりやすかっただろうかと考えていると、カエデが話を続ける。

 

「人に言えない悩みなら聞かないけど、話しても大丈夫なら話してしまった方が楽になるし、解決の糸口を掴めるかも知れないよ。」

 

 カエデの提案に乗ろうかとも思ったが、アーク計画の機密性を考えると、周囲に無用な混乱を招く恐れもあり、むやみに話すわけにはいかなかった。

 

「すいません…ちょっと…話せない理由が…」

 

「そうかい。なら何に悩んでるのか分からないからアドバイスになるか分からないけど、1つだけ…」

 

 話せないなら聞かないと言った通り、カエデは踏み込んだことは聞いてこなかった。代わりに、あるアドバイスをくれると言って一旦間を置く。

 

「自分が何がしたいか、どうなりたいか、自分にとって大切なモノっ言うのは何なのか…それが見えてきたら、答えは見えてくるんじゃないのかい?」

 

「そう…ですね…」

 

「悩み…解決できる事を願ってるよ。」

 

 カエデが大体の状況で通ると思っているアドバイスを送ると、再び寝るために自室に戻っていった。

 それに続いてユウキはコウタの部屋に戻ると、ユウキの端末に着信が来た。

 

『クソ親父がシオの反応をキャッチしたそうだ…すぐに支部長室に来い。』

 

「分かった。」

 

 短い通話の後、ユウキは隊長服に着替えて極東支部に戻ろうとする。

 

「あれ…ユウ?」

 

「ごめん…起こしちゃったね…」

 

 ユウキの通話と着替えでコウタが起きたようだ。眠そうな目でユウキを見ている。

 

「任務か…?」

 

「うん。シオの反応があったって。」

 

「…そう…」

 

 シオが見つかったと聞くと、コウタは俯いて何か考えているようだった。

 

「ユウ…俺も…」

 

「いや、家族の元に居てやりなよ。」

 

「うん…」

 

 ここで仲間の元に戻ると、家族を守ると言うコウタの意思が揺らぎそうだと思い、家族の元に残るように指示する。

 

「カエデさんとノゾミちゃんに…ありがとうって言っといて。」

 

「分かった。気を付けて…」

 

 行きはコウタにカエデとノゾミに言伝てを頼むと、藤木家に気づかれることなく極東支部に戻っていった。

 

 -支部長室-

 

 早朝、ユウキが支部長室に着くと、既にヨハネスはデスクに座り仕事をしていた。

 

「やあ、待っていたよ。」

 

「…おはようございます。支部長…」

 

 ヨハネスがユウキの入室に気が付くと、何事も無かったかのようにいつもと変わらぬ様子で挨拶をする。ユウキはヨハネスに違和感を覚えながらも挨拶を返す。

 

「…サクヤ君とアリサ君がエイジス潜入の疑いで指名手配された。こんな状況下で頼むのは少々忍びないが、緊急の特務に出て貰いたい。」

 

「っ!!…自分で指名手配していながら…よくもぬけぬけと…!!」

 

「ふっ…大方、サクヤ君から全てを聞いたのだろう?今この瞬間も、私がこのアナグラで何もなかったかのようにのうのうと生きている…君には理解し難いだろう。」

 

 どうやら違和感の正体はヨハネスの態度にあったようだ。サクヤ達に秘密裏に進めいたアーク計画が漏洩させられたにも関わらず、ヨハネスは余裕を見せつけるような態度を崩さなかったからだ。

 そんな状態でサクヤ達が心配だと言われても、心にもない事を言っているとしか思えず、ユウキは怒りに任せてヨハネスを睨むが、所謂暖簾に腕押し…ヨハネスは全く気にしていなかった。

 

「言い訳するつもりはない。君が今ここで、私と刃を交えたいと言うのなら…それにも応じよう。」

 

「…俺は人殺しがしたい訳じゃない。」

 

 今度はヨハネスは立ち上がりユウキを睨む。その目からは誰かから何かを奪っても自身の使命を果たす強い決意を垣間見る事ができた。

 

「そうか…だが、アーク計画だけが終末捕食による地球と人類の再生…これが両立できる唯一のだと言うことを理解してほしい。」

 

「計画が動けば大勢の人間が死ぬ!!それでもやるのか?!」

 

「納得がいかないかね?なら何か他の手段があるのか?」

 

「それは…」

 

 ユウキはヨハネスの意見に言い負かされた。サクヤの報告とヨハネスの話では、終末捕食は1度地球ごと全ての命を滅ぼし、その後命の再分配が行われるようだ。しかし、地上に残った全ての人間が、終末捕食の後に再生するかは分からない。最悪全員喰われて終わり…と言う可能性もある。

 それを思うと、アーク計画が正しいとは言えず、ユウキは素直に賛同出来ないと考えてはいるが、アーク計画以外にアラガミを滅ぼし、再生した地球で人類が再び生活が可能になる方法が思い付かず、ヨハネスに意見する事が出来なかった。

 

「ふむ…ならば、1つ質問をしてみよう…『カルネアデスの板』と言う命題を知っているかな?」

 

「…」

 

「自分が助かる為に他者を犠牲にすることは罪に問われるか…と言う命題だ。」

 

「…何を…言っている…?」

 

 口では分からないと言っているが、理屈では理解してしまった。大勢の命を犠牲にしてでも自らが助かる道を選ぶか…まさしくアーク計画その物と言える内容だった。

 

「具体例を挙げよう…嵐の海に、君を含めた乗員乗客の全員が投げ出されたとする…目の前には2人が掴まれば沈む板が浮かんでいる…さあ、君ならどうする?他者を押し退けてでも生き残るか、それとも他者の為に自ら命を絶つかね?」

 

「そんなの…選べるかよ…」

 

 アーク計画の内容を想像しやすいスケールで例えられ、嫌でも状況を理解する。言わば自分は嵐の海に投げ出された乗員…このまま滅びを待つか、他者を押し退けてでも生き延びるか…想像しやすいが故に尚更どちらが正しいか分からなくなり、さらに悩む事になった。

 

「迷っている間にも大勢の人が死んでいく。君はこのカルネアデスの板に掴まるべき人間だと…私は思うがね。」

 

「…」

 

 自分が生き残るべき人間かは分からないが、ヨハネスの言う事はもっともではあるとユウキは感じた。ユウキが迷っている間にもアラガミによって大勢の人が死んでいく。決断が遅れればそれだけ犠牲者が増えていく。

 しかし自分を犠牲に他者を救うか、大勢の人を殺して自分が生き残るか、やはり選べないまま黙ってしまった。

 

「何にしても、今この場で決める必要はない。残念な事に今すぐに計画を発動することは出来ないのでね。」

 

「え…?」

 

 今すぐに計画の発動は出来ないと言われて、ユウキは驚いたような声を上げた。サクヤ達からの報告でまだ準備が出来ないと聞いていた。だが、ユウキはそれをハッタリだと思っていたため、どうやら深読みし過ぎていたようだ。

 

「終末捕食のカギとなる特殊なコア…『特異点』が手に入っていない。だが、それも時間の問題だろう。」

 

(そう言う事か…)

 

 アーク計画、シオの失踪、ソーマからの連絡内容、そして特務のターゲットである特異点…これだけの判断材料があれば、ヨハネスが何を言いたいのか分かる。

 

「もう分かっただろう?今回の特務は空母付近に出現した特異点を必ず無傷で回収してもらいたい…この特務は最優先の任務となる。君にも全力を尽くして欲しい。」

 

「今の話を聞いて…はい分かりましたと素直に答えると思いますか?」

 

 アーク計画は結果的に極一部の人間以外の大衆を皆殺しにする。自分が死ぬのは嫌、大勢の人が死ぬのも嫌、ユウキはとうしてもどちらかを選ぶ事ができない。さらにはこの計画ではシオを売る事になる。素直に従う訳にはいかなかった。

 

「成る程…付近には大型禁忌種の存在も確認されているが…仕方ない。この任務はソーマ1人でこなして貰うことになる。」

 

「なっ!!ま、待て!!」

 

 ソーマ強さは知っていが、1人で大型の禁忌種の相手は危険だ。それを聞いて、ユウキが慌ててヨハネスの話を遮る。

 

「なんだね?」

 

「…分かりました…特務を受けます。」

 

 満足そうな口調でにヨハネスが話す。結果的にソーマを盾にしたような説得の方法だったが、ヨハネスの方ももう形振り構って要られないのも事実だ。ユウキは特務を了承し、ヨハネスが話の締めに入る。

 

「そうか。何度も言うが特異点は計画の要だ。今回の特務…全力でこなしてくれたまえ。」

 

「…了解…」

 

 静かに返事をするとユウキはそのままヨハネスに背を向けて部屋の出口まで歩いていく。

 

「昨日…コウタ君が方舟のチケットを受け取って行ったよ。」

 

「…」

 

 ヨハネスがコウタの事を話すと、ユウキは足を止めた。やはりコウタはアーク計画に乗るらしく、一足先にアーク計画のチケットを受け取ったようだ。恐らくヨハネスがサクヤ達から報告があったと確信したのもコウタとのやり取りがあったからなのだろう。

 

「守るモノを持つことで生まれる強さを、私は誇りに思う。願わくば、君も正規のチケットで方舟に乗り、新天地で再開の喜びを分かち合いたいものだ。」

 

「…失礼しました…」

 

 それだけ言うとユウキは支部長室を出ていった。

 

 -愚者の空母-

 

 神機の修理が終わったのを確認し、雷刀を装備したユウキがソーマと一緒に座礁した空母に来ていた。

 ターゲットのクアドリガ神属第二種接触禁忌種『テスカトリポカ』だ。その見た目は名付け元になった『黒曜石の鏡』には到底見えない。だが、テスカトリポカが登場するアステカ神話を連想させるような民族紋様等が全身に施されている。

 ユウキがテスカトリポカを観察していると、珍しくソーマから話しかけてきた。

 

「もう気付いていると思うが、支部長が探している特殊なコアを持ったアラガミってのは…シオで間違いない。」

 

「まあ、気付くなって言う方が無理矢理だよね…」

 

 シオが特殊なアラガミだと言うことはもう既に分かりきっている。ならば、ヨハネスが回収命令を出した特異点である可能性は限りなく100%に近い。

 ユウキ達自身もシオの特異性を何度も目の当たりにしているので、その事は疑いようがなかった。

 

「俺はあのクソ親父の命令でずっとそいつを探して来た。だが、俺はシオをクソ親父に引き渡すつもりはない。」

 

 すると、ソーマは神機をユウキに突き付けた。

 

「勘違いするな。俺やシオをオモチャにして好き勝手されるのが気に入らないだけだ。」

 

(…ツンデレ?)

 

 口にしていたら確実にボコボコにされそうな事を考えながらユウキは落ち着いた様子でソーマの神機を見ていた。

 すると、ソーマが小さく笑いながら突き付けた神機を下げる。

 

「そう言えば、お前と初めて会った時も…神機を突き付けたな。」

 

 そう言えばそうだったなと思いながら当時の事を思い出す。確かあのときは『どんな覚悟を持ってここに来た?』と聞かれたはずだ。

 

(覚悟…か…)

 

 ユウキは俯いてかつてソーマに言われたことを思い出して考え込む。

 

(俺は…未だにソーマの言う覚悟が何なのか…分からない。)

 

 コウタは家族を守るために戦場に出る覚悟を決めた。アリサは過去の過ちを精算し、多くの人を助けるため命懸けで戦う覚悟を決め、サクヤはリンドウの助けとなるために戦場に出た。しかし、それは叶わなくなったため、リンドウの遺志を継ぎ、アーク計画に巻き込まれる人々の助けとなるために戦う覚悟を決めた。そしてソーマは自身の運命に抗い、託された希望を守るために戦っている。

 第一部隊が戦う覚悟を決めた理由を独自の解釈や願望も入っているが、ユウキはこのように考えていた。そしてふと自分が戦う理由を考えた。しかし…

 

(なんで…俺は戦ってるんだろう…?)

 

 何も思い付かなかった。いや、正確には戦う理由は『あった』。新型神機に適合し、流されてゴッドイーターになり、リンドウを失い、死への恐怖を覚えて、自分と仲間の命のを失いたくないがために戦う決意を固めた。

 しかし、アーク計画により、ユウキがそんな決意をするまでもなく仲間を失わずに生きていけるようになるのだ。そこまで考えるとある結論に至る。

 

(俺はもう…必要ない?)

 

 自らが生きるため、仲間を守るために戦ってきたユウキだが、アーク計画によって、戦うこと自体がなくなるのだ。そうなったとき、戦うことしか出来ないユウキに何が残るかと考えたら何も残らなかった。

 

(俺は…空っぽ…なのか?)

 

 そんな自身への問いかけに虚しさを覚えていると、ソーマがユウキの異変を感じて話しかけてくる。

 

「まだ悩んでいるのか?」

 

「…うん。」

 

 ソーマの問いに素直に返す。実際答えは出ていないのだから分からないとしか返しようがない。

 

「体裁や立場なんざ関係ない。自分が選びたい方を選ぶ…それだけだろうが。」

 

「まあ…そうなんだけど…」

 

 ソーマの言うことはもっともであるが、未だユウキは残る事も逃げる事も選べないままだった。

 

「そう言う意味では、自分の立場が悪くなったとしても、自分の都合を誤魔化さない『コウタ』の決断は好感が持てる。」

 

 ソーマのある変化に気づいて、ユウキは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

 

「…今下の名前で呼んだ?」

 

「ふん。実力はまだまだだが、少なくとも信用できる奴だと認めただけだ。」

 

 照れ隠しなのか、ソーマはユウキから顔が見えないようにテスカトリポカを見て視線を切る。標的を見据えてソーマが作戦開始時刻を告げる。

 

「時間だ…行くぞ、リーダー。」

 

「…了解!」

 

 そう言ってソーマが待機ポイントから飛び降り、ユウキもそれに続く。

 

(そうだ…今は任務に集中しろ。その間は…アーク計画の事は考えないで済む…)

 

 思考に蓋をし、自身の迷いから目を逸らすように標的に意識を向ける。大勢の人を皆殺しにして少数の人間が生き残り、その中で誰にも必要とされずに虚しく生きていく事が正しいのか、大衆を救い自らは命の危機に怯え続けて戦いの中で生きていく事が正しいのか、相変わらず答えは出せないまま、強敵に向かって走り出す。

 

To be continued




後書き
 ヨハネスの精神攻の内容を考えていたら遅くなってしまいました。最初は「どっちにしてもみんな死んじゃうけどどうするの?どうするの?」って煽るつもりでしたがやっぱりヨハネスらしくないと思い止めました。結局原作に近い感じになりました。大丈夫かなこれ…?
 この小説ではイメージでカエデって名前にしましたけど、藤木ママの名前って確か出てないですよね?藤木ママのアドバイスがアドバイスになっているか微妙かもです…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission44 揺れる心

テスカ戦です。もう少し強くても良かった…かな?


 -愚者の空母-

 

  『ウォオオォオオン!!』

 

  『『グオオォオォオ!!』』

 

 座礁した空母の甲板でユウキとソーマがターゲットのテスカトリポカと交戦するが、そのテスカトリポカを護衛するように黄色いヴァジュラテイル2体が立ちはだかる。

 ヴァジュラテイルがユウキとソーマに向かって飛びかかる。それを避けて反撃に出る。

 

「…チッ」

 

「クソッ!」

 

 クアドリガと似通った姿と言うこともあり、テスカトリポカがミサイルをばら蒔いてヴァジュラテイルの後隙をカバーする。

 結果、ユウキ達は回避に徹し、ヴァジュラテイルは追撃の機会を得た。その隙を突いてヴァジュラテイルがユウキとソーマに襲いかかる。

 

「邪魔だ!!」

 

 ソーマがヴァジュラテイルを装甲で受け止めると、壁に激突した様にヴァジュラテイルが動きを止める。その隙にソーマが反撃に出る 。すると、ヴァジュラテイルは大きな裂傷を作り、ユウキ方に飛ばされる。

 その頃、ユウキもヴァジュラテイルの落雷を、神機を肩に担ぐようにして後ろに跳んで回避したところだった。

 

「…」

 

 飛ばされたヴァジュラテイルはなす術もなくユウキの神機に突き刺さった。その瞬間 、ユウキは無言のまま残ったヴァジュラテイルに突撃する。しかし、それを阻止するかのようにテスカトリポカがユウキに向かってミサイルを発射する。ユウキは目線だけミサイルの方に一瞬動かすが、構わずヴァジュラテイルに向かい走り続ける。

 そしてユウキはヴァジュラテイルに飛び蹴りを入れるが、その間にミサイルがユウキに迫ってきた。

 

「させん!!」

 

 ソーマがユウキとミサイルの間に割って入ると 、装甲を展開して攻撃を防いだ。その間にユウキは蹴りを入れて吹き飛ばしたヴァジュラテイルに突き刺したヴァジュラテイルえを投げつけつつ、銃形態に変形する。そのままユウキとソーマはテスカトリポカに向かって走る。

 しかし、ユウキの顔、即ち目線はテスカトリポカに向いるが、神機の銃口は未だ空中に投げ出されたヴァジュラテイルに向いてる。

 

『バン!』

 

 短い炸裂音をと共に狙撃弾がヴァジュラテイル2体を貫いて、コアを破壊した。

 その間にテスカトリポカはトマホークを発射して、ユウキとソーマを迎撃するが、ソーマはスライディングでトマホークの下を潜り、ユウキは剣形態に変形しながらジャンプしてトマホークを踏み台にして、2人共テスカトリポカに接近する。

 

「くらえ!!」

 

「…」

 

 ソーマが剥き出しになった弱点に神機を振りかぶり、ユウキは空中から頭に被った兜に向かって神機を振りかぶる。

 その瞬間 、ソーマの一撃がテスカトリポカのミサイルが埋まった内部に直接決まる。そしてユウキは神機の刀身がアタックする直前に兜をインパルスエッジで爆破する。

 するとテスカトリポカの兜にヒビが入る。しかも爆発の勢いで神機を振る威力が増し、刀身での攻撃の威力が上がる。

 刀身がヒットすると、兜に鈍器で殴られた様な衝撃が走り砕け散る。

 

(なんだ…?妙に思考がクリアだ…)

 

 ユウキ自身、自分の感覚に少し違和感を覚えた。頭が妙に切れるような気がしたが、それだけじゃない。様々な感覚に変化があるように感じた。

 

(周りがやけに遅く感じる…気配がよく分かる…余計な音が聞こえない…でも必要な音は聞こえてくるし思考の邪魔にならない…心なしか心情も異様に落ち着いている…それに…)

 

 感覚の変化について考えていると、別の 変化にも気がついた。

 

(体も…妙に軽い…いつも以上に力が入る…っ!!)

 

 そこまで考えると、ユウキは何かに気がついてハッとする。

 

(いや違う!!力を押さえろ!!感覚はそのままに、神機を壊さないように!!)

 

  そう考ながら着地し、肩を始めとした全身の力をできる限り抜いていく 。しかし、ユウキが着地した瞬間、テスカトリポカが紫の煙を周囲に放つ。

 

「ソーマ!!」

 

「わかっている!!」

 

 ユウキがソーマに合図をすると、2人はテスカトリポカから離れる。するとテスカトリポカから勢い良く周囲に煙が吹き出す。

 

「うわ!!」

 

「なに!!」

 

 クアドリガ神属と言うこともあり、この攻撃は予測できたが、さらに周囲に光の柱をばら蒔いて攻撃してくるとは思っていたなかった 。2人は足元が発光すると、即移動して回避する。

 

「行くぞ!!反撃だ!!」

 

「了解!!」

 

 ソーマが回避が終わるとテスカトリポカに向かって走る 。そしてソーマの一言でユウキも反撃に転じる。

 2人を迎撃するため、テスカトリポカはミサイルをばら蒔き、トマホークを撃ってきた。

 

「ソーマ!!」

 

「問題ない!!」

 

 そう言ってソーマはあちこちに跳びながらミサイルを躱し、確実にテスカトリポカに近づいている。

 ソーマの無事を確認すると、ユウキも迫ってくるトマホークに意識を向けてつつ、テスカトリポカに接近する。

 

「へ??!!」

 

 トマホークを避けようと躱す準備をしていたが、突然トマホークが目の前から霧散して消えた。何がどうなっているのか分からないでいると、突然ソーマの大きな声が聞こえてきた。

 

「ユウキ!!上だ!!」

 

 その瞬間 、ユウキの頭上に消えたはずの トマホークが現れて迫ってきた。

 

「うおぉおぉぉおお?!」

 

 前に跳んで辛うじて直撃は避けられたが、爆風で体勢を崩す。しかし、トマホークが爆発すると、さらに四方に爆弾をばらまいた。爆弾がユウキのすぐ真後ろで爆発した事でユウキがテスカトリポカの方に飛ばされる。

 

「ユウキ!!そのまま行け!!」

 

 ソーマの声を聞いて、ユウキは左手を着いてテスカトリポカの方に跳ねる。その間にソーマは未だ開いている前面装甲の付け根を攻撃して装甲の半面を切り落とす。これで弱点部分が露になった 。

 

「ナイス!」

 

 ユウキは跳ねた影響で縦回転しつつ神機を両手で握りしめる。

 

(力を押さえて…それでも弱点を確実に…!)

 

 力を出しすぎないように自身の力を抑えつつ大きなダメージを入れる方法を考えていると、不意に自分の腕のリーチが長くなるような感覚を覚え、さらにはテスカトリポカに1本の線が見えたような気がした 。

 

「そこだ!!」

 

 ユウキは何の迷いもなくその線に沿って神機を振り下ろす 。『フッ!!』と言う 空気を切る音と共に、手応えもなく神機を振り抜く。その瞬間 、テスカトリポカが血を吹き出して真っ二つに切り分けられた。

 

「え?」

 

 切ることに特化した刀では硬い装甲を持つテスカトリポカはこんな簡単には切れないはずだった。しかし、あまりに何の手応えもなく切り裂いたので、ユウキは呆気にとられていたが、ソーマはこの状況を見て驚いていた。

 

(まさか…この短期間で神機の扱いをここまで昇華させたのか…?)

 

 ソーマは驚きつつも難しい顔でユウキを見てる 。

 

(いや、あいつの様子を見る限り偶然だろうが…だが、アイツの適合率なら…)

 

 ソーマはこの状況で、ある仮説を立てる。が、ユウキの様子を見て、本人の意思で起こした現象ではないと判断した。

 

「今のが神機の能力を引き出した感覚だ。お前の適合率なら、一度感覚を掴めば案外簡単に手にする事もできるかもな 。」

 

「今のが…神機と一体になる感覚…」

 

 ユウキが神機を見ながら呟く。色々と感じる所は有るだろうが、本来はシオの捜索に来ていたはずだ。ユウキにシオを探すように言って捜索に意識を向けさせる。

 ちなみにソーマも簡単に神機の性能を引き出せるが、自身の中のアラガミに意識を喰われる様な感覚を覚えるので、基本的にソーマは神機の性能を引き出そうとはしないのだ。

 

「さあ、シオがこの辺りにいるのは間違いない。探すぞ。」

 

「あ、ああ!」

 

 ユウキは空返事を返して捜索に意識を向けるが、その前にテスカトリポカからコアを回収して、シオの捜索に戻る。

 見える位置にはシオは居ないようだ。空母の裏手に回って捜索すると、案外あっさりとシオを発見した。シオは崖の上で座り込んでいた。

 

「あれ?なんだろ…嫌だな…これ…」

 

 そう言うシオは何度も目元を拭っている。『アラガミでも泣くのだろうか?』とユウキは思わず考えてしまう。こうなると、もう本当に人間と変わらないなと思っていると、ソーマがシオに話しかける。

 

「別れの歌…だからじゃないか?」

 

「別れの…歌?」

 

 ソーマがシオが泣いている理由は歌のテーマにあると考えて伝えると、シオは泣いたままソーマに聞き返す。

 

「大切な人に会えなくなる…そんな事を歌っているんだ…」

 

「そっか…でも、また会えたな!」

 

 涙を流しながらもニッとシオは笑う。だか、実際に会えたのはユウキとソーマが探したからだ。その事を思うとシオの言葉は不適切な部分もあり、思わずソーマはため息が出る。

 しかし、その表情はどこか穏やかで、特に怒っている訳でもないようだ。

 

「はぁ…俺たちが探してやってんだろうが…」

 

「シオ。帰ろう?」

 

 ユウキがシオに帰るように言うと、シオは悩む様に俯いた。

 

「…なあ…ソーマ、ユウ…」

 

「ん?」

 

「…なんだ?」

 

 シオが考え込んだ後に話しかけると、ユウキとソーマは話の続きが切り出されるのを待っている。

 

「…シオが居なくなったら…また探してくれるか?」

 

 何を言い出すのかと思えば、居なくなったら探して欲しいとの事だった。ユウキもソーマも、考えるまでもなくそのつもりではあるが、出来ればそんな話は聞きたくなかった。

 

「…縁起でもない事を言うんじゃねぇ…ほら、さっさと降りて…っ!!」

 

 ソーマがシオに帰るよう促すが、最後まで言い切る前にシオの様子が急変する。

 

「グッ!!…ウゥゥァア!!」

 

「「シオ!!」」

 

 突然全身に青い模様が発光しながら浮かび上がり、頭を抱えて苦しみ出す。

 

「イ、イカ…ナキャ…」

 

「おい!!何処に行く気だ!!戻ってこい!!シオ!!」

 

 そのまま立ち上がり、シオはエイジスに向かってゆっくりと歩き始める。それを見たソーマがシオを止めようと呼び掛けると、シオは怠慢な動きでソーマの方に視線を移す。

 

「…ソー…マ?」

 

 シオはソーマを確認するようにじっと見つめると、突然発光していた模様が綺麗に消えて、シオは糸が切れたように勢いよく倒れた。

 

「おい!!どうしたシオ!!」

 

「シオ!!」

 

 突然の事態にユウキとソーマはシオに呼び掛けるが、反応はない。

 

「クソ!!兎に角アナグラに戻るぞ!!手伝え!!」

 

「あ、ああ!!」

 

 兎に角、極東支部に戻ってペイラーに調べてもらわないと何も分からない。2人はどうにかシオの居るところまでたどり着くと、急いで極東支部に帰還した。

 

 -ラボラトリ-

 

 例によって例のごとく、極東支部に戻ると、抜け道を通って意識の無いシオをラボラトリに連れていき、ペイラーに預ける。

 ユウキとソーマはラボラトリ内でペイラーとシオが現れるのを待っている。

 

「シオ…大丈夫かな?」

 

「待つしかねえだろ…大人しくしてろ。」

 

「…」

 

 ユウキが落ち着かない様子でソーマに話しかけるが、ソーマのもっともな意見に大人しくペイラーが出てくるのを待つことにした。

 そんな状態でしばらく待っていると、研究室からペイラーが出てきた。

 

「博士!」

 

「おい!シオはどうなった?!」

 

 ユウキとソーマは問い詰める様な勢いでペイラーに質問する。それに対してペイラーは困ったような感じで頭を掻きながら返事を返す。

 

「どうやら何かがきっかけで昏睡状態になったみたいでね。ここから先は少し時間をかけて調べないとなんとも…」

 

「…そうか…」

 

 『何か進展があれば連絡してくれ』と言い残し、ソーマはラボラトリを出ていく。

 2人には分からないと言ったが、ペイラーにはどうしてシオがおかしくなったのか、予測はついていた。それをどうやって解決するかを考えていると、ユウキが話しかけてきた。

 

「博士…アーク計画って…知ってますか?」

 

「…ああ、知っているよ。」

 

 ヨハネスはアーク計画の起動には特異点が必要だと言っていた。そしてその特異点である可能性が高いのは現状シオ以外には思い付かない。ならばシオの変化がアーク計画の要である特異点と関わっていると考えるのが普通だろう。ユウキはそこから探りを入れ、アーク計画の詳細を聞き出そうとしている。

 

「その計画は、元々は私とヨハン…それからアイーシャの3人で考案した人類救済の計画だ。」

 

 ユウキの狙い通り、ペイラーはアーク計画の詳細やバックを話し始めた。

 

「アーク計画とは、現状の根本的治療法とも言える計画だ。終末捕食と言う名の洪水を人工的に引き起こし、アラガミごと地球を捕食させ、再生した地球に再び人類が降り立つ計画だ。」

 

 大筋はサクヤやヨハネスから聞いた話と大差無いようだ。ここからさらに踏み込んだ話が聞ける事を期待してユウキは話を聞いていく。

 

「そもそも終末捕食とは何か…それは地球上の全生命を根絶やし、その後捕食した命を再分配して再生する、究極のクリーンシステムであると考えられている。謂わば、星のリセットとも言えるね。そしてその起動キーとなるのが、シオの持つ特異点だ。」

 

 どうやら予想通り、アーク計画にはシオが必要なようだ。だが、アーク計画に乗ると言うのはシオを売る事と同義だ。やはり簡単には計画に乗ることは出来ない。

 それにユウキは今までの説明を聞いて、気になっている事があった。

 

「本当にそうでしょうか…?全ての命を再分配するのなら、現状で終末捕食を発動させても、アラガミが復活するんじゃ…」

 

 恐らく終末捕食の説明を聞くと、ユウキと同じ疑問を持つ者も少なからず現れるだろう。地球上の全生命体の復活を行うのならば、そこにアラガミが含まれていてもおかしくはない。

 しかし、ペイラーはそれを首を横に振って否定した。

 

「オラクル細胞の特徴は何だったかな?地上に残ったオラクル細胞を捕食しつつ取り込みさらに巨大化し、星を捕食したアラガミは最後に星の構造や本来の在り方を学習し地球を完全に再現する。結果、地球と瓜二つの星が出来上がる…と言う仮説がある。」

 

「随分と曖昧ですね…」

 

「そりゃあ実験するわけにもいかないからね。データを見て整理して、予測するしかない。だが、実際に星を喰らう程のアラガミが現れると言うのは十分に考えられる。これはあらゆるデータからも確信を持って言えるね。」

 

 ペイラー曰く、全てのオラクル細胞か1つになって最終的には地球を再現するというものだった。しかし、命の再分配については未だにきちんと解明されていないが、実際に試す訳にもいかず、データから推測するしかないとの事だった。

 

「先も言ったが、終末捕食で命の再分配が確実に行われる保証はない。だから確実に人類を残すため、限られた人数の人間を1度宇宙船と言う名の方舟に乗せ、滅び行く地球から逃がしてから終末捕食を発動させるのさ。この計画をヨハンは強く推奨していたが、私とアイーシャは非人道的として、真っ先に廃案になったんだ。ここまで人口が減る前の話だったからね。」

 

「…」

 

 やはり非人道的として廃案になったようだが、このアーク計画を実行するには情に流されない強い信念と徹底した合理主義的な思考が必要になる。ほぼ全人類の命を犠牲にしようとするこの計画を進めるヨハネスの覚悟はユウキごときでは計り知れず、それを考えた瞬間思考の海に身を沈めてしまった。

 

「結果、マーナガルム計画やエイジス計画が採用されたんだが、ヨハンはエイジス計画を隠れ蓑にアーク計画を進めていたようだね。秘密主義なヨハンらしいと言えばらしいね…」

 

 そこまで言うとペイラーは体勢を変え、キーボードの端に肘を突いてユウキを見る。

 

「もし、君がシオを支部長に渡すと言うのなら…私はどんな手を使ってでも阻止するよ?例え君と刺し違える事になってもね…」

 

 ペイラーの極限まで細い糸目が僅かに開いてユウキを睨む。いつもの掴み所の無い雰囲気は消え、威圧感だけしか感じない。

 そんなペイラーの豹変ぶりに驚きはしたが、ユウキは冷静に返事を返す。

 

「シオを売るつもりはありませんよ…少なくとも…今は…」

 

「迷ってる…と、捉えていいのかな?」

 

「…はい…」

 

 アーク計画に乗るか反るか、選ぶためのヒントを何か得られると思い、ペイラーの問いにユウキは素直に返す。

 

「恐らくだが、神裂君は今どう言う立場で、何をしたいのか…どうなりたいか…それが見えてないから迷ってるんだろうね…」

 

「…」

 

 カエデにも似たような事を言われたような気がするとユウキは思ったが、結局ユウキ自身が何を求めて戦うのかが明確でないため、どちらかを選ぶ決定的な理由が見つからないのだ。

 

「少なくとも、シオがここにいる間はアーク計画は発動しない。考えをまとめる時間くらいはあるだろう。」

 

 死を避けたい本能と良心の呵責…ユウキの意志がこの間で揺れていると、いつの間にかペイラーの威圧感は消え、いつも通り掴み所の無い状態に戻っていた。

 

「まあ何にしても、今は取り合えず戻った方がいい。ソーマが戻ったのに神裂君が戻らなければ色々と怪しまれるだろうからね。」

 

「はい…失礼します。」

 

 ユウキは踵を返し、ラボラトリから出ようとするが、ペイラーがその直前で呼び止める。

 

「あ!そうそう!シオが目を覚ました時のために食事の用意をしたいんだ。その内に任務をお願いすると思うから、よろしく頼むよ。」

 

「分かりました。」

 

 いつ発注されるか分からない任務のを了承し、今度こそユウキはラボラトリを出ていった。

 

 -エントランス-

 

 抜け道を通り、今帰ってきた風を装い、ユウキはエントランスに入った。すると、エントランス中がザワザワとざわめいており、何やら落ち着きが無いように感じた。

 

「おい聞いたか?サクヤさんと新型の女…なんか指名手配されたらしいぜ?」

 

「マジかよ…!なにやったんだあの2人…?なんか今の第一部隊、リンドウさんが死んでからロクなことしないな…隊長の人形はなにやってんだか…」

 

「ホントそれな!部下の手綱も握れないなんて、あれでよく隊長だなんて名乗れるよな!」

 

「それより、突然待機命令で順次呼び出しもあるって…何があったんだ?」

 

「さあ…あ!もしかして俺らもついに昇進か!?」

 

 どうやらサクヤとアリサが指名手配された事は支部内に知れ渡ったようだ。指名手配と言うシステムから、いつかはこうなると思っていたが、他の神機使いに見つかったりしないか心配だ。たが、あの2人の実力なら大丈夫だと信じる事にした。

 ついでに極東支部内のこの異様な空気は何なのか探るため、ユウキは近くにいたゲンに話を聞いてみた。

 

「あの、ゲンさん…なんだかアナグラの様子がおかしくないですか?」

 

 ユウキが話しかけると、ゲンは険しい顔で辺りを見回してから返事をする。

 

「なんだかよく分からんが、アナグラ全体が浮き足立ってるっつーか…妙にソワソワしてんな…」

 

「たぶん支部長が内容不明のまま呼び出したからだな。」

 

 『そう言えばサクヤと嬢ちゃんの事だが…』と指名手配の事を聞こうとしたが、ゲンの言葉を遮る様に低い声が会話に入ってきた。

 

「ブレンダンさん!呼び出しって…まさか全員?」

 

「ああ。なんだか分からんが支部長の話が終わるまで待機命令が出ている。このクソ忙しい時に…」

 

 声の主はブレンダンだった。が、いつもの冷静さは無く苛立っているようだった。ユウキの質問にも悪態をつきながら答える辺り、相当苛立っているようだ。

 と言うのもここ最近強力な個体や禁忌種が急増したため、ブレンダンはその対策として1度討伐して、戦術を練ろうと思っていた。しかし、それを中断してまで待て言われては防衛班の仕事に差し障るとして、ブレンダンは焦りを見せていた。

 そんな中、青い顔をしたカノンが会話に入ってきた。

 

「あ、あの…ま、まさか私…今度こそクビになるんでしょうか…?」

 

「いや、それは無いだろう。ゴッドイーターである以上、カノンも貴重な戦力だ。クビになるなんて事は普通はない。」

 

 確かにカノンの誤射は酷いものだ。普通の企業、組織であれば確かにクビになってもおかしくはない。

 しかし、神機使いは誰でもなれる訳ではない。神機と偏食因子に適合していなければならないと言う特性上、万年人手不足だ。ならば、その貴重な戦力を無駄に捨てる事はないはずだ。そう考えてブレンダンはカノンにクビは無いと伝える。

 

「そ、そうですか…じゃあ何の話でしょうか?」

 

「さあな、何にしてもタツミが今呼び出されている。後で聞いてみればいい。そう言えば神裂は戻り次第支部長室に行くように言われていたぞ。」

 

「…分かりました。ちょっと行ってきます。」

 

 このタイミングでの呼び出しなどアーク計画関係しか無いだろうが、ブレンダン達にはそんな事分からないだろう。

 しかし、ユウキへの呼び出しについては見当がつかなかった。アーク計画については知っているので、もう話すことなど無いと思っていたからだ。

 そんな疑問を抱きながらも役員区画に行くと、呼び出しの順番待ちらしきリッカがいた。

 

「やあ。」

 

「リッカ?」

 

 リッカはユウキがエレベーターから降りるとすぐに話しかけてきた。ユウキはリッカが居るとは思っておらず、少し驚いた様な声になる。

 

「もう聞いたかな?なんかアナグラのスタッフに支部長から呼び出しがかかったみたいなんだ。私もなんだけど…なんかバレたのかな?」

 

「たぶん大丈夫だと思う。博士の部屋は通信インフラとか、その他諸々がアナグラから隔離されてるらしいから、バレると言うことはないと思う。」

 

 『何か優先して来るように言われてるから、先行くよ。』と言って支部長室に向かうと、丁度タツミが支部長室から出てきた。こちらの様子を伺うこと無く苛ついた様子でエレベーターに乗り込むのを見届けると、今度はユウキが支部長室に入った。

 -支部長室-

 

「やあ、帰ってきたようだね。」

 

 支部長室に入ると、ヨハネスはデスクに座っていた。ユウキが入ってきた事に気が付くと、作業を止めてユウキを見る。

 

「どうやら特務目標の確保とはならなかったようだね。」

 

「…申し訳ありません。」

 

 歯切れ悪く返事をする。単純に任務が失敗したように見せかけた事よりも、このまま従っていて良いのかと言う疑問が頭を過ったせいだ。

 

「いや、構わないさ。今後は、最優先目標が捕捉出来ない時は、近頃現れるようになった禁忌種から、オラクル資源を回収して貰いたい。」

 

「…なぜ…今さらオラクル資源が必要なんですか?アーク計画を明るみに出した以上、最優先はアーク計画のはず…エイジス計画のためのオラクル資源なんて必要ないんじゃ…?」

 

 ユウキの疑問もある意味当然とも言える。アーク計画に必要なものは特異点と宇宙船のはず。アーク計画が発動間近になったこの状況では、もはやオラクル資源など必要ないはず。

 しかし、それを聞いた途端ヨハネスは急に目付きを鋭くしてユウキを睨む。

 

「…君が気にする必要は無い…君は君の役目を果たせばいい。」

 

「…そうですか…」

 

 ヨハネスが珍しく刺のある話し方でユウキを突き放す。その言葉を最後に、

ユウキは支部長室を出ていった。

 

 -E26、藤木家-

 

 時は少し遡り、ユウキが藤木家を出た後の昼過ぎ、コウタは家族との一時を過ごしていた。

 

「そこでガーッて襲い掛かってくるわけよ!」

 

「それで?!それで?!」

 

 任務の時のコウタの活躍を話しているらしい。コウタは神機を構える様な体勢になり、戦闘シーンを再現する。

 それをノゾミは目を輝かせて聞き入っていた。

 

「ソイツをひらりと躱してズドンッ!!決まった…!」

 

「凄い!お兄ちゃんバガラリーのイサムみたい!」

 

 コウタの活躍を一通り危機終わったノゾミはアニメの主人公の様だと言って喜んでいた。

 

「おう!俺は強いんだから何も心配しなくていいさ。」

 

「なに言ってんだい…自分の子が戦場に出るなんて、心配するに決まってるだろう!」

 

「大丈夫だって!ユウ達第一部隊の…皆も居るし!」

 

 しかし、我が子が命の危険がある戦場に向かうとなると、心配になるのか親心と言うものだろう。自信過剰になりつつあるコウタを見てカエデは心配している。

 コウタは仲間もいるから大丈夫だと言うが、その瞬間、第一部隊のメンバーの事が頭を過り、言葉が一瞬詰まった。

 

「あんまりユウキ君達のお世話になりっぱなしにならないようにね?特にユウキ君…あの子、人一倍繊細で色々と抱え込みがちな子だと思うから、あんたも気にかけてやりなよ?」

 

「あっ!!ユウちゃんの事で忘れてた!お兄ちゃん、お土産は?」

 

 カエデが早朝にユウキと話した時の印象を伝えつつ、仲間の助けになってやるように言う。

 しかし、ユウキの話が出ると、ノゾミが思い出した様にお土産を催促する。

 

「おぉっと!そうだった!実はまだ発表されてない話なんだけど…凄い計画があるんだ!」

 

 そう言いながら、コウタはズボンのポケットを漁りだす。

 

「ほら!この魔法のチケットがあれば、皆でいつまでも一緒に居られるんだ!」

 

 コウタはポケットから、フェンリルのエンブレムが描かれた1枚のカードを取り出した。

 

「本当?お兄ちゃんとお母さんも一緒?」

 

「ああ!」

 

 ノゾミの質問にコウタは自信満々に答える。

 

「じゃあ、ユキちゃんとナオちゃんとヒロちゃんも?」

 

 しかし、ノゾミから次の質問を聞いた途端、コウタの中で何かが崩れる様な感覚を覚えた。

 

「え…あ、ああ…たぶん…」

 

「本当に?!お母さん!皆一緒に居られるんだって!」

 

「そうね。そうなれば母さんも嬉しいわ。」

 

 ノゾミの『友達とも一緒にいられるか』と言う問いに、今度は自信が無さそうに答える。しかし、そんなコウタの変化に気が付かず、カエデとノゾミはずっと『皆』と一緒にいられると喜んでいる。

 

(いいのか…これで…)

 

『私は知っている。君が何のために、自らの命を差し出したのか…あとは…君が選びさえすればその道が開ける。』

 

 ノゾミの一言を聞いてから、コウタの決心が揺らぎ始める。しかし、チケットを貰う時にヨハネスと話した事を思い出す。自分が何故戦場に出たのか?何故ゴッドイーターになったのか?母と妹を命の危険から守るためのはずだと、自身の決意は間違ってないと言い聞かせて、コウタは揺らいだ決意を再び固める。

 

(そうだ…だから俺は…選んだんだ…!母さんとノゾミを…守る道を…!)

 

『おめでとう…これで『君の家族は』…救われる。』

 

 しかし、ヨハネスとの会話の続きを思い出すと再び決意が揺らいだ。先のチケットで救えるのはコウタの2等親族まで…つまりは母であるカエデと妹のノゾミまでとなっている。ノゾミが言うような、友達全員も一緒に救う事は出来ない。

 

(…仲間を…皆を…犠牲にして…?)

 

 結局助かるのはカエデとノゾミだけ。カエデやノゾミが安全な世界で生きるには、2人と関わりのある人たちを犠牲にしなくてはならない。

 

(そんな世界が…母さんとノゾミの…幸せなのか?)

 

 ノゾミの放った『皆と一緒』と言うたった一言がコウタの決意を揺さぶっていた。

 

To be continued




後書き
 コウタの決意が揺らぎはじめて、ようやくアーク計画編も終わりそうです。おかしいな…30話位で終わると思ったのに…気が付いたら50話近くをアーク計画編で使ってしまいました…
 それはそうと火事場のバカ力って医学用語的なもので何て言うんですかね?何かで聞いた様な気はするのですが…ちなみにその時の感覚は車に頭を潰されかけた時の事を参考にしてます。
 死の直前って妙に冷静になるみたいで、「あ、俺死ぬんだ…」見たいな感じになった後ものすごい速さで立ち直ったんですが、これが火事場のバカ力って事なんですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission45 迷い

ちょっと早いですがスサノオさんに登場していただきます。


 -エントランス-

 

 ユウキは支部長室を出た後、シオの様子を観にラボラトリに向かった。しかし、ペイラーはシオが倒れた原因を探るため、シオと共にずっと実験室に籠っていたので、ユウキは訓練室に籠り『神機と一体になる』感覚をモノにしようと躍起になっていた。

 その日は上手くいったりいかなかったりしながらも深夜まで訓練した翌日、ユウキは任務の確認のためエントランスに来ていた。しかし、昨日と同様何か様子がおかしかった。

 何がおかしいのか探りながらエントランスを歩いていると、カノンから声をかけられた。

 

「あ、 あの…神裂さん。アーク計画の事…聞きましたか?」

 

「カノンさん…うん、まあ…聞きました…」

 

 カノンから話しかけられたが、いつもような朗らかな雰囲気は無く、迷っているような暗い表情だった。

 

「えっと…こんな話を持ち掛けられるって事は、私…思っていたよりも評価されているん…でしょうか?」

 

「正直、評価とかは関係ないですよ?多分フェンリル職員全員に通達されいるはずですから…」

 

 カノンのズレた質問にか対して、ユウキも何処かズレた返事を返した。2人共考えが纏まってないまま話を進めている様な感じだった。

 

「あの、この計画…一般の人は殆どが助からないですよね…?どちらか選べって言われても…ごめんなさい、1人で話して…まだちょっと混乱して…少し整理したら、また相談に乗ってください…」

 

 それだけ言うとカノンはエレベーターに乗り、どこかに行ってしまった。カノンを見送ると、ユウキはえかミッションカウンターに向かう。その途中、ベンチで難しい顔で考え込んでいるブレンダンがいた。

 『アーク計画の事で悩んでるんだろうな』と考えながら見ていると、ユウキの視線に気が付いてブレンダンから声がかかる。

 

「神裂か…アーク計画の事なんだが…どう思う?」

 

「どう…って聞かれても…ちょっと答えにくいです…」

 

 『む…?そうか…』とブレンダンは顎に手を添えて考え込む。ユウキはブレンダンの質問が抽象的過ぎて何を聞きたいのか分からず聞き返したのだが、それを知ってか知らずか、ブレンダンは聞きたいことを頭の中で整理していく。

 

「俺はアーク計画が正しいとは思っていない…たが、このままこの星に留まっても未来があるとは思えない…祖国を捨てて生き延びて、今度は星も捨てるか…俺達はどこまで逃げたらいいんだろうな…」

 

「…」

 

 ブレンダンの問いにユウキは思わず黙り込む。他人もまた自分と同じ様な理由で迷っているのだと直に聞いても、自分自身の答えが出てないため気の利いた返事が出来なかった。

 

「あ、神裂さん。ちょっといいですか?」

 

「呼ばれたな…すまん…変な事を聞いた。こればっかりは自分で決めるしかないか…邪魔して悪かったな。」

 

 ユウキがヒバリに呼ばれた事と、アーク計画の事で他人に答えを貰うのは間違いだと感じてブレンダンは会話を切り上げて再び思考する。それを見たユウキはヒバリの元に向かう。

 

「支部長からの任務です。相手は第一接触禁忌種『スサノオ』です。」

 

「禁忌種…」

 

 ユウキの顔が強張る。最近禁忌種を相手にすることが多くなり、禁忌種相手でもそれなりに慣れてきたつもりだ。

 しかし、そんな時期だからこそ気を引き締めなければならない。『慣れ』心に余裕を作るが、同時に『油断と隙』も作る。その事を頭に入れながら、ち任務中に油断の無いように心掛ける。

 

「ディアウス・ピターを初めとしたここ最近の禁忌種討伐の実績から、支部長が問題ないと判断した結果だそうです。しかし相手は『ゴッドイーターキラー』の異名を持つ危険な相手です…どうかお気をつけて。」

 

「はい…」

 

 任務の説明を聞いたものの、ユウキの表情は晴れなかった。カノン、ブレンダンと続いてアーク計画の話をしてきた事が頭から離れず、もうそろそろ答えを出さなければいけないと焦りを感じ始めていたせいだ。

 

「…あの。」

 

「はい?」

 

「ヒバリさんは、支部長からあの計画の事…聞きましたか?」

 

 ユウキはヒバリがいつもと変わらない様子だったのが気になった。支部内には広まったようだが、一応アーク計画の事をぼかしてヒバリに聞いてみた。

 

「…アーク計画の事ですか?」

 

「はい。」

 

 どうやらヒバリにも話は来ているようだ。端末の操作を止めてユウキの話をきちんとか聞く体勢を取る。

 

「私はまだ決めていません。情報が少なすぎるので…」

 

「なるほど…」

 

 その情報を探して整理してから考えるのがヒバリのスタンスのようだが、その考えを聞くと思わず納得した。

 

「物事がよく分からないうちは動かない方がいい…父から教わった事です。なのでしばらくは情報収集しながらどう動くか考えようと思います。」

 

 重大な決断を下すときに必要なもののひとつは情報だ。その情報が欠けている以上、下手に動くと思わぬところで足元を掬われるかも知れない。ヒバリは父からの教訓と言うこともあり、ある程度情報を集めてから判断しようとしているのだ。

 分からないなら分からないなりに、決断するには何が必要か、その為にどう動くかなど、自分が取るべき行動の指針が見えている辺りから、ユウキはヒバリが大人びていてしっかりした印象を持った。

 

「凄いですね、俺とそんなに歳も変わらないのに…自分の考えをしっかり持ってる…なのに…俺は…」

 

 ユウキはヒバリが自分の考えをしっかり持っている事に素直に感心したと同時に羨ましく思った。

 自分にはヒバリが持っていない情報を持っている。しかし、それでも結論は出ないでいる 。迷う理由 、決断のための覚悟、まだ足りないものや選べない理由があるのか思考していく中、最後の選択が未だにできない自分が情けなく思えた。

 

「たぶん、迷うのが普通なんだと思いますよ?私も結論は出ていませんし、その為に情報を集めると言うだけですから。まだ時間もあるみたいですから、後悔しないようにしっかり考えてから結論を出した方が良いと思います。」

 

「そうですね…おっと!あんまりのんびりしてられない。それじゃあ、行ってきます!」

 

「はい!お帰りをお待ちしてます!」

 

 その言葉を最後に、ユウキは任務を了承してヒバリの元を去った。

 

「よう!アーク計画の事聞いたか?」

 

 神機保管庫に入る直前、突然声をかけられた。声の主はカレルだった。

 

「まあ聞いた時はビビったが俺は特異点とやらを探して俺は方舟に乗るぜ。お前はどうするんだ?」

 

「カレルさんは乗るんですね…」

 

 ユウキは今まで通りの迷っているような表情でカレルに返事をする。その事に気がついたのかそうでないのか、カレルはユウキにどうするか等を聞かず1人で話を進める。

 

「まあな。お前はどうするか知らないが。もしお前も乗るなら向こうでも仲良くしようや。」

 

 それだけ言ってカレルは下階に降りていく。言い方は悪いかも知れないが、カレルは大衆が生きようが死のうがどうでもいいと思っているのかもしれないとユウキは感じた。

 しかし、もしかしたら大衆を犠牲にしてでも生き残りたい理由があるのかもしれない。そればっかりは本人でなければ分からないが、どちらにしても決断を下せる理由があることは間違いないだろう。

 こうして考えてみるとユウキ自身、自分が何をしたいのか分からず、ズブズブと思考の海に嵌まっていく。

 難しい顔のまま神機保管庫につくと、リッカが神機の整備をしていた。しかし、その手際にはいつものような鮮やかさはなかった。

 

「リッカ?」

 

「ん?ああ…神裂くん…」

 

 リッカが作業を中断してユウキの方を向くが、その表情からは活発さを感じなかった。

 

「神機…いいかな?」

 

「うん…大丈夫。」

 

 お互い短い会話を済ませるが、互いに『ある事』悩んでいることはすぐに察しがついた。

 

「もしかして…アーク計画の事?」

 

「まあね…」

 

 ユウキはリッカがどうするのか気になって思わず無意識にアーク計画について聞いてしまった。リッカもその事を聞かれると、どう答えていいか戸惑い、困った様な顔になる 。

 

「リッカは…どうするの?」

 

「私は…もう少し…しっかり考えてから答えを出すよ。」

 

「そっか…」

 

「神裂くんは?」

 

「俺も同じかな…」

 

 お互いにまだ答えは出ていないようだ。それだけ確認すると、『じゃあ、これから任務だから』と言って、ユウキはリッカとの会話を打ちきり、神機を受け取って保管庫を後にした。

 

 -贖罪の街-

 

 アーク計画の事で色々と頭を悩ませていたが、任務地に着いたら少し時間をかけて任務時の頭に切り替えた。

 すると、これからという時にユウキの端末に連絡が入る。

 

『やあ、神裂君!もう現地に到着しちゃったかな?』

 

 声の主はペイラーだった 。

 

「え?はい…いま旧居住区ですけど…何か?」

 

『うーんそうか…ちょっと頼みたい事があるんだけど、良いかな?』

 

「いいですよ。」

 

 どうやらペイラーはユウキに頼み事があるようだ。と言って も今の状況ではペイラー が頼みそうな事など1つしか思い当たらない。頼み事を承諾するつもりでユウキは返事をする。

 

『今回のターゲットから得られたオラクル資源を一部横流しして欲しいんだ。シオの食料の備蓄を始めようと思ってね。』

 

「分かりました。」

 

『出来るだけの量で良いからね。よろしく頼むよ…ああそれと、帰ってから鳥神大爪もあれば持ってきてくれないか?たぶんそれを与えればシオも少しは落ち着くと思うからさ。それじゃあよろしく!』

 

 ペイラーが用件を伝え終わると通信が切れる。端末を仕舞うと一緒に来ていたソーマが話しかけてきた。

 

「もう良いのか?」

 

「うん。行こう。」

 

 ユウキの頭もどうにか任務状態に切り替わり、これで準備万端だ。待機ポイント から飛び降りて、ユウキとソーマはターゲットであるスサノオの索敵を開始した。

 しかし、ユウキとソーマが手分けして索敵をしたにも関わらず、ターゲットを見つける事は出来なかった。

 一旦状況の整理をしようと、教会跡に集合する。

 

「どうだ?痕跡はあったか?」

 

「いや…こっちは特に無かった…まだ作戦領域に来てないのかな?」

 

 互いに状況の報告をする。しかし、スサノオが現れたと言う痕跡さえ見つけられなかった。こうなると、スサノオがまだ作戦領域に来ていない可能性が高い。

 

「どうする。もう1度周るか?」

 

「そうだね。それで居なければしばらく待機してよう。」

 

 今後の動向を確認し、一旦教会から出ようと歩き出す。だが、その瞬間後ろから何かの気配を感じる。

 ソーマもその気配を感じてユウキと同時に前に出る。

 

「クソッ!!」

 

「チィ!!」

 

 悪態をつきながら、さっきまで自分達が居たところを見ると、両腕に神機の捕食口を生やし、尻尾には鋭い剣、黒い鎧の纏い、元となったボルグ・カムランの頭に相当する場所には禍々しい人の顔が埋め込まれ、さらには所々が浅色に妖しく輝く巨体があった。

 

 『グルラアオオオ!!』

 

 スサノオが不気味で形容しがたい声をあげると、ユウキとソーマも戦闘体勢になる。

 

「不意討ちか…舐めた真似してくれる!!ソーマ!!」

 

「分かってる!!」

 

 ユウキは右、ソーマは左に跳んでからスサノオに迫る。しかし、スサノオもそれに反応して神機の捕食口を模した両腕から左右にに小さなオラクル弾をばら蒔く。

 

「ツッ!!」

 

「クソ!!」

 

 まるでショットガンのように濃い密度で発射された小さなオラクル弾をユウキとソーマは装甲を展開して防御する。しかし、その間にスサノオは自身の体を軸に回転して、尻尾の剣で周囲を切り裂きながら追撃する。

 ソーマは縄跳びの要領でそれを躱し、ユウキは装甲の展開を続けて尻尾を防御する。しかし、小さな装甲種であるバックラーに分類されるティア・ストーンでは衝撃を受けきれず、後ろに飛ばされる。

 

(ッ!!)

 

 強烈な衝撃を受けてユウキは思わず顔を歪める。スサノオは追撃に出るためユウキを見るが、追撃をさせないようにソーマが反撃してスサノオの注意を引く。

 スサノオは右腕の神機でその攻撃を受けて注意をそらすことには成功する。しかし、それも無駄に終わる。ユウキが飛ばされた先には浅紫の光球が鎮座していた。

 

(クソ!!)

 

 本能的に危険だと察知した。光球に触れないように、飛ばされる勢いを殺さず地面を蹴ってバックフリップで光球の上を飛ぶ。

 

  『バアン!!』

 

 しかし、ユウキが光球と向き合う位置に来た瞬間、光球が爆発した。多少離れていた事もあり、直撃こそしなかったが、爆発の衝撃でユウキの胴体の肉を抉り血を流す。

 

「ユウキ!!」

 

 さすがにソーマも心配になり、声をあげる。それでも攻撃の手を緩める事は無く、ソーマを突き刺しに来た剣を神機の刀身で受け流す。そのまま前に出て尻尾に刀身を沿わせて尻尾を削いでいく。最後にはスサノオの真上に来て、神機を上に向かって振り抜く。成功すれば尻尾を切り落とし、攻撃能を大きく下げられる。

 しかし、スサノオが勢いよく尻尾を戻した事で、剣の先端を切り落とす程度のダメージにとどまった。

 

「オォォォオオ!!」

 

 回復錠を飲み、傷を治したユウキが咆哮と共にスサノオに飛び込む。それを見たソーマは神機を握り、降り下ろす 体勢を取る。

真上にはソーマ、横からはユウキ、普通のアラガミでならば防御するか、ここで死ぬしかない。少なくとも避ける言う選択はない。

 しかし、スサノオは右の前足を少し前に出したと思ったら、勢いよく反転してユウキから逃れ、ソーマから少し離れて2人を剣の射程圏内に捉える。

 

(まずい!!)

 

 そう思うと、ユウキは着地体勢を取るソーマの下をスライディングでr潜り、

ソーマの前に出る。

 『剣での攻撃が来る』と思い、装甲を展開する準備をする。だが、スサノオは両手の神機を構える。

 ユウキは本能的に装甲の展開を止めて、後ろに飛ぶ。途中でソーマを横に突き飛ばしてスサノオの射程から逃がすが、勢いよく突き飛ばしたせいか、ソーマは体勢を崩してゴロゴロと転がった。

 その瞬間、スサノオの神機がユウキに噛みつく。しかし、後ろに飛んでいたこともあって当たることは無かった。

 反撃しようと神機を構えようとするが、スサノオのもう片方の神機がユウキに噛みつく。

 

「くぅ!!」

 

 反射的に後ろに跳んで躱すが、反応が若干遅れてギリギリで避ける。追撃、後ろに避ける。再び追撃とユウキは後ろに追い詰められる。

 

(!!)

 

 『ドン!!』と強い衝撃が背中に走る。壁際まで追い詰められたようだ。スサノオの追撃が迫っている。もう逃げ道はない。

 

  『ガァァァアン!!』

 

 轟音と共にスサノオの神機が壁を喰い破る。しかし、ユウキは前に走って神機を避けると、スサノオの顔面に向かって跳ぶ。今度はスサノオが後ろに跳んで避ける体勢を取る。

 

  『ブシャアァァア!!』

 

 血が吹き出るような音と共に突然スサノオの体勢が『ガクン!!』と崩れる。体勢を整えたソーマがスサノオの右後ろ足を切り落とした のだ。

 その隙にユウキが神機を両手で握り、下から掬い上げるように神機を振り上げる。

 攻撃が当たり、スサノオの顔面が2つに割れ、スサノオ本体は空中に舞い上げられた。

 しかし、スサノオもまだ死ぬつもりはないらしい。空中で体勢を立て直し、右の神機を上に掲げる。赤く細い光が現れたと思ったら、何処からともなくユウキとソーマの真上から極太のレーザーの様な光の柱が何度も降りてきた。

 

「「なに!!」」

 

 突然の攻撃で驚きこそしたものの、光の柱はユウキ達を狙ってきている事に気がついて、スサノオに近づきながら動き続ければ 当たることは無かった。

 

「ソーマ!!こいつカムラン程硬くない!!」

 

「ああ!!決めるぞ!!」

 

 ソーマの合図と同時にスサノオは着地するが、足を一本失った事でバランスがとれず動けないでいる 。

 その隙にユウキとソーマがスサノオの懐に入り込む。そして両腕の神機を切り落とすと、ユウキは残りの左の足を切り落とし、ソーマは右の前足と尻尾を切り落とす。

 胴体だけとなったスサノオには、もう攻撃も回避も防御もできない 。ユウキとソーマは捕食口を展開して動けないスサノオのコアを回収した。

 

「任務終了…禁忌種相手でもなんとかなるもんだね。」

 

「浮かれるなよ?その油断が命取りだ。」

 

 禁忌種相手に勝利し、やや浮かれているユウキにソーマが『調子に乗るな』と釘を刺す。

 すると思い出したようにソーマが話を続ける。

 

「ああ、そうだ…博士の言ってた件…素材選別はお前に任せる。俺はシオの様子を見に行く。どうにも気がかりだ。」

 

「うん…わかった。」

 

 シオの事を聞いた途端、いつもなら茶化すのだが、今回はそんな気分にはならなかった。シオの話を聞くと、どうしてもアーク計画の事を思いだし、ユウキは覇気のない顔になる。任務が終わり、戦う事を考えなくなると、再びユウキの迷い続ける時間が始まった。

 

To be continued




後書き
 アーク計画の事が極東支部内で明かされました。アーク計画の真相を聞いて極東支部のメンバーもそれぞれ悩みながら考えている所を書きたいのですが中々難しい…
 スサノオさんは初めて実機で戦った時はカムランよりも動き回っていたのに驚いてたような気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission46 選ぶ意志

あああぁぁ…ぺごにモチベが吸われるのぉ…


 -極東支部-

 

 スサノオのコアを回収し、ユウキとソーマは極東支部に戻ってきた。当然、シオの食料として、スサノオの素材も回収してある。しかも今回はヨハネス直々の任務ではあるが特務ではなかった。尚更、素材の横流しが楽に出来た。

 だが、その途中でエントランスを通った瞬間に違和感を感じた。誰も彼もが妙によそよそしく、ピリピリした空気が流れていた。

 さらには人が居るにも関わらず『特異点が見つからねえ…全く情報も無いなんて…クソッ!誰か隠してんのか…?』と言うカレルの独り言がはっきりと聞こえるまでに静まり返っていた。

 そんな極東支部に帰還したユウキとソーマは、この異様な空気を感じて怪訝そうな顔でエントランスを抜けていった。

 

 -ラボラトリ-

 

「いやあご苦労様!シオの食料に鳥神大爪…ホントに助かるよ!」

 

 ユウキは頼まれた素材が入ったカーゴをペイラーに渡す。そのついでに、ペイラーにエントランスでの異様な空気について聞いてみる。

 

「あの…博士。アナグラが…その…何か変な気がするんですけど、何か知りませんか?」

 

「うーん…そうだね、今第一部隊の大半がアナグラから抜けて他の神機使いがフル稼働している。皆休み無く働いてストレスが溜まってるのかもね。」

 

 『リーダーが部隊員の手綱も握れていないって酷くバッシングしてたよ。』とペイラーが付け足すと、ユウキは事実だから仕方がないと苦笑いした 。

 

「極めつけは疲弊した心理状態でのアーク計画の情報開示だ。この話を聞いてアナグラ全体が猜疑心に満ちている。通常の防衛任務をこなす者…特異点であるシオを探す者…皆バラバラでも、とにかくアナグラに居ないように「おい、シオが起きたぞ。」…おや、お目覚めだね。」

 

 会話の途中でソーマがシオの目覚めたと報告する。シオの容態の改善を優先したいペイラーは当然そちらに気を向けて食事を与える。

 そんな中、ユウキはなぜアナグラが猜疑心に満ちているのか気になった。アーク計画の詳細を聞いて、動揺することはあっても誰かを疑う必要は無いはずだと考えていた。

 

「ん…イタダキマス!」

 

 しかし、ご飯を見て元気を少し取り戻したシオの声でユウキは我に返る。しばらく見ていたが、いつもの通り勢いよくムシャムシャと食べていた。

 

「少し落ち着いたようだな。しばらくは様子見だな。」

 

 食事の様子を見ていたソーマがシオの状態を見て、前よりはマシだと判断した。確かにこの間のようにボーッとした様子も、人が変わったかのようになる様子も見受けられない。

 

「うん…そうだね。」

 

 シオの症状が改善されたかは様子を見るしかないと思い、ユウキも様子見に同意する。

 

「俺は…シオの件が一段落したら支部長を潰しに行くつもりだ…」

 

「そう…えっと、お、俺…も…」

 

 予想通り 、ソーマはヨハネスと敵対するようだ。だが、それは人類が確実に生き延びる道を潰す事になる。確かにブレンダンと話したときも思ったが、大勢の人間を犠牲にするアーク計画は正論かも知れないが正しくはない。だが、アーク計画を潰した後、人類に未来はあるのかを考えても疑問符を浮かべる。

 未だにユウキ自身はどうするか選べないまま、周りが決意を固めていくところを見せつけられる。『俺も戦う』その最後の 一言を口にする覚悟が未だに持てなかった。

 そんな苦悩を読み取ったのか、ソーマが独りで話を進める。

 

「お前の助けは期待していない。1人でも…行くさ。」

 

「ごめん…」

 

 最後の一言を言う覚悟を持てない自分が情けなくなって、ユウキは逃げるようにラボラトリを 出ていった。

 

 -エントランス-

 

 少しでもアーク計画の事を忘れたくて、ユウキ久しぶりに訓練室に籠る事にした。体を動かしている間は他の事を考えないで済む。そう考えての事だったが、エレベーターを降りた瞬間に周囲から突き刺さるような敵意を感じた。

 それに、ペイラーから極東支部が猜疑心に満ちていると聞いたせいか、敵意だけではなく、敵か味方か…相手を探る様な視線を感じた。

 敵意はいつもの事なので取り敢えず置いておくが、この疑念に満ちた視線を受け続けるのは何とも居心地が悪い。

 取り敢えずそう言った視線を送ってこない人を探すと、真っ先にゲンが目についた。

 

「あの、ゲンさん…何だかアナグラがおかしいんですけど…一体何が?」

 

「ああ、これか。タツミの奴から聞いたんだが、例の件…どうやら箝口令が敷かれたらしい。」

 

「箝口令…ですか?」

 

 例の件とは、おそらくアーク計画を指しているのだろう。しかし、箝口令が敷かれているとはユウキ自身は聞いていなかった。

 なぜ自分と他人で情報に食い違いがあるのか考えていると、ゲンが話を進める。

 

「まあ、アイツ…支部長は昔っからこう言う薄汚いやり方だな。タツミとかが嫌いそうな手だ。」

 

「え?支部長の考え…分かるんですか?」

 

 ユウキは驚いた様な顔でゲンに聞き返す。

 

「アイツが何を狙ってこんな事をしたかって事くらいはな…まず方舟のチケットを餌に忠誠を誓わせる…そいつには箝口令を敷いて、忠誠を試しつつアナグラ全体を疑心暗鬼の状態に陥れる。これでアーク計画にとって、敵か味方かをあぶり出す…何ともアイツらしい人心掌握のやり方だ…」

 

 要するに、アーク計画には特異点と呼ばれる物が必要だと言う情報は与えるが、特異点とは何なのか等、詳細な情報は一切敢えて与えない状態で箝口令を敷いたのだ。

 最初こそ我先に特異点を手に入れようと躍起になっていても、何の収穫も無いままでは、同じ神機使いから情報を得るしかない。アーク計画に乗るものは『コイツなら情報を持っていそうだ』と疑いの目を向けながら積極的に情報を聞き出そうとする。

 計画に乗らない者は懐疑的な目を向けられる事に耐えながら日々の任務をこなしていく。

 さらにはアーク計画に乗る者でも、積極的に捜索をする者とそうでない者がいる。前者はチケットに食い付き真に忠誠を誓った者、後者は口だけの忠誠を誓う者を選別する事も出来る。

 だが、そんな状態で特異点の情報をが一切出てこなければ、支部内の神機使いは精神的に追い詰められ、アーク計画に乗る者はより必死に特異点を探し、始めは計画に乗らないつもりだった者もこの懐疑的な視線にさらされ続ける事を終わらせたくて特異点を探し始める。

 そして、それでも屈しなかった者がアーク計画にとって邪魔な存在と言うことになる。恐らくユウキを始めとした第一部隊のメンバーは、サクヤ達がエイジス島に侵入したときから、或いはもっと前からアーク計画の敵と疑われていたのだろう。だからユウキと他の神機使いとの間で情報の食い違いがあったと考えるのが自然だ。

 しかし、ユウキ達が方舟に乗ることまで阻止する気は無いようだ。忠誠を誓い特異点を探す、或いは差し出すのであれば方舟に乗せること自体はやぶさかでも無いようだ。

 

「えげつないやり方ですね…」

 

「そうだな。それにしても…慎重なアイツがここまで手の内を見せるとはな…もはや、世間に知れ渡っても計画を完遂する自信があるからなんだろうな…」

 

「完遂…する?」

 

 ゲンの『読み』を聞くと、気になるワードがユウキの頭に引っ掛かる。

 

(完遂する自信がある…?まさかシオの事がバレてる?)

 

 ユウキが最悪の状況を想像する。アーク計画を完遂する自信がある。つまりは特異点に目星がついていると言うことになる。

 確かに、極秘の計画をここまで開示するタイミングとシオを連れ戻した時期は重なっている。ヨハネスがシオが支部内に居ることに気がついているなら、実質特異点はほぼ手中に納めたとも言える。

 

(い、いや…博士のセキュリティやその他諸々はアナグラから隔離されているはず…なら博士のラボを強制捜索でもしなければ分からない…はずだ。)

 

 しかし、ユウキはラボラトリの情報は極東支部から隔離されていると以前ペイラーから聞いている。ならば、直接シオを目撃しなければバレることはないと考えてゲンとの話に意識を戻す。

 

「そういやお前さんも支部長に呼ばれたんだったな…どうするか決めたのか?」

 

「…」

 

 ゲンの問いにユウキは思わず黙り混む 。アーク計画に対する答えが出せていない今の状態では答えられるはずもなかった。

 

「まあ、分からないなら何も答えなくていい。あくまでも俺の考え…と言うか信条なんだが…」

 

 一呼吸おいてゲンが続ける。

 

「神機使い…ゴッドイーターの本分は、この弱肉強食の世界で、弱い者を守るために強いモノを喰らい退けること…俺はそう思っているし、そうしてきた。この通り俺はもう老いぼれでそんな力はないが、その意志が少しでも根付くように若手にアドバイスなんかをしてきたつもりだ。だから、この先も俺はこの信条を貫き通す。俺がお前の立場なら、計画には乗らないな。」

 

「…」

 

 ゲンの信条を聞いて、ユウキは固まる。そこには理想的なゴッドイーター像が描かれていて、それを正しいと信じた男の信念を感じた。

 だが同時に、それを聞いた後には計画に乗ってはいけないと言う、強迫観念の様なものに苛まれた。

 

「おっと…おしゃべりが過ぎたな。老兵の戯言だと思って聞き流せ。後はお前自身で決めるんだな…」

 

 そう言ってゲンはその場を去っていった。1人残されたユウキはゲンの言葉を思い出していた。

 

(弱い者を守るために強いモノを喰らい退けること…それがゴッドイーターの本分…)

 

 ならば自分のそうするべきなのか?一瞬そう考えたがそれは違う気がした。あくまでこの答えはゲンの答えでユウキの答えではない。参考にすることはあっても、そのままこの考えに飛び付くわけにはいかなかった。

 

(でもそれはゲンさんの思う信条…俺の場合は何だ?それが分かれば…答えが見つかる?)

 

 何となくゲンの言葉が、いままでカエデやペイラーに言われた事にも繋がる様な気がした。自分にとっての戦う理由、ゴッドイーターとは何なのか。それが見えてくると答えが出せるような気がした。

 しかし、この場でいくら考えても答えは見つからず、結局訓練に行く事に逃げた。

 下階に降りると、第二部隊がカウンター前に集まっていた。すると、ブレンダンがユウキに気がついて話しかけてきた。

 

「神裂か…お前とはこれが最後かもしれんな。俺は呪われた航海に出る。ここまで愛する者たちの屍を乗り越えて、多くの人を犠牲にしてここまで生きてきたんだ。自分からこの命を捨てるなど、許されるはずもない…」

 

「そう、ですか…」

 

 自分が生き残ってこられたのは、多くの人が自分を生かすために犠牲となった者が居たからだと理解しての考えだろう。客観的に見ても、ブレンダンはヨハネス同様クソがつくほど真面目だ。その真面目さが、自分の命をここで終わらせる事は犠牲にしてしまった者達への冒涜になると考えたのだろう。

 

「ブレンダンさんは計画に乗るんですね…私はまだ選べないんです…夜中でも考え込んで眠れなくって…助かったとしても、見捨てた人たちを忘れて、何事も無かったように生きていけるのか…そんなこと…できないです、きっと…」

 

「それは、俺も分かります…多くの人を見捨てて生き延びても…きっと後悔すると思います。でも、仮に計画を止められたとしても、絶望的な未来しかない…どっちを選べば良いのか…」

 

 カノンの考えはユウキの考えに近いものだった。何を選んでも大勢の人が死ぬ。かと言って計画が正しい訳でもなく、何を選べば良いのか分からず悩んでいる。

 そんな3人の様子を見て、タツミが『辛気臭えなぁ!』と足蹴にする。

 

「どいつもこいつも縮こまって…面白くねえ!」

 

 人当たりのいい 熱血漢というイメージのタツミが珍しくイラついている事を隠さずに、声を荒らげて極東支部の現状に反発する。

 

「タツミさんは乗らないんですね…」

 

「まあ、お前はこんなやり方気に入らないだろうな。」

 

「当たり前だ!俺は死ぬまで防衛班だ!これは俺の誇りであり、生き方だ!今さら曲げるつもりはねえ!それに俺は船酔いがひどいんでな!方舟なんてもん乗らねえよ!それにな…」

 

 声を荒らげていたタツミが急に声量を落とす。

 

「まだヒバリちゃんとデートしてないんだよ!だからヒバリちゃん!今からいかない?」

 

「あ、じゃあ私方舟に乗りますね。」

 

「え?あ!じ、じゃあ俺も方舟に…いやでも、俺は防衛班だし…ど、どうすれば…」

 

 ヒバリが方舟に乗ると言った瞬間、タツミは慌て始める。だが、ヒバリが本気で言っている訳ではない事も、タツミも最後には残る方を選ぶ事もその場に居た者には何となく分かる 。

 

「ヒバリさん…空いてる訓練室はありますか?」

 

「今はどの訓練室も空いてますね。第一訓練室で手配しておきますね。」

 

「お願いします。」

 

 訓練室使用の手配を頼むと、ユウキは上階に上がっていく…はずだったが、丁度任務が終わり、上階から降りてきたジーナと鉢合わせる。

 

「あ…すいません。」

 

 そう言ってユウキはその場から後ろに下がった。ちなみに下階のミッションカウンターと出撃ゲートのある上階を繋ぐ階段はカウンターの両サイドにあるが、どちらも2人が通る事ができない幅になっている。

 

「ねえ?貴方はアーク計画…どう思ってるのかしら?」

 

「え?」

 

 すれ違い様にジーナがアーク計画について聞いてきた。ユウキはここでアーク計画について考えた事を話していく。

 

「アーク計画が正しいとは思ってません…でも、人類が生き残るには、現状この計画しかない事も事実です。」

 

「だから、選べない…と?」

 

「…そう、です。」

 

「ふーん…」

 

 ユウキの考えを聞いたジーナだったが、興味が無さそうに返事をすると、そのままヒバリに任務終了の報告に行こうとしたを、ユウキが慌てて止める。

 

「あの!ジーナさんはアーク計画に乗るんですか?」

 

「ああ…私は地球の再生とか方舟とか…あんな誇大妄想に付き合う気は無いわ。何より好きに撃てなくなるじゃない。そんな世界に興味は無いわ。」

 

 ジーナが計画に乗らない理由は至極単純で『撃てなくなるから』だった。確かにジーナらしいと言えばらしいのだが、あまりにも自分勝手過ぎないか?と思ったが、大きな選択をするにはこの位の自分勝手さも必要なのだろうと自分を納得させて、ユウキは上階に上がる。

 

「おい人形!ちょっといい取引があんだけどよ!」

 

「取引…ですか?」

 

 訓練室に向かう途中、シュンに呼び止められる。以前投げ飛ばしたにも関わらず、普通に話かてきたのでユウキは少し警戒している。

 

「ああ、損はさせねえぜ!特異点の情報がわかったら俺も回収任務に連れていけよ。その代わり、俺が見つけたらお前を呼んでやるからよ。もし取引に応じるなら、この間の事は水に流してやるよ!」

 

 要するに特異点の情報をお互いに交換する約束をする代わりに、投げ飛ばされた事も許すと言うのだ。

 この取引を持ち出す辺り、シュンは計画に乗ると見ていいだろう。

 

「…まあ、いいですよ…」

 

 しかし、この取引はユウキが方舟に乗る側でなければ成立しないのだが、取引に応じなければ解放してくれなさそうなので取り敢えず了承しておく。

 それを聞くとシュンは満足そうな顔をしてヒバリの元に向かう。シュンも大衆を犠牲にしてでも生き残りたい理由があるのだろうか?そんな事を考えながらユウキは神機保管庫に向かった。

 

 -神機保管庫-

 

 ユウキは訓練前に装備の新規製作を頼もうと、リッカの元に訪れたが、どこか上の空でその手はいつもと比べると遥かに遅く、効率がかなり落ちていた 。

 

「リッカ…?」

 

「え?…あ!何かな?」

 

 ユウキに話しかけられるまでその存在に気が付かなかったようで、驚いたように慌てて返事をする。

 

「スサノオの素材が沢山手に入ったんだ。確か神蝕剣タキリって名前だったかな…?それを作って欲しいんだけど…」

 

「ん…了解。」

 

「じゃあ…後、お願い。」

 

 いつもと比べると明らかに短い会話を終えて、ユウキは神機を受け取って訓練室に向かった。

 

To be continued




後書き
 もうすぐ無印編も終わりと言うことでユウ君も色んな人の考え方や答えを聞いて答えが見え始めたところです。この辺りで見られるゲンさんのような『信念を持つ男』のカッコ良さを表現出来たら良いのですが…
 ただ本編でも大事な所なのにペルソナ5に夢中になったりとモチベが持っていかれているんですよね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission47 答え

神蝕剣タキリ「解せぬ」
なんかうちの主人公が優等生になった…おかしいな…ちょっと捻った子にするつもりだったのに…


 -神機保管庫-

 

 夜中まで訓練をした翌日、ユウキはリッカに呼び出された。神機保管庫には昨日と同様に、作業効率の落ちたリッカが神機の整備をしていた。

 リッカはユウキが来たことに気が付くと小さな声で『あっ…』と声を漏らした。

 

「神蝕剣タキリ…出来てるよ。」

 

「ありがとう。早速試してみようかな。」

 

 このあと3時間後には哨戒任務があるが、それまでならば試運転が出来そうだ。うまく扱えそうなら今回の哨戒任務で出番があるかは分からないが使ってみようかと考えていると、リッカがある提案をする。

 

「ねえ、見に行ってもいい?」

 

「え?」

 

「あまり作られる事のない珍しい装備だからね。ちょっと見ておきたいんだ。」

 

 極東支部でもスサノオ討伐の討伐例は少ないのか、神蝕剣タキリが珍しいようだ。今後のためにもデータを取りたいのだろう。リッカが着いてくる事を了承して、ユウキは訓練室に向かった。

 

 -訓練室-

 

 リッカが管制室に到着してデータを取る準備が終わると、放送で訓練室にいるユウキにリッカから声がかかる。

 

「よし!それじゃあ始めるよ!」

 

 リッカの声と同時にヴァジュラが現れた。

 

  『ガアァァァア!!』

 

「ヴァジュラか…試し切りには丁度いい!」

 

 ユウキが呟いて前に飛び出すと同時にヴァジュラが飛びかかる。その下をスライディングで潜り抜ける。ヴァジュラが着地する頃には、ユウキはヴァジュラの後ろに出ていた。さらにはヴァジュラ姿勢制御のために下げたであろう尻尾がユウキの眼前にあった。

 

「シッ!」

 

 スライデングしながら、短い呼吸と同時に神機を振る。『ヒュン』と空気を切る音と同時にヴァジュラの尻尾が切り落とされる。

 

(ん?これは…)

 

 ユウキはいつものように神機を振っただけなので、変化や違和感に気が付かなかったが、遠目からその様子を見たリッカがある点が気になった。

 しかし、自身の見立てが正しいか判断するにはまだ早すぎる。もうしばらく様子を見てから結論を出すことにして、ユウキとヴァジュラの戦闘に目を向けた。

 ユウキがヴァジュラの後ろから奇襲をかけるが、それを察知したのか、ヴァジュラが前に跳んでユウキと距離をとる。すると、ヴァジュラは空中でユウキと向き合う様に体勢を変えて雷球を飛ばす。

 それを視認した瞬間、右足に力を込めて地面を蹴ると、雷球の下を潜ってヴァジュラに一気に近づく。急加速した勢いを乗せて神機を振ると、再び『ヒュン』という音と共に、未だ空中にいるヴァジュラの前足を何の抵抗もなく切り落とす。

 

(す、すごい…何て切れ味だ…)

 

 さっきの尻尾とは違い、それなりの太さがある前足を抵抗もなく切り落とした事で、ユウキも神蝕剣タキリの切れ味に気がついた様だ。少なくとも、神機と一体になる感覚は引き出せていなかった事は自分でもわかっている。そうなると、この切れ味は神蝕剣タキリ本来の切れ味ということになる。

 しかし、今は訓練用のアラガミとの戦闘中だ。そんなことでいちいち驚いていられない。止めのために横凪ぎに神機を振ると、ヴァジュラが残った足でなんとか横に跳んで避けようとするが、距離が足りずにマントで攻撃を受ける。

 

  『ギィイン!!』

 

 金属音と共に神機を握る手にビリビリと衝撃が走る。勢いよく振ったため、そのまま頭を上下に切り分け、コアごと切り裂いた。

 ヴァジュラが霧散したのを確認すると、リッカから放送が入る。

 

「神裂君、もう1体別のアラガミでデータを取りたいんだけど、いいかな?」

 

「わかった。いつでもいいよ。」

 

 ユウキが了承すると、今度はボルグ・カムランが現れた。ボルグ・カムランが先制攻撃に針でユウキを突き刺す。

 しかし、ユウキは難なくそれを横に避けると、がら空きの正面に向かって飛び出す。今度は神機を縦に振る。

 

  『キィン!』

 

 再び金属音が鳴り、手に衝撃が走る。

 

「チッ!!全く効いてないみたいだな…」

 

 攻撃を加えたところを見てみたが、今度は全く切れていなかった。そのせいでボルグ・カムランに反撃の機会を与えてしまう。

 

  『キシェアァア!!』

 

 ボルグ・カムランが奇声を発すると、体を回転させる事で尻尾を振り回して周囲を凪ぎ払う。それをバックフリップで避けると、ユウキは再び攻撃の体勢をとる。それを察知したのかボルグ・カムランが盾を構える。

 しかし、ユウキはいつもの火刀等を使う感覚で神機を振る。

 

 『ボギンッ!!』

 

 鈍い音と共に神蝕剣タキリが真っ二つに折れる。

 

「え"!!?!?」

 

 予想もしなかった事態にユウキは妙な声をあげて動きを止めてしまった。その隙にボルグ・カムランの針がユウキに迫る。

 

「チィッ!」

 

 ユウキは舌打ちをしながら装甲を展開して構える。ボルグ・カムランとティア・ストーンが衝突する。

 そう思い、ユウキが身構えたその瞬間、ボルグ・カムランが黒い煙となって霧散した。

 

「っ!!」

 

 何が起こったのか理解できずに固まっていると、管制室からリッカの声が聞こえてきた。

 

「ふう、危なかった。試運転は中止!そっちに行くからそのまま待ってて!」

 

 そう言うと、リッカはすぐに管制室から見えなくなった。折れた破片を回収しながら、言われた通り待っていると、5分もしないうちにリッカが訓練室に降りてきて、装甲を展開する等ユウキに神機を動かしてもらいながら神機を観察する。

 

「え?何これ…何でこんな…」

 

 リッカが信じられないといった声と表情で驚いていた。

 

「も、もしかして完全にぶっ壊しちゃった?」

 

「あ、ううん。むしろ逆…壊れたのは刀身だけで、神機本体には何のダメージもなかった…」

 

「えっと…どう言うこと?」

 

 以前火刀を壊したときは神機に何かしらのダメージがあったのに、神蝕剣タキリをへし折った今回は神機へのダメージは無いといっているのだ。前回よりも酷いダメージのはずなのに、神機本体はノーダメージという訳の分からない状態に、ユウキの頭は理解が追い付いていなかった。

 

「神機が休止状態になってるんだよ。でも何で…?」

 

 一見しただけではいつもと変わらないように見えるが、整備で毎日神機を見ているリッカには、細かい変化がわかるのだろう。

 

「えっと…休止状態?になるのはそんなに変なことなの?」

 

「神機は腕輪と接続することで起動するんだけど、神機のパーツ交換のときは休止状態、まあ要するに装備を変えられる状態の事なんだけど、今君の神機はその休止状態になってるの。腕輪と繋がってるにも関わらずにね。」

 

 神機にもいくつかの状態がある。神機と腕輪を接続する事で戦闘を可能にした起動状態、戦闘を行わなず保管するための待機状態がある。

 さらに、待機状態もいくつか枝分かれしている。装備を変更するために、神機と各パーツの結合を弱める、あるいは完全に断ち切る休止状態、機械的な整備や人間で言うところのメンタルケアや健康診断のようなものを含んでフルメンテナンスを行う整備状態というものもある。

 ちなみにフルメンテナンス中は人間で言うところの精神や肉体のケアも行うため、普段抑圧されている神機の補食本能も全開になる。その関係上、専用の整備道具が無いと触れることさえままならないと言う危険な状態なのだ。

 

「?…それってそんなにおかしな事かな?休止状態は神機に元々ある機能なんでしょ?」

 

 ユウキは納得していないといった様子でリッカに聞き返す。説明を聞く限りでは、休止状態は神機に最初からある機能のはず。それが発動すること自体はおかしな事では無い…というのがユウキの考えだった。

 

「言ったでしょ?神機は腕輪と接続される事で起動するって。あのとき神裂君の神機は間違いなく腕輪に接続されていて起動状態だった。それに、神機は起動と休止なら起動が優先されるの。戦闘中に突然休止状態になったら命に関わるからね。」

 

「そっか…腕輪と繋がってるなら休止しないはずってことか。」

 

 リッカの説明にもあったように、起動状態の鍵となるのは腕輪と神機の接続だ。そして神機との接続は使用者の意思で行われる。接続状態が戦闘が可能になる状態ということもあり、この状態では『戦場にいる』という前提になっている。そのため、戦場で待機状態等になるとそれこそ格好の餌食となってしまう。そんなことにならないように、腕輪と神機が接続されると、強制的に起動状態になるようにしてあるのだ。

 今回の場合、ユウキと神機の接続は確かに確認されていた。にも関わらず、神機が休止状態に移行したのは本来ならあり得ない事なのだ。

 

「そう言うこと。本当はきちんと神機を調べたいけど、神裂君…あまり時間ないんでしょ?」

 

「うん。2時間後には居住区で哨戒任務に出る事になってる。」

 

 試運転の準備と実際に動かした時間を合わせると、約1時間足らず時間が流れていた。リッカに会いに行ったのが哨戒任務の3時間前ほどだったので原因を探るにしてもあまり時間はない。

 

「そっか…なら装備の方を解決しようか。よし!強化プランの打ち合わせだよ。1時間で済ませるよ!ほら急いで!」

 

「あ、ああ!」

 

 神機が休止状態に移行した原因を探る時間は無さそうなので、とりあえず神蝕剣タキリが折れた原因と強化プランを考えることにした。

 リッカはユウキの手を引いて神機保管庫に戻っていった。

 

 -神機保管庫-

 

 神機保管庫に着くと、リッカは2、30分程破損箇所を拡大して調べたり、試運転で取ったデータを見て1人で納得したような仕草をしていた。

 その間、ユウキはリッカの後ろでその作業を眺めながらボケッとしていた。しばらく待っていると結論が出たのか、ユウキの方を向いて話を始める。

 

「たぶん、今回の破損の原因は神裂君の身体能力に神機、強いて言うなら装備の強度が追い付いてなかったんだと思う。現状の装備を考えると、刀シリーズ同様に金属や超硬合金を混ぜ混んで強度を上げるのが近道かな?」

 

 リッカの見解によると、武装の強度不足が原因らしい。しかし、そうなると矛盾…とまではいかないが、おかしな事が思い当たる。

 

「そう言うものなのかな?今回の神蝕剣タキリだってオラクル細胞の塊なんでしょ?そんな簡単に折れるなんて思えないんだけど。」

 

 そう、神機の装備は腐っても近代兵器でも傷1つ着かないオラクル細胞の塊だ。もし近代兵器で傷を着けたければ核兵器を平然と使う核戦争を起こさなければならない。いや、それが通じるのは昔の話かもしれない。アラガミも成長し、進化した今となっては、核戦争を起こそうがアラガミに傷を着ける事は出来ない可能性もある。

 そんなオラクル細胞が、偏食因子で強化されているとは言え、人間の腕力で破壊出来るのか疑問ではあった。しかし、それを否定するようにリッカは首を横に振った。

 

「さっき破断面や表面のオラクル細胞の働き、それから試験の記録を調べたんだけど、神蝕剣タキリについて色々わかったよ。」

 

 そういいながら、リッカはデータを取ったメモを見ながら話していく。

 

「まず、神蝕剣タキリは斬れる所を斬るととんでもない切れ味になるけど、それ以外はまるでナマクラ…かなり偏った偏食傾向みたいだね。そのせいで斬れない所を攻撃するとその衝撃が全て刀身に返ってくる。」

 

 確かに、ヴァジュラを切ったときは何の抵抗もなく斬れてしまうとんでもない切れ味だったが、ボルグ・カムランの時は全くと言っていいほどに切れなかった。

 本来の斬ると言う役目を果たせないまま衝撃を加え続ければ装備の方が疲弊していくのは当然だ。

 

「で、問題は次…タキリは君が使ってる刀シリーズと違って、金属を使って強度を上げたりしないで、アラガミの素材をそのまま使ってる。その結果、強度を捨てる代わりに特殊な能力を持ってるんだよ。そんな神機に神裂君の異常に上昇した腕力を乗せて攻撃するとこうなるってわけ。」

 

 『例えるなら骨で作るか金属で作るか位の違いかな?』と最後にリッカが付け足す。

 金属で強度を上げた火刀さえも破損させる異常な腕力であれば、遥かに強度の劣る神蝕剣タキリをへし折る位、造作もないだろう。

 

「なるほど…結局のところ、武装の脆さと俺の身体能力のせいだったのか。加減を覚えてきたと思ったんだけどな。」

 

 結局のところ、ユウキと神蝕剣タキリの相性が最悪だったと言うことだ。最近になって加減が出来るようになってきたと思っていた分、ユウキは明らかに気落ちしていた。

 

「いや。加減はしっかり出来ていたと思うよ?刀シリーズ用の加減だけどね。」

 

「うーん…そう、かな?」

 

 強度の上がった刀シリーズでの力加減は覚えたが、それより強度の劣る神蝕剣タキリではその力加減でも破損すると言うのがリッカの見解だった。ユウキもそれを聞いたら『そりゃそうだよな』と納得した。

 

「さて、悩んでいるところ悪いけど神機の強化のプランは折れた神蝕剣タキリをベースに刀シリーズのように金属を混ぜ混んで強化する…って言うのが一番現実的かなと思うんだけど…特別なギミックとかは必要ないよね?」

 

「うん。いろんな装備も使うしあんまり複雑にすると、神機の学習量が増えそうだし。」

 

 複数の装備を切り換えて戦うユウキにとっては複雑なギミックはむしろ邪魔にしかならない。神機の学習の件もそうだが、ユウキ自身もそのギミックに慣れなければならない。いざ戦うときに、ギミックに不馴れなために全力を出し切れないなんて事に繋がりかねないとして、ユウキはギミックを取り入れる事は基本的にしない。

 

「おっけ!ならあとは強化素材か…スサノオの素材は金属系とは親和性が低いみたいだし、金属との親和性が高いものを経由しないと…何かいい素材はないかな?」

 

「テスカトリポカはどうかな?あいつの装甲は金属系だと思う。」

 

 取り敢えず真っ先に『金属』で思い付いたアラガミ素材を提案する。テスカトリポカの名を聞くと、リッカは納得して考える様に顎に手を添える。

 

「ふむ、確かに良さそう…ならあとはスサノオ素材との親和性か。同じ禁忌種だし相性いいかも…これはこっちで調べておくよ。」

 

「あ、禁忌種ならディアウス・ピターの刃物みたいな翼とかもどうかな?あれも刀?ナイフ?みたいで金属っぽいと思う。」

 

 今度は禁忌種と金属で連想した素材を提案する。『それも良いかも』と思うとリッカは強化用の素材に組み込む事にした。

 

「うん。その路線も行けそうだね。よし!早速色々試してみよう!出来上がりを楽しみにしててね!」

 

「うん。何か手伝えることがあったらいつでも呼んで。」

 

 神機を弄れるからだろうか?以前よりは元気を取り戻したリッカが楽しげに笑う。

 

「そろそろいい時間だ。哨戒任務に行くよ。」

 

「いってらっしゃい。」

 

 哨戒任務まであと1時間を切った。刀身の交換を依頼して、ユウキは出撃準備に入った。

 

 -ラボラトリ-

 

 一方その頃、ソーマはペイラーと共にシオの様子を見にラボラトリに居た。1度は落ち着いたように見えたが、またすぐにボーッとして心ここに在らずと言った様子になった。

 

「博士、持ってきたぞ。」

 

 そう言うソーマの両手にはカーゴの取っ手が握られていた。そのカーゴの中には薄く赤みががった爪か牙に見えるモノが敷き詰められていた。

 

「いやあ助かるよソーマ。けど良くこんなに早く堕龍牙を揃えられたね。」

 

「別に…今まで使ってなかった素材が余ってただけだ。」

 

 ソーマは視線を切るようにふプイッと横を向いた。

 

「そうかい。でも、そのわりとにはかなり急いで用意したみたいじゃないか。よっぽどシオの事が心配だったんだね。」

 

 そんなソーマを見て『素直じゃないな』と感じる。すると、ペイラーはどうしてもからかいたくなり、イタズラ心に従って含みを持たせつつ焦った様子だったとソーマをからかう。

 

「なっ?!テメッ?!」

 

 ソーマが動揺し、大声でペイラーに食って掛かる。だがその様子はどう見ても照れ隠しにしか見えずペイラーはソーマの変化を微笑ましく思っていた。

 

「んー…」

 

 しかし、ソーマの声に反応して眠っていたシオが目を覚ますと、ペイラーはソーマの抗議を受け流してシオに食事である堕龍牙を与える。

 

「おや。お目覚めだね。さあ、シオご飯だよ。」

 

「んあ?…んー…?」

 

 意識がハッキリとしないまま、シオは与えられた堕龍牙をムシャムシャと食べ始める。すると、少し以前の元気を取り戻したのか、『美味しい!』や『うまい!』と無邪気な笑顔で食べ続けた。

 

「チッ…!呑気なもんだぜ…」

 

 ソーマが無邪気に食事をしているシオ見て悪態をつく。しかし、その口角は微妙に上がっていた。

 

「まあ、そう言わないで。たまには世話を焼くのも良いものだろう?」

 

「冗談じゃない。いつも厄介事ばかり押し付けやがって。」

 

 さっきまで緩んでいた表情が固くなり、いかにも不機嫌ですと言いたげな表情を作る。だが、その不機嫌そうな表情もいつもと比べるとまるで取って付けた様な、急いで無理矢理作った様な表情だった。

 しかし、話を進めると同時にソーマの表情は真剣なものになった。

 

「それに、シオの状態は気になるが、あれから姿を見せないクソ親父の事も気がかりだ。おそらくエイジスに籠ってるんだろうが…何か知らないか?」

 

「残念ながら何も。ただ、ヨハンが私にすら連絡を寄越さないと言うのがどうにも気がかりだ…何か裏で動いているのかも知れないが…今はシオの回復に努めるとしようか。」

 

「情報なし…か…後手に回るのは性に合わないが…今は向こうの出方を待つか…」

 

 ソーマとペイラーの話が終わると、2人はシオに目を向ける。以前空母で突然行方を眩ませた時のように、ヨハネスの網に自ら掛かりにいくような事態は避けたい。正直今の状態が続くといつ飛び出したりするか分からないので、気が気じゃないと言うのが本音だ。

 そのため、シオの回復を優先しようとしているのだが、今はシオの件もヨハネスの件も様子見するしかないと結論付けて話を終える。その傍らで、シオは食べるだけ食べて満足したのか再び眠りに落ちた。

 

 -1週間後-

 

 リッカに新装備の製作を依頼してから1週間が経ち、ユウキの元に装備が完成したと連絡が入った。

 ユウキが神機保管庫に着くとリッカは以前の様に忙しなく動き回っていた。

 

「リッカ?」

 

「やあ、例の装備…ようやく完成したよ。」

 

 ユウキが話しかけると、リッカは以前のような明るい笑顔でユウキを迎えてくれた。対するユウキは、アーク計画の件で未だに迷っているのか、どこか暗い表情だった。

 話の途中で、リッカがピンク色にも見える薄い赤紫色の刀の方を向いたのでユウキも釣られてその刀の方を見る。

 

「うん…ありがとう。」

 

 ユウキは礼を言いつつも、リッカの変化が気になっていた。

 

「なんか…雰囲気変わった?いや、戻った…って言ったら良いのかな?」

 

「自分なりに答えを出せたから…かな?」

 

「答え…」

 

 リッカの言う答えと言うのはアーク計画に対する答えだろう。ユウキはこの1週間の間に答えを出せたリッカが羨ましく思った。

 

「いろいろ考えたけどさ、私…方舟に乗るのはやめとくよ。」

 

 リッカが自分の考えをユウキに話し始め、ユウキは黙って聞いている。

 

「支部長が言ってる事はさ、たぶん沈みそうな船から逃げるべき人を逃がすって事だと思う…言ってる事は正しいんだろうけど…私は船を直すべき人間だから…そんな自分が船から真っ先に降りるわけにはいかない。」

 

 あくまで自分は技術者…戦場で仲間が困らないように、皆が扱う武器を最善の状態で渡すのが役目だと言うスタイルを崩さないようだ。共に戦場に出ることは出来ないが、仲間の命を預ける武器の手入れをする事で一緒に戦う。そのスタイルこそ自分の思う技術者の姿だと思い出したようだ。

 

「それにさ、残された船に残って戦う仲間がいるのなら、私はその仲間たちのために一緒に戦う…それが私の流儀だって気がついたからさ。」

 

 そう言うとユウキを近くの長椅子に座らせ、その隣にリッカが座る。

 

「この1週間、仲間のためにひたすら神機を弄り続けたことで、私の原点って言うのかな?それを思い出せた。ここに残った仲間と…神裂君のお陰でね。」

 

「俺は、そんな大それた事…してない。この1週間も、ずっと考えが纏まらなくて…仲間の助けになりたくて…強くなるって決めたのに、アーク計画が発動すれば…そんな決意も無意味なモノになる。」

 

 自分のお陰だと言われても、はっきり言っていまいちピンと来ない。実際、ユウキは武器製作を頼んで、ひたすら任務と訓練を重ねて悩みから逃げただけだった。そんな自分のお陰だと言われても、それが事実とは思えない。

 しかし、そんなユウキの迷いを聞くと、リッカは真剣な目でユウキを見た。

 

「本当にそれだけ?」

 

「…え?」

 

 リッカから予想もしない言葉が飛んできて、ユウキは困惑して返事を返すのが精一杯だった。

 

「本当にそれだけなの?なら…何で今でも強さを求めるの?」

 

「…」

 

 ユウキはリッカの問いに答えられなかった。計画に乗るか、計画を潰すかさえも決めかねている状況で、力が必要かと言われれば疑問ではある。

 しかし、そんな状況でもユウキは自身の力の制御や神機の扱い方を改善しようとしていた。

 アーク計画が発動する瀬戸際ではそこまで過剰な力は必要ないはず。何故そこまでして力を欲したのか、そこに答えがあるのではないかとリッカは言っているのだ。

 

「きっと仲間のためだけじゃないからだと思うよ。君の答えはきっとそこにあると思う。」

 

「俺の…答え…」

 

 仲間のため『だけ』じゃない。ならば他に何があったのか、今までに自分どんな体験をしてきたのかを振り返り始めた。

 

(アリサやコウタ、ソーマにサクヤさん、シオもリッカも…守りたい、助けになりたいと思って強くなろうって決めた…そのきっかけがリンドウさんの死だった。自分の無力さを思い知った…から?)

 

 真っ先に思い付いたのはリンドウの死がきっかけで強くなろうと決めたことだ。しかし、この時の事を思い出してみると少し違和感があった。

 

(あれ違う…?そう言えばその前から強くなろうとしていた…エリックさんが目の前で殺されて、死ぬのが怖くて…その後…)

 

 一番最初に悪い意味で印象に残った事を思い出す。目の前でエリックが頭を喰い千切られて死んだ事だ。この時、死ぬことが怖くなって、少しでも死から逃げるために、強くなろうと決めた。

 しかし、この時はまだ新人と言う甘えもあり、そこまでキツい訓練はしていなかったはず。

 そうなるとそこから先、そしてリンドウの死よりも前に何があったかを思い出す。

 

(確かあの時…キャラバンの人たちと会ったんだ…あの時、助けられなくて、助けてもらえなくて…泣いてた。)

 

 キャラバンの少女が命懸けで助けを求めても、規則だからと足蹴にされて悲痛な表情で泣き叫んだ事も、それを目の当たりにして己の無力さを思い知らされて、悔しさのあまりゲートを殴ってひしゃげさせた事も、今はハッキリと思い出せる。

 

(そうだ…!俺と同じ境遇の人を1人でも減らしたくて、戦う術も、守る術も持てない人たちを助けたくて強くなろうとしたんだ!)

 

 キャラバンの一件の後、すぐにリンドウの事件があり、その後リーダーに抜擢され、シオと出会っていろんな事があった。

 あまりに短い間にいろんな事があって、大事なことであるはずの強くなろうと思ったきっかけを忘れてしまっていたようだ。

 

(思い出した…俺が強くなろうと思ったきっかけ…戦う理由…)

 

 そう思いながら一つ一つ思い出していく。

 

(以前の俺の様に…毎日アラガミに怯えて、飢えに苦しみ、非道な扱いを受ける人達の助けになりたい。)

 

 カエデやペイラーの言う自分にとって大切なモノ、やりたいこと、なりたい自分を思い出せた。

 

(そして俺の目指すモノは…ゲンさんの言っていたゴッドイーターの本分と同じだ。)

 

 以前ゲンの口から語られたゴッドイーターの在るべき姿…それが、自分の思うゴッドイーター像と一致していた。だからその話を聞いた時、理想的なゴッドイーターだと感じたのだろう。

 

(けれど、皆が同じ考えって訳でもない。残る人もいれば逃げる人もいる。)

 

 タツミの様に自分の生き方に誇りをもって残る者もいれば、カノンの様に答えを出せない者いる。ブレンダンやカレル、シュンの様に星を捨て、生きる道を選ぶ者もいる。

 どんな理由にしても、大勢の人を犠牲にして自分だけ助かろうとする決断をした彼らは、一見非道な人間だと思われそうだ。しかし、アーク計画の件で多くの人の意見や考え方を聞いたユウキは、一概に彼らを『非道な人間』と一括りには出来ないと思っていた。

 ユウキは多用な意見を聞いて、自身がそうであった様に人…強いて言うなら生命体の本質は『逃げる』事にあると感じた。危険や苦痛、過激な環境…生き残るために、生命を脅かす『死』を連想させるものから物理的な距離、あるいは適応して進化すると言う形で逃げる。さらには人の様な『感情』を持つ生物は迷い、悩み、後悔する事から生まれる苦悩で、精神が不安定になることからも逃げようとする。

 そのために生命体は安心、安全、安楽と命の危機のないところや、精神の安定するところへ逃げる。だからこの星を捨てて生き延びる決断は、『人間』と言う『生命体』にとって辿り着いたとしても何ら不思議ではない普通の考えだなのだとユウキ自身は思っていた。

 しかし、たった今固めたユウキの決断は、そんな命の本質にしたがった者達の意思に反している。毎日が命懸けの『イカれた世界』では誰もが生き残るため、死から逃れるために我先に助かろうとするだろう。そんな状況でごく一部だが確実に助かる手段を、自分が『後悔するから』と言う理由で奪うのだ。

 意味合いや規模は違うが、ジーナが残る理由のように自分がやりたいから、後悔したくないからと言う、ひどく自分勝手な理由だとユウキ自身も思っている。

 

(でも…例え綺麗事や偽善者と罵られても…俺は皆とこの世界で生きていく。)

 

「?…神裂君?」

 

 突然物思いに耽ってしまったユウキを心配してリッカが声をかける。

 

「ありがとう…リッカ。お陰で大事な事を思い出せた。」

 

 そう言ってユウキは立ち上がり、リッカの方を向いた。

 

「もう迷わない。俺は…残って支部長を止める。俺は俺のエゴを押し通す。」

 

 迷いのない、真っ直ぐで強い意志を持った目をリッカに向ける。目の前にいるユウキは、いつもと変わらない女にしか見えない顔立ちのはずなのにハッキリ男だと認識できる何かを感じる。突然ユウキが男だと思わせる変化を目の当たりにして、リッカの心臓は早鐘を打ち始め、顔も熱を持っていた。

 

(あれ…何か…顔が熱い…?!)

 

 そんなリッカの変化を他所に、ユウキは新しく作られた装備に近づいた。

 

「あ、リッカ…コイツの名前、決めていい?」

 

「え?あ、うん。」

 

 突然話しかけられてリッカは驚きながら返事をする。

 

「『護人刀』…人を守るための守り刀…今すぐは無理でも、必ずコイツを使うのに相応しい強さを手に入れて見せる。」

 

 かつて極東の地で人々が魔除けの御守りや魑魅魍魎から家族を守る守り刀として使った護身刀の名に因んだ名前にした。

 今の時代では相手は魔ではなく神であるが、その意味合いは変わらない。『自分達』が人々を守れるような存在になると言う誓い…そんな意味を込めて護人刀と名付けた。

 

「ありがとうリッカ。早速任務で使ってみようかな?」

 

「あ、ユウ!」

 

「何?」

 

 リッカがしたの名前でユウキを呼ぶ。無意識に出てきた呼び方にリッカ自身も戸惑ったが、呼ばれた本人はさほど気にしていないように振り返ったので、怒らせた訳でもないととりあえずホッとした。

 だが、リッカの中で神裂ユウキと言う男の印象は大きく変わった。今までは大人しくやや頼りない印象と、公開されているプロフィール上年下と言うこともあり弟の様に見ていた。だが、強い意志、決意が宿った目を見た後からは、一人の男として見ているようだ。

 そんな自身の変化にドギマギしながら、ユウキの役に立つであろうある提案をする。

 

「あ…あのさ、支部長と戦うなら、役に立ちそうな物があるんだ…あとは最終調整だけだから、ちょっと付き合ってくれない?」

 

「そっか…それは…」

 

 リッカからの提案を聞くと、ユウキは不適な笑みを浮かべた。

 

「いいことを聞いた…」

 

To be continued




後書き
 ようやっとユウキがデモデモダッテなヘタレから脱しました。書いているうちになんだか進路に悩む中高生にしか見えなくなったのは私だけでしょうか?
 勢いで書いたらなんかリッカがチョロインになった気が…ただ地味で大人しくて頼りない印象の子が大きな決断をして男になっていく様子は個人的には好きです。ギャップ萌えってやつです。(ちょっと違う?)
 自分のネーミングセンスのなさに泣いたorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission48 集結

今回で第一部隊が勢揃いします。ユウ君あまり出ません(ボソッ


 -ラボラトリ-

 

 ユウキがヨハネスと敵対する決心を固めてから数時間後、ペイラーとソーマはシオの経過観察をしていた。この1週間、全身に青く光る模様が浮かび上がったり、起きたら起きたで妙にボーッとしたり、ユウキとソーマが持ってきた素材を食べては眠ると言うのを繰り返していた。

 そんなシオの様子を見ていると、シオが突然座ったままムクリと起き上がった。

 

「ん…」

 

 未だ眠いのか、シオの目は半開きでボーッっとしている。

 

「おや。目が覚めたようだね。」

 

「んん?」

 

 ペイラーの声に反応して唸ってはいるが、まるで何処から聞こえてくるのかが分かっていない様に辺りをキョロキョロと見回している。

 

「今の君は…シオかい?それとも、この星を喰らう…『神』なのかな?」

 

「星は…美味しいのかな?」

 

 ペイラーがシオの前まで移動すると、シオの顔を覗きこむ様に前屈みになる。そんなペイラーが視界に入ったのか、シオは顔を上げてペイラーを見る。その表情はいつも程ではないが元気を取り戻していた。

 

「さあな…こんな腐りきった星なんか、喰う奴の気が知れないぜ…」

 

「そっか。でもなんか…たまに急に、食べたいって…!」

 

 突如シオの全身に青色に輝く模様が浮かび上がり呻き声を上げる。

 

「わあぁぁあ!!ご飯ならそこにあるからね!!」

 

 シオの変化を見て、ソーマとペイラーは慌ててアラガミ素材が入った胴体程の巨大なカップをシオに渡す。

 

「おぉ?博士、いい奴だな!」

 

 そう言うと、シオはカップの中に手を伸ばして、素材を食べ始めた。いつの間にか青い模様は消えていた。

 無邪気にムシャムシャと食事をするシオを男2人が見ていたが、しばらくするとソーマが苛立ちを見せる表情でペイラーの方を向いて話しかける。

 

「おい。いつまでこの状態が続くんだ?」

 

「うん…せっかく人らしさが出てきたと思ったのに、あれ以来一気に不安定になってしまったね。彼女の中で、2つの心が対立しているのかもし れない。1つは人間としての心、もう1つは…」

 

「特異点…だろ?」

 

 それを聞くとペイラーは若干バツの悪そうな顔をしながらソーマから目を反らす。

 

「やはり気付いていたんだね。」

 

「むしろ気付くなという方が無理がある…」

 

 シオの特異性を目の当たりにすれば、 彼女が特異点であることはすぐに見当がつく。さらにはシオが第一部隊のメンバーと出会ってからは少なくとも人としての生活を学び、実行してきた。それをいつの間にかシオ自身も気に入って無意識に人として生きていくうちに、人としての心を手に入れたようだ。

 しかし、シオがアラガミであると言う事実は変えられない。全てを喰らい尽くすアラガミとしての本能も持ち合わせている。そのアラガミとしての本能と人としての理性がせめぎ合い、シオが不安定になっていると言うのがペイラーの見解だった。

 

「特務をこなしていた君ならなおさらか。シオのコア…特異点は終末捕食発動の要となるものだ。私はこれをヨハンに渡すつもりはない。私は私でシオに隠された別の可能性を試してみたいと思っているんだ。」

 

「おい博士。俺はアンタの側に着いたなんて思っちゃいない。アンタやクソ親父がそれぞれ何を考えているかなんざ知ったこっちゃねえが、俺やシオをオモチャにするようならどっちも同じだ!」

 

 それを聞くとペイラーは小さく笑った。ペイラーの言う可能性が何なのかは分からない。しかし、シオを苦しめるのならば容赦しないというソーマの怒りを感じて、ペイラーは嬉しく思った。

 他者を拒み、拒まれ、いつも不機嫌そうにして、感情を表に出さないソーマが、誰かのために微かに笑ったり怒ったりしているのだ。ユウキ達第一部隊のメンバーと交流し、シオと出会って世話をしていくうちに、ソーマもまた本来の姿を取り戻していく様子を見てペイラーは内心喜んでいた。

 

「そうか…だが、『私は』シオに何もする気はないよ。これまでも、これからもね。ただ、君たちとこうして一緒に居てくれるだけでいい。それがいつか…」

 

 そこまで言うと、突然支部全体が揺れだして明かりが落ちた。

 

「なんだ?」

 

「分からない。でも大丈夫。すぐに中央管理の補助電源が入るはず…ああ!!!!」

 

 突如ペイラーが限界まで目を見開いて大声を上げる。

 

『やはりそこか…博士!!』

 

 スピーカー越しにヨハネスの声が部屋に響く。それと同時に赤い非常灯が点灯し、部屋を真っ赤に染める。

 

「あぁぁぁぁああ…しまったあぁぁあ!!!!」

 

 ペイラーが頭を抱えて大きく仰け反る。そのオーバー過ぎるリアクションを見たソーマが引きながらも驚いている。

 それと同時に室内の非常灯が消えて普通の明かりに戻った。

 

「なっ!!ど、どうしたんだ?!」

 

「やられたよ…言ったろ?この非常時の補助電源は中央管理だって…この部屋の情報セキュリティもごっそり持っていかれてしまう。」

 

 極東支部には通常使用している発電機から電力が供給できなくなったとき、あるいは襲撃等で電源が暴走しないように発電機を止める場合がある。こう言う非常時に使用する補助電源があるのだが、その補助電源は場所や資源を食うこともあり、普段使用している発電機よりも大きさも容量も小さいものになっている。

 補助電源は支部の機能を最低限維持するための容量しかないが、ペイラーのラボラトリでは、重要な実験を行っている事も多いので、一応は部屋の機能を損なうことないように電力を供給している。

 しかし、普段通りに通信インフラを始めとしたその他諸々を隔離するためにわざわざ専用の補助電源を設置できるスペースもなければ資源もない。そのため、補助電源は支部全体とラボラトリで共有し、極東支部側で管理している。

 さらには電力の節約のため、通信インフラや情報セキュリティも共用のものに一時的に変更している。

 

「じゃあ親父の野郎に!」

 

「ああ…完全にバレたね。」

 

 そこまで察したソーマが焦りを見せる。それを肯定するように、ペイラーもヨハネスにバレたとはっきり明言する。

 しかし、こんな状況でもシオは相変わらず食事に夢中なようだ。

 

「さて、時間がない…ソーマ!例の通路からシオと脱出して…」

 

  『ガアァン!!』

 

 ヨハネスがラボラトリに強制捜索に来るのも時間の問題だ。ペイラー急いでシオとソーマを秘密の裏口から逃がすよう指示したが、それを言いきる前にラボラトリの扉が無理矢理こじ開けられた。

 

「動くな!!」

 

 黒い服とヘルメットを被り、いかにも特殊部隊の人間と言わんばかりの人間が部屋に押し入り 、ソーマを取り囲んでライフルを突き付ける。

 

(くっ!!親父の差し金か!!)

 

 辺りを銃で取り囲まれながらもソーマは状況を分析する。ペイラーは戦力外として扱われているのか、取り囲まれてはいないが、包囲網の外に追いやられてオロオロしている。

 シオもソーマと同様、銃を突きつけられて取り囲まれているが、相変わらず食事に夢中で周囲の異変に気がついていない。そんな中、特殊部隊の1人が注射器をもってシオに近づいてきている。

 おそらくシオの動きを止める、あるいは意識を奪う薬品だと察知する。その瞬間 、ソーマが動き出す。

 

「クソが!!」

 

 一気に姿勢を落として目の前の隊員の腹に底掌を入れる。目の前の隊員は衝撃で体勢を崩すと、すぐにそこから包囲網を突破しようと前に飛び出す。

 

  『バン!!』

 

 銃声が聞こえてくると咄嗟に倒した隊員の肩を掴み、そこを軸にして足が上になるように回転する。

 

  『ギン!!』

 

 さっきまでソーマがいたところに弾丸が着弾する。どうやら向こうも本気でシオを捕獲しに来ているようだ。ならばもうこっちも容赦しない。

 ソーマが構えてシオの元に飛び出そうとする。

 

「待て!!」

 

 その瞬間、ソーマを制止する声がかかる。チラリと声のする方を見る。

 

「コイツを殺されたくなければ動くな!!」

 

「あわわわ…た、助けてくれソーマ…」

 

 ソーマの視界には隊員の腕で首をロックされ、頭に拳銃を突きつけられているペイラーが映る。

 

「チッ!!余計な手間を!!」

 

 ソーマが悪態を着くと、無意識に動きを止める。

 

  『ガッ!!』

 

「ッ?!」

 

 ソーマの後頭部に鈍い衝撃が走る。どうやら銃床で殴られたようだ。意識を失う直前、ペイラーもまた殴られたのが見えた。こうしてシオを守る砦が2人とも意識を手放した。

 

「目標、確保しました。」

 

 特殊部隊の隊長らしき男が薬でシオの意識を奪うと、通信機でどこかにいる ヨハネスにシオを捕獲したと報告する。

 

『ご苦労…』

 

「反逆者はどうましょう?始末しますか?」

 

 隊長がチラリと倒れているソーマとペイラーを見る。

 

『…必要ない。放っておけ…いや、博士も一緒に連れてきたまえ。』

 

「了解。」

 

 短い返事をした後、特殊部隊はシオとペイラーを抱えてラボラトリから出ていった。

 

 -E26、藤木家-

 

 極東支部で 非常電源が入った頃、外部居住区でも変化があった。突然部屋の電源が消えてしまったのだ。

 

「あれ?停電?」

 

「お、お兄ちゃん…」

 

 突然家の電気が消えてコウタが不振に思うと 、それがノゾミにも伝わったのか、ノゾミが不安そうな声を出す。

 

「あ、戻った…何だったんだ?」

 

 時間にして数秒後、再び電気が着いた。極短い停電だったので、何だったのかと不振に思っていると、テレビの番組が突然切り替わり、ニュースキャスターが写し出された。

 

『番組の途中ですが、アラガミ襲撃の速報です。つい先程、極東支部が識別不明のアラガミに襲撃を受けたとの情報が入りました。』

 

「なっ!!」

 

 極東支部が襲撃されたという情報が入ってきて、コウタは驚きを隠せないまま思わず立ち上がった。

 

『被害状況、死傷者等、被害の規模について一切不明で、フェンリルからの発表が待たれています。』

 

 その後もニュースキャスターが何かを言っているが、コウタの耳には届いていなかった。それと同時に自室で充電してあった通信端末で極東支部に電話する。アリサとサクヤは恐らく既に充電が切れていると考えて、ユウキとソーマに電話をいれるが、2人とも電話にでることはなかった。

 

「出てくれ…誰でも…誰でもいいから…!」

 

 知り合いに片っ端から電話をいれていくと、ペイラーに電話したときに、一瞬のノイズが入る。

 

『も、もしもし…?』

 

「あ、博士!!良かった…!繋がった!今速報見たんだ!アナグラは?皆は無事なの?!」

 

 ノイズ混じりにペイラーの声が 聞こえて来た。連絡が着いたことに安堵したが、全員の安否が気になり、余裕の無い声色でペイラーに全員の安否を確認する。

 

『シオが…シオが拐わ…ま…た…』

 

「え…?」

 

 ノイズで聞こえない部分があったが、シオが拐われた事は聞き取る事ができた。しかし、この事を聞いた途端、コウタは全身に寒気が走った。以前の様に『居なくなった』のではなく、『拐われた』のだ。つまりは極東支部側の人間にバレて、誰かの手引きがあったと言うことだ。

 

『余裕がない…は…え、正直こ……で手荒…手…を………くる…は思って…………………。』

 

「何だよそれ?ユウは?!ソーマは?!他の皆は?!!」

 

 ノイズでほとんど聞こえなかったが、第一部隊のメンバーがどうなったのかは言ってないように思える。ユウキとソーマの安否を確かめようと、コウタがほぼ怒鳴り声の様にペイラーを問い詰める。

 

『…の知…限……は皆…事で…。』

 

「博士!!クソッ!!よく聞こえねえ!!」

 

 少しずつノイズが酷くなってきた。結局無事なのかが分からず、コウタは苛立ちを隠すことなく悪態を着く。

 

『と………一…合…し…………。急…でアナ……に戻って…てくだ……。』

 

「ちょ!!博士?!博士!!…お、俺は…俺は…!!」

 

 通信区画がダメージを受けたのか、終始ノイズのせいで聞き取りにくく、通話も勝手に切れてしまった。

 仲間の事は気掛かりではある。しかし、自分がいない間に方舟を出すと言われて、家族が方舟に乗れないなんて事があっても困る。

 どうするべきか悩んでいると、不意に後ろから声がかかる。

 

「行ってやりな。」

 

「え?」

 

 いつの間にかカエデがコウタの部屋の前に立っていた。突然の事にコウタが固まっていると、カエデはコウタの心の内に渦巻いているものを言い当てる。

 

「友達の事が気になって仕方ないんだろ?」

 

「で、でも…俺は…」

 

 『家族を守らないと…』と言いかけたが、カエデがエプロンのポケットから見覚えのある2枚のカードを取り出した。

 

「これ私たちにも届いてたんだ。」

 

 真実を聞いたコウタに衝撃が走る。ヨハネスから直接手渡される以外に手に入れる方法が無いと思っていたからなおさらだ。

 この状況は言い換えればカエデとノゾミは自らの意思で何時でも助かる事が出来るのだ。さすがにコウタも、カードを見せられてその事に気が付くまでに時間が掛からなかった。

 しかし、何故助かるのにその事を話さなかったのかが理解できない。助かる事を話さなかった理由を考えていると、カエデが話を続ける。

 

「あんたの気持ち…すっごく嬉しかったわ…でもね…」

 

 カエデが含みを持たせて一旦話を区切る。

 

「どんな楽園に行ってもあんたが笑っててくれないとね…嬉しくないんだよ。あんたの笑顔が見られるなら、楽園とは程遠い…この世界にあるこの家であんたを待ち続けるよ。」

 

 どんな楽園に行くよりも、息子が笑顔で生きていける方が良いと言うのだ。それを聞いたコウタは驚いた。

 そしていつの間にかカエデの後ろから顔を覗かせているノゾミもコウタに話しかける。

 

「ノゾミもね…お兄ちゃんが悲しい顔するのは見たくない。お兄ちゃんや皆と笑いながら一緒に居られる方が良いな!」

 

 『家族を守る』それは脅威であるアラガミから遠ざけ、自分達だけが安全な所に行く事が家族の幸せではない。カエデとノゾミにとっての幸せはコウタが元気な笑顔を見せに来てくれる事だと、ようやくコウタ自身も気が付いた。

 

「親子して…同じこと言うなよ…」

 

 自分がここまで家族に想われている気が付いたコウタが、ノゾミの頭を撫でる。コウタの目には嬉しさのあまりうっすらと涙を浮かべていた。

 方舟に乗ることが家族の幸せではない。コウタが笑顔を見せてくれることこそが家族の幸せだと気が付いたのなら、選ぶ道は1つだ

 

「うん。俺…皆のところに行ってくる!」

 

「早く帰ってきてね!お兄ちゃん!」

 

 ノゾミのちょっとしたおねだりを聞くと、コウタは元気よく返事を返す。

 

「おう!すぐ帰ってくるらな!!」

 

 以前のような明るい笑顔を見せて、右手の拳を軽く上げてガッツポーズをする。最後にもう一度カエデとノゾミの顔を見てコウタは極東支部に向かって走り出した。

 

 -極東支部-

 

「クソッ!!博士の姿が見当たらねえ!何処に行ったんだ?!」

 

 ソーマが目を覚ました時、既にシオとペイラーは連れ去られた後だった。可能性は低いがまだ2人が支部内に居る可能性も捨てきれない。1度支部内を周って探し、最後にラボラトリの前まで戻ってみたが、シオとペイラーを見つける事は出来なかった。

 そうなると、後はエイジス島に居る可能性が高いが、エイジスへ物資を送る定期便は、アーク計画発動を前にして、全てストップしていると広報連絡があった。

 他にエイジス島に行く方法は無いかとペイラーに聞きたかったのだが、結局見つけられない事に焦りを感じて悪態を着く。

 

「シオが拐われたのね。」

 

 突然後ろから聞きなれているが、この1週間程全く聴いていなかった女性の声が聞こえたきた。

 

「お前ら!勝手に縁を切ったんじゃなかったのかよ?」

 

 後ろを振り返ると極東支部から姿を眩ませたはずのサクヤとアリサがいた。緊張と焦燥がソーマの心を支配する状況で、顔馴染みの顔を見たことで少し落ち着いたようだ。

 それを示すように、口は悪いがソーマの表情は少し穏やかになっていた。

 

「どうせ貴方だけじゃ心細いと思って、戻ってきたんですよ。」

 

「ふっ…口の減らねえ女だ…」

 

 再会の挨拶代わりにお互いに軽口を言い合う。それを見届けると、サクヤが本題には居る 。

 

「実はエイジスへの再侵入の方法を探っていたんだけど、アーク計画の発動を前に、外周は完全に封鎖されていて…正直打つ手なしって状態なの。」

 

「で、何か情報は無いかと戻ってきたってところか?」

 

 サクヤが無言で頷いて肯定する。しかし、ソーマは渋い顔をしながら両腕を組む。

 

「残念だがこっちも手詰まりだ。博士が何か知らないか聞きたかったんたが、何処にも居ない。恐らくシオと一緒に連れて行かれた可能性が高い。」

 

「くっ!どうすれば…!」

 

 八方塞がりの状況に、その場に居る全員が苦虫を潰したような表情になる。

 

「多分、エイジスへの入り口は、アナグラの地下にあるよ。」

 

 3人の後ろから、ここに来ないはずの人間の声が聞こえてくる。

 

「「「コウタ!!」」」

 

 サクヤ、ソーマ、アリサの後ろ…つまりエレベーターの前にはアーク計画乗ると明言したはずのコウタがいた。

 

「貴方、アーク計画に乗ったんじゃなかったんですか?!」

 

「…俺も色々思うところがあったんだ。方舟に乗ることが、家族の幸せじゃないって気付いたから。」

 

 アーク計画に乗ると言った手前、若干の気まずさがあったのか、頭を掻きながら少し小さめの声でアーク計画から離反する理由を話した 。

 

「そうですか…戻ってきてくれて…ありがとう。」

 

「そう言えば…ユウは?」

 

 その場に居るメンバーを1通り見回したが、ユウキの姿が見えないため聞いてみたが、あまり良い答えは返ってこなかった。

 

「分からん。博士を探しながら色々回ったが、何処にも居なかった。」

 

「今回の件ばっかりは、強制出来ないもの…仕方ないと言えば仕方ないわ。」

 

 自分の生き死にが関わる決断である以上 、こちらの都合を強要することは出来ない。元よりここに居る人間はそんなことをするつもりもなかったが。

 

「…じゃあ、ユウが居なくても良いんだね?」

 

「ああ…」

 

「ユウが居れば心強いんですけど…仕方ありません。このまま行きましょう!」

 

 ユウキが居なくても行く。その意思を聞き届けたコウタが、エイジス島への道があると思われる場所に案内する決意をする。

 

「分かった。着いて来て!!」

 

 そう言ってコウタは全員をエレベーターに乗るように指示すると、極東支部の地下深くまで降りていった。

 

 -極東支部 地下-

 

 地下の生産プラント区画に着いた一行は、そのまま生産プラントを抜けてさらに奥の物資搬送用の大型エレベーターに乗り込んだ。そこからさらに地下に進むと、エレベーターを降りてのすぐのところに、巨大なゲートが現れた。

 恐らくこれがエイジス島への入り口になるのだろう。

 

「ダメだ…解除キーが無いと…最後のロックが解除出来ない…」

 

 しかし、ゲートにはロックが掛かっていた。全員が知恵を出し合い、ロックを解除していったが、最後のロックを解除するには物理的な解除キーが必要になるようだ。

 どうしたものかと考えていると、後ろからヒールが地面を叩く音が聞こえてきた。

 

「…結局、『全員』集合したようだな。」

 

「ツバキさん…!」

 

 ヒールの音が止まると、そこにはツバキがいた。自分達を捕らえに来たのかと、全員が警戒する。

 

((全員?))

 

 しかし、そんな状況でもソーマとアリサは全員と言うワードが気になった。ツバキの言葉は恐らく第一部隊全員と言うことだろうが、ここにはリーダーであるユウキが足りない。

 そんな2人の疑問に気がつくこともなく、ツバキは第一部隊の警戒を解こうと、穏やかな口調で話始める。

 

「安心しろ。お前達を捕らえる気などない。知っての通り、方舟騒動でアナグラはめちゃくちゃだ。方舟に乗る者はとっくに行ってしまったよ。後はアーク計画反対派と外部から方舟に乗る者が支部に流れ着いたりしている程度だ。」

 

「じゃあ、ツバキさんは…?」

 

「フッ…弟の不始末は、姉である私が着けねばな。それにしてもコウタ…よくここがエイジスの入り口だと気が付いたな。」

 

 ツバキなりに考えがあっての行動だろう。やや憂いを帯びた表情で残る理由を語った。

 それよりもここがエイジス島への入り口になると気付いた者がコウタだった事に驚きを隠せないようだった。

 

「…確証があった訳じゃないんです。前に博士が、アナグラの生産プラントのリソースがエイジス建設に使われているって講義で言ってたんです。それでその物資の搬送路も、地下にあるはずだって思って…」

 

「フフッ…講義は寝てばかりいると聞いていたが、案外そうでもなかったようだな。」

 

 コウタが講義の内容を覚えていたことを誉めてはいたが、寝てばかりいる事は事実なので、苦笑いしながら照れると言うなんとも器用なことをしていた。

 

「あの…ツバキさん。さっき全員集合したって言いましたよね?あれは一体どういう事ですか?」

 

 アリサが最初に聞いたときから感じていた疑問をツバキに投げ掛ける。するとツバキはフッと笑いながら答える。

 

「ああ、あれか。もうじきあと1人…いや2人来るはずだ。」

 

 思い当たる人物は居るが『2人』と言うのが気になる。一体誰なんだと思っていると大型エレベーターが止まる音が聞こえてきて、ワンテンポ遅れてエレベーターの扉が開いた 。

 

「…やっと見つけた。」

 

 そこには銀髪でタンクトップを着た技術者の少女と、黒いスーツタイプの制服を纏った、茶髪の少女にしか見えない少年が立っていた。

 

「「「「ユウ(キ)?!リッカ(さん)?!」」」」

 

 そう、楠リッカと神裂ユウキだった。ただ2人の距離はやや近いことがアリサは気になっていた。

 

「ユ、ユウ!お前、方舟に乗ったんじゃ?」

 

 コウタが今まで見かけなかったことで、ユウキはとっくに方舟に乗ったものだと思ていたため、とても動揺しながらユウキに話しかける。

 

「そ、それより何でリッカさんと一緒に降りてきたんですか?!」

 

 ユウキが戻ってきた事は素直に嬉しいが、なぜリッカが一緒で、しかも距離が近いのかも気になる。

 周囲とは若干ずれた疑問を持ったアリサがその疑問を投げ掛ける。

 

「アーク計画に乗ったら後悔する…そう思ったから乗らなかった。それだけだよ。」

 

「私が一緒に来たのは、神機の新しい制御装置が完成してね。ついさっきまでユウと一緒に最終テストをしていたから。きっとこの戦いで皆の役に立つはずだよ。」

 

 全ての神機に使える新装備のテストをしていたようだ。開発者と思われるリッカが試運転に立ち会うのは当然で、実際に運用したユウキがい今まで一緒に 居る事は何ら不自然ではない。

 

「な、なるほど…そうですか…」

 

 ユウキがリッカと降りてきた理由は何となく分かった。しかし、リッカがユウキの事を下の名前で呼んだ事がどうにも気になる。

 

(な、なんで…?!リッカさんがユウって呼んでるんですか?!今まで上の名前で呼んでいたのに?!まさか何かしら進展があったんじゃ?!!?)

 

 冷や汗を流しながら顎に手を当てて考え込んでいるような仕草をしているが、任務と関係ないことを考えている事は一部のニブチン以外には明らかに分かっていた。

 

「やれやれ…解除キーなら私が持っている。準備が終わり次第、この扉を開けてやる。」

 

 やや緊張感のない様子を見て若干呆れたツバキだったが、準備をしてこいと言われた事が聞こえると、トリップしていたアリサも含めて全員が表情を引き締める。

 

「頼んだぞ…お前達…」

 

 全員がツバキの声に頷くと、ユウキが一番最初にエレベーターに向かって歩き出す 。

 

「じゃあ、一旦戻ろう。この先に進むのは…」

 

 ユウキがエレベーターの前まで歩くと、1度立ち止まる。

 

「準備が終わってからだ…」

 

 振り返った際に見えたユウキの顔は、目を細めて妖しく笑う妖艶な笑顔だった。

 

To be continued




後書き
 第一部隊集合です!リッカの言う新装備とは何なのか…次回でその辺りも書いていきますよ。分かる人には分かるかも知れませんが。
 緊迫した状況のはずなのに女子2人が何か色ボケしているような気がが…ま、まあアリサからしたらしばらく会えなかった想い人と再会したら別の女と仲良くなってたから焦ったってことでご容赦ください…今後は気を付けねば…
 何となくユウキを描いてみようと思って描いてみたら崩れたエイリアンが出来ました…自分の画力の無さに泣いたorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission49 決戦前夜

決戦と言ったな…あれはウソだ…!


「う…ん…?」

 

 極東支部が襲撃を受けてしばらくして、ペイラーは小さな呻き声を上げて目を覚ます。どうやら何処かの硬い鉄板の床で寝かされていたようで、体の節々が痛む。

 起き上がる途中で聞き慣れた声が頭上から聞こえてきた。

 

「やあ…気が付いたかい?ペイラー。」

 

「ヨハン!あの襲撃はやはり君だったか。それにここは…エイジスか…」

 

 声の主はヨハネスだった。作業用のゴンドラに乗ってペイラーを見下ろしていた。

 

「ああ…もうこちらにも猶予はなくてね。強引な手段を取らせてもらったよ。」

 

 ヨハネスの言葉を聞くと、ここに連れてこられる直前に起こった事を思い出した。襲われたのは自分だけではない。声を荒げてヨハネスを問い詰める。

 

「ソ、ソーマとシオは?!まさか手をかけたのか?!!?」

 

 ペイラーの問いにヨハネスは悪びれる様子もなく、鼻で笑いつつ答える。

 

「安心したまえ博士。ソーマは無事だ。だが…件のアラガミは…」

 

 そこまで言うとヨハネスは体の向きを横に変え、ペイラーからもヨハネスの後ろを見えるようにした。

 

「この通りだがね。」

 

「シオ!!…っ!!?!?」

 

 ペイラーの目に『黒い何か』に張り付けにされたシオが映る。だが、張り付けに使われた『黒い何か』を理解した途端、ただでさえ見開いていた目が、驚愕で限界以上に見開いた。

 

「こ、これは!!そうか…あの事故で、何故彼女の死について詳しい記録が残っていないのか…何故遺体が見つからなかったのか…ようやく分かったよ…」

 

 ペイラーは何かに気が付いたのかヨハネスを睨み、責める様な目で見る。

 

「ヨハン…君は初めからこうするつもりで1度折れたのかい?」

 

「まさか…そんなはずないだろう?だが、あの事故が切っ掛けである事は事実だがね。」

 

  『ピリリリリ!ピリリリリ!』

 

 突然ペイラーの端末に着信が入る。どうやら発信者はコウタのようだ。

 

「好きに話してくれて構わないさ。何ならここに呼んでも良い。」

 

 まるで相手が誰か分かっているかのような口振りだった。ヨハネスの動向を気にしながらもペイラーは電話に出る。

 

「も、もしもし…?」

 

『あ、博…!!良か………!………た!今速報見た…だ!……グラは?……無事……?!』

 

 ノイズ混じりにコウタの声が聞こえた。全員の安否が気がかりなのか余裕の無い声色だった。

 

「シオが…シオが拐われました…」

 

『え…?』

 

「余裕がないとは言え、正直ここまで手荒な手段を取ってくるとは思っていませんでした。」

 

『……よ……?……は?!ソーマは?!他……は?!!』

 

 他の仲間の安否確認が取れずに苛立った様な雰囲気を感じたが、こちらも余裕はない。早くしなければなシオの持つ特異点を奪われる。安否確認の件を早々に終わらせてエイジスに来る事を伝えなければならない。

 

「私の知る限りでは皆無事です。」

 

『……!!……ッ!!……聞………え!!』

 

 ノイズでほとんど聞こえない。 何時まで通話が続くか分からない。一刻も早く本題に入るべきだろう。

 

「とにかく1度合流しましょう。急いでアナグラに戻って来てください。」

 

 ペイラーの予測では要らぬ邪魔が入らないようにヨハネスの指示でエイジス島の外周は封鎖するはず。

 そうなるとアナグラ地下の搬送路を使う方法がある。その事を伝えたかったが、途中で通話が切れてしまった。

 

「さて、博士が育んできた希望達は…ここまでたどり着けるかな?」

 

 通話が終わるのを確認すると、ヨハネスがペイラーに話しかける。

 

「ああ、来るさ…彼らならきっと…ここまでたどり着ける。」

 

「ふっ…全幅の信頼を置いているようだな。だが、不思議と彼らならたどり着きそうな気がする。」

 

 ここまで来て邪魔をされる訳にはいかない。だが不思議とユウキ達第一部隊はどうにかしてここまで来るような気がする。

 

「ならば、私も迎え撃つ準備をしなければいけないな…」

 

 ここまで来て失敗は許されない。アーク計画を成功させるため、第一部隊を排除しなければならない。それが実の息子を殺す事になっても、多くの犠牲を強いた計画を今更止める訳にはいかない。

 

「それまで退屈だろう?ペイラー…準備の片手間で良ければ話し相手くらいにはなろう…」

 

 ヨハネスが作業用のゴンドラからペイラーを見下ろす。

 

「親友との…最後の語らいになるだろうからね。」

 

 そう言ってヨハネスは作業に取りかかる。今ならヨハネスの注意はシオにもペイラーにも向いていない。だが、エイジスの警備システムに使われているレーザーがペイラーの少し前に向いている。シオを奪還しようと前に出てもレーザーに撃ち抜かれる。どちらにしても50近い老体ではろくに近づく事も難しいだろう。

 どうやらペイラーもヨハネスの提案に従うしかないようだ。

 

 -神機保管庫-

 

 極東支部の地下から戻ると、リッカが新装備の説明のために第一部隊を集めた。しかし、時間が惜しいのも事実だ。取り付け作業をしながら装備の説明を始める。

 

「それじゃあ作業しながらで悪いけど、新しい装備の『制御ユニット』の説明するね。」

 

 そう言ってリッカはソーマの神機に制御ユニットを取り付ける作業に入る。

 

「制御ユニットって言うのはバースト時の回路制御装置で、神機と神機使いの双方に影響を与える装置なんだ。例えばプレデタースタイルのレイヴンはバーストするとしばらく浮いていられるでしょ?あれは、バーストしたときに活性化して神機の能力を強化する段階で、強制的に浮遊する方向に強化を制御してるの。それを応用して意図的に、ある程度自由に制御するのがこの制御ユニットってわけ。」

 

「なるほど。要するにバースト時の能力強化を自分のスタイルに合ったものに変えられるって事か。」

 

 そこまで聞くと、ソーマは大方理解したようで、自分なりに考えをまとめてリッカに確認する。

 

「そう言うこと。で、バーストすると腕輪を介して神機使いの身体能力も強化されるでしょ?その辺りも腕輪を介して体内のオラクル細胞を制御して神機使いの身体能力もイジルれるってわけ。」

 

 『ここはまだ理論上の話だけどね。』とリッカは最後に付け足す。制御ユニットも、現状は最低限の運用が可能な所まで漕ぎ着けた段階だ。まだまだ改善の余地はあると言う事だ。

 ざっくりと制御ユニットの説明を聞き終わると、コウタが『そうか!』と言いながら得意気な顔で両腕を組む。

 

「ナルホドワカラン!」

 

「まあ…でしょうね…」

 

 ドヤ顔で分からない宣言をしたコウタを『ああ、やっぱりな。』と思いながら、アリサはジト目でコウタを見る。

 

「難しく考える必要はないわ。ソーマも言ったように、自分の戦い方にあったバーストスタイルに出来るって思えば良いわ。」

 

 理解が追い付いていないコウタにサクヤがフォローを入れる。コウタはそれを聞いて理解はしたようだが、新しい疑問が浮かび、再び頭を捻り出した。

 

「ウーン…でも旧型銃身神機の俺達には使い道が無いんじゃない?」

 

「そこはリンクバーストがあるから関係ない何てことないよ?」

 

 確かに旧型銃身神機使いは自らバーストすることは出来ない。しかし、リンクバーストでバーストする事は出来るとユウキが指摘する。とは言えバーストする機会が少ないのも事実で、コウタ自身もその事を忘れてしまっていたようだ。

 

「あ、そうか!スッカリ忘れてた…」

 

「さ、後の作業はこっちでやっておくから、作戦会議でもしてきなよ?大体30分位で終わるから、その頃にはエントランスに居てね。」

 

「うん。後は頼むよ。」

 

 残りの作業をリッカに任せて、第一部隊は作戦会議のためエントランスに向かった。

 

 -エントランス-

 

 第一部隊とツバキが集まり、任務の確認をしている。世界中の人々の命を奪う事になるアーク計画を止める重要な任務だ。全員が真剣な表情をしている。

 

「さて、全員居るようだな。今回のアーク計画…本部長に確認を取ったところ支部長の独断専行だと判明した。が、本部の人間にもこの計画に関わっていた者がいたようだ。」

 

「?…その言い方だと本部長は関わっていなかったみたいですけど…?」

 

 ユウキの読みでは、アーク計画の発案と実行はヨハネスの判断で、本部の人間全員がそれに便乗したのだと思っていた。しかし、ツバキの言い方から察するに、ユウキの読みは外れていたようだ。

 

「その事については本部長の事を話しておかねばならん。私も詳しくは知らないのだが、本部長は何かの病気を患っていてな…その病が数年のサイクルで悪化し、治療のため半年から1年程フェンリルの運営に関われない事がある。」

 

「なるほど。丁度今がその時だったと…」

 

 これで半ば合点がいった。普段権力を行使出来ない人間が世界で最高の権力を手に入れて暴走したと言ったところか。ユウキはかつてリンドウに言われた『経験にそぐわない力は危険だ。』と言う言葉を思い出した。

 この本部長代理の件は、状況や力の意味合いはリンドウの話とは違うが、身に余る力は人の心さえ変え、自らを破滅させる典型的な例と言えるだろう。

 

「そうだ。その間は本部長代理がフェンリルの運営をしているのだが、この本部長代理がアーク計画に加担していたようだ。」

 

 ユウキの言葉を聞くと、大方理解したと感じてツバキは話を続けた。

 

「リンドウ捜索の早期打ち切り、任務履歴の改竄黙認、そして外部居住区や他支部への食糧を始めとした物資供給の低減…自身の身の安全や豪華絢爛な生活のため、影でかなり好き放題やっていたようだ。事実、この2人の方針の違いのせいでフェンリルの評価は両極端になっているからな。」

 

「信じられません…周りも周りで、何で止めないですか…!」

 

 アリサが蟠りを隠すことない声色で不満を漏らす。この場に居る者が誰もが抱くであろう疑問だった。それを聞いたツバキがその疑問に答える。ツバキの話によると、本部長はまともらしい。

 

「上手く隠れて悪事を働いていたのだろう。それに、仮に誰かに知られたとしても、事実上フェンリルのナンバー2な上に相当な切れ者だ。状況次第ではフェンリルを乗っ取る事も可能な人物相手に、喧嘩を売る事などそうそう出来んだろう。だが、アーク計画を阻止すれば査問委員会に掛けられるのは間違いない。本部長代理もそれでお役御免と言うわけだ。」

 

 本部長代理の悪事は既に知られている。アーク計画を止めれば立場を利用して好き放題してきた事を隠しきる事は不可能になり、周囲から糾弾されるのは火を見るより明らかだ。

 

「話が逸れたな。本部からの辞令で、この支部の統括権は私に委託された。次の支部長が決まるまで、私が支部長代行となる。異論は無いな!」

 

 全員が頷く。ツバキがそれを見届けると任務内容を告げる。

 

「よし。では支部長代行として命令する!ヨハネス・フォン・シックザールをこのアナグラに連れ戻せ!!だが、アーク計画の完遂を前に我々を妨害してくる事も考えられる。強行手段を取っても構わん!アーク計画を阻止してくれ!!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 元よりアーク計画を止めるつもりでここに残ったのだ。今更迷うような事はない。全員が勢いのある返事をする。

 

「では各自準備を怠ることのないように!」

 

 その言葉を最後に、第一部隊は各々準備を始めた。それを見届けるとツバキは地下に向かい、エイジス島へのゲートを開けに行った。

 

 -5分後、自室-

 

 アーク計画を止めるため、ヨハネスとの決戦に向けて準備をするはずだったが、自室で消耗品の回復錠とホールドトラップを補充するとやることが無くなった。

 取り合えず自室からエレベーターに乗ってエントランスに向かう。エレベーターの扉が開くと、眠っているエリナを背負ったエドワードが立っていた。

 

「エドワードさん?」

 

「やあ…神裂君…か…」

 

 このとき、ユウキは極東支部の地下で『アナグラに残っているのはアーク計画反対派と外部から方舟に乗る者だけだ。』とツバキが言っていた事を思い出す。エドワードかここに来るとしたら、アーク計画に乗るためだろう。

 

「もしかして、アーク計画に?」

 

 特に何かを意図したわけでもなく、自然に出てきた言葉だった。しかし、それを聞くとエドワードはどこか悲しそうな表情になった。

 

「…エリックを失い、ずいぶん前に妻もアラガミに殺された。私にはもうエリナしかいないんだ。エリナだけは…失いたくはないんだ…」

 

 これまで気丈に振る舞っていたエドワードだが、エリックや妻の死を未だに引きずっているようだ。

 アーク計画の目的を知り、自身とエリナへの救いを見出だしたようだ。

 

「…残念ですが、貴方の望んだ世界にはなりません。アーク計画は間違っている。だから俺たちが潰す…恨まないで下さいよ?」

 

 ユウキが少し困った様な顔で笑う。すると、エドワードは小さくため息をつきながら、これまた困った様な顔で笑いながら話を続けた。

 

「恨みはしないさ…それが君の答えなのだろう?ただ、酷く自分勝手とは思わないのかい?これで救われる人がいるのも事実だろう?」

 

「人は本来自分勝手だと思いますよ。大勢を犠牲にしてでも生き延びる道を選ぶ者もいればそれを間違いとして救済の道を閉ざそうとする者もいる。どっちを選ぼうが正義でもなければ悪でもない。なら、後は個人で作り上げてきた価値観に従うだけです。」

 

 自身の答えを導く過程で、多くの意見を聞いたユウキのたどり着いた考え方だった。大衆を殺してでも生き延びる者も、そんな人々を犠牲に出来ないと残る者も、結局の所自身の勝手な価値観に従ったにすぎない。言い換えれば『自分の思う正義』に従ったとも言える。

 それは自分勝手な事だとは自覚している。しかし、それでも犠牲にさせられる人々を見て見ぬふりは出来なかった。だからアーク計画と敵対する道を選んだのだ。それが傲慢だと、偽善だと、自分勝手な奴だと罵られる覚悟は出来ている。自分のエゴを押し通す決意は固まっている。

 

「そうか…だが残念ながら、君の考えではその後が不明瞭だ。そこに全てを失う可能性があるなら、少しでもその可能性が低い方を取るのが普通だと私は思う。」

 

「計画を潰してはい終わり…なんて事にはしないつもりですけど…明確なビジョンが無いと言うのは確かに痛いですね。でも、計画を潰せばそれを考える時間もできるので、その時に考えます。」

 

 ビジョンが無い…とは言ったが、アーク計画を潰した後に目指したいモノはある。問題はその方法が思い付かないと言う事だ。楽観的ではあるが、そこは計画を潰した後にゆっくり考えようと言うのがユウキの考えだった。

 

「そうか…そろそろ行かねば。それじゃあ…さようなら。」

 

「またお会いしましょう。」

 

 互いに違う意味合いの別れを告げて、ユウキはエントランスに降り、エドワードはエレベーターに乗り込んだ。

 

 -エントランス-

 

 エドワードと別れた後、下階に降りると作戦会議の時には見かけなかったヒバリが独りで端末を操作しているのが目についた。

 

「ヒバリさんは行かなかったんですね。」

 

 集中していたのか、ユウキが話しかけると驚きながらユウキの方を見た。

 

「はい。私もアーク計画が正しいとは思えなかったので…それに、私の仕事は神機使いの皆さんをサポートする事です。私が信じるゴッドイーターはいついかなる時でも、人類の守護者です!戦いに行くゴッドイーターが居るのなら、最後まで全力でサポートします。」

 

 彼女も彼女なりに考えた結果の結論なのだろう。何処となくリッカと似た様な理由で残るようだ。

 

「じゃあ、今回の作戦もサポートお願いしますね。」

 

「はい!任せて下さい!」

 

「…っ!」

 

 ヒバリが弾けるような笑顔を返すとユウキの顔が赤くなる。だが、すぐに我に返りヒバリの言った事を思い出す。ヒバリの返事を聞く限りでは、最後までサポートをしてくれるようだ。今回の戦いでもヒバリのオペレートに期待できそうだ。

 そんな話をしていると、上から『よう!』と言う聞きなれた声と共にコウタが降りてきた。

 

「何か…決戦前なのに大して準備することもないな。」

 

 コウタが退屈そうに両腕を頭の後ろで組んでいる。やや緊張感に欠ける雰囲気だなとユウキは思ったが、このくらいの方がガチガチに緊張するよりはいいだろうと思っていると、再び上から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「まったく…緊張感無さすぎですよ。」

 

 今度はアリサが降りてきた。緊張感の無いコウタの様子に呆れた様な表情で苦言を呈する。しかし、そんなアリサの物言いにカチンときたのか、コウタが噛みついてくる。

 

「そう言うアリサだって暇そうじゃんか!」

 

「私はずっと前から準備してただけですぅ!」

 

 アリサが『ベーッ!』と舌を出してコウタを小バカにする。それを見たコウタが煽られて再び噛みつくという2人のやり取りを見ていると、仲が良いのか悪いのか分からない兄妹(姉弟)喧嘩にも見える。ユウキが苦笑いしながら止めるべきか悩んでんでいると、今度はソーマとサクヤの声が聞こえてきた。

 

「決戦前だってのに余裕過ぎだろ…」

 

「フフッ…でもこのくらいの方がリラックス出来ていいんじゃない?」

 

 呆れている様子のソーマと微笑んでいるサクヤが2人が降りてきた。だがサクヤの言う通り、重要な任務を前に緊張しているよりはリラックス出来て良いとユウキも思っていた。

 

「ですね。それにしてもコウタ…よく戻ってきたね。」

 

「うん…スッゲー悩んだけど、あのまま方舟に乗ったら、ノゾミや母さんはきっと2度と笑ってくれないって…そう思ったんだ。」

 

「コウタ…」

 

 カエデやノゾミがコウタの笑顔を見られるのならそれで十分幸せだと言っていたように、コウタも彼女達の笑顔を見られるのならそれで十分幸せだ。

 決して皆を犠牲にしてでも安全な世界に行く事が幸せではないと気付かされたからこそ戻って来たと、コウタは真剣な表情で語っていた。

 

「それにさ、俺はノゾミの兄ちゃんなんだぜ?!やっぱり自慢出来る兄にならないとな!!」

 

 さっきまでは真剣な表情だったのに、突然にやけ面になる。結局最後はノゾミに良いところを見せたいと言う所に行き着くようだ。

 まあ、コウタらしいと言えばらしいだろう。

 

「結局そこなんだね…」

 

「シスコンもここまで拗らせるといっそ清々しいですね。」

 

「あれ?これって俺今ディスられてる?」

 

 コウタが家族を大事にしているのは分かるが、『ちょっと』度が過ぎでいる気がすると、ユウキとアリサが若干引いている。

 それを感じ取ったのか、コウタが微妙にジト目になってユウキとアリサを見た。

 

「決戦前に雑談か?何ともまあ…締まりのない連中だ。」

 

 最後にツバキが降りてきた。大事な任務を前に雑談をしていると言う緊張感の無い光景に、思わず苦言を呈する。しかし本気で呆れているわけではなく、取り合えず注意しておくかと言った 程度のものだった。

 

「それが俺達の強みでもありますからね!」

 

「フッ…まあ、変に気負いするよりはいいか。」

 

 ユウキが微笑みながら軽口を返すと 、ツバキが『仕方ないな』と言った具合に微笑む。ユウキ達も感じているが、緊張して体が堅くなるよりは少し場の雰囲気が和んでいる方が気持ちにも余裕ができ、力が適度に抜けてより動きやすくなる。特に意識したわけでもなく自然とこんな空気になる辺り、第一部隊の雰囲気は大分変わったと言えるだろう。

 そんな中、上の出撃ゲートが開く音が聞こえてきた。その後 、リッカが下階に降りてきた。

 

「お待たせ。調整、終わったよ。」

 

「おお!待ってました!」

 

 コウタが右手を左手に『バシンッ!!』と打ち付けて気合いを入れる。気合い十分なコウタを見て、リッカが最後にもう一度制御ユニットの説明をする。

 

「一応制御ユニットの説明をおさらいするね。説明ユニットバースト時の能力強化を制御して、自分の戦い方に合ったバースト能力が得られるようにした装置だよ。今はユウとソーマには刀身の攻撃性能を上げる『ソルジャー』ってユニットで、サクヤさん、コウタ、アリサがバレットの威力を上げる『ガンナー』を装備してあるよ。試作品として作ったのだから、今はこれしかないけどね。」

 

「いや、十分だよ。ありがとう、リッカ。」

 

「どういたしまして。最高の状態に調整しといたから、思いっきり暴れちゃって!」

 

 これで全ての準備が整った。ここからは戦場に出て戦うゴッドイーターの仕事だ。

 

「…いよいよだな。」

 

「ええ…支部長を止めて、シオを救いましょう!きっとリンドウも…同じ事を言うはずよ。」

 

「シオと博士を助けるには…どうやら俺1人の力では難しいようだ…頼む!力を貸してくれ!」

 

 シオを救い、博士を救い、ヨハネスの狂行を止めてこの世界を生きる人々救う。そうなるとこの戦いは独りでは勝ち目はない。ソーマが軽く頭を下げて頼み込む。

 

「おうよ!」

 

「当然です!」

 

「もちろんよ!」

 

「うん!俺たちの生きてきた世界!その世界で生きる人たち!そして博士とシオ!!全部守り抜く!行くぞ!!」

 

 ユウキの言葉を最後に、ゴッドイーター達は救済のために奪われようとしている未来を守り、勝ち取るために走り出す。

 

「ご武運を…」

 

「必ず…無事に帰ってきてね…」

 

「…世界を…人々の未来を…頼んだぞ、ゴッドイーター…」

 

 走り出したゴッドイーター達を見送る3人はそれぞれ複雑な思いを胸に第一部隊を見送った。

 

 -エイジス-

 

 特に妨害もなく、第一部隊は搬送路をバギーで走り抜けると極東支部の地下にあったものと同じゲートが現れた。これを同じ方法で開けるとエイジス内部に潜入する。

 ここからはバギーを降りて、自らの足でエイジス中央管制塔の頂上まで登ると、以前サクヤとアリサが来た円形のステージにも見える塔の頂点に出た。

 すると、反対側に巨大で逆さまになった人の顔が目に入る。

 

「こ、これは…!」

 

「で、でかい!」

 

 逆さまになった人の顔を中心に、頂点の上空をほとんど覆い隠す巨大な何かに思わずアリサとコウタが驚きの声を上げる。

 確かにその巨大さには驚いたが、ユウキは別の理由で言葉を失った。

 

(アイーシャ…さん?)

 

 逆さまになった顔がアイーシャと同じ顔をしていたからだ。どういう事なのか理解が追い付いていないまま混乱していると、不意にサクヤが声を上げる。

 

「あれ!!」

 

 サクヤがアイーシャの額付近を指を指す。その方向を見るとシオが額に張り付けにされている。さらには視界の端に入り口の高台から降りたことろにペイラーも立っている。

 

「博士!!シオ!!」

 

「みんな!!来てくれたんだね!!」

 

 ソーマの声が届いたのかペイラーがユウキ達の方を向く。何か焦りを見せながら声を荒げる。

 

「頼む!!急いでシオを助けてくれ!!」

 

「けど…一体どうやって?!」

 

 助けたいのは山々だが、人では届かない高所に張り付けにされているため、どうやって助ければ良いか分からず、コウタは声を濁す。

 

「涙のたむけは、我が渇望するすべてなり …か」

 

 作業用の ゴンドラに乗り、シオの隣にいたヨハネスが突然詩的な表現でソーマに語りかける。

 

「ソーマ…このアラガミと 随分仲が良かったようだな。それは愚かな選択と言うものだぞ。息子よ。」

 

「黙れ!!てめえを親父と思ったことなんざ1度もねえ!!シオを解放しろ!!」

 

 その言葉を聞くとヨハネスは満足そうな笑みを浮かべて答える。

 

「よかろう…特異点が手に入った今、器などに用はない。」

 

 その瞬間、シオがピクリと動くと、アイーシャの額を始めとした透明な部分から橙色の光を発する。

 すると、シオが額からずるりと引き抜かれて頭から落ちていく。

 

「シオォォォオ!!」

 

 ソーマが神機を投げ捨ててシオを受け止めようと走る。しかし、それを警備システムが返り討ちにしようとレーザーを放つ。

 

「させるか!!」

 

「やらせねえ!!」

 

 ユウキが即座に銃形態に変形してレーザーにオラクル細胞の太いレーザーを撃ち込んで相殺する。その後コウタが警備システムのレーザー砲を破壊する。

 これでソーマを阻むものは無くなった。ソーマはシオの元に全力で走る。なおもシオは地面に向かって落ちる。もうすぐでシオに手が届く。ソーマは飛び込んでシオを受け止めようとする。

 

  『ゴツッ!!』

 

 しかし、僅かに届かず鈍い音と共にシオは頭を地面に打ち付けた。シオを受け止める事に失敗したソーマが意気消沈したソーマがゆっくりとシオを抱き抱えた。

 

「てめえ…!!」

 

 ユウキの只でさえ低い声が一層低くなり、怒りを宿した目でヨハネスを射抜く。

 

「長い…実に長い道のりだった 。年月をかけた捕食管理によりノヴァの母体を育成しながら…世界中を駆けずり回り、使用に耐えうる宇宙船をかき集め…選ばれし1000人を運ぶ計画が今!この時をもって成就する!!」

 

 声を大きくして語るその姿はまるで政治家の演説のようだった。だが、自身のやっている事が正しい事だと信じているからこそここまで自信に満ちた様子で語ることが出来るのだろう。

 

「今回こそ私の勝ちだよ!そうだろう?ペイラー!」

 

「どうやら…そのようだね……」

 

 遂にペイラーは自らの負けを認めた。しかし、この期に及んでヨハネスが勝ち負けと言う所に拘るのは、未だにペイラーをライバル視していたからかもしれない。

 

「我々はこの一瞬ですら、存亡の危機に立たされ続けているのだ。日々世界中で報告されているアラガミによる被害などまだ緩やかなものだ…星を喰らうアラガミ…ノヴァが出現し破裂すれば、その時点でこの世界は消え去るのだ。」

 

 ペイラーの敗北宣言に気を良くしたのか、再び声を大きく演説のように語り始める。

 

「そのタイミングは いつだ?数百年後か?数時間後か?!やがては朽ちるエイジスに身を隠して終末を待つなど…私はごめんだ!!避けられない運命だからこそ、それを制御し!!選ばれた人類だけを次世代に残すのだ!!」

 

 結局ヨハネスも死ぬことが恐ろしいだけだったのかも知れない。どうせ助かるなら助けられる人は一緒に助けよう…そう思った事がアーク計画の発端なのだろう。

 確かに合理的で現実的だ。助かる側の人間は確実に命のやり取りのない平和な世界で生きられる。だが、助からない側の人間にとっては『お前を助ける気はない。だから死ね。』と突然言われる様なものだ。自分がその立場なら納得出来ないし、認める事など出来はしない。

 だからそんな人達のために戦う。ユウキは自らの決意をもう一度強く意識して戦いに備える。

 しかし、次にヨハネスから発せられた言葉で第一部隊は動揺する。

 

「君が特異点を利用して行おうとしていたことも、結局は終末遅らせることしかない。違うかね?博士…」

 

「どうかな。」

 

「一体…何の事ですか?博士!!」

 

 ペイラーは終末捕食を防ぐ気は無かったのかと疑問に思ったサクヤがペイラーを問い詰める。

 

「私は…限りなく人間に近いアラガミを生み出すことで、『世界を維持』しようと考えたんだ。完全に自律し、捕食本能をもコントロールできる存在として育成していく事で、終末捕食の臨界寸前で留保し続けようと考えた。そしてそのために、シオと君たちを利用してしまった…許してくれ。」

 

「アラガミとの共生か…昔からそうだ。君は科学者としては随分とロマンチスト過ぎる。人間の行いを見れば分かるはずだ。欲望を、本能を押さえ込んだ真に自律的な人間など、これまで一人として存在しなかったことを!!」

 

 ヨハネスの言う通り、人間の意思など脆く弱いものだ。これまで邪な欲を押さえ込み、制御出来た人間など歴史上に誰一人とは居ない。

 それに欲望とは邪で歪んだ物でなくても人が生きていくのに必要なものだ。それを押さえ込み、制御すると言う事は、極端な言い方をすれば『考える事を辞めた廃人』あるいは『感情の無いロボット』とも言えるだろう。

 

「そうかもしれない…でもそう言う君も、人間に対してペシミスト過ぎたんじゃないかな?」

 

「少し違うな博士。確かに私は人間と言う存在自体にはとうに絶望している。だが私は知っているのだ…それでも人は賢しく行き続けようとしてきたことを…アラガミやノヴァと何ら変わらない…その本能、飽くなき欲望の先にこそ、人の未来も拓かれた事を!!」

 

 アイーシャが自らの命を犠牲にしてでも見出だした希望も、人間達は自分の欲望のためにだけ使い、協力してアラガミとの戦う処か、本能に従い未だに同じ人間同士で奪い合いをしている。

 しかし、そのような欲望があったからこそ、人間はここまで高度に発展をしてきた事もまた事実だ。

 

「これ以上は平行線だね…ともあれ、シオのコア…終末捕食の特異点が摘出されてしまっては…もう私に打つ手はない…」

 

「私を欧州に仕向けてまで時間を稼ごうとしたようだが、勝敗は既に決していたのだ。」

 

「フッ…やはり気付いていたのか…どうやら時は、君に味方をしてしまったようだね。」

 

 ペイラーが自嘲的な笑みを浮かべる。ここまでハッキリと負けたと実感したのは初めてなのだろう。

 

「そう悲しむことはない。この特異点は、次なる世界の道標としてこの星の新たな摂理を指し示すだろう。それ定められた星のサイクル…言わば、神の定めたもうた摂理だ!そして、その摂理の頂点居るものは、来るべき新たな世界にあっても、『人間であるべき』なのだ!!そう!!人間は…いや、我々こそが!!『神を喰らう者』なのだ!!」

 

 神が与えた人類が滅ぶ摂理さえもねじ曲げ、人類が居ないはずの新たな世界で再び頂点に君臨し続ける。まさしく人類こそ神を超える存在だと、そう語る間に管制塔の外側にサナギの様な物が競り上がる。そのサナギが開くと、アイーシャによく似た女性型の女神と手鏡に獣の様な腕を生やし、フェンリルのエンブレムと同じ顔が着いた男神の2身1対のアラガミが現れた。

 その全容が現れると、作業用のゴンドラをアラガミの真上に移動させ、ヨハネスはゴンドラから飛び降りて、後にアルダ・ノーヴァと呼ばれるアラガミに自ら取り込まれた。

 

「人が神となるか、神が人となるか…この勝負、とても興味深かったけど…敗けを認めるよ…今や君はアラガミと変わらない…でも君は、それも承知の上なんだろうね。科学者が信仰に頼るとは皮肉な事だが…今は、君たちを信じよう…ゴッドイーター達よ…」

 

 そう言ってペイラーは下がる。このままここに居ても邪魔になると判断したのだろう。それを見届けると、ユウキはソーマの神機を掴んでソーマの足元目掛けて投げつけた。

 

  『ギィン!!』

 

 神機が高い音を立てて床に突き刺さる。その音を聞くと、ソーマはユウキ達の方を向く。

 

「行くぞ、ソーマ…この戦い…お前の力が必要だ。支部長を倒して、計画を止めるぞ。」

 

 ユウキの言葉を聞くと、ソーマはシオをゆっくりと寝かせて神機を掴んで引き抜く。そしてユウキ達の元に戻る。

 

「リンドウ…見てる…?やっとここまでたどり着けたわ…ここにいる皆のお陰よ…」

 

「…俺、これまでずっと、家族や皆が安心して暮らせる居場所を、誰かが作ってくれるのを待ってたんだ!でも気づいたら簡単なことだった…自分がその居場所に なれば良いんだって!!それを作るために…俺は戦う!!」

 

「私も…皆がいたから気づけたんです。こんな自分でも、誰かを守れるんだって…」

 

「おしゃべりはここまでだ…お前ら…背中は預けたぜ?」

 

「ああ…やろう!俺達が生きてきた証を刻んだ世界を…これから皆と生きていく世界と人々を!絶対に守り切るぞ!!」

 

 第一部隊が決意をそれぞれ語り、臨戦態勢に入る。アラガミとなったヨハネスも自らの意思と正義を貫くため、決着をつけるつもりのようだ。

 

「降り注ぐ雨を…溢れだした贖罪の泉を止めることなどできん…その嵐の中、ただ1枚の舟板を手にするのはこの私だ!!!!」

 

「いいや!!犠牲を強いて、自分だけ助かろうとする貴方は間違ってる!!こんなクソッたれな世界でも生きようとする者は居る!!そんな人とも!そうでない人とも!皆と共に俺達はこの世界で生きる!!行くぞ!!!!」

 

 ユウキの咆哮にも思える叫びを合図に、第一部隊はアルダ・ノーヴァに向かって行った。

 

To be continued




後書き
 リッカの作ってた新装備は制御ユニットのことでした。ここでの制御ユニットはリザレクション仕様ではなく、バースト仕様です。個人的には制御ユニットはリザレクションよりバーストの仕様の方が好きです。
 次回、アーク計画編最終決戦です!!9割戦闘なので頑張ります!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission50 また明日

 ついに来たぜ無印編最終決戦!!アルダ・ノーヴァも超強化して第一部隊の壁として立ちはだかりますよ!!


 -エイジス-

 

「ゼァア!!」

 

「ハァッ!!」

 

 ユウキとソーマが戦闘開始直後からアルダ・ノーヴァに迫り、神機を振る。

 

  『キィン…』

 

「「ッ!!」」

 

 しかし、2人の神機がアルダ・ノーヴァに当たっても甲高い音が虚しく響いただけで、アルダ・ノーヴァにはまったく効いていないようだった。

 

『フフフ…』

 

 まるでこうなると分かっていたかのように女神はほくそ笑みながら挑発するように手招きして、女神の後ろにいる男神はユウキ達を倒しに行くと言う意思を見せつける様に指をボキボキと鳴らしている。

 

『敵は…アラガミに取り込まれたヨハネス前支部長です!!人工的に作られたアラガミのデータはこれまでにはありません。皆さん!!気をつけて下さい!!』

 

「りょーかい!!」

 

「行きます!!」

 

 コウタとアリサが返事をした後、コウタのモウスィブロウとアリサのレイジングロアが火を吹く。

 

『フン…』

 

 ユウキとソーマの斬撃よりは効いている様にも見えるが、それでも大したダメージを与えられているようには見えない。それを示すように、ヨハネスは鼻で笑い余裕を崩さない。

 

「なら…ここはどう?!」

 

 サクヤのテラスウォームから狙撃弾が放たれる。しかし、アルダ・ノーヴァは動く気配はない。そのまま狙撃弾はアルダ・ノーヴァに吸い込まれる様に向かっていく。

 

  『バシィ!!』

 

 狙撃弾がアルダ・ノーヴァの顔に直撃し大きく仰け反る。全員がどうなったか様子を見ていると、ゆっくりとアルダ・ノーヴァは体勢をもとに戻す。

 

「そんな…!!」

 

「チッ!!」

 

 アルダ・ノーヴァの様子を見てみると、顔や体に銃撃での傷跡こそあるがどれも小さな傷しか着いているだけだった。この程度で倒せるとは思ってはいなかったが、ダメージが入っていない現状を見てサクヤは衝撃を受け、ユウキは舌打ちをする。

 

『この程度か?今度はこちらから行かせて貰おう。』

 

 そう言うと、アルダ・ノーヴァは手をかざす。

 

「散れぇ!!」

 

 ユウキが叫んだ瞬間、ユウキとソーマは前に、アリサは左、サクヤは右、コウタは射線を予測した上で後ろに跳ぶ。

 しかし、そんなコウタの予測に反して、アルダ・ノーヴァの腕の装甲が開くと、そこから辺りに散らばる小さい光弾が発射される。

 ユウキとソーマは光弾が散らばりきる前に出て躱し、アリサとサクヤは横に跳んで射線から外れた。

 

「いい?!」

 

 だが、予測した弾道と違う攻撃立ったため、コウタは未だに射線上にいる。予想外の展開にコウタの動きが一瞬止まる。

 

  『バンッ!!』

 

 コウタに当たる少し前に小さな光弾が爆発する。その爆発に阻まれて光弾が消滅した。

 爆発が収まると、銃形態に神機を変形したユウキが一瞬だけコウタの方を向いているのが見えた。さっきの爆発はユウキの爆破レーザーだったのだろう。

 

「サンキューユウ!!」

 

「コウタ!!援護しろ!!」

 

「任せろ!!」

 

 そう言うとユウキはアルダ・ノーヴァに向き直り、剣形態に変形する。

 

「合わせろ!!ソーマ!!」

 

「誰に向かって言ってやがる!!」

 

 ユウキとソーマが同時に地を蹴る。大きく飛び上がり、お互いにアルダ・ノーヴァに神機を振り下ろす。

 

  『ギィン!!』

 

「クソッ!!」

 

「なに?!」

 

 また高い音が響いた。女神を守るように、男神が両腕でユウキとソーマの攻撃を防ぐ。そして男神は両腕を広げてユウキとソーマを弾き飛ばす。

 

「今よ!!」

 

「当たれぇえ!!」

 

「これでどうですか?!」

 

 サクヤ、コウタ、アリサが銃弾を放つ。両腕を広げた状態の男神が女神を守りに入る事はまもう不可能だ。

 しかし、アルダ・ノーヴァの女神は一瞬身を縮込めると、ヨハネスが不適に笑う。

 

『無駄だ!!』

 

 勢いよく体を大の字にすると、アルダ・ノーヴァを中心に辺りが淡く光る。すると、銃弾はアルダ・ノーヴァに当たること無く霧散して消滅する。

 

「マジで?!」

 

「う、嘘?!」

 

「そんなことって …!!」

 

 コウタ、サクヤ、アリサが驚きの声をあげる。ユウキ、ソーマも声に出さないが驚いている。

 

『解析が一部終わりました!!どうやらこの人工種はアラガミ装甲壁の技術が応用されているようです。並みの攻撃ではビクともしません!!でも必ずどこかに穴があるはずです!!どうにか探して下さい!!』

 

「そ、そんなこと言ったって…どうやって探せばいいんだよ?!」

 

「正攻法じゃ駄目ってだけだ!!攻撃が通る条件を探すぞ!!」

 

 ユウキは狼狽えるコウタを叱責すると、勢いよくアルダ・ノーヴァに飛び込み、袈裟斬りを繰り出す。

 しかし、アルダ・ノーヴァは後ろにスライドする様に移動する。すると標的を失った神機から『ヒュン!!』と空気を斬る音が虚しく響いた。

 ユウキが神機を振り抜いたタイミングで、今度はアルダ・ノーヴァは前にしスライドしながら左腕を伸ばし、鞭の様にしならせてユウキに叩きつける。

 対してユウキは1度目の攻撃は、後ろに下がる事で当たるスレスレで躱し、2度目は下がっていては避けきれないと判断して、バックフリップで左腕を飛び越える。

 そして3度目で当てられると確信して、攻撃体勢に入ろうとしたところで、視界の端に神機を振り下ろすソーマが映る。ヨハネスは攻撃を止め男神の腕でソーマの攻撃を受け止める。

 

  『キィン…』

 

「チィ!!」

 

 ソーマの腕力をもってしてもアルダ・ノーヴァにダメージを与えられない。苛立ちを隠すことなくソーマは舌打ちをする。

 すると、ソーマに気を取られているうちにユウキが再び斬りかかるが、これまた男神の腕で攻撃を受け止めると、男神は両腕を広げてユウキとソーマを弾き飛ばした。

 

「これで!!」

 

「当たれぇえ!!」

 

 アリサとコウタが弾かれた2人のフォローのため、弾幕を張って牽制する。アルダ・ノーヴァは遠ざかりながら旋回してそれを躱す。

 

「諦めないで!!何か攻撃を通す方法はあるはずよ!!」

 

 サクヤも攻撃に加わり、アルダ・ノーヴァに狙撃弾が放たれる。だがその瞬間、アルダ・ノーヴァは急加速して狙撃弾を躱すと、両腕から最初に放った小さな光弾を辺りにばら蒔いた。

 サクヤ、アリサ、コウタはそれぞれ射線から外れたり、間を抜けたりしながら躱していく。

 そして、サクヤ達が躱している間に、女神はゆっくりと上昇していき、最上端に来ると天輪を下に向け、男神も胴体をさらけ出す様に構える。

 『何をするつもりだ?』とユウキ達は考えたが、どう考えても攻撃以外には考えられない。再び回避に入る準備をすると、女神の天輪、男神の手鏡の様な胴体から大きな光弾が全員に向かっていくつも発射された。

 

「グッ!!」

 

「クソ!!」

 

「あぶねっ!!」

 

「こんなところで!!」

 

「当たるもんですか!!」

 

 全員が四方八方に動いて何とか躱している。その様子を見たヨハネスには1つ、理解出来ない事があった。それは圧倒的な力の差…その一部を見せ付けたにも関わらず、まだ誰の目にも諦めた様子が見えない事だった。

 

『理解に苦しむな…』

 

「何?!」

 

 思わずヨハネスの口から漏れた疑問がソーマの耳に届き、噛み付く。その瞬間、回避しながら銃身に変形したユウキからの銃撃がアルダ・ノーヴァの頭に迫る。

 それをギリギリのところで避けると体勢を崩し、そのまま下に向かって落ちていく。

 誰もが好機として反撃に出るが、男神が女神を援護する様に、辺りに光弾をばら蒔き始める。

 サクヤ、アリサ、コウタは避けながら1度後退して距離を取り、ユウキとソーマは光弾を掻い潜りながらアルダ・ノーヴァに近づく。

 

『何故勝ち目の無い戦いを挑んでまで、アーク計画を拒むのだ?仮にこの戦いに勝ち、終末捕食を止められたとしても、人類はアラガミによって滅ぶ運命にある。これは抗う事の出来ない自然の摂理だ。』

 

「それが何だって言うんですか?!」

 

 ヨハネスはアラガミが存在する限り、人が滅ぶのは運命だと言うが、話の内容が見えてこないので、アリサが怒りを露にして聞き返す。

 その間に、スライディングで光弾を潜り抜けたソーマが下から、ユウキは飛び上がり上からアルダ・ノーヴァに三度斬りかかる。しかし、ソーマの斬撃を女神は攻撃を中断して動くことなくそのまま受けるが、傷さえ付ける事ができなかった。ユウキの攻撃も男神が大きな腕で神機の刀身、護人刀を掴んで受け止める。

 

「ユウ!!」

 

「援護する!!」

 

 援護のためアリサが男神、コウタが女神に向かって銃弾を放つ。

 

「ゲハッ!!」

 

「グッ!!」

 

 だが、その瞬間に女神が右腕を伸ばしてソーマに打ち付け、男神がユウキの腹を殴り、それぞれを飛んできた銃弾に向かって殴り飛ばす。

 

「そんな!!」

 

「やべっ!!」

 

 援護のつもりで撃った弾丸が仲間の元に向かい追い詰める。だが、ユウキとソーマは空中で姿勢を変え、装甲で銃弾を防ぐ。

 しかし、ユウキ達が弾かれている間にサクヤが狙撃弾を撃ち、アルダ・ノーヴァの左胸に直撃しようとしている。だが、それでもアルダ・ノーヴァはユウキ達を弾いた後から動くことなく狙撃弾を受ける。しかし、最初に撃ち込んだ時の様に、小さい傷が付いただけでダメージは入っていない。

 

『アラガミが存在する限り、終末捕食はいずれ起こる。だからこそ、私は人為的に終末捕食を起こし、全てのアラガミを滅ぼす事でその可能性を摘み、その上で限られた人類を残すアーク計画を実行に移した。ならばアーク計画こそが人類を救う希望ではないかと思うのだが?』

 

「アーク計画が完遂されれば大勢の人が死んでしまう!私がリンドウを失い悲しんだように、新しい世界に行って真実を知って後悔して悲しむ人たちも大勢いる!!私はそんなの認めたくないわ!!」

 

「そうさ!!ノゾミと母さんだけを助けたって意味がないんだ!!知り合いや友達を犠牲にしたら、俺の家族は笑ってくれない!!生き残る事だけが幸せって訳じゃないんだ!!」

 

 ユウキ達が体勢を立て直している間に、男神は女神を腕に座らせて光弾をばら蒔き始める 。ユウキ達は回避に専念するが、その間もヨハネスは戦意を削ぐ様にアーク計画しか現実的に人類を救う方法は無いと諭し始める。

 しかし、サクヤとコウタは生き残ることだけが救いではないと真っ向から否定する。

 

『愚かな…仮にアーク計画を止めた後、終末捕食起こさずに人類の保存を両立する事が君たちに出来るのかね?』

 

「クッ!!」

 

 ヨハネスの言う通り、アラガミはその特性上絶滅させるのはほぼ不可能と言える。アラガミが存在することで人類が滅ぶことが確定しているのならば、確かにアーク計画以外に人類救済の方法は無い。

 サクヤが言い負かされていると、突然黒い影が女神に向かって行き、横凪ぎに神機を振る。

 

「なら…貴方は何故人類救済に拘るんですか?確か言いましたよね?人類に絶望したって…にも関わらず、何故人類を救うつもりでいるんですか?」

 

 攻撃は通らなかったが、ユウキが一気にアルダ・ノーヴァの懐に入り込む。それを迎撃しようと、男神が上から殴りかかる。後ろに跳んで躱しながらずっと気になっていることをヨハネスに聞く。

 

『アイーシャが自らの命と引き換えにして見出だした希望も…人間は容易く踏みにじり、貧しい大衆から搾取し、一部の人間が私腹を肥やす道具にしかしなかった!!その結果が今のこの世界だ!!』

 

 ユウキの問いを聞いた途端、ヨハネスは声を荒げて反撃に出る。男神が女神を掴んでユウキに向かって投げつける。再び後ろに跳んだことで、辛うじて直撃こそはしなかったが、ユウキが居たところには女神の胴体が地面と水平でスレスレになるように両手両足を伸ばしている。

 何をしてくるつもりかと身構えた途端、女神は両手両足を伸ばしたり縮めたりして、まるで蜘蛛のように地面を這いながらユウキに向かって突進する。ユウキはそれを横に避けて反撃するが、上から男神が広範囲に大きな光弾をばら蒔いた。さらに着弾地点から光の柱が現れたため全員がそれを避けるのに精一杯だった。

 

『だからこそ私の手でケリを着ける!!この混沌とした世界を作り出した一人としてだ!!』

 

 突進を終えると、地面を這ったまま髪を振り乱し、四方八方にオラクルで成形された刃を飛ばす。

 ユウキ達は前後左右、さらにはジャンプも使って刃を躱す。近接メインのユウキとソーマはギリギリで躱して少しずつ近づいているが、銃身を扱うサクヤとアリサ、コウタは回避先から女神を狙おうとするも、男神の攻撃が回避先に飛んできている。これ程までのラッシュの最中では、回避に専念しなければ、あっという間に攻撃を受けて、連続攻撃から抜け出せなくなる。

 

『私が目指すものはアラガミが現れる以前の世界だ!!だが新たな世界には以前のように人間が存在し続けなければならない!そして君達ゴッドイーターは…人々を守り、賢しく生き、未来を切り開こうとしてきた者達だ!!そんな人間こそが次の世代に残るに相応しいのだ!!』

 

 ラッシュの最中、熱くなったヨハネスが自身の目指す世界を語る。

 

「その果てに犠牲になるのはあの研究に何の関係もない、関係を持てない人達だろ!!大衆はただ振り回された挙げ句に他人の都合で殺される!!そんな大衆の中にも貴方の言う未来を切り開こうとしている人だって大勢いるはずだ!!そんな人たちと共に、どうしようもなく絶望した人たちを救う!!それが俺の信じるゴッドイーターだ!!だから…」

 

 だが、大勢の犠牲を強いた救済は間違ってるとして、ユウキは真っ向から対立するとユウキが語る間にラッシュに間が空く。再び男神に女神をユウキに向かって投げさせる。男神もその後に続き、右腕を振り上げて殴りかかる体勢をとる。

 

「俺達は貴方を止める!!」

 

 ユウキはラッシュが終わった瞬間に一気に前に出る。向かう先は両手両足を伸ばして広げ、着地の体勢をとる女神…ではない。大きくジャンプして女神の背中を蹴り、男神に向かって跳ぶ。

 男神ももう攻撃体勢に入ってるので、攻撃を止められない。振り下ろした拳をユウキに叩き込もうとするが、ユウキの神機が先に男神の拳を捉える。

 

  『ブシャァア!!』

 

 男神の攻撃に対して、下から掬い上げる様にカウンターの用量で攻撃すると、今まで全く通らなかった斬撃があっさりと通り、男神の右腕を切り落とした。

 

「攻撃の時だ!!人工種が攻撃体勢に入ってからなら攻撃が通る!!」

 

 今まで通らなかった攻撃がカウンターであれば通る。さらにはアルダ・ノーヴァの今までの動きも考えると恐らく間違いないと思い、ユウキは全員に攻撃のタイミングを指示する。

 

『当たりです!!攻撃時に人工種のオラクル反応が僅かに乱れています!!それにホールドやスタングレネードでも同様の変化を起こせるみたいです!!』

 

「なるほどな…」

 

 ヒバリが解析を終えてユウキの指示通りに動けば攻撃が通る事を肯定する。

確かにアルダ・ノーヴァは攻撃を受ける際、必ず動きを止めていた事を思い出し、ソーマもユウキの指示とヒバリの解析結果を聞いて納得した。

 

「オッケー…!倒し方が見えてきた!!」

 

「私も前に出ます!!サクヤさん、支援お願いします!!」

 

「任せて!!」

 

 戦い方は決まった。ヨハネスもユウキ達を倒さねばならない以上、必ず攻撃のチャンスは来る。アリサが剣形態に変形し、コウタはサポートかしやすい位置で、かつ射線が通る場所に移動する。サクヤは戦況把握のため、狙撃範囲ギリギリまで後退したところで、ユウキからアリサに指示が入る。

 

「アリサ!!来い!!」

 

「はい!!」

 

 ユウキが後ろを向いてアリサが前衛に入るよう指示を出す。アリサは即了承し、前衛に加わる。その際、ユウキは指示を出し終わりにコウタの目を見る。

 

(頼むぞ…!!)

 

(了解!!)

 

 ユウキはコウタとアイコンタクトを取ると、ユウキは少しだけ旋回すると、一気にアルダ・ノーヴァに飛びかかる。その時、コウタはユウキの影に隠れるように旋回し、ユウキが飛びかかった後も旋回し続けた。

 

  『ギィン!!』

 

 アルダ・ノーヴァに飛びかかったユウキは、攻撃が通らないと分かっていながらも攻撃を仕掛ける。男神がユウキの攻撃を受け止めると、ユウキを弾き飛ばす。

 その直後、反対側からソーマが切りかかる。その攻撃を女神が無傷で受け止め、ソーマを振り払う。

 そのせいでアルダ・ノーヴァの意識はソーマに向いた。その瞬間、ユウキは銃形態に変形して女神のこめかみに狙撃弾を撃ち込む。

 大したダメージは入っていないが、攻撃を受けたことで今度はユウキにアルダ・ノーヴァの意識が向かうと、アルダ・ノーヴァがユウキに向かって殴りかかろうと距離を詰め、拳を振り上げる。

 

  『バン!!』

 

 短い炸裂音が聞こえた瞬間、アルダ・ノーヴァの目の前に狙撃弾が飛んできた。このまま攻撃を続けていたら、今ごろ頭に風穴が空いていただろう。ヨハネスは内心冷や汗を流しつつ、サクヤに向かって手をかざす。

 

  『ガツンッ!!』

 

 ヨハネスは突然側頭部に何かがぶつかるのを感じた。一瞬だけ視線を移すと目の前にスタングレネードが浮いている。そしてその奥にはニヤリと不適な笑みを浮かべるユウキが見えた。

 

  『バンッ!!』

 

 炸裂音と同時に辺りが閃光に包まれ、アルダ・ノーヴァの目が眩む。その瞬間、男神が女神を守るように包み隠した 。

 

「今だ!!総攻撃!!」

 

 ユウキの指示で一斉に攻撃が始まる。ソーマが一気に男神に近づいて一撃を与え、サクヤの狙撃弾が男神の腕に着弾し、アリサが男神を捕食する。

 

  『ブシャッ!!』

 

 男神が肉厚な分攻撃は中々有効打にはならないが、今までと違い明らかに攻撃が通っている。

 飛ばされたユウキが体勢を整えると、一気に飛び出して男神に一撃入れる。それと同時にアリサも再び捕食してリンクバースト用のアラガミバレットを補充する。

 目眩ましから回復したアルダ・ノーヴァの男神が片腕で何やら祈る様な構えを取ると、女神がゆっくりと上昇していく。

 

「逃がすか!!」

 

 ユウキが男神を踏み台にして女神の真後ろに飛び上がる。背中合わせになったところでユウキは体を捻ると、女神に向かって横凪ぎに神機を振る。

 

『これが…圧倒的な力の差だ!!』

 

「グッ!!」

 

 しかしユウキの攻撃が届くよりも先に、女神と男神が左手を天に掲げると、女神を中心に光の柱が現れる。

 ユウキは反射的にインパルス・エッジを発射する。爆発の勢いでユウキは後ろに跳び、光の柱を回避する。

 

「何?!これっ?!?!」

 

 しかし、光の柱が現れたと同時に、ユウキ達の視界が揺れる。上下左右、さらには遠近も複雑に入れ替わり、平衡感覚を失い第一部隊はまともに立っていることさえ出来ず、サクヤは思わず声をあげる。

 だが次の瞬間、人1人分が収まりそうな大きさの円形の光が、点々と床に現れた。視界が揺れているが、ソーマの足元にもギリギリ掛かって現れているのが何とか確認出来た。

 

「クソ!!」

 

「きゃあ!!」

 

 一瞬の間を置いて、床の光から光の柱が現れた。平衡感覚を失いつつもソーマは後ろに跳んで躱すが、次々と光の柱は現れてアリサやサクヤの足元にも現れて第一部隊を襲う。

 最初の平衡感覚を奪う攻撃の効果もすぐに消えたが、そのまま光の柱はランダムに上がり、第一部隊を追い詰める。

 

「ユウ!!」

 

 そんな中、空中で平衡感覚を失ったせいか、ユウキが背中から落ちていくのがアリサの目に映った。さらにはユウキの着地点にも光の円が現れている。このままではユウキが光の柱で焼かれてしまう。かといってアリサを含めた他の第一部隊のメンバーも回避で精一杯の状況ではまともな援護は出来ない。

 アリサがどうするか迷っていると、突然ユウキは『ぐりんっ』と上半身を捻り、右手が下…つまり地面に向くように姿勢を変える。

 

  『ガシャン!!』 『ガギン!!』

 

 突如装甲が開く音が聞こえると同時に金属同士が叩かれる様な音も聞こえてきた。その直後、ユウキは体を回転しながら地面に対して水平にスライドするように跳ねて、光の柱を躱した。

 

「え?!な、何をしたんですか?!」

 

「なるほど。装甲の展開を利用したのか。」

 

 ソーマの言う通り、ユウキは装甲が開く動作を利用して、装甲を地面に叩きつけて方向転換をしたのだ。

 未だ光の柱は点々と上がっているが、女神はゆっくりと地上に降りていく。アルダ・ノーヴァが反撃のため手をかざす。

 

『グゥ!!』

 

 しかし、突然アルダ・ノーヴァが動かなくなる。ヨハネスはどうにか足元を見ると、いつの間ににかホールド・トラップが仕掛けられていた。

 

「やりぃ!!今だよ!!」

 

 そう、今までコウタが攻撃に一切参加しなかったのはホールド・トラップを密かに仕掛けるためだった。

 ユウキ達は身動きが取れなくなったアルダ・ノーヴァに向かって一斉攻撃に入る。ユウキとソーマの斬撃で切り傷が付き、サクヤ、コウタ、アリサの銃撃が弾痕を作る。アルダ・ノーヴァは確実にダメージを受けていく。

 

『クッ!!調子に乗るな!!』

 

 ホールドが解除されたアルダ・ノーヴァの女神が両腕を伸ばして駒のように回転する。ユウキは後ろに下がって回避し、ソーマは上にジャンプしてアルダ・ノーヴァの回転に合わせて腹にフルスイングで神機を振るう。

 

『グアァ!!』

 

 アルダ・ノーヴァは攻撃体勢を取っていたこともあり、女神の腹部には斬られた痕を付けながら後ろに飛ばされる。

 反撃に転じようと、アルダ・ノーヴァ手をかざすと、真正面からユウキが飛びかかってきた。ヨハネスも攻撃体勢を取っている最中に真正面から突っ込んでくるとは思っておらず、アルダ・ノーヴァの動きが 一瞬止まる。

 

  『ドクン…』

 

 ユウキは両腕で神機を強く握ると、神機から鼓動を感じる。その瞬間両手の感覚が曖昧になる。さらには以前感じた腕が突然伸びる様な感覚になる。

 これはここ最近で掴んだ神機と一体になる感覚と同じだ。実戦でも訓練でもこの感覚を覚えた時はどんな相手でも一撃で切り捨ててきた。

 『これで行ける!!』と、止めを刺せると確信したユウキは全力で神機を振り下ろす。

 

『うぁっ!!』

 

 突然女神が後ろに下がる。男神に肩を掴まれて後ろに投げられたからだ。女神と男神が入れ替わった事で、ユウキと神機が一体になった攻撃は男神が受ける事になった。

 

  『ブシャァァ…!!』

 

 攻撃体勢でない状態にも関わらず、ユウキの一撃は男神を真っ二つに切り裂いた。

 

『大型の人工種が沈黙!!』

 

 ヒバリの通信が入ると、残った女神は一気にエイジスの中央塔の端に移動して天輪を掲げた。

 

『この…愚か者共があぁぁぁあ!!』

 

 ヨハネスの咆哮と共に天輪から明後日の方向に極太のレーザーが放たれる。だが、それを見た途端、ユウキはコウタの方に跳び、ソーマはサクヤの前に出て装甲を展開する。

 

「グエッ!!」

 

 ユウキが乱暴にコウタの首根っこを掴むとアリサの前に跳ぶとコウタを後ろに下ろして装甲を展開する。

 すると、レーザーはアルダ・ノーヴァを中心に扇状に回転する。

 

「ぐっ…おおぉぉぉあああ!!」

 

「があああぁぁぁああ!!」

 

 ソーマとユウキは装甲で極太のレーザー防ぐが、防ぎきれずに全身をウロヴォロスとは比べ物にならない威力で焼かれる。

 さらには壁となるユウキとソーマが居なくなった事で、サクヤ、アリサ、コウタにも極太レーザーが直撃する。

 

「「きゃああああああ!!」」

 

「うああああぁぁぁあ!!」

 

 第一部隊の叫び声がエイジスに響く。極太レーザーが辺りを凪ぎ払うと、あまり時間をかけずにレーザーは収束して消えていった。

 

「グッ…うぅ…」

 

 直撃を受けた後、直ぐ様ソーマは意識を取り戻した。神機を杖代わりにして辛うじて立て膝をつくことは出来たがまともに動く事も出来そうにない。辺りを見回すとソーマ以外は皆倒れてピクリとも動かない。

 最悪の状況を思い浮かべると、ヒバリから通信が入ってきた。

 

『…さ…!!……した……すか?!…………く…さ…!!……!!……………………!!』

 

 こちらの状況の変化に気が付いているようだが、ノイズでもはや何を言っているのかさえ理解不能だった。最後の方はもうノイズしか聞こえなかった。もうヒバリの解析によるサポートも受けられないだろう。

 どうにか立ち上がろうと必死に全身に力を込めるが、その度に全身に激痛が走り動けないでいる。

 すると、アルダ・ノーヴァがゆっくりとソーマの近くまで移動してきた。

 

『終わりだ…ソーマ。お前たちは負けだのだ。』

 

「う…るせぇ…まだ…終わ…って…ねぇ…!」

 

 こんな状況でもソーマは未だ戦う事を止めようとはしない。何度も立ち上がろうとするが、まだ全身に激痛が走る状態のままで、動く事が出来ない。

 

『そうか、あくまで戦うか…ならば、ゆっくり眠るがいい。』

 

 ヨハネスは小さくため息をつくと、アルダ・ノーヴァの右腕を伸ばし、その先に付いている楔がソーマ目掛けて飛んでくる。

 

「クッ!!」

 

 極太のレーザーを受けたソーマはダメージが大きすぎて未だに満足には動けない。『ここまでか…』と半ば諦めた様に目を瞑る。

 

  『ブシュ!!』

 

『なっ!!しまっ!!』

 

 アルダ・ノーヴァの楔が肉を貫き、血が吹き出る音が響く。しかし痛みは一向に襲ってこない。それどころかヨハネスにとって不味い事が起きたのか、珍しく狼狽える様な声が聞こえてきた。状況が気になり、ソーマは目を開ける。

 

「な…ユ、ユウ…お前…!」

 

 そこにはソーマを庇い、腹にアルダ・ノーヴァの楔が突き刺さったユウキが居た。しかも捕食されているにも関わらず、突き刺さった楔を引き抜こうと引っ張っている右腕を離すまいと神機を持っていない左手で必死に掴んでいる。

 

「これで少しは…リーダーらしい事が出来たかな?」

 

 口から血を流しながらも、痛がる事なく笑顔でソーマに語りかける姿はハッキリ言えば異常だった。

 その光景を見て呆けたソーマとは対称的に、ヨハネスは焦燥感を隠す事なく声を荒げる。

 

『クッ…は、離さんか!!』

 

「バ、バカ野郎!!早く離せ!!喰われるぞ!!」

 

「…」

 

 ヨハネスの声に反応してソーマが我に返る。触れただけで捕食するオラクル細胞の塊を腹の中に撃ち込まれた上に触れ続ければ無事ではすまない。

 ソーマが怒鳴り声に近い声をあげるが、ユウキからの反応はない。

 

『ええい!!離せぇ!!』

 

「クソッ!!」

 

 今度はアルダ・ノーヴァの左腕を伸ばしてユウキの左肩を狙う。このままではユウキの左腕ごと切り落とされかねない。ソーマは足に力を込めるが、ダメージが足に来ているのか、立ち上がる途中でよろけてしまう。

 アルダ・ノーヴァの左腕がもうユウキの右肩に届く。

 

  『ギィン!!』

 

『なっ!!』

 

 突如金属音が響くが、肉を貫く音や血が吹き出る音は聞こえない。何故ならユウキが一瞬のうちに神機を床に突き刺し、アルダ・ノーヴァの左腕がユウキに届く直前に右手で捕まれたからだ。

 人間離れした速さにヨハネスも驚いていると、不意にユウキが口を開く。

 

「離せ…?無理だね…」

 

 その瞬間 、ユウキがニタァと黒い笑みを浮かべる。

 

「強敵が身動き取れない…こんな絶好のチャンスは…そうないよなぁ?」

 

『クッ!!』

 

 ユウキが何を考えているか察しがついてヨハネスは焦り出す。どうにか自由になろうと必死に両腕を引き戻そうとしているが、ユウキがしっかりと掴んで離さないためジタバタと足掻いているだけとなった。

 

「なあ…まだ…終わってねえぞ…」

 

 突然ユウキはヨハネスでもなくソーマにでもない誰かに向かって語り出す。

 

「お前らは…こんなところでくたばる様な奴らじゃねぇだろ…この世界で…守りたいモノがあんだろ?!さっさと起きやがれ!!寝坊助共!!」

 

 ユウキの声が届いたのか、サクヤ、コウタ、アリサがピクリと動く。

 

「あ、ああ…こんなところで殺られるかよ…」

 

「当然…です…!」

 

「ええ…もうこんなチャンスは無いでしょうね…」

 

 コウタ、アリサ、サクヤがボロボロにされてもなお立ち上がり、ヨハネスを睨みながら神機を構える。

 そんな3人を見たソーマも立ち上がり神機を構える。

 

「これで終わらせるぞ…!!叩き潰せぇぇぇえ!!」

 

『クッ…クソッ!!』

 

 ユウキの咆哮を合図にアリサ以外が前に出る。アリサは後退して銃形態に変形すると、砲身を仲間達に向ける。

 

「渡します!!」

 

 アリサが受け渡し弾を与えてソーマとサクヤとコウタをリンクバーストさせる。

 

「オオオォォォォオ!!」

 

 バーストした身体能力を生かしてソーマが一気に前に出る。両腕をユウキに掴まれて動けないアルダ・ノーヴァに全力で袈裟斬りを叩き込む。

 

『グゥッ!!』

 

 アルダ・ノーヴァはユウキに掴まれている両腕ごと切られて大きく後ろに飛ばされる。さらにアルダ・ノーヴァの両腕が切り落とされた事でユウキが動けるようになり、突き刺されたアルダ・ノーヴァの腕を左手で引き抜きながら右手に神機を握り前に出る。

 

『クッ!!…この…!!』

 

 飛ばされながらも体勢を整えて反撃に移るが、すでにサクヤとコウタの神機が攻撃体勢をとっていた。

 

「当たれぇぇぇえ!!」

 

「くらいなさい!!」

 

 サクヤとコウタはリンクバーストで得た濃縮アラガミバレットをアルダ・ノーヴァに向けて放つ。コウタの神機からは3枚の刃が飛び出し、サクヤの神機からは極太のレーザーを放つ。

 

『グアァァァア!!』

 

 コウタの放った刃は旋回して後ろからアルダ・ノーヴァの髪を切り、サクヤの放ったレーザーは脚部装甲を焼き尽くしてどちらも結合崩壊させる。

 

『クソッ!!』

 

「させません!!」

 

 ヨハネスが悪態をついて反撃のために天輪を前に出そうとする。しかしその後に反撃する隙など与えないと、アリサが連続攻撃を仕掛ける。大きく飛び上がって剣形態に変形して、銃口をアルダ・ノーヴァの頭に向ける。

 

  『バアァアン!!』

 

 インパルス・エッジの大きな爆破音と共に、アルダ・ノーヴァの頭が爆発する。その衝撃で極太レーザーを射つために前に出した天輪は結合崩壊し、アルダ・ノーヴァも体勢を崩す。

 

『クッ!離れろ!!』

 

 ヨハネスもまだ倒される気はない。失った右腕の残った部分を伸ばして、鞭の様にしてアリサに反撃する。

 

  『ギィン!!』

 

「くぅっ!!」

 

 ギリギリで装甲の展開が間に合って、直撃は避けられたが衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

 だが、その間にユウキがアルダ・ノーヴァに向かっていくのが見えた。アリサは飛ばされながらも銃形態に変形して、受け渡し弾をユウキに渡す。

 

「受け取って下さい!!」

 

 受け渡し弾をユウキに渡した後、後ろに飛ばされながら着地しつつ、ありったけの回復弾をユウキに撃ち込む。

 その間にユウキはアルダ・ノーヴァの前に出て眼前に飛び上がり、右手で握った神機を上段に構える。そのタイミングで受け渡し弾と回復弾が届いてユウキの傷が塞がり始めて、さらにバーストする。

 

「ジャラァア!!」

 

『くう!!』

 

 ユウキが右腕を全力で振り下ろす。それを避けようとヨハネスは後ろに飛ぶが、結局避けきれずに左肩から横腹まで深く切り裂かれた。

 だが、アルダ・ノーヴァも避けながら天輪を前に出して反撃の体勢になる。

 

『負けられない…私は、負けられないんだ!!』

 

 ヨハネスが吼えると光球を天輪から飛ばしてきた。しかし、アリサに破壊された天輪ではすぐに飛ばせる光球は一発が限度のようだ。

 その光球を反射的に左手で持っていたアルダ・ノーヴァの伸びきった右腕を光弾との間に挟んで防ぐ。直撃こそしなかったが、衝撃を吸収することなど出来るはずもなく、ユウキの左腕は勢いよく後ろに弾かれ、ユウキ自身も後ろに飛ばされる。

 だが、その瞬間ユウキの口角がつり上がる。そのまま鋭い目付きでアルダ・ノーヴァを睨み、不敵な笑み浮かべるその表情は獲物を前にした猛禽類を思わせた。

 

『ッ!!』

 

 その迫力にヨハネスは一瞬怯む。その間にユウキは真後ろからアルダ・ノーヴァに迫るソーマを見る。その視線には鞭の様にしなるアルダ・ノーヴァの右腕がソーマに向かうところが映る。

 ソーマもユウキが何を考えているのか気がついて、手元まで来たアルダ・ノーヴァの右腕を掴むと、ユウキは左腕を全力で縦に振る。

 

「ソォォォォオオマァアアアア!!!!」

 

 ユウキが吼えながら全力を超える力で左腕を振りかぶり、ソーマを加速させる。そしてその勢いでソーマは異常な速さで弧を描きながらアルダ・ノーヴァに迫る。

 

「オオオォォォォオ!!!!」

 

 ソーマが咆哮と共に神機を振り下ろす。

 

  『ブシャァァア!!』

 

『グアァァァア…!!』

 

 血が吹き出る音とヨハネスの断末魔が響く。辛うじて生きてはいるが、ソーマのイーブルワンで切られたグチャグチャに深く付けられた傷が右肩から左足の付け根まで走っている。

 

『この…私が…こんな…とこ…グゥ…アアァァァ…』

 

 アルダ・ノーヴァは一瞬だけ耐えたが、ダメージが大きすぎてすぐに膝から崩れ落ちた。

 

 

「はぁ…はぁ…や、やったか!?」

 

 突如エイジスが揺れ始める。何が起こったのかと思ったが、この場で本来止めるべきはアルダ・ノーヴァではない事を思い出す。

 

「いや!!まだだ!!まだノヴァが止まってない!!」

 

「クソ!あのデカブツ、どうやって止めるんだよ!!」

 

「一体…どうすれば…」

 

「諦めないで!!何か、何か方法があるはずよ!!」

 

 巨大なノヴァを止めようと、第一部隊は思考するが島1つ分の大きさのノヴァを止める方法などすぐに思い付くはずもなかった。

 

「む、無駄だ。覚醒したノヴァは止まらない…」

 

 そんな第一部隊を嘲笑うように、ヨハネスは無慈悲な現実を突きつける。

 

「この私が珍しく断言する。不可能です…」

 

 そして戦闘が終わった事を確認したペイラーがヨハネスと同様の事を言いながらエイジスに姿を現した。

 

「なんとかならねぇのか!!博士?!」

 

「残念ながらヨハンの言った通りだ。溢れ出した泉が、ノヴァが止まることは…ない」

 

「ふざけるな!!何か…何か手があるはずだ!!無いのなら思い付いた事を片っ端から試してやる!!」

 

 だが、そんな簡単にノヴァを止める方法など思い付くはずもなく、ユウキは 左手で拳を作り、自分の額をコツコツと叩きながら思考する。

 

(考えろ…!!考えろ!!アイツを止める方法、手段!!何か…何か!!)

 

「アラガミの行き着く先は星の再生…やはりこのシステムに抗うことはできなかったようだ。」

 

「ふざけるな!!ここまで来てそんな事…俺は認めねぇぞ!!」

 

 ソーマもまた抗えない運命だからと言って何故そんなものに従って死なねばならないのかと、焦りと怒りを露にしている。

 

「そう…それでいいのだ…ソーマ…お前たちは早く箱舟に…」

 

 『ゲフッ』と咳き込むと同時にヨハネスは血を吐く。

 

「支部長…貴方…もう…」

 

「余計な事は気にするな…もとより…あの船に私の席は…ない…」

 

「何ですって!?」

 

 思考しながらもユウキは『やっぱりそうか…』と思っていた。本当に自分達を殺してアーク計画を完遂するつもりならば、アルダ・ノーヴァの火力と特性を考慮して最初から最高火力で自分達に襲いかかればものの数秒で片がつく。

 それに、アラガミの居ない新たな世界に降り立つつもりならば、アラガミに取り込まれるなどと言う手段は取らなかっただろう。

 

「私は世界に多くの犠牲を強いた大罪人だ…新たな世界を見る資格など…無い…後はお前たちの…仕事だ…ふふ…適任だろう?」

 

「親父…」

 

 ソーマがヨハネスの事を『クソ親父』ではなく『親父』と呼んだ。これまでのやり取りでヨハネスが決して私利私欲のために動いていたわけではなかったと知って少しヨハネスに対する認識が変わったのだろう。

 

「アイーシャ、すまない…私たちは結局、こんな争いの先にしか答えを探せなかった…私たちは、君に償えたと言えるのだろうか…?」

 

「母さん…ノゾミ…ごめん…!約束…守れなかった…」

 

 ペイラーとコウタが諦めたように懺悔すると、ユウキはそんな雰囲気を払拭するように声を大にして叫ぶ。

 

「諦めるな!!アイツを止めれば良いんだろ!!」

 

「つっても…あんなのどうやって止めるんだよ…」

 

 コウタの問いに1つ思い付いた策がある。そしてそれはユウキやソーマの様な神機との適合率が異常に高い者であればもしかしたら出来るかもしれない事だ。

 

「喰う!!」

 

「えぇ?!」

 

 ユウキがあまりに奇想天外な事を言い出すのでコウタは思わず耳を疑った。

 

「アイツを喰い尽くす!!」

 

「そ、そんな事出来るわけないわ!!あんな大きさのアラガミをどうやって?!」

 

 サクヤも物理的に無理だと言うがユウキはそんな事お構いなしにミズチを展開する。しかし、何時ものミズチではなく全体的に紫色に着色され、所々淡い紫色に発光している三股の捕食口だった。

 

「俺は諦めない!!この世界で皆と生きる!!大勢の人を殺さずに済む…そんな方法を見つけるんだ!!」

 

 ユウキがコアに左手を添えると、少しずつ捕食口が巨大化していく。

 

「す、少しずつ…大きくなっていく?!」

 

「で、デカイ…!」

 

 ユウキが力を込めると、捕食口はさらに早く巨大化していく。

 

「も、もう少し…もう少しだ…!力を…貸してくれ!!相棒!!」

 

「す、スゲエ…」

 

「なんて大きさなの…ノヴァとほぼ同じ大きさの捕食口なんて…」

 

 ユウキが叫ぶと、それに呼応す様に一気に捕食口がノヴァよりも少し小さいと思えるような大きさになる。しかし、力の入れすぎなのか、神機に侵食されいるのか分からないが、ユウキの身体中の血管は異常なほど浮き出ていた。

 

「あと…ほ、ほんの…少し…!!」

 

 ユウキが奮闘する中、突如シオの体から触手が伸びて床に絡まり始めた。

 

「シオ!!」

 

 シオの変化に気が付いてソーマが思わず声をあげる。すると地鳴りが止まり橙色の輝きが失われて、ノヴァが活動を停止する。

 

「ありがとね…」

 

「…え?」

 

 突如辺りにシオの声が響いくと同時に橙色に光っていた所が青色に輝き、全員が驚く。

 

「みんな、ありがと。」

 

「これは…」

 

「シオ…なのか…?」

 

 聞き間違いかと思い、全員が戸惑っていると再びシオの声が響く。未だに信じられず、サクヤとソーマは確認するようにシオに語りかける。

 

「シ、シオ…」

 

「まさか…ノヴァの特異点となっても…人の意識が…残っているなんて…」

 

 予想外の事態にユウキとペイラーは放心した。そのせいで巨大化した捕食口も無意識に解除して霧散していく。

 そして、地鳴りをさせながらノヴァがゆっくりと上昇していく。

 

「ノヴァが…上昇していく?!」

 

「シオ…お前…何をするつもりだ!?シオ!!」

 

「お空の…向こう…あの、まあるいの…」

 

 シオが何をしようとしているのか分からず、サクヤとソーマが何をするつもりか聞くがシオは脈絡のない事を言っている。

 そしてシオの言う空の向こうの 丸いものと言えば1つしかない。

 

「えへへ…あっちの方が、お餅みたいで美味しそうだから…」

 

「ま、まさか…!!ノヴァごと…月へ…持っていくつもりか!!」

 

「シオ!!アイツまだ生きてるんだろ?!榊!!!!」

 

 シオが生きていると分かると、コウタはペイラーの胸ぐらを掴んで助ける方法は無いのかと問い詰める。

 

「わ、私にも分からん!!ただ…そんな事が…!!」

 

 ペイラー自身も何が起こっているのか分からず、混乱しているとシオが再び語りかけてくる。

 

「分かるよ…今なら…分かるよ…皆に、教えてもらった。本当の『人間の形』…」

 

「シオ…」

 

 シオなりに人間というものが何なのか答えを見出だしたのだろうか。ユウキ達が混乱しているのを余所に、シオはなおも語り続ける。

 

「食べることも…誰かのために、生きることも…誰かのために、死ぬことも…誰かを許す事も…それが、どんな形でも…皆、誰かと繋がってる。」

 

「何言ってんだ?!戻ってこいよ!!」

 

 コウタはシオが何を言っているのか分からず、早く戻ってこいと言うがシオは聞き入れてはくれない。

 

「シオも皆といたいから。だから今日は、サヨナラするね。皆の形…好きだから…偉い?」

 

「全然…偉くなんか…ないわよ…!!」

 

 シオが何をするつもりかようやく理解が追い付いたアリサが泣き崩れる。

 

「へへへっ…そっか…ごめんなさい…」

 

 するとノヴァの上昇が止まる。シオのコアが抜き取られたときに使った触手が未だにシオの体と繋がっているからだ。

 

「もう…行かなきゃ…だから、お気に入りだったけど…そこの、『お別れしたがらない』…自分の『形』を…食べて…」

 

「そんな事…出来るわけないだろ!!」

 

「ソーマ…美味しくなかったらごめん。」

 

 皆が助かるにはシオの体を喰うしかない。そしてシオ自身も皆を守るためにそれを望んでいる。

 

「…1人で勝手に決めやがって…」

 

「だけど…お願い…離れてても…一緒だから…」

 

 シオの最後のワガママを叶えてやろうと、ユウキが口を開く。

 

「…ソーマ…頼む…」

 

 ユウキの言葉でソーマはシオの元に歩き出す。その途中、下を向いているユウキを横目に見る。顔を伏せているがボロボロと大粒の涙を流している。

 そしてソーマはシオの前に来ると、捕食口を展開する。だが、すぐには捕食せずにノヴァとなったシオに向かって話しかける。

 

「シオ!!必ず迎えに行く…だから…良い子で待ってろ!!」

 

 シオへのメッセージを伝え終わると 、ソーマはシオの体を捕食した。

 

「ありがとう…皆!!」

 

 シオの最後の言葉が聞こえると、ノヴァが黒から白に変わって、勢いよく上昇する。その勢い地上に根のように張られたノヴァの一部を引きちぎりながら月へ向かう。そして宇宙に出るとノヴァは地上からでも見えるような大輪の花を咲かせて月を喰らい、新たな命を作り出していく。

 その途中、光の粒子がまるで雪の様に地上に降り注いだ。そしてソーマはその様子を記憶に焼き付けておこうと、周りがよく見えるようにフードを脱ぐ。そして目の前に降りてきた粒子を掴み取り、何かを誓うように目を閉じた。

 

「行こう…シオが守ってくれた世界…俺たちの手で守らなきゃ…」

 

 しばらくその幻想的な景色を見ていたが、ユウキの帰還命令で第一部隊はエイジスから引き上げようと踵を返す。

 しかし、ユウキだけはその場から動かなかった。

 

「支部長…まだ、生きてますよね?」

 

『…ぁぁ…』

 

 ユウキの問に弱々しい声でヨハネスが応える。

 

「以前話した『カルネアデスの板』…あれの答えをまだ言ってなかったですよね…」

 

『聞かせて…もらおう…』 

 

「俺が泳いでもう1人が舟板に掴まる…俺が疲れた替わってもらってもう1人が疲れたら俺と変わる…これが俺の答えです。」

 

 それを聞いた途端アルダ・ノーヴァとなったヨハネスは力尽きようとしているにも関わらず、大きく目を見開いて驚きた顔をしていた。

 

『フ…ハハ…最低な…答え、だ…命題の…解答…に、すら…なってない…とはな…』

 

 ヨハネスの言う通り、ユウキの答えはどちらが生きるか、或いはどちらが死ぬかと言う答えですらなかった。2人共生きると言った事やもう1人が協力してくれる事が前提だったりと無茶苦茶な解答だった。

 

「分かってます。でもあれは生きるか死ぬかを選ぶ命題ではなく、正しいか正しくないかを問う命題のはず…それについては正しくないと思って…でも自分が死ぬのも嫌だ…だから、協力して2人共生きる方法を探す道を選ぶ事にしたんです。」

 

『…』

 

 ユウキが自身の答えを得て、どんな考えに至ったかを語るが、ヨハネスからの返事はない。

 ユウキはヨハネスの命が尽きようとしている事を察し、ゆっくりと倒れているアルダ・ノーヴァに近づく。

 

「支部長…貴方の意思は俺達が引き継ぎます。多分貴方が思い描いた世界にはなりません…でも、貴方が目指した…人がアラガミに怯えることなく生きていける世界…そんな世界を作っていきます。」

 

 神機を逆手に持ち変えながら捕食形態に移行して、倒れているアルダ・ノーヴァの胸部…人間で言うと心臓に位置する場所の真上に持ってくる。

 

「…だから、アイーシャさんと…空の上から見守っててください。」

 

『…』

 

 もうヨハネスからの返事は返ってこないがまだ微かに息がある。だが、息があるのは彼がアラガミに取り込まれた故だ。そしてユウキは神を喰らう者…ゴッドイーターだ。ならばやることは1つしかない。

 

「さようなら…ヨハネス支部長…」

 

  『グチャ!!』

 

 ユウキはヨハネスに別れを告げると、嫌な水音と共にアルダ・ノーヴァのコアを喰らう。

 

「っ?!ユウ?!」

 

 突然後ろから血が吹き出る様な音が聞こえてきた。後ろにはユウキがいたはず。何かあったのではないかと思い、アリサが慌てて振り向く。

 

「何でもない。アルダ・ノーヴァのコアを回収しただけだよ。」

 

 ユウキが応えると同時に、それを証明するようにアルダ・ノーヴァが霧散していく。戦いは終わったがどこか浮かない表情のまま、ユウキはその場で佇んでいたが、すぐに皆の元に歩き出す。

 

((ありがとう…))

 

「っ!!」

 

 突然後ろから聞いた事がある男女の声が重なって聞こえたように感じて、ユウキは思わず勢いよく振り向く。しかし、後ろには誰も居ない。本当にただ聞こえた気がしただけのようだ。

 

「…ユウ?」

 

 コウタが不審に思い、恐る恐るユウキに声をかける。

 

「いや…何でもない…」

 

 そう言ってユウキは再び皆の方に向き直る。

 

「帰ろう…アナグラに…」

 

 そう言った時のユウキの表情は、さっきの様な浮かない表情ではなく、どこか落ち着いていてフワリとした優しい笑顔を向けていた。

 

 こうして、人の手によって作り出されたノヴァの驚異は去った。しかし、まだ、アラガミはこの地上を闊歩し続けている。そう、神の摂理さえもねじ曲げてしまった俺達に…楽園など与えられるはずもない。

 ただ、あの日を境に…俺の神機は天使の羽のような真っ白い色に変わっていた。月に遷都した神が人間に残した物は…この真っ黒なままの地球で永遠に…罪を償い続けるための道だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして同時に…人類と言う存在にとって最善の選択ではあるが、後に最悪の結末をもたらすであろう未来も回避された。しかしそれは、1人の男を■=〇■□〇〇への序曲が始まるきっかけでもあったのだ。

 その■■◻・=したとき…その男の■■…◻◻◻…そし▲■◻さえも〇▲せる事になるとは…このときの俺達は…知る由もなかった。

 

          極東支部第一部隊活動手記

           著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カチッ』

 

 ■〇■■=が=〇■った。

 

To be continued




後書き
 これにてアーク計画編、最終話となります。シオが皆と一緒にいられる未来を信じて『今日はサヨナラするね…』と言ったのかと思うと胸に来るものがありますね。人間の心や生き方、在り方はそれぞれ違うが、それは何処かで誰かと繋がっていて、いつか巡り会うとシオが第一部隊と過ごして学んだ結果なのではないかと思ってます。
 最後は皆とシオの絆が起こした奇跡ですね。ちなみに月を捕食した際の花は百合の花に見えたので、百合の花言葉を調べてみたのですが、『純粋』『無垢』『威厳』だそうです。シオの性格を表しているとともに、ヨハネスやアイーシャが純粋に人類救済を望んでいた事も表している様に思えました。
 アーク計画編はこれにて完結ですが、恐らく後日談的なものを一話入れた後、バースト編に入る予定です。少し間が空くとは思いますが、また読んでいただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after1 希望

 明けました!!本年もよろしくお願いいたします!!
 今回はアーク計画編後日談です。久し振りに書いたので随分と下手くそになった気がします…


 -ラボラトリ-

 

 ペイラーが部屋で端末を操作し、研究のデータをまとめていると突然ラボラトリの扉が開いた。

 

「うへぇ…やっと誘導終わったぁ…」

 

「いやぁ御苦労様!!」

 

 疲れた様子でユウキがラボラトリに入ってくると、即ソファーに座ってぐったりと机に突っ伏した。

 そんなユウキの様子を見たペイラーが労いの言葉をかけるが、相変わらずユウキはぐったりして顔だけをペイラーに向ける。

 

「うぅ~…あんなに沢山の人と話すのは苦手なんですけどねぇ…」

 

「ふふ、これも人生に置いて貴重な経験の1つさ…何はともあれアーク計画を止めてくれた事と言い、避難者の受け入れと誘導と言い、本当にお疲れ様。」

 

 ユウキ達第一部隊はアーク計画を止めて極東支部に戻ったはいいが、休む間もなく宇宙船で終末捕食で滅ぶはずだった地球から脱出した避難者の誘導や受け入れの手伝いをしていた。

 そしてその中にはブレンダンやシュンにカレル、エドワードなど見知った人物も何人か見かけた。彼らの一部からは侮蔑を込めた視線にさらされたり、慣れない作業をした事でユウキは疲れきっていた。

 

「でも…ヒバリさんはこの後も宇宙船から帰ってきた人の行き先の振り分けやヘリへの誘導が残ってるんですよね…あれを笑顔で乗り切るんだから、何て言うか…ただただ凄いですよね…」

 

「そうだね…さて、皆の予定はどうかな?まだ集まれないかな?」

 

 ユウキは体を起こしながらそれを聞いた後、全員の予定を思い出しながら天井を仰ぐ。と言うのも、今回アーク計画でヨハネスと戦った者とサポートした者は各々の仕事が終った後、ペイラーから呼び出しを受けていた。

 

「えっと、リッカは制御ユニットの調整中で呼べば多分すぐにでもこれると思います…サクヤさんとアリサはリンドウさんのお墓参りとアーク計画の件を報告、コウタは家族の様子を見てくるので少ししたら戻って来ると思います。」

 

「なるほど…後はソーマとヒバリ君とツバキ君だね。予定は分かるかい?」

 

「ソーマは宇宙船が不時着した地点の最後の安全確認なのでまだ少し時間がかかると思います。後はさっきも言った様にヒバリさんは最後の誘導です。ツバキさんは…どうでしょう?事後処理ですかね?」

 

「ふむ…皆が集まるにはもう少しかかりそうだね。」

 

 ユウキがペイラーから呼び出されているメンバーの動向を知っている範囲で伝える。ちなみにユウキが誘導の後、すぐに極東支部に帰されたのは、既に塞がってはいるものの腹に穴を開けられたのを心配されての事だった。

 

「それにしても…アーク計画で支部長との決戦に関わった人達を集めて話がしたいって言ってましたけど…何の話ですか?」

 

「それは皆が集まってからだよ。大事な話だからね。」

 

「そう…ですか。」

 

 ユウキはずっとペイラーが何の要件でヨハネスと戦った者全員を集めるのか聞いてみたが、はぐらかされてしまった。

 

「あの、博士は…これで良かったんですか?」

 

 アーク計画が話題に出た事で、ユウキはアーク計画の一件で少し気になっていた事をペイラーに聞いてみる。

 

「アーク計画の事かい?後悔が無い…と言えば嘘ではあるが…傍観者に徹した私には本来、後悔する資格もない。」

 

「…」

 

 ペイラー曰く、間違った道を進んだ友を止めようともしなかった自分には、後悔する資格などないと言う事だったが、ユウキは黙ってそれを聞いていた。

 

「マーナガルム計画でアイーシャを失うことを知りながらも放置したり、アーク計画を止めることもなくこうなるまで傍観し続けた。本来なら止めるべきだったんだろうが、私はスターゲイザーという立場に徹した。ヨハンが私を恨むのも無理はない…」

 

「多分…支部長は博士の事を恨んでなんていないと思いますよ。」

 

「そんな筈はない…」

 

 ヨハネスから恨まれていたとペイラーは言うが、ユウキは真っ向からそれを否定する。

 

「支部長は『この混沌とした世界を作り出した一人として、自分の手でケリを着ける』って言ってました。支部長は戦いや殺しを利用したビジネスが蔓延する世界を作ってしまった事に対して、自分のやり方で責任を取ろうとしていたんだと思います。だから、博士に恨みとか憎しみとか…そんな感情は持っていなかったんじゃないでしょうか?」

 

「…」

 

 今度はペイラーが黙ってユウキの言葉を聞いている。

 

「それに、アーク計画を明るみに出してから…何か変な気がしてたんです。」

 

「何故…そう思ったんだい?」

 

 ペイラーの返事を聞くと、ユウキは以前感じた違和感を思い出して語り始める。

 

「うーん…上手く言えないんですけど、俺の知っている支部長は慎重に物事を進める人です。その支部長が何て言うか…そう、反対派を煽っている様にも思えたんです。」

 

「…」

 

 再びペイラーは無言で聞いていると、ユウキは違和感の内容を話していく。

 

「支部長は多分、アーク計画に賛同する人の目星や、シオが特異点であって博士の部屋に居た事も気がついていたはずです。確実に計画を成功させるなら、アナグラを疑心暗鬼にするよりも、目星を着けた賛同者にのみチケットを渡して反対派や迷っている人の様な不確定要素は排除すると思うんです。」

 

「確かに以前とは違い、秘密主義で合理的、さらには確実な手を取ろうとする今のヨハンなら、そっちの方が彼らしいかもね…」

 

 危機的状況では早急な判断をしていたマーナガルム計画とは違い、慎重に慎重を重ねて進めたアーク計画だ。反対派を煽った結果、アーク計画を止められるなど、ヨハネス自身が許さないだろう。

 

「…ここから先は、完全に俺の推測です。多分支部長は…止めて欲しかったんだと思います。多くの犠牲を強いて、間違っていると頭の片隅で考えながらも…後戻り出来なくなった自分を…他でもない、親友である博士に…止めて欲しかったんだと思います…」

 

「…そう、か…そうかも知れないね…」

 

 『自分を止めて欲しかった。』そう聞くと、ペイラーは何となく納得した。

 

(ヨハンには…何度も少しぐらいは、心の内を見せて欲しかったと思ったものだが…でも、あの事件以降…変わってしまったヨハンと言葉を交わす度、余計に彼が分からなくなってしまった…)

 

 ヨハネスからメッセージを受け取り、久し振りに会いに行き接していくうちに、以前のヨハネスから変わってしまったのだと痛感していった事を思い出していた。

 

(でも彼は…ユウキ君はそんなヨハンの事を…悩んで、考えて、自らの答えを導く過程で、自分なりにヨハンについて理解しようとしていたのだろうね…

 

 ユウキは自分の考えを纏めるために、ヨハネスの思考を自分なりに掴んだのだろうとペイラーは解釈した。

 

(それに比べて私は…スターゲイザーと言う立場に拘り、ヨハンの事を理解することを諦めていたようだ…これから先、他人を受け入れる上で大事な事を分かっているこの子のような若者が…未来を作っていくのだろう…)

 

 ペイラーはもうヨハネスの事が理解出来ないと諦め、傍観に徹した事をようやくハッキリと後悔した。そして、この先の未来には何が必用なのか理解し始めていた。

 

(…私ももう…潮時なのかも知れないね…)

 

「博士?」

 

 会話が終わると、ペイラーは突然考え込む様に黙ってしまった。『変な事を言っただろうか?』と思い、ユウキはペイラーに話しかける。

 

「ん?ああ、ごめんごめん!ちょっと考え事さ。さっきの君の発言で、色々と考えさせられてね。」

 

「あ…そ、そうですか…」

 

 ユウキは何処か釈然とはしなかったが、ペイラーが話を蒸し返さない辺り、この話はもう触れない方が良いのだろうかと考えていると、ペイラーが珍しく大きな声で話を強引に切り替える。

 

「あ!そうだ!どうせ集まるなら祝勝会って言うのはちょっと変かも知れないけれど、少し良い食材を使った食事会でもどうかな?」

 

「良いですね!でも、そんな食材何処に…あ"っ!!」

 

「ど、どうしたんだい?!」

 

 今度はユウキが大きな声をあげ、ペイラーが動揺する。

 

「特務の報酬で貰った高いブロック肉が冷蔵庫に入れっぱなしになってたんだった!!丁度いいから食べてしまおう!!」

 

「ふむ、良いアイデアだね。ならユウキ君の部屋に集まる事にしようかな?」

 

 以前、特務の報酬で手に入れたブロック肉を放置したままだった事を思い出した。2週間ほど前の物なので痛んでいる可能性が高いが、ユウキはせっかくなら皆で食べようとアホな事を考えていた。

 

「何の話ですか?」

 

「あ、お帰り!アリサ、サクヤさん。」

 

 そんな話をしていると突然ラボラトリの扉が開いてアリサとサクヤが入ってきた。

 

「ただいま戻りました。何だか楽しそうな声が聞こえてきましたけど?」

 

「集合場所をユウキ君の部屋にして、ちょっと良いお肉でも食べようって事になってね。私からの話もそこでしようと思うんだ。」

 

「でもあの部屋にそんなに入れるでしょうか?」

 

 アリサがもっともな質問をすると、ユウキは集まる予定の人数を指折りして数え始める。

 

「9人…だよね?ギリギリきついかな?」

 

「まあ、その辺は入ってから決めれば良いさ。取り合えず先に行っててくれ。私は連絡を回してから行くよ。」

 

 どうやらペイラーは後から来るようだ。ユウキとサクヤとアリサは ユウキの部屋に移動するため、エレベーターに向かった。

 

「おっ!!皆揃って何処行くの?」

 

 ちょうどコウタがエレベーターから降りてきた。

 

「集合場所がユウの部屋に変更になったんです。」

 

「あ、じゃあ結構良いタイミングだったかな?」

 

「だね。じゃ、行こうか。」

 

 コウタに集合場所が変更になった事を伝えると、ユウキ達はエレベーターに乗り込んだ。

 

 -ユウキの部屋-

 

「…なあ…」

 

「…えっと…」

 

「これ…食えるの?」

 

 そう言うコウタの視線の先にはユウキが冷蔵庫から取り出したブロック肉があった。しかし、その肉はユウキが受け取った当時とは違い、今はとても美味しそうには見えなかった。

 

「ちょっと黒くなってるけど火を通せば食えるでしょ?」

 

 しかし、痛んでいようが火を通せば食えると豪語するユウキをコウタが慌てて止めに入る。

 

「いやいやいやいやいや!!絶対ヤバイって!!腹壊す!!」

 

「…若干…白カビ?が生えてるのがまた…余計に危なそうにみえるんですけど…」

 

 アリサの言う通り、肉の表面は黒ずみ、白い小さな斑点も着いていた。

 

「あら、これくらいなら大丈夫よ。熟成肉になり始めてるってとこかしら。カビてるところを削いじゃえば火を通して食べられるわ。」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 サクヤが表面を切り落とせば食べる 事が出来ると言うが、アリサは懐疑的な目でサクヤを見ていた。

 そんな視線の他所にサクヤは肉を受け取ると、キッチンで包丁を探し出して肉の表面を大き目に削ぎ始める。

 

「え?!そんなに削いじゃうの?!」

 

「何か勿体ない気が…」

 

「でも食べたらお腹壊す程度じゃ済まないわよ?」

 

 サクヤの言う通り、カビている以上正しい加工をしなければ、病原菌が付着して過敏性肺臓炎や食中毒による弊害、最悪の場合死に至る。今回は偶々上手くいったが、普通ならばカビた肉を食べようとする者など居ないだろう。

 それでもユウキは物欲しそうに棄てられる部分を見ていたが、来訪者を知らせるブザーが部屋に響いた事で、ユウキの注意は肉から逸れていった。

 

『あ、ユウ。今入れる?』

 

「うん。どうぞ、上がって。」

 

「お邪魔しまーす。」

 

 扉が開くとリッカが部屋の中に入ってきた。リッカはキッチンに調理道具が出ている毎に気が付くとある事を思い付いた。

 

「あ、料理する?私も良いかな?」

 

 久し振りにキッチンに立つので、若干不安はあったが久し振り料理をしようと思い立ち、サクヤも続いてリッカもキッチンに立つことになった。さらにユウキも料理に興味を持ち、狭いキッチンには3人が入る事になった。

 

 -30分後-

 

 肉が焼ける音が響く室内で、1人の男が緊張した顔立ちでフライパンを握っていた。

 

「ほら、お肉の側面が全部焼けたわ。後は普通に表と裏を焼くのよ。」

 

「は、はい!」

 

 ユウキがやった事は料理としては至極単純で、肉の表面を削ぎ、下ごしらえに塩を振り、熱したフライパンで火加減を調整しながら肉を焼くだけだった。作業自体は簡単だが、ユウキにとって料理その物が始めての体験だったため、後ろからサクヤが手順を説明しながらユウキを指導していた。そんな中、隣で作業しているリッカから声がかかる。

 

「うん。トマトソースもいい感じに出来上がってきた。」

 

「ホント?あ、いい匂い。」

 

「ふっふーん!!でしょう?」

 

 その光景は端から見れば同棲カップルや新婚夫婦の料理風景のように見え、アリサは慌てて立ち上がりながら声をあげる。

 

「あ、あの!私も手伝います!!」

 

「やめろアリサ!!殺人現場にする気か?!」

 

「なっ!!し、失礼ですね!!今度はちゃんとレシピを見ながら料理するから大丈夫です!!」

 

 ギャーギャーと2人が騒いでいると、スピーカーからブザーが聞こえると『入るぞ。』と短い声が響き、その後すぐにソーマが現れた。だが、相も変わらずアリサとコウタが騒いでいるのが真っ先に目についた。

 

「何をしている?」

 

「ソーマ!!早くアリサを止めるの手伝え!!でないとデス☆ポイズンクッキングが始まるぞ!!」

 

「コウタさっきから失礼ですよ!!ドン引きです!!」

 

 ソーマはコウタの話からアリサは料理が出来ないと察しがつき、しばらく言い争っている2人を白い目で見ていた。

 アリサがキッチンに立とうとしているのを前回の手料理による被害者であるコウタは任務の時以上に真剣になってアリサを止めているが、端から見れば茶番にしか見えない。ソーマはため息をつきながらアリサとコウタに物申す。

 

「料理なら出来る奴に任せるのが一番だろ…何か手伝いたいなら出来る事をやればいい。」

 

 『上開けるぞ。』と言いながらソーマは吊り戸棚を開けて食器類を取り出し並べていく。

 

(お、お皿の準備始めてます…)

 

(な、何か可愛い光景だな…)

 

 成人手前の青年がチビッ子のお手伝いの様な事をしている光景を見て笑いを必死に抑えているコウタとアリサであった。

 

「すまない。遅くなった。」

 

「やあ、もう大方集まったようだね。」

 

「はい。あとはヒバリさんだけですね。」

 

 ソーマが食器の準備をしていると、ペイラーとツバキがやって来きた。ペイラーは部屋に来ると呼び出した人がほぼ揃っている事を確認する。ユウキの言った通り、ヒバリは宇宙船で避難した者の誘導や振り分け、案内をしている。全員が手伝いを申し出たが、『大丈夫です!!皆さんが頑張ったのに私だけ甘える訳にはいきません!!』と皆には休むように言ったため、この中ではヒバリだけがまだ集まっていない。

 

「そう言えば、お前の料理なんて食べるのはいつ以来だったか…」

 

「ふふ…残念ですけど、私が作ったのはこれだけですよ。」

 

 そう言いながらいつも間にか肉が焼き終わり、空いたキッチンでサクヤはジャイアントトウモロコシをすりおろして作ったコーンスープを火にかけながらかき回している。

 皆が準備を進め、料理もほとんど準備が終わったところで、ユウキの部屋に慌てて入ってきた者がいた。

 

「すみません!!遅くなりました!!」

 

 走って来たのか、息を切らせながらヒバリが現れた。

 

「あ、ごめんなさい…結局何もお手伝い出来ませんでした…」

 

 部屋に料理が並んでいるのを見て、準備がほぼ終わりである事を察したヒバリは申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ふふ、もうすぐ準備も終わるから皆と一緒に待ってて。」

 

 だが、ヒバリはついさっきまで仕事で忙しかった事は全員が分かっている。サクヤがヒバリに待っているように伝えると、ヒバリはまた申し訳なさそうに談笑の輪に入っていった。

 

 -食後-

 

 皆が用意した料理に舌鼓を打った後、全員で談笑している。特にどの料理が旨かっただの、素材から高いものを使うと旨いだのと話していると、いつのまにかアルダ・ノーヴァとの決戦の話しになった。

 

「…にしても、攻撃に夢中であの時は気がつかなかったけど、最後の攻撃の威力は凄かったよな。今まで攻撃なんて全然通らなかったのに、バーストした途端1度の攻撃で色んな所が結合崩壊しちゃったんだから。」

 

「あれが制御ユニットの威力だよ。その話を聞く限りでは運用は成功みたいだね。」

 

 コウタが興奮しつつも当時の事を語り、たった一撃でアルダ・ノーヴァの至るところを結合崩壊させた事を思い出していた。

 強力なアラガミバレットを使ったとは言え、一瞬のうちにあらゆる部位を破壊出来たのはやはり制御ユニットのお陰なのだろう。

 

「さて、話の途中ではあるが、少し私から話があるので聞いて欲しい。」

 

 そんな会話が盛り上がっている中、ペイラーは突然立ち上がって全員の注目を集める。

 

「今回の一件、アラガミが闊歩する世界を終わらせ人類を救済する事がヨハンの目的だった。そう言う意味では、むしろ正しかったのはアラガミの根絶と人類と言う種の保存を両立させたアーク計画の方だ。」

 

 ヨハネスのアーク計画は全てにおいて間違っていた訳ではない事を伝える。

 

「結果的に我々人類は、終末捕食と言う時限爆弾を抱えて生きていく事になった。だが、第一部隊とアラガミであるシオが本当の意味で仲間となっていく所を見て確信したよ。人とアラガミの共生は可能だと。」

 

 第一部隊のメンバーとシオが心を通わせた様に、その規模はいつか大きく拡大して、世界中の人間とアラガミが共に生きる事は可能だとペイラーは確信した。

 

「人とアラガミがで手を取り合って生きていく世界…願わくば君達も、同じ世界を望む仲間として力を貸して欲しいのだが…」

 

「当然!」

 

「もちろんです。」

 

「ええ…誰もが戦う必要の無い世界を作りましょう!」

 

「フッ…ならシオが大手を振って帰って来られる世界にしないとな。」

 

「技術面でのサポートは任せてよ!」

 

「私も微力ながらお手伝い致します!」

 

「私もこの試みに力を貸そう。」

 

「うん。皆となら…きっと理想とする世界を作り上げる事が出来る。」

 

 誰一人とペイラーの理想を否定する者は居なかった。ここにいるものは直接的にも間接的にもシオと第一部隊が本当の仲間となり、絆を結んだ事を知っている者達だ。シオの事を知らないのならばともかく、アラガミが実際に人間と生活を共にした事を見聞きした者はその可能性を感じていたのだった。

 

「ありがとう。私も微力ながら影から支えよう…ともあれ、これで安心して隠居生活が…」

 

「ああ、その件ですが…当面の支部代理には博士を指名しておきました。」

 

「…ぇえ?!?!」

 

 ツバキの無慈悲な一言を聞くとペイラーから奇妙な声が出る。

 

「確実な人類の保存への道を断ったのが我々なら、その責任は我々が負うべきだ。それに、私達がアラガミとの共生等と言う世迷い言を目指すきっかけを与えたのは博士…貴方だ。貴方にはその事に対する責任も負ってもらわねばな。」

 

「ぅぅ…私の…隠居生活が…」

 

 ツバキの言い分にぐうの音もでないペイラーが項垂れていると、ツバキが今回の締めに入る。

 

「さて、そろそろいい時間だ。今回の一件、皆本当にご苦労だった。最後にリーダーである神…いや、ユウキの一言で締めようと思う。」

 

「う"ぇ?!?!」

 

 ユウキが奇声を上げながらツバキの声に反応する。

 

「えっと、博士が言った『人とアラガミが共生する世界』…何から手をつければ良いのか、まだ全然分からない…けど、俺達が目指すものは、きっと俺達の世代だけでは片がつかない大きな問題が山積みになっていると思う。でも…もしそうなったとしても、俺達の次の世代やその次の世代が、アラガミとの共生に希望を持てるような…そんな世界にしていきたい。」

 

 ユウキがシオとの体験を思い出しながら自分の目指す世界を思い描く。アラガミであるシオと共に過ごした様に、誰もがアラガミと共に手を取り合える世界にしたいと語る。

 

「『共に在る』だけじゃなく『共に生きる』…それが当たり前になって、誰もが命のやり取りなんてしない世界…そんな世界を一緒に創っていこう。」

 

 ユウキの決意を聞くと、全員がうなずく。

 

「よし。ならまずは人が生き残る必要もあるし、研究資金や資材は本部から搾り取ってやる!!」

 

 右腕をグリンッと回しながら黒い事を言い出した。これを聞いた全員が『最後の一言がなければ良い話で終わったのになあ…』と思ったのだった。

 

Next Part 51




Norn -登場人物-

 神裂ユウキ
 性別:男
 年齢:16(?)
 誕生日:6月14日(仮)

使用神機
 刀身:火刀改、氷刀新、雷刀、護人刀
 銃身:ガストラフェテス改
 装甲:ティア・ストーン硬、汎用シールド

 外部居住区で窃盗を繰り返しながら生計を立てていた孤児の少年。ある日リンドウに拾われた事で新型ゴッドイーターの適正が発覚した。
 しかし、フェンリル入隊当初は無口で無表情だったため 、周囲からは気味悪がられていた。さらには新型と言うだけで粋がっていると勘違いされて周囲からは辛辣な扱いを受けていたが、コウタとのコンゴウ討伐任務にて声と表情を取り戻す。
 その後、リンドウがK.I.Aとなり精神が崩壊したアリサを支えて復帰させて第一部隊を立て直した功績と非常に高い戦闘能力を認められ、リーダーに抜擢される。
 しかし、不正があったのではないかと疑われたが、訓練漬けの毎日で一気に実力を付けた事で、一部のゴッドイーターからの評価はある程度改善した。
 リーダーになった後も訓練と実戦で経験を積み、短期間で禁忌種とも渡り合えるようになったが、ディアウス・ピターとの戦闘で臨死体験をする。その結果暴走しつつもディアウス・ピターを討伐。
 以降、脳のリミッターが外れやすくなり、危険時には異常な身体能力を発揮するようになる。
 また、神機と一体になる感覚を掴み、神機の能力を引き出せるようになった。
 アーク計画の内容を聞くと、計画に乗るか迷うが多くの人の考え方を知り、リッカの言葉で自身の理想とするゴッドイーターの姿を見出だした。
 その後、第一部隊を率いてアーク計画を潰したことで、評価は半々と言ったところに落ち着いている。
 シオと出会うことでアラガミとの共生が可能だと考える様になり、第一部隊や同じ志を持つ者とアラガミとの共生を目指すように。


【挿絵表示】


後書き
 お久し振りです。今回の後日談でアーク計画編は完全に終わりました。新しい希望を胸に次はバースト編です。半オリジナルな感じになると思いますので期待せずに待っていて下さい。
 今後は物語が一区切りつく度に少し詳しく用語解説やオリキャラ、オリアラガミ、オリ設定の解説もやっていこうかと思います。
 あ、ご家庭で熟成肉を作るのはとても危険だそうなので真似しないで下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リンドウ救出編
mission51 不仲


バースト編開始です。3回も戦闘描写を入れたせいで最後の方は雑な仕上がりになった気が…


 突如現れたアラガミ…アルダ・ノーヴァの急襲により、エイジスは半壊…その崩落事故で、当時の極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールはエイジスが崩落により死亡。そんなフェンリル本部の『公式』見解と共に、アーク計画は粛々と闇に葬り去られた。

 多く犠牲の果てに得られた痛みと孤独は…癒される事のないまま、新たな戦いの日々に塗り重ねられようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -鉄塔の森-

 

  『キュララアァ!!』

 

 深い紫色の身体と言う毒々しい色のサリエル…『サリエル堕天種』が足を結合崩壊させられた事で声をあげて活性化する。

 

(強力な毒を含む光弾や毒霧、原種と比べて広くなった攻撃範囲…まあ、データ通りか。なら…)

 

 ユウキは既に得ていたサリエル堕天種の情報と実際との間で食い違いがないと判断すると、早々にこの任務を終わらせる事にした。

 

「そろそろとどめだ!!」

 

 ユウキは戦闘でデータを取る必要もなくなったとして、共に来ていたソーマとアサルト使いの新人の少女2人にとどめの指示を出す。

 ユウキはジャンプしてサリエル堕天種の胴体を体勢が崩れるの気にせずに全力で斬りつける。するとサリエル堕天種は胴体に深い裂傷が着いた。

 サリエル堕天種が体勢を崩し、その隙に新人2人の神機から弾丸が放たれて少しずつサリエル堕天種の体は傷付いていく。最後にソーマが飛びして、白く染まったイーブルワンを振り上げてとどめとなる…はずだった。

 

「っ!!」

 

 突如ソーマが神機の軌道を横凪ぎに変え、威力を加減して振り抜くと、ソーマの体は新人の方に跳んでいった。

 

  『グオォォオ!!』

 

「え?」

 

 新人の少女2人の真後ろから別のアラガミの鳴き声が聞こえる。少女2人が思わず後ろを見ると、すぐ近くまで赤と黄色を基調としたヴァジュラテイルが迫っていた。

 

「キャアァァァア!!」

 

「イヤァァァァア!!」

 

 いつの間にか大口を開けて迫ってきたヴァジュラテイルを見て、もう終わりだと感じて新人2人は悲鳴をあげる。

 

「ハァッ!!」

 

 短い掛け声と共にソーマがヴァジュラテイルを一撃で切り捨てて、新人2人をフォローする。

 ソーマはヴァジュラテイルを倒し、すかさずサリエル堕天種の方を見る。すると着地の際、装甲の展開を利用して地面スレスレでスライドするユウキが目についた。ユウキはアルダ・ノーヴァ戦以降、着地を考えなくて済むこの方法を良く使うようになった。

 スライドしつつ銃形態に変型する。水平移動と共に回転しつつもサリエル堕天種の頭を撃ち抜いた。

 ユウキが体勢を直す隙が出来たが、その間はサリエル堕天種は怯んで動けないでいた。再び剣形態に変型してサリエル堕天種に向かって走り出す。サリエル堕天種に向かってジャンプすると、ユウキの右腕から『ドクン!!』と強い鼓動を感じる。

 サリエル堕天種が体勢を立て直したら頃にはユウキは既に攻撃体勢に入っていた。

 

「くたばりな。」

 

 一言捨て台詞を残すと、ユウキは神機を振り下ろす。その瞬間サリエル堕天種は真っ二つに切り捨てられて絶命した。

 ユウキがコアの回収しているのを眺めていると、新人はようやく戦闘が終わったと理解した。

 

「た、助かったぁ…」

 

「こ、怖かった…」

 

 安堵した新人の少女2人がその場にへたりこむ。それを見たソーマが神機を担ぎながら2人に歩み寄る。

 

「ボサッとするな。そんなんじゃ命がいくつあっても足りねえぞ。」

 

 ソーマから厳しい叱責が飛んできて新人の少女2人はうなだれながら落ち込んだ。

 

「今すぐには無理だろうが、今度からは目の前だけじゃなく音や気配で周囲の敵を察知しろ。」

 

「で、でも…そんなこと…」

 

「出来る気が…」

 

 新人には難易度の高い要求に2人は顔を意気消沈しながら互いの顔を見合わせる。

 

「今すぐ出来るようになれとは言ってない。何か必要あれば手を貸すくらいはしてやる。」

 

「え?」

 

「ソ、ソーマさん…」

 

 ここまで鞭と言う名の厳しい言葉をかけてきたが、最後の最後で飴と言う名の不器用な優しさを与える。ここ1月の間ソーマは無自覚に飴と鞭を与え、特に新人を中心に信頼を得ていた。

 

「ほら、さっさと立て。帰るぞ。」

 

「…はい…」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 ソーマが女子2人を立たせようと手を差し出すと、2人の内1人は頬を染めながら蕩けた様な目でソーマを見てその手を取り、もう1人は自分で立ち上がった。こうやって信頼を得ると同時に無自覚に女子を落としていた。

 ここ1月の間で性格も丸くなった事もあり、新人とソーマの事を悪く思っていなかった人を中心にソーマのファンクラブが密かに出来上がりつつあった。

 

(また1人落ちたか…)

 

 今までに人と関わる事が少なかったため他人の心情に疎いユウキでも、あそこまであからさまに態度に出ていると流石に気が付く。気が付いていないのは当事者のソーマだけだろう。

 

(どう見てもイケメンな上、不器用な優しいさだからなぁ…そらモテるわな。)

 

 この1月でのソーマの変化に喜びながらも驚いていた。しかし、そんな平和(?)な思考もある気配を感じて打ち切る。

 

「ソーマ…2人を待機ポイントに…」

 

「いいのか?」

 

 どうやら気配はソーマも感じていたようだ。ソーマがユウキの心配をして加勢しなくても良いのか確認する。

 

「大丈夫!2人の事は頼むよ。」

 

「分かった。お前なら大丈夫だろうが…まあ、無理はするなよ。」

 

「りょーかい!!」

 

 ユウキがこやかに笑いながらソーマに返事を返す。

 

(あ、綺麗…)

 

 もう1人の新人の女子はそんな事を思いながら見とれている。すると、先に歩き出したソーマが彼女に声をかけると、ようやく我に返り待機ポイントに移動した。

 

  『グオォォ!!』

 

 雄叫びと共に犬の様な顔の女性に羽根が生えたシユウ…第二種接触禁忌種の『セクメト』がユウキの背後に降り立った。

 

(確か…セクメトだったか?パッと見シユウと大差ないようだが…)

 

 ユウキがセクメトの方を方に向き直り観察していると、挑発するように手招きをしてきた。しかしユウキも挑発し返すように、構える事なく自然体のまま棒立ちしてる。

 それをチャンスと見たのか、セクメトが摺り足でユウキに近づきながら右の翼手を振り上げる。

 ユウキは神機を両手で握り直しながら後ろに軽く跳んでギリギリで躱す。

 

(1回…)

 

 その後、振り抜いた右の翼手を左の翼手と合わせて両翼手を突き出して、はっけいの要領で両翼手から衝撃を与えるが、ユウキは右に跳びつつ体を捻り回避する。

 

(2回…)

 

 掌から衝撃を放ち、その勢いで後ろに軽く跳んだセクメトを追撃しようとユウキは前に出る。しかしユウキの追撃の直前でセクメトは着地し、両翼手を地面を叩き付けてセクメトの周囲に衝撃が走る。ユウキはジャンプしてセクメトの上に跳んで躱す。

 

「っ!!」

 

 セクメトが地面を叩くと周囲だけでなく、十字に地面が抉れていく。そのまま真後ろに降りて斬りつけるつもりだったが、咄嗟に空中でインパルスエッジを爆発させて滞空時間を稼ぐ。セクメトが姿勢を直している間にユウキはセクメトと背中合わせになるように背後を取り合り、回転しながら神機でセクメトを捉えつつ後ろに跳ぶ。

 

(チッ!!)

 

 ユウキは神機の力を引き出そうとするが今回は上手くいかず、ただ固い胴体を斬りつけただけとなった。アーク計画の後、ユウキは神機の力を引き出す感覚をほぼ確実に引き出せるようになったが稀に失敗してしまい、このようなただ斬りつけるだけの攻撃になってしまった。

 

(なら…バーストするまで!!)

 

 セクメトが振り向き様に火球を何度も投げつける。ユウキは横に走って火球を避ける。最後の巨大な火球が飛んでくると、ユウキは上に跳び回避する。

 すると、穿顎を展開してセクメトに急接近する。

 

  『ブジュッ!!』

 

 セクメトの右の翼手を喰い千切り、バーストする。しかそ、すかさずセクメトがユウキを振り払う様に回転してオラクル弾をばら蒔く。ユウキは後ろに大きく跳んで避けると、間髪いれずにセクメトが炎を纏って突進してくる。

 

(…3回目!!)

 

 ここまで限定的であるが一撃で倒せる機会を数えていた。結果、後隙が少なく、火を扱う事で間合いが変わったりしているが、基本的にシユウと大差無いことを確認すると、ユウキは体の右側を下にしながら上に大きく跳び、神機を両手でしっかりと握る。

 

「終わりだ!!」

 

 ユウキが全力で神機を振り抜くと、制御ユニットで強化した神機がセクメトを捉えると、一瞬にして真っ二つに切り捨てた。

 

「ふう…何とかなったか…」

 

 ユウキは息を吐いて1度落ち着くと、コアを回収しながらソーマに連絡を入れる。

 

「ソーマ?今終わった。そっちに行くよ。」

 

『了解した。さっさと戻ってこい。退屈で死にそうだ。』

 

 冗談を最後にソーマからの通信は切れた。ユウキはコアの回収を確認すると待機ポイントに向かった。

 

 -???-

 

 ユウキたちはソーマが運転するバギーで荒野を走っていた。極東支部への帰路の途中ユウキはあるものが目に入った。

 

「…ん?ソーマ、ストップ!!」

 

 ユウキが制止をかけるとソーマはブレーキを踏み、バギーを止める。

 

「何だ?」

 

「あれ、アラガミの死体…」

 

 そう言ってユウキは右前方を指差す。そこには倒れている複数体のアラガミから黒い煙を吹きながら倒れているのが見えた。

 

「ちょっと様子を見てくる。2人は待機。何かあったら俺達に構わず車で逃げて。」

 

 新人に待機と緊急時の指示を伝えると、ユウキとソーマはバギーを降りてアラガミの死体の方に向かって歩いていく。

 

「こいつは…」

 

「うん…まただ…」

 

 そこにはズタズタに切り刻まれたオウガテイルやコンゴウ、シユウ…数種類のアラガミが倒れていた。

 

「この1月でよく見かけるようになったが…一体誰が?」

 

「う~ん…アラガミ同士の喰い合いの結果なのかな?」

 

 アーク計画を潰してから一ヶ月の間、今回の様にアラガミがズタズタにされて発見されると言う事例が相次いでいる。倒されたアラガミはどれもノコギリを振り抜いた様に傷口はグチャグチャで、その様な傷が体中至るところに着いていた。しかもコアは過去のアラガミにおいて全て破壊されていた。例外なく摘出された形跡はない。

 このような事が続いたお陰で、討伐任務で現地に行くと討伐対象が既に倒されていて仕事にならないとぼやいてる神機使いが大勢いた。

 

「いや、それにしては不可解な点が多すぎる。恐らく違うだろう。」

 

 アラガミ同士の喰い合いならば恐らく跡形も残らずに喰い尽くすだろうと考えられ、ユウキの立てた仮説はすぐにソーマが否定する。

 とにかくアラガミの死体を調べようと近づくと、アラガミは黒い霧となって霧散した。

 

「あ、消えた…」

 

「少し遅かったみたいだな。帰ったら報告するぞ。」

 

 今までと同じ現象にあったが、詳しい事は何も分からなかった。極東支部に戻るとそう報告する事にしてユウキとソーマはバギーに乗り込んだ。

 

 -極東支部-

 

 ユウキ達が極東支部に着いたが、人が居るはずのエントランスで会話は一切なく、ギスギスとした空気が流れていた。

 

「う~ん…相変わらず…だな。」

 

「まあ、仕方ないと言えば仕方ないがな。色々と整理する時間が必要なんだろう。」

 

 1月前にアーク計画を潰した後から極東支部内の空気は完全に冷えきっていた。方舟に乗った者と乗らなかった者で直接的ではないが対立している、所謂『冷戦状態』だった。

 アーク計画に乗った者からしたら、残った者達は大勢の人助けて自分達が助かる道を閉ざした偽善者…アーク計画に反対した者からしたら、乗った者は皆を見捨てて自分だけ生き残ろうと癖にノコノコと帰ってきた卑怯者…互いが互いを敵視して敬遠している状態が続いていた。

 

「…でも早く色んな人と協力を取り次ぎたいんだけどな…」

 

 ユウキは頭を掻きながら本音を洩らす。今までに無い試みをしようとする中で、いつかは支部全体を巻き込んだ試験や実験を行う可能性がある。そうなると支部内で誰にもバレずに、コソコソと動き回るのは不可能だと考えて、ユウキは早めに協力体制を作りたいと思っていたのだ。

 

「だったら、なおさら皆が納得するまで待つべきだ。仮に今協力を取り次ぐ事が出来たとしても、最悪本部に密告されて邪魔されるのが落ちだ。特に何の成果も挙げてない現状では不審に思われても仕方がない。」

 

「…」

 

 だが、研究は現在動いてない…と言うよりは動けないでいる。研究のために何をどうしたら良いのかまだ分からないからと言う理由もあるが、何より資源も資金も無いため、動きようがないのだ。

 エイジスを解体出来れば何かしら動けるのだが、アーク計画の根城だった事もあり、今では本部がエイジスを管理している。そう簡単には解体することは出来ない。そんな現状で協力してくれと言っても何の説得力もないので、足蹴にされるのが落ちだろうと、ソーマの話を聞いた後、ユウキはそんな事を考えながら棒立ちしていた。

 

「さっさと報告するぞ。」

 

「…うん。」

 

 ソーマの声を聞くと、ユウキ小さく返事をしてペイラーが待つ支部長室歩を進めた。

 

 -支部長室-

 

「失礼します。」

 

 ユウキとソーマが支部室に入ると、書類の山に忙殺されて生気を失っているペイラーが目に入った。

 

「や、やあ…よく来てくれたね…」

 

「…この前よりも書類増えてないですか?支部長『代理』?」

 

 半月程前に支部長室に入った時は書類は机一杯に広がっている程度であったが、現在は書類が山の様に積み重ねられている。

 …比喩でなく本当に山になっている辺り、作業は進んでいないようだ。

 

「ん~『代理』と言うのが美しくないねぇ…まあこの際それは良いか。にしてもヨハンは良くこんな量の書類仕事をこなせてたねえ…」

 

「…書類仕事に専念すればいいんじゃ?」

 

 ペイラーは支部長職をこなす傍らで今でも研究を続けている。と言うよりは未だに研究がメインで、支部長職からたまに逃げている。それでは書類が片付かないのも無理はない。

 

「おい。さっさと本題に入るぞ。」

 

「ああ、ごめんごめん!!で?どんな報告かな?」

 

 何時まで経っても世間話ばかりしているので、しびれを切らしたソーマが強引に本題に持っていく。

 

「アラガミが切り殺されている事例に遭遇した。今度は旧工場跡地付近だ。」

 

 ソーマが簡潔に報告すると、ある程度察したのかペイラーは顎に手を添えて考え込む様な仕草をする。

 

「そうか…少しずつ範囲が広くなってるね。君たちが戦わなくても済むのは良い事ではあるんだけど、資源と資金が手に入らないのは痛いねえ…さて、どうするか…」

 

「エイジスが解体出来れば解決するんですけどね。まだ本部が所有権を主張してるんですか?」

 

「残念ながらね。今エイジスにはノヴァの残滓にアラガミが引き寄せられて危険地帯であると同時に、あらゆる資源の宝庫となっている。本部としてはこれを逃す手はないと言うのが本音だろうね。だだまあ、禁忌種なんかも大量に引き寄せられている様な危険地帯と言うだけあって、向こうも現状手出し出来ないでいる。お陰で第一部隊…特にユウキ君は休む暇も無いけれどね。」

 

 アーク計画を潰して以来、ノヴァ本体は月へと飛び去った影響で月は緑化してかなりの騒ぎにはなったが、 今は多少落ち着いている。

 それよりも、現状は地球に残ったノヴァの一部の影響の方が深刻で、他のアラガミを引き寄せる性質があるのか、世界中から禁忌種を始めとした強力なアラガミがやって来たり、新たなアラガミが発生したりしている。そのアラガミが途中で外部居住区に近づいたりするので、第一部隊はその対応に追われているのだ。

 しかし、裏を返せばエイジスはオラクル資源の宝庫でもあり、エイジス建設に使われた資材も多数残っているのだ。すぐには手に入らないが、取り合えず確保しておこうと言うのが本部の思惑だ。

 

「どうにかしてエイジスを取り戻せないですかね?」

 

「難しいね…アーク計画の様に、陰謀の根城にされると言ってこちらの所有権を認めないだろうね。」

 

 エイジスはアーク計画の隠れ蓑に使われた事があるため、また何か企みに利用するのではないかと警戒して、その可能性を摘むためにも本部はエイジスを管理する権限を主張している。さらにはあらゆる資源が手に入るのなら、管理権限を主張しない訳がなかった。

 どうしたものか…と考えていると、突然緊急事態を知らせる警報が極東支部に鳴り響く。

 

「襲撃か!?」

 

『緊急連絡!!エリアS33からS35にアラガミが侵入!!広域防衛戦になるため、出撃可能な神機使いはただちに出撃せよ!!繰り返す!!S33から35にアラガミが侵入!!出撃可能な神機使いはただちに出撃せよ!!』

 

 ユウキの予想通り、外部居住地が襲撃を受けている様だ。その場に居る全員が険しい表情になり、ペイラーから指令が入る。

 

「ユウキ君!!ソーマ!!緊急出撃だ!!」

 

「「了解!!」」

 

 ペイラーの指示で帰ってきたその足で再び防衛戦に参加する。ユウキとソーマは全速で現地に向かって走り出した。

 

 -外部居住区『S33』-

 

 ユウキが現場に着くと、既にアラガミが居住区に侵入していた。外に通じるゲートがあるS35ソーマを向かわせて、ユウキは小さな居住区があるS33に雪崩れ込んてきたアラガミの排除を始める。

 

「こちら神裂!!応援に来ました!!状況は?!」

 

『アラガミはゲート破って西側に流れてる…このエリアに最も多く入り込んでるわ。今の所一点から入り込んでるけど、いつ拡散してもおかしくないって所ね。』

 

 散らばり始めているアラガミの真正面に陣取り、向かってきたオウガテイル堕天種を切り捨てながら周囲を確認すると、既にアラガミと戦闘を始めている第三部隊を見つける。すぐに通信を入れるとジーナから返信があり、ユウキは現状の確認をする。

 

「部隊の配置は?!」

 

『第二部隊はS35のゲートを守ってる。第四部隊は比較的アラガミの少ないS34を担当してるわ。それじゃあ、指示をお願い。』

 

『はあ?!ふざけんな!!何でコイツの言うこと聞かなけりゃなんねぇんだよ!!』

 

 だがジーナが指示を仰ぐと、後輩に指示されるのが気に入らないのかシュンはジーナの言葉を足蹴にする。

 

『支部長代理の指示よ。通信が来てたでしょ?』

 

『シュンの言う通りだ。こんな偽善者の指示なんざ聞く気はない。』

 

 支部長代理であるペイラーの指示だと言い聞かせようとするが、カレルもシュンに同調してますます纏まりの無いチームになりつつあった。

 

「指示は出す!!聞くも聞かないも好きにすればいい。だが独断で動いた者を助けるつもりはない!!死ぬ時は独りで勝手に死ね!!」

 

 目の前の赤い体のザイゴート堕天種を切り捨てながらも、早く防衛戦に集中したいユウキは高圧的な態度で怒鳴りシュンとカレルを黙らせ、無理矢理言うことを聞かせる。指示を聞く気がないのなら端からそのつもりで、状況とこれからの動きを思考する。

 

(ざっと見て30か…この数なら1人でもどうにか出来るが…)

 

 ザイゴートを倒した後は3体並んでいる赤、黄、青のコクーンメイデンをまとめてぶった切る。

 それと同時に大まか敵戦力を分析する。ただ目の前の敵を倒しきるだけなら自分1人でどうにか出来ると判断するが、防衛戦では必ずしも倒しきる事を優先する事が正しいとは限らない。拠点、施設、そこに住む人達…これらを守りながら戦わなければならない。

 特に避難民の動きは本当に予測できない。火事場泥棒に野次馬、或いは戦場の様子を記録しようとする記者など、誘導に反して戦場に戻って来る者も守らなければいけないのだ。

 

「シュンさんとカレルさんは外周に流れたアラガミを掃討、ジーナさんは最後方で全方位を援護、正面と内側は俺がやります!!」

 

 正面からコンゴウが腕を振り上げて近づき、その堕天種は車輪のように回転しながら突進してくる。それを確認して、ユウキはポジションの指示を出す。

 ジーナは後ろに下がって前線からの討ち漏らしの処理、シュンとカレルは施設の少ない防壁のすぐ内側から抜けていくアラガミの処理を指示する。もっともこのときのユウキにはシュンとカレルは戦力としては数えていなかった。指示を聞かない、従わない可能性を考慮して敵が少ない場所を担当させた。

 

「ジーナさんはここが落ち着き次第第二部隊の援護!!その後はタツミさんの指示に従って下さい。」

 

 ジャンプして体を勢いよく左に捻り、殴りかかってきたコンゴウの顔面を蹴り飛ばすと、護人刀を装備した神機を下から振り上げてコンゴウ堕天種を両断する。

 そのついでに遠距離神機使いの支援を受けられない第二部隊に、ジーナを増援に向かわせるよう指示する。

 

(さて、あとは敵を殲滅するだけ!)

 

 神機の能力を引き出した状態にして、さっき蹴り飛ばしたコンゴウを真上から神機を振り下ろすとあっさりとコンゴウを斬り捨てた。

 ちらりとシュンとカレルを見ると、思いの外指示通りに動いてい小型種3体を同時に相手をしていた。取り合えずは大丈夫だろうと、ユウキは自らの敵に集中する。

 外部居住区の中心部に向かって数体のアラガミが移動しているのが目についた。ユウキは走りながら銃形態に変型して、先行する青い 身体のザイゴート堕天種とグボロ・グボロ堕天種を射ち抜く。

 ザイゴート堕天種はコアごと射ち抜かれて倒されたが、グボロ・グボロ堕天種は背ビレに結合崩壊を起こして怯む。グボロ・グボロ堕天種は怒りながら反転すると、腹滑りの要領で猛スピードでユウキに迫る。さらには後ろからシユウも滑空して来る。

 

(ギリギリだが…シユウの方が近い。やってやる!)

 

 グボロ・グボロ堕天種とシユウ…どちらが自身に近いかを判断してユウキは神機を自身の右下に構えながら反転する。

 

(もう少し…)

 

 ユウキは自身の間合いにシユウが入るまで待つ。

 

(ここだ!!)

 

 間合いに入った瞬間、ユウキは右下から左上に一気に斬り上げてシユウをコアごと両断する。ユウキは斬り上げた勢いを利用して反転、神機はそのまま半円を描きグボロ・グボロ堕天種に振り下ろす。

 

(クッ!少し下がらないと!)

 

 だが予想以上にグボロ・グボロ堕天種との距離を詰められていた。下がらなければ斬った後に切り分けるのが間に合わずに激突してしまう。ユウキは神機を振り下ろしながら足に力を込めて後ろに跳ぶ準備をする。

 

  『パンッ!!』

 

 炸裂音と共にグボロ・グボロ堕天種に着いている額の砲塔が砕けて怯む。ジーナの支援でグボロ・グボロ堕天種が動きを止めた瞬間、ユウキは足に込めていた力で前に出て神機を振り下ろす。すると『フッ』と空気を切る音と共にグボロ・グボロ堕天種を斬り捨てた。

 その後反転すると、赤いヴァジュラテイルを最前列して、その左後ろにオウガテイル堕天種、右後ろに黄色のザイゴート堕天種、少し遅れてサリエルがいる一団が目についてアラガミの群れに突っ込む。

 最前線のヴァジュラテイルを攻撃に転じる前に右から左に神機を振って斬り倒し、その間に左から喰い殺そうとするオウガテイル堕天種の噛みつきを後ろに軽く跳んで躱しつつ、左下からの逆袈裟斬りで真っ二つにする。

 するとザイゴート堕天種がガス弾を放つが、ユウキは姿勢を低くして潜ると地を蹴ってザイゴート堕天種の上に大きくジャンプする。

 

(…行ける!)

 

 サリエルが前方にいる事を確認すると、ザイゴート堕天種を踏みつけて勢い良くサリエルに向かって跳ぶ。そのついでに、神機を足下まで振り下ろして踏み台にした後のザイゴート堕天種を斬り倒す。

 ユウキはサリエルの眼前まで来ると、神機を振り抜いた勢いを殺さずに、円を描きながら神機を頭上に持ってくる。それと同時にサリエルの額の目が光り出し、レーザーを発射する態勢になる。しかし、サリエルがレーザーを発射するよりも先に、ユウキが唐竹割りの要領でサリエルを両断する。

 だが、倒したサリエルの真後ろからユウキを狙ってシユウ堕天種が走ってきた。ユウキは銃形態に変型してシユウ堕天種の頭を撃ち抜くと、シユウ堕天種が怯み、その隙にユウキは剣形態に変型してシユウ堕天種から離れる様に、装甲で地面と水平になるように跳ねる。そして跳ねた瞬間、再び銃形態に変型してシユウ堕天種の胸部のど真ん中にあるコアごと撃ち抜いた。

 まだまだ敵は残っている。今度は外周側に抜けようとするヴァジュラを見つける。ユウキはチラッと外周部で戦闘しているシュンとカレルを見る。現在ジーナの支援を受けつつコンゴウと交戦中だった。このままヴァジュラを向かわせると状況は不利になると考え、ユウキは剣形態に変型指せながらヴァジュラに向かっていく。

 ヴァジュラが迎撃のため、尻尾の先から雷球を発射する。それを右に跳んで躱し、一気にヴァジュラとの距離を詰める。そしてヴァジュラの左の前足を斬り落とす。

 

(っ!!)

 

 足を斬り落とした瞬間、ヴァジュラは態勢を崩して倒れるが、ユウキは険しい表情になる。何故なら、ヴァジュラの影からオウガテイルが飛び出して、ユウキの横を抜けていくのが見えたからだ。ユウキは追撃のため、即反転してオウガテイルを追う。

 

  『パンッ!!』

 

 発砲音と共にオウガテイルの大きく開いた口から尻尾にかけて少し小さな風穴が開いた。ジーナの放った狙撃弾がオウガテイルのコアごと胴体を貫いたのだ。

 その様子を見たユウキは安堵していると、後ろで倒れているヴァジュラが右の前足を振り下ろしてユウキを切り裂く。しかし、それよりも先にユウキは上に飛び上がり回避する。その間に銃形態に変型して、ヴァジュラの頭上に来ると爆破レーザーを撃ち込むと、ヴァジュラは衝撃を受けて再び態勢を崩す。その隙にユウキは剣形態に変型しつつ姿勢を整え、マントに隠れているヴァジュラの首元に銃口を向ける。

 

  『バァン!!』

 

 インパルスエッジの爆音と共にヴァジュラのマントが砕け、首元の肉をコアもろとも抉り取った。

 

「ジーナさん!!S35へ!!」

 

 着地の際にS33の残存勢力を確認すると、大型1体、中型5体と大分減ってきたので、ジーナに第二部隊の増援に行くように伝える。その中型のうち1体のコンゴウはシュンとカレルの元で戦闘中なので、残り全てをユウキが相手する場合は5体となる。

 

(あとは隙を見て2人と合流出来れば…っ!!)

 

 着地の隙を狙ってグボロ・グボロが突っ込んできた。それをインパルスエッジで吹き飛ばそうと構えるが、突如グボロ・グボロの後ろから大量のミサイルが飛んでくる。ユウキは咄嗟に装甲を展開し、グボロ・グボロの突進を防御する。ユウキは後ろに飛ばされ、それを追ってミサイルが装甲に直撃する。

 

(ぐっ!!)

 

 ミサイルを受け止める度に衝撃で後ろに下がりつつもどうにか全てのミサイルを受けきった。その一瞬の隙をついてグボロ・グボロとミサイルを射ったであろうクアドリガ堕天種がユウキに迫る。

 つ混んできた グボロ・グボロの突進を右に跳んで躱し、そのついでに神機を 横に振りグボロ・グボロを両断する。ユウキはそのままクアドリガ堕天種に向かって走ると、クアドリガ堕天種は一度動きを止めてミサイルをばら蒔く。しかしユウキはそれでも前に走る。その結果、全てのミサイルを躱しつつクアドリガ堕天種との距離を詰める事となった。

 『ならば正面から撃ち殺すまで。』と言わんばかりに、正面の装甲が開いて冷却トマホークを発射する。しかしそれも、ユウキはジャンプしてトマホークを踏み台にした事で難なく躱す。そして正面の装甲が閉じきる前にクアドリガ堕天種との距離を詰め、神機を全力で下から振り上げてクアドリガ堕天種を両断する。

 

  『『グオォォォオ!!』』

 

 ユウキから見て左右の前方からコンゴウとその堕天種が腕を振り上げて襲いかかってくる。ユウキはコンゴウの間に飛び込み、右足を左から右に振りコンゴウ堕天種を蹴り飛ばし、反対側のコンゴウには神機を振り下ろして切り捨てる。そして蹴り飛ばしたコンゴウ堕天種に向かって走り出す。

 

  『ガガガガガ!!』

 

 しかし、突如蹴り飛ばしたコンゴウ堕天種に銃弾が直撃する。コンゴウ堕天種は向きを変えてカレルの方に走り出す。

 

「チィ!!余計なことを!!」

 

 ユウキは悪態をつくとカレルの元に走る。

 

  『ドガッ!!』

 

 ユウキがカレルを突き飛ばすと、代わりにユウキが殴られることになった。そのまま数回バウンドした後、態勢を立て直しつつ銃形態に変型してコンゴウ堕天種の頭を撃ち抜く。その怯んだ隙にカレルが機関銃の様に銃弾を乱射し、コンゴウ堕天種の胴体を削っていき、最後はコアを破壊した。

 ユウキは辺りを見渡し、残りのアラガミを確認する。残るは2体、

コンゴウとその堕天種だ。

 

「カレルさん!!シュンさんに合流します!!急いで!!」

 

「…」

 

 ユウキは指示を出すがカレルからの反応はない。ならば自分だけでもフォローするだけだ。ユウキはシュンの元に走る。

 シュンと交戦するコンゴウはボロボロになりながらも腕を振り上げてシュンを叩き潰そうとする。シュンは1度引くと、鋭い逆袈裟斬りで殴ってきた腕を斬るが、大したダメージににもならず 弾かれてしまった。

 シュンは今までに剣を嗜んだことがあるのか、太刀筋自体は鋭いのだが それをアラガミとの有効に扱う技術がないため、効果が薄い所にも攻撃を続ける傾向がある。今の攻撃も、本来有効な場所に入れられれば倒す事が出来たはずだった。中々倒しきれない現状と最後の一体のコンゴウ堕天種がシュンの方に向かっている状況で苛つきながらもシュンは神機を握り直す。

 

「う、うわぁぁああ!!アラガミだあぁぁあ!!」

 

 何故か分からないが、シュンから少し離れた場所から男の子の叫び声が聞こえてきた。シュンだけでなく、ユウキとカレルも『…は?』と言いたげな表情になり動きを止めてしまった。

 しかしコンゴウ2体は男の子を狙って走り出す。

 

「…っ!!やべっ!!」

 

 シュンは我に返ると走り出し、ボロボロのコンゴウに追い付くと、男の子の前に出て、神機を上から下に振り下ろしてコンゴウを両断する。

 

  『グオォォォオ!!』

 

 しかし、斬り倒したコンゴウの真後ろからコンゴウ堕天種が大口を開けて迫ってきた。

 

  『ブシャッ!!』

 

 大口を開けていたコンゴウ堕天種が突然縦に斬り分けられた。そして斬り分けられたコンゴウ堕天種の後ろには神機を振り下ろした格好のユウキが居た。それを見た瞬間、シュンは恨めしそうな目でユウキを睨む。

 とにもかくにも、これでS33の防衛戦は終わり。そう思い、タツミに連絡を入れようと、通信機を手に取る。

 

  『『キシェアアア!!』』

 

 しかし、突然何処からともなく赤い体のボルグ・カムラン堕天種と金色のボルグ・カムラン堕天種が現れた。

 ユウキはシュンと男の子を突き飛ばしつつ反転する。だが一歩遅く、赤いボルグ・カムランの針がユウキの脇腹を抉り爆発する。

 しかしその爆炎からユウキが、飛び出して赤いボルグ・カムランの真上に跳ぶと、神機を下から振り上げて胴体と尻尾を斬り裂き真っ二つにする。そして斬り落とした尻尾を左手で掴むと、槍投げの要領で金色のボルグ・カムランに向かって投擲する。

 

  『ブジュッ!!』

 

 投げた針が金色のボルグ・カムランの頭に突き刺さり怯む。その隙に神機を握り直し、全力の唐竹割りを繰り出して金色のボルグ・カムランを真っ二つに斬り倒した。

 

 -戦闘後-

 

 全体の戦果としては何人かの犠牲を出してしまったが、防衛戦を終えた事をタツミに報告すると、特に増援は必要無いのでそのまま改修班を呼んで帰還するように言われたので、現在帰還の準備をしているところだった。

 

「まったく…何だってあんな所に?」

 

 ユウキは何故男の子が戦場に突如現れたのか聞いている。

 

「お父さんの所に遊びに来たときに、アラガミに襲われて…起きたらあんな事に…」

 

「ああ、そう言うことか…避難所に行ってお父さんを安心させてあげなよ。」

 

 S35には外と繋がるゲートがある。さらには極東支部に直通するバギーが通るための道とゲートもある。それらの管理と守衛、それから外で得られた物品の回収を担当する者の仕事場でもある。その付近にはそこで仕事をする者達の事務所兼簡易居住区もある。この男の子も普段はちゃんとした居住区に住んでいるのだろう。だが父親に会いたくなってここまで来たは良いが、その途中でアラガミの襲撃に巻き込まれたと言ったところだろう。

 

「はい…ごめんなさい…」

 

 男の子が叱られて項垂れていると、その少し離れた所でシュンが極東支部に向かって歩いて行くのが目についた。男の子はシュンを追いかけると、シュンの手を掴み静止させる。

 

「あ、あの…ありがとう、お兄ちゃん。」

 

「…うるせえんだよ。」

 

 さっき助けた男の子がシュンに礼を言う。しかし、シュンそれを足蹴にしてスタスタと歩き始める。

 

「え…」

 

「シュンさん!!」

 

 男の子が落ち込んでいるのを見ると、ユウキはシュンを止める。

 

「そんな言い方しなくてもいいでしょう?!」

 

「…るせぇ…」

 

 ユウキの説教に対してシュンがボソリと呟く。

 

「え?」

 

「うるせえんだよ!!」

 

「っ!!」

 

 シュンの怒鳴り声にユウキが一瞬怯む。

 

「テメェに何が分かんだよ?!大勢の人を助けるために立ち上がった『英雄様』には…俺たち見たいなやつらの事なんか分かってたまるかよ!!」

 

 言いたいことを言い尽くしたのか、シュンは苛つきを 隠すことなくそのまま極東支部に帰投した。

 

「アーク計画は間違いじゃなかった…俺が言いたいのはそれだけだ。」

 

「…」

 

 カレルもまた極東支部に帰投する。そしてユウキはカレルとシュンの言葉を聞いてただ立ち尽くしていた。

 

To be continued




後書き
 バースト編は原作とは少し変えて序盤は第一部隊以外との関係の変化をメインに書いて行く予定です。(それでも本編描写もそれなり入ると思いますが…)
 この辺りは小説版の地下アリだったか天国でも触れられていますが自分は小説を読んだ事はありません。なので自分の解釈で頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission52 不死の竜

ハンニバル登場!!見た目も戦闘スタイルも好きな奴です。


 -極東支部-

 

 防衛戦が終わり、ユウキは報告書を書き上げて提出するためにエントランスに向かう。エレベーターから降りたところで少し大きな声での話し声が聞こえてきた。

 

「本当なのよ!!糸が切れた人形見たいに崩れ落ちて…倒したと思ったわ!!でもすぐに立ち上がって逃げたのよ!!」

 

「つっても…あり得ないだろ、そんな事…なあ?」

 

「だよな。そんなのが居るんなら倒しようがないじゃん。」

 

 珍しくジーナが取り乱している様な声をあげている。どんな内容なのか気になってユウキは話に加わる事にした。

 

「どうかしました?」

 

「ん?よう神裂。いやさ、さっきの防衛戦で新種が出たって話なんだが、それが「倒しても復活するのよ!!」…って事らしい。」

 

 どうやらジーナと話していたのは彼女と交流のあるスナイパー使い2人のようだ。ちなみにこの2人はアーク計画の一件でユウキの評価を改めた者達だったので、ユウキに話しかけられても特に気にした様子はなかった。

 だがそれよりもジーナから信じられない言葉が飛んできた事が気になっていた。

 

「バカな…コアは破壊か、剥離したんですよね?」

 

「勿論コアは破壊したわ。でもすぐに立ち上がって逃げたのよ。」

 

「…ジーナさんがそんな冗談を言うとは思っていませんが…倒しても復活するアラガミだなんて、にわかには信じられないですね…」

 

 ジーナによるとコアを破壊して倒しても蘇生するアラガミに遭遇したと言うのだ。彼女がデマを流す人とは思わないが本当にそんなアラガミがいるのかは疑わしいところだ。そんなアラガミが実在するのなら倒しようがない。

 

「なら第四部隊の子達にも聞いてみて。同じ事を言うと思うから。」

 

「あ!博士に報告…」

 

「もうしたわ。サンプルが無いと何とも言えないって言ってた。それじゃ…」

 

 表情には出てはいないが、少し不機嫌になったジーナがエレベーターに乗ってエントランスから出ていった。それを見届けたユウキはヒバリに報告書を提出して、訓練室に向かった。

 

 -翌日-

 

 防衛戦の翌日、第一部隊はツバキからの呼び出しがあり、ユウキはエントランスで皆を待っていた。

 

「おはよー。」

 

「おはよう、コウタ。」

 

 しばらくすると珍しくコウタが一番最初にエントランスにやって来た。挨拶をすると軽く世間話を始めて、待ち時間を潰す事にした。

 

「昨日の防衛任務、結構ヤバかったんだって?」

 

「うん。数も結構いて…犠牲者を出してしまった…」

 

「そっか…ごめん。もっと早く戻れれば…何か手伝えたかも知れないのに…」

 

 コウタが神妙な面持ちになる。自分の家族が外部居住区に住んでいるため、思うところがあるのだろう。

 

「アラガミが倒されてる件の調査であちこち移動してたんだから仕方ないさ。それに、現場に居たのは俺達だ。『俺が』もっと強ければ…独りでも皆を守れる力があれば…きっと…」

 

 ユウキはうつ向いて拳を握る。チラリと見えた苦悶の表情からは悔しさや自責の念が滲み出ていた。

 

「スト「ユウ!おはようございます。」…ップ…」

 

 ユウキがマイナス思考に染まりつつあったのを感じ取って、コウタは思わず止めに入るが、それはアリサによって阻まれた。結果的に目的は達成出来たのでその場は大人しく引き下がった。

 

「あ、おはようアリサ。」

 

「どうしたんですか?何だか暗いですけど…」

 

 アリサもさっきまでの会話の雰囲気を察したのか、あるいはユウキの表情が明らかに暗いものだったからか、何やら様子がおかしい事を指摘する。

 

「いや、何でもない。それより、昨日の事聞いた?」

 

「はい。防衛任務中に新種が乱入したとか…」

 

「しかも蘇生能力付きだ。」

 

 今度はコウタの後ろからソーマが現れて、新種の特徴を補足する。

 

「うお?!なんだソーマか…ビックリした。」

 

 後ろから声をかけられてコウタは驚き飛び退いた。

 

「おはよ、ソーマ。」

 

「ああ。ツバキが来る前に少し話がある。」

 

「え?なになに?!」

 

 ソーマが真剣な表情で報告があることを伝えると、コウタは何か楽しい話かと思い、無邪気に催促する。

 

「楽しい話題ではなさそうだね。」

 

 だがユウキはソーマの様子を察して、素直に楽しめる話ではないと感じた。

 

「まあな。しばらくしたらノヴァの残滓の回収と研究のサポートをする事になった。そうなったら今までの様に任務に出られなくなるかも知れない。」

 

「う"…!!マジか…」

 

 研究のため、任務に出られる頻度が少なくなると伝えるとコウタが思わず唸る。

 

「緊急の任務や防衛戦には勿論参加する。その時は遠慮なく声をかけろ。」

 

 緊急時には任務を優先するとは言ってくれるが、それでも主戦力のソーマが任務に出られなくなるのはかなり痛い。

 

「でもソーマが簡単に任務に出られなくなるのは痛いですね…」

 

「その辺は榊のオッサンも分かってるハズだ。ある程度は融通を聞かせてくれるだろ。」

 

「任務と研究の両立か…大丈夫?」

 

 ソーマが任務と研究を兼任する事となったと知ると、ユウキはその負担が大き過ぎないか心配する。

 

「いや、俺は一応はひとつの事に集中できるからな。お前らは通常任務に例の事件の調査に博士からの任務もある。」

 

 そこまで言うとソーマは親指をユウキに向ける。

 

「こいつに至ってはそれに加えて毎日の訓練を欠かさないうえに、周辺の禁忌種討伐も請け負ってる。俺達よりもよっぽど忙しいだろうな。」

 

「ハハ…そうだね…」

 

 ユウキは日々の訓練に通常の任務、それに加えてアラガミが倒される事例の調査に最近増えてきた禁忌種の討伐とやることが一気に増えたきた。

 階級が上がり、少尉になったからと言って楽ができるなんて事はなかった。そのくせ、責任のある仕事が増えて大変な思いをしているのも事実だ。ユウキは渇いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。

 そうこうしているうちにツバキがやって来た。

 

「全員揃っているな。」

 

 ツバキが全員と言ったところでコウタがある疑問を持つ。

 

「あれ?サクヤさんは?」

 

「サクヤは別動隊を率いてアラガミが倒されてる件の調査だ。 今回はこの4人で動いてもらう。」

 

「分かりました。それで任務の内容は?」

 

 サクヤは別動隊を率いてい る…要するに今回の任務はこの4人で遂行する事になる。その事を了承したユウキは任務内容の説明を求める。

 

「『ハンニバル』…昨日の防衛戦で新種が発見された白い身体の蜥蜴…いや、竜の様な外見の新種だ。そのハンニバルが旧ビル街に現れた。サンプル取得も含めてターゲットを討伐するのが今回の任務となっている。」

 

 討伐対象は昨日の防衛戦に現れた新種にアラガミであるハンニバルだ。しかし、もしそうなら1つ気になる事がある。

 

「あの、ツバキさん。この新種には蘇生能力があると聞いてます。その能力への対策は何かあるのでしょうか?」

 

 ユウキが聞く前にアリサが気になった事をツバキに尋ねた。話の通りなら蘇生能力があるはず。この能力の対策をどうすれば良いのか、現状対策があるのかをアリサは聞いている。

 

「いや、現状対策らしい対策はまだない。それを見つけるためのサンプル採取でもある。蘇生能力についてはコアの欠片が僅かでも残っていると再生するためか、コアが複数あるかのどちらではないかと言うのが支部長代理の見解だ。倒した後は速やかに撤退するように。」

 

「となると…可能性を潰す意味でもコア周辺をごっそり捕食してコアを回収するのがベストですね。」

 

 現状では蘇生能力はどうしようもないらしい。倒したらコアを回収して即撤退するのが望ましいようだ。

 

「そうだな。それから先日交戦したジーナと第四部隊の報告から炎を扱うようだ。恐らく火属性の攻撃は効果が見込めないだろう。それ以外の装備を携行する事を視野に入れておく様に。」

 

「了解。」

 

「よし、それでは頼むぞ。」

 

 任務の確認を終えると、ユウキ達は各々準備に入った。

 

 -神機保管庫-

 

「あっ!ユウ!ちょっと!!」

 

 氷刀新を装備した神機を受け取りに保管庫に入ると、リッカに止められた。

 

「なに?」

 

「何か装甲と装甲の展開パーツがかなり痛んでるんだよね。傷も今まで見たことも無い傷だし…何か心辺りはない?」

 

 その言葉を聞いた途端、ユウキからダラダラと冷や汗が流れ始めた。

 

「…ユウ?」

 

「…そ、装甲を使って跳ねたとか…かな?」

 

「え?何それどういう事?」

 

 何を言っているのか理解出来ずにリッカは思わず聞き返す。着地の瞬間に装甲の展開を利用して跳ねた事を伝えると、リッカは大きなため息をついた。

 

「ハァ…そんな使い方したら痛むに決まってるよ…ここ最近忙しすぎてろくな調整も出来てないんだから、無理な使い方はしないで。この任務が終わったら強制フルメンテだからね!」

 

「え?!ちょっ!!それは困る!!」

 

 今回の任務が終わったらフルメンテナンスのためにしばらく使えなくなる…それを聞いた途端、ユウキは焦りを見せてフルメンテナンスを止めるように言うが、リッカは聞き入れてはくれなかった。

 

「絶対ダメ!!ユウの命にだって関わるんだから!絶対に使わせないからね!!」

 

「…分かった…」

 

 ものすごく渋い顔をしながらユウキは諦めて了承する。

 

「もう少し素直に言うこと聞いてくれないかなぁ?そんなに私の事嫌い?」

 

 リッカが涙目で拗ねたのでユウキは焦ってリッカが言った事を否定する。

 

「い、いや!そんな事はないよ!ただ…ただでさえ時間が無いのにまだ何も成し遂げていない、動けない現状で出来る事って言えば…動けるようなった時の為により多くの資金と資財を集めておく事くらいしかないからさ。」

 

「…あまり根詰め過ぎないでね?」

 

「?…うん。分かった。」

 

 ポカンと間抜けな顔でユウキは返事をする。恐らく目の前の男はリッカの言った事をキチンと理解していないのだろうな…と思いながら話を終える。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ。」

 

「あっ!ごめん!最後に1つだけ。一月前に開放された『天ノ咢』…実戦で使ってみたかな?」

 

 アーク計画の後、開放されたプレデタースタイル『天ノ咢』について聞かれたが、ユウキは気まずそうに視線を逸らせて頭を掻いた。

 

「ああ…いや、あれは展開が遅すぎて扱いが難しすぎる。この間だって展開しきる前に解いちゃったし…常にアラガミの動きを誰かに止めて貰わないと…」

 

「うーんやっぱりか…なかなか実戦のデータが取れないなぁ…」

 

 天ノ咢が開放されたばかりの頃、実戦でアラガミをダウンさせてから使ってみたは良いが展開が遅すぎて捕食するより先にアラガミが体勢を立て直したため、結局捕食せずにとどめを刺した事を思い出しながら話していく。

 

「今日でなんとか使ってみようかな。」

 

「いや、無理に使わなくてもいいよ!!ユウが帰ってくる事の方が大事だし。あっ!ほら、そろそろ行かないと!」

 

 リッカが焦った様子で無理には必要は無いとユウキを止める。横目で時計を見ると、ユウキが来てから少し時間が経ったので、任務に行くように促す。

 

「おっと!そうだね。 行ってきます。」

 

「うん。行ってらっしゃい。」

 

 -嘆きの平原-

 

「アイツがハンニバル…」

 

 待機ポイントでそう呟くユウキの視線の先には白い身体の竜が映っていた。

 

「よし、最終確認だ。今回の任務はハンニバルの討伐、及びコアの回収…ただし蘇生能力があるので、コア回収後に離脱…その後蘇生までのデータを取る。」

 

「分かりました。」

 

 ユウキがみんなの方を向いて任務の最終確認をすると、代表でアリサが返事をする。

 

「それから、今回の任務では俺は神機の力を引き出す事はしない。」

 

「ええ?!何で?!」

 

 ユウキが神機の力を引き出す事をしないと伝えると、コウタが心底驚いたような声をあげる。

 

「今回の目的はデータ収集だ。一撃で倒してしまったら攻撃方法や弱点、習性と言ったデータが取れなくなるだろう。」

 

「あ、そっか。でも勿体ない気もするなぁ。その力を使えば一瞬で任務も終わるのに。」

 

 ソーマが任務の目的を再確認させるとコウタも納得した。

 

「まあ、ヤバいと感じたら迷いなく使うさ。データ取りも命あっての事だからね。それじゃ、行こうか。」

 

 ユウキは再びハンニバルを見据えると、目付きが鋭くなる。

 

「任務…開始!!」

 

 ユウキの合図と同時に第一部隊は待機ポイントから飛び降りてハンニバルに向かって走る。

 

  『グォォォオオ!!』

 

 ユウキ達を見つけたハンニバルは右手を地につけて構える。そして左手を上に向けて炎を吹き上げながら 尻尾で地面を叩き付けて吠える。

 

「アリサとコウタは後ろ!!ソーマは右から周り込め!!」

 

 ユウキは指示を出すと正面からハンニバルに突っ込み、アリサとコウタは後ろに下がり、ソーマは右からハンニバルの横に周り込む。

 

  『ブンッ!!』

 

 ハンニバルの左腕が空気を切り裂きながらユウキを殴る。それをユウキは後ろに下がって回避する。しかし、ハンニバルは一歩踏み込んで右腕で殴り追撃する。

 

「シッ!!」

 

 ユウキは追撃をジャンプして躱すと小さく息を吐いて神機を横凪ぎに振ってハンニバルの頭部を切り裂き、その衝撃でハンニバルの身体の向きを無理矢理横に変える。

 

「今です!!」

 

「いっけぇ!!」

 

 ハンニバルが体勢を崩した隙に後方からアリサとコウタが弾丸を乱射して、ハンニバルはそれを両腕でガードを固める。

 

「くたばれ!!」

 

 向きを無理矢理変えたハンニバルにソーマが正面から迫る。しかし、ハンニバルは左腕のガードを解いて地面に着くと、左腕を軸にして身体の上下を反転させて上に跳んでソーマの攻撃を躱す。

 

「チッ!!なんて器用な奴だ!!」

 

 その巨体からは想像も出来ないようなアクロバットな動きでソーマの一撃を回避する。その様子を見てソーマは思わず舌打ちをする。

 その間にユウキは着地し、ソーマも追撃の体勢を取る。しかし、ハンニバルの口元から炎が漏れている。このままだと反撃を受けてしまう。ユウキとソーマは咄嗟に回避する体勢を取る。

 

  『ゴォォォオオ!!』

 

 ハンニバルが火の輪を口から吐き出した。

 

「「っ!!」」

 

 ユウキとソーマは火の輪を離れるように横に跳んで回避する。さらに火の輪は真っ直ぐに飛び、アリサとコウタの方に飛んでいく。

 

「こんなもの!!」

 

「当たるかよ!!」

 

 アリサとコウタも横に大きく移動して躱す。しかし、火の輪がさっきまでアリサとコウタがいた場所を結んだ場所に来ると、火の輪が爆発した。

 

「あっぶねえ!!」

 

「大きく移動しなければ巻き込まれていましたね。」

 

 結果的に爆発を躱したことに安堵していると、その間にユウキとソーマがハンニバルに向かう。

 しかしハンニバルが二足で立ち上がると両手に炎が集まり、剣の形に姿を変える。

 

「クソッ?!」

 

「なに?!」

 

 ハンニバルは炎の剣を振り下ろしてユウキとソーマの神機を受け止める。すると、ハンニバルは両腕を振り抜いてユウキとソーマを弾き飛ばす。

 ユウキとソーマが体勢を崩している間に今度はハンニバルは炎の槍を作り出し、大きくジャンプする。そしてコウタに向かって急降下する。

 

「うわぁあ?!あっぶねえ!!」

 

 想像以上のスピードにコウタは思わず飛び退いた。ギリギリで回避すると、標的を失った槍が地面を突き刺した。この隙にアリサの援護射撃が入るが、当たる直前でハンニバルが軽くジャンプして躱す。

 ハンニバルは空中で体勢を立て直すと口から炎のブレスを吐き出してアリサを焼き付くそうと する。

 

「くうぅ!!」

 

 思わずアリサの顔が険しくなる。咄嗟に剣形態に変形して装甲を展開して防御する。幸いにもアリサの神機に装備されているプリム・ストーンは炎に強い装甲だったため、アリサにも神機にも大したダメージはなかった。

 

「足元がお留守だぞ。」

 

 いつの間にかソーマがハンニバルの左前方に来て神機を振り上げようとしていた。

 ソーマの声に反応してハンニバルは左腕の籠手で防御すると、ソーマの一撃が籠手を砕いて結合崩壊を引き起こした。

 そのままソーマが追撃するために神機を振り下ろすが、ハンニバルは後ろに跳んで回避する。

 

「おぉぉぉおお!!」

 

 頭を狙い、ユウキが跳びながら吼えつつハンニバルに向かっていく。それを横目で確認すると、ソーマは神機の峰が上に来るように振り上げる。

 

「ユウ!!乗れ!!」

 

 ソーマの声を聞くと同時にユウキはイーブルワンの峰に足をかける。その瞬間 、ソーマが神機を振り下ろす 。するとユウキはものすごい勢いでハンニバルに迫る。

 

「くたばれ!!」

 

 ユウキの怒号が響くと同時に袈裟斬りでハンニバルの頭と胴体が切り裂かれて大量の血が吹き出す。そのまま着地し、逆袈裟斬りを放つがハンニバルは後ろに下がって躱す。

 

「逃がさないよ!!」

 

 コウタが逃げた先に弾幕を張る。しかし、ハンニバルは背中に着いている突起で弾幕を受け続ける。

 

  『バギィ!!』

 

 固いものが砕けるような音と共に背中の突起が結合崩壊を起こす。

 

  『グォォォオオアアア!!』

 

 ハンニバルが怒りで活性化すると同時に、背中に炎の輪が現れ、その周りに6枚の羽根が生える。

 

「なに?!」

 

「な、なんかやばそう…」

 

「ユウ!!」

 

 これまで戦闘中に形態が変わるアラガミは居たが、ハンニバルもその類いのアラガミだろうかとユウキは考えていたが、その何れも基本的に強くなる、本気を出せる形態になる場合が多かった。

 どちらにしてもこのまま無策に攻め続けるのは危険だ。一瞬でも様子を見て『一撃』で仕留める。

 

「全員一旦下がれ!!ソーマは回避に専念!!あとは遠距離から攻めろ!! 」

 

 ユウキの合図と共に一斉に距離を取る。ユウキも銃形態に変形して遠距離から攻撃する。

 しかしハンニバルは攻撃を自分を抱き締めるような格好で防御しつつ少しずつ上に浮き上がっていく。

 

  『グォォォオオ!!』

 

 ハンニバルが両腕を広げると、ハンニバルを中心に大きな火柱が上がる。

 

「きゃあ!!」

 

「あっぶね!!」

 

「クソッ!!」

 

「チッ!!」

 

 ハンニバルを包むように現れた火柱からさらに四方に新たな火柱が飛び出してきた。さらに新たに飛び出してきた火柱は渦を巻くような軌道で動いているので、避けるのが難しかったが、全員なんとか避けきった。

 

(なるほど…背中の突起を破壊すると本来の力を発揮するのか。言うなれば竜の逆鱗と言ったところか。)

 

 火柱を避けきると、ユウキは未だ浮いているハンニバルに向かって走る。しかし、ハンニバルは両腕に炎の剣を持ち、両腕を外から内に振ってユウキをスライスしようとする。

 しかし、ユウキは身体を捻りながら炎の剣の間を抜けハンニバルに迫る。

 

「とどめだ!!」

 

 地面に降り立つ瞬間を狙いユウキはハンニバルの胴を切り裂き、大量の血を吹き出すハンニバルの横を抜けていく。

 

「チィ!!狙いが逸れた!!」

 

 本来なら胴から上を切り捨てるつもりだったが、無理矢理ハンニバルの攻撃を抜けて反撃したため、狙いった場所を斬ることが出来なかった。

 追撃のためユウキは即反転する。しかしハンニバルはゆっくりと膝から崩れ落ちて倒れていった。

 

「倒した…コアは破壊してないよな?」

 

「まさか出血多量か?…何にしてもまだコアの摘出は済んでいない。慎重に近づくんだ。」

 

 そう言ってユウキ達は神機を構えながらゆっくりと近づく。全員が目と鼻の先になるまで近づいたが、それでもハンニバルは起きる気配はない。

 

「よし。今のうちにコアを摘出する。」

 

 そう言ってソーマはシオが見せた捕食形態と同じ天使の羽でできたような白い捕食形態を展開してコアをめがけて神機を突き出す。

 

  『グジュッ!!』

 

 粘着質な水音と共にソーマの神機がハンニバルを噛み千切る。そのままコア周辺の素材ごと捕食する。

 

「…レア物だな。」

 

「まあ新種だしね。」

 

 ソーマのレア物発言にユウキは突っ込みを入れると、ふと座り込んでいるコウタに目を向ける。

 

「いやあ、強敵だったね。すぐに蘇生するって聞いてたけどそんなこともなかったし。案外どうにでもなるもんだね。」

 

 そう言ってコウタは神機の銃口で倒したハンニバルの口を開けたり、頭をつついたりして遊んでいた。

 

「なにバカなことしてるんですか!!コアを回収したら即撤退するのが今回の任務です。早く戻りますよ!!」

 

「同感だ。」

 

「帰るよ、コウタ。」

 

 コアは回収した。ならば本来の目的通り、撤退してコアを極東支部に持ち帰るべきだと、コウタ以外は待機ポイントに向かい歩き出す。

 

「えー!せっかくカッコいい新種なのにー!」

 

 皆が帰ろうとするのを見たコウタが急いで立ち上がりユウキ達に続く。しかしもう少し新種を眺めていたかったのかブーブーと不満を言う。

 

「まったく…」

 

 『危険な相手に変わりないんですよ?』と言葉を続けようと後ろを向くと、恐れていた事態が発生した。

 

「っ!!コウタ!!後ろ!!」

 

「なに?!」

 

「チィ!!」

 

 アリサの声に反応してソーマとユウキが後ろを向く。そこには倒したはずのハンニバルが炎を纏って浮かんでいる姿が目に映った。

 

「え?うしろ…うわあぁぁぁあ!!」

 

 すぐ真後ろで蘇生したハンニバルを見て、コウタは驚きのあまり尻餅を突いてしまった。

 さっきのお返しと言わんばかりにハンニバルは右腕を振り上げて攻撃体勢を取る。

 

「クソッ!!今になってか!!」

 

 ユウキが悪態をつきながら庇うためにコウタの前に出て装甲を展開する。

 

  『ガギッ!!』

 

 しかし展開の途中で異音が鳴ると、そこで展開が止まってしまった。

 

(ヤベッ!!)

 

 そう思った時には既に遅かった。展開しきってない装甲にハンニバルの爪が突き刺さる。

 

  『メキメキベキッ!!』

 

 硬いものを砕く音と共にティア・ストーンが砕ける。そのままハンニバルの爪は守りを失ったユウキの腹を引き裂いて弾き飛ばす。

 

「ガハッ!!」

 

 飛ばされた先の壁でユウキは頭をぶつける。打ち所が悪かったのか、そのまま気を失ってしまった。

 

「ユウ!!」

 

 アリサがユウキの元に駆け寄り、取り敢えず生きている事は確認できた。

 

「クソッ!!コアを摘出しただけじゃ駄目だったのか?!」

 

「何にしても撤退です!!コウタ!!ユウの事お願いします!!」

 

「わ、わかった!!」

 

「俺が時間を稼ぐ!!早くユウを離脱させろ!!」

 

 アリサの指示でコウタはユウキを背負い、待機ポイントまで走る。そしてアリサは銃口をハンニバルに向けたまま少しずつコウタの後を追う。

 アリサからユウキが待機ポイントに着いた事を確認すると、アリサも撤退した。その後、ソーマを除き全員が撤退した事を確認すると、ソーマはスタングレネードを投げつけ、ハンニバルの視界を奪った後、戦闘領域を離脱した。

 

To be continued




後書き
 ハンニバルと初戦闘です。初見でも大した事ないと思ったのは私だけではないはず。しかしルックスやモーションがカッコよくて私は大好きです。炎で武器作ったりして夢が広がりました。
 炎で武器を作ったりした辺りで『やたらと人間臭い動きをする奴だなぁ』と感じたのでここでは他のアラガミにはない人間の様な出血多量でも死ぬと言う特性を付け加えました。(今後この特性が生きてくる事は無いとは思いますが…)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission53 レン

神機使いの禁忌を犯した少年…それで救われた命は確かにある。しかしそれは…後に少年と周りの人間に大きな災いを呼ぶことになる。


 -医務室-

 

「…ぅぁ?」

 

「あ!気が付いたんですね!!良かった…」

 

「…グガッ!!」

 

 ユウキが意識を取り戻すと白い天井が見えた。その後すぐにアリサの心配そうな声が聞こえてきた。

 

「…アリ…サ?」

 

「…ん?起きたか…取り敢えずは大丈夫みたいだな。」

 

「スピー…」

 

 ユウキとアリサの声が聞こえたのか、壁に背中を預けて眠っていたソーマが起きてユウキに声をかける。

 

「ソーマ…ここは…アナグラ…か?」

 

「ああ…」

 

「…ゴガッ!!」

 

 ユウキはまだ頭がボーッとしているのか、身体を起こしつつ右手で自分の頭を押さえる。その途中で共に任務に出た仲間が神機も持たずにいた事から極東支部にいるのだと判断した。

 

「覚えてますか?コウタを庇ってハンニバルの攻撃を受けて気を失ったんですよ。」

 

「ああ、そう言えばそうだったな。あれからどうなった?」

 

「シュルルルゥ…」

 

 気を失う前に何が起こったのかをアリサから聞くと、ユウキ自身も何があったのか思い出した。そして頭を押さえていた手を退け、気を失った後どうなったのかを聞いてきた。

 

「お前はほぼ丸1日寝てて今は昼過ぎだ。あとは全員怪我もなく無事だ。」

 

「そっか…良かった。」

 

「…フガッ!!」

 

 誰も怪我をしていない。それを聞くとユウキは安堵した様な表情になる。

 

「…お前が負傷したことを除けばな。」

 

「…」

 

「フシュゥ…」

 

 ソーマから鋭い指摘が入り、ユウキも思わず黙ってしまった。ソーマだけでなく、アリサの目付きも鋭くなり、ユウキは思わず萎縮してしまった。

 

「部下を守るのは結構だが、それでお前に何かあったら元も子もねえ。前のリーダーみたいな事だけは…絶対するなよ。」

 

「…」

 

「…フゴッ!!」

 

 前リーダー、リンドウのように仲間を助けるために自分の命を犠牲にするような事はするなとソーマは釘を刺す。それだけ言うとソーマはユウキの返事を聞かずに医務室を出ていった。

 

「…ソーマの言う通りです。ユウが私達の事を守りたいって思ってくれているのと同じように、私達もユウの力になりたいって思ってます。だから…独りで無茶しないで下さい。」

 

「…うん…」

 

「スピョー…」

 

 アリサからも厳重注意を受けた。本当に心配そうな声色で話しかけてくるので、ユウキも罪悪感を覚えた。

 しかし、さっきからイビキをかいて寝ているコウタに対して、遂に我慢の限界が来たのか、『イラァ…』と言う擬音語が見えてきそうな怖い顔なったアリサが右手を振り上げる。

 

  『バギィッ!!』

 

「フガホッ!!」

 

「うるさいですよ!!いつまで寝てる気ですか!!」

 

 コウタの後頭部にアリサの平手打ちが決まり、コウタは変な声をあげる。その時、人から出てはいけないような鋭い衝撃音が出ていたが、頭を叩かれると同時に難なく起き上がれたのなら大丈夫なのだろう。

 

「あっ!!良かった。目ぇ覚めたんだ!」

 

 寝起きで涎を拭いながらコウタは驚いた様な声でユウキの無事を確認する。

 

「うん。コウタは?大丈夫だった?」

 

「いや、俺の事より自分の心配をしろよ…怪我だって軽くなかったんだし。それと…俺のせいでユウが怪我した事と…神機…装甲ごと壊されたみたいで…治すのに時間がかかるみたいなんだ…その、ごめん…」

 

 自分が怪我をしたのに他人の心配をしているユウキの様子を見て流石にコウタも呆れているようだった。コウタは怪我の原因が自分にあると理解しているのか、頭を下げつつ謝った。

 しかし、それを見た瞬間アリサの様子が一変した。

 

「本当ですよ!!大体倒したら即撤退と言う任務でコウタがいつまでも遊んでるからこんな事になるんです!!お陰でユウが怪我して、私があげたティア・ストーンも壊れてしまったじゃないですか!!もっとしっかりと反省してください!!」

 

「あばばばばばばごごごごごごめんなさいぃぃいい!!!!」

 

 アリサが鬼のような形相でコウタの胸ぐらを掴んで揺する。その様子を見たユウキは怒り狂ったアリサ…いや鬼神と化した亞莉裟を見て少し怯えていた。

 

「そ、そんなに怒らなくていいよアリサ。俺もコウタもこうして生きてるんだし…」

 

「ユウだってしなくていい怪我をしたんですよ?!ここはリーダーとしてビシッと言うべきところです!!」

 

 確かにアリサの言う事は至極全うな事だと思う。本来ならばコウタの不注意がなければ、ユウキはこうして怪我をして寝込む事もなかった。つまりする必要のない怪我を負わされたのだ。コウタが余計な事をしてユウキが怪我をしたと言う事実と、自分が贈ったティア・ストーンが壊された事でアリサは頭に血が上っているようだ。

 

「確かにアリサが大事にしていたティア・ストーンは壊れて頭に来るのは分かるけどさ、それでも、結果的には俺の守りたい仲間を守れたんだ。壊れちゃったのは残念だけど…仲間に代えられるものじゃないから、これで良かったんだと思う。」

 

 だが、ユウキはどうしてもコウタのミスを追及して叱責するよりも、こうして皆が生きている状況に安堵する気持ちの方が強く、コウタのミスを追及する気にはなれなかった。

 

「そう言う問題じゃ…!!」

 

『ただいまより、対ハンニバル緊急対策会議を行います。出撃可能な神機使いはただちに会議室に集まって下さい。繰り返します。対ハンニバル緊急対策会議を行います。出撃可能な神機使いはただちに会議室に集まって下さい。』

 

 会話の途中で突然緊急召集がかかり、アリサは渋々会話を切り上げる。

 

「…それじゃあ、私達は行きますね。今はゆっくり身体を休めて下さい。」

 

「いやもう大丈夫!!戦かえ「絶対ダメです!!!!」…る…」

 

 ユウキも緊急召集に応じようとするもアリサの怒号によって止められた。

 

「今はもう治ってますけど、本来ならショック死してるような出血量だったんですよ?!傷が塞がったばかりで何が起こるか分からないんですからしっかり身体を治して下さい!!」

 

「だ、大丈夫だって!ユウもその辺は分かってると思うよ?じゃあユウ、行ってくる。」

 

「…ちゃんと安静にしてて下さいよ?」

 

「…分かった。」

 

 凄く嫌そうな顔をしながらユウキは渋々承諾する。それを聞いたアリサとコウタは医務室を出て行った。

 

 -エントランス-

 

 緊急召集の放送からしばらくすると、ルミコから出歩いても良いと言われたので、エントランスに来てみるとカウンターにヒバリが居るだけで他には誰も居なかった。

 

「あの…ヒバリさん?」

 

「ユウキさん?!怪我は大丈夫なんですか?!」

 

 昨日今日でユウキが大怪我から復帰した事に流石にヒバリも驚いて作業の手を止めてしまった。

 ちなみにユウキとヒバリはアーク計画以降、下の名前で呼び会うようになっていた。

 

「ええ、もう傷も塞がっているので何ともありませんよ。それよりアナグラが妙に静か…と言うか、神機使いが居ませんよね?」

 

「そうですね。今はハンニバルの蘇生対策のために神機使い総出でサンプルを集めています。何でもハンニバルはコアを失っても再生する能力を持っているみたいで、今は再生能力を阻害する方法を探しているところです。」

 

 ヒバリが言うにはハンニバルの蘇生対策のためにハンニバルを倒して回っているようだ。それにしても失ったコアを再生させるとは恐ろしい能力だ。早く対策を考えないと外部居住区に攻め込まれた場合に厄介な事になりそうだ。

 

「そのためのサンプル採取ですか。手伝いたいけど…神機が使えないと出来ることがないな。」

 

 ユウキも何か手伝えないかと考えたが、ハンニバルを倒す必要がある以上、神機が使えなければ足を引っ張るだけだろう。ここは大人しく待っているべきだろう。

 

「フフ…ならもうすぐ来る娘の相手をしてあげてください。」

 

「?」

 

「あっ!!ねぇ!!」

 

 ヒバリの意味深な発言を聞くと、ユウキは間抜けな顔になる。すると後ろから聞いたことのある幼い声が聞こえてきた。

 

「エリナちゃん?!」

 

「ねっ!強い神機使いになるにはどうすればいいのか教えて!約束でしょ?」

 

 声の主はノートを抱えたエリナだった。確かに何時だったか神機使いについて教える約束をしていた事をユウキは思い出した。教材になりそうなものに心当たりはあるが、現在手元には無い。1度部屋に戻る必要がある。

 

「あ、ああ。それは良いけど…お父さんは?」

 

「お父様には内緒で来ちゃった。絶対反対するもん。」

 

 一応はエドワードに神機使いになると伝えるとどう思うのかエリナなりに考えたようだ。エリックを喪い、未だ立ち直れていない状態でエリナが神機使いになると言うと、間違いなく止めに来るだろう。

 

「そっか…でもあまり遅くならないようにね。部屋に教材取りに行くから、ちょっと待ってて。」

 

 しかし、適合する神機が見つかったら否応なしに戦場に出ることになる。そうなった時のために今のうちから知識だけでも詰め込んでおいた方が良いかも知れない。そう思ってユウキは教材となるものを取りに1度自室に戻った。

 

 -2時間後-

 

「へぇ…神機ってスイッチで動くんじゃないんだ。」

 

「うん。神機を使うのは腕や足、指を動かすのと大きな差はないんだ。イメージや感覚で動かすと思っていい。だからこの場でどうすれば良い、みたいな事は言えないんだよ。」

 

 携帯で神機の説明をした動画を流しつつ、途中でユウキが補足しながら説明していく。そして最後に総括として神機の扱い方の説明やエリナからの質問にユウキが答えていた。

 

「自分で感覚を覚えていくしかないってこと?」

 

「そう言うこと。飲み込みが早くて助かる。」

 

「よし!!神機使いになったら一杯練習しなきゃ!!」

 

 エリナはユウキの説明を聞いて、神機の扱いは自分の感覚で掴むしかないと言う事をあっという間に理解した。

 握り拳を作り、意気込みが伝わるようなポーズを取るエリナだったが、ユウキはあることが心配だった。

 

「練習は良いけど…身体を大事にしながらやってよ?」

 

「大丈夫!!最近お外を走って身体を鍛えてるの!お陰で病気になりにくくなったよ!」

 

 エリナ自身は元々病弱な方で、治療のために極東に来ていると言うのを聞いた事があったのだ。無理をして身体を壊しては元も子もない。その一点が特に気がかりだったが、エリナも神機使いを目指すだけあって、最近動いて鍛えているようだ。お陰で病気になりにくくなったらしいので、それならば多少は安心できるとユウキは考えていた。

 

「そっか。なら安心だ。」

 

「あっ!!そろそろ帰らなきゃ!!お父様に怪しまれる!!」

 

 ふと時計を見てみると、そろそろ夕刻になろうとしていた。流石に遅くまで戻らないと父が心配(警戒)すると言って、エリナは慌ててノートやペンを片付け、出口に向かって走る。

 エントランスを出る直前、エリナは立ち止まって振り替えると若干頬を朱に染めながらユウキに一言声を掛ける。

 

「またね…お、お兄ちゃん!」

 

「うん。またね、エリナちゃん。」

 

 別れの挨拶を済ませると、ユウキは手を振ってエリナを見送る。それを見たエリナは笑顔でエントランスから出ていった。

 

「ふふふっ!随分と様になってましたよ?お兄ちゃん?」

 

「そう言うキャラじゃ無いんですけどねぇ…」

 

 今まで誰かの世話になることはあっても、誰かの世話をした事が無いとユウキ自身は思っていたため、どこか自嘲じみた笑みを浮かべる。

 しばらくヒバリと雑談していると、気が付けば1時間が経過していた。

 

「それにしても、随分とエリナちゃんには親切にしますね?」

 

「いや、それほど特別な理由はありませんよ?強いて言うなら、エリックさんが亡くなったのは…俺のせいだから…」

 

 エドワードが未だにエリックの死から立ち直れていないように、ユウキの脳裏にもエリックの死がこびりついて離れないままだった。仕方なの無い事ではあるが、1番近くに居た自分に今のような即座に動く判断を下せれば十分助けられたはずだった。

 判断が遅れた…ただそれだけでユウキの目の前でエリックは一瞬のうちに無惨な肉堺に変わり果ててしまった事が忘れられなかった。

 すっかり気落ちしたユウキをどうにか励まそうとヒバリが言葉を発そうとした途端、極東支部内にけたたましい警報が鳴り響く。

 

『緊急連絡!!第2訓練場に小型のアラガミが侵入!!全職員はただちに退避してください!!第2訓練場にアラガミが侵入!!ただちに退避してください!!』

 

「300秒後、第2訓練場フロアの隔壁を閉鎖します。該当フロアに居る職員はただちに退避して下さい。」

 

 館内放送を聞いたヒバリが即座に隔壁の閉鎖のプラグラムを起動させ、同時に退避命令を出す。

 そして極東支部に侵入したアラガミを最短で排除できる部隊を探す。

 

「一番近くに居るのは…防衛班!!タツミさん、聞こえますか?!…冗談言ってる場合じゃないんです!!緊急事態なんです!!アラガミに侵入されました!!至急アナグラに戻って下さい!!今アナグラには『非戦闘員』しか居ないんです!!」

 

 またタツミがデートしようと言ってきたのだろう。しかし、状況が状況なので、ヒバリから余裕の無い声が飛んでくる。しかし、ユウキはある言葉にショックを受けていた。

 

(非…戦闘員?)

 

 神機使いであるユウキを含めて非戦闘員『しか』居ないと言う言葉が頭に引っ掛かっていた。

 

(俺は…戦えるぞ?神機が壊れてるだけで…俺は…戦える…)

 

 身体は治った…問題なく動く。ただ神機壊れてが使えない、それだけだ。

 

(戦わなければ…生き残れない…戦わなければ…皆死ぬ…)

 

 エリックの事を思い出したせいか、自分が戦えないがために何もかも喰い尽くされて仲間達が死んでいく場面を鮮明に想像してしまう。

 

(なら…神機が無くても…やるしかない!!)

 

 殺らなきゃ皆が殺られる…ならば殺るしかない。そう思った瞬間、ユウキは動き出していた。

 

「あっ!!ユウキさん!!」

 

 ユウキはアラガミが侵入した神機保管庫に向かって走る。この決断が後に自身の運命を大きく揺るがすとはまだ本人は知る由もなかった。

 

 -神機保管庫-

 

 神機を使おうと保管庫に入ると、神機のロック作業のため忙しく手を動かして端末を操作しているリッカがいた。

 

「リッカ!!俺の神機は?!」

 

「使える訳ないでしょ?!戦えないならこんなところに来ちゃダメだよ!!」

 

 流石にこの状況ではリッカも余裕はなく、普段よりも荒れた口調でユウキに怒鳴る。だが、リッカの言う事は尤もであり、『戦えない人間』が戦場に来たところで何が出来ると言う訳でもなく、ただの足手まといでしかない。

 

  『ガァン!!』

 

「そんな…!」

 

「ヴァジュラテイル…!!」

 

 保管庫のゲートを突き破り、黄色い体のヴァジュラテイルが侵入してきた。

 

「早く下がれリッカ!!」

 

 そう言いながらユウキは神機もなしにヴァジュラテイルに突っ込む。その間もリッカは神機のロックを続けていく。

 ユウキは吠えているヴァジュラテイルに近づくと側頭部に右フックを叩き込むと、ヴァジュラテイルは体勢を崩す。

 

「クソッ!!やっぱり素手じゃ…!!」

 

 神機を使っていないため、有効打になっていないようだ。ヴァジュラテイルはすぐに体勢を立て直す。

 ヴァジュラテイルが一歩踏み込んで尻尾を振り回す。ユウキはジャンプして飛び越え、ヴァジュラテイルの胴に回し蹴りを叩き込む。するとヴァジュラテイルは勢いよく部屋の隅に跳ばされたが、やはりダメージを受けている様には見えなかった。

 

(このままじゃじり貧だ!どうする?!)

 

 どうにかして倒す、或いは追い出さなければいけないのだが、神機が使えない現状ではどちらも難しい。内心苛ついていると、ヴァジュラテイルが尻尾を振り上げて雷を落とす体勢を取る。

 しかしユウキの周辺には雷が落ちる気配はない。もしユウキ以外を狙ったものならば狙われる人物は1人しか居ない。

 

「リッカァア!!」

 

 ユウキは即反転してリッカの元に飛び込む。そのままリッカを抱えて落雷を避ける。しかし、間髪いれずにヴァジュラテイルから雷球が飛んでくる。

 リッカを抱えていると言う事もあり、思うように動けないユウキの背中に雷球が直撃した。

 

「グッ!!」

 

「キャア!!」

 

 雷球が直撃したところは赤く爛れてた上に火傷もしている。そして電気をもろに浴びた事でユウキは軽く感電していた。

 雷球を受けた後、リッカを抱えたまま立ち上がるが、ユウキはリッカの様子がおかしい事に気が付いた。

 

「リッカ!!オイ!!起きろ!!」

 

 リッカは動かずにぐったりしている。ユウキは軽くリッカを揺するが気を失ったままだった。恐らくユウキを通じて感電したのだろう。

 ヴァジュラテイルも体勢を立て直し、足音を立ててユウキ達に向かって走ってくる。

 リッカを寝かせ、反撃と陽動のために反転してヴァジュラテイルに向かおうとする。その時、視界の端にチラリと見えたのはまだロックされていない赤いチェーンソーのような神機だった。

 

(リンドウさんの神機…)

 

 一瞬だけ迷ったが、ヴァジュラテイルを無力化しなければならない状況になり、ユウキはリンドウの神機に手を伸ばす。

 

(やるしかない!!)

 

 ユウキがリンドウの神機を掴むと、コアから触手が伸びてユウキの腕輪に接続される。

 

「グッ!!ア"ア"ア"ア"!!!!」

 

 その瞬間、適合試験の時の様な激痛や形容しがたい不快感に襲われると同時に雪が見える何処かの景色が脳裏に映る。それでも神機のロックを無理矢理外そうと力を込める。

 

「グッ…!!ぐぎッ!!は、早く…外れろ!!」

 

 中々ロックされた神機を引き剥がす事が出来ずにユウキは焦り出す。

 

(早く…!!早く!!外れろよ!!!!)

 

 相変わらずヴァジュラテイルがユウキ達に向かってくる。急がなければ殺される。

 ユウキは神機を握りながらヴァジュラテイルに向かうような体勢になり、腕だけでなく足を初めとした全身の力を使い、力ずくで神機を固定装置から引き剥がす。

 

「オ…ラァ!!」

 

  『バキンッ!!』

 

 固定装置を破壊した勢いでヴァジュラテイルを斬る。ユウキの腕力でヴァジュラテイルは吹き飛ばされたが、元々適合していない神機を使ったせいか、大して硬くもないヴァジュラテイルが相手であるにも関わらず、薄い切り傷が付いただけだった。

 

「グッ!!ギッ…ア"、ガア"ア"ア"ア"!!!!」

 

 さらに強くなった痛みに思わず踞る。それと同時に何故か脳裏にプリティヴィ・マータの顔と、雪の上で月に向かって吼える男が脳裏に浮かび、肉体的なダメージと精神的な混乱によって軽い錯乱状態となっていた。

 その隙にヴァジュラテイルはユウキに近付き、大口を開けてユウキの頭を捉えた。

 

  『バンッ!!』

 

 突然ユウキの後ろから狙撃弾が放たれ、ヴァジュラテイルが怯んだ。今極東支部にはユウキを除けば『非戦闘員』しか居ないはず…何事かと思い後ろを向く。

 

「立てますか!?」

 

 そこには銃形態の新型神機を持った黒髪の癖ッ毛、橙色の瞳に長い睫毛の中性的な少年(?)が神機を構えながら立っていた。

 

「早く!とどめを!!」

 

 少年(?)が立ち上がったヴァジュラテイルに再び狙撃弾を撃ち込んでヴァジュラテイルの体勢を崩させる。

 

「ジャラァ!!」

 

 少年(?)のサポートでヴァジュラテイルが体勢を立て直している間にユウキが全力で神機を振り下ろす。辛うじてヴァジュラテイルの体を引き裂いてコアを破壊する。

 

「ハァ…ハァ…グッ!!ウゥ…!!」

 

「大丈夫ですか?」

 

 コアを失ったヴァジュラテイルは倒れると霧散する。それを確認したところで、再び体の内側を蝕まれる様な痛みに襲われた。一瞬だけ耐えたが最後に強烈な痛みに変わり、ユウキは意識を手離した。

 

 -医務室-

 

 保管庫での戦闘から約1時間後、ユウキは医務室のベッドの上で目を覚ました。傍らにはリッカと助けてくれた少年(?)が居た。

 

「…あっ!気が付き「気が付いたんだ!!良かった…」…ました?」

 

 少年(?)の言葉を遮ってリッカがユウキに声を掛けつつ顔を覗き込む。少しボーッとする頭を押さえながらユウキは起き上がと、リッカは他の人が居るにも関わらず抱き付いてきた。

 

「バカ!!こんな…無茶な事して…」

 

「っ!!!!??!?」

 

 ユウキは顔を真っ赤にして固まってしまった。まさかリッカが抱き付いて来るとは思っておらず、ましてや他の人が居るところでこんな事をするとは思っていなかかった。何よりも異性に抱き付いかれた事など今までに無かったのでユウキの脳内はパニック状態になっていた。

 

「もうこんな…他人の神機を使う様なことは2度としないで。適合してない神機を使うと、そのオラクル細胞は容赦なくユウを喰い尽くす…そんな事になったら、何が起こるか分からないから…」

 

「あ…ぅ…」

 

 リッカが適合していない神機を使う危険性を話していく。どうやらユウキは神機使いの最もやってはいけない事をしたようだ。それを聞いては居たが、理解する余裕は無かった。

 

「約束して…もう他人の神機は使わないって…」

 

「う…ん…」

 

「…言質は取ったからね。約束だから。」

 

 ユウキから言質を取った事で少し安心したのか、リッカも今どう言う状況なのか気が付いた様で顔を真っ赤にして慌ててユウキから離れた。

 

「…そ、それじゃあ、ユウが目を覚ましたってルミコ先生に伝えに行くね。」

 

 『ま、また来るよ。』と手を振って赤い顔のままリッカは医務室を出ていった。ユウキはフリーズしたままリッカが居た場所を眺めていた。

 

「…リッカさん、いい人ですね。あの人は神機の事、本当に良く理解しています。」

 

「…ぁ…」

 

 少年(?)はリッカに手を振り返して、ユウキに話しかけるが、ユウキは空返事で返す。

 

「あ、自己紹介もせずに申し訳ありません。僕は医療班に配属になります『レン』と言います。貴方の噂はかねがね…」

 

 ここまで話してユウキから何の反応もない事に気が付いたレンはユウキの目の前で手を振って見た。しかしそれでも何の反応もなかった。

 

「ここまで初な方だったとは…まあ、それはそれで今は寝かせやすいからいっか。」

 

 そう言いながらレンはユウキを寝かせた。恐らく全く聞こえていない訳ではないと思い、レンは軍事医療の中でも神機使いのアラガミ化の予防と治療の研究している事などを話して簡単に自己紹介をしていった。

 

 -同時刻、贖罪の街-

 

「…ハッ!!」

 

「ん?どうしたのさアリサ?」

 

「い、いえ…何だか凄く良くない事が起きている様な気がして…」

 

「何を言っているんだ?」

 

(…女の勘ってやつかしらね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日…■■が死のイメージを振り切る事が出来れば、少女を見捨てる事が出来れば、少なくとも■■はこのあと、■■の運命を辿る事はなかったのだろう。今回の事は、■■を■■■■へと叩き落とす…そんな未来が確定する要素でもあったのだ。

 後に起きる1つの大きな■■の代償として、■■が自らの人生を■■■■程の■■を背負う事になる…それを独りで背負わせてしまったと知った時、俺達は酷く後悔することになる。

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 『カチッ』

 

 ■〇の■=が=〇■った。

 

To be continued




後書き
 バースト編キーパーソンのレンが登場です。私は未だに顔立ちだけで男なのか女なのか見分けがつきません。
 ユウキが他人の神機を使う禁忌を犯した事で今後ユウキにどのような変化があるのかは多少アレンジを入れていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission54 侵食

ユウちゃん弱体化!!



 -ラボラトリ-

 

「…ん?」

 

「やあ、目が覚めたかい?」

 

 ユウキが目を覚ますと、ペイラーが声をかける。その傍らには無言のままユウキを睨むツバキ、少し離れた所で顕微鏡を弄っていたルミコが居た。

 だがそれよりも病室のベッドの上ではなく診察台の様な場所で横になっていた事の方がユウキは気になっていた。

 

「…あれ?ここって、博士のラボ?医務室に居たはずなのに…?」

 

「起こすのも忍びなかったのでね、眠っているうちにルミコ君と運ばせてもらったよ…さて、君には大事な話がある。」

 

 どうやら眠っている間に運ばれたようだ。ユウキはゆっくりと起き上がるとペイラーへと視線を移す。

 

「結論から言おう…君はリンドウ君の神機を使い、アラガミを撃退した。その結果、君にはアラガミ化の兆候が見られる様になった。」

 

「ア、アラガミ…化…」

 

「適合してない神機を使うって言うのはそう言う事なんだよ。」

 

 ペイラーからの無慈悲な事実を突きつけられ、ユウキは愕然とする。そこにいつの間にかペイラーの横に移動してきたルミコが追い討ちをかける。

 

「そもそもアラガミ化とはどういう状態かと言うと、人の遺伝子情報が書き換えられ細胞が変異する事…要するにDNAが変化して人の細胞からオラクル細胞に突然変異するものと思っていい。」

 

「…」

 

 ペイラーの説明を聞いてもイマイチどう言う状況か理解出来ないが、人のDNAを失う事でアラガミ化するようだ。今こうしている間にも自身の身体でじわじわとアラガミ化が進行していると考えるとゾッとしてユウキは言葉を失った。

 

「では何故アラガミ化は起こるのか…現在判明している原因は3つだ。その内の1つは偏食因子の過剰投与、2つ目は逆で投与不足…そして3つ目はそのどちらでもない、適合していない神機の接続だ。」

 

「分かってると思うけど、偏食因子は細胞に取り込んだ際に一時的にオラクル細胞への捕食耐性を身に付けさせる…詳しい所は省くけど、人の遺伝子情報は細胞の核に入ってて、偏食因子を取り込むとそことは別にオラクル細胞の塩基配列の一部…つまり捕食耐性に関わる塩基配列を人の細胞に付け加える。けどそれも偏食因子の自壊で塩基配列は消滅するの。」

 

 ルミコが偏食因子は取り込む際の説明をする。どうやら、オラクル細胞の遺伝子情報の一部を植え付けるようだが、ユウキはその説明では1つの疑問を持った。

 

「このことから、神機使いは皆アラガミ化していると言ってもいい。ただし、限りなく人に近い状態に制御されたアラガミ化ではあるがね。」

 

「やっぱり…」

 

 ユウキの予想は当たっていたようだ。アラガミ化は人の遺伝子がオラクル細胞の遺伝子に書き換えられる事が原因だと言うのなら、捕食耐性のためオラクル細胞の遺伝子を一部植え付けられる事は制御を受けたアラガミ化をしていると言えるようだ。

 あくまで細胞の変異が起きない様に偏食因子を管理しているから、こうしてアラガミ化しないで今まで生きてこられたのだろう。

 

「では最初の2つのアラガミ化のケースなんだが、偏食因子を過剰に投与するとオラクル細胞の塩基配列による遺伝子の書き換えが進行する。結果、人のDNAを失い、体細胞はオラクル細胞に変化…アラガミ化すると言うわけさ。」

 

「な、なるほど…」

 

 ペイラーの説明で何とかイメージは作れたが、少し曖昧なのか自信がなさそうに返事をする。

 

「逆に投与不足の場合、捕食への耐性を失った細胞をまだ偏食因子の影響が残っている細胞が人の細胞を喰って、そこに弱体化したオラクル細胞が増殖するのさ。」

 

「こうなったらもう最後…後は耐性の無くなった細胞からオラクル細胞になっていく。そして捕食を繰り返して本物のオラクル細胞へと変異するのさ。」

 

「…」

 

 今度は恐ろしいイメージが浮かんだのか、少し青い顔をしながら黙ってしまった。

 

「そして最後…適合していない神機を使った場合だ。これは端的に言えば、人の身に2つのオラクル細胞を宿すと考えていい。」

 

「2つのオラクル細胞を宿す…?」

 

 適合していない神機を使うアラガミ化の事をペイラーから聞いたユウキは今までのアラガミ化とは毛色が違ったため思わず聞き返す。

 

「神機を使う時、腕輪を介して人と神機は繋がるでしょ?その時、神機は神機使いと直接的な意味でも繋がる。」

 

「えっと…どういう意味ですか?」

 

 確かにルミコの説明の通り、神機使いは神機を使用すると触手によって繋がるが、それが何なのか分からずユウキはい聞き返す。

 

「うーん…手と手が触れあうとかそんな感じじゃなくて、君の体から別の体が生えてきたって感じかな?分かる?」

 

「な、何となくは…」

 

 ユウキは神機を使う際、自分に第3の手や足が生えてくるイメージで神機を使っている。ルミコの言う通り、単純に触れると言った感じではないと言うことには納得していた。

 

「つまり、物理的に繋がりを持つことで、神機との間で細胞やらその他諸々のやり取りが行われているのさ。」

 

「っ!!」

 

 ここまで言われてようやくユウキにも合点がいった。緊張が走った様にユウキの目が見開かれる。

 

「察しがついたようだね。君に投与してる偏食因子は普段使っている神機『のみ』に対応している。そんな中に適合してないオラクル細胞を取り込んだりしたら…さてどうなるかな?」

 

「…互いの細胞が喰い合い暴走する…」

 

「そう…それが適合してない神機を使った場合のアラガミ化だ。」

 

「…」

 

 適合した神機のオラクル細胞では何ら人体に影響はない。だが、そこに適合していない神機のオラクル細胞を取り込むと、適合していない細胞が使用者本人を喰い荒し、それに抵抗して適合しているオラクル細胞や偏食因子を取り込んだ人体細胞が異常に活性化して、互いに捕食し合う。

 そして最終的には肉堺になるか、DNAを書き換えられてアラガミ化すると言う事だった。

 ユウキは後戻り出来なくなった事を察すると黙ってしまった。その様子を見たペイラーは立ち上がり、デスクの方に歩いていく。

 

「人の細胞を媒介にしたアラガミ化は非常に厄介でね…細胞単位のDNAの違いや健康状態…様々な要因から、全く予測のつかない変化をしたオラクル細胞を生成する…この事からも、アラガミ化の治療方法はまだ全く確立されていないと言っていい。」

 

 アラガミ化の説明をしながらペイラーはデスクの紙の山から1枚の書類を見つけると、今度は別の書類を探し始める。

 

「このまま行けば、ユウキ君…君は間違いなくアラガミ化する。」

 

「もう…アラガミ化は止められないんですか?」

 

「ああ…君の『アラガミ化』は止められない。たが…」

 

 最早アラガミ化を止める事は出来ない。無情な現実を突きつけたペイラーは目当ての書類を見つけたのか計2枚の書類を持ってユウキの元に戻っていく。

 

「現状では、君が生きてる間にアラガミ化する事は恐らくないと私達は診ている。」

 

 だが戻ってくる途中、ペイラーはここまでの話を覆す発言をした。アラガミ化は止められないと言ったのにアラガミ化しないと言われ、ユウキは混乱していた。

 

「え?どういう事ですか?」

 

「神裂君のアラガミ化の進行度合いを調べてみたんだけど、とても緩やかに進行しているの。」

 

「その結果と君の身体を調べたところ、ユウキ君は『抗体持ち』だと言うことが分かったんだ。」

 

「抗体持ち…ですか?」

 

 初めて聞く単語にユウキは首を傾げる。するとペイラーは持ってきた資料をユウキに手渡した。抗体持ちに関する資料とペイラー直筆のメモ書きだ。恐らくユウキのアラガミ化や抗体持ちかを調べた際のメモだろう。

 

「アラガミ化してもオラクル細胞への変化が現れにくい人の事を『抗体持ち』って言うのさ。一応細胞を調べれば分かるは分かるんだけど、抗体が作られるメカニズムや要因は不明…アレルギーの様な体質的なものなのかも知れないけれど、分かっている事はまだ少ないんだ。」

 

 ルミコが抗体持ちについて簡単に説明していく。さっき貰った資料を読みながら説明を聞いて、大まかには抗体持ちがどう言うものかは理解出来た。

 

「それから抗体持ちにも幾つかタイプがあってね。ユウキ君のようなアラガミ化の進行が極端に遅くなるものを『漏斗型』、一定のレベルまでならアラガミ化の症状を抑える事が出来るが、そのレベルを越えると一気にアラガミ化が進行する『防壁型』、そして…噂ではアラガミ化の進行と症状の一切を完全に抑える『完封型』と言うのも存在するらしい。これは事実上どんな偏食因子にも適合出来る事になるね。」

 

 ペイラーが抗体持ちの詳しい説明をしていく。ユウキは説明を聞きながら自分がどの型に当てはまるかを考えながらペイラーから説明された事を整理していく。

 

「なら…俺は『漏斗型』の抗体持ちだからアラガミ化の進行が遅くなってる…だから生きてる間にはアラガミ化はしないって事なんですよね?」

 

「かなり楽観的な見解だけどね。でもそれも何かの切っ掛けで進行が早まるとも限らない。油断は出来ない状況なのは変わりないよ。しばらくは任務の合間に検査を受けてもらうよ。」

 

「…分かりました。」

 

 取り敢えずはアラガミ化の心配は無いだろうが、危険な状態であることには変わらない。しばらくは経過観察とアラガミ化の進行への対策と治療のためにも、ラボラトリに顔を出さなければいけなくなった。

 

「さて、私達からの報告は以上だが…ツバキ君、何かあるかい?」

 

「…」

 

「ツ、ツバキさん…?」

 

 今まで沈黙を貫いていたツバキが、一言も発する事なく目元に影を作りながらユウキを睨む。まるで羅刹や阿修羅の様な迫力にユウキだけでなくルミコやペイラーも涙目になり怯えている。

 

「神裂…お前のしたことは重大な軍規違反だ。それは分かっているな?」

 

「はい!」

 

 『YES』以外の答えを許さない迫力で迫られて、ユウキは思わず勢いよく返事をする。ユウキ自身も他人の神機を使う事が軍規違反であることを理解しているので、これからツバキから言い渡されるであろう罰に大人しく従つもりだった。

 

「神裂…今日から1週間、懲罰房に入れ。それがお前への罰だ。」

 

「分かりました…」

 

 ユウキへの罰を伝えるとユウキもそれに従い、懲罰房に向かうつもりだったがツバキにか声をかけられて歩みを止める。

 

「…が、その前に仲間達に今回の件を報告しに行け。そこで仲間からも絞られると良い。報告をしてすぐに来い。」

 

「…はい…」

 

 それを聞いた瞬間、ユウキの目が死んだ魚の様な目になった。ついさっき仲間達に無茶はしないと言ったばかりだ。全員から袋叩きに合うのは想像するに容易い。特にアリサ…もとい亞莉裟には注意しなくてはならない。

 どんな目に合うかを想像した結果、ゲンナリしながらラボラトリを出ようとするが、今度はペイラーに呼び止められる。

 

「ああそれと最後に…悪い知らせだ。君と神機の適合率なんだが…約70%近くまで下がってしまった。君の身体に別のオラクル細胞と言う不純物が混ざったためだ。その結果、今までのように神機の力を引き出す事も、脳のリミッターをはずす事も出来なくなった可能性が高い。戦闘に出るときは気を付けてくれ。」

 

「…分かりました…」

 

 適合率が下がった…今までの様に戦う事が出来なくなったと言う事だ。さらに脳のリミッターを外すことが出来なくなった可能性が高いそうだ。ここからは特別な力は使えない。純粋な身体能力と培った経験で戦うしかなさそうだ。

 

「今回の事はハンニバルの対策を確立する事を優先し、支部の守りを崩してしまった私の判断ミスだ。本当に申し訳ない。」

 

「…構いませんよ。結果的には誰も死んでない。偶然でも抗体持ちのこの身体のお陰で助かったのなら、俺のアラガミ化なんて安いものですよ。」

 

 ペイラーが神機使いを総出撃させた事について謝罪されたが、ユウキは特に気にした様子もなくはラボラトリを出ていった。

 

「博士…」

 

「…」

 

(何をそんなに焦っているんだ…?それではまるで…)

 

 ペイラーを始めとした全員がユウキの態度から最悪の事態を想像する。そして自分のアラガミ化さえ軽く見ているユウキの様子にその場に居た全員が怪訝そうな顔でユウキが居た場所を見ていた。

 

 -エントランス-

 

「ユウ!!」

 

「お前…!もう動いて良いのか?!」

 

 ユウキは事後報告のため、第一部隊のメンバーを探してエントランスに移動した。すると、ユウキが来た事に気がついたサクヤとコウタがユウキに駆け寄る。その一連の流れを見てアリサとソーマもユウキに気がついた。

 

「う、うん…えっと、皆のところには何処まで話が伝わってるのかな?」

 

「ユウ…「お前が他人の神機を使ったってところまでだ…」…です。」

 

 コウタが事の詳細を何処まで聞いているのかを伝えようとするが、ソーマがそれを遮り話していく。だが、ソーマのあからさまに怒っている雰囲気にユウキはたじろいだ。

 

「わ、分かった。取り敢えず…緩やかにアラガミ化しているらしい。」

 

「そんなっ!!」

 

「マジかよ…」

 

「「…」」

 

 ユウキの口から自らがアラガミ化が進行していると語られると、第一部隊のメンバーは驚いたのあまり声を上げるか、言葉を失った。

 

「でも、今のとこは俺が生きている間にアラガミ化はしないらしい。抗体持ちって体質らしくて、そのお陰で普通の人よりもアラガミ化の進行がとても遅いみたいなんだ。」

 

 この一件でアラガミ化が進行こそしているが、抗体持ちであることを理由にアラガミ化の心配はないと、軽い感じで話していく。

 

「…で、軍規違反の罰でこれから1週間懲罰房に入る事になった。しばらくは部隊の事は任せるよ。」

 

「そう言う話じゃないでしょ!!ユウ…あんまり自分で自分を追い詰める様な真似はしないで!!そんなんじゃ命がいくつあっても足りないわよ!!」

 

「…お前、アリサにもう無茶はしないと言ったらしいな…で、その数時間後にはこれだ…何か言い訳はあるか?」

 

「…」

 

 サクヤがユウキを叱ると、今度はソーマが何時もより低く、怒りを孕んだ声で話ながらユウキを睨む。その迫力にユウキは何も言い返す事が出来ずに黙ってしまった。

 

「ユウ…」

 

 そんなユウキの沈黙に耐えかねたアリサがユウキに話しかける。

 

「今のユウは、何かに焦って無茶ばかりして…生き急いでる様に見えます…いつか本当に、取り返しのつかない事になりそうで…皆心配しているんです!!だから…もう本当にこんな事しないで下さい!!」

 

「だ…大丈夫だって!今回の事は抗体持ちってお陰で大した事無かったんだし!!」

 

 アリサが必死にユウキに無茶しないように言うが、それを分かっていないのか、相変わらず自身に降りかかっている事態を軽く見ているようだ。

 

「そう言う問題じゃねえ!!」

 

「お、落ち着きなよソーマ。きっと今までに散々怒られてきただろうし、もうこの辺で…」

 

「そ、そうして貰えるとありがたいかな?今回の件は俺の落ち度だけど、こうして何ともなかったんだし、心配する必要なんてないって!!AーHAッHAッHAッ!!」

 

 皆が心配だから怒っているのに、その事を理解しないユウキに業を煮やしたソーマが、何時かの喧嘩の様な剣幕でキレる。

 だが、コウタがここに来るまでに説教をされたはずだからとソーマに落ち着く様に言う。

 そんなコウタのフォローも虚しくユウキはエセの外国人の様な笑い方をして大丈夫とアピールする。ユウキはユウキなりに皆に心配をかけないようにと考えた行動だったが、この状況では心配してくれた仲間達をバカにしているようにしか見えず、フォローを入れたコウタも怒りを覚えた。

 

「おいユウ!!皆心配して言ってるのにその態度…」

 

  『バチンッ!!』

 

 思わずコウタも怒りから説教しようと思ったが、全て話す前に渇いた音がエントランス内に響いた事で止めてしまう。

 そしてその渇いた音と同時に、ユウキの視界は右を向き、左の頬から熱と痛みを覚えた。

 

「…いい加減にしてください…ユウに…もしもの事があったら、悲しむ人が大勢居るんです…私だって…そんなの絶対に嫌です!貴方の命は…貴方が好きに捨てられる程安くないんですよ!!」

 

「…あ…り…」

 

 痛む左の頬を押さえながら視線を戻すと、右手を振り抜いた様な体勢になっていた。恐らくさっきの痛みの原因はアリサのビンタだったのだろう。突然の事にユウキが呆けていると、アリサが涙を流しながらユウキを睨んでいた。

 そのままアリサは呆けているユウキに抱き付いて泣きながら心の内を話していく。

 

「…今のユウを見ていると…怖い…」

 

「ぇ…?」

 

「いつか…誰かを助けるためなら…自分の命さえ…簡単に投げ捨てそうで…いつか…私の前から居なくなりそうで…凄く…怖い…」

 

 目の前で仲間を泣かせた事で、ユウキは罪悪感を感じ少し冷静なった。そして同時にアリサは言いたい事を言って少し落ち着いたのか、今現在どんな状況なのかを理解し、羞恥から頭が真っ白になっていた。また、ユウキも今こうして抱き合っているのが公衆の面前だった事を思い出し、これまた羞恥から思考を停止していた。

 

「「…」」

 

「お、おーい…お2人さん?いつまで引っ付いてる気?見せつけてんの?」

 

 コウタが白い目で2人を見ながら話しかけるが、ユウキとアリサからは何の反応もなかった。

 

「…?」

 

「コイツら…2人揃ってパニクってフリーズしてやがる。」

 

 ソーマが2人の様子を見てため息をつくと、後ろからヒールの音が聞こえてきた。

 

「…いつまでそうしている気だ?」

 

「「「「ツバキ(さん)?!」」」」

 

 突然ツバキが現れた事でフリーズしていたユウキとアリサを含めた全員が後ろのツバキをの方を向く。

 

「…いつまで経っても来ないから何かあったのかと思えば…報告だけして来いと言ったはずだが?」

 

「あ…えっと…」

 

 ツバキの視線からは普通とは違う、何かおぞましい怒りを感じて、ユウキは完全にビビっていた。

 

「…まあいい。さっさと来い。私も暇ではないのだ。」

 

「は、はい…」

 

 そのままユウキはツバキと一緒に懲罰房に向かった。結局ツバキの機嫌は最後まで良くなる事がなく、ユウキは半泣きで懲罰房に入った。

 

 -懲罰房-

 

 懲罰房に入った後、ベッドに腰掛けながらしばらく今回の事を考えていた。

 

(分からない…確かにリンドウさんの神機を…適合してない神機を使ってアラガミを倒した…)

 

 何も無い空間で今回の事を思い出していた。

 

(その結果、俺の身体はアラガミ化が進行している…けど…偶然にも抗体持ちだった事でそのアラガミ化も生きている間には起こらない…)

 

 ユウキは事の詳細を思い出しながら自分の両手を見つめる。

 

(結果的にはリッカは無事に生きているし、俺のアラガミ化はそれほど深刻な問題じゃない…なのに…何で皆あんなに怒ってたんだ…?)

 

 仲間があんなに怒る理由を考えながら両手を下ろし、空虚を見つめる。

 

(俺たちは人類救済の道を閉ざし、この地獄の様な世界を残す事を選んだ…その事は後悔してない。)

 

 そしてアーク計画を止めた事を思い出しながらベッドに横になる。

 

(でも、アーク計画で死ぬはずの人達を生かし、助かるはずだった人達を地獄に叩き落とした…なら、そんな地獄で生きていく事を『俺』に強要された人達を…目指す世界が訪れるまで命を張ってでも守り抜く。それが俺なりの…地獄で生きる事を強要した事に対する、責任の取り方だと思っていた…けど…)

 

 天井を見つめたままユウキはアーク計画を止めた事に対して自分の方針をもう1度よく思い出す。

 

(そんな俺の考え方は…間違ってるのか?)

 

 しかし、そんなつもりはなかったのに結果的にユウキのやった事で仲間が泣いた。自分のやった事は間違っていたのだろうかと考えながら、答えの出ない問答を自分の中でも繰り返していた。

 

To be continued




後書き
 怒られて打たれて唖然としているユウちゃんを想像すると背中がゾワゾワしました。
 今回の件で自分の価値(?)についてユウちゃんと仲間との間に認識の差が出てきました。今後この溝が広がって仲間とすれ違う…かも知れません。
 さて、他人の神機を使った事でユウちゃんが弱体化しました。神機の適合率が90%から70%まで落ちて、さらにはリミッタ解除が出来なくなりました。今までのようなゴリ押しが出来ない状態でどう戦うか今から考えておかないと…

抗体持ち
 アラガミ化の際、DNAを書き換えられても人体細胞が変化しにくい体質の人間、あるいはアラガミ化の進行を遅くする体質の人の総称のこと。あくまで表面に現れにくいと言うだけで、アラガミ化を止める訳ではない。
 『漏斗型』、『防壁型』、『完封型』の3つが確認されている。

漏斗型
 アラガミ化の際、オラクル細胞からの侵食が遅くなり、非常にスローペースでDNAが書き換えられる。アラガミ化の進行自体は止められない。

防壁型
 アラガミ化が一定以上進むまでは完全にその症状を抑える。その間は人体細胞も細胞もオラクル細胞に変化しない。しかしDNAの侵食は続いているのでアラガミ化が進行すると一気にアラガミ化してしまう。

完封型
 アラガミ化の一切を抑える体質の人間のこと。その特性上、様々な偏食因子に適合することが可能で、適合していない神機を扱う事も出来る。現在噂で流れている程度の存在で、都市伝説のようなもの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission55 後輩

おや…?ユウちゃんの様子が?


 -懲罰房-

 

「出ろ。ユウキ…」

 

 ユウキが懲罰房に入ってから1週間が経ち、ツバキから外に出るように指示される。久しぶりに他人の声を聞いたユウキは少し驚きながら立ち上がり外に出る。

 

「この1週間、懲罰房に入ったわけだが…少しは反省したんだろうな?」

 

「…はい…」

 

 ユウキなりに仲間に心配をかけた事は理解した。自分が逆の立場なら気が気でないだろうと考え、今後こう言った事は『できるだけ』しないようにしようと心の内に誓った。

 

「…なら良い。着いてこい。」

 

 ユウキの様子から嘘ではないと判断して、ツバキはユウキを連れて独房エリアを歩いていく。

 

「…ツバキさん、何処に行くんですか?」

 

「エントランスで新人を待たせてある。お前には彼らの教練も一部担当してもらう。」

 

「え"っ?!そんな話聞いてないんですけど…」

 

 エレベーターを待っている間にツバキから突然新人指導の仕事が入った事を伝えられたが、何の用意もしていなかったためユウキは少し焦りを見せる。

 

「当然だ。お前には今初めて言ったからな。」

 

「せめて何か一言言って欲しかったです…」

 

 エレベーターに乗り込み、動き始めたところでユウキはこのあとのスケジュールをどうするか考えなが愚痴った。

 

「何の為の懲罰房だと思っている。伝えたら教練の事を考えるだろう?」

 

「あー…まあ、それは分かりますけど…」

 

 懲罰房とは本来、自身の行いを振り返り何が悪かったのか、何を反省すべきかを考え、改善するためにある。そんな中、別の事を考えるための材料があると、反省する事から逃げてしまう。ユウキもその事は分かっているが、神気が壊れたり、適合率が下がったりと、色々と調べておきたい事もあった。

 今後の予定をどうするか考えていると、エレベーターが止まり扉が開く。その先、出撃ゲートの前には見覚えのない3人が立っていた。

 

「さて、今日から極東支部に配属になる新人3人を紹介する。」

 

「本日付でドイツ支部から転属となりました『アネット・ケーニッヒ』と申します。所属は第二部隊です。」

 

 金髪を頭の左側にまとめて非常に丈の短いスカートで青い戦闘服を纏った少女が元気よく自己紹介をする。

 

「イタリア支部から来ました『フェデリコ・カルーゾ』です!同じく本日付で第三部隊に配属になります。」

 

 黒髪にヘアバンドを巻き、緩めのパーカーを着た少年が緊張した様子でユウキに挨拶をする。

 

「ロシア支部より転属になります『ユーリ・イヴァーノヴィチ・ヴァルバロス』です。所属は第四部隊です。よろしくお願いします。」

 

 少し外に跳ねた金髪にミニジャケットを来た少年は丁寧な口調でユウキにお辞儀する。

 

「本日より神裂少尉には彼らの教練も一部担当してもらう。新型の戦い方は私よりもお前の方が詳しいだろうからな。」

 

「は、はい!」

 

 自分が直接指導する初めての後輩と言うこともあり、ユウキも少し緊張した顔立ちで返事をする。

 

(あれ?そう言えばレンは…?)

 

 ふとツバキから1週間前に襲撃から助けてくれたレンの紹介が無かった事を思い出す。一応既に個人的に顔合わせはしてあるので、改めて紹介するまでもないと判断したのだろうかと考えていると、ツバキの声で新人の紹介に意識を戻す。

 

「アリサにも教練の補佐をするように伝えてある。出来る限りでいいから面倒を見てやってくれ。」

 

「っ!…分かりました。」

 

「ではこのあとの予定だが、3人ともメディカルチェックを受けてもらう。そうだな…」

 

 言い終わるとツバキは腕時計を確認する。ペイラーの支部長代理としての仕事を一区切りつけ、その後にメディカルチェックの準備をする時間を計算していく。

 

「恐らく準備に1時間程かかる。それまで支部を見て周るなり、自由に過ごすと良い。」

 

「「「はい!!」」」

 

 ツバキは今後の予定を伝えると、新人をユウキに任せて一旦その場を後にする。ツバキがその場を立ち去ったところで、自身の自己紹介をしていなかった事を思い出した。

 

「それじゃあ改めまして…俺は神裂ユウキです。よろしく。一応3人の先輩だけど歳も近いみたいだから、あまり畏まらないでね。」

 

 なるべく警戒心や恐怖心を抱かせない様に、穏やかな口調と朗らかな笑顔で自己紹介をしていく。だが、新人3人はテンションが振り切れた様に目を輝かせてユウキに話しかける。

 

「そんな訳にはいきませんよ!!先輩は入隊から数ヶ月と言う異例の早さで部隊長に昇格したエースの中のエースなんですから!」

 

「そうです!先輩の活躍は極東だけでなく各支部でも話題になってて、俺達の様な新型使いの新人にとっては憧れの存在なんです!」

 

「ロシアでも先輩の活躍は何度も話題になってましたよ。短期間での隊長就任の時や、数々の大型種を倒した事や、実質禁忌種の単独討伐した事…他にも話題になった事は色々ありますが、大きな話題はこんな所でしょうか?」

 

(な、なんか色々と尾ひれが付いてるような気が…)

 

 今言われた事は確かにやったことがあるにはあるが少しばかり誇張されている様にも感じてユウキは笑顔のまま背中から冷や汗を流していた。

 

「ユウ!!」

 

 突然ユウキの後ろから聞き慣れた声が聞こえ、振り向くとアリサが下階から上がってきていた。

 

「アリサ?どしたの?」

 

「どうしたの?じゃありません!!今日から動ける様になったって聞いて探して…いたんですよ?」

 

 プリプリと怒りながらユウキに詰め寄るが新人3人を見るとその怒りも急激に冷めて言ったようだった。

 

「動ける様になった?」

 

「ああいや!何でもない…そうだ!紹介するよ今日から「もしかして新人さんですか?!」…です。」

 

 アリサの発言にアネットが不思議そうな顔をする。するとユウキは慌てて3人を紹介しようとするも、目を輝かせたアリサがその言葉を遮り、アネットとフェデリコが自ら名乗り、一旦アリサが自己紹介する。

 

「私は第一部隊所属のアリサ・イリーニチナ・アミエーラです。分からない事があったら何でも聞いて下さい!!」

 

 自信ありげにアリサが自己紹介をする。アリサにとっても初めての後輩と言うこともあり、何処か舞い上がっているようだった。

 

「ア、アリサさん!?本物ですか?!」

 

「は、はい…そうですよ?」

 

 アリサの名を聞いた途端、ユーリが興奮してアリサに詰め寄る。その剣幕にアリサも引いている。

 

「じ、自分はユーリ・イヴァーノヴィチ・ヴァルバロスと言います!!アラガミの巣窟と言われる極東…その第一線で活躍する貴女はロシア支部の誇りです!!貴女に会えたこと、光栄に思います!!」

 

「え?!あ…よ、よろしくお願いします…?」

 

 ユーリは目を輝かせながらアリサの手を取る。落ち着いていて大人しい第一印象から、あまりにかけ離れた豹変ぶりにアリサを含めて皆唖然としていた。

 

(なんかアイドルと追っかけみたいだな…)

 

 同じロシア出身で他を寄せ付けない活躍している人物を前にして舞い上がるのは分かるが、あまりの豹変振りに引きながらユウキはその様子を見ていた。

 

(…何か…変な感じだなあ…)

 

 だがその様子を見ていくうちにモヤモヤとした不快感を感じ、2人の意識を逸らすため、ユウキは今後の動きの相談を持ちかける。

 

「さて、それじゃあメディカルチェックまで時間があるな…取り敢えず支部内を見て周ろうか?」

 

「あ、あの!それなら神裂先輩の戦い方を見せてくれませんか?!」

 

「あ!俺も見たいです!」

 

「え?俺の?」

 

 思わぬ提案にユウキはキョトンとする。

 

「はい!!神裂先輩の戦い方を生で見てみたいんです!!」

 

「お、俺も見たいです!見せてくれませんか?!」

 

 アネットとフェデリコが目を輝かせてユウキを見ている。そんな中『神機の調子を確認するのに丁度いいか』などと能天気な事を考えていた。

 

「分かった。それじゃあ行こうか。」

 

 どのみち神機の確認はするつもりだった。新人の希望が叶い、自分の目的も果たせるなら迷う必要もないとして5人は訓練室に向かった。

 

 -訓練室-

 

 現在、アリサ、アネット、フェデリコ、ユーリの4人が管制室から、ユウキが模擬戦している訓練室を見下ろしていた。

 対してユウキは壊れたティア・ストーンの代わりに、以前使っていた汎用シールドを装備した神機を携え、オウガテイル2体、ザイゴート3体、コクーンメイデン2体、それからヴァジュラ3体の計10体のアラガミに囲まれていた。訓練を初めてから30分…通常よりも脆いとは言え、既に50体を越えるアラガミを倒していた。

 後ろからヴァジュラが電気を纏いユウキに突っ込んでくる。それを前に跳んで躱し、前方のオウガテイルに迫る。対して前方のオウガテイルは尻尾を振り回して迎撃しようとするも、ユウキが神機を振り下ろして オウガテイルの背中を斬る。ただし、完全に両断せずに半分まで神機の刀身を食い込ませた状態で止めてある。その状態から神機を軸にして、体を捻りながら倒立する。するとユウキの後ろからザイゴートが飛ばしたであろう毒ガスが飛んでくるが、体を捻った事で回避する。そのまま背中に食い込ませた神機を振り抜き、オウガテイルを両断すると、銃形態に変形してザイゴートを撃ち抜く。

 その一連の動作の最中にヴァジュラが前足で切り裂いて来たが、これも大きく後ろに跳んで回避する。その間に後ろのコクーンメイデンのレーザーがユウキの頭目掛けて飛んできたが、それを体を右側に傾けて躱しつつ、銃形態の神機を抜刀術の構えの様に持って後ろのコクーンメイデンを撃ち抜く。

 そして着地の瞬間に剣形態に変形して一気に前に出る。するとヴァジュラはさっきとは逆の前足で切り裂いて来たので、それに逆らう軌道で神機を振り抜く。その結果、ヴァジュラの前足は切り落とされ、体勢を崩したところをインパルス・エッジで顔面ごと破壊し、ユウキは別のヴァジュラに向かって行く。

 

「な、何だか後ろにも目があるみたいです…」

 

「うん…視界に入ってないものにも反応しているし…なんか…もう…」

 

「凄いとしか言えないな…」

 

 管制室に居る新人達は各々感想を漏らすが、何処か呆けた様子だった。

 

「ユウは視覚以外にも触覚、嗅覚、聴覚なんかを使って視界外の敵や攻撃を察知しているんです。特に聴覚での策敵が得意ですね。私も何度も助けてもらいました。」

 

 アリサがユウキが策敵のために視覚以外の感覚を研ぎ澄ませている事を教えると、アネットが信じられないと言いたげな表情になる。

 

「へ、へぇ…凄い人は何と言いますか…色々と…違いますね…」

 

「さ、そろそろメディカルチェックの時間ですよ。行きましょう。」

 

 時間を確認すると、アリサは管制室のマイクのスイッチを入れる。

 

「ユウ。そろそろメディカルチェックの時間なので、私は3人をラボに連れて行きますね。」

 

『分かった。悪いけど任せるよ。』

 

 スピーカー越しにユウキの声が聞こえ、コクーンメイデンとザイゴートを斬り倒しながら返事をする。その時のユウキの表情は苛ついているような険しさが現れていた。

 

(何だろうな…さっきから違和感を感じる。これが適合率が下がったって事か…?)

 

 さっきから何度も神機の力を引き出そうとしているが、その度に腕の感覚がボヤける。いつもと同じやり方で神機の力を引き出そうとするが、神機から脈を打つ様な感覚が一切無い。ペイラーが言っていた適合率が下がったせいなのだろうかと考えながら道中のオウガテイルを葬りながらヴァジュラに突っ込んだ。

 

 -翌日、贖罪の街-

 

 メディカルチェックが終わった翌日、新人達の訓練内容を考えようとツバキに相談を持ちかけたところ、取り合えず各々の支部で基礎的なカリキュラムを終わらせてあるとの事だった。そこで実地演習に行って新人達がどんな動きをするのか見てみようとユウキと新人3人は旧市街地に向かい、現在アラガミとの戦闘の真っ最中だった。

 

「せ、先輩!!」

 

「なに?」

 

 『フェデリコ、受けきったら反撃しないと。』とユウキがミサイルを汎用シールドで防御しつつ続ける。対してフェデリコは焦りを見せながらユウキに話しかけ、オウガテイルの尻尾を装甲で防いだ。しかし、その後もずっと展開を続けていたため、今度はオウガテイルが追撃する隙を与えてしまい、展開したままの装甲でオウガテイルの針を受け止める。

 

「今日の討伐対象ってオウガテイルでしたよね?!」

 

「うん。そうだったね。」

 

 アリサと色違いの神機、『クレメンサー』シリーズを装備したユーリの叫びも虚しくユウキが呆気からんと答える。その際フェデリコが防いだ攻撃の後にアネットが代わりに反撃する。しかし、唯でさえ重たいハンマータイプのバスターブレードを装備しているせいか、アネットの動きは鈍重なものだった。

 オウガテイルがアネットの攻撃を後ろに躱すと、アネットは動きの鈍くなった足でどうにかオウガテイルに張り付いて追撃する。

 その様子を横目で見ながら『アネットは前に出過ぎ。ユーリが援護出来ないよ。』と、ユウキはどうにかビッタリと敵に張り付くアネットにアドバイスしつつ銃形態に変形して、飛んできたトマホークを撃ち抜いて破壊した。

 

「じゃあ…なんで…」

 

 半泣きのアネットと共に必死な形相のフェデリコとユーリが一斉にユウキを見ると…

 

「「「なんで俺(私)達、禁忌種のすぐ横で戦ってるんですかああぁぁぁぁあ?!?!!!!」」」

 

 3人の絶叫が辺りに響き渡る。それもそのはず。今回の任務はオウガテイル1体の討伐だった。かつてユウキもやったように、新人達に任せて、危なくなったら助けに入る予定だったが、突如オウガテイルの横にテスカトリポカが地面から湧いて来たので、新人達がオウガテイル、ユウキがテスカトリポカの相手をしている状態だ。

 

「乱入されちゃったからね。仕方ないね。」

 

 『ユーリ、状況判断に時間をかけすぎ。思い切りも大事。』とユウキがアドバイスしつつ、テスカトリポカの開いている前面装甲に斬り込む。対してアネットがオウガテイルにハンマーの強烈な一撃を叩き込んだ事でぶっ飛ぶ。

 

「何で先輩は平然と戦ってるんですか?!禁忌種が横に居るとかメッチャ怖いんですけど!!」

 

「そんな事言ったって戦況は常に変わるものだし、アラガミは待ってはくれない…死にたくなければ戦って倒すしかない。」

 

「それはそうですけど!!いきなり禁忌種を相手にするなんて無理ですよ!!」

 

 ユーリが跳ばされたオウガテイルをサイレントクライで撃ち抜きながらも泣き言をいう。それに対して、閉じ始めた前面装甲をプレデタースタイル『疾風』で捕食してバーストしつつ正論で答える。

 だが、これでユーリが何を言いたいのかユウキも理解した。

 

「ああ、大事だよ。テスカ本体も攻撃もそっちには行かないから。それに、そっちが終わるよりも先に終わらせる。3人はオウガテイルに集中して。」

 

 『それと、今は俺の動きなんて見ている暇はないよ。』と3人に言いつつ、反撃に体当たりしてくるテスカトリポカを左手で抑え込み、バーストした状態での全身の力で辛うじて後ろに押し返す。

 

(バースト時の身体能力は前よりも上がっているな…アラガミ化のせいか?)

 

 自身の変化に疑問を持ちつつも、ユウキは距離を開けたテスカトリポカに接近して前面装甲の中心、つまり装甲同士の隙間を狙い、神機を振り下ろす。すると制御ユニット『ソルジャー』が起動している事もあり、大きな抵抗もなく護人刀が装甲の隙間に入り込んで、刃の厚みで装甲を無理矢理抉じ開ける。

 装甲に大きな隙間が出来たところでバーストが解除される。そこに剣形態のまま銃身を捩じ込むと、インパルス・エッジでテスカトリポカを内部から爆破する。

 すると装甲が剥がれ、肉を抉り出してコアが剥き出しになる。その瞬間、再び疾風を展開して、テスカトリポカが動き出す前にコアを捕食した。

 

(さて、こっちは終わったけど…向こうはどうなったかな?)

 

 ユウキはテスカトリポカを倒すと少し離れて戦っている新人3人の戦闘が見える位置まで移動する。念のため銃形態に変形して援護の準備をする。だが、満身創痍のオウガテイルを見る辺り、どうやら討伐任務も終わりに近づいているようだ。

 フェデリコがオウガテイルの噛みつきを装甲で受け止めると、その隙にユーリがクイック捕食『弍式』でオウガテイルを捕食する。ユーリがバーストすると銃形態に変形してアネットをバーストさせ、その後フェデリコがオウガテイルを押し返す。体勢を崩した隙にアネットが神機を握り締める。

 

「やぁあ!!」

 

 アネットの掛け声と共にハンマーを振り下ろすと、体勢を崩したオウガテイルが上から潰させる。

 今回はコアごと潰してしまったため、コアの回収は出来なかった。だが、新人が自分達の力でアラガミを倒し、無事生き残っただけでも十分だろう。

 

「倒した…」

 

「で、出来た…」

 

「や、やった…出来た!やったぁ!!」

 

「!!?!???!」

 

 初めての出撃でテスカトリポカか乱入するアクシデントもあったが、そんな状況でもこうして生き残る事が出来た。それを実感するとフェデリコとユーリは緊張の糸が切れたのか、ようやく肩の力が抜けて安心したようだった。

 アネットは人類の脅威であるアラガミを初めて倒した事に感激したのか、はしゃぎながらユウキに抱きついた。

 

「あ、アネット…放してやりなよ。先輩真っ赤になってフリーズしてる。」

 

「え?あ!!すいません!!」

 

 フェデリコに声をかけられた事で、ようやくアネットはユウキがフリーズしていると気が付いて慌てて離れる。

 

「あはは…先輩、女の子に慣れてないんですね。」

 

「わ、悪いかよ…」

 

「いえ、なんだか…随分と可愛い一面があるんだなってだけです。」

 

 クスクスと笑うユーリを見てヘソを曲げたのか、ユウキは真っ赤なままむくれてしまった。

 

「あの、今回の動き…どうでしたか?正直、何が良くて何が悪いのか、まだ全然検討がつかなくて。どうやったら先輩のように戦えるんですか?」

 

 どうにかユウキがヘソを曲げた事から意識を逸らせるように、フェデリコは今回の任務の反省点と言う少し頭を使う話題を提供する。

 

「うーん…3人は新型神機を使うから、まずは俺よりもアリサの戦い方を見た方が良いと思う。アリサは『新型』らしく状況に応じて遠近を使い分けてるし、新型ならではのサポーターとしての立ち回りの基盤がしっかりしている。アリサの動きを見れば新型の特製を生かして、幅広い場面で動ける様になるよ。」

 

「じゃあ神裂先輩の動きはアリサ先輩とどう違うのでしょうか?」

 

「そうだな…俺の立ち回りは剣形態を軸として前線に斬り込むタイプで、アリサは銃形態での支援と隙を見ての剣形態での近接戦闘、そして新型だけの捕食によるリンクバーストを使ったチーム全体の能力を底上げする支援タイプだ。」

 

 ユウキは銃形態のまま神機を肩に担ぐと、少し考え込み新人達がまず身に付けるべきだと思われる戦い方を話していく。

 作戦行動はチームで動く事が多い。新型の特長に遠近に対応出来る遊撃性の高さと、それに付随する周りをバーストさせるリンクバーストがある。必然的に他の神機には無い広範囲なサポート能力を活かした戦い方が新型神機の真骨頂だとユウキは考えていた。

 

「極端な言い方だけど、俺の立ち回りは旧型でも出来るからね。新型を使うのなら、先にアリサの様な新型にしか出来ない立ち回りを覚えてから自分の動きを見つけた方が良い。実際俺はリンクバーストとかのチームへの支援は素人に毛が生えた程度だからね。」

 

 チームの中で周囲をバーストさせる等のサポートが出来るのは新型神機にしか出来ない。周囲を強化できれば部隊の生存率も上がる。サポート能力がここまで高い新型神機で周囲をサポートしないのは勿体ないと言うのがユウキの考えだった。

 『さて、ここからは今回の反省会だ。』と、待機ポイントまで移動しようとするも、焦りを見せるアネットによって制止される。

 

「せ、先輩!!後ろ!!」

 

 突如ディアウス・ピターがユウキの後ろから飛びかかる。だが、肩に担いだ神機を少し傾きを緩くするとそのまま銃身から狙撃弾が放たれる。

 狙撃弾はディアウス・ピターの右目に直撃する。それによって右目は潰れ、攻撃を受けたディアウス・ピターは体勢を崩しながらユウキ達を飛び越えて ユウキの前に立ちはだかる。

 

「…反省会はお預けだな。3人共下がってて…」

 

 ユウキは3人を下がらせたら、神機を構えつつ剣形態に変形すると、鋭くなった目付きでディアウス・ピターを睨む。

 

「ここから先、お前たちは見学だ…」

 

 その瞬間、ユウキはディアウス・ピターとの距離を一気に詰める。ディアウス・ピターもまた迎撃のため飛びかかる。

 ユウキは飛び上がったディアウス・ピターの股下をスライディングで潜り、プレデタースタイル『鮫牙』を展開する。そのまま股下からディアウス・ピターの腹を喰い千切りバーストする。

 その直後、ユウキは両足でブレーキをかけて地面を蹴り、真後ろに急反転する。バーストしたことで神機の能力が上がり、さらには制御ユニットで攻撃能力も上がった一撃を叩き込むが、ディアウス・ピターも空中で体を捻り、前足が地面に着くと同時に後ろに跳んで躱す。しかし、護人刀の切っ先が前足を掠り、ディアウス・ピターの前足が結合崩壊する。

 

(チッ…やっぱり前の様には行かないか…)

 

 以前であればバースト時の身体能力と神機の能力上昇、そして適合率による補正、この状態での神機の能力を引き出す事による能力アップの重ねがけ、最後には制御ユニットによる攻撃力上昇…これらの要因により、今までならば掠っただけでも前足を切り落とせたが、適合率が下がり、神機の能力を引き出せない現状に内心舌打ちをする。

 

(けれど、制御ユニットのお陰か…大きな問題もなく戦える!!)

 

 以前と比べると弱体化はしているようだが、それでも制御ユニットのお陰で戦闘には支障はない。このままユウキは後ろに跳んだディアウス・ピターとの距離を再び詰める。

 だがディアウス・ピターは空中で体勢を整えながら、牽制に雷槍を飛ばしてくる。ユウキは急ブレーキをかけ、装甲を展開して防御する事に成功するが、強化を殆どしていない汎用シールドでは一発でボロボロになってしまった。

 

(強化してない装甲じゃこんなものか…帰ったらリッカに補修と強化を頼むか。)

 

 戦闘中に呑気な事を考えながら、正面から飛びかかるディアウス・ピターを左前に跳んで躱すと、すれ違い様に神機を縦に振り下ろす。だがディアウス・ピターも反射的に体を捻り、避けようとするも避けきれずに、腹を切り裂かれてしまった。

 

  『グルァァァア!!』

 

 ディアウス・ピターが吠えながら翼を生やす。翼に赤い電撃を纏いながらユウキに接近して切り裂く。

 ユウキはそれを軽く前に出ながらジャンプで飛び越えると、ディアウス・ピターの頭上で神機の銃口を敵に向けると、爆破音と共にディアウス・ピターの頭部が結合崩壊を起こした。

 その勢いでユウキは後ろに跳び、銃形態に変形してディアウス・ピターの後ろから狙撃弾を放つ。しかしディアウス・ピターは急反転しつつ狙撃弾を左の翼で切り捨てる、

 だが、この一瞬のうちにユウキはディアウス・ピターとの距離を詰め、とどめを仕掛ける。ディアウス・ピターも迎撃とどめに右側の翼を横凪ぎに振る。

 それをジャンプしつつ迫ってきた翼を、刃の横から左手で殴って飛び上がりつつ翼を地面に叩き付ける。

 ユウキはがら空きのになった正面から、掬い上げる様に神機を振り上げ、ディアウス・ピターの顔面を切り上げる。その勢いを殺し切れずにディアウス・ピターはのけ反って後ろ足で立ち上がる。

 

「そこ…だぁ!!」

 

 掛け声と共に下半身を捻った力を利用して車輪の様に回転させて、ディアウス・ピターの腹に付いている裂傷をなぞる様に切り上げると、ディアウス・ピターは真っ二つにして倒した。

 

 

「す、すごい…」

 

「禁忌種を相手にしてここまで圧倒するなんて…」

 

「…」

 

 目の前で危なげ無く禁忌種を倒したユウキを見て、新人達は呆けながら各々感想を漏らす。あるいは言葉を失っていた。

 

「ほら、ボサッとしない。コアを回収して帰るよ。」

 

 そんな新人達を他所にユウキはディアウス・ピターのコアを回収して帰還を促した。

 

To be continued




後書き
 なんか結局制御ユニットのお陰で弱体化してねえ…今後は見直す必要がありそうです…
 そして後輩ズが登場。リザレクションからアネットがドストレートに(先輩として)好意を伝えてきて可愛くなってましたね。フェデリコも色々と耐性があったりコーヒー入れるのが上手かったりと空気じゃなくなってました。(個人的には空気だとしてもフェデリコはわりと好きです。)
 そしてオリキャラの『ユーリ』も後輩として登場です。アリサと御近づきになろうと躍起になる彼を見てユウちゃんはなにやらモヤモヤしている様子…以後、どうなるかお楽しみに!
 新作のゼルダ(WiiU)楽しいです(^q^)

ユーリ・イヴァーノヴィチ・ヴァルバロス
 ロシア支部出身。少し跳ねた金髪と青い目をした男性の新型ゴッドイーター。アリサとは色違いの神機『クレメンサー』『サイレントクライ』そして『ティアストーン』を使用している。
 基本的に落ち着いた大人しい人物だが、アリサの前では興奮したように話すのでギャップが凄い。
 ロシア支部ではアラガミの巣窟で活躍して英雄扱いのアリサに憧れて極東支部への転属を志願する。異性としても好いているので色々とアプローチをしているもののあまり効果はないようだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission56 冷戦

後輩ズの指導にアナグラの現状…頭痛の種が尽きませんなぁ…


 -食堂-

 

 新人達が来てから1週間程過ぎ、ユウキは任務をこなしながら新人達の指導をして、その傍らでペイラーの研究室に出入りする毎日を送っていた。

 そんなある日の朝、食堂で5人前は軽くあるであろう朝食を摂っていると、アリサが朝食を持ってえ現れた。

 

「ユウ、おはようございます。」

 

「もふぁおう。ふぁりふぁ。」

 

「…ちゃんと飲み込んでから喋って下さい。」

 

 アリサが食べながら喋るユウキをジト目で睨むと、ユウキは頬張った食事をギャグ漫画の様に一気に飲み込んだ。

 

「ふぅ…ゴメンゴメン!つい反射的に返事しちゃった。」

 

「もう…」

 

 呆れながらユウキの前に座ると持ってきたサンドイッチとミニサラダを食べていく。しかし、朝っぱらから異様な量を食べる大食漢を見ているとどうしてもそちらに視線が向かう。

 

「…よく朝からそんなに入りますね…」

 

「昨日任務で遅くなったから晩御飯食べ損ねちゃって…」

 

 『お陰で地獄を見た。』とユウキは苦笑いをする。と言うのも昨日の任務の帰りにヘリがアラガミに落とされてしまったのだ。襲撃は大したことはなく、パイロットも無事に生還した。しかしそこから迎えのヘリがなかなか来なかったので、日付が変わる辺りまで待ちぼうけを食らっていたのだった。

 深夜に帰ってから食堂が開いている訳もなく、配給の食材は既に食堂に引き渡している。結局朝まで何も食べる事が出来ず、食堂が開くまで空腹感と戦うハメになったのだ。

 そんな話の最中、ユウキはふと思い出した事をアリサに聞いてみた。

 

「最近ソーマの研究の方はどう?確か手伝ってたよね?」

 

「ソーマは相変わらずですね。研究室に籠りっぱなしです。一応正規の回収班が動いているんですけど、例のアラガミが倒されている件の調査の片手間に私とサクヤさんとコウタでノヴァの残滓の回収任務や、研究素材の回収をしたりしてます。私たちの知る限りでは今のところは順調ですね。」

 

 聞く限りではソーマの仕事(手伝い)は順調らしい。しかしソーマの手伝いをしている者達がユウキを除く第一部隊のメンバーと言う事を知るとユウキはなにやらどんよりとした雰囲気を放った。

 

「…あれ?俺ハブられてる?」

 

「そんな訳ないじゃないですか。ユウはただでさえ忙しい上に身体の事もあるんですから、ソーマも遠慮してるだけですよ。」

 

 現状ソーマは基本的に研究に専念、サクヤとコウタとアリサがアラガミが倒されている件の調査とソーマの手伝いをしている。

 ユウキはその分彼らがこなすはずの通常任務を処理しつつ例の件の調査、そして禁忌種が現れた際の緊急の任務、新人の教練、空いた時間は自身の鍛練、それ以外でもアラガミ化が進行している事でペイラーの研究室に足を運ばなくてはならない。この辺りを考慮した上でソーマはユウキに手伝いを頼まなかったのだ。

 

「それはそうと、教練の方は順調ですか?何か手伝える事があれば言って下さいね。」

 

「ウーン…順調…なのかな?神機の扱いに慣れる訓練の最中なんだけど、そろそろ新型ならではの戦術も教えた方が良いかなぁ?」

 

 今度はアリサが手伝える事はないかと話してきた。しかし新人を育てると言う事自体が初めてで完全に手探り状態だ。手伝ってもらうにしても何をしてもらえば良いのかユウキ自身にも分からない。どうしたものかと首を捻っていると、アリサが1つ提案をする。

 

「戦闘訓練の中で神機の扱いに慣れさせると言うのはどうですか?2つの訓練が同時に出来て時間短縮にもなると思います。」

 

 『こんな時極東では一石二鳥って言うんですよね?』とアリサが言うと、ユウキもその案は理にかなったものだと思った。新人達も少ないが既に実戦に出ている。すぐには出来なくても最終的には自身でその場の状況を判断して適切な動きをしてもらわなければ新人達もその周りも困る。

 実戦に出ればアラガミは待ってはくれない。神機の操作にだけ集中出来る環境ならうまく扱えても、実戦で神機を使うのが下手では格好の餌食となる。そうならない様に訓練に時間を割ける今のうち実戦形式の訓練をした方が良いのかも知れない。

 

「なら…アリサに立ち回り指導をしてもらいながら俺が神機の運用を見るか…」

 

 『立ち回りはゲンさんにも聞いてみた方が良いか…?』と大豆肉の肉丼を食べながら考えていると、今度はアリサの後ろ、ユウキの正面からアネットが現れた。

 

「あ、神裂先輩!アリサ先輩!おはようございます!」

 

「あ、おはよう。」

 

「おはようございます!」

 

 それぞれ挨拶をすると、アネットはおずおずと話しかけてきた。

 

「あの、ご一緒してもよろしいですか?」

 

 特に断る理由もないのでユウキとアリサは了承すると、アネットは礼を言いながらアリサの横を通って、ユウキの隣に行く。

 

(な、何故ユウの隣に…?)

 

 アネットはワザワザ遠いユウキの隣に座り、このあとの予定を聞きあったりしながら朝食を食べていく。残念ながらこの日ユウキは丸1日任務があるので訓練を見れないと伝えるとアネットはショボくれていた。

 その様子を見ていたアリサにはユウキを狙っている様にも見えたため、食事中アリサの警戒度が若干上がっていたのは本人しか知らない事だった。

 

 -翌日-

 

 昨日のアリサと話していた新人達の訓練をするため、朝からユウキとアリサは管制室から訓練室を眺めていた。訓練室ではアネット、フェデリコ、ユーリがオウガテイルを2体相手にしている。

 

「ん~…好きに動いてみてとは言ったけどこれは…」

 

「…自由過ぎますね…」

 

 新人3人共、言葉通り各々好きに動いているのだ。フェデリコがオウガテイル2体から攻撃を受けているが、いつまでも反撃しないため装甲を展開し続けてひたすら攻撃に耐えている。

 

(フェデリコは…神機の各操作が遅いか。これはまだ操作に慣れていないせいかな…?防御一辺倒になるのはその辺りを無意識に不安に感じてるからなのかも…まさか全部マニュアル操作してるのか?)

 

 フェデリコの戦い方を分析して自分なりにその原因を考えていると、今度はアネットがオウガテイルの1体にハンマーを振り下ろす。フェデリコへの攻撃の直前で気が付いたオウガテイルがフェデリコから離れてハンマーを避ける。

 追撃に向かうアネットだったが、重量級の装備のせいか動きが鈍重なため、追撃が間に合わずにオウガテイルが反撃する隙を与えてしまう。案の定オウガテイルは尻尾を振り回して迎撃体勢を取るが、それを見たアネットはチャンスとばかりにオウガテイルに突っ込む。尻尾を脇腹に叩き込まれながらも力押しで踏みとどまり、ハンマーを振り下ろしてオウガテイルを叩き潰した。

 

(アネットは逆に攻撃のみか…装甲の展開も回避もない。殺られる前に殺るタイプか。あの重量級の神機構成のデメリットを承知した上での動きなのか?どちらにしてもあのままじゃ早死にするぞ…)

 

 アネットの場合は神機その物が重量級と言う事もあり、どうしても機動力が落ちてしまう。そのため回避も防御もワンテンポ遅れてしまうので、アネットは『回避も防御も間に合わないなら先に殺ってしまえばいい』と言う戦い方をしているのだ。

 しかし、その戦い方は相手の動きを読み、反応出来ない速さで敵を討たなければならない。アネットはまだその領域にたどり着くには未熟過ぎる。こんな無鉄砲な戦い方では早々に命を落としかねない事をユウキだけでなく、アリサも気にかけていた。

 そんな中、ユーリの方を見てみると、銃形態でフェデリコの援護をしつつアネットの方を何度か見ていたが、結局アネットへの支援は間に合わず、そのままフェデリコの元にいるオウガテイルを倒すまで撃ち抜いてた。

 

(ユーリは突出したものはないけど全てに置いて平均的だ。その分動きの自由度は高いが…逆にその自由さが長考してしまう原因なのか?そこは経験を積むしかないけど…)

 

 基本的にユーリは単騎ではどんな場面にも対応できるが、仲間の支援となると途端に動きが悪くなる。平均的な能力のお陰でどんな場面でも幅広いサポートが出来るが、その分選択肢が多くなる。今回も装甲を構えているフェデリコよりも攻撃を受けようとしているアネットの援護をするべきだったが、理想的でベストな選択を考えている間に状況が変わって戦闘が終了してしまったのだった。

 

『討伐訓練終了です!どうでしたか?』

 

 ユーリが上を見上げてユウキ達に報告するとアリサが受け答えをする。ユウキはそのやり取りを聞いて思考の海から現実に意識を引き戻した。

 

「まだ自分の事で手一杯…と言う印象でしたね。もう分かってると思いますけど、任務は基本チームで動きます。それぞれが自分の役割を理解しているのとしていないのでは任務の難度は大きく変わってきます。今回の場合は、誰か1人が後ろに下がって全体を把握した上で連携の指示を出すと大きく改善できると思います。」

 

「連携のパターンの一例として、ユーリが後ろで援護しつつフェデリコを最前に置いて攻撃を防御、攻撃後の隙をついてアネットが切り崩して立て直す前にユーリが接近して捕食。そのあと即離脱してリンクバーストでとどめって言うのが良くある連携かな?その辺りの指示を後ろに居るユーリが出すのが今の3人で考えられるベストな連携になると思う。」

 

「そうですね。パターンは違いますけどこの連携は私たちも良く使うので、実用性はあると思います。」

 

 アリサが問題点とその改善策を提示し、ユウキがその具体策を挙げていく。今の内容でそれぞれの動きの特徴を踏まえた上での役割を与えて連携の練習をさせていく。理想を言えばこの役割分担で自身の動きを客観的に見て理解出来れば良いのだが、まだ新人の彼らには難しいだろう。

 

『と言う言は…人員の配置も意識しないといけないんですよね?』

 

「そう言うこと。もう1度同じ配置でホログラムを出すから、次はユーリが後衛とアシスト、フェデリコとアネットが前衛で隙を作ってとどめ。この連携が可能な配置を考えて準備するんだ。」

 

 一応は今回行う模擬戦で使う戦術について、何が重要なのかは理解しているようだ。敵は何なのか、何処に現れるのかが分かっている。そのため、後は戦術を最大限に生かすように自分達を配置しなければならない。

 3人は1度集まってどんな配置にするかを話し合っている。しばらくすると配置が決まったのか3人は移動していく。フェデリコを先頭にその後ろにアネット、少し右に離れてユーリが既に銃形態に変型して神機を構えていた。

 

「配置についたね。それじゃあ始めるよ。」

 

 ユウキが端末を操作すると、フェデリコの正面にオウガテイルが現れ、さらにはそこから右にもう1体のオウガテイルが出現した。

 

「アネットとフェデリコはそのまま前に!!俺がもう1体を抑える!!」

 

 模擬戦が始まると、ユーリが離れているオウガテイルに弾丸を撃ち込み、フェデリコが剣形態で正面のオウガテイルに斬り込む。しかし体勢を崩すにまでは至らず、オウガテイルが尻尾を振り回して反撃する。

 

「隙が出来た…アネット!!」

 

「せーのっ!!」

 

 それを装甲で防御すると、オウガテイルは尻尾を振り抜く事が出来ずに隙を作る。その間に後から追い付いたアネットがハンマーでオウガテイルを上から叩き潰す。そしてユーリはもう1体のオウガテイルを撃ちながらアネットが攻撃を加えたオウガテイルに近づくと、剣形態に変型して捕食する。

 

「バーストさせる!!フェデリコはもう1体の方を!!」

 

「分かった!!」

 

 その直後、ユーリは後ろに下がりつつ銃形態に変型して、受け渡し弾をアネットとフェデリコに渡してリンクバーストさせる。そしてアネットはもう1度神機を振り上げると、バーストした腕力を乗せてオウガテイルをペシャンコに叩き潰してミンチにした。

 そしてフェデリコはモタつきながらも装甲を収納すると、残ったオウガテイルの元に走る。その間、ユーリが再び残ったオウガテイルに銃弾を撃ち込み、隙を作る。フェデリコが到着すると、アラガミバレットを発射して最後の一撃を与える。これで当たれば良し、倒せなくてもフェデリコによるとどめが待っていると踏んでの事だった。

 しかし、アラガミバレットによる攻撃はオウガテイルが後ろに跳んだ事で狙いが逸れ、両足を吹き飛ばす程度となった。

 だが、素人目から見ても明らかなこのチャンスをフェデリコが見逃すはずもなく、足を失ったオウガテイルが地面に倒れる前に神機を振り抜き、オウガテイルを両断した。

 

 -エントランス-

 

「それじゃあ、連携についてのおさらいです。」

 

 訓練が終わり、今回の総括と反省点を話し合いが一区切り着いたので、アリサがまとめに入る様に促す。

 

「連携で重要なのは自身と出撃メンバーの役割を認識する事です。自分とメンバーの動き方や得意な戦い方を考慮した上で戦術を組む事が出来れば戦闘がグッと楽になります。」

 

「自分や仲間の苦手だったり不利な部分で勝負に出ない事も重要だね。」

 

 アリサが要点をまとめて、ユウキが簡単に補足する。何が言いたいのかは理解したようで、アネットとフェデリコは納得した様な表情になったが、ユーリは少し難しい顔付きになった。

 

「なるほど…連携を取るときは自分だけでなく同じチームの人の戦い方を知る必要あるんですね。」

 

「でも、それでは以前神裂先輩から聞いた話と少し食い違う所がある気がするのですが…」

 

 ユーリがユウキから聞いた話と今聞いた話では違う所があると言うと、今度はユウキがその事を思い出そうと難しい顔付きになる。

 

「ん~…?どんな所?」

 

「今の不利な部分…苦手な部分では戦わないって所です。新型には高い支援能力があるのは分かりましたけど、神裂先輩は支援は得意ではないとも言ってました。この状態で部隊に新型神機使いが先輩しか居ない場合、苦手な支援のための動きになると思います。こんな時はどんな風に戦えば良いのでしょうか?」

 

 確かに、ユウキは以前新人達には新型神機ならでは支援を重視した動きを真っ先に覚えろと言った。しかし、ユウキの様に新型でありながら支援が苦手と言う者は必ずいる。そう言った状況で自らが支援に回らなければならなくなった時はどうすれば良いのか…と言う事を聞きたいのだろうとユウキは捉えて、

 

「そうだな…結論から言うと状況次第だね。知っての通り、俺は前線に出るアタッカーだけど、最低限の中衛、後衛での支援能力もあるつもりだ。俺が前線に出る必用のない状況や相手なら後ろで援護するし、前に出る必用があるなら本来のアタッカーの動きに支援のための動きを組み込んで戦ったりするね。」

 

「結局全部出来た方が良いって事でしょうか?」

 

 ユウキ自身も支援能力が高い訳ではないが、最低限支援が必要な場面では斬り込みながらも支援する事はできる。要するに前衛の戦術に支援の動きを組み込んだ戦い方が出来ると言う事だ。

 それを聞いたユーリは前衛と後衛、そして支援の 全ての戦術をマスターする必要があると感じたようだ。

 

「最低限のレベルには達していた方が良いって言うのは間違いない。ただそれでも得意不得意はあるから、不得意を克服する程度になったら得意な部分を伸ばした方が良いと思う。」

 

「そうですね。どんな部隊でも人員の選出は得意な分野を観て決めるので不得意な部分を極めるまで訓練するよりも得意な部分を伸ばす方が色々と都合が良いですね。それに、チームで動くと言う事は、苦手な部分はそれが得意な誰かがカバーしてくれます。自分に出来ない事があるからと言ってそこまで気にする事はないですよ。」

 

 例外はあるものの、通常任務はチームで運用する。そこで役割と言うものがあるのなら、それ以外の部分はそれを担う者に頼ればいい。何時かツバキがユウキに送った『自分を使い仲間を使う』と言う言葉をユウキなりに考えてその答えを伝える。しかし、ユウキ自身がその答えから離れていっている事には気が付いていなかった。

 

「ただ…覚えていてほしいのは、俺達が今まで教えてきた戦術は自由度の高い討伐任務での戦術なんだ。施設や民間人を守りながら戦う防衛任務や隠密性が必要になってくる偵察任務なんかは討伐任務とほまた違う動きを前提にしたものもある。そこは各部隊で指導を受けて欲しい。」

 

 『あまり憶測で指導して間違った事を教える訳にもいかないからね。』と付け足すと、アネットとフェデリコは何処か気まずそうな表情になる。

 

「?…どうかしたの?」

 

「あの…その…実は、所属部隊での戦い方とか…何だか教えてもらえる様な雰囲気じゃ無いんです。」

 

 部隊内で何かあったのかと聞いて見ると、アネットから指導を受けられる状態ではない事が明かされた。

 

「…どう言う事ですか?」

 

「えっと…部隊内の人の様子が変なんです。同じバスターを使うブレンダンさんの動きを観察してみたんですけど…何と言いますか…任務に集中してないように思えて…カノン先輩は何処と無く上の空って感じで…なので今のところはタツミさんに防衛任務の事を教わってます。」

 

「俺も似たような感じです。シュンさんやカレルさんには嫌われてるのか避けられてて…ジーナさんから防衛任務の事を聞いてはいるんですけど…どうにも抽象的過ぎて理解が…」

 

(未だにアーク計画の事を引き摺ってるって感じか…第二部隊は自身への問答でアネットの事まで手が回らない…第三部隊は新型使いそのものを嫌っている節があるから関わらない…か…)

 

 ブレンダンとカノンはアーク計画での自分の選択を悔い、どうにかその後悔を払拭する事ばかりを考え、アネットの事をタツミに丸投げ…シュンとカレルは新型神機使いであるユウキを中心にアーク計画を止めたと言う事で、同じ新型であるフェデリコを毛嫌いしているのだろう。

 防衛任務では施設や民間人のを護ると言う制限があるため、討伐任務よりもさらに高度な連携を要求される場面が多い。そんな中、同じ部隊の人間の戦い方を知る機会さえないと言うのは非常にマズイ状況と言えるだろう。

 

(支部全体の士気も下がってるし…マズイな…)

 

 まさか極東支部での冷戦の影響がこんな形で出てくるとはユウキも思ってはいなかったため、この話を聞いてからは少し焦りをみせていた。

 

「ユーリはどう?配属先の部隊は?」

 

「今話に上がった様な事は特にないですね。遊撃部隊の立ち位置や役目やら…まだ最低限のところですけど、教えてもらっていますから。」

 

「うぅ…このままじゃユーリに置いてかれる…」

 

 フェデリコがユーリに部隊の現状を聞くと、一応指導を受けているようだ。その話を聞くとアネットが項垂れる。

 

「部隊内での新人教育については俺からも言っておくよ。話を聞く限りじゃ…ちょっとマズイ…」

 

「いいんですか?そんなことまで…」

 

「ろくな訓練も受けられないせいで任務が失敗したり、君達が命を落とすなんて事にはしたくない…上手く行くかは分からないけどやれるだけやってみる。」

 

「…ありがとうございます!」

 

 流石に部隊内で新人の指導が進んでいないと言う現状はどうにかして解消しなくてはならない。冷戦の原因でもあるユウキが何かを言った所で火に油かも知れないが、何もしないよりは良いだろう。

 訓練の総括を打ち切ると、ユウキは立ち上がり第二、第三部隊のメンバーを探しに行った。

 

 -食堂-

 

 総括の後、防衛班を探しに支部内を周ってみたが結局見つからなかった。夕食時になり、腹が減った事もあってユウキは取り敢えず食堂に向かった。

 

「あ!!シュンさん、カレルさん。」

 

 食堂に着くと目当ての人物、シュンとカレルが居た。どうやら2人共夕飯が終わりかけのようで、皿にはもう料理は無かった。ユウキが声をかけると、2人は露骨に嫌そうな顔になる。

 

「チッ!!」

 

「ちょっ…!ちょっと待ってください!!」

 

 ユウキの顔を見た途端に、シュンとカレルは舌打をして席を立ち、足早に食堂を出ていく。ユウキはそれを追いかけ、いつの間にかエントランスに続く廊下まで来ていた。

 

「シュンさん!!カレルさん!!」

 

「チッ!!何なんだよさっきから!!鬱陶しいんだよ!!」

 

 何時までも着いてくるユウキにいい加減ウンザリしたのか、シュンが声を荒らげながら振り向く。

 

「いや、この間入ってきた新人のフェデリコが第三部隊ではどんな指導を受けているのか聞きたくって…」

 

「知るかよ!!同じ新型で何でも出来る『英雄様』が教えてるんだから俺達が教える事なんざねぇだろ!!」

 

「そう言う事だ。お前が教えてるならそれで良いだろ。」

 

 シュンとカレルは新型を使うユウキが指導しているならそれで良いとして、さっさとその場から去りたいと言う雰囲気が出てきている。

 

「そう言う訳にもいかない!フェデリコが最も活動する部隊で部隊員の動きを知らなければ連携さえ難しくなる!そうなるとフェデリコだけでなく第三部隊の生存率も…」

 

「うっせぇんだよ!!胸くそ悪い偽善者が偉そうに説教すんじゃねえ!!お前みたいな優等生に俺達の何が分かるってんだよ!!」

 

 なおも食い下がり、フェデリコへの指導状況の改善を迫るユウキにシュンが遂にキレた。

 

「…俺は心が読める訳でもない。だからアーク計画の件でアナグラの空気が悪くなっているのは分かっても、その中身って言うんでしょうか?そこまでは分かりません。話してくれないと皆が何について蟠りを覚えるのか分からないんです。」

 

「何でテメェに話さねぇと行けねぇんだよ!!消えろ!!ウゼェんだよ!!」

 

 ユウキ自身、極東支部が冷戦状態なったのは自分達がアーク計画を止めた事が原因だとは分かっている。そしてこの冷戦状態をどうにかしたいとも思っている。しかし、ここまで来るともう個人の問題になる。こうなると実際に伝えてもらわないとどうすれば冷戦を解消出来るのか分からない。たがこの様子では話してくれないだろう。

 

「…分かりました。今回はこの辺にしておきます。ただ、フェデリコはアーク計画の件には関係ないはずです。だから、そこは割り切って指導してあげて下さい。」

 

 これ以上は平行線になるだろう。取り敢えず一旦引き上げる事にしたユウキは『それじゃあ。』と言ってユウキは食堂に引き返した。

 

To be continued




後書き
 今回は後輩の指導と冷戦の影響を垣間見る回でした。冷戦の影響で新人にとばっちりが来ましたが実際になこんな事になるんでしょうかね?と書き終わった時に思いましたが…大丈夫ですよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission57 緩和

取り敢えず黙って土下座です_○/|


 -訓練室-

 

 シュン達と一悶着あった翌日、ユウキは訓練室で新人達の訓練を見ていた。現在、小型種5体を相手に連携の訓練をしている。しかし2、3体ならば取れる連携も、敵の数が多くなると再び自分の事で手一杯になるようだ。

 

「フェデリコ!守ってばかりじゃ敵は倒せないぞ!攻撃を受けきったら装甲は即収納して反撃!」

 

 何時までも装甲を収納しないフェデリコにすぐに反撃するように指示を出しして、今度はアネットの方を見る。

 

「アネット!カウンターを狙うなら1度装甲で受けるんだ!そのハンマーじゃカウンターの前に殺られるぞ!」

 

 相変わらず攻撃しかしないアネットにはカウンターの際に装甲を使うように指示する。

 

「ユーリ!常にベストで最適な支援をする必要はない!それで長考するくらいなら直感で支援するんだ!」

 

 アネットとフェデリコのどちらを支援すべきかを考えているユーリには迷うならば誰を支援するか決めておけとアドバイスをする。

 

(この3人…全員の戦い方が合わさればかなり理想的な動きになるんだけどなあ…)

 

 敵の数が少ないとそれなりの連携が取れる様になったが、敵が多くなると相変わらず悪い意味で癖のある戦い方をするようだ。『アラガミ動物園』とも言われている極東の地で5体程度を捌けないのは些か不安が残るが、こればっかりは慣れて貰うしかない。そうこうしているうちに3人はアラガミを倒し終わり、訓練が終わった事を報告する。

 

「よし、一旦休憩だ。」

 

 ユウキの声と共にホログラムは消え、新人達は1ヶ所に集まる。ユウキも管制室から出てきて3人の元に向かうと、『さてっ…と…』という声と共に今回の討伐訓練の反省会を始める。

 

「フェデリコの課題は神機の操作だね。ハッキリ言うと全てが遅い。」

 

「うっ!…はい…」

 

 何度も言われている事もあって、フェデリコも自分の戦い方については何処が悪いのかは分かっているようだ。そこを指摘されるとガックリと項垂れる。

 

「神機の操作は3本目の手やら足が生えた様な感覚って言うけど、それを掴むのは難しいのは分かる。でもアラガミはそんな事お構い無しさ。動作に一々モタついてるようじゃ的になる。それはそうとフェデリコ…」

 

「はい?何ですか?」

 

「神機の基本動作はオート化されているってのは知ってた?」

 

 ユウキ自身も最初の頃に使っていた機能である、神機の自動動作機能を使っているかをフェデリコに聞いてみると、フェデリコは何とも言えない不思議な表情になる。

 

「…え?!そうなんですか?!?」

 

 一瞬の間が空いて、フェデリコが驚きながら聞き直す。

 

「え?じゃあ今までどうやって操作してたの?」

 

「えっと、例えば装甲を展開するときは、アームを広げてから装甲を広げて、その後前に持ってくると言うイメージを作ってから動かしてますけど…もしかしてこんな事しなくても良かったんでしょうか?」

 

「あ、ああ…展開しろと念じれば後は神機が勝手に展開動作をやってくれる。」

 

 アネットが今まで神機の操作を尋ねると、イメージを作り、その動きを神機に伝えて動かしていたと言うのだ。それを聞いたユウキは驚いた表情のまま動作はオート化されていることを伝える。

 

(マ、マジで全動作をマニュアル操作してたのか…それはそれで凄いな…)

 

 ユウキも最初はオートで動作させていたが、結局その動作では無駄が多いため、マニュアル動作に切り替えた。しかしマニュアル動作が可能だと気が付くまでに時間がかかった事を考えれば、ある意味神機の扱いについては類稀な才能があるのかも知れない。

 

「本来フルマニュアル操作は神機の扱いに慣れてからやるものなんだ。まずはオートで神機の使い方をマスターしていくといい。」

 

「はい!」

 

 ともかくこれでフェデリコの神機操作の件は解決の糸口は見えた。今後は戦い慣れるまで神機はオートで動かしていくよう伝えると、ユウキはアネットの方を見る。

 

「アネットはまずバスターの特徴と立ち回りだ。バスターは重い分回避が疎かになりやすい。だから装甲の展開の指令が最優先になるようになっている。今の様にバスターでカウンターを狙うならを1度装甲で攻撃を受けてから反撃に出た方が良い。攻撃動作の間でもバスターなら装甲を展開出来る。相手の動きを読む事と反射神経を鍛える必要がある。この訓練は自分で効率の良いやり方を見つけて欲しい。」

 

「そんな機能が…分かりました!やってみます!」

 

 アネットは相変わらず攻撃一辺倒な戦い方のままだった。フェデリコが前に出て防御を担当している時は良いが、その守りがなくなるとダメージ覚悟で突っ込むのは正直止めさせたい。

 そこで装甲の展開を最優先とするバスターブレードの特性を利用して、装甲で相手の攻撃を防いでからのカウンター…所謂『パリィ』の要領で相手の攻撃を崩してからカウンターを決めるように指示する。

 

「ユーリは戦闘に出た際に長考してしまうのをクリア出来ればルーキー卒業ってところかな。さっきも言ったけど、何も完璧な支援をしなければいけないってことはないんだ。それを考えて動けないくらいなら攻撃を受けそうな人の支援に入るとか、自分の優先順位を決めておくと良い。長考もこれから経験を積めばなくなっていくだろうから、期待しているよ。」

 

「は、はい!!」

 

 単純に神機の特性への理解が甘い2人に対して、現状ユーリには長考以外には欠点らしい欠点は無い。後は経験さえ積めば勝手に上達していく域にまで達している。第四部隊で実際に援護をしている様なのでその欠点の克服も時間の問題だろう。

 少なくとも悪い評価はされていないと安堵していると、突然支部内に警報が鳴り響く。

 

『緊急連絡!!エリアS35にアラガミが出現しました!!出撃可能な神機使いはただちに出撃してください!!繰り返します!!S35にてアラガミが出現!!神機使いはただちに出撃してください!!』

 

「せ、先輩…!!」

 

 緊急事態にアネットが不安そうな声になるが、ユウキは放送聞くなりすぐに走り出した。

 

「皆は一旦待機!!追って連絡する!!」

 

 新人達に指示を出しながらエントランスに向かう。その途中でユウキの端末に通話が入った。

 

『神裂!!今何処だ?!』

 

「新人の訓練を打ち切ってヒバリさんの元に!!」

 

 訓練室を出た廊下を走りながら電話に出る。声の主はツバキのようだ。

 

『分かった!!新人は出せるのか?!』

 

「はい!!俺が連れていきます!!」

 

『よし!!ならそちらは任せるぞ!!』

 

「了解!!」

 

 新人達を連れていく事をツバキに伝えるとユウキは端末の通話を切る。そのままエントランスに入ると上階から飛び降りてカウンターの前に着地する。

 

「ヒバリさん(ちゃん)!!状況は?!」

 

 ちょうどタツミも来たようだ。ユウキと同時に状況を確認する。

 

「現状数は多くはありませんが、大型種が多いです!!反応は28!!そのうち大型以外は10です!!ゲート修復中のところを突破されたようで、更なる増援も予測されます!!」

 

 ヒバリから大まかな情報を仕入れて、ユウキは部隊員の配置を決めて即出撃に準備に入る。

 

「分かりました!!新人は俺が連れていきます!!第一部隊は俺を抜いたメンバーで構成してください!!」

 

「はい!!」

 

「なら民間人の誘導と護衛は第二部隊と第三部隊で受け持つ!!今哨戒任務に出てる第五部隊が足止めしてる!!可能な限り最前線でアラガミを仕留めてくれ!!」

 

「了解!!」

 

 タツミと部隊配置を簡単に決め、ユウキは神機を受け取りに神機保管庫に向かいつつアネットに連絡を入れる。

 

「聞こえるか?!今すぐに出撃だ!!場所はS35!!ゲート修復中に突破された!!このままにしておくとアラガミが入り放題だ!!今すぐに迎え!!現地集合だ!!」

 

『は、はい!!』

 

 少し緊張した声色で返事が帰ってきた。だが新人だから連れていかないと言うことは出来ない。ここはどうにかしてプレッシャーに打ち勝ってもらうしかないと考えながら、ユウキはS35に向かって走った。

 

 -外部居住区『S35』-

 

 新人達よりも一足先に到着したユウキの目には戦闘中第五部隊が映る。どうやら大型種を捌ききれずに、ゲート区画をかなり手酷くやられたようだ。

 

「加勢します!!皆さんは民間人の避難を!!」

 

 偵察任務を主とする第五部隊ではこの数を相手に防衛戦は難しかったのか、ユウキが来た時には負傷者多数で民間人はパニックになり好き放題に逃げ回っていた。

 とにかく民間人の誘導と避難が先だ。ユウキ自身、避難誘導よりも戦闘能力の方が遥かに高い事もあり、前線を受け持つと提案する。

 

「わ、分かりました!!」

 

「何言ってやがる!!何で後から来たクソ野郎に従わなきゃなんねえんだよ!!」

 

「そんな事言ってもこの数を僕らで相手にするのは無理ですよ!!」

 

「チッ!!」

 

 実際第五部隊の1人が言った通り、既にいくつも施設が破壊されて、負傷した民間人が多数いる現状を見ると彼らの手に負えない状況なのは間違いない。

 ユウキは舌打ちすると自分が避難誘導をした方が早いと考え、走り回る民間人の方に向かうと、ちょうど第二部隊と第三部隊、そしてフェデリコとユーリがやって来た。

 

「すいません、遅くなりました!!」

 

「アネットは?!」

 

「少し遅れてます!!予測では30秒です!!」

 

 やはり重量級の装備をしたアネットは機動力が落ちているようだ。今回のような緊急時では何かしらの対策もしなければならないだろうと考えながら、ユウキは前線のアラガミに向きを変える。

 

「避難と防衛は俺たちがやる!!お前は前線に出るんだ!!」

 

「はい!!」

 

 第二、第三部隊が避難させる事を確認すると、ユウキはフェデリコ、ユーリと共に前線に出る。

 

「まず第五部隊の討ち漏らしを処理しつつ前線に出る!!小型種は任せたぞ!!」

 

「「はい!!」」

 

 指示を出しながらユウキは前線を突破した大型種並びに中型種、フェデリコとユーリは小型種の掃討に向かった。

 

 -新人said-

 

 後衛まで入り込んだアラガミは防衛班に任せて、ユウキは第五部隊が討ち漏らしたアラガミを倒すために新人達と中衛に入る。

 

「そっちのザイゴートは任せる!!何かあれば呼べ!!」

 

「「はい!!」」

 

 ユウキは指示を出すと後衛に向かうヴァジュラ3体を追う。そしてそれを追走するザイゴートの方にフェデリコとユーリが向かう。

 ザイゴートがユウキの存在に気が付くが、ユーリが銃形態で射つとザイゴートは2人に意識を向ける。その結果、ユウキは先行していたヴァジュラ3体と交戦し、剣形態に変形したユーリとフェデリコがザイゴートと交戦する。

 

「フェデリコ!前に!」

 

「分かった!!」

 

 フェデリコはユーリの指示でザイゴートの前に出ると、浮遊しながら突撃してきたザイゴートを装甲で受け止める。するとザイゴートは体勢を崩し、ユーリがフェデリコの後ろから飛び出して上から神機を振り下ろす。ユーリはこの一撃でザイゴートを倒したと思いそのままザイゴートから距離を取ったが、実際には地面に叩き付けられはしたがまだ生きている。フェデリコもその事に気が付いて追撃する。

 

(装甲仕舞わないと…確か念じるだけでいいんだよな?)

 

 訓練の時に言われた事を思い出しながら神機を振り上げると『戻れ』と念じる。

 

  『ガシャン!!』

 

(何時もより速い、行ける!!)

 

 念じると同時に神機の装甲は閉じ、攻撃が可能になる。再び浮き上がり始めたザイゴートの脳天に勢い良く神機を振り下ろす。

 

「でやぁ!!」

 

 掛け声と共にフェデリコがザイゴートを真っ二つにする。するとその声を聞き付けたオウガテイル堕天種が後衛から2人の方に戻ってきた。

 

「また前に!もう1度受けて!」

 

「了解!!」

 

 ユーリの合図で再びフェデリコが前に出てオウガテイル堕天種が噛みついて来たのでそれを受け止め、体勢を崩させる。

 それを見たユーリは先程とは違い、銃形態に変形して辺りの状況を軽く確認する。

 

(少ないけど小型種は確実に流れてきてる…1体ずつ確実に仕留める。)

 

 目の前に敵が居るにも関わらず暢気に状況を確認するユーリは微かに笑っていた。

 

「やぁあ!!」

 

 何故ならオウガテイル堕天種の後ろには攻撃体勢に入っていたアネットが居たからだ。後ろからの襲撃にオウガテイル堕天種は気を取られて隙ができる。その間にアネットが渾身の一撃を叩き込み、オウガテイル堕天種をペシャンコに潰した。

 

「よし!これで揃った!幸い小型種は少ない!冷静にいつもの動きで確実に仕留めよう!」

 

「了解!!」

 

 最も行動を共にした3人が揃うとユーリの指示で地面から現れたコクーンメイデンに向かう。何時ものようにフェデリコがコクーンメイデンの砲撃を装甲で受けると、後ろからアネットが飛び出す。

 しかしアネットが攻撃するよりも先にヴァジュラテイルが横から飛び出す。

 

「アネット!!」

 

 ユーリがアネットの変わりにコクーンメイデンを撃ち抜いて倒し、アネットはヴァジュラテイルを倒しに行く。ヴァジュラテイルが尻尾を振り回すがアネットは何時ものように突っ込む。

 

(訓練でも言われた…装甲で…受けてから!!)

 

 訓練で言われた事を思い出しながらヴァジュラテイルの尻尾の軌道を見極める。

 

(来る!!)

 

 ヴァジュラテイルの尻尾が当たる直前に装甲を展開して攻撃を防ぐと、ヴァジュラテイルが体勢を崩して倒れる。

 

「たぁあ!!」

 

 隙が出来たヴァジュラテイルにアネットが神機を振り下ろして叩き潰す。

 

「よし!次に行こう!!」

 

 ユーリの合図で3人は前線に向かう。すると、何処からか受け渡し弾が飛んできて3人がバーストする。後ろを向くとヴァジュラ3体を葬り、さらには追加でクアドリガとその堕天種を相手にしつつ銃口を3人に向けるユウキが居た。

 

「急ごう!!バーストが解除されるまでにできるだけ多くのアラガミを倒すんだ!!」

 

「「了解!!」」

 

 -ユウキsaid-

 

 新人達に受け渡し弾を渡した後、四方から飛んで来るミサイルを躱しながら強化した『護人刀・改』が装備された剣形態に変形する。

 

(少し…キツいか?)

 

 しかしユウキは内心焦りを見せていた。居住区にミサイルが向かわないように寸での所で避けた時、着弾した際の爆風で足を取られたり、体勢を崩したりと不利な状況になる事があったので、少し表情が険しいままミサイルを踏み台にしてクアドリガの顔面まで飛び上がる。

 

(けど…)

 

  『バァン!!』

 

 神機をクアドリガの頭に持っていくと、インパルス・エッジを発射して顔面を破壊する 。そしてその衝撃でユウキ自身も後ろのクアドリガ堕天種に向かって飛んでいく。

 

(このくらいならどうにでもなる!!)

 

 クアドリガ堕天種と向き合う状態になるとユウキは神機を下から全力で振り上げる。

 

「ぜぁ!!」

 

 振り上げた勢いでクアドリガ堕天種の顔面が割れ、ユウキは勢い良く下に着地する。しかし着地の隙を突いてクアドリガが踏み潰そうと迫ってくる。

 

「チィッ!!」

 

 ユウキは舌打ちしつつもクアドリガの腹下を潜り抜けようとして足に力を込める。

 

  『パンッ!!』

 

 小気味良い音と共にクアドリガの後ろか飛んできた光弾がクアドリガの首もとを貫いて怯ませる。

 何があったのかと一瞬呆けていると、今度はユウキの後ろのクアドリガ堕天種が突然複数の爆発に巻き込まれて動きが止まる。

 

「お待たせ!!」

 

「ここは俺たちが引き継ぐよ!!」

 

 声がする方を向くと、第一部隊が来ていた。さっきの銃撃はサクヤとコウタのものだろう。銃口がそれぞれの標的に向いている。

 そしてソーマがクアドリガ、アリサがクアドリガ堕天種に斬り込んでいく。

 

「お前はさっさとルーキーのところに行け。どうせ気になってんだろ?」

 

「ユウ!!速く!!」

 

 第一部隊が2体のクアドリガを圧倒し、ユウキが前線に行くまでの道ができる。

 

「ああ!!頼んだぞ!!」

 

 仲間の援護を受けて新人達の元に向かう。途中でボルグ・カムランが妨害してきたが、突き刺してきた針をジャンプで避けると、そのまま尻尾の上を走り抜ける。そして飛び下りる際に尻尾を根元から切り落とすと、振り向きながら銃形態に変形して強化した『ガストラフェテス新』から動かない光球を3つ連続で発射する。

 すると、それぞれの光球から1秒以内に計4発の狙撃弾が発射される。切り落とされて守りを失ったボルグ・カムランの尻尾の付け根に、短い時間の間に発射された計12発の狙撃弾が連なり直撃する。

 すると狙撃弾はボルグ・カムランの体内を削りつつ穿孔する。そして最後の1発がコアに届いて貫いた。コアが破壊されたことでボルグ・カムランは活動を停止した。

 ボルグ・カムランを倒した事を確認して、ユウキは新人達の元に向かうと、アネット達は3体のザイゴート堕天種をそれぞれ相手にしていた。

 

「装甲展開しろ!!動くなよ!!」

 

 合図を聞くと3人は動きを止めて装甲を展開する。ユウキはジャンプしつつ展開された装甲の縁に足をかける。

 

「ラァ!!」

 

 展開された装甲から装甲へ飛び移り、瞬く間に3人の近くにいるザイゴートを蹴散らしていく。

 

「今ので片付いたな?!前線に出るぞ!!」

 

 ユウキが周囲の状況を確認して新人達に指示を出すが…

 

  『グォォォオオ!!』

 

「チッ!!新手かよ!!」

 

 突然何体ものアラガミの雄叫びがゲートから聞こえてきた。その方向を見ると、コンゴウとその堕天種、さらには禁忌種まで入り込んできた。

 

「馬鹿野郎!!何処行く気だブレ公!!」

 

 ユウキがコンゴウの気を引こうと向かいつつ、新人達に指示を出そうとすると、突然タツミの怒鳴り声が響いた。

 

 -第二部隊said-

 

 時は防衛班がユウキと別れたところまで遡る。タツミは現状の確認のために全員に聞こえるようにヒバリへ連絡を入れる。

 

「ヒバリちゃん!!避難状況は?!」

 

『自主避難により3番、5番、6番シェルターが使用出来なくなってます。残りのシェルターの中でも7番はほぼ未使用にとなってます。』

 

「了解!!」

 

「第二部隊で民間人を避難させる!!第三部隊で前線シェルターを防衛してくれ!!」

 

「了解。ならシュンが5番、カレルが6番、私が7番に向かうわ。」

 

 ジーナが配置を決めると第三部隊はそれぞれ前線付近にあるシェルターの防衛に向かう。そして第二部隊は空いているシェルターに民間人を避難させ始める。

 ユウキ達が中衛のアラガミを引き付けて倒していることもあり、滞りなく第三部隊がアラガミを倒しながら、第二部隊が民間人を避難させていく。

 

「ブレンダン!!7番シェルターが埋まったぞ!!」

 

「分かった!!」

 

 避難先だった7番シェルターが埋まり、今度は別のシェルターに誘導しなければならなくなった。タツミは少し離れてはいるものの、空いているシェルターで最も近い場所にある4番シェルターに誘導するつもりだったが、ブレンダンは単純に距離が近い3番に民間人を誘導し始める。

 

「馬鹿野郎!!何処行く気だブレ公!!」

 

 明後日の方向に誘導を始めるブレンダンを見てタツミが怒鳴る。

 

「3番シェルターまでは自主避難で埋まっちまったって言ってただろ!!話を聞いてなかったのか!?」

 

「す、すまない…すぐに4番まで誘導する!」

 

 ヒバリからの通信で3番シェルターは使えない事は全員に通達されていたはずだ。それでも尚こんな初歩的なミスをする辺り、任務に集中出来ていないようだ。

 

「カノン!!いつまで誘導してやがる!!アラガミがすぐそこまで来てるぞ!!」

 

「え?!す、すぐに迎撃します!!」

 

 いくら第一部隊とユウキ+新人達のチームが前から来るアラガミを倒しているとは言え全く流れて来ない訳でもない。

 そんな状態でカノンも任務に集中してないのか、近くまで小型種が近づいているにもかかわらず、迎撃に行かないなど凡ミスが目立つ。

 そのまま一旦避難誘導を終えたタツミがカノンのフォローに入り、民間人に近付くアラガミを葬っていった。

 

 -第三部隊said-

 

 タツミが怒鳴っていた頃、ジーナは7番シェルターに近付くアラガミを撃ち抜いていた。

 

「第一部隊総出でも捌ききれないなんてね…その分射てるから良いけど…」

 

 そう呟きながらもジーナは流れてきたヴァジュラを撃ち抜く。実際、ユウキ達が来る間にもアラガミが侵入し、ヒバリから聞いていた数よりも多くのアラガミが居住区に流れてきていたので、前衛と中衛だけでは捌ききれなくなっていたのだ。

 

(それにしてもこの数…あの子達は大丈夫かしら…?)

 

 ジーナはヴァジュラの口内に狙撃弾を撃ち込み、体の内側に直接攻撃してコアを破壊した。

 

「クソッ!!数が多い!!英雄様達は何やってんだよ!!」

 

 その頃カレルは6番シェルターに迫ってきた小型種のアラガミを撃って蹴散らしていた。

 

「アーク計画が成功していればこんな面倒な事にならなかったのに…とんだ偽善者様だな!!」

 

 アーク計画が失敗しなければこんな事にならなかったのにと愚痴りながらカレルは別のアラガミを撃ち抜いた。

 

「クソッ!!全然数が減らねえ!!どうなってんだ?!」

 

 5番シェルターを守るシュンもジーナ、カレルと同じように近付く小型種のアラガミを斬り倒していた。

 

「チッ!!アイツら、面倒事ばかり増やしやがって!!」

 

 シュンもまたアーク計画を潰した第一部隊に悪態をつきながら迫ってくるアラガミを斬り倒し続けた。

 

 -ユウキsaid-

 

 中型種と小型種が破壊されたゲートから入り込み、真っ先に第五部隊とユウキ、新人達を狙いにきた。

 

「クソッ!!こんな時に増援か!!3人は今まで通り小型種を掃討にしろ!!」

 

「「「はい!!」」」

 

 ユウキ自身も可能な限り新人達から離れないように位置取りに気を付けながらコンゴウとの戦闘に入る。

 視界の端にオウガテイル2体を相手にしている新人達を捉えながら、ユウキはコンゴウ3体の集団に突っ込む。正面のコンゴウが腕を振り上げて迎撃の体勢を取る。

 その下を潜り、神機を上に振り上げてコンゴウの腕を切り落とす。するとユウキの足元から風が吹いてきたので反射的に跳び上がると、地面で空気が爆発した。

 ユウキは空気砲を避けると、目の前のコンゴウの顔面を蹴って後ろに跳びつつ後ろに向きを変える。空気砲を撃ったコンゴウの 目の前に来ると、幹竹割りの要領で力任せに神機を振り下ろす。するとコンゴウはコアごと2つに割け、そのままユウキの踏み台になる。

 ユウキがコンゴウを足場に上に跳ぶと、銃形態に変形して右斜め後ろに居るコンゴウの胸部を撃ち抜く。そこにコアがあったのか、コンゴウは力なく崩れ落ちた。そしてユウキは最後に穿顎を展開して、最初に腕を切り落としたコンゴウの首元を喰い千切りバーストして倒す。だが、そこからすぐにコンゴウとその堕天種、さらには禁忌種が2体現れた。

 コンゴウが体を丸めて体当たりしてくるのを右に避けると神機を握り反撃に出る。しかし、その後ろのハガンコンゴウが雷球を飛ばしてくる体勢になっていたのが見えたので、そのままもう1度右に避ける。

 

「クッ!!」

 

 しかし、今度は離れたところで体勢を崩し、コンゴウの攻撃を受けそうになっている第五部隊の隊員が目に入る。ユウキは銃形態に変形すると、右に倒れ込む様な体勢で離れたコンゴウを撃つ。命中こそしたものの、致命傷にはならず今度はユウキを狙って移動を始める。

 しかし今度はコンゴウ堕天種が雪玉を発射してきた。ユウキは神機を左手に持ち右手で勢い良く地面を叩くと、体が宙に浮いて雪玉を躱す。

 

「キャア!!」

 

「アネット!!」

 

 声を辿ると、次はコンゴウ4体に囲まれた新人達、しかもコンゴウの攻撃をもろに受けたアネットが飛び上がった先で視界に入る。

 

「チィッ!!」

 

 ユウキは空中で狙撃弾を4発撃つ。全て命中するも、今回も致命傷となる事はなく、4体中3体のコンゴウがユウキを狙いに来る結果となった。

 

(クソッ!!数が多い!!捌ききれるか?!)

 

 ハガンコンゴウが上から雷を落としてきたので、装甲を展開して神機を上に構えて防ぎながらもユウキは不安を覚える。

 というのも、単純に多数のアラガミを相手にするのならこの程度の数を相手にする事は造作もない。しかし今回は敵に狙われる仲間への支援も必要な他、施設や民間人への被害が出ないようにしなければならない。自由に戦える討伐戦とは違い『何か』を守りながら戦う状況で、ユウキはあらゆるものに注意を払い、結果的に注意力が散漫になっていた。

 そんな自身の状況を理解しつつ、落雷を防いで地面に勢い良く着地する。そこを狙ってきたコンゴウとその堕天種が両サイドから殴りかかってきたので、ユウキは回転切りを繰り出して両サイドのコンゴウを切り捨てる。

 

(しまった!!別動隊が流れてる?!)

 

 しかし、切り捨てたコンゴウの胴体の隙間から、居住区に向かっていくコンゴウの一団が見えた。急いで後を追うため、通り道のコンゴウを両断するも、他のコンゴウ種の空気砲や落雷に阻まれて、結局追うことが出来なかった。

 

『おい!!どうなってんだよ!!アラガミが減るどころか増えてんじゃねえか?!』

 

『英雄様達は仕事サボってるのか?!余計な仕事増やすなよ!!』

 

 第一部隊が交戦するが、そこからも漏れたアラガミ達がシェルターに侵攻する。それらを追加で迎撃する事になったシュンとカレルが通信でユウキと第一部隊に文句を言う。

 

『こっちだって手一杯なんだよ!!前線と俺達で何体倒したと思ってんだよ!!』

 

 余程余裕が無いのか、少し煽られただけでコウタが珍しく怒鳴る。だが、実際にここまで大半のアラガミを倒して来たのは前線に出ているユウキと中衛の第一部隊である事も事実だ。その事からコウタの怒りはさらに増長した。

 

『こ、こちら第五部隊!!神裂さん!!助けて下さい!!』

 

『勝手な事言ってんじゃねえ!!あんなガキ1人来て何が出来るってんだ!!』

 

 今度は前衛の第五部隊から助力を求める通信が入るが、別の隊員がそれを聞くと叱責する。

 アーク計画の件で神機使い達の足並みが乱れているとは言え、ここまで酷いものだとはユウキ自身も思っていなかった。

 このままでは不味い。そう考えると同時に、ユウキの想うゴッドイーターの姿からあまりにもかけ離れた彼らの身勝手な言い分を聞き続けた事で、ユウキの中で『何か』がキレた

 

「いい加減にしやがれぇぇぇぇええええええ!!!!」

 

 ビリビリと空気が震えるほどの大きな声量でユウキが叫ぶ。それに反応して神機使いだけでなくアラガミもユウキの方に気を取られる。

 

「ゴチャゴチャ喚くんじゃねえ!!!!俺達は護る側であって護られる側じゃねぇ!!!!てめえらはここに来てまで何やってんだ!!!!」

 

 アラガミが呆けてる隙に弐式をクイック捕食で発動させ、正面のコンゴウを頭から喰い千切りバーストすると、再び回転切りでコンゴウとハガンコンゴウを2体同時に切り裂く。

 

「お前達は人々の剣となり、盾となるゴッドイーターじゃないのか?!それともその赤い腕輪は飾りか?!その神機は玩具か?!ほんの少しでも他人のためには戦う気にはなれないのか?!!?」

 

 ユウキの反撃を目の当たりにしたハガンコンゴウがユウキの後ろから雷球を放つ。しかし雷特有のバチバチと放電する音を聞いて、後ろを振り返る事なく右に避けると、銃形態に変形して爆破弾を撃ち込み、雷球を放ったハガンコンゴウの体勢を崩す。

 

「ならお前達が戦う理由は何だ!!!?金のためか?!アラガミに…理不尽な世界抗うためか?!?!それとも大切な人を護るためか?!!!どんな理由だって良い!!!!その戦いの中で助かる人が…俺たちが助ける事の出来る人は大勢居るんだ!!!!」

 

 ハガンコンゴウが体勢を崩した隙に正面のコンゴウを切り捨てると、その堕天種が雪玉を飛ばしてくる。それを体勢を崩したハガンコンゴウの方に跳ぶ事で回避すると、そのままハガンコンゴウを頭から両断する。

 

「自分のために戦うだけで、結果的に助かる人が居る!!!!その事に誇りは持てないのか?!?!」

 

 今度は両サイドの上からコンゴウが攻めてきた。ユウキはジャンプすると僅かに早く接触する左側のコンゴウに剣形態のまま銃口を向ける。

 

「誇りが残ってるなら刃を振るえ!!!!誇りを失ったならすぐにこの場から立ち去れ!!!!居ても邪魔だ!!!!今すぐ失せろ!!!!」

 

 左から攻めてきたコンゴウにインパルス・エッジをお見舞いすると、コンゴウが顔面ごと吹き飛んで離れていく。ユウキはインパルス・エッジの爆破の勢いで回転して右から来たコンゴウを切り捨てる。

 

「それも納得出来ないなら…この戦いが終わった時、その蟠りを全部俺にぶつけに来い!!!!俺が…全部受け止めるてやる!!!!」

 

 さっき雪玉を放ったコンゴウ堕天種が体を丸めて突進してくる。それに対抗してユウキも体勢を変えて体を回転させて下から掬い上げる様に神機を振り上げる。

 

「誰1人と死なせるな!!!!必ず!!全員で生き残れぇぇぇぇええええええ!!!!」

 

 着地と同時にユウキが叫びながら正面に一気に跳び、殴りかかるハガンコンゴウが殴りかかるよりも先に両断する。

 そして戦闘領域内のアラガミの大半のが声の主に引き寄せられる。しかしその場に留まり、居住区を荒らすアラガミもまた残っている。

 

「急げハヤト!!もう少しだ!!」

 

「待ってよお父さん!!」

 

 そんな中、1組の親子が5番シェルターに走って近づいて来た。

 

「いった!!」

 

「ハヤト!!」

 

 だがシェルターに向かう途中で子どもが転び、父親が助け起こしに戻る。

 

  『グオォォオ!!』

 

「くっ!!しっかり捕まってろよ!!」

 

 ユウキの声に振り向かず、その場に留まったコンゴウが親子を狙う。もう息子を走らせていてはどちらも助からない。父親が息子を抱えるとシェルターに向かって走り出す。

 

「お兄ちゃん!!助けて!!」

 

 逃げる途中でハヤトの目にシュンが映り、助けを乞う。シュンも声をかけられその子どもが以前S35の防衛戦で助けた子だと気がついた。

 

(俺が…俺様が邪魔だと…?)

 

 ユウキの説教にも挑発にも似た叫びを聞いてから、シュンは腹立たしく思っていた。元々ユウキ自身も自尊心の強い連中を防衛に意識を向かわせるには挑発するのが手っ取り早いと思い、かなり強い言い方をしていたのだが、まさにその狙い通りにユウキの叫びの内容と自身の現状に腹を立てていた。

 

(ふざけんな…!!)

 

 シュンの神機を握る手に力を込める。

 

「うわあああ!!」

 

 走る父親にコンゴウが迫り、2人を叩き潰そうと右手を振り上げる。それが見えたハヤトは父親の腕に抱かれながら叫び声を上げる。

 

  『ザシュッ!!』

 

 短く小気味の良い音と共にコンゴウの右腕が切り落とされる。

 

「ったくお前ら…俺様が居ないと何にも出来ねえな!!」

 

 いつの間にシュンが親子とコンゴウの間に立ちはだかる。腕を切られたコンゴウは呆けてるのか、動きが一瞬止まる。

 

「くらえ!!」

 

 開いている横腹から横一線に神機を振る。すると辺りどころが良かったのか綺麗に2つに裂けた。

 

「お、お兄ちゃん…」

 

「ったく!!早く行けよ!!シェルター埋まっちまってるけど…詰めりゃオッサンと子ども位なら入れるだろ。」

 

「ありがとうございます!!」

 

「ありがとー!!お兄ちゃーん!!」

 

 助かったことを自覚すると、親子はシュンに礼を言うと急いでシェルターに向かう。辺りにアラガミが居ない事を確認し終わる頃に親子がシェルターに入るのが見えた。

 

(けっ!!好き勝手に言いやがって!!これが終わったらぜってーぶん殴ってやる!!)

 

 密かな決意を胸に、シュンは再び流れて来たコンゴウに向かっていった。

 

「らしくねえな…」

 

 カレルも同じく、ユウキの声に興味を示さずに向かってくるコンゴウを眺めながら静かに呟いていた。

 

(金のため…そうだな、もうあんな思いはしたくなくて金を稼いでいたんだったな…)

 

 ユウキの叫びを聞いてから、カレルも自身が神機使いをする理由をハッキリと思い出した。そして神機を握り直し、銃口を向ける。

 

(感傷的になるなんてな…本当にらしくない。)

 

 自身の苦い経験を思い出し、金を稼ぐために戦うという理由を見失っていた自分がらしくないと内心鼻で笑う。

 コンゴウがカレルが守る6番シェルターに近づいて来た。カレルは神機に雷属性の銃弾を装填し、コンゴウに真正面から銃弾の雨を浴びせて少しずつコンゴウの体を削り取っていく。

 

「確かに稼ごうと思えばこの世界の方が良いか。」

 

 『新しい世界で稼げる保証もないしな。』と呟くとコンゴウは苦手な雷属性の攻撃を受け続けたせいか、怯み続けたコンゴウは何も出来ず倒されてしまった。

 

「おおおおおおお!!!!」

 

 ユウキが雄叫びと共にハガンコンゴウの落雷を避けながら一気に近づく。眼前にハガンコンゴウを捉えた瞬間、横凪ぎに神機を振るいハガンコンゴウを両断した。

 

「ハァ…ハァ…終わっ…た…」

 

 ユウキは疲労感からその場に座り込み、端末を取り出して各部隊の状況を確認する。

 

「こちら神裂…状況は?」

 

『こちら第一部隊、中衛はクリア。周囲にアラガミの気配は無いわ。』

 

『こちら第二部隊。その…色々あったが施設や収用した民間人、それから神機使いも全員無事だ。』

 

『…第五部隊だ…全員生きてる。周囲にアラガミも居ない。』

 

『こちら第三部隊、アラガミは全て駆逐したわ。全員生きてる。あとうちの2人が…まあその辺は良いかしら?』

 

 何にしても全員侵入したアラガミ全てを駆逐出来たようだ。今回は外部居住区のゲート修理中にアラガミが接近したこともあり、住民がいち早くアラガミの接近に気付けたため、かなり早い段階で避難が開始された。しかし誘導する人間が居なかったためパニックになり、避難民どうしによる負傷者は居るものの、アラガミに殺された人は奇跡的に居なかった。その結果に安堵しているとユウキはふと周囲に目を向ける。

 

「…にしても…よくこれだけのアラガミを倒したよな…」

 

 ユウキの周辺にはまだ霧散してないアラガミの死体がそこら中に散らばっていた。よくこれだけの数を相手に全員居住区とそこに住む人たちを守りながら生き残れたなと内心驚いていた。

 そして破壊された施設の数々も同時に目に入る。ここの住人達はこのあとこここの修理や保全を行うのだろうが、その間もアラガミの脅威に晒され続けるのだろうと考えると、あることを思い付いた。

 

(そうだな…何も戦う事だけが人々の助けになる訳じゃない。ゴッドイーターであることを生かせばきっと…)

 

 今後どうするかを決めていると、ユウキに近づく人影があった。

 

「おい!神裂!」

 

 突然シュンの声に呼ばれ、そちらを向く。どうやらカレルも一緒のようだ。

 

「はい?何でしょ「バキィ!!」ヘブッ!!」

 

 ユウキは何の用かと思い返事をするが、それよりも先にシュンの拳がユウキの頬を捉える。

 

「え?!ちょっ!!なっ!?げふ!!」

 

 今度はカレルが反対の頬を殴る。何がなんだか分からぬままユウキは殴られた両頬を押さえる。

 

「お前言ったよな?人々を護る事に誇りを持てないなら邪魔だって…納得出来ないなら蟠りをぶつけてこいって。」

 

「いや…うん。言ったけど…流石に振り向き様に殴るのは止めて欲しかったです…」

 

「アーク計画を潰した事と俺達を邪魔者扱いした事に対する俺たちの苛立ちをぶつけさせて貰ったって訳だ。取り敢えず受け取っとけ。」

 

 どうやらユウキの挑発が余程頭に来た(?)ようだ。2人はユウキを殴ると、ここ最近見せなくなった非常にスッキリしたような表情になる。

 

「ま、これでアーク計画の件も俺たちをバカにした事も水に流してやるよ。俺達は邪魔者じゃねえ!これからしっかり見とけよ!!」

 

 捨て台詞を吐くとシュンとカレルは帰投準備に入る。

 

「神裂…」

 

「は、はい?」

 

 『あ、これはまた来るパターンだわ…』と思いながらユウキは声の主の方を見る。そこには今回共に戦った第五部隊のガタイの良い男が居た。

 

「これは俺の分だ。受け取れ。」

 

 言うや否やユウキの脳天に拳骨が飛んで来た。一瞬視界が白くなる程の威力で殴られ、ユウキは頭を押さえて踞る。

 

「俺は今でもアーク計画は間違ってないと思ってる。それを潰したお前達が間違ってると思う気持ちも残ってる…だが…」

 

 男は踵を返すと、独りで語りながらユウキから離れていく。

 

「お前は…俺の想像もつかないような覚悟を持ってアーク計画を止めた事は分かった。この1発でチャラにしてやる。」

 

 さっきよりも小さな聞こえるか聞こえないかの声でユウキに語りながらその場を去っていた。

 

「大丈夫ですか?神裂さん?ヤナギさん、腕力だけは凄いから…」

 

「誰が脳筋だバカ野郎!!適当な事言ってっと拳骨かますぞ!!」

 

 殴られた事を心配している線の細い男子がユウキと話していると、ヤナギと呼ばれた第五部隊のガタイの良い男は、ユウキに話しかけた男子を叱責する。

 

「そこまで言ってないですよヤナギさん!!」

 

「うっせえ!!さっさと帰るぞカオル!!」

 

 カオルと呼ばれた男子もその言葉に従いヤナギと帰投する。その様子を眺めていると、多少は周囲の関係が改善出来たのだろうかと思っていると、あることを思い出す。

 

(おっと!!そう言えば諸々の回収がまだだった。)

 

 アラガミ達を倒してから時間が経っている。早くしないと素材やコアを回収出来なくなる。急いで立ち上がり、1番最後に倒したハガンコンゴウに近づき捕食口を展開した時、ある事に気が付く。

 

(っ!!これは!!)

 

 戦闘中には気付かなかったが、そのハガンコンゴウには着けた覚えの無いズタズタに切り裂かれた様な傷痕が着いていた。丁度今アラガミが倒されていると言う事件と同じような傷の着き方だった。

 そして落ち着いて周りを見てみると、3体に1体程の割合で体に知らない傷痕が着いているアラガミが混ざっていた。

 どういう事かと思い、調べようとするがユウキが動き出すと同時に周囲のアラガミが全て霧散して消えてしまった。

 

(…手がかりなし…か…?)

 

 結局調べる間もなくアラガミ達は霧散した。連日の事件の事で何か分かるかも知れないと思った事もあり、内心落ち込んでいると、アラガミが居た所から『あるもの』が落ち着いていく事に気が付く。

 

(…何だ?これ?)

 

 そこに落ちていたのは黒い羽だった。しかもオラクル細胞に触れても捕食されない様な羽だ。

 

(普通の羽…じゃないよな?後で博士に渡してみるか?)

 

 ともかく何かの手がかりであることには間違いないだろう。この羽をペイラーに渡すと決めると、ユウキはその羽を太陽に翳す。するとその羽は光を吸い込んだかの様に、僅かな光をユウキに届ける。

 その仄暗い羽の光を奪う様子は、何かの希望と言う光を奪う未来を暗示しているかの様にも見え、ユウキは何処か焦燥感を覚えた。

 

To be continued




後書き
 ジャンピングスライディング土下座ぁぁぁあ!!この度は投稿が遅れて申し訳ありません!!更新を待ってくださる方(そんな人居るのかな?)には心よりお詫び申し上げます。言い訳させて頂きますと、普通にリアルの仕事がクソ付く程に忙しいかったもので小説を書く時間がなくなってしまったのです。さらにはセリフ周りの案が中々出てこなかったりと書き上げるだけでも非常に時間がかかってしまった事が原因です。今度は更新期間が空きそうな場合は何処かでお知らせするようにします。
 さて、小説の方はかなり急いで書き上げたのでもしかしたら話の流れが強引だったかも…と後から思いました。(いつか書き直すかも…)何だかユウちゃんの説得と言うか説教のやり方もこれで良いのか少し疑問に思います。まあ、何にしても明確に反発していた人達は勝手に納得して仲直り出来たと思って下さい。(丸投げご免なさいm(_ _)m)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission58 痕跡

ここからユウキ君が感応現象を手がかりにリンドウさんの痕跡を追い始めます。


 -外部居住区『S35』-

 

「おーい!にぃちゃーん!ソイツ持ってきてくれー!」

 

 修復中のゲートを突破され、防衛戦が行われた翌日…ペイラーに黒い羽を渡した神裂ユウキは破壊されたゲート付近でガテン系の男性に呼ばれ…

 

「はーい!」

 

 ゲート修復作業の手伝いをしていた。

 

「いっ…よっと!」

 

 縦横100mm、長さ500mmで穴加工されたH型の鋼材を左右の肩にそれぞれ担いでゲートがあった所まで持っていく。

 

「おお!!ユウ兄ちゃんスゲー!!」

 

「へっへーん!!だろ?」

 

 居住区に住む子どもが、見た目に反したユウキの腕力を見て喜んでいると、ユウキ自身も得意気になる。

 

「いやあ、助かるぜ!!昨日の騒動で重機も壊れちまったからな。」

 

「気にしないで下さい。俺がやりたくてやってるだけですから。」

 

「そうかい。ならそう言う事にしておくよ。あ、1本ここに立ててくれ。」

 

「あ、はい。」

 

 男性の指示でゲートがあった場所に1本だけ鉄骨を立て、倒れないように押さえる。

 

「にしても神機使いの腕力ってのはスゲーなぁ。その細っこい腕で鉄骨を軽々と持ち上げるなんて…まるで人間フォークリフトってところだな。」

 

「あはは!とは言えこの身体能力を得る代わりに、より危険な戦いをしないといけないので…やっぱり一概に良いとは言えないですね。」

 

 話をしながらユウキが立てた鉄骨とベースを大きなリベットで繋いでいく。

 

「ちげぇねぇ!やっぱり平和が1番だ…よし!!次は反対側に立ててくれ。」

 

「分かりました。」

 

 リベットを打ち終わると、男性が先に目的の場所に行く。鉄骨を落とさないように1度持ち直し、指定された場所に行く途中、ふとある人物が目に映る。

 

(…レン?)

 

 離れた所にレンが佇んでいた。その手には例の羽を持っていて、それを眺めていた。『先日の襲撃で怪我した民間人の手当てをしにしたのだろうか?』と考えていると、ユウキとレンの間に人影が通り、一瞬レンがユウキの視界から消える。再び視界が広がると、レンは既にその場から居なくなっていた。

 

「おーい!どうした?兄ちゃーん?!」

 

「え?ああ、すいません!!すぐに持っていきます!!」

 

 何があったのかと思っていると男性から声をかけられ、慌てて意識を作業に戻して鉄骨を指定の場所に持って行った。

 

 -1週間後-

 

「…なんだ?この惨状は?」

 

 外部居住区に侵攻するハガンコンゴウの群れを討伐する任務を終え、極東支部に戻ると、半死状態でグロッキーなソーマとタツミがエントランスのベンチで踞っており、その傍らには必死に笑いを堪えているコウタが居た。

 

「あ!お帰りユウ!…プッフフフ!」

 

「…いきなり人の顔見て笑うなよ。」

 

 顔を合わせるなり笑われたユウキが不機嫌そうにコウタを見る。

 

「ああ、ごめんごめん!いやぁあのときの2人の顔ときたら…クフフ!」

 

「…何やったのさ?」

 

 踞るソーマとタツミを見た後で、ユウキは白い目でコウタを見る。

 

「俺は特別変な事してないよ!それよりこれ!新作のジュースなんだけど、飲んでみ?」

 

「えっと…『初恋ジュース』?」

 

「そそ!博士が作った新作ジュースさ!『苦甘酸っぱいような何とも言えないじたばたしたくなるような味』って事なんだけど…どう?」

 

 会話の流れ的に恐らくこれを飲ませたのだろう。この初恋ジュースを飲めば自分も生きた屍の仲間入りをする事になるだろうが…

 

「じゃあ、貰うよ。」

 

 怖いもの見たさもあり、割りとアッサリと缶を受け取る。プルタブを起こすと『プシュッ!!』と炭酸が抜ける音がする。するとその音を聞いたタツミが反応する。

 

「ま、待てユウキ!!」

 

 初恋ジュースと言う名の毒物でダメージを受けたタツミが必死に止める。しかしその制止も虚しくユウキは初恋ジュースを飲んでしまった。

 

「の、飲んじまったか…初恋とは程遠いクソ不味い物を…」

 

 タツミが『やっちまったか…』と言いたげな表情でユウキを見る。しかし当のユウキ本人は…

 

「…?言うほど不味いかな?」

 

 皆の評判に首を捻っていた。ケロッとしたその様子から特に何ともなさそうだったので皆が驚いていた。

 

「え?!ウソォ?!」

 

「特別美味しい訳でもないけど…何処にでもありそうな炭酸の入った普通のチェリー系の甘酸っぱいジュースだ。飲めない程じゃないよ?」

 

 何故皆して不味いと言うのか分からなかったが、取り敢えず飲み干して未だグロッキー状態から立ち直れていないソーマに『大丈夫…じゃないよね。』と声をかけながら近付いていく。

 

「う…グッ…コ、コウタのやつ…後で絶対ぶっ飛ばす…」

 

「うん、分かったよ。取り敢えず医務室に行く?」

 

「お、おお…」

 

 ソーマに肩を貸して立ち上がらせると、そのままスローペースでエレベーターまで歩く。

 そしてもはや顔を上げる事さえ出来ない状態のソーマとエレベーターに乗り込むと、扉が閉まり始める直前に1人で神機保管庫に向かう人影が目に映る。

 

(あ、レン…)

 

 エレベーターの扉が閉まる中、レンがユウキの存在に気が付いたのか、神機保管庫に行くのを中断して会釈すると、丁度扉が完全に閉まり、エレベーターが動き出した。

 

(…さっきまで…居たかな?)

 

 あの惨状を野次馬根性で見物していた者は多かったが、どれだけ記憶を辿ってもレンは居た場面を思い出せない。だがユウキからは見えない位置にずっと居ただけかも知れないので、あまり深く考える事なく思考を放棄した。

 

 -医務室-

 

 ソーマを医務室に連れていくと、ユウキはルミコの助けを借りてソーマをベッドに寝かせる。その後はルミコがソーマに問診と触診である程度の見解は出たようだ。

 

「結論から言うと、ソーマの不調の原因は初恋ジュースの味だね。」

 

「え?味…ですか?」

 

 予想外な答えに、ユウキは拍子抜けする。

 

「そ、初恋ジュース自体は飲んでも体に影響ないみたいだし、単純にあまりの不味さにソーマのメンタルがやられて、それが体にも出てきたってこと。」

 

「じゃあ、特に何か危ないとかじゃないんですよね?」

 

「うん。結局のところ、ソーマが不味いと感じる下限を突き抜けてただけだからね。」

 

「だってさ。ソーマ。」

 

 ルミコの見解をカーテン越しに聞いているソーマに向かって話しかける。

 

「…ぉぉ…」

 

「ソーマ、そろそろ戻るけど…今はゆっくり休んでね。」

 

「…ああ…」

 

 ユウキの問いかけにソーマは覇気のない声で返事をする。それを聞くとユウキは、踵を返して医務室から出ようとする。

 

「なぁ、ユウ…」

 

 が、ソーマに声をかけられて途中で歩みを止める。

 

「ん?」

 

「コウタに会ったら、体調が良くなったら覚悟しとけって伝えてくれ…」

 

「あはは…分かった、伝えとく。けどさ、ここ最近研究室に籠りっぱなしだったから…休むって意味でも丁度良かったのかも知れないよ?」

 

 ソーマからコウタへの死刑宣告の言伝てを頼まれ、苦笑いしながら伝言を伝えると約束する。

 しかし、今回の事で研究室で働きづめの現状から、形はどうあれ休む事ができたのも事実だ。1度研究から離れて気持ちを切り替えるきっかけとなったと前向きに捉える事が出来れば、また次から研究を頑張れるだろう。

 もっともコウタがそこまで意図していたかは分からないが…

 

「…伝言の変更だ。1発で許してやるに変えてくれ。」

 

「わかった。それはそうと、ノヴァの残滓…回収は進んでる?」

 

 ソーマから伝言の変更を了承する。そしてここ最近会うことも難しくなった事もあり、ついでに回収任務が進んでいるのをソーマの方に向き直り聞いてみた。

 

「ああ、今のところ順調だ…だが…」

 

「…何?」

 

 ソーマ曰く順調なようだが、どこか歯切れがは悪い。ユウキは何があったのか聞き直すが、ソーマは一瞬の沈黙の後に口を開く。

 

「…いや、何でもない…予測値と現実に誤差があることなんて当たり前だ…気にしないでくれ…」

 

 何やら予測とは違う事があったようだが、ソーマ自身は問題ないと言う。今回の回収任務には関わってないユウキでは回収任務の実態は把握しきれない。ソーマの言葉を信じてそれ以上は聞かずに、医務室から出ることにした。

 

「そっか…何にしても、無理はしないようにね。何かあれば手伝うからさ。」

 

「そっくりそのまま返すぜ…身体の事だの任務の量だの…色々無理してんのはお前の方だろ…」

 

 ソーマはソーマで大変だが、ユウキもアラガミ化や日々の仕事量等、問題は山積みだった。特にアラガミ化は抗体持ちの身体のお陰で進行は非常に緩やかだが、それがいつ早まるかも分からない。結局いつ爆発するかも分からない時限爆弾を抱えている事と同じだ。

 ソーマにその事を指摘されてユウキは冷や汗をダラダラ流しながら目を背ける。

 

「アーナンノコトカナワカンナイナー?」

 

「今は他人の事より自分の心配をしろ…俺が言いたいのはそれだけだ…」

 

「…肝に命じます。」

 

 どちらにしてもお互いに大変な状況な事には変わりない。他人を気にかける余裕があるなら自分の心身のケアをしろとソーマに言われ、ユウキも自分のケアをするように心がけると誓う。

 

「それじゃ、またね。」

 

「おお…」

 

 粗方話を終えたので、今度こそユウキは医務室を出ていった。

 

(男同士の友情…ってやつかな…?)

 

 ユウキとソーマの変化を垣間見たルミコはそんな2人の様子を見て微笑ましく思っていた。

 

 -神機保管庫-

 

 医務室を出た後、久し振りにレンを見かけたので、レンに会いに行こうと神機保管庫に向かう。特に大した理由はなく、単に最初に助けてもらって以来、レンに会った事がなかったからだ。そこで礼を含めて1度会って話をしたいと思い、手土産に(ユウキは普通だと思っている)初恋ジュースを 片手に神機保管庫にやって来た。

 

「レンさん。」

 

「え?あ、お疲れ様です。」

 

 保管庫に入るとリッカ達は昼食に行っているのか、入り口近くでレンが1人で神機を見上げながら佇んでいた。ユウキが声をかけると、一瞬驚いた様子になったが、すぐに柔和な笑顔を浮かべながら返事をする。

 

「お疲れ様です。この間はありがとうございます。」

 

「いえいえ!偶然危ない所に居合わせて見過ごせなかっただけですよ。」

 

「でもレンさんが助けてくれたから、こうして俺やリッカは生き残る事が出来たんですから。ちょっと安っぽいかもしれませんが…助けてくれたお礼です。」

 

 ユウキは以前、ヴァジュラテイルが侵入してきた時に助けてもらった事に礼を言って初恋ジュースを差し出す。

 

「ありがとうございます。あ、コレって噂の初恋ジュースですよね。1度飲んでみたかったんですよ。」

 

「気に入ってもらえたみたいですね。良かった。」

 

 少なくとも初恋ジュースを見ただけで拒否される事は無かったようだ。レンの反応をみると、もしかしたらレンもユウキ同様に怖いもの見たさでいつか初恋ジュースを飲もうとしていたのかも知れない。

 

「それにしても、何故敬語なんですか?歳も近そうなのに…何か遠慮してます?」

 

「え?いや、単にレンさんは命の恩人なうえに、まだ会ったばかりなので失礼かと思っただけですよ。」

 

 アネットやフェデリコ、ユーリには敬語を使わないのに、自分に対しては敬語で話すのは何故なのかと言うレンの素朴な疑問を投げ掛ける。

 その答えもまた単純で、命の恩人でまだそこまで親しくないと思っていたからというだけだった。

 

「そんな事気にしないで下さい。実は堅苦しいのはどうも苦手なんですよね。『さん』付けも結構ですから。」

 

「そう?ならレンも敬語無しにならないかな?」

 

「うーん…僕の場合はなんと言うか…もう癖になってるんですよね。なかなか直らなくて…」

 

「あはは、そっか。じゃあ無理のない方で。」

 

 レンはもっと砕けた口調が言いと言うが、レン本人は敬語が癖のようだ。かつてのユウキも敬語が癖だったため、少し苦労したと事を今でも覚えている。ユウキは自身はあまり話し方には拘らないので、軽い感じで好きな方で良いと返した。

 

「あ!すいません。折角ジュースを頂いたのに何時までもおしゃべりして。それじゃあ、いただきます。」

 

 しばらく話し込んでいたため、レンはユウキから初恋ジュースをもらった事をすっかり忘れていた。

 レンはプルタブを起こすと缶から『プシュッ!!』と炭酸が抜ける音がする。そしてレンは初恋ジュースを一口飲む。

 

「これ…すごく…美味しいです!!」

 

「良かった。気に入ってくれて。」

 

 どうやら気に入ったようだ。その事にはユウキが安堵していると、一旦会話が途切れる。

 

「これ、リンドウさんの神機ですよね。」

 

「え?う、うん。そうだけど…?」

 

 そう言いながらレンはリンドウの神機を見上げる。それに釣られてユウキもブラッドサージを見上げる。

 

(なんでリンドウさんの事…知ってるんだろ?)

 

 しかしユウキは何故この間配属になったレンがリンドウを知っているのか疑問だった。

 

「あ、言いそびれてたんですけど…僕、リンドウさんと一緒に戦ってた事があるんです。」

 

「へぇそうなんだ…ふぇ?!」

 

 予想もできない事実を告げられてユウキはすっとんきょうな声をあげる。レンの言うことが本当なら、ユウキがリンドウと出会うよりも前にレンはリンドウと共に戦った事になる。少なくともユウキよりも神機使いとしてのキャリアが長い事は間違いない。

 

「え?!じ、じゃあ実は凄いベテランの神機使いだったり?!」

 

「そんなに大したものじゃないですよ。ただ、リンドウさん…酷い人だなって思っただけです。」

 

「…」

 

 レンの毒舌にユウキは思わず目付きを鋭くして黙ってしまう。レンが予想に反して毒舌家だった事にも驚いたが、それ以上にレンがリンドウを悪く言った事に腹を立てていた。

 

「転属してから支部の中を見て回ったんですけど…こんなに素敵な仲間に囲まれて居たのに…独りで勝手に何処かに行っちゃったんですから…」

 

 そう呟くと、レンはゆっくりとリンドウの神機に手を伸ばす。

 

「っ!!待って!!」

 

 レンの突拍子のない行動にユウキは思わずレンと神機を遮る様に焦って手を伸ばす。そのままリンドウの神機に触れると、脳裏にある場面が再生される。

 

 -???-

 

「サクヤ…これは命令だ!!!全員必ず生きて帰れ!!!」

 

 リンドウが閉ざされた教会でサクヤ達に撤退の指示を出し、眼前にはプリティヴィ・マータが迫ってくる。

 

『いやあぁぁぁ!!!!』

 

『行こう!サクヤさん!このままじゃ全員共倒れだよ!!』

 

『嫌よ!リンドウゥゥゥ!!』

 

 サクヤの叫びが聞こえるが、今はそんなことに構っている余裕はない。目の前に飛びかかるプリティヴィ・マータの下をスライディングで潜り抜ける。そして抜けると同時に急反転して後ろから切りつける。

 そうやって戦っていくうちに少し苦戦はしたがプリティヴィ・マータを倒した。戦闘中は気が付かなかったが、プリティヴィ・マータを倒した頃には教会の外からサクヤ達の声は聞こえなくなっていた。

 他のアラガミの声も聞こえない。恐らくちゃんと逃げられたのだろう。安堵して教会の壁に背中を預けて座り込み、タバコを吹かす。

 

「行ったか…」

 

 サクヤ達の無事を案じながら救助を待っていると、教会にディアウス・ピターが侵入してきた。

 

「はぁ…ちょっとくらい休憩させてくれよ…体が持たないぜ…」

 

 そう言ってたばこを一気に吸い、煙を吐く。吐き終わると残ったたばこを投げ捨てて立ち上がる。神機を担ぎ、ディアウス・ピターに向かって歩いていった。

 

(クッ!!流石に連戦はきついな…!!)

 

 あれからディアウス・ピターの電撃を躱し、切り裂いてくる爪をいなし刃の様な翼を掻い潜ってリンドウ、ディアウス・ピター共に確実にダメージを重ねていった。

 しかし当時新種のような扱いだったプリティヴィ・マータを倒した後にディアウス・ピターとの連戦…ただでさえあらゆる行動に神経を尖らせている現状で長時間の戦闘行動に、そろそろ限界が近づいていた。

 

「クッソ…!!しくじったか?」

 

 ディアウス・ピターが前足の爪で切り裂いてくるを装甲を展開して受け止めるが精神、肉体共に疲労した状態では受け止めきれずに、右腕の腕輪に直撃してしまう。

 その瞬間、右腕…さらに言えば腕輪が着いている右手首から激痛が走り、腕輪の辺りから黒い煙が吹き出していた。

 その隙にディアウス・ピターがリンドウを喰い殺そうと突っ込んでくる。

 

「おおおおお!!」

 

 リンドウが咆哮と共にディアウス・ピターの顔面を突き刺す。だが、激痛や疲労のためか、狙いが逸れてディアウス・ピターの口内に神機を突き刺す。するとディアウス・ピターは仰け反り、下顎にリンドウの腕輪を引っ掻けて無理矢理右腕から引きちぎる。

 するとリンドウは痛みで思わず神機を残してディアウス・ピターから右腕を引き抜いてしまった。

 

「グッ!!オッ!!ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!」

 

 引き抜いた勢いで右腕から血が帯状に広がる。さらには腕輪を失い体内のオラクル細胞が制御を失い、暴走を始める。

 激痛でリンドウが右腕を押さえて踞る。動けないリンドウにディアウス・ピターが止めを刺そうと迫ってくる。

 

(クッ!!クソッ!!)

 

 朦朧とする意識の中、ディアウス・ピターが迫ってくるのが見えるが、体が動かない。『ここまでか…』と自身の命を一瞬諦めた瞬間、リンドウとディアウス・ピターの間に白い人影…シオが割り込んできた。

 そのままシオとディアウス・ピターは睨み合っていたが、興味が失せた様に突然ディアウス・ピターはその場を去っていく。

 

「お、お前…は…?」

 

 朦朧とする 意識の中、シオの姿を見たところでリンドウの意識は途絶えた。

 

 -???-

 

 次に目が覚めた時、リンドウ日本家屋のような部屋で壁に凭れていた。ふと右腕に違和感を覚えて見てみると、信じられない様な光景が目に映る。

 

「なんだ…?腕?俺の…腕…か?」

 

 そこには赤黒く刺々しい異形の腕があった。微かに右腕を動かしてみると、異形の腕が連動して動く。

 『やっぱり自分の腕か…』と思った瞬間、右腕から気が狂いそうになる程の激痛が走る。

 

「グウッ!!ア"ア"ア"ア"ア"!!」

 

 リンドウが叫び声を上げると、シオが右腕に手をかざす。すると不思議に痛みが引いていく。よく見ると、リンドウの右手の甲には青いコアの様なものが埋め込まれていた。

 

「ハア…ハア…お前…ありがとな…」

 

 礼を言うと、再びリンドウは意識を失った。

 

 -???-

 

「はら…へった…」

 

 それからしばらくしてリンドウは強烈な空腹感を感じて目を覚ます。自身の心情を思わず呟く。

 

「ハラ…ヘッ…タ?」

 

「ん…?お腹…すいた…だ…」

 

「オナカ…スイタ…ダ。」

 

 シオがリンドの呟きに反応して復唱する。

 

「おなかすいた…」

 

「オナカ、スイタ。」

 

 シオがユウキ達と出会った頃には覚えていた言葉…『お腹すいた』はリンドウから教わったものだったのだ。衝撃の事実を知ったところで、ユウキの意識は現実に引き寄せられた。

 

 -神機保管庫-

 

「あの…どうかしましたか?」

 

 レンは何があったのかと心配そうにユウキに声をかける。だが、ユウキにはその言葉は届いていなかった。

 

「は…はは…」

 

 ようやくユウキが口を開いたと思ったら小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「あっははははは!!はっあはっ!!あはははははは!!」

 

 一瞬の間を置いた瞬間、右手で顔を隠すようにして、上を見上げて狂った様にユウキは笑い出す。

 

(なんだよ…シオと初めてあったあのとき…)

 

 初めてリンドウの神機に触れた時と今リンドウの神機に触れた時の事を思い出しながらあのとき何があったのかもう1度整理していく。

 

(リンドウさんは近くに居たんだ!!なのに、俺たちは気付かずにそのまま帰った…その後もきっと!!あの場所に居たかもしれないのに…!!)

 

 笑いながらもユウキは自身の間抜けぶりを自嘲した。こう言うのを『運命のイタズラ』とでも言うのだろうか。なにせ旧寺院でシオに初めて会った時、すぐ近くにリンドウが居たのかも知れないと思うと何故リンドウの存在に気が付かなかったのかと後悔が押し寄せる。

 

「え?あ。あの…」

 

「ははは…ふぅ…レン。これもあげるよ。」

 

 突然笑い出したユウキを不気味に思いながらも、何があったのかと声をかける。するとレンが話しかけた事もお構い無いしに自分の話を進め、初恋ジュースをレンに押し付ける。

 

(さっきのはきっと、アリサの時と同じ現象…あれが正しいなら…リンドウさんはアイツに倒されてなかった…!!生きてたんだ!!)

 

 感応現象で体験した事を思い出しながらユウキは走って神機保管庫を出ていった。

 

(それなら…まだ…生きてるかも知れない!!)

 

 少なくともディアウス・ピターに殺されてはいない。ならばまだ生き延びている可能性がある。その可能性を信じてリンドウの捜索を再開するように進言しに行った。

 

「凄いな…あれが感応現象ってやつか…」

 

 1人取り残されたレンが呟く。

 

「皆不味いって言ってたっけ?こんなに美味しいのに…」

 

 初恋ジュースを飲んでレンは1人感想を呟く。何度飲んでも周りが言うほど不味いとは思えない。

 

「『ヒト』の味覚って随分と贅沢だなぁ…」

 

 誰も居ない神機保管庫にレンの独り言が響いていた。

 

 -支部長室-

 

「成る程…今の話は新型特有の『感応現象』で間違いないだろうね。これでユウキ君はリンドウ君の神機と繋がり、リンドウ君の記憶を体験した。その結果リンドウ君はディアウス・ピターから逃れていた…と…」

 

「感応…現象…?」

 

 リンドウの神機に触れた時の現象で体験した事をペイラーとツバキに報告した。その結果、過去を追体験する現象は感応現象と言うようだ。初めて聞いた単語に疑問を持つが、今はそんなことに時間を取る訳にはいかないので、ユウキはそれ以上は聞かなかった。

 

「にわかには信じがたい話だが…昏睡状態のアリサを呼び起こした神機使い同士…さらには神機と神機使いを繋ぐ力…か…何にしても、まず我々に報告しに来たのは賢明だったな。生存が確定してない状況で変な噂が立たつと、最悪統率が取れなくなる。」

 

「そうだね。まだ確定した情報は何一つ無い。むやみに希望を与えるのは私も賛同しかねる。」

 

 確かに生きているかも死んでいるかも分からない状況なのは事実だ。その状況で生きているかもなんて言って回ると周囲は生きていると期待するだろう。あまり不用意に希望を与え、最後に落胆させるのはあまりに酷だろう。

 

「それにしても実に興味深い不思議な力だ。しかも君は神機とも繋がりを持った…これは今までに無い例だ。是非とも研究したいところだ…」

 

「博士!!今はそんな事を言ってる場合じゃあ!!」

 

「分かってる。その話の通りの事が起きていたなら、早急に手を打たなければならないからね。それにしても実にタイムリーな報告だ。先日ユウキ君から預かった羽なんだが…」

 

 ペイラーはユウキの力を調べたいが、そんな時間もないのでその件はまた今度にする様にユウキが言う。

 その結果話を進める事になったが、その話に関係して先日渡した羽の事で報告があるようだ。

 

「どうやら、リンドウ君の遺留物である可能性が高いみたいだ。」

 

「ッ!!」

 

 どうやら先日渡した羽はリンドウの一部である可能性があるようだ。それを聞いた途端ユウキの目付きが変わる。

 

「あのサンプルからリンドウ君のDNAパターンの一部と思われるものを見つけてね。ただ、情報の欠損が多くて確証には至らない…そこであの羽をもう2、3枚…あるいは欠損が少ない状態のものを手に入れて欲しい。」

 

「はい!」

 

 どちらにしてもリンドウの現状を知るのは大事な事だ。リンドウ生存の可能性を確定させるためにも羽を集める必要があるのなら集めるだけだ。

 

「では今後、情報にあった旧寺院の辺りを中心にリンドウ君の遺留物の捜索は特務として常時受けてもらう。」

 

「分かりました。」

 

「リンドウ君の遺留物探しは、彼の現状を知る上でも大きな意味がある。ユウキ君が感応現象で見たもの…それが全て真実ならば、リンドウ君は腕輪の制御を失って久しいはず。この状況は非常にマズイ。アラガミ化の進行がかなり進んでいるはずだ。完全にアラガミ化してしまう前に、対処法を確立させる必要がある。頼んだよ?」

 

 ユウキが体験した事がそのまま起こっているのなら、リンドウのアラガミ化は進行しているはず。どうにかアラガミ化を止めてリンドウを連れ帰らなければならない。

 

「それから、詳しい状況が分かっていない今、無用な混乱を避けるためにも…この特務、決して誰にも悟られないように…ね。」

 

「はい。」

 

 ペイラーが特務の秘匿性を念押しする。

 

「ユウキ、リンドウの事…頼んだぞ。」

 

「分かってます…絶対に…絶対に見つけてみせます…!!」

 

 ツバキがユウキにリンドウ捜索を任せる。そのユウキの目は強い意思を宿した鋭い目付きに変わっていた。

 

To be continued




後書き
 ゴッドイーターの能力を生かせば外部居住区の開拓とか割りと進むと思い、ユウちゃんにはゲート修復を手伝ってもらいました。
 それから、ようやくユウキ君が感応現象と羽を手がかりにリンドウさんを捜索し始めます。長かった…
 リンドウさんの手がかりを掴むきっかけの感応現象って原作ではレンと起こした見たいですけど、その辺の説明ってどうやってやったんでしょうかね?その辺が分からなくて無理矢理神機と感応現象を起こしたって事にしました。どうやってもレンの事を説明出来なかったorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission59 迷える者

戦う理由を見失ったカノン…同じような理由で迷っていたユウキに相談を持ちかける。その結果…


 -エントランス-

 

 リンドウの痕跡を探し始めて早1週間…新人の実地演習や通常任務、さらには別地域からの帰りに、旧寺院に行っているがリンドウの遺留物の羽はたった1枚しか見つかってない。その他手がかりを探すも何も見つからず、実質の成果は無い。

 新たに旧寺院の辺りの任務はないかと思い、ヒバリに任務のリストを見せてもらっていると、ふと後ろから声をかけられた。

 

「あ、あの…」

 

 ユウキが振り向くと、そこにはカノンが居た。

 

「はい?何でしょうか?」

 

「あの…えっと…」

 

 何やら聞きにくい事なのか、カノンは指を遊ばせ、視線を泳がせながらどうにか次の言葉を紡ぎだす。

 

「少し…時間、ありますか…?」

 

 カノンが要件を口にすると、ユウキはそのままカノに着いていった。

 

 -新人区画-

 

 カノンに着いていくと、ユウキは新人区画のエレベーターホールにあるベンチに座らされた。その間にカノンは自販機で缶ジュースを買い、それを両手に持ってユウキの方に戻っていく。

 

「すいません…こんな事に付き合わせて…」

 

「いえ、構いませんが…一体何の話でしょうか?」

 

 カノンがユウキに缶ジュースを渡しながら何やら謝罪してきたので、とにかく話を進めて聞いてみる事にした。

 

「…神裂さんは…何故アーク計画を止められたのですが?」

 

「えっと…どんな手段で止めたのか…ってことですか?」

 

「あっ!!すいません!!ちょっと違くて…どうやって、アーク計画を止めようと決めたのかって事なんです。」

 

 要するにアーク計画を止める決断を下すに至った経緯を知りたいと言う事だった。しかし、ユウキは何処か難しそうな顔になる。

 

「まあ、教えるのは良いですけど…何だってそんなことを?」

 

「え…あ、その…」

 

 理由を聞かれたのが余程予想外だったのか、カノンは言葉を詰まらせてしばらくの間黙ってしまった。

 

「アーク計画の時…残るか去るかを選べって言われたじゃないですか?でも、残って終末捕食で死んじゃうのは嫌で…でも逃げたら逃げたで、残して来た人の事を無かった様に生きる事も…きっと、出来なかったと思うんです。」

 

 聞きたい事が纏まったのか、カノンはアーク計画で自分が悩んだ事をポツポツと話始める。

 

「どっちを選ぶのも怖くて…結局、何も選べなかった…どうすれば良かったのかとずっと考えていて…そんな時に、神裂さんのあの言葉を聞いたんです。」

 

「あの言葉?」

 

「『誇りが残ってるなら刃を振るえ。誇りを失ったならすぐに立ち去れ』ってやつですね。」

 

「あーあれですか…」

 

 ユウキは内心『今にして思えばメッチャクサイと言うか恥ずかしい事言ったな…』と考えながらカノンの話を聞いていた。もっともカノン本人の抱える悩みや雰囲気は真剣そのものである事は容易に読み取れる。なので照れを誤魔化す様なことはせず、大人しくしていた。

 

「あれを聞いてから…成り行きで神機使いになったとは言え、自分は何のために命がけの戦場に居続けてるのかなって…考える様になったんです。」

 

「…」

 

 神機使いは適合する神機が見つかれば強制的に戦場に出なければならない。そのため大体の神機使いは金のため、家族を護る、自分が生き抜くため等の自分なりの目的を後から作って戦場に出る。

 しかし目的も無しに戦い続けるのは肉体よりも精神的な負担が大きくなる。今のカノンがまさにそれだ。目標、目的、理由を見失い、戦いたくないにも関わらず戦場に出続ける事に限界を感じているカノンの苦悩を、ユウキは黙って聞いていた。

 

「神機使いになって、防衛班に配属されて、戦えない人達を守るために戦って…その間にたくさんの人に迷惑もかけてますが…それでも、守りきったときに『頑張ったな』とか『ありがとう』って言われた事が嬉しくて…誇らしくて…でも…」

 

 1度話を区切ると、カノンは俯いて、さっきよりも声を小さくしながら話を続けた。

 

「本当にその事に誇りを持ってるなら、タツミさんの様に防衛班として最後まで残ったと思うんです。ちょっと動機は違いますけど、戦いたくないなら、ブレンダンさんの様に逃げるはずです。」

 

 何にしても結論を出した同じ防衛班のメンバーと結論を出せなかった自身とを比較し、自分が戦う理由を見出だせない事に悩んでいたようだった。ユウキはただ黙って聞きに徹していた。

 

「でも私は…どちらも選べなかった…結局自分が何をしたいか考えても…よく分からなかったんです…」

 

 『パコッ』と缶が軽く潰れる音と共に、缶ジュースを握るカノンの両手に少し力が入る。

 

「自分が中途半端な気持ちで神機使いをやっている様な気がして…神機使いをやっていく自信が…なくなってしまったんです…」

 

「だから同じような理由で悩んでいた俺がどうやって答えを得たかのかを知りたい…と?」

 

「はい…」

 

「…」

 

 確かにかつてはユウキもカノンと同じような理由で悩んでいた。自分が生き残る道を選べば大多数が死ぬ。果たしてそれで良いのかと随分悩んだものだ。その時の事を思い出しながらユウキはカノンの問いに答えていく。

 

「俺が…アーク計画を止める決断が出来たのは至極単純なんです。俺達が生きた証を刻んだ世界を棄てて計画に乗ったら後悔する…それだけなんです。」

 

 ユウキのあまりにシンプルな回答を聞いて、カノンは目を丸くした。

 

「確かに死ぬのは嫌だ。でも他人が死ぬところも見たくない…この世界じゃ叶う事のないわがままを…貫いていく覚悟を決めただけです。」

 

「何故…そんな覚悟を決められたんですか?」

 

「…助けられなかった人達が居るんです。居住区の外で、死に物狂いで生き抜いて…沢山仲間を殺されて…それでも、居住区に来れば助かると信じて…地獄よりも酷い世界で生き抜いたのに…最後の最後でフェンリルは…再び地獄に突き落とした…あんな思いは…誰もしたくないでしょう?」

 

 ユウキは外部居住区の外から助けを求めたキャラバン達の事を思い出しながら当時の事を語る。助けられると思った人達を初めて助けられなかった時の悔しさも同時に思い出し、ユウキの表情は少し鋭くなっていた。

 

「その時の光のない目が…泣き叫んだ声が…表情が…今でも鮮明に覚えている。」

 

 『一時期忘れてしまってましたけどね…』と最後に苦笑する。リンドウの一件とリーダー就任、そしてシオとの出会い等、短い間に色んな事が起こりすぎて、戦う理由の1つを見失っていた。

 そのため、戦う理由を見出せずに最後の最後まで悩む事になったが、今ではこの選択に後悔はしてない。

 

「差しのべた手が届かなくて…助けたくても助けられなくて…悔しくて…情けなくて…あんな後悔の仕方はもうしたくない…だから俺は『俺のわがまま』を貫き通す…そう決めたんです。」

 

「でも…それじゃあ…」

 

 カノンが何を言いたいのかユウキも理解しているようで、カノンの言葉を遮る様に話を進める。

 

「ええ…これだと、俺のわがままで助かるはずだった人達が命の危機に晒される…だからそんな人達から批判を受ける覚悟もしたし、一刻も早く人間とアラガミの戦いがなくなる様な世界を作る決意もした…」

 

 一通り話し終えたユウキがカノンと向き合う。

 

「これが俺がアーク計画を止めた理由です。納得出来ない、後悔するから…理屈をこね回しても、結局そこに行き着いたからなんです。」

 

「…やっぱりすごいです…私じゃあ、そんな風には考えられないです。自分のわがままだと分かっていてそれを貫き通すなんて事…やっぱり、私には出来そうにありません…」

 

「そりゃあ考え方は人それぞれですから、無理に同じような答えを出す必要はないと思います。ただ、人って言うのは案外勝手なものだと思います。自分が納得さえすれば好きなように動いて、どんな結果でも受け止められる…ただそれが他人と分かち合えないから批判したり恨まれたり悩んだり…色んな価値観の人とぶつかるんだと思います。」

 

「…でも…やっぱり、私には…」

 

 そこまで貫き通せる様な戦う理由がないと、カノンは再び項垂れる。

 

「見つからないならこれから探せば良いじゃないですか。少なくとも今の話で何がしたいか見つかりそうなヒントはありましたよ?」

 

「…え?」

 

 『そんなものあったか?』と疑問に思いながら、カノンは顔を上げてユウキを見る。

 

「感謝の言葉を貰えて嬉しかったって言ったじゃないですか。それを理由に戦えばいい。」

 

「そ、そんな簡単な理由で良いんでしょうか?」

 

 ユウキが戦う理由もシンプルで驚いたが、カノンの話を聞いて見え隠れしている理由はさらにはシンプルなもので、カノンは思わず聞き返した。

 

「戦う理由なんてそんなもので十分ですよ。俺だって最終的には自分や仲間が死ぬのが嫌だってだけで、色んな人が助かるのは結果論なんですから。」

 

「…」

 

 それでもまだ納得出来ていないのか、カノンは黙り込んでしまった。

 

「じゃあ…カノンさん。」

 

「はい…?」

 

 ユウキに呼ばれてカノンはキョトンとしながらユウキを見る。

 

「カノンさんは親兄弟…家族は居ますか?」

 

「え…はい。お母さんと妹のコトミが…あの…それが何か?」

 

 ユウキから家族が居るかと脈絡のない事を聞かれて、戸惑いながらもカノンは家族の事を話していく。

 

「その家族を護る…助ける…その為に戦う。たったそれだけで他にも多くの人の支えになれる。それじゃあダメですか?」

 

 ユウキが諭す様な声色でカノンに話しかけていく。

 

「前に…コウタが言ってたんです。アーク計画で自分と家族が助かっても、その『家族と関わりのある人達』が助からないなら、カエデさんもノゾミちゃんも…もう2度と笑顔を見せてくれないって…」

 

 ユウキはコウタが最終的にアーク計画を止める側になった時の事をカノンに話していく。

 

「俺が思うに、人が生きてきたって証は…色んな人と出会うことで…生きていく上で何かを成すことで刻まれて行くと思うんですよ。」

 

 『勿論、カノンさんと出会った事も俺が生きた証ですよ。』と言ってユウキは微笑む。

 

「それは自分だけじゃなくて、周りの人達も同じです。家族の笑顔を…生きた証を護ろうと思えば自然と周囲を護る事にもなる。だから、家族のために戦う…理由はそれで十分だと思いますよ。」

 

 『納得出来るかはまた別ですけどね。』と最後に苦笑しながら付け足す。

 

「いえ、何となくですけど見えた来ました。家族を護る事が周りを護る事に繋がる…その事を誇りにして戦う…その結果が皆を護れた時の『ありがとう』なんですね。」

 

 今の話でカノンは思うところがあったのか、ユウキの話を一つ一つ思い出しながら、そこで得たモノを話していく。

 

「今の話で何となく何かがスッと落ち着いた様な気がします。私が知らないだけで、家族は色んな人と繋がっている…その繋がっている人も、誰かと繋がっている…そう思うと、無関係な人って言うのは居ないのかも知れませんね。」

 

 人は誰かと繋がっていて、それは人が生きた証とも言える。それは自分だけではなく周りの人も同じだ。自分が知らないだけで家族もその周りと繋がっている。さらにはその周りも誰かと繋がっている。

 こうなると人は間接的に全ての人と繋がりがあるとユウキは言い、カノンもその事には納得したのか肯定的な考えを示す様になっていた。

 

「けど、全部を護ることは出来ないんてすよね。ならせめて防衛班として自分の手が届く人は…キッチリ護ってみせる…うん!!お母さんにもコトミにも悲しい思いはさせたくない!!これが私の戦う理由です!!」

 

 ユウキに相談してカノンなりに戦う理由を見つけられたようだ。今までとは違い、スッキリしたような笑顔をユウキに向けていた。

 

「ありがとうございます!!『ユウキさん』と話したお陰で迷いは吹っ切れました!!」

 

「どういたしまして。カノンさんの力になれたようで良かったです。」

 

 どうやらカノンの悩みを解決出来たようだ。ユウキも一安心しているとカノンは何か難しい顔になる。

 

「カノンさん…ですか。敬語だと何だか他人行儀だと思いませんか?」

 

「そうですか?」

 

「そうですよ。ユウキさんはリーダーなんですから、その辺は気にしなくて良いと思います。」

 

「…分かった。なら、カノンも敬語は無しでね。」

 

 カノンが敬語を止めるよう提案してきたので、ユウキもカノンに敬語を止めるて話すように言う。

 

「あっ…あの、私、これが素の口調なんです。」

 

「…え?あっ…そ、そうですか。なら仕方ないかな。」

 

 カノンは素で敬語を使っているようだが、ユウキにはある疑問が浮かんだ。

 

(こっちが素の口調…?じゃあ、あの魔王モードは…?)

 

 戦闘中の男子も裸足で逃げ出すような男勝りで恐ろしい口調は何なんだろうかと考えていると、突然カノンが『そうだ!!』と声をあげながら『パンッ!!』と言う音と共に両手を合わせる。

 

「今から任務に行きましょう!!今ならいつも以上に頑張れそうな気がします!!」

 

「あっ!!ちょっ!!」

 

 カノンはユウキの手を取りそのままエレベーターに乗り込む。結果的にユウキはカノンと手を繋いだままになっている。

 

「今なら誤射が少なくなるような気がします!!だからユウキさん!!是非とも私の戦い方を『ガンッ!!』ピィッ?!?!」

 

 しかしカノンが全てを言い終わる事はなかった。カノンが話をしている途中で、突如エレベーターの扉から指が生えてきて、扉を止めてしまった。そしてその隙間からは限界まで見開いたであろうサファイアの様な青い瞳が片目だけ見えて、それがユウキ達を見ていたのだ。下手なホラー映像よりも遥かに怖いものを体験して、ユウキも何が起こっているのか理解が追い付かずに固まり、カノンは小さな悲鳴を上げてユウキにしがみつく。

 

「何でユウとカノンさんが…手を繋いでいるんですかぁ…?」

 

 怨嗟の籠った声と共に扉が開くと、嫉妬の女神『亞莉裟』が降臨した。片目が覗いてたのは扉が開くまでの僅かな間の出来事だったはずなのに、10分20分くらいあったのではないかと錯覚する程に恐怖した。

 しかしニブチン唐変木な神裂ユウキにはアリサが嫉妬しているなんて気付くはずもなく、何故怒っているのか訪ねて更にアリサの機嫌を損ねてしまい、首を捻る結果になったのはまた別の話である。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 現在、カノンに連れられたユウキ達は旧寺院の待機ポイントに来ており、テスカトリポカ討伐とカノンの戦術見直しのため、ユウキの神機はブラストタイプの銃身『79式キャノン』を装備したものに変わっている。そしてエレベーターで一緒になった際アリサも任務に参加する事になり、さらには禁忌種討伐にでもあるにも関わらず、何処から聞き付けたのか任務受注直前にアネットも参加する事になった。結果、ユウキ、カノン、アリサ、アネットとコウタが知ったら血涙を流しそうな光景が広がっていた…のだが…

 

「な、なあアリサ…何か気に障ることしたのか?」

 

「…別に…してませんよ…」

 

 カノンとユウキが手を繋いでエレベーターに乗ったところを目撃してからと言うもの、アリサはプリプリと怒っていた。

 まだ恋人でもないとはいえ、惚れた男が他の女と自分の相手をする時よりも親しくしているのは、アリサからしてみれば面白くないものだ。

 しかしニブチン野郎にはそれが分からず、ひたすらにアリサとの気まずい空気に耐えながら任務をこなさなくてはならない現状に参っていた。

 

(…帰りたい…)

 

 気まずい空気に耐えながら心の中で本音を漏らす。しかしリンドウの遺留物捜索も兼ねているこの任務で、今から帰る訳にもいかないのも事実だ。

 

  『ウォォォン!!』

 

 突如ターゲットであるテスカトリポカの鳴き声が聞こえてきた。その瞬間全員が声のする方向を向き、ユウキはそれに加えて目付きが鋭くなる。

 

「近いな…よし、任務の最終確認をします。」

 

 敵がすぐ近くに 居る。ユウキは気持ちを切り替えて戦闘に集中する。それを示す様に、ユウキの目付きは鋭くなっていた。

 

「今回の任務はあくまでカノンの戦術見直し…基本的にアリサとアネットは銃身で後方支援、俺が前衛、カノンがアタッカーです。それから、カノンの護衛には俺が着きます。」

 

 あくまでもリンドウの羽の件は誰にも伝えない。上手く行くかは分からないが、3人に気付かれない様に回収するつもりのようだ。

 

「それじゃ、作戦…開始!!」

 

 ユウキの声と共に全員が飛び出す。そのままユウキとアリサ、それからカノンとアネットに別れてそれぞれ左右の階段から中庭に向かう。

 ちょうど階段を上りきったところで一旦物陰に隠れ、銃形態に変形する。どうやら中庭のど真ん中でテスカトリポカは死んだシユウを喰っているようだった。カノンもその事に気が付いたのか、ユウキ達はと同じように物陰に隠れている。

 ユウキは物陰から飛び出すと、バレットを1発発射する。しかし、そのバレットは直線には飛ばず、真上に飛ぶ。

 そのタイミングで今度はアネットが銃形態でテスカトリポカを撃つ。堅牢な装甲に守られていることもあり、大したダメージにはなっていないが、それでも注意を引く事は出来た。

 テスカトリポカがアネットの方を向いた隙にカノンがテスカトリポカに接近する。

 

「そらっ!!」

 

 男勝りな掛け声と共にカノンが前面装甲を爆破する。足元のカノンに気が付いたテスカトリポカは、カノンを踏み潰そうと前足を持ち上げる。

 

  『ズガァン!!』

 

 突然テスカトリポカの後頭部が爆撃され、不意な攻撃にテスカトリポカは体勢を崩した。

 

(どうやら上手く行ったみたいだな。)

 

 こうなったのもユウキの狙い通りだった。最初に撃ったバレットは、数秒後に敵に向かって着弾したら爆発が起こるバレットであり、それがテスカトリポカの後頭部に直撃していたのだ。

 片足を上げてたテスカトリポカは、結合崩壊こそしなかったが爆発の勢いでよろけながら体勢を立て直す。

 

「行きます!!」

 

「当たって!!」

 

 その隙にアネットとアリサが銃形態でテスカトリポカを撃ちまくるが、装甲にを纏っているせいか、どうにも大したダメージを受けている様子はない。

 

「はっ!!」

 

 小さな掛け声と共に、ユウキは大きく跳躍する。するとテスカトリポカの背中を縦回転切りで斬り付けるも、軽くキズが着く程度となった。

 

(やっぱり堅いな…なら!!)

 

 空中で銃形態に変形すると、爆発バレットをテスカトリポカの背中に撃ち込む。爆発バレット自体は砲身の先で爆発するため、その勢いでユウキは跳び上がりながら、テスカトリポカの背中に傷を付けた。

 

(クソッ!!やっぱり全く強化してないから、威力が…)

 

 ユウキが装備の強化怠った事を内心後悔していると、突然ユウキの背中に衝撃が走り、そのまま宙に舞う。

 

「ブヘッ!!」

 

「ユウ!!」

 

「先輩?!」

 

 変な声を出しながら、ユウキは顔面からテスカトリポカの足元に着地する。その様子を見たアリサとアネットが声をあげる。

 

「邪魔ぁ!!」

 

 しかし、ユウキを吹き飛ばした犯人であるカノンは気合いが入っているせいか、何時もよりも荒い口調でユウキを邪魔者扱いしつつ、新たにバレットを撃ち込む。

 

「うおおぉお?!」

 

 足元に転がっているユウキを踏み潰そうとするテスカトリポカを狙い、アリサとアネットが爆破弾で援護するも、テスカトリポカは体勢を崩さない。しかし、カノンが放ったモルターバレットがテスカトリポカの前面装甲に着弾してその勢いでユウキは再び吹き飛ばされる。

 運良くテスカトリポカの攻撃を回避出来たユウキは、飛ばされながらも体勢を立て直して、銃形態のままテスカトリポカに向かう。

 

「おらぁ!!」

 

 カノンが真正面から放射バレットを放つと前面装甲に結合崩壊が起こる。すると、テスカトリポカは後ろにジャンプしながら下がりつつ、ミサイルポットからカノンに向かってミサイルを放つ。

 

「くっ!!」

 

 アリサがミサイルを迎撃しようと、最前列のミサイルに爆破弾を放つ。すると着弾時の爆発に連鎖するように、密集したミサイルはことごとく撃ち落とされた。

 

「くらえ!!」

 

 ユウキが前面装甲の前まで移動すると、モルターバレットを射つ。結合崩壊していた事もあり、その部分が広がっていく様子から効き目はあるようだ。

 

  『ウォォォン!!』

 

 テスカトリポカが鳴き声あげると、今度は前に跳び出す。

 

「っ!!」

 

 ユウキは咄嗟に地を這う様な体勢を取り、テスカトリポカの下を潜って回避する。しかし、カノンは反応が遅れたのか躱す事が出来なかった。

 

「きゃあ!!」

 

 神機を間に挟んで防御したため直撃こそしなかったが、テスカトリポカの巨体によってカノンは軽々と飛ばされた。

 

「カノンさん!!このぉ!!」

 

 カノンが攻撃を受けたところを見て怒りを露にしたアネットが、連射速度を上げてテスカトリポカの頭に爆破弾を撃ち込む。

 

「アネット!!そのまま撃ち続けろ!!アリサはテスカの気を引け!!」

 

 ユウキの指示でアネットは更に短い間隔で連射を続け、アリサはテスカトリポカの足を狙う。アリサとアネットの神機のオラクルが切れかける程の爆破弾を受け続けたからか、兜が結合崩壊を起こすと同時に流石のテスカトリポカも怯んだ。

 

「そこ!!」

 

 ユウキが再び大きくジャンプして、テスカトリポカの背中を斬り着ける。同じような場所を斬ったので、今度は大きな切り傷が出来る。

 そしてユウキは両腕をバネにして再度大きく跳び上がり、銃形態に変形して結合崩壊した兜を爆破する。

 爆破の勢いで大きく後ろに跳んでいる最中もユウキの追撃は続き、今度は爆破弾を射って兜を爆破する。

 

(成る程…何となく分かってきた。)

 

 今回の任務で、ユウキはブラストを使い続けたことで何となくだが、ブラストを運用する際の特徴を自分なりに掴んだ。

 ブラストの性能的特徴は破砕能力のあるバレットを使用した際の火力、それに伴う高燃費、そして連射性能の低さである。高燃費な部分はオラクルリザーブである程度改善出来るが、連射性の低さはどうしようもない。今回ひたすらブラストを使ったのは、この性能的特徴と立ち回りを掴むためでもあった。

 しかし、ユウキはカノンの戦術改善にはブラストの特徴は無関係だと言うことに気が付いた。そもそもブラストは破砕バレットを使用する事で最大効果を発揮する銃身だ。その破砕バレット自体が敵に貼り付く様に動かなければ敵に当たらない。そうなると必然的に剣形態の様な動きになり、その状態でそこら中で爆発を起こせば剣形態を使う神機使い達は被弾してしまう。

 勿論カノンの仲間の位置を無視して攻撃する『魔王モード』も問題ではあるが、カノンを含めた神機使い達がブラストの立ち回りを把握しきれていない事にも問題があるようにも思えた。

 

(とは言え現状ブラスト使いがカノンさんだけって考えるとそれも仕方ないのかな…?)

 

 そんな事を考えながらユウキは着地しつつカノンの方を見る。現在、カノンが放射バレットでテスカトリポカの前面装甲を吹き飛ばし、アリサとアネットも剣形態に移り、前衛に出ている。

 ユウキの考えていた通り、現在極東支部にはブラスト使いはカノンしか居ない。そのため極東支部でのブラスト使いのデータが足りず、ブラスト使いの特徴をや立ち回りを知る機会が圧倒的に少なかった事が誤射が多くなる原因だと考えていた。

 

(取り敢えず表向きの目的は達成した。そろそろ止めを刺すか。)

 

 ユウキが剣形態に変形すると、テスカトリポカは前に移動してユウキとの距離を詰める。アリサ、アネット、カノンは偶然にも当たらなかったが、ユウキは神機を構えたまま動こうとはしなかった。

 

「…そこだ!!」

 

 昇瀑を展開してユウキは真上に飛び上がる。そしてカノンによって破壊されて中身が剥き出しになった前面装甲部を喰い千切りバーストする。

 弱点を攻撃された事でテスカトリポカは思わず怯む。その隙に神機を振り下ろし、勢い良く肉を斬り裂いていくと、弱点であるコアが露になる。

 

「とどめぇ!!」

 

 未だ空中にいるユウキは穿顎を展開して勢い良くコアを喰い、そのままテスカトリポカの体内を喰いながら貫通する。コアを失った事で、テスカトリポカは力なく崩れ落ちた。

 

「任務完了…ですね。」

 

 アリサが乱れた髪を直しながら歩み寄る。その表情は先程の様な不機嫌さは感じられなかった。

 

「うん。何とか全員で生き残れた。お疲れさま!」

 

 アリサの様子が元に戻った事にユウキは安堵しながら労いの言葉をかける。

 

「どうでしたか?!ユウキさん!!今日は誤射が少なかった気がします!!」

 

「そ、そうだね…まあ、何が悪いのかは何となく見えてきたから、戻った時にでもゆっくり話そう。」

 

「本当ですか?!是非お願いします!!」

 

 カノンが満面の笑みを浮かべる。ユウキがそれを見て少し照れていたものの、何とかカノンの戦術改善の話が出来る様に話を進める。

 

「やった!!やりました!!見ててくれましたか?!先輩!!」

 

 だが、そんな中アネットがアリサやカノンの目も気にせずユウキに抱き付く。

 

「なっ!な、な、なななな何してるんですか!?アネットさん?!」

 

「あ、アネットさん?!い、いきなり男性に抱き付くのは…そ、その…あまり良くないと思います…」

 

 カノンが赤面し、アリサは顔を真っ赤にして叫ぶ。対してアネットは何故皆が騒いでいるのか理解できていなかった。ちなみにユウキは抱き付かれた瞬間頭から煙を出しながらフリーズしていた。

 

「そ、そうです!!ハレンチです!!とにかく離れて下さい!!」

 

 そう言ってアリサはやや強引にアネットをユウキから引き剥がし、そのまま(自分も良く分からないにも関わらず)男女の正しい距離感についてアネットに説いていく。更には何故かカノンもそれを聞き入っていた。

 そしてアリサが説教を初めて10秒程でユウキの意識はは現実に帰ってきた。

 

(あ、そ、そうだ…例の羽は…あるのか?)

 

 そう思い辺りを見回すと、白い雪の上に黒い羽が2枚落ちていた。丁度テスカトリポカと喰われていたシユウが居た場所だ。

 テスカトリポカの居た場所には今までと同じ仄暗い羽が落ちており、シユウが居た場所には更に黒いやや大きな羽が落ちていた。よく見ると仄暗い羽よりも形は綺麗だ。恐らくこれがペイラーの言っていた欠損の少ない遺留物なのだろう。

 漆黒の翼とも言える暗い羽は仄暗い羽と同じ様に、更に光を吸い込む様な色合いだった。

 何処か取り返しの付かないところまで来ているような感覚を覚え、ユウキは焦燥感を強めながらも羽をポケットにしまい、アリサたちの元へ向かって帰投した。

 

To be continued




後書き
 どうも、GW中はフルで仕事だった私です。それはさておき、カノンがユウキに戦う理由について相談してどうにか解決の糸口を見つけました。
 ただ、ちゃん様はやる気になるは良いのですが、魔王モードも常時発動して結果的に空回りするタイプだと思います。
 なので今回は常時魔王モードで口が悪い状態になってもらいました。

台場コトミ
GODEATER mobileで登場したカノンの妹。ゲーム内では旧型スナイパーに適合しているが、本作ではまだ適性は見つかっていない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission60 償う者

記念すべき60話はブレンダン回です。アーク計画で仲間を見捨てる決断をしたブレンダン…事の真相を知った彼は何を思ったのか…


 -極東支部-

 

 テスカトリポカを討伐した後、カノンが『お尻が冷たい』と言って確認すると、初恋ジュースの缶が潰れて中身をぶちまけていたと言うハプニングもあったが、帰投後ユウキはまずカノンを初めとした出撃メンバーにブラスト使いとの立ち回りを話していく。

 破砕バレットの特性を話していくとアリサ達もカノンの誤射についても納得し、カノンには遠距離で使える破砕バレットを作り、後ろに下がって周りを見て動く様にアドバイスした。

 そしてカノンの戦術を見直してから1週間後、ペイラーに渡した羽の分析結果を待っている中、極東支部は現在…

 

「ヒバリ!!反応はまだ捕捉出来ないのか?!」

 

「ま、まだ捕捉できません…旧地下鉄辺りを重点的にサーチしているのですが…」

 

「くそっ!!本部の連中は現場も知らずにこんなガラクタばかり作りおって…!!」

 

 反応が掴めずに焦りをみせるヒバリと、現状に苛立ちをみせるツバキの雰囲気で支部内は緊迫した空気が流れていた。

 と言うのもグボロ・グボロ堕天種討伐のため旧地下鉄に向かったブレンダン、カノン、アネットの反応が任務中にロストしたのだ。極東支部のあらゆる機材を使ってサーチしているが、未だに反応を捕捉出来ないでいる。

 そんな状況を心配しているのか、多くの神機使いがエントランスに集まっている。

 

「クッソ!!状況が分からねえ!!もうこうなったらブレンダン達が行った任務地に直接向かうか?!」

 

「状況が分からなければかえって危険です!!最悪その方法も考えないといけませんが今は「見つけました!!」…っ!!」

 

 焦りをみせて飛び出そうとするタツミをユウキが抑える。しかし、腕輪反応が消失してから新しい情報が全く入ってこない。そんな状態では焦るのも無理はない。

 最悪事前情報無しで救助活動を行わなければならない事を考えていると、ヒバリから待ち望んだ報告が飛んでくる。

 

「本当か?!ヒバリちゃん!!」

 

「この反応は…アネットさんの腕輪反応です!!旧地下鉄上層です!!それにこの反応は…セクメトです!!近くにセクメトがいます!!」

 

 ユウキとタツミが顔を見合わせる。どうやら考えている事は同じ様だ。

 

「「ツバキさん!!」」

 

「よし!!タツミとユウキ、それからアリサとユーリ!!今すぐに旧地下鉄に向かえ!!先に出撃した3人を救出するのだ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 出撃メンバーが返事と同時に出撃準備に入る。その後10分程でユウキ達は出撃した。

 

 -煉獄の地下街-

 

 ヘリを2台飛ばして30分、旧地下鉄の待機ポイントに着くとアネットが足を押さえて踞っていた。その女性らしいしなやかで細い足からは切られたのか赤い血が流れていた。

 

「アネット!!」

 

「せ、先輩…!!タツミさん!!アリサさんにユーリまで!!」

 

 ユウキの声を聞いてアネットは顔を上げる。

 

「アリサ!!アネットを撤退させろ!!ユーリ一緒に来い!!カノンの撤退の支援だ!!」

 

「ま、待って下さい!!まだ戦えます!!私も一緒に…」

 

 アネットはアリサから使いきった回復錠を受け取り傷を治していく。それと平行してアリサが消毒などの応急措置を施していく。

 しかしユウキがアネットを撤退させるよう指示すると、アネットは怪我が完治していないにも関わらず自分も行くと言い出した。

 

「ダメだ!!怪我した人間を連れていく訳には行かない!!」

 

「で、でも!!カノンさん、まだ赤いシユウと戦ってて…!!」

 

 ユウキが連れていく事を拒否するが、なおもアネットは食い下がる。

 

「大丈夫!!俺とユウキが行くんだ、必ずセクメトを抑えてカノンを助ける!!」

 

「アネット!!カノンが何処に居るのか教えてくれ!!」

 

 タツミとユウキがカノンを必ず助けるとアネットを説得する。その為にもユウキは事前情報を元に氷刀新を装備してきたのだ。アネットはその事を察して静かに口を開く。

 

「…場所を変えてなければ地下街下層にある、旧ショッピングモールです。カノンさんの事、お願いします。」

 

 タツミとユウキの言葉を信用してアネットはカノンと最後に別れた場所を伝える。

 

「任せな!!行くぜ、ユウキ!!ユーリ!!」

 

「「はい!!」」

 

 タツミが出撃の合図を出すと、アリサを残してタツミ、ユウキ、ユーリの3人は旧地下鉄下層に降りていった。

 

 -カノンsaid-

 

「いい加減に…」

 

 カノンがセクメトに向かって銃口を向ける。

 

「沈めぇ!!」

 

 魔王モードの時の荒い口調でセクメトの右の腕羽を爆破する。アネットと別れてすぐの頃に破壊したであろう左の腕羽も合わせて腕羽は両方結合崩壊を起こしていた。

 

  『オォォオ!!』

 

 セクメトが怒りながら腰を落として構える。するとセクメトの掌から火球を連続で放ち、カノンを狙っていく。

 

「きゃあああ!!」

 

 カノンは走り回って火球を躱す。するとセクメトは炎を纏ってカノンに突っ込む。

 

  『カチッ!!カチッ!!』

 

 迎撃しようと引き金を引くがバレットが発射される事はなく、セクメトはそのままカノンに向かってくる。

 

(あ…)

 

 特に何か理由があるわけでもなく自身の死を直感する。カノンは全てを諦めたように棒立ちしていると…

 

「止めろおぉぉぉお!!」

 

 突然青い刀身によりセクメトの肩は斬られた。その勢いに負けてセクメトが少し押し戻されて怯む。

 

「斬!!」

 

 その隙にタツミが勢いよく突っ込み、セクメトの頭を貫くと結合崩壊を起こす。その勢いに圧されてセクメトは体勢を崩す。

 

「タツミさん!!ユウキさん!!」

 

 前触れもなくユウキとタツミが援護に入った事でカノンは思わず驚いた。

 

「カノンさん!!援護します!!」

 

「ユーリさんまで…!!」

 

 ユーリの一言でようやく増援が来た事を察し、カノンは一気に緊張の糸が切れる。

 

「カノン!!撤退しろ!!あとは俺たちで受け持つ!!」

 

「…お願い…します…」

 

「おう!!任せとけ!!」

 

 タツミから撤退の指示を受けて、ヨロヨロと立ち上がったカノンはユーリに連れられて撤退していった。

 

「さーて…コイツどうしてくれようか?ウチの大事な隊員を怪我させたんだ、覚悟は出来てんだろうな?!」

 

 それを見届けたタツミは神機を肩に担いで、ユウキが抑えていたセクメトを睨み付ける。

 

「タツミさん!!ブレンダンさんが近くに居ません!!早くセクメトを倒して足取りを追いましょう!!」

 

 戦闘しながら辺りを見回し、ブレンダンが居ないか探していたのだが、どうにも見当たらない。ならばここには用はない。早くセクメトを倒してブレンダンの捜索を始めるように進言する。

 

「だな!!どのくらいで行けそうなんだ?」

 

「10分…いや5分で片付けます!!一瞬で良い!!セクメトの気を引いて下さい!!」

 

「了解!!任せな!!」

 

 そう言うとタツミはユウキとの戦闘に気を取られているセクメトの頭を再度斬り付ける。

 結合崩壊を起こしている事もあり、1撃でセクメトは怯む。

 

「もらった!!」

 

 その隙にチャージ捕食でセクメトを喰ってユウキはバーストする。能力を底上げしたユウキとタツミの素早い剣撃に翻弄され、ユウキが宣言した5分まであと僅かの所でセクメトは倒された。

 

 -医務室-

 

 セクメトを倒した後、少し遅れてユウキとタツミは極東支部に帰還した。カノン達は医務室で治療を受けており、ユウキ達も話を聞くために医務室に入ってきた。

 

「カノン!!アネット!!大丈夫か?!」

 

「タツミさん、ユウキさん!!ブレンダンさんは?!ブレンダンさんは無事でしたか?!」

 

 2人が医務室に入って来ると、カノンは真っ先にブレンダンの安否を確認する。しかし…

 

「分からねえ…あの場には居なかったんだ。」

 

「やっぱり…そうでしたか…」

 

 タツミがブレンダンの無事を確認出来なかった事を伝える。

 

「ブレンダンさん、何処に行ったのでしょうか…?」

 

「近くには…居たと思うのですが…」

 

 現状ではブレンダンが何処に居るのか分からず、カノンもアネットも不安そうな声色になる。

 

「ブレンダンさんがどっちの方向に行ったかとか、分からないかな?」

 

「何処に居るのかまでは分かりません…ただ、あのときコンゴウの群れがやって来て、ブレンダンさんはそれを引き付けて…気が付いたら近くから居なくなってたんです。」

 

 アリサとユーリ、それからツバキとヒバリには既に事の経緯と状況を話してあるが、ユウキとタツミは未だ報告は受けていない。カノンがブレンダンと別れた際の状況を説明していく。しかしいつ居なくなったのか、何処に行ったのかは結局分からないままだった。

 

「くそ…行方不明になった神機使いが再度生存している状態で発見される事なんて滅多にない…最悪の場合…」

 

「「…」」

 

 過去の例から1度行方不明となった神機使いが再度見つかる事はとても珍しいケースだ。最悪の状況を考えてしまい、全員が黙り込んでしまった。

 

  『ピリリリリッ!!』

 

「ッ?!ヒバリちゃん?!何か分かった?!」

 

 突如タツミの端末に着信が入るとタツミが慌てて電話に出る。

 

「ホントか?!ああ…うん…あっ!!ちょっと待って!!」

 

 通話の途中でタツミは端末をスピーカーモードに変えて、その場に居る全員に聞こえる様にした。

 

『ブレンダンさんの居場所が分かりました!!』

 

「「「本当ですか?!」」」

 

 待ち望んだ報告にユウキとカノンとアネットは弾んだ声になる。

 

『カノンさんやアネットさんの話を元に、コンゴウの足取り追ってみました!!その結果、ブレンダンさんの腕輪反応がエイジスで確認されました!!』

 

「エ、エイジス?!何だってそんな所で?!」

 

 予想もしない場所を聞いてユウキは思わず聞き返す。

 

「今はそんなことどうでも良い!!ヒバリちゃん!!詳しい情報を教えてくれ!!」

 

『現在、ブレンダンさんはエイジスで未確認反応を出しているアラガミと交戦中です!!それから、話に出てきたコンゴウの群れの反応はありません!!この新種のアラガミに倒された可能性があります!!』

 

 現状では反応があるのはブレンダンの腕輪と未確認のアラガミだけらしい。

 

「何だっていい!!エイジスにブレンダンは居るんだな?!」

 

『はい!!それは間違いありません!!』

 

 ヒバリの返事を聞いたタツミがブレンダン救出にすぐに向かえるであろう人を考えていく。

 

「よし、ユウキ!!悪いが一緒に来てくれ!!」

 

「了解!!」

 

「タツミさん!!」

 

 ユウキを出撃メンバーに加えタツミはそのまま出撃しようとするが、カノンがそれを制止する。

 

「私も!!私も連れていって下さい!!」

 

「…分かった。カノンも連れていく。良いな?」

 

「はい!!」

 

 カノンも出撃メンバーに加えて、今度こそ出撃しようとするが、今度はアネットに止められた。

 

「タ、タツミさん!!私も…」

 

「アネットはダメだ。まだ怪我も治ってないし、未確認の新種が相手だ。悪いが今のアネットが来ても戦力にはならない。」

 

「…分かり…ました…」

 

 現在出血こそ止まっているが、未だにアネットの足は傷が塞がっておらず、動かすだけでも痛みが走る様な状態だ。そんな状態で連れていっても足手まといになるだけだ。

 ましてやどんな攻撃や特殊な力を持っているかも分からない新種が相手だ。経験が浅いアネットでは荷が重い事もある。

 そもそも回復錠を飲んだからと言って一瞬で傷が治る訳ではない。怪我の程度にもよるが、ユウキの様に飲んだ瞬間に傷が塞がり、痛みが引いていく方が異常なのだ。

 自分の状況と現場の状況を照らし合わせた結果、自分が行っても力にはなれないと気が付いたアネットはそのまま引き下がる。

 

「大丈夫!!必ずブレンダンは連れて帰る!!ユウキ、カノン!!すぐに出るぞ!!」

 

 タツミの声と共にユウキ、カノンがブレンダンの救出に向かった。

 

 -エイジス-

 

 ユウキ、タツミ、カノンはジープに乗り、エイジスへの道を高速で走り抜ける。以前アルダ・ノーヴァと戦闘した管制塔に続く大型の物資搬入用のエレベーターにジープごと乗り込み、扉が開くと再びアクセルを吹かしていく。

 

「タツミさん!!カノン!!飛び下りる準備を!!」

 

 管制塔の頂上まで一本道となったところでユウキが何かを感じて2人に降りる準備をさせる。

 そのまま最後の扉を突き破り、ユウキ達はド派手に登場する。

 

「当たれ!!」

 

 銃形態に変形していたユウキがジープから飛び降りながら、ブレンダンを狙う青い人形をしたアラガミの頭に狙撃弾を撃ち込む。しかし青いアラガミは後ろに大きく下がりそれを躱す。

 だが、『乗り手が居なくなった』ジープがそのまま放物線を描きながら青いアラガミに突っ込んでいく。

 

  『ガシャァン!!』

 

 派手なクラッシュ音と共にジープが青いアラガミに突っ込む。勢いに圧されて青いアラガミに隙が出来る。

 

「だぁあ!!」

 

「そら!!」

 

 その間にタツミ上から急降下して切り裂き、カノンは飛びながら爆破弾を撃ち込んで爆破する。その結果、青いアラガミの胴体には切り傷と砕かれた様な傷が同時に付いた。

 

  『ヴル"ラ"ラ"ラァ"ァ"ア"!!』

 

 タツミとカノンはブレンダンの壁になるように着地する。それを形容出来ない声をあげて青いアラガミはタツミ達を睨む。

 

「よう、ブレンダン先生!!取りあえずは生きてる見たいで安心した。」

 

「お、お前たち…!!」

 

「加勢します、ブレンダンさん!!」

 

 予測出来なかった援護にブレンダンは驚きながら動きを止める。そしてその間にユウキがインパルス・エッジの爆破で一気に距離を詰めてアラガミに斬りかかる。

 

「分かった。だがあいつの攻撃には強力な毒が含まれている上、神機のオラクルを減らす妙な効果が付いてくる事ある。気をつけろ。」

 

「「「了解!」」」

 

 ブレンダンがこれまでの戦いで得た情報を全員に伝えるとタツミ、カノン、ブレンダンは既に戦闘を始めているユウキの元に向かう。

 青いアラガミが鞭の様に腕をしならせ、ユウキを攻撃するが後ろに飛んで躱し、さらにもう1度同じ攻撃をしてきたので、今度はジャンプで避ける。

 

(見たところアルダ・ノーヴァ神属か…確かアルダ・ノーヴァの試作品だったかプロトタイプが多く残っていたんだったか?ノヴァの残滓が影響したのか?)

 

 攻撃を避けながら、見た目はアルダ・ノーヴァの女神とほぼ同じ事とアルダ・ノーヴァが人工種であることから、目の前のアラガミの正体を考えていた。その結果、目の前の青いアラガミはノヴァの残滓によって生まれた可能性があるという結論に至った。

 

(けど、男神が居ないからか…)

 

 鞭の様な攻撃を避けながら神機を構える。

 

「シッ!!」

 

 ユウキは小さく息を吐きながら神機を横に振り、青いアラガミの頭上にある三日月を思わせる月輪を破壊する。

 

(随分と楽だな!!)

 

 結合崩壊と共に青いアラガミは体勢を崩し、その隙にタツミが足を斬り、カノンが頭を爆破し、ブレンダンが胴体を叩き潰す。さらにユウキは穿顎を展開して捕食の体勢に入る。

 

「さあ、喰い尽くせ!!」

 

 急降下して青いアラガミの月輪を捕食してバーストする。

 

「もう1回!!」

 

 着地の際にゼクスホルンを展開してユウキはバーストしつつ青いアラガミから離れる。

 しかし今度は青いアラガミが反撃に月輪をユウキ達に向けて掲げ始める。

 

「デカイのが来る!!装甲を展開しろ!!」

 

 アルダ・ノーヴァの時と同じならばここで極太のレーザーが来るはずだ。実際、青いアラガミの月輪からはチャージしているような光を放っている。

 

「カノン!!俺の後ろから動くなよ!!」

 

 装甲を持たないカノンの前にユウキが立って装甲を展開し、タツミやブレンダンもまた装甲を展開する。

 

  『ズガアァァァア!!』

 

 その瞬間、極太のレーザーが発射された。装甲を展開しているお陰でユウキ、タツミ、ブレンダンは攻撃を防ぎ、カノンはユウキの陰に隠れてやり過ごした。

 そしてその瞬間、ユウキの目に『あるもの』が目に映る。

 

「タツミさん!!奴との位置関係を入れ替えます!!手伝って下さい!!」

 

「了解!!任せな!!」

 

 タツミが青いアラガミの眼前に飛び出して顔を斬りつける。その隙にユウキ達は青いアラガミの後ろに回る。

 そしてタツミも2撃目として肩に神機を突き刺して、そこを軸に青いアラガミの後ろに回り込む。

 

「おらぁ!!」

 

 ユウキの後ろに全員が回ったことを確認すると、ユウキはジープを青いアラガミに向かって蹴り飛ばす。

 

  『バァン!!』

 

 青いアラガミは腕を伸ばしてジープを突き刺すと、爆発を起こしている辺りが暴煙に包まれて、互いの視界が遮られる。

 

「そら!!」

 

「ハァッ!!」

 

 暴煙の左右からタツミとブレンダンが飛び出して斬りかかる。しかし、青いアラガミは後ろに飛んでその攻撃を躱す。

 

「吹っ飛びな!!」

 

 カノンが荒い口調で上に弾丸を射つ。その弾丸が暴煙を越えた辺りで青いアラガミの方に向きを変えた新しい弾丸が発射される。

 

「くらえ!!」

 

「斬!!」

 

「当たれ!!」

 

 しかし、それが着弾するよりも先にカノンが別の弾丸を発射する。すると弾丸が通ると煙を拡散させながら青いアラガミに着弾して爆発する。

 さらに最初に発射した弾丸も着弾して爆発する。完全に体勢を崩した青いアラガミにタツミとブレンダンがすかさず斬りかかる。

 2人の攻撃がもろに入り、青いアラガミは膝を突く。そしてその間にユウキは神機を構えてつつアラガミの後ろを取る。

 

「くたばりな!!」

 

 ユウキの一言と共に青いアラガミは胴から真っ二つに斬り裂かれる。その後緊張の糸が切れたのか、ブレンダンが意識を失い、青いアラガミのコアを回収した後、ユウキ達は帰投した。

 

 

 -医務室-

 

「ん…ここは…?」

 

「気が付いたかブレンダン!!」

 

「タツミ…?」

 

 目を覚ましたブレンダンが最初に目にしたものは見知った病室とタツミの顔だった。既に怪我の処置を終えたのか、至るところにガーゼやら包帯が巻かれていた。

 

「目を覚ましたんですね!!ブレンダンさん!!」

 

「良かった…本当に良かったです!!」

 

「カノン…アネット…」

 

 カノンとアネットも目を覚ましたブレンダンを見て安心した様な声色でブレンダンの無事を喜ぶ。

 

「具合、どうですか?怪我自体は大した事ないはずですけど…」

 

「神裂も居たのか…」

 

 連れ帰ってからブレンダンの容態が気になり、ずっと近くに居たユウキにも気が付いて、ブレンダンは生きて帰ってきた事を実感していた。

 

「俺も皆も…生きて帰ってきたのか…」

 

 思わず思った事を呟いた。それを聞いたタツミを初めとする仲間の『お帰り』と言う言葉で、帰ってきたと言う実感がより一層強くなる。

 その後、カノン達を逃がしてから何があったのかを聞くと、コンゴウを引き付けながら戦っていると、気が付いたら旧地下鉄を出てしまい、戦闘中にツクヨミが乱入、これたまた気が付いたらツクヨミがコンゴウを全滅させ、ブレンダンはエイジスに逃げていたのだと言う。

 一頻り話終えたブレンダンはおもむろに体を起こしてベッドから出ていく。

 

「お、おいおい…まだ動くなよ。」

 

「コーヒー買いに自販機まで行くだけだ。」

 

 医務室を出る直前、ブレンダンは振り返りユウキに話しかける。

 

「なあ…神裂…」

 

「はい。」

 

「少し話がある。着いてきてくれないか?」

 

「…分かりました。」

 

 ブレンダンに促され、ユウキもその後に着いていった。

 

 

 -エレベーター前-

 

 ブレンダンに連れられて、ユウキはベンチに座らされた。その後すぐにブレンダンはコーヒーとお茶を買ってきて、お茶をユウキに手渡した。

 

「付き合わせてすまない。どうしても…聞いておきたい事があってな…」

 

「構いませんよ。それで、何が聞きたいんですか?」

 

 何が聞きたいのか尋ねたユウキだったが、会話のパターンからどんな話か予想はついた。だがこの手の話題で大事なのは相手が何に悩んでいるかを聞き出す事だ。そのため、あくまでブレンダンが話しやすい空気とテンポで話せるようにブレンダンのペースに合わせる。

 

「…ここ最近なんだが、気落ちしていたカノンが急に元気を取り戻してな。」

 

 一呼吸置いた後、ブレンダンは最近になって感じた変化について話し出す。

 

「以前より任務に積極的に出る様になったし、まだ荒いが立ち回りも改善されてきている。そのお陰か分からんが、誤射も少しだが減っている様に思える。」

 

「…」

 

 予想通り、ブレンダンもカノンと似た悩みを持っていたようだ。ユウキは聞きに徹し、ブレンダンの悩む理由を探っていく。

 

「今回の任務、カノンが変わった理由を聞きたくて誘ったんだ。そしたら、お前に戦う理由を教えられたと言っていた。」

 

「…」

 

「…その過程で、神裂の戦う理由やアーク計画を止める理由がそれと繋がっている事も聞いた。」

 

 ここまで聞いた所ではブレンダンの悩む原因は見つからないように思える。ブレンダンはやや聞きにくそうに、途切れ途切れにあることを尋ねる。

 

「神裂…お前は…アーク計画を止めた事…本当に後悔してないのか?」

 

「してません。」

 

 ユウキは即答する。あまりの速さにブレンダンは面食らった様な顔になる。

 

「カノンからある程度聞いているとは思いますけど、俺は自分が生きた証を消したくない…虐げられる人達の助けになりたい…その為に戦っています。そしてアーク計画はそんな俺の理想に反していた…だから計画を止めました。でもこれは…謂わば理想の押し付けです。共感出来ない人達からは批判させる事も覚悟してました。」

 

「いっそ清々しいな…だが、助かるはずの者達戦場に送り返したのも事実だろう?ならそれについてはどう思うんだ?」

 

 ブレンダンが率直に感じた疑問を投げ掛ける。批判される事を覚悟していたのなら、その事に対するフォローは何か考えてあるのか気になったからだ。

 

「人とアラガミが争う事のない世界を創る。それが俺なりの…地獄に叩き落とした人達への償いです。」

 

「償い…か…」

 

 何やら思う所があったのか、ブレンダンは顔を伏せて呟く。

 

「俺は…ゲンさんや教官…アナグラに残った者達から…第一部隊がアーク計画を止めたと聞いた。それを聞いた時…自分が酷く情けなく思ってな…」

 

 ブレンダンはゆっくりとアーク計画の後にあった事、感じた事を話始める。

 

「俺は自分の命惜しさに仲間を…タツミやカノンを見捨てた…真実を知った今、その事を後ろめたく思っている。」

 

 どうやらアーク計画でタツミ達を見捨てる決断をした事を気にしているようだった。それをユウキは『そこまで気にする必要は無いのに』と思いながら聞いていた。実際タツミ達も気にしていないので、本来ならそこまで気にする必要は無い。

 だが第一部隊が危険も省みず、他人から批判される覚悟もしながらゴッドイーターである事を貫いた事実を知った事で、生真面目な性格のブレンダンは自分を許せなく思っていた。

 

「俺は…どうにかして罪滅ぼしをしたかった…俺の命を犠牲にして誰かを助ける事が償いになるのなら…俺は…喜んでこの命を差し出す覚悟はある。だが…」

 

  『ベシン!!』

 

 ブレンダンが心の内を吐露する中、突然ユウキはブレンダンの頭を思いっきりひっぱたいた。

 

「バカかお前?」

 

 そして唐突に罵倒する。

 

「な、なに!?」

 

「てめえの命1つ犠牲にして誰かを助ける?ホンットにバカだなお前!!そんなもん償いにならねえ。ただ逃げてるだけだろ。」

 

 ユウキは荒い口調で、アーク計画の真実を知り自分の命を犠牲にして誰かを助ける事が償いだと言ったブレンダンの考えを真っ向から足蹴にする。

 

「ならどうしろと言うんだ!!どうしたら…償える…?」

 

「知らん。それは自分で考えて答えを出して、どう動くか決めるべきだ。手が必要なら手伝うし力も貸す。でもブレンダンさんの自分の命を犠牲するってのは、助けた人に命と言う名の十字架を無理矢理背負わせるって事です。自分は死んで悩みや苦しみから解放されても、命を背負わされた相手は一生そのキズを引き摺って生きていくんだ。俺はそんな事をする方がよっぽど無責任に思います。」

 

 いつの間にかいつもの口調に戻ったユウキが、かつてアリサに言った事と同じことを言う。

 しかし今回はそれに加えて自分の命を犠牲にしてでも誰かを助ける事はただ逃げているだけだとブレンダンを諭す。

 

「確かにあの時の俺は…誰かの命を背負う覚悟も…誰かに自分の命を背負わせる覚悟もなかった。けど自分が何をしたいか、自分にとってのゴッドイーターは何かを考えたら…自然と誰かの命を背負う覚悟もできた。どんな事をしてでもやり遂げたい事を見つければ、きっと自ずと答えは見つかると思います。」

 

「…」

 

 ユウキは自身が他人の命を背負う覚悟が出来た過程を話していく。それはゴッドイーターの本懐と向き合いアーク計画を止めた事で、助かるはずだった人を地獄に叩き落とした事へのユウキなりの贖罪だった。

 人とアラガミが争う時代を終わらせ、助かるはずの人を来るべき時代が来るまで守り抜く。もしそれが叶わないのなら、せめて次の世代が人とアラガミの共生に希望を持てる様に、可能性を遺して行く…それがユウキの言う命を背負う覚悟だった。

 

「もう1度、これだけは言っておきます…死んで償える事なんてない。どうやって償うのか分からないなら…ずっと悩んで苦しんだ方がよっぽど償いになる。」

 

「…そうか…」

 

 最後にユウキは死んで償うなんて事は間違いだと言う。ブレンダンがボソッと答えると、ゆっくりと顔をあげる。

 

「確かにそうやって償い方を考え続けるのは、自分のやった事と向き合い続ける事になるのかもな…」

 

 ユウキの話で思う所があったのか、死んで償うとは言わなくなった。

 

「ありがとう、ユウキ。まだどうしたら良いかは見えてこないが…何をすべきかは見えてきた。」

 

 ブレンダンはユウキに礼を言って立ち上がる。

 

「しっかり悩んで、考えて…その上で答えを…償い方を考えるとしよう。」

 

 ブレンダンは別の償い方を考えると言うと、医務室に歩いて行き、ユウキもそれに続いて医務室に帰っていった。

 しかしユウキが語った命を背負う覚悟がいかに安っぽく中身が無く、薄っぺらな覚悟だったか…少し先の未来で、彼は身をもって思い知る事になる。

 

To be continued




後書き
 どうも、ジープとバギーのイメージが逆になっていた私です。
 今回でブレンダンが心の内に秘めた後悔を吐き出しました。RBでも触れられていましたが、なんやかんや真面目すぎるブレンダンは仲間の命よりも自分の命を優先した事に負い目を感じて『死んでも仲間を助ける』事こそ償いだと思っていました。(RB 中にもそんなことを言っていた気がします。)しかし、自分が思うにそれは償いか方が分からず、取り合えずそれらしい『死ぬ』、『辞める』、『居なくなる』と言う方法に逃げただけだとも思います。それをやるにしても自分のやった事を正してからやれ、死ぬ位なら一生自分のやった事を忘れずに苦しむ方がよっぽど償いになると思い、ユウキにはそんな感じの説教をしてもらいました。
 ツクヨミは…うん、目新しい攻撃やら動作も無かったので正直そんなに強い印象は無かったのであんな扱いになりました。今後は更に強力な個体が現れるかれませんので、ツクヨミの恐ろしさはその時に頑張ってみます。 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission61 迫る現実

今回は戦闘のない会話回です。ついにリンドウさんの生存を皆に伝え、捜索を開始します。


 -ラボラトリ-

 

 第二部隊が見つかってから翌日、ユウキはペイラーの呼び出しを受けてラボラトリに居た。

 

「やあ、良く来てくれたね!実は1つ2つ、耳にいれておきたい事があってね。」

 

「もしかして…羽の事ですか?」

 

 ユウキが入ってくるなり、ペイラーは要件を話していく。

 

「それもあるが、昨日倒した青いアラガミ…通称『ツクヨミ』の事だ。」

 

「…?はい…」

 

 昨日倒した青いアルダ・ノーヴァは、第一種接触禁忌種『ツクヨミ』と名付けられたようだ。しかし、そんな事よりも話の内容が見えてこない。そのせいか、どこか疑問に思っていると言う事が滲み出るような返事となった。

 

「持ち帰ってくれたコアを調べたんだが、どうやらコアに使われているオラクル細胞の圧縮率が他のアラガミと比べてずば抜けて高い事が分かったんだ。」

 

「はあ…」

 

 ツクヨミのコアは他のものと比べて高い圧縮率で生成されているそうだが、どういう事かあまり把握出来ていないユウキは気の抜ける様な返事をする。

 

「結論から言おう。ツクヨミのコアにはそれだけ多くの情報が詰まっていると言う事だ。それに加えて、本来のスペックも君たちが戦った時のスペックよりも遥かに高い事が分かったんだ。」

 

 それを聞いた途端、ユウキの顔が険しくなる。

 

「…手を抜かれていた…って事ですか?」

 

「いや、恐らくあの時のツクヨミはあれが限界スペックだよ。生まれたばかりの赤ん坊が自分の力をフルに発揮出来ないのと同じさ。ツクヨミのコアがどれだけ凄くても、まだコア自身がそれを制御仕切れてないないのさ。」

 

「なるほど…」

 

 確かにアルダ・ノーヴァ神属ともなればつい最近まで禁忌種が現れなかったことも頷ける。そんな中でいきなりの戦闘では、アラガミにとっての頭脳とも言えるコアの学習が追い付かないのも無理はない。

 

「ただ、そのスペックを出し切れないのも時間の問題だろうね。いずれは他の禁忌種同様、単騎で神機使いを殲滅出来るようになるだろうね。」

 

(…あれで全力じゃなかったのか…敵の力量を見誤るようじゃ…俺もまだまだだな…)

 

 ツクヨミとの戦闘では然程脅威とは感じなかったが、話を聞く限りツクヨミの本来の力はあんなものではないらしい。今後同じ感覚でツクヨミと戦うと間違いなく殺される。以後は気を引き締めなければならないだろう。

 

「分かりました。ツクヨミの件は今後気を付けます。」

 

「頼んだよ。それじゃあ本題の黒い羽の事だ。照合の結果、あれはリンドウ君の遺留物であることが確定した。」

 

「っ!!」

 

 黒い羽はリンドウのもの…それを聞いた瞬間ユウキの目付きは鋭くなる。

 

「ほう…目付きが変わったね。分かってると思うけど、人間であるリンドウ君からこんなものが出てくる訳がない。となると…」

 

「アラガミ化…ですね。」

 

「その通り。まだ深刻な事態になるまでは進行していないようだけど、早く探し出した方が良いのは間違いない。今後は皆にも協力してもらいながらの捜索になる。」

 

「はい!!」

 

 ユウキが勢い良く返事をする。絶対にリンドウを探しだしてみせる…強い意思を表しているようだった。

 

「本来なら私も捜索に協力したいところなのたが…リンドウ君がアラガミ化しているのであれば一刻も早く対策を打たねばならない。私はそちらの研究に入る事にするよ。」

 

「状況が状況とは言え、博士からの支援が無いのは辛いですね。」

 

「なに、その代わり捜索の指揮はツバキ君に任せてある。部隊編成なんかの相談は彼女にして欲しい。」

 

「分かりました。」

 

 ペイラーは捜索の指揮権はツバキに託した事をユウキに伝える。今後は捜索に関してはツバキに進言した方が良さそうだと考えていると、ペイラーが話の締めに入る。

 

「今の件で近い内に召集があるはずだ。そこで詳しい方針を話してくれるだろうから、捜索に関してはそちらに従ってくれ。」

 

「はい。それじゃあ、失礼します。」

 

 ユウキは踵を返して、招集に備えてラボラトリを出ていく。

 

「…さて、ここからは…」

 

 部屋を出ていくユウキを見送ったペイラーが呟きながらキーボードを叩き始める。

 

「時間との勝負…だね…」

 

 ペイラーのポツリと呟いた独り言がラボラトリ内に響いた。

 

 -エントランス-

 

「さて、全員集まっているな。」

 

 ユウキがラボラトリを出てからしばらくすると、神機使い全員がエントランスに集められた。そこからさらに10分程して、神機使いが全員集まり、ツバキもやって来た。

 そして来るなり全員居る事を確認すると、早速本題に入る事となった。

 

「今回諸君らに集まって貰ったのは、ある重要な任務のためだ。」

 

 重要な任務と聞いた神機使い達が、内容を把握しきれず考察し合う様に辺りがざわめく。

 

「静粛に!」

 

 鶴の一声…否、鬼(教官)の一声で辺りは静まり返る。

 

「…諸君らに対応してもらいたいのはある人物の捜索任務だ。ここ最近になって、とある遺留物が発見されるようになったのだが、これをリンドウのDNAパターンを照合した結果、捜索対象を雨宮リンドウ大尉と断定…本日一二〇〇をもってリンドウの捜索任務を再開する。」

 

 ツバキがリンドウの生存の確認が取れたため、以前打ち切った捜索任務を独自に再開する事を伝える。

 だが、誰もが忘れた様な頃に待ち望んだ報告が来て、神機使い達は良い意味で沈黙している。

 

「生存自体はほぼ間違いないが、腕輪の制御を失って久しいため、アラガミ化の進行が懸念される。接触には十分注意するように。」

 

(アラガミ化…)

 

 リンドウのアラガミ化が進行している可能性がある。それを聞いた時、アリサは無意識に既にアラガミ化が進行しているユウキを横目に見る。

 

「…いい年をした迷子の愚弟を…皆、よろしく頼む。」

 

「「「了解!!!!」」」

 

 リンドウの捜索が決まった。全員が喜びを滲ませながら了承の返事をする。

 

「リンドウが…生きてる…!」

 

「サクヤさん!」

 

 辺りから喜びの声が上がる。特にサクヤは表情だけでなく、声色や雰囲気からも喜びが現れていて、あの日失った希望を取り戻したようだった。

 アリサもそれを感じたのか、彼女も喜びと希望を取り戻した様な口調となっていた。

 

「フン…さっさと見つけて連れて帰るぞ…」

 

「ええ…必ず連れて帰りましょう…必ず…!!」

 

「うっし!!そうと決まれば早速行こうぜ!!ユウ!!」

 

 気合い十分なコウタがユウキに出撃を進言する。

 

「いや、第一部隊は通常任務を前提とした広域捜索が担当だ。基本的な捜索は第二、第三部隊に担当してもらう。」

 

「えぇ?!な、何でですかツバキさん?!」

 

 が、ツバキによってそれは阻まれた。ツバキ曰く、第一部隊はいつも通りのゲリラ戦のついでにリンドウの捜索、第二、第三部隊が捜索に専念すると言うものだった。

 

「アナグラの主戦力である第一部隊は、強力なアラガミへの対抗策として、長期間アナグラから離れない様にして欲しいのです。」

 

「ま、どっかのバカがこの間みたいな事をしないようにするためにも必要ではあるか…」

 

 ヒバリがツバキの指示の補足をする。確かに以前の様に神機使い総出で出撃した結果、極東支部が直接攻撃されても対処出来ない可能性はある。

 あの時は小型種であるヴァジュラテイルだったからこそ、ユウキが適合していない神機使い使っても倒す事が出来たが、これが中型種になったらもう対処出来ないだろう。

 その事を考えると極東支部には必ず誰か1人は神機使いが残っていた方が良いのは間違いない。

 

「ヒュ~♪ヒュ~♪ヒュ~ヒュ~♪」

 

「吹けてないし誤魔化せてないんだけど…」

 

 以前の失敗を蒸し返され、ユウキは誤魔化す様に口笛を吹くが、音が出ずに空気の漏れる音がするだけだった。

 

「それから…ユウキには今後、第二、第三部隊の補佐もやってもらう。」

 

「それは構いませんが…何故俺だけ?」

 

 皆が同じことを考えていた。先程第一部隊は極東支部を離れない部隊展開をすると言っていた。にも関わらず、ユウキだけが捜索任務に出ると言うのはどういう事かツバキに聞いてみた。

 

「現地での禁忌種対策だ。アナグラの中でもユウキは禁忌種討伐数がずば抜けて高い。討伐経験者があまり居ない他の部隊への増員と言う事だ。」

 

「ぶぅ~…ウチからはユウだけかぁ…」

 

 どうやら現地で禁忌種が出た時の助っ人と言うことらしい。確かに現状、禁忌種が大量発生している。行った先で禁忌種にバッタリ…なんて言う可能性は高い。そのための対応策としてユウキが捜索隊に加わると言う事だった。

 しかしコウタは納得いかないのか、文句を言っている。

 

「大丈夫!リンドウさんの事は俺らに任せとけ!生きている事は間違いないんだろ?きっとすぐに見つかるさ。」

 

「見つけたらすぐ連絡します!ね?ジーナさん。」

 

「そうね、リンドウさんを連れて帰りたいと思ってるのは、貴方達だけじゃないもの。」

 

「ああ。新人達も居るし、人手も何とかなるだろう。必ず、リンドウさんを探しだしてみせる。」

 

 タツミ、カノン、ジーナ、ブレンダンが各々リンドウを連れて帰ると決意しる。カレルやシュンも口には出さないがいつもより気を引き締めているような雰囲気になっている。

 そんな様子を見ていたサクヤはリンドウがこんなにも皆から大切に想われているのだと実感して、嬉しくなって思わず口を開く。

 

「そうね…私が言うのも、ちょっと変かも知れないけど…お願い!皆の力、貸してちょうだい!!」

 

「よっしゃあ!!それじゃあ早速リンドウさん探しに行くか!!」

 

 サクヤからの頼みを受けて、タツミは気合いを入れながら出撃準備に入る。

 

「それでさ、ヒバリちゃん…俺がリンドウさん連れて帰ってきたら食事にでも…」

 

「え…?えっと…考えなくもないので、頑張って下さい…」

 

「…えぇ…」

 

 が、タツミはいつものように出撃前にヒバリを口説たが、全員の前で撃沈していた。

 

 

 -ベテラン区画-

 

 タツミとの打ち合わせを終えて、ユウキも第二部隊と共に捜索任務に出る事になった。まずはリンドウが潜伏していた旧寺院からだ。

 出撃準備をするため、1度自室に戻りにベテラン区画に来ていた。ユウキがエレベーターを降りると、そこには初恋ジュースを片手に自販機に背中を預けているレンが居た。

 

「レン…」

 

「リンドウさん…本当に皆に慕われてたんですね。数も数えられない様なバカなのに…」

 

「…」

 

 レンの相変わらずな毒舌が飛んでくる。どうにもレンはリンドウに対して厳しい気がする。

 

「そう言えば、貴方が初めてオウガテイルと戦った時もやってましたね。あれは彼なりの緊張の解し方でしょうか?」

 

「多分そうじゃないかな?流石に数を数えられないなんて事はないと思うよ。」

 

 リンドウとの初陣の時の事を思い出しながらユウキは苦笑いする。

 

(ん…?何でレンが俺の初陣の事を知ってるんだ…?)

 

 ふと、何故レンがユウキの初陣の事を知ってるのかが気になった。しかもレンの口振りからはユウキが出た任務以外でもやっているようだ。

 リンドウが話したからと言ってしまえばそれまでだが、どうにも腑に落ちないと思っていると、レンが話を進める。

 

「そんな貴方も、今はもう立派なリーダーですね。皆に慕われ、導く立場にあります。」

 

 何故そんな話をするのか見えてこない。困惑しているユウキを無視してレンはさらに話を進める。

 

「そんな貴方にこそ…知っておいて欲しい事があります。」

 

「…何?」

 

 何故かユウキは嫌な予感がして、何処か暗い声色になる。

 

「…アラガミ化した人間の処理方法です。」

 

「…は?」

 

 心の内で嫌な予感が的中した様に感じて、嫌悪感を隠すことなく威圧的な返事をする。

 

「そもそもアラガミ化とは、何か…人体への偏食因子の供給異常、或いは暴走により人体が急速にオラクル細胞に変化していく突然変異現象です。」

 

 ユウキの変化に気が付きながらも、それを無視してレンはいつかペイラーから聞いたものと似通ったアラガミ化の説明をしていく。

 

「アラガミ化してしまった者は、2度と人間には戻れません。さらに人を媒介にして生成されたオラクル細胞は、非常に多彩で複雑な変化を遂げます。この場合、通常の神機が有効でない例も数多く存在します。」

 

「…るせぇ…」

 

 レンは人間がアラガミ化したら通常の神機が通じない事を伝える。それを聞いたユウキは想像したくない現実を突き付けられた様な気がして、思わず呟いてそれを否定する。

 

「その対処方法として、適合者本人にしか使えないと言う矛盾があるため確実な手とは言えませんが…」

 

「…うるせぇ…」

 

 さらに話ていく内に嫌な予感が本当に当たっている事を実感して今度はレンに聞こえる様に止める様に伝える。

 

「適合者が使用していた神機で…」

 

 しかしレンは止めろと言ったユウキを無視する。

 

「殺す事です。」

 

  『ガァンッ!!』

 

 レンが喋った瞬間、ユウキはレンの首を掴んで自販機に叩き付ける。それと同時にレンは持っていた初恋ジュースを落としてしまった。

 

「…それ以上喋るな…でないと…」

 

 レンの首を掴む右手に力が籠る。しかしその顔は俯いていてユウキの表情は見えない。

 

「その舌、今すぐ引っこ抜くぞ…!!」

 

「ッ!!」

 

 ユウキの『目』を見た瞬間レンは戦慄を覚えたが、すぐに何ともなさそうにケロッとした表情になり、1度下を見る。

 

「リンドウさんの足跡を追って、運良く彼を見つける事ができたとしましょう…その時、彼がアラガミとなって立っていたら、貴方は…」

 

 レンは一瞬間を開け、再び顔を上げる。

 

「その『アラガミ』を殺せますか?」

 

「…ッ!!」

 

 レンがまるでゴミを見るような冷たい目でユウキを見る。そしてレンはまるで集ってきた虫を払う位の軽い動作で自らの首を掴むユウキの右手を払い除ける。

 

「…この世界はいつだってわがままで、理不尽な選択を迫り、それが現実として連綿と続いていく…」

 

「…」

 

「あの時の彼の選択は…皆を幸せな現実に導いたのでしょうか?」

 

 レンの語りに気圧されてユウキは黙り込んでしまう。

 

「そして貴方は、その現実の中で…どんな選択をするんですか?」

 

 レンは相変わらずゴミを見るような目でユウキを横目で見つつ、落とした初恋ジュースを拾い上げに行く。

 

「…人の命って言うのは、そんな簡単に割りきれないものです。だから貴方はこうして悩み、状況を打開する方法を考えている…それは僕も分かってます。でも、覚えていてください。」

 

 初恋ジュースを拾ったレンはユウキと向き合う。ゴミを見るような目は止めたが、相変わらず睨む様な目でユウキを見る。

 

「最悪の事態を想定せず逃げていては…その時になって何も出来ずに全てを失うのは…貴方の方です。」

 

 『医務室に戻りますね。』と何時ものように柔和な表情と口調に戻ったレンが飲み干した初恋ジュースの缶を捨てて、エレベーターに乗り込んで行った。

 

「…どうしろってんだよ…」

 

 レンから最悪の可能性を聞いたユウキは、リンドウを殺し確実に事態を終息させるか、出来るかも分からないリンドウを救う可能性に賭けるか、頭を悩ませていた。

 

 -エレベーター内-

 

(驚いたな…)

 

 エレベーターの中、レンはさっきのユウキの事を思い出していた。

 

(まさか人があんな『目』をするなんて…まるで獣…いや、『アラガミ』だ…)

 

 怒りによって人のものとは思えぬ目付きになったユウキの表情…強いて言えば目を思い出していた。

 

(このままじゃ、僕が彼の目の前から消えるのも時間の問題かな…)

 

 近いうちにユウキの目の前から居なくなる…そんな事を考えながらレンは今後どう動くかを整理していく。

 

(急がないと…リンドウを救うには、もうこれしかないんだ。)

 

 最初からリンドウを救う…そのためにレンは動いてきた。今さら止まれないしそんなつもりもない。何にしても時間がない。リンドウを救うため、レンは事を急ぐ事にした。

 

To be continued





後書き
 リンドウさんの捜索が開始!!…される一歩手前の回です。仲間達が希望を抱く中、レンとの会話でユウキ独りが絶望の淵に立たされる…もうちょっと虐めたい気もしましたが、良い案が出てこなかったのでこの程度にしました。
 原作でもムービー中のレンのあの蔑む様な目は主人公に現実を突き付ける意味でも良い演出だったと思います。
 そしてバースト編も佳境に入り、あと10話も無い(予定)所まで来ました。もうすぐあの名台詞のシーンを書けると思うとワクワクしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission62 捜索再開

「上から来るぞ!!気を付けろ!!」


 -鎮魂の廃寺-

 

 レンからアラガミ化した神機使いの処理方法を聞いた後、出撃時間になるまでレンに言われた事を考えていたユウキは、結局まともな準備をする時間もなく、神機だけ持って旧寺院に向かい、リンドウの捜索開始した。

 

「どうだ?そっちに何か手がかりはあったか?」

 

「いえ、こっちには居ませんでした…」

 

「こっちもだ…それらしい痕跡は見つからない。」

 

 だが捜索を開始してから1時間近く経ったが、未だに手がかりらしきものは見つからない。1度中庭に集合をかけたタツミが全員の状況確認をするが、手がかりなしだった。

 

「…いや、必ず…必ず何かの手がかりはあるはずだ。どうにかして探し出さないと。」

 

(…気のせいか?)

 

 ユウキの雰囲気がいつもと違うように感じたが、きっと気のせいだと思い、タツミは捜索範囲を広げるかを考える。

 

 『グルラアオオオ!!』

 

 だが、突然不気味な雄叫びと共にスサノオが中庭に現れた。

 

「ス、スサノオ?!捜索1発目から禁忌種が乱入かよ?!」

 

「くっ!!迎撃するぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 タツミ達が不意を突かれつつも迎撃体勢を整える。

 

「邪魔だ!!」

 

 しかしユウキはその間に、体勢を整えるよりも先にスサノオに突っ込む事を優先した。その結果、誰よりも早くスサノオの懐に飛び込み、スサノオの胴体を下から斬り上げる。

 

  『ブンッ!!』

 

 しかし、振り上げた神機は標的を捉える事はなく空を斬る。スサノオがその巨体からは想像出来ないような素早いバックステップで後ろに下がり、ユウキの一撃を躱したのだ。

 さらにスサノオはステップ移動で浮いている最中に、4本ある足の内右の後ろ足で地面を蹴って一気にユウキとの距離を詰める。それと同時にユウキに狙いを定めて右手の捕食口を伸ばし喰い殺そうとする。

 

「させん!!」

 

 攻撃を受けそうなユウキの前にブレンダンが来ると、重量の乗った一撃を勢いよく振り下ろす。

 すると捕食口は閉じられ、そのまま地面に叩き付けられる。攻撃が来ることがなくなった瞬間、ユウキはブレンダンの左側から飛び出して、スサノオに飛びかかる。

 

「おりゃあ!!」

 

 そして反対側からはタツミが飛び出して神機を振り下ろす。だが、スサノオは再び後ろに跳んでユウキとタツミの攻撃を避けると、今度は両腕の捕食口をそれぞれユウキとタツミに向ける。

 

「そら!!」

 

 スサノオがユウキとタツミに気を取られている間に、カノンが遠距離から爆破弾を射ち、ブレンダンがその後ろに続く。

 

  『バァン!!』

 

 カノンが放った爆破弾が直撃してスサノオが怯む。さらには爆破で少しだが目眩ましにもなり、その隙にブレンダンがスサノオに斬りかかる。

 

「でぁあ!!」

 

 ブレンダンの一撃がスサノオに直撃する。しかし今度は怯む事なくブレンダンに尻尾の剣を突き立てて立ち向かう。

 だがタツミが装甲を展開しながらブレンダンの間に入り、スサノオの剣を防御するその隙にユウキが追撃してスサノオの胴体に傷を着けながら大きく後ろへ後退させる。

 

「カムラン神属と聞いていたが…思ったより攻撃が通るな。」

 

「スサノオはボルグ・カムランみたく堅くはない!!ガンガン攻めるぞ!!」

 

 ユウキの声と共にタツミ、ブレンダンは前に出て、カノンはさらに後ろに下がる。

 

「ヤツの捕食口には注意して下さい!!遠距離攻撃が飛んできます!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 まずはカノンの援護射撃でスサノオを射つ。しかし、神機を盾の様に構えてそれをガードする。

 その間にユウキ、タツミ、ブレンダンがスサノオを取り囲む様な配置で一斉に攻撃する。

 ダメージを覚悟していたのか、スサノオは全ての攻撃を受けきった瞬間に姿勢を落とし、尻尾を振り上げる。

 

「来るぞ!!」

 

 ブレンダンの声に合わせてユウキ、ブレンダンは装甲を展開する。しかしタツミは装甲を展開せずにカノンの元に走る。

 

「カノン!!掴まってろよ!!」

 

「は、はい!!」

 

 防御が出来ない上に回避も苦手なカノンに攻撃が届くと直感したタツミはカノンを抱えて大きくジャンプする。その瞬間、スサノオは巨体を回転させて尻尾の剣で辺りを凪ぎ払う。

 

「チィッ!!」

 

「グッ!!」

 

 ユウキとブレンダンは呻き声をあげながらスサノオの剣を受け、タツミとカノンは縄跳びの要領で剣を回避する。

 

「カノン!!突破口を開け!!一気に決める!!タツミさんは前に!!」

 

「はい!!」

 

「了解!!」

 

 ユウキの指示でタツミはその場にカノンを残してスサノオに向かい、カノンはスサノオの顔面を狙い爆破弾を射つ。

 しかし、その弾はスサノオが右腕の捕食口を振り上げると同時に弾かれ、スサノオの本体に当たる事はなかった。

 そして上を向いた捕食口から上に何度かオラクル弾が発射される。その直後に全員に向けて上空からレーザーサイトの様な光が当てられる。

 

「上から来るぞ!!気を付けろ!!」

 

 ユウキが叫んだ後、同時に上空から太いレーザーが連続で降ってくる。

 

「クッ!!」

 

「チィ!!」

 

 ユウキとタツミはなるべくその場を大きく動かない様に避け…

 

「クソッ!!何だこれは?!」

 

 他の者よりも執拗に狙われたブレンダンは後ろへ大きく下がりつつ避ける。

 

「あぁあもう!!鬱陶しいんだよ!!」

 

 魔王と化したカノンは悪態をつきながらひたすらスサノオを目指して走りながらレーザーを回避する。

 レーザーが振り終わる直前、ユウキは一気にスサノオとの距離を縮めるために飛び出す。しかしスサノオは右腕の神機をユウキに向けて、ショットガンの様に小さなオラクル弾をばら蒔き、行く手を阻む。

 

「そんなもので…」

 

 ユウキは装甲を展開して前に構える。

 

「止まるかよぉお!!」

 

 展開した装甲を壁にしてユウキは走り出す。しかし1発1発の威力は低くいとしても、無数の弾丸を装甲の『面』で全て受け止めるようとするとかなりの衝撃になる。

 その結果、ユウキは前に出る事は出来たが、衝撃ですぐに体勢を崩してしまう。

 

(クソッ…だったら…)

 

 丁度スサノオのオラクル弾の攻撃が1度止まる中、心の内で体勢を崩した事に悪態をつきながらユウキは崩した体勢を立て直す事なくさらに崩し、姿勢を一気に落とす。

 そしてしゃがみ込む様に可能な限り姿勢を低くした瞬間、スサノオの捕食口から再びオラクル弾がばら蒔かれた。

 

(ここだ!!)

 

 オラクル弾が発射された瞬間。ユウキは再度距離を詰めに行く。持ち前の身体能力もあり、発射されたオラクル弾が拡散するよりも先にユウキはスサノオの右側から懐に飛び込んだ。

 

「タツミさん!!」

 

「あいよぉ!!待ってました!!」

 

 スサノオがほんの数秒、ユウキに気を取られている間にタツミもスサノオの左側から懐に入っており、カノンも既に目と鼻の先程の距離になるまで接近していた。

 ユウキがオラクル弾を完全に抜けるとと左腕に、タツミは左側から右腕に向かってそれぞれ飛び込む。

 

「ぜあ!!」

 

「だあ!!」

 

 2人の位置が入れ替わり、ユウキはジャンプしてより近づいた位置から左腕の捕食口を斬り落とし、タツミは地上でスサノオの懐から離脱しつつ右腕の捕食口を斬り落とす。

 

「吹っ飛べぇ!!」

 

「グッ!!」

 

 カノンの怒号と共に彼女の神機が文字通り火を吹く。発射された放射バレットはユウキ諸ともスサノオの顔面を破壊する。

 

  『グラルルオオオ!?』

 

 顔面の破壊と共にスサノオの 口が結合崩壊を起こして怯んだ。そしてその間に戻ってきたブレンダンの神機が巨体なオラクル刃を形成していた。

 

「だあぁぁぁあ!!」

 

 ブレンダンが雄叫びと共にチャージクラッシュを破壊した顔面に叩き込む。すると鈍い音と辺りを轟音が辺りに鳴り響き、スサノオは真っ二つに分かれて絶命した。

 

「やっと…終わったぜ…」

 

「よ、良かった…」

 

「ふう…どうなるものだな…」

 

 タツミ達は強敵である第一種接触禁忌種であるスサノオを倒すことが出来たと安堵しながらコアを回収している。

 

「障害は排除…捜索を再開します。」

 

「あ、おい!独りで何処にでも行くなよ!」

 

 しかしユウキはスサノオに興味を見せることなく、独りでさっさとリンドウ捜索を再開した。

 

 -1時間後-

 

「うーん、見つかんねぇなぁ…」

 

「手がかりもありませんね…」

 

 スサノオを倒してから捜索範囲を広げて探したが、リンドウを見つけるどころか手がかりすらない。

 

「だなぁ…おーい、ブレンダーン!!そっちに何かあったかー?」

 

「ダメだ!!それらしいものは見つからない。」

 

 タツミがブレンダンに声を掛けるがやはり手がかりははなかった。

 

「そっかぁ…あれ?」

 

 そんな中タツミはあることに気が付いた。

 

「ユウキは何処だ?」

 

 少し前まで近くに居たユウキが何処にもいなかったのだ。

 

 -寂れた民家-

 

(…これは…)

 

 ユウキは感応現象でリンドウの記憶を体験した時の事を思い出し、リンドウが潜伏していた場所に向かった。

 民家に入るとすぐに、ユウキの目には辺りに散りばめられた黒い羽が目に入った。

 

(そうだよな…ここで休んでたならここに痕跡があるものだよな…)

 

 『何で気付かなかったんだよバカ野郎…』と心の内で悪態をつく。それも当然だ。リンドウが潜伏している場所は感応現象で分かっていたのだ。ならばそこには必ず痕跡が残っているはずだ。リンドウを『探す』と言うことに躍起になっていたせいか、こんな単純な事にした気が付かなかったと自分でと呆れる程の間抜けぶりだった。

 

(…ここにはもう戻ってないのか?しばらく使われた形跡が無いけど…)

 

 ユウキが辺りを見回すと、足跡等人が確かにそこに居た形跡は残っているようだが、それも新たに埃を被りはじめていた。何にしてもここにはリンドウが何処に向かったかと言った情報はなさそうだ。

 

(…戻るか…)

 

 しかしリンドウか再びここに戻ってくる可能性も捨てきれない。『2、3日張り込みでもしようか?』と考えながら歩いていると、いつの間にか作戦領域に戻ってきていた。

 

「あ、いたいた!何処行ってたんだよ?探したぞ!!」

 

「すいません。ちょっと周囲を探してました。」

 

「なら一言言ってくれよ。何処に居るのか分からなかったから本気で捜索隊を出す所だったぞ。」

 

「ごめんなさい…」

 

 どうやらいつの間にか居なくなったユウキを行方不明になったと思い、捜索隊を出すか検討していたようだ。勝手に居なくなるなとタツミがユウキを叱ると、ユウキはしょんぼりした。

 

「…で?どうだった?手がかりはあったか?」

 

「…いえ、それらしいものはありませんでした。」

 

 ユウキはあえてリンドウが居たと痕跡を皆に伝えなかった。信じたくはないが万が一にでもリンドウが完全にアラガミ化してしまったら殺さなければならない。

 だからこそ早く見つけなければいけないのだが、その時アラガミ化していたらリンドウを殺すと全員に伝えて良いのか分からず、真相を伝える事が出来なかった。

 

「そっか…うーん、どうするかな…一端戻るか?」

 

「そうだな…そろそろ日も沈む頃だ。1度戻って体勢を整えた方が良いだろう。」

 

「よし!今回は撤退しよう。明日はさらに捜索範囲を広げるぞ!!」

 

「「「了解。」」」

 

 タツミの提案に全員が賛成し、1度極東支部に戻るかため、ユウキ達はヘリに乗り込んだ。

 

 -ヘリ内部-

 

 空が赤くなり出した頃、極東支部に向かう途中でユウキとタツミ、ブレンダンとカノンの組み合わせでヘリの側面から下を見てリンドウを探していた。

 

「上からなら…って思ったけど…なかなか見つからないもんだなぁ…」

 

「そうですね。徒歩で移動しているはずなので、そう遠くには行ってないと思ったんですけど…」

 

 上からリンドウを探す傍ら、タツミがユウキに話しかける。

 

「…」

 

「…」

 

 しかし2人はすぐに沈黙する。その後、タツミが意を決したような表情になる。

 

「なあ…お前、何か焦ってないか?」

 

「え?」

 

 タツミから脈絡の無いことを聞かれてユウキはキョトンとした顔になる。

 

「リンドウさんのアラガミ化が進んでいるかも知れないってので、早く見つけなきゃって思うのは分かるんだけどさ、もうちょい俺達の事信用して色々話してくれてもいいんじゃないか?」

 

 タツミが自分達を信用しろと言ってきた。端から見ると今のユウキは仲間を信用していない様にも見えるのか、言われたユウキからしてみれば何故突然そんな事を言い出すのか分からなかった。

 

「そりゃあ、少し前の俺達は色々あってガタガタで信用出来なかっただろうけど、ブレンダンもカノンも…アンタに相談して色々と吹っ切れたみたいでさ、普段の任務はもちろんリンドウさんの捜索も気合い入ってるみたいなんだ。それにな…」

 

 ブレンダンとカノンの変化に、タツミ自身も周りにプラスになると考えているようだ。

 

「ブレンダンやカノンの迷いやら悩みを自分の事のように考えて一緒に答えを出してくれた。そしたらアイツら、今度はお前が迷ったり悩んだりしたら自分達が助ける番だって言ってた。だから心配事とか悩み事とかあるんなら、独りで抱えてないで信用して俺達にも話してくれよ?」

 

「そう…ですね、確かに早く見つけなきゃって焦っていたんでしょうね…けど、悩みとかじゃないですから。心配しないでください。」

 

「そっか。分かった。」

 

 取り合えず悩みや迷いではないと言うので、タツミはそれ以上追及はせず、リンドウを探す方に意識を戻した。

 

 『リンドウさんの足跡を追って、運良く彼を見つける事ができたとしましょう…その時、彼がアラガミとなって立っていたら、貴方は…そのアラガミを殺せますか?』

 

(そうだ…悩む事なんてない。アラガミ化してしまう前に、リンドウさんを見つければいいんだ…!!)

 

 しかしユウキはレンから聞いたアラガミ化した神機使いの処理方法の事を思い出していた。アラガミ化したリンドウを殺せるのか…きっと自分には出来ないだろう。ならばその前にリンドウを見つけてペイラーに治して貰う他ない。やることは1つ…ユウキは必ずリンドウを探し出すと迷いを見せる事なく決意を固めた。

 

 -極東支部-

 

 エントランスには待機を命令された第一部隊が集まり、今回の捜索の成果を今か今かと待っていた。しばらく待っていると出撃ゲートが開いて第二部隊が帰ってきた。

 

「あ、タツミさん!!おかえり!!」

 

「ああ!ただいま!」

 

 コウタが帰ってきたタツミ達に声をかける。

 

「…どうやら見つからなかったみたいだな。」

 

「ああ…すまない。あれだけ意気込んでおきながら…」

 

「まだ捜索が再開されて1日も経ってないもの、そんなすぐに見つからないのも仕方ないわ。」

 

「で、でも!!絶対すぐに見つけてみせます!!」

 

 ブレンダン、カノン共に決意を新たにして、リンドウ捜索に意欲を見せる。

 

「お願いします…あの、それはそうとユウは?」

 

 しかし帰還してきた第二部隊のメンバーにユウキが居ない事に気が付いたアリサは、ユウキの行方を聞いてみた。

 

「え?何か別の任務があるからってまた出ていったけど…何も聞いてないのか?」

 

「はい…何も…」

 

 誰にも詳細を告げずに別の任務に向かった…その事が何処かアリサを不安にさせた。

 

「まあ、あの子の事だから大丈夫だとは思うけど…」

 

(ユウ…)

 

 サクヤは大丈夫と言うが、やはりアリサは不安だった。恐らくサクヤは何処かで殺られる事はないだろうと言う意味だろうが、アリサは何故か分からない別の理由で嫌な予感がしていた。

 

 -寂れた民家-

 

 その夜、ユウキは食料等を持ってリンドウが潜伏していた民家に来ていた。

 

(持って2日って所か…)

 

 自室から持ってきた食料を広げてどのくらいまで民家に居られるかを考えていた。それなりの量があるにも関わらず、自分の食事量を考えると、そう長くは居られない。この時ばかりは自分の燃費の悪さを本気で恨んだ。

 

(何としても…すぐにリンドウさんを探し出さないと…)

 

 現状では特に何もする事がないので、その場で座り込んでリンドウが帰るって来るのを待つ事にした。

 しかし、こんなやることの無い時間があると、レンの言っていたアラガミ化した神機使いの処理方法の事を考えてしまう。

 

(リンドウさんを殺すなんて…そんな事あってたまるかよ…!!)

 

 リンドウを殺すなんて出来るはずない。そんな事になる前にリンドウを見つけてみせる。そんな決意を胸に、ユウキはリンドウの帰りを待ち続けた。

 

To be continued




後書き
 リンドウの捜索開始!まずは第二部隊とです。しばらくは禁忌種狩りが続きます。(ようやく他の部隊でも本格的に禁忌種と戦える様に…)
 そしてレンから突き付けられた可能性を話すことも出来ない状況で、独りそんな未来を回避しようと動くユウキ…しかし現実はうまく行かないもので…仲間との間に亀裂ができたりできなかったりします。
 凄く自然な流れで「上から来るぞ!」が使えた事にちょっと感動しましたw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission63 傷痕

今回は第三部隊との任務です。それから次のリンドウさん誘き寄せ作戦の最後のメンバーは誰が良いですか?アンケートを設置しますので是非答えてください。(固定出撃メンバー:ユウキ、コウタ、アリサ)


 -極東支部-

 

 夜が明ける少し前、皆がまだ寝静まった頃にユウキは極東支部に一時帰投した。しかし、毎度毎度、居なくなった事がばれない様に1度戻らないといけないのは少しばかり都合が悪い。今後は外泊許可でも取ってから捜索をしようと考えながら、ユウキは自室に戻る。

 

(今日は帰って来なかったな…食料もそんなにないし…今後はどうするか…)

 

 何にしても張り込みは残りの食料から見てあと1日だろう。これからは夜こっそりと抜け出して捜索する方法が主となりそうだと考えながら、次の捜索任務の準備を進めた。

 

 -エイジス 居住区予定地-

 

 誰が言い出したのか分からないが、以前ブレンダンがエイジスに迷い混んだ様に、リンドウもエイジスに迷い混んだ可能性はないかと言う話が出たので、かつてエイジスの関連施設を警護していた第三部隊はユウキを連れてエイジスに来ていた。

 

「居ねぇもんだな…ホントに居るのか?」

 

「さあな、あくまで居るかも…ってだけだからな。」

 

「居るかもって…分かってねぇのにこんな所に来たのか?!」

 

 どうやらシュンはエイジスに来た理由を『リンドウが見つかった』からだと勘違いしていたらしく、捜索の現状を知ると騒ぎ始める。

 

「…騒がないの。アラガミに気付かれるわ。」

 

「そうですね。ここで見つかると、恐らく辺りのアラガミが群がってくる上に囲まれます。可能な限り音を出さない様にしましょう。」

 

 しかし、ここはアラガミの巣窟となったエイジスだ。騒ぐとそれを聞き付けたアラガミに囲まれる可能性がある。ジーナとユウキは騒ぐシュンを嗜める。

 

「チッ!!わあったよ…」

 

 ジーナとユウキから静かにするように言われて、シュンは特に反論する事なく、大人しくなった。

 

(あら…随分と大人しく従うのね…)

 

 特に反論する事もなく、ユウキの指示に従うシュンの変化に、ジーナは内心驚いていた。

 

「なぁ、高いところからなら何か見えるんじゃね?」

 

 しばらく歩いていると、シュンがエイジスの中心にある管制塔を指差して捜索方法を提案する。

 

「この地形だぞ?見えるわけないだろ。少しは頭を使え。」

 

「あぁ?!俺様のアイデアバカにするんならお前も何か探し方考えてみろよ!!」

 

「騒がない。」

 

 自分の考えた捜索方法を否定され、シュンはカレルに突っ掛かる。再び騒ぎ出したシュンをジーナが嗜める中、ユウキは顎に手を添えてシュンの提案の事を考えていた。

 

「いや、案外いい方法かもしれない。あそこならアラガミを気にする必要もないし、目視での広域捜索も出来る。それにあそこに居る可能性もある。1度調べてみよう。」

 

 実際、捜索の宛はない。シュンの様に捜索の指針を提案することは有効な手であると思える。居住区を含め、エイジスには建物が密集しているので、遠目から見る事は難しいが、何か見つかるかもしれないし、もしかしたらリンドウがその場に居るかも知れない。

 そう考えてユウキは管制塔に向かうと指示して、全員が歩き出す。

 

(あの管制塔…何かと縁があるな…)

 

 アーク計画の阻止、ブレンダンの捜索と何かとエイジスに来るとこの管制塔に向かっている気がする。そんな事を考えながら、ユウキは皆の後に着いていった。

 

 -エイジス 管制塔-

 

 管制塔の頂上に登り、それなりの高さからエイジス島を見渡す。しかし、複雑な地形と乱立する建造物で地上を監視するのはかなり難しかった。

 

「何だよ!!ちゃんと見えねぇじゃん!!」

 

「こんな複雑な地形をこの高さから見る事自体に無理があるんだよ。」

 

 提案してみたはいいが、結果としてあまり意味のない行動になった事でシュンがぶつくさ言っていると、カレルが予測できた事だと苦言を呈す。

 それに腹を立てたシュンが食い付き、結果として捜索そっちのけで口喧嘩を始めた。

 

「それらしい人影も見えないわね。もう1度降りて地上から探してみる?」

 

「…西の方にアラガミが多く集まっているみたいです。リンドウさんに群がってる可能性も考えられるので、下りたときにあの辺りを探して見ましょう。」

 

 2人の喧嘩を余所に、ジーナはユウキの提案に『そうね。』と簡単に返す。

 

「貴方達、ちゃんと探しなさい。」

 

「チッ!!分かって…る…」

 

 ジーナの叱責を受けて、悪態は着いたが大人しく捜索を再開する。だが、その口調は歯切れか悪かった。

 

「お、おぉぉぉお?!何だありゃあ!?」

 

 次の瞬間、シュンの驚いた様な叫び声が響く。

 

「で、デッケェアラガミがよじ登って来やがる!!」

 

「何?!」

 

 カレルも気になり、シュンの横から下を見下ろすと、あまりの大きさに思わず言葉を失った。

 

「ジーナさん!!カレルさん!!迎撃します!!」

 

 シュンの声を聞いたユウキは、迎撃の指示を出しつつ急いでシュン達の近くまで行き下を見る。

 そこには赤い体で小振りな山を思わせる大きさ、さらにはウロヴォロスの頭にあたる部分に女性の上半身が埋め込まれたアラガミが居た。

 

「あいつ…確かアマテラス!!第一接触禁忌種だ!!」

 

「何だと?!」

 

 ユウキは目で見たアラガミの特長とノルンのデータベースで見た情報を照らし合わせて相手を禁忌種と判断する。そして空かさず銃形態に変型して、アマテラスに狙撃弾を撃ち込んでいく。

 

「ジーナさん!!カレルさん!!奴を叩き落とす!!ありったけの銃弾を撃ち込め!!」

 

 ユウキの合図と共に2人が銃撃に加わる。最初こそ怯んだりして少しずつずり落ちていたが、すぐに体勢を建て直し、ダメージを覚悟して一気に登ってきた。

 その圧倒的な物量が迫ってきた事もあり、全員がその迫力に一瞬怯む。すぐに攻撃を再開するが、アマテラスはその攻撃を飛び越え、空中で体勢を直して管制塔を揺らしながら轟音と共に着地した。

 

「あ、あのデカさで飛びやがった?!」

 

「チッ!!仕方ない、この場で倒す!!」

 

 そう言うとユウキは真っ先に飛び出し、こちらに向き直ったアマテラスの前触手に斬りかかる。傷こそ付ける事は出来たが、ウロヴォロスの時と同様、前触手が太すぎてかすり傷程度にしかならなかった。

 

  『キエラアアァァァア!!』

 

 奇怪で甲高い叫び声をあげ、ながらアマテラスは前触手で右ストレートを放つ。

 

「っ!!カレルさんは左、ジーナさんは右へ!!シュンさんは後ろに廻って!!取り囲め!!」

 

 第三部隊がユウキの指示でそれぞれの配置に着くため移動する。その間、ユウキがアマテラスの 足止めをする。

 

「当たれ!!」

 

 ユウキは銃形態に変形し、アマテラスを真正面から撃ち抜き、女神像にダメージを与える。

 

「チッ!!相手がでかすぎる!!大したダメージにはならないか!!」

 

 しかし、ウロヴォロスの時と同様、でかすぎる体に小さな傷をつけた程度ではダメージとなっているかも分からない。

 すると、アマテラスは両前触手を上に掲げると、両前触手の間に巨大な火球を作り出す。

 

「クッ!!間に合うか?!」

 

 アマテラスが巨大な火球をユウキに向けて投げ飛ばそうとする。対してユウキは防御のため、剣形態に変形する。

 そして剣形態に変形した瞬間、アマテラスは火球を投げつける体勢に入る。

 

「貫け!!」

 

「行け!!」

 

 しかし、投げる瞬間カレルとジーナの銃撃がアマテラスの肩に当たり、爆発する。その衝撃でアマテラスは火球の狙いが逸れる。

 

  『ガアアァァァァンッ!!』

 

 狙いが逸れた火球は海に落ちると、火球の周囲の海水が蒸発して着弾した場所の海底がグズグズに溶けて、焦土と化した。

 

「マ、マジかよ…」

 

「あら…とんでもない威力ね…」

 

「あぶね…防御してたらあの世に行ってたな…」

 

 すぐに海水が被ってきたので見えなくなったが、海底を焦土とする火球の威力を見たカレル、ジーナ、ユウキは驚きを感じた。ユウキもあれを防御していたら一発で蒸発していただろうと恐怖した。

 その隙にアマテラスは地面に前触手を突き刺す。

 

「全員動けっ!!燃やされるぞ!!」

 

 ユウキの声を聞くと全員がその場から動く。すると、下から火柱が上がる。

 

  『キエラァ?!』

 

 突然アマテラスの動きが止まる。

 

「やりぃ!!」

 

 どうやらシュンが後ろからホールドトラップを仕掛けていた様だ。アマテラスがホールド状態になって動きが止まる。

 

「今だ!!総攻撃!!」

 

 ジーナ、カレルが銃口を向け、シュンは後ろ、ユウキは証明から突っ込む。

 

  『キエラァァァア!!』

 

 しかし一瞬のうちにホールドが解除される。そしてアマテラスの女神像に光が集まる。そしてユウキは反射的に装甲を展開する。

 その瞬間、アマテラスから炎のレーザーが照射され、装甲で受け止める。

 

「あっつ!!」

 

 しかし炎によって神機本体が熱を持ち、神機を握るユウキの右手が軽く火傷する。そしてその間に第三部隊は攻撃を加えていく。

 アマテラスが炎のレーザーの照射を終えると、今度は周辺に小さな火球を無数に展開して、周囲にばら蒔いていく。

 

「うわぁっ!!」

 

「くそっ!!」

 

「くっ!!」

 

 第三部隊が降り注ぐ火球をどうにかか躱して行くが、完全に防戦一方となってしまった。

 

「このぉ!!」

 

 しかし、火球を掻い潜り、ユウキがアマテラスの真下から大きくジャンプして斬りかかる。すると、女神像周辺の角を切り落としながら、女神像にも傷を付ける。

 しかしアマテラスがこれを好機としたのか、ユウキに頭突きを繰り出す。

 

「グハァ!!」

 

 ユウキは勢い良く背中から床に叩き付けられて、肺の 空気を吐き出す。その間にアマテラスは右の前触手を振り上げる。

 

「このぉ!!」

 

 ユウキが攻撃を受ける前にどうにかしようと、シュンがトラップを投げつける。

 

(やべっ!!あれホールドトラップじゃなくてヴェノムトラップじゃねえか!!)

 

 しかし、投げたトラップが本来投げつけようとしたものではなく、別のトラップだった。やってしまったと思いつつもトラップがアマテラスに当たると、ヴェノムトラップが発動する。

 すると、アマテラスは突然力をなくした様にぐったりする。

 

「ヴェノムが効いてる?」

 

「今のうちよ。」

 

「貫けっ!!」

 

 アマテラスが弱体化した瞬間、カレルとジーナが前触手の付け根を爆破していく。少しづつ表面を削り取っり、アマテラスの前触手を本体から落とす。

 

「落ちろぉ!!」

 

 それでも体勢を保とうと踏ん張っているアマテラスの後ろ足をシュンが切り落とす 。

 

  『キエラァァァ…』

 

 アマテラスが自らの体を支える手足を失い力なく倒れる。動けないアマテラスに立ち上がったユウキが巨大な捕食口であるミヅチを展開する。

 

「食い尽くせぇ!!」

 

 巨大な捕食口がアマテラスを捉えると、アマテラスの体半分を喰い尽くしてコアごと捕食することになった。

 

「ぜぇ…ぜぇ…た、倒した…」

 

「くっそ…冗談じゃねぇ…あんな化け物相手にしてたら…命がいくつあっても足りねぇ…」

 

「相手が大きいからかしら…綺麗な花が沢山咲いたわ…」

 

 シュンとカレルが肩で息をする中、ジーナは相手がタフだった事もあって沢山撃てて満足した様だった。

 

「うっし!!リンドウさんの捜索、再開すっか!!」

 

 少し休憩した後、スタミナを取り戻したシュンがリンドウを探しに行こうとする。

 

「いえ、一旦帰投しましょう。」

 

「はぁ?!何で?!」

 

 捜索再開と意気込んだ所をユウキの撤退指令で出鼻を挫かれ、シュンは思わず声を荒らげる。

 

「アマテラスとの戦闘で俺達全員はもちろん、神機も疲弊してるし携行品も消耗した。相手が分かっているなら1度戻って体勢を 立て直す方がより安全な捜索活動が行える。リンドウさんを探す俺達が不十分な装備で出ていってあの世行きにでもなったら、笑い話にもならないですよ。」

 

「ま、妥当な判断だろうな。ここから連戦は流石に無理だ。」

 

「チッ!!わあったよ…」

 

 実際、これだけの戦闘の後では、剣形態で 戦えるユウキとシュンは戦闘を継続できるが、銃形態でしか戦えないカレルとジーナにはかなりキツイ状況だ。弾丸用のオラクル細胞をほぼ使いきり、回復錠やトラップと言った携行品も消耗している。

 ユウキとシュンの神機から弾丸用オラクル細胞を受け取る事は出来るが、自力でリロードする術を持たない旧型銃身神機使いにとって、戦闘継続は難しい状況と判断したため、ユウキは撤退を指示したのだ。

 その事を理解しているかしていないのかは定かではないが、シュンは大人しくユウキの指示に従い、カレルと共に撤退する。

 

「手間のかかる子達なのに、あっさり手懐けたわね。」

 

「はい?」

 

 シュンとカレルが撤退する 様子を眺めていたユウキにジーナが話しかける。

 

「2人共あの防衛戦以降随分と大人しくなったわ。何かしたの?」

 

「いや、特に何も…」

 

 ジーナは以前の外部居住区防衛戦の後から、今までユウキの指示を聞こうともしなかったシュンとカレルが素直に指示に従う様になっていたので不思議に思っていた。

 しかしユウキは何かしたわけでもないと言うので、ジーナは表情には出ていないが内心驚いていた。

 

「あらそう?てっきりあの子達の弱みでも握ったのかと思ったけど…」

 

「ジーナさんの中で俺はどんな人間になってるんですか?」

 

 弱みを握って揺すったとでも考えているのだろうか?ジーナの頭の中では神裂ユウキとはどんな人物なのか気になっていた。

 

「そうね…大人しくて可愛い顔してるけど…裏では人を恐怖に陥れて服従させる様なこわーい子…かしら?」

 

「とんだ畜生じゃないですか!!」

 

 予想を遥かに越えたクズ野郎だと思われていた事に、ユウキは声を荒らげて反論する。

 

「ふふっ…冗談よ。」

 

「ジーナさんの冗談は分かりにくいです…」

 

「あらそう?分かりやすいと思ったけど?」

 

 『ジーナさんって冗談言うイメージないんだけどな…』と心の内でぼやく。

 

「気難しくなったあの子達が大人しくなるなんて、それくらいしか思い付かなかくてね…」

 

「ん…?気難しくなった?」

 

「ちょっと昔色々とあってね。」

 

 気になるワードを聞いたユウキが思わず聞き返す。対してジーナは返事をしながら歩き出したので、ユウキもその後に着いていく。

 

「シュンは小さい頃、剣術の道場に通っててね…そこでガキ大将みたいな事してて、年下の子の面倒もそれなりに見ていたのよ。」

 

 『今のあの子からは想像出来ないでしょ?』とジーナは最後に付け加えた。以前も感じたが、確かに今のシュンからは想像出来ない対応だ。戦闘に関しても太刀筋は、何処を攻撃しようか等と言う迷いがなく、その上素早い。その事を考えれば過去に誰かから剣術を教わっていたと言うのも頷ける。

 毎回鋭い一撃を当てていくが、有効な場所に当てる事が出来ていない。そのためいつも苦戦しているようにも思える。そんな事を考えていると、ジーナが話を進めたので意識をそちらに戻す。

 

「でもそこの先生や弟分達がアラガミの襲撃で酷い怪我をしてしまったのよ。治療にお金が必要になったけど、そんなお金は自分じゃ用意出来ない。そこであの子は何をしたと思う?」

 

「…さあ…」

 

 少し考えてはみたが、お金を稼ぐ方法が神機使いになる以外に思い付かずにユウキは歯切れの悪い返事をした。

 

「問題ばかり起こして破門された挙げ句、悪い人に商才を買われて闇市を仕切る事になった兄弟子に頼ったのよ。」

 

 『ちゃんと契約書も書かせてね…』とジーナは最後に付け足す。当時のシュンは恐らく契約書の意味を理解していなかった可能性が高い。そこに漬け込まれたのかも知れない。

 

「その兄弟子の弟も先生の所に居たんだけど、シュンがお金から目を離した隙に盗まれちゃってね。」

 

(…酷い事をする…いや、神機使いになる前の俺もそう変わらないか…)

 

 『ちなみに弟はそのまま蒸発したそうよ。』とジーナは締め括る。恩師や弟分を助けるために必死になって借りたお金も持ち逃げされ、結局借金だけが残った。ユウキはこのお金を盗んで雲隠れしたと言う、兄弟子の弟に怒りを覚えた。しかしかつて自身も同じように盗みを働いていたため、自分も同じような ものだと一気に怒りが冷めてしまった。

 

「お陰で入院は出来てもろくな治療も受けられずに1週間も経たずに皆亡くなったわ。あの子も借金を背負う事になって未だに返済中…それから他人…特に年下にはきつく当たる様になってね。貴方の時もそうだったでしょ?」

 

「ええ、まぁ…」

 

 そう言いながらシュンと初めて会った頃の事を思い出す。ユウキを始め、コウタやアリサに嫌味や陰口を言っていた。そう思うと今のシュンはあの頃からだいぶ変わったと内心驚いていた。

 

「次はカレル…あの子には姉が居たの。もう病気で亡くなったけどね。」

 

 ジーナの話によると、カレルもまた大切にしている人を亡くしている様だ。

 

「決して治らない病気ではなかった。治療法も一応はあるわ。ただ、莫大な手術費がかかるの。」

 

 ジーナは相変わらず歩きながらカレルの姉の事を話していく。

 

「その準備として、入院までは漕ぎ着けたけど…子供を雇ってくれる様な所なんて無くて、結局手術を受けるためのお金を用意出来なかった。」

 

 その経緯を聞きながら、カレルが何故お金に執着するのか、ユウキにも何となく理由が分かった。そしてカレルの姉の末路ももう察しが着いた。

 

「元々身体が弱かった事もあって、しばらくして亡くなったわ。」

 

 『やっぱり…』とユウキは心の内で思っていた。手術に必要な資金を用意出来なかった…これだけどうなったかは予想出来たが、出来れば外れて欲しかった。

 

「お金がない…ただそれだけであの子は姉を喪ったのよ。以来ひねくれてお金に執着するようになったのよ。」

 

 シュンもカレルも、最初に会った頃は単に嫌なやつだと思っていたが、こうして過去を知ると『2人とも辛い人生を送って来たのだな…』と思い、今までの様な嫌なやつと言う印象から少し変わっていた。

 カレルの件はもう姉は故人なので どうしようも無いが、シュンの件は何とか力になれないかとユウキは考えていたが、プライドの高いシュンはそれを許さないだろう。しかも契約書がある以上、下手に第三者が介入すれば更に厄介な事態になりかねない。

 ならば報酬の良い任務を紹介する事でシュンの力になるのが一番手っ取り早いだろうと考え、今度からそんな任務も探してみようと決めた。

 しかし、ここまで2人の過去を聞いて、ふとあることが気になった。

 

「…随分と詳しいですね。あの2人がそんな過去を語るとは思えないのですが…」

 

 ユウキの言う通り、シュンとカレルは『超』が付くほどにプライドが高い。そんな2人が姉想い、弟分想いだったと知られたら絶対に否定するだろう。どう考えても自ら語るとは思えない。

 

「ああ、こう見えても昔看護師だったのよ。」

 

「…えぇ?!」

 

 『当時15、6だったけどね。』と最後に付け足す。しかしかなり予想外な答えが飛んで来たので、最後の一言を聞いている余裕はなかった。

 その後もジーナ曰く、襲撃された居住区を歩いてたら看護のボランティアと間違われ、教わった通りに怪我人を手当てしていたら筋か良いと気に入られ、いつの間にか病院で勤務することになっていたとか話していた。しかし、元看護師と聞いた驚きの方が大きく、あまり話が頭に入ってこなかった。

 

「経緯も見てたし、短い間だったけどさっき話した人と話しをしたこともあるわ。」

 

「へ、へぇ…」

 

 やはり話が頭に入って来ない。ジーナが話しかけてくるが、ユウキは間の抜けた返事をした。

 

「懐かしいわ…人手が足りないからって執刀補佐とかもやったわねぇ。手術中に出た血が真っ赤な花に見えて綺麗だって思ったわ。思えばあの頃から生き死にの世界に魅了されていたのかも知れないわね…」

 

(…まさかジーナさんってかなりサイコな趣味を持っているんじゃ…)

 

 ユウキは手術中に出てきた血を赤い花のようで綺麗だったと言うジーナに少し恐怖した。

 ジーナの言う自分とターゲットとの殺し合い…ジーナの言葉で言うと命の交流をしている時が自分が生きていると言う実感を感じると言うのも、ユウキにとって理解は出来るが共感はしにくい。ジーナのこの感覚を理解するには少し時間がかかるだろうと考えていると、ジーナは1度止まって振り向いた。ユウキもそれに倣って立ち止まる。

 

「ま、何にしても…あの子達の面倒、大変だと思うけど、懲りずに見てやってね。言う事聞かないようなら、私も手を貸すから。」

 

 そう言ってジーナは再び歩き出す。

 

「さ、帰りましょ?」

 

 ジーナに続き、ユウキもまた帰投した。

 

 -極東支部-

 

「…だぁぁあ!!やっぱりただ待ってるだけなんて出来ねー!!俺たちも探しに行こうぜ!!」

 

 ユウキ達が帰投しているのと同じ頃、じっと待っていた第一部隊だったが、ついにコウタがついにしびれを切らして自分達も探しに行こうと騒ぎ始める。

 

「気持ちは分かりますけど…」

 

「でも、私達はあくまで今まで通りのゲリラ戦を命じられているわ。それが解除される可能性は低いと思う。」

 

「命令が解除されない限り、そう簡単に捜索任務に加われるとは思えんが…」

 

 アリサ、サクヤ、ソーマの3人もまた探しに行きたいのは山々だが、第一部隊にはゲリラ戦のついでに短時間の捜索をするように指示か出されている。命令を無視して、勝手に広域捜索をすれば全部隊に多大な混乱をもたらすのは必至だろう。

 

「そこなんだよ!!俺達に広域捜索は許されていない。だったらリンドウさんの方からこっちに来てもらう作戦を展開するのさ!!その作戦名は…」

 

 自信ありげにコウタはビシッ!!と指を指しながら、作戦名を大々的に発表する。

 

「『リンドウさん誘き寄せ作戦!!』」

 

 ネーミングのセンスにも引いたが、作戦内容を聞いた後で3人…特に女性陣からは白い目で見られたコウタだった。

 

To be continued




後書き
 今回は第三部隊との任務です。アマテラスとの戦闘ついでにシュンとカレルの過去を書いてみました。彼らの過去は2RBの防衛班の帰還でカレル編とシュン編の最後から思い付きました。
 カレルは副業で庶民向けに病院を経営してたり、シュンはアラガミの襲撃を受けた所の子供の安否を心配したりと言ったところから、元々はお人好しで何かあってひねくれた正確になった様に感じたのであんな感じになりました。ジーナさんの過去は完全にイメージです。何か医療関係の仕事してそうってだけで考えました。
 次はリンドウさん誘き寄せ作戦です。任務に出るメンバーの最後の一人を誰にするか決めかねているのでアンケートを設置してみました。1週間ほどで結果を反映して小説を書いていきますので、是非解答の願い致します。
 ※次の更新はリアルの事情で恐らく遅くなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission64 作戦

お久しぶりです。落ち着いたとは言えない状況ですが取り敢えずコツコツと書いていた分を投稿します。
 今回は一人称視点のモノローグを入れてみました。


 -鎮魂の廃寺-

 

 よう!!俺、藤木コウタ!!今日は俺が考案したリンドウさん誘き寄せ作戦の決行日!!作戦の内容を話したら何故か皆から白い目で見られた上にアリサは 『超!!ドン引きです!!』って言って冷たい視線を送って来たけど、俺はそれでへこたれないぜ!!

 そんなこんなでうちの部隊のリーダーであるユウをどうにか連れ出して、ユウとアリサとサクヤさんを連れて旧寺院に来たけど…

 

「…おい、コウタ…」

 

「…はい…」

 

「何で正座させられてんのか…分かってんだろうな?」

 

 現在待機ポイントの板の間で絶賛正座させられてます。板の間に直で正座だから足が痛い。

 

「さ、作戦内容の一部を伝えずにユウキさんに女装させたからです…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そうだな…さて、 今回の任務…内容の確認だ。」

 

 そうとも、ユウは男…でも顔は女の子…所謂男の娘ってやつだ。どうにかして作戦の成功にはユウが女の子の格好をしないとダメだって伝えて、どうにか女装させたんだ。

 メッチャ渋ってたけど、コウタがそこまで言うならって言って着替えてきたユウは控えめに言って美人だった。『美人女子高生キター!!』ってなったのにこっちに着いてアリサから作戦の全容を聞いた途端に、鬼か悪魔のような顔になって俺のこと睨んできた。うん、メッチャ睨んでる。マジで恐い。

 

「今回はゲリラ戦を担当する第一部隊が主として運用する、アラガミの掃討任務、ならびに行方不明となっている雨宮リンドウ大尉の捜索…だよな…?」

 

「…はい。」

 

「だが第一部隊には広域捜索の許可は出ていない…だから雨宮リンドウ大尉の好きなもので誘き寄せる…と…これで間違いなはないな?」

 

「…そ、そうです…」

 

 お願いだから怒りと狂気に染まった鬼みたいな目で俺の事見ながら超絶ドスの効いた低い声で任務の確認しないで超恐い!!

 

「では質問だコウタくん…そのリンドウさんが好きなものってのは何だ?」

 

「お、女の子…です…」

 

「なるほど…で?この状況、何かおかしな事があるよな?分かってんだろ?」

 

 マ、マズイ…ここで失敗したら俺の命は無い!!考えろ藤木コウタ16歳!!何とかしてこの場を和ませてそこから謝り倒してこの危機を脱しなければ!!

 

「え、えっと…あ!!そ、そうだ!!ビール!!ビールが足りて『バギャッ!!』…ないです…」

 

 え?今、俺の右頬の辺りに足が飛んできたぞ?あ、ユウ今スカートだからパンツ見える。黒のトランクスか…いや、そんな事はどうでも良いや。え?何?俺の横に伸びてる足、後ろの木の板貫通してんだけど…?メッチャデンジャラスなんだけど?冗談抜きに恐いんだけど?

 …っべぇよマジやべぇよマジギレしてんじゃん…こりゃあもう変に和ませようとか考えたら殺されるわ…

 

「お前が作戦の成功には俺の女装が必用だっつったからくっそ恥ずかしい思いをしながらここに居るんだよ…それがなんだ?蓋を開けてみれば俺が女装する必要なんてねぇじゃねぇかよ…何だって嘘ついてまで女装させやがったんだ?嘗めてんのか?だいたいリンドウさんはそこまで女好きじゃねぇと思うんだけどよ?どう思うよ?」

 

「い、いや…その…リ、リンドウさん…しょっちゅうデートがって言ってたし…そ、それにユウの女装…に、似合うかなぁ『バスンッ!!』…って…」

 

 ん?正直に動機を言ったら何か神機が俺の左頬を掠ったぞ?しかも神機の刃が俺の方に向いてるじゃん…そ、それにユウの目イッてるしなんかドス黒いオーラ出してる?!マジで殺しに来てるうぅぅぅう!!サクヤさんアリサ助けてぇぇぇぇえ!!

 

「じゃあ何か?似合いそうだから嘘ついて女装させたって事なのか?どうなんだ?何とか言えよ?」

 

 母さん…ノゾミ…ゴメン…俺、ここまでみたいだ…最後に2人の顔…みたかったな…

 

「ね、ねぇ…そろそろ止めた方が良いんじゃないかしら…本当にコウタの事殺しそうよ…」

 

「そ、そうですね…ちょっと行きます…」

 

 ナイス!!サクヤさん!!アリサ!!これで取り合えず話の流れは切れるはず!!1度仕切り直して土下座で謝れば…

 

「あ、あの…もうすぐターゲットが作戦領域に「あ"?」ご、ごめんなさい!!」

 

 うそぉ…強気なアリサを眼力だけで黙らせるってどんだけこえぇ顔してんだよ…ん?アリサが何か言ってる?『無理です!!あんな恐い顔のユウを止めるなんて私には出来ません!!』…あ、半泣きになってる…こりゃあ終わったかなぁ…

 

  『キュラアァァ!!』

 

「チッ…仕方ない…作戦内容の確認だ…」

 

 ナイス!!正体の知らないアラガミさん!!これで取り合えず俺の命は繋がった!!マジで助かった…おっと、確認作業にが始まるから早く行かなきゃ。

 

「今回は強力なオラクル反応を示すアラガミの討伐、ならびにリンドウさんの捜索…だが周囲にもアラガミの反応があるため、任務に時間をかける事は出来ない。手早く片付けるぞ。」

 

「「「り、了解!!」」」

 

 うっ!!やっぱりすげぇドスの効いた声…やっぱこえぇ…こりゃ任務終わりに土下座で謝って許して…

 

「それからコウタ…任務が終わったら部屋に来い…来なければこっちから迎えにいくからな…」

 

「…り、了解…」

 

 あ…終わった…謝罪も受け付けないって感じだ…

 

 -5分後-

 

 ターゲットの鳴き声を聞き、ユウキ達は近くを探索する。すると本殿に来たところで、灰色のサリエルの様なシルエットが食事をしているのが目に入る。

 その様子を物影に隠れながら観察していると、そのアラガミは蝶を思わせる体つきはサリエルやその堕天種と同じだが、上半身は完全に男性のそれで、立派な髭を生やした厳つい顔は初老の男性その物だった。

 

「うげっ!!サリエルみたいな体にオッサンの顔かよ…女装趣味か?あのアラガミ?」

 

「ちょっ?!コウタ!!今それを言うのは不味いですって!!」

 

「え?…あ”っ!!」

 

 『やべぇ…地雷踏み抜いた…』と後悔しながらコウタは『ギギギ…』と壊れた機械の様な鈍い動作でユウキを見る。

 

「『アイテール』…サリエル神属第二接触禁忌種…」

 

 相変わらずドスの効いた声で目の前のアラガミの解説をする。

 

  『キュラアァァア!!』

 

 アイテールはユウキとコウタの声でこちらに気が付いたのか、ユウキ達の方に向き直り威嚇する。

 

「堕天種と同様、猛毒を含むレーザーと言った搦め手を使ってくる…けど…」

 

 そこまで言うと、ユウキはアイテールに向かって走り出して、一気に距離を詰める。

 

「当たらなきゃどうってことはねぇ!!」

 

 叫ぶと同時にユウキは飛び上がり、空中に居るアイテールに斬りかかる。

 

「ジャラァ!!」

 

 ユウキの威勢の良い声とは裏腹に、アイテールは後ろに下がってユウキの攻撃を避ける。結果、攻撃が空振りした状態で隙だらけなユウキにアイテールの額の目から放たれたレーザーが迫ってくる。

 

「チィッ!!」

 

 ユウキが舌打ちと共に神機を振ると、レーザーが刀身に当たってそのまま弾けて消えていった。

 

(思ったより衝撃があるな…刀身へのダメージが大きいか?)

 

 切れて頭に血が上っているように見えて思いの外冷静だった。先程レーザーを弾いた時の衝撃とさらなる強化をしたはずの護人刀・真に焼け焦げた様な黒い痕が着いていたのを見て、刀身でレーザーを弾くと言うのはやらない方が良いだろうと考えていた。

 

「今です!!」

 

「そこよ!!」

 

「当たれぇ!!」

 

 空中に居るユウキを追撃するため、アイテールが再び額の目に光を集めようとしたが、3方向からの銃撃に追撃を中断され、その間にユウキが着地する。結果としてアイテールの後ろにアリサ、右側にコウタ、左側にサクヤとアイテールを包囲するような陣形を取る事になった。

 

「援護は任せる!!アリサは状況を見て捕食だ!!」

 

「はい!!」

 

 そう言うとユウキは再度アイテールに飛び込んで接近戦を仕掛ける。対してアイテールは偏向レーザーを射つ準備として、再び額の目に光を集める。

 

「させない!!」

 

「やらせるかよ!!」

 

 サクヤとコウタの援護でアイテールは上体を反らしながら後ろに下がり、2人の放った弾丸を躱す。そして放たれた銃弾がクロスしたところをユウキが飛び込むが、アイテールの放った偏向レーザーがユウキに迫ってくる。しかし、サクヤ達の攻撃を避けた事で狙いが逸れ、偏向レーザーでもユウキを追いきれなくなっていた。

 

「ゼァ!!」

 

 がら空きになったアイテールに追い付くと、ユウキは神機を振り下ろす。しかし、アイテールは咄嗟に右に避けると神機は左肩に食い込み、大きな裂傷を作りながらアイテールを地面に叩き落とす。

 するとユウキはそのまま神機を振り回して、剣形態で銃口が上になる様に構えると、インパルス・エッジを放ち、急降下して埃を舞い上がらせつつアイテールの頭から斬りかかる。

 しかし、アイテールは咄嗟に後ろに飛んでユウキの一撃避けるが、即舞い上がった埃の中からユウキが追撃するため、飛びかかって距離を詰めにいく。

 今度はアイテールの胴体を狙い横凪ぎに神機を振り、確実に捉えたと思っていた。しかし、アイテールは弧を描く様にユウキの上を飛び、再度攻撃を躱した。

 対してユウキは神機を振った勢いを殺す事なく右腕を外に振り抜いて、体ごと回転させて真上に居るアイテールに対して、スカートが翻るのも気にせずに左足で回し蹴りを当てていく。

 ユウキの足はアイテールの脇腹を捉えてそのまま右側に蹴り飛ばし、ユウキも神機を振り抜いた右腕で床を殴ってアイテールを追う。蹴り飛ばされたアイテールは体勢を崩しながらも複数の偏向レーザーをユウキに放つが、壁に激突した。

 ユウキは装甲を展開して複数の偏向レーザーを受け止めると、銃形態に変形して爆破弾を放つ。最初のレーザーで 軽く胴体に傷が付いたがのだが、ガストラフェテス新での爆発では何のダメージも与えられない。だが、衝撃までは無効にならないので、アイテールが怯んだ隙に剣形態に変形して再度ユウキは突撃する。

 しかしアイテールも殺される気はないようで、横に振った神機と同じ方向に移動して回避する。だが避けきる事が出来ずにアイテールのスカート部が切り裂かれて、結合崩壊を起こした。

 そしてユウキ自身も勢いを殺しきれずに、辺りに雪と埃を舞い上がらせながら壁に激突して破壊してようやく止まる。

 だが、間髪入れずにユウキはアイテールに再び向かっていく。ここまでの過程で辺りを破壊しながら攻め立てるユウキの姿は、怒り(半ば八つ当たりだが)に身を任せた力強い獣とも言えるようだった。

 

「は、速えぇよユウ!!援護が追い付かないって!!」

 

 しかし、何よりも驚いたのはスピードだった。陣が完成してからここに至るまで戦闘に10秒とかからなかったのだ。

 アイテール自身も決してこのスピードに追い付いているとは言えず、フラフラと飛び回った結果、何とか避けることが出来たり出来なかったりと言ったようだった。

 高速で動き回るユウキに対してフラフラと不規則に飛び回るアイテール…この状況では銃身を扱う者達にとっては狙いを定める事が非情に難しく、援護射撃が全く出来ない状況となっていた。

 

「チッ!!だったら…」

 

 再び攻撃を避けられたユウキは銃形態に変形する。

 

  『バババンッ!!』

 

 短い間隔でスナイパーであるガストラフェテス新から狙撃弾が連射される。その狙撃弾全てがアイテールの胴体に直撃する。

 

  『キュラァア?!』

 

 ユウキが放った3つのホールド弾でアイテールの動きが止まる。

 

「今だ!!総攻撃!!」

 

「よっしゃぁ!!」

 

「貫け!!」

 

 ユウキの合図と同時に、コウタとサクヤの神機が火を吹いてアイテールを撃ち抜いていく。

 

「いただきました!!」

 

「喰い潰せぇえ!!」

 

 アリサとユウキがチャージ捕食でアイテールを喰いバーストする。動けないアイテールに、アリサは後ろから、ユウキは少し飛び上がり頭を斬り、サクヤと コウタが胴回りを撃ち抜く。

 尾状器官、頭も結合崩壊を起こし、ボロボロになったアイテールにとどめを刺すため、ユウキが神機を振り上げる。

 

「これでッ…!?」

 

 しかし、アイテールのホールドが解除されたのか、突然飛び上がりユウキ達の攻撃を躱した。

 

  『キュラアァァア!!』

 

 アイテールが吠えると額の目から光を放つ。どうやら活性化したのようだったがユウキは気にした様子もなく、真上のアイテールに向かっていくため、両足に力を入れる。

 

  『キュラアァァア!!』

 

 アイテールが両腕を広げると足元から光の柱が登った。

 

「チィッ!!」

 

「ユウ!!」

 

 サリエルと比べて攻撃範囲が広くなっていた事もあり、かなりギリギリではあるがユウキは辛うじて避ける事ができた。

 

「ユウ!!渡します!!」

 

 サクヤとコウタが遠距離でアイテールに攻撃する中、アリサはユウキに受け渡し弾を渡してリンクバーストLv3に引き上げる。しかしアイテールは再び両腕を広げると、大きな光球が4つ現れた。全員が『何をするつもりだ?』と思っていると、光球は第一部隊全員に襲い掛かる。

 

「チィッ!!」

 

「うわっ?!」

 

「クッ!!」

 

「うぅっ!!皆大丈夫?!」

 

 かなり高い追尾性を持っていたため、全員が咄嗟に避けられたのは幸運だった。しかしその隙をアイテールは見逃さず、フラフラと縦横無尽に飛び回りながら体当たりを何度も繰り出して第一部隊を撹乱する。

 

「ガァッ!?」

 

「コウタ!!」

 

 フラフラと飛び回る軌道に次第に反応が追い付かなくなり、体当たりを受けてしまったコウタを気遣い、サクヤがコウタに声をかける。

 攻撃を避けるため、包囲陣を完全に崩してしまったところで、アイテールは偶然単独となったユウキと目が合う。

 

  『キュラアァァア!!』

 

アイテールはユウキに向かって真っ直ぐに体当たりしてくる。対してユウキもまた真っ直ぐにアイテールに向かっていく。

 

「フッ!!」

 

 小さく息を吐くと、ユウキはジャンプして体を右に傾けるつつ、神機を両手でしっかりと握り後ろに引く。そしてアイテールがユウキの真下に来る。

 

「ジャラァア!!」

 

 フルスイングで下からアイテールの顔面を斬り裂いた。その勢いでアイテールは頭から腹の辺りまでパックリ割れた様に斬り裂かれ、コアを剥き出しにして大きく後ろに飛ばされた。

 

  『キュルゥア?!』

 

 飛ばされながらも何とか体勢を直したアイテールがユウキを見ると、既に穿顎を展開して、とどめの準備が終わっていた。

 

「…死ね…」

 

 ユウキがボソッと呟くと、捕食口が空気を吹き出して一気にアイテールとの距離を詰める。突然の事で呆気に取られたアイテールは動くことも出来ずに、剥き出しになったコアを捕食され倒された。

 

「…標的は無力化した。時間いっぱいまで捜索するぞ。」

 

「「「は、はい!!」」」

 

 ユウキは相変わらずドスの効いた声で指示を出す。それを聞いたサクヤ、アリサ、コウタは思わず上擦った声で返事をする。返事をしたことを確認するとユウキは単独で捜索に入り、後の3人も捜索を開始する。

 しかし、時間一杯まで捜索したが、結局リンドウ本人はおろか手がかりも見つからず、全員待機ポイントに戻って来る事となった。

 

「残念だが作成は失敗だ。今回は引き上げよう。」

 

「「「了解…」」」

 

「それからコウタ…帰ったら…ワカッテルヨナ?」

 

「…はい…」

 

「よし…撤退するぞ。」

 

 最後の最後でユウキはコウタに絶望を与える一言をかけてから全員に帰投を命じた。

 

 -極東支部-

 

 任務の後、コウタは死んだ魚のような目でユウキの部屋に向かい、その日はそのまま何処にも現れる事はなかった。

 そして翌日、パンツ一丁でえびぞり亀甲縛りで縛られ、さらには目隠しに猿轡をされたコウタがエントランスの真ん中に吊るされていた。

 そんなコウタを眺めて、高笑いしながら端末の写真機能で連写しているユウキも居た。そんな2人を見た者は、ユウキを女顔で弄るのは止めようと心に誓ったそうな。

 そしてその様子を見た銀髪のロシアっ娘は後にこう言い残したそうな…

 

『超…ドン引きです…』

 

To be continued




後書き
 お久しぶりです。今回はバースト編のおバカ要素、リンドウさん誘き寄せ作成です。それから試しに一人称視点のモノローグを入れてみまたのですが…地の文と台詞で何度も同じこと言わないようにする等難しい点も多かったです。
 リアルの方も落ち着いたとは言えない状況ですが、コツコツと書いてまた投稿しますので、また暇潰し程度に読んで下さいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission65 絶望

「少年よ…これが絶望だ。」


 -食堂-

 

「おかしいです…」

 

 リンドウの捜索が再開されてからはや1週間、女性神機使い達が少し遅めの昼食を摂っている中、アリサの機嫌は悪かった。

 

「どうかしらね?あのくらいの歳の子ならフラッと出ていく位ありそうだけど。」

 

「1度や2度なら気にしなかったかも知れませんが…ここ1週間毎日朝帰りですよ?!絶対何かおかしいです!!」

 

 リンドウの捜索は多くの神機使いが捜索に出ているにも関わらず、成果はないと言える状況だった。その事に苛立ちを覚えてはいるのだが、それ以外にもユウキが毎日朝帰りをしている事が気になっていた。

 あの歳の男子ならば普通の事ではないかと言うサクヤに対してアリサはどうにも納得いかない様子だった。

 

「うーん…ユウの事だから、何があっても大丈夫だとは思うけど…何も言わないのは確かに心配ね。」

 

 ユウキの腕っぷしの強さは全員がよく知っている。そのため、誰かに絡まれても撃退出来るだろうが、何も言わずに出ていかれるとやはり心配にはなる。

 

「あ!!もしかして『彼女』が出来たんじゃないですか?」

 

「…え?」

 

 心配するサクヤの声をに反してカノンの爆弾発言にアリサが固まり、サクヤはマズいと言いたげな表情になる。

 

「あ、あり得ません!!そんなはずないです!!」

 

 彼女が出来て朝帰り…つまりは『そう言うこと』をしてきたと思い、アリサは羞恥と信じたくない気持ちから真っ赤になって反論する。

 

「でもあの子、押しに弱くて可愛い系の顔だし…年上のお姉さんに人気ありそうだけど?」

 

 今まで特に興味が無さそうに黙っていたジーナがユウキの外見と中身を考えて、どんな人に人気が出そうか話していく。

 

「居住区でお姉さんに声をかけられてそのまま2人で…なんて事があったかも知れないわね…」

 

「なっなっ…!!」

 

「あわわわ…」

 

 何があったのか、自分の予測で話していくジーナの声は情事を連想させる様な艶やかな声色で情欲的な雰囲気を出していた。

 何があったのか想像したアリサ真っ赤になって口をパクパクと動かして言葉にならない声を上げ、事の発端となった発言をしたカノンはそんな事まで考えてはいなかった様で、アリサと同様に真っ赤になってパニックになっていた。

 

「私もあの子がフリーなら狙ったわ。」

 

「ダ、ダメです!!絶対ダメです!!」

 

 ジーナがユウキを貰うと言うと、アリサは声を荒らげてダメだと言って必死に止める。

 

「フフッ冗談よ。確かにあの子は魅力的だけど、今は戦場での命のやり取りに夢中だもの。」

 

 悪戯な笑みを浮かべるジーナを見ると、アリサは気が抜けた様に肩を落とす。

 

「もう…そうやってアリサに意地悪しないでよ?後から落ち着かせるの大変なんだから…」

 

「フフフ…ごめんなさい。ムキになって反応するから、つい…ね。」

 

 やはりただからかっていただけのようだ。ユウキの事で暴走したアリサを影で落ち着かせてるサクヤにとっては、意図的に暴走させられてはたまったものではないと言うのが本音だった。

 そんな中、突然4人を呼ぶユーリの声が聞こえてきた。

 

「あっ!!アリサさん!!カノンさんにサクヤさんにジーナさんまで!!今お昼ですか?」

 

「はい。もう終わりそうですが…」

 

 そこにはユーリ、アネット、フェデリコのルーキー3人がトレーを持って立っていた。

 ユーリの質問に申し訳なさそうに話すカノンの元にはほとんど空になった皿が置かれてある。他の人も同様に、もうほとんど食べ終わっている様だった。

 

「じゃあ途中までご一緒してもよろしいですか?」

 

「はい、いいですよ。」

 

 同席の許可がアリサから出ると、ユーリは小さくガッツポーズをしていた。当人は上手く誤魔化しているようだったが、端から見るとバレバレだった。

 

(前途多難…ね…)

 

(モテるわねぇ…アリサ本人は気付いてないみたいだけど…)

 

 そんな様子を見てサクヤとジーナは似たような事を考えていると、カノンが3人に話しかける。

 

「3人は任務だったんですか?」

 

「はい。神裂先輩と俺たち3人でシユウの討伐任務に。何とか3人だけで倒せましたよ。」

 

 どうやら3人だけでシユウを倒してきたようだ。その時の様子をフェデリコが話していく。

 

「確かこっちに来てから1ヶ月位でしたよね?凄い速さで強くなってますね!」

 

「いやぁ、僕たち3人ともここに来る前に基礎訓練と演習は済ませてあるので、実質2ヵ月ちょっとってところですね。まだまだ精進しないとあっという間に周りに置いてかれちゃいます。」

 

「それでも十分に早いですよ。自信を持って良いと思います。」

 

「ありがとうございます。」

 

 極東支部に来る以前に行った基礎訓練や演習の分を入れると、新人3人は既に2ヵ月程神機を握って戦っている。その事を考えても、連携を取って中型種を倒せる様になっている辺りその成長速度は侮れないものだ。そこを素直に誉められてユーリは何処か嬉しそうだった。

 そんな中、ユーリはユウキが食堂に入ってきたのを見つけた。

 

「あ、神裂先輩!!」

 

「ユーリさんケガしてるじゃないですか!!」

 

 手を振っているユーリの右腕には包帯が巻かれていた。それに気が付いたアリサが思わず声をあげる。

 

「え?ああ、でも大したケガでもないですし、神裂先輩に応急処置はしてもらいましたので特に問題は…」

 

「ダメですよ。オラクル細胞による攻撃を受けたのなら、ちゃんと除染処置もしないと。傷口からアラガミのオラクル細胞が入り込んで身体に異常が出るケースもあるんですから。」

 

「は、はい…じゃあお昼の後に行きます。」

 

 傷口からオラクル細胞が入り込むと、今のユウキと同じ様に身体に2つのオラクル細胞を宿す事になる。放っておけばアラガミ化や内側から喰われて肉塊になる。

 幸い、ユウキのように偏食因子を取り込んだユウキと違い、オラクル細胞は偏食因子程小さくない上、オラクル反応で追うことも出来る。直接摘出も可能な上、どのアラガミの細胞を取り込んでしまったか分かれば沈静化も可能だ。

 しかし、それも取り込んでから然程時間が経っていなければの話だ。時間が経ってしまえばオラクル細胞による侵食が進んでしまう。そうなると治療も出来なくなるので、アリサは早く治療に行くように言っているのだ。

 

「もう…」

 

「…ここにいたんだね。探したよ。」

 

 ユーリ達の元に行く途中にもユーリの世話を甲斐甲斐しく焼くアリサの2人が見えていた。それを見てから『何だろう…モヤモヤする?何か変な感じだ…確かリンドウさんの神機を使ってから初めて自分の神機を使った時もこんなだったような…』と思っていた。

 

「ユウ!!ちゃんと除染処置をするように言ったんですか?ユーリさんまだ医務室に行ってない見たいですけど?」

 

「え?まだ行ってなかったの?」

 

 ユウキ自身は帰ってきたらちゃんと除染処置をするように言ったはずなのだが、未だに医務室に行ってない事に驚いていた。

 

「あ、えっと…私のお腹が鳴っちゃって…それでご飯を優先してくれたんです…」

 

 『あはは…ごめんなさい…』とアネットが苦笑いしながら説明する。

 

「そっか…除染処置は大事だから、次からは気をつけて。」

 

「はい。」

 

「となると、除染処置の事も考えると…1時間…いや、1時間半後に次の任務だ。この任務では君たちが一人前になれたかをテストする。」

 

 ともかくオラクル細胞を取り込んでしまったかの確認はしなければならない。医務室に行くようにもう1度言うと、ユウキはユーリ、アネット、フェデリコに次の任務の予定を伝える。

 

「それって…もしかして…」

 

「ああ。3人だけで大型種の討伐だ。俺も万が一に備えて同行するけど、君たちなら出来ると判断した。期待してるよ。」

 

 その目的は新人達が1人でも任務をこなしていけるのか、実力を図るものだった。新人達が期待と不安が入り交じった声色で任務の確認する中、伝える事を伝えると、ユウキはそのまま踵を返してしまった。

 

「あれ、先輩ご飯は…?」

 

「先に報告書を済ませるたいから後にするよ。任務には間に合わせる。気にしないで。」

 

 アネット達はユウキと昼食を摂るつもりだったが、やることを済ませてからと言うと今度こそ食堂を出ていった。

 

「あっ!!ユウ!」

 

 アリサは思わず部屋を出ていくユウキを追いかけに行った。

 

 -廊下-

 

「ユウ!!待ってください!!」

 

「…何?アリサ。」

 

 ユウキを追いかけてきたアリサが話しかける。それにユウキは一瞬の間を置いて答える。

 

「…私達に何か隠している事…ありませんか?」

 

「…いや、ないよ。」

 

「…そうですか…」

 

 何処かギクシャクした空気の中、アリサが探りを入れていく。ユウキも居心地の悪さを感じながら答えていく。

 

「なら、ここ最近の朝帰りは何ですか?」

 

「…何でもないよ。アリサには関係のない事だ。」

 

 リンドウを探して見つけたとして、アラガミ化が手の施しようのないレベルまで進行していた場合、リンドウを殺さなければならない。そんな事をバカ正直に話せるはずもない。

 

「そうですか。リンドウさんを探さなければならないこんな時に、年上のお姉さんの彼女作って遊んでたんですね!!信じられません!!」

 

「なっ!!何でそうなるんだよ?!そんなんじゃないって!!」

 

 だが、食堂でユウキに彼女が出来たと言う話題になったせいもあり、アリサの中では『彼女を作って遊んでいた。』と言う結論で固まってしまっているのだ。

 当然ユウキには身に覚えのない話なので、訳の分からない疑いをかけられた事で声を大にした上に怒りを見せ始める。

 

「なら何をしてたんですか?!疚しい事をしてないなら教えてくれても良いじゃないですか!!」

 

「…それは出来ない。だいたい、何の権限があって俺の事を探ってるんだよ!!1から10まで何をしたかアリサに報告しなきゃいけないのかよ?!」

 

「そんなこと言ってないじゃないですか!!」

 

「アリサが言ってるのはそう言う事じゃないか!!」

 

 とうとうユウキとアリサで喧嘩になった。互いに大声で喧嘩している事もあり、その声は食を始め、至るところに届いていた。

 

「はいはい、2人とも落ち着いて。こんなところで喧嘩したら他の人にも迷惑よ?」

 

「「…すいません。」」

 

 騒ぎを聞き付けたサクヤが2人を止める。ここで2人は少し頭が冷えたのか、ようやく自分達の声が辺りに響いていた事に気付いた。

 

「もう…で?何があったの?」

 

 『まあ、何が原因かは分かってるけどね。』と心の内でサクヤは思っていた。大方ユウキの朝帰りの件だろうと考えていると、ユウキがいつもより低く、静かな声で答える。

 

「…何でもありません。報告書の件もあるので、これで失礼します。」

 

「あっ!!ちょっと!!」

 

 そう言うとユウキはそのままエレベーターに乗り込んで去った行った。

 

「…はぁぁぁ…やっちゃいました…」

 

「何があったの?」

 

 冷静になると同時に自身の失態に嫌気がして、アリサは思わず両手で顔を覆いその場にしゃがみこんで落ち込んだ。ほぼ何が原因か分かっているが、念のため事情を聞こうとサクヤが話しかける。

 

「…ユウの朝帰りが続く件…問い詰めたんですけど…何をしていたか話してくれなくて…挙げ句彼女を作って遊んでたと決めつけて…勝手に怒ってユウに酷い事言って…絶対嫌われてしまいました…」

 

「ユウを取られたと思って焦っちゃったんでしょ?大丈夫よ。ちゃんと謝ればあの子は許してくれるわ。」

 

「…はい…」

 

 ユウキが自分の知らないところで他の女の彼氏になったと思うとショックで思いもしない事を言ってしまった。サクヤはその事を見抜いて、責める事をせずに、謝るように促したのだ。

 しかし、これはアリサがユウキに好意を持っていることが周りにバレていると言うことだと分かり、赤面するのはまだ先の話である。

 

 -エレベーター内-

 

(マズいな…まさかもう気付かれていたなんて…)

 

 自室に向かうエレベーターの中、早くも抜け出している事がバレているのだと、心の内で焦りを感じていた。

 

(でも…伝える訳にもいかない…リンドウさんを殺さなければならなくなるかも知れないなんて…)

 

 リンドウを発見した際、取り返しの着かないところまでアラガミ化していたら、その時は殺さなければならない。未だに決心がつかない。考えたくはないが、最悪その状況も考えなければならない。

 しかし、今になってリンドウを殺す可能性を伝える事など出来るはずもない。

 

(そうならない様に…夜中にアナグラを抜け出してるんだけどな…)

 

 少しでも時間を無駄には出来ない。その為に夜中でも単独で捜索に出ているのだ。それを誤解されたのは遺憾ではあるが、正直に全て話す事は出来ない。

 

(そうだ…全部…俺が方をつければ良いだけの話だ…)

 

 ならば最悪の可能性を知っている自分が全てを終わらせるのが得策だろう。踏ん切りはついていないが、万が一リンドウを殺す様な事態になれば、誰にも知られずにそれを実行すれば良い。そうすれば皆希望を捨てずにリンドウの幻影を追い続けるだろう。それにもしリンドウを殺したとバレても自分が責められるだけの事…少し前と同じ状況になるだけだ。

 勿論そうならないのが1番良いのだが、ここ1週間で手がかりが無かった事を考えてると、もう最悪の可能性も無視できなくなってきていると、ユウキは実感していた。

 

(…アリサに謝っとかないとな…)

 

 エレベーターがベテラン区画に着いた頃、喧嘩したアリサに謝らないといけないなと考えながらエレベーターを降りて行った。

 

 -贖罪の街-

 

 ユウキとアリサが喧嘩してから約束2時間後、ユウキ、ユーリ、アネット、フェデリコは旧市街地にやって来た。

 その理由は当然…

 

「やあぁぁあ!!」

 

「せい!!」

 

「当たれ!!」

 

 極東ではルーキー卒業の目安となるヴァジュラの討伐だ。ヴァジュラはフェデリコに飛びかかってきたが、フェデリコは装甲を展開して防御する。

 そして今度は着地の隙にアネットが神機を振り下ろしてヴァジュラの前足に強打を叩き込む。

 ヴァジュラが痛みで怯んだ隙にフェデリコが装甲を収納し、袈裟斬りを繰り出し、ユーリが銃形態でオラクル弾を連続で撃ち込んでいく。

 しかし、ヴァジュラもすぐに体勢を立て直すと、アネットの方を向いて腰を落としてバチバチと帯電し始める。

 

「アネット!!一旦下がって!!」

 

「わ、分かった!!」

 

 ユーリの指示でアネットほ後ろに跳んで、ヴァジュラと距離を取る。すると、ヴァジュラは前面に雷球を1つ作り出す。

 

「電撃が来る!!フェデリコ!!アネットのフォローに!!」

 

「了解!!」

 

 フェデリコがアネットの前に立つとヴァジュラは雷球を発射する。それをフェデリコが装甲で受け止めると、アネットが後ろから飛び出して神機を振り下ろす。しかしヴァジュラは右に飛び出して回避した。

 

『成る程…やっぱり個々の状況判断能力には差があるか…単機の能力としては及第点だけど、統率者の元での連携は合格点か…ここまで見た限りではもう毎度俺が同伴する必要は無さそうだな。』

 

 ユウキは壊れた教会の上に座り込んで3人の戦闘を見ていた。ここまでの動きを見る限り、連携を前提として出現するのであればもう自分が着いていく必要は無いだろう。

 そう考えていると、状況が変わってきた。ユーリがアネットの攻撃を避けたヴァジュラを追撃しようとオラクル弾を発射するが、縦横無尽に走り回るヴァジュラを捉えきれずに苦戦しているようだ。そんな中、ヴァジュラはフェデリコの方に突進してくる。

 

「「フェデリコ!!」」

 

 しかしフェデリコは避ける様子はない。装甲を展開してヴァジュラの突進を防御すると、体を僅かに左にずらしてヴァジュラに密着する様に横を抜けていく。

 

「くらえぇ!!」

 

 装甲をしまうとヴァジュラの頭に神機を振り下ろして結合崩壊を起こす。

 

 

  『ガアァァァア!!』

 

 頭を結合崩壊させられたヴァジュラが怒りで活性化する。電撃を纏って周りに飛びかかり、3人に襲いかかる。

 

「うわっ!!」

 

 ヴァジュラはまず手始めに近くに居たフェデリコに襲いかかる。フェデリコはどうにか避けられたが、ヴァジュラはそのままアネットとユーリに飛びかかる。

 

「キャァァァ!!」

 

「ウァァァア!!」

 

 体当たりはどうにか避けられたが、ヴァジュラの纏う電撃を受けて2人は感電する。

 

「アネット!!ユーリ!!こいつ!!」

 

 フェデリコがフォローのため、モタつきながらも銃形態に変形してスナイパーの銃身から狙撃弾を撃って牽制する。

 しかし、縦横無尽に走り回るヴァジュラには思うように当たらず、結局蛇行させるのが精一杯で、ユーリとアネットへの接近を許してしまった。

 

「く、くそっ!!」

 

 このままではマズいと感じて、フェデリコは剣形態に変形してヴァジュラに向かっていく。

 

  『ガアァァァア!!』

 

「フェデリコ!!目を閉じろ!!」

 

 ヴァジュラがユーリに飛びかかる。『間に合わない』そう思ったとき、ユーリから指示が飛んできた。そしてその指示で、これから何をするかを理解して、フェデリコは目を閉じる。

 

  『バァンッ!!』

 

 破裂音と共に辺りが閃光に包まれる。スタングレネードで視力を奪われたヴァジュラは動揺して動きを止め隙ができる。

 

「今だ!!捕食して総攻撃!!」

 

 ユーリの指示でフェデリコと電撃を受けたアネットもチャージ捕食の体勢になる。3方向から捕食して全員がバーストする。フェデリコはそのまま剣形態で切り刻み、ユーリは弐式で再度捕食、アネットはチャージクラッシュの体勢になる。

 

  『ガアァァァア!!』

 

「グアッ!!」

 

 しかし、予想よりも早くヴァジュラが視力を取り戻し、さっきから切りつけてくるフェデリコに後ろ足で蹴る。辛うじて避けられたが、ヴァジュラが動かないアネットの方を向くのを許してしまった。

 

「させない!!」

 

 ユーリが足止めのためにヴァジュラの横からアラガミバレットを放つ。ヴァジュラは咄嗟に後ろに跳んだ事で、マントにアラガミバレットが当たり、マントが砕け散った。

 さらには後ろに跳んだ事でフェデリコとの距離も縮まり、フェデリコは咄嗟に神機を構える。

 

「ダァァァア!!」

 

 フェデリコが袈裟斬りでヴァジュラの後ろ足を切り落とす。ヴァジュラが足を失い、動けなくなった隙にアネットがチャージクラッシュの準備を終える。

 

「アネット!!」

 

 そしてユーリが受け渡し弾を渡して、リンクバーストLv3に引き上げる。

 

「やぁぁぁあっ!!」

 

 動けなくなったヴァジュラに、リンクバーストLv3に引き上げられた神機のチャージクラッシュが叩き込まれる。

 

  『ズガアァン!!』

 

 轟音と共にヴァジュラが真っ二つに割れたミンチになる。しばらく新人3人は倒したと認識出来ていないのか呆けていた。

 

『どうにか倒したか。これなら任せても大丈夫かな。』

 

 教会の上から戦闘を見ていたユウキはもう自分が着いていく必要は無さそうだと感じ、今後は彼らだけで任務に行ってもらおうと考えながら教会上から飛び降りて、3人の近くに着地する。

 

「3人共お疲れ様。良い連携だったよ。」

 

 ユウキの声を聞いて3人はようやく我に帰ったようだった。

 

「あ、せ、先輩…」

 

「あの、俺達…」

 

「勝ったん…ですよね?」

 

 未だに自分達だけで大型種を相手にできた事が信じられないのか、たどたどしく任務が終わったのかと聞いてくる。

 

「うん。君たち3人の力で勝ったんだ。これで3人とも一人前の神機使いだね。」

 

「や、やったよ!!勝ったんだ私たち!!」

 

「あ、ああ!!俺達の…自分達の力で勝ったんだ!!」

 

「うん!!これで…これで僕達も一人前の神機使いだ!!」

 

 ユウキの言葉を聞いて一人前となれた事に感激しているのか、3人で肩を組んで喜びを分かち合っている。そんな光景を微笑ましく思っていたユウキだった。

 

『ピリリリッ!!』

 

 だが突然ユウキの端末に連絡が入り、ユウキは意識を端末に向け、電話に出る。

 

『ユウキさん!!聞こえますか?!』

 

「はい、聞こえます。何かあったんですか?」

 

 電話の相手はヒバリだった。何やら慌てた様子だったので、用件をすぐに聴くことにした。

 

『先程、外部居住区周辺にアラガミの群れがやって来ました!!そちらは防衛班で対応しているのですが、遠方から未確認の大きなオラクル反応を示すアラガミも確認しています!!禁忌種の可能性を考慮して、ユウキさんには迎撃に出て欲しいのです!!連闘になりますが…お願いします!!』

 

「了解!!すぐに向かいます!!ナビゲートは任せます!!」

 

『分かりました!!』

 

 どうやらアラガミの群れが外部居住区に近付いてきており、防衛班がその対処をしているようだ。しかもそれとは別の未確認の反応を出しているアラガミも近付いてきている。確かに禁忌種の可能性を考えると即座に向かわないといけないだろう。

 ヒバリに現地へのナビゲートを頼むとユウキは1度通話を切った。

 

「先輩?一体何が…?」

 

 さっきまで一人前になれたと無邪気に喜んでいたアネットが何処か不安そうな面持ちでユウキに何があったのか聞いてくる。

 

「外部居住区にアラガミの群れが向かっている。すぐに迎撃に向かう!!早く車に乗れ!!」

 

「「「はい!!」」」

 

 外部居住区にアラガミが迫っている。それを聞いた3人は、思ったよりも切迫した状況だと理解して、さっきまでの浮かれた雰囲気を捨て去った。

 ユウキの指示で全員がすぐに待機ポイントのジープに乗り込み、ヒバリのナビゲートで現場に急行する。

 

「あの、俺たちは防衛任務ではどうしたら…?」

 

「いや、皆はそのままアナグラに帰投するんだ。色々と消耗した状態での連戦だと防衛班の邪魔になる。」

 

 フェデリコは現地に着いたときたの動きをどうするのかを確認したいようだ。しかし攻撃を受け、体力も消耗し、携行品もいくつか使った後では戦力としては不安がある。 

 確かに彼らは一人前と言えるほどに成長したが、まだ入り口立ったばかりだ。半人前と一人前の境目を行ったり来たりしている状態では無理をさせる訳にはいかないと言うのがユウキの本心だった。

 

「車は最後には皆に渡すから、これに乗って帰投するんだ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 3人は素直にユウキの指示に従う。正直な所、ユウキはここで自分も行くなどと言わない子達で本当に良かったと内心思っていた。

 

 -外部居住区近辺の廃工場-

 

 アラガミの群れが外部居住区に近づいてくる中、付近にある廃工場が進路にあるので、防衛班はそこで防衛線を張り、迎え撃つ作戦を展開している。そしてタツミ、カレル、シュンの3人は群れのほとんどを倒しきり、残るはコンゴウ1体となっていた。

 

「貫け!!」

 

「ダアッ!!」

 

 カレルが雷属性のバレットを撃ち込むとコンゴウは怯み、その間にシュンの袈裟斬りが決まる。するとコンゴウが大きく仰け反る。

 

「よしっ!!この調子だ!!このまま倒しきるぞ!!」

 

 その隙にタツミが身軽なショートブレードで連続切りを決めていき、コンゴウがダウンする。しかし、その視界の端に別のコンゴウか近づいてくるのが眼に映る。

 

「クッ!!新手か!!」

 

 ダウンしたコンゴウにとどめを刺す前に、別のコンゴウがタツミ達から見て右側の建物の影から現れて、タツミに殴りかかって攻撃を仕掛ける。タツミは後ろに跳んで回避すると、ダウンしたコンゴウが体勢を立て直す。

 

  『グオォォオ!!』

 

 しかし、右側の建物の影から咆哮と共に黒いハンニバルが高速で走りながら現れた。

 一瞬のうちにコンゴウとの距離を詰めると、右足を前に踏み込んで左足を前にして左フックを繰り出して、コンゴウを壁に叩き付ける。その後、間髪入れずに右足で踏み込み、右ストレートでタツミ達がダメージを与えたコンゴウを殴り飛ばす。

 だが最初に殴り飛ばしたコンゴウは即座に体勢を立て直し、黒いハンニバルに後ろから飛び掛かる。それをバク転で躱し、コンゴウと向き合うタイミングで鋭利な爪を振り下ろすと、コンゴウは一撃で爪に引き裂かれてコアごとバラバラになる。

 さらにはもう1体のコンゴウは、元々ダメージを受けていたこともあり、体勢を立て直しきれていない隙に、黒いハンニバルはコンゴウの腹部に勢い良く爪を突き立てて、後ろの壁を砕きながらコアもろともコンゴウを貫いた。

 

「おいおい、こいつは…かなりマズいぞ…」

 

「な、何だよ…この化け物…」

 

「敵は単体だ!!全員散開して逃げ続けろよ!!」

 

 タツミの言う通り、今まで相手にしていたコンゴウは黒いハンニバルが一瞬で全滅させた。残る敵は黒いハンニバルのみ。散開してしまえば逃げること自体は難しくない。動揺するカレルとシュンに逃げるように指示を出すが、それを邪魔するように黒いハンニバルは右フックを放つ。

 辛うじて後ろに跳んで躱すと、今度は右腕で凪ぎ払うように裏拳でタツミに攻撃する。それを装甲で防御するも、衝撃を殺しきれずに弾かれて後ろに飛ばされて背中から着地してしまった。

 

「うぁっ!!」

 

「「タツミ!!」」

 

 カレルとシュンが思わずタツミの身を案じる。

 

「はは…こいつは…マジでヤバいな…」

 

 起き上がるタツミと黒いハンニバルが睨み合う。追撃のため、腰を落とし始める所を見て、自身の命運もここまでかと感じていた。

 しかし、そんな中黒い人影が全速力でタツミ達の元に向かっていた。

 

『ユウキさん!!目標との接触まで、あと100mです!!タツミさん達の援護、お願いします!!』

 

「了解!!」

 

「「「ユウキ?!」」」

 

 ユウキがヒバリの通信に返事をすると、その声がタツミ達にも届く。思わぬ増援に3人は驚ていた。その間に右腕を振り上げた黒いハンニバルとタツミの間にユウキが割り込み、装甲を展開してする。

 

  『ガキィッ!!』

 

「ッ!!」

 

 しかし黒いハンニバルの拳を鈍い音と共にしっかりと装甲で受け止めた瞬間、ユウキの意識は一気に遠退いていった。

 

 -???-

 

「…ここは…何処だ?俺は…何だ?」

 

 感応現象によって、一面の雪と見覚えのある景色でユウキには全く身に覚えの無い記憶を体験する。『まさかアラガミと感応現象を起こしたのか?』と考えていると、誰かが呟く声がする。

 場所は恐らく旧寺院、声の主は他に人の気配は無い事から、このアラガミの声だろう。だが気になるのはその声がリンドウと同じ声だと言うことだ。しかも頭の中でもリンドウの声が何重にも響いて聞こえる。

 

「神機…どこやった…?」

 

 一瞬下を見ると、少し前にリンドウの神機と感応現象を起こした時に見た異形の右腕が目に入る。

 

「俺は…死んだのか…?」

 

 本殿のある上階から階段を下りて、中階に出る。どうにか歩けているが、意識がはっきりしてない上にフラフラする。

 

「そうだ…エイジス…エイジスはどっちだ…?」

 

 エイジスの事を気にした瞬間、ユウキ達第一部隊しか知らないはずのシオとの別れの場面を幻視する。

 

「あぁ…眠いな…」

 

 意識がはっきりしないと同時に異様な眠気が襲ってきた。

 

  『ドクン…』

 

 眠気に負けて意識を手放した瞬間、リンドウの中で何かの鼓動が響いた。

 

「アラガミ…?」

 

 次に意識が戻った時には、既に死体となったプリティヴィ・マータが目の前に横たわっているのが眼に映る。

 

「誰だ俺を呼ぶのは…?」

 

 エイジスから何かを感じ取り、エイジスを見た瞬間、急に意識が飛んでしまった。

 

  『ドクン…ドクン………ドクンッ!!』

 

 完全に意識が飛ぶ直前、2回小さな脈動を感じた後、一瞬間を置いて強い鼓動を感じた。それを最後に、完全に意識がなくなった。

 

「貴様らぁぁぁあ!!」

 

 次に意識が戻ったのは目の前にコンゴウが2体が映り、視界の端でタツミ、カレル、シュンが戦闘をしている最中だった。

 

「仲間に…手を出すんじゃねえぇぇぇえ!!」

 

 仲間がアラガミに襲われているのを見て、ただ怒りに任せて2体のコンゴウを殴り飛ばす。

 

「チッ!!浅かったか!!」

 

 どちらもまだ倒しきれてない事を確認すると同時に、1体のコンゴウが向かってくる。

 

「邪魔くせぇんだよ!!」

 

 コンゴウが向かってきたと思ったら、視界が急激に反転してコンゴウはバラバラになっていた。

 

「貴様らさえ居なければ…くたばれぇぇぇえ!!」

 

 もう1体のコンゴウは未だに体勢を立て直せていないようだ。それを確認すると、コンゴウの腹を貫いて倒した。

 

「アイツら…どうなった?」

 

 タツミ達の安否を気にして視界に入れた途端、自身の右腕が勝手に動き出す。

 

「ッ?!なっ!!何で?!体が勝手に?!」

 

 固く握った拳で右フックを放つ。辛うじてタツミが後ろに跳んで躱すが、間髪入れずに裏拳を放つ。

 

「クソッ!!避けてくれぇ!!」

 

 避けてくれと願うもそれは叶うことはなく、直撃こそしなかったがタツミは後ろに飛ばされた。

 

「ウロチョロしてんじゃねえ誰だ!!」

 

 飛ばされたタツミの方を見ると、黒い人影が走ってくるのが眼に映る。

 

「神裂?!」

 

 タツミ達の前に立ち塞がった人物を見ると、ユウキだった。しかし自由が効かず、なおも殴りかかろうと右腕を構える。

 

「クソッ!!止まれっ!!やめろぉぉぉお!!」

 

 願いも虚しく拳が振り下ろされ、ユウキの神機が展開した装甲を殴った所で、意識がホワイトアウトした。

 

 -外部居住区近辺の廃工場-

 

 感応現象が終わり、ユウキの意識が現実に戻ると、黒いハンニバルは拳を下げて、そのまま興味が失せたように工場の壁を軽々と飛び越えて去っていった。

 

「あ…お、追い払った…のか?」

 

「みたいだな。」

 

「サンキュー、助かったよ。」

 

 タツミ、カレル、シュンの3人は取り敢えず生きて帰れる事に喜んでいたが、ユウキにはそんな様子はなく、黒いハンニバルが去っていった後、俯きながら防御のために構えていた両腕をダランと垂らす。

 

『リンドウさんの足跡を追って、運良く彼を見つける事ができたとしましょう…その時、彼がアラガミとなって立っていたら、貴方は…そのアラガミを殺せますか?』

 

(何で…アイツからリンドウさんの記憶が…まさか…そんな…)

 

 生存が確定してからここ1週間、毎日必死で探したが結局見つかる事はなかった。もし黒いハンニバルがリンドウであるなら、今まで探していても見つからないのも当然だ。何せ外見が完全に変わってしまっているのだから、気付きようがないなのだ。だが、その最悪の可能性が現実になったと考えると全ての辻褄が合うのも事実だ。

 

(間に合わなかった…のか…?)

 

 ユウキの足元には完全に光を吸い込む程に黒い、完璧な形の羽が落ちていた。その『闇色の大翼』とも言える羽を拾い上げ、黒いハンニバルが去っていった方を見つめる。

 レンの語った最悪の可能性が現実になったと実感し、青ざめた顔でどうするか考える。だが思考が纏まることはなく結局真っ白になった思考では何をどうするか考えられる事もなかった。

 

「お、おーい…どうした?」

 

 ユウキの異変に気が付いたタツミが、ユウキの目の前で手を振ってみるが、

思考が真っ白になった状態ではそんな分かりやすいものさえ認識出来ずに、端から見るとユウキはただ空虚を凝視するだけのように見えていた。

 

 -極東支部-

 

 任務が終わり、闇色の大翼をペイラーに預けると、ユウキは自身の部屋の前に戻って来た。するとそこにはレンがユウキの部屋の扉に背中を預けて立っていた。

 幸い…と言って良いのか分からないが、すぐ近くの部屋の主であるサクヤは任務、ソーマは研究室に居るので、今会話を聴く者は居ない。全てを話すには丁度良いかも知れない。

 

「その様子では…リンドウには会えたみたいですね。」

 

 全てを見透かしたようにレンはユウキが話そうとしていた要件を言い当てる。

 

「で?どうしますか?認めたくない現実を目の前にして…それでもまだ、ありもしない希望を追い求めますか?」

 

 アラガミ化した人間は元には戻らない。それでもあの黒いハンニバルをリンドウとは認めずに、潰えた希望に縋るのかを何処か刺のある声色で聞いてくる。しかし、ユウキ自身はもうどうするか答えは出ている。

 

「いや、覚悟を決めたよ…」

 

 そう語るユウキの顔は俯いていて、表情を読み取ることは出来ない。

 

「俺は、リンドウさんを…」

 

 もうどうしようも無いのなら、せめて自身の選択がリンドウを救う事になると信じる事しか、今のユウキには出来なかった。

 

「…殺す…」

 

 リンドウを殺す…そう言って顔を上げたユウキの目は、かつて人形と呼ばれて居たときの様に、無機質で感情の無い目に変わっていた。

 

To be continued




後書き
 朝帰りの件でアリサと喧嘩、ルーキーズの成長、やたらと多い外部居住区襲撃、黒いハンニバルの登場とやたらに詰め込み過ぎて少し読みにくいかも…今後は気を付けねば…
 リンドウさんを殺す決断をしたユウキ、その選択は吉と出るか凶と出るか…次回、黒いハンニバルとの決戦!!の前に準備等のワンクッションです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission66 介錯

黒いハンニバルとの決戦準備の回です。今回はリッカとレンしか出ません。


 -神機保管庫-

 

 自室前でレンと話をした後、ユウキは神機の調整を頼みに神機保管庫に居るであろうリッカの元を訪れていた。

 

「リッカ?居る?」

 

 そう話しかけるユウキの目は、先程レンと話した時の様な人形と呼ばれていた頃の無機質な目ではなく、普段通りの大人しそうな目付きだった。

 

「ん?どうしたの?」

 

「神機の強化を頼みたいんだけど…」

 

 リッカは資料を読んでいたが、ユウキに話しかけられると資料を読むのを止めてユウキの方を見る。

 

「分かった。どの装備を強化するの?」

 

「全部。出来る所まで強化してほしい。」

 

 『全部』と言う言葉に多少驚きはしたものの、やれない事はない仕事だったので作業内容を確認する。

 

「と言うと…刀身4種と銃身、装甲も?」

 

「うん。可能な限り早くやってほしい。」

 

「おっけ!!」

 

 元気良く返事をすると、読んでいた資料を机に置いてユウキの神機を弄り始める。しかしユウキは資料を置かれた机の上に散乱した多数の制御ユニットが気になっていた。

 

「ねえリッカ、その大量の制御ユニットは一体…」

 

「新しい制御ユニットを開発してね。その試作機達なんだ。」

 

 そう言ってリッカは一旦作業の手を止め、その内の1つを手に取る。

 

「こんなに作ったの?」

 

「そうだよ。これが傷の治りを早める『プラーナ』、こっちは消音効果と隠密性能を高めて不意にキツい一撃を与える『アサシン』、これは細胞の結合を強めて防御能力を上げる『スルト』、それから今ユウが装備しているソルジャーよりも更に攻撃性能を高める『ベルセルク』!!ただ制御回路をどれだけ調整しても細胞結合が弱まって防御性能が落ちちゃうんだよね…ちょっとした攻撃ですぐに怪我とかしちゃうから、あまりオススメは出来ないね。まだまだあるけどすぐに使えるのはこんな所だね。」

 

「…」

 

 リッカは嬉々とした様子で新開発された制御ユニットの説明をしていく。現状、すぐにでも使える制御ユニットの説明を聞いたユウキは、顎に手を添えて、何か考え込んでいるようだった。

 

「どうかした?」

 

「リッカ、制御ユニットもベルセルクに変えてもらえるかな?」

 

 ユウキが制御ユニットを変更する様に頼むと、リッカは驚いて目を丸くした。

 

「え?あの…話聞いてた?ベルセルクは人体の細胞結合さえ弱めてしまうから防御力が落ちるどころか最悪自分の攻撃で自分の体を壊しかねないんだよ?!」

 

 リッカ曰く、ベルセルクは神機と神機使いの攻撃能力を大幅に上げるが、その代償として自身の身体の細胞結合をも弱めると言う欠点がある。この事はさっき話したし、オススメも出来ないと伝えたはずだった。なのにあえてベルセルクを選んだユウキの考えるが信じられなかった。

 

「大丈夫だよ…その辺は加減するし、攻撃なら当たらなければ良いだけだ。加減については今までだって似たような感じたったし、いざって時に強烈な一撃を与えられれば問題ない。」

 

 しかし、ユウキはリッカの忠告にも聞き入れずに、ベルセルクを装備するように頼む。 

 今回の任務では、アラガミ化したリンドウと戦う事になる。そうなった時、心の内ではリンドウをそう何度も攻撃したくないと言う思いもあった。リンドウを殺すと決断しても、いざ戦闘になると決心が鈍る可能性は十分にある。

 今回は黒いハンニバルだけでなく、自分自身の決心も敵になる。何にしても時間をかける訳にはいかないと考えた結果、火力を上げる事を選んだのだ。

 

「うーん…まあ、分かった。そこまで言うなら…」

 

「ありがとう。」

 

 リッカも渋々承諾し、装備の強化作業を始めていく。

 

「あっ!!それから、強化については優先度とかはある?」

 

「護人刀を強化して銃身はアルバレスト系列に強化、そこから装甲かな?後の刀身は順次強化って感じで。」

 

「分かった。」

 

 ユウキが強化の順番を指定すると、リッカは1度作業を始めたが、すぐにユウキの方に向き直る。しかし、その表情は何処か不安そうだった。

 

「…ねえ…」

 

「なに?」

 

 リッカは何処か遠慮がちにずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

「何か…いつもと雰囲気が違う気がする…何かあった?」

 

「そう?そんな事ないと思うけど?」

 

「…そっか…なら良いんだけど…」

 

 リッカの問いにユウキは何とか平静を装い答えた。これ以上ここにいると余計な事に気が付きそうな気がして、ユウキは早々にこの場から立ち去る事にした。

 

「じゃあ、装備の強化…頼むよ。」

 

「うん。そんなにかからないと思うから、日付が変わる前には終わると思う。それまで待っててね。」

 

「分かった。」

 

 リッカが作業終了の目星を伝えると、ユウキはそのまま踵を返して神機保管庫から出ていく。リッカはその様子に何故か不安を覚えながら見送った後、神機の強化を始めた。

 

 -自室-

 

 リッカに装備品の強化を依頼した後、ユウキは真っ先に自室に戻って来た。そこには本来であればこの部屋には居ないはずのレンが、暇そうにしながらソファーに座っていた。

 と言うのも、ユウキの部屋以外ではリンドウの件について話す事が出来ないため、レンを部屋に入れたのだ。

 

「準備は終わりましたか?」

 

「…」

 

 レンが話しかけるが、ユウキはそれに答える訳でもなく、目を伏せたまま自室のターミナルを弄り始める。

 

「つれないですね。無視しなくでも良いじゃないですか。」

 

「…誰のせいでこんな事をする羽目になったと思ってる?」

 

 レンがいじけた様な声色でありながらも冗談混じりな口調でユウキに再度話しかける。

 しかしユウキはレンを足蹴にし、苛立ちを隠す事なく再び人形と呼ばれていた頃の目でレンを睨む。

 

「僕を諸悪の根源みたいに言わないでください。僕が教えなくても、リンドウ抹殺の指令はいつか貴方がする事になるんですから。」

 

「…」

 

 『そう言う規則なんですよ。』とレンが付け足して説明する。かつてレンからアラガミ化した神機使いの処理方法を聞いた後、何かリンドウを救う手はないのかとノルンでアラガミ化について調べたが、結局有効な解決方法を見つける事は出来なかった。

 それどころか、アラガミ化した神機使いの処理方法の情報に、『部隊員がアラガミ化した場合、部隊長には介錯及び情報隠匿の義務が生じる』とはっきり書かれていた。

 今回のケースの様に部隊長がアラガミ化した場合については書かれていない。だがこの方法しかない場合、その後に隊長に就任した人間に介錯が回される可能性は大いにある。遅かれ早かれユウキがリンドウにとどめを刺す可能性はかなり高かったのだ。

 その事を実感すると、返事をする着も失せたユウキは無表情のまま無機質な目でターミナルに戻して再びレンの事を無視する。

 

「その顔付き…まるで人形と呼ばれてた時のようですね。」

 

 今のユウキの顔を見たレンが懐かしそうな雰囲気を含ませた声で話しかける。しかし、それを聞いたユウキは何処か違和感を覚えた。

 

(…?何でレンが…リンドウさんが話したのか…?)

 

「正気のままじゃリンドウを殺せない…だから自ら暗示をかけて心を殺し、一切の容赦を無くす…と?随分と器用な事をしますね。」

 

 よくよく考えると、かつてユウキが人形と呼ばれていた事を何故レンが知っているのかと言う所に疑問を持ったのだと気が付いたのだが、今はそんな事はどうでも良い。レン言葉に耳を傾ける事なく、携行品のチェックをしていく。

 

(まさかあの男の暗示を体験したことがこんな形で生きてくるなんて…世の中何が起こるか分からないものだなぁ…)

 

 そんな中、レンは呑気にユウキが『感情を殺す』と言う器用な事が出来たのかを考えていた。

 

「…本題は?」

 

 しばらくはレンを無視してターミナルを弄っていたユウキだったが、作業半ばでレンに意識を向ける。この状況で単に世間話をするためにベラベラと話していた訳ではないはずたと何となくだが感じて、その真意を聞き出そうとする。

 

「リンドウの居場所が分かりました。」

 

「ッ?!何処に居る?!」

 

 リンドウの居場所が分かったと言われると、ユウキは目を見開いてリンドウの居場所を聞いてきた。

 『感情を殺した』はずなのに、欲しい情報を聞くと無視を崩して動揺する辺りまだ完全に感情を殺しきれていないようだ。

 

「今現在は海の上…恐らく泳いでいるのでしょうかね?そのまま行けば行き先は…エイジスです。」

 

「エイジス…」

 

 迎え撃つ場所は決まった。ならば後は万全な準備をしていくだけだ。1度崩れた顔を無表情に戻して再度ターミナルを操作する。

 

「後は大きなものは神機の準備だけでしょう?貴方は周りに覚られないように出撃してください。」

 

「…分かった。けど、リンドウさんの神機はどうする?あの神機も俺が持ち出すのか?」

 

 ユウキはターミナルを触りながら今後の動きを確認する。以前レンから聞いた話では、アラガミ化した神機使いを殺すには、神機使い本人が使用していた神機を使わなければならない。ならば今回の相手にリンドウの神機を使う必要がある。その準備はどうするのかレンに訪ねる。

 

「その辺は僕が何とかします。貴方はいつもの様に出撃してください。でも…何度も言いますが、くれぐれも覚られないようにお願いします。」

 

「…分かってる。深夜に出るから、リンドウさんの神機は任せた。」

 

「ええ…それじゃあ僕は失礼しますね。時間になるまで仮眠でも取って調子を整えておいてください。」

 

 『それじゃあ。』と言ってレンはユウキの部屋を出ていく。そのままユウキはターミナルを操作していたが、携行品の準備が終わり、すぐに操作を止めてベッドに横たわる。

 

(やるしか…ないのか…?)

 

 自身にリンドウを殺さなければいけないと言い聞かせたはずなのに、今になって僅かな迷いを見せ始める。

 しかし今さらどうしようもない。もう1度リンドウを殺せと自身に言い聞かせながら、ベッドで横になったまま時間が経つのを待っていた。

 

 -ベテラン区画-

 

 ユウキの部屋を出て行ったと思われたレンだったが、実際にはユウキの部屋の前で顔を伏せ、目を閉じたまま背中を預けて佇んでいた。

 

「それじゃあ、貴方の決意と覚悟…見せてもらいますよ。」

 

 レンがゆっくりと顔を上げて目を開く。その目は何時かユウキに見せたゴミを見るような冷たさを秘めた目だった。

 

「リンドウを救えるかは…貴方の決意と覚悟にかかっているのだから…」

 

 誰に聞かせるわけでもなく独り言を呟くと、レンはエレベーターに乗り込んだ。

 

To be continued




後書き
 今回は準備回と言う事で短めでしたが…今まで第二、第三部隊との話がメインだったのでリッカが出てくるのが随分と久しぶりな気がします。
 次回ついに黒いハンニバルとの決戦であの名場面に入ります!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission67 逃げるな

 遂に始まったリンドウだったアラガミとの死闘…仲間同士での殺し合い、その果てにあるものとは…


 -エイジス-

 

  『グオォォォオ!!』

 

「…」 

 

 エイジスの管制塔、その真ん中で黒いハンニバルは月を見て佇んでいたが、ユウキの気配を感じると、ユウキの方に向き直って雄叫びを上げる。

 

(やっと見つけた…リンドウさん…)

 

 『今の貴方はリンドウの神機と接続して人の体を保っている。今、比較的安全に使えるのは貴方だけです。とどめは貴方がさしてください。』

 

 レンからアラガミ化した神機使いの処理方法を聞き、今それを出来るのはユウキだけだと分かった。

 しかしそのリンドウの神機を担いだままでは戦いにくい。なのでレンが後から神機を持ってくる事になっている。なのでリンドウの神機はレンに任せ、ユウキ自身は目の前の敵に集中する。

 

「…今…殺してやるよ…」

 

 ユウキは黒いハンニバルを無機質な目のまま睨む。

 

  『グオォォォォォォオォオ!!』

 

 黒いハンニバルは構えながら右手から黒い炎を吹き上げて吠える。攻撃行動に出ないなら先制するまで…吠えている間にユウキは黒いハンニバルとの距離を一気に詰める。

 直前に強化した『護人刀真打』を装備した神機を横凪ぎに振ると『ヒュンッ!!』と空気を切る音がした。手応えは無い。何故なら黒いハンニバルが後ろに跳んで躱したからだ。しかし躱されたと分かると、ユウキはもう1歩踏み込んで再度距離を詰める。

 今度は逆向きに神機を振るが、黒いハンニバルがユウキの上を跳んでまた躱される。ユウキを飛び越えた黒いハンニバルは、空中で右手をついて姿勢を変えて、ユウキの方に向き直る。

 

  『ゴォォォオ!!』

 

 着地よりも先に黒いハンニバルが黒炎を口から吹き出し、ユウキを焼き付きそうとする。ユウキは後ろに神機を回して、強化した装甲『剛汎用シールド』でブレス攻撃を受け止める。

 ブレスが止むと同時に、黒いハンニバルは着地する。ユウキもまた同時に振り替えりつつ銃形態に変形し、強化した『アルバレスト』の銃口を黒いハンニバルに向ける。

 

  『バンバンバンッ!!』

 

短い間隔で3発の狙撃弾が黒いハンニバルの膝を狙って放たれる。黒いハンニバルは1度後ろに跳んで初弾を避け、続いて2撃目も右腕を左に移しつつ後ろに下がって避ける。そして3撃目は右手から黒炎を吹き上げて生成した剣を振り上げて狙撃弾を焼き切る。

 次の瞬間、黒いハンニバルの方から距離を詰めに入る。

 

「…」

 

 ユウキは無表情のまま飛び出して、剣形態に変形しつつ黒いハンニバルに向かって走る。しかしこのままではユウキと比べると遥かに巨体で手足が長いハンニバルの間合いに先に入る。つまるところ黒いハンニバルの攻撃の方が先に飛んでくるのだ。

 

  『ブンッ!!』

 

 案の定、ユウキが攻撃するよりも先に黒いハンニバルの右腕が空を切る音と共に振り下ろされる。

 

「…」

 

 だが次の瞬間、ユウキは全力で地を蹴り、一気に加速する。すると黒いハンニバルの右腕の下を潜り抜け、懐に潜り込む。

 神機を構えて切り上げようと構えるが、黒いハンニバルが左手の爪を立ててユウキを押し潰す様に振り下ろす。

 間一髪、ユウキは姿勢を低くして更に前に出て、黒いハンニバルの股下を潜り抜ける。完全に抜けた瞬間、ユウキは振り向き様に黒いハンニバルの足の付け根を後ろから斬る。

 

「…ッ!!」

 

 神機を振り抜いた時、確かに手応えはあった。黒いハンニバルには確かに斬り傷がついていた。しかしその時の手応えと同時に、ユウキは横腹を何かで叩き付けられた様な鋭い痛みを感じ、勢い良く飛ばされた。

 飛ばされつつも体勢を整えるが、勢いを殺しきれずに後ろに下がりながら両足で踏ん張る。そして黒いハンニバルの方を見ると何が起こったのか理解した。黒いハンニバルの尻尾がユウキを飛ばした方向に振り抜いた様な位置にあったのだ。恐らくあの尻尾で弾き飛ばされたのだろう。

 そんな事を考えた瞬間、一瞬だがユウキに隙が出来る。黒いハンニバルは黒炎で出来た火の輪を吐き出す。

 しかしその数は通常のハンニバルとは違い、左右に1つずつ増えていた。計3つの火の輪が広がりながら迫ってくる。広範囲をカバーするその攻撃に回避は間に合わないと判断すると、ユウキは装甲を展開する。

 装甲に火の輪が当たると小さな爆発を起こし、黒いハンニバルは一瞬ユウキを見失う。

 

  『バンッ!!』

 

 炸裂音が鳴ったと思ったら、狙撃弾が黒いハンニバルの頭を撃ち抜き左目を潰す。突然の事に黒いハンニバルが怯むとユウキは剣形態に戻して飛びかかる。

 怯んでいる間にユウキが間合いに入り、上に跳ぶ。頭を狙って神機を振り下ろすが、右腕の籠手で防御される。

 しかし、防御したがために攻撃を受けた籠手に大きな傷を着ける。ユウキはそのまま神機を軸にして飛び上がり、銃形態に変形する。振り向き様に後ろから黒いハンニバルの頭に狙撃弾を射つが、尻尾を振り回して狙撃弾を弾いて追撃を防ぐ。さらにはその巨体からは想像出来ないような速さで振り向きながら左腕で裏拳を放つ。

 

「…ッ!!」

 

 ユウキは剣形態に変形しつつも空中で無理矢理体を捻って、裏拳を躱す。しかし黒いハンニバルはそのまま巨体を回転させて、今度は右腕の鋭利な爪をユウキに振りかざす。

 ユウキはさらに体を捻り、ギリギリのところで装甲を展開して防御する。しかし空中では踏ん張る事が出来ずに後ろに飛ばされる。

 

「…クッ!!」

 

 無表情を貫いていたユウキの表情が崩れて僅かに険しくなる。背中から着地するよりも先に体勢を変えて神機を地面に突き刺して急ブレーキをかける。

 

  『グオォォォオ!!』

 

 神機を突き刺して止まった瞬間、黒いハンニバルが距離を詰めていた。爪を立てて、ユウキを切り裂こうと両腕をクロスする軌道で振り下ろす。

 対してユウキは神機を引き抜きつつ後ろに下がって避ける。そして黒いハンニバルの爪を避けきると、すかさず前に出て神機を横凪ぎに振る。

 だが黒いハンニバルは上に大きく跳んで避ける。そして右手で拳を作ってユウキに殴りかかる。再度ユウキは少し後ろに跳んで攻撃を躱すと、ゼクスホルンを展開して右腕を捕食してバーストする。そして捕食と同時に黒いハンニバルの籠手が結合崩壊を起こし、ユウキは捕食後にゼクスホルンのオラクル噴出で後ろに跳ぶ。

 その後、間髪いれずにユウキは前に出て黒いハンニバルの頭上に飛び上がり、黒いハンニバルの頭を狙って神機を横凪ぎに振る。しかし黒いハンニバルは突然前に出て狙いを逸らしてすると背中の逆鱗を狙わせる。

 

  『バギィッ!!』

 

 一撃で逆鱗を粉々に砕き、結合崩壊させる。すると背中から黒炎を吹き上げると同時に黒炎の輪と同じ色の炎の羽が6枚生える。

 

「…ッ?!」

 

 軽く黒炎を受けたことでユウキはダメージを受けたが、普段と少し違った。咄嗟に出た左腕が軽く黒炎に焼かれただけでいつも以上に痛みが走り、神機を振った右腕は攻撃しただけで血管が切れた様に節々から血が滲んでいた。

 

  『グオォォォオ!!』

 

「…」

 

 黒炎を受けて吹き飛ばされたユウキが綺麗に着地し、自身の変化を確認する。ただ神機で攻撃した時の衝撃だけで怪我をした。『これがリッカの言っていた細胞結合が弱まると言うことか』と考えながら、活性化した黒いハンニバルを再度見据える。

 ほんの一瞬の睨み合いの後、両者共に相手に向かっていった。

 

 -極東支部-

 

 ユウキがこっそりと極東支部を出てから少し経ち、午前3時を回った頃、極東支部にけたたましい警報音が鳴り響いた。何でも外部居住区でアラガミが『発生』したらしい。警報で極東支部に居た者は全員叩き起こされたが、現れたのは小型種が数体と非常に小規模なものだった。その為、第二部隊がこのアラガミの処理に向かったのだが、増援もオペレートも必要無いとし、極東支部に居る神機使いほぼ全員が再度自室に戻っていった。

 しかし、第一部隊とヒバリは完全に目が冴えてしまい、どうせならと朝になるまで談笑しようとカウンターに集まっていた。

 ユウキが来ない事を気にしつつ(アリサは気が気でなかったが)1時間程話していると、機材が居住区とは別の場所でアラガミの反応をキャッチした。

 

「っ!!エイジスにて大型種の反応を確認!!このパターンは…恐らく新種の黒いハンニバルです!!それにこれは…」

 

 エイジスからの反応を確認すべく、ヒバリは端末のキーボードを叩いていく。その結果、先日遭遇した黒いハンニバルと別の反応を確認した。

 

「え?!く、黒いハンニバルとユウキさんが…単独で交戦中!?」

 

「えっ?!ど、どういう事?!」

 

「ユウが…1人で?!」

 

 ヒバリから予想もしない報告を聞いて、コウタとアリサが同様を隠せない様子で聞き返す。

 

「あのバカ野郎が!!おい!!全員出るぞ!!」

 

 何故ユウキが居ないのかようやく分かった。ソーマは苛立ちを覚えながらユウキのサポートに向かうため、第一部隊全員で出撃するよう進言する。それに異を唱える者は居らず、第一部隊の面々はすぐに出撃準備に入ろうとする。

 

「全員動くな。まだそのまま待機しろ。」

 

「えっ?な?!ど、どういう事ですか?!」

 

 しかし、突如現れたツバキが出鼻を挫くように第一部隊に待機を命じる。コウタは納得いかないのか、慌てて理由を聞いてきた。

 

「たった今、黒いハンニバルから採取した羽の解析が終わった。あれは、アラガミ化したリンドウだ。何処で知ったかは分からんが…それを知ったからこそ、アイツは1人で向かったのだろう。」

 

「「「…っ!!」」」

 

「どうして…」

 

 ユウキが戦っている黒いハンニバルの正体を聞いた瞬間全員が愕然とする。何故仲間同士で殺し合わなければならないのか?そんな現実を目の当たりして、サクヤは悲しみの声を漏らす。

 

「サクヤ!!お前はリンドウに銃を向ける覚悟はあるのか?」

 

「それは…」

 

 リンドウに銃を向ける事は出来るかと言うツバキの問いに、サクヤは戸惑いを見せている。

 

「お前たちもだ。その覚悟はあるのか?」

 

「「「…」」」

 

 サクヤへ投げ掛けたものと同じくものを第一部隊に問いかける。彼らもまた、リンドウを討つ事が出来るとは思えず黙り混んでしまう。

 

「無いなら…今ここで覚悟を決めろ。これより、新たな特別任務を通達する!!目標はエイジスに出現した黒いハンニバル…『ハンニバル侵食種』だ!!」

 

「「えっ?!」」

 

 ツバキの与えた任務内容にコウタとアリサは驚きを隠せなかった。黒いハンニバルの正体がリンドウだと聞かされた後では戸惑うのも無理はない。

 

「可及的速やかにこれを排除しろ。なお、ハンニバル種の様な蘇生能力を持つ個体の場合は、現存戦力での対抗は難しいだろう。対ハンニバル種への対策と同様、コアを回収した時点で即時撤退する事…分かったな。」

 

「「…」」

 

 命令の内容は分かる。しかしリンドウに銃を向けられるか、攻撃出来るのはまた別の問題だ。ツバキからの命令への返答を躊躇っていると、ツバキがまた新たな命令を出す。

 

「それからサクヤ!!これは命令だ。お前は残れ。同じ悲しみを何度も目の当たりにする必要はない。」

 

 ツバキなりの気遣いなのだろう…サクヤは今回の任務には出るなと言う命令が出された。これからリンドウと戦いに行くとなると、最悪リンドウに引き金を引かなければならない。もう1度リンドウを喪う悲しみを与えるのは酷だと考えた末の結論だろう。

 

「…いいえ。命令には従えません。私にはリンドウの…愛する人の結末を見届ける義務があります…」

 

「サクヤさん…」

 

 しかしサクヤはその命令には従わないと言い返した。そこにはサクヤの絶対に引かないと言う強い意思を感じた。

 そしてサクヤの返答にソーマ、コウタ、アリサは驚きを隠せなかったが、ツバキは何かを察した様に『仕方ないな…』と言いたげな表情になった。

 

「…いいだろう…」

 

 説得は不可能だと感じたのか、ツバキはサクヤが任務に行くことを承諾する。

 

「うん…俺も…覚悟を決めました。まだ…頭じゃ納得してないかもですけど…」

 

「…俺達の仕事は何時だって、1人で背負い込みがちなバカを支える事だけだ…だろ?」

 

「うん。」

 

 コウタ、ソーマもリンドウと戦う覚悟を各々決めたようだ。何時より引き締まった表情をしている。

 

「…そうですね。でも…楽観的過ぎる気もするんですけど…私、何とかなる様な気がしているんです。ユウが理由もなくこんな事をするとは、どうしても思えなくて…」

 

「フッ…そうかもな…」

 

 アリサは楽観的だと言うが、その場に居た全員が根拠は無いがアリサの言う通り、何とかなると信じていた。

 もっとも当のユウキ本人はそんな期待とは真逆の理由でリンドウとの戦いに挑んだが…

 

「よし!!全員現場に急行しろ!!そこで取っ組み合っている2人にこう伝えろ。2人とも無事に生還した時のみ、懲罰を免除するとな。」

 

 ツバキから出撃を指示すると、第一部隊はすぐに出撃準備に入った。

 

 -エイジス-

 

 どのくらい時間が経っただろうか?爪を防ぎ、黒炎を避け、活性化したハンニバル侵食種の猛攻の隙を突いて反撃する。

 そんな戦闘が続き、バースト状態は解除され、ハンニバル侵食種は至るところに結合崩壊を起こし、ユウキはあちこちから血を流し、両者とも既にボロボロになっていた。

 

  『グオォォォオ!!』

 

 両手に黒炎の剣を作り、ハンニバル侵食種は一歩踏み込んで右腕を振り下ろす。ユウキは外側に跳んで黒炎の剣を躱す。しかしハンニバル侵食種は右腕を外に振って追撃する。

 

「チィッ!!」

 

 いつの間にか無表情を崩し、必死な表情で舌打ちをしながら床に這うような体勢になって黒炎の剣の下を潜る。

 ハンニバル侵食種はさらに左腕で横凪ぎに黒炎の剣を振り、ユウキに斬りかかる。咄嗟に装甲を展開して黒炎の剣を受け止める。だがそれでもハンニバル侵食種の追撃は終わらない。振り抜いた右腕を戻す方向に振り、黒炎の剣ごユウキの背中に迫ってくる。

 

「クッ!!」

 

 黒炎の剣が背中に来るよりも先にユウキは、装甲で攻撃を受けた場所を中心に横回りに回転する。上下が入れ替わると、対抗する力を失った左腕によってユウキは縦に回転する。

 すると調度良く後ろから向かってきた右の剣と受け止めていた左の剣の間をすり抜ける事が出来た。

 そしてハンニバル侵食種が両腕をクロスするような体勢になりると、ユウキはハンニバル侵食種と向き合うタイミングで右手に持った神機を投げ付ける。神機は高速で回転しながらハンニバル侵食種の頭に突き刺さり、思わずハンニバル侵食種は怯んでしまった。

 その隙にユウキはハンニバル侵食種の頭に飛び乗り、頭に突き刺さった神機を掴んで振り抜いた。

 

  『グルァァァア?!』

 

 ハンニバル侵食種は痛みに耐え兼ね暴れだす。その結果、頭を振り回してユウキを床に叩き落とす。

 

「カハッ!!」

 

 背中から勢い良く叩き落とされ、軽くバウンドする。すると、ハンニバル侵食種はユウキを見つけて右腕の爪で切り裂いてきた。バウンドした衝撃で意識にノイズがかかったような状態では避けることも出来ずに、ユウキは爪をもろに受け、左半身に裂傷を作って吹き飛ばされた。

 

「ガッ!!ケホ…」

 

 辛うじて飛ばされた先には柱があり、管制塔から落とされると言った事は防ぐことはできた。

 その間にハンニバル侵食種がユウキに向かって走り始める。

 

「クッ…ソ…」

 

 ユウキは回復錠を服用し、簡易的に傷を治すと、ハンニバル侵食種に向かっていく。ハンニバル侵食種は両手に黒炎で槍を作り、大きく飛び上がる。そのまま急降下してユウキに向かって落下していく。

 

「クッ!!速い!!」

 

 予想以上の速さで迫ってくるハンニバル侵食種に驚きつつも、ユウキは後ろに下がって槍を回避する。

 黒炎の槍を避けてすぐ、ユウキはシュトルムを展開して下がった分の距離を一気に詰めていく。

 

  『グシュッ!!』

 

 捕食口がハンニバル侵食種の右腕を喰い千切り、ユウキは再度バーストする。しかし懐に飛び込んだ事でハンニバル侵食も反撃の体勢になる。左腕でユウキに殴りかかるが、ユウキも寸でのところで後ろに下がって躱す。

 するとハンニバル侵食種は両手に黒炎の剣を作り、腕をクロスする。そして左腕を外から横凪ぎに振る。ユウキは大きくジャンプして黒炎の剣を躱し、ハンニバル侵食種の首元を目掛けて飛びかかる。

 しかし、今度はハンニバル侵食種が右腕を横に振ってユウキを両断しようとする。対してユウキは神機を上から振り下ろし、黒炎の剣に叩きつけてそこを軸に再度飛び上がる。

 自身を守る手段を失い、反応が遅れたハンニバル侵食種の頭を横切り、懐に潜り込んで遂にハンニバル侵食種の首元にたどり着く。

 

「オォォォオオ!!」

 

 咆哮と共に神機を振り下ろす。すると、ハンニバル侵食種の首から足元にかけて両断する。新しい制御ユニット『ベルセルク』のお陰で、この一撃でハンニバル侵食種は文字通り皮一枚で繋がった状態になる。

 ハンニバル侵食種が大量の血を吹き出し動きを止めると、ユウキは後ろに下がって様子を確認する。

 

「ハァ…ハァ…」

 

 ようやくハンニバル侵食種が膝をつき、崩れ落ちる。それをユウキは肩で息をしながら眺めつつも、神機をしっかりと握り締めている。

 

(頼むから…立ち上がらないでくれ…)

 

 ハンニバルと初めて戦ったとき、再生能力で痛い目を見た。今回の相手もハンニバルの亜種である事を考えると蘇生する可能性は十分にある。

 そうなるとまたリンドウを攻撃しなければならない。正直戦っていくうちにも決心が鈍ってしまい、もう何度も攻撃したくないのが本音だった。

 

「今ですよ…」

 

「っ!!」

 

 突然後ろから声が聞こえてきて振り替えると、そこにはレンが着ていた。その手にはリンドウの神機が握られている。

 そのままユウキの横を抜けて少しだけ前に出ると、レンはユウキの前にリンドウの神機を地面に突き刺した。

 

「さあ、この剣で…リンドウを殺してください。」

 

 『遂に来た』と思い、神機に左手を伸ばそうとするも、『本当にこれでいいのか?』と疑問に思い、手を伸ばす事を躊躇っている自分が居る。

 手を伸ばすのを躊躇い、動けないで居ると、後ろから複数人の足音が聞こえてきた。何事かと思い振り替えると、そこには第一部隊が神機を携えて現れた。

 

「ユウ!!」

 

「っ!!何で…!!」

 

 ユウキの姿を見ると、アリサは声をかける。しかし、ユウキからしてみれば彼らに知られないように方をつけるつもりだったので、予想外の事態にユウキは驚いていた。

 

「…倒した…のか?」

 

 倒れてからピクリともしないハンニバル侵食種を見て、コウタが小さく呟く。すると、ハンニバル侵食種の口元から黒い炎が上がり、次第に傷や結合崩壊した逆鱗が再生していく。

 

「あっ!!」

 

 するといつかのようにハンニバル侵食種は中に浮きながら蘇生し始め、それを見たコウタは思わず声をあげる。

 しかし次の瞬間、その場に居た全員の目が驚愕で見開かれる。

 

「っ!!あれ見て!!」

 

「ッ!!」

 

「リン…ドウ…?」

 

「クソッ!!リンドウ!!さっさとそこから出てこい!!」

 

「リンドウさん!!目を覚まして!!」

 

 ハンニバル侵食種が体勢を変えると、胴体に張り付けにされた様に四肢が埋め込まれたリンドウが居た。張り付けになったままぐったりとしているリンドウを見て、どうにか意識を取り戻させようと第一部隊のメンバーが声をかける。

 

「何を躊躇っているんですか?リンドウを殺せるチャンスは今しかない…これを逃せば、もう倒せないかもしれないんですよ…?」

 

 しかしレンは無慈悲にも早く神機を手に取れと言う。ユウキも神機の近くまで手を伸ばしたが、最後の最後で踏ん切りが着かないでいる。

 

「グッ!!…ウゥ…」

 

 そんな中、突然呻き声が聞こえてきた。声のした方を見ると、リンドウが微かに意識を取り戻し弱々しく目を開いている。

 

「俺の事は…放っておけ…」

 

「リンドウ…リンドウなのね?!」

 

「リンドウさん!!」

 

 サクヤとアリサがリンドウの意識が戻った事を確認するように呼びかける。しかしレンはそんなリンドウに目もくれずに、再度ユウキに神機を取るように説得する。

 

「ここに着て…まだ迷っているんですか?貴方はリンドウを殺す…そう決断したんじゃないんですか?」

 

「お、俺は…リンドウさんを…」

 

 ユウキは自身にリンドウを殺すためにここに来たのだと言い聞かせ、何度か神機握ろうとするも『これでいいのか?』と考えてしまい、神機を握らずに考え込んでしまう。

 

「立ち去れ…早く…」

 

「イヤ…もう置いていくのも…置いていかれるのも…イヤよ…リンドウ…」

 

「リンドウさん…力ずくでも貴方を連れて帰ります!!それが貴方に償える…唯一つの方法だから!!ユウだってきっと…そのためにここに来たはずです!!」

 

「ッ!!」

 

 リンドウが教会で孤立した時、サクヤは何も出来ないままリンドウを置いていくしか出来ず、そのままリンドウに置いていかれた。あのときの無力感と悲しみを思い出したのか、サクヤは涙を流し、その声は震えていた。

 アリサも同じだ。かつて自分が死なせたと思っていた相手が目の前で生きていたのだ。自分の罪の償いもだが、リンドウが帰ってくる事を望んでいる人は大勢いる。アリサの言葉には意地でも連れ帰ると言う意志を感じ取り、ユウキもその言葉を聞いて何処かで同じように考えていると気付かされた。

 

(助ける…どうやって…?)

 

「決断が遅れれば、それだけ余計な犠牲が生まれる!!リンドウに仲間を殺させたいんですか?!」

 

(レンの…言うことも、分かる…けど…!!)

 

 しかしレンの言うことも正論ではある。ほぼ完全にアラガミ化してしまった以上助けようも無い。

 さらに、アラガミ化したリンドウと感応現象を起こしたことで、アラガミ化しても雨宮リンドウとしての意識は微かにでも残り続ける事を知っている。自身の意思に反して仲間を襲った時の辛さをユウキも『体験』している。

 レンの言うことは現状を分析するまでもなく、現実的な方法なのはすぐに分かる。例え自己満足な解釈だとしても、仲間殺しをさせ続けるくらいならいっそのこと死なせる方がリンドウの為なのかもしれない。

 

「俺はもう…覚悟は出来ている…自分のケツは…自分で…拭くさ…」

 

「さあ!!貴方の手で!!リンドウをこの血生臭い連鎖から解放してやってください!!」

 

 アラガミ化した神機使いを殺せるのはその人が使っていた神機だけ…そしてその神機を使えば使った本人がアラガミ化する。次は他人の神機を使った人間がアラガミ化し、また別の人がその人の神機を使う…これが延々と続いていく事になる。

 レンの言う血生臭い連鎖とはこう言う事を言っているのだろう。そして今比較的安全にリンドウの神機を使えるのはユウキ以外には居ない。今リンドウを殺す事が出来るのはユウキだけだ。

 ユウキ自身もリンドウを殺すべきだと分かっているがやはり何処か納得出来ない。

 

「ここから…逃げろ!!これは…命令だ!!」

 

(逃げろ…何処に?)

 

 しかしユウキが躊躇っている間に、ハンニバル侵食種は傷が残っているものの、完全に蘇生した。

 浮遊していたハンニバル侵食種は着地と同時に右手から黒い炎を吹き上げて構え、尻尾で地面を叩きながら戦闘体勢に入る。もう身体の自由は利かないが自分が何をするかは理解したリンドウは全員に逃げるように指示する。

 

「早く!!この神機でリンドウを殺せ!!!!」

 

(殺せ…良いのか?)

 

 それを目にしたレンは余裕の無い様子で、リンドウを殺せとユウキに怒鳴り散らす。

 助ける事を望む第一部隊、逃げて生き延びる様に言うリンドウ、負の連鎖を断ち切る為、リンドウを殺せと迫るレン…助けろ、逃げろ、殺せと三者三様の望みを聞いてユウキは益々混乱し、頭の中では助けろ逃げろ殺せと迫られている様に感じた。

 

 助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ助けろ逃げろ殺せ…

 

  『ウルセェ』

 

「うるせぇぇぇええええぇええ!!!!」

 

「ユウ!?」

 

 突然のユウキの咆哮にアリサ達は驚き硬直する。その間にユウキの左手は遂に地面に突き刺さっているリンドウの神機を握る。

 

「今のリーダーはリンドウ…お前じゃない!!この俺だ!!!!俺の命令に従え!!!!」

 

 リンドウに啖呵を切るとユウキは神機を引き抜く。そして神機から触手が伸び、背中を回ってユウキの腕輪と接続する。

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"!!!!」

 

 激痛から絶叫し、それと同時に、抗体持ちでも抑えられない程にアラガミ化が進行し、ユウキの左腕がアラガミ化して赤黒い異形の腕に変化する。

 

「「「「ユウ!!!!」」」」

 

「逃げるなぁぁぁあぁあぁああ!!!!」

 

  痛む左腕を押さえながらユウキは全身全霊の力を込めて叫ぶ。

 

「い、生きることから…逃げるなっ…これは…命令だ!!!!」

 

 生きろ言うユウキの叫びを聞いて、リンドウの目が見開かれる。

 

「おぉぉおおぉぉぉおぉぉぉお!!!!」

 

 自分の神機とリンドウの神機…2つの神機を構えて、誰もなし得なかった二刀流でハンニバル侵食種に向かって全速力で走る。

 対してハンニバル侵食種は左フックを放ち、ユウキを迎撃しようとする。それをユウキはジャンプして躱す。空中でも止まる事なく、そのままハンニバル侵食種に向かっていく。

 しかしハンニバル侵食種はすぐさま右フックで反撃して、空中に居るユウキを捉える。

 

  『バキッ!!!!』

 

 拳はユウキの左目付近に直撃した。それでもユウキは止まらず、身体を捻りながら殴られた勢いを利用して右方向に勢いよく回転して、そのままハンニバル侵食種に向かっていく。

 『ザシュッ!!』と何度か小気味良い音を立てながら回転した勢いでハンニバル侵食種の口から横に斬り裂き、胴体近くまで進んでいく。回転が止まり、胴体付近から進めなくなった瞬間、ユウキは返り血を浴びながら力任せにハンニバル侵食種の斬り口から上下に抉じ開け、ハンニバル侵食種の口から首元まで引き裂いた。

 すると首元には緋色の球体…ハンニバル侵食種のコアがあった。それを見るとユウキは左腕を引き、拳を固く握る。

 

「帰ってこい!!リィンドウォォォォオォオオ!!!!」

 

 そしてアラガミ化した左腕で捻りを加えた拳で剥き出しのコアを殴る。その瞬間、ユウキの意識は遠退いていった。

 

To be continued




後書き
 ようやくバースト編の目玉の『逃げるな』まで来ました。ハンニバル侵食との戦闘もとっちが勝ってもおかしくない様な死闘になるように書いてみました。
 あと少しバースト編も終わりと言うことでもう一踏ん張りと言うところまで来ましたが、リアルの都合でまた更新が遅れそうです。なので気長に待って頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission68 精神世界

今回は黒ハンとの最終決戦前のお邪魔2体を蹴散らす話です。


 -エントランス?-

 

「っ?!?!!?!?!?」

 

 意識がハッキリとしてきた。ユウキは目を開いてみると、そこは今まで居たエイジスではなかった。

 

「えっ?!あれ??ここって…」

 

 ユウキの眼前に広がっていたのは、いつもの見慣れた極東支部のエントランスだった。

 

「アナグラ…だよな…?でも…いつの間に…?」

 

 少なくとも自身の意思で帰ってきた覚えはない。まさかハンニバル侵食種との戦いは夢オチだったのかと思っていると、ある事に気が付く。

 

(…何の気配も感じない…?)

 

 エントランスに人どころか何かの気配を『全く』感じないのだ。それどころか視界には黒いモヤの様なものもかかっていて、あまりに現実味の無い感覚にユウキは内心困惑していた。

 何かおかしい…そう思いながら、ユウキは見知ったはずの極東支部を1度探索する。元自室、リンドウの部屋、医務室、ラボラトリ、支部長室等、あらゆる部屋を見て回った。

 

(…誰も居ない…)

 

 だが、誰一人と見つかる事はなかった。夜中であれば各自の部屋にくらいは居そうなものだが、そこにさえ人が居ないとなると、ここが極東支部なのかも怪しく思えてくる。

 

「一体どうなっているんだ?本当にここはアナグラなのか?」

 

「ええ、アナグラですよ。」

 

「うわっ!?レ、レンか…ビックリした…」

 

 突然気配もなく、レンの声が後ろから聞こえてきて、ユウキは思わずすっとんきょうな声を上げて驚いた。

 

「驚き過ぎですよ…」

 

「う、うるさい!!それより本当にここはアナグラなのか?雰囲気が何かおかしいし、レン以外に誰も居ないし、妙に暗くて辺りがモヤモヤしている様な気がするし…」

 

「ええ、アナグラです。もっともここはリンドウの精神世界…いや、正確にはリンドウと貴方と僕の記憶や精神が入り雑じった世界と言った方が良いでしょうか…まあ、小難しく考えずにリンドウの精神世界だと思って頂いて結構です。」

 

 レンがユウキの様子を見ると苦笑する。レンの反応にユウキはむくれつつも、ここは何処だとレンに対して質問攻めにする。

 しかし、レンは今居るこの場所はリンドウの精神世界だと、いつもと変わらぬ様子であっけらかんと答えていく。

 そんなレンの話を聞いたユウキは余計に混乱し、動揺した様子を見せる。

 

「…え?え?!ちょっ!!ちょっと待って?!何?!精神…世界?って何?!現実じゃないってこと?!何だってこんな俺は所に?!」

 

「落ち着いてください。掻い摘んで説明しますから。」

 

 レンは動揺から煩くなったユウキを宥めて、ここが何なのかを説明し始める。

 

「まずここに至るまでの経緯は思い出せますか?」

 

「エイジスでリンドウさんと戦ってて…倒して…その後リンドウさんの神機を使って…それから…えっと…あれ?」

 

 レンに言われて、ユウキはここに来るまでの自分の行動を思い出してみる。エイジスでハンニバル侵食種と戦い、死闘の果てに倒したは良いが蘇生され、仲間来た後に、リンドウの神機を再び使い、ハンニバル侵食種を攻撃した…この辺りまでは思い出せるが、そこから後がどうにもあやふやでハッキリと思い出せないでいると、レンが補足するように何があったのか説明していく。

 

「結論から言うと貴方はリンドウの神機を使った結果、左腕がアラガミ化しました。その状態の左腕でアラガミ化したリンドウのコアに触れた事で、感応現象が起こりこのような現象を引き起こす事になったんです。推論ですが、これは触れたもの同士がオラクル細胞である事も関わっていますが、何よりもコアに直接触れた事による影響の方が大きく…着いていけてますか?」

 

「あ、う、うん…何とか…」

 

 まるで頭から煙でも吹き出していそうな難しい顔で、ユウキはレンの説明を聞いていく。

 

「…まあ、アラガミ化したリンドウと感応現象を起こして意識が繋がったと思ってください。」

 

「わ、分かった。」

 

 レンはただでさえ混乱している状況で、これ以上小難しい話をしても頭がパンクするだけだろうと思い、単純に感応現象によるものだとユウキに伝える。

 

「…それにしても…アラガミ化リンドウのコアに対して原始的な攻撃に出るとは…狙ってたんですか?」

 

 レンはやや呆れたような雰囲気の声でユウキの愚行とも言える行為の真意を尋ねると、ユウキは目を逸らして明後日の方向を見ながら答える。

 

「い、いや…その…半ば自棄になって…取り敢えず黙れって意味で殴りかかっただけ…です。あ、でもリンドウさんの本体が半分出てきてたから、黒いハンニバルから引き剥がしたらどうにかなるんじゃないかとは思ったね…」

 

「はぁ…まったく貴方と言う人は…まあでも、こちらとしても嬉しい誤算ではあります。この状況なら…リンドウを救えるかも知れない。」

 

「本当か?!」

 

 ユウキ自身、何ら確証があるわけでもなくただの自棄だったと話すと、レンは呆れながらため息をつく。そして最後には今までリンドウを殺せと言ってきたレンが、リンドウを救えると言ってきた。

 予想外の提案ではあるが、ユウキ自身はその提案に迷いなく食い付く。

 

「ええ。ただし、貴方の協力が不可欠です。手伝ってくれますか?」

 

「分かった。何をすれば良いんだ?」

 

 リンドウ救出にはユウキの協力が必要なようだが、等の本人からすれば待ち望んだ提案だったので迷いなくレンの提案に乗る。

 

「…時間がありません。移動しながら説明します。」

 

 そう言うとレンはエレベーターに乗り込み、ユウキもその後に続いた。

 

 -役員区画?-

 

「先程も言いましたが、ここはリンドウと僕達の記憶と精神が混ざりあった世界です。でもリンドウは今、アラガミ化しているせいでリンドウの精神は弱まっています。なのでリンドウの過去を追体験するとこで記憶を刺激して意思を保たせると同時に、リンドウの意識の干渉するんです。」

 

 エレベーターの中で、レンが今後の動きを説明していく。どうやらリンドウの記憶と精神を刺激してやる必要があるようだ。ユウキは何となく理解したような状態で話を聞いているとエレベーターが止まる。レンはそのまま歩き出し、ユウキもそれに続いてエレベーターを降りるとある部屋の前まで移動する。

 

「…支部長室?」

 

「まずはここです。行きましょう。」

 

「ま、待って!!さっき入ったけど誰も…」

 

 先にユウキが見に行った時は誰も居なかった。その事を伝えようとするも、レンは聞く耳を持たずに支部長室に入っていく。

 

「やっぱり…」

 

「し…支部長…?」

 

 部屋に入った時はレンの陰で気が付かなかったが、先程入った時とは明らかに違う事があった。

 前支部長のヨハネス・フォン・シックザールがデスクに座っていたのだ。ただし、ヨハネスはユウキ達が来ても構わずに、声を発する事なく口だけを動かしている。

 

「な、何で…ここに…?」

 

 ユウキは驚愕し、言葉を失う。それも当然だ。エイジスでの決戦でこの手にかけた者が目の前に居るのだから。

 

「落ち着いてください。ここはリンドウの記憶の世界…かつてここで話した時の記憶が再現されているにすぎません。確証は取れました。次に行きましょう。」

 

 レンは何やら確証を得られたと言って、支部長室を出ていく。そしてユウキは何も分からないままレンの後に着いていった。

 

 -リンドウの部屋?-

 

 レンが次に来たのはリンドウの部屋だったが、ユウキはレンが何をどうするつもりなのかまったく分からなかった。

 そんな中、レンはリンドウの部屋に入ったので、ユウキもそれに続く。

 

「リンドウさん?!サクヤさんまで!!」

 

「おう、来たか。そう言えば、俺の部屋に来るのは初めてだな。どうだ調子は?…元気が無いみたいだが大丈夫か?体調管理も立派な仕事だぞ。具合が悪いならちゃんとメシ食ってしっかり寝とけよ。」

 

 さっきは居なかったリンドウとサクヤが部屋の中に居た。ただしサクヤは相づちや身振りはしているものの、基本的にヨハネスの時と同様、口だけ動かすだけで言葉を発してはいない。

 対してリンドウはユウキが初めてリンドウの部屋に来た時の会話を、壊れたラジオの様にただひたすら繰り返していた。

 本人ではないとは言え、見知った人間と同じ人物の異様な光景を目の当たりにして、何処か恐怖に近い感覚を覚えた。

 

「な、なんか不気味だな…これも、記憶の再現ってやつなのか?」

 

「ええ…リンドウの記憶を刺激するには、この『記憶の中のリンドウ』が鍵です。ただ、気を付けてください。リンドウはアラガミ化により、精神を酷く消耗しています。リンドウの意思が彼を喰らおうとするアラガミに負けると、僕達もこの精神世界と共に喰われていきます。そうなると、現実世界で目覚める事は2度とありません。」

 

 レンはもたもたしているとリンドウ精神世界と共に自分達も消え去ると説明する。しかし、ユウキの口角は少しだけつり上がっていた。

 

「…関係ないさ。結局リンドウさんを取り戻さなければ出られないんだろ?なら、何にしてもやるしかないさ。」

 

 やることは見えた。こうなったら意地でもこの男はやるだろう。さらにはリンドウを救えると言うのだから、気合いも入ると言うものだ。

 ユウキは目付きを鋭くして、レンの横を抜けて記憶の中のリンドウに近づく。

 

「…っ!!」

 

 しかし突然頭痛がレンを襲いふらついた。それに気がついたユウキは1度歩みを止める。

 

「レン?」

 

「…何でもありません。それじゃあ行きましょう。」

 

 レンは一瞬頭を振り、気をしっかりと保つ。そしてユウキの記憶の中のリンドウの前まで歩くと、ユウキの手を取り、リンドウに触れると、辺りが白く染まって意識が遠退いていった。

 

 -煉獄の地下街?-

 

「…あれ?ここは…」

 

 気が付くとユウキは今までに見たことのある場所に居た。

 

「旧地下鉄?何でこんな所に…?ここもリンドウさんの精神世界なのか?」

 

 極東支部の様な異様な雰囲気とは違い、かなり精巧に再現されていたせいなのか、一瞬現実に戻ってきたのではないかと錯覚した。

 

「神機まで…いつの間に…なあレン…」

 

 気が付いたら神機まで握っていた。状況の変化に着いていけず、レンに説明を求めようと辺りを見回したが、レンが何処にも居ない事に気が付いた。

 

「レン?レン?!何処だ?!」

 

『聞こえてますよ。』

 

 まるで天の声かの様に突然レンの声が辺りに響く。しかし依然として姿は見えず、流石にレンの安否が気になっていた。

 

「レン!!無事なのか?!」

 

『ええ…どうやら、僕は失敗してそっちに行き損ねたみたいです。リンドウの部屋のモニターから様子は見えているので、ここからオペレートします。』

 

「そうか、分かった。」

 

 会話も出来るあたり大丈夫と言うのは本当なのだろう。通信機もなく声が聞こえてくるのは少々落ち着かないがそうも言っていられない。少しの間の後、状況の把握が終わったのかレンは説明を始める。

 

『ここはリンドウの記憶と共に貴方の記憶でも形づくられています。なので、貴方が当時の感覚を思い出す事が出来れば、以前のように神機の力を引き出す事も、身体の限界を超える事も出来ます。時間がありません。それらの力で手早く片付けて下さい。』

 

「…了解。相手は?」

 

『スサノオです。丁度こちらに向かっています。』

 

  神機の能力を引き出し、自身の限界を超える…リンドウの神機を使ってから久しく使えなかった力だが、ここでは感覚さえ覚えていたら使うことが出来るそうだ。相手がスサノオであるなら力が使えるかを確認するには申し分無い相手だ。

 

 『グルラアオオオ!!』

 

 スサノオが雄叫びと共に壁を突き破って現れた。ユウキは神機を握り直し、目付きを鋭くして戦闘体勢に入る。

 

「任務…開始!!」

 

 ユウキは真っ直ぐにスサノオに向かい、スサノオはユウキを串刺しにしようと尻尾の剣を突き立てる。

 

  『ズガンッ!!』

 

 スサノオの剣が地面に突き刺さる。しかしユウキは紙一重で躱し、スサノオの上までジャンプしつつ捕食口を展開する。

 

(周りが遅い…思考をクリアになっていく…余計な音が聞こえないし落ち着いている…それに…)

 

 スサノオの上に来ると、翔鷹で下から掬い上げる様にスサノオの背中を捕食する。

 

(体が軽い…)

 

 バーストしてスサノオを飛び越えたユウキは、スサノオの後ろに回った瞬間に体を捻って尻尾を切り落とす。

 突然尻尾を落とされたスサノオは痛みで怯んで隙が出来る。

 

(力を貸せ…相棒!!)

 

  『ドクンッ!!』

 

 スサノオと背中合わせになるように着地すると、右腕の神機から脈動を感じ取る。

 

(これだ…この感覚だっ!!)

 

 神機の力を引き出した事を感じると、もう1度回転して横凪ぎに神機を振り抜いた。身体の限界を超え、神機の力を引き出し、さらにはバーストした身体能力とベルセルクの発動…異様な攻撃力で神機を振り抜き、『ズシャァ!!』と肉を斬り裂く音と血が吹き出る音が同時に聞こえてスサノオはあっさりと真っ二つに両断された。

 しかし、『倒した』と言うその手応え感じた瞬間、ユウキの視界は突然白く染まった。

 

 -エントランス?-

 

「…っ?!も、戻ってきたのか…?」

 

 気が付くと再び極東支部に戻ってきていた。いつの間にか神機も消えている。

 

(どうにも慣れないな…)

 

 毎度突然景色が変わるため動揺して頭が着いていけなくなってしまう。こんな調子で大丈夫だろうかと少し不安になりつつもエレベーターに向かっていると、ふとミッションカウンターに誰かが居るのが目に入る。

 

(…ヒバリさんがいる?)

 

 さっきは見かけなかったヒバリがカウンターに居た。何かしらこの精神世界の事を聞けないかと思い、ユウキは下階に降りてヒバリに話しかけてみる。

 

「あの、ヒバリさん?」

 

 しかし、ヒバリも支部長やサクヤと同様、誰かと話しているように仕草や身振りはあるが、言葉を発することなく口だけを動かしていた。

 

(…ダメ…か…)

 

 何度か話しかけてみたが結局ヒバリからの返事がなかったので、情報を得ることは出来ないと思い、ユウキはその場を後にして、エレベーターを待っている。

 

(レンは…リンドウさんの部屋かな?)

 

 先の戦闘の時にはリンドウの部屋から様子を見ていたと言っていたはずだ。レンの側で大きな変化が起きていないのなら、恐らくまだそこに居るだろうと考え、ユウキはエレベーターに乗り込んだ。

 

 -リンドウの部屋?-

 

 リンドウの部屋に入ると、予想通りレンが居た。退屈だったのか、ベッドに腰かけて足をブラブラさせていた。

 

「少し遅かったですね?」

 

「ヒバリさんが居たから…ちょっと気になってね。」

 

「そうですか。それじゃあ次に行きましょう。」

 

 遅れた理由について特に言及することなく、さっさと次の工程に行くと伝えると、レンはベッドから降りてリンドウの近くまで移動する。

 

「早く来ないとすねて帰っちまうとさ…ったくせっかちなやつだ。俺はそろそろ行く。命令はいつも通り。死ぬな、必ず生きて戻れ、だ。」

 

 いつだったか行き掛けまでは一緒だったが、途中からリンドウが離脱したときの会話だった。相も変わらず同じ内容でずっと繰り返し話している。

 

「だいぶあの日のリンドウに近づいてきましたね。」

 

「あの日?」

 

 レンが意味深な独り言を呟く。それはユウキの耳にも届いていたため、思わず聞き返す。

 

「リンドウが皆の前から居なくなったあの日です。さあ、行きましょう。」

 

 そう言ってレンは再度リンドウに触れる。するとユウキ達の視界は白に染まった。

 

 -嘆きの平原?-

 

 目を開けるよりも先に頬に冷たい水飛沫が当たる感覚を覚える。ユウキはゆっくりと目を開けると、そこには巨大な竜巻と鈍色の空、そして絶えず降り続ける雨が目に映った。

 

「ここは…旧ビル街か。」

 

「ですね。今回は僕もこっちに行けたみたいで、取り敢えずは問題なさそうですね。さて、相手は…」

 

「ウロヴォロス…気配で分かる。」

 

 かつて体験した感覚…直接見える位置に居るわけでもないのに感じる圧倒的な存在感を感じ取り、ユウキはすぐに相手が何なのか理解した。

 

「分かっているなら話は早いです。手早く片付けましょう。」

 

「了解!!」

 

 ユウキは神機をしっかりと握り、待機ポイントから飛び下りる。レンもそれに続いて飛び下りる。するとレンは銃形態『サースティハート』に変形して上空に向かってレーザーを放つ。放ったレーザーは消失と同時に爆発し、辺りに爆音が響いた。

 

「え?!ちょっ?!何してんの?!」

 

 ウロヴォロスに気付かれると思い、ユウキは慌ててレンの方を見る。

 

「誘き寄せただけですよ。向こうから着てもらう方が早い。それに、今の貴方ならウロヴォロス程度、大した敵でもないでょう?」

 

「まあ、否定はしないけど…」

 

 特に悪びれる様子もなく、レンは目的を教えた。しかし、時間が無いのは分かるがせめて何か一言あっても良かったんじゃないかとユウキは心の内で考えていた。

 

  『ヴォオォォオッ!!』

 

 竜巻を突き破り、ウロヴォロスが雄叫びと共に現れる。ユウキは真っ先にウロヴォロスに向かい、レンは剣形態『ファントムピアス』に変形してから走り出す。

 

(早いとこ終わらせる!!)

 

  『ドクンッ!!』

 

 神機が脈打つのを感じて、力を引き出した事を確信する。ウロヴォロスが右の前触手を構えてユウキに殴りかかる。

 

(ッ!!)

 

 ユウキはギリギリスサノオの時の様に紙一重で躱し、カウンターで触手を切り落とそうと思ったが、想像以上速く感じて横に大きく避けるのが精一杯だった。

 そしてレンはシールド『グリーディキッス』を展開してウロヴォロスのパンチを防御すると、勢いに圧されて少し後ろに下がる。しかし即座に反撃に出る。ウロヴォロスの触手の上に乗り、走り抜ける。その途中で、まるで踊る様に、かつめちゃくちゃに触手を傷つけていく。

 しかし、レンのファントムピアスはショートブレードだ。しっかりと斬れてはいるが、大したダメージではない。だが今はそれで十分だった。

 ユウキもまたレンの後を追うように、地上からウロヴォロスに向かって走る。だが、自身が思っている様なスピードはでていないのか、レンになかなか追い付けない事が気になっていた。

 

「気のせいかな…?身体の限界を超えられない?」

 

 そんな自身の疑問も呟きながらユウキはウロヴォロスの前触手をバラバラに切り捨てていく。神機の能力を引き出していると言うこともあるが、レンが先に着けていった傷と反対側から重なる様に斬っていった事で、あっさりとウロヴォロスは片方の前触手を失った。その結果、自らの体重を支えることが出来ずに、ウロヴォロスは立ち上がる事が出来なくなった。

 

「恐らくリンドウの精神の中核とも言える場所に近づいたからだと思います。貴方が自身の限界を超えられる事も、神機の力を引き出せる事もリンドウは知らない。そう言った『リンドウの記憶』が優先されているからだと思います。」

 

「なるほど。もしかして最終的には現実と大差無い感じになってしまったり?」

 

「可能性は高いですね。あ、今ですよ。バーストさせますのでとどめを刺してください。」

 

 前触手をバラバラに刻んでいる間も呑気に話をしている。話が1度落ち着くと、レンは前触手の破片を弐式で3つまとめて捕食してバーストする。手に入れた3つの受け渡し弾を、ウロヴォロスから飛び降りながらユウキに渡す。

 するとユウキはリンクバーストLv3となり、ウロヴォロスの眼前で神機を上段に構える。

 

「とどめだっ!!」

 

 『フッ!!』と空を切る音と共に、ウロヴォロスの巨体からスサノオとは比較にならない程の血飛沫を撒き散らせながら、左右に切り分ける。

 そして

その瞬間、またしてもユウキとレンの視界は白く染まった。

 

 

 -エントランス?-

 

 ウロヴォロスを倒すと、またもやいつの間にかエントランスに戻っていた。レンもすぐ横に居るのを確認すると、ユウキは思わずため息と共に呟いた。

 

「戻ってきたか…」

 

「急ぎましょう。そろそろ時間が無くなってきました。」

 

「ああ。」

 

 レンは戻るや否や即座にリンドウの部屋に向かう。ユウキもそれに続いてエレベーターに乗り込んだ。

 

 -リンドウの部屋?-

 

 リンドウの部屋に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 

「リンドウさん…」

 

「これが…今のリンドウです。」

 

 部屋は荒れ果てており、ボロボロの隊長服を着て、赤黒い異形の右腕に鎖を巻き付け、今にも死にそうな目をしたリンドウが壁に凭れて座っていた。

 

「立ち去れ…早く…っ!!」

 

 痛みでも走るのだろうか…呻き声を上げながらリンドウはここから去るように訴える。

 

「ようやくここまで来た…これで最後です。リンドウを…救いましょう。」

 

「当然!!」

 

 レンがリンドウに触れる。するとレンとユウキの視界は白く染まり、意識が遠退いていった。

 

To be continued




後書き
 今回は遅れると言いながら何とか普段と変わらぬペースで投稿出来ました。今後もリアルの都合やらやりたいことで遅れる可能性が高いので、気長に待っていただけると(待ってる人居るのかな?)助かります。
 今回は一時的にユウキが全盛期の力を取り戻しました。ユウキ、レン、リンドウさんの記憶によって形作られた世界なら、当人が思い出せれば失った力を取り戻すことも可能じゃないかと思い、こんな設定にました。
 と言うかそうでもしないとスサノオ戦とウロヴォロス戦でグダる可能性が高かったんですよ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission69 帰還

ついにリンドウさん救出戦です!!久しぶりのリンドウさんとの共闘です。


 -追憶の教会-

 

 白一色の景色が少しずつ色付いていく。そして眼前に広がった気色は、教会の中だった。ただし、唯一の出入り口を瓦礫で塞がれた後の逃げ場の無い状態だ。

 

「やっと…ここまで来られた…」

 

「リンドウさん…」

 

 その教会の中でリンドウは瓦礫に凭れて座っていた。ピクリとも動かないその様子は、まるて死んでいるかの様にも見えた。

 

「リンドウはここでずっと…自分の中のアラガミと戦い続けていたんですね…」

 

「…」

 

 例の件があってから半年以上が経っている。そんな長い間、1人で精神を削られながら生きていたのかと思うと、もっと早く探しだす事は出来なかったのかと後悔が押し寄せる。

 ユウキがそんな後悔をしている中、レンはリンドウに歩み寄ってリンドウの目の前でしゃがむ。

 

「でも、もう限界です。彼の意識は…もう消えかかっています。」

 

 レンはリンドウの顔に手を添える。流石に誰かが居る事に気が付いて、リンドウは目を開け、顔を上げる。

 

「ぁぁ…?誰だ…お前…?」

 

「…え?」

 

 しかし、リンドウから返ってきた言葉はレンが誰かを問うものだった。リンドウの様子から察するに、今初めて会った様な口振りだった事に、ユウキは少し困惑する。

 

「つれないね、リンドウ…せっかくの再会が台無しじゃないか。」

 

 リンドウが自分が分からなくて少し拗ねたような声色で、レンは相変わらずリンドウと顔見知りの様な口振りで話しかける。

 そしてレンはユウキと向き合い、1度目を伏せる。

 

「これで、本当に最後です。もう一度彼に…リンドウに戦う力を与えてやってください。」

 

 するとレンの身体が突然輝き出し、辺りが光に包まれる。思わず目を閉じ、次に目を開けた時には、レンが居なくなっていて、いつの間にか左手にリンドウの神機『ブラッドサージ』が握られていた。

 

「…え…なっ?」

 

 何が起こって居るのか理解が追い付かずに一瞬混乱したが、レンが消えてリンドウの神機が現れた。この事実から、レン=リンドウの神機と言う可能性を考えたが、あり得ない、現実的じゃないと思い、その仮定を否定するが、レンとのこれまでの会話をふと思い出す。

 

 『今日から極東支部に配属になる新人3人を紹介する。』

 

 『僕、リンドウさんと一緒に戦ってた事があるんです。』

 

 『そう言えば、貴方が初めてオウガテイルと戦った時もやってましたね。』

 

「そっか…そう言う事か…」

 

 新人の紹介が常に『3人』だったこと、リンドウと共に戦っていたこと、ユウキの初陣の内容を知っていること…確かにレン=リンドウの神機であるならば全ての辻褄が合う。

 現実的ではないと否定した先の仮定に対して確信を持った。

 

「なんだ…今のは…?」

 

「リンドウさんの相棒ですよ。」

 

 未だ状況の理解が追い付いていない、困惑した口振りでリンドウは何があったのか聞いてくる。ユウキはざっくりとレンがリンドウの神機だと教える。

 

「おう?…そうか…?」

 

 だが、それでも何があったのか把握しきれていないようで、間の抜けた返事を返す。

 

「…にしてもまったくよ…呆れた奴だよ…こんなところまで来やがって…」

 

 座り込んでいたリンドウが立ち上がり、ユウキと向き合う。ため息混じりにユウキの無茶を嗜めるが、何処か嬉しそうにも見えた。

 

「お前のデカイ声、ちゃんと届いてたぞ…新入り…っと、もう新入りじゃなかったな。悪い悪い…」

 

「ははっ…その絞まりの無い話し方…やっぱりリンドウさんだ。」

 

「ずいぶんな言い方だなぁ…」

 

 今までシリアスな口調だったせいか、リンドウであるはずなのにリンドウではない気が少しだけしていた。だが、この気の抜ける様な冗談混じりの話し方で、今目の前に居るのは間違いなくリンドウだと確信して、ユウキは少し緊張が解れた。

 互いに軽口を飛ばしつつ、さっきからひしひしと感じる敵の気配に気を引き締める。

 

「…まだ、俺の出した命令…果たしていないですよ?」

 

 そう言ってユウキは、リンドウが神機を受け取れる様に、左腕の神機を横にしてリンドウに向ける。

 

「ここには俺が居る…レンも、リンドウさんの相棒も居る…もう1度、生きる為に戦いましょう。」

 

「そうだな…」

 

 リンドウはユウキから神機を受け取り、久し振りの自身の相棒を眺めて感触を懐かしむ。

 

「生きることから逃げるな…か…覚悟が出来てないのは俺の方だったか。」

 

 ユウキの言葉はリンドウにちゃんと届いてたようだ。リンドウの顔にはさっきまでの死にそうな表情は一切無く、かつて見せていた最後の最後まで生き抜く為に戦う戦士の顔付きに戻っていた。

 

「よぅし!!それじゃあ生きる為に、カッコ悪く足掻いてみるか!!」

 

 リンドウは神機を振って感触を確かめた後、肩に担いで戦闘体勢に入る。

 

  『グルルルル…』

 

 いつの間にか教会の壁に空いた穴からハンニバル侵食種が唸りながら現れる。

 

「よう、背中は預けたぜ?リーダー?」

 

「お任せあれ。」

 

  『グォォォオオ!!』

 

 リンドウの穏やかな口調に対して、ユウキはおどけながら返して戦闘体勢に入る。そしてハンニバル侵食種が吠え、リンドウとユウキはゆっくりと歩きながらハンニバル侵食種に向かっていく。

 対してハンニバル侵食種は足に力を入れ、ユウキとリンドウに一気に近づいて両腕の爪を振り下ろす。ユウキは左に、リンドウは右に跳んで爪を躱す。

 ユウキは上に跳びながら、リンドウはそのまま地上からハンニバル侵食種に反撃する。ハンニバル侵食種は後ろに下がって2人の追撃を避けると、今度は黒炎の輪を3つ吐き出しす。

 地上のリンドウは装甲を展開して黒炎の輪を防ぎ、空中にいたユウキはインパルスエッジを発射して上に跳んで躱す。ユウキが先に再度インパルスエッジを発射してハンニバル侵食種との距離を詰める。上からハンニバル侵食種の頭を狙い神機を振り下ろすが、ハンニバル侵食種は頭を後ろに下げてギリギリで躱す。その後すぐにリンドウが飛びかかる。そして神機を横に振るが、ハンニバル侵食種の右腕を左下に動かして、籠手でリンドウの攻撃を防ぐ。

 すると、ハンニバル侵食種は黒炎の剣を作って逆袈裟斬りでリンドウとユウキ、2人まとめて斬りかかる。しかしユウキとリンドウは装甲を展開して防ぎ、結果的にハンニバル侵食種と1度距離を取る事になる。仕切り直しと言わんばかりに、2人の1体は構え直して睨み合う。

 一瞬の間を置いて、ユウキが飛び出し、リンドウもそれに続く。ハンニバル侵食種は右腕の黒炎の剣でユウキの神機を受け止め、左腕に黒炎の剣を逆手に作ってリンドウの攻撃を受け止める。

 

「何かあれだな、こうしてまた仲間と戦えるなんてなぁ世の中何が起こるか分かんねぇもんなだな。」

 

「しかも精神世界の中なんてトンデモ空間での共闘ですからね。まあ何にしてもこっちは嬉しい事ですけどね。」

 

 激しい応酬の中、リンドウはもうこんな風に仲間と戦う事は出来ないと思っていたが、現に夢かと思う出来事に感慨深い感情を滲ませていた。

 それはユウキも同じだった。もう会えないと思った人とこうして肩を並べて戦っているのだ。嬉しくないはずがない。喜びから、何処か高揚を覚えつつ目の前の敵と戦っていた。

 しかし、こんな呑気な会話をしているが今は戦闘中だ。ハンニバル侵食種が待ってくれるわけでもなく、会話の最中でも気にすることなく反撃してくる。

 ハンニバル侵食種は神機を受け止めた黒炎の剣を外に振ってユウキとリンドウを吹き飛ばす。

 

「今までは1人でコイツと戦っていた。何度も何度も打ちのめされては次こそはヤバいって何度も思ったんだが…」

 

 ユウキは空中で体勢を立て直し、銃形態に変形してハンニバル侵食種の胴体を狙撃する。その間、飛ばされたリンドウは両足に力を入れ、後ろにずり下がりつつ踏ん張っている中でもかなり余裕を見せる様に、ユウキに話しかける。

 

「不思議なもんだな。今まで散々苦しめられてきたのに、仲間が居るだけで簡単に越えられそうな壁に思えてくる。」

 

 リンドウが装甲をしまうと、ハンニバル侵食種はユウキの放った狙撃弾を黒炎の剣で切り捨てていた。そのタイミングでリンドウもハンニバル侵食種に向かい走り出し、神機を振り下ろす。

 

「この歳になって仲間ってのは大事なものだって思い知らされるとはな。」

 

 しかし振り下ろされた神機は左腕に握られた黒炎の剣に受け止められる。だが、リンドウは咄嗟に受け止められた場所を軸に倒立の様な体勢になり、腕をバネにしてハンニバル侵食種向かって縦回転しながら突っ込む。

 

「そうですね。仲間はかけがえのないものだって…色んな事があったから俺もよく分かっているつもりです。」

 

 リンドウがハンニバル侵食種に向かっている最中、ユウキは着地して剣形態に変形つつリンドウに返事をする。

 そしてリンドウは両腕で神機を握って回転したままハンニバル侵食種に斬りかかるが、ハンニバル侵食種は半歩後ろに下がってこれを避ける。しかしリンドウは咄嗟に左手を神機から離してもう1回転すると、右手のみで神機を持った事で間合いが伸びて、ハンニバル侵食種に神機が届き、軽くではあるがハンニバル侵食種の肩に傷を作る。

 

「それはそうと、ちょっと気になったんですけど…」

 

「ん?何だ?」

 

 リンドウが一撃入れた事で、ハンニバル侵食種はリンドウを狙い始める。リンドウの着地の隙を突いて踏み潰そうとする。しかしハンニバル侵食種が次の行動に移すよりも先にユウキが首を狙い、神機を振り下ろす。

 意識外からの攻撃にハンニバル侵食種は反射的に大きく後ろに跳び、教会の壁を蹴ってユウキとリンドウの後ろを取る。

 そして着地よりも先に黒炎のブレスを吐き出す。

 

「ここでリンドウさんと会った時、リンドウさん神機を持ってなかったですよね?今までどうやって戦ってきたんですか?」

 

「そりゃあお前、殴って蹴ってだな…」

 

「え?!触っても大丈夫だったんですか?」

 

 ユウキとリンドウはそれぞれ左右に跳び、黒炎を避ける。そしてハンニバル侵食種は黒炎を吐きながら顔の向きを変えると、黒炎でリンドウを追いかけて狙い始める。

 

「ああ、ここでは単純に触れるだけなら大丈夫らしい。てかそうでもなければ最初の1回でもうとっくにくたばってらぁ。」

 

 『それもそうか』と思いながら、フリーとなったユウキがハンニバル侵食種との距離を一気に詰める。

 流石にユウキの接近に気が付いて頭の向きを変え、ブレスを当てようとするが、息が続かずにブレスが途切れてしまう。

 

「…にしても世間話しなから討伐とは、随分と余裕だな。」

 

「こっちにはリンドウさんが居ますからね。それに…」

 

 ブレスが消えた瞬間、ユウキはハンニバル侵食種の懐に入り込む。

 

  『ズシャァッ!!』

 

 神機を振り上げると、ハンニバル侵食種の胴体には大きな裂傷が出来ていた。

 

「1度…原種を含めれば2度倒した相手ですからね。変異種でもなければ今更苦戦する相手でもありませんよ。」

 

 ユウキはすぐに横に神機を振るが、ハンニバル侵食種は上に大きく飛び上がると、落下の勢いを利用して右の拳でユウキに殴りかかる。

 しかしユウキは落下前に攻撃が来ると察知したため、早々に後ろへ下がっていた。しかもハンニバル侵食種の拳が空振りした瞬間、リンドウが横から頭を狙い、袈裟斬りできつい一撃を与える。

 

「ハハッ!!そうかそうか。何と言うか、後輩の成長した姿を見れて、上官としては嬉しい限りだわ。」

 

 次はユウキがハンニバル侵食種の足を切り落とそうと接近する。しかし、今度はハンニバル侵食種が黒炎の剣を振り、ユウキを牽制する。

 

「そう言うリンドウさんは少し弱くなりました?何か動きが鈍いですよ?」

 

「なぁ~に言ってやがる。これからだってぇ…のっ!!」

 

 そう言うとリンドウは着地と同時に地を蹴る。するとリンドウが一瞬のうちにハンニバル侵食種の首元を切り裂く。さらにそのままの勢いを維持したままハンニバル侵食種の首を掴み急反転すると、今度は後ろから首を切り裂いて即座に離脱する。

 まるでスイッチが入ったかの様に動きが鋭くなり、それを見ていたユウキは思わず感嘆の声をあげるが、その頃にはハンニバル侵食種の周りを貼り付く様に動き回って攻撃を繰り返したため、ハンニバル侵食種は確実に身体中に傷を作っていた。

 

「やっぱり凄いな…それなりに強くなったつもりなんだけど、未だに追い付けた実感がないや。」

 

「そう落ち込むなよ。まだまだ俺を超えさせる気は無いが、少なくとも俺と同等にはなってるさ。このまま行けばそう遠くないうちに俺を超えるだろう。どうせまだ本気じゃないんだろ?」

 

「まあ、そうですけど…ねっ!!」

 

 リンドウが離れると、ユウキもまた1度離れた距離を一瞬で詰める。リンドウの動きに翻弄されていた事もあり、ユウキへの反応が遅れる。弾丸の様な勢いでハンニバル侵食種に突っ込み、肩を斬りつけ、そのまま後ろの壁にたどり着くと、壁を蹴ってさっきとは逆方向に飛び出す。

 しかし今度は反応が間に合い、ハンニバル侵食種は首を横にずらして神機を避けるが、ユウキは咄嗟に頭に蹴りを入れる。

 ハンニバル侵食種は避けたはずなのに大きな衝撃を受け、何があったのかと思い動きを止める。この2人がそんな隙を見逃すはずもなかった。

 

「リンドウさん!!」

 

「いまだ!!とどめいくぞ!!」

 

 ユウキとリンドウが同時に走る。対してハンニバル侵食種は両腕に黒炎の剣を作り出し、ユウキとリンドウに向かって振り下ろす。

 しかし2人は大振りな攻撃を外に跳んで簡単に躱すと、互いに外側からハンニバル侵食種に飛びかかる。

 

「ジャラァァアア!!」

 

「うおぉぉぉおお!!」

 

 2人が神機を振り下ろすと、ハンニバル侵食種はV字に斬り裂かれてた上、両腕を切り落とされた。さらに斬撃はハンニバル侵食種のコアに届いていたらしく、ハンニバル侵食種は膝から崩れ落ち、遂に倒れる事になった。しかしユウキとリンドウは神機を構えたまま気を抜けずにいた。

 するとハンニバル侵食種は黒い煙になって霧散していく。しかしその煙は地面に残ったままゆっくりと広がっていく。

 

  『ゴポッ!!グジュッ!!』

 

 突如大量の空気が漏れて出来た大きな気泡が幾つか出来て破裂する。それと同時に粘着質な音が何度も聞こえてきて、ハンニバル侵食種だったものは黒い水となり、先程よりも広がるスピードを速めていく。

 そんな光景を見たリンドウは何かを察したらしく、表情が一段と鋭くなる。

 

「…まったく、俺も厄介な奴に好かれたもんだな。あくまで俺を逃がさないってつもりのようだな。」

 

「ハハッこれじゃあ質の悪いストーカーだ。モテ過ぎるのも考えものですね。」

 

 リンドウもユウキも表情こそ鋭いが、軽口をたたく事が出来る位には心に余裕があった。何とか出来る根拠はないが共に戦う仲間が居る。その事実だけで何とか出来てしまえそうに感じていたからだ。

 

「…よう、お前の出した命令だ。とことん付き合ってもらうぞ?」

 

「当然!!」

 

 『生きることから逃げるな』ユウキが出した命令はまだ最後まで果たされていない。その命令を妨げる最後の壁…それを排除して生きて帰る…2人は今更迷うことなどなかった。

 

「くるぞっ!!」

 

  『グルルォォォアアァァァァァッ!!』

 

「デ、デカイ!!」

 

 黒い水から耳を擘く爆音の咆哮と共に、通常のハンニバル種より2周りは大きくなったハンニバル侵食種の上半身だけが現れる。少なくともこのまま全身が出てきていたら教会に入りきらないであろう大きさだった。

 そんな巨体のハンニバル侵食種が両腕を広げて、左腕でリンドウを、右腕でユウキを、1つに押し潰す軌道で腕を振り下ろす。

 リンドウとユウキは装甲を展開して、各々腕を受け止める。しかしその巨体に負けず劣らずの腕力に圧され、気も力も一瞬でも抜く事は出来なかった。

 

「グッ!!ギィィ…ッ!!」

 

「ぐっおおおぉぉぉお!!」

 

 リンドウの後ろにはユウキが、ユウキの後ろにはリンドウが居る。そのため、どちらかが避ければ残った方が大きな爪で引き裂かれる事になってしまう。同時にその場から離れようにも、タイミングはかなりシビアな上、合わせる余裕もない。

 完全に逃げる事が出来なくなり、互いに互いを守ろうとした結果の悪手とも言える状況となってしまった。

 業を煮やしたのか、ハンニバル侵食種の口元から黒炎が漏れる。そして黒炎を槍の様な形にしてリンドウに向かって放った。

 

「リンドウさんっ!!」

 

「グッ!!」

 

 どちらかが動けば残った方が殺られる。絶体絶命のピンチにユウキが声を上げるが、リンドウはそれでも諦めた表情は一切していない。

 

「俺は…絶対に…生きて帰る!!」

 

「そうだ。それでいいんだ、リンドウ…」

 

 リンドウとユウキ以外に話す事の出来る人が居ない中、そのどちらでもない声が聞こえてきた。次の瞬間、ブラッドサージが装甲『イヴェイダー』が取りついている器官をを伸ばして、リンドウとユウキを押しているハンニバル侵食種の腕を代わりに受け止める。

 そしてリンドウに向かっていた黒炎の槍は、神機本体に突き刺す事で受け止めた。

 次の瞬間、神機が橙色の光を放った後に腹に黒炎の槍が刺さった状態で空中に浮遊しているレンが現れた。

 

「レン!!」

 

「お前…まさか…俺の…」

 

 仲間の腹に槍が刺さっていると言う衝撃的な場面に目の当たりにしてユウキは声を上げる。そして先程は意識もはっきりしていなかった事もあり、レンの正体が自分の神機であると半信半疑だったリンドウも、自身の目の前で神機がレンになった事に驚いていた。

 だがこんなところを見た以上もう疑いようがない。すぐに事実を認識して、レンが共に戦い続けた自身の神機だと受け入れる事が出来た。

 

「リンドウ…やっとまともに話せたね。」

 

 相変わらず腹に黒炎の槍が刺さっているが、レンは非常に穏やかな笑みを浮かべてリンドウに話しかける。

 

「今まで伝えられなかったけど…これだけは、しっかり伝えたかったんだ…」

 

 レンは1度目を伏せ、優しい表情と声でリンドウに語りかける。

 

「僕は…全部覚えてる。君の初陣の時の緊張も、救えなかった人を達への後悔も、戦い続ける日々の苦悩も…そして、愛する人達を救うために、別れる覚悟を決めた事も…リンドウと一緒に戦った日々は、僕の誇りだよ…ありがとう。」

 

「ああ…俺もだ…」

 

 知らず知らずのうちに共に苦難を背負い、自分の事を助けてくれていた相棒が居たのだと、リンドウは長い戦いの中で忘れてしまっていた事を思い出す。

 

「神機使いになってずっと…ずっと俺を救ってくれてたんだな…感謝する。」

 

「十分だよ…僕は…十分、報われた…」

 

 レンが微笑むと、突然レンの体から光を発する。ユウキとリンドウは光で辺りが見えなくり、収まった頃に目をゆっくりと開けると、レンは地面に立っており、腹に刺さった黒炎の槍と、さっきまでレンの後ろに居たはずの巨大なハンニバル侵食種がきれいに消えていた。

 

「本当にありがとう。ユウキさんのお陰で、ここまで来られました。」

 

「ううん…礼を言うのは俺の方だよ。レンが色々と俺に助言をくれたから、リンドウさんを助ける事が出来たんだ。」

 

 『そうですか…』とレンは上品に笑う。そしてユウキと向き合い、伝えたいことを伝えていく。

 

「けど、それは結果論です。でも、こうして一緒に過ごした時間を思い出してみると…凄く楽しかった…」

 

 レンはユウキと出会ってからの事を思い出し、懐かしむ様な表情で語りかけてくる。

 

「リンドウの事で怒った時…貴方の神機として生きていくのも、悪くないなって思った位に…」

 

「…そ、そう?」

 

 レンが珍しく素直にユウキと共に戦っても良いと言ったので、ユウキは照れながら頬を掻いた。

 

「あ、でももう少し丁寧に扱ってくださいね?『彼女』も痛いのはやっぱり嫌みたいですから。」

 

「うっ!!き、気を付けます…」

 

 ユウキはバツの悪そうな顔になりながら、『彼女』とは自分の神機の事だろうか?と考えた。確かに何度か壊しているため、痛いから止めろと小言を言われてもおかしくないだろう。

 

「それから、初恋ジュース…美味しかったです。アラガミなんかよりも、ずっと…ずっと美味しかった。ありがとう。」

 

 今更ながら、初恋ジュースがきっかけでレンとの交流が始まった様な気がする。こんな時でも思い出す辺り、レンにとってとても大事な『思い出』となっているのだろう。

 ユウキはそんなレンの思い出を作ってやれた事に少し喜びを覚えた。

 

「貴方…いや、ユウに会えて、本当に嬉しかった。」

 

「…うん…こっちこそ…ありがとう。」

 

 伝えたい事は沢山あるのに、うまく言葉にできず、結局『ありがとう』と言う言葉でしか返せない。なんだかむず痒い感覚を覚えながらユウキはレンに礼を言う。

 

「ああ、もっと皆で、色々話したかったなぁ…話すってもどかしくて暖かくて、凄く好きだったよ…」

 

 ずっと伝えたかった事をようやくリンドウに伝えられ、さらにはリンドウだけでなく、他の人とも直接話すチャンスを手に入れた…伝えたいこと、話したい事は沢山あるのに、沢山ありすぎて言葉にできない事にレンもまたむず痒い思いをしていた。

 

「そろそろ、お別れみたいだ。」

 

「そっか…」

 

「行っちまうんだな…」

 

 レンが別れが迫っている事を伝えると、皆名残惜しそうな顔になる。

 

「うん…それじゃ、バイバイ…またね…」

 

「ありがとう…俺の相棒…」

 

 レンがリンドウに歩み寄り、手を差し出す。リンドウも同じように手を伸ばして、共に長い間共に戦った相棒であるレンと硬い握手を交わす。

 

「またな…近いうちに…また会おう…」

 

 近い未来での再開を誓い合い、ユウキとリンドウの意識は遠退いていく。

 

「ああ、それから気を付けてください…次…じ事をす…と…貴方…自……身に…」

 

 最後の最後、レンが何かを言った様な気がしたが、それはほとんど聞き取れなかった上、ユウキとリンドウの意識が消えかけていた事もあり、きちんと2人の元に届くことはなかった。

 

 -エイジス-

 

「…ぁ…?」

 

「ユウ?!」

 

 とにかく全身が痛い。そんな状態でユウキがうめき声をあげて目を開けるとユウキの右側に顔を覗き込む様な体勢のアリサが居た。それを見たアリサがユウキに呼びかける。

 

「目ぇ覚ましたんだ!!よかった…!」

 

 左側からコウタの声も聞こえてきたが、何処にも見かけない。

 

「ァ…リ…サ…?」

 

「バカァッ!!」

 

 今の今までリンドウの精神世界に居たが、アリサは見かけなかった。言葉も通じる事もあり、現実に戻って来たのかと思っていたら、アリサから怒号が飛んで来た。

 

「何で…何で1人で行ってしまったんですか!!」

 

「リ…ドゥ…さん…は?」

 

 色々と言いたいのは分からないでもないが、今はリンドウの安否が気掛かりだ。あそこまでやったのに死んでいないか…本当に生きているのかを早く知りたいところだった。

 

「無事…とは言えないけど、ちゃんと生きてる。右腕がアラガミ化してるけど…見た感じ、大丈夫っぽい。」

 

 コウタからリンドウの様子を聞くと、ユウキへ視線を右に移す。そこにはコウタの言った通り、アラガミ化しているが橙色のコアの様なものが埋め込まれた右腕となったリンドウが居た。ブラッドサージを持ったままリンドウを抱えるソーマと、その補助としてリンドウを支えるサクヤも居た。

 

「…ょか…た…」

 

 ボロボロでも望んだ通り、リンドウはちゃんと生きてるようだ。取り敢えず一安心して視線を戻すと、複雑そうな表情をしたアリサが目に入る。

 

「…何で…何で…何も言ってくれなかったんですか…?」

 

 アリサは何故誰にも言わず1人で戦ったのかを静かに問いただす。顔は少し歪んでいて、今にも泣きそうな顔だった。

 

「言ってくれたら…何だって協力したのに…最後に攻撃されたのだって…盾になるくらいしたのに…」

 

 ユウキは頬に水滴が落ちる感覚を覚える。何かと思えばアリサ大粒の涙をポロポロと流しながら泣いていた。

 

「一緒に…戦ったら…そんな…ボロボロに…なることもなかったかも知れないのに…」

 

 リンドウが帰ってきた喜び、ユウキが1人で戦いに行き、裏切られた様な感覚からの悲しみ、何も気づかなかった自分への後悔…色々な感情がごちゃ混ぜになって訳がわからなくなり、アリサはひたすら泣き続ける。

 

「左目だって…」 

 

「そう…か…どうりで…」

 

 そこまで言われて全て察した。何故か目を覚ましてからずっと左側が見えなかったのか、これではっきりした。

 

「ひだり…はん…ぶん…みぇ…なぃ…わけだ…」

 

 そう、ユウキの左目付近はハンニバル侵食種から最後に殴られた時の衝撃でパックリと割れて血を流し、眼球は潰されていたのだ。しかも目の周りの骨も割れたのか、少し歪に顔面が変形し、骨が皮膚を突き破っていた。

 

「ユウ…どうして…」

 

「わる…ぃ…アリ…サ…」

 

 色々言いたいのは分かる。しかしユウキ自身がもう意識を保つ事に限界を感じていた。

 

「さす…がに…つかれ…た…ね…る…」

 

 そう言うとユウキは目を閉じ、一瞬のうちに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、たった一人を救う為に起こした小さな奇跡だった。だが、俺たちにとっては何よりも大きな奇跡だった。今まで誰もなし得なかった方法で、誰も犠牲にする事なく救う事が出来たのだ。皆が望んだ最良の結果を引き当てる結果となった事を、俺たちの誰もが喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそれは、奇跡でも何でもなかった。代■を支払う事で手に入れた、謂わばただの等価交換だった。そう遠くない未来で、1人を救った事による■償を…少■は支払う事になる。そしてそれは…少■が■■の道をひた走る引き金となる。

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カチッ』

 

 ■〇の■車が=〇合った。

 

To be continued




後書き
 左目を潰しながらもようやくリンドウさん救出です。ゲームの方でもラスボスがハンニバル侵食種でしたが、既に1度倒した事のある相手だったのでそこまで苦戦せずにあっさりと倒されてもらいました。ラスボスにしては盛り上がりに欠けるところがあるかも?と思いましたが、リンドウさんと共闘するのだし、化け物じみた強さを見せつける意味でもよかったかもと思います。
 レンは…原作でもこの先現れる事はないんですよね…リンドウさんと共に色んなものを見て、体験して、成長した事を伝える機会を得られたが、伝えたい事がありすぎて上手く言葉に出来ないもどかしさを伝えられるよう書いてみたのですが…狙った部分を伝えるというのは難しいです(´・ω・`)
 それでは次話でリンドウ救出編本編は終わり、後日談を一つ入れて、完全に終わります。リザレクション編は9割オリジナルになるので、今まで以上に時間がかかると思いますが、また見ていただけると嬉しいです。
 あ、そう言えばGE3とRPGのアプリのトレーラームービーが発表されたとの事で見たのですが…二刀流やら神機同士のジョイントやら各支部を巻き込んだ作成が展開される等、オリジナルでやろうとしていた事と内容が被る部分があって、この先何か言われないかが心配です(;゚Д゚)
 …プラットフォームにVita残しといてくれぇ(祈 でなきゃやれない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission70 門出

リンドウさんが帰還してから1ヵ月、なんやかんやとあったがサクヤさんとの結婚式…の直前の話です。


 -極東支部 ユウキの部屋-

 

 リンドウが帰ってきてから1ヵ月が経ち、極東支部は慌ただしく人が入り乱れていた。そんな中、ベテラン区画のユウキの部屋には元部屋の主であるリンドウがソファーに座って何やら資料を読んでいた。ただし、その服装はいつもと違い、タキシードを来ていて何処か窮屈そうだった。

 

「リンドウさーん!!居ますかぁ?」

 

 突然扉が開くと、そこにはコウタが立っていた。そして少し後ろには、ソーマも居た。

 

「ん?おうコウタ。ソーマも一緒か。どうした?」

 

「リンドウさんの準備が終わったかの確認っす。会場の設営も残りは大した作業もないし、積もる話もあるだろうから、ついでに様子見に行ってくれって皆が言うもんで。」

 

 今日はリンドウとサクヤの結婚式だ。前日から会場と披露宴の設営をしていて、予定では昼から始める事になっている。

 その準備の最中、周りからの指示もあり、コウタとソーマがリンドウの準備がどうなっているか確認しに来たのだ。

 

「ま、その様子なら問題ないみたいだな。報告に戻るぞ。」

 

「まぁまぁまぁまぁ、せっかくだから時間まで話し相手になってくれよ。こっちは退屈で死にそうなんだ。」

 

 様子を確認したソーマがすぐに部屋を出ようとしたが、リンドウはその手を掴み引き止める。

 

「いや、このあとのスケジュールとかあるだろうが。」

 

「大丈夫だって。今日の主役は俺とサクヤだ。俺たちの準備が終わらなけりゃ式もはじまらないって。」

 

 確かに主役の準備が終わっていなければ、式を始める事は出来ないがそれを大義名分に暇潰しに利用するのはどうなのだろうか?と思いながらソーマはリンドウに手を引かれて部屋に戻る。

 

「それにサクヤの準備の方がよっぽど時間がかかるだろうからな。まだしばらくは問題ないだろうさ。」

 

 そう言ってリンドウはソファーに座ると、コウタもベッドに座り、ソーマは壁に背中を預けた。

 

「結婚かぁ…この1ヵ月準備やら申請やら大変だったけど…やっとここ待で漕ぎ着けましたねぇ…真っ白なウェディングドレス姿のサクヤさん…綺麗なんだろうなぁ…」

 

「おいおい、他人の嫁さんに色目を使わないでくれよ?コウタ。」

 

「分かってますよ。そんな趣味はないですって。にしても…」

 

 流石に自分の嫁が言い寄られるのは面白くないのか、リンドウはコウタに釘を刺しておく。

 

「スーツも似合いますね。いつもは動きやすさ重視のラフな服着てるもんだから、ビシッと決めるイメージが湧かなかったんですけど、何の心配もなかったみたいですね。な、ソーマ。」

 

「スーツと言うかタキシードなんだがな。まあ、確かに変ではないな。」

 

 『もうちょい素直に誉めろよ』とコウタが言うと、ソーマが『うるせぇ…』と返した。そんな何気ないやり取りを見たリンドウは少し驚いていた。リンドウから見たソーマは、今までに素直に他人を誉めた事は無かったからだ。

 

「当ったり前だろう。俺みたいな男前は何着ても似合うんだよ。」

 

 リンドウは冗談めかした口調でドヤ顔になる。

 

「…ホントにあれから1ヵ月経っちゃったんですよね…なんか、あっという間でしたね。」

 

 コウタがリンドウが帰ってきてからの事を懐かしむ様に思い出す。

 

「まぁな…何しろ帰ってきてからここまで色々と詰め込み過ぎだったからな。一月前がえらく遠い昔の事みたいだな。」

 

「そう言えば帰って来て早々、ユウと一緒にツバキさんやサクヤさんとアリサにどやされてましたね。その上ツバキさんからの懲罰が…」

 

 -1ヵ月前 医務室-

 

 時は1ヵ月前、リンドウが帰還してから3日後まで遡る。全身を包帯で巻いているリンドウと右目以外の顔を包帯で巻いているユウキ、それからツバキとサクヤ、アリサが医務室に居たのだが…

 

「さて、お前達…何故正座させられているか分かっているだろうな?」

 

「「え…えっと…」」

 

 男2人は冷や汗を流しながら医務室の床で正座させられていた。

 

「リンドウ…?あんなに心配かけといて、まさか何も言われない何て思ってないでしょうね?」

 

「あぁ…その…まぁ…」

 

 返す言葉が思い付かず、リンドウは何とも歯切れの悪い返事をする。

 

「ユウもですよ…? 1人で無茶しないでって何度も言ったのに、何でまた1人でリンドウさんとの戦いに行ったんですか?その上こんな怪我までして…私達を悲しませて心配させて…そんな事して楽しいですか?」

 

「い、いや…そんな事は…」

 

 アリサもまたユウに対して質問攻めにしていた。ユウキはアリサの迫力に圧されてまともに返す事が出来なかった。

 そんなこんなで野郎2人を問い詰める女子2人は素敵な笑顔を見せていたが、ドス黒いオーラを纏っていて、ユウキとリンドウは完全に気圧されていた。

 

「まあ、2人が色々と言いたい事があるのは分かる。私もお前達に言いたいことは山ほどある…が、その辺りはサクヤとアリサが言ってくれるだろうから、私からはお前達への懲罰の内容だけ伝えよう。」

 

「えっ?!ちょ!!ま、待ってくれよ姉上!!2人とも帰って来たら懲罰は免除するって話なんだろ?!こうして2人共帰って来たんだし、それはちっと話が違うんじゃ…」

 

 リンドウは先に聞いた話だと、2人共に帰ってきたのだから約束通り懲罰は無いはずだと抗議するが、ツバキはリンドウを睨んで黙らせる。

 

「ほう…口答えか…?良いだろう。今回懲罰を与えるに至った経緯を説明してやろう…サクヤ、アリサ…私が懲罰を免除すると言った条件を言ってみろ。」

 

「「『2人とも無事帰還した場合のみ、懲罰を免除する』です。」」

 

 サクヤとアリサが揃って出撃前にツバキが言っていた懲罰を免除すると言った条件を伝える。

 

「リンドウは制御出来ているとは言え右腕がアラガミ化、ユウキは左目の失明…とても無事とは言えないな…」

 

 リンドウは比較的傷は無いが、長期間の極限状態による衰弱と右腕のアラガミ化は治らず終い。点滴とアラガミ化の影響の調査と療養も兼ねて医務室で治療する必要があった。

 そしてユウキは全身に大小問わずそこら中に傷を作り、頭蓋は一部砕け、左目は潰れた。そのため、頭蓋の修復と左目の摘出手術をした。

 だが施術後、次の日には2人ともすぐに動ける様になり既に通常通り任務に出られる程に回復している。ルミコが驚く程の驚異的な回復力を見せつけたが、無事とは程遠い状態なのは間違いない。

 

「…い、いや、だって…なぁ?」

 

「…ねぇ…」

 

 ユウキとリンドウはバツが悪そうに互いの顔を見合わせる。そもそも互いが互いを殺す為に戦っていた状況で、無事に帰ってくると言うことの方が無理な話だ。

 

「とにかく、罰は受けてもらう。内容は10倍式アマミヤ・ブート・キャンプだ。」 

 

「えぇ?!ま、待ってくれよ姉上!!あれはマジで勘弁してくれ!!」

 

 罰の内容を聞くと、リンドウは一気に青ざめて罰の内容を変えてもらえないかと抗議する。

 

「姉上と呼ぶな馬鹿者!!ペナルティ追加だ!!任務に出られる程回復しているようだから早速明日から始めるぞ!!…フ、フフフ…楽しみだなぁ…アーッハッハッハッハ!!」

 

 リンドウの抗議も虚しく、ツバキは明日から罰の執行をすると告げると、高笑いして医務室を出ていった。

 その一部始終を、2人に一言もの申すつもりで医務室に来ていたソーマ、コウタ、リッカが扉の外から覗いていた。そしてその3人とは別で後から来たユーリが何かを察して複雑な表情でその場を後にした。

 

 -極東支部 ユウキの部屋-

 

「あぁ…腕立て腹筋スクワット…その他諸々も1万回以上を1時間以内にやるとか…あの1週間はマジでキツかったなぁ…つか他人事だと思って笑いのネタにするんじゃねぇよ。」

 

 罰が執行されてからの1週間、ユウキとリンドウはひたすら(鬼)教官の元、ひたすら筋トレをしていた。

 結局この1週間の間に1時間以内に筋トレ1万回のノルマを達成は1度も出来なかったと言えばその過酷さは容易に想像できるだろう。

 

「それだけ心配かけたって事だ。甘んじて受け止めろ。」

 

「ったくよぉ…いつの間にかソーマもコウタも小生意気になりやがって。」

 

「だが、そんな小言を聞けるのも、こうして生きて帰って来たからだろ?」

 

「…そうだな。」

 

 ソーマの言葉を聞いたリンドウは帰って来たんだなと再度実感する。

 

「命懸けで救いだしてくれたユウと、文字通り俺の右腕となって生きている相棒…それから俺の事を探して回ってくれたお前達のお陰だ。本当に感謝する。」

 

「よせ…体が痒くなる。」

 

「あっ!!さてはお前風呂に入ってないな?」

 

 リンドウが助けてくれた皆に礼を言うと、気恥ずかしさから礼の言葉を拒否する。それを見たコウタが悪のりしてさらにソーマを茶化して、ソーマとコウタが騒ぎ始める。

 

「なっ?!はぁ?!何でそうなる!!大体昨日俺がシャワー浴びたのお前も見てるだろうが!!」

 

「プッ!!アッハハハッ!!ソーマがそこまで必死になるたぁ、レアなもんが見れたわ!!」

 

 いつまでもこんな『普通の日常』が続けば良いのに…この場にいる誰もがそう思いながら笑っていた。

 

 -極東支部 会議室-

 

 時はコウタ達がリンドウを訪ねてから少し後、役員区画の会議室を控え室として利用して、サクヤがヒバリに手伝ってもらいながら着付けをしていた。

 

「サクヤさん?今大丈夫ですか?」

 

「アリサ?ええ、どうぞ。」

 

 サクヤから入室の許可を貰うと、アリサは控え室に入ると、ウェディングドレスを着て、メイク(ほぼ終わり)中のサクヤが目に映る。女子であれば恐らく誰もが憧れるであろうその美しい姿を見て、アリサは思わず息を呑んだ。

 

「わぁ…サクヤさん…綺麗…」

 

「フフッありがとう。でも着付けがまだ終わってないから、ちょっと恥ずかしいわ。」

 

「それでも十分に綺麗ですよ。リンドウさん、こんなに綺麗な奥さんと結婚出来て幸せ者ですね。」

 

「ホントですよね。器量よし、料理もできる、家事スキルも網羅していてその上美人なんですから。非の打ち所が無いですね。」

 

「もう、煽てても何も出ないわよ?」

 

 アリサとヒバリが素直にサクヤの事を誉めると、サクヤは照れ隠しをする。

 

「失礼しまーす!!」

 

「あら?アネット…だけじゃないみたいね。」

 

 しばらく談笑していると、扉をノックする音が聞こえ、入室の意思を示す声が聞こえた。声の主はアネットだったが、その後ろにも続いて他にも部屋に入ってくる者がいた。

 

「すいません。どうしても一目見たくて…」

 

「あはは…待ちきれずに来ちゃいました。」

 

「ごめんなさい。大勢押し掛けるのも悪いかと思ったけど…やっぱり花嫁を一足先に見てみたくなってね。」

 

「そんな事気にしないで。賑やかな方が良いじゃない。」

 

 アネットに続いてカノン、リッカ、それからジーナも続々と部屋に入ってくる。花嫁姿のサクヤを見るなり、アネットは感激して『サクヤさん綺麗…』と呟き、サクヤが『ありがとう』と返す。

 それを皮切りに、皆が次々と『綺麗』や『羨ましい』と言った感想を話していく。

 

「良いなあ…いつか私も素敵な旦那さんと結婚したいなぁ…」

 

 花嫁姿のサクヤを見て、恋に恋する少女アネットにも結婚願望が芽生え始める。

 

「アネット可愛いから、きっとすぐに相手が見つかるわよ。」

 

「ちなみにアナグラの中で選ぶとしたらどんな人が良いですか?」

 

 サクヤがアネットならすぐに結婚相手が見つかると返す中、ヒバリが極東支部内の人間でなら誰が良いを聞いてみると、アネットは一瞬考え込んでから答える。

 

「そうですね…やっぱり先輩みたいな人がいいですね。」

 

「「絶対ダメ(です)っ!!」」

 

「えぇっ?!何でですか?!」

 

 アリサとリッカが揃ってアネットを止める。しかしアネットは何故止められるのか分からずに困惑する。

 

「あらあらぁ?何でダメなのかしらぁ?」

 

「うっ!!それは…その…」

 

「ねぇ…」

 

 サクヤがニヤニヤしながら何故ユウキを選んではダメなのか聞くと、アリサとリッカは目を合わせて言葉を詰まらせる。

 

「ユウの事取られると思って焦っちゃった?」

 

「そ、そう言う訳じゃ…え、あれ?今の会話前にもあった気が…」

 

「え…?ああ、そう言えばユウがリンドウと戦う前にこんな感じの話をしたわね。」

 

 アリサは今の会話にデジャヴを感じていると、サクヤがユウキと喧嘩したときにもした会話だと伝える。するとアリサはあからさまに動揺した態度を見せる。

 

「え…?あれ?も、もしかして…」

 

「ええ、皆あれよりももっと前から気づいていたわ。」

 

 今までの会話とサクヤの態度でユウキの事をどう思っているか、ある程度は知られてしまったとアリサは思っていたが『似たような会話でサクヤが同じ反応をしたと言う事は…?』と考える。

 サクヤからその時には既に知られていたと伝えられると、アリサは顔どころか耳まで真っ赤になった。

 

「うぁぁぁぁ…」

 

 羞恥からうなり声をあげながら、部屋の隅で頭を抱えていた。

 

(アリサ…同情するよ…)

 

 部屋の隅で身悶えしているアリサを見て苦笑しながら見つめていたリッカだったが、サクヤの一言で一変する事になる。

 

「あら、リッカ?貴女、自分は関係ないと思っているのかしら?」

 

「え?!ウソ?!!?」

 

 まさかと思い、リッカは勢いよくサクヤの方に振り返る。

 

「バッチリバレてるわ。」

 

「リッカさんもこの1ヶ月、あんなに態度に出てたのに、気付かれてないと思ってたんですか?」

 

「うぅぁぁぁ…」

 

 サクヤとヒバリの二連撃を受け、リッカもまたアリサの隣で同じように真っ赤になって頭を抱える事となった。

 

(あんなにあからさまに態度に出てるのに…何で2人は周りにバレてないって思ってたんですかね…?)

 

(無自覚…でしょうか?多分気付いてないのユウキさん位じゃないですか?最終的にはユーリさんもアリサさんの気持ちに気が付いちゃって…)

 

(あの子、この間ダメ元で告白したらしいんだけど、案の定フラれて落ち込んじゃったわ…)

 

(((罪な女(です)ね…アリサ(さん)…)))

 

 カノン、ヒバリ、ジーナがヒソヒソとこの1ヵ月、アリサとリッカの変化が分かりやすくなったと話している。主にアリサもリッカも何かとユウキの様子を気にして過保護になっていた。ある日突然いつも以上に構う様になれば、何かしら相手に思う所があるのだろうと周りに勘繰られても不思議はない。

 そんな1ヵ月の変化を話している中、ヒソヒソ話を聞いたアネットが爆心地に更に爆弾を投下する様な発言をする。

 

「あっ!!そっか!!先輩を結婚相手に選んじゃダメだって言ったのは、アリサさんとリッカさんは先輩の事が…」

 

「「わぁぁぁぁあ!!ストォォォップ!!」」

 

 既に知られているとは言え、皆の前でハッキリと言葉にされるのは恥ずかしいものがあり、アリサとリッカが慌ててアネットの口を塞ぐ。

 しかし、普通の女子の神機使いよりも腕力があるアネットにはそれも通用せず、2人の手をどうにか払い除ける。だが、またアリサかリッカのどちらかがアネットを取り押さえようとして、3人はもみくちゃになっていた。

 その様子を見ていたサクヤは小さく笑い、この1ヵ月の出来事を思い出していた。

 

「1ヵ月か…本当に色々とあったわ…」

 

「そうですね…ユウキさんとリンドウさんを叱ったり、リンドウさんの戦線復帰の手続きや式の準備…」

 

「それから、リンドウと一緒に暮らし始めた事…本当…この1ヵ月で色々と変わったわ…」

 

「本当に、色んな事が詰め込まれた1ヵ月でしたね。」

 

 リンドウの帰還の後、リンドウの部屋はユウキが使っているためリンドウとサクヤの同棲する事になり、しばらくして式の準備をしながらリンドウとユウキへの懲罰と、1ヵ月の間に起こった出来事としては色々と詰め込み過ぎな毎日だった事を皆で思い出しす。

 

「ええ…でもなぁ、リンドウと暮らし始めてから…分かってはいたけど、もう少ししっかりして欲しいなぁ…」

 

 分かっていた事だが、同棲を始めてからと言うもの、リンドウのだらしない私生活にやや拍車がかかり、どうにかならないかとサクヤは苦笑する。

 

「休みは基本ゴロゴロしてるし、飲み終わったビールの缶はそのままにするし、何か黒い羽を撒き散らすし…掃除の手間が増えて大変よ。」

 

「でも、それで良かったんですよね?」

 

 いつの間にか騒動が終わり、大人しくなっていたアリサが穏やかな口調でサクヤに聞く。

 

「ええ…こんな大した事じゃない日常が帰って来た事が何よりも幸せよ。ホントにあの子には感謝の言葉しかないわ。」

 

 リンドウが帰ってきた…その陰には文字通り1人命懸けでリンドウを救う為に戦ってくれた少年の活躍があっての事だった。

 本当に感謝の言葉しかない。そんな事を考えていると、『入るぞ』と凛とした声が聞こえてきて部屋の扉が開いた。

 

「こんな所に居たのか。もうそろそろお前達も準備をするといい。男共の様に、着替えて髪をセットして終わりと言う訳にはいかんだろう?」

 

 声の主はツバキだった。彼女によるとどうやら会場の準備は終わったらしい。ツバキに促されて、花嫁を見に着た女性陣は、今度は自分達の準備を始める為に部屋を出ようとする。

 

「あ、じゃあついでで良いから、ユウを呼んでくれるかしら?式の前に改めてお礼を言いたいんだけど…」

 

 皆がサクヤに一旦部屋を出る旨を伝えると、サクヤは何処かでユウキに会ったら呼んで欲しいと頼む。

 

「先輩なら今披露宴の準備かと…」

 

「え?!こっちにはずっと居なかったよ?式場の準備だったんじゃ?」

 

「厨房にも居なかったですよ?」

 

「そうよね?なら、あの子何処に居たのかしら?」

 

「もしかして、ずっと居なかった…とか?」

 

 式場の準備をしていたアネット、披露宴の設営をしていたリッカ、それらに出す料理を作る手伝いのため厨房にいたカノンとジーナ、そして司会のため、進行やスピーチの確認をしながらサクヤの準備を手伝っていたヒバリ…彼女達が口々に朝からユウキの姿を見ていないと言う。

 

「もうっ!!今日はリンドウさんとサクヤさんの結婚式なのに…どこに行っちゃったんですかっ?!」

 

 腰に手を当ててアリサは『プンスカ』と言う擬音語でも聞こえてきそうな可愛らしい怒り方で怒っていた。(本人は本気で怒っていたが…)

 アリサもユウキを朝から見ていないので、本当に何処に行ったのかとその場に居た全員が首を捻る事となった。

 

 -???-

 

 外部居住区から離れた荒野、そこには背中にフェンリルのエンブレムが刻まれた黒いスーツのような制服を来た少年が神機を携えて佇んでいた。

 

「…今日は俺の恩人達の大事な日なんだ。悪いけど、お呼びじゃないお客さんは帰ってくれないか?」

 

  『グォォオアアッ!!』

 

 そこにはアラガミの群れがいた。ヴァジュラにハンニバル、さらにはウロヴォロス…その他大型種や中型種、小型種も大量にいた。そんな烏合の衆に優しい口調で語りかけるが、アラガミ達は戦闘体勢に入る時の咆哮で返事をする。

 

「リア充は爆破するってか?…なら、仕方ない…」

 

 そう言うと、少年…神裂ユウキは左目に走る傷跡と黒い眼帯を付けた顔をあげる。

 

「来な…俺が代わりに遊んでやるよ。」

 

 ユウキはゆっくりと神機を肩に担ぐと、アラガミの群れを見据えて戦闘体勢に入った。

 

To be continued




後書き
 リンドウさんとサクヤさんの結婚式直前の話でこのリンドウ救出編は終わりとなります。残りは後日談を1話挟んで8、9割オリジナルなリザレクション編を開始します。(予定ですがちょっと世界観にそぐわない設定上ガチートな敵が現れるやも知れません。注意してください。)
 原作の世界観だとこんなご馳走を用意したり披露宴をしたりと言った豪勢な式は出来ないんでしょうね…実際、バースト編のED絵を見た限りはもう少し質素な感じでした。しかし、ここではやや華やかになってます。(何故それができたかは次の話で…)
 まあ何にしても





   末長く爆発しろ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after2 宴会

 リンドウ救出編の後日談です。なんだか長くなってグダグダになった気が…


 -外部居住区外 荒野-

 

 日も落ちて辺りが薄暗くなり始めた頃、黒い服を着た少年が運転するジープが荒野を走っていた。

 

(思ったより時間がかかったな…)

 

 少年…神裂ユウキはジープを運転しながら先の戦闘の事を思い出していた。

 

(小一時間で終わると思ったんだけど…次から次へと増援が来るとは…)

 

 戦闘を開始した当初、大型、中型、小型すべて合わせて30体程のアラガミを相手にしていた。しかし、その戦闘の気配が気になったのか、周囲のアラガミまで寄ってくる事になり、気が付いたら100体近いアラガミを処理していた。

 

「式…終わってるよなぁ…」

 

 リンドウとサクヤの式は昼から始まる予定だったが、今は夕方を過ぎて夜になりつつあった。

 とうに結婚式は終わったのだろうなと思いながら、思った事が思わず独り言として口から出てきた。

 

(…あれから1ヵ月か…早いな…)

 

 ユウキは運転しながら、リンドウが帰ってきてから1ヵ月の事を思い出していた。色々と詰め込み過ぎたせいなのか、リンドウとの戦いがえらく昔の事のように思えた。

 

(またアリサに怒られそうだ…)

 

 ユウキは帰った後の事を考えながら、この1ヵ月の事を思い出す。

 

 -1ヵ月前 医務室-

 

 時は1ヵ月前の医務室、ツバキが去った後のこと。相変わらず冷や汗を流しながら正座させられている男2人に素敵な黒い笑顔を見せているサクヤとアリサ…まずは事の中心人物のひとりであるリンドウにサクヤが問い詰める。

 

「さあ、リンドウ?当時の事、色々と話してもらうわよ?」

 

「あぁ…その…」

 

「ハッキリしない返事ね。まあ、いいわ。まずひとつ目、何で襲撃された時、あの場に残らなかったのか…ふたつ目、出ていった後一体何処に居たのか…みっつ目、出ていかないといけない状態だったとして、何故通信のひとつも入れなかったのか…さあ、話なさい?」

 

 『変な言い訳はしないでね?』とサクヤは黒い笑顔のままリンドウに微笑み、圧力をかける。

 

「あぁ…その、実は…当時の事、ちゃんと覚えてないんだよ…」

 

「…あらあら、言い訳しないでって言ったのに話してくれないのね…ねぇ?リンドウ?」

 

 リンドウの下手な言い訳にしか聞こえない答えに、サクヤは額に青筋を浮かべ、黒い笑顔がより一層黒くなる。

 

「あの…サクヤさん…」

 

 ユウキがおずおずと右手をあげ、サクヤの話を遮る。

 

「あら?何かしら?私今リンドウと話しているんだけど?」

 

「と、当時の事、リンドウさんが覚えてないのも無理はないと思います。アラガミ化の影響で終始ぼんやりしてて意識もほとんど無かった様なものでしたから…」

 

 サクヤの雰囲気に圧され、言葉に詰まりながらもユウキはリンドウを弁護する。

 

「ふーん…何で知ってるの?」

 

「か、感応現象で追体験したからです…」

 

 黒い笑顔を向けられたユウキはその恐ろしさから冷や汗をダラダラと流しながら答える。

 

「ユ~ウ~?何でそんな大事なこと話してくれなかったんですか?」

 

 今度はアリサが笑顔を向けきた。ただし目が笑ってない。怒りの矛先が全て自身に向いた事を自覚した瞬間、ユウキは『ヤバい、墓穴掘った…』と後悔する事となった。

 

「落ち着きなさいアリサ。さあ、話して。」

 

 サクヤに促され、ユウキは感応現象で体験したリンドウの過去を話始める。ディアウス・ピターとの戦闘で腕輪が壊れた事、シオが現れディアウス・ピターを追い払った事、いつの間にか旧寺院付近に居て、シオにアラガミ化した腕を制御してもらった事…思い出せる事は全て話した。

 リンドウの件にシオが関わっていた事を知るとサクヤもアリサも驚いていたが、ユウキが一通り話終える頃には落ち着きを取り戻している様に見えた。

 

「そう…大体分かったわ。」

 

 声と表情もいつもの様に落ち着いたものに変わっている。どうやら先程の怒りは鳴りを潜めたようだ。

 

「でも、それを聞く限りシオのお陰で意識がハッキリしていた時期もあったんでしょ?何でその時に連絡をくれなかったの?戻ってくることは出来なかったの…?」

 

「あぁ…その…通信機が壊れたのもあるんだが…何より、こんな腕だったからな…」

 

 そう言ってリンドウは自身の右腕を撫でる。自分が人ではなくなる。それを悟った事で、行方不明になった事を利用して皆の前から離れる事にしたのだ。

 

「もうアラガミ化は止められない…それが分かった瞬間、戻る事は出来ないって思ったんだ…」

 

「…それでも、何か言って欲しかった…リンドウが居なくなって何度も泣いて…生きてるって分かっても…凄く…心配したわ…」

 

「すまなかった…」

 

 どんな状況、状態でもいいからリンドウの情報が何か知りたかった。リンドウを愛しているからこそ、どんな結末であっても知りたいと思えるのだろう。

 サクヤの意思が伝わったのか、リンドウは素直に頭数を下げて謝る。するとサクヤは『顔、上げて』と言うと、リンドウは恐る恐る顔を上げる。そこにはさっきまでとは違い、優しい笑みをしたサクヤが居た。

 

「おかえり、リンドウ…」

 

「ああ…ただいま、サクヤ。」

 

 サクヤの一言でリンドウは目をぱちくりさせたが、すぐに微笑み返してただいまと返す。

 それから数秒、互いに見合っているのを見たユウキは、周りに怒られてもリンドウを連れて帰ってきた甲斐があったと感じていた。

 

「何『よかったね』見たいな顔してるんですか?私の話は終わってないですよ?」

 

 しかし、黒い笑みのアリサの一言でユウキは一気に現実に引き戻された。

 

「え?あ、いや…今何かいい雰囲気だったし、このままキレイに終われば…」

 

「初犯ならそれでも良かったんですけどね…ユウ、リンドウさんの神機を使ったの…今回で2回目でしたよね?」

 

「…はい…」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。しょんぼりして縮こまっているとアリサはどうしても聞きたかった事を口にする。

 

「私、ひとりで無茶しないでって何度も言いましたよね?なのにまたリンドウさんの神機を使って出撃して、挙げ句リンドウさんと戦うなんて大事なことを誰にも言わないで…何で私たちにも何も言わなかったんですか?」

 

「…言えるわけない…俺は…」

 

 アリサだけではない、色んな人から無茶をするなと言われた。それでも今回誰にも言わず、何のフォローも無しで危険な任務に単独で向かった。だがユウキとしてもこの事を誰かに話す事が出来なかったのも事実だ。その真相を話すか一瞬迷ったが、下手に誤魔化しても余計に怒らせて詮索されるだろうと思い、顔を伏せて当時の事を話始める。

 

「リンドウさんを殺すつもりであの場に来たんだ…」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サクヤとアリサは両目を見開いて絶句する。リンドウを助けるためにあの場に行ったと思っていたため、2人は衝撃を受けた。

 

「1度アラガミ化したてしまうと、もう人には戻れない。そうなった神機使いは…殺すしかないらしい…」

 

 アラガミ化した人間の処理方法は殺すしかない。その事実をユウキはポツポツと話していく。

 

「皆がリンドウさんの生存を知った後じゃ…このことを伝えることは俺には出来なかった。だから、独りで行ったんだ。」

 

 リンドウの生存が伝わり、意欲的に捜索している状況で『アラガミ化が進行しているのでいざとなったら殺します』などと言えるはずもなかった。

 

「皆が知らないところで殺れば…皆リンドウさんの幻影を追ってくれる。いざそれが外に漏れても、俺が皆に恨まれてそれで終わりだ。」

 

「「ハァァァア…」」

 

 ユウキが独りでリンドウとの決戦に向かった経緯を話すと、サクヤとアリサは怒りを通り越して呆れた様に大きなため息をつく。

 

「…まったく、うちのリーダーは2人とも…置いていかれたこっちの気も知らないで…」

 

「本当ですよ…そんな大事なこと何も言わずに行ってしまうなんて…ドン引きです。」

 

 2人の怒った様な、呆れた様な、それでいて少し拗ねた様な雰囲気を感じ取り、ユウキは周りに心配をかけたのだと理解した。

 

「…ごめんなさい…」

 

「…ユウ…」

 

 ユウキは顔を伏せたまま謝る。するとアリサから声をかけられて、ユウキは顔をあげる。

 

「ここでもう1度…約束してください。もう2度と独りで無茶しないって。そうしたら…許してあげます。」

 

「…分かった。約束する。」

 

 一瞬の間の後、ユウキは無茶をしたないと言う約束を了承する。

 

「…絶対ですからね?言質は取りましたから、本当に約束してくださいよ?」

 

「う、うん。分かってるよ。」

 

 アリサはユウキが独りで無茶しないと約束した事を何度も確認する。その一連の確認が終わりると、ユウキは『信用無いなぁ…』呟く。すると『どの口が言うんですか!!』とアリサがまたプリプリと怒り出した。

 そんな2人を観ていたリンドウとサクヤは、ヤレヤレとでも言いたげに顔を見合わせていた。

 

-外部居住区外の荒野-

 

(正直軽蔑されると思ったけど…一応は許してもらえたん…だよな…?)

 

 怒られたり呆れられたりはしたが友情や仲間意識が崩壊する事はなかった事にユウキは安堵する。

 しばらくボーッとしながら運転していると、サクヤとアリサに怒られた後の事も思い出してきた。

 

(…そう言えば次の日から筋トレ漬けだったな…あれはもう2度とやりたくないな…)

 

 動けるようになった後、ツバキの筋トレ特別メニューと言う名の懲罰が終わった時の事を思い出しながらふと空を見上げる。

 暗くなりつつある空を見て、ユウキは速く帰ろうと少しアクセルを強く踏んだ。

 

 -3週間前 エントランス-

 

 ツバキからの懲罰と言う名の筋トレ地獄期間を終えた日の深夜…誰も居ない薄暗いエントランスで、何故か眠れなくないユウキはソファーに座ってボーッとしていた。

 

「…よう。」

 

「…?リンドウさん?」

 

 突然声をかけられた。完全に不意を突かれたせいで、ユウキの身体は少しだけ跳ねさせながら声のした方を見るとリンドウが居た。

 そしてリンドウはそのままユウキの隣に座る。

 

「どうした?眠れないのか?」

 

「はい。あのとんでもない筋トレのせいで疲れてるはずなんですけど…」

 

 腕立て腹筋スクワットにその他諸々…各筋トレを1時間以内に1万回やると言う10倍式メニューをを1度もこなす事が出来なかった。それを週間続けて身体はヘトヘトなはずなのに、何故か目は冴えていた。

 

「やっぱりな。あの筋トレメニュー…身体限界を超えて酷使するせいなのか、疲れてるはずなのに終わった後妙に目が冴えちまうんだよな。」

 

「頭は起きちゃってる感じですかね?」

 

「まあ、そんな感じだろうな。それよりどうだ?元俺の部屋は?」

 

 同じ様に筋トレをさせられていたリンドウも目が冴えているあたり、眠れないのはやっぱり筋トレのせいなのだろう。

 2人して同じ事を考えていると、リンドウが隊長用の部屋の使い心地について聞いてきた。

 

「特に不自由もなく快適ですよ。何なら返しましょうか?」

 

「何言ってやがる。あの部屋は第一部隊のリーダーが使う部屋だぞ。アラガミの少女の事やらアーク計画を止めた事やその後の立て直し…アナグラが大変な時にこの支部を支えていたのは間違いなくユウ、お前だ。本当によくやったよ。もう一人前のリーダーだ。」

 

 『あれ、シオの件知ってたんですか?』とユウキが聞くと、リンドウは『ん?サクヤから聞いた。』とあっけからんと答える。

 

「それに、俺の事…昼も夜も関係なく探し回ってくれたみたいだな…ありがとな。」

 

「リンドウさんがアラガミ化するかもって状況でもあった訳ですから…急がなきゃって思っただけです…あれ、でもなんでその事知ってるんですか?」

 

 夜中にリンドウを探し回ったていた事は誰にも伝えていないはず。なのに何故リンドウは知っているのかユウキは疑問に思った。

 

「ハンニバル侵食種の状態で初めてお前と感応現象を起こしただろ?あのときにな。」

 

「そう言う事ですか。」

 

「あー…それと…もうひとつ、謝る事があってだなぁ…」

 

 話の最中、突然リンドウは右手で頭を掻きながらバツの悪そうな顔になり、言葉の歯切れが悪くなった。

 

「…その…左目の事…悪かった…」

 

 突然リンドウが膝に手を突いて頭を下げて謝る。ユウキは一瞬何の事か分からずに面食らってしまった。

 

「最後の最後…もう少し奴に抵抗できたら…」

 

「そんな事気にしないで下さい。それでリンドウさんが助かったんなら、俺の左目なんて安いものですよ。」

 

 左目など安いもの…ユウキの本心からの言葉だったが、リンドウはそれを聞くと両目を見開き、信じられないと言った表情になる。

 

(…ああ、そうか…コイツはまだ…)

 

 『立ち直れていないのかも知れない』そう思いながらもリンドウは顔を上げ、真剣な表情になる。そして目の前居る、周りに嫌われない様に『イイ人の仮面を必死に被り続ける』…否、被っていると言う自覚さえない少年に語りかける。

 

「…なあ、お前…ひょっとしてまだ…」

 

 『昔の事引き摺ってるのか?』と聞こうと思ったが、リンドウはそこで口を閉ざした。

 

「…いや、何でもない。」

 

「…?」

 

 ユウキの過去…その全容をある程度知っているリンドウには、どうしても今の神裂ユウキと言う人間の人格には違和感を感じないでもなかった。

 人としての尊厳も、生きるための居場所も、何もかも全て奪われ、獣の方がマシだと思えるような生活を今までに送ってきて、こんな優等生気質な性格になるとはとても思えなかった。だが元々こんな性格だっただけかも知れない。

 とにかく本人が話したがらないのであれば、こちらから傷口に抉る様な真似をする必要は無いだろうと、リンドウは今の話を止める。

 

「わっ!!ちょっと?!」

 

「ったくよぉ…アリサやリッカが過保護になるのも分かるわ。自分の左目を『安いもん』だなんて言いやがって。」

 

「え?」

 

 結局ユウキには何が言いたかったのか分からないままになり、頭に疑問符でも浮かび上がっていそうな表情になっている。するとリンドウは両手でユウキの頭をワシャワシャと撫で、ユウキは何でちょっと乱暴に撫でられているのか分からずに抵抗する。

 

「お前は優しいヤツだよ。それがお前の美徳でもある。でもな、それが行きすぎて『自分の事を勘定に入れない優しさ』になると今度は仲間を傷付ける。」

 

「…」

 

 突拍子もない話をされて、ユウキは理解が追い付かないまま黙ってリンドウの話を聞いていたが、内容はいつかアリサに叩かれた時の内容と少しだけ似ているように感じた。

 

「多分、リーダーだから全部一人で出来なきゃってどこかで思ってるんじゃないのか?一人で出来る事なんてそんなに多くないもんだ。」

 

 確かにユウキ自身、リーダーとなってから色んな任務に出られるようにならねばならないと考え、多くの任務に出るようになった。その結果、大抵は一人で出来るようになっていた。リーダーとはそう言うものだと思っていた事もあり、何故その事を指摘されているのか理解できないでいた。

 

「だからユウ…色んなもん抱えちまって…一人で抱えきれなくなったら、俺達を頼れ。誰かに任せて少しは楽をする事を覚えろ。な?」

 

「楽する…って言われても…」

 

 一人で色々と出来た方がいいと考えている事もあり、ユウキ自身楽をしろと言われてもあまりピンとこない様子だった。

 

「難しく考えるな。一人じゃ難しい、回せない、仕事がだるい、面倒だって時に周りに声をかけろ。俺やサクヤ…コウタ、ソーマ、アリサにリッカ…ここにいる連中はお前の力になってくれるさ。」

 

 『榊のオッサンや姉上、第二、第三部隊の連中や新人達もな。』とリンドウは最後に付け足すと、ユウキの頭を撫でていた手を下ろした。

 

「ふぅ…わりい、何か説教臭くなっちまったな。ん"~そろそろ眠くなってきたなぁ。」

 

 リンドウは立ち上がりながら背伸びをする。

 

「ま、何にしても今のお前の課題は仲間を頼る事と、自分を大事にする事だ。世間ってのはお前が思うほど冷たくもないし、敵に溢れてる訳でもない。少なくともここにいる連中はお前の事を助けてくれるさ。」

 

 リンドウは振り向いて、周りに居るのは冷たい人ばかりではないとユウキに言う。

 

「特にアリサとリッカにはしっかり頼れ。あの2人なら泣いて喜ぶぞ。」

 

「何ですかそれ?泣いてるのに喜ぶって。」

 

「分かんねえならその意味、しっかり考えな。でも最後には1人を選べよ?欲張ってどっちにも手を出そうとするとどうせろくなことにならねぇからよ。」

 

 リンドウが何を言っているのかよく分からず、ユウキが困った様な顔になる。すると次の瞬間、リンドウがニヤニヤしながらとんでもない爆弾発言をする。

 

「ああ、それから…元俺の部屋、隊長用ってこともあってか防音効果が高くてな。励むにはもってこいだぞ?」

 

「はぁ…そうなんですか?」

 

 しかし何の話しか分からないとでも言いたげに、ユウキはポカンとした表情になる。それを見たリンドウは『あぁ、こいつ分かってねぇな…』と思いながらアリサとリッカに同情する。

 恋愛において、ニブチンを相手にするほど面倒な事はない。2人の恋は前途多難だと思い、自分の頭をガシガシと掻いた。

 

「ま、使う使わないはお前の自由だ。俺はそろそろ戻るわ。」

 

 そう言うとリンドウは踵を返して、右手を上げてヒラヒラと振ってエレベーターに向かう。

 

「んじゃ、またな。」

 

「あ、はい。おやすみなさい。」

 

 エレベーターに乗り込むリンドウの背中を見送った後、ユウキはその場でしばらくボーッとしていた。

 

 -外部居住区外 荒野-

 

(リンドウさんが最後に言ってたあれは…結局何だったんだろう?)

 

 ジープのアクセルを踏みながら、リンドウが言った『アリサとリッカなら頼られると泣いて喜ぶ』と言っていた事を考えていた。しかし何故そうなるのか、自分なりに考えてみたが、あまりそれらしい理由が浮かんでこなかった。

 

(そう言えば…リンドウさんの言った通りかも。最近アリサとリッカ…やたらと構ってくるような…何でだ?)

 

 アリサとリッカの事を考えた事で、この1ヵ月の2人の変化を思い出していた。アリサは何処に行くにも着いていこうとするし、一緒に行けない場合は帰ってきた時に身体の調子はどうかとか怪我をしてないかを毎回聞いてくる。

 リッカもあの件以降、何かとユウキの身体の調子や怪我を気にする様になり、更には制御ユニットをベルセルクから防御性能を上げるスルトや傷の治りを早めるプラーナ、気配を消すアサシンと言った防御や回避を優先したものに強制的に変更した。だがその後、やはり合わないと言うことでリッカがベルセルクの防御面を再調整したものを装着し直している。(ただし防御面を調整した事でこの分攻撃能力が落ちたが…)

 甲斐甲斐しく世話を焼く彼女らとリンドウの1人を選べと言う言葉…『もしかして?』と思ったが、すぐに首を横に振る。

 

(まさかな…)

 

 自意識過剰だと、そんなはずないとして1度考えた可能性を否定する。

 

(まあ、追々考えれば良いか。)

 

 結局今の時点では結論が見えてこない。ウンウンと唸りながらジープを運転していると、ようやく外部居住区の外壁が見えてきた。

 

(そろそろか。すっかり遅くなったな。)

 

 日もすっかり沈み、夜になってしまった。思いの外帰りに時間がかかった事を少し恨めしく思いながら、ユウキは外部居住区のゲートに向かった。

 

 -極東支部 食堂-

 

 あれからしばらくしてユウキは極東支部に戻り食堂に向かった。夕飯時にはやや遅いが、それでも本来ならまだ人が多い時間帯のはずなのだが、今は電気も点いてなく食堂そのものが薄暗くなっていた。

 

「…流石に終わってるか…」

 

 昼から始めた式にその後の披露宴…会場が大きく移る訳でも無いため、全てのスケジュールを終えるにはそこまで多大な時間を要する事はない。恐らく3、4時間で終わるだろう。

 そしてユウキが帰ってきたのが式が始まってから5時間…時計は8時を回ろうとしていた。

 『夕飯は無しか…』と気落ちしながら帰ろうとすると、食堂の真ん中辺りの机にタワーの様なものが置かれているように見えた。暗闇に溶ける影の様にボンヤリとだが確かに見えたので、何かと思い近づく。

 

(これって…ウェディングケーキってやつか?)

 

 結婚式と披露宴をやると決めるまでウェディングケーキなんて見たことも聞いたこともなかったが、目の前にあるものは準備の時に資料で見たウェディングケーキに近い形をしていた。何故未だに残っているのかと疑問に思っていると、突然食堂の電気が点く。

 

  『パァンッ!!』

 

「っ!?」

 

 電気が点いてほんの一瞬遅れてクラッカーの音が響き、ユウキは驚いて目をぱちくりさせた。

 そして 何処からともなくアネットが現れて『さあ、本日の披露宴、3人目の主役が到着しました!!』とマイク片手にアナウンスしている。『ア、アネットさん!マイク返してください。』と慌ててヒバリがフェデリコ、ユーリと一緒にアネットからマイクを取り替えそうとしている。

 

「えっ?!はっ?なっ何?!」

 

 状況が飲み込めない。『は?』とか『え?』と困惑したように声を出すことが精一杯の状況で、いつの間にかゾロゾロと極東支部の神機使いを始めとしたスタッフが現れた。

 

「へへっ!!やぁっときたな!!」

 

「まったく、待ちくたびれたぜ…」

 

「コ、コウタ?ソーマ…」

 

 コウタとソーマが黒い礼服を来てユウキに待っていた事を伝える。そしてユウキは2人の『待っていた』とはどう言うことかなのか理解出来ないでいた。

 

「随分と遅かったね。そんなに手間取ったのかい?」

 

「ふっ…敵戦力を見誤ったか?あまり待たされるのはいい気分ではないからな。次同じことをするなら手早く終わらせるように。」

 

「博士…ツバキさんまで…」

 

 ペイラーとツバキはいつもと変わらぬ服装だったがその口振りからユウキが何をしてきたかは分かっているようだった。

 

「よう、ようやく来たか。」

 

「貴方が居ないまま始めるなんて、やっぱり出来ないのよね。」

 

「リンドウさん、サクヤさん…え?披露宴、まだ始めてなかったん…ですか?」

 

 今度はタキシードを着たリンドウとウェディングドレス姿のサクヤまで現れた。そしてサクヤの一言でようやく披露宴はまだ始まってないのだと気が付いて、ユウキはさらに困惑する事となった。

 

「そうよ。元々この披露宴はユウへの恩返しってことでリンドウが企画したんだから。貴方が居ないと始められないのよ。」

 

「え、俺…への?」

 

 ユウキへの恩返しと言われてもユウキ自身にはそんな事される事をしただろうかと疑問に思いながらもなんとか返事をする。

 

「あぁ、まぁな。皆が式を派手にやるってことで、資金やら食料を出し合ってくれたろ?そん時に皆に声かけて色んなもん多めに分けてくれるよう協力してもらったんだよ。」

 

「え…えっと…お、遅くなってすいません。」

 

 ユウキが命懸けでリンドウを連れ帰らなければ、この式自体がなかった。皆それを分かっているから快く物資を分けてくれたのだ。

 だがユウキ自身はそこまで考えが至る事もなく、皆がユウキには内緒でこの披露宴を企画し、それに遅れた事に対してユウキはいたたまれなくなって思わず謝った。

 

「いいさ。式、邪魔されないようにしてくれたんだろ?」

 

 そう言うと、リンドウはユウキの肩に手を乗せ軽く笑って見せる。すると、リンドウの横から『そうだとしても!!』とアリサの怒った様な声がユウキの耳に届くと、ユウキはアリサの方を見る。

 そこにはいつもと同じ配色のオフショルダーのパーティードレスを着て、ナチュラルメイクを施したアリサが居た。

 

「独りで出撃するなんて何考えてるんですか?!今回は何ともなく終わったみたいですけど…何かあったらどうするつもりだったんですか?!」

 

「…」

 

 しかしユウキは怒られているにも関わらず両面を見開き、アリサを凝視していた。

 

「ユウ、聞いてますか?!」

 

「あっい、いや…その…」

 

 名前を呼ばれた事で、ユウキは我に帰る。するとユウキの顔が一気に赤くなり、視線はあちこちに泳ぎ始める。

 

「す、凄く…綺麗だ…って、ぉもって…」

 

 ユウキは気恥ずかしさからアリサを直視出来なくなり、口元を拳で隠しながら視線を反らす。綺麗だと本心から思い口に出すが、最後の方は注意しなければ聞こえない様な声量になったいた。

 

「え…?あっき、き?!」

 

 しかしアリサの耳には届いていたようだ。綺麗だと想い人に言われたと理解すると、アリサもユウキと同じように顔を真っ赤にしつつ、気恥ずかしさらユウキを見れなくて俯いた。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 アリサも消え入りそうな声でどうにか返す。見ていると恥ずかしくなる様な、あるいは背中が痒くなりそうな光景をユウキとアリサが作り出していると、アリサがハッと我に帰る。

 

「って!!き、気を逸らそうとしてもダメですよ!!」

 

「まあまあ、それより!!どう?私の制服姿!!」

 

 説教の続きだと言いたげにアリサは照れ隠しの意味も込めて怒り出す。しかし、横からリッカがアリサを落ち着かせる。そしてリッカはいつもと違う服装の自分をアピールする。

 

「あ、あぁ…いつもと雰囲気が変わったからかな?可愛いと思うよ。」

 

「先輩!!私のドレスも見てください!!」

 

 今度はアネットがユウキの視界に飛び込んできた。全体的に今までと同じイメージカラーである青い色のドレスを着ている。

 

「アネットは青のゴシックドレスか。イメージにも合ってるし、綺麗だよ。」

 

「…何かアリサの時と私たちの時とで温度差ない?」

 

 ユウキからしたら普通に褒めたつもりだった。実際、リッカの事もなくアネットの事も可愛いとも思ったし、綺麗だとも思った。

 しかし、リッカはそんなユウキの反応に何処か不満を覚えたのか頬を膨らませていた。

 

「へ?そんな事ないよ。」

 

 そんなこんなでユウキがリッカやアネット、アリサと話しているのをユーリが複雑そうな表情で見ていた。

 

(やっぱり…僕じゃダメなんですね…)

 

 少し前にアリサに告白してフられたが、どうにかしたら振り向いて貰えるかもと思ったが、自分とユウキの態度の違いにそれも無理だと悟った。

 ユーリへの態度は精々手の掛かる弟程度だったが、ユウキに本気で怒ったり心配したりする姿は、惚れた男の身を案じているが故だと気が付いた。もう自分には気持ちが向くことはないと分かって諦める方向に気持ちが向いている事に気が付いた。

 

(初恋ってのは…実らないものなんだなぁ…)

 

 この披露宴でやけ食いと決めたところで、マイクを取り戻したヒバリの声が響く。

 

「さあそれではっ!!ただいまよりリンドウさんとサクヤさんの結婚披露宴を始めます!!」

 

 ヒバリの開始の音読で遂に披露宴が始まった。

 

「「「先輩!!」」」

 

 しかし開始とほぼ同時にユウキは4、5人のガチムチ系神機使いに囲まれ、近くのテーブルに座らされた。

 

「え…な、何?」

 

「こ、これ!!俺らで作ったんです!!是非食べてください!!」

 

 男たちは海に浮かぶ孤島にも見える巨大なカレーを差し出す。その物量に驚きながらも『いただきます』と言ってユウキはカレーを食べ始める。

 

「あ、美味しい!!」

 

 意外と好みの味付けだったのか、ユウキはすごい勢いでカレーを平らげていく。

 

「「神裂さん。」」

 

 今度は数人の女子があるものをユウキに運んできた。

 

「これも食べてください。」

 

 それは人の頭より一回り程大きい巨大なプリンだった。まだカレーを食べ終わってないにも関わらず、ユウキはプリンを頬張り次はカレーを食べていく。

 次々と目の前の食べ物を食べていき、カレーとプリンのほかにも肉丼、ラーメン、麻婆豆腐等々…10人前程食べきるその光景はもはや一種のショーになっていた。

 

「これもどうぞ。」

 

「お兄ちゃん!!これどうぞ!!」

 

 すると横からサイコロステーキが出された。さらにはそのステーキとは別でカップに入れられたコーンスープも一緒に置かれていた。

 

 

「エドワードさん?!エリナちゃんまで?!」

 

 差し入れしたのはエドワードどエリナだった。予想外の人物の登場にユウキは驚いていたが、エドワードはなにやら神妙な顔になる。

 

「…エリナの事、聞いたよ。」

 

 その事を聞くと、ユウキから冷や汗が流れる。まさかと思い、横目でエリナを見ると舌を出して『やっちゃった』と言いたげな顔をしていた。

 

「…すいません。」

 

「いや、いいさ。この子もこの子なりに…前に進もうとしていたんだろう。むしろ私のワガママが、エリナの歩みを止めてさせてしまっていたようだ。」

 

 『娘に余計な事を吹き込むな』と怒られると思ったが、帰ってきたのが答えは肯定的な答えだった。

 

「この子が良い神機使いになれるかは分からないが…その時はよろしく頼むよ。それじゃ、失礼させてもらうよ。」

 

 そう言うとエドワードは踵を返して別の別の場所に行ってしまった。それに続いてエリナも『じゃあね』と言って父親の後について行った。

 それを見送って、目の前のサイコロステーキとコーンスープを食べていくと、今度は白衣を着た人がユウキの隣に座った。

 

「やあ。」

 

「ルミコ先生?」

 

 顔を見ると、隣に座った人物の正体はルミコだった。手にはウイスキーの入ったグラスが握られていた。既に少し酔いが回り始めているようだ。

 

「本格的に酔っちゃう前に例の件話しておこうと思ってね。」

 

 ルミコは以前ユウキから頼まれていた事について話したいと言うと、ユウキから視線を外す。

 

「左目…やっぱり治せないみたいなんだ。」

 

 それを聞いた時、『やっぱりか』とユウキは内心思っていた。ダメ元で言うだけ言ってみたがそんなに都合良くいかないようだ。

 

「回復錠は自然治癒力を大きく高める薬なんだけど…それらは臓器やそれらを包む筋肉や皮膚を再生させる効果はある。でも目や耳のような外からの刺激を関知する感覚器には効果が無いみたいなんだ。」

 

 『ごめんね』とルミコは謝るとユウキは首を横に振る。

 

「 大丈夫ですよ。左半分見えないのは不利ですけど、まだ戦える。普通の生活でも特に不自由はないので、気にしないでください。」

 

「うん…分かった。そうしとく。」

 

 ルミコは『何か治せそうな方法見つけたら教えるよ』と言って立ち上がり、その場を後にしようとするも、何かを思い出したように『あっ!!そうそう』と言ってユウキの方に向き直る。

 

「君のアラガミ化なんだけど…不思議なことに悪化はしてないみたい。僅かに侵食された細胞が残ってはいるけど、それもじき消滅して少しずつリンドウさんの神機を使う前の状態に身体が戻ってるみたい。もうアラガミ化の件は気にしなくても良いと思うよ。」

 

 そう言って今度こそルミコはその場を後にした。取り敢えず諸々の心配事はなくなったのだろうと思い一安心した所でふとリンドウとサクヤの方を見る。そこには第一舞台を始め、第二、第三部隊、それ以外の神機使いに囲まれて談笑しているリンドウとサクヤが目に映る。

 誰もが笑っていられる未来…その第一歩を掴み取れたと思うと、危険な橋を渡った甲斐もあったと言うものだ。

 そんな中、アネットがフェデリコ、ユーリを連れてリンドウとサクヤに話しかける。

 

「結婚おめでとうございます!!リンドウさんのタキシード姿はカッコいいしサクヤさんは綺麗で、私感動しました。」

 

「ふふっありがとうアネット。」

 

 するとアネットは『ん"ん"っ!!』と咳払いして、マイクを持っている様な動作で右手を自分の口元に持ってくる。

 

「それでは少し質問があります。この結婚を期にお子さんの予定は?なんて…」

 

 まるでジャーナリストの様にマイクを相手に向ける仕草で右手をリンドウに向ける。フェデリコとユーリは『いきなり失礼じゃないか?』や『何かすいません』とテンションの上がったアネットを止められないことを申し訳なく思っていた。

 

「ん~まあ、しばらくはなさそうだな。まだ色々とドタバタしてるんでな。けど、名前だけは決めてあるんだ。俺の事をずっと支え続けてくれていた相棒の名前で貰ってな…」

 

 そう言うとリンドウは右手のコアに当たる部分を一目見て撫でると、アネットの方にもう一度向き直る。

 

「『レン』って言うんだ。」

 

Next Part 71




 色々詰め込んだ結果グダグダになりました。結局の所、何時ものように周りに説教されただけなのに…((( ;゚Д゚)))
 次からはリザレクション編に入りますが、オリジナル要素が濃くなり、グロ描写も増えていきます。そんな要素要らねぇよと言う方は今後の閲覧には注意してください。
 構成のし直しやらで次の投稿はかなり遅れると思いますが、また読んで頂けると嬉しいです。
 以下にオリキャラの紹介します。興味の無い方はスルーしてください。

Norn -登場人物-

  ユーリ・イヴァーノビチ・ヴァルバロス
 性別:男
 年齢:17
 誕生日:8月6日

使用神機
 刀身:クレメンサー
 銃身:サイレントクライ
 装甲:ティア・ストーン

 ロシア支部から新型育成のため、極東支部に転属となった癖のある金髪に青い目が特徴の少年。所属は遊撃任務を主とする第四部隊。元々新型育成はアリサから得られた戦闘記録を元に、ロシア支部で行われる予定だったが、本人の強い希望で極東支部でアリサとユウキから指導を受けることに。
 ロシア支部出身で他を寄せ付けない活躍をするアリサのファンと言うこともあってか、戦い方もアリサと似通った所があり、後衛と支援を得意とする。神機使いになった当初は常にベストな動きをしようとして、長考する欠点があったが、ユウキとアリサの実戦形式の指導もあり、新人3人の中では最も早く成長し、長考する癖もかなり改善されている。また、戦闘では立ち位置的にも状況に応じて指示を出せるようになってきている。
 アリサに対して異性としての好意を持っているが、アリサのユウキへの態度を見てアリサの気持ちを察したがダメ元で告白、玉砕した。
 アリサに会いたいと言うこともあり極東支部へ転属することを決意した。


【挿絵表示】


  神裂ユウキ

使用神機
 刀身:火刀極、大氷刀極、雷刀極、護人刀真打
 銃身:アルバレスト極
 装甲:剛汎用シールド

 アナグラがヴァジュラテイルに襲撃された際に適合していないリンドウの神機を使用し、アラガミ化の兆候が現れるようになる。
 ただし漏斗型抗体持ちだったため、アラガミ化の進行は非常に緩やかなものとなっているが、神機の能力解放、脳のリミッター解除は出来なくなった。
 以前からアーク計画を止めた事による負い目から、残してしまった人たちを護る事に固執し、周囲から生き急いでいる様に捉えられる。そしてリンドウの神機を使った事を期に、仲間達と自身の間で『神裂ユウキ』への価値観がズレていると感じ始める。
 その後後輩の指導をしながら、レンと出会い、感応現象を駆使してリンドウを取り戻すも、左目を摘出する怪我を負うことになる。
 なお、リンドウの神機を2度使ったが、2度目に使った後から、アラガミ
化の兆候は消え、侵食を受けていた細胞は完全ではないが元に戻っている。残った侵食を受けている細胞も活動を弱めている事から、アラガミ化の心配は無いだろうとされている。
 ちなみにリンドウの一件でファンクラブが出来たが、女顔と自らの命を省みずにリンドウを救う男気のため、女子よりも男子の方が会員数が多かったりする。現状他にはカレル、ソーマのファンクラブがある。リンドウのファンクラブも存在するが、K.I.Aになった事で解散し、戻ってからすぐにサクヤと結構したことで現状復活の予定は無いらしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リザレクション編
mission71 予兆


ここから8割オリジナル要素のリザレクション編スタートです。


 大いなる陰謀を止めた者達…この中にとある少年がいた。その少年は後に助からない筈の仲間を救い出し、英雄として仲間から多くの信頼を得るようになった。

 しかし、英雄は永い人生において、この瞬間が絶頂期だった。

 ここから先は…少年が運命に踊らされ、狂っていくと分かりながらも、自ら狂う事を選ぶ物語…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が優しいのは、ここまでだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで…」

 

 現在、第一部隊は神機と大きな荷物を背負い…

 

「やって来ましたっ!!山ぁぁぁ!!」

 

 山に来ていた。

 

「元気だなぁ、コウタは。」

 

「準備の手伝いもしないで、はしゃぎ過ぎですよ。」

 

 コウタ以外の第一部隊のメンバーがテントを設置出来そうな場所を探している中、コウタは『ヤッホー!!』と叫んでいた。

 そもそも何故第一部隊が山に来たのか…それは1週間程前に遡る。

 

 -1週間前、極東支部-

 

「どっか遊びに行こうぜ?」

 

「「「「…はい?」」」」

 

 珍しくコウタが第一部隊にエントランスへ召集をかけた。何の話かと思い来てみれば、突拍子もなく遊びに行くぞと言うのだからその場に居たユウキ、リンドウ、ソーマ、サクヤは気の抜けるような返事しか出てこなかった。ちなみにアリサは任務でこの場には居なかった。

 『ごめん、どういう事?』とユウキが聞き返すと、コウタが腕を組んでその発送に至った理由を話し始める。

 

「いやだってさ、リンドウさん帰ってきたし、リンドウさんとサクヤさんが結婚したし、リンドウさん以外昇進したし、ソーマの任務も終わったし…今俺達波に乗ってるし…なんかこう、パァーッと打ち上げ的なことやりたくね?」

 

 コウタの言う通り、ここ最近でリンドウの生還を皮切りにプラスとなる結果や成果が出ているのも事実だ。第一部隊はユウキが中尉に昇進、ソーマ、サクヤが少尉、コウタとアリサが曹長となったが、リンドウは生存が確認されたため、二階級特進は取り消され、元の少尉に降格となっている。

 さらにはソーマが請け負ったノヴァの残滓回収の任務も終了したとのことで、色々とめでたい事が続いているため、打ち上げをするならこのタイミングしかないだろう。その事を熱く語るコウタを尻目に、ユウキはコウタが言った一言が気になっていた。

 

「残滓の回収任務、終わってたんだ。」

 

「ああ、ただ…」

 

 そこまで言うと、ソーマは言葉を詰まらせた。元々、残滓回収任務が終わった事はこの召集のついでに伝えるつもりだったが、ソーマはそれとは別の事が気になっていた。

 

「…何かあった?」

 

「いや…回収量が予測値よりも2割程少なくてな…博士に聞いてはみたが、現状予測値と実測値との差違の可能性もあるって話だ。その辺りはすぐには分からないらしいが…どうにも気がかりでな。」

 

 ソーマは少し悩んだが、気になっている事をユウキに話始める。残滓回収量が予測よりも2割少ない事が何か気になるようだったが、ユウキは『なるようにしかならないさ。しばらくは忘れて結果を待とう。』と軽く受け止める。

 それを聞いたソーマも現実的には待つしか出来ないと思い、今は深く考えない様にして、第一部隊で小旅行に行く事がいかに有意義なものになるか語るコウタの方を見る。

 

「俺は部屋でゴロゴロしてたいんだがなぁ…帰ってきてから動きっぱなしだったし…」

 

「あら、最近は部屋にいる間はずっとゴロゴロしてたじゃない?それに、こんな時でもなければ皆で何処かに行くなんて事も出来ないでしょ?」

 

「よしっ!!じゃあ決まり!!で?海?!山?!」

 

 あまり乗り気ではないリンドウに対してサクヤは行く気のようだ。コウタは当然旅行に賛成であり、ユウキとソーマもいい提案だと思っている。事実上多数決では既に勝ちが確定している状況に、コウタはウキウキしながら行き先を決めていく。なんやかんや言いながら、リンドウは、『まあいいか』と思いながら眺めていた。

 そんな中、海だと万が一アラガミに襲われた場合、遮蔽物が無いために敵に発見されやすい上、海に引きずり込まれる可能性があると言う意見が出た。そもそもアラガミが現れる以前は今頃冬真っ盛りと言った時期だ。海に行くにしては時期外れも良いところだと言うことで、行き先は山になった。(かと言って山も似たようなものだが…)

 

「よしっ!!じゃあ山でキャンプしようぜ!!必要なものリサーチしてくる!!」

 

 そう言ってコウタは慌ただしくエレベーターに乗り込んだ。嵐の様に去っていったコウタをしばらく眺めていると、不意にリンドウが口を開く。

 

「元気だなぁ…その元気をオッサンにも分けてほしいわ。」

 

「言うほど年でもないだろうが。」

 

「いや、つってももう数年でアラサーだ…ぞ?」

 

 だが、そこまで言うとリンドウは何故か真っ白に燃え尽きた様な状態になる。

 

「リンドウさん?」

 

「…ああ、自分で言っといてあれなんだが、結構年いってるって実感してな…ちょっと凹むわ…」

 

 何かと思いユウキが聞いてみたが、単に年を取ったと実感して落ち込んだだけだったようだ。

 

「楽しそうな話してたわね?」

 

「ジーナさん、カノンさん。」

 

 するとジーナとカノンが下階から上がってきた。先程の話が聞こえていたのか、カノンは羨ましそうな目をしてユウキ達を見ていた。

 

「旅行…良いなあ…休暇が残っていたら着いていったのに…」

 

「…俺の休暇、使います?」

 

「ダメよ?そんなことしちゃ。その休暇は貴方の分として振り分けられていんだから。あらかじめ休暇の日数は決まってるんだから、その辺もしっかり管理しなくちゃ。」

 

 そもそも休暇は個人に一定の日数が与えられ、それをやりくりして休む権利を得るものだろう。それを使いきったから他人の分を使うと言うのは他者のと不公平感が生まれる事になり、それがきっかけでトラブルになる可能性もあるため、ユウキが余っている休暇をカノンに分けようと言ったのをサクヤが止める事になったのだ。

 

「だ、そうです…すいません…」

 

「残念だったな。」

 

「い、いえ…気にしないでください。私の管理が甘かっただけですので…」

 

 本気で羨ましそうにしているカノンを見て、ユウキとソーマが同情を込めた視線を送る。

 

「ま、せっかくのお休みだもの。楽しんでらっしゃい。」

 

「はい。」

 

 ジーナとカノンが会話を終えてこの場を離れる…と思ったのだが、ジーナはユウキをじっと見つめる。

 

「…」

 

「…ジーナさん?」

 

 ジーナはそのまま無言でユウキ近づく。何事かと思い、ユウキは思わず後退りする。そうやって空いた距離をジーナが再び詰めてくる。しばらく下がって行くと、ユウキの背中がターミナルとぶつかり、逃げ場がなくなる。しかし、ジーナはそれでも止まらずにユウキに近寄る。

 

「あ、あの…」

 

 後ろに下がれないユウキ、それでも近づいてくるジーナ…2人の距離が10cm程に近づくとようやくジーナは止まる。そして右手をユウキの左頬に添える。

 ユウキは異性が異様に近い距離に居る事に、カノンは目の前で繰り広げられるラブコメ的展開に顔を赤くし、リンドウは意外だと言いたげな表情になり、サクヤは『またか…』と言う表情になり頭を押さえる。

 赤くなりながらも何をされるのか分からず、少し不安を覚えてユウキは思わず目を瞑る。するとジーナの右手が上に上がり、ユウキの左目の眼帯を上にずらした。

 

「…やっぱり…」

 

「…へ?」

 

 何の話か分からず、ユウキはすっとんきょうな声をあげる。

 

「左目の傷、ほとんど消えてるわ。あんなに深い傷だったのに…」

 

 左目を摘出したことで、目蓋が抉られたように凹んでは居るものの、左目が潰れる際に付いた傷はかなり消え、よく見れば薄く残っている程度には綺麗になっていた。この先、このまま跡が薄く残る程度になるか、完全に消えるかは分からないが、普通ではない再生力なのは間違いない。

 気になった傷の確認が出来た事で満足したのか、ジーナはユウキの眼帯を元に戻す。

 

「ななっ!!なっ何やってるんですかジーナさん!!」

 

 だが、このタイミングでアリサが任務から帰って来た。ユウキとジーナがあまりにも近い距離に居るため、帰ってくるなり焦りと(若干の)怒りで顔を真っ赤に染めてユウキとジーナを問い詰める。

 

「何って…」

 

 しかし、ジーナは体を寄せ、左手をユウキの頬に添えて顔と顔がくっつくくらいに近づいて、すごい剣幕のアリサに退くどころか挑発する。

 

「男と女がここまで近づいてやることなんて…キスぐらいしか無いんじゃない?」

 

「なっなな!!な、何言ってるんですかジーナさん!!!!」

 

「こ、公共の場でそんなことを?!?!ハ、ハレンチですっ!!!とにかく離れてください!!!!」

 

 予想してない答えにユウキは羞恥心から狼狽え、アリサは動揺と焦り、それから羞恥で顔を真っ赤に染めて、ユウキとジーナの間に割って入ると、2人を引き離す。

 

「フッフフフ…!」

 

 しかし、ジーナはまるで楽しくて仕方ないと言いたげに笑っている。

 

「もう、この間からかうのは止めてって言ったじゃない…」

 

「ごめんなさい。毎度毎度、反応が可愛いからついね。」

 

 サクヤに咎められたが、ジーナは謝りはしたが特に気にした様子はなかった。別に本気で怒らせようとか考えている訳ではないと、2人とも分かっているので、特に深く追及したりはしなかった。

 

「イタズラも成功したみたいだし、私達はもう行くわ。」

 

 そう言ってジーナはカノンと共にエレベーターに乗り、去って行くのをリンドウ、ソーマ、サクヤが見送った。その間、ユウキはアリサに『もっとしっかりと断るべきです!!』などと言って怒られていた。

 ちなみにツバキやペイラーに旅行に行く事を報告した結果、ツバキからは『たまには良いだろう。』とあっさり許可が出て、ペイラーからは『うん、いいんじゃないかな?アラガミの生態調査の研究に似たような事をするつもりだったし…その練習ってことで行ってくるといい。それに君たちならどんな敵でも対処出来ると思うし、ゆっくり羽を伸ばしてくるといい。』と後押しされた。

 想像以上にあっさりと許可が出て拍子抜けしたが、許可が出た以上、第一部隊は旅行を目一杯楽しむべく準備を始める事にした。

 

 -とある山-

 

 山に来てから、何処かキャンプ地になりそうな場所を探して少し登ったところに平地で川が流れている場所を見つけた。第一部隊はそこをキャンプ地にするべく、テントの設置やバーベキューのコンロを用意する。

 だがそんな中、ユウキはコウタが明後日の方を向いて棒立ちしているとのが目につき話しかける。

 

「どうかした?」

 

「あ、いや…博士の講義でアラガミに自然は滅ぼされたって聞いてたけど、結構残ってるもんだなぁって…」

 

「そうだね。人が少なかったり、居なかったりする場所は割と自然が多く残ってるよ。」

 

 『さすがに講義で言ってた桜や紅葉は見れないけどね』と最後に付け足すと、2人の後ろからリンドウの声が聞こえてくる。

 

「おーい!!二人とも早くテント作るの手伝ってくれぇ!!」

 

 少し離れたところでリンドウが呼んでいる。話をテキトウに切り上げてテントの設営を手伝う。

 そんな中、女性陣はコンロの設置ついでに持ち寄った食材の調理を始めたのだが…

 

「ア、アリサ…?いくら使いやすいからって言っても神機は使っちゃダメよ?」

 

「え"っ?!」

 

「ま、待ってアリサ!!火力上げすぎよ!!それじゃ焦げるわ!!」

 

「ご、ごめんなさいぃっ!!」

 

 食材を切るのに神機を持ち出したり、火力を最大まで一気に上げたりと、相変わらずの不器用さを披露したアリサだったが、サクヤが制止したため惨事になることはなかった。

 そんなこんなで大自然の中、食事を終えてしばらくは出された料理の感想を言い合ったりと雑談にふける事になった。

 

「いやぁ旨かったな。けど皆で持ち寄ったとは言えちっと少なかったか?」

 

「じゃあ、魚捕りますか?」

 

 味には満足したリンドウだったが、少々物足りないようだった。そんなリンドウの感想を聞いたコウタが、食料を現地調達しようと言い出した。

 

「え?釣具も無いのにどうやって?そもそも魚なんてこの辺りに…」

 

「フッフッフッ…実はテント作ってる時に魚が居るのを見てるんですよね。」

 

 先程コウタが明後日の方向を見ていた時、川魚が泳いでいるのを見たそうだ。

 

「けど、サクヤさんも言ってましたけど、釣具無しでどうやって捕まえる気ですか?」

 

「そんなの手づかみでいいって。」

 

 そう言うとコウタは川に入り、バシャバシャと音を発てながら魚が居る場所に歩いていく。

 

「神機使いの身体能力があれば…それっ!!」

 

 魚の近くまで来たコウタが勢いよく両手を水の中に突っ込む。 

 

「…あれ?」

 

 しかし両手には魚は居らず、何も握っていなかった。

 

「よっ!!はっ!!ていっ!!」

 

 その後、何度か手を突っ込んでみたものの、魚が捕まる事はなかった。

 

「…だぁぁぁあっ!!逃げるなぁあ!!」

 

 結局1匹も捕まえる事が出来ず、自棄になって追いかけながらデタラメに水の中に手を突っ込む。

 

「…そんな闇雲に追いかけても先に逃げられるのがオチだろうが…」

 

「じゃあソーマもやってみろよ!!結構難しいんだぞ!!」

 

「こんなの慎重に近づいて横から掴めば行けるだろ。」

 

 そう言うと、今度はソーマが川に入り、代わりにコウタが出ていくコウタと比べると静かに川を歩いて、魚の背後に陣取る。

 そして『バシャッ!!』と言う音を発てて水の中に手を突っ込んだ。

 

「…」

 

 しかし、手に魚の感触はあったが、コウタの時と同じように空振りとなった。その後、魚は挑発するようにソーマの周りをチョロチョロと泳ぎ始める。

 

「…クソッ!!このっ!!ま、待ちやがれっ!!」

 

「だぁっはははっ!!やっぱりソーマも無理じゃんか!!」

 

「テ、テメェ…覚えてろコウタ…!!」

 

 魚の挑発に乗ったソーマもまたデタラメに水に手を突っ込む。だがソーマもまた魚を捕まえる事が出来なかった。

 そんなソーマを見たコウタが腹を抱えて大笑いし、ソーマは悔しそうな表情でコウタを睨んでいた。

 

「リンドウさんはどうすか?」

 

「ん?俺はいいや。この腕じゃ掴んだ瞬間に喰っちまう。それより…ユウ?どうだ?」

 

 ひとしきり笑った後、コウタはリンドウにもやってみないかと薦めるが、右腕がアラガミ化しているため、触れた瞬間捕食してしまう。なのでリンドウは魚取りを断るが、代わりに川沿いでしゃがみ、水に手を入れて手を冷やしているユウキに話を振る。

 話を聞くと、ユウキはおもむろに立ち上がり、可能な限りゆっくりと音を発てないように川の中を歩いていく。時々足をゆっくり大きく、または素早く動かしたりしながら川上に少しだけ登り、小さな岩の前で止まる。そして熊の手の様な手の形にして構える。

 

  『バシャッ!!』

 

 水が跳ねる音と共にユウキの手が水面に入る。そして手を水中から抜くと、そこには小振りではあるが鮎がしっかりと握られていた。そして同じようにユウキは何匹か魚を捕まえていった。

 

「な、何かユウの目が…」

 

「獲物を狩るハンターみたいね…」

 

 だがその最中、ユウキの目付きが任務の時よりもさらに鋭いものに変わり、確実に獲物を仕止めると言う意志が滲み出る様な目付きになっていた。

 

 -30分後-

 

 ユウキが鮎を15匹捕まえ、それに火を通して皆で食べた後、自然の中での食事に満足して寛いでいた。

 

「ふぃ~食った食った!!」

 

 コウタが腹をポンポンと叩いて仰向けになり、完全に自室等でだらけきる状態になっていた。

 

「だらしないですよコウタ。」

 

「いいのいいの!!今までが色々ありすぎて忙しかったんだし、こんな日くらい気を抜いたっていいじゃん?」

 

「そうね。半年近く全く落ち着ける状況じゃなかったんだし、たまには良いじゃない?」

 

 確かにユウキとコウタが入隊してから半年以上だったが、アーク計画の一件とリンドウの捜索と落ち着いている時間など本当に最初だけだった。そんな慌ただしくも、大切なものを失い、見つけた日々を思い出して懐かしんでいた。

 

「そうか、俺達が入ってからもう半年は経ったのか…もうすぐ1年経つし、何かあっという間でしたねぇ…」

 

 もうすぐ自分達が入隊して1年経つ事をコウタが思い出したが、1年に1度あるはずのイベントがある人物に来ていない事に気が付いた。

 

「そう言えば、ユウとアリサって誕生日来てたっけ?そんな話は特に聞いてないけど?」

 

「私は3月25日で…もう少し先ですね。」

 

 どうやらアリサの誕生日は少し先らしい。それを聞いたユウキは何やら気まずそうな顔になったが、コウタはそれに気が付かずにユウキの誕生日を聞く。

 

「…えっと…」

 

「ん?どした?」

 

「…実は…知らないんだ。誕生日…」

 

 本当の親は誰なのか、本当の名前は何なのか、何処で生まれたのか…このご時世では珍しい事でもないが、自分の出生について一切知らない事はユウキにとって大きなコンプレックスだった。

 誰にも話していないから仕方ないとは言え、あまり話したくない話題になってユウキは複雑な顔になる。

 

「え?そうなの?」

 

「…うん、まあ…色々とあって…」

 

 期待に応えられなくてユウキは申し訳なく思い、ポリポリと頬を掻く。するとコウタが『そうだっ!!』と何か思い付いた様に手を置く。

 

「じゃあさ、俺達が入隊した日!!4月10日を誕生日ってことで祝おうぜ!!ユウが産まれてきてくれてありがとうってね!!」

 

 コウタがそう言った途端に、『え?!ちょっと?!』『どうかしたんですか?!』とサクヤとアリサが声をあげる。リンドウとソーマも声を出してはいなかったが驚いたようだった。

 

「ど、どうした?!そんなに嫌だったか?!」

 

「え?な、なんで?そんなはずないよ。」

 

「いやだって…泣いてるし…」

 

「…え?」

 

 コウタに言われて自分の目元に触れてようやく分かった。確かに目からは涙が流れていて、自分が泣いてると理解する。

 

「あ、れ?な、なんで…?」

 

 ユウキ自身、産まれてきた事を祝ってもらうのは嬉しいと思っているにも関わらず、何故泣いてるのか分からないでいた。

 そしてそれを見ていたコウタ達もどうしたら良いのか分からずに狼狽える。

 

「まあ、このご時世…色々とあるわな。」

 

 おもむろにリンドウが立ち上がり、ユウキの頭に手を乗せてワシャワシャと撫で回す。

 

「何があったかは聞かないからよ、その時が来たら気にせずに祝ってもらえ。な?」

 

 ユウキ本人も知らないが、リンドウはユウキの過去を知っている。もしリンドウかユウキと同じ半生を送ってきた場合、生きてて良かったと、産まれてきて良かったと思う事など出来ないと思っていた。

 だからこそ、ユウキにはこの先の人生で生きていて良かったと思える様な人生を送らせてやりたいと言うリンドウの親心にも似た思いをユウキに伝える。

 

「…はい。」

 

 泣いているものの、ユウキは笑みを浮かべてキレイに笑う。

 

「皆…ありがとう。」

 

 『まだ早いよ!!』と言うコウタのツッコミから始まり、皆でユウキを囲んで(主にコウタが)じゃれつく。こんな日々が続けば良いと、その時誰もが思っていた。

 

 -夜-

 

 深夜となり、女子側はお肌に悪いからと早々に就寝し、しばらくエロトークで盛り上がっていた男子側のテントも寝静まった中…

 

(…眠れません…)

 

 アリサは唐突に目が覚めた。少し前から何度か寝て起きてを繰り返し、今ので目が冴えてしまった。『いつもと違う環境だからだろうか?』と考えながら、夜風にでも当たろうかとサクヤを起こさぬようこっそりとテントを出る。

 

(…綺麗…)

 

 外に出て、空を見上げると満天の星空…思わず心の内で感嘆の声をあげる。

 

「眠れない?アリサ。」

 

「っ?!」

 

 唐突に名前を呼ばれてアリサの肩がビクリと跳ねる。声の主は最初の見張りをしているユウキだが、辺りを見回しても見当たらない。

 

「こっちこっち。」

 

 何処に居るのかと辺りを再度見回していると、また声が聞こえてきた。声のした方に向かうと、傾斜になっている場所があり、ユウキはそこを少し下り、テントから丁度見えない位置に座っていた。

 

「よく…分かりましたね。」

 

「ん?女性陣のテントから気配がしたから。」

 

「それだとサクヤさんの可能性もありますよ?何で私だって…」

 

 何故自分だと分かったのか…アリサが感じた純粋な疑問だった。特に声を発した訳でもなく、ユウキが直接自分を見た訳でもない。そんな状況でここに居る人間が分かったのかを問いながら、アリサはユウキの隣に座る。

 

「ん~勘…かな?確証があった訳じゃないけど、アリサだって事は分かった。」

 

「そ、そうですか…」

 

 まるで(一方通行だが)以心伝心する程に親密な男女の仲のようにも感じて、

アリサの顔に少し熱が集まる。

 その熱を冷ます様に、アリサは頭を軽く左右に振ってから空を見上げて話題を変える。

 

「星空…よく見えますね。」

 

「うん…月も綺麗だし…こうしてると、戦い続ける日常が嘘みたいだ。」

 

 今まではこうして落ち着いて夜空を見上げる余裕すらなかった。もしかしたら気付いていないだけで、こんなに綺麗な空がずっとあったのかも知れない…などと少し感傷的な雰囲気に浸りながら、ユウキとアリサは月へと行った仲間の事を思い出していた。

 

「…月…ですか…」

 

「シオ…元気かな?独りで寂しい思いをしてないかな?」

 

 月には生命体は居ない。ユウキは世界を救うためにそんな何も無いところに独りぼっちで過ごす事になってしまったシオの事を案じている。

 

「…どうでしょう?終末捕食で本当に生命の再分配がなされたなら、月に生命体が居るかも知れません。その子と仲良くなって毎日遊んでる…なんて事になってそうですけどね。」

 

「ハハッ!!ありそうだなぁ。」

 

 終末捕食の本質は破壊と再生による生命の再分配だ。その本質のまま月の終末捕食が完遂したのであれば、新たな生命体も生み出されて居る可能性も高い。

 楽観的ではあるが、ユウキもアリサもせめて寂しい思いをしてないようにと願いながらシオの月での生活について話していく。

 色々と話していくと、一度会話が途切れる。するとアリサは視線を泳がせて、何やら言いにくそうに別の話を切り出す。

 

「…あの、ユウ?今更…なんですけど…」

 

「なに?」

 

「その…朝帰りが多くなってた件…リンドウさんから聞きました。」

 

 朝帰りが続いた件と聞いた時、ユウキは一瞬何の事か分からなかったが、その後すぐに、朝帰りの件でアリサと口論になった事を思い出した。

 

「リンドウさんを必死で探していたのに…酷いこと言って…ごめんなさい。」

 

「いいよ、気にしてない。それよりこっちこそごめんね。怒鳴り散らしちゃって…」

 

「い、いえっ!!それこそ気にしてないでください!!私も多分、ユウと同じような感じになったと思います。」

 

「そっか。じゃあ、おあいこって事で…ね?」

 

「はい…!!?!」

 

 アリサは女遊びをしていたと誤解した事謝ると、今度はユウキが怒鳴った事を謝る。このまま話を終わらせなければ互いに謝り続ける無限ループが始まりそうだったので、おあいこと言うことで手を打ち、この話を終らせる。

 そして今更ながらアリサユウキと視線があっている事に気がつく。瞬間、頬が紅潮して体温が上がる。そしてこの状況を理解し始める。

 満天の星空の下で2人っきり、邪魔者(主にコウタ)は全員就寝中、手がふれ合いそうな距離、シチュエーションとして雰囲気も良い…『もしかしてこれは…チャンスじゃないか?』そう思った途端、アリサは思考が停止したような感覚を覚えたが、アリサ本人はそんな状態でも勝手に動き出す。

 

「あ…あの…」

 

 アリサの意思とは裏腹に、勝手に声を発していく。チャンスだと分かった瞬間から完全に雰囲気流されている。自分が何を言おうとしているか分かると、心臓がバクバクと早鐘を打ち、顔を赤くして熱を発する。

 

「わ、私…その…ユウの事がっ!!」

 

 もう言ってしまえと半ば自棄になり自分の想いを伝えようとする。しかし、最後の一言を言おうとした瞬間、ユウキは『バッ!!』と勢いよく立ち上がり明後日の方向を見つめる。

 

「ユ、ユウ…?」

 

 突然立ち上がったユウキを見て、告白を聞きたくないとでも言いたいのかと思い、アリサは悲しくなったと同時に、ユウキが雰囲気をぶち壊した事に怒りを覚えて困惑する。

 

「…び…」

 

「え?」

 

 ユウキが小さく何かを呟く。しかしアリサにその声は届かず、最後の言葉しか聞こえなかった。

 

「戦闘準備!!!!今すぐ全員叩き起こせ!!!!」

 

 突然ユウキから怒号が飛んできたので、アリサはビクリと跳ねる。その瞬間、テントからソーマとリンドウが飛び出してきた。

 

「おいユウ!!この気配は?!」

 

「なんかヤベェ感じだなぁ…どうする?リーダー?」

 

 ユウキ同様、ソーマとリンドウは何かの気配を感じているようだった。任務で戦闘する時のような険しい表情になって、ユウキと同じ方向を睨んでいる。

 

「俺とリンドウさんで周囲を警戒!!ソーマは神機の用意とコウタを起こせ!!アリサはサクヤさんを!!」

 

「了解!!」

 

「わ、分かりました!!」 

 

 ユウキの指示を聞いて、アリサは困惑しつつもテントに戻り、ソーマはすぐにテントに向かう。そして『コウタ!!起きやがれ!!』と言う声の後『ヘブッ!!』と唸り声が響かせながらコウタを起こす。

 

「ユウ?一体何事なの?」

 

 テントからサクヤが出てくる。まだ事態を把握仕切れていないのか、何故起こされたのか分かっていないようだった。

 

「ヤバいのが近くに居る…!これから調査に向かいます。全員辺りを警戒!!」

 

 簡潔に敵が近くに居る事を伝え、ソーマとコウタが合流すると第一部隊は謎の気配を追うために調査を開始した。

 

 -1時間後-

 

「…なあ、かれこれ1時間くらい歩いてるけど…それらしいやつは見つからないよ?本当にいるの?」

 

「…居るのは間違いない。無駄口を叩く暇があったら辺りを見回せ。目標が見つかるかも知れないだろ。」

 

 捜索の命令を出してから、しばらく辺りを歩いていたが、それらしいアラガミは見つからなかった。思わずコウタが愚痴るが、ユウキが強い口調で嗜める。口調からもユウキには余裕は無い様にも思えた。ソーマやリンドウも同様、鋭い表情になって辺りを探していた。

 

(本当に居るのかなぁ…俺にはそんなのが居るとは思えないけど…)

 

(でも、ユウやソーマ、リンドウさんは気配を感じてる見たいですし…万が一と言うこともあるかも知れないじゃないですか。警戒しておくに越したことは無いです。)

 

(でもなぁ…アナグラの人外レベルの人にしか分からない敵を気配だけで見つけるなんて、どう考えても出来るわけが…)

 

(2人共、今は警戒任務に集中しなさい。ユウの命令でしょ?)

 

 コウタとアリサがヒソヒソと話しているのを聞いたサクヤが、2人に任務に集中するように伝える。

 さらにそこからしばらく歩いて崖まで来ると、白い影が崖下に居るのが目に映る。前方には倒れたヴァジュラが居る辺り、捕食でもしているのだろう。

 

「あれは…!!」

 

「白い…ヴァジュラ…か?」

 

 ユウキ達から見えたのは後ろ姿だったが、ほとんどヴァジュラの後ろ姿と同じだった。

 

「リンドウ…あれが?」

 

「ああ、恐らくな…ユウとソーマも何かしら感じているはずだ。」

 

「そうなの?ユウ?」

 

 リンドウの『何かを感じている』と言う言葉を聞いて、本当に何かを感じるのかコウタがユウキに聞いてみる。

 

「うん…上手く言えないけど、アイツは…ヤバい。」

 

「何だかあの配色…アルダ・ノーヴァを彷彿とさせますね。」

 

 アリサの言う通り、後ろ姿だけだが基本的に白い体に赤紫の模様が入っており、その配色はかつて戦ったアルダ・ノーヴァを彷彿とさせるものだった。

 

「「「「ッ!!」」」」

 

 謎のアラガミがユウキ達の気配に気が付いたのか、頭がピクリと跳ねた後捕食を止め、ゆっくりと振り替える。そしてその顔を見たユウキ達は驚愕して言葉を失った。

 

「アルダ・ノーヴァ…?」

 

 そう、終末捕食による世界の存亡を賭けた戦いでの相手、アルダ・ノーヴァと同じ顔をしていたのだ。驚いたまましばらく固まっていると、白いアラガミはゆっくりとした動作で、その場を去っていく。

 

「…行っちゃった…」

 

「興味なし…いや、見逃した…のか?」

 

「目があってようやく分かったわ…強敵になりそうね…」

 

「アイツは…一体…?」

 

 皆がかつて倒した強敵が、異形な姿で再び合間見えた事に驚きを隠せないでいた。

 

「アイツ…まさか…」

 

 誰もが正体不明のアラガミに困惑する中、ソーマはその正体に何か感付いたようだった。

 

To be continued




後書き
 お久しぶりです。リンドウさんを助けてリザレクション編がスタートしました。
 ここからオリジナル要素が多くなり、面白いと感じてもらえるか不安なところがありますが、何とか読める程度の物には仕上げますので、今後も暇潰し程度に読んでいただければ嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission72 喪失

キャァァァァシャベッタァァァァ!!!!!!!!!!!

今回微グロ描写ありです。最初と最後に※印を着けておきます。


 -贖罪の街-

 

 第一部隊がキャンプから帰ってきて3日後、旧市街地に白い神機を担いだ青年が居た。

 

「クソッ…!!ここにもいないか…」

 

 ソーマだ。ただし、今までの様に仲間と一緒ではなく単独で作戦領域に来ていた。

 

(早く見つけねぇと…)

 

 ソーマは心の内で呟くと、旧市街地を周り、調査を始める。何故そんな事になったのか…それはキャンプから帰ってきた時まで遡る。

 

 -3日前、ラボラトリ-

 

「ふむ…なるほどね…」

 

 第一部隊の報告を受けたペイラーが、顎に手を添えて考え込むような姿勢になる。

 

「アルダ・ノーヴァと同じ顔の未確認種…君たちも何となくは分かっていると思うけど、おそらくその正体はノヴァの残滓から発生した新種のアラガミだろうね。」

 

「「「「…」」」」

 

「なるほど…どうりで何かヤバい感じがすると思った…」

 

 ペイラーの仮説を聞いたリンドウは、今回会ったアラガミの全容についてある程度察しがついたのか、1人納得したような感想を漏らした。

 

「これも予測でしかないんだけど、エイジスにはアルダ・ノーヴァのプロトタイプも保管されている。そのプロトタイプをノヴァの残滓が取り込んで新たに誕生したものが、君たちの見た新種のアラガミってことになるだろうね。」

 

「え?でも、待って下さい。ノヴァの残滓から派生したって事は、もしかして…」

 

 アルダ・ノーヴァと同じ顔…ここから新種のアラガミについて考察すると、まず、アルダ・ノーヴァを捕食したのは間違いないだろう。ここからプロトタイプが保管されているエイジスで発生したものと推測し、さらに極東の人外3人集が揃って何かしら反応を見せた事から、特別なコア、あるいはオラクル細胞を持っていると考えられる。そうなると、ノヴァの残滓が別個体のアラガミを形成したと考えた方が色々と筋が通っている様に思えた。

 そしてここまでのペイラーの仮説を聞いたサクヤはある可能性に気が付いた。

 

「ああ、サクヤ君の言う通り、ここまでの推測が全て当たっているのなら、あれは普通のアラガミサイズではあるがノヴァそのものだ。これまでに残滓の影響を受けて誕生したアラガミとはまったくの別物…さしずめ、『第二のノヴァ』とも言えるね。今はまだ未完成でも、時間が経てば完成して、終末捕食を引き起こすだろうね。」

 

「ウソ…だろ?」

 

「そんな…」

 

 ペイラー曰く、ツクヨミの様にノヴァの残滓の影響を受け、外部のオラクル細胞が新たにコアを精製したものではなく、ノヴァの残滓が直接コアを精製し、身体を作り上げた可能性があると言うのだ。それは要約すればシオが防いだはずの終末捕食に足が生えて歩いている様なものだった。放置すれば世界は滅ぶ。その可能性が高い事を告げられると、コウタとアリサは目に見えて動揺する。

 

「なら、そうなる前に倒せば良いんでしょう?」

 

 第一部隊に動揺が広まりつつある中、ユウキはシンプルな答えを導き出す。

 

「…そうだね。確かにノヴァとして完成する前なら、倒してしまえばそれで終わりだ。ただ、今回の敵は今までにない強敵だ。一筋縄にはいかないよ?」

 

「例え敵がどれだけ強大でも、やらなきゃ滅ぶって言うのならやるしかない。それをやるのが俺達ゴッドイーターだろ。」

 

「… そうだな。」

 

 殺らなきゃ殺られる…ならば殺るだけだと言ったユウキの言葉をリンドウが肯定する。すると皆が頷き、新たな戦いに決意を固める。

 

「クソッ…」

 

 だがそんな中、ソーマは悔しそうに小さく悪態をついていた。

 

 -贖罪の街-

 

 残滓回収量が少ない事によって起こり得る事象を検討すべきだったと考えながら辺りに第二のノヴァが居ないか探索している途中、コンゴウ堕天種の群れと遭遇してしまい、現在ソーマは単独で戦闘する事になった。

 早く第二のノヴァを処理しなければならない、そんな状況であるにも関わらず、コンゴウの相手をしなければいけない事にソーマは苛立ちを感じながら戦っていた。

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちをしながら殴りかかってくるコンゴウ堕天種の拳をジャンプで避け、イーブルワンをコンゴウ堕天種の頭に叩き落とす。

 

「失せろっ!!」

 

 そのまま神機の刀身を軸にしてソーマは上下反転する。その状態で神機を振り抜くと、コンゴウ堕天種の頭を下から引き裂き、その反動で前に出る。

 そして倒したものとは別のコンゴウ堕天種の目の前に着地すると、すぐに左に跳ぶ。するとソーマの後ろから転がってきたコンゴウがコンゴウ堕天種とぶつかって両方が体勢を崩す。

 

「邪魔だ!!」

 

 その隙にソーマは全力で神機を横に振り抜き、コンゴウとコンゴウ堕天種の2体を両断する。

 しかし、全力の振りは多少なりとも隙が出来るものだ。その間にソーマの左右からコンゴウ堕天種が飛びかかる。

 『チッ!!面倒だな…』と思いながらソーマは後ろに跳ぶ為、両足に力を込める。だが、この瞬間コンゴウ堕天種が2体とも銃弾の雨に撃ち落とされ、ソーマはコアを破壊されていく様を後ろに跳びながら見ていた。何事かと思って後ろを向くと、そこには見知った顔があった。

 

「ったく…突然一人で捜索任務に出るから準備を前倒ししなきゃいけなくなったじゃんか。」

 

「本当ですよ。お陰で携行品の数が不十分ですよ。」

 

「お前ら…」

 

 そこにはアリサとコウタが居た。2人は互いにソーマの背中を守るように立ち、神機を構える。そして今度はソーマの正面からコンゴウが走ってくる。迎撃しようと神機を構えた瞬間、黒い影が上から降りてきてコンゴウを一撃で縦に両断する。

 

「愚痴るのは後だ。先にコイツらを片付ける。」

 

 影の正体は火刀・極を装備したユウキだった。ユウキも全員の元に1度下がって、第一部隊が全員背中合わせになる様に陣を組む。その状態でざっと見たところ10体ちょっとのコンゴウとその堕天種がユウキ達を取り囲んでいる。このメンバーなら何の問題もない。各自が四方に分散してコンゴウの殲滅を開始した直後、ユウキの端末に連絡が入る。

 

『ユウキさん聞こえますか?』

 

「ヒバリさん?何かあったんですか?」

 

『実は…旧地下鉄で、ユーリさんから救難信号が出ているんです。サーチしてみると、ヴァジュラと交戦中の様なんですが、反応パターンが少し違うんです。少し気がかりになってユウキさん達に声をかけたんですけど…すぐに向かえますか?』

 

 通信を入れてきたのはヒバリだった。戦闘しながら聞いた内容によると、どうやらユーリの部隊が旧地下鉄で救援待ちの状態らしい。だが、ここ最近で一気に力を付けてきたユーリが助けを求めていると言う状況がどうにも気がかりだった。

 冷静な状況判断と周囲への支援、そして個人の実力も相まって、小隊の隊長として派遣するのも問題ないレベルになったユーリがそこらのアラガミに苦戦するとは考えにくい。何か嫌な予感がしたが、救難信号を出しているならば、行かない訳にも行かなかった。

 

「…了解、今の任務を1分以内に終わらせて向かいます。」

 

 何かが頭に引っ掛かって即答はしなかったが、コンゴウ共を一瞬のうちに片付けて救援に行くことを伝えると、第一部隊は本当に1分足らずでコンゴウの群れを倒して、旧地下鉄に向かった。それが彼らの運命を狂わせるきっかけとなるとも知らずに…否、運命はとうに狂っていた。ただ、それが確実になり、早まっただけのことだ…

 

 

 -楝獄の地下街-

 

 第一部隊が旧地下鉄に着いて、待機ポイントから降りたところですぐにユーリは見つかった。ヒバリからの報告通り、相手はヴァジュラだった。見た目では特別変わったところは見受けられないが、ユーリが救援要請する相手となると油断は出来ない。

 

「ユーリ!!」

 

「せ、先ぱ…」

 

 ユウキが救援に来たと伝える意味も込めてユーリを呼ぶ。するとユーリは救援が来た事に安心したのか、戦闘中にも関わらずユウキ達を探そうと振り向いてしまった。そして…

 

  『ブジュッ!!』

 

「いっぎゃあぁぁぁぁあ!!」

 

「「「ユーリッ!!」」」

 

「クソッたれ!!」

 

 一瞬の隙が出来た間にヴァジュラが目にも止まらない速さで前足でユーリの両足を切り落とす。当然ユーリは悲鳴を上げて失った両足辺りを押さえながらのたうち回る。

 第一部隊が前に出て救助の体勢に入る。だが、コウタはその直前にあることに気が付いて動きを止める。

 

「ユウ!!他の神機使い達、皆コイツに殺られてる!!」

 

 

 

 

 

 

 コウタの目には腸切り裂かれ、あらゆる臓器が飛び出し、四肢を落とされ、もはや誰なのかさえ分からない程に電撃で焼かれて爛れた顔の死体があちこちに転がっているのが目に映る。

 

 

 

 

 

 

 今までのアラガミとは違い、捕食ではなく遺体や切り落とした部位を至るところに放置し、こちらの動きに制限をかける事に利用している。捕食ではなく、死体を障害物として利用する様な殺し方は今までのアラガミとはまるで違う、戦い方をしているようだった。

 

「クソッ全員前に出ろ!!ユーリの救出を最優先だ!!」

 

 前に出ていたユウキが真っ先にヴァジュラに取り付いて、ユーリを救出するための隙を作るため顔面に斬りかかる。あわよくばこの一撃で倒せれば…そう考えて、ユウキは最大まで鍛えた火刀・極を装備した神機を全力で振り下ろす。

 

  『ギィン!!』

 

「なっ?!」

 

 しかし予想を裏切り、ユウキの一撃は甲高い音と共に防がれた。否、防がれたと言うよりはまったく効いていないと言った方が正しいだろう。何故ならヴァジュラは避ける事も防ぐ事もせず、ただ佇んでいただけだったのだから。

 そしてヴァジュラは攻撃を受けた頭を勢いよく上げ、ユウキを跳ね上げる。

 

「ガァアッ?!」

 

「「ユウ!!」」

 

 天井に激突したユウキが呻き声を上げ、その間のフォローにコウタとアリサは銃を連射し、ソーマはヴァジュラの頭に神機を振り下ろす。

 しかしどの攻撃も効いている様子はなく、ヴァジュラは余裕そうな雰囲気で頭を振り回し、ソーマを後ろに弾き飛ばすと、雷球を作って天井に叩きつけたユウキに投げつける。ユウキは天井を蹴って下に降りて雷球を躱す。

 

「クソッ!!顔面を斬りつけたのに何て硬さだ!!異常種か?!」

 

 ユーリが救助を要請した理由がようやく分かった。悪態をつきながらユウキはヴァジュラから距離を取って体勢を立て直しながら次の手を考えていく。

 

「コウタ!!グレネードだ!!」

 

「了解!!」

 

 動けないユーリにも聞こえるようにユウキが大きな声でコウタに指示を出す。それを聞いたコウタはスタングレネードを準備する。

 

「いくよ!!」

 

 コウタが合図をするとヴァジュラに向かってスタングレネードを投げる。それと同時に全員が目を閉じる。

 

  『バンッ!!』

 

 炸裂音と共に辺りが一瞬閃光に包まれる。

 

「よし!!俺とソーマで陽動!!コウタが救助、アリサはサポーどぅあ?!」

 

「うわっ!!」

 

「キャアッ?!」

 

「チィッ!!」 

 

 誰もがヴァジュラの視界を奪ったと思い、ユーリ救出に向かうところだった。しかしヴァジュラは複数の雷球を作ると、第一部隊全員に向かって正確な位置に雷球を飛ばしてくる。予想外な対応に反応が遅れたが何とか全員雷球を躱す。

 

「ウッソだろ?!まったく効いてないじゃんか!!」

 

 コウタの言った通り、スタングレネードを投げた直後に正確にこちらを攻撃してくるところを見ると、効いている様子はまったくなかった。

 驚いている間にヴァジュラは目の前のソーマに前足で引っ掻いてきた。それをソーマは後ろに跳んで躱すが、そのタイミングでヴァジュラは再び雷球を辺りに飛ばしてきた。

 

「クッ!!コウタ!!アリサ!!ホールドトラップとホールド弾は?!」

 

「勿論トラップは持ってるよ!!ホールド弾も威力低いけど一応ある!!」

 

「私もです!!」

 

 雷球を避けながらスタングレネードが駄目ならホールド状態にすると考え、ユウキはコウタとアリサにトラップを持っているか確認する。

 

「ソーマ単独で陽動!!俺とコウタでホールド弾を撃ち込む!!その隙にアリサはトラップを設置してユーリの救助!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 ユウキの指示でソーマとアリサが前に出て、ユウキは銃形態に変形してコウタとホールド弾を撃ち込んでいく。

 

「せん…ぱい…助けて…」

 

「待ってろ!!すぐに助ける!!」

 

 ユーリが消え入りそうな声でユウキに助けてくれと懇願する。当然見捨てる気などない。しかしユーリを救出するにしてもヴァジュラの足元に居る以上、近づかなければならない。だが、近づくための隙を作ることが出来ない。ソーマが前から攻撃しているが異様に硬い上にほとんどその場から動かずにソーマを前足で引っ掻いて牽制しつつ、ホールド弾を撃っているユウキとコウタに雷球を飛ばし、さらにユーリ救出のため別で動いているアリサにも雷球を放ち自由を奪ってくる。

 

「ソーマ!!アリサが近づく隙を作る!!チャージクラッシュを叩き込め!!」

 

 どうにか雷球を避けつつ、ホールド弾を撃ち込みながらヴァジュラに隙を作る方法を思案する。結果、倒すことは出来ないだろうが、衝撃でアリサが近づく隙くらいは作れるはずだと考え、威力の高いチャージクラッシュを叩き込むようにソーマに指示する。

 

「ユーリに当てるなよ?!」

 

「無茶な要求しやがるっ!!」

 

 現在ヴァジュラの足元にはユーリが居る。下手に外すとユーリを巻き込みかねない状況であるため、ソーマに配慮するように伝える。だが、口では無茶苦茶言うなと言っているが、熟練の神機使いであるソーマが神機の制御でミスをする事もなく、狙い目を決めてチャージクラッシュの準備を始める。

 チャージ中は数秒の隙が出来る。その間ソーマに撃ち込まれていく雷球は神機を剣形態に変形したユウキが装甲で受け止める。

 数発受けるとチャージクラッシュの準備が終わり、ユウキが銃形態に変形しながら後ろに下がるとソーマが神機を振り下ろす。

 

「くたばれぇっ!」

 

 ヴァジュラの背中を狙ってソーマが神機を振り下ろすとそれを阻止する様にさらに多くの雷球をソーマに向かって撃ってきた。咄嗟に爆破弾を雷球に撃ち込み、何とか防ぎきる。しかしヴァジュラは何故か素早く前足を出す。

 

「え…?うわっ!!」

 

「グッ?!」

 

 出した前足でユーリを自身の顎の下に移動させる。このまま背中にチャージクラッシュを叩き込むと衝撃で倒れたヴァジュラに相よってユーリが圧死させられる。咄嗟にチャージクラッシュの到達位置をヴァジュラの後ろに逸らせる。

 チャージクラッシュがヴァジュラに当たると轟音と共に埃等が舞い上がる。数秒視界が遮られた後、視界が晴れてくるとそこには何事もなかった様にヴァジュラが佇んでいた。

 

「そんな?!」

 

「ウソ?!」

 

「無傷…だと…?」

 

 咄嗟に軌道を変えて威力が落ちていたとは言え、チャージクラッシュを受けて無傷と言う事態に全員が驚愕する。

 

「ガッ!!」

 

「クッ!!アリサ!!」

 

「これで!!」

 

 チャージクラッシュ後、予想外の事態に思わず呆けてしまったソーマにヴァジュラが前足で引っ掻いてきた。ギリギリのタイミングで神機の刀身を盾にした事で直撃こそしなかったが、ソーマは後ろに大きく飛ばされる。

 しかし、ここまでソーマに気を取られていた事もあり、後ろからアリサが近付いてヴァジュラの足元にホールドトラップを仕掛けて強制起動させる。

 

「ユーリさん!!今…キャアッ!!」

 

「アリサ!!」

 

 ホールドトラップは確実に起動した。こうなればヴァジュラが動きを止めるはずだった。その隙にユーリを救出する算段だったが、予想に反してヴァジュラはまったく動きを止める事なくユーリの元に向かうアリサを虫を払う様な動作で弾き飛ばす。

 

「冗談じゃないよ…スタングレネードもホールドも効かない上、異様な硬さって…どうやって止めれば良いんだよ?」

 

「最悪撤退も視野に入れる…けどその前にユーリは必ず助ける!!」

 

 今までと比べてあまりにも完璧な防御性能の相手に太刀打ち出来ない事にコウタは軽く絶望を覚える。

 今の自分達では勝てない可能性が高い。そう考えた瞬間、普通の任務なら時間稼ぎの即席トラップを準備した後に撤退するが、今回は救助対象が敵の下に居る以上、どうにかしてユーリから引き離して救出してから撤退しなければならない。

 しかしヴァジュラがどんな攻撃を受けても微動だにしないため、それが非常に難しくなっている。どうやって救出するかを考えながらユウキは剣形態に変形すると、ヴァジュラが前足を大きく上げて振り下ろす。

 

「うわあぁぁあ!!」

 

「クソッ!!」

 

 ヴァジュラが前足を振り下ろす先に居るユーリは叫び声を上げる。ユウキは思わず飛び出すが、ヴァジュラの前足はうつ伏せに倒れているユーリの頭の横に落ち、それと同時にヴァジュラが姿勢を落とす。

 

「ガァア!!」

 

 ユーリの救出に焦り、ユウキは無策のままヴァジュラの正面から突っ込む。するとヴァジュラはユウキが攻撃に入る前に頭を弧を描く軌道で振り上げ、ユウキをはね飛ばして再度天井に叩きつける。

 

「せ、先輩!!助けて!!」

 

「ユーリ!!」

 

 ユウキは再びヴァジュラに向かい、ソーマも正面から突っ込む。そしてコウタとアリサも後ろから弾幕を張る。普通の相手であれば四方からの攻撃で何かしらの隙が出来る。しかし今相手にしているヴァジュラには通用しなかった。通常種と違い、ノーモーションで放電して接近するユウキとソーマに電撃を浴びせる。

 

「ガァァァア!!」

 

「グァァア!!」

 

「ギャアアアア!!」

 

「うわっ!!」

 

「キャアッ!!」

 

 当然ヴァジュラの足元にいたユーリにも電撃は届き、一緒に感電する。さらには放電した際にコウタとアリサにも電撃を飛ばし、体勢を崩させる。そして眼前で電撃を受けたソーマには頭突きを繰り出し、空中で電撃を受けたユウキには前足で払い落とす様な動作で地面に叩きつける。

 

「グッ!!クソッ…!!」

 

 叩きつけられた衝撃で一瞬意識が飛ぶ。さらには電撃を受けたせいで身体が痺れた。ふらふらと立ち上がるが今までの様に動くには数秒かかる。このままではまずい。危機感を感じていると、ヴァジュラはゆっくりとユーリの首元に前足を乗せて少しずつ体重をかけていく。自身の体からメキメキと嫌な音を発て、何をされるか理解したユーリが泣きながら手を伸ばして必死の形相でユウキに助けを求める。

 

「い、嫌だ!!死にたくないっ!!!!先輩っ!!!!助げべっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

  『ブチンッ!!』

 

 ヴァジュラが力を少し入れると、ユーリの首は呆気なく飛んだ。そして飛ばされた首は数回バウンドするとゴロゴロとユウキの元へ転がり、助けてくれと懇願した時の必死の形相のままユウキを睨み付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…」

 

「ユーリ…さん…」

 

「…ッ!!」

 

「て…め"え"え"え"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 コウタとアリサはユーリを助けられなかった事に絶望や無力感等がごちゃ混ぜになった言い様のない後悔に襲われ、ソーマも同じ感覚を覚えて苦虫を潰した様な表情になる。

 そして激昂したユウキが咆哮と共に動きが鈍くなった体に鞭打って一気に飛び出す。しかし今回の攻撃でヴァジュラは攻撃を受け止める事はせずに、右前に飛び出してユウキの袈裟斬りを躱す。その後、壁を蹴ってソーマの後ろに回り込むついでに辺りに雷球をばら蒔く。結果的に全員に雷球を投げつける事となり、第一部隊は前後左右に動いて避ける。

 そしてユウキとソーマは向かってくる雷球を掻い潜り、ヴァジュラの元に走る。

 

「セヤッ!!」

 

「ぜりゃぁああ!!」

 

 ユウキが左側、ソーマが右側からクロスするように神機を振り下ろす。しかしヴァジュラが左側に跳び、振り切る前のソーマの神機を踏み台にしてユウキとソーマの後ろに飛び越える。

 その間コウタとアリサが空中に居るヴァジュラに爆破弾を撃ち込んでいくが、今まで通り効いている気配はなかった。

 そしてヴァジュラは反撃にコウタとアリサの居た場所に飛びかかる。2人は左右に跳んでそれを躱すと、今度は後ろからユウキが飛びかかる。

 それを前足で地を蹴った反動と後ろ足で体を支えて急反転したヴァジュラが前足を下から掬い上げる様な軌道で向かってくる神機の刀身にぶつける。

 

  『ボキッ!!』

 

 振り下ろした火刀・極は衝撃で真ん中からあっさりと折れ、上に弾かれる。ユウキはその折れた先を左手で掴み、自身の手が切れる事も気に止めずに『メキメキ』と音を発てながら握り潰して無理矢理持ち手を作る。

 

「くたばれぇ"ぇ"ぁ"ぁ"あ"!!!!」

 

 咆哮と共に左手に握った火刀の切っ先をヴァジュラの右目に突き刺す。圧倒的な防御力を持ったヴァジュラでも粘膜に相当する部分は多少は弱いようだ。

 ヴァジュラは痛みで思わず仰け反り、それに合わせてユウキも左手の火刀を引き抜いてヴァジュラの頭から飛び降りて離れる。

 そして仰け反った後、体勢を立て直している途中のヴァジュラを見て、全員が総攻撃の体勢になるが…

 

「ヤ…メ…ロ…」

 

「「「「…は?」」」」

 

 ヴァジュラが言葉を話した事に驚き、全員がその場で呆ける事となった。

 

To be continued




後書き
 キャァァァァシャベッタァァァァ!!!!!!!!!!!しかしその前にユーリが戦死してしまいましたが…元々はここで戦死するのはコウタの予定だったのですが、やっぱり原作キャラは死なせたくないと思った事と原作一の死亡フラグクラッシャーであるコウタにはここでもフラグをへし折る方が彼らしいと思い、モブキャラ部隊を全滅させる方向で話を作る事にしました。
 が、ただのモブ部隊が全滅しても主人公であるユウキは(無関心とは言いませんが)心にダメージが入らないのでは?と思い、バースト編の少し前にユウキが直接指導する後輩としてユーリを出す事を思い付きました。
 そう言う意味ではユーリは役割を(半分)果たしてはくれましたが…それなりにクローズアップして書いたキャラを戦死させるのは何だか複雑な気分になりましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission73 氷炎の剣

 遅ればせながら明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 お正月は小説書くのをサボりながらダラダラしてました(汗
 今回はユウキが性懲りもなく神機使いの禁忌を犯します。ここからオリジナル要素が本格的に前に出始めるので、苦手な方はご注意ください。


 -楝獄の地下街-

 

「「「「…」」」」

 

 ヴァジュラが喋ったことに第一部隊は驚き動きが止まる。

 

「ヤ…メ…ロッ!!」

 

 その隙にヴァジュラが再度喋りつつバチバチと放電しながら雷球をばら蒔いていく。

 

「ッ!!散れ!!」

 

 ユウキ達は反応が遅れつつも寸でのところで雷球を躱し、それぞれヴァジュラから離れる様に動いていく。

 

「…全員撤退っ!!急げ!!」

 

 雷球を躱し終わった後、ユウキはこのヴァジュラには敵わないと見て、第一部隊に撤退命令を出す。

 

「ま、待てよ!!ユーリ達は?!」

 

「命令だと言っただろ!!」

 

「?!…わ、分かった!!」

 

 ユーリ達の遺体の事もあり、このまま撤退していいものかと思ったコウタが撤退に待ったをかける。しかし殺意を剥き出しにした目をヴァジュラに向けながらも撤退指示を出したユウキを見るとコウタは大人しく命令に従う。

 ユウキが指示を出している間にソーマが前に出て神機を振り下ろす。対するヴァジュラは軽く右側に跳び、最低限の動きでそれを避ける。

 

「ユウ!!お前から撤退しろ!!神機が使えないお前が居ても出来ることなんてねぇぞ!!」

 

「分かった。任せたぁあ?!!!」

 

 ヴァジュラはソーマの攻撃を躱した後、右の前足で引っ掻いてくる。ソーマはそれを後ろに下がって躱すが、その瞬間ヴァジュラが急に飛び上がる。ソーマの上を飛び越え、向かい側の壁紙を蹴って方向転換する。

 そのタイミングでアリサとコウタが爆破弾を撃つが、ヴァジュラの動きが速く、捉えきる事が出来なかった。第一部隊の攻撃を掻い潜り、標的に選んだのは撤退しようとしているユウキだった。

 完全に撤退するつもりだったため、ヴァジュラの予想外な行動に驚きながらも横に跳んで避ける。ヴァジュラは前足でしっかりと床を掴み、勢いを殺すことなく反転する。その結果、ヴァジュラは待機ポイント付近を陣取る事になった。この状態で逃げたユウキに数発雷球を投げつける。それを待機ポイントから離れる様に後ろに下がって回避する。

 

「チッ!!コウタ!!先に退け!!どうやらコイツは俺と遊びたいらしい!!」

 

「わ、分かった!!」

 

 飛びかかってかるヴァジュラを装甲で受け止めながらユウキはコウタに撤退の指示を出す。

 

「ニ…ゲ…ロ…」

 

「だったら攻撃するんじゃねぇよクソが!!!!」

 

 攻撃を受け止めた衝撃で後ろに下がりながらも逃げろなどと言うヴァジュラに悪態をつく。ユウキが飛ばされた事でヴァジュラとの間隔が広がる。その空間にユウキの後ろからソーマが割って入り、ヴァジュラに一撃を加える。アリサもまたさらに後ろからオラクル弾を撃って援護する。

 しかし第一部隊の攻撃をものともせず、ヴァジュラはバチバチと放電しながらソーマに向かって前足で引っ掻き、その後すぐにユウキに飛びかかる。それをソーマは後ろに跳んで躱し、その後の攻撃はユウキは後ろに避け、ソーマは前に避ける事で躱しきる。

 

「コウタ!!電撃が来ます!!」

 

「うおぉぉお?!」

 

 しかしヴァジュラはその間に撤退しようとするコウタに雷球を投げつけ、取り敢えず逃走を阻止する。コウタは横に逃げるが、その後すぐに足元からやや前が光ったため、咄嗟に後ろに跳んで躱す。

 一方、ユウキ達は前後からヴァジュラを挟み撃ちにする。ソーマは神機を、ユウキは火刀の切っ先を横に振って攻撃するが、ヴァジュラは上にジャンプして避けると、両足を少し広げて表面積を増やしながら落下してきた。それを再度後ろに下がる事で両者共に避ける。その後、ヴァジュラは周囲にいるユウキ達をさらに遠ざける様に放電する。その思惑に嵌まり、ユウキ達は1度距離を取って仕切り直す事となる。

 その間、コウタの足元からひたすら電撃が飛んできたため、結局コウタは後ろに下がり続けなければならなくなり、元の位置にまで戻されてしまった。

 

「クッソ!!何だよコイツ!!結局戻されちまう!!」

 

「クソッ!!アイツ、際限なしに電撃が撃てるのか?!」

 

 コウタとソーマが想像以上に覆し難い状況に思わず愚痴る。その間にヴァジュラがユウキに飛びかかり、ユウキは装甲を展開して受け止める。

 

「チィッ!!」

 

 しかし片手では受け止め切れずに、体勢を崩しながら少し後ろに下げられる。その隙を突いてヴァジュラが前足で切り裂いてくるが、ユウキは両腕をクロスさせならがらジャンプして躱す。

 

「ゼアッ!!」

 

 左手に持った火刀・極の切っ先を振り抜いてヴァジュラの頭を攻撃する。すると勢いを殺し切れずにヴァジュラの頭は右を向き、その隙に右手の神機を構える。

 

「ふっ飛べ!!」

 

 ヴァジュラが振り向いた瞬間、神機の銃口を眉間に突き付け爆破する。その衝撃で空中にいるユウキは回転しながら後ろに飛び、ヴァジュラは巨体を仰け反らせた。

 

「イ…タ…イ…」

 

 流石にゼロ距離発射ならばそれなりのダメージが入ると思ったが、体勢を立て直したヴァジュラの顔面には傷らしい傷はついていなかった。

 

「クソッ!!なんて硬さだ!!斬れねぇし爆破も通じやしねぇ!!!!」

 

「ユウ!!危ない!!」

 

 ヴァジュラはインパルス・エッジの後から着地の間に即反撃に転じる。『バチッ!!』と一瞬音が鳴る。その瞬間、マズいと感じたコウタとアリサは爆破弾を撃ち込み、ソーマはヴァジュラとの距離を詰めにいく。

 しかし、時既に遅し…周囲に放電すると、電気をバリアの様に使って爆破弾を防ぎ、ソーマは反射的に距離を取る。そして放電した時にロープ程度の太さの電撃をユウキに放つ。

 

(グッ!!クソ!!)

 

 装甲を展開して電撃を受け止めるが、体勢が安定してない着地直後に攻撃を受け止めた事でユウキは体勢を崩し転んでしまう。しかし倒れる途中、ヴァジュラから離れた位置に陣取って後ろから砲撃しているアリサが目に入った。

 

「行け!!アリサ!!」

 

 ユウキはアリサに撤退の指示を出すと、アリサは一瞬迷いを見せたが待機ポイントに向かって走り出す。

 ソーマとコウタは倒れたユウキのフォローとアリサの元に行かせない様に足止めするために、ヴァジュラに攻撃を加える。

 しかし2人の攻撃よりも早く、ヴァジュラが動いた。ヴァジュラはソーマから離れる様に飛び上がると、壁を蹴って真っ直ぐにアリサに向かって飛びかかる。

 

「「「アリサァッ!!」」」

 

  『ガァァァア!!』

 

「キャァッ!!」

 

 気配が近づいてきて、さらにはユウキ達の声とヴァジュラの咆哮…何が起こってるのか察しが付いたアリサはヴァジュラの位置を確認するため後ろを向く。その頃にはヴァジュラはかなり接近していて、アリサは咄嗟に横に跳んでギリギリで躱す。

 その後ヴァジュラは右前足で床を踏み抜き、そこを軸にして急反転すると待機ポイントの前に再び陣取る。そして先のような細い電撃を前方に撒き散らすと、埃を巻き上げながら辺りの壁を破壊していく。

 予想よりもかなり早く、ほぼ数秒で埃が晴れ、周囲が確認できる状態になる。そこでは待機ポイント前を陣取るヴァジュラと第一部隊の4人が睨み合う様に向かい合っていた。

 

「撤退は…無理そうだね…待機ポイントへの一歩道、陣取られてるし…」

 

「…だな…さて、どうするユウ?殺るか?」

 

 現状、待機ポイントに向かうにはヴァジュラの居る一本道を通らなければならない…と言うよりヴァジュラが待機ポイントの前に居る以上、移動させる必要がある。さらにはここまで何度か逃走を図ろうとしたが、逃げる者を的確に狙う辺りこのまま逃げることを容認してくれはなさそうだ。

 そしてユウキが実質神機をまともに使える状態ではない事を良いことに、ヴァジュラはユウキを執拗に狙ってくる。こうなったら倒してしまわないと生きて帰る事は出来ないだろう。神機を使えない人間が居ると言うハンデを背負うことになってしまったが、生き延びる道は『倒す』以外になくなってきたのも事実だ。コウタとソーマの提案を受け、ユウキは決断を下す。

 

「…それしかないか。命令の変更だ。標的を無力化する!!ただし、逃げられる隙を見つけたら躊躇うな!!全員で生きて帰るぞ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 全員で生き残る…その命令を聞いて第一部隊はヴァジュラから逃げるのではなく戦うために構える。

 しかし、命令を出したユウキ本人は自覚のない高揚感を感じていた。生き残るために倒すと言う大義名分を得て、ユーリを殺した相手を遠慮なく殺せる事に狂喜していたのだ。

 一瞬の睨み合いの後、まずユウキが飛び出し、続いてソーマ、神機を剣形態に変形させたアリサが順次駆けていく。そしてコウタはそんな3人の援護のため、オラクル弾を撃っていく。

 

「シッ!!」

 

 いつもと違って刀身が折れて短くなった事で軽くなり、右手に握った神機を外側に振り、素早い一撃がヴァジュラに決まる。

 

「ハッ!!」

 

間髪入れずに左手に握った火刀・極の切っ先を同じ方向に振り抜く。そしてそのまま体を流しながら飛び上がりつつ体を横に倒す。振り抜いた勢いのまま空中で回転して右手の神機、左手の切っ先と流れる様に斬りかかる。

 

「ハァッ!!」

 

「たあっ!!」

 

 ユウキの連続攻撃が決まると、空かさずソーマが右側、アリサが左側からヴァジュラの頭、続いてそれぞれ前足に斬りかかる。

 

「当たれぇッ!!」

 

 神機を振り抜いたタイミングでその後隙のカバーのため、コウタが爆破弾を撃つ。全弾命中してヴァジュラが怯む。爆破弾の雨が止み、再びヴァジュラが前を向くと、ヴァジュラの眉間に剣形態のまま銃口を突き付ける。

 

「吹き飛べ!!!!」

 

 ユウキの怒号と共にインパルス・エッジを撃つ。するとヴァジュラは衝撃を受けて沈み込み、ユウキは反動でヴァジュラから離れる方向に飛び上がる。そしてユウキが離れた隙にコウタが爆破弾を撃つ。

 

「ヤベッ!!オラクルが!!」

 

 しかし爆破弾は発射されず、『カチカチ』と言う空しい音と共に砲身から空気を吐き出す。

 

「コウタ!!」

 

 コウタのオラクルが切れたと分かると、ユウキは神機からオラクル弾の薬莢を排出して、空中でコウタに向かって蹴り飛ばす。

 

「おっしゃあ!!」

 

 コウタはユウキが蹴った薬莢を直接神機に装填すると、爆破弾を連射してヴァジュラの動きを止める。ソーマとアリサもコウタの射撃が当たるタイミングで、ヴァジュラから離れる様に下がりながら神機を横凪ぎに振って追撃する。

 

(チッ!!こっちもオラクルが切れたか…だったら!!)

 

 オラクルが充填されているタンク代わりでもある薬莢を排出した事で神機内のオラクルはほぼ無くなったとユウキは考えた。

 ソーマ、コウタ、アリサの総攻撃の間に着地したユウキはヴァジュラとの距離を一気に詰める。

 

「喰い尽くせ!!」

 

 ヴァジュラに近づいて展開速度が早い弐式を展開する。展開された捕食口はそのままヴァジュラの右足に喰らい付く。

 

  『ギンッ!!』

 

「なっ!!」

 

 捕食口が喰らい付いたまでは良かった。しかしヴァジュラに噛みついた瞬間、甲高い音を発して捕食口の動きが止まる。噛みきれなかった事にユウキは驚きを隠しきれずに動揺する。

 

「ヤ…メ…ロ…」

 

 ヴァジュラは喋ると右前足をユウキごと引っ込め、その後外側に勢いよく振り払った。

 

「グッ!!」

 

「ユウ!!」

 

 食い付いていない捕食口では体勢を維持する事が出来るはずもなく、ユウキは勢いよく壁に叩きつけられ、ユウキの援護をしていたアリサは声をあげる。

 

(クソッ!!もう攻撃する手段が…ッ!!)

 

 刀身が折れた神機では近接攻撃でオラクルをほとんど回収することは出来ない。オラクルが無くなり、銃身による攻撃もインパルス・エッジによる攻撃もダメージにならない。刀身は折れ、切っ先でも神機に残った部分での攻撃では当然ダメージを受ける事はない。最後に残った捕食攻撃でもダメージが入らない。

 先の総攻撃でもダメージを受けた様子はない。完全に手詰まりだ。この後どう動くかを考えている中、ユウキの援護のためにソーマがヴァジュラとユウキの間に割って入る形で前に出てコウタとアリサは左右からオラクル弾を撃ち続けている。

 少なくとも現状では有効な攻撃をするのは極めて困難な事は間違いない。そんな中、ユウキの目にあるものが映る。

 

(ユーリの神機…)

 

 主人が死んで、その場で転がっている蒼い神機が目に映る。

 

(神機がまともに使えない…俺が足を引っ張ってるこの状況を打破するには…)

 

 少なくとも神機の攻撃がまともに効かない上、神機が破損した事が理由なのか自分が狙われている。そのフォローに味方が周り、結果的に誰も逃げる事が出来ない。

 現状足を引っ張っているのは間違いなく自分だ。

 

(…やるしかない!!)

 

 少なくとも新しい神機を手にすることでまともに戦える。そこまで考えるとユウキは火刀・極の切っ先を捨ててユーリの神機に手を伸ばす。

 

「グッ!!」

 

 ユーリの神機から触手が伸び、言い様のない不快感と痛みと共にユウキの腕輪に繋がる。痛みに耐えながらユウキは立ち上がり、ヴァジュラに向かって走り出す。

 

「ソーマ!!そっちに行きました!!」

 

「ハァッ!!」

 

 ソーマに飛びかかって来たヴァジュラを止めようと、コウタと銃形態に神機を変形したアリサが横から爆破弾を撃つが、一向に止まる気配がない。飛びかかって来たヴァジュラを後ろに跳んで躱しつつ頭に反撃を入れる。

 だが今まで通り、効いている様子はない。ソーマが神機を振り抜いた隙にヴァジュラは姿勢を落とし、体当たりの体勢を作る。

 

「ジャァラッ!!」

 

 しかしその瞬間、ユウキが間に割って入る。2本の神機をヴァジュラの頭に対して同時に振り抜いた勢いで少し体勢を崩す。その間にユウキとソーマは1度ヴァジュラから離れる。

 

(チッ!!やっぱり威力が…!!)

 

 今までと変わらず傷1つ付けられないどころか、むしろ神機がダメージを受けている様にも思える。

 そして神機を2本握っているユウキを見た第一部隊は驚愕する。

 

「ユウッ!!お前!!」

 

「バカ野郎ッ!!なんて事しやがった!!」

 

「ま、また…何でこんな事したんですか?!」

 

 以前にも同じ事をして危険な目にあった事もあり、当然第一部隊は『とんでもない事をしてくれた』と思い、怒りや戸惑いを見せながらユウキを嗜める。

 

「うるせぇっ!!説教は後で聞く!!今はこいつを倒す事が先だ!!」

 

 ユウキが乱入してくると、ヴァジュラがいつもよりも広範囲に電撃を放ったので、第一部隊はさらに後ろに下がり、ヴァジュラから距離を取る。

 避けながらも、このままでは完全に手詰まりになる。どうやって倒すか考えているふと過去に戦った異様な硬さのアラガミを思い出す。

 

「攻撃の時だ!!アルダ・ノーヴァの時と同じ要領で攻撃するんだ!!」

 

 ユウキがアルダ・ノーヴァの時と同様、攻撃の時であればこちらの攻撃が通るかも知れないと言う事で、第一部隊に指示を出す。

 

「「「り、了解!!」」」

 

 ユウキが他人の神機を使った事で動揺した事もあり、ユウキの指示を聞いた第一部隊は若干の混乱を見せながら了承する。

 電撃を放った隙にコウタとアリサが爆破弾を撃って怯ませる。その間にユウキとソーマが距離を詰める。

 

「ク…ル…ナッ!!」

 

 ヴァジュラが喋ると雷球を展開する。そこから雷球を発射する一瞬の隙にユウキとソーマが一撃を入れる。

 

  『『ズシャッ!!』』

 

 肉が裂ける音と共に少しの血が吹き出る。

 

「や、やりました!!」

 

「は、入った!!」

 

 ユウキとソーマの一撃でヴァジュラに薄くだが裂傷が出来た。今まで傷さえ付かなかった相手にようやく傷が付いた。

 

「思った通り!!」

 

「行けるぞ!!」

 

 僅かにだが希望が見えた。だがその希望を持った事で第一部隊に隙が出来る。ヴァジュラはその隙を見逃さず、いつも以上に広い範囲で強力な電撃を放つ。

 

「「「グアァァァア!!」」」

 

「キャアアア!!」

 

 電撃が第一部隊に直撃して吹き飛ばされる。コウタとアリサは離れていたためダメージは少なかったが、近くにいたユウキとソーマはかなり大きなダメージを受ける。

 第一部隊全員がダメージでヨロヨロと立ち上がる中、ヴァジュラがユウキに向かって走り出す。

 

(ふざけんな…)

 

 ユウキはフラフラと立ち上がりながら心の内で悪態をつく。

 

(こいつを…ぶっ殺して…)

 

 両手の神機を握り直して向かってくるヴァジュラを睨みながら構える。

 

(皆で…生きて帰る!!!!)

 

 半ば自棄になりつつ、ヴァジュラに向かって走り出す。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 『ボッ!!』『ビキビキッ!!』

 

 ユウキが吼えると両手の神機から普段聞こえないような音が聞こえてきて、急に神機が軽くなる。

 

「しぃぃいねえぇぇぇぁぁぁあ!!!!」

 

 咆哮と共に両腕の神機を振り下ろす。するとヴァジュラが一瞬で氷付けになり、その中で火だるまになった。

 

「はあ…はあ…な、何だ…?」

 

 攻撃の時には気にも止めなかったが、両腕の神機が異様に軽くなり、ユーリの神機と接続した時の不快感も無くなっていた。

 何があったのかと両腕の神機を見てみる。右手に握った神機の刀身は折れた部分を補いつつ炎が刀の様な形を作り、左手に握った神機はクレメンサーと同じ形になるように氷で刀身を形成していた。

 

「炎の剣に…氷の剣…?」

 

「どうなってやがる…?」

 

「一体…何が…」

 

 当然その場に居た者の誰もが何が起こっているのか分からず、ただただ驚愕して放心する。そしてそのまま氷の中で動けないヴァジュラが燃やし尽くされるを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 この日、少年は今までにはあり得なかった…自らの意識を持つと思われる神の存在に戸惑いを覚える事になる。それは少年を■ませ、自らの■心を■らせるものとなる。

 人と神の共存の可能性…その答えを考えた少年は■う事に■問を覚え、その■問が後に周囲の人間との間に大きな■■を生むことになる。

 そして、追い討ちをかける様に、生き残るためとは言え再び他人神機を使ってた戦った事は…少年を■劇の運■に導くものでしかなかった…

 これらの■みと選択は…少年にとって、自ら■気に染まり、■劇を早め、確実なものにするだけのものだった。そう、少年が■劇の道を歩む事は…既に変えられない運■だったのだから…

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カチッ』

 

 ■〇の■車が噛み合った。

 

To be continued




後書き
 少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m
 喋るヴァジュラを倒して生き残るため、再びユウキが他人の神機を使い二刀流で倒す事になりました。
 その際、神機の刀身が炎の刀身と氷の刀身になると言った力が発現したりと言ったオリジナル要素を追加したので、これが面白いと感じてもらえるか少しドキドキしてます。(今後もこのような要素はいくつか出てますのでなおさら…)
 先程も書きましたが、ここからオリジナル要素がてんこ盛りの自己満足が加速するような内容になりますので、苦手な方はご注意ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission74 超越者

雪パネェ…今回はオリ設定の説明回となります。

今回グロ描写があります。グロ描写は※で挟んでありますので、苦手な方は飛ばしてください


 -???-

 

「…え?」

 

 ユウキは目が覚めると、自分以外には何も無い真っ暗な場所で立っていた。屋内なのか屋外なのか…地上か地下か…昼か夜か…訳が分からない状況に混乱していると、不意に人の声が聞こえてきた。その声は少しずつ大きくなり、それと同時に『ヌウッ…』暗闇の中から知りもしない、会ったこともない人が現れる。

 

「な…なん…だ?」

 

 ざわざわとした話し声が少しずつ大きくなり、いつの間にか先の様に現れた人に囲まれ、ユウキはその顔も知らない人達の視線に晒される。

 しかし、何よりも戸惑ったのは彼らが向けてくる怒り、憎悪、侮蔑…負の感情を込められた視線だった。見ず知らずの人に突然そんな視線を送られて、混乱していると、後ろから聞いた事のある声を耳にする。

 

「…先輩…」

 

「ユ、ユーリ…?」

 

 ユウキが振り向くと、そこには自身が助けられずに死なせてしまったユーリが居た。

 しかしその目からは怨嗟の籠った視線に気圧されてユウキは思わず後ずさる。

 

「何で…何で…僕の事は助けてくれなかったんですか…?リンドウさんは…命懸けで助けたのに…」

 

「ち、違う!!いや…結果的には…助けられなかった…けど、見捨てるつもりなんて…!!」

 

 見捨てる気はなかった。絶対に助けると心に決めていた。言い訳の様にその事を伝えるが、結果は助ける事が出来なかった。ユーリからしたら『過程など関係なく、助かる可能性を見せられて殺された』と言う認識にしかならないのかも知れないと言う考えが頭を過り、ユウキは途中で口を閉ざしてしまった。

 

「でも、僕の時は…助けようともしなかったじゃないか…」

 

「エ、リック…さん…?」

 

 今度も聞き覚えのある声がユーリの後ろから聞こえてきた。最初は輪郭がはっきりしなかったがすぐにしっかりとした形を作り、声の主が誰なのか判別出来るようになる。

 そこには神機使いになってすぐの頃に目の前で死んだエリックが立っていた。何度も自分の目の前で死んだ人間が現れ、ユウキは既に状況を理解出来なくなっていた。

 

「僕が喰われたあの時…ソーマは僕を助けようと動いたのに…君は目の前で喰われる僕を…ただつっ立って眺めていた…ほら、助けようともしてないじゃないか…」

 

「あ、あれ…は…」

 

 目の前に居たのに助けられなかった…どう動いていいか分からず、見殺しにしてしまった事に反論できずに、ユウキは押し黙ってしまう。

 すると『最低だな…』『クズ野郎め!!』『この人でなし!!』と見ず知らずの人達から罵声が聞こえてくる。

 

「僕はね…死にたくなかった…死ぬわけにはいかなかった…僕が死ねば…エリナが悲しむ…エリナが戦場に出るかも知れない…なのに…君は僕を…み、見ごろろろろろろしににしだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然エリックが痙攣しだしたと思えば、急に呂律が回らなくなる。そして少しずつ首があらぬ方向に回りだし、首から血が吹き出ると同時に頭がゴロンと落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局貴方は…自分に都合の良い人しか…利用出来る人しか助けない人でなしビャッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついさっきまで普通に喋っていたはずのユーリは最後に奇声を上げると、首が飛んで血飛沫を上げる。

 

「な…あ…」

 

 さらには見ず知らずの人達も突然首が飛んで倒れたり、体のどこかが吹き飛んだり、頭から血を流しながらユウキを見ていたりする。あまりの惨事にユウキは目の前の光景を理解しないように思考を完全に止め、目の前で次々と人が死んでいくのを小さな声を漏らしながらただ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『お前のせいで…』

 

 『アーク計画さえ完遂していれば…』

 

 『何で止めた…!!』

 

 『全部お前が悪いんだ!!』

 

 死んだはずの人間から罵声が聞こえてきて、ユウキは思わず耳を塞ぐ。

 

   『僕悪いことしたの?!?!もうしないから教えてよ!!!!』

 

「ッ!!」

 

「ユウ?!」

 

「よかった!!目ぇ覚ましたんだ!!」

 

 突然ユウキがベッドの上で目覚め、視界には白い天井と見知った第一部隊の面々…特にユウキの顔を覗きこむアリサとコウタが目に映った。

 

 -ラボラトリ-

 

「あ…れ?」

 

 さっきまでユーリやエリック、知らない人達に囲まれていたはず…先とはまったく違う状況にユウキは理解が追い付かず、何とか声を出す事が精一杯だった。

 

「寝惚けてんのか?ここは博士のラボだ。あのあとユーリの部隊の遺体や神機を回収して戻って来たろ。」

 

 ソーマに言われて戦闘の後何があったのかを思い出しながら起き上がる。ヴァジュラを倒したのを確認すると戦死した者達の遺体と神機の回収、そしてユウキの破損した火刀・極の切っ先も回収して極東支部に帰還、その後事後処理の後に眠らされて様々な検査を受けていたのだ。

 

「あぁ…そう…だった…あれから何日経った…?」

 

「2日だ。そのうち1日は丸々寝てたがな。ま、取り敢えずは生きて帰ってきたみたいだから良かったよ。」

 

「そうよ。検査のために寝かされたとは言え、丸1日起きないから心配したわ…」

 

 ユウキの様子が気になっていたのか、任務の時は一緒に居なかったリンドウとサクヤも見舞いに来ていたようだ。2人の取り敢えず無事(?)に起きた事に安堵した様子だった。

 

「まったくですよ!!あんなに約束したのに!!何でまた危険な事ばっかりするんですか!!」

 

「…」

 

 しかしアリサは心配の方が遥かに大きかったのか、ユウキが目を覚ますと捲し立てる。だが、ユウキはうつ向いておりその表情を窺うことは出来ない。

 

「自分の神機が攻撃出来る状態じゃないからって他人の神機で戦闘を続行するなんて…リンドウさんの件で散々皆から言われたの忘れたんですか?!」

 

「…っ!!」

 

 ユウキの口元が微かに歪んだ。

 

「それにあの場で他人の神機を無理矢使ってユウが動けなくなったらどうするつもりだったんですか?!適合していない神機を使うよりも何か別の手が…!!」

 

「…っ…ぇ……」

 

「え?」

 

 ユウキが何か言ったが、アリサには聞こえず聞き返す。

 

「うるせぇんだよっ!!!!」

 

「「「「「っ?!?!」」」」」

 

 アリサが聞き返すとユウキは突然怒鳴り散らす。その場に居た全員が驚いて思わず硬直する。

 

「なら他にどんな手があった?!!!足止めは出来ない!!神機が壊れて足手まといの俺が狙われる!!!!そのサポートに全員が周っても誰も逃げられない!!なら倒すしかねぇだろっ!!!!」

 

 拘束出来ない、逃げる事も出来ない、そして逃げる奴と足手まといを狙い撃ちにする。そんな状況で生き残るには戦って倒すしかない。それがユウキの判断だった。その事を怒鳴りながら伝えたせいなのか、ユウキの息が少し乱れている。

 

「出ていけ…」

 

 ユウキはボソッと小さな声で呟く。今度は皆にも聞こえたが、今までにそんな事を言われた事がなかったため、ユウキの言ったことが信じられずに固まっていた。

 

「出ていけって言ってるだろ!!!!」

 

 再度ユウキが怒鳴ると、ようやく第一部隊が動き、全員がその場から去っていった。

 

「あ"あ"あ"ぁぁぁ…クッソ…」

 

 だが第一部隊を追い出した後、ユウキは右腕で膝を抱えながらそこに顔を埋め、左手で頭をワシャワシャとかきむしり、第一部隊を追い出したことを後悔していた。

 

「まあ、昨日もユーリ君のご両親…特に母親から散々詰られた後だしね…虫の居所が悪かったのも仕方ないね…」

 

「…」

 

 ペイラーの一言でユウキは少しだけ顔を上げ、ペイラーの方を見る。そしてその目は不機嫌そうに細められていたのがペイラーからも見てとれた。

 

 -2日前-

 

「…そう…ユーリが…」

 

 ヴァジュラを倒した後、ユウキは極東支部に戻ると戦死した神機使いと近しい人に電話等を使ってその事を伝えて回っていた。勿論ユーリの両親にもテレビ電話を通じてその事は伝えられた。だがユーリの両親の反応は淡白なものだった。

 

「…はい。遺体は今日中に搬送します…その…ショックを受けるかも知れませんが…」

 

「…」

 

 両親からの返事はない。しばらくの間沈黙する。

 

「…今回の件は…私の力不足が全ての原因です。私の力が及ばず…ユーリ君を…助ける事が出来ませんでした…申し訳ありません…」

 

「…」

 

 ユーリの死因は自分にある…そう言ってユウキは画面越しに頭を下げて謝罪するが、相変わらずユーリの両親からのリアクションはない。

 

「あの子…極東支部で活躍する貴方達の事…尊敬してました…極東支部の皆の様に活躍できる神機使いになって帰ってくるって…」

 

 どのくらい時間が経ったのか…しばらく沈黙が続くと、唐突にユーリの母親が極東支部に来る直前のユーリの様子を話し始める。

 

「…少し前に、貴方が命懸けで上官を救ったって話も聞きました…なのに…どうして…」

 

 ユーリの母親は目を伏せ、一旦言葉を区切る。

 

「どうして私の子は助けてくれなかったのよ?!!!」

 

「っ?!」

 

 突然ユーリの母親が怒り出す。あまりに急な変貌だったため、ユウキよりもユーリの父親の方が驚いたようだった。

 

「上官って人は助けたのに!!!!何でウチの子は助けてくれなかったの?!!!」

 

 目の前で助けを求めた我が子を助けてはくれなかった。母親にとってはそれだけで画面越しに居る男を恨むには十分過ぎる理由だった。怒り狂いながらユウキに何故助けなかったのかと問い詰める。

 

「何が極東のエースよ!!!!目の前で助けを求めている子を救いもしないで!!!!」

 

「落ち着け!!」

 

 母親は怒りに任せてユウキに罵声を飛ばし、流石に言い過ぎだと父親が止めに入る。そんな中ユウキは頭を下げ続けていた。

 

「あんたみたいな人でなしのクズが生き残って…何で私の子が死ななきゃいけないのよ!!!!」

 

「止さないか!!」

 

 これ以上言わせると本当に何を言い出すか分からない。画面に掴みかかる母親を父親が引き剥がして落ち着かせようと強い口調で嗜める。

 

「返して!!!!返してよ!!!!私の子を…ユーリを返してよ!!!!」

 

「…」

 

 『ユーリを返せ』と言うと、母親は遂に泣き崩れた。そのままその場に座り込み、『返して…』とうわ言の様に呟いている。そんな母親の怒りも懇願も、ユウキにはただ黙って聞くことしか出来なかった。

 

「…すまない、神裂君…」

 

 母親を落ち着かせながら、父親がユウキに謝罪する。

 

「…だが…もうこれっきりにしよう…お互いのためにも…それが一番だと思う…」

 

「…わかりました…」

 

 その言葉の意味するところを察したユウキは静かに頷く。顔を見ただけで、声を聞いただけで嫌な気分になる。ユーリの両親にとって、神裂ユウキと言う男は2度と顔を見たくないどころか存在を感じたくない様な相手なのだ。

 それを理解したユウキは頷き、通話が切れるまで頭を下げていた。

 

 -ラボラトリ-

 

 前日にユーリの両親から…特に母親からの罵声を受けた事、八つ当たりで仲間に暴言を吐いた事を思い出して、ユウキはベッドの上に座った状態で沈んでいた。

 

「さっきの件…私からフォローしておこうか?」

 

「…いえ、大丈夫です…自分で…やります…」

 

「…そうか。でも、仕方のない事だって世の中にはあるんだ。全部抱えて無理するような事はしないようにね。」

 

 自分が蒔いた種である以上、他人を巻き込めない。それに自分から動いて謝らなければ伝わるものも伝わらない。そう思ったので、ユウキはペイラーの申し出を断る事にした。

 

「さて。それはそうと…今回の件でユウキ君に報告しなければならないことがいくつかある。」

 

 そう言うとペイラーはタブレット端末をデスク(?)の脇から取り外すと立ち上がり、ユウキの元に移動する。ユウキもそれに合わせて姿勢を少し直してペイラーの話を聞く体勢になる。

 

「まず1つ、リンドウ君を助けた際にほぼ治ったと言ったアラガミ化が再発している。」

 

 ペイラーの口から無慈悲な現実を突きつけられる。

 

「昨日のうちにルミコ君と検査した結果、抗体持ちと言う事を考慮しても、以前よりも早くアラガミ化が進行している事が分かった。人としての姿を保っていられるのは恐らく…長くて10年だ。」

 

「…そうですか…」

 

 10年後には自分はアラガミとなっていると言われたにも関わらず思いの外ユウキは冷静に返事をした。

 

「…驚かないんだね。」

 

「覚悟はしてました。ただ…10年…か…」

 

 『皆にこの事は?』『話したよ。10年の猶予の事以外はね。』と2人が話すと、すぐにペイラーは説明を再開する。

 

「何度も言うけど、この10年の猶予はあくまでも予測、しかも長く見て…と言う話だ。これより短くなる事はあっても長くなる事は期待しない方が良いだろうね。」

 

「…」

 

 長いようで短い10年と言う猶予…しかも更に短くなると言うのだからのんびりはしていられない。この残された時間で何が出来るかを考えるが特別何が出来るのか思い付かずに、ユウキは黙り込んでしまう。

 

「なに、さっきも言ったが猶予はある。人として生きる事を選び、アラガミ化する時にその生涯を終わらせるか…あるいはアラガミとして生きていく事を選び、取りあえずは今までと変わらぬ生活を送るか…はたまた運命に抗い、アラガミ化を治す術を探してみるか…」

 

 パッとでてきた選択肢は3つ。もしそれしか選択肢がないのだとしたら、アラガミ化の治療を諦めた瞬間に死の運命が確定しているようなものだった。しかしペイラーは淡々とその事について話続けている。

 

「君の人生だ。君の思うように選ぶといい。どんな選択でも、私は全力でサポートしよう。ただ…」

 

 ここまで淡々と説明してきたペイラーだったが、最後には顔を伏せて声のトーンを落として何処か悲しそうにも悔しそうにも聞ける声色になった。

 

「私としては…アラガミ化を治して、これからも皆と変わらぬ生活を望む事を選んで欲しいと思っている。私もユウキ君を喪うと悲しむ者の1人だからね。」

 

「そうです…ね。出来ることなら…アラガミ化を治したい。この先も皆と…生きていきたい…」

 

「分かった。なら私もアラガミ化の治療方法を探してみよう。」

 

「お願いします。」

 

 ユウキとて死にたいなどとは思ってはいない。ならば生き残る可能性があるアラガミ化を治す以外に道はなかった。

 

「それからもう1つ。君たちが戦った特異なヴァジュラの事…それに関係して君の神機の事だ。」

 

 アラガミ化の件は取り敢えず話がまとまったので、ペイラーは次の話に始める。

 

「まずは神機について話そう。これを見て欲しい。」

 

 そう言うとペイラーはタブレット端末をユウキに手渡す。ユウキが端末を見てみると、そこには折れ線グラフが映っていた。

 

「このグラフが何か…?」

 

「君の腕輪のログから得たデータを元に、君と神機の適合率の推移を表しているグラフだ。」

 

 ペイラーが何のグラフか説明すると、ユウキから端末が見える様にした状態のまま画面に触れてグラフ全体が見える様に画面を縮小する。

 

「全体的な傾向として、君と神機の適合率は安定していない事が分かった。神機を使い初めてからしばらくは90%を上限に少しずつ、あるいは大きく下がりながら80%近くまで下がった後、また90%まで引き上がっている。」

 

「…ずいぶんと波がありますね。下がる度合いもその時々でバラバラだ。」

 

 縮小したグラフを見ると、かなり急勾配で増減しているようだった。グラフが横ばいになっている状態が安定していると言うことならば、自身の適合率が安定していないと言われるのも頷けるとユウキは思った。

 

「通常、神機との適合率は多少変動しても3%程度で、加齢によって緩やかに下がっていくのが通例なんだ。だが君の適合率が高水準であるにも関わらず、何故ここまで変動し、安定しないのか…そこはまだ私にも分からない。」

 

 どうやらユウキの適合率の変動は通常あり得ないらしい。これも抗体持ちであるためなのだろうかと考えていると、ペイラーが話を進める。

 

「…そこは追々調べていくとしよう。そしてここからはリンドウ君の神機を使った後の適合率だ。上限を70%に落として、今までと同じように適合率が上下している。」

 

「…後から出てきているこの線は?」

 

 ペイラーが画面に触れてグラフを一部を拡大する。そこには一気に右下がりになり、再び70%辺りまで一気に上がっていくグラフが目に入る。そんな中ユウキは後になって一本のグラフが追加されている場所を指を差して聞いてみた。

 

「それはリンドウ君の神機との適合率だ。初回は26%でとても安全に起動出来る適合率ではないが、少しずつだけど上昇する傾向にある。そして…」

 

 ペイラーがグラフを進めて別の場所を指差す。

 

「これがユーリ君の神機との適合率だ。特異なヴァジュラとの戦いで初めて使った時の適合率は31%…リンドウ君の神機と同様、安定起動には程遠い。だが今見て欲しいのはそこじゃない…」

 

 ペイラーは再び画面上で指をスライドさせてグラフを少し進める。

 

「ほら、ここから適合率が一気に上がっているだろ?この時の数値を見て欲しい。」

 

「100%…」

 

「正確には100.001%…ほんの一瞬、少しだけ100%を超えたいたみたいなんだ。そしてその後、元々ユーリ君が使っていた神機との適合率は62%に下がり、ユウキ君が使っていた神機との適合率は99.999%…限りなく100%に近づいている状態になっている。」

 

「…」

 

 グラフを見てみると、確かに最大値の100%に達していた。その後、ユウキが元々使っていた神機の適合率は横ばい、ユーリが使っていた神機の適合率は一気に下がっていた。

 

「私の考察ではあるが…ユウキ君、君の神機に発現した特異な力…それは恐らく『ブレイクアーツ』と呼ばれるものだろうと考えている。」

 

「ブレイク…アーツ…?」

 

 初めて聞いた単語にユウキは思わずペイラーの方を見て聞き返す。

 

「ブレイクアーツ…神機との適合率が100%を超えた者だけが使える神機をより高度に、より自由に扱う力、そんな者をとある論文では『 限界を打ち破る者』、『超越者』と言う意味合いを込めて『ブレイカー』と呼んでいる。」

 

「俺が…そのブレイカーだと…?でも、神機との適合率が100%って…」

 

 神機との適合率が100%を超えた者をブレイカー、そしてブレイカーが使える特別な力をブレイクアーツと言うようだが、ユウキは神機使いと神機の適合率が100%と言うことに違和感を感じていた。

 

「そう、普通はあり得ない。どんなに似通い、近付いた存在であっても、それぞれが別の個体である以上、完全な適合と言うのは出来ないものだ。だから、ブレイカーと言うのはあくまで理論上の話なんだ。」

 

 人間と神機…どうあっても別の個体と言う壁が立ちはだかる。そのため、件のブレイカーは理論だけの空想の存在なのだとペイラーは語る。

 

「ただ、理論や適合率の数値的な話に絞れば、このブレイカーと言う存在はあり得るんだ。適合率が100%…つまりは神機=神機使いとなれば、神機を本当の意味で自分自身の身体と同じように自由に動かせる。そして適合率100%を超えた時、神機使いは神機を自身の身体以上に自由に扱えると言うわけだ。」

 

「自分の身体以上に自由に扱える…だから本来出来ない様な事も、オラクル細胞の塊である神機ならそのイメージを形に出来る…と?」

 

 ペイラー曰く、神機使い=神機ならば自らの手足として、そして適合率が100%を超えると自身の身体以上の自由さを手に入れる事が出来るとの事だった。ぼんやりと理解したユウキは自分なりにまとめてペイラーに確認する。

 

「概ねその通りだ。今回の例で言えば、神機の刀身部分の物理的な攻撃能力を捨てる代わりに、その分付加属性の攻撃力を跳ね上げる…と言った具合にね。」

 

 『今回発現したのは付加属性の能力を限界以上に解放する力…さしずめ属性解放と言ったところだろね。』とペイラーが付け足す。

 

「ちなみに、過去にそれらしい神機使いが現れたと言う話があるんだけど、結局それも真実かどうかも分からない様な話なんだよね。」

 

「…」

 

 ペイラー曰くブレイカーが現れたと言う話はあれど、結局本当に居たのかも分からないらしい。実際には居たがすぐに死んだのか、あるいはまだ生きているのか、様々な憶測や噂程度の情報しかないような存在らしい。

 

「…ただ、適合率が100%に近づき、さらにはそれをも超えると言うことは、それだけ使用者がアラガミに近付いているとも言える。ユウキ君のアラガミ化が早まった事にも影響しているかもしれないね。」

 

「…」

 

 神機との適合率が高いとも言うことはそれだけ使用者がアラガミに近い存在と言えるだろう。ユウキは普段の生活の中でもかなり危ない橋を渡っている状態であることに今さらながら気が付いて言葉を失っていた。

 

「…1度に話したせいで少々混乱しているかもしれないけど次で最後だ。例のヴァジュラについては、残念ながらサンプルの回収が出来なかったため、予測でしかないんだけど…あれは恐らくノヴァの残滓を取り込んで進化した変種と考えられる。」

 

 だがペイラーはユウキが黙り込んだのは1度に多くの事を話したせいで整理が追い付いていないのだろうと思い、もう少しだけ頑張って聞いて欲しい旨を伝えて、最後に特異なヴァジュラの事を説明していく。

 

「…ノヴァの残滓の影響を受けたアラガミとはまた違うみたいな言い方ですね。」

 

「その通り。今までに現れたのはノヴァの残滓の影響を受けた通常のオラクル細胞が特異なコアを作り出し、禁忌種の様に強力な力を持った新たな個体…それからノヴァの残滓そのものがコアを生成して歩く終末捕食と化した第二のノヴァ…そして今回のヴァジュラはそのどちらにも当てはまらない新個体…既に存在しているヴァジュラがノヴァの残滓を取り込み、進化したアラガミと言えるだろうね。」

 

「だからアルダ・ノーヴァと似通った特徴がある…と?攻撃以外の時は異様に硬かったり、喋ったり、知能を持っていたのは…ノヴァの残滓を取り込んだからと?」

 

「あくまでも予測だけどね。」

 

「…」

 

 サンプルがない以上、簡単な予測しか出来ないため、ペイラーの説明は非常に簡易的なものだった。今までとは別の方面でノヴァの残滓の影響を受け、アルダ・ノーヴァに近い力を持つアラガミに進化した個体…それがペイラーの回答だった。

 しかしその説明を聞いて、ユウキは何処か浮かない顔をしていた。

 

「取り敢えず報告としては以上だ。1度に全部話したから、少し混乱させてしまったかな?」

 

「あ…いや…その、ちょっとした疑問…なんですけど…」

 

「何かな?」

 

 ペイラーはユウキが浮かない顔をしていたのは1度に全部話した事による混乱だと思っていた。しかし、ユウキから返ってきた言葉はとある『疑問』だった。ペイラーとしてはユウキが今の話を理解して疑問を持ち、話のネタにしてくれるのかと思い、少し嬉しく思いながら何が聞きたいのか聞いてみる。

 

「そのヴァジュラは…倒してよかったのかなって…」

 

「…どういう意味だい?」

 

 しかしユウキの疑問を聞いた途端、ペイラーの目が薄く開いて少し威圧的な声色に変わる。

 

「あのヴァジュラは、ノヴァの残滓を取り込んだ事で特異種に進化したって言ってましたよね?」

 

「ああ、あくまで私の予測の範疇での話だがね。」

 

「もし、その予測通りだとしたら…あいつは、シオの様になれたんじゃないかって…思ったんです…」

 

「…」

 

 ユウキのゴッドイーターとしてあるまじき発言にペイラーは驚いた。

 

「仲間を…ユーリが殺されたあのとき…確かに俺は明確な殺意を持ってあいつと戦った。人を守るには…生き残るには…アラガミは倒さなければいけない…けど、こんな事をしていて…人とアラガミの共生が出来るのか…分からなくなって…」

 

 仲間を殺されてアラガミを憎んだユウキだったが、大半の人間があのときのユウキの様にアラガミを憎む者なのだろう。人々はゴッドイーターにアラガミを殺す事を期待してゴッドイーターはそんな期待に応えてアラガミを殺し続ける。世界中の人がアラガミを憎みを持ち続ける現状に、本当に共存など出来るのだろうかとユウキは疑問を持ち始めていた。

 

「俺たちは…人とアラガミが共生する世界を目指しているはず…なのに、今やっているのは、特殊なアラガミや強力なアラガミが現れると、危険だからって人の都合で殺して…もしかしたら、そんなアラガミが、シオの様になれるんじゃないかって思って…もし、その通りだったら…共生の可能性を潰しているのは俺達の方じゃないのかなって…こんなやり方で…人とアラガミが共存出来るのかなって…」

 

 少なくも今回倒したヴァジュラには、他のアラガミとは違い言語を理解している節があった。この戦闘の少し前に、シオの事を思い出した事もあり、ユウキは喋る=知性がある、あるいは知性に目覚め、特殊なアラガミとして進化する可能性があるのではないかと考えていた。

 そんな特殊なアラガミこそが人との共生に必要なのではないかと考える様になり、ユウキはアラガミと戦う事自体にも疑問を持っているようだった。

 

「ごめんなさい…変な事言って…」

 

 最後に『部屋に戻ります…』と言うと、ユウキはベッドから下りてペイラーの横を抜けて扉に向かって歩く。

 

「ユウキ君…君がさっきも言った通り、人間とアラガミの共存を実現するにはまず我々が生き残らなければならない。そのためにも戦う事は必要な事なんだ。確かに間違っているのかも知れない。けどそのために人々が殺されるのを黙って見ている訳にもいかないだろう?」

 

「…失礼しました…」

 

 ペイラーの言うことはもっともだ。アラガミとの共生を目指しているとは言え、それでアラガミを倒す事を戸惑っていては周りの人間に被害が及ぶ。ペイラーの正論と自身の疑問の間で葛藤しつつも、ユウキはラボラトリから出ていった。

 

(…ユウキ君は…アラガミをただの敵としてではなく、『命を持つ一個体』として見始めているようだけど…このままでは…)

 

 ペイラーはユウキの抱える疑問を垣間見た事である問題点が浮かんだ。そのせいで、ペイラー自身の表情も浮かないものになっていた。

 

「…非常にマズイね…」

 

 矛盾を抱えたまま神機使いとして戦っていけば、いつか精神が壊れてしまう。自身の考えで答えを出せない現状ではどうしようもないが、今後の戦闘に支障が出るならユウキを戦場に出すべきではないかも知れない。そんな事を考えながら、ペイラーはユウキが居た場所を見つめていた。

 

 

 -神機保管庫-

 

 部屋に戻るとは言ったが、神機を破損させていた事が気になり、ユウキは神機保管庫に足を運ぶ。そこにはユウキの神機の前で作業をしているリッカがいた。

 

「…リッカ?」

 

「やぁ…またやったみたいだね。」

 

 ユウキがリッカを呼ぶ。呼ばれたリッカは振り返ってユウキを見る。その表情は少し呆れたと言いたげな顔をしていた。

 

「もう皆から色々言われてると思うから…私からは何も言わないでおくよ。けど、もう…本当に2度とこんな事しないで。」

 

「…うん…」

 

 今までにも散々言われた様に今回も注意された。だがこの男にはもう何を言っても無茶は止めないのだろうと結論が出たのだろうか、他の者とは違いあまり強くは言われなかった。

 

「…アネットとフェデリコ…どうだった?」

 

「アネットは…泣いてた。それをフェデリコがなんとか落ち着かせてたけど…2人共かなりショックを受けたみたい。」

 

「…そうか…」

 

 同じ日に配属されたアネットとフェデリコ、2人はユーリと仲が良かったため、ショックを受けていたようだ。

 その事を聞いて、『もしユーリを助けられたら、アネットやフェデリコも悲しませなかったのだろうか』と考えていると、不意にリッカがユウキに声をかける。

 

「…自分のせいだなんて思わないでね?仕方のない事だってあるんだから…全部抱えて無理するくらいなら、潰れる前に吐き出して。私で良かったら話相手になるから。」

 

「…うん…」

 

 『仕方のないこと』…自分じゃどうしようもないことだとしても、その場に居たのはユウキを始めとした第一部隊だ。ならば自分達で何とかしないといけなかった。それなのにどうにも出来ず、大勢の人を死なせた事に対して申し訳なさと後悔、そして戦う事に対する疑問も感じて、ユウキ自身の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 だが『こんな意味不明な事を話したらリッカに迷惑をかけるのでは?』と考えてしまい、結局ユウキはリッカに話すことはしなかった。

 そしてしばらく沈黙した後、何か話そうと思ってユウキの神機を見ると、隣にあるものが目に入る。

 

「…ユーリの神機…どうなるんだ?」

 

 アリサのものとは色違いで蒼い色のユーリ神機だった。

 

「本当なら昨日遺体と一緒にロシア支部に送られるはずだったんだけど…ユウとの適合率が60%を超えて安定起動が出来るようになったから、このまま極東支部で管理するって。多分このままユウが使っていく事になると思う。」

 

「俺が使って良いの…?」

 

「一応は適合しているから…使えるはずだよ。色々と調べたら、神機を2つ同時に使っても大丈夫みたいだし、使わないのは勿体ないってさ。けど、不思議なんだよね。ユーリの神機…最初は適合してなかったのに、今は扱える様になってるし、ユウが使ってた神機も適合率が大幅に上がってる。まるで神機側がユウに合わせたみたい…」

 

 リッカ曰く、適合しているからこのままユウキが使っていく予定らしい。しかも適合率の変化を見る限り、神機側がユウキに合わせた様な変動のしかたらしく、リッカは不思議がっていた。

 リッカの考察を聞くと、ユウキは右手を自身の神機、左手をユーリの神機のコアに添えて声をかける。

 

「そう…なのか?もしかして…俺を助けるために…俺に合わせてくれたのか?」

 

 恐る恐る聞いてみる。すると、ユーリの神機のコアは一瞬力強く輝き、ユウキの神機は弱々しく淡い光を放つ。

 ユウキもリッカも返事をするように神機のコアが光った事に驚いた。だがユウキは神機=神機使いと言われているブレイカーであるにも関わらず、何故神機がここまでしてくれるのか、自身に何を求めているのかが分からず、モヤモヤした感覚を覚えた。

 

「…リッカ…元々の俺の神機は…どうなっている?」

 

「神蝕剣タキリを折った時と一緒だね。刀身が折れた時に休止状態になっていたからなのか、神機には大きなダメージはないみたい。」

 

 ユウキが破損した神機の状況を聞く。どうやら以前あった破損と同じ様な状況らしく、神機本体へのダメージは少ないらしい。それを聞いたユウキは取り敢えず一安心した。

 

「刀身は?修復ついでに強化する事は…」

 

「それは無理だよ。刀身はカタログ上最終段階まで強化しちゃってるし、その上切っ先も握り潰されてて、修復も出来ない…これなら新しく作った方が早いと思う。」

 

(…新しく作る…)

 

 リッカが言うには以前と同じように直すことも強化も出来ないらしい。なので、新しく全く同じものを作る事を提案されたが、ユウキは何かが引っ掛かっていた。それが何なのか、同じものを作った事でどうなるかを考える。

 

(同じものを作ってどうする?この先あのヴァジュラみたいなのが現れたら…この度に神機を壊す事になる…このままじゃまた同じことを繰り返す。どうにかして次の段階に強化しないと…)

 

  『ダイジナモノヲウシナウヨ?』

 

 突然背後から声が聞こえた気がしてユウキは勢いよく振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。

 

「わっ?!えっ?!な、なに?!」

 

 いきなりユウキが勢いよく後ろを見たことで、何があったのかとリッカが驚く。

 

「…リッカ、タキリの時みたいに何か素材があれば火刀を直せる?」

 

「え?う~ん…まあ、形だけなら…ただ性能面はもしかしたら今までのものと比べるも劣るかも。そもそもこれ以上強化しようのないものに余計なものを混ぜ混むから、今までのようには使えない可能性もある。それでもって言うなら、やってみる価値はあるけど…」

 

 直せない事もないがもしかしたら劣化する可能性があるそうだ。ただ直すだけなら可能ではあるらしい。これを聞いた時ユウキの頭にある方法が浮かんだ。

 

「何か使ってみたい素材でもあるの?」

 

「雷刀だ。」

 

「なるほど。それじゃあ早速…って雷刀?!刀身を素材にして刀身を作れって言うの?!」

 

 ユウキが提案したのは素材ではなく装備そのものだった。予想を超えた提案にリッカは思わず声をあげる。

 

「どちらかと言うと混ぜ合わせるって言った方が正しいかな?」

 

「いや、言い回しとかの問題じゃなくて…て言うか正気?前例が無さすぎるよ!!」

 

「…俺も何か確証がある訳じゃない。完全に思いつきだ。どう?やれそう?」

 

「やれそうって聞かれても…さっきも言ったけど前例がないからなんとも…」

 

 ユウキが確認するも前例が無いため、どうにもハッキリした答えが返ってこない。

 

「…やっぱり無理か…」

 

「誰が無理なんて言った?」

 

「え?」

 

 ハッキリとした返事が来ない事を無理だと思い、その事を無意識に呟くとリッカの技術者としてのプライドを刺激したようだ。

 

「私はなんとも言えないって言ったんだよ?決して無理なんて言ってないんだよね。」

 

 不意にリッカのプライドを刺激したことで少し怒った様な声色になる。

 

「技術者の意地を見せてあげる!!ほら、ユーリの神機もユウ用に調整しなきゃいけないんだから!!早く打ち合わせするよ!!」

 

 そう言ってリッカはユウキの手を取り、一緒に技術部用の会議室に入って行った。

 

To be continued




後書き
 ただの説明回だと言うのに無駄に長くなってしまいました…
 また他人の神機を使ってユウキ逆ギレ…う~む、何かただの酷いやつになっちゃいましたかね?ただそんなユウキも悪夢に悩まされたり、ユーリの母親からボロクソに言われたり、アラガミ化が再度進行していたり、神機が壊れたりと散々な目にあっていますが…
 そして喋るアラガミ=シオの様になれると考えてしまい、戦う事自体に疑問を持ったため、そのせいで今後色々とやらかします。
 この後はオリ設定の『ブレイカー』、『ブレイクアーツ』、『属性解放』の説明です。



ブレイカー
 神機との適合率が100%を超えた者の総称。通常、神機使いと神機の適合率はそれぞれ別の個体、人体細胞とオラクル細胞との違いもあり、どうあっても100%にはならない。しかし過去にはこのブレイカーが現れたと言う話もあったのだが、結局真実なのかも分からない都市伝説レベルの存在。

ブレイクアーツ
 ブレイカーが使える神機をより自由に、高度に扱う事の出来る力。ブレイカーは神機との適合率が100%を超えているため、神機を自分の身体以上に自由に扱えることによる副産物とされている。炎や雷等様々なもの、状態を再現出来るオラクルの塊である神機でこのブレイクアーツを使用すると、使用者のイメージをそのまま反映させる事も理論上は可能とされている。

属性解放
 ブレイクアーツの一種。神機に装備した近接武器の物理的な攻撃能力を捨てる代わりに付加属性の攻撃力を大幅にあげる技。異様に硬い敵に有効。(ゲーム的には物理攻撃力が0なので、クリティカルは一切出ないが攻撃の通りは平均以上になる。)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission75 双竜乱舞

今回はバースト時代のDLC『鬼さんこちら』を元にした強化ハンニバル2種が同時に現れる任務です。


 -訓練室-

 

 ユウキが目覚めた翌日、リッカが神機の調整を終わらせた後、訓練室にて神機の試運転も兼ねた模擬戦を行っている。

 今はあくまで試運転のため、少数の大型、中型種との戦闘をしている。右手には今まで使っていた神機に強化した護人刀神討を装備、左手にはユーリが使っていた神機をユウキ用に調整したものをそのままの状態で使って、ユウキが大型、中型種と戦闘している。

 そしてその様子をリッカが管制室から神機の状態を見ながら観察していた。

 

「うん、ここまでは何ともなさそう。」

 

 模擬戦用のヴァジュラをユウキが斬り捨てるのを見ながら、2つの神機から送られてくる様々な数値やグラフを読み取りながらボソッと呟く。

 

(…ここからパターンを変えてみようかな?)

 

 ユウキが順調に訓練用のアラガミを倒すところを見たリッカが、心の内で次の別の戦闘パターンでのデータを集めようと考えると、操作盤のスイッチを押していく。

 その頃、ユウキは飛びかかってきたコンゴウの下を潜り抜けると右に回転する。そして振り向き様に右手の神機を振り抜く。まだ空中に居たコンゴウの両足を斬るが、足の厚み半分程の傷がついた程度の傷だったので、今度は身体ごと回転させて左手の神機で同じ場所を斬り裂く。

 

(…神機が2つに増えた事で広範囲をカバー出来る様にはなったけど…一撃の威力は落ちた様な気がする…片手で扱うせいか?)

 

 両足を斬り落とされたコンゴウは着地に失敗して、ユウキに背中を見せた状態で近くに倒れる。その様子を見たユウキは神機の攻撃能力が落ちている様に感じる。今までは両手で振るっていた神機を片手で振るとなると、1つの神機にかけることのできる力はこれまでの半分と言う事になる。

 

(筋トレするか…)

 

 攻撃能力の落ちは結局のところ、腕力不足が原因と考えた。解決策は筋トレしかないだろうとして、今後は『筋力を倍に上げるか』軽く考えていると、その間に摺り足でユウキに近付いてきたシユウが手刀を振り下ろそうと構えていた。

 

「チッ!!」

 

 ユウキは身体を回転させた勢いのまま右手の神機を振る。シユウの翼手に神機が半分食い込んだ状態で、手刀を止める。するとユウキは食い込んだ神機を軸にして上へ跳び、シユウの頭の高さと程まで跳び上がる。

 そして左足でシユウの頭に蹴りを入れて怯ませると、蹴った自身の足に添うような軌道で左手の神機でシユウの頭を斬り飛ばす。

 シユウが視覚を失った隙に右腕の神機からインパルスエッジを発射する。その勢いで右手の神機が翼手を斬り落とし、シユウが再び怯んだ隙にユウキが少し離れた位置に着地する。そしてユウキは一気に距離を詰めると外から内への軌道で両手の神機を振ってシユウを両断すると、再度踏み込んで今度は内から外に向かう軌道で倒れていたコンゴウを斬り捨てる。

 

(オウガテイルにザイゴート…)

 

 シユウとコンゴウを倒したところで、離れた場所にオウガテイル、ザイゴートがそれぞれ2体現れた。出現するとすぐに全員がユウキに向かってくる。

 ユウキも距離を詰めながら両手の神機を銃形態に変形して、遅れているオウガテイル2体に銃口を向ける。

 

(ッ!?)

 

 しかし、銃形態に変形してからすぐに違和感に気が付く。銃形態は本来『両手』で持って使う事を前提にした形状をしている。つまり片手では持つことは出来ても照準を合わせる事は出来ないのだ。

 

  『『バンッ!!』』

 

 発砲音と共に2つの神機から狙撃弾が射たれるが、どちらもオウガテイルを捉える事なく空を切っていった。

 

「チッ!!」

 

 今のままの銃形態では狙いもまともにつけられない事に舌打ちをすると、ユウキは両手の神機を剣形態に変形して、接近してくるザイゴートに向かっていく。

 まずは先に接近してくる右側のザイゴートを跳び上がりながら上から下へと縦に斬り捨てると、今度は左側から大口を開けて迫ってきたザイゴートを左手の神機を外から内に振ってこれまた横方向に両断する。

 残ったオウガテイルが右前と左前から迫ってくる中、ユウキは空中で左手の神機を投擲する。投げられた神機は左側のオウガテイルに突き刺さって怯ませる。

 その間にユウキは右手の神機を両手で握り直し、着地と同時に右側のオウガテイルとの距離を一気に詰める。そして間合いに入ると袈裟斬りを繰り出してオウガテイルを斬り倒すと、神機が刺さったままのオウガテイルが体勢を立て直す前に敵との距離を詰める。そして刺さった神機に左手で手をかけると、勢い良く外に神機を振って最後のオウガテイルを倒した。

 

『オッケー、テスト終了。1度会議室に集まろう。』

 

 -会議室-

 

 試運転が終わり、会議室に来たユウキとリッカは試運転中に得られたデータを見ながら神機の強化プランを話していく。

 

「さて…一通り試運転してみたけど、一番大きな問題点は…」

 

「…銃形態がまともに使えないってところだな。」

 

 リッカとユウキが共通した問題点として、銃形態を使用したときの不具合が挙げられた。

 

「そうなんだよね。私も神機を2つ使う事ばかりに気を取られてて…こんな初歩的な不都合に気が付かなかったなんてなぁ…」

 

「銃形態は両手持ちすることを前提にグリップが配置されてるし…いっそのこと銃形態を封印してしまうか…」

 

 神機を2つ使うと両手が塞がるため、両手持ちを前提とした銃形態はかなり扱い難くなる。幸いこの不具合は銃形態の時のみであるため、銃形態そのものを封印してしまえば、問題の解決にはなってないが、取り敢えず大きな不具合と呼べるものはなくなると言うのがユウキの考えだった。

 

「それじゃあ新型のコンセプトから離れちゃう。新型から銃形態を取ったら出来る事が半分以下になっちゃうし、何より戦闘で咄嗟に出てくる動きや考えってのは今までの様な銃形態も使用したものだと思うし…どうにかして銃形態を使い続けたいんだけど…これがまた難しいんだよねぇ。」

 

「う~ん…どうしよう…」

 

 しかしリッカの考え方あくまでも銃形態を使う事も可能にした上での改修をすると言うものだった。これまで培ってきた経験や戦い方は銃形態ありきのものだ。強力なアラガミが出現し続けている状況で、慣れきってしまった戦い方を急に変えるのは危険だ。そのためどうにかして銃形態を使えるようにするべきだと言うのがリッカの意見を聞いたユウキが、どうにか打開策は無いものかと首を捻る。

 

「プランはいくつか考えてあるんだけど…あまり現実的じゃないものばかりだね。一番簡単なのは銃の様なグリップを追加する方法なんだけど、これじゃぁ片手持ちで持ち直さなきゃいけないんだよね。」

 

「戦場じゃそんな余裕が無い場面が多いし…咄嗟に銃形態を使えないのもな…何とかして持ち変え無しで使えないものか…」

 

 リッカが提示した最も簡単な解決策は、銃形態用のグリップを新しく付けて、拳銃の様に保持しようと言うものだった。しかし両手が塞がっている中、別のグリップに持ち変えるのはほぼ不可能な上、変形の際に握り直して万が一にでも落としたらそれこそ大きな隙になる。どうやら持ち変える必要がある方法は採用出来そうにはない。

 

「そうなってくると変形機構そのものに手を入れるとかって話になるけど、神機の基本構造から改造する必要があるんだよね。」

 

「変形機構って改造出来るの?」

 

 次にリッカが提案したのは神機の変形機構そのものの改造だったが、ユウキはそんな事が出来るとは思わなかったため聞き返す。

 

「ある程度ならね。実際ポール型神機への改修とかもあるし。ただ個人的にはあまりオススメしない。小さな変更ならともかく、大きく変えてしまうとまた神機の学習に時間がかかるし、上がった適合率にも影響あるかも知れないから…」

 

「じゃあ、今の神機の持ち手を銃形態の時に折ったら、銃の様な持ち方が出来るんじゃ…?」

 

 神機の変形を多少は弄れると聞くと、ユウキは今付いている持ち手を銃形態に変形するときに折ってしまえばいいと言う。

 

「それはダメ。と言うか、ユウの場合やっちゃいけない。」

 

「え…?何でさ?」

 

「君の腕力、神機の武装を破壊するような力を出せるんだよ?そんなので中折れ式のグリップなんて使ったら衝撃で神機が根元から折れちゃうよ。そうなったら修復不可能…2度とその神機は使えなくなる。」

 

「あぁ…そうか。強度がかなり落ちるんじゃ実戦に使えなくなりそうだし…どうしようか…?」

 

 ユウキの提案は恐らく誰もがまず最初に思い付く変形方法だろうが、リッカはその案をバッサリと切り捨てる。

 と言うのもユウキは過去に自身の腕力で神機の装備を破壊したことがある。そんな力で芯が通ってない武器を振るっても、強度が足りずにそこから折れるのが落ちだろう。

 良い案だと思ったが、結局強度不足と言うことで廃案…改善案が出ないまま振り出しに戻る事となった。

 

 -1時間後-

 

「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"…ダメだ。何も思いつかない…」

 

「何とか早めに改修したいけど…どうするかを思いつかないとなぁ…」

 

 かれこれ1時間程、あーでもないこーでもないと2人で頭を抱えていたが、集中力が切れてきたのか、ユウキはぐったりと机に突っ伏し、リッカも椅子の背もたれに思いっきり背中を預けて脱力していた。

 

「刀身の改造の事もあるし…もうこれ以上時間をかける訳にもいかないか…」

 

「そうだね。今回は一旦終わろう。あとは気になる事ある?」

 

 以前破壊した刀身の修繕、強化もまだ手付かずの状態だ。今までとは違う強化の仕方であるため、強化方法を早く確立させる必要もある。いつまでも解決策の見付からない問題に集中している余裕は無いのも事実だ。

 

「剣形態なんだけど、今まで両手で振ってた神機を片手で扱うからか、一撃の威力が落ちた気がする。神機のグリップ同士を接続して1本にして両手持ちにしたりって出来ないかな?」

 

「その程度なら大した事はないね。やろうと思えばすぐに出来る。」

 

「ならそこは任せるよ。それから、刀身の改造…何か必要なものってある?」

 

 ユウキが戦闘中に2つの神機を1つに繋げる事が出来る方が良いと言う。少しばかり手間はかかるが、大した作業でもないため、任せるようにリッカが言う。

 

「うーん、まだなんとも…一応方法は考え付いたから、これからダミー品で試験する。要るものがあればその後に言うよ。」

 

「分かった。変形機構はこっちでも何か考えてみる。」

 

 刀身の強化は何かやり方を思い付いたらしい。リッカが試験の後に必要なものを伝える。今は待つしかないようなので、ユウキはその事を了承すると、変形については自分でも考えてみると言って椅子から立ち上がる。

 

「了解。刀身の方は上手くいけば数日中には完成すると思うから、その時は試運転するから必ず来てね。」

 

「うん。それじゃあ。」

 

 最後に刀身の試運転には必ず来るように言われて、ユウキは会議室を出ていった。

 

 -翌日-

 

 ツバキから召集を受けた昼過ぎに、ユウキを除いた第一部隊はエントランスに集まっていた。そんな状態でしばらく雑談をしていると、ユウキがエレベーターから降りてきて、第一部隊の元にやって来た。

 

「あ、ユウ…」

 

「よ、よう。珍しいよな?ユウが一番最後って…」

 

 前回の逆ギレが凄まじかったのか、アリサとコウタがユウキに気が付くと若干よそよそしい態度で話しかける。

 リンドウ、サクヤはいつもと変わらない様子で普通に話しかけてきた。そしてソーマは考え事でもしているのか、気付いている様子もなく特に何も言わなかった。

 

「あ、あの…」

 

  少しの間沈黙が走ったが、おずおずとおずおずとユウキが話しかける。

 

「えと…その、この前の事…ごめんなさい。」

 

 ユウキが頭を下げて前回怒鳴り散らした事、他人の神機を使ったことを謝る。

 

「アリサが言ってた様に…どんな状況であっても他人の神機を使ったのは悪手だった。アイツの動き自体は見切れていた以上、どうにかして逃げる手を考えるのが得策だったのに、俺は戦って倒す事に固執した…何を言われても、俺の判断ミスだったのに、皆に八つ当たりしまった…ごめんなさい…」

 

 ユウキが頭を下げたまま話していく。

 

「いいって、気にすんなよ。」

 

「そうよ。色んな事が一辺に起こって頭を整理仕切れなかったんでしょ?」

 

「ま、生きてりゃそんな事もあるさ。そんなに気負うなよ。な?」

 

 コウタ、リンドウ、サクヤは特に気にした様子もなく、いつもと変わらない様子で気にするなと言ってた。

 

「…まぁ、そうだな。」

 

 そしてソーマが少し遅れて賛同する。しかしついさっきまで考え事をしていたせいで上の空だったのか、何処かハッキリしない口調だった。

 

「あの、私の方こそごめんなさい。博士から聞きました。事後処理で…ユーリのご両親から色々言われたって…そんな時に、私もキツいことを言ってしまいました…ごめんなさい。」

 

「ううん、あれはアリサが正しいよ。あの時にも言ってたけど、動けなくなる可能性の方が高かったんだから、やっぱりあれは悪手だったと思う。」

 

「でも…」

 

 恐らくペイラからの助け船だったのだろう、ユウキがユーリの両親にボロクソに言われた事はどうやらアリサ達にも伝わっていた様だ。

 流石にそんな事があった後に色々と言われたらとな虫の居所が悪いのも無理はないと思い、アリサはキツく言ったことをユウキに謝る。

 しかしユウキが怒られる事になったのは、他人の神機を使った事が大元の原因であり悪いのは自分だと言ってアリサ達に謝

 結果、謝罪の無限ループが発生したが、リンドウがユウキとアリサの間に割って入る。

 

「まぁまぁまぁまぁ、このまま謝り倒しても埒が明かないのは目に見えてんだからよ。お互い今まで通りに接するて事で手打ちにしよう…な?」

 

「…はい。」

 

「分かりました。」

 

 何時かと同じように、互いを許すなら今まで通りに接しようとリンドウが言うと、ユウキもアリサも落としどころとして納得した。

 

「話は終わったか?」

 

「ツバキさん?!」

 

 いつの間にかいつものボードではなくタブレットを持ったツバキがユウキの後ろに立っていた。

 『いつからそこに?!』とユウキは驚いた様子だったが、ユウキが謝罪し始めた頃にはもうエントランスには来ていた。ただエレベーターから降りたところで気が付いたので、リンドウ達には見えていて、ユウキには見えない位置で待っていたのだった。

 

「ユウキ、何度も言うが、今後このような事はするなよ?」

 

「は、はい…すいませんでした。」

 

 話の内容は聞こえていたのか、ツバキが目を鋭くして強い口調でユウキに厳重に注意する。プレッシャーに圧されたユウキが冷や汗を流しながら応えると、ツバキは任務の話を始める。

 

「さて、ブリーフィングを始めるぞ。本日の任務は、旧地下鉄に大量発生したコクーンメイデンの討伐だ。」

 

「コ、コクーンメイデン…?何だってそんなのを俺達が…?」

 

「ただのコクーンメイデンじゃない…ってことだろ?」

 

 まさかの討伐対象にコウタが驚きに不満が混ざった声を上げる。通常コクーンメイデン討伐は現場の空気に慣れさせる訓練も兼ねて新人達に回されるもだ。それをベテランや極東支部のトップクラスの神機使いが集う第一部隊に回される事などまずあり得ない。

 ならばこのコクーンメイデンが第一部隊が討伐するに値する敵となっている特殊な個体なのだろうとソーマは予想し、周りに気を引き締める様に促す。

 

「その通りだ。現在、このコクーンメイデンはこれまでとは違うオラクル反応を示している。その影響か分からないが、周囲のアラガミが旧地下鉄に集まりつつある。」

 

 件のコクーンメイデンに引き寄せられる様に周囲のアラガミが依ってきているらしい。ツバキはその事を伝えるとタブレットを操作して旧地下鉄周辺の地図を表示するとそれをユウキ達にも見せる。

 

「この旧地下鉄に向かっているアラガミ群は2つ…まず最初に接触するのは小型種で形成される小さな一団だろう。」

 

 旧地下鉄を中心に表示された地図を見ると、確かに地下鉄の東側に小さな三角で示されたアラガミの一団とその更に外側から囲うように細い円形で示された一団がある。

 

「そしてその後に接触するのは、旧地下鉄を包囲するように近づいて来る大きな団体だ。以前のヴァジュラの様な例もある。後から接触するアラガミ群とのとの戦闘を避けるため、任務時間は30分とする。」

 

「30分…」

 

「短いですね。」

 

「今回の任務では第一部隊を戦闘、調査を行う1班と退路の確保、防衛をする2班の計2班に分ける。」

 

 先日のヴァジュラの様な強力に進化した個体もこの大きな一団の中に居る可能性もある。この大多数を相手にしながら特異に進化したアラガミと鉢合わせようものなら、間違いなくあの世行きとなる。それを防ぐ為にもツバキは任務時間の制限を設けたのだ。

 

「旧地下鉄の周辺にアラガミが展開している以上、ヘリによる上空からの侵入となる。1班はそのまま地下街へ調査に向かい2班はヘリの防衛と地下街へのアラガミの侵入を阻止する。班員編成はユウキ、お前に一任する。」

 

「分かりました。」

 

 既に作戦領域が方位されかけているため、第一部隊を現地調査と退路確保に分ける必要がある。ツバキはその班員構成をユウキの判断に任せるとタブレットをしまった。

 

「ブリーフィングは以上だ。何か質問は?」

 

 沈黙が返ってきた。誰も作戦に意義や質問は無いとし、ツバキはブリーフィングを終わらせる。

 

「よろしい。今回の任務はノヴァの残滓や第二のノヴァからの影響について詳し知る事が出来る可能性もある。必ずサンプルを回収するように。以上だ」

 

 -煉獄の地下街-

 

 ブリーフィングの後、現地調査の1班をユウキ、リンドウ、サクヤとし、退路確保のた2班をソーマ、アリサ、コウタで振り分けた後、ユウキは右に持つ神機に強化しておいた『護人刀神討』、左に持つ神機はクレメンサーから変更しないで作戦領域へと向かった。

 実際に現地でコクーンメイデンと戦ったまでは良かったが、特に変わった様子もなくすぐに任務は終わり、待機ポイント付近まで移動してきた。

 

「あっけないわね…本当に特異な反応を出していたのかしら?」

 

「戦った感じだと、普通のコクーンメイデンと変わらない気がするんですけどね…」

 

 サクヤとユウキが口々に何の変哲もないコクーンメイデンだったと言っている。

 

「…」

 

 しかしリンドウはそれらに応える事はなく、別の事が気になっていた。

 

(ユウのヤツ…どうしたんだ…?)

 

 リンドウは先のコクーンメイデンとの戦闘で、ユウキの戦い方に違和感を感じていた。と言うのも、いつもなら前線に出るユウキが徹底してサポートに回っていたからだ。

 特にリンクバーストのための捕食も、コクーンメイデンの身体の隅の方を捕食していたりと、まるで殺さない様に気を使っているようだった。

 

「なあユウ、お前…」

 

 意を決したリンドウが先の妙な戦い方は何だったのかを聞こうとする。しかし…

 

『皆さん!!緊急事態です!!』

 

 ヒバリからの通信に阻まれた。

 

「ヒバリさん?!一体何が?!」

 

『今、高速でそちらに接近するアラガミ反応を2つ確認しました!!こちら…ら…地上な………下……か…分か………ので、1班2…共…警…し……だ…い!!』

 

 コクーンメイデンが居たせいか、通信にジャミングがかかり、次第に通信のノイズが酷くなってくる。

 

  『ガァァァアン!!』

 

 通信の内容がまともに聞こえず何なのかと思っていると、突然地下街の壁を破壊してハンニバルが現れた。

 

「ッ!!」

 

 そしてハンニバルはそのままの勢いで鋭い爪でユウキに切りかかる。どうにか左手の神機の装甲を展開して攻撃を防ぐが、装甲を大きく抉った傷を作りつつユウキを吹っ飛ばす。

 

「コイッ…ツッ!!」

 

 ユウキは吹っ飛ばされて大きく後ろに後退しながらも何とか踏みとどまる。

 

「ユウ!!後ろ!!」

 

 しかしサクヤの声でユウキは後ろを向く。すると今度はハンニバル侵食種が殴りかかる。

 

「グッ!!」

 

 今度は右の神機の装甲を展開して防ぐが、殴られた事で装甲が凹み、その威力を示す様にユウキは弾丸の様な勢いで殴り飛ばされる。飛ばされたユウキは壁を砕きながら叩き付けられる。

 

「ケハッ!!」

 

 叩き付けられたユウキは一瞬意識を飛ばされながら肺の空気を吐き出す。

 

(なん…つう威力だよ…)

 

 飛びかけた意識の中で異様な威力に驚きつつ、内心この状況に危機感を覚える。

 

「ハッ!!」

 

「こっちよ!!」

 

 リンドウがユウキの間に入ってハンニバル侵食種と戦闘に入り、サクヤは離れた位置からハンニバルの注意を引く。

 

「ユウ?!大丈夫?!」

 

「はい!!」

 

 サクヤの呼び掛けでユウキの意識がハッキリした。装甲を閉じるとハンニバル侵食種をリンドウに任せてその脇を抜ける。そしてサクヤが気を引いているハンニバルに向かっていく。

 

「ゼアッ!!」

 

 右の神機を振り下ろし、装備された護人刀神討がハンニバルの左手に装備されている籠手を捉え、刀身が食い込んだ。

 

(チッ!!攻撃は通るけど片手じゃ威力が…!!)

 

 この攻撃で防御性能はほぼ原種と変わらない事は分かったが、まだ二刀流に慣れておらず、片手持ちでは両手持ちの時と比べて一撃が軽い事に心の内で舌打ちをする。

 

  『ブンッ!!』

 

「うわっ!!」

 

 最後まで斬れないと分かった瞬間、ハンニバルは左腕を外側に振り、ユウキを振り払う。ただ刀身が食い込んだだけの神機を握ったユウキはそのまま投げ飛ばされる。

 

「グッ!!」

 

 投げ飛ばされつつも体勢を立て直し、左腕のクレメンサーを地面に突き刺して、左肩を痛めながらも壁にぶつかる前に急ブレーキをかける。

 

  『グォォォオッ!!』

 

 ハンニバルが両手に炎で剣を作り、雄叫びを上げながらユウキに接近する。

 

「させない!!」

 

 サクヤがハンニバルの後ろから狙撃弾を射つ。しかしハンニバルは左に回転しつつ左手の炎の剣で狙撃弾を焼き切り、右の炎の剣でユウキに斬りかかる。

 ユウキは後ろに跳んで躱す。だが躱した先にハンニバル侵食種が飛びかかる。

 

「当たれッ!!」

 

 今度はリンドウがオラクル弾を放つ。最初の1発がハンニバル侵食種の眼前に飛んできたので、ハンニバル侵食種は空中で身体を捻って向きを変える。そして黒炎の輪をリンドウに向かって放ち、尻尾をユウキに叩き付ける。しかしその間のリンドウの射撃は明後日の方向に向かってくものばかりだった。

 

「リンドウさん!!ちゃんと狙ってください!!」

 

「無理言うな!!銃なんて2、3回しか使った事ないんだからよ!!」

 

「にしたって下手すぎですよ!!」

 

 リンドウとユウキは罵り合いながらハンニバル侵食種の尻尾をジャンプで躱す。跳んでいるユウキを狙ってハンニバルが拳を構えるが、サクヤの狙撃弾を放った事を察知すると、左に回転して裏拳を放ちながら籠手で狙撃弾を弾いた。

 

「捕食する!!」

 

 ユウキは身体を捻って勢いよく身体に回転を加え、両手の神機から捕食口『弐式』を空中で展開してハンニバルの右腕、ハンニバル侵食種の尻尾を捕食してバーストする。

 

  『『『ドクンッ!!』』』

 

(ッ?!?!)

 

 しかしバーストした瞬間、両手の神機だけでなく自身の内側で『何か』が脈打つのを感じつつ、いつものバースト以上に力が溢れる感覚を覚えてユウキは驚く。

 そして捕食された事で2体が怯んだ隙に着地し、もう1度身体を回転させてハンニバルに向かって左手の神機を振り上げる。

 

(…)

 

 ユウキはその瞬間にハンニバルを真っ二つに斬り裂く様を鮮明に想像する。

 

  『グォォォオッ!!』

 

(ッ!?!!)

 

 しかしユウキが神機を振り下ろすよりも先にハンニバルが殴りかかる。その一瞬後にクレメンサーを振り下ろす。

 

  『ギィィィンッ!!』

 

「そんな!!」

 

「折れた…だと?!」

 

 しかし、ハンニバルの拳を斬り付けたクレメンサーは甲高い音と共に折れてしまった。

 幸いにも斬り付けた時の衝撃で拳の軌道が逸れて、ユウキの眼前を通り過ぎる。拳を振り抜いた後の腕を体勢を直しつつ右足で蹴り、ユウキはハンニバルから離れる。

 

「全員撤退!!リンドウさんとサクヤさんは先に行ってください!!」

 

 ハンニバルと距離を取りつつ着地すると、ハンニバル侵食種が爪を立ててユウキに突っ込んでくる。それをハンニバル侵食種の股下に飛び込んで避けつつも、このハンニバル達の異常な攻撃力を前にして、今の自分達じゃ敵わないと判断して撤退の指示を出す。

 

「ユウ?!何言ってるの?!」

 

 かつてリンドウを置いていった時の状況と似ていたため、思わずサクヤは止めようとする。

 

「…信じて良いんだな?」

 

「リンドウ?!」

 

 対してリンドウは撤退指示に従うつもりのようだ。サクヤは正気かとでも聞きたそうな表情でリンドウを見る。

 

「大丈夫です!!考えはあります!!」

 

 ハンニバル侵食種の股下を抜けると、右回転しながら護人刀神討でハンニバル侵食種の左足を斬りながらユウキが応える。

 ユウキとて死ぬ気はない。かといってこのまま放置して帰ればハンニバル達がここを抜け出して外部居住区等に攻めてきたら対処のしようがない。

 最低限動きを止めて外部居住区に侵攻するまでの時間を稼ぐ必要がある。そのためにはハンニバル達がターゲットとする対象が複数居ては誘導しにくいので、結局誰か1人を囮にする以外に方法は無いのだ。

 

「分かった。サクヤ!!撤退するぞ!!」

 

「…ユウ!!絶対帰って来なさい!!」

 

 リンドウとサクヤが撤退するのを確認すると、ハンニバル侵食種がリンドウ達を追って走り出す。

 

「行かせねぇ!!」

 

 右の神機でジャンプしながら斬り上げてハンニバル侵食種の頭を狙う。しかしユウキの攻撃もハンニバル侵食種が急ブレーキをかけて首を後ろに引いた事でそれを避ける。

 だがユウキは斬り上げた勢いで身体を回転させ、左手の神機の銃口をハンニバル侵食種の頭に突き付ける。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 ユウキの怒号と共に左手の神機からインパルスエッジが発射される。ユウキの神機程強化していなかったため、そこまで威力は高くはないが、ハンニバル侵食種の頭部に傷を作るには十分な威力だった。

 

「ほら!!こっちだ!!」

 

 インパルスエッジの衝撃でユウキはハンニバル侵食種から離れつつ着地した。すると今度はハンニバルが拳を作ってユウキに飛びかかる。それを後ろに跳んで避ける。そしてユウキは待機ポイントを通りすぎて地下の旧ショッピングモールに続く道を真っ直ぐに下っていく。

 逃げるユウキをハンニバル侵食種が追い、遅れてハンニバルが追いかけてくる。

 ハンニバル侵食種が立ち止まって黒炎の輪を吐き出してきたのを後ろを見て確認する。それをジャンプで避けると、今度はハンニバルが両手の爪を立てて走ってきた。ユウキは身体を捻ってハンニバルと向き合う様にすると、着地と同時に後ろに大きく跳ぶ。

 ハンニバルが両手の爪で切り裂いてきたのを躱し、また同じ道をショッピングモールを越えても走っていく。

 外したと分かると、ハンニバルは幅跳びの要領で再度前に出て、両手の爪でユウキを狙う。

 しかしユウキは大きく踏み込んで前に跳ぶ。さらに跳んだ先の壁を蹴り、方向を変えてもう1度跳ぶ。

 だがその先には道はなく溶岩となっていたが、ユウキは構わずに溶岩の上を跳び、氷柱の様に上から垂れ下がっている岩に向かっていく。そして岩に届くと右手の神機を突き刺して踏みとどまる。

 

  『グォォォオッ!!』

 

 ハンニバルが吠えながら溶岩の上を大きくジャンプして、ユウキを爪で引き裂きにかかる。それを確認したユウキは神機を引き抜いて足場にしていた岩を蹴り、向かってきたハンニバルの上を通り過ぎる。

 

「ジャラァッ!!」

 

 ユウキはハンニバルの背中まで来ると、道から遠ざかる方向に全力でハンニバルの背中を蹴った。その衝撃でユウキは陸地に、ハンニバルは溶岩に向かって跳んでいく。

 ユウキが陸に着地すると、今度はハンニバル侵食種が右手の爪で突き刺そうとしてくる。その攻撃をユウキは地面を蹴ってハンニバル侵食種の懐に飛び込んで避けると、ジャンプして両手の神機の銃口をハンニバル侵食種の胴体に突き付ける。

 

「吹っ飛べっ!!」

 

  『『バァンッ!!』』

 

 両手の神機からインパルスエッジを発射するとハンニバル侵食種が仰け反り、胴体に傷ができる。しかし溶岩に落とすには後ひと押し足りない。ならばやることは1つだ。

 

「落ちろ!!」

 

 ユウキがハンニバル侵食種の胴体を蹴り飛ばすと、ハンニバル侵食種が宙に浮いて、溶岩に向かって跳んでいく。

 ユウキは陸に着地するとハンニバル、ハンニバル侵食種共に溶岩に落ちているところを見ていた。

 

「ハア…ハア…」

 

 丁度泳げない粘度なのか、ハンニバル達は溶岩の中でバタバタともがくのだが、まるで底無し沼の様に動けば動くほどにハンニバル達は溶岩に沈んでいく。その様子をユウキは息を切らしながら見ていた。

 

「2度と這い上がって来んじゃねぇぞ…」

 

 完全にハンニバル達が溶岩に沈むのを見届けると、ユウキは捨て台詞を吐いて踵を返す。

 アラガミを溶岩で倒す事など出来はしないが、時間稼ぎ位は出来るだろう。その間に撤退と対策を済ませなければいけない。ユウキは今後どうするか考えながら待機ポイントに帰っていく。

 

(クソッ…)

 

 しかしユウキは苦虫を潰したような表情になる。このハンニバル達には勝てない。直感的にそう思い、倒すのではなく動きを止めて時間稼ぎをした。倒せないアラガミに出会い、敗走に近い状態で任務を終えた事に、ユウキは複雑な感情を覚えた。

 

To be continued




後書き
 今回は二刀流の練習と実践、神機改修、そして任務はバーストでのDLC『鬼さんこちら』を元にした話でした。ハンニバル2体に見つからずにコクーンメイデンを全て狩り尽くすのはステルスゲームみたいな特殊な任務と言った感じでドキドキしながらメイデン狩りしてましたね。
 たまにハンニバルを全て倒してからコクーンメイデンを倒したりもして、色んな楽しみ方が出来る楽しい任務でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission76 新星再臨

第二のノヴァを追う中、神機の破損に不具合が起こったユウキ…そして第二のノヴァ討伐に焦りを覚えるソーマ…2人の選択は…?


 -ラボラトリ-

 

「成る程、非常に攻撃的なハンニバルか…何にしても、君たちが無事に帰ってきてくれて本当に良かったよ。さらにはコクーンメイデンの分と共にサンプルも回収出来た上に、彼らが侵攻するまでの時間稼ぎも出来た。ここまで出来れば上出来だよ。本当にご苦労様。」

 

「いえ…」

 

 コクーンメイデンの調査任務のはずがとんでもない化け物に遭遇した後、命からがら第一部隊全員が撤退した。極東支部に戻ると、件のハンニバルについての報告もかねて、ユウキはラボラトリに訪れていた。

 しかしユウキは報告の時から何処か沈んだ様子を見せていた。

 

「…浮かない顔だね?」

 

「いえ、大した事じゃないですよ…ただ…敵わなかったなって…だけです。」

 

 『解析の結果が出たら教えてください。』と最後に伝えると、ユウキはラボラトリを出ていった。

 

 -???-

 

「ま、また…」

 

 ついこの間見た夢と同じ様に、真っ暗な場所で立っていた。あの時との違いは既にユーリやエリック、そして知らない人達が血塗れで立っていた事くらいだろう。

 まるであの時の続きだと言いたげな状況にユウキは思わず身構えてユーリとエリックを見る。

 

「…先輩、負けちゃいましたね…?」

 

「ま…け…?」

 

 ユーリの言葉に何の事だと言いたげに、ユウキは困惑した。だがすぐに何の事を言っているのか理解した。ついさっきまで勝てないアラガミを相手にしていたのだから。

 

「そう、負けたんですよ…貴方の戦いは…アラガミを殺せなければ負けなんですよ…なのにそんな程度の力で虐げられる人達を助けるなんて言うんですから…笑っちゃいますよ…」

 

「残念だよ…僕たちを死なせてまで生き残った奴の力がこんな程度だなんて…」

 

「そ、それ…は…」

 

 ユーリとエリックの言い分にユウキは反論出来なかった。アラガミに人が蹂躙される世界ではアラガミを殺せなければ誰も守れない。そう言った現実を何度も見てきた。

 そのせいかユウキはリンドウ達から『生き残れば勝ち』と言う戦い方を学んだはずなのにいつの間にか『殺せなければ負け』と言う考え方にすり替わっていた。

 

「これじゃあ何も守れませんよ…?」

 

「誰も守れずにひとりずつ死んでいって…最後にはまた独りだ…」

 

 エリックの死ぬと言う言葉に反応したのか、周りの知らない人達がざわめき出す。

 

『イヤだ…死にたくない…!!』

 

『アーク計画を止めなければ…』

 

『こんな偽善者のために…!!』

 

『何で私たちは守ってくれないんだ!!』

 

 辺りの人間全てから聞こえてくる誹謗中傷に耐えられずに、またユウキは思わず耳を塞ぐ。

 

  『ひとりはイヤだよっ!!!!ねぇ、開けてよぉ!!!!』

 

「ッ?!?!」

 

 朝6時頃、ユウキが夢から覚めて辺りを見回すと、自室の中に居た。起き上がってから気が付いたが、嫌な夢を見たせいで背中までぐっしょりと汗で濡れ、言い様のない不快感を感じていた。

 

(…クソッ…またか…)

 

 以前と同じ様な夢を見て、ユウキは寝起きから最悪な気分となっていた。

 

(…嫌な事思い出したな…)

 

 そんな事を考えながら、ユウキはシャワーを浴びにいく。その後、リッカと神機の強化についての打ち合わせのため、技術班の会議室に向かった。

 

 -神機保管庫-

 

 シャワーも浴び、朝食も済ませた。準備が出来たので神機保管庫に入ると誰もいなかった。リッカが居ないとなると筋トレでもして時間を潰そうかと考えていると、準備を済ませたリッカが現れた。

 リッカは『ちょっと待ってて』と言うと1度会議室に入る。そして資料をいくつか持ってすぐに出てきたところで打ち合わせが始まった。

 

「さて、神機の変形機構…そろそろ手を付けたいところだね。」

 

「そうだね。」

 

「とは言ったものの…どうしようかな?」

 

 前回は改修方針を提案出来ずに取り敢えず終わろうと言って終わっている。あれから数日経ってはいるものの、結局改修案は思い付かないままだった。そのまましばらくお互いに考えては見たがいい案は出なかった。

 そんな中実物の神機が目の前にあるのだから、実際に触ったり変形させながら考えようと言う事になった。変形させながら『最後にはこうなれば良いんだよなぁ…』と思いながら触っていると、ふとユウキの頭の中である方法が閃いた。

 

「…ねえ、ポール型神機への改修みたいに、神機の変形はある程度は変えられるんだよね?」

 

「え…?う、うん。そうだけど?」

 

 唐突にユウキが変形機構は変更が可能なのかと確認してくる。そんな事を今さら聞いてくるユウキの意図が読めなくてリッカは戸惑いながらも答える。

 

「じゃあ、既存の動作に別の動作を追加する事は出来る?」

 

「大丈夫…だと思うよ?要はポール型神機への改修の応用みたいなものだから。」

 

 今度は別の動作を追加する事は可能か聞いてきた。リッカの予想ではユウキの言う変形は問題ないはずと見てそう答える。

 

「だったら…変形動作そのものは変えずに、グリップ部に変形を機構を追加する方法なら、多分いけると思うんだ。」

 

「前に言った中折れグリップでしょ?あれだと強度が…」

 

「いや、変形時にグリップを拡張して引き抜くんだ。」

 

 ユウキの提案した変形にリッカは首を傾げる。何となくイメージは出来るが何となく分からない。そんな顔をしていると、ユウキが何処からか紙を取り出して拙い図で説明する。

 

「グリップを芯となる内側と変形時に拡張して引き抜く事の出来る外側の二重構造にするんだ。外側のグリップを引き抜いた後は外のグリップだけを折り畳んで、銃の様な持ち方になるように拡張グリップを持っていけば…」

 

「成る程、これなら神機フレームを応用出来そう…いけるかも!!」

 

 ユウキの図で何とか理解したリッカが、頭の中で完成品をイメージして強度的にも問題ないだろうと判断した。方針が見えてきた事でリッカの表情が明るくなった。

 

「よし、早速取り掛かろう。」

 

「あ、でも良いの?今は第二のノヴァを追ってるんでしょ?しばらくは神機が使えないよ?」

 

「うん、前にリッカも言ってたけど、咄嗟に出てくる動きは銃形態ありきの動きだから…危険な奴を相手にするには、全力を出せる状態にしておきたい。」

 

 しかし第二のノヴァを追っている現状で神機が使えなくなる事には問題はないのかと、当然の疑問をリッカは投げ掛ける。

 

「…分かった。早速取りかかるね。」

 

「あ、刀身の改修は?必要なものとか…?」

 

「ああ、それは大丈夫。ダミーで上手く行ったからこれから本番。素材もユウの持ってる物で大丈夫だから、同時進行するよ。」

 

 リッカは神機の調整用マニピュレータに向かいながら刀身の強化結果を報告する。

 ちなみにリッカがユウキの刀身強化に使った方法は至ってシンプルで、オラクル細胞の塊に2つの刀身を喰わせて双方の特性を引き継がせると言うものだった。ただ、2つの刀身を喰わせるにしても喰われる側同士の親和性の問題があったのだが、喰わせる側の偏食傾向を調整して、双方を捕食し繋ぎとしての機能を持たせた事で刀身同士の合成を成功させた。

 

「…リッカ、手伝わせてくれないか?」

 

「え?」

 

 調整用マニピュレータを操作しようとしていたリッカは思いもよらぬユウキの頼みに少し驚いて作業をしようとした手を止める。

 

「自分の神機だ。命を預ける相棒の事は…知っておいた方が良いだろ?」

 

 ユウキの言うことも一理ある。自身の神機が他の神機と違うものになっていくのなら、構造くらいは知っておけば何かあった時自分でも何処が悪いのか検討をつける事が出来るだろう。そうなればただでさえ変わった神機を整備するリッカの負担は多少なりとも減るだろうと思っての事だった。

 

「…分かった。じゃあ、グリップ部の分解作業お願い。マニピュレータの操作は分かる?」

 

「うん。大体だけど、いつもリッカが操作してるの見てたから。」

 

「そ、そっか…」

 

 リッカは照れ臭くなってほんのりと頬を赤らめる。好意を向ける相手から『いつも見ている』と言われて嬉し恥ずかしい感覚になったがそう言う状況ではない事は分かっている。リッカはマニピュレータを操作するユウキを見た後、雑念を払う様に頭左右に振り刀身の強化作業を始めた。

 

 -数日後、贖罪の街-

 

 ユウキの神機の強化が始まってから数日後、ソーマは単独で旧市街地に来ていた。目的は勿論第二のノヴァの捜索と撃破だ。

 

「チッ…!!何かが居る気配はするんだが…何処にいやがる?」

 

 しかし何かが近くに居るのは分かっても、一向に遭遇する気配は無い。さらにソーマが感じている気配が本当に第二のノヴァなのかも分からない。

 そんな状況でしばらく旧市街地を捜索していると、教会の裏手に回り込んだところで遂に気配の正体と遭遇する。

 

(居た…!!)

 

 白い身体に赤紫の刺繍のアラガミ…ずっと探していた第二のノヴァをようやく見つけた。第二のノヴァは食事に夢中なのか、ソーマに気付く事なくアラガミの死体を捕食し続けている。

 その隙にソーマは気配と足音を殺しながらゆっくりと近づいていき、間を詰めると力強く地面を蹴る。飛び上がりつつ一気に加速していく中で神機を振り上げる。

 

(一撃で…仕止めるッ!!)

 

 敵が気付いていない今がチャンスだ。不意討ちで大ダメージを狙い、神機を振り上げた時点でチャージクラッシュを発動して、間合いに入ると全力で振り下ろす。

 

  『ズガァァァァン!!』

 

 神機を振り下ろした一帯がチャージクラッシュ+ソーマの異常な腕力で破壊されて土煙を巻き上げる。

 手応えらしいものは感じなかった。次の手に移ろうと神機を握る手に力を入れると、その瞬間に土煙から第二のノヴァ飛びかかってきた。

 

「何ッ?!」

 

 あまりに早すぎる対応にソーマは動揺するが、咄嗟にしゃがんで第二のノヴァの下を潜る。

 そして振り向きながら体勢を直して神機を左から右へと横凪ぎに振る。しかし第二のノヴァは前足を着地させると同時に前足をバネにして素早く真上に跳び上がってソーマの一撃を回避する。そして空中で身体を捻り、ソーマと向き合うと雷球を3発ソーマに向かって投げつける。

 

「チィッ!!」

 

 1発目の雷球を右に避け、追尾してくる2発目を左前に跳んで紙一重で躱す。そして3発目が間髪入れずに正面から飛んでくる。ソーマは神機を右手のみの片手持ちに変えて装甲を展開する。装甲に雷球が当たると、受け流しつつも足に力を入れて一気に前に出る。すると雷球が当たった装甲を中心にソーマは回転し、さらに加速した勢いのまま第二のノヴァとの距離を詰めていく。

 間合いに入ると片手持ちにした神機を両手持ちに持ち直して、回転の勢いを乗せた袈裟斬りを繰り出す。土煙をあげ、地面を砕く程の威力だったのだが、それを第二のノヴァは後ろに跳んで回避する。ソーマにもそれは見えていたので、手応えがないことを感じとるとすぐに前に出て神機を横凪ぎに振って追撃するが、第二のノヴァは上に大きくジャンプしてソーマの一撃を躱す。

 

「クッ!!」

 

 しかしソーマの攻撃を躱されると同時に、ソーマの足元からバチバチと放電する音が聞こえてくる。咄嗟に後ろに跳ぶと、足元から電撃が来た。それを避けている隙に第二のノヴァは着地して体勢を立て直し、自身の周りに雷球を設置して飛ばしてきた。

 ソーマは自身に向かってくる雷球を右に避けるが、別の雷球が迫って来た。

 

「チッ!!追尾してきやがるっ!!」

 

 追尾性能は高くはないが、避けた方向から攻撃が来るため、ソーマは第二のノヴァに向かって走る事で雷球の追尾範囲から逃れる。第二のノヴァもまた迎撃のため、ソーマに向かって走って飛びかかる。

 

「おぉぉぉおあああっ!!!!」

 

 第二のノヴァは飛びかかると同時に右の前足でソーマを切り裂こうと振り下ろす。そしてソーマも対抗して神機を右下から振り上げる。

 そして甲高い金属音と共に、白く染まったイーブルワンが第二のノヴァの爪を受け止めた。

 

 -極東支部-

 

『緊急連絡!!旧市街地にて、第二のノヴァを捕捉しました!!第一部隊は至急旧市街地に向かって下さい!!繰り返します!!旧市街地にて第二のノヴァを捕捉!!第一部隊は直ちに急行してください!!』

 

「っ!!」

 

 ソーマが第二のノヴァと戦闘を開始した頃、極東支部内に第二のノヴァが現れたと言う放送が鳴り響く。それを神機保管庫で聞いたユウキは勢いよく振り返り、表情が強張る。

 

「ユウ…」

 

 ユウキの表情を見たリッカは、戦えない状況なのにまた戦いに行くのではないか?そんな考えが過ってしまい、不安そうな表情になる。

 

「分かってる…もう、他人の神機を使ってまで出ようとは思ってない。皆を信じて待ってるよ…」

 

「…うん。なら、いい…」

 

 苦虫を潰したような顔をしたユウキを見て、リッカは少し心苦しく思いながらも、無理矢理にでも出撃する事に取り敢えず安心した。

 しかしユウキの方は肝心な時に戦えない無力感を再び味わい、悔しさから爪が食い込んで血が流れる程に拳が固く握られていた。

 

 -贖罪の街-

 

 爪と神機がぶつかり合った後、第二のノヴァが自身の周囲に放電してきたので、後ろに下がって避けてすかさず追撃する。そんな一進一退の攻防を繰り広げ、既に30分程の時間が経っていた。

 

(クソッ!!何なんだこいつは?!)

 

 しかし、自身の攻撃が当たる度にソーマは言い様のない違和感を覚えて苛ついていた。

 

(さっきから攻撃が効いているのか分からねぇ!!)

 

 何度も攻撃を当て、第二のノヴァに傷もつけているのだがどうにも浅い。しかも攻撃されても平然と突っ込んで来る事もあり、今までのアラガミの様に攻撃して怯ませ、その隙に大技を叩き込むと言った事が出来なくなっている。

 

「いい加減…」

 

 ソーマが第二のノヴァが飛びかかって来たのを右に避ける。勢いを殺しきれずに踏ん張りながら少しずり下がる。そして止まると同時に前に飛び込み、神機を振り上げて第二のノヴァを捉える。

 

「くたばれぇえッ!!」

 

 ソーマが間合いに入り、全力で神機を振り下ろす。

 

  『グシュッ!!』

 

 振り下ろした神機が第二のノヴァの左肩に食い込んで血が吹き出る。しかし傷は浅いうえに、第二のノヴァは攻撃されてもお構い無しに突っ込んできた。

 

「グハッ!!」

 

 体当たりを受けたソーマはそのまま吹っ飛ばされ、受け身を取ることが出来ずに倒れてしまった。

 ソーマが起き上がろうと、吹っ飛ばされた勢いを殺した頃には既に距離を詰めてきた第二のノヴァが、ソーマを喰い殺そうと口を開けて迫ってくる。

 

  『ズガガガガッ!!』

 

 突然第二のノヴァに無数の弾丸が撃ち込まれる。予想外の攻撃に思わず第二のノヴァは怯み、銃弾から逃れる様に一旦後ろにさがる。何事かと思い、ソーマが呆けていると、銃口から煙を上げている神機を握ったコウタがソーマと第二のノヴァの間に割って入る。

 

「大丈夫ソーマ?!」

 

「ソーマ!!立てますか?!」

 

 今度はアリサが第二のノヴァにオラクル弾を撃ち込んでいく。またもや奇襲をかけられ、第二のノヴァは1度怯むが、すぐに体勢を立て直して、銃弾を受けながらもソーマに向かっていく。

 

「行かせない!!」

 

 アリサがオラクル弾を撃ちながら第二のノヴァを追撃し、コウタもソーマの壁になるように立ってオラクル弾を発射する。

 しかし第二のノヴァはダメージを受けている様子もなくソーマに飛びかかろうと姿勢を落とす。その瞬間第二のノヴァの眼前をサクヤが放った狙撃弾が横切り、第二のノヴァは反射的に後ろに大きく跳んで1度距離をとる。

 だが今度は回避先を読んでいたリンドウが何処からともなく現れて、第二のノヴァの右側から右手をかつての相棒ブラッドサージに似た状態に変えて切りかかり奇襲する。

 

「どうしたソーマ?もうへばったか?」

 

「チッ!!うるせえ!!」

 

 リンドウの攻撃で第二のノヴァは左に避けるが、右肩に傷を作る。それを見たリンドウは余裕そうにソーマを茶化す。対するソーマは不機嫌そうな顔をして立ち上がり、第二のノヴァに向かっていく。

 そしてリンドウの攻撃を受けて怯んだ第二のノヴァの顔面に横凪ぎに神機を振るが、薄く傷が着く程度のダメージしか受けていない様だった。そして第二のノヴァはバチバチと放電し始め、周囲に居るリンドウとソーマが離れると同時に電撃を放つ。さらにはその電撃で遠距離でサポートしていたサクヤ、アリサ、コウタの銃撃を焼き切る。

 

「ソーマ!!使え!!」

 

 リンドウはソーマにインカムを投げ渡す。ソーマはインカムを左手で受け取ると即座に装着する。

 

『皆さん合流したようですね。ここからは私もサポートします!!』

 

 ソーマがインカムを装着すると、ヒバリの声が聞こえてきた。第二のノヴァ討伐に力を貸してくれるようだ。戦闘中の解析はヒバリに任せるとして、第一部隊は戦闘に集中する。

 

「サクヤはノヴァから離れて遠距離支援!!コウタ!!中距離から爆破弾を撃ちまくれ!!アリサは前衛!!隙を見てリンクバーストだ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 第二のノヴァからの電撃を躱したリンドウが第一部隊に指示を出すと同時に第二のノヴァに接近する。

 

「こっちも行くぞソーマ!!遅れんなよ?!」

 

「分かってる!!」

 

 いつものリンドウの軽口が飛び出すが、ソーマはそんなことに付き合っている余裕はないと言った様子だった。

 そして飛び出したリンドウは袈裟斬りを繰り出すが、第二のノヴァは一気に前に出てリンドウの攻撃を避けると、ソーマに向かっていく。

 

「ソーマ!!」

 

「やらせない!!」

 

 コウタが爆破弾を連射して、サクヤが狙撃弾を撃ち込む。しかし2人の攻撃を受けても気にする事なく第二のノヴァはソーマに飛びかかる。

 

「クソッたれ!!」

 

 寸でのところでソーマは左に避け、すれ違いざまに第二のノヴァの胴体に一撃入れる。しかし、今まで通り薄く傷を着ける程度で大したダメージにはなっていない様だった。

 

「敵はソーマだけではありませんよ!!」

 

 ソーマの攻撃を受けても平然としている第二のノヴァが左に振り向き、引っ掻いてきたが、ソーマは後ろに下がって避ける。その隙にアリサが鮫牙を展開して捕食する。

 

(っ?!)

 

 捕食に成功したが薄く傷を着けた程度だった事もあり、アリサは捕食した時の感触に何か違和感を感じていた。

 しかも第二のノヴァはまたもやソーマを喰おうと前に出る。サクヤとコウタ、そして銃形態に変形したアリサが第二のノヴァに銃弾を撃ち込むが、今までと変わらず、第二のノヴァには大したダメージにはなっていない様だった。

 

「させるかよ!!」

 

 しかし今度はリンドウが第二のノヴァの後ろから攻撃する。第二のノヴァはその気配を察知してソーマの上を飛び越える。そして空中で向きを変えて、雷球を広範囲に放って第一部隊を撹乱する。

 

『一部解析終わりました!!この反応が何を示しているのかはまだ分かりませんが、かなり特異な反応を示しているようです!!長期戦は危険かも知れません!!力業になりますけど…リンクバーストで強力な一撃で攻撃してみてください!!』

 

 ヒバリの通信から対策を伝えられると、リンドウは即座に指令を出す。

 

「全員アリサのサポートだ!!アリサ!!前に出ろ!!」

 

「了解!!」

 

 第二のノヴァを倒すにはリンクバーストによる限界を超える一撃を加える必要がある。ならば剣形態、銃形態の両方を扱い慣れているアリサがリンクバーストをさせるのが最も効率が良いと考え、リンドウはアリサを前に出す。

 リンドウがとソーマが真っ先に前に出て、リンドウが第二のノヴァに右から攻撃を仕掛ける。しかし第二のノヴァは1度左に避け、ソーマに向かって飛びかかる。ソーマは咄嗟に第二のノヴァの真下を潜って避けると、急ブレーキをかけ、振り向きながら神機を横凪ぎに振って攻撃するが、やはりダメージを受けているのか分からない状態だった。

 そして第二のノヴァは追撃を警戒したのか、一気に後ろに後退して1度ソーマから距離をとる。

 

「クソッ何なんだ?!さっきからソーマばかり狙って!!」

 

「それにリンドウの事は異様に警戒しているわ!!一体どうなってるの?!」

 

 リンドウとソーマが攻撃している間もコウタとサクヤが第二のノヴァへの攻撃を続けていたが、ダメージどころか怯む様子すらない。

 しかしコウタとサクヤの話を聞いてリンドウはある作戦を思い付く。

 

「ソーマ!!」

 

 リンドウの声を聞いたソーマは、リンドウが何を考えているのか粗方察してリンドウから離れつつ第二のノヴァに接近する。そしてアリサはリンドウの方に行き、コウタ、サクヤはソーマと共に第二のノヴァに向かっていく。

 そして第二のノヴァは案の定ソーマに向かって走り出す。コウタとサクヤは

少しでも第二のノヴァの攻撃の勢いを殺す目的で、ソーマの後ろから銃撃する。

 銃撃も気にする事なく第二のノヴァは走ってソーマに向かってくるが、サクヤとコウタの爆破弾を受け続けて遂にふらついた。その隙にソーマが神機を横凪ぎに振って第二のノヴァに強烈な一撃を叩き込む。

 体勢が崩れた隙にソーマが追撃を加えようと、今度は逆向きに神機を振る。さらにリンドウも攻撃に加わり、第二のノヴァに向かって右腕で切りかかる。

 しかし第二のノヴァは崩れた体勢のままリンドウとソーマから離れる。だがその先にはチャージ捕食の準備を終えたアリサが居た。

 

「今です!!」

 

 体勢が崩れたまま無理に動いてリンドウとソーマの攻撃を避けたので、回避した先でも体勢を立て直す事ができずに、アリサの捕食攻撃を許してしまう。第二のノヴァの右肩に着いている傷付近を喰い、アリサはバーストする。

 

「アリサァ!!」

 

 アリサが捕食に成功したのを確認すると、リンドウの声が聞こえてきた。それだけでリンドウが何を言いたいのか了解して、アリサは銃形態に変形しつつも第二のノヴァから大きく離れる。

 

「渡します!!」

 

 そして受け渡し弾を3発全てリンドウに渡して、リンドウをリンクバーストLv.3にまで引き上げる。

 

「うおぉぉぉおっ!!」

 

 リンドウが咆哮と共に体勢を立て直せていない第二のノヴァに横から袈裟斬りを繰り出す。すると第二のノヴァの胴体を切り裂いて大量の血が吹き出た。

 ようやくダメージらしいダメージを与えられたのも束の間、第二のノヴァは力なく倒れ込んだ。

 

「倒した…のか?」

 

『今スキャンしてみます。第一部隊は警戒体勢のまま待機してください。』

 

 状況的には倒したと思えるが、以前のハンニバルの様な例もある。ヒバリが第二のノヴァの活動が停止したことを確認するまで、指示通り第一部隊は待機する事にした。

 

「それにしても…何か妙な感じがするわね…」

 

「はい。何と言うか…何度攻撃しても手応えが無かった…ですよね?リンドウさんの最後の攻撃は効いたみたいですけど、こんなあっさり…」

 

 戦闘に出ていた者の大半が感じていた事だが、攻撃の度にどうにも妙な違和感がしていた。さらにはリンクバーストのレベルをLv.3まで引き上げていたとは言え、リンドウのからのたった一撃でここまで脅威として認識していた第二のノヴァが倒されると言うのは何かおかしい様な気がしていた。

 

『…ッ?!まだです!!標的のオラクル反応、未だ健在!!』

 

 ヒバリからの通信が入ると同時に第二のノヴァ周辺の空中に赤紫色のオラクル細胞の結晶が展開される。それを見た瞬間、第一部隊は回避行動に移り、ほぼ同時にオラクル結晶を第一部隊に投げ飛ばす。

 

「クッ!!」

 

「グエッ!!」

 

 即反応出来たアリサがコウタのマフラーを掴んで後ろを向いて第二のノヴァから離れる。首根っこを引っ張られたコウタは変な声を上げたが、アリサのお陰で何ともなく回避出来た。

 サクヤとソーマも横に跳び結晶を避け、最も中心に近いところに居たリンドウは後ろに下がるようにバク転しながら体を捻り途中で側転するような動きに変えて第二のノヴァから距離をとる。

 しかし第一部隊が結晶を避けきった時には、第二のノヴァは逃走し、旧市街地の周囲にある、陥没して底が見えなくなる程の高さの崖から飛び下りていた。

 

「クソッ!!待ちやがれッ!!!!」

 

 それを見ていたソーマは迷いなく自分も飛び込もうと走り出したので、リンドウが焦りながらそれを止める。

 

「落ち着けソーマ!!もう追い付けない!!手遅れだ!!」

 

「…クソッ!!」

 

 リンドウの言葉を聞いたソーマが苛立ちを隠すことなく悪態をつき、神機を地面に突き刺そうとする。しかし突き刺す直前に思い止まり、ゆっくりと神機を下ろす。その様子は察するまでもなく苛立ちを覚えているのだとハッキリと分かるものだった。

 

「…どうしたんだよソーマ?何か第二のノヴァが現れてから変だぜ?何か焦ってるみたいだし…」

 

 そんなソーマの様子を見かねたコウタが、前々から疑問に思っていた事をソーマに聞く。

 

「これは俺が決着を着けるべき問題だ!!お前たちには関係ない!!」

 

 しかしソーマは苛立ちを抑えられないのか、声を荒らげて第一部隊に第二のノヴァの件には関わるなと怒鳴り散らす。

 しかしそんな事を言われても、現在の状況を考えれば納得出来る様な言い分ではない。流石にこの言い分には第一部隊も反発する。

 

「何言ってるの?!第二のノヴァ討伐は貴方一人の問題じゃないわ!!強力な相手だからこそ、全員の連携が必要なんじゃない!!」

 

「そうですよ!!何にしたって、今回の敵は1人じゃ分が悪いのは確実なんです!!ここは皆で戦うべきだと思います。」

 

「お前たちには関係ないと言ってるだろ!!これ以上この件には関わるな!!」

 

 サクヤとアリサは全員で力を合わせるべきだと言うのだが、何故かソーマは頑なに自分1人で対処すると言って聞かないのだ。一見するとワガママにしか思えない主張に、流石にコウタも業を煮やしたのか、声を大にしてソーマに反発する。

 

「何意固地になってんだよ!!第二のノヴァの件は俺たちや周りの人たちの命に関わる事なんだからソーマ1人の問題じゃないだろ!!」

 

「「…」」

 

 ソーマとコウタが睨み合っていると、見かねたリンドウが右腕を元に戻しつつ頭を掻きながら口を挟む。

 

「まあ、落ち着けよ。ソーマ…お前が何を考えているかは何となく分かるさ。第二のノヴァが現れたのは自分のせいだって思ってんだろ…違うか?」

 

「…」

 

 リンドウの問いに対してソーマは黙りを貫く。それは端から見ればリンドウの言葉を肯定している様なものだった。

 

「起こっちまった事はもうしょうがない。今はヤツを倒すために最善を尽くし、全員で力を合わせるべきじゃないのか?」

 

 リンドウの言い分はもっともだ。今大事なのは『誰の責任』かと言う事ではなく、『どうやって現状を打開するか』だ。しかしソーマもそれは分かっているのだが、自分が起こしてしまった危険な戦いに仲間を巻き込めないと言う感情の方が強くなってしまい、結局最初の言い分に行き着いてしまう。

 

「…いや、この件にお前たちを巻き込む訳にはいかない。第二のノヴァは…俺の手で…」

 

「「「…」」」

 

 この戦いは自分1人で戦うべきだと伝えようとするも、第一部隊の面々が自身に向けてくる威圧的な視線を感じるとソーマは『もう何を言っても一緒に戦う気だ』と分かってしまいった。

 

「…はぁ…お前らには敵わないな…」

 

 ソーマはため息混じりに遂に1人で戦う事を諦めた様子で、何故1人で戦う事を選んだのかを語りだす。

 

「あれは…第二のノヴァは俺と…親父とお袋が残した罪だ。俺は心の内で…その罪が、再び白日のもとにさらされるのを恐れていたのかも知れない…」

 

 第二のノヴァが産まれたきっかけはヨハネス前支部長が進めたアーク計画、そしてアーク計画を発案、実行に移すきっかけとなったのは死のビジネスを始めた者に対する絶望、その根幹をなしていたのはマーナガルム計画による偏食因子の発見…あらゆるものが連鎖して今の状況が出来上がったが、その根幹にはシックザールの一族が絡んでいる。そう思ったからソーマは自らの手でこの状況を終わらせ、両親の罪を精算する事こそがこの状況を防ぐことが出来なかった事に対する償いなのだと考えていた。

 それを聞いた第一部隊はソーマが誰にも知られないうちに事態を収束させようとする様は、まるで両親の罪を外に知られない様にしている様にも思えた。

 

「フ…もう手遅れなのにな…」

 

「けどさ…」

 

 ソーマが自虐的に笑うと、不意にコウタが話しかける。

 

「その、第二のノヴァが現れたのは…まあ、アーク計画が大元の原因かも知れないけど、それを見逃したのは実際に回収した俺たちだろ?確かに指揮はソーマが執ってたけど、それを理由にソーマ1人で決着を着けなきゃいけないってのは、何か違うと思う。」

 

「ええ、誰かに責任があるとしても、それをソーマ1人で背負う事はないわ。」

 

「私たちは『仲間』でしょう?1人で対処出来ないなら、私たちだっていくらでも力を貸します。だから1人で何でも背負わないでください。」

 

 仲間が困ってるから力を貸す。第一部隊の言い分は至極シンプルなものだった。何かを成すとき、1人じゃできないなら仲間とやる。そんな普通の事を今まで忘れる程に周りが見えていなかったのだと認識すると、不思議とソーマは落ち着きを取り戻した。

 

「…分かった。」

 

 冷静になったところで、ソーマは目的のために今後自分がどうするべきなのかを考える。

 

「今回戦って分かった。確かにヤツを倒すのは俺1人では難しいみたいだ。」

 

 現状と自身の能力、現時点での情報を照らし合わせて、ソーマが第一部隊のメンバーに答えを出す。

 

「こんな事言えた義理じゃないが…頼む。第二のノヴァ討伐に力を貸してほしい。」

 

 ソーマは仲間を頼る事を選び、頭を下げて共に戦って欲しいと言った。

 

「そんなの聞くまでもないって!!ねっ?」

 

「当然です!!」

 

「ええ!!皆で第二のノヴァを討ちましょう!!」

 

 第一部隊の答えは聞くまでもなく肯定だった。ソーマも1人で何もかも背負う必要がなくなったためか、少し落ち着いた様な表情になっていた。

 

(ったく…ソーマと言いユウと言い…もうちょい肩の力を抜いて欲しいんだがなぁ…ソーマは素直に頼ってくれただけ良いんだが…)

 

 リンドウは常々ソーマもユウキも何処か肩筋を張りすぎている節がある事を気にしていた。今回の件でソーマは仲間を頼る事を意識するようになるだろうと安心したが、ユウキはまだ仲間を頼る事に意識を割ききれてない様な印象を受けていた。まだまだ前途多難だと感じながら、リンドウは背伸びをしながら歩いて待機ポイントに向かう。

 

「さぁて。今回の戦闘でサンプルも手に入った。まずはこいつを支部長代理に届けて解析してもらうとするか。」

 

 今後の対策のため、サンプルをペイラーに渡す様に言って第一部隊に帰投するように促した。

 

To be continued




後書き
 第二のノヴァとの戦闘第一回戦でした。事態を招いた事を気にしたソーマの焦りを上手いこと書けていると良いのですが…
 この小説では早い段階でソーマが冷静になった事もあり第一部隊が負ける事なく先に進みます。(と言うより原作通りに行くと無駄に捜索ばかりで長くなっちゃう)結果途中であの娘に会うこともなく最終決戦に行きます。さらには今回を含めてリンドウさんの活躍も少し増えます。
 そしてリンドウさんの腕が神機みたいになる事を前の戦闘で書いてなかった事に今更気が付いたぜorz
 ※次の更新は遅れそうです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission77 毒蛇

 第二のノヴァ…アリウス・ノーヴァ討伐のため、極東支部全体を巻き込んだ『超弩級アラガミ』討伐作戦が始まる。
 神機の改修も終わり、再び戦場に出られる様になったがユウキだが…?
※オリジナルのアラガミが出ます


 -支部長室-

 

 ユウキ以外の第一部隊が第二のノヴァと戦って数日…第一部隊のメンバーとツバキ、リッカがペイラーの呼び出しを受けて支部長室に集められた。

 デスクに座るペイラー、その隣にツバキ、そして彼らと向かい合う様に第一部隊とリッカが立っていた。

 

「さて、今回集まってもらったのはほかでもない。第二のノヴァと、その影響を受けたアラガミのサンプル解析の結果報告、そしてそれを踏まえた今後の対策について、話しておこうと思ってね。」

 

 そう言ってペイラーはデスクに肘を突き、少し前屈みになって何故第一部隊を集めたのかを話し始める。

 その場に居た者全てがどんな話になるのかと、少し緊張した様子で報告が始まるのを待っていた。

 

「まずは先日回収してもらったコクーンメイデンとハンニバルについて報告しよう。」

 

 ペイラーがデスク上の端末を操作する。するとペイラーの後ろにスクリーンが降りてきたので、全員がそこに注目する。

 

「先日倒してもらったこの2体なんだけど、何かしらの形でノヴァの残滓の影響を受けた個体であることが分かった。」

 

 ペイラーが解析の結果、ノヴァの残滓に関わっていた事を伝えると、スクリーンにコクーンメイデン、それからハンニバルとその侵食種が映し出される。

 

「結論から言うと、コクーンメイデンは直接ノヴァの残滓を取り込んだ訳ではなく、ノヴァの残滓付近に居続けた事による特異種への変化…ハンニバルは先日のヴァジュラの様に、ノヴァの残滓を直接取り込んだ事で進化の兆候を見せた個体であることが分かった。」

 

 案の定、特異なコクーンメイデンと、攻撃的なハンニバルとその侵食のはノヴァの残滓の影響で現れたとの事だった。全員が口には出さなかったが、心の内では予想通りだと考えていた。

 

「コクーンメイデンは残滓の影響でアラガミが捕食したくなる様なフェロモンを出す様にコアが一部変化していて、ハンニバルはより攻撃性能を高める様学習したコアに変わっていたんだ。」

 

 ペイラーがコアの図と共に、通常の個体のコアから変化したところをまとめたものを映し出す。ソーマ以外は研究に携わった事もないため、図の内容だけでは理解が追い付かない部分もあったが、ペイラーが口頭で結論をまとめてくれたお陰で件のアラガミに何が起こったのかは理解出来た。

 

「ん~?えっと…つまりどういう事ですか?」

 

「コクーンメイデンは特異な力を持った個体、ハンニバルは同じ姿をした別のアラガミ…って思えばいい。」 

 

 しかしコウタは理解が追い付いていない様で、頭から煙でも上げそうな程に難しい顔でペイラーに聞き返す。するとソーマがペイラーの説明をかいつまんで補足する。それを聞いたコウタはようやく件のアラガミがどんなそんな存在なのかを理解した。

 

「その通り。ノヴァの残滓によって、既存、新種問わずに様々なアラガミが影響を受け、これまでにない進化をしようとしている。その事を踏まえた上で、第二のノヴァ…通称『アリウス・ノーヴァ』の対策を話していこう。」

 

 今度はスクリーンにアリウス・ノーヴァと名付けられた第二のノヴァが映し出される。もっとも知りたいアラガミの情報に全員に緊張が走る。

 

「まずアリウス・ノーヴァの特殊な偏食傾向から説明しよう。皆がアリウス・ノーヴァを攻撃した際、手応えのなさを実感していたと聞いている。これはサンプルを調べて分かった結果なんどけど、アリウス・ノーヴァは数えきれない程の偏食因子をその身に宿している事が原因だろう。」

 

 そう言うとペイラーはデスクの端末を操作して、画面に無数のコメントが追加される。それを見てその場に居たの半分程はそれが全て偏食因子についてのコメントだと分かった。

 

「えっと…簡潔言えば、アリウス・ノーヴァは対アラガミ装甲壁の様な存在で…神機にとっては、すっごく食べたくない相手…って事ですよね?」

 

 普段から偏食因子に関する技術に触れているリッカは、この偏食因子のコメント量を見てすぐにアラガミ防壁並みの防御能力を持っていると気が付き、ペイラーにそれを確認する。

 

「その通り。多種多様な偏食因子を宿したことで、アリウス・ノーヴァはアルダ・ノーヴァと同等…いや、それ以上の防御能力を得たと言ってもいい。」

 

「アルダ・ノーヴァよりも強力な防御力…厄介ね…」

 

「そうだね。しかし対抗策はある。」

 

 かつてアルダ・ノーヴァの守りを突破するのに相当苦労した。その時よりも強固な守りを持つとアラガミだと聞いてしまうと、出来ることなら戦いたくないとさえ思えてしまう。

 サクヤが思わず顔をしかめるが、ペイラーから対抗策の報告に全員が喜ぶ。

 

「その対抗策、切り札となるのは…リンドウ君、君だ。」

 

 ペイラーの言う対抗策、その中核となるのはリンドウだった。それを聞くと全員がリンドウを見ると、当の本人は目をぱちくりさせながら自身を指差す。

 

「ん?俺ですか?」

 

「そう…リンドウ君のその右腕は…人以外を喰うと言う、『人と共存することを可能にした』オラクル細胞で構成されている。これはアリウス・ノーヴァには無い偏食傾向だ。戦闘の時、リンドウ君を異様に警戒したのはこの偏食傾向だと自身を傷つけられると察知したからだろうね。」

 

 黒いハンニバルの一件の後、リンドウは人の身体にオラクル細胞の腕を生やし、その制御には相棒だったブラッドサージと同じコアが使われている。つまりは人の身体と右腕型のアラガミが共生しているのだ。

 リンドウ本人は勿論、適合していない人間、リンドウの意思で捕食をするしないを決められると言ったこれまでにはない捕食傾向、かつリンドウの右腕にしか存在しない捕食傾向であるため、アリウス・ノーヴァに対抗策があるはずはないのだ。

 

「なるほど…じゃあ、アリウス・ノーヴァ討伐はリンドウさんを起点にして…」

 

「残念だが、そう簡単に済む話でもないんだ。」

 

 対抗策の概要は理解出来た。リンドウが対抗出来るのであれば他はサポートに周り、リンドウにとどめをさせる。最短でアリウス・ノーヴァを討伐するならばアリサが提案する部隊運用しか無いが、ペイラーがそれに待ったをかける。

 

「アリウス・ノーヴァが発生したのはどんなに早くてもアーク計画後だ。たった半年足らずで既存のアラガミの攻撃をほぼ無効に出来る程の守りを手に入れたのは、捕食し、学習して、変体等で適応する言うプロセスをとんでもない早さで実行しているからなんだ。」

 

 ペイラーの言う通り、アリウス・ノーヴァが発生したのはアーク計画後となる。その間半年程度で神機を含めてほぼ全てのアラガミに対して対応してしまったとなると、この先も同じように進化し続けるだろう。そうなるとリンドウ以外の神機使いは全く役に立たなくなり、リンドウの負担は大きくなる。

 しかし、今ペイラーが危惧しているのはその進化の早さだけではなく、それを可能にする『ある特性』だった。

 

「さらには、元々は終末捕食を引き起こすノヴァの一部だった事からも、とても高い捕食力を持っている。これは単純な攻撃能力の高さでもあるが、何よりもどんなものでも捕食すると言う究極の『雑食性』を秘めているとも言える…共食いとも言える事を躊躇なく行う程のね…」

 

「と、共食い…?」

 

 ペイラーが危惧している特性、それはノヴァの一部であるが故の絶対的な捕食能力だった。通常、偏食因子とはその名の通りオラクル細胞に対して偏食を起こさせて捕食させないものだ。それに関してはアリウス・ノーヴァも例外ではなく、偏食因子を取り込む事で他のアラガミへの防御手段を手に入れて進化すると同時に、取り込んだ偏食因子に近い偏食因子に近い偏食傾向になるはずだった。

 要約すれば多くの偏食因子を宿しているため、他のアラガミから喰われないが、自身もあまり多くの種を喰わないと言う事だ。

 しかしそんな予測とは裏腹に、アリウス・ノーヴァはあらゆるものを喰い尽くそうとしているし、実際に多くの敵を捕食している。こちらの攻撃は通らないが相手の攻撃は当たる…ペイラーがもっとも危険視しているのはこの特性だったのだ。

 

「前にも言ったけど、偏食因子には自身と似た存在として認知させ、オラクル細胞の捕食対象から外す効果がある。しかしアリウス・ノーヴァはその傾向を無視して、目の前のもの全てを貪欲に喰らおうとする。ソーマばかりを狙ったのも、ソーマ…正確には特異点だったシオの力を宿した神機を狙ったからだろうね。」

 

「チッ!!ふざけた事をしやがる…博士、俺たちが出来る対抗策はあるのか?」

 

「ある。そこで重要になるのが、先程話したノヴァの影響を受けたアラガミたちだ。」

 

 リンドウ以外の神機使いにも対抗策はある。ペイラーは再度件のコクーンメイデンにヴァジュラ、ハンニバルとその侵食種の画像を表示する。

 

「彼らは既存のアラガミとは別の強力な存在…詰まるところ、彼らの偏食因子はノヴァもまだ手にしていない可能性が高い。これに加えてリンドウ君の右腕から偏食因子を採取して神機を更新し続ければ、こちらの攻撃も通る様になる…と言う訳さ。」

 

「…」

 

 ペイラーの作戦は至極単純、アリウス・ノーヴァが対応出来ない捕食傾向にするために新たなアラガミを倒し続けて神機を更新すると言うものだった。いかにも神機使いらしい作戦だが、強力な個体を相手にするため、第一部隊は表情が引き締まる。

 しかし、ユウキだけは既存のアラガミとは違うと聞いた瞬間から、僅かに表情から陰りが見えていた。

 

「皆にはこのノヴァの影響を受けた強力なアラガミ…言うなれば『超弩級アラガミ』の討伐任務を請け負ってもらう。部隊運用や作戦についてはツバキ君から説明してもらおう。」

 

 今後は強力な超弩級アラガミを相手にしていく方針に決まった。ペイラーに促され、ツバキが今後の部隊運用の大まかな説明のため、一歩前に出ると、よく通る凛とした声が作戦内容を伝える。

 

「今回標的となる第二のノヴァ…『アリウス・ノーヴァ』討伐には、先に話した残滓の影響を受けたアラガミの存在が鍵となる。今後第一部隊は第四遊撃部隊と第五偵察部隊による、合同偵察部隊からの情報を元に、超弩級アラガミのコアを持ち帰ってもらう。」

 

 ツバキが偵察隊の情報を基に超弩級アラガミの討伐作戦を伝える。ここまではペイラーの言っていた作戦と特に差はない。

 

「そして神機の更新が終了次第、アリウス・ノーヴァを討伐する。神機更新の間はリンドウ、お前がやつを惹き付けろ。何度か攻撃を入れた今なら、アリウス・ノーヴァも進化のためにお前を喰おうと追い回してくるだろう。」

 

 だが大事なのはここからだった。第一部隊が超弩級アラガミと戦っている間、アリウス・ノーヴァの進化を止める必要がある。そこで切り札であり、最大の餌でもあるリンドウを囮にして、捕食による進化を防ぎ、時間を稼いでいる間にユウキ達が神機を強化すると言うものだった。

 

「やれやれ、この場面でも追いかけられる側か…しかも相手は猛獣ときたもんだ。きっつい仕事だなぁ。」

 

 リンドウはいかにも気落ちした様な表情になり、頭を掻いて軽口を飛ばす。きつい任務だと言いながらも余裕を崩さないその姿は流石だとその場に居た誰もが思った事だった。

 

「安心しろ。サポートにはサクヤを付ける。補給等での離脱は回収班に向かわせる。いいな?」

 

「はい!!」

 

 そしてリンドウのサポートにはサクヤ…公私共に最高のパートナーが相棒ならばリンドウの心配は無いだろう。しかし、最後にツバキが目付きを鋭くしてリンドウを見ると、作戦の続きを説明する。

 

「それからリンドウ、お前は囮となる間は一切奴に攻撃するな。サカキ博士の分析から、お前が攻撃する度に偏食因子を微量に取り込み、少しずつお前にも対応してくる可能性があるそうだ。そうなったら我々は切り札を失う事になる…威嚇や誘導はサクヤに任せるんだ。」

 

「了解しました。」

 

 ツバキから囮になる際に注意することを伝えられた。相手はアラガミである以上オラクル細胞の塊には違いない。そんな相手に自身の右腕を使った近接戦やオラクル弾を撃ち込めば、そこからリンドウの偏食因子を取り込み対応してくる。

 アリウス・ノーヴァに対策をさせないためにも、ツバキは決して攻撃するなとリンドウに伝える。リンドウも余裕を感じさせる雰囲気で任務内容を了承して、作戦の説明を終える。

 

「ではこちらも確認したい点がある。リッカ君、ユウキ君の神機改修の進捗状況はどうなっているかな?」

 

 任務の説明も終わり、今度はペイラー側から最後の確認に入る。この作戦には当然ユウキも参加する。そのためペイラーは神機改修が終わったのかをリッカに尋ねる。

 

「えっと、刀身、神機本体共に機構の改良と動作確認は終わってます。これから最終調整に入るんですけど、もし数日内に見つかるようなら、最悪ぶっつけ本番になる可能性も…」

 

「…分かった。ユウキ君、調整が不十分な状態で戦場に送り込むかも知れないけど、最悪神機の不調を感じたら撤退してくれても構わない。いいね?」

 

「…わかりました…」

 

 リッカから改修自体は終わっているが仕上げはまだだと報告される。ペイラーはそれを聞くと一瞬考え込んだが、すぐに任務が発令されたらユウキに出撃するように伝える。しかし、それを聞いたユウキの返事は落ち着いているもの…否、覇気の無い沈んだ返事だった。

 

「よし、これにてブリーフィングを終了する!!この作戦、成功させなければいずれ人類が消滅する。諸君らの健闘を祈る!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

「…了承…」

 

 しくじれば世界が終わる…そんな任務を任されて全員(1名程除いて)が何かしらのプレッシャーを感じ、それを払拭するように返事をする。だがただ1人、ユウキだけが一瞬遅れて返事をするが、皆の声にかき消されて誰もその事に気が付かなかった。

 ブリーフィングが終わり、全員が作戦の準備のためその場を後にする。部屋に残ったペイラーはそんな彼らの背中を見ながらあることを考えていた。

 

(本当はもう1つ対抗策はあるんだが…いや、止めておこう。ユウキ君をアラガミ化させるなんて方法…あまりに非人道的だ…)

 

 ペイラーの考えていた第三の対抗策…それはユウキのアラガミ化を進行させて戦わせると言うものだった。アリウス・ノーヴァに対抗するには要は新たな偏食傾向があれば良い。ならば人からアラガミになることで新種のアラガミを人為的に作り出してしまえば良いと言う事だった。

 しかし道徳的に認められる方法ではないのでペイラーはこの方法を伝える事はなかった。

 

(だが、何でだろうね…嫌な予感がする…)

 

 しかしペイラーは胸騒ぎを覚えていた。それが何故なのかははっきりとは分からなかったが、以前ユウキの『アラガミと戦って良いのだろうか』と言う疑問を投げ掛けた事をこのタイミングで思いだしていた。ユウキの投げ掛けた疑問が胸騒ぎの原因だろうかと思いながらも、何か事が悪い方向に進んで行きそうな気がしてならなかった。

 

「皆…頼んだよ…」

 

 誰も居なくなった支部長室でペイラーが小さく呟いた。

 

 -神機保管庫-

 

 ペイラーから作戦の説明を受けた後、各々準備のために別れた。その内ユウキとリッカは神機の最終調整のために神機保管庫に来ていた。

 

「さて、早く神機の調整を済ませないとね。」

 

「…」

 

 ユウキの神機の最終調整を済ませるべく、リッカは気合いを入れた様子でユウキに作業を促すが、当の本人は何やら考え事でもしていたのか難しい顔で黙り込んでいた。

 

「どうかした?」

 

「いや、何でもない。早速試運転しよう。」

 

「うん。あ!!それと…はい。これ、使って。」

 

「ベルト…?何か付いてるけど…?」

 

 リッカが声をかけるとユウキは我に帰り、試運転をするように促す。するとリッカは思い出した様にコの字形の物体が2つ付いているベルトを渡してきた。

 

「それは神機の鞘だよ。両手が塞がっちゃったら手を使う時不便でしょ?」

 

「あっそうか。」

 

「神機の刀身の峰をここに差し込んで保持出来るんだ。そのまま下にずらして外すことも出来るし、抜刀の動作でも外せるから扱い易くはなっていると思うよ。それから、アタッチメントはベルト上をスライドして好きな位置に変えられるし、支持部は縦にも横にも回転出来るからどんな向きでも神機を支持出来る様にしてあるから。」

 

「…ありがとうリッカ。早速試運転で使ってみるよ。」

 

 リッカが説明しながら実際にベルト上のアタッチメントをスライドさせたり回転させて向きを変えていく。かなり位置取りの自由度の高いものに仕上がっているため、使い勝手は良さそうだとユウキは感じ、礼を言ってりがたく使わせてもらう事にした。

 

「よし!!じゃあ「リッカさん!!」しうぅん?!」

 

「カオルさん?どうしたんですか?そんなに慌てて…」

 

 試運転に入ろうとするが、それは突然カオルがリッカに声をかけたため、リッカが驚いてすっとんきょうな声を上げた事で阻まれる事となった。

 

「何って第二のノヴァ討伐の為の偵察ですよ。ユウキさん達が戦える様に超弩級アラガミの捜索に行くんです。」

 

「えっ?こんなに早く準備出来るんですか?」

 

「僕らは偵察が主な任務ですからね。相手に見つからないようにするのが基本ですから。余計なものを持って行って物音を発ててもマズイですし、見つかっても戦闘をせずにスタングレネードを使って逃げる事の方が多いですね。情報を持ち帰る事の方が大事ですから。」

 

 『なので準備するものってあまり無いんですよね。』と最後に付け足しながらリッカと共に出撃準備を進める。

 

「カオル準備出来たか?!って何だ、お前も居たのか。」

 

 今度はヤナギが慌てて神機保管庫に入ってきた。すぐにユウキ質に気付いたようだったが、あまり構う事なくリッカに自分の出撃準備も頼むと、自分で出来る準備を始める。そんな中、ユウキがヤナギに話しかける。

 

「聞きました。もう任務に行くんですよね?気を付けて。」

 

「ああ。こっちもそうだがお前はどうなんだ?神機の改造してんだろ?」

 

「それはほとんど終わったよ。でも最終調整はこれからだね。」

 

 神機の改造状況をリッカが答えると、『なるほど…』とヤナギは準備をしながら呟く。

 

「まあ、そんな都合よくターゲットが見つかるとは思えねぇが、万が一早く見つかっても焦るんじゃねぇぞ。調整は慎重にしていけ。」

 

「分かってます。ヤナギさんもカオルさんも…偵察相手は今までと比べ物にならない程に強力な相手になるはずです。気を付けてください。」

 

「はい!!」

 

「ふん。分かってらぁ。」

 

 一通り準備を済ませると、ヤナギとカオルを始めとした第五部隊が任務に出る。そして出撃する第五部隊をユウキとリッカは後ろから見送った。

 

「リッカ、俺たちも調整に入ろう。」

 

「オッケー!!」

 

 次に動くのは自分たちだ。すぐに出られる様にユウキ達も準備を始める。

 

 -数日後、贖罪の街-

 

 偵察隊からの情報が入り、旧居住区に見たことの無い大型のアラガミが現れたと情報が入った。リンドウとサクヤのチームがアリウス・ノーヴァを引き付けている間に、ソーマ、コウタ、アリサは新種と思われる超弩級アラガミを討伐しに旧居住区の待機ポイントに来ていた。

 

「予測通りならそろそろこの辺りを通るはずだが…」

 

 ソーマがポケットから端末を取り出して時間を確認する。

 

「ユウ、間に合わなかったのかなぁ。」

 

「分かりません。でも、最悪ユウ無しで作戦を実行する必要も…」

 

 現状、神機の調整でユウキが来ていない事を考えると、戦力不足の状態で戦う必要もある。相手は超弩級アラガミである以上、可能な限りは避けたい事態だが、そろそろユウキ不在の可能性を考慮して動かなければならないだろうと考えていた。

 しかし、そんな時に小さな音で『バババババ』とプロペラが回る音が聞こえてきた。

 

「ヘリ…?あっ!!もしかして!!」

 

 音のした方を向くと確かにヘリが待機ポイントに向かっていた。このご時世、ヘリを飛ばせるのはフェンリルかその傘下の企業しかない。

 しかも作戦領域の真上を突っ切りるヘリなど、戦闘員である神機使いを乗せたヘリ以外あり得ない。ヘリは待機ポイントの真上に来るとゆっくりと降下し、やがて着地すると中から見知った人物が現れた。

 

「「ユウ!!」」

 

「待ちくたびれたぜ。」

 

「ごめん。遅くなった。」

 

 ヘリから降りてきたのは案の定ユウキだった。ただしいつもと違い、両手は手ぶらな代わりに、刀シリーズと同じ形状で橙色の刀形の刀身が付いた神機と、通常よりも幅が広く、浅紫色をした刀形の刀身が装備された神機を両腰に挿していた。

 

「遂に完成したんだね!!」

 

「うん。雷炎刀と氷神刀…これでまた、ちゃんと戦える。状況は?」

 

 コウタが神機完成に喜んでいる。ユウキもようやく戦える事に喜んでいるが、何処か複雑な表情で神機の柄を無意識に握る。

 しかし何時までも喜んでいるわけにもいかない。仕事に戻るため、現状の確認をする。

 

「まだターゲットは現れていない。大型種で蛇の様な見た目らしい。大きさと風貌から目立つだろうから、見つかっていないならまだ来ていない可能性が高い。」

 

「…わかった。全員降りて探索する。可能な限り密集しすぎない程度の距離を保つんだ。」

 

「分かった。行くぞ。」

 

 ユウキが指示を出すと、ソーマの一言で全員が待機ポイントから飛び降りた。

 

 -1時間後-

 

「…居ない…ね。」

 

 捜索を始めて1時間が経過して教会横の広場に来たが、それらしい敵とは1度も遭遇しなかった。『どう言うことだ?』と考えているうちに、嫌な可能性が頭にちらついた。

 

「まさか…もう通りすぎたのか?」

 

「いや、この辺りを通ってない…はずだ。まだこの辺にいる…と思う。」

 

「う~ん…近くに居るのかも分からなくなってしまいましたね。どうしましょうか?」

 

 『~なはず』や『~と思う』と言った、確証が無くどうにもフワフワした曖昧な返事しか出来ないソーマは、少しの苛立ちを覚えていた。

 アリサもこのままグルグルと周回するだけじゃ見つからないと感じたのか、ユウキに今後の動きを相談する。

 しかし、その後すぐに足元からビリビリと小刻みに衝撃が伝わり、次第に『ゴゴゴゴゴ』と低い音が辺りに響き渡る。

 

「ななな何だぁ?」

 

「じ、地震?!」

 

「この気配…まさか?!」

 

 地面が揺れだし動揺するコウタとアリサ。ソーマその間に足元から何かを感じとり、その正体に察しがついた。

 その瞬間、ユウキの足元から『ミシッ!!』と言う音と共に地面が小さく隆起する。

 

「っ!!下だ!!散れぇ!!」

 

 ユウキの声と同時に全員がその場から離れる。ほんの少し遅れて隆起した地面が『バゴンッ!!』と鈍い音と共に砕かれる。

 地中からの攻撃を避けた第一部隊が元々居た場所を見ると、紫色でヴァジュラよりも細く長い体で、尻尾の先が出刃包丁に似た形状になっており、額には人の顔が貼り付けられ、さらには大きな牙の間から細長い舌をちらつかせた蛇が居た。

 

  『シュルルル…』

 

「ほ、報告通り蛇みたいなアラガミだな…」

 

 『しかもでけぇ…』とコウタが呟く。蛇の様なアラガミは頭を持ち上げながら舌をチロチロとちらつかせた後、飛びかかる様な動作で素早くユウキに噛みついてきた。

 

「チィッ!!」

 

 それをユウキは寸でのところで咄嗟に右に跳んで躱す。標的が居なくなったところで『ガチンッ!!』と金属が噛み合う様な音が響く。

 

「ユウ!!」

 

「食らえ!!」

 

 ユウキが避けた隙をカバーするためにコウタとアリサがオラクル弾を発射する。

 

 『キン!!』

 

 しかし強固な鱗に阻まれ、蛇の様なアラガミには一切効いている様子はなかった。

 結果的に隙を埋める事は出来ずに、ユウキへの追撃を許してしまう。蛇の様なアラガミは尻尾の先の刃物でユウキを右から切り裂こうと横に尻尾を振る。

 先の噛みつきを避けた後では上に跳ぶ以外には回避方法は無いため素直に上に跳ぶ。しかし逃げる術を失ったユウキに敵が口を開けて襲いかかる。

 

「クッ!!こいつ硬い!!」

 

「なら…こいつでどうだ!!」

 

 ソーマがユウキの後ろから飛びかかり、蛇型のアラガミの頭に全力で神機を振り下ろす。

 

  『ズシャッ!!』

 

  『シュラララァ!!』

 

 ソーマの一撃が蛇型のアラガミの鱗を砕きながら頭に傷を着けて怯ませる。

 

「通った!!」

 

「氷属性か破砕攻撃のどちらかが有効なようですね。」

 

 ソーマの一撃通った事を見届けたコウタとアリサが各々氷属性の爆破弾を神機にセットしていく。

 対してユウキは蛇型のアラガミが怯んでいる間に着地する。それと同時に一気に前に出て、両手をクロスして神機の柄を掴む。

 

「ジャラァ!!」

 

 右に雷炎刀、左に氷神刀を装備した神機を握り、抜刀の要領で怯んだアラガミの腹に横に2本の切り傷を着ける。

 しかし今度は怯む事はなく、蛇型のアラガミは頭を振り回してユウキとソーマを攻撃する。それをユウキとソーマは後ろに下がって避け、ユウキはアラガミの正面に、ソーマは左に側に大きく下がる。

 

「コウタ!!弾丸の属性を氷で固定!!アリサは他の属性を試しつつ隙を見て捕食するんだ!!」

 

「はい!!」

 

「了解!!」

 

 ユウキから指示が来るとコウタはそのまま氷属性、アリサは神属性の爆破弾をセットし直して攻撃していく。

 

「ソーマ!!後ろから狙え!!挟み撃ちだ!!」

 

「任せろ!!」

 

 弱点と思われる氷属性と破砕属性の攻撃を受けて一瞬怯み、その間にユウキとソーマが動き、前後から挟み撃ちにするため、神機を振り上げる。

 

「グッ!!」

 

「ガッ!!」

 

 しかし蛇型のアラガミは首を軽く持ち上げると、体全体をバネにして一瞬のうちに前方のユウキに大口を開けて迫ってきた。辛うじてユウキは攻撃を躱し、後ろから攻撃を仕掛けたソーマは、飛びかかる時に振り回した尻尾を装甲で防いだため、奇襲は失敗に終わった。

 そして蛇型のアラガミは標的を失った事により、勢い余ってビルの壁に激突して埃と土煙を巻き上げる。その後すぐに頭を起こす。蛇型のアラガミは壁の破片を咥えてユウキを睨むと、『バゴンッ!!』と大きな音を発てて咥えた壁を噛み砕いた。

 

「チッ!!なんて咀嚼力だ!!コンクリを簡単に砕きやがった!!」

 

 ビルの壁を噛み砕いたところを見たユウキが心の内で舌打ちをする。

 

「正面に立つときは気を付けろ!!飛び込みがかなり速い!!」

 

 正面に立ったユウキへの反撃の速さを見た第一部隊はユウキに言われるまでもなく、蛇型のアラガミの正面を避ける配置に着く。結果、コウタとアリサが左右から銃撃し、ソーマが横または後ろから奇襲、ユウキが囮になるように敢えて正面に立ちつつ反撃する配置になる。

 再度蛇型のアラガミが噛みつく体勢を取ってきたが、それよりも先にソーマが後ろから神機を振り下ろす。コウタが氷属性、アリサが雷属性の爆破弾を続いて撃ち込む。

 しかしそれでも止まることはなかったので、ユウキは後ろに跳びつつも両手の神機を銃形態に変形する。

 

「当たれっ!!」

 

 大型ライフルの様な形に変形した神機をアラガミに向ける。そして更に後ろに下がりながら開いている口に向かって狙撃弾を両方の神機から発射する。

 

  『『バンッ』』

 

 2発の狙撃弾がまっすぐにアラガミの口に吸い込まれ、そのまま口内を貫通して蛇型アラガミの頭に風穴を開けた。

 

「よっし!!」

 

「口は貫通属性に弱い見たいですね。少しずつ見えて来ました!!」

 

 蛇型アラガミの動きが止まり、コウタとアリサも銃撃を続け、ソーマが後ろから追撃のため神機を振り上げる。『このまま押しきる』と言った雰囲気の中、一瞬のうちに怯みから回復し、再度ユウキ向かって飛びかかる。

 

「チィッ!!」

 

 ユウキは辛うじて横に跳んで攻撃を躱す。追撃にコウタは氷属性、アリサは火属性の爆破弾に変えて蛇型のアラガミを狙うが、素早く蛇行して離れていく敵を捉える事は難しく、1度も当てることは出来なかった。

 しかし、蛇型のアラガミへ隙だらけのユウキに目もくれず、そのまま教会の裏手に回ろうと進み続ける。

 

  『『グォォオ!!』』

 

「ヴァジュラテイル?!」

 

 蛇型アラガミの行き先には赤い体のヴァジュラテイルが2体居た。大きく吠えて威嚇していたが、『そんなもの知らん』と言った具合にまったく気にすることなく、顎が外れたと思わせる程に大きな口を開けて2体のヴァジュラテイルに突っ込む。

 ヴァジュラテイルは左右に別れて避けたが、蛇型のアラガミは突然軌道を右に変える。その結果右側に逃げたヴァジュラテイルは綺麗に蛇型アラガミの口内へと呑み込まれた。

 

「うっ!?ま、丸のみにしやがった…」

 

 普段から血飛沫やグチャグチャになった死体を見ている第一部隊でも、丸のみするのはまた別のグロテスクさがあり、コウタが特に引いていた。

 第一部隊が呆けている間に蛇型アラガミはもう1体のヴァジュラテイルに飛びかかる。

 ヴァジュラテイルは辛うじて横に逸れるが、体半分を前牙に噛みつかれる。丸のみのインパクトから真っ先に立ち直ったアリサが火属性の爆破弾で頭を攻撃する。

 

  『シャァァア!!』

 

 蛇型アラガミは爆破の衝撃で噛みついたヴァジュラテイルを落としてしまう。

アリサの攻撃で第一部隊の男共は我に帰り攻撃を再開する。コウタは銃撃を再開し、神機を剣形態に変形したユウキとやや遅れたソーマは前に出る。アリサはそのまま銃撃を続けるが、蛇型アラガミは頭を守る様に下げたと思いきや、今度は嫌がる様に頭を振り回すと、そのまま回れ右をしてユウキ教会の裏手に回り込む。

 その反応を見た第一部隊に仮説が1つ思い浮かぶ。

 

「ユウ、あの反応…」

 

「ああ、火属性にも弱いかも知れない。アリサは火属性バレットで固定!!追撃するぞ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 当然ユウキたちも追いかけるが、その途中でアリサが横目にあるものを見た。

 

「…?あれは…」

 

 アリサが見ていたのは先程倒されたヴァジュラテイルだった。一見死んでいる様に見えたが、よく見るとビクビクと小刻みに痙攣していた。

 

「ユウ!!あの牙には毒があるようです!!恐らく神経を麻痺させるものです!!注意してください!!」

 

「分かった!!」

 

 アリサが蛇型アラガミには神経毒がある可能性をユウキに伝える。だが毒があろうと無かろうと正面に立つのは危険である事には変わらない。最初にユウキが先の気配に神経を集中させながら教会の裏手に回ると、蛇型アラガミが勢いよく飛びかかってきた。

 

「グッ!!」

 

「クソッ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 裏手を警戒していたユウキは大きくジャンプして攻撃を躱し、ソーマは右に、コウタは危うい感じはあれど左に避けきった。蛇型アラガミはそのまま大口を開けてアリサに向かってくるがアリサは火属性の爆破弾を連射する。すると蛇型アラガミは急ブレーキをかけ、真後ろに急反転すると今度は空中に居るユウキを狙ってきた。

 それに対して、ユウキは両手の神機から、見たことのない鎌の様な捕食口を展開する。

 

「喰い尽くせ!!」

 

 右手の神機を横に振って蛇型アラガミの頭を左側から捕食する。するとユウキの体がフワリと少し浮き上がる。そして半回転して今度は左側の神機で捕食すると再び少し浮き上がる。

 

「何だ?!あのプレデタースタイルは?!」

 

「資料にない捕食口?!」

 

 今までにまったく見たことのない、さらには資料には一切乗ってないプレデタースタイルが発現したことで、その場に居た者は驚いていた。

 その間に蛇型アラガミは左から連続捕食を受けながらも怯む事なく、ユウキを喰うために接近する。しかしユウキが捕食のために行った回転はまだ生きている。蛇型アラガミの鼻先を狙って裏回し蹴りを当てて無理矢理軌道を逸らすと同時に怯ませる。

 

「今だアリサ!!腹を狙え!!」

 

「ッ!!は、はい!!」

 

 ユウキの指示で呆けていたアリサが剣形態に変形しつつ前に出る。少し遅れてコウタが蛇型アラガミの胴体に爆破弾を撃ち込み、ソーマが頭に神機を振り下ろす。蛇型アラガミの頭は勢いに負けて地面に叩きつけられた事で更なる隙が出来る。

 

「捕食します!!」

 

 ソーマとコウタのサポートの間にアリサが蛇型アラガミの頭から少し離れた位置でチャージ捕食が成功させる。しかし一方的に攻撃を受けた蛇型アラガミはアリサを睨むと、勢いよくアリサに向かって飛び出した。

 

「「「アリサ!!」」」

 

 コウタが銃口を蛇型アラガミに向けて銃撃、ソーマが飛び出して追撃する。だがアリサと蛇型アラガミが近い事もあり間に合わない。ユウキも着地したところで、ワンクッション遅れた時点でどうあっても間に合わない。

 しかしアリサは銃形態に変形しつつ大きくジャンプして攻撃を躱すが、最後の一押しと言わんばかりに大きく開いた口に生えた毒を含んだ前牙がアリサの足に迫る。それでもアリサは焦る事なく冷静に空中で足を振り上げ、水平になったところで足をたたむと蛇型アラガミはアリサのすぐ真下を勢いよく通り過ぎる。そしてを神機振り回すことで体ごと銃口をユウキに向ける。

 

「ユウ!!渡します!!」

 

 アリサが受け渡し弾を3発全て発射し、ユウキの右手の神機に2発、左手の神機に1発渡され、リンクバーストLv3に引き上げる。

 

「よっしゃぁっ!!」

 

「デァッ!!」

 

 ユウキに受け渡し弾が渡されるのを見たコウタが爆破弾を発射すると、最初にソーマが与えた傷に直撃し、思わず頭を持ち上げて怯む。

 さらにはソーマが神機を下から振り上げて顎を捉えると、衝撃で上体を大きく反らせて隙を作る。

 

「今だ!!ユウ!!」

 

 仲間達がチャンスを作った。その隙にユウキは飛び上がり、ながら左手の神機を逆手に持ち変え、右手の神機の柄と接続して1本の神機にする。

 仲間達が作った隙を生かしてリンクバーストLv3での全力の一撃を与えるため、雷炎刀で蛇型アラガミをたたっ斬るために神機を振り上げる。

 

「…っ!!」

 

 神機を振り下ろす直前、蛇型アラガミを真っ二つにする場面を想像する。

 

「ユウ!!何してる左だ!!」

 

「っ!!」

 

 ソーマの声を聞いてユウキはハッと我に帰る。左と言うが何も迫ってくる様子はない。一体何なのかと思っていると、突然ユウキの左の脇腹に衝撃が走り、何かに巻き込まれながら地面に叩き付けられる。

 

「ガッ!!?!」

 

 本来なら地面に叩き付けられても、バウンドする事で衝撃を多少逃がす事は出来る。しかし今回は戦闘から一瞬意識が離れた事と、自身の左目が失明していた事を失念していたため、反応が遅れて蛇型アラガミの尻尾に対応出来なかった。結果、尻尾が付いて回ったまま地面に叩きつけられ、ユウキは背中から衝撃をもろに受ける事となった。

 

「グッ…!!ギッ…」

 

 痛みに顔を歪めながらユウキは無意識のうちにエビ反りに近い体勢になる。これを好機と捉え、蛇型アラガミは動けないユウキに向かって顎が外れたかの様に大きく口を開けて迫ってくる。

 

「「ユウ!!」」

 

「させるかぁあ!!」

 

 しかしソーマが飛び上がり、蛇型アラガミの後ろから神機を神機を全力で振り下ろす。すると蛇型アラガミの額にイーブルワンが直撃し、額の顔を砕きながら地面に頭を叩き付ける。強烈な一撃を受けた蛇型アラガミはそのまはま頭をグチャグチャに叩き割られて絶命した。

 

「危なかったぁ…」

 

「ユウ!!動けますか?!」

 

 取り敢えずユウキが無事生きている事を確認したコウタが安堵し、アリサは未だに痛みに顔を歪めているユウキに付き添う。

 

「何とか終わったか…」

 

 まずは1体、超弩級アラガミを倒す事は出来た。ユウキはコウタとアリサが観ているので自分はコアを回収しようと、蛇型アラガミの到るところを捕食する。

 

  『グジュッ!!』

 

 しばらくすると生々しい水音と共にコアが抉り出される。その後すぐに蛇型アラガミは黒い霧となって消滅した。

 

(…どうしたって言うんだ?ユウ…)

 

 そんな中、ソーマは仲間に支えられてどうにか立ち上がったユウキを見ながら何故とどめの瞬間動きを止めたのかを考えていたが、結局答えは出なかった。

 

To be continued




後書き
 何だか何に対してもやる気が起きなくなって気が付いたら1ヵ月放置してました。ごめんなさい。
 ようやくアリウス・ノーヴァ討伐に動き出すことが出来ました。今まで出なかった堕天種を出すついでにオリジナルの超弩級アラガミを出したりとこの先やりたい放題になりますがまた読んでもらえると嬉しいです。
 元々蛇は神聖な生き物として信仰され、現代でも強力な毒を持っていたりして畏れられてもいるので、この手のゲームではうってつけのモデルだと思うのですが…モデリングや動きの演算が難しいのかな?(3で出るといいな)
 次で雷炎刀、氷神刀、蛇型アラガミの設定です。


・雷炎刀
 通常の刀シリーズと同じ形状の橙色のロングブレード。攻撃は切断属性、付加属性は火、雷の複合タイプ。

・氷神刀
 通常の刀シリーズよりも幅広形状の浅紫色のロングブレード。攻撃は切断属性、付加属性は氷、神の複合タイプ。

・蛇型アラガミ『ナーガ』
 紫色の体にヴァジュラと比べて一回り細く、倍程長い体の大型アラガミ。 外見の特徴は額に取り付いている叫んでいる様な人の顔が取り付いている事。
 毒を含んだ前牙で噛みつかれると神経を麻痺させる神経毒を流し込み、身動きを奪ってくる。この神経毒はオラクル細胞の塊であるコアにも有効で、コアの指令回路をズタズタに破壊する程の強力な毒を自身で精製する。
 苦手な物理属性は胴体は破砕、口は貫通、腹が切断が弱点。付加属性は炎と氷。


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission78 蒼い光弾

ダウンフォースだ!!


-ラボラトリ-

 

 蛇型アラガミを倒した後、ユウキ達は一時帰投して報告とコアや素材をペイラーに渡した。その後短い休憩と補給を受けてすぐに別の超弩級アラガミを倒しに再出撃していた。

 ユウキ達が再出撃して時間がたった後、ペイラーはラボラトリで渡されたコアと素材の調査をしていた。

 

(う~む…これは…)

 

 アラガミの画像とコアの一部解析して蛇型アラガミの行動指針、個体の構成情報が解明され、ペイラーはその情報を元にパズルの様に蛇型アラガミについて仮説を立てていく。

 

(旧世代で存在していた蛇と同様、低温環境には弱いみたいだね。さらには本能的に火を恐れる所も同じと…)

 

 蛇は気温が下がると冬眠し、火を見ると一目散に逃げ出すと言う。コアを解析して得た情報とこう言ったモデルにした動物の特徴と一致しているところがあるため、弱点属性の考察は強ち間違いではないだろうとペイラーは結論付ける。

 

(体表面の鱗により破砕攻撃以外には強く、銃弾は全面的に効きにくい。その他は腹は切断、咥内は貫通が有効…)

 

 ここはモデルとなった動物の上位互換となっているようだ。オラクル細胞の塊のアラガミと言う時点で防御力は上がっている。これも今までのアラガミと同じ特性だった。

 

(そして何よりもこれだ…)

 

 しかし、ここまでは通常のアラガミと大して変わらないため、深く調べるまでもなく予測できた。そのためこのアラガミのコアを調べた際、一際異質な特性がペイラーの興味を引いた。

 

(かなり強力な神経毒…作用としてはテタヌス毒素と同じようなものではあるが…)

 

 テタヌス毒素…平たく言えば神経伝達物質のタンパク質を分解することで神経伝達を抑制するものだ。それが人間に取り込まれると、痙攣性麻痺が起こると言うわけだ。

 しかしオラクル細胞の塊であるアラガミには、人間に使うような薬品や毒は本来通じない。しかし、この蛇型アラガミの毒は注入したアラガミのコアに到達するとテタヌス毒素と同じようにコアからの指令を抑制するように進化した毒を自身で生成するようだ。

 今まではホールドでアラガミの動きを一時的に止める事例はあれど、毒で動きを恒久的に止める様なアラガミは現れなかった。

 

(蛇の姿をしたアラガミか…『ナーガ』と名付けて本部に報告しておこう。)

 

 これまでに無いタイプの蛇型アラガミにナーガと名付けてペイラーは本部に向けてメールを打ち始める。

 

(それにしても…)

 

 報告用のメールを打つ傍ら、ペイラーの頭の中を占めていたのは別の事だった。

 

(ユウキ君が発現させた…私も、リッカ君も知らない…仕様にはないプレデタースタイル…取り敢えず『霞ノ扇』と名付けたが…)

 

 ペイラーは第一部隊から報告があったユウキの神機について考えていた。左右どちらの神機も仕様外のプレデタースタイルを発現させたという。空中で振ると浮かび上がるプレデタースタイルなど設計段階でも、実用化した後でも組み込まれていなかった。

 取り敢えず神機のログをペイラーが、本体をリッカが簡単に調べた結果、捕食口を展開した状態で神機を振ると空気が下に流れて身体ごと浮き上がる程の浮力を生み出す事は分かった。そして何故ユウキにしか発現しなかったのか、思い当たる理由は1つしかない。

 

(これもブレイクアーツの1つなのだろうか…?)

 

 神機をより自由に扱えるブレイカー…彼らにのみ発現するブレイクアーツ、この力が神機をより強力に進化させたのだろうかと考えながら、ペイラーはメールを打ち続けた。

 

 -外部居住区外 荒野-

 

 一方、ユウキ達が次の超弩級アラガミと戦っていた頃、リンドウとサクヤは車に乗ってはいたもののアリウス・ノーヴァに追われていた。そう、今まさにリンドウを餌にして神機更新の時間稼ぎをしているところだった。

 

  『バンッ!!』

 

 そんな中、ジープの荷台に乗っているサクヤのテラスウォームか狙撃弾が放たれてアリウス・ノーヴァの頭に直撃する。

 

「どうだサクヤ?!当たったか?!」

 

「当然でしょ!!でも効いてる様子はないわね!!」

 

 リンドウがハンドルを握りながらバックミラー越しにサクヤの様子を伺う。そこにはサクヤと同時に狙撃弾を受けたにも関わらず追いかけてくるアリウス・ノーヴァが映っていた。

 するとアリウス・ノーヴァの真上に赤紫色の結晶が浮かび上がる。

 

「右!!」

 

 サクヤが曲がる方向を指示すると、リンドウは迷わずにハンドルを右に切る。すると結晶が飛んできてリンドウ達の居た場所に突き刺さる。

 すると今度はアリウス・ノーヴァの周囲に多数の結晶が展開され、それを一気に飛ばしてきた。

 

「クッ!!次から次へと!!」

 

 サクヤが悪態つきながらも次々と結晶を撃ち抜いて破壊していく。

 

「右15!!その後左8!!」

 

 銃身がスナイパータイプのものとは思えない程の速さで狙撃弾を連射し、10個程の結晶を破壊したが、ここで2発破壊し損ねた。サクヤがハンドルをどれだけ切れば良い指示を出すと、リンドウはその指示通りにハンドルを回して車を左右に振って結晶を避ける。

 

「あとは任せなっ!!」

 

 リンドウはバックミラーを見て、ハンドルを左右に大きく切つて残りの結晶を避けていく。その間、サクヤも荷台の上で振られながらも、ジープに近付かれないようにアリウス・ノーヴァに狙撃弾を撃っていく。

 

  『ガコンッ!!』

 

 リンドウがすべての結晶を避けた頃、サクヤの神機からオラクルが殆ど無くなり、薬莢を排出してリロードする。

 

「リンドウ!!」

 

「はいよっ!!」

 

 サクヤが呼び掛けると同時に、それなりに大きい薬莢を、リンドウに投げて寄越すと、リンドウは右手で難なく受け止める。

 それを確認したサクヤはアリウス・ノーヴァの方を向き、銃口をアリウス・ノーヴァに向けて構える。

 そしてリンドウはバックミラーを見ながら狙いを定め、サクヤから受けとった薬莢をアリウス・ノーヴァに向かって投げつける。

 

「当ててみせる!!」

 

  『バァンッ!!』

 

 アリウス・ノーヴァの眼前でサクヤが薬莢を撃ち抜く。すると薬莢はスモークを噴き出しながら爆発し、アリウス・ノーヴァを怯ませると同時に視界を奪う。さらに、これにはもうひとつの狙いがあった。

 

「よぅし!!マーキング成功!!ヤツが怯んだ隙に離脱する!!回収してくれ!!」

 

 噴き出したスモークには強いオラクル反応を示す細胞が含まれていた。そのためこのスモークに触れるとオラクル細胞が体表面に食い付き、対象の反応を一時的に追いかけられると言う仕組みだ。ただし、それだけのオラクル細胞を充填するため、普段よりも撃てるオラクル細胞が少なくなるが、サクヤの腕ならば心配する事は無いだろうと言うことでこの方法がとられた。(もっとも第二のノヴァであるアリウス・ノーヴァにはマーキング効果のあるオラクル細胞も短時間で喰われてしまうだろうが。)

 アリウス・ノーヴァがスモークを浴びたのを確認するとリンドウは通信で上空に居るヘリに縄梯子を下ろしてもらい、車を走らせたままサクヤと共に離脱する。

 怯みから回復したアリウス・ノーヴァは運転手の居なくなった車に結晶を放ちながら追いかける。何発か外した後結晶は車に直撃して、アリウス・ノーヴァは車の残骸を捕食し始めた。

 

「さぁて、あとはアイツらが何処までやれるかだな。」

 

「あの子達なら大丈夫よ。信じましょう。」

 

「そうだな。」

 

 車を喰い散らかすアリウス・ノーヴァをヘリの中で見ながら、リンドウとサクヤはコアを回収しているユウキ達が上手くやっているかと心配していた。

 

 -嘆きの平原-

 

 リンドウとサクヤがアリウス・ノーヴァを引き付けていた頃、ユウキ達は旧ビル街に来ていた。待機ポイントで最終確認中も感じる存在感を今は無視してユウキが任務内容のせつめいを始める。

 

「今回の相手は旧ビル街に現れたウロヴォロスだ。通常の種とは違い白い甲殻を背負っているようだ。」

 

 ユウキは第五部隊から報告があった今回のターゲット、超弩級アラガミ扱いのウロヴォロスについて説明し始める。

 

「現時点では通常のウロヴォロスと比べても大きな差異は無いと報告されている事から、今回のターゲットはウロヴォロス堕天種と認定された。だが大きな違いは無いとは言え相手はノヴァの影響を受けた超弩級アラガミだ。油断はするな。」

 

 簡潔にターゲットの情報を伝える。超大型、さらには超弩級アラガミと言うスペシャルなセット内容に全員の表情が強張る。特にコウタはかなり緊張している様だった。

 

「ウ、ウロヴォロスか…何時だったかソーマが1人2人は死ぬって言ってたっけ…」

 

「だがあのときよりも俺たちは明らかに強くなっている。負ける理由なんて無い…だろ?」

 

「ええ。いつも通りに、かつ油断せずに行きましょう。」

 

 第一部隊全員がルーキーの頃と比べると比べ物にならない位に強くなったのは間違いない。その事を仲間達から聞いたコウタは『そっか…そうだよな!!』といつもの様に明るく笑った。少しずつ落ち着きも取り戻し、そこには緊張した様子は無かった。

 

「よし、任務…開始!!」

 

 コウタの士気を取り戻した事を見届けると、ユウキの指示で任務が開始される。待機ポイントから飛び降り、隆起した地面を周って反対側に向かうと、ウロヴォロス堕天種と鉢合わせた。

 

「デ、テケェ…」

 

「こ、こんなに大きいなんて…」

 

 コウタとアリサは初めて見たウロヴォロス堕天種の大きさから来る威圧感に思わず息を飲む。

 

  『ヴォォォォオ!!』

 

「グッ!!」

 

「うぅっ…」

 

 見た目通りの声量で吠えてきたウロヴォロス堕天種の咆哮に圧倒され、コウタとアリサは無意識に後退りする。しかしその2人の横から黒い影が飛び出し、迷わずに前触手に斬りかかる。

 

「何してる!!早く後方支援しろ!!」

 

「相手の大きさに呑まれるな!!このくらいの修羅場ならいくつも越えてきただろ!!」

 

 ウロヴォロス堕天種の前触手を斬ったソーマとユウキが檄を飛ばす。その最中に前触手が持ち上がり、ユウキとソーマに向かって振り下ろされる。

 

「クッ!!」

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちをしながらユウキは左、ソーマは右に跳んでそれぞれウロヴォロス堕天種から離れる。

 

「へへっ…それもそうだな!!」

 

「ですね!!これだけ大きければただの的です!!」

 

 ユウキ達を攻撃したために出来た隙を突いて、コウタとアリサはウロヴォロス堕天種の頭に弾丸を撃ち込んでいく。

 ウロヴォロス堕天種はそれを受けながらも、特に避ける事もせずに頭の角を光らせ始める。

 

「っ!!レーザーが来るぞ!!」

 

 レーザーの発射体勢になった事で、動きが止まったウロヴォロス堕天種の前触手を駆け上がりながら、ユウキがどんな攻撃が来るかを教える。

 

「であっ!!」

 

 ユウキが指示を出すのと同時にソーマが前触手に斬りかかる。

 

「クッ!!止まらない!!」

 

 しかし圧倒的質量差の前ではソーマの一撃もかすり傷の様なものだった。当然ウロヴォロス堕天種は止まる事なく明後日の方向にレーザーを発射する。全員が『何処を狙っているんだ?』と思った瞬間、レーザーの軌道が前方をなぎ払う様な軌道になった。

 

「ちょちょちょっ!!」

 

「クッ!!」

 

 突然の軌道変更に対応できず、コウタは狼狽えて右往左往したが、アリサが剣形態に変形しながら間に割って入る。レーザーが当たる直前でなんとか装甲の展開が間に合った。

 

「キャアッ!!」

 

「うわっ!!」

 

 しかし構えが完全でなかったために、アリサはレーザーを受け止め切れずにコウタを巻き込んで後ろに転んでしまう。そして転んだ後、突然アリサは動揺して顔を真っ赤に染める。

 

「ちょっ?!ど、何処触ってるんですか!?」

 

「へぶっ!!?!」

 

 倒れた拍子にコウタがアリサの内腿を触ってしまっつため、アリサが振り向き様に強烈なビンタをコウタに浴びせる。

 当然コウタは奇声をあげて首が限界を越えた領域にまで回され、頬には綺麗な紅葉が咲いた。

 

「何してる!!早く戦闘に復帰しろ!!」

 

 コウタとアリサのゴタゴタが目についたユウキが2人に戦闘に集中するよう伝えるながらウロヴォロス堕天種の上に飛び上がる。

 

「は、はい!!」

 

「了解!!」

 

 ユウキの声で、アリサは気持ちを切り替えて神機を銃形態に変形する。コウタも『わざとじゃないのになぁ』とビンタされた事に不満を抱きつつも戦闘に参加する。

 そしてユウキは両手の神機を逆手に持ち変え、そのまま2つの神機から真下に向かってトゲのある捕食口を展開する。

 プレデタースタイル『パニッシャー』を展開すると、超重量の捕食口により勢いよく落下してウロヴォロス堕天種の背骨を捕食して、結合崩壊させる。

 

「ソーマ!!コウタ!!」

 

 そしてユウキは飛び降りながら銃形態に変形して受け渡し弾をソーマとコウタに受け渡し弾を3発ずつ渡して、リンクバーストLv3に引き上げる。

 

「よっしゃぁ!!」

 

 コウタが右側から連射速度を上げてウロヴォロス堕天種に神属性の爆破弾を撃ち込み、アリサは左側から神属性の爆破弾を撃つ。しかしウロヴォロス堕天種の両肩には爆破弾は効果が薄いらしく、ウロヴォロス堕天種は気にした様子もなく姿勢を落として、空中に居るユウキへ追撃しようとする。

 

「おぉぉおあっ!!」

 

 ユウキが着地するまでの隙を作るため、ソーマが神機を振り上げて真正面からウロヴォロス堕天種に斬りかかる。

 

  『ヴォォォォオ?!』

 

 ソーマの一撃がウロヴォロス堕天種の頭に当たり、ウロヴォロス堕天種を怯ませる。その間にユウキが着地して体勢を整える。

 

  『ヴォォォォオ!!』

 

 しかしウロヴォロス堕天種は活性化して、すぐに身体を捻り反撃のに入る。

 

「全員跳べ!!」

 

 ユウキが叫んだ瞬間、ウロヴォロス堕天種が身体を回転させて、前触手を振り回す。それを全員がジャンプして躱す。

 ユウキとソーマは当然躱し、コウタとアリサも先の気の抜けるやり取りのお陰か、身体の固さは無くなっていて、動きのキレが良くなっていたため、容易に避ける事が出来た。

 さらにウロヴォロス堕天種は前触手を前に広げながら上体を倒して、目の前のソーマとコウタ、アリサを押し潰そうとする。コウタとアリサは横に跳び、ソーマは後ろに下がって躱す。

 その間にユウキは左の神機を鞘に納めて、ウロヴォロス堕天種の横からチャージ捕食を展開する。しかし、本来ならウロヴォロス種を相手にするときによく使う、ミズチを展開するつもりだったが、何故か展開されたのはアルダ・ノーヴァとの戦いで偶然発現した全体的に紫色に着色されて所々淡い紫色に発光している三股の捕食口だった。

 当然ユウキは驚いたが、気にしている余裕はないのでそのまま捕食する。しかしチャージ中に上体を起こしたウロヴォロス堕天種が体勢を変えて前触手で捕食口を抑えて捕食を妨害する。

 

「グッ!!く、クソッ!!」

 

 受け止められた事で相手を喰う事が出来ず、膠着状態になる。

 

「ユウ!!そのまま展開しておいて!!」

 

 コウタが銃口をウロヴォロス堕天種に向ける。

 

「いっけぇぇぇえ!!」

 

 コウタの咆哮と共に濃縮アラガミバレットLv3を発射する。細いレーザーがウロヴォロス堕天種の前触手の先をを貫通する。ウロヴォロス堕天種の力が弱まり、少しずつ捕食口がウロヴォロス堕天種を潰していく。そこにアリサが爆破弾を撃ち込み、ウロヴォロス堕天種の力を削いでいく。

 しかし最後の一押しが足りない。そんな中、ソーマがウロヴォロスの下でチャージクラッシュの準備をしていた。

 

「くたばれ!!」

 

 ただし構え方はいつもと違い、下から上に振り上げてウロヴォロスの胴を下から切る。

 遂に抵抗する力を失い、ウロヴォロス堕天種は大きく仰け反り捕食を許してしまう。仰け反った事で本来の狙った場所ではなく胴体の下を喰い千切った。

 さらにはもう一度チャージ捕食を展開する。しかしまたしても逆立ったトゲが生えた見たことの無い捕食口が展開された。

 何なのかは気になるが戦闘中である以上気にしている訳にもいかない。ソーマとコウタとアリサが怯んでいる間にウロヴォロス堕天種を袋叩きにする。その間にユウキは即座に捕食する。

 すると捕食口が再度展開され、捕食口から極太のレーザーを発射する。

 

「うわっ!!」

 

 手に入れたアラガミバレットをいきなり発射するとは思っていなかったので、せっかくの極太レーザーを明後日の方向に撃ってしまう。しかも突然の事だったのでユウキは体勢を崩してしまう。

 

「まずいぞ!!」

 

「ユウ!!」

 

「早く!!立って!!」

 

 ユウキが体勢を崩した隙にウロヴォロス堕天種は体勢を整えてユウキに向かって突進してきた。

 

「クッ!!」

 

 ユウキは左の神機を抜刀しつつ、右の神機を銃形態に変形して、銃口をウロヴォロス堕天種に突きつける。先程コウタが前触手にダメージを与えたので、そこを狙えば一瞬でも動きを止められる可能性があると考えての事だった。体勢を整えきる前に後ろに跳びつつも狙撃弾を撃つはずだった。

 

  『バァァアンッ!!』

 

 しかし爆音と共に発射されたのは狙撃弾とは似ても似つかない蒼い極太のレーザーだった。蒼い極太のレーザーを放った瞬間、ユウキは勢いよく吹き飛び、ウロヴォロス堕天種の胴から下を貫いた。

 

  『ダァァァアンッ!!』

 

 さらにウロヴォロス堕天種を貫いた場所の周囲を弾け飛んで、ウロヴォロス堕天種の下半身を粉々に吹き飛ばした。

 身体半分を失ったウロヴォロス堕天種は動く事さえ出来なくなった。対して自身でも予測してなかった強力な攻撃をした事に、ユウキを始め第一部隊全員が驚いていた。

 

「な、何だ…?これは?」

 

 ユウキは過剰な威力のレーザーを放った事に放心していた。

 

「か、貫通したと思ったらウロヴォロスが爆発した?!」

 

「と言うより、貫通したあと周辺を破壊していた様にも見えましたが…そ、そのバレットは何なんですか?」

 

 コウタのアリサがユウキの放ったバレットについて質問攻めにする。

 

「わ、分からない…ただの狙撃弾で気を反らすつもりだっただけ…なのに…」

 

  『ヴ、ヴォォォォ…』

 

「とにかくその話は後だ。ヤツがまだ生きてるならさっさとコアを回収するぞ。」

 

「あ、ああ。」

 

 あまりに突然の事だったのでわすれてしまっていたが、今はウロヴォロス堕天種との戦闘中なのだ。ウロヴォロス堕天種が動けなくなっている間にとどめを刺すようにソーマが言う。

 その声に従いユウキは立ち上がり、ソーマと共にウロヴォロス堕天種の元に向かうが、ユウキはそれをただ見ているだけでいつまで経っても剥き出しになったコアを捕食しようとはしなかった。

 

「何してるユウ?」

 

「…」

 

 ソーマの問いかけにも答えず、ユウキは何か苦虫を潰した様な顔になる。

 

「…チッ!!」

 

  『クジュッ!!』

 

「ぁ…」

 

 結局ソーマがウロヴォロス堕天種のコアを捕食した事で、ウロヴォロス堕天種は霧散して消滅した。それを見たユウキは小さく声を漏らした。

 

「ウロヴォロス堕天種のコアは回収した。任務を終了する。回収班を寄越してくれ。」

 

 ソーマは極東支部に連絡を入れると、ユウキを置いてそのまま踵を返してコウタとアリサの元に戻って行ったが、ユウキはウロヴォロス堕天種のいた場所を見つめていた。

 

(蛇型を狩った時の違和感…気のせいじゃなかったか。)

 

 帰る途中で、ソーマは先の戦闘の違和感が気のせいではないと確信を持った。そして、何故そんな違和感を持ったのかも、ユウキが何を考えているのかもこの時ようやく分かった。

 

(何を迷ってやがる…ユウ?)

 

 ユウキがアラガミにとどめを刺すことを躊躇っている。その事に気付いたソーマは、何故そんな風に迷うのか理解出来なかった。

 

To be continued




後書き
 今回は超弩級アラガミの一体、ウロヴォロス堕天種との戦闘回でした。その間のリンドウさんとサクヤさんの、活躍も少し書けました。
 気付いた人も居るかもしませんが、DLCで追加されたプレデタースタイルはユウキが独自に進化させたブレイクアーツの一種です。さらには破砕レーザーを撃ったりと、戦いの中で進化していきはするものの、俺tueeeeeなやりたい放題な感じになってきて面白いと感じてもらえるのかが心配な今日この頃…
 ※前回の話にナーガのイメージ絵と名前を加えて投稿しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission79 紅い斬撃

最後の超弩級アラガミ『アルダ・ノーヴァ堕天種』の討伐です。


 -ラボラトリ-

 

「うーん…これは…」

 

 第一部隊が帰還し、ウロヴォロス堕天種のコアを受け取ったペイラーは寝る間も惜しんでコアの解析と、偵察班から得られたアリウス・ノーヴァの情報を分析していた。

 

(原種のウロヴォロスとは大きな差はない…か…)

 

 ウロヴォロス堕天種のコアを回収した結果、他の超弩級アラガミとは違い、原種とは大きな差はないと分かった。その結果、今回倒したのは本当に堕天種と言う結論になったが、それでもノヴァの残滓の影響を受けて発生したアラガミであり、れっきとした超弩級アラガミである事に間違いはない。

 しかしペイラーはそれよりも別の事が気になっていた。

 

(それに…昨日今日でアリウス・ノーヴァがリンドウ君に釣られなくなってくるなんて…厄介な事になってきたね…)

 

 昨日はリンドウを餌に気を引く事が出来た。しかし今日は他のものに気を取られたりする等、リンドウ以外のものに気を取られて何度か誘導し直している。アリウス・ノーヴァがリンドウを喰う必要がないと言う結論に至ったのか、あるいはこちらの思惑に気が付いたのか、はたまたリンドウより優先すべき捕食対象が現れたのか…いずれにしろ、このままアリウス・ノーヴァの気を引き続けるのは難しい事には間違いはないだろう。

 

(ただ、お陰で外部の偏食因子を取り込む際に偏食傾向が一定時間固定される事も分かった…)

 

 しかしリンドウが気を引き付けた期間、それから戦闘以外の時には偵察班が解析機器を使い集めた情報、そして以前第一部隊が回収したアリウス・ノーヴァのオラクル細胞から得られた情報を整理する。その結果、アリウス・ノーヴァは捕食によって偏食因子を取り込む際、取り込みやすい様に偏食傾向を調整する特性がある事が分かった。

 これを利用すれば一時的にアリウス・ノーヴァの防御性能を下げる事が出来る。討伐隊の攻撃も通常通りに通るはずだ。

 

(まさかあの論文に頼る事になるとはね…)

 

 解析を続けながら、ペイラーはある人物が書いた論文を思い出していた。今から行う予定の作戦がまさに論文道りの内容だったからだ。しかし論文を書いた人物とは折が合わず、あまり親しくはなかった。

 

「少々準備不足ではあるが、もう仕掛けた方が良いかも知れないね…」

 

 これから先、時間を稼ぐ事も難しくなるかも知れない。手札は少ないが倒せる可能性はある。ここで仕掛けなければもう手が出せなくなる事を考えると、準備を前倒しにする方が良いかも知れないとペイラーは考えていた。

 

 -嘆きの平原-

 

 ナーガ、ウロヴォロス堕天種と立て続けに超弩級アラガミを倒してきた第一部隊は次なる超弩級アラガミを倒すべく旧ビル街に来ていた。現在コウタとアリサが待機ポイントに居て、ユウキとソーマは少し離れた場所で準備をしていた。

 

「おい、ユウ。」

 

「何?」

 

 そんな中、ソーマがユウキに話しかける。何事かと思い、ユウキはキョトンとした表情になって返事をする。

 

「お前…何を迷ってやがる?」

 

「っ?!な、何で…そんなことを?」

 

 両目を見開きながら言葉を詰まらせる。あからさまに動揺を見せたユウキは何とか誤魔化そうとするも、先の対応で隠せるはずもなくソーマには一瞬でバレていた。

 

「ナーガを倒した時から思ってた。お前、アラガミを倒す事を躊躇ってないか?」

 

「凄いな。まるでエスパーだ。」

 

「茶化すな。」

 

 『HA☆HA☆HA☆』と冗談めかして笑って誤魔化したが、ソーマは声を低くして返す。それを聞いたユウキもふざけた雰囲気を止めて大人しくする。

 

「俺達がアラガミを倒さなければ人類が滅ぶ。それは分かってんだろ?」

 

「…うん。」

 

「なら何で躊躇う。やつらを倒す。そう言ったのはお前だろ。」

 

「…」

 

 第二のノヴァを倒さなければ人類はいずれ滅ぶ。それを防ぐ為に超弩級アラガミを倒している。結果的にそれが第二のノヴァを倒す事になる。それにアリウス・ノーヴァの存在を確認したとき、倒すと言っていたのはユウキ自身だった。何故今さら迷う必要があるのか分からず、ソーマは少し強くユウキに問いただす。

 

「…この間の…喋るヴァジュラ…いただろ?あの時、何度か俺達を罠に嵌めたから…ちょっと警戒しちゃってるかも…とどめの時も…もしかしたら攻撃を誘われてるのかも…って考えちゃってさ…」

 

 少しの沈黙の後、ユウキが迷う理由を話始める。しかしアラガミを倒す事が本当に目指す未来に繋がるのか疑問を持った。それでアラガミを倒せなくなったなどと言ったら自分の存在理由を否定しているようでどうしても本当の理由を話す事が出来なかった。その為咄嗟に出てきた嘘の理由を話した。

 

「それでもとどめのチャンスとなれば行くしかないだろ。今までだってそうして来たんだ。もし反撃の可能性があるのなら、それを考慮して動けばいいだろ。」

 

「…そうだね。」

 

 『おーいソーマー!!ユーウ!!早く来いよー!!』とコウタの呼ぶ声が聞こえる。話を切り上げてソーマはコウタとアリサの元に向かう。

 

「とにかく、戦いの最中は迷うな。でなければお前が死ぬぞ。」

 

「…分かってる。」

 

 ソーマに続きユウキも移動を始める。

 

(分かってる…けど…)

 

 第一部隊が待機ポイントから飛び降りるのを後ろから見ていたユウキは、どうにも煮え切らないまま自身も待機ポイントから飛び降りる。

 

「ユウッ!!」

 

「ッ!!」

 

 アリサの呼び掛けで我に帰ると、右側から巨大なレーザーが発射された。轟音と共に地面を砕きながら迫ってくるレーザーを、ユウキは前に飛び出して紙一重で躱す。

 

  『フフフッ…』

 

 レーザーが飛んできた方を見ると、不敵な笑みを浮かべながら今回のターゲット、全身の配色が青系の色になった『アルダ・ノーヴァ堕天種』が手招きをして挑発する。

 

「行くぞソーマ!!」

 

「了解!!」

 

 アルダ・ノーヴァ堕天種が手招きしている間にユウキとソーマは走り出し、一気にアルダ・ノーヴァ堕天種との距離を縮める。

 

「アリサとコウタは後衛!!アリサ!!隙を見て捕食だ!!」

 

「オッケー!!」

 

「はい!!」

 

 コウタとアリサを後方支援に就くよう指示を出すと、2人は互いに離れる方向に動いて、銃口をアルダ・ノーヴァ堕天種に向ける。

 

「当たれぇ!!」

 

「当たって!!」

 

 アリサとコウタがアルダ・ノーヴァ堕天種にオラクル弾を撃つ。しかし男神の両腕によって弾かれる。

 

「ゼアッ!!」

 

 その間に接近したユウキが間髪入れずに両手の神機を振り下ろして追撃する。しかしアルダ・ノーヴァ堕天種は後ろスライドするように下がって躱す。

 

「ハァッ!!」

 

 今度はソーマがユウキの後ろから飛び出して袈裟斬りを繰り出すが、男神が左手で神機を掴んで止めてしまう。

 

「シッ!!」

 

 次は間髪入れずにユウキが左下から近づいて逆袈裟斬りで斬りかかるが、それも男神が右手で掴んで受け止めてしまう。だがユウキも即座に左手の神機で女神に向かって突きを繰り出す。

 しかし女神は右腕をムチの様にしながら、向かってくる神機の刀身に巻き付けると、自身の眼前で止めてしまった。

 

「今だっ!!」

 

「当てる!!」

 

 今度はコウタとアリサが爆破弾を撃つと、それぞれ男神と女神に直撃する。爆破の衝撃で女神、男神それぞれ掴んでいた神機を離してしまう。その間にユウキとソーマは一旦下がる。

 その途中、ユウキとソーマには女神と男神両方に爆破の衝撃で鎧にヒビが入っているのが見えた。

 

「っ!?こいつには攻撃が通る!!全員攻撃の手を緩めるな!!」

 

「「了解!!」」

 

 ユウキの指示でコウタとアリサは中断しようとしていた攻撃を続行する。対して男神が両手で女神を庇い、女神が両手足を伸ばして腹這いになる。すると女神は髪を振り乱してオラクルの刃を四方八方に飛ばしてきた。

 それをコウタとアリサはジャンプして避けつつ男神にオラクル弾を撃ち込む。そしてユウキとソーマも着地と同時に横に避け、アルダ・ノーヴァ堕天種に向かって行く。ユウキは左、ソーマは右から女神を挟み撃ちにする。

 

「ガッ!!」

 

「グッ!!」

 

 飛び上がり、両手の神機を振り上げて女神の頭から斬りかかるユウキには男神がユウキの腹に裏拳を当てて迎撃する。さらに神機を構えたソーマには正拳突きを繰り出す。ユウキはモロに攻撃を受けて突き飛ばされてしまったが、ソーマは装甲の展開がギリギリ間に合い、直撃は回避出来たがアルダ・ノーヴァ堕天種から離される。

 ユウキとソーマが離れた間に女神が男神の頭に乗る。すると男神は両手を広げてコウタとアリサに向かって突進してきた。

 

「うわっ!!」

 

「くっ!!」

 

 コウタとアリサは互いに離れる様に動いて突進を難なく回避したが、その後に女神が2人を突き刺そうと両手を伸ばしてきた。予想外の事にコウタとアリサは反応が遅れたが何とか避ける。しかし咄嗟の回避のせいで体勢を崩し、アルダ・ノーヴァ堕天種の追撃を許してしまう。

 

「アリサ!!」

 

 女神が男神の下を掴むと、ハンマーの様に使いアリサに向かって振り下ろす。ユウキが咄嗟に間に割って入り、装甲を展開する。

 すると男神が手を翳しつつユウキに迫ってくるが、装甲で防御する。次は反対側のコウタを狙って女神が男神を振り下ろす。アリサも体勢を立て直し、チャンスと思い装甲を閉じると、ユウキの足元が光だす。

 

「があぁあ?!」

 

「ユウ!!」

 

 突如ユウキの足元から光の柱が吹き出し、ユウキがダメージを受けつつ跳ね上げられる。その間に男神がコウタに迫ってくる。しかしソーマが装甲を展開して攻撃を肩代わりする。ユウキの時と同じく男神が手を翳しながら迫って来たのを装甲で防ぐと、即座にコウタと共にその場を離れる。

 案の定ソーマが居た場所には光の柱が立ち上がった。ソーマとコウタがその柱を回避した間に、女神は再度中に浮いているユウキに男神を叩き付ける。

 

「お…らぁあ!!」

 

 しかしユウキは男神の手に全力の回し蹴りを叩き込み、辛うじて軌道を逸らす。男神の手は空を切って地面に叩き付けられ、そして叩き付けた場所から光の柱が立ち上がる。

 その間にソーマが神機を構えながらアルダ・ノーヴァ堕天種に飛びかかる。対して女神がソーマに向かって横凪ぎに男神を振る。

 

「そこだぁ!!」

 

 コウタが男神の肩を爆破弾で撃ち込むと、その衝撃で男神がソーマの下へと軌道を変える。

 

「くたばれっ!!」

 

 ソーマが男神を踏み台にして女神に近付くと神機を横に振る。すると神機が女神の頭の上を通り天地輪を破壊する。回避しようと大きく下がったアルダ・ノーヴァ堕天種だったが間に合わなかったが、結合崩壊を起こした事で活性化する。

 

「今です!!」

 

 活性化の最中にアリサが鮫牙を展開して女神の髪を捕食する。

 

  『フフフフ…』

 

 しかしその攻撃も気にした様子も無く、女神が男神の腕の上に座る。女神が不敵な笑みを浮かべながら男神の顎を一撫ですると、男神の中心と女神の右腕からオラクル弾をばら蒔いてきた。

 

「チッ!!」

 

「クソッ!!」

 

「うわっ?!」

 

 ばら蒔かれたオラクル弾を避けていると、後ろからアリサが男神に爆弾を撃つ。

 

「そんな?!効いてない?!」

 

 さっきまで効果のあった爆破弾がまともにダメージを与えられなくなっていた。活性化のせいだろうかと考えていると、ユウキとソーマがオラクル弾の間を縫ってアルダ・ノーヴァ堕天種に近付いてきていた。

 

「ソーマ!!」

 

「おう!!」

 

 ユウキが上から、ソーマが少し遅れて下から飛びかかる。すると女神の髪が逆立ち、装甲が展開されて剣の形に変形する。男神がそれを掴むと左へ剣を振ってユウキを斬りかかる。

 

「グッ!!」

 

「チィッ!!」

 

 左に居るユウキは装甲で防ぐが凪ぎ払わた。その後に男神は右に剣を振る。ソーマもそれを防御するが、剣に凪ぎ払われる。そして次の一撃でコウタを狙って左に剣を振る。

 

「コウタ!!」

 

 アリサが後ろから爆破弾を撃つがやはり効果が無い。結局男神の攻撃を止める事が出来ず、剣がコウタを狙って振り下ろされる。

 

「あっぶねっ!!」

 

 前の攻撃の間に少し離れた事もあり何とか躱す事が出来た。しかし男神はコウタに狙いを定めて続けて攻撃する。そしてその間にユウキが再度アルダ・ノーヴァ堕天種の左側から向かって行く。

 

「させるかぁあ!!」

 

 ユウキが右手の神機を振り上げる。すると右手の神機の刀身から紅いオーラが吹き出してきた。ユウキの声に反応して振り向くと、ユウキが神機を振り下ろす。

 

  『ズガァァァン!!』

 

 神機を振り下ろすとと同時に紅い斬撃が飛び出し、男神を巻き込んでさらに後ろのビルを真っ二つに斬り裂き、辺りに土埃が舞い上がった。

 

「なっ!?」

 

 『倒してしまった』そう考えた瞬間、ユウキに隙が出来る。

 

「ユウッ!!」

 

 アリサの声に意識を戻すが、土埃から左半身が吹き飛んだ男神が外に女神剣を振る。ユウキは左手の神機で防御出来たが、吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

 

「アリサッ!!コウタッ!!総攻撃だ!!」

 

「「了解っ!!」」

 

 戦線に復帰したソーマが男神に神機を下から振り上げる。しかし男神も女神剣を横に振って受け止める。

 

「当たれぇ!!」

 

「援護します!!」

 

 コウタが男神の手元に、アリサが右肩に爆破弾を撃ち込む。その衝撃で男神は剣を握る手を緩めてしまう。その瞬間を見逃さず、ソーマは神機を握る両手に力を込めると、男神は女神剣を弾かれてしまう。

 

「アリサ!!リンクバーストだ!!」

 

 空中で剣から人形に戻ると、ソーマが男神を足場にして飛び上がる。ソーマが受けたし弾を渡してバーストさせる。人形に戻ったばかりで身動きの取れない女神にソーマが袈裟斬りを叩き込む。

 

  『ブシャァアッ!!』

 

 女神が切り裂かれて血が吹き出すと、そのまま力無く地上に落ちていく。すると男神も動きを止め、その場で崩れ落ちた。

 

「終わったか…」

 

 ソーマが着地したのを確認すると、コウタとアリサは立ち上がったユウキの様子を見に行った。

 そしてその間にソーマがアルダ・ノーヴァ堕天種のコアを回収して任務を終了した。

 

 -訓練室-

 

 第一部隊が任務から帰るやいなや、神機使い達に召集がかかり、訓練室に集められた。とは言え第二のノヴァ討伐作戦を展開している現状では、神機使い全員が呼び出される理由は大方察しはついている。

 

「さて、諸君らも知っての通り、第二のノヴァ討伐のため、全部隊に動いてもらっている。しかし、アリウス・ノーヴァの進化の早さは我々の予測を遥かに越えていた。事実、たった1日で雨宮リンドウ少尉がアリウス・ノーヴァを引き付けられなくなってきている。」

 

 ツバキからの報告に神機使い達がザワつく。リンドウを囮にし始めたのが昨日のはず、なのにもうそれが通用しないと言った事実を聞かされて神機使い達が動揺する。

 しかしツバキが一喝すると辺りは静まり帰り、ツバキが話を進める。

 

「そこで支部代理は早急な決着が必要だと判断し、そのための作戦も用意してある。」

 

 相手の強化が異様な程に早いならば、対策を講じられる前に決着をつける。当然と言えば当然の決断でもある。少ないが切り札もある。本音を言えばもう少し切り札を揃えたいところだが、その間に揃えた切り札への対策をされては元も子もない。その為にペイラーは短期決戦に踏み込む決断をしたのだ。

 

「アリウス・ノーヴァは類い稀な捕食力と学習能力がある。故に、偏食因子をも取り込み、自らの守りに使ってくる。」

 

 ツバキは以前にも全員に伝えたアリウス・ノーヴァの特性を再確認させる。それを聞くと延々と強化され続けるアリウス・ノーヴァの特徴を再確認した神機使いの一部は軽く絶望すら覚える。

 

「しかしこの特性にも穴はある。捕食したものを取り込む際に最も効率よく取り込む為、偏食傾向を固定する作用がある事が分かった。そこで今回は超弩級アラガミのコアを直接アリウス・ノーヴァに撃ち込み、偏食傾向が固定されている間に倒す…これが今回の任務だ。」

 

 ツバキが言う穴とは、アリウス・ノーヴァの貪欲に全てを喰らい、学習しようとするが故の弱点でもあった。喰ったものを最も効率良く取り込み、学習するにはどうすれば良いのかを考えた結果、自身の偏食傾向を変えれば良いと言うのを強制的に実行しているためなのだ。

 その特徴を利用して、偏食傾向を固定すれば最低限の攻撃は通る。その間に決着を着けるのが今回の作戦だ。

 

「アリウス・ノーヴァ討伐には第一部隊、他の部隊は第一部隊が戦いに集中出来るように露払いをしてもらう。では部隊の配置だが…」

 

(…やるしか…ないのか…?)

 

 ツバキが作戦中の部隊の配置と役割を説明していく。しかしそんな中、ユウキは説明を聞きながらもアリウス・ノーヴァを倒していいのか迷っていた。

 

 -支部長室-

 

 全体への作戦説明が終わり、第一部隊は支部長室に招集され、ペイラーとツバキから作戦の詳細を告げられる。

 

「さて、皆も知っての通り、今からアリウス・ノーヴァ討伐に向けて神機の更新を始めとした準備に入ってもらいたい。その為にも作戦内容の詳細を話しておくよ。」

 

 ペイラーから促され、ツバキが作戦の詳細を伝える。

 

「まず、アリウス・ノーヴァの現在地だが…諸君らが初めて目標と出会ったあの山岳地帯だ。」

 

「あそこか…」

 

 ツバキからアリウス・ノーヴァの潜伏場所を聞いたソーマが皆で遊びに行った場所を思い出しながらポツリと呟く。

 

「現状、アリウス・ノーヴァは何かを探している様に山岳地帯を彷徨いている。この状態がいつまで続くかは分からないが、このままであれば少なくとも山岳地帯の外に出る事はないだろう。」

 

 スクリーンを下ろすとツバキが周辺の地図を表示する。地図にはアリウス・ノーヴァの足跡が線で表示されていて、確かに山岳地帯の外には出ていなかった。

 

「加えて先も言った通り、周囲のものを捕食して恐るべき早さで進化している。その為、超弩級アラガミのコアをバレットに加工し、目標に撃ち込む…狙撃を担当するのはサクヤ、お前だ。」

 

「はい。」

 

 ツバキはアリウス・ノーヴァの防壁を崩す重要な役割にサクヤを指名する。確かにサクヤの狙撃能力なら問題なく当てるだろう。

 

「幸い山岳地帯と言う事もあり狙撃ポイントは多いが、基本的に迎撃ポイントは山岳地帯に広がる平地地点だ。目標が近くに居ない場合は最悪ここまで誘き出す。」

 

 地図上で迎撃ポイントを丸で囲む。山岳地帯にも関わらず、多少開けている場所なので、戦い難い事はないだろう。

 

「相手は以前よりも強力な体に進化しているだろう。それから、決して誰も欠けることなく帰ってこい。いいな。」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

「…了解。」

 

 全員が揃って返事をする中、ユウキだけが一瞬の迷いを見せた後、返事をする。

 

「強敵になりそうね…気を引き締めなきゃ。」

 

「大丈夫ですよサクヤさん!!今までだって危険な敵を何体も倒してきたじゃないですか。俺達ならやれますよ。」

 

 気負いすぎている様にも感じるサクヤにコウタがいつもと変わらない、明るい様子で大丈夫だと言う。少々楽観視し過ぎにも感じるが、こう言うときのコウタの明るさは堅くなりすぎた緊張感を解し不安を忘れさせてくれる。そんなムードメーカーが居るのはありがたい事だ。

 

「それにユウのあの必殺技みたいな攻撃!!ウロヴォロス堕天種を一撃でふっ飛ばした蒼いバレットにアルダ・ノーヴァ堕天種戦でビルを真っ二つにした紅い斬擊!!あれがあればアリウス・ノーヴァも倒せるって!!いつも通りやればきっと大丈夫!!」

 

「い、いや…あれは…」

 

 『まだ使いこなせていない』とユウキは伝えるが、コウタには届いておらず、蒼いバレットと紅い斬擊について、必殺技とは云々、必殺技はロマンだと何やら語り始めた。

 ちなみにそれを聞いたペイラーは案の定『興味深い』と呟いていた。

 

「そんな力が発現したとは報告を受けていないんだがな。」

 

「ごめんなさい…アリウス・ノーヴァの解析の邪魔になると思って…報告しませんでした。」

 

 ユウキとしては変な力が発現したが、戦えない訳でもない。アリウス・ノーヴァの対策のために急ピッチで研究を進める中、余計な事で時間を取らせない様に配慮したつもりだったが逆効果だったようだ。

 

「今度からは報告だけでも入れておけ。いいな。」

 

「はい。」

 

 ツバキから報告は徹底するように注意を受ける。すると、突然コウタが何やら興奮冷めやらぬ様子でユウキの視界に入ってきた。

 

「なぁ?!あの必殺技の名前何にする?!」

 

「い、いや…今はそんなこと…」

 

 『言ってる場合じゃない』と続けようとしたが、コウタは腕を組んで考え込んでいたため、聞いていないようだった。

 少し考えていると名前を思い付いたのか顔を上げる。

 

「蒼い銃弾に紅い斬擊だろ…?じゃあ『コバルトマグナム』に『クリムゾンソニック』ってのはどう?!」

 

「まったく…今はそんなこと気にしている場合じゃ…」

 

 非常時に必殺技(?)の名前を考えるのに必死になっているのはどうかとアリサが苦言を呈するが、コウタはあまり気にした様子はなく、寧ろ少し驚いている様な様子を見せた。

 

「え~でも名前あった方がイメージしやすそうだし、俺達も何をするのか分かりやすいじゃん?」

 

「それは…まぁ…」

 

 コウタの正論とも言えなくもない言い分を聞いたアリサが悔しそうに言葉を濁す。

 

「ほらお前ら、名前は取り敢えずそれにしといて早く準備進めるぞ。」

 

 ここまでのやり取りを見ているだけだったリンドウが、コウタとアリサの肩に手を置いてそのまま出撃準備をさせるために、そのまま3人で支部長室から出ていく。サクヤとユウキもそれに続き、ソーマは最後に部屋を出ようとする。

 

「ソーマ、ちょっと残ってくれるかな?」

 

「…?あぁ…」

 

 しかしペイラーに呼び止められた。ソーマは一瞬歩いていく仲間たちの背中を見たが、すぐにペイラーの方を向いて支部長室に残った。

 

To be continued




 遅れぎみでしたがどうにか投稿出来ました。アルダ・ノーヴァ堕天種と戦闘し、次にはアリウス・ノーヴァ討伐戦です。
 戦闘でもユウキが迷ったせいで殆ど役に立たなくなってきてポンコツ化が進んできた気が…神機との適合率が上がって新しい力を発現出来ても全く使いこなせない状況…この先どうしようか…?
 この先コバルトマグナムとクリムゾンソニックの設定です。(相変わらずのネーミングセンス…)
 マグナムとソニック…やだ、世代がバレる…?

  コバルトマグナム
 ウロヴォロス堕天種討伐時に新たに発現した力。貫通力が非常に高い極太のレーザーを発射する。さらに貫通後に貫通した場所を周辺を砕き破壊していく蒼い破砕レーザー。多少であれば出力を調整することが可能。

 クリムゾンソニック
 月牙天衝(紅い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission80 玉兎

アリウス・ノーヴァ討伐戦前編です。


怪物と闘う者は、

 

自らも怪物にならぬよう、

 

気をつけるべきだろう。

 

深淵をのぞきこむ者は、

 

深淵からものぞきこまれているのだ。

 

        -フリードリヒ・ニーチェ -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -支部長室-

 

「それで…俺だけここに残したのはどういう訳だ?」

 

 作戦会議が終わった後、ソーマはその場に呼び止められて第一部隊とツバキが去って行ったのを確認すると、ペイラーに呼び止められた理由を尋ねる。

 

「…実は、ユウキ君の事だが…今回の作戦…彼を外すべきか迷っていてね。」

 

「どう言う事だ?」

 

 ペイラーがユウキを任務から外すなどと言ってきたが、何を意図しているのか分からずにソーマは思わず聞き返す。

 

「ここ最近の彼を見ていると…どうにも心ここに在らずと言った感じに見えてね。任務の様子次第では今回は出すべきではないとも思っている。」

 

 ペイラーが何故ユウキが任務で力を出しきれないと知っているのかとソーマは驚きつつも、任務の時にユウキに対して感じた違和感と本人の口から聞いたその理由を話していく。

 

「どうやって知ったかは知らんが、確かに任務に集中出来てはいないな。本人から聞いたが、罠にかけられた経験から判断を遅らせるって言ってたな。」

 

「…そうか。そんな『嘘』をついたのか。」

 

「何?」

 

 ソーマが聞いた理由は嘘…それが分かるとソーマは少しショックを受けたが、顔には出さずに、どう言う事なのかをペイラーから問い質す。

 

「…以前言葉を話すヴァジュラと戦っただろう?その頃からどうにも戦う事自体に迷いを覚えている様でね。特別なアラガミ、強力なアラガミ程、私たちの目指す未来に必要な存在なのではないかと考えているみたいなんだ。」

 

「…そうか。ここ最近になって迷いを見せたのはそう言う事か。」

 

 これで何となくだが合点がいった。確かに最近のユウキは戦闘の最中に迷いを見せていた。その中でも特にとどめになると、それが顕著に現れると言うだけで、何やら戦う事そのものに気が乗らない様に見えたとと言う方が自然に思えた。

 

「ユウの迷いは…取り敢えず今を生きてから先の事を考えるやり方じゃなく、あらゆる可能性を考慮した結果そうなったんだろうが…」

 

 ソーマなりにユウキが何を思い迷ったのかを考える。基本的にソーマも含めた神機使い達は兎に角今を生き延び、後の事は生き延びた後に考える人が殆どだ。しかしユウキは戦う前に目標のアラガミが生き延びればどうなるか、近い将来にシオの様なアラガミになるのではと考えしまう。

 ある意味では人とアラガミの共生について真剣に考えた結果なのだろうが、未だ人とアラガミが殺し合う現状ではそれは危険な思考だと思い、ソーマは小さくため息をつく。

 

「まあ、ここまで見た限りアイツが出来ないのはとどめだけだ。迷いのせいで多少動きが鈍いが戦う事自体は出来る。それにアリウス・ノーヴァが相手になるならば、ここで戦力低下はかなりの痛手だ。」

 

「彼を出す方が良いと言う事かい?」

 

 ソーマが語る任務中のユウキの様子とこれから戦う相手を考慮した意見をきいて、ペイラーはソーマが何を言いたいのか要約する。

 

「弱らせるまでは戦い、とどめは俺やリンドウが引き受ける。だが、この任務が終わったら、しばらくは任務出さない方が良いだろう。でないと…」

 

 ソーマは一旦言葉を区切る。

 

「…可能性に殺される。」

 

 『もしかしたら』、『ひょっとしたら』そんな仮定した未来が訪れ、そこから都合の良い未来を掴める可能性を考えた瞬間、『目標を倒すと望んだ未来は手に入らない』と思い込み、敵を倒す事が出来なくなってしまう。

 有るか無いかも分からないものに縛られ、身動きが取れなくなる。そうなると停滞し、滅ぶしかなくなる。ソーマはユウキがこうなってしまうのではないかと心配して、この任務の後はもう任務に出さない方が良いと進言した。

 

「分かった。参考にさせてもらうよ。ありがとうソーマ。君も準備に戻ってくれ。」

 

 ペイラーの話が終わると、ソーマはそのまま支部長室を後にする。

 

(何だろうね…嫌な予感がするよ…)

 

 しかしペイラーは何やら胸騒ぎを覚えていた。それは次の相手に対する準備不足な為か、何か別の理由があるのかは分からないが、何故か落ち着かない感じがしていた。

 

「皆…無事に帰ってきてくれ…」

 

 これから危険な相手と戦う第一部隊が無事に帰って来る事を祈りつつ、ペイラーはアリウス・ノーヴァの索敵と解析を再開する。

 

 -月影の霊峰-

 

「何か…月が大きい?ギラギラしてる?気のせいかな?」

 

『俗に言うスーパームーンですね。しかも珍しく青い色をしてますね。スーパーブルームーンと言ったところでしょうか?』

 

「本当に大きいですね。」

 

 コウタとアリサが何時もよりも大きな月を見上げて呆けて、ヒバリが通信で今日の月について解説する。

 

(シオちゃんも…気にしているんでしょうか?)

 

 ヒバリが解説している最中も、アリサは月にいった仲間が自分達の事を気にしているのだろうかと考えていると、不意にソーマの声が聞こえてきた。

 

「見とれてる暇はないぞ。アリウス・ノーヴァの状況はどうなっている?」

 

 ソーマが任務前に何時までもおしゃべりに興じる3人に苦言を呈すと、神機の最終チェックをしているユウキに代わり、ターゲットの状況を確認する。

 

『現在リンドウさんと共に作戦エリアに向かっています。このままですと3分後に接触します。』

 

「…了解。サクヤさん、準備出来ましたか?」

 

 神機のチェックをしながら、ユウキはサクヤの準備が終わったかを無線で確認する。一瞬のノイズが入った後、サクヤの声が聞こえる。

 

『ええ、問題ないわ。狙撃後の合流ルートの確認も出来てる。合流まではおおよそ5分前後と言った感じかしら?』

 

「分かりました。なら俺達もこのまま配置に着きます。奇襲のため、戦闘が始まるまでは念のため通信を切っておきます。」

 

『了解。』

 

 『ブツッ!!』と言うノイズ音を最後に通信が切れる。サクヤの準備は終わっているようだ。ならば自分達の準備も早く終わらせなければ。そう思うとほぼ同時に神機のチェックが終わったユウキが立ち上がり、任務内容を確認する。

 

「それじゃあソーマ、コウタ、アリサは後方、俺は前方にそれぞれ潜伏する。リンドウさんがアリウス・ノーヴァを引き連れて来たらまずは俺とリンドウさんが、その後後方の3人攻撃をしかける。」

 

「「「了解。」」」

 

「この奇襲で倒せるなんて思っちゃいないが、可能な限りのダメージを与える。奇襲後はいつもの様に頼む。それじゃあ頼むぞ。」

 

 いくら戦闘準備が整っていないとは言え、強力なアラガミがたった一度の奇襲で倒せるなどとは思えない。奇襲はあくまで起点作りのためのものだ。その後の強襲、総攻撃への流れを作るためのものだ。

 そう言った任務の確認を終え、ユウキ達が隠れてしばらくすると、アリウス・ノーヴァの足音が聞こえてきた。

 

(…来た!!)

 

 サクヤは狙撃地点の岩場の上からターゲットを確認する。以前とは違い、ディアウス・ピターの様な鋭い翼を生やし、アルダ・ノーヴァの様な天輪が付いていたが、何かしらの進化はしているだろうと予測していた。そのため特にきにする事もなく銃口を向けて目付きを鋭くする。

 

「…そこっ!!」

 

 炸裂音と共に超弩級アラガミのコアが使われている特性バレットがアリウス・ノーヴァに直撃する。

 

  『キュリャァア?!』

 

 アリウス・ノーヴァは奇声をあげながら仰け反る。偏食因子を取り込む為なのか、その顔から胴に向けて黒い刺繍の様な模様が浮かび上がっている。

 

「オォォォオ!!」

 

 バレットが撃ち込まれた事を確認すると、リンドウは反転しながら右腕を神機型に変形して斬りかかる。『グチャッ!!』と肉を引き裂く音と共に仰け反ったアリウス・ノーヴァの腹にグチャグチャな傷痕が残る。

 

「ゼアッ!!」

 

 アリウス・ノーヴァが体勢を立て直したのでリンドウは一旦離れる。すると入れ替わりにユウキが突っ込んでくる。両手の神機を横凪ぎに振ってアリウス・ノーヴァの左前足に二の字に斬りつける。

 するとアリウス・ノーヴァはユウキを縦に両断するべく左の翼を縦に振り下ろす。対してユウキは後ろに下がってなんとか躱す。

 

「いっけぇ!!」

 

「当たれ!!」

 

 ユウキが攻撃を躱すと、アリウス・ノーヴァの後ろで待機していたコウタとアリサの神機から無数のオラクル弾が撃ち込まれる。突然の奇襲にアリウス・ノーヴァは思わず怯むと、その隙にソーマが岩場の陰から飛び出す。

 

「おぉぉおあ!!」

 

 ソーマが神機を振り下ろすと後ろの右足に傷を入れる。しかしアリウス・ノーヴァもやられてばかりではない。その場で勢い良く回転して、両翼を使って最も近くにいるソーマとユウキへ斬りかかる。

 2人は即座にアリウス・ノーヴァから離れて事なきを得る。しかしアリウス・ノーヴァは先に離れたリンドウにも狙いをつけ、右の翼を目一杯伸ばす体勢になってリンドウ向かって刃を振り下ろす。

 リンドウはアリウス・ノーヴァから離れる様に動いてそれを避けると、今度はアリウス・ノーヴァ左へと急反転して、左の翼で空を切る。すると翼の先からオラクル結晶が飛び出してきて、アリウス・ノーヴァの後ろを陣取っていたコウタとアリサに向かっていく。2人は互いに離れる様に跳んでそれを躱す。

 

 

『偏食傾向…固定確認!!行けます!!』

 

「リンドウさんは俺と前衛!!ソーマは後ろを取れ!!取り囲む!!」

 

「オーケー!!任せな!!」

 

「了解!!」

 

 ヒバリから作成の第一段階が成功したことを伝えられ、ユウキが指示を出すのとほぼ同時にアリウス・ノーヴァが両翼を広げて突っ込んでくる。それをユウキとリンドウは神機で受け止め、その間にソーマが後ろに回り込む。

 そしてアリウス・ノーヴァは両翼に力を込めると、ユウキとリンドウを弾き飛ばす。

 

「コウタ!!アリサ!!ソーマの後ろで援護!!」

 

「了解!!」

 

「分かりました!!」

 

 飛ばされつつもコウタとアリサに指示を出し、自身もリンドウと共にその場に踏みとどまる。そして指示を出された2人はそのままアリウス・ノーヴァの背後に残ってオラクル弾を撃つ。少しずつだが、アリウス・ノーヴァの体を削っていく。

 

「サクヤさん!!」

 

『今向かってるわ!!5分待って!!』

 

「了解!!サクヤさんは合流次第後方支援に!!」

 

『了解!!』

 

 再度ユウキはリンドウと共に正面からアリウス・ノーヴァに向かっていく。先にリンドウが右腕を振り下ろすと、アリウス・ノーヴァは半歩下がってそれを躱す。続いてユウキが両手の神機を外へと横凪ぎに振るう。するとアリウス・ノーヴァは再度後ろに下がって避ける。さらにソーマが後ろから神機を振り下ろして追撃するが、アリウス・ノーヴァは左へと避ける。

 追撃を避けたアリウス・ノーヴァは左前足を真っ先に地面に着けると、そこを軸にして反転する。そしてお返しにソーマに向かって右の翼を振り下ろす。

 ソーマは横に跳び、それを躱す。するとアリウス・ノーヴァは勢い良く前に出て包囲網を抜ける。

 

「行かせるか!!」

 

「逃がさない!!」

 

 コウタとアリサがアリウス・ノーヴァの眼前を横切る様に弾幕を張る。アリウス・ノーヴァは思わず立ち止まってしまう。するとコウタとアリサは弾幕を張ったまま銃口をアリウス・ノーヴァに向ける。

 

  『バキバギッ!!』

 

 

『ッ!!オラクル反応増大!!注意してください!!』

 

 ヒバリから通信が入るとほぼ同時に、突如地面から赤紫の結晶がアリウス・ノーヴァとオラクル弾の間に生えてきた。オラクル弾は結晶に当たり、標的に届くことはなかった。

 

「ヤツを逃がすな!!畳み掛ける!!」

 

「おう!!」

 

 リンドウ、ソーマ、ユウキがアリウス・ノーヴァに向かって走る。すると再び地面から結晶が生えてきて、今度はユウキ達の行く手を阻む。さらには結晶の色が濃くなっているため、アリウス・ノーヴァが視界から隠された。そのため、ユウキ達は全員一旦様子見のために急ブレーキをかける。一瞬待って何事もなければ左右から回り込むつもりだった。

 

  『ズシャァッ!!』

 

 ユウキ達が止まった隙に結晶の向こう側からアリウス・ノーヴァが両翼にオーラを纏って結晶ごと切り裂いてきた。

 

「ギィッ!!」

 

「グッ!!」

 

「うおぉっ?!」

 

 咄嗟にユウキとソーマは装甲を展開して防ぐが勢いに負けて飛ばされ、リンドウは大きく後ろに飛び退きつつ、自身の右腕を立てて防御する。 

 その後、アリウス・ノーヴァはアリサとコウタの方を向く。それを見たアリサは反射的に剣形態に変形する。その瞬間、高速で2人の元まで距離を詰め、両翼を振りかざす。アリサは間一髪で装甲を展開するが、バックラータイプの装甲では受けきれず、そのまま勢いに押されて、コウタを巻き込みながら弾かれる。

 

「キャァッ!!」

 

「うぐっ!!」

 

 体勢を崩した2人を狙い、アリウス・ノーヴァは両翼を振り上げる。

 

  『バンッ!!』

 

 短い破裂音が響くと同時にアリウス・ノーヴァは反転しつつ飛んできた狙撃弾を翼で切り捨てる。振り向いたアリウス・ノーヴァの視線の先には左の神機を銃形態に変形して銃口を向けたユウキがいた。そしてその隣にはソーマ、後ろにリンドウもいた。

 

「ソーマ!!」

 

「分かってる!!」

 

 ユウキがソーマに合図を出すのとほぼ同時に、アリウス・ノーヴァはユウキ達に向かって飛び掛かる。先のように高速で間合いを詰め、両翼で挟み込むように斬りかかる。それをユウキは左手の神機を剣形態に変形しつつ右手の神機で右の翼を、ソーマは左の翼を受け止める。

 

「ギッィッ!!」

 

「グッォォオ!!」

 

 2人が押し返されそうになりながらも、その場に踏み止まる。だが刃を受け止めると同時に神機の装甲に切れ目が入り始めている。長くは持たないだろう。しかし攻撃を受け止めた瞬間、2人の間からリンドウが前に出る。

 

「うぉぉぉお!!」

 

 無防備になった相手にに一気に接近したリンドウが、アリウス・ノーヴァの顔を切る。

 

  『キュリャァァァア!!』

 

 リンドウの一撃がアリウス・ノーヴァの顔に傷を作ると、アリウス・ノーヴァは怯んだが、すぐに体勢を立て直すと大きく吠えて天輪が輝いた。それを見たリンドウを始め、ユウキ、ソーマは一旦離れる。

 

「どうやら活性化したみたいだ!!気を付けろ!!」

 

 リンドウの『活性化した』と言う声と同時に再びアリウス・ノーヴァの両翼がオーラを纏う。するとアリウス・ノーヴァは真正面にいるリンドウをすれ違い様に右の翼で斬りかかる。

 

「ぐおぁあ!!」

 

 どうにか右腕で防いだが、勢いに負けてソーマに向かって吹っ飛ばされる。その結果、ソーマも体勢を崩してしまう。そして急反転して元来た道を戻り、ユウキの後ろから斬りかかる。

 

「グギッ!!」

 

 左の神機を後ろ手に回して装甲を展開する事でどうにか防ぐ事が出来たが、アリウス・ノーヴァのスピードとパワーに負けて盛大に転んでしまう。

 最後の仕上げにアリウス・ノーヴァは右前足を地に着けると、そこを軸にして急反転して第一部隊の方を向く。すると、天輪から極太のレーザーが発射される。

 

「「「ぐぁぁぁぁああっ!!」」」

 

 レーザーが体勢を崩したリンドウ、ソーマ、ユウキに直撃する。さらに、レーザーの向きを素早く変え、体勢を立て直して加勢するはずだったコウタとアリサにも攻撃する。

 

「うわああああ!!」

 

「きゃああああ!!」

 

 コウタとアリサも防御が間に合わず、結果的にアリウス・ノーヴァはたった1発のレーザーで第一部隊を一蹴してしまった。

 第一部隊が痛む身体に鞭打って立ち上がる中、リンドウはすぐに起き上がる。しかしその頃には再びアリウス・ノーヴァの天輪が輝き始めていた。

 

  『バンッ!!』

 

 何処からかともなく狙撃弾が飛んできた。狙撃弾がアリウス・ノーヴァの首元を貫通すると、アリウス・ノーヴァは怯み、天輪から光が消えた。

 

「狙撃弾…?サクヤ!!」

 

 リンドウは狙撃弾が飛んできたと言う状況から誰が撃ってきたのかすぐに分かった。リンドウがその狙撃ポイントと思われる方向に顔を向けると、そこには崖上からアリウス・ノーヴァを狙ったサクヤがいた。

 

「お待たせ!!」

 

 サクヤが言い終わると同時に追加で2発の狙撃弾を撃ち込み、崖から大きく前に出ながら飛び降りる。しかしアリウス・ノーヴァは両翼を器用に使って狙撃弾を切り捨てる。

 そしてアリウス・ノーヴァはターゲットをサクヤに変え、頭上にオラクル結晶を作ると、サクヤに向かって投げつける。

 

「サクヤァ!!」

 

 それを見たリンドウは猛然と走り始める。対してサクヤは落下しながらの速打ちで結晶を撃ち抜き、すべて破壊していく。しかしアリウス・ノーヴァは再度結晶を飛ばしてきた。

 

「またっ?!」

 

 第二波が飛んできた事にサクヤは驚きつつ、再び迫ってくる結晶を撃ち抜こうとするも、反応が遅れてしまいすべて撃ち抜くには間に合わない。

 どうするかと一瞬のうちに考えを巡らせていると、リンドウが大きくジャンプして最も近い位置の結晶に飛び乗る。そして結晶を足場にして前にある結晶に飛び移る。そして飛び移った直後に乗っていた足場を右腕で破壊する。これを繰り返して一気にサクヤの元まで飛び移る。

 リンドウがサクヤに最も近付いた結晶を破壊すると、そのままサクヤを抱えて着地する。

 

「ユウ!!戦線に復帰するわ!!」

 

「分かりました!!そのまま後方支援を!!」

 

 サクヤとリンドウがアリウス・ノーヴァの気を引いている内に、ユウキ達も体勢を立て直して反撃に出る。

 

「貫け!!」

 

「当たって!!」

 

「いっけぇ!!」

 

 サクヤが遠距離からアリウス・ノーヴァを撃ち抜き、続いてアリサとコウタが爆破弾を撃ち込む。

 

  『キュリャァァア?!』

 

 狙撃弾と爆破弾がアリウス・ノーヴァの胴を貫き、削っていく。攻撃を受けたアリウス・ノーヴァは一瞬怯むと、その隙に一気に駆け寄り距離を詰めたリンドウと体勢を整えてチャージクラッシュの準備を終えたソーマが、神機を構えたまま前に出る。

 

「うぉぉぉお!!」

 

「これで決める!!くたばれぇぇえ!!」

 

 リンドウが左、ソーマが右から責める。しかし怯みながらもアリウス・ノーヴァは両翼でリンドウとソーマの攻撃を受け止める。だが流石に極東最強クラスの2人の攻撃を受けたのでは、体勢を維持出来ずにその場に抑え込まれる。

 しかしアリウス・ノーヴァは崩された体勢から身体を1回転させて、リンドウとソーマを振り払う。

 

「グッ畜生っ!!」

 

「クソッ!!仕留め損ねた!!」

 

 絶好のとどめのチャンスを逃した事でリンドウとソーマは吹っ飛ばされながら悪態をつく。そしてその2人と入れ替わる様に、ユウキがアリウス・ノーヴァに接近する。

 今、アリウス・ノーヴァはリンドウとソーマを弾き飛ばした直後のため、両翼の動きは振り切って止まっている状態だ。とどめを刺すには絶好のチャンスだ。隙の出来たアリウス・ノーヴァに対して、ユウキは飛び掛かりながら両手の神機を振り上げる。

 

(良いんだ…これで。倒さなきゃ…人類が滅ぶんだ。仕方ない。そう、仕方ないだ。)

 

 これでいいと、戦いの最中も何度も自分に言い聞かせてきた。そんな心境の中、今まさに自分がとどめを刺そうとしているが…

 

 『本当に…良いのか?』

 

 ほんの一瞬だった。この一瞬の迷いでユウキに隙が出来る。アリウス・ノーヴァはその隙を見逃さず、即反撃に転じる。

 

「ガッ?!」

 

 アリウス・ノーヴァは両翼でユウキを挟む様に攻撃する。ユウキは両手の神機の装甲を展開して何とか防ぐが、攻撃の勢いに圧されて後ろにある岩まで吹っ飛ばされた。

 

  『キュリャァァァァアァァァア!!』

 

「グッ!!」

 

「ギッ!!」

 

 体勢を立て直したアリウス・ノーヴァはユウキ達を威嚇するためにも大きな声で吠える。するとソーマは頭痛、リンドウは右腕に痛みを覚えて患部を思わず押さえる幸いなのはどちらも軽症だった事だろう。

 

「き…いぎゃぁぁぁぁあぁい!!??」

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたい痛い痛いいたいいたいいたい痛いイタイいたいイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイ痛いイタイイタイイタイイタイクイタイイタイイタイイタイくいたいイタイ痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ喰イタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイ痛いイタイイタイイタイイタイクイタイイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイクイタイ

 

 しかしユウキが奇声をあげ、手を神機から放して頭を抱えて踞る。今ユウキの頭を支配しているのは目をくり貫かれ、脳ミソを掻き回される様な不快感と異様なレベルの頭痛だった。突然の事にユウキ自身も訳が分からないまま痛みにのたうち回る。

 

「ユ、ユウ?!」

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あぁ"っ!!ぎッ!!がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!ア"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"ッ!!」

 

 アリサがユウキの元に駆け寄るが、それよりも先にユウキが痛みに耐えかねて叫び声をあげながら頭を打ち付け始める。1度や2度ではなく、何度も何度も岩に打ち付け、頭突きで岩を砕きつつも、そのせいで頭からは血が止めどなく流れていた。

 そんな状況でもアリウス・ノーヴァは止まってはくれない。ユウキに向かって走り出したので、リンドウが間に入って攻撃する事でアリウス・ノーヴァの進行を止める。

 

「何してるんですか?!止めてください!!」

 

「な、何?!どうしたの?!」

 

『ユウ………のバイ………、安…し…せん!!………が?!』

 

 アリサがユウキの体に腕を回して岩から離そうとする。しかし神機使いの中でも異常な力の持ち主であるユウキを動かせる訳もなく、ただユウキにしがみつく事しか出来なかった。

 何やら異様な叫び声が聞こえてきたので、サクヤが通信でアリサに何があったのかを聞くと、アリウス・ノーヴァの能力なのか、急にノイズ混じりになったヒバリの通信から何か言っていたが、ほとんど聞き取る事が出来なかった。

 

「わ、分かりません!!突然ユウが頭を抱えて叫びながら頭を打ち付けて…きゃあっ!!」

 

 アリサが何があったのか説明する。その間、しがみつかれた事が鬱陶しかったのか、頭を打ち付けるのは止めたがその場で暴れだした。その内にユウキはアリサを突き飛ばし、再び頭を打ち付け始めた。

 『止めてユウ!!』とアリサは再度止めに入るがユウキの自傷行為を止める事は出来なかった。

 

「くっ!!アリサ!!ユウを離脱させろ!!」

 

「は、はい!!」

 

 リンドウの指示でアリサはユウキを何とか岩から引きはなそうとして引っ張る。そして指示を出したリンドウにアリウス・ノーヴァが片翼で斬りかかってくる。飛び上がって避けるが反対の翼で切り裂いてきた。

 それを変形した右腕で防御するとリンドウは後ろに大きく吹き飛ばされた。そして飛ばされたリンドウを狙ってオラクル結晶を投げつけてくる。リンドウは空中で姿勢を直して向かってきた結晶を切り砕く。

 勢いを殺しきれずに後ろにずり下がりながら着地すると、軽い頭痛を覚えて動きが止まったソーマの近くまで下げさせられていた。

 

「ソーマ!!行けるな!?」

 

「ああ、なんとかな!!」

 

 頭痛に不快感を覚えながらもリンドウと共にアリウス・ノーヴァに向かって走る。

 アリウス・ノーヴァは両翼を横に振ってリンドウとソーマを2人まとめて切り裂いてきた。だがソーマは踏み込んで更に加速し、スライディングで両翼の下を潜り抜け、リンドウは右腕で両翼を防御する。

 翼による攻撃を防御したことで一瞬アリウス・ノーヴァの動きが止まる。その間にスライディングでアリウス・ノーヴァの左側に抜けたソーマが体勢を整えて、標的の横腹に全力の逆袈裟斬りで強烈な一撃を与える。

 

  『キィンッ!!』

 

「なっ?!」

 

「弾かれた?!」

 

 しかしその一撃は甲高い音を発するだけで、アリウス・ノーヴァには何ら傷を付ける事はなかった。

 今まで通った攻撃が通らなくなった。ソーマが驚いて一瞬動きを止めた隙に、アリウス・ノーヴァが片翼を勢い良く戻して、翼の付け根でソーマの側頭部を殴打する。

 

「ぐぁぁぁあっ!?」

 

「ソーマ!!こいつ!!」

 

 ソーマが殴れ、勢い良く倒された。それを見たコウタがその隙をカバーするため、オラクル弾を連射する。

 しかしアリウス・ノーヴァが地を蹴ると、その衝撃で地面にヒビが入る。その結果、アリウス・ノーヴァはかなりの速さで動き、オラクルが着弾する頃にはもうそこには居なかった。

 

「な、何だよ!!さっきよりも全然速いぞ!!」

 

 コウタが構える銃口がアリウス・ノーヴァを追いかけても追い付かずに当たらない。相手の動きを予想し、その場所に撃っても加速、減速を繰り返してまったく当たらない。しかも戦闘を開始した時よりも動きが速く、複雑になってきている。銃撃が当たらないことに焦りを覚え始めたコウタだったが、逃げるアリウス・ノーヴァを追うように撃ち続け、その後アリウス・ノーヴァの目の前に発砲する。するとアリウス・ノーヴァの動きが一瞬止まる。

 

「そこっ!!」

 

 その隙をサクヤは見逃さず、一瞬だけ止まったアリウス・ノーヴァの眉間を撃ち抜く。

 しかしアリウス・ノーヴァは姿勢を変えて、片翼を前から後ろに引きながら狙撃弾を切り捨ててみせた。

 

「そんな?!」

 

 確実に当たる。そう思っていたが、アリウス・ノーヴァの超反応とも言える動きにサクヤは驚愕した。そして今度はサクヤに隙ができると、アリウス・ノーヴァは真っ直ぐにサクヤに突っ込んでくる。

 両翼を前に出して切り裂いてくるのを、姿勢を低くして右前に飛び込む事で辛うじて潜り抜ける。しかしアリウス・ノーヴァは左前足で虫を払うかの様な動作でサクヤを弾き飛ばす。

 

「きゃあっ!!」

 

「サクヤ!!テメェッ!!」

 

 リンドウが怒りを露にしてアリウス・ノーヴァの左から攻撃するが、アリウス・ノーヴァはリンドウから離れる様に横に跳ぶ。そして跳びながら左の翼を横に振って斬りかかる。

 しかしリンドウはジャンプしながら右腕を人の腕に戻して翼を掴む。するとそこを支点にしてリンドウが横に回転しながら翼の上を通り抜ける。そして翼が真下に来たところで手を離し、右腕を再び神機に変形して回転中にアリウス・ノーヴァに斬りかかる。

 

 『ブシャッ!!』

 

「コウタ撃て!!」

 

「了解!!」

 

 リンドウの一撃でアリウス・ノーヴァの左肩に大きな裂傷が出来た。ダメージを受けた途端、アリウス・ノーヴァはリンドウの元から逃げるべく、走り出す。

 対してリンドウは逃がすまいと、コウタに追撃の指事を出す。コウタが爆破弾を肩の傷に撃ち込むが、アリウス・ノーヴァはまったく気にする事なくコウタに向かって突っ込んできた。

 

「クソッ!!全然効いてないぞ?!」

 

 先程リンドウが与えた傷の辺りを爆破しているのに怯むなり動きを止める気配はまったくない。それどころか爆発の嵐とも言える状況にありながら、両翼を前方に振りかぶり、コウタを両断しに斬りかかってくる。

 

「あっぶ…!!」

 

 コウタはしゃがんで両翼を避けるが、眼前のアリウス・ノーヴァはそのまま姿勢を落として頭を下げ、足に力を込めていた。

 

(ヤベッ!!)

 

 まだ攻撃体勢のままだと気が付き、コウタは危険だと察知する。

 

「ブッ?!?!」

 

 アリウス・ノーヴァは逃げ場の無いコウタに体当たりを仕掛けると、コウタは勢い良く飛ばされた。

 

「ケハッ!?」

 

 飛ばされたコウタは背中から壁に激突し、思考にノイズが走った酔うな感覚を覚える。

 

「まさか…時間切れ?」

 

「おぉぉぉあ!!」

 

 突然アリウス・ノーヴァに攻撃が効かなくなった…その理由として考えられるのは、本来の防御能力を取り戻したからとしか考えられない。時間をかけすぎた。攻撃が通らなくなった事でサクヤの戦意が喪失し始めていた。

 そんな状況でもアリウス・ノーヴァは決して止まる事はなく、動けないコウタに向かって走り出す。

 しかしアリウス・ノーヴァの横からソーマが雄叫びと共に攻めてくる。

 

「攻撃が効かなくても…」

 

 アリウス・ノーヴァは横からの攻撃を離れるように避ける。だがソーマはもう一歩踏み込んで、逃げるアリウス・ノーヴァとの距離を積めていく。

 

「足止め位は出来る!!」

 

 攻撃は通らないが物理的に触れる事は出来る。ならば侵攻の妨害位は出来るとして、ソーマは再度神機を横凪ぎに振る。アリウス・ノーヴァの後ろ足に攻撃が当たり、足が縺れて体勢を崩す。

 

「リンドウ!!」

 

 アリウス・ノーヴァの動きが止まった。この隙に唯一攻撃が通るリンドウがとどめのため、アリウス・ノーヴァの正面から先の肩の傷に向かって右腕を振り下ろす。

 

  『キィンッ!!』

 

「なっ?!」

 

 しかし甲高い音がしただけで、アリウス・ノーヴァには新しい傷は1つも付かなかった。更にはアリウス・ノーヴァが体勢を変えて翼で斬り返してきた。

 

「うぉお?!」

 

「まさか…リンドウの攻撃にも対応したのか…?」

 

 辛うじて右腕で防御出来たリンドウだったが、攻撃された勢いに負けて体勢を崩してしまった。

 

(本当の時間切れ…打つ手無し…か?)

 

 遂にリンドウの攻撃にも対応された。切り札を全て失い、ソーマまでもが戦意を失いつつある中でも、アリウス・ノーヴァは止まらない。体勢を直してその場で両翼を拡げながら回転して後ろにいるソーマに攻撃する。

 

「ぐぁっ?!」

 

 辛うじて神機を構えて防御する。しかし装甲の展開は間に合わず、展開しきる前に装甲に翼が装甲を叩いてソーマごと弾き飛ばす。

 そして遂にアリウス・ノーヴァは第一部隊を振り切ってユウキの元に走り出す。

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あぁ"…い"っ!!い"ッ!!い"がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!ア"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"あ"ッ!!」

 

 どうにかして岩場からユウキを引き離し、自傷行為を止める事は出来たが、未だにユウキは強烈な頭痛に悲鳴をあげている。

 膝立ちになり頭を抱えて天を仰ぐ。動かせそうな体勢であるにも関わらず、アリサが引っ張ってもまるで地面に縫い付けられているかの様に動かない。

 

「"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"あ"あ"ッあ…」

 

「ユ、ユウ?!どうしたんですか?!?!ユウ!!!!」

 

 そんな中、ユウキは突然叫ぶのを止め、頭を抱えていた両手をだらんと投げ出し、さらには目はぐりんっと上を向いて、ほぼ白目になって動かなくなってしまった。

 次々と豹変していくユウキの様子にアリサは戸惑い、何とか意識と取り戻させようと呼び掛けたり揺すったりするが、まったく効果がなかった。

 そんな中、アリウス・ノーヴァはただのカカシとなったユウキに一目散に向かっていく。真っ先に動けるサクヤが追いかけるも、追い付けないと判断して狙撃弾を足に撃って動きを止めようとする。しかし本来の防御能力を取り戻したアリウス・ノーヴァには通用せず、逆にカウンターとしてオラクル結晶を飛ばしてきた。

 

「っくぅ!!」

 

 サクヤは急ブレーキをかけ、後ろに跳んで避ける事は出来た。しかし足元に結晶が突き刺さりバランスを崩して倒れ込む。

 

「ユウ!!早く立って!!動いて!!」

 

「アリサァ!!ヤツを止めろ!!」

 

 体勢を立て直したリンドウ、ソーマ、コウタがアリウス・ノーヴァに向かって走るが、既に距離が開いているため、追い付けない。コウタがオラクル弾を撃つが結局は攻撃が効かず止めることは出来ない。

 リンドウがアリサに時間を稼ぐ様に指示すると、アリサは後ろ髪を引かれながらも立ち上がり、銃口をアリウス・ノーヴァに向ける。だが先にアリウス・ノーヴァが複数のオラクル結晶を飛ばしてきた。

 咄嗟に避けようとするが、立ち位置が悪かった。アリサは今、ユウキとアリウス・ノーヴァの間にいる。ここで避ければ無防備なユウキに攻撃が当たる。アリサは剣形態に変形して装甲を展開する。オラクル結晶が自身の後ろに行かないように防ぐと、その間にアリウス・ノーヴァがアリサの前まで近づいてきていた。

 

「キャァッ!!」

 

 アリウス・ノーヴァはそのまま止まることなくアリサを撥ね飛ばし、一目散にユウキ向かっていく。

 

「ユウ!!」

 

 少々失敗したが、どうにか受け身を取った事で、ダメージは受けたが素早く立ち直る。しかしその頃にはアリウス・ノーヴァは既にユウキのすぐ近くまで来ていた。

 

「ユウ!!何してる!!」

 

「立てユウ!!逃げろ!!」

 

「早くしなさいユウ!!殺されるわよ!!」

 

「早く立て!!逃げろユウ!!」

 

「逃げて!!ユウゥゥゥゥ!!」

 

 皆が逃げろと叫ぶが、ユウキは白目で天を仰いだまま硬直し続けている。動かぬ的となったユウキに、アリウス・ノーヴァは無慈悲にも飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…クヒッ♪」

 

To be continued




後書き
 リザレクション編の中ボス前半戦が終了しました。またユウキの迷いが仲間を窮地に追い込み、攻撃が効かなくなるというかなり最悪な状態になりました。そんな中ユウキがカカシ化したりと状況は悪くなる一方…第一部隊とアリウス・ノーヴァの戦いは…後半へ続く。(○子風)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission81 暴走

中二全開!!
アリウス・ノーヴァ後半戦です。それからシオファンの皆様、ごめんなさい。

今回グロ描写?があります。グロ描写は※で挟んでありますので、苦手な方はページを飛ばしてください


 -月影の霊峰-

 

  『バギィッ!!』

 

「なっ?!」

 

 アリウス・ノーヴァから硬い殻を割るかの様な音と共に、顔面が殴られる。

殴られたアリウス・ノーヴァはそのまま距離を取り、構えたまま様子を見る。

 すると殴った側のユウキがゆっくり立ち上がると体勢を変えて戦闘が出来る状態になり、ユウキの顔がアリウス・ノーヴァと第一部隊の目に映る。

 

「「「「っ?!」」」」

 

 その時彼らの目にはいつもとは違う瞳孔が縦に割れた右目、獣が相手を威嚇する表情をしたユウキが映った。それを見た時、アリウス・ノーヴァを含めてその場に居た者が獰猛な獣を前にしたような悪寒が背筋に走った。

 

「グルルル…」

 

 ユウキが低く唸ると、それに負けじとアリウス・ノーヴァが飛び掛かる。それをユウキは姿勢を低くして一気に前に出て、アリウス・ノーヴァの下を潜る。その先にはユウキが頭を抱えたときに落とした2つの神機があった。それを飛び掛かる様な動作で掴むと両手を軸にして反転する。

 そのままユウキはアリウス・ノーヴァに突っ込んでいき、アリウス・ノーヴァもまた反転してユウキに向かっていく。アリウス・ノーヴァが先手を取り、右翼でユウキに斬りかかる。それをユウキは左の神機を振り下ろして翼を受け止める。

 今度は左翼でユウキに攻撃する。しかしユウキは一気に身を屈めて両翼の下を潜る。そのままアリウス・ノーヴァの眼前に接近すると、ボディブローに似た要領でアリウス・ノーヴァの顎に右フックをお見舞いする。

 アリウス・ノーヴァは頭を左に向けさせられ、さらには衝撃に負けて身体ごと向きを変えさせられた。しかしユウキの追撃は止まることはなく、ブローの後に左足を右足に寄せ軸足を作ると、がら空きになった横腹にヤクザキックの様な蹴りを右足で叩き込む。

 衝撃を受け止めきれずにアリウス・ノーヴァは蹴り飛ばされる。その結果ユウキとアリウス・ノーヴァの間に適度な間合いが空いた。

 

「ガラァア!!」

 

 右足を地に着けるとユウキが吼えながら右の神機を振り下ろす。するとアリウス・ノーヴァの左肩を斬り裂く。そしてユウキはさらに前に出て、今度は左の神機を横凪ぎに振る。しかしアリウス・ノーヴァは咄嗟に上に飛び上がり、そのままユウキの頭上を飛び越えて、空中で体勢を変えると後ろを取る。

 

「ガルァアッ!!」

 

 対してユウキはその場で回転して振り向き様に両手の神機でアリウス・ノーヴァに斬りかかるが、アリウス・ノーヴァが後ろに下がる事で空振りに終わる。

 

「なんだ…あれは…?」

 

「ど、どうしちゃったんだよ…ユウ…?」

 

 しかしその様子を見ていた第一部隊は状況を飲み込む事が出来ず、討伐の時間切れとなったアリウス・ノーヴァがユウキに蹂躙されている様を見ているしか出来なかった。特にユウキの暴走を初めて見たリンドウとコウタは尚更何が起きているのか理解出来なかった。

 

(あの目…ディアウス・ピターの時と同じ…)

 

 そんな中でもアリサは何とか過去に見た『あの目』の状態について思考する。ディアウス・ピターと初めて戦った時に見た目と同じ『獣の目』だった。あの時と同じ状況ならばユウキに命の危険が迫っている可能性がある。しかしどうすれば良いのか分からず、アリサ達は放心しながら高速で動き回るユウキとアリウス・ノーヴァを眺めているしかなかった。

 

「グルァアアア!!」

 

 攻撃が空振りしたユウキは再度アリウス・ノーヴァに接近して両手の神機を振り下ろす。

 

  『ギィンッ!!』

 

 甲高い音と共にアリウス・ノーヴァはそれを両翼で受け止める。だがユウキは神機で両翼を抑えたまま翼の間からさらに前進すると、アリウス・ノーヴァの眼前に迫る。すると右足でアリウス・ノーヴァの眉間に膝蹴りを入れる。アリウス・ノーヴァは大きく身体を仰け反らせつつ後ろに飛ばされる。そんな状態でも右翼で蹴りの後で隙の出来たユウキの身体を斬り付ける。

 

  『ブジャッ!!』

 

 胴体に斜めの裂傷を入れられ、血を撒き散らしながらユウキは後ろに飛ばされる。

 

「ヴぅ"ゥ"ゥ"…イ"、い"ダァ"ィ"…イ"ダぁ"イ"…イ"だイ"イ"ダィ"ノ"…」

 

 体勢を整えながら地に足を着けると、ユウキは不気味な声でしゃべりながらヨロヨロと身体を起こす。

 

「どォ"ン"デェげぇ"ぇ"ェ"え"!!」

 

 ユウキが叫ぶと大きく両手の神機を振って構える。すると右手の、雷炎刀の刀身がバチバチと紫電を纏う炎へ変わり、左手の氷神刀は赤紫の光を放つ氷の刀身に変わる。

 そして次の瞬間、ユウキはアリウス・ノーヴァに一瞬で接近して、両手を外から内に振り、属性解放した神機ですれ違い様にアリウス・ノーヴァに攻撃する。するとアリウス・ノーヴァの足は光を放つ氷に閉じ込められ、少しずつ結合が弱まり、上半身は電撃で自由を奪われ、炎で焼かれていった。

 

「グルァァァアッ!!」

 

 ユウキは反転して身動き出来ないアリウス・ノーヴァの臀部に回し蹴りを叩き込む。すると蹴った衝撃でアリウス・ノーヴァは尻を振る事となり後足の氷が砕ける。それを期にアリウス・ノーヴァは身体を全力で振り前足の氷を砕くと、そのまま回転してユウキに斬りかかる。ユウキはジャンプで避けると、アリウス・ノーヴァは勢いで上半身の火を消しつつ、ユウキとは反対方向に向かって逃げ始めた。

 しかしユウキは着地と同時に、地を砕きながら一気に加速してアリウス・ノーヴァを追いかける。

 

「な、なんだよ…あれ…ホントに…ユウなの?」

 

 豹変したユウキを見ていたコウタは理解が追い付かず、信じられないと言った様子で心の内を呟いた。だがそんな心配を他所に、ユウキとアリウス・ノーヴァの戦闘は今なお続いている。

 

「お"に"ザン"ゴヂら"、ア"ん"よ"ガじョ"ヴず?イ"な"いい"ナ"い"」

 

 意味不明な事を言いながら、ユウキがアリウス・ノーヴァに追い付く。すゆと属性解放を解除してアリウス・ノーヴァを飛び越え、空中で体勢を変えてアリウス・ノーヴァと向き合うように前に出る

 

「バぁ"♡」

 

 狂気的な笑顔を浮かべたユウキが両手の神機を振り下ろし、アリウス・ノーヴァの右翼斬り落とし、顔の左側を縦に斬りる。

 

  『キュリャァア?!』

 

 予想もしない攻撃にアリウス・ノーヴァは思わず怯みそうになるが、そこはどうにか堪え、反撃のために左翼でユウキを斬る。

 しかしユウキは後ろに下がって躱し、右の神機を銃形態に変形してアリウス・ノーヴァに銃口を向ける。

 

「PON☆」

 

 奇妙な掛け声と共にコバルトマグナムが発射される。アリウス・ノーヴァは避けようとするも、間に合わずにレーザーが左翼を貫く。すると貫いた場所から辺りから左翼が弾け飛んで、アリウス・ノーヴァは両翼を失った。

 しかしアリウス・ノーヴァも両翼を失ったからと言って攻撃手段が無いわけではない。せめてもの抵抗に、頭上に結晶を作るとユウキに向かって撃ってきた。それをユウキは右手の神機を剣形態に変形させつつ再度後ろに下がって避ける。

 

「…クヒッ♪」

 

 不気味に笑うと両手の神機の刀身から紅いオーラが吹き出てきた。さらにしっかりと足を着け、自身の身体を捻る体勢で構える。

 

「ッ!!全員伏せろぉお!!」

 

 リンドウの声と共に第一部隊はその場に伏せる。するとユウキはその場で1回転する。

 

  『ズガァァァン!!』

 

「うわぁぁあっ?!」

 

「きゃああああ!!」

 

 伏せた第一部隊の頭上をクリムゾンソニックが走るとコウタとアリサの叫び声が響く。少しの間伏せたままだったが、通り過ぎたのを関知すると第一部隊は起き上がる。しかしその時目についた景色を見た時、想像もしなかった光景を見て絶句する。

 

「な、なに…これ…」

 

「あ、あの斬撃一発で…」

 

「辺り一面…ぶった斬りやがった…」

 

 第一部隊の目に映ったのは、ユウキの腕の位置より上にある近場の斜面や岩等に巨大な裂け目が出来た、あるいは消失した光景だった。先のクリムゾンソニックを放ちながらの回転斬りで辺り一帯の景色を変えてしまったのを見て、サクヤ、リンドウ、ソーマは、こんなことをやった事に対する驚きと、一歩間違えば自分達が巻き込まれていた事に対する恐怖を口にするだけで精一杯だった。

 

「…ッ!!アリウス・ノーヴァは?!」

 

 ソーマがアリウス・ノーヴァがどうなったのかと意識を向ける。するとそこには上半分が消し飛び、コアが剥き出しになったアリウス・ノーヴァだったものがあった。

 

「…たお…した?」

 

「そう…だと思います。でも、コアが…まだ…」

 

 現状、アリウス・ノーヴァはもう戦える状態ではないが、コアは無事に残っている。倒しきれたなら何の問題もないのだが、足だけになっても逃げる可能性もある。迅速に回収したいところだが、暴走しているユウキに近付いても良いのか分からず戸惑っていると、ユウキがアリウス・ノーヴァに向かって歩き始める。すると突然アリウス・ノーヴァは霧散した。

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 何事かと思い、第一部隊は戦闘体勢になる。そしてユウキも何が起こっているのか分からないのか、首を『コテンッ』と傾けてその場に突っ立っている。

 少し待っていると、コアを中心に霧散したオラクル細胞が集まり、丁度人と同じ姿形になるように新たなアラガミを形成した。

 

「え…?」

 

「何で…どうして…?」

 

「え?ちょっ…?何でここに…?」

 

 現れたアラガミを見た第一部隊は混乱する。何故なら新たな姿へと変化したアラガミはよく見知った姿をしていたのだから。

 あまりにも予測不能な姿にアリサ、サクヤ、コウタは『何故?どうして?』と頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする事しか出来なかった。

 

「アイツは…」

 

「…シオ…」

 

 新たに現れたアラガミは、リンドウの恩人であり、ソーマにとっては大切な者、そして末捕食を地球から遠ざける為、1人月へと飛び立った時の愛らしいシオの姿を映し取っていた。

 

「…」

 

 ソーマがシオの名を呟くが、シオは第一部隊を前にしても終始無言で無言で、目付きも鋭いものになっていた。

 

「グルァアア!!」

 

 第一部隊が困惑している中、ユウキがシオに飛び掛かる。

 

「ッ?!待ってユウ!!」

 

 アリサがユウキを止まるように呼び掛けるが、構わずにユウキは両手の神機を外から横に振る。対してシオは右手を神機にしつつ下がって避けると前に出て反撃に出る。

 シオはユウキの神機の上を取ると、右足でユウキの顔面に蹴りを入れる。ししユウキは身体ごと右に傾けて蹴りを避ける。

 

「シオもやめろよ!!俺たちが分かんないのか?!」

 

 コウタの声に耳を傾ける事なく、シオはユウキの頭の逃げ道を塞ぐ様に左足を前に出すと、そのまま両股でユウキの頭を固定する。

 

「いや、恐らくあれはシオじゃない。」

 

「え?!」

 

 ソーマが目の前居るのはシオではないと言う中、当のシオは右手の切っ先をユウキに向けら、そのままのユウキ頭を串刺しにしようと振り下ろす。だがユウキは振りかぶった両腕のうち、右腕をさらに内側に巻き込み、神機の刀身をシオの右手と身体の間に入れ、シオの右手の軌道を逸らせる。

 

「あれは…ノヴァが特異点であるシオを読み取った脱け殻…アリウス・ノーヴァがシオの姿を模しただけ…だ…」

 

「そう…なの?」

 

 ソーマがアリウス・ノーヴァの正体とシオとなった経緯から、あれはシオではないと言うが、そんな事に目もくれずにユウキとシオは戦っている。ユウキはシオの右腕の攻撃を自身から逸らせると、そのまま右腕の神機に滑らせる様に神機を振り上げて右腕ごと斬り落としにかかる。しかしシオが腕を霧散させつつ元に戻した事で、寸でのところで斬り落とされる事は回避した。

 

(しかし…出来るのか…?シオと同じ姿の敵を…この手で…)

 

 ここに来てソーマも今の姿をしたアリウス・ノーヴァを倒せるか自信がなくなってきていた。見知った者を傷付け、殺す事は『普通であれば』抵抗を覚えるだろう。

 しかしユウキはそんな素振りも見せずに左手の神機を自身に刺す様な軌道で、肩に乗っているシオを攻撃する。しかしシオは飛び上がる事で突きを躱す。

 

「とは言え…こんだけ互いが近くにいて、ましてやユウは暴走…下手すりゃ止めるどころかこっちが襲われそうだ…」

 

 状況が飲み込めないままだったが、リンドウがなんとか状況を整理する。援護しようにもシオとそっくりの相手では引き金も引けないし剣も鈍る。ユウキに至っては動き回るせいで支援の為の攻撃に当たる可能性がある。

 リンドウ達が攻めあぐねていてもユウキとシオは止まらない。シオは空中で再び右手を神機に変え、着地までの隙を潰すために神機にした右手からオラクル弾をばら蒔く。しかしユウキはオラクル弾の中を両手の神機で弾を斬り捨てながらシオを追う。

 対してシオは着地するとオラクル弾を撃ちながらユウキに向かっていく。ユウキは剣、シオは銃で応戦しつつ2人が接近する。ある程度近付くと、シオは撃つのを止め、右手を剣形態でユウキに向かって行く。

 

「…」

 

「グル"ァ"ア"!!」

 

 先に動いたのはシオだった。シオは右手を外から内に振り、少し遅れてユウキが左の神機を内から外へ振って攻撃する。その結果シオの攻撃を左手の神機で受け止めた状態となった。 

 一瞬の膠着の後、ユウキの反撃よりも先にシオの頭突きがユウキの額に決まる。後ろへと体勢を崩して隙が出来たユウキにシオの右足が突き出される。

 

「ごベゥ"ッ?!」

 

 ユウキの喉元に蹴りが入り、アラガミの力で蹴られたユウキ身体を反らせながら後ろへと飛ばされる。

 そして間髪入れずにシオが追撃する。蹴飛ばされたユウキに向かって神機で突き刺そうと右手を突き出す。しかしユウキは両足を外から回し、足の裏でシオの神機の刀身に当たる部分を挟み、身体を『くの字』に曲げながら両足で無理矢理左に剃らせる。

 

「グル"あ"ッ!!」

 

 シオの右手を逸らせた時、丁度身体の左側がシオに向いている状態になった。その瞬間、ユウキは左手を横に振り、左の神機で斬りかかるが、シオはそれをしゃがんで避ける。

 するとユウキは追撃に左手を振った勢いを殺さずにそのまま流し、身体ごと捻りを入れて左足でシオの顔に蹴りを入れると、今度はシオが後ろに飛んだ。

 

「ゴべッぼぉ"ォ"お"!!」

 

 ユウキは奇声を上げながらそのまま身体を回転させ、シオと向き合う状態になると、ユウキは一気に前に出て追撃する。シオは後ろに飛ばされつつも体勢を直し、地に足を着ける。

 ユウキはシオが間合いに入ると、右手の神機を振り下ろす。するとシオは後ろに下がってそれを避ける。

 

「ガァ"ラ"ァ"ア"!!」

 

 しかしユウキは逃がさないと言わんばかりに全力で左手の神機を横に振って追撃する。しかしこれもシオがジャンプする事ヒラリと躱す。

 

「…」

 

 ユウキの攻撃を避けたシオが空中で右腕で突きを放ちユウキの左目を狙うが、ユウキは頭を右に傾けて避ける。

 

  『ビッ!!』

 

 しかし神機に変形した右手の切っ先がユウキの眼帯の端を僅かに捉える。すると布が裂ける短い音がするとハラリと眼帯が落ちていく。

 

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 眼帯を失った事でユウキの左目が露になり、その目を見た第一部隊は驚きを隠せなかった。何故ならユウキの顔の左側に微かに残っていたはずの傷は綺麗に消え、本来茶色のはずの瞳の色は左目だけ鮮血を思わせる深紅に染まり、右目と同様に瞳孔が縦に割れていたのだ。

 宙に浮いたままのシオが追撃に右足でユウキの顔に蹴りを入れる。蹴りを諸に受けたユウキは後ろに飛ばされるが、ユウキ蹴られてすぐに右腕を振り上げる。

 

  『ブシャァッ!!』

 

 ユウキの反撃でシオは血を撒き散らしながら胴体を右上がりの斜めに斬られ追撃を防がれた。

 

(シオを…斬った?何の…躊躇いもなく…?)

 

 斬られた時にシオは後ろに飛ばされた。両者とも宙に浮いている状態で、突如ユウキが振り上げた右手の神機が紅いオーラを纏う。 

 

「マ"だあ"ジダ。」

 

 不気味なユウキの声が響いた後、ユウキは神機を振り下ろす。

 

  『ズシャアァ…』

 

 先にシオを斬った場所と同じところにクリムゾンソニックを放ち、シオを右上がりに上半身と下半身に別れるように両断する。

 そのまま抵抗する事もなくシオは地に落ち、ユウキは体勢を整えながら着地する。

 

「「「「…」」」」

 

 一応はシオではないと考えられたが、友であり、仲間であり、恩人でもあるシオと瓜二つ敵を、ユウキは何の迷いもなく手に掛けた事実を目の当たりにして、その場に居た誰もが目を疑った。

 第一部隊の皆が放心している中、ユウキは歩いてゆっくりとシオだったものに近づき、シオの側まで来るとその場にしゃがみ込む。

 するとユウキは両手の神機を振り上げる。

 

 

 

  『ドスッ!!』『クジュッ!!』

 

 まずは右の神機を勢い良く振り下ろす。神機を振り下ろしてシオだったものの足先を斬り落とす。その時に神機地面に当たる音と血が吹き出る音がほぼ同時に聞こえてきた。

 

  『ブスッ!!』『ブシャッ!!』

 

 今度は左手を振り下ろしながら右手を上げる。左手の神機は上半身の斬り口辺りを斬り落とし、再び血が吹き出る。

 

  『ドンッ!!』『グシャッ!!』

 

 次は左手を上げて再度右の神機を振り下ろす。今度は少し斬り落とす所をずらして足首から斬る。

 

 『ドンッ!!ドドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドドンッ!!ドドドンッ!!ドンッ!!ドドンッ!!ドッ!!ドッ!!ドッ!!ドンッ!!』

 

 今のユウキはまるで子供が太鼓バチを与えられ、面白おかしく規則性のないデタラメなリズムで辺りを叩きまくって遊んでいる様だった。ただし、両手に持っているのはアラガミを倒せる武器で、ユウキの足元にはシオと同じ姿のアラガミがいる。振り下ろされる神機はシオの身体を次々とバラバラに斬り刻んでいく。

 

「…」

 

「ぁ…ぇ…?」

 

「…ユウ…」

 

「なに…やってんだよ…」

 

 アラガミとは言え、もはや人と変わらぬシオと同じ姿をしたアラガミに対して死体を斬り刻むと言う、人道から外れた行為を平然とやっているユウキを見て第一部隊は言葉を失う。

 リンドウはあまりに異常な光景に絶句し、サクヤは小さな声を溢すだけで精一杯、アリサは何が起こっているのか理解が追い付かず、ユウキの名を呟く事しか出来ず、コウタは震える小さな声でユウキに呼びかける。

 第一部隊がユウキの異常な行動に恐怖すら覚えているにも関わらず、ユウキが神機を振り下ろす度に足を、腕を、胴を、頭を細切れに斬り刻み、その度に血が飛び散り、シオだったものはもはや原型をとどめない程にグチャグチャにされていた。

 

 

「…何やってんだよユウ!!」

 

「やめろ!!ユウ!!」

 

 コウタとソーマが怒気を孕んだ声でユウキを呼び、シオへの攻撃を止めさせようとする。するとユウキの動きが止まり、両手を下ろした。

 ようやく止まったかと思い少し安心した第一部隊だったが、ユウキは右手の神機を足元に置くと、おもむろにグチャグチャにしたシオの亡骸に右手を伸ばすと、淡い青色に発光する手のひらサイズの球体を取り出した。

 それを見た第一部隊はシオ…否、アリウス・ノーヴァのコアだと直感で理解がした。何をするつもりだろうかと思いながら、第一部隊はユウキが数秒それを眺めているのを見ていた。するとユウキは徐にコアを口元に運ぶ。

 

  『ベギッ!!バギッバキッ!!グヂュッ!!』

 

 硬い殻でも噛み砕くかの様な音を出してユウキがコアを喰い始めた。2、3回咀嚼すると、硬い部分を砕き終わったのか、今度は血を抜いてない肉を喰うかの様な粘り気のある水音を発てながら、アリウス・ノーヴァのコアを喰っていく。

 

「…は?」

 

「…うそ…そんな事が…?」

 

「どう…なってる…」

 

「マジ…かよ…」 

 

「…ぁ…ぇ…?」

 

 第一部隊はユウキがコアを喰っている様を何が起こっているのか分からないと言った様子で、唖然としながら眺めていた。人間がオラクル細胞の塊であるアラガミを喰っているのだから当然と言えば当然の反応だろう。

 ユウキはしばらくコアを咀嚼していたが、やがて『ゴクン』と喉を鳴らして飲み込んだ。その後、ユウキは足元に置いた神機を掴むとゆっくり立ち上がる。

 そして第一部隊、特にコウタの方へと向きを変えるとユウキは姿勢を落とす。

 

「ガルァアッ!!」

 

 ユウキが吼えると一気にコウタの元へと距離を詰めるべく飛びかかる。間合いに入ると、ユウキは両手の神機を振り下ろして襲いかかる。

 

「うわっ?!」

 

 コウタ反射的に右に跳んで神機の攻撃を避ける。

 

「ユウ!!やめッ??!!」

 

 コウタがやめろと言おうとするが、唐突に腹に強烈な痛みを覚えて最後まで言うことは出来なかった。それも当然だろう。ユウキの左膝がコウタの鳩尾に入っていたのだから。予想してなかった膝蹴りを食らったコウタは、そのままユウキの膝蹴りで飛ばされ、ユウキが足を着けたのと同じような場所まで転がされた。

 

「あっはっ!!ヴっっっ!!ぎっ!!ぃぃぁ!!」

 

「…ぷヒッ♪」

 

 腹に走る激痛で起き上がる事も出来ず、腹を押さえながら吐き気必死に抑え

辛うじて短く息をして悶えるコウタに、ユウキは容赦なく左の神機を振り上げて追撃しようとする。

 

  『バンッ!!』

 

 短い炸裂音が響くと、ユウキは身体ごと勢い良く振り替えって右手の神機を横凪ぎに振る。すると『バチンッ!!』と乾いた音と共に、横に振った神機の切っ先が狙撃弾を弾いた。

 

「やめなさいユウ!!それ以上続けるなら当てるわよ!!」

 

 サクヤがユウキに警告し、銃口を少しずらしてユウキの身体を捉える。その口振りからは先の発砲はわざと外す軌道で撃ったと思われるが、今は銃口がユウキに向いている。サクヤの技術があれば当てる事自体は難しくないだろう。

 ただし実際に撃てるかはまた別の話だ。このまま止まらなければ仲間を撃つ事になる事実に、銃口を向けている筈のサクヤの表情は強張り、逆に追い詰められている様だった。

 

「じイ"血"ャ"ん…ア"素ボッ?!」

 

 もはや目の前に居るのが誰なのかも認識出来ないのか、サクヤの脅しも通じずにユウキはサクヤに向かっていく。

 

「止まれユウ!!」

 

「ユウ!!落ち着け!!」

 

 サクヤとユウキの間にリンドウとソーマが割って入る。ユウキに止まるように呼びかけるがそれでも止まる様子は見せない。

 ユウキは両手の神機を振り下ろすと、リンドウとソーマも神機でそれぞれ受け止める。

 

「阿"ッぢム"イ"い手"…」

 

 攻撃を止められたユウキは、神機はそのままにして突然小さくジャンプして両足を身体に寄せ、抱え込むような体勢になる。

 

「保"異"ッ!!」

 

「「ッ?!!?」」

 

 次の瞬間、ユウキはリンドウの顎を蹴り上げ、ソーマの腹に蹴りを入れる。リンドウは上に、ソーマは後ろに蹴り飛ばされる。

 しかし攻撃を止められた隙にサクヤがユウキを撃ち抜くタイミングがあったのにサクヤはそれが出来なかった。そのためユウキはサクヤに再度向かおうとするも、先に更に少し離れた所に居るアリサが目に入る。

 ターゲットを変更したユウキはアリサに向かって突っ込む。サクヤが再度ユウキに銃口を向けるが、それを見ずに察知したユウキがサクヤに向かって左の神機を投げる。

 

「くぅっ?!」

 

 サクヤは一直線に自身に飛んで来る神機を横に跳んで躱す。その間もユウキは止まらず、右の神機を両手で持ち直してアリサに襲いかかる。

 

「ッ?!」

 

 アリサは銃口をユウキに向けるが、かつて自身が撃った弾丸で仲間を苦しめた事と、銃口を向けた相手が仲間をであり想い人である事から撃つことが出来ずにただその場で立ち尽くす。

 ユウキが神機を振り上げたのが見えた瞬間、アリサは大切な人の手で自分の人生は終わるのだろうかと言う思いが過り、怖くなって思わず『ギュッ』と目を瞑る。

 

「正気に戻って!!ユウ!!」

 

 ユウキを撃つ事も出来ず、どう対応していいかもわからない。アリサはただユウキが止まる事を願って必死に叫んだ。

 

「…?」

 

 いつまで経っても来るはずの痛みがこない。何があったのかと恐る恐る目を開けると、自身の首元に触れる手前で神機が止まっているのが目に映る。

 

「亜"…り"…サ?」

 

「ユウ…?」

 

 ユウキの声が聞こえてきた。アリサは声のする方を見るとユウキと目が合った。すると縦に割れていたユウキの瞳孔が丸に戻り、深紅に染まっていた左目の瞳はいつもの茶色に戻っていった。

 少しの間のあと、突然ユウキは糸が切れた人形の様に力が抜け、神機をアリサの首元から離すと、そのまま意識を失ってアリサの方へと倒れ込んだ。

 

「あっ…」

 

 放心していた所に突然人一人と神機の重量を支える事になったため、少し体勢を崩したが、アリサは何とか倒れてきたユウキを抱え、そのままその場に座り込む。

 その間に、ユウキに襲われた第一部隊の面々がアリサの元に集まってきた。

 

「いってて…は、腹痛てぇ…何だったんだ…?」

 

「まさか…アラガミ化が一気に進行したのか?」

 

「そう…としか考えられないわね。でも、何で急に…?」

 

 コウタ、ソーマ、サクヤはヨロヨロと歩いてきてユウキが暴走した理由を考える。

 

「考えるのは後だ。まずは引き上げよう。何にしても、後の事は博士に報告して調べてもらうしかないだろうしな。」

 

 終末捕食を引き起こす強敵を倒したにも関わらず、終わったと言う安心感も、人々を守りきったと言う達成感もなく、どうにもスッキリしない。いや、何故かは分かっている。ユウキが暴走した挙げ句、自分達を襲ったからだ。

 しかし今この場でどうこう言っても出来る事など何もない。予想通りに暴走がアラガミ化に起因するものならば極東支部に戻らなければ調べる事も出来ない。ソーマ達と同様、動きの鈍いリンドウから撤収の合図が出ると、ユウキが持っている神機をリンドウが、投げた神機をソーマが回収して、各々帰還の準備を始める。

 

「…ユウ…」

 

 撤収準備が進む中、アリサは自分の腕の中で目覚めぬユウキの名を呟く。しかしアリサの声は届く事なく、ユウキの意識は目覚める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな綻びを見逃してしまう…そう言ったちょっとした不注意が積み重なり、時には取り返しのつかない事態を招いてしまう事がある。例えば…人の人生を大きく■わせる、そんな事さえも■■に起こり得る。

 あと少し、ほんの少し、事態を重く受け止めていれば…俺達はこのまま…皆と■わらぬ日■を過ごせたかもしれなかった。仮定の話など無意味だとは分かっている。たが、どうしてもその未来を考えてしまう。何故なら…そんな未来を■り零したのは…他でもない、俺達自身なのだから…

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 『カチッ』

 

 ■〇の■車が噛み合った。

 

To be continued

 




後書き
 アリウス・ノーヴァ討伐完了ですが…全国1500万のシオファンの皆様、本当にごめんなさい。シオをトレースしたアリウス・ノーヴァをボコボコにしてしまいました。い、一応同じ容姿の別人?なのでどうかご容赦いただきたく思います。
 次のページでクリムゾンソニックの設定もうちょっとちゃんと書きます。流石に前回の設定では雑過ぎました。


クリムゾンソニック
 アルダ・ノーヴァ堕天種討伐時に発現した力。刀身が紅いオーラを纏う。この状態で神機を振ると斬撃を飛ばす事が出来る。オーラの正体は銃身に使う神機内のオラクル細胞で、刀身の接続部から細胞を放出し、刀身全体に纏わせている。オーラを纏うと神機内のオラクル細胞を消費する。多少出力の調整が可能。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission82 恐怖

アリウス・ノーヴァを討伐したものの、何ともないと言う事はなく…

今回グロ描写があります。グロ描写は※で挟んでありますので、苦手な方は飛ばしてください


 -???-

 

 ユウキは気が付くといつもの様に真っ暗な空間にいた。

 

「また…」

 

 『この夢か…』と憂鬱になりながら、諦めたようにその場に佇んでいた。

 

「まったく…とんでもない人ですね…」

 

「っ?!」

 

 いつの間にかユーリが目の前にいてユウキは驚いて後ずさる。

 

「仲間を喪い心を痛める…お優しい自分を演じる為なら仲間をも手にかけるなんてね…」

 

「ち、違う…俺は…そんな事…」

 

 何処からともなくエリックがユーリの隣に現れた。ユウキはエリックの言う事を否定しようとする。そんなつもりは無かったが、もしかしたらエリックの言う様な事を考えていたのかと思うと、ハッキリと否定する事が出来なかった。

 

「ほら、貴方が手にかけたお仲間さん…すぐそこに居ますよ?」

 

「イタイよ…ユウ…」

 

(っ?!???!!!)

 

 不意に足元から怨嗟の籠った聞き覚えのある声が聞こえてきた。その後ヒタヒタと手のひらを地面に着け、ズリズリと胴体が地面を這いずる時の音が聞こえてくる。足元で音が一瞬止まると、ガッチリと右足を掴まれる。

 

「シオとユウ…トモダチ…」

 

(やめろ…)

 

 右足を掴んだ後、左手が膝裏を、その後は右手が腿を掴み、少しずつシオがよじ登ってくる。

 

「なんで…なンで…シオのコト…」

 

(見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな…)

 

 少しずつ登って来たシオ横腹、背中と登って来て、遂にユウキの顔の右側まで来ていた。

 『嫌だ、怖い、見たくない』と必死に見ないようにしていたが、何故か顔は勝手にシオを見ようと錆びた機械の様にぎこちなく、ゆっくり右を向く。

 

「コロシタノ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには血涙を流し、右目が飛び出て垂れ下がり、口周りが裂けて、腕は骨が露になる程に削がれ、胴体からは肺や胃が飛び出て血に塗れたシオがいた。

 

 

「あ"ぁ"ァ"あ"ぁ"あ"ァ"あ"ぁ"あ"ぁ"ァ"あ"ア"ア"ア"ア"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ア"ッ!!!!」

 

 ユウキの絶叫が響いた。

 

 -医務室-

 

「ア"ア"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ア"ッ!!!!ア"ッ"ア"あ"?!?!ア"ぁ"ぁ"ぁ"ア"ッ!!!!」

 

 アリウス・ノーヴァとの戦闘が終わり、ユウキが医務室で寝かされてから丸1日、突然叫び声をあげて飛び起きた。

 

「落ち着いてユウキ君!!ゆっくり!!ゆっくり深呼吸!!」

 

「ア"ッ!!!!ア"ッ"ア"ぁ"!!"ぁ"ッはッ!!ハッ…はぁ…はぁ…」

 

 突然の事に驚いたが、その場にいたルミコがユウキにハッキリと聞こえるように大きな声で、かつ威圧的にならないように気を付けながらユウキに落ち着くように諭していく。

 ルミコの声を聞いて、辺りの景色を見たユウキはここが夢ではなく極東支部だと分かると、少しずつ落ち着いていき、次第に呼吸も穏やかになっていった。

 

「そう、ゆっくりね。ゆっくり。息を整えて。」

 

 ユウキはルミコの指示で数回深呼吸をすると、取り敢えずは落ち着いた。

 

「落ち着いたかい?」

 

「は、ハカ…セ…?」

 

 今度は別の方向から声が聞こえてきた。その方向を見ると、そこにはペイラーが立っていた。

 

「お、俺…し、しお…シオを…こ、コ個…この手で、子、コロ…コロ炉ころころころ… 」

 

「落ち着くんだユウキ君。君が倒したのはシオじゃない。アリウス・ノーヴァが最後のあがきに、かつて奪った特異点からシオの姿を写し取ったものに過ぎない。」

 

 アリウス・ノーヴァとの戦いで自分のやった事を思い出し、ガタガタと震えながら再び錯乱し始めたので、ペイラーが声をかけて落ち着かせる。

 

「けど…シオと同じ姿で…お、俺は、何の…迷いもなく…こ、こ、こ、殺せばたくさささん…喰えると思ったら…い、いついつの間にか…こ、殺すのを、たの、たたた、楽しんで…み、皆の事も…襲って…喰って…」

 

 本格に錯乱こそしなかったが、ユウキの両手は掛け布団の端を強く握りしめたまま震えていた。その様子を見たペイラーは、第一部隊が帰還した時にヒバリ聞いた『今は消えていますが…あの時のユウキさんから…オラクル反応が出ていました…』と言う報告を思い出していた。

 それは後戻り出来ないかも知れない程にアラガミ化が侵攻していると言うことに他ならない。その事を理由にしてどうにかユウキがこれ以上自身を追い詰めない様、それらしい言い訳にして暴走した経緯を話していく。

 

「今回の件は君のアラガミ化が急速に進行したために起こった事だ。その結果、思考がアラガミに乗っ取られた状態だったんだ。何もかもユウキ君が背負う必要はないと思うよ。」

 

「…」

 

 かなり苦しい言い訳ではあるが、アラガミ化が進行していたのだから暴走しても仕方ない。そうでも言わないとユウキが自らの身を滅ぼす様な事をしかねない。実際ユウキは納得していない事を示す様に黙り込んでしまった。

 

「なに、気持ちが落ち着いたら皆に謝ればいい。きっと許してくれるよ。」

 

 ユウキは許されたいと思っている訳ではないと言う事は分かっている。少し的の外れた受け答えしか出来ない事に『我ながら酷い茶番だ…』とペイラーは自嘲する。

 

「さて、それじゃあアラガミ化を治す為にも、まずはサンプルの提供を頼むよ。」

 

 そう言ってペイラーは注射器を取り出し、採血の準備を始める。その様子を見ていたルミコはこっそりと医務室から出ていった。

 

 -廊下-

 

「先生!!」

 

「ユウは?!ユウは無事なんですか?!」

 

 ルミコが医務室から出てくると、第一部隊がルミコの元に詰め寄る。その中でも特に慌てた様子でコウタとアリサが真っ先にユウキの安否を尋ねてきた。

 

「うん。今さっき目を覚ましたよ。でも、会わない方が良いかな?シオって子とそっくりなアラガミを倒した事も原因だけど、皆に手を上げた事で酷く心が不安定になってる。」

 

「で、でもそんなの!!俺達が気にしてないって伝えれば…」

 

 攻撃を受けた自分達が許せばそれで解決する。コウタはそう思っていたが、ユウキの性格上、今はそれが難しい状態になっている事にコウタは気付いていなかった。

 

「いや、たぶん君達が会うだけでも危ないかも知れない。今あの子に会って、皆が許しても、『皆優しいからそう言ってるだけだ』って誤解するかも…そうなると余計に自分を追い詰めかねない。」

 

 『まあ、一種の人間不信みたいな状態かな。』とルミコは最後に付け足す。もっとも、現時点でユウキが最も信じられないのは自分自身であるが。

 

「あの、私が感応現象で助けられた様に、ユウの事も…感応現象で助けられないでしょうか?」

 

 アリサの提案を聞いたルミコは考え込む様な表情になる。

 

「…難しいと思う。アリサが錯乱したのは正しい認識が出来てなかったからなんだ。その認識を修正して、記憶を整理するのに感応現象は一役買ってるけど、アリサの回復はあくまでもユウキ君やサクヤさんのフォローを受けてアリサ自身が立ち直る強さがあったから出来たんだ。」

 

「…そう、ですか…」

 

 かつてアリサ立ち直れたのは感応現象のお陰ではなく、自身が立ち直る力があったからだ。状況は似ているが今のユウキには立ち直る為の気持ちの余裕がない状態だ。

 とにかく自分自身で気持ちの整理を着けてからでなければ、逆に追い詰めてしまう。それを聞いたアリサは悲しそうな顔になって引き下がった。

 

「当事者である俺達は何も出来ない…いや、しない方が良いってこと…か。」

 

「そうだね。気持ちの整理が着くまでは、そっとしておいてあげて。」

 

 『ちゃんと経過報告はするからさ。』と言うとルミコは医務室に戻っていき、それを第一部隊は後ろから見ている事しか出来なかった。

 

「…何だか歯痒いわね。こんな時に会うことも出来ないなんて…」

 

 仲間を助けようにも、会いに行くだけでも、その仲間に強い精神な

負担を強いてしまう。そんな現状にサクヤはごちる。

 

「たぶん、怖いんじゃないか?」

 

「え?」

 

 今まで沈黙していたリンドウが不意に口を開いた。

 

「自分の意識とは関係なく、また仲間に手をあげてしまうかも知れない…それが怖いんだろうな。」

 

「「「「…」」」」

 

 リンドウもかつてアラガミ化し、自らの意思に反して仲間と戦った。その時に味わった自身の意思とは関係なく身体が動き周りを傷つける恐怖や後悔は口では言い表せないものだった。

 実際に体験した人間の言葉だったからか、その場の空気は重くなり誰も口を開く事が出来なかった。結局、リンドウの『戻るぞ。』と言う一言が出るまで誰もその場を動く事が出来なかった。

 

 -ラボラトリ-

 

 ユウキが目覚めてから3日が経った。目覚めて以降面会謝絶となり、ユウキのアラガミ化の進行度合いを調査、アラガミ化の進行阻止、治療の研究のためにユウキとペイラーはラボに籠っていた。

 その間にアリウス・ノーヴァ討伐の功績から全員が昇進、ユウキは大尉、他のメンバーも尉官クラスに上がった事が伝えられた。

 その他にもユウキが抗体持ちにも関わらず、明日にでもアラガミ化が発症しかねない程に進行している事を伝えられた。ペイラー曰く、非科学的ではあるが、アリウス・ノーヴァの気配を感じた事で、侵食しているオラクル細胞が生き残るために活性化したせいじゃないかと考えている。

 

  『ビーッ!!』

 

 ペイラーがユウキサンプルを採取している中、突然ペイラーの電話機に内線が入る。

 

「おや?ちょっと失礼。」

 

 ペイラーはサンプル採取を一旦止め、デスクの受話器を取る。

 

「やあ、何かあったのかい?…うん…うん。そうか…分かった、すぐにそっちに向かうよ。…その後の事は任せて良いかい?…ああ、助かるよ。それじゃぁ。」

 

 短い会話の後、ペイラーは内線を切るとユウキの方を向く。

 

「すまないユウキ君。野暮用で少しばかり席をはずすよ。すぐに戻って来るから。」

 

「あ、はい。」

 

 用事が出来た事だけ伝えると、ペイラーそのままラボから出ていった。

 

 -訓練室-

 

 ペイラーがラボを出てから数分後、訓練室には神機使いがほぼ全員集まっていた。さらにはヒバリにツバキ、ペイラーもその場に居た。

 

「たった今アラガミの集団が外部居住区に向かっていている事が分かった。諸君らには敵勢力を排除してもらう。ヒバリ、状況説明を。」

 

 どうやらアラガミの団体が外部居住区へ迫っているようだ。ツバキが神機使いを集めた理由を話すと、ヒバリに現在の状況を説明させる。

 

「はい。現在、外部居住区の北から2つの集団が接近しています。前衛には小型、中型種を主力とした集団、その後ろから10体程度の大型種の集団が追従しています。両グループ共にかなり外部居住区に接近してはいますが、接触までにはまだ時間はあると思います。」

 

 ツバキの指示と同時にでスクリーンが下ろされる。ヒバリは即興で作り上げた資料を片手にスクリーンに映った外部居住区周辺の状況を説明していく。

 

「外部居住区と接触するまでの予測時間は?」

 

「およそ30分かと。」

 

 ペイラーがアラガミ部隊と接触するまでの時間を聞くとおよそ30分だそうだ。思いの外余裕がない。ツバキは一旦考えてあった作戦の準備が時間までに間に合うかをシミュレートする。

 

「うむ…ではこれよりアラガミ部隊討伐作戦の概要を説明する。まず第一部隊はヘリで上空から後方の大型集団を分断してもらう。現場の指揮はリンドウ、お前に任せる。」

 

「了解しました。」

 

 準備の工程を飛ばすなりして短縮すればギリギリ間に合うと言う結論に達したので、ツバキは後続の大型種の部隊をリンドウを指揮官に置いた第一部隊に任せる旨を伝える。

 

「その後、前衛の集団はそのまま侵攻させる。残った部隊は二段階の防衛戦を張り、そこで前衛部隊を撃破する。」

 

 後続を止めても恐らく前衛は構わずに侵攻してくると言う予測から、前衛のアラガミ部隊を残りの第二、第三部隊と言った残りの部隊が2ヶ所で迎撃する作戦を伝える。

 

「とにかく時間がない。各自10分以内に準備を進めろ。アラガミを外部居住区に侵させるな!!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

 ツバキの号令に全員が勢い良く返事をする。

 

「よし。全員無事に帰ってくるように。作戦の成功を祈る。」

 

 ツバキが最後に激励の言葉をかけると、神機使い達は各々作戦準備に入る。

 

「ツバキ君、あとは任せるよ。」

 

「分かりました。」

 

 準備の為に神機使い達が訓練室を去っていく中、『神裂さんは出ないのか?』『調整が出撃までに終わらないんだろう?間に合えば来るさ。』と言った、少し能天気な会話が聞こえてきた。ペイラーはその様子を見ると、ツバキに作戦を任せてユウキが待っているラボに向かった。

 

 -外部居住区外、ヘリ内部-

 

 第一部隊が準備を終え、ヘリで降下ポイントの近くまで来ていた。下にはアラガミの団体が前後に2つ。今回第一部隊が相手をする後ろの団体は、情報通り主に大型種で構成されていたが、固まっているせいでセンサーが反応を拾いきれなかったのか報告よりも多くなっている。

 

「見えてきたな…よぅし、お前ら。後続の団体様のお相手をするのが今回の任務だ。図体がデカイくて数も多いがお客様だ。最上級のおもてなしでお迎えするぞ。」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 リンドウがおどけた口調で任務の確認をする。少しおふざけの入った確認でめ第一部隊は理解して返事をする。

 

「…ん?」

 

 そしていざヘリから飛び降りようとしたところで、ソーマが先行するアラガミ達を見てあることに気がつく。

 

「おい待て。前衛のアラガミ…まさかあれは…」

 

「ん~?…おいおい、ヤバいぞあれは。第二、第三部隊は経験があるからまだ良いが…他の部隊には厳しいかも知れないな…かと言ってこっちも戦力を減らす訳にもいかないし…」

 

「え?何?何なのさ?」

 

 ソーマが何か動揺していたので、リンドウも目を細めて前衛のアラガミを見る。それにつられて他のメンバーも前衛のアラガミを見たが、思いの外状況が良くない事に気づいたのはリンドウだけだった。

 

(最終的な判断は姉上に任せるか…)

 

 リンドウは状況説明のため、インカムのスイッチを入れながらヘリの搬入口へと向かっていく。

 

「よし、全員出るぞ!!ヘリはその場で待機!!もしかしたら数名戻すかも知れないからな!!」

 

 後衛には大型の禁忌種もいる。討ち漏らして先に行かれると防衛ラインを守る神機使い達に大きな負担になる。不測の事態に備えて移動の足は確保した上で、リンドウの指示で第一部隊は予定通りに全員ヘリから飛び降りた。

 

 -ラボラトリ-

 

  『ビーッ!!』

 

 アラガミ部隊の討伐作戦が始まってから数十分後、再びラボに内線のコールが響いた。

 

「おや?失礼するよ。」

 

 ペイラーはサンプルの解析を中断して内線に出る。

 

「何かあったのかい?」

 

『は、博士!!…あの、実は少し前から第二、第三防衛ラインから援軍要請が来ているんです。その…ユウキさんは出られないのかって…』

 

 内線の相手はヒバリだった。何やら慌てていると思いきや今度は言いにくそうにユウキは出られないかと聞いてきた。

 

「むぅ…しかし今の状態では…」

 

『はい…ユウキさんを今の状態で出撃させる訳にもいかないのですが…前衛側にも大型種種や禁忌種も多数居るようなんです…ユウキさんでなければ…倒しきるのは難しいと…』

 

「リンドウ君達は?加勢出来ないのかい?」

 

 ユウキのアラガミ化について、皆が動揺してはいけないと話さなかったのが仇になってしまった。未だ何の処置も出来ていない以上、戦場で暴走する危険がある。今のままではユウキを出すわけにはいかない。そのためペイラーはリンドウ達を下げ、防衛戦に参加させようと考えていた。

 

『第一部隊は現在禁忌種に囲まれていて…すぐには向かえないんです。ユウキさんの出撃については、ツバキさんも出撃不可能とは言ってはいるのですが…防衛ラインもかなり圧されていて…このままでは…』

 

 しかしリンドウ達はアラガミに囲まれているらしく、すぐには救援に向かえないようだ。

 

「皆…戦ってるんですか…?」

 

「…」

 

 ペイラーの会話の内容と、所々聞こえてきた『加勢』や『救援』と言った単語から、仲間が戦っていて助けが必要な状況なのは察しがついたが、ペイラーは答えない。

 

「…博士、俺も…行きます!!」

 

「ユウキ君…しかし…」

 

 ユウキを出せばアラガミ化が進むかも知れない、戦う事への疑問のせいでとんでもない事になるかも知れない…しかし単騎でアラガミの集団と戦え、加勢に向かえるのはユウキだけ…しかも決断が遅れれば確実に防衛ラインを突破されるこの状況に頭を抱えていた。

 しかも先の受け答えを聞いていた限り、やはり戦う事への疑問は残っているようだ。そんな状況で戦場に出せばどうなるか分かりきっている。

 

「…作戦時間が30分経過、または防衛ラインが持ち直せたらすぐに撤退する事、それからブレイクアーツは使わない事…いいね?」

 

 しかしペイラーは任務に出す事を決めた。現状を打開するためのカードはユウキしかない。あとは使うか使わないか…ペイラーは使わなかった時のデメリットの方が大きくなる可能性が高くなると考えて使うと決断した。

 ただし任務時間を短くする等制限をつけた。でなければ暴走の危険があるからだ。

 

「はい。」

 

 任務を了承すると同時にユウキはラボを出ていく。しかし、迷いを持ったエースが戦場に出る。それがいかに周りを危険に晒すか…少し考えれば分かる様な事も、今のユウキには考える余裕はなかった。

 

 -外部居住区外-

 

 ペイラーの指示で戦闘地域に着いたユウキは、目に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 

「なん…だよ…」

 

 それはさながら地獄絵図の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防衛に出た神機使い達の半数は血みどろになって死んでいるのは当たり前、体はバラバラ、臓器は飛び出す、あるいはぶら下がり、偶然なのか皮を剥がれた遺体もある。それらをアラガミ達は気にせずに踏みつけるからなおさら遺体はぐちゃぐちゃになっていく。

 

 

「クソッ!!」

 

 血の匂いでむせ返りそうにながらもユウキは戦場に向かう。そんな中、1人のフェデリコがシユウらしきアラガミの攻撃を受けて倒れているのが目に映る。

 

「うわぁぁあ!!」

 

 フェデリコの首を跳ねようと、右の翼手から放たれた手刀が迫ってくる。

 

  『ガキンッ!!』

 

 しかし手刀はユウキが間に入り、左の神機の装甲で防御する。そして相手を見たユウキは驚いた。

 

「禁忌種?!」

 

 シユウだと思っていた相手はセクメトだった。禁忌種が徒党を組むのか、それともただ紛れ込んだだけなのか…気になることは色々とあるが、今はフェデリコの救助が先だ。

 ユウキは右の神機を右下から左上に振り上げて、防いだ右翼手を切り捨てる。そのまま左足をバネにしてジャンプし、セクメトの眼前に迫ると、右足でセクメトの側頭部に回し蹴りを叩き込んで蹴り飛ばす。

 

「ありがとうございます!!先輩!!」

 

「早く体勢を立て直せ!!俺は他の支援に行く!!」

 

 フェデリコは礼を言って立ち上がると、ユウキが蹴り飛ばしたセクメトと再度戦闘に入った。禁忌種がいた事が気になり辺りを見回すと、あることに気が付いた。

 

(禁忌種が多い…こいつらが防衛線を崩したのか?)

 

 先のセクメトの他にもハガンコンゴウも居る。しかもこの場にいる中型種は殆どが禁忌種だった。さらには大型種も紛れ込んでいる。これでは禁忌種討伐経験がある第二、第三部隊はともかく、そもそも戦う事自体が少ない偵察部隊等では相手取るには難しいだろう。

 実際、タツミ達は第二防衛ラインからさほど後退していないが、彼らより経験の浅いフェデリコやアネットは第三防衛ラインまで下げられている。この状況ではいずれ残った禁忌種や大型種が外部居住区に流れ込んでくる。それだけは阻止しなければならない。まずは第三防衛ラインを立て直すため、近場のアラガミに向かって走る。

 

「うわぁぁあ!!」

 

 何処からともなく叫び声が聞こえてきた。声のした方を向くと先とは別のセクメトが炎を纏って神機使いに突っ込んで行くのが見えた。ユウキは銃形態に変形し、セクメトの頭を撃ち抜く。

 

  『ッ?!』

 

 セクメトは予想外の攻撃を受けてバランスを崩し、さらに頭は結合崩壊を起こした。ユウキはセクメトを倒すことはせずに今戦っていた神機使いに対処を任せる。

 

(クソッ!!数が多い!!捌ききれるか?!)

 

 敵の多さに内心舌打ちしながら、宛もなく手当たり次第にアラガミを攻撃する。すれ違い様に腕や足を切り落とし、相手の戦闘力を削ぐ。そしてハガンコンゴウに殴られそうになっている神機使いを助けようと、右の神機でハガンコンゴウの右腕を切り落とす。

 ハガンコンゴウが攻撃を中断したのを確認すると、今度は左の神機を銃形態に変形し、離れた所で砲塔を神機使いに向ける青いグボロ・グボロ堕天種に向ける。爆破弾を撃ち込むと、砲塔は呆気なく結合崩壊を起こしてグボロ・グボロ堕天種は怯む。その間に別のアラガミをターゲットにする。

 

「グゥッッ!!」

 

 呻く様な声が聞こえると、カオルが尻餅を着いていた。相手のセクメトが両手を合わせて付き出しているところを見ると、火炎弾を受けきれずに倒れたのだろう。このままでは殺される。ユウキは考える間もなく、右の神機を振り上げてセクメトの後ろから飛びかかる。

 しかしこの状況ではセクメトを倒さなければカオルを助けられない。倒さなければいけないが、倒して良いのかと迷ってしまった。その一瞬の隙を突いてセクメトはその場で回転し、左の翼手で払い除ける様にユウキを迎撃する。

 

「ッ?!」

 

 辛うじて左の神機の装甲を展開して防御したが、空中では踏ん張れる筈もなく、ユウキは吹っ飛ばされ、返り討ちにあった。

 邪魔する敵が居なくなり、セクメトはカオルと向き合う状態になるまで回転を続け、勢い良く右の手刀をカオルに向かって振り抜いた。

 

「た、助けて!!かみさっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオルの助けを乞う叫びは最後まで紡がれる事はなかった。セクメトの翼手がカオルの胸部から『スパンッ!!』と綺麗に真っ二つに切断される。

 

 

「カオルゥゥウウッ!!!!」

 

 それを見ていたヤナギが悲鳴に近い声をあげる。

 

「神裂テメェッ!!!!何でカオルを見捨てたァァアッ!!??」

 

 倒せるはずだった。攻撃体勢に入るタイミングも問題なかった。それでもユウキは攻撃しなかった。そのせいで相棒とも言えるカオルを喪った。ヤナギは自らの憤怒を隠す事なく怒りと憎しみの籠った目線と怒号をユウキに向ける。

 

「グォァッ?!」

 

 しかし、その声に反応してハガンコンゴウがヤナギに飛びかかってきた。しかもそのハガンコンゴウは右腕を切り落とされている、別の神機使いを助けようとしたときの個体だった。

 戦力を削いだはずのハガンコンゴウが残された右腕でヤナギを押し潰そう張り手の様に手を付き出す。ヤナギは咄嗟に装甲を展開して防いだが、押されたまま倒れてしまい、身動きが取れなくなった。

 

「ヤ、ヤナギさん!!」

 

「く、クッソォォオ!!!!」

 

 ハガンコンゴウが片腕だったためか、押し潰されずに耐える事は出来た。しかし身動き出来ない状態ではハガンコンゴウが大口を開けて迫ってきていても逃げる事も叶わない。

 

  『グズュッ!!』

 

「…ぁっ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキが救助に向かうも間に合わずに、ヤナギは頭を喰い千切られた。

 

 

「ッ?!」

 

 助けられなかった。意気消沈していると、ハガンコンゴウは振り替えってユウキを殴り飛ばす。そしてハガンコンゴウは再度後ろに振り向いて他の神機使いの元に向かっていった。

 

「うわぁぁあ?!」

 

「ギャアァア!!」

 

「い、嫌だ!!死にたぐぇッ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハガンコンゴウが近くの神機使いを背後から後頭部を殴打して殴り殺す。そして別の場所からは方翼を切り落とされたセクメトが火球で神機使いを焼き殺し、砲塔を撃ち抜かれたグボロ・グボロ堕天種がまた別の神機使いを喰い殺す。

 

 

「ぁ…ぁぁ…」

 

 アラガミは倒したくない。でも倒さねば仲間が死ぬ。ならば誰でも殺せる様に弱らせておこう。そんな中途半端な支援をした結果、多くの神機使いが殺された。

 自身が招いた最悪の事態を受け入れる事が出来ず、倒れたユウキは泣きそうな顔で小さな声で呻く事しか出来なかった。

 

「キャァ!!」

 

「アネット!!」

 

「ッ!?」

 

 知っている声で短い悲鳴が聞こえ、フェデリコがアネットの名を叫んでいるのを聞いてユウキは我に返る。悲鳴が聞こえた方を見ると、スサノオが尻尾の剣を転んで尻餅を着いたアネットの近くに刺している。さらにはボルグ・カムラン3体がアネットを取り囲んでいた。

 

「私…死ぬの…?」

 

「…っ!!」

 

 絶望的な状況に思わずアネットは死ぬのかと呟く。その呟きはユウキにも届き、それを聞くとユウキは両目を見開いた。

 

(死ぬ…?…皆…仲間が…死ぬ…?)

 

 何で親しい人たちが死ぬのか、どうして仲間が死んでいくのか…何故こんな事になってしまったのかをユウキは思考する。

 

(…俺のせい…俺が…迷っているから…)

 

 そしてかつて『戦えないなら失せろ』と言った事を思い出す。戦う事に迷いを持ち、それでもでしゃばり、戦場に出た結果がこの惨事だ。一体自分は何がしたかったのだろう?仲間を喪ってでもアラガミを生かしたかったのだろうか?

 その場面をイメージするが、何の感情も沸いてこない。次に仲間達とアラガミを倒し、生き残ったところを想像する。皆が生きていて安心する、今日も生き残る事が出来て安堵する。少なくともアラガミが生き残った所を想像したときにはなかった感情だ。

 

(そうだ…アラガミと仲間達…どっちが大事かなんて…考えるまでもないじゃないか…)

 

 ユウキにとって仲間とアラガミ…どちらが大切か、答えは出た。

 

(だったら…迷う事なんてない…)

 

 迷いがなくなったユウキは急激な眠気に近いものに襲われた。

 

((アラガミ)はすべて…滅ぼせ(喰い尽くせ)…!!)

 

 ユウキの心の内で、悪魔()が囁いた。

 

「アネットォォオ!!」

 

 アネットを囲んでいたボルグ・カムランのうち、左右にいるものが尻尾の針を構え、アネットに向かって突き刺す。フェデリコが助けに入るも間に合わない。

 

  『『ギィンッ!!』』

 

 しかしユウキが間に入り、装甲を展開したときの合わせ目を利用して、白刃取りの要領でボルグ・カムランの針を止める。装甲の間に針を挟まれたボルグ・カムランは針を引き抜く事が出来ずに必死にもがいている。

 

「あ…」

 

「先輩!!」

 

「…」

 

 フェデリコが呼び掛けるもユウキは応えなかった。

 

  『グルラアオオオ!!』

 

 スサノオが尻尾の針でユウキの顔面を目掛けて突き刺してくる。だがユウキそれを左足を上げ、内から外へと振り回し、スサノオの剣の側面に足を当てて強引に起動を変える。そしてそのまま地面に突き刺さる様に剣を踏みつけてスサノオの動きを封じる。

 

  『キシェァアッ!!』

 

 しかし今度はボルグ・カムランがユウキの顔面目掛けて針で突き刺してくる。アラガミ3体の動きをその身1つで止めているユウキに避ける術はない。

 

  『ガギィッ!!』 

 

「「先輩!!」」

 

 その場にいたフェデリコとアネットは針がユウキに直撃したと思っていた。しかし、ユウキは針の先に噛み付き、自身に刺さる前に止めていた。

 

「ヴヴヴヴヴ…」

 

 ユウキが低く唸ると、首を左に向けつつ口を開けて針を離す。すると針をは標的を失いながらも直進する。だがユウキが側面から噛み付き再度動きを止める。

 

「ヴゥ"ゥ"ゥ"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァア"ァ"ァ"ァ""ア"ア"ア"!!!!」

 

 ユウキがこもった声で雄叫びを上げながら、両手の神機で捕らえたボルグ・カムラン2体と噛み付いて捕らえたボルグ・カムランをまとめて振り回し始める。右に回転して勢いをつけ、スサノオの真上に叩き落とす。

 

「ひっ…!!」

 

「何が…どうなって…」

 

 フェデリコとアネットはボルグ・カムランを振り回していたユウキを見て小さく悲鳴をあげる。ユウキの目は真紅に染まり、瞳孔が縦に割れ、獣そのものへと豹変した事に理解が追い付いていなかった。

 そんな後輩達に目もくれずにユウキは叩き付けた両手のボルグ・カムランをもう1度、少し離れた場所にそれぞれ叩き付け、その後互いにぶつけ合わせて、最後には装甲を収納して両サイドへと投げ飛ばす。

 

「ヴゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ゥ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!!!」

 

 ボルグ・カムランを投げた後、両手の神機が紅いオーラを纏う。そして投げた時とは逆方向に両腕を振り、紅い斬撃を飛ばすと両サイドのボルグ・カムランを両脇に居る辺りのアラガミごと両断する。

 

「オ"ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!!!」

 

 ユウキは吼えながら咥えていたボルグ・カムランを再度地面に叩き付けようと今度は縦に振り回す。

 

  『バキッ!!』

 

 しかし地面に叩き付けるよりも先にボルグ・カムランの針を噛み砕いてしまい、捕らえていたボルグ・カムランを先ほど神機使いを殺したセクメトに投げ飛ばした。

 

  『ガリッ!!ベキボキッ!!ゴリッ!!ゴリッ!!』

 

 ユウキは残っていた硬い針を噛み砕き喰っていく。ユウキがボルグ・カムランの相手をしているうちにスサノオは体勢を直し立ち上がろうとする。

 しかし、いつの間にかユウキがスサノオの目前まで来ており、ゆっくりとスサノオの身体を踏みつける。

 何のつもりか知らないが攻撃してこないのなら好都合だ。スサノオは立ち上がろうとする。

 

  『グル…グラッ…グラォォォ…!』

 

 何度立ち上がろうとしても全く立ち上がれない。目の前の男がそうさせているのなら排除するまで。スサノオは両腕の神機でユウキに襲いかかるが、ユウキが両手の神機を振り上げてスサノオの両腕を斬り捨てる。そして両手の神機を変形して、コバルトマグナムを発射する。標的は先ほど投げたボルグ・カムランとそれに巻き込まれたセクメト、そして目の前に居るスサノオの尻尾を消し飛ばした。

 

「…」

 

 スサノオの両腕と尻尾を消し飛ばしたユウキは無言のままスサノオを蹴り上げる。宙に浮いたスサノオを下から切り上げてコアごと両断する。

 その直後、ほぼノータイムで両サイドで戦っていたグボロ・グボロに向かって神機を投げる。すると神機は高速でグボロ・グボロをコアごと貫通した。

 

「オ"ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"ォ"ァ"ァ"ァ"ァアァ"ァ"ァ""ア"ア"ア"!!!!」

 

 ユウキは吼えながら砲塔を破壊したグボロ・グボロ堕天種に向かって一気に前に飛び出す。そして素手のままグボロ・グボロ堕天種に飛びかかり、右手を振り下ろす。

 

  『ザシュッ!!』

 

 ユウキは素手だったにも関わらず、小気味良い音と共にグボロ・グボロ堕天種が3つに別れる。

 何故ならユウキの両手は真っ黒に染まり、指先には鋭い爪が生えていたからだ。この爪でグボロ・グボロ堕天種を切り裂いたのだ。ユウキがグボロ・グボロ堕天種に気を取られているうちにシユウ堕天種がユウキを潰そうと翼手を広げて迫ってきた。

 

  『ブジュッ!!』

 

 汚い音と共に血が吹き出る。ユウキがシユウ堕天種の胸部を右手と同様に鋭い爪を生やした左手で貫いた。そしてそのままシユウ堕天種を左に投げ、それを追い、大きく飛び出す。

 投げられたシユウ堕天種は第二防衛ラインで戦っているタツミを囲んでいるコンゴウとハガンコンゴウに突っ込んでいった。

 

「うわぁっ?!な、何だ?!」

 

 突然目の前のコンゴウにシユウ堕天種が突っ込んできてタツミは驚いく。すると次の瞬間、ユウキがコンゴウとシユウを両手の爪で3つに斬り裂く。そしてそのまま地面に手を着いて急ブレーキをかけて反転する。

 

  『ビキビキッ!!』

 

「お、お前…それ…な、何だ…?」

 

 ユウキはタツミの後ろで怯んでいるハガンコンゴウと目を合わせる。それと同時にユウキの背中と頭からそれぞれ枯れ木の様な白い角と棘が生えてきて、腰からは白いボロ切れの様なものが生えてきた。ユウキのおぞましい表情と人にはないものが生えてきた事でタツミは動揺を隠せなくなっていた。

 

「グルァァァアアアッ!!」

 

 雄叫びと共にユウキは一気に前に出る。タツミは驚いて身構えたが、ユウキはタツミの横を通りすぎてハガンコンゴウに向かっていく。ハガンコンゴウはカウンターに右フックで殴りかかってきたが、ユウキはそれを右足を大きく前に出し、半身になりながらしゃがんで避ける。そして左足で裏回し蹴りの要領でハガンコンゴウの腹を蹴り上げる。そのままジャンプして宙に浮いたハガンコンゴウに接近して両手の爪でハガンコンゴウにとどめを刺していく。

 

「ガルァァァアアアッ!!」

 

 着地と同時に、ユウキは吼えながらプリティヴィ・マータと戦うカノンとブレンダンの元へと突っ込む。

 

  『ガアァァァア!!』

 

 プリティヴィ・マータが吠え、冷気を放ってまとわりつくブレンダンとカノンを攻撃しようとするが、突然横から攻撃を受けて吹っ飛んだ。そのまま横に倒れたプリティヴィ・マータの腹部を踏みつけて身体を屈めて、ユウキは左手を振り上げてプリティヴィ・マータの首を切り捨てる。そして両手の爪を振り下ろして左の前足を無理やり切り落とし、その後切り落とした左前足の肩から右手を突き刺して体内でコアを破壊すると、突き刺した右手を引き抜いた。

 

「グルルル…」

 

 ユウキが低く唸るとブレンダンとカノンをおぞましい表情で睨み付ける。

 

「ひっ…!!」

 

「ユウキ…なのか…?」

 

 ユウキが人とは思えぬ表情と姿で現れた事でブレンダンもカノンも理解が追い付いていないのか、小さく声を上げる事しか出来なかった上、カノンに至っては半泣きになっている。

 しかしユウキはそんな2人を気にする様子はなく、そのまま後ろを向くと全速力で別の場所に走り出した。

 

「ルァァァアアアッ!!」

 

 今度の標的は第三部隊が交戦していた赤いグボロ・グボロ堕天種、セクメト、ハガンコンゴウの3体だった。

 ユウキは体勢を崩し、膝を着いているシュンに殴りかかろうとするハガンコンゴウに接近して先制攻撃をしかける。ユウキは両腕を横に振ってハガンコンゴウ細切れに切り裂く。その間にカレルを追い回していたグボロ・グボロ堕天種はユウキの方に向きを変え、火球を撃ってきた。

 対してユウキは迷わずに火球に突っ込む。そして火球が眼前まで迫ると左手で払い除ける様に内から外へ爪を振るい火球を切り裂いた。

 しかし左手も唯ではすまなかった。腕全体は火傷し、左手も火球をモロに受けたため崩れていた。でもユウキは止まる事はなく、まっすぐにグボロ・グボロ堕天種に突っ込む。そして残った右手の爪を振り下ろし、グボロ・グボロ堕天種をバラバラにした。

 その間にジーナと撃ち合いをしていたセクメトが炎を纏って後ろから突っ込んできた。ユウキは回転して、右足でセクメトの首もとを捕らえて蹴り飛ばす。

 蹴られたセクメトは体勢を崩しながらも両手を合わせて火球を作る。そして空中で体勢を整えて着地すると、両手を突き出して火球を発射する。ユウキは上に跳び、火球を躱すとそのままセクメトに接近して、セクメトの頭を右手で掴み、そのまま地面に向かって叩き付けながら首を引きちぎる。そしてすぐさまセクメトと向き合い、左手を更に崩しつつも、振り下ろして胴体ごとコアを切り裂いた。

 

「…」

 

「何が…どうなってる…」

 

「な、何なんだよ…お前…」

 

 人とは思えぬ姿と戦い方に、ジーナとカレルは何が起こっているのか理解出来ず、シュンは信じられないものを見た様に声を震わせていた。

 結局、このセクメトを倒した事で、ユウキはここに来るまでの間に第二、第三防衛ラインを崩したアラガミを単騎で全て倒してしまった。

 辺りにアラガミが居ないと悟ったユウキはセクメトの頭を落とすと右足で踏み潰した。 

 

「ヴオ"ォ"ォ"ォ"ォ"オ"オ"ォ"ァ"ァ"ァ"ァアァ"ァ"ァ""ア"ア"ア"!!!!」

 

 まるで勝利の雄叫びと言わんばかりに、天を震わせ、耳を劈く様な咆哮が響き渡る。

 

  『ブジュッ!!』

 

 しかし突然ユウキから生えてきた角や棘、腰のボロ切れが粘着質な音と共に崩れ去る。両手の爪も液状化したと思えば霧散し、元の人の手に戻っていった。そして異形の姿から完全に人の姿に戻るとユウキはそのまま膝を着いて倒れた。

 だが突然異形の姿に変わり、暴走してアラガミの大群を単騎で圧倒する戦闘力を見せつけたユウキに恐れを抱いたのか、第一部隊が来るまで誰も倒れているユウキに近づこうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は自分が理解出来ない事に■■心を抱く…■■するからこそ、自身から遠ざけ、排除する。それで言えば…心の内や、考えている事が分からない他人もまた理解出来ない存在だ。

 だからこそ、人は■細な事で誤解し、争い、分かり合えないのかも知れない。そんな誤解が新たな誤解を生み、いつしか嫌悪に変わり憎しみとなり、他人を理解しようとする事を放棄してしまう。

 だが…俺達はかつて、もっと分かり合うのが難しいアラガミと分かり合えた。そんな経験があったからだろうか、俺達は何処か人と人が誤■なく分かり合えるのは簡単だと…そんな甘い認識を持っていたのかも知れない。その認識が間違っているのか、そうでないのか…それが分かるのは…このすぐ後のことだった。

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カチッ』

 

 ■〇の歯車が噛み合った。

 

To be continued

 




後書き
 ようやくユウキが迷いを吹っ切りました。ただし多くの仲間を犠牲にしましたが…さらにアラガミ化の件も全員に知れ渡りここからユウキへの扱いも変わり、極東支部の人間関係も大きく変わっていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission83 殺せ

アラガミ化が進行したユウキ…仲間たちの反応は…?

今回グロ描写があります。グロ描写は※で挟んでありますので、苦手な方はページを飛ばしてください


 -???-

 

「やってしまいましたね…」

 

「…」

 

 いつもの真っ暗な夢の中でユウキは俯き。虚ろな目で立っていた。目の前にはユーリが立っていた。

 

「貴方のせいで…沢山人が死にましたね。」

 

「…」

 

 先の防衛戦の事を言っているのだろう、ユーリが話しかけてきたが、ユウキは答えない。するとユーリの隣に現れたエリックがユウキに語りかける。

 

「君は結局何がしたかったんだい?誰かを助ける訳でもなく、ただでしゃばって、半端な事をした結果がこれだ。今まで君がやってきた事と何も変わらないじゃないか。」

 

「今までと…変わらない…?」

 

 エリックの言っている事の意味が分からず、ユウキは聞き返す。

 

「結局…貴方は自分が良ければそれで良いんでしょう…?特に何かするわけでもなく…何の考えもなしに…虐げられる人に手を差しのべる…それがもっとも酷い仕打ちだってこと…分からないんですか…?」

 

「…」

 

 『分からない…誰かを助ける事はそんなに悪い事なのか…?』とユーリの言った事を考えていた。しかし何がダメなのか、何故そんな事を言われるのか…どんなに考えても答えは分からなかった。

 

「助かる希望を見せておいて…実際にはそんな希望なんてものは最初から無いんだからね…凄く残酷な殺し方だよ…彼も、僕も…そうやって君の偽善に殺された…」

 

「このままだと無駄に生き残ろうとする貴方(偽善者)

以外は…みんな死んじゃいますよ?」

 

 エリックとユーリが何を言っているのか理解出来ない。何が言いたいのか考え込んでいると、不意にユーリが話を続ける。

 

「ああ、でも…」

 

「…?」

 

 ユーリが一旦言葉を区切るとユウキの足元に向けて指を指す。

 

「貴方が僕達と同じように殺した人なら…ほら、足元に…」

 

「…ぇ?」

 

 ユーリが何を言っているのか理解出来ず小さく声を出すと…

 

「っ?!!?」

 

 突然足を掴まれ、一気に後ろに引かれて盛大にうつ伏せに倒された。

 

「神裂…何で俺達を見殺しにした…!!」

 

「僕たちが…何をしたって言うんですか…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭から血を流したヤナギがユウキの足を押さえ、腹から胃や腸が飛び出たカオルが肩を押さえる。他にも焼け焦げて悪臭を放つ者、首が捻切れ、血が吹き出したままの者と言った防衛戦で死んでいった神機使いやがユウキにまとわりつき、腕や頭を押さえつける。

 

「や、止めろ!!!!放せ!!!!」

 

「呪ってやる…!」

 

 腕を掴んでいた神機使いが呪詛の言葉を呟くと、手始めに右腕を稼働方向とは逆に曲げ、限界まで曲げると力任せに曲げて腕を折るとそのまま右腕を肩から引き千切る。

 

「ア"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ァ"ぁ"ア"ぁ"あ"あ"ア"ア"ァ"ァ"ぁ"ぁ"あ"!!!!」

 

「殺してやる…!」

 

「ぎャぁ"ぁ"ぁ"ァ"ぁ"ア"ァ"あ"あ"ア"ァ"ァ"ぁ"ぁ"あ"!!!!」

 

 怨みの籠った殺意を向け、ユウキの足の指を1本ずつ捻切っていく。そしていつの間にか血塗れになっている大勢の人が、何処から取り出したのかナイフ等の刃物でユウキを突き刺し、皮を剥ぎ、切り落とす所がなくなるまで手足を切り落とす。

 それを繰り返しているうちに、ユウキは頭と胴体、そして左手だけが残った状態になり、そうなる間もユウキの絶叫は止む事はなかったが、最後の方は微かに声を出すのが精一杯だった。

 

「独りて死ぬくらいなら…」

 

「ぁ"…ガ…」

 

 もう虫の息となったユウキにヤナギが近づき、神機を突き付ける。

 

「道連れにしてやる!!」

 

「ぁ"ァ"ァ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ァ"…」

 

 最後に怨嗟の声をユウキに投げ掛けると、後ろから神機を喉元に突き刺した。喉を刺されて微かな声をあげる事しか出来ないユウキは、残された左手を助けを求める様に伸ばした。

 

 

(独り…独り…か…)

 

 意識が消え行く中、走馬灯の様に過去の事を色々と思い出していた。そんな中、『独り』と言う単語から、自身が最も独りを意識した時の事を思い出していた。

 

『ひとりにしないでぇぇぇぇえぇえ!!!!!』

 

 かつて声と喉を潰してでも叫んだ一言を思い出しながらユウキの意識は消えていった。

 

 -医務室-

 

「起きたみたいだね。」

 

「…」

 

 ユウキが目を覚ますとベッドの上だった。虚ろな目でキョロキョロと目を動かして辺りを見渡すと左側にルミコがいた。状況的には医務室なのは間違い無いだろう。

 

「大丈夫?具合悪いとか…ない?」

 

「…はい。」

 

 ルミコがユウキの体調を聞いてきた。それに問題無いと答えながらユウキは上体を起こす。

 

「…君の身体だけど…アラガミ化がまた進行したみたい…」

 

「…そうですか。」

 

 寝起きから知りたくない事実を聞かされる。しかし聞かない訳にもいかないので、聞いた後に返事をする。

 

「博士とも話し合ったんだけど…もう君は任務に出られない…って言うか出せない。君の身体を治すためにも、しばらくは医務室とラボを行き来する生活になる。」

 

「…分かりました。」

 

 任務に出られないのは痛いがこの身体では仕方がないと諦めて、大人しくルミコの指示に従う。

 

「準備…必要?」

 

「…はい。ついでに…皆にも…伝えてきます。」

 

 流石に自室にも帰れないとなると何の準備も無しに医務室やラボラトリに引きこもるのは難しいだろう。とは言えユウキは私物も少ないので準備するものと言えば着替えくらいしか無い。

 寧ろユウキにとって皆に任務に出られなくなる事を伝える方が本来の目的とも言える。自分の口で伝える事で自分なりの方法でケジメをつけたいのだ。

 

「うん…明日からは、外を歩く事は出来ないと思うから…困らない様に色々と準備しておいてね。」

 

「分かりました…」

 

 ルミコと一通り話終えると、ユウキはベッドから降りて医務室を出ようとする。すると遠慮がちに『ねえ。』とルミコから呼び止められた。

 

「…本当に大丈夫?その、防衛戦の事…」

 

「大丈夫ですよ…」

 

 『大丈夫』そう言ってユウキは振り向く。

 

「ただ目の前で仲間がたくさん死んだだけですから…」

 

「っ…!!」

 

 ルミコの目に映ったのは微笑む様に口角が上がり、目尻はつり上がっているが、死んだ魚の様な目をして涙を流すユウキの顔だった。ユウキは複雑怪奇な表情で返事をした後、医務室を出ていった。

 そしてどんな感情を示しているのかも分からない表情でとんでもない一言を言い放ったユウキを見て、ルミコは衝撃を受けながらも、もうユウキを戦場に出してはいけないと確信した。

 

 -エントランス-

 

 ペイラーからユウキの状態を聞き、アラガミ化の進行を治す、あるいは遅らせる研究に必要な素材を集める任務に行っていた第一部隊が戻って来た。

 だが、リンドウ達が帰ってくるなり『何か隠しているだろ』と訴えかける疑惑が込められた目線が飛んできて、第一部隊は何とも言えない感覚となった。

 

「なんか…」

 

「ええ…」

 

「ん~…なんか居心地が悪いなぁ…」

 

 この奇妙な居心地の悪さを覚えながらもヒバリに任務の事を報告し、その後逃げる様に第一部隊はエレベーターに向かおうと歩き出すと、その途中シュンと数人の神機使いとすれ違う。最後に一番後ろにいたソーマが彼らとすれ違う。

 

「…………………!!」

 

「あ"ぁ"…?」

 

 しかしすれ違うと同時に、突然ソーマが怒りを込めた声でシュンを威圧しながら絡んできた。

 

「そ、ソーマ?」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 コウタとアリサにはただすれ違っただけに見えていたので、突然ソーマが怒った様に見えて驚いていた。流石にリンドウとサクヤも気が付いて足を止める。

 

「お前…何て言った?」

 

 ソーマは今にも胸ぐらを掴みそうな勢いでシュンに詰め寄る。しかしシュンは軽蔑を込めたイヤらしい笑みを浮かべながらソーマを見る。

 

「…裏切り者って言ったんだよ…あの『アラガミ野郎』がどんな状態か…お前ら全員知ってたんだろ?」

 

 アラガミ野郎…今の極東支部の状況から、思い当たる人物は1人しかいない。しかしそれを聞いたソーマはさらに睨みを利かせ、殺気まで放ち始めた。

 

「そのアラガミ野郎ってのは…まさかユウの事じゃねぇだろうな?」

 

「そいつ以外にあり得ねえだろ…」

 

 相変わらず嫌味な笑みを浮かべたシュンがソーマの言った事を肯定する。

 

「お前っ…!!」

 

「止せっ!!ソーマ!!」

 

「止めなさいソーマ!!」

 

「シュンも止めなさい。」

 

 遂にソーマがシュンの胸ぐらを掴む。流石にこの状況ではサクヤが嗜め、リンドウがソーマを抑えに入る。シュンの方には近くに居たジーナが割って入る。しかし言いたい事が半分出ていたシュンはもう止まらなかった。

 

「アラガミ化したと思ったら素手でアラガミを倒して全て終わったら人に戻る…どう考えたっておかしいだろ!!!!」

 

 シュンが言いたい事、聞いたい事を吐き出していく。しかし、それはあの戦場から帰ってきた神機使い全員が聞きたい事でもあった。

 半分アラガミ化し、アラガミの大群を圧倒し、全て終われば人に戻る。今までの常識から逸脱した存在となりつつあるユウキについて色々と聞きたい事があるのは皆同じだった。

 常識が通じない。それ故に誰もが本当に安全なのか、常識から逸脱した力を自分達に向けないのかが気になり、『異常な力』に誰もが恐怖心を覚えていたのだ。

 

「あんなバケモノ!!!!さっさと殺した方が良いに決まってんだろ!!!!」

 

 そしてシュンが遂に恐怖から逃げる為の一言を叫んでしまう。

 

  『バギィッ!!!!』

 

「テメェ…」

 

 リンドウの制止を振り切り、ソーマがシュンの顔を殴り飛ばす。そしてソーマは少し小さく、怒りで震えた声を出す。

 

「もういっぺん言ってみろぉっ!!!!」

 

 キレたソーマが大きな声でシュンに怒鳴り散らす。

 

「ああ、何度でも言ってやる…あんなバケモノは殺した方が良いって言ったんだよ!!!!」

 

 しかし、殴られて頬を腫らしたシュンも格上であるソーマに負けじと怒鳴り返す。お互いにキレているため、既に収拾がつかなくなり始めていた。

 

「テメェ…ぶっ殺してやるっ!!!!」

 

 ソーマが啖呵を切ると、再びシュンを殴り飛ばそうと飛びかかる。対してシュンもソーマに対して殴りかかる。周りが一斉に騒ぎだして止めに入る。ソーマには第一部隊が総出、シュンには周りに居た数人の神機使いが止めに入った。

 

「大体何なんだよオメーらは?!大事なこと何にも言わねぇでよ!!肝心な時には何時も俺達は蚊帳の外じゃねぇかよ!!」

 

 案の定ソーマには敵わずボコボコに殴られたシュンが数人の神機使いに引きずられて騒動から遠ざけられた。ソーマもリンドウとコウタに取り押さえられていた。

 そんな中、第一部隊以外の大半が持っている不満をぶちまける。

 

「その間にとんでもない事になってよぉっ!!そのくせとばっちり受けるのは俺達じゃねぇか!!」

 

  いつも気が付いたら自分達や支部が危ない橋を渡っている。それを先導しているのが第一部隊とペイラーであり、彼らの判断で何時自分達預かり知らぬ所で身が危険に晒されるかわからない。

 シュンが持つ不満ももっともなものと言えるだろう。

 

「それにっ!!アイツがあんな状態で俺達を襲わないとは言いきれないだろ!!」

 

「うるせぇっ!!!!」

 

 アラガミ化が進行しているユウキが暴れ出す。あり得ない話ではない。シュンが誰もが考えるであろう懸念を口にすると、ソーマがそれを遮る様に怒鳴り散らす。

 

「アイツが…ユウがそんな事する訳ねぇだろっ!!!!!」

 

「分かってるよ!!!!」

 

 ソーマはユウキが暴れる事はないと言いきる。しかし今度はシュンがソーマの言葉を遮る様に大声で『分かってる』と返す。

 

「分かってるよ…アイツ『自身』はそんな事しないってな。けどな…」

 

 シュンは恐怖心で歪んだ顔でソーマを睨む。

 

「アイツは『あの力』を制御出来てねぇじゃんか!!」

 

「っ!!」

 

 『力を制御出来ていない』それを聞いた瞬間、アリウス・ノーヴァとの戦いで自分達も襲われた事を思い出し、ソーマは反論出来なかった。ソーマだけではない。第一部隊の誰もが自身の力を抑えきれないユウキの現状に反論する事が出来なかったのだ。

 

「お前らは良いよな、極東支部のエリート様なら、最悪自分の身を守る事くらいは出来るだろうしよ。けど、一般の神機使いに毛が生えた様な実力の俺達じゃ…あんな力に抵抗しきれねぇ…文字通り瞬殺だ。」

 

「…」

 

 シュンの言い分は自身を含め、第一部隊以外の実力を客観的に評価したもので至極当然な主張だった。寧ろ仲間と言う理由で無条件に自分達を襲わないと信用しきっているソーマの主張の方が異常と言えるだろう。

 

「…そうだよな…」

 

 一瞬の沈黙の後、誰かは分からないがシュンの言い分に賛同する声が聞こえてきた。

 

「あんな…出鱈目な力を制御出来ないなら目の前に爆弾があるのと同じじゃないか!!」

 

 先の声を皮切りにユウキに対する不満が次々と出て来る。

 

「そうだな。不安定な状態が続く様ならいっそ殺してしまう方がこっちとしては安心出来る。」

 

「ふざけんなっ!!」

 

「そんな事させません!!」

 

 そんな中カレルが力を制御出来ないなら殺してしまう方が良いと言う。流石にコウタとアリサが反論するが、自身の身の安全を考えれば今のユウキが全く信用出来ないと言うカレルの言い分もまた事実だ。

 

「アリサ!!コウタ!!落ち着きなさい!!」

 

 ユウキを殺した方が良いと言う意見に殺気立ち始めたコウタとアリサに対してサクヤが制止をかける。

 

「けど、実際危ない事には変わらないだろ!!」

 

 しかし何処からともなくユウキが危険な存在だと言う声がとんできて、再びコウタとアリサ、それからソーマも殺気立つ。

 

「まあ、殺せとまでは言わないけど…何かしらの対策は無いと…この支部も危ないのは事実ね。」

 

「せ、先輩はそんな事しませんよ!!」

 

「アイツにそんな気がなくてもそうなるかも知れないだろ!!」

 

 殺す必要は無いが拘束くらいは必要だと言うジーナ、ユウキは自分達に危害を加えないと信じているフェデリコ、しかしユウキの意思に関係なく襲いかかってくるかも知れないと、別の神機使いが声を荒らげて必死にフェデリコを黙らせる。

 

「だからって…先輩にそんな事…」

 

「そ、そうですよ…」

 

 アネットとカノンはユウキを殺せと言う意見に反対してはいるものの、ユウキが危険な存在になりつつあることも分かるので弱腰の反論になっている。

 

「皆落ち着け!!俺達がどうこう言い争ったって解決する問題じゃないだろう!!」

 

「タツミの言う通りだ。今回の件は支部長代理に指示を仰ごう。」

 

 タツミとブレンダンが殺気立つ神機使い達を抑えようと宥める。

 

「そんな悠長な事言ってられるか!!」

 

「今すぐ殺せ!!奴が手を出してくる前に!!」

 

 しかしタツミとブレンダンのペイラーに指示を仰ぎつつ長期的に対策していく事を主張すると、ユウキの危険性から恐怖心を抱いた神機使い達が今すぐ殺せと息巻き始める。

 

(そんな…)

 

 そんな神機使い達の様子を見たアリサはあることに気が付いて信じられないと言った心情になる。

 

(誰一人…ユウの身を案じる人が居ないなんて…)

 

 誰もがユウキを殺す、殺さないと言う事について話しているが、ユウキは今無事なのから、アラガミ化が治せるのかを心配する者が本当にごく一部しか居なかったのだ。

 そんな中、シュンが再び口を開く。

 

「そうだよ…目の前であんなバケモノになって、アラガミの大群を一瞬で全滅させる様な力を見せつけて…そんな力を制御出来ないのに俺達に向けないって…何で言い切れんだよ!!」

 

 周りの意見のほとんどがユウキは危険だ、殺せと言う意見を聞いて、『俺は間違ってない。』とシュンはしたり顔になる。そのためか、遠回しにユウキを殺すべきだと強く主張する。

 

「だったら…制御出来る様にしてやれば良いだろ!!!!」

 

 ユウキが力を制御出来る様にする。何をするかは分からないが、そう言うと激昂したままソーマが立ち上がり、エレベーターに向かう。

 

「リンドウ!!!!手伝え!!!!お前の腕が必要だ!!!!」

 

「え?あ、ああ…?」

 

 リンドウに手伝う様に言うと、何をするのか分からないままリンドウはソーマに着いていく。2人は喧騒の後をそのままにしてエレベーターに乗り込んだ。

 

 -エレベーター内-

 

 時はユウキが医務室を出ていたところまで遡る。医務室を出たユウキはエレベーターに乗り、神機使いが集まっているであろうエントランスに取り敢えず向かう事にした。

 

(何であんな事言ったんだろう…)

 

 エレベーターの中で、何故『仲間が死んだだけだ』などと馬鹿な事をルミコに言ったのだろうと考えていた。しかし自分の行動について『何故だろう』と考えている時点で答えは出るはずもない。

 

(はぁ…何だか…気が重い…)

 

 また怒られるだろうと思い、ゲンナリしているとエレベーターが止まった。

 

 -エントランス-

 

 エレベーターの扉が開くと何やら大きな声で言い争っているのが聞こえてきた。アラガミ化や人に戻ると言った言葉が聞こえてくる。まさか自分の事だろうかと思い、ユウキはエレベーターから降りる。

 

「あんなバケモノ!!!!さっさと殺した方が良いに決まってんだろ!!!!」

 

(…っ!!!!)

 

 エレベーターから降りると同時に聞こえてきた『殺せ』と叫ぶシュンの声…先の会話でアラガミ化や素手でアラガミを倒す、人の姿に戻ると言った言葉が聞こえてきたので自分の事だろう。それを聞いた瞬間、ユウキは自らの体が氷にでもなったかのように冷たくなった気にがした。

 

 『バギィッ!!!!』

 

「テメェ…」

 

 リンドウの制止を振り切り、ソーマがシュンの顔を殴り飛ばす。そしてソーマは少し小さく、怒りで震えた声を出す。

 

「もういっぺん言ってみろぉっ!!!!」

 

 キレたソーマが大きな声でシュンに怒鳴り散らす。

 

「ああ、何度でも言ってやる…あんなバケモノは殺した方が良いって言ったんだよ!!!!」

 

 しかしシュンも格上であるソーマに負けじと怒鳴り返す。お互いにキレているため、既に収拾がつかなくなり始めていた。

 

(…)

 

 心の何処かで聞き間違いだと自分に言い聞かせていたが、そんな望みも打ち砕かれ、ユウキは皆に会うことなく踵を返す。

 

「テメェ…ぶっ殺してやるっ!!!!」

 

 ソーマが啖呵を切ると、周りが一斉に騒ぎだして止めに入る。そんな喧騒を聞きながら、ユウキは再びエレベーターに戻って行った。

 

 -自室-

 

 感覚が麻痺したかのように動作が鈍くなった身体で、ユウキはどうにか自室に戻る。扉を閉めて鍵をかけ、俯いたまま扉に背中を預ける。

 

「…っ!ぅっ…うぅっ…ッグ…ゥゥゥァアア…」

 

 ポロポロと涙を流したユウキは背中を預けたまま座り込み、膝を抱え込んでくしゃくしゃの顔で声を殺して泣き続けた。

 

(…ここでも一緒だった…やっぱり…俺に居場所なんて…生きていて良い場所なんてなかった…)

 

 本人の居ないところで友人、仲間達に明確に拒絶され、殺せと息巻いた者に殺意まで向けらた。ここにはもう居場所は無い。周りの者全てが死ね、殺すと責められ、かつて受けた希望や信じたものを何もかも粉々に砕かれた様な感覚になる。

 

(もう…ここには…居られない…)

 

 ユウキはその後も夜が更けるまで泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、何気ない一言…当人からしたら恐怖した事で言ってしまった、本心かも分からない様な一言だったのだろう。だが…それと同じ様な考えを持つ周りの者が同調し、恐怖でひとつの意思がまとまった時…無意識に、無自覚のうちに手に負えない程の悪意になり、何としてでも対象となった一人を排除しようとする。

 たった一度の何気ない一言…そんな一言が…少年の心を、人生を、そして世界を狂わせる。

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カチッ』

 

 悲劇の歯車が噛み合った。

 

To be continued




後書き
 ユウキがアラガミ化している事が極東支部の神機使いに知れ渡りました。その結果ユウキは第一部隊以外からは敬遠されました。実際身近に居る人間が暴走を抑えられないのはかなり怖いと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission84 失踪

もうヤダおうちでてくぅ!!


 -ラボラトリ区画-

 

 ユウキのアラガミ化による件があった翌日、アリサはユウキのお見舞いに行こうとラボラトリ区画の通路を歩いていた。エレベーターを降り、医務室に向かう途中で…

 

「あっ!!アリサ!!」

 

 ちょうど医務室から出てきたルミコに呼び止められた。

 

「はい?」

 

 アリサは何の用件だろうと疑問に思いながら返事をする。

 

「ユウキ君探してるんだけど…見てない?」

 

「いえ、今日はまだ見てないですけど…あの、何かあったんですか?」

 

 アリサの返事を聞いたルミコは『へ?』とすっとんきょうな声をあげる。

 

「え?今日からアラガミ化の治療の為に入院する事になってるんだけど…聞いてないの?」

 

「は、はい。初耳です。」

 

 『おっかしいなぁ…昨日自分で伝えに行くって言ってたのに…』と呟きながらルミコは頭を掻いてどういう事か考える。そしてそれを聞いた途端に、アリサはその場から動いた。

 

「わ、私っ!!ユウの部屋に行ってみます!!」

 

 本人が伝えると言った事を伝えに来ていない。この状況とユウキの状態から何やら嫌な予感がして、アリサはルミコが何かを言っているのも聞かずにユウキの部屋に急いで向かった。

 

 -ユウキの部屋-

 

「ユウ!!居ますか?!居たら返事してください!!」

 

 ルミコと別れた後、アリサはユウキの部屋までまっすぐに来た。何度か呼び鈴を押し、ユウキが部屋に居る事を確認しようとするも、何度呼んでも出てこない。

 本当に居ないのかと思い、ダメ元で扉を開けるスイッチを押すと、『プシュゥ』とシリンダーが動作する音と共に扉が開いた。

 

(っ?!開いてる…?)

 

 ダメ元ではあったが本当に開くとは思っておらず、アリサは少し驚いた。しかしユウキが部屋に居るのか居ないのかをしっかりと確認するまでは戻る訳にもいかない。

 

「ユウ。居ますか?」

 

 声をかけるが返事はない。無断で他人の部屋に入るのに抵抗を覚えはしたものの、アリサはユウキの安否が気になり、ゆっくりと部屋に入っていく。

 

(隊長服?それに…手紙?)

 

 部屋に入るとベッドの上にツバキから貰った隊長服が全て畳んで置いてあり、その上には封筒が置いてあった。

 察するに手紙だろうと思ったが、この光景を見た瞬間から胸がざわつくのを感じ、嫌な予感がより一層強くなる。

 とにかく読んでみよう。もしかしたら何処に行ったのか書いてあるかも知れない。そう考えてアリサはゆっくりと封を切り、中の手紙を読み始める。

 

『この手紙を誰かが読んでいると言う事は、もう私はこの支部から出ていった後なのでしょう。

 ここ最近で、私は自分が少しずつ人の身から遠退いていくのを日に日に強く感じる様になりました。そんな私が未練がましく支部に居ても、きっといつか皆を傷つけてしまうでしょう。

  このまま支部に居続けたら、本当に皆に手を挙げてしまいかねない。そうなる前に、私はここを去ります。私が支部に居ても、皆に迷惑をかけ、危険に晒してしまうだけですから。勝手な事をしてごめんなさい。でも探さないで下さい。そして、いつかアラガミ化した私と出会う事があったら、その時は私だと気付く前に殺して下さい。

 それから、誰が読んでいるかは分かりませんが、皆に伝えてください。今までありがとう。支部の皆の事は今でも大好きです。さようなら。

 

 

 

 

 最後にもう1つ、少し早いけれど、誕生日おめでとう。とアリサに伝えてください。』

 

 両目を見開き、カタカタと震える両手でアリサは手紙を読み進める。そこには自身のアラガミ化が原因でユウキが出ていった事が書かれていた。

 

「こんな…こんな事って…」

 

 1度読みはしたものの、書いてある内容が頭に入ってこない。2度、3度と読み直しても頭が理解するのを拒んでいる。そうして5回程読み直して、ようやくユウキからの別れの手紙だと理解した。

 

「急いで…知らせないと…!!」

 

 ユウキが支部から出ていった。その事実を伝えるため、アリサはペイラーの元に走り始めた。

 

 -ラボラトリ-

 

 アリサはユウキが失踪した事をペイラーに伝えにラボラトリに来ていた。そこには丁度ユウキが抜けた穴を埋める為の部隊運用を考える為にツバキとゲンも来ていた。

 

「なるほど…」

 

 アリサが渡されたユウキからの手紙を読んだペイラーはため息と共に呟く。

 

「手紙を添えて隊長服を全て返却…しかも手紙の内容は別れの言葉か…」

 

「これを読んだ限り、もう戻ってくる意志は無いって事だろうな。」

 

 手紙を読んだツバキとゲンが状況を整理する。取り敢えずユウキが自らの意志で出ていき、戻ってくる気配は無い事は分かった。

 それを受けて、ツバキはペイラーに今後どのように動くかをペイラーに相談する。

 

「どうしましょうか…支部長代理?」

 

 『そうだね…』とペイラーは眼鏡をかけ直しながら考え込む。

 

「自らの意志で出ていった彼を…秘密保持の為に処分しに行くならともかく、我々が危険を冒して連れ戻すつもりはない。向こうから帰ってきたとしても、厳罰を与える…これが支部長として執るべき行動なんだろうね。」

 

 ペイラーは淡々と『支部長』として考えた今後の行動を話していく。

 

「しかし、今回の件…ユウキ君がアラガミ化する大元の原因は、私がハンニバルの蘇生対策に支部を開けた事にある。」

 

 『あれがなければ、ユウキ君がアラガミ化する事もなかっただろうからね。』と言って、かつてユウキがアラガミ化するきっかけを作ってしまった事を悔やんでいるようだった。

 

「私にも責任の一端がある。そこでだ、この件の対応は個人的な感情で動く事にするよ。あくまで私は、『支部長代理』だからね。」

 

 ペイラーの役職は『支部長』ではなく『支部長代理』だ。ユウキのアラガミ化に責任を感じて、支部長としての判断を下さない為に屁理屈を並べ、ユウキの捜索に部隊を動かすようだ。

 

「博士…それじゃぁ!!」

 

 ペイラーの返答を聞いてアリサには希望が見えてきた。

 

「ツバキ君、すぐにユウキ君の捜索隊を編成する。準備を頼む。」

 

「分かりました。」

 

 ペイラーはユウキの捜索を行う事を決め、ツバキに部隊編成を一任する事を伝える。

 

「さて、捜索隊を出すのは良いとして、何処から探すか…」

 

 部隊を編成するのは良いが、何処から手を着ければ良いのか分からない。そんなペイラーの疑問に『坊主の行きそうな場所か…』とゲンが顎に手を当てて思考する。

 

「防壁の外で生きるとなると…生活拠点と食料…それから戦う為の土地勘が必要だな。昨日今日出ていったなら、まずは任務を行う作戦区域付近に行くだろう。それでいて先の2つの条件が揃う場所と言えば…旧寺院とエイジスだ。あとは安定した拠点がある旧市街…探すならまずは3箇所じゃないか?」

 

 『ここなら支部のビーコンでも追えるだろう。』とゲンが最後に付け加える。アラガミが闊歩する前の時代ならいざ知らず、アラガミで溢れかえった外部居住区の外で生き抜くには、戦い易い場所、安心して休める拠点、それから必ず必要な食料を獲得、供給出来る環境が必要になる。

 それらを満たせるのが作戦区域付近で、家屋が多く、比較的アラガミが少なく食料となる魚等が捕れる海に面した旧寺院やエイジスだと言うのがゲンの予測だった。

 

「なるほど…ならば、まずは第一部隊が先行して出撃する。場所は旧寺院だ。アリサ君、第一部隊全員に出撃準備をするよう伝えてく欲しい。」

 

「了解しました。」

 

 ペイラーもこの意見には納得し、ゲンの進言通りにまずは旧寺院を第一部隊に捜索させ、エイジスと旧市街地は他の部隊に任せる事をアリサに伝えた。

 

「今後の部隊運用の指揮と準備はツバキ君に任せる。その間私はアラガミ化の対策を早急に打ち立てる。幸いソーマがリンドウ君の腕から何か閃いたみたいでね。もしかしたら何とかなるかも知れない。」

 

「なら、俺は取り敢えずはすぐに出られそうな奴を何人か探してみる。他にも老兵に出来る事があれば言ってくれ。」

 

 ペイラーはソーマとアラガミ化の対策を研究する事を伝える。ソーマが何かヒントになりそうなモノを見つけて来たようで、何とかなるかも知れないと希望を持っている様子で皆に話していく。そしてゲンも捜索隊編成に力を貸してくれるようだ。

 

「皆さん…」

 

「いつか彼にも言ったが…私達はあの子を喪うなんて事を望んではいない。早急にアラガミ化の対策を確立し、すぐにでも見つけて処置を施す事にしよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 少なくともここに居る人たちはユウキの事を助けようと協力してくれるようだ。昨日の集団による狂気じみたユウキへの殺意を目の当たりにした事で、見方してくれる人が居ることにアリサは何処か安堵していた。

 

 -エントランス-

 

 アリサがユウキの手紙を渡した事で、ツバキから支部の全員にユウキの失踪が伝えられた。第一部隊は真っ先に出撃し、他の部隊はエイジスと旧市街地に向かうために準備をしてる。

 そんな中出撃するメンバーの神機をすぐに調整し終えたリッカがエントランスのベンチでヒバリと沈んだ空気で話し込んでいた。

 

「まさか…こんな事になるなんてね…」

 

「はい…」

 

 昨日の集団心理による狂気じみた殺意の後にユウキが失踪…今起きている事に落ち込むリッカにヒバリが寄り添い話を聞く。

 

「今朝神機を見に行った時…神機が無かったんだ。早朝任務だと思って軽く考えるんじゃなかった…」

 

「仕方ないですよ。ユウキさんが早朝任務に出る事なんて珍しい事ではないですから…」

 

 ヒバリが言う様に、ユウキが早朝から任務に出る事は珍しい事ではない。リッカが朝に神機の状態を確認しに行くとユウキの神機は既に持ち出された後だった…なんて事は良くある。そのため、リッカは今回も早朝任務だと思って特に気にしなかった。

 しかし蓋を開けてみればユウキの失踪と言う大きな事態になっており、大切な人が居なくなって明らかにリッカは沈んでいる。

 

「捜索隊も既に動き始めていますので、今は結果を待ちましょう。」

 

「…うん。」

 

 ヒバリは何とかリッカを励まそうとするが上手くいかず、リッカ沈んだままだった。

 

(こう言う時…私に出来る事って何も無いのかな…)

 

 大切な人が消えてしまったのに、探しに行く事も出来ずにただいつも通りの生活をながら待つしか出来ない。こんな時、神機を持ってアラガミと戦い、実際に探しに行けるアリサが羨ましく思いながら、リッカは自身の無力さを思い知っていた。

 

 -神機保管庫-

 

 作業を終えて小休止に入ったリッカ達が捜索の成果が出る様に祈る様に祈りながら話をしている中、捜索に出られるメンバーが神機保管庫で出撃準備をしていた。

 

「ちっ!!あの野郎…!!手前かけさせやがって!!嫌な事があったから出ていくって…ガキかよ!!」

 

「元はと言えばお前のせいだろ。大方お前の『バケモノ』発言や『殺せ』ってのを何かで聞いたんじゃないのか?」

 

 シュンはユウキ出ていった事に文句を良いながらも神機を準備する。そして隣で神機の準備をしていたカレルがそれを聞いくと、出ていった原因はシュンにある可能性が高いと苦言を呈する。

 

「あ"あ"?!俺が悪いってのか?!」

 

 だが悪いのはお前だと非難されてシュンはキレた。

 

「他に誰がいるんだよ!!」

 

「お前らもアイツを殺せって息巻いてたじゃねぇかよ!!俺にだけ責任押し付けんなよ!!」

 

「止めなさい。」

 

 キレたシュンに別の神機使いが食いかかり、周りも一緒になってユウキを殺せと言っていたと主張して、シュンの怒りがさらにヒートアップする。

 そんな3人をジーナが止める。そして一度大人しくさせて、4人はエイジスでの捜索に向かった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 支部内がユウキ捜索の準備を進める中、先行して第一部隊は最も潜伏先として有力な旧寺院に来ていた。

 旧寺院に着くと、まず手始めにかつてリンドウが潜伏していた家屋の周辺を探してみた。しかし以前リンドウが潜伏して時のものと、ユウキがリンドウを探していた時の痕跡が残っているだけで、昨日今日と新たに人が来た気配は無かった。

 そして一通り探し終え、第一部隊は今後の捜索の打ち合わせに一旦作戦区域内の本殿前に集まっていた。

 

「ユウ…何処行っちゃったんだろ…」

 

「さあな。分からないからこうして探しに来たんだろ。」

 

「まあ…そうだけど…」

 

 コウタが当然の疑問を口にする。そしてソーマが当然の答えを返す。

 

「それはそうと研究は良いの?ユウを探しに来るのは良いんだけど、アラガミ化を治す研究が止まっちゃうんじゃ…」

 

「ああ、今は博士に任せてある。出られる回数は少ないが…研究の合間に捜索に協力する。」

 

「そっか…分かった。」

 

 研究はペイラーと合同で行っているため、ソーマが任務に出ていても、取り敢えず研究が止まると言うことはないようだ。それに現在はアラガミ化治療の基礎理論の解明、構築の為の実験、考察等を行っている最も最初の段階だ。今ソーマが抜けても大きな影響は無い。

 コウタとソーマがそんな話をしていると、サクヤが今後の捜索の方針について進言する。

 

「とにかくまだ支部を出ていってから時間は経ってないのなら、まだ近くにいるはずよ。とにかくもう一度周辺を探しましょう。」

 

「そうだな。」

 

「はい…行きましょう。」

 

 サクヤの提案にリンドウ、アリサ共に賛成した。ソーマとコウタも口には出さなかったが頷いて同意する。

 

(ユウ…何処に居るんですか…?)

 

 そんな中、アリサの表情は心配そうな暗いものになっていた。捜索しているものの、ユウキが見つからないのではないかと不安を少しずつ覚え始め、このまま2度と会えないのではないかと考えてしまう。

 

  『グオォォォオ!!』

 

 しかしユウキの捜索が行われている中、突然雄叫びが響き渡り、本殿の反対側の壁をよじ登って来たハンニバル侵食種が現れた。

 

「お客様か…」

 

 リンドウはため息混じりに呟くと、ポケットからタバコとライターを取り出してタバコに火を着ける。

 そしてその間にハンニバル侵食種は壁から飛び降り、低く唸りながらリンドウ達を睨み付ける。

 

「悪いが今お前の相手をしている暇はないんだ。お引き取り願おうか…」

 

 タバコを咥えたリンドウが前に出て右腕を神機に変形する。そしてそ後ろに第一部隊のメンバーも神機を構えて戦闘体勢に入る。

 

  『グオォォォオ!!』 

 

 しかし、帰れと言うリンドウに対して『そんな事知るか』と言わんばかりにハンニバル侵食種は右手から黒炎を吹き上げる。

 

「今俺達は大事な仲間を探していてな…それを邪魔されてスッゲェ機嫌が悪いんだ…それでもちょっかいかけてくるのなら…」

 

 神機に変形した右腕を肩に担ぎながらリンドウは一呼吸置いてとタバコの煙を吐き出す。

 

「相応の覚悟はあるんだろうな…?クソトカゲ…」

 

 怒気を込め、威圧感を持った鋭い視線をハンニバル侵食種にぶつける。そして怒りを隠さない表情にハンニバル侵食種は一瞬たじろぐ。

 

  『グオォォォオ!!』

 

 恐怖を払拭するようにハンニバル侵食種が再び吠える。それを合図に第一部隊がリンドウの後ろから飛び出した。

 

「いっけぇ!!」

 

「くらいなさい!!」

 

 まず手数の多いコウタが弾幕を張り、ハンニバル侵食種を誘導する。ハンニバル侵食種がサイドステップで右に避ける。それをコウタは弾を連射しながら追いかけると、今度は右に跳びながら右手を地面に突いてサイドフリップの様な動作でコウタの攻撃を避けていく。

 そして逃げた先にはサクヤが撃った狙撃弾が飛んでくる。ハンニバル侵食種は頭に飛んで来た狙撃弾を頭を後ろに引いて躱す。

 

「くたばれっ!!」

 

「一気に決めます!!」

 

 首を後ろに引くと言う無理のある体勢になった隙に、ソーマと剣形態に変形したアリサがハンニバル侵食種に飛びかかる。

 しかしハンニバル侵食種は両手に黒炎の剣を作り、それでソーマとアリサの神機を受け止める。そしてハンニバル侵食種の動きが止まった間にリンドウが突っ込み、袈裟斬りでハンニバル侵食種の胴体を切り裂いた。するとハンニバル侵食種は思わず後ろに飛び退いた。

 

「手短に済ませるぞっ!!ぶっ潰せぇ!!」

 

 リンドウがの号令と共に再びコウタが追い込みをかける。ハンニバル侵食種は後ろに跳んだ後、左へと飛んでコウタの攻撃を躱す。

 躱した先にサクヤがハンニバル侵食種の頭に向かって狙撃弾を撃つ。しかしさっきと同じ手は食わないと言わんばかりに右手で黒炎の剣を作って狙撃弾を焼き切る。

 

「今です!!」

 

 だがハンニバル侵食種が剣を振った瞬間、銃形態に変形したアリサが胴体に爆破弾を撃ち込んだ。さっきとは違い、砲撃を担当する者が2人から3人に増えたのだ。爆炎に巻き込まれたハンニバル侵食種は逃げる様に右に跳ぶ。

 すると今度はサクヤが着地の瞬間に地に着いた左膝を撃ち抜く。するとハンニバル侵食種は左足の力が抜けたため、膝を突いて倒れ込む。その隙にコウタとアリサが爆破弾を撃ち込んでハンニバル侵食種をボロボロにしていく。

 そして立ち上がろうと両手を突いたハンニバル侵食種に向かってリンドウが右手を振り下ろして、ハンニバル侵食種の左手を切り落とす。

 

「ソーマ!!」

 

「くたばれぇっ!!」

 

 神機を構えていたソーマがチャージクラッシュをハンニバル侵食種に叩き込む。そのままハンニバル侵食種のど真ん中に決まり、ハンニバル侵食種はコアごと真っ二つに別れた。

 

「…よし。このままユウの捜索を続けるぞ。」

 

「「「了解」」」

 

 リンドウの指示にソーマ、コウタ、アリサが返事をする。

 

「…ねえ。」

 

 そんな中、サクヤが捜索を一時中断させる。

 

「どうしたサクヤ?」

 

「この家屋にユウが居た形跡が無いって事は…もしかしたらもっと海辺の建物とかに居るんじゃないかしら?」

 

 リンドウの潜伏していた場所は依然ユウキもリンドウ捜索に利用していた。過去に使った事もあり、足が着きやすい可能性を考え、家屋地域から離れられ、海がより近くなる海辺の建物はユウキが潜伏している可能性は高そうだ。

 

「…そうだな。海辺の近くを調べてみるか。」

 

 そう言って第一部隊は海辺に向かった。

 

 -海辺-

 

 第一部隊は海辺に建っていた小屋…かつて『海の家』だった廃墟に来ていた。

 

「これは…」

 

「ああ…」

 

「居た…みたいだね。」

 

 海の家に入ってみると、火を起こした跡や魚を食べたゴミ、物を置いたり、動かした跡が残っていた。

 ここに居たのがユウキなのかは分からないが、誰かが居たのは間違いない。

 

「そうね。でも…」

 

「ここに戻るつもりはないのかもな。」

 

 しかしユウキの荷物と思わしき物は何もない。サクヤとリンドウはもうユウキはここには戻っては来ないと見た。この後も周辺の捜索をしたが、結局ユウキを見つける事は出来なかった。

 

To be continued




後書き
 お久しぶりです。台風凄かったですね…しかもその後には地震が立て続けに来たりして…日本はどうなるのかちょっと心配になりました。皆さんは大丈夫でしたか?
 話の方はユウキが家出しました。親友や信頼できる上司程ではないにしても、仲間から殺害予告されると流石に怖くなるって身を守る為に何かしら動かないと…ってなると思います。…なりますよね、?
 それはそうと、今回投稿が遅くなりごめんなさい。仕事もプライベート予定がかっ詰まっていたもので…次はもう少し早く投稿出来る様に頑張ります。
 あ、GE3の試遊会あったみたいですね。今最終調整しているらしく、年内には発売するのでは?と言うのを掲示板で見ました。
 どうしよう…買おうかな…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission85 拒絶

消えたユウキを探す第一部隊…しかし…


 -1ヶ月後、支部長室-

 

「…あれから1ヶ月…か…」

 

 ユウキが失踪してから1ヶ月が経過した。しかしユウキの所在を掴むのに有力な情報はまだ見つかっていなかった。そのため、今後どう動くかを、ペイラー、ツバキ、リンドウが話し合っていた。

 

「ちょいちょいユウが居たと思われる痕跡は見つかってるんですけどねぇ…」

 

「発見地点、潜伏時期共にバラバラ…手がかりはあってもこれでは…」

 

 『まだ先を読む事は出来んな…』とツバキが呟く。リンドウの言う通り、ユウキが居た痕跡は何度か見つかっている。しかし海辺で見つかったと思いきや今度は山で見つかり、その次は荒野で見つかる…痕跡を残した時間も見つかった順番と一致しないため、そう言った情報を整理し、ユウキの行動を読むにしても手がかりがまだ少ない状態だった。

 

「こうなると…もう水辺を中心に捜索と言うのはセオリーから外れてしまっているかも知れないね。」

 

「となると、現状出来る対策としては単純に捜索範囲の拡大になるが…」

 

 今まで水辺を中心に捜索してきたが、時間が経ち、手がかりも見つからなくなってきた事を考えると、捜索範囲を拡げる他ないだろうとペイラーとツバキは良いにくそうに提案する。

 

「そりゃぁ難しいと思いますよ?ただでさえ防衛戦で戦力が減ってる状態で捜索規模を無暗に広げたら…」

 

 リンドウの言う通り、1ヶ月前の防衛戦で多くの神機使いが殉職した。一応は何人か新たな神機使いが入隊したが、未だ新人の域を出ておらず、捜索の人員に回す事など出来ようもない。

 そうなると先の防衛戦で生き残った者で捜索範囲を拡げるしかないが、ただでさえ少なくなった人員を広範囲捜索に回すと支部と居住区の守りが薄くなる。これが何を意味するのか、この場に居る者はすぐに理解出来た。

 

「ハンニバルの時の二の舞…か…」

 

 かつてハンニバルの蘇生対策のため、出られる神機使いを総動員した事を思い出していた。何にしても支部の守りを崩すのは良くない。そうなると捜索に出られる神機使いはかなり制限される事になる。

 

「…仕方ない。第一部隊の皆にはかなり無理を強いる事になるけど、君たちの捜索範囲を拡大するとしよう。」

 

「…それしかないですね。」

 

「ですかね。分かりました。」

 

 結局人員を増やせないなら現状の人員でどうにかするしかない、と言うのがペイラーの結論だった。ツバキ、リンドウもそれしか無いだろうと思い、2人共同意する。

 

「私はアラガミ化対策の研究に戻る。うまくいけば近いうちに基礎理論は出来上がるかも知れない。私も何とか研究の完成を急ぐ。皆も何とかユウキ君を見つけてくれ。」

 

「了解しました。」

 

 第一部隊には大きな負担を強いる事になるが仕方ない。その間にペイラーは研究を進め、ユウキのアラガミ化を止める足掛かりを掴まねばならない。リンドウ達に指示を出すと、ペイラーは足早にラボラトリに戻る。ツバキ、リンドウもそれぞれ任務のため、ペイラーに続いて支部長室を出ていった。

 

 -ラボラトリ-

 

 リンドウ達と別れた後、ペイラーは自身の研究室でユウキから採取した血液を顕微鏡で観察していた。また、ルミコも助手として、別の顕微鏡で違う日に採った血を調べていた。

 

「それにしても1ヶ月で基礎理論の完成だなんて…研究ってそんなに早く進むもの何ですか?」

 

「まさか。本来は何ヵ月もかかるどころか1年以上かかる事も珍しくないさ。今回はソーマの着眼点が良かったからここまで早く進める事ができたんだよ。」

 

「着眼点…ですか?」

 

 ルミコが記録を取りながらペイラーに質問すると、ペイラーは顕微鏡の倍率を変えながら答える。

 

「そう。今の技術ではアラガミ化の治療は不可能だ。だから治すのではなく、制御する事でアラガミ化を完全に止めようと言うやり方にしたんだ。」

 

 ペイラーは顕微鏡を覗いたまま、ソーマが何に着目したのかを話していく。

 

「リンドウ君のアラガミ化は、完治こそしなかったものの、完全な制御下に置かれている。これはアラガミ化した右腕をコアで制御しているからだ。ユウキ君のアラガミ化も、リンドウ君の右腕と同じようなやり方で制御出来ないだろうか…と言うのがソーマの考えなんだ。」

 

「要は、ユウキ君にアラガミ化を制御する為のコアを埋め込むって事ですか?」

 

 相変わらずペイラーは顕微鏡を覗きながら話している。対してルミコは記録を取り終わり、また新しいサンプルを用意しながら、ペイラーの説明を要約する。

 

「平たく言うとね。コア作成に関しては神機と言う実績があるからね。この技術を流用すればコアを用意することは可能なはずだよ。問題は彼のアラガミ化を制御するのに必要な偏食因子、彼の何処を中心にアラガミ化しているのか…これが共にが分からない事だね。」

 

「偏食因子はともかく…何でアラガミ化している部位が分からないといけないんですか?」

 

 ユウキの血が入った試験管を新たに用意したルミコは、薬品をスポイトで試験管に入れながら、ペイラーの説明で気になった事を聞いてみる。

 

「アラガミ化の制御は、いわば神機の制御に通じるものがある。神機と言うオラクル細胞の塊を制御するにはコアとそれに適した偏食因子が必要になる。しかし、アラガミ化と言うのはコアと偏食因子がない、あるいは一致していない状態で神機を持つ状態に似ている。そこでオラクル細胞の塊である、アラガミ化が進行している部位と言う『神機』にコアを埋め込んでやれば…制御が可能になるかも知れない…と仮説を立てたと言う訳だ。」

 

 プレパラートを交換し、新しい血液サンプルを調べながら、ペイラーはルミコの疑問に答える。ペイラー曰く、アラガミ化の制御は神機の制御とよく似ているそうだ。そのためオラクル細胞の塊…アラガミ化が大きく進行した部分を神機に見立てて、そこに制御用のコアを埋め込めばアラガミ化を制御出来るはずだと言うのだ。

 

「なるほど。その仮説通りかを調べるためにリンドウさんの右腕を調べる必要があったと。」

 

「その通り。大まかに仮説通りだと分かったけど、結局は彼の現状を確認して、サンプルと差異がないかを調べないといけない。このままコアと偏食因子を培養しても、彼が更なる変化を遂げているとまた一から…」

 

  『バリッ!!』

 

「ひゃぅっ?!」

 

 ペイラーが話をしていると、突然ユウキの血が入っていた試験管が割れ、すぐ横に居たルミコが驚いて短い悲鳴をあげる。

 

「大丈夫かい?ルミコ君。」

 

「は、はい。でも何で急に?触ってもないのに…」

 

「兎に角片付けよう。」

 

 ペイラーがルミコの様子を気にかけて怪我をしてないか確認する。何ともなさそうだったので、ペイラーはルミコを下げさせて、突然割れた試験管を片付け始めると、試験管の破片を見てあることに気が付いた。

 

(これは…試験管の底がかなり薄くなっている?それに残った試験管の割れ方もおかしい。まるで溶けた様に波打って…)

 

 目の前の事象にペイラーは少し混乱する。今回血を保存したのはプラスチック製の試験管だ。プラスチックを溶かす液体や薬品は確かに存在する。しかし試験管に入っていたのは血液だ。そんなものが含まれているはずがない。そんなものがいつの間にか混入したのか、どう言う状況ならプラスチックが溶けた様に見えるかを考える。

 

(まさか…)

 

 目の前の現象を起こし得る可能性を考え、ペイラーの頭にいくつかそうなるであろう仮説が過ると、ペイラーは勢いよく振り向いて大声でルミコを呼んだ。

 

「ルミコ君!!今すぐユウキ君の最新の血液サンプルと彼の遺留物を用意してくれ!!髪でも皮膚片でも何でもいい!!」

 

「え?あっ?!はい!!でも、どうして急に?」

 

 ペイラーの要求にルミコは驚いて目を丸くする。そして何故突然そんなものを必要としているのかを尋ねる。するとペイラーは深刻そうな顔つきになって答えた。

 

「もしかしたら私達は…大きな思い違いをしているのかも知れない…」

 

 -外部居住区外-

 

 捜索範囲を拡げてから3日後、今のところ作戦領域外にも捜索の手を伸ばしているが、今のところ進展はなかった。

 そんな中、第一部隊は諦めずにいつもとは違う居住区跡の近くでユウキの捜索をしていた。

 

「ここにも居なかったね。」

 

 しかし、第一部隊だけではどんなに捜索範囲を拡大しようとも見つけるのは難しい。案の定この日もユウキの所在に繋がりそうな情報は見つからず、思わずコウタは肩を落とす。

 

「本当に…何処にいるのかしら…?」

 

「考えてたってしょうがない。とにかく、辺りをくまなく探すぞ。この辺りはまだ探してない地域だ。もしかしたら新しい手がかりが…」

 

  『ズガァァァン!!』

 

 サクヤがユウキの安否を心配していると、リンドウがユウキを探そうと促す。するとそれを言い切る前に轟音と共に、少し離れた場所で紅い斬撃が宙に向かって放たれるのが見えた。

 

「紅い…斬撃?」

 

「ユウ…!!」

 

 遠方から紅い斬撃が見え、それがユウキの仕業だと確信するとソーマとアリサの表情は、希望が見えたのか少し明るくなる。

 

「行くぞ!!きっとあそこに…ユウが居る!!」

 

 あんなものを放てるのはユウキしかいない。リンドウの掛け声と共に、第一部隊は斬撃が見えた方向に走っていった。

 

 -防壁外、居住区跡-

 

 作戦領域とは別の居住区跡地、そこでいつもの隊長服ではなく、黒のスラックスに黒いコートを着たユウキは大きな黒い鳥…カラスの様なアラガミと戦っていた。

 アラガミは空中から急降下し、ユウキに向かって突進する。

 

「…チッ!!」

 

 アラガミの攻撃を横に跳んで避け、反撃に神機を振るうがアラガミは急上昇してこれを避ける。

 

「ちょこまかと…」

 

 ユウキは右手の神機を銃形態に変形し、飛び上がったアラガミに向かって銃口を向ける。

 

「ウゼェんだよ!!」

 

 ユウキは荒い口調でコバルトマグナムを発射する。しかしカラスの様なアラガミは空中で急旋回して攻撃を避ける。すると再び急降下し、ユウキに向かって突進する。

 

「クソがッ!!」

 

 ユウキは咄嗟に左へ跳び、攻撃を躱す。そのまま左手の神機で何とか反撃しようとするが、既にアラガミは飛び去っていた。その代わり右手の神機で狙撃するが難なく躱され、ユウキは悪態をつく。

 

(サリエル種とは違う…直接的だが素早く、旋回性の高い飛行能力…オマケに攻撃のために降りてきたと思えば即飛び上がる事も出来る…厄介だな…)

 

 しかし、ユウキはイラつきながらもどうにか相手の特徴を分析していたが、高い機動性と運動能力に翻弄され、ユウキの攻撃は1度も当たらないまま時間が経ち、体力も尽き始めていた。

 

「ユウ!!」

 

 そんな中、聞き覚えのある声、アリサの声がユウキの元に届く。 

 

「っ!!何で…」

 

 そんなはずないと思いながら振り向くと、神機を構えて走ってくる第一部隊が目に入る。

 第一部隊が集結した事で6対1となった。この状況を不利と感じたのか、アラガミは第一部隊を一瞬見た後、反転して何処かに飛び去ろうとしていた。

 

「待てっ!!」

 

 それを追撃すべく、ユウキは右手の神機をアラガミに向け、コバルトマグナムを放つ。

 しかしアラガミは戦闘機で言うところのバレルロールの様な動作で後ろからの攻撃を避けると、そのままユウキ達から離れていった。

 

「クソッ!!」

 

 標的を取り逃がした事でユウキは悪態をつく。それに、今まで接点など無い、初めて会ったはずのアラガミなのに何故かユウキはあのカラスの様なアラガミが気になっていた。

 その事もあって、ユウキは苛立ちを抑えられなかった。

 

「さ…探したんですよ?ユウ?」

 

「…」

 

 明らかにイラついている雰囲気を出していたが、どうにかアリサはユウキの後ろから声をかける。しかし、ユウキはアリサの方を見る事もなければ、一向に返事が返ってくる気配はない。

 

「どうしたんだよ?帰ろうぜユウ。」

 

「手間をかけさせるな。早く帰るぞ。」

 

「帰るぞ、ユウ。」

 

「皆待ってるわよ。」

 

 沈黙に耐えかねたコウタが帰るように言う。それに続いてソーマ、リンドウ、サクヤがそれぞれ声をかけるが、今のユウキにはそれが何処か可笑しく思えた。

 

「皆って…誰だよ…?」

 

「…え?」

 

 半笑いになりながらユウキは皆の言ったことを嘲笑う。それを聞いた第一部隊は信じられない事を聞き、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になっていた。

 

「帰るつもりはない。お前達だけで帰れ。」

 

「ま、待って…ッ!!」

 

 冷たい言葉を返したユウキは、そのまま第一部隊を見向きもせずに踵を返す。そんなユウキを追いかけようとアリサが駆け出すが、ユウキは勢いよく振り向いて左手の神機を下に向かって横凪ぎに振る。

 

  『ズガァァァン!!』

 

 轟音と共に砂ぼこりが立ち上がる。砂ぼこりは広範囲に広がり、アリサ達は思わず目を閉じる。

 

「…え?」

 

 砂ぼこりが収まり目を開くと、そこには想像もしなかった光景が広がっていた。ユウキが神機を振り抜いたところの地面が裂けており、ユウキと第一部隊を分断していた。

 

「ただの人間に…こんな事が出来るか?こんな事が出来ても…まだ人間だなんて言えるか?」

 

 ユウキが神機を下ろし、冷めた目で第一部隊を見る。

 

「もう俺は普通の人間でもなければただの神機使いでもない。挙げ句アラガミになったり人になったり…どっち付かずの半端なバケモノだ。」

 

 相も変わらず、ユウキは冷たい目で淡々とした口調で自らをバケモノと呼び自傷する。

 

「こんなバケモノが近くに居たら皆が不安になるだろ?だから…アナグラに不和をもたらす以上、戻る訳にもいかない。」

 

 ユウキは右手の神機を剣形態にしつつ両手の神機をしまい、そのまま第一部隊に背を向けて歩きだす。

 

(ま、まさか…あれ…聞いて…)

 

 ユウキの言葉を聞いたアリサは頭が真っ白になる。『マズイ』、『ヤバい』と言う思いが頭をぐるぐると回っているが、どうしたら引き留めめられるかまったく思い付かなかった。

 

「…もう俺の事はほっといてくれ。このままいつかアラガミ化して…皆は何も知らないまま俺を殺してそれで終わりだ。あとは時間が経てば俺のことなんて忘れるさ。」

 

「待て!!今お前のアラガミ化を制御する研究をしている!!この研究にはお前の協力が必要なんだ!!」

 

「…」

 

 ソーマがユウキのアラガミ化を止められるかも知れないと言うが、ユウキはそれを無視して歩き続ける。その先には地面が陥没して崖になっており、ユウキは迷いなくその崖から飛び降りて第一部隊の元を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は暴走して圧倒的な力を見せつける…それを見た仲間達は恐怖を覚え、暴走した少年を排除しようと殺意を向ける。それでも俺達は、少年と築き上げてきた絆は本物だと信じて…説得すれば応じてくれると思っていた。

 だが…俺達がよくても、仲間達との間に出来た亀裂をどうにかしなければ意味がない…かつてアラガミとも『トモダチ』になれた。そんな経験があったからだろうか…敵となり得る存在があまりにも身近に居る事への恐怖を忘れていた。

 そして少年は大きすぎる恐れを与えた事で、仲間達と…俺達との関係は…もう戻らないところまで拗れてしまっていた…だが仲間との絆を盲信するあまり、俺達はその事に気付かなかった。それが後に…大きな悲劇を招く事になる。

 

極東支部第一部隊活動記録 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カチッ』

 

歯車は全て噛み合った。あとは…動き出すのを待つばかり…

 

To be continued




後書き
 失踪したユウキを探してあちこち奔走する第一部隊が遂にユウキと接触しました。しかもカラスの様なアラガミが現れて、ユウキは帰る事を拒んだりと色々と動きだしました。この先どうなるか…暫しお待ちを!
 ちなみに今のユウキが着てる服はスイーパーノワールの上下です。
 ※次回の更新は遅くなりそうです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission86 拉致

何故いつまで経ってもリンドウさんは射撃が下手なんだろう?


 -嘆きの平原付近-

 

 ユウキが第一部隊の前から消えてから5日後、ユウキの捜索を続けているが発見する事は出来ずにいた。そんな中、僅かな時間だがユウキの反応を旧ビル街で感知したと言う情報が入ったため調査に来ていた。

 

「反応があったのはこの辺りか…」

 

「ああ。多分色んな場所をフラフラしている間に近くを通りかかったってところだろう…今ならまだ近くに居るはずだ。必ず見つけるぞ。」

 

 ソーマとリンドウがユウキの捜索を始めようとすると、唐突に通信機に連絡が入る。

 

『皆さん聞こえますか?』

 

 通信に出るとヒバリの声が聞こえてきた。それを聞いて現在第一部隊の指揮をしているリンドウが話を進める。

 

「こちら第一部隊リンドウ。何があった?」

 

『たった今、旧ビル街に強力なオラクル反応を確認しました。反応のパターンから、おそらく先日発見された鳥型のアラガミ…『クロウ』のものと思われます。それから…』

 

 旧ビル街で新種のアラガミ『クロウ』の反応があった事を、少し慌てた様子で伝えるとヒバリは一旦言葉を区切る。

 

『クロウと交戦していると思われる、ユウキさんの腕輪反応を確認しました。』

 

「ほ、本当ですか?!」

 

 ユウキの腕輪反応を確認したと聞くと、アリサがその情報に食い付く。

 

『はい。ただ、先ほども言いましたが、戦闘中の可能性が非常に高いです。接触する場合は十分に注意してください。』

 

 しかし、ユウキの反応はクロウと一緒に居るものだ。それならば戦闘中であることはほぼ確実だ。ユウキがアラガミ化が大きく進行しているとしたら第一部隊を襲ってくる可能性も十分にあり得る。その事を踏まえた上で近づくようにヒバリは注意を促す。

 

「ようやく手がかりが掴めたな。」

 

「リンドウ…!!」

 

 ソーマとサクヤの表情が緊張感を持ちながらも少し明るいものに変わる。

 

「ああ、ユウの元に急ぐぞ!!」

 

「うん。必ず連れ戻そう!!」

 

「はい…必ず…!!」

 

 リンドウから指示が出ると、コウタとアリサの表情は逆に強張る。

 

(今度こそ…必ず…!!)

 

 これを逃せばいつまたチャンスが来るか分からない。引きずってでも必ず連れて帰る。そんな事を考えていると、神機を握るアリサの手に無意識に力が入る。そのままユウキが居ると思われる旧ビル街に向かって行った。

 

 -嘆きの平原-

 

「チッ!!」

 

 上空から飛びかかって来るクロウを横に避け、反撃しようと神機を振り上げるがクロウが急にユウキの方に向いて大きく羽ばたき軽く上昇する。

 

「っ?!うぉっ?!」

 

 羽ばたいた時に起こった強風でユウキは足を取られ、後ろに軽く飛ばされてそのまま倒れてしまった。

 

「クッ!!」

 

 その間にクロウは体勢を整えてユウキに向かって突っ込んできた。まだ立ち上がっていないユウキにこれを避ける術はない。間に合うかはかなり怪しいが直撃だけは避けようと右手の神機の装甲を展開しようと前に神機を突き出す。

 

  『ズガガガ!!』

 

 突如クロウにオラクル弾が無数に撃ち込まれる。しかしクロウは旋回して間一髪で避ける。

 

「ユウ!!」

 

 聞き慣れた声が聞こえてきた方を向くと、神機を銃形態に変形してクロウにオラクル弾を撃つアリサと第一部隊が援護に来た。

 

「させるかよ!!」

 

 オラクル弾を避けたクロウは上に逃げようとするが、今度はコウタがクロウの頭上に段幕を張り、逃げ場を塞ぐ。

 

「そこっ!!」

 

 逃げ場を一方向に絞られたクロウは追い込んでくるアリサの銃弾から離れる様に飛ぶ。上はコウタの段幕で塞がれている以上、このまま真っ直ぐに飛ぶしかない。

 そしてサクヤが逃げる先に2発レーザーを撃つ…所謂、偏差射撃でクロウを狙う。下は地面に、後ろと左右に逃げれば追い込んでくるアリサの銃弾に、上に逃げればコウタの銃弾、逃げた先にはサクヤのレーザーが迫ってくる。どう足掻こうともいずれかが当たる。誰もが避けられないと思った。

 しかしクロウは急加速してコウタとアリサの段幕を振り切り、サクヤが撃ったレーザーとコウタの段幕の間を抜ける様に急上昇しつつ一気に旋回する。

 

「フフッ…」

 

 だがサクヤはその様子を見て不敵に笑う。

 

  『バスンッ!!』

 

 2発目に撃ったレーザーが急に上に曲がり、クロウの左翼を撃ち抜いた。体勢を崩し、高度を下げてきたところをソーマとリンドウが飛びかかかる。

 

「ハッ!!」

 

「おりゃあ!!」

 

 クロウの腹にX字に切り傷が着いてクロウはビルの残骸に叩きつけられた。しかし羽毛に守られたのか、大きな傷にはならなずに体勢を立て直す。

 

「チッ!!」

 

「ユウ!!」

 

 第一部隊がクロウに一撃入れる間に、ユウキは立ち上がりながら舌打ちする。そのままユウキは飛び上がるクロウに向かって走り出す。

 

「ヤツの注意を逸らせ!!後は何とかする!!」

 

 ざっくりとした指示を出し、両手の神機を内側に振り抜いてクロウに斬りかかる。しかしクロウは急上昇してそれを避ける。対して上に向かって外へと両手の神機を振り抜き追撃するが、一気に加速してユウキの攻撃から逃げる。

 高度を上げて近接攻撃が届かない高さまで上がると、ユウキは廃棄と化したビルの中に入って行った。

 

「サクヤ!!アリサ!!コウタ!!ヤツを地表に誘導してくれ!!」

 

 リンドウの指示でアリサとコウタが弾幕を張って追い込み、逃げ道をサクヤの狙撃弾で潰していく作戦を取った。しかし、今のクロウは地表近くを飛んでいるわけではない。弾幕で追い込み、狙撃弾で逃げ道を塞いでも器用に旋回して包囲をすり抜けていく。

 

「クッ!!リンドウ!!貴方も弾幕張って!!3人じゃ囲い切れない!!」

 

 先と状況が変わり、クロウを囲む事が出来ないと判断したサクヤがリンドウにも砲撃に加わるよう進言する。

 

「けど俺は…」

 

「良いから早く!!」

 

「…どうなっても知らねえぞ?!」

 

 自身の射撃の腕は素人よりも酷い事はリンドウ自身が良くわかっていた。それでも弾幕で取り囲み、誘導するには人数が足りないため、サクヤはリンドウを一喝すると、リンドウは渋々右腕を銃形態に変えてオラクル弾を発射する。

 しかしリンドウの銃弾は3人の弾幕からかなり離れたところに発射され、クロウは簡単に3人の弾幕を避けていく。そして再びクロウを取り囲むも、リンドウが弾幕を張るとコウタの弾幕と干渉して邪魔をしてしまい、またクロウを取り逃がす事となった。

 

「リンドウさん下手すぎですよ!!」

 

「だから言ったろ!!こっちは銃なんて使った事無いんだっての!!」

 

 実際に銃撃に参加させたがフォローどころか邪魔になった事にコウタが愚痴る。リンドウも慣れない銃を使うのに焦っているのか、余裕のない口調で返す。

 

「…クソッ!!」

 

 しかし、クロウが降りてこないと攻撃も誘導も出来ないソーマは苛立ちを覚えていた。何も出来ないのか?何か出来ないか?器用に弾幕を避けるクロウの気を逸らす方法は何か無いかと考える。

 ソーマは使えるものはないかあちこち見回して数歩下がると、何かを踏んだのかバランスを崩す。その足元を見ると丁度野球ボール程の石だった。よく見ると辺りにも不揃いだが似たような石はいくつかあった。それを見たソーマは足元の石を手に取り、飛び回るクロウを見据える。

 

(狙うなら翼…?胴か…?いや、アラガミにそんな事しても無駄だ…なら…)

 

 何処を狙うか…考えが纏まったソーマは神機を左手に持ち、右手に石を持ち変えて投擲の体勢を取る。

 

(視界を奪う!!)

 

 ソーマはクロウの顔面目掛けて全力で石を投げ付ける。

 

  『ゴッ!!!!』

 

 鈍い音と共に石はクロウの右目に当たった。ソーマの全力投球をもってしてもアラガミにはダメージを与える事など出来はしない。しかし、意識外からの不意討ちによる衝撃と視界を塞がれた事に驚いて、今まで器用に飛んでいたクロウはバランスを崩して高度をガクッと下げた。

 

 

  『ズガガガ!!』 

 

 体勢を崩したクロウはリンドウが明後日の方向に撃っていた弾幕に偶然当たり、さらに体勢を崩す事となった。その間に廃ビルの屋上に登ったユウキが左右の神機それぞれ1度ずつ穿顎を展開して空中を飛んでしてクロウの真上に移動する。

 それに気が付いたクロウがその場から離れようとするも、逃げ道をアリサ、コウタ、リンドウの弾幕で制限され、残った逃げ道に逃げ込もうとするもサクヤの狙撃弾に邪魔され、身動きが取れなくなった。

 その隙に両腕の神機から『パニッシャー』が展開され、それを下に向ける。

 

「くたばれ。」

 

 静かに呟くとユウキは勢い良く落下する。重量級の捕食口が自然落下で捕食口がクロウの背中にクリーンヒットする。

 重量級の捕食口が2つ。その重さを支えられるはずもなく背中を喰い千切られて地面に落下する。

 ユウキがクロウから飛び降り、警戒のために第一部隊がクロウを取り囲み様子を窺うがピクリとも動かない。

 

「…倒した?」

 

 コウタがポツリと呟く。誰もがクロウを倒したと思いとどめにコアを摘出しようと、ユウキがゆっくりと警戒しながらクロウに近づく。そして捕食口を展開し、神機を構える。

 

  『ヴォ"ォ"オ"!!』

 

 しかし、コアを摘出しようと言うタイミングで新手が滑空しながら飛び込んできた。

 

「シユウ?!」

 

「チッ!!こんな時に!!」

 

「チッ!!」

 

 コア摘出を中断して向かってくる高速で向かってくるシユウを迎撃すべく、第一部隊はシユウに対して戦闘体制を取る。当然クロウから注意が逸れる。

 

「グァッ?!」

 

 その瞬間クロウは低空飛行でユウキの横を猛スピード飛んでいく。ユウキとぶつかり、転んでいようがお構い無しに一目散にシユウ突っ込む。距離が詰まるとクロウは少しだけ上昇し、滑空するシユウの両翼手を両足で掴む。するとクロウはシユウを地面に仰向けになる様に叩きつけ、そのままマウントポジションを取る。

 クロウは身動きの取れないシユウに鋭い嘴を腹に何度も突き刺し、シユウの体を啄む。

 

「シユウを…喰ってる?」

 

 そして何度かシユウを喰うと、クロウは頭を上げる。その嘴にはコアが咥えられて、そのままコアを飲み込む。

 

  『メキッ!!バキベキッ!!ボキッ!!』

 

 骨格が作り変わっているのか、首があらぬ方向に向いたり、羽の位置がずれたりしながら骨を折ったり砕いたりしている様な音が辺りに響き渡る。

 そしてクロウの身体が少しずつ崩れ、崩れた部分は黒い霧になってクロウの身体を覆い隠していく。

 クロウが完全に霧になり、少しずつ姿を整えて次第に霧が晴れる。するとそこには全身のほとんどが黒色で、獣脚の足2本で立ち、長い腕に羽を生やし、センター分けでボリュームのある長髪…そして牙が生えた口元と、ハッキリと人の顔となっているクロウが現れた。

 

「姿が…変わった…?」

 

「シユウの様な…人型に…」

 

 アラガミが進化するところを目の前で見た第一部隊は動揺して動きが止まってしまうが、それでも変化したクロウを観察していく。と傷が消えている。恐らく全快しているのだろう。そう考えて、動揺しつつもいつでも動ける様に警戒する。

 

「レイ…ヴン…」

 

「「「っ!!」」」

 

 第一部隊はクロウが喋った事に驚いて動きを止める。クロウが目前で人型へと進化しただけでも驚いたのに、さらに話しかけてきたのだ。初めての経験ではないが、喋ると思っていなかった分驚く事があるのだろう。

 

「レイヴン…オレノ…コ…オッテ…コイ…」

 

「レイ…ヴン…?誰の事?てか…人?」

 

 『レイヴン』、それから追ってこいと謎の多い事を言われ、第一部隊は混乱していた。コウタがポツリと呟くと、混乱した第一部隊を置いて、人型となったクロウは勢いよく空高く飛び上がり、そのまま何処かへと飛び去っていった。

 

「…」

 

 何が起こっているのかよく分からないまま、第一部隊はクロウの飛び去った方を眺めて呆然としていた。すると、徐にユウキが神機を仕舞いながら、リンドウ達から離れる方に歩き始める。しかし突然ユウキは歩みを止める。

 

「離せ…アリサ…」

 

 いつの間にかアリサの両手がユウキの左手を掴んでいた。手を掴まれていては前に進めない。ユウキは低く静かに圧を込めてアリサに手を離すように言う。

 

「…嫌です…」

 

 対してアリサも静かに返す。この手を離したら2度と会えなくなる。そんな気がして絶対に離すものかと、ユウキの手を握る両手に力が入る。

 

「離せ…殴るぞ…」

 

 相手は女の子だ。殴られて顔だとかが腫れたりするのは嫌だろうし、ここまで言えば引き下がるとユウキは思っていた。

 

「絶対に離さない!!殴られても蹴られても絶対に離さない!!」

 

「っ!!」

 

 しかし実際には引き下がるどころか、むしろ余計に手を離さなくなった。完全に想定外な対応に、驚きつつも自分の思い通りに事が運ばない事にユウキは苛立ちを覚え、振り向いて右手を振り上げる。

 

「っ?!??!!」

 

 しかし振り上げた拳はアリサに届くよりも先に、間に割り込んできたリンドウの強烈なパンチがユウキの鳩尾に綺麗に入る。

 

「リン…ドゥ…」

 

 恨めしそうな視線をリンドウに向け、ユウキは膝から崩れ落ちる。そして意識を失いリンドウに向かって倒れる。

 

「リ、リンドウさん…?」

 

「大丈夫だ。気絶させただけだ。」

 

 気を失ったユウキを抱え、リンドウは撤収する。それに続いて第一部隊もそれぞれ帰還準備に入った。

 

To be continued




後書き
 ユウキ、帰還(強制)。しかし諸問題が解決していないのでこれからどうなる事やら(ワクワク
 クロウが目の前で進化したりと状況も次々と変わっていく中、描写が雑になっている気ががが…
 次でクロウ(鳥形)の設定です。


・『クロウ』
 黒い身体で全身に羽毛が生えていて、大きな翼を持ったカラスの様な鳥形のアラガミ。
 ブレスや遠距離攻撃は出来ず、直接的な攻撃しか出来ない。しかし、同じ空中を飛び回るサリエルと違い、直接的で高い運動性と機動性を持ち、複雑で素早い空中戦を仕掛け、鋭い嘴で突き刺したり、爪で捕まえる、切り裂いてくる。
 羽毛のせいで胴体にはあまり攻撃は通らないが、火属性、切断属性ならば通る。翼には雷属性の貫通、頭は火属性の破砕が有効。ユウキ達との戦闘で一度倒されているが、乱入してきたシユウを喰い、人形に進化する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission87 さよなら

FFみたいな事してますがゴッドイーターの二次創作です。最後らへんは無印EDの『神と人と』を流すと雰囲気が盛り上がりるかも…?


 -極東支部、独房-

 

 ユウキが第一部隊の手で捕獲されたその日の夜、ユウキは質の悪い硬いベッドで目を覚ました。しかし、両手の位置を変えるために動かすと、ジャラジャラと鎖の音が聞こえてきた。どうやら両手は前で手錠に繋がれているようだ。

 

(捕まったか…)

 

 身体は起こさずに目線だけで辺りを見る。打ちっぱなしのコンクリートや鉄格子の見える景色から、自分が捕まった事が分かる。

 

(極東支部の…独房か…?いや、そこ以外はあり得ないか…)

 

 ここに来る前後の状況から自分の居場所を特定する。『さて、これからどうするか…?』と考えていると、足音が聞こえてきた。ヒールの音から女性。無意識かなのか音が大きく良く響く。それなりに強い脚力の持ち主…となれば誰が来たのか、ユウキは粗方察しがついた。

 

「起きていたのか…」

 

「お久しぶりですね…」

 

 凛とした声が響く。それを聞いたユウキは身体を起こして、鉄格子の向こう側に居る人物を見据える。

 

「ツバキさん…」

 

 ユウキは視線の先にツバキが居るのを確認すると、立ち上がってツバキの前まで歩くと、2人の目線が合う。

 

(…以前とは別人の様だ…)

 

 久しぶりにユウキの顔を見たツバキはその豹変ぶりに内心驚いていた。以前の様な明るさは無くなり、あらゆる者を警戒しているかの様な鋭く乾いた目をしていたのだから、ツバキの反応も当然とも言えるだろう。

 

「…何故…勝手に出ていった…?」

 

 雰囲気に飲まれかけたが、意を決してツバキが話しかける。

 

「…人でもアラガミでもない俺が…ここに居られるとでも…?それとも、俺に…支部で暴れさせて…それを理由に殺すつもりなんですか?」

 

「違う…」

 

「違わないでしょう?支部でアラガミ化して暴れたら、気兼ねなく不穏分子を始末できる…」

 

「違う!!何故そう卑屈に考え…」

 

「違わねぇだろっ!!」

 

 ツバキが何故出ていったのかと聞くと、殺されるからと素っ気ない態度で答える。考えすぎだと諭そうとするが、それを聞いたユウキは逆上する。

 

「テメェらが…他人が何考えてるかなんて分かるはずねぇ!!どうせニコニコ笑って助けるなんて言いながら、腹ん中じゃどうやって俺を殺そうか考えてんだろ?!」

 

「そんな事は無い!!私達は本気でお前を…」

 

 逆上したユウキは勢いに任せて怒鳴り散らす。鋭く睨んでくる眼光と勢いのある声量に圧されかけたが、ツバキも負けじと声を張る。どうにか説得してユウキを大人しくさせようと思ったが、突然ユウキがフラフラとした動作で膝をついて踞る。

 

「おい、どうした?」

 

 ツバキがしゃがんでユウキの様子を見ようとする。するとユウキが小さく痙攣する。

 

「ヴゥ"ゥ"ゥ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ゥ"…」

 

 次いでユウキが低い声で唸る。

 

  『ビキビキッ!!』

 

 するとユウキの頭や背中から、以前にも生えた角や大きな棘が生えてきた。そして瞳孔が縦に割れた真紅の目でツバキを睨み、涎を垂らして鉄格子に噛みついた。

 

  『ガリガリッ!!ギギ…キィィ…』

 

 噛まれた鉄格子が不快な音と共に少しずつひしゃげていく。

 

「な…にを…?」

 

  『バキッ!!』

 

 ツバキが困惑する中、ユウキは鉄格子を喰い千切る。

 

  『ガリッ!!ガリッ!!』

 

 そして口に残った鉄格子だったものをバリバリと噛み砕いて喰ってしまった。しかしまだ腹は満たされないのか、ユウキはツバキと目があうと、ツバキ目掛けて飛び込んできた。

 

  『ガンッ!!!!』

 

「っ?!」

 

「グルルルルル…」

 

 ユウキはそのまま鉄格子に頭突きをして、唸りながら真紅の目でツバキを睨む。しかしその数秒後、瞬きの後に両目を大きく見開いた。

 

「ギィ…ア"ア"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ア"ッ!!!!ア"ッ"ア"あ"?!?!ア"ぁ"ぁ"ぁ"ア"ッ!!!!」

 

  『ブシュッ!!ゴポッ…ボジュッ!!』

 

 角や棘が突然汚い音と共に液状化して消えたと思いきや、また同じ場所から生えては同じように消えると、生えては消えると言うのを何度も繰り返していた。

 アラガミ化の際の激痛でユウキは悲鳴を上げる。そしてツバキの元から離れ、痛みに耐えながらヨロヨロと壁際まで移動する。

 

  『ガンッ!!!!』

 

 ユウキはコンクリートの壁に頭突きをする。

 

  『ガンッ!!!!』

 

 コンクリートにヒビが入る。しかしユウキは頭突きを止めない。その間にも角や棘は何度も再生と崩壊を繰り返している。

 

  『ガンッ!!!!』

 

 さらに強力な頭突きをする。今度は額を切って血が吹き出てきたが、それでも頭突きを止めず、何度も何度も頭を打ち付ける。傷は広がり、グチャグチャになって、顔が血塗れになっても打ち付け続ける。

 頭を打ち付ける、奇声をあげて暴れ回ったユウキだったが、数十分経った頃には力尽きた様に横向きに倒れ、微かに息をしつつも動かなくなった。まだ血が着いているがアラガミ化も収まり、今のところは大人しくなったようだ。

 

「…分かったでしょう…?」

 

 ツバキに背中を向けたまま、立ち上がることもせずに、ユウキは弱々しい声で話しかける。

 

「俺はもう人間じゃない…アラガミにもなりきれない…」

 

 先程の様にアラガミ化する度に、そうならないように抵抗していたのだろうか。だとしたら今のような発狂したかのように絶叫し、自傷するのをアラガミ化が発症する度にやっていたのだろうか…そんな事を考えながら、ツバキはユウキを見ていた。

 人には戻れない、アラガミになる決心もつかない、人とアラガミとの狭間で揺れ、どちらにもなれない事による肉体的、精神的な苦痛は当の本人にしか分からないだろう。ツバキはこの何も出来ない状況に苛立ちを覚えていた。

 

「放っておいてくれ…独りにしてくれ…」

 

「…」

 

 ユウキは最後にツバキを拒絶する言葉を吐き、そのまま口を開く事はなかった。現状ではこれ以上何か話しかけても無駄だと悟ったツバキは一度ここから離れる事にした。

 

「…しばらくは面会謝絶だ。無断で出撃した事…じっくり反省するように…」

 

 他人の神機を使った事によるアラガミ化…ここだけ聞けばユウキの自業自得とも言えるが、それは仲間を助けたいが故の行動だった。それでも助けられなかった者も居たが、実際に助かった者も大勢居る。

 死んだと思われていた弟のリンドウが帰ってきたのもそんな無茶のお陰だった。しかし、無茶をしてでも大勢の仲間を救った本人が苦しんでいるのに、何も手を貸す事が出来ない。そんな自身の無力さを噛み締めながら、事務的な連絡をしたツバキは独房を後にした。

 

 -深夜-

 

 ツバキが去ったあと、ユウキは起き上がる事なくあのときのまま硬い床の上で横になり続けていた。そんな中、またコツコツとヒールの音が聞こえてきた。ヒールの音は少しずつ大きくなり、ユウキの後ろまで来ると足音は止まった。

 

「面会謝絶だぞ…」

 

 ユウキは振り替え事も起き上がる事もせずに、後ろに来た者に面会謝絶だと言って話しかける。

 

「アリサ…」

 

 ユウキの言った通り、後ろに立っていたのはアリサだった。ユウキが生きている事を直に確認出来て嬉しいのだが、どこか悲しそうな笑みを浮かべてユウキの背中を見つめていた。

 

「分かってます…さっき、ツバキさんから聞きました。だから、振り切って来ちゃいました。」

 

「…」

 

 態度にこそ出さなかったが、アリサが命令違反をした事をあっけらかんと答えたので、ユウキは内心驚いていた。

 

「ユウ…一つ…聞かせてください。」

 

 アリサはその場にしゃがんで、未だに背中を向けるユウキに、可能な限り近い位置で話しかける。

 

「ユウは、今でもここに…アナグラに戻って来たいと思ってますか?」

 

「…そんな事…できる訳ないだろう…」

 

 ほんの一瞬の間の後にユウキが答える。その答えは『No』だった。アラガミ化が急速に進行している以上、極東支部に戻る訳にもいかない。

 『やっぱりそう答えるか…』と言いたげにアリサは悲しそうな顔になる。だが少し考えた後、もう一度ユウキに話しかける。

 

「それは…皆に、その…拒絶されたから…ですか?」

 

「…」

 

 アリサは歯切れが悪く、ユウキが皆の前から消えた理由を聞く。しかしユウキは横になったまま何も答えない。

 

「も、もしそうなら…大丈夫です!!例え他の人がユウを拒絶しても、私は絶対貴方を拒絶しません!!私だけは…何があっても貴方の味方ですから…だ、だから…」

 

「皆がどう思ったとか…そんなのは関係ない。俺のアラガミ化が治らない以上…アナグラに居る事は出来ない」

 

 アリサが必死にユウキに戻って来るように説得するが、手応えがない為か少しずつ語気が弱くなる。その不安が的中したように、ユウキは帰る意思はない事を伝える。

 

「…なら、色んな前提を無視して…ユウの本心を聞かせてください。自分の身体の事とか…何も気にする事がなければ…戻りたいと思いますか…?」

 

「仮定の話なんて意味がない…それで本当に戻りたいと言って戻って来たとして…いずれ俺はアラガミになってここで暴れる…そうなったら俺は殺される。」

 

「… 」

 

 現状がこうだったら…そんな仮定の元で帰りたいのかと聞かれても何の意味もない。現実はそうはならないのだから、その事について語っても机上の空論と言うものだろう。

 

「そうなったら極東支部だけじゃない。外部居住区の人にも危険が及ぶ。それに、極東支部からオラクル資源を分配されているような支部は資源不足になって支部の維持も難しくなる。アナグラで危険なアラガミを飼うってことがどういう事か…少し考えれば分かるだろ…」

 

「…」

 

 相も変わらず冷めた態度でユウキは現実的な話をする。

 

「…帰って寝ろ。明日もあるんだろ。」

 

 ユウキは冷たく突き放す。それを聞いたアリサは悲しそうな表情になって立ち上がる。

 

「ユウ、私は今でも…貴方に帰ってきて欲しいと思ってます。」

 

 去っていく直前、帰ってきて欲しいと伝えると、アリサは『また来ますね』と言って今度こそ場を去っていった。

 

 -2時間後-

 

 アリサが去って2時間が経ち、傷も治り、血も綺麗にしてユウキはベッドに戻っていた。

 

「…っ!!」

 

 そんな中、ふと何かが気になってユウキ目を覚ました。

 

(この気配…呼んでるのか…?)

 

 上体を起こしてベッドに座る。何かしらの気配を感じ取り、そこに呼ばれているような気がしてならなかった。

 

(何故かわからない。けど、あの鳥人のアラガミ…妙に気になる…)

 

 極東支部に来る直前に戦っていたアラガミ…クロウの事が妙に頭にちらついて離れない。目の前で人形へと進化した事が原因かとも思ったが、進化する前の鳥形態の時から何かが気になっていた事を思い出す。

 

  『ジャラ…』

 

(…行くか…)

 

 気になる理由は分からない。どうせここには居られない。ならばそれを知るにもいい機会だろうと思い、ユウキ立ち上がる。そして鎖の擦れる音を発して鉄格子の前まで移動する。そしてユウキは両腕に力を込めた。

 

 -1分後-

 

  『ビィィィイッ!!!!ビィィィイッ!!!!』 

 

「な、何だッ?!」

 

 皆が就寝中に突然けたたましい警報が鳴り響く。当然部屋で寝ていたツバキの部屋でも大音量で警報が鳴り飛び起きる事となった。

 

「ヒバリ!!何があった?!」

 

『ま、待ってください!!今調べ…え?!』

 

「どうした?!」

 

 ツバキは内線でヒバリに連絡を入れると、ヒバリもまた警報で起きたらしく、慌てたような声で返事をする。そして途中から困惑したような声色に変わる。

 

『ど、独房フロアから脱走者です!!間違いなく…ユウキさんです!!』

 

「クッ!!何を考えているのだアイツは!!」

 

 ヒバリは動揺して声を大きくしてユウキが極東支部から逃げた事をツバキに伝える。それを聞いたツバキは顔を歪めて、ここには居ない逃走犯に毒づき、ワイシャツから何時もの制服に着替え始める。

 

「第一部隊を出撃させる!!全員叩き起こせ!!ヒバリ!!ヤツの反応をロックしておけ!!」

 

『はい!!』

 

「すぐに私も指令室に向かう!!準備ができ次第指令室で第一部隊のサポートにまわれ!!」

 

 ツバキは着替えながらヒバリに指示を出す。そして数分もしないうちに着替え終わり、指令室へと走った。

 

 -5分後、指令室-

 

「諸君らも気付いているかも知れないが、神裂ユウキ大尉が極東支部から逃走した。」

 

 指令室にはツバキ、ユウキの反応を追っているヒバリ、そして第一部隊が集まっている。そんな中、指令室にツバキの声が響く。

 

「第一部隊にはこれから神裂ユウキ大尉を連れ戻してもらう。殴ってでも構わん。強引にでも連れ戻せ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 任務は当然ユウキの捕獲だ。全員拒否する理由が無いどころか願ったりな任務だ。任務を聞いた第一部隊はすぐに快諾する。

 

「それでツバキさん、ユウは何処に?」

 

「エイジスだ。」

 

 -エイジス-

 

 ユウキは極東支部を脱走し、気配に導かれるままエイジスの管制塔までやって来た。特に確証があった訳でもないが、何となくここに居ると思った。

 

「ここだったか…」

 

 ユウキがエレベーターを降り、管制塔の頂上にたどり着く。そこには背を向けて両腕を組んで佇んでいるクロウが居た。

 

「何故…俺を呼んだ?」

 

「レイヴン…オレノコ…マッテイタ…」

 

 クロウは相変わらず誰の事か分からない者の名を呼んでいる。しかしこの場にはユウキしか居ない。まるで『お前は神裂ユウキではない』と言われてる様に思えて不快感を感じていた。ましてや人間とアラガミの狭間で揺れている状況ではなおさら癪に障る発言だった。

 

「レイヴン…悪いがそいつの事は知らない。俺は俺だ。神裂ユウキだ!!」

 

 その不快感を払拭するようにユウキは叫ぶ。そして神機を両腰から引き抜いてクロウへと突っ込む。クロウもそれに合わせて滑空し、ユウキに高速で接近する。

 

  『ギィンッ!!』

 

 ユウキが両腕の神機を外から内に振り抜く。それに対抗してクロウも長い両手の爪を振り下ろし、甲高い金属音が辺りに響いた。

 両者の動きが一瞬止まる。その隙にクロウがユウキの神機を掴み、神機を抑え込んだまま身体を寄せて右足でユウキの腹を蹴り飛ばす。

 

「グッ?!」

 

 突然の強烈な痛みにユウキは表情を歪ませる。しかし蹴られて後ろに跳んで行くのを利用して、ユウキは両腕の神機を引き、クロウの両手による拘束から神機を解放する。

 だが両手がフリーになったのはクロウも同じだ。クロウも離れていくユウキに向かって跳び、右手の爪をユウキに向かって突き出す。対してユウキは左の神機の装甲を展開し、クロウの爪を受ける。

 

(グッ?!強い…けどっ!!)

 

 想像以上の腕力でそのまま押し通されそうになったが、そのまま装甲を外に向けて傾けると、クロウの左爪は外に向かって流れていった。相手の胴が空いた隙にユウキは地を蹴って、右手の神機を内に巻き込みながら一気に懐に入り込む。

 

(もらった!!)

 

 ユウキが内から外に神機を振る。相手は隙だらけ。確実に入ると思った。

 

  『ギンッ!!』

 

 しかしクロウは左爪で神機を受け止める。そして今度は受け止めた神機を軸にしてハンドスプリングの要領で上下反転して、ユウキの神機を飛び越える。そして上下逆さまになりながら今度は右手をユウキに向けてオラクル弾を発射する。

 

「ッ!!」

 

 思いがけない奇襲にユウキは驚いたが、神機を振った時の勢いを利用して身体の軸を右に流し、大きく右に傾けてオラクル弾を回避する。そして今度はユウキが左の神機を振り上げてクロウを迎撃する。

 しかしクロウは右の翼を広げて左の神機を上から叩き付けて無理矢理軌道を逸らせる。

 

(クッ!!次は…!!)

 

 互いに決定打を与えられる状況だったが、互いにそれを回避した。ユウキはクロウの次の行動を予想し、倒した身体の軸を少し戻す。クロウはユウキの後ろに綺麗に着地する。するとほぼノータイムでクロウは回転して爪でユウキを切り裂いてきた。予想通りの行動にユウキは前に跳び、クロウの爪を躱す。そして再度後ろに跳びクロウに接近する。

 

「喰い千切れ!!」

 

 ユウキは右に回転しながら右の神機で捕食口『メビウス』を展開してクロウの脇腹を捕食する。しかしクロウは咄嗟に後ろに下がって被害を最小限に抑えて、長い両手を振り下ろして反撃する。それを見たユウキは追撃を止め、一旦後ろに下がった。

 追撃を中断した隙に、クロウは振り下ろした両手をそのままユウキに向け、両手からオラクル弾を発射する。それを見たユウキは地を蹴り前に出る。装甲を展開してオラクル弾を防御すると辺りに爆煙が立ち込める。

 しかしすぐに爆煙を突っ切ってきたユウキが右の神機を振り下ろす。

 

  『ブシャッ!!』

 

 クロウは後ろに下がるが間に合わず、ユウキの一撃を受けて大きな裂傷を作り、血を吹き出しながら倒れる。その勢いを殺し切れず、背中から倒れた後に一度転がって俯せに倒れて動かなくなった。

 

(何だ…?随分と呆気ない…手応えも無い…これなら進化する前の方がよっぽど強かったぞ?)

 

 思ったより呆気なく戦いが終わった事にユウキは拍子抜けしていた。結局何故コイツが気になっていたも分からないまま戦いが終わってしまった。そのままとどめを刺すべく、クロウの元に歩く。

 

「レイ…ヴン…」

 

「ッ?!」

 

 倒したと思ったクロウがまた自分の事をレイヴンと呼ぶ。ユウキは思わず身構えて警戒した。

 するとクロウは倒れたまま右手に光の珠を作り、それを少し離れた所に投げると突然光の柱が勢い良く立ち上がった。

 

「な、何だっ?!」

 

 ユウキは突然起きた超常現象に混乱する。数秒程呆けていると唐突にクロウが話しかけてきた。

 

「ソノヒカリニ…ハイレバ、スベテヲ、シル…モノガ…イル…」

 

「何を…言って…?」

 

 まさか命乞いのつもりかと思い、話を続けさせる前に倒さねばとユウキは思う。しかし、クロウの言う『全てを知る者』と言うのが気になってとどめを刺せずにいた。

 

「イケ…ソノ、サキニ…オマエノ…モトメル、コタエ…ガ、アル…」

 

「っ?!」

 

 クロウの言葉にユウキは驚愕して両目を見開く。求める答えがある、この先に、もしかしたらこれでユウキが抱える問題を解決出来るかも知れない。都合の良い解釈だとは思っているが、自身のアラガミ化をすぐに治すにはそんなものに縋る以外に方法が無いのも事実だった。

 クロウを殺してしまうともう『全てを知る者』の情報が手に入らないだろう。このまま殺してしまっても良いのだろうか…そんな事を考えていると、後ろから数人が走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「ユウ!!」

 

「…」

 

 アリサの声が聞こえて振り替えると、第一部隊が総出でユウキの事を追いかけてきた。

 

「何だ…?これ…いやそんなのどうでも良いや!!戻って来いよ!!ユウ!!」

 

「戻って来なさい!!これ以上心配かけないで!!」

 

「帰るぞ!!ユウ!!」

 

  光の柱が立ち上がる超常現象を前にコウタは驚いていたが、すぐにユウキへと意識を向けて帰るように説得する。それに続いてサクヤとリンドウもユウキに帰るよう促している。

 

「…そいつが言ってたんだ…この先に、俺の求める答えがあるんだってさ。」

 

 皆が帰るように言っているのだが、ユウキは第一部隊に向き直ると全く関係ない話をし始める。

 

「何を言ってる?!バカな事言ってないで戻るぞ!!」

 

 会話の流れが読めずに混乱しつつも、ソーマは都合の良い話はないと切り捨てて再度ユウキに帰るように言い、強引にでも連れて帰ろうとユウキに歩み寄る。

 

  『シャキンッ!!』

 

「ッ?!」

 

 小気味良い音と共にユウキは右手で神機をホルダーから引き抜いてソーマに突き付ける。

 

「…じゃあアラガミ化を治す研究は何時完成するんだ?」

 

「それは…」

 

 ユウキの問いにソーマは口ごもる。

 

「俺がそれまで人の姿を保っていられる保証もない。研究が完成する前にアラガミ化してしまえばそれでお仕舞いだ。そしてそのまま支部内で暴れたとして、被害を出さずに確実に俺を殺せるか?」

 

「ユウを…殺す…」

 

「そんな事…」

 

 研究が完成するまで人でいられるとは限らない。そんな状態で極東支部に居座れば支部の崩壊、外部居住区への侵攻、そしてアラガミ化したユウキ討伐の為に多くの犠牲者が出る可能性は十二分にあり得る。その対策としてユウキを殺す…コウタとアリサは自分がそれを最後までやれるとは思えずにハッキリと答える事が出来なかった。

 

「俺がアナグラに居るだけで多くの人が危険に晒される。アラガミ化をどうにかしない限り、俺はアナグラに戻る事は出来ない。」

 

「…」

 

「じゃあ、ユウは極東支部から離れて支援も無しにここから先どうするんですか?!」

 

 実際にユウキが極東支部でアラガミ化した時、殺す事に迷っている間に更なる被害が出る可能性だってある。ユウキが支部崩壊の不安要素の塊となった以上、極東支部から離れる事が最も確実に不安要素を潰す手段だとユウキは説明する。

 それを聞いたリンドウは自身にも覚えがあるのか、苦虫を潰した様な表情になり、アリサはどうにか思い止まらせようと、極東支部の外で他の支援も無しに生き延びることなど不可能だと、だから戻って来いと遠回しに伝える。

 

「自分なりにアラガミ化を制御する方法を探す。その間にソーマの研究が先に完成すれば…それで治す。」

 

「で、でも…」

 

 アラガミ化を止められないのなら戻れないと言うユウキの考えは変わらない。どうせ帰れないならばクロウの口車に乗るのもまた一興、結局ユウキの帰らないと言う意思は変わらなかった。

 アリサはどうにか考えを改めさせられないかと必死に考えていると、不意にユウキが微笑んだ。

 

「大丈夫…必ず帰ってくる。だから、待ってて。」

 

「…」

 

 矛盾だらけの必ず帰ると言うを約束し、ユウキは神機をしまって踵を返し始める。

 

「さようなら。」

 

「っ?!」

 

 しかし第一部隊に背を向ける直前、アリサには小さく呟く様な声でユウキから別れの言葉が聞こえてきた。この一言で分かった。この男は帰ってくる気などないのだと。

 

「まっ…ッ?!」

 

 アリサがユウキを追いかけようと走り出す。しかし、倒れていたクロウが間に入り、アリサに爪を振り下ろす。咄嗟に装甲を展開して爪は防いだが、勢いを殺せずに後ろに大きく飛ばされる。

 

「ぐっ?!」

 

「うわっ?!」

 

 飛ばされたアリサはリンドウとコウタにぶつかりそのまま2人を巻き込んで後ろに倒れる。その間にソーマが前に出ようとするが、クロウが素早く爪をソーマに突き出す。ソーマは咄嗟に後ろに下がって躱す。するとクロウが両手の掌からオラクル弾をソーマとサクヤに撃つ。対してソーマはサクヤの前に立ち装甲を展開する。サクヤを狙った1発とソーマを追尾した1発の計2発を装甲で受け止める。

 

「グゥッ!!」

 

「クッ…ソ、ソーマ!!」

 

 ソーマが装甲で防御している間に、クロウは急接近して装甲を殴りってソーマとサクヤを転倒させる。

 そしてその間にユウキは光の中へと消えていき、クロウも第一部隊が倒れているうちに、続いてその光の中へと飛び込んだ。

 

「クッ!!」

 

 一番早く立ち上がったアリサが光の柱に向かって全力で走るが、光の柱が弱まり始めた。

 

「ユウゥゥウ!!」

 

 アリサが必死に手を伸ばす。光はまだ消えてない。間に合う。そう思ったアリサは光の中へと飛び込んだ。

 

  『ズシャッ!!』

 

 しかしアリサは光の柱を突き抜けて盛大に転んだ。一瞬何が起こったのか分からなかった。アリサが急いで振り替えるが、その間に光の柱はスゥと消えてしまった。

 

「…ユウ?」

 

 何が起きたのか理解出来ないアリサがどうにか絞り出した様なか細い声でユウキを呼ぶ。

 

「お、おい…」

 

「消え…た…?」

 

「な、何が…」

 

「どう、なってる…?」

 

 リンドウ達も何が起きているのか理解出来ていない様子で言葉に詰まり混乱する。光の柱が立ち上がったり、その光に入ったユウキとクロウが消えたりと、続けざまに超常現象を目の当たりにしたため無理もないだろう。

 

「ユウ…?どこ…?」

 

 そんな中アリサも状況が理解出来ていないのか、辺りをキョロキョロと見渡してユウキを探す。

 

「か、隠れてないで…出て…来て…?」

 

 何かの間違いだと、ただ自分がユウキを見つけられないだけだと必死に言い聞かせ、アリサは現実を受け入れまいと目線だけで辺りを見てユウキを探す。

 

「ねぇ…ユウ…?」

 

 理解する事を拒んでいたが、遂にユウキが目の前から消えたと理解し始める。

 

「あ、ぁぁあぁ…」

 

 ユウキが自らの意思で自分達の元から現実を理解した途端、アリサは心の中で足元から崩れ落ちる様な感覚を覚えた。

 

「あぁぁあぁあぁああああぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 アリサの泣き叫ぶ声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、1人の少年が世界から消えた。奇しくもその日は、少年が1年前に神機使いとなった日だった。

 

 2072年 4月10日 神裂ユウキ M.I.A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間が居なくなった…この世界では在り来たりな事だ。珍しい事ではない。しかし、消えたのは大事な仲間…無茶をしてでも仲間を救い、バラバラになりかけていた俺達をまとめあげ、他人の悩みを自分の事の様に考えて一緒に悩んだ様な奴だ。

 それがたった一度、人成らざる力を見せつけた事で全てが狂い始めた。その結果、自身の危険性を知ったアイツは、自ら俺達の元から姿を消した。未然に防ぐ事が出来たのに、俺達はその可能性をことごとく取り零した。

 こうして最後は目の前で仲間が光に飲まれて消えた。すぐそこにあった手に、手を伸ばしても届く事はなく、俺達はその手を掴み損ねてしまった。

 そして俺達と共に戦った仲間…神裂ユウキが帰ってくる事は…もう二度と無かった…

 

 

極東支部第一部隊活動記録 

 

著:ソーマ・シックザール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガコンッ』

 

 

 

歯車が回り出す…もう、運命は変えられない…

 

To be continued




後書き
 長らく放置して申し訳ありませんでしたm(_ _)mその割りには本編は盛り上がりに欠ける様な出来に…うごごごご…
 今回でユウキとクロウの因縁が明かされる…事はなく次回に持ち越しになりました。他にもユウキがアナグラから出ていくどころか光の柱に飲まれてこの世から消滅したりしました。GEの世界観では違和感のある描写ですが…まあ、『ある存在』が関わっている時だけなので…どうかお許し下さいm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission88 もういいや

ゴッドイーター3買っても正月明けるまで
やれないので小説投稿して満足します。

今回微グロ描写ありです。最初と最後に※印を着けておきます。


 -???-

 

 ユウキが光に飲まれ、エイジス…世界から消え去った。そして目を覚ますとそこには真っ白で何も無い、ただっ広い空間が広がっていた。

 

(何だ…ここは?)

 

 ユウキが状況を飲み込めずに混乱していると、少しずつ辺りに景色が現れ始めた。洞窟か地下なのだろうか、岩肌に囲まれた大きな空洞、なのに消して暗いなどと言うことはなく、辺りはちゃんと見えている。そして空洞内には石造りの建物で出来上がった街が現れた。 

 

(…次から次へと…何が起こっている?)

 

 『まるでレンとリンドウさんの記憶を探った時の様だ』と思いつつ、次々と変わっていく状況にどうにか着いていく。以前にも似た経験をしたためか、思いの外冷静に状況を分析できた。

 

「何なんだ…ここは…?」

 

 ユウキは街を歩くが何処に行っても人は見かけないどころか生き物の気配を感じない。ポツリと呟いたユウキがここからどうしようかと考えていると…

 

「っ?!」

 

 咄嗟に右手で神機を掴んで右回転しつつ抜刀する。

 

  『ギィンッ!!』

 

 突然後ろから迫ってきた右爪を間一髪で防御し、甲高い金属音が鳴ったと思ったら倒したと思い込んでいたクロウが襲い掛かってきた。

 

「貴様っ!!生きてっ…!!」

 

 クロウもこの空間に居る事に、ユウキは驚きを隠せないでいた。動揺し、追撃のタイミングを逃した間にクロウが再びユウキに語りかけてきた。

 

「レイヴン…」

 

「だから…!!知らないつってんだろっ!!」

 

 クロウは相変わらずユウキの事をレイヴンと呼ぶ。いい加減鬱陶しく思ったユウキが怒りを露にして右の神機を振り抜いた。

 クロウの右爪を弾いたユウキが即座に左の神機に手を伸ばす。しかしクロウの左爪による反撃がユウキの追撃よりも先に飛んできた。左で手刀の構えでユウキに突きを繰り出す。

 

「クッ!!」

 

 身体を右に倒して躱すと、左手の神機を左上がりに抜刀する。しかし今度はクロウが右の爪で神機を受け止める。すると一瞬の硬直の間にクロウは左手を回してユウキの方に向けるとオラクル弾を撃ってきた。

 

「クッ!!」

 

 ユウキは後ろに跳んでギリギリのところでオラクル弾を躱す。

 

「ガッ?!」

 

 しかし次の瞬間には顔面に強烈な痛みが走り、さらに後ろに吹っ飛ばされた。痛みを堪え、後ろに跳びつつクロウを見ると、どうやらユウキに膝蹴りを浴びせたようだ。その結果、鼻頭に強い衝撃を受けた事で鼻血が出てきたがそんな事を気にする余裕は無い。

 間髪入れずにクロウが右から左の順にオラクル弾を発射する。対してユウキは左、右の順で装甲を展開してオラクル弾を受け止めるが、防御した瞬間爆発し、ユウキは両腕を外側に投げ出されて無防備になってしまった。

 そしてクロウが再び両手からオラクル弾を発射する。ユウキは咄嗟に右に跳んで避けるが、避けたと思ったら既にクロウがユウキの逃げた先まで移動していた。

 

  『ガキンッ!!』

 

「ッ?!」

 

 クロウが左爪を下から上に振り上げて攻撃する。ユウキは寸でのところで右の装甲を展開してクロウとの間に滑り込ませる。そして後ろに跳びつつクロウの攻撃による衝撃を緩和しつつ反撃に出ようとする。

 しかし、またしてもユウキが動く早くクロウが飛び出し、右爪で切り裂いてきた。

 

(こいつっ!!)

 

 ユウキは着地と同時に地を蹴り、上下反転しながらクロウを飛び越える。そのまま両手の神機を振り下ろしてクロウに斬りかかる。だがクロウが左に急回転して振り下ろされた神機を横から叩き付け、ユウキの体勢を崩させ、後ろに吹っ飛ばす。続いてユウキにオラクル弾を撃ち追撃するが、ユウキは何とか装甲を展開して防御する。

 

(さっきとは比べ物にならない?!)

 

 爆発したオラクル弾の衝撃で後ろに飛ばされたユウキが着地しながらエイジスで戦った時の事を思い出す。少なくとも直前に戦った時とは反応速度も運動能力も段違いに良くなっており、もはや別のアラガミと言ってもいい位だった。

 

「クソが!!」

 

 前回とはあまりに違う戦闘にユウキは苛立ち悪態をついた。さっきから相手の攻撃は何とか躱しているものの、それもいつ限界が来るのか分からない上、こちらの攻撃も一切当たる気配が無い。

 そんな事を考えつつ、ユウキは両手の神機を構えて前に出る。そしてユウキは両手の神機を外から内に横凪ぎに振り、クロウは両爪を上から下へと振り下ろす。両者の一瞬の硬直のあと、ユウキとクロウがほぼ同時に相手に蹴り飛ばした。

 互いに蹴り飛ばされて大きく間が空く。そしてユウキとクロウは同時に着地し、クロウが先に翼を広げて低高度で滑空しながら前へと出る。

 

(銃形態に…いや、奴が速すぎる。当たるとは思えない…なら…!!)

 

 クロウが向かって来るなか、ユウキは距離を詰められる前に銃形態で撃破しようかと考えたが、ここに来てからのクロウの運動能力が高く、反撃速度も速い事から、撃ったところで当たらないと考え、両手の神機の柄を繋ぎ、1本の武器にしてクロウに向かって行く。

 

「押し通るっ!!」

 

 連結して両刃剣となった神機を振り下ろす。

 

  『ギィンッ!!』

 

 クロウが両爪で両刃剣を受け止める。その瞬間、ユウキは神機の連結を解除して、左の神機を逆手に持って下から振り上げる。しかしクロウは右足で神機を踏みつけて抑える。

 そして踏みつけた神機を土台にして一度上に上がって高さを調整する。

 

  『ベキッ!!』

 

 一瞬のうちにユウキの右胸に蹴りを入れる。それと同時に骨が折れる音が聞こえてきた。痛みに顔を歪め、蹴り飛ばされつつもクロウの挙動を確認する。すると既に追撃に来ており、右の爪をユウキの腹に向かって突き出してきていた。

 

「クッ!!」

 

 蹴り飛ばされて宙に浮いていたが、ユウキはどうにか左足で地を蹴り、右に身体を傾けながらクロウの爪を避ける。

 その体勢のまま右に神機で下から、左の神機で上から挟み込む様に振る。

 

  『バンッ!!』

 

 しかし、ユウキの攻撃よりも先に爆発音が響き、左の横腹に強い痛みと衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「プバッ!!」

 

 盛大に血を吐き出した。どうにかクロウを見ると突き出した右の掌がユウキの方を向いていて、煙が上がっていた。

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてユウキは自身の横腹に一瞬目を向けると肉が抉れて中身が見え、腸が飛び出していた。

 

 

 

 

 クロウの体勢と自身が状況から察するにゼロ距離からオラクル弾を発射したのだろう。しかしユウキも負けじと右の神機で捕食口『メビウス』を展開する。

 

「う…らぁッ!!」

 

 痛む身体に鞭打って右の神機を振り上げ捕食する。バーストした事で飛び散った横腹が再生し始め、多少痛みも引いてきた。

 

「バーストすれば…」

 

 オラクル弾の爆発で吹き飛ばされたのを利用して、さらに左へと跳び距離を取る。その状態で両腕を左上に上げると、両手の神機の刀身が紅いオーラを纏った。

 

「こっちのものだッ!!」

 

 両腕を左上から右下に振り下ろして紅い斬撃を飛ばす。斬撃が2つ飛んできた事でいつもよりも密度の高い攻撃が飛んでいく。

 

  『ズガァァァン!!』

 

 轟音と共にクロウを飲み込んだ斬撃が辺りの建物ごと破壊し、辺りが土煙に覆われて視界が遮られる。『勝った』そう思って着地と同時に気が緩む。

 

「ッ?!」

 

 しかし気を緩めた瞬間に、クロウが土煙の中から飛び出してきた。ユウキは何とか右に跳び、クロウの突進を躱した。

 

  『グジュッ!!』

 

「グッ?!」

 

 避けたと思ったが、次の瞬間には先程負傷した左の横腹を喰われていた。何とか痛みに耐え、ユウキは体勢を立て直す。その間にクロウはそのまま滑空して一旦ユウキから離れる。そして一度上昇してクロウは振り返り、ユウキと向き合う体勢になる。

 

「グルァァアッ!!」

 

 クロウが大きく両腕を広げると青黒いオーラを纏い始める。そしてクロウは空中からユウキに向かって急接近してきた。そのまま一瞬の隙に距離を詰め、間合いに入ると爪を立てた状態で右腕を振り上げる。

 

(速い!!けど…反応できる!!)

 

 これまでに無い速さで驚いたが反応できる。クロウの間合いに入ったところでユウキは左足で地を蹴り、ほんの少しだけ前に出る。クロウの懐に先に入り、相手の間合いを潰しつつ自身の間合いに入るためだ。

 

(いける!!)

 

 クロウが攻撃するよりも先にユウキが間合いに入った。斬れると確信し、右の神機を内から外に振る。

 

  『ヒュンッ!!』

 

(え?)

 

 しかし神機は敵を捉える事はなく空を切る。何が起こったのか分からず、次の動作に移れずに動きが止まる。

 

  『ズシャッ!!』

 

「グアッ?!」

 

 突然右腕に痛みが走り、血が吹き出る。そしてクロウが一瞬で目の前を横切る。いつの間にかクロウが右側に移動して攻撃したのだろうと判断したユウキは次は左から来ると考えて左を向く。

 

(来た!!)

 

 案の定左からクロウが向かってきた。ユウキは身体をクロウの方に向ける動作と共に左手の神機を内から外に振り、身体の捻りを加えて威力と勢いを着けて攻撃する。

 

  『ヒュンッ!!』

 

(っ?!また?!)

 

 しかし神機は再び空を切る。いつの間にかクロウはユウキの目の前から消えていた。

 

  『ブシュッ!!』

 

「ガッ?!」

 

 今度は背中の左側を切りつけられて血が吹き出る。

 

「く…そぉ!!!!」

 

 半ば自棄になって左に回転して、後ろに居るクロウを攻撃する。しかしクロウは後ろに大きく跳んでそれを躱す。また手応えはなく、神機はクロウを捉える事はなかった。

 完全に避けきるとクロウは三度目の攻撃を仕掛ける。また一瞬のうちにユウキとの距離を詰め、両腕を広げて攻撃体勢になる。

 

「これなら!!」

 

 今度は両手の神機を外から内に振り、ハサミの要領で左右から攻撃する。これならば左右に逃げる事は出来ない。そう考えていたが、突然クロウがほんの少し小さくなる。

 

「ブゴァッ?!」

 

 しかし今度はクロウの右爪がユウキの腹に突き刺さり、盛大に血を吐き出した。さっき小さくなったのは、少しだけ後ろに下がり、神機の間合いから逃げたからだった。ユウキがそれに気付いた時には、クロウがユウキを投げ飛ばしていた。

 

「グッ!!」

 

 腹の痛みに小さく呻いて顔を歪めながら、空中で体勢を整えて着地して踏ん張る。

 そしてユウキが反撃しようとクロウを見据えると、既にクロウは間合いに入っていた。

 

(え?)

 

 目の前のクロウが視界から消えたと思ったら既にユウキの右腕を深く切り裂いていた。

 

(ちょっ…?)

 

 全く反応出来ないまま今度は後ろから背中を切りつけられる。

 

(まっ!?)

 

 逃げようと左足を後ろに出したところで右足を切られる。

 

(何だよ…)

 

 そして最後は正面からアッパーカットの様な軌道で切り上げ、ユウキの胴体を切り裂いた。

 

(まったく…)

 

 切り上げられた衝撃でユウキは大きく宙を舞い、血を撒き散らしながら放物線を描いて地面に叩きつけられた。

 

(歯が…立たない…?)

 

 何が起こったのか理解出来ないままユウキは全身を切り刻まれて地べたに倒された。知覚出来たのは右腕と背中と腹への攻撃だったが、倒れたまま自分の身体を見てみると至るところに裂傷がついていた。

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして知覚出来たところのうち実際みえたのは右腕と腹だったが、腹は中身が見えるまで切り開かれ、内臓ごと切り刻まれていた。右足は文字通り皮一枚で繋がっている状態で、右腕は骨の辺りまで切り裂かれて辺りを血溜まりを作り、まさしくボロ雑巾の様にされて倒れていた。

 

 

 

 

 この状況をようやく理解し、何故こんな事になったのかが分かった。最初は反応こそ出来ていたが思考が追い付かず、結果的に相手の行動を読みきれず、動きに反射的に反応していただけだったのだ。しかし、今はその反応すら出来ないまま瀕死に追い込まれた。

 『勝てない』そう覚ったユウキに止めをさすべく、クロウが一歩ずつゆっくりとユウキに向かって歩いてくる。

 

(俺…結構頑張ったよな…?)

 

 クロウが向かってくるのは分かるが、もう身体を動かす事さえ出来ない。今までの事が鮮明に思い出される。

 

(シオと別れる事になっても…終末捕食を防いで…リンドウさんの神機を使って…レンと出会って…リンドウさんを助けて…ユーリの神機を使ったせいでアラガミ化して…)

 

 アーク計画、リンドウの救出、そして自分がまだ弱いと思い知ったユーリの死、そこから生き残る為に再び禁忌を犯した事、それでも自らの迷いのせいで多くの人を死なせた事…たった1年の間にいろんな事がありすぎたが、どれもこれも昨日の事の様に思い出せる。

 

(ずっと死に物狂いで戦って…痛くて怖くて…頭がおかしくなりそうでも…アラガミ化を抑え続けて…アラガミに…負けて…)

 

 力が抜け、身体が沈んでいくような感覚になる。そして布団で寝るかのような心地よさはあるが、身体は寒いとさえ感じる。今にも意識が消えそうだが頭はスーッとスッキリしていく不思議な感覚を覚えたまま、ユウキは意識を手放し始めた。

 

(帰る場所も…もうない…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…もう…いいや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『ブジャッ!!』

 

 鮮血が宙に舞った。

 

To be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission89 壊れた心

 後れ馳せながら、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 前回ズタボロにされて死にかけたユウキ…何やら諦めたようですが…?


(俺は…どうなった…?)

 

 クロウの攻撃で瀕死になり、気が付いたら何も無い空間で動けないまま倒れていた。

 

(生きてる…?いや…ほとんど死んだ様なものか…)

 

 直前に自分がどんな目にあったか思い出し、自身の最期を察した。

 

(全身深く切り刻まれて…手足ももう動かない…血を流し過ぎた…)

 

 背中や剥き出しの腕と足にヌルヌルとした感触がしてて鉄臭い。

 

(…寒いなぁ…)

 

 ここに来てようやく寒気を感じる事に気が付いた。

 

(近づいてる…)

 

 目は見えなくなってしまったがクロウがゆっくりと歩いてくる足音は聞こえてきた。

 

(このまま…死ぬのか…)

 

 敵がこっちに来るのは分かるがもう動けない。ユウキは死を覚悟する。

 

(…)

 

 死を覚悟したとたん、急に今までの事を昨日の事の様に思い出した。

 

(何だったんだろうな…俺の人生…)

 

 自分の人生を振り返ったユウキは自身の人生に何の意味があったのか疑問に思う。

 

(人間らしい生活もできずに…いや、神機使いなってからは良くなったけど…)

 

 神機使いなる前と後、生活のレベルは天と地ほどの差があるくらいに良くなった。だが、それは人としてほ最低限の生活を確保しただけで、それに何か意味があったとは思えない。

 

(アラガミ化が進んで…俺が皆を殺しかねないし…もう帰れない…)

 

 結局自分には誰かを危険に晒す様な事しか出来なかった。

 

(結局あの頃に逆戻りか…)

 

 神機使いになっても最後は獣以下の生活をする事になってしまった。自分には人らしい生活は送れない運命なのだと絶望する。

 

(良いこともあったけど…イヤなことの方が多かったな…)

 

 過去の出来事を思い出し、思いの外ネガティブな人生だったと思った。

 

(仲間には…恵まれたけど…)

 

 神機使いになってから出会った仲間達…バケモノの化した自分に殺意を向ける者も居たが、それも仕方ない事だと思う。むしろ身を案じてくれた人が居る事に驚いたくらいだ。

 

(…)

 

 そうやって共に戦ってきた者達の事を思い出すうちに、ある人達の事も思い出す。

 

(…あの世でエリックやユーリ、ヤナギさんとカオルさんに会ったら…色々と言われるかな…?)

 

 自分が未熟だった、あるいは迷いを見せたせいで死なせてしまった…いや、自分が殺した人達の事を思い出す。

 

(また一人か…)

 

 しかし、身を案じてくれた仲間も自分から拒絶してもう居ない。

 

(…一人で死ぬのって…寂しいな…)

 

 誰にも知られる事もなくひっそりと死ぬ…誰も傍に居ない事に寂しさや虚しさを覚える。

 

(タツミさん、ブレンダンさん、カノン、アネット…)

 

 第二部隊のメンバー…

 

(ジーナさん、シュン、カレル、フェデリコ…)

 

 第三部隊のメンバー…

 

(博士、ゲンさん、ツバキさん、ヒバリさん、リッカ…)

 

 自分が戦う時にサポートをしてくれる人達…

 

(エドワードさん、エリナちゃん、カエデさん、ノゾミちゃん、居住区の皆…)

 

 戦いとは関係のないところで出会った人達…

 

(エリックさん、ユーリ、ヤナギさん、カオルさん…)

 

 自分のせいで死んでいった人達…

 

(シオ、レン…)

 

 未来を託し、助けてくれた仲間達…

 

(リンドウさん、サクヤさん、ソーマ、コウタ…)

 

 第一部隊の仲間達…今までに出会ってきたたくさんの人達…多くの仲間の事を思い出す。そして最後に思い出したのは、銀色の髪を靡かせて振り返る、綺麗な笑顔を向けてくれる少女…

 

(アリサ)

 

 これが最期になるならば、最も強く会いたいと思ったのは、こんな自分の身を案じ、いつだって味方してくれると言ってくれた少女…いつだって笑っていて欲しいと思える少女だった。

 

(死ぬ前に…もう一度だけ…会いたかったな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ブザゲル"ナ"』

 

(一人で死ぬのは…イヤだ…)

 

 『ギザマ"ノ"ゼイ"ジヌ"ナ"ン"デジョウ"ダン"ジャナ"イ"』

 

(道連れに…違う…生き残るんだ…でも、どうやって…?)

 

 『オ"デバマ"ダダダガエ"ル"』

 

(この状況から敵を滅ぼす…そのためには…?)

 

 『ズベデヲ"グイ"ヅグジデデモ"イ"ギノ"ゴル"』

 

(…)

 

 頭の中で声が響いた気がした。その声に従い、どうやったら生き残れるか思考する。

 

(反応しきれない…思考が追い付いてないせいか…?そのラグを無くすには…?)

 

 そもそも何故こうも一方的に攻撃されて瀕死に追い込まれたのか?クロウとの戦いを振り返ると敵の攻撃に反応は出来たが、自分の思考がクロウに着いていけてないから、ことごとく攻撃を読まれて攻撃を受け続けたのだろうと結論付けた。

 

(生きることから逃げるな…か…)

 

 かつて自分が出した命令を思い出す。

 

(我ながらとんでもなく難しい命令を出したものだな…)

 

 こんな死の縁どころか死が確定した様な状況からでも生き残れとは酷な命令を出したものだと自嘲する。そして同じような状況でこの命令を守りきったリンドウはやっはすごい男だと改めて感じた。

 

(…)

 

 ほんの2、3秒…ユウキは自分がどうしたいのか考え答えを出す。

 

(帰るんだ…)

 

 もう死を覚悟するつもりはない。是が非でも生き残る。

 

(居場所なんか無くてもいい…ただ生きて帰ってきたと実感出来ればそれでいい…!!)

 

 生きて帰る、でもそこには居場所はない。仲間の元に帰りたい、そんな特別でも何でもない願いさえも自分には過ぎたものだと思いつつも帰りたい。そう強く思った瞬間、ユウキの中でタガが外れた。

 

(帰るんだ…もう一度…(アリサ)に会うんだ…!!)

 

 無様でも、カッコ悪くても…生きて帰る。その為なら後の事などどうでもいい。その覚悟でユウキはある決意をする。

 

(その為なら…鬼にでも…悪魔にでも…!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(アラガミにだってなってやる!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒとのウツわ(スガた)ニこダワるノハ…モウ、イイヤ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『ブジャッ!!』

 

「っ?!」

 

 鮮血が宙を舞う。クロウは驚いて後ろに跳ぶ。だが後ろに跳んだ後に、再びクロウは驚愕して両目を見開いた。何故ならユウキにとどめを刺そうと振り上げた右腕をユウキの左足が撥ね飛ばしたのだから。

 もはや虫の息だったはずのユウキを見ると、左足を振り上げてそのままバックフリップの様に身体を跳ね起こしてクロウと向き合う。

 クロウは警戒しながらユウキを見てみると、身体の至るところから黒い煙を噴き出していた。そして深く切り裂いたところも黒い煙を噴き出しつつも傷を塞がりつつあった。更には自分の右腕を撥ね飛ばしたと思わしき左足は獣脚へと変わり、鋭い鉤爪になっていた。

 クロウは本能的に『今仕留めなければいけない』と、そう思った時には頭や背中から白い歪な角が生えたユウキに向かって突っ込んできた。対してユウキも一気に前に出て左手の神機を内側に構える。

 クロウは咄嗟に間合いで負けていると思い、一旦止まって後ろに下がる。するとユウキが内から外へと左の神機を振るが空を斬る。続いてユウキはもう一度前に出て、右の神機を外から内に振って追撃する。

 クロウはさらに後ろに跳び右の神機を避ける。攻撃後、ユウキの両腕は左側に振られ隙が出来た。クロウはその隙に前に出て距離を一瞬で詰める。既に神機の間合いの更に内へと入っている。左足での反撃の可能性もあるが、足での反撃よりも左手の爪で引き裂く方が早い。確実に攻撃出来る。そう確信してクロウは左手を振りかぶる。

 

「ッ?!?!」

 

 しかし攻撃を受け、胴体を切り裂かれて後ろに飛ばされたのはクロウだった。一瞬何が起こっているか理解出来なかったが、左腰に神機を収納し、代わりに黒く鋭い鉤爪がになっていたユウキの右腕が振り上げられていたのを見て、この爪に切り裂かれたのだと理解した。

 近距離では左の神機、肉弾戦では右手の爪に攻撃される。ならば中、遠距離からの攻撃がベストだと考えてクロウは再び距離を取る。しかし、ユウキはクロウの動きに着いていき、再度距離を詰める。そしてユウキは左手の神機を内から外に振って追撃する。

 クロウは上に飛び上がり前転して神機を躱す。頭が下になり、ユウキの頭上に来たタイミングで左手を突き出してオラクル弾の発射準備に入る。

 

「ッ?!」

 

 しかし突然左手首を捕まれる。何事かと思っていると、左足一本で立ち、大きく身体を前に倒した状態で、いつの間にか獣脚へと変わっていた右足で掴まれていた。そしてそのまま勢いよく身体を回して右足ごとクロウをを地面に叩き付ける。

 クロウもようやく理解した。目の前の敵は理性を捨て去り、本能と反射のみで戦う事で人間の動きを超えているのだと。

 

「…」

 

 叩き付けたクロウに追撃すべく、ユウキは無言のまま右足を軸に身体の向きをクロウと向き合う様に回転させ、その過程で右腕を振り抜いて再度クロウの胴体を切り裂く。

 

「グッ?!」

 

 今までと違い思考から身体を動かすまでの僅かな時間を無くす事で、かなり強引にクロウの動きに着いてきていると分かると、ここまで優勢だったクロウが初めて顔を顰める。

 クロウを切り裂いた後、ユウキは左手の神機でも斬ろうと振りかぶるが、それよりも先にクロウの右足の蹴りがユウキの顔面に入り、大きく真上に飛ばされる。その瞬間、クロウは跳ね起きの様な動きで飛び上がり、ユウキに近づくとユウキの胴体を蹴り飛ばす。

 

「…」

 

 しかし蹴り飛ばされてもユウキは無言のままだった。蹴り飛ばされたユウキは空中で体勢を整え、後ろに飛ばされつつも踏ん張って止まる。空かさずクロウは左手からオラクル弾を発射する。

 

  『バァンッ!!』

 

 オラクル弾がユウキに当たり爆発する。しかしユウキは左手の神機で装甲を展開してオラクル弾を防ぐ。そして爆煙が晴れると、ユウキの腰周りから白いコートの様なものが生えて、身体も同じ色素が抜けた様に白い色に変わっていた。

 

「ッ?!」

 

 目の前の光景にクロウは驚愕し、一瞬動きが止まる。クロウの目には顔は真っ白になり、センター分けでボリュームのある白い長髪…そして縦に割れた瞳孔、時間が経ち錆び付いた血の様な赤銅の瞳…そして何より、クロウと同じ顔をした、ほとんどアラガミ化が完成したユウキが映っていたのだ。

 

「…!!」

 

 一瞬の間にユウキが距離を詰める。まずは左の神機を内から外横薙ぎに振る。それをクロウはジャンプして躱す。

 

「グルァアッ!!」

 

 唸りながら間髪いれずにユウキは右の爪で追撃する。クロウは左の爪でユウキの爪を受け止め、そのまま左手を軸に前転してユウキと背中合わせになるように後ろに着地する。そして左回りに回転して、左手の爪でユウキを切り裂こうとする。

 

  『ズリュッ…バサァッ!!』

 

 汚い水音が鳴ったと思ったら背中の棘と頭の角に肉が着き初め、その後勢いよく黒い翼が生えてきた。突然視界が遮られてクロウの動きが止まる。

 

「ガァラッ!!」

 

 その間にユウキはハンドスプリングの様な体勢になり、右足で後ろへと蹴り上げてクロウを蹴り飛ばす。そして両腕でユウキはクロウを追うように飛び上がる。

 片腕を失った状態のクロウでは空中での姿勢制御が上手く出来ず、大きな隙となった。その間にユウキは体勢を変えて接近し、右手でクロウの頭を掴む。

 

「ガァァァアアッ!!」

 

 ユウキは吼えならがらクロウを地面に投げつける。

 

  『ズガァァァンッ!!』

 

 轟音と共にクロウは地面に叩き付けられ、土煙が舞い上がる。数秒後、土煙が晴れると右手を上に掲げて、掌にはオラクル弾が作られていた。

 

「グゥルァアッ!!」

 

 ユウキがオラク ル弾を投げる。対抗してクロウも左手からオラクル弾を撃つ。

 

  『バァンッ!!』

 

 爆発と共に2つのオラクル弾が消滅する。そして爆煙で2人の視界が遮られる。その瞬間、爆煙を切り裂いて神機が飛んできた。続いてユウキもそれを追うようにクロウに迫ってくる。

 

  『ブジュッ!!』

 

 神機はクロウの左腕を切り落として地面に突き刺さる。続いてユウキが右手の爪でクロウの左足を切り落として勢いよく着地する。

 その後ユウキはゆっくりと立ち上がると、右足でクロウの右足を抑え、左足でクロウの首を抑える。そして左手で神機を掴むとプレデターフォームを展開して、捕食口をクロウの胸部に突き付ける。

 

「レ、イ…ヴン…」

 

「…」

 

 クロウがユウキを睨む。しかしユウキは無言のまま冷めた目でクロウを睨み返す。

 

  『グジュッ!!』

 

 粘着質な水音と共に神機でクロウのコアを捕食する。ユウキはコアを摘出され、死体となったクロウをしばらく眺めていたが、そのうちに黒い霧となって消えていった。

 左手の神機を腰に収納すると、次第にユウキの左腕も右腕同様に、黒く鋭い鉤爪が着いた腕に変わっていった。

 完全にアラガミ化したユウキはしばらく辺りを見回していた。するとエイジスで見た光の柱と同じようなものが立ち上がる。ユウキは迷いを見せる様子もなく、その光の柱に自ら入り込んでいった。

 

To be continued




後書き
 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 ユウキが頭のネジを全部外して遂に完成にアラガミ化しました。結局クロウとユウキの因縁は明かされませんでした(ゴメンナサイ
 ただそれらしいセリフとかは何度か出しているので分かる…かなぁ?描写力が欲しい。
 次回でリザレクション編は終わります。その次からは完全にオリジナルになることも多くなるのでご注意ください。
 あ、GE3のストーリークリアしました。灰域の設定からIFルートでうちの小説と繋げられそうだと思ったのですが…書こうか迷い中です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission90 消失

R編最終話です。消えたり死にかけたりアラガミ化やら色々大変なうちの子ですが一旦落ち着いて、博士の研究発表します。


 -???-

 

 黒く鋭い鉤爪の両手足、色素が抜けた様に白い身体、身体と同色の顔とボリュームのある長い白髪、縦に割れた瞳孔に赤銅の瞳、そして頭と背中からは黒い翼を生やして完全にアラガミ化し、光の柱へと消えたユウキは気が付くとまた何も無い真っ白な空間に立っていた。

 

「グルルルル…」

 

 数秒後『何か』の気配を感じ取ったユウキは突然構えて唸り出す。そしてさらに数秒後、淡く輝く球大きな体が少し離れたところに現れた。

 

『…』

 

 対して球体は何の動きもない。しかし、アラガミ化して本能や感覚、直感が研ぎ澄まされている為か、この淡く輝く球体からは途方もない力をハッキリと感じ取る。

 

「ガルゥァア!!」

 

 だが今のユウキは理性を失っている状態だ。淡く輝く球体を『喰って』自らの力に取り込もうと言う本能に従い、ユウキは球体に向かって突っ込む。

 

  『ガァンッ!!』

 

 右手の爪で切りかかるが、ユウキが球体に攻撃するよりも先に、爪が見えないバリアの様なものに防がれてしまった。

 

「ガッ?!」

 

 攻撃を防がれて一瞬隙が出来る。その間に突然強い衝撃波の様なものを受け、ユウキは吹っ飛ばされた。

 その後、空中で体勢を整えると、ユウキは右腕を振り上げながら球体に向かって猛スピードで滑空する。

 

『愚かな…』

 

「グゥラァアッ!!」

 

 再度右腕を振り下ろす。

 

  『ガシャァンッ!!』

 

 今度はガラスが割れる様な音と共にバリアを突破する。そしてその先、謎の球体に右手が触れる。

 

「ッ?!」

 

 その瞬間、ユウキの意識は一瞬飛んでしまった。その間に、ドロドロに溶けた地表、すべてを飲み込む様な大雨、海が出来て時が経ち生物が誕生、全てが凍る氷河期、恐竜の誕生と絶滅、人の誕生と進化、村、地域、国が出来上がり、血で血を洗う戦争、この中で現れた一騎当千の英雄達、神の声を聞く聖人達、神と呼ばれた人間、そして彼らの最後、工業により急速に発展する社会、その代償に失った環境、そんな中でも平穏に流れる日々、そしてアラガミが現れ、死に行きながらも生き抜く人々、フェンリルによる統治、一人の赤ん坊が研究施設カプセル内で意識の無いまま無理矢理生かされ、現在に至る。

 世界中のあらゆる過去と事象が感応現象を通じてユウキの頭の中で一瞬のうちに再生される。

 そして感応現象によるイメージの再生が終わると同時に、またユウキは衝撃波で吹っ飛ばされる。今度は受け身を取れずに背中から落ち、そこから一度バウンドしてうつ伏せに倒れて動かなくなった。

 

『驚いたな…儂の記憶を覗くとは…』

 

 球体は自らに触れた事もそうだが、記憶を覗き見た事に純粋に驚いていた。そしてその後、ピクリとユウキが動き、両腕を動かして立ち上がろうとするがうまく身体が動かない。

 

「グッ…ゥ"ゥ"ヴ…」

 

『どうやら無事では済まなかったようだな。まあ儂の記憶を受け止めれば当然か…』

 

 立ち上がろうとしてもうまくいかずにまた倒れる。アラガミ化したユウキが両手両足をノロノロと動かしている姿を見た謎の球体は当然の結果だと一人納得する。その間に、ユウキは覚束ない足取りで何とか立ち上がり、謎の球体を睨み付ける。

 

『…おもしろい。』

 

 そんなユウキの姿と『目』を見た球体はユウキに興味を持ち、ある考えが廻った。

 

『目覚めた貴様が何を成すのか…じっくりと見せてもらう。』

 

 すると謎の球体の光が少しずつ強くなり辺りを照らし始める。ユウキは次第にその光に呑まれていった。

 

「グァアアアァァァ…」

 

 光に呑まれたユウキが叫び声を上げる。そして光が収まった後、そこにユウキはもう居なかった。

 

『さて、吉と出るか凶と出るか…期待しているぞ。境界の子(イレギュラー)…』

 

 -ラボラトリ-

 

 端末を操作しながら、ペイラーはディスプレイに表示されているグラフや資料を眺めていた。

 

(そう言う事だったのか…)

 

 そしてユウキの生体サンプルの解析が終わり、ユウキに起きた変化にペイラーなりに結論が出た。

 

(ユウキ君には通常神機使いに投与されるP53偏食因子とは別の偏食因子が血中に流れている。これがユウキ君の適合率の異常やアラガミ化の進行に大きな影響を与えていたのか…)

 

 サンプル解析の結果、ユウキには神機使いに使用されるP53偏食因子以外の偏食因子が血中に含まれていた事が分かった。ペイラーはこの結果を見て、顎に手を当てて考え込む仕草をする。

 

(捕食能力を持った偏食因子…これによって他の偏食因子を取り込み、増殖する…この特性のお陰で時間はかかるが偏食傾向を完全に書き換える事も出来る。ユーリ君の神機が後から使えるようになったのは腕輪や触手を介して神機の偏食因子を書き換え、ユウキ君に適合させていたみたいだね。)

 

 ユウキ特有の偏食因子を調べると、偏食因子そのものに捕食能力がある事が分かった。そこでペイラーはかつてユウキに見せた、ユウキとユーリの神機との適合率の推移を示したグラフを見直す。グラフと偏食因子の特徴から、ユウキがユーリの神機を使えたのは、ユーリの神機の偏食因子を書き換えたからだと結論を出す。

 

(血中のP53偏食因子を投与しても彼の偏食因子が喰ってしまう。彼と神機との適合率が安定しなかったのはこの為だろうね。表面上ではP53偏食因子との違いがそれくらいしかなかったから発見が遅れたが…)

 

 続いてペイラーはユウキとユウキが元々使っていた神機の適合率のグラフに切り替える。適合当初から大きく増減し、安定しなかったユウキと神機の適合率、この理由もユウキに投与されたP53偏食因子が新しい偏食因子に喰われたからだと考えた。

 しかし、その考察だと疑問が一つ残る事になる。

 

(何よりこの偏食因子、本来は細胞核内に格納されていたみたいだね。宿主であるユウキ君が複数の偏食因子を取り込んだ事で、それらを排除しようとしたのか、後から血中に流れる様に因子製造プロセスが変化している。ただ、偏食因子が格納されていた核が…オラクル細胞と同一の核だとはね。)

 

 続いてユウキの細胞から得た解析結果を表示する。そこにはヒトならばあり得ない、細胞核内に核がもう1つ…しかもオラクル細胞の核が存在していると示すデータが映し出されていた。

 

(ヒトのDNAは細胞核内に格納されている。オラクル細胞も単細胞生物と同様、細胞核に塩基配列が存在している。そしてユウキ君の場合、核の中に超圧縮されたオラクル細胞の核が格納されている…)

 

 事実上、ヒトのDNAとオラクル細胞の塩基配列、その2つが共存している…これが今まで知られていなかったユウキ君の特異な体質であり、何かしらの理由で、神機使いになる前からこの特異な偏食因子を持っていた為に、適合率が安定しない理由だとペイラーは結論付けた。

 

(まさか細胞内に2つの核があるだなんて思いもしなかったよ…お陰で見逃してしまっていた。)

 

 通常、ヒトのDNAを取り出す際、遠心分離機を使う事があるが、神機の適合試験の際、ユウキのDNAを調べる時もこの方法を取った。しかし、オラクル細胞の核はDNAと繋がっている訳でもないのでそのまま見逃していた。

 

(ユウキ君のアラガミ化…それはもしかしたら、複数の神機を使った事で起きたアラガミ化に対する自浄作用だったかも知れないね…)

 

 体内に増えた異物とも言える偏食因子…それらを全て喰らい、クリーンな状態にしようとした。その結果自身の細胞が活性化してアラガミ化が大きく進行したと言うのがペイラーの仮説だった。

 

(取り敢えず『P16偏食因子』と名付けたが…)

 

 アラガミ化しつつある細胞を攻撃し、正常なものに戻す…ヒトが本来持っている異常な細胞の増殖を防ぐ働きと似通った性質からユウキの持つ偏食因子に名前をつける。

 

(まさか、このP16偏食因子を利用したアラガミ殲滅計画があったなんてね…)

 

 ペイラーは今までの見ていたものとは別のディスプレイに目を移す。

 

 『Relief by victim project』

 

(通称RVプロジェクト…意訳すると犠牲者による救済か…結局計画の内容は殆ど分からなかったけど、まともな計画ではないだろうね。)

 

 映し出された文字を読み、大きくため息をつく。

 

(それにしても人とアラガミ、2つの遺伝子を完璧な形で保持している。これではまるで…)

 

  『ピリリリリリッ!!』

 

 ユウキの正体について考察していると、ペイラーの端末にユウキの捜索に出ていた第一部隊から通信が入る。

 

「はい。」

 

『…俺だ。』

 

 一瞬のノイズの後電話が繋がり、聞き覚えのある声が聞こえてきた。通話の相手はソーマのようだ。

 

「ソーマ?何かあったのかい?」

 

 捜索中の電話…何か嫌な予感がしつつもそれを振り払い、ペイラーはソーマに要件を尋ねる。

 

『ユウが…消えた。』

 

「き、消えた…?どういう事だい?」

 

 ソーマの言っている事が理解出来ず、ペイラーは戸惑いながらどういう事か聞き返す。

 

『エイジスで光の柱に飲まれて…光が消えたらそこにはもうユウはいなかった…』

 

「い、言っている事の意味がよく分からないよソーマ?」

 

『すまない、現実では起こり得ない様な事が起きて…まだ混乱している。』

 

 ソーマから当時の状況を聞いたが、突拍子の無い事ばかりだったので、ペイラーはますます混乱した。

 

『とにかく、帰ってから状況を説明する。ただ、こっちも色々とありすぎて何から説明したらいいか…』

 

「そう…か…分かったよ。」

 

 状況の整理も込めて、取り敢えずソーマ達は極東支部に戻る事にペイラーに伝える。

 

『それから、アリサなんだが…』

 

「アリサが…どうかしたのかい?」

 

 ここに来てアリサの話が出た…これまた嫌な予感がして、ペイラーは恐る恐るソーマに尋ねる。

 

『…いや、これも帰ってから話す。別に怪我とかではないんだが…たぶん、直接見た方が早い。医務室の準備だけしておいてくれ。』

 

「…分かった。」

 

 少し間を置いた後、ソーマが医務室の準備を頼むと話を切り上げる。ペイラーも了承すると、そのまま通話は切れた。

 

(間に合わなかった…か…)

 

 ペイラーは大きなため息をつきながら肘をついて俯き、心の内で大きく落胆する。傍らのディスプレイにはアラガミ化の制御理論で研究した、未整理の実験データが映し出されていた。

 

To be continued




後書き
 最近食っても食っても満腹感が得られない私です。色々と不思議な存在が現れたりして意味不明なままリザレクション編が終わりました。…最後がこんなんでいいのだろうか?
 ペイラーが『P16偏食因子』やらヒトとアラガミの遺伝子を持つなど、ユウキの正体に気がついたみたいですがその話はまた後々…
 バイオ工学難しいわぁ…下にクロウの設定紹介を載せます。

クロウ(人形)

 シユウを喰った事で人の姿へと進化を果たした。黒をベースにした配色は相変わらずで、長くなった腕から翼が生えて飛び回り、人と変わらぬ顔になり表情が現れ、喋れる様になった。
 シユウと同様掌からオラクル弾を放ち、着弾地点に協力な爆発を起こす。中型種のシユウよりは少し小さくなり、鳥形よりも小回りが利く様になって、複雑な軌道で飛び回るなどトリッキーな戦い方も出来るようになる。
 飛行能力で素早く接近し、両手足の爪で敵を切り裂く奇襲が得意。気付かれても弾速の速いオラクル弾で敵を当てて吹っ飛ばす事も可能。
 何故かアラガミ化したユウキはクロウと同じ顔になっていた。
 髪型のイメージはスーパーサイヤ人3です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after3 英雄の居ない世界

R編後日談ですがなんかもう色々と危ないです。


  -1カ月後、ユウキの部屋-

 

 ユウキが超現象の果てに、エイジスから消えて1ヵ月が経った。そんな中、極東支部内、ユウキの部屋では…

 

「アハハ…それはなかなか大変でしたね。」

 

 元々医務室のベッドで寝かされていたアリサがユウキのベッドに座って談笑していた。

 

「はい…フフッ!!そうなんですよ。あのときのコウタが可笑しくて…」

 

 アリサは手を口元に当てて楽しげに、そして上品に笑う。ただし、アリサの目の焦点は合っておらず、誰も居ない空間に向かって話しかけていた。

 

「…」

 

「…色々と手を尽くしたが…」

 

「重症ですね…」

 

 アリサの治療や様子見に来ていたソーマ、ツバキ、ルミコがため息をつく。

元々は病室で治療を受ける予定だったアリサだが、目が覚めると同時にユウキの部屋に入り浸り、空虚に向かって話しかけ始めたのだ。

 そんな状態が1ヵ月続き、どうにかアリサを正気に戻そうと、ツバキとルミコが手を打ったがどれも空振りに終わり、今に至るのだった。

 

「あ、そう言えば配給で珍しくクッキー入ってたんですよ。ユウ、甘いもの好きでしたよね?食べますか?」

 

 そう言ってアリサは脇に置いてあった箱を開ける。その中から薄茶色のチョコクッキーを1つ取り上げる。

 

「はい、あーん…美味しいですか?」

 

 アリサが何もない所にクッキーを持っていき、指を放しすとクッキーがベッドの上に落ちる。しかし、アリサはまるで目の前でユウキがクッキーを食べているかのように、感想を聞いている。

 

「まだありますから、沢山食べてくださいね。」

 

 そう言ってアリサはまたクッキーを摘まんで、ユウキが居ると思わしき場所にクッキーを運んだ。

 

「…どうにか出来ないですか?ルミコ先生?」

 

「原因は分かってる。ユウキ君が目の前で消えた事…止められる状況だったのに止められなかった事…それがきっかけで現実を受け入れられなくなって妄想に逃避したってところなんだけど…」

 

 ユウキが消えて以来、アリサはユウキに想いを告げて恋人同士になった妄想の世界に逃げ込んでいた。甲斐甲斐しく惚れた男の世話をする姿はとても幸せそうだ。

 ただし、空虚に話しかけている事と焦点の合ってない目のせいで端から見るととても不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「ユウキを連れてくる事が出来れば…手っ取り早いんだがな…」

 

「…」

 

「ソーマ?」

 

 ユウキは生きている、それを証明して正確にアリサに伝えられれば正気に戻るかも知れないと思ったが、その最有力となるユウキ本人をアリサに会わせる方法が取れないとなると、どんな方法であっても正確性に欠ける。

 どうすればアリサを正気に戻せるのか考えていると、徐にソーマがイラついた様子でアリサの元へと歩いていく。

 

  『バシッ!!』

 

 するとアリサの手を叩いてクッキーを叩き落とした。

 

「「ッ?!」」

 

「な、何するんですかソーマッ!!ユウが食べてるのに!!」

 

「いい加減現実を見ろ!!!!」

 

 ソーマの予想外の行動にツバキとルミコは固まり、アリサは怒り狂うが、それを上回る勢いでソーマが怒鳴る。

 

「アイツが居なくなってから1ヵ月経ってるんたぞ!!!!いつまで妄想に逃げている気だ!!!!」

 

「バカな事言わないでくださいっ!!!!ユウはずっと私の隣に…あれ?」

 

 ソーマはユウキの居ない現実を受け止めずに逃げ続けるアリサを見て苛立ちを抑えきれなくなり現実を突きつける。しかしアリサはそんなはずないと逆上し、ユウキが居たはずの場所を見る。

 

「あ、あれ?ユウ…?どこ?ねぇ?」

 

 辺りを見渡してもユウキは居ない。アリサはその事を理解するとエイジスでの事を思い出した。

 

「あぁぁあぁあぁああああぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「アリサ!!」

 

「軽率だぞソーマ!!」

 

 ユウキを連れ戻せなかったどころか行方不明になった事を思い出してアリサはベッドに顔を伏せ、大声で泣きだした。

 ルミコはアリサを落ち着かせようと声をかけ、ツバキは短絡的な行動を取ったソーマを叱責する。

 

「…クソッ!!」

 

 ばつが悪くなり、ソーマは思わず踵を返してユウキの部屋から出ていった。

 

 -神機保管庫-

 

 技術班が任務から戻ってきた神機の整備をしていると、作業中の技術班員がリッカに話しかける。

 

「リッカさん、ここの調整なんすけど…ちょっ?!リッカさんストップストップ!!」

 

「ひゃっ?!えっ?!何?!」

 

 突然大きな声で呼ばれ、リッカは驚いてすっとんきょうな声をあげる。

 

「マニピュレータが高速モードのままですよ!!そのまま作業したら機材も神機も壊れますよ!!」

 

「あ…うん、そうだね…ごめん…」

 

 自分の不注意で部材や機材もだが自身も危うく怪我をするところだった。危険な行動をして周りに心配をかけた事をリッカは素直に謝る。

 

「やっぱりまだ出るべきじゃありません。もう少し気持ちを落ち着けてから戻って来てください。」

 

「でも…仕事回らない…」

 

 ユウキが消えてからと言うもの、その事を忘れようと仕事に没頭しているようで上の空のままなリッカを見た整備士はリッカにもう少し休む様に伝える。

 しかしリッカは自分も仕事をしないと神機の整備が追い付かないと弱々しい声で反対する。

 

「今の貴女を見ているとその内怪我しそうで心配ですよ。仕事なら俺達が何とかしますから、落ち着いたら戻って来てください。」

 

「…うん…ごめんね。」

 

 少し悩んだ後、リッカは整備士の言う通り、少し気持ちを落ち着ける為に休むことにし、仕事を任せて自室に戻っていった。

 

 -エントランス-

 

 人も疎らになってきたエントランス、カウンターにはいつもの様にヒバリが立っており、珍しくその側にはゲンも居た。そして任務から戻ってきた第二部隊がヒバリの元へ報告に来た。

 

「ヒバリちゃん、戻ったよ。」

 

「あ、タツミさん、お帰りなさい。」

 

 タツミはいつもの口調、いつもの表情でヒバリに話しかける。これにヒバリもいつもの様に返事をするが、どちらも声の雰囲気にいつもの勢いや明るさは無く、何処か沈んだ雰囲気だった。

 

「…その様子じゃあ見つからなかったみたいだな。」

 

「…すいません。俺達の力が及ばず…」

 

「ああ、悪い。責めたつもりはなかったんだけどな。」

 

 ゲンが第二部隊の様子からユウキが見つからなかったのだろうと察すると、ブレンダンは申し訳なさそうな顔になる。

 

「そうですよ。ユウキさんが居なくなってから未だ手がかりになるものが一切ないんですから。見つからなくても仕方ないですよ。」

 

「…先輩、もう帰ってこないなんてこと…ないですよね?」

 

 ユウキが消えてからの1ヶ月、手がかりとなるものが何一つ無いままだった。そんな状況では見つからないのも無理は無いとヒバリは第二部隊を励ます。しかし、アネットは1ヵ月も見つからない現状に不安を覚えて思わず最悪の可能性を口にしてしまった。

 

「ユウキさんの捜索、もっと長く広い範囲で続けた方がいいしょうか?」

 

「難しいだろうな。防衛班があまり長いこと抜けると外部居住区の守りも薄くなる。広範囲捜索は比較的自由な第一部隊に任せるしかない。」

 

「私のワガママなのかも知れないですけど、まだ…ユウキさんに何もお返し出来ていないんです。何が何でも…捜しだしてみせます。」

 

「そうだな。俺もアイツには恩がある。必ず見つけよう。」

 

 捜索のかいなく、未だに痕跡も見つかっていないが、カノンとブレンダンはユウキの捜索に意欲を見せ、タツミも大きく頷いた。

 

「…でも、先輩が見つかったとしても…皆に酷いこと言われて、今のアナグラに…戻って来てくれるでしょうか?」

 

「可能性は…低い…と思います。」

 

「「「…」」」

 

 しかしアネットはユウキが出ていくきっかけなった騒動を思い出す。戻って来ても身内から殺意を向けられるのでは戻って来たくなどないだろう。深く考える必要もない問いに、ヒバリが当然の答えを返すと周りは言葉を返す事が出来なかった。

 

 -食堂-

 

 第三部隊のうち、ジーナとフェデリコは任務を終えて昼食を食べていた。しかしユウキがどうしているのか気がかりで、あまり食事は進んでいなかった。

 

「先輩、どうしてるでしょうか…?」

 

「あの子強いから、大丈夫だと思いたいけど…アラガミ化も抱えてるとなると…」

 

 『生存の可能性は限りなく0に近い』その事実をジーナは口にする事はなかった。そんな中、いつもの様にシュンとカレルのコンビが席につき、続いてもう1人の神機使いも同じ席について話し始める。

 

「あのバケモノが消えてひと月か…毎日毎日捜索捜索、支部長代理もめんどくさい仕事ばっかり押し付けやがって…」

 

「大した報酬も無いのもな…自分から出ていったやつの捜索なんて無駄だってのによ。」

 

「ま、でもこのまま見つからなければ身内に殺されるなんてこともなくて良いじゃないの?」

 

 口々にユウキが居なくなって仕事が面倒になった事への文句や自分達が暴走したユウキに殺される可能性がなくなって安心したと話している。

 それを聞いたフェデリコは頭に血が上り、怒りに任せて勢いよく立ち上がる。

 

「いい加減にしてくださいよ!!!!」

 

「「「ッ?!」」」

 

 突然怒鳴られ、シュン達は驚いてフェデリコの方を向いた。

 

「先輩が出ていったのはアンタ達が先輩を追い詰めたからだろうでしょう!!」

 

「知るかよそんな事!!あのバケモノが勝手に出ていっただけだろうが!!」

 

「ならシュンのせいだな!!元々お前の一言が原因なんだからよ!!」

 

「…ッ!!」

 

 シュンは出ていったユウキの自己責任、そして別の神機を使いは過去にユウキを殺せと言ったにも関わらず、きっかけは自分じゃない、だから自分には関係ない、自分は悪くないと全ての責任をシュンに押し付け、ユウキを追い詰めた事から逃げる言葉を聞いて遂にフェデリコがキレた。

 

「アンタだって先輩を殺せって息巻いてたじゃないですか!!アンタのせいでもあるだぞ!!」

 

「うるさいな。稼ぎが増えるんだから別に良いじゃないか…」

 

 しかしカレルはいつもの様にあくまでも金にしか感心がない。良くも悪くもドライな態度がよりフェデリコの神経を逆撫でした。

 

「ふざけるな!!!!」

 

「止めなさいフェデリコ!!」

 

 フェデリコが殴りかかる勢いでシュン達に詰め寄る。それをジーナが間に割って入り止めようとするが、フェデリコはそれを押し退けてでも殴ろうとするので、ジーナはフェデリコを抑えるのに必死になっていた。

 

 -外部居住区外-

 

 リンドウ、サクヤ、コウタの3人は作戦領域とは別の場所、だだっ広い荒野でアラガミを倒していた。

 

「よし、この辺のアラガミは片付いたな。」

 

 そう言ってリンドウは辺りにアラガミが居ない事を確認して神機に変形させた右腕を元に戻す。

 そして数秒程辺りを見回して確認していると、リンドウの端末に通信が入っていきた。

 

『お疲れ様。いや、まだ早いかな?』

 

 リンドウが電話を取ると、端末越しにペイラーの声が聞こえてきた。

 

「そうですね。むしろ本命の仕事はこれからですから。」

 

『…彼が消息を絶ってから1ヵ月、1度もビーコンに反応がなかった。生きていても、もう周辺には居ないかも知れない。これからはもっと広範囲な捜索に切り替えないといけないね。他の部隊が未だ混乱している状態では、君たちに捜索を任せるしかない。負担をかけてばかりで悪いけど…』

 

「いいですよ。これも仕事のうちですから。それに、個人的にもまだアイツに返せてないデッカイ借りがあるんでね。」

 

 エイジスでの一件から1ヵ月経ったが情報は何もない。そのせいか捜索を諦める者、ユウキの事を忘れて仕事に没頭する者、厄介者が居なくなって喜ぶ者、未だにショックから立ち上がれぬ者…反応は人それぞれだが、支部内の統率が乱れているのは間違いない。その混乱の中、捜索に時間を割け、自由に動けるるのは第一部隊だけだ。

 反応さえ無いとなると支部や作戦領域付近に居ないのは間違いない。そうなると今まで目を向けなかった様な場所を直接捜索するしかないが、第一部隊以外が自由に動けないとなると、人手が足りないまま広範を囲捜索するしかない。

 このままでは第一部隊の負担は計り知れないだろう。しかしかつてアラガミ化から救いだしてもらった事もあり、リンドウは難しい捜索でも快諾する。

 

『…すまないね。何か反応があれば追って伝えるよ。それじゃあ、よろしく頼むよ。』

 

 『ブツッ!!』と言う音と共に通話が終了する。リンドウは端末を片付けるとサクヤとコウタの方を向いて今後の指示を出す。

 

「よし、この辺りの捜索、始めるか。」

 

「ええ、行きましょう。」

 

「…」

 

 リンドウがユウキの捜索を始めると指示を出す。サクヤは頷きながら返事をするが、コウタからは返事がなかった。どうしたのかと思い見てみると、俯いて何かを考え込んでいる様子だった。

 

「どうした?コウタ。」

 

「あ、いや…あいつ、いっつもバカみたいに飯食ってたじゃないですか?だからその、腹…空かせて待ってるんじゃないかなって。」

 

「…」

 

 ユウキはとにかくよく食べる。それだけ自身の代謝が良く、エネルギーを消費すると言うことだ。しかし、言い方を変えれば食事が満足に取れない状態が数日続くだけで命の危機に陥ると言うことでもある。

 外部居住区の更に外となると、もしかしたら何処かで飢え死にしているのではないかとコウタは不安に思っていたのだ。

 それを聞き、サクヤは考えないようにしていた最悪の事態も、もう考えて動かないといけないと思い、憂鬱になって黙ってしまった。

 

「…とにかく捜そう。何をするにしても、まずはアイツを見つけないとな。」

 

「…そうですね。」

 

 リンドウがユウキを捜すように促す。コウタは頷いて捜索に気持ちを切り替える。

 

「よし、見つけたら説教の後にまた皆で飯でも食おうか。」

 

 しかし、同じような不安を持っているのはリンドウも同じだった。表面的にはいつもの様にお気楽な雰囲気で捜索を始めるが、このまま見つからないのものではないかと言う可能性が何度も頭を過る。それを振り払う様に小さく頭を横に振って歩きだした。

 

  -ソーマの部屋-

 

 ユウキの部屋を出ていったソーマは自室に戻り、イラついているのを表しているかのように、ズカズカと乱暴な歩調で歩き、ドカッと勢いよくソファーに座る。そして目の前のテーブルに目を向けると、アラガミ化を制御するために研究した未完成の研究レポートの束が目に映る。ソーマはそのレポートを手に取り眺める。

 

「クソッ!!!!」

 

  『バサッ!!』

 

 レポートを読んでいるうちにまた、研究が間に合わなかった事を思い出して表情を歪める。そして腹立たしい現実への鬱憤を吐き出す様に、ソーマはレポートを思いっきり地面に投げて叩き付ける。

 

(まただ…)

 

 ソーマは肘をついて俯き、かつて自身が死神と呼ばれていた時の事を思い出していた。

 

(また…仲間を守れなかった…っ!!)

 

 死神と呼ばれた自分を普通の人間として接し、他者との確執を取り払うきっかけとなった友を助ける事が出来ずに喪った。目の前居たのに連れ戻せなかった事が、結局死神と呼ばれていた時から何も変わってないのだと言われている様な気がして余計にイライラする。

 

「チクショウ…ッ!!」

 

 出来ることならアリサの様に、ユウキが生きている架空の世界に逃げ込みたい。しかしそんな事をしてもユウキが帰ってくるわけでもないのだが、この1ヵ月の捜索で手がかり1つ見つからないのでは、ユウキの死と言う現実も受け入れざるをえない。

 信じたくない現実を受け入れなければならない、そんな現実に苛立ちを覚えてソーマは表情を歪ませた。

 

Next Part 91




後書き
 リザレクション編完結です。リザレクション『復活』の名の通り、『ノヴァ』以外にも色んなものが復活したり復活フラグを立てたりしたオリジナル要素ですが色々とグダグダな展開になる要因になってしまった気が…
 R編を読んで貰えば分かるかも知れませんが『東京喰種』にハマった事もあって少し展開を参考にしています。この章もアニメ1期のop『unravel』をイメージして書いていました。(ただ面白くなっているかは自信がありませんが…)
 次章以降は基本完全にオリジナルになるので、胸糞展開やグロ展開もバンバン増えていきますので、これからも読んでやるよと言う寛容な方はお気をつけください。
 下でオリキャラの紹介や用語紹介となります。興味の無い方はスルーしてください。

Norn -登場人物-

  神裂ユウキ

使用神機
右手:
 刀身:雷炎刀
 銃身:アルバレスト極
 装甲:剛汎用シールド極

左手:
 刀身:氷神刀
 銃身:サイレントクライ極
 装甲:ティアストーン極

 攻撃が通じないヴァジュラ変異種との戦闘でユーリの神機を使用し、以降は不安定ながら2つの神機を使用できるようになる。
 その際、神機との適合率が100%を越えた者『ブレイカー』へと成長、より神機を自由に使える力『ブレイクアーツ』が使用できる様になる。
 しかしその代償にリンドウの神機の時と合わせて複数の偏食因子を取り込んだ事でアラガミ化が再発、漏斗型の抗体持ちにも関わらず、かなり早くアラガミ化が進行した。最後にはクロウに敗北後、生き抜く為には人のままでは生き残れないと悟り、自ら黒く鋭い鉤爪の四肢にボリュームのある長い白髪に頭と背中に黒い翼の生えたアラガミへと変貌する。
 その直前、エイジスで光の柱にのまれて消える超現象に巻き込まれ、M.I.A認定された。

Norn -用語-

  P16偏食因子

 偏食因子そのものが捕食能力をもつ偏食因子。特に偏食因子を好んで捕食する。偏食因子を捕食した場合は他の偏食因子を取り込んで増殖する。これによって偏食傾向を書き換える事ができる。ユウキに適合していない神機が後に適合したのはことため。
 元々はユウキが神機使いになるよりも以前からユウキの細胞核に宿っていたもので、ユウキが多数の偏食因子を取り込んだ事で、自浄のために偏食因子の生成過程が血中に流すものに変化している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶喪失編
mission91 正体不明


純度100%のオリジナル章です。この先ご注意ください。


  -贖罪の街-

 

 2072年4月10日、教会を中心とした旧市街地では、立派な髭を生やした人の顔を持ち、獅子の身体、背中のマントの下から赤い翼状の刃物が飛び出した黒いアラガミ『ディアウス・ピター』と、極東支部所属の第一部隊が戦っていた。

 

「いっけぇ!!」

 

 コウタがオラクル弾を撃つ。ディアウス・ピターはそれを右に飛んで避けるが、今度は避けた先の足元に、サクヤが撃った狙撃弾が飛んで来て、ディアウス・ピターは思わず後ろに下がってしまう。

 

「そこっ!!」

 

 しかしディアウス・ピターがどう避けるか予測していたので、サクヤはすぐさま狙いを変えて、ディアウス・ピターの左目を撃ち抜く。

 

  『ガァァァッ?!』

 

「オラオラァ!!」

 

 ディアウス・ピターは突然のダメージに大きく仰け反り、その間にコウタが爆破弾を連続で撃ち込む。するとディアウス・ピターは先のダメージと爆破弾の爆風に圧されて完全に動きを止める。

 

「リンドウ!!」

 

「今だっ!!ソーマ!!」

 

 サクヤとコウタがリンドウとソーマにとどめのチャンスが来た事を伝えるべく、2人の名を叫ぶ。

 

「うぉぉぉぉぉおお!!」

 

「おぉぉぉぉぁぉあ!!」

 

 リンドウとソーマが神機を振り下ろす。するとディアウス・ピターはV字に切り裂かれて絶命した。

 

  -エントランス-

 

 任務を終えた第一部隊が極東支部に帰ってくる。神機を預けた後、エントランスにやってきた。

 

「それじゃあリンドウ、後はお願いね。」

 

「わぁってるって。」

 

 サクヤが任務後の報告書をリンドウに任せると伝えると、リンドウは頭を掻いてヒバリの元に向かう。

 

「それじゃあリンドウさん、お疲れっす。」

 

「おう、しっかり休めよ。」

 

「…」

 

 コウタが労いの言葉をかけると、階段を降りながらリンドウが右手をヒラヒラと振って返す。ソーマは特に何も言わないまま、リンドウが下階に降りるのを確認すると解散になり、各自好きなように移動し始めた。

 

「お疲れ様です。特に何も問題はなかったみたいですね。」

 

「ああ、何も…な。」

 

「…」

 

 リンドウの声が小さくなり、表情も少し暗くなる。リンドウの言う『何もない』がどういう意味なのか、ヒバリが今回の任務でもユウキは見つからなかったと察した。

 

「それじゃあ、報告書です。いつもの様にツバキさんに提出、お願いしますね。」

 

「了解。」

 

 リンドウはヒバリから報告書を受け取る。そしてその後エレベーターで自室に向かった。

 

  -ラボラトリ-

 

 自室で報告書を書き終えたリンドウがツバキを探して歩き回る。役員区画、エントランス、神機保管庫、訓練室、挙げ句第ニ、第三部隊の自室に聞きに行ったが、ツバキは見つからなかった。

 大方見て回ったが何処にも居ない。何処に行ったのやらと思っていると、まだラボラトリに行ってない事を思い出した。

 『最近いくことがなくなったせいですっかり忘れていたな』と考えながら、リンドウはペイラーの研究室に入る。

 

「すいませーん、姉上いますかぁー?」

 

 いつもの様にどこか暢気で気の抜ける口調でリンドウが部屋に入るなりにツバキを呼ぶ。

 それを聞いたツバキは頭が痛いとでも言いたげに右側のこめかみ辺りに右手を添える。

 

「リンドウ…部屋に入る前に合図くらいしろ。それから何度も言っているだろう。ここでは姉上と呼ぶな。」

 

「失礼しました。」

 

 口では謝っているが反省の色が見えないリンドウ、その様子を見てため息をつくツバキ…何度も繰り返されたやり取りをいつも通りに終わらせ、ツバキはリンドウの要件を聞く事にした。

 

「で?何の用だ?」

 

「いや、いつもの様に任務の報告書を持ってきただけですよ。」

 

 そう言うとリンドウはツバキに報告書を手渡す。

 

「どうやら、いつも通りのようだな。」

 

「ええ、いつも通りです。」

 

 2人の『いつも通り』というその言葉の意味を察したペイラーは、背凭れに背中を預けて、大きくため息をついた。

 

「彼が居なくなってもう1年か…早いものだね。」

 

「…そう、ですね。」

 

「…」

 

 ユウキがエイジスから消えて1年が経った。しかし、その間に何の手がかりも得られなかった。こんな状態では少しずつユウキが生きていると信じる者は減っていき、最終的に極東支部での捜索は打ち切られる事となった。

 後は未だにユウキの生存を信じる第一部隊とその他のごく僅かな神機使いが、任務の片手間に捜索する程度となっていた。

 これで良かったのかと皆が後悔しながら考え、黙り込んでしまう。その空気に耐えられず、リンドウは『それじゃあ、俺はこれで…』と言って出ていった。

 そしてエレベーターに乗り込み、エントランスに向かう途中、支部内に居るであろう人物に会ってない事を思い出した。

 

(…ん?そう言えば、アリサを見なかったな。自室にも居なかったし…)

 

 エレベーターの中で、ツバキの居場所を探している時に、アリサの部屋にも聞きに行ったが、部屋の主は居なかった。ここ最近になってようやく任務に出られる様になったが、まだまともに戦える状態ではない。

 任務に行く際はリンドウかサクヤに必ず許可を取るようにしているため、その報告が来ていないとなると、少なくとも任務には出ていない。ならば支部内に居る可能性が高いのだが一向に見つからなかった。

 

(…また…か?)

 

 1つ思い当たる節がある。危険だから何度も止める様に言ったのだが収まる気配はあまり感じられない。すぐにでもヒバリにビーコンを追ってもらおうかと考えているとエレベーターが開いた。

 

「あれ?リンドウさんじゃないっすか?」

 

 エレベーターが開くとほぼ同時に、2週間前に転属となった神機使い『真壁ハルオミ』が立っていた。

 

「え?ああ、ハルオミか。なあ、アリサ見てないか?」

 

「アリサ?さっきエレベーターで下に降りたのは見ましたよ。」

 

 アリサの所在について考えていたため、リンドウは遅れて返事をする。『どうせならついでに』と言った軽い気持ちで、リンドウはアリサの居場所についてハルオミに聞いてみると、リンドウにとって予想通りの返事が来たので、この後のどうするかが決まった。

 

「あーそうか、分かった。」

 

「?」

 

 来たばかりのハルオミは事態の状況を把握しきれていない様だった。リンドウは1度エレベーターを降りて、入れ替わりでハルオミが乗り込む。

 

(一応招集かけるか…)

 

 帰ってきたばかりだが、リンドウは第一部隊を集める事にする。そしてヒバリに連絡を取ってもらうため、ミッションカウンターに向かった。

 

  -エイジス-

 

 リンドウ達が再度集まり、出撃てからしばらくした後、少し不健康な痩せ方をして艶のない銀髪になってしまったアリサが管制塔の頂上をフラフラと歩いていた。

 

「…あっ?」

 

 ボンヤリとしたまま歩いていたが、ここに来てふと我に帰る。そして辺りの景色を見て、ここが極東支部ではない事が分かった。

 

(また、来てた…)

 

 こんな事があったのは今回が初めてではない。特にする事がない状態だと何かを考える訳でもなく、フラフラとエイジスに足を運ぶ。そんな事をもう何度もやっている。

 

(忘れようと思っても…全然、忘れられないですね…)

 

 ユウキの事を忘れようとすると、ユウキの事を考えて最後に別れたこの地へと無意識に来てしまう。アーク計画の一件から立ち直れたと思っていたが、結局ユウキにおんぶに抱っこだったのだと自嘲する。

 実際、ユウキはもう居ないと言われてから半年は、ユウキの部屋に引きこもり、廃人の様に無気力になっていたのだ。そこから外に出てツバキやヒバリの雑務を手伝えるようになったのが数ヶ月前、小型種のアラガミ討伐に出られるようになったのは数週間前とごく最近の事だ。

 外に出る様になってから、時折ユウキの事を考えてはフラフラと神機も持たずにエイジスに行ってしまうが、これでもかなり立ち直ってきたと言うのが他者からの見方である事をアリサは知らない。

 そんな事を考えてしばらく経った後、数人の足音が聞こえてきた。

 

「よう、アリサ。」

 

「リンドウさん…皆…」

 

 声をかけられて振り替えると、そこにはリンドウ、サクヤ、ソーマ、コウタが居た。

 

「その様子なら、怪我とかも心配ないみたいね。」

 

「来るのはいいけど、神機くらいは持って行きなよ。」

 

「…帰るぞ。」

 

 サクヤ、コウタ、ソーマがそれぞれアリサに声をかける。三者三様、かける言葉は違うが、皆アリサの事を心配している様だった。

 しかし、それを聞いたアリサは『また心配をかけてしまった』と少し表情が暗くなって、第一部隊から顔を背ける。

 

「…ダメですね、私…ユウその事、忘れなきゃって…思うんですけど…忘れようとすればするほど…会いたくなって…」

 

 アリサは顔を背けたまま下を見る。『ユウキの事を忘れて歩き出さないと…』と思うのだが、そうすると余計に会いたくなる。未だに最初の一歩さえ踏み出せていない現実に、アリサは自嘲するように笑う。

 

「無理に忘れる必要はないわ。」

 

 そう言ってサクヤはアリサの元に歩み寄る。

 

「心の傷が癒えるまでは辛いだろうけど…でもそれは、貴女が生きている証でもあって、あの子が生きた証でもあるのよ?」

 

「サクヤさん…」

 

「辛い気持ちをいつまでも引きずらなくてもいいけど、あの子の事を忘れる必要はないわ。」

 

 サクヤはアリサの抱える心の痛みもユウキが生きた証だと言い聞かせ、辛くても忘れるなと諭す。

 

「ユウの事を忘れないまま、あの子の分まで笑って生きる…その方が天国に居るかも知れないあの子も安心できるでしょ?」

 

「…」

 

 『天国に居るユウ』と聞いたとたんに、アリサは俯き表情は暗くなる。それを見たサクヤは心の内で言葉選びを間違えたと思い慌ててフォローを入れる。

 

「…天国、なんて言ったけど…私たちだって、まだユウが死んだなんて思ってないわ。だから、任務の終わりにユウの捜索をしてるの。気持ちが落ち着いたら、今度一緒に捜索しましょう?」

 

「…はい。」

 

「よし、じゃあ帰るか。」

 

 サクヤの説得も通じて、アリサは帰る事にする。リンドウの一言で全員が踵を返し帰り始める。アリサは少し立ち止まっていたが、第一部隊から離されつつも数秒後には歩き出す。

 

  『ズガァァァンッ!!』

 

 しかし、突然アリサの後ろに黒い人形のアラガミが空から勢いよく降りて来て、轟音と共に着地した。

 

「な?!コイツ?!」

 

「クロウ!!」

 

「チィッ!!」

 

「逃げろアリサァ!!」

 

 第一部隊とアリサが振り替えると既にクロウは右腕を振り上げ眼前のアリサに狙いを定めていた。

 

(私…死ぬ…?)

 

 振り下ろされる爪を見たアリサは自らの死を悟る。

 

(このまま死ねば…天国で…ユウに会える…?)

 

 ユウキが最後に戦い、消息不明となった相手に殺される…ユウキと縁のあるアラガミに殺されるのなら、もしかしたらユウキと同じ場所に行けるかも知れないと、ありもしない幻想にアリサは縋る。

 

(…それも、いいかも知れませんね…)

 

 ユウキの元に行けるなら死んでもいいやと、逃げる事も、反撃する事もなく、今の状況を打開する事を諦める。

 それを知ってか知らずが、クロウが振り下ろした爪は止まる事なくアリサに迫る。

 

「「「アリサァァァァァァアアアッ!!!!」」」

 

   『ズガァァァンッ!!』

 

 しかし、クロウの爪がアリサの眼前に迫る中、今度は白い影が上から轟音と共にクロウとアリサの間に着地する。その直前にクロウは後ろに飛んで避け、即座に白いアラガミの後ろを取って左手の爪を付き出す。

 それを白いアラガミは急速に右回転して右手でクロウの左手を掴む。そしてクロウの左手を掴んだまま右足で一気に前に出て、左手の爪を付き出す。

 

   『ブジュッッ!!』

 

 肉を引き裂き血が吹き出る音と共に、白いアラガミは左手の爪でクロウの胴体を貫いた。そしてその手の中にはクロウのコアが掴まれていた。

 

  『スパンッ!!』

 

 白いアラガミがコアを掴んでいた左手を握ると、黒い鉤爪がコアを輪切りにした。その後、クロウは黒い煙になって消えると白いアラガミは姿勢を直してアリサの方に振り向いた。

 

「な、なんだ?!コイツ?!」

 

「アリサを…助けたのか…?」

 

「見て!!腕輪と神機!!それも2つ!!」

 

「バカな…これじゃあまるで…」

 

 黒く鋭い鉤爪の両手に同様の獣脚、色素が抜けた様に白い身体、身体と同色の顔とボリュームのある長い白髪、頭と背中からは黒い翼を生やし、鋭い目付きで縦に割れた瞳孔に『黄金の瞳』のアラガミと目が合う。

 そしてコウタの一言で第一部隊は右手の赤い腕輪、両腰に差した2振りの『黒い神機』を確認する。これらの特徴から『とある神機使い』を連想するのだが、相手はアラガミだ。第一部隊が警戒していると、アリサは白いアラガミを見るとフラフラと歩み寄っていく。

 

「待てアリサ!!相手はアラガミだぞ!!」

 

 リンドウが白いアラガミに近づくアリサを止めようと叫ぶが、アリサは聞こえていないのか変わらずに白いアラガミに近づく。

 

「ユウ…?ユウ…ですよね…?」

 

「「「「ッ?!」」」」

 

 アリサの一言で第一部隊の誰もが驚愕した。確かに持ち物など、ユウキの特徴と一致する部分は多数ある。しかし相手がアラガミであることには変わりない。仮にこのアラガミがユウキだとしても、1年前に言っていた『ユウキを殺せるか』と言う状況になってしまう。

 ここは慎重に、逃げるか捕らえるかが出来ればベストだが、アリサはアラガミになっていようが仲間だった頃のユウキだと信じて疑ってない様だ。

 

「帰って…きて…」

 

 その瞬間、白いアラガミが黒い煙に包まれ、身体が崩れ落ちる。そして煙が晴れるとそこにはボリュームのある長い白髪、片目が隠れる程の前髪、縦に伸びた瞳孔に赤銅の瞳、アリサと同じかそれ以上に色白な肌、そしてボロボロになった黒いコートとスラックスを来た美女に見える男性が居た。

 しかしユウキと似ていると言われれば似ているが、外見の特徴が変わりすぎていて本当にユウキなのか疑わしい。

 第一部隊が困惑し、アリサはフラフラと歩み寄る中、目の前の男は突然膝から崩れ落ち、アリサがそれを抱き抱えてその場に座り込む。

 そして腕の中に抱いた人肌の熱と規則的な呼吸で、腕の中に居るユウキと思わしき正体不明の男は生きているのだと実感する。

 

「あ…ふ…ふぁ…う、ううぅぅぁぁぁ…」

 

 未だ第一部隊はユウキだと確信が持てないが、アリサはユウキだと確信している様だ。青年が生きていると分かるとアリサは泣き出し、しばらくユウキを抱いたまま泣き続けた。

 

To be continued




あとがき
 アラガミ化の一件で変わり果てたユウキらしき正体不明の人物が登場しました。
 居なくなって自分の中で決着を着けたり、リンドウさんと違い、化け物と蔑んで追い出し帰ってくる事を望んでいない者も居る中、ユウキ(?)や周りの反応をうまく書けると良いのですが…
 お絵描きもしたいし、でも更新もしたいし…うーん、どうしたものか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission92 記憶喪失

アリサの事を助けた青年を保護した第一部隊、アリサはその正体を神裂ユウキと確信しているようだが果たして…?


  -医務室-

 

 アラガミから人になった謎の青年を連れ、第一部隊が極東支部に帰って来た。ペイラーやツバキに報告を入れ、そのまま青年を医務室に連れていった。

 ペイラーとルミコは青年からサンプルを採取すると、検査のためラボラトリに籠ってしまった。その間、第一部隊と第二部隊、それからリッカ、アネット、フェデリコが青年が寝かされている病室に集まっていた。

 そんな中、アリサは寝かされている青年の手を握り続け、片時も傍を離れないまま丸一日が過ぎていた。

 

「…ユウ…」

 

「なあ、アリサ…本当にユウだと思うのか?確かに似てるっちゃ似てるけど…髪が白かったり目が赤かったり…俺達の知ってるユウと特徴が違いすぎて未だに信じられないんだけど…」

 

「間違いないです。私には分かるんです。」

 

 コウタが誰もが思った疑問をアリサに問いかける。保護した青年は髪と肌は白、瞳の色も赤銅で瞳孔は縦に伸びている等、ユウキの身体的特徴とは似ても似つかないのだった。

 加えて所持していた神機は2つとも黒くなり、形が変わっていた。所有している神機の数や持ち物等、ユウキしか持っていないはずの物を持ち、顔つきも似ているとは言え、目の前に居る青年がユウキだとは素直に信じられないのが、アリサ以外の人間の意見だった。

 そしてしばらく沈黙が続くと、サンプルの解析と診察を終えたペイラーとルミコが医務室に入ってきた。

 

「 博士、ルミコ先生…この子の容態は?」

 

「自発的な呼吸もしてるし脈もある。それに脳波にも異常は無い。取り敢えずは、ちゃんと生きてるし何の問題もない。」

 

「じきに目が覚めるって思ってていいんですか?」

 

「うん。さっきも言ったけど異常は無い。目を覚ますのも、時間の問題だよ。」

 

 サクヤがルミコに保護した青年の容態を聞いてみる。どうやら何も問題ないようだ。リンドウの予想通り、近いうちに目を覚ますだろうとの事だった。

 取り敢えずは一安心できそうな状況だと分かると、ソーマが腕を組んだまま誰もが気にしていた青年の正体をペイラーに投げ掛けと、ペイラーは資料を読みながら答えていく。

 

「それで…こいつの正体は…?」

 

「…見た目や黒い色に変わっているが2つの神機を持っている。そしてリッカ君が渡した専用のホルダー、それから神機使いの腕輪…この子の所有物、それから腕輪のIDを照合した結果…」

 

 そこまで言うと、ペイラー読んでいた資料から目を離し、皆の方を向く。

 

「この子は間違いなく『神裂ユウキ』君だよ。」

 

 ペイラーの報告を聞いて、その場に居た者はざわめき始めた。口々に『良かった』や『やった』と喜びの声をあげる。

 

「ほ、本当に…?」

 

「良かった…良かった…」

 

「ほら、私の言った通りでしょう?!」

 

 コウタが信じられないと言いたそうな声をあげつつも喜び、リッカは喜びのあまり涙を流して喜んでいた。そしてアリサは自分の言った通り、保護した青年がユウキだったと見抜いたと得意気になっている。

 

「あの、博士、ルミコ先生…この子がユウなら、その…『アラガミ化』の件は…?」

 

「その事なんだけど…現状、以前の様にアラガミ化の兆候は見られなくなったみたいなんだ。」

 

「…どういう事だ…?」

 

 皆が喜ぶ中、サクヤはユウキが居なくなる原因となったアラガミ化がどうなったのかをペイラーに尋ねる。もしアラガミ化の一件が何も好転していなければ、一年前と同じことを繰り返す事になる。

 しかしサクヤの心配は杞憂に終わった。ペイラーが言うには、アラガミ化の心配はないと言うが、アラガミ化は現在の技術では治療できない。ペイラーの言っている事と現実で食い違うため、ソーマは詳細な説明を求めた。

 

「アラガミ化が治った…と思えば良いのか?」

 

「そう思ってもらって構わないよ。この先、何かイレギュラーな要因でもなければ、彼のアラガミ化が進行する事はないだろう。」

 

 リンドウがペイラーに結論を聞く。リンドウの思った通り、どうやらアラガミ化は治ったとの事だった。

 

「あの、俺達の前に現れた時、アラガミから人に戻ったんですけど…本当に何もないんですか?」

 

「現状、調べた段階ではね。おそらく、このアラガミから人に戻った…と言うのが、アラガミ化の兆候がなくなったカギだと思うんだけど、こればっかりは本人から何があったのか聞いてみないと、何とも言えないね。」

 

 ペイラーはアラガミ化が治ったと言うが、アラガミ化は治らないと言うのが常識として広まっている。どうしてもペイラーの言った事を素直に信じられない。ましてや完全にアラガミ化した状態から人間になったのだ。それを目の前で見た者の1人てあるコウタが本当にユウキに何の異常もないのかが気になっていた。

 

「何にしても、この子は…ユウは色んな問題を解決した上で帰ってきた。そう思って良いんですね?」

 

「うん。最大の懸念事項であるアラガミ化は、もう進行しないと思う。」

 

 サクヤが以前の様にユウキがアラガミ化して暴走する事はないと確認すると、ペイラーは諸々の諸問題を解決して帰って来たと太鼓判を押した。

 

「良かった…」

 

 以前の様な問題はないと聞いて、アリサは安堵して穏やかな表情になる。その最中に、ユウキの手がアリサの手を握り返してきた。

 

「う…ん?」

 

 そのままユウキが身動ぎする。そしてゆっくりと目を開けると、縦に伸びた瞳孔に赤銅の瞳が顔を覗かせ、その後虚ろな目で目線だけを動かして辺りを見回す。

 

「「ユウ!!」」

 

 アリサとリッカの声が重なって目を覚ましたユウキの名を呼ぶ。

 

「やった!!起きた!!」

 

「心配かけやがって…」

 

「ほんと、目が覚めてよかったわ。」

 

「…フッ…」

 

 コウタ、リンドウ、サクヤ、ソーマが安堵した声をかけると、それに続いて周りもユウキに声をかける。

 

「っ?!」

 

 しかし、突然ユウキが大きく目を見開き、ベッドから跳ね起きて第一部隊達から壁を背にする限界まで距離を取る。

 

「ユウ?!どうしたんだよ!!」

 

「無理もないわ。あんな拒絶のされ方したら…私の事も避けたくなるでしょう…」

 

「だ、大丈夫ですよユウ。私たちは…」

 

「だ、誰だ?!」

 

 以前よりもさらに低くなったユウの一言でその場が凍りついた様に静まり返る。

 

「え?な、何を言って…」

 

 アリサが少し震えて信じられないと言った雰囲気の震えた声でユウキに問いかける。

 

「こ、ここは何処だ!?あなた達は一体なんだ!?」

 

 気が付いたら知らない場所に連れてこられてパニック状態になったユウキが怯えた目で第一部隊達を見ながら大声で色々と聞いてきた。

 

「落ち着いて。『君』、名前は?」

 

「な、名前…?なまえ…」

 

 ペイラーがユウキを落ち着かせ、試しに名前を聞いてみるとユウキは大人しくなる。

 

「ぼ、『僕』の…名前…?」

 

 吃りながらユウキは右手で頭を抱えて考え込む。自分の名前を答えられない様子からユウキに何が起こったのかを察する。

 

「どうやら、記憶を失っているようだね…」

 

「「「…」」」

 

「……そ…」

 

 ペイラーはユウキの様子から記憶喪失だと判断する。思わぬ症状に周りも困惑して黙ってしまう中、アリサがボソッと何かを呟く。

 

「…え?」

 

「ウソです!!!!」

 

「っ?!?!」

 

 ユウキが呆けた瞬間、アリサがユウキの肩を掴んで嘘をつくなと迫ってきたため、少し落ち着いたはずのユウキは余計に怯えた目でアリサを見る。

 

「ユウが…皆の事や…『私』の事を忘れるなんてウソです!!!!忘れたフリをしてるんでしょう?!」

 

「止めなさいアリサ!!今彼を追い込む様な事はしないでくれ!!」

 

「でも…でもぉ!!」

 

 記憶喪失だと聞いたアリサは信じたくないが故に嘘だと決めつけ少しだが錯乱した。ペイラーはユウキを問い詰めるのは危険だと言ってアリサをユウキから引き離す。

 しかしアリサはそれでもだだっ子の様にユウキに問い詰めようとする。仕方ないのでペイラーはサクヤとリンドウにアリサを任せて先に医務室から出させる。

 

「すまないね。まだ本調子じゃないだろう?今はこのまましばらくゆっくりしていてくれ。それじゃぁ皆、容態は追って伝えるから、早く持ち場に戻ってくれ。」

 

 ペイラーが一言持ち場に戻る様に言うと、その場に居た者はそれぞれ自分の持ち場に戻るために医務室を後にした。

 

  -リンドウの部屋-

 

 ユウキが記憶を無くして帰ってきた翌日、第一部隊とリッカはリンドウの部屋に集まっていた。

 

「記憶喪失か…博士が言うのには、長期的なアラガミ化が影響してるじゃないかって言ってたが…」

 

「本当なんですかね…その話。」

 

「…昨日の話を鵜呑みにするなら…な…」

 

 リンドウがソファに背中を預けながら昨日の事を思い出す。そして未だにユウキの記憶喪失に懐疑的なコウタにソーマが口を挟む。

 

「ユウが嘘をついてるって事?」

 

「仲間だと思った連中からある日突然殺意を向けられたら、誰だっていい気はしないだろう。可能な限り早くここを出ていくために無関係な人間を装ってる可能性も…」

 

 ユウキが嘘をついているのがとコウタが聞き返すと、そうなっても仕方ないとリンドウが返す。

 

「でも!!腕輪や所有物からユウだって事は分かってるんですよ?!やっぱり記憶を思い出してもらってハッキリさせた方が良いです!!」

 

 そんな中、青年の正体はユウキだとはっきりしているの以上、それを伝えて記憶を取り戻させる方が良いとアリサが主張する。

 

「けどさ、皆から酷い事たくさん言われたんだよ?辛い過去なら…忘れたままの方が良いかも知れないよ?」

 

 アリサの主張に対してリッカはユウキが極東支部で受けた扱いの事を思い出させるのは酷だと待ったをかける。

 

「じゃあいつまでも記憶が戻らなくても良いんですか?!ユウが今まで積み上げてきた過去や思い出、私たちと過ごしてきたユウが戻って来なくても良いって言うんですか!!」

 

「ッ!!」

 

 しかし、記憶を無くして別人となってしまったユウキのままで良いのかと、アリサはリッカを捲し立てる。それに対して八つ当たりを受けている様に感じたリッカは腹を立てる。

 

「そんな事言ってないよ!!ユウが受けた扱いを考えたら無闇に思い出させるのはやめた方が良いって言ってるの!!」

 

 その結果、リッカは強い口調で無闇に思い出させる必要はないと怒りを露にして反論する。そして、そのまま2人は睨み合う。

 

「お、落ち着いてよ2人とも!!」

 

 一触即発は空気にコウタは素早く仲裁に入る。

 

「まあ、すぐに思い出させるってのは…俺も同意できないな。また脱走しかねない。」

 

「だがそれでアイツの過去が変わる訳でもない。俺達はともかく、他の連中がユウに危害を加える可能性だって十分にある。早めに記憶を取り戻して対策を練った方がいいじゃないか?」

 

「そ、そうですよ!!ユウの身を守る為でもあるんですから、早く記憶を戻してあげるべきです!!」

 

 記憶を取り戻す時期はもっと慎重に選ぶべきだとリンドウが言う。それに対してソーマがユウキの事を恐れる連中から身を守る意味でも早く記憶を取り戻させる方が良いと返すと、アリサもソーマの意見に同意する。

 

「…でもね、それがユウを苦しめる事もあるかも知れないわよ?アリサなら…分かるでしょ?」

 

「私ならって…あっ…」

 

 『アリサなら分かる』と言うサクヤの一言にアリサは何の事だと一瞬考えたが、すぐに合点がいった。かつて辛い記憶を封印し、その記憶を取り戻した時に大きく取り乱したりした事を思い出して、アリサの勢いは弱まる。

 

「私達だって、ユウの記憶が一生戻らなくても良いとは思っていないわ。ただ、思い出すにしても心の準備が必要だと思う。それまでの間は私達がユウを守ってあげればいいじゃない。」

 

「…そう…ですね…」

 

 サクヤの言っている事も分かる。無理に思い出させてアリサの時の様に錯乱してしまう事もあり得るだろう。

 

「…ごめんなさい。失礼します。」

 

「あっ…ま、待ってよアリサ!!」

 

 急激に気持ちの昂りが冷めたアリサはいたたまれなくなって部屋を早足で出ていき、コウタがその後を追いかける。

 そのしばらく後に今度はリッカとソーマも部屋を出ていった。

 

「…すまねえなサクヤ。本当なら俺が止めるところだったんだが…どうにも言いづらくてな…」

 

「いいわよ別に。女の子の悩みは女の方が話しやすいし聞き入れやすいもの。」

 

 アリサとリッカの剣幕に圧されてリンドウは止める事が出来なかった事をサクヤに謝る。

 

「…アイツの記憶、すぐにでも戻してやりたいが…それもそれで危ない気がするしな…」

 

「リンドウ…」

 

「さて、どするかな…」

 

 リンドウとしても、本音はすぐに記憶を取り戻して欲しいが、記憶が戻った時に何をするか分からない。逃げ出すくらいならまだ良い、最悪ユウキが怒りに任せて牙を向けるかも知れない。過去に何があったのか教えた方が良いかも知れないが、教えるとユウキの心が耐えられない気もする。

 どうしたものかと考えが行き詰まり、思わずリンドウは頭を掻きむしった。

 

  -エントランス-

 

 アリサがリンドウの部屋から出ていき、コウタがそれに続いた後、エントランスに向かおうとエレベーターの中に乗っていた。

 

「なあアリサ、大丈夫?さっきの…」

 

 コウタが心配そうにアリサの顔を覗き込む。リッカと言い争った事もそうだが、思い出したくない事を思い出した事でまたアリサの精神に大きな負担をかけていないか気にしていた。

 

「…別に、大丈夫ですよ。」

 

 アリサは素っ気なく返すと、丁度エレベーターの扉が開いた。エレベーターを降りる。すると…

 

「あっ皆さん!!」

 

「ブッ?!」

 

「な、なんて格好してるんですか!!」

 

 ゴスロリドレスを着たユウキが手を振っていた。

 

「聞いてください!!分かりましたよ、『私』の事!!」

 

 ご丁寧に一人称まで変えていた。しかも自分の事が分かった事がよほど嬉しいのか、ユウキ本人は目を輝かせて喜んでいた。しかし、声は変わらず低いままだったので、端から聞くと気色悪いだけだった。

 コウタはその姿を見て吹き出しつつ慌て、アリサは何故かちょっとだけ怒っていた。

 

「ハルオミさんから聞いたんですけど、どうやら私は悪い魔女に魔法をかけられて性別を男に変えられた女の子だそうです。私の事を知ってる人が身近に居て助かりました。」

 

「な、何やってやるんですか!!ユウは正真正銘の男の子ですよ!!」

 

 アリサがハルオミの言った事はウソだと教えるが、ユウキはキョトンとしていてよく分かっていないようだった。アリサが必死にユウキは男子だと説明している中、コウタがユウキとアリサに聞こえない様にこっそりとハルオミに話しかける。

 

「は、ハルさんマズいですって!!ユウは女装とかさせられると冗談じゃないくらいにぶちギレて…めちゃくちゃ恐いんですよ?!」

 

「え?大丈夫大丈夫!!スッゲー似合ってるし、本人も乗り気だし。何より可愛いからな。あの姿を見たときはもう男でもいいやって思ったわ。」

 

「…記憶戻った時どうなっても知りませんよ…」

 

 似合っているから良いじゃないかとハルオミはヘラヘラと笑いながら話す。しかし過去にユウキに女装させてひどい目にあった事のあるコウタは気が気でなかった。

 そんな中、アリサはユウキを着替えさせる為に自室に連れて行った。しかし背が伸びていた事もあり、以前着ていた制服は入らなかった。仕方ないのでアリサがそこに有るもので見繕ったワンピース風のパーカーとレギンスをユウキに着せ、何度もユウキは男子だと説明してこの事態は終息したのだった。

 

 -数日後-

 

 ユウキが帰ってきてから数日経った。その間に自分の過去やフェンリルの役目など、世界情勢を(主にアリサやリッカから)一から教えてもらいながら生活していた。しかし当の本人は記憶を取り戻す事もなく取り敢えず普通に生活していたのだが…

 

  『ビーッ!!ビーッ!!』

 

 突然極東支部に警報が鳴り響く。丁度食堂で昼食を食べ終えていたユウキは何事かと思いエントランスにやって来るとタツミと第一部隊が居るのが見えた。

 

「今俺以外の第二部隊は別任務に出てるんだ。悪いけど今回の防衛戦、手伝ってくれないか?」

 

(防衛戦…?何かと戦うのかな?)

 

 タツミと第一部隊が話しているのを聞いたユウキは『防衛戦』と言うワードが気になっていた。先日アリサやリッカからアラガミと言う怪物相手に戦っていると聞いた。今回その怪物と戦うのだろうかと考えていると、リンドウが話を進める。

 

「分かった。任せな。」

 

 リンドウは任務を承諾すると、タツミは頷いてヒバリの方を見る。

 

「よし。ヒバリちゃん、敵はオウガテイルだけなんだよな?」

 

 タツミはヒバリに敵の情報を確認する。

 

「はい。数は少し多いですが、敵はオウガテイルだけです。」

 

「よぅし。聞いたなお前ら。すぐに出撃するぞ!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 任務の話が終わるとタツミと第一部隊は飛び出して行った。それを見ていたユウキは極東支部ではアラガミと戦うのが生業だと聞いていた事もあり、アラガミと戦いに行ったのだろう考えた。かつてはユウキ本人も部隊を率いて最前線で戦ったと言うのだが、記憶がないせいかどうにもピンと来ない事もあり、ユウキは軽い感覚で考えていた。

 

(ここで活躍できれば…皆の役に立てる…ヒーローになれる…!!)

 

 戦場に行くにはあまりに相応しくない心意気で神機保管庫に向かう。

 

(あれ、誰も居ない?)

 

((…))

 

(…え?)

 

 神機保管庫に行くと、別の場所で作業でもしているのか誰も居なかった。何が起きているのかと思っていると、ふとユウキは黒い2つの神機の方を向く。

 

(この武器…使える?)

 

 右手側に翼の様な刃文の黒刀に翼を模した黒いシールド、烏の頭の様な狙撃銃、左手側に幅の広い直刃の黒刀、黒羽のシールド、少し堅牢や造りになった烏の頭の様な狙撃銃を装備した黒い神機2つを両手に取って戦場に出た。

 

  -外部居住区-

 

「な…に…?これ…?」

 

 2つの神機をホルダーに携えて外部居住区に来たユウキが見たものは血を流している化け物(アラガミ)と人間の死体が無造作に転がっている光景だった。

 漂う血の匂いに思わずユウキは両手で口を覆う。

 

「う、おぅえッ!!!!」

 

 女子供が戦場に出ることから、化け物相手に治安維持と言っても喧嘩の仲裁程度の認識で来てみれば、想像よりも遥かに凄惨な事態にユウキは吐き気を覚えて踞るが、そのまま戻してしまおうと思っても結局何も出てくる事はなかった。

 

  『グォォォオッ!!』

 

「ヒィッ!!」

 

 いつの間にか後ろから咆哮と共に白い怪物、オウガテイルが現れた。小さく悲鳴をあげると、何かを考えるよりも先に右手で神機を引き抜いた。

 

「う、うわぁぁぁぁあ!!」

 

 神機を横に振るのだが、へっぴり腰な上、腕だけの振りでまともな攻撃になる事はなかった。オウガテイルが尻尾を振って神機にカウンターを当てる。競り合いに負けて神機は逆方向に弾かれてしまい、ユウキに大きな隙ができる。胴ががら空きになったところでオウガテイルがユウキに飛びかかる。

 

「来るなぁぁぁぁあ!!」

 

 頭上から飛びかかるオウガテイルに向かって今度は左の神機を引き抜いてオウガテイルに向かって突き出す。

 『ブシュッ』と小気味良い音と共に血が吹き出して神機の切っ先がオウガテイルに突き刺さる。それでもなお吠えてユウキを威嚇する。それを見たユウキは恐怖し、左の神機をブンブンと振り回す。そのうちにオウガテイルが神機から抜けて投げ飛ばす。

 オウガテイルは体勢を崩したまま着地し、なかなか立ち上がる事が出来ないままになっているところをユウキは覚束ない足取りで近づく。未だに立ち上がる事が出来ないオウガテイルに向かって、ユウキは神機を振り上げる。

 

「死ね!!死ね!!シね!!シネ!!死ね!!死ネ!!」

 

 両手の神機を振り下ろしてオウガテイルを何度も切り刻む。頭を喰い千切られた少年や少年の首が踏み千切られて転がってくる光景、上半身と下半身が切り分けられた少年や頭のない大男が頭の中で何度もチラつき、『いつか自分もこうなる』と死への恐怖が鮮明にフラッシュバックする。

 

「死ねッ!!死ねよッ!!死んでよぉぉおっ!!」

 

 泣きながら何度も何度も神機を振り下ろす。オウガテイルは既にミンチになるまでにバラバラになっているが、それでも死の恐怖を払拭するように何も考えずに何度も神機を振り下ろし続ける。

 そんな中、ユウキが右腕を振り上げたところで誰かに掴まれ、その動きを止める。誰かが襲ってた。そう思ったユウキは咄嗟に右に回転する。

 

「うわぁぁぁぁあ!!」

 

 悲鳴に近い叫び声を出して回転した状態で左の神機を横に振る。その際視界にはリンドウが映るが、今のユウキには正常な判断は出来ない。何の迷いもなくユウキは神機を振り抜く。

 しかしリンドウは左手でユウキの左手を掴む。その状態のままリンドウはユウキの頭へと頭突きを繰り出す。ユウキは一瞬視界にノイズが入った様な感覚になり、両手の神機から手を放して頭を抱えて尻餅をついて座り込む。

 

「ッてぇ…お、お前こんな石頭だったかぁ?」

 

 リンドウは頭を抱えてユウキに話しかける。一度目の前の事態から目を離せた事でユウキは一気に冷静になる。

 

「り、リンドウ…さん…?」

 

「よう、落ち着いたか?」

 

 目の前に居るのがリンドウだと分かると、ユウキは落ち着きを取り戻す。するとリンドウだけではない、第一部隊が揃っている事にようやく気が付いた。

 

「何でここに居るのか分かんねぇが無事ならよかった。」

 

 リンドウが手を差し出す。とにかく助かった。ユウキはリンドウの手を取り立ち上がる。

 

「帰るぞ。お前ら。」

 

 特にユウキに怪我等はなかったと分かるとリンドウ達は極東支部に帰還した。

 

To be continued




あとがき
 3月4月はプライベートが忙しかったぜちくせうorz入学、入社のシーズンと言うのもあって、真新しい制服やスーツを着た人を見ると『あんな時期もあったな』としみじみ思う今日この頃…
 小説の方は保護した青年の腕輪のID等でユウキだと分かりましたが、記憶をなくしてあら大変と言う状況。
 書いといてなんですが記憶喪失ってそんな都合よく過去の出来事だけを忘れるんでしょうか?今まで使ってた言語とかを忘れる事はないのだろうかと少し疑問に思いました。
 下に帰って着たユウキの設定を書いておきます。どうでもいい方はスルーでお願いします。

神裂ユウキ(3)

使用神機
右手:
 刀身:黒翼刀 (ロングブレード)
 銃身:黒ノ嘴(スナイパー)
 装甲:黒翼ノ楯(シールド)

左手:
 刀身:ノワールブレード(ロングブレード)
 銃身:ブラックストーカー(スナイパー)
 装甲:ダークフェザー(シールド)

 アラガミ化の一件で失踪し、一年越しに帰ってきた。その際黒い翼のアラガミの姿で帰ってきたが、アリサをクロウから助けた後人に戻る。
 その際肌は白くなり、白髪に赤銅の瞳に変わり、瞳孔は縦に伸びた姿に。
 長期間のアラガミ化の影響か、記憶をなくしている。そのせいか、ハルオミが『元々は女性だった』と言うウソを簡単に信じる程に他人を疑わない様になっていたり、アラガミとの戦いを喧嘩の仲裁程度に考えるなど、考えが足りない一面が目立つようになる。
 失踪事件から1年経ち、誕生日(仮)に帰って来たため、年齢も16歳から18歳に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission93 断片

身勝手な理由で出撃したユウキ、当然ツバキは許すはずもなく…?


  -エントランス-

 

  『パンッ!!』

 

 防衛戦が終わり、タツミと第一部隊が帰ってくる。そしてエントランスに行くと待ち構えていたかのようにツバキが立っていた。そのままユウキの方にまっすぐ歩いてくると、すぐさま平手打ちを繰り出す。

 ビンタされたユウキはその勢いに負けて倒れこむ。そしてツバキは倒れたユウキを睨み付ける。

 

「神裂ユウキ…お前は自分が何をしたのか分かっているのか?!」

 

 ツバキが鬼の形相でユウキを睨む。その場に居た全員が恐怖し、思わず萎縮する。

 

「…ごめ"ん"な"ざい"…」

 

 ツバキに凄まれたユウキは泣きながら叩かれた頬を擦り、正座して謝った。

 

「ヒーローごっこがやりたいなら居住区のゴロツキでも相手にしていろ!!我々の戦いは他人は勿論自分の命を守る戦いでもあるんだ!!勝手な真似は許さんぞ!!」

 

 しかしツバキが怒るのも当然の事だ。一人が軽い気持ちで勝手に出ていって戦場を混乱させれば部隊にも、護るべき人にも被害が広がる。周りの人間をそんな危険に晒したユウキのやった事を許す訳にもいかない。ツバキが怒るのももっともだ。

 

「ま、まあ姉上…ユウも反省している様だし、取り敢えず今回はこの辺にしません…か?」

 

「私達技術班がしっかり見てなかったのも原因ですし…今日のところはそれくらで…」

 

 実戦に出て感じた恐怖、そしてツバキが鬼の形相で繰り出したビンタと説教でガチ泣きしているユウキを見て、自分のやった事を理解しただろうからもう十分だろうと言うリンドウ。そしてユウキが戦場に出たのは大した敵ではないからと油断して神機の管理から目を離した自分にあると言ってリッカはユウキを庇った。

 しかしツバキは鋭い目付きのままリンドウとリッカを睨んだ。

 

「お前達は持ち場で仕事をしただけだ。糾弾されるべきは私情と軽い考えで動いたこいつだ。一から仕込み直してやる!!今から訓練を始めるぞ!!」

 

「ヒェェェエ!!」

 

 ツバキは奇妙な悲鳴を挙げて泣いているユウキの首根っこを掴み、引き摺って訓練室に連れていこうとする。

 

「あ、あの…」

 

 ユウキが連れていかれる中、アリサがおずおずとツバキに話しかける。それを聞いたツバキはユウキの首根っこを掴んだまま立ち止まる。

 

「も、もし良かったら私も一緒に良いですか?」

 

 アリサは言いにくそうに訓練に同伴したいと言い出す。それをツバキは無言で睨み返す。

 

「私も、しばらく実戦から離れていたので…戦い方を思い出すためにも…その…」

 

「良いだろう。ただしユウキとは別メニューになるだろうが…構わんな?」

 

 ここ最近のアリサの心情を考えると、下心があるのはすぐに分かる。しかし、ようやく最強戦力のユウキが帰ってきたと思えば役立たずとして帰ってきたのだから、極東支部の戦闘力はガタガタなままだ。

 さらにアリサ自身の戦闘能力が著しく下がっているのは事実で、少しでも戦闘力を取り戻すのであれば大いに結構な事だ。ツバキはアリサの同伴を許可する。

 

「わ、分かりました。」

 

「それからリッカ。」

 

「は、はい!!」

 

 アリサが返事をしたのを確認すると、不意にツバキがリッカに話しかける。

 

「ユウキの神機の調整は任せたぞ。」

 

「分かりました!!」

 

 ツバキはリッカにユウキの神機の整備を任せると、ユウキを引き摺って訓練室に向かう。そしてそれをアリサが追いかけ、ユウキの再訓練が始まった。

 

  -訓練室-

 

 アリサが別室で訓練を始めると、ユウキも訓練室に入る。黒くなった神機を両手に持ち、オウガテイルと対峙していたのだが…

 

「何だそのへっぴり腰は?!体幹を意識して腰を入れろ!!身体全体を使え!!」

 

「はいぃぃぃ!!」

 

 ツバキが腕だけで神機を振るうユウキに檄を飛ばし…

 

「装甲で防いだら即収納して反撃だ!!いつまでも装甲を展開してるんじゃない!!」

 

「はひぃぃぃい!」

 

 時にはいつまでも守りの姿勢から動かないユウキに喝を入れ…

 

「どの敵を攻撃するかなどいちいち迷うな!!そんな事で悩んで動きが鈍るくらいなら目についたヤツから倒していけ!!」

 

「うわぁぁぁん!!」

 

 最後はツバキの怒号にアラガミへの恐怖で泣きながらオウガテイルに向かっていく。そして休憩に入ったアリサに泣いているのを見られて慰められる日々を送っていた。

 

「人類の天敵アラガミ、やつらはある特徴がある。それは何だ?」

 

「ワカリマセン…」

 

「…アラガミには弱点がある。それは何処だ?」

 

「ドコデショウ…」

 

「…そのアラガミに唯一対抗できる武器とそれを扱える者、それを何と言う…?」

 

「コムギコカナニカダ…」

 

 ついにツバキの額に青筋が浮かぶ。

 

「ふざけているのか貴様ぁぁぁあ!!」

 

「ひぇぇぇえごめんなさいぃぃぃい!!」

 

 場を和ませようとしたおふざけがツバキの逆鱗に触れ、激怒したツバキを見て泣きながらユウキが謝る。座学でも毎度泣かされるユウキだった。

 そんなこんなでツバキの訓練は1週間程続き、その間にどうにか戦えるレベルには動きが良くなっていった。

 

  -鎮魂の廃寺-

 

 ユウキが多少戦えるようになった頃、ツバキはユウキに中型種『コンゴウ』の討伐任務を与えた。しかし記憶が未だに戻らない事もあり、万が一を考えてリンドウ、コウタを同伴させ、それにアリサが着いて行き、4人編成で旧寺院に向かった。

 先頭にリンドウ、その後ろにコウタ。さらに後ろにアリサ、最後尾にユウキと言う布陣で旧寺院の中庭にやって来た。ターゲットが見つからないまま歩いていると…

 

  『グォオオオ!!』

 

 壁の上からコンゴウが降りてきた。

 

「来た!!」

 

「行くぞお前ら!!」

 

「ユウ!!手筈通りの陣営で…」

 

  『ズシンッ!!』

 

「…え?」

 

 アリサが事前にリンドウから出ていた指示をユウキに確認させると同時にユウキの方を見る。すると上からコンゴウと似たシルエットのアラガミ、ハガンコンゴウがユウキの隣に降りてきたため、アリサは途中で言葉を止めてしまう。

 

「ハガンコンゴウ?!」

 

「「ユウ!!」」

 

 記憶を失い、戦い方を忘れた今のユウキでは禁忌種を相手取る事は出来ない。リンドウ達はコンゴウから目を離し、一斉にユウキのフォローに向かうが、それよりも早くハガンコンゴウが右腕をユウキに振り下ろす。

 

「っ!!?!」

 

 何とか両手の神機で装甲を展開して防御するが、ハガンコンゴウの腕力に負けて吹っ飛ばされる。

 

「邪魔だぁ!!」

 

 リンドウが右手を神機に変形させつつハガンコンゴウの前に出てカバーに入る。内から外に右腕を振るうが、ハガンコンゴウは後ろに下がって回避する。そしてその間に先のコンゴウが壁の上に上り、ユウキの方へと走って行くのが見えた。

 

「アリサ!!コウタ!!ユウのフォローに入れ!!」

 

「そうしたいんすけど!!」

 

「こっちにも新手が!!」

 

 反撃にハガンコンゴウが殴りかかってくる。それを上に飛んで、右腕を下から上に振り上げてカウンターを入れつつ、ユウキへ加勢するように指示を出すが、当のコウタは新たなハガンコンゴウ、アリサはコンゴウ堕天種の突然の乱入と奇襲攻撃を避けつつ体勢を立て直すのが精一杯だった。

 

「チィッ!!堕天種に禁忌種の追加だと?!」

 

 リンドウは間の悪さに悪態をつくと、すぐにユウキに別の指示を出す。

 

「ユウ!!コンゴウを倒せ!!倒せないと思ったらすぐに逃げろ!!どうにか逃げ続けろ!!いいな?!」

 

「ユウ!!逃げろ!!」

 

「逃げて!!ユウ!!」

 

 それを聞いたユウキはすぐに立ち上がり本殿の方へと階段を上がっていく。しかしコンゴウの方が足が速く、本殿の前に来た辺りであっさりと追い付かれてしまう。

 

  『グォオオオ!!』

 

「うわぁぁあ?!」

 

 ある程度近づいてきたところでコンゴウは体を丸め、タイヤの様に前転しながらユウキに突っ込んできた。ユウキは横へと飛び込む様に飛んで避けた。

 腹からダイブしてコンゴウの攻撃を避けたは良いが、ユウキが立ち上がるまでの間にコンゴウも体勢を立て直し、ユウキの方を向くと腹が膨れる。

 

(空気を吐き出してくる?!なら、一気に近付く!!)

 

 ユウキは両足に力を入れて前に出る。その後コンゴウが空気弾を発射したが、その頃にはユウキはかなり前に出ており、空気弾の軌道よりも下を潜っていた。その結果、ユウキは思惑通り一気にコンゴウに近付く事が出来た。

 

「当たれっ!!」

 

 ユウキはコンゴウの懐に入ると、両手の神機を外から内に振り抜く。ユウキの攻撃はコンゴウの胴体を二の字に斬りつけた。

 

「当たった!!」

 

 攻撃を当てて喜んでいると、今度はコンゴウがその場で1回転して殴りかかる。

 

「っ?!」

 

 何とか両手の神機で装甲を展開して攻撃自体は防ぐが、踏ん張りの効かない体勢で防御したため、そのまま大きく後ろに飛ばされ、ゴロゴロと転がって小さな怪我をいくつも作る。

 その途中で体勢を直し、踏ん張りの効く体勢で両足を着け、後ろに飛ばされたのを踏ん張って止める。

 

  『グォオオオ!!』

 

「ッ?!?!」

 

 コンゴウが大口を開けて吠える。その瞬間、ユウキの頭の中で目の前に立つ黄色い服を着た少年の後ろで大口を開け、少年を喰おうとするコンゴウと目の前のコンゴウが重なる。

 

「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"!!!!」

 

 そこからユウキを支配したのは恐怖だった。目の前で誰か誰かが死ぬかも知れない怖さ、その対象が自分になる恐ろしさ、そう言った恐怖がユウキを埋めつくす。その恐怖を払拭する様にユウキは叫び声を上げる。

 そのままユウキは吠えるコンゴウの顔面へと右の神機を横凪ぎに振る。続いて左手の神機で左上から右下に斬り下ろす。続いて両手の神機で右から左へと横凪ぎに神機を振り、コンゴウの胴を斬る。

 しかし、コンゴウはがら空きになったユウキの右側に左フックで反撃すると、その攻撃は綺麗にユウキの右脇腹へと決まる。

 

「ぐぅフッ!?!!」

 

 殴られたユウキは勢い良く吹っ飛ばされ、石造りの壁の基礎に後頭部をぶつける。

 

(い、痛い!?!!死ぬ?!?!)

 

 後頭部をぶつけて意識が飛びそうになる。だが脇腹の痛みで意識が飛ぶ事はなく、両手の神機から手を離して、ただひたすら脇腹を押さえて痛みに耐えるしかなかった。

 そして同時に後頭部から熱を持った様な感覚と違和感を感じて、左手で触れて見ると、手には血が着いていた。

 『殺される』そう思い、早く逃げなければとは思うのだが、痛みと恐怖で体が動かない。コンゴウが右腕を振り上げ、動けないユウキにとどめを刺そうとする。

 

  『グチャッ!!』

 

 しかし、振り上げた右腕は後ろから何者かに喰われて消えた。

 

「ユウ!!」

 

 声の主はアリサだった。アリサがコンゴウの後ろから捕食してバーストする。しかしコンゴウが悪あがきに体を回転させて左腕の裏拳で反撃する。それをアリサは後ろへ大きく下がって躱すと、その後ろからリンドウとコウタが加勢に来た。

 

「たたみかけろ!!ぶちのめすぞ!!」

 

「いっけぇ!!」

 

 リンドウの合図と共にコウタが雷属性のオラクル弾を連射してコンゴウの動きを止め、その間にリンドウが一気にコンゴウへと接近する。

 

「リンドウさん!!渡します!!」

 

 アリサがリンドウに受け渡し弾を渡し、リンクバーストさせる。

 

「うぉぉぉおおお!!!!」

 

 咆哮と共にリンドウがコンゴウに右腕を振り下ろす。右上がりに裂傷を付けられたコンゴウはコアを斬り裂くと、膝から崩れ落ちて倒れた。

 

「ユウ!!」

 

 コンゴウを倒したのを確認すると、アリサは一目散に壁に凭れているユウキの元に駆け寄る。先程の戦闘でそこら中小さな怪我をし、頭から血を流しているユウキを見ると血相を変え、急いで治療の準備を始める。

 

「怪我してますね。すぐに手当てを…ユウ?」

 

 しかし、アリサが治療の準備を始めようとすると、ユウキは右手の神機を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。そしてフラフラとした足取りで倒れたコンゴウへと歩いて行くと、右腕を振り上げた後に勢い良く振り下ろす。

 

  『ザシュ!!』

 

「殺さなきゃ…」

 

「お、おい…ユウ…」

 

 小さく呟きながらコンゴウの胴体を斬りつける。その異様な光景を前にコウタは引きながらも声をかける。

 

  『ザシュッザシュッ!!』

 

「殺さなきゃ…」

 

「ユウ…何を…?」

 

 また呟きながら斬りつける。アリサもユウキの変化に戸惑いながらも声をかけるが、ユウキは止まらずにまた斬りつけ始める。

 

 『ザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッ…』

 

「殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃころさなきゃコロさなきゃコロさナキャ殺さナきゃ殺サなきャこロサナきャコロサナキャ殺さナキャ殺さナきゃ殺サナキャコロサナキャコロサナキャコロサナキャ…」

 

 呪詛の様にひたすら呟きながら何度も右腕をコンゴウを斬りつける。

 

「ユウ、もういい…止めろ。」

 

 何度も右腕を振り下ろすユウキの腕を掴んでリンドウが止める。すると目から光の消えたユウキがギョロッとした目でリンドウを見る。

 

「こいつは僕を殺そうとしたんだ殺さないと殺される、だから…コロサナイト…」

 

 そう言ったユウキは再びコンゴウの方を見て右腕を振り下ろそうとする。

 

「落ち着け。こいつはもう死んでる。見てみろ。」

 

 攻撃を再開しようとするユウキを再度止めたリンドウがコンゴウを観察するように言うと、ユウキは取り敢えず大人しく従う。

 

「コアを破壊した。こうすればアラガミは死ぬ。」

 

「…ハァ…ハァ…」

 

 リンドウが何故コンゴウが死んだのかを説明する。リンドウの言った通り、コンゴウの胴体に埋め込まれていた青いコアはズタズタに切り裂かれていた。

 座学でツバキから聞いていたはずだが、そんな基本的な事を思い出せない程に追い詰められた状態から解放されたと分かると、急にユウキは全身の力が抜け、荒く、肩で呼吸し始める。

 

「もうお前の命を狙うヤツはいない。戦いは終わったんだ。」

 

 リンドウの言葉が決め手になり、完全に安心したのか、ユウキはその場に座り込む。それをアリサとコウタが手を貸して立たせる。

 

「よし、帰るぞ。」

 

 ユウキが立ち上がり、動ける事を確認すると、リンドウが帰還するよう指示して、コンゴウ討伐任務を終了した。

 

To be continued




あとがき
 皆様もう終わりますがGWいかがお過ごしでしょうか?私は初日から体調を崩して今日まで治らなくてずっと寝てましたorz
 小説の方はピルグリム零をベースにしたコンゴウ's討伐任務でしたが、結局相手をしたのはただのコンゴウだけでしたが。うちの子も断片的に記憶を取り戻した気になるなど、牛歩ペースで進展しています。
 次話もまた読んでいただけると嬉しいですm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission94 不安

ここ最近とても眠いです


  -食堂-

 

 ユウキが帰ってきてからしばらく経った。しかし、あまりにも弱くなってしまったにも関わらず、大飯食らいなのは相変わらずだった。それどころか今までよりも食事量は増えていた。その為、あまり周りから良い印象は受けなかった。

 

(チッ…今度はリンドウさんと一緒か…)

 

(昨日はサクヤさん、その前はソーマとだったな…)

 

(そうでなくてもアリサがずっと一緒だしな。中々隙がねぇ。)

 

 只でさえ少ない食料を1人でバカみたいに食べる事もそうだが、アラガミ化の件でユウキの事を良く思わない者も未だに多い。ペイラーからアラガミ化は問題ないと言われても、今までの常識からかけはなられていた見解だったので、未だに信じられていなかった。

 そんな者達がユウキを排除しようと独りの時を狙っていたが、ユウキは帰って来てから必ず極東支部の実力者と共に行動していたので、襲い掛かる隙もなく今日まで無事に過ごしてきていた。

 そんな中、ユウキはアリサと食堂で昼食を摂っていた。しばらく2人で食べていると、ユウキは昼食を乗せたお盆を持ったリッカを見つけた。

 

「あっ!!リッカさん!!」

 

 ユウキはリッカを見つけると手を振ってリッカを呼ぶ。リッカはユウキに誘われてユウキの元に行くと、近くにアリサが居るのに気が付いた。アリサと目が合うと、喧嘩した事を思い出して気まずい空気になる。

 

「や、やぁ…」

 

「ど、どうも…」

 

 アリサもまたユウキの記憶の事で喧嘩した事を思い出し、リッカと同様にぎこちなく挨拶する。

 

「リッカさんも一緒にお昼食べましょうよ。」

 

「う、うん。そうだね…」

 

 しかしユウキはその空気を感じ取れなくリッカを食事に誘う。しかしリッカは相変わらずぎこちなく笑いながら返事をする。

 

「一緒に…良いかな?」

 

「あ、はい。どうぞ…」

 

 リッカはユウキと一緒に食事しているアリサに一言言ってから席につく。

 

「…」

 

「…」

 

 席についたリッカは『いただきます』と言って食べ始める。しかしその間、3人の間には会話はなかった。

 

(あ、あれぇ…何か気まずい空気になっちゃったよ…)

 

 この状態になってようやくぎこちない空気に気付いたユウキは居心地の悪さに気が付いて、何やら箸が進まなくなってしまった。

 どうしたのかと考えていると、不意にリッカが話しかける。

 

「ねえアリサ…」

 

「はい!?」

 

 突然話しかけられたアリサは少し驚いた様子でリッカの方を向いた。

 

「その、この間は怒ってごめんね。」

 

「あ、いえ…私の方こそ、ごめんなさい。」

 

 頬をポリポリと掻きながら突然リッカ謝ってきた。おそらくユウキの記憶を取り戻すべきだと口論になった時の話だろう。半ば八つ当たりでリッカに怒鳴ったのは事実なので、アリサも素直に謝った。

 

「でも、やっぱり前に言った私の考え方は間違ってないと思う…無理させるのは、本人に大きな負担になると思うから。」

 

「…そうですね。サクヤさんにも言われました。ただ、本人が望むのなら私はどんな事でも手を貸します。」

 

 謝りはしたものの自分の意見は間違ってないと主張する。アリサもサクヤに言われて自身も辛い過去を洗脳により封じ込めて忘れた事を思い出した。

 しかしあくまでもユウキ本人が記憶を取り戻す覚悟が出来たならその時は惜しみ無く手を貸すつもりのようだ。

 

「うん。本人が望むなら、私も力を貸すよ。どうしたいか分かったら教えて。私が先に聞いたら教えるから。」

 

「はい。」

 

 本人が望むなら手を貸すのはリッカも同じらしい。アリサもリッカも取り敢えずユウキの意見を尊重する事にした。お互い怒鳴りあった事を謝ったこともあり、最初の様な険悪な雰囲気はなくなっていた。

 

「…何の話をしてるんですか?」

 

「フフッ内緒だよ。ね?アリサ?」

 

「そうですね。」

 

 しかし話の内容を理解出来ないユウキは怪訝そうに、何を話したのかアリサとリッカに聞いてみたがはぐらかされたため、余計にわからなくなり、不思議な表情で悩む事になった。

 そしてそんな中、1人の男が3人に向かって歩いて来る。

 

「よぉ、神裂。アリサにリッカも一緒か。」

 

「あ、こんにちはハルオミさん。」

 

 声をかけてきたのはハルオミだった。ユウキが返事をするが、ハルオミは顎に手を添えて考える様な仕草でユウキ達を見ていた。

 

「あの…何か?」

 

「ん?いや、美少女3人が女子会してるように見えたんでな。」

 

 『つい見とれてしまったのさ』とハルオミは続けるとユウキはキョトンとした表情になる。

 

「え?この間アリサさんから僕は男性だと…」

 

「おいおい、この間教えただろう?お前さんは悪い魔女に男に変えられた女子だって…」

 

「嘘言わないでください!!ユウは正真正銘の男性です!!」

 

 性懲りもなくハルオミはユウキが女だと嘘を吹き込むので、アリサはハルオミの話を遮り立ち上がる。

 

「さあ、お昼も食べた事ですし、任務に行きますよ!!」

 

 『リッカさん、後で神機の調整お願いします。』と言ってユウキの手を引いてその場を立ち去り任務に向かう。その様子を見ていたリッカは羨ましく思いながらも『オッケー、任せて』と返して2人を見送る。

 

 -支部長室-

 

 ユウキ達が昼食を食べているのと同時刻、ペイラーがデスクに座り、ツバキ、リンドウがその前に立っていた。

 

「彼が帰ってきてからしばらく経ったが…どうたい?彼の様子は?」

 

「以前と比べると、やはり戦力としては心許ない…と言った具合でしょうか。取り敢えず動ける様にはしましたが…」

 

 ペイラーがユウキの近況を聞くと、ツバキが戦える様に鍛えはしたが、戦力としては不十分である事を伝える。それを聞いたペイラーは小さくため息をついてリンドウの方へと向く。

 

「そうか…現地ではどんな様子だい?」

 

「元から戦いに向いている性格じゃなかったが、今は不必要な程に戦う事を恐れている…って印象ですかね。任務に出る度に大なり小なり怯えて錯乱してるみたいですから。」

 

 どうやらリンドウ曰く、実戦で戦える様な状態ではないらしい。戦闘の度に精神を乱し、冷静な判断どころか戦闘が終わった事に気付かない事さえある。そんな状態では戦場に出すのは不安が残るというものだ。

 

「成る程。それを聞く限り、彼を出すのは危険な気はするけど…さてどうしようか。」

 

「ただ飯食らいって訳にもいきませんからねぇ。俺達はともかく、ユウをよく思わない連中から何を言われるか…」

 

「アナグラの戦力も依然として増強される気配はありません。戦い方を忘れたとは言え、神機を握れるのであれば戦力となって欲しいところですね。」

 

 ならばユウキを戦場に出さなければ良いのだが、支部の戦力と周囲の目を考えると、お荷物のままでは周囲からの扱いが悪化するのは目に見えている。

 

「そうか…なら、アナグラ内での彼の立場と戦力の維持の観点からも、何とか彼には頑張ってもらうしかないか…」

 

 ツバキとリンドウの話を聞いて、現状ではユウキには戦場にでもらうしかないという結論なり、何処と無く不安を覚える事となった。

 

 -贖罪の街-

 

 食事のあとしばらくしてから、サクヤ、ソーマ、アリサ、ユウキで旧市街地へと任務に来ていた。ターゲットはヴァジュラ。普通に考えるとヴァジュラごときでは敵ではないが、ユウキが戦い方を忘れている現状では些か不安が残る。

 

「ソーマ、今回の任務の目的…分かってるわね?」

 

「ああ。ユウとアリサが実戦で戦える様にするんだろ。危なくなったら手を出すが、それまではアイツらに任せる。」

 

 『フッ…』とソーマが笑う。

 

「ソーマ?」

 

「前にもこんな話をしたと思ってな…」

 

「…そうね。」

 

 本来ならもうこんな話などする事はないはずだった。しかしユウキが記憶喪失になり、自分たちの知っている神裂ユウキとは違うのだと否応なしに理解してしまう。サクヤとソーマが感傷に浸っていると、教会横の広場でヴァジュラが現れた。

 

  『ガァァアッ!!』

 

「ッ?!あれが…ヴァジュラ…」

 

「ユウ、アリサ!!予定通り2人で討伐して!!」

 

「了解!!」

 

「は、はい!!」

 

 第一舞台は戦闘体勢に入るが、ソーマとサクヤはヴァジュラから離れ、ユウキは前衛、アリサは後衛に別れて2人で戦闘を開始する。

 アリサが後ろに下がりつつ銃形態に変形し、ヴァジュラの真正面にオラクル弾を発射して動きを止める。その間にユウキがヴァジュラに向かって走る。間合いに入ると、ユウキは右の神機を外から内に振って攻撃する。

 

「ッ?!」

 

 しかしヴァジュラは左へユウキとすれ違う様に避け、アリサの銃弾から逃れると同時にユウキの神機を避けた。だが咄嗟に左の神機でヴァジュラを斬りつけ、左の前足に傷を入れる。

 

「ユウ!!一旦後ろに!!」

 

 アリサの声が聞こえてくると、ユウキは即座に後ろに飛んでヴァジュラから離れるつつ、両手の神機を銃形態に変形する。そして入れ違いでアリサが前に出る。剣形態に変形してヴァジュラに切りかかるが、ヴァジュラは後ろに飛んでアリサの攻撃を避ける。だがその間にユウキが両手の神機をさっき傷を着けた所に狙いを合わせる。

 

  『『バンッ!!』』

 

 短い破裂音が2つ響くと、ヴァジュラの斬り傷に狙撃弾が吸い込まれる。傷を抉られた事でヴァジュラは一瞬怯んで動きを止める。その間にアリサが弐式をクイック捕食で展開してヴァジュラを捕食してバーストする。

 

  『ガァァアッ!!』

 

 しかし捕食されるとすぐにヴァジュラは後ろに飛び上がり、着地の瞬間にアリサに飛び掛かる。ユウキが神機で狙撃弾を撃つが、ヴァジュラはものともせずにアリサに飛び掛かる。アリサがその下を潜ってヴァジュラの後ろを取る。

 

「今です!!」

 

 隙だらけになったヴァジュラの尻尾をアリサが後ろから切り落とす。怒りで活性化したヴァジュラが反撃に出る。ヴァジュラが周囲に雷球を展開して周りに雷球を飛ばす。

 後ろにいたアリサは銃形態に変形しつつ後ろに下がってからジャンプして雷球を避ける。ソーマとサクヤは雷球の間を抜けて避け、ユウキはジャンプしつつ剣形態に変形して雷球を避ける。

 

  『ガァァアッ!!』

 

「ッ?!」

 

 ユウキと目が合ったヴァジュラが吠える。その瞬間、ユウキの脳裏には赤いキャスケットを被った銀髪の少女が黒い服に黒髪を切り揃えた女性に泣き付いている風景が映し出される。

 

(女の子…?泣いてる…『アリサ』が…泣いてる…!!)

 

 その直後、ユウキの目は鋭くなってヴァジュラを睨み付けると、ユウキは両手を後ろに突き出すと、インパルスエッジを発射する。空中で2つのインパルスエッジを撃った時の衝撃でユウキは高速でヴァジュラへと接近する。しかしヴァジュラも反撃に出て、ユウキへと飛び掛かる。

 ユウキはヴァジュラの眼前までに来ると、右の神機でヴァジュラの左の首もとを突き刺し、右腕の腕力で無理やりヴァジュラの横に逸れる。そしてすれ違いに左の神機でヴァジュラの顔面に横一閃の傷を入れる。

 

「なっ?!」

 

「速い!?」

 

(今の動き…記憶をなくす前のユウみたいだ…まさか?)

 

 アリサとサクヤはユウキの一撃が明らかに今までよりも速く、鋭いものになった事に驚いていた。そしてソーマはそんなユウキを見て記憶が戻ってきたのかと考えていた。

 

「グッ…ウ…」

 

「ユウ!!」

 

 しかし、ユウキが攻撃のあと着地すると突然頭を抱えて踞る。ユウキは頭の中でその時ユウキの脳裏には教会の出入口が崩れている場面が再生され、正常な思考が出来ない状態だった。

 

 『ガァァアッ!!』

 

「ッ?!」

 

 しかしユウキの事情など知らずにヴァジュラは吠えると、ユウキに迫ってくるが、ユウキはヴァジュラを睨み返す事しかしなかった。

 

「チッ!!」

 

 今まで離れていたソーマが飛び出し、ヴァジュラよりも先にユウキの前に割って入る。そして神機を両手で握り直し、下から上へと振り上げる。地面を削りながら振り上げられた神機はヴァジュラの顎を捉えてヴァジュラの巨体を跳ね上げる。

 しかしヴァジュラは空中で体勢を変え、ソーマに雷球を投げつける。

 

「チィッ!!」

 

 ソーマは装甲を展開して雷球を防ぐが、すぐに追撃しようと思っていたのにヴァジュラの反撃で装甲を展開せざるを得ない状況になり追撃は失敗に終わる。

 そしてヴァジュラはうまく着地すると、その直後にソーマに向かって駆け出した。しかしソーマの後ろには動きの鈍ったユウキが居る。避ければユウキに直撃する。ソーマは装甲の展開を維持したまま受け止めようと両手両足に力を入れる。

 

「ソーマ!!反撃して!!」

 

 防御の姿勢をとったソーマにサクヤは反撃を指示する。するとサクヤは狙撃弾をヴァジュラの前足に撃ち込む。撃ち込まれた狙撃弾は右足を貫通し、そのまま左足も貫通した。前足は結合崩壊を起こし、バランスを崩したヴァジュラは咄嗟に後足で地を蹴り、ソーマに向かって飛び掛かる。

 

「させません!!」

 

 しかし、アリサがヴァジュラの後ろから爆破弾を撃った事で、ヴァジュラは後ろ足のバランスも崩し、ソーマに飛び掛かるのは失敗に終わった。

 

「今です!!」

 

「ソーマ!!」

 

 即座にソーマは装甲を収納して前に出ると、ヴァジュラの眼前で神機を横凪ぎに振る。『ズガンッ!!』と鈍い音と共に神機を振り抜き、ユウキがヴァジュラの顔面に着けた横に伸びた斬り傷に沿って攻撃すると、ヴァジュラの顔面が上下に割れる。

 続けざまにソーマはその場で1回転して勢いをつける。そしてもう1回転してから、最初と同じように神機をヴァジュラの顔面に叩き付ける。遠心力で強化されたソーマの一撃でヴァジュラは完全に上下に裂け、コアも破壊されて吹き飛んでいった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「は、はい…」

 

 戦いが終わると、ソーマは座り込んでいたユウキに手を差しのべる。ユウキはその手を取り、ソーマの手を借りて立ち上がった。

 

「ユウ!!」

 

 ユウキが立ち上がったところで、アリサがユウキの元に飛んで来るや否や、やや強引にユウキに掴みかかり、ユウキの身体を一通りみて回る。

 

「だ、大丈夫ですか?!怪我してないですか?!」

 

「う、うん。大丈夫です。」

 

「どうやら、そうみたいね。何ともなくて良かったわ。」

 

 怪我がないか聞いてくるアリサの剣幕に圧されつつもユウキは何ともないと答える。サクヤも簡単にユウキの様子を見て、何ともないのを確認した。

 

「ユウ、戦ってる最中に動きを止めるなとツバキにも言われただろう?何があった?」

 

 ソーマはユウキが何故戦いの最中に不自然な行動をしたのか聞いてみる。それに対してユウキは良いよどんでいたが、少しの間の後、何故動きを止めたのかを話始める。

 

「戦かっていると、頭の中で知らない筈の状況や景色が流れる事がよくあるんです。ただ、その景色はどれもハッキリしなくて、結局何なのか良く分からないんです。」

 

 ユウキは戦いの度に知らない情景がフラッシュバックする事を話始める。それを聞いたソーマは顎に手を当てて考える仕草をする。

 

「戦いの中で、記憶が刺激されているのか?」

 

「まあ、そんなところでしょうね。」

 

 ソーマの考察にサクヤが迷わずに同意する。ユウキが記憶をなくす前の生活を考えればソーマの言った事も然程的外れではない事はすぐに分かるからだ。

 

「前は戦い続ける毎日だったからな。このまま続ければ、記憶を取り戻すのも近いかもな。」

 

「…そう、ですね…」

 

「ユウ…?」

 

 毎日命掛けで戦い続ける。記憶をなくす前はそんな生活だったので、最も日常的に行っていた『戦闘行動』で記憶が刺激されるのは分からないでもない。ユウキは記憶を取り戻すヒントとなりそうな意見を貰うが、あまり喜ぶ様子もなかった。そんなユウキを見たアリサは怪訝そうな顔でユウキの顔を覗きこむ。

 戦い続ける度に記憶の断片をボンヤリとは思い出すのだが、それと同時に恐怖心も呼び覚まされてく様な感覚に陥り、不快感を覚えていた。

 そんなユウキの心情が分かる筈もなく、周りは『戦える』神裂ユウキを求めている。そう信じて疑わないユウキは、早く記憶を取り戻さなければと思う反面、恐怖心から戦いたくないにも関わらず、戦い続けなければ記憶が戻らない現状に嫌気が差していた。 

 

To be continued




あとがき
 こんにちは、最近何に対してもモチベが上がらない私です。ずっと寝ていたいです。
 小説の方は…どうなんでしょ?なんか完成して読み返してみると周りの登場人物の言動に違和感があるようなないような…何度直しても後から違和感を感じる気が…
 リンドウさんの行動をとっても仲間が戦えないなら戦場に出ないで済む様にしそうだけど周りがそれで文句を言うなら黙らせるなんて事をしそうもないし…オリジナルの展開だとこう言うところでキャラ崩壊してないかが難しいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission95 前兆

今回は他部隊との交流がメインで戦闘成分ははかなり薄いです。


 -極東支部-

 

 ユウキが帰ってきてしばらくたったある日、ユウキはアリサと一緒にエレベーターに乗ってエントランスに向かっていた。

 

「確かユウは今日オフでしたよね?」

 

「うん。今日は任務に出なくてもいいはずです。」

 

 ユウキは今日の予定を思い浮かべながらアリサと一緒にエレベーターを降りる。取り敢えずミッションカウンターで雑談していたヒバリとリッカに一言言うと、そのまま共用ベンチに座って雑談を再開する。そんな中、エントランスに入ってきた人物が2人いた。

 

「あ、カレルさんとシュンさんだ。」

 

 カレルとシュンを見かけたユウキは手を振った。2人は一度ユウキと目が合ったが、その場に居づらそうな雰囲気を出した後、すぐに目を逸らしてエレベーターに乗って何処かに行ってしまった。

 

「あ、行っちゃった…」

 

 目は合ったのに何のアクションもないままその場を離れられたが、『何か急ぎの用事があるんだろう』と考え、特に気にした様子もなくアリサとの雑談を再開した。

 

(やること無くて平和だなぁ…)

 

 雑談の最中、ユウキはゆったりとした時間を過ごせる幸せを噛み締めていると、不意に後ろから声をかけられる。

 

「よっ!!」

 

「あ、タツミさん。第二部隊の皆さんも一緒でしたか。」

 

 片手を軽く上げたタツミがにこやかに笑って話しかけてきた。その横にはブレンダンやカノン、アネットと第二部隊が全員揃っていた。

 

「っと、そろそろ私は任務ですね。それじゃあユウ、任務から帰ったら一緒に夕飯にしましょうか。」

 

「分かりました、待ってますね。」

 

「気を付けてな。」

 

 そう言うとアリサは立ち上がった。直に任務に出る時間になるので、ユウキの事をヒバリに任せようかと思っていたが、その直前にタツミ達が来てくれた。アリサは内心タツミ達が来てくれて助かったと思い、ユウキの事を任せて出撃ゲートへと向かっていった。皆がアリサを見送ると、ユウキはタツミ達と雑談を再会する。

 

「こんな事聞くのも変かもしれないが、どうだ?少しは慣れたか?」

 

「普段支部に居る分にはだいぶ。皆さんが気にかけてくれてるので。ただ、戦場には…いつまで経っても慣れませんね…」

 

「まあ、それが普通だろう。誰だっていつ死ぬかも分からないと環境は恐ろしいと思うんじゃないか?」

 

「そうですよ。私だって時折アラガミとの戦いが怖いと思う事はありますし、先輩だけが戦場に出るのを特別怖がってる訳でもないと思います。」

 

「…」

 

 いつまでも戦場に慣れないと愚痴るユウキに対してブレンダンとアネットがフォローを入れる。しかし、現実には『戦える神裂ユウキ』を求められているせいか、どこか釈然としない様子で黙ってしまった。

 

「あ、そうだ。ユウキさん、クッキー焼いたんですけど食べますか?」

 

「やった!!いただきます!!」

 

 少し沈んだ空気の中、カノンが話題を変えようと持参したクッキーを取り出した。大きいバスケットに山盛りになったクッキーを見たユウキは目を輝かせてクッキーを一口齧った。

 

「ん~美味しい。」

 

「いっぱいあるので、どんどん食べてくださいね。」

 

 そう言ってカノンはニコニコ笑いながらユウキを見る。そのあとタツミ達もクッキーを食べ始め、本格的に雑談会が始まった。

 

「ヒバリさんとリッカさんもどうですか?」

 

「じゃあ、厄介になろうかな?」

 

「そうですね。折角ですから、いただきましょう。」

 

「カノンナイス!!」

 

 そんな中、カノンがカウンターで雑談していたヒバリとリッカにお手製のクッキーを勧めると、2人も雑談会に参加する事になった。当然ヒバリが参加するとなると、タツミはガッツポーズをしてヒバリの隣を陣取った。

 

「あら、楽しそうね。」

 

「こんにちは。」

 

 その後ジーナとフェデリコもエントランスにやって来た。当然雑談しながらお菓子を食べる防衛班+ユウキに気が付いて声をかける。

 

「あ、ジーナさんにフェデリコさん。お2人も一緒にクッキー食べませんか?」

 

「そうね、頂こうかしら?」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。あ、俺コーヒー入れますね。エスプレッソで良いですか?」

 

 カノンがジーナとフェデリコを雑談会に誘うと、ジーナとフェデリコも加わる事になった。フェデリコはすぐにコーヒーを人数分用意すると雑談会、もといお茶会が本格的に始まった。

 

「なんやかんや、防衛班の大半が揃ったな。」

 

「ですね。」

 

 元々は第二部隊でやろうと思った雑談も、ユウキが加わり、ヒバリとリッカが参加し、次いでジーナとフェデリコも加わった。いつ世間にか防衛班のほとんどが集まり、大所帯となったお茶会で各々好きな様にクッキーを食べ、コーヒーを飲みながら雑談に興じていた。

 

「ん~…甘いクッキーを食べた後のエスプレッソ…強い苦味がマイルドになっていい感じだぁ…」

 

「だね。このクッキーとコーヒーの組み合わせならいくらでも食べられるよ。」

 

「はい。カノンさんの作ったクッキーとフェデリコのコーヒー、良く合いますね。」

 

 カノンが作ったクッキーを食べた後にフェデリコが入れたコーヒーを飲んだユウキは幸せそうな顔で舌鼓を打っている。リッカ、アネットもユウキと同じような反応で食べていく。

 

「にしても、相変わらず旨そうに喰うよなお前。」

 

「だって美味しいんですからしょうがないですよ。」

 

「ふふ、ありがとうございます。」

 

 次々とクッキーを食べるユウキを見てタツミは、思わず記憶を無くす以前のユウキと重なり思わず『相変わらず』と言ったが、ユウキはそれに気が付かずに純粋にクッキーとコーヒーの感想を言った。カノンもそれを聞いてどこか嬉しそうに礼を言う。

 

「このエスプレッソ、お菓子との相性バッチリですね。美味しいコーヒー入れるのは自信があったのですが…今度入れ方教えてください。」

 

「ヒバリさんのコーヒーだって美味しいですよ。薄すぎずに濃すぎない…豆本来の味を引き出してるんですから。入れ方ならむしろ教わりたいくらいですよ。」

 

 ヒバリがクッキーを食べた後、エスプレッソを飲むと想像以上にクッキーと相性が良く驚いていた。美味しいコーヒーを入れる自信があったヒバリだが、ここまでお菓子と相性の良いコーヒーは入れられない。

 是非入れ方を教えて欲しいと言うが、フェデリコはヒバリのコーヒーの方が美味しいとむしろ教わりたいと言う。

 

「私はヒバリのコーヒーの方が好きね。調度いい苦味だもの。」

 

「俺はこのエスプレッソ、苦味が強くてかなり気に入ってるんだがな。また入れてくれないか?」

 

「はい。喜んで。」

 

 ジーナはヒバリのコーヒー、ブレンダンはフェデリコのコーヒーが好みだそうだ。ブレンダンがまた入れて欲しいと頼むと、フェデリコは快諾する。

 

  『ビー!!ビー!!』

 

 しかし、突然極東支部内に警報が鳴り響く。

 

「楽しい時間ってのは続かないもんだな。ヒバリちゃん、状況は?!」

 

 警報が鳴り響く中、タツミは楽しい時間を邪魔されて思わず愚痴る。しかし、すぐにカウンターに戻った始めたヒバリに状況を確認する。

 

「待ってください。今…出ました!!敵は全て小型種で3箇所に展開しています!!数はおおよそ5体、避難の事も考えて最低でも3人で3組に別れる必要があります!!」

 

「部隊の内訳は?」

 

 どうやら小型種が居住区の3箇所に現れたようだ。現れた場所が離れている以上、3箇所に分散する必要がある。その事をすぐに察したタツミは部隊配置の指示を仰ぐ。

 

「戦力を分散、避難活動を行う点から、ブレンダンさん、ジーナさん、カノンさんのチームとフェデリコさん、アネットさん、タツミさんのチームに分けるのがベストですが…」

 

「でもこれだと2部隊しか作れないですよ!!」

 

 戦力を均等に分散、避難活動の間の時間稼ぎ、避難完了までの避難場所の防衛を考えると、どうしても1チームに3人は欲しい所だ。しかし現状ではどうしても十分な戦力の2チーム、あるいは戦力が圧倒的に足りない3チームしか作れない。思わずアネットがその事を指摘する。

 

「…ユウキ、今回の防衛戦に出てくれないか?居住区の皆を守るために、お前の力を貸してくれ!!」

 

 現状、どうしても戦力が欲しいところだ。追加できる戦力…その事を考えた時、タツミはユウキの方を見て戦って欲しいと頼み込む。

 

「…これは、守るための戦いなんですよね…こんな僕でも、戦えば…誰かを守れるかも知れないんですね…?」

 

「ああ、そうだ。ただ自分のために戦うんじゃない。俺達が戦う…それが居住区の人達を助ける事に繋がるんだ。」

 

「…分かりました。」

 

 戦場に出てくれと言われたが、本音を言えば戦いたくない。しかし、自分自分が戦う事で誰かが助かる。決して自分の為だけの戦いではない。その事をタツミに聞き、ユウキの心は決まった。

 

「僕も…戦います。」

 

 自分が戦う事で誰かを助けられる。その為の戦いならばと、ユウキは戦場に出る事を決めた。

 

「メンバーを再編成します。ブレンダンさんとフェデリコさん、ジーナさんととカノンさんとアネットさん、最後はタツミさんユウキさんのチームで出撃してください。」

 

 ユウキが参戦した事で3チームに編成しなおす。ブレンダンとフェデリコは2人チームになり、大きな負担になるものの、何とか3チームを作る事ができた。現状最も戦力として不安のあるユウキはタツミが面倒を見る事となった。

 

「リッカさん、神機の用意をお願いします。」

 

「オッケー!!すぐに出せる様準備しとく!!」

 

「よし、防衛班出動だ!!」

 

 リッカに神機の準備をしてもらうと、ユウキ達は戦場に向かった。

 

 -外部居住区-

 

  タツミと一緒に外に通じるゲートがあるエリアE35に来ていた。既に侵入を許している事もあり、防壁には小さな穴が空いていた。その穴の周囲は荒らされて、近くの建物の壁が壊され、瓦礫が散らばっていたりした。そしてタツミとユウキは空いた穴の周囲で2体のオウガテイルを視認する。

 

「いた!!オウガテイル!!」

 

「俺は住民を避難させる!!それまでヤツらの相手を頼む!!」

 

「はい!!」

 

「幸いゲート前のこのエリアは人が少ない。これ以上アラガミが居住区に行かないよう止めてくれ!!」

 

「了解!!」

 

 タツミの指示でユウキは正面に2体いるオウガテイルに向かって走る。2体のオウガテイルもユウキを喰うために走ってきた。ユウキは両手の神機を連結し、両刃剣にして右上から神機を振り下ろす。

 

「1体!!」

 

 『スパッ』と綺麗にオウガテイルを両断する。次に神機を横に振って反対側の刃で2体目のオウガテイルを斬り倒す。

 

「2体目!!」

 

 2体目のオウガテイルを倒すと、構えたまま視線だけを動かして次の敵を探す。

 

  『ーーー!!』

 

「え?!後ろ…?」

 

 突然何処からか後ろから敵が来ていると声が聞こえた気がした。脳裏に浮かんだ声に従い振り向くとオウガテイルが口を開けてすぐ近くまで迫っていた。

 

「うわっ!!」

 

 ユウキが気付くとオウガテイルはすぐに飛びかかってきた。それを咄嗟に装甲を展開して防ぐと衝撃で後ろにずり下がる。そして神機の連結を解除して、逆手に持った左の神機を振り上げて、攻撃してきたオウガテイルを斬り裂いた。

 

「3体!!」

 

  『ーー!!』

 

「右!!」

 

 また誰かの声が聞こえた気がした。今度は右を向くとオウガテイルが2体ユウキに向かって来ている。

 

「4体!!」

 

 ユウキはまず右の神機を横凪ぎに振って近い方のオウガテイルを斬って倒す。そして次のオウガテイルに向かって走りながら、再度神機を連結する。

 

「最後!!」

 

 先にオウガテイルが前に出て噛みついてきた。ユウキはそれを右に跳んで避ける。右足を後ろにした状態で両足を着けると、右足を前に出しながら神機を振り上げる。

 

「5体目!!」

 

 1歩前に出て両手で掴んだ神機を振り下ろす。神機の刃がスッとオウガテイルを通る。オウガテイルは斬られた後、少しの間静止すると、斬り口から血が吹き出して、ゆっくりと左右に分かれた。

 

「…よし。ヒバリさん、5体って言ってたし…もういないよね。」

 

 予め聞いていた数のオウガテイルを倒した事で、ユウキは戦いが終わったと思って構えを解いた。

 

  『ーーー!!』

 

「え?!」

 

 また脳裏で声が聞こえた。後ろを向くとさっきのとは別のオウガテイルが口を開けてユウキに飛びかかってきた。

 

「斬ッ!!」

 

 しかし赤い影がオウガテイルに素早く近づくと、小さな掛け声と共にオウガテイルは斬られ、オウガテイルと赤い影はほぼ同時に着地する。その赤い影を見てみると、一緒にここまで来た人物だった。

 

「タ、タツミさん!!」

 

「よ、危なかったな。」

 

 タツミは神機を振ってオウガテイルを斬った時に神機に付いた血を振り払いつつユウキの方を見る。

 

「ありがとうございます。」

 

「ヒバリちゃんの情報で数を聞いても、任務の最中に新たな敵が乱入してくるなんて珍しくないぞ。全部倒しても警戒は緩めるなよ。」

 

「はい。気を付けます。」

 

(本当に…全部忘れちまったんだな…)

 

 今まで普通にやって来ていた戦いの基本とも言える部分であり、自分の命に関わる事まで忘れていた。ユウキが帰ってきてから一緒に実戦に出た事なかったため、ユウキが記憶を全てなくした事が未だに信じられなかったが、今のやり取りで嫌でも現実を突きつけられてしまった。

 

「タツミさん?」

 

「いや、何でもない。っと、ちょっと待った。」

 

 急にタツミの反応がなくなった事を不思議に思ったユウキがタツミに話しかける。話しかけられた事で現実に意識を戻す。そのタイミングでタツミの端末に連絡が入る。言葉少なく話した後、通話を切った。

 

「どうやらブレンダン達も既に終わってるらしい。一通り巡回したら合流しよう。」

 

「分かりました。」

 

 タツミは端末をしまうと他の場所の戦闘も終わっていると連絡を受けた事を伝えると、先に辺りの警戒を始める。ユウキもそれに続こうとすると…

 

  『ー…ー…ーー…』

 

「…ッ?!」

 

 ユウキは何かを訴えかける様な、見えない何かが自分に語りかける感覚を覚え、勢いよく振り向むいて辺りを見回す。

 

(何だ…?この感じ…)

 

 しかし近くにアラガミに荒らされた居住区以外、特に変わったものは見受けられなかった。しかし確実に誰かの気配は感じる。

 

(近くに…何かいるのか?)

 

 消える事のない気配で背中がゾワゾワする不快な感覚を感じながら辺りをもう一度見回す。『やっぱり何もいない』そう思った時、後ろから声をかけられた。

 

「おーいユウキー!!どうかしたかー?」

 

「あ、何でもないです。今行きます。」

 

 タツミに呼ばれて気配を探るのを中断するが、タツミの元に行く直前にもう一度だけ辺りを見回す。しかし今度は何も変わったものが見つからないどころか、さっきまで感じていた気配さえ感じられなくなっていた。

 

(何だったんだろう…?)

 

 結局、気配の正体が分からないままユウキはタツミの元へと歩いていき、そのままこの場を後にした。

 だが、この時の気配の主との出会いがユウキにとっても大きな転機になるとは、この時誰も思わなかった。そんな気配の主が現れるのはすぐ先の事。

 

To be continued




あとがき
 1日12時間は寝たい私です。そんなこんなでユウキと第二、第三部隊との交流回でした。もっとも割かしユウキに好意的に接してくれる人達との交流なのでボロカスに言われる事はありませんでしたが。
 他にもちょいちょいと断片的に記憶を取り戻す傾向はあっても殆ど何も思い出せていないので色んなところの言動でホントに記憶がないと実感するも、できるだけ今までと変わらぬ態度で接するタツミ達の心境をもう少し掘り下げた方がよかったかも…?
 それでは感想等々、あればお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission96 美神

記憶を無くして以降、取り敢えず大型種まで相手をしたユウキが戦うのは…美神の名を持つあのアラガミです。


 -極東支部-

 

 居住区の防衛戦があった翌日、第一部隊に急遽召集がかかったので、ユウキはすぐにエントランスに向かう。そこには他の第一部隊のメンバーとツバキが既に居た。どうやら自分が最後だったようで、すぐにブリーフィングに加わった。

 

「先程、未確認のオラクル反応を調査しに行ったリンドウとサクヤから救難信号が出た。第一部隊には彼らの救援に行ってもらいたい。」

 

「え?!リンドウさん達が?!」

 

「だ、大丈夫なんですか?!」

 

 救難信号をキャッチしたので救援に向かうと言う任務の内容だったが、意外にも信号を発信したのは先に調査に向かった2人だった。

 他支部でもその名を轟かせている2人が苦戦を強いられる事にコウタとアリサは驚きを隠せないでいた。

 

「今のところはな。調査中に小型と中型の群れに囲まれた様だが、バイタル情報は届いている。まず生きているとみて良いだろう。」

 

 動揺するコウタとアリサだったが、ツバキは冷静に2人の無事を伝えると落ち着きを取り戻した。

 

「敵の情報は?」

 

「囲んでいるのはオウガテイルやザイゴート、シユウやコンゴウだ。いずれも堕天種が確認されている。それから未確認アラガミについては残念ながら何もわからん。昨日の防衛戦の後に反応があり、今回初めての偵察だったんだが…その最中に見つかったようだ。」

 

「分かった。急ぐぞ。」

 

 一旦落ち着いたところでソーマが状況説明を求める。リンドウ達に襲いかかって来たのは堕天種を含む小型、中型種で大型種はいないらしい。しかしリンドウ達が追っていた本来の標的については調べる前に気付かれたようで何も分からないとの事だった。

 しかしリンドウとサクヤを助けるのは変わらない。ソーマが代表して任務を了承すると、ツバキはすかさず指示を出す。

 

「よし、5分後にはヘリを出す。すぐに準備しろ。」

 

「「「了解!!」」」

 

 ツバキが出撃の指示を出すと第一部隊は返事をして、急いで支度を済ませてヘリへと乗り込み現場に向かった。

 

 -嘆きの平原-

 

 周りに沸いてきた雑魚アラガミ達のせいで調査対象に見つかり、第一部隊に救難信号を出してからしばらくたった。雑魚アラガミ達を殲滅した後、捜索対象である美しい女性の上半身と体の各所にゼリー体が着いた醜悪な獣のような巨体が合わさり、ウェーブのかかった明るい茶髪に角が生えて仮面を着けた異形のアラガミから逃げ続けた結果、リンドウとサクヤは旧ビル街の崩れたビルの陰に隠れて新種のアラガミを観察していた。

 

「やれやれ、雑魚は一掃出来たが…あのお嬢さん、まだ俺達の事探してるみたいだなぁ。」

 

「アラガミにまでモテる色男は辛いわね。でも、だからってこんな美人妻の居る前で鼻の下伸ばしているようなら、2度とスケベな思考が出来ない様にその頭を撃ち抜いてやるんだから。」

 

「バカ言え。何度フッても向こうがしつこく付きまとってくるんだよ。どう考えても俺は被害者だろう?」

 

 ビルの壁を背にして隠れてリンドウとサクヤはヒソヒソと話して軽口を飛ばし合う。

 

  『ピシッ』

 

 しかし後ろ壁にヒビが入り、2人はその場からすぐに離れると、爆音と共に巨体のアラガミが壁を突き破り埃が舞い上がった。

 

  『ンフフフ…♪』

 

 舞い上がった埃から件のアラガミが妖しい笑い声で笑いながら手招きして2人を挑発する。対してリンドウとサクヤは即座に戦闘体制に入る。

 

「チッ!!おしゃべりしてたら見つかっちまった!!サクヤ!!」

 

「了解!!」

 

 リンドウ達は左右に別れて回り込む。敵アラガミはリンドウを標的にしたのか体をそちらに向ける。

 

  『バンッ!!』

 

 その間にサクヤがすれ違い様に左の前足に狙撃弾をアラガミに撃ち込む。あまり効いている様子はないが、敵はサクヤの方に視線を向ける。その隙に今度はリンドウが右手を変形させながら一気に近づいて敵を切り裂いた。

 そしてリンドウはすぐにアラガミの後ろへと抜け、サクヤと共に旧ビル街の戦闘領域へと入る。すると敵も、大きく跳躍して戦闘領域に着地するなど、その巨体に見合わない機動性を見せ付けつつ派手なリングインを披露する。

 

「アナグラに連絡は着いてる。皆が加勢に来るまで持ちこたえましょう!!」

 

 増援の申請は出来ている。時間さえ稼げばこちら側に有利な状況を作る事はできるため、2人で倒すことまで考える必要はない。いざとなれば逃げてもいい。多少は気が楽ではある。

 

「そうだな!!けど…」

 

 しかし、リンドウは何やら不適な笑みを浮かべて神機に変形した右手をしっかりと握る。その瞬間、敵アラガミは駆け出し2人に向かって突っ込んできた。

 

「先に倒したって良いよな?!」

 

 リンドウは小さく、サクヤは大きく横へと跳んで突撃を回避する。リンドウは可能な限り回避動作を小さく納めたため、すぐに右足を踏み込み、体重を乗せた一撃で反撃に出る事ができた。そしてサクヤも離れ際に、アラガミの頭に狙撃弾を撃つ。しかしそれを敵アラガミは上体を後ろに反らせて躱した。

 

「躱された?!」

 

 決して遠く離れている訳でもないし弾速も速い。避けられるとは思っていなかったサクヤは驚きを隠せないでいた。その間にリンドウが追撃しようと右腕を振り上げる。

 しかしリンドウの追撃よりも先に敵が動いた。リンドウの方を向くと、両手がバチバチと稲妻を発生させ、右手をリンドウに、左手は可能な限りサクヤの方に向けて地面に叩きつける。するとリンドウには半球状の電撃のドームで応戦し、サクヤの足元からは何やら紫の円が現れる。

 

「ぐぉぉあ?!」

 

「リンドウ!!クッ!!何なのこれは?!」

 

 リンドウは電撃ドームの攻撃を避けきれずに電撃を受けてしまう。その間にサクヤもその場から動いて紫の円から離れようとするが、円はサクヤの動きに合わせて着いてくる。そのうちに円はサクヤの追尾を止める。すると地面から雷柱が立ち上った。

 

「ひゃあ?!」

 

 全力で走り、攻撃の瞬間に前へと飛び込み、悲鳴を挙げながらも何とか避ける事はできた。それでも最後は前方へとうつ伏せになってでも飛び込まないと避ける事は出来なかっただろう。

 サクヤが雷柱を避けているあいだ、敵は醜悪な獣を思わせる巨大な下半身でリンドウに左フックで攻撃する。

 

「クッ!!」 

 

 リンドウは寸でのところで後ろに下がって追撃を避ける。振り抜いた後に大きな隙が出来たが、先のダメージで即反撃とはいかず、一瞬の間を作ってしまった。その間に上半身が両手に電撃を纏わせたゼリー状の球体を作り、まずは右手のゼリーをリンドウに投げつけ、続いてその場で急激に回転して、左のゼリーを後ろで体勢を立て直したサクヤに投げつける。

 

「クソッたれ!!」

 

「このぉ!!」

 

 2人は難なく躱すが、地面に落ちたゼリーはその場で電撃を放ち続けている。対してリンドウは再び小さく避けて敵との距離を詰め、サクヤは大きく跳びながら狙撃弾を左の前足に数発撃ち込む。

 敵アラガミはリンドウを迎撃しようと両手に電撃を纏ったが、その瞬間にサクヤが撃った狙撃弾がアラガミの左手を貫いた。 電撃が止まり、その間にリンドウは下半身の右前足を攻撃する。すると敵アラガミは右の後ろ足のゼリー状の部位から紫の毒々しい粘液を吹き出しつつ、先端に目玉が付いた金色の触手が生えてきた。

 

「な、何あれ?!」

 

「あの目玉…クソッ!!サリエルのと同じか?!」

 

 敵アラガミの出した目玉がサリエル種の魔眼だと気付くとリンドウは即座に離れる。敵アラガミはその場で回転すると、紫の霧を撒き散らした。回転による攻撃を避ける事はできたが、毒霧がリンドウを覆い隠してしまった。

 

「ぐぅっ!!」

 

「リンドウ!!」

 

 リンドウが深い毒霧の中に消えた。サクヤは霧を払いつつ敵の注意を引き付ける為、霧と敵を交互に撃つ。しかし巨大な下半身の物量が相手では効果は薄いようだ。

 

「こちとら右手がアラガミな上相棒が護ってくれてんだ…」

 

 リンドウの安否を心配していたが、何時もと変わらぬ調子のリンドウの声が毒霧の中から聞こえてきた。

 

「今さら毒なんざ効かねぇよ!!」

 

 リンドウが鋭い一撃で右の前足を切り裂く。毒霧の中でも特に辛そうな様子もなく反撃する辺り、本当に何ともないようだ。右前足を切られたアラガミは、巨体に対して大きな傷でもなかったが、予想しなかった反撃に怯んだ。

 さらにその場での追撃、サクヤも後ろから左の前足を撃って援護する。すると今まで左足を狙い続けた結果、狙撃弾が左前足を貫通した。

 体勢を崩したアラガミに追い討ちをかけるべく、リンドウはまた追撃しようと右腕を振り上げる。しかし、このままではまずいと感じたのか、敵アラガミは背中のゼリー体から四角い人工物を生やし、周囲に円柱状の物体を発射した。

 

「今度はミサイルかよ?!」

 

「クッ!!」

 

 2人の頭上からミサイルが降ってきたので後ろに跳んで避ける。しかし、着弾したミサイルは3方向に別れ、地面スレスレを飛ぶ爆弾となった。リンドウはジャンプしつつ敵に近づき、サクヤは横に跳ぶ。

 

「何ッ?!」

 

「爆弾が?!」

 

 ミサイル着弾の後に飛んできた爆弾を避けたと思ったらその後方から速度の遅い爆弾が続いて飛んできた。爆弾を飛び越えて追撃しようとしたが、着地を狙う様な追撃にリンドウは焦る。

 

「こ…のぉ!!」

 

 リンドウは右手を下にして、インパルスエッジを撃って空中で跳ねる。そして敵アラガミの背中のゼリー体を破壊する。

 

「ッ!!」

 

 そしてサクヤも狙撃弾を連射して自身に直撃する爆弾を撃破する。狙撃弾は爆弾を貫いて敵に直撃させるが、爆弾の迎撃で減衰した狙撃弾ではダメージを与える事は出来なかった。その後、ゼリー体を破壊したリンドウがサクヤの側に下り立った。

 

「チッ!!」

 

 しかしすぐに敵は再び右足のゼリー体から魔眼を生やす。すると魔眼が光を集めて剣を作り、着地の隙のせいでリンドウは攻撃を避ける事は出来ないリンドウの方へと素早く振り返って攻撃する。

 

  『グチャッ!!』

 

 リンドウに魔眼の攻撃が迫る中、突然魔眼が宙を舞った。そしてリンドウの視界には白い神機にフードを被った青年が映る。

 

「よう、ちゃんと生きてるみてぇだな。」

 

「ああ、当たり前だろ。」

 

 追撃が来る直前に助けに来たのはソーマだった。敵を見据えているためリンドウと顔を合わせる事はなかったが、頼れる仲間が側に居るだけで安心して戦える。

 次の瞬間、ソーマが『目を閉じろ!!』と叫ぶと後ろからグレネードが飛んで来るのが目に入る。リンドウとサクヤ、それから当然ソーマも目を閉じる。

 

  『バンッ!!』

 

 辺りが閃光に包まれて落ち着いた後、目を開けるとコウタとアリサ、ユウキが加勢に来ていた。

 

「リンドウさん!!サクヤさん!!大丈夫?!」

 

「皆、来てくれたのね!!」

 

 コウタがリンドウ達に現状を確認する。これで第一部隊が揃った。この状況にサクヤも戦況を覆す希望が持てた。

 

「お、おぉぉ…上半身裸じゃん…」

 

「気を引き締めろ!!強敵だ!!」

 

 アラガミとはいえ艶かしい女性の裸体に興奮していたコウタだったが、視力が回復した敵が改めて戦闘体制になり、第一部隊に狙いを定める。ソーマの一言でコウタも再度戦闘体勢になる。

 

「来るぞ!!」

 

 リンドウの声と同時に敵アラガミが突撃してきた。対して第一部隊はバラバラに散って突進を回避する。その後、アラガミは若干滑りながらユウキに向かって方向転換する。

 

「リンドウ!!敵の特徴は?!」

 

「動きも速いし電撃を使う、さらに言えば身体中の球体から色んなアラガミの攻撃を使ってくる!!」

 

 ソーマがリンドウに敵アラガミの特徴を聞く。全てではないが、これまでの攻撃をまでの攻撃パターンから残り2つのゼリー体からも別のアラガミの攻撃をしてくるだろうと予想して全員に敵アラガミの特徴を伝える。

 そしてリンドウが特徴を伝え終わる頃、ユウキは追いかけ全力で走っていた敵アラガミの突撃を横に避けた。敵はその横を通りすぎると、またスライドしつつも方向転換してユウキの用を向く。

 

「当たれぇ!!」

 

「これならどうですか?!」

 

 コウタとアリサがユウキを狙う敵アラガミを爆破弾で撃つ。しかしそれでも敵アラガミは止まる様子はない。

 また敵アラガミはユウキに突進してくる。ユウキの前まで来ると、敵は上半身を伸ばして掴みかかる。それをユウキはましても横に跳んで避ける。

 

「アイツ、さっきからユウばかり狙ってんぞ!!」

 

「後ろへ周る!!ユウはそのまま引き付けろ!!他のやつは攻撃しつつユウの援護だ!!」

 

 コウタが敵アラガミがユウキばかり追いかけていることに気がつく。するとリンドウはユウキを囮にし、周りがサポートと総攻撃するように指示する。しかし、敵の動きを見ていたソーマは1つ気になることがあった。

 

(アイツ…ユウを捕まえようとしてんのか?)

 

 ユウキを見てから敵アラガミはユウキを追いかけつつ手を伸ばしてユウキに触れようとしていた事から、ソーマは敵アラガミはユウキを捕らえようとしているのではないかと考えていた。しかし余計な事を考えていると戦闘に支障が出るため、思考を打ち切って戦闘に集中する。

 敵アラガミは素直に真正面からの突撃では効果がないのが分かったのか右前足を軸にして急反転する。すると背中のゼリー体からミサイルポッドを生やしてミサイルを撃つと、発射したミサイルが上から降ってくる。

 

「気を付けろ!!着弾したら3方向に速いのと遅いのに別れるぞ!!」

 

「ミサイルを迎撃して!!その方が早いわ!!」

 

 リンドウがどんな攻撃をしてくるが教えるが、イマイチ想像出来ない説明だった。しかしサクヤの助言で着弾前に破壊してしまえば問題ないと分かり、サクヤ、コウタ、アリサは各々頭上から降ってくるミサイルを数発破壊する。

 しかし全てを破壊する事はできずに何発かは地面に着弾し、3つの地を這う爆弾の後に、3つの弾速の遅い爆弾が広範囲に広がった。

 

「うわっ!!あぶね!!」

 

「クッ!!そういうことですかっ!!」

 

 実際に見てリンドウの言った事を理解したコウタとアリサは弾幕を張って爆弾を破壊する。

 

「グッ!!」

 

 ユウキは装甲を展開して2段階の爆弾攻撃を防御する。

 

「貫け!!」

 

 サクヤは1段目をジャンプで躱し、2段目を狙撃弾で破壊する。

 

「食らえ!!」

 

 そしてソーマもジャンプで1段目を躱す。そして神機で地面を叩いて跳び跳ねる事で、2段目の爆弾を飛び越える。そして同時に敵へと一気に近づきつつ、着地動作と同時に上から敵アラガミに袈裟斬りを繰り出す。

 対して敵は下半身の左手でソーマの攻撃を防御する。しかし、ソーマの攻撃が強力な一撃で左手を下ろしてしまう。さらに、敵の上半身と下半身の間に左から右への横凪ぎに神機を振って追撃する。

 

「ッ!!」

 

 しかし敵は左手を外へと振ってソーマを弾き飛ばす。

 

「ソーマ!!」

 

「クッ!!全員ソーマを援護!!」

 

「「了解!!」」

 

 敵からの追撃を防ぐため、コウタ、サクヤ、アリサ、そしてユウキは銃形態に変形して四方から敵を撃ちまくる。

 対して敵アラガミは電撃を纏って、神機使い達の砲撃を防御しつつ、正面のユウキに向かって突進し、ユウキに当たる直前に飛びかかる。それを横に跳んで躱したが…

 

「うわあぁあ!!」

 

 敵が倒れ込んだ後、電撃がドーム状に広がり、ユウキに直撃する。しかしその間にリンドウが後から敵アラガミに近づいていた。

 

(この距離からなら…)

 

 最後に電撃がドーム状に広がったため一旦足止めを食らったが、電撃が収まると同時に、両足に力を入れて一気に敵アラガミに近づく。

 

(届く!!)

 

 リンドウが後から攻撃しようと近づき、相手の元まで届くと判断し、右腕を振り上げる。しかし突然敵の尻尾が持ち上がり、臀部のゼリー体から水球が広範囲に発射された。

 

「なにぃ?!」

 

 リンドウは咄嗟に右腕を盾にして防いだが、水球の威力でリンドウは後に下げられる。

 

「ウッソだろアイツ?!ケツからグボロが生えやがった?!」

 

「「リンドウ!!」」

 

「「「リンドウさん!!」」」

 

 攻撃の直前、リンドウが見たのはゼリー体の中からグボロ・グボロが生えてきて、水球をばら蒔いてリンドウを攻撃してきたのだった。反撃から立ち上がったソーマ、サクヤ、他の第一部隊がリンドウを心配して声をあげる。

 

「ああ、大丈夫だ!!ユウ!!そのまま敵の注意を引き付けろ!!」

 

「はい!!」

 

 どうやら問題は無いようだ。リンドウはユウキに囮をするように指示して体勢を立て直す。

 その間に敵アラガミも体勢を立て直して、第一部隊の方を向いた。すると両手に電撃を纏って地面を叩く。すると敵を囲むように6本の雷柱が出現する。

 数秒程どんな動きをするのか観察していると、雷柱が第一部隊に向かっていく。

 

「クソ!!」

 

「チィ!!」

 

「クッ!!」

 

 リンドウ、ソーマ、サクヤは咄嗟に雷柱を躱したが…

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「きゃぁぁあ!!」

 

 コウタとアリサは思いの外精度の高いホーミングのせいで攻撃を受けてしまう。

 

「これくらいなら!!」

 

 そしてユウキは神機を剣形態に変型しながら雷柱を避けつつ、敵アラガミへと向かっていく。しかし、ユウキが雷柱を躱して近づいてきているのがわかると、敵の左側は後ろ足からボルグ・カムランの尾剣を生やす。そして向かってくるユウキに対してアラガミは尾剣を振り回すと、ユウキは左側の神機で装甲を展開して防ぐが弾かれる。神機は後ろに飛ばされ、神機は地面に突き刺さった。

 

「こん…のぉ!!」

 

 ユウキは攻撃された勢いで身体が後ろに反らされるが、右足で踏ん張ってその場に留まる。そしてユウキは前に飛び出して敵の眼前へと出る。そのまま眼前で神機を横凪ぎ振って敵アラガミの顔を斬りつける。するとアラガミの顔に着けられていた仮面が割れ、その素顔が露になった。

 

「は…?」

 

「えっ?!」

 

「な…に?」

 

「え…?あれ…は…?」

 

「ユウと…同じ顔…?」

 

 仮面が割れるとそこにはユウキと同じ顔が顕れた。正確には戦闘中の様に目付きを鋭くしたユウキの顔にそっくりだった。誰もが驚いて動きを止める中、敵のアラガミの上半身だけの女性がユウキに向かって飛び付いた。

 

「ユウ!!」

 

「クッ!!」

 

 空中では当然動くことも出来ない。アリサがユウキの名を叫び、フォローに入ろうとするが、それよりも先にユウキは両腕で羽交い締めにされて捕まった。

 

「ッ?!?!」

 

 その瞬間、ユウキの意識は遠退いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうは言いますけど…親族が経営者だからって進路が楽に決められるなんて事はありませんよ?」

 

(とは言え…最終的には家業を継ぐにしても、もっと色んな事をやってみたい気もするんですよね…)

 

「な、何…この、化け物…」

 

「い、いや…来ないで…」

 

「お父さまぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

「私を保護していただいた事、感謝いたします。」

 

「ええ、ありがとう。『アル』…」

 

「あ…よ、よろしくお願いいたします。」

 

(この人が護衛…?何か…表情が変わらなくて怖い人ですね…)

 

「やってみなさい…私を生け贄に差し出したところで、彼らが止まる事はありません!!」

 

「そんな風に笑えるんですね。貴方は笑ってる方が素敵ですよ?」

 

(私が…あの人の…子どもを…?)

 

「そんな…あの人が…何で…?」

 

(何で…私の愛する人は…私の元から去っていくの…?)

 

(あの人は強い…きっと大丈夫。何処かで…きっと生きている…!!)

 

「必ず…会いに行きます。この子と共に…」

 

「私達…家族…3人…で…」

 

「ごめんなさい…『クロウ』…貴方にこの子を…会わせてあげられない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い…生きて…『レイヴン』…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ…『俺』は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ユウ!!」」

 

「ユウを離せ!!」

 

 ユウキを捕まえた敵アラガミにサクヤとアリサ、コウタが爆破弾を敵アラガミの女性の上半身に撃ち込むと、敵アラガミはユウキを放した。

 

  『ッ?!』

 

 拘束から抜けたユウキはアラガミを蹴り、そのついでに斬りつつ離れる。そして落とした神機の側に着地すると、突き刺さった神機を左手で掴むと逆手に持つ。

 

「ユウ!!」

 

「下がれ…」

 

 長い前髪で顔が隠れてどんな表情をしているかは分からない。しかしソーマの問いかけに対して、ユウキは静かに、そして確かな威圧感を持った声で返す。

 

「…邪魔だ…」

 

 以前のユウキからは考えられない様な冷たい物言いで第一部隊に下がるよう指示する。するとユウキの姿がブレて、一瞬のうちに敵との距離を詰める。しかし、敵アラガミも先から出していたボルグ・カムランの尾剣で咄嗟にユウキを突き刺す。

 対してユウキは尾剣と身体が直線になる様に軌道修正する。そして尾剣がユウキの眼前に来ると、身体を右に逸らせつつ身体を回転させる。横に逸れる動きと身体の捻りで敵の尾剣を避けつつ、急激に身体を逆回転させて左側の神機で尾剣を斬り落とす。そして即座に迎撃する手段を失った敵アラガミに、ユウキは一瞬で近づいて右側の神機を振り抜く。

 

『ブジャッ!!』

 

 振り抜いた神機が血を吹き出しながら敵アラガミの上半身を斬り落とす。うつ伏せに倒れ、醜い下半身はそのまま力なく地面に横たわる事となった。

 

「レ…ィ…」

 

 斬られたアラガミは倒れたまま呻き、左手をユウキに伸ばす。ユウキは何事もないかの様に歩いて、アラガミの側まで行く。すると右足でアラガミの頭が少し地面に埋まる程度の力で踏みつけて、アラガミの動きを止める。そして左手の神機の切先をアラガミの背中に向け、捕食口を展開する。

 

「さようなら…」

 

 『グジュッ!!』と、粘着質な水音と共に捕食口が背中を喰い千切り、アラガミのコアを捕食する。

 

「母さん…」

 

 ユウキは殺したアラガミを母と呼んで見下ろす。しかしその目は温度や感情と言ったものを何も感じない目をしていた。

 

「ユウ、今の戦い方…もしかして記憶が…」

 

 コアを捕食した後、ユウキが神機を下ろすとアラガミはすぐに霧散していった。それを第一部隊が見届けた後、アリサが声をかける。とどめの時にアラガミに何か言ったようだったが、声が小さくて何を言ったのか誰もがよく聞き取れなかった。それよりもギリギリまで引き付けて無茶苦茶な動きで躱し、一気に近づいて倒す。まるで記憶をなくす前の様な鋭い動きで敵を倒したユウキを見て、直前の冷たい物言いは気になったがユウキが記憶を取り戻したのではないかと誰もが期待する。

 しかしそんな期待を込めたアリサの問いかけにも応えず、ユウキは端末を取り出して極東支部に通信を入れる。

 

「こちら神裂、任務は終了した。第一部隊は帰投させる。それから、支部内の神機使い達全員をすぐに集めて欲しい。大事な話がある。」

 

『え…あ、あの…?いったい何を…?』

 

 任務終了の連絡が来たと思えば、リンドウ達の帰投させるが自分は帰らない、そして人を集めろと、次から次へと別の話をするユウキにヒバリは混乱する。

 

「今任務に出ている奴らも必ず全員戻せ。ソイツらが請け負ったターゲットは全てこちらで殺る。出ていった奴らを待つよりその方が早い。」

 

『ま、待ってください!!そんな勝手な…』

 

 挙げ句勝手に任務内容を変更しろと言うユウキにヒバリは抗議しようしたが、ユウキは一方的に伝える事を伝えて通話を切る。

 

「お前達は帰れ。『俺』はもう一仕事してくる。」

 

「お、おいちょっと!!」

 

「待ちなさい!!」

 

 コウタとサクヤがユウキを止めようとするが、突然ユウキの身体を黒い霧が包み込む。

 

「「「ッ?!」」」

 

「なっ?!」

 

「お前…」

 

 突然黒い翼が霧を振り払う。そして晴れた霧の中からはユウキではなく、ユウキが帰ってきた時と同じ、背中と頭に黒い翼を生やしたアラガミが顕れた。

 サクヤとコウタ、アリサは言葉を失い、リンドウとソーマも何とか声を出すのが精一杯な程に驚いていた。そしてその間にユウキは上に大きく飛び上がると、黒い翼を羽ばたかせて何処かへ飛び去っていった。

 

「仕方ねえ…帰るか。」

 

 次から次へと起こる不可思議な現象に誰もが着いていけなくなった。ユウキが飛びさったのを見たしばらく後に、ようやくリンドウが帰還を指示して、第一部隊は帰投した。

 

 -極東支部-

 

 ユウキが第一部隊と離れて以降しばらく経った。極東支部の神機使いとスタッフが訓練室に集められていた。何よりも召集をかけたのはアラガミ化が進んだはずなのに完治したユウキだと言う事も気がかりだった。

 『何の話だ?』『全員集める理由は何だ?』と雑談に興じていた。しかし中には仕事をユウキに盗られたと怒りや不満を漏らす者も多く居た。そんな中、皆を呼び出した張本人であるユウキが『人の姿』で訓練室に入ってた。

 

「全員いるのか?」

 

「は、はい。何とか…」

 

 今まででは想像もつかない様な冷たい雰囲気のユウキが訓練室に入ると、先ず最初に皆を集めてくれたヒバリに声をかける。しかし、ユウキの変化や行動が納得いかないのか、ヒバリはユウキの考えを理解出来ずに困惑した声色で答えた。

 

「おい神裂!!俺達の仕事横取りしやがって!!一体どう…?!」

 

 最前列に集められた神機使いの1人が殴りかかる様な勢いでユウキを非難する声をあげる。引き受けた仕事を横取りされたら当然だろう。しかし、その非難の声は最後まで続けられる事はなかった。それも当然だ。ユウキが右手で神機使いの首を掴んで床に叩き着けたのだから。

 

「お前の話は聞いてない…」

 

「ガッ…アッ…!!」

 

「やめろユウキ!!」

 

 首を掴んだまま腕を持ち上げ、神機使いの体を浮かせる。そしてミシミシと骨の軋む音を発てながら少しずつ絞め上げていく。それを見て誰もが驚いて動けない中、ツバキが止めるがユウキはそれでも神機使いの首を締め上げ続けている。

 

「俺への文句は後で聞く。報酬も欲しければ貴様らにやる…だから…」

 

 首を絞められている何とか抵抗しようとユウキを蹴るがびくともしない。そのまま酸欠になり始め、徐々に抵抗は弱まり白目を向き涎が垂れ始めた。

 しかしユウキはそんな状態の相手を気にした様子もなく、淡々と話していく。

 

「少し…黙れ…」

 

 言葉通り、ユウキは怒りをぶつけてきた神機使いを黙らせた。死なない程度に弱ったところで、ユウキは首から手を放すと、神機使いはその場に落とされた。首を拘束から解放され、ゲホゲホと咳き込んでいるのを少し見た後、興味を失った様に元居た所に戻って行った。

 

「…ここに居る全員が、何故アラガミ化が進んだ俺がこうして人の姿を保っているのか気になっているだろう。今回集めたのはその事の他にも伝える事があるからだ。ただ、俺が人の姿に戻った理由、それ話す前にある事を話しておく。それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラガミの正体だ。」

 

To be continued

 




あとがき
 と言う訳で、ユウキが記憶を取り戻すきっかけとなったのは何と美神の名を持つアラガミ『ヴィーナス』でした。ただし、ノーマルなヴィーナスとは少し容姿が違い、ユウキとそっくりとなってますが。顔つき、ユウキをレイヴンと呼んだ事やらで前章ラスボスのクロウ、そしてユウキ共々、正体はすぐに分かりそうですが(´・ω・`)
 次回はアラガミの正体がユウキの口から語られます。自分で言うのも何ですが意外とありそうな設定だと思います。
 にしてもうちの子顔色ひとつ変えずにかちゃーんと呼んだ相手をぬっころしたり、抵抗の意思を折る為に窒息させたりとヤバい子になっちゃいました。
 まあ、こっちが本来描きたい主人公だったんですけどね(ボソッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission97 荒神

戦闘無しの説明回、オラクル細胞の正体をユウキが語ります。


 -訓練室-

 

「アラガミの…正体…?」

 

 その場に居た誰もが耳を疑った。今まで戦ってきた発生原因不明の全てを喰らう謎の細胞の正体をこれから話すと言うのだから、皆が驚き、戸惑うのも当然だろう。ヒバリが思わず声に出して聞き直す。

 

「ああ、だがその前に…」

 

 するとユウキは突然何処からか取り出したナイフを投げた。

 

「んんっ?!」

 

 『バスッ』と言う音と共にハルオミの下をナイフが通り、ハルオミのレザーパンツと下着の股下を切り裂いた。

 

「真壁ハルオミ、次に俺を女装をさせてみろ。ピンクな思考が出来ないように貴様の○○○を切り落としてやる」

 

「え…あ、はい…」

 

 何が何やら分からぬウチに『男子の象徴』を切り落とすと脅され、ハルオミは背筋がゾッとしながらも、2度とユウキに女装させない事を誓った。

 

「話が逸れたな。アラガミの正体だが…」

 

「ま、待てよ!!」

 

 ユウキがアラガミの正体を話そうとすると、それを遮る神機使いが居た。ユウキはウンザリした様に小さくため息をついた。

 

「…なんだ?」

 

「アラガミの正体なんて博士たち研究者が20年かけても分からなかった事だぞ!!なのに何でお前にそんな事が分かんだよ!!ただお前の妄想を垂れ流すだけなら俺達は付き合わないぞ!!」

 

「…」

 

 神機使いの1人が妄想には付き合わないと突っぱねる。それを聞いたユウキは『それも当然か』と1人納得する。元々アラガミの正体、それを知るきっかけも端から聞けば常識では考えられない事の連続だった。

 それを結果だけを話して終わりでは理解も納得もないだろう。何故知ったのか、どうやって知ったのかを先に話した方が多少は話を理解出来るだろうと考え、ユウキは先にアラガミの正体を知り得た経緯から話す事にした。

 

「そうだな…なら、何故俺がアラガミの正体を知るに至った経緯から話そう」

 

 そう言ってユウキは両腕を組んで、アラガミの正体を知った経緯を話し始める。

 

「俺がアラガミの正体…言及すればオラクル細胞の正体を知ったのは…1年前、ここから離れたあの日だ」

 

 ユウキが消えた日…それを聞いた何人かは、ユウキから顔を逸らした。当時は半ば恐慌状態だった事もあり、本能のままユウキを排除しようとした。だが、今では多少なりとも冷静になり、自分達が追い出したと理解した者達が、気まずそうにユウキから目を逸らす事となった。

 

「あの日、俺はエイジスから消えた後、この地球(ほし)

の意思とも言える存在と会った。そしてそれは世界を破壊し、再生が可能な終末捕食を完遂できる唯一の存在…俺達が『ノヴァ』と呼ぶ存在だ。」

 

「は?」

 

 ユウキが語ったのは人が消えるだの地球の意思だの、それこそまさにファンタジーかオカルトの世界の話だった。当然、周りは常識はずれも甚だしいぶっ飛んだ事を突然語り出したユウキを奇怪な目で見る。しかし、ユウキ自身は決して嘘を言っている訳ではないので、そのままノヴァについて話を続ける。結果、無表情のまま妄想にも近いぶっ飛んだ事実を語り続けるという異様な光景を作り出す事となった。

 

「俺が会ったノヴァはコアの状態だった。ヤツは世界を作り替える時に特異点を自らの元に呼び寄せ、喰らい、身体を得てこの世に現れる」

 

「な、何を言ってるんだよ…エイジスから消えたって何?!地球の意思って何さ?!あり得ないだろ?!?!さっきも言ってたろ!!ただの妄言なんだったら俺は付き合う気はない!!」

 

 ユウキの話す事はあまりにも現実味がなく、空想の話にも近いものだったが、それを聞いていた者達がようやく話の内容を理解し始めると、神機使いの1人が思わずあり得ない事だと遮った。

 

「別に信じるも信じないも好きにすればいい。だが、俺がこれから話す事は真実であり、事実だ。それをどう受け止めるかはお前たちの自由だ」

 

 自分は事実を話すだけ。どう判断するかはそれを聞いた者に委ねると言うのがユウキのスタンスだった。事実、ユウキは周りの反応を気にする様子もなく、時折遮られてはいるが、淡々と話を進めていた。

 

「だが…アリサ達第一部隊はあの日俺が消えたところを見ていただろう?」

 

「は、はい。確かにあの日、ユウは光の柱の中に消えていきました」

 

 そんな中、ユウキは一番最初に眼に映ったアリサに当時の事について真偽を尋ねる。

 

「光の柱はかなり目立ったはずだ。夜中に外に出ていたのなら、目にしていたかもな」

 

「そう言えば、あの日だったかエイジスで光が立ち上ったのを見たけど…」

 

「なら…やっぱり、神裂の言っている事は本当なのか…?」

 

 第一部隊の他にも、数人がそれを目撃していたようだ。その場に居た第一部隊と違い、詳細は分からずとも遠目で見ていたらしいブレンダンと他の第三者の言い分が一致していたため、ユウキの話にも多少は信憑性が出てきた。

 

「…話を戻すぞ。ノヴァのコアは地球の核だ。その核と感応現象を引き起こした事で、俺はこの世界の成り立ちから今に至るまで…何があったのか、誰が、何をしたのか…全てを見た。そう、全てをだ」

 

「えっと…じゃあユウは星の成り立ちから今までにあった事、全部知ってるってこと?」

 

 ユウキがノヴァ=地球ととんでもない事をサラッと言う中、ようやく話に着いていける様になったコウタが戸惑った様子で要点を聞いてきた。

 

「全てを見たと言う事実は覚えている。だが、その内容全てを俺の記憶として留めておく事は出来なかった。俺が記憶を失ったのもそれが原因の1つなのだが…まあ、その話は後にしよう」

 

 ユウキはノヴァのコアと感応現象を起こした事はあくまでも記憶をなくした一因でしかないと言い、一旦記憶の事から離れて話を本筋に戻す。

 

「俺はこの世界で起こった事を全て知った。当然、その中にはオラクル細胞が何故、どうやってオラクル細胞が誕生したのかも知る事が出来た」

 

 ユウキは話を戻すと、ようやく今回本当に話したかった事の1つ、アラガミの正体について話始める。

 

「結論から言おう。アラガミ…いや、オラクル細胞は…」

 

 遂にアラガミ…強いてはオラクル細胞の正体について語られる。ユウキが一呼吸置いた事で周囲に少し緊張が走る。

 

ノヴァ(地球)が作り出した防衛機能、地球(ほし)に害をなすものを滅ぼす際に現れる…謂わば星の守護者の様なものだ」

 

 『或いは星の進化を促すものでもある。』と最後に付け足したが、その場に居た者達は予想もしなかった事実を聞き言葉を失った。

 

「なん…だと…?」

 

「アラガミが…星の守護者…?」

 

 人とアラガミではアラガミこそが必要とされて、世界が人を滅ぼそうと動いている。ユウキが話す事実にソーマとサクヤどうにか反応を示す。

 

「人間の構造に例えると、オラクル細胞は白血球の様なものだ。地球と言う人体に害を与えるウィルスが人間、それを排除する為の対抗機能がオラクル細胞…要するに人間はこの星からは不要、それどころか『排除すべき敵』と認識されている訳だ」

 

「ふざけんなよっ!!!!」

 

「俺達人間様がバイ菌と同義だと?!」

 

 カレルとシュンがユウキの話を聞いたとたんに怒り出す。他の神機使い達もそれに同調しているのを見て、ユウキが何度目かのため息をついた。自分はただ事実を述べているだけなのに逐一話を遮られては怒鳴ってくる。いい加減面倒に思えた来たので、もう話が終わるまで無視してしまおうかと考えながら続きを話していく。

 

「…地球では過去に何度か恐竜の時の様な種の大量絶滅があった。その中にはオラクル細胞とノヴァによる終末捕食によるものもある」

 

 ユウキ曰く、遥か昔に起きた大量絶滅にそれにもノヴァとオラクル細胞が関わっていたらしい。しかしそれは自然淘汰に近い性質のもので、現代の様にオラクル細胞が全力で人間を滅ぼしにくる様なものではなかった。

 

「その際は進化を急ぎ、促すものだったが…今回は違う。星を喰い尽くす化け物共を…人間を排除すると言う明確な目的の為に現れている」

 

「な、何で…地球の意思がそんな事を…?」

 

「当然だ」

 

 何故地球が人を滅ぼすのか、誰もが気になっていた疑問をカノンが呟くと、それに対してユウキは当然だと即答する。

 

「ノヴァは地球の行く末を監視、管理するものだ。いくら生物が滅ぼうが、それが星と種の進化と発展の過程である以上、本来ならば手を出す事はないはずだった」

 

「それじゃあ…何で今回手を出す事になったんですか?」

 

 アネットが何故ノヴァが人を滅ぼす決断をしたのかを聞くと、ユウキはまた淡々と続きを話す。

 

「人間が現れて以降、森を切り開き、山を崩し、海を汚し、埋め立てて発展してきた。そうやって幾多の環境を破壊し、そこに生きる命を追い出し、滅ぼした。挙げ句数が減れば希少価値がと言って乱獲し、そこに居たからと理由で殺していく…更には自然淘汰による破滅と進化も、可哀想だからと言って環境に適応出来ない種を守り、自然のサイクルによって変わる環境を自身の都合でコントロールしようとする。そうやって人は星と…他の種族や自然と共生する道を選ばなかった。地球(ほし)を我が物顔で蹂躙した事への報復…それがこの状況と言うわけだ」

 

「…俺達人間が歩んできた歴史は…間違っていたって事ですか?」

 

 ユウキがここまで人間が積み上げてきた発展の歴史を完膚なきまでに否定したのを聞いて、フェデリコは自分達の存在さえ否定された気になって悲しそうな声で人間は滅ぼされるべきなのかを尋ねる。

 

「人間が発展した歴史そのものを否定する気はない。人の歴史が正しかったとか間違ってたとか、そんな事を決める事なんぞ誰にも出来きん。だが、『全能の神』とも言えるノヴァはそれを認めず、他の命や自然との共生しない人間を見限った。だから人を滅ぼす決断した。それだけの事だ」

 

「なあ、ユウ」

 

 ユウキが切りのいいところまで話したタイミングで、今まで喋らなかったリンドウが口を開く。

 

「ノヴァとオラクル細胞の正体は分かったけどよ、ノヴァが何故オラクル細胞使って終末捕食を引き起こすんだ?話を聞いた限りでは、そんな面倒な手順を踏む理由が思い付かない。真っ先に自分が出てきて、俺達を滅ぼせば済む話じゃないのか?」

 

「それは私も気なっていた。人を滅ぼすにしても色々と遠回りしすぎている。それに対して何か分かる事はあるのか?」

 

 リンドウとツバキの言う通り、ノヴァが全てを見て人を敵だと判断したのなら、オラクル細胞を使って人を襲う工程を挟むよりも、人を滅ぼす判断をした時にノヴァが直接手を下す方が圧倒的に効率がいい。

 にも関わらず、わざわざ手間をかけてまで人を襲う理由は何なのか?雨宮姉弟だけでなく、何人かはその点が気になっていた。

 

「…何度も言うが、ノヴァと地球は同義と言える。ヤツはこの星の誕生から今までに起きた出来事全てを第三者的な視点で記憶している」

 

「第三者的な視点…ってどう言うことだよ?」

 

「誰が、どうやって、何をしたか…ヤツは地球規模でそう言った状況や事象の流れは把握している。それを元に、ノヴァは今の世界を滅ぼし、新たな世界を造り出す必要があるかを判断する」

 

 ユウキの説明を聞いてもいまいち理解できない。タツミが詳しい説明を求めると、ユウキはノヴァの立ち位置の観点から説明をしていく。

 

「そして滅ぼす必要があると判断した場合、ヤツはオラクル細胞を使って世界を創り替える」

 

 そしてユウキはオラクル細胞の持つ役割、その一端を話し始める。

 

「そしてオラクル細胞の特徴は何だった?」

 

「捕食による学習…」

 

(そうか…そう言う事か…)

 

 ユウキがオラクル細胞の特徴を尋ね、アリサがそれに答える。これを聞いた時、ペイラーを始め数人はアラガミ…オラクル細胞の捕食学習の真の意味を理解し、ユウキが何を言いたいのか察しがついた。

 

「 そうだ。ノヴァは全体の流れを記憶できるものの、個人が『何故』、『どう言った考えで』その事象や行動を起こしたのかまでは知り得ない。だからオラクル細胞を使って地球上の生物を喰らい、学習する事で個人の感性、果てには種の構造や在り方を記憶させる。これである程度の統計をとり、種の『主観的』な情報を補完する事になる」

 

 ユウキ曰く、ノヴァが全体の歴史から地球を支配する種が存続し続ける事で害があるのか判断する。地球に害があると考えると地球上の種のデータをとり、本当に滅ぼしていいのか、足りない情報を補完する為にオラクル細胞を使うとの事だった。

 

「そうやって喰らい続け、学習し続けた結果、あらゆる種の膨大なデータを取り込んだアラガミは、何時かは終末捕食のカギとなる特異点へと進化する」

 

 『特異点への進化の副産物として、高い知能や戦闘能力を発現させる事もある。』とユウキが付け足すが、今はその情報はあまり重要に思われていないのか、ペイラー以外は補足説明を聞き逃していた。

 

「じゃあ、アラガミの捕食は…自己進化の為の学習の他に、地球上の種のデータ収集の為でもあるって事?」

 

「その通りだ。そして最後はその特異点を喰ったノヴァが特異点の情報を受け取り、終末捕食でどの種を生かすか殺すかを判断する」

 

 ここまでのユウキの説明を聞いて、リッカがざっくりとした内容を聞き返すと、ユウキから肯定的な答えが返ってきた。

 

「もう1度言うが、ノヴァのコアは地球の核だ。この先、奴が直接俺達に手を下す様な事があっても、絶対にコアを破壊するな。ノヴァのコアを破壊すると言うのは地球の核を破壊する事だ。核を失った地球が、近い将来どうなるか、想像するのは難しくないだろう?」

 

 地球のコアを破壊する。それはすなわち、地球の崩壊を示す事となる。それは容易に想像でき、戦いとなると圧倒的に不利となるのは目に見えていて、神機使い達は青ざめる。

 

「だが、ノヴァと戦う事があっても、どうにかコアを抜き出して元の場所に返せばいい。もっとも、その方法はまだ分からんがな」

 

 倒すのはいいが、コアを破壊してはいけない。高度な要求にその場に居た者達は本当にどうにか出来るのか不安しかなかった。

 

「それでも、この状況を無闇に悲観する必要はないし、むざむざ殺される必要もない。解決策はある。しかしそれは『今の人類』には到底出来ないような難しい事ではある。だから、人が生き残る事が最大の抵抗となるのだが、それもまた後で話そう」

 

 ユウキの話を鵜呑みにするならば、解決策はあると言うが、地球(ほし)が人と生きることを拒み、滅ぼそうとしているなど言う想像以上に絶望的な状況となっている事に周りは言葉を失っている。

 

「ここまでの話をまとめよう。ノヴァは地球(ほし)そのもので、地球が誕生してから今日に至るまでの地球上の出来事を全て、さらには少し先の未来の可能性も見る万能の神…その神が地球上に巨大な害悪を感知すると、地球(ほし)を守る為に現れ、膨大な種を喰い、後の世に遺すか裁定材料となるデータをとるのがオラクル細胞だ」

 

 ノヴァは地球、オラクル細胞は星の守護者兼裁定者である事を話すと、ユウキはずっと組んでいた腕を解いた。

 

「さて、次の話だ。」

 

 ユウキの話はまだ終わらない。

 

To be continued




あとがき
 アラガミ(オラクル細胞)の正体は地球の防衛機能でした。ノヴァは所謂天然のノヴァと言うやつです。この話の設定上はノヴァは地球の意志で、終末捕食の生命の再分配までを完遂できるのはノヴァだけと言いましたが、それじゃぁシオが月で起こした終末捕食は?と思うかもしれませんが、それは次話で語ります…語れるかなぁ?
 まあ、人の発展は否定されるものではないですが、その発展の裏で地球を好き勝手に食い荒らした人間への報復の為にオラクル細胞が現れた訳です。
 取り敢えず次話はユウキの正体と特異点の説明になります。それでは(・ω・)ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission98 正体

また戦闘無しの説明回、今度はユウキの正体の話です。


 -訓練室-

 

「皆も勘づいているだろうが…俺は人間じゃない。」

 

「違います!!」

 

 話を再開したユウキは自らを怪物だと言うと、アリサが大きな声で遮る。

 

「ユウは…ユウは人間です!!人の心が残っている限り、神裂ユウキは立派な人間です!!」

 

 ユウキがどんな姿になろうとも、心は神裂ユウキのままである限りは人間だと興奮した様に反論する。

 

「アラガミになったり人になったり、さらにはアラガミを喰えて、喰ったものを100%取り込める…要は出すものを出さない訳だが、そんな奴が人間だと思うのか?」

 

「ええそうです!!たとえユウ自身でもユウの事を化け物呼ばわりするのは許しません!!」

 

 喰ったものを全て取り込める、それ故にアラガミを喰うことが出来る。実際に喰ってる所を見ていても、アリサの神裂ユウキは人間だと言う考えは変わらず、強い口調で反論した。

 

「まあ、人間だと思わせておけば同族意識だとかで色々と操りやすいからな。俺の力を利用するためと思えば必死に人間側に置いておこうとするのも分からないでもない。」

 

「そんな事考えていません!!私はただ…どんな力を持っていても、ユウは私達と同じ人間だと思うから…「だから何だ?」…え?」

 

 人間側の存在だと油断させておいて寝首をかく…そんな事をされるのではと思い、ユウキは冷めた様子でアリサの話を遮った。

 

「確かに『この姿』をしている時は生物学上まだ人間と言える。だが俺はアラガミの姿にもなれる…心がどうとか関係ない。俺は人間にはない力を持っている。人の枠組みから逸脱した怪物だと言う事実はどうあっても変わらない。」

 

「そんな…」

 

 何度否定されてもユウキを人間だと言うアリサだったが、結局ユウキは人にはない力を持っている事を理由に、人から逸脱した存在なのだとアリサの話を聞こうともしなかった。その事にアリサはショックを受けた。

 

「そんな風に産まれた経緯だが…両親の事を先に話すと理解しやすいだろう。」

 

「両親って…そんな事どうやって…?」

 

 ユウキが自らの正体を語るに辺り、両親の事を先に話すと言う。しかし、何故そんな事を知っているのかと思いコウタが聞き返す。

 

「さっきも言っただろう…?俺はノヴァと感応現象を起こした。全てを記憶出来なかったが、俺の事は色々と覚える事ができた。もっとも、星の誕生から現在に至るまで…規格外に膨大な情報量をまともに受け止めたせいで頭がパンクして一時的に記憶を失ったがな。」

 

 ユウキは再度ノヴァとの感応現象で地球の歴史を知った事を伝える。当然その中にはユウキと、ユウキの両親が生きていた時間は確実にある。

 もっとも、無数にいる人間の中からその2人…ユウキを含めて3人の過去を探し出すのは容易ではなかったが。

 

「まずは父さんの事から話そう。父の名はクロウ・オルフェウス…」

 

「クロウ・オルフェウスだと?!」

 

 ユウキが父親の名前を口にすると、ゲンが驚いた様子で聞き返す。

 

「やはりゲンさんは知っていましたか…」

 

 対してノヴァとの感応現象で父親の素性を知ったユウキは、ゲンの反応にはあまり驚いた様子はなかった。

 

「あの、ゲンさん?ユウの父ちゃん…有名な人なんすか?」

 

「あ、ああ。クロウ・オルフェウスは…まだピストル型神機が使われていた頃、軍人の家系出身で、俺と同じ正規軍から神機使いになった男だ。」

 

 ゲンがここまで驚くのも珍しいと思ったコウタがユウキの父親について尋ねる。するとゲンは件のクロウ・オルフェウスについて知っている限りの事を話し始める。

 

「元から鬼の様に強かったが、偏食因子との適合率が高かったのか、神機を持ってからはまさしく鬼神と言える活躍だった。だが一部ではすぐにピストル型神機が通用しなくなってな。そんな中、当時圧倒的な強さを誇ったクロウ・オルフェウスに旧型神機の試作機を持たせ、運用試験と実用化に向けての調整をしながら戦った男だ。言ってみればお前達のプロトタイプって訳だ。」

 

「じゃあ…俺達が今の神機を使えるのはユウの父ちゃんのお陰ってこと?」

 

 今使われている神機、その試作機を使い数々の戦場を生き抜いて運用データを集め、神機の完成に貢献したのがユウキの父親だった。コウタがその事を聞き返すとゲンは腕を組んで、考え事をするような仕草で返事を返した。

 

「そうなるな。だが、ある日を境に突如消息不明になったと聞いた。結局今でも見つからず、その理由は分かってないらしいが…」

 

「それは簡単だ。」

 

 ゲンはクロウが突然行方不明なった事を話すと、ユウキがそれを遮る様に理由を話し始める。

 

「神機更新の際に偏食因子の調整にミスがあった。それでアラガミ化する前に自ら姿を消した。それだけの事だ。」

 

 父であるクロウが姿を消した原因を大したことではなかった様に簡単に語るユウキを見て、タツミが横槍を入れる。

 

「そ、それだけってお前…!!自分の親父だろう?!」

 

「なら、俺に何が出来る?過去を変える事など出来ん。それとも悲しんで今この場で泣いてみせれば良いのか?」

 

「それは…」

 

 確かにユウキの言うことは分かるがあまりに薄情だ。以前のユウキでは絶対に言わない様な事ばかり言うので、タツミは本当に同一人物なのか分からなくなって困惑する。

 そんな中、タツミを無視してユウキはため息をついて再び話し始める。

 

「…話を戻そう。父さんはアラガミ化していたが防壁型の抗体持ちだった。その為、アラガミ化して遺伝子構造が書き変わっても、体には変化がなかった。そのせいで、本人もアラガミ化に気が付かず発見が遅れ、気が付いた頃にはもう手遅れだった。殺し、殺されるよりも先に逃げ出すしかなかったって訳だ。」

 

(…何から何まで…ユウと同じじゃねえか…)

 

 クロウの最後を聞いたソーマは、ユウキが行方を眩ませた流れとまったく同じだと感じた。まるでアラガミになる呪いにでもかかっているのではないかと思う程に酷似した状況に、世界から嫌われているんじゃないかと錯覚した。

 

「次だ。母の名は神童サクラ…フェンリルのルーツとなる生化学企業時代からのスポンサーだった神童商事の跡取り娘だ。だが、アラガミが現れてから会社は消滅、その後はフェンリルに身を寄せていた。博士はこの辺りの事を知ってるんじゃないですか?」

 

 母親の話が始まると、今度はユウキからペイラーに話を振る。

 

「あ、ああ…直接の面識は無いが、名前くらいは知っているよ。しかし、まさか君が…?」

 

「どうしたんですか博士?」

 

 急に話を振られた事もあり、ペイラーは多少動揺した様子で返事をする。それを見ていたルミコが不思議そうに聞き返す。

 

「…彼の母、正確には神童商事とはフェンリルの前進となる企業からの付き合いなんだ。」

 

 話を振られたペイラーはユウキの母親について知っている限りの事を話し始める。

 

「元々、フェンリルは遺伝子工学を主とする穀物メジャー企業だったんだけど、アラガミが現れる以前の極東では、遺伝子組み換え食品は非常に毛嫌いされていてね。世界に流通ルートを持つフェンリルの遺伝子組み換え作物も、極東ではさっぱり売れなかった。」

 

 かつて食料を過剰生産しては捨てていた時代、極東の人々は食の安全には強い拘りがあった。『遺伝子組み換え食品は健康にどんな影響があるか分からない。食べられたものじゃない。』と、今では考えられない感性のため、極東ではフェンリルの製品はまったく売れなかったと、ペイラーは当時の事を思い出しながら話していく。

 

「極東からの撤退を考えた矢先だ。当時の神童商事の社長が、我々の製品を極東でも売れるように色々と手を尽くしてくれてね。以降、薬品や医療品の分野に手を出した時も販売ルートを確立させてくれた。そんな事もあって仲良くさせてもらっていたんだ。そんな経緯もあって、身寄りのなくなったサクラさんをフェンリルで引き取ったんだけど、最後は旦那さんと同様、行方不明になってしまった。」

 

「それは行方不明になった父さんを探しに行ったからだ。」

 

 ペイラーが言うには、ユウキの母親である神童サクラはフェンリルに厄介になっていたようだが、父親同様行方を眩ませた様だ。しかしその答えはユウキがノヴァと感応現象を起こしていた事であっさりと分かったのだが、ユウキの答えだと少しおかしな所がある。

 

「えっ?ま、待って!!それだと順番が…ま、まさか!!」

 

 サクヤがユウキの話のおかしな所に気が付いた。ユウキがこうして存在している以上、2人が一緒に居た期間は絶対に存在する。しかし、ゲンとペイラー、そしてユウキの話を聞く限り、2人は最後まで見つからず、死に別れた様に思えた。

 仮に見つけたとしても、アラガミが闊歩する世界では外で生活など出来ようもない。必ず集落等の人の住んでいる所に厄介にならねばならない。そうなれば腕輪が着いているクロウの目撃情報がフェンリルにも届きそうなものだが、それもないようだ。

 そう、サクヤが感じた違和感とは、今の話の流れでは神裂ユウキは存在出来ない事だった。父と母が共に居た時間がないのだから当然だ。そう思ったが、2人が行方不明になる前に、その時間があった事を思い出すと、サクヤは驚愕して両目を見開いた。

 

「そうだ。身重にも関わらず、あちこち父さんを探しに行った。そしてこの極東で俺を産んで、しばらくは俺を抱えて父さんを探し回ったが、結局見つけられずに荒野の真ん中で死んだ。腹ん中でアラガミを飼っていて弱っていた事もある。当然の結果とも言えるな。」

 

「そんな…」

 

 愛する男と愛する我が子、ただ家族3人揃って生活したかった。そんな些細な願いのために身重にも関わらず、身を削りながら夫を探し続けたのだろうと思うと、サクヤや女性陣はユウキの母があまりにも不憫に思えた。そして同時に、それに何の関心も抱かないユウキに、何処か腹立たしさも覚えたが、ユウキはそんな事を気にせずに話を進める。

 

「アラガミ化し、遺伝子構造が書き換わってもそれが表に出なかった男、そしてただの人間の女…そんな2人が子どもを作った結果、産まれてきたのが俺の様なキメラだ…この両親の元で育っていたら『レイヴン・オルフェウス』と名付けられて、お前たちと合うこともなかっただろう。」

 

 ユウキが本来の名前は『レイヴン・オルフェウス』だと告げる。しかしこれまでの話しが衝撃的な部分が多かった事もあって、あまりしっかりと聞いてはいなかった。

 

「アラガミの父と人間の母の間に産まれた子…人であり、アラガミであり、どちらでもあってどちらでもない。人とアラガミの境界線、それが俺だ。」

 

(今の、何処かで聞いた気が…そうだ、シオがユウキくんに言った言葉だ。)

 

 ユウキが自らを境界線と例えた時の台詞を聞いたペイラーは、かつてシオが同じような事をユウキに言っていた事を思い出した。どうやらシオは初めて会った時からユウキの正体に気付いていた様だ。どうやらその時の状況からユウキが女顔である事を不思議がっていると自分達が勘違いしただけだったらしい。

 ペイラーがかつてのやり取りを思い出している間に、ユウキはまた別の話を始める。

 

「まあ、そのお陰もあってP16偏食因子と言う特殊な偏食因子を持って産まれ、神機を2つ使うなんて離れ業も出来た訳だ。」

 

「P16…偏食因子?」

 

 リッカが初めて聞く偏食因子の名称に首を傾げながら聞き返す。

 

「平たく言えば捕食能力のある偏食因子だ。神機を使う時、腕輪を介して神機と物理的に繋がる。その時P16偏食因子が腕輪を通して神機のコアへと行き着き、コアの偏食因子を喰い尽くして書き換える。これでどんな神機でも、時間をかければ扱える様になるし、適合率も最低でも100%になるって訳だ。」

 

 『もっとも、その神機は他の人間には扱えない代物になるがな。』とユウキは最後に付け足す。これでペイラーしか知らなかった、ユウキが2つの神機を使える理由が全員に明かされた。

 しかし、人とアラガミのハーフだと言うぶっ飛んだ事実を先に聞いた事もあり、P16偏食因子はハーフである事の副産物と言った程度の認識にしかならなかった。

 

「捕食能力を持つ因子…そんなものを持ってて大丈夫なのか?」

 

「本来ならアウトだ。常に自分自身に喰われている様なものだ。体の内側から喰われて消滅する。だがアラガミとのハーフである事で異常な再生力を手にしている。喰われてすぐに再生しているから実質ノーダメージだ。もっとも、髪や肌、目の色素は喰われたがな。」

 

「…」

 

 自分自身に喰われるなどと、想像以上に恐ろしい体質の事を聞いて周りは絶句する。

 話が途切れ、少しの沈黙の後、コウタが小さな声でユウキに話しかける。

 

「なあ、ユウの父ちゃんは…どうなったんだ?」

 

 コウタは少し気になっていた事をユウキに聞く。母であるサクラははっきりと死んだと言っていたが、父であるクロウの最後は語られなかった事が少し引っ掛かっていた。

 

「母ちゃんは死んじまったみたいだけど、父ちゃんは…アラガミ化してても何処かで生きて…」

 

「ああ…殺した。」

 

 ユウキはコウタの話を遮って、さらっと父を殺したと恐ろしい事を言う。しかもそれを悲しむ訳でもなく、悔いる訳でもなく、ましてやイカれた人間の様に誇る訳でもない。殺したと言う事実を何の感情も感じない口調で語っていく。

 

「1年前、エイジスで戦った黒い羽のアラガミ、クロウ…『あれ』が俺の父親、クロウ・オルフェウスだ。」

 

 ユウキがエイジスと異界で戦い倒したクロウが父親だと言う。先の淡々とした口調もあり、アラガミとなったとは言え父親を『あれ』呼ばわりするユウキは誰の目にも異常に映り、何処か恐ろしく思えた。

 

「ついでに言えば、さっき殺した新種…確か『ヴィーナス』と名付けられたんだったか…あれは死んだ後、サリエルの変種として蘇り、捕食を繰り返して変異した俺の母親、神童サクラだ。」

 

 そしてついさっき、第一部隊と別れる前に倒したアラガミが母親だったと言う事実を聞いた第一部隊や指令を出したツバキ、任務に送り出したヒバリは、ユウキに親殺しをさせた事に後ろめたさを覚えた。

 

「自分の親を殺したってのか?!」

 

『この親殺し!!』『悪魔め!!』と一部の者はユウキを糾弾する材料にしかしなかった。

 

「何で…」

 

 周りの喧騒の中、コウタがぽつりと呟いた。

 

「何でそんな平然としてられるんだよ!?アラガミになっちまってもユウの父ちゃんと母ちゃんだろ!?自分の親を殺して何とも思わないのかよ?!?!」

 

 その昔、家に泊まりに来た時は家族を羨み、大切なものだと感じていたはずの親友が、今では親を殺して何も感じていないかの様に、表情1つ変えないのだ。コウタは何かの間違いだと思ってユウキを問い詰める。

 

「だったら何だ?元々は親だったアラガミとは言え、俺の事を殺そうとしたんだ。『敵』を殺すのに…何故何かを想う必要がある?」

 

「な、なに…いって…」

 

 かつて『家族を守りたい気持ちが分かった』と言ったはずなのに、アラガミ化して自身を襲った両親を『ただの敵』としか認識してないユウキを見て、本当にこの男には心があるのかと思ってしまった。変わり果てた姿にコウタは恐怖心さえ覚えた。

 

「ならついでだ。俺の内に宿る『特異点』についても話しておくか。」

 

 するとユウキは唐突に話題を変える。そしてその会話の中でとんでもない事を暴露した。

 

「い、今…なんて…?」

 

「俺は特異点へと覚醒した。そう言ったんだ。」

 

 『正確にはアラガミ化した俺のコアが特異点だがな。』と加えたが、アラガミ化したユウキが特異点に覚醒したと聞いて、サクヤは驚きのあまり、小さく声を漏らすだけで精一杯だった。他の者も同様、驚愕してあまりにきちんと話を聞けないでいた。

 

「知っての通り、特異点は終末捕食の『カギ』であり、あらゆる種の情報が詰まっている。だが特異点そのものは終末捕食を起こす事はないし、俺の気紛れで終末捕食を発動させる事も不可能だ。完璧な形で終末捕食を行えるのはノヴァしか居ない。」

 

 特異点はあくまでもカギであり、終末捕食を生命の再分配まで完璧な形で直接発動させるのはノヴァなのだとユウキは語る。しかしそれだとシオの特異点が多量のオラクル細胞の塊である、ヨハネスが用意したノヴァが発動させた終末捕食は何だったのか?

 疑問は尽きないがユウキはそれを気にした様子もなく話を進める。

 

「そして人の姿だろうとアラガミの姿だろうと、特異点の情報は俺の中にある。俺がノヴァに喰われると言うことは、終末捕食で確実に人が滅ぶと言う事になる。」

 

「か、確実に人が滅ぶ…って何で言い切れるんですか?」

 

 ユウキがノヴァに喰われる事で起こる終末捕食、これによって人は滅ぶと断言すると、カノンは何故そこまで言い切れるのかと不思議に思いながら聞き返す。

 

「ノヴァは過去の出来事全てを記憶している。その中にはかつて終末捕食を発動させた際、存在していた種の情報も勿論含まれている。そんな奴と感応現象を起こし、情報を取り込むとどうなるか分かるか?」

 

「…絶滅した種の情報を全て手に入れる。」

 

 地球そのものであるノヴァとの感応現象を起こすとどうかるかをユウキが聞いてくる。誰も答えない中、ツバキが考えられる結果を口にするが、そしてそれは最悪の未来をもたらす事となる事にも気が付いていたので、答えた時の口調は何処か言いにくそうだった。

 

「そうだ。しかもかつて終末捕食が発動した時の種の情報だ。俺が喰われる事で再構築される世界は、どんなに進んでも恐竜の時代だ。その頃に人なんて居ないからな。情報がない以上、復活させる事など出来るはずもない。」

 

 『もっとも、人の情報があってもノヴァは俺達を生かす気など無いだろうがな。』とユウキが付け足す。これで何故ツバキが言いにくそうに答えたのか大半の者にも合点がいった。ユウキがノヴァに取り込まれる=人間が再生しない事が確定しているからだ。

 その場に居た者達はユウキが喰われる事で起こる終末捕食によって、想像以上に絶望的な状況になる事を理解した。

 

「それかららこの特異点には厄介なところがいくつかある。その1つは特異点の情報を俺から引き出せる事だ。」

 

「え?特異点の情報って引き出せるんですか?」

 

 ユウキ曰く、特異点の情報は引き出せると言うのだ。さっきも言ったように、特異点はあくまでもアラガミのコアであるため、アラガミの姿をしたユウキから情報を取り出せると言うのは分かる。しかし、人の姿でも特異点の情報を得られる様には思えず、ヒバリ少し意外そうな反応を示した。

 

「人の姿をしていようが、俺の内にはオラクル細胞の情報があることには変わりない。俺の一部でもを手にして細胞を解析すれば、オラクル細胞の部分から特異点の情報を引き出せる。そうなれば別の特異点を精製する事が出来る。」

 

 ユウキは特異な体質上、ヒトのDNAとオラクル細胞の塩基配列が共存しているが、アラガミ形態のコアである特異点の情報は、オラクル細胞の塩基配列に記録されている。その結果、人間形態でのユウキの細胞からでも特異点の情報を手に入れる事が可能になっている。

 

「それに、情報を手に入れるだけなら俺の一部だけがあればいい。俺の生死は関係ない。殺してしまえば確実に、そして好き放題に情報を引き抜ける。そんな輩が特異点を手に入れるとどうなるか…分かるだろう?」

 

「間違いなく、特異点を武器に世界を支配しようとするでしょうね。」

 

 ユウキが懸念しているのは、彼を殺してでも特異点を手に入れようとする輩が現れる事だった。特異点を力ずくで手に入れようとする連中の事だ。自分たちの欲のままに使う事は目に見えているとジーナは答える。

 

「そして厄介なところの2つ目…アラガミに喰われると、そのアラガミに特異点が継承される事だ。」

 

「まあ、そうなるだろうな。」

 

 ユウキは特異点の問題点、その2つ目をあげる。それを聞いたソーマはアラガミが特異点を喰うことで学習し、新たな特異点になる事を即座に理解して言葉を返した。

 

「俺がアラガミに喰われる事があれば、喰ったアラガミが特異点の情報を取り込み、新たな特異点として覚醒する。そこからは俺達に特異点を制御する術はない。特異点を喰って喰われて生き残り、いつかノヴァにも喰われて俺達はお終い…要するに、この特異点を巡る争いは必ず特異点が生き残る出来レースって訳だ。」

 

「特異点が必ず生き残るって…それでも、途中で特異点が破壊されたら…あっ!!」

 

「また別の特異点が発生する。」

 

 アネットは途中で特異点を破壊すれば良いと言うが、特異点が現れた頃には、別の場所でも同様に特異点となるだけの情報が蓄積されている可能性が高い。そもそも特異点は1つしか存在出来ないなんて事はなく、複数現れた場合は恐らくは対処のしようがなくなるだろう。アネットはその可能性に気がくが、その頃にはブレンダンが変わって答えを言う。

 

「そうだ。それに、アラガミは事実上減ることはない。土地も資源もなくなり、いつかは人間側が疲弊して負ける。」

 

 アラガミは減ることはないが、『戦える人』は簡単には増えないし、資源も枯渇する。人間がどれだけ抵抗しようと結局はジリ貧になり、最終的には戦う事が出来なくなる。長期的に見れば勝ち目の無い状況に多くの者が絶望する。

 

「3つ目は…どちらかと言えば俺の体質の問題だ。俺が人の姿で死ぬとアラガミ化して甦る可能性がある。」

 

「ユウの…母ちゃんみたいにか?」

 

 3つ目の問題点、それはユウキが死ぬとアラガミの姿で甦る可能性が高い事だった。今となって確認のしようがないが、過去に神童サクラが死後アラガミとして蘇生した事例がある。ユウキも同様に死後にアラガミとして甦る可能性は十分ある事にコウタはすくに気が付いた。

 

「人としての俺は死んでいる。それ故に、死んだ後にコアが暴走し、アラガミ化しても俺の意思は残らない可能性は高い。そうなればあとはアラガミとなった俺を殺して特異点を破壊するしかなくなる。失敗すれば俺の特異点がノヴァに喰われて終末捕食が発動する。」

 

 アラガミ化して暴走した場合、ユウキを確実に殺して特異点を破壊しなければ取り敢えず生き残ることも難しくなる。そうならない様にユウキの管理からはずれた特異点は必ず破壊しなけば、ほぼ確実に人は滅ぶ事になる。

 

「特異点が喰われても新たな特異点が生まれ、特異点を破壊しようが新たな特異点が生まれる…終わらねぇいたちごっこだな…」

 

「今の内容を例えるなら『蠱毒』と言えるだろうな。」

 

「孤独…?」

 

 今の状況をタツミがいたちごっこに例えるが、ユウキは蠱毒の方か正しいと言う。それをフェデリコが聞き返すが、イントネーションから一人ぼっちの方と判断し、ユウキは『蠱毒』だと言い直して説明を始める。

 

「蠱毒とは、複数の毒を持った虫を小瓶の様なものに閉じ込め、互いに喰い合わせて最後に生き残った毒虫を使って呪いたい相手を呪殺する呪術だ。今俺達の置かれている状況も、これに良く似ている。地球と言う名の箱庭の中で、毒蟲の様に互いに喰い合うアラガミと人、世界を滅ぼす『呪い』とも言える特異点への覚醒、今起こっている事はまさしく全地球上を舞台にした『蠱毒』と言えるだろう。」

 

 世界と言う閉鎖空間でアラガミと人を毒虫に見立てて互いを喰い合わせる。そして生き残った者か世界を滅ぼす呪いを宿した特異点で全ての人間を滅ぼす。毒虫を人とアラガミに置き換える事で、今起きている戦いで特異点が存在する事がいかに危険か、その場に居たものは良く理解できた。

 

「この呪いの終着点である特異点が存在している限り終末捕食が発動する可能性は潰えない。ましてやこの力を悪用する人間が現れるのは確実…そうならない為にも、俺がアラガミの姿で死んだらすぐにコアを破壊しろ。そして人として死んだらすぐに跡形もなく燃やせ。死にたくなければ特異点を残すな。」

 

 ユウキが自身の特異点が争いの原因になると警告する。自身が死んで特異点の管理が出来なくなった時、確実に特異点を処理するよう伝える。

 しかし、誰よりも生きる事に執着していたはずなのに、今では自分の処理の仕方を教えた事に、その場に居た者は何処か違和感を感じていた。

 

「この戦いは、人と地球(ほし)とが共生する道を選ばなければ終わる事はない。生き残る為にも、俺のやる事は今までと変わらない。人とアラガミが共生する世界を創る。そうしなければ人は世界に淘汰されるからな。」

 

 結局人が生き残るには地球と共生していくしかない。ノヴァにそれが出来ると認めさせれば終末捕食を取り止めるかもしれない。言うのは簡単だが、実際にそれが出来るかと言えば不可能だろう。

 ユウキの話を全て鵜呑みにするならば、アラガミへの反抗=地球への反逆となる事はその場に居る全員がすぐに分かる事だった。

 

「だが、それを無視して特異点を巡る抗争を起こせば待ち受けているものは破滅だ。アラガミが人類を滅ぼすよりも先に人間自身の手で滅ぼす事になる。そうならない為にも、俺の命を狙う奴…俺の特異点を狙う奴…そいつらは全て俺の敵だ。敵であるなら殺す。たとえここに居る貴様らが相手でもな。」

 

 特異点の危険性を理解しているからこそ、奪われないよう、利用されないように、敵となり得る者が近づくならば全て排除する。言っている事は分かるが、周りの人間の大半は他者を殺める事に何も感じないであろうユウキを異常者としか見れなくなっていた。

 

「今回この事を話したのは謂わば免罪符の為だ。俺は確かに忠告はした。それでも俺を狙うと言うなら…その時は誰であろうと殺す…」

 

「「「…」」」

 

 今までのユウキからは考えられない過激な発言…野蛮で物騒で、それでいて本気だと思わせる態度にその場に居る全員が言葉を失った。

 

「色々と1度に話しすぎたな。最後に今回の話で伝えたかった事をまとめるとしよう。」

 

 沈黙が続く中、ユウキは小さくため息をつくと、今回の話の概要をまとて話し始める。

 

「1つ、ノヴァは地球そのもの。故にノヴァが現れてもコアは破壊するな。」

 

 ユウキは右手を軽くあげ、人差し指を立てて『1』を作る。

 

「2つ、ノヴァは地球を破壊しつつ発展する人間を害悪と判断した。」

 

 次は中指を立てて『2』を作った。

 

「3つ、オラクル細胞は地球の防衛機能。人間と言う害悪を一時排除し、後世に残すかをノヴァに判断させる為に捕食を繰り返して地球上の生物のあらゆる統計を取っている。」

 

 その次は薬指を立てる。

 

「4つ、俺はアラガミ化した父と人間の母の間に産まれた…いわば半()だ。死ねばアラガミの姿になり、本能の赴くままに暴走する可能性が高い。故に俺が死んだ時はすぐに跡形もなく燃やせ。」

 

 自身の処理方法を伝えつつ小指を立てる。

 

「5つ、俺はノヴァに触れて特異点として覚醒した。特異点の情報は俺の『アラガミの部分』に刻まれている。体の一部からでも、俺を殺してでも手に入れられる。そんな事をさせない為にも…」

 

 最後は親指を開いて『5』を作ったが、最後の話を始めると、すぐに手をおろした。

 

「俺の命を狙う者、俺に近づき利用する者、コイツらは俺の『敵』だ。敵は何処の誰だろうと抹殺する。お前達も例外ではない。」

 

 最後の最後に威嚇と自分は本気だと伝えるためか、細く縦に割れた瞳孔を覗かせる鋭い目でその場に居た者を睨み、凄んで見せる。

 

「…」

 

「話しは終わりだ。博士とルミコ先生以外はここから去れ。」

 

 話を終えたユウキは解散を命じるが、色々と衝撃的な話が多かったせいか、その場から動く者は居なかった。

 

「聞こえなかったのか?早くここから去れ。」

 

 また冷たい物言いでユウキは全員に訓練室を出ていくように言うと、今度はペイラーとルミコ、そしてアリサ以外は訓練室から出ていった。アリサは悲しそうな目でユウキを見ていたが『早く帰れ』とユウキが言うと、そのまま素直に部屋を出ていった。

 

「ユウキくん。聞きたい事がある。」

 

 残ったペイラーは、話の中で気になっていた事をユウキに問いかける。それを聞いたユウキは特に返事をする事なく、ペイラー達から少しずれた方向に歩き始める。

 

「君が語った終末捕食のプロセス…あの話が本当ならば、生命の再分配は地球そのものであるノヴァにしか出来ないはず。ならばシオが月で発動させた終末捕食と緑化現象は一体…」

 

「確かにノヴァでなければ生命の再分配は行えない。高濃度、或いは大量のオラクル細胞でも終末捕食を発動はできるが、生命の再分配は行えない。それが出来たのは人と接し、学び共に生きたシオの特異性による…まさに奇跡と呼べる様な所業だ。」

 

 ペイラーは自身を横切るユウキを見ながらシオが起こした終末捕食について聞いてみる。対してユウキはペイラーの方を向く事なく返す。

 

「なるほどね。ならシオが起こした奇跡…それをアーク計画の通り、地球上で完遂していたとしたら、ノヴァはどうしたんだい?」

 

「…アーク計画が成功しても、人が居る限りノヴァは終末捕食を止めない。いつかはまたアラガミを繰り出して人を滅ぼしに来る。しかも1度アラガミが居なくなった事で対アラガミ技術は廃れていくだろう。そんな状態で再びアラガミが現れたら、今よりも凄惨な状況になるのは目に見えている。」

 

 ペイラーが仮にアーク計画が成功した時の事を聞く。するとユウキは1度はアラガミを淘汰出来るが、地球上に人がいる限りは何時かはまたアラガミが人を滅ぼしに現れる。その事を話しながらユウキはハルオミに投げて床に突き刺さったナイフの前まで来た。

 

「さて、聞きたい事はこれで全部か…?遺言にしては質問ばかりであまりそれらしくはなかったな。」

 

「…え?い、今…遺言?」

 

「えっ?!何?!どういう事?!」

 

 突然『遺言』などと言う言葉が出てきて混乱するペイラーとルミコを余所に、ユウキはナイフを引き抜いて回収する。

 

「博士と先生は俺の特異点を手に入れた可能性がある。ここで殺さなければ情報を悪用されるかも知れない…俺の情報が記録されている可能性のあるものは全て消す。当然、博士と先生もな…」

 

 現状ではユウキの遺伝子を調べて、特異点の情報を手に入れる機会があったのは科学者であるペイラーと医務官であるルミコだけだ。特異点の情報を利用して世界の覇権を握られれば多くの人が弾圧される。

 そうならない様にユウキは特異点を手に入れている可能性がある者、記録されている可能性があるものは全て排除しようとしているのだ。

 

「ま、待ってくれ!!君の身体の事は調べたが特異点の情報は持ってないし端末にデータは入れてない!!この後端末のデータを全て開示する!!何ならフォーマットしてもいい!!」

 

「データを消してもアンタ達の頭に情報が入っていたら意味がない。情報を持っているなら、その全てを消さなければならない。それに、消してもバックアップを取っていたら復元できるだろう?」

 

 データ上の情報と言うのは1度は記録されると何処まで拡散しているのかを追うのは難しくなる。しかも本体とは別の媒体にもコピーしていたり、バックアップがあると、その場では消してもまた復元できる。ユウキはそれを警戒しているのだ。

 

「だから端末のデータを消す必要もない。博士と先生を殺して全ての端末を破壊してカルテを燃やす。現状で特異点の情報が残っている可能性は全て排除する。」

 

「私達は特異点の情報を持ってないわ!!絶対!!信じて!!」

 

 ルミコは特異点の情報は知らないと言うが、ユウキはお構い無しにナイフを持ったままペイラーとルミコに向かって歩いていく。

 

「それを素直に…」

 

 ユウキはナイフ逆手に構え直した。

 

「信じるとでも思うか…?」

 

 そう言うとユウキはまずはペイラーの元へと一瞬で接近して、ナイフを突き立てる。

 

  『ギィンッ!!』

 

「何の真似ですか…?」

 

 しかし、ナイフから発せられたのは肉を裂く音ではなく、甲高い音が辺りに響いて、ユウキのナイフはペイラーに届く事なく止まった。

 

「…リンドウさん。」

 

 ユウキのナイフをアラガミ化している右手で掴んで止めたのはリンドウだった。ここに来てユウキは初めて苛ついた様な表情になったユウキは、瞳孔を細く、鋭く縦に割った目でリンドウを睨み付ける。

 

「止めろユウ。何をしてるのか分かっているのか?」

 

「…邪魔だ。」

 

 リンドウは姿勢を落としながら踏ん張りながらもいつもと変わらぬ様子で、攻撃を止めるようにユウキに言うが、ユウキはリンドウに蹴りを入れて文字通り一蹴する。

 

「ぐぉあ?!」

 

 リンドウは呻き声を上げて蹴り飛ばされる。ユウキはリンドウを蹴り飛ばす時にズレたナイフを握り直して再度ペイラーにナイフを振り下ろす。

 

「ヒィッ!!」

 

「キャァァァア!!」

 

 ユウキが殺意を持って再び迫ってきた。ペイラーとルミコは悲鳴をあげる事しかできず、このまま殺されるのかと思いきや、突然ユウキの手が止まる。

 

「貴女もですか…」

 

 しかし、またしてもユウキとペイラー達の間に白い影が割り込んでユウキの襲撃を阻止した者が居た。

 

「ツバキさん。」

 

 姿勢を落としたツバキが右手でユウキの右手を掴み、更に左手を添えてユウキが腕を振り下ろすのを阻止している。ユウキは再び怨めしそうにツバキを睨む。

 

「神裂ユウキ、今すぐナイフを仕舞え。命令だ。」

 

 ツバキは強い口調でユウキに攻撃を止めるように『命令』するが、ユウキからは返事も来ないし、攻撃を止める様子もない。

 

「ッ?!」

 

 それどころかユウキは更に力を込め、ツバキにナイフを近づける。

 

「…邪魔するな…」

 

「クッ?!」

 

 少しずつ首にナイフが迫ってくる中、表面上は表面上をあまり崩さずに余裕を見せていたが、内心ではかなり焦っていた。普段なら蹴りの1つでも入れて体勢を崩させるのだが、今はほんの一瞬でも力を抜けば一気に切られる。そのため身動きが取れなくなっていた。

 

「止めるんだユウキくん!!」

 

 どうやってこの状況から脱するかを考えていると、ペイラーが珍しく声を張り上げてユウキを止める。

 

「…いいだろう。私を殺すといい。」

 

「「博士ッ!!」」

 

「何を言ってるんですか!!」

 

 ペイラーが自らを殺しても良いと言う。当然リンドウとルミコ、ツバキは止める。いきなりの発言といつもと違う雰囲気のペイラーに戸惑う中、ユウキは目線をツバキからペイラーへと移した。

 

「ただし、私を殺せば君の目指す世界の実現が大きく遅れる事になる事はよく理解しておく事だね。」

 

 今までとは違い、やたらと強気なペイラーにユウキは自身を無力化する策でも思い付いたのかと警戒する。

 

「君も私も、目指す先は同じはずだ。アラガミとの共生、人の存続…どちらも力だけでは達成出来ない。私の持つ知識と技術、それらを駆使すれば何かしらのアプローチは出来るだろう。しかし私を殺せばそのアプローチの方法を失う事になる。仮に私以上の研究者と接触できても、君の思想に同調するとは限らないよ。」

 

「…」

 

 ペイラーの言うことは分かる。人とアラガミの共生を目指すなど、普通ならば誰も言い出さないだろう。それは優秀な科学者でも同じ…むしろ己の技術力を持って全力でアラガミを排除しようとするのが普通だ。この先、ペイラーの様にアラガミとの共生に協力的な科学者が現れる可能性は限りなく0と言える。

 ましてやユウキに出来る事と言えば暴力で相手をねじ伏せる事しか出来ない。いつかは力では解決出来ない段階が必ず来る。ここでペイラーの助力を失うのは確かに痛い。

 

「何ならハッキング技術も教えよう。これで私の端末に好きな様にアクセスして好きに監視するといい。」

 

「肝心なデータにハッキング出ない様にプロテクトをかける可能性がある。」

 

「なに、君なら触りだけ教えれば後は勝手に覚えていくだろう?」

 

 ペイラーは不正アクセスのやり方を教えるので、好きにアクセスして調べろと言うのが、特異点の情報にアクセスできない様な技術を教えるのではないかと、ユウキは警戒する。しかし、その内にペイラーから教わってない技術を独自に習得し、ペイラーの端末から全てのデータを盗み見て必要なら削除するつもりだった。

 

「その後で君の秘密を知るものが現れた場合、特異点の存在を知る私の元から情報が漏れた可能性は高い。その時は遠慮なく私を殺すといい。」

 

 ペイラーは自身の技術を盾にして、ユウキに自身の殺害を思い止まらせるようとする。実際、アラガミとの共生に協力的な科学者など、ペイラー意外には思い付かない。ここで失うのは惜しいかもしれないとユウキは考え始めていた。

 

「…良いでしょう。俺の内に宿る特異点…その存在を知るものが現れたら…その時は貴方も含めてここの連中を皆殺しにしよう。」

 

 結局ペイラー達の殺害を保留にして、物騒な事を言うとユウキはナイフを収め、踵を返して部屋から出ていこうとする。

 

「待てッ!!」

 

 しかしツバキがユウキを呼び止める。ユウキは立ち止まるが、特にツバキの方に向き直る事はしなかった。

 

「…神裂大尉、貴官は1年前の無断出撃の件で罰則を受ける事となっている。」

 

 ユウキは1年前の2度の無断出撃についてツバキから罰を言い渡される。ユウキは振り返らずに黙ったままだった。

 

「それから今回の件も含めて罰則を受けてもらう。1週間の懲罰房入り、そして中尉への降格とそれに伴う減給…それがお前への懲罰だ。」

 

「…分かりました。」

 

 『それから、ナイフをこっちに渡せ。』とツバキが最後に言うと、ユウキはその場でナイフを手放し、床に落とすのを見届けるとそのまま訓練室を出ていった。

 

「ふへぇぇ…怖かったぁ…」

 

「…どうしちまったんだよ…」

 

 さっきまでの気迫は何処へやら、情けない声なを出してペイラーは座り込む。そしてユウキの暴挙を止められなったリンドウはユウキの考えている事が分からなくなり 去っていくユウキの背中を見眺める事しか出来なかった。

 

To be continued




あとがき
 今回はユウキの正体は人とアラガミのハーフでした。シオのどっちでもあってどっちでもない等、それらしい描写は入れていたつもりですので、案外予想通りと言う人は多いかも知れませんね。
 2回に渡ってこの二次創作の設定を話しましたが、ごちゃごちゃと書いたのでざっくりとまとめると、

1、ノヴァは地球そのもの。コアは破壊してはいけない

2、ノヴァは地球を破壊しつつ発展する人間を害悪と判断した

3、オラクル細胞は地球の防衛機能。特異点を作るためにあらゆるものを喰い尽くす

4、ユウキは人とアラガミのハーフ。死ぬとアラガミの姿で暴走する可能性がある

5、ユウキはノヴァに触れて特異点として覚醒した。悪用されない為にも敵を滅ぼす

 この5つさえ覚えてもらえればこの先の話しも分かると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission99 孤立

 記憶を取り戻したユウキが遂に任務に行く話です。相手はディアウスパッパです。


 -独房-

 

 ユウキが独房に拘束されて1週間が経った。ツバキは独房の鍵を開ける為に牢の前まで来た。

 

「これは…」

 

 しかしその時の独房内の様子を見て、ツバキ驚きを隠せなかった。

 

「おい、ユウキ…これは一体何だ?!」

 

「…」

 

「答えろ!!」

 

 ツバキが狼狽えながらも語気が荒くなるのも当然だろう。牢の中にはベッドや洗面台のような設備があった。それらが無くなり、まっさらで綺麗になった独房内でユウキが床に座っている状態だった。

 

「それより、早く開けてくださいよ。罰は済んだはずですが?」

 

「…開けたらこの状況を説明しろ。」

 

「分かりました。」

 

 ユウキはこの状況を説明をする気は無いようだ。床に座ったままツバキの方を向いて早く出せと要求する。ツバキは独房から出す変わりにこの状況について説明する事を要求すると、ユウキは思いの外簡単に承諾した。そしてツバキが牢の鍵を開けると、ユウキは立ち上がり牢を出ていく。

 

「このまっさらな独房はなんだ?備品や設備は何処へいった?」

 

「腹が減って仕方なかったのでね、喰いました。」

 

 ツバキが設備の行方を問うと、あっさりと喰ったと答える。

 

「なら言えば良かったではないか。我々もお前を餓死させる気はなかったのだぞ。」

 

「…それじゃあ罰にはならないでしょう?そんな事より、任務に行きたいので失礼させてもらいます。」

 

 ツバキが少し呆れた様子でユウキの行動を咎めるが、ユウキはそれでは罰にならないと開き直る。ユウキはそのまま歩いて出ていった。

 

(アラガミさえ喰う男、こんなものを見せられたら信じるしかない…かもな。)

 

 陶器や金属をも喰い、現状の独房の有り様を作り上げた事を考えても、ユウキがアラガミをも喰う事も有り得るのかも知れない。そんな事を考えながらエレベーターに乗って独房区画を出ていくユウキを見ていた。

 

 -ユウキの部屋-

 

 独房を出たユウキは真っ先に自室に向かう。すると自室の前にはアリサが扉に背中を預けて待っていた。

 

「お、お帰りなさい。」

 

「…」

 

「あっ?!ちょっ!!待ってください!!」

 

 アリサがユウキに話しかけるが、ユウキは返事をせずにそのまま部屋の扉を 開けて自室に入る。しかし無視されるとは思っていなかったアリサは、ユウキと話がしたくて慌ててユウキと一緒に部屋に入った。

 

「…何の用だ?」

 

 ユウキは部屋に入ると流し台の下からごみ袋と大量の大きな紙を取り出しながら要件を尋ねる。

 

「用事がないと来ちゃいけませんか?」

 

「…ああ。邪魔だ。」

 

「…ちょっと…話がしたい…です。」

 

 記憶が戻り、以前と比べてやたらと冷たくなったユウキ。しかしそれはアラガミ化の件でユウキを人として扱う事さえしなかった人が大勢一緒にいたせいだと思ったアリサは、少し茶目っ気を出しながらユウキの元に来た。

 しかし、ユウキが自身に向けた返事はそういった人達と同じ様な反応で、『邪魔』の一言で会うことさえ拒否した。ここまで冷たくあしらわれるとは思っておらず、アリサはかなり傷付いていた。

 

「えっ?!ちょっ?!まっ!!」

 

 しかしユウキはアリサが傷付いた事を気にする様子もなく、床へ広範囲に紙を敷き、流し台にごみ袋を拡げる。そして作業作業が終わると次の瞬間にアリサは赤面する。

 

「ととと突然服を脱いでどうしたんですか?!」

 

 アリサが居るにも関わらずユウキは上半身裸になったため、アリサは真っ赤になって両手で顔を隠した。しかし以前よりもシルエットが細くなったが、更に増大して筋肉がハッキリと隆起した身体を指の隙間からしっかりと覗いていた。

 

(ななな何で突然脱ぎ出すんですか?!も、もしかして『そういう事』をしちゃうんですか?!どどどどうしましょう!!私も脱いだ方が…でもでも初めてだし恥ずかしいし…どうしたらららら!!)

 

 アリサが指の隙間からユウキの上半身を見ながら年相応にスケベな事を考えていると、ユウキが引き出しから『ある物』を取り出した。

 

「…髪を切るだけだ。」

 

 単純に髪を切る為に服を脱いだだけだったようだ。ホッとした様ながっかりした様な不思議な感情を抱きつつ、アリサはユウキが取り出した物を見るとアリサはさっきとは違う意味で固まった。

 

「…ユウ、手に持っているそれは?」

 

「バリカンだが?」

 

 髪を切ると言ってバリカンを持つ。それが意味する事は1つしかない。

 

「な、何故そんなものを…?」

 

「坊主にすれば少しは男に見えるだろう。」

 

 察しはついていたが、ユウキの答えが予想通りだと分かるとアリサは何やら圧力のある笑顔を浮かべる。

 

「ダメです。」

 

「お前には関係のない事だろ。」

 

 ユウキが坊主頭にする事を断固反対するアリサ。対して自分の髪型も自分で決めさせない気かとユウキは苛立ちを覚える。

 

「ダ・メ・で・す!!」

 

「…何故お前にそんな事を決められなければならんのだ?」

 

 アリサもまた苛立つユウキにお構い無しに坊主頭にするのを阻止しようとするが、ユウキは何故反対するのか分からずに怪訝な顔をするしかなかった。

 

「絶対ダメです!!」

 

「…」

 

 別にアリサを丸刈りにしようとしている訳でもないのに何故こうも必死になって反対するのか。理由を少しは考えたが結局分からず、面倒くさくなったユウキはため息をつきながらバリカンを机に置いた。

 

「前と同じような感じにする。それなら文句無いだろう。」

 

「まあ、それなら…」

 

 以前の髪型にすると言うとアリサほ大人しくなった。そしてユウキは引き出しから普通のハサミとすきバサミを取り出して鏡の前に立つ。

 

「あ、何なら私が切りましょうか?」

 

「…自分でやる。髪を抜いて持っていかれるかも知れないからな。居るのなら部屋の隅へ行け。」

 

 そう言うとユウキは目の前に鏡を立ててハサミでざっくりと長い後ろ髪を切っていく。そしてトップ、横、前髪と長すぎる部分を切る。黙ったまま髪を切る中、沈黙に耐えかねたアリサが口を開く。

 

「髪…真っ白になっちゃいましたね。」

 

「…」

 

 ユウキがハサミを縦に入れて毛先を整える中、アリサは髪が白くなった事を話題にしたが、ユウキは返事をする事なく毛先を整え続ける。

 

「前の瞳や髪の色、綺麗な茶色で好きだったんでけど。あ、いや!!今の白い髪や赤い瞳が嫌いって言いたいのではないんですよ?!それに好きと言っても瞳や髪の色の事で!!あの、えっと…や、やだ何言ってるんでしょうか…」

 

「別に任務には支障はない。髪の色などどうでも良い事だ。いや…」

 

 アリサは変わる前も後もユウキの目や髪が好きだと言ったが、気恥ずかしさから誤魔化した。会話がめちゃくちゃになりつつもアリサ一人で盛り上がるが、ユウキは冷静に髪や目の色など興味は無いと返した。

 

「偵察や隠密には目立ってしまって向かないな。その時はフードでも被るか…」

 

 しかし頭が白いと偵察任務の様な隠密行動が必要な状況で暗闇に紛れる事が出来ずに目立ってしまう。そんな時は髪を隠せばいいやと考えながらすきバサミで髪の量を減らしつつ毛先の調整をする。

 そして髪を切り終わると後ろ髪が跳ねていたため両手で押さえた後、その手を離す。

 

「…む?」

 

「ユウ?どうかしましたか?」

 

「…アラガミ化した影響か?後ろが跳ねる…まあいいか。」

 

 手を離した後も、アラガミの時の様に後ろがボリュームのある跳ね方をしていたが特に気にしていない様子だった。

 そして髪を切り終わって、身体に着いた髪を払い落として床に敷いた髪を丸め、流し台のごみ袋に捨てる。しかし次の瞬間にユウキがとった行動にアリサは驚いた。

 

「な、何をっ?!」

 

「…燃やしているだけだ。」

 

 ユウキは流し台のごみ袋にライターで火を着けた。アリサが信じられないといった様子で見ていたが、火を放った当の本人は何かおかしな事でもしたかと言いたげにあっけからんと答えた。

 

「室内で燃やすって…それに髪を燃やした匂いが…!!」

 

「室内だから流し台で燃やしてる。それに換気扇は回ってる。今は臭かろうがそのうち匂いはなくなる。だいたい、匂いが気になるならお前が出ていけばいいだけだろう。」

 

 室内でモノを燃やす非常識さにも驚いたが、アリサは髪を燃やした時の不快な匂いを嗅がないように手で口と鼻を塞ぐ。そしてそのうち匂いに耐えきれなくなったアリサはしばらくすると部屋から出ていった。

 そしてユウキは燃え移らない様に見張るついでに新しく用意した細めの黒いスラックスに白いワイシャツ、黒のネクタイとカーディガンを着ながら火の番をしていた。

 

 -エントランス-

 

 ユウキがエレベーターに乗った頃、エントランスには少し人が集まり始めていた。そんな中、支部内を彷徨いていた神機使いが辺りを見渡しながら人を探していた。

 

「あれ…?なあ、ハルオミさん知らないか?」

 

「ハルオミさんなら『探してる奴が見つかった』って言って3日前に突然中東辺りの支部に移ったぜ。あの人、しょっちゅう色んな所へ転属してるみた…おい、アイツ…」

 

 元からエントランスにいた神機使いにハルオミの所在を聞いてみると、どうやら中央アジア支部に転属となったらしい。そんな話をしている中、エレベーターが開いてユウキが現れた。

 

「神裂…」

 

「行こうぜ。今はアイツとは関わりたくない。」

 

 ユウキを認識するとさっきまで話していた神機使いはそそくさとその場を去って行った。

 

(真壁ハルオミ…アイツ自身が情報を持っていても問題はないが…誰かが俺の情報を狙いに来た時は中央アジア支部を消すか…)

 

 ユウキが特異点持ちだと言う話をした後なので、ハルオミが周りに触れ回る可能性がある。しかしそうなったら接触してきた者と中央アジア支部の人間を皆殺しにし、支部そのものを消滅させればそれ以上は情報は拡散しないはずだ。

 万が一、本部にも情報が渡っていたとしたら、その時はフェンリル本部と全ての支部を滅ばせばいいと考えながら、ミッションを受ける為にカウンターに向かった。

 

「あ…こ、こんにちは。髪切ったんですね。似合ってますよ。それはそうと、もう自由に出歩いても良いんですか?」

 

「…それより、現状で禁忌種がらみの任務はあるか?」

 

 ヒバリがユウキに気が付くと話しかけるが、先日のユウキのあまりにも別人じみた変貌ぶりもあってよそよそしい態度となっていた。そんな中、早速切った髪の事やもう出歩いても良いのかを聞いてみるが、ユウキは非常に冷めた雰囲気で禁忌種の任務は無いか聞いてみる。

 

「え、あっ!!あぁ、そうですね…リストアップしてみます…」

 

 ユウキの様子に面食らいつつも、ヒバリは要望通りに禁忌種討伐の任務の一覧を用意する。

 

「こんなところですね。どの任務に…」

 

「旧寺院一帯の任務…これら全てだ。」

 

「そ、そんな事許可できるはずがありません!!受けられる任務は1つです!!」

 

 ヒバリの提示した任務のリストを見ると、旧寺院付近に禁忌種が集まっている様だった。ユウキは迷わずに全ての任務を纏めて受けると言うが、当然ヒバリは慌てて止める。

 

「…ならいい。これだけ受けて残りの任務は『偶発的』な戦闘として処理してもらう。」

 

「な、何言ってるんですか?!待ってください!!」

 

 ユウキは悪びれる様子も旧寺院でのディアウス・ピターとプリティヴィ・マータの討伐任務を受ける事を伝えつつ、別の任務は不正に受けると言って出ていく。ヒバリは理解不能な理屈で勝手に任務を受けるユウキを止めようとカウンターから出て追いかけるが、その頃にはユウキはエントランスから居なくなっていた。

 

 -神機保管庫-

 

 任務を強引に受けたユウキが神機保管庫にやって来ると、丁度リッカがアリサの神機を調整をしている所だった。

 

「あ、ユウ!!これから任務?」

 

「…」

 

 劇的に変わってしまったユウキにも、今までと変わらぬ様子で接するリッカだったが、それを無視して両手に2つの神機を掴むとそのまま出撃しようとする。

 

「ちょ、ちょっと!!無視しないでよ!!」

 

 いつもの様に話しかけたリッカだったが、流石に無視されたのは頭に来たのか、怒った様子でユウキを引き留める。

 

「…これからは俺の神機には触るな。」

 

「何言ってるの?!整備班がやらないと誰がやるのさ?!」

 

「俺がやる。神機から情報が漏れるかもしれないからな。」

 

 止められたユウキは唐突に神機に触るなと言い放つ。当然仕事をするなと言われたリッカは納得いかないとユウキに掴みかかりながら詰め寄る。

 しかし、ユウキは意に介す様子もなく『自分で調整するから問題ない』と言い放って、掴みかかったリッカの手を軽い動作で振り払う。

 

「本気で私達の事も疑ってるの?!仲間じゃない!!」

 

「…知った事か…」

 

 自分だけじゃない、仲間の事も疑っている。何故そんな風に仲間さえも疑うのか分からず、リッカは感情に任せて怒りを見せる。しかしユウキは『仲間だから何だ』と冷たく突き放してその場を去っていった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 神機を受け取ったユウキは旧寺院を歩いていた。階段を登り、本殿へと向かう途中、最上階で2体のアラガミの気配を感じる。

 

(居るな…ディアウス・ピターとプリティヴィ・マータ…)

 

 階段の影から標的の存在を感じとると、素早く飛び出して反対側の建物の影に隠れる。

 

(取り敢えずはコイツらでリハビリを…)

 

  『『ガルゥァアアア!!』』

 

 人の姿では久しぶりに全力の戦闘になる。慣らし運転程度にはなるだろうと思いながら物影に隠れたところで敵2体に見つかり、心の内で舌打ちをする。

 

(見つかったか…やはり髪や肌が白いと目立つからか…?いや、白い服を着ていれば嫌でも目立つか…)

 

 ディアウス・ピターとプリティヴィ・マータがユウキの居る所に向かって走ってきた。ユウキは物影から飛び出して一気にアラガミの間を走り抜ける。その間に、両手で左側と後ろの腰に刺した神機を右手で順手、左で逆手で引き抜き、抜刀の要領で左側で走ってくるプリティヴィ・マータの左前足を両神機で軽く連続で斬り、そのまま回転してディアウス・ピターの右後ろ足も軽く斬りつける。しかしすれ違い様に敵を見たユウキは違和感を覚えた。

 

(コイツ…ディアウス・ピターじゃない?よく似ているが…近縁種か?)

 

 ディアウス・ピターと思われた禁忌種はよく見ると細部に違いが見られた。だがそんな事を気にする必要はない。ユウキは追撃しようとしたが、ディアウス・ピター似の黒いアラガミは後ろに跳びながら反転し、右の前足でユウキを切り裂く。

 対してユウキは後ろに跳んで躱す。その間にプリティヴィ・マータが向きを変え、ユウキの足元から尖った氷塊を出現させるが、それを右に跳んで避ける。続いて黒いアラガミが連続で雷球を飛ばしてくる。それを前に走って避けつつ、プリティヴィ・マータに近づく。

 

「…」

 

 ユウキが眼前に来たところでプリティヴィ・マータは咄嗟に右の前足で切り裂いてくるが、それを上に跳んで躱して右回転しながら右の神機で斬り、振り抜いたところで追撃の体勢になっていた黒いアラガミに向かって神機を投げ付ける。

 

  『ガァアッ?!』

 

 投げた神機は黒いアラガミの額に突き刺って敵が怯む。その間にユウキは回転を利用して左の神機でプリティヴィ・マータの背中を斬って後ろを取る。

 するとユウキはプリティヴィ・マータの尻尾を掴んで素早く1回転するとプリティヴィ・マータが宙に浮いて回転し、もう1回転すると今度は黒いアラガミに向かって投げつけた。

 

 『『ガルアッ?!』』

 

 2体のアラガミが縺れ合いながら倒れると、すかさずユウキは2体の上に立ち黒いアラガミに突き刺さった神機を回収すると捕食口を展開する。ただし、右の神機は壱式と色が違う赤い捕食口、左の神機も同様に赤紫色の捕食口だった。

 

(思ったよりも簡単に新しいプレデタースタイルが作れるな。これもブレイカー…いや、ブレイクアーツのお陰か…)

 

  『『グジュッ!!』』

 

 神機を自在に操る力、ブレイクアーツで付加属性の能力を底上げする新たな捕食口を作り出し、赤い捕食口を『壱式・紛紅』と赤紫の捕食口を『壱式・躑躅』と名付けた事を心の内で考えながら、それぞれの捕食口が黒いアラガミとプリティヴィ・マータを喰らう事で、ユウキはバーストする。

 

(やはりそうか…前は何となくで感じてはいたが…)

 

 ユウキはバーストした瞬間、神機を2つ使い初めてから感じていた感覚に確信を持った。

 

(右と左の神機、それぞれ独立してバーストして俺の身体を強化している…左右の神機でのバーストの重ねがけ…『クロスバースト』とでも言っておくか…)

 

 右の神機と左の神機、それぞれがユウキを強化している事に確信を持つ。神機を2つ使い始めた辺りから、妙に身体が強化されるとは思っていたが、ようやく気付いた。ここで気付いた能力で一気に勝負をかけていく。

 しかし2体とも体勢を直しかけていたので、ユウキは後ろへと跳び退きながら2体のアラガミから離れる。

 

  『『ガルァアアアッ!!』』

 

 体勢を立て直した2体が吠える。すると右の神機が『ボオッ!!』と勢いよく燃え盛る剣に、左の神機は強く大きく赤紫に光輝く光剣になる。

 先の新たに作り出したプレデタースタイルの捕食により、付加属性が強化された事で、ブレイクアーツ『属性解放』が大きく強化されたのだ。

 しかし2体は怯む事なく攻撃体勢を取る。先にプリティヴィ・マータが駆け出す。しかしその瞬間、ユウキが一気に左側のプリティヴィ・マータに接近して右の神機を振り抜く。するとプリティヴィ・マータが勢いよく燃え盛り、さらに次の瞬間には左の神機で斬ると、燃え尽きながらも光に侵食されてボロボロになっていく。さらにその場で回転して同じ様に黒いアラガミを斬ると、黒いアラガミも燃え盛る。ユウキは様子見のため一旦後ろへ跳んで離れる。

 プリティヴィ・マータはその身体の大半が燃え尽き、炭の様になって崩れ落ちた。そして黒いアラガミがどうなったかを見ると、激しく炎が揺らめく。

 

  『ガルァアアアッ!!』

 

 黒いアラガミは炎を振り払い辺りにバチバチと紫電を放ちながらユウキに向かって吠えた。しかし、ユウキは表情ひとつ変える様子はない。

 

(活性化したか。だが翼は生えないみたいだな…やはり別種か…)

 

 黒いアラガミに攻撃が振り払われ、活性化したにも関わらず、ユウキは至って冷静だった。活性化の際にディアウス・ピターと違う反応をしている事を確認するついでに、敵の身体を確認した所、火傷や崩れたところがある為、全く通じてないと言う事はなさそうだ。

 初めてブレイクアーツを覚醒させた時のヴァジュラと比べれば、攻撃が通じるのであれば大した問題ではない。ユウキは属性解放を解除すると、黒いアラガミが向かって来たので迎え撃つ。

 黒いアラガミが飛び掛かってくると、ユウキは右側に避けつつ黒いアラガミの横を通り過ぎるついでに軽めに斬りかかる。 

 

  『『ギンッ!!』』

 

(活性化前より全体的に硬いな…まあ…)

 

 しかし先とは違い、軽いとは言え斬撃が通らなかった。かなり硬くなり攻撃が通りにくくなっている様だったが、それでもユウキは慌てる様子はなかった。両足で急ブレーキをかけると、ユウキは反転して黒いアラガミに向かって行く。

 対して黒いアラガミは離れつつも反転し、自身を防御する様に周りで高速回転する雷球を展開する。

 ユウキはギリギリのところでジャンプして躱し、雷球が守るラインの内側に侵入する。すると捕食口を展開しつつも黒いアラガミの眼前に滑り込む。雷球を展開している間は動けないのか、黒いアラガミはユウキが眼前に居るにも関わらず未だに雷球を回転させている。その間に右の神機で頭の後ろに赤い角を生やした龍の頭の様な捕食口『天ノ咢』を展開する。

 そして黒いアラガミが雷球を発射すると同時に天ノ咢で捕食する。するとユウキはバーストレベルをLv3に引き上げる。

 

(関係無いがな…)

 

 黒いアラガミが眼前のユウキに噛みつこうとするが、ユウキから左の神機による先制攻撃が入り、追撃は失敗する。その間にユウキはその場で回転し、バーストLv3となった右の神機を振り抜いた。

 

  『ズシャァッ!!』

 

 ユウキが神機を振り抜くと、黒いアラガミの顎を基準にして上下に別れ、上半分が空高く宙を舞った。

 戦うだけの力を失った黒いアラガミはその場に力なく崩れ落ち、少しすると上半分が空から鈍い音を発てて落ちてきた。

 

(…)

 

 ユウキは倒したプリティヴィ・マータと黒いアラガミを眺めていたが、少ししてユウキはプリティヴィ・マータの元へと歩いていく。そして神機を足元に置くと、プリティヴィ・マータの右の前足を掴む。

 

  『ブチィッ!!』

 

 前足を引きちぎり、かぶり付く。すると血が抜けてないため、ユウキはグチャグチャと音を発てて喰い始める。右の前足を喰った後は左の前足、次は後ろ足、頭、最後に胴体…コアを残してプリティヴィ・マータの全てを喰い尽くす。そして黒いアラガミも同様に、コア以外は全て喰った。

 喰うものが無くなったからか、丁度腹がいっぱいになったから分からないが、ユウキは立ち上がると、最後の仕上げにユウキは両手で神機を掴む。そして神機にコアを喰わせる。その後、興味が失せた様にその場から去っていった。

 

To be continued




あとがき
 お盆休みが終わる…働きたくないでござるorz皆さんはどんなお盆休みを過ごしましたか?
 それはそうと小説の中身は…うん、うちの子が色々頭おかしいです。でも頭のおかしさではまだまだ先があるんですよね。
 アリサやリッカ、ヒバリにツバキさんと色んな人に噛みついて不信感を持たれてたり持たれていなかったりと周りとの関係もほぼ180°変わっていきます。
 それから、もうお気付きかもしれませんが、DLCで追加されたプレデタースタイルはブレイクアーツと言う形で発現させています。残りのプレデタースタイルはこのスタイルで発現していくと思います。
 ついでに前にも描写したと思いますが、うちでのアリサは年相応に性に興味があったりとそれなりにむっつりスケベです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission100 双竜再戦

最近涼しくなりってたと思う今日この頃、そう言えば100話を突破しました!ここまで続けられたのもコメントや評価をしてくださった方々のお陰です!ありがとうございます。


 -荒野-

 

 ユウキが任務に出てから3日が経った。ディアウス・ピターの近縁種『天なる父祖』とプリティヴィ・マータを倒して以降、宣言通りに帰りがてらにわざわざ遠回りして、極東支部周辺のありとあらゆるアラガミを駆逐していた。当然、その間1度も極東支部には帰っていないが、その甲斐があったのか漸く本調子を取り戻しつつあった。

 しかし、支部一帯のアラガミは狩り尽くしたため、やることが無くなり1度極東支部に戻ろうとジープを走らせていた時だった。

 

(…この感覚…)

 

 座礁した空母のある港付近、そこで突然アラガミの気配を感じてジープを止める。どんなアラガミかは知らないが、強い事だけは分かった。

 

(…何処から出てきた?『アイツら』から情報は来てないが…)

 

 しかし、事前に『知らされていた』情報にはない、唐突に現れたアラガミの気配にユウキは怪訝な顔をする。

 

(まあいい…現れたなら叩き潰すだけだ…)

 

 『彼女達』も万能ではない。『こんな事もあるか』と思い、自身の気配探知もまだまだだと痛感しながら、アクセルを踏んで気配のする方に再びジープを走らせた。

 

 -愚者の空母-

 

 座礁した空母に着き、待機ポイントから戦闘地域を眺めていると白い竜が我が物で歩いており、さらには港から地下に空いた大穴からは黒い竜が登って来ているのが見えた。

 

(ハンニバルと侵食種、成る程…地下から来たのか。それに…)

 

 突然現れたアラガミはハンニバルとその侵食種、その2体が地下から登って来たのだと分かると、地下に対する気配探知の訓練も必要だろうかと考える。それと同時に、2体のハンニバルからは以前にも感じた『強者の波動』とも言える強い気配を感じていた。

 

(この感じ、以前勝てなかった奴だな。)

 

 強い気配を感じ取ったユウキは以前旧地下鉄で戦ったハンニバル達だとすぐに分かった。気配もそうだが何より、ハンニバルの左手の籠手に深い裂傷、ハンニバル侵食種には右半分の顔と胸部に抉れた痕…かつてユウキ自身が与えた傷痕が未だに残っていたため、すぐに分かった。

 

(特異な体質で偶然手にしたこの力…純粋に『俺自身で手にした力』ではないが、借り物の力とは言え使いこなせなければ宝の持ち腐れ…か…)

 

 今の異常な身体能力や感応現象を使った索敵、ブレイクアーツは自身がアラガミと人のハーフだと言う境遇で手にした能力に過ぎず、自ら鍛え上げて手に入れた力ではない。それは決してユウキ自身が強大な力を扱える程に強くなったとはならず、扱えなければ振り回されるだけだ。

 

(…使いこなしてみせる。あれからどれだけ上へ行けたか…以前は敵わなかったアイツらで試してやる。)

 

 今の自分がどこまでいけるのか、自分の現状を知るにもいい機会だ。そう考えていると、ユウキはすぐに待機ポイントから飛び降りてハンニバル達の前にゆっくりと歩いていく。そして港だった場所に来るとハンニバル達がユウキに気が付く。

 

『『グォォオッ!!!!』』

 

 ハンニバル達は吠え威嚇するが、ユウキは怯む事もなく至って冷静な様子で右は順手、左は逆手に神機を引き抜き、細く縦に割れた瞳孔の目になってハンニバルを睨む。

 威嚇の後、先にハンニバルが飛び出す。右手から炎を吹き出して飛びかかって殴り付けてくる。

 ハンニバルが拳を振り下ろす瞬間に右に大きく飛んで避けると、着地と同時に振り下ろした炎を纏った拳はコンクリートの地面を砕いた。次の瞬間にはハンニバル侵食種が3つの黒炎の輪を吐き出して避けたユウキを追撃する。それをさらにジャンプで避けると今度はハンニバルが左手で裏拳でユウキの後頭部を攻撃してきた。

 対してユウキは空中で右足を後ろから上へ突きだしてハンニバルの腕を蹴る。すると一瞬で地面に着地するが、今度はハンニバル侵食種が左手に黒炎の剣を作り、内から外へ横凪ぎに斬りかかってくる。

 ユウキは前に出て、侵食種の攻撃よりも先にその懐に入り込む。しかし侵食種は空いている右の拳で足元に居るユウキ目掛けて叩き込む。

 

  『ガァンッ!!』

 

 ハンニバル侵食種の拳はユウキを捉え、間違いなく当たった。しかしその時の音は肉を潰す様な音ではなく、鉄板を叩く様な鈍い音を発していた。

 

「…」

 

 そこには左の神機の装甲を展開し、表情を変える事なく涼しい顔で拳を受け止めるユウキがいた。仕止めたと思った相手が未だに生きていた事が意外だったのか侵食種の動きが止まる。

 その隙にユウキは身体を右に流してハンニバル侵食種の右手から逃れる。右手から標的が消えて抵抗がなくなって右手が地面を殴る。その間にユウキはハンニバル侵食種の懐に飛び込んで跳び上がり、右回転しながら左手の神機で侵食種の胴体を斬り裂く。そしてユウキは左足で侵食種を空中で蹴ってその場から離れる。

 ユウキとハンニバル侵食種が交戦した僅かな間に、向き合う様に体の向きを変えたハンニバルだったが、その間にユウキが一瞬で眼前に近づいて来た事で対応が遅れて動きが止まる。

 

  『ズシャッ!!』

 

 ハンニバルの顎を右の神機で下から斬り落とし、その反動で胴体に向かって飛ぶ。そして逆手持ちのナイフで刺す様な動作で左手の神機をハンニバルの胴の右端を突き刺す。すると突き刺した所を軸にしてユウキは大きく振られてハンニバルの後ろへ回る。最後には後ろへ回り込む動作で神機を引き抜き、ハンニバルの後ろを取る。

 

「…」

 

 後ろを取ったユウキはハンニバルの背中を蹴り飛ばす。ハンニバルは衝撃で正面の侵食種と激突し、侵食種を押し倒して転び、その隙にユウキは2体のハンニバルに飛びかかる。そして新たなプレデタースタイルを展開して捕食する。

 

  『『グジュッ!!』』

 

 右は黄色い捕食口の『壱式・黃支子』、左は青い捕食口の『壱式・天色』を展開して捕食してバーストする。 

 

  『グォォオッ!!』

 

「…」

 

 ユウキがバーストして追撃しようとするが、それよりも先に体勢崩しに巻き込まれたハンニバル侵食種が左手で作った黒炎の剣を振る。ユウキはそれを後ろへ跳んで避け、その間に2体のハンニバルは体勢を立て直す。

 

  『ゴォォオッ!!』

 

 ハンニバルがユウキに飛びかかり、侵食種が着地を狙って黒炎のブレス攻撃でユウキを追撃する。対してユウキは属性解放を発動して、左の神機の刀身を大きな氷の刀身に変える。

 

「…ッ!!」

 

 先に侵食種のブレスが迫ってくる。ユウキは氷の刀身を地面に叩き付けると、目の前に氷の壁を作り出してブレスを防ぐ。ブレスの熱で『ブジュッ!!』と音を経てて氷の壁が溶けて辺りに水蒸気が立ち込め視界が遮られる。

 その瞬間ハンニバルが右ストレートを放つ。その時の風圧で水蒸気を吹き飛ばすと、ユウキが既に右腕を通りすぎてハンニバルの眼前に来ていた。

 

  『バチバチッ!!』

 

 右の神機の刀身が電撃の刀身へと変わりハンニバルを斬る。電撃を受けたハンニバルは痺れて動きを止める。その間にすれ違い様にハンニバルを蹴って侵食種の方へと跳びかかる。対してハンニバル侵食種は左手で黒炎の剣を作り横凪ぎに振るう。

 剣が自身に届く直前、ユウキは右の神機を下に向けてインパルスエッジを発射する。その衝撃で上へと浮き上がり、黒炎の剣を縦に回転しつつ避けつつハンニバル侵食種の上を取る。そして通りすぎる際に回転を利用して氷の刀身で侵食種を斬り凍り付けにする。そして着地の瞬間には右の神機を振って電撃を飛ばす。侵食種を覆っていた氷を砕いて感電させる。

 しかしハンニバル侵食種はすぐに復活し、ユウキが着地すると同時に尻尾を振りつつ向きを変える。ユウキは左の神機でそれを防御するが、衝撃で後ろへとずり下がる。

 その間にハンニバルも復活して追撃に出る。ハンニバルは炎の槍を作ってユウキに飛びかかっきた。ユウキは左へと避けるが、その先へと侵食種が殴りかかってくる。それを後ろへと下がって避けるが、間髪入れずに2体のハンニバルが炎の剣を作ってユウキに襲い掛かる。

 

「…」

 

 対してユウキは両手の神機の属性解放を解除し、装甲を展開して防御する。

 

  『『ギンッ!!』』

 

 腰を落とし、装甲が甲高い音を経てて防御に成功する。以前はその腕力にまったく敵わなかったが、今では片手で止められた事に自分でも少し驚きつつも、即座に反撃に出る。右の神機でハンニバルの炎の剣を弾き、その直後に左の神機を傾けて黒炎の剣を滑らせて自身の身体の外側に流して一気にハンニバル侵食種に近づき、通りすぎる際に胴体を斬り裂いた。

 その後急ターンして追撃する。しかし2体のハンニバルも同時に反撃に出る。まずはハンニバル侵食種が左手で黒炎の剣を作りつつ左へ急回転して反撃する。

対してユウキは地面スレスレへと飛び込んで躱し、侵食種が左腕を振り抜くと一気に胴体へと近づく為に跳び上がる。対して侵食種は右腕を振り押して反撃する。ユウキは空中で身体を捻って左の神機で右腕を斬り落とす。さらにもう一度回転して肩から右腕を斬り落とす。

 隙が出来た侵食種に止めを差そうと右の神機を振り上げる。しかしハンニバルがユウキの左側から炎の輪を吐き出して迎撃する。ユウキは左の神機で装甲を展開し、下からは神機を振り上げて炎の輪を叩き付けつつ防ぐ。その勢いで急激に降下しながらかつて抉った傷を起点にした起動で唐竹割りを繰り出した。

 

  『ブシャァッ!!』

 

 勢いの乗った一撃が侵食種の弱い所を捉えてハンニバル侵食種を真っ二つに両断して倒した。しかし侵食種を相手にしている間にハンニバルが両手に炎を纏って殴りかかってきた。右の拳でユウキを殴り着けるが、少し後ろへと下がって避けると、ハンニバルに向かって跳びかかる。しかしハンニバルは左の拳でユウキを殴りかかるが、ユウキは右の神機の装甲を展開しつつ、左の神機と一緒に拳に両手の神機を振る。右の装甲で拳を防ぎつつ、左の神機はハンニバルの拳を突き刺して殴り飛ばされるのを防いだ。

 その際、装甲でハンニバルの拳を防いだ事でユウキに回転力を与え、そのままハンニバルに向かって行く。そして両手の神機を振り下ろして二の字に斬り裂いて3つに分割した。

 

「…」

 

 2体のハンニバルを倒したユウキはつまらなさそうに2体の死体を見ていたが、しばらくすると、神機にハンニバル達を喰わせる。

 

(…まだまだ…か…)

 

 神機にハンニバルを喰わせつつ今の戦闘について反省する点を考えていく。

 

(今のは単に身体能力にに助けられただけだな。せっかく鋭くなった感覚もまだ生かしきれてない。)

 

 確かにアラガミの部分が表に出たことで身体能力の大幅な強化、感覚の鋭敏化と言った変化はあった。しかし強化された感覚を生かしてはいないし身体能力は制御しきれてないない様に思えた。

 聴覚であれば動く際の足元の音や筋肉、骨の音から動きの先読みする、嗅覚で炎が燃える時の匂いを察知してどう動くかを読む、肌で空気の振動を捉えて何をするか考える…そしてそれらを処理できる様に思考速度を速め、敵が動き出す前に敵を討つ。

 それをできる様にならなければいけない、その為には何をすべきかを考えながらコアを回収し、残ったハンニバル達の死体を今度はユウキが食べ始めた。

 

 -極東支部-

 

 ユウキはハンニバルを喰った後、ようやく極東支部に帰ってきた。3日間一度も帰ってくる事なく『偶発的』に任務をこなして来た人間がようやく帰ってきたのだ。エントランスにいた者達は当然驚いたが、今のユウキとは関わりたくないがために特に声をかける事なくその場から離れていった。

 

「ユ、ユウキさん?!」

 

 ユウキがヒバリ任務の終了を報告しようと会いに行くと、ようやく帰ってきた事に驚いていた。

 

「い、今まで何をしていたんですか?!この辺りのアラガミの反応がほぼ全て消えましたが、ユウキさんの仕業ですか?!他の人への仕事もなくなって不満が出てるんです!!貴方も危険な目に合うのは分かりきってるんですからこんな事はこれっきりにしてください!!」

 

 ユウキが周囲のアラガミを駆逐した為に、仕事を受けたが現地に行っても仕事がなくなっているなんて事が続いていた。出撃前に堂々と不正に任務を処理すると言っていた。ここ最近でアラガミの反応が急激に減った理由もすぐに分かった。不正に任務を処理した本人にヒバリはすぐさま止める様に、珍しく声を荒らげて抗議する。

 

「…なら俺の報酬はディアウス・ピターの近縁種とブリティヴィ・マータの討伐報酬だけでいい。あとはお前たちにやる。素材も全てやる。俺は敵を確実に排除できるし、連中も戦わずに報酬が貰えるなら文句もないだろう?」

 

「そう言う問題では…」

 

 しかしユウキは悪びれる事もなく、報酬を分配するから面倒な事をこれ以上追及するなと言ったが、ヒバリはそんな事を許すはずもなかった。

 

「何と言われようと俺のやり方は変える気はない。戦わずに済むならそれに越したことはないだろう?」

 

「ちょっ?!ちょっと!!」

 

 そう言うと止めようとするヒバリを無視してユウキは報告書を持って神機の調整をしに神機保管庫に向かった。

 

To be continued




あとがき
 ついに本小説が100話を突破しました。長かった…多分この辺でエンディングまで折り返しになる…はず。
 さて、小説内でも書きましたが今回の相手はうちの子が以前ボコボコ(?)にされ勝てなかったハンニバル達です。かつて敵わなかった強敵を倒す展開は好きで熱い展開にしたかったのですが、どうにも今回は(も?)さっぱりし過ぎてる気がします。
 うーん…どうにもその辺をうまく描写できるだけの描写力が欲しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after4 不信

キチガイお兄さん登場


  -鎮魂の廃寺-

 

 ユウキが帰ってきた翌日、口座を見てみると前回不正に処理した任務の報酬が全額口座に振り込まれているのを確認した。フェンリル側としてはユウキが不正に任務をこなしたとは言え、端から見れば帰還中に別件のターゲットに『偶然』襲われて結果的に他の任務をこなした様にしか見えない。そのため報酬を払わなければ極東支部にあらぬ疑いがかけられる。

 事の詳細を知っているヒバリは納得がいかず抗議したのだが、上からの命令で振り込みを強要される。

 自身の倫理感と上からの命令で板挟みになり、何度言っても聞かないユウキに対して『もう知らない、勝手にしろ』と言う意思を示す意味と怒りをぶつける感覚で報酬を振り込んでいた。

 そんな事もあり、旧寺院でテスカトリポカの討伐任務を受けると言ったが、『私に言わずとも好きに行けば良いじゃないですか?どうせ不正に任務を受けるなと言っても勝手に行くんでしょう?』と黒い笑顔で言われたので、言葉通りに好きに任務に行こうとしていた。

 しかしユウキの様子を気にしたカノンとアネットがいつの間にか着いてきて、最近まともに射てなかったことで禁断症状が発症していたジーナも強引に着いてきた。

 そんなこんなで、現在旧寺院の本殿前で戦闘になり、テスカトリポカが山側の階段を登ってきたところで破壊力のあるカノンと火力の高いユウキがの正面に立ち足止めをし、少し離れてアネットとジーナが堕天種を含むザイゴートとオウガテイル、そしてヴジュラテイルを計30体いたものを15体まで減らしていた。

 そんな中、ユウキは前面装甲を破壊する為に、テスカトリポカが撃ったミサイルを掻い潜り一気に前に出る。

 

「邪魔ァッ!!」

 

「…」

 

 しかしカノンが魔王化してユウキの後ろから放射弾を撃つ。発射音を聞いた瞬間、ユウキはバク転で放射弾を避けて上に飛ぶ。放射弾はテスカトリポカに当たり、前面装甲は結合崩壊した。

 この隙をついて追撃に出ようとしていたのか、ユウキは右の神機を銃形態に変形する。しかし、銃口はテスカトリポカの方を向けず地面の方向を向いていた。

 

  『バンッ!!』

 

 すると小さな発砲音が響き、狙撃弾がカノンの左太股を撃ち抜いた。

 

「あ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 左の太股を撃ち抜かれたカノンが悲鳴をあげ、その場にいたアラガミと神機使いの注意を集めた。

 

「痛いぃ…痛いよぉぉ…!!」

 

 痛覚が集中していると言われる太股を撃たれた事でカノンは神機を落としてその場に倒れ、泣きながら血が止めどなく流れる足を押さえて痛みを訴える。

 

「あぐっ?!」 

 

「…」

 

 しかしユウキはそんなカノンの様子を気にした様子もなく、カノンの後ろに着地しすると髪を掴んで、後ろの小型種の群れに投げ込んだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 投げられたカノンが小さく短い悲鳴をあげて小型種の群れの近くに落ちる。当然小型種達はカノンを喰らおうと向かってくる。

 

「カノンッ!!」

 

「カノンさん!!」

 

 突然の事にジーナとアネットは思わず声をあげる。

 

「ユウキ!!貴方何をっ?!」

 

「…」

 

 ユウキがとんでもない事をして、ジーナがそれを問い詰める。しかしユウキはそれに答えずに、カノンをアラガミの群れに投げ込んだ際にテスカトリポカから発射されたトマホークを狙撃弾で撃ち落としていた。

 しかしそんな事に時間を割いていてはカノンが殺されてしまう。群れの外からジーナがザイゴートとその赤、青、黄色の堕天種を即座に4体撃ち抜いて倒し、アネットもオウガテイルと赤いヴジュラテイルを薙ぎ倒してカノンの元に向かう。

 

「私じゃ間に合わない!!アネット!!カノンを!!」

 

「はい!!」

 

 遠距離からアラガミを倒していたジーナではカノンの救助が間に合わない。足は少し遅いがアネットの方がカノンに近い。アネットはオウガテイル堕天種を途中で殴り付けて全速力でカノンの元に向かい、ジーナは追加で黄色のヴジュラテイルを撃ち抜く。しかし未だにオウガテイルと赤いヴジュラテイル、青いザイゴート堕天種が残っており、2人よりも先にカノンの元へとたどり着いた。

 

「ダメ!!間に合わない!!」

 

「ひぃいっ!!」

 

 我先にと残ったアラガミが上から飛びかかる。アネットが銃形態に変形させるが、それよりも先にアラガミ達がカノンを喰い散らかす方が早い。ジーナもこの状態からは全てのアラガミを倒せない。カノンは死が目前に来た事で泣きながら小さく悲鳴をあげて頭を抱える。

 

  『バァァアンッ!!』

 

「…ぇ?」

 

 耳を劈く爆音が聞こえてきたと思ったらアネットの前を青い極太のレーザーが通って小型種を巻き込んだ。一瞬何が起こっているのか分からなかったが、先のレーザーはいつかの防衛戦で見た攻撃だった。

 まさかと思いユウキの方を見ると、既にテスカトリポカを倒したユウキが銃形態に変形した神機の銃口をこちらの方向に向けていた。

 

「カノンッ!!」

 

「カノンさん!!」

 

「…」

 

 戦闘が終わり、ジーナとアネットは倒れているカノンに駆け寄る。しかしユウキは何も言わず、カノンに駆け寄る事もせずにその場を離れようとしていた。

 

「貴方!!仲間を撃つなんて何を考えてるの?!」

 

「…」

 

 ユウキは女性陣の後ろを無視して通りすぎる。しかしその様子に気づいたジーナがユウキの後ろから問い詰めるが、それを一切無視して下階に降りる。

 

「い、痛い…」

 

 ユウキを止めようと思ったが、カノンが痛みを訴えたので、ジーナは先にカノンの応急処置をするためにポーチから医療キットを取り出した。

 

「カノンさん、大丈夫ですか?!」

 

「カノン、しっかり!!」

 

 アネットが患部の圧迫を手伝い、ジーナが殺菌とガーゼ、包帯を巻いていく。

 

(あの子…一体何を考えてるのよ…)

 

 仲間を意図的に撃ち、足を奪った上でアラガミの群れへと投げ付ける。今まででは…否、人として考えられない行動をやった。ジーナはそんな事を顔色ひとつ変えずにやったユウキの考えがまったく理解出来ずに薄気味悪さを覚えながらカノンに応急処置が終了して帰還した。

 

  -エントランス-

 

 テスカトリポカと小型アラガミの群れを討伐した翌日、ユウキはまたもや『寄り道』してから極東支部に帰ってきた。それを見たエントランスに居る神機使いはこれまで同様、ユウキが帰ってくるなりその場から立ち去る者がほとんどだったが、荒い足取りで1人の神機使いが怒鳴り声でユウキを呼びつけた。

 

「ユウキィ!!」

 

 怒鳴っていたのはタツミだった。怒りを露にした様子でユウキの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかろうかと言う勢いだった。

 

「てめぇ何でカノンを撃った?!自分が何したか分かってんのか!!」

 

 怒鳴られる間にユウキは目線だけ動かしてタツミの後ろをチラッと見る。そこには左足に包帯を巻いて車椅子に座り、完全に怯えた目をしたカノン、車椅子を押して何故こんな事をするのか分からず困惑した表情のアネット、そしてユウキを責める様な鋭い目付きでユウキを睨むブレンダンがいた。

 それを見て状況を察したユウキは特に表情を変える事もなく事の経緯を簡潔にタツミへと説明する。

 

「…先に撃ったのは向こうだ。だから撃った。それだけだ」

 

「何だと?!」

 

 ユウキは何の罪悪感もなく先に銃口を向けたのはカノンだ。自分はそれに対して応戦しただけで撃たれたのはカノンの責任だと言い放つ。それを聞くと、部隊員であり仲間を撃たれたタツミが怒りが冷めやらない様子で今にも手を出しそうな心境で答えるのも当然と言える。

 

「い、良いんですタツミさん…誤射した私が悪いんですから…」

 

 しかし撃たれた当の本人にはユウキと目線を合わせない様に泳がしながら申し訳なさそうに謝る。

 

「だからって本当に撃つ必要はないだろうが!!」

 

「…言ったはずだ。俺の命を狙う奴は敵だ。敵は誰であろうと殺すと…」

 

「ッ?!」

 

 殺しこそはしなかったが、仲間を撃ったユウキを問い詰める。しかしユウキは胸ぐらを掴むタツミの腕を掴むと、人間離れした握力でギリギリと締め上げる。締め上げられた痛みでタツミは思わず胸ぐらを掴んでいた手を放してしまった。そして手を放されるとユウキもまたタツミの腕から手を放す。

 

「だがカノンには殺すよりも先にアラガミの餌に利用できた。だから殺さずに足を奪う程度に止めたに過ぎない。」

 

 ユウキの一言を聞いて、タツミだけでなくその場にいた者に衝撃が走った。やは人を人とも思わない、手段、道具にしかしていない。自分の部下、仲間が非道な扱いを受け、それを悪びれもしない。そんなユウキの態度とカノンへの言葉を目の当たりにして、タツミの堪忍袋の緒が切れた。

 

「お前ぇぇぇえ!!!!」

 

 ついにタツミが怒りに任せて拳を振り上げ殴りかかる。

 

「ッ?!」

 

 しかしタツミの怒りに任せた拳を、ユウキは表情を変える事なく涼しい顔で手で難なく受け止める。そしてタツミの腕を肘が下を向く様に捻ると、無表情のまま間接目掛けて膝蹴りを入れる。

 

  『ボキッ!!』

 

「ぐぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

「「「タツミ(さん)?!!?」」」

 

 腕を折られたタツミが激痛で叫び声をあげる。当然その場にいた者はタツミを心配して駆け寄ろうとするが、それより先に腕を折られて痛がっているタツミにユウキは腕を折る為に膝蹴りをした足で腹を蹴り飛ばす。

 

「ガッ!!あ"あ"あ"!!グッ!!」

 

「タツミ!!」

 

「タツミさん!!しっかり!!」

 

 鳩尾に強烈な蹴りを入れられ、痛みに悶えているタツミにその場にいた人達が駆け寄る。腕を折られている事もあり、何とか医務室に連れていこうとしてブレンダンがタツミを抱えようと四苦八苦する中、ユウキは興味が失せた様にその場から立ち去り、表情も変える事なくエレベーターに乗り込んだ

 

  -支部長室-

 

 ユウキはエレベーターを降り、先のタツミ達との衝突の事を気にした様子もなく、任務中に呼び出した張本人であるペイラーの元へとやって来た。しかしペイラーはユウキを見るなり少し呆れた様子でため息を着いた。

 

「また騒ぎを起こしてくれたみたいだね」

 

「…奴らが先に仕掛けてきた。だから殺られる前にやった…それだけですよ」

 

 どうやら今しがた起こった喧騒は既にペイラーの耳にも入っていたようだ。おおよそヒバリから報告があったのだろう。そんな事を考えながらユウキは先に手を出した相手が悪いと悪びれる様子もなく、むしろ『何故そんな事を言われなければならないのだ』と言いたげな雰囲気の声色で返す。

 それを聞いたペイラーはまたため息を着いた。彼の言葉通り、ユウキが記憶を取り戻して以降、任務の横取り等で他の神機使いからの不満が高まり、ユウキに直接手を出す者もたが、それらを『見せしめ』と称して、先のタツミにしたように任務に出られない程度に痛め付けていた。ちなみにその中にはシュンやカレルもいた。

 

「… 私としては、もう少し穏便に事を進めたいんだけどね」

 

「知りませんよ。それより、俺を呼んだ要件は?まさか本当にただの説教の為に呼んだ訳じゃないですよね?」

 

 極東支部内の雰囲気が悪くなるのを避けたいペイラーに対して、あくまでも悪いのは先に手を出した相手側にあるとユウキは返す。実際、ユウキは自分に手を出す者にしか手を出してはいないが、今は人間同士、ましてや同じ支部の人間同士で争っている場合ではない。すぐにでも止めさせたいが、自分が言っても聞かないだろうと思い、どうしたものかと考えているとユウキに呼びつけた要件を言えと急かされる。

 

「実は…新しい支部長がようやく決まってね。これを機に、私もただの研究員に戻る事になったよ」

 

「…それで?」

 

「君には新しい支部長の護衛任務を頼みたい。本部からアナグラまで、安全で快適な空の旅をお届けして欲しい」

 

「…分かりました」

 

 どうやら正式な支部長が決まったようだ。元の研究業務に戻れるからか、無意識に少し弾んだ声になっていたが何やら表情は固い。そんなペイラーをの様子からユウキは違和感を感じたが、すぐに『どうでもいいか』と思い、新支部長の護衛任務を受けた。

 それを聞いたペイラーは内心ではもう目的は達成できたと思っていた。今のユウキは少なくとも敵対しなければ何もしないし、不正に受けてはいるものの、任務そのものはきっちりとこなしている。長期任務を与える事でユウキを大人しくさせる事もできると思っていた。

 

「それから今の話に関連して、リンドウ君とサクヤ君、2人には『特務』を任せている。2人は部隊の任務にしばらくは出られないよ」

 

「…」

 

 ペイラーがリンドウとサクヤに特務を与えたと伝えると、ユウキは『何故このタイミングなのか?』とその采配に疑問を感じたが、すぐにリンドウの身体の事を思い出して納得した。アラガミ化から復活し、人とオラクル細胞が共存してた特殊な身体である事を知ったら本部に何をされるか分からない。リンドウを本部の目から遠ざける為の処置だろうと考え、ユウキは何やらキナ臭い空気を感じていた。

 

「さて、それじゃあ詳しいスケジュールを詰めていこうか」

 

 ユウキが思考に耽っていると、ペイラーが仕事のプランを詰めていくため話を進めていった。

 

Next Part 101




あとがき
 涼しくなったと思ったらまた暑くなって何やら調子が悪くなった私です。皆さんも体調を崩さぬ様に気を付けてください。それとも自分の住んでる辺りだけですかね?
 ではお話の方ですが…イカれたキチガイ主人公が書きたかったとはいえ仲間を撃ったのはやり過ぎかなぁと思いつつも、キチガイなら仲間に手を上げるくらい涼しい顔でやってのけるのでは?と思い、自分なりに誰にも理解されない様な感じの人物像に仕上げてみました。端から見たらただの嫌な奴でしょうね。心理描写も入れてないので気色悪さとかもあるかと思います。(心理描写は小出しに出していく予定です)
 それではこれにて4章、記憶喪失編はおしまいです。次は新支部長こと『あの一族』の関係者が出てくるストーリーを元にした話で進めていきます。いつもの事ながら構成を考えたりで投稿には時間がかかるかと思います。
 記憶を取り戻してからのユウキの設定は次の章の終わりに入れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スパイラル・フェイト編
mission101暗躍


今回からスパイラル・フェイントをベースにした新章がスタートします。大筋は変わりませんが細かい流れはちょくちょく変わってます。


 -極東上空-

 

 所々雲が浮かぶ青空の下、フェンリルのエンブレムが書き込まれた大型の輸送ヘリが3機、横並びで極東の空を飛んでいた。この中で一番左にあるヘリの中には、ユウキが腕と足を組んで座っていた。しかしその傍らには神機が『1つ』しかなかった。そして反対側には長い金髪の眉目秀麗な紳士が足を組みながら本を読んでいた。しかしその紳士の左目に眼帯、右足は義足となっていて、

傍らには杖が立てかけられていた。

 

(ガーランド・シックザール…ヨハネス前支部長の実弟であり、ソーマの叔父に当たる男…何故アーク計画から1年も経ったこのタイミングで支部長に就任したんだ…?)

 

 ユウキが本を読んでいた男性、極東支部の支部長となる『ガーランド・シックザール』の思惑を考える。ヨハネスが死に、その後に空いた支部長の席を当時から狙っていたのは間違いないだろう。しかし、1年も間を開けたタイミングで就任に志願した理由は何なのか…それに別のヘリには『研究機材』と称した機械も多数積まれている。それらの理由も考えていると、ガーランド読んでいた本から目を離してふと外を見る。

 

「見えて来ましたね」

 

 そこには機械的で円形の高い壁に囲まれた都市が少し小さいが見えてきて、いつの間にか極東支部がもうそこまで見えるところまで来ていたようだ。

 

「極東支部…神々を殺して手に入れた虚構のアジールか…」

 

「…」

 

 突然ガーランドは極東支部を人々が生きられる仮初めの楽園だと詩的に表現したが、ユウキは何を言いたいのか良く分からなかった。ガーランドがこのタイミングで支部長に就任した目的等の考え事をしていた事もありそれに対して特に何も言わなかった。

 

「…あまり文学には興味がないみたいですね」

 

 ガーランドは『パタン』と音を発てて読んでいた本を閉じ、本を膝の上に乗せた。自身が詩的な表現で極東支部…フェンリルを表現したのだが、ユウキが無反応だったために詩や小説の様な文学には興味がないのだろうと判断したようだ。

 

「…いえ、今まであまり活字に触れこなかったので…何を言いたいのかよく分からなかっただけです」

 

「成る程。活字、本は良いですよ?自分の経験した事のない世界を魅せてくれる。その中でも『詩』は短い文章で内容をまとめていてね。詩はその短い文の中で多くの意味を持ち、数多の解釈をさせる…まさに文字、言葉を使った芸術なのだよ」

 

 話しかけられたユウキは組んでいた腕と足を正し、ガーランドの方へ視線を向ける。対してガーランド余程好きなのか、どちらかと言えばクールであまりしゃべらない印象を受けたのだが、この話題に関しては良くしゃべり、何となく意外に感じたユウキだった。

 

「そうですか」

 

「なんならお貸ししましょうか?活字初心者でも読みやすい詩集も手元にありますよ?」

 

「…考えておきます」

 

 本を読まないと聞くと、ガーランドは読みやすい本を貸すと言ったがのだが、ユウキはその場では答えを出さずに誤魔化した。

 

「受け取る…と素直には言ってはくれないのですね」

 

「…借りはしたものの読まないのが一番失礼かと…私の立場上、中々読書に費やす時間が取れない身なので」

 

「残念です…しかし、言われてみれば極東支部第一部隊の隊長にして切り札(エース)…すべての神機使いの中でも最上位の実力者ならば、様々な任務に引っ張りだこでしょう。事後処理の事も考えると…確かに自分の時間を持つのは難しいでしょうね」

 

 素直に受け取らないのはユウキなりに考えての結果だったようだ。それを聞くと、ユウキの仕事上の立場を察してガーランドも納得した。

 するとユウキは突然ガーランドから目を放して、ヘリの後ろ側を見た。その後立ち上がって壁に掛かっている受話器を取り操縦席へと内線をかける。

 

「後ろから追ってきている奴がいる。1号機はこのままガーランド支部長をアナグラへ、3号機はパイロットを2号機に移して待機。パイロットの移動が終わり次第2号機も1号機に続け」

 

『イエッサー。3号機への移動は?』

 

「今すぐだ。あまり時間がない。すぐ編隊を組め」

 

 そう言うと、ユウキは受話器を置いて立て掛けていた神機を握る。ヘリの扉を開けると、既にヘリが3台、扉を開けた状態で上へと上がる様に横並びになって待機していた。

 ユウキはヘリから飛び出して真ん中、2号機へと乗り移る。そして2号機の扉の横からロープを取り出し、次は3号機へと飛び移る。そして3号機を自動操縦に切り替え、ロープを伝わせてパイロットを2号機へと移すと、ユウキはロープを外す。それを合図にガーランドを乗せた1号機、その護衛の2号機は速度を上げてその場から離れた。

 

「お手並み拝見…といきましょうか」

 

 ガーランドが呟く中、ユウキはヘリが離れていくのを見届けると1度操縦席にヘリを自動操縦の指令をホバリング状態に切り替える。

 その後ユウキは扉まで移動し、ジャンプして扉の縁に手をかける。すると懸垂の様な動作をして勢いよくヘリの上へ昇る。そして中心まで移動すると装甲板に手をかける。

 

  『バゴンッ!!』

 

 鉄板が波打つ時の様な音と共に装甲板が剥がされる。そこにはいつも左手で使っていたユウキの神機が格納されていた。ガーランドに自分が特殊な体質だと知られると、そこから特異点に行き着く可能性がある。そのため、その事を悟られない様彼と会う時には神機を1つだけ持ち、もう1つは別のヘリに隠しておいたのだ。

 ガーランドを乗せたヘリが遠ざかっていくのを再度確認すると左手で神機を取り、向かって来ているアラガミの気配を探る。

 

(5…6…いや、7か…進行ルートを考えれば…予測通り、最近発見された『ヨルムンガンド』が相手になるだろうな…)

 

 気配を探りつつ、現在の状況から相手の戦力を予測する。そしてユウキは瞳孔を縦に割った鋭い目付きに変わり、両手の神機を銃形態に変形して構える。

 

(ブレイクアーツを使わずにここから倒すとなると…ヨルムンガンドの外骨格を破るためには出力を最大まで上げて同じところに2発は当てないとな…となると、持ち弾は計10発、敵1体に2発使い、誘導にも使うとなると…せいぜい2体、多くて3体か…)

 

 ヨルムンガンド…半年前程前に東南アジア上空の成層圏で発見された飛行型では最大級の新種のアラガミだ。普段は成層圏を飛行しており、下に降りてくる事も珍しいため、出会う事さえ難しいアラガミだ。

 しかし、ここ最近の中東ではヘリの襲撃はザイゴート種やサリエル種よりもこのヨルムンガンドによる襲撃が多くなり、通行中のヘリがよく捕食される。その結果、必然的にジュラルミンの様な軽くて硬い金属をよく捕食する事になるため、非常に硬度の高い外骨格を持つ事となった。

 極東支部に帰ってきてから調べあげた敵の情報と自身の状況を頭の中で整理する。ブレイクアーツを使えばこの状況からでも簡単に敵を殲滅できる。しかし、それでは自身の特異性をガーランドに知らしめる事になる。そこからユウキに宿る特異点にたどり着く可能性があるため、それだけは避けなければならない。

 となると特別な能力なしで相手をしなければならない。普通の射撃でも出力を最大まで上げてのピンポイント狙撃ならばヨルムンガンドの外郭を貫いて内部のコアを破壊できる。そして初撃による奇襲が成功すれば1体は確実に仕留められる。

 そんな事を考えながら小さく見えてきたヨルムンガンドの1体に照準を合わせる。

 

  『ダァンッ!!』

 

 爆音と共に太いレーザーが飛んでいく。そのまま遠方にいるヨルムンガンドの1体の口内に吸い込まれてコアを貫いた。唐突にレーザーが飛んでくると言う奇襲を受けて、ヨルムンガンド達が動揺して三々五々に散りながらもユウキに向かって飛んでいく。

 そして1番左で他のアラガミから離れているヨルムンガンドに照準を合わせる。次の瞬間にまた太いレーザーを3発連続で撃ち、間髪入れずに照準を少しずらして2発のレーザーを撃つ。すると3つのレーザーは平行に飛んでいき、合流しようとしていた、照準を合わせたヨルムンガンドの進路を阻み進行を止める。そして動きを止めたヨルムンガンドの横側から、2発のレーザーが連続で飛んでくる。1発目のレーザーがヨルムンガンドの外骨格に大きな凹みと傷をつける。そしてそこと大して変わらない場所に、もう1発のレーザーが着弾する。するとレーザーはヨルムンガンドの外骨格を貫通して、内側のコアを貫いた。

 続いて右端で遠回りしようとするヨルムンガンドに銃口を向ける。先と同様に誘導の為、まずは1発レーザーを撃つ。下、そのまま左と計3発のレーザーを撃ち、そこから少しずらして2発連続で撃つ。

 するとヨルムンガンドは眼前に走ってきたレーザーを避けようと下に下がる。しかしその先にもレーザーが飛んできて行く手を阻み、再度向きを変えて右側へと進路を変えた。またもやヨルムンガンドの眼前にレーザーが飛んできたので当たらない様にその場で動きを止める。だが瞬間にはレーザーが2つ飛んできて、ヨルムンガンドの胴を横から貫きコアを破壊した。

 計3体のヨルムンガンドを倒したところで、どちらの神機もオラクルが切れたため、ユウキはずっと構えていた神機を一旦下ろした。

 

(口内から内側を狙撃できたか…これを毎回できるならば楽になるんだがな…)

 

 オラクルを使い果たした事で遠距離の攻撃手段をなくしたユウキは神機を剣形態に変形して待機する。すると高速で大きな口を持った黒い巨大なムカデにハチの翅を生やしたアラガミ、『ヨルムンガンド』が4体、急加速して接近してきた。

 

  『『『『キァァア!!!!』』』』

 

「…」

 

 悲鳴に近い雄叫びを上げてヨルムンガンド達が再び集まって一斉に飛びかかってくる。ユウキはヘリから飛び出して最も近い位置にいるヨルムンガンドの『口』に向かって跳ぶ。しかし、大口を開けたヨルムンガンドはそのままユウキを『バクンッ!!』と一口で喰ってしまった。

 

  『ズシャッ!!』

 

 だが次の瞬間にはヨルムンガンドが上下に斬り裂かれ、その中から喰われたと思われたユウキが飛び出してきた。

 

「…」

 

 そしてユウキは体を縦回転するコマの様に捻り、倒したヨルムンガンドを斬りつけてオラクルを補給する。そのまま斬ったヨルムンガンドの尾先に行くと、ヨルムンガンドの死体を土台にして、残りのヨルムンガンドを倒すべく右側へと飛び出す。

 

  『キシャァァア!!!!』

 

 空中では満足に動けないユウキに向かって、目の前の敵が口を開けて迫ってくる。対してユウキは左手の神機を下に向かけると、インパルスエッジを撃って跳ねる。標的を上に逃がした事でヨルムンガンドの口は敵を捉える事なく『ガチンッ!!』と音を発てて閉じた。

 その間にユウキは標的の上を取り、外骨格の隙間にある間接に沿うように右の神機を振って翅ごと斬る。外骨格で守られてない部分への攻撃だったため、あっさりとヨルムンガンドの頭を斬り落とした。その後、斬り捨てたヨルムンガンドを蹴って離れて後ろから迫ってくるヨルムンガンドに向かって行く。

 

  『キャァァア!!!!』

 

 しかし今度は別のヨルムンガンドが左側から向かってきた。対して右の神機で穿顎を展開し、急加速して突進を避けて元々攻撃する筈だったヨルムンガンドの背中に喰い付いた。そしてバーストした状態ですぐにインパルスエッジを発射し、ヨルムンガンドの背中の外骨格を砕きいた。その勢いでユウキは後ろへと飛び、離れるついでに今度は左側の神機でインパルスエッジを撃ち、敵の頭を砕きながら勢いでヘリの方向へと飛ぶ。

 そして空中で右の神機を銃形態に変形して、怯んだヨルムンガンドに向かってレーザーを発射して砕いた頭を貫通させる。その後、ユウキはヘリの上へと着地して、右の神機を剣形態に変形して再び迎撃体勢を取る。

 

  『キシャァァア!!!!』

 

 しかしその間に最後のヨルムンガンドが雄叫びを上げながらすぐ近くまで迫っていた。

 

(…)

 

 対してユウキは表情を変える事なく、再び神機を握り直した。

 

 -地上-

 

 居住区ゲートの外側、ソーマ、アリサ、コウタがジープに乗って待機していた。3人は万が一に備えて地上のアラガミを殲滅、そしてヘリに何かあったときの救助部隊として配置された。周囲のアラガミは既に討伐し終えて、ヘリが来るのを交代で監視していたのだが、そんな中コウタがようやくヘリを見つける。しばらくコウタが双眼鏡を覗いていると、ユウキが乗り移ったと思われるヘリからレーザーが飛んでいくのが見えた。

 

「ホントに来たね…ヨルムンガンド…」

 

「ユウ…大丈夫でしょうか?」

 

 次々とレーザーが発射され、その後にはヘリに群がってくるヨルムンガンドが斬り倒されていくのを見ながらコウタは呟く。

 元々ヘリを空中で襲撃する事自体は珍しくもない。ただ極東では未だにザイゴートやサリエルによる襲撃ばかりでヨルムンガンドによる被害の報告はなかった。だが事前の打ち合わせでペイラーとユウキはヨルムンガンドによる襲撃が来ると予見し、見事にそれを的中させた。

 いつもなら感嘆した様子で感心するであろうコウタだったが、今回はなにやら冷めた様子で予測を当てたことに驚いていた。その結果、ユウキは慣れない空中戦をせざるを得なくなり、アリサは何事もなく終わるようにと気が気でなかった。

 

「アイツなら大丈夫だろ」

 

 ソーマがそんな不安を払拭する様に心配する必要はないとジープのボンネットに腰掛けながら言った。

 

「俺達を含み、アナグラの全員を相手に喧嘩を売り、その上で周囲のアラガミを単独で殲滅できるんだ。少なくとも前よりは遥かに強い。条件が悪いとは言え、ヨルムンガンド程度にアイツが殺られるとは思えない」

 

「それは…私もそう思いますけど…」

 

 記憶を取り戻してからは極東支部周辺のアラガミを単騎で殲滅し、他の神機使いの仕事を奪い、衝突してきた。少なくとも大型種を無数に相手にしていても地上では無類の強さを発揮している。しかし空中と地上では勝手が違う。足場を失えば落下して普通は死ぬ。しかも今回はたった1つの足場で大型を複数相手にして空中戦をしている。ソーマは大丈夫だと言うが、それでも心配になるのは仕方ない事でもある。

 

「あ、倒したみ…ん?」

 

 ヨルムンガンドを全て倒した事を確認したコウタだったが、ヘリが体勢を崩したのを見ると表情が険しくなる。

 

「あ、あれ…?ヘリが堕ちてる?」

 

「何?!」

 

 体勢を崩したヘリは煙を上げながら落下していく。何が起きたのか最初は理解が追い付かなかったが、すぐにヘリが攻撃を受けたと理解して思わず呟く。

 それを聞いたソーマか血相を変えてコウタを問いただそうとするが、それよりも先にアリサが動いた。

 

「ユウは?!どうなったんですか?!」

 

「わ、わかんないよ!!コイツ使ってもヘリとかヨルムンガンドぐらい大きくないと見えないって!!」

 

 アリサがコウタに事の詳細を尋ねるが、戦闘があった空域から防壁まではまだかなりの距離がある。ヘリやヨルムンガンドの様子がギリギリ分かるような大きさでしか見えない状態ではヘリに乗っていたであろうユウキの様子など、双眼鏡を使っても分かりようがない。

 とにかく情報が欲しい。ソーマが運転席に座るとコウタとアリサもジープに乗り込む。

 

「チッ!!とにかく現場に行くぞ!!」

 

 コウタが若干モタついているが、全員乗った事を確認するとソーマはアクセル踏み込む。アリサはしっかり捕まっていたから問題なかったが、コウタは発車の勢いで少し振り落とされそうになりつつも急いでヘリが落ちていく場所に向かった。

 

 -墜落現場-

 

 ヘリの墜落現場まで距離があったため、時間がかかったが何とか無事に目的地に到着した。すぐに3人はユウキの捜索を始めるが、結局見つかったのは、燃料の残りに引火して小さく火が上がっているヘリの残骸と、空から落ちてきたヨルムンガンドの血と死体と探すまでもないものばかりだった。

 

「ヘリの残骸とヨルムンガンドの死体だけでユウが見当たらない…どう言うことだ?」

 

「ユウ…一体何処に?」

 

 ヘリと一緒に落ちてきた筈のユウキが周辺に見当たらない。どう言う事なのかとソーマとアリサは頭を悩ませている中、コウタは心ここにあらずと言った様子でユウキの捜索をしていた。

 

(もう戻って来ないんじゃないの…?」

 

 記憶を取り戻してから豹変したユウキは何かあればすぐにでも何処か手の届かない所に行きそうな雰囲気を出していると感じていたコウタは思わず小声で呟いた。

 

「コウタ!!なんて事言うんですか?!」

 

「ぅえッ?!な、何?!」

 

 もう戻る気はないのでは?と口にした事で、また出ていっただけでなく最悪落下死したのではないかと連想してしまったアリサはコウタに対して怒りをぶつける。しかし、コウタは無意識に呟いていたようで、アリサに咎められると心底驚いた様子だった。

 そんな中、突然ソーマの端末に着信が入る。ソーマは電話に出ると、スピーカーモードに変え、周りにも聞こえる様にする。

 

『皆、聞こえるかい?ガーランド新支部長の命令だよ。ユウキ君の捜索は一時中断して、支部に戻って欲しい。』

 

 声の主はペイラーだった。どうやらユウキが殿を勤めた甲斐あって、ガーランドは無事に到着出来たようだ。しかし助けられた当の本人はユウキを捜索するどころか打ち切りに近い判断を下した。それを聞いた瞬間、ソーマは表情が険しく、コウタは複雑な表情になり、アリサは怒りを露にした。

 

「そんな!!まだユウが見つかってないんですよ?!」

 

『悪いけど、さっきも言った通り、これはガーランド支部長からの命令だよ。君たちは1度戻るんだ。それに、彼にはアラガミ化もある。それを使えば高所からの落下程度では死にはしない。だから、戻ってきなさい』

 

 アリサが反発して捜索を続行すべきとしたが、ガーランドの指示と言うこともあり、極東支部に戻る様に強く言い直す。

 ペイラーの言う通り、アラガミ化することで落下した程度では死なないのは事実だ。それならば何故この場で待たずに行方を眩ませたのか。納得いかない状況を不審に思いながらも、 アリサ達はその場をあとにした。

 

 -10分後-

 

 3人が去った後、ヘリの墜落現場に10人程の人影が現れる。その人影は全員、白いジャケットを来て、頭にはヘッドギアを着けて黒いバイザーで目元を隠していた。そして全員手には『剣と盾と銃』が一体になった神機…所謂、新型神機を所持していた。

 新たに現れた者達はヨルムンガンドの死体を目視で少し調べると、次々に神機を構えて捕食口を展開する。

 

  『グジュッ!!』

 

 捕食口を展開した者の1人が捕食すると、それに合わせて次々と捕食してヨルムンガンド達のコアを回収する。

 

「隊長、ヨルムンガンドのコア、全て回収しました」

 

「了解。速やかに帰投する。全員遅れるな」

 

 隊長と呼ばれた短い金髪の青年はコアの回収が完了したと報告を受けると、すぐに撤退するように指示を出す。それを聞いた隊員達はすぐさまその場をあとにすると、ヨルムンガンド達の死体はコアを失った事で霧散していった。

 

To be continued




あとがき
 今回から斉藤ロクロ先生のスパイラル・フェイト編がスタートです。
 漫画オリジナルのヨルムンガンドの蛇にも虫にも見えるデザインやガーランド氏から滲み出る小物感がすごい好きです。読み返してみるとコアバレットや感応波など本家に逆輸入(?)された設定もいくつかあったりとこの頃から感応種とかが想定されていた様にも思えました。
 さて、お話の方はスパイラル・フェイトでもヨルムンガンドにヘリが襲われて主人公の加々美リョウ君が落っこちて記憶喪失になりますが、うちの子はまた行方不明になりました。察しが着いた方もいるかも知れませんがこの章ではうちの子は出番少な目です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission102 新支部長

なんかガーランド様のキャラが違う希ガス


 -極東支部-

 

 ペイラーからの通信を受けて第一部隊が帰投してきた。後少しでガーランドの支部長就任式が始まるため、アナグラの職員の大半が訓練室に集まっていた。

 

「帰っては来たけど…」

 

「ユウが見つかっていない以上、素直に歓迎できないな…」

 

 人混みの中、ユウキの捜索任務から戻ってきたコウタとソーマは、壁に寄りかかって複雑な表情をする。新しい支部長がやって来たのは喜ばしい事で、歓迎すべきところだ。しかし、その歓迎される人間が助けた仲間を見捨てる様な指示を出した事で、むしろ警戒する事となった。

 

(何で…ガーランド支部長はユウの捜索を打ち切ったんでしょうか…?まだ手がかりさえ見つかっていないのに…)

 

 そんな中、アリサは髪を弄りながら何故ユウキの捜索が中止されたのかを考えていた。しかし会ったこともないガーランドの思考など読めるはずもなく、その疑問には答えを出す事が出来ずにため息をつく。

 

「あれ?神裂のやつ居なくないか?」

 

「どうせまた任務だろ?俺達の分を横取りしてさ」

 

 新支部長就任にざわめめいている中、ユウキが居ない事に気付いた者達の声が聞こえてきた。

 

(ユウ…大丈夫でしょうか…?)

 

 仕方のない事ではあるが、現状ユウキの評判は非常に悪い。それを聞いたアリサはやるせない気持ちになりながらも、未だに帰らぬユウキの身を案じる。

 

「ねぇ、聞いた?今度の支部長、あのガーランド・シックザール様なんだって!!」

 

「マジ?!あの『隻眼のダーウィン』様がアナグラに?!これで毎日あの隻眼のダーウィン様に会えるのね!!」

 

 そんな中、何人かの神機使いは次の支部長の話題で盛り上がっていた。特に女性の神機使いや職員からの人気は凄まじく、これからは毎日眉目秀麗なガーランドをお目にかかるチャンスがあるのだとはしゃいでいる。

 

「シックザールって…ソーマの親戚なのか?」

 

「…親父の弟だ。昔から親父以上に食えない男だ。腹に何を抱えているかわからん。奴の言うことは素直に聞かずに警戒しておけ」

 

 女子の会話内で『シックザール』の名が聞こえてきた。もしやと思い、コウタは件の人物がソーマの血縁者ではないか思い聞いてみると案の定、叔父にあたる人物だった。

 しかしソーマからは信用に値しないと酷評されており、その事を話す際も久しぶりに眉間にシワを寄せて不機嫌な様子で話していた。

 そうこうしているうちに、気が付けば壇上のツバキから就任式が始まる事を伝えられた。そして壇上にはツバキ他、ペイラーと本日の主役であるガーランドも立っていた。

 

「お待たせしました。本日の主役のご登場だよ。新支部長のガーランド・シックザールさんからの挨拶です」

 

 壇上で就任式を進行するペイラーがガーランドを紹介する。名を呼ばれた事でガーランドは杖をつきながら前に出る。

 

「ごきげんよう、ゴッドイーターの皆さん。先程ご紹介頂いたガーランド・シックザールです」

 

 そして集まった神機使いや職員全員を見ながらガーランドの支部長就任の挨拶が始まる。

 

「皆さんも知っての通り、今の世界はアラガミの脅威に晒され、あらゆる国家が滅び去った。そしてそんなアラガミに対抗するため、神機使いを開発、保有する我らフェンリルが世界各地に都市を創り人類を存続させてきました。」

 

 ガーランドが世界の現状を話し始める。それは誰もが知っている世界の現状、アラガミによって滅ぼされ、対抗勢力としてゴッドイーターを造りだしたフェンリルがギリギリのところで人間が存続している事を話す。

 

「しかし、神機使い達の奮闘も虚しく人類の自由は防壁の内側のみ…そんな子供騙しの保護区に私は辟易している」

 

 しかしゴッドイーターの活躍も反撃の狼煙とはならず、かつて地球上を支配した人間のほぼ全員がアラガミ防壁の内側の僅かな空間に追いやられてしまった。ガーランドはそんな現状を愁い、肩を落としてみせる。

 

「故に私は進言する。この閉鎖的な世界からの脱却には…人類の進化が必要であると。神を殺し、神機を扱う事を許された選ばれし者達…そう、ゴッドイーターである皆さんにこそ、人類進化の先駆けになって人々が新たなステージへとかけ上がる道標となるべき存在なのです」

 

 左手を開いたまま上げ、拳を造る。アラガミの支配を脱却し、人類が生き残るには進化が人類全体に必要だと力説し、ガーランドの仕草はそんな力強さをより強調していた。

 

「人々から自由、尊厳、命を無慈悲にも奪い去るアラガミ…誰もがそんな邪悪な神々に恐れる事のない世界を創るために全力を尽くします。その為にも皆さんには私に力を貸して頂きたい」

 

 上げていた拳を下ろし、後ろに手を回す。神機使い達に助力を頼むと、ガーランドは先程の熱を一度落ち着かせて、再び神機使いや職員全員を見回して挨拶の閉めに入る。

 

「短いですが、支部長としての私の決意を語る事で挨拶とさせていただきます」

 

 ガーランドの挨拶が終わると、辺りは拍手に包まれる。しかし、彼が理想を語る際、言葉や動作からは熱意を感じるのだが、目だけはその熱意に反比例するようにどこか冷たさを宿していた。このようなところは何処かヨハネスと似ていると感じると同時に違和感を感じる者も多く居た。

 そんな中、ソーマは対して興味がなかったのか拍手が響き渡る間にその場を後にし、コウタとアリサはその場に残った。

 あとはペイラーとツバキが各々挨拶と進行をして、ガーランドが退場すると、就任式は滞りなく終了した。そしてその直後、アリサはガーランドが居るであろう支部長室に走り、コウタがそれを追いかけていった。

 

 -支部長室-

 

「ガーランド支部長!!」

 

 就任式が終わり解散となると、アリサはすぐに新支部長となったガーランドが居るであろう支部長室へと向かう。相当慌てているのか、ノックや呼び鈴もなしに支部長室に入ってきた。

 

「早くユウ…神裂中尉の捜索命令を出してください!!」

 

「ア、アリサ待ってって!!いきなりそんな…」

 

 アリサは部屋に入るや否や、ユウキの捜索命令を出す様に進言する。しかしユウキの事で周りが見えていないのか、あまりにも不躾な態度に一緒に入ってきたコウタが止めに入る。

 

「ええ、私もそのつもりです。その為にも、まずは私達にも情報が必要です。現場の状況を報告してください」

 

 デスクで作業をしようとしていた所に突然の訪問、いきなりの事で驚いたガーランドだったが、すぐに状況を理解してユウキ捜索の為に情報を求めた。

 そしてアリサとコウタはヘリの墜落現場には残骸とヨルムンガンドの死体しか残っていなかった事を伝える。

 

「成る程…現状、行方の検討はついていないと言うことですか…これは広域捜索が必要になりそうですね」

 

 状況を聞いたガーランドは顎に手を当て、今後部隊をどう動かすかを思考する。

 

「第一部隊は先行して墜落現場周辺の再捜索、人員の補充は後程行います。」

 

「分かりました!!」

 

 現状を把握していてすぐに出撃できるのは第一部隊しかいない。ガーランドは増援を送るが、まずは第一部隊に先に出る様に命じるとアリサは即快諾した。

 

「それから…任務中、アラガミと遭遇したらこれを試してみてください」

 

 そう言ってガーランドは立ち上がり、デスクの横に立てておいたアタッシュケースをデスクの上に乗せる。

 

「なんすか?これ…?」

 

「中に入っているのはコアバレット…その名の通り、アラガミのコアを使ったバレットで、アラガミ強制進化論を応用したものです。レポートも添付してあります。使い方等は移動の最中にでも読んでおいてください」

 

 ガーランドがアラガミ強制進化論を研究した成果のひとつ、『コアバレット』が入ったアタッシュケースをコウタが受け取る。

 

「神裂中尉は支部の要です…お願いしますよ」

 

 ガーランドはユウキの捜索をアリサとコウタに任せると、2人は任務を了承して支部長室を出ていくと、ソーマを連れてユウキの捜索に乗り出した。

 

 -墜落現場-

 

 ソーマ、アリサ、コウタは再びヘリの墜落現場に着いた。しかし、そこには火の消えたヘリの残骸と、ヨルムンガンドが霧散して消えた後の見晴らしの良くなった景色が広がるだけだった。

 

「着いた…はいいけど、何処を探せばいいのやら…」

 

「コウタ、あとどのくらい走れる?」

 

 最初に探した時には手がかりも何も見つからなかったため何処をどう探そうか思考するコウタに、ソーマは車はまだ走れるかを聞いてきた。

 

「え?燃料は入れてきたから…うん、全然余裕そう」

 

「なら、ここら一帯を探した後に旧寺院まで行ってみるか」

 

「了解」

 

 コウタは燃料メーターを確認すると、針はFを下回った程度の位置を指していた。それを聞いたソーマは近くの廃寺まで捜索の足を伸ばそうと提案するとコウタはジープを走らせた。

 

「そう言えば、コアバレットってどんなバレットなの?確か説明書が入ってたっしょ?」

 

 車を走らせながらコウタは先ほどガーランドから受け取ったコアバレットの事を聞いてきた。

 

「あっそうですね。えっと…」

 

「コアバレットはコアを封じ込めたバレットをアラガミのコアに直接撃ち込んで、対象のアラガミを強制進化させるものだ」

 

 それを聞いたアリサがコアバレット入りのアタッシュケースを開けて添付されていた資料を読み始めると、代わってソーマがコアバレットについて説明する。

 

「そ、その通りです…まだ資料も読んでないのに…」

 

「え?マジ?何でソーマ知ってんの?」

 

「名前で大方察しはつく。このバレットが当たればバレットに搭載されたコアが相手のコアに干渉して無理矢理形態変化させるって代物だろう。やたら速い敵や硬すぎる相手…敵の長所を奪う用途に使うと効果的だろうな」

 

「す、凄い…そんなところまで資料と同じです…」

 

 コアバレットも強制進化論も決して非公開な研究ではなかいが、つい最近まで父を嫌い、その父と同じシックザールの名を持つガーランドの研究にソーマが興味を示す事は考えにくい。父との確執が多少マシにはなった後も、ノヴァの残滓回収やユウキが行方不明になる等、落ち着いて論文を読む時間などなかったはずだ。

 そんなソーマがバレットの名前を聞いただけで今開けたばかりの資料と同じ説明をしたソーマにアリサとコウタは驚きを隠せなかった。

 

「要するにコアバレットってのはアリウス・ノーヴァの時に超弩級アラガミのコアを使って作ったあのバレットの事だ。過去に使った所を見た以上、感覚は掴みやすいはずだ」

 

 そしてソーマがコアバレットの特性は過去に戦ったアリウス・ノーヴァ戦で使ったバレットと同じだと結論付けると、運転しているコウタは不思議そうな顔でソーマを見る。

 

「えっ?あれって博士の発明じゃなかったの?」

 

「博士は開発したとは一言も言ってなかったぞ」

 

「そ、そうだっけ?」

 

 アリウス・ノーヴァとの戦いで用意したバレットは、てっきりペイラーが超速で一から作り出したものだとばかり思っていたコウタだったが、実際はコアバレットと強制進化論の論文を参考にして作られたものだった。

 ソーマもペイラーは『自らが発明した』とは言ってないと伝えるが、そんな細かい会話までは覚えておらず、難しい顔で前を向き直して運転に集中する。

 

「あ、見えてきましたよ」

 

 会話が終わるとほぼ同時に、アリサが目的地である廃寺が見えてきた事を伝える。それを聞いたコウタはアクセルを踏んでスピードを上げて目的地まで急いだ。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

「近場って事で来てみたけど…」

 

「ここまでで痕跡はありませんね…」

 

 ユウキを探して廃寺に来た後、作戦区域を一周りして本殿前に集合したが結局手がかりらしきものは何一つ見つからなかった。ここからどうしたものかと考えていると、コウタはある事に気が付いた。

 

「てか、ここまで来るならアラガミ化して空でも飛ばないと来れなくない?空を飛ばれちゃぁ痕跡も何もないんじゃないの?」

 

「…と、とにかく!!ここまで来た以上、捜索範囲を絞る為にもくまなく捜索しましょう!!」

 

 『あ、誤魔化したな』と思いながらも、アリサとコウタでこの後の動きを話し合う。

 

「…」

 

 そんな中、廃寺に着いてからソーマは一言も発する事なく、眉間にシワを寄せて険しい表情をしていた事にアリサは気が付く。気のせいか今のソーマからは血の気が感じられない顔色になっている様にも見えた。

 

「どうかしましたか?ソーマ?」

 

「…いや、何でもない」

 

 アリサが声をかけるが、ソーマは特に何も話そうとはしなかった。

 

「顔色良くないし、何でもない様には…見えないぜ?」

 

「…大丈夫だ。とにかく作戦領域周辺にも捜索範囲を広げる…早くアイツを探すぞ」

 

 コウタもソーマの顔色が良くない事に気が付いたが、それでもソーマはユウキ捜索を優先する。すると…

 

  『グォォォオッ!!』

 

「オウガテイル?!」

 

 突然威嚇するかの様に吠えるオウガテイルが山の方から4体現れ、アリサの声と同時に第一部隊は戦闘体勢に入る。

 

「…紛れ込んだか?」

 

「へへっ!!数だけ揃えても所詮はオウガテイル!!パパッと倒してやんよ!!」

 

 小型種でも油断すると危険な相手には変わりないが、所詮はオウガテイル…第一部隊の敵ではない。誰もが油断はしてないが楽に勝てるとたかをくくっていた。しかし次の瞬間には、先頭のオウガテイルの足元の雪が突然爆発したかのように舞い上がった。

 

「…へ?」

 

 そして一瞬のうちにオウガテイルは口を開けてコウタの目の前まで距離を詰めてきていた。

 

「どわぁあ?!」

 

「「コウタ!!」」

 

 咄嗟に横へと飛び込んで辛うじて避ける。標的を失ったオウガテイルはそのまま空虚を突っ切り、反対側の壁まで移動した。一瞬遅れて反応したソーマとアリサはコウタの方を向いて声をあげる。

 

「平気…っ?!危ない!!」

 

 ソーマとアリサの呼び掛けに応えようとするが、残ったオウガテイルが腰を落とし、前に飛びかかる体勢をしているのが目につき、思わずコウタは大声で2人に危険が迫っている事を伝える。

 

「キャッ?!」

 

「チィッ!!」

 

 残りの3体ががアリサとソーマに向かって、弾丸の様な勢いで突進する。アリサは右に飛び込んで避け、ソーマは左に跳んで避けた。しかし避けた先に最後のオウガテイルがソーマに向かって突っ込んで来た。

 

  『ガンッ!!』

 

 最後の攻撃は装甲を展開して防いだが、想像以上の衝撃を受けてよろけると、オウガテイルは軌道が変わってそのまま反対側の壁に激突した。

 

「2人共大丈夫?!」

 

「はい!!」

 

「ああ。しかし…なんだコイツら?普通とは比べものにならねぇ速さだ」

 

 攻撃を避けた第一部隊は勿論、オウガテイル達も攻撃の後、体勢を崩していたのを整えて仕切り直しとなった。

 

「あの足、ハンニバル…?何にしてもかなり発達してます…普通のオウガテイルじゃないですね」

 

「足に対して体が軽すぎるのか…まだ慣れてないだけか…スピードを制御出来ていないみたいだな…」

 

 向き合った事で第一部隊はこのオウガテイル達の異変に気が付いた。体に対してやや大きくなったハンニバルの足がついていた。

 おそらくハンニバルの脚力そのままにスケールダウンしているとソーマは考えた。

 

「へへッ!!それなら…」

 

 未だ体勢を建て直し切れていないオウガテイルに向かってコウタは銃口を向ける。

 

「今のうちに倒してやる!!」

 

 そう言うとコウタの神機からオラクル弾が連射される。いつもオウガテイルを倒す時の感覚で弾丸を撃ち、体勢を崩していたオウガテイルに直撃するのだが、あまり効いている様子はなかった。

 

「ヤッベ?!普通のオウガテイルより硬い?!体勢を立て直しちまう!!」

 

「なら、コアバレットで!!」

 

 予想外に硬いオウガテイルを倒しきれずに焦りを見せたコウタのフォローにアリサが動く。手元にあったコアバレットを2つ神機に装填して体勢を立て直したオウガテイルのうち2体にコアバレットを撃ち込む。するとオウガテイルの足はみるみるうちにコクーンメイデンの胴体に変化していった。

 

「凄い…これがコアバレット?」

 

「あんなに速かったオウガテイルの足を簡単に奪っちゃったよ」

 

 素早く動いていたオウガテイルが足を失い、動くことさえ出来なくなった。コアバレットの効力に驚きつつもコウタとアリサは高威力のバレットを装填し直してオウガテイルを撃ちまくる。

 そして何やら奇怪な攻撃をされたと察した2体のオウガテイルが、今度は未だに動きを見せないソーマにターゲットを絞って突進する。

 しかしソーマも手をこまねいてただ見ていた訳ではない。既にチャージクラッシュの準備を終え、迎撃体勢を整えていた。そうとも知らずにオウガテイルは動かない格好のカモとしてソーマに襲い掛かる。だが、ソーマはその瞬間にチャージクラッシュの状態を維持したまま縦振りの構えから横振りの構えに変えて左へと跳ぶ。

 

「くたばれっ!!」

 

 ソーマの声と共に神機が横凪ぎに振られる。すると進行軸上から標的を失ったオウガテイルの攻撃は決して届く事はないが、巨体なオラクルの刃はオウガテイルにしっかりと届く。そのままオラクル刃は2体のオウガテイルを上下に切り裂き、切り裂かれた下半身は地面を転がり、上半身は岩場に激突した。

 

「ファウルだな」

 

「…はなっからヒットすらねらってねぇよ…」

 

 コアバレットを撃ち込んだ残りのオウガテイルも倒し終わり、ソーマの野球の様なスイングを見ていたコウタが打ち返せなかった事を茶化す。それに対して相変わらず顔色が良くないソーマは最初から打ち返せるものじゃないと愚痴る。

 

  『ガァァァアッ!!』

 

 捜索対象のユウキも居なさそうなので1度戻ろうかと考えていると突然獣の咆哮が辺りに響いた。何事かと思い辺りを見回すと、崖の上からヴァジュラが乱入してきた。

 

「ヴァジュラ?!」

 

 アリサは声をあげると同時に降りてきたヴァジュラは第一部隊を睨んで戦闘体勢に入る。

 

「グッ?!」

 

「ソーマ?!」

 

 しかしその瞬間にまたソーマが頭を抱えて踞り、コウタがソーマを抱えて立ち上がらせる。

 

「だ、大丈夫だ…それより、目の前の敵に集中しろ…!!」

 

 言うやいなや、ヴァジュラが吠えて飛びかかかる。コウタはソーマを抱えたまま横に跳び、アリサはその反対側へと避ける。

 

「コアバレットが!!」

 

 しかしその際、アリサが持っていたアタッシュケースごとコアバレットをヴァジュラに喰われてしまった。するとヴァジュラはメキメキと音を発てて背中から羽が生えてきた。

 

「ヴァジュラに…羽?」

 

「まさか…シユウのコアか?」

 

 予想外の事態に第一部隊の動きが一瞬止まる。その間に完全に羽が定着し、ヴァジュラは上に大きくジャンプする。すると空中を浮遊してその場に留まり、バチバチと火花を撒き散らし始めた。

 

「ッ!?下がれ!!」

 

 この状況で何が起こるか察したソーマは、アリサとコウタにこの場を離れるよう叫んだ。その瞬間、ヴァジュラは上空から地面に向かって電撃を放ち始めた。

 

「キャァ?!」

 

「どわぁ?!」

 

 まるで空から無数に雷が落ちている様に、いくつもの電撃が降り注ぐ。ソーマは装甲を展開してコウタごとヴァジュラの電撃を防ぎ、アリサは何度か避けたが避けきれなくなり、最終的に件形態に変形して装甲を展開して電撃を防御した。

 

「チッ!!空から、電撃だと…?雷を落とす神でも…気取ってんのかっ?!」

 

 空中から電撃を落とすヴァジュラは、自らを裁きの雷を落とす雷神だと言っている様にも見え、未だに調子が戻らないソーマが装甲を傘にしつつ悪態をつく。

 

「また来るよ!!」

 

 一度電撃が途切れると、再びヴァジュラが紫電を纏いバチバチと放電する。コウタが警戒を促し、不調のソーマは安全策をとってそのまま装甲を展開し続ける。その安全圏からコウタはヴァジュラに向かって銃口を向け、アリサも銃形態に変形してヴァジュラを狙う。

 

「ッ?!」

 

 しかし突然白い影がアリサの後ろから飛び出し、ヴァジュラの攻撃よりも先に組み付く。そして神機を横凪ぎに振るとヴァジュラに生えた羽を切り落とす。そして飛び乗った青年はジャンプすると、今度は神機を唐竹割りの要領でヴァジュラの頭を全力で叩き切る。その結果、青年は上へと跳び上がり、ヴァジュ ラは地面へと叩き落とされた。

 

「な、何が…ッ?!」

 

 コウタは何が起きているのか訳がわからず困惑した。しかしそれはコウタだけではなく、アリサとソーマも同様だった。ただでさえ機動力が高いヴァジュラが翼を手に入れ、三次元的な挙動で攻めてきた事には驚いたが、対処出来ない事はない。攻勢に転じようとしたところで横槍が入った事で第一部隊は完全に虚を突かれた。

 

  『バンッ!!』

 

 第一部隊が放心していると、今度は後ろから1発の弾丸が発射される。それはヴァジュラに当たると爆発する。それを合図にする様に、新たに現れた3人の神機使い第一部隊の前に出て、銃形態の神機で一斉に砲撃する。着弾すると爆発する爆破弾を何度も受けたヴァジュラは遂に怒りで活性化する。

 

  『ガルァァァアッ!!』

 

 咆哮と共に四方八方に電撃を撒き散らす。アリサは横に避け、ソーマはコウタの前に出て装甲を展開して防御する。対して謎の部隊は真ん中に居た隊員の元に集まり、その人が装甲を展開して電撃を防ぐ。

 そのあとも右へ左へとデタラメに放電するヴァジュラだったが、何度も放電したせいか、攻撃の頻度が下がってきた。すると1ヶ所に集まっていた謎の部隊のうち、装甲を展開していない2人は各々左右から飛び出した。そのまま攻撃の手が緩んだ電撃の間を潜り抜け、ヴァジュラの目の前まで走り抜けた。

 

  『『ズシャァッ!!』』

 

 2人が神機を振るい、ヴァジュラの左右の前足を共に切り落とす。身体を支える事が出来なくなったヴァジュラがその場で倒れ込む。すると足を切り落とした2人はすぐにその場から離れる。するとさっき上へと跳ね上がった青年が丁度ヴァジュラに向かって落下してきた。青年は神機を構えると、唐竹割りの軌道で神機を振り下ろし、落下の勢いを加えた一撃を着地と同時に放った。

 

  『バスンッッ!!』

 

 勢いの乗った一撃は小気味いい音と共にヴァジュラの頭をパックリと二つに割り、そのままヴァジュラは息絶える事となった。

 

「あ、貴方達は…一体…?」

 

 全員が神機を持ち、白いジャケットに目元を隠す大型の黒いバイザー付きのヘッドギアを装着した異様な集団が突然現れ、乱入してきたヴァジュラをあっという間に倒してしまった。彼らは一体何者なのか、その疑問をようやく口にできたアリサに対して、ヴァジュラを倒した青年はアリサの方を向いた。

 

「我々は『アーサソール』…貴女と同じ、新型神機使い『のみ』で構成されたガーランド様直属の私設部隊です」

 

「アーサ…ソール…?」

 

 聞いた事のない部隊名に第一部隊は混乱する。そしてヴァジュラを倒した青年が部隊名を名乗ると、何処からともなく隊員と思わしき人達が10人程現れた。

制服はまだしも、全員が揃いのバイザーを着けて目元を隠した者達ばかりで、どこか異様な空気を作り出していた。

 

「隊長、コアバレットの影響下にあるコアは全て回収しました」

 

「了解。速やかに撤退する」

 

 コア回収の報告を受け、隊長と呼ばれた青年はアーサソールの隊員に撤退命令を出す。第一部隊は突如現れた謎の部隊の出現に唖然とし、それを見届けたあとから撤収した。

 

To be continued




あとがき
 スパイラル・フェイト編が始まってもやっぱりうちの子は出ません。今回の言ったのソーマはわりと戦闘では不調続きです。これは元の漫画でもそんな感じでしたがここではより顕著に不調になる予定です。
 しかし漫画ではガーランドの事を聞かれるとソーマは『関係ねえ』と一蹴したのですが…父親との確執や忌み嫌っていた自らの血族に心の内で決着を着けたとは言えソーマが色々素直になりすぎですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission103 陰謀

アーサソールでググったところ、どうやらトールの別称らしいです。


 -支部長室-

 

「やってくれましたね…」

 

 任務を終え、第一部隊が極東支部に帰ってくるとすぐにガーランドから呼び出しを受けた。それに応じて支部長室に来たなりに、ペイラーもいる前で落胆した様子を見せつけて先の物言いだった。第一部隊表情が険しくなる。

 

「コアバレットの大量消失、それに加えて1対多と言う状況でヴァジュラ相手に苦戦…シユウのコアが紛れていたのはこちらのミスですが、その事を差し引いても最高クラスの実力派と名高い極東支部第一部隊の実力がこの程度とは…」

 

 本当に落胆したのだろう、ガーランドはため息混じりに目を伏せ、右の肘を突いてこめかみを押さえて見せた。明らかな気落ち、呆れ、失望と言った感情が読み取れた。

 

「神裂君に雨宮リンドウ君、その伴侶のサクヤ君…主戦力の大半を欠いているとは言え、貴方達ならば何か起きても大丈夫と踏んで派遣したのですが…どうやら見込み違いだったようですね…」

 

 ガーランドが第一部隊を睨むと、背中を背もたれに預ける姿勢になり、第一部隊に次の命令を出した。

 

「貴方達第一部隊を最前線から外します」

 

「なっ?!ふざけんな!!防壁外の討伐に任務はどうすんだよ?!」

 

 突然の左遷にも似た辞令にコウタは反発する。今まで第一部隊が行っていた壁外のアラガミ掃討任務を遂行する者が居なくなると言うが、勿論ガーランドの指示はその事も折り込み済みの采配だった。

 

「第一部隊が請け負っていた任務は『彼ら』に任せます」

 

 ガーランドの声がかかると、部屋の奥の扉が開く。そこからは先の任務でヴァジュラを倒して、自らの部隊を『アーサソール』と名乗った青年、それから同じ任務で青年をサポートした3人の神機が現れ、ガーランドの後ろに並んで立つ。

 

「アーサソール…私が作り上げた新型部隊で、つい先程極東に到着したばかりです。あなた方も彼らの実力はご覧になったはず…今後は彼らが外部の討伐を担当します。第一部隊は第二、第三部隊同様居住区防衛、ならびにアーサソールのサポートをしてもらいます。ではレオン君、挨拶を…」

 

「アーサソール隊隊長、『レオン・マックスフィール』です。以後よろしくお願いいたします」

 

 ガーランドの指示でレオンと呼ばれた隊長の青年が簡単に自己紹介する。そしてアリサの前まで歩くと右手を差し出した。

 

「よろしく、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ…」

 

「え…は、はい、よろしくお願いします」

 

 『何故自分にだけ…?』と疑問に思いながらも、アリサはレオンと呼ばれた青年が差し出した手を握って握手をする。

 

(っ?!?!な、何?!)

 

 握手の瞬間感応現象が起こり、アリサの意識は一瞬遠退いた。それと同時に深い虚無に誘われる様な、暗闇に意識を塗り潰される感覚を覚える。感応現象を起こしているのは間違いない。しかし、相手の意思や思考、過去が何も感じられず、ただただ暗い世界と同化する不気味さを感じる。

 

(ダメ、呑まれる!!)

 

 感応現象での意識共有の際、自身の思考が消えて暗闇に沈むような得体の知れない感覚に恐怖を感じた。初めて感じた恐怖と不快感に思わず反射的にアリサは握手した手をレオンから振りほどく様に離した。

 

「思ったより歓迎されてないようですね…」

 

 かなり強引に振り払ったため、レオンは自分達を快く思ってないのだろうと、至極当然の反応をする。しかし声には抑揚がなく、目元もバイザーで隠れているため、本当にショックを受けているのか疑問だった。

 

「あっ…ご、ごめんなさい…」

 

「いえ、構いません。我が部隊はいつでも『新型の貴女』を歓迎しますよ」

 

 アリサが謝ると、レオンは特に気にした様子もなく受け入れる。しかしこれも本心なのか全く分からず、アリサは異様なまでの話しにくさを覚えていた。

 そんな中、レオンが新型であるアリサだけをアーサソールに勧誘する。それを聞いたソーマとコウタは眉間の間にシワを寄せる。

 

「彼はこう言いましたが、私の部隊では貴女の実力ではまともに『使えない』でしょうね。いえ、あるいは…」

 

 しかし部隊へ勧誘したレオンに対して、ガーランドはアリサでは戦力にならないと言いながら立ち上がると、アリサの前まで歩いてくる。

 

「アラガミを誘き寄せる『エサ』程度には使い道があるかも知れませんね…」

 

 ガーランドがアリサの顎に手を伸ばすと『クイッ』と上げさせ、自身の目線と合わさせる。先の感応現象の事もあり、アリサの目には同様が見てとれた。

 

「テメェッ!!」

 

 仲間をアラガミのエサにすると聞いたコウタが怒りを露にしてガーランドに掴みかかるべく動き出す。

 

  『バシッ!!!!』

 

 しかし、コウタが動くよりも先にソーマがガーランドの手を叩き落とした。

 

「蛮族の血が騒いだかい?」

 

「…なら親父と同じ血を引いているお前も同類じゃないのか?」

 

「ッ!?」

 

 ガーランドはソーマを挑発したが、思わぬ反撃にガーランドの表情が一瞬歪む。

 

「…まあ良いでしょう。とにかく、第一部隊は前線から外します。昨今、アラガミの進化が進んでいる中、神機使いも新型神機使いを中心の部隊を増やす等、強化していかなければなりません。そんな中、事故による進化とは言え、突発的に現れた『羽が生えただけ』のヴァジュラに苦戦する貴方達に彼ら以上の活躍が出来るとでも?」

 

「は、羽が生えただけって…お前、現場で突然アラガミが変化したらどんだけ危険か分かってんのか?!」

 

 弱体化させる為にコアバレットを撃ち込んだ時と違い、事故により明らかに強化させてしまった場合は、そこにどんな危険が潜んでいるか分からない。

 長く現場で戦ってきた経験、それに基づくリスクとセーフティを天秤にかけた結果、暫し様子見する選択を取ったが、ガーランドはそれが気に入らなかったようだ。現場で戦わない、理解できない者が上から目線であれこれ言ってくる事にコウタの我慢も遂に限界を迎え、ガーランドの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 しかし、コウタの手はガーランドに届くよりも先にレオンによって掴まれた。そしてそのままコウタを引っ張りながら足をかけて倒すと、背中を押して勢いよく地面に叩きつける。するとコウタはうつ伏せで右手を伸ばした状態で後ろに回されて床に押さえつけられた。

 

「グッ?!?!」

 

「ガーランド様に手を出そうとは…愚かな…」

 

 レオンはそのままコウタの腕をへし折るべく、力を入れてコウタの腕を逆に曲げていく。

 

「止めないか!!」

 

 しかしその騒動もペイラーが声をあげた事で中断する。意外な人物が制止した事で全員の動きが止まり、その後コウタも解放された。

 

「今回のコアバレットの実験そのものは成功したんだ。技術部としては満足だよ。皆お疲れ様、ゆっくり休んでね」

 

 ペイラーが半ば強引に話を終わらせて、第一部隊に休むと様に伝える。第一部隊は各々踵を返してしぶしぶ支部長室を後にする。

 

「その目、父親によく似てますね…」

 

「だったら何だ?懐かしくなったか?」

 

「…ッ」

 

 帰り際にガーランドは再度ソーマを挑発するが、またもや反撃されてガーランドは苦虫を潰した様な表情で第一部隊の後ろ姿を眺めていた。

 

 -食堂-

 

「クッソォオォオ!!何なんだよあのお喋りクソイケメンは?!『隻眼のダーリン』だか何だか知らねぇけどクッソ頭にくる!!!!」

 

 余程頭に来たのか、目の前のどんぶりを派手にかきこみ、その合間に頭を掻きむしりながら怒り散らす。

 先の支部長室のやり取りはどう考えても一方的で理不尽な決定だった。自身のミスを棚にあげ、アーサソールを持ち上げる為に明らかに第一部隊を貶めた内容だった。そのやり取りを思い出したコウタは怒りを発散するためにやけ食いしていた。

 

「落ち着け。騒いだところで上の決定をどうこうしようもないだろう」

 

「つってもよぉお!!」

 

 対してソーマは落ち着いてコーヒーを飲みながら、怒り狂うコウタを宥め、ガーランドとのやり取りを思い出す。

 外回りを担当する討伐部隊を丸々変更する。この理由は第一部隊がガーランドにとっても邪魔な存在だったからではないかとソーマは考えた。その為になんやかんやと難癖をつけて第一部隊を左遷して元のポジションには自身の息のかかったアーサソールを置いた。しかし外の物品かアラガミのコアか、第一部隊を左遷した目的は分からない。

 今後はアーサソールのサポートと言うことで外に出る事になるだろう。その時に色々と調べればいいと考えていたが、外に出る機会が減る以上チャンスは決して多くない。慎重、かつ大胆な捜索が必要になるが、コウタの焦りも分からないでもない。コウタには養う家族がいる。これ以上仕事が減れば自身だけでなくカエデやノゾミの生活も危うくなる。それはコウタにとって何よりも大きな問題になる。

 

「…ごめんなさい、ちょっと席を外します」

 

「あ、アリサ?!」

 

 先に食事を終えていたアリサは先に席を立ち、ずっと気になっていた事を確認すべく、ペイラーを探しに行った。

 

 -医務室-

 

 アリサはペイラーを探してラボラトリ、エントランスと支部内を何ヵ所か周ったあと医務室に向かった。扉を開けると、そこにはルミコと話しているペイラーがいて、2人は扉が開くとその方向を見た。

 

「や、アリサ。どうしたのかな?」

 

「おや、さっきぶりだね」

 

 研究者は部屋に籠りがちなイメージがあるが、ペイラーは思いの外アクティブな人だ。ラボに探しに行ったら居らず、あちこち探し回って予想もしない所に居たと言うことも珍しくなく、時折探すのに苦労する事もある。アリサはようやく探している人を見つけて小さくため息を着いた。

 

「やっと見つけましたよ、博士…実は、ちょっと聞きたい事があるんです」

 

「何かな?」

 

「実は、さっきアーサソールの隊長と感応現象を起こしたんですよ。そしたら…その、感応現象を起こしても何も感じなかったんてす…相手が今まで『普通に生きてきた人間』なら、過去や感情を共有できるはずなんですが…それすらも感じなかったんです。彼らは本当にただの神機使いなのでしょうか?」

 

 アリサは先の感応現象で感じた不気味な体験の事を話していく。そして相手の意思を一切感じる事なく暗闇の底に自分の意志が落ちていく様な不気味な感覚を覚えた事を話していく。それを聞いた後、ペイラーもルミコも怪訝そうな顔になった。

 

「感情のない人間なんて居ない…感応現象を起こしても何も感じないなんてあり得ないよ。何かおかしいわね…」

 

「私も同じ見解だよ。アーサソール、何か秘密がありそうだね…実に興味深い。私の方でも少し調べてみるよ」

 

 感応現象で過去も意思も感じられないなど、生きている人間が相手ならばまずあり得ない事だ。一切の感情も思考もないのならば動く事さえ不可能だ。そこはペイラーもルミコも同意見だった。しかしアーサソールはそれをやってのけている。何かキナ臭さを感じて、ペイラーはガーランドに探りを入れる事を約束する。

 

「お願いします」

 

「報告ありがとう。先の任務で疲れたろう?もう部屋でゆっくり休むといいよ」

 

「はい、失礼します」

 

 ペイラーはアリサにもう休む様に伝えると、この話はここで終わった。

 

 -深夜、極東支部-

 

 夜も更け、既に時計は1時を回った頃、ガーランドはアタッシュケースを持って誰も出歩いていない支部の中、エイジスに向かっていた。杖と義足の音を小さく響かせながら月明かりの差し込む廊下を歩いていた。

 

「こんな時間にお出かけかい?」

 

「…ッ?!」

 

 しかし突然後ろから声をかけられ、ガーランドは表面には出さなかったが目を大きく開いて驚いた。だが声の主がペイラーだと分かると、振り返る事もせずにいつもと変わらぬ表面になる。

 

「新型部隊アーサソール…あれだけの適合者、どうやって集めたんだい?」

 

 新型神機使いは数こそは増えているが、未だに適合者が見つかりにくく希少価値の高い存在だ。そんな新型神機使いが1ヶ所で小隊を1つ作れる程の規模を揃えるなど不可能に近い。

 ペイラーはいつもと変わらない調子の声でそれだけの新型を集めた方法を聞いてみた。

 

「どうやって…?適合者を集めていたらあの規模になったに過ぎません」

 

「剣と銃…新型神機は双方に変形する高性能の生体兵器、それを扱える神機使いは未だ多くない。新型神機はその変形機構で様々な状況に瞬時に対応できる希少で有益な武装だ。それは新型を扱える神機使いもまた同じ…しかし、それを扱える者だけが優秀な神機使いではないはず…旧型にはソーマやコウタ君のように戦術に長けた者も多い。優れた技術は性能の壁を超えるものだ…いや、遠回しにではなく単刀直入に聞こう。アナグラが誇る優秀な第一部隊を前線から外し、アーサソールをそのポジションに就かせた目的は?」

 

 ペイラーの質問に対してガーランドは惚けた様に答え、ペイラーは新型の希少性は必ずしも戦闘力に直結するとは限らないと言う観点からガーランドの真意を探るように聞いてきたが、途中から回りくどい言い方が面倒になったのか、気になっていた事をストレートに聞く。しかしそれを聞いたガーランドは鼻で小さく笑った。

 

「何をおっしゃっているのかよく分かりませんね…彼らよりも我がアーサソール隊の方が遥かに優秀だったと言うだけです。アラガミが加速度的に進化する中、我々もより強力な部隊を前面に押し出していくべきです。そうしなければ、滅ぶのは私達ですからね」

 

「…なら、質問を変えようか。ソーマ達が戦ったと言うオウガテイル…強制進化させたあれを第一部隊にけしかけたのは彼らを前線から外す為に送り込んだんじゃないのかい?その後のヴァジュラを差し向けたのも君だろう?」

 

「何の事でしょうか?」

 

 ペイラーの目が少し開き、威圧するかの様にガーランドを後ろから見る。そして第一部隊に難癖をつけて、前線から外す為の布石だったのだろうと確信を持ってガーランドを問い詰める。不思議にも、実際にその目を見たわけでもないのに、その威圧感は背中越しでも感じられた。だがガーランドはあくまでもしらを切った返事をした。

 

「…いい月だ…玉兎とはよく言ったものですね」

 

 突然ガーランドが窓から見える満月を見ながら話の流れを強引に変える。ただし、そこには慌てて話を逸らした様な様子はないどころか、余裕さえ感じられた。

 

「北欧では月があまりに美しい夜には月を喰らう狂暴な狼が現れると言う伝承があるのですよ。今日の様な美しい月を…喰らいにやって来るかも知れませんね…?」

 

 ガーランドは月明かりに照らされながら顔だけ振り向き、少しだけ目が開いているペイラーと目線が合う。そして唐突に月を喰らう狼の話をして、何やら意味深な事を言う。

 

「どうぞお気をつけください…」

 

 何に対してか分からない忠告をすると、ガーランドは目線を外してそのまま歩きだした。そしてその背中をペイラーは見ていたが、やがて踵を返して自身のラボに戻っていった。

 

To be continued




あとがき
 ガーランド様の結構無理のある采配で第一部隊が左遷されちゃいました。現場を知らない上司が現場の人間にむちゃくちゃ言うのって結構ありがちな話だと思いますが、それでも今回のは強引すぎましたね。ほぼイチャモンですし…まあ、ガーランド様だからいいか。
 最近ふと思ったのは、実は一番威圧感出せるのは目を開けた時の博士なんじゃないかと思った今日この頃。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission104 蠕動

ペルソナ5R買っちまった…早く大富豪したい(^p^)


 -エイジス-

 

 夜も更けてきて月が昇りきった頃、エイジスの管制塔の大部屋ではアーサソールが巨大なカプセルを取り囲む様に配置された端末を操作している。そのカプセルの中には培養液に浸けられ、未発達の手足がついた1つ目の黒い球体が脈動していた。

 アーサソールが液のオラクル濃度や酸素濃度等、端末を操作しながら口に出してお互いに確認し合っている中、大部屋に杖と義足の音が聞こえて、しばらくするとガーランドが現れた。

 足音が聞こえてくると、端末を操作しているアーサソール以外はガーランドを迎えるべく整列し、ガーランドが部屋に着くと敬礼する。

 

「ガーランド様、お待ちしておりました」

 

「ええ、お疲れ様です」

 

 レオンが代表してガーランドを迎える。それに返事を返すとアーサソールは自らの持ち場に戻る。

 

「少し時間がかかっていた様ですが…何か?」

 

「周りを彷徨くネズミの相手をしていたものでね…なに、大した問題はありませんよ。それより、これを…」

 

「はい、すぐにバレットに加工します」

 

 アーサソールの隊員がガーランドからアタッシュケースを受け取り、何処かへと持っていった。

 

「しかし、長い船旅でよくアラガミに襲われませんでしたね。極東支部にも見つかってないようですし」

 

「ええ。『例の装置』はまだ実験段階ではまだ細かい指令は送れませんが、大まかな行動指針程度ならば出せるお陰でアラガミからの被害はありませんでした。それどころか極東支部への対策にコクーンメイデンのジャミング効果を利用する事も可能になりました」

 

 話を変えて、ガーランドは改めてアーサソール達が無事に極東に着いた事に驚いていた。『例の装置』と呼ばれた巨大な装置は研究室の下の階層に設置され、その装置を運ぶ必要があったためレオン達アーサソールは船で極東に来ていたのだ。そのため、何処かで1度はアラガミに襲われる、或いは極東支部に尻尾を掴まれるくらいは覚悟していた。

 いざとなればアラガミも極東支部からの調査部隊もアーサソール達が力ずくで排除する事も予定していたが、実際には何事もなく、極東支部に知られる事もなくここまで来た。これも『自身の研究の成果』であり、ガーランドとしては幸先の良いスタートと言えるだろう。 

 

「成る程…実験機として作ったものですが、ここまで無事にたどり着けたのなら、もう実践機として調整しても良いかも知れませんね。搬入の状況は?」

 

「既に搬入を終えています。現在、バッテリー稼働ですが電源を繋げば安定稼働に移れます」

 

「分かりました。私が来た時にヘリで多くの子機も積んできました。数日内に外部居住区に配置してください」

 

「了解しました」

 

 例の装置とは、何かの実験用に試作した機械のようだが、期待以上の効果がある事が分かった。本格的に実践で使えるように調整するようレオンに伝える。

 そしてガーランドが言うには例の装置には子機もあるようだ。それを外部居住区に配置するようにガーランドが指示を出すと、レオンは迷う事なく了承する。

 

「…しかし、エイジスにこんなに巨体なラボがあったとは…」

 

「驚きましたか?ここは仮初めの楽園を創ろうとした男の墓標でね…」

 

「墓標…ですか?」

 

 話が途切れると、レオンは部屋を見渡して改めてレオンはエイジスの研究室の規模に驚いていた。それを哀れな男の末路、その遺物だとガーランドは一蹴する。

 

「…レオン君、君はノヴァの終末捕食を知っていますか?」

 

「ええ。アラガミ同士が喰い合い巨大化し、最後の1体が地球ごと喰い尽くす現象…しかし、それが何か?」

 

 突如としてガーランドが終末捕食について聞いてくる。その意図が分からず、レオンは疑問符を浮かべる。

 

「今からおよそ1年半前、いつか訪れる終末を阻止すべく、とある男がある計画を実行に移しました。しかし、あれは悲観主義者(ペシミスト)ゆえの愚行…彼は選ばれた人間だけを方舟に乗せ、人工的に育成したノヴァを発動させる事で地球を強制的にリセットさせようとしていたのです」

 

「アーク計画ですか…まさか、ここでその実験が…?」

 

 彼が語ったのはかつて終末捕食を利用した兄の計画、アーク計画の事だった。

ガーランドがアラガミ化したアイーシャをノヴァとして育成する研究をここで行っていたと語る傍ら、この場でレオンはこの場で世界を創り変える壮大な研究がなされていた事に驚きを隠せない様子だった。

 

「そう。しかし、それは失敗に終わった…もっとも、私としては好都合でしたが…」

 

 ガーランドは杖を突きながらカプセルの前まで歩いていく。そして1つ目の球体が眼を開くと、それと眼を合わせて不敵な笑みを浮かべる。

 

「人もアラガミもいない世界などまったくもって笑えない冗談です。そんな世界を再生し、降り立ったところで何の意味もない」

 

 ヨハネスの行動を悲観主義者(ペシミスト)の愚行と称し、嘲笑うかのようにアーク計画を無意味な行動だった酷評する。そんな中、ガーランドの元にカートを押したアーサソールの隊員がやって来た。

 

「ガーランド様、コアバレットの用意ができました」

 

 呼ばれたガーランドがカートを見る。そこにはコアバレットが鎮座していた。しかし分かってはいたが、『とあるアラガミのコア』を使ったバレットがない事を確認してしまうと、自身が描く理想への道のりはまだ時間がかかるのだと感じて目を閉じて方をすくめてみせる。

 

「メインディッシュはお預けですね…」

 

「所在は掴んでいるのですが…なにぶんペイラー・榊の管轄なので…」

 

 レオンが現在の状況を説明する。求めているコアはペイラーが保管している事は分かったが、当然セキュリティも厳重なものになっている。仮に襲撃して奪い損ねでもしたら自分達の立場が危うくなる。ガーランドもその事は十分に理解している。

 

「下手に動くとこちらが喰われる…か…良いでしょう。まだ装置の最終調整が済んでいない以上、多少の遅れは仕方ありません。が、あまり長くは待てませんよ?この子は美食家(グルメ)なのでね…」

 

 ガーランドは振り返りレオンを見る。その後すぐにカプセル内の1つ目の球体に視線を移すと、1つ目と目が合った。

 

「それから…神裂君の件、なるべく急いでください。彼がこちら側に着けば計画はより完璧なものになる」

 

「はい、ガーランド様」

 

 ガーランドはユウキを引き込むべくレオンに捜索を急がせる。その最中、カプセルの上蓋が開いて、その上から1人、また1人と次々にコアバレットを撃ち込んでいく。すると1つ目の球体は変体し始め、少しずつ形を変えていった。

 

 -外部居住区-

 

 第一部隊が左遷されて数日が経った。その影響は図らずとも、以前ユウキが第二部隊、第三部隊の隊員を負傷させた事への穴埋めにもなっていた。

 結果、負傷させられた者の仕事を第一部隊が請け負い、怪我の回復に集中出来ていたため、すぐに怪我が治っていた。

 

「さあ、復帰第一戦だ!!気合い入れて行くぞ!!」

 

「しかし、本調子を取り戻すまでは無理をするなよ?」

 

「だぁいじょうぶ立って!!ブレンダン先生は心配しすぎだ!!」

 

 神機使い故の高い再生能力のおかげか、ユウキに腕を折られた腕はたった数日で治っていた。それを証明すべく、タツミはブレンダンの前で手を握ったり開いたりして、それから腕をぐるぐる回してもう大丈夫だとアピールする。

 

「カノンさんも足…また痛む様なら無理はしないでくださいね」

 

「大丈夫ですよ。もうすっかり良くなりました…あっあの人達は…」

 

 怪我繋がりで以前ユウキに足を撃ち抜かれた事もあり、アネットはカノンの怪我を気にかけるが、カノンは何とも無さそうに歩いていく。

 しかし、本来カノンの適合率は非常に高く、その事もあって怪我の回復も早いはずだった。膝を撃ち抜いたといっても、間接は外してあったので、骨と筋肉の再生だけですぐに治るはずなのに、今回の回復は時間がかかった事でカノンに何か異常が起きているのでは無いかとアネットは心配している。

 そんな中、カノンは黒いバイサーを着けた神機使い達が外部居住区の民家の屋根に乗ってアンテナのようなものを設置していた。

 

「アーサソール…確かガーランド支部長の私設部隊だったな」

 

「何を設置してるんでしょうか?」

 

 特徴的な風貌からブレンダンは件の人物達がアーサソールの隊員だとすぐに分かった。何をしているのかと聞いてくるアネットだが、誰も何をしているのか、何が目的なのか分からず、全員が首を傾げる事となった。

 

「ガーランド様が開発したレーダーですよ」

 

 いつの間にかアーサソール隊長のレオンがすぐ近くまで来ていた。突然の事にその場に居た第二部隊は驚いた。

 

「はじめまして。私はガーランド様の私設部隊アーサソール隊長、レオン・マックスフィールです」

 

「お、おう、よろしくな。大森タツミだ」

 

「ブレンダン・バーデルだ」

 

「台場カノンです。よろしくお願いします」

 

「アネット・ケーニッヒと言います。よろしくお願いたします」

 

 動揺しつつも、第二部隊は自己紹介していく。タツミとブレンダンはフランクな挨拶、カノンは一礼しながらの挨拶、そしてアネットは敬礼しつつ自己紹介する。

 

「それで…さっき言ってたレーダーって何を監視するものなんでしょうか?」

 

「簡単に言えばアラガミの反応を察知するものです。これは従来の物よりも高性能でアラガミが侵入、発生した地点をより早く、より正確に把握する事ができるのです」

 

 敬礼を解いたアネットがもっとも疑問に思っている事をレオンに尋ねる。レオン曰く、設置しているのは最新のレーダーのようだ。

 検知範囲を従来のものよりも敢えて狭くし、感度の高い物を多数設置する。これにより検知範囲を細分化し、1つのレーダーで確実にアラガミの反応を捉える。それにより、これまで以上に正確な発生位置、侵入経路を把握するとためだとレオンは説明する。

 しかし、その間レオンはアネットしか見ていなかった。バイサー越しであってもタツミ達とは目を合わせようともしない事に、第二部隊は違和感を覚える。

 

「貴女も新型でしたね。どうですか?同じ新型で構成されたアーサソール隊でその能力を有効に活用してみませんか?」

 

 レオンはアネットに手を差しのべ、所謂握手を求める。それは同じ新型のアネットをアーサソールに勧誘している事と同義でもあった。『同じ新型』と言う理由での勧誘に、その場に居る者…特にタツミとブレンダンの目付きが険しくなった。

 

「え、えっと…わ、私は第二部隊の所属なので、お誘いには乗れません。ごめんなさい」

 

「残念です。ただ、気が変わったらいつでも言ってください。我々は貴女を歓迎しますよ」

 

 アネットは突然のスカウトに慌てる。しかし彼の誘いに乗るのはこれまで世話になった第二部隊を裏切る事になる。タツミ達はその事で何かを言うことは無いだろうが、アネットは第二部隊を裏切る事を心苦しく思い、頭を下げてレオンの誘いを断る。するとレオンはアリサの時と同様、抑揚の無い声とバイサーのせいで表情が読めない事もあり、本当に残念に思っているのか分からなかった。そしてレオンにはその場を去っていく。

 

「…俺達は眼中に無いって事か」

 

「何かあれだな…新型至上主義っつーか…入隊当初のアリサみたいだな」

 

「…それはもう忘れてあげてください」

 

「…?」

 

 バイサーで目線は分からなかったが、先程話していた時のレオンは顔をアネットの方にしか向けず、タツミ達とは顔を合わせようともしなかった。この事からも、レオンはタツミ達『旧型』の事は眼中になく、この場に居た新型のアネットにしか興味がなかったと伺える。

 その時の様子が転属してきたばかりのアリサと何となく重なり、ブレンダンとタツミは思わず呟く。しかし、それはアリサにとっては消し去りたい黒歴史でもあり、カノンは蒸し返すのは止めてやれと言う。アネットは入隊当初のアリサを知らないため、何の話をしているのか分からず、疑問符を浮かべて首を傾げていた。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 第一部隊はガーランドの命令で旧寺院に来ていた。言い渡された任務はアーサソールがユウキの捜索が出来る様に予めアラガミを倒しておくと言うものだった。

 ターゲットを探している中、中庭でセクメト、極地対応型グボロ・グボロが奇襲をかけてきた。散開して躱すとそのまま反撃に出る。しかし、再びソーマが不調となって思い通りに動けないでいた。

 

「チィッ!!」

 

 戦闘が続いていくうち、動きの悪いソーマの隙をついてセクメトが一気に接近してきた。そして炎を纏った手刀を繰り出し、ソーマに襲い掛かる。それを後ろに躱すと、背中を石垣にぶつける。

 

「ソーマ!!」

 

 動きを止めてしまったソーマのフォローにコウタがオラクル弾を撃つ。セクメトは追撃を諦めて後ろに下がる。その隙にソーマは神機を握り直してセクメトとの距離を詰める。

 

  『グォォオッ!!』

 

 しかしその間に極地対応型のグボロ・グボロの砲塔が横からソーマを狙う。だが、その後ろからアリサが急接近してくる。

 

「させません!!」

 

 アリサが後ろからグボロ・グボロを切り裂く。弱点の炎属性の攻撃を受け、あっさりとコアごと両断された。

 

「くた…ばれぇ!!」

 

 追撃するものが居なくなり、ソーマの一撃がセクメトへと襲い掛かる。

 

  『ズシャッ!!』

 

 ソーマの常人離れした力でとどめの一撃を浴びせる。セクメトの上半身ははね飛ばされ、中のコアはバラバラに砕けていった。これで任務は終了だ。後はアーサソールが到着まで安全を確保するだけだ。

 

  『『グォォオッ!!』』

 

「まだいやがるのか…」

 

「関係無いね。サクッとやっちゃおうよ!!」

 

 任務終了かと思いきやオウガテイル2体の追加となった。2体のオウガテイルがソーマに向かっていく。

 

「グッ?!」

 

 迎撃に向かおうとしたが、突然頭痛に襲われたソーマはその場にしゃがみこむ。動けないソーマの代わりにコウタがオウガテイルにオラクル弾を撃つ。しかしオウガテイルは左右に避けて、2体とも尻尾を振り回して刺を飛ばす。

 ソーマは装甲を展開して防ぎ、コウタは横に跳んで避けた。そしてその後ろに居たアリサが追撃しようと、銃形態に変形してオウガテイルに銃口を向ける。

 

「ッ!?」

 

 しかしアリサが撃つよりも早く、上階から刺が飛んできた。それを後ろに跳んで避ける。飛んできた方を見ると、上階の壁の上にオウガテイルがもう1体立っていた。上のオウガテイルが飛び出してアリサに飛びかかる。アリサはそれを横に跳んで躱す間、中庭に居た2体のオウガテイルの内、1体が再度刺を飛ばし、コウタがそれを避ける。その間に最後のオウガテイルがコウタに向かって走ってくる。

 しかし、ソーマが間に割って入り、コウタに近づいてくるオウガテイルを切り倒す。

 

(…ッ?!身体が動く?今なら!!)

 

 今まで不調だったが、突然好調に変わった事に気付いたソーマは刺を飛ばした敵と距離を詰める。オウガテイルは本能のままにソーマを喰らおうと走ってくる。

 

「当たれぇっ!!」

 

 ソーマに反撃しようとした敵をコウタが撃つ。足を撃って敵の動きを止めるとその隙にソーマがオウガテイルを切り裂いて倒した。

 周りを見る余裕ができたのでアリサを見ると、既に剣形態に変形して最後のオウガテイルを倒していた。

 

「アリサは大丈夫みたいだね」

 

「ああ。だが、さっきのアラガミ共…何と言うか…妙な動きだったな」

 

「はい。単騎での不意打ちではなく、チームを使って奇襲や隙を作るだなんて…何だか今までに無い動きかたでしたね…」

 

 3人が合流して、先のアラガミ達の戦い方に違和感を覚えた事を話し合う。複数のアラガミが神機使いを分断し、後から奇襲を仕掛けて各個撃破を狙うなど、今までに無い戦い方をしてきた事に違和感を覚えていた。

 

(アラガミの動きの件もそうだが、やたらと調子か悪い。しかも突然調子が戻ったと思えば今度はアラガミがいつものように本能に任せた動きになっていた…どうなってやがる…?)

 

 しかし、いくら考えても結論は出ることはなかったため、第一部隊はその場を後にする。その様子を本殿よりも更に上の崖から黒いバイサーを着けた神機使い…アーサソール隊が数人、第一部隊の戦いを見ていた。

 そしてその傍らにはアンテナが設置されていた。

 

「こんなものか…実験そのものは成功だな。引き上げるぞ」

 

 アンテナを回収した後、アーサソール隊も引き上げていった。

 

To be continued




あとがき
サイコパス3盛り上がってきた…楽しみだぁ(^p^)

今さらながらガーランド様とレオンの設定です

ガーランド・シックザール
漫画版GODEATER-スパイラルフェイト-に登場した新支部長。ヨハネス・フォン・シックザールの実弟でソーマの叔父。浮世離れした雰囲気の美形の男性、その為フェンリルの女性社員に非常に人気がある。アラガミが現れる以前は教鞭を振るっていた様だが、アラガミに教え子を殺された際に、自身も右足と左目を失った。


レオン・マックスフィール(21)
アーサソール隊の隊長で常に黒いバイサーを着けている短い金髪の青年。ガーランドに心酔しているのか、命令には絶対服従し、ガーランドに危険を与える者は痛め付けてから排除しようとする。新型至上主義なのか、旧型神機使いとは基本話すどころか見ようともしない。反面、新型を見ると何故かアーサソールへ勧誘しようとする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission105 幻の従者

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


 

 -贖罪の街-

 

 第一部隊は旧市街地に出現したアラガミの群れに対処に来ていた。本来ならばアーサソールが処理する任務だったが、別任務で既に出撃していたため、防波堤代わりに第一部隊が出撃し、アーサソールが到着するまでの時間稼ぎをする事となったのだが…

 

「ちっきしょぉ…アーサソールの連中、いつになったら援護に来るんだよ…!!」

 

 ボロボロにされた第一部隊は教会近くの建物の中で身を隠していた。と言うのも、案の定作戦領域に近づくとソーマは不調となり、アラガミ同士で連携をとって多勢に無勢で攻めてきた。

 頭を抱えて踞る程の頭痛を訴えるソーマを庇い、コウタとアリサが囮なるなどの無理をして、どうにかこうにかアラガミ達を撒いて身を隠す事ができた。その結果、身体中に痣や裂傷、火傷と言った傷を作っていた。それも本来ならアーサソールが増援に来るまでのはずだったのだが、いつまで経っても現れない彼らにコウタが苛立ちの声をあげる。

 

「ソーマ、動ける?」

 

「大…丈夫だ…ッ!!」

 

 コウタの肩を借りてソーマは立ち上がる。口では大丈夫と言っているが、実際は神機を握るのが精一杯で、まともに立って歩く事も出来ないでいた。そんな様子を見ていたアリサは、今自分達が取るべき行動を思考する。

 

(…ソーマはここ最近不調続き、それをカバーしてきたコウタも消耗してきてそろそろ限界…今動けるのは…)

 

 『私だけ…』そう思い、現在の状況でできる事を考える。自分も含めて部隊は満身創痍、特にコウタの怪我が一番酷かった。ソーマを守る為に自身を盾にし、迫り来る敵を一撃で倒せる様に高火力のバレットを使って次々とアラガミを倒していた。

 既に自分達は戦力として機能していない。任務本来の目的である前線の維持はもう不可能だと言う結論に至った。

 

「…撤退しましょう」

 

「撤退ったって…それじゃぁ任務が…」

 

「命令違反は覚悟の上です」

 

 アリサが任務を放棄して撤退を進言する。しかし、コウタは納得いかない様子で最後まで戦うとゴネる。しかしアリサはそれをバッサリと切り捨てる。

 

「それじゃあアーサソールやあのクソイケメンに俺達の実力を認めさせられないじゃんか!!」

 

「ここで死ぬよりはマシです!!」

 

 コウタは今回の任務で、アーサソールが来るまでにアラガミを減らし、自身の実力をガーランドに認めさせたかったようだ。部隊員の全員生還、本隊が到着まで前線を持たせるどころ相手を押し返す程の戦果を挙げていれば、間違いなく上からの評価は変わるだろう。

 その為にもコウタはかなり無茶をしていたようだが、コウタを含めてここに居る全員がこんな所で死ぬつもりはないが、戦果を挙げて帰りたいコウタと、生還を優先するアリサとの間でこんな状況にも関わらず意見がぶつかっていた。

 

「お前らには分かんないだろうけどさ!!俺には養う家族が居るんだ!!ここで力を認めさせて、仕事を確保しないと母さんやノゾミが!!」

 

「『生きる事から逃げるな』!!」

 

 コウタが自身の置かれた立場から、戦わざるを得ない事を叫ぶ様に話すが、アリサが言い放った一言でコウタはハッとした表情になる。

 

「…あの時、ユウが言った事です…生きてさえいれば、どんな最悪な状況でも、ひっくり返すチャンスは得られるはずです。それにコウタの身に何かあればお母さんやノゾミちゃんだって悲しむはすですよ」

 

 戦果を挙げる事に固執して生き残れなかったら意味がない。そう言ってコウタを諭す。それを聞くとコウタは頭が冷えたのか、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

「…分かった」

 

「…先行します!!私の後に着いてきてください!」

 

 立たせたものの動くことさえままならないソーマをコウタが背負い、アリサは神機をしっかりと握り、隠れていた建物から飛び出した。

 手始めに目の間のオウガテイルを切り裂く。するとアリサはまっすぐ待機ポイントまで走り出すと、ソーマを背負ったコウタもそれに続く。いきなり現れた標的にアラガミ達は全員アリサ達の方に向かってくる。

 進路上にコンゴウとヴァジュラが乱入してきた。アリサはコンゴウとのすれ違い様に、コンゴウの右手足を切り落として動きを止める。さらに横からオウガテイルが針を飛ばして来るが、アリサもコウタも全速力で駆け抜け、オウガテイルの攻撃を無視して走り抜ける。

 そして前方からヴァジュラが突進してきた。アリサはスライディングしながらヴァジュラの左前足を切り落として股下を抜けていく。続いてコウタはバランスを崩して倒れたヴァジュラを踏み台にしてヴァジュラの上を飛び越えていく。

 

(第一部隊…所詮はこの程度か…)

 

 撤退する第一部隊の戦闘を教会の屋根から遠巻きに眺めていた者がいた。その正体は黒いバイザーに白い制服を着たアーサソール隊長のレオンだった。神機を持ってはいるが、その傍らには外部居住区に設置したものと同じ型のレーダーが設置してあった。レーダーの調子を気にしながらも、第一部隊が撤退するのを眺めて、第一部隊の実力に幻滅していた。

 そんな中、逃走ルート上にセクメトが現れた。先行するアリサは分が悪い相手だがやるしかない。アリサはセクメトが動くよりも先に眼前に接近して神機を構える。

 

  『バンッ!!』

 

 セクメトの顔面をインパルス・エッジで爆破する。爆煙で姿が見えなくなったが、これで隙はできたはずだ。アリサ達はセクメトを無視してそのまま走り抜けようと駆け出した。

 

(ッ?!)

 

 しかし爆煙の中からセクメトの翼手がアリサの後ろから迫ってきた。

 

(ダメッ!!)

 

 咄嗟に神機を横に振るが、既にセクメトの爪がアリサを捉えようとしていた。

 

  『ブシュッ』

 

(…?)

 

 自分の攻撃は届いていなかったはずだ。なのに突然セクメトの上半身が切り飛ばされた。何が起きているのかと思っていると、切り落とされたセクメトの上半身が地面に落ちると、そこには長い金髪に金色の瞳、そして戦場には似つかわしくない背中がざっくりと空いた黒いドレスを着た長身の女性が、黒いサリエル装備の新型神機を携え立っていた。

 

「あな…たは…?」

 

 突如セクメトを後ろから切り裂いた女性が現れた事でアリサは放心してしまう。しかしその間、アラガミ達は金髪の女性が現れた事に動揺していたのか、襲いかかる事はなかった。

 

「監視する者が近くに居るわ。彼には私達の事は見えていない。居ないと思って動いて」

 

「えっ?あ…」

 

 女性は監視者の存在を伝えるが、突然そんなことを言われても何の事やら訳が分からないし、何より居ないものとして動けと言う意味が理解できない。

 謎の乱入者が現れた時点でも突然の事で理解が追い付いていなかったのに、矢継ぎ早に理解不能な状況や情報を前にして、アリサの半ば思考はショートしていた。

 

「…サポートするって言ってるの。早く動きなさい」

 

 『自分たち』は監視者には見えていない。怪しまれない為にもアリサ達が動き、自分たちがそれに合わせると金髪の女性は言ったのだが、状況を飲み込めずいつまでも動かないアリサにしびれを切らし、サポートすると言う分かりやすい言葉で自身の目的を説明する。

 

「何だか分からねぇが…ここを乗り切るにはっ?!…アンタの力も借りる必要があるな…」

 

 ドレス姿の女性が現れると、突然ソーマの頭痛が軽くなった。さっき程ではないが不調なままのソーマがコウタの肩から離れる。辛そうな声を出してフラフラと立ち上がったソーマは再び神機を握り直して戦闘体勢に入るが、原因不明の強烈な頭痛や不快感は未だに消えることなく残っている。

 

  『グォォッ!!』

 

 するとソーマの後ろからオウガテイルが飛びかかってくる。不調もあって反応が遅れ、コウタと共に振り向いた時には既にすぐ近くまで迫っていた。ソーマが神機を縦に振り下ろすが、既に迎撃が間に合わない程に近づいていた。

 

  『ズカンッ!!』

 

 しかしソーマの後ろから何者かが飛び出し、オウガテイルを上から黒い神機で叩き潰した。

 

「ほらほら、ボサっとしなーい!!」

 

 何事かと思っていると、元気の良い高く幼さの残る声が聞こえてくる。ソーマとコウタは声の主を見ると、そこには赤いリボンで金髪を短いツインテールに縛り、先の黒ドレスの女と同じような金色の瞳で黒い戦闘服を着た10歳前後の幼い少女が、見た目からは想像もできない怪力で身の丈よりも遥かに大きい黒いヤエガキ系のバスターブレードを軽々と振っていた。

 

「えっ?なッ?!き、君は…」

 

「チッ!!後で説明しろよ!!」

 

 次から次へと乱入する者が現れ、ソーマとコウタは状況の変化に着いていけなくなってきたが、先のドレス姿の女の関係者だろうと何とか予想して、今は戦闘に集中する。

 ソーマとコウタは神機を握り直して、後ろから追い付いてきたアラガミを迎撃しに行き、怪力少女もそれに続く。そしてアリサもドレス姿の女性と共に止まっている間に体勢を整えたアラガミを切り崩しに行く。

 前に進むアリサ、その後ろからドレスの女が着いてくる。アリサの前から極地対応型グボロ・グボロが突っ込んで来て、さらにオウガテイルが四方から接てきた。アリサは横凪ぎに神機を振るが、前方のグボロ・グボロと右側のオウガテイルを両断する。しかしまだ右側の敵しか排除できていないため、残りの三方向からオウガテイルが攻めてくる。

 

「ハッ!!」

 

 対してドレスの女はアリサの後ろから飛びかかかってきたオウガテイルを斬り倒し、その流れで黒いサリエル系統のスナイパーに変形して、アリサの左側から接近してきたオウガテイルのコアを撃ち抜いた。

 

「てぁっ!!」

 

 アリサが最後に残った前方のオウガテイルを斬り倒す中、赤いザイゴートと黄色のザイゴートが横並びでアリサの右側から高速で飛んできた。ドレスの女は剣形態に変形してアリサよりも先にザイゴートに向かっていく。

 まずは左へ神機を振って赤いザイゴートを倒す。そして空かさず反対へ神機を振って黄色のザイゴートを斬り、素早い連撃で一瞬のうちに2体のザイゴートを両断した。

 

(…動きが変わった?)

 

 現メンバーの切り札であるソーマは不調、さらに圧倒的物量で連携をとられては、流石の第一部隊も防戦一方だった。

 しかし第一部隊全滅も時間の問題だと思っていた中、突如一転、攻勢に転じた第一部隊を見ると、『背中合わせとなっているソーマとコウタ』の周りをシユウとサリエル、ヴァジュラが取り囲んでいた。

 ソーマが正面のシユウとヴァジュラに先制攻撃するべく飛び出し、まずはシユウの頭をカチ割るべく神機を振り下ろす。シユウは反撃に翼手を突き出すが、それよりも速くソーマの一撃が頭に入り、そのまま胴体まで引き裂いた。

 

「せぇの…」

 

 ソーマがシユウのコアを破壊したのと同じ頃、『ソーマの隣に立っていた』怪力の少女は、電撃を撃とうと放電し始めていたヴァジュラに一気に接近し、両手で神機を掴み直した神機を勢い良く振り上げる。

 

「ドォォォオン!!」

 

 元気の良い掛け声と共に神機を振り下ろす。すると放電前にヴァジュラの頭を叩き潰した。その衝撃は胴体にも伝わったのかヴァジュラは頭が潰された瞬間、バラバラの肉片に変わった。

 その後、コウタが後ろから攻めてきた赤と黄色のヴァジュラテイル、さらに青と原種のザイゴートに気が付くと、動きの速いザイゴート2体を火属性の爆破バレットで撃ち抜いて倒し、続けざまに赤いヴァジュラテイルに照準を合わせつつ、バレットを氷属性に変える。

 そして爆破バレットを撃つと赤いヴァジュラテイルはバラバラになりながら吹き飛び絶命した。残るは黄色のヴァジュラテイルだ。最後の1体に照準を合わせながら神属性に変えてバレットを発射する。

 

「ヤベッ!!オラクルが!!」

 

 しかし、ここまでのソーマを庇いながらの連戦でオラクルを消耗しきってしまい、最後のヴァジュラテイルを撃ち漏らしてしまう。どう足掻いてもリロードが間に合わない。最悪神機で殴り付ける覚悟でコウタは神機を握りしめるが、突然横から神属性のバレットが飛んできた。

 

  『ドォンッ!!』

 

 鈍い爆破音と共に最後のヴァジュラテイルが爆散する。バレットを撃ったのは、黒いFシリーズランチャーに変形した神機を扱う例の怪力少女だった。再び剣形態に変形すると、すぐさま大型種がいる方に突っ込む。

 

「あははッ!!ほらほらぁ、早く逃げないと挽肉にしちゃうよぉ?!」

 

 戦闘狂の類いなのか、危ない事を言いながら非常に楽しそうな笑顔でアラガミ達を次から次へと屠っていく。もはやソーマとコウタのサポートと言う目的も忘れているのだろう、ソーマから大きく離れ、自身の本能の赴くままにアラガミを倒しまくっている。

 

(急に勢いを取り戻した…どうなっている?)

 

 教会の屋根から第一部隊の戦闘を覗き見て、第一部隊の壊滅を確信していたレオンは、突然反撃の勢いを増した第一部隊を見て困惑していた。どうあっても逆転不能な状況を覆し、第一部隊の3人が居ない場所のアラガミさえも次々と倒され、数を減らしていく。

 一体何が起きているのか、何故こんな事が起きるのか、そんな事を考えているうちにアラガミは全滅し、結果第一部隊は生き残る事となった。

 

(最後、突然アラガミを撃破する勢いが強くなった…気になるが…)

 

 アラガミ達を全滅させて息を切らしている第一部隊を見ながら、レオンは最後の最後、絶体絶命な第一部隊が『たった3人』という圧倒的に不利な状況を覆した事を考えていた。破竹の勢いでアラガミを倒していき、時折第一部隊が居た場所とは関係無いアラガミも倒されていったことは気になるが、遠くから眺めていた以上、詳しい状況は分からずじまいだった。

 

(まあ良い。彼らが生きようが死のうがガーランド様の計画には支障はない)

 

 しかしガーランドの計画とやらに第一部隊は関係が無いのか、レオンはこの結果そのものにはさして興味を示さなかった。

 

(最終実験も成功、データも取れた。もうここに居る必要もないか…)

 

 必要なものは揃ったのか、レオンは踵を返すついでに後ろに設置したレーダーを神機で破壊するとその場を去っていた。

 

「…行ったようね。もう良いかしら…」

 

 その気配を察したのか、黒ドレスの女性はさっきまでレオンが居たところを横目で睨むと、本格的に警戒を解く事にした。

 

「説明してもらうか。アンタら…一体何者だ?」

 

 先の戦闘では、高い戦闘力を見せつけるだけでなく、この場に来ていたと言う監視者には自分たちの存在は気取られないと彼女は言っていた。どう考えても普通じゃない。ドレス姿の女性に対し、ソーマは構えを解かずに神機を握り、警戒しつつも乱入してきた2人に探りをいれる。

 

「はじめまして。私は『シェリー』…つい先刻、我が主の命により助力に参りました。そしてこちらは…」

 

「やっほー!!『ライラ』だよ!!」

 

 ドレス姿の女性は自らを『シェリー』と名乗り会釈する。それに続いて、『ライラ』と名乗った怪力の少女は神機を肩に担いだ状態で左手を上げてフランクに挨拶する。

 

「…取り敢えず、助けてくれた事には礼を言う。だがその腕輪…神機使いの様だが、何処の所属だ?アナグラでお前達を見かけた事もないし異動の通知も来ていない…」

 

 一通り挨拶を終えて、これまでの状況からも彼女らが神機使いだと言うことは分かる。しかし、極東支部に新たに配属されると言う話はアーサソール以外に聞いてはいない。結局彼女らの素性はよく分からないままだった。そこも踏まえてソーマは彼女らに警戒心を露にしたまま話しかける。

 

「アンタ達…本当にただの神機使いなのか?」

 

 戦闘中、アーサソールは自身の存在を認識出来ない。普通に考えるとおかしな事を言う彼女達が何者なのか、それが分からない以上警戒するしかない。ソーマは睨む様に2人を見てその正体を率直に尋ねた。

 

「…」

 

「あははっ!!なぁにぃ?!助けてもらっといて上から目線?!なになに?女子供に助けられてプライド傷ついたの?!」

 

 ソーマの問いにシェリーは答えなかった。しかし、代わりにライラが突然腹を抱えて笑いだし、それを見たソーマの眉間にはシワが寄った。

 ライラは子供であるが故の無邪気さと、同時に併せ持つ容赦のなさで、第一部隊を小馬鹿にする。さらには『怒った?!怒った?!?!』と煽っていくが、『止しなさいライラ』とシェリーがため息をついて呆れた様子だったが、興味なさげなトーンで止めに入る。

 

「ま、まあまあ。何にしても助けてくれたのは事実じゃん?えっと…シェリーとライラだっけ?助けてくれてサンキューな。それから、もし良かったら君達の事を色々教えてくれない?もしかしたらアナグラ…極東支部で引き取るかも知れないし。例えば、さっき言ってた主って人の事とかさ…」

 

「…そうね。ある程度だけど話しましょうか…」

 

 自分達の素性を何処まで話すか考えていたのだろう、コウタの問いに多少間を開けた後シェリーは自分達の正体を語り始める。

 

「単刀直入に言うと、私達は主の神機…その精神がこの世界で実体を得て形作られた存在です。簡単に言えば神機の精神体よ」

 

「「「…」」」

 

 気配も感じさせずに突如乱入したシェリーとライラ…その正体は神機の精神体だった。リンドウをアラガミ化から救った一件で、その存在はユウキやリンドウから聞いていたが、当事者のユウキとリンドウ以外は会ってすらない。

 さらに言えばレンが現れたのも偶然や奇跡の産物で、イレギュラー中のイレギュラーだった。そんなことを2度3度と起こるとは思っておらず、ソーマ達は予想の斜め上を行く回答に唖然としていた。

 

「えっと…ごめん、笑う所だった?」

 

 シェリーの言っている事を何とか理解したコウタはフリだったのだろうか思い申し訳なさそうに返すが、逆にシェリーは呆れた様にため息をついた。

 

「事実よ。かつて雨宮リンドウがアラガミ化から救われた時も、彼の神機は精神体として実体を持って主の救出に奔走した。アラガミ化して貴殿方の前に現れた時もあの場に居たのだけど…気付いていなかったようね」

 

「しょうがないよシェリー。『自分の神機もまともに扱えない』この子達じゃあ主くんが干渉しないと私らの気配さえ感じられないって」

 

 シェリーがトゲのある言い方で自らの正体を話していく。そしてそれを聞いたライラは再度ケラケラと第一部隊を小馬鹿にして笑いながら意味深な事を言った後に、『逆に言えばそれだけ主くんがぶっ飛んでるって事だけどね』と続ける。

 

「…で、そのぶっ飛んでる主様ってのは…結局誰なんだ?」

 

 第一部隊はライラの意味はよく分からないが明確に悪意のある嫌味に顔をしかめる。しかしここで怒るよりも彼女らの正体を知る方が重要だと考え、ソーマはさっきから何度も聞いている『主』について探りをいれる。

 

「…神裂ユウキ…それが我らが主の名よ…」

 

 シェリーが語る主…その正体は、ヨルムンガンドとの空中戦で行方不明になった仲間であり、現状最大の問題児でもあるユウキだった。

 予想もしてなかった名前がこのタイミングで出てきた事で第一部隊は一瞬思考が止まり、何を言っているのか分からなかった。

 

「い、今…なんて…?」

 

「ユウが…主?いやまて、お前、さっき『つい先刻、命を受けた』と言ったな?ってことは…」

 

 コウタはまだ理解が追い付かないのか、驚いた様子で声は出せたがシェリーが何を言った事の意味が分からなかった。

 また、ソーマもシェリーとライラがユウキの関係者だった事実に驚いていた。そして今までの2人との会話を思いだし、2人とユウキが何かしらの形で接触したはのはつい最近の事だと割り出した。探していた相手の情報が入って来た事で、少しずつ声の調子が弾んだものに変わってきた。

 

「ええ。彼は生きています」

 

 シェリーの答えはソーマの予想通りのものだった。探していた相手が今何処に居るのかは分からないが、少なくとも生きている。それが分かっただけでもソーマはだいぶ安心した。

 しかし、それならば何故帰ってこないのか…その理由が思い付かず、再び思考に走ろうとしたとき、別の人間の声によってその思考は打ち切られた。

 

「あの!!」

 

 今まで声を出さなかったアリサが余裕の無さそうな様子でシェリーに話しかける。

 

「ユウに…ユウに会わせて下さい!!貴方はユウの居場所を知ってるのでしょう?!何処に居るのか教えてください!!」

 

 ようやく得られた手がかりにアリサは食い付き、ユウキの居場所を問いただそうとシェリーに詰め寄る。

 

 『バチンッ!!』

 

「「「ッ?!!?」」」

 

「わぁお」

 

 しかし、突然シェリーは右手でアリサにビンタした。誰も予想しなかったいきなりの攻撃に、打たれた本人は勿論、第一部隊、さらにはライラでさえも驚いていた。

 

「認めない…!!貴女が…貴女さえ居なければあの人は…!!」

 

 元からつり目で怒っている様にも見えたが、今アリサを睨むシェリーの表情は、怨みや憎しみを隠すことなく剥き出しにし、怨嗟の鬼の様に見える程に表情を歪めていた。

 

「…なっ」

 

 しばらく呆気に取られていたアリサだったが、打たれた自身の左頬を押さえて、そこに痛みが走り、熱を発している事に気づいた。ようやくビンタされたのだと理解すると、沸々と怒りが沸き上がってきた。

 

「何するんですか?!」

 

 打たれる様な事をした覚えもなく、怒らせる事もしていないはずだった。理不尽に突然ビンタを浴びせられたアリサも今回は怒りを抑える事が出来なかった。

 

「シェリー落ち着きなよ」

 

「…失礼」

 

 ライラがシェリーを諌めると、1度小さく深呼吸してから彼女は素直に謝罪する。

 

「今、彼に会うことは出来ないわ。でも、時が来れば彼の方から戻ってくる。それだけは確実に言えます。それでは、ごきげんよう…」

 

「ばいばーい」

 

 ユウキの近況を伝えるとシェリーはスカートをたくしあげてお辞儀をし、ライラはラフに手を振って別れを告げる。すると2人の姿は透けていき、次第に消えていった。

 

「な、何なんですか…あの人達…」

 

 戦闘中は強力な助っ人だったが、終わってみれば刺々しい態度や敵意を隠すことなく接してきて、さらにアリサにはビンタを浴びせた。挙げ句、その正体が神機の精神体だったり、別れ方が文字通り姿が消える等、色々と常軌を逸脱した状況を体験して、第一部隊は呆然と立ち尽くしていた。

 

To be continued




あとがき
 遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。小説の方は…うん、ごめんなさい。だいぶ遅くなってしまいました。その分、新キャラを出したり色々とスパイラルフェイト編も動き始めました。今後も投稿続けますので、今後もよろしくお願いいたします。
 下にシェリーとライラの設定書いときます。

シェリー
 自称ユウキの神機の精神体を名乗る女性。黒いドレスを着た長い金髪でつり上がった金眼、長身の美女。きつめの口調で話すため、他人を寄せ付けない雰囲気を放っている。
 ユウキに対しては絶対的な忠誠を誓っているが、アリサに対して異様なまでに敵意を向けている。

ライラ
 自称ユウキの神機の精神体を名乗る少女。黒い戦闘服を着た、赤いリボンで短いツインテールにした金髪に丸い金眼、10歳前半に見える少女。見た目に反して重量級の神機を片手で軽々と振り回す怪力の持ち主。シェリーとは対照的に年相応にフランクな口調で話すが、容赦の無い一言で相手の心を抉る事もある。
 ユウキには忠誠を誓ってはいるものの、対等な親友の様な関係を望んでいるため、言いたいことはしっかりと言う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission106 剔抉

パソコンには詳しくないです


 -荒野-

 

 あらゆるビルや建造物が破壊され、荒れ果てた荒野となったかつてのオフィス街…深夜となり、まさしくゴーストタウンとなったその場所を1台のジープが走っていた。乗っているのは運転席に1人だけで、その助手席に神機を2つ立て掛けていた。運転していたのは白髪に赤銅の目をした美女に見える青年『神裂ユウキ』だった。ただ、何時も乗る車とは違いフェンリルのエンブレムが刻まれていない車両に乗っていた。

 行方を眩ませた後のユウキは『拠点』の近くに現れたアラガミを全て倒した後、荒れ果てた荒野を車でひたすら走り、また拠点に戻る…そんな生活を繰り返していた。今回もアラガミを倒して、廃墟が建ち並ぶビル街で車を走らせていた。そんな中、比較的にダメージの少ないビルの前まで来ると、ユウキはビルの横まで車で移動する。

 そしてテキトーな場所に車を停めると、廃ビルの地下へと続く階段を下りていく。降りた先には古びて錆び付いた鉄製の扉があった。

 

「…」

 

 ユウキは迷う事なく古びた開け、地下室へと入って行った。

 

「よう、帰ったか」

 

「お帰り」

 

 そこには特務で極東支部を離れているはずのリンドウとサクヤがそれぞれのパソコンと向かい合いって何かの作業をしていた。ユウキが帰ってきたと分かると作業の手を止めて挨拶するのだが、ユウキは特に気にする様子はなく、神機を立て掛けると空いているパソコンで作業を始めた。

 

 -隠れ家-

 

 ユウキ達が居る場所はかつてフェンリルを去ったペイラーが使っていた隠れ家だった場所だ。身を隠しながら研究をするため、それなりの機材は揃っているし、生活できるだけの環境は整ってる。

 そんな場所で特務を受けていたユウキ達はガーランドの目的を探るため、リンドウとサクヤは特務、ユウキは任務中で行方不明と言う形で極東支部を離れて彼の目の届かない所に潜伏していた。そこでユウキ達はかつてペイラーが使っていたパソコンを使ってフェンリルのメインサーバー…特にガーランドの個人データベースへとハッキングを仕掛けていた。そして各々がサーバーへのアクセスを試みている最中、リンドウがユウキに話しかける。

 

「現場はどうだった?」

 

「特に何も…いつもと変わらないですよ。それより、俺が哨戒に出ている間に状況は変わりましたか?」

 

 リンドウが戦場での様子を聞いてみたものの、ユウキはキーボードを叩き続けながらも特に何もなかったと素っ気なく返す。それよりもデータ解析の進行度合いの方が気になっていてその事を聞き返した。

 

「何とかガーランド支部長のデータベースに侵入してサルベージを始めところよ。今のところまだ大きな成果は無いけれど通信履歴は探り当てられたわ。どうやら元本部長代理とよく連絡を取っていたみたいなんだけど、内容まではまだわからないわ」

 

「ご丁寧に全データを消去してやがるみないでな。俺はバックアップデータが無いか探してるがまだ何も…論文のデータでも出てきてくれりゃあ何考えてるか分かりそうなんだがな」

 

 サクヤとリンドウが進捗を報告する。どうやらガーランドの個人データベースの中身は全て消去されていた。かろうじてサクヤがデータのサルベージで元本部代理との通信履歴を探り当てたのだが、ユウキは全てのデータを消したと言う事実に違和感を覚えた。

 

「…論文のデータもですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ユウキが感じた違和感の正体は論文のデータさえ残っていなかった事だった。仮にもガーランド自身もアラガミ進化論等の論文を出す様な研究者のはず…そのガーランドが自身の研究データどころか、参考にしたであろう論文さえ残す事なく消していた。この事実がキナ臭さをより強めている。

 仮に自身の研究を悪用する意図がないのなら消す必要など無いし、そもそも消す理由が無い。それを消すと言うことは、公開されていない研究データを知られてはマズイ理由があるのだろうと考え、ユウキは消されたであろう論文データを探す事にした。

 

「…分かりました。俺は論文探しの方に回ります」

 

「ええ、お願い」

 

 ユウキが論文探しを担当すると提案すると、サクヤはすぐに了承して任せる事にして、作業を再開した。

 その最中、『こうなると分かってハッキングを教えたんだろうな』と、ペイラーがハッキング技術をユウキに教えた理由を考えていた。

 

(…喰えない奴だ…)

 

 自身の潔白と無害を調査、証明する手段としてハッキングを教えつつ、その技術を使って後に極東支部の支部長として赴任するであろうガーランドの動向を探らせると言った、今後の展開を考えた上での采配だったのだろう。

 そんな事を考えながら作業をしていると、サクヤが口元を隠しながら『ファ…』とあくびをした。

 

「サクヤ、昨日から寝てないだろ?今日のところはもう休んでおけ」

 

 サクヤがあくびをした事で、彼女は昨日からまともに休む事なくパソコンと向き合っていた事を思い出したリンドウが1度休むように伝えると、サクヤは少し驚いた様子で返す。

 

「え?私はまだ大丈夫よ?それに、休んでないのは2人も同じでしょ?私1人甘えるのは…」

 

「寝てください。全員徹夜して思考が鈍るよりは誰か1人が冷静な判断を下せる状態にしておいた方がいい」

 

 しかし休んでいないのはユウキもリンドウも同じだった。周りが気を使ってくれたのだろうが、自分1人がその厚意に甘えるのは悪いと思っているのか、1度は断った。だが、思考ができる人が最低でも1人は欲しいと言って、ユウキはサクヤの言い分をバッサリと切り捨てる。

 

「けど…」

 

「命令だ」

 

 それでもなお食い下がるサクヤに対して命令と言う名目でユウキは無理矢理にでも休ませる。

 

「…分かった。じゃあ、そうするわね…」

 

 席を立って『おやすみ』と言ったサクヤは部屋を出ていき、寝室に入っていった。それを見届けた後、キーボードを叩くいたままリンドウは作業を続けるユウキに話しかける。

 

「お前も休めよ。戦闘もしてたんだし、疲れたろ?」

 

「大丈夫です」

 

 休めと言うリンドウに対してユウキは素っ気なく返す。

 

「お前ももう何日も寝てないだろ」

 

「どうせ近くで人の気配がする場所じゃあ寝れませんよ」

 

 先に休ませたサクヤもリンドウそうだが、ユウキも作業を始めてから数日は寝ていない。ユウキの体調も心配した上で休めと言ったのだが、寝首をかかれるかも知れないと警戒しているため、ユウキはどうあっても寝るに寝れない状態だった。

 

「そうか…でも、よくアナグラに戻ってきたな」

 

「…?」

 

「お前が受けた扱いを考えたら、戻ろうとは思わないだろうさ。少なくとも…俺があの立場なら帰ろうとは思わない…なあ、何で戻ろうと思ったんだ?」

 

 リンドウの声からは安堵したような雰囲気が込められていた。ユウキが帰ってきた事実を喜んで居る様だが、いきなりそんな話をする理由が分から

ず、ユウキは疑問符を浮かべなが作業を続ける。

 しかし、理由が分からないのはリンドウも同じだった。何故あんな仕打ちを受けて、他人の側に居るのが危険な状況で極東支部に戻ってきたのか…一見デメリットしかない状況にリンドウはその疑問をユウキにぶつけてみた。

 

「別にアイツらが俺を排除しようとしたのは何ら不思議な事ではありません。生物は本能的に死を恐れる。その原因である俺を殺してでも安寧を得ようとするのはある意味自然な行動です。それに、世界情勢の把握、神機の整備、それから俺の死体処理ができる環境が必要だからです」

 

「…本当にそれだけなのか?」

 

「くどいですよ」

 

 だが、ユウキはあくまでも前回全員集めた時に話した通りだと言う。リンドウが再び問い詰めるが、返す声には苛立ちが込められていた。

 

「…さっきも言ったが、俺がお前の立場なら戻ろうとは思わない。自分の受けた仕打ちもそうなんだが、自分の死で終末捕食が引き起こされるってんなら、その事を伝えて身を隠す方がお互い安全なはずだ。神機の整備だって必要になれば戻ってくれば良いだろ?」

 

「…」

 

「それによ、自身の身の上を考えたらお前に手を上げるやつは即殺っちまうのがベストだ。でもお前はそんな事をせずにお前は今までは手を上げてきた奴をボコボコにして心を折る程度に止めている。そんなリスクしかない事をしてでもアナグラに帰ってきたのには何か理由があると思う方が自然だ。違うか?」

 

 ユウキが帰ってきてからの言動には矛盾する所がいくつもあった。リンドウがそこを突いていくと、最後にはキーボードを叩くユウキの手が一瞬止まる。その後すぐに作業を再開し、再びキーボードを叩く音が聞こえてきた。

 

「…他の理由なんてありませんよ」

 

「…そうか。まあ、別にお前がどんな理由でアナグラに居ても良いさ。ただな…すぐには無理かもしれないが…俺達の事を信用してくれてよ?」

 

「…実力は信用してます。ただ信頼は出来ない」

 

「…」

 

 しかし、その矛盾した行動については話す事はせずに、信用しているのはあくまでも実力であり、リンドウ達の事は信頼してはいないと突っぱねる。これ以上は何を聞いても無駄かと思い、リンドウはそのまま黙って作業を進める。

 そんな中、ユウキは復元が完了した通信履歴からオランダ支部のサーバーへアクセスした形跡を見つける。そしてそこからまた別のサーバーに繋いでいた様だ。ドイツ支部、イタリア支部、中央アジア支部、ロシア支部、そして最後には極東支部に繋がっていた。

 そしてそこには目当ての論文のデータが入っていると思われるフォルダを見つけた。

 

(成る程…自身の端末上には通信の記録しか残っていなかったのはそう言うことか…いくつものサーバー経由して、別のサーバー上に論文を残していたのか)

 

 ガーランドの端末でサルベージをしても通信履歴しかめぼしいものが出てこなかったのは全てのデータは極東支部のサーバーに記録していたからだった。万が一記録を探られても極東支部に罪を擦り付けるつもりだったのだのだろう。

 そんな事を考えながらフォルダを開くと文書ファイルが現れた。

 

「…これは…」

 

「何か見つけたか?」

 

 ユウキがファイルの中身を見て声を漏らす。それを聞いたリンドウもユウキが何かを見つけたと察しがついて声をかけた。

 

「いくつか論文データが出てきました。それから、それらを要約した文書ファイルも…」

 

「論文は面倒だ。文書ファイルを読んでくれ」

 

「なら…『新型P53偏食因子が人体に与える影響』から…」

 

 ユウキがざっとタイトルに目を通す。そこには論文と思われる堅苦しいタイトルの文書ファイルとそれらと同じタイトルに【要約】と書かれたテキストデータが現れ、リンドウの指示で真っ先に目についたテキストデータを開いて読み始めるた。

 

「アラガミを構成するオラクル細胞内の偏食因子からは【偏食場】と呼ばれる特殊なパルスを発生させているようだ。これはその名の通り、アラガミ…強いてはオラクル細胞の捕食傾向を決めるものであり、アラガミは常にこの偏食場を発している。これらを感知する事によってアラガミ達は互いの偏食傾向を知り捕食対象の選別をしているようだ。

 これは偏食因子を投与した人間にも同じことが言える。因子を取り込み、脆くもありながらも遺伝子を一部書き加え、細胞に偏食因子の効果を取り込ませている。当然神機使いからも偏食場は発生している。

 さらには近年実用化した新型用の偏食因子についても分かった事がある。新型も旧型と同様に投与された際、血流に乗って脳に運ばれる。この時、新型偏食因子は微量ながら脳内へと取り込まれ、一部の神経細胞と結合する事が分かった。その結果、脳波は偏食場に乗って飛んでいき、別の偏食場と干渉した際、脳波が繋がる可能性がある。これにより新型同士は意識の共有、交感する感応現象を引き起こす可能性があると思われる。

 これを利用すれば人とアラガミとの感応、さらには他者の意識領域へのアクセスも可能かも知れない。しかし、人と人でさせ何が起こるか分からない。ましてやアラガミとなど、その際のリスクは計り知れない。今後、詳しく研究していかねばならない」

 

 ユウキが淡々とテキストファイルを読み上げた。その内容は新型神機使い同士で感応現象を引き起こす理由とメカニズムについてだった。テキストデータには明言されていないが、わざわざ新型の特性として書かれている事から、この偏食因子が脳神経と融合するして感応波と脳波を発するが新型神機使いの特徴なのだろう。

 新型神機が変形機構を使えるのもここから来ているのだろうと考えていると、ユウキの目に論文の作者の名前が映る。

 

「この論文の作者は…大車ダイゴ?」

 

「そいつは…アリサを洗脳してたってやつだよな?」

 

「ええ…同姓同名の別人じゃなければ…まあ…どうでもいい事ですが…」

 

 予想外どころか全く関係の無さそうな名前が出てきた事にリンドウどころかユウキは内心驚いた。だがその後、特にユウキはリンドウを罠に嵌めるためにアリサを洗脳した相手の名を聞いて、怒りが再び沸き上がるどころか何の興味も示さずにまた新しい論文を読み始める。

 

「他には感応現象を応用した新世代神機使い…となっていますね。著者はラケル・クラディウス」

 

 ユウキは論文のタイトルと著者の名前を読み上げる。そして要約されたテキストファイルを開く。

 

「偏食因子発見初期から存在が確認されていたP66偏食因子だが、これは人体への投与が出来るような代物ではなかった。投与すると、短時間で細胞変異を起こし、体細胞をオラクル細胞へと変化させる。その理由として、変異したオラクル細胞が発する多種多様な偏食場パルスの影響が考えられる。

 本来ならば個々の細胞によって偏食の傾向は違うのだが、コアの統率により個々の細胞の偏食傾向が近いものを集める、或いは一部偏食傾向の修正を加えている。これにより、アラガミ一個体に使用されるオラクル細胞の偏食場パルスは一定のものに固定される。

 同様にP66偏食因子によって変異したオラクル細胞はそれぞれが個別の偏食傾向を持っている。これらを統制し、すべての細胞の偏食傾向を一致させれば大きな偏食場パルスを形成し、神機、人体の双方に大きな影響を与えると考えられる。

 その為、人体投与を想定した調整、改良を加え、【偏食因子ブラッド】として新たな偏食因子を開発した。この偏食因子ブラッドは理論上、元となったP66偏食因子と同様、多様な偏食場パルスを形成する。それらの傾向を人為的に統制する事で、神機との間に偏食場パルスを介した繋がりを持たせ、適合者の闘争本能、潜在意識、意思の力によって戦闘能力を大幅に増幅させる事が可能になる。

 ただし、現状の正規適合モデルが『ジュリウス・ヴィスコンティ』のみであり、適合者発見の難度は非常に高いものになっている。適合者そのものの希少だが、偏食因子の改良も今後の課題となっていくだろう」

 

 一通りのテキストファイルを読み上げたユウキは顎に手を当てて考え込む。

 

(新世代神機使い、ブラッド…論文を読んだ限りでは感応現象を戦闘に応用した神機使いのようだが…)

 

 感応現象で神機と繋がりを持たせる…その方法としている感応波の統制するというのは、恐らく複数の炎が合わさり、より強く、大きな燃え上がる炎となる様に、全身の細胞1つ1つから発せられる偏食場パルスを重ね合わせて強力な1つの偏食場パルスを作り出そうというものだろう。

 適合率で自身と神機の限界を超えるブレイカーとの違いは何かを、自身にも生かせる部分は無いだろうかと考えていたが、論文を詳しく読まない事には今は分かりようもない。

 ユウキは一旦思考を後回しにして、他の論文のタイトルを読んでいく。

 

「他にもいくつかありますが…偏食場パルス…いや、感応現象についての論文ばかりですね。特に感応現象が人やアラガミに与える影響に関するものを重点的に調べていたようです」

 

 他の論文も感応現象のメカニズムや応用技術、そしてそれらが与える人とアラガミへの影響を思わせるタイトルばかりだった。

 しかし、ユウキは論文の内容よりもこの論文の存在そのものに疑問を持っていた。記憶の限り、ノルンではこれらの論文見たこともない。恐らく未完か研究中、或いはフェンリルの都合で公開されていない論文ばかりだ。

 一部隊員のユウキとフェンリル重役のガーランド…閲覧できる文献に差があるのは当然だろうが、何かキナ臭さを感じているとリンドウに声をかけられる。

 

「こっちはこっちで面白いものファイルを見つけたぜ…見てみろよ」

 

 リンドウが見てみろと言うので、ユウキは席を立ちリンドウが操作するディスプレイを見る。そこに映っていたのは誰かに送った報告書ファイルのようだ。

 

『アラガミのコアに直接別種のコアを取り込ませる事で、対象のアラガミを強制的に進化させる事が可能であると判明しました。この強制進化には規則性があり、これを利用する事で思い通りの能力のアラガミを作り出す事が可能です。全てを滅ぼす攻撃能力、他者を寄せ付けぬ防御能力、特別な力を持った特殊能力の発現、それらを駆使する事であらゆるアラガミの能力を併せ持つ全能であり究極のアラガミを創造する手順を逆算し、我らの力として利用できるでしょう。残りの問題もそう遠くないうちに解決する見通しとなっております。』

 

 文章を読み終えたユウキはガーランドの最終的な目的を大方察しがついた。その答えがいかにも子どもが考えそうな稚拙な内容だった…或いはその考えに行き着く自分が稚拙なのか…ユウキは二重の意味でため息をついた。

 

「文面を見る限り、奴さんは自分の研究で究極のアラガミとやらを作り出そうとしていたようだが…ユウ、どう見る?」

 

「究極のアラガミ…ね」

 

 『まあ、答えは出ている様なものだがな』とリンドウはユウキを見ながら心の内で考えていた。その後、間を置かずにユウキが自身の見解を話していく。

 

「…至極単純に究極アラガミと感応現象の2つを結び付けるとしたら、感応現象で究極アラガミを操り、世界の覇権を握る…ってところですか?」

 

 最強の力を手にした=もう誰も逆らえない=世界のトップで好き勝手する…と、自分が一番強いと錯覚した時の幼子がやりそうな内容に、ユウキは心の内で『小物臭い野望だな』と嘲笑する。

 

「やっぱり真っ先にそれが思い浮かぶか…博士から連絡のあったアーサソールはこの計画にどう絡んでると思う?」

 

「恐らく計画そのものには絡んでいないかと…単にアラガミを統制する前の実験段階か、或いは手駒の確保か…いざとなれば肉壁にでもしようとしてるじゃないですかね」

 

「…もうちょい人を壁とか盾以外の扱いを考えてやれよ」

 

 『流石にそんな扱いは不憫だっての』と、ユウキの変な方向に偏ったアーサソールが存在する理由をため息混じりにリンドウは否定する。

 

「ならリンドウさんはどう思うんですか?」

 

「ガーランド自身にはアラガミを統制する力はない。そこで新型部隊アーサソールの感応能力を使って間接的に究極アラガミを操ろうしてるんじゃないか?

そんで、奴さんが集めた論文の内容は感応現象の正体やら人とアラガミの意識に与える影響と言ったものばかりだ。それを使ってアーサソールを操り、反乱の芽を摘みつつ、アラガミを使役する…ってところだろう」

 

 リンドウの推測を聞くと、『その可能性の方が高そうだ』と考える。しかしアーサソールの運用目的が何であれ、自身の野心に従って動いている事には変わりない。どちらに転がってもロクな事にはならないだろう。

 

「どちらにせよロクでもない事には間違いない…敵ならば全て叩き潰すだけだ」

 

 ガーランドが悲願を成就させる過程で敵になるならば戦うだけだ。そう言ってユウキは席を立つとそのまま出口に向かって歩き始めた。

 

「おいユウ」

 

「俺は博士に報告しにアナグラに戻ります。リンドウさんはサクヤさんが起きたらアナグラへ…」

 

 リンドウに呼び止められ、ユウキは扉に手をかけたところで止まる。しかしその後顎に手を当てて考え込む様な仕草を取る。

 

「いや、外部居住区で待機を。リンドウさん達はアーサソールに勘づかれない為にも別行動で現地へ向かってください。どちらにせよ、サクヤさんをこのまま放って行く訳にも行かないでしょう?」

 

「それはそうだが…」

 

 突然の命令変更…ユウキの意図は何となくは読めるが、完全には分からず、リンドウは混乱しながら出ていくユウキを後ろから見送った。

 

To be continued




あとがき
 4話?5話ぶりにうちの子が登場です。博士から仕込まれたスキルを使ってガーランド様の端末にハッキング仕掛けたりしました。が、私自身はパソコンには全然詳しくないので結構テキトーに書いてます。電子戦を書ける(必要あるか分かりませんが)ように勉強とかしてみようかしら?
 リンドウさんがうちの子の思惑を探りつつもガーランド様の思惑の一端を暴き、報告のためにアナグラに向かったユウキですが、無事にアナグラまでたどり着けるかなぁ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission107 謀叛

フェンリルにはクリーンなイメージがないです


 -愚者の空母-

 

 リンドウ達と別れた後、ユウキはジープを走らせて荒野の真ん中を駆け抜けていた。その途中、ジープを隠すためにも座礁した空母の近くを通っていると、突然アラガミの群れに襲われた。車から飛び下り、迎撃のために戦い慣れた空母の甲板に出ると、ボルグ・カムラン、サリエル、ヴァジュラが各2体、計6体に囲まれる事になった。

 

「…」

 

 ユウキが素早く神機を引き抜き戦闘体勢に入ると、アラガミ達も突っ込んできた。左右、斜め前からボルグ・カムラン2体が飛びかかって来る。それを前に出て避けながら右手の神機を横凪ぎに振って、右側のボルグ・カムランの足を斬り落とす。すると左のボルグ・カムランは綺麗に着地できたが、右は派手にひっくり返った。

 遅れて正面のヴァジュラが口を開け飛びかかる。それを上にジャンプして避けると、両手の柄を神機を連結して下から掬い上げる様な軌道でヴァジュラの顔面から斬り裂いて倒す。

 すると今度は後ろにいたサリエルの片割れが誘導レーザーを撃ってきた。ユウキは神機の連結を解除し、左側の装甲を展開して防ぐ。しかし、空中での防御のせいで、ユウキは後ろに飛ばされる。

 続いてもう1体のサリエルがレーザーを撃つ。再度ユウキは左の装甲を展開し、弾く様な動作で振り払いながらレーザーを防ぐ。しかしその直後、2体のサリエルが誘導レーザー、最後のヴァジュラが雷球を撃ってきた。

 

  『ガァンッ!!』

 

 だがユウキの後ろから黒い影が割り込み、アラガミの攻撃を防いだ。 

 

「やっほー主君。苦戦してる?」 

 

 アラガミの攻撃を防いだのはライラだった。相変わらず元気ではあるが能天気さを感じる口調でユウキに話しかける。すると今度はライラとは違う黒い影が空中に居る2体のサリエルの間を通りすぎる。次の瞬間には2体のサリエルはバラバラに斬り刻まれて倒されていた。

 そして黒い影はライラの隣に来ると、金糸の様な髪を靡かせてユウキを守る様に立ちはだかる。

 

「加勢します!!」

 

「…」

 

 もう1つの影の正体はシェリーだった。しかしユウキは2人の加勢には特に反応は見せずに神機を構える。

 2人は左右に別れ、ユウキは真っ直ぐ前方のアラガミに向かっていく。ライラは足を失い動けないボルグ・カムランへと向かい、チャージクラッシュの体勢になる。しかし動けなくても黙って殺られる訳にはいかない。足を失ったボルグ・カムランはライラを串刺しにしようと尾先の針を振り下ろすが、ライラは横に軽く跳んでそれを避ける。標的を失った尾先の針は地面に突き刺さった。そして着地よりも先に神機を振り下ろす。

 

「ドーンッ!!」

 

 元気の良い掛け声と共にカウンターを決める。すると振り下ろした神機によってボルグ・カムランはぐちゃぐちゃのミンチになった。

 そしてシェリーの方も別のボルグ・カムランへと向かっていく。対してボルグ・カムランが頭から針を飛ばしてきたが、シェリーは右へ左へと動き、時には身体を捻り、回転して攻撃を踊る様に避けながらボルグ・カムランに近づいていく。

 そしてシェリーが近づくと、ボルグ・カムランは尻尾の針を突き刺す。シェリーは右へ避ける。だがボルグ・カムランは即座に追撃する。再度針で刺そうと尻尾を振り下ろす。今度は左へ跳んで避けるとボルグ・カムラン3度目の攻撃を仕掛ける。シェリーは迫ってくる針を上にジャンプして避ける。そして身体を捻り、回転を加えてボルグ・カムランの尻尾に神機の斬撃を与えると、ボルグ・カムランの尻尾は綺麗に切り落とされた。

 その後目の前に着地したシェリーは円を描く様に神機を勢いよく振り上げる。

 

  『ズパン!!』

 

 次の瞬間にはボルグ・カムランは真っ二つに斬り裂かれていた。ショートブレードから繰り出されたとは思えない、広範囲な一撃で残りのボルグ・カムランを倒した。

 最後の相手であるヴァジュラは、ユウキを狙い地面から電撃を撃ってきた。

しかし、ユウキは両足に力を入れて踏み込むと、それよりも先にヴァジュラの元にたどり着く。そしてユウキは両手の神機を向ける。

 

  『『ダンッ!!』』

 

 ユウキがインパルス・エッジを撃つと、ヴァジュラの頭が爆破されてバラバラに砕け散り、そのタイミングで地面から電撃が放たれた。その後、爆破の衝撃で後ろに下がったが、すぐに地に足を着けて両足をバネにして一気に前に出ると、ユウキは左右の神機を外から内に振る。

 

  『ズシャッ!!』

 

 まるで魚の3枚おろしの様に、ヴァジュラは3つに斬り裂かれ、コアも完全に破壊された事で、ヴァジュラはその他のアラガミ共々霧散していった。

 

「ふいー…終わったねー」

 

「お疲れ様、怪我はしてない?」

 

「…」

 

 ライラとシェリーは労いの言葉をかけたが、ユウキは返事をする事なく明後日の方を見ていた。

 

「まだ向かってくるか…」

 

 ユウキが小さく呟くと、シェリーとライラもその意味を理解した。

 

「これは…」

 

「うーん…普通のやつじゃないね」

 

 そう言って異質な気配を感じた3人は崩れた壁の方を見る。すると大きな影が裏側から飛び出し、ユウキ達の目の前に現れた。

 

  『ゴァァアッ!!!!』

 

 雄叫びと共にプリティヴィ・マータが現れた。次の瞬間にはユウキ、シェリー、ライラが飛び出すが、プリティヴィ・マータはユウキ達を飛び越えて後ろを取った。

 その後、プリティヴィ・マータが頭上に氷の槍を作り出し、塊っていたユウキ達に投げつける。何時もと同じように複数発投げつけできた。ユウキ、シェリー、ライラは散り散りに避け、反撃の体勢を取ったが今度は左右斜め前にも飛ばしてきた。

 

「わわっ?!」

 

「クッ?!」

 

 逃げた先に氷塊を投げ付けられ、シェリーとライラは装甲の展開を余儀なくされた。辛うじてユウキが動けたので一気に前に出てプリティヴィ・マータに接近する。しかしプリティヴィ・マータはまたしても横に避け、そのままライラに飛びかかる。

 氷塊を防ぎ切ったところでの追撃に対して、ライラは装甲を仕舞いつつ後ろに下がる。飛びかかり攻撃を避けて、反撃のために再度飛び出すライラと攻を避けられ追撃に出るユウキ。プリティヴィ・マータの着地隙を狙っての攻撃だった。しかし、突然プリティヴィ・マータの全身とその周囲から強烈な冷気が吹き出した。 

 

「あれれっ?!」

 

「っ?!」

 

 ライラは神機を振り下ろしながらも、かなり無理をして冷気の届かない場所まで下がるが間に合わず、神機とそれを掴んでいた両腕が凍り付けになってしまった。

 ユウキも咄嗟に上に飛びつつ両腕の神機を下に向ける。インパルス・エッジでジャンプの勢いに加えてインパルス・エッジの衝撃で急加速する。しかしそれでも広範囲な冷却攻撃で左足が凍ってしまった。

 

「ユウキっ?!キサマァ!!」

 

 ユウキが攻撃を受けた事でシェリーは怒りを露にした。真っ直ぐにプリティヴィ・マータに向かっていく。神機の軽さを生かした神速の剣で斬りかかる。しかしプリティヴィ・マータがシェリーに向かって行った事で間合いが変わり、半端な攻撃となった。

 大したダメージも与えられず、プリティヴィ・マータは3人から一端距離を取った。

 

(…そう言えば、最近同じ姿でも原種とはだいぶ違うアラガミが現れ始めたと報告が上がっていたな…マータと同じ姿のやつは確か…『バルファ・マータ』だったか?)

 

 ユウキは着地しながらも今回の相手が何時もと違う理由を考えていたが、その理由は思いの外すぐに分かった。報告書の中には原種と同じ姿でも大きく強化された個体が現れ出したと書いてあった事を思い出していた。

 これもノヴァの残粕の影響かと考えていると、いつの間にか地面の近くまで落下していた。ユウキは着地すると、左足で勢い良く地面を踏み抜いて、足の氷を粉々に砕いて自由にする。

 

(俺のやることは変わらない…隙を見つけたら…一撃で斬り捨てる)

 

 ユウキは自由になった両足で地面を蹴り、プリティヴィ・マータ…否、バルファ・マータに一気に近づく。

 しかし、バルファ・マータは氷の槍を前面に展開し、ユウキ含め、シェリーやライラにも攻撃する。しかし何時もとは違い、1度だけではなく3連続で発射してきた。まるでショットガンの様な面攻撃だったが、ユウキはその隙間を縫って確実に前に接近する。

 

  『バンッ!!』

 

 攻撃後の隙に何処からともなく狙撃弾が飛んできた。発射したのはジャンプで上に逃げたシェリーだった。狙撃弾はバルファ・マータの肩の装飾を撃ち抜き、バルファ・マータを仰け反らせた。

 

「行きなさい!!ユウキ!!」

 

 さらにその隙をついて腕と神機が凍り付いたままのライラが接近し、上から神機を全力で振り下ろす。ライラの豪腕から繰り出された一撃でバルファ・マータは頭ごと地面に叩きつけられた。さらにその衝撃で神機と腕の氷が砕け散って自由になった。

 

「やっちゃえ主君!!」

 

 最後にユウキが左の神機を順手に持ち変えて神機を振り下ろすと、バルファ・マータは両手足と胴体に分けられ身動きが取れなくなった。

 

「…」

 

 ユウキはそんなバルファ・マータを何も感じない目で見下し、頭を踏みつけて確実に動きを止める。その後、ユウキは右の神機で捕食口を展開し、胴体に喰らい着く。

 

  『グヂュッ!!』

 

 バルファ・マータの胴体を喰い、コアを取り除く。するとすぐにバルファ・マータは霧散して消えていった。

 

「おっ疲れー。ちょこっとだけ強敵だったね」

 

「終わったわね。ユウキ、足は大丈夫?」

 

 バルファ・マータとの戦闘を労うライラだったが、シェリーは左足を凍らされたユウキの心配しかしていなかった。それを見たライラは『両腕凍らされた私の心配は?』と小さな声でひとりごちる。

 

「…次の仕事だ。お前たちは俺とは別ルートでアナグラへ向かえ。勿論、姿を消してな。決して悟られるな」

 

「あの…向かう先は同じなら、一緒に行っても…」

 

「命令だ…」

 

 ユウキは次の任務先に極東支部を指定する。そしてユウキの行き先も極東支部だ。行き先が同じならば一緒に行く方が安全だとして同行を提案する。だが、ユウキはあくまでも別ルートで行く命令を変えるつもりはないようだ。

 

「…分かりました」

 

 シェリーは命令ならば仕方ないと自分に言い聞かせる。ユウキはそのまま独りで極東支部に向かって歩き出す。シェリーとライラはその後ろ姿を眺めるしか出来なかった。

 

「今は諦めなよシェリー。私らもこうして心と実体を持った以上、『警戒すべき対象』って思われてるのは主君と繋がった時に分かってた事でしょ?」

 

「…そう、ね…」

 

 シェリーとライラはユウキの神機、そしてユウキとの適合率は100%を超えている。さらには神機とユウキの感応現象の事もあり、ユウキが神機と繋がっている時だけだが、ユウキの心を読む事など造作もない事となっていた。

 その事もあり、ユウキが実体を持ったシェリーとライラの事も警戒しているのは2人には既に分かりきっている事だった。

 

「前向きに考えようよ。警戒されてるって事は私らを『人間と同じように』見てるって事でしょ?だったらシェリーの事もいつかは…」

 

「分かってる。私たちは彼で、彼は私たち…少なくとも、私たちには彼の心の内が手に取るように分かるもの…」

 

「…そうだね」

 

 ライラはユウキが自分達を普通の人間と変わらぬ扱いをしていると言う事に希望を持とうとポジティブに考える様に促すが、シェリーもその事は分かっているようだった。

 

「行きましょう。次の仕事よ」

 

「りょーかーい!!」

 

 シェリーとライラは気持ちを切り替え、ユウキからの命令を果たすべく極東支部に向かう。2人は光の粒子になってその場から消えていった。

 

 -極東支部、神機保管庫-

 

 神機保管庫では、いつもの様に技術班が神機の整備をしていると、突然出撃用のゲートが開いた。何事かと思い、ゲートの方を見ると、行方が分からなくなったとなっていた聞いていたユウキが立っていた。

 行方不明となっていた突然ユウキが帰ってきた事にリッカを始め、技術班のスタッフは驚きを隠せないでいた。

 

「お、お帰り。無事…だったんだね」

 

「当然だ」

 

「そっか…」

 

 驚きながらもリッカはユウキの帰還には安堵した。しかし、以前と比べて変わり果て、狂暴になったユウキにビビりながらもリッカは話しかける。たが相変わらず冷めた返事しかしないユウキに、もうこれ以上話しかけても無駄だと感じて話を終わらせる。

 

「いつも通りだ。俺の神機の整備はしなくていい。後から自分でやる」

 

「…そう、分かった…」

 

 いつも通りと言えばいつも通り、自分の情報が漏れる事を警戒して神機には触るなと伝えると、ユウキはそのまま保管庫を後にする。

 相変わらず仲間のはずの自分の事も信用してないと感じて、リッカは自分の作業をしながら諦めた様に返事をした。

 

 -エントランス-

 

 多くの人が集まるエントランス…その役割上、いつも話し声が聞こえてくる場所だ。そんな喧騒の中、突然出撃ゲートが開くと、行方不明となっていた人物が現れた。当然その場に居た者達にもユウキがようやく帰ってきたところが目に入り、第一部隊の面々の目にも映る事となった。

 

「ユウ?!」

 

「帰って…来たのか…?」

 

「心配させやがって」

 

 突然の帰還に驚くアリサ、何処か複雑な表情のコウタ、ユウキの顔を見て安心したソーマ…3人が各々ユウキの帰還に反応を見せて駆け寄ってきた。

 

「無事だったなら連絡くらいしてください!!どれだけ心配したか…」

 

「邪魔だ」

 

「え…?」

 

 帰ってきたは言いが、生きていたのなら何かしら連絡が欲しかったと怒りを見せるアリサだったが、ユウキに冷たくあしらわれてショックを受けた。

 

「前を塞ぐな…ガーランド支部長に帰ってきた事を報告しに行けないだろう」

 

「あ、えぇ…そ、そう…ですね…」

 

 ガーランド支部長への報告しに行きたいのに第一部隊が前を塞いでいる。ユウキはそれを邪魔と一蹴し、道を開けさせるとそのままエレベーターに向かっていった。

 いつも通りと言えばいつも通りだが、冷たい態度のユウキに相変わらずどう対応していいか分からない3人だったが、アリサは突然何かを思い出した様にハッとした表情になった後に駆け出した。

 

「待って!!」

 

 アリサはユウキに伝える事があったと思い出して、ユウキと一緒にエレベーターに飛び乗った。しかしユウキは特に気にすることもなくガーランドが居ると思われる役員区画へのスイッチを押した。

 

「…何だ?」

 

「あの、今アナグラに新しく配属されたアーサソール…彼らには注意してください」

 

「どういう事だ?」

 

 エレベーターで役員区画に向かう間に、アリサはアーサソールとの感応現象を起こした時の違和感を報告する。しかし、肝心な事をまだ言っていなかった為、ユウキは何に気を付けろと言っているのかよく分からなかった。

 

「何と言うか…普通じゃないんです。彼らの隊長と感応現象を起こしたのですが…何も感じなかったんです」

 

「…」

 

 アリサは感応現象の時に感じた不気味な虚無感…それを聞いたユウキもどういう事かすぐに検討が付かず、考え込む様に顎に手を当てる。

 

「博士もルミコ先生も…それはおかしい、普通じゃないと言ってました。だから…気をつけて」

 

「覚えておく」

 

 アリサから聞いた話はペイラーやルミコも普通じゃないと言っていた。この状況を聞き、ユウキはアーサソールとガーランドへの警戒を強める事にしたところで、エレベーターが役員区画に到着した。扉が開くと、アリサをその場に残して、ユウキだけが降りて支部長室へと向かっていった。

 

 -支部長室-

 

 目的のガーランドの元に着くまでに何度か話しかけられる等、時間がかかってしまったが、ようやく支部長室にたどり着いた。ユウキは支部長室に入る前に呼び鈴を鳴らし、ガーランドに帰ってきた事を伝えると扉が開き、ユウキは支部長室に入っていった。

 

「よく戻って来てくれたね。神裂君」

 

 これまたユウキの突然の帰還にガーランドも驚いていたようだったが、部屋に入る時に名乗った事で多少他の面々よりは落ち着いた様子だった。

 

「いえ、本来であればすぐにでも支部と連絡を取るべきだったのですが…落ちた衝撃で通信機が壊れてしまいました。申し訳ありません」

 

「いや、君がこうして無事に戻ってきたのなら、それで構いませんよ。それで、ヨルムンガンドとの戦闘の後何があったのですか?」

 

 ヨルムンガンドとの戦いの後、ユウキに何があったのか…気になっている事を率直に聞いてみた。

 

「降りた後アラガミに追い回されていました。全滅させた頃には支部からかなり離されていたため、戻るのにはだいぶ時間がかかってしまいました」

 

「そうですか。何にしても、帰ってきたばかりで疲れてるでしょう?今日のところはゆっくり休みなさい」

 

 ペイラーからの特務でガーランドの思惑を探っていた事を知られる訳にもいかない。取り敢えずアラガミに追いかけられていたと言うことにして、話を終わらせる。その後も2言、3言程話して、今後もよろしく頼むと言うことで話が終わり、『失礼しました』と言って支部長室を出ていった。

 そしてユウキが出ていった後、ガーランドは机に肘を突いて、下を向く。そして声を殺しながら必死に笑いを堪えていた。

 

「何と言うタイミングの良さ…どうやら、勝利の女神が選んだのは私のようですね…」

 

 ガーランドの計画も後は機を見て発動させるだけと言うところまで来ていた。強いて言えば、計画をより確実なものにするため、神裂ユウキの存在が必要だったがそれもたった今帰還し、必要なものが全て揃った。

 ガーランドとしては笑いが止まらない状況だった。意気揚々としつつも冷静に、ガーランドはデスク上のスイッチを入れ、レオンに向けて通信を入れる。

 

「レオン君、すぐに準備を…強引な手でも構いません。彼をエイジスへ」

 

『はっ!!』

 

 レオンに計画の発動を指示すると、すぐに通信を切る。そして立ち上がったガーランドは義足の音を響かせながら支部長室を出る。

 

「さあ、もうじきに成就する…これ程までに強力な『兵器』…使わずに滅ぼす等愚の骨頂…『世界統一計画』の完成はもう目の前だ」

 

 ガーランドは笑いを噛み殺しながらもエレベーターに乗り、エイジスへと向かう。ようやくここまで来た…遂にガーランドの思い描く世界統一が始まろうとしていた。

 

 -ラボラトリ-

 

 リッカ、第一部隊、ガーランドと手短にとは言え、色々な人と話した事で時間を取られてしまったと考えながら、ユウキはようやく本来の目的地であるペイラーのラボにたどり着いた。

 

「…戻りました」

 

「やぁ、お疲れ様。どうだった?いつもとは違う任務形式で多少は気分を変えられたんじゃないのかい?」

 

「…そんな事より、ガーランド支部長の目論見に検討がついたので報告します」

 

 ラボに入るなり、ユウキは気だるそうに帰還の報告をする。対してペイラーは気分転換になったかと、冗談混じりに聞きながら労うが、ユウキは無駄に時間を消費したくないが為に早々に本題に入る。

 

「集めた情報からガーランド支部長の目的を推察すると…恐らく強制進化を使って究極のアラガミを作ろうとしているのではないかと…さらには感応現象を使ってそれを操り、自らの手で世界を牛耳るつもりなのでしょう」

 

「究極のアラガミを操る…か」

 

 その後、『関係していると思われる論文です』と言ってUSBメモリを渡す。ペイラーはUSBを受け取ると早速中のデータを見ていく。

 

「それから、計画については元本部長代理と連絡を取っていたようです。この計画、元々は元本部長代理の為のものだったんでしょう…でも元本部長代理はアーク計画の一件で失脚、自身をトップにすり替えて続行したってところでしょうか…」

 

 ペイラーがデータを閲覧する中、ユウキがガーランドの端末から元本部長代理との通信履歴の事を話し、憶測も交えながらガーランドが企てた計画の背景を話していく。

 

「成る程…」 

 

「それから…ガーランド支部長の計画とアーク計画に繋がりがあった可能性もあります」

 

「…と言うと?」

 

 ユウキが予想外な繋がりを示唆した事にペイラーは興味を示した。

 

「恐らく、今回の計画はアーク計画が失敗した時のサブプランだったのかと…ヨハネス前支部長がアナグラに新型を集め、エイジスに資材を持ち込んでいたのは、アーク計画が失敗した時にこの計画に引き渡す為でもあったんでしょう」

 

 かつてリンドウが新型を極東支部に集めている様に感じると言った情報、ヨハネスがエイジス建設の為に特務で集めていた資材を更に横流ししていた事を思い出し、その時の過剰な人員や資材はガーランドの計画の為だったのではないのかと考えた。

 しかし、ヨハネスがそんな計画に乗るとは考えにくかったため、『元本部長代理の指示かも知れませんが』と最後に付け足した。

 

「根本的な解決に拘っていたヨハネス前支部長としても、アラガミを兵器として利用する事では何ら解決しないとこの計画は良しとはしないはず…結果的に後に引ける理由も失くなり、アーク計画完遂に向けて突き進むしかなくなったんだと思います」

 

 最後に『憶測の域を出ませんが…』と言うと、ペイラーは納得した様に静かに頷いた。

 

「確かに…ヨハンならこの計画に賛同しないだろうね。そう言う意味でも、アーク計画を完遂させるしかなかった訳か…」

 

 かつてヨハネスが強行したアーク計画…数多の犠牲を強いた事で後戻り出来なくなり、計画完遂に向けて突き進んだ。しかし、その裏にユウキの予測通りの背景があったとしたら、計画の失敗はガーランドの企む独裁計画の発動を意味する。そう言う意味でもヨハネスは引き下がる訳にはいかなかったのだろう。

 

「ふむ…これは…」

 

「何か?」

 

 ユウキと話しながら幾つかの論文をざっくりと読んでいたペイラーは意味深に小さな声を漏らすと、ユウキも何か分かったのかと思い声をかける。

 

「これらの論文、研究者である私でも知らないものがいくつもあるね」

 

「?…博士でも読めない論文があるんですか?」

 

 ペイラーは論文データを読んでいくうちに、今までに見たこともない実験の論文やレポートが数多く目についた。それを聞いたユウキはフェンリル創設に関わったペイラーでも閲覧規制を受けている論文があることに驚いていた。

 

「私はフェンリルにとって扱いに困る存在だからね。あまり大きな権限は与えられていないんだよ」

 

 『支部長代理を勤めた時もね』と続けたが、何故フェンリルの技術者でもトップクラスの頭脳と実績のあるペイラーがフェンリルから腫れ物扱いされているのか…そのまま理由が分からず、ユウキは怪訝そうな顔をしていた。

 

「時にユウキ君…君は何故新型神機使いが感応現象を起こせるのか、考えた事はあるかい?」

 

 しかしキーボードを叩き続けるペイラーが話題を変えたため、この事についてはこれ以上の事は聞かなかった。

 

「…さぁ…」

 

「新型の感応現象は新型用P53偏食因子の副産物と言われているんだ。でもその技術は事実上フェンリル本部が独占管理していて、適合者の条件を含め多くの謎に包まれている…そのメカニズムが詳細に書かれたデータがこのレポートや論文…要は本部の機密事項さ」

 

「…何が言いたいんです?」

 

 はぐらかす様な言い方をするペイラーだったが、『多分シオの時と同じパターンだろうな』とユウキの心の内では何が言いたいのか予想はついていた。

 

「ここから先の仕事は、フェンリルの闇に触れる事になるだろう。これからも協力してくれるなら、『共犯』となる覚悟を決めてほしい」

 

「別に構いませんよ…誰が相手でも関係ない、フェンリルも敵になるなら滅ぼすだけだ」

 

 案の定、シオを匿った時と同じ様にフェンリルの意に背く意味で『共犯』と言う言葉を使ってきた。ただあの時とは違い、半ば騙される形ではなく、自らの意思でペイラーに協力する事が前提となっている。ペイラーもキーボードを叩くのを止めて、ユウキと向き合う辺り、1度真剣に考えて欲しいのだろう。

 しかし手を出してくるならばフェンリルも敵だと、ユウキは迷いも無しにフェンリルに肩入れする事はないと断言する。

 

「それよりも、博士でも閲覧規制のかかる論文があることに驚きましたね。貴方程の科学者なら、あらゆる論文へのアクセスは当然できるものだと思っていたんですがね」

 

「…さっきも言ったけど、私はフェンリルにとって目の上のたんこぶだ。偏食因子を実用化した技術が組織ではなく、一個人から作り出されたなんて知れたらフェンリルのメンツは丸潰れだ。だから私を囲い込み、全てフェンリルの実績にしようと考えたのだよ」

 

 アラガミからの防衛手段、対抗手段を未だ模索していた中、フェンリル主導のマーナガルム計画で起きた事故によって大惨事となった。そしてその事故からたった1人、無傷とはいかなかったが生還したヨハネス…そのきっかけとなったのがフェンリルに属さない1人の科学者の発明だと世間に知れたら、人類をアラガミの驚異から救うと謳った大企業よりも個人の技術力の方が信用出来ると思われる。そんな事になれば他の企業を出し抜き、巨万の富を築く事も出来ないどころか文字通りフェンリルの信用は地に落ちて再起不能になってしまう。

 上層部としてはそれだけは避けたかったため、あらゆる手を使ってペイラーを再びフェンリルに引き入れたのだった。

 

「結果、フェンリルはこんな時代にも関わらず大きく成長し、一大企業として不動の地位を築き上げた。当然、上層部はそれに相応しい、安全で裕福な生活を手に入れる事となった訳だ」

 

 ペイラーを引き入れた目論見は見事成功、偏食因子の技術を独占し、唯一アラガミに対抗手段を持つ企業となった。すると、旧時代で名を馳せた財閥や世界レベルの大企業等の重鎮達はフェンリルから安全を金で買う様になり、最終的に合併、吸収を繰り返し、他の企業、果てには国家権力さえも問題にならない程の権力を世界規模で持つようになった。

 しかし、その一方で自身を守る手段を持てない大多数の一般人はアラガミに滅ぼされる現状を利用し、安全を保証する代わりに多大な税金を徴収する…特に自分達が戦う訳でも、研究する訳でもなく、ましてやフェンリルを経営をする訳でもないのに安全な場所でふんぞり返って私腹を肥やすと言う、金の力を持つ者が生き残る時代となっていた。

 ペイラーが語ったフェンリルが巨大化した経緯を聞くと、ユウキ本人は心がざわつくような感覚を覚えた。だがすぐにどうでも良くなったのか、その感情の正体については知ろうともしなかった。

 

「…高みの見物か…良い御身分だな…」

 

「最前線の支部や外部居住区の生活を鼻で嗤う様な連中だからね…既得権益の中毒になった者はその歪んだ権利を守る為に保身に走る…世間体を気にするのもその1つだ。不正、汚職、倫理観の欠場…そんな小さな綻びが露呈した事で自分達の足場が崩れていく事を良く知っている。だからこそそれらを隠す為に必死に隠蔽しているのさ」

 

 ペイラー自身もそう言った場面を何度か見てきたのだろう、愁いを帯びた表情でため息をつく。

 今でこそフェンリル側にも偏食因子の研究、改良する上でのノウハウはあるが、実用化当初はアラガミの進化に対抗するため、人体投与や神機の制御等、ペイラー独自の技術を解析しながら急ピッチで改良していた。そのため実験の失敗も多くあり、その中には人類救済の大義を掲げた非倫理的な実験も数多く含まれていた。

 そんなものが外に知られればフェンリルへの不満や鬱憤を爆発させて暴動を起こさせかねない。ただでさえ高い税金を払い、生活が逼迫していると言うのに、それでも安全は保証されないどころか、ここ最近では頻繁に外部居住区が襲われている。そんな状態でこれらの実験が明るみに出れば、最悪数の暴力によって民間人から私刑に処されるだろう。この現状フェンリルの重鎮達をより一層保身に走らせていた。

 

「これらの論文もその1つ…恐らくは非人道的な実験の果てに出来上がったものなのだろうね。要するに、フェンリルが表に出したくない『闇』って訳さ…そう、RV計画の様なね…」

 

 ペイラーの様な超が付く程の有能な研究者がアクセス出来ない論文…ペイラーの権限が制限されているのはペイラー側にも問題はあるのだが、一番の理由は外に知られる訳にはいかないからだろう。

 今のオラクル関係の技術も、多大な犠牲を強いた事で得られたものだ。そんな研究の内容を想像するのは然程難しい事でもないだろう。暗にペイラーはフェンリルの非倫理的な実験が数多く行われていた事を伝える。

 その後、かつてP16偏食因子の事を調べた際、ユウキが関わっていたであろう研究も同様のものだと仄めかしつつ、ペイラーは再び画面と向き合い、キーボードを叩き始めた。しかしその研究の名を聞くと、ユウキの目付きが鋭く変わった。

 

「…何処まで知っている?」

 

「名前とP16偏食因子を使った計画と言うことしか分からなかったよ。何にしてもろくなものではないだろうね」

 

「…」

 

 ユウキは低い声で威圧しながら探りを入れるが、ペイラーも名前しか知らないとの事だった。

 その後威嚇を止め、報告を終えたユウキは『何か分かったら教えてください』と言って、ユウキはペイラーのラボを去っていた。

 

 -自室-

 

 ユウキは色々と用事を済ませた後、自室に戻って来るとソファーに座って始末書を書き始める。内容は何て事のない、すぐに生存報告をしなかった事への謝罪と反省点を書いていくだけだ。ただそれを仰々しく、かつ堅苦しい言葉で書き連ねていく。

 正直面倒なだけで中身のない始末書を書きながら、ユウキの頭は別の事を考えていた。

 

(ガーランドの計画…仮に推理通りだとしたら…足りないものがあるはずだが…)

 

 ここまでガーランドの計画に関わっていそうな情報を一頻り揃えたはずだった。究極のアラガミ、それを操るアーサソール、その為の感応現象の解析…しかし、得られた情報を繋ぎ合わせるとそもそもの前提として、1つ足りてない情報がある。ユウキ自身、それについてはペイラーと話していくうちに気が付いたものだが、その問題の解決方法については未だ情報が出ていない。

 

(アーサソールが感応現象で究極のアラガミが操れるとして…アーサソールが素直にそれに従うか…?)

 

 アラガミを操る方法は分かった。だが、それらをどうやって実行させるのか…そこが分からない。計画を完遂させるには裏切り者を出す訳にはいかない。

 ガーランドとてここまで手をかけた計画を棒に振るなんて事はしないだろう。何かしらの対策を取っているのは間違いないはず。感応現象で新型神機使いを操れる可能性を示唆している事から、恐らく洗脳の類いで対策しているのだろう。しかし、ガーランド自身には感応能力はない。そうなるとどんな方法で感応現象を利用しているのか検討が付かない。

 

(アリサが言っていたアーサソールとの感応現象…ここにその足りないものがある気がするんだが…)

 

 どうやってアーサソールを確実に支配しているのか…その糸口がアリサの言っていた虚無感しか感じない感応現象にあると考えるが、ユウキはアーサソールとはまだ接触すらしていない。まずは彼らと接触する事から始めようかと考え、ユウキは立ち上がる。

 

  『ドガアァァアンッ!!!!』

 

 突然外から爆音が鳴り響き、部屋の電気が消え、非常電源に切り替わる。しかし、ユウキは特に気にした様子もなく、扉に向かって歩いていく。そして扉の前まで来ると、独りでに扉が開いた。

 

  『ドゴォッ!!』

 

 扉が開いた瞬間、ユウキは扉の向こうに蹴りを入れる。その先には黒いバイザーを着けた神機使い…アーサソールの隊員が5人居て、その内の1人を蹴り飛ばした。

 人の体が弾丸の飛んでいき、突き当たりのエレベーターまで飛んでいく間に、今度は別の隊員2人がユウキを拘束しようと左右から飛びかかる。ユウキは左に一歩前に出て掴みかかるタイミングをずらし、下から上に半弧を描く起動で左肘を出して人中目掛けて撃ち込む。そして右から接近してくるアーサソールにはすぐさま右のジャブを鼻頭に叩き込み、間髪入れずに右からの回し蹴りを入れて薙ぎ倒す。

 攻撃を受けたアーサソールは怯んだが追撃は収まることはなかった。今度は2人が一列になってユウキに飛びかかる。対してユウキは回し蹴りの時の勢いを殺さずに相手に背を向けた瞬間、自室に向かって地を蹴った。

 一瞬で部屋に戻ってテーブルに手を突くと、そこを軸にしながら勢いよく倒立する。その時、ユウキを捕らえようとしていたアーサソールの顎に勢いの付いた踵落としならぬ踵蹴り上げで隊員の顎を蹴り抜いた。

 すると今度は後ろにいた隊員が左に逸れて蹴られた隊員を躱すと、一気にユウキに接近して捕らえようとしてくる。対してユウキは捻りを加えながら腕をバネにして上に跳び空中で体を回転させて、隊員の拘束を回避しつつ向きを変える。そして足を思いっきり下へと振り、体勢を戻しながら最後の隊員の背中に抉り込む様な蹴りを入れる。

 これで攻め込んできた全ての敵に隙を作った。ここから一気にとどめを刺そうと右手で拳を作る。

 

「動くな!!」

 

 しかし、何者かの声でとどめは阻まれる事となった。

 

「動くとこの男の命はないぞ?」

 

「あわわわ…ご、ごめんよユウキ君…」

 

 そこにはアーサソール隊長のレオンに拘束され、首元にナイフを突き立てられたペイラーが居た。それを見たユウキはゆっくりとアーサソールから離れる。するとさっきまで痛みで悶えていたアーサソール達が何事もなかった様に立ち上がり、ユウキに手錠を掛けて拘束する。

 ただし、ユウキに付けられたものは一般的な手錠とは違うものだった。まるで極悪な囚人を捕らえる時に使う様な太い鎖で繋がれ、分厚い鉄板で作られていて、手錠と言うよりは手枷だった。ご丁寧に工具まで持ち出して手枷をボルトでしっかりと留め、ユウキが抵抗出来ない様にした。

 

「随分とゴツい枷だな…」

 

「相手が相手なのでね…相応の物を用意させてもらった」

 

 『連れていけ』とレオンが指示を出すと、アーサソールはペイラーとユウキを連れてエイジスに向かった。

 

To be continued

 




あとがき
 相変わらず態度がクソ悪いうちの子です。それはそうと、ようやっとフェンリルの闇の一端に触れつつも、ガーランド様の計画が動き出します。そしてその計画に利用するため、うちの子を捕まえるガーランド様…こいついっつも捕まってんな。
 それから次回はリアルの都合で更新が大きく遅れそうです。
 あとバルファ・マータ、お前は許さん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission108 襲撃

ぬわああああん疲れたもおおおおん


 -極東支部-

 

 極東支部に異変が起きたすぐ後、外部居住区にアラガミが侵入した事を知らせる警報が鳴り響いた。

 自分達の所属する支部に起きた異変を理解するよりも先に外部居住区が攻撃され、極東支部はまるで蜂の巣をつついた様な大騒ぎとなっていた。

 

「おいッ!!外部居住区が攻撃されてるのか?!」

 

「どうなってんだ!!何で支部長からなんの指示もないんだよ?!」

 

「アーサソールは何処だ?!俺達は何処を守れば良いんだよ?!」

 

 誰もが状況を飲み込めず、何が起きているのか分からないため情報を求めてカウンターに居るヒバリの元に集まってくる。

 

「そ、それが…アーサソールに出撃命令が出てないどころか所在が分からないんです!!それに支部長や博士とも連絡が取れなくて…」

 

 しかし当のヒバリも何の予兆も無かった襲撃に戸惑いを見せていた。しかもこの直前には全部隊に理由もなく待機命令が出され、どう言うことなのかとガーランドに問いただそうと連絡を取ったが繋がらず、詳細が確認出来なかった事が余計に事態を混乱させていた。

 すると突然エントランスのモニターを始め、全ての画面に一瞬のノイズが走る。

 

『ごきげんよう、全世界の諸君。これより、人類史上最高の吉報をお届けします』

 

「ガーランド支部長?!」

 

 突然の事態に騒ぎになっている中、エントランスのモニターにはガーランドがが映し出され、極東支部は更なる混乱を見せていた。そしてこの場に居る者は知りようもなかったが、この放送はエントランスだけではなく、支部内全て、それからフェンリルが敷いた通信網を使って外部居住区や海外にも発信されていた。

 

『世界を捕食するアラガミが現れてから数十年…我々は貴重な自然や遺産、それから家族、友人、そして国を奪われ続ける苦しみに耐えてきました。しかし、その忍び難き日々に終止符が打たれる時が来たのです』

 

「な、何だよこの放送?!」

 

「ダメです!!全ての回線がジャックされています!!」

 

 ガーランドが言う吉報とは、アラガミに全てを奪われ、怯えて生きる生活が遂に終わると言うものだった。しかし、時代が変わると宣言するガーランドの様子は極東支部に赴任してきた時と同じ様に、熱意を感じる言動に対して目付き冷たいものだった。

 放送を止めようと試みるが、既に放送に使われる電波網は掌握されていて対処が出来ない状態だった。そしてガーランドの言う吉報はアラガミの恐怖からの解放と言うが、外部居住区の惨事とは相反する状況になっていて、ますます極東支部は混乱する。

 

『我々は独自の研究の末、新型ゴッドイーターの感応能力を利用してアラガミを管理、操作する事に成功しました。荒ぶる神々はもはや人類の脅威ではなくなろうとしています。極東支部の居住区を見ていただければお分かりになるでしょう。今やアラガミは究極の兵器になり得る存在です。そしてその神さえも従えるこの私、ガーランド・シックザールの元に、世界は統一される時が来たのです』

 

 アラガミ達を操る研究が成功した事を告げると、画面がガーランドから切り替わり、数人のアーサソール隊が映し出される。その画面に映る背景からして屋外、しかも多数のアラガミ達に囲まれ、ジワジワと距離を詰めて今にも襲われそうになっている。

 しかしアーサソールがアラガミ達に手を翳すと、途端に全てのアラガミ達は大人しくなる。そして今度はアーサソール達が全員同じ方向に指を差すと、アラガミ達もその方を向いて走り出した。

 それにしても釣られてカメラも同じ方を向くと、そこには防壁を破られ、既に多くの黒煙が立ち上っている極東支部の外部居住区が映った。

 

『フェンリル本部、ならびに各支部の皆さんに告ぐ。直ちに全ての権限を放棄し、私の元に付きなさい。そうすれば身の安全と私の統治の元、恒久的な和平を保証しましょう。そして私に逆らう愚か者にはやがて誕生する最強の神(フェンリル)から怒りの鉄槌が下されるでしょう』

 

 再びガーランドがモニターに映される。自分の支配を受け入れるならばアラガミの脅威から救ってやる。しかしそうでない者には制裁を加えて従わせるか、最悪命を奪ってでも分からせる。この極東支部の襲撃は謂わば逆らう者はこうなると言うデモンストレーション…ガーランドが世界を支配するための贄として使われている事は映像を見ている者達には察することができた。

 

『それでは全世界の諸君、良い返事を期待しています』

 

 ガーランドの映像を介し、演説の様なフェンリルへの宣戦布告が終わると、モニターはプッツリと消え、真っ暗なものに変わった。

 当然その場に居た者は何を言っているのか理解が追い付かなかったが、この事態を介した引き起こしたのはガーランドだと言うことは分かった。しかしその事実は神機使い達を余計に混乱させる原因にもなった。

 

「なん、だよ…?今のは…?」

 

「じゃあ、居住区を襲ってるのは…ガーランド支部長だってのか?!」

 

「訳わかんねぇ?!どうなってんだ?!」

 

 先の映像に映っていた景色が本当に極東支部ならば、この状況を作り出したのはガーランド自身と言うことになる。まさかトップが所属する支部を見せしめの為に攻撃するなどとは考えが及ぶ筈もなく、誰もがどうすればいいか分からなくなっていた。

 

「何で…こんな…」

 

「アラガミを操って世界中の人間を服従させようってか…?ふざけやがって!!」

 

「ノ、ノゾミ…母さん!!」

 

 アリサは自らの野心の為に平然と大勢の人を殺められるガーランドの奇行を信じられずに困惑し、ソーマは傲慢極まるガーランドの計画に吐き気を催す程に嫌悪する。そしてコウタは今の状況に絶望しながらもノゾミとカエデの無事を信じ、待機命令を無視して外部居住区に向かおうとする。

 

  『ゴァァアッ!!!!』

 

 しかし突然出撃ゲートを突き破り、雄叫びを上げながら小型アラガミが複数侵入してきた。

 

「オ、オウガテイル?!」

 

「何でアナグラん中に?!」

 

  侵入してきたザイゴートとその堕天種達は極東支部の内部へ散っていき、オウガテイルは次々とエントランスの設備を破壊すべく暴れまわる。流石に神機使いでも神機を持っていない状態では戦えない。ただひたすら神機使いや支部のスタッフ達は瞬く間にパニックを起こして逃げ惑う。

 

「狼狽えるな!!」

 

 突然極東支部内に現れたアラガミに神機使いを初め、極東支部のスタッフが慌ててパニック状態となる中、凛とした声が響き渡る。

 その後、白い影が躍り出て、壊された施設から飛び出た鉄骨を掴んで引き抜きながら白い影はオウガテイルに飛びかかる。

 

「哈ッ!!!!」

 

 声の主はツバキだった。彼女は掴んだ鉄骨を侵入してきたオウガテイルの装甲が薄い頭に突き刺し、貫通した鉄骨はそのまま床にまで突き刺さった。

 オラクル細胞の塊であるアラガミを倒すことは出来ないが、これで足止めはできる。その間にツバキはヒバリを押し退ける様に放送機器の前に立ってスイッチを入れる。

 

「アナグラの全職員に通達!!これよりアナグラの指揮権は一時的に私が預かる!!

第二、第三部隊は外部居住区でアラガミの掃討!!第四、第五部隊はアナグラの防衛!!第六部隊は住民をシェルターに避難させろ!!600秒後に隔壁を作動させる!!非戦闘員はそれまでに避難しろ!!」

 

 流石は数々の激戦を潜り抜けてきた経験の持ち主だ。ツバキは迷う事無く次々と各部隊に指示を出す。

 そしてツバキは極東支部の切り札である第一部隊に指示を出そうとするが、その場にユウキがいない事に気が付いた。

 

「ユウキはどうした?!」

 

「わ、分かりません。アナグラに帰ってきたのは確認しているのですが…この騒ぎに気付かないなんて何かあったんじゃないかと…」

 

 この場に帰ってきたはずのユウキがいない。ここ最近の様子から、自分に危害を加える可能性があるなら真っ先に前に出て来るはすだ。しかも相手が人間ではなくアラガミならば、尚更容赦なく敵を討ちに来るだろう。

 しかし実際にはこの騒ぎに気づいた様な素振りも見せない辺り、本当に何処で何をしているのか検討も付かない状態だった。

 

「チッ!!ヒバリ!!ユウキの反応を追え!!」

 

「は、はい!!」

 

 ツバキの怒号の様な指示でヒバリが端末のキーボードを叩き、ユウキの腕輪の反応を探し始める。すると思いの外あっさりと反応が見つかった。

 

「反応…キャッチしました!!エイジスです!!それにこれは…」

 

「どうした?」

 

「アーサソール隊もほぼ全員居ます!!それに榊博士の端末反応も!!」

 

 ヒバリが反応を掴んだ場所はエイジスだった。しかもその横にはペイラーの端末の反応もある。それを取り囲む様にアーサソール隊の腕輪の反応がある辺り、ユウキとペイラーはアーサソールに拘束されているのではないかと、その場に居た者は考えた。

 

「ツバキさん!!」

 

「第一部隊はエイジスに向かえ!!アーサソールが集まっているならガーランドもそこに居る可能性が高い!!奴の企みを阻止しろ!!」

 

「…分かりました。行きましょう!!」

 

「了解!!」

 

 ユウキはエイジスに居る。それを知ったアリサとソーマは即出撃の体勢に入る。

 

「けどそれじゃあノゾミと母さんがっ!!」

 

 しかしコウタには守るべき家族がいる。安否が分からず、どうなったのかが気がかりだ。身を守る術を持たない家族とその身一つでも戦える同僚では家族を優勢したいと思うのも当然だ。今にも飛び出そうとするコウタにツバキは待ったをかける。

 

「大丈夫だ。先程お前の母上と妹は無事にシェルターに避難したようだ」

 

 そう言ってツバキは自分の端末の画面をコウタに見せる。そこには無事にシェルターに避難出来た事を知らせる通知が来ていた。ツバキは予め神機使いの親族が外部居住区に居る場合、シェルターに逃げた際に通知が来る仕掛けをした腕輪を持たせてあったのだ。

 

「ご家族の事は心配しなくてもいい。安心して戦ってこい」

 

「はいっ!!」

 

 これで第一部隊の目的ははっきりした。その際の心配事もなくなった事で、迷うことなく自らの神機とユウキの神機を持ってエイジスへと向かった。

 

 -神機保管庫-

 

 極東支部が襲撃を受けた後、技術班の面々で使用者のいない神機のロック作業をしていた。以前と違い、複数人での作業で極力時間を短くした事で、襲撃から然程時間をかけずに作業が終了しつつあった。

 

「リッカさん早く!!またアラガミが来ますよ!!」

 

「分かってる!!この子達のロックだけでも…!!」

 

 そんな中、残り数台の神機のロックをしていたリッカに、作業を終えた技術班のスタッフが逃げるように伝える。だがもう少しでロックが終わることもあり、リッカは作業を優先させてその場に残った。

 

  『ガァンッ!!』

 

「オウガテイル!!」

 

 しかし、残り数工程というところでオウガテイルが侵入してきた。完全に逃げ遅れてしまい、身動き出来なくなったリッカにオウガテイルが襲いかかる。

 

  『ブシュッ!!』

 

「…え?」

 

 もうダメだと思い、思わず目を瞑る。しかし、血の吹き出す音が聞こえてきたと思えば、いつまで経っても痛みが襲ってくる気配はなかった。

 

「死ん…でる…?」

 

 恐る恐る目を開けると、そこには真っ二つに切り裂かれたオウガテイルが血を流して倒れていた。

 

「誰が…?」

 

 この場には神機使いはいないはずだ。一体誰がオウガテイルを倒したのかと考えていたが、今は避難が先だということを思いだし、すぐにシェルターへと避難した。

 

 -エントランス-

 

 神機使い達が出撃して以降、エントランスを含めて多くのフロアに小型種が侵入して、極東支部を荒らし始めた。極東支部に残った神機使いがアラガミ排除のために戦う中、ツバキもそこら辺に落ちていた建材用の鉄骨を片手に戦っていた。それも、戦況分析とオペレート、それからツバキが指示を出す為の情報整理を担当するヒバリを守る為であり、ツバキは鉄骨を振り回してヒバリからアラガミを遠ざけている。

 

「クッ!!内装が入り組んでいる上に重要機材があっては戦いにくいか…!!」

 

 エントランスを守る他の神機使い達も、重要な設備に攻撃を当てない様に戦うのは難しいらしく、数は減っているものの防戦一方という状態だった。

 

「多少備品や機材が破損しても構わん!!アラガミの排除を優先しろ!!」

 

 このままいずれ劣勢になると考えたツバキは施設と戦力を秤にかけ、戦力を取って指示を出す。

 それを聞いた神機使い達は設備を守る様な戦い方からアラガミを倒す事を優先した戦い方にシフトした。そのお陰か、すぐに態勢は立て直され、アラガミの数は減ってきていた。そんな中、勢いを取り戻しつつ神機使い達から逃れてきたオウガテイルがツバキの元に向かってきていた。

 

「チィッ!!」

 

  『ザシュッ!!』

 

 対応が遅れた。そう思い焦りを感じながらも鉄骨を振ろうとした頃には、オウガテイルは後ろに居た何者かによって切り裂かれる。そこにはツバキ達も知らない金髪長身の女性、それから10歳前半と思われる少女…シェリーとライラが立っていた。

 

「お前達…何者だ?」

 

「私たちは敵ではありません。今のところは…ですが」

 

 当然ツバキは警戒するが、シェリーが自らを味方と称した事で一瞬警戒心を緩めたが、最後の挑発的な一言でツバキは一気に警戒心を強めた。

 

「…信用できるとでも?」

 

「神裂ユウキの意思に従う者…と言えば、多少は信用してもらえますか?」

 

 ここで何故ユウキの名が出てきたのかと驚きはしたものの、ユウキの息のかかった人物と言う事でツバキは少し警戒を緩める。

 

「主君の命令だよ。ここを守れってね」

 

「…分かった。信じよう」

 

 現状、問題行動を起こしはするものの、明確に敵対してはいない。そのユウキが極東支部を守れと命じ、それに従っているならば戦力としても十分期待できる。ツバキはシェリーの言うことを信じて、ライラと共に防衛戦の戦力に加える事にした。

 

「なら私達はこのまま支部の防衛に加わるわ」

 

「良いだろう。ヒバリ、状況は?」

 

「神機保管庫のアラガミは大多数を駆逐、出撃ゲート付近にもアラガミは居ません。現在はここと各フロアに侵入したアラガミの対応中です。どうやら博士のラボや役員区画に集中している様です。恐らく機密情報や研究設備の破壊が目的ではないかと思います」

 

 ツバキの同意を得られたので、シェリーとライラは極東支部の防衛に加わる事になった。ツバキが状況確認を求めると、ヒバリはキーボードを叩いて情報を集める。

 アラガミの反応から、狙いはペイラーの研究室や支部長室等に記録されている研究データではないかと考える。それを聞いたツバキは2人の配置を高速でシミュレートして、何処に配置するのがベストかを考える。

 

「聞いての通りだ。お前達には博士のラボに向かってもらう」

 

「はーい!!」

 

「分かりました」

 

 ガーランドがラボを狙うのは、万が一が起きたための対抗手段を潰す意味合いがあったのではないかとツバキは読んだ。ペイラーの頭脳は味方であれば心強いが敵であれば厄介な事この上ないはずだ。今ペイラーがエイジスに連れていかれたのもそれが理由の1つだろう。しかし、ペイラーの傍には極東支部最強戦力のユウキもいる事からもペイラーが生きて帰って来る事も十分にあり得る。

 そこでこの戦いが長期化した時の事を考え、対抗手段を守る意味でもシェリーとライラを研究室へと送り込む。それを了承したシェリーとライラは普段は閉ざされている非常階段を使って地下へと進んでいく。

 

 -ラボラトリ-

 

 シェリーとライラがツバキの指示通りにペイラーの研究室に来ると、既に神機使いが3人、アラガミは神機使い1人に対して3、4体という状態で戦っていた。ただでさえ狭い通路で戦いにくいのに複数体を相手にするのでは苦戦するのは当然の事だった。

 

「クソッ!!こんな狭い通路じゃマトモに戦えない!!」

 

「増援に来たよー」

 

「あぁ?!誰だお前ら?!女子供が何しに来たんだよ?!」

 

「あんだと?!」

 

 ライラが増援に来たことを伝えるが、この非常事態で防戦一方な状況ではまともな思考ができない状態だった。知らない人間ということもあり、神機使いとは思わず暴言に近い言葉で迎える。当然ライラも頭に来て暴言で返した。

 

『おいっ!!誰か来たんなら役員区画にアラガミが侵入してるんだぞ!!こっちの応援に来いよ!!』

 

「博士のラボも襲われてるんだぞ?!行けるわけないだろ!!」

 

 どうやらシェリーとライラが到着した事は通信で他フロアに伝わっているようだった。しかし全員余裕がないのか、増員を自分の所にまわせと荒い口調で喧嘩を始めた。

 

『ベテラン区画にもアラガミが来て…クッ!!狭くて戦いにくい!!誰か回り込めないのか?!』

 

『新人区画は片付いた!!次は?!』

 

「ラボに来てくれ!!」

 

『何を言ってる!!役員区画だろ!!』

 

「こっちには博士の研究データがあるんだぞ?!」

 

『こっちにも機密情報があるんだぞ!!』

 

 手が空いたものが居ると自分の元に来いと喧嘩をを始める。統制が取れずに現場は混乱を極めていた。

 

「上から指示が来ないぞ?!どっちに行けばいいんだよ?!」

 

 どうやらツバキからの指示はここには届いてないようだ。いつもなら近くにコクーンメイデンが居て、ジャミングを受けているのだと想像できそうなものだが、この非常事態に冷静な判断ができないでいるようだった。

 

  『ズガァンッ!!』

 

「ビービーうるせぇんだよっ!!!!」

 

 突然神機使いの1人を襲っていたオウガテイルが通路の奥に吹っ飛んだ。その理由はすぐに分かった。ライラが辺りの設備が破壊されることを気にすることなく巨大なバスターブレードを振ったからだ。

 さらに暴言を吐かれた後で頭に来ていたことと、情報1つが来ないだけで混乱を極め、統制がとれなくなる等あまりの体たらくっぷりを見ていたライラが遂にキレた。

 

「細けぇ指示がねぇと動けねぇのか木偶の坊ども!!テメェらのその頭は飾りかぁ?!」

 

 苦戦する、指示が来ないという理由でまともに戦えなくなる神機使い達の姿を見てしびれを切らしたライラが狭い通路を破壊しながら次々とアラガミを倒していく。

 

「喚いて足引っ張るだけなら隅っこに固まってろ短○ども!!邪魔するならお前ら全員アラガミの餌にすっぞゴラァ!!」

 

「…はぁ」

 

 口汚く罵って神機使い達に邪魔だと言って下げさせる。そしてキレたライラを見たシェリーはしばらくは荒れそうだと思いながらため息をついて残りのアラガミを倒していった。

 

 -外部居住区-

 

 ガーランドの手によって襲撃された外部居住区はあらゆる施設が破壊されて瓦礫に山が出来上がった状況で、既に多数の火の手が上がり黒煙が立ち上っていた。当然、外部居住区の住人は混乱しながらも自主的にシェルターへと逃げ込んでいた。しかし、それでも多くの人が逃げ切れずにアラガミに喰われ、建物の崩壊に巻き込まれて命を落としていた。

 そんな中、赤と黄色のヴァジュラテイルから逃げる親子に2体のアラガミが襲いかかる。

 

  『バンッ!!』

 

 しかし青い狙撃弾が赤いヴァジュラテイルの側頭部を撃ち抜き、赤黒いチェーンソーの様な腕が黄色のヴァジュラテイルを切り捨てる。

 

「早く逃げろ!!」

 

「3番シェルターがまだ空いてるわ!!急いで!!」

 

 アラガミを倒したのはリンドウとサクヤだった。ユウキと別れた後、2人は外部居住区に潜伏していたのだが、このような事態になった為に一足先に防衛戦を開始していた。

 民間人に避難先の情報を伝えると、襲われていた親子はサクヤの指示通りのシェルターに避難した。その間もリンドウとサクヤはアラガミ達の相手をしているが、2人だけではアラガミの侵攻を防ぐことはできず、次々と施設を破壊されていく。

 

「統制されたアラガミってのは思ったより厄介だな…どうあっても守りの薄いところを突かれてしまう」

 

「私達2人だけじゃ守りきれない…!!」

 

 2人ではどうしてもアラガミを相手にするにしても手が足りない。自身の力不足を悔やみながらも次々とアラガミを倒していく。そんな中、小さな少女が独りでザイゴートの群れに追われているのが目についた。

 

「クッソォ!!」

 

 リンドウは少女に向かって駆け出す。

 

  『バスッ!!』

 

 先頭のザイゴートを切り裂いてリンドウが少女とアラガミの間に割ってはいる。

 

「当たれっ!!」

 

 次いでサクヤが数体のザイゴートを纏めて撃ち抜く。突然の乱入者と横からの攻撃に、ザイゴートは動きを止める。その隙にリンドウが右腕を横凪ぎに振り、残った敵を一掃する。

 少女の周辺にアラガミがいない事を確認すると、リンドウが少女に話しかける。

 

「もう大丈夫だ。走れるか?」

 

 余程の緊張状態だったのか、リンドウの問いかけに言葉で答えるのではなく、激しく首を上下に振って走ることができる事を伝える。

 

「よし、ならあっちにシェルターの入り口が見えるか?俺が一緒に行くから、走ってあそこに逃げるぞ。いいな?」

 

 リンドウが指差す方向にはアラガミの襲撃に備えるためのシェルター、その入り口が見えていた。

 少女は勢いよく首を縦に振る。するとリンドウは少女を抱えて、シェルターへと逃げる為に走り出す。

 

  『グォォオッ!!』

 

「リンドウッ!!」

 

 しかし後ろからコンゴウが転がりながら急速に接近してくる。コンゴウの追撃に気がついたサクヤがすぐにコンゴウに銃口を向けるが、それよりも先にコンゴウが体を丸めてリンドウと少女に向かって転がり始める。

 リンドウなら大丈夫と目を離した事が完全に裏目に出た。既に照準が狂ってしまった事で支援が遅れ、少女を抱えたリンドウに攻撃が当たることがほぼ確定していた。一か八か、リンドウは少女を抱えたまま反撃しようと右腕を構える。

 

  『ダァンッ!!』

 

 しかし、突然コンゴウの横から爆発が起き、その衝撃で飛ばされて倒れた。そして爆発のした方を見ると、そこには見覚えのある人物が瓦礫の上で銃口を向けていた。

 

「お待たせしました!!」

 

「カノン?!」

 

 『グォォオッ!!』

 

 爆発を引き起こしたのはカノンだった。予想してなかった増援にサクヤは思わず驚きの声をあげる。しかしその間にサクヤの後ろからシユウが接近してきた。両翼手でサクヤを叩き潰そうと振りかぶる。だが次の瞬間には狙撃弾がシユウの頭部を撃ち抜き、続けざまに発射された狙撃弾が胴体を貫いてコアを破壊する。

 

「油断大敵よ」

 

「ジーナ!!」

 

 声が聞こえた方を見るとジーナが神機を構えていた。続けざまに増援が来る中、コンゴウが起き上がりリンドウへの反撃を試みた。だが右腕を振り上げた瞬間に何者かに背中からチャージクラッシュを叩き込まれた。

 ミンチへと姿を変えたコンゴウの後ろにはブレンダンが神機を振り下ろした後の構えで立っていた。しかしそのさらに後ろにはボルグ・カムランが接近して来ていた。ボルグ・カムランが近付いてくる中、突然口腔内に電属性のレーザーが撃ち込まれる。弱点ヶ所に弱点属性を撃ち込まれ、ボルグ・カムランが怯むと、その隙にもう1人がボルグ・カムランの頭にハンマータイプの神機による一撃が叩き込まれ、ボルグ・カムランの頭蓋は砕けてぺしゃんこになった。

 

「ブレンダン・バーデル、これより前線に加わる」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「加勢します!!」

 

「ブレンダン!!それにフェデリコとアネットも!!」

 

 続いての増援はブレンダン、フェデリコ、アネットの3人だった。次々と防衛班が揃いつつある状態で、今度は近くに現れたコクーンメイデン、それ接近してくるサリエルに無数のオラクル弾が浴びせられる。

 コクーンメイデンは倒せたがサリエルはまだ健在だったが、奇襲のお陰で怯んで隙はできた。その間に何者かがサリエルに接近し、鋭い太刀筋で切り伏せた。

 

 

「まったく、俺様がいねぇとだらしねぇな!!」

 

「アンタらだけに報酬は渡さねぇぞ」

 

「シュン!!カレル!!」

 

 そして次に現れたのは得意気なシュンと報酬アップを狙うカレルだった。遂に防衛班が1人を除いて揃った。防衛班がここまで揃って来ているのならば、最後の1人も必ず来るとリンドウとサクヤは確信を持った。

 

「第二部隊、及び第三部隊!!これより居住区防衛の任に就く!!」

 

 最後に防衛班班長のタツミが現れ、正式に外部居住区の防衛任務に就く事をリンドウとサクヤに伝える。リンドウと目が合うとタツミが不敵に笑う。それを見たリンドウもそれに連れて笑った。

 

「反撃しましょう!!リンドウさん!!」

 

「よし、押し返すぞ!!食い潰せぇぇえ!!!!」

 

 タツミの言葉を聞いたリンドウの号令と共に神機使い達が雄叫びが響き渡る。遂に神を操る暴君への反撃が始まった。

 

To be continued




あとがき
 お久し振りです。3月中は緊急の案件ばかりやっていたので全く進んでいませんでした。
 そんなこんなでだいぶ放置していた間に例のウイルスが蔓延しているようですが、しばらくは基本の対策を徹底して感染しないようにお気をつけ下さい。
 本編の方はガーランドが本性を現し、アナグラと外部居住区が襲撃されました…いっつも襲撃されてんな。
 そんな中でも目を引くのはやっぱり漫画でもあったツバキさんの鉄骨ズドンですね。どんな腕力してんだよこの人…退役したのに現役の連中よりもはるかに強いんじゃないかな?この人も人間辞めてる勢に片足突っ込んでる気がするなぁ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission109 鬼神

さあ、神機使い解体ショーの始まりや
※今回ほとんどがヒトコロ描写です。詳しく描写してないので大丈夫だと思いますが問題あるようなら対策します。


 -エイジス-

 

 ガーランドが宣戦布告をしている間、エイジスの管制塔頂上の上から即席の設備で吊るされたモニターには襲撃を受けている極東支部が映し出されていた。それはガーランドの宣戦布告の後も流れ続け、ガーランド本人やアーサソールだけでなく、エイジスに連れてこられたユウキとペイラーの目にも映っていた。

 

「どうです?中々に壮観でしょう?」

 

「君は…自分が何をしているか分かっていないようだね…」

 

 極東支部と外部居住区が煙を上げる景色を見て上機嫌になっていたガーランド…それを見たペイラーは糸目を微かに開いてガーランドを睨む。その表情と声色から怒りが滲み出ていた。

 

「フェンリルに来た時も思ったが、教鞭を振るっていた頃とはまるで別人だ…一体何が君をそこまで変えた?」

 

「…今の時代でそんな事を聞く意味があると思いますか?」

 

 アラガミに喰い荒らされた世界では悲劇なんてそこら辺の石ころの如く身近に溢れている。誰だってある日突然全てを奪われ、今までとは真逆の考えに固執する様になるなんて珍しいくもない。世界の現状からペイラーはガーランドの裏事情を大方察する事ができた。

 

「それよりも…この映像をお2人に見せる意味、お分かりですよね?」

 

「私達を抱き込むつもりなのだろう?だが素直に従うと思うのかい?」

 

 今回の襲撃は、襲われる極東支部を見せる事で極東支部全体を人質としてペイラーとユウキとの交渉材料に使うためだった。しかしペイラーはガーランドが支配する世界になれば今よりも悲惨な世界になることは目に見えている。ペイラーはガーランドの勧誘を断る。

 

「構いませんよ。 このまま外部居住区の人間が贄として犠牲になっていくだけですから」

 

「クッ…!!」

 

「まあ、貴方の答えは後からでも構いません。計画の要ではありませんので…」

 

 しかしペイラーが勧誘を拒否したところで極東支部の被害が大きくなるだけだと不敵に笑う。そして歯軋りするペイラーには大きな支障はないと言い放ち、そのままユウキの元までゆっくりと歩いて来た。

 

「神裂君…君はどうする?私の計画に乗れば、この攻撃を止め、世界の支配者たる私の腹心としてのポジション与えましょう。どうです?悪い話ではないかと思いますが?」

 

 今度はガーランドの支配する世界でユウキには高い位のポストを与えると言って勧誘する。しかしユウキ特に興味を示す事なく無表情でガーランドと視線を合わせ続けている。

 

「…40点」

 

「…ん?」

 

「…え?」

 

 突然ユウキが何かを採点したようだが、ペイラーとガーランドは何の事を言っている事を言っているのか分からず困惑した。

 

「この状況を採点するとしたらせいぜい40点…そう言ったんだ」

 

 対してユウキはおかしな事を言っている自覚が無いのか、変わらず無表情でガーランドが作り出したこの状況を冷静に採点する。

 

「人質が多数居るのは高得点だ。しかし数が多すぎる。これでは俺の知り合いが死ぬ確率よりも知らない奴ばかりが死ぬ可能性の方が高い…これでは人質として機能しない」

 

 ユウキは多数の人質を取った事は評価できるとあっけらかん採点内容を話していく。

 

「次点で俺の目の前に親しい者を人質として数人用意しなかった点は大きな減点だ。実際に目の前で殺し、次もある、その次もあると認識させれば交渉で優位に立てる。それに、複数の人質はこちらの動きを高確率で封殺する意味でも有効だ。それから最後の減点要素は…」

 

 そして淡々と人質を使った交渉術と同時に反撃を封じる術を用意しなかった事は減点対象だと言う。

 

「お前はアナグラの戦力を過小評価しすぎだ。アイツらはこの程度の襲撃は乗り切れるぞ…」

 

 ガーランドに最後の減点対象を話すユウキは何時もよりも鋭い目付きに変わっていた。しかしそれを聞いたガーランドは後ろにゆっくりと下がりながら左手で顔を覆い下を向いた。

 

「クッ…フフフッ…アハハハハッ!!!!」

 

 ユウキの話を聞いたガーランドは突然今まで聞いた事の無い程に大笑いして、隣のペイラーは絶句してユウキを見ていた。

 

「人を数字としか見ないとは…中々の狂人っぷりだ…いやはや、君は人の上に立つ素質がありますよ」

 

 人の上に立つ者には時に冷徹な判断をしなければならない時がある。例えば大きな企業のトップともなれば、組織存続に必要な少数の為に大多数の顔も名前も知らない社員の首を切る事もある。紙面上に書かれた名前と数字には大切な人のや恩のある人など無い、人を人とも思わない感覚が必要になる時もある。

 しかしユウキはなんの迷いもなくそれをやってのけた。しかも人…命を奪うことを1つの通過点としか見ていない。人をムシケラとも思わないやり方にガーランドはある種の称賛と皮肉を送った。

 

「しかし分からんな…これだけのアラガミを操れるのならば、アーサソール…いや、新型神機使いを揃える必要は無いだろう。何でこんな面倒な事を?」

 

「何、新型神機使いを操る術は確立できましたが、アラガミとのコンタクトは新型神機使いでなければ成功しなかったと言うだけのこと。それ故、感応波発生装置を作り、それを受信するヘッドギアを新型達に装備させて意のままに操ったのです」

 

 ガーランドが一頻り笑った後、何故そこまで笑うのかと思ったが、そんな事よりもずっと疑問だった新型神機使いを集める理由、集めた上で反抗の可能性を潰した手段をガーランドに聞いてみる。するとユウキの狂った一面を見たガーランドは気を良くしたのか、とても愉快な様子でユウキの疑問に答えていく。

 

「あとは新型の感応波を再びヘッドギアを介して周囲に拡散し、それにアラガミがかかると洗脳できると言うわけです」

 

「…その感応波発生装置の有効範囲がどの程度かは知らんが、ここに設置したとしてかなり離れた極東支部まで届くものなのか?」

 

「勿論対策済みです。ここを発信源に中継機を海上や居住区に設置して感応波の強度を確保してます」

 

 ガーランドがベラベラと話してくれたお陰で計画の核となるものが見えてきた。エイジス管制塔のどこかにアーサソールを操る感応波発生装置が事態終息のカギとなりそうだ。

 ユウキはこの後の動きを思考しながら『時間稼ぎ』にすでに分かりきった事をガーランドに問いかける。

 

「成る程、これで合点がいった。それでアーサソールを使って操ろうとしているのが…そこのデカブツって訳か…」

 

 ユウキが視線を上げると、そこには巨大なカプセルに入った一つ目に無数の触手が生え、頭頂部に巨大なコアが剥き出しになった肉塊が浮いていた。

 

「そうです。私の研究の成果であり究極のアラガミ…その前段階です」

 

 ガーランドはカプセルに歩み寄ると、それに触れながら答えの分かりきった質問に答える。

 

「あとはアルダ・ノーヴァのコアを撃ち込めば、究極のアラガミ(フェンリル)が完成するのです」

 

 そう語るガーランドの頭上…正確にはカプセルの上にはアーサソールの一人が銃形態で一つ目のアラガミを狙っていた。そしてその神機にはかつてヨハネスが自ら取り込まれたアルダ・ノーヴァ…そのコアを素材にしたコアバレットが装填された。

 

「射ちなさい」

 

「止めるんだ!!」

 

 ガーランドの無慈悲な命令で構えていたアーサソールはバレットを発射する体勢をとり、ペイラーが止めようと声を上げる。

 

「大丈夫ですよ」

 

 しかし、ユウキが大丈夫と言った瞬間、『バンッ!!』という発砲音と共にアルダ・ノーヴァのコアが肉塊に撃ち込まれる。その瞬間、一つ目が大きく見開き、肉塊が脈動して変態し始める。

 

「結局こいつを倒せばガーランドの計画はご破算…やることは何時もと変わらない」

 

 肉塊が少しずつ姿を変えている中、計画の要である究極のアラガミを倒せば実質計画の遂行は不可能となると言うユウキは何時もと変わらぬ無表情で淡々と話していく。

 

「戦って…殺すだけだ」

 

 ようやくユウキの目付きが少しだけ鋭く変わる。だがその目付きや雰囲気からは殺意も闘志も感じられない。感情らしきものが何も感じ取れない事に違和感を感じつつも、ガーランドは次の手に進む為にユウキに語りかける。

 

「余裕を見せていますが、私が計画の核心部を話した意味…分かりますよね?」

 

 所謂冥土の土産と言う所だろう。ガーランドは数的有利を取っている上に、この場に居るのは全て自慢のアーサソールだ。この事実から得意になっている事もありここまで話したが、ユウキがこちら側に着くのならそれに越したことはない。ガーランドはこの状況を利用して最後の交渉に出る。

 

「私のアーサソールに囲まれ神機もなく、両手を拘束されている。更にはペイラー榊と言う足手纏いも居る…この状況で生き残れるとでも?」

 

「足手纏いと言う意味ではお前も同じだが…まあ、このくらいのハンデがなければ勝負にならないだろう」

 

 ガーランドの言う通り、ユウキとペイラーの両手は繋がれていて、アーサソールに囲まれている。

 普通に考えれば従わなかった瞬間に蜂の巣にされるのが目に見えている為、命惜しさにガーランドの側に着くだろう。しかしユウキはこの状況下でも生き抜く自信があるのか、何も感じないにも関わらず余裕があるように思えた。

 ガーランドはこれ以上は時間の無駄と察したのか、最終確認をすることにした。

 

「我々のもとに来る気は無い…そう受け取ってもよろしいですね?」

 

「当然」

 

「ククク……残念ですよ。君の戦闘力や感応能力…フェンリルの飼い主にふさわしい力、そこは高く評価していたのですがね」

 

 静かに嗤うガーランドだったが、ユウキの能力を評価していたのは本当だろう。でなければユウキを計画に引き込む事などしなかったが、断られたのであれば障害でしかない。ガーランドはユウキとペイラーを抹殺した時の計画で動く事にした。

 

「では、お2人には新たに訪れる世界…私が支配する世界の為の生け贄となっていただきます」

 

「やってみろよ…そこの木偶の坊もろとも貴様ら全員を滅ぼしてやる」

 

 ガーランドは右手を上げる。その指示でアーサソールは神機を構えてユウキとペイラーを狙う。対してユウキは減らず口を叩いくが、ガーランドが手を下ろすと、遂にアーサソールの神機から発砲された。

 その瞬間にユウキは腕を伸ばしてペイラーを両腕で下から掬う様に抱え、ペイラーの首元の服を咥え、そのまま回転して後ろを向く。

 一見アーサソールによって小さな円陣、その外側に大きな円陣二重に囲まれていて逃げ道は無いように思えた。しかしお互いに射線上に立たないよう互い違いに立っていたので、当然弾丸が飛んで来ない場所がある。ユウキはそこに向かって一気に駆け出した。

 第一の包囲網を抜けると、今度は外側の包囲網に配置されたアーサソールの一人が剣形態で斬りかかる。しかしそれよりも先にユウキは上へと跳び攻撃を躱すと、管制塔の出口に着地してペイラーを放した。

 

「い"ッ?!」

 

 尻から落とされたペイラーは普段は出さないような呻き声を出したが、ユウキは気にせずに再びアーサソール達の元に大きく跳躍した。

 両手を繋がれたままユウキはアーサソールの円陣の近くに着地するが、当然すぐさまアーサソールが追撃してくる。そしてその隙にペイラーはその場から逃げ出した。

 その頃にはアーサソールがユウキの正面から斬りかかってきた。ユウキは軽く後ろに跳んで躱すと、再度横に振って頭へと追撃してくる。それをバク転で避けて、そこからさらに後ろに下がる。

 そして追撃にユウキの左右の斜め後ろからアサルト神機で十字砲火を浴びせるが、ユウキは前に出て先程斬りかかってきたアーサソールへと一気に接近する。今度は縦に振り下ろすが、ユウキは右側を前に出しつつ半身になって避けると、アーサソールの左肩に手を置いて軸にして転回して後ろを取る。

 

「ほら、こっちだ」

 

 振り返ったユウキは手を繋がれたまま右手で挑発する。すると前からではなく後ろから狙撃弾が飛んでくる。ユウキは左に逸れて躱すと、前に居た敵が回転しながら横凪ぎに神機を振ってユウキへと攻撃する。しかしまたもや後ろに下がって躱すが、前からはアサルトによる連続射撃、後ろからはスナイパーによる狙撃が飛んできた。

 ユウキはしゃがんで避けて右へ大きく跳ぶ、また後ろから狙撃弾が発射された事で少し戻って避けると、今度は前から横凪ぎの斬撃、後ろから弾丸の雨がハサミの様に迫ってくる。ユウキはまたしゃがんで避けると、その状態から一旦軽く後ろに下がった後、アーサソール達を飛び越えた。

 

「遅い遅い」

 

「チッ!!ちょこまかと!!」

 

 今度は言葉と何処か愉しげな表情で挑発する。ここ最近で無口で無表情になったユウキが珍しく表情を作り、よく喋る様になっていた。この状況を見ていたガーランドは何処か違和感を感じていたが、多勢に無勢…いずれは死に絶えるだろうとガーランドは楽観的にこの状況を見ていた。

 ユウキが着地する直前にまた別のアーサソールが横に刀身で攻撃してきた。ユウキは頭を下にして敵の刀身に手を着いて避けつつ、攻撃してきたアーサソールの後ろに着地する。

 

「どうした?非武装の神機使い1人に攻撃を当てる事も出来ないのか?」

 

 攻撃を避けられたアーサソールがその場で回転して、後ろへと斬りかかる。ユウキは前に出てそれを躱してエレベータの方へと走り出す。そのついでに再び言葉での挑発を繰り返す。

 

「まさか戻ってくるとは。あのまま逃げておけばしばらくは生きていられたものを…」

 

「なに、少し気になった事があってな」

 

 今度はガーランドがユウキを挑発するためにわざわざ死にに戻ってきたのかと尋ねる。するとユウキは気になる事があるからと答えつつ、エレベータの近くで横から飛んでくるモルターバレットをジャンプで避ける。

 

「感応現象を使ってどんなに自我を抑え込んでも、動物的本能ってやつまでは抑えられない。何せ自我も思考も介して居ないんだからな。だから試したい事がある」

 

 喋りながらもユウキは空中で自身を正面から狙う狙撃弾を身体を左に捻って避ける。さらにいつの間にか目の前にアーサソールが現れ、逆袈裟斬りでユウキを真正面から斬ろうとする。それをハンマーの様に右から刀身に叩き付け、一気に下へと降りる。

 

「命の危機を自覚したコイツらは…一体どうなるか…とかな…」

 

 そのまま背中を下にして、足のバネだけで無理矢理エレベータの方へと跳ぶ。しかしアーサソールが回転しながら下から掬い上げる様な軌道で斬りかかる。ユウキは手を上にして床に手を着き、腕の力も使って急加速してこれを避ける。

 そして手を着いたまましゃがむ体勢に直して1度足を着き一気に床を蹴って背中からエレベータの方へと大きく跳んだ。そのほんの数秒後、エレベータの扉をぶっ壊してジープが塔の頂上に突っ込んできた。

 

「ユウッ!!」

 

 アリサの声が響き渡る。その瞬間、ジープに積んであったユウキの神機が勝手に起動し、ユウキの元へと『飛んで行った』。

 

「「「なっ?!?!」」」

 

 その場に居た第一部隊だけでなく、アーサソール、さらにはガーランドまでが神機の遠隔起動に浮遊する事態に驚いている中、さっきまであった表情が消え、抑揚も無くなったユウキの声が小さく響き渡る。

 

「…時間切れだ」

 

  『バキッ!!』

 

 呟いたユウキは両手を繋いでいたゴツい手枷を軽々と引きちぎる。そして後ろからアーサソールが迫ってくる中、飛んで来た2つの神機を掴むと、空中で右回転して後ろを向いて右の神機を振り抜いた。

 

  『『ブシャァッ!!』』

 

 後ろを取っていたアーサソールが無表情となったユウキに一瞬で斬られ、2人共胴体から上下に斬り分けられて大量の血が吹き出した。

 

「ッ?!」

 

「なっ?!」

 

「…え?」

 

 人を斬り、あまつさえ命を奪う…衝撃的な場面を見た事に第一部隊は着いた早々に言葉を失った。

 

(ユウが…人を…斬った?何の…迷いもなく…?)

 

 アリサは目の前で起きた事が信じられず、目を見開いたまま絶句した。それはアリサだけでなく、ソーマやコウタも同じだった。しかもそれをやったのは、優しさから甘いとさえ言われ、果てにはアラガミと戦う事にさえ躊躇した自分達の仲間だった事がより大きな衝撃を与えていた。

 しかしユウキは第一部隊の事などお構い無しに戦い続ける。着地隙を狙って3人のアーサソールが狙撃弾を射つ。ユウキは一気に前に出ながら左の神機を外から内に振って前から飛んで来た狙撃弾を斬り捨てる。その直後に両手の神機を銃形態に変形して左右斜め前のアーサソールの胸部を撃ち抜いた。

 残ったアーサソールは再び狙撃弾を射つが、それを右に躱してユウキは再び一気に前に出る。しかしまた別のアーサソールが標的のさらに2人が後ろからアサルト銃身でオラクル弾を撃ってきた。対してユウキは低姿勢になって避け、地に身体を這わせる様な姿勢のまま一蹴りで標的の前に出る。対して標的のアーサソールは眼前のユウキへ神機を剣形態に変形して上から神機を振り下ろす。だがユウキは回転して神機を空を切らせつつ、左の銃身をトンファーの様に構えて頭を狙いつつ、右は心臓に照準を合わせる。

 

  『『バンッ!!』』

 

 ユウキが撃った狙撃弾が標的の頭と心臓を撃ち抜いた。次の瞬間、ユウキは撃ったアーサソールを右足の後ろ蹴りで蹴り飛ばす。右にずれて飛んでいった敵の影に隠れて、体勢を直しつつユウキも続く。

 ユウキは相手に見えない状態で両手の神機を剣形態に戻しつつ、右に回りながら蹴り飛ばした敵ごと狙撃してきたアーサソールを斬り倒す。即座に右へと跳んで次の狙撃者へと向かっていく。その際、別のアーサソールがアサルトタイプの神機でオラクル弾を偏差射撃でユウキの眼前に撃ってきた。

 

「…」

 

 ユウキは急ブレーキをかけて一瞬止まると、上に跳びながら狙撃者に向かっていくが、真正面から狙撃弾が飛んできた。左の神機を上に掲げてインパルス・エッジを撃ち、その衝撃で急激に下へと降りるが、再びアサルトによる偏差射撃をされたので、今度は右の神機によるインパルス・エッジで、当たるよりも先に前に出る事で躱す。そのまま狙撃者の元に一気に跳び、敵が反応するよりも先に距離を詰めて両手の神機で斬り刻む。

 

「…」

 

 そして先程オラクル弾を撃ってきたアーサソールの元へと駆け出した。その間、何時もと変わらぬ無表情のままで殺戮を繰り返す姿を見た第一部隊には、人殺しに何の疑問も持っていない様に思えた。

 通路に荷物があったからどかして進む…腹が減ったから飯を喰う…酸素を取り込む為に呼吸をする…生きるために心臓を動かす…意識せずともやっている事、生きるために行う行動の様な日常のサイクルと同じ感覚で人を殺めている事に何ら疑問を持っていないであろうユウキの姿に第一部隊は戦慄して思考が止まって動けないでいた。

 そして2人のアーサソールが目の前の惨事を見て動けなかった第一部隊に剣形態の神機を振り下ろす。

 

  『『バンッ!!』』

 

 しかしアーサソールの後ろから狙撃弾が飛んできて、2人のアーサソールの頭を撃ち抜いた。

 何事かと思い狙撃弾が飛んで来た方を見ると、ユウキが第一部隊の方を見ることなく、銃形態にした両手の神機の銃口をこちらに向けていた。

 

「…人を殺せないなら邪魔だ。他所へ援護にでも行け」

 

「なに…言って…」

 

 ユウキの言葉を聞いたコウタは何を言っているのか理解できなかった。そもそも普通は人を殺さない、殺せないものだ。決してコウタや第一部隊の感覚がおかしい訳ではない。しかし、そんな狂った発言をした当の本人は人殺しを何とも思っていないのか、向かってくるアーサソールと戦っている。

 話している間にユウキが両手の神機を後ろに下げた隙を突いて先程ユウキにアサルトタイプの神機でサポートをしていたアーサソールが剣形態で斬りかかる。さらに別の隊員がサポートにアサルトタイプの銃形態でユウキの右側からオラクル弾を連射する。だが、それよりも先にユウキが目の前の敵の懐に入り込みつつ剣形態に変形した事でオラクル弾は躱され、敵の動きよりも先にユウキが右の神機を逆袈裟斬りで下から斬り上げる。

 

「…はぁ、ならこの辺りにアーサソールを操る装置があるらしい。それを破壊しろ。それから、最近ガーランドが居住区に設置した装置もだ。これでアラガミの統率が乱れて戦いやすくなるはずだ」

 

「で…も…」

 

 斬られたアーサソールが鮮血を撒き散らす中、ユウキは未だ動けない第一部隊にため息をつきながら次の指令を出しつつも、斬った敵を今度は左足を外から回して、血が吹き出た敵の上半身を巻き込む様な軌道でオラクル弾を撃った敵に向かって蹴り飛ばす。未だユウキへの追撃を諦めていなかったアーサソール隊員の撃ったオラクル弾は斬られたアーサソールに当たって身体中に穴を空けた所で止まり、ユウキに届く事はなかった。

 結果、肉の盾がユウキへの攻撃を防いだだけでなく、投擲物となって銃を撃っていたアーサソールに襲いかかる。追撃する事ばかり考えていたアーサソールにはこれを避ける事はできず、飛ばされたアーサソール諸とも巻き込まれて盛大に転んでしまった。

 そして立ち上がろうとした頃には既にユウキが眼前まで来ていて、左手で逆手に構えた神機が横凪ぎに振られていた。

 

  『『ブシッ!!』』

 

 アーサソールの2人を纏めて斬り捨て、再度辺りに血を撒き散らした。目も前の惨状にアリサはユウキの指示を理解できる程に頭の整理が追い付いていなかった事もあり、どうにか返事をするのが精一杯となっていた。

 

「…行くぞ」

 

「ソ、ソーマ…」

 

 やっていることはともかく、ユウキの言っていること自体は理にかなっている。ユウキの言う通り、アーサソールを抑えてる間に感応波を止める方が効率的だ。しかし思考が追い付いていない事もあって、アリサは納得いかない様子だった。

 そしてその間もユウキは後ろから狙撃と斬りかかってくるアーサソールを左に反転しながら避けつつ左手の神機で胸部を突き刺し、左手を振って突き刺したアーサソールを超スピードで投げ飛ばして、狙撃していたアーサソールの視界を塞ぐ。その陰に隠れてユウキが一瞬で狙撃手に近づいて投げ飛ばしたアーサソールごと右手の神機を袈裟斬りで振り下ろして両断した。

 

「事が事だ。こんなところで腐ってる訳にもいかないだろ」

 

「…はい」

 

「…」

 

 ソーマの言う事ももっともだ。ここで何もしないでいるよりはアーサソールを操る感応波を止める方がよっぽど効率的だろう。アリサはユウキの狂行を止めるべきだと思っていたが渋々納得し、コウタは戸惑いと軽蔑しているかにも見える鋭い目付きでユウキを睨んだ後、第一部隊は感応波発生装置を探しにいった。

 

「…」

 

 第一部隊の気配が感じなくなった事で指示通りに感応波発生装置を破壊しに行ったのだろうと察していたが、アーサソールを殺したすぐ後に、前から別の隊員が神機を振り下ろしてきた。対してユウキは右足を外から回し、足の裏で刀身の側面を捉えて神機の軌道を横にずらした。完全に振り下ろした後で隙となった相手に、ユウキは右側の神機を横一閃に斬って首を撥ね飛ばし、続いて左手側の2人のアーサソールに向かっていく。

 しかしアーサソール達は銃口を向けるだけで動かない…否、動けないでいた。

 

「…い、いや…やめてっ!!」

 

「…いやだ…死にたくないっ!!」

 

 これまで底知れぬ不気味さを見せる程に感情の無い表情で敵を葬り続けるユウキの姿と、束になっても次々と返り討ちに合う姿を見続てアーサソールは本能的にユウキが向かってくる=死と認識し始めていた。

 本能からくる恐怖で錯乱にも近い状態で向かってくるユウキにアサルトの銃身でオラクル弾を連射するが、ユウキは右へ左へ避けつつ前に出て銃撃しているアーサソールの間に割り込む。

 

「…」

 

 ユウキはその場で回転して後ろを向きながらアーサソール達を胴体から斬り飛ばした。そしてその時に目についた3人をターゲットにして一気に駆け出す。

 

「ク、クソッ!?クソ!!」

 

「う、うわぁぁぁぁあ!!!!」

 

「当たれ!!当たれよ!!早く死んでくれよ!!」

 

 今度はアーサソール達の方が速かった。アーサソールが3人横並びに銃弾を連射して面攻撃を仕掛けてきた。ユウキは上に跳び上がり、右の神機で穿顎を展開してアーサソールに接近する。その途中、ユウキは両手の神機を投擲する。高速で回転しながら神機が左右のアーサソールに飛んでいく。神機を投げると言う普通ならば考えられない戦い方に驚いた事もあって、左右のアーサソールはそのまま回転する神機によって斬り裂かれた上半身が宙を舞った。だが、その後地面に突き刺さると思われた神機はまるでブーメランの様に弧を描いて互いに離れる方向に移動した。

 そして間髪いれずに空中に居るユウキが高速で真ん中のアーサソールに向かって飛んで来て、頭を右手で掴むとそのまま地面に叩き付ける様な軌道で着地する。しかしユウキの腕力と速力に身体が耐えられなかったのか、途中で首が引きちぎられ、叩き付けられたのは胴体だけでもげた首はユウキの右手に捕まれていた。

 そしてすぐにユウキは遠く後ろで狙撃弾を撃ってきたアーサソールに向かって飛びかかりながら引きちぎった頭部を投げつける。

 そしてアーサソールは投げつけられた頭を神機で振り払う間にユウキがすぐ目の前に来ていた。

 

「や、やめろ!!来るなぁぁぁぁあ!!!!」

 

 どうにか剣形態に変形して迎撃する。アーサソールが右上から左下…ユウキから見たら左上から右下に振り下ろしてきた。ユウキは左手を内から外に回しつつ上から下へと底掌で神機の刀身の側面を捉えて下へと軌道を変える。

 そして切っ先を床に突き刺しつつも底掌で押さえた部分を軸に、右半身を前に出すと、右手でアーサソールの首を掴む。万力の様な握力で首を捕まれ、涙と鼻水と涎を垂らしながらジタバタと暴れるアーサソールをユウキはいとも簡単に後ろへ放り上げる。するとブーメランの様に帰ってきた2つの神機が投げられたアーサソールを3つに斬り刻んでユウキのもとに帰ってきた。

 それらをキャッチしたユウキは再び駆け出してアーサソールの攻撃を掻い潜りアーサソールを殲滅していく。

 

「ク、ククク…何ですか…?この状況は…?」

 

 ここまでの戦闘を見ていたガーランドが頭を抱えて静かに笑い始めた。

 

「私のアーサソールが…こうも簡単に…?」

 

 今目の前で起きている事態を信じられず、ガーランドはもはや笑うことしかできなかった。感応現象による現行の神機使いよりも遥かに優れた統率力、自我を抑えた事による痛みや恐怖心からの解放、新型神機の幅広い戦略性…それらをフルに使うための戦闘プログラムを施した感応波による洗脳で最高の部隊を作り出したはずだった。

 それが全く通用せず、たった1人の神機使いに圧倒されているのだ。ガーランドはこれまでの苦労と野望成就の可能性が一瞬で、しかも目の前で無惨に崩れ去っていく様を理解できなかった。

 その間もユウキは無策にも前から斬りかかってきたアーサソールに軽く前に出て右足で蹴りを入れて先制攻撃をした後、右の神機で外から斬り倒した。

 

「とんでもない誤算ですよ…優等生気質な切り札(エース)でありながら…その本性は暴虐の限りを尽くす事も厭わぬ鬼神(ジョーカー)だったとは…」

 

「…」

 

 ガーランド自身、ユウキに関する報告は行方不明を経て帰ってきてから豹変する以前の報告しか聞いていなかった。確かに以前のユウキでは人を殺めるなどと考えもしなかっただろう。アーサソールとの戦闘は圧倒的にユウキが不利

にして、根負けしたユウキが最終的にはアーサソールに加入すると言う流れになるはずだった。だが今のユウキは自らが生き残るためならばどんな相手とも戦うし、どんなことだってやってのける。そこを見誤ったガーランドの目論みは最初から見当違いとなっていた。

 ユウキはガーランドの声が聞こえてくると、アーサソールの数も減ってきた事もあり、そろそろ頭を潰そうかと思い、一気にガーランドの元に駆け出した。もうガーランドの元に行くまでの道に邪魔する者は居ない。一瞬のうちに近づいて右の神機を振り下ろす。

 

  『ギィンッ!!』

 

「お下がりください!!ガーランド様!!」

 

「…」

 

 間に割って入り、ユウキの攻撃を神機の刀身で受け止めたのはレオンだった。ユウキの攻撃が止まった隙にガーランドは義足の事もあり、遅くはあるが走って逃げていった。それを追うためにユウキは即座に左の神機で横凪ぎに斬りかかる。

 しかしレオンは左にズレながら神機を少し後ろに引いて、ユウキの左の神機を真正面から受ける様に装甲を展開してユウキの攻撃を受け止めた。それによって装甲は大きく傷を残してレオンは後ろにふっ飛ばされた。

 

「うわぁぁぁあっ!!」

 

 ユウキがレオンの相手をしているうちに後ろから悲鳴にも似た咆哮で残り僅かとなった生き残りのアーサソールが右上から斜めに振り下ろす軌道で斬りかかる。対してユウキは身体ごと左足を外から後ろに回して脹ら脛で刀身の横を捉える。神機の軌道を変えつつ足を回し続けてアーサソールの頭も捉えると、そのまま頭ごと床に足を叩き付けて潰してしまった。

 そして左からは剣形態、右からはブラストタイプの銃形態で構えている2人のアーサソールが攻撃体制を取る。ユウキは右に跳びながら左に神機を投げると、剣形態で斬りかかろうとしたアーサソールの肩に突き刺さる。迎撃に放射バレットを撃ったが、ユウキが銃身を右足の回し蹴りで蹴りつけたせいで射線がずらされ、ユウキに当たる事はなかった。

 今度は背中を見せる様に身体を捻りつつ、左足でアーサソールの顎を蹴り上げる。そして再度回転して、蹴ったアーサソールに背中を見せる様に回転しつつ右の神機で斬り捨てる。

 最後に神機を突き刺したアーサソールの元へ一気に跳ぶと、突き刺した神機を掴んで一気に振り下ろす。

 

 『ズシャッ!!』

 

 盛大に血を吹き出して倒れたのを確認すると、ユウキはガーランドにトドメを刺しに行くべく追いかける。

 

「行かせないっ!!」

 

 しかしレオンがユウキと真っ正面から対峙する。どうあってもガーランドを庇うつもりのようだ。レオンが神機を右から左へと横に振る。ユウキは左の神機で装甲を展開して受け止める。即座に右の神機を外から横に振ったが、それよりも先にレオンが前に出てタックルを食らわせる。

 ユウキは体勢を崩して後ろに軽く飛ばされる。その隙にレオンは反対に神機を振るが、ユウキはバックステップで更に大きく後ろに下がって躱す。これを好機と見たレオンは一気に前に前に出て、右上に神機を構える。対してユウキは下がった時のバネを使って両腕を後ろに下げながら前に出る。間合いに入る直前、レオンが先に振り下ろす。それをユウキは左の神機で受け止める。するとユウキは左腕を外側へと流すと、レオンの神機は右側へと勝手に逸れていく。

 

「なっ?!」

 

 一瞬何が起きているのか分からなかったが、何故自身の攻撃が勝手に逸れたのかはすぐに分かった。

 ユウキが攻撃を受けた刀身は逆手に構えられていた。攻撃を盾代わりに受けてさらに腕の力を適度に脱力させて、刀身を腕全体に沿わせる。その状態で腕を外に振れば後は振り下ろした神機が受けた刀身をレールにして勝手に滑り落ちて行けば、あとは無防備となった身体へ斬るだけだ。

 

(まさかこの構え…コイツ、始めから対人戦を想定してっ!!)

 

「…」

 

 あまり見ない上に、アラガミとの戦闘では役に立ちそうにない構えに疑問を持っていたが、それがまさか人間と戦う為の構えとは思わなかった。レオンがその事に気付いた時には既に神機はユウキの外側に流され振り切っていて、身体全体が右を向く様に体勢を崩していた。しかもユウキの神機がレオンの背中を斬り裂こうと外側からすぐそこまで迫っていた。

 

 『ブシャァッ!!』

 

 ユウキが神機を横凪ぎに振り切り、鮮血を吹き出しながらレオンの身体が上下に分かれた。

 しかしユウキは特に気にする様子もなく、さっきからの無表情を崩さずに、左にの神機を順手に持ち変えてから神機を振って血を吹き飛ばす。

 

「…?」

 

 思いの外時間がかかったが、これで残りのアーサソールは居住区に残った者達だけだ。ユウキはガーランドの元へと行こうとするが、フェンリルの入れられたカプセルから強い気配を感じた。フェンリルの変体が終わったのかと思い、ユウキはカプセルの方を見た。

 

 『ビシッ!!バリィンッ!!』

 

 カプセルにビビが入ると中の培養液が溢れ出し、圧力でそのまま割れてしまった。そこにはウロボロスと同じくらいの大きさで、フェンリルのエンブレムと同じ顔をした巨大な狼が立っていた。

 

 『グルルル…』

 

 フェンリルは低く唸りながら、目の前のユウキを睨み付けて戦闘体制に入る。

 

 『ゴァァァォォォオオオオオ!!』

 

 狼の遠吠えとは程遠い、天を震わす様な雄叫びが周囲に響き渡る。ガーランドの最高傑作である魔狼と殺戮の鬼神の戦いか始まった。

 

To be continued




あとがき
 うちの子対アーサソールと今回はGEvsGE回でした。○人描写がありますが斬った撃ったとしか書いてないので大丈夫だと思いますが、修正必要なら対策します。
 戦闘の方は…まあうちの子無双です。感応派による統率でチームプレーはバッチリですが戦い方自体は単調なものになるイメージで書きました。結果細かい状況変化に対応出来ずにうちの子の餌食となった…と言った感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission110 魔狼

OLDCODEXのFeed A聞きながら書いたら無双させたくなった。

※今回もグロ…と言うよりはカニバリズム描写があります。始まりと終わりに※を配置しますので苦手な方は飛ばしてください。


 -エイジス、管制塔頂上-

 

  『グルルル…』

 

 巨体であり、胸部には人と同じくらいの大きさで剥き出しのコアが格納された狼、フェンリルは大きな唸り声を上げ、何時でも襲い掛かれるぞと言いたげにユウキを睨む。それは腹を空かせた野獣が獲物を前にしたときのようだった。

 しかしユウキは表情を変える事なく、無表情のままフェンリルを睨み返す。

 

(…ちょうどいいか)

 

 何か思い付いたユウキは順手で両手の神機を逆手に持ち変え、切っ先を床に向けて振り下ろす。

 

  『『ギンッ!!』』

 

 甲高い音と共に2つの神機が床に突き刺さる。ユウキは神機から手を放し、そのままフェンリルに向かって歩き始める。するとユウキの身体が黒い霧に包まれた。霧の中から黒い翼が生え、その時の風圧で霧を振り払うと、アラガミ化したユウキが細く縦に割れた瞳孔で鋭い眼光をフェンリルに向け、数秒程両者は睨み合っていた。

 本来なら操る筈だったアーサソールは既にいない。制御する者がいない、本能のまま暴走するフェンリルが待ちに待った餌を目の前に先制攻撃に振り上げた左の前足を全力で振り下ろす。

 

  『ガァンッ!!』

 

 敵を踏み潰そうと勢いよく叩き付け、辺りに爆音が響き渡る。仕留めた。そう確信したのか、フェンリルは舌なめずりをしたが、ふと横を見るといつの間にかユウキは大きく左側へと移動していて避けていた。

 

(遅せぇ…)

 

 ユウキの目から見ても先の一撃を避けるのは非常に簡単だった。この一撃を実際に見たユウキはあまりにも大振りな癖に遅い攻撃に心の内で落胆していると、今度は右の前足を叩き付ける。

 

  『ガァンッ!!』

 

 今度は確実に手応えがあった。しかしフェンリルの右前足の下には特に力を入れた様子もなく、右手だけで軽く受け止めていた。

 

(弱い…)

 

 今度は敢えて攻撃を受け止めてみたが、想像以上に軽い攻撃だった事でフェンリルに抱いていた心情が落胆から失望に変わった。フェンリルの足に爪を突き立てながらもしっかりと掴む。突然鋭い痛みが走った事でフェンリルは足を退かそうとするが全く動かなかった。そしてユウキはそのまま右腕を外に大きく振ると、フェンリルの右前足を軽々と引きちぎった。

 

(脆い…)

 

 血を吹き出しながら痛がりその場に倒れるフェンリルと、引きちぎった足を横目で見るユウキ…この現状からフェンリルの細胞結合もさして強くないと分かりユウキは幻滅した。

 

(…こんなもんかよ…)

 

 目の前にいる究極のアラガミが想像以上に不甲斐なくて怒りさえ覚えてきた。

 

(…実の兄を贄にして作ったのが…こんな『出来損ない』とはな…)

 

 ガーランドが実兄のヨハネスの意思を宿したコアを消滅させてまで作り出した究極のアラガミ…本人も自信ありげに大々的に吹いて回っていた事もあり、もっと強敵になるかと思えば実際はデカくて威圧感があるだけの木偶の坊だった。想像していた強さからは程遠く、何だか真面目に戦うのがバカらしく思たユウキは早々に決着を着ける事にした。

 

  『ボゴッ!!』

 

 倒れたフェンリルの顎を蹴り上げると、大きく身体を反らして頭を上に向ける。するといつの間にかフェンリルの上にユウキが移動し、左手を鼻先に添えていた。

 ユウキは床に向かって急加速し、少し移動しただけで止まる。その途中で左手を振りかぶり、加速とアラガミ化した腕力でフェンリルの頭を地面に叩きつけた。そして次の瞬間には再度加速して、フェンリルの鼻梁辺りを底掌で叩き付ける。そして着地と同時に右手の爪で床を切り裂きながら下から掬い上げる軌道でフェンリルの顎を底掌で捉える。再びフェンリルは身体を反らして頭を上に向ける。その間にユウキは飛び上がり、フェンリルの喉元を蹴る。するとその巨体が蹴り飛ばされて柱に背中からぶつかり、ぐったりと倒れた。

 

「…?」

 

 しかし気が付くと引きちぎった前足が霧散し、周囲に黒い霧が立ち込めていた。その霧が流動し始めると、失った前足のところに集まってきた。すると前足が急速に再生した。

 

『ゴァァァォォォオオオオオ!!』

 

 失った部位が再生し、フェンリルが万全の状態になると即座に空中に浮いているユウキへと襲いかかる。フェンリルが大口を開けて吠えながらユウキの元に一気に詰め寄り、ユウキを喰おうと口を閉じる。

 

  『ガチンッ!!』

 

 金属が噛み合うような音が響いたが、ユウキは後ろに下がって簡単に躱された。追撃に右の前足を上から振り下ろすが、これも上に飛び上がって蛇のような小回りの効いた軌道で躱し、上昇をやめたユウキがフェンリルを見下す。フェンリルが恨めしげにユウキを睨む中、ユウキはゆっくりと右の人差し指でフェンリルを指差す。

 

  『バンッ!!』

 

 破裂音と共に爪の背から狙撃弾が発射され、フェンリルの左目を貫いた。

 

『オォォォオオ?!』

 

 悲鳴にも聞こえる雄叫びをあげてフェンリルは仰け反る。しかしその間もユウキはゆっくりと手を下ろすだけで特に追撃する様子はない。

 

『アァァァォォォオオオオオ!!』

 

 そして遂にキレたフェンリルが遠吠えと共に目元と鼻から炎を噴き出してきた。

 

(…活性化したか)

 

 フェンリルの様子が変わった事で活性化したと判断したがユウキは特に何かする訳でもなく、フェンリルを見下しているだけだった。

 

『グオオオオオァァァォォォ!!』

 

 左目が復活し、大口を開けたフェンリルが雄叫びと共に飛びかかり、ユウキを喰おうと口を閉じる。対してユウキは右に避けると、間髪いれずに左の前足からパンチが飛んできた。

 

(…)

 

 ユウキは回避が間に合わなかったのか、もろに食らって下ろされながら後ろにふっ飛んだ。何度かバウンドして転がりながら高速で管制塔の外に投げ出された。

 外に出た後、ユウキは空中で体勢を整えて制止する。しかしユウキ本人は硬質化している両手の爪で防御していたため、ノーダメージだった。

 だが隙が出来た事を好機と見たフェンリルは口から炎を吐いてきた。ユウキは右に飛んで避けたが、フェンリルは炎を吐いたまま左を向いてユウキを追う。追い付いてきた炎をバク転の様な動きで上から飛び越え、炎の反対側に飛び移る。そして今度は左に飛んだが再度フェンリルの炎がユウキを追いかける。

 

(…)

 

 ユウキは左手に小さいオラクル弾を作ると、迫ってくる炎を下に避けながら左手を突き出してオラクル弾を発射する。弾は炎の影に隠れて、吸い込まれる様にフェンリルの顎へと向かっていく。

 

  『バァンッ!!』

 

 顎の下で爆発が起きて、フェンリルは思わず口を閉じて炎を遮ってしまった。しかしユウキはその間も動く事はなく、ただただフェンリルを眺めているだけだった。

 その間に体勢を立て直したフェンリルが再度炎を吐く。対してユウキは炎を切る様な動作で右手の爪で軽く振ると、かまいたちが発生し、そのときの風圧で炎がかき消された。さらにかまいたちはそのままフェンリルに直撃し、ダメージは与えられなかったものの怯ませる事は出来た。その結果、フェンリルは炎を吐くのを止められて隙だらけとなった。

 

(…)

 

 その隙にユウキは距離を詰め、フェンリルに向かって右爪を振り上げる。しかしそれよりも先にフェンリルが口を開けて前に出てきた。ユウキは上に軌道を変えながら右爪で鼻先を捉え、そこを軸にフェンリルの上をまっすぐ背中に向かって跳ぶ。そしてフェンリルの背中の上に来ると右の爪で切りつつ身体を寝かせて回転させる。その後左の爪で切り付けてつつ体勢を直し、フェンリルの背中に着地すると、その時の勢いを殺す事なくスライドして、両足の爪で背中を引き裂いていく。

 

『グォォォオ?!』

 

 まさかのカウンターにフェンリルは悲鳴にも聞こえる声を上げる。だがユウキの追撃は終わらない。背中から降りるついでに尻尾を真ん中辺りから切り落としてから床に着地する。

 その後すぐに反転し、低空飛行しながらまずは左の後ろ足に外から切りかかる。次は右の前足へと内側から切り付ける。そして左前足、続いて右の後ろ足と次々と切りかかる。そして少しずつ上に上がり、四方八方から次々と切り付けていく。胴体が邪魔になると上へ下へとなぞる様に傷を付けながら、ひたすらフェンリルの表面を切り付け、時には底掌で殴る、膝蹴りを浴びせて体勢を崩させるが、頭やコアには切りかかる事はなく足や胴体へ執拗に攻撃を加えていく。

 

『オォォォォォォオオオオオ!!』

 

 しかし、突然遠吠えと共にフェンリルの周囲から大きな火柱が上がる。ユウキは後ろからの攻撃を中断し、反射的に後ろに下がった。そしてユウキが着地すると同時に残った尻尾に炎を纏わせて振ると、巨大な火炎弾となって飛んできた。

 

「…チッ!!」

 

 小さく舌打ちしたユウキは右手を外へと振り、爪で火炎弾を切る様にかき消した。その間にフェンリルはユウキへと飛びかかる。だが、炎に遮られた視界が開けた瞬間、既に振り替えって飛びかかってきたフェンリルがユウキのすぐ近くまで来ていた。

 ユウキは前に出て、フェンリルの下を潜って回避する。対してフェンリルは着地した前足を軸に前後反転すると、即座にユウキへと再度飛びかかる。口を開けて喰いかかるが、ユウキは後ろに軽く下がって避ける。すると今度は左前足の爪でユウキに切りかかる。それを再び後ろに下がって躱したが、今度は右の爪で追撃してくる。それも後ろへと躱し、両手を広げて反撃の体勢を取ろうとしたが、それよりも先に最後の攻撃を利用して前に出たフェンリルが先に動く。

 再度ユウキを喰らおうと口を開けて突っ込んで来きたが、ユウキは上に跳びつつフェンリルの鼻先を掴むと、腕をバネにして胴体の上まで跳び上がる。フェンリルを背中から引き裂こうと構える。

 だが先に動いたのはフェンリルだった。フェンリルは最後の攻撃の勢いをそのままに前へと走ってユウキの爪の射程から外れると、いつの間に回復した尻尾を使てユウキを地面に叩きつけた。

 高速で空中から地面に叩き落とされたが、体勢を変えてしっかりと両足で着地する。しかしその隙にフェンリルは急反転しながら炎を吐き出し、互いの視界を遮る。ユウキは左手の爪を外へと振って炎をかき消すと、すぐ目の前には大口を開けながらフェンリルが突っ込んできた。

 

  『ガチンッ!!』

 

 金属の様に硬い爪と牙がぶつかり合う甲高い音が響くと同時に、遂にユウキはつっかえ棒の様な状態でフェンリルの口の中に捕らえられた。本来なら顎による強靭な力で即座に噛み砕かれるだろうが、ユウキは両足と右腕だけで軽く支えていた。

 いつまでも噛み砕けない事に苛立ちを覚え始めたフェンリルが更に顎に力を入れるが、それでもユウキは余裕を見せていた。

 

(…)

 

 フェンリルが必死に噛み砕こうとする中、ユウキは徐に左手の爪を下に向かって振る。するとフェンリルの下顎の先が切り落とされ、ユウキはフェンリルの拘束から解放されて床に着地する。

 顎を即座に再生させたフェンリルは再び口を開けてユウキに向かってくる。だが下から右の掌底が飛んできて、フェンリルの顎は無理矢理閉ざされ、体は大きく仰け反った。その隙にユウキはフェンリルの股下を一瞬で通りすぎる。

 

  『ブシャッ!!』

 

 股下を潜るついでにフェンリルの四肢を爪で切り落とし、勢いよく血が吹き出た。すかさず飛び上がりフェンリル尻尾を掴むと、ユウキは腕力に任せてフェンリルを振り回して背中から叩き付ける。

 続いて横凪ぎに腕を振ってフェンリルを投げ飛ばすと、フェンリルは柱に激突し、そのまま床へと落ちていく…はずだったが、柱に激突した時にはユウキはフェンリルに追い付いていて、追撃に右爪を振り下ろす。爪はフェンリルの顔を引き裂き、それと同時に勢いよく床へと叩きつける。

 動けないフェンリルの頭を掴み、床に押さえ付けながらユウキは高速、かつ低く飛ぶ。顔の左下を地面に擦り付けられたまま動かされた事でフェンリルの顎と顔の左側が削れ、摩擦熱で傷跡はぐちゃぐちゃになった状態で塞がった。そしてアンダースローの要領でフェンリルを投げて背中から柱にぶつけると、一気に距離を詰めてきたユウキが腹に膝蹴りを入れる。

 

『ッ!?!!』

 

 フェンリルが声にならない痛みを覚え、両目を見開いている中、ユウキは再度フェンリルの尻尾を掴んで1度床に叩き付けた後、管制塔の外に投げ飛ばす。そしてまたいつの間にフェンリルの行き先に周り込んだユウキはフェンリルの首を掴むと同時に喉元に膝蹴りを入れ、フェンリルの動きを数秒止める。

 その後、ユウキは掴んでいたフェンリルを入れて上空へと放り投げると、両手の広げて構える。すると両手の爪から赤黒いオーラが噴き出してきた。

 

「…」

 

 放り投げたフェンリルが速度を落としてから落下し始める。そのタイミングでユウキは両手を内側に振る。

 

  『ズバァッ!!』

 

 爪から放たれた赤黒い斬撃がフェンリルの首を切り落とし、胴体は巨大なコアを残して細切れになるまでバラバラに切り刻んだ。

 

(…)

 

 残った頭とコアが落ちてくるが、頭の方には目もくれず、そのまま地上に落ちていった。しかしコアは左足で軽く蹴って管制塔へと戻していった。そのままコロコロと転がり、丁度管制塔の真ん中辺りで止まったのを確認すると、ユウキも管制塔の方へと戻って行った。

 

 

(…)

 

 戦いが終わると、ユウキの周囲には黒い霧が纏わりついた。その霧が晴れると、そこには人の姿をしたユウキが何時通り無表情で立っていた。

 

  『ギュルルルウウグクウゥゥゥ…』

 

 

 怪獣の鳴き声の様な音がユウキの腹から鳴る。それを聞いたユウキは急激にとても強烈な空腹感に襲われて思わず舌打ちする。

 

(…やはりアラガミ化するとやたらと腹が減る…)

 

 記憶を取り戻してからと言うもの、どうにもアラガミ化する度に腹が減る。ユウキは強い飢えに不快感を感じてどうしたものかと思っていると、今しがた倒したフェンリルのコアが目に映る。

 

(…ちょうどいい)

 

 ユウキはフェンリルのコアに手を伸ばし、その一部を力任せに砕いて口に運ぶ。

 

  『ガリッ!!ボキッ!!ベキバキッ!!』

 

 殻を砕く様な音と共にフェンリルのコアを喰らい始めた。あまりのんびりしているとコアが霧散してしまう。今までの喰ってきたアラガミのコアを遥かに超える硬度に苦戦しつつも、それなりに速いペースでフェンリルのコアを食べていく。

 そうしているうちにユウキはフェンリルのコアを全て喰らい尽くす。しかし、それでも飢えは満たされていないと感じていると、今度は周囲には今の戦闘で焼け焦げたり、ミンチの様に潰れたり、或いは殺害した時と変わらぬ様相の『アーサソール達の死体』が目に映った。

 まずは一番近くに居る下半身を失ったレオンの右肩に左手を置き、右腕を掴んで力任せに引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『ベキッボキッ!!…ブチッ!!』

 

 レオンの右腕を肩から無理矢理引きちぎり骨ごと引っこ抜いた。そして指を噛み千切り、骨は噛み砕きながら喰っていく。

 腕を喰い尽くすと今度は腹の肉を毟り取って口に運ぶ。血が抜けていない為、ニチャニチャと汚い水音を発ててひたすら人肉を貪り喰う。そして腹周りの肉が少なくなり、次第に内臓が見えてきた。今度は臓物を引きずり出して一口で

喰らっていく。こうしてユウキは自らの腹が満たされるまで手当たり次第にアーサソールの死体を喰い漁り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -エイジス、管制塔中層-

 

 時は遡って第一部隊がユウキと別れてから少し経った頃、指示通りに管制塔内部をしらみ潰しに探していると、かなり大きな部屋を見つけた。そこには低く、小さな唸っている大きな円錐台の形をした機械が鎮座していた。

 

「これが…感応波発生装置…」

 

「…みたいだね」

 

 思ったよりも大きなスケールにアリサが思わず驚いていると、調子が悪そうなソーマの様子を見たコウタも、目の前にある物が破壊対象だと確信する。

 

「…チッ!!さっさと…破壊するぞ」

 

 アーサソールがいない為、多少マシではあるが感応波で相変わらず不快感を感じて調子が悪くなる。この不快感から解放されたいソーマは早く終わらせようと神機を構える。それに各部隊への増援もしなければならない為、装置の破壊は急務だったので、アリサとコウタもすぐに神機を構えて発砲する。

 2人が撃ったオラクル弾が装置に着弾すると爆発が起こる。爆破弾が装置の表面を抉り取って少しずつ破壊していく。その間に準備を終えたソーマがチャージクラッシュを叩き込む。

 ソーマの一撃が装置の表面を抉り取り、内部にまで届く。装置の中枢を破壊したのか、チャージクラッシュを受けた装置から駆動音が少しずつ小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 ソーマの感応波による不快感もなくなった事で装置が止まったと判断した第一部隊は、居住区で戦っているリンドウと連絡を取る。どうやらアラガミ同士の連携もなくなり、制圧も進んでいるとの事だった。

 感応波発生装置の破壊任務を終え、第一部隊は未だに戦っているであろうユウキの元へと急いだ。

 

 -エイジス、管制塔頂上-

 

 第一部隊が管制塔の頂上に着くと、既に戦闘は終わっていて、床に突き刺した神機を回収しているところだった。

 

「「…」」

 

「…な、何が…起きて…」

 

 しかしそこにはフェンリルやアーサソールの死体はなく、血の海が広がっているだけだった。

 アリサとソーマ絶句して、コウタはどうにか言葉を絞り出したといった様子だった。

 

「ユウ、アーサソールは…?遺体は?」

 

「…」

 

 第一部隊はユウキがアーサソールを葬る所を実際に見ている。その時にはアーサソールの遺体は確かにあった。しかしそれらはユウキに捕食されてしまった。それを知らない第一部隊はあれだけの遺体が何処へ行ったのか検討が付かなかった。

 いや、正確には何となく察しは着いていた。しかし自分達の仲間が人道から外れた事をするはずがないし出来るとは思っていなかった。

 ユウキがそんな事をしたと信じられないコウタは自分達と別れた後に何があったのかを尋ねる。

 

「お前が殺したアーサソール達はどうしたんだよっ!!答えろよ!!」

 

「…」

 

 コウタはユウキがそんな事をするはずがないと、特に強く信じていた。それ故に、アーサソールの遺体がどうなったのか…人道から外れた事はしないのだから答えてくれる。そう思って何があったのかを問い詰める。しかし、ユウキは話す事はなくアラガミ化して飛び上がる。

 

「待てよっ!!ユウっ!!」

 

 コウタは何も話さずに立ち去ろうとするユウキを止めるが、ユウキはそのまま外部居住区に向かって飛んでいった。

 

 -エイジス、管制塔入り口-

 

 更に時は遡り、ユウキがフェンリルを倒したところまで遡る。ガーランドはレオンの手引きでどうにかユウキから逃げきって、管制塔から出てきたところだった。

 

「はぁ…はぁ…ここまで来れば…あとはフェンリルが、神裂ユウキを殺せば…」

 

 普段から杖を必要としている上に義足と言う事もあり、エレベータを使っていたにも関わらず、相当苦労しながらここまで来ていた。その証拠にかなり息が上がっていた。

 取り敢えずこれで自分自身には手を出せないはずだ。あとは最高傑作である究極のアラガミであるフェンリルがユウキを殺せば、後々動きやすくなる。

 あとはどうにかして再度操る手段を確保しなければならないが、アーサソール隊の再建と洗脳装置を用意するには時間が足りない。最悪新型を1人2人拉致してでもフェンリルを手に入れる事を考えていると、『ドスンッ!!』と鈍い音を響かせて、ガーランドの目の前にフェンリルの頭が上空から落ちてきた。

 

「なっ?!わ、私の…私のフェンリル…私の最高傑作がっ!?」

 

 自身が作り出したのは究極のアラガミ…の筈だった。しかし、ガーランドの目の前に落ちてきたのは、間違いなくそんな絶対強者であるはずのアラガミの頭だ。自分の研究成果に対する絶対の自身と目の前で起きている事実が噛み合わずに混乱する。

 そんな中ガーランドの通信端末に着信か入る。

 

「何ですか?!私は…」

 

 ガーランドは乱暴に端末を取り出して電話に出る。目の前の現実に苛立っている事もあり、普段よりも余裕がなく荒い口調で話していく。

 

「貴方は確か…いや、そんな事はどうでもいい。貴方の様な者が私に何のようですか?………何?どういう事だ?言っている事の意味が良く分かりませんよ?」

 

 通話の相手はガーランドからしたら意外な相手だった。しかし、その通話相手の言っている事の意味が良く分からず聞き返す。もう1度話を聞くと、内容を理解したのか、少しずつ狂気的な笑みを浮かべていく。

 

「ククク…良いでしょう。貴方の話に乗りましょう」

 

 ガーランドは通話相手の提案を受け入れたようだ。

 

「貴方と同じ、あの憎き『小僧』に野望を打ち砕かれた者同士、協力する事を約束しましょう…ええ…では後程…」

 

 ガーランドは通話を切ると、狂気的な笑みを浮かべたまま、何処かへと歩いていった。

 

To be continued




あとがき
 フェンリルとの決戦…ですが大したことない様な感じになってしまいましたね。まあ、アラガミ化したユウキの強さを見せる場でもあったので仕方ない…という事でひとつ…そう言えばフェンリルって氷属性なイメージですけど鼻や目から火を吹くらしいですよ。(wiki参照)
 その後もユウキが人として一線を超えたりと色々とやらかして仲間との間の溝をより深くしてしまいました。
 ガーランドも生き延びて何者かと組んで何やら画策している様子…まだまだ人vs人の争いは終わりそうにないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after5 事後処理

事が起きた時、事態の終息よりもその後の処理や復旧の方が遥かに大変だったりしますよね


 -極東支部、支部長室-

 

 ガーランドが引き起こした謀反を鎮め、神機使い達が極東支部に戻ってきた後、様々な施設や設備を破壊された状態の極東支部に戻ってきたペイラーとユウキが事件の経緯を報告するために本部と通話で連絡を取っていた。

 

「…以上がガーランドが企てた騒動の報告です」

 

『成る程…アーサソール隊を殲滅したことで世界統一計画は阻止したものの、首謀者は行方不明…ですか。何にしても迅速な対応に感謝します』

 

 事件の経緯を説明し、エイジスに居た者は勿論、外部居住区の外に居たアーサソールも全滅させた事を伝えると、情報を引き出せなかった事にため息をつきながらも、業務に復帰した本部長は騒動の鎮圧に動いたユウキ達を労った。

 ちなみにアーサソール殲滅の事をペイラーに報告した時、洗脳が解けて記憶を失ったアーサソールは殺す必要はなかったと咎めたが、ユウキはいつか行う反撃の為に記憶が無いと嘘を言っている可能性がある事と、仮に本当に記憶が無いならガーランドの情報を引き出せないので生かす理由もなかったと言ってバッサリと切り捨てていた。

 

『本部の人間による謀反…これにより、極東支部には通常業務に支障が出る程の大きな打撃を与えてしまいました。我々本部の人間が新たな支部長を選出したとしても、不信感から統制が取れなくなる可能性さえあります。そこで、正式にペイラー榊博士を支部長に任命したいと思うのですが…引き受けてくれますか?』

 

 これまではペイラーの扱いの難しさから、本部は彼の権限を強化する事に二の足を踏んでいたが、ここに来てペイラーを正式に支部長へと任命しようと言うのだ。極東支部側からすれば信頼できる人間が上に立つ事になる。しかもペイラー独自の判断で支部や部隊をを運営できる為、条件は決して悪くはないはずだったが、当のペイラーは予想に反してペイラーは小さくため息をついた。

 

「…組織に属する身としては、辞令が出れば否が応でもやらねばならないでしょう?どのみち、私に逃げ道なんてありませんよ」

 

 しかし、ペイラーからすればただただ面倒くさい仕事をさせられるだけだった。本人も自身は研究者だと言う自覚があり、その研究に割ける時間が大幅に削られるのはできれば避けたかった事だった。それを知ってか知らずか、本部長は小さく笑いながら話を続けた。

 

『分かりました。正規の書面と手配はまた後日…と言うことでお願いします』

 

『よろしいのですかアルベルト本部長?!この男は…』

 

 快諾…とはいかなかったものの、辞令が出たらやらねばならないと、半ば諦めに近い心情で支部長就任を了承する。しかし一緒にこの話しを聞いていた人事部長は難色を示していた。

 

『元々は我々本部の人間による失態です。なし崩しとは言え、尻拭いをさせた以上、相応の見返りは必要です。それに支部長の役職を与える事で枷をする事も可能となります』

 

 組織の役職を与える事でその支部に対しての責任を持たせる。それは下に就く者達の生活を盾にしていることと同じだ。マトモな人間であればその責任感から行動を制限し、上の意向に従わせる事ができる。そうやって腫れ物扱いのペイラーを懐柔することが本部長の狙いだった。

 

「そう言う真意は心の内に秘めていて貰いたいものだね」

 

『私はあなた方の様な腹芸は出来ない質なので…それではガーランド氏の謀反の事後処理を始めましょう』

 

「分かりました。ユウキ君、君からは何かあるかな?」

 

 本部長はペイラーを支部長に任命する狙いを臆面もなく語ると、ペイラーは聞きたくなかったとため息をついた。話が大方終わると、今度はユウキに伝える事があるかと聞いてきたので、ユウキは兼ねてから本部に要求しようと思っていた事を話す事にした。

 

「…俺からは2つ…話と言うよりは要求と言ったところでしょうか」

 

『ふむ、何でしょうか?』

 

 話ではなく要求と言う点に本部長は何処と無く興味を持ち、その要求の内容を聞いてみる事にした。

 

「まず1つは、本部が所有権を主張しているエイジス…それを極東支部に返してしてもらいたい」

 

『ふざけるなっ!!あれは本来全人類を保護するエイジス計画の為に造られたものだ!!エイジス計画が本部主導の計画である以上、あれは我々本部が所有すべきものだっ!!』

 

『落ち着きなさい。すまない、続けて』

 

 極東支部へのエイジス返還…それが第一の要求だった。しかしそれを聞いた途端に、人事部長が烈火の如く怒り出した。アラガミが地上を支配して以降、ただでさえ資源が尽きかけている中、エイジスは旧世界時の物品やオラクル資源とあらゆる資源の宝庫となっていた。

 それを狙ったアラガミ達が多数押し寄せては来るものの、それを無視してでも手の内に納めておきたい宝の山であることには変わらない。

 

「今回の一件で本部への信用は地に堕ちた。そんな状況でアンタらにエイジスを預ける訳にはいかない。また何をするかわからないからな。それに、本部は所有権を主張しているが、実際にエイジスの維持と管理にあらゆる資源を使っているのは俺達だ。それに対して、見返りどころか更なる搾取の枠組みを作ろうとしている。そんな連中のやることに着いていこうとは思わんだろう」

 

『貴様は我々を信用できんと言うのかっ?!』

 

 極東支部側からすれば争いの火種になりかねない物を本部に預ける事は出来ないと言うのが本音だった。

 元から本部を信用してはいなかったが、今回の一件でそれを決定的にしただけだったが、それに対して人事部長が更なる逆上で返してきた。

 

「…自分のポストに誇りを持つのは結構だが、権力を盾に人の上で胡座をかくしか能の無い連中に信用なんてあると思うのか?第一、今回の件はガーランドが本部にいる時点で準備はほぼ終わっていた。アンタ達が予め奴の動きを洗い出していれば、極東に来るよりも先に計画を潰せたはずだ。これを職務怠慢と言わずに何と言うつもりだ?」

 

『貴様の様な一介の雑兵ごときが我々上役を愚弄するかっ!!!!』

 

『止めたまえ』

 

 逆上した人事部長に対して、ユウキは今回の一件は本部の怠慢によって引き起こされた、肩書きしか能のない連中には信用などありはしないと煽る。

 するとその本性を現したかのように、自分よりも立場が下であるユウキ達神機使いを、雑兵の一括りにして罵倒する。それを聞いた本部長が少し強い口調で人事部長を止める。

 

「このまま本部の管轄に置いておけばまた陰謀に利用されかねない…ここで腐らせるよりも、俺達の方がアンタ達よりもあれを有効に使える」

 

『ふむ…成る程』

 

 アーク計画の後、エイジスの所有権を手に入れる為に本部が極東支部に着けたいちゃもんと同じ理由を使い、今度は極東支部がエイジスの所有権を主張する。それを聞いた本部長は何か納得したような声をあげる。

 

「あとは…俺に佐官クラスの権限を与えてほしい。正確に言えば部隊の指揮、編成の権限さえあれば後は一兵卒と同じでも構わない」

 

『貴様は士官学校を出てはいないではないかっ!!』

 

 続いてユウキは自身に実動部隊の編成が可能となる佐官の権限を寄越せと要求する。しかしユウキは民間からの徴兵で叩き上げで昇格してきた。当然佐官に上がる条件である士官学校を出ていない為、それを聞いた人事部長は怒り狂った。それに対してユウキは不思議そうな表情と声で返した。

 

「…?だからこうして頼んでいるんだが?」

 

『だからそれが…』

 

『…いえ、良いでしょう』

 

『本部長っ?!』

 

 本来ならば得ることの出来ない権限が欲しいから頼んでいるのに、何故その事に突っ込んで来るのか、ユウキには理解出来なかった。しかし人事部長からしたら持てない筈の権限を寄越せと言ってきている時点でおかしな事だと、再度怒り狂いながら説教しようとしたが、予想に反して本部長が了承してしまった事で、その怒りをぶつける様な勢いで本部長に聞き直した。

 

『先程も言いましたが今回の件は我々の失態です。その後の後始末を押し付けている以上、相応の見返りは必要となります。むしろこの程度で済むのならば、まだダメージは小さい方です』

 

 本部長曰く、ユウキの権限の強化とエイジスの返還程度で済むのならばダメージは大きくはないとの事だった。勿論エイジスを手放す事は痛手だが、極東支部から反撃されるよりはマシだと考えた結果だった。

 

『…わかり…ましたっ…』

 

『確か現在は中尉でしたね。こちらの都合でありますが、権限と階級が変わってくると面倒です。少佐への昇格の為、多少手続きの為に書類を書いてもらいますが、よろしいですか?』

 

「ええ、ありがとうございます」

 

『ただし、今後はこれ以上の昇進は出来ないと思ってください』

 

「分かりました」

 

『エイジスの返還も直に進めます。では、今回の会議はここまでとします』

 

 とにかく、ユウキの昇進とエイジスの返還が決まった。今回の決定に不服だったのか、人事部長は悔しさを滲ませた声でこの決定を承認した。この後はガーランドの件で極東支部の設備や外部居住区の復旧もあるため、会議はここでお開きとなった。

 

 -エントランス-

 

「…」

 

「「…」」

 

「「「…」」」

 

 ユウキが本部への方向をしている頃、エントランスには神機使いや極東支部のスタッフが集められていた。そんな彼らに対して、呼び出した張本人であるツバキとその理由であるシェリーとライラの3人が向かい合う様に立っていた。

 しかしツバキは何処から話していいものかを考えていて、シェリーとライラも状況がよく分からずに待ちに徹し、呼び出された神機使い達は目の前に見知らぬ女が2人も居てどう対応していいか分からずにしばらく無言となっていた。

 

「今日は諸君らに報告しておきたいことがある。まずは…全員『彼女』達が見えているか?」

 

「え…は、はい…」

 

「お、同じく…」

 

 ツバキの発言を聞いた大多数は過労で遂におかしくなったのかと思いながらも、死にたくないのでそれを口に出さずに見えていると答える。

 

「ならいい。博士とも話し合った結果、今後彼女らもアナグラの戦力として前線に出る事となったので紹介しておく」

 

「シェリーよ…よろしく」

 

「ライラだよ~…」

 

 挨拶を促された2人は自らの名を名乗るが、シェリーは目付きを悪くして、不機嫌そうな声色で話す。対してライラは何時もと変わらぬ様子で軽い調子でフランクに挨拶をする。

 しかしある人物を見つけると、ライラはその相手の方向に向かって放物線を描く軌道で急にジャンプする。

 向かった先は防衛戦の時、暴言で2人を迎えた神機使いだった。目的の人物の肩へ器用に着地して、所謂ヤンキー座りの様な状態になる。すると相手の髪を掴んで上を向かせると、ライラは頭突きでもするかのような勢いで顔を近づける。

 

「ヨ・ロ・シ・ク」

 

 どう見ても怒りと狂気に満ちた歪んだ表情で挨拶をする。突然の事と、ライラが発する異質な雰囲気に呑まれ、標的となった神機使いは動く事も言葉を返す事も出来ずにただ立っている事しか出来なかった。

 その後、相手をビビらせて満足したのか、ライラはさっきと同じ軌道で飛び上がり、元居た場所に戻っていった。

 

「彼女達は何と言えばいいか…ユウキの神機の精神が実体を持った存在らしい。色々と疑問に思う所はあるだろうが、その特性上、現時点では驚異ではない」

 

「い、良いんですかツバキさん?アナグラを狙ったスパイって可能性は…?」

 

 戦力が増える事は歓迎すべきことだ。しかし、その正体が神機の精神体などと、与太話も良いところだ。実在するかはともかく、極東支部の転覆を狙った組織の一員ではないかと疑ってかかるのも当然だ。

 

「問題ない。腕輪のIDを照合したが、どの神機使いとも一致しなかった。それに…目の前で突然消えるなんて人間には出来ない芸当を見せられたからな…我々の理解が及ばない存在なのは間違いない。あとは彼女らの言い分と現状に食い違いは無いと言うのも信用した理由だ。ユウキの指示でアナグラの防衛にも参加してくれた事を見ても、現時点では敵ではないと判断した。ただ、ユウキが我々を敵と認識した場合、その時は牙を向けるだろうな…」

 

「それ…信用できるんですか?」

 

 ツバキの説明を聞いた神機使いの一人が疑問を投げ掛ける。ツバキの話では説得するにしては根拠が乏しく強引だった。シェリーとライラについて軽く説明を受けても到底理解できる事ではないし、信用できる人の方が少ないのも無理はなかった。

 

「彼女らがその気になれば人知れずアナグラを壊滅させる事も可能だ。だがそれをしないのは、ユウキと彼女らに敵対の意思が無いからだ。それに、ガーランドとアーサソールによるアナグラへの襲撃により各フロアが攻撃を受ける中、博士のラボや役員区画の損傷が少なく、重要な施設を守れたのは彼女達のお陰だ。実力も申し分ない事と現状を鑑みて博士と協議した結果、以降は彼女達も戦力に加わる事が決定した。異論は認めん」

 

「そう…ですか」

 

「報告は以上だ。アナグラや居住区の復旧作業もある。各自速やかに持ち場へ戻るように。それでは解散」

 

 2人が極東支部を襲撃するつもりならば、ガーランドの襲撃に便乗した方が効率的だ。しかも自身の存在も秘匿でき、攻撃するなら絶好のタイミングだった。しかし彼女らはそれをせずに極東支部を護った。

 もしかしたら機密データを盗み出す為に支部を防衛したのかも知れないが、ユウキと自然に会話していた事もあり、少なくともユウキと近い関係である事は間違いないため、2人がスパイの可能性は低いと判断した。

 納得はしきれないものの、ツバキやペイラーが戦力に加えると判断した以上拒否権はない。渋々戦力の追加を了承すると、そこでツバキからの報告が終わりって各々持ち場に戻っていった。

 

 -神機保管庫-

 

 ガーランドの襲撃からの数日後、相変わらず独りで防壁の外にアラガミを討伐しに行っていたユウキが帰ってきた。そのまま神機保管庫に籠り、自分の神機を調整していると前触れもなく保管庫の扉が開いた。

 

「ここに居たんですね…」

 

 扉が開いて数秒後、後ろからアリサの声が聞こえてきた。

 

「…何だ?」

 

 だがユウキは振り返らずに作業を続けたまま返事をする。

 

「実は…少し前から、ロシア支部で新しい部隊の発足するって話が持ち上がっていて…しばらくロシア支部に戻ろうかと思うんです」

 

「そうか」

 

 アリサは言いにくそうにロシア支部へ一時転属する話をしたが、ユウキは興味がなさそうに作業を続けながら返す。

 

「何でも対禁忌種部隊が設立されるらしいのですが、ロシアでは禁忌種との戦闘実績はあっても討伐の実績は殆ど無いんです。そこで私が部隊の指揮や指導をしてくれないかと打診があったのですが…」

 

 どうやら禁忌種対策の一環としてロシア支部から呼ばれたようだ。今後も増えていくであろう強敵への対策が支部の隔たりを越えて行われるのはフェンリル…強いては人類にとっても大きな意味がある。

 しかし現在極東支部はあらゆる施設や設備が被害を受け、復旧作業をしながら通常の任務をこなしている最中と言うこともあり、アリサは相変わらず言いづらそうな口調で帰郷の件を説明する。

 

「いいんじゃないか。アリサが行きたいのならば行けばいい」

 

「分かりました。それじゃあ、少しの間アナグラを離れますね」

 

「あぁ」

 

 状況が状況なので、怒られるかと思って内心ビクついていたが、想像よりもあっさりと許可が出た。むしろ行きたいならば行けば良いと言っていたが、ユウキは大して感心をみせなかった。それを聞いたアリサも特に何かを言うわけでもなく、あっさりと保管庫から出ていった。

 

 -極東支部、ヘリポート-

 

 アリサが一時的にロシアへ帰る事が支部内に伝わってから数日が経った。一時転属の手続きも終え、あとは荷物と一緒にヘリに乗り込むだけだ。一時お別れと言うこともあり、ヘリポートには第一部隊が見送りに来ていた。

 

「アリサはロシア支部に一時転属か…しばらくは会えないのか」

 

「なんです?寂しいんですか?」

 

「そりゃあ仲間と離ればなれになるのは寂しいに決まってるじゃん」

 

 コウタが気の抜けた声でロシアに旅立つ日が来たんだなと言ってきたので、寂しいのかとアリサは茶化す。だがコウタは『何かおかしな事でも言ったか?』と言いたげな顔で、離ればなれは寂しいと答えたのでアリサは少し驚いたような顔をした。

 

「ユウは…やっぱり来なかったな」

 

 そしてコウタが辺りを見回しても、部隊長のユウキは部下であるアリサの見送りに来ている様子はなかった。色々と豹変してからと言うもの、見送りの為に集まる事はしないだろうとは思っていたが、心の何処かでは来てくれると思ってたので、コウタの言葉からは落胆の意思が滲み出ていた。

 

「良いんですよ。任務に出た以上、仕方ない事…ですから…」

 

 アリサ本人も仕事だからと割り切ったような事を言ったが、本心は別れ際に何か言葉を交わしたかったのが本音だった。それを証明するかのように、アリサの声は落ち込んだ声色をしていた。

 

「けど、何だってこの時期にロシアに帰る事にしたの?」

 

「…ここ最近、何も出来なかったから…」

 

 ここでサクヤが誰もが思っていた事をアリサに尋ねる。今、極東支部や外部居住区の至るところがアラガミによって破壊されている。神機使い達の中にも自らの部屋を失っている者が多数いる程の被害だ。

 第一部隊や付き合いの長い連中は特別、悪感情を持ってはいないが、入隊して日の浅い隊員達は『何故こんな大変な時に?』と思うのも無理は無い。そんな疑問を投げ掛けられたアリサはその背景を察したのか、少し下を向いて言いにくそうに返した。

 

「私…立ち直れたと思ってたんです。でも、ユウが居なくなって戦えなくなったり、記憶を失くした時も取り乱して…結局、今までのように戦えなかった。今のままだと、足を引っ張るだけになってしまう…だから、ここで1度自分を鍛え直そうと思ったんです。それに…」

 

 ユウキが居なくなってから戻ってきた後まで、ユウキの事を気にしすぎて本職であるアラガミ達との戦闘がおざなりになっていた。その結果、何の役にも立てなかった事を後悔していた。

 この様な心持ちでは自分は勿論、周りの人間にも危険が及ぶ。ここできっちり戦える様にならないと迷惑ばかりかけるとアリサ自身も感じていたが故の転属だった。だがそれとは別の目的もあるのか、アリサは言葉を続ける。

 

「もうこれ以上…ユウにおかしな事をさせない為にも、彼と対等な存在だと認めさせないといけないと思うんです。そして…いざとなったら、力ずくでもユウを止める。でないと…ユウの帰る場所が…何処にもなくなってしまう気がして」

 

 自分を鍛える目的もあるが、自身も力を付けないとユウキが暴れた時に止める事が出来ずにさらに孤立してしまう。この通りに孤立したのならばそれは自業自得だが、そんなことをさせない為にもユウキを止められるだけの強さを持っていると認めさせないといけない。

 自らをもう1度鍛え直すきっかけを思い出す様に、その決意を言葉にして改めて第一部隊へと伝えた。

 

「武者修行…ってわけか」

 

「はい。そんなところです」

 

 リンドウの例えは的確だった。ユウキ一人の状態からモロに影響を受け、ろくに戦えなくなった自分への戒めと鍛え直し…今の例えがピッタリだと感じたアリサは肯定をリンドウに返す。

 

「アリサはまだ…ユウの事を信じてるんだ…」

 

「はい。私には、どうしてもユウが本心でやったとは思えなくて…」

 

 『そう思いたいだけかも知れませんが…』とアリサが付け足すと、コウタは『そっか…』と返す。しかしこれ以降会話が続かず、しばらく沈黙が続いて気まずい雰囲気になってしまった。

 

「…あーっ!!ごめんっ!!せっかくの見送りが湿っぽくなっちゃった!!」

 

「そうですよ。コウタは元気しか取り柄が無いのに、悩んだり落ち込んだりするなんてらしくないですよ」

 

 せっかくアリサが新しい決意をして旅立つのに悲しんでちゃ勿体ない。沈んだ空気を払拭するためにも、冗談目かしてコウタが『あんだとぉ?!』と怒るとその場から笑い声が響いた。

 

「それじゃぁ…そろそろ行きますね」

 

 一頻り笑った後、遂にアリサは出発する事を伝える。

 

「元気でな!!」

 

「向こうに着いたら連絡ちょうだいね」

 

「達者でな。やること終わったらちゃんと帰ってくるんだぞ」

 

「せいぜい頑張ってこい」

 

 それぞれが別れ際にアリサを激励する。それを聞いたアリサは『いってきます』と言ってから踵を返す。一時的とは言え仲間との別れと一番話したかった人と会えなかった寂しさ、それから新しい部隊への期待と不安を胸にヘリへと乗り込みロシアへ旅立った。

 

 -荒野-

 

 辺り一面荒れ果てた荒野に、数え切れない程のアラガミの死体が散らばっていた。そしてその中心に居たのはユウキだった。目に映った敵は全て倒し終えたのを確認すると、ユウキは神機をしまって歩き出そうとする。するとちょうど極東支部からヘリが飛んでいくのが見えた。

 

(…行ったか…)

 

 今しがた飛んでいったヘリがアリサをロシアに連れていくものだと察したユウキは、しばらくそのヘリを眺めていた。

 

(…まあ、アリサなら大丈夫だろう…)

 

 アリサは強い。それはユウキだって良くわかっている。禁忌種程度に遅れをとることはないだろうと考えると視線をヘリから逸らし、ユウキは宛もなく独り荒野を歩き始めた。

 

Next Part 111




あとがき
 事後処理って面倒ですよね。やってもやっても終わらない…
 てな訳でスパイラル・フェイト編が終わりました。この後、ガーランド様の襲撃で内部からダメージを受けたアナグラの修復、外部居住区の再建等々、やることがいっぱいです。
 そんな中、アリサがロシア支部に武者修行に行ったり、ガーランド様が誰かと密かに組んだりと動きが出てきました。そろそろ本小説も後半戦に突入し、アラガミの驚異がある中、未だ人と人が権力争いをしている等、問題が山積みとなっています。その辺の問題をどうやって解決させよう…かなぁ…
 下に人物紹介乗っけときます。今回は多いです。

Norn -登場人物-

  シェリー
  性別:女(?)
  年齢:???
  誕生日:???

使用神機             
 刀身: アイーダ(ショート)
 銃身:エルフ・ヴィッリ(スナイパー)
 装甲:ヘンリー(シールド)

 ユウキの神機の精神体を名乗る長い金髪、金目の長身の女性。本来は実体もないし視認できる存在ではないが、ユウキが感応現象を応用して周りの人間に認識させている。戦場には似つかわしくない背中がざっくりと開いた黒いドレスを着ている。
 目付きは鋭く、いつも怒っている様な雰囲気の通り、口調もきつい。他人には突き放すような態度で接するが、ユウキの指示には必ず従う。
 戦闘では軽い神機構成と、自身の身軽さを生かして踊るように戦い、戦場を駆け回る。さらにショートブレードでボルグ・カムランを一撃で真っ二つに切り捨てる等、ひと並外れた強さの持ち主でもある。
 他者には気を許さないが、同じ神機の精神体であるライラとは仲が良く、ユウキには軟化した態度で接する。しかしユウキからは信用されていない事を気にしている。
 そしてアリサに対しては顔を見るだけで憎悪が隠せなく程嫌いっていて、初めて会ったなりに全力のビンタを浴びせた。

  ライラ
  性別:女(?)
  年齢:???
  誕生日:???

使用神機             
 刀身:クツナギ(バスター)
 銃身:ムスペル(ブラスト)
 装甲:ボルソルン(タワーシールド)

 ユウキの神機の精神体を名乗る、金髪を赤いリボンで短いツインテール(所謂ビッグテール)に纏めた金目の10歳前半の少女。
本来は実体もないし視認できる存在ではないが、ユウキが感応現象を応用して周りの人間に認識させている。元々はユーリの神機の精神体だった。
 口調は見た目相応に幼く、フランクな態度で周囲と接する。どうでもいい人間と話す時は、時折その幼さ故に残酷な言葉を投げ掛けたりしているが、好きな人、嫌いな人と話す場合はその人の心理を読んで言葉を選んで話す等思慮深い一面もある。特に嫌いな人には自制心が効かず、すぐにキレて攻撃(口撃)する。
 黒い戦闘服を着て、身の丈よりも遥かに大きいバスターブレードを振り回す。小柄なため、重装備にも関わらず小回りが効く。一回の攻撃で多数の敵を巻き込む等、豪快、かつシンプルな戦い方を好む。
 戦闘でも幼さ故に加減を知らず、必要以上に痛め付ける等、残忍な一面もある。
 ユウキの命令には従いはするものの、シェリーとは違い、意見がある時はしっかりと伝える。シェリーとは、ユウキに相手にされずに落ち込むのを目撃する度にフォローをする仲。

  神裂ユウキ
  年齢:18
  誕生日:12月24日(修正済)

 2つの神機を使った事で止まっていたアラガミ化が再度進行、その際ユウキが元々持っていたP16偏食因子が多量に生成されてさらに進行が加速する結果になる。遂にアラガミ『レイヴン』へと姿を変える。その際、自身の偏食因子に色素を喰われて白髪、瞳孔も縦に伸びて赤銅の瞳へと変わった。クロウ撃破後、地球のコアであるノヴァとの接触し、恐竜の時代以前の生命と星の歴史全てをコアに記録して終末捕食の起動させる特異点として覚醒した。
 自身が全ての人間を死に追いやり、世界を終わらせる存在となった事で、自身の命を狙う者を敵とし、敵を滅ぼし生き抜く事を第一に考える様になった。それは身内でも変わらず、手を上げてきた神機使い達を半殺しにして返り討ちにしてきた。その結果、周囲の人間や神機使いとも大きな確執が生まれ、孤立している。
 更にはガーランド率いるアーサソールを全員殺害し、直後に覚醒したフェンリルを撃破。死体は全て喰らった。ガーランドの暴走を阻止し、交渉の結果、少佐へと昇進する。

  神裂ユウキ(アラガミ)
  名称:レイヴン
  
 ユウキのアラガミ化が再度進行し、それを浄化しようと元から持っていたP16偏食因子の暴走によって変化した姿。背中と頭に黒い翼が生え、空中戦にも対応できるようになった。
 全身の色素が失くなったかのように真っ白な肌、四肢には黒色の鋭い爪、ボリュームのある長い白髪、縦に割れた瞳孔と金色の瞳と、いくつかシオと似通った特徴がある。元々は鮮やかな紅色の瞳だったが、特異点に覚醒した際に瞳の色が金色に変わる。欧州では数回目撃されているが、発見、調査に向かった部隊は全て全滅、写真もシルエットが分かる程度の不鮮明なものだったので、外見の特徴から本部がレイヴンと名付ける。
 空中戦では他のアラガミよりも小さい身体を生かして小回りを効かせ、地上戦では獣脚による瞬発力で初動から一気に距離を積めて懐に飛び込み、両手足の爪で敵を切り刻む。
 両手の全ての爪の先には小さなオラクルの発射口があり、狙撃弾を撃つことも可能。或いは発射口からオラクルを掌に集めて爆破弾、破砕レーザー、更には爪にオラクルを纏わせて斬撃を飛ばすこともできる。
 フェンリルを相手にした時は圧倒的な強さを見せ付


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新人教育編
mission111 第零部隊


第零特殊遊撃部隊とかどこぞの忍者部隊みたいな名前してんな


 -ユウキの部屋-

 

「…集まったようだな」

 

 ガーランドの襲撃からしばらく経った。極東支部の居住区画等がダメージを受けて何人かは自室を失ったりする等、未だに極東支部復興の目処が立たない中、ユウキは辛うじて無事だった自室に第一部隊とシェリー、ライラを呼び出した。

 

「今から話す内容は他言無用だ。くれぐれも外に漏らす事のないように」

 

「わ、分かった…」

 

 集まるなりユウキから他言無用と言う物々しさを感じる言葉が発せられ、コウタは身構えながら答える。

 

「先日、ペイラー・榊博士が正式な支部長に就任したのは知っているな。それに伴い、今後計画している活動の為に新たな部隊を設立した。俺もその部隊に配属となるため、状況次第では第一部隊の運用をリンドウさんに任せる」

 

「了解しました。上官殿。それで、その新設部隊ってのは?」

 

 ユウキの口からペイラー直轄部隊が設立された事を発表されると同時に、今後は第一部隊をリンドウに任せる事があると伝える。リンドウは何時ものように冗談めかした口調で了承すると、本題であろう新設された部隊の詳細を聞いてみた。

 

「『第零特殊遊撃部隊』…榊博士直轄の特殊部隊だ。特務の中でも特に秘匿性の高い任務を担当する。その任務の内容故に、記録を一切残さない、存在そのものを秘匿された部隊だ」

 

「なるほど。要はゴースト部隊と言うわけか」

 

 ユウキ曰く、新設された部隊は記録に残さない実体の無いものだった。決して外部、特に本部に漏らす事の出来ない任務を請け負う部隊と言う特徴から、ソーマは存在そのものを秘匿された幽霊部隊だと結論付ける。

 

「この部隊はシェリーとライラの存在を秘匿するものでもある。よって2人もこの部隊の所属となる」

 

「分かりました」

 

「はーい」

 

 シェリーとライラの存在を本部に知られると、その本体の所有者であるユウキについて調べられる可能性がある。そうなれば最悪特異点の存在までたどり着き、その力を欲して争いになる可能性がある。

 そう言った事態を防ぐ意味でも、新しい部隊はペイラーからの特務をこなす部隊であると同時に、存在を知られると厄介な2人の存在を隠す為の隠れ蓑にする必要があった。当然、シェリーとライラはこの部隊に配属となるり、2人はユウキの指示に素直に応じる。

 

「ねぇ、さっき言ってた特務については…教えてくれないの?」

 

「いずれ博士から話がある。まだ色々と見通しや確証がない状態らしい。そう言った不確定要素を潰す為の調査も既にやっている」

 

「…そう」

 

 そして最も気になる新部隊設立の背景にある、秘匿性の高い特務についてサクヤが尋ねる。しかしユウキはペイラーから話があるまでは待てと言って詳しい情報は開示しなかった。

 

「話は以上だ。さっきも言ったがこの部隊は秘匿性が高い。周囲に漏らす事のないように」

 

 シェリーとライラの存在を隠し、ペイラーからの特務を任される部隊にユウキ自身も配属される。その事を第一部隊に伝えてその場は解散となった。各々帰っていく姿を見送りながら、ユウキは少し前の事を思い出していた。

 

 -数日前、支部長室-

 

 ペイラーから相談があると呼び出され、ユウキとツバキは支部長室に来ていた。2人が揃うと2、3前置きを話した後、本題について話し始める。

 

「さて、本格的に支部長としての仕事をする前に…シェリー君とライラ君の扱いをどうしようかと思ってね…」

 

 どうやらシェリーとライラの所属について頭を悩ませているようだ。2人は正規の神機使いではない、奇想天外な存在だ。本部に知られると色々と厄介な事になる。どうにか彼女らを本部の目から隠しつつ仕事を任せる方法は無いものかと、デスクに両肘を突いて困ったと言いたげに脱力する。

 

「第一部隊の幽霊隊員…ではいけませんか?」

 

 ツバキが真っ先に思い付く方法を提案する。しかしペイラーはそれではダメだと首を横に振る。

 

「それではいつか記録と事実に差が出てきてしまう。エイジス奪還の件で本部からの監視の目が強くなりつつある現状では、実体も登録もされてない彼女達の成果を記録する訳にはいかないからね。うーん…そうなるとやっぱり…」

 

「部隊そのものをゴースト化する…ですか?」

 

 第一部隊は正規の部隊である以上、成果はきちんと記録して報告しなければいけない。それらの記録に食い違いがあるようでは極東支部の立場は一気に悪くなる。

 そうなれば余計な事を詮索され、ユウキの特異点やシェリーとライラの存在を嗅ぎ付け、実験や能力を利用されかねない。そう言った事態を未然に防ぐ意味でも記録や成果が残らない幽霊部隊を作ってしまうのが手っ取り早いとユウキは考えていた。

 

「推奨は出来んが…やはりそれしかないか…」

 

「シェリーとライラの存在を秘匿するにはあらゆる記録に残らない、残さない部隊を用意するのが手っ取り早い。それに、今後を考えると特殊な部隊運用が必要になる。そう言った『通常任務でも特務でもない』任務をこなす部隊であれば記録に残らなくてもあまり怪しまれないでしょう。どちらにせよ、『防壁外への進出』を考えれば事前調査は必要だ。その隠れ蓑にもちょうどいいかと…」

 

 しかし、ゴースト部隊によって2人の記録は存在しなくとも結局は成果自体はある。しかしそれらの情報が漏れた場合は徹底的に追及される点をツバキは警戒していた。情報統制を徹底すれば危険度は低くなるが、それが本部に知られた際の対処が難しくなるのがゴースト部隊を設立するデメリットでもある。

 しかし、今後の活動を考えると、どちらにせよゴースト部隊は必要になると言って、ユウキは部隊設立に向けて動き出すべきだと進言する。

 

「そうだね…よし、ならば新たにゴースト部隊『第零特殊遊撃部隊』を設立、彼女達はこの部隊に配属となる。ユウキ君にはその部隊での隊長も勤めてもらうよ」

 

「…」

 

 ここまではユウキの狙い通り。今までに言った事には嘘偽りは無い。しかし、ユウキがゴースト部隊設立を推す目的は自身の判断で動けるワンマン部隊を作り上げる事だった。第一部隊の様な正規の部隊で好き勝手に動けば処罰される。その対策として、ユウキが単独で動けるワンマン部隊を佐官権限で作り上げ、自身をその部隊へと配属する。それがユウキの目的の1つだった。

 

「…ならば、俺は今日限りで第一部隊隊長を降りる」

 

 そして仕上げに部隊編成の権限を使い、ユウキは自らを第一部隊から外すと言ったが、それを聞いたツバキの目付きは鋭くなる。

 

「…そんな事が認められると思っているのか?1人の都合で部隊長をコロコロと変えられるはずがないだろう」

 

「第零特殊遊撃部隊はその特性上、支部を開ける事が多くなるのは確実…お飾りの隊長よりも、現場に出られる人間に任せた方が隊員の士気も上がる」

 

 いくら部隊編成の権限を持っているとは言え、今回の隊長辞任は明らかに個人的な理由で行われた乱用だった。言ってみればワガママだ。仮にも人の上に立つ者がそんな事をしていい訳がないとツバキは諭すが、ユウキは部隊長は隊員と共に現場に出る事が仕事だと言い、2人の意見が対立した。

 

「残念だけど、それを認める訳にはいかないね。君には何としても第零部隊隊長と兼任してもらうよ。何なら第七部隊隊長も任せちゃおうかな?」

 

 しかし、ペイラーから横槍が入る。ツバキと同じ意見でユウキを諌めるが、それを聞いたユウキは表情を変えずにペイラーを睨む。

 

「…なら拒否するだけだ」

 

「君より私の権限の方が遥かに強いよ?拒否して暴れるのも結構だけど、その後は世界中のフェンリル組織から狙われる事になる。それが分からない訳でもないだろう?」

 

「…」

 

 ユウキは断固拒否するつもりだったが、ペイラーが支部長としての権力を行使すれば嫌でも隊長職を兼任させる事ができる。それを無視したり、納得がいかないと暴れようものなら、そのまま本部で査問会議にかけられるのは目に見えている。それからも逃げようものならフェンリルが全力で追いかけるだろう。

 正直、フェンリルを相手に暴れる事自体は構わなかったが、今はフェンリルと争う理由は無いし、特大の面倒事を自分から起こすのも得策ではない。

 しかし、内心ユウキは心の内では支部長の権限を行使される事が考えから抜けていた事に舌打ちしていた。今までが支部長代理と言うことで大きな権限が与えられていなかったが今は正真正銘の支部長だ。その事を失念し、今までと同じような感覚で交渉してしまった事が敗因となった。

 

「それに、第一部隊隊長を勤め続けるのは君を守る事にもつながる。君程の有名人が突如隊長職から外すと本部にあらぬ誤解を受けそうだからね。本部からの余計な追撃を避ける為にも、悪いけど今の君を自由にする訳にはいかない」

 

「…分かりました」

 

 ペイラーが言うには、今回の采配は単純にユウキを押さえ込む為だけの処置ではなく、ユウキがフェンリルから追及されるのを防ぐ意味もあるようだ。

 フェンリル界隈でも有名な神機使いが突然の隊長辞任、さらに所属先が不明ともなれば怪しまれるのも当然だ。そうなると各方面から追及され、予定していた活動どころではなくなる。

 その事を察したユウキは仕方ないのでペイラーの指示通り、第一部隊と第零部隊の隊長を兼任する事に合意した。

 

 -ユウキの部屋-

 

「ゆ…き……ん…?ユッキー君?ユッキーくーん?」

 

 少し前にあった事を思い出していたせいで、完全に注意が他に向いていた。ライラがユウキに話しかけるが、しばらく反応がなかったためか、不思議そうな顔でユウキの顔を覗き込んでいた。

 

「どうかしたの?」

 

「…いや、何でもない。それはそうと、今のユッキー君とは俺の事か?」

 

「そうだよ。可愛いでしょ?」

 

「…コロコロ呼び方を変えるな。分かりにくい」

 

 ユウキの問いにライラは『ニシシ』とイタズラっぽく笑う。しかし今までは主君と呼ばれていたのに、突然ユッキー君に変えられると自分が呼ばれているのかよく分からなくなる。呼び方を変えるのは結構だが、そう何度も変えるのはやめろと呆れた様子でユウキはライラに釘を刺しておいた。

 

「ユウキ、最近ずっと戦いっぱなしで疲れているじゃない?少し休んだ方が…」

 

「…そんな事はどうでもいい。それより、早速だがお前たちには博士の特務に出てもらう。内容は単純だ。エイジスのアラガミの掃討…」

 

 しかし、ユウキがライラに話しかけられているにも関わらず、すぐに返事をしなかった所を見て、シェリーはユウキが疲れているのではないかと思って休むよう伝える。だが、ユウキはお前たちが気にする事ではないと言って切り捨て、2人にペイラーからの特務の内容を伝える。

 

「これは今後、防壁外に進出するためのものだ。資材回収ができるよう、必ず安全圏を確保しろ」

 

「…いよいよだね」

 

「ええ。これで防壁外進出の為の資源確保ができる」

 

 アーク計画を止めてからと言うもの、人とアラガミが共生できる世界を目指しながらも資源不足で動けずにいた。だが、資源の宝庫となっているエイジスが返還され、1年以上待たされていた共生の計画がようやく動くのだと思うと、シェリーとライラもどこか感慨深く感じていた。

 

「それじゃぁ…このまま出撃しますね」

 

「いってきまーすっ!!」

 

「…ああ」

 

 自分達の任務は共生計画の第一歩だ。必ず任務を成功させて資源を確保してみせると2人は意気込んでユウキの部屋を出ようと踵を返す。

 その際、いつもは冷たい態度をとるユウキが2人の声を聞いてちゃんと返事をしてくれた。ユウキと普通の会話ができたとライラは勿論、シェリーでさえもスキップでもしたくなる程に上機嫌となってエイジスへと向かった。

 

 -鎮魂の廃寺-

 

 シェリーとライラが出撃した後、ユウキも緊急の任務でハガンコンゴウ4体を討伐しに旧寺院に来ていた。周囲の気配に違和感を感じつつも、さっさと終わらせて第零部隊の任務を始めようと考えながら寺院中階まで歩いて来た。すると、ユウキを取囲み配置で4つの気配を感じ取る。

 

 『『『『グォォオッ!!』』』』

 

 討伐目標のハガンコンゴウの群れが壁の上から飛び降り、上階と下階から

現れた。既にユウキを囲って攻撃体勢に入っていた。

 

「…」

 

 正面と右側のハガンコンゴウがユウキに殴りかかる。それを神機も抜かずに左側へと跳んで躱すと、後ろから電撃を纏いながら転がってきたが標的を失い、殴って来た2体と激突した。その間に最後のハガンコンゴウが全方位に電撃を撃ってきた。ユウキは電撃を撃ってきたハガンコンゴウの方向に向かいつつ大きくジャンプして避け、そのまま標的の頭を掴んでハンドスプリングで上に再度跳ぶと、壁を越えて下階まで降りていった。

 

「…」

 

 降りた先で両神機を抜いてから数秒後、全てのハガンコンゴウが二手に別れて狭い通路の出入口から挟み撃ちにしてきた。対してユウキはチャージ捕食の準備に入り、両手の神機から獰猛な猛牛を思わせる立派な角が生えた捕食口『ベンディガー』を生やす。

 

 『グォォッ?!』

 

 まずは左側、その先頭のハガンコンゴウがユウキにダイブしつつ殴ろうと右腕を振り上げる。しかしその頃には右側のベンディガーから大量のオラクルを吹き出し加速したユウキが先頭のハガンコンゴウの腹を喰い破り、倒していた。そのまま勢いは衰える事なく、後ろに居たハガンコンゴウも一緒に喰い倒す。

 そして今度は左側の捕食口からオラクルを吹き出して逆方向に加速する。同じように先頭のハガンコンゴウの胴体を喰い千切り、貫通したユウキはそのまま後ろのハガンコンゴウにも追撃する。

 しかし距離があった為、最後のハガンコンゴウは左半身を喰われただけにとどまり、辛うじてコアへの致命傷は避けることができた。だが喰われた直後、ハガンコンゴウの後ろから横一線に斬撃で攻撃される。当然攻撃したのはユウキだ。すれ違い様にとどめを刺せなかったと悟ったユウキによる最後の一撃で、あっさりとハガンコンゴウのコアは真っ二つになった。

 

「…」

 

 任務が終わり、神機をしまって第零部隊の仕事である防壁外の調査をしようとする。すると近くでコンゴウ種の雄叫びが聞こえてきた。

 

 『グォォオッ!!』

 

(…まだ生き残りが居たのか…)

 

 任務では4体と聞いていたか、今では距離があったせいか、どこかハッキリとその気配を掴めずにいた。だが今の雄叫びを聞いてここに来た時の違和感の正体にようやく気付いた。

 敵となるアラガミが近くに居るなら倒すだけだ。ユウキ気配のする方に大きくジャンプして、中階の壁の上に乗る。そこからさらに上に跳んで本殿前の櫓まで飛び上がった。

 ハガンコンゴウの足音と人の息づかいが下から聞こえてきた。音と気配がした方を見ると手を引かれて必死に走る2人の少女が2体のハガンコンゴウに追われていた。

 

「ま、待ってよお姉ちゃん!!」

 

「トウカ速く!!追い付かれる!!」

 

 姉妹であろう少女達は必死にハガンコンゴウから逃げる。しかし姉と妹では足の速さに差があるのは当然の事だった。妹と思われるトウカと呼ばれた少女は力任せに引っ張られる様に走らされたため、次第にバランスが取れなくなって派手に転んでしまった。

 

「あうっ!?」

 

「トウカ!!」

 

 転んだ時に手を離してしまった姉は転んだ妹を起こそうと手を貸す。しかしその頃には1体のハガンコンゴウが2人に飛びかかる。

 

「っ!!」

 

 迫り来るハガンコンゴウを見て、もう間に合わないと悟った姉はトウカを庇う様に抱きかかる。

 

(どうか…トウカだけは…!!)

 

 かつて信じられていた神へと救いを求めて思わず両目をギュッと瞑り、すがる様に強く祈る。

 

 『ザクンッ!!』

 

「…え?」

 

 しかしいつまで経っても痛みはおろか、触れられる感触さえもない。代わりに張りのある肉を斬り裂いた様な小気味良い音が聞こえてきた。

 姉は何が起きたのかと恐る恐る目を開ける。そこには両手に神機を持ち、左手で逆手に持った神機をハガンコンゴウの首を貫いて地面に突き刺したユウキが姉妹に背を向けて立っていた。

 

 『グォォオッ!!』

 

「…」

 

 残ったハガンコンゴウが雄叫びと共に上から飛びかかる。対してユウキは表情を変える事もなく、右の神機内から外へと軽く振った。

 

 『ヒュンッ!!』

 

 空気を切り裂く音と共にハガンコンゴウが真っ二つに別れた。コアごと斬り裂かれたハガンコンゴウはそのまま死に、ユウキはその時に飛び散った血を浴びる事になった。

 

「ぁ…」

 

 ユウキは神機を下ろし、その場で首だけ動かして少女達を見ると、姉と思わしき少女と目が合った。

 対する姉にはまるで祈りが届いて自分達を救いに来た天からの使者の様に映り、両目を見開き魅入っていた。そしてユウキと目が合うと白い髪と肌に飛び散った返り血も目に映り、清純な天使が血に染まっているかのような背徳的な雰囲気に呑まれ、小さく声を出す事が精一杯だった。

 

「あ、な…たは…?」

 

「…」

 

 どうにか少女が声をかけたが、ユウキは別の事を考えていた。2人が帰る場所のない遭難者だと言うことはすぐに察しがついた。見たところ荷物らしい物もない。そこからもこうなった経緯、そしてこれから少女2人がどうなるかもすぐに答えが出た。

 食料がなければ飢えるしかない。そのまま死ぬか、飢えに耐えかねて相方を喰うか…そうでなくともアラガミにいつかは喰われて命を落とすしかない。

 仮に無事に外部居住区にたどり着いたとしても、神機使いの適正がなければ追い返される。残る選択肢は不正に忍び込んで居住区内のスラム街で生活するかだが、女性である以上近いうちに凄惨な最後を向かえる事が目に見えている。

 どうあっても詰み…この状況がユウキ自身の『忌まわしい過去』を思い出させる。そこまで考えると、右手の神機を腰に刺した後に右手を2人に差し出した。

 

「…ゴッドイーターになる気はあるか?」

 

 目の前の情報を処理しきれず、呆然としているところに手を差し出された。この手は何だろうかと考えていると、ユウキは神機使いになるかと問いかけられた。

 

「その気があるなら…俺と来い…」

 

 かつてリンドウがユウキにしたように、命がけの戦いの日々に引きずり込んでも生き残る可能性が高い選択肢を提示する。数秒迷った後、姉はユウキの手を取った。

 

To be continued




あとがき
 今回はうちの子がヒトコロする癖に難民助けたりと何をしたいのかよく分からない一面が出た回でした。あとはシェリーとライラの所属先である第零部隊を作ってエイジス解体、防壁外への進出計画が動き出したり新キャラ出したりベンディガーを解放して一見色んな要素が進んだりしてますが結局、話はあまり進みませんでした。
 Rやってた当時はスーパーアーマーや爆走する疾走感が好きでチャージはベンディガーばっかり使ってました。
 新キャラの紹介は次にします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission112 軋轢

2週間で6案件分の図面とプログラム作って出張案件2件追加ってどう考えても無理


 -極東支部-

 

「あ、天草ユリと言いますっ!!これからお世話になりますっ!!」

 

「妹の天草トウカです!!よろしくお願いします!!」

 

 助けた姉妹、姉の『天草ユリ』とその妹『天草トウカ』は目の前にいる第一部隊の面々に挨拶をする。ユリは緊張しているのか、少し顔を赤くして上体が90°になるまで勢いよくお辞儀をし、トウカは砕けた様子で元気よく挨拶する。

 

「おう、よろしくな。俺は雨宮リンドウ、こっちは嫁さんのサクヤだ」

 

「はじめまして。雨宮サクヤよ」

 

「ソーマだ」

 

「俺は藤木コウタ。よろしく!!」

 

 外部居住区から入る際の簡易適性検査でユリに神機使いの適性が発覚、適合する神機を探す為に極東支部に連れてきた。血液検査等を終え、適合する神機を探す間、フリーとなった2人はユウキに連れられてエントランスで第一部隊と顔合わせをしていた。

 2人の相手を第一部隊に任せて、ユウキは同じくエントランスに居たツバキの元に行った。

 

「色々大変だったみたいだね。姉妹2人で居住区外で生きるのは辛かったんじゃないかな?」

 

「…最初は2人じゃなかったんだ。色んな人と一緒にいたけど…みんなアラガミに食べられちゃった」

 

「あ、その…ごめん」

 

 始めは多数居たキャラバン仲間もアラガミに喰い散らかされて最後には2人だけになったようだ。その時の凄惨な状況を思い出したのか、さっきまで元気だったトウカはしょんぼりした様子で話してくれたが、コウタは思わず謝った。

 

「気にしないでください。こんな時代では…仕方ない事ですから」

 

「…うん」

 

 ユリが仕方ない事だとフォローを入れると、コウタも頷いてこれ以上この話題には触れない様にするため、別の話をしようと思考する。

 

「じ、じゃあさ!!2人の事教えてよ。あっ!!ちなみに俺はバガラリーってアニメが好きでさ…」

 

 話題を変えようと、2人の趣味や得意な事を聞き出そうとする過程で、コウタはバガラリーの話をして盛り上がっていた。そんな中、ユウキとツバキはユリとトウカの処遇について話し合っていた。途中、ツバキの端末に通信が入り少し話し込んだ後、再びユウキとの話に戻った。

 

「たった今連絡があった。天草ユリに適合する神機が見つかった。神機使いの補填が進まない今、戦力が増えるのは助かるのだが…アナグラは今こんな状況だ。新人用の部屋を用意出来んぞ?」

 

「分かっています。当面は俺の部屋に仮住まいさせます」

 

 ユリが使える神機が見つかり、戦力の増強が見込めるようになった。本来ならば戦力が増えるのは喜ばしい事だが、先日のガーランドによる襲撃で極東支部も大きなダメージを受けている。当然居住区画も例外ではなく、未だ大部屋で寝泊まりしている神機使いが居る様な状況だ。戦力の補填は有難いが、部屋すら与える事が出来ない状況だ。ましてや女の子である以上、プライバシーは男よりもデリケートな問題になる上、野郎ばかりの大部屋に放り込む訳にもいかない。

 そこでユウキは自らの部屋に一時的に住まわせると言い出した。それを聞いたツバキは少し険しい顔になる。

 

「隊長用の部屋だぞ?どれだけの機密事項があると思っている。それに、お前はどうする気だ?まさか同じ部屋で生活する気じゃあるまいな?」

 

「彼女達にその手のデータへのアクセス権はないし、書類は全て博士のラボにでも移します…俺自身はエントランスで寝起きすれば問題はないはずです」

 

 ツバキは隊長の部屋であるため機密事項の漏洩を心配していだが、その辺りの処理はユウキが全てやると言うので、ツバキは『…ふぅ』ため息をついてユウキの話を聞き入れた。

 

「分かった。部屋についてはアナグラの復旧が終了次第手配する。だが今のアナグラの状態では私もまともに相手が出来ん。新人教育の大半は任せるぞ」

 

「…わかりました」

 

 ユリとトウカの処遇が決まった事で、ユウキは『話が纏まったぞ』2人の側まで歩みより話しかける。

 

「見ての通り、今アナグラは大きなダメージを受けている…その為、2人に用意できる部屋がない。そこでしばらくの間、俺の部屋で生活してもらう」

 

「お義兄ちゃんの部屋で?」

 

「…えぇ?!」

 

 トウカが少し意外そうな顔でユウキの話を聞き直し、ユリは予想もしなかった状況に顔を真っ赤にしてとても驚いていた。

 

「もしかしてずっとお義兄ちゃんと一緒?」

 

「そんな訳ないだろう。俺はエントランスで寝起きする。何かあれば降りてこい」

 

 しかし、部屋の主であるユウキは部屋を出ていく事を伝えると、『ぶぅ…つまんない…』とトウカは口を尖らせて拗ねて見せるそしてユリは『そ、そうだよね…』と呟きながらホッとした様なガッカリした様な複雑な気分になった。

 

「適合試験は明日の0900からだ。適合試験のあとは1日休みになる。その間に体調の変化があればすぐに誰かに言え。その翌日には訓練を始める。今日は重要区画以外を見て回るといい」

 

「は、はいっ!!」

 

「はーい」

 

 翌日以降の予定を伝えると、ユリは緊張した面持ちで返事をし、トウカは気の抜ける様な返事をする。予定を伝え終わったユウキはそのまま踵を返し、自らの部屋に戻って書類を片付けに行く。それを見届けたユリとトウカはコウタに案内されて、半壊してはいるが極東支部の施設を見て回る事にした。

 

 -ユウキの部屋-

 

 支部内の案内を志願したコウタに連れられて、極東支部内を見て周る。その過程でペイラーやルミコ、ゲン、それから他の神機使いとも顔合わせをしていたらすっかり日も落ちて遅い時間になってしまった。

 バガラリーの話をしながらコウタとユリ、トウカで食事をして、その後色々と身支度を済ませてから自室代わりのユウキの部屋に戻っていった。

 

「ふぃー…見て回ってたら遅くなっちゃったね」

 

「でも色々壊れてはいたけどこれから生活する拠点を知れたのは良いことだよ。案内してくれたコウタさんには感謝だね」

 

 ガーランドの襲撃でダメージを受けてはいるものの、極東支部自体は稼働している。今後支部が修復されたら自分達が使うであろう施設を知れたのは良かったと、ユリは感想を言いながらトウカと一緒に備え付けのソファーに座る。

 

「だね。さ、お姉ちゃんにとっては明日は大事ななんだし、今日はもう寝ちゃいなよ」

 

「そうだね…」

 

 明日は適合試験だ。人生が変わる日と言っても過言ではない。そんな大事な日に体調を崩して適合試験に失敗する訳にはいかない。トウカの言う通り、今日は早めに休む事にした。

 

(いよいよ明日か…神機使いになれば…お父さんとお母さんを殺した『黒い羽』アラガミとも…)

 

「お姉ちゃん?」

 

 ユリは両親が死ぬ原因となったアラガミの事を思い出し、神機使いになれば仇を討てると思うと自然と顔も強張る。そんなユリの様子の変化に気付いたトウカは心配そうに顔を覗き込む。

 

「ううん、何でもない。それじゃぁ…おやすみ」

 

「おやすみなさーい」

 

 トウカの声でユリは我に返る。昔の事を考えて耽っていたものの、特にやることはないのでユリはソファーから立ち上がり、ユウキの布団に入って目を瞑る。しばらくすると、ある事に気付いて『ぁっ…』と小さく呟いて、薄く目を開ける。

 

(…ユウキさんの匂い…)

 

 部屋の主であるユウキが使っていた布団であるため、当然ユウキが使い込んだものになっている。布団で鼻を覆う様に被り、目一杯深呼吸してユウキの匂いを嗅ぐ。

 恍惚とした表情で数回深呼吸して匂いを嗅いでいると、ふとユウキの匂いに混じって爽やかさと甘さを感じる匂いを感じ取った。

 

(…?他の女の人の匂い?)

 

 明らかに男性の匂いではない匂いがする。もう一度しっかりと匂いを嗅いでみると、やっぱり気のせいではなく仄かに女の匂いがする。

 

(やっぱり…微かに他の女の人の匂いが混じってる…)

 

 予想もしなかった状況にユリの目付きが微かに険しくなる。

 

(…何で…?)

 

 男のベッドから女の匂いがすると言う事実とそうなる経緯をすぐに察する事ができたが、頭が理解する事を拒んで『何故?どうして?』と、ぐるぐると思考を巡らせる。しかし所詮は憶測の域を出ないし、真実は当の本人にしか分からない。考える事を止めたユリは次第に眠りに落ちていった。

 

 -エイジス-

 

 ユリとトウカがユウキの部屋に着いた頃、エイジスではシェリーとライラが資材回収のため、安全圏を確保すべくアラガミ達を一掃していた。

 

「なんか意気込んで来た割には楽だね。禁忌種の集団にちょっとだけ手を焼く程度だし」

 

「油断は禁物、辺りのアラガミを倒しきるまでは気を抜かない事ね」

 

 アラガミに囲まれているが余裕を見せているライラは、シェリーとお喋りしながら目の前のアイテールへとジャンプしつつ飛びかかる。アイテールは迎撃すべく、額の目に光を集めるが、それよりも速くライラの神機が顔面に直撃した。アイテールはそのまま頭を潰されて地面に叩き落とされ、ライラはその反動を使ってさらに先に居るテスカトリポカの顔面へと横凪ぎに振ってテスカトリポカの体勢を力業で崩させる。

 そしてライラと話をしているシェリーにもアラガミが群がってきていた。四方から同時にヴァジュラテイルが飛びかかるが、その場で回転してヴァジュラテイルを全て切り捨てる。続いて真正面にいるセクメトへと一気に接近して、腰の辺りを横一文字に切り捨てた。

 

「そんな気の抜けたニヤけ顔で言われてもなぁ…ユッキー君と普通の会話ができたからって浮かれすぎ…」

 

 シェリーは戦いながらも浮わついた表情になっていたが、突然鬼のような形相でライラを睨んだ。

 

「こわっ!!」

 

「…何か…嫌な予感がするわ」

 

「…ぇ?」

 

 自身の発現でシェリーを怒らせたかと思いビビったライラだったが、どうやら別の事で恐ろしい表情になったと分かると、少し気が抜けた様な声を出す。

 

「早く終わらせて1度戻りましょう」

 

「お、おっけー…」

 

 突然豹変したシェリーの態度に若干引きつつも、ここは逆らわない方が身のためだと思ったライラは素直にシェリーの言うことを聞いて手短に任務を終える事を心に決めた。

 

 -神機保管庫-

 

 同じくユリ達が部屋に着いた頃、ユウキは神機保管庫で自身の神機を整備していた。端末を操作しながらマニピュレータを動かして神機の状態をチェックしていると、不意に扉が開くとリッカが保管庫に入ってきた。

 

「また…自分で整備?」

 

「…ああ」

 

「そう…」

 

 もはやユウキ自身が神機を調整するのは見慣れた光景だった。短い言葉を交わしたが、すぐに話す事がなくなり沈黙が続いた。

 しばらくすると、リッカが『ねぇ…』と小さな声でユウキに話しかけた。

 

「何であの子達を助けたの?人間だって敵なんじゃなかったの?」

 

「気まぐれ…それから減った戦力を補填するためだ」

 

「…適合しているかも分からなかったのに?」

 

「勘だ」

 

 リッカは何時もよりも小さな声でユウキに2人を助けた理由を問う。対してユウキは作業の手を止めず、リッカの方を向く事もなく淡々と理由を話していく。それを聞いたリッカは『そう…』とため息をつきながら下を向いて小さく呟いた。

 

「アナグラのみんなのことは信用出来ないって拒絶して…かと思えば会ったばかりの人は助けたりして…今の君は…何がしたいのかわからない…信用していいのか分からないよ…」

 

「信じるも信じないも好きにしろ…俺は俺の思うままに動いているだけだ」

 

 リッカの言葉に聞く耳を持たないユウキは作業を続けたまま冷たい返事をする。これ以上は何を言っても無駄だと察したリッカは何も言わずに保管庫を後にした。

 

 -エントランス-

 

 トウカの適合試験当日、ユリが戦う為の戦闘服を用意しなければいけなくなったが、実は前日のうちにコウタとトウカが本人には内緒で選んでいた。その戦闘服を渡されたユリは着替える為に1度ユウキの部屋に戻り、第一部隊とトウカは暫く主役の登場を待つこととなった。

 

「お姉ちゃんの戦闘服、初御披露目だね」

 

「俺とトウカちゃんで選んだやつだからね。絶対に似合ってるよ!!」

 

 トウカとコウタは自分達が選んだ戦闘服に自信があるのか、ユリが現れるのを非常に楽しみしていたが、ソーマは少し渋い顔をしている。

 

「トウカのセンスは知らんが…お前が選ぶと大抵…」

 

 ソーマは何か言いたい事があるのか、苦言を呈そうとするが、それよりも先にユリが乗ってきたエレベータの扉が開いた。

 

「あ、あの…」

 

 エレベータの中にはユリが乗っていたのだが、エレベータの中から真っ赤になった顔だけを出していた。しかし第一部隊とトウカが待っているのでいつまでもそうしている訳にもいかず、ユリはモジモジしながら出てきた。

 

「これ…い、色々短くないですか…?おへそ出てるし…それに座ったりしたら…見えちゃいそうで…」

 

 そこには肩口から袖がなく、腹の辺りまでしか裾がない上着に二の腕近くまである長いグローブ、ホットパンツにニーハイの、全身黒系統の色で固められた戦闘服を着たユリが、腹や足と言った、肌を露出している部分を隠す様な体勢で出てきた。

 そしていつもは下ろしている長い髪は戦闘の邪魔にならない様にポニーテールにして纏められていた。

 

「…露骨ではないが、そう言う方面にいくよな…」

 

「だが良いんじゃなないか?よく似合ってる」

 

 大きな露出はないが、要所要所で僅かに肌を露出させる事で野郎の妄想掻き立てる格好…所謂チラリズムの重視をコンセプトにして2人が選んだものだった。ソーマの察した通り、そんな事情を知らずに戦闘服を受け取ったユリは少し後悔していた。

 しかし実際に着てみると、リンドウの言った通り肌を出すイメージが無いユリによくはまっていた。

 

「ですよね!!最初は白とか明るい色の方が良いと思ったけど、黒だと身体や手足のラインが出る上にスリムに見えるね」

 

「でしょ?お姉ちゃん手足が細くて曲線がしっかり出てるから、その辺を強調するためにニーハイとオペラグローブははずせないと思ったんだよね。そうなるとあとは…」

 

 やれ黒がいい曲線がいいなど、コウタとトウカが語り合い、2人は目線を合わせた後にビシッとユリを…正確に言えばユリの太股から僅かに露出している肌を指差した。

 

「「絶対領域!!これははずせない!!」」

 

「ぅぅ…」

 

 しかしユリは2人の目線が恥ずかしくなり、顔をさらに赤くして余計に縮こまる事になった。

 

「…だが当の本人は戦闘どころではなさそうだぞ?」

 

「でもでも、動きやすさも重視してるよ!!これなら任務に支障はないはず!!」

 

「動きやすいからこそじゃないのか?」

 

 普段出さない肌を出す戦闘服を着る事で羞恥心を掻き立て、動きが鈍くなり戦闘どころではなくなってしまう。しかし、動きを阻害する様なデザインではないと言い張るトウカだったが、動き易い戦闘服だからこそ戦闘に向いてないと、ソーマとリンドウからは苦言を呈された。

 

「こう言う…切り詰めたりラインが出る様な服は可愛くてスタイルの良い人の方が…」

 

「そう?ユリも十分可愛いし細いじゃない。自信持ちなさいな」

 

 自分の容姿に自信がないのか、どこか自虐的な事を言うが、サクヤがフォローを入れる。そんな中、ツバキが現れてユリに声をかける。

 

「天草ユリ、そろそろ時間だ。訓練室に来るように」

 

「は、はい!!」

 

 遂に時が来た。ユリは緊張した面持ちで訓練室に向かうツバキに着いていこうとする。しかしそんなユリとは対照的にトウカは少しニヤニヤしながらユリを引き留めて耳を貸す様に伝える。

 

「早くお義兄ちゃんにも見せて誘惑しちゃいなよ…」

 

「な、ななな何を言ってるの?!そんな事できるわけないじゃない!!」

 

 トウカの言っている事の意味が分かったユリは一瞬で首まで真っ赤にする。早く既成事実を作ってしまえと耳打されたのだがそれを否定して歩きだしたのだが、同じ側の手と足が同時に出ている辺り緊張は極限状態になっているようだ。

 

(お義兄ちゃんでスケベな事考えてるくせに変な所で奥手なんだもんなぁ…お姉ちゃん…)

 

 ユリがユウキに何やら特別な感情を持っている様に見えるのはトウカから見てもすぐに分かった。トウカはそれを恋愛感情だと思っていたが、ユリにとっては恋愛感情も無くはないが、信仰心の方が強かった。自分達が絶体絶命のピンチに突如現れ、あらゆる危機的状況から文字通り救ったのだ。

 その時の感謝の念が強すぎて、ユリにとっては神の様に崇める存在となっていた。そんな心情を知らないトウカは第一部隊と一緒に適合試験を受けるユリの背中を見送った。

 

 -訓練室-

 

 訓練室に入ると、ユリの目の前には新型神機が台座の上に鎮座していた。ゆっくりと神機の前まで歩いていった。

 

『これより、適合試験を始める。それが命を預ける相棒、お前の神機だ。さぁ、その手に掴むんだ』

 

 スピーカーからツバキの声が聞こえてきた。どうやら上の小窓からマイクを通じて話しているようだ。傍らには昨日合った支部長らしくない支部長、ペイラーもいた。

 しかし、ユウキの姿が見えないのが分かると、ちょっとガッカリした様に肩を落とす。それが思わぬリラックス効果を生んだのか、落ち着いた動作で神機を掴んだ。

 

「う"ッ!!!!」

 

 神機を掴んだ瞬間、腕輪のプレス機が降りてきて強烈な痛みが腕から全身に走り始める。

 

「ぐっ!!!!ぎぃ…!!」

 

 形容しがたい痛みに耐えかねて、ユリは空いている左手でプレス機を開けようとするが、機械が相手ではか弱い少女の腕力ではビクともしない。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぉぁあ!!!!」

 

 もう無理だと思い、ユリは腕が千切れる覚悟で思い切り右腕を引き抜こうとするが、やはりそんなことは出来ない。そうこうしているうちに急に痛みが引いてきた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 適合試験が終わって、プレス機が開いた。その腕には神機使いが着けている赤い腕輪があった。あまりの激痛だったのでしばらく放心していると、神機のコアから触手が延びて腕輪と繋がった。

 拒絶反応等はないようなので、そのまま適合試験は終了となった。その後の予定も全てその場で伝えると、ユリはペイラーのラボへと足を運んで、その日は眠りに落ちた。

 

 -訓練室-

 

 ユリが無事に神機使いとなり、トウカも実は料理ができると言うことで食堂で働く事が決まってから2日後の午後、遂に神機使いとしての訓練が本格的に始まる。そう思うと少し緊張してしまい、固い表情でユリは訓練室の扉を開けた。

 その視線の先には神機を装備して既に訓練室に来ていたユウキが書類を片手に立っていた。

 

「あ、ユウキさん!!」

 

「来たか…」

 

 声をかけられたユウキは書類から目線を外し、ユリの方を見た。

 

「あの、ユウキさん…」

 

「何だ?」

 

「…っいえ、何でもありません」

 

 『ベッドから女の匂いがした』と、ずっと気になっていた事を聞こうと思ったが、あまりプライベートな事に踏み込んで聞くのは失礼だと考え直し、ユリは自らの疑問を投げ掛けることはなかった。

 

「そうか…それより、神機の構成は決まったのか?」

 

「はい。午前中にツバキさんから神機の使い方と構成について聞きました。その時に神機の構成も決めちゃいました」

 

 ユリは午前のうちにツバキから神機の基本操作を教わり、その時に神機の構成も決めていたようだ。それを証明するかのように、ナイフ、ファルコン、汎用バックラーで構成された神機をユウキに見せた。

 

「分かった。それでは訓練を始める」

 

「は、はいっ!!よろしくお願いしますっ!!」

 

 遂に実際に神機を使った訓練が始まった。ユリは緊張しているのか、少し震えた声のままビシッと姿勢を直して、90°になるまで勢いよくお辞儀をする。

 

「訓練の内容は簡単だ。俺と戦え」

 

 しかし、訓練の内容を聞いたユリはその真意が分からずフリーズする。

 

「…えっと、それはどういう…」

 

「言った通りの意味だ。アラガミのホロを相手にするよりも、俺の動きを見切れる様になる方が早く力をつけられる…そうなれば大抵のアラガミの攻撃は動体視力と反射神経だけで避けられる様になる。まずは戦場で死なない能力を身に付ける事だ。そうだな…まずは俺に神機を抜かせてみろ。攻撃の為でも防御の為でも何でも良い。俺に神機を使わせたら次のステップに移る」

 

 予想外な内容に少し緊張が解けたのか、気の抜けた声でユウキに聞き返す。対してユウキはアラガミを相手にするよりも早く実力を付けられるからだと理由を淡々と話していくと、最終的には神機を使わせたら訓練はクリアだと説明していく。

 

「で、でも…」

 

「構わん。お前では俺に攻撃を当てる事などできはしない…」

 

 当然ユリは混乱した。人に神機を向けるなどまともな神経の持ち主なら躊躇するだろう。だがユウキは問題ないと言ってユウキは訓練室の隅へと歩いていき書類を置く。

 

「殺すつもり…なんて甘い事は言わん…」

 

 そして振り返り、ユリと視線を合わせた一瞬だけ軽く殺気を飛ばす。

 

「…殺しに来い…!!」

 

 『ゾワッ』

 

 ほんの一瞬の殺気にユリの全身に鳥肌が立つ。ユウキとしては大したことのない殺気であっても、彼女にとってそれは異様なまでに濃く、肌にまとわりつく様なおぞましさを感じ、まるで強力な毒の様に恐怖が一気に全身に回ったかのように動けなくなった。

 いつまで経っても動かないユリを見て、ユウキはため息を着いた後に彼女の元に歩いていく。

 

「…ッ?!」

 

 ある程度近くなると、ようやく我に返って神機を構える。しかし、ユリにとって強すぎる殺気を受けたせいで萎縮し、腰が引けた状態となっていた。ユウキは敢えてユリの真正面に立つが、殺気を受けた感覚が消えず、威圧感に負けてユリは無意識に後ろへ下がる。

 それを見たユウキは目を伏せて再びため息を着いた。しばらくしても攻撃が飛んでこなかったので、ならばとユウキから仕掛ける。ユウキは左手で神機の刀身の側面を払いのけると、そのまま前に出でユリの腹に底掌を打ち込む。

 

「カハッ!!」

 

 吹っ飛んだユリは背中を壁に強打して、肺の空気を一気に吐き出しながら倒れる。

 

(せ、背中ッ?!痛ったッ?!?!)

 

 少し遅れて背中からくる感じた事がない程の熱と痛みで倒れながらその場で痛みに悶える。するといつの間にかユウキはすぐ近くまで来ていて、何の感情も感じない目でユリを見下ろしていた。そして徐に片膝を突いてしゃがみこむと、ユウキはゆっくりとユリへと手を伸ばす。

 

「アラガミの攻撃で最も隙がない攻撃は何だと思う?」

 

「あっ??かっ!!」

 

 ユリへ問いかけながら、ユウキは彼女のか細い首を掴み、そのまま持ち上げる。軽くはあるものの全体重が首にかかり、そこに更にユウキの並外れた握力で締め上げる。微かに唸り声をあげるのが精一杯なユリは両手でユウキの手を掴むがビクともせず、次第に息苦しさで足をバタつかせるしか出来なかった。

 

「全身をオラクル細胞で構成されたアラガミ達はあらゆる攻撃をしてくる。ある者は火を吹き、ある者は雷を落とし、またある者は冷気を操る…さらには光を操り、その熱線で辺りを焼き尽くす者もいる。だが…」

 

 ユリがまともに話を聞ける状態でないにも関わらず、ユウキがアラガミの攻撃について講義の代わりに話していく。ある程度話すと、ユウキはユリを前へと軽く投げ捨てた。

 

「ケホッ!!ケホッ!!ハァハァ…」

 

 ようやく息が出来るようになってユリは咳き込んだ後に大きく深呼吸する。その間もユウキはゆっくりとユリの元へと歩いていく。

 

「それらの攻撃には予備動作がある。勿論例外はあるが、この予備動作を知っていれば、これから相手が何をしてくるか…ある程度は予想がつく。よって隙のない攻撃とは言えない…」

 

「ぅ…ぅぅう…」

 

 ユリは何とか立ち上がったが、先のやり取りのせいで完全に腰の引けたへっぴり腰で構える。

 

「対して物理的な攻撃はアラガミの巨体も相まって一撃が重く、種によってはスピードも速い…速さと質量、この2つが揃えば大きなダメージを受ける。そしてそう言った攻撃は…」

 

 対してユウキは相変わらずゆっくりと近付いてくる。アラガミが行う隙の少ない攻撃を語っていく。すると突然ユリの神機は右側に弾き飛ばされ、思わず手を離してしまった。

 

「あっ?!」

 

「こんな風に突然飛んでくる…」

 

 何事かと思ったがすぐにその正体が分かった。普通に歩いていたはずだったが、不自然な動作を見せずにユウキの右足が高速で神機の側面を横から蹴り飛ばしたせいだった。

 神機を弾かれ、どう動けばいいかを考えて動きが止まった隙に、ユウキはユリの左の横腹に素早く底掌を当てる。

 

「ガァッ?!?!」

 

「…立て。俺の攻撃を避けて反撃する…それも俺が受けるか避けるかをしなければいけない程の反応の速さでだ。それができなければ戦場に出てもすぐに死ぬぞ…」

 

 底掌を当てられた後、ユリは右側に吹っ飛んで左肩から床に倒れて、神機のすぐ横に飛ばされた。そしてユウキは無慈悲にも感情の無い目でユリを見ながら訓練を続ける旨を伝える。

 それを聞いたユリは再び神機を掴んで立ち上がる。だが人に神機を向ける事に抵抗を感じて、またへっぴり腰な状態で構えたため、ユウキはため息を着いて一気にユリとの距離を縮めにいった。

 

 -エントランス-

 

「お、お姉ちゃん…大丈夫?」

 

「…」

 

 エントランスのテーブルセットに突っ伏しているユリ…その表情はおよそ年頃の少女がしてはいけない様な顔だった。その様子にトウカは引きながらも声をかけるが、口から魂が抜け出ている様に見える状態では返事など返ってくるはずもなかった。

 

「ユリ、生きてる?」

 

「まあ、辛うじて息はしているな…」

 

「…この後座学もやるんですよね?」

 

 心配するコウタにユリの様子を見て生存確認するソーマ、小休止の後、座学がぶっ続けで行われる予定を組まれている事に戦慄を覚えるフェデリコと、ユリの様子から三者三様の反応を見せていたが、共通してユリへの同情の念は感じていた。

 

「お姉ちゃん、ご飯食べれそう?」

 

「…む、むり…」

 

 トウカが夕飯をどうするかを聞いてきたが、当の本人はあまりの痛みや疲労感に食欲も完全に失せてしまっていた。

 

「じゃあ、せめてゼリーだけでも…疲労回復にも効くタイプの物です」

 

 食欲が無いならと、アネットは摂取しやすいゼリー飲料を取り出してユリに差し出す。ユリはゆっくりとした動作で上体を起こし、これまたゆっくりとした動作でゼリーを受け取って少しずつ飲んでいった。

 

「…フェデリコとアネットの時のユウの指導ってキツかったの?」

 

「いえ、突然禁忌種が乱入しても戦闘続行とかはありましたけど…計画段階での訓練はわりと普通でしたね」

 

「はい…ホロを相手にチーム戦をやった後、それぞれアドバイスを貰う…と言った感じで、ホントに普通の訓練でした」

 

 あまりに異常と思われる訓練について疑問を感じたコウタが、かつてユウキから指導を受けたフェデリコとアネットにかつて受けた訓練の内容を聞いてみた。禁忌種の隣で実地訓練すると言った多少の無茶はあったが、それでもまだ普通の訓練だったと、フェデリコとアネットは自分達の過去の訓練を思い出しながら話していく。

 

「座学…行ってきます…」

 

 コウタとフェデリコ、アネットが話している中、ユリがフラフラと立ち上がり、座学が行われるユウキの部屋に向かって歩いていく。

 そしてそれを少し心配しつつ、トウカとコウタとソーマ、フェデリコとアネットはその疲れきって猫背となった背中を見送るしか出来なかった。

 

 -数日後-

 

 ユリが訓練を開始してから数日が経った。しかしたった数日間でユリは疲弊に疲弊を重ねて、年頃の少女とは思えない程に活発さを失っていた。

 そんな中、ユリが訓練を終えてエントランスのソファーに座って休憩していると、第一部隊が声をかけてきた。

 

「その…大丈夫か?」

 

「は、はい…なんとか…」

 

 リンドウが疲れきった顔のユリの隣に座るって声をかけると、何とか作り笑いをしたユリが返事を返す。しかし、僅かに見える肩や太股といった僅かに素肌からは青黒い跡が着いていた。顔の様な目立つ所にはアザが無かったが、目立たない所には身体中に多くのアザを作っていて、どう見ても大丈夫には見えなかった。

 

「身体中アザだらけじゃんか。本当に大丈夫なの?」

 

「はい。まだ全然動けないせいでケガばっかりですけど…」

 

 ユリがアザだらけになっているので心配になったコウタが声をかけるが、ユリは相変わらず疲れた笑顔で大丈夫と答える。その様子を見たコウタは指導しているユウキのやり方に疑問を感じ、怒りさえも覚えていた。

 そんな中、書類を片手に持って読みながら、ユウキがエントランスにやって来た。

 

「なぁ…ユウ」

 

「なんだ?」

 

 ユウキが現れた事に気付いたコウタがユウキに声をかける。

 

「ユリの訓練、何やったらあんなにアザだらけになるんだよ?」

 

「俺を相手に戦闘訓練をしているだけだ。当然こっちからも攻撃するが、それを捌けない様なら実戦に出たところで犬死するだけだ」

 

「だからってあんなボロボロになるまでやる必要があんのかよ?このままじゃ実戦に出るどころじゃなくなるじゃないか!!」

 

 生き残る為に敵の攻撃を避ける術を身に付けさせていると言うが、たった数日でボロボロになる程に痛め付けるユウキの訓練にコウタは疑問に感じて噛みついた。

 

「通常の任務だってあるんだ。いつまでも新人教育に集中している訳にはいかないだろう?だから可能な限り早く実地演習に出られる様に生き残る為の能力を伸ばしているだけだ」

 

 ツバキがユリの訓練に関わる時間がなかなか取れない以上、ユウキが面倒を見るしかない。しかし通常の任務もあるので、ユリにはすぐに実地演習ができるようになって貰わなければ困る…と言うのがユウキの言い分だったが、コウタは納得いってないのか、怪訝そうな顔をしていた。

 

「本当に…それだけなのか?」

 

「…何?」

 

 コウタの言葉に、今度はユウキが怪訝そうな顔を返した。

 

「生き残る方法を教えるだけなら、あんなボロボロにしなくても良いだろ…お前、本当は何がしたいんだよ?」

 

「言っている意味がわからん…」

 

「…今のユウを見てると…何をしたいのか分からなくなるんだよ…」

 

 ユリにボロボロになる様な訓練をさせる本当の目的は何だとコウタが問い詰める。しかし、ユウキには他に目的などはないため、コウタが何の事を言っているのか理解出来なかった。

 その事を聞き返すと、コウタは俯き小さな声でユウキが何をしたいのか分からないと呟いた。

 

「もし、間違った事しようとしてるんなら…止める。それをするのが友達だって…親友だって思ってる…けど…」

 

 友が悪いことをするなら止めるのが親友の役目だと、自身の考えを話すコウタだが、その語り口はどこか歯切れが悪かった。

 

「今のユウは何したいのか全然分かんねぇよ!!人とアラガミとの共存を目指すなんて言いながら…どっちにも手をあげてるじゃんか!!」

 

 しかしユウキの目的が分からないせいで、今やってる悪行の数々も目的の為にどうしても必要な事なのか、それともただ自身の欲求の為なのかも判断できず、どう対応していいか分からなかった。そのフラストレーションをぶつける様に、コウタの声が大きくなっていく。そしてそれを聞いたリンドウの表情は少し険しくなる。

 

「何をしようとしてんのか分かんねぇから…止めて良いのかも分かんねぇんだよ…」

 

「何度も言わせるな…着いてこなくてもいいし理解しなくてもいい…信じる信じないもお前たちの好きにしろ」

 

 ユウキが何をしたいのか分からないと言うコウタに、ユウキはため息を着いてリッカや他の人にも何度か言った様に好きに捉えろと言う。そしてユウキは今日は休めとユリに伝えると、再び訓練室に戻っていった。

 

「あの…昔のユウキさんって、そんなに今と違うんですか?」

 

 コウタとユウキの会話から、ユリが以前のユウキとはだいぶ違うと分かり、その事について聞いてみたが、それを聞いた瞬間場の空気が重くなったのを感じた。自分の知らないユウキについて興味本意で聞いたが、この空気を感じ取った瞬間、聞いた事を後悔する事となった。

 

「…180度違う…と言っても良いくらいだな」

 

「元々はアラガミとの戦いにさえ迷う様な優しい子で…戦いに向いている性格じゃなかったんだけど…今は…」

 

 ソーマとサクヤが変わり果てる以前のユウキを思い出しながら話していく。アーク計画では世界の安寧と犠牲になる人の命を天秤にかけて迷い、リンドウを救出する時は最後の最後まで介錯に踏み切れず、アラガミに知性がある可能性を知って以降は戦う事さえ躊躇する。

 かつては優しさや甘さ迷いを見せたが、今はそんな気配さえも見せない。そう思うと今と昔とで真逆とも言える程にユウキは変わったのだと、改めて認識する事となった。

 

「ユリ、悪いが席を外してくれないか?これから話すことは、まだお前には色々と重い。それに、おまえを守る為にもな…」

 

「…分かりました」

 

 リンドウの言っている事の意味は分からなかったが、いつも軽い印象を受けるリンドウから重々しい雰囲気を感じとり、ユリは大人しく従い自室代わりのユウキの部屋に戻っていった。

 

「なあコウタ…いや、皆もちょっと想像してみてくれ…」

 

 ユリがエントランスから出ていくのを見届けた後、リンドウはテーブルに肘を着いて深刻な表情で第一部隊の面々に話しかける。

 

「ある日、自分が死んだら世界中の人間が死ぬ…そんなやべぇ威力の爆弾を腹ん中に抱えちまったとしたら…お前らはどうする?」

 

「それは…」

 

 リンドウの例えを聞いたサクヤは、ユウキが抱える特異点がどれ程に危険なものか認識し直し、その事を理解していればどんな行動に出るかも察して思わず口を噤んだ。

 

「しかもその爆弾は持ち主を調べれば複製できて、作りさえ出来れば誰でも扱える…そんなもんを腹に抱えて生きるってのが何を意味するのか…考えてみた事はあるか?」

 

「「「…」」」

 

 調べて複製出来れば、あとはそれをチラつかせて脅して回れば世界征服の完了だ。実際にはそこまで簡単ではないだろうが、特異点をコピー出来れば可能なのだ。そんなものを抱えて生きる事がどれ程危険な状態か再認して思わず黙り込んでしまった。

 

「俺なりに、なんだが…今の状況をユウがどう思ってるのか…考えてみたんだ」

 

 リンドウは肘を着いて真剣な表情のまま話続ける。

 

「自分が死んでもアウト、他人に自分の事を調べられるのもダメ…死なない為に、利用されない為にも、アイツは冷徹で、無情で、他者を信用しない容赦の無い人間でないといけない…そう自分に言い聞かせて必死にそれを演じて、そうやって俺達の事を、自分なりのやり方で守ろうとしているんじゃないかと俺は思ってる…」

 

 自分が死なずとも、特異点の情報を奪われるとそれを盾にして世界支配に動く野心家もいるだろう。元から野心的な者は当然、そんな支配欲を持っていないはずの者でも、大きな力が身近にあると分かれば力に魅入られて行動を起こす可能性がある。

 それらの脅威から皆を守る為に、ユウキは冷酷な人間を演じざるをえなかったと言うのがリンドウが考えだった。

 

「生きている間、世界中全ての人間の命をその手に握る事を強要されているんだ。そんなもん背負う以上、一瞬の油断、それこそ寝ている間さえも気を抜く事が許されない…それが一生続くんだ。アイツがあそこまで変わっちまうのも無理はないのかも知れない」

 

 特異点の所在とその意味、そんな情報が漏れるとユウキを狙う者もこぞって現れるだろう。そしてその情報を持っているユウキは全ての人間の行く末のカギとなっている。狙ってくる者は大抵野心家だ。そんな連中は世界中にごまんといる。それを1分1秒も気を抜かずに警戒し続けなければいけないが為に、ユウキ本人の肉体的、精神的負担も相当なもののはず。結果、狂った様な言動を取らざるをえなくなったのだ。

 

「全人類の命をその身1つで背負う重圧、そんなの俺には想像できないが…アイツは嫌でもそれを背負っちまった以上、常に最悪を想定して動いているんだろう。だから、あの時俺達の能力は信用していても、俺達自身は信頼してないって言ったんだろうさ…」

 

「…やっぱりわかんねぇ…」

 

 しかし、ユウキと話をしたリンドウは何となくユウキの狂った言動は本心ではないと感じていた。

 戻ってきた理由を聞いた時、ユウキは返答に一瞬困ったり、冷淡な言葉を敢えて選んでいるかの様に思え、リンドウには本心からの言葉には思えなかった。

 それを姿勢を崩しながら話していると、それに反論するかの様にコウタは小さな声で呟いた。

 

「仲間だからこそ…こう言う時に助け合うんじゃないのかよ?!」

 

 仲間だから、親友だからこそ、独りじゃ背負えないものを一緒に背負うものだとコウタは言う。それができる程の信頼関係はあるものだと思っていたが、そう一方的に思い込んでいただけだとショックを受け、コウタは思わず極東支部から飛び出していった。

 

「コウタ?!行っちまった…」

 

「…あれから時間が経ったとは言え、まだ気持ちの整理がつかないんだろう。しばらくは一人にして考える時間を取った方が良いかも知れん」

 

「そうね…私達もまだ、あの子があんな風に変わってしまったなんて…受け入れられていないもの…」

 

「…そうだな」

 

 リンドウは出ていったコウタを追いかけようか立ち上がったが、今は1人で考える時間も必要だと言うソーマの考えに同調して、今は追うのを止めて再びソファーに座り直す。

 そしてサクヤと同様、この場に残った者達も、未だユウキの変化に着いて行けていなかった。

 

 -訓練室-

 

 少し遡り、ユウキが第一部隊と別れた後、ユウキは訓練室に来ていた。

 

(…何を考えているか分からない…か…)

 

 コウタに言われた事を思い出しながら、訓練室の明かりを着けて訓練室真ん中にまで歩いてくる。

 

(分かってたまるか…分からせる気もない…)

 

 部屋にホログラムが展開され、セクメト、ディアウス・ピター、アイテール等、多数のアラガミが現れる。対してユウキは両神機を引き抜いた。

 

(全ての人間の命を背負う…そんなもの、重すぎて俺には背負えない…だから俺は…選んだんだ)

 

 一斉に向かってくるアラガミ相手に、ユウキは真っ正面に突っ込み、右の神機を振り下ろしてセクメトを一撃で斬り裂いた。

 

(これから俺を殺そうとする者…俺を利用する者を殺す)

 

 続いて左から迫ってくるディアウス・ピターを左の神機でこれまた一撃で倒して、右にいるアイテールに向かって飛びかかる。

 

(その方が、まだ『少ない』…まだ、背負える…)

 

 アイテールが正面からレーザーを撃ってくる。それを左手の神機を下に向けてインパルス・エッジを撃った衝撃で上に跳ねて避ける。そのままアイテールの頭目掛けて真上から右の神機を振り下ろし、地面まで叩きつけながら倒した。

 そして自身の思考が結局人を数字としか見ていないと言うことに気付き、ガーランドにも同じ事を言われた事を思い出す。その事に腹立たしさを覚えたのか、ユウキは倒したアイテールを倒した後、ひたすらアラガミを狩り続けた。

 

To be continued




あとがき
 仕事忙しすぎてキレそうな私です。それはさておき、前回登場した新キャラ姉の『天草ユリ』と妹の『天草トウカ』のうち姉がゴッドイーターになりました。でもうちの子が訓練と称してボコられたりと色々不憫な子です。
 しかしユリとトウカを助けた経緯からユリ→ユウキの感情は刹那→ガンダムに近いものがあります。
 そんな中リッカに愛想を尽かされたり、コウタがユウキに対する疑念?をぶつけましたが、まともに答えないうちの子の態度にさらに溝が深まりました。
 リンドウさんはうちの子の変化を全人類の命を背負ったが為に、それを守る手段として冷酷無比な自分を演じていると解釈しましたが、うちの子としては背負いきれないから自分を殺しに来る、利用しに来る連中に対して絶対殺すマンと化したと、ここでも認識の差が出てきたりしてます。
 こんな感じでうちの子は自分の本心を話さないのでこの先も色々と誤解されます。
 下にでユリとトウカの簡単な設定乗せときます。

天草ユリ(15)
 外部居住区の外で生活していた姉妹の姉。背中を声で膝裏まである長い茶髪が特徴の少女。胸が小さいのが悩み。肌を出すのが好きではない為、ヘソ出しやホットパンツの戦闘服は恥ずかしく思っている。
 ユウキに命を救われた経緯から、恋情が籠った信仰心を向けている。神機使いになってからは嗅覚がより鋭くなった。むっつりスケベ。

天草トウカ(13)
 外部居住区の外で生活していた姉妹の妹。姉に対して髪は茶髪でセミロングの少女。家事の中で特に料理が得意で食堂で仕事をする事になる。
 ユウキに命を救われた経緯から、ユリがユウキに好意を向けている事に気付いているが、信仰心ではなく純粋な恋情だと思っている。下ネタやエロトークに難なくついていくオープンスケベ。コウタと一緒に性癖全開の戦闘服を用意した。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission113 理解

ようやっと落ち着きはじめたと思いきやまたしばらくしたら忙しくなる宣言されてキレそう


 -外部居住区、藤木家-

 

 ユウキと言い合いをした後、コウタは極東支部を出て実家に帰っていた。

 

「…」

 

「…」

 

 夕飯を食べ、ノゾミが就寝した後コウタはテレビを見ながらボーッとしていた。そんな中、カエデは洗い物を終えた後にお茶を2つ入れて持ってきた。『ありがと』と言ってお茶を受け取ったコウタは飲むと、再びテレビを見る。

 

「何かあったのかい?」

 

「え…な、何で…?」

 

 カエデから予想外の一言でコウタは動揺する。確かに支部内でユウキとゴタゴタがあった事をあっさり見抜かれていた事に驚いていた。

 

「何年あんたの母ちゃんやってると思ってるんだい?息子の様子が何時もと違えば気が付くさ」

 

「…」

 

 カエデの言う通り、コウタは帰ってからと言うものいつもよりも口数が少なくなっていた。

 

「何に悩んでるのかはわかんないけど、難しい事を色々考え事してるのは分かるよ…母ちゃんに話せない事なら聞かないけど、誰かに話してみると頭の中を整理できるかも知れないよ?」

 

 極東支部でユウキと言い合いになった事を見抜かれて、コウタは支部で起きた事を話すことにした。

 

「その…友達の事でちょっとね…」

 

「喧嘩かい?」

 

「そう言う訳じゃないんだけどさ…その、その友達の生まれがちょっと変わってるって事が分かってさ、その事で周りとゴタついたんだ」

 

 コウタはユウキが特異点に覚醒したことで変わってしまった事をボカしながらも話していく。

 

「その生まれのせいで、色々特殊な体質らしいんだよ。自分が死ぬ時、周りの人を巻き込んで死んでしまうらしいんだ…しかもその体質を利用する事もできるみたいでさ、自分の命を狙う奴や悪用しようとする奴に容赦なく襲いかかる所を何度も見てきた…今までは仲良くしてたのに、俺達の事も信じてくれなくなったしスゲー警戒してた。仲間だから、友達だからこそ、大変な時には助け合っていくもんだと思ってた…」

 

 仲間だからこそ大変な時に支え合うものだと思っていたのに、ユウキは頑なに手助けされる事も信用する事を拒んでいる。その事を話すコウタの表情には、信用されずに力にもなれず、心が通じあったと思っていたのに話さえ聞いてくれない事に対する悔しさが滲み出ていた。

 

「間違ってる事をしようとしてるなら止める…それが友達だと思う…けど、アイツが何をしたいのか、全然分からなくて…でも、アイツの言うことも、分かんなくはないんだ…だから、止めて良いのか分からないんだ…」

 

 自分の油断で世界中の人が死んでしまう…そんな状況になれば人間不信となってもおかしくはないだろう。しかし、それでも仲間と一緒に築き上げてきた絆は本物だと信じていた。だからこそ、こんな状況で頼ってくれる事はあっても拒絶される事はないと思っていた。

 その分、ユウキが自分達に手を上げる事が信じられなかったし、今でも本心からの行動なのかが分からないままだった。

 

「…友達だからって…何でも分かってないといけないのかい?」

 

「…え?」

 

 コウタの独白を黙って聞いていたカエデはお茶を飲みながら今度は自分の考えを話していく。

 

「どんなに相手を知ったつもりでも所詮は他人さ。心を読めでもしなけりゃ完全に理解できやしないよ。分からないから、こうやって話して、考えて、喧嘩して、理解しようとするんじゃないのかい?」

 

「…」

 

「なにも理解してから話さなきゃいけないなんて事はないだろ?人間生きてりゃ考え方なんていくらでも変わる…理解出来なくなったんならこれからまた理解すれば良いじゃないか。先ずは関わって、話してみて、何をしようとするのか見極める…その子を止めるのは、それからでも良いじゃないかい?」

 

「何をしようとするのか…見極める…」

 

 カエデの言っている事は分からないなら話せと簡単なものだった。確かに今のユウキは変わる前とはかけ離れてしまっているが、以前のユウキと変わらないと言う前提で色々と会話をしているため、ユウキの話をまともに聞いていなかった事を思い出す。

 

「まずはちゃんと話してみな。その子が何をするつもりなのか、言動の節々に答えが見え隠れしてると思うからさ」

 

「…うん、分かった」

 

 カエデの言葉を聞いて、コウタはまずはきちんと話してみようと心に決めた。その表情には以前のような陰りはなくなっていた。

 

「ユウキ君の事、しっかり支えてあげなよ」

 

「え?な、何でユウの事って分かったの…?」

 

 ユウキの事とは一言も言っていないのに、カエデが誰の事を言っているのか言い当てたのでコウタは驚いていた。

 

「何となくさ」

 

 コウタの問いに、カエデはイタズラっぽく笑うと再びお茶を飲んだ。

 

 -エイジス-

 

 コウタが実家で相談している頃、シェリーとライラは数日の間ひたすらアラガミを倒し続けていた。それを示すかのように、2人の周囲にはあらゆるアラガミの死体が散乱していた。

 

「ふぃー…やぁっと終わった…」

 

「はぁ…これでようやく一区画ね…区切りも良いし、一旦戻りましょう。どうせこれ以上は資材を積む事も出来なさそうだし…」

 

 人智を超えた存在の2人も、数日間戦い続けるのは流石に堪えたのか、疲れが見え隠れする口調となっていた。しかし、それに反するように涼しい顔をしていて、余裕さえ見える顔をしていた。

 

「だね。にしても雑魚ばっかりだけど数が揃うとこんなに面倒くさいとはねぇ…」

 

 『おかけでスッゴいイライラしたよ…』と言ってライラは足元に転がったアイテールの首を睨み付ける。その他にもセクメト、テスカトリポカ、ディアウス・ピターのような禁忌種の死体ばかりが倒れていた。

 禁忌種の群れを数日間相手にして、涼しい顔をしながら雑魚扱いする様子が底の知れない彼女らの戦闘力を示していた。

 

「そうね。余計な手間ばかりかけさせてくれるわ…早く片付けて戻りましょう…」

 

「そ、そうだねー…」

 

 相変わらず恐ろしい顔をするシェリーを見て、ライラは早く帰っておっかない雰囲気を放つシェリーから解放されたいと心の内で思っていた。

 

(ほんと、ユッキー君の事になると余裕なくなるんだよなぁ…)

 

 シェリーがユウキの事となると焦りや怒りが顕著に現れる理由は知っている。しかしそれはライラ自身にはどうしようもない事なので、早くシェリーが自分の手で、願わくばシェリーにとって最良の形で決着をつけて欲しいものだと思いながらライラは近くのアラガミからコアと素材を剥ぎ取っていった。

 

 -訓練室-

 

 普段はユウキが訓練の相手をしているが、今回は時間が取れたツバキがオウガテイル、コクーンメイデン、ザイゴートのホログラムを相手にするユリの戦闘を観察して檄を飛ばしていた。

 

「ユリ!!いつまでも避けてばかりでは敵は倒せんぞ!!攻撃を避けたら反撃しろ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 正面のオウガテイルの噛みつきを後ろに避けた後、数秒遅れて右からコクーンメイデンのレーザーが飛んでくる。さらに後ろに下がってレーザーを避けると、オウガテイルの後ろからザイゴートが体当たりを繰り出してきた。それを左に跳んで避ける。

 すると何度か反撃の機会があったにも関わらずに避けてばかりでツバキから怒られ、ユリは避けたザイゴートを連続で斬りつける。

 

(ツバキさん、鬼教官だなんて呼ばれる程に厳しい人だと聞いてたけど、思ったより優しい人だな…気を使ってくれてるのか訓練もそんなにキツくない)

 

 続いて動かないコクーンメイデンに向かいながら、ツバキの鬼教官っぷりを聞いていたのだが、想像していたよりも楽な訓練だと思っていた。そのままオウガテイルも倒すと、ツバキは次の訓練を開始した。

 

 -食堂-

 

 午前中のツバキの訓練を終え、昼食のため食堂に行く途中、アネットとフェデリコと会い、ユリはそのまま3人で食事をする事になり、注文を伝えてテーブルに着く。当然2人の関心は初のツバキ監修の訓練についてだったので、自然と話題は訓練についてのものになった。

 

 

「どうでした?ツバキさんの訓練」

 

「キツイ…とは聞いていましたが、普段の訓練を知ってるのか加減してくれてましたね。そこまで苦ではなかったですよ」

 

「…ツバキさんならそんなことで加減しなさそうなんだけどな…」

 

 ツバキの訓練を体験したアネットとフェデリコからしたら、ユリの口から案外大したことないと答えが来たのは予想外だった。想像以上に斜め上な回答に2人はどんな反応をしたらいいのか困る事になった。そんなこんなでしばらく話をしていると、トウカが器用に3人分に加えて自分の食事を持って現れた。

 

「お待たせしました!!アネットさんのグーラシュ、フェデリコさんのナポリタン、お姉ちゃんにはサンドイッチだよ!!」

 

 ちょうど休憩になるトウカは3人から受けた注文の品を渡すと、ユリの隣に座ってユリと同じサンドイッチを食べ始める。

 

「ねぇお姉ちゃん、さっきツバキさんの訓練がどうって話してたけど、本当に大丈夫だったの?ツバキさんの訓練は相当辛いって聞いたけど?」

 

「うん。ユウキさんの訓練内容を知ってるのか、そんなに辛くなかったよ」

 

((それだけ先輩の訓練がキツいんだろうなぁ…))

 

 トウカは食べる合間に聞こえてきたツバキの訓練について聞いてみた。噂では最初の訓練で音を上げる者が多いと小耳に挟んでいたので少し心配していた。だがユリのケロッとした様子を見る限り本当に何ともないのだろう。かつてツバキの扱きを受けた2人はどれだけ辛かったか未だによく覚えていた。それが思ったより大したことがなかったと聞くと、それだけユウキの訓練が危険なものなのだろうと察して、2人はユリに同情した。

 そうして昼食を終えてしばらく雑談をしていると、ユウキが食堂に入ってきた。

 

「ユリ」

 

「あっはいっ!!」

 

 ユウキに呼ばれたユリは立ち上がり、少し上ずった声で返事をした。

 

「今日は訓練の予定を変更して本来の予定にはなかった実地演習を行う。廃工場エリアに現れた変種のハンニバルを調査する。お前には調査エリアに現れた小型種を掃討してもらう。その後は調査に同行しろ」

 

「分かりました」

 

 ユウキ曰く、特殊なハンニバルの調査にユリを同行させるとの事だった。その前に小型種の掃討任務をユリに任せると伝えると、ユリは緊張した面持ちで返事をした。

 

「出発は30分後だ。携行品と神機の準備をしておけ」

 

「はいっ!!」

 

 ユウキは淡々とした様子で準備をするように伝えると、ユリは対象的に力んでいるのか、勢いよく返事をする。そして伝えることを伝えたユウキはそのまま食堂を出ていった。

 

「初の実戦ですね。頑張ってください」

 

「ハンニバルの調査は気になりますけど、小型種なら落ち着いて相手をすれば大丈夫ですよ」

 

「は、はい!!」

 

 初めて実戦に出る事に緊ているユリにアネットとフェデリコがエールを送る。

 

「お姉ちゃん、頑張ってね!!」

 

「う、うん。初めての実戦…ちょっと怖いけど、行ってくる!!」

 

 トウカも声援を送り、ユリは緊張したまま気合いをいれる様に小さくガッツポーズをして食堂を出ようとする。

 

「いいところ見せて早く未来のお義兄ちゃん捕まえてきてね」

 

「えっ?!なっ!!そ、そんな事の為に任務に行くんじゃないんだよ?!もう!!」

 

 食堂を出るユリに対してトウカは任務で活躍してユウキにカッコいいところをアピールしてくるように言うと、その先の事も想像してユリは真っ赤になって、逃げる様に食堂を出て行った。

 

 -鉄塔の森-

 

 ユウキとユリはハンニバルの調査任務の為、廃工場の待機ポイントまで来ていた。ユウキは周囲を見渡すと近くには小型種が居ないが、気配で少し離れた所にオウガテイルの気配を確認するとユウキは任務の内容を確認する。

 

「まだハンニバルは来ていないようだな…先ずはオウガテイルの駆除だ。その間は俺は手を出さない。自分の力で乗り切れ。後のハンニバルは俺が受け持つ。無理に戦闘に参加しなくていい。危ないと感じたら逃げろ」

 

「…はい」

 

 ユリが相手にするのはあくまでもオウガテイルである事を念押し、ハンニバルの事は相手にしなくていいと伝えるが、ユリは珍しく眉間にシワを寄せて気分が悪そうな顔をしていた。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと廃液の臭いがキツくて…」

 

 そう言ってユリは口元と鼻を手で覆った。確かに廃工場から出る廃液は鼻につく嫌な臭いたが、ある程度近づかなければわからない程には希釈されている。それをかなり離れた位置の待機ポイントからでも分かるのは相当に嗅覚が鋭くないと不可能だ。

 ユウキはその可能性に気が付いたが、今はその事に時間を割いている余裕はない。そのため、ユリには強引なアドバイスを押し付ける事にした。

 

「…慣れるしかない。この先、血の臭いや焼け焦げた臭いやらを嫌と言うほど嗅ぐことになる。この程度で嫌気がさしているようじゃ戦場では戦えんぞ」

 

「は、はい…」

 

「オウガテイルは塔の反対側にいる。それじゃあ行くぞ」

 

 ユウキの任務開始の合図で2人は待機ポイントから飛び降りた。ユウキはすぐに塔の縁から縁へと飛び移り、あっという間に頂上へと登った。その様子を感心した様に眺めていたユリだったがすぐに我に返って標的のオウガテイルを探しに鉄塔を迂回して反対側まで走る。すると標的が2体並んで捨てられているガラクタを夢中になって喰い漁っていた。ユリは息を殺して後ろから一気に近づき、手始めに右側のオウガテイルに斬りかかる。

 

「やぁっ!!」

 

 標的のオウガテイルの尻尾を切り裂いた。対してオウガテイルは何が起こったのか確認しようと振り替えるが、その最中にユリがもう一度切りつける。そして振り向ききる直前にユリは一度左に跳び、もう一体のオウガテイルに切りつけた。

 

「っ!!」

 

 しかしその瞬間、オウガテイル達が姿勢を落とし尻尾を振りかぶる。それを見たユリはすぐに後ろへ下がった。すると最後に攻撃したオウガテイルは尻尾を振り回して攻撃してきたが、既にユリはその場から離れていたので攻撃は空振りとなった。

 そして最初に攻撃したオウガテイルは尻尾から針を飛ばしてきたので、ユリは前に出て針を避けつつ最後に攻撃したオウガテイルに向かっていく。

 

「ていっ!!やぁっ!!たぁっ!!」

 

 ユリが3回連続でオウガテイルを切りつける。すると切り口から微かにコアが見えてきた。ユリはそれを見逃さず、コアに神機を突き立ててオウガテイルのコアを破壊した。

 さらにユリは残ったオウガテイルに向かっていく。だがオウガテイルは針を飛ばしたときの動作から立ち直っておらず隙だらけだったので、ユリはまず下顎を左から右に横一線、下顎を切り落とす。

 

「これでとどめっ!!」

 

 何が起きているのか分かっていないのか、オウガテイルは一瞬動きを止める。その隙にユリは姿勢を落として今度は逆方向に振って足を切り落として最後のオウガテイルを無力化した。

 

「で、できた…ふぅ」

 

 初めての実戦と言うこともあって緊張が解けたのか、大きくため息をついて脱力する。しかしすぐにコアを回収しないといけない事を思い出して、ユリは捕食口を展開してコアを回収する。

 

「よし、これで私の任務は終わり…」

 

  『グォォォオッ!!』

 

「ッ?!」

 

 敵を倒しきったと思い、完全に油断していた。突然後ろからアラガミの雄叫びが聞こえてきた。振り替えると既にザイゴートが口を開けて迫ってきていた。既に避けられる距離ではなく、ユリは自らの死を連想する。

 

  『バンッ!!』

 

 短い炸裂音が響き渡ると、狙撃弾がザイゴートの頭を上から貫いた。何事かと思っていると、鉄塔の上からユウキが右だけ鞘から抜き、銃形態に変形した神機を持ったユウキが降りてきた。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「対象を倒しても油断するな。後ろから小型種が飛んでくる事なんてそう珍しくもないぞ」

 

「はい…気を付けます…」

 

 ユウキが神機を剣形態に戻しながら隙を見せた事を咎めると、ユリはションボリと落ち込みながら返事をする。

 

「そいつも捕食しろ。必要なら神機の強化にでも使え」

 

「あ、はい」

 

 ユウキに言われてユリは捕食口を展開し、ザイゴートを捕食する。それを見届けたユウキは今度は自身の本来の任務を開始する事にした。

 

「…ハンニバルの調査を始める。ステルスフィールドを展開しておけ」

 

「はい」

 

 ユウキはユリが未知数の相手に発見される可能性を減らす為にステルスフィールドを張る様に言うと、ユリは神機を銃形態に変形させてステルスフィールドを展開する。

 その後、ユウキは右の神機だけを持ったままターゲットを探しに鉄塔の中に入っていき、ユリもそれに続いて行く。

 

「…」

 

「…」

 

 捜索の間、会話はなかった。相手を探し、調査と観察、用がなくなれば奇襲をかけて一気に倒す。見つかるリスクを減らす為にもユウキが口を開かないのは当然の事だった。

 

(き、気まずい…)

 

 しかしユリは一切の会話がない事に居心地の悪さを覚えていた。何か話題はないかと思考すると、直感的に出てきた事をユウキに尋ねる。

 

「あっあの…ユウキさん、ユウキさんは私を助ける以前にはどんな感じだったんですか?こんなアラガミを倒したとか、神機使いになる前とか…」

 

「…」

 

 ユリが聞いてきたのはユウキの過去だった。自分達を救ってくれた人が今までどんな事をしてきたのか、どんな人なのかは誰でも気になるところだろう。

 しかしユウキは自身の過去など語る気はなく、ユリの問いには返事をする事する事なく沈黙を貫いた。

 

「あっ!!人の事を聞くならまずは私の事を話さないとですね。私とトウカはオラクル技術研究者の両親と一緒に研究所に住んでたんです。何でも特殊なオラクル細胞の研究をしていたそうなんですけど…研究所に黒い羽を持ったアラガミが突然現れて、そのまま両親含めて大勢の人が黒い羽のアラガミに…」

 

「…」

 

 ユリはユウキの沈黙を自分にだけ語らせるのはアンフェアだと言いたいのだろうと思い、自分の事を話し始める。その中に研究所での生活や両親の事、その生活が『黒い羽』のアラガミによって崩れ去った事を語っていく。

 

「何とか逃げ延びた人達と一緒にキャラバンを組んで居住区の外で生活していたんですが、日に日にアラガミの襲撃で犠牲者が増えて、最後には私達姉妹だけになってしまったんです」

 

「…そうか」

 

 しかし、案の定居住区の外で生きる事は容易ではなかった。ひとり、またひとりとアラガミの犠牲になっていき、最後にはユリとトウカの2人になった事を話したが、ユウキは興味が無さげに静かな声で返した。

 

「だから、ユウキさんにはすごく感謝してるんです。神機使いにもなれて、妹と一緒に生きる力をくれた。そして神機使いになった今なら…きっと、お父さんとお母さんを殺した…黒い羽のアラガミを…ん?」

 

「どうした?」

 

 絶望の縁に居た姉妹だったが、そんな状況から救いだしてくれた事に感謝の言葉を述べていると、ユリが何かに気づいたような声をあげた。

 

「いえ、何だか焦げ臭い気が…」

 

「何…?」

 

 異変に気づいたユリはスンスンと匂いを嗅ぐと、大気やその中のチリが高熱で熱せられている時のような焦げ臭さを感じたユリが報告すると、ユウキ鉄塔の影に隠れて耳を澄ませてみる。

 

「…確かにいるな」

 

 微かにハンニバルのものと思われる咀嚼音が聞こえてきた。聴覚が優れているユウキでもかなり集中しないと聞こえない状況でも、ユリには匂いで普通に察しが着く事から、ユウキの予想通り嗅覚が優れていると結論着けた。

 そして鉄塔の影から顔を出すと、待機ポイントの近くで、白い身体に紫色の差し色をした普通とは違うハンニバルが資材を捕食していた。そして周囲を見渡し、ユリが待機する場所を考える。

 

「ユリ、あの高台が見えるか?あの上から可能な限り身を隠しながら敵を狙い援護しろ。撃てると思った時だけでいい。無理だと思ったら支援するな。わかったな」

 

「はいっ!!」

 

「それから、撃ったらステルスフィールドは解除される上、敵にも見つかる。ハンニバルの攻撃には遠距離に対応したものもある。自身の周囲に異変を感じたら後の事は気にせずすぐに逃げろ。始末は俺がつける」

 

「分かりました」

 

 ユリはステルスフィールドを展開したままハンニバルの後ろを通りすぎ、高台に登った事を確認すると、ユウキは左手の神機も抜き放ち、鉄塔の影から出て駆け出した。

 

  『グォォォオオ!!』

 

 だが、ユウキが飛び出す瞬間に気配に気付いたのかハンニバルは雄叫びと共にユウキの方に走る。すると踏み込む瞬間に『ボゴッ!!』と鈍い音と共にコンクリートで舗装された地面が砕けた。そして次の瞬間にはハンニバルはユウキの眼前まで迫り、右の拳を振り上げていた。

 

(速い!!)

 

 油断したつもりはなかったが、事前情報が無く、自身の知っているハンニバルをはるかに超える超スピードで接近してきた事で反応が一瞬遅れる。その間にハンニバルが右の拳でフックを放ったと思ったら、既に左のフックが振り終わっていた。

 しかし反応は遅れこそしたがハンニバルの動きは見えている。ハンニバルの拳を紙一重で後ろに下がって避けるが、大きな拳と尋常ならざる速さで繰り出された2回のフックからは強い風圧が発生して、ユウキをさらに後ろへ押しやってフラつかせた。

 そしてハンニバルが追撃に左の裏拳を放つ。ユウキは咄嗟に左の神機で装甲を展開して裏拳を防いだ。その際、敢えてフラついた体勢を整えずに勢いに任せて吹っ飛ばされる。飛ばされながら空中で体勢を整えて壁に着地してハンニバルを睨むと、既にハンニバルは右手に紫炎の剣を作って接近して追撃の体勢を取っていた。

 ハンニバルが紫炎の剣を振り下ろすが、その追撃よりも先にユウキが壁を蹴り、紫炎の剣の横を通りすぎてハンニバルに迫る。そしてハンニバルとすれ違い様に頭を左の神機で斬り裂くと結合崩壊を起こした。

 

(成る程、こう言う方向に進化する個体も存在するのか…バルファ・マータと言い、外見が近くとも今までと同じ…と言うわけにもいかない可能性が高くなってきたな…)

 

 ユウキは考え事をしながら右の神機を地面に突き立てて急ブレーキをかけつつ反転する。その間にハンニバルは左手に紫炎の剣を作って振り返り様に横凪ぎに剣を振る。

 対してユウキは刺した神機を引き抜きながら地を這うように姿勢を落とす。そのまま地を蹴って地面スレスレで突っ込み、両手を外から内に振って追撃する。だが振り切った頃にはハンニバルはその場から姿を消していた。

 だがユウキはどうにか動きを捉えていたのでハンニバルが上にいる事は分かっていた。上を見るとハンニバルは紫炎の槍を作って超高速で落下してきた。ユウキは後ろへ下がってこれを避けるが、ハンニバルは左手で再度剣を作って横に振るが、それをユウキは右の神機で装甲を展開して防御する。

 

(な、なにこれ…ハンニバルもユウキさん速すぎて全然目で追えない…)

 

 ユウキとハンニバルからしたらそれなりの時間を動いた感覚だったが、遠くから見ていたユリには10秒にも満たない時間で超高速で動き回っているため、殆ど残像が動き回っている様にしか見えなかった。

 そんな中、ユウキは展開した装甲をしまいつつハンニバルの懐に飛び込ん

だ。ユウキはハンニバルの胴体を一刀両断すべく右手の神機を横凪ぎに振るが、ハンニバルが左手の籠手で防御するとユウキの一撃で籠手が結合崩壊を起こす。

 

「チッ…」

 

 このままトドメをさすつもりだったが、ハンニバルの反応が想像以上に速く防がれてしまった。ユウキは舌打ちしながらも間髪入れずに上に跳び、ハンニバルの首をはね飛ばそうと左の神機を横に振り切って斬りつける。

 だがハンニバルは急に姿勢を大きく落としながら走り出した。するとユウキの神機はハンニバルの逆鱗を破壊して、ハンニバルの背中からは紫炎の羽が生えてきた。

 ユウキが追撃しようとしたが、ハンニバルが先に振り返って尻尾を振り羽ましてユウキを牽制する。ユウキは後ろへ少し下がって尻尾を避けるが、その間に両手に紫炎の剣を作ってハンニバルは一歩踏み込むと、左手の剣を横凪ぎ振る。ユウキは一気に姿勢を落として剣を避ける。するとハンニバルは右の剣を振り下ろし、ユウキは小さく左に跳んで避けたが、ハンニバルが追撃に右の剣を外側に勢いよく振った。ユウキはハンニバルに向かって飛び込む事でハンニバルの剣を飛び越えると、再度ハンニバルの左側の剣が下から追撃が迫ってくる。ユウキは左の神機を下に向けて防御すると、上に軽く跳ね飛ばされる。その隙にハンニバルが最後の追撃をしようと振り上げた剣を振り下ろそうとする。 この間、ハンニバルとユウキがほぼその場から動かない時間が数秒できた。その数秒間でユリはハンニバルの動きを捉える事ができ、ユウキの支援をしようと銃口をハンニバルに向ける。

 

(今だッ!!)

 

  『バンッ!!』

 

 炸裂音と共に狙撃弾がハンニバルに向かっていくが、狙撃弾はハンニバルの眼前を横切って、追撃しようとしていたハンニバルは一瞬動きを止めた。

 

「外れたっ?!」

 

 当てるつもりで射ったが、結局当たらずじまいとなった。ユリはマズいと思っていたが、ユウキにとっては一瞬動きを止めるだけでも十分だった。

 ユウキは右の神機で穿顎を展開してハンニバルの左肩を喰い、すれ違い様に左の神機でハンニバルの首をはね飛ばす。そして着地と同時にバーストすると、ユウキはその場で右回転して右の神機を横に振ると、ハンニバルは上下に斬り分けられた。

 

「…すごい…」

 

 高台からずっとユウキの戦いを見ていたユリが思わず感想を漏らした。しばらく放心していたら我に返り、ユウキの元に小走りで戻ってきた。

 

「あ、あの…ごめんなさい。最後の狙撃、外してしまいました…」

 

「…いや、あれで良い。よくやった」

 

「あ…は、はいっ!!」

 

 ユリは自身が射った狙撃弾がターゲットに当たらなかった事を謝った。怒られると思っていたのか、半泣きで謝っていたが、ユウキにとっては一瞬の隙さえあればよかったので特に気にした様子はなかった。むしろよくやったと誉められたユリは喜びさえ覚えていた。

 

「素材を回収して撤退するぞ」

 

 ユウキがコアと素材を回収し、研究用のサンプルを回収する間、ユリも素材を回収する。回収後、2人は揃って極東支部に戻っていった。

 

 -エントランス-

 

 ユウキとユリが任務から戻ってくると、ちょうど実家から帰ってきたコウタと鉢合わせた。一瞬互いに目線を合わせ、コウタが気まずそうにしてその場で立ち止まったが、ユウキは特に気にする事もなくコウタの隣を通りすぎる。

 

「…っユウ!!」

 

「…?」

 

 突然コウタに話しかけられて、ユウキは振り返る。

 

「正直、まだユウが何をしようとしてんのかよくわかんない…だから、まずはユウのやろうとしてる事を見極める。それで、間違ってたら…止める…力ずくでも…絶対止める。それをやるのが仲間だと…親友だと思うから」

 

「…好きにしろ」

 

 そう言うとユウキはその場を離れる。すると『おうっ!!好きにするっ!!』と言ってコウタもその場から去っていった。

 

To be continued




あとがき
 ようやっと仕事が落ち着きはじめた私です。おかげで仕事以外の事ができなかったぞチクショウ…
 そんなこんなでお話はユリの仇やハンニバル神速種と殴り合ったりコウタと和解(?)しました。神速種はなぁ…殺意は高いけどもモーションは原種と変わらないのですぐに慣れて楽しみはあまり長続きしなかった気がします。
 コウタはとりあえず様子見と言うことで落ち着きました。相手が何する気かわからない以上、下手に動かずに情報を得てから動く方が無難な気がします。
 コウタの悩みを見抜いた母ちゃんの如く、現実でも母ちゃんに悩み事を見抜かれていた気がしますねぇ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission114 疑惑

最近頭が痛い日が続いてます。


 -極東支部、訓練室-

 

 ハンニバル神速種と名付けられたアラガミを倒してから数日が経ち、ユウキとユリは今まで通り対人での戦闘訓練をしていた。そんなある日、神機を振る際に刃を向けるのではなく、ビンタの要領で振ればユウキに大きなダメージを与える事なく訓練できると考えて実際にやってみていた。

 

「そこだぁッ!!」

 

 攻撃が当たったとしても死ぬ程のケガやダメージを負うわけでは無いと分かっているからか、以前程攻撃に躊躇はなくなっていた。ユリが上から神機を振り下ろすと、ユウキは迫ってくる神機をまっすぐ右足を蹴り上げて弾き飛ばした。

 

(足で弾いたッ!!なら次は…)

 

 しかしユリもただ何度もカウンターを受け続けてきた訳では無い。数え切れない程の攻撃を受け続けてきた事で、ユリ自身の動体視力が向上して、ユウキの反撃パターンが読めてくる様になっていた。

 ユリは次の行動を予測して、跳び上がれるように準備する。

 

(右のストレート!!)

 

 予想通り、ユウキからは右ストレートが飛んでくる。ユリは右手を掴みながら大きくジャンプして躱すと、そのまま体を捻り、ユウキの後ろに降りながら、ユウキに神機を振り下ろす。

 

(入っ…?!)

 

 後ろからの一撃、決まったとユリは確信していた。しかし、その確信に反して、ユリ神機は再び上に弾かれた。

 そしてユリの目の前には左足をギリギリまで体に引き寄せた後に真上に蹴りを入れた体勢のユウキが映る。

 

「う、うそ…?あの体勢で蹴り…?」

 

 元々バカみたいな身体能力をしているのは分かっていたが、接近した状態、しかも既に振り下ろしているにも関わらずそれよりも早く蹴りが飛んでくるとは思っておらず、ユリは驚いて一瞬動きを止める。

 その隙にユウキがその場で左に回転し、右手で底掌を撃ち込む。

 

「ガッ?!」

 

 左の横腹に反撃を受けたユリは底掌で吹っ飛ばされ、床の上を転がった。

 

「ケホッケホッ!!」

 

 腹に強い衝撃を受けた事でユリは咳き込む。それでも立ち上がってか追撃に備えようとしかが、当のユウキはいつの間にか端末を取り出して誰かと話していた。

 

「…任務だ。一旦終わるぞ」

 

 通話を切るとユウキは任務が入った事を伝えて訓練を強制終了すると、ユウキはユリを連れて任務に向かった。

 

 -エントランス-

 

 エイジス開放の任務に区切りをつけて一時帰投したシェリーとライラ…集めたコアや素材、それから資材を極東支部に引き渡し、ようやくひと息つけると安堵しながら2人は出撃ゲートを潜り、エントランスに入ってきた。すると2人の目にユウキの真っ白な頭が目に映った。

 

「ユウキ、ただいま戻り…」

 

 数日ぶりにユウキに会えたことで、少し弾んだ声色になっていたシェリーだったが、ユウキの体で隠れていたユリを見た途端に鋭い目付きに変わった。

 

「あの、ユウキ…彼女は…?」

 

「そうか、まだ会った事が無かったな…ユリ…」

 

 威圧的な声色でユウキにユリの事を尋ねる。対してユウキは落ち着いた態度を崩さず、顎でシェリー達を指すと自己紹介するように促す。

 

「えっと…天草ユリ…です」

 

 ユリは話してすらいない筈の相手から突然ガンを飛ばされ、萎縮しながらも自己紹介する。

 

「ライラだよ。よろしくぅ~」

 

「…シェリー」

 

 対してライラはフランクに、シェリーは冷たい態度を崩さないと、相変わらずな様子で名を名乗る。ユウキはそれだけで十分だと言いたげに出撃ゲートに向かって歩きだす。

 

「…行くぞ」

 

「は、はい!!」

 

 顔合わせを終えて、ユウキはユリを連れて出撃ゲートを潜って任務へと向かう2人の背中をライラと怨めしそうな目をしたシェリーは静かに見送っていた。

 

「…イヤな予感的中だね…」

 

「…ふん」

 

 少し前までは久しぶりにユウキに会えると機嫌が良くなっていたのに、ユリが近くに居た事で一気に機嫌が悪くなった。ユリがユウキにどんな感情を抱いているかを何となく察したライラが話しかけると、それに気が付いていたシェリーも、その急降下した気分を示しているかのようにズカズカと歩いて行き、ライラもそれに続いて何処かへ行った。

 

 -嘆きの平原-

 

 シェリー達と分かれてから時間が経ち、ユウキとユリは旧ビル街の待機ポイントで任務内容の確認をしていた。

 

「さっき連絡が入った。今回の任務はザイゴートの討伐…だったが、それに加えて可能であれば周辺に現れた未確認アラガミを調査する」

 

「未確認…ですか?」

 

 ユウキの言った通り、周囲には何体ものザイゴートが浮かんでいる。比較的簡単な任務かと思いきや、それとは別に新種かも知れない相手の調査もある。先日戦ったハンニバル神速種と名付けられたアラガミの様な奴を相手にするのかと思い、ユリは思わず息を呑んだ。

 

「そうだ。強力なコア反応が確認されたと聞いている。恐らくは禁忌種レベルの様な危険な相手だ」

 

 ユウキは事前に得ていた情報から禁忌種と推定し、ユリにそのことを伝えながら待機ポイントから飛び降りるギリギリのところまで歩いていく。

 

「遭遇した場合はすぐに逃げろ。お前にはまだ荷が重い」

 

「わ、わかりました」

 

「よし、まずはザイゴートを片付ける…ミッション…開始!!」

 

 未だ姿を見せない敵の情報と対処は伝えた。ユリもしっかりと返事をした事を聞き届けると、ユウキはミッション開始の命令を出して待機ポイントから飛び降り、ユリもそれに続いて飛び降りた。

 

「左から回れ。ザイゴート程度なら問題なく戦えるだろう?」

 

「はい!!ちゃんと訓練してきたので大丈夫です!!」

 

 飛び降りるとユウキは二手に分かれて小型種を処理する様に伝えると、ユリも問題無いと返事をする。

 

「後で落ち合うぞ」

 

 それを聞いたユウキはユリが作戦領域を左側へと走っていくのを確認して、ユウキも右から回り込むべく走り始めた。

 

 -ユウキside-

 

 ユウキは走り始めた後、神機を銃形態に変形して、目の前のザイゴートを片っ端から狙撃弾で撃ち抜いていく。

 

(…ザイゴートが群れた所で所詮はザコ…任務遂行には支障は無いが…)

 

 今度は両サイドから迫ってくる赤いザイゴートに対して両手の神機を外に向けて狙撃弾を撃ってコアを撃ち抜きつつ、現在の戦力と敵の状況を考える。

 

(軽く見積もってもこっちだけで20体以上…近くに未確認アラガミの気配も感じるが…コイツらはそのアラガミから逃げて来たのか?)

 

 続いて左側から突っ込んでくる黄色のザイゴート2体を狙って両手の神機を向けながら狙撃弾で撃ち、走りながらユウキは小型種が群れでやってきたのか理由を考える。

 

(…まあ、目標と接敵すれば分るか…)

 

 何にしてもザイゴート自体は邪魔なだけで何の用も無い。さっさと全滅させるべく、今度は左右の斜め前から現れた青いザイゴートに対して両腕をクロスさせて狙いをつけ、狙撃弾を撃ちながらユウキは作戦領域内を走り回った。

 

 -ユリside-

 

 一方、二手に分かれた後のユリは、目の前から迫ってきたザイゴート3体に向かって突っ走る。

 

「はあっ!!」

 

 眼前まで接近して、目の前のザイゴートの眼球にショートブレードを突き刺す。

 

「ていっ!!たぁっ!!」

 

 そのまま神機を左右に振ってザイゴートの目玉をX字状に斬りつけると、左側の赤いザイゴートが毒霧の塊を吐き出してきた。ユリは右に跳んで避けるが、その時黄色のザイゴートが右から口を開けて近づいてきた。咄嗟に後ろへ再度跳びつつも、右手に持った神機を内側に引き寄せる。

 

「やぁっ!!」

 

 黄色のザイゴートが口を閉じきる前にユリは神機を外へと振って、ザイゴートを顎で真っ二つに切り裂く。続いて毒霧を放ってきた赤いザイゴートが体当たりしてきた。

 

「当たれ!!」

 

ユリは銃形態に変形して狙撃弾を発射する。狙撃弾が目玉を撃ち抜くと赤いザイゴートは大きく口を開けて怯み、その隙に口腔内に狙撃弾を撃ち込む。するとコアを直撃して、そのまま赤いザイゴートを貫通する。

 赤いザイゴートを倒したのを確認すると、ユリは神機を剣形態に変形させて再び作戦領域を左回りに走り出す。

 

「まだ居る?!けど…」

 

 目の前の黄色いザイゴートが毒霧を吐き出してくる。それをジャンプで躱すと、そのまま黄色いザイゴートを飛び越えてその後ろに居た青いザイゴートを上から奇襲する。

 

「アンタ達なんかに負けるもんか!!」

 

 両手で神機を握り締めて振り下ろすと、青いザイゴートは頭頂部には裂傷ができ、地面に叩き落された。続いてユリも着地と同時に右外から内側へと神機を振って青いザイゴートを両断する。

 すると後ろからさっき飛び越えた黄色いザイゴートが大きな口を開けてユリに迫ってきた。ユリは右に回りながら神機を振ると、顎から黄色いザイゴートを真っ二つに切り裂いた。

 そして再び左回りに走り始めると、赤と青のザイゴートが1体ずつ、まっすぐに突っ込んできた。

 ユリは先に突っ込んできたザイゴートを右に避けると、3回連続で斬りつけてザイゴートを倒す。続いて横から体当たりしてくる2体目のザイゴートには装甲を展開して攻撃を防ぐ。その後装甲をしまうと、勢いよく神機を左右に振り、ザイゴートを両断する。

 そして次のターゲットを探すべく、また左回りに走り始めた所で、逆サイドから回り込んできたユウキが目に映った。

 

「ユウキさん?!あれ?私まだまだ1/3程しか…」

 

 ユウキと合流したのは全体の1/3程進んだ程度の所だった。何故こんなにも差が出たのかと思いユウキの後ろを見てみると、大量のザイゴートが転がっていた。

 

「…すいません…全然倒せませんでした」

 

 自身が倒した数よりも遥かに多くのアラガミの死体を見て、何だか申し訳なく思えてきたユリは縮こまりながら謝った。それを聞いたユウキが何か言おうと口を開いた瞬間…

 

  『『『ガァァァァッ!!』』』

 

 雄叫びと共にビルをなぎ倒して作られた獣道から20体近いオウガテイルやヴァジュラテイル、ハガンコンゴウが作戦領域内になだれ込んで来た。

 

「増援?!」

 

「…ザコがワラワラと…」

 

 突然の出来事にユリは動揺するが、ユウキは慌てる様子もなく神機を剣形態に変形させて臨戦態勢に入る。しかしその直後、未だに建っているビルの上から火を吹いた『何か』が打ち上げられた。そしてそれは放物線を描いてユウキ達の方へと落下していく。

 

「チッ!!」

 

「キャアッ!?」

 

 飛来した『何か』の正体をすぐに察したユウキはユリを小脇に抱えて、その場から一気に離れる。しかし、ユリは突然の事で小さく悲鳴を挙げてなすがままにユウキに連れて行かれる事しか出来なかった。

 そして飛来した物体…ミサイルが地面に落下すると、爆発を起こして逃げるアラガミ達を無慈悲にも攻撃していく。爆発の衝撃で全身が結合崩壊を起こし、追撃の爆風で体をバラバラに吹き飛ばされる。更には辺り一面にオラクル細胞由来の炎が上がり、辛うじて体が残ったアラガミ、コアだけになったアラガミさえも焼き尽くしていく。

 この一撃で半数程のアラガミが死滅したが、トドメと言わんばかりの巨大なトマホークが着弾すると、残ったアラガミも先と同様に爆風と爆炎で粉々にして焼き尽くしていった。残ったのは1体のオウガテイル堕天種と2体の赤いヴァジュラテイル、そして赤いザイゴートが2体だけだった。

 

  『ウォォォォォオン!!』

 

 するとユウキにとっては聞き覚えのある雄叫びが辺りに響き渡る。その直後、ビルの隙間から見慣れた機械的な身体に、装甲の隙間から妖しい光を放つクアドリガ神属のアラガミが現れた。

 

「クアドリガ神属禁忌種…もしかして、コイツがテスカトリポカ!?」

 

「いや、コイツは…」

 

 一旦離れてから降ろされたユリは、見た目がクアドリガ神属の禁忌種と言うことで、資料で見たテスカトリポカかと思ったが、ユウキはすぐに別物だと気がついた。

 

「第二種接触禁忌種…『ポセイドン』…確かアメリカ支部で討伐実績があったはずだ」

 

 クアドリガ神属でテスカトリポカ以外の禁忌種を記憶の中から引っ張り出す。すると、以前見た資料に該当するアラガミが居た事を思い出す。その時に極東ではまだ遭遇例が無い事、その他特徴も一緒に思い出す。

 

「記憶が正しければ内蔵されている火器を全て開放すれば辺りは焦土と化すらしい…雑魚も数体残っている。お前は気をつけて撤退しろ」

 

「そんな事言われても…」

 

 辺りを焦土に変えると言われても、そんなものポセイドンの気分次第である以上どうしようもない。思わず文句の1つも言いたくなったユリだったが、そんな事をするよりもさっさと逃げた方が良いと言うのは新人の彼女にも分かっていた。

 ユリは指示どおりにその場を後にしようと走り出す。しかしアラガミ達は突然背を向けるユリを狙って追いかける。

 

  『『バンッ!!』』

 

 しかし、突然ポセイドンの眼前を2つのレーザーが通り過ぎたので、ポセイドンはユリの追撃を止めて立ち止まった。ポセイドンはレーザーが飛んできた方向を見る。

 

「…」

 

 そこにはポセイドンに向かって両手の神機を銃形態に変形させて、銃口を向けて睨むユウキが居た。

 

  『ウォォォォォオン!!』

 

 先に倒すべきはコイツだと感じたポセイドンが背中のミサイルポッドをユウキに向けると、6発のミサイルを放射状に発射する。それは途中で向きを変えると、ユウキに向かって飛んでいく。

 それを見たユウキは一気に前に出てミサイルの下を駆け抜けて避けると、標的を見失ったミサイルは地面に着弾して爆発する。そして次の瞬間にはユウキはポセイドンとの距離を詰めて神機を振り抜いた。

 

  『キンッ!!』

 

「…」

 

 ユウキの一撃ばポセイドンの装甲に軽く弾かれる。しかし、ユウキにとってそれは意外な事でも何でもなく、至極当然の事だった。ユウキは敢えて神機の能力を下げて攻撃していたからだ。その目的はポセイドンのデータを取るためで、ユウキ自身もかなり手を加えての攻撃だった。

 しかしポセイドンはその間に反撃の準備を整える。ユウキからの攻撃を受けるとポセイドンは大きくジャンプする。ユウキは後ろに下がって距離を取るが、空中でミサイルを発射する。

 

「…」

 

 ユウキは特に驚く様子もなく、更に後ろに下がってミサイルを避ける。その間に着地したポセイドンが間髪入れずに突進してくる。それを左側にすれ違う様に跳んで躱すが、続いてミサイルをポセイドンの周囲にばら撒く。

 それをまた後ろに下がって距離を取ると同時に両手の神機を銃形態に変形して、神属性のレーザーを2発発射する。その時の射撃でミサイルポッドは結合崩壊こそ起こさなかったが、小さなヒビがいくつか入った。

 

(なるほど…火力は少々上がった様だが、後はさして変わらないようだな。もうそろそろいいか…)

 

 今まで撃ってきた火器によって、地面は大きく抉られる等、破壊力は強化されてるが、立ち回りは今まで戦ってきたテスカトリポカとさして変わらないと分かると、そろそろ決着をつける事にした。

 ユウキは剣形態に変形しながらジャンプして、後ろから再度ポセイドンに近づいて背中に乗り込む。その瞬間、ユウキは両肩のミサイルポッドを斬り裂いて結合崩壊させる。

 

  『ウォォォォォオン!!』

 

 その後、結合崩壊を起こしたポセイドンは馬が嘶く様に前足を持ち上げると、怒りで活性化する。それに合わせてユウキはジャンプしてポセイドンの正面に着地すると、その間にポセイドンの前面装甲が開いてトマホークを発射する状態になっていた。直後ポセイドンがユウキの後ろからトマホークを発射する。ユウキは左の神機の柄を咥えると、後ろに下がりながらバク転し、トマホークを飛び越える。そして左手でトマホークに触れると、そこを軸に身体を捻りながらポセイドンの方を向きながら一気に距離を詰める。

 そして左手に神機を掴み直すと、未だ開いている前面装甲を根本からから切り落とす。

 

 

  『ウォォォォォオン!!』

 

 装甲を失ったポセイドンが更には怒りのボルテージを上げる。ポセイドンが吠えると辺りに紫の炎が立ち上って辺りを焼き尽くしていく。ユウキは一気に後ろに下がって距離を取ってポセイドンの炎を避ける。

 未だ炎を吹き出して隙だらけになっているポセイドンの頭上よりも高くジャンプすると、両手の神機を結合させて両刃剣にする。

 

「…」

 

 炎が消えたタイミングでユウキが両刃剣でポセイドンの兜を叩き割る。強烈な一撃を入れられ、ポセイドンが怯んでいる間にユウキは着地する。

そのまま追撃しようとしたが、それよりも先にポセイドンが再度トマホークを発射する。しかしトマホークはすぐに霧散した。ユウキはワープさせて自身の頭上から落としてくると察して、後ろに跳んで避けるが、何時まで経ってもトマホークが落ちて来ない。

 

「…?」

 

 何かおかしいと思ったが、その瞬間ユリの方を見ると、小型種に囲まれて相手をしているユリの頭上にトマホークが再生成され始めていた。

 

「チッ」

 

 ユウキはユリのフォローをすべく駆け出す。その際、銃形態でトマホークを撃ち抜こうと考えたが、その際に変形して、構え、狙いをつけて撃つ、そして着弾まで時間もかかる。一瞬であの場に行ける方法は無いかと考えていると、1つ思い付いて、ユウキは黒い霧に包まれた。

 

「もぅ、さっきから付き纏って…これじゃあ逃げられ…きゃぁっ!!」

 

 ユリが小型種の相手をしていると、突然何かに抱えられてその場から離れる事になった。落ちたトマホークが辺りに爆弾を撒き散らしながら残った小型種を一掃する中、何事かと思い抱えてきた張本人の方を見ると、アラガミ化したユウキが目に映った。

 

(…そん、な…うそ…)

 

 ユリの目にはアラガミ化したユウキの顔だけでなく、更に後ろを向くと背中に生えた黒い翼も視界に入った。その姿を見て呆気にとられていたユリだったが、ユウキとポセイドンはそんな事に構わず戦闘を続ける。ポセイドンはユウキとユリを踏み潰そうとダッシュしてくる。

 

「…」

 

 ユウキはその場で手を放してユリを落とすと、獣脚の瞬発力を活かして近づいてくるポセイドンに接近する。そして間合いに入ると、地を蹴って跳び上がり、顎を蹴り上げてポセイドンを怯ませる。その隙に自身の鋭利な爪と急降下する勢いを使って、ポセイドンの顔面に向かって振り下ろす。

 『スパンッ!!』と小気味良い音と共に着地すると同時にポセイドンはバラバラに切り刻まれ、そのままゆっくりと崩れ落ちる。そしてユウキはゆっくりと立ち上がると再び黒い霧包まれる。霧が晴れるとそこには見慣れたユウキが立っていた。

 

「今見たものは他言無用だ…それが破られた場合、命の保証はしない…」

 

「…」

 

 ユウキはアラガミになれる事を漏らすなと警告するが、ユリはずっと呆けたままだった。人からアラガミになり、更には元に戻るところを見れば当然かと思い、ユウキは神機を捕食形態に変えてポセイドンへと向けた。

 

(黒い…羽…)

 

 しかしユリが呆けていたのは、人とアラガミの姿を自由に変えるところを見たからだけではなかった。アラガミ化したユウキを見てからというもの、ユリの眼にはユウキの背中から生える黒い翼が焼き付いて離れなかった。

 

(そっか…『アイツ』が…お父さんとお母さん…皆の仇…)

 

 両親や研究所の人たちを屠り、地獄の様な外の世界に追いやった相手…その相手の特徴的な黒い羽をしたアラガミの正体が、あろう事か目の前にいる信仰の域に達する程に慕っている男だった。それを知った瞬間、ユリの中でドス黒い感情が蠢いた。

 

「…早く回収しろ。帰るぞ」

 

「…はい」

 

 自分の分は回収した。あとはユリが回収すれば任務は終わりだ。ユウキがユリので方に振り向く事なく回収する様に言う。そしてユリは抑えきれない怨嗟が漏れ出たかの様に低くい声で返事をする。だがユリは湧き上がった憎悪を今は必死に抑えてポセイドンから素材を回収すると、2人は極東支部へと帰投した。

 

To be continued




あとがき
 成長して少しずつユウキとやり会える様になったユリ、危ない疑惑を持たれたユウキ、そして救世主の帰還とのコラボアラガミ、ポセイドンとの戦いでした。ポセイドンと聞くと海の神様と言う側面が有名ですが、地震を司る神でもあるらしいです。多分GEのポセイドンは地震を司る方が元ネタなんでしょう。次は同じく救世主の帰還とのコラボからあのアラガミが出ますよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission115 仇討

ユウキが両親の仇だと思い込み復讐に走るユリ…その結末は…?


 -エントランス-

 

 ポセイドンを討伐した後、報告書を書いてから夜まで訓練をして、ユリはユウキの部屋に戻り、ユウキはエントランスのソファで寝ていた。

 そしてそのまま皆が寝静まる位に夜が更けた頃、エントランスのエレベーターが動き出す。1度ベテラン区画で止まり、続いてエントランスまで動く。エレベーターが止まると扉が開き、中からユリが降りてきた。

 

「…」

 

 出撃ゲート前のソファで眠っているユウキを見つけると、息を殺し、足音を忍ばせ、気配を消してゆっくりとユウキのそばまで歩を進めるが、その手には包丁が握られていた。

 

「お父さんと…お母さんと…皆の仇…!!」

 

「…」

 

 ゆっくりと両手で包丁を握って振り上げる。そして寝息を起てるユウキの心臓を突き刺す為に包丁を振り下ろした。

 

  『ギンッ!!』

 

「グッ?!」

 

 しかし、突然包丁の刃が根本から飛んだと思ったら、左肩に強い衝撃が走ってユリは吹っ飛ばされた。ユリはそのまま出撃ゲートに叩きつけられ、何事かとすぐに立ち上がると、何時の間にか立ち上がってユリを見下し睨むユウキがいた。

 

「…」

 

「お前…お父さんとお母さん、皆の仇…!!」

 

 既に刃の部分を失っているにも関わらず、その事に気づいていないのか、ユリは憎悪で顔を歪ませたまま包丁の柄を構えて今にもユウキを殺しに飛びかかりそうな様子だった。

 

「許さない…お前だけは…絶対ッ?!」

 

  『バンッ!!』

 

 ユウキに襲いかかろうとした途端、何処からともなく狙撃弾がユリの足元に撃たれ、ユリは動きを止める。するとライラと神機を持ち出したシェリーが下階から飛び出してきてユウキの前に立ちはだかった。

 

「この女…絶対殺してやるわ…」

 

「ユッキー君、コイツ殺っちゃうよ?イイよねぇ?」

 

 シェリーとライラが怒りで表情を歪ませ、ユリを殺すべく持ち出した神機の銃口を向け、対峙するユリも負けじと2人を睨みつける。しかしそんな彼女達を意に介さず、ユウキは前に出て右手を軽く上げて2人を静止する。

 

「あぇ?」

 

「なっ?!」

 

 ユウキが手を出すなと指示を出すのは2人からしてみれば予想外も良いところだった。指示どうりに神機を下げると、ユリは再び憎悪で顔を歪ませてユウキに向かっていく。

 

「お前だけはぁぁぁぁあ!!!!」

 

 ユリは無策のままユウキに突っ込む。刃を失った柄を突き出すが、ユウキはその手を払いのけると軽く前に出て距離を詰めて底掌をユリの喉元に当てる。

 するとその手を押し込んでユリを吹っ飛ばすと、また出撃ゲートに叩きつけられて倒れた。

 

「ぐっ?!」

 

「…」

 

 痛みに耐えながら、ユリがゆっくりと上体を起こす。しかし既にユウキがすぐ近くまで来てユリを見下ろしていた。

 そしてユウキはまるでアラガミを相手にしている時の様に、無表情で感情を感じられない顔のまま拳を固く握る。

 

「ま、待って!!!!」

 

 素手でも人を殺せるユウキが頭蓋を破壊すべく拳を上げた瞬間、幼い声がユウキを止めた。声のした方を見るとトウカが慌てて2人の間に割って入る。

 

「お願いします!!!!お姉ちゃんを殺さないでください!!!!」

 

 2人の間に入るとトウカは地に手を付けて頭を下げ、所謂土下座でユウキに手を引くよう懇願する。それを見たユリ、それからシェリーとライラはギョッとした顔になったが、ユウキは相変わらず無表情だった。

 

「わ、私の家族はもうお姉ちゃんだけなんです!!だから…だから…殺さないでください…」

 

 『お願いします、お願いします』と何度も何度も泣きながら懇願する。今までに多くの親しい人の死を見てきた事はまだ幼いトウカにはトラウマになる様な光景だった。

 そして今、目の前で姉も同じ様になろうとしていた。最後の家族を失いたくないが為に必死でユウキに頭を下げて頼み込む。ユウキはしばらくその様子を眺めていたが、やがて踵を返してその場を去って行った。

 

「え?あれ、お義兄…ちゃん?」

 

 ユウキを止めた事で怒りの矛先が自分に向くかも知れないと考えたが、それで家族の命を救えるなら安いものだ。殴る蹴る位は覚悟していたが、実際には何もされなかったので、トウカは拍子抜けした様な顔と声で下階へ降りるユウキと、それを追いかけるシェリーとライラの背中を見ていた。

 

「…あの、あのままで良いのかしら?あの女は貴方を…」

 

「そ、そうだよ…本当にこのままにしとくの?この場で殺っちゃった方が…」

 

 今までならば間違いなく返り討ちにしていた。今回も同様にすると思っていた2人だったが、あまりに予想外な対応に困惑した表情で聞き返していた。

 

「構わん…」

 

「…そう、ですか…」

 

 結局、ユウキの考えが変わる事はなかった。どこか釈然としない様子で、2人はエントランスから出ていくユウキの後を追いかけていった。

 

「…何やってるんだよお姉ちゃん?!何だって急にお義兄ちゃんを殺そうとしたの?!」

 

 結局何もしてこなかったユウキ達の背中を呆然と見つめたまま彼らが去っていくのを見つめていた。そして我に返ると、トウカは突然暴挙に出たユリを問いただす。

 トウカ自身も、任務から帰ってきたユリの様子がおかしい事には気づいていた。そして様子が変わったその日に、いつもはしない何かを持ち出して夜中の外出…何かと思い様子を見に来て正解だった。

 まさかユウキを刺そうとしていたとは考えておらず、その光景を見た時は驚きのあまり固まってしまったが、ここで止めに入っていなければユリが殺されていてもおかしくない。

 

「アイツがッ!!アイツがお父さんとお母さんを殺した黒い羽のアラガミだった!!殺さなきゃ…お父さんもお母さんも…皆の仇を討たなきゃいけないの!!」

 

「何言ってるのお姉ちゃん?お義兄ちゃんがアラガミって…気は確かなの?!」

 

 しかしユリは怒りを隠す事なく、怒鳴り散らす様にユウキが黒い翼を持ったアラガミになれる事を伝える。しかし人がアラガミになれるなど、トウカには信じられる話ではなかった。

 

「実際に見たのよっ!!アイツは人の皮を被ったアラガミだった!!私の目の前で黒い羽のアラガミになるとこを見たの!!アイツが皆を殺して私達を地獄に叩き落とした張本人だったのよ?!」

 

 対してユリは実際に見たと言って、ユウキが仇のアラガミだと素直に信じないトウカに対して苛立ちを覚えて語気が荒くなっていく。

 

「…ねぇ、お姉ちゃんが言ってるパパとママと研究所の皆の仇って、本当に黒い羽だったの?私あの時逃げるのに精一杯だったからちゃんと覚えてないけど、羽に紫の模様が入ってた気がする…お姉ちゃんの言ってた羽だけでもお互いの認識に差があるんだし…ねぇお姉ちゃん、見た目とか大きさとか、他の特徴ももう1度よく思い出してみてよ」

 

「そんなはずない!!皆の仇のアラガミは背中に黒い羽が付いてた!!間違いないわよ!!」

 

 トウカは記憶が曖昧ではあるが、仇のアラガミは単純に黒いだけではなく、模様が入った羽だったと言い、仇のアラガミをよく思い出す様に諭すが、ユリの頭の中ではユウキ=黒い羽のアラガミで固定されてしまっていた為に、仇は間違いなく黒い羽のアラガミだったと余計に語気を強めてトウカに怒鳴り散らす。

 

「絶対…殺してやる…っ!!」

 

 憎悪を剥き出しにした目をユウキが去って行った方に向け、ユリは殺意を込めた呪詛の様な口調でユウキを殺すと決意を新たにした。

 

 -訓練室-

 

「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"っ!!!!」

 

「…」

 

 翌日、ユウキとユリはいつもの様に訓練を始めたが、ユリは殺意を剥き出しにして吠えながらユウキに襲いかかる。

 ただし、いつもとは違うのは廃工場を再現したホログラム上での訓練だった事だった。さらに神機をポイズンピック、ファルコン、オーバル甲に強化していた。そしてユリ自身の戦闘スタイルも、初撃は気配を殺して背後から毒を帯びた強力な一撃を与える、暗殺者の様なスタイルに変えていた。

 しかし初撃は軽く往なされ、その後ももう気配を絶とうが不意打ちは不可能なため、ただひたすら接近して神機を振り回し続けるだけとなっていた。

 

「殺す!!殺す!!殺す!!」

 

 何度も神機を振り回すと同時にユリはひたすらユウキへの殺意も振り撒いていくが、当のユウキは神機も殺意も軽く捌いて躱していく。

 

「殺してやるぅぅぅうっ!!!!」

 

 ユリが鬼のような形相でユウキに神機を振り下ろす。しかしユウキは振り下ろされる神機の柄を右足で蹴り上げて弾くと同時に左足で地を軽く蹴る。そのまま振り上げた右足を大きく内側に回して身体を捻り、浮いた左足を身体の外側から後ろに回し、身体の回転と足を振り回す勢いを乗せて踵による回し蹴りをユリの脇腹に叩き込む。

 

「ガッ?!」

 

 蹴りによってユリは横に吹っ飛ばされたが然程痛みは無い。受け身に失敗して何度か転がった後すぐに立ち上がると、何時の間にか端末を取り出して時間を確認しているユウキが目に入った。

 

「…時間か。今日はここま…」

 

「ふざけるなァァァァあっ!!!!」

 

 ユウキは訓練時間が終了した事を確認するが、ユリは逃がす訳ないだろうと言わんばかりの怒号と共にユウキに襲いかかる。

 

「…」

 

 ユリは神機を振り下ろすが、それよりも先にユウキは姿勢を落としながら前に出て間合いを潰す。するとユリの顎を底掌で下から撃ち抜く。そのまま右手でユリの喉元を押さえて背中から押し倒す。するとユリは背中を強打し、その衝撃で後頭部も床に強打してしまい、そのままユリの意識は途絶えた。

 

 -神機保管庫-

 

 ユリを自室に放り込んだ後、ユウキは神機のメンテナンスをしていた。マニピュレータを操作しながら神機の状態をチェックしていると、不意に保管庫の扉が開くと、『よう』と気安い声でコウタが話しかけ、ユウキの隣にやってきた。

 

「ユウ…何でユリとトウカに本当の事言わないんだよ?2人の両親が死んだのって確か2、3年前だって聞いたぜ?だったら…」

 

 コウタはお互いの事を聞いた時に、トウカから件の事件について少し聞いていた。その時の話によると、2人の両親が殺されたのは数年前の事だった。そしてユウキが外部居住区で盗人をしていたのはおよそ7年前だ。これが事実なら、事件が起きた頃のユウキは毎日盗みで生計を立てながら外部居住区で生活していた事になり、そもそも両親の殺害に関与すること自体が不可能だった。コウタは何故その事をユリに伝えないのか不思議に思っていたが、マニピュレータを操作したままユウキが答える。

 

「伝える必要性がないと判断しただけだ。伝えた所で聞く耳を持たないだろうからな」

 

「けど、今日みたいな事か続いたらいつかは…」

 

 復讐の先には悲劇が訪れる。かつて仲間が復讐に走った結果、極東支部を大きく揺るがす事件が起きた事を思い出して、今回もそんな事が起きた結果、ユウキの死が待っているのではないかと思ったが、ユウキが途中で話を遮る。

 

「感情1つで天地程に開いている実力差が埋められるなら、誰だって苦労せずに強くなれる…もしそう見えるのなら、単に本来の実力が拮抗していただけだ」

 

 どんな人間でも常に能力を100%引き出せる訳ではない。体調によっても大きく変動するし、特に何もなくても調子が出ない事もある。そして気持ちだのやる気だのと言ったメンタル要素は単なる補正でしかないと言って、大きく開いている差を埋められるものではないとかんユウキは切って捨てる。

 

「感情で人は強くはなれない。だが原動力にはなる。アイツが俺を怨んでいるうちは俺を殺そうと我武者羅になって強くなろうとするだろうさ」

 

「それでも最後には…ユリを殺すのか?」

 

「教官としての任務がある内は殺しはしない。だが、その後も俺の命を狙い続けるならその時は殺す」

 

 感情は強さを底上げするものではなく、行動への原動力だと言い、今はそれを利用しているだけだと機器を操作しながら淡々とユウキが言う。

 しかし、強くするだけしてから殺す等と、戦闘狂の類な考えなのではないかとコウタは勘ぐったが、あくまでも教官としての職務を優先しているだけだと冷めた雰囲気でユウキは吐き捨てた。

 

「けどまだ支部内の人間は誰一人殺してないけどね」

 

「…」

 

 訓練が終わり、一人前になった後も命を狙うならば殺すと宣言するが、何やかんや言ってこれまでに極東支部の面々は誰一人殺していない事を指摘すると、ユウキは黙ってしまった。

 

「まぁ、何となくだけどユウのやろうとしている事は分かったよ。けど、一線を超えそうだと思ったら、俺は止めに入るよ」

 

「…好きにしろ」

 

 取り敢えずは今すぐユリを殺すと言うことはしないと分かった。しかし、ユリを殺しに動くのならば止めると宣言して、コウタはその場から踵を返して帰っていった。

 

 -訓練室-

 

 初めての襲撃からしばらく経ち、コウタやトウカが両親の仇はユウキではないと説得するも聞き入れず、ユリは何度も気配を殺してユウキの寝込みを襲っていた。しかしことごとく返り討ちにあっていたが、数を重ねるうちに少しずつ気配遮断が上手くなっていき、ユウキの初撃への対応も遅れ初めていた。

 

「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"っ!!!!」

 

 しかし、その後は特に考えなしに神機を振り回すだけなので、対処することは然程難しい事でも無かった。中々攻撃が当たらない事に苛立ちも覚え始め、ユリは獰猛な獣の様な咆哮と共にユウキに斬りかかる。

 だがユウキは何時も通り単調な突撃戦法に呆れつつも、毎回やっている様にアタックの瞬間に前へ出て間合いを潰す。ユリは内から外に神機を振ろうとしたが、先にその手を掴まれて動きを止めさせられてしまった。

 

「っ!?!?」

 

 ユウキがユリの手を掴んだ瞬間、感応現象を起こしてユウキとユリは2人して意識が遠退いていった。ユウキの脳裏には黒い人形に背中に黒い羽が生え、頭部には丸く大きな冠を被っているように見える黒いシルエット…更には長く太く、関節が多数あるのか滑らかに動く両腕をしたアラガミが燃え盛る研究室で佇んでいる姿が映った。

 そしてユリにはユウキが外部居住区で盗みを働いて生き抜いているところが脳裏で再生されていた。

 

「うっ!?!?」

 

 感応現象が終わり、ユリが呆けているうちに、ユウキがスッと横を抜けて首元に手刀を入れてユリを気絶させた。

 

(…なるほど、中々レアなケースもあるものだな…)

 

 ユウキはユリとの感応現象で事の真相に察しがついた。思いの外単純な事実ではあったが、そもそも件の様な状況になる事の方が稀だ。意外な事実をユリの記憶から読み取ったユウキは気を失ったユリを抱え、訓練室を出ていった。

 

 -鉄塔の森-

 

 ユリが目を覚ました後、ユウキはユリを連れて新たに舞い込んできた任務に来ていた。

 

「今回のターゲットはヴァジュラ…単独でコイツを倒せれば取り敢えずは及第点だ。その為、今回俺は手を出すつもりはない。単独でヴァジュラを撃破しろ」

 

「…」

 

 ユウキから簡単に任務内容を聞いたが、ユリは返事をしないでユウキを睨みつけるだけだった。

 

「時間だ。ミッション開始…」

 

 ユウキの任務開始の宣言を聞いて、ユリは取り敢えずは任務を終わらせてユウキを屠る為に待機ポイントから飛び降りる。

 まっすぐに中心の塔に入っていくと、資材を捕食していて隙だらけヴァジュラがいた。ユリは気配を殺してゆっくりと近づいて、捕食形態に形態変化させて構える。

 

  『グヂュッ!!』

 

 汚い水音と共に神機がヴァジュラを喰い千切る。ヴァジュラが突然の攻撃に振り向くと、既にバーストしたユリがそれよりも先に追撃する。ヴァジュラの振り向きざまにすれ違い、前足を切り裂きつつ離れる。

 

  『ガァァァアッ!!』

 

 ヴァジュラが吠えると同時に切られた右の前足を外側に振り払う。ユリはそれを後ろに下がって躱すついでに神機を横に振って追撃を加える。ヴァジュラが攻撃の後にできた隙にユリはまっすぐ突っ込み、ヴァジュラの顎を狙ってポイズンピックを振り上げて切りつける。そのまま飛び上がり、急降下しながらヴァジュラの尻尾を破壊しながら後を取る。

 

  『ガァァァアッ!!』

 

 ヴァジュラが活性化と同時に全面に電撃を放つが、ユリは後ろに下がって電撃を避けつつ銃形態に変形して狙撃弾を撃つ。狙撃弾は何度も攻撃された右の前足を貫くと結合崩壊を起こし、ヴァジュラが怯む。

 その隙にユリは剣形態に変形してヴァジュラに近づいて神機を右、左と振って右の後ろ足を切る。するとヴァジュラはぐったりとしてヘタリ込み弱ってしまった。その間にユリは飛び上がってヴァジュラの眼前に着地しながら頭を上から切り裂いた。続けざまに捕食口を展開してヴァジュラの頭を喰い千切ると、コアが露出した。ユリはそれを見ると即座に剣形態に戻してコアを破壊する。しばらく動じずに眺めていると、次第にヴァジュラは霧散していった。

 

「終わった。早くアイツを…」

 

 『殺さなきゃ』そう思い、中央の塔から出ると付近で空気が焼け焦げる様な匂いが近づいてきている事に気がついた。何処から匂ってくるのかを匂いを嗅いでいると、匂いの元は上にいると分かった。ユリは上を見ると、何者かが上から降ってきた。

 

  『ズガァァァンッ!!』

 

 ユリは前に転がって上からの襲撃を回避して振り返ると、黒い翼手に関節が禍々しい紫色に光るシユウ神属のアラガミが悠然と立っていた。

 

「シユウ神属の禁忌種?!コイツがセクメト?!」

 

 乱入者の正体を記憶の中の情報から考察していると、今まで傍観していユウキが上からアラガミを斬りつけるが、アラガミは後ろに下がってユウキの襲撃を避けた。

 

「アンタ…!!」

 

「コイツはヘラ。シユウ神属の第二種接触禁忌種だ…」

 

 ユウキがフォローに入った事に驚いていたユリだったが、ユウキは至って冷静に敵の特徴と過去に読んだ資料から正体を割り出してユリに伝える。

 

  『キュラァァァアッ!!』

 

 しかし、続いてユウキ達の後ろから別のアラガミの声が響き渡る。そして突然上からレーザーが撃たれて、地面に焼き跡を残しながらユウキ達に向かっていく。ユウキはヘラに近付く方へ、ユリは離れる方へと飛んだ事で2人はそれを避ける事には成功したが分断され、元々2人が居た所には黒い羽に怪しく紫色に光る店を持った見たことのないサリエル神属のアラガミが上空から降りてきた。

 

「また新手?!」

 

「ゼウス…サリエル神属の第二種接触禁忌種か…」

 

 ユウキは追加の乱入者の正体もヘラの時と同様に見破った。しかし、ユリはこの2体のアラガミの特徴である黒い羽(翼手)を見た途端に混乱し始める。

 

「え…あれ?黒い…羽?」

 

 アラガミの中でも黒い羽を持ったアラガミは然程多くない。両親の仇と同じ特徴を持っている黒い羽のアラガミがこの場に3体も現れたのだから無理もない。

 

「え…?え?!だって、黒い…羽、仇はアイツじゃ…」

 

 今まではその珍しい特徴から、間違いなくユウキが仇だと思っていたが、ここに来て仇候補が3体に増えた事で、ユリ自身も誰が仇か分からなくなってきていた。

 そんな中、ヘラとゼウスはまっすぐに突進してくる。ユウキはジャンプしてユリの近くまで下がりながら2体の攻撃を避け、ヘラとゼウスは位置入れ替えた。ヘラはすぐに直立し、ゼウスは1度上昇した後ヘラと背中合わせになる位置で止まって羽を広げる。

 

「っ?!」

 

 ヘラの長い腕前にゼウスの丸い王冠、そしてゼウスが広げた黒い羽、その姿を見たユリの脳裏には両親を殺したアラガミのシルエットが鮮明に思い出され、今まさに目の前にいる2体が重なった姿と思い出したシルエットはまったく同じ姿をしていた。

 

「う、うそ…皆の仇と…同じ…?敵はコイツら…?じゃぁ…私、一体…」

 

 両親の仇は他にいる。コウタとトウカが散々言ってきた事がユリの脳裏に走り、ユウキが皆の仇ではなかったのだとようやく理解した。その事実を認識した瞬間、ユリは自身の勘違いで今までユウキにやってきた事を思い出して顔面蒼白になってへたり込んでしまった。

 

「…下がってろ」

 

 戦える様な精神状態じゃなくなったユリに下がる様に指示を出しながら両手の神機を引き抜くがユリは動かない。そんな中、ゼウスが上空にレーザーを5本放つと、急に曲線を描いて向きを変えてユウキの頭上から降ってくる。

 ユウキは前に出てゼウスの攻撃を避ける。着弾したレーザーは地面を赤熱化させ、正面からはヘラが構えて火球を放ってきた。しかし、後ろにはユリがいる。避ける訳にはいかない。ユウキは前に出ながら左の神機で装甲を展開して火球を受け止める。

 

  『バァンッ!!』

 

 爆炎が両者の視界を塞いで互いを一瞬見失ったが、次の瞬間には爆炎をかき分けてユウキがヘラの元へと突っ込んできた。だがヘラの炎を受け止めた事で装甲から神機、そして柄に熱が伝わり、ユウキの手が『ジュッ!!』と言う音と共に軽く火傷した。それでもユウキら止まらずに右の神機を振り下ろすと、ヘラはユウキから見て左、ゼウスは右へと別れて攻撃を避けた。しかしユウキは着地と同時に地を蹴り左へ跳んでヘラを追撃する。左の神機を横薙ぎに外から振るが、ヘラは羽虫を振り払う様な動作で神機の軌道を逸らす。その間にゼウスがレーザーを撃ち、ユウキのすぐ後ろまで来ていた。

 

  『ガァンッ!!』

 

 身体を右に捻り、右の神機で装甲を展開してレーザーを防ぐ。しかし高密度に収束されたレーザーを受け、ヘラの時と同様に反対側の手も軽く火傷した。

 しかしユウキは止まる事なく、右の神機で防御したついでにインパルス・エッジを撃ってヘラとの距離を詰めると、身体を捻った反動を利用して左足でヘラの側頭部に回し蹴りを入れてヘラを蹴っ飛ばした。すかさずゼウスが体当たりを仕掛けてきたが、ヘラを蹴り飛ばした勢いを再度利用し、体を寝かせながら回転して、左の神機を振り下ろす。すると刃先がゼウスの王冠を捉え、そこを軸しにしてユウキはゼウスの上を飛び越えた。だが捉えたのが切っ先だったせいか、あまりゼウスにダメージは入らなかったようだった。

 ユウキは着地と同時に蹴っ飛ばしたヘラの元へと飛びかかる。対して体制を立て直したヘラが連続で掌から火球を投げつける。ユウキは右へ左と避けながら一気にヘラの元への近づく。しかしユウキが眼前に近づいたところでヘラが炎を纏った手刀を繰り出してきた。それをジャンプで躱し、右の神機を振り上げる。

 

  『キュラァッ!!』

 

 しかし後ろからゼウスのレーザーが飛んできた。ユウキは攻撃を中断して、右足でヘラの顔面を蹴って離れる。そして身体を捻ってレーザーを躱し、両手の神機を銃形態に変形して2体のアラガミに銃口を向ける。

 

  『『バンッ!!』』

 

 両手の神機から狙撃弾が発射され、ゼウスとヘラの頭部を撃ち抜いて結合崩壊させる。

 

  『キュラァァァアッ!!』『グォォォオッ!!』

 

 2体のアラガミは怒りで活性化する。ユウキの着地の瞬間を狙ってヘラは炎を纏って突進し、ゼウスは上空からレーザーを撃ってきた。ユウキは何時もは逆手に持っている左の神機を順手に持ち替えながら、右の神機を振り下ろす。すると神機の刀身が後頭部と背中を捉え、ユウキの人並み外れた腕力でヘラを地面に叩きつけた。するとその勢いのまま回転し、今度は左の神機をヘラの背中に神機を突き刺した。

 さらに左の神機で地を削りながら振り上げてヘラを大きく上空へと投げ飛ばす。するとゼウスのレーザーがヘラを身体や翼手に直撃した。レーザーに毒が含まれていたのか、空中で弱っていく。

 その間にゼウスが全速力でユウキに突っ込んできた。ユウキはそれを横に逸れて躱すと、ゼウスが座り込む。その瞬間、広範囲に毒々しい色の煙を撒き散らす。それに気づいたユウキは即座に跳び上がり、回避と同時に未だ空中で弱っているヘラに向かっていく。

 ユウキは左の神機を逆手持ち替え、両腕を外から大きく横に振ってヘラに斬りかかると、ヘラはコアごと3つに斬り分けられた。

 

  『キュラァアッ!!』

 

「…」

 

 空中で逃げらずに隙だらけのユウキに向かってレーザーが放たれる。対してユウキは左の神機を高速で回転させつつなげつけると、レーザーを弾きながらが軌道を変え、ゼウスのスカートに突き刺さる。

 

  『キュラァッ?!』

 

 予想外の反撃を受けたゼウスは動きを止める。その間にユウキは穿顎を展開して一気にゼウスに接近する。

 

  『グジャッ!!』

 

 ゼウスの右腕を捕食してバーストする。着地の瞬間、右足を後ろに振り上げてゼウスの背中を蹴り上げる。ゼウスが空中に跳ね上げられると、ユウキも続いて跳び上がってゼウスを追う。

 ユウキはゼウスに突き刺さった神機を左手で掴んで振り抜き、スカートを破壊する。そのまま右の神機を振り下ろしてゼウスの胴体を斬り裂いて、叩き落とした。そして後方にインパルス・エッジを発射し、急降下するとゼウスの背中に向かって膝蹴りを叩き込む。

 

  『キュラァッ?!』

 

 ゼウスは強烈な痛みで悲鳴のような声を上げて動きを止める。その間にユウキはゆっくりと立ち上がり、ゼウスの背中踏み付けて逃さないようにする。

 

「…どうする?」

 

「…え?」

 

 ゼウスの背中を踏み付けたまま、ユウキが戦意を失っていたユリに何かを問いかけるが、何のことを言っているのか意味が分からずに聞き返す。

 

「お前が殺らないなら、俺が殺る…」

 

 因縁があるのだからどうしたいかは自分で決めろと言い、ユウキはゼウスを拘束したままユリの返事を待っている。しばらく放心してへたり込んでいたが、ユリはゆっくりと側に落としていた神機を掴んで立ち上がり、フラフラとゼウスの元まで歩いていく。踏み付けられてこちらを睨むゼウスを見下しながらユリは膝たちになって両手に神機を握って神機を振り上げる。

 

「う"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"っ!!!!」

 

 絶叫と共に神機を振り下ろすと、ポイズンピックがゼウスの後頭部から額の目を切り裂いた。そのまま頭部に格納されたコアにダメージが届きゼウスは程なく霧散していった。

 

「ふっ…うっ…うぅぅぅ…」

 

 ようやく仇を討ったのに、ユリの胸中が晴れる事も達成感も無かった。その代わりに自身の早とちりでとんでもない事をしでかした後悔と、仇を討ったのに誰一人と大切な人が帰ってこない寂しさだった。虚しさと罪悪感に耐えられず、ユリはその場に座り込み、顔を手で隠しながら静かに泣いていた。

 

「…気が済んだら帰るぞ」

 

 ユリは人前にも関わらず、静かに泣き続ける。そんな様子を見て、ユウキはユリが泣き止むのを何も言わずに待ち続けていた。

 

To be continued




あとがき
 と言うわけでユリの仇は救世主の帰還とのコラボアラガミ、ゼウスとヘラでした。ポセイドンも研究室の外で逃げる人達を爆殺したりとやりたい放題でしたが、今回ユウキとユリに討ち取られました。
 ユリがユウキを殺させる展開にする際、黒い翼を背中に生やして人型のアラガミがいないのでどうしようかと考えた時に『別に1体でなくても良いんじゃね?』と思った結果、ヘラの後ろでゼウスが羽を広げた所を見たと、強引な展開にしました。次で新人教育編も終わりになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

after6 予感

ユリとの訓練が終わり、ユウキはペイラーから呼び出しを受け、何かきな臭さを感じる本部への出向を聞かされる。


  -訓練室-

 

 ユリが仇を討ってから1ヶ月が経った。その後も訓練を続け、ユリの実力は日に日に伸びていた。そして今日もユリは訓練でユウキに向かって強化したカースピック、コミュニオン、エリプス甲極を装備した神機を振るう。

 

「ハッ!!」

 

 ユリが神機を振り下ろすと、ユウキは1歩下がって紙一重で避ける。そして空かさず喉元に底掌を打ち込むが、ユリは右に逸れつつ回転して前に出て、勢いに任せて神機を外から内に振りいた。

 反撃に突き出した右腕は完全に伸び、がら空きになった胴は隙だらけだった。入る。そう思ったユリだったが、間にユウキの左膝が割り込んできた。次の瞬間、ユウキは上げた左足で大きく前に踏み込み、左のストレートを放つ。しかしユリは大きく後に下がって躱し、ついでにスタングレネードをユウキに向かって投げつけた。ユウキは振り払って前に出ようとしたが、それよりも先にユリが銃形態に変形し、スタングレネードを撃ち抜く。

 

  『『バンッ!!』』

 

 発砲音と破裂音がほぼ同時に鳴る。ユウキは咄嗟に右に跳んで躱したが、スタングレネードの破裂で視覚を奪われ、ユウキの動きが止まる。

 

  『バンッ!!』

 

 即座に発砲音が鳴り、ユウキに狙撃弾が飛んできたが左に逸れて避けた。しかしそれ以降ユリから攻撃がくる気配が無い。

 

  『バババンッ!!』

 

 無音のまま10秒程時間が経った頃、ユウキの後から発砲音が3回連続で聞こえてきた。発砲音は後ろから聞こえてきたのに、ユウキの左から飛んできたレーザーを後に下がって避けた。どうやら左から回り込む自作バレットを使ったようだ。音と軌道のズレに惑わされる事なく回避したのも束の間、いつの間にかユリがユウキの正面に移動し、剣形態に戻した神機を振り下ろす。それをユウキは迫ってくる神機をまっすぐ右足を蹴り上げて弾き飛ばした。

 

 

 

(次は右ストレート!!)

 

 まるで見えているかのようにユウキが右ストレートで追撃する。ユリは右手を掴みながら大きくジャンプして躱すと、そのまま体を捻ってユウキの後ろに降りながら神機を振り下ろす。

 

  『ガンッ!!』 

 

 しかし、視覚を奪ってから背後からの奇襲は、ユウキが左足をギリギリまで体に引き寄せた後に真上に蹴りを入れた事で失敗に終わる。神機は上に弾かれたが、ユリは左手でユウキの足を掴んで無理矢理後ろを取る。そして右手に掴んだ神機を外から横凪に振る。

 

  『ギンッ!!』

 

「防がれた?!」

 

 しかし何時の間にか腰に下げた神機の切っ先を下げてカースピックの刃を横から押さえつけていた。そして振り上げていた左足を後ろに回しながらユリの左肩を狙って裏回し蹴りを叩き込んで蹴っ飛ばす。

 

「グッ?!」

 

 痛みは然程ないが、体勢を崩すと追撃される。ユリは左手で地を突いて軽く跳び上がり、身体を捻ってユウキと向き合うように着地する。

 

「…」

 

「…」

 

 すぐに立ち上がってユリは再度構える。その視線の先には左手で腰の後ろに挿した神機を引き抜かずに握っているユウキが立っていた。恐らくスタングレネードによる盲目状態から回復する頃合いだと考え、ユリは思わず神機を握る手に力が入る。

 

「合格だ…」

 

「…へ?」

 

 しかし、神機から手を離したユウキの意外な一言によってユリは間抜けな声を上げる事になった。

 

「俺に神機を使わせたら次のステップに移る…そう言ったはずだが?」

 

「あ、そう言えば…」

 

 ユリは初めて訓練をした時、『攻撃でも防御でも何でも良い、神機を使わせたら次に行く』と言われた事を思い出す。ユウキが構えを解いた事で、ユリも戦闘体勢を止めて次の指示を仰ぐ事にした。

 

「とは言え、本来教えるはずだった戦術による遠近切替や神機の操作も、自力で形にしたようだな。戦闘スタイルを確立したのなら、後は実戦に出て経験を稼ぐのが一番だ」

 

 だが、次に教えるはずのカリキュラムはユウキを襲う際にユリが独自に身につけていた。そうなるとユウキから教える事は何もない。残るは実戦に出て数をこなして慣れていくだけだ。

 

「もう俺から教える事は無い。後は自分で上を目指せ」

 

「それって…」

 

「本日を持って、お前の訓練を終了する」

 

 ユウキから訓練終了を通達され、ユリは『ありがとうございました!!』と深々と頭を下げる。そして新人教育の任務を終えたユウキはそのまま踵を返して訓練室を出ていく。ユリは頭を上げ、その背中を見ながら1月前、仇を討って極東支部に帰ってきた時の事を思い出していた。

 

  -1ヶ月前、エントランス-

 

「あの、ユウキさん…ごめんなさい」

 

 ゼウスとヘラを倒した日の夜、ユリはトウカと一緒にエントランス上階のソファで一人報告書を書いているユウキの所に来て突然頭を下げて謝った。ユウキは何のことかと思いながら作業の手を止めてユリ達の方を見る。

 

「私の勘違いで、ユウキさんにとんでもない事を…ホントに、ごめんなさい…」

 

「私からもごめんなさい…お姉ちゃん、止められなかった…」

 

 どうやら勘違いでユウキを襲った事を気にしていているようだ。トウカも止められなかった事に責任を感じているのか、ユリと一緒に頭を下げ続けている。しかし、ユウキは特に気にする事もなく再び報告書を書き始める。

 

「なら、早く一人前になるんだな。俺に恨みをぶつけた事で、著しい成長を見せただろう?同じ様に、さっさと俺の手から離れても問題無い程度にはなってくれ」

 

「…」

 

 一人前になることが一番の罪滅ぼしだと言って頭を上げさせ、ユウキは変わらず淡々と報告書を書き続ける。そしてその様子をユリは何か言いたそうに何度か小さく口を開けながら見ていた。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「…もし、聞いても良いことなら、教えて欲しい事があります。何で仇じゃないって教えてくれなかったんですか?それに、あのアラガミの姿は一体…」

 

 実際に見たユリとしては気になってしょうがないのも無理はない。既に知られている以上、もう誤魔化すのも面倒だと考え、ユウキはアラガミ化の件を話す事にした。

 

「1つ目はお前を煽っただけだ。目の前に殺したい程に憎い仇がいれば是が非でも殺そうとするだろう…実際、その憎しみを原動力にしてお前は加速度的に実力をつけた。俺はお前の感情を利用する為に何も言わなかったにすぎない」

 

 言い終わるとユウキはペンを置いて立ち上がり、ユリとトウカの前に立つ。

 

「もう1つはお前の言うとおり、俺はアラガミになれる」

 

「本当…なの?本人の口から聞いても未だに信じられない…」

 

 実際に見たユリはともかく、トウカは未だに半信半疑だった。そもそも人がアラガミになるなどと本来あり得ない事だから仕方ない。口であれこれ言うよりも実際に見せた方が良いと思い、ユウキは黒い黒い霧を身に纏う。数秒後、煙の中から黒い翼が生え、黒い霧を振り払う。するとそこにはアラガミの姿をしたユウキが立っていた。

 

「ホントに…アラガミになっちゃった…」

 

「これに関してはそう言う体質だからとしか言えん…だが、支部の外にこの情報が漏れた場合、さらなる情報の拡散を防ぐ為に、俺はこの辺り一帯の人間を処分する…長生きしたければ、外には話さない事だな…」

 

「う、うん…」

 

「わ、分かりました…」

 

 物騒な警告にユリとトウカは怯えながらもアラガミ化の件は口外しないと約束する。すると再びユウキは黒い霧に包まれ、それが晴れると人の姿に戻っていた。

 

「…何にしても、お前の成長の速さは目を見張るものがある。そのまま成長して、早く俺の指導を終わらせてくれ」

 

 『明日も早い。早く寝ろ』と言いながらソファに座り、ユウキは再び報告書を書き始めた。ユリとトウカはもう一礼すると、その場をあとにした。

 

「取りあえず、色々片付いたみたいだね」

 

「…ふん」

 

 そのやり取りを下階から聞いていたシェリーとライラ…ライラは警戒のレベルを下げたようだが、シェリーは相変わらず警戒心を剥き出しにして冷たい目で2人が乗ったエレベーターを睨んでいる。

 

「ユウキが許しても私は許す気なんてないわ…」

 

「まあね、それは私も同じだよ。あの女はしばらくマークしとかないとね…」

 

 警戒を弱めたとは言え、ライラも未だ油断はしていなかった。またユウキに何かする可能性がある以上、いつでも始末できるよう準備しておこうと心に決めたシェリーとライラだった。

 

  -支部長室-

 

 ユリの訓練を終えた後、ユウキはペイラーに呼び出されて支部長室に来ていた。部屋に入ると、ペイラーは書類が積まれたデスクで作業をしていた。

 

「やあ、急に呼び出してすまないね。ユウキ君」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「どうだい?ユリ君の様子は?」

 

「…本題に入らないなら帰ります」

 

 話が横道にそれたと分るとユウキは即座に部屋から出て行こうとしたので、ペイラーは何とか引き止める。そして小さくため息をつきながら、ユウキは再びペイラーに向き合う。すると軽く咳払いした後、呼び出した理由について話し始める。

 

「実はね、本部から各支部に招集の要請が出ているんだ。なんでも、本部の技術開発局の発明に協力してほしいそうなんだが…その内容が少し妙でね」

 

「妙、とは?」

 

「『その支部で最も実力の高い神機使い2人までを出向させよ』…との事だ」

 

 本部から来た要請がペイラーの口から語られると、ユウキの眉がピクリと動いて、怪訝そうな顔つきになった。

 

「何でも、新しいアラガミ迎撃システムが完成したようなんだ。その最終調整のオラクル資源調達の為、本部では大規模討伐作戦を計画しているらしい。今回の招集はその為の人員確保…と言う事になっている」

 

 続けてペイラーが今回の招集の目的…否、建前を話すとその内容にユウキは不信感を覚えた。

 

「何故支部のツートップに拘る…?それ程の神機が支部から抜けたらまともに討伐任務を回せないはず…」

 

「そうだね。実際、今回の招集は大きな負担になると言う事で、大半の支部は招集に応じない旨を伝えている。応じているのは、我々の様に強力な神機使いを多数保有している支部ばかりだ。それに、アナグラへの要請はさらに妙でね。君を名指しして招集をかけている。恐らく今回の招集、狙いの1つは君だ」

 

「…」

 

 極東支部のように、上が何人か抜けても回せる支部なら今回の招集にも応じられるだろうが、普通はそこまでの実力者が揃う支部は多くない。本部もそのことは重々承知であるはずだが、それでも無茶な招集を敢行するあたり、何か裏がありそうだ。しかも極東支部にはユウキを名指しで招集に応じさせようとしている。まさか特異点の事が知られたのかと思い、ユウキはペイラーを睨みつける。

 

「そんなに怖い顔をしないでくれ。少なくとも、特異点の件は私からは漏れていないよ。デジタルでもアナログでも、記録を残してはいないからね」

 

 しかしペイラーは飄々とした様子ですぐに情報漏洩を否定する。それを聞いたユウキはため息をついて取りあえずその言葉を信用して殺気を収める。

 

「…まぁ、目的など行けば分かるか…俺を利用するつもりなら叩き潰すだけだ」

 

「決まりだね。もう1人は君に任せる。決まり次第、私への通達もよろしく頼むよ」

 

「分かりました」

 

 まずは相手の真意を知らなければならない。向こうが自分を利用する気なら自ずと近づいてくるはずだ。その際に何が目的か探れば良いと考え、ユウキは今回の招集に応じる旨を伝えて、支部長室をあとにした。

 

  -エントランス-

 

 ペイラーから話を聞いたあと、ユウキはすぐに第一部隊に招集をかけた。思いの外すぐに集まり、5分も経った頃に話を始めた。

 

「全員集まったな」

 

「で、何で俺たち集めたられの?」

 

「理由は2つだ。本部からの要請で1ヶ月後にアナグラから神機使いを2人、現地に送る事になったそのうちの1人は俺だが、もう1人は…ユリ、お前だ」

 

「え…?わ、私が?」

 

 ペイラーから聞いた本部からの招集に応じる人員にユリを選んだ。その事を伝えると、ユリはポカンとした表情になった。そしてコウタは羨ましそうに『俺も行きたい』と駄々をこねてたが、ユウキが答えるより先にユリは自信が無さそうな声でユウキに話しかける。

 

「あの、私よりも他の人の方が…」

 

「いや、ソーマは以前の素行の悪さから既に本部から目を付けられていられる。そしてリンドウさんの右腕の件は本部の連中に知られると、何をされるか分からん。配偶者であるサクヤさんもこの事で根掘り葉掘り聞かれたら厄介だ。そしてコウタの家族は居住区に居る。長く離れるのは難しいだろう…本部との衝突を避けたい状況が続く中、当たり障りがなく実力者を送り込むにはこの人選がベストだと判断した」

 

 リンドウが本部に行けばアラガミ化しつつも人の姿を保つ秘密を研究したがるのは目に見えている。そうなると人体実験の様な非道な研究をされる可能性があるため、何としてもリンドウは本部から遠ざけなければならない。

 そして伴侶であるサクヤもその事でリンドウへのパイプ作りに利用される可能性が高い。もっともそれはサクヤだけではなく、極東支部出身であれば誰でも可能性はあるが、よりリンドウに近い立ち位置にいるサクヤへの追求は相当にしつこいものになるだろう。

 次いでコウタの家族であるカエデとノゾミは居住区に住んでいる。長期間家を空けるのはコウタとしても心配になるだろうと考え、今回選出しなかった。

 ソーマを選出しなかったのは、幼少期に本部でモルモットとして扱われていた過去があり、それに配慮した結果でもあった。

 しかしそれを聞いてもユリは納得できず、自信の無い声で返事をする。

 

「…やっぱり、他の人の方が良いのではないでしょうか?私は入隊してから数ヶ月しか経ってないですし、他の人と肩を並べられる様な実力者では…」

 

「何言ってるの。数ヶ月で大型種を相手に立ち回れてるんでしょ?その成長速度は目を見張るものがあるわ」

 

「そうだな。成長の速さで言えばユウと同じくらいじゃないか?」

 

「ああ、間違いなくからユリは凄い速さで強くなってる。俺達と肩を並べるどころか、近いうちに追い越されるかも知れないね」

 

「そうだな、せいぜい置いてかれない様に精進しろよ?コウタ」

 

 『あんだとぉ!?』と騒ぐコウタを尻目に、ユリは自身が思いの外評価されていると知った。それを聞いてユリは決意を固めてユウキを見る。

 

「…分かりました。やれるだけ、やってみます!!

 

 ユウキからの辞令を受ける事を決め、ユリは本部への出向を決意する。

 

「決まりだな。それからもう1つは、アナグラの復旧が終わり、ユリとトウカの部屋が用意できた。今から部屋に荷物を移せ」

 

「は、はい…」

 

 ユウキとユリが本部に向かう事が決まったところで、もう1つ聞かされていた話をする。極東支部の復旧が終わった事で、今までトウカと一緒に仮住まいしていたユウキの部屋から出る事になった。引っ越しが面倒と言うのもあったが、ユウキの部屋から出ていきたくないと言うのがユリの本音だった。

 しかし、自分の部屋が用意されて、今住んでる本来の家主が戻れる状況であるならば仮住まいしている部屋を出ていく必要がある。ユリが出ていくことを承諾すると、その場で解散となった。

 早速トウカと一緒にユウキの部屋から荷物を運び出すことにした。ある程度荷物を運んだ所で、ユウキが研究室に退避させた書類を持って1度自室に戻って来たタイミングで、ユリはモジモジしながらずっと持って行きたかった物をもらっていいかを聞いてみる事にした。

 

「あの…お布団、持って行っても良いですか?」

 

「…好きにしろ」

 

 ユリの真意が分からずに一瞬戸惑ったが、考えるのが面倒になって承諾する。それを聞いたユリは意気揚々と布団を抱えて自身の部屋に持っていく。その途中で第一部隊がユリとすれ違い、ニコニコしながら抱えているのがユウキの布団だと察しがついた時、アリサが帰ってきたら恐ろしい事になりそうだと今から心配になりながらその様子を眺めていた。

 

Next Part 116




あとがき
 何やかんやあってユリと和解し、訓練も終了しました。一応ユリは自分が使ってたサブキャラがモデルで、ヴァリアントサイスを使っていましたがポール型神機はリーダーの適合率でどうにか通常運用できると言うくらいに極東製神機と相性が悪い設定なので、あまりいないショートの新型で登場させました。
 次章では何か裏のありそうな本部への出向となり、あの娘やイケメン等々、多くのキャラクターが登場してワチャワチャする予定です。
 下でユリとトウカの紹介です。

  天草ユリ
  性別:女
  年齢:15
  誕生日:4/7

使用神機             
 刀身:カースピック(ショート)
 銃身:コミュニオン(スナイパー)
 装甲:エリプス甲極(バックラー)

 外部居住区のさらに外で生活していた少女。妹にトウカがいる。茶色の瞳に背中を超えて膝裏まである長く癖のある茶髪が特徴。周りがナイスバディな女性が多い事もあり、未発達な自身の体型を気にしている。家事は料理だけができない。
 以前は居住区外の偏食因子研究所に両親と住んでいたが、ポセイドン、ヘラ、ゼウスの襲撃で研究所は壊滅、両親も死亡した。以降は研究所の行こ残りとキャラバンを訓で生活していたが、最終的にはトウカと2人だけが生き残った。その時、ユウキに命を救われ、恋情が籠った信仰心を向ける事にはなるが、ユウキがアラガミ化した姿が仇と同じ黒い羽と言う特徴を持っていた為に復讐心に駆られてユウキ殺害を目論むが、結局は勘違いだった事が分かり、ユウキに謝罪して訓練を終える。
 その際、暗殺者の様に気配を殺して敵の意識外から強力な一撃を加える戦闘スタイルを確立させている。このスキルを利用してコウタと一緒に偵察任務に行く事もある。
 ユウキの匂いに興奮したりと匂いフェチでむっつりスケベ。

  天草トウカ
  性別:女
  年齢:13
  誕生日:10/14

 外部居住区のさらに外で生活していた少女。天草ユリは姉。ユリと同じで茶色の瞳に癖のある茶髪だが、ユリと違ってセミロング。かわいいものが好きでピンク色のパーカーがお気に入り。家事全般が得意だが、特に料理ができるため食堂で仕事をする事になる。
 以前は居住区外の偏食因子研究所に両親と住んでいたが、ポセイドン、ヘラ、ゼウスの襲撃で研究所は壊滅、両親も死亡した。以降は研究所の行こ残りとキャラバンを訓で生活していたが、最終的にはトウカと2人だけが生き残った。その時、ユウキに命を救われ、姉が恋情が籠った信仰心をユウキに向けている事に気づいていて、どうにかユウキとくっつけようと画策している。
 ユリが復讐心に駆られてユウキ殺害を目論むが、どうにか思いとどまる様に何度も言ったが結局止める事ができなかった事を悔いていた。
 コウタと一緒に性癖全開の戦闘服を用意したりと、下ネタやエロトークに難なくついていくなど、わりと思春期全開の思考回路をしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本部出向編
mission116 出向


本部出向の準備…本部の発明の為にペイラーも同行する事になったりライラがゴネたりと一悶着あったが、遂に本部へ出向する


 -支部長室-

 

「やあ、急に呼び出してすまないね」

 

 ユウキとユリが本部に行く事に決まってからしばらく経ったある日、2人は突然ペイラーから呼び出されて支部長室に来ていた。

 

「いえ…で、今回は何故俺達を呼んだんですか?」

 

 何の要件か聞かされる事なく来たため、ユウキはペイラーに要件を聞く。

 

「今回の本部への召集なんだけど、私も同行する事になったよ」

 

「…何故?」

 

「アラガミ迎撃システムの検分を頼まれたんだ。新しい迎撃システムは一技術者として非常に興味深いものだからね」

 

 どうやら新しい迎撃システムの事で呼び出しがかかったようだ。ペイラーは新しい技術に(開いているかも分からない細い)目を輝かせて召集に同行することを伝えてきたが、ユウキは興味が無さそうに『そうですか』とだけ伝えて踵を返して支部長室を出ようとする。

 対してユリは呼び出されたのに本当にそれだけで終わりなのか思い、引き止めた方が良いのではないかとわたわたと慌て始めた。そして帰り際に、ペイラーが『ああ、そうだ』と言うと、ユウキは足を止める。

 

「それから、初日には君たちとの懇親会を開く予定だそうだ。相応の格好をしなければならないが…まあそれはこちらで用意しよう。ユウキ君はタキシードで十分だろうから、ユリ君は後で要望を聞かせてくれ」

 

「分かりました」

 

「それじゃあ当日、よろしく頼むよ」

 

 召集のある日にパーティがある事を告げられ、ドレスコード用の衣装を用意する事を伝えられると、ユウキはそのまま支部長室を出ていき、ユリはその場に残ってパーティドレスの要望を伝える事にした。

 

 -数日後、神機保管庫-

 

 本部への召集にペイラーが同行する事を伝えてから数日が経った。神機保管庫ではリッカが整備を禁じられているにも関わらず、ユウキの神機の前で何かの作業をしていて、その様子を少し後ろでシェリーがじっと見ていた。

 

「あ、あの…」

 

 当然リッカもその視線に気づいていて、苦笑いしながら振り向きシェリーの方を見る。

 

「そんなに見られると作業しにくいんだけど…」

 

 やりにくいと言いつつも作業の手を止めないのは流石というべきか、手元を見ることなくマニピュレータを正確に動かしていく。

 

「…失礼。ただ、ユウキの神機…私達には触るなと言われているのに、何をしているのかと気になったので…」

 

「『ユウキ』君からの依頼。神機の柄を以前のタイプに偽装するユニットを作ってるの。ただ、今の神機構成だと銃形態が使えなくなるから、変形機構も変更しなきゃいけないんだけど…そこは本人も分かってるみたいだし、後は自分で何とかするんじゃないかな?」

 

(貴女なら、まだユウキの事を任せられたのに…)

 

 神機の形状を通常のものに偽装するためのパーツが作られていくのを眺めるシェリー…心の内ではユウキの事を任せられるとしたらリッカしかいないと考えていたが、それを口に出すことはしなかった。リッカ自身が既にユウキの考えが分からないと言って距離を取り始めた時の事を本体である神機を通しながら見た時の事を思いながら、数日前の事を思い出していた。

 

 -数日前、自室-

 

 本部遠征が決まった後、すぐにシェリーとライラはユウキの部屋に呼び出されていた。2人は一緒にユウキの部屋の扉を開けた。

 

「ヤッホーユン君、来たよ!!」

 

「ユウキ、今回はどのような用件でしょうか?」

 

 2人が部屋に入ると、座って書類整理をしていたユウキは一旦作業を止めて『話がある』と行って2人を自身の元へと来させた。

 

「今回の本部出向だが、俺が2つの神機を扱える事は出来れば本部の連中には隠したい。そこで今回の任務では基本的に片方を使う」

 

 ユウキは自身の特異性を隠す為、今回は2つの神機接続やブレイクアーツを使わずに戦い抜く事を2人に伝える。シェリーとライラもそれは当然の事だと思っていたが、そうなるとどちらを使うのかが気になるところだ。

 2人はどちらが選ばられるのか、緊張した面持ちでユウキを見ていた。

 

「今回使う神機はシェリー、お前だ」

 

 ユウキの指名に『分かりました』と返事をするシェリーに対して、ライラは大きな声をあげて抗議する。

 

「そんなぁ!!私はお留守番?!ひもじい思いをしてユン君とシェリーの帰りを待ってなきゃいけないの?!」

 

 彼女らの本体が神機…アラガミである以上、捕食衝動は本能から来るものだ。コアを休止状態にしておけば取り敢えずは抑えられる。だが長い間整備もなく突然の戦闘になれば、先の捕食本能の開放も合わせて思わぬトラブルになる可能性もある。

 

「…シェリーは俺と一緒に本部に潜入、その後は独立して内部の調査をしてもらう。特に、本部長や俺を呼びつけた本部技術開発局長の動向を探って欲しい」

 

「承知しました」

 

 ユウキが当日の動きを伝えるとシェリーは快諾する。しかし実質待機を命じられ、自身の話を聞いてもらえなかったライラは『無視しないでよぉ!!』と喚きながら地団駄を踏む。

 

「ライラは別ルートからの潜入だ。ヘリまでは同行してもらうが、現地に着いたら別行動だ」

 

 暗に連れて行けと駄々をこねるライラだったが、ユウキは無視して己の要件だけを淡々と進めていく。そんなユウキの態度に腹を立て、ライラは半泣きで頬を膨らませてユウキを睨んだ。

 

「合流出来たらあとは各々の判断に任せる。本部長と技術部の思惑を探りさえ出来れば手段は問わん。それから、何かあれば2つの神機を使う事も考えている。万が一があれば俺の元に来い」

 

「ぶぅ~…りょーかーい…」

 

 これ以上無視すると面倒な事になりそうだと思い、ユウキは連れて行きはするものの、あくまでも基本は別行動だと伝える。そして背に腹は代えられない状況になった時はライラが本体の神機も使う事を伝えて、今回の打ち合わせを終了した。

 

 -極東支部、ヘリポート-

 

 出向の話が来てから1週間、準備が終わっていよいよ出向当日となった。先にユリ、シェリー、ライラが荷物と一緒に来ていて、ヘリは既に準備が完了して、プロペラを回して待機している状態だった。

 

「準備はできたな」

 

 続いて少し遅れてユウキがヘリポートに来た。既に来ていたユリ達に支度は済んでいるかを確認する。

 

「はい。大丈夫です」

 

「ええ」

 

「はーい…」

 

 ユリとシェリーは問題ない旨を伝えるが、留守番が確定しているライラはまだ納得していないのか、気落ちした声で返事をする。

 

(片方の神機はヘリの装甲内に隠して、長期間使わなくても大丈夫なように調整した…普段使う神機も普通のものと変わらぬ様にオプションを取り付けた。後はブレイクアーツを使わずに済めば良いが…)

 

 本部に自身の特異性を知られない為にもユウキなりに準備はしてきた。後は神機を1つで、かつブレイクアーツ無しでこの依頼を終わらせる事が出来れば良いのだが、ユウキには何かが起きそうな予感がしてならなかった。

 

「いやぁ遅れて済まないね。最後の最後で重要な書類をカバンに入れ忘れてしまったよ」

 

「いえ、俺達も今来たところです。何ら問題ありません」

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 そして最後の1人、ペイラーも荷物を持って現れた。メンバーが揃った所で、3人と2人(?)はヘリに乗り込むと、プロペラは回転数を上げてゆっくりと飛び上がり、ある程度上空に上がった後に遂に本部へ向けて動き出した。

 

To be continued




あとがき
 怪しさ満点の本部出向への準備回でした。次話で新キャラが多数出てきてワチャワチャしたりギスギスしたりする予定です。
 さて、救世主の帰還探してくるか…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission117 最強

久々の投稿…忘れられてるかも知れないですが懲りずに続き投下


 -ヘリ内部-

 

 極東支部を出てからかなりの時間が経った。その間、ユウキは出発前に仕立て直したフェンリルのエンブレムが入ったスーツ風の戦闘服に着替えてヘリのベンチに座って足を組んでいた。

 

(見えてきたか…)

 

 ヘリの窓から外を見ると、そこには城を思わせる建物を中心に防壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。

 

「おぉ〜お!!凄い大っきい!!お城みたい!!」

 

「落ち着きなさいライラ。みっともないわよ」

 

 小さな子どもの様に窓にへばりつき、本部の巨大さに興奮するライラを見たシェリーは静かにするように言った。だがライラは『でもでもホントに大っきいよ?!シェリーも見てみなよ!!』と返して余計にはしゃぐ。

 しばらくするとヘリは地上に降り立った。ペイラーがまずヘリから降りる。その後ユウキとユリが続いて降りると、そこにはスーツを着た小太りな男が案内役として立っていた。

 

「ようこそ、お待ちしておりました榊支部長。遠路はるばる、御足労いただきありがとうございます。神機使いの『お2人』もよくおいでくださりました」

 

「いえ…こちらこそ、本部の大きな任務に参加させていただき光栄です。短い間ですが、部下共々よろしくお願いいたします」

 

 男は極東支部の面々を笑顔で出迎え、ペイラーに向かって右手を差し出した。ペイラーも自らの手を差し出し、挨拶をしながら握手をする。続いて今度はユウキと握手を交わし、最後にユリとも握手する。

 しかしシェリーとライラの事は見えていないせいで、2人とは目も合わせる事なくスルーした。それを良い事に、ライラは案内人の目の前を横切ってから、侵入経路を探すべく本部に向かって走っていった。

 

「さて、長旅でさぞお疲れのところ申し訳無いのですが、本日中に作戦の説明をさせていただく手はずになっております。神機使いのお2人方には会議室でお待ちいただく事になります。榊支部長は1度別室にご案内いたしますので、私の後に着いてきてください」

 

「承知しました」

 

 『では、こちらへ』と案内人は3人の先を歩き、ペイラー達はその後に続く。門の前まで誘導されると、数秒後にゆっくりと大きな門が開いてフェンリル本部への入口が開いた。

 

「それでは参りましょう」

 

 大きな門を潜り、本部への扉がひとりでに開くと、遂にフェンリル本部の中に入った。

 

 -フェンリル本部-

 

 外見は変わった城のような見た目だったが、内装は正反対に近代的な様相をしていた。

 しかも外から見ても巨大だったが、案の定内部もかなり広い。今の所はまっすぐ廊下を進んでいるだけだが、その間にも数え切れない数の扉と横道を目にしていた。

 

(シェリー…適当な所で分かれろ)

 

(分かりました)

 

(ライラと合流するかは任せるが…何かあったらアイツの面倒は頼む)

 

(…!!ッええ)

 

 テキトーなタイミングでユウキは感応波を使ってシェリーに本部の意向を探らせる為に指示を送り、さらにライラの事も任せる。普段ユウキから何かを頼まれる事がないせいか、頼りにされていると分かったシェリーははりきってユウキ達と別れた。

 そしてそのまま案内人についていくと、男は突き当りにある大部屋の前で立ち止まった。

 

「お2人の待機室はこちらです。既に何人かは到着しておりますゆえ、雑談でもしながら時間になるまでお待ちください」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 ユウキとユリは待機部屋代わりの会議室に連れてこられた。ユウキが礼を言うと、案内人は会釈をする。そして今度は『では榊支部長はこちらへ』と言ってペイラーを別室に案内していった。

 それを見送った後、ユウキはスイッチを押して会議室の扉を開け、ユリと一緒に部屋に入る。するとそこには既に6人の神機使いが集まっていた。

 その中の1人、褐色肌の大男が『おぉ?噂の英雄様の登場…か?』と、興奮した様子でユウキ達を見たが、その途中で気の抜けた様な声色に変わっていった。

 

「ケッ!!『極東最強の男』が来ると聞いてどんな奴かと期待したが…なんでぇ…弱っちそうな女男じゃねぇか…」

 

「ッ?!」

 

 どうやら大男は極東最強と言う肩書から、筋骨隆々でさぞ逞しい男が来ると思っていた様だ。だがその期待に反して、やってきたのは細身で女にしか見えない優男と、細っこい小娘だった。

 期待はずれも良い所だと、ユウキを小バカにするような目で睨みつけて挑発すると、ユリの目つきが険しくなる。

 

「こんなひ弱なオカマ野郎が最強なはずねぇ。どうせ逃げ回って仲間を囮にとかにして戦果を稼いできたんだろ?ええ?違うか?お嬢ちゃん?」

 

「貴方っ!!ユウキさんを侮じょッ?!」

 

 大男は見た目だけで能力を判断し、さらには女顔である事を理由にオカマと呼び、女扱いをしてユウキを下に見て侮辱する。

 そのやり取りを隣で見ていたユリは怒りを顕にするが、ユウキは右手をユリの目の前に軽く上げ、ユリの発言を遮って黙らせる。

 

「相手にしなくて良い。この手の奴には何を言っても無駄だ…」

 

 見た目だけで力量を判断し、相手を下に見るのは自身の能力に絶対の自信があるが故に相手を下に見るからか、あるいは本当に力量差を測れないバカかの2択だ。

 合同任務に参加する実力者ならば前者なのだろうと判断し、明確に、かつ穏便に実力を今すぐに示す手もない為、この場で騒ぎを起こすのは時間の無駄だと考えてユウキはユリに手を引く様に伝えた。

 どうせ合同任務で互いの実力を知る事になる。そうなれば多少なりとも互いの印象は変わり態度に出るだろうと考え、今は放っておけと言ったのだが、言葉足らずなユウキの言い方は大男の事を後者の様なバカだ言っている様にも聞こえたため、大男の額に青筋が浮かび上がる。

 

「スカした面しやがって…こんな細い腕で、テメェに何がッ?!」

 

 小バカにされたと思った大男が遂にキレた。圧の籠もった声色と目付きでユウキを正面から睨む。しかし威圧しているにも関わらず、何とも思ってないかのように涼しい顔のユウキの様子に苛立ってきているのか、大男はユリを止める為に上げた右手首を強引に掴む。

 このまま引き込んで倒して床に叩きつけてやろうとユウキの腕を引くが、その腕はピクリとも動かなかった。

 

(う、動かねぇ…?!)

 

 それなりに力を入れているはずなのに、目の前の細い腕がまったく動かない現実を目の当たりにして、男は目を見開いて、冷や汗をかいて驚いていた。

 

「もう良いか?」

 

 そう言うとフリーな左手で男の手首を掴むと軽い動作でユウキを掴んでいた手を外す。そのまま反撃してくる様子もなかったので、ユリを連れてその場を離れ、ユウキと共に空いているところで待機しようとすると、2人の男女が近づいてきた。

 

「災難だったな。来て早々、喧嘩を売られるなんて」

 

 金髪の青年がユウキに話しかけてきたが、話しかけられた当の本人は少し驚き、返事をせずに2人を見ていた。

 

「おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はドイツ支部から来たケビン・ケーニッヒだ」

 

 金髪の男は自らを『ケビン・ケーニッヒ』と名乗ると、その名前にユウキの眉がピクリと反応する。

 

「ケーニッヒ…それにドイツ支部からの派遣と言う事は、もしやアネットさんのご家族?」

 

「そ。極東支部に赴任してるアネット・ケーニッヒは俺の妹なんだ」

 

 どうやらケビン・ケーニッヒはアネットと兄妹らしい。ユウキは少し驚きながらケビンを見てみる。顔は男女で差があるのは当然だが、ストレートな金髪や赤い目等、身体的特徴はアネットと同じだった。そんな事を考えている間に、ケビンは右手を差し出してきた。所謂握手と言うやつだ。ユウキは自らも右手を差し出して素直に握手に応じだ。

 その後、『そんでこっちは…』とケビンは隣に立っていた女性を見て、挨拶するように促した。

 

「私はイタリア支部から派遣されました、フロリア・カルーゾと言います。どうぞよろしくお願いします。ユウキさんの事は弟からよく聞かされていましたので、会えるのが楽しみでしたの」

 

 そう言って右手を差し出すのは癖のある長い黒髪に朱色の瞳、大人しそうな女性が挨拶と同時に会釈をする。ユウキはまた握手に応じる。その際、また聞き覚えのあるファミリーネームにユウキは1人の後輩の事を思い出した。

 

「カルーゾ…弟…?そうか、フェデリコ君のお姉さんでしたか。お初にお目にかかります。私は神裂ユウキと言います。フェデリコ君にはいつも助けてもらっています」

 

「まあ、本当ですか?あの子、ちょっと優柔不断な所があるので、戦場で迅速な判断が出来るか心配していたのですが、その口振りから察するにうまくやっているようですね」

 

「ええ。最初の頃は仰るとおり、判断に時間をかけていましたが、今では小隊長を任される事もあって、随分立派に成長していますよ」

 

 握手を終えると、フェデリコが極東支部で活躍できているのか心配しているようで、弟の仕事ぶりを尋ねてきたが、ユウキからフェデリコの近況を聞いた事で安心したのか、フロリアは頬に手を当てて嫋やかに微笑む。

 

「なぁ、アネットはどうしてるんだ?怪我とかしてないよな?」

 

 フロリアの弟、フェデリコの話が出ると、今度はケビンがアネットの近況を聞きたがる。

 

「はい、前線に立ってアラガミをなぎ倒していますよ。始めは小さな怪我をいくつも作って帰って来てましたが、今では無傷で帰ってこられるので前線を任せられる程の活躍を見せていますよ」

 

「そうか、元気そうで良かった。それはそうとアンタ、俺の可愛いアネットに手を出してないだろうな?」

 

「出してませんよ…私はあくまでも戦術指南をしているだけです。指導を受ける側とする側、と言う関係なだけです」

 

 アネットの活躍を話すと、怪我をしたと聞いて青くなったり、現場で活躍して成果を挙げていると聞いて喜んだりとケビンの表情はコロコロと変わる。しかし、ユウキがアネットに必要以上に近づいていないか聞いてくる時は目をかっ開いて威嚇するような顔でユウキに凄んでみせた。

 妹を持つ兄とは皆こんな感じなのだろうか?妹絡みになるとコウタと同じ様な思考になる辺り、ケビンもコウタ同様シスコンらしい。自分には親兄弟が居ない為分からないが、妹を持つ者が皆こんな感じでは兄とはシスコンであることが当たり前なのかと疑問に思いながらユウキはアネットとはなにも無いと弁明する。

 

「じ、じゃあ他の男は?!あんなに可愛いんだから世の男どもが放っておく訳ないじゃないか!!」

 

「確かに愛らしい娘だとは思いますが…今の所はそのような話は耳に入ってきていませんね」

 

 ならばほかに悪い虫が寄ってきていないかとユウキの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。対してユウキは無理矢理頭をシェイクされているにも関わらず、特に普段と変わりない様子でアネットに男の影が無い事を話していく。そんな中、思い出した様に『ああ、そうだ』と言うと、ケビンの両腕を掴んで肩から離させると、ユウキは1度ユリに視線を向け、挨拶するぞと合図を送ると再び2人の方を見る。

 

「紹介が遅れました。彼女は天草ユリ。今回の作戦に参加する私の部下です」

 

「は、はじめまして。天草ユリといいます」

 

 ユウキに紹介されてユリがいつかの様に上体が90°になるまで勢いよくお辞儀をする。未だに初対面の人と話すのは緊張するのか、上擦った声で挨拶する。頭を上げたあと、フロリアが自己紹介してから握手をして、その後ケビンも同じように動いて、ユウキ達にまた話しかけてきた。

 

「見ての通り、既に何人かは到着している。一通り挨拶してきたらどうだい?」

 

「ええ、そうします。それではまた後ほど」

 

 ユウキとユリがお辞儀をしてその場を離れる。その時、『おう、またな』と『はい、また後ほど』と、ケビンとフロリアが声をかける。

 そして、一番近くに居た左が金、右が黒目のオッドアイで、黒髪なのに襟足の毛先が白い青年、その傍らに居る長い茶髪をまとめた女性の元に挨拶に行く。

 

「はじめまして、極東支部から派遣された神裂ユウキといいます。本作戦の間、よろしくお願いいたします」

 

「お、同じく天草ユリです。よろしくお願いします」

 

 ユウキから名乗ると、続いてユリが自己紹介する。対してオッドアイの青年はどこか怪訝そうな顔になった。

 

「ああ…俺はシルバだ。よろしく頼む」

 

「もぅ、シルバったら…ごめんね、無愛想な相棒(バディ)で…私は瑞希。私達はアメリカ支部から来たんだ。大きな作戦になるみたいだし、成功に向けてお互い頑張ろうね!!」

 

 『ええ、お互いに力を尽くしましょう』と言って、ユウキはまずシルバと握手をして、続いて瑞希とも握手をする。その後ユリが続けて2人と握手すると、瑞希は歳の近い同性との触れ合いに歓喜したのか、握手した手を両手で握ってブンブン振って喜んでいた。

 2人に挨拶した後、他の人にも挨拶する旨を伝えて、ユウキとユリはその場を離れる。その2人…正確にはユウキの後ろ姿を瑞希は哀れむ様な目で見ていた。

 

「…あの子、少し前のシルバ似てる…気がする」

 

「あ…?そうか?」

 

「なんて言うか…全部自分の内側で抱え込んで無理してるような…何の光も宿していない、死んでいるみたいな…そんな感じの目だった…」

 

「…」

 

 さっきまでの険しい顔は何処へやら…瑞希から話しかけられると、少し気の抜けた表情でシルバは返事をした。

 しかし、その話の内容は思いの外に重く、シルバにとっても経験した苦い過去を掘り起こす内容だったため、思わず黙り込んでしまった。

 

「アイツ、周りを異様な程警戒してんのに、そんな素振りもなく普通に接して来やがった。何かしら、他人に言えないもんを抱えてんのかもな」

 

 かつてフェンリルの闇を背負わされ、自身の親友を苦しめた過去に悩むも、誰にも心の内を吐き出す事も出来なかった為に、瑞希が言っていた様な、生きながらに死んでいる目をしていた。

 辛かろうが吐き出す事が許されない状況にある者の目をしていたのは、同じ経験をした事があるシルバにはすぐに察しはついた。しかし、シルバや瑞希にはどうしょうもない。ユウキが抱えるものを理解してくれる者が近くに現れる事をシルバと瑞希は願いながら2人の背中を見送る中、ユウキとユリは普通とは違い、黒い腕輪を付けて整った顔立ちをした金髪の青年に話しかけていた。

 

「はじめまして。私はフェンリル極致化技術開発局、ブラッド隊所属のジュリウス・ヴィスコンティです。お噂はかねがね伺っております」

 

「極東支部、保守局第一部隊所属神裂ユウキです。以後、よろしくお願いいたします」

 

「天草ユリです。よろしくお願いします」

 

 話しかけると、先にジュリウスと名乗る青年の方から挨拶してくれた。遅れてユウキが自己紹介がてら握手をして、その後ユリも先と同じように自己紹介を進める。ユリも少し慣れてきたのか、今回は少し力が抜けている様な印象だった。

 

「それで…私の噂とは?」

 

「禁忌種を相手に多数の討伐実績、未知の新種への安定した対応力、それからガーランド氏の計画阻止…どれも大きな成果ばかりです。そんな貴方の活躍を耳にし、大衆は『極東の英雄』に憧れ、フェンリル職員に志願する者も増えてきていると聞いています。戦力や補助員の補填もままならない現状を打開出来る可能性があるありがたい話です」

 

「それは私1人の力ではありませんよ。私はただ目の前の敵を討っただけです。的確にバックアップしてくれる仲間が居たから、そこまでの大きな成果になったのです。仮に、極東の英雄なんて存在が居るのなら、それは極東支部のメンバー全員の事であり、私1人の事を指すものではありません」

 

 自身が極東の英雄などと呼ばれている事実に少し驚きつつも『プロパガンダに利用されているようで癪ですが…』とユウキはかわいた笑みを浮かべながら最後に付け足す。

 ジュリウスは『謙虚な人だ』と言ったが、先に言った事はユウキの本心だった。確かにガーランドの計画の要を潰したのはユウキ自身だが、その間居住区を守ったのは防衛班であり、支部を守ったのはその他の神機使い達だ。第一部隊の面々も感応波発生機を破壊したり、その後の復興はサポートスタッフが尽力あっての事だ。なにもかも自分独りで全てこなしてきた訳ではない。ましてや戦闘力の高さで英雄と呼ばれるならば極東支部の神機使いほぼ全員が英雄扱いされてもおかしくないと考えていた。

 

「私の所属するブラッド隊も、貴方のように、神機使い達を導き、新たな希望となるべく創設された部隊です。もっとも…部隊と言っても隊員は私しかいませんが…」

 

「部隊…として創設されたのでしょう?それなのに…1人?」

 

 部隊として設立されたのに所属は1人だけ…その理由として考えられそうなものはいくつかある。ジュリウスがワンマンアーミーである事、極東で言うところの第零部隊のように、ジュリウス以外が秘匿されている部隊か、あるいはジュリウス以外全滅したか…この3択がユウキの頭の中を過り、正解を考えながらも部隊に1人しか居ない理由を聞いてみる。

 

「ブラッドに所属する神機使いは少々特殊な偏食因子の適合者によって構成さています。P66偏食因子…通称、偏食因子ブラッドに適合する神機使いがなかなか見つからないのが主な原因ですね」

 

「なるほど…適合者自体が見つからないのならば、部隊員が少ないのも納得ですね。それにしても、まったく新しい神機使いか…その実力、この作戦で見せてもらいましょう。では、まだ挨拶して周りますので、後ほど」

 

「ええ、また後ほど」

 

 ジュリウスに投与された偏食因子『ブラッド』…それを聞いた時、ガーランドが集めていた論文の中にジュリウスの名があった事を思い出す。現状では正規適合者はジュリウスしか居ない為、部隊に1人しか居ないのも納得だった。

 話を鵜呑みにもするならば特に怪しげな理由でもなさそうだ。それよりも感応波を戦闘利用した神機使い、その戦い方にユウキ自身をさらに強くするヒントがありそうだ。実戦でその力を見れると期待してユウキはジュリウスと別れると、最後に先程喧嘩を吹っかけてきた大男の元にやってきた。

 

「先程以来ですね。私は神裂ユウキです。極東支部から派遣されました。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 

「…」

 

 ユウキが挨拶と同時に右手を差し出すが、大男は無視を決め込む。そして先の事もあり、ユリも口を利くことなく大男を睨みつける。握手は無理だと感じて、ユウキは手を引っ込めるが、それに続いてまた話しかける。

 

「せめてお名前だけでも…」

 

「女男になんぞ名乗る名前はねぇよ」

 

 ユウキは微笑みながら名前を尋ねるが、男はそんな気は無いようだ。そっぽ向きながら右手でシッシとユウキ達を払い除ける動作をして離れるように伝える。

 

「お名前を」

 

 しかし、ユウキの圧を感じる笑みを大男に向け続ける。最後まで名乗らずに済ませるつもりだったが、その不快な笑みを向けられ続けて嫌気がさしたのか、大男が折れて舌打ちの後に自身の名前を言う。

 

「チッ…ジャック・ダルストン。オセアニアから来た。ほれ、これでいいか?」

 

 大男が自らをジャックと名乗った直後、待機室の扉が突然開いた。

 

「おっ?皆様方お揃いなようだな」

 

 そこには手に鎖を持った男性フェンリル職員と、その鎖に繋がれた首輪をしながらも不敵な笑みを浮かべた癖のある黒髪と青い目をした神機使いが立っていた。

 

「なんだ…アイツは?腕輪を手錠に改造されてやがる」

 

 しかし、ジャックが気付いたようにその神機使いの左腕にも腕輪に似たような物が付けられ、溶接で追加部品が取り付けられた従来の腕輪と繋がれ拘束されていた。

 件の男は不敵な笑みのままサッと辺りを見回すと、小さくため息をついて傍らに居たフェンリル職員…監視者に話しかける。

 

「なぁ、やっぱ身なりは綺麗にしてくるべきだったンじゃねぇか?連中、それなりに良いモン着てるぜ?ソレに対して俺はボロ…こう言う所で支部の品格っつーか意識の差?ってのが出てンじゃねぇの?」

 

「うるさい。貴様のようなやつにジャケットを新調してやっただけでもありがたいと思え」

 

 監視者と男の言うとおり、よく見るとボトムやインナーは所々解れて擦り切りれたりしていたが、ジャケットは真新しい物を着ていた。アンバランスな身なりのせいで見すぼらしさを覚える外見と異様な出で立ちにその場に居た全員が男に注目する。

 

(へぇ…)

 

 そんな中、男とユウキと目が合った。その瞬間、何かしら感じ取った男は首輪に繋がれた鎖が引っ張られないように掴んでからユウキの元に歩き始める。

 

「おい!!勝手に行動するな!!」

 

 監視者の警告に聞く耳も持たずに、そのままユウキの目の前に来る。そして男から見て5cm程高低いユウキの目線を合わせるためにほんの少しかがむ。

 

「よぉ、ニイちゃん。名前、聞かせてくンねぇか?」

 

「…神裂ユウキです。よろしく」

 

 数多く居る神機使い達、さらには自分の周りには数人居るにも関わらず、真っ先に自分のところに来て他の神機使いには目もくれず、話しかける時も不敵な笑みを崩さない。その雰囲気以外にも何処か危険な空気を感じ取り、ユウキは警戒を強めつつ名を名乗る。

 

「そうかい、アンタが…俺はグラム。グラム・エスパーダだ。見ての通り、フェンリルっつー組織に囚われた身だ。こんな俺を哀れに思うなら仲良くしてくれや…」

 

 そう言ってグラムは繋がれた両手を上げて手錠と化した腕輪を見せつける。困った様な声色に表情、そして自身を哀れと言う辺り、不当に捕らえられたフェンリルの被害者であると言いたいようだが、側に居た監視者が声を荒らげて止めに入る。

 

「黙れ犯罪者め!!大罪を犯した当然の報いだ!!」

 

「へぇーい…」

 

「…」

 

 監視者によってグラムが大罪人である事が暴露されたが、その場に居た者はグラムの雰囲気から危険な人物だと直感で感じ取っていたため、妙に納得していた。対して当の本人は気にした様子もなく、気の抜ける様な返事をして、監視者に連れられてその場から離れた。

 そんな中、再び扉が開くと、ペイラーを含めた8人とそこそこな人数の姿があった。青みがかった長い銀髪に長身の男性、白衣を羽織り眼鏡かけた金髪の男性、腕輪を付けて薄紫の長い髪をしたクールな女性、腕輪を付けて眼鏡をかけた短い金髪の男性、数多くの勲章を付けた軍服を着た太った男、白コートにミニスカートの長い赤髪の女性、その女性に押されている車椅子に座り、喪服の様な黒い服を着た長い金髪の細身の女性、それからペイラー…本部と支部のトップ達が一堂に会する状況を目の当たりにして、遂に作戦が始まるのだと、神機使いの表情が引き締まる。

 だが、ユウキは相変わらず無表情、シルバは面倒くさそうな表情、グラムは不敵な笑みを浮かべたままだった。3人は大きな作戦にも関わらず、余裕さえ感じる雰囲気で入ってきた重鎮達を眺めていた。

 

「さて皆さん、よく来てくださいました。私は本部長、『アルベルト・F(フェンリル)・フューラー』です。事前に聞いているかと思いますが、今回お集まり頂いたのは、新型アラガミ討伐兵器の完成に協力して頂く為です。これから新兵器の概要と本作戦の説明に移ります…が、その前に、本部から作戦に参加する神機使いを紹介いたします」

 

「本部より本作戦に参加する『リゼ・スローネ・フェイン』です。よろしくおねがいします」

 

 銀髪の男性、アルベルトが挨拶とクールな女性神機使いリゼの紹介をすると、彼女は前に出てから敬礼と同時に自己紹介をする。

 

「リゼさんは席に…皆さんも、お近くの席にお座りください」

 

 アルベルトの一声でその場にいた者は各々近くの椅子に座り始めたので、ユウキとユリも近くの席に座る。しかしユウキの隣の席が1つだけ空いている。何故かと思っていると、アルベルトが話を進め始めた。

 

「それでは、今回の任務概要を簡潔ではありますが説明させていただきます」

 

「待ってくれよ本部長。確か…ロシア支部からだったか?そこからもう1人来るはずだろ?」

 

 アルベルトが作戦の概要を説明しようとするが、ジャックがそれを遮る。聞いた話だとあと1人、ロシア支部から派遣された神機使いがまだ来ていないが、本当に作戦を始める気か問いかける。するとアルベルトは小さく笑い、扉の方を見る。

 

「心配ありません。『彼女』も既に到着し、こちらに向かっています。そろそろ…」

 

 ロシア支部からの派遣で女性の神機使い…それを聞いたユウキは『まさか…』そう思っているとまた扉が開く。そこには見知った顔の女性が立っていた。そのまま彼女は部屋に入ると皆の前に立ち敬礼する。

 

「ロシア支部から派遣されました、アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。よろしくお願いします」

 

 見知った女性、アリサは面識の無い者に向けて名を名乗る。その後、アルベルトに促されてアリサはヒールの音を響かせて空席になっていたユウキの隣へと歩きだす。

 そしてユウキの横まで来ると2人の目があった。その目には、この間まで失っていたとは思えない程に強い自信が宿っていた。その為か、何処か余裕さえ感じる表情で、ユウキへと穏やかに微笑みかける。

 

「お久しぶりです。ユウ」

 

To be continued




あとがき
 クソ忙しい仕事がようやく落ち着いたぜ…
そんなこんなで久々の更新、各支部の最強戦力であるフェデリコの姉とアネットの兄が登場し、危ない神機使いが現れて、ピクニック隊長ことジュリウスに救世主の帰還からシルバと瑞希、支部長となったエドガーにその他オリジナルのキャラクター、そしてアリサとの再開等々、色々と出てきてお祭り状態となる予定ですが、何とか纏められるように頑張らなくては…

以外本小説でのシルバと瑞希の設定です

シルバ

使用神機
 刀身:レーヴァテイン・ツヴァイB
 銃身:レーヴァテイン・ツヴァイA
 装甲:レーヴァテイン・ツヴァイS

漫画版GODEATER-救世主の帰還-に登場したアメリカ支部チームαに所属する青年。プロジェクトメサイアの被検体であり、胸に十字傷を刻まれた13人の神機使い、クルセイダーズの一員だった。その恩恵として、通常のゴッドイーターを遥かに凌ぐポテンシャルを秘める。
 元々は究極の神機使い、UGE(アルティメット・ゴッドイーター)を創造する為の部品でしかなかったが、実験失敗によりシルバ以外は全員死亡、その後も辛くも生き延びた親友と殺し合う悲劇的な戦いに身を投じる。以前は死に場所を求める様な無茶な戦い方をしていたが、過去の確執を乗り越えて口は悪いが頼れるチームαのリーダーとして活躍する。
 神機は遠近対応の新型に見えるが、変形は正規の神機とは違い、現行神機のプロトタイプから派生したアメリカ支部独自の神機を使用している。

瑞月

使用神機
 刀身:プロトタイプ派生型・ブーメラン
 銃身:プロトタイプ派生型・ブーメラン
 装甲:無し

漫画版GODEATER-救世主の帰還-に登場したアメリカ支部チームαに所属する少女。困っている人を見過ごせないお人好し。シルバが無茶ばかりするので心配していたせいで周囲にはシルバに気があると思われている。シルバがチームαのリーダーになってからは互いに最も信頼する相棒(バディ)として様々な任務をこなしている。
 周囲にむさ苦しい男共ばかりなせいか、歳が近いユリと握手した時は非常に喜んでいて、この任務中に絶対仲良くなると密かに心に決めている。
 神機は遠近対応の新型に見えるが、変形機構は無く、銃付きのブーメランの形をしている。現行神機のプロトタイプから派生したアメリカ支部独自の神機を使用している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission118 最協

到着早々一悶着あったユウキ達、その後も波乱が続き…?


 -フェンリル本部、ブリーフィングルーム-

 

 本部の作戦に参加する最後の1人はアリサだった。数ヶ月振りに再開して大きく自信を取り戻せたあたり相当厳しい戦いを経験してきたのだろう。

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 しかし作戦の説明を始めると言っている為、話もすぐに切り上げてブリーフィングに集中する。アリサもそれは理解していて、挨拶もそこそこにユウキの隣の席に座る。

 

「あの、ユウキさん、この人は?」

 

「ブリーフィングが始まる。あとにしろ」

 

 だがユリはユウキと親しげにしているアリサの存在が気になって仕方ないようで、アリサについてユウキに尋ねたが、ブリーフィングが始まるので、後から話すと言ってユリの話を遮る。そのタイミングで、アルベルトが任務の説明を始める。

 

「では皆さん揃った所で本作戦の説明をさせていただきます。が、その前に本参加する部隊の重鎮達を紹介します」

 

 そう言ってアルバイトは一緒に部屋に入ってきた面々が見える様に横にズレる。すると腕輪を付けて眼鏡をかけた短い金髪の男から順番に部屋に端から順番に部屋に所属と答えていく。

 

「私はアメリカ支部支部長のエドガー・K・ロジャースです。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

「フェンリル極致化技術開発局局長、グレゴリー・ド・グレムスロワだ」

 

「同じくフェンリル極致化技術開発局、開発室長レア・クラディウスです。そして…」

 

「私はラケル・クラディウス…先程紹介したレア・クラディウスの妹です」

 

「私は極東支部支部長のペイラー・榊だ。よろしく頼むよ」

 

 白衣を着た金髪の男以外は各々の自己紹介が終わり、アルベルトは皆が席へと座った事を確認すると、ようやく任務の説明を始める。

 

「さて、皆様には新型対アラガミ兵器の完成に向けた作戦に参加していただきます。現状、新兵器は稼働可能な状態まで完成していますが、最終調整の為の素材が足りない状態であるため、皆様には周辺のアラガミを倒して素材を集めてもらいます。新兵器の詳しい概要と作戦は技術開発局局長から説明してもらいます」

 

 そう言うとアルベルトは目配せして、白衣を着た金髪の男は立ち上がって前に出た。

 

「今回の作戦を立案、要請をした本部技術開発局局長のワイズマン・グレイルです。先程本部長が仰った通り、皆さんには私が発明した新兵器完成の為に周辺のアラガミを倒して素材を集めてもらいます」

 

「あの、何故本部の神機使いではなく、私達が素材回収のために集めらたのですか?」

 

 ワイズマンと名乗った本部の技術開発局局長が、簡潔に任務の目的と内容を話していく。結局のところ、新兵器完成の為の素材回収とそれに伴うアラガミの大討伐…やることはいつもと変わらない旨を聞かされる。誰もがそんな通常任務とさして変わらない作戦に何故各支部の神機使いを招集したのか疑問に思っていた。そんな中、フロリアがその疑問を本部の役員達に尋ねる。

 

「理由自体は単純です。ここ最近外部居住区が頻繁に襲撃されるようになっているため、神機使いの大半はそちらの哨戒任務に就いている状態なのです」

 

 アルベルト曰く、居住区周辺の警備を強化しなければならない状態にあるようだ。本部周辺に建設された居住区は他支部の規模と比べても巨大なものになっている。当然、哨戒任務に割かれる人的リソースも膨大なものになり、他の任務に神機使いの手が回らない状態にであるらしい。結果、その補填と新兵器の素材回収を兼ねて今回各支部から人員を補填したとの事だった。

 アルベルトが説明を終えると、ワイズマンがわざとらしく『ンンッ!!』と咳払いをして作戦の説明を続ける。

 

「話を戻しましょう。そのような事態に陥った原因も人員補強が簡単に行えない神機との適合システムにあります。そこで、この私が発明した新兵器に神機使いの代用…いえ、神機使いに取って代わる主戦力として完成させて全世界に配備するための作戦なのです」

 

 フェンリル側の戦力不足原因は偏食因子に適合した者しか神機使いになれない所に原因があると言い放つワイズマン…その解決策として神機使いに変わる兵器を量産する。確かに理にかなったプランではあるが、それを聞いたジャックは声を荒らげて話を遮る。

 

「おい、じゃあ俺たちは自分で自分の首を締める作戦に参加させられてるってことじゃねぇか!!」

 

 ジャックの言うとおり、ワイズマンの言う新兵器が完成する事で神機使いの価値は大きく下がる。そしてその新兵器を完成させるのは今回集められた神機使い…自分で自分の存在理由を奪う様な作戦に参加させられていると、ここに来て今回の作戦に異を唱える。

 

「結果的にはそうなりますね。しかし、人員確保もままならない現状では大量生産可能な兵器をメインに据える方がよっぽど合理的ではありませんか?」

 

「チッ!!ふざけやがって!!」

 

「現実を見てください。年々、皆様の活躍で神機使いになり得る人材は増えつつはあります。しかし、それ以上に戦場で散っていく神機使いの方が多いのです。神機使いの総数は減っていく一方である以上、何らかの補填は必要なのです」

 

 しかしワイズマンの言うことも理解はしている。実際に入隊する神機使いより散っていく神機使いの方が多いのは皆肌で感じている事実だ。この新兵器が完成すれば十分な訓練を受けた状態で実戦に挑める神機使いが増える。そう言う点でもメリットがあるのだが、いつかは神機使いに取って代わられるのは目に見えていた。

 

「さて、そろそろ私の発明について説明しようかと思ったのですが…ここではきちんとした説明は難しい。現物をご覧に入れますので、皆様には私の研究室へご一緒願います」

 

 それぞれが思うことはあるものの、今は本来の任務の為にも新兵器の概要を説明してもらわなければならない。ワイズマンが自身の研究室へと案内すると言うと、それに続いて皆が部屋を出ていく。ユウキ達は最後に部屋を出る事になったが、その途中でユリがユウキの服の裾を摘んで静止する。それに気がついたアリサも、部屋を出る途中で足を止めた。

 

「…あの、ユウキさん。あの人は一体…?」

 

 ユリはユウキと親しげにしていたアリサの事が気になってしょうがないようだった。後々何度も聞き直されるのも面倒なので、ユウキは小さくため息をついてアリサを紹介する。

 

「彼女はアリサ・イリーニチナ・アミエーラだ。数ヶ月前まで第一部隊に所属していたベテランの神機使いだ。極東支部から離れてからは地元のロシア支部で対禁忌種部隊の教導をしていた」

 

「…そんな凄い人だったんですね」

 

「アリサ、こいつはアリサが転属した後に第一部隊に配属になった天草ユリだ。この任務に同行している部下だ」

 

 続いてアリサにユリを紹介すると、アリサは微笑みながら右手をユリに差し出した。

 

「アリサ・イリーニチナ・アミエーラです。よろしくお願いします、ユリさん」

 

「私はユリです。こちらこそよろしくお願いしますね。アリサさん」

 

 2人は互いに笑顔で握手をする。しかし、その目元には影がかかって威圧的な表情になっている様にも見えた。

 

((…この人、敵だ))

 

 互いに似たような空気を感じ取り、本能的に相手を警戒しあう。握手をしてから数秒経ったが、互いに笑顔で睨みを効かせたまま硬直していた。

 

「もういいか?早く行くぞ」

 

 対してユウキはそんな事を気にも止める様子もなく、皆が先に行ってしまったので早く合流しようと伝えると1人で先に部屋を出ていった。アリサとユリもそれに気がつくと、慌てて皆の所に合流しに行った。

 

 -本部技術開発局、実験室-

 

 長い距離をワイズマンに案内され、ようやくとある大きな扉の前にやってきた。カードキー、指紋、声紋、網膜認証など、数々の電子ロックで厳重に施錠された扉のロックを外し、ようやく扉が開いて大きな研究室が目に映った。ワイズマンの『どうぞ、中にお入りください』と言う言葉を聞くと、集められた重鎮達と神機使い達は次々と研究室へと入っていく。そして大きなガラス張りの実験室内には、胸部には神機と同じ様な橙色のコアがついていて、様々なケーブルが背中に接続されている大きな類人猿を彷彿とさせる骨格フレームをした何かが鎮座していた。

 

「これが、私が開発した最新鋭の対アラガミ迎撃兵器、自立型神機です」

 

「自立型…神機?」

 

「ただの金属製フレームに見えますが…?」

 

 エドガーとレアがそれぞれ珍妙な兵器に疑問を呈する。神機使いに代わる新兵器と言うからには、巨大な大砲や無数の機関銃と言った、無骨で巨大な兵器を思い浮かべていたのだが、思いの外小さくてヴァジュラと同じ程度の大きさしかない鉄の骨に拍子抜けしてしまった。

 

「フフ…まだこの自立型神機は起動すらしていません。本来の姿を見せるには起動状態にする必要があります。では、実際にご覧入れましょう。少し離れていてください」

 

 そう言ってワイズマンが実験室の外に出るように促すと、神機使い達や要人達は一旦実験室から出る。それを確認したワイズマンも続いて実験室から出ていくと、近くのコンソールを操作し始める。するとフレームが四足歩行の骨格に変形し、フレームからオラクル細胞が溢れ出てきた。細胞はすぐにフレーム周辺に定着し、肉体を形作るとヴァジュラと同じ姿に変わった。

 その場に居た者たちが驚きの声を上げる中、開発者のワイズマンは得意気な顔になって自立型神機の詳細を説明し始める。

 

「どうです?これが私が開発した自立型神機です。素体フレームには対アラガミ防壁と同等の物を使用、起動時には骨格タイプを指定してフレームを変形、そしてフレーム内に充填させたオラクル細胞を纏わせて外殻を形成…指定したスペックを発揮するためにオラクル細胞の結合と駆動出力を制御、そしてコアに学習させた敵対勢力に独自の思考で攻撃する…さらにはリアルタイムでモニターと監視、状況を見て遠隔での簡易操作も可能です」

 

「ふん…こんなもの、無意味な機能を付けて無駄に金をかけているだけではないか。我々の開発する神機兵の方が生産性、コスト、原材料の調達、あらゆる面で優れている。旧時代の遺産となる金属製品を必要としている時点でコストと運用のバランスが取れておらんわ」

 

 ワイズマンが自立型神機を嬉々として説明する中、極致化技術開発局局長のグレゴリー・ド・グレムスロワ…皆からはグレム局長と呼ばれている男が生産性と運用コストが見合ってないと鼻で笑い、今度は自分達が開発している神機兵の方が組織運用する上では優れていると力説する。

 

「随分な言いようですね。私の発明は貴方がたと違って高性能、かつコアによる自己進化をコンセプトとした新兵器です。まだ運用が可能かも分からない屑鉄を生産するだけのあなた方の発明と一緒にしないでいただきたい」

 

「貴様…今の無礼な発言、録音しておいたからな!!法廷に来い!!訴えて賠償金を搾り取ってやる!!」

 

 どうやら自身が出資する神機兵を屑鉄扱いされた事でグレムの逆鱗に触れたようだ。顔を真っ赤にして凄みながら、証拠があると言い裁判を起こして金を毟り取るつもりのようだ。しかし、ワイズマンは意に介する事もなく鼻で笑ってスルーして話を続ける。

 

「少々邪魔が入りましたが、皆様には早速自立型神機の性能を見てもらいましょう。標的は…『彼』です」

 

 自立型神機のデモンストレーションを行う旨を伝えると、ワイズマンはとある神機使いの方を見る。

 

「たった数ヶ月で最強の一画にまで登りつめた鬼才の神機使い…神裂ユウキ」

 

 どうやらデモの相手にユウキを指定したいらしい。これで今回の招集にユウキ自身を含めた強力な神機使いが集められたのか理解した。要は自身が発明した自立型神機の有用性を見せびらかして自慢したいのだ。その手段として手っ取り早く強力な神機使い達を集めて打ち負かし、その優秀さを証明してみせようと言うのだ。

 

「彼を超えた意思なき忠実な兵器…これがあれば神機使いなど無用の長物。むしろ感情を持つが故に反乱を起こす不穏分子の掃除に大きく貢献できます。そして人々を救った兵器を作り出した私は、偉大な発明者として後世に永遠にその名を刻むことでしょう」

 

 元々ナルシシズム気質なのか、ワイズマンは自らの発明で人類を救う英雄であると嬉々として自称する。それをテストの標的にされたユウキは『アホくさ…』と思いながら呆れていた。

 しかし、ワイズマンはそんなユウキの心情を知る由もなく、いつの間にか持ってきていたユウキの神機がカーゴの上に用意されていた。早く準備をしろと言いたげなワイズマンの勝ち誇った様な顔に小さくため息をついて、ユウキは神機を収めるアタッチメント付のベルトを腰に巻き、そこに神機を刺して実験室に入っていく。

 

「それでは…行きますよ!!」

 

 ワイズマンのかけ声と共にヴァジュラに擬態した自立型神機がユウキに飛びかかる。

 

「…」

 

 それを軽く後に跳んで避けると、追撃に前足で切り裂いてくる。それも軽く下がって回避すると、今度は真っ直ぐ突っ込むタックルを繰り出してきたが、それも横に軽く逸れることで回避する。

 

(大振りな動きに直線的な攻撃…しかも遅い。コアの学習が追いついていないのか?)

 

 自立型神機との戦闘中も別の事を考えながら、ユウキは難なく攻撃を躱す。肝入りの新兵器と言うからには何かあると思っていたのだが、現物を見ても特に何も変わったところがないどころか本物のヴァジュラにも劣っている様にも感じていた。その間に自立型神機は振り返って再びユウキに向かって飛び込み噛み付いてきた。

 

(終わらせるか…)

 

 ユウキは腰を落としつつ軽く前に出て自立型神機の顎の下に潜り込む。そして右手を勢いよく振り上げて首元を掴む。するとユウキの意図とはまったく違い、右手が喉元を貫通して内部のフレームごと破壊した。そして手の先にコアと思わしき球体に触れると、さらに奥へと腕を突っ込んでコアを鷲掴みにして一気に引き抜いた。

 すると自立型神機は力なく崩れ落ち、身体に纏っていたオラクル細胞が霧散して、後には金属製のフレームだけが残された。

 

「ふふん、流石にやりますね。しかし今のは出力をかなり抑えた個体です。貴方のデータなどとうに解析してそれを超えられるように設計してあります」

 

 自身の発明があっさりと倒されたのに、ワイズマンは余裕の表情をユウキに向けていた。どうやらかなり弱く調整したものだったようで、こいつがやられても痛くも痒くもないと言いたげな様子だった。

 

(随分と脆いな…本当に神機なのか?)

 

 しかし、ユウキはあまりにもあっさりとオラクル細胞の外殻を破壊できた事に何処か怪訝そうな顔になる。あまりにも細胞間の結合が弱すぎる事実に疑問を抱きながらも掴んだコアを見つめていると、先と同じ様にヴァジュラの姿をした次の個体が実験室に投入される。

 

「始めますよ!!覚悟しなさい!!」

 

 ワイズマンの指示で自立型神機がユウキに襲いかかる。自立型神機はタックルで攻撃してきたが、ユウキはそれを造作もなく避け、標的を失った自立型神機は壁を破壊した。

 

(さっきよりは速いが…それだけだな)

 

 ただ速くなっただけ…それがユウキの率直な感想だった。その質量とスピード、増強されたパワーで結果的に一撃の威力は上がった。しかし肝心の自立型神機本体がその増幅された能力に振り回されている。これでは戦闘能力の向上など図れはしない。

 こんな無意味なデモンストレーションに付き合わされる事がバカバカしく思えたユウキは振り返って突っ込んできた自立型神機の側頭部に右足で蹴りを入れる。すると自立型神機の軌道が逸れて右へと吹っ飛び、その衝撃に耐えられずに頭が引きちぎられた。

 

「ば、バカな…彼の戦闘スペックの3倍は引き上げた設定だぞ?!」

 

 相当に自信があっただけに、自立型神機が2度もあっさりとユウキに倒された事にワイズマンは取り乱している。しかもスペック上はユウキの能力を遥かに上回る様に調整しただけあって余計に理解出来なかった。

 はっきりと言えば無様とも言える慌てように、外から見ていたグラムがケタケタと笑いながら小馬鹿にしてきた。

 

「カカカッ!!ご自慢の発明品もこんな程度じゃ邪魔くさい粗大ゴミじゃねぇか?」

 

「ふ、ふざけるな!!こうなったら、限界まで戦闘力を上げた設定に変更っ!!」

 

 グラムの挑発を受けてワイズマンが怒りに任せて乱暴にコンソールを叩き始める。操作が終わると、今までの物よりも大きなヴァジュラとなった自立型神機が配置され、ユウキと睨みつけて唸り声を上げている。

 

「逃げるなら今の内ですよ?!君ごときでは敵う相手ではありません!!」

 

「…」

 

 ワイズマンなりの慈悲のつもりだろう。今負けを認めればここで終わりにしてやろうと言うが、ユウキは何故こうも自立型神機が脆いのか検討がついていたので、ハッキリ言って何処まで強化しようが負けるとは思っていなかった。

 

「ふ、ふん!!素直に逃げればいいものを!!私の発明で君ごとき!!捻り潰してやる!!」

 

 ユウキが無言のまま自立型神機を睨み付ける。戦う意志があると受け取ったワイズマンが自立型神機に指示を送る。すると、大口を開けて地面を砕きながら高速で自立型神機が突撃してくる。対してユウキは右の拳を硬く握り、左から右へと大きく腕を振るい、自立型神機の側頭部に鉄槌をぶち当てた。

 その威力で自立型神機の頭はバラバラに砕け、さらには本体も横へと吹っ飛び、ダメージによって機能停止になるまで追い込まれた。そして最強にまで強化した自立型神機が力無く横たわる様を見て、ワイズマンもまた驚愕してワナワナと震えていた。

 

「そ、そんな…また、一撃…?」

 

 結局1度も神機を使わせる事もなく、素手で自立型神機を破壊された事実が信じられず、ワイズマンが震えた声で今起きた事を確認するかの様に呟いて崩れ落ちる。対して特に手応えも感じられずにデモンストレーションが終わり、新兵器への期待も無くなったユウキが無表情のまま実験室から出てきて、ワイズマンを見下しながら抑揚の無い声で話しかける。

 

「一体いつの俺のデータを使ったのかは知らんが…神機使いも日々戦いの中で進化していく…そこを見誤っているようでは、端から勝負にならんぞ」

 

 好き放題に言われたワイズマンは恨めしげにユウキを睨み付ける。しかしユウキは気にする様子もなく、そのままアリサとユリの方へと歩いて行き、途中でグラムの横を通り過ぎる。

 

「お前、半分人間じゃないだろ…?」

 

 すれ違いざまにユウキの正体を看破したであろうグラムの指摘に、ユウキはほんの一瞬動揺して動きを止める。しかし即座にいつもと変わらぬ無表情に変えたユウキは向き直る事はせずに冷たい物言いで返す。

 

「…意味がわからん」

 

「カカッ…そうかい、忘れてくれ」

 

 ぞんざいな態度で否定したユウキだったが、グラムは何処か上機嫌な様子で返した。その後は特に会話も無く、ユウキはアリサ達の元へと帰っていた。

その間に放心していたワイズマンが我に返る。目の前で起きた現実が信じられず、怒り狂った形相で怒鳴り散らす。

 

「クソッ!!彼の成長速度が常軌を逸してるだけだ!!他の神機使いならば!!」

 

「なら俺がヤってもいいかい?」

 

 自身の発明が決して劣っていた訳ではない。ユウキが異常なだけだと言って、他の神機使いになら勝てるとヒステリックに叫びながら相手を探す。するとすぐにグラムが自立型神機の相手に名乗りを上げたが、監視員が待ったをかけた。

 

「勝手な事を言うな!!貴様には」

 

「良いのかい?そんな事言ってもよォ…」

 

 監視員が語気を強めてグラムを止めるが、当の本人は不敵な笑みを浮かべながら逆に強気な姿勢を見せてきた。

 

「『コイツ』を握ってるから安心だと思ってるみてェだがヨ、テメェ1人殺して自由になるくらいどうって事ねぇンだよ…ならどうすンのが賢い選択か…分かるよな?」

 

 グラムは自らの首に繋がれた鎖を監視員に見せつけ、監視員にだけ聞こえる様に耳元で小さな声で囁くと、監視員は苦虫を潰した様な顔になる。グラムの首輪は鎖に繋がれている。そして鎖の先には爆弾が仕掛けられていて、鎖を引っ張れば首周りが吹っ飛ぶといった代物だ。

 この鎖を掴まれている以上、正にグラムの命綱はこの監視員に握られている。しかしその事実に臆する事なく、寧ろ暗に殺してここから逃げるのも容易だと脅しをかけてくる。少なくともここで戦わせてくれるのなら大人しく元の檻に入るのならば、どうするべきなのかは考えるまでもなかった。

 

「チッ…」

 

 これでは主従が逆転していると、屈辱に顔を歪める。しかし監視員も自分の命は惜しい。監視員は首輪と鎖を繋ぐ鍵と、腕輪の拘束を外すとジャラジャラと音を経てて鎖が外れグラムは自由になり、両手を軽く振った後、グラムの神機が運ばれてくる。白い刀身に黒い包帯で封印が施されたバスタータイプの『封印サレシ虚無の大剣』と白いバックラーの『超回避バックラー』と変わった構成の神機だ。それを掴むと共に、グラムの腕輪から黒い触手が伸びて神機のコアと接続される。

 

「よぅし、任務前の準備運動と行くかァ」

 

 何処か愉しそうな声色でグラムが実験室に入っていく。その後、自立型神機が再度投入されて機動するとヴァジュラの姿に形を変えた。

 

  『ガァァァアッ!!』

 

「ちょいさぁー!!」

 

 再度限界までスペックを引き上げた自立型神機が襲いかかる。それをグラムは狂気的な笑みで神機を振り下ろして迎え討つ。

 

  『ガァァァンッ!!』

 

「あ?」

 

 金属フレームを粉々に破壊しながら自立型神機の頭部は一撃で粉々に砕け散った。ここまで見てきて脆いのは分かっていたが、こうもあっさりと破壊されるとは思っておらず、グラムは拍子抜けした顔になった。

 

「チッ!!なンでぇ、マジで大した事ねぇじゃねぇか。つまンねぇな…」

 

 本当につまらなかったのだろう。拍子抜けした顔からゴミを見る様な顔つきになって自立型神機を見下して悪態をついた。戦ってみる価値さえ無かったと言わんばかりに乱暴に扉を開けて実験室を出る。

 後は約束通り神機を返して、再度拘束を施されるために監視員の元へと戻っていく。それを眺めながらアルベルトはここまでの自立型神機の活躍から総評に入る。 

 

「残念ながら、現時点では神機使いに取って代わるような代物ではなさそうですね…」

 

「そ、そんなッ!?本部長!!」

 

「しかし、練度を上げれば減っていく一方である戦力の補填になるはずです。今回の作戦で、自律型神機の完全に近づけていただきたい」

 

 オブラートに包んだ言い方ではあったが、現状の完成度では使い物にならないと酷評を受けた。しかし戦力補填の手段としてならば価値が見いだせるとフォローも入れたが、ワイズマンとしては自立型神機が主戦力とならなければ自身を英雄として後世に名を残すことが出来ないため、何としてでも神機使いに変わる兵器にするべく食い下がる。

 

  『ガァァァンッ!!』

 

 しかし、突然本部内に轟音が響き、その後すぐに警報が鳴り響く。何人かは何事かと慌てる中、アルベルトはすぐに端末を取り出して状況を確認すると、集まった神機使い達へと向き直る。

 

「どうやらアラガミが近づいてきているようですね…早速、このアラガミ達の討伐に行ってもらいます。皆様のお手並み、拝見させていただきますよ」

 

 本来ならば本部の神機使いが出る仕事ではあるが、生憎と大勢が出払っている。集めた神機使いの実力を見るにもいい機会だと思い、アルベルトは集めた神機使い達に出撃要請を出すと、全員が一斉に任務へと向かった。

 

 -本部外、荒野-

 

 神機使い達は自らの神機を持って本部の外部居住区の外に出ていた。そして彼らの視界には多種多様なアラガミの群れが映る。

 対して神機使い達もそれぞれ神機を構える。その構成は実に多種多様で、特に異質だったのはシルバと瑞希だ。2人はアメリカ支部で独自の派生系統で開発された神機を使っている。シルバが扱うのはパッと見は白い武装の新型神機に近い『レーヴァテイン・ツヴァイ』シリーズを装備した神機、瑞希は先端に銃口が付いたブーメラン形の神機だ。

 そしてリゼはチャージスピア『ハルバート極』とスナイパーの『F士官小銃氷神型極』、シールドの『F士官兵装B型甲極』を使用している。続いてジュリウスはブラッドが扱う新型の更に先の世代である第三世代神機、ロングブレードの『ヴォリーショナル』、銃身はアサルト『エクゼキューター』、装甲はシールドの『レインフォース』、ジャックは旧型のショートブレード『宝剣貂蝉極』とバックラー『イオニアンガード』の構成の神機を逆手に持っている。

 ケビンもグラムと同じ旧型神機のバスターブレード『クレイモア極』とタワーシールド『剛氷タワー極』と言う構成、そしてフロリアは旧型スナイパーの『マスドライバー極』を装備している。

 

「数が多いですね…皆さん、まずは陣形を…」

 

「そんなまどろっこしい事やってる時間はねぇ!!目の前の敵を討てばそれで済む話だろ!!」

 

「カカッ!!ちげェねエ!!」

 

「この数ならば…問題はない!!」

 

「会ったばかりの人達との適切な連携は難しいと判断、任務の即時遂行を優先します」

 

 アリサが陣形の相談をしようと話しかけたが、ジャックが聞く耳を持たずに飛び出した。続いて愉しそうに笑うグラムが前に出る。そして元々ワンマンであるジュリウスと、この面子では適切な連携は出来す、その相談をする時間も惜しいと判断したリゼが単独戦闘の意思表示をして前線に加わった。

 

「あっ!?ちょっと!!」

 

「チッ!!しゃあねぇな!!」

 

 瑞希が止めようとするが4人共静止を聞かずに飛び出した。それを頭を掻きながらバックアップに回るべく、シルバが単独で飛び出した。

 

「…」

 

「ど、とうしましょう…これじゃあ連携も何も…」

 

「血の気の多い連携だな…強力な力を持つ分スタンドプレイになりやすいのか?」

 

「これでは1体でも討ち漏らせば居住区はの被害を防げなくなってしまいます!!我々で後衛を担当しましょう!!」

 

 ユウキは無言、統制のなさに慌てるユリ、戦闘狂ぶりに呆れるケビン、後衛を担当すべきと提案するフロリア…反応はそれぞれ違ったが、これではまともに戦い抜けない事は容易に想像できた。

 

「…俺も前衛に出る。高火力で強力な個体を予め排除、討ち漏らしを後衛に任せる。何人かは後衛に引っ張るが…それまではどうにか耐えてくれ」

 

 戦闘態勢になり、先の丁寧な口調から変わったユウキが、前衛の動きと後衛の役割を簡潔に説明する。その後すぐに既に戦闘が始まっている前衛に向かって行った。

 

 -戦場、最前線-

 

 戦闘が始まってしばらくは皆順調に敵の数を減らしてきたが、統制など無い陣形の為、後ろへと抜けられてより分断されやすくなり、孤軍奮闘せざるをえない状況になりつつある。そんな状況にジャックが苛立ちを見せながら敵を葬り去る。

 

「クソッ!!次から次へと増えていく!!」

 

 シユウの肩へと後ろから跳び乗り、神機を振り抜いて首をはねると、そのまま傷口から神機を突き刺してコアを破壊して飛び降りる。すると今度は極地対応型のグボロ・グボロが右から突っ込んでくる。連続攻撃に悪態をつきつつもジャックは後ろに跳びながら神機を順手に持ち替えてグボロ・グボロの砲塔を切り落とす。

 

「敵個体の能力は然程高くはありませんが、こうも数が多いと…」

 

「戦力差を見誤ったか?集団戦の心得が無い事がここで響いてくるとはな…」

 

 リゼとジュリウスもまた、途切れない敵からの攻撃に苦戦を強いられていた。リゼに飛びかかってくるプリティヴィ・マータをバックフリップで避け、チャージスピアからオラクルを吹き出した勢いで敵へと突撃して胴体を穿つ。

 ジュリウスの方にも尻尾の針で突き刺してくる荷電性ボルグ・カムランの攻撃を避け、跳び上がりながらボルグ・カムランの尻尾を切り落としてその後に着地する。そしてジュリウスが後に一気に跳び、ボルグ・カムランの股下を通ると同時に、ボルグ・カムランの胴体は左右真っ二つに切り裂かれた。

 戦闘開始時は破竹の勢いだった前線組も終わりの見えない1対多数の状況に少しずつ圧され始め、焦りと疲労が見えてきていた。

 

「ハッハァ!!オラァ!!」

 

「チッ!!めんどくせぇ、無駄に数だけはいやがる」

 

 そんな中でも絶好調な者が2人いた。グラムは愉快に笑いながら神機を振り回してクアドリガ堕天種の頭を横から叩き割り、そのまま神機の向きを変えて地面に叩きつける。そしてシルバは不満を垂れ流しながら突撃してくるヴァジュラを真っ向から2つに切り捨てる。

 その間にジャックが先のグボロ・グボロを倒すと、神機を逆手に持ち直して向かって来た黄色のヴァジュラテイルの懐に一気に潜り込み、右フックの様な動作で神機を振る。切られた時にヴァジュラテイルは体勢を崩して動きを止め、その間にジャックは左手を柄に添え、ヴァジュラテイルの首元に神機を突き刺して倒した。

 だがその隙にジャックの左からヴァジュラが飛びかかってきくる。ジャックが小さく舌打ちし、迎撃に動くが間に合わない。ダメージ覚悟で距離を詰めようとすると、突然ヴァジュラが血を吹き出して一刀両断される。

 

「お前ッ?!」

 

 後ろに流れてきたアラガミを倒しながら前線まで来たユウキが切り分けられたヴァジュラの影から現れ、ジャックは助けてくれと言った覚えは無いと言いたげに恨めしそうに睨み付ける。

 

「下がれ。アンタは後衛にまわれ」

 

「ざけんなッ!!オカマ野郎の命令なんぞ聞けるか!!」

 

 ユウキが後退するよう伝えていると、後ろからシユウ堕天種が雷を纏って滑空しながら突っ込んできた。ユウキはそれを反転して横薙ぎに神機を振り、シユウの軌道を変え、倒しながら話を続けるが、その間にも青いザイゴートが高速で体当たりしてきたので、腰を落として捻りを加えたアッパーでザイゴートの下からカウンターを決めつつもユウキの指示は受けないと言い放つ。

 

「アンタの戦い方は前線向きじゃない。打ち合いの中、一瞬の隙を突い急所を狙う、或いは気配を殺して確殺するスタイルだろ?その戦い方なら多量の小型種を短時間で無駄なく排除できる。そうなれば前線組は中、大型種への対処だけで済み、多少後に逃してもアンタ達が処理する分、前線も動きやすくなる」

 

「…」

 

 ジャックはナイフの様な短い獲物を逆手に持つ戦闘スタイルだ。順手と比べて手首の自由は効かないが、その分一撃に込められる力、伝達できる威力はより大きなものになる。これにより、懐に飛び込んでボクシングの様なパンチを放てば斬撃になり、上から振り下ろせば強烈な一撃で敵の肉を貫けるゴリゴリのインファイターだ。

 真正面から殺り合う時は元来持っている高い腕力、軽い神機構成による高速での一撃で撃破するインファイタースタイル。また、身軽さを活かして背後からでもコッソリと近づいて倒すアサシンスタイルと2つのスタイルを取れるのが特徴だ。

 ジャックの戦闘スタイルを分析し、何処に配置するのがベストかを考えながら、ユウキにタックルしてきたプリティヴィ・マータに神機を軽く振って一刀両断する。ジャックの方も殴りかかってきたコンゴウに対して、それよりも先に懐に飛び込んで、右手を上から下へと捻りをした加えながら振り押し、コンゴウの腕を切り落とす。

 

「何の意地を張っているかは知らんが、今は全員生き残る為の戦いをするべきだ」

 

「チッ!!あぁクソッ!!分かったよ!!」

 

 しかし、大型種ばかりを相手にする現状ではショートブレードの一撃でコアを破壊するのは難しい上に、ジャックの戦闘スタイルはタイマンでこそ真価を発揮する。前線に出るよりも後衛で流れてきた小型種をアサシンスタイルで一撃で葬る方法で防衛に徹する方がより能力を活かせる。

 クアドリガが放ったトマホークを踏み台にし、そのままクアドリガの側頭部に不規則な軌道で蹴り飛ばしたユウキがそれを暗にその点をジャックに指摘する。対してジャックはコンゴウの腕を切り落とした流れで、コンゴウの胸元に神機を突き刺しながらもヤケになって後退するべく動き出す。

 

「なら、前線は高火力で比較的バラけて動ける者で構成する。俺とグラム、リゼ、ジュリウス、そしてシルバだ」

 

 ユウキがインカムのスイッチを入れ、神機の切先を下に向けて落下すると、蹴り倒したクアドリガに神機を突き刺しつつも前衛の部隊構成を話していく。

 

『…いや、俺は後衛に行く。今の面子じゃ後衛の火力が足りないぜ?』

 

「…後に流れる分、1人で2人分は仕事をしなければならないぞ?」

 

『楽勝だ。何ならあと1人2人分はオマケがついてくるぜ?』

 

 しかしシルバがインカム越しに後衛の人員が足りないと異議をとなえる。ユウキの考えでは前衛でほぼ全てのアラガミを始末する予定だった。しかしそれでは後衛に強力な個体が複数漏れた際の対処が危うくなる。

 この作戦に呼ばれた以上、後衛担当もまた高い討伐技術を持っているはずだが、彼らの実力そのものはユウキ自身も知り得ない情報だ。実際に前衛でその実力の高さを見せたシルバをメイン火力に後衛の守りを固めた方が無難だと考え、ユウキは最終確認をする。するとシルバはニヤリと不敵な笑みを浮かべて問題ない事を伝える。

 

『それよりも、そっちは良いのか?俺が居なくて大型を取り逃がすなんて事はするなよ?』

 

「問題ない…」

 

『そうかい、んじゃあ俺は後退するぞ』

 

 シルバへの負担が増える事を心配していたが、それよりもユウキ達前衛がヘマをしないかを心配されてしまった。当然、この程度なら問題にならないとユウキが返すと、シルバは通信を切って颯爽と後衛に回った。

 

「…アリサ、俺達4人で敵を崩す。後ろの指揮は任せた」

 

『はい!!』

 

 ユウキは後衛の指揮はアリサに任せて、向かって来たディアウス・ピターに神機を振り下ろした。

 

 -後衛-

 

 ユウキが前衛にたどり着いてシルバとジャックが後退し始めた頃、後衛でも討ち漏らしたアラガミ達との戦闘が既に始まっていた。ユウキからの指示で後衛の指揮を任されたアリサは向かって来た極地対応型のコンゴウを切り伏せながら現状のメンバーでの部隊構成を思案する。

 

「後衛の部隊配置を指示します!!シルバさんとジャックさんが後退するまではケビンさんと私で前を抑え、ユリさんは遊撃!!瑞希さんとフロリアさんは後ろで援護と流れたアラガミの対応をお願いします!!」

 

「2人が来た後は?!」

 

 瑞希がブーメラン型の神機を振り回して突進してくるグボロ・グボロを真正面から叩き潰しながら、最終的な配置をアリサに確認する。

 

「シルバさんを前に出してジャックさんには遊撃に周ってもらいます!!その後は瑞希さんを前衛に移して私が後衛全域のサポートに周ります!!」

 

 アリサがコンゴウを倒し、最終的な全体の配置を話す間に背後から緑色で2足歩行する甲虫の様なアラガミ『ドレッドパイク』が接近してくる。それをドレッドパイクの真横から狙撃弾が放たれ貫通すると、ドレッドパイクは霧散して消えていった。

 そしてフロリアが狙撃に集中する中、黄色のヴァジュラテイルが横から接近してきたが、その更に後ろからユリが気配を殺して急接近すると、ヴァジュラテイルの首元を切り裂いた。

 

「ソイツは無茶だぜ?!アリサ独りで後衛全域をカバーしようってのか?!」

 

「ええ!!それが私の戦い方です!!」

 

 ケビンがマグマ対応型ボルグ・カムランの針を躱して跳び上がり、自身の神機で敵の頭を吹っ飛ばしながら、アリサの対応範囲が広すぎて負担が大きいと指摘し、再考するように進言する。

 しかし、広範囲サポートはアリサが極東支部にいた頃からずっとやってきた戦い方であり、ロシア支部でも同様の戦い方で自陣のサポートをしてきた。今更普段より範囲がサポート範囲が広くなろうが大した問題ではなかった。

 

「…分かった!!各自、陣営を作ろう!!」

 

 ケビンが陣を作るように呼びかけると、全員すぐに動き出す。とは言え、元々完成に近い配置での戦闘だった為、既に陣は完成していると言っても良かった。

 そんな中、荷電性ボルグ・カムランが盾を構えたまま尻尾の針を前に出してケビンに向って突進してきた。ケビンは迎え討つべくチャージクラッシュの準備をする。しかし、その隙にシユウ堕天種が電撃を纏って滑空し、ケビンの後ろから接近してきたが、いつの間にかシユウ堕天種のすぐ真上にユリがいた。

 

「やらせない!!」

 

 構えていた神機を全力で振り抜くとシユウ堕天種の左翼手が切り飛ばされ、バランスを崩してそのまま地面へと激突した。

 

「ケビンさん!!」

 

「サンキューユリ!!」

 

 ユリのお陰で後ろを気にする必要はなくなった。ケビンは正面から突っ込んでくる荷電性ボルグ・カムランにチャージクラッシュを叩き込む。

 

「この程度のアラガミ、俺の敵じゃねぇ!!」

 

 針を切り裂き、盾を砕いて、敵の脳天に強力な一撃を浴びせる。そのまま鎧の様に硬い甲殻を押し潰してコアを破壊する。

 しかし2人は留まることはせず、即座に次の標的に向って走り出す。そんな中、青いザイゴートが真正面からフロリアに突っ込んでくるが、炸裂音と共に電撃レーザーで撃ち倒す。

 

「…次」

 

 顔見せの時とは打って変わり、口数が少なく、鋭い目つきでクールな印象へと変わったフロリアは更にもう1体、倒したザイゴートの後ろから飛び出してきた赤いザイゴートを再度電撃レーザーで撃ち抜いた。

 しかしその間にフロリアの左右と後ろから多種多様なザイゴートが向かってくる。

 

「こんのぉお!!」

 

 咆哮と共に瑞希が神機を投げつける。するとその形状の通り、弧を描きながらフロリアの周囲に居たアラガミ達を切り裂いて瑞希の元に戻っていく。

 

「フロリアさん!!存分にやっちゃって!!」

 

 戻ってきた神機を受け取ると同時に瑞希が声を上げる。それを聞いたフロリアは遥か前方を見据えて銃身を構える。

 

「…狙い撃ちます!!」

 

 標的は遥か先、ケビンの後ろから襲いかかろうとするサリエルだ。豆粒程度にしか見えない敵の側頭部を正確に射抜き、ケビンが邪魔されるのを防いだ。

 しかし後衛側の勢いも数分程度しか保たなかった。流れてくるアラガミもそうだが、前衛を迂回して直接後衛に攻め込む個体が増え始めていて、その対処に追われる様な状況になっていた。

 個々の能力はハッキリと言えば大したことはない。しかし数で圧倒されるとどうあっても手が回らなくなる。このままでは防衛ラインを突破されるのも時間の問題だ。眼前のシユウを薙ぎ倒し、更に後ろに居たコンゴウ堕天種を倒しながらも、ケビンはこの状況に危機感を覚えていた。

 

「圧され始めてるぞ!!このままじゃ…」

 

「大丈夫!!きっともうすぐ…」

 

 焦りと疲労で周囲の警戒が疎かになってきたところで、ケビンの後ろからサリエル堕天種が突進してくる。辛うじて反応は出来たが迎撃が間に合うかギリギリの所まで来ている。一か八か、後ろを向きながら神機を振る。すると上から黒い影が降りたと思うと、サリエル堕天種の上からジャックが飛び乗り、額の目玉に神機を突き刺した。

 

「来たぞ!!」

 

「ジャックさん!!前に出ている神機使いのサポートをお願いします!!貴方なら死角から一撃で敵を仕留められるはず!!」

 

 額の目玉を突き刺されてコアを損傷したサリエル堕天種から飛び降りてジャックが後衛に加わると、アリサがジャックの配置伝えてコンゴウの頭を跳ね飛ばす。しかしコンゴウの影からコンゴウ堕天種が飛び出して、上からアリサに襲いかかる。更に首を飛ばしたコンゴウもまだ生きていて、アリサに殴りかかってきた。たが、次の瞬間には上に連なったコンゴウ達が真っ二つに切り裂かれて、吹き出した血の間からシルバの姿が見えた。

 

「おう、戻ったぜ」

 

「遅いよシルバ!!」

 

 軽い口調で防衛に戻ってきた事を伝えるシルバに対して、防衛ラインが圧され始めて焦りを見せる…ように見せかけて軽口を飛ばす瑞希、その際に油断したのか動きが止まる。黄色のヴァジュラテイルが迫ってくるが、真上からユリが落下してきて、ヴァジュラテイルの脳天を突き刺し、すぐに次の標的に向かっていく。

 

「無茶言うな。アラガミ倒しながら戻ってきたんだぞ?」

 

 軽口を言いながらも後ろから突っ込んでくるボルグ・カムランを回転しながら真っ二つに切り裂く。そして右から水球を発射してきた局地対応型グボロ・グボロの攻撃を避け、ユウキの神機と似た変形機構でライフルの様な銃形態に変形する。レーヴァテイン・ツヴァイAの銃口が火を吹いた。すると、砲塔、牙、顔面をあっという間に砕いていき、最後は大きな口から口腔内を銃撃してコアを破壊した。

 その間、射撃に集中しているシルバにザイゴートが毒ガスをバラ撒こうと近づいてきている。しかしいつの間にか近づいてきたジャックが右フックの要領でザイゴートを切り裂く。そして怯んだ隙に一歩前に出て神機を突き刺した。

 

「後ろが薄くなってます!!瑞希さん!!私と中衛を形成してください!!シルバさんは前へ!!」

 

「おう、了解した」

 

「了解!!」

 

 全体的に後ろにアラガミが流れきている。後衛のフロリア援護をしていた瑞希を前ではなく中間に配置し、フロリアの負担を減らしてその目前で防衛線を張ることで全体的な後衛ラインを持ち上げる必要がある。アリサの意図を察したシルバと瑞希はすぐに行動に移す。

 

「コイツッ!!」

 

 瑞希はオウガテイルが針を飛ばしてきたので避け、その間にシユウが接近してくる。神機を突き出してオウガテイルとシユウを爆破弾で迎撃すると、オウガテイルは倒せたが、シユウは頭部を結合崩壊させるにとどまった。

 しかしシユウはそれでも止まらずに接近してくる。対して瑞希は捕食口を展開して待ち構える。間合いに入り、シユウが先に摺り足で瑞希との距離を詰めるが、カウンターに捕食攻撃が刺さる。上半分を食い千切られてシユウは絶命し、代わりに瑞希がバーストする。上昇した能力を使って神機を投げると、弧を描きながら周囲に居たありとあらゆるコクーンメイデンを切り倒していく。

 

  『ゴァァアッ!!』

 

 しかし神機が手元に無くなると言うのはその間無防備となる事と同義だ。この隙を逃すまいと、ヴァジュラが雄叫びと共に瑞希に向かってダッシュする。

 

「やらせない!!」

 

 だが間にユリが立ちはだかり、ヴァジュラの左目に神機を突き刺す。すると痛みでヴァジュラは仰け反り動きを止めた。

 

「ありがとユリちゃん!!」

 

 瑞希が礼を言うと同時にユリが顔面を数回切り付ける。顔面に傷を付けられたヴァジュラは怒りのままにタックルしてくる。たがそれをユリは横に跳んで躱すと、すれ違いざまにその場で回転しながら神機を振るい、ヴァジュラの首や胴体に傷を入れる。

 

「瑞希さん!!」

 

「こんのぉお!!」

 

 ユリがヴァジュラに横一文字の傷を入れた時、瑞希の元に神機が帰ってきた。そのまますぐに神機を投げると、ユリが付けた傷をキレイになぞって首を切った。顔面や胴体の一部が内側から吹き飛ぶ程の一撃だったが、コアは露出させたものの攻撃は届かず、顔の上半分を失ったヴァジュラが反撃しようと構え始めていた。

 

「クッ!!浅い!!」

 

「…そこ!!」

 

 しかし何処からかフロリアが撃った狙撃弾がヴァジュラのコアを撃ち抜いた。その狙撃能力の高さに驚くユリと瑞希だったが、撃った本人はそんな事は気にせず、目の前に残る多数の小型種を掃討すべく神機を構える。

 

「乱れ打ちます!!」

 

 フロリアの声と共にマスドライバー極から発砲音が響く。すると動かない球体が発射されたが、数秒後には扇状に何度もレーザーが発射される。自作バレット拡散レーザーで周囲の小型種を一掃してしていった。

 

「うらぁ!!」

 

 そして後衛の前線でケビンがクアドリガが発射したミサイルを潜り抜け、前面装甲に強烈な一撃を叩き込む。前面装甲を砕き、チャージクラッシュの体勢を取る。その間、ドレッドパイクがケビンに突っ込んできたが、ジャックが敵の上空から落下してきた。

 

「くたばれ!!」

 

 ドレッドパイクの頭に神機を突き刺した為に、ドレッドパイクの奇襲は失敗に終わる。続いて走ってきたコンゴウに向かっていく。コンゴウが殴りかかってきたが、それよりも先にジャックは懐に入りアッパーの要領でパンチを繰り出すと、振り上げたコンゴウの左腕が切り飛ばされる。

 しかしコンゴウもすぐに反撃に右腕で殴りかかるが、ジャックは攻撃が来ない左へと姿勢を落としながら跳び、コンゴウの脇をすり抜ける。その際に、左足を切り落とすとコンゴウは転倒する。ジャックはすぐに反転し、コンゴウの背中へと神機の切先を振り下ろす。

 

「トドメだ!!」

 

 ジャックの神機がコンゴウへと突き刺さる。そのままコアまで攻撃が届き、コンゴウはコアを失い霧散していった。

 そしてジャックがコンゴウと戦っている中、ケビンもチャージクラッシュの準備が終わり、目の前のクアドリガへとトドメをさそうとしていた。前面装甲が破壊された為に、トマホークがノーモーションで飛んでくる。しかし、それでも構わずに、ケビンは神機を振り下ろす。

 

「これで…終わりだぁあ!!」

 

 発射された瞬間のトマホークを切り捨て、そのままクアドリガの顔面にチャージクラッシュを叩き込むと、爆炎が巻き起こると同時にクアドリガが真っ二つに叩き潰された。

 続いてすぐ近くで戦っているアリサの元に加勢しようかと思ったが、状況を見た結果、必要無いと考えて前から敵が来ないかしばし様子見する事にした。

 そして中衛のアリサは飛びかかってくるヴァジュラの下を潜りながら鮫牙で左前足を捕食する。そのままヴァジュラの後ろを取ると、急ブレーキをかけてその場で回転する。

 

「たぁぁあ!!」

 

 バーストして上昇した能力を上乗せし、ヴァジュラの後ろの左足を回転切りで跳ね飛ばす。片側の足を全て失い、自由が効かなくなったヴァジュラにアリサがクイック捕食弐式で横腹から胴体を捕食してコアを回収する。

 そして前線で最も大きな壁となっているシルバは目の前のセクメトを頭上から神機を振り下ろして一刀両断する。続いてハガンコンゴウが横回転しながら後ろから殴りかかってきたが、シルバもその場で回転して、敵を一瞬で切り捨てる。続いて右からクアドリガ堕天種がミサイルを乱射してくる。シルバは駆け出してミサイルの下を潜り、全て避けきると下から上へと神機を振り上げる。するとクアドリガ堕天種は綺麗に切り裂かれて大量の血が吹き出した。

 しかし血飛沫の後ろから大量のザイゴートが向かってきて、その中に1体ヴァジュラも混じっている。雑魚とはいえ、流石に多数を単騎で相手取るのは難しいのか、シルバは小さく舌打ちする。

 

「シルバ!!」

 

「渡します!!」

 

 しかし、瑞希とアリサが受け渡し弾を発射してシルバをバーストLv3に引き上げる。神機の開放に特殊な調整を受けた身体、自身の力の増幅を肌で感じたシルバは不敵に笑う。

 

「んじゃぁ、そろそろ終わらせるか!!」

 

 言うやいなや、シルバは全力で神機を横薙ぎに振る。すると轟音と共に多数のザイゴートとヴァジュラが一発の斬撃のもとに粉々に吹き飛ぶ事となった。

 

「これで片付いたか。前衛の連中は上手くやってんのか…?」

 

 シルバは当たりを見渡し、アラガミが居ない事を確認する。現状では敵対する様な存在は見当たらなかった。その際、別れた前衛達がどうなっているのか気になり、思わずその旨を小さく呟いた。

 

 -前衛-

 

 後衛が流れてきたアラガミを倒し続けてそろそろ終わりが見えてきた頃、前衛メンバーも大半のアラガミを掃討できていた。

 その最中、ユウキはディアウス・ピターを始め、ハガンコンゴウ、テスカトリポカ、セクメト、プリティヴィ・マータ、その他諸々…多数のアラガミを葬り去り、今も翼を出して活性化した別のディアウス・ピターを相手にしている。ダッシュしてくるディアウス・ピターに対して、ユウキも真っ向から向かっていく。刃の様に鋭い両翼でユウキの頭と足を斬り落とすべく横から振りかぶってくる。ユウキはその翼の間に身体を捩じ込む様に飛び込んで、ディアウス・ピターの目の前で神機を振り抜いて一刀両断する。

 コアごと斬り裂かれ、真っ二つになったディアウス・ピターの間を抜けて着地すると、前方から焔の玉が飛んでくる。それを装甲を展開しながら神機を振って弾くと、視界に岩のような篭手を装備した前足に赤い鬣を生やした狼の様なアラガミが唸り声を上げて睨んでいるのが見えた。

 

「コイツ…初めて見るアラガミだな」

 

「ガルムです!!焔を扱う上に素早い相手です!!」

 

「ハハッ!!締めにはちっと物足りないが、最後の相手だ。愉しませてもらうぜぇ?!」

 

「4体…1人1体を仕留めて、この仕事も終わりか。そろそろブラッドの力を発動できる頃合いだな」

 

 各々が眼前のガルムと対峙する中、ジュリウスが神機を構えると、前衛全員が突然バースト状態になる。

 

「「「ッ?!」」」

 

 ジュリウスの意味深な発言の後、捕食した訳でもないのにバーストした事で全員がジュリウスの仕業だと察しがつく。しかし、その数秒後に、ユウキは急激な高揚感を感じるなと、自身の異変を感じ取る。

 

「バーストLv3?!単騎でここまで能力を引き上げられるのですか?!」

 

「カカカッ!!イイねぇ!!そうこなくっちゃなぁ!!」

 

 高揚感を覚えたのはどうらやらユウキだけではないらしい。リゼとグラムも同様の感覚を覚えたようだが、ジュリウスだけがこの事態に少しだが困惑していた。

 

「この力は…?」

 

 最初のバーストは間違いなくブラッドの持つ特異な能力である血の力『統制』によるものであり、一定範囲内の神機使いを強制的にバーストさせるものだ。しかしそれで開放される力はバーストLv1のはずなのだが、今現在ジュリウスの能力でバーストした前衛達は3段階まで力を開放している。

 この事態に1つの可能性を確信したジュリウスは、取り敢えず皆と同様に目の前の敵を処理する事に頭を切り替える。

 

 

 -リゼside-

 

「今ならガルム程度、相手になりません!!」

 

 ガルムが右の前足を振り下ろす。リゼはそれを右へと躱し、チャージグライドの発動準備をしつつ、下からハルバードを振り上げてジャンプする。そのタイミングで神機が2つに分かれ、リゼは神機の切先を後に向ける。しかし、ガルムは何をされるのか察したのか、その場から逃げようと走り出す。

 

「逃しません!!」

 

 切先の向きを変え、チャージグライドを発動させる。神機はガルムの背中に深く突き刺さり、怯んだガルムは動きを止める。そのまま神機を振り上げて大きな裂傷を作り出し、リゼは背中から飛び降りる。その際、再びチャージグライドを発動させる為にチャージし直す。対してガルムは火球を投げつけて対抗するが、リゼにはあっさりと避けられしまう。

 

「トドメ!!」

 

 チャージグライドが発動して、ガルムとの距離が一気に詰まる。

 

  『グシャッ!!』

 

 肉が裂け、血が飛び散る音と共にリゼのハルバードがガルムを穿った。

 

「任務終了、あとは…ッ!?」

 

 ガルムは倒した。しかし、それとは別の理由でリゼはまた驚愕する事となる。

 

 -ジュリウスside-

 

 そして少し遡り、ジュリウスの方はガルムの飛びかかりを後に大きく下がって避けるが、ガルムが着地直前に両前足のガントレットから爆発を引き起こす。幸いジュリウスに当たる事はなかったが、視界は完全に塞がれた。その間にガルムは身を翻し、ジュリウスの後ろを取って上から叩き潰そうと右前足を振り下ろす。

 しかしジュリウスは一瞬で攻撃を避ける為に最小限の距離を右へと跳び、そのまま回転しつつ後ろへ下がってガルムの右前足をガントレットごと切り捨てる。そして着地と同時にジュリウスが身を少し引き、神機を構えると刀身の周りにうねりを加えたオラクルが纏わりつく。

 

「ブラッドアーツ、発動!!」

 

 ジュリウスが呟くと、そのまま猛スピードでガルムとの距離を詰める。

 

「終わりだッ!!」

 

 勢いそのままに神機を横薙ぎに振ってガルムを横切る。すると無数の斬撃が瞬時にガルムを襲い、ズタズタに切り裂き、最終的にはバラバラの肉塊へと姿を変えさせた。その際の斬撃の1つがガルムのコアを切り裂き、ジュリウスと対峙していた敵はそのまま絶命する事となった。

 

「この程度なら、ピクニックにでも行く感覚で任務をこなせそうだな」

 

 神機を振って刀身に着いた血を振り払う。途中苦戦はしたが結果だけ見れば思いの外余裕のある戦闘に何処か気楽ささえ覚えていた。

 

(それにしても…瞬時に部隊構成を発案し、その通りに構成させる統制能力…そして『彼』から発せられたあの感覚…あれはまるで…)

 

 ジュリウスは『彼』からの感覚に自身と近しいものを感じ、違和感を覚えていた。本来この血の力はブラッドが混迷した世界で戦う神機使い達を導く希望の光となるべく手にした力だ。それに近いものをこの場にいる者から感じ取れたとなれば疑問に思うのも無理は無い。そして同時にその疑問の先に自分の理想とする神機使いの姿を見せてくれる者かもしれないと思い、是非とも話をしてみたいと思うと同時に、この戦いで自身への課題も見えてきた。今後、ブラッドが隊として形をなす時に、彼のやり方はきっと参考になると思っていると、視界の端に『見たことのない物』が映り込む。

 

「なんだッ?!あの『神機』は?!」 

 

 -グラムside-

 

「ホラホラ、こッちだワンちャンよッ!!」

 

 また少し遡り、上空から両前足で踏み潰さんとガルムが急降下してくる。対してグラムは後ろへ下がって躱すと、左手で手招きしながらガルムを挑発する。それを見たガルムは大きく口を開けて飛びかかってくる。グラムはまた後ろへ下がってそれを避けると、今度は前に出てガルムの眼前に出るが、反撃等はせずに直立したまま何もしなかった。

 それを好機と見たのか、ガルムが右前足を内へと横薙ぎに振る。それもあっさりと後ろへ躱されたが、またグラムはすぐに眼前に戻る。続いて外へと振るがまた躱され、グラムが眼前に戻ってくる。反撃するでもなくわざわざ攻撃範囲に戻ってくる。完全に遊ばれてる事実を前に、ガルムは頭に血が登ったのか、両前足を上に上げるという大振りな動作によって、グラムを力でねじ伏せようとする。

 しかし、予備動作がバッチリ見える動きなど、グラムにとっても避けるのは容易な事だ。ガルムの攻撃が空振りした後、例によってグラムはガルムの眼前に戻ってくる。すると、ガントレットの隙間が赤く輝き出し、次の瞬間に大爆発が起こった。

 だが、それさえもグラムは後に下がって簡単に避けてみせる。そして今度は前には出ず、距離を取る為ににさらに後に下がる。

 

「そうだなッ!!ワンちャンは元気なのが一番だよなァ?!」

 

 言うやいなや、グラムは神機を構えると捕食形態を展開する。しかし、その形状は通常の捕食口とは大きくかけ離れていて、まるで死神を連想するかの様な歪な鎌の形をし、刃はおろか柄の部分にまで『キィキィ』と甲高い声を上げる無数の小さな捕食口が着いている不気味な形態をしていた。

 

「ブレイクアーツ発動!!『インフィニティモウ』!!」

 

 グラムが使ったのはユウキと同じブレイクアーツだった。『無限の胃袋』の意味を持つ不気味な捕食口を横から振り回すと同時に爆炎の中からガルムが飛び出してくる。しかしガルムの横腹に捕食口が突き刺さり、そのまま掬い上げる様に上に持ち上げると、ガルムを下にして神機を振り下ろす。そしてガルムを引きずりながら鎌を柄を引き戻し、グラムの横を通り過ぎたところでまた上に振り上げて横腹を大きく切り裂きながら放り投げる。その際、引き裂かれた所からガルムの内側が顕になる。鎌が突き刺さった周辺は中身が無く、スカスカになり、それ以外の場所もボロボロになっていた。

 グラムのブレイクアーツで内側からズタズタにされたガルムが宙を舞い、その後を追うべく、グラムが神機を元に戻しながらガルムに向かって跳び上がる。

 

「やっぱ戦闘ってのァ!!白兵じゃねぇとなァ!!」

 

 両手で構えた神機を上から全力で振り下ろす。ガルムが真っ二つに切り裂かれながらも隕石と見間違う様な威力で地上に叩きつけられ、グラムもその後を追うように地上へと着地する。

 

「…チッ!!つまンねェな…」

 

 切り捨てられ、その上叩け付けられてバラバラのミンチになったガルムの成れの果てを見下ろすグラム…さっきまでの興奮は何処へ行ったのか、本当につまらなかったのだろう、冷めた目で哀れな肉の破片へと変わったガルムを睨みつけた後、グラムはその場から去っていった。

 

 -ユウキside-

 

 そして最後はガルムと対峙し始めた頃のユウキ…ガルムは唸りながら睨み付けるが、ユウキは別の事を考えていた。

 

(ガルム…ここでは珍しいアラガミでもない様だな…)

 

 ならばデータを取る必要も無い、後から本部のアーカイブで記録を見ればいいと考え、即任務を終わらせる事にし、突っ込んできたガルムに向かって一気に跳んで距離を詰める。そして横一閃、バーストLv3にまで上昇した戦闘力で、ガルムが攻撃行動に出るよりも先に一瞬でガルムを斬り捨ててみせた。

 

「…あれがブラッド…感応現象を戦闘利用した神機使い…」

 

 ガルムを両断してから数秒後、ジュリウスがブラッドアーツを発動させてガルムにトドメを刺したのが目に映る。神機を1振りするだけで非常に強力な一撃を繰り出す様はブレイクアーツとよく似ている。しかし、無駄に大きな破壊力や派手さと言った荒々しさは無い。キチンと制御され、その力の範囲を限定させて凝縮し、見事に洗練された()だった。力の制御、それを感応現象で行えればさらに上のステージへと行けるのではないかと考えていると、視界端にグラムがブレイクアーツを発動する様が映った。

 

「ブレイクアーツ…博士が言っていた事は事実だったのか…」

 

 いつかペイラーがブレイクアーツを使える者がいると言う『都市伝説』的な噂があると言っていた事を思い出す。ユウキ自身と言う実例がある為に他にも1人2人はいるだろうと思いはしたが、内心信じてはいなかった。

 しかし、今は実際にブレイクアーツを扱える者が目の前に居る。それを目の当たりにした事で、ここではブレイクアーツはそこまで珍しいものでも無いのかも知れないと考える。

 

(あの男がブレイクアーツを使えると知られているのならば…いや、使わないに越した事はないか…)

 

 しかし、不可思議な存在を研究したがるのが学者と言うものだ。ユウキ自身がそのブレイカーと知られたら、何をされるか分かったものじゃない。最悪、そこから特異点たどり着く可能性だって十分にある。ならば下手なことはせずに『普通の神機使い』を演じるほうが得策と考え、ユウキは通信機でアリサに連絡を入れつつその場を離れていった。

 

To be continued




あとがき
 前に投稿したのが確か4月…空きすぎですね。待っている人が居るかは分かりませんが申し訳ない事をしました。
 ここ最近のリアルでのゴタゴタが収束の兆しが見えてきて、ようやく投稿できました。しかしながらまだ安定して投稿するには時間がかかるので、しばらくはまた間隔が空きそうですが、また読んで頂けると嬉しいです。
 次ページにグラムとアルベルトの設定を載せときます。恐らく大半の方がお察しの通り、グラムの中身は焼け野原ひろし事、アリー・アル・サーシェスをイメージしています。

グラム・エスパーダ(20)

使用神機
 刀身:封印サレシ虚無ノ大剣(バスター)
 銃身:無し
 装甲:超回避バックラー

 鋭い目付きで常に不敵な笑みを浮かべる、クセのある黒髪に青い目の青年。ロンドン支部に所属。幼少期にスラム街に捨てられ、その後長い間殺人を繰り返し、次第に殺人鬼として認知されていった。どうやって生きてきたかは不明とされているが、一部では殺した人間を喰らい続けて生き延びたと言われている。倫理観を持ち合わせていない異常者で戦闘狂。被害者には神機使いも居た為、ロンドン支部が直接動いて捕らえた。後に適合する神機が見つかり、『ブレイカー』となる程の適合率をはじき出した事で監視、拘束付きで神機使いとなるが、当の本人は日々戦いを楽しんでいる。

・ブレイクアーツ

 インフィニティモウ

 グラムが編み出した捕食形態を発展させたブレイクアーツの1つ。死神を思わせる歪な鎌の様な形状をしていて、刃の部分だけでなく、柄にも小さな捕食口が無数についている。
 形状は自在に変えることも可能で、敵アラガミを包み込む様な形状にして全方位から喰い散らかすと言った使い方も可能。バーストは出来ないが、どんな敵でも拘束し、全てを喰い尽くすまで攻撃を継続させる事もできる。

アルベルト・F(フェンリル)・フューラー(43)
 フェンリルの本部長。青みがかった長い銀髪に青い目の男性。礼儀正しく紳士的で、他者への思いやりも忘れない為、本部内、本部の居住区でも高い人望がある。前身である穀物メジャー企業から現在のフェンリルに企業形態を移行し、しばらく経った後に前本部長である父が急死した為、その後を継いで本部長に就任する。しかし、数年に一度、何故かフェンリルの経営に関われなくなる。何かの病気と言われていたり、神童商事の跡取り娘と何かあった事を引き摺っているとも憶測が交わされている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

mission119 最狂

フェンリルにはクリーンなイメージは無い


 -フェンリル本部、自室-

 

 防衛戦が終わった後、神機を預けて各々用意された部屋へと入っていく。しかし、ユウキに用意された部屋は皆とは違い、客室フロアとは別の階層に用意されていた。

 皆がエレベーターを降りた後もしばらく乗って、3つ上の階でようやく止まる。扉が開くと、歩きながらカードキーに記された部屋番号を探す。

 

(ここか…)

 

 降りたフロアの一番奥、そこに指定された部屋があった。カードキーをリーダーに翳すと、『ガチャッ』と小さく解錠された音が鳴る。部屋に入ると、

いかにも高そうで綺麗な家具や調度品の数々が設置されていた。そしてサッと一周り部屋を見ているとあるものが目についた。

 

(写真…?)

 

 遠目から見ると人が2人映った写真が立ててある事はわかった。来客用の部屋に個人の写真など、随分と不釣り合いな物だったので、気になったユウキは近くまで行き写真を手に取った。

 

(この2人は…)

 

 写真に写っていたのはユウキも知っている人物だった。何故この2人の写真がここにあるのかと考えていると、不意に部屋のブザーが鳴る。

 

『アルベルトです。少々お時間頂けませんか?』

 

「ええ、どうぞ」

 

 ユウキの返事を聞いた後、扉が開くとそこには本部長であるアルベルトが立っていた。写真を元に戻した後、ユウキはアルベルトの方を向くと、彼は既にこちらに歩を進めていた。

 

「先の任務、見事な戦いぶりでした。流石は極東の英雄なんて二つ名は伊達ではありませんね」

 

「私は自分の仕事をしたまでです」

 

「そうですか…」

 

 先の防衛戦での活躍に称賛を送るアルベルトだったが、対するユウキは口調こそ丁寧なものの、何処か素っ気ない返事で返す。

 しかし、アルベルトはそんな事を気にした様子もなく、じっとユウキの顔を見つめていた。

 

「…何か?」

 

「やはり、君とあの人は見れば見る程にそっくりだ」

 

「…?」

 

 アルベルトの言葉を聞いたが、一体何の事を言っているのか分からずに思わず眉をひそめる。

 

「ああ、失礼…その写真の女性、神童サクラさんの事です。彼女は優しさと知性を兼ね備えた誇り高い女性だった」

 

「母を知っているのですか?」

 

 さっきまでユウキが見ていた写真に写っている2人の人物…『ヒト』の姿の時と同じ顔をした女性、神童サクラと『アラガミ』の時と同じ顔の男性、クロウ・オルフェウスだった。 

 2人の写真がこの部屋にある事もそうだが、母親であるサクラの事をよく知っているかの様な口ぶりに、ユウキは少し驚きを見せた。

 

「…ええ、彼女とは幼少の頃からの知り合いでした。毎日のように会っていた訳でもないのですが、お互いの会社事情で、催し物でよく会っていましたし、プライベートでも仲良くさせていただいていました。この部屋も、彼女がコチラに来たときに使っていた部屋なんです」

 

 何処か懐かしむ様に、しかし少しずつ悲しげな表情に変わりながらもアルベルトはユウキの母であるサクラの事を語りだす。

 

「正直、貴方の顔を見た時は心底驚きました。彼女があの時と変わらない身姿で戻ってきたのかと錯覚したくらいです。本当に…その位に、同じ顔をしています」

 

「私は他の誰でもない…神裂ユウキです。過去に拘るのも結構ですが、それではいずれ足元を掬われますよ」

 

「肝に銘じておきます」

 

 写真を見る限り、確かにユウキとサクラの顔つきは瓜二つだった。その姿を見て昔に戻った様な感覚になり、何処か優しさや愛おしさを感じる目つきになっていた。

 しかし、当のサクラはもうこの世には居ない。アラガミ化していたからとは言え、ユウキ自身の手で葬ったからだ。その事実は知らないだろうが、母が既にこの世に居ない事はアルベルト自身も頭では理解しているはずだ。今ここに居るのは同じ顔をしていても別人、そのことを認識していなければ、かつてのアリサの様に認識が歪み、正常な判断が出来なくなってしまうだろう。そこを指摘すると、またユウキの部屋の呼び鈴が鳴る。

 

「はい」

 

『ジュリウス・ヴィスコンティです。お話したい事があるのですが…今、お時間よろしいですか?』

 

「ええ、大丈夫です」

 

 どうやら来訪者はジュリウスのようだ。丁度アルベルトとの話も区切りはついたので、ユウキが入室の許可を出すと部屋の扉が開いた。

 

「失礼、先約がありましたか…」

 

「いえ、私の用事は先程終わりました。それでは神裂少佐、ジュリウス大尉、またお会いしましょう」

 

 しかしジュリウスにはそんな事は知る由もないので、邪魔をしてしまったと思い、出直そうかと踵を返そうとしたが、既に用事を終わらせたアルベルトが代わりに部屋から出ていく。要件の内容を少し話しをした後、ユウキはジュリウスに連れられて部屋を出ていった。

 

 -フェンリル極致化技術開発局『フライア』-

 

「おかえりなさいませ、ジュリウス隊長」

 

 ジュリウスに連れられてフェンリル本部を出て、ビルが立ち並ぶ奇っ怪な巨大な船にも見える何か…『フライア』に案内された。そのまま施設を歩いていき、中枢と思わしき設備に入ると受付カウンターと思わしき所に一人の少女が立っていた。

 ジュリウスは迷う事なくボブカットの金髪、翡翠色の瞳の少女の元へと歩み寄りユウキもそれに続いた。ジュリウスに気が付いた少女は2人に声をかける。

 

「ああ、グレム局長と先生達は?」

 

「研究室でお待ちです。いつでも大丈夫と仰っていましたよ」

 

 先生と言うのが誰かは分からないが、先の防衛戦前に聞いた名前が聞こえてくる。彼らの所在を確認している様だが、呼び出された理由も分からないユウキでは2人の話が理解できず、話が終わるまで傍観するしかなかった。

 

「ああ、紹介していませんでしたね。彼女は…」

 

「フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュと言います。フランとお呼びください」

 

「承知しました、フランさん。私は神裂ユウキです。よろしく」

 

「では行きましょう。先生達も待っています」

 

 ジュリウスに紹介され、フランと名乗る少女に挨拶する。挨拶も程々にして、ユウキは再びジュリウスに連れられ行く。長い階段を登り、高層フロアに上がると大きく綺麗な扉の前に来た。ジュリウスが『神裂ユウキさんをお連れしました』とと伝えると、男の声で『入れ』と聞こえてくる。ジュリウスの手で扉が開くと、そこには先の顔合わせで会ったグレム、レア、ラケルの3人が居た。

 

 -高層フロア、ラケル博士の研究室-

 

 ジュリウスに促されて、ユウキも研究室に入る。先の顔合わせで3人は自己紹介をしてあったが、ユウキからはまだだ。ユウキが名乗ると、3人は再度自己紹介して、ユウキはここに呼び出された理由について尋ねる。

 

「それで…私は何故ここに呼び出されたのでしょうか?」

 

「フフフ…まずは先の戦闘、お疲れ様でした。実は、貴方の戦い方でお耳に入れておきたい事があるのです」

 

「…」

 

「失礼ながら、先程の討伐作戦時の戦闘ログを解析させて頂きました。その結果、面白い事実が発覚したのです」

 

 ラケルが語る面白い事実…それが何なのかは気になるが、それよりも自身のログをいつの間にか調べ上げられていた事に一気に警戒レベルを上げた。組織内でも最高峰の頭脳の持ち主と聞くラケル…彼女をここで始末しようかとも考えたが、今いる場所は指折りの実力者が集っているフェンリル本部だ。手を出せばそれなりに厄介な事になる。しばらくは泳がせて、特異点に繋がる動きを見せた段階でまた潰しに行けばいい。そう考え、今はラケルの話しを聞くことにした。

 

「先の戦闘で貴方から…ジュリウスと同種の力が発動した事が確認されました…それは混迷した世界で神機使い達を導く…血の力…」

 

「正確に言えば、ジュリウスの力とは多少異なるものだけど、やっている事はほぼ同じ、自身の意志を力に変えて、それを感応現象で他者へと伝える…これは本来、偏食因子ブラッドに適合した神機使いのみに与えられる力なの」

 

「にも関わらず、ブラッドでもない貴様が独力で同じ力を身に着けた。どうやったかは知らんが、貴様は実質ブラッドと同等の存在と言えるわけだな」

 

 要約すれば現状ジュリウスしか使えないはずの力とほぼ同種の力をユウキも使ったとの事だった。これでこの場に呼ばれた理由はかなり絞られた。あとはその力の正体と感応現象の戦闘利用の情報を聞き出せれば御の字と言ったところだろう。

 

「ジュリウスの血の力は『統制』…そして、貴方の力に名付けるとしたら…『共振』…自身の受けた力を増幅、強化し、それを他者にも伝播させる力。先の任務では、ジュリウスの統制によって得られた強化を増幅、周囲に伝えたと言う訳ですね」

 

「…なるほど。あの時の感覚はそう言う事だったのか。ならもう1つお聞きしたい。ジュリウス隊長がガルムに対して使った技、あれは一体なんです?」

 

 ユウキが防衛戦で感じた違和感、それはジュリウスの血の力をきっかけに発動した力によるものらしい。その力の正体も分かって取り敢えずは1つ、聞きたい情報が引き出せた。後はジュリウスがガルムを一瞬で切り刻んだ時に使った能力を聞き出せれば取り敢えずの目的は達成できる。

 血の力の情報をあっさり話した事もあり、もう小細工無しで直球で聞いてみる。

 

「『ブラッドアーツ』の事ですね。偏食因子ブラッドに適合した神機使いが使える力なのですが…そうですね…『ブレイカー』と言う言葉は聞いた事がありますか?」

 

「ええ、噂程度は」

 

「あれは神機の制御を極め、その結果不可思議な力を発現させ、強大な力を発揮する事ができると言われていますが…ブラッド達はそれを感応現象を使って簡易的に再現しているのです」

 

「もう少し踏み込んで言うと、神機との有線接続の他に、感応現象による無線接続もしていて、その回線を使って通常制御以外の処理を行っているって思ってもらえばいいわ」

 

「その結果、ブラッドはある程度の制約はありますが、イメージを力に変える事ができる様になります。その1つが、先の防衛戦でガルムに使った力なのです。それから、貴方の力で面白い発見もあったのです。先程お話した貴方が持つ血の力…お気付きかは分かりませんが、神機との間でも発動しているようです。貴方の高い戦闘力は、ブラッドと同様…感応現象によってもたらされている側面もあるのです」

 

 ユウキの疑問にラケル、レア、ジュリウスがブラッドの持つ力、『ブラッドアーツ』について話してくれた。どうやら感応現象でブレイクアーツを再現しているようだが、その制御技術はブレイクアーツよりも優れている様にも思える。恐らく大出力であるが故に制御が難しいブレイクアーツ、出力を落とす代わりに制御を容易にして力を一点に集中させるのがブラッドアーツなのだろうと話しを聞きながらユウキは予測した。

 それにしても思いの外あっさりと自部隊の秘密を話した事に内心ユウキは少し驚いていた。もしかしたらユウキがブレイクアーツを扱える事を知っているが故に、そのことを例えに出したのかも知れない。その場合、ブレイクアーツを理由に何かしらの取引を持ちかけられる可能性も高い。しかし、そうでなくともユウキが呼び出された理由は限られる。あとはテキトーに誤魔化して一旦ここから離れるだけだ。

 

「ここまで話してもう気付いているだろうが…我々、極致化技術開発局としてもブラッド隊の戦力を増強を図りたいのだよ。しかし、ブラッドになり得る神機使いは未だに見つからない。そんな中、貴様が現れたと言うわけだ…」

 

 グレム局長が技術者姉妹の話しを遮る。そしてブラッド隊が人員確保もままならない事、ユウキがほぼ同種の力を持つ事を話し、ようやくここに連れてきた理由を話し始める。

 

「ブラッドに入れ。神裂ユウキ」

 

 予想どうり、ユウキが呼び出されたのはブラッド隊への勧誘するためだった。グレム局長は睨みつける様に眼力を強める。暗に断る事は許さんと言っているが、ユウキは考えるフリをして一旦目を伏せる。

 

「…お断りします」

 

「何だと貴様!!」

 

「俺には極東支部でやらなければならない事があります。そちらの隊に転属する気はありません」

 

 元よりユウキにはブラッドに入る意志はない。その旨を伝えるとグレム局長は激昂する。

 

「貴様ァ…その一言で我々がどれ程の利益を失う事になると思っている!!」

 

「…取らぬ狸の皮算用ってやつですか…俺がブラッドに入隊した時の利益を既に勘定に入れているようですが…そんなものをアテにしている様では、今後のフライヤの経営が心配になってきますね」

 

 グレム局長としては既にユウキを手中に収めたつもりでいた。その為、ユウキがブラッド隊に入隊した後の手筈も既に考えていて、そこから発生するコストとネームバリューを利用して得られる利益の目算がついていたのだろう。

 

「ふざけるな!!こうなったら損失の分をありとあらゆる手段で貴様から搾り取ってやる!!」

 

「…」

 

 利益が得られないのならば既に損失として勘定しているグレム局長はもの凄い剣幕でユウキに対して怒鳴りつける。本来入る見込みだった利益が得られないのならば、その分は断った張本人から毟り取るまで。まるで悪質な取り立て屋みたいなやり口でユウキに金品の支払いを要求する。

 

「…やってみろよ…」

 

 しかしユウキの声色も、低く、ドスの利いた威圧感のある声に変わる。

 

「俺に手を出すと言うのなら…貴様ら全員生かしたまま地獄を見せてやる…」

 

 支払いを要求するグレムに対して逆に睨みを聞かせ、素人でも分かる様に強く濃い殺気をブチ当てる。数秒程度だったが、それでも非戦闘員のグレム局長やレアは怯んで声も出なくなり、ジュリウスは無意識のうちに戦闘態勢になっていた。

 

「話が終わったのなら、俺これで失礼します」

 

 もう話す事も無いと判断し、ユウキは踵を返してフライアを去っていた。ブラッドに入隊しない事に対する賠償をさせてやると息巻いていたグレム局長も悔しそうに後ろからユウキを睨みつけるだけで動かない。そんな中、ラケルが少し残念そうに小さくため息をついた。

 

「フラれてしまいましたね…」

 

「そ、そうね…それにしてもラケル、あんな濃い殺気を受けて何で貴女平気そうなの?」

 

「…恐怖よりも、『興味』の方が強かったから…でしょうか?」

 

「…?」

 

 ラケルの一言で緊張が解け、次々と動き出すフライアの面々…ユウキを追いかけ、出口まで案内しようとするジュリウス、怒りに任せて荒い足取りで自室に戻るグレム局長、ラケルの一言に返事をするレア…三者三様の反応をしていた中、ラケルがクスクスと小さく、そして上品に笑い、ユウキに対して何かしら面白いモノを感じ取る。しかし、レアはその興味と言う言葉の意味するところを理解出来ず、ただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

 -フェンリル本部、パーティホール-

 

 ジュリウスに案内され、ユウキは本部に戻って来た。その後、すぐにパーティの準備を始める。シャワーを浴び、ペイラーが用意したタキシードに着替え、慣れないリボンタイを結んでから会場へと向かった。

 長い通路を通り、ようやく会場までたどり着く。大きな扉を開けると、そこにはいくつがの大きなテーブルに豪華な料理がいくつもならべられ、参加者は立食パーティ形式でグラスを片手に談笑と食事を楽しんでいた。ユウキがホールに入ると、すぐにユリがユウキを見つけて話しかけてきた。

 

「ユウキさん!!こっちです!!」

 

「…あぁ」

 

 ユリが手を振って居場所を教えると、それを頼りにユウキは2人のところへ歩み寄る。近くまで行くと、今度はアリサが話しかけてきた。

 

「お久しぶりですね…ユウ」

 

「ああ、ロシアでの対禁忌種部隊の活躍は時折耳に入っている。たった数ヶ月で部隊を形にした統制力は流石だな。その手腕をいつかアナグラに戻った時にも存分に発揮してくれ」

 

「実はそのことなんですが…この任務を終えたら、そのままアナグラへ再転属するつもりでいます」

 

 合同任務が終わるとアリサが極東支部に戻ってくる。それを聞いたユリが思わず『えっ?!』と声を出し、驚いた顔でアリサを見る。

 

「ロシア支部には話はつけてありますので、あとは博士に承諾が貰えれば…」

 

「…分かった。落ち着いた時に俺からも博士に話を通しておく」

 

 アリサが『ありがとうございます』と返すとトントン拍子にアリサの転属の話しが進んでいく。もう1つの故郷とも言える極東支部に帰れそうな状況に心なしか弾んだ口調のアリサに対して、内心焦りを見せたユリ。対称的な心境にさせたアリサの転属話だったが、ユウキが後からペイラーにも話しておくと告げると、一旦この話を終わらせる。

 しかし未だに欲しい一言が出てこない事に痺れを切らしたアリサがわざとらしく咳払いしてユウキの注意を引く。

 

「そ、それよりですね…女の子がおめかしして来たんですから…何かこう…言う事があるんじゃないですか?」

 

「ど、どうてすか?ユウキさん…」

 

 露出の多い赤いパーティドレスを着たアリサ、それとは対になるようにと蒼く低露出なゴシック調のドレスを着たユリが少し照れながらユウキに感想を求めてくる。

 

「…あぁ、よく似合ってる」

 

 しかしユウキはいつもと変わらず、あまり感情を感じない表情で無難な答えを返した。傍から見れば興味も無ければ関心も無いために素っ気ない返しにしか見えなかったが、言われた当人達はニヤけ顔で頬を朱に染めつつ喜んでいた。その後、ユウキは2人と一緒のパーティテーブルにつくと、見知った顔の大半が揃っていた。

 大抵の者はスーツやタキシード、パーティドレスなどの正装で参加していたが、そんな中普段と変わらぬエセ和装のペイラー、ジャケットを全開にし、シャツも出してネクタイも緩めている上に崩れているシルバが目に映る。直せや面倒と瑞希と言い合いをしている中、エドガーが2人を仲裁しつつシルバを引っ叩いて服装を直させる。そんな光景を眺めていると、後ろからペイラーが声をかけてきた。

 

「やぁ、遅かったね。もうパーティは始まってるよ」

 

「…ブラッド隊に勧誘されました」

 

 遅れた理由を聞いたアリサとユリは驚いた顔になり、ペイラーはいつもの様に『ほぅ…興味深いね』と返す。

 

「何でも部隊の人員確保がしたいとか…まぁ、断りましたが…」

 

 ユウキが勧誘を断ったと聞くと、2人はホッとした様子だった。ペイラーはその返答を予見していたのか、『まぁそうだよね』と言いたげに『そうか』とだけ返した。

 

「それから、ブラッド隊の持つ特異性、ブラッドアーツや血の力についてもいくつか聞き出せました。それから、アリサの転属の話も来ているので、合わせて詳細は追って伝えます」

 

「了解。何にしても、皆今日はお疲れ様。美味しい物でも食べてゆっくりするといいよ」

 

 3人を労うと、ペイラーはその場を離れて行った。その後、瑞希がユリとアリサを見つけると、2人の手を引いて別のテーブルへと行ってしまった。しばらくは3人の様子を眺めていると、初っ端からシルバの事で顔を赤くする瑞希だったが、反撃にユウキの事を聞くと今度はアリサとユリが顔を赤くする。

そんな中、今度はさっき別れたジュリウスが会場に現れた。早速数人の女性に取り囲まれていたが、案外上手く受け答えしているようだ。

 

「失礼…もしや貴殿は、極東支部の神裂ユウキではありませんか?」

 

 ジュリウスの様子を遠目に見ていると、不意に横から声をかけられた。声がした方を向くと、右目に眼帯を付け、厳格そうな大柄の男性が立っていた。

 

「ええ、そうですが…?」

 

 今の今まで、声をかけられるまで気配に気づかなかった。只者ではないと察したユウキは警戒しつつも大柄な男性と話し始める。

 

「俺…ンンッ!!私の名はエイブラハム・ガドリン…以後、お見知りおきを…」

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 どうやら普段の一人称は『俺』なようだが、一応は客人に準ずる立場のユウキに対して相応の言葉遣いにしているようだ。一人称も『私』に直して丁寧な口調でユウキに右手を差し出した。それに応えるため、ユウキもまた右手を差し出して握手をする。

 

「それにしても、こんなにも早く『極東の英雄』と出会えるとは…まだお若いのに、相当な修羅場を潜ってきたはず。是非ともお話をお聞かせ願いたい」

 

「お話し…と言われましても…普通にアラガミを倒してきただけですので、あまり面白い話しは聞けないかと…」

 

 ガドリンとの会話でユウキは少し困った顔をして返した。面白い話…と言われて思いつくのはアーク計画やリンドウ救出の件、それにアリウス・ノーヴァやガーランドの反乱と、機密事項に触れる内容ばかりだったため、安易に話すわけにはいかなかった。

 

「では、到着した時に戦った自立型神機…あれはどうでしたかな?私としても、あの兵器の性能は興味があります。是非実際に戦った感想をお聞きしたい」

 

「戦力…として見るならば…期待はできません。現状では大幅な強化も出来ないかと思います」

 

 自立型神機に対するユウキの見解を聞くと、ガドリンは眉をピクリと動かした。

 

「ほう…それは何故?」

 

「偏食因子を取り込み、オラクル細胞に対応させたフレームを使おうとも、所詮は金属…オラクル細胞の強固で靭やかな結合には耐えられません。フレーム自体をオラクル細胞で制作すれば或いは…と思ったのですが、恐らくはコンセプトの1つである『あらゆる骨格に変形し、究極の汎用性を持たせる』にはコアの学習が追いつかないのでしょう。それから…偏食因子を使ったフレームにコアを埋め込んでいる以上、どうあっても外側のオラクル細胞との結合は弱くなってしまう。外装を簡単に壊してしまえるのなら、内部へ攻撃を届かせるのも然程難しい事ではないでしょう。これが、自立型神機が戦力にならない理由ですね」

 

 ユウキが実際に戦った時の感触を基に、自身なりの見解を述べていく。それはフレームと外殻の親和性が低い為、どちらの強度も維持できないと言うものだった。対策としては外殻とフレームをどちらもオラクル細胞で構成する方法が考えられたが、それは奇しくもフライアが開発している神機兵と同じ構想だった。

 

「なるほど、実用化するにしても先ずはスペックに追いつくだけの強度を確保する必要がある…と。であれば、しばらくは神機使いとしての仕事は減りそうにないですな。貴重な意見、ありがとうございます」

 

 そこまで話すとガドリンの通信機に連絡が入る。『失礼…』と断りを入れた後、背中を向けて通信に応える。しばらくは無言だったが、すぐに小さくため息をついて『分かった。すぐに行く』と返すと通話を切る。

 その後任務が入った事を告げ、ガドリンはユウキに挨拶をしたあとその場を去ろうとする。しかし途中で『そうだ』と何かを思い出した用に再度ユウキに話しかける。

 

「ワイズマンと言う男…気をつけてくだされ。今回の件を受け、何やら不穏な動きがある。それにあやつは蛭のようにしつこい…恥をかかされたと貴殿を狙ってくる可能性が極めて高い…」

 

 今回の件でワイズマンの技術者、研究者としてのプライドを木っ端微塵に破壊された。本部長の前で無様な醜態をさらさせられたと、ユウキへの復讐を企てているのか、早速不審な動きがあるようで、ガドリンはユウキに忠告する。

 

「忠告ありがとうございます。しかし、あのアラガミモドキに負けるような実力では私は今ここには居ません」

 

「ふふ、…無用な心配と言うものでしたな。では失礼」

 

 ガドリンが敬礼した後、ユウキも『武運を』と言いながら敬礼を返す。ガドリンを見送った後、周りをざっと眺める。その際、作戦前にはユウキと険悪なムードになったジャックがワインを片手に食事をしていた。

 向こうもユウキに気が付き目を逸らしたが、ワインを軽く上げて乾杯の様な合図をする。どうやら今回の掃討戦でユウキの実力をジャックは認めてくれたようだ。それを素直には表さない当たりは彼らしいとも言える。ユウキもそれに対して、グラスを持っていない為軽く手を挙げて返す。先の戦闘で小型種をほぼ単騎で壊滅させたジャックの手腕には驚かされていて、ジャックへの見方も変わっていた。

 ジャックがそのまま別のテーブルに向かうと、ユウキはまた周辺を見回した。

 

(これだけの食料があればどれだけの人が救えるか…)

 

 日々食べていく事さえままならない人々がいる中、食べ切れる分からない程の豪華絢爛な食事が多くのテーブルに所狭しと並べられている。アラガミに喰い荒らされている世界情勢とこの場に広がる光景があまりにも乖離している事にユウキは強烈な違和感を覚えていた。

 荒廃した時代で独自の技術を行使し、辛うじて人類を存続させている大企業であり、絶対ではないが安全な居住区や拠点を用意している実績もある。時代を読み、それを利益にして巨万の富を築き上げたのだから華やかな生活を送る事自体はある意味では当然の権利なのかもかれない。だが人類の守護者を自称する組織が、影ではその影響力を行使して弱者を踏み潰してやりたい放題…悪い意味での特権階級的な意識が働いているようにも見える光景を前にして、居心地の悪さを覚えたユウキはこっそりと会場から抜け出した。

 

 -フェンリル本部、正面ゲート-

 

 会場を出たあと、行く宛がある訳でもなくブラブラと歩いていると、いつの間にか本部の正面ゲートの近くまで来ていた。ふとゲートの外側から人の気配を感じ、気になって外へと出る。

 

「よう、アンタもパーティから締め出されたのか?」

 

 ゲートを出たと同時に声をかけられる。誰かと思って見てみると、ゲートの脇に手錠をされて鎖に繋がれた状態のグラムが神機を持って座り込んでいた。鎖の先には監視員もいて、グラムの傍らに立っている。

 

「上品すぎて空気が合わん。あの場に居ると吐き気がする」

 

「カカカッ!!言うねェ英雄様。確かに、オ上品に取り繕った連中のアの空気は気に入らねェよな!!」

 

 世界中の人が困窮し、神機使いたちも決して楽な生活をしている訳でもない中、本部でのパーティは酒池肉林の贅沢三昧だった。本部の特権意識これでもかと見せつけられてウンザリしていた。

 それを聞くとグラムは嬉しそうに嗤い、本部の上流階級を気取った言動を批判する。

 

「それにしても、何故アンタはこんな所に?」

 

 率直な疑問…何故パーティへの参加が認められなかったのかをグラムに問いかける。すると相変わらずケタケタと嗤いながらその理由を話し始める。

 

「俺ァフェンリルに捕らえられた身だからな。アンな華やかなパーティなんざにオ呼ばれされないのさ」

 

 捕らわれた身…という点はこの状況を見れば理解はできる。しかし、ユウキが知りたかったのは何故捕らえられたのかだ。言葉足らずだったのか、或いは分かってて話す気は無かったのか…どうやって事の詳細を聞き出そうかと考えていると、グラムの監視をしていたフェンリル職員が『失礼ですが…』と横槍を入れる。

 

「英雄である貴方がこの男とお話されるのは如何なものかと…こいつはスラムで一般人だけでなく神機使いをも襲い、その死体を喰らったと聞いています。そんな奴と話していては貴方の品位も疑われてしまいます。それに、こいつがいつ貴方を襲うかも分かったものではありません」

 

「つッてもなァ…資源の無イ時代だぜ?散ッていッた命も有効に使わなイとな」

 

「貴様…!!」

 

 過去に数多くの人を殺めたにも関わらず、グラムの反省を感じさせない態度に監視員は思わず怒りが滲み出た様な声をあげる。今にも掴みかからんとする勢いだったが、ユウキが軽く静止すると監視員はそのまま大人しく引き下がった。

 

「それはそうと、防衛戦で見せたあの捕食形態は何だ?初めて見たが…」

 

「へェ…」

 

 ユウキが防衛戦で見せた捕食口の事を聞くと、グラムは鋭い目付きに変わり、トーンも少し落ちた声で反応する。

 

「『アレ』につイてはニイちゃンもよく知ってンだろうに…」

 

 小さな声で意味深な事を呟くと、鋭かった目付きが元に戻った。

 

「…まあイイや。あれはブレイクアーツ。神機との適合率が100%を超えたブレイカーッてヤツが使える力なんだと」

 

 グラムが簡単に戦闘中に見せた捕食形態の正体を話すと、ユウキの予想通りの回答が返ってきた。どうやらグラムもブレイカーであることは確かなようだ。ユウキはその事実を聞いて、取り敢えず驚いた様な反応をしておく。

 

「ブレイカー…噂には聞いた事があるが、実在したとはな…」

 

「カカッ!!そんなヤツらが今、この場に居るンだもンな…」

 

 ブレイカーの存在に驚いているように見せたユウキに対して、そんな摩訶不思議な存在が実在している事にケタケタと笑いながら応える。しかし、直後にアラガミの気配を感じて、ユウキの目付きが鋭く変わった。

 

「…」

 

「ニイちゃンも気づいてるみたいだな」

 

 どうやらグラムも気がついているようで、神機を握り直して不敵な笑みを浮かべている。

 

「1人で十分だ」

 

「だろうな。けどよ、こっちは皆がお楽しみの中、締め出されて外で待機させられてたんだ…鬱憤の1つも晴らしたくなるだろ?」

 

 皆がご馳走を前にして楽しんでいる最中もずっとグラムは外で待機させられていた。その事に不満はあったようで、向かって来ているアラガミにそのストレスをぶつけたくて仕方ないのか、防衛戦には乗り気なようだ。

 

「先に行ってろ」

 

 ここでどっちが行くなどと言い争っても意味はない。取り敢えずすぐに動けるグラムを先行させ、ユウキも神機を回収してから向かう事にして2人は一旦その場を離れた。

 

 -フェンリル本部、居住区外-

 

 ユウキと別れた後、グラムは監視員と共に居住区外まで来ていた。そして目の前には小型種のアラガミが押し寄せてきていた。

 

「分かっていると思うが、拘束の解除は敵対するアラガミの排除のためだ。怪しい動きを見せたら遠隔で爆弾を起動させるぞ」

 

「わァってるヨ。余計なコトはしませンよ」

 

 意味があるかも分からない言質を取ると、監視員はグラムの爆弾に繋がれた鎖を外し、手錠も外して自由にする。

 

「さぁ〜て…いっちょ暴れるかぁあ!!」

 

 軽く伸びをして神機を持った腕を軽く回す。監視員が退避したことを確認すると、グラムは戦闘態勢に入った。

 

「さァ、俺と遊ぼウやァ!!」

 

 言うやいなや、グラムは前に飛び出すと最前列のザイゴートに向かって一瞬で距離を詰めて、神機を振り下ろしてザイゴートをミンチへと変えた。続けざまにその場で右回りに回転しながら神機を振り、バスターでも届かないはずの距離のザイゴートを根こそぎ葬ってしまった。しかし直後に下からコクーンメイデンが飛び出し、直接攻撃を仕掛けてきた。

 

「しゃらくせェ!!」

 

 だがグラムは素早く一歩下がると、なんと回し蹴りでコクーンメイデンを真ん中から粉砕した。それをトリガーにしたかのように、複数のコクーンメイデンが地面から生えてきて、更にはドレッドパイクも同時に地面から飛び出してきてグラムは完全に取り囲まれた。

 

「ろくに動けもしねェ木偶の坊がワラワラとまァ…出てくンなら俺を愉しませて見ろよなァァ?!」

 

 グラムが咆哮と共に前に飛び出す。すると全てのコクーンメイデンからレーザーが発射されて飛んでくるが、グラムは物ともせずに突っ込む。真正面から向かってくるレーザーを刀身の側面で受け止めるとそのまま横に振る。するとテニスでもしているかのようにレーザーを弾き返して、目の前のコクーンメイデンの顔面を吹き飛ばした。

 

「ひャァアッハァァァ!!」

 

 奇声を上げながらグラムは左へと急旋回すると、周囲から発射されたレーザーを全て振り切りつつ次のコクーンメイデンに接近する。

 

「邪魔だァァァア!!」

 

 途中、攻撃態勢に入ったドレッドパイクを薙ぎ払い、標的のコクーンメイデンに神機を横薙ぎに振ると、反撃の間もなくコクーンメイデンは上下に斬り裂かれた。しかしその間に後ろからドレッドパイクとコクーンメイデンのレーザーが飛んでくる。グラムは後ろ向きながら神機を振ってドレッドパイクの処理とレーザーの防御を同時に済ませ、そのままチャージクラッシュの態勢になる。

 

「逝ッちまいなァ‼」

 

 一瞬のうちにチャージを終わらせたグラムが横に神機を振ると、辺り一帯に残ったアラガミ達が一撃で殲滅させられた。

 これで終わり…と思っていたのか、構えを解いたグラムだったがその足元に青い焔が発生していた。

 

  『ダンッ!!』

 

 狙撃弾が発射されてグラムの後ろに居たローブを被った人形のアラガミの頭を撃ち抜く。しかし青い焔は止まる事なく、大きく燃え上がり始めた。だが、グラムは難なくその攻撃を前に出て避けた。

 

「…油断でもしたのか?こんなのに追撃を許すとはな…」

 

「ハハッ!!まさか!!アンタが来なけりャ俺がそのまま殺ッてたッての!!」

 

 どうやら新手には気が付いていた様だが、ユウキが近くに居るため、特になにかする必要も無いと判断したようだった。

 

『クァァア!!』

 

 しかし頭を撃ち抜かれたにも関わらず、新手のアラガミは甲高い声を上げてユウキを威嚇する。

 

「小型種の癖にタフだな…何だコイツは?」

 

「極東じャ見ないのかイ?コイツは『シルキー』シルクのドレスを着てるッつーアレだ。雑魚にしてはタフな上、残留時間の長イオラクルを使ウンだが…まァ大した事はねェよ。ちなみにコアは人間で言ウところの心臓にあるぜ」

 

 いつもならば一撃で倒せた筈なのに、予想外にもシルキーと呼ばれているアラガミには耐えられてしまった。しかもそれに呼応するかのように、また新たにシルキーが複数体現れた。

 

「雑魚がワラワラと…邪魔だ」

 

「ハハッ!!まだまだ終わらないみてェだなァ!!ちッたァ愉しませてくれよォ!!」

 

 最初に頭を撃ち抜いたシルキーが右腕を振り上げて鋭利な爪で攻撃してくる。それよりも先にユウキはシルキーの懐に入り込み、右から左へと胸部辺りで横一閃に斬り裂いた。そのまま身体を大きく捻りつつ銃形態へと変形し、抜刀術の様な構えで右に居るシルキーのコアを撃ち抜いた。そのまま左へと飛び出し、剣形態へと変形して次のシルキーを狩りに行く。標的になったシルキーもユウキへと向かって突撃する…かと思いきや、その直前に動きを止め、両手をクロスさせたあとに開くと、自身の周囲に青い焔が燃え上がった。対策としてユウキは上に跳び、シルキーの頭上を跳び越える際に神機を振って頭上から一刀両断する。しかしシルキーの置き土産とも言える焔が、十字に広がりその跡にも補のを残す。着地先にトラップを仕掛けられた様な状態になったが、即座にインパルスエッジで軌道を変えて難なく避けた。そして着地と同時にまた銃形態に変形し、別のシルキーに狙いを定める。

 対してグラムはユウキとは反対の方に跳び、一瞬でシルキーを斬り捨てる。続いて左右から青い焔を纏ったシルキーの右爪が振り下ろされるが、グラムはその場で回転し、シルキーへカウンターを叩き込んで倒した。その間にグラムの後ろからゆらゆらと青い焔迫ってきて、それと同時にシルキー自身も先の2体と同じように青い焔を右爪に纏って襲いかかってくる。グラムは後ろを向きながら神機を逆手に持ち替え、装甲を展開して焔を防ぐ。そして刀身を地面に突き刺し、そこを軸にしては装甲の影から回転しつつ蹴りをシルキーの側頭部に叩き込む。そのままシルキーを巻き込んで真後ろに蹴飛ばすと、後からユウキが撃った狙撃弾がシルキーに向かっていく。だがシルキーは大きくバックステップをしてそれを避けたが、突然シルキーの背中に衝撃が走る。後ろを向くと、眼前には高い壁がそびえ立っていた。後ろには装甲壁…シルキーの逃げ道はなくなった。

 

  『ズガァァァンッ!!!!』

 

 しかし突如轟音と共に巨体が装甲壁から飛び降りてきて、杭の様な足によって最後のシルキーが踏み潰された。

 

  『ブモォォォオッ!!』

 

 腹に響く様な低い雄叫びと共に、無表情な人の顔をした四足のアラガミが現れる。

 

「コイツは…」

 

「『デミウルゴス』だな。アの間抜け面には面白い特徴があンだよ」

 

「特徴?」

 

「まァ見てな」

 

 言うやいなや、グラムはデミウルゴスに向かって走り出す。対してデミウルゴスは右の前足を振り上げてハンマーの様に振り下ろす。しかしその距離はどう見てもグラムには直撃しない程に離れていた。牽制のつもりかと考えていると、突然デミウルゴスの足に赤い物体が生えてきた。

 

(足が…伸びた?)

 

 赤い筋肉の柱とも言える物体がデミウルゴスの足を割り、足全体が長く延びてきた。予想外な方法でグラムに攻撃を届かせようとしたが、グラムはあっさりと横へ跳んで避ける。

 

「遅ェッ!!」

 

 避けると同時に神機を振り下ろして振り下ろされた肉塊に攻撃して結合崩壊させる。しかしデミウルゴスは伸ばした足をしっかりと地に付け、伸ばした肉塊を伸びたゴムが戻る様に勢いよくタックルを繰り出した。

 

「オラァッ!!」

 

 デミウルゴスのタックルを大きくジャンプで躱すと、下からすくい上げる様に神機を振り上げてデミウルゴスの背中に強烈な一撃を与えると、そのまま腕力に物を言わせて吹っ飛ばす。

 

「ほらほら、もウおしまイか?」

 

 痛みに悶ているデミウルゴスを煽り、嘲笑う様に手招きする。その直後に立ち上がったデミウルゴスが前足を割って肉塊に埋め込まれた目の様な部分が青く光る。数秒後、氷の槍がグラムに向かっていく。

 

  『ブモォォォオッ!!』

 

 氷の槍を装甲で受け止めると、デミウルゴスは足を伸ばしながらのしのしとグラムに向かって突進してくる。

 

「おっととォ…」

 

 グラムが突進を右に戯けながら避けたが、その直後にグラムを踏み潰そうとデミウルゴスが左の前足を振り上げる。

 

「ところがぎっちょん!!」

 

 しかし一瞬でチャージクラッシュを発動させ、デミウルゴスよりも先に顔面に一撃を入れると、顔面が結合崩壊を起こして無表情な顔の中から別の顔が現れた。

 

(あの顔は…山羊ってやつか?)

 

 無表情な顔が壊れて山羊の顔が現れ、デミウルゴスが怒りで活性化する。右の足を割りながら薙ぎ払う様に振るのと同時にグラムも前に出る。デミウルゴスの攻撃よりも先にグラムが神機を振って右足を切り落とし、さらに前に出てデミウルゴスの懐に入り込む。そこから飛び上がり、神機を振り上げてデミウルゴスの顎に一撃入れて頭を大きく反らされせると、今度は神機を振り下ろして脳天を叩き割る勢いで頭上から攻撃する。

 勢いよく頭が叩きつけられ隙が出来た間にトドメをさそうとするが、それよりも先にデミウルゴスの口から氷の槍を発射する。グラムはトドメを止めて、装甲で氷の槍を受け止める。その間に着地したグラムを追尾する前足の肉塊から氷の様に冷たい青い球体を発射する。回避が間に合わないグラムはそのまま装甲を展開し続けて氷の球体を防御する。

 

「アッ?!」

 

「時間切れだ」

 

 反撃に出ようとしたグラムを差し置いて、傍観していたユウキが後ろから飛び出してきてデミウルゴスに急接近する。攻撃を終えて隙が出来たところにユウキが首元に接近して全力で神機を振り下ろす。

 

  『ブシャァッ!!』

 

 血を吹き出しながら胴体ごと首を切り落とし、デミウルゴスのコアを斬り捨て、力なく崩れ落ちたデミウルゴスは数秒後に霧散していった。

 

「チッ…オイシイところ持ッてイきやがッて…」

 

「なら、もっと早く倒すんだな。アンタならこの程度のアラガミなら一瞬で倒せただろ」

 

 最後にユウキがトドメをさした為、不完全燃焼になったグラムがユウキに文句を言うが、結局遊んで時間ばかりかかっていたせいだと言ってグラムの不満をバッサリと斬り捨てる。

 周囲にアラガミは居ない事を確認すると、ユウキ達よりも更に後ろから知っている気配を感じ取る。

 

『シェリーとライラか…いつの間にか後方を片付けていたみたいだな』

 

 ユウキとグラムが戦闘をしている最中、増援が来ない様に先に処理をしていたようだ。取り敢えずは倒すものは倒したので、本部に戻る事にした。

 その後、ユウキとグラムは事態を把握した他の神機達から問い詰められたが、特に気にする事もなく部屋に戻った。

 

 -3週間後-

 

 ユウキ達が本部に召集されてから3週間経った。当初の目的通り、多くのアラガミを倒して自立型神機を製作する為の素材を集めていた。この日もドレッドパイク、シルキー、ガルム、デミウルゴスと多くのアラガミを討伐したあとだった。

 

「うっし、標的の駆逐を確認、今日もお疲れ様!!」

 

「はい、お疲れ様です」

 

 霧散していくアラガミ達を見届けた後、ケビンが労いの言葉をかけるとアリサがそれに応える。

 

「あれ、まだこんな時間?最初の頃と比べると任務にかかる時間が短くなってるような?」

 

「それはきっとあれだよ!!私達の連携が洗練されてきたからだよ!!」

 

「はい、私達の連携も様になってきましたね」

 

 ユリが端末から時間を確認すると、任務開始からそこまで時間が経っていない事に少し驚いていると、瑞希とフロリアがチームワークが向上してきた結果だと、楽しげに笑い合う。

 

「ハァ…腹減ったな…最近は手応えの無い相手ばかりで飽きてきたなぁ」

 

「気を緩めたままミッションに出ていてはいつか足元をすくられる。余裕を持つのは良いですが、任務中は気を引き締めなければ…」

 

「堅いこと言うなよ。新人じゃあるまいし、こんな程度の任務でガチガチになっちまうよりは良いぜ?」

 

「…そうだな。多少の緊張感は必要だが…この程度の任務なら変に気負う必要もない」

 

 一方、野郎共は任務が終わると同時にシルバが腹が減ったと気の抜けた話を始めると、ジュリウスがそれを嗜める。だが、ジャックとユウキは気を張る必要はないと、シルバと同じようにして気の抜けた状態でも良しとしていた。そんな中でもグラムは事情が事情のために、任務が終われば即連行され、リゼは本部から呼び出しを受けた為、任務には参加していなかった。

 

「まるでピクニックのようだな…」

 

 ついさっきまで命がけの戦いをしていたとは思えない、好き勝手に話しながら、各々気の抜ける様な雑談任務興じる姿を見て、ジュリウスはポツリと呟きつつも共に帰路についた。

 

 -フェンリル本部、格納庫-

 

 ユウキ達が任務を終えた頃、本部内を探索していたシェリーとライラは自立型神機のお披露目が行われた本部技術開発局の実験室…その下に隠された地下研究室を発見して潜入していた。そこには天まで届くのではないかと錯覚する程に巨大な人形のフレームが鎮座していた。

 

「何…このでっかいの…?」

 

「…例の自立型神機…かしら?でも、このサイズは…」

 

「一応ユン君に報告しとこうか?」

 

「そうね。結局今日の今日まで自立型神機の素材集めしか目的らしい目的も出てこなかったし…もしかしたらこの大型の自立型神機以外には本当に大きな理由なんてものは無いのかもね」

 

 ユウキからの指示で本部がユウキを呼び寄せた本当の理由を探っていた2人だったが、結局自立型神機の有用性を証明する当て馬として呼び出した以外には、不審な動きは無かった。もし何かあるとしたら今目の前にあるこの巨大な自立型神機と思われるフレームだが、こんなモノでユウキ達に対抗出来るとは思えないが、一応は耳に入れておこうと、2人はその場を後にした。

 

 -フェンリル本部、ワイズマンの自室-

 

 シェリーとライラが格納庫から出た頃、ワイズマンに呼び出されたリゼが彼の自室に来ていた。

 

「やぁ、リゼ君。待っていたよ」

 

「…いえ、技術開発部門主導の作戦に参加している以上、局長の命とあらば応じない訳にもいきません」

 

 呼び出される心当たりもない中、しかも1人だけ突然の召集…何処か不審に思いながらも、仕事である以上応じないわけにもいかなかったため、いつもよりも低い声でワイズマンと会話する。

 

「ありがとうございます。今回実験では、貴女の様な高い感応能力を持つ新型神機使いの存在がどうしても必要なのです。手伝ってくれる事、感謝いたします。時間も少々圧しているのでね。早速ラボに向かいましょうか」

 

 ワイズマン曰く、実験には感応能力を持つ神機使いが必要と言われ、リゼは少し眉をひそませる。

 リゼも新型神機使いであるため、オラクル細胞との感応能力がある。しかも本部では他の追随を許さない感応能力がを持っている。しかし、今現在ワイズマンが主導する戦闘に出ている面々が居るのに、このタイミングで呼び出す理由が分からない。彼らが居るのが不都合なのか、邪魔されると思っているのか…何にしても碌な事にはならなさそうだ。

 警戒しつつもリゼは依頼を承諾すると、気を良くしたのかワイズマンはリゼの腰に手を回し、紳士的にエスコートする。しかし、当のリゼは突然触られて不快に思い、やんわりと牽制しながら実験室に向かった。

 

(クククッ…もうすぐ…もうすぐ私をコケにしたアイツらへの復讐が始められる…待っていろよ、クソガキども…)

 

 来て早々恥をかかされたワイズマンはリゼの後ろで見えない様に、復讐と憎悪を顔に滲ませ、自分をコケにした相手が無様に泣いて許しを請う場面を想像し、歪んだ笑みを浮かべながらリゼを研究室へと連れて行った。

 

To be continued

 




あとがき
 お久しぶりです。仕事だったりプライベートの都合で半年?も空きましたが何とか続きを投稿できました。下手くそなりにオリキャラのイラストとかも描いてましたがそんな元気も無くなったぜ…(トニカクチカレタ…
 そんなこんなでうちの子がブレイクアーツで使ってた能力の一部がブラッドアーツだったり血の力モドキが使えたりとラケルてんてーの解析で判明しました。まぁ、原作のリーダーもブラッドアーツ自力で覚えそうな感じだったから良いよね?
 下にリゼとワイズマンの設定を載せておきます。

リゼ・スローネ・フェイン

 本部に所属するポール型の新型神機使い。薄紫の瞳に同色の長い髪の女性。神機使いになって1年程だが高い実力を見せ、つい先日少尉に昇進した。常に冷静で感情の変化を見せず、基本的には理論的に物事を判断し、淡々と任務をこなしてないため、周囲からは冷徹女と揶揄される事もあったが、ガドリンが統括する部隊に組み込まれてからは表立った陰口は無くなった。その後もあまり周囲の神機使いともあまり馴染めず、チームで出撃しても単独で戦闘をすることが多く、連携は不得手。新型神機に適合した際に高い感応力を手にしたが、使い道の無い力だとして今後使う気もないし使い道を探す気もないようだ。


ワイズマン・グレイル

 フェンリル本部技術開発局局長を務める眼鏡かけた金髪の男性。前任の局長である父親が亡くなり、後任として局長の座に就いた。フェンリル屈指の技術屋であるペイラーやグラディウス姉妹を超える発明を世に出すべく奮闘している。昨今のアラガミの多様化に対して神機使いの補填や教導が間に合わない事態に危機感を抱き、神機そのものを戦わせる方法を思いついて自立型神機を開発する。アラガミが現在の地球環境を維持していることは知っているが、アラガミが滅んだとしても自然が完全に絶滅していない為、直近の環境悪化はあってもいつか再生すると考えてアラガミを滅ぼす為に自立型神機に邁進する。自身の能力に絶対の自信を持ち、自信家でナルシスト気質な面がある。神機使いに変わる大量生産が可能な戦力を開発した人物として後世に名を残す事を目的としている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。